少し前にこのコラムで取り上げた本田技研工業(ホンダ)の原付バイク、スーパーカブと同じように、日本の街の風景の一部になっている乗り物のひとつがトヨタ自動車のワンボックスカー、ハイエースだ。来年誕生60周年を迎えるスーパーカブに対し、ハイエースは今年50周年と、キャリアの長さでも引けを取らない。
なぜハイエースはここまで愛され続けているのか。やはり信頼性と耐久性がもっとも大きな理由になりそうだが、それは偶然の産物ではなく、トヨタがその点に注力して開発していることが、今年11月のマイナーチェンジを機に行われた発表会で明らかになった。
ちなみに今回の改良は、環境性能と安全性能をさらに向上したことがトピックになる。前者では2年前にランドクルーザープラドに初搭載した新世代のクリーンディーゼルエンジンを採用。燃費が向上し、一部車種でエコカー減税の適用を受けられるようになった。後者では衝突被害軽減ブレーキなどを含めた予防安全装備のトヨタ・セーフティ・センスPを設定した。
トヨタ・セーフティ・センスにはCとPがある。Cはカローラ、Pはプリウスなどが搭載している。乗用車以上に価格競争力が重視される商用車のハイエースであれば、Cを導入してもおかしくない。ところが新型ハイエースはあえてPをチョイスしている。実はこれも壊れないクルマを目指した結果だという。商用車は事故などを起こして動かなくなると仕事に支障を及ぼす。使用者だけではなく取引先など多くの人々が影響を受ける。そこでなによりもまず、事故を起こしにくいクルマにしようと考え、CではなくPを導入したのだそうだ。
世界的に信頼性の高いトヨタ車のなかでも、ハイエースの信頼性、耐久性は抜きんでている
さらにボディの基本骨格などでは、「ハイエース・クオリティ」と呼ぶ独自の品質基準を設定しているとのこと。たとえばスライドドアの耐久性は、同じトヨタの乗用車とはひと桁違う基準を設定しているそうだ。もともと信頼性では定評のあるトヨタ車の中でも、ハイエースは抜きん出た存在なのである。
ハイエースは日本以外でも各地で活躍している。筆者も東南アジアなどでマイクロバスとして使われるハイエースに乗ったことがある。しかし生産工場は数カ所に留めており、日本以外は主要部品を輸入して組み立てを行うノックダウン工場としている。これも群を抜く信頼性や耐久性を維持するためだ。
発表会での説明でさらに興味深かったのは、走る・曲がる・止まるという自動車の基本性能については、いきなり壊れて止まることがなく、事前に異音を発生するなどして使用者に不調を伝えるような設計が込められているということ。他国の自動車エンジニアがこんなことを考えるだろうか。日本の商用車ならではのきめ細かい配慮である。
初代ハイエース ワゴン。1967年「日本初の新分野のキャブオーバーバン」をコンセプトに誕生した
そんなハイエース、モデルチェンジの間隔が長いことも特徴のひとつで、50年間で4回しかフルモデルチェンジしていない。5代目となる現行型は2004年デビューだから、13年が経過している。にもかかわらず今回マイナーチェンジに留めたのはどうしてか。実はこれも信頼性・耐久性向上のためだった。
フルモデルチェンジをすると多くの部品が切り替わる。そのたびに自動車整備工場などでは多くの部品を確保しなければならない。モデルチェンジがひんぱんに行われれば部品の数が増える。海外の地方などでは新型の部品の供給が行き届かないこともある。しかしマイナーチェンジに留めておけば、多くの部品が旧型と共通なので、部品の確保がしやすい。壊れてもすぐに直せるから、仕事に支障を及ぼす可能性が少ないことを意味する。
ハイエースのチーフエンジニアである野村淳氏は発表会で、「商用車はモデルチェンジしないことも商品力のひとつ」と語っていた。モデルチェンジをすることで商品力を高めていく乗用車とはまったく逆の発想に衝撃を受けた。でも部品のことまで考えれば腑に落ちる考えだ。
壊れにくさのためなら先進装備も積極的に投入し、壊れるときは事前に教えてくれる。仮に壊れても部品の確保を容易にして、仕事に穴を開けないようにしている。ハイエースの根強い人気は、愚直なまでの信頼性・耐久性追求の気持ちがユーザーにしっかり伝わっているからだと確信した。
【著者プロフィール】
モビリティジャーナリスト 森口将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・講演などで発表するとともに、モビリティ問題解決のリサーチやコンサルティングも担当。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本デザイン機構理事、日本自動車ジャーナリスト協会・日仏メディア交流協会・日本福祉のまちづくり学会会員。著書に『パリ流環境社会への挑戦(鹿島出版会)』『富山から拡がる交通革命(交通新聞社)』『これでいいのか東京の交通(モビリシティ)』など。
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