【西田宗千佳連載】Metaが「ARグラス」を発表。それでもVRを置き換えるわけではない事情とは

Vol.143-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

今月の注目アイテム

Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

Metaは9月26日、かねてから開発していたARグラスのプロトタイプである「Orion」を公開した。Orionの最大の特徴は、“ゴツいメガネ”くらいの形でありながら、視野角が70度と広く、視界の中に自然にCGを重ねられることだ。既存のAR(Augmented Reality)に対応する機器はどれも視野角が狭い。40から50度くらいしかないため、「目の前の風景の中央だけに、窓枠の中のようにCGが重なる」のがせいぜいだ。だから自然さは……ない。

↑Metaが発表したARグラスのプロトタイプ「Orion」

 

だがOrionは違う。視界全体とは言いづらいが、視野の端に近いところまでCGが表示されるので、ずっと自然な体験になる。筆者も発表後に体験したが、いままでにあったARグラスとは異なるレベルの体験だと感じた。

 

Orionはすぐに市販されるものではなく、あくまでプロトタイプだ。市場に出てくるにはまだ数年かかるだろう。だが、見た目がかなり“メガネっぽい”ことから、発表後には“これが本命”“Meta Quest 3やApple Vision Proはいらない”という反応も見られた。VR機器はどうしても頭に大きなゴーグルをつけている様子が目立つし、重さも感じる。メガネ型で同じことができるならOrionでいいのでは……と感じる人もいるのだろう。

 

ただ、Metaの考え方は違う。“Meta QuestとOrionは別の路線”とはっきり語っている。

 

理由はシンプル。目的や操作の考え方が全く違うからだ。

 

Orionはコントローラーを使わず、視界に重なるCGは原理上半透明になる。文字やSNSの情報、メッセージの着信通知など、“スマホで見ているような情報”を空間の中で使うことを前提とした機器、と言って良いだろう。

 

それに対して、VR機器はもう少し“世界に没入する”ような用途と言っていい。Meta Quest 3にもMR(Mixed Reality)機能はあるが、カメラからの映像に対してさらにCGを重ねる「ビデオシースルー」なので、“現実とCGが混ざっているリアリティ”はより高い。この辺はApple Vision Proも同じであるが、あちらは価格のぶんだけさらに画質が高い。

 

ただ、VR機器がマスに一気に浸透し、スマホのような存在になることは考えづらい。用途に合った、比較的コアなニーズを満たす製品として使い続けられるだろう。そのなかには、PCディスプレイの代替や工業デザインの確認など、業務用に近い用途も存在する。

 

一方でOrionのようなARグラスは、よりマスに向いたニーズが存在する。要はスマホの代替であったり、スマホを補完するツールだったりという使い方だ。コストや機能を考えるとすぐにスマホを置き換えることはないだろうが、VR機器とは違うものとして広がっていく可能性が高い。

 

コアな技術で考えた場合、VRとARの差は“どのくらい現実世界が透けて見えるか”くらいの差しかない。だが、それを実現するためのハードウエア開発にはまだまだ差が大きく、両者の一体化には10年単位の時間を必要とするだろう。似たものではあるが、VR機器とARグラスは“PCとスマホ”くらい用途や向き・不向きが異なっており、当面共存するものと思われる。

 

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【西田宗千佳連載】日本でVR市場を支える「VRChat」の存在感

Vol.143-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

今月の注目アイテム

Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

前回のウェブ版で、アメリカではまず10代にVRの市場が立ち上がっている、という話をした。では日本を含む他国ではどうなっているかというと、アメリカほどに明確な現象は起きていない。ブームに近いニーズ拡大は起きていない、という言い方もできる。

 

とはいえ、日本はVRにとってかなり大きな市場だ。Meta自身の市場調査によると、アメリカよりも年齢層は幅広く、使っている人々の指向も幅広い、という。

 

なかでも急速に利用が進んでいて、VR自体の認知にも大きな影響を与えているのが「VRChat」だ。その名の通りVR向けのコミュニケーションサービスで、VRの勃興期である2014年からサービスを続けている。長く使っている人も多く、「メタバースに住む、過ごす」サービスとして紹介されることが多い。

 

この5年で世界的にも利用が広がり、アクセス数は約7倍に拡大。いわゆる「メタバースブーム」が落ち着いた後で利用者が伸びている。VRChatはコアな利用者が多いことから、新しいVR機器や周辺機器ニーズの牽引役という側面もある。コアな利用者にとっては、もうひとつの生活の場として毎日使うサービスであるからだ。

 

そんなVRChatだが、日本での利用が増えているのも特徴だ。サービス自体はアメリカのもので同国内の利用者が多い(全体の3割強)が、日本も利用者数比率で第2位(十数%)となっている。人口比やVR機器の普及率を考えると相当に大きな勢力であるのは間違いない。

 

特に今年に入ってからは、いままでVRやVRChatをよく知らなかった人々にも急速に認知を高めた。背景にあるのは動画配信者の利用で、特に大きな影響があったと言われているのが、人気配信者である「スタンミ」が取り上げたことだ。登録者数十万人規模の配信者がコミュニケーションを楽しむ様が配信されたことで、それまではVRやVRChatのことを知らなかった人々へ認知が高まった。

 

動画配信は“幅は狭いが深く刺さる”世界である。年齢や趣味趣向が違うと、「有名」と言われる配信者の名前も知らないことは多い。一方で、その配信者がマッチする層には深く刺さり、認知・理解を高めるきっかけになる。VRChatを楽しんでいる人々の間では、今年の変化は相当に大きいものだったという。

 

VRChatは多くのVR機器で楽しめる。没入感は減るが、普通のPCでも大丈夫だ。Meta Questはもっとも利用者が多いデバイスであるが、画質や快適な装着性を求めて、より高い機器を選ぶファンもいる。

 

2025年初頭に発売が予定されている「MeganeX superlight 8K」(Shiftall)もそのひとつ。本体は24万9900円であり、動作には別途ゲーミングPCが必要でかなり高価だが、重量が185g以下(本体のみ、ベルト部除く)と軽く、片目4Kで画質も良い。Meta Quest 3のように大量に売れるわけではないが、そうした商品が成立するくらい、幅広い市場が見込めているということでもある。

 

では、よりカジュアルで、いまのVR機器に興味がない人をひきつけるような市場はどうなるのだろうか? その辺は次回のウェブ版で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Quest 3S登場の背景にある「アメリカ・10代向けVR市場」の大きさ

Vol.143-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

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Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

VRが注目されるようになり、そろそろ10年以上が経過した。“いつまで経っても一般化しない”と思う人もいるだろうが、実は世代や地域によってかなり浸透の仕方が異なっている。

 

Metaが主戦場としているのはアメリカであり、特に10代・20代の若い層だ。

 

Meta Questシリーズの累計販売台数は、2203年第1四半期の段階で2000万台を超えている。この時点ではMeta Quest 3は出荷されておらず、Meta Quest 1・2・Proの3モデルでの統計だ。その後の出荷台数は公表されていないが、Meta Quest 3が数百万台出荷され、そのぶんが追加されている。

 

そして、実質的にアメリカ市場では、Meta Questの普及=ティーンへのVRへの浸透と言っても良い。前述の2000万台のうち1800万台はMeta Quest 2。2022年から同社はMeta Quest 2の最廉価モデルを299ドルで販売しヒットにつなげた。

 

アメリカの投資銀行Piper Sandlerは、2024年春に、アメリカのティーン層を対象とした調査を行った。その中で「ティーンのうち30%以上がVR機器を持っている」という結果をレポートしている。299ドルという価格で低年齢層に浸透したことが、普及率を押し上げているのだ。

 

この辺は、実際にいくつかのサービスに入ってみるとよくわかる。

 

アメリカで大ヒットしたVR系ゲームに「Gorilla Tag」がある。これは上半身だけのゴリラになりきり、両腕を漕ぐような動きをしながら鬼ごっこをする……というシンプルなもの。だが、これがアメリカではティーン層にウケた。2024年1月には総収入が1億ドル(約150億円)に達し、月のアクティブユーザーは300万人を超えているという。

 

また利用者数はまだ判然としないが、Metaが提供しているコミュニケーションサービスである「Horizon World」も、アメリカでティーン層の利用が拡大している。

 

どちらのサービスも入ってみると、“明らかに若い10代の声(英語)”でコミュニケーションしあっている様子が聞こえてくる。たまたま聞こえる……とかそういう話ではなく、いつサービスに入ってもそんな感じだ。若い層の遊び場としてアメリカで定着していることを感じさせる。

 

ただ、こうした層へのアピールを強化するには、なにより価格が重要だ。2023年に発売された「Meta Quest 3」は499ドルからで、Quest 2に比べ200ドル高かった。その分機能・性能は高かったが、若年層に200ドルの差は大きい。

 

また、Meta Quest 2は2020年発売であり、性能面で厳しくなっていた。Meta的にはソフト開発の基盤を刷新するためにも「Quest 3ベース」に変える必要に迫られていた。

 

そんなビジネス的な事情もあって、Metaとしては“もっとも売れているアメリカ市場を盤石なものにする必要がある”ということから生まれたのが、Meta Quest 2の安価なレンズやディスプレイ構造を活かしつつ、そこにMeta Quest 3の処理系とMixed Reality機能を搭載し、価格を299ドルから(日本だと4万8400円から)に下げた「Meta Quest 3S」、ということなのだ。

 

Quest 3Sの画質はQuest 3より若干下がっているが、使い勝手自体はほとんど変わっていない。ゲームなどが中心ならば差はさらに小さくなる。こうした製品を用意した背景にあるのは、世界的に価格を下げる必要がある、ということ以上に“アメリカでの10代向け”というはっきりとしたニーズがあるからなのである。

 

では日本などはどうなっているのか? その点は次回のウェブ版で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】同性能で低価格、Metaの「Quest 3S」発売理由

Vol.143-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

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Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

多くの機能を引き継ぎ安価に提供する狙いは

Metaは10月15日から、新しいVR機器である「Meta Quest 3S」を発売した。

 

同社は昨年「Meta Quest 3」を発売しており、一昨年は「Meta Quest Pro」を発売した。3年連続での新製品発売となるのだが、今年の製品は過去とは位置付けが異なる。というのは、Quest 3Sは、Quest 3の明確な廉価版だからだ。新製品は“機能アップして買い替えを促すもの”というイメージがあるが、Quest 3SQは違う方向性だ。

 

簡単に言えば、3Sは2020年発売の「Meta Quest 2」よりも2倍のパフォーマンスを実現しつつ、Quest 3のカメラやプロセッサーやソフトウエアを使い、「多くの機能をQuest 3から引き継いで、できる限り低価格に提供できるようにした製品」だ。価格は299ドル(日本では4万8400円)からで、7万4800円からだったQuest 3よりかなり安くなった。

 

では安くなったぶん機能や画質が大幅に劣るのか、というとそんなことはない。筆者も実機を体験してみたが、VR向けのゲームや周囲の状況を確認しながらVRを体験したりするぶんには、Quest 3と3Sの差は非常に小さい。ソフトウエアの互換性も完全に保たれている。

 

このタイミングでMetaはラインナップの整理も図った。Quest 2とQuest Proは在庫限りで販売を終了、Quest 3も512GBの最上位モデルを8万1400円に価格改定し、それ以外のモデルはQuest 3Sになる。

 

すなわちMetaは、一気に価格を下げつつラインナップを整理し、販売管理費もスリム化してきたということなのだ。

 

アメリカ市場を見据え販売ライン整理を図る

Metaが在庫を「3」ベースの製品に絞った理由は2つある。

 

ひとつは、ゲーム開発環境としてより高性能なものを基盤としたかったこと。そのほうが開発効率は上がるし、高度なゲームも提供しやすくなる。

 

2つ目は、価格を下げていくことがビジネス上必須になってきたからだ。

 

Quest 3とQuest 3Sは性能面ではほぼ同等。解像度が下がっている関係から、ウェブの文字表示や映画視聴などでは"若干画質が下がったかな……"と感じるくらいだ。現状はゲームを中心に売れているので、この違いよりも価格の違いの方が影響は大きい。Quest 3の利用者が3Sに買い替える必要はないが、より多くのユーザーを惹きつけるには、高価なモデルよりも低価格なモデルが必要……ということなのだ。

 

日本ではVRというとマニア市場が中心なのでハイスペックなものから売れていくが、アメリカではそうではない。Quest 3発売後も、299ドルで販売されていたQuest 2が、年末商戦などに向けてヒットすることが多かった。

 

そう考えると、Quest 2と同じ値段でより高い性能の製品に"ラインを揃える"ことが必要になってきたのだ。

 

Metaはなぜ価格を下げることに注力したのか? そして、同時発表されたプロトタイプ「Orion」との関係は?

 

その点は次回以降で解説する。

 

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