時代を駆け抜ける総合芸術「クルマ」の肉体美を堪能せよ。雑誌「ENGINE」の装幀写真家、秦 淳司 ポートレート写真集『ENGINE ERA』発売!

雑誌『ENGINE』(新潮社)の装幀写真を長年撮り続けているフォトグラファー 秦淳司氏の写真集『ENGINE ERA』が11月14日(木)に発売された。 

 

↑秦淳司 『ENGINE ERA』

 

秦氏はファッション・カメラマンでもありながらクルマをこよなく愛する写真家の一人。2014年に雑誌『ENGINE』の「乗る車×着る服」というカーファッション・ページの撮影を担当し、翌年の2015年から同雑誌の顔となるクルマ自体の撮影を行ってきた。 

 

今回、出版された写真集『ENGINE ERA』は、秦氏がその雑誌『ENGINE』の撮影で出会ったクルマの数々を記録した一冊。雑誌掲載用とは別のものとしてカットをまとめた、極めて希少価値の高い写真集だ。 

↑LAMBORGHINI HURACAN PERFORMANTE(2019)

 

↑McLaren 765LT SPIDER(2021)

 

秦氏がシャッターを切ったクルマの写真は、まるで人間を撮影したかのようなポートレート写真になることが特徴。

 

クルマ一台一台が持つ個性豊かな表情や細部に渡る造形美を、独特のフレーミングを用いて切り取る――その写真を見た感想として出る言葉は「官能的」。クルマに対する形容としては相応しくないようにも思うが、その艶やかなボディを見続けるうちに、否が応でも見る者の感情を刺激してくるのである。 

↑VOLKSWAGEN TYPE14 KARMANN GHIA 1200(1955)

 

↑FERRARI 250LM(1965) 

 

掲載されるクルマの総台数は驚愕の114台。大衆車から数量限定生産のスーパーカーに至るまで、多種多様なクルマ達が顔を連ねる。なかには、現代では姿を拝むことが難しいヒストリックカーもラインナップ。ハイクオリティな写真で歴史的名車がプリントされているだけで、クルマ好きとしては胸が躍る一冊と言えよう。 

↑ラルフローレン氏のコレクション・ガレージ

  

写真集には、世界有数のカー・コレクターとして知られるラルフローレン氏の愛蔵品の数々も収録。ニューヨーク郊外にあるというガレージにも足を踏み入れ、コレクションを写真に収めている。 

 

この歴史的にも類を見ない巨大カーポートレート集について、秦氏は次のように語る。 

 

「フロントや中央、リアにエンジンを積むことによって生まれるフォルム。クルマが生き物のように見えるのはエンジンという心臓を内蔵しているからこそ。

ひとたびキーを捻れば鼓動を打つエンジンを抱きかかえるフォルムであるが故に、クルマは美しい。生命体のような金属の塊と対峙して、僕はその肉体を撮る。顔、腰、尻。それはポートレートを撮る作業に他ならない」(秦氏) 

 

本写真集は、さながらクルマの「博物館兼美術館」。本文なんと336ページ、重量2.3キロもの重量感に仕上がったこの一冊は、クルマの歴史の証人ともいえる存在だ。

 

自動車は18世紀にフランスで発明され、以後様々な進化を遂げた。動力源も蒸気からガソリンへ、そして現在は電気自動車へと急速にシフトしつつある。本書は、その変遷を美麗なグラフィックで体感できる、唯一無二のパッケージと言えるのだ。 

 

定価は圧巻の3万3,000円。安くはないが、ページをめくる読者に深い懐古と憧憬を刺激を与えてくれる。その価格だけの価値は、十分にあるだろう。 

↑ASTON MARTIN DB6(1966)

 

写真集の購入者は収録カットのプリント額装20%OFFで購入できる特典が付く。好きなページの写真を公式ページから注文することが可能だ。 

 

秦 淳司(Hata Junji 

赤坂スタジオで写真を学び、アシスタントを経て1994年からフリーランス・フォトグラファーとして活動。ファッション誌を中心に、アーティスト写真・CDジャケットや広告など多岐に渡る分野にて活動中。2022年には『DEKOTORA -Spaceships on the Road in Japan-』を上梓。夜の闇に鮮やかに浮かび上がる電飾を点灯したデコトラの数々を厚さ5センチ、重さ2.6キロの一冊に収録。 

 

書誌情報 

秦 淳司『ENGINE ERA』

発売日:2024年11月14日(木)
定価:3万3,000円(税込)
体裁:B4変形判(356×240×30mm)/336ページ/ハードカバー/2.3kg
発行所:DIAMOND HEADS
特設サイト:https://www.heads.co.jp/era/
販売サイト:https://store.heads.jp/items/93858903 

 

購入者特典

好きな掲載写真のオリジナルプリント2タイプを20%OFFで購入可能 

 

Print Size A
価格:13万2,000円(税込)
プリントサイズ:W490×H325
フレームサイズ:W610×H508 

Print Size B
価格:22万円(税込)
プリントサイズ:W900×H600
申し込み:写真集同封のQRコードから 

 

イベント情報 

カフェ併設ガレージ「Kitasando garage / Flip Flip Coffee Supply」で写真集販売とオリジナルプリントを展示

日程:2025年1月18日(土)~2月18日(火)
時間:8:30-18:00(土日祝日は10:00-18:00)
場所:Kitasando garage / Flip Flip Coffee Supply
住所:東京都渋谷区代々木1丁目21-5
入場:無料/予約不要
※カフェ営業中につき、ひとり1品の注文が必要 

【超保存版】清水草一が「最新スーパーカー&パフォーマンスカー」28台をひらすら解説。フェラーリ、ランボから国産勢まで

 

 

【解説する人】

モータージャーナリスト

清水草一さん

「サーキットの狼」作者の池沢早人師先生から直接薫陶を受けた唯一の自動車評論家。これまで11台のフェラーリを乗り継いでいます。GetNaviの連載「クルマの神は細部に宿る」をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も先日発売。

 

【ブランド01:フェラーリ】

レース参戦のために存続する世界でただひとつのメーカー

創始者のエンツォ・フェラーリはレーシングチームを経営し、生涯をレース活動に捧げました。その資金稼ぎのために、レーシングカーを乗りやすく改良して販売したのが、同社の市販車部門の始まり。1988年のエンツォが亡くなって以降もF1参戦は継続し、世界中のクルマ好きの憧れとなっています。

 

【モデル01】フェラーリの長い歴史のなかで最もパワフルなV型12気筒エンジン

フェラーリ 

812スーパーファスト

3910万円

名の「812」は「800馬力の12気筒」を表し、FRのロードカーとしてはフェラーリ史上最強と称されるほどのハイパフォーマンスを誇ります。電子制御デバイスが多数盛り込まれ、超弩級の能力を危なげなく体感させてくれます。

SPEC●全長×全幅×全高: 4657×1971×1276㎜●パワーユニット: 6.5ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 800PS(588kW)/8500rpm●最大トルク: 73.2㎏-m(718Nm)/7000rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー】

F1をイメージさせるスポーティなインテリア

非日常性を感じさせるF1のようなコックピット。カラーも自由に選択できる。F1システムと呼ばれる独自のトランスミッション形式は、パドルシフト式セミATの先駆的存在です。

 

最新技術が盛り込まれた大柄ながら美しいボディ

ボディは先代のF12ベルリネッタとほぼ同サイズで、前後ともに20インチの大径ホイールが装着されます。ボディ下部にはディフューザーを採用し、高速走行時の空気の流れを調節。

 

最高馬力のエンジンは印象的な赤塗装が特徴

V型12気筒エンジンのヘッド部には赤い結晶塗装が施されています。6.5ℓの大排気量で、フェラーリの自然吸気式エンジンを積む市販車では史上最高となる800馬力を発揮します。

 

旗艦モデルのエンジンは12気筒でなくてはならない

フェラーリは、誰もが認める自動車の頂点、太陽神的存在。その立脚点は、F1グランプリにおける輝かしい戦績にあります。日本でフェラーリといえば市販のスーパーカーですが、海外では第一にレーシングチーム。その栄光を市販車に投影しているという文脈が、他社とは決定的に異なります。

 

すなわち、フェラーリにおけるスーパーカーの出発点は、レーシングカーをちょっと乗りやすくして一般販売したところ。そのため、同社が何よりも重視しているのは、常にエンジン。フェラーリのフラッグシップモデルは、最もパワフルで、最もエレガントな12気筒エンジンを積んでいなければなりません。現在のフラッグシップである812スーパーファストは、その12気筒エンジンをフロントに搭載し、後輪を駆動するFR方式。一般的にスーパーカーと言えば、エンジンをキャビン後方に置くミッドシップがイメージされます。しかし、フェラーリは元々FRからスタートしており、812スーパーファストは原点に回帰したモデルといえます。

 

フェラーリの名声はあまりにも高く、もはや性能は二の次と見る向きもあります。しかし、フェラーリの魂は常にエンジンであり、続いて重視されるのが美しさ。そのプライオリティは不変なのです。

 

【清水草一の目】

ほかでは味わえない官能的なV12エンジン

スーパーカーとしては車高が高く、FRなのでパワーを路面に伝えきれない面がありますが、V12の官能フィールは唯一無二。地上最高のブランド力を満喫できます!

 

【モデル02】ツーリングにも最適なハードトップオープン

ポルトフィーノ

2530万円

車体に収納できるリトラクタブルハードトップを備えたオープンモデルで、優雅な佇まいと優れた多用途性や快適性が特徴。スーパーカーの快楽を満喫できるうえに、日常使いでのストレスが皆無というのは大きな魅力です。

SPEC●全長×全幅×全高:4586×1938×1318㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:600PS(441kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

【モデル03】コンパクトなボディにターボエンジンを搭載

488GTB/488スパイダー

3070万円〜3450万円

458イタリアの後継モデルとして登場し、2015年に日本へ導入されました。V8エンジンの排気量はそれまでの4.5ℓから3.9ℓへとダウンサイズされていますが、ターボの採用によって出力、トルクともに大幅な向上が図られています。

SPEC【488GTB】●全長×全幅×全高:4568×1952×1213㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:670PS(492kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

【ブランド02:ランボルギーニ】

トラクターなどの製造や販売を手がけていたイタリアの富豪、フェルッチオ・ランボルギーニが、スーパーカー好きが高じて1963年に設立。ミウラやカウンタックなどの名車を生み出しました。99年にアウディ傘下となり、より高品質を追求する現代的メーカーとなっています。

 

伝統のポップアップドアを受け継ぐのは旗艦モデルのみ

巨大なエンジンをキャビン後方に置くミッドシップレイアウト、上方に跳ね上がるように開くポップアップドア……ランボルギーニならではのスタイルは、世界中の人々を虜にし続けています。

 

ポップアップドアは、スーパーカー史上最高のアイドル、カウンタック以来、ランボルギーニの伝統。ただし、それが採用されるのは、フラッグシップモデルのみで、現在はアヴェンタドールに受け継がれています。ドアを開けただけで周囲の空気を一変させてしまう“魔力”は凄まじいです。

 

かつては、クルマのとしての品質に問題があるとも言われていましたが、アウディ傘下となってからは劇的に改善。販売台数でも、フェラーリを猛追しています。

 

 

【モデル04】伝統の跳ね上げドアを受け継いだ“猛牛”

ランボルギーニ

アヴェンタドール

4490万4433円~4996万9107円

カウンタック、ディアブロ、ムルシエラゴと続く往年のモデルに通じる風格と性能を持つランボルギーニの旗艦であり、ブランドアイコン的一台。クーペボディのほか、オープントップ仕様のロードスターもラインナップされています。

SPEC【Sクーペ】●全長×全幅×全高: 4797×2030×1136㎜●パワーユニット: 6.5ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 740PS(544kW)/8400rpm●最大トルク: 70.4㎏-m(690Nm)/5500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

オープンモデルもポップアップドア

カーボン製の脱着式ハードトップを備えたSロードスターも発売間近。ドアは当然跳ね上げ式です。

 

最新機能も備えた伝統のV型12気筒

「S」モデルで最高出力が40馬力向上したV型12気筒エンジン。シリンダー休止機構も採用しています。

 

赤いフタを開ける「いかにも」な演出

センターコンソールにフタ付きのエンジンスタートボタンを配置。いかにもスーパーカーらしいです。

 

【清水草一の目】

周囲の注目を集める跳ね上げ式のドア

スーパーカーの象徴的一台。高い性能もさることながら、伝統の跳ね上げドアの威嚇力は無敵で、どこへ行っても子どもたちが集まる!

 

【モデル05】v10エンジンの最新モデル

ウラカン

2535840円〜38462614

クーペやスパイダー、後輪駆動仕様、ハイスペックなペルフォルマンテなど、バリエーションが多彩。いずれのモデルも圧巻の走りを楽しめます。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高:4459×1924×1165㎜●パワーユニット:5.2ℓV型10気筒エンジン●最高出力/最大トルク:610PS(449kW)/57. 1㎏- m(560Nm)

 

 

【ブランド03:マセラティ】

「三叉の銛」で知られる高級スポーツカーブランド

トライデント(三叉の銛)のエンブレムで知られる、イタリアのラグジュアリースポーツブランド。一時期の経営難から、イタリア最大のメーカーであるフィアットの傘下となり、現在はエンジンなどをフェラーリと共有しています。4ドアGTのクアトロポルテも有名。

 

【モデル06】速さと同時に快適を味わえるGTスポーツ

マセラティ

グラントゥーリズモ

1890万円〜2216万円

タイトなドレスを纏った女性の曲線美を思わせる、エレガントで気品に溢れたフォルムが目を引くクーペモデル。スポーツ性に特化しすぎず、日常的な場面での扱いやすさや利便性、さらに快適性にも配慮したイタリアンGTです。

SPEC【スポーツ】●全長×全幅×全高: 4910×1915×1380㎜●パワーユニット: 4.7ℓV型8気筒エンジン●最高出力: 460PS(338kW)/7000rpm●最大トルク: 53.0㎏-m(520Nm)/4750rpm●トランスミッション: 6速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

ハイブランドの哲学を味わえる内装

内装はアダルトかつ優美な印象。最新のインフォテインメントシステムを搭載するのも特徴です。

 

フェラーリと共同で開発したV8エンジン

昨年の改良以降、エンジンはフェラーリと共同開発したノンターボ式の4.7ℓV8のみとなっています。

 

センター2本出しでスポーティな印象

名匠・ピニンファリーナがベースデザインを手がけました。マフラーはセンター2本出しでスポーティ。

 

フェラーリ製エンジンを美しいクーペボディに搭載

戦前からの長い伝統を誇るマセラティは、これまで何度も厳しい経営危機に直面。その結果、フェラーリ製エンジンを搭載することになり、いまやそれが最大のウリです。

 

グラントゥーリズモのエンジンは、フェラーリF430用のV8を、ややジェントルにチューンしたもの。それをエレガンスの極致ともいえる美しいクーペボディに積むことで、圧倒的に優美な仕上がりになっています。ボディが重いため速さはそれほどでもありませんが、フェラーリさながらの“陶酔サウンド”を奏でつつ疾走します。

 

トランクを備えた4人乗りのため、フェラーリよりはるかに実用性が高いのもポイント。普段乗りに使えるスーパーカーとして、世界中の富裕層から支持されています。

 

【清水草一の目】

官能的エンジンのフィールは最高

フェラーリ製V8エンジン搭載のスーパースポーツクーペ。エンジンのフィール&サウンドをたっぷり堪能できる、超官能マシンです!

 

【モデル07】上品な佇まいでも走りは◎

グランカブリオ

2000万円〜2175万円

躍動感と優雅さを兼ね備えた4人乗りコンバーチブル。上品な佇まいが特徴ですが、自然吸気式の大排気量エンジンならではの、気持ち良い走りを実現します。

SPEC●全長×全幅×全高:4920×1915×1380㎜●パワーユニット:4.7ℓV型8気筒エンジン●最高出力/最大トルク:460PS(338kW)/53.0㎏-m(520Nm)

 

【ブランド04:アストンマーティン】

ボンドカー”で知られる英国のスポーツカーブランド

英国発祥のスポーツカーブランド。高性能であることはもちろん、高い質感を持つクルマ作りが伝統です。巷でよく知られたアストンマーティンのイメージといえば、映画「007」シリーズでのジェームズ・ボンドの愛車、いわゆる“ボンドカー”として活躍する姿です。

 

【モデル08】エンジンのフィーリングはジェントルにして大迫力

アストンマーティン

ヴァンキッシュ S

3457万9982円〜3691万1983

DBSの後継として2012年に登場したアストンマーティンの旗艦モデル。アルミとカーボンで構成されたスペースフレームに、フルカーボンのボディを組み合わせました。パワーユニットは588馬力を発揮するV12エンジンを搭載しています。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高: 4730×1910×1295㎜●パワーユニット: 5.9ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 588PS(433kW)/7000rpm●最大トルク: 64.2㎏-m(630Nm)/5500rpm●トランスミッション: 8速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

圧倒的な存在感を放つエアロパーツ

走りを究極にまで高めたモデルでありながら、モダンなエアロを装着したスタイリングも高レベルです。

 

軽量なカーボンはスポーティな印象

ドアミラーのほか、外装パーツの様々な箇所に軽量なカーボンを使用。スポーティな印象を与えます。

 

室内はレザーを惜しまずに使用

室内空間は至るところにレザー素材を使用。キルティングレザーが用いられたシートも質感が高いです。

 

まるで英国紳士のように優雅な佇まいがシブすぎる

アストンマーティンといえば“ボンドカー”であり、英国を代表するスポーツカーメーカー。長い低迷時代を乗り越えて、現在は経営も絶好調。手作りの工芸品のようなクルマ作りに定評があります。

 

フラッグシップモデルであるヴァンキッシュは、同社オリジナルの5.9ℓV12エンジンをフロントに搭載。そのフィーリングは、ジェントルでいて獰猛です。

 

しかしながら、人々が目を奪われるのはその速さだけでなく、英国紳士然とした優雅なクーペボディの佇まい。このクルマが似合うのはジェームズ・ボンドをおいてほかにいないのでは——? そう思えるほどのシブすぎるカッコ良さが、アストンマーティンの本質ともいえます。

 

【清水草一の目】

クルマから高貴なオーラがにじみ出る

自然吸気式V12エンジンによる加速力は、いまや飛び抜けたものではありません。しかし、クルマ全体からにじみ出る気品はあまりにも高貴!

 

 

【モデル09】ラグジュアリーなスポーツGT

DB11/DB11ヴォランテ

2278万1177円〜2524万3177

5.2ℓV12ツインターボに、昨年4.0 ℓV8エンジン車が追加。クーペ(上)、オープントップのヴォランテ(下)ともに美しいプロポーションを誇ります。

SPEC【V8】●全長×全幅×全高:4750×1950×1290㎜●パワーユニット:4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:510PS(375kW)/68.8㎏-m(675Nm)

 

【モデル10】獰猛なデザインに刷新

ヴァンテージ

価格未定(2018年発売予定)

AMG製のV8ツインターボをはじめ、最先端技術が数多く搭載されたライトモデルの新型。“獰猛さ”を謳う大胆で斬新なニューデザインも特徴です。

SPEC●全長×全幅×全高:4465×1942×1273㎜●パワーユニット:4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:510PS(375kW)/69.9㎏-m(685Nm)

 

 

【ブランド05:マクラーレン】

メーカーの歴史は浅いが印象的なモデルを輩出

F1チーム「マクラーレン」の市販車部門として2009年に設立。ライバルと比べるとメーカーとしての歴史は浅いですが、印象的なスーパーカーを生み出してきました。なかでも、F1デザイナーが設計したマクラーレンF1は、センターシートを採用した、伝説に残るモデルでした。

 

【モデル11】扱いきれないほどの想像を絶する速さ

マクラーレン

720S

3338万3000円

世界最先端といわれるサスペンションシステムを採用。ワインディングやサーキットなど、高度なドライビングスキルが必要とされるシーンでも、驚異的な操作性を発揮する。限界領域でのコントロール性は群を抜いています。

●SPEC●全長×全幅×全高: 4543×1930×1196㎜●パワーユニット: 4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力: 720PS(537kW)/7500rpm●最大トルク: 78.5㎏-m(770Nm)/5500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: MR

 

加速性や操縦性を追求した硬派なクルマ作りを貫く

F1の名門チームがスーパーカー製造に乗り出したという経緯は、かつてのフェラーリを彷彿とさせます。しかも、マクラーレンのクルマ作りの哲学はレーシングカーそのもの。つまりゴージャス感よりも、加速性や操縦性など、絶対的な速さを何よりも重視する“超硬派”メーカーです。世界的トレンドであるSUV市場にも参入しないことを宣言しています。

 

エンジンは全モデルでほぼ同一のV8ターボをベースとし、チューンナップの違いでパワーが異なります。720Sはその名の通り720馬力を誇り、超軽量のカーボン製ボディと相まって想像を絶する速さを見せつけます。速すぎて、公道ではどうにも扱いきれません。さすがはレーシングカーです。

 

 

【清水草一の目】

ついに完成した芸術的フォルム

速さを追うあまり芸術性に欠けていたマクラーレンだが、720Sでついに完成形に。MRスーパーカーとして、究極の美しいフォルムを得た!

 

【ココがスーパー!】

スポーツカーらしい跳ね上げ式ドア

スーパースポーツMP4-12Cから受け継いだ、跳ね上げ式のドア。低目の車高は上げることもできます。

 

スピードに応じて姿を変えるウイング

停車時は格納されているリアウイング。走行速度が上がるにつれて立ち上がる設計となっています。

 

未来的な雰囲気の異形ヘッドライト

エアインテーク(空気取入口)と一体でデザインされたフロントライト。車高の低さが強調される。

 

【モデル12】エントリーでも走りは一流

540C

2242万円

エントリーモデルという位置付けながら、0〜100㎞/h加速が3.5秒、最高速は320㎞/h。上級モデルと比べても遜色のないパフォーマンスを誇ります。

SPEC●全長×全幅×全高:4530×2095×1202㎜●パワーユニット:3.8リッターV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:540PS(397kW)/55.1㎏-m(540Nm)

 

【モデル13】GTは快適さも重視した設計

570GT

2752万7000円

同社のスポーツシリーズ。GTはSよりソフトに味付けされたサスペンションや横開き式テールゲートなどを備えるのが特徴。快適性を重視しています。

SPEC【GT】●全長×全幅×全高:4530×2095×1201㎜●パワーユニット:3.8ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:570PS(419kW)/600Nm(61.2㎏m)

 

 

【モデル14】基幹車もハイパフォーマンス

570S

2617万5000円〜2898万8000円

2016年、ベーシックライン「スポーツシリーズ」のなかで先陣を切ってデビュー。昨年にオープンモデルの570 Sスパイダーが追加されました。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高:4530×2095×1202㎜●パワーユニット:3.8ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力/最大トルク:570PS(61.2kW)/61.2kg-m(600Nm)

 

【ブランド06:ロータス】

ロータスは英国人のコーリン・チャップマンが設立したレーシングチームで、後にF1の名門にまで成長。ヨーロッパは、マンガ「サーキットの狼」で主人公の愛車として知られています。市販車の開発も行っており、エランなどのライトウェイトモデルで人気を博しました。

 

【モデル15】汎用エンジンにチューンを施したスペシャルモデル

ロータス

エヴォーラ

1258万2000円〜1519万5600

ストイックに走りを極めたモデル。乗員の後方にエンジンを積むMR駆動方式を採用しながら後席シートが設置され、普段使いにも適した懐の深さを持ちます。フラッグシップとはいえ小型で扱いやすく、日本の交通環境でも持て余しません。

SPEC【400】●全長×全幅×全高: 4390×1850×1240㎜●パワーユニット: 3.5ℓV型6気筒スーパーチャージャーエンジン●最高出力: 406PS(298kW)/7000rpm●最大トルク: 41.8㎏-m(410Nm)/3000〜7000rpm●トランスミッション: 6速MT/6速AT●駆動方式: MR

 

【ココがスーパー!】

ロータス史上最もパワフル

エヴォーラは多彩なラインナップも特徴。昨年限定販売されたGT430(写真)は最もパワフルです。

 

V型6気筒エンジンはエスティマと共通!

ベースは何とトヨタ製V6エンジン。独自のチューニングを施すことでスポーティに仕立てています。

 

簡素なインテリアに高級感も漂う

必要なもの以外を省いたインテリアがロータス車の特徴。エヴォーラでは高級感が演出されています。

 

トヨタ製V6エンジンがレース的なフィーリングに

小さなエンジンを小型・超軽量のボディに乗せて、大パワーのスーパーカーを食う。ロータスは、そんな独自のスタンスを持つメーカーです。スーパーカーブームを象徴する一台であるヨーロッパはその典型。同社の哲学は、現行のエリーゼやエキシージに生きています。

 

フラッグシップモデルのエヴォーラは、それらよりもやや大きなボディを持ちます。エンジンは、なんとトヨタ製の3.5ℓV6を採用しています。ただし、そのエンジンフィールはトヨタ製とは到底思えないほどスポーティで、さすがはロータスチューンと唸らされる。同社としては大きめのボディのため、快適性も高いです。乗ればヒラリヒラリと、フィギュアスケーターのように路上を舞ってくれます。

 

【清水草一の目】

妥協を感じないコーナリング性能
ロータス車としてはやや大きく重いですが、公道走行ではこのあたりがベスト。同社の命であるコーナリング性能には妥協が感じられない!

 

【モデル16】爽快な走りの軽量モデル

エキシージ

880万円〜1366万2000

エントリー車のエリーゼをベースとした軽量スポーツモデル。クルマと一体になって走れる爽快感は、スーパーカーのなかでもすば抜けて高いです。

SPEC【スポーツ380】●全長×全幅×全高:4080×1800×1130㎜●パワーユニット:3.5ℓV型6気筒スーパーチャージャーエンジン●最高出力/最大トルク:380PS(280kW)/41.8㎏-m(410Nm)

 

【ブランド07:シボレー】

パワフルなスーパーカーが世界を魅了し続ける

シボレーは、アメリカ「BIG3」のひとつゼネラルモーターズの主要ブランドのひとつ。同ブランドのスーパーカーといえば、1954年にデビューしたコルベットです。パワフルな大排気量エンジンやマッチョなスタイリングで、北米だけでなく世界を魅了し続けています。

 

【モデル17】マッチョなアメ車の象徴が現代的でスタイリッシュに

シボレー

コルベット

1120万2500円〜1545万4800円

初代登場から約65年の歴史を持つ、アメリカンスーパーカーの代名詞モデル。多気筒、大排気量というアメ車の定石に則った作りが魅力です。欧州系スーパースポーツとも互角に渡り合える個性とパフォーマンスを持ち合わせています。

SPEC【グランスポーツ クーペ】●全長×全幅×全高: 4515×1970×1230㎜●パワーユニット: 6.2ℓV型8気筒エンジン●最高出力: 466PS(343kW)/6000rpm●最大トルク: 64.2㎏-m(630Nm)/4600rpm●トランスミッション: 7速MT/8速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

大迫力の排気音が気持ちを高ぶらせる

4本のマフラーがリアバンパー下部中央に並びます。その排気音も大迫力で、気分を高めてくれます。

 

大ボンネット内のフロントエンジン

フロントの長大なボンネット内に収められた6.2ℓV8エンジン。次期型はミッドシップという噂も。

 

オープン仕様のコンバーチブル

オープン仕様のコンバーチブルも人気が高い。アメリカの西海岸を走る姿をイメージできます。

 

ワイドな車体に強力エンジンを搭載

グランスポーツが昨年に追加されました。さらにワイド化された車体に強力なエンジンを搭載しています。

 

アメ車らしいパワフルさと緻密なテクノロジーが融合

コルベットは、アメリカ唯一のスーパーカー。アメ車というと、大排気量のパワーだけで押す直線番長というイメージが一般的ですが、コルベットは違います。なかでも、Z06やZR1といったスペシャルモデルは、600馬力を超える大パワーを、レーシングテクノロジーを生かして見事に路面に伝えます。その緻密な設計には、「これがアメ車か?」と感嘆させられます。

 

ただし、いたずらにハイテクを追ってはいません。コルベットのエンジンは、古めかしいOHV(オーバーヘッドバルブ)方式を採用。バイクでいうハーレー・ダビッドソンのような、独特のアメリカンなフィーリングをしっかり感じられます。伝統を守ることもまた、スーパーカーの命なのです。

 

【清水草一の目】

十分な性能だがもっとマッチョに!

性能は文句なくアメ車の味わいも十分ですが、スタイルに「フェラーリコンプレックス」が色濃い。個人的にはさらなるマッチョ感を望む!

 

 

【ブランド08:ポルシェ】

超有名ブランドにしてスポーツカーの象徴でもある

フォルクスワーゲンの開発者だったフェルディナント・ポルシェ博士とその息子が創業した超有名ブランド・ポルシェは、マニア垂涎のスポーツカーメーカーだ。すでに50年以上販売され続けているフラッグシップモデル911の歴史は、スポーツカーの歴史です。

【モデル18】スポーツカーのベンチマーク的存在

ポルシェ

911

1244万円〜3656万円

長きにわたってRRの駆動方式を中心に採用している、スポーツカーのベンチマーク的存在。走行性能の高さはもちろん、カレラシリーズをはじめとするターボ系やGT3といった、多彩なバリエーションを揃えていることも人気の要因です。

SPEC【カレラ4 GTS】

●全長×全幅×全高: 4528×1852×1291㎜●パワーユニット: 3.0ℓ水平対向6気筒ターボエンジン●最高出力: 450PS(331kW)/6500rpm●最大トルク: 56.1㎏-m(550Nm)/2150〜5000rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

簡素ながらもスポーティな内装

内装はシンプルかつスポーティ。MT車もラインナップしますが、現在では販売のほとんどがATです。

 

伝統のRR駆動を継続して採用

911では、ボディ後方に水平対向エンジンを搭載し、後輪で駆動するRRが継続して採用されてきました。

 

レーシングカーと同等のエンジン

今年のジュネーブショーでデビューしたGT3 RS。歴代最高性能のノンターボエンジンを搭載します。

 

 

【清水草一の目】

スタンダードほど快適性が高い

グレード構成が幅広く、性能も大差がありますが、スタンダードクラスほど快適性が高いのが特徴。トップエンドはまるでレーシングカーです。

 

操縦性や快適性も備えた無敵のスポーツカー

ポルシェは以前より、4人乗りで前部にトランクを備える、“最低限の実用性”を持つスポーツカーとして支持されてきました。そのため、「ポルシェはスーパーカーではない」と見る向きもあります。ですが、少なくともトップエンドモデルでは、あらゆる性能が「スーパー」。GT3やターボSがそれです。

 

かつては「バババババ」と回る空冷エンジンがポルシェの代名詞でしたが、効率化のため水冷になってすでに20余年。快適性も大幅に向上し、“楽チンにブッ飛ばせる”無敵マシンとなっています。RRレイアウト車では、お尻が重すぎて操縦性がシビアだったのも昔の話。課題をすべて解決した現代のポルシェは、何ひとつ犠牲にしないオールマイティなスーパーカーです。

 

【モデル19】時代の声に応えるミッドシップコンパクト

718ケイマン

673万〜999万円

車名に「718」が追加されたコンパクトスポーツは、エンジンをダウンサイズするなど大幅改良。燃費性能もなおざりにせず、時代に合わせた進化を遂げています。

SPEC【GTS】●全長×全幅×全高:4393×1801×1286㎜●パワーユニット:2.5ℓ水平対向4気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:365PS(269kW)/43.8㎏-m(430Nm)

 

【モデル20】開放感きわまるミッドシップオープンスポーツ

718ボクスター

712万〜1038万円

水平対向エンジンをミッドシップ搭載するオープンスポーツ。1996年に登場し、現行型で3代目となります。クーペ仕様のケイマンは、同車の2代目から派生しました。

SPEC【GTS】●全長×全幅×全高:4379×1801×1272㎜●パワーユニット:2.5ℓ水平対向4気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:365PS(269kW)/42.8㎏-m(420Nm)

 

【ブランド09:メルセデス・ベンツ】

【モデル21】レーシング魂を感じられるスーパースポーツクーペ

メルセデス・ベンツ

AMG GT

1709万円〜2325万円

同社のスポーツブランドであるAMGのレーシングスピリットとテクノロジーが投入されたスーパークーペ。往年のレーシングカー300SLを彷彿させる「AMGパナメリカーナグリル」を採用した外観が、独特のキャラクターを構築します。

SPEC【R】●全長×全幅×全高: 4550×1995×1285㎜●パワーユニット: 4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力: 585PS(430kW)/6250rpm●最大トルク: 71.4㎏-m(700Nm)/1900〜5500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

強大なパワーを誇る4.0ℓエンジン

4.0ℓV型8気筒ツインターボエンジンに、7速のAMGスピードシフトDCTを組み合わせました。強力なパワーを後輪に伝えます。

 

軽量トップで高い静粛性を実現

オープンのロードスターは、マグネシウム、スチール、アルミを組み合わせたソフトトップを採用。軽量ながら静粛性も高いです。

 

存在感を主張するスタイリング

ワイドなボディ幅に超ロングノーズを備えた迫力のスタイリング。同ブランドの最高峰モデルであることをアピールしています。

 

ブランドの名に恥じない高級感

室内は適度にタイトで、同社らしく様々な高級素材が採用されているのが特徴。上質感にあふれた雰囲気が演出されています。

 

 

メルセデスらしからぬ危険な香りがプンプン漂う

AMGのコンセプトは、「ベンツの快適さはそのままに、戦車のごとく力強く、ミサイルのごとく速く移動するマシン」だ。しかし、AMG GTは少し異なります。何しろ、同車は専用設計のスーパーカー。FRレイアウトのため、あり余るパワーを路面に伝えきれず、簡単にホイールスピンをかます。雨の日に乗ろうものなら、メルセデスらしからぬ危険な香りがプンプンと漂うことでしょう。

 

しかし、さすがはメルセデス、実用性のことは忘れていませんでした。同車にはまもなく4ドアクーペが追加されます。そちらは4WDのみで、ハイブリッド車も用意されます。ハイパワー版は最高315㎞/hで、もちろんAMGらしく力強い走りも楽しめるはずです。

 

【清水草一の目】

伝統から脱却したキモカッコ良さ

目を引くのは、深海生物的なぬめっとしたフォルム。スーパーカーの伝統的なカッコよさとは一線を画した、キモカッコ良さがあるぞ!

 

 

【ブランド10:BMW】

「スーパーPHEV」で世界に衝撃を与えた

BMWは、M1やZ8など歴史に残るスーパーカーを発売してきました。同社ではZ8(2003年に販売終了)以来となるスーパーカーのi8は、なんとプラグインハイブリッド仕様。スーパーカーのイメージとは相反する高い環境性能を備えた同車の登場は、世界に衝撃を与えました。

 

【モデル22】BMWが歩む道を示す近未来スーパークーペ

 

BMW

i8

2093万円〜2231万円

エコカーとして注目されているプラグインハイブリッドカーを、スポーティなクーペスタイルで実現した次世代スーパーカー。コンパクトカーに匹敵する燃費性能と、他のスーパーカーに劣らない走行パフォーマンスを両立します。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高: 4690×1940×1300㎜●パワーユニット: 1.5ℓ直列3気筒ターボエンジン+モーター●エンジン最高出力: 231PS(170kW)/5800rpm●エンジン最大トルク: 32.6㎏-m(320Nm)/3700rpm●トランスミッション: 6速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

約15秒で開閉するオープン車が追加

最新の改良ではオープンモデルが追加されたのが目玉。スイッチを押せば約15秒で開閉できます。

 

上方へと開くバタフライドア

低くワイドなスタイリングはいかにもスーパーカー。上方開きのバタフライドアがそれを強調します。

 

出力がアップした電動パワートレイン

デビュー5年目にして改良されたパワートレインは出力が大幅に向上。バッテリー容量も拡大されました。

 

近未来デザインのインパネ回り

大画面を備えたインパネ回りは近未来的。「スポーツ」モードでモーターの機能が最大に発揮されます。

 

どんなスーパーカーより未来的なルックスと構造

走りの性能という点だけ見れば、i8をスーパーカーと呼ぶことに抵抗を感じる人もいるでしょう。しかし、そのルックスや構造は、どんなスーパーカーよりも未来的です。

 

アルミとカーボンの組み合わせによる超軽量ボディに積まれるのは、たった1.5ℓの3気筒エンジン+電気モーターのハイブリッドシステム。システム最高出力は374馬力と、600馬力が当たり前のスーパーカー界においては見劣りする。とはいえ、プラグインゆえにモーターのみで50㎞ほど走行することも可能で、新世代のサステナブルなスーパーカーとしてその地位を確立しつつあります。最新のマイナーチェンジでオープンモデルも登場。スーパーカーとしての価値をさらに高めています。

 

 

【清水草一の目】

スーパーカーの新境地を開いた

絶対的な速さを捨て、未来のデザインと抜群の環境性能で存在感を示しています。従来モデルにはないスーパーカーの新境地を開いた意欲作です!

 

【ブランド11:アウディ】

レース技術を満載するR8が初のスーパーカーとして成功

アウディはこれまでに数多くのスポーツモデルを手がけてきましたが、スーパーカーとして開発されたのは、2006年に登場したクーペ型のR8が初めて。レースで磨かれたテクノロジーを満載する同車の販売は成功し、16年には2代目へとモデルチェンジを果たしました。

 

【モデル23】インテリジェンス溢れるプレミアムスポーツ

アウディ

R8

2456万円〜2906万円

同車史上最高性能を誇るV10ユニットをミッドシップ搭載し、最高出力540PS/最大トルク540Nmを発揮。圧倒的なポテンシャルを持ちながらも日常的な場面で気難しさは皆無で、扱いやすいスーパーカーに仕上げられています。

SPEC【スパイダー】●全長×全幅×全高: 4425×1940×1240㎜●パワーユニット: 5.2ℓV型10気筒エンジン●最高出力: 540PS(397kW)/7800rpm●最大トルク: 55.1㎏-m(540Nm)/6500rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: 4WD

 

【ココがスーパー!】

日常的に使いやすいスマートな加速性能

デュアルクラッチトランスミッションの7速Sトロニックを搭載。加速はスマートでスムーズです。

 

コックピット風のスポーティな運転席

戦闘機のコックピットを思わせるスポーティな運転席。正面に大型ディスプレイも備えるのも特徴です。

 

最先端技術を用いて設計されたボディ

ボディ素材にはアルミやカーボンを採用。下面は空力性能に配慮してフラットな設計になっています。

 

クールで高級感のあるスタイリング

プレミアムブランドらしい上質感に満ちたデザイン。プラスグレード(左)のスポイラーは固定式です。

 

理知的でジェントル、それでいて官能的

アウディは1999年からランボルギーニの親会社となったことで、スーパーカー作りのノウハウを吸い上げてきました。そして、アウディならではのスーパーカーとして誕生したのがR8です。

 

現行型の2代目R8は、V10エンジンなどをランボルギーニ ウラカンと共有しますが、乗り味はまったく異なります。ひたすら獰猛なウラカンに比べると、R8は理知的でジェントル、それでいて官能的。アウディらしい、安心できるスーパーカーに仕上がっています。駆動方式はもちろん、アウディ伝統のクワトロ(フルタイム4WD)です。

 

ルックスでは、他のアウディ車と同様に、シングルフレームグリルを備えるのが特徴。“一族”であることをアピールしています。

 

 

【清水草一の目】

効率を求めずに官能性を追求

いたずらに効率性を追うことなく、あえて自然吸気式のV10エンジンを温存したのがポイント。官能性を追求しているのが素晴らしい!

 

 

【ブランド12:レクサス】

真の実力が垣間見れるトヨタの高級ブランド

レクサスはトヨタの高級ラインという位置づけ。2010年に500台限定のスーパーカーLFAを発売するなど、ブランドのスペシャルなイメージを構築してきました。昨年には、カタログモデルの大型クーペとしてLCが登場。LFA以来のレクサススーパーカー復活となりました。

 

【モデル24】ラグジュアリーなルックスに意欲的なメカニズムを搭載

レクサス

LC

1300万円〜1525万円

これ見よがしに主張するスーパーカーとは一線を画し、プレミアムブランドにふさわしい快適性を備えた、懐の深さを信条とするラグジュアリークーペ。大パワーを生かした攻めの走りというよりは、優雅にクルージングする姿が似合います。

SPEC【LC500 Sパッケージ】●全長×全幅×全高: 4770×1920×1345㎜●パワーユニット: 5.0ℓV型8気筒エンジン●最高出力: 477PS(351kW)/7100rpm●最大トルク: 55.1㎏-m(540Nm)/4800rpm●トランスミッション: 10速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー!】

2種類の最新パワートレインを用意

パワートレインは、加速感に趣のある5.0ℓV8エンジンと、環境性能に配慮したハイブリッドを設定。

 

スポーツ走行をサポートする機能

後輪自動操舵システムやギア比可変ステアリングなどの機能を搭載。最新テクノロジーを駆使します。

 

触感まで追求したプレミアムな内装

内装の素材や形状は、触れるところのフィット感まで計算し尽くされています。高級車らしさが光ります。

 

高出力エンジンの快音はまさにスーパーカーのそれ

一見するとラグジュアリークーペのLCだが、なにしろ5ℓのV8自然吸気エンジンを積んでいるのですから、スーパーカーと呼んでさしつかえはないでしょう。

 

実際に走ってみると、ボディは約2tあるため加速はそれほどでもありませんが、その快音はまさにスーパーカー。V6エンジン+電気モーターのハイブリッドモデルをラインナップしているところに、トヨタらしい気遣いが感じられます。

 

【清水草一の目】

実用性を含めて高い完成度を誇る

性格的には高級クーペですが、その完成度は驚くほど高く、メルセデス・ベンツ SLなどに対抗できます。スタイリッシュで快適性もピカイチ!

 

 

【モデル25】従順な操作感で安心・安全

RC F

982万4000円〜1059万4000

LCよりひとクラス小さいクーペ車のRCに設定されたハイパフォーマンスモデル。操作感は従順で、安全かつ安心して大パワーを堪能できます。

SPEC●全長×全幅×全高:4705×1850×1390㎜●パワーユニット:5.0ℓV型8気筒エンジン●最高出力/最大トルク:477PS(351kW)/54.0㎏-m(530Nm)

 

【ブランド13:ホンダ】

日本を代表するスーパーモデルが2016年に復活!

ミッドシップレイアウトやアルミモノコックボディなど、先進のスタイルとメカニズムで1990年に登場した初代NSXは、日本初のスーパーカー。一時生産中止となっていましたが、2016年に復活し、世界中のファンを歓喜させました。

 

【モデル26】高性能でモダンな現代的ハイパースポーツ

ホンダ

NSX

2370万円

パワーユニットは、V6ツインターボエンジンと3基のモーターによって構成される「SPORT HYBRID SH-AWD」を搭載。モーターとエンジンの協調によるパワフルな加速を実現しつつ、優れた環境性も発揮します。

SPEC●全長×全幅×全高:4490×1940×1215㎜●パワーユニット:3.5ℓV型6気筒ツインターボエンジン+モーター●エンジン最高出力:507PS(373kW)/6500〜7500rpm●最大トルク:56.1㎏-m(550Nm)/2000〜6000rpm●トランスミッション:9速AT●駆動方式:4WD

 

【ココがスーパー!】

4WDで洗練された走行フィーリング

モーターを用いた4WDが極めてスムーズな加速を実現。コーナリング中の挙動変化も抑えられます。

 

ターボが加えられた現代的なエンジン

3.5ℓV6エンジンにはターボが加えられました。独立制御される3基のモーターもスポーツ性能を高めます。

 

10年を経て登場した2代目は圧倒的な走りが健在!

日本初のスーパーカー・NSXの2代目は、初代が生産中止になってから10年を経てようやく登場しました。システム最高出力は581馬力を誇り、十分過ぎるほどに速いです。

 

しかもフロントのモーターのトルクを変化させることで、恐ろしいほど鋭く曲がります。スーパーカー日本代表の名に恥じない、卓越した走りを実現しています。

 

 

【清水草一の目】

最高クラスの走りを電子制御で実現

世界最高レベルの加速とコーナリングは、すべて緻密な電子制御の賜物です。一方で、スタイリングが凡庸で、何の特色もないのは残念。

 

 

【ブランド14:日産】

毎年のように改良されて性能がブラッシュアップ

2007年にデビューした日産初のスーパーカー・GT-Rは、同社がグローバル展開を視野に入れて開発した現代的なスーパースポーツ。ほぼ毎年のように改良モデルが登場し、走りを中心に性能がブラッシュアップされています。

 

【モデル27】走りが研ぎ澄まされた世界基準のジャパンスポーツ

日産 GT-R

1023万840円〜1870万200

スカイラインGT-Rの発展後継車で、圧倒的なパフォーマンスを誇る国産屈指のスーパースポーツカー。基本性能の高さはもちろんのこと、ハイテク装備による車両制御が実現する、異次元の操縦安定性は特筆ものです。

SPEC【NISMO】●全長×全幅×全高:4690×1895×1370㎜●パワーユニット:3.8ℓV型6気筒ツインターボエンジン●最高出力:600PS(441kW)/6800rpm●最大トルク:66.5㎏-m(652Nm)/3600〜5600rpm●トランスミッション:6速AT●駆動方式:4WD

 

ハイコスパな一台に世界中のファンが熱狂

初代GT-Rの登場から10年以上が経っているが、たゆまぬ進化により、いまでは実質的な世界最速車として認められています。その圧倒的な走行性能を考えれば、価格はかなりリーズナブルです。

 

海外に熱狂的なファンが多くいるのも同車の特徴。陸上100メートル世界記録保持者のウサイン・ボルトもそのひとりです。

 

【ココがスーパー!】

必要な情報を取捨選択して表示

インパネ中央にディスプレイを搭載。運転に必要な各種情報を任意で選んでデジタル表示できます。

 

ファンの郷愁を誘うテールランプ形状

丸目4灯式のテールランプは、唯一残されたスカイラインらしさ。ノスタルジーを感じさせます。

 

【清水草一の目】

チューニングで超パワーアップ

スペックを見るとそれほどでもありませんが、実際の速さは世界一。チューニングで1000馬力にすることもできるなど、ある意味で別格の存在です!

 

 

【連載をまとめたムックが好評発売中】

タイトル:清水草一の超偏愛クルマ語り

価格:926円+税

 

 

清水草一が最新フェラーリの魅力を語る! 「美しさ」と「エンジン」、重視されるのはどちら?

誰もが知っているスーパーカーの代名詞、フェラーリ。しかし、その魅力や特徴を実は細かく知らなかったという人も多いのではないでしょうか。ここでは、モータージャーナリストの清水草一さんがフェラーリの魅力を徹底的に語り尽くします。

 

【解説&採点】

モータージャーナリスト 清水草一さん

「サーキットの狼」作者の池沢早人師先生から直接薫陶を受けた唯一の自動車評論家。これまで11台のフェラーリを乗り継いでいます。GetNaviの連載「クルマの神は細部に宿る」をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も先日発売に。

 

【そもそもフェラーリとは?】

レース参戦のために存続する世界でただひとつのメーカー

創始者のエンツォ・フェラーリはレーシングチームを経営し、生涯をレース活動に捧げました。その資金稼ぎのために、レーシングカーを乗りやすく改良して販売したのが、同社の市販車部門の始まり。1988年のエンツォが亡くなって以降もF1参戦は継続し、世界中のクルマ好きの憧れとなっています。

 

フェラーリの長い歴史のなかで最もパワフルなV型12気筒エンジン

フェラーリ

812スーパーファスト

3910万円

名の「812」は「800馬力の12気筒」を表し、FRのロードカーとしてはフェラーリ史上最強と称されるほどのハイパフォーマンスを誇ります。電子制御デバイスが多数盛り込まれ、超弩級の能力を危なげなく体感させてくれます。

SPEC●全長×全幅×全高: 4657×1971×1276㎜●パワーユニット: 6.5ℓV型12気筒エンジン●最高出力: 800PS(588kW)/8500rpm●最大トルク: 73.2㎏-m(718Nm)/7000rpm●トランスミッション: 7速AT●駆動方式: FR

 

【ココがスーパー】

F1をイメージさせるスポーティなインテリア

非日常性を感じさせるF1のようなコックピット。カラーも自由に選択できる。F1システムと呼ばれる独自のトランスミッション形式は、パドルシフト式セミATの先駆的存在です。

 

最新技術が盛り込まれた大柄ながら美しいボディ

ボディは先代のF12ベルリネッタとほぼ同サイズで、前後ともに20インチの大径ホイールが装着されます。ボディ下部にはディフューザーを採用し、高速走行時の空気の流れを調節。

 

最高馬力のエンジンは印象的な赤塗装が特徴

V型12気筒エンジンのヘッド部には赤い結晶塗装が施されています。6.5ℓの大排気量で、フェラーリの自然吸気式エンジンを積む市販車では史上最高となる800馬力を発揮します。

 

旗艦モデルのエンジンは12気筒でなくてはならない

フェラーリは、誰もが認める自動車の頂点、太陽神的存在。その立脚点は、F1グランプリにおける輝かしい戦績にあります。日本でフェラーリといえば市販のスーパーカーですが、海外では第一にレーシングチーム。その栄光を市販車に投影しているという文脈が、他社とは決定的に異なります。

 

すなわち、フェラーリにおけるスーパーカーの出発点は、レーシングカーをちょっと乗りやすくして一般販売したところ。そのため、同社が何よりも重視しているのは、常にエンジン。フェラーリのフラッグシップモデルは、最もパワフルで、最もエレガントな12気筒エンジンを積んでいなければなりません。現在のフラッグシップである812スーパーファストは、その12気筒エンジンをフロントに搭載し、後輪を駆動するFR方式。一般的にスーパーカーと言えば、エンジンをキャビン後方に置くミッドシップがイメージされます。しかし、フェラーリは元々FRからスタートしており、812スーパーファストは原点に回帰したモデルといえます。

 

フェラーリの名声はあまりにも高く、もはや性能は二の次と見る向きもあります。しかし、フェラーリの魂は常にエンジンであり、続いて重視されるのが美しさ。そのプライオリティは不変なのです。

 

【清水草一の目】

ほかでは味わえない官能的なV12エンジン

スーパーカーとしては車高が高く、FRなのでパワーを路面に伝えきれない面がありますが、V12の官能フィールは唯一無二。地上最高のブランド力を満喫できます!

 

【OTHER SUPER CAR】

ツーリングにも最適なハードトップオープン

ポルトフィーノ

2530万円

車体に収納できるリトラクタブルハードトップを備えたオープンモデルで、優雅な佇まいと優れた多用途性や快適性が特徴。スーパーカーの快楽を満喫できるうえに、日常使いでのストレスが皆無というのは大きな魅力です。

SPEC●全長×全幅×全高:4586×1938×1318㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:600PS(441kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

 

コンパクトなボディにターボエンジンを搭載

488GTB/488スパイダー

3070万円〜3450万円

458イタリアの後継モデルとして登場し、2015年に日本へ導入されました。V8エンジンの排気量はそれまでの4.5ℓから3.9ℓへとダウンサイズされていますが、ターボの採用によって出力、トルクともに大幅な向上が図られています。

SPEC【488GTB】●全長×全幅×全高:4568×1952×1213㎜●パワーユニット:3.9ℓV型8気筒ターボエンジン●最高出力/最大トルク:670PS(492kW)/77.5㎏-m(760Nm)

 

【連載をまとめたムックが好評発売中】

タイトル:清水草一の超偏愛クルマ語り

価格:926円+税

【中年スーパーカー図鑑】“跳ね馬”はないが、フェラーリ伝説の1モデルであることに間違いはない──

いわゆる“スーパーカー”と呼ばれるクルマにはロマンあふれるエピソードがついてまわるものだが、車名からして逸話となっているモデルがある。今回は「12気筒以外はフェラーリを名乗れない」「早逝した愛息の名を残したかった」「スモール・フェラーリの新ブランドとして確立したかった」などの説から“跳ね馬”のエンブレムを付けずに市場に放たれたディーノ206GT(1967年~)/246GT(1969年~)の話題で一席。

20180302_suzuki_01 (11)

【Vol.13 ディーノ206GT/246GT】

 

1965年開催のパリ・サロンにおいて、カロッツェリア・ピニンファリーナのブースに1台のGTカーが展示される。車名は「ディーノ206GTスペチアーレ」。スポーツプロトタイプのディーノ206SのシャシーにV型6気筒エンジンを縦置きでミッドシップ搭載し、ノーズ先端に並ぶ4灯のヘッドランプや大きな弧を描くフロントフェンダー、カムテールにとけ込む、流れるようなリアクォーターパネルなどをスタイリングの特徴としたデザインスタディは、実はフェラーリ社が画策した新ジャンルのロードカーだった。そして、1966年開催のトリノ・ショーではより進化したプロトタイプ版が登場。1967年開催の同ショーになると、エンジンを横置きのミッドシップ搭載に変更した最終プロトタイプの「ディーノ206GT」が披露された。

 

■フェラーリ製ロードカー初のV6ミッドシップ車の登場

20180302_suzuki_01 (12)ディーノ206GT。アルミ合金の2座クーペボディに1987cc・V型6気筒DOHCユニットを組み合わせる

 

フェラーリの創業者であるエンツォの愛息で、1956年に他界したアルフレード・フェラーリの愛称“ディーノ(Dino)”をブランド名に冠したディーノ206GTは、1968年より販売を開始する。基本骨格は楕円チューブと角型鋼管で構成したスチール製チューブラーフレームをメインに前後サブフレームとクロスメンバーをセットし、ホイールベースは2280mmに設定。組み合わせる2座クーペボディはアルミ合金で仕立てる。懸架機構には前後ダブルウィッシュボーン/コイル+アンチロールバーを、操舵機構にはラック&ピニオンを、制動機構にはサーボアシスト付き4輪ディスクブレーキを採用した。横置きでミッドシップ搭載するエンジンはバンク角を65度としたアルミ製シリンダーブロック&ヘッドの“ティーポ135B”1987cc・V型6気筒DOHCユニットで、ウェバー40DCNF/1キャブレター×3との組み合わせによって最高出力180hp/8000rpmを発生。エンジン下にはオールシンクロ5速MTのギアボックスおよびファイナルユニットをレイアウトする。エンジンとトランスミッションをいわゆる2階建てとしたため、パワーユニット後方には有効なトランクルームが設置できた。

 

ピニンファリーナがデザインしたエクステリアは、曲面構成の滑らかなボディ形状を基本に、低くスラントしたノーズセクションや丸みを帯びたフェンダー造形、リアフェンダーのカーブに連なるカムテール、リアエンドへときれいに流れるルーフラインなどによって精悍かつ流麗なスタイリングを構築する。ドアパネルからリアフェンダーにかけてのレリーフは、キャブレターへの空気取り入れ口。フロントラゲッジ(スペアタイヤや工具などが収まる)/エンジンルーム/リアトランクルームのリッドはすべて前ヒンジで仕立てられた。ボディサイズは全長4150×全幅1700×全高1115mmで、車重は乾燥重量で900kg(燃料などを入れた状態で約1100kg)。最高速度は235km/hとアナウンスされた。内包するインテリアは当時のフェラーリ製GTの典型といえるデザインで、計器類をアルミパネル付きの楕円形フェイシア内にまとめたインパネに3本スポークのステアリングホイール、ゲートできちっと仕切ったMTの操作レバー、バケット形状のシートなどで構成する。スペース自体はミッドシップスポーツカーとしてはルーミーな部類で、足もとも広め。ドライバーから見える前方の左右フェンダーの峰は、ボディ幅や前輪位置を把握するのに大いに役立った。

 

■より実用に適したスポーツカーへと進化

20180302_suzuki_01 (8)低くスラントしたノーズセクションや丸みを帯びたフェンダー造形、リアフェンダーのカーブに連なるカムテール、リアエンドへと流れるルーフラインが美しい。写真は排気量をアップしたディーノ246GT

 

フェラーリは1969年よりフィアットの傘下に入り(フィアットがフェラーリの株式の50%を取得)、市販車部門をフィアットの管理下に置く一方でレース部門であるスクーデリア・フェラーリの運営を強化および安定化させる。それとほぼ時を同じくして、ディーノはエンジン排気量の拡大を実施。同年11月開催のトリノ・ショーにおいて、「ディーノ246GT」を発表した。

20180302_suzuki_01 (9)アルミパネル付きの楕円形フェイシア内にまとめたインパネに3本スポークのステアリングホイールを組み合わせたインテリアは、当時のフェラーリ製GTの文脈に則ったもの

 

レースシーンにおけるディーノF2ユニットのホモロゲート取得という要件から外れたため、ディーノ246GTの搭載エンジンは生産効率が重視され、ブロックには鋳鉄製が採用される(ヘッドはアルミ製を継続)。V型6気筒DOHCユニットの排気量は2418㏄にまでアップ(エンジン呼称は“ティーポ135CS”)。ウェバー40DCNF/7キャブレター×3との組み合わせによって最高出力195hp/7600rpmを発揮した。また、挙動の安定性を高める目的でホイールベースを60mmほど延長(2340mm)。ボディ材質はスチール材に変更した。

 

■タルガトップの「246GTS」をラインアップ

20180302_suzuki_01 (10)1972年にタルガトップのディーノ246GTSが登場。脱着が可能な樹脂製のルーフパネルを採用する

 

ディーノ246GTは1969年から1974年まで生産されるが、細部の変更によって3シリーズに大別できた。1969年から1970年を通して製造された“Tipo L”、1971年の初めに短期間造られた“Tipo M”、1971年の途中から1974年まで生産された“Tipo E”だ。

 

Tipo Mではリアのトレッドを30mmほど拡大してコーナリング時のスタビリティを向上。また、エンジンとギアボックスの細部もリファインする。さらに、トランクリッド用レリーズキャッチの車内への移設やヘッドレストのシートマウント化など、内外装の一部見直しも図った。Tipo Eになると、エンジンとギアボックスにさらなる改良を加えて完成度をアップ。エアインテークや照明類、ワイパー支点など、外装のアレンジも一部変更する。また、このモデルから北米仕様を設定。現地の法規に合わせたマーカーや排出ガス対策を施したエンジン(最高出力は175hp)などが組み込まれた。

 

Tipo Eの生産期間内の1972年には、タルガトップのディーノ246GTSが新規に設定される。脱着が可能なルーフパネルは樹脂製で、前方2カ所の取り付け穴にボスを差し込んだのち、後方2カ所のロックで固定する方式を採用。クーペボディと比べると、リアクォーターウィンドウがなく、その位置には換気用の3本のスロットルを組み込んだスチール製のクォーターパネルが配されていた。

 

カタログでは「とても小さく(tiny)、光り輝き(brilliant)、安全(safe)――それはスモール・フェラーリカーの絶え間ない開発の証」と称された、紛うことなきフェラーリ伝説の1モデルであるディーノ206/246GTシリーズ。生産台数は206GTが152台、246GTが2487台、246GTSが1274台だった。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】経営難にオイルショック…苦難を乗り越えた「2+2スーパーカー」

シトロエンの傘下に入って経営の再建を図るマセラティは、1971年デビューのボーラに続いて、新世代のスポーツカーを1972年に発表する。ボーラのプラットフォームをベースに、実用性に富む2+2のパッケージングを構築した「メラク」だ。その機構には、シトロエンSMと共通のパーツが多く使用されていた――。今回は、北斗七星のひとつであるおおぐま座β星の星名に由来する“Merak”の車名を冠したスーパーカーの話題で一席。

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【Vol.12 マセラティ・メラク】

1968年よりシトロエンの傘下に入り、開発体制および車種ラインアップの刷新を図って経営を立て直そうとしたマセラティ。1969年にはカロッツェリア・ビニヤーレのジョバンニ・ミケロッティがデザインした高級4シータースポーツカーの「インディ」、1971年にはイタルデザインのジョルジエット・ジウジアーロがデザインしたミッドシップスポーツカーの「ボーラ」を発表するなど、精力的な活動を展開していった。その攻めの姿勢は、1972年に開催されたパリ・サロンの舞台でも示される。ボーラのひとクラス下に位置する新型V6スポーツカーの「メラク」を雛壇に上げたのだ。

 

■V6エンジン搭載の2+2ミッドシップスポーツの登場

Tipo122のコードネームを冠したメラクは、プラットフォームをボーラと共用しながら、搭載エンジンのV6化(ボーラはV8)によってエンジンコンパートメントを短縮し、その分を後席にあてた2+2のパッケージングを創出する。ボーラと同じくジウジアーロが手がけた車両デザインは、キャビン前の造形をボーラと同イメージに仕立てる一方、リア回りはエンジンフードを露出させたノッチバックスタイルで構成。同時に、ルーフエンドからリア後端にかけて左右1本ずつのバー、通称フライングバットレスを配してファストバック風のルックスを実現した。基本骨格はボーラと同じくスチール製モノコックとマルチチューブラーフレームを組み合わせた構造で、前後ダブルウィッシュボーン/コイルの懸架機構も共通。ボディサイズは全長4335×全幅1768×全高1149mm/ホイールベース2600mmと、ボーラとほぼ同寸だった。

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フロント部はボーラと同様のデザイン。搭載ユニットをボーラのV8からV6に変更することで「+2」のスペースをねん出

 

機構面については、シトロエンSM(1970年開催のジュネーブ・ショーでデビュー)と共通の構成パーツが多く採用される。まず前後ディスクブレーキの制動機構およびラック&ピニオン式の操舵機構には、SMと同様、エンジン駆動の高圧ポンプによる油圧を用いた作動システムを導入。さらに、ステアリングにはパワーセンタリング機構付のアシストシステムを装備する。ミッドシップに縦置きするエンジンは、SMと同様のC114型2965cc・V型6気筒DOHCユニットを専用チューニングして搭載。8.75の圧縮比と3基のウェーバー製42DCNFキャブレターによるスペックは、190hp/26.0kg・mのパワー&トルクを発生した。また、エンジン後部には油圧ポンプとアキュムレーターをセット。トランスミッションには5速MTを組み合わせた。内包するインテリアはSMと同仕様のパーツ、具体的には中心部を楕円形状とした1本スポークのステアリングホイールやセンター部までを一体式としたメーターパネル、幅広のセンターコンソールなどを装備し、スポーツカーというよりも上級サルーン的な雰囲気で仕立てられていた。

 

ちなみに、C114エンジンはマセラティがシトロエンの要請を受けて開発した新世代ユニットだった。2社の提携後、シトロエンはマセラティに新世代グランツーリスモ用(SM)のV6エンジンの開発を、しかも6カ月の短期間で完成させるよう求める。これを受けてマセラティのチーフエンジニアであるジュリオ・アルフィエリは、ボーラ用のV8ユニットから2気筒分を削除してV6化する案を打ち出す。ここで問題となったのが、V6レイアウトにとって振動面で不利となる90度のバンク角。対応策としてアルフィエリは、クランクシャフトに4個のバランスウェイトを組み込むというシンプルかつ経済的な方策を選択した。また、バルブ面積を大きくとったことにより、排気量は当初予定の2.5Lから2.7Lにまで拡大される。結果的に2カ月かからずに完成にこぎつけた新V6ユニットは、エンジン長がコンパクトな310mmに、重量がアルミ合金製のヘッドおよびブロックを採用した効果で軽量な140kgに仕上がり、シトロエン側の要件を十分に満たす仕様となったのである。

 

■独自色を強めた「メラクSS」に進化

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エンジンフードを露出させたノッチバックスタイル。ルーフエンドからリア後端にかけてバーを配したファストバック風のルックスが特徴

 

最高速度225km/h、0→100km/h加速8.0秒という3L級スポーツカーとしての十分なパフォーマンスを発揮し、狭いながらも+2のスペースを備えたメラクは、ボーラ以上の高い人気を獲得する。しかし、外的な要因がその人気に水をかけた。1973年10月に勃発した第4次中東戦争を起因とするオイルショックだ。燃費の悪いスポーツカーには逆風が吹き、必然的にメラクの販売台数は伸び悩む。悪いことはさらに続き、シトロエンの経営が急速に悪化。1974年にはプジョーとシトロエンが企業グループを結成することで合意し、一時はマセラティもプジョーと提携を結ぶものの、経営上のメリットが少ないと判断したプジョーは翌75年に提携を撤回した。

 

窮地に陥ったマセラティだったが、それでも開発陣は不屈のスピリットでメラクの改良を行い、1975年開催のジュネーブ・ショーで進化版の「メラクSS」を披露する。パワーユニットはキャブレターの口径アップ(ウェーバー製44DCNF)や圧縮比の引き上げ(9.0)などにより、パワー&トルクが220hp/27.5kg・mへと向上。合わせて、フロントフードに熱対策のためのルーバーを追加する。シトロエンとの関係を断ったことから、インパネは独自タイプの新デザインに変更した。ほかにも、車両重量の軽量化や装備の拡充などを実施。最高速度は245km/hへとアップしていた。

 

■伊国内の税制を踏まえて「メラク2000GT」を設定

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センター部までを一体式としたメーターパネル、幅広のセンターコンソールなどを装備

 

1975年8月になると、新興メーカーのデ・トマソがマセラティの救済に動く。1973年からデ・トマソの傘下に入っていたベネリが、マセラティの大半の株式を買収したのだ。そして、マセラティのマネージングディレクターにはアレハンドロ・デ・マソが就任した。

 

デ・トマソ・グループに入ったマセラティは、アレハンドロの指揮のもと、既存車種の見直しを図る。ボーラはデ・トマソ・パンテーラと競合することから、生産の中止が決定。一方、メラクに関してはイタリア国内の税制上で有利な排気量2Lクラスのグレードを設定する旨が決まった。

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11年間でボーラの3倍以上となる1830台を生産した

 

2L版メラクは、「2000GT」のグレード名をつけて1976年開催のトリノ・ショーでデビューする。肝心のパワーユニットは1999cc・V型6気筒DOHC+ウェーバー製42DCNFキャブレター×3で、9.0の圧縮比から170hp/19.0kg・mのパワー&トルクを発生。3Lモデルに比べて車重が軽くなったことから、最高速度は220km/hに達した。一方、内外装のアレンジは簡素化が図られ、ブラックアウトしたバンパーやサイドストライプなどを装着していた。

 

相次ぐ会社の経営危機やオイルショックによる逆風など、様々な困難を乗り越えてラインアップされ続けたメラクは、デビューから11年ほどが経過した1983年に生産を終了する。生み出された台数はボーラの3倍以上となる1830台。この数字は、トライデント(マセラティのブランドマーク)の意地と気概で成し遂げられた偉大な記録なのだ。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】オイルショックの荒波にもまれた“孤高のV8ロメオ”

1967年にカナダのモントリオールで開催された万国博覧会において、アルファロメオはウニベルサルと称するプロトタイプスポーツを出品する。カロッツェリア・ベルトーネが手がけた流麗なクーペボディを纏ったGTカーは、その後市販化に向けて開発が進められ、1970年開催のジュネーブ・ショーで量産版となるモデルがワールドプレミアを果たした――。今回はアルファロメオ渾身のスーパーカー、「モントリオール」の話題で一席。

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【Vol.11 アルファロメオ・モントリオール】

1960年代中盤の自動車市場は、それまで運転にある程度のスキルを要したレーシングカー直結のスポーツカーが、よりイージードライブで、快適性に富み、しかも見栄えのする高性能GTカー、後にいうスーパーカーへと変貌を遂げた時代だった。この状況を、高性能メーカー車の老舗であるアルファロメオが黙って見過ごすはずはない。同社は早々に新しい高性能GTカーの開発プロジェクトに着手した。

 

■ベルトーネとタッグを組んでスーパーカーを開発

新規の高性能GTカーを造るに当たり、アルファロメオの開発陣はパートナーとしてカロッツェリア・ベルトーネを選択する。ベルトーネが担当するのはボディのデザインおよびコーチワークで、シャシーやエンジンなどのメカニズム関連はアルファロメオが手がけることとした。まず基本シャシーについては、ジュリア・スプリントGT用をモデファイしたものを採用する。懸架機構は前ダブルウィッシュボーン、後トレーリングアームで構成。エンジンは既存の1570cc直列4気筒DOHCユニットをフロントに搭載し、リアを駆動するというオーソドックスな形をとった。内包するインテリアは、大きな円形メーターをドライバー前に据えるなどした機能的なデザインを導入。リアゲートはガラス部分のみの開閉を可能とし、ルーフから両サイドのフェンダー、テールエンドまでは一体構造とした。

 

エクステリアに関しては、ベルトーネのチーフデザイナーの任に就いていたマルチェロ・ガンディーニが造形を主導する。基本フォルムは2+2のクーペスタイルで、低くて長いノーズに強く傾斜したウィンドシールド、流れるようなファストバックのルーフライン、上方へと跳ね上がるサイドウィンドウ形状、テールエンドをすっぱりと切り落としたコーダトロンカ形状など、当時のスポーツカーの流行を存分に取り入れて構成。一方、ブラインド状のヘッドライトガーニッシュや中央に盾を配したフロントグリル、リアピラー部に組み込んだスリットダクト等のディテールで独特のアピアランスを演出した。

 

アルファロメオとベルトーネの合作プロトタイプGTは、ユニークな会場でワールドプレミアを飾る。舞台は1967年にカナダのモントリオールで開催された万国博覧会。アルファロメオは主催者からイタリア政府を介して出展社として選ばれ、自動車技術の最高の理想を具現化したという高性能GTの「アルファロメオ・ウニベルサル(universal)」を出品したのである。会場では「非常に高性能なエンジンを積み、量産の可能なデザインで造られた」という説明がなされたアルファロメオ・ウニベルサル。当初、マスコミなどはアルファロメオの経営状況を鑑みて単なるショーカーで終わると予測していたようだが、実際は違った。モントリオールから帰国後、アルファロメオとベルトーネは本格的に高性能GTの市販化に向けたプロジェクトを推し進めたのだ。

1967年カナダ・モントリオールの万国博覧会に出展した高性能GTの「アルファロメオ・ウニベルサル(universal)」。モントリオールの原型となる1967年カナダ・モントリオールの万国博覧会に出展した高性能GTの「アルファロメオ・ウニベルサル(universal)」。モントリオールの原型となる

 

プロトタイプから最も大きな変更を受けたのは、搭載エンジンだった。1.6L直4DOHCでは高性能GTとしてのインパクトが弱いと考えた開発陣は、ティーポ33用にカルロ・キティが設計した90度のバンク角を持つV型8気筒DOHCユニットの導入を決断する。そのうえでボア×ストロークは80.0×64.5mmのオーバースクエアに、排気量は2593ccに設定。圧縮比は9.0とし、燃料供給装置にはスピカのメカニカルインジェクションを組み込んだ。パワー&トルクは200hp/6500rpm、24.0kg・m/4750rpmを発生。潤滑方式にはオイルパン部分が浅くできるドライサンプ方式を取り入れる。エンジンルーム自体はV8エンジンの採用に即して、大幅に設計を見直した。組み合わせるトランスミッションは専用ギア比のZF製5速MT。リアの駆動部にはリミテッドスリップデフを装備した。足回りについては前ダブルウィッシュボーン/後トレーリングアーム+Tセンターリアクションメンバーをベースに、エンジンの出力アップに応じた専用セッティングを施す。確実な制動力を確保するために、制動機構には4輪ベンチレーテッドディスクブレーキを組み込んだ。

 

開発陣は量産性などを踏まえて、内外装の改良も鋭意実施する。ブラインド形状のヘッドライトガーニッシュは4分割タイプから2分割タイプに変更し、そのうえで圧縮エアによってライトの前を通って下側に収まるように設計。フロントフードにはインジェクションとエアクリーナーを収めるためにNACAダクト付きのパワーバルジを新設した。リアピラー部のスリットダクトは片側7分割/左右計14分割から片側6分割/左右計12分割にリファインし、ドアの開閉部もプッシュボタン式からオーソドックスなノブ式に変える。ほかにも、メッキモールの多用化やサイドウィンドウおよびリアフェンダー部の手直し、アルミ製サイドシルカバーの装着、未来的かつスポーティなアナログメーターやディープコーンタイプのステアリングの採用など、随所に高性能GTにふさわしいアレンジを施した。

 

■プロトタイプの初披露場所を車名に転用

流れるようなファストバックのルーフライン、テールエンドを切り落としたコーダトロンカ形状など、当時のスポーツカーの流行のデザインを採用流れるようなファストバックのルーフライン、テールエンドを切り落としたコーダトロンカ形状など、当時のスポーツカーの流行のデザインを採用

 

アルファロメオとベルトーネが丹精を込めて造った新しい高性能GTのプロダクションモデルは、1970年開催のジュネーブ・ショーで初公開される。車名は初陣を飾ったプロトタイプの発表場所にちなんで「モントリオール」と冠していた。

 

モントリオールのカタログスペックは、ボディサイズが全長4220×全幅1672×全高1205mmで、ホイールベースが2350mm。車重は1270kgと軽めに仕上がっていたため、最高速度は220km/h、0→100km/h加速は7.4秒と公表された。注目の車両価格は570万リラと、当時のポルシェ911などのスポーツカーよりもはるかに高いプライスタグを掲げていた。

大型スピードメーターと大型タコメーターをドライバー前に設置。センター部には空調やパワーウィンドウなどのスイッチ類のほか、ベルトーネの“b”エンブレムが組み込まれる。MTシフトはほぼ直立状態の短いレバーを採用大型スピードメーターと大型タコメーターをドライバー前に設置。センター部には空調やパワーウィンドウなどのスイッチ類のほか、ベルトーネの“b”エンブレムが組み込まれる。MTシフトはほぼ直立状態の短いレバーを採用

 

市場に放たれたモントリオールは、まずアグレッシブかつ魅力的なルックスで注目を集める。エア圧で格納するヘッドライトガーニッシュの動きなども見る人を驚かせた。室内空間に目を移すと、個性的なインパネ造形が乗員を迎える。計器類はkm/h×10で表示した大型スピードメーターとGIRI×1000表示の大型タコメーターをドライバー前に、燃料計/時計/電流計/水温計/油温計/油圧計/各種警告灯類を主眼メーター周囲に配置。センター部には空調やパワーウィンドウなどのスイッチ類のほか、ベルトーネの“b”エンブレムが組み込まれる。MTシフトはほかのアルファ車のような斜めに生える長いタイプではなく、ほぼ直立状態の短いレバーを採用していた。前席には乗員を包み込むような横溝タイプのヘッドレスト一体型バケットシートを装着。後部にも+2スペースのシートを設けていたが、お世辞にも広いとはいえなかった。

全長4220×全幅1672×全高1205mm、公表値の最高速度は220km/h、0→100km/h加速は7.4秒。ポルシェ911などのスポーツカーよりもはるかに高いプライスラグをつけていた全長4220×全幅1672×全高1205mm、公表値の最高速度は220km/h、0→100km/h加速は7.4秒。ポルシェ911などのスポーツカーよりもはるかに高いプライスラグをつけていた

 

内外装の演出以上に当時のクルマ好きを惹きつけたのは、走りの性能だった。著名な自動車誌のクワトロルオーテがモントリオールをテストしたところ、最高速度は224.07km/h、0→100km/h加速は7.1秒と、メーカー公表値を優に超えたのである。また、高速連続走行での平均車速や耐久性においても高レベルをキープ。前後重量配分が適正なために、コーナリング時やブレーキング時の安心感もあった。走行性能は内外装の演出以上に高性能GTの特性を有している――そんな評価が、モントリオールには与えられたのだ。

 

ミラノ(アルファロメオ)とトリノ(ベルトーネ)の血が深く混ざった孤高のV8ロメオは、1973年に勃発したオイルショックという荒波にも揉まれながら、1977年まで生産が続けられる。大きな仕様変更をすることもなく、長めの車歴を刻めたのは、何より量産車としての完成度が高かった証だろう。総生産台数は3925台(3917台という説もあり)と、他社のスーパーカーに比べて堅調な数字を記録したのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

ラリーでは成功したが、ビジネスでは失敗…数奇な運命をたどったスーパーカー

車両デザインのインパクトの強さ、そして革新性という点では、数あるスーパーカーのなかでも筆頭格といえるモデルが、老舗プレミアムブランドのランチアが1974年に発売した「ストラトス」だろう。“成層圏”を意味する車名を冠した異次元のスポーツカーはラリーの舞台で大活躍するものの、市販モデルとしては親会社のマーケティング戦略に大きく揺り動かされることとなった――。今回はスーパーカー界きってのラリー・ウェポンの話題で一席。

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【Vol.10 ランチア・ストラトス】

1970年開催のトリノ・ショーにおいて、名カロッツェリアのベルトーネは斬新なショーモデルを雛壇に上げる。チーフデザイナーのマルチェロ・ガンディーニが手がけた「ストラトス ゼロ(Stratos Zero)」だ。大胆なラインで構成した楔形のロー&ワイドフォルムに、フロントガラスを跳ね上げて乗降するハッチドアなど、未来からやってきたかのような異次元のスタイリングは、まさに車名の元となった“stratosfera=成層圏”にふさわしいアレンジだった。一方、基本コンポーネントに関してはランチアの協力を仰ぎ、フルビア用のシャシーやパワートレインなどを使用する。エンジンの搭載はミッドシップレイアウトとし、後輪を駆動するMR方式を採用していた。

 

■空力デザイン&MRレイアウトが注目を集める

1970年開催のトリノ・ショーに出展された「ストラトス ゼロ」。後にストラトスへと発展していく1970年開催のトリノ・ショーに出展された「ストラトス ゼロ」。後にストラトスへと発展していく

 

自動車マスコミや識者などのあいだでは、その先進的すぎるスタイリングからショーカーでとどまると思われたストラトス ゼロ。しかし、空力性能に優れる造形やMRレイアウトといった特性に熱い視線を注いだ人物がいた。ラリーにおけるランチアの実質的なワークスチーム、HFスクアドラ・コルセを率いるチェザーレ・フィオリオだ。フィオリオはパワー競争の激化によって戦闘力が下がり始めていたフルビアHFに代わる新ラリーマシンの導入を検討していた。そこに登場したストラトス ゼロは、空力へのアプローチや駆動レイアウトの面で非常に魅力的に映ったのである。これを聞きつけたカロッツェリア・ベルトーネは、ランチアにストラトス ゼロをベースとしたラリーモデルの共同開発およびストラダーレ(量販モデル)としての市販化を提案。最終的にこの案はランチアの首脳陣から了承され、早々に2社による共同プロジェクトがスタートする。フィオリオが掲げた開発要件は、整備性の高さ、高度な運動性能、サファリ・ラリーに耐え得る頑強な機構、といった内容の実現だった。

 

■ラリー競技への参戦を目的に車両を開発

全長3710×全幅1750×全高1114mm/トレッド前1430×後1460mmのショート&ワイドのディメンションを持つ。2418cc・V型6気筒DOHCエンジンをミッドシップに横置き搭載する全長3710×全幅1750×全高1114mm/トレッド前1430×後1460mmのショート&ワイドのディメンションを持つ。2418cc・V型6気筒DOHCエンジンをミッドシップに横置き搭載する

 

ランチアとベルトーネの共同作業は、まず1971年開催のトリノ・ショーの舞台で最初の陽の目を見る。後のストラダーレに近いスタイリングを持つ「ストラトスHFプロトティーポ」が発表されたのだ。基本骨格は鋼板製のセンターモノコックにスチール製スペースフレームを前後に組み付ける構造で、設計にはダラーラが参画する。ホイールベースは2180mmと短くセット。懸架機構には前後ダブルウィッシュボーン/コイル(後にリアサスをストラット/コイルに変更)を採用した。

 

ストラトス ゼロに続いてガンディーニがデザインを主導したエクステリアは、切り詰めた前後オーバーハングに低くスラントしたノーズ、リトラクタブル式のヘッドライト、大きくラウンドさせたフロントウィンドウ、ウエッジを利かせたサイドビュー、スパっと切り落としたリアエンドなどが訴求点となる。また、前後端を支点とする跳ね上げ式のカウルを設定し、整備性を向上させていた。

内装はシンプル。シルバー色のメーターパネルやバケットタイプのシート、ヘルメットが収納できる深いポケットなどを設定していた内装はシンプル。シルバー色のメーターパネルやバケットタイプのシート、ヘルメットが収納できる深いポケットなどを設定していた

 

肝心のパワートレインについては、実は選択がかなり難航した。当初はフルビア用V4ユニットをチューンアップして搭載することを考えていたが、高出力化する余地は限られていた。様々な検討の結果、候補にあがったのが、親会社のフィアットの124スポルトに採用する132系ユニットの1756cc直列4気筒DOHC、さらにランチアと同じく1969年よりロードカー部門がフィアットの傘下に収まっていたフェラーリのディーノ246GTに採用するTipo135CSの2418cc・V型6気筒DOHCなどだった。省察している最中、フィアット自身がアバルト企画のエンジンでラリーに本格参戦することが示される。最終的にランチアの開発陣は、ディーノ用のV6エンジンの採用を決断。セッティングを変更するなどして、ストラトスのシャシーに横置きでミッドシップ搭載した。

 

■親会社のフィアットの方針に即して生産を終了

市販モデル=ストラダーレは1974年に登場。ラリーの戦果と対照的に販売は振るわず、わずか492台で生産は終了となった市販モデル=ストラダーレは1974年に登場。ラリーの戦果と対照的に販売は振るわず、わずか492台で生産は終了となった

 

ディーノ用V6エンジンで武装し、同時に各部をモディファイした進化版プロトティーポのストラトスは、1972年開催のトリノ・ショーに出品される。そして、当時のグループ4規定の「連続する12カ月で400台以上の生産」を目指し、ベルトーネのファクトリーで製造をスタート。1973年には量産試作車が発表され、1974年より市販モデル=ストラダーレを発売した。

 

ストラダーレ版のストラトスのボディサイズは、全長3710×全幅1750×全高1114mm/トレッド前1430×後1460mmと量販車では類を見ないショート&ワイドのディメンションで、車重は1トンを切る980kgに収まる。前ダブルウィッシュボーン/後ストラットのサスペンションには前後スタビライザーとアジャスタブル機構を組み込み、シューズには205/70VR14タイヤ+軽合金ホイールをセット。また、操舵機構にはラック&ピニオン式を、制動機構にはデュプレックスシステムのディスクブレーキを採用した。ミッドシップに横置き搭載する2418cc・V型6気筒DOHCエンジンは、190hp/7000rpmの最高出力と23.0kg・m/4000rpmの最大トルクを発生。ディーノ用と比べると、5hp低い最高出力を600rpm低い回転数で、同レベルの最大トルクを1500rpm低い回転数で絞り出す。組み合わせる5速MTはクロスレシオに設定したうえで、ファイナルレシオをディーノ用の3.625から3.824へとローギアード化。これらのセッティング変更により、加速性能とピックアップを向上させていた。一方、外装に関してはリアスポイラーやリアガラスルーバー、車名およびベルトーネエンブレムなどを装備。シンプルにまとめられた内装には、シルバー色のメーターパネルやバケットタイプのシート、ダイヤルを溝に沿って上下して開閉するサイドウィンドウ、ヘルメットが収納できる深いポケットなどを設定していた。

世界ラリー選手権(WRC)では、1974年から1976年にかけて3年連続メイクスチャンピオンに輝く。無敵のラリーマシンとしてその名を轟かせた世界ラリー選手権(WRC)では、1974年から1976年にかけて3年連続メイクスチャンピオンに輝く。無敵のラリーマシンとしてその名を轟かせた

 

ホモロゲーションは1974年10月に獲得したものの、フェラーリからのV6エンジン供給の滞りもあり、ストラダーレ版ストラトスの生産は遅れがちとなる。また、エミッションコントロールの規制で米国や一部欧州の市場では販売できず、さらにオイルショックの影響などもあって売り上げは伸び悩んだ。一方で、ラリーの舞台ではコンペティション仕様のストラトスが大活躍。世界ラリー選手権(WRC)では、1974年から1976年にかけて前人未到の3年連続メイクスチャンピオンに輝いた。

 

無敵のラリーマシンに発展したストラトス。しかし、1977年からは親会社のフィアットが131アバルト・ラリーを駆ってWRCに本格参戦することが決定し、その影響で傘下のランチアのワークス参戦は取りやめとなる。また、販売不振のストラダーレ版ストラトスの生産も中止された。ラリーでは成功し、商業上では失敗――そんな数奇な運命をたどったスーパーカーは、わずか492台の生産台数をもって車歴を終えたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】地を這うようなスタイリングで“日本の”スーパーカーブームを席巻

海外の自動車関連の雑誌やサイトではいわゆる“スーパーカー”の括りではなく“ライトウェイトスポーツカー”として定義されることが多いが、日本では間違いなく“スーパーカー”の代表格として位置づけられる稀有なモデルがある。日本のスーパーカー・ブームの中心的な役割を果たした池沢さとし(池沢 早人師)さん作の漫画『サーキットの狼』の主人公が駆る「ロータス・ヨーロッパ(LOTUS EUROPA)」(1966~1975年)だ。今回はロータス・カーズの創業者であるコーリン・チャップマンの商才が存分に発揮された軽量ミッドシップスポーツカーの話題で一席。

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【Vol.9 ロータス・ヨーロッパ】

セブン(1957年デビュー)やエラン(1962年デビュー)というスポーツカーの発売によって、会社の業績を飛躍的に伸ばした英国の自動車メーカーのロータス・カーズ。しかし、創業者のコーリン・チャップマン(Anthony Colin Bruce Chapman)はこの状況に決して満足せず、次なる戦略に打って出る。スポーツカー本来の楽しさを維持しながら市場の志向に合わせて上級化を図り、しかも軽量で安価なミッドシップスポーツを創出しようとしたのだ。また、販売マーケットは欧州市場全体を見据えることとし、自国の英国は後回しにすることを決断。さらに、使用パーツは後々のメンテナンスやアフターサービスなどを踏まえて欧州大陸製を多く組み込む方針を打ち出した。

 

■欧州市場向けの量産スポーツカーを企画

全長4000×全幅1638×全高1080mm、車重は660kg。1594cc直列4気筒DOHCエンジンに5速MTを組み合わせた全長4000×全幅1638×全高1080mm、車重は660kg。1594cc直列4気筒DOHCエンジンに5速MTを組み合わせた

 

セブンを引き継ぐロータス製の新型スポーツカーはコードナンバー46として開発され、1966年12月に「ヨーロッパ(EUROPA)」の車名で市場デビューを果たす。基本骨格には鋼板を溶接したボックス断面で構成するバックボーンフレームを採用。また、フロント部はボックスセクションにクロスメンバーを直角に溶接してT字型を形成し、一方のリア部はパワートレインをなるべく低い位置に搭載するためにY字型としたうえで左右に分かれたフレームを1本のチューブで結び、これにギアボックス後端を支持させた。架装するボディは軽量なFRP製で、強度を持たせるためにフレームへの接着工法を導入する。サスペンションはフロントにダブルウィッシュボーン/コイル、リアにラジアスアーム+ロアトランスバースリンク/コイルをセット。操舵機構にはトライアンフ・ヘラルドから流用したラック&ピニオン式を、制動機構にはガーリング製の前ディスク/後ドラムを装備した。

 

パワートレインに関しては、FF車のルノー16用を180度転置して使用する。Y字フレームに挟まるようにして搭載するエンジンはアルミ合金製のブロックとクランクケースを持つ5メインベアリングの1470cc直列4気筒OHVユニットで、圧縮比の引き上げ(8.5→10.25)やハイリフトカムの組み込み、ツインチョークキャブレター(ソレックス35DIDSA2)の採用などにより、82hp/6000rpmの最高出力を発生した。組み合わせるトランスミッションはアルミダイキャストのケースで覆ったフルシンクロの4速MT。最終減速比は3.56と低めに設定される。また、エミッションコントロールの厳しい地域に向けては、対策を施した1565cc直列4気筒OHVエンジン(80hp/6000rpm)を採用していた。

 

エクステリアに関しては、フォード出身のデザイナーであるジョン・フレイリング(John Frayling)が主導した低くて空力特性に優れる(Cd値0.29)2ドアクーペスタイルが訴求点となる。ボディサイズは全長4000×全幅1638×全高1080mm/ホイールベース2337mmで、車重は660kg。また、ミッドシップレイアウトを強調するリアクォーターパネルが窓なしで、しかも高く設定されていたことから、市場では“特急ブレッドバン(パン屋の配達バン)”というニックネームがついた。内包するインテリアは非常にシンプル。ドアの内張は省略され、シートやサイドウィンドウは固定式。前述のリアクォーターパネルの影響で、後方視界は狭かった。

 

ちなみに、コードナンバー46のヨーロッパのデビューとほぼ時を同じくして、46をベースにグループ4カテゴリーへのエントリーを目的にチューンアップしたコンペティションモデルの「47」が登場する。軽量化を果たしたバックボーンフレームには、ロータス・コスワース13Cの1594cc直列4気筒DOHCエンジン(165hp)+ヒューランド製FT200・5速MTのパワートレインを搭載。また、リアサスのラジアスアームおよびハブキャリア等の変更、リアブレーキのディスク化、軽合金製専用燃料タンクの装備、センターロック式マグネシム合金製ホイールの装着などを実施していた。

 

■シリーズ2→ツインカムへと発展

ヨーロッパ・シリーズ2。ドア内張りと木目調パネル、ラジオなど、GTカーらしい装備をおごるヨーロッパ・シリーズ2。ドア内張りと木目調パネル、ラジオなど、GTカーらしい装備をおごる

 

1968年になると、コードナンバー54のヨーロッパ・シリーズ2がデビューする。このモデルでは従来のウィークポイントが大きく解消されていた。まず、フレームとFRP製ボディの接合方法が接着式からボルト留め式に刷新され、修復およびメンテナンス性が向上。内装では2分割式ドアガラスの内の1枚の電動開閉化、アジャスタブル機構付きのバケットシートの装備、ドア内張りと木目調パネルの設定、ラジオの装着など、GTカーにふさわしいエクイップメントを備えた。また、1969年7月には右ハンドル仕様の英国向けモデルの販売がスタート。さらに、1970年中にはエミッションコントロールなどを施したコードナンバー65のアメリカ市場向けヨーロッパの輸出を開始する。一方で、1969年にはグループ6に準拠するコードナンバー62のプロトタイプ・ヨーロッパを開発。新設計のスペースフレームにマーティン・ウェイド(Martin Wade)がデザインした空力ワイドボディ、1気筒当たり4バルブの1973cc直列4気筒DOHC16Vエンジン(220hp)などで武装した新レーシングマシンは、ブランズハッチなどのレースシーンで大活躍し、ヨーロッパの高性能イメージをいっそう引き上げた。

 

1971年10月にはロータス製ツインカムエンジンの1558 cc直列4気筒DOHCユニット(105hp)を搭載したコードナンバー74のヨーロッパ・ツインカムが登場する。トランスミッションには専用のクラッチハウジングを組み込んだルノー製の4速MTをセット。航続距離の引き上げを目的に燃料タンク容量は7ガロンから12.5ガロンへとアップし、同時にフィーラーキャップをエンジンカバー左右の2カ所設定する。外装では後方視界の改善を狙ってフード両側のフィンを低く設定し、さらにフロントノーズ下にスポイラーを装着して空力特性を向上させた。

 

■日本のスーパーカー・ブームを牽引した「スペシャル」

日本のスーパーカーブームの中心的存在となったヨーロッパ・スペシャル。JPSカラーモデルが人気を博した日本のスーパーカーブームの中心的存在となったヨーロッパ・スペシャル。JPSカラーモデルが人気を博した

 

1972年9月になると、最終進化形となるヨーロッパ・スペシャルが市場に放たれる。搭載エンジンにはインテークバルブ径を大きくした通称“ビッグバルブ”エンジンの1558 cc直列4気筒DOHCユニットを採用。最高出力は126hp/6500rpmにまで引き上げられる。組み合わせるトランスミッションはルノー製の5速MTに換装。足回りも強化され、タイヤにはロープロファイルラジアル(サイズは前175/70R13、後185/70R13)をセットした。また、外装ではフロントフードやボディサイドなどに細いストライプを配して見た目の質感をアップ。とくに黒のボディカラーに金色のストライプを配したJPSカラー(当時のロータス製フォーミュラマシンのスポンサーである煙草ブランドのJohn Player Specialのパッケージカラー)仕様が高い人気を博した。そして、このスペシャルを最終モデルとして1975年には製造を終了。総生産台数は9230台だった。

 

ところで、日本でのロータス車の輸入・販売は、1972年までが東急商事→東急興産が、以後はアトランティック商事が手がける。私事で恐縮だが、東急時代は神奈川県大和市にファクトリーがあり、ここに実家で営むネジ屋がボルトやワッシャーなどを納めていた。配達についていった幼少時代、ファクトリーに収まるヨーロッパを見て、本当に低くてペッタンコなスタイルに驚いたものだった。横にエランやそのレースモデルの26Rなどもあったが、見た目のインパクトはヨーロッパが随一。メカニックのお兄さんがよく乗せてくれたのだが、そのタイトな室内や地を這うような走りはまさに異次元の世界だった(当時のウチの配達車は510ブルーバードのバンと10系ハイラックスだったので、その低さや狭さはなおさら)。多分、これが当方のスーパーカーの原初体験だったのだろう。自動車雑誌の編集に就いてからはシリーズ2やスペシャルを何度か試乗したが、そのインパクトは当時と変わらぬまま。むしろ、操舵角に即して俊敏に反応する運動特性を知って、それが増幅された。やっぱりヨーロッパは、紛うことなき“スーパーカー”だ――と思う(私見)。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】本来のポテンシャルを誇示することなく消えた、悲運のBMW製スーパーカー

BMWモータースポーツは、世界メーカー選手権の制覇という目的を果たすために新しいグループ5マシンの開発を計画する。タッグを組んだのはイタリアのランボルギーニ。シャシー設計はダラーラが主導し、内外装デザインはイタルデザインが担当。パワートレインの開発はBMWモータースポーツ自身が手がけた――。今回はBMW初のスーパースポーツ、「M1」の話題で一席。

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【Vol.8 BMW M1】

1974年シーズンをもってヨーロッパ・ツーリングカー選手権(ETC)のワークス活動を休止していたBMWおよびBMWモータースポーツ(1993年に社名を「BMW M」に改称)。しかし、1976年になると新たなプロジェクトを始動させる。グループ5で行われる世界メーカー選手権(World Championship for Makes)への本格参戦だ。新規の専用マシンの開発コードは、“E26”と名づけられた。

 

■世界メーカー選手権の制覇を目指して――

BMWモータースポーツはニューマシンの車両レイアウトとして、戦闘力の高いミッドシップ方式の採用を決断する。しかし、社内ではこの分野のノウハウを持ち合わせていない。できるだけ早く、しかもスムーズにE26プロジェクトを進めるには――。BMWモータースポーツが選んだのは、ミッドシップスポーツカーの開発において優れた能力をもつイタリアの自動車メーカー、ランボルギーニとの提携だった。当時のランボルギーニは1973年に発生したオイルショックの影響をまともに受け、経営状態は逼迫。設計部門や生産ラインは半ば開店休業の状態にあった。新規のミッドシップスポーツの設計も、グループ4の規定である年間400台以上の生産も(グループ5とともにグループ4でのレース参戦も計画していた)、現状のランボルギーニなら可能だろう――BMWモータースポーツはそう考えたのである。

世界メーカー選手権の制覇のために生まれたM1。戦闘力の高いミッドシップ方式の採用するため、当初、この分野に長けたランボルギーニと提携して開発を進めていった世界メーカー選手権の制覇のために生まれたM1。戦闘力の高いミッドシップ方式の採用するため、当初、この分野に長けたランボルギーニと提携して開発を進めていった

 

BMWモータースポーツとランボルギーニによる共同プロジェクトは、当初順調なスケジュールで進行する。シャシー設計についてはランボルギーニと関係の深いダラーラが担当し、マルケージ製の角型鋼管スペースフレームに前後不等長ダブルウィッシュボーンサスペンションをセットする。ビッグシックスをベースとする専用エンジンを縦置きでミッドシップ搭載するというBMWモータースポーツ側の要件に対応し、ホイールベースはこの種のモデルとしては長めの2560mmに設定した。架装するボディについては、デザインと製作ともにジョルジエット・ジウジアーロ率いるイタルデザインに任される。ジウジアーロは1972年発表のコンセプトカー「BMWターボ」のイメージを取り入れ、ミッドシップカーならではのシャープで流麗なフォルムや空力特性に優れるフラットな面構成などでスタイリングを構築した。ボディパネルの主素材には軽量化や生産性を考慮してFRP材を採用。空気抵抗係数(Cd値)は0.384と優秀な数値を達成した。

 

肝心のパワートレインに関しては、BMWモータースポーツが開発を手がける。搭載エンジンは実績のある3.0CSLと同様、量産型の“ビッグシックス”直列6気筒ユニットのブロックをベースにチェーン駆動の4バルブDOHCヘッドを組み込むという手法を採用する。ボア×ストロークは93.4×84.0mmのオーバースクエアとし、排気量は3453ccに設定した。型式はM88。エンジン高の抑制とレース走行時の極端な重力変化に対処するために、オイル潤滑機構にはドライサンプ方式を導入する。さらに、点火機構にはマレリ製のデジタルイグニッションを、燃料供給装置にはクーゲルフィッシャー製の機械式フューエルインジェクションを組み込んだ。組み合わせるトランスミッションは専用セッティングのZF製5速MTで、ロック率40%のLSDを介して後輪を駆動する。また、操舵機構にはラック&ピニオン式を、制動機構には4輪ベンチレーテッドディスク(前対向4ピストン/後対向2ピストン)を採用した。路面との接点となるタイヤは前205/55VR16、後225/50VR16サイズを装着。トレッドは前1550/後1576mmに仕立てた。

 

■紆余曲折を経て「M1」の車名で市場デビュー

エアコンやパワーウィンドウといった快適アイテムも装備。この種のスポーツカーとしては異例の実用性を備えていたエアコンやパワーウィンドウといった快適アイテムも装備。この種のスポーツカーとしては異例の実用性を備えていた

 

初期段階のE26プロジェクトは順調に推移し、1977年夏には試作車も完成する。この流れを見たBMWモータースポーツは当初の予定通り、1978年春に開催されるジュネーブ・ショーで完成車を披露する計画を立てた。しかし、実際のショーではE26は出品されなかった。ランボルギーニの作業が遅々として進まなかったのである。また、どうにか完成したプロトタイプも、BMWモータースポーツが求める水準には達していなかった。業を煮やしたBMW本体は、プロジェクトを推進するためにランボルギーニの買収を目論むものの、ランボルギーニの下請け企業などがこれに強く反発した。結果としてBMWは、1978年4月にランボルギーニとの提携を解消することとした。

 

暗礁に乗り上げたE26プロジェクト。しかし、ここでBMWモータースポーツは意地のババリアン魂を見せる。生産工程を変えて、何とかE26を完成させようとしたのだ。FRP製ボディはスタイリングを手がけたイタルデザインが製作。一方、シャシーについては2002カブリオレなどの生産で提携の実績がある独シュツットガルトのバウア社に製造を委託する。そして、最終の仕上げを独ミュンヘンのBMWモータースポーツが行うという、複雑だが致し方ない手法をとった。苦労を重ねて完成したE26は、BMW Motorsportの“M”を意味する「M1」の車名を冠して、1978年秋開催のパリ・サロンにてワールドプレミアを果たす。BMW初の本格的なミッドシップスポーツで、しかもイタルデザインとダラーラ、そしてBMWモータースポーツという各分野のスター企業がタッグを組んだモデルだけに、M1はたちまちショーの主役に昇華した。

 

市販版のM1は、この種のスポーツカーとしては異例の実用性を備えていた。ボディサイズは全長4360×全幅1824×全高1140mm/ホイールベース2560mmに設定。また、エアコンやパワーウィンドウといった快適アイテムも装備する。M88エンジンの最高出力はロードバージョンが圧縮比9.0によって277hp/6500rpmを発生。さらに、グループ4仕様は11.5のハイコンプレッションから470hp/9000rpmを絞り出す。グループ5仕様は排気量を3153ccとしたうえでKKKターボチャージャーを組み合わせた結果、最高で850hp/9000rpmを発揮した。最高速度はロードバージョンが262km/h、グループ4仕様が310km/h、グループ5仕様が360km/hと公表された。

F1のサポートレースとしてワンメイクの「プロカーチャンピオンシップ(BMW M1 Procar Championship)」を開催。当時のF1パイロットらが中心となって参戦したF1のサポートレースとしてワンメイクの「プロカーチャンピオンシップ(BMW M1 Procar Championship)」を開催。当時のF1パイロットらが中心となって参戦した

 

意気揚々と市場に送り出されたM1。しかし、販売台数は伸び悩んだ。前述の複雑な生産工程は割高な車両価格(ポルシェ911の倍に近かった)につながり、しかも生産はBMWモータースポーツ本体がF1用エンジンの新規開発と製造に追われていたために月3台ほどがやっと。このままでは、グループ4の規定である連続12カ月に400台の生産をクリアすることは困難だった。打開策としてBMWモータースポーツは、シャシー製造を担っていたバウア社に最終工程の一部も委託する。また、M1がレースに参戦しないままで車歴を終える可能性があることを危惧して、ワンメイクの「プロカーチャンピオンシップ(BMW M1 Procar Championship)」を開催することとした。競技自体はF1のサポートレースとして催され、1979年と1980年にシリーズ戦を敢行。ドライバーは当時のF1パイロットらが中心となって参戦し、1979年シーズンにはニキ・ラウダ選手が、1980年シーズンにはネルソン・ピケ選手が年間チャンピオンに輝いた。プロカーチャンピオンシップに力を入れる一方、BMWモータースポーツはM1を駆って1979年開催のル・マン24時間レースのIMSAクラスに参戦する。使用マシンはポップアート界の巨匠、アンディ・ウォーホルがペイントしたBMWアートカー仕様のM1で、結果は総合6位と健闘した。

 

様々な努力の甲斐もあって、M1の生産台数は1980年暮れにどうにか400台をクリアする。本来は規定を満たすものではなかったが、モータースポーツにおけるプロカーチャンピオンシップでの貢献なども考慮して、FIAは特別に1981年以降のグループ4レギュレーションをM1に与えた。その後のM1は、世界各地のレースやラリーに地道に参戦。日本でもスピードスターホイールレーシングチームがM1を購入して耐久レースなどに出場し、その後オートビューレックモータースポーツに移動してスーパーシルエット・シリーズを制覇するなどの大活躍を果たした。

 

ようやく本格的なレース活動を行えるようになったM1。しかし、時のモータースポーツ界の環境がそれを拒んだ。レースの主役が、グループ5からグループCに移行しようとしていたのだ。また、BMWモータースポーツ本体も軌道に乗ったF1用エンジンの進化と製造に忙殺された。最終的にBMWモータースポーツは、1981年にM1の製造中止を決定する。本来のポテンシャルを誇示することなく、表舞台から姿を消した悲運のBMW製スーパーカー――。短い車歴における生産台数は、わずか453台(一説には447台)だった。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】事故で大破した幻のスーパーカー。“認定レプリカ”もわずか9台という希少性で伝説となった

前回で紹介したランボルギーニ・ミウラは、その車両レイアウトからモータースポーツ参戦が期待されたモデルだったが、フェルッチオ・ランボルギーニはこれを頑なに拒み、結果的にミウラがレースシーンに登場することはなかった。しかし、開発現場ではFIAが定めた競技規定付則J項に則ったミウラ・ベースの実験車両「J」が製作されていた――。今回は幻のランボルギーニ製スーパーカーと称される、Jこと「イオタ」の話題で一席。

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【Vol.7 ランボルギーニ・イオタ】

ミウラのベアシャシーであるTP400が1965年開催のトリノ・ショーで公開されたとき、自動車マスコミはこう予想した。ランボルギーニがついにレースに参戦する――。V12エンジンを横置きでミッドシップ配置し、ギアボックスとデフはその後方に設定し、このパワーユニットを鋼板を溶接したファブリケート構造のシャシーフレームに載せるという、一見すると運動性能に優れるプロトタイプスポーツに発展すると思われた構成だったのだ。設計を担当したダラーラのスタッフも、さらに煮詰めていけばGTクラスで覇権を握れるという自信があった。しかし、TP400をベースとするランボルギーニのプロジェクト、すなわち「ミウラ」の市販化に際し、ランボルギーニを主宰するフェルッチオはレース参戦を拒否。結果的にミウラがモータースポーツの舞台に立つことはなかった。

 

■ミウラをベースにした実験車両の製造

イオタはミウラのレーシングバージョンとして生まれたが、レース参戦に至ることなく顧客に売却。その後、事故により大破するという数奇な運命をたどるイオタはミウラのレーシングバージョンとして生まれたが、レース参戦に至ることなく顧客に売却。その後、事故により大破するという数奇な運命をたどる

 

一方、ミウラのシャシーに可能性を見出し、より速くて完成度の高いスーパースポーツを創出しようとする人物がいた。ランボルギーニの開発およびテストに参画していたニュージーランド生まれの技術者、ボブ・ウォレスである。ウォレスはミウラ改良のための先行開発の名目のもと、1969年末よりFIA(国際自動車連盟)が定めた競技規定付則J項に則った実験車両を製作。ペットネームを「J」と名づける。後にJは、ギリシャ文字のιにちなんでIOTA=イオタ(少量、稀少の意)と呼ばれるようになった。ちなみに、この実験車両の製作に対してフェルッチオは、会社としてのレース不参戦を前提に、「ウォレスがやりたいなら、好きにやらせてやれ」と黙認していたそうだ。

 

実験車両のJは、1970年にひとつの完成形に達する。シャシーはミウラと同様の鋼板溶接構造を踏襲したうえで、ツインチューブの断面拡大や箱断面バルクヘッドおよびリアサブフレームの強化などを実施。懸架機構には丸断面鋼管製の前後ダブルウィッシュボーンサスペンションを組み込み、とくにリアサスは大幅に設計変更してスタビリティ性能を高める。ルーフには生産型ミウラと同様のスチールパネルを採用するが、マウント位置は低められた。基本スタイルもミウラに準じたが、装飾類は一切省かれ、代わってエアインテークおよびアウトレットを各所に配置。前後カウルやドアはアルミ材で仕立て、ヘッドランプはプレクシグラスでカバーする固定式に切り替わった。マウントポストにダイレクトに搭載した3929cc・V型12気筒DOHCエンジンは、圧縮比の引き上げ(11.5:1)やカムプロフィールの変更などにより最高出力が440hp/8500rpmへとアップ。オイル潤滑はエンジンとトランスミッションを別系統としたドライサンプ式に刷新する。車両重量は当時のミウラP400S比で150kgあまり軽い約900kgに仕上がっていた。

 

■ランボルギーニ認定のイオタは9台?

市場の声に応え、ランボルギーニはイオタのレプリカを製作する。写真はミウラSV改Jを意味するミウラP400SVJ市場の声に応え、ランボルギーニはイオタのレプリカを製作する。写真はミウラSV改Jを意味するミウラP400SVJ

 

改良の域を超えた、まさにミウラのレーシングバージョンのキャラクターを有したJは、完成後にテスト走行を繰り返し、そのポテンシャルを確かめていく。しかし、レース参戦に至ることはなく、1972年にはミウラに連なるシャシーナンバー4683をつけて所有を熱望する顧客に売却された。後にこのモデルは事故により大破。これを回収したランボルギーニは、どうにか使用可能なエンジンなどをミウラに移植し、さらに改造を施すなどして再利用している。

 

一方でJの評判を聞きつけた熱心なファンが、ランボルギーニにミウラのJ化を要望する。これに応えたランボルギーニは、特別仕様のミウラ、いわゆる“レプリカ”版のJを少数製造することにした。

イオタのレプリカはSVJとSVRの2種類。写真はSVJ。70年代のスーパーカーブーム当時、日本に存在したイオタは76年に輸入されたSVRと77年に輸入されたSVJの2台だったイオタのレプリカはSVJとSVRの2種類。写真はSVJ。70年代のスーパーカーブーム当時、日本に存在したイオタは76年に輸入されたSVRと77年に輸入されたSVJの2台だった

 

現状で明確に認定されているランボルギーニ製作のJ=イオタのレプリカは、9台といわれている(今後の研究および発掘で増える可能性あり)。レプリカの1号車はシャシーナンバー4860。ドイツでランボルギーニのディーラーを営むヘルベルト・ハーネが注文した1台で、呼称にはミウラSV改Jを意味するSVJの名を冠した。また、シャシーナンバー3781はミウラP400をファクトリーに入れてJに仕立て直したもので、このモデルのみSVRを名乗った。

 

ちなみに、スーパーカー・ブームの当時、ショーの舞台や自動車雑誌の誌面などを飾って少年たちの心をときめかせたイオタは、前述のシャシーナンバー3781のSVR(1976年に日本に輸入)、そしてトミタ・オートが1977年に日本に輸入した同4892のSVJだった。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】市場から一刻も早い販売を期待された、流麗なV12ミッドシップモデル

1960年代前半のスーパースポーツは、フロントにエンジンを置き、長いドライブシャフトを介してリアを駆動する、いわゆるFRレイアウトが定番だった。そこに、ミッドシップ方式でエンジンを積んでリアを駆動する、MRレイアウトの新世代スーパーカーが1966年に登場する――。今回はランボルギーニの第3弾ロードカーで、著名な闘牛飼育家に由来する車名を冠した「ミウラ(MIURA)」の話題で一席。

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【Vol.6 ランボルギーニ・ミウラ】

1965年に開催されたトリノ・ショーにおいて、新興のスポーツカーメーカーであるアウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニS.p.A.は、「TP400」と称するシャシーとエンジンの試作モデルを公開する。その姿を見て、来場者は驚いた。エンジンがミッドシップ方式で搭載されていたのだ。当時のスーパースポーツはフロントエンジン・リアドライブのFRレイアウトが定番。そこに、大きなV12エンジンを横置きでミッドシップ配置し、ギアボックスとデフはその後方に設定し、このパワーユニットを鋼板を溶接したファブリケート構造のシャシーフレームに載せていたのである。ダラーラが次世代ランボルギーニ車のために開発していたベアシャシーを、フェルッチオが話題集めのために急遽出品したものだったが、その注目度は満点。カジノに遊びにきていたお金持ちのスポーツカー好きなどが、大挙してこのシャシー&エンジンの素性を尋ねた。一方、V12ミッドシップ車=プロトタイプスポーツと捉えた自動車マスコミからは、「ついにランボルギーニがレース参戦か」と評された。

 

■革新的なミッドシップV12スポーツカーの登場

前後端を支点とする跳ね上げ式のカウルはミウラの特徴のひとつ。ミッドシップに横置きでV12ユニットを積む前後端を支点とする跳ね上げ式のカウルはミウラの特徴のひとつ。ミッドシップに横置きでV12ユニットを積む

 

TP400のベアシャシーとエンジンはその後改良が施され、組み合わせる鋼板製ボディにも応力を持たせるセミモノコック構造を創出。そして、1966年開催のジュネーブ・ショーにおいて「ミウラ」の車名でワールドプレミアを果たす。スペインの有名な闘牛飼育家に由来するMIURAの車名を冠したベルリネッタ(クーペ)ボディの新型スーパースポーツは、当初、量産車として想定していなかった。フェルッチオとしては会社のイメージアップと販売促進につながればいいと考え、生産しても30台程度で済ます予定だったのである。しかし、市場の反応は予想以上に良く、受注も増える。

 

同時に、一刻も早い販売を顧客から要請された。ちなみに、プロトタイプのミウラを見て一部の自動車マスコミからは落胆の声があがる。GTのキャラクターに特化した内外装の演出が、TP400時でのレース参戦の予想に反していたからだ。そもそもフェルッチオとしては、レースカーに仕立てるつもりは端からなかったのだが……。

 

ミウラの顧客ニーズを鑑みたフェルッチオは、大まかなセッティングを決めた段階で生産に移し、1967年より「ミウラP400」として販売する。車名のPはPosteriore=後方でエンジンの搭載位置、400はエンジン排気量を意味していた。

厚めのパッドで覆ったインパネに独立タイプの速度計&回転計と6連補助メーターを装備厚めのパッドで覆ったインパネに独立タイプの速度計&回転計と6連補助メーターを装備

 

ミウラP400の車両デザインはカロッツェリア・ベルトーネのチーフデザイナーであるマルチェロ・ガンディーニが、またボディの製作はベルトーネの工場が担当する。エクステリアはエレガントな造形とエアロダイナミクスを両立させた流麗なフォルムで構成。前後端を支点とする跳ね上げ式のカウルや点灯時に前方に持ち上がるポップアップ式ヘッドライト、ルーバー付きのリアウィンドウなども人目を惹いた。ボディサイズは全長4360×全幅1760×全高1055mm、ホイールベース2500mmに設定する。内装のアレンジにも工夫が凝らされ、厚めのパッドで覆ったインパネに独立タイプの速度計&回転計と6連補助メーター、バケットタイプの2座シートなどを配してスポーティかつ華やかに演出。GTカーとしての積載性の向上を狙って、リアセクションにはトランクルームを設置した。

 

ミッドシップに横置き搭載するエンジンは60度V型の3929cc・12気筒DOHCユニットで、燃料供給装置にはウェーバー製トリプルチョークキャブレター×4を組み合わせる。圧縮比は9.8:1に設定し、350hp/7000rpmの最高出力と37.5kg/5100rpmの最大トルクを発生した。トランスミッションはフルシンクロの5速MTで、パワートレインをコンパクトに収める目的で潤滑系をエンジンと共用化する。懸架機構には前後ダブルウィッシュボーン式を採用。操舵機構にはラック&ピニオン式を組み込んだ。公表された車両重量は980kgで、前後重量配分は44:56。最高速度はクラストップの300km/hを謳っていた。

 

■P400S、P400SVへと進化

1968年12月には発展版の「P400S」が登場。最高出力370hp/7700rpm、最大トルク39.0kg/5500rpm1968年12月には発展版の「P400S」が登場。最高出力370hp/7700rpm、最大トルク39.0kg/5500rpm

 

早々にユーザーの手元に届けられたミウラ。しかし、その完成度は決して高くなかった。エンジンパワーや最高速度はカタログ数値よりもずっと低く、高速安定性もいまひとつ。コーナリング時には唐突な挙動変化を起こすこともあった。また、遮熱および遮音対策も不足していたため、コクピットのドライバーは熱さやノイズに耐えなければならなかった。

 

エレガントなスタイリングに反して、荒々しさが目立つパフォーマンス――。この評判は、生産を重ねるごとに改良されていく。実施された項目は、シャシー鋼板の肉厚アップ、サスペンションのアライメント変更、取付剛性の強化など多岐に渡った。そして、1968年12月には発展版の「P400S」の販売をスタート。Sはイタリア語の“Spinto”の略で、直訳では“劇的な盛り上がりのあること”、ミウラでは“(従来よりも)レベルが上がる”を意味していた。エンジンはインテークポートの拡大や圧縮比のアップ(10.5)などによって最高出力を370hp/7700rpm、最大トルクを39.0kg/5500rpmへとアップ。足回りのセッティングも変更し、安定性をより向上させる。また、外装ではウィンドフレームおよびヘッドライトリムのクローム化などを、内装ではインパネの形状変更や空調システムの改良などを実施した。

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1971年のジュネーブ・ショーで発表された「P400SV」。“Sprint Veloce”の略称だ。メカニズムの刷新とともにヘッドライト周囲の“睫毛”を廃止1971年のジュネーブ・ショーで発表された「P400SV」。“Sprint Veloce”の略称だ。メカニズムの刷新とともにヘッドライト周囲の“睫毛”を廃止

 

1971年開催のジュネーブ・ショーでは、いっそうの完成度を高めた「P400SV」が発表される。“Sprint Veloce”の略称をつけた進化版のミウラは、サスペンションアームの一部変更や60扁平タイヤの装着、リアの9Jホイール化およびフェンダーのワイド化などによってスタビリティ性能を向上。搭載エンジンは吸気バルブの拡大やカムシャフトの変更、圧縮比の引き上げ(10.7)などによって最高出力が385hp/7850rpm、最大トルクが40.7kg/5750rpmにまでアップする。外観上では、ヘッドライト周囲のグリル(通称“睫毛”)の廃止やフロントグリル形状の刷新、リアコンビネーションランプへの後退灯の組み込みなどを行った。

 

ほかにも、試作スパイダーモデルの「ILZRO」やその発展型の「Zn75」などが造られたミウラ・シリーズは、最終的に1973年10月に生産を終了する。生み出された台数は、750台ほどだった。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

 

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【中年スーパーカー図鑑】40年ぶりに日本の納屋で発見され2億円超で落札! 今なお根強い人気を誇る「デイトナ」

今年の9月になって、1台のスーパーカーの車名が自動車界およびマスコミ界を賑わわせた。フェラーリが1968年に発表した365GTB/4だ。このクルマのプロトタイプスポーツで、レース参戦用にアルミ合金製ボディを纏ったモデルが5台製作されたのだが、このうちの1台は公道走行が可能だった。長年、希少なアルミボディのロードバージョンはその行方が不明だったが、何と日本の納屋で眠っていたことが発覚。これがサザビーズのオークションに掛けられ、180万7000ユーロ(約2億3000万円)で落札されたのである。今回はいまなお高い人気を誇り、折に触れて話題を提供する“デイトナ”こと365GTB/4で一席。

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【Vol.6 フェラーリ365GTB/4】

1968年開催のパリ・サロンにおいて、フェラーリは新世代のスーパースポーツを発表する。それまでの275GTB/4の実質的な後継を担う「365GTB/4」が雛壇に上がったのだ。車名は従来のフェラーリ車の慣例に則り、365が12気筒エンジンの単室容量(cc)、GTがグランツーリスモ、Bがベルリネッタ(クーペ)、4がカムシャフト本数(V12の片側バンクに2本ずつ、計4本でDOHCヘッドを構成)を意味していた。

 

365GTB/4の基本骨格は、楕円チューブをメインとした鋼管スペースフレームに、カロッツェリア・ピニンファリーナのレオナルド・フィオラヴァンティがデザイン、スカリエッティが製作したスチールと一部アルミによるボディを組み合わせる。ホイールベースは275GTB/4と同寸の2400mmに設定。懸架機構は前後ともにダブルウィッシュボーン/コイル+スタビライザーで構成する。制動機構にはボナルディ製サーボの4輪ベンチレーテッドディスクブレーキを組み込み、タイヤ&ホイールには200×15G70または215/70VR15+センターロック軽合金製ホイールを装着した。

 

■究極のフェラーリ製FRベルリネッタの登場

FRらしいロングノーズに短めのテールセクション。4灯式のヘッドランプが特徴的だったFRらしいロングノーズに短めのテールセクション。4灯式のヘッドランプが特徴的だった

 

フロントに搭載するエンジンはボア×ストロークを81.0×71.0mmとした4390cc・V型12気筒DOHCユニットで、燃料供給装置にはウェバー40DCN20キャブレターを6連装。圧縮比は8.8:1に設定し、352hp/7500rpmの最高出力と44.0kg・m/5500rpmの最大トルクを発生した。オイル供給の安定化を狙って、潤滑方式にはドライサンプを採用する。組み合わせるトランスミッションには、フルシンクロの5速MTをセット。前部のエンジン/クラッチと後部のギアボックス/ファイナルは太いトルクチューブで結ばれ、シングルユニットとして4カ所でマウントする、いわゆるトランスアクスルに仕立てる。公表された性能は最高速度が280km/h、0→1000m加速が24秒と、超一級のパフォーマンスを誇った。

 

エクステリアに関しては、FRレイアウトらしいロングノーズに流れるようなルーフライン、短めのテールセクションで基本プロポーションを構成。4灯式のヘッドランプは初期型がアクリル樹脂のプレクシグラスで覆った固定タイプで、1970年より米国の安全基準に合致したリトラクタブル式に順次切り替わった。ボディサイズは全長4425×全幅1760×全高1245mm、トレッド前1440×後1425mmと、従来の275GTB/4よりひと回り大きくなる。車重も同車より重い1280kgとなった。2座レイアウトのインテリアについては、大小のVEGLIA製メーターをすべてナセル内にまとめたシンプルかつスポーティなインパネに、ゲートできちっと仕切った変速レバー基部、3本スポークのステアリングホイール、ハンモック構造で良好な座り心地を実現したバケットシートなどを装備。トランスアクスルを採用する割にはセンタートンネルが幅広かったことも、365GTB/4の特徴だった。

ハンモック構造のバケットシートは座り心地良好だったハンモック構造のバケットシートは座り心地良好だった

 

1969年開催のフランクフルト・ショーでは、365GTB/4のスパイダーボディ(365GTS/4)が発表される。ソフトトップが収まるトランクリッド部を改良し、Aピラーやコクピット周囲を補強したスパイダーは、とくにアメリカ市場で高い人気を獲得した。また、同年開催のパリ・サロンではカロッツェリア・ピニンファリーナが新しい365GTB/4のスタイルを提案する。ボディと別色のAピラーおよびルーフにロールバー風のステンレスの飾り帯を組み合わせ、ファスナーで開閉できるビニール製リアウィンドウを備えた365GTB/4クーペ・スペチアーレ(Coupe Speciale)だ。スーパースポーツのエクステリアに新たな方向性を示した力作は、残念ながら市販化には至らなかったものの、プロトタイプに続いてカロッツェリア・ピニンファリーナ自らがボディをたたき出した稀有な365GTB/4として、今なおファンが語り継ぐスペシャルモデルに昇華している。

 

■レースでも輝かしい戦績を残す

公表された最高速度は280km/h、0→1000m加速が24秒。超一級のパフォーマンスを誇った公表された最高速度は280km/h、0→1000m加速が24秒。超一級のパフォーマンスを誇った

 

レース部門と市販車部門が並列していた時代のフェラーリが開発した最後の12気筒グランツーリスモである365GTB/4“デイトナ”。1968年から1973年にかけての生産台数は、ベルリネッタとスパイダー合わせて1406台だった。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。