観光地として大きく発展を遂げた沖縄。しかしその一方で、地域資源や一次産業への負荷といった深刻な課題も浮かび上がっている。そうした現実に向き合い、地域創生の視点から新たな価値を生み出そうと立ち上がったのが、キュアラボ(Curelabo)山本直人代表だ。彼は活動の起点として、沖縄の基幹作物であるサトウキビの副産物“バガス”に着目。その成分を活用し、試行錯誤を重ねて“紙糸”を開発した。素材開発の背景や、地域をつなぐ構想、そこに込めた思いを聞いた。
“バガス”に見いだした可能性
PROFILE: 山本直人/キュアラボCEO

WWD:プロジェクトを立ち上げた経緯を教えてほしい。
山本直人キュアラボCEO(以下、山本):前職では観光業に特化した広告代理店に勤務し、20年ほど前から沖縄に関わるようになった。当時、年間約500万人だった観光客数は、(コロナ禍前の数値で)現在では1000万人を超える規模に達し、ハワイを上回る観光地へと成長している。
一方で、地域が抱える課題も見えてきた。観光産業が急成長すると、地域資源に負担がかかる。その影響を最も大きく受けたのが一次産業だ。沖縄の基幹作物であるサトウキビは、現在でも耕地面積の約47%を占めるが、収穫量はピーク時の約3分の1にまで減少している。とはいえ、国内で製糖用のサトウキビを生産しているのは沖縄と奄美大島のみであり、国内で砂糖を自給するにはこの2地域での栽培は不可欠。残すべき重要な産業だ。地域の魅力を生かしながら、残すべきものを守りたいという思いから、地域創生に貢献する事業を立ち上げた。
WWD:そこから、なぜサトウキビの残渣“バガス”に注目を?
山本:製糖工場を訪れた際、山積みになったバガスを目にし、それがボイラー燃料として使われていることを知った。だが、収穫時期が限られているため、余剰バガスは使い切れず、燃やすことでCO2を排出するという課題も抱えていた。
バガスの成分は約90%が食物繊維で、主に不溶性繊維だ。そのままでは発酵する可能性があり、肥料や飼料に活用するにも輸送面の問題がある。そこで、この食物繊維(セルロース)を利用して、付加価値のある新しい製品を作れないかと模索した結果、“紙の糸”という発想にたどり着いた。バガスを使って紙糸を作ることで、サトウキビという沖縄の原風景を守りながら、産業としての可能性を広げたいと考えた。
軽さと機能性を兼ね備えた紙糸の魅力
WWD:紙糸の特徴は?
山本:紙糸は、和紙を細く裂いて撚(よ)って作るので、繊維構造としては一般的な糸とそれほど大きな違いはなく、番手(糸の太さ)で管理もできる。最も異なる点は、軽さだ。同じ太さの糸で比較すると、綿糸の半分以下と非常に軽い。また、紙は多孔質なので、顕微鏡で拡大すると小さな穴が開いていて、その構造が吸水性と速乾性を生み出す。さらに、植物由来のポリフェノール系成分の効果で、消臭性や抗菌性も非常に高い。軽くて機能性も備え、かつ日本でしか作れない、ユニークな糸だ。
WWD:相性のいい組み合わせは?
山本:紙糸の軽さや、多孔質による吸水・速乾性、消臭・抗菌性といった機能性は、天然繊維と相性がいい。紙糸100%での使用も可能だが、衣類だと着心地の観点でコットンなどとの混紡が主流だ。カシミヤやウール、丹後ちりめんなどシルクとの組み合わせも、高い評価をいただいている。中でも、日本のシルクと紙糸の組み合わせは、海外での反応が非常に良い。
WWD:海外でも手応えを感じている?
山本:日本の紙糸自体が珍しく、ストーリー性にも富んでいる点が評価され、ハイブランドを含むさまざまなブランドから注目を集めている。デニムよりも、糸として卸すケースが多く、糸やテープの状態で提供し、海外でテキスタイルに加工して使用されるのが主だ。現在では、70種類以上あるサンプルから「この糸・生地を使いたい」とオーダーを受ける機会も増えている。
WWD:開発でこだわった点は?
山本:一番のこだわりは、「国内で製造したい」という思いだ。「サトウキビの残渣は東南アジアでも採れるのだから、沖縄産にこだわる必要はないのでは?」と言われることもあるが、僕たちは地域創生を目的に取り組んでいる。コストなどの課題もあるが、それでも“価値”として残すべきだと考えている。「この素材を通して何をしたいのか」という思いに強くこだわってきたからこそ、「こういうものができた」と沖縄の人々に伝えると、とても喜んでもらえる。そういう姿を見ると、やってよかったと心から思う。
WWD:サトウキビの“バガス”から紙糸を作ろうと考えた後、なぜ「シマデニムワークス(SHIMA DENIM WORKS)」を立ち上げたのか?
山本:デニムは、アパレルの中でも製品寿命が長いアイテムだ。素材にこだわると同時に、できるだけ環境負荷を抑えたいと考えた。さらに、プロジェクトの出発点が沖縄であったことも大きい。沖縄とアメリカの歴史的な関係性を踏まえると、ジーンズというアイテムは象徴的だと思った。
WWD:一般的なコットンデニムとはどんな違いがある?
山本:まず、軽さは明らかに違う。私たちのデニム生地では、紙糸を50%ほど混ぜているので、コットン100%の従来のデニムと比較するとかなり軽い。また、通常のデニムは横糸に白のコットン糸を使うことが多いが、私たちのデニムは横糸に紙糸を採用しているので、裏返すとその色味がよく分かる。少し生成りがかった独特の色なので、それによって経年変化や風合いが少し違ってくる。
沖縄から全国へ
30種類の未利用資源が紙糸に
WWD:現在では、バガス以外も扱っていると聞く。
山本:パイナップルやトマトの葉っぱや米のもみ殻、麦茶やワインの搾りかす、サクランボの剪定枝など、全国21エリア以上で、約30種類の素材を展開している。試作も含めるともっと多い。将来的には、全国47都道府県全てで取り組みたい。
WWD:どういうものが紙糸の原料に向いている?
山本:紙にする上での結合率でいうと、食物繊維を多く含む植物由来のものが適している。ただ、糖度が高かったり、油分が多かったりするものは、工程を追加しなければならず、少し手間がかかる。
WWD:国内製造はどこで?
山本:北海道や岐阜で製造した紙に、静岡・浜松や広島・福山でスリット加工や撚糸を施し、用途に応じて異なる工程を経て仕上げている。例えば、山形のサクランボの枝は、宮城の提携先で乾燥・粉砕処理を行い、その後北海道で紙に加工する。愛知で出る残渣であれば、岐阜で紙にするなど、可能な限り素材の産地に近い場所で完結できるようにしている。
私たちは、サプライチェーンの構築を重視している。自社で全てを抱え込むのではなく、“発注すれば回る体制”を整える。それが実現すれば、全体のバランスが取れて、関わる全ての人がハッピーになれる。デニム製品に関しては、広島・福山を拠点に体制を整えている。製織は篠原テキスタイル、染色は坂本デニムにお願いしている。
WWD:自社の規模を拡大していくより、連携を軸に動いていく、と。
山本:その通りだ。全国の職人や産地にしっかりと還元できるよう、提示された金額のままで依頼しており、価値を下げるような量産はしない。客観的な視点で地域を観察し、そこにある課題を見つけ出し、それをいかに新たな価値へと変換できるかを常に考えている。各地域が自らアップサイクルを実現できる仕組みを、一緒に作っていきたい。
地域、企業と生み出すモノ作り
WWD:なぜ地方創生にこだわるのか?
山本:日本のモノづくりは、私たちが世界と戦える“武器(強み)”だと思うから。日本製の価値は、いまだにすごく高い。だからこそ、昔からある素材や技術に新たな価値を加えて“創生”する発想は、今とても重要だと感じている。それを47都道府県にまで広げていけるような仕組みができたら──。日本のモノ作りの価値と可能性を、今一度提示していきたい。
WWD:今、特に注力している地域連携があれば教えてほしい。
山本:地域軸と企業軸でそれぞれある。地域軸でいうと、100万本のバラが咲く“ばらのまち”として知られる広島・福山では、これまで剪定された枝は全て焼却処分されていた。そこで、福山市役所と篠原テキスタイルと連携し、それらの枝を再利用してデニムを作っている。
また、今年は山形でフルーツ栽培が始まって150周年という節目の年。これに合わせ、山形県庁やJRと連携し、サクランボの剪定枝をアップサイクルした糸を用いて、佐藤繊維をはじめとする県内のニット工場で製品化するプロジェクトを進めている。
京都では、北山杉を活用したプロジェクトも進行中だ。約600年の歴史を持つ北山杉は、かつて茶室や数寄屋建築、寺院などに使用されていたが、洋風化とともに需要が減少している。こうした状況を受け、京都芸術大学と連携し、廃材となった北山杉を糸や布に加工して、林業用の作業着や法被として再生する取り組みを行っている。
WWD:企業軸では?
山本:「サッポロビール」黒ラベルの搾りかすを活用したプロジェクトは、かれこれ4年ほど継続しており、毎年新たな素材や製品を販売している。「明治」チョコレートの原料であるカカオ豆の皮を活用したプロジェクトでは、私たちが作った生地を「エドウイン(EDWIN)」が製品化・販売している。
目指すは“産業がある地域”
WWD:今後は、海外の未利用資源を活用した動きも考えている?
山本:すでに挑戦を始めている。例えば、タイは世界第4位のサトウキビ生産国で、日本をはるかに上回る生産量を誇る。もしタイ国内に紙糸を製造する技術を導入できれば、現地で新たな産業を創出することが可能になる。地域ごとの残渣を生かしたアップサイクルが実現すれば、それこそ地域創生のグローバルモデルとなり得る。
WWD:日本と海外で需要に違いは感じる?
山本:ヨーロッパの方が意識は高いと感じている。日本のマーケットでは、サステナブルやエシカルという観点からの購買意識がまだ根付いていない。もちろん、感度の高い一部の層からは反応があり、メディアを通じて知ってもらえる機会も増えた。ただし、紙糸の吸水性や消臭・抗菌性といった“機能的価値”がなかなか評価されず、最終的には価格で比較されて終わるケースも少なくない。
一方で、若い世代を中心に変化の兆しも見えてきた。現在、全国約20の小中学校と連携し、ワークショップやオンライン授業を実施している。サステナブルな考え方を若い世代に伝えることは、長期的視点で“持続可能な社会”を実現するための布石になる。こういう取り組みこそ真のサステナブルだ。
WWD:今後の目標は?
山本:1つの大きな目標としては、沖縄で繊維産業を生み出すこと。沖縄には縫製業はあるが、繊維産業は存在していない。現在、われわれは、バガスのパウダー化までの工程を沖縄で行っており、それ以降の紙や糸にする工程は、弊社の特許をそれぞれの加工パートナーに委託している状況だ。沖縄本島に唯一ある製糖工場「ゆがふ製糖」に新しい設備を導入できれば、沖縄でも原料から紙、糸、生地、製品までを一貫して行えるようになる。内閣府「沖縄総合事務局」とプロジェクトについて意見を交わしているところだ。
WWD:最後に、この活動を通じてどんな未来を作っていきたい?
山本:“産業がある地域”を実現したい。白川郷のような、観光地としてだけでなく、人が住み、働き、経済が循環している地域。そこに“本当の意味での創生”があると信じている。この紙糸という素材が、地域と世界をつなぐ架け橋になればうれしい。
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