「混迷するスリランカ」に襲い掛かる、4つの大きなリスク

【掲載日】2022年7月22日

現在スリランカでは、財政破綻およびインフレの高騰が、国民生活に甚大な影響を与えています。長年、ラジャパクサ一族が支配してきた政治や経済状況の悪化に国民は怒り、大規模デモや大統領公邸の占拠などが発生。国外に逃亡していたゴタバヤ・ラジャパクサ氏は大統領を辞任し、数日前に暫定政権が誕生しましたが、同国の情勢は混迷しています。スリランカにはビジネス上どのようなリスクがあるのでしょうか?

スリランカの大規模デモの様子

 

スリランカは、対外債務の膨張および外貨準備高の不足によりデフォルト(債務不履行)に陥りました。原因はいくつかあります。まず、スリランカは2009年に内戦が終結した後、主に中国からの融資を受けて、港や空港などのインフラを整備しました。しかし、同国はそれらの運営に失敗し、外貨を獲得することができず、対外債務の返済が滞ります。これにより、スリランカの信用格付けが下がり、同国は海外の資本市場で資金を調達することができなくなりました。

 

また、新型コロナウイルスのパンデミックによって、スリランカの主要産業である観光業が不振になり、外貨が減ったことも大きな要因です。同国は有機農業へのシフトを図ると同時に、保有する外貨(ドル)の流出を防ぐため、農薬や化学肥料の輸入を禁止しましたが、この措置はかえって農家を苦しめ、食料生産に悪影響を与える結果となりました。そんな中、ウクライナ危機が起こり、物価が世界的に上昇しますが、スリランカは外貨不足のために石油や食料などの必需品を輸入することができず、国民生活は苦しくなり、その怒りが大規模デモという形で噴出しました。

 

海外進出のリスク

スリランカ危機が起きているいま、同国または他の新興国・途上国への進出を検討している企業にとって、リスク管理が以前にも増して重要になっているでしょう。リスク管理とは「企業が事業活動を遂行するにあたって直面するであろう損失、または不利益を被る危険、あるいは、想定していた収益または利益を上げることができない危険の発生の可能性を適正な範囲内に収めるための一連の活動」を指します(日経ビジネス経済・経営用語辞典)。リスクにはさまざまな種類がありますが、海外ビジネスを検討するうえで重要な要因が少なくとも4つあります。

 

1: 物流

海外事業に必要なアイテムや素材を購入しても、業者がそれらを予定通りに届けなかったり、予算を超えたりするという不確実性が存在します。現在、スリランカでは石油が不足しており、食品がスーパーに届かないなど、サプライチェーンが混乱しています。

 

2: 規制

国によって法律や規制が異なるため、それらに精通した弁護士が必要。近年では特に環境規制が厳しい国が多く、それらの規制に合わせることが求められています。

 

3: 金融

為替や金利、物価などが将来変動するリスク。途上国の場合、為替が不安定なことが多く、現地通貨で得た売り上げをどのように日本の本社に環流させるかという課題もあります。上述したように、金融リスクはスリランカで最も大きな不確実性です。

 

4: 政治

資産の国有化や戦争、テロ、政権交代といった不確実性。世界有数の金融グループであるアリアンツは、2022年2月に発表したカントリーリスクの調査で、スリランカは政治体制が分裂しており、連立政権が概して弱いことを指摘していました。

 

受け入れることができるリスクの量や損失の許容額は企業によって異なりますが、それらを決める前に、企業はこのようなリスクを特定することが必要です。そのためには、商習慣や文化を含めて現地のことを把握しているパートナー企業と組むことが役に立つでしょう。リスク管理を踏まえて進出する国を安全に検討したい方向けに、下記に海外進出に役立つ多くの資料を揃えていますので、ぜひ参考にしてください。

 

読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

なお、当メディアへのご意見・ご感想は、NEXT BUSINESS INSIGHTS編集部の問い合わせアドレス(nbi_info@icnet.co.jpや公式ソーシャルメディア(TwitterInstagramFacebook)にて受け付けています。『NEXT BUSINESS INSIGHTS』の記事を読んで海外事情に興味を持った方は、是非ご連絡ください。

石油を紅茶で支払う苦肉の策!「再生可能エネルギー」に食い下がるスリランカ

【掲載日】2022年3月14日

現在、原油や石油、天然ガスの価格が高騰し、世界各国でエネルギー問題が浮上していますが、ロシアのウクライナ侵攻の前からエネルギー危機に直面しているのがスリランカ。苦しい状況を打開しようと、日本の支援を受けながら再生可能エネルギーの導入に粘り強く取り組んでいます。

スリランカ西部の町カルピティヤにある風力発電の風車

 

2021年12月、スリランカは、イラン石油公社に対して、過去に輸入した石油の代金を紅茶で支払うという大胆な施策を講じたことが国内外のメディアで報じられました。新型コロナウイルスのパンデミックによる観光業の不振はスリランカの経済に大きなダメージを与え、政府債務の返済危機、さらには自国通貨のスリランカ・ルピー安も引き起こしています。

 

スリランカは、新型コロナウイルスによる経済的なダメージを受ける前から、経済成長に伴いエネルギー需要が増加傾向にありました。JICAの省エネルギー普及促進プロジェクト(2008〜2011年)や2023年まで継続する電力セクターへの技術協力など、日本もスリランカのエネルギー問題の解決に向けて大きなサポートを講じています。2021年7月からは日本気象協会が太陽光、風力の発電予測データを提供するなど、スリランカの再生可能エネルギーへの熱意は非常に高いものがあります。

 

エネルギー問題は一国の存亡に関わりますが、現在のスリランカは他国の支援を受けながら、エネルギー政策や化石燃料の輸入などに関する困難な問題に取り組む段階にいます。再生可能エネルギーの民間企業プロジェクトは300件近く稼働しており、将来は国内プロジェクトや外国企業の参入が増える可能性があります。同国における日本の長年のサポートは、日本の民間事業者がビジネス展開を検討する際にもプラスに働くかもしれません。

 

「NEXT BUISINESS INSIGHTS」を運営するアイ・シー・ネット株式会社では、開発途上国の発展支援における様々なアプローチに取り組んでいます。新興国でのビジネスを考えている企業の活動支援も、その取り組みの一環です。そんな企業の皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料を用意。具体的なステップを踏みたい場合の問い合わせ受付も行っています。「NEXT BUISINESS INSIGHTS」の記事を見て、途上国についてのビジネスを考えている方は、まずは下記の資料集を参照ください。

●アイ・シー・ネット株式会社「海外進出に役立つ資料集」

デジタルノマドを大歓迎! スリランカが「デジタルノマドビザ」の発行を検討

【掲載日】2022年3月◯日

新型コロナウイルスのパンデミックにより、ITを活用して旅行しながら働く「デジタルノマド」が世界中で急増しています。最近では、そのような人たちを対象にした「デジタルノマドビザ」が欧州諸国で発行されるようになりましたが、アジアでもスリランカがこの動きに乗りつつあります。

スリランカはデジタルノマドを大歓迎!

 

世界中の人々を引きつける観光資産を多数有しているスリランカは現在、デジタルノマドビザの発行を検討しています。遺跡やビーチがある同国最大都市のコロンボ、美しい海岸線を有する南西海岸エリア、紅茶で有名なキャンディ丘陵地帯など、島国特有の豊富な自然に囲まれ、さらにカレーや果物、世界的に有名な紅茶やコーヒーなどに代表される食文化は、世界中のデジタルノマドから注目されています。

 

コロナ禍においても、スリランカを訪問する観光客は多く2021年12月には8万5506人の観光客を受け入れており、過去20か月間で最高記録を更新しました。さらに旅行者の滞在日数もコロナ禍以前の平均3〜4日間から10日間以上に増加しており、滞在長期化の傾向が顕著に表れています。

 

現在スリランカが検討しているデジタルノマドビザについては、約1年間の長期滞在が可能になるという見方があります。このような長期ビザは、現在の業務に携わりながら滞在国のメリットを発見できる可能性も高まるために、海外進出や現地での起業を検討する際にも有効に活用できることでしょう。デジタルノマドがスリランカの経済的な発展にどのような影響を与えるのか注目です。

団結せよ! 復活に向けて弾みをつける「スリランカコーヒー」

【掲載日】2022年1月26日

セイロンティーの栽培地として世界的に有名なスリランカ(旧称セイロン)。しかし、この国はかつて世界第3位のコーヒー生産地でした。最近では、この歴史的遺産を復活させる取り組みが日本の協力を得つつ、スリランカ国内で活発化しています。

スリランカコーヒーは復活するか?

 

19世紀初頭にイギリスの植民地になったセイロン島では、1840年代にコーヒーの生産が最盛期を迎えますが、1880年代に「サビ病」と呼ばれる植物の病気によって同島のコーヒー農園は壊滅的な打撃を受けます。その後、イギリス人のトーマス・リプトンらによる紅茶の栽培が大成功すると、「セイロンコーヒー」は世界から忘れ去られました。

 

そんなスリランカのコーヒー産業が再び世界で脚光を浴びるようになったのは、2000年代に入ってからのこと。元来有していたコーヒー栽培に適した環境に加えて、フェアトレード(発展途上国の人々の社会的・経済的自立を支援するために、それらの生産品を公正な価格で取り引きする貿易の形)や、日本をはじめとする先進国のサポートが実を結び始めたのです。

 

現在、スリランカコーヒーの生産は、オーガニック栽培のセイロンコーヒーとしてスリランカ国内で盛り上がりを見せているのはもちろん、日本でも商品展開が拡大しています。スリランカでは、適度な酸味とフルーティーな香りに包まれるアラビカ種のコーヒーが栽培されていますが、日本からは2007年から約3年間、特定非営利活動法人の日本フェアトレード委員会が、同種のコーヒー栽培のコミュニティ開発をJICAの草の根協力支援としてサポート。さらにその後、同協会の代表がキヨタコーヒーカンパニーを創業し、現地の生産者と共に日本での商品展開を推進しています。

 

また、スリランカではコーヒー事業者の組織化が活発化しています。2021年には同国初の全国的な「ランカ・コーヒー協会(Lanka Coffee Association)」や、コーヒー関連事業者や生産者の連携や支援を図る「セイロン・コーヒーフェデレーション(Ceylon Coffee Federation)」が設立されました。従来ばらばらだった業界のルールや規制を統一することで、スリランカのコーヒー産業は足並みを揃えて復活に挑んでいる模様です。

 

スリランカの町中では新しいカフェが続々とオープンしており、コーヒー産業復活の機運が高まっています。

全農産物を「有機栽培」にシフトしたばかりのスリランカに暗雲が……

全農産物の有機栽培へのシフトを進めているスリランカ。2021年4月、同国政府は化学肥料の輸入規制を明らかにし、翌月に化学肥料輸入規制の政府公報を発表。オーガニックな農産物を世界に広める第一歩を踏み出しましたが、先日、一時的な方針転換を発表。暗雲が立ち込めています。

有機農業にシフトしたスリランカだったが……

 

スリランカの農業では、化学肥料に対する長年の政府補助金で農業を推進していた背景もあり、地下水や土壌汚染など生態系の破壊や化学肥料の輸入量の増加が大きな問題になっていました。これらを解決するために、スリランカは世界で初めて国内の全農業を有機栽培に変える「有機革命」に取り組んでいます。有機農産物は消費者が安心感を持って受け入れることができるので、品質を重視した農産物の推進に全国民で立ち向かうことになりました。

 

しかし10月下旬、スリランカ政府は一時的にこの方針を撤回し、農薬の輸入を再開すると発表しました。農薬を使わなくなったことで、有機質肥料の需要が増えましたが、その供給が追いついていない模様。その結果、セイロン茶の品質が落ち、生産量も減少しかねないと農家から怒りの声が上がっていました。このような現状を受けて、同政府は有機質肥料が農家に十分に供給できるようになるまで農薬を輸入すると述べています。

 

日本は、農林水産省の認証制度やJICA民間連携事業などを使って、有機農業の生産や管理に関する知見や経験を海外に伝えることができます。数多くの民間企業も有機農業に向けたサービスを提供しており、安全で高品質な農産品を提供する制度が充実しています。

 

化学肥料に依存しすぎていた国は「農業政策において有機農業をどのように推進していくか?」「効率的な収穫を目指すにはどのような手法を用いたらよいか?」などの問題に関する知見を他国に頼らざるを得ません。このような理由で、日本においても研修制度の提供などを進めている自治体も存在します。

 

世界では既にブータンやキルギスなど100%有機農業の政策を推進している国もあり、今後ますます有機農業へシフトする国が増大することが見込まれます。「安心・安全」の理念に基づいた日本の有機農業に対する経験は今後世界に向けてますます求められていくことでしょう。環境保全強化を目指す各国のスタンスが今後より一層強まることも見込まれるため、ビジネスの市場規模拡大に向けて日本の有機農業関連企業のグローバル展開に拡大の兆しが見え始めています。

 

 

スリランカ拠点を立ち上げ、途上国を「ビジネス」で継続的に支援

国際協力に従事するプロフェッショナルに、開発途上国の現状やビジネスチャンスについてインタビューする本企画。今回は、スリランカに現地法人を立ち上げ、企業の進出支援などに取り組んでいる高野友理さんにインタビュー。拠点立ち上げまでの経緯や、現地でビジネスチャンスが期待できる分野などをお聞きしました。

 

●高野友理/大学卒業後、青年海外協力隊として2年間スリランカに赴任。その後、民間企業でベトナム拠点の立ち上げに尽力したのち、アイ・シー・ネットに転職。民間企業の進出コンサルティングや、スリランカ拠点の立ち上げに携わり、2021年2月にはIC NET LANKA (PVT) LTD.を設立。現在は同社で代表を務めている。

 

スリランカでの事業展開を目指して、経験を積んできた

 

――高野さんがスリランカで起業したいと思われた経緯を教えてください。

 

高野 私は大学卒業後、青年海外協力隊として2年間スリランカに赴任し、低所得者地域の生活改善に取り組んでいました。帰国後に考えたのは、継続的に途上国を支援するためには「国際協力」という形だけではなく、もっとほかの形で支援をする方法があるのではないかということ。私はもともと大学で、「スリランカの参加型開発」をテーマにした卒業論文を書いていて、住民たちが自ら力をつけながら自分たちの国を開発するという方法やその考え方に関心を持っていました。そのような背景もあって「ビジネス」という形でより現地の自立につながるような継続的な支援をしたいと思うようになり、スリランカでの事業展開がその後の目標となりました。

 

――実際にスリランカで事業を展開するまでに、どのような経験を積まれたのでしょうか?

 

高野 スリランカから帰国後、まずは日本の民間企業でビジネスを学ぼうと考え、廃棄物処理やリサイクルを行う中小企業に入社しました。実際に民間企業に入ってみると、階層などの会社のルールや、他社との関係構築など、国際協力の世界にはあまりなかった文化を体験し、学ぶことが多くありました。そして私がその会社を選んだのは、海外展開を目指している会社であったことが大きな理由の一つ。入社して2、3年後にはベトナムへの事業立ち上げに向けて動き出し、業務に携われることになりました。

 

まずはベトナムに駐在員事務所を立ち上げるべく、私も現地に赴き、現地スタッフの採用などから始めました。その後は主に合弁会社設立のための準備を行い、合弁会社でパートナーとなるところと事業計画をつくったり、会社を設立するにあたっての役割分担や出資比率を検討したりしながら進めていきました。そして無事に会社を設立したあとは、5年10年かけてベトナムでの事業を安定させていくというのが会社の方針でした。しかし私はベトナム以外の国でも、日本企業の海外進出をもっと支援していきたいと考えていたため、転職を決意し、アイ・シー・ネットに入社。入社後はビジネスコンサルティング事業部で、民間企業の海外進出のサポートなどを行いました。その後、アイ・シー・ネットが現地拠点を広げようという方針になったタイミングで私に声がかかり、スリランカでの現地法人立ち上げに至りました。

 

コロナ禍で設立したスリランカ拠点。海外展開支援やパートナー探しに取り組む

 

――現地法人を立ち上げるときに特に大変だったことや、設立した会社について教えてください。

 

高野 現地側での会社の登録には苦労をしました。例えば現地での登録に際して、現地企業を守るための規制があったり、定款の事業内容に「コンサルティング」と書くだけではなく、詳細な内容を書く必要があったり……。現地の登録コンサルタントからアドバイスを受けながら、何度もやりとりをして進めていきました。

 

そして2021年2月に、スリランカの拠点として「I C NET LANKA (PVT) LTD.」を設立することができました。現在は、企業の海外展開支援や、輸出支援におけるパートナー探しなどをメインの業務として行っています。

 

――ベトナムでの事業立ち上げの経験などが、現在の業務で活かされていると感じるところはありますか?

 

高野 私自身が「中小企業」で事業を立ち上げた経験は、コンサルティングの仕事でも役に立っています。例えば以前、JICAの案件で中小企業の海外展開支援に携わったことがありました。そこでは外部人材として、海外展開を検討するための調査を行ったり、企業に対してアドバイスをしたりしていました。その際、中小企業の中でスムーズに進めるのが難しいことや会社のルールなどを理解していることが、大きな強みになると実感。企業側の事情がわかっているからこそ、より的確な助言や寄り添った支援ができるのではないかと感じています。

 

――現在のお仕事の内容を具体的に教えてください。

 

高野 例えば今取り組んでいるのは、日本の農業技術を使ったモデルファームづくりのサポートです。これは以前、農林水産省がインドで「J-Methods Farming」という実証事業として行っていたもので、スリランカでも有志で取り組もうと動き始めています。モデルファームは3社合同で作ろうとしていて、「排水処理」「土壌改良」「食品の鮮度保持」の役割をそれぞれの会社が担う予定です。現在はこの3社のパートナー探しを行っているところ。スリランカ側の引き合いが強く、さまざまな会社から声がかかっています。スリランカでは現在、農業が主要産業の一つである化学肥料を禁止しようという動きが広がっていることから、日本の農業技術の中でも有機栽培に強く興味を持っています。

 

この案件の窓口は私が一人で担当しているので、興味を持った会社からの問い合わせが同時期にたくさんあるととても大変です。しかしタイミングを逃さないよう、相手が熱を失わないうちに、なるべく迅速に対応することを心掛けています。パートナー探しでは、日本企業の意向に沿うことはもちろん、シェアが高い、政治的コネクションを持っている、スムーズに進められる体制がある、などそれぞれの企業の強みや特徴をさまざまな角度から調査することを大切にしています。

 

そのほか昨年は、「飛びだせJapan!」という事業も行いました。「飛びだせJapan!」とは、経済産業省が補助している事業で、新興国・途上国市場に参入するために必要な現地企業や政府とのネットワーク構築を支援して、世界の課題解決を目指すというもの。アイ・シー・ネットは補助事業者として関わっています。現地コンサルタントがスリランカの求める日本の技術などを調査し、私はそのニーズに応えられるような日本企業を紹介して、両者をつなげようと働きかけていました。スリランカ側が日本の技術で関心を持った例として、「魚の保存技術」があります。漁船などで獲った魚の鮮度を保つためには、氷などで冷やすことが一般的ですが、その方法では魚の表面に傷がついてしまうことがあります。日本には電界を用いた鮮度保持技術を利用して食品をきれいな状態のまま鮮度を維持する保存方法があり、そこに興味を持つ漁業関連の企業からの問い合わせがありました。しかし同時期に、スリランカ沖でコンテナ船の火災事故が発生し、漁業業界がダメージを受けたこともあって、結局両者を結び付けることはできず……。この件に限らず、現在コロナなどが原因で多くの企業が新しい技術に投資することを控えており、どの事業もなかなか前に進んでいないのが現状です。しかし、農業資材などの消耗品の分野ではあまり影響が出ていないため、今はできる範囲でパートナー探しなどを少しずつ進めています。

 

――高野さんがスリランカでビジネスをする際に大切にしていることを教えてください。

 

高野 積極的なコミュニケーションを取ることをとても大切にしています。モデルファームづくりや「飛びだせJapan!」などを経験し、スリランカ側とビジネスをするときには、こちらからかなりプッシュしていかなければ、事業を前に進めることができないと実感しました。国民性なのか、スリランカではのんびりとした人が多い印象があります。例えば、伝えたいことをメールでまとめて送ってもなかなか返信が返って来ないということはよくあって……。そのため、なるべく電話を使って連絡を取ったり、早く進めたいときでも一気にいろいろ伝えるのではなく、一つ一つブレイクダウンしながら説明したりすることを心掛けています。一方、お金のことは口約束ではなく書面でやりとりすることも意識していて、「お金がかかる場合は先に見積もりを出してね」といったことは、必ず先に伝えるようにしています。こちらの話を相手がきちんと理解してくれているか、認識に相違がないかなどを確認しながら進めていくことは、常に注意しているところです。

 

まずは日本企業にスリランカ市場を知ってもらうことが課題

 

――スリランカの特徴や、現在力を入れて取り組んでいる分野についても教えてください。

 

高野 スリランカは観光で成り立っている側面が大きく、性格的にも穏やかな人が多いことから、ホスピタリティ産業が向いていると思います。しかし現在、コロナの影響で通常のように観光客が来られず、外貨が入ってこないため、外貨の流出を防ぐために、車や携帯電話、家電など海外から来るものを厳しく制限している状態。コロナは、ここ最近はようやく落ち着いてきて、ワクチン接種をした人は隔離期間なしで入国できるなど、観光客の受け入れに積極的です。それほど観光業はスリランカにとって大事な産業だと言えます。

 

近隣の国と比較すると、識字率が高かったり、進学できる人は一部ではあるのですが公立大学までの教育が無償だったりと、ベースの教育がしっかりしていると言われています。さらに縫製業も得意で、手作業が必要な高レベルな製品を作れることは、国としての強みになっています。

 

スリランカで現在力を入れているのは、薬品や自動車部品の分野。港を拠点にして、インドやアフリカ、ヨーロッパなどへ輸出していこうと考えています。またインドとの間に無関税条約があるため、例えばスリランカで作った自動車の部品をインドの車の工場に持っていくなど、物流拠点を活かした事業を展開しようとしているところです。自動車の分野では、インドに進出している日本企業も多くあるので、日本にとってもビジネスチャンスがあると言えるのではないでしょうか。しかしそもそも日本企業にとって、スリランカはまだかなりマイナーな市場。まずは知ってもらうことが課題だと感じています。

 

やりたいことを周囲に話すことで、目標の実現に近づく

 

――高野さん自身が今後取り組みたいことは何ですか?

 

高野 当初から考えているのは、日本のコンビニやスーパーマーケットで買えるような食材・日用品を販売する店を、スリランカにつくることです。ラオスではすでにアイ・シー・ネットのグループ会社がそのような店を展開しているのですが、スリランカには日本のものを専門に扱う店がまだほとんどありません。スリランカには、日本に留学したり働きに来たりしていた人が結構いて、現地で「日本の食べものが好き」などと言ってもらえることもよくあるんです。そのためニーズがあるのではと期待しています。

 

そして日本のなかでスリランカの知名度を上げていくことも目標です。近年日本でも、スリランカ料理の店などが増えている印象があって、少しずつ認知度は上がっていると思うのですが、私としてはまだまだ。スリランカに来る人を案内したり、紅茶以外の名産品やお土産をつくったりするなど、スリランカの魅力を発信していくことも今後の個人的なミッションとして掲げています。

 

――最後に海外で働きたいと考えている人へ、メッセージをお願いします。

 

高野 やりたいことや目標があれば、ぜひ「周囲に話す」ことから始めてみてください。私自身、「スリランカで事業を展開したい」と社内で話していたから、現地拠点を拡大する際に声をかけてもらうことができました。話すことで、欲しい情報が集まってきたり、関連する人を紹介してもらえたり、自分の中のアイデアがまとまっていったりして、どんどん実現へと歩みを進めていくことができるはず。そして自分のやりたいことに少しでも関係のある仕事があれば、ぜひ積極的にトライしてみてほしいと思います。

「コロナ危機を転機に変える!」 途上国でオンライン学習の普及に取り組む日本企業の思いとは!?

「子どもたちの学びを止めてはならない」——新型コロナウイルスの影響を受け、世界中で休校が相次ぐなか、オンラインを介したデジタル教材の活用が注目を集めています。そんな中、日本の教育会社も国内外で学習支援を進めていますが、実は新型コロナの感染拡大以前から、国外でのデジタル教材の普及に取り組んでいる日本企業があります。

 

それがワンダーラボ社とすららネット社。JICA(独立行政法人 国際協力機構)の民間連携事業「中小企業・SDGsビジネス支援事業」として、途上国の学校に“デジタル教材”という新しい学びの機会を提供しています。コロナ禍の現在、アプリなどによるオンライン学習をはじめ、子どもたちの新たな学習形態や環境などが世界中で試行錯誤されるなか、いち早く開発途上国におけるデジタル教材の活用に取り組んだ両社から、将来あるべき「新しい学び」の可能性と、子どもたちに対する熱い思いを探りました。

↑インドネシアにおける、すららネット社のデジタル教材「Surala Ninja!」での授業風景

 

ワクワクする教材を世界中の子どもたちに普及させたい:ワンダーラボ社のデジタル教材「シンクシンク

↑授業で「シンクシンク」アプリを使うカンボジアの小学生

 

ワンダーラボ社は、算数を学べるデジタル教材「シンクシンク」の小学校への導入をカンボジアで進めています。開発途上国の抱える問題を、日本の中小企業の優れた技術やノウハウを用いて解決しようとする取り組みで、3ヵ月で児童約750人の偏差値が平均6ポイント上がったと言います。「シンクシンク」の特徴をワンダーラボ社の代表・川島慶さんは次のように語ってくれました。

↑「シンクシンク」のプレイ画面

 

 

「『シンクシンク』は、図形やパズル、迷路など、子どもたちがまずやってみたい! と思える楽しいミニゲーム形式のアプリです。文章を極力省いて、『これってどういう問題なんだろう?』と考える力を自然と引き出す設計で、学習意欲と思考力を刺激するつくりになっています。外部調査の結果、『シンクシンク』を使っていた子どもたちは、児童の性別や親の年収・学歴など、複数の要因に左右されることなく、あらゆる層で学力が上がっていたことが確認できました。これは、私たちの教材の利点を証明する何よりのデータだと思っています」

↑夢中で問題を解く様子が表情から伝わってくる

 

川島さんが「シンクシンク」を作ったきっかけは、2011年までさかのぼります。当時、学習塾で主に幼稚園児・小学生を教えながら、教材制作も手がけていた川島さん。子どもたちと接するなかで注目したのは、教材に取り組む以前に、学ぶ意欲を持てない子どもがたくさんいるということでした。子どもが何しろ「やってみたい!」と意欲を持てる教材を、と考えて作ったのが、「シンクシンク」の前身となる、紙版の問題集でした。

 

「それを、国内の児童養護施設の子どもたちや、個人的な繋がりでよく訪れていたフィリピンやカンボジアの子どもたちに解いてもらったんです。そこで目を輝かせながら楽しんでくれている姿を見て、『これは世界中に届けられるかもしれない』と感じました。ただ、紙教材は、国によっては現場での印刷が容易ではありませんし、先生や保護者による丸つけなども必要です。

 

そこで注目したのが、アプリ教材という形式でした。タブレット端末は当時まだあまり普及していませんでしたが、必ずコモディティ化し、長期的には公立小学校などにも普及すると考えました。また、アプリならわくわくするような問題の提示にも適していますし、専任の先生や保護者がいなくても、子どもひとりで楽しみながら学べます」

 

その後、タブレットやスマートフォンは世界に浸透し、現在「シンクシンク」は150ヵ国、延べ100万ユーザーに利用されるアプリとなっています。

↑ワンダーラボ社のスタッフと現地の子どもたち

 

ワンダーラボ社は、休校が相次いだ2020年3月には国内外で「シンクシンク」の全コンテンツを無料で開放。この取り組みは新聞やテレビなどのメディアでも数多く取り上げられるなど、話題となりました。アプリの無償提供には、どのような思いがあったのでしょうか。

 

「新型コロナの流行がなければ、各地で私たちの教材を知ってもらうイベントを開催する予定でした。それを軒並み中止にせざるを得なくなる中で、自分たちは何ができるだろうと。お子さまをどこにも預けられず大変な思いをしているご家庭に、少しでも有意義なコンテンツを提供できればいいな、と思ってのことでした」

 

「アプリは所詮”遊び”」の声をどう覆していくか

ただ、いくらデジタル化が進む世の中とはいえ、「アプリ」という教材の形式が浸透するには、まだまだ壁もあるようです。

 

「特に途上国においては、ゲームアプリが盛んなこともあり、『アプリは遊びだ』という認識が根強くあります。ただ、カンボジアでも3月の途中から小学校をすべて休校することになり、教育省が映像での授業配信とともに『シンクシンク』の活用を始めたのです。そのおかげもあり、教材としてのアプリの見られ方も多少は変わったのではないでしょうか」とは、JICAの民間連携事業部でワンダーラボ社を担当する、中上亜紀さんです。

 

スマートフォンやタブレット端末が自宅にあれば教材を使えることもあり、ワンダーラボ社はカンボジアでもアプリの無償提供を約3ヵ月にわたって実施しました。教育省が発信したアプリを活用した映像授業は、約2万ビューを記録するなど好評でしたが、オンラインによる映像授業を視聴可能な地域が、比較的ネット環境が整備された首都プノンペン周辺に偏ってしまうことなどもあり、「いきなり、すべての授業をオンラインに、とはなりません」(中上さん)と、普及の難しさや時間が必要な点を強調します。これを踏まえてワンダーラボ社では、10年単位の長いスパンで、より多くのカンボジアの小学校へ教材を導入できるよう目指しているそうです。

 

「ワクワクする学びを世界中の子どもたちに広げていきたい」

 

会社を立ち上げる前から、川島さんが長年抱いているこの夢に向かって、ワンダーラボ社は着実に前進しています。

 

学力は人生を切り開く武器になる:すららネット社のeラーニングプログラム「Surala Ninja!」

 

「一人ひとりが幸せな人生を送ろうとしたとき、学力は人生を切り開く武器となります。だからこそ、子どもたちの学習の機会を止めてはならないと考えています」

 

スリランカやインドネシア、エジプトなどの各国でデジタル教材「Surala Ninja!」の普及に取り組んでいるのが、すららネット社です。日本国内で展開する「すらら」のeラーニングプログラムは、アニメーションキャラクターによる授業を受ける「レクチャーパート」と問題を解く「演算パート」に分かれており、細分化したステップの授業が受けられるのが特徴です。国語・算数(数学)・英語・理科・社会の5科目を学ぶことができ、小学生から高校生の学習範囲まで対応。 「Surala Ninja!」 は、「すらら」の特徴を引き継いで海外向けに開発された計算力強化に特化した小学生向けの算数プログラムになります。一般向けではなく、学校や学習塾といった教育現場に提供し、利用されています。

↑「Surala Ninja!」の画面

 

「『学校に行けない子どもでも、自立的に学ぶことができる教材を作ろう』——これが、『すらら』を開発した当初からのコンセプトなんです」。こう語るのは、同社の海外事業担当の藤平朋子さん。スリランカへの事業進出の理由を次のように明かしてくれました。

↑株式会社すららネット・海外事業推進室の藤平朋子さん

 

「スリランカでは、2009年まで約四半世紀にわたって内戦が続いていました。内戦期に子供時代を過ごした人たちが、今、大人になり、教壇に立っています。つまり、十分な教育を受けることができなかった先生たち教えるわけですから上手くできなくて当前です。そこで『Surala Ninja!』が、先生たちのサポートとしての役割を果たせればと考えました」

↑「Surala Ninja!」導入校での教師向け研修風景

 

現在、「Surala Ninja!」はシンハラ語(スリランカの公用語の一つ)・英語・インドネシア語の3言語で展開しています。スリランカでは、まず、現地のマイクロファイナンス組織である「女性銀行」と組んで「Surala Ninja!」の導入実証活動を行いました。週2・3回、小学1年生から5年生までの子供たちに『Surala Ninja!』による算数の授業を行ったところ、計算力テストの点数や計算スピードが飛躍的に向上しました。

 

しかし、最初から事業が順調に進んでいたわけではありません。JICAの「中小企業・SDGsビジネス支援事業」には、2度落選。事業計画やプレゼンテーションのブラッシュアップを重ねて、3度目の正直での採用となりました。

 

「当時のすららネットは、従業員数が20名にも満たない上場前の本当に小さな会社でした。海外、それも教育分野となると、自分たちだけではなかなか信用してもらえないのです。だからこそ、現地で多くの人が知っている、日本の政府機関であるJICAのお墨付きをもらっていることが、学校関係者の信頼を得るために大きな要因になっていると肌身に感じました。海外進出にあたって、JICAの公認を得たことは非常に大きなメリットだったと感じています」

↑スリランカの幼稚園での体験授業の様子

 

また同社は、エジプトでもeラーニングプログラムの導入を進めています。エジプトの就学率は2014年の統計で97.1%と高水準を誇りますが、2015年のIEA国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)という、学力調査のランキングでは数学が34位、理科が38位(※中学2年生のデータ)という結果。数学は他の教科にも応用する基礎的な学力になるため、算数・数学の学習能力向上に向け、目下、国を挙げて取り組んでいるところです。

 

複数の国で事業活動する上で苦労しているのは、宗教に基づく生活風習だといいます。活動国すべての国の宗教が違うため、ものごとの考え方や生活習慣なども大きく変わります。インドネシアでは、多くの人がイスラム教なので、一日数度のお祈りが日課。しかし、当初は詳しいことが分からず、学校向けの1週間の研修プログラムのスケジュールを作るのにも、「いつ、どんなタイミングで、どの位の時間お祈りをすればいいのか」を把握するために、何回もやりとりを重ねたりしたそうです。また、研修を受ける学校の先生方も給与が安かったりと、必ずしもモチベーションが高いわけではありません。教えた授業オペレーションがすぐにいい加減になってしまったりと、きちんと運営してもらうように何度も学校へ足を運び苦労しましたが、それも子どもたちのためだと、藤平さんはきっぱり。

 

「緊急事態宣言による休校を受け、日本でも家庭学習にシフトせざるを得ない状況になったとき、私たちの教材の強みを再認識することができました。子どもたちの学力の底上げは、将来の国力をつくることでもあると思っています」

 

ビジネスモデルの開発やアプリの利用環境の整備など、海外での展開にはさまざまなハードルがあるのも事実。「世界中の子どもたちに十分な教育を」という熱い思いで、真っ向から課題に取り組み続けている両社。官民一体となった教育への情熱が、新しい時代の教育のカタチへの希望の灯となっているのです。

 

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