脳は「価格」にビンカン、「量」にドンカン…実質値上げの“シュリンクフレーション”に気づいてますか?

最近、英国で「シュリンク(縮む)」と「インフレーション」を掛け合わせた「シュリンクフレーション(shrinkflation)」という言葉が使われています。アメリカ(ロンドン在住)の経済学者そして起業家でもあるピッパ・マルムグレンは、著書『Signals』(2016年)で以下のように述べました。

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例えば様々な商品が、価格やパッケージが変わらないままサイズだけはシュリンクしている。この「シュリンクフレーション」こそが兆しなのだ

 

この本で、彼女は日常の兆候(Signals)から世界経済や政治情勢を読み解く大切さを説いています。つまりシュリンクレーションとは察知されやすい値上げではなく、価格はそのままで内容量が気付かれない程度にじわじわ減っていく現象を指しています。かなり姑息な響きがある「ステルス値上げ」と呼ばれることもあります。

 

免税店でもよく見かける三角柱の棒状チョコレート「トブラローネ」もまた、シュリンクフレーションの引き合いによく出されます。2016年、モンデリーズ・インターナショナル社は英国で販売される2種類のバーに対して、箱のサイズと価格は変えずに、三角柱の間隔を広げることで容量を減らしました(400g → 360g、170g → 150g)。これに対し、スコットランド議会のビーティー議員がこの変更を止める申し立てを議会に起こしました。それ自体はほとんど笑い話(もちろん、申し立ては認められませんでした)ですが、ONS (Office for National Statistics=イギリス国家統計局) による調査によりますと、2012年から2017年の間に2,500を超える商品がシュリンクフレーションに該当したとされます。基本、容量調整が比較的容易なチョコレート、オレンジジュース、コーヒーなどの食品とトイレットペーパー、歯磨き粉などの日用品が主体です。ブレグジット決定以降のポンド下落による影響を理由とする人もいますが、反論する意見もあり、統一した見解はありません。

 

■日本でもシュリンクフレーションは起こっているのか?

では、日本でもこのシュリンクフレーションは起こっているのでしょうか? 調べてみると、「いつの間にか容量が減っている商品wiki」と懇切丁寧にまとめてくれています。英国程度かは疑問として、日本でもシュリンクフレーションに該当するケースが食品(菓子、飲料、インスタント食品、加工食品)と日用品で起こっています。基本、gやml単位での容量や枚数の10%以内でのシュリンクが定石的アプローチとなっています。ただデータベースを見てみると、2010年以前の変更も含まれており、必ずしもシュリンクフレーションだけではなく、純粋な値上げをしている場合も多いです。

 

シュリンクフレーションという言葉自体は新しいですが、この手法自体は古くからなされてきました。価格設定は複数の要素が絡み合い、必ずしも法則化できませんが、一般的に「人間の脳は価格に敏感で、量には鈍感」だからです。商品によっては、一つのプライスポイント(例えば、198円)にこだわりたいというケースもあるでしょう。100円ショップでも多くのブランドが容量を調整して、100円のプライスポイントに合わせているのも一例です。価格維持だけのためではなく、価格を下げ、それ以上に容量を減らす(実質的には容量あたりの価格は上がる)ようなさらに手の込んだ手法もあります。

 

最近話題になったのが、2016年より地域拡大を行った「明治おいしい牛乳」が行ったシュリンクフレーションです。比較的高価格帯であるにも関わらず、その分かりやすいネーミングも手伝って、認知もシェアも高い(2016年のPOSからはトップシェア)牛乳ブランドです。具体的には、「利便性」と「おいしさ」を向上させる“最適な新容器”の採用とカップリングして、従来の1リットルから900mlに価格は据え置きながらもシュリンクを行ったのです。この新容器は2016年~2017年に21_21 DESIGN SIGHTで開催されていた企画展「デザインの解剖展 : 身近なものから世界を見る方法」で展示されていたので、筆者も記憶にありました。確かに開けた後もリキャップでき、(データを見る限りにおいて)おいしさの持続効果をもたらすデザイン変更は納得が行くものです。

 

ただ特徴の中にある「人口動態やお客さまの飲用実態の変化に合わせ、最後までムダなくおいしく飲むことができる内容量として900mlの設定としました」という部分には違和感があります。数値的に牛乳の消費量は減ったのかもしれませんが、実質的な値上げという事実から逃げている印象は否めません。ここでは、少なくとも容量あたり値上げであることとそうすべきだった理由を素直に伝えるべきだったと考えます。容量がスタンダード化している場合、量には鈍感というのは必ずしも当てはまらないと思えます。実際、牛乳コーナーに行くと、ほとんどの売れ筋の牛乳は1リットルです。1リットルは顧客にとっては慣れ親しんだ容量で、サイズ的にも小さめな「明治おいしい牛乳」の容量減少は分かりやすいものだと考えます。比較的価格弾力性が高い(価格の変動が需要に影響しやすい)カテゴリーであり、価格維持自体は品質改善も伴った故の妥当な選択であったかもしれませんが、今後シュリンクフレーションに対しては適切なコミュニケーションという部分も考えていくべきでしょう。

 

■サラミはスライスしてすぎてはいけない

商品のコストセービングを考える際に、昔のアメリカ人上司がよく言っていたことがあります。

 

“サラミをスライスするときは気をつけなさい”

 

コストセービングを行うにあたって、ある限度を超えてしまうと、いつの間にかサラミをスライスしすぎて、商品の価値を大きく下げてしまうリスクがあるということです。コストを下げる最も安直な方法は、気付かれない程度に同じ材料の使用量を下げることです。しかし、それは100%と95%の差は小さすぎて気付かないだけで、差がないことではありません。また、それを繰り返しすぎると、いつの間にか商品価値を損なう差となってしまうこともあります。

 

笑い話のようですが、前任者がやりすぎたコストセービングをオリジナルに戻すことで、新任者が「新改良」と呼んでしまったりすることもあり得ます。それよりも顧客にとって価値を生み出していない部分に目をつけたり、少ない量で効果を上げたり、無駄を削ぎ落とした容器にできないかを考えることが優先させることが必要です。例えば、使用量が少なくても効果が変わらない(洗剤はこのパターンが多いです)、理想的にはさらに効果が上がる商品(食品の場合は難しいですが)や内容量は同じなのにコンパクトにすることで容器の材料や輸送コストを下げたりすることです(この場合、内容量が減ってしまったというイメージを持たれないこと、理想的にはコンパクト性の価値を伝えることも重要です)。

 

顧客心理の観点からシュリンクフレーション的なアプローチ自体を必ずしも否定はしませんが、「商品価値を守る」「顧客に正しく伝える」は忘れてはならない原則と考えます。

 

【著者プロフィール】

プロダクト・リサーチャー 四方宏明

1959年京都生まれ。神戸大学卒業後、1981年にP&Gに入社。以降、SK-II、パンパースなど、様々な消費財の商品開発に33年間携わる。2014年より、conconcomコンサルタント、WATER DESIGN顧問として、商品、サービス、教育にわたる幅広い業種において開発コンサルティングに従事する。パラレルキャリアとして、2001年よりAll Aboutにてテクノポップ・ガイドとしてライター活動を始め、2016年には、音楽発掘家として世界に類書がない旧共産圏の電子音楽・テクノポップ・ニューウェイヴを網羅する『共産テクノ ソ連編』を出版。モットーは「“なんとなく当たり前”を疑ってみる」。

四方宏明の“音楽世界旅行”:http://music.sherpablog.jp/