13種類の笑顔を使い分けるタイ人、「微笑みを絶やさない」の裏にある意味とは?

現在、約6万人のタイ人が日本で暮らしています。タイ人の国民性としてよく挙げられるのが、微笑みを絶やさないこと。しかし、どうしてそうなのでしょうか? そこで、宗教的・制度的な側面からタイ人の微笑みを深堀りしてみることにしました。身近にいるタイ人との付き合い方や働き方についても何らかのヒントが得られるかもしれません。

↑微笑みを絶やさないタイ人の親子

サクディナー制と上座部仏教

なぜタイ人はいつも微笑みを絶やさないのでしょうか? その答えは、近代まで残っていた階級制度「サクディナー制」と「上座部仏教」の教えに、タイの国民性が深く根ざしていることにあります。

 

サクディナー制は、国王が社会の頂点として国土と人民の支配権を持ち、貴族、僧侶、農民などが身分に応じて国王から貸与された土地保有面積を数値化した階級制度。15世紀に定められ、1932年の立憲革命まで存続しました。

 

長く続いたサクディナー制は、自分と他人の身分や立場を明確にし、「互いの面子をつぶさないことが最も重要」であるという価値観をタイ社会に浸透させました。制度が廃止された現在でも、相手は自分と比べて立場が上なのか下なのかを無意識に慮り、その基準に沿って行動するという国民性が存続しているのです。

 

その一方、タイ人は「出家して悟りをひらき、煩悩の苦に満ちた生を解脱する」という上座部仏教の教えにも大きな影響を受けています。男子が一度は出家して僧侶としての修行を行うという文化もあり、仏教が持つ寛容の精神を持って日々功徳を積んでいくことが行動規範です。

 

基本的にタイ人は、今の社会的立場は前世の業によるものということを信じ、自分の社会的立場を知って分に応じたふるまいをすることが大切だと考えます。そのため自分の置かれた立場や運命を受け入れやすく、不満や怒りを表に出さない傾向があります。

 

こういったことが背景となり、タイ人は微笑みを絶やさないといわれているのです。

 

気配りの世界

↑基本的にタイの男子は一度は出家し僧侶としての修行を行う

 

サクディナー制と上座部仏教の影響により、タイ人は人と関わりを持つ社会を「気配りの世界」とらえています。そして、この世界では「グレンチャイ」がとても重要です。

 

グレンチャイは日本語で「遠慮する」の意味で、タイでは人間関係において相手との心理的距離感に常に配慮するという教えです。特に自分より立場が上の人に面倒をかけることは、相手の面子をつぶす「分をわきまえない言動」であり、自分の面子も傷つき社会的評価が下がってしまうという考え方です。

 

気配りが行き届いているといわれる日本人と似た部分もありそうですが、タイ人は「タンマ(仏教的公正)」に沿った行動規範にならっているため、気遣かったり敬意を払ったりすることや、自己抑制という意識が徹底しています。

 

ただ、ビジネス現場などではグレンチャイが障害となることもあります。具体的には、配慮しすぎたあまり上司への緊急報告が遅れたり、上司の指示が理解できないのに質問せず「わかりました」と対応したり、といったことがよく見られます。

 

そのため、自分が上司の立場になった場合は、その都度「マイ・トン・グレンチャイ(遠慮しないで)」と伝え、タイ人スタッフとの風通しをよくすることが大切。そういったコミュニケーションを重ねることにより、グレンチャイの壁が低くなるからです。

 

微笑みは13種類

グレンチャイはタイ人の微笑みにも表れているので、会話する際にもそれを念頭に置くことが大事です。

 

タイ人の微笑みは13種類あるといわれています。しかし、そのうちポジティブな感情を表す微笑みはわずか3種類で、残りの10種類はネガティブな感情を隠すためとされます。タイ人の微笑みを理解するには、言葉だけでなく、表情、ジェスチャー、目線、声のトーン、身体の距離といった非言語的な要素も注意深く観察する必要があるのです。

↑タイでは1980年代から経済発展が進む

 

タイ人はサクディナー制と仏教の教えに基づき、自分と他人の面子を守り、「グレンチャイ(遠慮)」を美徳とする世界に生きています。タイ人がいつも絶やさないさない微笑みは、複雑な感情を伝えるコミュニケーションツールでもあるのです。

 

私たち日本人がタイ人の微笑みの本当の意味を読み取るのは簡単ではないでしょう。でも、微笑みの背景にある宗教的・制度背景を知ることにより、互いの理解を深めることができるかもしれません。

 

執筆/諏訪薗 和人

タイのセブンイレブンを「野生のサル」が襲撃! 持ち去ったのは当然…

野生の動物が人間の食べ物を奪ったり人を襲ったりする事件は、日本でもしばしば発生しています。そんな事件は海外でも同じく起きていますが、タイでは先日、セブンイレブンに野生のサルが現れました。

↑狙いはもちろん…(画像提供/New York Post)

 

事件が起きたのは、タイのとあるセブンイレブン。2匹のサルが現れて、店の外に置かれていたカゴによじ登り、その中に入っていたバナナをくわえて持ち去ったのです。2匹は、近くにあった電線や柱を器用に飛び回って、何度か同じカゴからバナナを取っていきました。さらに店の裏手では、生ごみのようなものをあさっていた別のサルもいたようです。

 

店員が追い払おうとしても、サルたちは電線などによじ登るだけで、逃げだすそぶりも見せません。この様子を捉えた動画を見ると、周囲にはあっけにとられたまま傍観する人たちも写っており、サルたちが街中でそれほど警戒することなく、走りまわっていることかがうかがえます。

 

タイでは近年、野生のサルがこのように街中に現れて、人の食べ物を奪い取ったり、人を追いかけたりする事件が発生しているそう。観光地では、新型コロナウイルスのパンデミックで観光客の姿が消えてしまうと、サルがさらに攻撃的になって、建物に侵入するケースなどが増えるといいます。

 

タイ政府は、サルの保護区を作ったり、集団で不妊手術を行うプログラムを設けたり、個体数を管理しようとしているそう。しかし、サルたちが自然にある果物ではなく、人間の街中にあるバナナを奪うようになっている現実を知ると、やるべきことはまだ他にあるのではないかとも思われます。

 

【主な参考記事】

New York Post. Wild monkeys raid Thailand 7-11, make off with banana haul in bizarre theft: video. September 20 2023

教育DXに注力するタイ、背景にある3つの大きな教育制度の課題

2036年までに先進国になることを目指しているタイ政府は、2016年に策定した「タイランド4.0(20年間長期国家戦略)」に取り組んでいます。達成に向けた急務は先進技術に対応できる人材を育成するための教育制度を確立すること。そのための方法としてEdTechに注目が集まっています。

「タイランド4.0」で2036年の先進国入りを目指す

 

タイランド4.0は次世代の農業やバイオテクノロジー、ロボット産業、自動車産業など10種類の先進技術産業を基盤にしながら経済を成長させる計画。この計画を達成するためには、デジタルを中心とした先進技術に対応できる人材を育成する教育制度の確立が急務となっています。

 

そんな中、国内の民間企業は「タイランド4.0」を大きなビジネスチャンスと捉え、デジタル人材育成の場としてEdTechに力を入れ始めました。EdTechは「Education(教育)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語で、テクノロジーを用いた教育を支援する仕組みやサービスを指しますが、民間企業がEdTechに注力し始めた裏には、現在の公教育制度に多くの問題点が存在します。

 

タイの教育制度は、社会の所得格差と地域格差が是正されていないことが原因で、大きな問題を3つ抱えています。

 

1: 慢性的な教員不足

現役教員が高齢化して退職者が増加しましたが、教員の給与は民間と比べて低いので、なり手が少ないという問題があります。タイの公立校の教員は公務員となり、給与は棒級表に従います。初任給は、民間企業の大卒一般職の初任給が1万8000バーツ(約7万1000円※1)程度に対して、1万5000バーツ(約5万9000円)。ただし私立校の教員は民間扱いとなり、給与も民間企業に近い額をもらっている場合が多いです。教員不足の他の理由としては、定時後の事務作業や、生徒にトラブルが発生した場合の対応など、拘束時間が長くなることも挙げられます。

※1: 1バーツ=約3.95円で換算(2023年1月27日現在)

 

2: 国際的に低いタイの学力

生徒の基礎学力(読解力、数学的応用力、科学的応用力)が国際平均を下回り国際的な水準を満たさない。15才を対象に実施される国際学習到達度調査(PISA)のほかに、国際教育到達度評価学会(IEA)が1995年から4年に1度、「TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)」と呼ばれる算数・数学および理科の到達度に関する国際テストを小学校4年生時と中学校2年生時に実施しており、タイは2011年に実施された第5回まで参加していました。しかし同年度の結果は、以下の通り全ての調査で中央値を下回る結果となっています。

参加国数 順位 得点 中央値
小学4年生 算数 50か国・地域 34位 458点 507点
小学4年生 理科 50か国・地域 29位 472点 516点
中学2年生 数学 42か国・地域 28位 427点 467点
中学2年生 理科 42か国・地域 25位 451点 483点

 

3: 少ないデジタル予算

デジタル関連の予算が少な過ぎるため、農村部などでICT(情報通信技術)の整備や教育が大きく遅れていることも問題です。デジタル関連はデジタル経済社会省が担当しており、2022年度は国家予算3兆1000 億バーツ(約12兆円)に対して、デジタル関連の予算は69億7900万バーツ(約275億円)と、予算比0.2%になっています。日本の場合、2022年度のデジタル関連の予算は1兆2800億円と予算比1.2%で、デジタル化に力を入れているシンガポールの場合は、2021年度国家予算の240億シンガポールドル(約2兆3800億円※2)に対し、デジタル関連予算は38億シンガポールドル(約3760億円)と予算比15.8%を費やしています。一概には言えませんが、最低でも国家予算の1%は配分する必要があるのではないかと思われます。

※2: 1シンガポールドル=約99円で換算(2023年1月27日現在)

 

これらの問題がデジタル人材を公教育で育成することを困難にしているのですが、だからこそ民間企業はこの状況をビジネスチャンスとして認識し、タイランド4.0が求める人材育成の場として、また、ICTなど公教育が抱える問題の解決策としてEdTechに乗り出す民間企業が増えているのです。

 

例えば、タイの教育関連企業のOpenDurianは390万人のユーザー数を誇り、小学校レベルから大学入試に加え、公務員試験対策やTOEIC、IETLSなど英語資格試験対策のオンラインコースを提供しています。

 

また、School Bright社は、教師や学校事務員の作業軽減を図る業務支援アプリや、保護者が学校とスムーズにコミュニケーションが取れるような学校運営支援アプリを開発。現在、タイ全土412校で採用されています。

 

海外のEdTech企業もタイに進出しており、英国のNisai Groupがタイに「WeLearn Academy Thailand」を設立しました。中学校・高校レベルのオンライン学習支援を行うとともに、所定のカリキュラムを修了した生徒には米国の高校修了認定証明書を取得できるコースを提供しています。

 

政府もスタートアップを支援

タイのICT教育の様子

 

2021年3月に JETRO(日本貿易振興機構)が発表した「タイ教育(EdTech)産業調査」によると、タイのEdTech市場は、6.5億ドル(約845億円※3)~16億ドル(約2080億円)と見込まれています。また、タイの教育産業に属する企業の平均純利益率は6.3%で、成長率も8.7%と有望な市場と言えます。

※3: 1ドル=約130円で換算(2023年1月27日現在)

 

タイ政府も、既存産業の活性化や教育システムの質の改善が見込めると期待。国内外のEdTechスタートアップに対して多額の投資資金を投じると表明しています。

 

このように、タイランド4.0を背景に伸びているEdTechは有望市場ですが、海外からの投資規模はまだ小さく参入の余地があります。タイのスタートアップも海外企業との連携に意欲的なため、日本企業にとっては途上国ビジネスの選択肢の一つとして検討に値するのではないでしょうか?

 

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日本のウォシュレットが欲しい! 先進国入りを目指すタイのトイレ事情

11月19日は「世界トイレの日」。2013年に国連が世界各国の衛生状況を改善するために設けました。タイでは19世紀のコレラの蔓延を契機にトイレの普及に力を入れ始め、1980年代の経済発展を経て、今日ではほぼ全世帯にトイレが設置されました。タイ政府は2036年の先進国入りを国家目標とし、公衆衛生の向上に力を入れています。タイのトイレ事情について、その歴史から現在の動向までを説明しましょう。

トイレは先進国入りを目指すタイの象徴

 

タイのトイレ史

18世紀末までのタイでは王族や貴族、僧侶のみがトイレを使用し、庶民は川や森、野原などで用を足していました。昔の俗語で「森に行く」や「畑に行く」は排泄を意味しています。

 

ところが、1817年にインドのガンジス川流域でコレラが大発生し、ラーマ2世統治下のタイ(サイアム)にも被害が及び、バンコクを中心に多くの人が犠牲となりました。その後もコレラはたびたび発生したため、1897年にラーマ5世が「バンコク都公衆衛生法令」を発し、バンコク市民はトイレで排泄するように義務付けられ、トイレの普及に乗り出します。

 

20世紀に入り、米国のロックフェラー財団から援助を受けたタイ政府は、地方でのトイレ建設を進め、設置数を増やしましたが、本格的な普及にはまだまだ及ばない状況でした。1930年代からはトイレ使用と入浴に関する児童用教材を製作し、国民の衛生意識育成を強化。その結果、第二次世界大戦後よりトイレが本格的に普及し始めたのです。タイ国家統計局のデータによれば、全世帯におけるトイレの普及率は2000年に約98%に達したとのこと。

 

日本とかなり異なるタイのトイレ

このような歴史を持つタイのトイレには日本と異なる点が多く見られます。主な違いを3つ挙げましょう。

 

1: トイレットペーパーを流せない

タイのトイレはトイレットペーパーを流せません。タイは水不足に悩まされることも多いので、水不足に備えて下水は配管が細く、水の勢いも弱く設定されています。トイレットペーパーを流すとすぐ詰まるので、トイレットペーパーは使用後に備え付けのゴミ箱に捨てています。

「紙をトイレに流すな」と注意を呼びかけるステッカー

 

2: ハンドシャワーで流す

日本では自動でお尻を洗い流すシャワートイレが普及していますが、タイでは空港や高級ホテル、高級大型商業施設にしか設置されていません。普通の商業施設や一般家庭トイレでは、設置されたハンドシャワーでお尻を流します。下水道の流れは弱くても、商業施設のハンドシャワーの中には水の勢いがとても強いものも。そのため、下着やズボン・スカートが濡れてしまうこともあるので注意が必要です。

 

3: タイ式トイレ

近年は便座式トイレが普及してきましたが、公衆トイレや古い商業施設、地場レストランでは旧来のタイ式トイレが残っています。和式トイレのデザインと似ているものの、和式とは逆にドアに向かってしゃがんで用を足します。水洗式ではない場合、トイレ内にある水槽の水をバケツに汲んで汚物を流します。

タイ式トイレで奥に見えるのが汚物流し用水槽とトイレットペーパーを捨てるゴミ箱

 

このように日本とは異なる点が多いタイのトイレ事情ですが、先進国入りを果たすには公衆衛生意識のさらなる向上が不可欠。そのために、官民挙げたさまざまな動きが見られます。

 

タイ政府は2010年代以降、世界トイレの日に合わせて公衆衛生のキャンペーンを実施してきました。さらに近年では学校教育にSDGsカリキュラムを取り入れ、トイレを中心とした公衆衛生の向上に取り組んでいます。

 

2018年には「20年間国家戦略」に沿い、保健省主導で「2019-2030年 安全衛生管理のためのマスタープラン」が以下のように策定されました。

 

1: 社会的弱者のための衛生的な家庭用トイレの増加

2: 衛生的な公衆トイレ、特に学校のトイレの増加

3: 安全なし尿管理システムの増加

 

各施策の予算配分を厚くし、すべての人の健康増進と伝染病の予防、健全な環境と生態系維持への貢献を目指しています。

 

日本企業もしのぎを削るトイレビジネス

1980年代におけるタイの経済発展に伴い、トイレは旧来のタイ式トイレから便座式に変わってきました。タイ王室系の最大財閥・サイアムセメントは1984年に日本のTOTOと合弁会社「COTTO」を設立し、便座式トイレの展開に着手。その後、アメリカン・スタンダード社が参入し、現在でもタイのトイレはCOTTOとアメリカン・スタンダード社の2社がシェア1位と2位を占めています。

 

TOTOは2013年にサイアムセメントとの合弁を解消し、以降はTOTOブランドでシャワートイレを販売。大型商業施設や高級ホテル、高級コンドミニアムを主な販売先として事業を展開しています。

 

近年、タイ人の日本へのビザなし渡航が解禁されたことで多くの人が日本のシャワートイレの良さに気づき、家庭用シャワートイレ(ウォシュレット)を望む声が高まりました。現在は一般家庭向け低価格モデルのシェア争いで、各社はしのぎを削っている状態です。

 

先進国入り目標に向けてトイレに関しても公衆衛生プロジェクトを推進するタイでは、10年後にはハンドシャワーやタイ式トイレがなくなってしまうかもしれません。タイらしさが薄れる一方で、誰でも利用できる衛生的かつ現代的なトイレが国中に普及するでしょう。

 

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「海外と日本をつなぐ仕事がしたい」夢を追いかけタイへ! 経済成長が加速する国でリユースビジネスと海外進出支援業

【掲載日】2022年2月23日

経済成長が目覚ましく、勢いに乗っている東南アジア諸国。現在、日本の中古リサイクル品が、タイをはじめ東南アジアで人気になっています。自社でもリサイクルショップを運営し、かつ、現地の店にも商品を卸すリユースビジネスを展開するほか、企業の海外進出支援もするASE GROUPのCEOである出口皓太さんにインタビューをしました。

出口皓太/大学卒業後、輸入機械商社に営業職で3年間勤務。その後退職し、ワーキングホリデービザでオーストラリアに渡った後、シンガポールへ。日系電機メーカーで約3年間勤務したのち、縁がありカンボジアへ。その後ASE GROUPを立ち上げCEOに就任。主にタイでのリユースビジネスと、東南アジアでの海外進出支援を担う。

 

「今後、成長していく」そう思わせてくれる国の勢いが魅力

 

――まずはASE GROUPを立ち上げた経緯を教えてください。もともと海外で働くことに関心があったのでしょうか?

 

出口 もともと関心があったわけではないのですが、一つの転機になったのが、19歳の夏休みに「何か思い切ったことをしてみたい」と、1カ月ほどニュージーランドにひとりで行ったことです。当時は英語を話せなかったのですが、それでも身振り手振りで伝えて笑顔でいれば、「面白い日本人がいる」と仲良くしてくれる人や、困ったときに助けてくれる人がいました。しかしこのときに強く感じたのは「言葉がわからない」ことの悔しさ。この経験をきっかけに、帰国後すぐに英会話スクールに通い始め、「いつか日本と海外をつなぐ仕事がしたい」と考えるようになりました。

 

大学卒業後に勤めた輸入機械商社では、営業職をしていました。先輩方にも恵まれ結果も出せていましたが、「長期で海外に行ってみたい」という気持ちが抑えきれなくなり、思い切って退職してオーストラリアにワーキングホリデービザを使って行きました。

 

その後、「アジアのハブであるシンガポールで仕事をしてみたい」と思いシンガポールへ渡ります。3年ほど会社に勤めた後、「そういえば東南アジアのほかの国をまわったことがないな」と思い、日本に帰国する前に1か月ほど東南アジアを旅することにしました。

 

カンボジアにふらりと行き、トゥクトゥクで田舎の砂利道を走っていたときのことです。学校があったのでトゥクトゥクを止めたら、子どもたちがわ~っと寄ってきて、あれよあれよという間に手を握られ教室に連れて行かれたんです。そしてあっという間に子どもたちは席に座って期待に満ちた目でこちらを見ている。だから「こんにちは」とか「ありがとう」とか簡単な日本語を教えてみたんです。そのときの子どもたちのキラキラした目を見ていたら、カンボジアの魅力にハマってしまいました。

 

カンボジアの学校での出来事がASE GROUP誕生のきっかけに

 

そんなときにちょうど、カンボジアでコンサルティング会社立ち上げの依頼があったので、1年間限定で担当しました。そうこうしているうちに、「タイで何か事業をしてはどうか」というお話をいただいたんです。私に何ができるかなと考えてみたところ、「日本の会社に代わってタイで営業や買い付けなど、手となり足となる事業を創り出そう」と思い立ったのが、ASE GROUP誕生のきっかけです。

 

人気は日本の仏壇! ゼロから10年で成長産業となったリユースビジネス

 

――現在の主な仕事内容を教えてください。

 

出口 日本からの進出支援、リユース品(家具や日用品など)の輸入、中古衣類輸入、サイクル店経営、飲食店経営、タイ人パートナーとタイでのリユース品輸入通関、カンボジアでカシューナッツの栽培など、幅広く事業をしています。

 

――リユースビジネスにおける現状を教えてください。

 

出口 現在、雑貨や家具などリユース品のコンテナは、タイとフィリピンなどに日本から毎月300コンテナ以上が輸出されていますが、私としてはコンテナがまだまだ足りていないと感じています。

 

現に、コンテナをおろしているタイ人のオーナーからは「もっと欲しい」と言われているような状況で、かなりの成長産業だと感じています。タイ人の顧客は「価格が安い」「安心できる」「変わった商品を手に入れられる」といったさまざまな理由で日本のリユース品を好んでくれていますし、特にタイやカンボジアは親日の国であることも、受け入れられやすい要因だと考えられます。

 

――日本の製品では特に何が人気ですか?

 

出口 家具やキャンプ用品、ぬいぐるみ、楽器などはもとより、タイは仏教徒が多いので仏壇といった仏具も人気です。そもそもタイには日本のように「仏壇」がなく、なじみがなかったのですが、日本人の先輩がゼロから勝機となるマーケットを作り、それがタイで根付いてくれました。

 

リユースショップの店内の様子

 

――リユースビジネスの成長に伴い、リサイクルに対する意識もタイでは高まっているのでしょうか?

 

出口 最近では一部のスーパーマーケットで、日用品や使い終わった衣類のリサイクルボックスが出来始めるなど、少しずつですが変化の兆しを感じています。まだまだではありますが、日常生活に少しずつ浸透してきているなというのが現状です。しかし、ごみの分別などに関しては、分別が当たり前の日本と比べると、タイではそれほど広まっていません。これを一般市民に浸透させることが、課題の一つであると感じています。

 

タイのリサイクルボックス

 

――タイでのSDGsの浸透について教えてください。

 

出口 持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)の2021年6月の発表によると、タイのSDGs達成状況の総合スコアは ASEAN10カ国の中でもっとも高い74.2でした。この数値は、165カ国(国連に加盟する192カ国のSDGsの進捗状況を評価、そのうちデータがそろっている国)中43位でした。

 

私自身、現在JCI BANGKOK(国際青年会議所)のメンバーとして活動をしていますが、周りのタイ人の若い経営者たちもSDGsに対しての意識は高いように見えます。彼らはSDGsに関するセミナーをオンラインで自主的に受けたりもしています。

 

コンサルタント事業では企業に寄り添いながら企業の海外進出をサポート

 

海外進出リスクに対応するには信頼できるパートナーを見つけることが大事

 

――ASE GROUPではリユース事業だけでなく、企業の海外進出支援も行っています。なかでもASEAN諸国への進出支援を数多く行っていますが、現在のASEAN諸国の市場にはどのような特徴がありますか?

 

出口 今ASEAN諸国の市場は、購買力を持った中間層・富裕層が拡大しつつあるため、成長が著しい消費市場として注目されています。リユース品もアンティークや高級ブランドなどの依頼が多くなってきたのも今の特徴です。

 

――ASEAN諸国をはじめ、東南アジアに進出する際に一番大事なことを教えてください。

 

出口 信頼できる企業や取引先、パートナーを見つけることです。テナントを所有する大家さんから登記簿が出てこなかったり、ライセンス契約が出来なかったりするなど、思ってもいないことも次々と起きます。また例えばタイでは、人前で叱ることはタブー視されているなど、国によって文化や習慣も異なります。そういったことからも、進出のサポートはもちろんのこと、スタッフの方々との付き合い方もサポートしてくれるパートナーがいれば、より安心です。

 

――企業などが海外進出する場合、リスクは少なくないということですが、どういったリスクがありますか?

 

出口 海外進出時には、文化や商習慣の違い、詐欺被害、言語による壁などさまざまなリスクがあります。例えば市場調査をあまりせずに飲食店を出店し失敗した企業や、会社を設立したが従業員に裏切られビジネスごともっていかれてしまった事例もあります。また、日本人から詐欺に遭ってしまった方、タイ人の株主に会社を追い出された方など、いろいろなトラブルが起こっています。

 

私たちも事業を運営する中で、失敗もたくさんしてきています。例えば、カンボジアで出したラーメン店が人気だからということでタイのバンコクでも店を出したのですが、3年で店を閉めることになりました。カンボジアでは行列が出来ているのになぜだろうと考えてみると、バンコクにはすでに日本食レストランがたくさんあり、その中での出店だったという市場調査の甘さなど、いくつかの原因が上がりました。しかし、成功している企業が多いのも事実です。私たちはこういった自分たちの失敗経験も含め、他社の進出をサポートする際にはより具体的なリスクマネージメントをし、トラブルや失敗を予防、成功に導くのが仕事です。

 

――コロナ禍の影響について現地での様子を教えてください。

 

出口 私たちの仕事においては、コロナ禍によって海外進出される企業の件数はかなり減少しており、今は会社や店の閉鎖のお手伝いをしているような状況です。飲食業や観光業はもちろんタイでもダメージは受けています。しかしコロナ禍によって賃貸物件やテナントに空きがたくさん出ていて、そこに出店される方もいますので、捉え方次第ではチャンスと言えるかもしれません。

 

――ASE GROUPの今後の展望を教えてください。

 

出口 私たちASE GROUPでは、「Not Take and Give, Let’s GIVE AND TAKE」(人の成功に貢献して自分たちも成功していこう)という経営理念を掲げています。志を持ち、事業を通じて「挑戦」するお客様と一緒にお仕事をすることが、私たちの喜びであり、それが事業となっています。その気持ちを大切にしながら、その輪が広がるよう、今後も力を尽くして支援をしていきたいと考えています。

 

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日本企業の技術とノウハウに活路あり! タイの「循環型経済」とは?

【掲載日】2021年12月22日

近年、先進国は環境に配慮した持続可能な経済モデルの構築に取り組んでいます。ASEAN諸国もこの潮流に乗っていますが、なかでもタイが展開しているBCG経済モデルは、日本企業の海外ビジネスにとってチャンスの一つかもしれません。

「バイオ」と「グリーン」を加えた「循環型経済モデル」を構築しているタイ

 

バイオ(Bio)、循環型(Circular)、グリーン(Green)の頭文字から成る「BCG」は、文字通りタイが環境への配慮や持続可能な経済モデル、同国の強みの一つである農業に結びつくバイオ産業を推進していくことを意味しています。2021年1月、タイのプラユット・ジャンオーチャー首相は、2010年代から取り組んでいた経済ビジョン「タイランド4.0」から方向転換をして、BCGを国家戦略にすることを表明。この政策は今後5年間にわたり実行される計画です。

 

BCG政策は、(1)食品・農業(2)バイオエネルギー・バイオケミカル・バイオマテリアル(3)医療・健康(4)観光・クリエイティブ経済の4カテゴリーに注力するもので、開発資金や減税措置、技術的・教育的な支援などが提供される国家プロジェクトです。

 

BCG経済を実現するためには、上記の分野に関する高度な知識や能力を有する人材の育成が不可欠。タイは、BCG戦略の手本としている日本から技術やノウハウを学ぼうとしています。日本側はそれに呼応する形でさまざまな動きを見せており、日本貿易振興機構(ジェトロ)がタイのエネルギー省とワークショップを開催したり、バンコク日本人商工会議所がBCGについて会合を開いたりしています。

 

大企業からスタートアップまでタイに投資

また、数多くの日本企業がタイでビジネス展開を始めており、2021年には三菱自動車工業がタイの生産工場で太陽光発電設備を稼働しています。豊田通商は通勤バスのスマートモビリティ化を目指して現地企業に投資したほか、バイオベンチャーのスパイバーは、同社が開発した新素材の量産工場をタイに建設しました。医療分野においても富士フィルムの現地法人が新型コロナウイルス抗原検査キットをタイ国内で販売しており、技術や研究開発において優位性がある日本企業にとって追い風が吹いているでしょう。

 

BCG政策は4つの分野に注力されていますが、タイ政府による支援プログラムは多岐にわたり、税金優遇策や技術、インフラ支援などに加えて、研究開発や製品化などに向けた基金も準備されています。加えて、投資においても優遇策がありますので、日本からタイへの展開を検討する際には専門知識を有する機関や企業に意見を聞きながら、タイムリーで効果的な計画を策定し、実行することが大切です。

在宅ケア関連の製品や健康長寿事業にビジネスチャンス?タイで急速に進む「高齢化の今とこれから」

今、タイで、急速に高齢化が進んでいます。既に2005年に「高齢化社会」に突入しており、2022年には「高齢社会」入りする見込み。さらに、経済産業省の調査などによって、2040年には2018年の日本と同程度の「超高齢社会」になることが予測されています。なぜタイでここまで急速に高齢化が進むこととなったのか。現在、どのような高齢化対策が行われているのか? タイならではの課題や伸びているサービスとは一体どのようなものなのか……? アイ・シー・ネットのタイ拠点(タイIC Net Asia Co.,Ltd.)代表者として長年、タイの社会経済開発に関わってきた岩城岳央氏に話を聞きつつ、「タイの高齢化に関する今とこれから」について紐解きます。

 

タマサート大学電子・コンピューター技術学部が開発した音声によるアルツハイマー病及び軽度認知障害のスクリーニング用アプリケーション(https://siamscope.com/thammasat-university-came-accurate-application-screen-alzheimers-disease-using-voice/

 

お話を聞いた人

岩城岳央氏

金沢大学にて経済学を専攻。民間の電機メーカーに2年間勤務したのち、アジア経済研究所開発スクールを経て、イギリスにてRural Developmentの修士号を取得する。大学院修了後は、ネパール及びタイ東北部の日系NGOプロジェクトに参加。2002年にIC Net Asiaに入社。2009年からは同社の代表を務めている。

タイは2022年に、人口の14%が65歳以上になる「高齢社会」に突入する

タイは、2005年に、人口の7%に当たる人が65歳を超えた状態になる「高齢化社会」に入りました。2022年には、人口の14%以上に当たる人が65歳を超えた状態になる「高齢社会」に到達する見込み。たった17年で、急速に高齢化が進んでいるのです。

 

急速な高齢化の背景にあるのが、日本と同じく少子化の問題です。経済が発展して社会が大きく成熟し、これに伴って出生率が下がり子どもが少なくなりました。また、医療が発達し、平均寿命が延びたことも大きく影響していると考えられています。

 

こうしたことが、開発途上国や新興国では、「一気に起きる」というところも特徴です。日本の場合は時間をかけて比較的緩やかに高齢化が進んできましたが、開発途上国や新興国の場合は、急速な経済成長や医療の充実により、人口の高齢化がより速いペースで進みます。

 

2019年に野村総合研究所の調査によって、「タイの人口はASEANの中で4位に位置するが、高齢化率ではシンガポールとタイが抜け出る」「タイでは高齢化率が11.8%になっている」ことが示された(「平成30年度国際ヘルスケア拠点構築促進事業(国際展開体制整備支援事業)アウトバウンド編(介護分野)報告書」より抜粋)

 

2015年頃から高齢化対策の機運が高まるが、追いつかない状態が続く

 

そこで問題になるのが、「対策が追いつかない」という点です。タイで20年以上暮らし、タイの社会経済の変化を体感してきたIC Net Asia Co.,Ltd.の岩城岳央氏は、「タイのような開発途上国や新興国の場合、高齢化社会の他にも注力すべき社会経済課題が山積していることが多くあります。経済対策にも力を入れなければならないし、インフラも作らなければならない。社会福祉制度や健康保険制度もまだまだ。教育や産業育成の仕組みも整えなければいけません。様々な開発課題があり、先進国に比べて財政基盤や社会的基盤が弱い中で、同時に人口の高齢化にも対応しなければならない。社会経済対策をしながら急激に進む高齢化対策をしなければならないという、難しい舵取りが求められています」とその現状や難しさについて話します。

 

「タイの高齢化対策は、今から約5年前、2015年頃から、やっとその機運が高まってきたように思います。最近では行政機関が介護士や介護施設の資格登録制度の整備や、年金制度の強化に乗り出したりしています。高齢者支援分野に投資する民間企業を税制面で優遇する動きも出てきました。これに伴い、高齢者向け施設建設に加えて、例えば、ユニバーサルデザインを用いた高齢者向けのコンドミニアムや、IT機器を使って遠隔で在宅高齢者を見守るネットワーク、高齢者向けの柔らかく食べやすい食品、などの高齢者を対象にしたサービスが見られるようになってきています。ほかに、高齢者のための認知機能のトレーニング施設などを作る医療機関も出てきました」

 

とはいえ、高齢者向けの施設やサービスはまだまだ充足している状態とは言えません。人口の高齢化に伴い行政機関による政策的な支援や、民間企業によるサービス・商品開発が進み、徐々に状況は変わってきていますが、「高齢化が進んでいるけれど、まだ元気なお年寄りも多く、興味は引くが購買にはつながっていない段階ではないか」と岩城氏。5年後、10年後、例えば寝たきりの方など要介護の高齢者が増えたときに社会が対応できるような技術、ノウハウ、アイデアが求められているのです。

 

チュラロンコン王記念病院のなかに設立された認知機能フィットネスセンター。月曜~金曜日の9:00~15:00、気功、音楽療法、ニューロビクス、栄養指導などの認知症予防プログラムが提供されている。(https://www.facebook.com/cognitivefitnesscenter/photos/?ref=page_internal

 

今、タイの高齢化対策を支えているのは、地域の「保健ボランティア」たち

 

現在、タイにある高齢者向け施設は、富裕層向けのものが大多数を占めています。比較的リッチなコンドミニアムや介護サービスが多く、ここに関しては現時点で既にオーバーサプライ気味になっています。一方で、低・中所得者層向けの施設やサービスは不足しており、受け皿がないという状況になっています。

 

そもそも、タイでは日本のような年金制度や介護保険制度がなく、高齢者のケアは本人または家族の負担になり、なかなかサービスを受けられません。財政的な制約から大規模な公的負担による高齢者向けサービスの提供も難しく、タイ政府は地域コミュニティでの高齢者のケアを推進しています。タイには以前から地域の末端で保健医療サービスを提供する「保健ボランティア」制度があり、こうした地域でのネットワークやリソースを使い、家族とコミュニティが支え合って高齢者をケアしていくことが推進されています。保健ボランティアは地域で生活する女性が中心で、地方自治体や医療機関と協力しながら感染症の予防活動をしたり、公衆衛生や健康増進に関する啓蒙活動を行ったり、ケアが必要な人のご家庭を訪ねてサポートをしたりしてきました。高齢化が進む中で、保健ボランティアの役割が再認識され、こうした地域の人材を活用しながら、家族とコミュニティが連携して高齢者をケアする新しいモデル作りが進められています。

 

こうしたボランティア制度が根付き、地域の強さが機能しているのは、一体なぜなのでしょうか? その背景には、「タイ特有の母系社会の影響もあるのではないか」と岩城氏は話します。

 

「タイには伝統的に女性が家を継いで両親の面倒を見るという習慣があります。末の娘が継いだ家に男性が婿入りするという形で家を継いでいくケースが多く、女性が、慣れ親しんだ土地で、子供のころから知っている人々と、ずっと子育てや自分の両親の世話をするという文化があるんです。地域にしっかりと根を下ろした女性たちを核に、子育て、健康、介護など暮らしの強固なネットワーク基盤が出来上がっており、地方にいるとこれが非常にうまく機能していると感じます」

 

今後も、地域のボランティアを中心とした在宅コミュニティケアが推進されていく見通しです。これに伴い、「在宅でのケアをサポートするような製品の需要が見込めるのではないか」と岩城氏。「冒頭で述べたIPシステムを用いた見守りソリューションや高齢者向けの食品の他に、例えば、床ずれを防ぐマットなども出てきています。在宅ケアそのものに外国企業が参入するのは文化・習慣の違いにより難しい面もあるかもしれませんが、その周辺のサービスや製品については、ビジネスチャンスがあるのではないかと思います」と、その可能性について示唆しました。

 

労働者の6割を占める自営業者の社会保障制度が危機的に薄いという課題も

 

次に、タイの社会保障制度について見て行きましょう。公務員や国営企業の従業員に関しては、公務員医療保険制度、政府年金など、比較的手厚い保障制度が整えられています。公務員医療保障制度は、公立病院での医療サービスが無償で受けられ、家族にも適用が認められます。

 

民間企業の従業員の場合は、雇用者と被雇用者が負担する社会保険制度があり、登録医療機関で一定の医療サービスを無料で受けることができます。また、最近、企業の被雇用者を対象にした国民年金基金がスタートしました。まだ加入者は少ないですが、将来的には定年退職者の生活を支える上での役割が大きくなっていく可能性もあります。

 

もっとも手薄で課題が多いのが、インフォーマルセクターで働く方や農家の方をはじめとする自営業者向けの社会保障制度です。タイでは、全労働者の6割を自営業者などが占めているといわれていますが、彼らへの年金制度は整備されていません。65歳以上の高齢者に支給される高齢者福祉手当がありますが、支給額は年齢により1カ月に600~1000バーツ程度で、日本円にすると、2240円~3400円ぐらいの金額です。「例えばタイの物価が日本の1/5だとして、日本円に換算すると、1万~1万7000円ぐらいの金額ということになります。これでは到底、生活できません」と岩城氏は話します。

 

「さすがにまずいだろうということで政府が始めたのが、任意加入の国民貯蓄基金です。国民と政府がお金を出し合って貯蓄をする国民年金に近いシステムなのですが、加入者が少なく、全体をカバーすることはできていないというのが実情です。自営業者や農家向けの社会保障制度は、まだまだこれからといったところです」

 

さらに介護保険に至っては、公務員や自営業者などの別なく「いっさいなし」という状態です。民間の保険会社がようやく介護保険を販売し始めましたが、まだまだ普及はしていません。

 

タイのおもな社会保障制度についてまとめた一覧表。日本と同様に公務員の保障が手厚く、自営業者の年金部分が手薄であることが見て取れる

 

マーサーCFA協会が発表した調査によると、タイの年金指数は39カ国中最下位。すべての数値が平均を大きく下回り、改善が必要なことが明示された

 

在宅ケア、健康長寿支援、退職者ケアなどに商機あり。現地パートナーとのコラボも鍵に

2021年8月、タイのカシコーン研究センターが、「高齢者向け医療機器・施設の市場が2021年中に80~90億バーツ(272億~306億円)に達する見込みである」という予測を発表しました。あわせて、「市場は高齢化に伴い年平均7.8%で伸びている」「電動式車いす、電動式ベッド、センサー製品などの製品の需要も伸びている」「その一方で、こうした製品の多くは輸入に頼っており、質の高く安全な製品を供給する国内生産者に商機がある」ということも報告しています。

 

こうした情報や、ここまでで紹介した現状や文化的背景などを勘案すると、やはり直近では、在宅ケアのサポート領域にビジネスや支援の可能性があると言えそうです。

 

また、そのほかにも、「『健康寿命の延伸』と、今後大量に発生する『企業退職者の退職後の生活』にも潜在的な需要や商機がある」と岩城氏は分析します。

 

「経産省と野村総合研究所の調査によると、タイは2040年に、日本の2018年頃と同程度の高齢化率になると予測されています。『日本から20年遅れで高齢化が進んでいる』とも言われており、まさにこれから、健康ではない、要介護の高齢者が増えてくる段階です。そのため、健康体を維持して要介護にならないように、健康寿命を延伸するための取り組みも注目されています。例えば、地方自治体でのエクササイズ教室や健康相談、認知症予防アプリの開発と予防プログラムの実施などで、冒頭のほうでも少し触れた医療機関での認知機能トレーニングプログラムなどの提供です。こうした分野はまだまだ実験段階で、アイデア次第でいろいろな取り組みが出てくると見ています。タイはアプリ開発が意外に進んでおり、また、言語の問題もあるため、この分野では参入が容易ではないかもしれませんが、高齢社会の先進国である日系企業のノウハウがかなり活かせる取り組みは多いと思います」

 

地方自治体での高齢者向けエクササイズの様子(タイラット紙)(https://www.thairath.co.th/news/local/bangkok/2035389

 

もうひとつの「企業退職者の退職後の生活」とは、定年退職を迎えるセカンドキャリアの支援や、ソーシャルネット、セーフティネットなどのこと。岩城氏は「もともと農業国だったタイに、会社・工場勤めという働き方が広がり約40年が経過しました。これから、大量に、国として経験したことのない『大量の定年退職者』が発生します。そういう人たちにどんな活躍の場を作ればよいか、セーフティネットを整えればよいか。これは急いで考えなければいけない大きな課題です」と話します。

 

介護福祉施設の拡充、コミュニティケアをサポートする先端機器の導入、社会保障の整備や、退職者のセカンドライフ支援まで……。タイが、政府、民間の力を集めてやらなければならないことは、枚挙にいとまがありません。「タイでも高齢者向けのいろいろな取り組みが始められていますが、ノウハウに乏しく、日本が培ってきた技術やノウハウへの関心は高い。参入できる機会ではないか」と岩城氏。

 

「ただし、文化や言葉の壁もあり、日系企業が単体で参入しようとしても、なかなかうまくいきません。例えばタイの国立病院と組んで調査を行う、タイの民間企業とコラボレーションして実証実験を行うなど、現地のパートナーと一緒にプロジェクトに取り組むというのが、タイで成功するための大きな鍵だと思います。また、JICAの『中小企業・SDGsビジネス支援事業』などのスキームを活用して進出するというのも有効な手段です。経産省やジェトロにも類する支援制度がありますので、いろいろ調べて、周囲のサポートを受けつつ現地と信頼関係を築く道を探ることをお勧めおすすめします」

 

このように話す岩城氏。最後に、「今、現地で足りないのは、高齢者ケアの技術、情報、経験です。大雑把なアイデアやイメージはあるけれど、具体的なビジネスプランに落とし込めずに、なかなか進めない現地企業は多いと思います。日系企業の皆さんには、ぜひよい現地パートナーと出会って、タイの高齢化に寄与するビジネスを展開していただきたいと思います」と力強いメッセージを述べました。

コロナ後を見据え、タイで始まった新しい形のサプライチェーン構築【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回はタイからです。新型コロナウイルスが経済にも大きな影響を与えている状況のなか、日本企業が進出し東南アジアの一大製造拠点となっているタイで始まりつつある危機下における事業継続のリスクを最小化する試みとは…。

 

JICAは、タイで2011年に発生した洪水被害の教訓を活かし、「地域全体で取り組む事業継続マネジメント」に向けた研究を産学連携で進めてきました。民間企業だけでは対応しきれない産業集積地の地域的防災対応への研究から得られた知見が今、コロナ後を見据えたサプライチェーンの新しい形にヒントを与えています

↑都市封鎖により人のいないバンコク中心部。高架鉄道サイアム駅(上)と駅前広場(4月撮影)

 

新型コロナでタイ国内のサプライチェーンが寸断

タイは、多くの日本企業が進出し、1980年代以降に石油化学や自動車関連産業の産業集積が進んできました。タイ国内に部品の製造から組み立て、販売までをひとつの連続した供給連鎖のシステムとして捉えるサプライチェーンが構築されており、メコン経済回廊の中心拠点として工業団地の整備が進んでいます。

 

しかし、新型コロナウイルス対策のため各国で都市封鎖や外出制限が広がると各企業とも生産や物流の活動を見直さざるを得なくなります。特に今年2月の中国の生産活動停止はタイをはじめとしたASEAN各国に大きな影響を及ぼしました。

 

JICAタイ事務所の大塚高弘職員はその影響について、「タイでも非常事態宣言が発出され、県境をまたぐ移動制限や外出自粛要請が行われたことから、人の行き来は大幅に減りました。日本企業を含む多くの製造業が立地するタイでも工場の稼働を停止させざるを得なくなるなど大きな影響が出ました」と話します。

 

産業集積地での事業継続リスクに関する研究の成果を活かす

今回の新型コロナウイルス感染拡大という危機下において、2018年からタイで実施してきた災害時における産業集積地での事業継続リスクに関する研究の成果を活かすプロジェクトが開始されました。

↑タイで実施されている自然災害時の弱点を可視化する研究プロジェクトでの会議

 

タイでは、2011年に発生した水害を教訓に、工業団地を取り巻く地域コミュニティの災害リスクを可視化して、企業、自治体、住民が地域としてのレジリエンス(しなやかな復元力)を強化して、災害を乗り越えていくための研究をしています。

↑2011年に発生したバンコク市内での洪水。高速道路上に多数の避難車両が並んだ

 

研究の日本側代表者である渡辺研司氏(名古屋工業大学大学院教授)は、現在実施しているプロジェクト成果の活用について、次のように述べます。

 

「プロジェクトで設計していく枠組みは、迫りくるリスクに対しての対応を地方自治体・住民・企業やその従業員などといった地域内の利害関係者が情報を共有し、意思決定を行い、対応行動を調整するプラットフォームとなることを目指しており、今回のコロナ禍に対しても活用可能と考えています」

↑プロジェクトの日本側代表、名古屋工業大学大学院の渡辺研司教授

 

サプライチェーン再編に備え、ウェビナーで知識を共有

これからに向け、グローバル・サプライチェーンの弱点を見直す手がかりとして、JICAタイ事務所は4月末、「新型コロナウイルスによる製造業グローバル・サプライチェーンへの影響と展望」と題したウェビナー(オンラインwebセミナー)を開催しました。JETRO(日本貿易振興機構)バンコク事務所の協力を得て、タイ政府の新型コロナウイルス感染症に対応した具体的な経済支援政策を紹介するとともに、渡辺研司教授による今後の課題を見据える講演を実施しました。

 

セミナーにおいて渡辺教授は、今回の災害を「社会経済の機能不全の世界的連鎖を伴う事案」と捉えた上で、「コロナウイルスの終息は、『根絶』ではなく『共存』。長期戦を想定したリスクマネジメントが必要となる」との展望を示しました。そして、「今までにない柔軟な発想を持って、転換期を見逃さないことが必要」とし、今後のレジリエンス強化の重要性を強調します。

 

さらに、「災害や事件・事故による被害を防ぎきることは不可能。真っ向からぶつかるのではなく、方向を変えてでもしぶとく立ち上がることが基本となる。通常時から柔軟性をもって対応しこれを日々積み上げることや、いざという時に躊躇なき転換を行う意思決定を行うことのできる体制を持つことこそが、転禍為福を実現するレジリエンスだ」と結びました。

↑プロジェクトの枠組みのCOVID-19事案への適用 (ウェビナー資料より)

 

ウェビナーには、在タイ日本企業の担当者を中心に240人が参加し、うち約6割は製造業およびサプライチェーンを支える企業からでした。

 

JICAタイ事務所の大塚職員は、「ウェビナーは渡航・外出制限下でも機動的に開催できるため、今回は企画構想から18日間で実施することができました。タイの感染拡大が収まりつつある一方、今後の見通しや計画策定に必要な情報が不足しているタイミングで、タイムリーに開催することができました」とオンラインイベントの手応えを語りました。

 

長年積み上げてきた日本とタイとの信頼関係をベースとして、精度の高い現地情報や研究の知見を多くの関係者と共有できる場が、実際の課題解決に貢献する。そんな国際協力の現場がここにあります。

 

【JICA(独立行政法人国際協力機構)のHPはコチラ

 

【関連リンク】

産業集積地におけるArea-BCMの構築を通じた地域レジリエンスの強化

炊飯器にカゴ?? 炊飯と同時に野菜も蒸すタイの食文化に「簡単時短料理」のヒントあり

野菜不足が気になるけれど、とにかく忙しい毎日。なるべく手間暇かけずに、美味しいバランス食を摂りたいものです。タイは外食文化の国ですが、なぜかどの家にもあるのが炊飯器。面倒臭がりのタイ人にとって大変便利な家電製品なのです。簡単なのにやたらなんでも作れてしまうタイの炊飯器に時短・簡単調理のヒントを目撃しました。

まず、目につくのがプラスチックのなかのカゴ。これが炊飯器のなかに据え付けてあります。炊飯準備のできたお米の上にこのカゴを乗せ、好きな野菜を並べて炊飯開始。お米が炊きあがると同時に野菜もホクホクに蒸されているという仕組みです。特にジャガイモやカボチャは電子レンジやお鍋で茹でるよりも断然美味しいのでおススメ。

また、スープやカレーなど一見凝った料理も、調理から保温までほったらかしでできるのが素晴らしい点。お米の上に鶏肉を乗せ、カゴの上に彩りよく野菜を並べて炊飯すれば、美味しいカオマンガイと温野菜のできあがり。カレーは野菜がゆだってからルーを溶かし入れればいつでも熱々が食べられます。パッタイ(米粉麺の焼きそば)の材料も入れるだけ。(でも、タイ人が炊飯器を使って一番よく作っているのは多分インスタントラーメンです)

温め直しにも大活躍します。タイではサラパオという点心もよく食べますが、肉まんやおこわを蒸し直すのにもこのカゴは最適。炊飯釜に少し水をはってカゴに肉まんを乗せると、皮がふっくら生き生きとしてきて、なかまでしっかり熱の通った肉まんが食べられます。冷凍ご飯もこの方法で温め可能。おかずの入ったどんぶりを水の張った炊飯釜へ、冷凍のご飯はカゴへ入れると、何か別の用事をこなしているうちに勝手に食べごろになっています。

 

炊飯ボタンだけのシンプルな物であれば1000円もしません。お米の種類を選べたりケーキまで作ったりできる高機能炊飯器も5000円ほど。可愛いデザインも魅力的です。ご飯がおいしい国といえば日本だからか、高品質のイメージからなのか、日本語を模したと思われる商品名もちらほら見られます。「OTTO」は夫? 「KASHIWA」は、かしわ飯から来ているのでしょうか? 思わず笑ってしまいます。

タイの食事事情をボタン1つで解決

タイはお米大国で、米の輸出量は世界一ですが、その種類も豊富です。白くて細長くさらさらしたジャスミンライスや、古代米、玄米、もち米と、どれも日常的によく食べます。タイ北部では美味しい日本米も生産されており、和食も大人気で、ますます食の幅が広がってきています。これだけ多種のお米を悩まずに炊けることは、面倒臭がりのタイ人にとって非常に便利であることは確実。しかも、根本的にタイ人は美味しい炊きたてのご飯が大好きです(タイの主食はお米です)。

 

それに、タイはとにかく暑いです(平均気温は29℃で一年中蒸し暑い)。暑いなか、なるべくキッチンに立ちたくないというのは、自炊を習慣にしている日本人でも同じ。キッチンのない家庭も多いので、電気とボタン1つで調理できる炊飯器は重宝されます。

 

同じ炊飯器でも、国や地域によって仕様や使い方が異なるのは面白いですね。国や地域ごとに異なる炊飯器の進化に注目です。