失敗してもお試しでもいい! 無理しない「移住」の極意を里山ライフ雑誌『Soil mag.』編集長に聞く

パンデミックに起因するテレワークの普及によって、いま若者や子育て世代における地方移住の動きが加速しているといわれます。なかでも@Livingが注目しているのは、都心部から電車で1〜2時間圏内で実現する、“背伸びしない移住”という選択肢。都市の利便性も田舎暮らしの良さも手放さず、その両方を自分に合った形で享受する。そんな昨今の移住トレンドについて、移住と里山ライフをテーマに2021年10月に創刊した雑誌『Soil mag.』編集長の曽田夕紀子さんにうかがいました。

 

テレワークの普及を機に、地方移住へのハードルが下がった

ここ10年くらいの間によく目にするようになった「地方移住」というキーワード。テレワークの普及をきっかけに、地方へ移住を決める若い世代がさらに増えているといわれています。

 

「もちろんコロナ禍も理由のひとつだと思いますが、大きなきっかけは2011年の東日本大震災だったと思います。既存の社会システムが、実は絶対的なものではなかったことに気づかされたあのとき、多くの人々が人生における大切なものは何かを見直したと思うんですよね。その結果、いざというときに自分の力で生きていけること、たとえば地方の里山で土を耕し、自力で作物を作れるような生活に価値を見出す人が増えてきた。それが移住者の増加を促した根本的な理由だと思っています」

 

そう語るのは、移住と里山ライフのカルチャーマガジン『Soil mag.』編集長の曽田夕紀子さん。

 

「もっと以前の地方移住というと、リタイア後の高齢者や、本格派のナチュラリストなど、限られた人だけの選択肢というイメージが強かったと思います。それが今は、人生をより豊かにする当たり前の選択として移住があるという感覚です。中高年や子育て世代はもちろん、単身の若者でも地方移住しやすい環境が整ってきたと思います。

各地方自治体が実施している支援制度も年々手厚くなっていますし、テレワークの普及もそれを後押しした形。特に国が支給している地方創生推進交付金は、2021年度から移住先でのテレワークも支援の対象になりました。

これはどういうことかというと、移住先で起業や就職をせずとも、今の仕事を続けたままで移住支援金が支給されるようになったんです。週に何回かは東京のオフィスへ出社しなければいけないとか、都市から離れすぎないところで移住したい人にとってみれば、引っ越しするだけで最大100万円の支給を受けられるようなもの。これは大きいと思いますね」(『Soil mag.』編集長・曽田夕紀子さん、以下同)

 

浅草から奥多摩へ移住。都心まで2時間の田舎暮らし

曽田さんのご自宅はすぐ下に清流が流れる。

 

実は曽田さん自身も、2015年に東京・浅草から同じく東京の奥多摩町に夫婦で移住しています。釣りやキャンプでも人気の緑豊かな奥多摩町は、都心から電車で約2時間とアクセスも良好。

 

「以前は浅草の自宅兼事務所を拠点に、夫とふたりで雑誌や本を作る仕事をしていました。当初、田舎暮らしに興味があったのは私だけで、夫は反対だったんですね。たしかに編集者は人と会う機会が多いから、いきなり遠い田舎に移住するのは現実的ではない。でも奥多摩だったら今の仕事を続けながら移住できるんじゃないかと考えました。それから夫婦でちょくちょく遊びに通うようになり、夫もだんだんその気になってきた……(笑)、といういきさつです」

 

普段は自然豊かな奥多摩町に拠点を置き、2時間で都心に出ることも可能。まさにいいとこ取りの移住生活

 

「当初は都心部のマンションに事務所を借りていましたが、いざ引っ越してみたら全然使わない(笑)。むしろその後のパンデミックで都心に出かける用事も減り、2年前に解約しました。ただ、私の場合は都会が嫌いなわけではないんです。行きたいときに気軽に都心へ出て都会の文化に触れられるというのも、精神的な安心感につながっているかもしれません」

自宅には憧れの薪ストーブも。

 

いま地方移住を目指す人々が本当に求めている情報とは?

『Soil mag.』(ワン・パブリッシング刊)2021年10月創刊。1号目の特集は『“耕す暮らし”の創りかた。』。農的暮らしを実践する移住者へのインタビューから、自給菜園や新規就農のノウハウ、各地の地方自治体が実施している移住支援策など、すぐに使える具体的な情報がしっかりと網羅されている。

 

曽田さんはその後子どもも授かり、現在は築150年の古民家に暮らしています。そんな移住生活を送る中で生まれたのが、自身が編纂する雑誌『Soil mag.』でした。日本唯一のDIY専門誌『ドゥーパ!』から2021年10月に創刊されたこの新雑誌には、地方移住によって自分たちなりの豊かな暮らしを実現する人々のエピソードや、その具体的なノウハウがたっぷりと紹介されています。

 

「これは地方移住あるあるだと思うのですが、田舎で暮らしを営んでいると、野菜を自家栽培してみるとか、家の修繕をDIYするとか、自分たちの手で暮らしを作っていくことへどんどん興味が深まっていくんです。そんな中で、私も自然とそういうことをテーマに媒体を作ってみたいと考えるようになりました」

 

誌名に使った“Soil”という言葉には、ふたつの思いが込められているそう。

 

「ひとつは土。いま地方移住を考える人々が本質的に求めているものは何かを考えたとき、自分の手で作物を作るとか、やっぱり土のある暮らしなのではないかと思いました。もうひとつは、サステナブル、オーガニック、イノベーティブ、ローカルという4つの言葉で、この頭文字を合わせると“soil”になります。移住者の事例を紹介する媒体ってこれまでにもあったけれど、実際にその暮らしを実現するための具体的なノウハウまで落とし込めている媒体ってあまりなかったと思うんです。若い世代の移住者が増えている今こそ、その道標になるような情報とワクワクを一冊でしっかり見せられる雑誌にしたいと考えました」

自分たちで食べる分だけ栽培する自給菜園の作り方や、農業と他の仕事を両立する働き方の事例など、土のある暮らしを実践するさまざまなノウハウは、読んでいるだけでも面白く多くの気づきを与えてくれる。(『Soil mag.』より)

 

住居から仕事まで何でもサポート。国や地方自治体の支援制度が充実

移住者が増えている背景には、国や各地方自治体が実施している支援制度の充実もあります。

 

「たとえば私が暮らす奥多摩町では、住宅を購入する際に最大220万円まで補助してもらえます。内容は自治体によってさまざまですが、移住者へのサポートは年々手厚くなっているのが現状ですね」

 

生き方の選択肢が増えている昨今、支援を受けられる年齢層や条件も幅広くなっているそう。子育てと仕事を両立したいシングルマザーや、20代の単身者、新規就農を目指す中高年夫婦、地方で起業したいフリーランスまで、誰にとっても地方移住への道は開かれていると曽田さんはいいます。

 

「最近は、移住者が地域コミュニティにスムーズに入っていけるようなサポートも充実しています。自治体によっては移住相談の窓口に移住コンシェルジュという専門家を入れて、就職から住居探しまで親身にサポートしてくれるというケースもある。たとえば物件探しって移住における大きなハードルのひとつですよね。でもそういったシステムを活用すれば、賃貸情報サイトでは見つけられないような、地域に根ざした情報にもアクセスしやすくなったりするんです」

妊活や子育て、新規就農、住宅、起業と、地方自治体が設けているさまざまな移住支援制度を紹介しているページ。地方の特色に合わせた、個性豊かなサポートが充実している。(『Soil mag.』より)

 

やり直しも失敗もOK! 背伸びしない地方移住とは?

どこを移住先に選ぶかは人それぞれ。こればかりはご縁としかいいようがないと曽田さん。

 

「あちこちの移住先を吟味して情報を調べ尽くしてから移住を決める人って、実はあまりいないというのが、多くの移住者を取材している私の実感です。たまたま旅行で訪れて気に入ったとか、知り合いが近くにいたとか、わりと直感的に決めている人も多い。……というのも、これだけ移住へのハードルが下がっているいま、仮に住んでみてもし自分に合わなかったり、うまくいかなかったら帰ってきたっていいんです。逆にそのくらいの考えでいた方が、地方移住ってうまくいくのかなと感じていて」

 

1回で何が何でも成功させなければならない……地方移住はそんな風に “思い詰めて決める”ような片道切符のものではないというのが、曽田さんの考え。

 

「できれば、家はいきなり購入しない方がいいですね。最初は町営住宅などを借りて地域の人と関係性を深めていけば、その先で耳寄りな物件情報を得られたりしますから。あとは、東京など大都市からの移住に不安があるなら、私のようにその利便性を完全に手放さないという選択肢もある」

 

曽田さん自身、地域コミュニティにはすぐになじめたのでしょうか?

 

「東京ではご近所付き合いというのがほぼなかったので、奥多摩に来てから地域社会というものを初めて体験したような感じです。ただ、その心配はまったくなかったですね。今はどこの自治体も移住者を歓迎してくれる傾向がありますから、人間関係でがんじがらめになるということはあまりないのではないでしょうか。自分なりに距離感をもってお付き合いを楽しめばいいと思います。逆に従来の東京の友人たちは、リフレッシュがてら奥多摩に遊びに来てくれるようになりました。移住前に築いてきた人間関係も、いい距離感でキープできる安心感は大きい。これは都市近郊へ移住するメリットのひとつだと思います」

 

リゾート地などで働きながら、同時に休暇を取れる仕組み、ワーケーション。ロングステイで地域の魅力をじっくり味わえるため、移住のお試しとしても有効です。(『Soil mag.』より)

 

自分を表現する手段として地方移住を考えてみる

一方で、若い世代の移住者同士がつながって、新たなムーブメントを起こすといった動きも、日本全国で活性化しているといいます。

 

「同じ移住者同士というだけで、価値観が合う人も多かったりするんです。そこで新しい仕事やモノ創りなどが生まれている事例は本当に多いですし、今後の田舎暮らしはダブルワーク、トリプルワークがスタンダードになっていくのではないかと感じています。田舎って閉鎖的に思えるかもしれませんが実は“隙間”も多いというか、場合によっては移住者が新しいことを始めやすい環境だったりもするんですよね。たとえば東京で起業してそこで戦おうとすると、たくさんの資金や綿密なブランディングも必要になります。でも人が少ない田舎だったら、自分の得意なことで看板を掲げていると、周りからちょっとした仕事がもらえたり、声をかけてもらえたりすることが実際によくある。都市で活動するよりも、実は田舎の方が自分を表現しやすい環境だったりするんです」

 

これまでの仕事や人間関係は継続させながら、新たなことにも挑戦してみたい。そんな人にとっても、都市と田舎暮らしのいいとこ取りができる“背伸びをしない”地方移住は、ひとつのきっかけになるのかもしれません。

 

「地方移住は今後ますます当たり前の選択肢として定着していくと思っています。これは個人的な願望でもありますが、それぞれに特色を持ったいろいろな地域が活性化していけば、個性的で豊かな暮らしをより多くの人が実現できるようになるし、日本という国の発展にもつながっていくはず。実際世の中は、そのような未来へ向けて少しずつ動き出していると感じています」

 

【プロフィール】

Soil mag.編集長 / 曽田 夕紀子

2021年10月に創刊した、移住と里山ライフのカルチャーマガジン『Soil mag.』の編集長を務める。自身も23区内から奥多摩に家族で移住し、都市部へのアクセスを確保しながら自然を満喫できる里山ライフを実践している。

 

仕事に集中するか新体験を楽しむか? 実践者が教える「ワーケーション」成功の秘訣とは

オフィスを離れて仕事をする“リモートワーク”が進むなか、なかには自宅や普段の行動圏からも離れて仕事をする人も。観光地やリゾート地で過ごしながら、のびのびと仕事をする「ワーケーション」が、新しいワークスタイルとして昨今注目されています。

 

ワーケーションがコロナ禍をきっかけに注目される以前から実践し、現在は「ワーケーションコンシェルジュ」として活動する山本裕介さんに、ワーケーションのメリットや注意点などを教えていただきました。

 

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「ワーケーション」には2種類がある

ワーケーションとは、「work(仕事)」と「vacation(遊び)」をあわせた造語。通勤など日々のルーティンから解放され、豊かな自然の中で働くことで、生産性を上げたりリフレッシュしたりするメリットがあります。ワーケーションという言葉が流行するよりいち早く、この働き方を始めていたのが、一般企業に勤めながらワーケーションコンシェルジュとしても活躍している山本裕介さんです。全国各地でワーケーションを実践してきた山本さんによると、ワーケーションには2種類があるそう。

 

1. リゾート地や地方などで新しい体験をすることを目的にしながら、仕事ができる環境を確保する

「プライベートを充実させるだけでなく、仕事にも役立てるためにマーケティングも兼ねてワーケーションしてみる、というタイプです。地方の暮らしに触れたい方や、発見や気づきを得たい企画系・クリエーター系の方などは、その土地に触れることや新しい刺激を受けることが仕事である、とも言えますよね」(ワーケーションコンシェルジュ・山本裕介さん、以下同)

 

↑徳島県上勝町でのワーケーションの風景。現地の方の暮らしを見せてもらいに行ったそう

 

2. 自然のある静かな場所で仕事し、生産性を上げる

「こちらは遊びや交流をするというよりは、むしろガッツリと仕事と向き合うために、環境を変え、仕事の効率化を図るというものです。企業では、研修も交えた合宿を行ったり、リゾートホテルやコワーキングスペースが招致したりしています」

 

合宿タイプのワーケーションでは、仕事をしたあとにリゾート地でリラックスしたり遊んだりすることができるので、ストレスや疲れを軽減させる効果があるという研究結果も(※)。合宿という“公私混同”の企画でありながら、きっちりと時間を区切って行うことで、仕事とプライベートのメリハリを感じる人も多いようです。

※出典=株式会社NTTデータ経営研究所「ワーケーションの効果検証実験」

 

↑山本さんがはじめてワーケーションで訪れた知床半島。船の上でもPCが使用でき、ちょっとした合間も作業時間に当てられます

 

「ただ、本質的には前者の“都会で普段暮らしていると出会えない人々や生活、価値観に触れられる”ことが本来のワーケーションではないかと感じています。わたしが行っているのは前者の方で、その土地でしかできないことを子どもと体験しながら、ぎゅっとコアタイムを作って仕事をする、という働き方をしています。コロナ禍でリモートワークができるようになった方が多くなり、これから地方への移動制限が解除されていけば、多くの人がワーケーションを楽しめるようになるのではないでしょうか」

 

山本さんがはじめてワーケーションを経験したのは、2016年。北海道の知床半島でテレワークをしませんかという企画があり、「別に東京にいなくても仕事はできる」と気づいて実践したのだと言います。

 

「当時はワーケーションという言葉ではなく、『テレワーク』という方が一般的でしたよね。テレワークマネジメントという会社がさまざまな企画を仕掛けていたひとつが、知床半島でのワーケーションでした。わたしの働いているIT企業では、当時から全員が対面して会議するわけではなく、オンラインの方がいたり会議室にいる方がいたりという社風でした。ですから、企画に応募するとき上司には相談しましたが、仕事ができるなら場所はどこでもいい、という返事をもらえたのです。昔と違って、“会社に長くいる人がいちばん偉い”という風潮もなくなってきていますし、仕事でのアウトプットやパフォーマンスが変わらないのであれば、働く場所にこだわる必要はない、という良い方向に、日本全体が変わってきているように思います」

 

ワーケーションのメリットと注意点

ワーケーションを成功させるためには、実践する際の注意点を知っておくことが大切です。一番はもちろん、仕事がきちんとできるように努めること、でしょう。遊びの方が楽しくなってしまい、生産性が下がったり、会議に出られなかったりということがあれば、当然周囲からは歓迎されなくなります。

 

↑奄美大島へ行ったときは、地元の方に島唄を教わったりもしたそう

 

1. 仕事はするが、囚われすぎないこと

「ただし、それに気を取られるがあまり、せっかく遠くに行ったのにずっとPCの前にいた……という失敗にもつながりがちです。交通費をかけてわざわざ行ったのに、遊ぶ時間もとれず、仕事の生産性も上がらなかった、では悲しいですよね」

 

2. 機会を逃さないよう計画に余裕を作ること

「また、反対にあれこれ計画しすぎてしまうのも、ゆとりを失くしてしまいます。たとえば現地での交流が広がっていくと、『明日、川に鮭が戻ってくるから見に行かない?』などと、その土地・その季節にしかないものを体験できるようなお誘いを受けることがあったりします。そんな機会は滅多にないし、行きたいじゃないですか。だから仕事の予定も現地での行動も準備しすぎず、ゆとりを持っていた方が楽しめると思います。

そして、メリットばかりを求めないこと。誰かがお膳立てしてくれるのを待つのではなく、好奇心を持って自分から切り開いていくと、きっと忘れられない出会いやかけがえないものを目にする機会に恵まれますよ」

 

3. 移住との違いを意識して現地交流を楽しむこと

「最後に、“移住”と“ワーケーション”を分けて考えること。移住希望者だと思われて、移住前提でお話をされるケースもあり、ワーケーションで伺ったのに移住希望者だと思われて、バスツアーに参加することになってしまった、ということもあります。移住するための下見ならばそれでいいのですが、そうでないなら、そこを切り分けた方が地元の方との交流もうまくいきます」

 

観光ではなく、日常と地続きの“生活”をする目的で行くと、地元の人にも“お客さま”としてではなく、親しみを持って受け入れてもらえたそう。観光ではわからない、その地域の魅力や地元の人たちとの交流を持てることが、ワーケーションの最大の魅力といえるでしょう。

 

ワーケーションでの過ごし方

実際に、山本さんはどのようにワーケーションの日々を過ごしていたのでしょうか? 成功のポイントとともに伺いました。

 

「まず一日の中で、仕事すべき時間を決めておくのがおすすめです。わたしの場合は、早朝、お昼、夕方、夜の1日4回、1〜2時間のフォーカスタイムを設けて、同僚とメールやチャットで連絡する時間にあてていました。メンバーもわたしとどの時間帯に話せるかがわかっているので、そのときまでに用件をお互いにまとめておき、スムーズで効率のよい連絡ができていましたね。

作業時間は、やるべきことのボリュームによっても違いますが、地域の方との交流や遊びを日中にすることが多いので、朝早めに起きて作業したり、午前中は遊んでお昼過ぎから仕事したり、あるいは夜の時間を使っていました。仕事に取りかかる時間が少ないように感じるかもしれませんが、一日中会社にいたって、集中できる時間は限られていますよね。ワーケーション中は、その時間内にしっかりとパフォーマンスを出さなくてはという思いがあるので、作業時間をぎゅっと凝縮させることで集中力が上がりました」

 

↑長野県諏訪郡富士見町にある「富士見 森のオフィス」。宿泊施設も兼ね備えたコワーキングスペースで、環境が変わるだけで作業も捗りそう

 

同じ作業をしていても、場所や環境が変わるだけで、心の軽さや時間の使い方が変わるもの。自分の仕事や働き方を見つめ、どのようなプランならワーケーションが楽しめるかを考えてみてはいかがでしょうか。はじめからまとまった期間で計画しなくても、2~3日だけの小さな旅のように“移動”してみるのもいいかもしれません。

 

最後に、編集部が見つけたおすすめのワーケーションプラン3選を紹介します。

 

〈編集部選〉体験してみたいワーケーションプラン

続いて、さまざまな土地で行われているワーケーションプランを紹介します。緊急事態宣言が発令されたり解除されたり、時々で事情が変わることも想定しながら、柔軟にプランニングしてみましょう。

 

1. 夏の暑い時期にぴったり!「北海道型ワーケーション」

リモートワークタイムに仕事をしながら、アイヌの文化を学んだり、グルメを堪能したり、北海道を身近に感じられるプランがさまざまあります。涼しい中で仕事をすれば生産性もあがり、大自然に体も心も癒されそうです。農業や漁業体験の他にも、環境・エネルギー産業の取り組みを視察したり、地元の方々と新規ビジネスを練ったりするプランもあります。ただ自分の仕事を持って行くだけでなく、ディスカッションやワークショップを通じて成長できる機会にもなりそうですね。

https://hokkaido-work-vacation.com/

 

2. 優雅な気分にさせてくれるロケーション「ハウステンボスワーケーション」

物語の世界に入ったようなハウステンボスの一角にあるコテージタイプのホテルに宿泊しながら、仕事ができるプラン。テラスや外のベンチなどでも作業ができ、のんびりとした空間でいいアイデアも生まれそうです。景色が変わるだけで頭が柔らかくなり、リラックスして仕事に打ち込めるかもしれません。温泉やおいしいレストランもたくさんあり、場内をサイクリングしたりお散歩したりも楽しめるので、ここから出たくなくなりそう。

https://www.huistenbosch.co.jp/hotels/workation/

 

3. 都心からロマンスカーであっという間の移動!「湯本富士屋ホテル」

ワーケーションで遠い地まで行くのが心配なら、緊急時にも自宅に戻りやすい場所でトライしてみては。箱根湯本から徒歩3分のホテルなら、箱根の町を散策したり、温泉に入ったり、リフレッシュできること機会がたくさんあります。7月22日からはプール営業もはじまるので、頭をすっきりさせるのに泳ぐのがちょうどよいかも。すぐそばを流れる早川の河原や広々としたロビーなど、作業をお部屋以外の場所でするのもおすすめです。

https://www.yumotofujiya.jp/recommend/21.html

 

【プロフィール】

ワーケーションコンシェルジュ / 山本裕介

東京⼤学で社会学を学んだ後、広告代理店を経て現在はIT企業でマーケティングを担当。ワーケーションという言葉が一般的でなかった2016年から北海道・オホーツクエリア、⻑崎・五島列島、⿅児島・奄美⼤島、徳島・神山町/上勝町、和歌山・南紀白浜、福岡・糸島、群馬・みなかみ、長野・八ヶ岳エリアなど、5年間で全国15ヶ所以上で⼦連れリモートワークを実践し、情報発信を行う。FBグループ Local Remote Work Network を立ち上げるなど各地域のネットワークづくりをサポート。

この距離感がちょうどいい!準郊外に出現した「船橋グランオアシス」で実現する新しい暮らし

テレワークが働き方の新常識となってきた昨今、人々の暮らしの選択や価値基準もまた、大きく変化しつつあります。都心のオフィスに通う必要性が薄れていくなか、20~30代の若い世代から注目されているのが、「暮らしの質」を高める「準郊外の街」という選択肢です。

 

そこで今回は、東京のベッドタウンとして近年再開発が急速に進んでいるという、千葉県の船橋エリアに注目。「施工」から「暮らし」まで、日本初の再エネ電気100%タウンを実現し、子育て世代に好評を博している大和ハウス工業の「船橋グランオアシス」を訪ねました。

 

船橋駅へ好アクセス! 都心からちょうどいい“準郊外”の距離感

2021年3月、東武アーバンパークライン(旧:東武野田線)沿線の塚田駅そばに、新たな街が完成しました。その名も「船橋グランオアシス」。571戸の分譲マンションと250戸を超える賃貸住宅、さらに戸建分譲住宅街区や商業施設街区も含む、大規模な複合開発プロジェクトです。

 

「塚田」は地元民でない限りあまり聞きなれない駅名かもしれませんが、東京駅へ約24分の船橋駅まで、東武アーバンパークラインを使ってわずか5分。同じくターミナル駅の西船橋駅や津田沼駅にも自転車で行ける便利な場所にあります。加えて隣の新船橋駅も近年再開発でにぎわっており、働き盛りの世代にとって、このエリアは都心から遠すぎず、ちょうどいい距離感の「準郊外」として、近年再び注目を集めているといいます。

 

リモートワークが広がるコロナ禍の昨今、暮らしの拠点を見直す人々が急増するなか、ここ「船橋グランオアシス」の誕生は大きな話題になりました。会社や働く場所に近い都心で高い家賃を払い続けるより、もっと広々とした家で余裕を持って暮らしたい。そんなふうに人々の意識が「通勤の利便性」ではなく、「暮らしの質」へと向けられるようになったこのタイミングに、「船橋グランオアシス」の開発コンセプトは見事にマッチしていたからです。

 

それが、本件の開発コンセプトとして掲げていた「つながる未来、スマートコネクテッドシティ船橋塚田」という考え方。この「船橋グランオアシス」は、通勤や生活がしやすいというだけではなく、日本初の再生可能エネルギー電気100%の街づくりを実現するなど、時代の先をゆく取り組みを注ぎ込んだ先進的なプロジェクトでもあるのです。

 

エリアの価値を創造しながら、地域住民とつながる街づくり

↑敷地内に設けられた緑道は、居住者に限らず誰でも通行できます。休日の朝にはウォーキングやランニング、ペットの散歩などを楽しむ人々の姿が見られます

 

再生可能エネルギー電気100%の街づくりとは、いったいどんなことなのか? なぜこの塚田の地が選ばれたのか? 一連の開発の経緯について、大和ハウス工業・東京都市開発部の渡邊大吾さんに聞きました。

 

「『船橋グランオアシス』があるこの場所には、2012年まで大きなガラス工場がありました。その閉鎖をきっかけに、当社が船橋市とともに開発を手がけることになりましたが、そもそもこの周辺地域は昔から残る狭い道路が多く、車一台がすれ違うのも大変な道路ばかり。地域住民の方々からは、これ以上人の往来が増えるのは困る、といったお声も頂戴していました」(渡邊さん)

 

船橋市の都市計画課など関係機関と連携し、地域住民との協議を何度も重ねるなかで見えてきたのは、「つながる」というキーワードだったといいます。

 

「都心に近い準郊外エリアでは珍しいケースだと思いますが、船橋周辺は近年出生率が上がっているそうです。なかでも塚田は、自治会活動が活発なところで、地域住民のつながりをとても大事にしています。つまり、安心して子育てをしたいファミリーにはうってつけの場所なんです。そういった背景から、『つながる未来、スマートコネクテッドシティ船橋塚田』という開発コンセプトを導き、これに基づいてエリアの価値向上に繋がる取り組みを検討してきました。分譲マンション、戸建分譲住宅などあらゆるタイプの住居と、商業施設を含む複合的な開発を行うことで、ここに塚田のより豊かな未来につながる街を育むという構想です」(渡邊さん)

 

まず実施したのは、船橋市の地区計画と連携しての道路や周辺環境の整備。

 

「誰もが安全に歩行できるよう、行政と協働しながら敷地周辺の道路を広げました。さらに見渡しのいい公園や、住民以外の方も通れる緑道を設け、地域と安全につながれる環境づくりをしていきました」(渡邊さん)

 

もうひとつ重要だったのが、自治会の組成だったそう。

 

「『船橋グランオアシス』内にも自治会を作ってほしいという要請を受けていました。分譲・賃貸マンション、賃貸住宅に戸建住宅と、さまざまな形態の住居がありますが、そのすべてがひとつの自治会に入っているのが特徴です。賃貸物件に関してはオーナーさまの加入になりますが、ご入居の方でも準会員という形で加入できます。これによって地域社会や住民とつながり、情報を共有できるといった安心感が得られます」(渡邊さん)

 

↑「船橋グランオアシス」をはじめ、大規模な複合開発プロジェクトを多数手掛けている大和ハウス工業(東京本社 東京都市開発部 企画統括部 まちづくりグループ グループ長)の渡邊大吾さん

 

オフィスでは常識の再生エネルギーを、街の「暮らし」にもいち早く導入!

そして街の未来に「つながる」取り組みのひとつとして採用したのが、再生可能エネルギー100%のまちづくりでした。「船橋グランオアシス」では、各住戸で入居者が使用する電気はもちろん、共用部や街灯の電気、さらに施工時に使った工事用電源にも、再エネ電気のみを利用しています。大和ハウスグループでは全国397か所で再生可能エネルギー発電所を管理・運営していますが、ここでは岐阜県飛騨市の菅沼水力発電所で発電した電気を中心に供給。それもコストのかかるFIT非化石証書付きとすることで、国際的な「RE100」のルールにも準拠させています。

 

「実質再エネ電気100%供給の街づくりは、弊社ではもちろん、日本でも初の取り組みではないかと思います。そういう意味では実験的でもあり、なおかつ相応のコストや手間も要しますが、環境負荷低減という時代の流れの中で、弊社ができる取り組みとしていち早く取り組んだ形です」(渡邊さん)

 

ちなみに分譲マンション「プレミスト船橋塚田」では、自動制御による使用電力のピークカットやリアルタイムインディケーターといった省エネ対策も実施しています。

 

「分譲マンションの使用電力が極端に増加する際には、自動的にマンション共用部のピークカットが行われます。また停電時は蓄電池から共用部の特定機器に電気を供給されるようになっており、災害にも備えています。さらに各戸には、リアルタイムインディケーターを設置しました。これは電力の利用状況が赤・黄・緑の色でリアルタイムにわかるというもので、ご入居者の省エネ行動につなげたい考えです。実際に弊社の別の物件で設置したところ、消費電力が大きく削減されたというデータも出ています」(渡邊さん)

 

交通の便がよく快適に通勤ができる上に、地域と関わりながら安心して子育ても楽しめる。そんな塚田エリアの「準郊外」的な暮らしやすさを見事に引き出した「船橋グランオアシス」は、現在居住者の6割が20~30歳の子育てファミリー層なのだそう。そこで今回は、賃貸マンションの「ロイヤルパークス船橋」に@Livingスタッフが訪問。気になる中身を見てきました。

 

準郊外の快適さを“賃貸”で体感!「ロイヤルパークス船橋」で暮らす

 

「ロイヤルパークス船橋」は、1ルーム(賃料7万7000円~)から3LDK(~賃料33万円)までさまざまな部屋タイプが備わった総戸数223戸の賃貸マンション。大和リビング アセット事業部の松本太郎さんは、この物件と立地が当初の予想よりも幅広い層に受け入れられていることを感じているそう。

 

「若い子育てファミリー層はもちろんなのですが、ご高齢のお母さまとその娘さんなど、親御さんとの同居を始めるにあたって選ばれるお客さまもよくいらっしゃいます。この地域にひとり暮らしの高齢者が増えているという背景もありますが、ご入居者は地元の人よりも東京や県外からいらっしゃる方の方が多い。高齢の方でも、人の多い都心で暮らすよりは塚田の方が安心して街を歩ける……といった理由があるようです」(松本さん)

 

共用部には、パーティールームやトレーニングルームが設けられているほか、ラウンジスペースはテレワークにも人気とか。

 

「これは分譲マンションの方でも同様の傾向ですが、短時間のオンライン会議などに便利です。家に家族がいるからと、ちょっとした息抜き目的からラウンジで作業をする方もいらっしゃいます。やはりコロナの影響でテレワークが増え、都心に住む必要がなくなって引っ越して来られたり、会社自体が郊外に移転して、他県から転勤になったりするケースが多いんです。そういう方にとっては、賃貸でさまざまな共用部を利用できるメリットも大きいのではないかと思います」(松本さん)

 

11階建ての高さは圧迫感が少なく、それでいて眺望にはほどよい開放感があり、リラックスして暮らせそうな環境。なおかつ最寄りの塚田駅からは1本道で徒歩3分圏内と、アクセスが抜群です。

 

「船橋周辺の東武アーバンパークライン沿線は近年再開発の流れが来ていて、もともと注目されていたエリア。塚田も自転車でお隣の駅まで行けばイオンモールがありますし、建物西側には大きな行田公園もあるので、落ち着いて生活をするには便利な場所です」(松本さん)

 

↑「ロイヤルパークス船橋」を空撮。右上には最寄りの塚田駅舎が

 

↑「周辺は昔ながらの住宅街ですから、お年寄りでも暮らしやすい環境です。なおかつターミナル駅となる船橋駅にも自転車でアクセスできる塚田の利便性に、当初の予想よりも多くのお客さまが注目してくださっていると感じます」。そう語るのは、大和リビング(アセット事業部 営業部 第3営業課 係長の)松本太郎さん

 

では物件の内部を写真でチェックしていきましょう。

↑こちらは総戸数223戸のうち最も広い3LDK(128.75㎡)タイプのリビングダイニング(24.5畳)。最上階である11階からのぞむ景色も準郊外ならではの開放感があり、ホッと安心できます

 

↑12畳のマスターベッドルームは、東と南に窓があり朝日が心地よく差し込んできます。ウォークインクローゼット付き

 

↑こちらは9畳のベッドルーム。壁一面がクローゼットになっており、適度な広さもあるので書斎やテレワーク部屋として活用しても良さそうです

 

↑カウンター式のシンプルなキッチンは4畳。シンクの排水溝には生ゴミを自動処理できるディスポーザーも付いており衛生的です

 

↑洗面所とバスルーム。洗面台はダブルシンク(居室により異なります)がポイントです。家族みんなが忙しい朝に重宝するのはもちろん、用途によって使い分けることもできます

 

↑各部屋や廊下の壁面などに多くの収納スペースを設置。写真下はマスターベッドルームのウォークインクローゼット。そして玄関入ってすぐ左側には、写真上のシューズインクローゼットです。こちらは靴だけでなくスポーツやアウトドア用品などの収納にも重宝します

 

↑ウッドと間接照明の組み合わせでリラックス感を出したエントランス。日中はコンシェルジュが常駐し、暮らしをサポートしてくれます

 

↑キッチン付きの開放的なパーティールームやトレーニングルーム、ちょっとした打ち合わせなどにも使えるラウンジまで、共用部の充実も人気の秘訣。写真のほかにも、来客が宿泊できるゲストルームまで備えています

 

以上のように、従来の街とのつながりを大切にしながら、先進技術を取り入れた「船橋グランオアシス」。慌ただしい都心では得られなかった余裕や落ち着きといった暮らしの価値が、ここなら手に入りそうです。「準郊外の街」での新しい暮らしを、体感してみてはいかがでしょうか?

 

【物件情報】

ロイヤルパークス船橋(船橋グランオアシス内)

所在地=千葉県船橋市行田1-50-21
HP=https://www.d-resi.jp/rp/rp-funabashi/

 

都心か郊外か下町か? 「住む街」選びの新条件は、遊びも仕事も子育ても自分らしく暮らせる街

コロナ禍の影響を受けて、この一年で働き方が変わった人は多く、新しい生活スタイルを模索している人もいるのではないでしょうか。不動産情報サービスのLIFULLが発表した「住みたい街ランキング2021(借りて住みたい街)」では、第1位に本厚木(小田急小田原線・神奈川県)、第2位に大宮(JR東北新幹線ほか・埼玉県)が輝き、“郊外志向”が高まっていることを示す結果となりました。

 

購入はもちろん賃貸であっても、「住む」ことは、一定以上の長い年月を同じ街で過ごすことになり、それはライフスタイルの変化や時代にも影響されるもの。では、いま「住みたい街」「選びたい街」とは、いったいどのような場所なのでしょうか? 消費社会研究者である三浦展(みうら あつし)さんに、近年の町の変化や、昨今注目しているエリアについて聞きました。

 

「住みたい街」に変化が起きている

コロナ禍が訪れる以前は、“都心回帰”といわれ、都市部の人口増加が進む傾向にありました。この最大の要因は、2000年の小泉内閣時に都心の再開発が後押しされ、都心にタワーマンションなどの居住機能が急増したこと。

 

「現在ほど共働き家庭が一般的ではなかった1990年代までの考え方では、『子どもが生まれたら、自然豊かで広い家が買える郊外に引っ越す』というライフスタイルを選ぶ方が多くいました。ところが、共働き家庭が多くなるにつれ、都心オフィスへのアクセスを優先する方が増えたんです。郊外では、保育園のお迎えに間に合わなくなってしまいますからね。ダブルインカムで、家賃相場が高めな都心の住宅を借りる経済的余裕もありますから、独身時代と同じエリアに住み続けられるわけです。つまり“転入者が増えている”のではなく、“転出者が減った”ことで、都心の人口増加が起こっていたといえます」(消費社会研究者・三浦展さん、以下同)

 

しかし、2020年以来のコロナ禍によって、失業した方や収入減に見舞われた方が増えました。また、リモートワークで毎日出勤する必要がなくなったなど、生活スタイルの変化もあって、郊外に移り住む方が出てきています。たとえば、さいたま市(埼玉県)の人口は、2015年以降増え続けていて、特に大宮区、浦和区、緑区はコロナ発生以降も引き続き増えています。

 

新型コロナウイルスの感染拡大により、人口の多い都心で暮らすことに不安を感じ、子どもの安全のために郊外を選んだ家庭も多いようです。ただ、この層はキャリアを積んできていて、都心の楽しさを知っている世代ですから、街にもし公園とファミリーレストランなどしかないようでは、物足りないこともあるでしょう。

 

おしゃれなおつまみを提供するワインバルがあり、リモートワークの合間に散歩して、雑貨店を覗いたりおいしいコーヒーが飲める店でひと息つけたりするような街が、求められています」

 

将来に渡って“住み続けたくなる”街を探そう

それでは具体的に、今どきのファミリー層のニーズを満たして、将来的な発展も望める街はどこなのでしょうか。

 

例えば、松戸市(千葉県)のように、幼稚園児を抱えながら保護者が働けるよう、幼稚園の預かり保育料を助成する制度を整備している街があります。また、養育費を貰えていないひとり親家庭への支援制度もあり、さまざまな家庭環境にいる子どもが同じく健やかに育つよう、どの自治体でも配慮されるようになっています。

 

そんななか、三浦さんがおすすめするのは、流山(千葉県)や川口(埼玉県)、三鷹(東京都)だと言います。

 

「子育て支援に力を入れているのは、どの行政も同じで、さまざまなサービスを展開しています。保育園はどの自治体でも随時新設していますし、駅前保育も今では下北沢、国立、小金井(すべて東京都)などさまざまなところでできています。川口(埼玉県)には、駅前に図書館も保育園もあって便利だというのも、人気の一因でしょう。

 

過去20年ほどでマンションが増えて、人口増加につながっているのは三鷹です。中央線で新宿へのアクセスがいいのはもちろん、東西線直通に乗れば日本橋や大手町へも一本で行けます。バス路線も豊富で、三鷹駅まで自転車で行ける保谷市や西東京市への引っ越しを考える方も多い様子。共働きであれば、夫婦それぞれのアクセスを考えますから、一路線よりも複数の路線がある駅の方が視野に入りやすいでしょうね」

 

「また、小金井(東京都)にはタワーマンションが複数できたこともあり、人口も増えています。自然豊かでありながら、自然食志向の飲食店などがあるエリアです。『住みたい街』で第1位に選ばれた本厚木も、新宿まで45分で渋谷や池袋までのアクセスがよく、街にさまざまな店があるのが魅力的です。買い物をしたりお茶をしたりする場所があることは、同時に、雇用が生まれるということでもありますから、就労先が見つかりやすい街ともいえます。『住みたい街』ランキングで常に上位である吉祥寺が人気なのも、働く場所がたくさんあることが大いに関係しています」

 

郊外の再生が成功した例としては、古い街並みを活かして観光地化できた川越(埼玉県)が挙げられますが、こちらは20年以上かけて積み上げてきた成果だそう。

 

「川越は、古い街並みを活かした街づくりをしたことで、観光目当てに訪れる方が増え、街の活性化につながっています。都市開発では古い建物を壊してしまうことが多いので、昔ながらの街並みが残っている場所はさほど多くありませんが、現在はコロナ禍によって住宅地でも“昼間人口”が増えているので、均質で人工的な再開発ではなく、古い街並みを活かすことも重要になるでしょう」

 

自分に合った街を探したい! 自分にとって住みやすい街とは?

街選びは、ライフスタイルや家族構成によって、重視するポイントが変わってくるものです。年代や職業によって、どのような街が選ばれているのでしょうか。

 

「若い単身者は、持ち物が少ない方が増えていますね。車を持たないほか、電子レンジはコンビニで使えますし、テレビやオーディオなどもスマートフォンひとつで完結してしまうので、ベッドさえあればよく、狭い部屋でもいいという方が増えている傾向にあります。また、もし“都心”を選んだとしても、原宿や渋谷ではなく、秋葉原や上野など、自分の趣味と合う街選びが進んでいます。

 

一方、働く世代には、やはり街に刺激があることが住みやすさにつながります。たとえば地元にできた新しい店はマーケティングのヒントになるかもしれませんし、個性的な雑貨店を眺めれば、新商品のアイデアが浮かぶかもしれません。リモートワークといっても決まった時間にパソコンの前にいなくてはならないわけではなく、成果が出せればいいとなれば、気分転換できる刺激が街にある方が住みやすいといえるでしょう。

 

また、子育て家庭は、地元に子連れで行けるちょっとした飲み屋がある、というような娯楽も求められています。お迎えに行ったあと、ちょっと夕飯ついでに寄れるお店があるというのは、昔では考えられなかったかもしれませんが、今や当たり前になってきています」

 

注目のエリアは下町にある!

そんな三浦さんの注目のエリアは、東京の下町。

 

「墨田区向島や荒川区は、街全体としていかに防災性を高めるかという課題は残るものの、情緒のあるところです。ぶらぶらするだけでも気持ちがいいですよね。美術館が好きならたまらない上野や谷根千(谷中・根津・千駄木)も近く、古書店やおいしいお店がたくさんあります。

 

一般的に、人は“自分が暮らしている街”と“会社のある街”しか知らないですよね。自分の住む町ですら家と駅の往復なので、あまり詳しくない人が多い。まして食事をするのに、電車に乗って隣の隣の駅まで行ってみようとか、途中下車してみようということはあまりないでしょう。住みたい街を選ぶときは、興味のある駅だけでなくひとつふたつ先までいろいろな駅を歩いたり、夜も歩いてみたりすると、自分に合った街が見つけられますよ」

 

 

さまざまな地域と沿線があり、選択肢が多いぶんどこに住むか悩んでしまう東京近郊の暮らし。どんな場所で暮らすのか、これからの働き方とともに考えていく必要がありそうです。

 

【プロフィール】

消費社会研究者 / 三浦 展(みうら あつし)

1982年、一橋大学社会学部卒業。株式会社パルコに入社したのち、マーケティング情報誌『アクロス』編集室に勤務、1886年には同誌編集長となる。1990年、三菱総合研究所に入社。1999年、カルチャースタディーズ研究所を設立。消費社会、世代、階層、都市、郊外などの研究をしている。著書は80万部のベストセラー『下流社会〜新たな階層集団の出現〜』(光文社)のほか、『首都圏大予測 〜これから伸びるのはクリエイティブ・サバーブだ!〜』(光文社)『東京は郊外から消えていく!〜首都圏高齢化・未婚化・空き家地図〜』『愛される街』(而立書房)『人間の居る場所』(而立書房)など多数ある。

 

『下町はなぜ人を惹きつけるのか? 〜「懐かしさ」の正体』(光文社)

 

『首都圏大予測 〜これから伸びるのはクリエイティブ・サバーブだ!〜』(光文社)

 

都心か郊外か下町か? 「住む街」選びの新条件は、遊びも仕事も子育ても自分らしく暮らせる街

コロナ禍の影響を受けて、この一年で働き方が変わった人は多く、新しい生活スタイルを模索している人もいるのではないでしょうか。不動産情報サービスのLIFULLが発表した「住みたい街ランキング2021(借りて住みたい街)」では、第1位に本厚木(小田急小田原線・神奈川県)、第2位に大宮(JR東北新幹線ほか・埼玉県)が輝き、“郊外志向”が高まっていることを示す結果となりました。

 

購入はもちろん賃貸であっても、「住む」ことは、一定以上の長い年月を同じ街で過ごすことになり、それはライフスタイルの変化や時代にも影響されるもの。では、いま「住みたい街」「選びたい街」とは、いったいどのような場所なのでしょうか? 消費社会研究者である三浦展(みうら あつし)さんに、近年の町の変化や、昨今注目しているエリアについて聞きました。

 

「住みたい街」に変化が起きている

コロナ禍が訪れる以前は、“都心回帰”といわれ、都市部の人口増加が進む傾向にありました。この最大の要因は、2000年の小泉内閣時に都心の再開発が後押しされ、都心にタワーマンションなどの居住機能が急増したこと。

 

「現在ほど共働き家庭が一般的ではなかった1990年代までの考え方では、『子どもが生まれたら、自然豊かで広い家が買える郊外に引っ越す』というライフスタイルを選ぶ方が多くいました。ところが、共働き家庭が多くなるにつれ、都心オフィスへのアクセスを優先する方が増えたんです。郊外では、保育園のお迎えに間に合わなくなってしまいますからね。ダブルインカムで、家賃相場が高めな都心の住宅を借りる経済的余裕もありますから、独身時代と同じエリアに住み続けられるわけです。つまり“転入者が増えている”のではなく、“転出者が減った”ことで、都心の人口増加が起こっていたといえます」(消費社会研究者・三浦展さん、以下同)

 

しかし、2020年以来のコロナ禍によって、失業した方や収入減に見舞われた方が増えました。また、リモートワークで毎日出勤する必要がなくなったなど、生活スタイルの変化もあって、郊外に移り住む方が出てきています。たとえば、さいたま市(埼玉県)の人口は、2015年以降増え続けていて、特に大宮区、浦和区、緑区はコロナ発生以降も引き続き増えています。

 

新型コロナウイルスの感染拡大により、人口の多い都心で暮らすことに不安を感じ、子どもの安全のために郊外を選んだ家庭も多いようです。ただ、この層はキャリアを積んできていて、都心の楽しさを知っている世代ですから、街にもし公園とファミリーレストランなどしかないようでは、物足りないこともあるでしょう。

 

おしゃれなおつまみを提供するワインバルがあり、リモートワークの合間に散歩して、雑貨店を覗いたりおいしいコーヒーが飲める店でひと息つけたりするような街が、求められています」

 

将来に渡って“住み続けたくなる”街を探そう

それでは具体的に、今どきのファミリー層のニーズを満たして、将来的な発展も望める街はどこなのでしょうか。

 

例えば、松戸市(千葉県)のように、幼稚園児を抱えながら保護者が働けるよう、幼稚園の預かり保育料を助成する制度を整備している街があります。また、養育費を貰えていないひとり親家庭への支援制度もあり、さまざまな家庭環境にいる子どもが同じく健やかに育つよう、どの自治体でも配慮されるようになっています。

 

そんななか、三浦さんがおすすめするのは、流山(千葉県)や川口(埼玉県)、三鷹(東京都)だと言います。

 

「子育て支援に力を入れているのは、どの行政も同じで、さまざまなサービスを展開しています。保育園はどの自治体でも随時新設していますし、駅前保育も今では下北沢、国立、小金井(すべて東京都)などさまざまなところでできています。川口(埼玉県)には、駅前に図書館も保育園もあって便利だというのも、人気の一因でしょう。

 

過去20年ほどでマンションが増えて、人口増加につながっているのは三鷹です。中央線で新宿へのアクセスがいいのはもちろん、東西線直通に乗れば日本橋や大手町へも一本で行けます。バス路線も豊富で、三鷹駅まで自転車で行ける保谷市や西東京市への引っ越しを考える方も多い様子。共働きであれば、夫婦それぞれのアクセスを考えますから、一路線よりも複数の路線がある駅の方が視野に入りやすいでしょうね」

 

「また、小金井(東京都)にはタワーマンションが複数できたこともあり、人口も増えています。自然豊かでありながら、自然食志向の飲食店などがあるエリアです。『住みたい街』で第1位に選ばれた本厚木も、新宿まで45分で渋谷や池袋までのアクセスがよく、街にさまざまな店があるのが魅力的です。買い物をしたりお茶をしたりする場所があることは、同時に、雇用が生まれるということでもありますから、就労先が見つかりやすい街ともいえます。『住みたい街』ランキングで常に上位である吉祥寺が人気なのも、働く場所がたくさんあることが大いに関係しています」

 

郊外の再生が成功した例としては、古い街並みを活かして観光地化できた川越(埼玉県)が挙げられますが、こちらは20年以上かけて積み上げてきた成果だそう。

 

「川越は、古い街並みを活かした街づくりをしたことで、観光目当てに訪れる方が増え、街の活性化につながっています。都市開発では古い建物を壊してしまうことが多いので、昔ながらの街並みが残っている場所はさほど多くありませんが、現在はコロナ禍によって住宅地でも“昼間人口”が増えているので、均質で人工的な再開発ではなく、古い街並みを活かすことも重要になるでしょう」

 

自分に合った街を探したい! 自分にとって住みやすい街とは?

街選びは、ライフスタイルや家族構成によって、重視するポイントが変わってくるものです。年代や職業によって、どのような街が選ばれているのでしょうか。

 

「若い単身者は、持ち物が少ない方が増えていますね。車を持たないほか、電子レンジはコンビニで使えますし、テレビやオーディオなどもスマートフォンひとつで完結してしまうので、ベッドさえあればよく、狭い部屋でもいいという方が増えている傾向にあります。また、もし“都心”を選んだとしても、原宿や渋谷ではなく、秋葉原や上野など、自分の趣味と合う街選びが進んでいます。

 

一方、働く世代には、やはり街に刺激があることが住みやすさにつながります。たとえば地元にできた新しい店はマーケティングのヒントになるかもしれませんし、個性的な雑貨店を眺めれば、新商品のアイデアが浮かぶかもしれません。リモートワークといっても決まった時間にパソコンの前にいなくてはならないわけではなく、成果が出せればいいとなれば、気分転換できる刺激が街にある方が住みやすいといえるでしょう。

 

また、子育て家庭は、地元に子連れで行けるちょっとした飲み屋がある、というような娯楽も求められています。お迎えに行ったあと、ちょっと夕飯ついでに寄れるお店があるというのは、昔では考えられなかったかもしれませんが、今や当たり前になってきています」

 

注目のエリアは下町にある!

そんな三浦さんの注目のエリアは、東京の下町。

 

「墨田区向島や荒川区は、街全体としていかに防災性を高めるかという課題は残るものの、情緒のあるところです。ぶらぶらするだけでも気持ちがいいですよね。美術館が好きならたまらない上野や谷根千(谷中・根津・千駄木)も近く、古書店やおいしいお店がたくさんあります。

 

一般的に、人は“自分が暮らしている街”と“会社のある街”しか知らないですよね。自分の住む町ですら家と駅の往復なので、あまり詳しくない人が多い。まして食事をするのに、電車に乗って隣の隣の駅まで行ってみようとか、途中下車してみようということはあまりないでしょう。住みたい街を選ぶときは、興味のある駅だけでなくひとつふたつ先までいろいろな駅を歩いたり、夜も歩いてみたりすると、自分に合った街が見つけられますよ」

 

 

さまざまな地域と沿線があり、選択肢が多いぶんどこに住むか悩んでしまう東京近郊の暮らし。どんな場所で暮らすのか、これからの働き方とともに考えていく必要がありそうです。

 

【プロフィール】

消費社会研究者 / 三浦 展(みうら あつし)

1982年、一橋大学社会学部卒業。株式会社パルコに入社したのち、マーケティング情報誌『アクロス』編集室に勤務、1886年には同誌編集長となる。1990年、三菱総合研究所に入社。1999年、カルチャースタディーズ研究所を設立。消費社会、世代、階層、都市、郊外などの研究をしている。著書は80万部のベストセラー『下流社会〜新たな階層集団の出現〜』(光文社)のほか、『首都圏大予測 〜これから伸びるのはクリエイティブ・サバーブだ!〜』(光文社)『東京は郊外から消えていく!〜首都圏高齢化・未婚化・空き家地図〜』『愛される街』(而立書房)『人間の居る場所』(而立書房)など多数ある。

 

『下町はなぜ人を惹きつけるのか? 〜「懐かしさ」の正体』(光文社)

 

『首都圏大予測 〜これから伸びるのはクリエイティブ・サバーブだ!〜』(光文社)

 

世界を股にかけて仕事をしてきた彼女が、“住んでみたい田舎”と今人気の千葉県いすみに移住した理由

生き方にこだわる人、こだわりのある暮らしをしている人。そんな人にスポットをあて、こだわりを貫くために住まう家とはどのような場所なのか、それぞれにとっての「家」の存在を紐解いていきます。

 

友達の家へ遊びに来た翌日に、「ここに住む」と決めてしまった

雨にしっとりと濡れて、艶めく緑。足元からふわりと漂ってくる、湿った土のにおい。鬱蒼と茂る、森の中に立ち並ぶログハウスで暮らすその女性は、目の覚めるような真っ赤なリネンのワンピースで、取材班を温かく出迎えてくれました。

 

ここは千葉県のいすみ市。都心から車で約1時間半の近距離でありながら、豊富な海の幸・山の幸に恵まれ、首都圏における“住んでみたい田舎”として高い人気を誇り、近年都心からの移住者が増えているエリアです。今回訪ねた相手は、岡本きよみさん、51歳。いくつかの外資系企業を経て広報・PRとして独立し、現在も仕事で世界中を飛び回っている彼女は、約5年前からここで生活を始めました。

 

↑アプローチにつながる広いウッドデッキで出迎えてくれた岡本さん。「床はまだニスを塗っていないの。子どもたちはあちこちで仕事をしているから忙しくて、なかなか手入れが進まなくて(笑)」

 

かつては東京・六本木にオフィスを構え、世界の名立たるラグジュアリー・ブランドをPRする多忙な日々を送っていた岡本さん。多くの女性が憧れるであろう一流のキャリアを築いてきた彼女は、一体どんな経緯でこの地にやってきたのでしょうか。

 

「最初のきっかけは、いすみ市に暮らす友達の家へ遊びに行ったことでした。アメリカ人男性と日本人女性のカップルなのですが、旦那さんがコピーライターで田舎でも仕事ができるからと、いすみに移住した人たちだったんです。当初は日帰りで行くつもりが、何だか居心地が良くて1泊してしまい、その次の日に、近所にあったとある森の中の果樹園のことを教えてもらいました」

 

それは約30年前、オーストラリア人と日本人のカップルが週末を過ごす別荘として開拓したという、広大な果樹園付きの家だったそう。

 

「オーナーはすでに年老いていて、10年くらい放置してあるから買い手を探している、と。友人に『きよみさん、きっと好きだと思うよ』と言われたので、実際に見に行ってみました。長年手つかずだから、当然家の中はぐちゃぐちゃ。でもその日のうちになぜか、『ここに住もう』って決めちゃったんです(笑)」

 

それが、岡本さんといすみ市との最初の出会い。友人宅に遊びに行った時点では、移住のことなど「頭の隅にもなかった」というのだから、ずいぶん衝動的な行動に思えます。しかも賃貸とはいえ、手入れの必要な広い果樹園付きの家という特殊な物件。一体何が彼女を決断させたのか? よくよく話を聞いてみると、岡本さんにとってごく自然な理由と流れがありました。

 

「私は神戸の生まれで、父親が自然を大好きな人。小さな頃から父の趣味の園芸や農園を手伝ったり、家で犬や猫、ニワトリにアヒル、あとはミニ豚まで(笑)、たくさんの動物を飼っているような環境で育ちました。大人になってからは得意だった英語を活かせる旅行会社やホテル関係に勤めたのですが、20代後半のころ、P&Gという会社で広報部に配属になったんです。当時の私は芦屋で暮らしていて、数年前に結婚もして子供がいましたが、乳幼児がふたりいても関係なく採用してくれた先進的な会社でした。そのころ大阪で長年自然農法をやっている方に出会い、子供を連れて合鴨農法でお米を作るのをお手伝いしに行ったり、そこでお米や野菜を分けてもらったりするようになったんです。やっぱり自然に触れていたいという思いが強かったんでしょうね。自分も自然農法の野菜を食べて育ったように、子供にも同じ経験をさせてあげたいと思っていました」

 

↑ウッドデッキのテーブルには、取材前日・当日に近所の農家から届いたという有機野菜たちが並んでいました

 

↑たっぷりの空豆は豆板醤にしたり、オーブンでざっくり焼いて塩をかけたりするだけでもごちそうに。剥いた皮は庭へポーンと投げて捨ててしまえるのも、田舎暮らしならではの気持ちよさ!

 

チャンスは今しかないかもしれない。舵を大きく切ったニュージーランド移住

子育てをしながらP&Gで会社勤めを続けていた岡本さん。アメリカ本社からきた広報ディレクターのもとで働きつつ、プライベートでは自然農法や食についての造詣を深めていった彼女は、入社から10年後にある大胆な決断をします。

 

「しばらく海外で子どもたちと暮らそう、と思ったんです。中でもニュージーランドは、旅行会社時代に滞在したことがきっかけで惚れ込んだ国のひとつでした。今でこそニュージーランドのオーガニック製品はたくさん日本に入っていますが、当時は日本の薬事法に引っかかるようなものが大半で、その良さがほとんど知られていなかったんです。でも今後は、日本でもオーガニックのコスメやアロマテラピーなどがきっと注目されると考えていました。年齢はすでに30代後半。個人的にも趣味として昔からハーブの栽培をしていたこともあり、子供たちを連れて行けるとしたら今がタイミングだと思ったんです。現地で具体的にどんな仕事をするかはあまり考えていなかったのですが、移住先で偶然現地のラベンダー農家の方に出会いました。この出会いをきっかけに、日本向けの製品を作るためのコンサルティングのような仕事を始めるようになったんです」

 

その後ニュージーランドで1年間暮らし、現地でしか手に入らない商品を日本に紹介するなどしていた岡本さんは、再び転機を迎えました。父親ががんに倒れ、急遽日本に帰らねばならなくなったのです。

 

「芦屋に戻って3ヶ月後に、父は亡くなりました。そのころからPRの仕事を日本でも手がけるようになっていたのですが、どうせ広報をやるなら東京の方が面白いだろうと思って、ここで人生で初めて上京したんです。ちょうど38歳のころでしたね。最初は広報代理店に勤め、ラグジュアリーブランドや日本に進出してくる外国企業などのPRをしていました。そのうちに独立して、化粧品や外国車を含むいろいろなラグジュアリー系ブランドなどの仕事を手がけるようになり、法人化もしています。思えば、日常で植物や自然に触れ合わない生活をしたのは、人生であのときが初めてだったかもしれません。毎日がプレゼンやレセプションの繰り返しで、その度に上から下までキレイに着飾って出かけるっていう。それはそれで勉強にもなったし、たくさんの良き友人にも出会えましたよ。だから面白い毎日ではあったんだけど、数年したらちょっと疲れてきてしまったんですよね。だんだんモノに興味がなくなってきて、食文化や旅とか、そういう分野のことをやりたいと思うようになって。それが40代半ばのころです。更年期だったのか体調にも不安を抱えていました。そんなときに、いすみの友達の家に招かれたんです。海も山も近いし、食べ物もおいしい。私がいま求めていたのは『ああ、ここだな』ってすぐに思いました」

 

↑テラスに無造作に飾られた花は、庭から調達したもの。摘んだばかりの野性味溢れる花のエネルギーは家のあちこちに。右の紅花は、野菜と同じく近所の農家からのいただき物

 

いすみとの出会いによって仕事の内容も暮らしも一変

紹介された果樹園付きの家をふたりの息子たちと片付け、物件に出会って2ヶ月後には世田谷のマンションを解約して引っ越し。それからは、暮らしも仕事も目まぐるしいほどの勢いでどんどん変わっていったといいます。

 

「まず、暮らし始めて1年間で、いすみにたくさんの友達ができたんです。計2年間ほど果樹園とゲストハウスを営みながら、移住者や地元の方たちと交流を深めていきました。そのうち東京の友人たちも果樹園に集まるようになり、地元の食文化に関わるような仕事も始めて。そんな中で新たに出会ったのが今暮らしているログハウスでした。ここは元々イベント会社の社長さんが住んでいたのですが、その方が転居することになり、私が森のオフィスとして借りることにしたんです」

 

それから3年余りが経過し、相変わらずPRの仕事を続けながらも、この地に惹かれて訪れるさまざまな人を対象とした食のワークショップを行うなど、アクティブに動き続けている岡本さん。

 

「収入は東京にいたころに比べるとかなり減ったけれど、子供たちももう独立しているので自分が食べていくには充分。そもそも高い家賃や、レセプションに行くための高価な靴や洋服が必要なくなりましたからね(笑)」

↑築30年のログハウス

 

↑こちらも、いすみで最初に住んだ果樹園付きの家の持ち主が所有していたもので、ニュージーランドから建材を運び職人まで呼び寄せて作らせたそう。家の中には必要最低限の家具だけ。冬は薪ストーブを焚きます

 

↑リビングの棚には、世界中を旅しながら集めた愛らしい雑貨や食器たちをさりげなくディスプレイ。おてんばした猫が落としてしまったり、DIYに来てくれる息子たちが作業中にうっかり壊してしまったり、そんなハプニングもしょっちゅう起こるとか

 

↑つぶらな瞳がかわいい雑種犬のニコちゃんと、人のおひざに乗るのが大好きな甘えん坊の猫、トムトム。ほかにもたくさんの犬や猫が暮らしています。ここで生まれて東京へもらわれていった子猫もたくさんいるそう

 

大好きな猫はいつの間にか増えて6匹、愛犬は2頭。たまの休日には、息子たちがそれぞれのパートナーを連れて、あるいは日本中、世界中の友人たちが遊びにやってくるとか。

 

「近くの森で友人の結婚式をしたこともありますよ。うちから軽トラで料理を運んでね」

 

仕事で海外出張に出ることも多い岡本さんですが、そんなときは近所の友人たちや息子たちがペットの面倒を見てくれるのだそう。帰国したらお土産話とともに得意の料理をふるまうそうです。そんなギブ・アンド・テイクが自然と日常の中に生まれていく暮らしは、東京にいたころに比べるとストレスがほとんどないようです。

 

↑森の中にあるログハウスなので、庭の景色もワイルド。赴き深い小屋が立っているその周りに、レタスや香菜、ミョウガ、ビワやブルーベリーなどが、ざっくばらんに植えられています

 

↑左はたっぷりと実をつけたブルーベリー。花の合間にはレタスや香菜が茂ります

 

これからも仕事を楽しんで生きたい。だから場所にはこだわりたくない

「辛かった体調は、ここに来たらいつの間にか治っていました。ただ私の場合、いすみにずっと居続けるかどうかはまだ分かりませんし、東京に会社がありますから、田舎に引きこもるという感覚で暮らしているわけでもないんです。芦屋だって東京だってやっぱり好きですし、それぞれに大切な友人たちもいますからね。たったひとつの好きな場所を見つけて、そこで自給自足で暮らすという人生ももちろん素敵なもの。ただ私は、どこに暮らしていたときもその場所を気に入って自分なりに楽しんできたけれど、しばらくすると次のところへ行きたくなっちゃう。きっとそういう性分なのでしょうね(笑)」

 

世界中のあちこちへ飛び立つチャンスがあるPRという職業。そして、幼い頃から鍛えてきた、自然の中で暮らしていくためのスキルと食に対する感性。この確固たる根っこがあるからこそ、今後の人生にも特に不安は感じていないといいます。

 

「例えば東京からの仕事がなくなったとしても、今の自分ならどこでも暮らして行けるんじゃないかと思っています。だったら、その時々で興味が湧いたりご縁が繋がった場所で、好きなように暮らしていけるのが、私にとっていちばんの幸せなのかなって。むしろ今は、20代くらいの若い人の方が、田舎での自給自足、隠居生活みたいなものに憧れてたりしますよね(笑)。その人の価値観だからそれはそれでいいと思うんだけど、私はやっぱり東京や海外で仕事をすることの面白さを知ってしまってるから、それだけじゃつまらなくなっちゃう。むしろこれからは、子育ても終えてますます仕事中心で生きていくことになると思うんです。少なくともオリンピックまではこの家にいるつもりだけど、きっと数年後には、また違う場所で暮らしているんじゃないかな。東京に戻るかもしれないし、海外のどこかで気に入った街を見つけるのかもしれない」

 

心からやりたいと思う仕事との出会い、その働き方を叶えるための家との出会い。それは人生のなかで決してひとつとは限らなくて、いくつ正解があったっていい———

 

目の前にひらけた可能性に屈託なく飛び込んでいく岡本さんのスタンスに、どこか肩の力が抜けるような解放感を感じた取材班一同。しなやかに生きる岡本さんをどっしりと抱くこのログハウスには、そんな彼女の生き方に惹かれ、共感する仲間たちが今日もにぎやかに集っています。

 

取材・文=小堀真子 撮影=真名子

 

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