地球は俺が救う! 世界を変えたい実業家の考え方

実業家の中には「世界を変えてやろう!」という野心を持っている人が少なくありません。ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE World 2022」で登壇したMisty West社(MW社)のレイ・クリスティ(Leigh Christie)はその1人。クモ型ロボットの『モンドスパイダー(Mondo Spider)』を発明するなど、世界的な注目を集めています。どうやって世の中を変えようとしているのでしょうか?

↑世界を救うためにはスマートなテクノロジーを開発するしかない!

 

まずはクリスティ氏を簡単に紹介しましょう。MW社の公式サイトによれば、彼のバックグラウンドは物理工学ですが、マサチューセッツ工科大学大学院で芸術・文化・テクノロジーの修士号を取得。肩書きは起業家・エンジニア・コミュニティービルダーとなっています。これだけでも面白そうな人物であることが伺えますが、彼はなぜ起業しようと思ったのでしょうか?

 

「私は工業デザイナーやエンジニア、発明家として、世の中に大きなインパクトを与えたいと思っていました。そこで起業を考えたとき、頭の中には2つの道がありました。1つは、地下室のガレージに一匹狼のようにこもり、世界を大きく変えられるようなすごい発明を自分ですること。もう1つは、会社を設立して、自分よりも頭のいい人材を雇うこと。意欲的で、情熱にあふれていて、テクノロジーによって世界を変えることに力を注げる人たちを集めることです」とクリスティ氏は言います。

 

同氏は2つ目の道を選び、優秀な人材を集めてMW社を立ち上げました。同社は、サステナブル社会の実現をもたらすテクノロジーの設計と開発を手がけており、その専門分野には光学やクラウドサービス、IoT、BluetoothやWi-Fiなどの通信デバイスが含まれています。「私たちは、国連のSDGsの達成に貢献することを重視しています。例えば、電気自動車メーカーのテスラのように、持続可能な経済への移行を加速させることをミッションにすれば、私たちだって世界最大規模の企業になれるはず。海洋や森林の生態系を守ったり、気候変動との闘いの力になるようなプロジェクトを実行していきます」とクリスティ氏は豪語します。

↑3DEXPERIENCE World 2022で熱く語るクリスティ氏

 

そんな彼を一躍有名にしたのが、モンドスパイダー。これは8本の鋼鉄脚を使って歩行運動をする機械です。「8年ほど前に作ったのですが、当初はボランティアチームによるアートプロジェクトとして始めました。自分たちができることをやっていたら、テレビやイベントなどで数多く紹介されることになり、『モンドスパイダー』はちょっとした名刺代わりになっていきました。カナダのバンクーバーやカルガリーの市長に会ったり、この製品を世界中に発送したり、モンドスパイダーによって私たちのビジネスが大きく変わりました」(クリスティ氏)

 

現在、MW社は面白い取り組みにもチャレンジしています。例えば、折りたたみ式スケートボードや任意の言語を瞬時に翻訳できる万能翻訳機、水中・水底の物体を探る水中音波探知装置など。この水中音波探知装置を使い、水中でホッキョクグマを追跡するなどのフィールドワークも行なっているとか。

 

子どもの歯磨きだって変えられる

その一方、近年、MW社はソフトウェアビジネスに注力しています。「当初、私たちの会社にはソフトウェアなどのエンジニアや電子設計者、次世代の電子製品設計用ソフトウェアを扱えるPCB(プリント基板)デザイナーなどがいませんでした。そのため、数年かけて技術開発スタッフを集め、現在ではソフトウェアはビジネスの重要部分を占めるようになりました」とクリスティ氏は述べます。

 

その背景にあるのは、当然ながらテクノロジーの進化。機械や道具などに情報処理機能を持たせ、コンピュータで最適な制御ができるようにする「インテリジェント化(スマート化)」が進み、それまでつながっていなかった物同士が連携できるようになりました。

 

「インテリジェント化が進めば、IoT端末などのデバイスや、近くに設置されたサーバーでデータ処理・分析を行うエッジコンピューティングの種類は増え、機械学習などはより高度になると言われています。これからのデバイスは私たちが何を望んでいるかを事前に察知し、製品開発を促進するための分析を行い、ユーザーがデバイスをどのように使用しているかを教えてくれることで、生活をよりスムーズにしてくれるのです」とクリスティ氏は言います。

 

インテリジェント化が世界を変える力になると信じているMW社。IoTなどのテクノロジーに懐疑的な人たちに対して、クリスティ氏は「例えば親の立場から言えば、子どもがきちんと歯を磨いているかどうかを教えてくれる子ども用スマート歯ブラシみたいな物はありがたいですよね?」と投げかけます。視点を変えれば、物事の見え方も変わりますが、何か大きなことを成し遂げようとするときは、彼のような柔軟性と信念が必要なのかもしれません。

自分に全集中! 元NASAの宇宙科学教育リーダーが語る「自己実現論」

環境問題、コロナ禍、ウクライナ情勢と、現代社会は混沌の様相を呈しています。人によって生き方や考え方は異なりますが、「少しでも自分を高めたい」とか「夢や目標を実現したい」と思っている人は、こんな時代にどうすれば良いのでしょうか? ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE World 2022」で処世術や自己啓発について語ったハキーム・オルセイ(Hakeem Oluseyi)氏のアドバイスが参考になるかもしれません。

↑自分に専念すれば世界は変わる

 

オルセイ氏はアメリカの天体物理学者です。フロリダ工科大学の物理学と宇宙科学科の教員を経て、NASA本部の科学ミッション本部で宇宙科学教育マネージャーを務めたこともあります。最近ではディスカバリーチャンネルの宇宙関連番組やNetflixのバラエティ番組など、メディアへの出演機会も増えており、北米を中心に認知度を広げています。

 

オルセイ氏の考え方の1つに、「人生にはインスピレーションが必要で、自分の話し方1つで相手にインスピレーションを与える側になれる」があります。つまり、自分の言葉には、生涯を通じて相手——特に若者——の心に響き、自分が思っている以上に大きな影響を与える可能性があるということ。

 

オルセイ氏は若かったころ、学校の先生や周りの大人たちから、さまざまな機会や正しい助言を与えてもらい、自分が活躍できる場に推薦してもらったそう。「同じようなことを自分も若者にすることで恩返しをしたい」という思いが彼にはあります。「世の中には信じられないほどの才能を持った人たちがいて、同じレベルの教育を受けながら社会に出る準備をしています。そういった人たちの才能や努力をつぶす権利は誰にもなく、そういった才能が花開くように応援することが社会貢献である」と考えるオルセイ氏。そのような信念で彼は自分の考えを世の中に伝えています。

↑3DEXPERIENCE Worldにオンラインで参加したハキーム・オルセイ氏

 

そんなオルセイ氏にとってコミュニケーションは重要です。コミュニケーションは話し手と聞き手がメッセージを交換する営みであり、両者によって大切なことが異なります。「話し手にとって重要なのは、聞き手が自分より若かったり、部下だったり、専門分野が異なる人だったりしても、相手と自分を対等に扱い、相手の反応を素直に受け入れることです。逆に、聞き手にとって大切なのは、話し手の言葉が自分にとって納得できるものであるかを考え、そうであれば取り入れること。つまり、聞き手は『自分が進歩するために意味のある内容かどうか』を聞き分けることが肝心です」(オルセイ氏)

 

この考え方はタイミングとも関係しています。歌手のセリーヌ・ディオンは夫から「すべての時間をオンにしておく必要はない。『自分がいまだ!』と思ったときにオンにすることが大事なのだ」というアドバイスを受けたそう。この話を例として挙げながら、オルセイ氏はコミュニケーションでもビジネスでも、メリハリを付けることが大切であると述べています。もっと言えば、それは余計なことに気を散乱させず、いますべきことに精神を集中するということでしょう。

 

オルセイ氏自身がそのように生きてきたそうです。彼は決して恵まれた環境で育ったわけではなく、有名高校を卒業したわけでもありませんが、卑屈にならず、常に情熱的な姿勢で人生を切り開いてきました。「幼いころ、私はミシシッピの森の中のトレーラーハウスに住み、高校を卒業しただけの両親に育てられましたが、小さいときから『僕は物理学者になるんだ』と話していました。どのような逆境に置かれていても、ほかの境遇の人たちと自分を比べるのではなく、自分のことだけに集中して努力する。ただ、それを実行してきただけです」と言うオルセイ氏。

 

「『完ぺきでありたい』『必ずヒットさせたい』『何をやってもうまくいかない』——。そんな思いがあるから物事が難しく見えるのです。何か1つのことに的を絞り、それを達成することに時間を費やしてください。誰もが自分だけのアイデアを持っており、それを評価してくれる人が必ずいるはずです」

 

やるべきことに専念すれば、道は開ける。これは日本人の「お天道様が見ている」という考え方に通じるところがありますが、洋の東西を問わず、大事なことであるようです。「自分の目標が何であれ、どういった分野であれ、何か1つのことをやり遂げるためには、時間をかけてじっくりと取り組むことが必要です。自分が選んだことを全力でやり遂げる、という気持ちを大事にしてください」とオルセイ氏は力を込めて言います。元NASAの宇宙科学教育マネージャーが言うだけに、これは宇宙の真理なのかもしれませんね。

 

執筆者/和多田 恵

 

実は遊んでいる!? 最前線を走る「工業デザイナー」の働き方

2022年2月、フランスのソフトウェア企業「ダッソー・システム」が、恒例の年次イベント「3DEXPERIENCE World」を開催しました。昨年に続きオンラインで行われましたが、今回もさまざまな分野の最前線を走る人たちが講演。彼らはどのような仕事観や人生観を持っているのでしょうか? 3回シリーズの第1弾では、スポーツ用の義足などを手掛ける工業デザイナーの働き方を紹介します。

↑働く意欲やひらめきはどうやって生まれるのか?

来る仕事は断らない

本稿で取り上げるのは、米国・Center for Advanced Design(CAD)社の共同オーナーであるMarc McCauley氏とJesse Hahne氏。彼らは、モトクロスバイクからスノーモービルへと変身するバイクなど、現在まで2500もの革新的な工業デザイン製品を開発してきたエンジニア兼工業デザイナーです。

 

2人は10年ほど前に同社を立ち上げたときから、「来る仕事は拒まずに全力で取り組む」というスタイルを貫いてきました。そんな真面目な姿勢は現在でも変わっていません。

 

「仕事を受託するには意欲と情熱が必要ですが、私たちはいつも中堅から大手まで多くの企業と仕事ができる素晴らしい機会に恵まれてきました。プロジェクトには、さまざまなアイデアを持った発明家みたいな人たちが参加しますが、そんな人たちと考えや意見を共有し、同じ目標に向かって協力することがこの仕事の醍醐味です」と彼らは言います。

↑3DEXPERIENCE World 2022で登壇したCAD社のJesse Hahne氏(左)とMarc McCauley氏

 

エンジニアは実際に製品がどのように機能するかを考えたうえで、3Dプリントしたプロトタイプを作り出します。しかし、2人は技術的なデザインだけでなく、市場に送り出すまでの工程や製品化するために必要なことを含めた、デザインだけにとらわれない包括的な提案も積極的に行ってきたそうです。

 

「仕事をするうえで私たちがまず意識しているのは、誰が提案したものであっても、果たしてそのプロジェクトが実現可能かどうかということ。もちろん、最大の問題といえるコストについても、常に気を配ることが必要です」と両氏は言います。

 

CAD社がある地域では冬はスノーモービル、夏はオフロードとモータースポーツが盛んなため、一輪車型のホバーボードのようなアクティビティに使える製品の依頼が多いとのこと。しかし同社は、ほかにもさまざまな製品を生み出しており、最近ではコロナ禍ならではの製品も作ったそうです。

 

「コロナ禍で生きる私たちにとってまさに必要だった発明品が『LID Boss』。これは私たちが数年間、環境のために取り組んでいたプロジェクトの1つでもありますが、カフェなどに置くと便利なマシンで、タッチレスディスペンサーの前で手を振ると飲み物用に清潔で新品のふたが1つだけ出てくる仕組みになっています」とMcCauley氏とHahne氏は説明します。

 

「飲み物のカップのふたは人が口をつける部分ですが、カウンターにいるバリスタでさえ、どうしてもふたを触らなくてはなりません。また、客が自分でカップのふたを付けるタイプの店の場合、1つだけ取るのが難しくて落としてしまったり、欲しい数よりも多く取ってしまったり、自分の前に誰が触れたかわからないふたを使ったりすることがあります。しかし、このマシンがあれば、ふたからのウイルス感染を防げるだけでなく、廃棄量を約30%削減することもできるのです」と両氏はその意義を語ります。

↑CAD社の「LID Boss」

 

もちろん良いことばかりではありません。彼らが発明した、波の上を自動で走るボード「Hydrofoil」を使ったプロジェクトでは、ちょっとした試練を味わったとか。

 

「これはCF-12ナイロン素材でできていて、私たちはこれを使ってマーケティング資料の作成に協力していました。私たちの仕事は30日以内に同ボードを3台作成して、ビデオ撮影するというもの。ところが、ビデオクルーが来る前夜に行ったテストで、ボード3台のうちの1台で技術的なトラブルが起きてしまいました。間一髪で大きな事故にならずに済みましたが、コントローラーが足元で吹っ飛んでしまうなど、ひどい事態に。スケジュールがギリギリだったのでハラハラしましたが、徹夜で原因を突きとめて復旧させ、さらに、ほかの2つのボードでも同じ問題の部分を改良して、翌日のビデオ撮影に間に合わせました」と両氏はそのときのことを振り返ります。

 

仕事で遊ぶ感覚

このように、一般的に仕事にはアクシデントが付きもの。真面目に働き過ぎるとストレスも溜まりますが、McCauley氏とHahne氏は創造的な仕事をするために、どのように時間やストレスを管理しているのでしょうか?

 

「実は、LID Boss やHydrofoilのような案件はとても楽しくて、常にワクワクしているので、仕事とは思っておらず、働いている感覚はないのです。その意味で、私たちがしていることは趣味や遊びに近いかもしれません。私たちはデザインや製品開発が好きなので、時間を費やすことは嫌ではありません。幸いなことに、それが仕事になっているということですね」と語る両氏。

 

「ストレスが溜まることも当然ありますが、そんなとき私たちはお互いに顔を見合わせます。そこで大事なのは『何にストレスを感じているのか?』を掘り下げること。ストレスの原因や問題点がわかれば、それを乗り越えていくように心がけています」

 

自分が本当に好きなことを仕事にしたMcCauley氏とHahne氏。ビジネス感覚と“遊び”感覚を混ぜた彼らのスタイルはうらやましい限りですが、創造力は「没入感覚」から生まれるのかもしれません。

世界で最も影響力のあるデザイナーが語る「仕事の流儀」

フェラーリ、マクラーレン、マセラティ、BMWなど、さまざまな高級自動車メーカーでデザイナーとして活躍してきたフランク・ステファンソン氏。現在、世界で最も影響力のあるデザイナーと言われる同氏は、自動車業界やデザイン業界でレジェンド的存在ですが、30年以上にわたるキャリアのなかで、テクノロジーの進化は彼自身の仕事にもさまざまな影響を及ぼしてきたそうです。そんななかでステファンソン氏は何を大切にしてきたのか? ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」で行った講演から3つのポイントを取り上げます。

↑テクノロジーでデザインの可能性はもっと広がる

 

1: 製造期間の短縮化の加速

ステファンソン氏は「デザインやエンジニアにおける、現在のそして今後の製造期間を短縮するニーズが高まっている」と述べます。デザイン業界では3Dのデザインにシフトし、特にここ数十年の変化はめざましいと言います。「完全にマニュアル作業だった時代は、ハンドスケッチでデザインするところから始まり、エンジニアとプロトタイプの制作を何度も重ね、最終的に商品販売に至るまで4~5年かかっていました。それが現在では半分の期間になっている」(ステファンソン氏)

 

製造にかかる時間が短くなると、質が落ちてしまうのではないかと思いがちですが、不利とも思える条件を逆手に取って「奇抜なアイデアが本当に実現できるかどうか」を早い段階で余計なコストをかけずに見極めることができます。「期間が短縮するほど、我々のデザインの可能性を広げることになる」と、ステファンソン氏は語っています。

 

2: 新しいツールの活用

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、私たちの働き方が変化していますが、ステファンソン氏も例外ではありません。例えば「世界一安全なチャイルドシート」のうたい文句で2020年に発表されたBabyArkのチャイルドシートを、ステファンソン氏がデザインしました。この仕事で、彼は「3Dソフトウェアのソリッドワークスを使い、エンジニアと一度も対面することなく、自宅のスタジオからすべての仕事を行った」と言います。完全にデジタル化されたプロセスで製品を世に出したということは驚くべきことでしょう。

 

また2021年10月には、スペースXが月面でのカーレースを計画しており、その2台のクルマのデザインをステファンソン氏が担当しています。実際に月でテスト走行を行うことはできませんから、このデザインでもデジタル上でのシミュレーションが大切。「起こり得る極限のコンディションを想定し、それにあわせてデザインを行っている」とのことです。このように、制作プロセスをサポートするツールは重要な役割を果たしているわけですね。

 

3: デザイナー・クライアント・製品の温かいつながり

「テクノロジーの発達とともに懸念されるのは、人間的な温かみが失われやすいということ」と、ステファンソン氏は語っています。これまでは人と人とのやりとりのなかで生まれていた様々な製品が、デジタル化の波にのまれることで人間性を欠いたものになっていくことが危惧されます。

 

人と人とが対面で議論を重ねアイデアを出していたプロセスが、今日ではデジタル上のやりとりだけで簡潔するようになってきました。「私たちが考える温かみの定義も変わり、よりパーソナライズされたものになっていくでしょう。そしてデザイナー・エンジニア・製品の間でいかに人間らしさを盛り込むか、デジタル上で製品にいかに愛・感情・情熱を注ぐかが重要になっていきます」とステファンソン氏。温かみのある製品には、デジタルにはない人間の五感が大切になってくると言います。

↑人間性を重要性を説くステファンソン氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

ステファンソン氏のモットーは「if everything seems to be under control, you’re not going fast enough(万事が順調に見えるようでは、まだまだ遅い)」。現状に満足せず、自分をより高めたいのなら、ブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んで、新しいことに挑戦すべきである。安定ばかりを求めていては時代に置いてかれるだけだ——。

 

時代に順応しながら冒険を止めないステファンソン氏のそんな姿勢は、これからも私たちに多くの刺激をもたらしてくれそうです。

イケアの「組立説明書」に隠された3つの知恵

スウェーデンの家具メーカーIKEA(イケア)の商品組立説明書を初めて見た人は、「えっ?」と驚くかもしれません。従来の説明書のような文章による説明はほとんどなく、シンプルなイラストだけで構成されているからです。これは説明書を数十ヵ国語分作らなければならないイケアだからこそ、編み出された手法と言えるかもしれません。その秘密は何なのか? イケアの社員がダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」で明かしてくれました。

 

年間3500の取説を38か国語で

↑言葉は(ほとんど)いらない

 

世界50か国以上で展開するイケア。ベッドやダイニングテーブルなどの家具は組み立てや自宅までの配送に時間とお金がかかりますが、イケアはそのプロセスをすべて省略。代わりにお客さんが自分で自宅まで持ち帰り、自分で組み立てるというスタイルを導入し、「おしゃれな家具が低価格で購入できる」ということで世界的に人気を博しました。

 

しかし、いくら店頭に素敵な商品が飾ってあっても、自宅に持ち帰って実際に顧客自身が組み立てることができなければ意味がありません。そこでポイントとなるのが組立説明書。「イケアでは年間3500の新しい組立説明書を38か国語分作ります」と、パッケージ&ストア コミュニケーションマネージャーのAnne Mansfeldt氏は言います。

 

それだけ膨大な説明書を用意するためには、文章による説明を極力省き、言語や文化が違っても理解できる普遍的なイラストが重要な役割を担います。だからイケアの組立説明書には文章がほとんどなく、組み立てのプロセスがシンプルなイラストで示されているのです。

↑プレゼンしたイケアのコミュニケーションのエキスパートたち(出典:ダッソー・システムズ)

 

グラフィックコミュニケーターとして組立説明書チームに12年間所属しているDavid Andersson氏によると、組立説明書を作る際のポイントとして、イケアでは次のようことを心掛けているそうです。

 

1: 最初の工程は簡単にして、自信を持たせる

家具の組み立てに慣れている人ならいいのですが、イケアで扱うような大型家具を初めて組み立てる場合は「本当に自分でできるかな?」と不安がよぎるもの。なので「最初は簡単な工程にして、顧客に自信を持たせて、組み立てを続けるように励ましています」とAndersson氏は言います。説明書の通りに工程を進められると、「大丈夫、作れそうだ!」という気持ちが生まれるため、これでをやる気にさせるようです。

 

2: 大きなパーツを最初に組み立て、完成品をイメージさせる

小さなパーツを組み立てていても、それが完成品のどの部分に使われるかイメージしにくいもの。でも「初期段階に大きなパーツを組み立てれば、でき上がりがわかりやすくなる」とAndersson氏は言います。完成したときのイメージがわかれば、途中で気持ちが萎えることも少なくなりますよね。

 

3: 1つの工程に1つの作業だけ

文章で説明しない分だけ、1つの工程には1つの作業しか記載しません。人間が物理的にできる作業だけを表示しているそうです。

 

組立説明書を作成するチームでは、実際のサンプルを組み立ててみて、上記のようなポイントに注意しながら、3DのCADソフトウェア「SOLIDWORKS(ソリッドワークス)」を使って組立説明書を作っているとのこと。組立説明書のほかにも、顧客とのコミュニケーションツールとして、ウェブサイトやアプリ、パンフレットなどがあります。これらのツールのために、「年間3万点の商品画像と、70本以上の動画が作られている」と開発およびIT運用マネージャーのTaco Van der Maden氏は言います。

 

今後はオンラインショッピングがますます盛んになり、イケアのコミュニケーションツールもさらに進化していくことが求められるでしょう。しかし、もしイケアが文字中心の取説を作っていたら、同社は現在ほどグローバルに成功していなかったかもしれませんね。

AIは地球外でもコスパよし!? 「宇宙開発」はロボットに任せてしまえ

月や火星で大量のロボットが自律的に活動してインフラを構築する。そんなSF映画のようなビジョンを実際に実現させようとしているスタートアップ企業があります。それがアメリカのOffWorld(オフワールド)。同社の共同創業者でCEOを勤めるJim Keravala氏が、ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」に登壇し、未来の宇宙開発の形について話しました。ワイルドなビジョンの裏には一体どんな考えがあるのでしょうか?

↑宇宙開発もロボットにはもってこい?(出典: オフワールド公式サイト)

 

OffWorldが描く未来の野望は、月や火星などの惑星にAIを搭載したロボットを何百台も大量に送り込み、人間の監視下のもとで採掘などの作業を行い、そこにインフラを構築すること。これによって地球以外の惑星まで文明を拡張し、地球の生態系のバランスをとることにも役立つと考えているのです。

 

ロボットは元来、危険な場所での作業や人間が近づけない場所での作業を行うために開発された一面があります。それと同じように、同社では「人間がまだ訪れたことのない未知の場所にロボットを送り、そこで何百万台ものロボットのプラットフォームを構築し、採掘・飲み水の生成、電気エネルギーの生産などを行うことをビジョンとしている」とKeravala氏は語り、その舞台となるのが月や火星などの惑星なのです。

 

これまでにも月や火星の調査にはロボットが活用されていますが、OffWorldが目指すロボット編隊によるインフラ構築がなぜ必要なのか? 同社ウェブサイトにはその理由が3つ挙げられています。

 

1つ目は人類が拠点とする地球を守るため。昨今、注目が高まっている地球環境問題をはじめ、宇宙で発生し得るさまざまなリスクなど、地球での暮らしが絶対的に安全と言えるわけではありません。なので、地球外でも私たちを守るための準備をする必要があると同社は考えています。

 

2つ目は地球上の環境負荷を軽減すること(同社はこれをサステナブルな発展と言っています)。宇宙でエネルギーインフラを構築できれば、そのエネルギー源を地球に届けることが可能になるかもしれません。そして3つ目は探求心。かつて人類は、山を超え、海を超え、知られざる地を開拓してきました。そして次なる未知の場所(ニューフロンティア)が宇宙になるのです。人類が宇宙に惹かれるのは「未知なる場所や物事を知りたい」という私たちの知的好奇心が背中を押しているからでしょう。

 

同社が開発を進めているロボットは、大きさは30×60×20cmで、重さは53㎏の小型サイズ。地球上はもちろん、月や火星などで自律式で活動できるよう設計され、ソーラーシステムを標準装備し活動します。そんなロボットを活用する最大のメリットは「宇宙に行くことのコストを下げられることだ」とKeravala氏は言います。「ロボットによって、従来なら人を介して行っていた組み立てなどの複雑な作業を宇宙で行えるようになり、インフラ構築に必要な生産コストを大幅に下げることができる」

↑オフワールドのJim Keravala氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

そしてAIが搭載されており、ロボット同士の共同作業や現在開発中のマシンインテリジェンスによって、「将来的には人間がほとんど介入しなくてもロボット自身が学習して、次にどんな作業をすべきか判断し活動できるようになる」とKeravala氏は述べています。

 

世界の人口問題の究極の解決策?

映画のワンシーンのようで突飛に思えるKeravala氏の構想は、10代のときに読んだトーマス・ロバート・マルサス著の人口論がきっかけなんだとか。この本は、過剰人口によって食糧不足は避けられなくなり、その結果、飢饉や貧困などが起き、人口の増加は道徳的な観点から抑制すべきであると論じていますが、Keravala氏はそれを自分なりに解釈し、人類を地球外に連れていけば、この問題は解決できるのではないかと考えたのかもしれません。

 

そんなKeravala氏は、あるインタビューによると、近い将来の目標として2024年のNASAのアルテミス計画への参画に期待を寄せているそう。壮大かつ明確なビジョンを持つOffWorldが、どこまで計画を実現できるのか注目です。

ディズニー流「Think Different」が教える創造力のヒント。型破りな発想のために脳の87%を解放せよ!

まるで物語の世界に迷い込んだように、予想もしないような体験や感動があるディズニーランド。1955年に米カリフォルニア州で最初のディズニーランドが開園したことをきっかけに、ディズニーはそれまでのホスピタリティの常識を覆し、新しいホスピタリティの概念を生み出したと言われています。

↑パパ、遊び心が足りてないんじゃない?

 

そんなディズニーで大切にされているのが、「Think Different(ほかと違う考えを持つこと)」。決まりきった枠組みに固執せず、クリエイティブな考えを生み出すことには、どんな意味や可能性があるのでしょうか? ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」に登壇した、ディズニーのイノベーションとクリエイティビティの元責任者Duncan Wardle氏の言葉から、その重要性を探ってみましょう。

 

「Think Different」ができると、どんなメリットが生まれるのでしょうか? その一例として、Wardle氏は自身のウェブサイトでデジタルカメラを取り上げています。アメリカを拠点とする写真用品の大手コダックが、1975年にデジタルカメラの開発に挑み、試作機を制作しました。しかし同社は当時主流だったフィルムカメラ市場に競合する懸念から、これを市場に出すことはしませんでした。

 

数十年後にはカメラの世界がフィルムからデジタルに移行するなど、この時点で予測できた人はほとんどいなかったかもしれません。「でも写真を簡単に共有する目的を明確にして、それに何よりも重点を置いていたとしたら……」と、Wardle氏は疑問を投げかけます。もしそうしていたら、コダックは現在のデジタルカメラ市場で優位にシェアを伸ばし、2012年の倒産さえ免れたかもしれません。

 

ディズニー流「Think Different 」の方法

ほかとは違う考えを持つためには、どうしたらいいのでしょうか? Wardle氏が提案する1つ目の方法は、多様性を大切にすること。Wardle氏が香港のディズニーランドに作る商業スペースについて検討していたとき、50歳以上の白人男性ばかりが集まって議論しているなか、Wardle氏はあえて、若い中国人女性シェフをそこに呼んだそう。

 

その理由は「彼女は、その場にいる人と正反対の人物で、違う考えをもたらすだろうと思ったから」とWardle氏は言います。私たちは無意識のうちに、自分たちの経験や知識に基づいて、物事を判断したり想像したりしがちですが、違う考えを持つ人がいれば、その人が予想もしない考えをもたらすかもしれないわけです。

 

また、課題についてシンプルに見つめ直すことも必要で、これはディズニーの創業者であるウォルト・ディズニーが大切にしていたことと通じるとWardle氏は言います。「1955年に最初のディズニーランドがオープンしたとき、ウォルト・ディズニーは『園内にいるのはお客様とキャストだけで、従業員はいない』とキャストに伝え、我々の仕事について改めて考え、ホスピタリティ業について深く見つめ直すよう諭しました」(Wardle氏)。こうして、それまでにはなかったホスピタリティの考えを構築していき、それによってディズニーが唯一無二の存在となり、世界中の人々を魅了していったのです。

 

さらに、Wardle氏は遊び心を持つことも大切だと語ります。偉人や凡人に関係なく、人間は入浴中やウォーキング中、通勤途中、寝る直前などに閃くことがよくあり、職場で最高のアイデアを思いつくことは、あまり多くないかもしれません。

 

一説によると、その理由は私たちが仕事をしているとき、脳は忙しく仕事をこなす「ビジーベータ(Busy Beta)」の状態にあるから。「私たちは脳全体のわずか13%しか使っていません。残りの87%は無意識下の脳で、ストレスを感じたり多忙だったりするとその脳は閉ざされてしまうのです。この閉ざされた脳を開かなければ、素晴らしいアイデアでは生まれません」とWardle氏は述べます。

↑遊び心の大切さを説くWardle氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

無意識下の脳を解放した状態は「アメージングアルファ(Amazing Alpha)」と呼ばれています。遊び心は閉ざされた脳をオープンにするときに重要な役割を果たすのですが、遊び心は誰もが産まれたときから持ち合わせているものだとWardle氏は言います。私たちは幼いときには周囲のあらゆることに「なぜ」と疑問を持ちましたよね? そんな既成概念や経験則に捉われることのない素朴な心がクリエイティブな思考につながるのです。会社や業界、社会のルールが思考の邪魔をしていたら、「ルールを無視できたら何が可能になるか?」と考えてみましょう。

 

確かにクリエイティブな思考は考える時間がないとなかなかできませんが、時間を言い訳にしてはいけません。時間がないとき、Wardle氏は子どものように笑う時間を作っているそうです。心から笑えるということは、日々のストレスを忘れ、心身がリラックスしているということ。そうすることで閉ざされていた脳が開放され、クリエイティブな思考になっていくようです。

 

議論の余地はありますが、一般的に日本人は集団主義的であり、周囲の人と同調する傾向があると言われています。しかも性格は真面目。それ自体には良い面も悪い面もありますが、Think Differentは日本人のそのような弱点を補うのに役立つかもしれません。

「21世紀の産業革命」はすぐそこに! 世界中の”モノづくりギーク”が熱狂する「SOLIDWORKS World 2018」レポート

「SOLIDWORKS World」というイベントをご存知でしょうか?

 

世界最大の家電見本市「CES」ほど有名ではありませんが、SOLIDWORKS Worldは、世界中のメイカーが製作した最新プロダクトを並べ、3Dプリンターなど製造業における最先端テクノロジーを紹介する大規模なイベントです。20回目となる今年は2月4~7日まで米国ロサンゼルスで開催。今回、筆者も初めて取材してきました。

 

SOLIDWORKSはダッソー・システムズが開催

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SOLIDWORKS  Worldは、過去に紹介した「バーチャル・シンガポール」プロジェクトを運営するフランスのダッソー・システムズが開催しています。同社はバーチャル世界に特化しており、製品設計用「3Dモデリング(スマート製品などの分野で使われるシステムエンジニアリングの1つ)」というコンセプトをもとに様々なソフトウェアを開発し、航空宇宙、防衛、ハイテク、建築、エネルギー、自動車など幅広い産業に提供しています。顧客は140か国に22万社以上いるとのこと。

 

同社が展開する様々なブランドのなかに、3D設計やデータ管理、シミュレーションなどの機能を提供する3D-CADソフトの「SOLIDWORKS」があります。同製品は直感的に製品設計でき、部品同士の干渉や強度検討なども可能。世界中に数百万人のユーザーがいます。SOLIDWORKS  Worldは主にそのユーザーイベントとなっており、世界各国から5000人以上の人たちが集まり、新開発または開発中のテクノロジーやアイデアに触れ、刺激を受けていきます。このイベントは一言で言えば、「モノづくりのエンタメパーク」です。

 

SOLIDWORKS World 2018では、その「SOLIDWORKS」を利用して少人数でプロダクトを設計し、短期間でプロトタイプを製作して改良を重ね、精度の高いプロダクトをリリースしている企業を数多く見かけました。それらのプロダクトが世の中に送り出されるプロセスは、数年前に読んだ元Wired編集長クリス・アンダーソン氏の著書「MAKERS」の内容を彷彿させるものでした。

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同書では、CADなどのデジタル設計ツールの性能向上や3Dプリンターの登場によってプロトタイプの製造が容易になったこと。Webの製造受託サービスが普及したことで製造のインフラが容易に利用できるようになり、それによって製造業が大企業から個人の手に渡る世界がより現実味を帯びてきていると述べられていました。

 

クリス氏はこれを「メイカーズ革命」と呼びましたが、SOLIDWORKS  Worldはそれが強く実感できる場でもありました。

 

イベントではその3D-CADソフト「SOLIDWORKS」を活用してデザインしたプロダクトが数多く紹介されました。以下に紹介します。

20180216_kubo03↑ プロダクトのジャンルは幅広く、バットマンが乗る「バットモービル」をプレゼンする会社も

 

20180216_kubo04↑ 歩行アシストロボット

 

20180216_kubo02↑ エンジン付きのサーフボード

 

20180216_kubo08↑ 東京とサンフランシスコ間を5時間半で飛行する超音速旅客機(既に設計済みで近々テスト飛行予定)

 

すべてのプロダクト設計に共通していたのが、SOLIDWORKSを活用することでプロダクト設計が容易になったという点。このソフトウェアは強度不足な部分や熱がたまりやすい部分、振動に弱い部分を自動でシミュレーションし、条件に耐えうる設計へ変更することができます。

 

また、3Dでプロダクトを分かりやすく表現できるため、設計者と生産現場との情報共有を捗らせます。これが迅速で精度の高いプロダクト製造につながっているのです。

 

このような機能がベンチャー企業や個人の製造業への参入を容易にしているとも言えそうですが、幅広いジャンルのプロダクトの設計や製造を、インターネットにつながったコンピューター上のデジタルツールでシームレスに行えるようになったというのは驚くべきことではないでしょうか。

20180216_kubo07↑ 会場に走って駆け込んでいくイベント参加者たち

 

「SOLIDWORKS World」には世界中からまさに「モノづくりギーク」ともいえる人たちが集結しており、会場は熱気で溢れ、さらに一種のモノづくり仲間意識のような不思議な空気さえ漂っていました。

 

次回以降よりSOLIDWORKS Worldで取材した世界中のメイカーたちのプロダクトについて順次ご紹介していきます。

 

(取材協力:ダッソー・システムズ)