「ボクは日本一かっこいいトイレ清掃員」(岩波ジュニア新書)が6月15日に刊行した。著者は、東京・奥多摩を拠点に活動するトイレ清掃のプロ集団OPT(オピト)のリーダー大井朋幸だ。町に点在する公衆トイレの便器の隅々まできれいにし、床も雑巾掛けをすることで“寝転がれる“レベルまで磨き上げる。その徹底した姿勢が国内外のメディアの目に止まり、全国の学校や地域イベントでの講演、清掃ワークショップなど、活動の幅が広がっている。
大井にとって清掃は単純な作業ではなく表現だという。ストライプシャツに赤いスニーカー、シッポのキーホルダーを身につけ、現場に立ち続け、チームには「奥多摩ピカピカトイレ=OPT」という名を授け、清掃にファッションと遊び心、そして誇りを掛け合わせてきた。「ピカピカの哲学」はどこから来て、どこへ向かうのかをたずねた。
PROFILE: 大井朋幸/OPT代表

清掃を通してその地域の観光価値を高める
WWD:起業と書籍出版を経て、活動の広がりをどのように実感されていますか?
大井朋幸(以下、大井):正直、起業も執筆もまったく考えていませんでした。まさか、自分がトイレ清掃で独立して、本を出すなんて想像もしていなくて。でも、数年前から「うちのトイレもお願いできませんか?」と、他の市町村や公園から声が届くようになってきたんです。当時は奥多摩に根ざして活動していましたが、次第に他の地域にも関わりたい気持ちが芽生えました。会社員のままでは限界があると感じ、独立する道を選びました。
トイレをピカピカにするのは当たり前。清掃を通してその地域の観光価値を高めたい、そして何よりもそこに暮らす人たちをもっと輝かせたい。そんな思いを込めて、「OPT」を立ち上げました。
WWD:OPTの活動の中で印象に残った出来事はありますか?
大井:自分で言うのもなんですが、僕たちが担当しているトイレはけっこうきれいなんですよ。だからこそ、生活の場になってしまうことがあるんです。赤い鍵がロックされたままノックしても返事はないけど、何日か誰かがここで暮らしてる気配がある。そういうときは町や警察に報告するんですが、以前、海外メディアから「トイレがきれいすぎると、逆に治安が悪化する。人が溜まりやすくなって、薬物を使う場所になることもある」と言われたことがあります。たしかに、それも現実の1つ。だからといって僕は、きれいなトイレを諦めたくはないんです。
「トイレがきれいになった」という声をよくいただきますが、僕らの活動を知った自治体や個人から「OPTを知ってから、うちのトイレも変わりました」と連絡をいただくこともあって、本当にうれしいですね。
WWD:YouTubeで「仕事は本気で遊ぶけど、遊びは仕事にしない」と話しているのが印象的でした。
大井:本気で仕事を遊ぶとは、「どうすればもっと楽しくなるか」を自然に考えることです。工夫や研究を重ねながら清掃していると便器や床がどんどん輝きます。時間もあっという間に過ぎて、「もうこんな時間?」と感じるほど夢中になれるんです。真剣に遊ぶように仕事ができれば、会社も従業員も満足でき、長く続けられます。
ファッションから始まる「OPT」のコミュニケーション
WWD:ファッションにこだわることは、「仕事は本気で遊ぶ」ことにつながるのでしょうか?
大井:僕は何事も形から入るタイプです。だから清掃員として働き始めた時から、身だしなみにこだわっていました。ただ、それがきっかけでファッション誌や海外メディアから取材を受けるようになるとは思ってもみませんでした。一時はファッションが嫌いになり、誰にも会いたくないし、見られたくもなかった時期もありましたが、やはりファッションは大切だと改めて感じています。
「衣・食・住」の中で「衣」が一番最初に来るのは、身体を守るという意味もあると思います。トイレ清掃という汚いというイメージをもたれてしまうことがある仕事でも、ファッションを変えるだけで子どもたちが寄ってくるようになる。いつも付けている尻尾キーホルダーは“お守り“のようなもので、子どもたちに触られすぎて今でもう4代目です(笑)。
WWD:「トイレは人間の縮図だ」とおっしゃっていましたね。
大井:トイレを汚してしまうことが多いのは女性の方ですが、それはマナーが悪いわけではありません。むしろ、美意識が高いからこそ、自分を清潔に保つためにゴミをトイレ内に置いたり、髪を整えたりするんです。ゴミを持ちながらショッピングをしたくない気持ちはわかりますよね。でも、トイレはゴミ箱ではありません。そこはしっかり意識してほしいと思います。
WWD:利用者を信じるとはどのような感覚ですか?
大井:信じることで、使う人も清掃する人も“仲間“になれると思っています。公衆トイレの清掃は、清掃員だけでは決して完璧にはできません。利用者の協力があって初めて成り立つんです。利用者が「信じてもらっている」と感じてもらえたら、「きれいに使おう」と思う人も増えるはずです。苦情を言うよりも信じて、仲間になってもらうことが、トイレをきれいに保つ一番の方法だと考えています。
たとえば、雨の日でも清掃作業をすると、周りからは「そこまでする必要ある?」とか「どうせまた汚れるんだから」と言われることがある。でも、僕にとってはそれが普通。雨水で滑るから怖いけど続ける。自分にとっては当たり前でも、実はみんなそこまでやっていないと気づいたときにちょっと驚いたんですよね。
世界を舞台に活躍する仲間、後継者と共に、OPTはその先へ
WWD:長く続けるために心がけていることを教えてください。
大井:「誰かのために」とか「お金のために」という気持ちでやっているわけではありません。自分が気持ちいいかどうか、ワクワクするか、納得できるか、それがすべてです。
会社を立ち上げてもその考え方は全然変わらなかった。「稼がなきゃ」と焦るかと思いきや、そうでもなくて。これでいいのかなと思いますけど、自分らしく生きてるんだと思います。
今の一番の目標は「生き続けること」ですね。去年できたことが、今年は体力的につらいときがある。だからこそ、後継者を育てたい。育てるというより、出会いたい。そんな感じです。
WWD:後継者はどんな人が向いてると思いますか?
大井:やっぱりファッションに興味があって、自分をプロデュースできる人がいい。自分に似合う服や髪型を理解してる人。メディア対応やSNS、YouTubeに出ることもあるだろうし。目立つことを嫌がらず、でも派手なだけじゃない、芯がある人がいい。僕も別に目立ちたがり屋じゃないけど、ファッションは好き。ギャップがあるからこそインパクトが生まれるんです。
「OPT」の制服を、土色の作業着からストライプ柄のかわいいシャツに赤い靴へと変えたとき、コワモテの先輩も刺青のある人も、そのシャツを着て鏡の前で照れている姿がとてもかわいらしかったです。制服がきっかけで、子どもからシニアまで多くの人に声をかけてもらえるようになりました。見た目と中身のギャップで人の心が動くなら、それはもう大きな武器です。綺麗なトイレを目指すには、そうしたコミュニケーションや心の動きが何より大切だと思います。
WWD:10年後の「OPT」のビジョンを教えてください。
大井:世界に羽ばたいていると思います。2年後、3年後にはすでに動き出しているかもしれません。後継者は世界を舞台に活躍しているでしょう。もしかしたら、トイレ清掃で宇宙に行っているかも!
と言いながらも僕は、今と変わらず10年後も現場でトイレをきれいにしていたい。場所は奥多摩でももっと遠くでもいい。やっぱり現場が好きなんですよ。健康でいて、今日と同じように現場に立てていることが何よりの幸せだと思います。
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