TCLがオリンピックのデジタル体験を変えるか?中国・北京で目撃した戦略的提携の背景

トヨタ、ブリヂストンなど、2024年末ですべての日本メーカーがIOCの“最高位スポンサー”としての契約を終了したのは記憶に新しいところ。なかでも話題になったのは、松下電器産業(当時)が1987年に締結(パラリンピックは2014年から契約)して以来、37年間継続してきたパナソニックが、この“枠”から撤退したことだろう。パナソニックはAV機器や生活家電を提供してきたが、この枠に次はどこがおさまるのか? その答えが出たようだ。

 

現地の様子

2月20日、青空が広がる北京。日陰では体感気温1〜2度と厳しい寒さの中、北京国家水泳センターには総勢450名の関係者・報道陣が集まった。その目的は、TCLグループ(以下、TCL)がIOCと新たなスポンサー契約を締結するという、同社にとって歴史的な瞬間に立ち会うことである。

2008年の北京オリンピックでは競泳会場として、2022年の北京冬季オリンピックではカーリング会場として使用された施設であり、現在もスポーツイベントの舞台として活用されている。

 

2008年の北京オリンピック時に建設された通称「鳥の巣」の向かいに建つ。

 

TCLとは?

まずはTCLについておさらいしておこう。TCLは1981年に設立され、現在は世界46カ所の研究開発(R&D)センターと38の製造拠点を有し、160以上の国・地域で事業を展開するグローバルブランドである。主要事業は「家電」「ディスプレイ技術」「クリーンエネルギー」の3分野で、2024年のテレビ出荷台数は前年同期比14.8%増の2,900万台。2年連続で世界シェア第2位の座をキープした。なかでも、強みとするMini LEDテレビの世界出荷台数は前年比194.5%増という急成長を遂げている。

 

イベントの模様

イベントは少数民族の少年少女による合唱団のパフォーマンスで幕を開けた。その後、TCLの創業者であり会長を務める李東生(リ・トウセイ)氏が登壇し、続いてIOC会長のトーマス・バッハ氏がスピーチを行った。また、オリンピアン・パラリンピアンによる座談会が開かれたのち、契約締結式と記念品交換が行われた。(写真はTCL提供)

 

↑バッハ会長もオリンピアンだ。現役時代はフェンシングのフルーレ競技で活躍し、1976年のモントリオールオリンピックでは西ドイツ代表として金メダルを獲得した。任期は2025年6月までで、本イベントが最後の公式登壇となる見込み。(写真はTCL提供)

 

↑李東生氏は、フランス・トムソン社のテレビ事業やアルカテル社の携帯電話事業を買収するなど、同社のグローバル展開を牽引してきた。第10回から第13回全国人民代表大会の代表を務めるなど、中国の政治・経済界における重鎮である。(写真はTCL提供)

 

TCLがオリンピック最高位スポンサーになるとどうなる?

今回の契約締結によりTCLは、今後8年間、つまり2026年冬のイタリア・ミラノ/コルティナ・ダンペッツォ大会、2028年夏のアメリカ・ロサンゼルス、2030年冬のフランス・アルプス地域大会、2032年夏のオーストラリア・ブリスベンの4都市におけるオリンピック・パラリンピックをスポンサードすることになる。

 

同期間中、TCLはスマートディスプレイ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、スマートロック、オーディオシステム、ヘッドホン、プロジェクター、TCL RayNeoスマートグラス(AR&VR)といった多岐にわたる製品をオリンピック・パラリンピックに向け、提供する予定だ。

 

↑会場ではオリンピック、パラリンピックで提供される製品を展示。ディスプレイは、2025年の最高画質モデルである「TCL X11K」、世界最大のQD-Mini LEDテレビ「TCL X955 Max」と、「TCL A300シリーズ」が対象。(写真はTCL提供)

 

↑エアコンやビルトイン冷蔵庫など、生活家電も展示されていた。

 

特に注目すべきはやはり、ディスプレイ技術である。今回TCLが提供するディスプレイに採用される「QD-Mini LED技術」は、量子ドットの優れた色再現性とMini LEDの精密な制御技術を融合したもので、卓越した映像体験を実現するものだ。従来のLCDに比べてローカルディミングゾーン(バックライトの制御エリア)が5184と細かくなるため高精彩な上、最大5000ニットもの高輝度を局所的に出すことでハイライトがより強く、また映像の暗い部分をより深い黒で表現できる。また、青色LED光源を高精度な赤・緑の光に変換する量子ドットにより、従来のMini LEDよりも広色域で表現。さらに低消費電力で、有機ELに比べ焼きつきも少ないという、先端のディスプレイ技術である。

 

↑左が「RayNeo V3」、右が「RayNeo Air 3」。

 

さらに、次世代のAR&XRスマートグラス「RayNeo X3 Pro」も提供するという。発表会場には、左右に備えた2つのカメラでメガネで見たままの写真を撮影しBluetooth接続したスマホへ送れる「RayNeo V3」、第5世代のマイクロ有機ELディスプレイを備え、映画視聴やゲームのプレイなどが楽しめる「RayNeo Air 3」が展示されていた。

 

このようにTCLは、オリンピックの舞台を単なるスポンサーシップの場としてだけでなく、技術革新を世界に示す機会と捉え、最先端のディスプレイ技術やスマートグラスを提供することで、オリンピックの視聴体験そのものを変えようとしている。

 

↑最新製品も同時展示。これは視野角178度を誇る「HVA Pro」を搭載した98インチ4Kテレビ。

 

↑車載用のディスプレイ。メーターなどの表示のほか、映像も同じパネルでシームレスに表示する。木目パネルの表面に薄いディスプレイを貼り付けており、映像の奥に木目が浮かび上がる。

 

↑ノングレアで明るい場所でも見やすいディスプレイ。スマホカメラを通して見ると、チラつきもないことがわかる。

 

TCLとスポーツ支援の歴史

TCLとスポーツの縁は意外と長い。30年以上にわたりスポーツ支援を続けており、サッカーや競馬、eスポーツなど幅広いジャンルでスポンサー活動を行ってきた。最近では、連日の快進撃で日本代表初のオリンピック出場を決めた、FIBAバスケットボール・ワールドカップにも協賛。今後IOCとの協力により、さらに大規模なアスリートサポートと、マーケティング効果を期待している。

 

日本市場におけるTCLの存在感

↑日本で販売されている「TCL 115X955MAX」「TCLX955」。(写真はTCLサイトより)

 

一方、世界的な家電メーカーがひしめく日本でのTCLの存在感はどうか? レグザ、シャープ、ハイセンスで過半を占める日本市場において、現在、TCLの販売シェアは金額ベースで約8%、第6位の位置にある。

 

「日本は技術革新の最前線である、と捉えている。日本市場向けに144Hz Mini LEDテレビや98インチの超大型スクリーンテレビをいち早く導入し、日本市場の高いニーズに対応。これによってグローバル市場での同カテゴリー展開のベースを構築した」とTCLは回答している。

 

また、グローバルブランドイメージ向上の鍵となる市場ととらえているようだ。「日本市場は、高い技術基準と厳格な品質管理が求められるため、TCLが日本市場で成功することは、グローバル市場におけるブランドの信頼性を大きく向上させることにつながると考えている」という。

 

日本市場に対する効果は?

TCLは現在、例えば同じく中国から日本へ進出しているハイセンスよりは知名度で劣る。だが、オリンピックスポンサーになることでブランドの認知度向上は確実。特にブランドの信頼性を重視する高齢者層へのアプローチが可能となるほか、量販店との関係強化にもつながると見られている。

 

 

TCLに限らず、中国メーカーはスポーツマーケティングに積極的である。例えば、上記ハイセンスはFIFAワールドカップやクラブワールドカップの公式スポンサーを務めている。一方、オリンピックスポンサーから撤退した日本メーカーは、今後どのようなグローバル戦略を展開するのか、その動向にも注目が集まる。

 

パリ2024パラリンピック開幕!“水上のF1”パラカヌーとはどんな競技?24年目に念願叶った初出場選手にインタビュー

今回もさまざまなドラマが生まれたパリ2024オリンピック。その興奮も冷めやまぬなか、8月28日にはパラリンピックが開幕します。

 

編集部が注目しているのは、パラカヌーの日本代表。「水上のF1」とも形容されるスプリントは、一度間近で観たら忘れられない迫力があります。今回はそのルールや見どころ、そして本大会でパラリンピック初出場を果たす宮嶋志帆選手のインタビューなど、盛りだくさんの内容でパラカヌーの世界を紹介します。

 

応援するために押さえておきたい
パラカヌーの基礎知識

2023年8月の世界選手権に出場した日本パラカヌー連盟所属の選手たち。

 

オリンピック競技でもおなじみのカヌーですが、パラカヌーにはオリンピックとは違う独自の種目があり、障がいのレベルによってクラス分けもされています。競技を120%楽しむために、まずはその概要を押さえましょう。

 

「パリ2024パラリンピック」の日程と競技について

2024年8月28日から9月8日まで開催。競技は大会ごとに少しずつ増え続けており、前回の東京2020から全22種目(夏季)となりました。日本は陸上競技、水泳、柔道など多くの競技で金メダルの期待もかかっています。

注目のカヌー競技は、9月6日・7日・8日に実施予定。会場はヴェール・シュル・マルヌ・ノーティカル・スタジアムで、同スタジアムは今大会でカヌーのほかにローイング(ボート)の競技にも使用されています。

 

パラカヌーってどんな競技?

パラカヌーはリオ2016パラリンピックから正式採用されました。下肢に障がいのある選手が参加し、競技人口も年々増えている注目の競技です。200mの直線コースでタイムを競うスプリントで、「カヤック」と「ヴァー」という、形が異なる2種類の競技専用カヌーが使用されます。

・カヤック

パラカヌーでは、スプリント専用の競技用カヤックを用います。選手は主にコクピットに装備されたシートで下肢を支え、両端にブレードが付いたダブルブレードパドルで水をかいて漕ぎ進みます。

船体は直進性能に特化した研ぎ澄まされたフォルムが特徴的。そのぶん安定性能は低く、普通のカヌーの経験者でも水上で浮けるようになるのに数ヶ月かかるといわれるほどです。トップレベルの選手は200mコースを40秒の速さで漕ぐことができ、ゆえに「水上のF1」とも称されます。

 

・ヴァー

片側にアウトリガー(浮力体)がついたスプリント専用の競技用ヴァーを使用。カヤックと同様にコクピットに装備されたシートで下肢を支え、片側だけに水かきがついたシングルブレードパドルを使うことから、漕ぎ方やバランスの取り方に高い技術が必要とされます。

ヴァーは古くから海洋民族が海で使用してきたカヌーの構造なので、落水の危険が少なく安全性能が高い一方、シングルパドルで片方を漕いで艇をまっすぐに進ませる高度な技術が必要になります。

 

オリンピックのカヌーとの違いは?

オリンピックのカヌーは1936年のベルリン大会で正式種目となり、現在は流れのないスプリントコースと、激流を下るスラロームコースの2種類を使用する種目があります。一方のパラカヌーは、2010年に初の世界選手権が行われた新しい競技。日本には1991年に初めて導入され、少しずつ競技人口を増やしてきました。

 

カヌーでスピードを競うスプリントという点ではオリンピックと同様ですが、パラカヌーで使用するのは200mのスプリントコースのみ。また、「ヴァー」に関しては、パラカヌーだけの種目になります。選手は障がいの程度によって、カヌーのシートやコクピットの内部をルールの範囲内で改造することができます。

 

クラスは3種、実施種目は10種目

パラカヌーでは、障がいの程度によってL1〜L3までのクラス分けがなされます。

・L1……胴体が動かせず腕と肩の力だけで漕ぐ
・L2……胴体と腕を使って漕ぐことができる
・L3……腰・胴体・腕を使うことができ、力を入れて踏ん張ることができる

これに「男子(M)」と「女子(W)」、「カヤック(K)」と「ヴァー(V)」の振り分けが加わって、例えば「女子カヤックのL1クラス」なら「WKL1」といった表記で表されます。

ヴァーは2と3の2クラスのみ。今回は男女合わせて計10種目の開催となる。

 

パリ2024パラリンピックでは、カヤックが男女それぞれ3クラスずつ、ヴァーが男女それぞれ2クラスずつの計10種目が実施される予定です。

注目の日本代表は、リオ大会から3大会目の出場となる瀬立モニカ選手をはじめ、男女4人の選手が出場します。なかでも、今回初めてパラリンピック出場を果たすのが、女子の宮嶋志帆選手です。

 

2018年にパラカヌーを始め、それからわずか6年にして夢の切符を手にした宮嶋選手。しかしその背景には、幼少期からパラリンピックの舞台に憧れ続けてきた20年以上もの道のりがありました。そんな彼女に、パラカヌーとの出会いから、大会を目前に控えた今の思いを伺います。

 

水泳で挫折を経験。
東京2020パラリンピックの開催決定に思いを強くした

宮嶋志帆選手。1991年長崎県生まれ。株式会社コーエーテクモクオリティアシュアランス所属。

 

生まれつき左右の脚の長さが違う、先天性の左下肢形成不全。宮嶋選手は、物心つく前から左脚に義足を着けています。パラカヌーの種目・クラスはWKL2とWVL3。日本の女子選手のなかで唯一、カヤックとヴァーの2種目に取り組む選手ですが、実は社会人になるまではパラ水泳の選手でした。

 

「3歳でスイミングスクールに通い始めたのが最初のきっかけです。25mをなんとか泳げるくらいになったころ、9歳のときにシドニーオリンピックが開催されて、パラリンピックを知りました。それから中学に入って練習量を増やしたらタイムが伸びていき、高3でアジアユース(東京2009アジアユースパラゲームス)にも出させていただいて。10代のころは、もしかしたら水泳でパラリンピックを目指せるかもと思っていたんです」

 

ストックを使い颯爽と歩く宮嶋選手。物心つく前から義足のある生活を送ってきた。

 

同じパラカヌー選手でも、障がいの重さや運動能力は選手それぞれに全く異なる。

 

大学でも水泳を続けた宮嶋選手。しかし、その後は思うようにタイムが伸びません。そして2013年、大学卒業と就職を控えていた彼女に転機が訪れました。

 

「2020年の東京オリンピックが決まったんです。やはり出てみたいという思いがあり、社会人になってからも水泳は続けていました。それからしばらくして、あらためてパラリンピックにどんな種目があるのかを見直してみたんです。そのとき目についたのが、ボート競技のパラローイング。まったく経験がありませんでしたが、まだ選手の数が少なかったことと、練習場が偶然にも家から近かったのがその理由です。水泳をやめ、2015年の年明けごろからボートに乗り始めて、3ヶ月後にはすでに日本国内の大会に出ていました」

 

なんという大胆な決断力と行動力。しかしそのわずか3年後、宮嶋選手はまたしても挫折を経験します。

 

「パラローイングは脚の力を使うスポーツで、練習後は痛みで歩けなくなったりしていました。もうパラリンピックは諦めようかと考え始めたとき、パラカヌーをやっていた友人から連絡をもらったんです。競技としてはもちろん気になっていたんですが、どこで練習できるのかがわからなくて二の足を踏んでいたんですよね。そこで思い切って、日本障害者カヌー協会(現在の日本パラカヌー連盟)にメールをしてみました。『日本中どこにでも行くので、練習をさせてください』と。これが2018年の年明けのことです」

 

2ヶ月後の春、香川県の府中湖で初めてパラカヌーを体験。同年夏には、すでに自前のカヌーまで購入していたそう。

 

興味を持ったらまず動いてみるタイプ。その行動力がパリにつながった。

 

すべての経験がプラスに。
そしてカヌーならではの魅力に気づけた

パラローイング時代は、男女のペアで漕いでいた宮嶋さん。たったひとりで水の上に立ち、スピードを追求するパラカヌーを始めた当初は少し戸惑いもあったとか。

 

「大きな湖にひとり漕ぎ出すと、最初はどこに行けばいいのかもよくわかりません(笑)。でも、ボートと違ってカヌーは小回りが効くから、行ってみたいと思った方向にスイスイ行ける楽しさがある。すべて自分の責任で決められるというのも、ある意味で気楽です。これがカヌーの面白さなんだなと思いました」

 

水泳をやってきたお陰か、落水の恐怖心もほとんどなかったそう。むしろボートの経験もあったせいか、6年間でまだ6回しか落ちていないとか。

 

「すべて、今までの経験がプラスになっていると思います。これはボートもカヌーも同じですが、水泳との違いは周りの景色を楽しめること。パラカヌーを始めて何度かヨーロッパへ行っていますが、コースにも個性があって面白いんです。ドイツのあるコースでは、川沿いに民家がありました。私たちが練習している目と鼻の先で、子供や犬が水遊びをしている光景には驚きましたね(笑)」

 

パリ2024パラリンピックの公式ユニフォーム。

 

東京パラリンピック出場は叶わなかったものの、2021年から強化選手になり、2023年の世界選手権で準決勝へ進出。そして2024年5月にハンガリーで行われた世界選手権でパリ行きの切符を掴みました。

 

「5月の世界選手権は自分的にミスが多かったので、帰国して(パリ行きが)決まったときはホッとした気持ちが大きかったです。決定から本番まで約3ヶ月半ですから、もっと時間が欲しいという焦るような気持ちも湧いてきました」

 

そんな彼女の現在の課題と、パリ2024パラリンピックで目指すところを聞いてみました。

 

「日本国内の大会だと比較的落ち着いて競技できるのですが、海外に行くと強豪揃いですし、遠くまで来たからには、頑張ってより良い結果を持って帰りたいという気持ちがあり、どうしてもまだ緊張してしまいます。今回もそこでいかに落ち着いてコントロールできるかが課題ですね。もちろん大会では決勝まで残りたいと思っていますが、そこをあまり考えすぎないようにして、自分の全力を出せるようにしたい。日本代表チームとしては、鹿児島と石川で何度か合同練習をしてきました。それぞれに個人練習も積み重ねています」

 

今回は日本の女子選手としては初となるカヤックとヴァーの2種目で出場予定。

 

「通常はどちらかの種目に集中する選手が多いのですが、私は条件的にエントリーできる枠があったので挑戦してみようと。カヤックとヴァーでは漕ぎ方も使う筋肉も違いますから、そこのバランスを取りながら練習をする必要があります」

 

シドニーパラリンピックでパラアスリートに憧れ、足掛け24年。夢を叶えるために行動してきた。

 

パラカヌーの強豪国といえば、ハンガリーやイギリスといった本場ヨーロッパの国々。パラリンピック本番では各国の戦いぶりも見どころです。これに加えて、宮嶋選手が考える、パラカヌーの楽しみ方も教えていただきました。

 

「パラカヌーは足腰が不自由な選手が参加しているので、通常のカヌーと違って上半身の力を中心にコントロールしなければならない難しさがあります。私たち女子もそうですが、特に男子選手ともなると筋肉量が本当にすごい。ほかの競技ではちょっと見られないくらいの鍛え方をしているんです。タイムや結果だけでなく、そういったアスリートの肉体美や、躍動している姿もぜひ観ていただけたらと思います」

 

普段の素顔は、アニメやゲーム、舞台鑑賞などを愛する会社員。貴重な休日を利用して、電車でひとり練習場へ通い練習を積み重ねてきたという宮嶋選手。でも、そんな地道なプロセスさえ乗り越えてこられたのは、「スポーツを楽しみたい」という純粋な思いがあったからこそ。その思いの強さに、取材班も勇気をもらったような気持ちになりました。

 

パラカヌー日本代表選手から
パリ2024に向けてのメッセージ

宮嶋選手とともに日本代表としてパリ2024パラリンピックを戦う3選手に、本番直前の今の思いを聞きました。

Q1. パリ2024パラリンピックの開会まであとわずか。いまどのような気持ちですか?

Q2. ご自身にとって、パラカヌーの面白さ・魅力はどこにあると思いますか?

Q3. 応援するみなさんから、どこに注目してほしいですか? メッセージをお願いします。

 

小松沙季(こまつさき)選手
ヴァー/L2

A1.
今回はプレッシャーよりも楽しみな気持ちの方が大きいです。東京パラの時は自分の置かれた環境に心が追いつかず、楽しみよりもプレッシャーや苦しさの方が大きかったので、そういう意味では東京パラ以降の経験や時間とともに自信がついてきたのかなと思います。あとはこのパラリンピックイヤーという大きな節目で社会がどう変化するのか楽しみです。

 

A2.
パラカヌーが他のパラスポーツと比べて大きく違うのは、パラリンピックは別として、国内大会や国際大会が健常者の大会と同時に同会場で行われるというところです。さらに、カヌーに乗ってしまうと障がい者も健常者も何も見た目は変わりません。そういったところは、共生社会を体現しているように感じるのですごく魅力的です。

 

A3.
もちろんパラリンピックでのレースにも注目してほしいですが、選手1人1人のこれまでの背景や、これからやろうとしていることなどについても注目していただきたいです。それによって今回のパラリンピックの大会をより楽しめると思います。またこのパラリンピックをきっかけに、自分事として社会をよりよくするために行動する人が増えてくれることが私の1番の願いです!応援よろしくお願いします!

 

瀬立モニカ(せりゅうもにか)選手
カヤック/L1

A1.
現在はオリンピックでの日本選手の活躍に刺激をもらいつつ、粛々と日々やるべきことをこなしている状況です。ここから何かを上げるというより、怪我や体調に留意し、コンディショニングを維持することを大切にしています。

 

A2.
やはり健常者と同じレベルで出来るのが魅力です。競技としては自然を相手にその時折で変化する外的要因に対応しながら最速でパドルを回していくところに面白さを感じます。

 

A3.
純粋に競泳や陸上の短距離を観戦するような感覚で観ていただけたら・・またパラリンピックでは各国の選手が大会に合わせて自分のオリジナル艇を用意してきます。そのデザインは国をイメージしたものが多く、艇のデザインも合わせてみると選手の個性や国の文化が分かるかもしれません。

 

高木裕太(たかぎゆうた)選手
ヴァー/L1、カヤック/L1

A1.
楽しみという気持ちが1番大きいです。東京パラリンピックでは無観客での開催だったので観客が入り、歓声などが聞こえる状態でのレースにワクワクしています。

 

A2.
パラカヌーの魅力は自然を感じながら競技ができるところです。色んな場所で自然を感じることができ水面を艇で切っていく、この感覚がすごく楽しいです。1番のおすすめはフラットな水面に鏡面反射している時がすごく綺麗です。

 

A3.
スタートからの力強さを見ていただきたいです!スタートからゴールまで全力で漕ぎ切りますので応援よろしくお願いいたします!

 

人それぞれ、さまざまな人生を生きてきた個性豊かなアスリートたちが集うパラリンピック。その中でもまだまだマイナーなスポーツといえるパラカヌーですが、選手たちの美しくも豪快なパドル捌き、0.1秒を争うゴール前の接戦など、見どころはいくつもあります。まずは決勝進出に向けて、日本から世界に漕ぎ出す4選手。白熱のレースは見逃せません。

 

取材・文=小堀真子 撮影=真名子

パリ五輪は“文化系”視点でも楽しめる!現地ジャーナリストが教える5つのチェックポイント

パリオリンピックの開幕まであとわずか。7月26日には開会式が行われます。

 

今回のパリオリンピックでは、開会式で選手団を乗せたボートがセーヌ川を渡る演出や、パリの名所を活かした会場など、華やかな見どころがたくさん。普段はスポーツ観戦をしない人でも、パリオリンピックはちょっと違った視点で楽しめるかもしれません。

 

パリ在住のジャーナリストである守隨亨延(しゅずいゆきのぶ)さんに、いつものスポーツ観戦とは一味違った、パリオリンピックならではの見どころや楽しみ方を伺いました。

 

パリの歴史的建造物を活かした会場設定

今回のパリオリンピックで注目したいのは、パリの街中にある歴史的エリアが競技会場になっている点です。ベルサイユ宮殿やエッフェル塔などを舞台にして競技が行われるため、観光名所を鑑賞するといった楽しみ方もできそうです。そうした会場設定にした背景について、見解を伺いました。

 

「今回のオリンピックは『広い世代に開かれたオリンピック』という目的があります。スタジアムだけでなく、パリ市内にある観光名所を活かして競技を行うことで、あらゆる世代の人々の注目を集めるのが狙いです。
また、過去のオリンピックと同様に『魅力的な都市』ということを世界中に発信する狙いもあります。オリンピックの開催地としてだけではなく、オリンピックを経て都市そのものの魅力を広めたいという思いもあるように感じます」(パリ在住ジャーナリスト・守隨 亨延さん。以下同)

 

そこで、具体的にどのような歴史的建造物が競技会場になっているのかも、その歴史などとともにご紹介いただきました。

 

・新競技「ブレイキン」はフランス革命の舞台・コンコルド広場で開催

今回のオリンピックから新競技として採用された「ブレイキン」。この競技は、アメリカ・ニューヨーク発祥のヒップホップ文化から生まれたブレイクダンスを、スポーツとして競技化したものです。若者人気の高い競技を取り入れることで、若者の関心をオリンピックに集める狙いもあるのだとか。オリンピックに新たな風を吹き込むブレイキンは、特に注目したい競技と言ってもよいでしょう。

 

ブレイキンをはじめ、スケートボード、自転車でアクロバティックな技を繰り出すBMXフリースタイルといった若者に人気のある競技は、パリの観光名所であるコンコルド広場で行われます。コンコルド広場とは、パリにとってどのような場所なのでしょうか?

パリのコンコルド広場。

 

「ブレイキンなどの競技会場であるコンコルド広場はフランス革命の舞台。革命当時はルイ16世やマリー・アントワネットなど数千人がここに設置されたギロチンで処刑され、大勢の民衆がその様子を見に集まる場所でもありました。
現代では、毎年7月14日の革命記念日に行われる軍事パレードの終着点として、政府要人が参加する重要な式典が催される場所でもあります。普段も人と車の通りがとても多い広場です。ここが競技施設として使われるとは発表前には想像もしませんでした。開かれたオリンピックの象徴となる会場になるでしょう」

 

・格式高い建造物で行われるクラシカルな競技にも注目

パリといえば、『ベルサイユのばら』に描かれるような貴族文化を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。今回のパリオリンピックでは、フェンシングや馬術など、当時の貴族文化をほうふつとさせるクラシックな競技が、格式高い建築様式とともに楽しめる会場設定になっています。

 

フランス王族が過ごしていたベルサイユ宮殿も競技会場です。宮殿のグラン・カナル(ベルサイユ宮殿の敷地内にある運河)沿いに配備された仮設アリーナでは、馬術競技や近代五種が行われます。格式高い会場の雰囲気にマッチした競技を、フランスの歴史を感じながら観戦できるのではないでしょうか」

ベルサイユ宮殿の庭園。

 

競技会場となるグラン・カナルは、広大な宮殿のなかにある。

 

「さらに、1900年にパリで開催された万国博覧会の会場であるグラン・パレでは、フェンシングなどが開催されます。グラン・パレの特徴でもあるガラス天井をはじめ屋内は、オリンピックを前にして現在改装中です。競技が行われる頃には、さらにきれいな会場がテレビ中継などでも見られるかもしれません」

グラン・パレ。

 

・ロードレースやマラソンなどで、パリの街並みを堪能できる

パリの魅力は、歴史的建造物ばかりではありません。豊かな歴史の形をそのまま残したパリの街並みも見どころの一つ。パリ市内がそのまま会場となるレース競技では、普段観光ツアーなどでは赴くことのないパリの景色も見ることができそうです。

 

「ロードレースやマラソン、トライアスロンでは、パリ市内がそのままコースになっており、パリ市内の景観がレース模様とともに楽しめると思います。
また、パリ郊外も通過するようなコース設定になっています。パリ市内から郊外に移るときの街並みの変化から、一味違ったフランスの風情を感じられますよ」

上記以外にも、エッフェル塔や凱旋門から伸びるシャンゼリゼ通りの一部を通るなど、パリの名だたる観光地が競技会場やコースなどで活用されています。どのような会場で何の競技が行われているのかを調べておくと、より興味を持ってオリンピックを観戦できそうです。

 

ショーメやルイ・ヴィトンも参画
パリオリンピックを華やかに彩るアイテムにも注目

パリといえばファッションの都。ルイ・ヴィトンを中心に、パリの名だたる高級メゾンを多数有する「モエ ヘネシー・ルイヴィトン(以下LVMH)」は、パリオリンピックとパートナーシップを結んでいます。

 

「今回のパリオリンピックで選手に授与されるメダルは、パリを代表する高級ジュエラーの“ショーメ”がデザインしています。そして、メダルを収納するためのメダルトランクや、聖火トーチを収納するトーチトランクを手掛けているのは“ルイ・ヴィトン”です。また、フランス代表の選手が着用するユニフォームは、高級シューズやウェアなどを展開する“ベルルッティ”が仕立てています。
以上に挙げた高級メゾンを傘下に収めているLVMHは、パリはもちろん、フランスを代表する世界的企業です。こうした企業がパリオリンピックをどのような形で華やかにデザインしているのかも、今までにない視点で注目したいところですね」

ショーメがデザインしたメダルと、それを収納するルイ・ヴィトンのメダルトランク。ルイ・ヴィトンを象徴するモノグラム・キャンバスや、ルイ・ヴィトンのトランクに使用されてきたものと同じ金具などが用いられている。(写真=LOUIS VUITTON)

 

オリンピック後を見据えたサステナブルな取り組み

前回の東京オリンピックでは、競技会場などで再生可能エネルギーを100%使用する、水素バスや電気自動車のような低公害車を導入するといった環境配慮の取り組みが注目されていました。今回のパリオリンピックにおいても、省資源化や二酸化炭素を含む温室効果ガスの削減など、サステナブルな取り組みも行われています。

 

「過去のオリンピックでは、会場の新規建築など都市開発の側面が強くありました。しかし、オリンピックのために新たな施設を作ることは、昨今の環境配慮の面で否定的な流れになっています。そのため、今回のオリンピックで使用する設備全体の95%を、既存施設や仮設などを上手に活かし、オリンピック閉幕後の負担とならないような会場設営になっています。
加えて、プラスチックごみ削減の取り組みとして、競技会場における使い捨てプラスチックが使用禁止となる計画も発表されています。これはオリンピック史上初となる取り組みで、マラソン選手が使用する給水カップなどにも、繰り返し使える素材が使用されるようです」

 

上記のようなオリンピック全体の取り組みに加え、パリ市内の環境問題に対する取り組みも注目したいところ。開会式だけでなく、マラソンスイミングやトライアスロンなどの会場として使われるセーヌ川では、水質改善に向けて、廃棄物の回収や浄水施設の設置などで鋭意尽力しているといいます。

 

パリ市はセーヌ川の中州から繫栄した都市なので、パリ市民にとってセーヌ川は特別な象徴でもあります。1940年代は遊泳できるくらいきれいな川だったと聞いています。オリンピック後もパリの中で川遊びができるようになれば、パリの魅力にもつながると思います」

 

また、自動車の排気ガスを抑制する目的で、パリ市内の移動手段に関する取り組みも積極的に行われています。

 

「パリ市内の道路は入り組んでおり、自動車移動が多くなるとパリ市内が激しく渋滞してしまいます。加えて、渋滞により二酸化炭素を含む排気ガスの排出量の増加が懸念されます。そのためパリ市では、一般参加者や報道関係者などに対して、公共交通機関や自転車の利用を呼び掛けています。
また、パリ市内では自動車の車線を減らして自転車レーンを整備する工事がいたるところで行われています。パリオリンピックを機に、将来的にも交通面から環境問題の解決に取り組もうという狙いがあるようです」

 

「今回のパリオリンピックは、文化的・社会的にもチャレンジングな取り組みが多いところが特徴です。オリンピックが閉幕した後のパリはもちろん、世界的にもどのような変化が起こっていくのかも見守りたいですね」と守隨さん。

 

世界情勢が不安定な今だからこそ、今後の社会にどのような良い影響をもたらせるのかといったところも、オリンピック最大の見どころになるでしょう。

 

Profile

ジャーナリスト / 守隨亨延(しゅずいゆきのぶ)

パリ在住ジャーナリスト。地球の歩き方フランス特派員および時事通信・運動部パリ通信員。ロンドンの大学院にて公共政策学修士を修めた後、日本でガイドブックおよび雑誌記者を経験し、2009年9月に渡仏。朝日放送パリ支局勤務を経て、株式会社プレスイグレックを設立し、代表を務める。
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