「浮世絵師列伝」から「最後の秘境 東京藝大」まで歴史小説家が選ぶ「芸術を深く知るための」5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「芸術を読む」。デビュー作より絵師小説の新境地を開拓してきた(新作『絵ことば又兵衛』も発売中)谷津さんが選ぶ「芸術を深く知るための5冊」とは?

 

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芸術の秋がやってきた。作家になってからというもの、諸般の事情でこの時期は色々と忙しい。諸般の事情とは何か。

 

この選書でわたしのことを知った人は「本をむやみに読んでいるおじさん」と思っておいでであろうが(そしてわたし自身、そうした称号がほしいクチである)、 わたしこと谷津矢車はデビュー作(『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』)で絵師の狩野永徳を書いて以来、芸術家を主人公にした歴史小説を数多く書いており、秋になると、美術館の展示に合わせて旧作の紹介に勤しんでいる次第である。

 

そして今年は、戦国から江戸期にかけての絵師・岩佐又兵衛を主人公にした『絵ことば又兵衛』を単行本で、2017年に単行本で刊行した『おもちゃ絵芳藤』を文庫で刊行する運びになっており、さらにそうした地道な活動に拍車がかかっているのである……。

 

と、思い切りダイマをかましてしまったが、今回の選書も芸術の秋に関わっている。というわけで、今回は芸術家小説そのもの、あるいは芸術家小説を読むに当たって参考になる書籍が選書テーマである。

 

まさに「知識ゼロ」からの入門書

まずご紹介したいのは『知識ゼロからの日本絵画入門』(安河内眞美 幻冬舎)である。

 

『開運! なんでも鑑定団』でもおなじみの著者による日本絵画の入門書である。本書に謳われた『知識ゼロからの』の看板に偽りはない。美術や歴史の教科書に出てくる有名な絵師・日本画家たちの人生や画風、後世への影響などが要領よくまとまっている。実を言うと、わたしも美術館に行くときに必ず持って行き、「ふむふむ、この人はこの絵師さんの弟子なのか」などと確認しながら絵を拝見しているくらいである。日本画は様々な流派や流れが存在するため、とっかかりがないと親しむのも難しいのではないだろうか。そうした意味では本書は間口の広さ、平易さ、どれを取っても最初の一冊に持ってこいである。なお、このシリーズには『西洋絵画入門』も存在し、こちらも興味がある方はチェックしてみていただきたい。

 

浮世絵を知るための水先案内人

お次に紹介するのはこちら。『浮世絵師列伝』(小林 忠・監修/平凡社・刊)である。本書は先に日本画家のうちの浮世絵師にフォーカスを当て、ややマニアックな人物までも網羅した一冊である。

 

菱川師宣から明治期の浮世絵までを一望でき、浮世絵の作業工程や鑑賞法のコラムも充実している。また、全ページカラーで、図版も数多く収録されている。もし、あなたが浮世絵師に興味があり、『知識ゼロから~』を読んでさらに深く知りたいと思われたなら、手に取って損のない書籍である。むしろ積極的に手に取っていただきたい。ただ、本書はいわゆる大判本であり、美術展などに持って行くにはやや重い点、古い本なので入手に難があるなどの点での問題はあるが、どこかでお見かけの際には是非手に取っていただきたい。また、美術を飛び出して、ある種のポップアートとしての浮世絵が取り上げられるようになってしばらく経った。もしかすると、現代のわたしたちに必要な教養の一つに浮世絵があるのかも知れない。その水先案内にもってこいの一冊とも言えよう。

 

古代から近世までの日本の「音楽史」をさらう

お次は少し趣向を変える。『図解 日本音楽史 増補改訂版』(田中健次・著/東京堂出版・刊)である。

 

本書は古代から培われ、多様な展開を見せた日本の音楽史を俯瞰した本である。東アジアで育った音楽が日本に流入、受容されたのち様々な展開を見せ、時に混交や交流、新楽器との出会いを経て変化し続けた近世までの日本音楽史が一冊にまとまっている。

 

恥ずかしながらわたしは流派としての「○○節」「××節」といったものがよく分かっていなかったのだが、本書と出会ったことで、どういう経緯でさまざまな「節」が成立し、分派していったのか、大まかな図を描くことができるようになった。

 

本書は日本の音楽を巡る歴史を浚った本であるため、もちろん芸術家小説を読む際の参考書籍となりえるが、それ以前に、歴史小説、時代小説を読む際にもヒントになる一冊かも知れない。歴史・時代小説を読んでいると、音楽を扱う場面が存外に多い。歴史・時代小説の奥行きを味わいたいあなたにも。

 

東京藝大という秘境

お次にご紹介するのはノンフィクションから。『最後の秘境 東京藝大』(二宮敦人・著/新潮社・刊)である。執筆当時奥様が現役藝大生だった人気作家の著者が、奥様の背中の向こうに見える謎の芸術家空間・東京藝術大学のリアルを描いた本である。

 

東京藝術大学という大学が存在することはご存じの方も多いだろう。東京の上野の近辺にあることも、なんかすごそうな芸術を爆発させていそうなのも、イメージとしてご存じな方もいらっしゃることだろう。だが、実態を何も知らない。そんな思考の間隙を埋めてくれる書籍が本書である。

 

本書に登場する人々はやはり想像の通りのエキセントリックぶりを誇っている。本書の美点は、ただそれを列挙するだけにとどまらず、彼/彼女が一般の尺を当てはめてしまえば変人というレッテルを貼らざるを得ないその行動の根源にあるものに迫ろうとしているところである。

 

多くの方は、自分を枠にはめて生きている。それはそうだ。枠はわたしたちを守る鎧でもあるからだ。だが、彼/彼女らは自らその鎧を脱ぎ捨て、一本独鈷で戦っている。一体彼/彼女が何と戦っているのか。そしてどこに行こうというのか。それは是非、本書をめくって見届けていただきたい。

 

水墨画×青春=芸術家小説の新境地!

最後は昨年の芸術家小説の成果作をご紹介しよう。『線は、僕を描く』(砥上裕將・著/講談社・刊)である。本書は2020年本屋大賞にもノミネートしており、作品の力は折り紙付きであるが、あえてここで紹介したい。

 

本書は大学生である主人公の青山霜介がたまたま入った展覧会で日本画の巨匠である篠田湖山に見初められ、内弟子となるところから始まる。そして霜介はそれから水墨画を学ぶことになり、兄弟子、姉弟子にもまれて筆を握るようになるのだが――。

 

取り合わせが清新である。本書の基底には青春小説が根を張っている。青春小説と言えば動的なもの(たとえばスポーツとか)と掛け合わせるのが常道なのだが、本書は一見すると静的である水墨画をそのモチーフに選んだわけだ。だが、本書を読むと、静的であるはずの水墨画のシーンが、驚くほどの熱気と緊張感に満ちていることにお気づきになるだろう。心の動きや有り様を描くのに秀でた小説というメディアならではの演出により、花を描く、姉弟子と絵を競う、ただそれだけのシーンが息詰まるほどの迫真に満ちているのである。

 

本書は是非、水墨画をご覧になってから手に取っていただきたい。優れた青春小説にして、水墨画という芸術家小説の新境地を開いた一冊である。

 

 

この稿を書きながら、芸術家の良さとはなにか、という問いに襲われた。

 

いろいろあるかも知れない。数百年にわたって残るものを作り上げた才能に惹かれているのだろうか。それとも、エキセントリックな人物像にキャラクター的な楽しみを見いだしているのだろうか。否、どちらも違うと思う。皆さんがご存じないだけで、芸術作品とラベリングされたものの多くは誰の目にもとまらず消えていき、作者も忘れ去られる。また、芸術家とされる人たちの中にも常識人はたくさんいる。

 

思うに、芸術家の魅力とは、「なんか作っちまったこと」、それに尽きるのだとわたしは思う。

 

評価されるかどうかは分からない。

正解なんてない。

己を突き詰めたとて、それが受け入れられるわけではない。

 

だが、それでも、芸術家たちは現在進行形で「作っちまう」ものであり、彼/彼女らの後ろには「作っちまった」ものが山をなしているのである。その名状しがたき謎のパワーにこそ、わたしたち一般人の頭を垂れさせる秘密が隠されているのかもしれない。

 

それはそうと、戦国から江戸を生きた奇想の絵師・岩佐又兵衛を描いた『絵ことば又兵衛』、江戸から明治にかけての浮世絵師事情を描いた『おもちゃ絵芳藤』文庫版、発売中ですのでなにとぞ。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は『絵ことば又兵衛』(文藝春秋)

祝! 生誕50年!! ドラえもんを愛して止まない歴史小説家が選ぶ「大長編ドラえもん」シリーズ珠玉の5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは谷津さんが偏愛してやまない『ドラえもん』です。今年は生誕50周年の記念すべき年。そして最新作『ドラえもん のび太の新恐竜』も公開中。40作ある「大長編」シリーズの中から谷津さんが選んだ珠玉の5冊とは?

 

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『死役所』から『絶滅できない動物たち』まで−−年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「生と死」について考える5冊

 


 

諸君、わたしはドラえもんが好きだ。

ドラえもんが好きだ。

のび太君が好きだ。

しずかちゃんのお風呂シーンが好きだ。

スネ夫が好きだ。

ジャイアンが好きだ。

出木杉君が好きだ。

この地上で紡がれたすべてのドラえもん作品が大好きだ。

よろしい、ならばドラえもんだ。

そしてドラえもんは、今年誕生五十周年である。

 

かくいうわたしは何を隠そうドラえもんファンであり、居ても立ってもいられず「大長編ドラえもん」で選書させてくれないかと編集部に頼み込み、こうして選書が成った次第である。

 

というわけで、今回はコロコロコミックに掲載され、後に「大長編ドラえもん」作品として単行本化されている映画原作作品を五作紹介しよう。

 

出来杉くんの活躍がうれしいシリーズ第3弾!

まずご紹介するのは、ドラえもん のび太の大魔境である。

 

本作は、春休みにペコという犬を拾ったのび太たちが、ひょんなことからアフリカ奥地を探検する(余談だが、大長編ドラえもんの良さは、日常の風景から一気に大スペクタクルへと飛び出すその跳躍力にもあると考えている)お話なのだが、本作は大長編ドラえもんとしては少し特殊な特徴を有している。「ドラえもん映画から締め出されている」とネタにされる出木杉君が登場するのである!

 

出木杉君はのび太たちが冒険することになる魔境をのび太たちや読者に紹介する役割を有しているのだが、そこでの説明が実におどろおどろしく、読者をわくわくさせてくること請け合いである。「ヘビー・スモーカーズ・フォレスト」といういかにもなネーミングセンスも併せ、ここでの出木杉君の熱弁は一ドラえもんファンとして、なかなか忘れることのできない、渋い名シーンとなっているのである。

 

藤子・F・不二雄先生のクリエイターとしての外連味を味わえる一冊といえるだろう。

 

東西冷戦をベースにしたシリーズ第4弾!

お次にご紹介したいのは、『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』である。

 

夏休み、のび太たちがキャンプの行き先で紛糾する中、海も山もあるというドラえもんの提案で海底にキャンプすることに決まる(繰り返しだが、この跳躍力が大長編ドラえもんの良さなのである)のだが、やがて、のび太たちが海底に住む人々の事情に巻き込まれることになり……という作品である。

 

当時話題であった人気オカルトネタ「バミューダトライアングル」(バミューダ海域で海難事故が多発しているというフェイクニュースを前提としたオカルトネタで、バミューダ海一帯に霊的な力が働いているとか、海底に何かがあって船を沈没させているのではないかなどという“議論”がなされていた)と海底への興味を織り交ぜることで独特の雰囲気が漂っている。

 

そして何より、本書は東西冷戦の雰囲気を色濃く描き出している点において、お勧めしておきたい。

 

ややネタバレだが、作中で出会う海底人たちの抱える事情は、互いの国土に核ミサイルを向けていた東西冷戦下の世界情勢をモチーフにしている。

 

だが、世界の存亡を人質に取った超大国の対立はもはや過去のものとなってしまった。1986年生まれのわたしとて、東西冷戦の空気感をほとんど知らずに育った世代であるから、わたしより下の世代にとっては、もはや歴史の教科書に記された出来事であろう。

 

だからこそ、本書はわたしたち人類のバカげた歴史を後世に伝える一冊になりえるのではなかろうか。

 

作者に「失敗作」と言わせた異色のシリーズ第14弾!

お次にご紹介するのは『ドラえもん のび太の夢幻三剣士』である。

 

あっ、ドラえもんファンの皆さん、石を投げないで!

 

実は本作、藤子・F・不二雄先生自身が「一種の失敗作」と述懐しておられる珍しい作品である。確かに、大長編ドラえもん作品としてはお約束のいくつかが崩壊している上、ややプロット(ストーリーの構造)にも乱れが見受けられる。

 

あえて言おう。そこがいい。

 

カセットを差すことで任意に夢を見、その夢の登場人物として活躍できる「気ままに夢見る機」をドラえもんに出してもらったのび太の前に奇妙な老人が現れ、「夢幻三剣士」のカセットを示唆し去っていき、結局その老人の勧めるがままに「夢幻三剣士」で遊ぶことから始まる本作なのだが――。

 

とにかく不気味なのである。そもそも本作は「夢」がメインモチーフになっており、「夢」が現実に滲出してくる怖さや、フィクション側の物事が現実にまで影響を及ぼす不条理が提示されている。さらに、藤子・F先生の言う「一種の失敗作」――いつもの藤子・F先生らしからぬストーリー運びが、読者を「ドラえもん」という予定調和の世界から引き剥がす。本作はいつもの藤子・F作品と比べると、随所に破調が見られる。だがそれゆえに、妙にリアルな「夢幻」の世界が広がっているのである。

 

作者絶筆! シリーズ最大の危機を乗り越えた第17弾!!

お次に紹介するのは『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』である。

 

本書はひみつ道具「生命のねじ」で馬のぬいぐるみ「パカポコ」に命を与えたのび太たちが、色々あって他の地球型惑星にぬいぐるみたちの国を作り、発展させていく……というストーリーなのだが、本作もまた、これまでの大長編ドラえもんにはない特徴を有している。大長編ドラえもんにおける敵役は他種族であったり、宇宙人であったりと「のび太たちから遠い存在」に設定されることがしばしばである。しかし本作における敵役は、のび太たちの世界における悪党、熊虎鬼五郎なのである。また、のび太たちと熊虎鬼五郎の対立に割って入るように「種まく者」なる第三勢力が現れる点なども、本書に独特の光彩を投げかけている。

 

なぜ異色作なのか――。本作は、藤子・F・不二雄先生の絶筆作品である。正確には本作の執筆途中でお亡くなりとなり、それ以降は藤子プロが藤子・F先生の覚書や構想ノートなどを参考に最後まで書き継いだ経緯がある。

 

やや大げさな話になるかもしれないが、恐らく本作は大長編ドラえもん、そして映画ドラえもん最大の危機であったことだろう。それまで藤子・F先生が体調不良で連載を全うできなかったことはあったが、『ねじ巻き都市冒険記』の危機はまるでレベルの違う出来事である。だが、藤子プロの皆さんがこの作品を完成させてくれたおかげで、本作は完結し、映画も無事公開されたのである。本作はドラえもん最大の危機を救った作品であったといっても過言ではないのではなかろうか。

 

原作者の絶筆という目で眺めると、本作はかなり意味深な描写も存在する。藤子・F先生の遺書であると同時に、藤子・F先生の思いを継ぐ、新たなるドラえもんの到来を告げた記念碑的一作であると言える。

 

「ひみつ道具」使いまくり! 新たな地平へと進むシリーズ第19弾!!

最後にご紹介するのは『ドラえもん のび太の宇宙漂流記』である。

 

藤子・F・不二雄先生の死後に制作された大長編ドラえもんの一作であるが、ある意味で、ドラえもんのメディアミックスの在り方を示す、一つの好例といえるだろう。

 

広大な宇宙での対立をモチーフとした本作のありようは『宇宙開拓史』(1980-81)、『小宇宙戦争』(1984-85)、『アニマル惑星』(1989-90)、『銀河超特急』(1995-96)などで描かれてきた光景の延長であり、オカルト要素を作品のモチーフとして利用する態度は先にご紹介した『海底鬼岩城』を思わせる。

 

しかしながら、本書は旧来の大長編ドラえもんにはあまり見られなかった要素も存在する。あえて一つ挙げるなら、「ひみつ道具」のふんだんな使用である。

 

これまでの大長編ドラえもんは、四次元ポケットをなくしたり、ドラえもんが行方不明になったり、あるいは故障したりしてひみつ道具が使えない状況に追いやられることが多かった。だが本作においては敵方を強大なものとすることで、作劇上、ひみつ道具を湯水のごとく使う状況を作り上げたのである。かくして本作では、複数のひみつ道具を組み合わせて使用して切り抜けるシーンが出てきたのである。

 

藤子・F先生の遺産を大事にしながら、挑戦も欠かさない。ドラえもんが愛される裏には藤子・F作品へのリスペクトと、その時々で作品に係わったクリエイターの創意工夫が隠されているのである。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

明智光秀の息子、十五郎(光慶)と女婿・左馬助(秀満)から見た、知られざる光秀の大義とは。明智家二代の父子の物語。

祝! 生誕50年!! ドラえもんを愛して止まない歴史小説家が選ぶ「大長編ドラえもん」シリーズ珠玉の5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは谷津さんが偏愛してやまない『ドラえもん』です。今年は生誕50周年の記念すべき年。そして最新作『ドラえもん のび太の新恐竜』も公開中。40作ある「大長編」シリーズの中から谷津さんが選んだ珠玉の5冊とは?

 

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諸君、わたしはドラえもんが好きだ。

ドラえもんが好きだ。

のび太君が好きだ。

しずかちゃんのお風呂シーンが好きだ。

スネ夫が好きだ。

ジャイアンが好きだ。

出木杉君が好きだ。

この地上で紡がれたすべてのドラえもん作品が大好きだ。

よろしい、ならばドラえもんだ。

そしてドラえもんは、今年誕生五十周年である。

 

かくいうわたしは何を隠そうドラえもんファンであり、居ても立ってもいられず「大長編ドラえもん」で選書させてくれないかと編集部に頼み込み、こうして選書が成った次第である。

 

というわけで、今回はコロコロコミックに掲載され、後に「大長編ドラえもん」作品として単行本化されている映画原作作品を五作紹介しよう。

 

出来杉くんの活躍がうれしいシリーズ第3弾!

まずご紹介するのは、ドラえもん のび太の大魔境である。

 

本作は、春休みにペコという犬を拾ったのび太たちが、ひょんなことからアフリカ奥地を探検する(余談だが、大長編ドラえもんの良さは、日常の風景から一気に大スペクタクルへと飛び出すその跳躍力にもあると考えている)お話なのだが、本作は大長編ドラえもんとしては少し特殊な特徴を有している。「ドラえもん映画から締め出されている」とネタにされる出木杉君が登場するのである!

 

出木杉君はのび太たちが冒険することになる魔境をのび太たちや読者に紹介する役割を有しているのだが、そこでの説明が実におどろおどろしく、読者をわくわくさせてくること請け合いである。「ヘビー・スモーカーズ・フォレスト」といういかにもなネーミングセンスも併せ、ここでの出木杉君の熱弁は一ドラえもんファンとして、なかなか忘れることのできない、渋い名シーンとなっているのである。

 

藤子・F・不二雄先生のクリエイターとしての外連味を味わえる一冊といえるだろう。

 

東西冷戦をベースにしたシリーズ第4弾!

お次にご紹介したいのは、『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』である。

 

夏休み、のび太たちがキャンプの行き先で紛糾する中、海も山もあるというドラえもんの提案で海底にキャンプすることに決まる(繰り返しだが、この跳躍力が大長編ドラえもんの良さなのである)のだが、やがて、のび太たちが海底に住む人々の事情に巻き込まれることになり……という作品である。

 

当時話題であった人気オカルトネタ「バミューダトライアングル」(バミューダ海域で海難事故が多発しているというフェイクニュースを前提としたオカルトネタで、バミューダ海一帯に霊的な力が働いているとか、海底に何かがあって船を沈没させているのではないかなどという“議論”がなされていた)と海底への興味を織り交ぜることで独特の雰囲気が漂っている。

 

そして何より、本書は東西冷戦の雰囲気を色濃く描き出している点において、お勧めしておきたい。

 

ややネタバレだが、作中で出会う海底人たちの抱える事情は、互いの国土に核ミサイルを向けていた東西冷戦下の世界情勢をモチーフにしている。

 

だが、世界の存亡を人質に取った超大国の対立はもはや過去のものとなってしまった。1986年生まれのわたしとて、東西冷戦の空気感をほとんど知らずに育った世代であるから、わたしより下の世代にとっては、もはや歴史の教科書に記された出来事であろう。

 

だからこそ、本書はわたしたち人類のバカげた歴史を後世に伝える一冊になりえるのではなかろうか。

 

作者に「失敗作」と言わせた異色のシリーズ第14弾!

お次にご紹介するのは『ドラえもん のび太の夢幻三剣士』である。

 

あっ、ドラえもんファンの皆さん、石を投げないで!

 

実は本作、藤子・F・不二雄先生自身が「一種の失敗作」と述懐しておられる珍しい作品である。確かに、大長編ドラえもん作品としてはお約束のいくつかが崩壊している上、ややプロット(ストーリーの構造)にも乱れが見受けられる。

 

あえて言おう。そこがいい。

 

カセットを差すことで任意に夢を見、その夢の登場人物として活躍できる「気ままに夢見る機」をドラえもんに出してもらったのび太の前に奇妙な老人が現れ、「夢幻三剣士」のカセットを示唆し去っていき、結局その老人の勧めるがままに「夢幻三剣士」で遊ぶことから始まる本作なのだが――。

 

とにかく不気味なのである。そもそも本作は「夢」がメインモチーフになっており、「夢」が現実に滲出してくる怖さや、フィクション側の物事が現実にまで影響を及ぼす不条理が提示されている。さらに、藤子・F先生の言う「一種の失敗作」――いつもの藤子・F先生らしからぬストーリー運びが、読者を「ドラえもん」という予定調和の世界から引き剥がす。本作はいつもの藤子・F作品と比べると、随所に破調が見られる。だがそれゆえに、妙にリアルな「夢幻」の世界が広がっているのである。

 

作者絶筆! シリーズ最大の危機を乗り越えた第17弾!!

お次に紹介するのは『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』である。

 

本書はひみつ道具「生命のねじ」で馬のぬいぐるみ「パカポコ」に命を与えたのび太たちが、色々あって他の地球型惑星にぬいぐるみたちの国を作り、発展させていく……というストーリーなのだが、本作もまた、これまでの大長編ドラえもんにはない特徴を有している。大長編ドラえもんにおける敵役は他種族であったり、宇宙人であったりと「のび太たちから遠い存在」に設定されることがしばしばである。しかし本作における敵役は、のび太たちの世界における悪党、熊虎鬼五郎なのである。また、のび太たちと熊虎鬼五郎の対立に割って入るように「種まく者」なる第三勢力が現れる点なども、本書に独特の光彩を投げかけている。

 

なぜ異色作なのか――。本作は、藤子・F・不二雄先生の絶筆作品である。正確には本作の執筆途中でお亡くなりとなり、それ以降は藤子プロが藤子・F先生の覚書や構想ノートなどを参考に最後まで書き継いだ経緯がある。

 

やや大げさな話になるかもしれないが、恐らく本作は大長編ドラえもん、そして映画ドラえもん最大の危機であったことだろう。それまで藤子・F先生が体調不良で連載を全うできなかったことはあったが、『ねじ巻き都市冒険記』の危機はまるでレベルの違う出来事である。だが、藤子プロの皆さんがこの作品を完成させてくれたおかげで、本作は完結し、映画も無事公開されたのである。本作はドラえもん最大の危機を救った作品であったといっても過言ではないのではなかろうか。

 

原作者の絶筆という目で眺めると、本作はかなり意味深な描写も存在する。藤子・F先生の遺書であると同時に、藤子・F先生の思いを継ぐ、新たなるドラえもんの到来を告げた記念碑的一作であると言える。

 

「ひみつ道具」使いまくり! 新たな地平へと進むシリーズ第19弾!!

最後にご紹介するのは『ドラえもん のび太の宇宙漂流記』である。

 

藤子・F・不二雄先生の死後に制作された大長編ドラえもんの一作であるが、ある意味で、ドラえもんのメディアミックスの在り方を示す、一つの好例といえるだろう。

 

広大な宇宙での対立をモチーフとした本作のありようは『宇宙開拓史』(1980-81)、『小宇宙戦争』(1984-85)、『アニマル惑星』(1989-90)、『銀河超特急』(1995-96)などで描かれてきた光景の延長であり、オカルト要素を作品のモチーフとして利用する態度は先にご紹介した『海底鬼岩城』を思わせる。

 

しかしながら、本書は旧来の大長編ドラえもんにはあまり見られなかった要素も存在する。あえて一つ挙げるなら、「ひみつ道具」のふんだんな使用である。

 

これまでの大長編ドラえもんは、四次元ポケットをなくしたり、ドラえもんが行方不明になったり、あるいは故障したりしてひみつ道具が使えない状況に追いやられることが多かった。だが本作においては敵方を強大なものとすることで、作劇上、ひみつ道具を湯水のごとく使う状況を作り上げたのである。かくして本作では、複数のひみつ道具を組み合わせて使用して切り抜けるシーンが出てきたのである。

 

藤子・F先生の遺産を大事にしながら、挑戦も欠かさない。ドラえもんが愛される裏には藤子・F作品へのリスペクトと、その時々で作品に係わったクリエイターの創意工夫が隠されているのである。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

明智光秀の息子、十五郎(光慶)と女婿・左馬助(秀満)から見た、知られざる光秀の大義とは。明智家二代の父子の物語。

『銭形平次』から『人体冷凍 不死販売財団の恐怖』まで−−年1000冊の読書量を誇る作家が薦める「お金の使い方」についての5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「お金の使い方」です。特別給付金の10万円を何に使うか考えている方も多いかと思いますが、今回紹介する5冊の中にそのヒントがあるかもしれません。

 

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この選書連載を追ってくださっている方は薄々勘づいておられるだろうが、わたしは本を買いまくっている。いや、仕方ないのである。そもそも小説家は小説界の動向にアンテナを張っておかなくてはならないし、歴史小説家はさらに歴史的なトピックスに興味を持っておく必要がある。それゆえ、気になった本は片っ端から手に入れ、読むのである。かくしてわたしの家の本棚(金属製)は地震の度に軋み、わたしの後ろで妙な存在感を放っているのである。

 

買い物は個性の発露である。その人の仕事や嗜好、生き方とも連動している。その人の買い物レシートを見れば、その人の心象風景を復元することだって可能なのだ。

 

というわけで、今回の選書テーマは「お金の使い道」である。

 

 

コミュニケーションとしてのお金の使い方

まずご紹介したいのはこちら。『お金さま、いらっしゃい!』(高田かや・著/文藝春秋・刊)である。諸般の事情で大量消費文化に接してこなかった著者(その辺の事情は同著者『カルト村で生まれました。』『さよなら、カルト村。』に詳しい)が、少しずつお金との付き合い方を覚えてきた道程を描いたコミックエッセイである。

 

本書の主人公である著者は大人になるまでまとまったお金を持ったことがほとんどないという変わった経歴の持ち主ゆえに、大人になってから大量消費文化の洗礼を受けるという得難い体験をしている。多くの方が子供のうちに当たり前のこととして受け入れてきた様々な当たり前が、著者にとっては新鮮な体験なのである。

 

彼女は、堅実でありながら、お金を使うこと、お金を通じて人と繋がることを楽しんでらっしゃる風がある。これは、お金のやり取りが当たり前であるわたしたちにはあまり持ちえない視点かもしれない。コミュニケーションのかすがいとしてのお金の使い道を教えてくれる一冊である。

 

 

中世日本のお金の使い方

次にご紹介するのはこちら。『買い物の日本史』(本郷恵子・著/KADOKAWA・刊)である。

 

本書は中世に的を絞り、貨幣経済が浸透しつつある日本列島でどのような消費行動がなされていたかを追う人文書である。しかし、本書を読んでいただくと、中世の人々の「買い物」は、わたしたちの思うそれとはずいぶん意を異にすることに気づいていただけるはずである。

 

日本史に詳しい方だと、成功(じょうごう)をご存じかもしれない。平たく言うと、朝廷から金で官位を買う行為であるが、本書はこの成功の様々なありようについて詳述している。また、寺社への寄進というお金の使い道についても紙幅を割き、彼らの(広義での)消費活動に目を向けている。

 

本書を読んで、形のないものを買うなんて中世人はおかしな人々だ、と考える方もいるかもしれない。だが、ちょっと待ってほしい。我々現代人だって、形なきものを買ってはいないだろうか。例えば、保険はどうだろう。保険は形あるモノを売買しているわけではない。保険の契約によってわたしたちが得るのは、安心という無形のものなのである。わたしたちは今も昔もそんなに変わっていないのかもしれない。そんな気づきが得られる一冊と言えよう。

 

 

「モノ」の価値とはいったい何なのか?

お次に紹介するのは、『世界一高価な切手の物語  なぜ1セントの切手は950万ドルになったのか』(ジェームズ・バロン・著、髙山祥子・訳/東京創元社・刊)である。

 

皆さんの中には切手収集趣味をお持ちの方もいらっしゃると思う。プリントミスやかすれが見逃されて世に出た切手がファンの間で珍重され、時に高値で取引されることは広く知られているだろう。では、世界最高額で取引された切手にどれほどの価値がついたか、ご存じの方はいらっしゃるだろうか。

 

驚くなかれ、なんと、948万ドルである。

 

本書は日本円にして約十億円の値がついた一枚の切手(英国領ギアナ一セント・マゼンタ)を巡るノンフィクション作品である。

 

それにつけても、たった一枚の(しかも一セントの価値を保証するための)紙ぺら一枚に付加価値がつけられ、持ち主が変わるごとに値が吊り上がってゆくなりゆきは奇々怪々の一言である。本書の後ろの方には切手蒐集家の心理について考察がなされているが、それでも読者の多くはなおも疑問に苛まれることだろう。かくいうわたしもそうである。

 

だが、本書は、価値の本質を浮かび上がらせている。商品があり、そしてそれを欲しがる買い手がいる。市場での希少性や需要の高まりにより値段が上がってゆく。需要の高まりを決めるのは、商品を欲しがる買い手の数と、買い手の懐具合である。そして、売り手、買い手が共に納得した上で成立したならば、その商品の価値は目に見える形で確定すると、価値が価値を呼び、うなぎ上りに価値が高まってゆく。

 

英国領ギアナ一セント・マゼンタ。それが売買行為のバグといえるのかもしれない。今回の選書テーマで紹介する所以である。

 

 

唯一無二の「お金の使い方」

お次は『銭形平次捕物控 傑作集(1)陰謀・仇討篇』 (野村胡堂・著/双葉社・刊)はどうだろう。言わずと知れた時代劇のヒーロー銭形平次を主人公にした捕物帖であるが、案外、原作をお読みになったことのない方も結構おられるのではないだろうか。

 

それもそのはず、野村胡堂が銭形平次シリーズを書き始めたのは昭和六年のことである。もはや古典作品といって差し支えあるまい。

 

しかし、現代の目で本書を読んでみると、新鮮な驚きに包まれることだろう。まず気づくのが、時代小説なのに外来語を多用していることだ。これは講談のように地の文の語り手を著者と重ね合わせているからこそ可能なのであるが、要所要所で使われた外来語が軽やかさを演出しているのである。そして何より気が付くことは、銭形平次とその手下八五郎をはじめとする面々のキャラ立ちである。若く才気のある平次とちょっと間抜けた八五郎の掛け合いはまるで現代のライトミステリのような趣さえある。

 

本書を読むうち、現代の時代小説は格調を追い求めるあまり、何か大事なものを失っているのかもしれない、そんなことを思わされる一冊である。

 

えっ? 今回の選書テーマとの整合性? 決まっているじゃないですか。銭形平次といえば銭投げですよ。ユニークなお金の使い道として、これ以上のものはありますまい。

 

 

人類普遍のお金の使い方

最後はノンフィクションから。『人体冷凍 不死販売財団の恐怖』(ラリー・ジョンソン、スコット・バルディガ・著、渡会圭子・訳/講談社/刊)である。

 

皆さんは、人体を冷凍保存している団体が存在することをご存じだろうか。医療目的ではない。未来の技術が発展し、難病治療や不死が実現するのを期待して人体を冷凍保存することで対価を得て運営されている組織が存在するのである。本書は“業界”最大手の人体冷凍保存財団に勤めていた著者がその内実を明かす暴露本である。本書によれば、この財団の遺体の扱いは途轍もなくぞんざいで、遺体に係わるであろう医学などの専門家もほとんどいないらしい。それこそ、未来にここで冷凍保存されている人々が蘇生することなどないと高をくくっているがごとく……。

 

わたしとしては、蘇生目的の人体冷凍保存については「自分はやらない、知り合いがやると言ったら止めない、友人や家族がやると言ったら再考を促す」程度のスタンスである。そんなわたしがなぜ本書を紹介するのかといえば、「未来の技術に期待して自らの遺体を冷凍保存する」というお金の使い道に人間臭さを感じてならないからだ。

 

エジプトの人々は永遠の生命を願いミイラを作り、秦の始皇帝は不老不死の薬を求めて徐福を蓬莱の地に遣わした。人体冷凍保存は、より洗練され(ているように見え)、資本主義的なフレーバーが振りかけられた“不死”に値札をつけている。やや逆説的かもしれないが、“不死”が見果てぬ夢であるために、今も昔もお金の使い道なりうるのである。

 

 

作家の山内マリコは『買い物とわたし お伊勢丹より愛を込めて』(文春文庫)でこう書いている。

 

買い物へのスタンスは、そのまま生き方に直結する。

 

と。お金の使い道はその人の心象風景やライフサイクルを如実に映す鏡なのである。だからこそ、そこには悲喜こもごもがあり、ドラマがあるのだと、今のわたしは考えている。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は「桔梗の旗」(潮出版社)。

明智光秀の息子、十五郎(光慶)と女婿・左馬助(秀満)から見た、知られざる光秀の大義とは。明智家二代の父子の物語。