退職後、途上国で農場経営へ。ラオス×農業のポテンシャルと課題について

面積にして日本の本州ほどの国土に、約710万人が暮らすラオス。その南部に広がるボラベン高原は、ラオス有数の農業地帯として知られています。

 

そんなボラベン高原で、2012年より農園を経営しているのが山本農場の山本郁夫さんです。青年海外協力隊やJICAでの農業支援など、途上国での活動経験が豊富な山本さん。なぜラオスで農業を始めたのでしょうか。インタビューを通して、途上国における農業の可能性、農場経営のヒントを探ります。

山本郁夫さん●1955年生まれ。農業機械メーカー勤務を経て、青年海外協力隊隊員としてケニアへ。その後、JICAの農業専門家として東南アジアや南米などの途上国で活動する。帰国後は、アイ・シー・ネット株式会社のコンサルティング部に勤務しつつ、国内で8年間農業に取り組む。その後、同社代表取締役に就任。退職後、2012年よりラオス・ボラベン高原で農場を経営する。

 

ラオス有数の農業地帯・ボラベン高原

標高1000mを超えるラオス南部・ボラベン高原は、熱帯地方に属しながら年間を通して気温が25度前後と冷涼なため、温帯性作物をはじめ、さまざまな農作物の栽培に適した地。タイ、ベトナムなどの大消費地に近いという地の利にも恵まれています。

 

中でも盛んなのが、コーヒーの栽培です。国内9割のコーヒーがボラベン高原で生産され、海外企業の投資による1000ha規模の大農園や加工工場が点在。ほとんどの農家がコーヒー栽培に従事する、この地域を代表する一大産業になっています。他にも、白菜やキャベツなど高原野菜の産地として知られています。

海外資本によるコーヒー農園

 

それにもかかわらず、ボラベン高原には未開発の農地や農業資源も多く、ポテンシャルを十分に引き出せているとは言えません。多くの企業や農家がさまざまな農産物の生産に取り組んでいますが、農業技術、流通ルートの確立、労働者の確保などの課題に直面し、頓挫するケースも。一方で、近隣地域にパクセー・ジャパン日系中小企業専用経済特区の開発が進められるなど、日本企業・日系企業からも注目を集めています。それだけ伸びしろの大きいエリアであることが窺えます。

 

日系企業と連携し、タマネギのシェアNo.1を目指す

山本さんがボラベン高原で農場を始めたのは、2012年のこと。開発コンサルタントとして世界各国で農業支援を行ってきた山本さんは、40代の頃に国内で農業を始めたものの、道半ばにして諦めた過去がありました。やがて定年退職が間近に迫り、かつて果たせなかった夢を叶えるため、ラオスで農業を始めようと決意。

 

「開発コンサルタントをしていた頃、JICAの依頼を受けてカンボジア、ラオス、ベトナムの貧困地帯を調査しました。3カ国を巡ったところ、もっとも魅力を感じたのがラオスのボラベン高原。農業の発展可能性、ラオスの人々の親しみやすくて大らかな人柄に惹かれました。そこで、これまでの知識と経験を生かし、ボラベン高原でもう一度自分が目指す農業に挑戦しようと考えました」

 

こうしてラオスに渡り、42haの農地を借り受け、ひとりで農場経営を始めた山本さん。この地で目指したのは、環境に優しい循環型農業でした。

循環型農業実施のため、現在でも牛の放牧を行っている

 

「肉牛を放牧し、牛糞でたい肥を作り、作物に還元する“耕畜連携”の農業を始めました。当初はコーヒーの栽培から始めましたが、やがて日本企業と業務提携し、イチゴの試験栽培を始めることに。日本から来た技術者とともにイチゴを生産し、ラオスでも大きな評判を呼びました。ただ、貿易協定や検疫の問題に阻まれ、タイやベトナムへの輸出は叶いませんでした。その後、新型コロナウイルスの影響により、残念ながら提携企業が撤退を余儀なくされたのです」

 

そして現在、力を入れているのはタマネギとタバコ。どちらも日系企業と連携しながら、取り組みを進めています。

タマネギの苗づくりはビニールハウス内で実施

 

2021年から試験栽培を始めたタマネギは、日系企業であるラオディー社の依頼がきっかけ。今後の主力作物になると山本さんは期待しています。ラオディー社は、ラオスで高品位なラム酒の生産に成功し、ヨーロッパの展覧会で金賞を受賞するなど実績のある企業。ビエンチャン近郊に農場と醸造所を持っています。日本の大手食品会社の依頼を受けた同社が乾燥タマネギの仕入れ元を探していたところ、山本さんに行き着いたそうです。

 

「ラオスではタマネギの生産量が少なく、国内で消費するタマネギの多くはベトナムや中国から輸入しています。そこで、まずは周辺の農家を巻き込んで規模を拡大し、ラオス国内のマーケットを見据えた生産を考えています。日本に輸出するのは乾燥タマネギですから、形や大きさが不揃いなB品を加工しても問題ないので、将来的にはラオディー社と協力して国内マーケットの余剰分やB品を加工輸出するようにしたいと考えています」

 

昨年、初挑戦した試験栽培は、病害により失敗。しかし、提携しているラオディー社の士気は下がることなく、今年、山本農場は2haのタマネギ畑を開墾しました。今後は、10haまで拡大することも検討しています。

 

一方、タバコの生産を依頼したのは、パイプなどの喫煙具やタバコを輸入・製造・販売する浅草の柘製作所。現在の作付面積は1haですが、長い目で生産量を増やしていく考えです。

 

生産したタマネギとタバコは、どちらも提携する日系企業が買い上げてくれるため、物流ルートを開拓する必要はないと山本さん。

 

「個人で物流ルートを開拓するのは大変ですが、日系企業と組めばその苦労はありません。日本でも個人で小規模な農業を始めると、農協に農作物を収めて生活できるようになるまで3年はかかります。農協のような組織ができあがっていないラオスのような国では、現地の市場で販売するのが関の山。日系企業と手を組むのは、販売ルートを確保するうえで大きなメリットです」

 

日系企業と連携するメリットは、他にもあると言います。

 

「農業は、人材・物・資金の3つが不可欠。私も当初はひとりで農場を運営していましたが、徐々に現地の日系企業の方々との人間関係が構築され、そこからイチゴの栽培が始まり、現在のラオディー社や柘製作所との取り組みに広がりました。日系企業と連携し、お互いにできること・できないことを補完しながら農業に取り組むほうが、最終的な成功に結び付きやすいと実感しています」

 

途上国人材とともに働くことの課題

現在は、住み込みの家族を含む4名を雇用している山本農場。農繁期にはその都度、労働者を確保し、日本で技能研修を受けたサブマネージャーがハブとなって労働者を仕切っています。しかし、労働力はまだまだ不足しているとのことです。

山本農場にて住み込みで働いているラオス人家族と山本さん

 

「人材・物・資金の中でも、特に重要なのは人材です。ラオス人はどちらかというと労働意識があまり高くなく、1日来て、翌日からはもう来なくなり……の連続。もちろん勤勉な方もいますが、コーヒーの収穫時期になると『来週から来ないよ』と言われることも。今はコーヒーの価格が高く、その分労働者の待遇も良いため、そちらに移ってしまうのです。

 

都市部の工場などではFacebookなどのSNSを活用した求人を行ったりしているようですが、ボラベン高原は都市部から離れたところにあるので、それも難しいのが現状。収穫時期などの繁忙期には、サブマネージャーが友人や親戚に声をかけることで人を集めていますが、親戚や知人ばかり集めると、いざ冠婚葬祭や行事があるたびに揃って村に帰ってしまうなど弊害も大きい。安定的な人材の確保は大きな課題なのです」

 

山本さんが頭を悩ませる安定した労働力の課題。そこで今後、農場の拡大に必要となってくると考えているのが、しっかりとした技術を身に着け、現地の人たちを上手にマネジメントしてくれる日本人の雇用や育成です。では、どんな人がラオスでの農場運営に向いているのでしょうか。

 

「チャレンジや苦労を楽しめる、フロンティアスピリットに溢れた人ですね。のんびりした国なので、腹の中にしたたかなものを持ちつつ、人と鷹揚に接することができるタイプが望ましいでしょう。農業経験があるに越したことはありませんが、もし一から始めるなら強い意志が必要だと思います」

 

核となる農産物を見出し、現地に根差した農場経営を

現在、山本農場では事業拡大のため、農業技術者やマネジメント能力に長けた人材を募集中。

(問い合わせ先:山本ファーム メールアドレス:yamamotoikuojp3@gmail.com)

 

「農業の経験があり、途上国開発や農業開発に熱意を持つ人、ビジネスを成功させようという起業家精神のある人に来ていただけたらと思います。ラオディー社の社長と日頃から話しているのは、『高い報酬を払えば、日本から技術者を送り込んでもらえるかもしれない。でもそういう人では失敗するだろう』ということ。ああでもない、こうでもないと現地で試行錯誤しながら農業を行い、利益を出すための施策を考えることができる人が、成功するのでは」

 

持続可能な地域農業を実現するには、まだまだ課題の多い途上国。ラオスをはじめとする途上国で日本人が農場経営を行う場合、必要だと考えられる条件を山本さんに伺いました。

 

「大切なのは、中核となる農産物を見出し、現地に定着して農場経営を行うことです。日本の商社が何億円もの資金をつぎ込んだものの、撤退を余儀なくされたケースは少なくありません。現地を時々訪れる出張ベースではなく、その地に定住し、責任者として気概を持ってビジネスに取り組まなければ成功は難しいでしょう。中南米では日本人が移住し、苦労しながら農業にいそしんだ結果、現地の農業発展に寄与しました。日本政府も官民連携の支援策を出していますが、現地に根差して農業を行う人を増やし、成功事例を積み重ねていかなければならないと思います」

 

ラオスに腰を据えて約10年、トライエンドエラーを繰り返しながらも、地道に農業経営を続ける山本さん。そんなあきらめずに前を見続ける姿勢にこそ、成功のヒントが隠されていると言えそうです。

 

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『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

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話題の「エシカルファッション」とは? 鎌田安里紗さんに聞く‟服自給率1%の日本”と途上国の現状

近年、「エシカルファッション」や「サステナブルファッション」といった言葉も聞くようになり、手に取った洋服の「どんな過程で作られているのか」「作られている人たちの労働環境は?」といった背景までを意識していこうという消費スタイルが、暮らしの中に増えてきました。誰もが手頃な価格で洋服を購入できるようになった今、私たちが未来に向けて考えるべきこととは?

高校生の頃、アパレルの販売員やモデルの仕事を通じてファッションと関わり、そこから「エシカルファッション」に興味を持つようになったという鎌田安里紗さん。2020年には一般社団法人unistepsを設立。共同代表としてアパレルメーカー・デザイナー・消費者をつなぐ活動を行なっています。今回は、エシカルファッションプランナーである鎌田安里紗さんにエシカルファッションのこと、そして途上国の現状について教えていただきました。

 

鎌田安里紗/1992年徳島市生まれ。「多様性のある健康的なファッション産業に」をビジョンに掲げる一般社団法人unistepsの共同代表を務め、衣服の生産から廃棄の過程で、自然環境や社会への影響に目を向けることを促す企画を幅広く展開。種から綿を育てて服をつくる「服のたね」など。環境省「森里川海プロジェクト」アンバサダー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍。TwitterInstagram

 

「この服はどうやって作られている?」疑問を解決すべく世界中の縫製工場へ

──現在は、エシカルファッションプランナーとして幅広く活動されていますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

 

鎌田 高校1年生の頃、高校に通いながら週末はアパレル販売員のアルバイトと、雑誌モデルのお仕事をしていました。ちょうど日本にH&Mの1号店がやってきた頃で、まさにファストファッション全盛期。販売員の仕事をしていても「可愛いけど、似ている服がもっと安く別のお店で売っていたね」と、デザインよりも価格で洋服が選ばれている現場を何度も目の当たりにしてきました。

高校は国際系学科の学校に進学していました。授業でも“フェアトレード(※1)”の話は出ていたので、ファッションのフェアトレードってないのかな? と調べ始めたことがきっかけです。

※1…生産者が人間らしく暮らし、より良い暮らしを目指すため、正当な値段で作られたものを売り買いすること。途上国と先進国、または企業間での取引がフェアじゃないことが起因とされている。「フェアトレード」には、労働者に適正な賃金が支払われることや、労働環境の改善、自然環境への配慮、地域の社会・福祉への貢献などが含まれ、「子どもの権利の保護」および「児童労働の撤廃」も盛り込まれている。

 

──当時、ファッションのフェアトレードについて詳しい情報は見つかったのでしょうか?

 

鎌田 ほとんどありませんでしたが、ピープルツリー(※2)さんが当時から情報発信をしてくれていました。ピープルツリーさんが主催するイベントに参加したり、国内外の縫製工場へ見学に行ったりしました。1本の糸から生地ができて、洋服ができる工程を見ているのが、とっても楽しかったんです。洋服のことをもっと知りたくて、コットン農家さんにお邪魔したり、たくさんの現場に足を運ばせてもらいました。

※2…「ピープルツリー」はフェアトレードカンパニー株式会社のフェアトレード専門ブランド。フェアトレード・ファッションの世界的パイオニアであり、エシカルで地球環境にやさしく、サステナブル(持続的可能)なファッションを、約30年に渡ってつくり続けている。アジア、アフリカ、中南米などの18カ国約145団体と共に、オーガニックコットンをはじめとする衣料品やアクセサリー、食品、雑貨など、できるだけその地方で採れる自然素材を用いた手仕事による商品を企画開発・販売。手仕事を活かすことで、途上国の経済的・社会的に立場の弱い人びとに収入の機会を提供し、公正な価格の支払いやデザイン・技術研修の支援、継続的な注文を通じて、環境にやさしい持続可能な生産を支えている。

紡績工場を訪れた際の鎌田さん

──そういった海外への視察はどれぐらい行かれたのでしょうか?

 

鎌田 バングラディシュ、ネパール、カンボジア、インド、スリランカ、モンゴル……など視察や、生産現場を消費者(生活者)の方と共に巡るスタディーツアーを主宰することで、様々な場所に足を運んでいました。そんななかで次第に繋がりも増え、その体験や経験などの取材や講演依頼を頂くようになり、エシカルファッションプランナーとして活動するようになったんです。

紡績工場ツアーの様子

──とってもフットワークが軽い! 現地に行くモチベーションはどこから湧いてきたのでしょうか?

 

鎌田 店頭や雑誌を通して、服を届け、ファッションの楽しみを発信する立場でしたが、コーディネートを組んで装うことだけではなく、生産背景も含めて一着を着ることを味わう楽しさも知ってほしいと思ったことです。わたし自身がそういう情報をもっと早く知りたかったなと感じていたので、共有できることは共有したいと感じていました。

日本は服自給率1%!? エシカルファッションについて考える

 

──今着ている洋服が、どこでどのように作られているか詳しくわからない人がほとんどだと思います。改めてどのように洋服が作られているのか教えてください。

 

鎌田 コットンのTシャツを例にご紹介すると、素材となるコットン栽培から始まります。広大な農地でコットンを栽培し、収穫。コットンから糸を紡いで、生地を作ります。栽培には、Tシャツ1枚で約2900リットルの水が必要とも言われています。地域によっては、周辺の湖の水が枯れてしまった……なんてこともあるんです。

生地にする過程で染色するものもありますよね。デザインに合わせて生地を断裁、縫製し、やっと1枚のTシャツが完成します。みなさんがよく目にする「MADE IN 〇〇〇〇」は、縫製した国名が記されています。MADE IN JAPANと書いてある洋服でも、コットン栽培はインド、生地を織るのは中国などいろんな国を経由し、日本で縫製しているものも含まれているんです。

収穫したコットン

──素材から日本で作られたものがMADE IN JAPANなわけではないのですね。

 

鎌田 日本で販売されている洋服の99%は海外で作られています。日本における服の自給率はたった1%ほど。さまざまな国、人の手を渡ってTシャツが作られていることを知らない人がほとんどでしょう。この件については、日本国内の業界関係者も課題に感じている部分です。素材から縫製まで工程が細分化され、サプライチェーンをトレースするのが本当に大変で……。洋服のブランド一社だけが頑張ってなんとかなる問題ではないので、仕組み作りから取り組む必要があると考えています。

 

──最近よく耳にする「エシカルファッション」も、そうしたサプライチェーンが明確になっていることが求められているように感じます。改めてエシカルファッションとは何か教えてください。

 

鎌田 エシカルファッションとは、直訳すると「倫理的なファッション」のこと。服が店頭に並ぶまでの過程で、洋服を作る人、素材となる植物や動物、またそれを栽培・飼育する人たちや環境に過剰な負担がかかっていないかを考えて、洋服を選ぶ行為や態度を指します。難しく思われがちなのですが、「買いすぎてない?」「どうしてこんなに安く服が作れるの?」「手放す時はどうする?」など、洋服が届くまで、そして手放した後のことまで考えてファッションを楽しむことと言えるでしょう。

──買う時だけでなく、手放した後も大切なのですね。着古した服は捨てる以外にどんな手放し方がありますか?

 

鎌田 破棄以外には、リユース、リサイクル、寄付などの方法があります。環境省の調査(2020年度)だと、日本の衣類品リサイクル率は約15%(年間12.3万トン)。回収された洋服は、細かく裁断され自動車の内装材などに使われたり、繊維に戻して新しく服を生み出したりします。世界的にみると、ドイツのリサイクル率は60%ほどと高いですが、それ以外の先進国では20%前後とあまり日本とは状況が変わりません。

リユースについては、衣類の回収BOXの設置や、古着屋さんやメルカリで「売る」ことを前提に洋服を購入する人が増えています。洋服を作る技術は発展しましたが、手放す技術についてはまだまだこれからですね。

寄付については、アフリカなど古着の輸入を禁止した国もあるんです。日本のように冬がある寒い地域の衣料品を、常に気温が高いアフリカやアジアに届けても結局ゴミになっていることもあります。もちろんきちんと仕分けして、欲しい人に欲しい洋服を届けている団体もありますが、砂漠に洋服が捨てられていたり、アフリカの海が古着だらけになっていたり、本末転倒なことが起こっているのも事実です。

児童労働、厳しいノルマ……急成長するファッション業界と途上国が抱える課題とは?

──全体的に作りすぎな気が……。なんとか循環できないのでしょうか?

 

鎌田 ファッション産業が急成長したのはここ20年ほどのことです。2000年から2015年の間に、全世界で生産される洋服の量が2倍になったとも言われています。

北九州にある株式会社JEPLAN(旧・日本環境設計)さんは、服から服の水平リサイクルを実施しています。ポリエステル素材100%の洋服から成分を分解し、もう一度ポリエステルの素材にして、洋服を作る技術を持っています。これは世界的にも重要な技術です。

 

──ペットボトルから作られた衣類は見たことがありますが、服から服を作れるとは!

 

鎌田 何度でもリサイクルできるので、資源の枯渇や生産過程でのCO2排出も抑えることができます。ただ、この世の中にある洋服の多くが「混合素材」。例えば、ポリエステル50%、ナイロン30%、コットン20%など複数の素材を使っていることが多いです。今後それらを分けて、それぞれをリサイクルできる技術が発明されれば、「服から服」の水平リサイクルがさらに加速するでしょう。

──これまで洋服を購入するときに「素材」を意識していませんでした。

 

鎌田「都市鉱山」があるように、ご家庭のタンスには「都市コットン」「都市ポリエステル」もいっぱいあるはず! 国内で今まで廃棄されていた服を素材として集められれば、素材調達から製造販売、リサイクルまで国内にある素材だけでグルグル洋服の循環ができるかもしれません。

 

──実現したら素晴らしい取り組みになりますね。手放した後のことも考えるとよりエシカルファッションを楽しめる気がしてきました。しかし現状、日本は99%が海外生産された洋服に頼らざるを得ません。そんななかで日本の洋服のサプライチェーンとして繋がっている途上国が抱える課題について教えていただけますか?

 

鎌田 児童労働や強制労働の課題があります。ファッションだけではないですが、農業で生計を立てるために、家族総出で働かないと利益を得ることができない国もあります。

また裁縫工場の労働環境も改善されていく必要があります。パーツごとに担当が決められていることもあり、「襟担当」になったら毎日襟のミシンがけのみ行うことになり、服全体を作る技術を身につけることができません。時間内に何枚とノルマがあったり、終わるまでは外から鍵をかけられて、トイレに行くことも禁止されている工場があったという報告もあります。バングラデシュの「ラナプラザ」の事故では違法に増築された工場が倒壊し、多くの作業員が命を落としてしまいました。さらに、不当解雇や賃金未払いなどもあるので、発注元の企業と工場が連携して、立場の弱い労働者が声を届けられる仕組みも必要だと感じています。

生産現場を訪問した際の様子

──なんと……。ブランドの方たちは、その現状をご存知なのですか?

 

鎌田 サプライチェーンが明確になっていない場合もあるので、一概には言えません。でも、ブランドが設定した納期に無理があり、立場の弱い従業員たちにしわ寄せがかかってしまったこともあるでしょう。

また日本では、1990年以降、服の価格が下がっています。消費者である私たちが、安さを求めた結果、市場では価格競争が激しくなり、生産工程に無理が生じているとも言えますよね。

小さい違和感を受け流さずに、知ろうとするのが大きな一歩に

──消費者である私たちは、何から始めたらいいのでしょうか?

 

鎌田 今回は「エシカルファッション」がテーマですが、服に興味がなければ自分が普段使っている家電や家具、食事、なんでもいいので好きなものが「どう作られているのか」を知ることからだと思います。

私もベランダでキュウリを育てたのですが、めちゃくちゃ味が薄くて(笑)、美味しくなかったんです。1本作るまでの苦労がわかるからスーパーで安く販売されていると「1本48円でいいんですか?」って感じます(笑)。ちょっとでも作り手を経験すれば、価格の価値も変わります。

──興味のあるものから作り方を知るのは大事ですね。

 

鎌田 洋服に興味のある方が簡単にできるのは、今持っている服をきれいに着続けること。同じ服を2年着るだけで温室効果ガスを24%減少させることもできます。靴を磨いたり、洋服にアイロンをかけたり、手洗いしたり、洋服を丁寧に扱うだけでもなんとなく気持ちが良くて肯定感が上がりますし、環境への負荷も減らすことができます。

また「この服ってどうやって作られているんだろう?」と疑問に感じたらショップに聞いてみるのがおすすめです。小さい違和感を受け流さず、知ろうと行動することが大きな一歩に繋がることもありますから。

鎌田さんが手掛ける「服のたね」での発芽の様子

──鎌田さんが描くファッション業界の未来についても教えてください。

 

鎌田 低価格にデザイン性のある服を購入できるようになってファッションの楽しみが広がったと捉えることもできますが、それによって生まれてしまった課題もあると思います。これからはその課題をブランド・商社・繊維メーカー・販売店・そして消費者が一緒になって向き合って良くしていけるような仕組みが必要だと思っています。

あとは、新品屋さん・古着屋さん・お直し屋さんがブランドごとに同じ価値で提供されるようになると理想的ですよね。作って売るところまでではなく、お直ししたりアップサイクルしたりするところがブランドに求められる仕事の範囲になっていくのではないかと感じています。

 

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撮影/映美