日産「セレナ e-POWER」が売れる本質って?

ベテラン自動車ライターの永福ランプとフリーエディターの安ドが、深いような浅いようなクルマ談義をするクルマ連載。今回は、今年の上半期に最も売れたミニバン・日産セレナの人気を牽引するe-POWERモデルの本質を分析してみました。

 

【登場人物】

永福ランプこと清水草一

日本中の貧乏フェラーリオーナーから絶大な人気を誇る大乗フェラーリ教の開祖。様々な自動車専門誌や一般誌、Webなどで、クルマを一刀両断しまくっています。2018年になってペンネームを「MJブロンディ」から「永福ランプ」へ変更。本連載をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も発売中。

 

安ド

元ゲットナビ編集部員のフリーエディター。永福ランプを慕い「殿」と呼んでいます。

 

 

【今回のクルマ】日産 セレナ e-POWER

SPEC【ハイウェイスターV】●全長×全幅×全高:4770×1740×1865㎜●車両重量:1760㎏●パワーユニット:モーター+1198㏄直列3気筒DOHCエンジン●エンジン最高出力:84PS(62kW)/6000rpm●エンジン最大トルク:10.5㎏-m(103Nm)/3200〜5200rpm●JC08モード燃費:26.2㎞/ℓ●243万5400円〜382万1040円

 

ブレーキをほとんど踏まずに走れて楽しいと、一般ユーザーにも人気

安ド「殿! 日産のe-POWERシリーズ、売れてるみたいですね」

永福「うむ。ガソリンエンジンで発電してモーターで走る、シリーズハイブリッドというシステムだが、大変よく売れている」

安ド「トヨタのハイブリッドとは構造が違うんですね!」

永福「トヨタのハイブリッドは、エンジンとモーターの動力を合体して走るが、日産のe-POWERは、エンジンは発電することに徹し、モーターのみで走るわけだ」

安ド「それと売れ行きとは関係あるんでしょうか」

永福「あるらしい」

安ド「それはどんなワケで?」

永福「日産のe-POWERはモーターだけで走るので、回生ブレーキの効きをうんと強くできる。ガソリン車でいうエンジンブレーキだ。アクセルを離すだけでかなりブレーキがかかり、ブレーキペダルを踏む必要があまりない」

安ド「ワンペダルドライブというヤツですね!」

永福「ブレーキをほとんど踏まずに走れて楽しいと、一般ユーザーにもウケているようだ」

安ド「“ひと踏みぼれ”というヤツですね!」

永福「知っておるではないか」

安ド「知ってました! でも、モーター駆動でも走っていて違和感がないので、普通の人は言わなきゃモーターで走っているとわからないんじゃないですか?」

永福「回生ブレーキが強くかかるECOモードでは違いは歴然だが、ノーマルモードでは、音の静かなミニバンだなぁくらいの、自然な感じだ」

安ド「ECOモードとノーマルモード、どっちがいいんでしょう」

永福「一般道ではECOモード、高速道路ではノーマルモードがいい。高速道路でECOモードだと、アクセル操作に敏感に反応しすぎて、疲れてしまうのだ」

安ド「僕も高速道路ではノーマルで走りました!」

永福「ただし、高速道路で『プロパイロット』を使う場合は、ECOモードでOKだ」

安ド「『プロパイロット』というのは、日産の自動運転技術ですね!」

永福「自動運転とまではとても言えず、アダプティブ・クルーズ・コントロール+α程度だな。しかし、クルマまかせで前車に追従して走るときは、エンジンブレーキが強力にかかったほうが、速度をコントロールしやすいのだ」

安ド「なるほど!」

永福「総合的に見ると、セレナe-POWERは、ミニバンのなかではなかなか良いな」

安ド「僕もそう思いました! ライバル車と比べて走りに安定感があって、乗り心地も良かったです」

永福「しかし、ミニバンというヤツは決して安くない」

安ド「おいくらでしたっけ?」

永福「試乗車は、車両本体が約340万円。オプションは約80万円」

安ド「400万円オーバーですね! 実燃費は16㎞/ℓ以上でしたが」

永福「うーむ、焼け石に水だな」

 

 

【注目パーツ01】リアサイドスポイラー

低燃費に貢献するルーフ後端形状

ルーフの後端には両端がウネウネしたスポイラー(羽根)が付けられています。小さなウネウネですが、スポイラーは空力性能を向上させるためのアイテムですから、これも燃費性能の向上に少しは貢献しているのかもしれません。

 

 

【注目パーツ02】フロントブルーグリル

エコなイメージのブルーライン

フロント面積のうち大きな割合を占めるグリルには、ブルーのアクセントラインが施されています。内装にも各所にブルーのアクセントが採用されていて、これがエコなイメージと先進性を高める役割を果たしています。

 

 

【注目パーツ03】ハーフバックドア

上部だけ開けられるから便利

ミニバンのバックドアは巨大なので、開ける際に後方に気を使う必要があります。しかしセレナは上部だけ開けることが可能なので、全面を開けるのに比べてスペースを気にせずOK。軽いので力も小さくて済みます。

 

 

【注目パーツ04】15インチエアロアルミホイール

専用デザインで先進性アピール

不思議な紋様をあしらわれたホイールは、e-POWER専用装備。シルバーの面と黒の面を織り交ぜつつ、風切り線をつけることで、先進性とスピード感を感じさせるデザインに仕上がっています。知ってる人が見ればe-POWERだとすぐわかるはず。

 

 

【注目パーツ05】セカンドキャプテンシート

リラックスできる快適仕様

e-POWER専用装備として、2列目にはロングスライドが可能でアームレストもついたキャプテンシートが採用されています。セレナは室内スペースでもミニバントップクラスですが、このシートなら、さらにリラックスして乗れます。

 

 

【注目パーツ06】ヘッドレスト

ミニバン後席の閉塞感を打破

これは3列目シートからの眺めですが、気になるのは1、2列目シートのすべてのヘッドレストに穴が開いていること。その理由は、少しでも乗員に開放感を感じさせるためだとか。もちろん座面も高めに設定されています。

 

 

【注目パーツ07】スマートアップサードシート

できるだけ窓を隠さない設計

ミニバンの3列目シートは前倒し式や床下収納など様々なアレンジ方法がありますが、セレナは側面跳ね上げ式を採用しています。ただし、跳ね上げてもサイドのガラスをほとんど隠さない設計で、運転時の視界を妨げません。

 

 

【注目パーツ08】キャップレス給油口

手を汚さずに給油できる

フタを開けると中にはキャップのない給油口があります。これは日産としては初採用なんだとか。セルフガソリンスタンドが全盛の昨今ですし、給油時に手を汚したくないというドライバーからは、好評に違いありません。

 

 

【注目パーツ09】プロパイロット

“条件付き”自動運転システム

プロパイロットは、高速道路の同一車線内において、アクセルやブレーキ、ステアリングをクルマが自動操作してくれるシステム。セットすればアクセルやブレーキはほぼ自動ですが、ステアリングはあくまで補助です。

 

 

【これぞ感動の細部だ】e-POWER

ワンペダルのみの操作で加速から減速まで自在に走れる

エンジンで発電した電力を用いてモーターで駆動するのがe-POWERシステムです。モーターならではの強い制動力を持つ回生ブレーキの特徴を利用して、アクセルペダルの踏み戻しだけで、加速も減速もできてしまいます。一昨年にノートで初採用されましたが、ミニバンでもその魅力は健在。トルク感のあるEVらしい走りを味わえます。

 

 

撮影/池之平昌信

【1分でわかる】日産 セレナ e-POWERってどんなクルマ?

注目モデルをコンパクトに紹介するこのコーナー。今回は独自の電動パワートレインを積んだ人気ミニバン、日産 セレナ e-POWERを紹介します。

 

最長で約2.7㎞ながらフルEVとしても走行可能

SPEC【ハイウェイスターV】●全長×全幅×全高:4770×1740×1865㎜●車両重量:1760㎏●パワーユニット:1198㏄直列4気筒DOHC●最高出力:84PS/6000rpm●最大トルク:10.5㎏-m/3200〜5200rpm●モーター出力:136PS●モータートルク:32.6㎏-m●カタログ燃費:26.2㎞/ℓ

 

大人気ミニバンに「e-POWER」を搭載!

トヨタのノア&ヴォクシーや、ホンダのステップワゴンなどと熾烈なミニバンシェア争いを繰り広げるセレナに、日産独自の電動パワートレイン「e-POWER」仕様が追加されました。これは発電専用のガソリンエンジンに駆動/充電用電気モーターとリチウムイオンバッテリーを組み合わせたシリーズ式ハイブリッドで、ノートでも導入済み。セレナでも、電気モーターならではのスムーズな加速と静粛性の高さが実感できます。

 

また、最長で約2.7㎞とはいえ「マナーモード」を選択すれば完全なEV走行も可能。持ち前のユーティリティの高さはそのままに、“未来のクルマ”感覚が楽しめます。ライバルに対する大きなアドバンテージとなりそう。

 

【注目ポイント01】専用装備を配置して先進性もアピール 

室内の作りは、基本的に従来からのセレナと変わらない。しかし、電子制御のシフトセレクターやモニターの表示を変更して独自性をアピールしています。

 

【注目ポイント02】外観もさりげなくオリジナル仕立てに

サイドスポイラーやLEDのコンビランプ、ブルーのアクセントが入るフロントグリルなどがe-POWERの専用装備。グレードは5タイプを用意しています。

【中年名車図鑑】スポーティ性は上々だがファッション性はちょっと…若干地味だった“白い稲妻”

小型スペシャルティカー市場におけるユーザー志向の多様化がより顕著になった1980年代の中盤、日産自動車は4代目となるシルビアを発売する。目指したのは“スポーティ性”と“ファッション性”が高次元で両立した次世代の本格的スペシャルティだった。今回は“白い稲妻”のキャッチを冠して登場したS12型シルビア(1983~1988年)の話題で一席。

【Vol.63 4代目・日産シルビア】

厳しい排出ガス規制と2度の石油危機を克服し、クルマの高性能化に力を入れるようになった1980年代初頭の日本の自動車業界。その最中で日産自動車は、小型スペシャルティカーのシルビア(と兄弟車のガゼール)の全面改良を鋭意、推し進めていた。

 

80年代中盤に向けたスペシャルティカーを企画するに当たり、開発陣は市場のユーザー志向を入念に調査する。そして、「スペシャルティカーを欲するユーザーは流行に敏感で、ライフスタイルもますます多様化している。新型は、そんなユーザー層にアピールできるスペシャルティカーに仕立てなければならない」という結論に達した。これを踏まえて開発陣は、“スポーティ性”のさらなる追求と“ファッション性”に磨きをかけることを目標に掲げる。具体的には、高性能エンジンや先進の足回りを組み込んだハイメカニズムによる“俊敏でスポーティな走り”と機能美を徹底追求した“精悍で斬新なスタイルとインテリア”を高度に調和させるという方針を打ち出した。

 

■ボディラインとともに装備でもスペシャルティ感を演出

2ドアクーペと3ドアハッチバックの2ボディを用意。どちらも走りの性能を重視したディメンションを採用した

 

スペシャルティカーの最大の特徴となるスタイルに関しては、強いウエッジと低いノーズライン、大胆に傾斜したフロントウィンドウ、さらにハイデッキによるシャープなシルエットでスポーティ感を演出する。ボディタイプは2ドアクーペと3ドアハッチバックを設定。2ボディともにフルリトラクタブルヘッドランプの採用と車体全般のフラッシュサーフェス化を実施し、空気抵抗係数はクラストップレベル(ハッチバックでCd値0.34)を実現した。一方、ボディサイズは全長と全幅を従来のS110型系より短縮したうえで、ホイールベースを25mm、トレッドを前35~45mm/後20~60mmほど拡大し、走りの性能を引き上げるディメンションに仕立てた。

 

キャビンスペースについては、上質感を創出したインパネやエキサイティングなイメージを醸し出すメータークラスター(メーターはデジタル表示とアナログ表示の2種類を設定)、ストレートアームを使いやすい高さに設定したステアリング配置、高弾性ウレタンを内蔵したシートなどでスペシャルティ性を強調する。また、上級グレードの前席には8つの部位を自由に調整できるマルチアジャスタブルタイプのバケットシートを装着した。

 

開発陣は内外装の装備面についてもこだわる。先進アイテムとしてはマイコン制御のオートエアコンやダイバシティFM受信システムを組み込んだオーディオ、再生効果を高めたスピーカーシステム、国産車初採用のキーレスエントリーシステム、目的地の方向を指示するドライブガイドシステムなどを装備。さらに、世界初採用となるリアパーセルボード共用タイプのパワーウーハーやワイパー付フルリトラクタブルヘッドランプクリーナー、国産車初のチルトアップ&スライド機能付き電動ガラスサンルーフを設定した。

 

パワートレインについては、旗艦エンジンのFJ20E型1990cc直列4気筒DOHC16V(150ps)と同エンジンのターボチャージャー付き(FJ20E-T型。190ps)を筆頭に、従来のZ型系ユニットに代わる小型・軽量・低燃費のCA18型系1809cc直列4気筒OHCエンジンの3機種(CA18S型100ps、CA18E型115ps、CA18E-T型135ps)を設定する。また、FJ20E型系エンジン搭載車にはギア径200mmのファイナルドライブとリミテッドスリップデフを、CA18E-T型エンジン搭載車には5速MTのほかにOD付き4速ロックアップオートマチックトランスミッションを採用した。

 

走行面の機構では新たにラック・アンド・ピニオン式ステアリングを装備したほか、リアサスペンションに新開発のセミトレーリングアーム式独立懸架(FJ20E型系/CA18E-T型エンジン搭載車。それ以外は4リンク式)を組み込む。さらに、FJ20E型系エンジン搭載車には偏平率60%の195/60R15 86Hのラジアルタイヤを標準装着(CA18E-T型エンジン搭載車にはオプション)した。

 

■キャッチフレーズは“白い稲妻”

スペシャルティカーとして装備にもこだわった。マイコン制御オートエアコン、キーレスエントリーなど先進アイテムを採用した

 

第4世代となるシルビアは、S12の型式と“白い稲妻”のキャッチフレーズを冠して1983年8月に発売される。車種展開はクーペとハッチバックを合わせて計22タイプのワイドバリエーションを誇った。

 

市場に放たれたS12型シルビアのなかで、ユーザーから最も注目を集めたのはFJ20E型系エンジンを搭載するRS-X系グレードだった。カムシャフトの駆動に2ステージのローラーチェーンを採用した赤ヘッドの4バルブエンジンは、1.2トンクラスのボディを力強く加速させる。とくにターボ付きのFJ20E-T型を積むRS-Xのパフォーマンスは強烈で、4000rpm付近を境にしたパワーの急激な盛り上がりや荒い鼓動などが、走り好きを大いに惹きつけた。一方、コーナリングの楽しさや走りのバランス性を重視するユーザーには、新開発のCA18E-T型エンジンを搭載したターボR-X系グレードが支持される。FJ20E型系エンジンよりも前輪荷重が軽く、しかも前軸後方に収まるレイアウトが、コーナリング性能を高める要因だった。

 

ファッション性を重視したマイナーチェンジ

スポーティ性とファッション性を高次元で融合させた本格的小型スペシャルティカーのS12型シルビア。しかし、ユーザーが興味を示したのはスポーティ性がメインで、スペシャルティカーならではの特徴であるファッション性に関しては、2代目ホンダ・プレリュードなどと比較されてあまり高い評価が得られなかった。さらに1985年8月に最大のライバルである4代目トヨタ“流面形”セリカが登場して以降は、ルックスの地味さが目立つようになった。

 

この状況を打破しようと、日産は1986年2月にシルビアのマイナーチェンジを実施する。キャッチフレーズは“きもちまでスペシャルティ”。内外装の細部はより洗練されたイメージに変更され、ボディ長やボディ幅も拡大される。エンジンは高コストのFJ20E型系を廃止すると同時に、CA18DE-T型のツインカムターボ仕様(145ps)をラインアップに加えた。またCA18DE-T型エンジン搭載車には、パワーエコノミー自動切替式の電子制御OD付き4速ロックアップオートマチックの新トランスミッションを設定する。ちなみにこの時、兄弟車のガゼールは車種整理のためにカタログから外された。シルビアにおけるファッション性の追求は、さらに続く。1987年2月にはクーペの「ツインカムターボ フルホワイトRS-X」をリリース。同年7月になると、やはりクーペの「R-Xホワイトセレクト」と「ターボ フルホワイトR-X」を発売した。

 

日本市場での人気ボディカラーの“白”戦略は一部ユーザーには受けたものの、シルビア全体の販売台数の底上げにはつながらなかった。そして1988年5月には、シルビアの全面改良が行われる。5代目となるS13型シルビアは、4代目での反省を生かし、ファッション性を最大限に重視するモデルに仕立てられたのである。

 

■2世代に渡って製作されたシルビアのスーパーシルエットフォーミュラ

最後にトピックをひとつ。シルビアはS110型とS12型の2世代に渡って、当時のモータースポーツの人気カテゴリーであるスーパーシルエットフォーミュラ(FIAのグループ5)の素材車として活用された。1981~1983年には日産のレース部隊が手がけたエアロパーツを纏うS110型風シルビア・ターボ(1981年仕様は市販車の大幅改造版。1982年以降の仕様はパイプフレームシャシーで、異例のサイドラジエター方式)が、星野一義選手のドライブによって大活躍。1981年と1982年開催の富士300キロスピードレースや1983年開催の富士グラン250kmレースなどで優勝する。広告展開でも“烈火の炎”というキャッチコピーとともに、S110型系シルビアと黄色い稲妻ストライプのスーパーシルエットフォーミュラ・シルビア・ターボ、そして“日本一速い男”星野選手が共演した。

 

スーパーシルエットフォーミュラ・シルビア・ターボは、1983年後半になるとS12型風のボディシェルに変更し、9月開催の富士インター200マイルでは2位に、10月開催のスーパーカップレースではSSクラス優勝を果たす。ちなみに、現在日産自動車が保管するゼッケン23のスーパーシルエットフォーミュラ・シルビア・ターボは、このS12型風のボディシェルで演出した1台である。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

日産、イオンモール座間にインフォメーションセンターを開設

日産は3月16日に開業した「イオンモール座間」に「NISSAN ZAMA INFORMATION CENTER(ニッサン・ザマ・インフォメーションセンター)を開設した。この新しいイオンモールの所在地は、かつて日産の座間工場があった場所。座間工場は1964年に竣工、1995年に閉鎖するまでの約30年間で当時の主要モデルである「サニー」や「ダットサン」など、累計で1000万台以上の車両を送り出した日産を代表する生産拠点だった。そして、工場の閉鎖以降も新型車の試作や電気自動車の主要部品の開発を担うなど、現在も重要なグローバルの生産技術の拠点となっている。

今回開設するインフォメーションセンターでは、座間工場が生産を担っていた名車から、現在日産が推進する「ニッサンインテリジェントモビリティ」を象徴する最新モデルまで、さまざまなクルマの展示を行なう。また、座間事業所の紹介コーナーでは座間工場時代に生産したクルマのミニカー展示や、現在のグローバル生産技術拠点の要としての取り組みを紹介する。今後は、子供と一緒にモノづくりの楽しさを学べる体験学習教室なども開催予定。さらに、隣接する神奈川日産・カレスト座間店と連携したカーライフの提案や試乗体験なども実施していくという。

 

■概要

名称:イオンモール座間「NISSAN ZAMA INFORMATION CENTER」

住所:神奈川県座間市広野台2-10-4 イオンモール座間1F

営業時間:10:00~21:00(年中無休)

【中年名車図鑑】失敗作と評される「セブンス」だが、R32よりも売れたことはあまり知られていない…

日産自動車は1985年8月にスカイラインの全面改良を実施して7代目に切り替える。デビュー当初のボディタイプは4ドアセダンと4ドアハードトップの2種類で、いずれも“高級感”を全身で主張。9カ月ほどが経過した1986年5月にはスポーツモデルとなる2ドアスポーツクーペGTSシリーズを市場に放った――。今回は“都市工学”というキャッチを冠してスポーティとラグジュアリーを共存させた7thスカイラインで一席。

【Vol.58 7代目 日産スカイライン】

イメージキャラクターにポール・ニューマンを起用し、またS20型以来の4バルブDOHCエンジン(FJ20)を復活させてスポーツイメージを全面に押し出した6代目のR30スカイライン。しかし、販売成績の面で見ると5代目のC210 “ジャパン”ほどの台数は獲得できなかった。市場調査によると、最大の敗因は高級感とファッショナブル性の欠如。ライバルであるトヨタのマークⅡシリーズに比べて、ミドルクラスらしい車格と優雅さが希薄だったという結論が導き出されたのである。この結果に対して開発陣は、次期型スカイラインが目指すキャラクターを「ソフィスティケートされた高級スポーティサルーン=ソフトマシーン」に定義。同時に、先進技術の導入も精力的に推し進めた。

 

■高級スポーティサルーンに変身した7代目

当時はハイソカー・ブーム真っ只中。4ドアハードトップが人気を集めた

 

車両デザインに関しては、従来のR30型系のシャープなボディラインを踏襲しつつ、各部の質感を大幅に高める。ボディ形状は従来の4ドアセダンのほかに、スカイライン初の4ドアハードトップを新設定。また、全長や全幅も伸ばし、室内空間の拡大とともに見た目の高級感の創出を図った。フロントがマクファーソンストラット式、リアがセミトレーリングアーム式という足回りは基本的に従来モデルと同形式だが、ボディの大型化や高級サルーンへの路線変更により、セッティングを大幅に見直す。さらに、新機構としてHICAS(High Capacity Actively Controlled Suspension)と呼ぶ電子制御4輪操舵システムを設定した。リアのセミトレーリングアームが取り付けられたクロスメンバーの左右支点(ラバーマウント部)に小型の油圧アクチュエータを設け、電子制御により後輪を同位相に微小角度変位させるこの新システムは、30km/h以上で車速および車両横Gに応じて後輪を最大0.5度までアクティブにステアさせることによりスタビリティを向上させる仕組みで、とくに高速コーナリングでのセーフティマージン向上に大きく貢献する機構だった。

 

搭載エンジンは、従来のL型系に代わる新世代6気筒ユニットのRB型系をメインに採用する。新設計の4バルブDOHCヘッドを備えたRB20DE型1998cc直列6気筒DOHC24V(165ps)とそのターボ版のRB20DET型(210ps)を筆頭に、RB20ET型1998cc直列6気筒OHCターボ(170ps)、RB20E型1998cc直列6気筒OHC(130ps)、CA18S型1809cc直列4気筒OHC(100ps)、そしてディーゼルユニットのRD28型2825cc直列6気筒OHC(100ps)という計6機種を設定した。また、RB20DE型系には世界初採用となる電子制御可変吸気コントロールシステム(NICS)やハイテンションコードを省いて常に安定した2次電圧を供給するダイレクトイグニッションシステム(NDIS)などの新機構を組み込んだ。

 

■4ドアハードトップと4ドアセダンの2本立てで販売をスタート

4ドアハードトップの室内空間。高級サルーンのコンセプトに則り、インテリアの高級化とともに、居住スペースの拡充がはかられた

 

高級路線へとシフトした7代目スカイラインは、R31の型式を付けて1985年8月に市場デビューを果たす。キャッチフレーズは“都市工学です。7th Skyline”。ボディタイプはイメージリーダーとなる4ドアハードトップと4ドアセダンのみの設定で、歴代スカイラインのスポーツモデルの象徴である2ドアモデルはラインアップから外れた。

 

高級スポーティサルーン、当時の表現でいうと“ハイソカー”にキャラクターを一新した7代目スカイラインは、市場での評価が大きく分かれた。販売成績の面では、とくにハイソカー・ブームに乗った4ドアハードトップ車が好成績を獲得。一方、昔からのスカイライン・ファンには不評で、往年のキャッチフレーズをもじって“牙を抜かれた狼”などと揶揄された。しかし、このような評判になることは日産スタッフもある程度は予想していた。そして、スカイライン伝統の“走り”を極めたスポーツモデルの2ドアハードトップの開発を、鋭意進めたのである。

 

■待望の2ドアスポーツクーペの追加

1986年5月「2ドアスポーツクーペGTS」シリーズが追加された。特徴的な3次曲面エアロカーブドガラスやラップラウンドリアウィンドウなどを組み込んだ“スーパーエアロフォルム”を採用

 

市場デビューから5カ月ほどか経過した1986年1月には5ドアワゴンが登場。そして、4カ月後の1986年5月、7thスカイラインに待望のスポーツモデルとなる「2ドアスポーツクーペGTS」シリーズが追加された。商品テーマは「時代にジャストフィットするテイストを備えたうえで、快適にスポーツ走行を体感できる高性能GTスポーツ」。キャッチフレーズには“そのとき、精悍”と謳った。搭載エンジンは3機種。タービンローターにファインセラミックを、ローター軸のオイルシールに滑りのよいシーリングタイプを採用したRB20DET型1998cc直列6気筒DOHC24Vインタークーラーターボユニット(ネット値180ps)を筆頭に、自然吸気のRB20DE型1998cc直列6気筒DOHC24Vユニット(グロス値165ps)とRB20E型1998cc直列6気筒OHCユニット(グロス値130ps)を設定する。シャシーには専用チューニングを施し、ツインカム系にはHICASを標準で装備。また、確実な制動性能を発揮する4WASをオプションで用意した。

 

エクステリアについては、しなやかなラインと滑らかな面で構成するウエッジシェイプを基調に、特徴的な3次曲面エアロカーブドガラスやラップラウンドリアウィンドウなどを組み込んだ“スーパーエアロフォルム”を採用する。また、車速70km/h以上で突出、50km/h以下になると格納するフロントの“GTオートスポイラー”をセットして走行時の空力特性を引き上げた。

 

1987年8月には内外装の一部変更やエンジンの改良(RB20DETは190psに出力アップ)などをメニューとするマイナーチェンジを実施。それと同時期、2ドアスポーツクーペ「GTS-R」と称するグループA参戦用のホモロゲーションモデルを限定800台でリリースした。肝心のパワーユニットには、RB20DET型をベースに大型のギャレットエアリサーチ社製T04E型ハイフローターボチャージャーや表面積をベース比で約5.5倍に拡大した空冷式インタークーラー、専用セッティングの電子制御燃料噴射装置(ECCS)、排気効率を高めたステンレス材等長エグゾーストマニホールド、ベース比で約10%軽量化したフライホイールなどを組み込んだ専用のRB20DETR型エンジンを搭載する。最高出力はネット値で210psを絞り出した。内外装に関しては、専用ボディカラーのブルーブラック、固定式のフロントスポイラー、プロジェクターヘッドランプ、FRP製大型リアスポイラー、ストラットタワーバー、イタルボランテ製3本スポーク本革巻きステアリング、モノフォルムバケットシ-トなどを採用した。ちなみにレースの舞台でのGTS-Rは、熟成が進んだ1989年シーズンの全日本ツーリングカー選手権(JTC)で長谷見昌弘選手がドライバーズタイトルを獲得している。

1987年、800台限定の「GTS-R」をリリース。専用ボディカラーのブルーブラック、固定式のフロントスポイラー、プロジェクターヘッドランプ、FRP製大型リアスポイラーなどを装備

 

1988年8月になると、関連会社のオーテックジャパンが手がけた2ドアスポーツクーペ「GTSオーテックバージョン」が発売される。限定200台の販売となる特別仕様車は、RB20DET型ユニットのターボチャージャーをギャレットエアリサーチ社製T25/T3のハイブリッドタービンに変更するなどして、ネット値210psの最高出力と俊敏なレスポンスを実現。足回りをグレードアップするとともに、内外装にも専用パーツを豊富に盛り込み、“走りを楽しむ大人のスポーツクーペ”に仕立てていた。

 

市場の志向に合わせて高級路線へと舵を切ったことにより、賛否両論を巻き起こした7代目スカイラインは、1989年5月になると全面改良が行われ、スポーツ路線に回帰した8代目のR32に移行する。スカイライン史で見ると、概して失敗作と評されるR31。しかし、トータルでの販売台数は30万9716台に達し、先代のR30の40万6432台にはかなわなかったものの、後継のR32の29万6087台を上回る数字を残した。また、ウエッジがきいた直線基調の精悍なスタイリングは後に再評価され、とくに2ドアスポーツクーペGTSが中古車市場で高い人気を獲得する。櫻井眞一郎氏が開発の基本を手がけ、同氏が大病を患ってリタイアした後は伊藤修令氏が仕上げを担当するという、旧プリンス自動車工業の名エンジニア2人が開発主担に就いた7thスカイラインは、現役を退いてから改めてファンの称賛を受けたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

日産とDeNAが無人運転車での実証実験を開始!

一般モニターは公式サイトで募集した約300組

日産とDeNAは2月23日、無人運転車両を活用した共同開発中の新しい交通サービス「Easy Ride(イージーライド)」の実証実験を2018年3月5日(月)より神奈川県横浜市のみなとみらい地区周辺で開始すると発表した。なお、本実証実験には公式サイトで募集した一般モニター約300組が参加する予定となっている。

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この実験では、自動運転技術を搭載した実験車両が一般モニターを乗せ、日産グローバル本社から横浜ワールドポーターズまでの合計約4.5Kmのコースを往復運行する。そして、実験を通じて「Easy Ride」のサービス仕様の評価・確認を行ない、誰もがどこからでも好きな場所へと自由に移動できる新しい交通サービスの実現を目指す。

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また、モニター参加者には目的地の設定や配車などの基本的なサービスに加え、移動だけにとどまらない新しい乗車体験を提供する。たとえば、目的地は専用のモバイルアプリで直接指定する以外に、参加者が「やりたいこと」をテキストや音声で入力。おすすめの候補地を表示させて、その中から目的地を選択することができる。

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さらに、乗車中に走行ルート周辺のおすすめスポットやイベント情報などが車載タブレット端末に表示されるほか(約500件)、店舗などで使えるお得なクーポンも40件程度用意されるという。

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なお、日産とDeNAは参加者に安心して乗車してもらうため走行中の車両の位置や状態をリアルタイムで把握できる遠隔管制センターを新たに設置。両社の先進技術を融合させたシステムによる遠隔管制のテストも行なう。

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乗車後に実施する一般モニター向けアンケートでは、乗降時や乗車中の体験についての評価や周辺店舗と連動したサービスの利用状況、実用化した場合の想定利用価格などの情報を収集。それを基にして、さらなるサービス開発や今後の実証実験に活用する予定としている。

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なお、両社は2020年代早期に本格的なサービス提供を目指し、街の魅力に触れる機会を増やすことで地域経済の活性化にも貢献していくとしている。

 

この実証実験は、横浜市が2017年4⽉に⽴ち上げた「IoTオープンイノベーション・パートナーズ」の取り組みのひとつとして、また、「自動運転ロボット利活用サービス」として、神奈川県の「さがみロボット産業特区」における重点プロジェクトにも位置づけられている。

【中年名車図鑑】日本車で初めて「250km/hクラブ」に名を連ねた“刺激的な”Zカー

クルマのハイテク化が急速に進んだ1980年代初頭の日本の自動車市場。日産自動車は最新の技術を駆使しながら、同社のスポーツカーの代表格であるフェアレディZの全面改良に邁進する。開発ターゲットに据えたのは、欧州の高性能スポーツカーだった――。今回は「較べることの無意味さを教えてあげよう」という刺激的なキャッチを掲げて登場した3代目フェアレディZ(1983~1989年)で一席。

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【Vol.55 3代目 日産フェアレディZ】

2度のオイルショックと厳しい排出ガス規制を乗り越えた日産自動車は、1980年代に入るとクルマのハイテク化を一気に推し進めるようになる。とくに同社のフラッグシップスポーツカーであり、重要な輸出モデルでもあるフェアレディZ、通称Zカーの開発に関しては、先進の技術を目一杯に盛り込む方針を打ち出した。

 

■ターゲットは欧州製スポーツカー

20180209_suzuki_123代目となるZ31型は欧州の高性能スポーツカーをベンチマーク。ロングノーズ&ファストデッキのデザインを踏襲したうえで、エアロダイナミクスを徹底追求した

 

3代目を企画するに当たり、開発陣は欧州の高性能スポーツカーをベンチマークに据える。具体的には、ボディやシャシー、パワートレイン、さらに仕様・装備といった項目で、欧州製スポーツを凌駕する性能を目指した。

 

ボディに関してはロングノーズ&ファストデッキの伝統的な車両デザインを踏襲したうえで、エアロダイナミクスの向上を徹底追求する。世界初のパラレルライジングヘッドライトの装備、バンパーおよびエアダムスカート一体のフロントフェイシアの採用、ボディ全般のフラッシュサーフェス化、後端のダックテール化などを実施し、結果としてCd値(空気抵抗係数)は0.31と、当時の日本車の最高数値を達成した。一方でシャシーについてはS130型系の前マクファーソンストラット/後セミトレーリングアームの形式を基本的に踏襲しながら、全面的な設計変更がなされる。最大の注目は世界初の機構となる3ウェイアジャスタブルショックアブソーバーの装着で、これを組み込んだ仕様を“スーパーキャパシティサスペンション”と称した。同時に制動性能も強化し、大容量の8インチタンデムブレーキブースターをセットする前ベンチレーテッドディスク/後ディスクを採用した。

 

パワートレインはフェアレディZとしては初めてV型レイアウトの6気筒エンジンを搭載し、さらに先進のターボチャージャー機構を組み合わせる。絞り出す最高出力は3L仕様で230ps。Cd値と同様、当時の日本車の最高数値を実現した。ちなみにターボチャージャー付きV6ユニットの量産化は、当時の日本車では初の試みだった。

 

装備面ではメーター脇に配したクラスタースイッチや雨滴感知式オートワイパー、世界初のマイコン制御上下独立自動調整オートエアコン、高級オーディオといった新機構が訴求点で、新世代スポーツカーにふさわしい快適性と先進イメージを打ち出す。室内空間自体も広がり、さらにASCD(自動速度制御装置)などの採用で安全性も向上させた。

 

■刺激的なキャッチコピーを謳って登場

20180209_suzuki_11雨滴感知式オートワイパー、世界初のマイコン制御上下独立自動調整オートエアコン、高級オーディオなど豪華装備をおごる

 

第3世代となるフェアレディZは、Z31の型式をつけて1983年9月に市場デビューを果たす。ボディタイプは先代のS130型系と同様に2シーター(ホイールベース2320mm)と2by2(同2520mm)を用意。搭載エンジンはVG30ET型2960cc・V型6気筒OHCターボ(230ps)とVG20ET型1998cc・V型6気筒OHCターボ(170ps)を設定した。

 

新しいフェアレディZの性能に関して、日産は相当に自信を持っていたのだろう。キャッチコピーには「較べることの無意味さを教えてあげよう」という刺激的な表現を掲げる。事実、VG30ET型エンジンの230ps/34.0kg・mのスペックは最大のライバルであるトヨタ・セリカXXの5M-GEU型2759cc直列6気筒DOHCエンジンの170ps/24.0kg・mを圧倒し、実際の最高速や加速性能も群を抜いていた。さらに欧州仕様ではポルシェ911などの最高速に迫り、自動車マスコミはこぞって「日本車で初めて“250km/hクラブ”へ仲間入り」と称賛した。

 

■マイナーチェンジで米国NDIのデザイン提案を採用

20180209_suzuki_10Z31にも人気のTバールーフ仕様が追加された。先代のS130型の標準ルーフと同じ剛性を確保したとアナウンス

 

大きな注目を集めてデビューしたZ31型系フェアレディZは、その新鮮味を失わないよう矢継ぎ早に新グレードを追加していく。1984年8月には先代で好評だったTバールーフ仕様をZ31型系にも設定。当時のプレスリリースでは、「新しいTバールーフは、S130型系の標準ルーフと同等の剛性を確保した」と豪語する。1985年10月には「走りがおとなしい」と言われた2Lモデルの評判を高めるために、RB20DET型1998cc直列6気筒DOHC24Vセラミックターボエンジン(ネット値180ps)を積む200ZRグレードを追加した。

 

1986年10月になると、Z31型系は大がかりなマイナーチェンジを受ける。最大のトピックはエクステリアの変更で、日産の米国デザインセンターであるNDI(日産デザインインターナショナル)が手がけた丸みを帯びたスタイリングは、“エアログラマラスフォルム”と称した。さらに、VG30DE型2960cc・V型6気筒DOHC24Vエンジン(ネット値190ps)を搭載する300ZRグレードを設定。同時にリアのディスクブレーキをベンチレーテッド化し、制動性能をより向上させた。

 

最大のマーケットである北米市場を意識しながら進化を続けたZ31型系フェアレディZは、1989年7月になるとフルモデルチェンジを実施して4代目のZ32型系へと移行する。その4代目は、Z31型系に輪をかけて高性能を謳うモデルに進化するのであった。

 

■グループCカーでも使われたフェアレディZのネーミング

当時のフェアレディZに関するトピックをもうひとつ。Z31型系の3代目フェアレディZが発表された1983年、サーキットの舞台でもフェアレディZの名を冠したモデルがデビューする。カテゴリーはグループC。日産自動車の支援を受け、セントラル20レーシングが造り上げた国産初の本格的なCカーは、「フェアレディZC」を名乗った。シャシーはル・マン設計のLM03Cで、エンジンは日産製LZ20Bターボを搭載する。ヘッドライトやリアランプのデザインには、市販モデルのZ31のイメージを取り入れた。1985年シーズンに入ると、フェアレディZCはローラT810シャシーにVG30ツインターボエンジンへと刷新。戦闘力をいっそう引き上げていた。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

ウィンタースポーツの新提案? フェアレディZの雪上仕様が登場!

北米日産はこのほど、日産370Z(日本名:日産フェアレディZ)をベースにしたワンオフモデルのスノーモービル、「370Zki(370スキー)」を発表。2月10日から19日まで開催するシカゴモーターショーで初披露する。

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この370Zkiはスキー場のゲレンデを走行するスノーモービルとして開発されたもので、ベースはオープンモデルのロードスター。332ps/366Nmを発揮する3.7リッターV6エンジンと7速ATのパワートレインは市販車のままだが、4つのタイヤに代えて、フロントには長さ142cm、幅30cmのスキー板を、リヤには長さ122cm、幅38cm、高さ76cmのクローラーが装着されている。

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これらを装着するためにリアのホイールアーチが拡大されたほか、ブレーキラインやエキゾーストシステムなどがカスタマイズされている。また、エクステリアはボディラッピングが施され、ヘッドライトユニットはスキーのゴーグルに見立ててイエローにペイントされているのが面白い。

【中年名車図鑑】職人の技を忍ばせた、ツウ好みの“商用パイクカー”

1987年に登場した日産のBe-1は、ハイテク技術に重きが置かれた当時の日本の自動車市場にあって、一大“パイクカー”ブームを巻き起こす。確かな手応えをつかんだ日産自動車は、その後継作に乗用車だけではなく、商用モデルのパイクカーも企画した。今回は“新感覚マルチパーパスカー”として開発され、PAO(パオ)と同時期にデビューした「S-Cargo(エスカルゴ)」の話題で一席。

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【Vol.52 日産S-Cargo(エスカルゴ)】

1987年1月に限定1万台で発売され、日本の自動車マーケットにパイクカー(大量生産を前提としない“とんがった=pike”クルマの意)ブームを巻き起こした日産自動車のBe-1。高性能一辺倒でクルマを企画していた当時の開発傾向に一石を投じ、その後も継続される“レトロ調”好きの需要を掘り起こした同車のキャラクターを重視した開発陣は、すぐさま次期型パイクカーの開発を決定する。しかもBe-1のような乗用車モデルだけではなく、商用車カテゴリーにも拡大展開する方策を打ち出した。

 

ちなみに、当時の日産スタッフによると「商用車のパイクカー化はBe-1の開発時にはすでに企画として持ち上がっていた」という。第1弾が成功したら、商用車のパイクカーも造ろう――そうした考えが、開発現場にはあったのである。

 

■“新感覚マルチパーパスカー”の開発

フランス語でかたつむりを意味するescargotと貨物を表すcargoを掛け合わせたネーミング。ボンネットなどは職人の手叩きで仕上げられたフランス語でかたつむりを意味するescargotと貨物を表すcargoを掛け合わせたネーミング。ボンネットなどは職人の手叩きで仕上げられた

 

商用モデルのパイクカーを企画するにあたり、日産のスタッフは「ファッショナブルでユニークな新感覚のマルチパーパスカー」を創出するという開発テーマを掲げる。具体的には、ブティックやフラワーショップなどの店先に停めて絵になるお洒落なクルマ、街を行く人々の視線を集めて人気者となるクルマ――に仕上げることを念頭に置いた。

 

商用パイクカーを造るうえで、開発陣が最も力を入れたのは内外装の演出だった。前マクファーソンストラット/後トレーリングアームのシャシーやFF方式のE15S型1487cc直列4気筒OHCエンジン(73ps)+3速ATなどの基本コンポーネントは同社のパルサー・バンやADバンから流用。その上に被せるボディは、丸目2灯式のユニークなヘッドランプになだらかな孤を描くボンネット、同じく孤でアレンジしたルーフ、広告ボードとして自由に使えるようにデザインしたフラットなリアサイドパネル(市販時は丸型リアクォーターウィンドウ仕様も用意)などで構成する。また、パイクカーの象徴的アイテムともいえるキャンバストップ(電動・手動併用式)も装備した。内装については、テーブルタイプのダッシュボードにセンター配置の大型スピードメーター、インパネ中央付近にレイアウトしたATシフトレバーなど、専用デザインのパーツを満載する。シートはメイン素材に平織の生地を用いたセパレート式のベンチタイプで、助手席にはウォークイン機構を内蔵。サイドウィンドウは開閉部の全開を実現するために2分割式でアレンジした。

 

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 センター配置の大型メーター、インパネ中央のシフトなど独創的なデザインが目を引く。室内空間は開放的
センター配置の大型メーター、インパネ中央のシフトなど独創的なデザインが目を引く。室内空間は開放的

 

商用車版のパイクカーはその性格上、実用性も最大限に考慮された。荷室高は1230mmを確保し、そのうえでフラットな床面や可倒式のリアシート、ルーフ近くから床面まで開く上ヒンジ式の大型リアゲートなどを設ける。耐久性も重視し、前後バンパーやフロントフェンダー、ヘッドランプフィニッシャー、リアフィレットプロテクターには錆びにくくて軽量な高剛性PP(ポリプロビレン)材を採用した。

 

■姿かたちがそのまま車名に――

リアサイドパネルは広告として使えるようにフラットな造形リアサイドパネルは広告として使えるようにフラットな造形

 

商用モデルのパイクカーは、1987年に開催された第27回東京モーターショーで参考出品車として初披露される。車名は「S-Cargo(エスカルゴ)」。フランス語でかたつむりを意味し、スタイリングも似ているescargotと貨物を表すcargoを掛け合わせたネーミングを冠していた。

 

市販版のエスカルゴはPAO(パオ)と同時期の1989年1月に発表され、2年間限定の形で受注生産される。型式はR-G20。量産ラインを担当したのは関連会社の日産車体で、ボンネットなどの一部パーツは職人の手叩きで仕上げられた。ボディサイズは全長3480×全幅1595×全高1835~1860mm/ホイールベース2260mmで、最小回転半径は4.7m。最大積載量は300kgを確保する。標準ボディ色はホワイト/グレー/ベージュ/オリーブの4タイプを設定し、オプションとしてレッド/イエロー/ブルー/ブラックも選択できた。

 

エスカルゴの車両価格は122.0~133.0万円と同クラスの商用車より高めの設定だったが、販売は好調に推移する。走りの面でも予想以上の好評を博し、とくに乗り心地のよさ(4輪独立懸架サスペンションに155R13-6PRLTサイズのミシュラン製商用車用タイヤを装着)がユーザーから高く評価された。一方、ユニークなスタイリングで脚光を浴びたエスカルゴは国内外での様々なイベント会場でも披露される。1989年7月には英国のロンドン美術館にてS-Cargoを展示。また、アーティストの池田満寿夫氏が外装ペイントを手がけたアートカーモデルも製作される。日産自動車のお膝元である神奈川県では、横浜スタジアムのリリーフカーとして特別仕様のエスカルゴが造られ、2000年のシーズンまで活躍した。

 

結果的にエスカルゴは予定通りの2年間、1990年12月まで生産され、累計台数は1万650台あまりにのぼる。また生産中止後もコアな人気を保ち続け、21世紀に入ってもレストアやドレスアップが施されたユーズドカーが市場に並ぶこととなった。ちなみに、知己の板金職人によるとエスカルゴをレストアする際は「意外な発見がある」という。最も印象的なのは緩やかな弧を描くボンネットで、ひとつひとつ手叩きで仕上げられていたため、個体によってプロでしかわからない微妙な違いがあるそうだ。一般的にはスタイリングのユニークさばかりが強調されるエスカルゴだが、一皮むけば職人さんの技術が存分に発揮された通好みの逸品なのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年名車図鑑】“Be-1の反省”を踏まえた販売戦略で成功。3万台超を売り上げたパイクカー第2弾

1987年にリリースしたBe-1によって“パイクカー”ブームを創出した日産自動車は、その勢いに乗って第2弾の開発を決定する。1987年の東京モーターショーで参考出品車を披露し、1989年に市場デビューさせた新パイクカーは、「PAO(パオ)」の車名を名乗った。今回はモンゴルの遊牧民の家に由来するユニークなネーミングを冠した第2世代のパイクカーで一席。

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【Vol.51 日産PAO(パオ)】

1987年1月に限定1万台で市販されたパイクカー(大量生産を前提としない“とんがった=pike”クルマの意)のBe-1は、当時の日本の自動車市場に大きな混乱をもたらした。受注は2カ月もかからずに終了。予約にもれた人は中古車、または予約を譲ってくれるユーザーを探し求め、これに業者が絡み、結果的にBe-1にはプレミアがつく。販売価格は東京標準で129.3~144.8万円としていたが、市場での取引額は200万円以上がザラだった。

 

「大手メーカーたるものが自動車マーケットの混乱を作り出した」などと自動車マスコミからは苦言を呈されたが、ハイテク一辺倒でクルマを開発していた当時の傾向に日産が一石を投じ、ユーザーの支持を大いに獲得したことは確かである。クルマの魅力は先進技術やスペックだけではない。ファッショナブルで個性的な内外装を持つことも重要だ――そう確信した日産は、パイクカー第2弾の開発を決定する。そして販売時には、市場での混乱を避ける戦略を練った。

 

■パイクカー第2弾はレトロデザインをさらに進化させた

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ボディ同色の鉄板を効果的に用いたインパネ、アイボリー色のステアリングやスイッチ類がレトロムードを盛り上げる。シートは麻感覚の平織りクロスが用いられたボディ同色の鉄板を効果的に用いたインパネ、アイボリー色のステアリングやスイッチ類がレトロムードを盛り上げる。シートは麻感覚の平織りクロスが用いられた

 

待望のパイクカー第2弾は、1987年10月に開催された第27回東京モーターショーにおいて参考出品の形で披露される。車名はモンゴルの遊牧民の家に由来する「PAO(パオ)」を名乗った。

 

パオの基本シャシーは、Be-1と同じくK10型マーチをベースとする。エクステリアパーツに関しては成形の自由度やコスト面を考慮して、外板の一部に樹脂パネルを使った。フロントフェンダーには射出成形の熱可塑性樹脂パネルを採用し、ボンネットにはガラス繊維を含んだSMC(シートモールディングコンパウンド)成形の熱硬化性樹脂パネルを導入する。さらに、耐食が激しいドアやリアゲートなどには両面処理の鋼板を使用した。防錆対策も重視され、パネル面にはフッ素樹脂塗装材、ボディの中空部分には入念な防錆シーラントを施す。ボディサイズは全長3740×全幅1570×全高1475mm、ホイールベース2300mmとコンパクトにまとめた。各部のアレンジにも工夫を凝らし、メッシュ状の大型フロントグリルや鉄パイプ製バンパー、上下2分割式のリアサイドウィンドウ、縦配列3連式の丸型リアコンビネーションランプ、電動開閉の小粋なキャンバストップ、金属製パイプのファッションレールなど専用パーツを豊富に盛り込む。ボディカラーはEarthy Colorと呼ぶ淡い色合いのアクアグレー/オリーブグレー/アイボリー/テラコッタをラインアップした。

遊び心にあふれたキャンバストップは電動式遊び心にあふれたキャンバストップは電動式

 

インテリアに関してはボディ同色の鉄板インパネや象牙をイメージしたスイッチ類、アイボリー色のステアリングなどが特徴で、Be-1よりもいっそうレトロ感を強める。座席には麻感覚の平織りシートクロスを採用。取り外しが可能な専用デザインのオーディオユニットなども話題を呼んだ。

 

■第1弾の混乱の反省から“期間”を限定

ボディカラーは4色、写真は「テラコッタ」。発売から30年経った今でも色あせないこのデザインは、賞味期限の短い日本のプロダクトとしては驚異的。中古市場では未だに高値で取引されているボディカラーは4色、写真は「テラコッタ」。発売から30年経った今でも色あせないこのデザインは、賞味期限の短い日本のプロダクトとしては驚異的。中古市場では未だに高値で取引されている

 

パオはショーデビューから1年3カ月ほどが経過した1989年1月に市販を開始する。型式はPK10。搭載エンジンはMA10S型987cc直列4気筒OHCユニット(52ps/7.6kg・m)で、トランスミッションには5速MTと3速ATを設定する。当初の生産はBe-1に続いて高田工業が担当し、後に愛知機械工業が引き継いだ。

 

パオはBe-1と同じく限定車の形ではあったが、限定したのは台数ではなく、受注期間であった。台数を絞って市場の混乱を招いたBe-1での反省を踏まえたのである。また、日産は販売方法そのものにも力を入れる。当時ベイエリアと呼ばれた東京都中央区の勝どき橋付近に専用スペシャルショップを開設し、パイクカーの情報発信基地として積極的に活用した。ここにはレストランやバーといったおしゃれな飲食スペースも併設。さらにキャラクターグッズも多数用意し、パオのロゴ入りマグカップやクッション、Tシャツ、文房具などを販売した。

 

最終的にパオは、約3カ月のあいだに5万台超(5万1657台)の大量受注を記録する。このなかにはプレミア価格での販売を当て込んだ業者の予約も入っており、販売台数が予想以上に多いと知るとキャンセルする人が続出した。とはいえ3万台以上を売る大ヒット作となったことは事実で、結果的に日産自動車のパイクカー戦略はまたしても成功裡に終わったのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

日産「リーフ」の技術を移植した「軽EV」が2019に登場する!?

順調に行けば2019年にも発売されるという、日産初の軽・電気自動車の情報が入ってきた。開発は日産主導のもと行われ、傘下の三菱へOEM供給されることになるという。

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予想CGによれば外観は三菱「i-MiEV」を彷彿とさせる卵型のシルエットで、フロントにはVモーションの流れを持つワイドグリル、ヘッドライトはEVらしさを感じさせるブルーのLEDやホワイトの透過パネルを装着している。立体感を表現するラインが特徴的なサイドは高級感と上質さをアピールし、中央のアンダー部分を削ったデザインはフロント、リアともにタイヤハウスに迫力を増すのに貢献しており、これまでの軽自動車では見られない斬新なデザインになりそうだ。

 

ボディサイズは全長3440mm、全高1600mm程度と予想されており、最高出力は75ps、航続距離は200kmを新型リーフ搭載のEV技術を移植し、目指すという。

欧州での新型日産リーフの受注がハイペース!

日産ヨーロッパは12月21日、新型リーフの欧州市場における受注が2017年10月の発表から約2カ月で1万台に達していることを発表した。

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プロパイロットやe-ペダルに関心高まる

欧州市場では2010年から先代型を発売。競合メーカーがまだEVに対して懐疑的であり、ガソリンやディーゼルエンジン車の改良を重視していた頃だ。先代型は欧州市場において、累計でおよそ8万3000台を販売した。この8万3000人のリーフ・オーナーの声もフィードバックされ新型にスイッチしたリーフは、欧州で高い関心を寄せることとなったのである。

 

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新型リーフのカスタマーは、同一車線自動運転技術である「プロパイロット」や、ドライバーが最大で90%もブレーキペダルの使用を減らすことができる「e-ペダル」を中心とした革新的技術に高い関心を寄せているという。

 

 

日産ヨーロッパのEVディレクター、Gareth Dunsmoreは、新型リーフの好調な受注を受けて、次のようにコメントしている。
「新型リーフによって、日産が電気自動車のリーダーシップを発揮していることを実感しています。新型リーフは、新世代の電気自動車というだけでなく、欧州における日産インテリジェントモビリティのアイコンなのです」。

 

多くの自動車メーカーが電動化技術採用に積極的な姿勢を見せているなか、EVの先駆け的存在である日産リーフは、魅力を大きく高めた新型によって、日本だけでなく欧州でもそのプレゼンスを高めている。

 

なお、欧州仕様の新型リーフは英国にあるサンダーランド工場にて、12月から生産がスタート。カスタマーへは2018年2月からデリバリーがはじまる。動画では、サンダーランド工場で新型リーフが生産される模様が確認できる。

 

(文/細田靖)

【中年名車図鑑】ユーズドカーになって認められた“あぶデカ・レパード”の実力

“高級スペシャルティ”の先駆車として1980年にデビューした日産レパード。しかし市場での人気や注目度の面では後発のトヨタ・ソアラに凌駕され、販売成績は伸び悩み続けた。忸怩たる状況を打破しようと、日産の開発スタッフはレパードの全面改良を鋭意、推し進める――。今回は「かぎりなく自由だ。かぎりなく豊かだ」のキャッチコピーを冠して1986年に登場した2代目レパードで一席。

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【Vol.48 2代目 日産レパード】

国産初の高級スペシャルティカーとして、1980年9月にデビューしたF30型の初代レパード。しかし、5カ月ほど後に市場に放たれた初代トヨタ・ソアラに市場の注目が集まり、結果的に初代レパードの影は薄くなってしまった。日本の自動車ユーザーの上級志向は1980年代後半に向けてますます高まり、高級スペシャルティカー市場もさらに活気づくはず――そう判断した日産の開発陣は、高級スペシャルティカー分野での覇権を目指して次期型レパードの企画を意欲的に推し進める。時代はバブル景気の助走期。開発資金や人員も豊富に投入された。

 

■高級スペシャルティカー分野でのシェア拡大を目指して――

1986年にデビューした2代目レパード。同じく86年に放送されたドラマ『あぶない刑事』の劇中車として知名度を上げた1986年にデビューした2代目レパード。同じく86年に放送されたドラマ『あぶない刑事』の劇中車として知名度を上げた

 

次期型を企画するに当たり、開発スタッフは「大人のライフスタイルをハイセンスに演出するプレステージ・スペシャルティカー」を創出するという基本テーマを掲げる。エクステリアに関してはCd値(空気抵抗係数)0.32の優れた空力特性を実現したうえで、ダイナミックで優雅なプロポーションやプレステージ性を強調した8連式マルチヘッドランプ、個性的で洒落たイメージの大型リアコンビネーションランプなどを採用する。ボディタイプはソアラと同様に2ドアクーペ(従来モデルは4ドアハードトップも用意)の1本に絞った。一方でインテリアについては、フロント部からドアトリム、リアシートに至るまでのラインを連続させ、乗員を包み込むようなラウンド形状の室内スペースを演出する。また、シートやトリム地にツイード調の上質な素材を多用し、高級スペシャルティらしい落ちつきと高品質感が漂う空間に仕立てた。さらに、助手席専用の“パートナーコンフォートシート”や全面一体カラー液晶表示の“グラフィカルデジタルメーター”、各種機能を組み込んだ“光通信ステアリング”、専用カードの携帯でドアのロック&アンロックおよびトランク解錠ができる“カードエントリーシステム”といった新技術を積極的に盛り込んだ。

 

搭載エンジンは気筒別燃料制御システムやNVCS(日産バルブタイミングコントロールシステム)を採用した新開発のVG30DE型2960cc・V型6気筒DOHC24V(185ps)を筆頭に、VG20ET型1998cc・V型6気筒OHCジェットターボ(155ps)、VG20E型1998cc・V型6気筒OHC(115ps)という計3機種のPLASMAユニットを設定する。組み合わせるトランスミッションはVG30DE型とVG20ET型が4速ATのみで、VG20E型は5速MTと4速ATを用意。ATは全車ともにパワー・エコノミー自動切り換え式スーパートルコンを組み込んだ。足回りはジオメトリーの最適化やロール剛性の強化などを図った改良版の前マクファーソンストラット/後セミトレーリングアームの4輪独立懸架で、最上級仕様には電子制御でダンパーの減衰力をソフト/ミディアム/ハードの3段階に自動的に切り換える“スーパーソニックサスペンション”を採用する。また同仕様では、ラック&ピニオン式のステアリング機構に車速感応油圧反力式パワーステを、4輪ベンチレーテッドディスクブレーキに4WAS(4輪アンチスキッド)を組み合わせた。

 

■キャッチコピーは「かぎりなく自由だ。かぎりなく豊かだ」

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シートやトリム地にツイード調の上質素材をあしらった高級感あふれるインテリア。全面一体カラー液晶表示、光通信ステアリングなど、新技術を惜しげもなく投入したシートやトリム地にツイード調の上質素材をあしらった高級感あふれるインテリア。全面一体カラー液晶表示、光通信ステアリングなど、新技術を惜しげもなく投入した

 

最大のライバルであるトヨタ・ソアラが2代目に移行してから1カ月ほどが経過した1986年2月、F31の型式を付けた第2世代のレパードが満を持して市場デビューを果たす。キャッチコピーは新プレステージ・スペシャルティカーの特徴を表す「かぎりなく自由だ。かぎりなく豊かだ」。グレード展開はVG30DE型エンジンを搭載する最上級仕様のアルティマ(英語で究極を意味する“ultimate”からとった造語)、VG20ET型エンジンを積むXS系、VG20E型エンジンを採用するXJ系で構成した。また、従来型で用意していたチェリー店系列向けのレパードTR-Xは廃止し、レパードの1モデルに統一された。

 

新しいレパードは、“世界初”または“わが国初”の技術の採用をカタログや広告などで声高に謳っていた。世界初は気筒別燃料制御システムやパートナーコンフォートシート、日本初はNVCSやNICS(日産インダクションコントロールシステム)/ツインスロットルチャンバーなど。ほかにもスーパーソニックサスペンションや車速感応油圧反力式パワーステ、4WAS、高品位4コート塗装、デュラスチール(新防錆処理鋼板)といった新機構をユーザーにアピールした。

1988年にマイナーチェンジを実施。バンパー形状、インテリアの刷新を行った1988年にマイナーチェンジを実施。バンパー形状、インテリアの刷新を行った

 

高級スペシャルティカー・カテゴリーでのシェア拡大を目指して、意気揚々とデビューしたF31型系レパード。しかし、2954cc直列6気筒DOHC24Vターボエンジン(7M-GTEU型)仕様をイメージリーダーとする2代目ソアラの牙城は崩せず、さらに本来は格下であるはずの2代目ホンダ・プレリュードにも人気や販売成績の面で大きく遅れをとった。この状況を打開しようと、開発陣はレパードの改良を相次いで実施する。1987年6月にはモケット地シートやAVシステムなどの快適アイテムを備えた“グランドセレクション”を追加。1988年8月には「若いというだけでは、手に負えないクルマがある」というキャッチを冠したマイナーチェンジを敢行し、内外装に新鮮味を与える。同時にVG30DET型2960cc・V型6気筒DOHC24Vターボ(255ps)やVG20DET型1998cc・V型6気筒DOHC24Vターボ(210ps)といった新エンジンの設定も行った。

 

■中古車市場で再評価されたF31レパード

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後期型のキャッチコピーは「若いというだけでは、手に負えないクルマがある」。インテリアはより成熟した大人の雰囲気に進化した後期型のキャッチコピーは「若いというだけでは、手に負えないクルマがある」。インテリアはより成熟した大人の雰囲気に進化した

 

内外装のリファインやエンジンのラインアップ強化でソアラの追撃体制を整えた2代目レパード。しかし、時すでに遅く、販売成績はソアラの後塵を拝し続ける。そのうちにユーザーの興味は大型4ドアハードトップの“ハイソカー”やRV(レクリエーショナルビークル)に移り、高級スペシャルティ市場そのものが衰退してしまった。結果的にF31型系レパードは思うような売り上げを記録できないまま、1992年半ばに販売が中止される。実質的な後継を担ったのは、2ドアクーペではなく、4ドアセダンのボディを纏った高級パーソナルカーのJY32型系レパードJ.フェリーだった。

 

販売成績の面では失敗に終わった第2世代のレパード。しかし、1990年代末に入ると、意外なところで注目を集めるようになる。いわゆる中古車市場だ。VIPカー・ブームの最中、ソアラなどに比べて割安だった2代目レパードは、ユーザーから想定外の人気を博す。価格以外にも、TVドラマの『あぶない刑事』で使用された、過剰品質とまでいわれた高品位4コート塗装やデュラスチールによってボディがいい状態に保たれていた、ハイパワーエンジンのFR車が少なくなっていた、個性的な2ドアクーペのデザインがドレスアップでよく栄えた、といった特徴も人気を集めた要因だった。

 

1980年代後半における日産自動車の技術の推移を結集して造られたF31型系の2代目レパードは、皮肉にもユーズドカーになってから真の実力がユーザーに認められたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年名車図鑑】今はなき「プリンス自工」が手掛けた国産初の御料車

日本屈指の高い技術力を持ち、数々の名車を生み出してきたプリンス自動車工業。その究極形といえるモデルが、国産初の御料車として採用されたプリンス・ロイヤルだろう。しかし、このモデルが宮内庁に納入されるまでには、さまざまなドラマがあった――。今回は昭和から平成にかけて40年あまりも活躍した国産御料車第1号の話で一席。

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【Vol.44 プリンス・ロイヤル】

高度経済成長の最中、右肩上がりの発展を遂げていた1960年代初頭の日本の自動車産業。自動車メーカーの開発・生産技術も急速に進化し、完成度を高めた純国産の新型車が相次いで市場に放たれていた。

 

■国産御料車の開発に向けて――

そんな状況下、ときの宮内庁はひとつのプランを画策する。「皇室用の御料車を国産車にしたい」。それまでの御料車は、メルセデス・ベンツ770やキャデラック・75リムジンなど、欧米製リムジンを使用していた。1950年代までの国産車はまだまだ信頼性が低く、まして要人を乗せるリムジンの開発などは無理難題であった。しかし、1960年代に入って日本の自動車技術は飛躍的に向上し、大型リムジンの開発も夢ではなくなってきていた。天皇は日本の象徴、よって天皇がお乗りになる御料車も日本国内で造ったものにするべきだ――。この計画に政府も同意。さっそく宮内庁は自動車工業会へ御料車の開発を諮問した。

 

■プリンス自動車工業の技術を結集

ディメンションは全長6155×全幅2100×全高1770mm。パレードなどの長時間低速走行に対処するため、冷却系統にも万全を期していた。ドアは電磁ロック式、ガラスは最新鋭の防弾タイプを採用ディメンションは全長6155×全幅2100×全高1770mm。パレードなどの長時間低速走行に対処するため、冷却系統にも万全を期していた。ドアは電磁ロック式、ガラスは最新鋭の防弾タイプを採用

 

国産御料車の開発に対し、ひとつのメーカーが名乗りをあげる。日本の数ある自動車会社の中でも高い開発能力と生産技術を誇っていたプリンス自動車工業だ。実はプリンス自工は、以前から宮内庁との接点があった。当時の皇太子(今上天皇)に向けて同社のセダンやスカイライン、グランドグロリアなどを納入していたのだ。しかもグランドグロリアには、皇太子がご愛用するための特別な改造、通称“カスタムビルト”が施されていた。最大の特徴はホイールベースの延長で、後席の足元スペースを拡大しながらルーフを少しだけ高くしている。これは皇太子とご成婚された美智子妃が、お好きな帽子を被ったまま乗車してもルーフやリアガラスに頭がつかえずに済むという配慮から実施された改造だった。きめ細かく完成度が高いクルマ造り――宮内庁の側も、プリンス自工に対して大きな信頼を寄せていた。

 

プリンス自工は早速、専属チームを組織して御料車の開発に取り掛かる。さらに、メーカー系列の枠を超えた協力体制も取りつけた。基本骨格はセパレートフレームで構成し、補強メンバーを入れるなどして高い剛性と耐久性を確保。ホイールベースは3880mmにまでストレッチした。懸架機構はフロントがダブルウィッシュボーン式で、リアがリーフリジット式。ブレーキは前後ともドラムだが、ツインマスターシリンダー+ツインサーボの2重制動を採用した。エンジンは新開発の6373cc・V型8気筒OHVを搭載し、トランスミッションには信頼性の高いGMの3速ATを組み合わせる。最高速度は8名乗車で160km/hに達した。

 

エクステリアにも御料車ならではの入念な工夫が凝らされる。使用材料には一品ずつ電磁探傷検査のマグナフラックスを実施。フレームには亜鉛メッキを施し、バッテリーも100AHを2基搭載した。万が一のために燃料ポンプの予備も積み込まれる。ドアは電磁ロック式で、ガラスには最新鋭の防弾タイプを採用。パレードなどの長時間低速走行に対処するため、冷却系統にも万全を期す。ボディサイズは全長6155×全幅2100×全高1770mmで、車重は3200kgとなった。一方でインテリアについては、前席に3名、後席に3名、補助席に2名が乗車できる8名乗りのシートレイアウトを構築する。シート地は前席がレザー、貴賓席となる後席には最高級のウールが張られた。後席足元にはオットマンも装着する。室内の温度管理にも入念な配慮がなされ、サイドガラスは乾燥空気を封じ込めた二重式を採用。リア専用の空調も導入された。

 

■正式発表時にはニッサンのブランド名が――

エンジンは6373cc・V型8気筒OHVを搭載、トランスミッションにはGMの3速ATを組み合わせる。最高速度は8名乗車で160km/hエンジンは6373cc・V型8気筒OHVを搭載、トランスミッションにはGMの3速ATを組み合わせる。最高速度は8名乗車で160km/h

 

プリンス自工が威信をかけて製作した国産初の御料車は、1965年にまずボディスタイルと車名の「プリンス・ロイヤル」が発表される。そして翌66年10月には完成モデルのS390P-1型が披露された。ただし、完成車は当初発表の車名とは違っていた。頭にニッサンが入り、「ニッサン・プリンス・ロイヤル」と命名されていたのである。

 

プリンス自工は高コストの開発体制や施設の整備増強などが災いして、経営状態が年々悪化していた。このままでは1965年4月に実施予定の乗用車の輸入自由化(実際は1965年10月に実施)に対処できない……。そこで1965年5月、日産自動車がプリンス自工を吸収合併する形での契約が成立し、1966年8月から新体制に移行する。プリンス・ロイヤルは、そのわずか2カ月後に発表されたため、ニッサンのブランド名が冠せられていたのだ。この状況に対し、マスコミ界からは「日産は天皇御料車の威信を得るために経営不振のプリンスを吸収合併した」とする声もあがった。

 

■ニッサン・プリンス・ロイヤルの老朽化

前席に3名、後席に3名、補助席に2名が乗車できる8名乗りのシートレイアウト。貴賓席となる後席には最高級のウールが張られ、足元にはオットマンも装着する。サイドガラスは乾燥空気を封じ込めた二重式、リア専用の空調も導入された前席に3名、後席に3名、補助席に2名が乗車できる8名乗りのシートレイアウト。貴賓席となる後席には最高級のウールが張られ、足元にはオットマンも装着する。サイドガラスは乾燥空気を封じ込めた二重式、リア専用の空調も導入された

 

ニッサン・プリンス・ロイヤルは1966年を皮切りに7台が製作され、宮内庁や外務省(国賓送迎用)に納入される。天皇の御料車としては1967年から使われ始めた。

 

宮内庁管理部“車馬課”の自動車班が管理し、定期的に整備を受けながら、昭和と平成の2世代をまたいで皇室に愛用され続けたニッサン・プリンス・ロイヤル。しかし、納入から37年ほどが経過した2004年の2月から3月にかけて、御料車に関する内容がマスコミ界で話題となる。宮内庁に対して、日産自動車がニッサン・プリンス・ロイヤルの行事での使用中止を要請したというのだ。入念な整備を施し続けた同車も経年劣化には勝てず、一部では補修不能な部分も出始める。また、専用部品のストックも底をつきかけ、調達も困難な状況になっていた。もし、重要な行事で故障するようなことがあったら、大変な事態になる――そんな心配をした日産は、ついに同車の使用中止を申し出たのである。

 

後を担うリムジンタイプの御料車は、21世紀に入ってから更新が計画されていた。順当にいけば後継車も日産製になるはずだったが、残念ながら当時の日産には御料車を製造する最適のベース車両がなかった。さらにルノーと合併して経営の再建を図っていたため、新御料車の開発に当てる予算も十分にとれない。結果的に日産は、御料車の納入を辞退する。代わって手を挙げたのが、日本最大の自動車メーカーであり、セダンタイプの御料車(センチュリー)を納入した経験を持つトヨタ自動車だった。リムジンタイプのトヨタ製御料車は、通称センチュリー・ロイヤルの名で2006年7月より宮内庁に納入される。そして、現役を退いたニッサン・プリンス・ロイヤルは、宮内庁内で保存管理されることとなったのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。