インドの美容市場が熱い!「女性起業家」が率いるコスメ企業がIPO

【掲載日】2021年12月16

2021年10月、インドのユニコーン企業FSN E-Commerce Ventures Limited(Nykaa)がインド国立証券取引所に上場しました。Nykaaはコスメやパーソナルケア商品を中心としたビジネスをオムニチャネルで展開しており、オンラインではECサイトを運営する一方、オフラインではインド国内38都市で73店舗を構えています(2021年12月時点)。

IPOを果たしたNykaaの創業CEO、Falguni Nayar氏(左から4人目)(画像提供/Nykaa公式ウェブサイト)

 

2012年に投資銀行出身の女性起業家Falguni Nayar氏が創業したNykaaは、同氏が59歳の誕生日を迎える年にIPO(新規株式公開)の偉業を達成しました。50歳で起業の決断をしたこともさることながら、現時点で世界にわずか24人程度しか存在していないと言われる女性起業家のIPOは、世界中の起業家マインドを有する女性に勇気と刺激を与えることでしょう。

 

Nayar氏はすでに65億ドル(約7380億円※)の純資産を有し、インド国内では2番目に裕福な女性となっています。IPOに至るまでのハードルは想像に難くありませんが、世界各国からスター経営者として賞賛された喜びが彼女のマインドをさらに高めたことで、今後の事業展開が大いに期待できるものとなるはずです。

※1ドル=約113.5円換算(2021年12月13日時点)

 

日本においても今後Nayar氏のような女性経営者が増加すれば、ビジネス界における多様性が強化されていくことと思われますが、それは今後の日本企業を取り巻く状況や意識の向上によっても大きく左右されることでしょう。また、女性の社会進出においては、それぞれの国や地域における文化や信仰、教育、社会規範、価値観の違いなどが高いハードルになる場合が多いのです。

 

女性のエンパワーメントにつながる可能性

インドにおける化粧品市場は成長を続けており、Statistaによると2016年に75億米ドル(約8530億円)だった市場規模が、2022年には111億5000万米ドル(約1兆2680億円)に達すると予想されています(2016年比で約149%)。インド以外の途上国でも化粧品市場は成長しており、携帯電話の普及で、YouTubeやInstagramなどのソーシャルメディアでメークの方法などを知ることができるようになってきたことで、農村部でも美容への関心が高まっています。

 

美容には私たちの見た目だけでなく、気分や自尊心といった内面を高める働きがあるでしょう。これまで化粧品などを入手しづらかった農村などの地域において、現地に適した価格で良質な化粧品を提供することができれば、女性のエンパワーメントというSDGsの目標5の達成にもつながります。日本の化粧品メーカーが自社のみで途上国の農村部に展開することは簡単ではありませんが、Nykaaのような現地企業と連携することは一つのオプションになるでしょう。

バングラデシュの大規模学生運動、交通ルールの向上とシステムの改善を要求

2021年11月にバングラデシュのノートルダム・カレッジ(NDC)の学生が市営ゴミ収集車の誤運転による衝突事故で死亡しました。これをきっかけに現在同国では、多くの学生を中心とした抗議活動が展開されています。バングラデシュ、特に首都のダッカは深刻な交通渋滞が発生する都市として知られており、多くの危険が隣り合わせです。さらに今回の事故は、実際の運転手とは異なる代理の運転手が引き起こした事故であり、法と秩序の遵守を求めて数千人の学生がダッカの主要交差点を封鎖しました。

大規模な抗議運動を展開するバングラデシュの学生たち

 

バングラデシュでは、日本のように交通ルールやマナーが国民の間に浸透しておらず、交通インフラが未整備の地域も多くあります。今回のような交通事故が引き起こす大規模な学生運動は2018年にも発生しており、頻繁に発生する交通事故の多さは尋常ではありません。例えば、今回の抗議活動の最中にも別の市営ゴミ収集車による衝突事故でオートバイの運転手が死亡しています。

 

今回のデモ参加者による市長や政府への要求は、負傷者への補償や加害者への迅速な裁定、交通安全の意識向上などに加えて、交通管理システムの再設計やバス停留所、駐車場の適切な配置などインフラ部分にまで及んでいます。

 

社会規範を熟成させるには非常に長い年月を要し、通常は幼少時からの教育が必要であるため、この問題をすぐに解決することは難しいでしょう。しかし交通インフラにおいては、他国の状況を検証し、同様のシステムを導入していくことで改善に向かった歩みを進められる可能性があります。

 

日本に問題解決のヒント

日本はクルマ社会の形成において他国より一歩進んでいます。社会規範や補償、責任の概念に加えて、全国に張り巡らされている交通管制システムなどは他国から模範とされるような部分も多いでしょう。また、ドライバーの安全意識を向上させるようなサービスや、AIを活用して交通事故を防ぐ自動運転のような製品を提供している民間企業もあり、このような仕組みを輸出できる可能性も十分にあります。

 

渋谷のスクランブル交差点で通行者がぶつからないことは、海外の旅行者から賞賛される日本の名物の一つですが、それは普段あまり意識することがない高い社会規範と高度な交通システムから成り立っているのです。

グアテマラとのご縁に導かれて、保健系開発コンサルタントの道へ

新型コロナウイルス感染拡大以前から、医療従事者の不足は世界中の国々で問題になっていました。特に、開発途上国での人材不足は深刻です。そこで、今回は、国際協力の現場経験と看護師資格を持ち、保健系開発コンサルタントとして活躍する宇田川珠美さんにインタビュー。国際協力業界における保健医療支援の現状や求められる人材像についてお伺いします。

 

宇田川珠美/大学・大学院で農学を学んだ後、青年海外協力隊、JICA、国連ボランティアなどの国際協力機関で、農業隊員や業務調整員として主に農業系のプロジェクトに従事。その後、看護師免許を取得し、救急病院の看護師として勤務するものの、国際協力の現場への強い思いから2017年アイ・シー・ネットに入社。保健系開発コンサルタントとして、中米やアフリカで保健医療サービス強化や栄養改善のための活動を行っている。

 

背水の陣で挑んだ国際協力の世界。それが人生の軸に

 

――もともと、国際協力の仕事に関心があったのでしょうか?

 

宇田川 農学部出身で、大学院にも進み、卒業後は、研究職に就きたいと考えていました。子どもの頃によく流れていたエチオピアの飢餓救済のためのCMで、栄養不足でお腹に水が溜まり、ぽっこりと膨らんでいる子どもの映像を見て、「砂漠でも育つような麦が開発できたら」とバイオテクノロジーの研究をしていたんです。

 

しかし、大学院卒業の頃にバブルが崩壊。男子学生ですら就職先が見つからず、大学院卒の女性など全く相手にされないような時代です。学歴がかえってネックになってしまい、アルバイトの採用も苦戦する絶望的な状況でした。そんな時、目にしたのが、青年海外協力隊のポスター。同じ大学にも参加している人がいましたし、当時は、自分に日本で生きて行く道があるとは思えなくて、新天地を求めるような気持ちで応募しました。

 

――青年海外協力隊ではどのような活動をされていたのですか?

 

宇田川 青年海外協力隊では、中米のグアテマラで農業隊員として2年間活動しました。帰国後は、JICAの国際協力推進員のお誘いをいただき、出身地でもある群馬デスクに勤務。その後も、青年海外協力協会(JOCA)、国連ボランティア、JICA農村開発部のジュニア専門員として、スリランカ、エクアドル、アルゼンチンなどに赴任し、10年以上国際協力の現場で働いてきました。

 

現地では、「二度とこんな国に戻ってくるか」と思ったこともあります。さまざまなトラブルがありすぎてここでは言い尽くせないぐらいです。でも、不思議なことに、いざ飛行機に乗って帰国となると、無意識のうちに涙があふれてきて。その時にはじめて「この国が大好きだったんだな」と気づく。普段自分が意識している以上に、深いところで、取り憑かれるような魅力を国際協力の仕事に感じていたのだと思います。

 

――アイ・シー・ネットにはどのような経緯で入社したのですか?

 

宇田川 大学院を卒業してから、長く海外で仕事をしてきて、ジュニア専門員の任期を終えた時は、すでに38歳。自分が関わってきた農業系のプロジェクトが各国の方針や日本政府の援助方針、ニーズの変化などによって援助の潮流が変わったことにより減り始めていたこともあり、この先、何年この仕事を続けられるだろうかと漠然とした不安を感じていました。国際協力の仕事ができなくなっても困らないように、日本で生きていける基盤を作ろうと、長期的な視点で自分の人生を考えはじめたのもこの頃です。

 

日本社会で働いた経験もなく、日本で仕事に就くのは容易ではないと自覚していたので、長く生活の糧になるスキルを身につけようと、3年間学校に通い看護師の資格を取得しました。国際協力の現場で、医療系の方々と仕事をした時に、チームワークの良さや人柄に惹きつけられた経験も大きかったです。

 

病院で働きはじめて3年目でしょうか、以前アイ・シー・ネットで働いていた方が私の勤める病院に研修医として赴任してきまして、「今、アイ・シー・ネットでグアテマラのプロジェクトに参画できる人を探しているのだけど、宇田川さんは、国際協力の仕事に戻りたい気持ちはないの?」と声をかけてくださったんです。グアテマラは、初めて海外協力の仕事をした大好きな国です。国際協力の仕事への情熱が再び湧き上がり、迷うことなくアイ・シー・ネットに履歴書を送りました。そして現在、保健系開発コンサルタントとして働いています。

 

現地住民の意識を変えて、健康・栄養改善を目指す

 

――アイ・シー・ネット入社後のお仕事について教えてください。

 

宇田川 JICAの「グアテマラ国妊産婦と子どもの健康・栄養改善プロジェクト」に参加しました。グアテマラは、中米諸国の中でも特に母子保健の改善が遅れており、周辺国と比べても妊産婦死亡率や乳幼児死亡率などが高い国です。プロジェクトでは、現地の保健医療従事者の能力向上を支援するとともに、妊産婦と子どもの栄養改善のために、住民の健康意識を高めるための啓蒙活動も行いました。

 

最初は、以前にも経験のあった業務調整員という立場で現地に入りました。プロジェクト全体のコーディネートを行う役割で、各専門家の渡航支援や業務のサポート、現地傭人の労務管理から経理、広報までを担当する何でも屋さんです。その後、高血圧、糖尿病、太り過ぎ、痩せすぎといった健康問題のある妊婦に栄養指導を行う継続看護というポストで、自分の専門性を活かす機会もいただきました。

 

――プロジェクトでは、どのような成果が得られましたか?

 

宇田川 継続看護では妊産婦健診を利用して栄養指導を行っていたのですが、現地の看護師は、妊婦の体温や血圧、身長体重などを測ってデータを記録するものの、そのデータを何か問題が起こったときに、過去にさかのぼって活用するという認識がありませんでした。看護師が担う役割は大きくなっても、教育がそれに追いついていないという印象。それでも継続的に指導して行く中で、嬉しい変化がありました。

 

データを記録するだけになっていたカルテの中から、ある現地の看護師が、健康に問題があり出産リスクの高い妊婦をリストアップして継続的に気を配るようになりました。その中に非常に痩せている妊婦がいたため、生活の状況を確認。すると家が貧しくて、十分な食事を取れていないことがわかったのです。しかし、私たちは、医療機関なので、食料を提供できません。その時、その看護師は、食料を寄付してくれる機関を見つけて、連携しながら、彼女が出産をするまで、食料支援をしながら健診を続けたのです。今までは、何かと言い訳をして、イニシアティブを発揮することがなかったのに、主体的に動き始める様子を目の当たりにして、「これは何かが変わったな」と実感しました。

 

その後、無事に元気な赤ちゃんが生まれて、「リスクのある妊婦をリストアップするのは、いい方法だから、これからもやっていきたい。経済的な事情で栄養が取れない妊婦さんに対しては、今後も支援方法を模索しなければならないけれど、今回はいい経験だった」と言ってくれたんです。現地の看護師も、プロジェクトを通じて覚えた栄養の知識を、もっと現場で活用したいという気持ちがあるんでしょうね。でもその具体的な方法がわからない。だから、最初はレールを引いてあげて、意欲のある看護師が主体性を発揮できる環境を整えていきたいです。実際に成果が出てくると、現地の看護師も仕事の面白さに気づいていくと思うんです。

 

プロジェクトで作成した栄養カレンダーで指導を受ける母親

 

専門性を活かすことより、相手を思いやることが大切

 

――国際協力の仕事に向いているのは、どんな人でしょうか?

 

宇田川 専門性や語学能力が高いに越したことはないと思いますが、現地の状況に合わせて、柔軟に対応できることが、それ以上に重要だと思います。例えば、日本の価値観で、詳細な指示をしたり、仕事量を増やしたりすると、現地の人にとっては重荷になることもあります。目標を少し下げたり、目標に到達するまでのステップを小さくしたり、一人一人の状況に合わせた対応が求められます。

 

特に、私が活動していたグアテマラのキチェ県は、マヤの伝統文化が色濃く残る先住民の多い地域です。彼らは、西洋医学を信用しておらず、出産も助産師を呼んで、家で産むのがスタンダード。妊産婦健診を受けたがりませんし、看護師が予防注射のために訪問しても追い返されてしまいます。何百年と続いてきた自分たちの知識や文化を変えるというのは、一筋縄ではいきません。いくら高度な専門性があっても、それだけでは難しいのです。

 

栄養指導をしていても感じるのですが、日本のような先進国では、医療サービスも細分化されていて、自分の専門分野からの視点でしか患者を見ていないように感じます。特に日本人の専門家は、そこがネックになっているのではないでしょうか。栄養指導においても、栄養の専門家は、肥満傾向の人には、一律に体重管理を求めますが、看護の専門家は、臨床データに基づいて、本当に体重管理は必要なのか、無理に体重を管理することで、もっと重大なリスクを招かないかも考えるのです。半面、看護の専門家も栄養面の深い知識はないので、「私のやっている栄養指導はこれでいいのかな?」という疑問は常に感じています。メンバーに各分野の専門家を揃えればいいというものでもなくて、プロジェクト全体を俯瞰し、自分の専門性以外のことにも、知識を広げる意識が必要です。

 

出産時緊急対応研修の様子

 

――そのほか、現地で大切だなと感じることはありますか?

 

宇田川 日本の妊産婦検診では一般的に行われる、触診による逆子診断などの手技も、現地の看護師には身についていません。今回のプロジェクトでは、超音波診断装置を購入したのですが、この装置を使えば、逆子かどうかも簡単にわかるし、触診ではわからない疾患も発見できます。装置により命を救えた妊婦もいます。保健医療従事者の能力向上ももちろん重要ですが、テクノロジーの力に頼れるところは、割り切って活用することも大切です。

 

私は、仕事以外での現地の人との関わりも大切にしています。その国の人と分かり合えて、深い間柄が築けると、その国の国民性を知ることができますし、何としてでも改善したいという気持ちが湧いてきて、一生懸命になってしまいます。現地では、さまざまな課題がありますが、結局は、仕事をする国やその国の人のことが好きになれないと頑張れないですね。

 

超音波診断装置で異常が見つかり病院で出産に至った母親と赤ちゃん

 

躊躇していたら前に進めない。目の前のチャンスを逃さないで

 

――国際協力の世界に興味がある方へ、メッセージをお願いします。

 

宇田川 私もアイ・シー・ネットに入らないかと声をかけられた時に、「コンサルタント会社なんて自分には無理」と思っていました。英語能力も高くありませんでしたし、入社すると案の定、TOEICのスコアが900点台の人ばかりで、最初は萎縮していました。しかし、キャリアの初期から中米で活動していたこともあって、スペイン語ができて、看護の勉強もしてきたので、仕事のチャンスを得ることができました。現在、関わっているアフリカ・ブルキナファソでの農業を通じた栄養改善プロジェクトでは、家庭の農業収穫量・収益を上げることで、学校給食の質を改善し、子ども達の栄養改善を目指しています。ここでは、学生時代に学んだ農学の知識が活きて、農業の専門家との連携が非常にスムーズです。

 

さまざまな経験が活かせる国際協力の現場ですが、自分の専門性を活かせるプロジェクトが常にあるわけではありません。ご縁や運というのもキャリアには、大きな影響を与えます。だからこそ、悩んでいる人がいたら、とりあえず飛び込んでみたらいいと思います。躊躇していると前に進めないですよ。

 

私も、わらしべ長者のように、目の前のチャンスをつかんで、今に至ります。若い時は、周囲がチャンスをくれるんです。ジュニア専門員や国連ボランティアも年齢制限がありますし、歳を取ってくると、自分の都合だけでは行動できないことも増えます。国際協力の仕事に関心があるなら、チャンスの多いうちに、ぜひチャレンジしてほしいですね。

タンザニアをはじめアフリカ各国が注目! 医療課題を解決する「E-Health」とは?

現在、急激に人口が増加しているアフリカ。国連の世界人口推計によると、サハラ以南のアフリカの人口は、2050年までに倍増すると言われています。人口増加によって経済成長や市場の拡大が期待される一方、いまだ多くの課題があるのも事実。中でも、保健医療の体制を整えることはアフリカ全体で急務となっています。

 

そこで注目されているのが、IT技術を活用して医療課題を解決する「E-Health」です。今回は、長年保健医療の分野に携わり、現在はアフリカの医療支援団体でも活動している三津間氏に話を聞きました。アフリカの中でも「ブルーオーシャン」として注目が集まるタンザニアにフォーカスし、保健医療分野の現状や具体的なニーズを解説。「E-Health」の可能性を探ります。

 

お話を聞いた人

三津間 香織

日本の医療機器製造販売メーカーに10年以上勤務し、医療機器の商品開発から生産販売、事業開発、アライアンスに関する業務などを広く経験。その後、大学院で経営学を学び、アフリカに置き薬を広めるNPO法人「AfriMedico」での活動を始める。本団体での活動をきっかけに、アイ・シー・ネットに入社。ビジネスコンサルタントとしてアフリカへ進出する日本企業の支援をしながら、現在も「AfriMedico」での活動を続けている。

 

急速な人口増加を迎え、課題を抱えるタンザニアの保健医療分野

タンザニアは、世界の中でも、今後大幅な人口増加が起こると予測されている国の一つ。現在約5800万人の人口は、2050年には1億人以上になると言われています。しかしながら、増加する人口を支えるだけのインフラは、まだ十分に整っているとは言えません。特に保健医療の分野においては、さまざまな課題を抱えているのが現状です。

 

例えばタンザニアでは、妊産婦の死亡率が高く、10万人あたりの死亡者数は524人にものぼります。死亡要因を見ても、1990年と比べると大幅に減少していますが、いまだ死亡要因の50パーセント以上を占めているのが、感染症疾患及び母子・栄養疾患です。三津間氏は、「特に農村部では、マラリアやエイズなどの感染症にかかって亡くなる子どもが多い」と話します。

 

 

ダルエスサラームなど都市部では、概ね道路も舗装されていて、30分ほど車を走らせればどこかの病院に行くことができます。しかし、ダルエスサラーム以外の州には、まだ舗装されていない道も多くあり、公共交通機関で病院まで行こうとすると片道1、2時間はかかってしまいます。さらに農村部の病院では待ち時間が長く、受診するまでに早くても3時間、ときには5時間ほど待たされることも少なくありません。そして受診後に薬を処方されたとしても、病院が薬の在庫を持っていないケースもあって、その場合は処方箋だけもらって次の日にまた薬局まで取りに行かなければならないんです。

 

農村部に住んでいる人たちにとっては、『一日がかりで病院に行くこと』が普通で、軽い症状だと我慢をしてしまう人も多いのが現状。そのため、病院に行く頃には症状が悪化していたり、特に子どもは手遅れで亡くなったりするケースもあります。ただ病院の数が少ないことだけではなく、道路や物流といったインフラにも、都市部と農村部では大きな差があると言えます

 

村にあるクリニック

 

政府の力だけでなく、民間の手も借りながら人口増加に備える

医療従事者の数が全体的に大きく不足していることも深刻な課題の一つ。特に一般医は、人口1万人あたり0.25人しかおらず、これは日本の100分の1であることから、不足傾向が顕著です。今後、人口が増えることを考えると早急に対処する必要がありますが、三津間氏は、「人口増加にあわせて医療従事者を増やしていくことは難しい」と語ります。

 

 

日本でも実感できることですが、高齢者が増えているからと言って、その需要を満たすだけの介護士が増えるわけではありませんよね。私たちは職業を自由に選択することができますし、同じ職種でも待遇が良ければ、海外で働くことを選ぶ人もいます。特に医療従事者は大学を卒業しても現場での経験を積む必要があり、育成までに数年かかります。そのためタンザニアに限らず、アフリカ全土で急激な人口増加に併せて医療従事者をいっきに増やすことは不可能に近いことだと感じています。

 

しかしそもそもタンザニアでは、『医療従事者になることができる人』がとても少ないのが現状です。現在のタンザニアの義務教育は小学校のみ。中学高校に進学できる子どもは国民全体の2割ほどで、さらに大学に進学できる子どもは1割ほどしかいません。今後は、医療従事者を目指すことができる母数を増やすため、ボトムアップしていくことも課題の一つになると考えられます。その一方で、都市部に出てきて進学する優秀な若者たちの多くは、保健医療分野に対して、すでに強い課題意識を持っています。それはやはりほとんどの若者が、自分の家族や友達を感染症で亡くした経験を持っているから。今の国の政策だけでは解決し得ないこともわかっていて、多くの人たちが『この状況をなんとかしたい』と思っています。このような背景もあってタンザニアでは今、政府だけではなく、官民の連携や民間企業の介入によって、保健医療サービスなどの提供を進めていくことが、ますます求められるようになっているのです

 

IT技術を用いて医療を提供する「E-Health」

保健医療分野の課題を解決するために、近年アフリカ全体で注目されているのが、「E-Health」です。「E-Health」とは、IT技術を用いて、より効率的・効果的な医療サービスを提供しようという取り組みのこと。現在アフリカで実際にスタートしているサービスや、タンザニアでの導入状況について、三津間氏に聞きました。

 

日本で近年よく耳にするオンライン診療も、『E-Health』の一例です。すでにアフリカのいくつかの国では、イギリスがつくったオンライン診療のサービスが導入されています。また、ナイジェリアでは『偽薬』を防ぐためのIT技術が導入され始めているところ。アフリカでは薬の物流形態が複雑で、途中で偽物の薬が混じってしまい、そのまま販売されてしまうことがあります。偽薬のせいで命を落としてしまう人もいるため、アフリカではかなり深刻な問題として考えられているのです。しかしIT技術を用いることで、サプライチェーンの流通を管理して混じった偽薬を検知することが可能になります。このような技術が今後さらに広まれば、アフリカのさまざまな国で、安心安全な薬の流通を実現させることができるはずです。

 

このようにアフリカ各国で『E-Health』のサービスがスタートしていますが、実はタンザニアでは、まだあまり大規模な導入は進んでいません。その背景には、農村部で通信が不安定な地域が多かったり、キャリア会社が5~6社もあったりして、サービスを始めても一気に拡大しにくい現状があります。しかし、数年前までタンザニアと同じようにキャリア会社が複数あった隣国のケニアは、今ではほぼ1社に絞られており、タンザニアも同様の道をたどると言われています。そのためタンザニアでも、今後キャリア会社が絞られてインフラが整備されることで、E-Healthの導入が本格的に加速するのではと考えています

 

「医療を効率よく提供すること」は日本とも共通の課題

これからE-Healthの導入が期待されるタンザニア。中でもニーズがあると考えられているのが、妊産婦や小児向けのサービスです。三津間氏は今後ニーズが見込めるサービスとして、オンライン診療や、妊産婦が正しい知識を得られるようなコンテンツ配信などを例に挙げました。

 

「タンザニアでは、保健省の政策で妊娠期間中に合計5回はクリニックに行って診察を受けることが決まりとなっています。周産期を確認して出産のタイミングを予測したり、赤ちゃんの状態はもちろん、母体の健康状態をチェックしたりする必要があるためです。しかしながら現地で出産した人からは『2~3回しかクリニックへ行っていない』という話を聞くことも。農村部に住む人々は、一日がかりで病院に行かなければならず、特に妊産婦や小児にとって大きな負担となっているのが現状です。そのため、何らかの症状が出ていても我慢してしまい、重症化してから病院へ行くというケースも少なくありません。

 

この課題を解決するために考えられるのが、オンライン診療・問診などのサービスです。例えば、オンライン上で問診をすることで、初期症状での対応が可能となり、医療サービスへのアクセス向上が期待できます。さらに、現在紙で運用されている母子手帳を電子化して、妊産婦の過去の診療データや経過などを一括管理することも、より効率的な医療サービスの提供につながります。

 

また、妊産婦たちや患者へ正しい対処法が伝わっていないことも課題の一つです。タンザニアでは、赤ちゃんを育てるときに必要な対処法などをコミュニティの中で教わることが多いのですが、それが必ずしも医学的に正しいとは言い切れません。そのため、妊産婦たちが安心して子育てできるよう正しい情報を提供することも、今後求められるようになると思います。例えば、赤ちゃんに起こりやすいトラブルの対処法を、ラーニング用の動画や漫画のようなテキストを用いて楽しく学んでもらえるコンテンツなどは、ニーズが見込めるのではと考えています」

 

村の中心部の様子

 

タンザニアでは今、若者たちを中心にインスタグラムやFacebookなどSNSを利用することも増えていて、外から来た新しいものに対してオープンに受け入れる土壌ができつつあると感じています。そのためこれから若い世代をボリューム層として『E-Health』が波及していくのではと期待が高まっているところです。高齢化が進む日本とは一見、状況が異なるようにも思えますが、日本の医療体制においても過疎地や離島など、医療へのアクセスが困難な地域へ『医療をいかに効率的に提供していくか』は、課題の一つ。そのため、『人口密度の低い地域へ効率的に医療サービスや情報を提供する』という課題は、タンザニアの農村部も日本の過疎地も共通しています。日本が高齢化社会に対応していくためにつくったヘルステック系のサービスが、タンザニアのニーズにも応えられる可能性は、大いにあるのではないでしょうか」

 

市場が成長し始めている今が、参入のチャンス

さらにタンザニアでは、「E-Health」以外にも、ニーズが見込まれている製品やサービスが多くあります。例えば、心疾患、脳卒中、糖尿病といった感染症以外を早期発見するための画像診断機器や、増加する糖尿病患者のための血液透析装置などです。そのほか、慢性疾患にあわせた薬やサプリメントなどもニーズが高まっています。このように「人口増加や経済成長にあわせた製品やサービスには、大きなチャンスがある」と三津間氏は語ります。

 

現在、隣国のケニアには、アメリカで優秀な大学を出た若者たちがスタートアップを立ち上げようと集まってきています。これほど競争力があって成長しきった市場に入ることは、コストがかかる上にかなり難しいです。しかしタンザニアは、今まさに市場が伸び始めているところ。このタイミングで製品やサービスのシェアを獲得できれば、たとえ一顧客あたりの単価が安かったとしても、人口増加とあわせて、将来的に売り上げは自ずと伸びていきます。商品特性と市場成長のタイミングを見極め、投資をするタイミングを見誤らなければ、かなり面白い市場だと思います。

 

さらに、タンザニアの政策が海外企業に対してオープンな方向になりつつあることも、今がチャンスだと言える理由の一つ。タンザニアでは、昨年、新たな大統領が就任したことで、グローバルに足並みをそろえようとする発言や政策が増えるなど、少しずつ変化の兆しが見えてきています。まだ就任して間もないですが、これから国のルールや規制が本格的に変わっていけば、今までより海外企業が進出しやすくなると考えられます

 

「今のうちに、現地で起業している日本人や開発コンサルタントに相談しながら、現地の感覚をつかんだり手続きを先んじて進めたりしてもいいのでは」と三津間氏。タンザニア市場を狙う企業にとって、すでに進出準備を始めるフェーズが来ていると言えます。

コートジボワール発のイノベーションがアフリカの農家を救う

世界一の人口増加率と高い経済成長率を有するアフリカ大陸へのビジネス展開は、日本のみならず世界各国の企業が検討しています。最先端のテクノロジーを駆使した医療や通信、金融などのサービスが同大陸で続々と展開されていますが、それは農業分野においても同じです。

英国王立工学アカデミーのAfrica Prize for Engineering Innovationを初受賞した『KubeKo』(画像提供/LONOのFacebook)

 

2021年7月に英国王立工学アカデミーから「Africa Prize for Engineering Innovation」を初受賞した化学エンジニアのノエル・ヌグッサン(Noel N’guessan)氏は、コートジボワールを拠点とする化学エンジニアで、スタートアップ企業「LONO」の共同創業者です。同アカデミーは毎年、英国で最も優れたエンジニアを表彰している権威ある団体で、最終選考に残るまでに数多くの厳しい審査を通過しなければなりませんが、今年この栄誉に輝いたのは、ヌグッサン氏が開発した、有機性廃棄物や生物学的廃棄物を堆肥や調理用ガスに変える「KubeKo」でした。

※1ポンド=約154円換算(2021年11月25日時点)

 

アフリカの農業廃棄物は、販売される農作物の約2~5倍の量になると言われており、コートジボワールでは年間約3000万トンの廃棄物が生み出されます。KubeKoによる廃棄物の再利用は、副収入をもたらすことで農家の生活を劇的に改善する力を秘めているうえ、地域の持続可能性を高め、地球環境に貢献するなど数多くのメリットを有していると評価されています。

 

LONO社で販売されているKubeKoコンポストは、有機性廃棄物を約4週間で堆肥に変え、400kgの有機廃棄物から約150㎏の堆肥を得ることが可能。また、KubeKoバイオガスは、生物学的廃棄物から調理用ガスと液体堆肥を生み出します。1日あたり5kgの廃棄物が約2時間の調理を可能にし、さらに液体堆肥も得ることができます。

 

現地の人々を苦しめていた大量の廃棄物が、生活の向上や収益に貢献するものに変化したことで、大きな感動と喜びを生み出したことは想像に難くありません。

 

グローバル展開に不可欠なサステナビリティ

KubeKoの受賞が示しているように、グローバルに評価されるビジネスモデルを生み出すためには、現地ニーズに即した商品やサービス展開を実施するだけではなく、地域環境や持続可能性を考慮することが必須といえるでしょう。

 

現在でも日本のものづくりは世界中から高い評価を得ており、製造業に携わる人であれば、現地ニーズを詳細に把握することで新たな商機を得られる可能性が高まります。幸い日本には、開発途上国に向けた調査やビジネス支援を専門的に展開している民間企業が存在しており、場合によっては政府系機関のバックアップを見込めることもあるでしょう。高い技術力を持つ企業が、現地のニーズを知る企業と手を組めば、暗闇を照らすサーチライトを手に入れたも同然。日本企業もKubeKoのようなイノベーションを生み出せるはずです。

「デジタル通貨」で先陣を切るナイジェリア

ナイジェリアのムハンマド・ブハリ大統領は、2021年10月25日、ナイジェリア中央銀行のデジタル通貨(CBDC)「eナイラ」の導入を発表しました。中央銀行の信用裏付けがあるデジタル決裁は、単純に既存の紙や硬貨を使わないことだけでも国民生活に大きな変革をもたらすはずです。ビットコインに代表される仮想通貨は法定通貨を基準としていないので混同される読者も多いかもしれませんが、現在、世界各国が政府主導で続々に実証実験を行なっているデジタル通貨は、ナイジェリアと同様に法定通貨に裏付けられているものです。

ナイジェリアが導入した「eナイラ」

 

決済の利便性が向上

すでに世界初の中央銀行デジタル通貨「サンドダラー」が2020年10月にバハマで発行されていますが、欧州中央銀行(ECB)の「デジタルユーロ」や中国の「デジタル人民元」、そして日本の「デジタル円」なども数年内の発行を目指して実証実験を進めています。

 

デジタル通貨は、紙幣や硬貨と異なり、デジタル上ですべてを管理する通貨であるため、決済における利便性は飛躍的に上がることが見込まれます。信用度やセキュリティ、決済端末の普及など、さまざまな問題点が指摘されていますが、当局がそれらを運用しながら解決していくのであれば、国民の理解を得て普及に向けた歩みを強く推し進めていくことが当面の課題でしょう。

 

各国の中央銀行が発行するデジタル通貨は、基本的に自国発行通貨と価値を連動させています。ビジネスにおける決済においては、通貨価値の変動幅が大きいものは不向きですが、それでもデジタル通貨の導入は利便性だけの視点でいえばプラスの要素でしょう。

 

通貨は国家の威信そのものであり、過去の長い歴史の中で通貨発行権における攻防は凄まじいものがありました。現代においては、それがビットコインであり、Meta(旧Facebook)主導による「Libra」でしょう。

 

グローバル展開を検討している企業で、さらにデジタル通貨関連事業を検討しているのであれば、今回のナイジェリアのケースは参考になるでしょう。2億人以上の人口を有するアフリカ最大の国におけるデジタル通貨の取り組みは、世界各国の政府や大手企業、中央銀行も注目しているに違いありません。リサーチを早めに開始して、大きなビジネスチャンスに向けた準備を始めてみてはいかがでしょうか?

巨大IT企業が次々に巨額投資! ハードルが下がる「アフリカ進出」

2021年10月、GoogleおよびAlphabetのCEOサンダー・ピチャイ氏が、アフリカに10億ドル(約1137億円※)を投資することを発表しました。自身を「テクノロジー・オプティミスト」と称するピチャイ氏は「テクノロジーがアフリカの未来を大きく変革できる」という力強いメッセージを発しており、Google for Africaでアフリカ投資に向けた施策を数多く展開しています。

※1ドル=約113円で換算(2021年11月5日時点)

よっしゃ! ネットにつながった!

 

今回の投資における主要な4つの分野は「安価なアクセスおよびアフリカのユーザー向けの製品開発」「企業のデジタルトランスフォーメーション支援」「次世代技術促進に向けた起業家への投資」「アフリカの人々の生活向上に貢献する非営利団体の支援」とされています。

 

以前からGoogleはアフリカの人々にデジタルスキルをサポートしており、2017年に表明したアフリカ人に向けたデジタルスキル支援においては、600万人を超える人々にトレーニングを実施。さらに、8万人を超える開発者の訓練や80社以上のスタートアップ企業の資金調達支援などを通じて、数千人規模の雇用を創出してきました。

 

テクノロジーを活用した医療支援やオンライン学習、モバイルマネーなどは、すでにアフリカで巨大なビジネスに成長していますが、Googleは今後5年間でさらに3億人以上のアフリカ人がインターネットに接続できるようになると予測しており、幅広い分野でデジタルイノベーションの準備を進めています。

 

当然ながら、巨大市場アフリカに向けて、ほかの企業も大規模プロジェクトを予定しており、Meta(旧Facebook)を中心としたコンソーシアムによる海底ケーブル拡張プロジェクト「2Africa」はその一例です。同社のほかに、2Africaにはチャイナ・モバイル・インターナショナル、MTNグローバルコネクト、オレンジ、サウジ・テレコム、テレコム・エジプト、ボーダフォン、WIOCCが参加。本プロジェクトは、アフリカ、アジア、ヨーロッパを直接結ぶものであり、2021年9月には上陸地に9つの新拠点を追加し、ケーブルの長さが4万5000km以上に及ぶことが発表されました。

 

当初はアフリカの約12億人にネット接続を提供する予定でしたが、今回の発表では世界人口の約36%に相当する33か国、約30億人にインターネット接続を提供することが可能になると報じられています。インフラが整えば、情報格差を埋めたり、何十億人ものライフスタイルやビジネスの手段が変わったりするでしょう。

 

巨大IT企業が主導するインフラ開発やデジタルスキルの普及によって、先進国における既存のビジネスルールを適用できる環境が整えられる可能性があり、アフリカ進出のハードルが低くなるかもしれません。このようなアフリカの変革は、日本企業においても大きなビジネスチャンスであり、成長著しいマーケットに向けたサービスを展開するには追い風です。

 

アフリカでモバイルマネーが急速に普及したことは世界的に知られていますが、今後はビジネスのキャッシュレス決裁もさらに広がる見通しで、海外企業のアフリカ進出はさらに拡大することが予測されます。日本からアフリカに向けたビジネス展開もさらに容易になっていくことでしょう。

「第2回日アフリカ官民経済フォーラム」が2021年12月オンライン開催へ

第2回日アフリカ官民経済フォーラムが、2021年12月に開催されます。3年毎に開催される本フォーラムは、経済産業省、日本貿易振興機構(JETRO)、ケニア政府の共同開催で、貿易や投資、インフラ、エネルギーなどの各分野において、日本とアフリカの民間企業の協力およびアフリカにおける日本企業のビジネス活動の促進を目的としています。前回では日アフリカ双方の官民が多数参加し、テーマ別に大きな成果を上げました。今回は一般向けの分科会がオンラインで、全体会合がケニアの首都ナイロビで行われる予定です。

ナイロビ市街の様子

 

本フォーラムは、2016年の第6回アフリカ開発会議(TICAD6)で安倍晋三元首相が開催を表明。第1回目は2018年5月に南アフリカで開催され、日本企業約100社、アフリカ企業約400社に加えて、欧州や中東などの第三国企業や国際機関を含む約2000人が参加しました。さらにJETRO主催の展示会では中小企業21社を含む約70社・団体が出展。このフォーラムの結果、民間企業、政府機関、アフリカ政府との間で16件の覚書が締結され、アフリカへの投資拡大と日アフリカの経済協力関係強化に大きく貢献しました。

 

「日本から遠く離れたアフリカ諸国との座組みである日アフリカ官民経済フォーラムが、広範囲な分野におけるビジネスチャンスを強く秘めている」と多くの日本企業に認識されるようになったのは、2019年に横浜で開催されたTICAD7の影響が大きいでしょう。TICAD7の開催期間はわずか3日間でしたが、首脳級を含む数十か国および数百を超える企業や団体の参加による規模の大きさや、アフリカ諸国の成長に向けた巨大なパワーが日本の各メディアで大々的に報道されたため、記憶に新しい人も多いはずです。

 

第2回目のフォーラムは、各分科会においてヘルスケアや農業分野におけるスタートアップ企業の紹介、アフリカ統合に向けた動向、デジタルインフラなどのテーマで、日本とアフリカの民間企業や公的機関、国際機関の登壇が予定されています。同時に複数のサイドイベントも開催される予定で、アフリカへの事業展開を考える企業にとっては最新情報の収集や現地パートナーを探す絶好の機会となるでしょう。

 

世界経済全体に大きなダメージを与えたコロナ禍で初となる日アフリカ官民ハイレベルのビジネスフォーラムは、日本およびアフリカ各国のみならず他国からも注目されています。一般の参加者にはオンラインでの配信を予定しており、参加登録受付サイトは11月上旬にJETROおよび経済産業省のウェブサイトで告知される予定。ぜひ本フォーラムでグローバルビジネス展開における大きなチャンスをつかんでください。

 

第2回日アフリカ官民経済フォーラム

【開催期間】2021年12月7日(火)~12月9日(木)

【予定】

・12月7日〜8日:分科会(オンライン)

・12月9日:全体会合(ナイロビ

【サイト】経済産業省「日アフリカ官民経済フォーラム」

 

インドで築いたネットワークを活かし、 ODA事業・ビジネスコンサルティング事業に取り組む

国際協力に従事するプロフェッショナルに、開発途上国の現状やビジネスチャンスについてインタビューする本企画。初回に登場するのは、10年以上インドに駐在し、ODA事業やビジネスコンサルティング事業に携わる大西さん。異なる業務に取り組む中で大切にしていることや、インド市場の特徴、ビジネスチャンスが期待できる分野などをお聞きしました。

 

●大西由美子/2004年からアイ・シー・ネットで勤務。南アフリカの農村開発に1年半従事したのち、インドへ異動。2006年から4年間は旧JBIC・JICAのインド事務所でODA事業に携わる。2011年頃からはODA事業のモニタリングや評価の業務をメインで担当。ビジネスコンサルティング事業部でインド進出を目指す日本企業の支援も行っている。

 

幼少期にタイで過ごした経験が、国際協力の仕事に興味を持つきっかけに

――まずは、大西さんがインドでお仕事をされるようになった経緯を教えてください。

 

もともと国際協力の仕事に関心があり、発展途上国で働きたいと考えていました。興味を持つきっかけになったのが、幼い頃にタイで過ごした経験です。私自身、生まれは日本なのですが、日本に住んでいたのは合計7年ほど。子どもの頃はタイで6年半、アメリカで9年間を過ごしました。中でもタイでの暮らしは日本の生活とは異なるところが多く、「タイはまだまだ発展途上だ」と子どもながらに感じていました。このような国のために何かできないかと思い、国際協力の仕事をしたいと考えるようになっていったんです。

 

インドに来ることになったのは、インド人の夫と結婚したことが大きな理由です。数年後に、アイ・シー・ネットで正社員として働き始めてからはずっとインドで仕事をしていて、現在デリーに住んで15年ほどになります。気が付いたらデリーが人生で一番長く過ごしている場所になりました。

 

――長年インドに住まれていて、変化を感じたことを教えてください。

 

最初のインド生活は地方でした。地方都市に住んでいたときには周りに外国人がとても少なく、外を歩くだけでかなり目立つような状況でした。そして日本のものはおろか、海外製品もほとんど出回っておらず、インドのものしか手に入らなかったので生活は少し大変でしたね。数年後にデリーに移り住んだときには、外国人も多くいて、比較的便利な生活を送れたので、地方都市に比べると遥かに都会だと感じました。

 

しかし現在のデリーはさらに状況が変わっていて、例えばレストランもインド料理だけではなく、中華や本格的なイタリアンが味わえるようなお店が増えていたり、富裕層向けではありますが、輸入品を取り扱うスーパーマーケットなどもオープンしたりしています。外国人が増えて、海外のものが手に入りやすくなったことは、この15年間で大きく変化したことだと実感しています。

 

 

政府機関と民間企業を相手に、毛色の異なる業務に取り組む

 

成果をまとめることで“将来の事業”を成功に導く、「事後評価」の仕事

――大西さんが現在インドで取り組まれているお仕事について、具体的に教えてください。

これまで多かったのは、ODAの「事後評価」の仕事です。事後評価では例えば、政府機関が大規模なインフラ整備事業などを行った後、その事業で資金がどのように使われたのか、どのような成果をもたらしたのかなどを調査して、報告書にまとめたりしています。

 

今は、JICAがインドのバンガロールで行った上下水道事業の事後評価を進めています。この事業はJICAが継続的に取り組んでいるもので3つのフェーズに分かれており、現在は2006~2018年に行われていたフェーズ2の事後評価をしているところです。

 

フェーズ2では、浄水場を1か所建設することや下水処理場を11か所建設することなどがあらかじめ計画されていました。評価では、これらの施設が計画通りに建設され、きちんと運営されているか実際に足を運んで確認したり、下水処理場から提出してもらったデータの数値に異常がないかをチェックしたりします。例えば今回、もらったデータを確認すると、水の処理容量が規定値から外れていた時期がありました。このように何かしら問題を見つけたときには、水道局の職員と直接話をして原因のヒアリングを行うこともあります。

 

――事後評価の仕事で特に苦労するのはどのようなところでしょうか?

事後評価のために必要な膨大な情報を集めるのには、毎回苦労しています。そして、ただデータをもらって終わりではなく、そのデータが本当に正しいのかを確認したり、数値に問題があったときにはその原因を追究したり、細かく地道に進めていく作業が多いのも大変なところ。さらに作業は基本的には私一人で、一年以内に終わらせなければなりません。しかし、事後評価を通して成果や課題をまとめた報告書は、将来、別の発展途上国で同じような事業に取り組むときの指針にもなります。事業で得た学びを少しでも未来に活かすべく、責任を持って日々仕事に取り組んでいます。

 

インド進出を目指す日本企業をサポートする、ビジネスコンサルティングの仕事

――ODA事業以外で取り組まれているお仕事についても教えてください。

ビジネスコンサルティング事業部でもさまざまな業務を担当しています。例えば今行っているのは、仙台のベンチャー企業が開発した、太陽光パネルに使われる資材の品質をチェックする機械を、インド企業に売り込むサポートです。現在インドでは、太陽光発電の普及にとても力を入れています。そこに注目した日本のベンチャー企業が、「機械の導入によってインドで製造されている太陽光パネルの品質向上が見込める」と、インドへの営業を始めているんです。

 

しかしコロナ禍の影響で大企業が投資するのを控えていることもあり、なかなか思うように進んでいないのが現状です。また、機械自体も新しい技術を使って開発されたものなので、高額であることも課題の一つ。現地からも「もう少し安くできないか」という声を聞いています。そうしたフィードバックを受けて現在は、もう少し価格を抑えた機械を開発したり、性能を理解してもらうためにサンプル試験をお願いしたりして、試行錯誤をしているところ。どうしたら製品の良さを伝えられるのか、納得して購入してもらえるのかを考えながら、今後もサポートを続けていきたいと思っています。

 

積極的なコミュニケーションを図り、人間関係を築いてきた

――ODAとビジネスコンサルティングという異なる業務に取り組む中で、大西さんが大切にされていることを教えてください。

 

私が仕事でずっと大切にしているのは、「人間関係の構築」です。例えば、ODA事業で築いた政府機関とのネットワークは、企業が求める情報を集めたり、つないでほしいところを紹介したりする際にも役立っていて、ビジネスコンサルティング事業にも活かすことができていると感じています。

 

人との関係を築いていくためには、やはり直接会ってコミュニケーションを取ることがとても大事だと考えています。インドでもコロナ禍で、これまでよっぽどのことがなければ使用しなかったオンラインツールが、急速に普及しました。それでも私は、チャンスがあればできるだけ直接会いに行くことを心掛けています。そのほうが相手に顔や名前を覚えてもらいやすいですし、何かを頼んだときにも対応してもらいやすい印象があるんです。インド人からも、特に年配の方からは「直接会いに来て話してほしい」と言われることが多いように思います。また、以前、ある人から情報をもらおうとオフィスまで会いに行ったときには、「隣の部屋にいる○○さんのほうが詳しいから紹介するよ」と言ってもらえて、新たな出会いにつながったこともありました。これはオンラインではなかなかできないこと。私としても直接会って話をすることで、一緒に仕事がしやすい相手かどうかを、より見極めることができると感じています。

 

長年インドでさまざまな人との関係を築いてきたおかげで、今では、仕事で何か頼まれたときに、インドで「この人に聞けばわかる」「ここに行けば情報が手に入る」ということを、常に伝えられるようになりました。今後も積極的なコミュニケーションを図りながら、さらにネットワークを広げていきたいと考えています。

 

多様な市場を持つインドには、ビジネスチャンスも多くある

――インドの市場の特徴や、日本企業が今後進出できそうな分野について教えてください。

 

インド市場の特徴は、とにかく多様であるということです。インドと言えばどうしても、首都・デリーがある北インドの印象が強いのですが、地域によって、言語や食文化など、あらゆる面で大きな違いあります。そのため、例えばデリーで上手くいかなかったビジネスも、他の地域ではチャンスがあるかもしれません。インドを一つの市場として捉えるのではなく、たくさんの可能性がある市場として、日本企業にも知ってもらえたらと思っています。

 

今後、日本企業にとって可能性がある分野の一つは、食品加工産業です。インドは農業大国ですが、食品加工の技術があまり進んでいないため食品の貯蔵や保存ができず、フードロスが多いことが課題になっています。日本の食品加工技術や温度管理の技術によって、それらの課題を解決できるのではと期待が高まっているところです。また、インドにはレトルトなどの加工食品がまだまだ少なく、今後ニーズが高まっていくと考えられています。例えば、日本はカレーやパスタソースなどのレトルトパウチ食品が豊富で、品質も良いので、このような加工食品は今後インドに進出するチャンスがあるのではないでしょうか。

 

さらに、高齢者ケアも注目されている分野と言えます。私も今まさに、日本の高齢者ケアのサービスをインドに持ってくることができないかと、調査しているところ。さらに高齢者ケアのサービスだけでなく、日本が製造している介護器具にも可能性があると感じています。

 

日本だけでなく、世界のさまざまな国とインドの架け橋になりたい

――大西さん自身が今後取り組みたいことは何ですか?

今後もインド進出に関心のある日本企業をサポートしていきたいと考えています。そして逆に、インドから日本というベクトルでも何かお手伝いできることがあるのではと思っていますね。例えば近年インドでは、お酒に対する抵抗感も地域によってはだいぶ減ってきて、「インドワイン」などが出回るようになっています。また、インドと言えば紅茶のイメージが強いのですが、実はコーヒーも多く生産していて、最近ではスタートアップ企業がおしゃれなコーヒーショップを出店したりもしているんです。日本人はワインもコーヒーも好きな人が多いので、チャンスがあるのではと思っています。

 

私はこれまで、特定のジャンルを自分の得意分野にして仕事をしたいと考えていましたが、最近になって、自分の強みはとにかく「インドを知っていること」だと思うようになりました。今後も長年築いてきたインドでのネットワークを活かして、日本はもちろん、世界のさまざまな国とインドをつないでいきたいと考えています。

 

――最後に海外で働きたいと考えている人へ、メッセージをお願いします。

「インドで一度仕事をすれば、きっと世界のどこでも仕事ができる」ということを伝えたいです。インドは、同じ国内でも場所ごとに言語や宗教や食などの文化が大きく異なっていて、本当にさまざまな人がいる国。だからこそ大変なことも多く、日本では考えられないような問題に直面することも日常茶飯事です。しかし、その多様さこそがインドの魅力であり、面白いところでもあります。ビジネスの分野でも国際協力の分野でもきっと役に立つ学びがあるはずなので、短期間でもぜひ、インドでの仕事を経験してみてほしいです。

国の発展に欠かせない「高度産業人材」ーートルコで期待される「これからの教育」とは?

中東地域トップクラスの産業大国・トルコ。ヨーロッパ、東欧、ロシア、中央アジア、中近東、北アフリカの中心に位置しているトルコは、その地理的利点も活かしながら、世界各国との外交や関税同盟も積極的に推進しています。

 

さらに2019年には、年間2億人のハブとなる世界有数の巨大空港が開港。今後さらなる経済成長が期待されています。その中で現在ニーズが高まっているのが「高度産業人材」です。産業の発展のために不可欠な課題解決能力や思考力を持った人材を育成していくために、今後トルコではどのような教育が必要なのでしょうか。今回はトルコで20年以上にわたって、教育省などに技術指導を行ってきた伊藤拓次郎氏に話を聞きました。過去にODA事業として実施された産業人材育成プロジェクトや、現在トルコが求めている人材について解説しつつ、「トルコにおける高度産業人材育成のこれから」を紐解きます。

 

お話を聞いた人

伊藤拓次郎氏

1996年から20年以上にわたって、トルコ保健省、教育省、家族省などでODA事業を実施。トルコ以外でもこれまで約40か国でODA事業のさまざまなプロジェクトに携わった経験を持つ。専門は、インストラクショナルシステムデザイン、教育・教材開発、トレーナー育成、国際開発におけるプロジェクトマネジメントなど。現在はアイ・シー・ネットのグローバル事業部でトルコを中心に中東STEAM教育事業の立ち上げに従事している。

 

2001年から日本も支援してきた、トルコの製造業技術者の人材育成

トルコでは1990年以降、製造業が急速に拡大しました。それによって製造業技術者の人材育成が急務となり、国の開発計画の重点課題として取り組まれてきました。日本も2001年からトルコ国民教育省をODAにより支援。2001~2006年にかけて、工場での生産性向上のために必要な「自動制御技術」を持つ人材を育成するための技術協力プロジェクト「自動制御技術教育改善計画」が実施されました。

 

自動制御技術は、工場などのロボットや製造ラインを制御することによって生産を自動化していくための技術。産業の品質向上や効率化を図るために欠かせないものです。この自動制御技術は、電気、電子、機械など、あらゆる分野の技術で構成されていて、トルコの職業高校でも2001年以前からこれら一つ一つの技術を学ぶ授業が実施されていました。しかしこれらの技術を、ITを使って複合的に制御することを学ぶカリキュラムは、ニーズはあったものの、実施には至っていませんでした。そこで日本が自国の技術を活かし、トルコの2つの職業高校に自動制御技術(Industrial Automation Technology:IAT)学科設立のための支援を行ったのです。

 

この成果を受けて、国内各地の職業高校20校にIAT学科を新設し、IATトレーナーを養成するための教員研修センターも設立しました。その後も教員研修センターにトルコ独自のシステムを導入したり、民間企業の従業員を対象に実務者研修を行ったりするなど、教員研修の実施・運営体制の強化が進められました。現在はトルコ全国70校以上で自動制御技術が学べるようになり、製造業技術者の人材育成が行われています。

 

トルコ周辺国にも技術を展開「自動制御技術普及プロジェクト」

トルコ国内への普及がひと段落すると、中央アジアや中近東への技術展開を目指して、新たな取り組みが始まりました。それが2012年から3年間かけて行われた「自動制御技術普及プロジェクト」です。本プロジェクトには伊藤氏も参加していました。

 

「『自動制御技術普及プロジェクト』は、途上国間で支援や援助を行う『南南協力』と呼ばれる形の取り組みで、私たちはその支援を行うためにプロジェクトに携わりました。このプロジェクトでは、イズミールにある教員研修センターに、中央アジア・中近東の9か国(アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタン、タジキスタン、パキスタン、パレスチナ、アフガニスタン)のポリテクカレッジや職業訓練校の教員たちを受け入れ、トルコのマスタートレーナーたちが産業ロボット制御の技術指導を実施。産業自動化教材を用いながら、メカニズムや使用する機材についてレクチャーしたり、プログラミングの仕方などを指導したりしました」

 

自動制御技術普及プロジェクトでパキスタン教師に技術指導をする様子

 

本プログラムでは、トルコ周辺国の自動制御技術普及をさらに推進するために、トルコに進出している日系企業と9か国のマッチングイベントも実施されました。イベントでは、日系企業がそれぞれ自社の商品を展示したり、カンファレンスを行ったりして技術を紹介。その中で、カザフスタンから「日本企業の産業自動化機材を導入したい」と相談がありました。最終的にODAの普及実証事業を通して、カザフスタンのトップ大学であるナザルバエフ大学に「産業自動化ラボ」を設立。日本の自動制御技術の教育機材を導入し、教員たちのトレーニングも行われました。

 

9か国の技術教育高官と日系企業のマッチングイベントでの集合写真

 

「人材育成と聞くとどうしても、『高校を出てすぐに働ける現場作業員を育てること』だとイメージされがちです。しかし自動制御技術普及プロジェクトは、ものごとの仕組み全体を理解したり、自分で仮説検証をしながら考えたりできるような人材、つまり『高度産業人材』の輩出を目指した取り組みでもありました。実際、企業や工場などを訪問して産業調査を実施したときには、現場から『マネジメント能力や課題解決力、知識を実際の現場で応用して使うことができるような人材が不足している』という声を直接聞くこともあり、高度産業人材のニーズが高まっていることを実感しています。トルコにとって高度産業人材の育成は、今後の重要な課題の一つになってくるのではないでしょうか」

 

高度産業人材の活躍が期待される、再生可能エネルギーの分野

今後のトルコで高度産業人材が特に求められる分野として、伊藤氏は、トルコや中近東でトレンドになっている「再生可能エネルギー分野」を例に挙げました。現在イズミールでは、風力発電の設備が多く見られ、新たなベンチャー企業もどんどん誕生しています。また、トルコはもともと自動車産業が盛んな国。長年EUへの加盟を目指しているトルコでは、ヨーロッパの市場を特に意識していることもあり、現在は電気自動車やバイブリッドカーなどの開発にも積極的です。伊藤氏は「トルコの大学では、授業の中で電気自動車をつくらせるところも出てきていますし、中学校においても風力発電のしくみを教えています」と語ります。

 

イズミール郊外の村の電力を補う風力発電の風車

 

再生可能エネルギーは世界各国が取り組みを進めている、まだ発展途上の分野。そのため、新しい発想や考える力、さらにはチームで仕事をする力が求められます。

 

「まだ答えが見つかっていないからこそ、課題を見つけたり、分析をしたり、仮説検証を繰り返したりする能力が必要。さらに複数人でアイデアを出し合って新しいものをつくるなど、チームで取り組むことも求められるはずです。個性豊かで個人プレーが得意なトルコ人にとって、『チームビルディングをして仕事をする』こと自体も大事なチャレンジだと思っています」

 

子どもたち、そして教員たちへの教育も不可欠

高度産業人材の育成には、小中学生の頃から「自分で考える力」を養っていくことが大切。そのために重要な役割を果たすのが、STEAM教育です。「自分たちで課題を見つけて解決しながら、付加価値をつけることができるよう、プロジェクトワークや課題解決型学習を取り入れていく必要があります」と伊藤氏。さらに「子どもたちの教育だけでなく、教員たちの教育も大切」だと語ります。

 

「私が感じるのは、トルコの教育にはとても進んでいるところがある一方で、極端に遅れている面もあるということ。例えば私が以前プロジェクトで携わっていた高校は、EUや日本の民間企業の支援によって、立派なラボを持っていました。このように学びの環境は整っているのですが、まだまだ課題もあります。

 

その一つが『評価』に対する認識。トルコの現在の教育の特徴として、ほとんどの高校教員たちが、卒業後の生徒たちの進路を全く知らないということが挙げられます。卒業後のことではなく『卒業すること』がゴールだと考えられていて、授業の質や評価よりも『卒業できるようテストで点数を取らせること』に終始しがち。そのため教員たちの『授業を良くしよう』『授業後の評価をきちんと行おう』という意識が低いように感じます。また、暗記暗唱型の授業が多いことも課題。教員たちが一方的に講義をして、子どもたちがその内容を覚えるというような授業スタイルがまだ多いのが現状です。現在、トルコでも科学実験の教材やプログラミングが学べる教材などが出回ってはいるのですが、教員たちからは、教材の使い方や子どもたちへの教え方がわからないと言われることも。子どもたちの教育と同時に、教員たちへの研修なども同時並行で行っていく必要があると感じています。

 

教育に限らず、トルコではEUなどから最新の技術や新しい情報が数多く入ってきます。しかしトルコの人々には、まだそれらを扱うだけの能力が伴っていないという側面もあるのです。そのため、トルコにすでにあるリソースをつないだり、情報を整理したり、使い方を教えることも、この国にとっての助けになると私は考えています」

 

現在進行中のSTEAM教育事業 授業のデモンストレーションもスタート

現在、トルコSTEAM教育事業の立ち上げに向けて準備を行っている伊藤氏。その事業の内容と今後の展望について聞きました。

 

「小学校から大学までを縦軸で考え、STEAM教育を土台にしながら高度産業人材を育成していこうというのが今回の事業。政府や行政も巻き込みながら、民間のビジネスとして展開できればと考えています。その中で構想しているアイデアの一つが、STEAMに関するプラットフォームづくりです。これは、ユーザーがプラットフォームにアクセスすることで、STEAM関連の教育サービスが受けられたり、コミュニティに参加できたり、資金・資格を取得できたりするようなもの。さらに企業とも提携して、教材の販売を行ったり、インターンシップやジョブマッチングのようなサービスを提供したりすることも想定しています。日本の企業は、トルコを含めて中央アジアや中近東に進出するのが難しい現状があり、日本企業にとって、このプラットフォームがトルコ進出のための一つの突破口になればとも考えています。

 

現在は、現地での事業立ち上げに関わる情報を集めたり、パートナー候補企業との協議をしたりして、着々と準備を進めています。最近ではトルコの学校で、私たちが日本で展開しているSTEAM教育の講座『科学実験教室』『もののしくみ研究室』を紹介したり、デモンストレーションを行ったりもしました。小学生の子どもたちに対して科学実験教室を実施し、空気砲や静電気の実験をしたときには、みんな興味津々。楽しみながら学ぶ様子を見て、手ごたえを感じています。同時に教員たちには、この講座をトルコの学校のカリキュラムにどう落とし込むか、どう評価するか、などを考える研修も実施しました。今後も実現に向けて歩みを進めていきます」

 

21年10月に行われた「科学実験教室」デモンストレーションの様子

 

「トルコのような新興国では、どうしても経済が優先され、教育は後回しにされてしまいます。しかし幼少期からSTEAM教育などを行って自分で考える力を養うことで、広く活躍できる高度産業人材が育ち、結果的には経済の成長や国の発展にもつながるのではないでしょうか」と伊藤氏。トルコの教育分野に、今後ますます注目が集まりそうです。

ラオスのライフスタイルの変化はFMCG市場参入の商機! SNSの活用で未来の顧客を啓蒙

ASEAN加盟国の中でも、3番目に人口の少ないラオス。直接投資では、中国やタイ、ベトナムなどの周辺国の存在感が大きく、日本ではビジネス対象としての認識が低い現状がありますが、近年じわじわと経済発展を遂げています。都市部から会社勤めをする人々が増加し、ライフスタイルも大きく変わり始めています。そんなラオスで、今、日本の日用消費財を提供するスーパーマーケットが盛況です。日本企業の進出が進んでおらず、在留邦人が700人程度のこの国で、なぜ日本の商品が人気を集めているのか? ラオスで日本の商品を輸入販売している守野氏に話を聞きました。今回は、その中でも「食」に焦点をあて、その背景について考えます。

 

Phin Tokyo Plaza店内(https://www.facebook.com/PHINTOKYOPLAZA/

 

お話を聞いた人

守野雄揮氏

PTP Company Limited 代表取締役社長。2010年より2年間、JICAの地域開発プロジェクトに従事するためラオスに赴任。その後2012年にPTP Company Limitedを立ち上げ、ホテル業、ツアー業、コンサルティング業を中心に事業を開始した。2012〜2015年にはJICAの「南部ラオスにおける地域モデルによる⼀村⼀品推進プロジェクト」にも参画。2015年には日本の日用消費財を輸入販売する小売業にも参入し、店舗拡大を続けている。

 

6~8%の安定した経済成長率が変えるラオスのライフスタイル

 

ラオスに来た多くの日本人が、「ゆっくりとした時間の流れ」をまず感じると言います。国土は、日本の本州と同程度ながら、その人口はおよそ700万人と日本の人口の1割にも満たないラオス。街を走る車やバイクの数も日本とは比較にならないほど少ないことがその一因です。さらにラオス人の国民性として、時間を厳密に守ることに重きを置かないという点も影響しているようです。

 

「おおらかな国民性は旅行者にとって魅力的ですが、ビジネスを始めるには、難しい面もあります。期限通りに仕事は進まず、雨が降れば、遅刻や欠勤も当たり前。仕事よりも自分の生活を大切にしながら暮らすのがラオスの風土です。だからこそ、衣食住に関する関心も高く、特に食事は、時間をかけて自分で調理し、しっかりと食べる価値観が根づいています。しかし、都市部から、その傾向に変化が見られるようになりました」

 

コロナウイルスの感染拡大以前は、工業やサービス業の拡大もあり、概ね6~8%の経済成長が10年以上続いていました。産業分野別の就業人口構成比では、いまだ農業が7割近く、国民の多くが自給自足的な農業に従事する貧しい国というイメージもありましたが、2019年の産業構造は、サービス業(GDPの約42%)、工業(約32%)、農業(約15%)。農業の比率は年々減少しています。

 

「最近では、残業することが増え、都市部では渋滞も発生しています。仕事や通勤に時間を取られ、ゆっくりと市場へ食材を買いに行く時間はなくなりました。共働き家庭が多いので、子どもの送り迎えなどでも忙しく、食事を作る時間が取れず、外食やテイクアウトを利用する方が多くなっています。私がラオスに赴任した10年前と比べ、会社勤めをする方が増えているので、ラオス経済の発展という視点では良いことなのですが、それによって都市部から徐々に仕事を優先する、仕事を中心としたライフスタイルに変化しています」

 

IMF – World Economic Outlook Databases (2021年10月版)より

 

Parkson(パクサン)ショッピングモール

 

富裕層の増加とライフスタイルの都市化が日本食ニーズの追い風に

 

現在、守野氏は、変化するラオス人のライフスタイルに対応すべく、日本の食材や日用品を扱う「Phin Tokyo Plaza」というスーパーを国内に4店舗展開しています。

 

「現地法人を設立した当初は、ホテルやツアーなどの観光業がメインでしたが、並行してJICAの事業にも参画していました。地域住⺠の⽣計向上と産業振興を目的に、地方の手工芸品や農産加工品などの特産品を開発し、都市部で販売するプロジェクトです。その一環としてラオスで日本米を作ったのですが、それがすごく人気で。これなら日本の食材のニーズがあるかもしれないと思ったのが小売業立ち上げのきっかけです。年々富裕層が増えていると感じていましたし、当時はまだ、直接日本から商品を輸入して販売している会社がなかったのでビジネスチャンスだと思いました」その読み通り、「Phin Tokyo Plaza」は順調に売り上げを伸ばしています。

 

忙しくなったラオス人の食卓に、手軽に取り入れられる日本食

 

ラオスの食文化は、米とスープを食べるという特徴があります。ご飯と味噌汁を基本とする日本食に近く、出汁を取る料理が基本なので日本食との相性もいい。近年のライフスタイルの変化も相まって、忙しい中でも手軽で美味しく、栄養価の高い日本の食材のニーズが発生したと考えられます。こうした食材は、レストランとは違い、毎日の食卓で使われるもの。ですから、「ラオスの食生活と親和性が高く、日常的に取り入れやすい商品の人気が高い」と守野氏。特に「わさび」「乾燥わかめ」「ふりかけ」は、日本食材のスーパーだけでなく、コンビニでも人気の3商品です。

 

「隣国タイでサーモンが人気だということも影響して、ラオスでもサーモンの刺身を好む方が多く、少し高級なスーパーマーケットに行けば、普通にサーモンを購入できます。当社も冷凍サーモンを販売していますし、サーモンと一緒に、わさびを選んで購入する方が多いんです。乾燥わかめに関しては、スープの中に入れるだけという手軽さが受けています。商品のインパクトも重要ですね。乾燥わかめは、水に浸すことで、かなり量が増えるので、お得感もある。その点も人気の理由だろうと感じています」

 

ラオス人は、基本的にタイの影響を大きく受けています。タイ語とラオス語がかなり似通った言語ということもあり、タイ語を理解できる人が多く、タイの YouTubeやテレビを普段から視聴しているからです。日本食が流行したタイのトレンドを追い風にラオスで日本食市場が拡大したことも、日本の食材を受け入れる土壌になっているのかもしれません。今では、日本食レストランの数も増え、日本レストランをオープンするラオス人の経営者も現れてきました。富裕層のための高級店から庶民的なレストランまでお店の幅も広がっています。

 

ふりかけは、売れ筋ランキングTOP10に3種類もランクインする人気商品。野菜が嫌いなラオス人は少なく、日本の青汁は簡単に栄養が取れて美味しい上に飲みやすいと好評だ

 

医療体制の脆弱さから健康志向に。栄養価の高さも人気のポイント

 

ラオスの平均寿命は68.5歳(2019年時点)。周辺のタイ(77.7歳)、ベトナム(73.7歳)と比べても低い傾向です。食生活や経済的な要因もありますが、ラオスの医療体制の脆弱さの影響は小さくない。その事実が、ラオス人の健康に対する意識を高めていると言えます。

 

「ラオスの医療レベルは決して高いとは言えず、ラオス人もそれを実感しています。コロナウイルスの拡大前であれば、経済的に余裕があるラオス人は、出産や緊急時にタイの病院を利用していました。健康にまで気を配れる方が増えるぐらい豊かになっているともいえると思います。コロナ前は、エアロビやランニング、ジムに行くなど運動によって健康を保っていた方も、今年の4月から再び厳しいロックダウンが続いているため、外出せずに健康的な生活を送りたいと考えているという印象です」

 

国内の医療に頼れないからこそ、自助努力で健康を維持しようとするラオス人にとって、手軽で質の高い栄養素を提供してくれる日本の食材は魅力的に感じるのでしょう。特にラオスは、海に接していない内陸国という地理的な特徴により、海鮮系の商品が手に入りにくいためヨウ素と言われるワカメや昆布に含まれるミネラルが不足しがち。こうした点も日本の食材が求められる要因となっています。

 

さらに、食の楽しみを大切にするラオス人は、美味しいものを我慢するという考えはなく、足りない栄養をサプリメントで補うということにも抵抗がありません。以前から薬局で処方されるようなビタミン剤などはありましたが、より手軽に栄養を補いたいというニーズが日本食材の普及で顕在化し、最近では、サプリメントや日本の機能性表示食品などにも注目が集まっています。

 

 

ラオスの食市場参入を成功させるポイントは、商品認知とSNS

 

ラオス人の食生活に手軽に取り入れやすい商品が人気になりやすいことは、お伝えした通りですが、それ以上に、「商品をどう使い、どう食べればいいのか」が一目でわかるようなパッケージが、売れる商品の必須条件です。中身が美味しそうに見えることも重要。日本から入ってきた商品は、ラオス人には、馴染みのないものも多いですが、仕事で忙しさを増す中、商品の詳細をテキスト情報で確認するほどの時間的余裕はありません。

 

「写真もなく、中身も見えず、文字だけのパッケージは、すごく売りにくい商品です。ラオスではスルーされてしまいますから、パッケージは参入の際の大事なポイントですね。タイからの情報が入ってきますので、タイのSNSでバズったものが、ラオスでも人気になるというようなことも多々ありますが、それでもまだ、“いい商品がない”というより、“いい商品が何かわからない”というのが実状」と守野氏。商品を見る目が養われておらず消費者としても発展途上の国。だからこそ「Phin Tokyo Plaza」では、商品情報を伝える手段としてSNSを活用しています。

 

「ラオスでは、Facebook がSNSの主流。当社の Facebookは4万人のフォロワーがいます。そこで美容部員や現地のスタッフが新しい商品や商品のポイントを伝えています。多くのお客様とは Facebook上でつながっているので、気軽に質問を受けられる環境です。Facebookライブの配信により、お客様がこちらに親近感を抱いてくれて、使い方や商品の問い合わせを頻繁にいただくようになりました」。さらにSNSの活用により、インフルエンサー的な影響力を持つ美容部員が生まれ、彼女が紹介すれば売れるという現象も起きています。とはいえ、日本でイメージするインフルエンサーとは違い店舗のオフィスに座っている一従業員。店舗を訪れれば、いつでも会えるインフルエンサーです。

 

「Phin Tokyo Plaza」は、スーパーマーケットの中にオフィスを構え、お客様からも全従業員が見えるように店舗を設計。「現地のラオス人が知識のない外国商品を購入する場合、誰かが説明してあげなければ売れるはずがない」という考えの元、お客様の質問にも対応しやすくしています。特に日用消費財のような商品は、お客様との距離を近くして、商品の良さや使い方を説明することが重要です。お客様との距離が近い昔ながらの商店のような良さとSNSを活用した現代的なコミュニケーションを両立させた手法が、日本食材の普及に一役買っています。マーケティング活動において、新規顧客を獲得するだけでなく、既存のお客様との関係づくりの必要が高まっている今、注目すべきポイントが多い事例です。

 

お客様とのコミュニケーションにすぐ対応できるよう店内にオフィスを構える

 

Facebookライブ配信の様子(人気の美容部員ピンさん)

 

市場規模だけでは測れない、優良顧客としてのラオスの可能性

 

「多くの日本企業にとって、ラオスは、人口やGDPの面からも直接投資をする対象としては小さすぎる面はあると思います。しかし、実際に投資する価値が低いかというと、私はそうは思っていません」タイなどの周辺国と嗜好性の近いラオスでなら、東南アジアで売れた商品を小規模、省コストでテストマーケティングすることも可能です。

 

「企業単体で直接投資する段階には、もう少し時間がかかるかもしれませんが、ラオスに支社や営業拠点を構えるのではなく、我々が商品を購入し、販路を広げていくことができるので、リスクを取る必要はありません。都市で流行した商品は、いずれ地方へと需要が拡大しますし、ラオスという国に商品を根づかせることが、次第に売上増加につながっていくと考えています」

 

日本の地方都市などでも、シャッター通りと呼ばれる地域の商店街の衰退により、買い物難民が問題になりましたが、市場規模の小ささから、多様な食品が手に入りにくい状況となれば、ラオスは東南アジアのフードデザートにもなりかねません。地域を問わず、すべての人に安全・安心で健康的な食品を届けることは、社会的な意義もあるはずです。

 

「所得が伸びているということもあり、最近では、オーガニック野菜や各国の食材を集めた高級スーパーマーケットが賑わっています。東南アジアでよく見かけるような市場とは一線を画し、ここはラオスなのかと目を疑うほどです」

 

今後さらに経済発展を遂げていくなか、さらに多様なニーズが生まれるでしょう。どんな商品がラオスに根づくかの予測がつかないからこそテストマーケティングの意味があります。市場規模は小さいとはいえ、今後、経済が伸びていく一方のラオス。食に対する関心もこだわりも非常に高い国民性です。早い段階からそうした国に参入し、商品の認知度を高めてアドバンテージを得ることで、将来、需要が爆発する可能性も充分期待できるのではないでしょうか。

経済成長やコロナ禍で変化するインドの「食」ーー 食品加工分野の新たな可能性とは?

現在インドでは、人口増加による経済成長を理由に、人々の生活が変化しています。食生活の変化もその一つ。デリーやムンバイなどではインド料理以外のレストランや輸入食品を扱うスーパーマーケットなどが増え、女性の社会進出などによって調理に時間がかけられない家庭も出てきました。そんな変化の中で注目されているのが、インドの「食品加工」の分野です。

 

本記事では、インドに長年在住する大西由美子氏から、現地で実感しているインド人の食生活の変化や具体的なニーズを聞きながら、インドの農業や食品産業の現状を解説。「インドにおける食の変化」を探ります。

 

 

お話を聞いた人

大西由美子氏

2004年からアイ・シー・ネットで勤務。南アフリカの農村開発に1年半従事したのち、インドへ異動。2006年から4年間は旧 JBIC/JICAのインド事務所でODA事業に携わる。2011年頃からはODA事業のモニタリングや評価の業務をメインで担当。ビジネスコンサルティング事業部でインド進出を目指す日本企業の支援も行っている。

 

世界有数の農業大国・インド。生産性を高め、「産業化」することが課題

まずはインドの農業と食品産業について解説しましょう。インドは、農地面積が世界第一位で、世界の農地面積全体の11%を占めています。主な生産物は、さとうきび、コメ、小麦、ばれいしょ、バナナ、マンゴーなど。しかし、単位面積当たりの収穫量が世界平均から見てそれほど高くない作物もあります。世界有数の農業大国であるインドですが、その多くは小規模農家で、生産性や加工技術、物流網の脆弱さなどが課題となっており、フードロスが多いのが現状です。

 

 

しかし近年のインドでは、大規模な農家などが中心となり、農作物を扱うビジネスや企業との協働による流通システムへの関与などの新しい動きが出てきています。この背景の一つとして、現在インドでは人口が増加している一方、農業人口が減少し始めている状況があります。人口増加分の食糧をこれまでよりも少ない担い手で支えていかなければならず、より効率を重視した生産性の高い「産業」にしていくことが、喫緊の課題です。

 

そのためインド政府は現在、農産物の生産性や品質の向上、食品加工、コールドチェーン整備などに関する海外からの技術に大きな期待を寄せているところ。また、AIやIoT、データ分析といった先進的な技術に関連するベンチャー企業も活発化していて、それらの企業とのパートナーシップも見込まれています。

 

注目が集まっている「食品加工」の分野

近年、インドの食品産業で注目されているのが「食品加工」の分野です。なかでもレトルト食品などの加工食品のニーズは徐々に高まってきています。その理由の一つは、人口増加に伴う経済成長によって、富裕層・中間層や働く女性が増加し、人々の生活が変化したこと。大西氏も現地で、加工食品への需要の高まりを実感していると語ります。

 

 

 

「インドの家庭ではもともと、フレッシュな食材を調理して食べることが一般的で、出来合いのものより、作り立ての料理を好む傾向があります。そのため今も、長期保存ができる加工食品などはあまり多く販売されていないのが現状です。しかし、特に都市部で働く女性が増えたことで調理時間の確保が難しくなったり、若い世帯が自炊をしなくなったりと、ライフスタイルが変化していることによって、加工食品のニーズが徐々に増えてきています」

 

「私がこれから特に需要が増えると考えているのは、海外旅行や海外出張をするインド人をターゲットにした加工食品。現在インドでは、富裕層・中間層の拡大によって海外に行く人がとても増えています。しかしインドにはベジタリアンが多いこともあって、海外に行ったときでも肉を含む現地の食事ではなく、できるだけ普段の食事をしたいと考える人が多くいます」

 

「例えばインドの旅行会社では、インド料理やベジタリアン向けのレストランでの食事がツアーに組まれていることもよくあるほど。数日間の旅行であればなんとかなりますが、出張で長い期間海外に行く人のなかには、食事に苦労する人も多いようです。海外出張の際にレトルトのインド料理と一緒に、自宅で作ったロティ(全粒粉を使ったパンの一種)を持っていく人もいる、という話を現地で聞いたこともあります。家庭での使用はもちろん、海外に行く際に持っていくことができるような加工食品が、今まさに求められていると感じています」

 

「日常食」のレトルト食品にニーズがある

インドでは、市場に出回っている数がまだまだ少ないレトルトなどの加工食品。この市場に対して、日本企業が強みを活かせるビジネスチャンスはどこにあるのでしょうか。大西氏は、日本でも市場規模の大きいレトルトカレーやアルファ米の技術などは、インドのニーズともマッチするのではないかと分析しています。

 

日本では、レトルト食品総生産量の約4割をカレーが占めています。2017年度にはレトルトカレーがカレールウの売り上げを追い越し、その売上高は461億円にものぼりました。コロナ禍でも需要が増え、現在も市場規模が拡大しています。

 

そのほか、日本では備蓄食品としても重宝されているアルファ米についても、「インドへの流入が期待できるのでは」と大西氏。炊飯後に乾燥させて作られるアルファ米は、パックの中にお湯を入れると15分ほどで炊き立てのようなごはんに戻すことができます。さらにパッケージには酸素を通しにくい高性能フィルムなどが使用されているため、品質を保ったまま長期保存が可能。日本では現在、白米だけでなく、ドライカレーや炊き込みご飯など、豊富なバリエーションの商品が展開されています。これらを踏まえ、現地で感じた具体的な商品のニーズについて大西氏に聞きました。

 

 

日常の食卓に並ぶ、ヘルシーなインド料理

「現在もレトルトのインド料理はスーパーなどで手に入れることができますが、その種類はあまり多くありません。しかも販売されているのは、バターチキンなど、北インドのレストランで出されるようなカレーが中心です。油を多く使ったバターチキンのようなカレーは、インドの家庭で普段から頻繁に食べられているものではありません。庶民的な家庭で食卓に並ぶことが多いのは、豆などを使用し、脂分も少ないカレー類。このように日常的に食べる料理のレトルト食品がインドにはまだないため、求めている人は多いと考えられます」

 

ロティや米などの主食

「インドでは地域によって主食が異なっていて、例えば北インドではロティやナンなどのパンが主食、南インドではお米が主食です。現在、すでにレトルトのお米は販売されているのですが、温めてもお米の食感が固いものが多く、個人的にはまだまだ品質改善が必要だと感じています。日本とインドではお米の種類が違いますが、アルファ米のような技術はインドでもおおいに活かすことができると考えています。

 

パンに関しては、常温で長期保存できるロティなどがまだ販売されておらず、求めている人が多いと感じています。日本には缶詰や袋に入った長期保存できるパンがあり、その保存技術やパッケージ技術を活用すれば、いつでも出来立てのようなロティが食べられるようになるのではと期待しています」

 

インドの主食は地域によって異なり、北部では小麦、東部・南部では米、西部では米と小麦の両方が主に食べられているという

 

レトルトパウチのパスタソース

日本でも市場規模が拡大しているパスタやパスタソース。保存性の高さや調理の簡便さなどが人気の理由です。パスタソースは種類も豊富で、トマト系、クリーム系、オイル系、和風など、さまざまなものが販売されています。そのためイタリアン好きが多いインドで流入が見込める製品の一つではないかと大西氏は語ります。

 

「インドの都市部では、インド料理だけではなく、中華やイタリアンなど、さまざまな国の料理が味わえるレストランが増えてきています。なかでもイタリアンが好きなインド人は多いのですが、自宅で作ることにはあまり慣れていません。そのため、温めるだけで食べられるレトルトパウチに入ったパスタソースは需要があるのではないかと考えています。現在、スーパーなどで手に入るのはガラス瓶に入ったアメリカの輸入品くらい。日本のように様々な種類のパスタソースがあれば、インドでも購入する人がいるはずです」

 

大西氏は、「現在のインドでは、『誰でも知っているインド料理』しか、加工食品として販売されていない印象がある」と話します。インドの食文化が地域によって異なることや、日常的に家庭で食べられている料理がどのようなものなのかを、調査してニーズを正確に把握することで、インド人の生活に寄り添うような加工食品が生まれるのではないでしょうか。

 

「そのほか、日本の技術が活かせる可能性があるのは食品加工機械。例えば北インドでは、おやつとして『モモ』(餃子)がとても人気です。デリーやムンバイなどの都会では、夕方の6時頃になると街でおやつを買って食べる人が多くいて、私も度々買いに行くことがあります。モモは道端の屋台のようなお店で販売されていて、大量の皮は全て手作業で作られています。インドは人件費が安いため、小規模なお店ではなかなか機械を導入することが難しいと思いますが、今後、大規模なラインで作られるようになっていけば、餃子を包むような機械にもニーズが出てくるかもしれません」

 

コロナ禍は「食」を考え直すきっかけに

日本はコロナ禍で、長期保存食のニーズが高まったり、家庭で調理をする人が増えたり、食生活におけるさまざまな変化が見られました。インドでも、日本以上に厳しい外出制限が強いられ、食生活をはじめ生活のあらゆる面で変化があったと言います。

 

「インドでも日本と同じように家にいる時間が増え、自宅で食事を作ることに時間をかける人が多くいました。そのためか、さまざまな産業が打撃を受ける中、食品産業にはそれほど大きな影響は出ていないようです」

 

「コロナ禍でこれまで全く料理をしなかった人が、ケーキやクッキーといったお菓子を作るようになったという話も聞きました。その背景には、コロナ禍で『他人の手に触れたものを食べたくないから自分で作ろう』と考える人が出てきたこともあるのではと感じています。しかしインドでは日本のように、お菓子を作るときに使う調理器具や材料などがあまり販売されておらず、パティシエが利用するような専門店でないとなかなか手に入れることができません。そのため、材料があらかじめ全て入っているお菓子のキットなど、新たな需要も生まれました」

 

 

「またインドでは1回目のロックダウン中、飛行機の運航が全てストップしていました。そのため地方からデリーなどに働きに来ている若者の中には、田舎に帰ることができなかった人もいました。普段は自炊をせず3食外食をしているような若者たちは、レストランなどに行くことができず、相当困ったと聞きました。そんなときに長期保存できる加工食品の便利さを実感した人も多いはず。コロナ禍は、インドの人々が『食』についてあらためて考えるきっかけになったと思っています」

 

人口増加による経済発展やコロナ禍で変化しているインドの食。中でも食品加工産業で求められている「長期保存性」や「安心・安全性」などは、日本が得意とする技術をおおいに活かすことができるところです。今後、ここに新たなビジネスチャンスを見出し、インドに進出する企業が増えることが期待されます。

コロナ禍でも資金調達件数が44%も増加! 勢いが止まらないアフリカの「スタートアップ」

13億人を超える巨大市場、アフリカ大陸のスタートアップ企業が世界中の企業や投資家から注目されています。世界平均の約2倍の速さで人口が増加している莫大な可能性を秘めたフロンティアは、2050年には25億人を突破すると予測されており、その人口規模は世界の4分の1以上を占めると分析されています。

世界中から熱視線を浴びるアフリカ

 

アフリカ各国は長年、開発途上国として世界経済や最先端技術における分野で後塵を拝していました。しかし、情報通信技術の発達によるブロードバンドの普及とインターネットユーザーの増加によって、スタートアップとテクノロジー系企業の勃興が起こり、世界各国の企業が提携や投資、出資などで競い合っています。

 

日本においては、この状況を察知した一部の企業や投資家がすでに進出している事例もありますが、現地の言語や文化の壁に加えて、距離的な障壁から正確な情報を有している企業が少ないのが現状です。アフリカには、日本よりも進んだ技術を使ってビジネスを展開している分野も存在する一方、欧米の企業や投資家は歴史的背景や言語的な強みを生かして、アフリカ諸国に情報網を張り巡らせており、情報収集や分析、アクションにおいて数歩先を行っています。

 

アフリカでは、フィンテック、アグリテック、ヘルステック分野において、現地の社会問題を解決することを目指すスタートアップが多く、世界の最先端技術を取り入れて展開しています。また、道路や電気などの基礎インフラが未整備である開発途上国が、先進国が歩んできた発展段階を飛び越えて、最先端技術に一気に辿り着いて普及させる「リープフロッグ現象」が起きています。

 

世界各国に拠点を置くベンチャーキャピタルのPartech Partners社によると、2020年にアフリカのハイテクベンチャー企業347社が、前年比44%増となる359回のラウンドで約14.3億米ドルの資金を調達したとのこと。この資金調達額は前年比29%減でしたが、世界経済を凍りつかせたコロナ禍の状況においても僅かな減少に留まっており、アフリカのエコシステムや、最先端技術を導入した複数企業の連携事業は、上昇の機運を維持しています。さらに、2021年は2019年を上回る調達額になると予測されており、50億ドル規模で推移している日本のVC調達額を超えることも射程圏内に入ってきました。

 

日本企業のダイキンが展開しているWASSHAとの合弁会社、Baridi Baridi(タンザニア)は、リープフロッグを活かしながら現地に進出している好事例です。高性能でニーズに合うエアコンを、現地の購買力を考慮したサブスクリプション型のビジネスモデルで展開。製品販売が厳しい経済環境下において、モバイルマネー経由で料金回収ができるこの仕組みは、最先端技術を導入した現地に合わせたモデルとして好評を得ています。

 

海外での事業展開において、現地での情報収集や調査という観点からスタートアップ企業は重要な事業パートナー候補の一つであり、提携や合弁会社設立はもちろん、出資や投資対象などさまざまな連携方法があります。欧米の企業や投資家は、アフリカのエコシステムの回復や主要産業分野のデジタル化の加速度が上がっていることで、「アフリカは大きな潜在能力を秘めた市場である」という見方をさらに強めています。

 

経済成長率の鈍化により成熟ステージにある日本を含めた先進各国の企業にとって、アフリカのスタートアップとのパートナー展開は大きなチャンスです。市場や人口拡大の予測を考慮して、できる限り早めに現地に進出したいと考える企業も多いでしょう。その際には、事前の正確な情報収集や現地スタイルに合わせたビジネスモデルの検証が成功のカギです。未来の世界経済を牽引するであろうアフリカ大陸は、日本企業の今後のグローバル展開における重要な候補地の一つになっているのです。

全農産物を「有機栽培」にシフトしたばかりのスリランカに暗雲が……

全農産物の有機栽培へのシフトを進めているスリランカ。2021年4月、同国政府は化学肥料の輸入規制を明らかにし、翌月に化学肥料輸入規制の政府公報を発表。オーガニックな農産物を世界に広める第一歩を踏み出しましたが、先日、一時的な方針転換を発表。暗雲が立ち込めています。

有機農業にシフトしたスリランカだったが……

 

スリランカの農業では、化学肥料に対する長年の政府補助金で農業を推進していた背景もあり、地下水や土壌汚染など生態系の破壊や化学肥料の輸入量の増加が大きな問題になっていました。これらを解決するために、スリランカは世界で初めて国内の全農業を有機栽培に変える「有機革命」に取り組んでいます。有機農産物は消費者が安心感を持って受け入れることができるので、品質を重視した農産物の推進に全国民で立ち向かうことになりました。

 

しかし10月下旬、スリランカ政府は一時的にこの方針を撤回し、農薬の輸入を再開すると発表しました。農薬を使わなくなったことで、有機質肥料の需要が増えましたが、その供給が追いついていない模様。その結果、セイロン茶の品質が落ち、生産量も減少しかねないと農家から怒りの声が上がっていました。このような現状を受けて、同政府は有機質肥料が農家に十分に供給できるようになるまで農薬を輸入すると述べています。

 

日本は、農林水産省の認証制度やJICA民間連携事業などを使って、有機農業の生産や管理に関する知見や経験を海外に伝えることができます。数多くの民間企業も有機農業に向けたサービスを提供しており、安全で高品質な農産品を提供する制度が充実しています。

 

化学肥料に依存しすぎていた国は「農業政策において有機農業をどのように推進していくか?」「効率的な収穫を目指すにはどのような手法を用いたらよいか?」などの問題に関する知見を他国に頼らざるを得ません。このような理由で、日本においても研修制度の提供などを進めている自治体も存在します。

 

世界では既にブータンやキルギスなど100%有機農業の政策を推進している国もあり、今後ますます有機農業へシフトする国が増大することが見込まれます。「安心・安全」の理念に基づいた日本の有機農業に対する経験は今後世界に向けてますます求められていくことでしょう。環境保全強化を目指す各国のスタンスが今後より一層強まることも見込まれるため、ビジネスの市場規模拡大に向けて日本の有機農業関連企業のグローバル展開に拡大の兆しが見え始めています。

 

 

スリランカ拠点を立ち上げ、途上国を「ビジネス」で継続的に支援

国際協力に従事するプロフェッショナルに、開発途上国の現状やビジネスチャンスについてインタビューする本企画。今回は、スリランカに現地法人を立ち上げ、企業の進出支援などに取り組んでいる高野友理さんにインタビュー。拠点立ち上げまでの経緯や、現地でビジネスチャンスが期待できる分野などをお聞きしました。

 

●高野友理/大学卒業後、青年海外協力隊として2年間スリランカに赴任。その後、民間企業でベトナム拠点の立ち上げに尽力したのち、アイ・シー・ネットに転職。民間企業の進出コンサルティングや、スリランカ拠点の立ち上げに携わり、2021年2月にはIC NET LANKA (PVT) LTD.を設立。現在は同社で代表を務めている。

 

スリランカでの事業展開を目指して、経験を積んできた

 

――高野さんがスリランカで起業したいと思われた経緯を教えてください。

 

高野 私は大学卒業後、青年海外協力隊として2年間スリランカに赴任し、低所得者地域の生活改善に取り組んでいました。帰国後に考えたのは、継続的に途上国を支援するためには「国際協力」という形だけではなく、もっとほかの形で支援をする方法があるのではないかということ。私はもともと大学で、「スリランカの参加型開発」をテーマにした卒業論文を書いていて、住民たちが自ら力をつけながら自分たちの国を開発するという方法やその考え方に関心を持っていました。そのような背景もあって「ビジネス」という形でより現地の自立につながるような継続的な支援をしたいと思うようになり、スリランカでの事業展開がその後の目標となりました。

 

――実際にスリランカで事業を展開するまでに、どのような経験を積まれたのでしょうか?

 

高野 スリランカから帰国後、まずは日本の民間企業でビジネスを学ぼうと考え、廃棄物処理やリサイクルを行う中小企業に入社しました。実際に民間企業に入ってみると、階層などの会社のルールや、他社との関係構築など、国際協力の世界にはあまりなかった文化を体験し、学ぶことが多くありました。そして私がその会社を選んだのは、海外展開を目指している会社であったことが大きな理由の一つ。入社して2、3年後にはベトナムへの事業立ち上げに向けて動き出し、業務に携われることになりました。

 

まずはベトナムに駐在員事務所を立ち上げるべく、私も現地に赴き、現地スタッフの採用などから始めました。その後は主に合弁会社設立のための準備を行い、合弁会社でパートナーとなるところと事業計画をつくったり、会社を設立するにあたっての役割分担や出資比率を検討したりしながら進めていきました。そして無事に会社を設立したあとは、5年10年かけてベトナムでの事業を安定させていくというのが会社の方針でした。しかし私はベトナム以外の国でも、日本企業の海外進出をもっと支援していきたいと考えていたため、転職を決意し、アイ・シー・ネットに入社。入社後はビジネスコンサルティング事業部で、民間企業の海外進出のサポートなどを行いました。その後、アイ・シー・ネットが現地拠点を広げようという方針になったタイミングで私に声がかかり、スリランカでの現地法人立ち上げに至りました。

 

コロナ禍で設立したスリランカ拠点。海外展開支援やパートナー探しに取り組む

 

――現地法人を立ち上げるときに特に大変だったことや、設立した会社について教えてください。

 

高野 現地側での会社の登録には苦労をしました。例えば現地での登録に際して、現地企業を守るための規制があったり、定款の事業内容に「コンサルティング」と書くだけではなく、詳細な内容を書く必要があったり……。現地の登録コンサルタントからアドバイスを受けながら、何度もやりとりをして進めていきました。

 

そして2021年2月に、スリランカの拠点として「I C NET LANKA (PVT) LTD.」を設立することができました。現在は、企業の海外展開支援や、輸出支援におけるパートナー探しなどをメインの業務として行っています。

 

――ベトナムでの事業立ち上げの経験などが、現在の業務で活かされていると感じるところはありますか?

 

高野 私自身が「中小企業」で事業を立ち上げた経験は、コンサルティングの仕事でも役に立っています。例えば以前、JICAの案件で中小企業の海外展開支援に携わったことがありました。そこでは外部人材として、海外展開を検討するための調査を行ったり、企業に対してアドバイスをしたりしていました。その際、中小企業の中でスムーズに進めるのが難しいことや会社のルールなどを理解していることが、大きな強みになると実感。企業側の事情がわかっているからこそ、より的確な助言や寄り添った支援ができるのではないかと感じています。

 

――現在のお仕事の内容を具体的に教えてください。

 

高野 例えば今取り組んでいるのは、日本の農業技術を使ったモデルファームづくりのサポートです。これは以前、農林水産省がインドで「J-Methods Farming」という実証事業として行っていたもので、スリランカでも有志で取り組もうと動き始めています。モデルファームは3社合同で作ろうとしていて、「排水処理」「土壌改良」「食品の鮮度保持」の役割をそれぞれの会社が担う予定です。現在はこの3社のパートナー探しを行っているところ。スリランカ側の引き合いが強く、さまざまな会社から声がかかっています。スリランカでは現在、農業が主要産業の一つである化学肥料を禁止しようという動きが広がっていることから、日本の農業技術の中でも有機栽培に強く興味を持っています。

 

この案件の窓口は私が一人で担当しているので、興味を持った会社からの問い合わせが同時期にたくさんあるととても大変です。しかしタイミングを逃さないよう、相手が熱を失わないうちに、なるべく迅速に対応することを心掛けています。パートナー探しでは、日本企業の意向に沿うことはもちろん、シェアが高い、政治的コネクションを持っている、スムーズに進められる体制がある、などそれぞれの企業の強みや特徴をさまざまな角度から調査することを大切にしています。

 

そのほか昨年は、「飛びだせJapan!」という事業も行いました。「飛びだせJapan!」とは、経済産業省が補助している事業で、新興国・途上国市場に参入するために必要な現地企業や政府とのネットワーク構築を支援して、世界の課題解決を目指すというもの。アイ・シー・ネットは補助事業者として関わっています。現地コンサルタントがスリランカの求める日本の技術などを調査し、私はそのニーズに応えられるような日本企業を紹介して、両者をつなげようと働きかけていました。スリランカ側が日本の技術で関心を持った例として、「魚の保存技術」があります。漁船などで獲った魚の鮮度を保つためには、氷などで冷やすことが一般的ですが、その方法では魚の表面に傷がついてしまうことがあります。日本には電界を用いた鮮度保持技術を利用して食品をきれいな状態のまま鮮度を維持する保存方法があり、そこに興味を持つ漁業関連の企業からの問い合わせがありました。しかし同時期に、スリランカ沖でコンテナ船の火災事故が発生し、漁業業界がダメージを受けたこともあって、結局両者を結び付けることはできず……。この件に限らず、現在コロナなどが原因で多くの企業が新しい技術に投資することを控えており、どの事業もなかなか前に進んでいないのが現状です。しかし、農業資材などの消耗品の分野ではあまり影響が出ていないため、今はできる範囲でパートナー探しなどを少しずつ進めています。

 

――高野さんがスリランカでビジネスをする際に大切にしていることを教えてください。

 

高野 積極的なコミュニケーションを取ることをとても大切にしています。モデルファームづくりや「飛びだせJapan!」などを経験し、スリランカ側とビジネスをするときには、こちらからかなりプッシュしていかなければ、事業を前に進めることができないと実感しました。国民性なのか、スリランカではのんびりとした人が多い印象があります。例えば、伝えたいことをメールでまとめて送ってもなかなか返信が返って来ないということはよくあって……。そのため、なるべく電話を使って連絡を取ったり、早く進めたいときでも一気にいろいろ伝えるのではなく、一つ一つブレイクダウンしながら説明したりすることを心掛けています。一方、お金のことは口約束ではなく書面でやりとりすることも意識していて、「お金がかかる場合は先に見積もりを出してね」といったことは、必ず先に伝えるようにしています。こちらの話を相手がきちんと理解してくれているか、認識に相違がないかなどを確認しながら進めていくことは、常に注意しているところです。

 

まずは日本企業にスリランカ市場を知ってもらうことが課題

 

――スリランカの特徴や、現在力を入れて取り組んでいる分野についても教えてください。

 

高野 スリランカは観光で成り立っている側面が大きく、性格的にも穏やかな人が多いことから、ホスピタリティ産業が向いていると思います。しかし現在、コロナの影響で通常のように観光客が来られず、外貨が入ってこないため、外貨の流出を防ぐために、車や携帯電話、家電など海外から来るものを厳しく制限している状態。コロナは、ここ最近はようやく落ち着いてきて、ワクチン接種をした人は隔離期間なしで入国できるなど、観光客の受け入れに積極的です。それほど観光業はスリランカにとって大事な産業だと言えます。

 

近隣の国と比較すると、識字率が高かったり、進学できる人は一部ではあるのですが公立大学までの教育が無償だったりと、ベースの教育がしっかりしていると言われています。さらに縫製業も得意で、手作業が必要な高レベルな製品を作れることは、国としての強みになっています。

 

スリランカで現在力を入れているのは、薬品や自動車部品の分野。港を拠点にして、インドやアフリカ、ヨーロッパなどへ輸出していこうと考えています。またインドとの間に無関税条約があるため、例えばスリランカで作った自動車の部品をインドの車の工場に持っていくなど、物流拠点を活かした事業を展開しようとしているところです。自動車の分野では、インドに進出している日本企業も多くあるので、日本にとってもビジネスチャンスがあると言えるのではないでしょうか。しかしそもそも日本企業にとって、スリランカはまだかなりマイナーな市場。まずは知ってもらうことが課題だと感じています。

 

やりたいことを周囲に話すことで、目標の実現に近づく

 

――高野さん自身が今後取り組みたいことは何ですか?

 

高野 当初から考えているのは、日本のコンビニやスーパーマーケットで買えるような食材・日用品を販売する店を、スリランカにつくることです。ラオスではすでにアイ・シー・ネットのグループ会社がそのような店を展開しているのですが、スリランカには日本のものを専門に扱う店がまだほとんどありません。スリランカには、日本に留学したり働きに来たりしていた人が結構いて、現地で「日本の食べものが好き」などと言ってもらえることもよくあるんです。そのためニーズがあるのではと期待しています。

 

そして日本のなかでスリランカの知名度を上げていくことも目標です。近年日本でも、スリランカ料理の店などが増えている印象があって、少しずつ認知度は上がっていると思うのですが、私としてはまだまだ。スリランカに来る人を案内したり、紅茶以外の名産品やお土産をつくったりするなど、スリランカの魅力を発信していくことも今後の個人的なミッションとして掲げています。

 

――最後に海外で働きたいと考えている人へ、メッセージをお願いします。

 

高野 やりたいことや目標があれば、ぜひ「周囲に話す」ことから始めてみてください。私自身、「スリランカで事業を展開したい」と社内で話していたから、現地拠点を拡大する際に声をかけてもらうことができました。話すことで、欲しい情報が集まってきたり、関連する人を紹介してもらえたり、自分の中のアイデアがまとまっていったりして、どんどん実現へと歩みを進めていくことができるはず。そして自分のやりたいことに少しでも関係のある仕事があれば、ぜひ積極的にトライしてみてほしいと思います。

在宅ケア関連の製品や健康長寿事業にビジネスチャンス?タイで急速に進む「高齢化の今とこれから」

今、タイで、急速に高齢化が進んでいます。既に2005年に「高齢化社会」に突入しており、2022年には「高齢社会」入りする見込み。さらに、経済産業省の調査などによって、2040年には2018年の日本と同程度の「超高齢社会」になることが予測されています。なぜタイでここまで急速に高齢化が進むこととなったのか。現在、どのような高齢化対策が行われているのか? タイならではの課題や伸びているサービスとは一体どのようなものなのか……? アイ・シー・ネットのタイ拠点(タイIC Net Asia Co.,Ltd.)代表者として長年、タイの社会経済開発に関わってきた岩城岳央氏に話を聞きつつ、「タイの高齢化に関する今とこれから」について紐解きます。

 

タマサート大学電子・コンピューター技術学部が開発した音声によるアルツハイマー病及び軽度認知障害のスクリーニング用アプリケーション(https://siamscope.com/thammasat-university-came-accurate-application-screen-alzheimers-disease-using-voice/

 

お話を聞いた人

岩城岳央氏

金沢大学にて経済学を専攻。民間の電機メーカーに2年間勤務したのち、アジア経済研究所開発スクールを経て、イギリスにてRural Developmentの修士号を取得する。大学院修了後は、ネパール及びタイ東北部の日系NGOプロジェクトに参加。2002年にIC Net Asiaに入社。2009年からは同社の代表を務めている。

タイは2022年に、人口の14%が65歳以上になる「高齢社会」に突入する

タイは、2005年に、人口の7%に当たる人が65歳を超えた状態になる「高齢化社会」に入りました。2022年には、人口の14%以上に当たる人が65歳を超えた状態になる「高齢社会」に到達する見込み。たった17年で、急速に高齢化が進んでいるのです。

 

急速な高齢化の背景にあるのが、日本と同じく少子化の問題です。経済が発展して社会が大きく成熟し、これに伴って出生率が下がり子どもが少なくなりました。また、医療が発達し、平均寿命が延びたことも大きく影響していると考えられています。

 

こうしたことが、開発途上国や新興国では、「一気に起きる」というところも特徴です。日本の場合は時間をかけて比較的緩やかに高齢化が進んできましたが、開発途上国や新興国の場合は、急速な経済成長や医療の充実により、人口の高齢化がより速いペースで進みます。

 

2019年に野村総合研究所の調査によって、「タイの人口はASEANの中で4位に位置するが、高齢化率ではシンガポールとタイが抜け出る」「タイでは高齢化率が11.8%になっている」ことが示された(「平成30年度国際ヘルスケア拠点構築促進事業(国際展開体制整備支援事業)アウトバウンド編(介護分野)報告書」より抜粋)

 

2015年頃から高齢化対策の機運が高まるが、追いつかない状態が続く

 

そこで問題になるのが、「対策が追いつかない」という点です。タイで20年以上暮らし、タイの社会経済の変化を体感してきたIC Net Asia Co.,Ltd.の岩城岳央氏は、「タイのような開発途上国や新興国の場合、高齢化社会の他にも注力すべき社会経済課題が山積していることが多くあります。経済対策にも力を入れなければならないし、インフラも作らなければならない。社会福祉制度や健康保険制度もまだまだ。教育や産業育成の仕組みも整えなければいけません。様々な開発課題があり、先進国に比べて財政基盤や社会的基盤が弱い中で、同時に人口の高齢化にも対応しなければならない。社会経済対策をしながら急激に進む高齢化対策をしなければならないという、難しい舵取りが求められています」とその現状や難しさについて話します。

 

「タイの高齢化対策は、今から約5年前、2015年頃から、やっとその機運が高まってきたように思います。最近では行政機関が介護士や介護施設の資格登録制度の整備や、年金制度の強化に乗り出したりしています。高齢者支援分野に投資する民間企業を税制面で優遇する動きも出てきました。これに伴い、高齢者向け施設建設に加えて、例えば、ユニバーサルデザインを用いた高齢者向けのコンドミニアムや、IT機器を使って遠隔で在宅高齢者を見守るネットワーク、高齢者向けの柔らかく食べやすい食品、などの高齢者を対象にしたサービスが見られるようになってきています。ほかに、高齢者のための認知機能のトレーニング施設などを作る医療機関も出てきました」

 

とはいえ、高齢者向けの施設やサービスはまだまだ充足している状態とは言えません。人口の高齢化に伴い行政機関による政策的な支援や、民間企業によるサービス・商品開発が進み、徐々に状況は変わってきていますが、「高齢化が進んでいるけれど、まだ元気なお年寄りも多く、興味は引くが購買にはつながっていない段階ではないか」と岩城氏。5年後、10年後、例えば寝たきりの方など要介護の高齢者が増えたときに社会が対応できるような技術、ノウハウ、アイデアが求められているのです。

 

チュラロンコン王記念病院のなかに設立された認知機能フィットネスセンター。月曜~金曜日の9:00~15:00、気功、音楽療法、ニューロビクス、栄養指導などの認知症予防プログラムが提供されている。(https://www.facebook.com/cognitivefitnesscenter/photos/?ref=page_internal

 

今、タイの高齢化対策を支えているのは、地域の「保健ボランティア」たち

 

現在、タイにある高齢者向け施設は、富裕層向けのものが大多数を占めています。比較的リッチなコンドミニアムや介護サービスが多く、ここに関しては現時点で既にオーバーサプライ気味になっています。一方で、低・中所得者層向けの施設やサービスは不足しており、受け皿がないという状況になっています。

 

そもそも、タイでは日本のような年金制度や介護保険制度がなく、高齢者のケアは本人または家族の負担になり、なかなかサービスを受けられません。財政的な制約から大規模な公的負担による高齢者向けサービスの提供も難しく、タイ政府は地域コミュニティでの高齢者のケアを推進しています。タイには以前から地域の末端で保健医療サービスを提供する「保健ボランティア」制度があり、こうした地域でのネットワークやリソースを使い、家族とコミュニティが支え合って高齢者をケアしていくことが推進されています。保健ボランティアは地域で生活する女性が中心で、地方自治体や医療機関と協力しながら感染症の予防活動をしたり、公衆衛生や健康増進に関する啓蒙活動を行ったり、ケアが必要な人のご家庭を訪ねてサポートをしたりしてきました。高齢化が進む中で、保健ボランティアの役割が再認識され、こうした地域の人材を活用しながら、家族とコミュニティが連携して高齢者をケアする新しいモデル作りが進められています。

 

こうしたボランティア制度が根付き、地域の強さが機能しているのは、一体なぜなのでしょうか? その背景には、「タイ特有の母系社会の影響もあるのではないか」と岩城氏は話します。

 

「タイには伝統的に女性が家を継いで両親の面倒を見るという習慣があります。末の娘が継いだ家に男性が婿入りするという形で家を継いでいくケースが多く、女性が、慣れ親しんだ土地で、子供のころから知っている人々と、ずっと子育てや自分の両親の世話をするという文化があるんです。地域にしっかりと根を下ろした女性たちを核に、子育て、健康、介護など暮らしの強固なネットワーク基盤が出来上がっており、地方にいるとこれが非常にうまく機能していると感じます」

 

今後も、地域のボランティアを中心とした在宅コミュニティケアが推進されていく見通しです。これに伴い、「在宅でのケアをサポートするような製品の需要が見込めるのではないか」と岩城氏。「冒頭で述べたIPシステムを用いた見守りソリューションや高齢者向けの食品の他に、例えば、床ずれを防ぐマットなども出てきています。在宅ケアそのものに外国企業が参入するのは文化・習慣の違いにより難しい面もあるかもしれませんが、その周辺のサービスや製品については、ビジネスチャンスがあるのではないかと思います」と、その可能性について示唆しました。

 

労働者の6割を占める自営業者の社会保障制度が危機的に薄いという課題も

 

次に、タイの社会保障制度について見て行きましょう。公務員や国営企業の従業員に関しては、公務員医療保険制度、政府年金など、比較的手厚い保障制度が整えられています。公務員医療保障制度は、公立病院での医療サービスが無償で受けられ、家族にも適用が認められます。

 

民間企業の従業員の場合は、雇用者と被雇用者が負担する社会保険制度があり、登録医療機関で一定の医療サービスを無料で受けることができます。また、最近、企業の被雇用者を対象にした国民年金基金がスタートしました。まだ加入者は少ないですが、将来的には定年退職者の生活を支える上での役割が大きくなっていく可能性もあります。

 

もっとも手薄で課題が多いのが、インフォーマルセクターで働く方や農家の方をはじめとする自営業者向けの社会保障制度です。タイでは、全労働者の6割を自営業者などが占めているといわれていますが、彼らへの年金制度は整備されていません。65歳以上の高齢者に支給される高齢者福祉手当がありますが、支給額は年齢により1カ月に600~1000バーツ程度で、日本円にすると、2240円~3400円ぐらいの金額です。「例えばタイの物価が日本の1/5だとして、日本円に換算すると、1万~1万7000円ぐらいの金額ということになります。これでは到底、生活できません」と岩城氏は話します。

 

「さすがにまずいだろうということで政府が始めたのが、任意加入の国民貯蓄基金です。国民と政府がお金を出し合って貯蓄をする国民年金に近いシステムなのですが、加入者が少なく、全体をカバーすることはできていないというのが実情です。自営業者や農家向けの社会保障制度は、まだまだこれからといったところです」

 

さらに介護保険に至っては、公務員や自営業者などの別なく「いっさいなし」という状態です。民間の保険会社がようやく介護保険を販売し始めましたが、まだまだ普及はしていません。

 

タイのおもな社会保障制度についてまとめた一覧表。日本と同様に公務員の保障が手厚く、自営業者の年金部分が手薄であることが見て取れる

 

マーサーCFA協会が発表した調査によると、タイの年金指数は39カ国中最下位。すべての数値が平均を大きく下回り、改善が必要なことが明示された

 

在宅ケア、健康長寿支援、退職者ケアなどに商機あり。現地パートナーとのコラボも鍵に

2021年8月、タイのカシコーン研究センターが、「高齢者向け医療機器・施設の市場が2021年中に80~90億バーツ(272億~306億円)に達する見込みである」という予測を発表しました。あわせて、「市場は高齢化に伴い年平均7.8%で伸びている」「電動式車いす、電動式ベッド、センサー製品などの製品の需要も伸びている」「その一方で、こうした製品の多くは輸入に頼っており、質の高く安全な製品を供給する国内生産者に商機がある」ということも報告しています。

 

こうした情報や、ここまでで紹介した現状や文化的背景などを勘案すると、やはり直近では、在宅ケアのサポート領域にビジネスや支援の可能性があると言えそうです。

 

また、そのほかにも、「『健康寿命の延伸』と、今後大量に発生する『企業退職者の退職後の生活』にも潜在的な需要や商機がある」と岩城氏は分析します。

 

「経産省と野村総合研究所の調査によると、タイは2040年に、日本の2018年頃と同程度の高齢化率になると予測されています。『日本から20年遅れで高齢化が進んでいる』とも言われており、まさにこれから、健康ではない、要介護の高齢者が増えてくる段階です。そのため、健康体を維持して要介護にならないように、健康寿命を延伸するための取り組みも注目されています。例えば、地方自治体でのエクササイズ教室や健康相談、認知症予防アプリの開発と予防プログラムの実施などで、冒頭のほうでも少し触れた医療機関での認知機能トレーニングプログラムなどの提供です。こうした分野はまだまだ実験段階で、アイデア次第でいろいろな取り組みが出てくると見ています。タイはアプリ開発が意外に進んでおり、また、言語の問題もあるため、この分野では参入が容易ではないかもしれませんが、高齢社会の先進国である日系企業のノウハウがかなり活かせる取り組みは多いと思います」

 

地方自治体での高齢者向けエクササイズの様子(タイラット紙)(https://www.thairath.co.th/news/local/bangkok/2035389

 

もうひとつの「企業退職者の退職後の生活」とは、定年退職を迎えるセカンドキャリアの支援や、ソーシャルネット、セーフティネットなどのこと。岩城氏は「もともと農業国だったタイに、会社・工場勤めという働き方が広がり約40年が経過しました。これから、大量に、国として経験したことのない『大量の定年退職者』が発生します。そういう人たちにどんな活躍の場を作ればよいか、セーフティネットを整えればよいか。これは急いで考えなければいけない大きな課題です」と話します。

 

介護福祉施設の拡充、コミュニティケアをサポートする先端機器の導入、社会保障の整備や、退職者のセカンドライフ支援まで……。タイが、政府、民間の力を集めてやらなければならないことは、枚挙にいとまがありません。「タイでも高齢者向けのいろいろな取り組みが始められていますが、ノウハウに乏しく、日本が培ってきた技術やノウハウへの関心は高い。参入できる機会ではないか」と岩城氏。

 

「ただし、文化や言葉の壁もあり、日系企業が単体で参入しようとしても、なかなかうまくいきません。例えばタイの国立病院と組んで調査を行う、タイの民間企業とコラボレーションして実証実験を行うなど、現地のパートナーと一緒にプロジェクトに取り組むというのが、タイで成功するための大きな鍵だと思います。また、JICAの『中小企業・SDGsビジネス支援事業』などのスキームを活用して進出するというのも有効な手段です。経産省やジェトロにも類する支援制度がありますので、いろいろ調べて、周囲のサポートを受けつつ現地と信頼関係を築く道を探ることをお勧めおすすめします」

 

このように話す岩城氏。最後に、「今、現地で足りないのは、高齢者ケアの技術、情報、経験です。大雑把なアイデアやイメージはあるけれど、具体的なビジネスプランに落とし込めずに、なかなか進めない現地企業は多いと思います。日系企業の皆さんには、ぜひよい現地パートナーと出会って、タイの高齢化に寄与するビジネスを展開していただきたいと思います」と力強いメッセージを述べました。