異次元のスピードを出すには尋常じゃない制動力が必要…スペースシャトルよりも“効く”F1のブレーキの秘密

F1が速いのは、モーターのアシストを含めて800馬力以上に達するパワーに負うところが大きい。走り出さないことには速さは生まれない。それは事実だが、止まれる保証があってのことである。速く走るためには、しっかり止まることのできるブレーキが欠かせない。フェラーリなどにブレーキシステムを供給するブレンボの情報などをもとに、F1が搭載するブレーキディスク&パッドの特徴を見ていこう。

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回転するディスクをパッドが挟むことにより、車両の運動エネルギーを熱エネルギー(摩擦熱)に変換し、大気に放出するのがディスクブレーキの役割だ。一部の高性能車を除き、乗用車は一般的に鋳鉄ディスクを採用している。

 

一方、F1はカーボンディスクを使用する。F1はモノコックと呼ぶ車体骨格やエンジンカウル、前後のウイングにも軽量・高剛性の「カーボン」を使用しているが、ブレーキのカーボンとは異なる材料だ。

 

ボディワークなどに用いるカーボンは「カーボン繊維強化プラスチック(CFRP)」で、シート状のカーボン繊維を重ね、樹脂に浸して高温高圧下で硬化させたものだ。一方、ブレーキに用いるカーボンは「カーボン/カーボン」と呼び、カーボン繊維やカーボンの粉末を樹脂で固め、固めた樹脂が熱で燃えないよう高温で蒸し焼きにして炭素化させた材料である。

 

いずれにしてもカーボンなので、金属の鋳鉄に比べて軽い。外径380mm、厚さ40mmの鋳鉄ディスクは14kgだが、外径278mmのF1用カーボンディスクは1.2kgしかない。ちなみに、リム径13インチのホイールを履くF1のブレーキディスクは技術規則でサイズが定められており、最大径は278mm、最大厚は28mmだ。

 

20インチホイールを履く日産GT-Rの鋳鉄ブレーキディスクの径は390mm、厚さは32.6mmである。重量は11kgを超える。F1のブレーキディスクがいかに軽量かわかるだろう。SUPER GT GT500クラスは2014年から、それまでのスチールディスクからカーボンディスクに切り替えている。フロントのディスク径は380mmで、重量は3.45kg。スチールディスクに対して重量は半減している。

F1のカーボンディスク。「カーボン/カーボン」と呼ばれる素材を用いているF1のカーボンディスク。「カーボン/カーボン」と呼ばれる素材を用いている

 

F1のカーボンディスクには、側面に小さな孔がたくさん開いている。これは冷却と軽量化のためで、最新版のディスクには1000個以上のベンチレーションホールが開いている。 2005年に100個だったホールは2008年には200個になり、2012年に600個になった。短期間に急激にホールの数が増えているのは、加工技術が進歩したからだ。

ディスクサイドに穿たれた孔の数は年々増えてきている。いまや1000以上を数えるディスクサイドに穿たれた孔の数は年々増えてきている。いまや1000以上を数える

 

カーボンディスクはその特性上、350℃を超える温度にならないと制動力を発揮しない(500~650℃に保っておきたい)。一方、1000℃を超えると急激に摩耗が進行するので、効果的な冷却も欠かせない。

 

F1はブレーキパッドもカーボン/カーボン材を使用する。市販車は金属や鉱物など10~20種類の材料を樹脂で固めたパッドを用いるのが一般的だ。カーボンパッドは全体が均一な構造だが、乗用車用のパッドはスチールのバックプレートに摩擦材を載せた構造である。

 

カーボン/カーボンのパッドを用いるのは軽さと制動力のためで、乗用車用ディスク&パッドの摩擦係数が0.4程度なのに対し、F1のカーボンディスク&パッドの摩擦係数は0.7~0.9に達する。パッドの重量は乗用車用が800gなのに対し、F1用は200gだ。

 

そのF1用ブレーキは作動時に-5Gもの減速Gを発生させる。ブレンボが比較に持ち出したのは超高性能車のブガッティ・ヴェイロンで、100km/hから完全停止に要する時間はわずか2.3秒。その際、発生させる減速Gは-1.3Gだ。F1は次元が違うことがわかるだろう。ちなみに、高性能であることを謳わないごく一般的な乗用車は、フルブレーキをかけても-1Gに達しないのがほとんどだ。-0.4Gの減速Gが発生すると、ほとんどの人は「かなり急なブレーキ」と感じるはずだ。

ブガッティ・ヴェイロンよりスペースシャトルより、F1のブレーキパワーは強いブガッティ・ヴェイロンよりスペースシャトルより、F1のブレーキパワーは強い

 

超高性能スポーツカーの一部はカーボンはカーボンでも、「カーボン/セラミック」のブレーキディスクを採用する。これは、カーボン/カーボンのディスクが持つ軽さと高い制動力を公道でも使用可能な状態にしたものだ。カーボン/カーボンは350℃を超える状態に温度を高めてやらないと制動力を発揮しないが、乗用車でそんなことは言っていられず、-50℃の極寒でも踏み始めの一発で制動力の発生を保証しなくてはならない。そのため、カーボン/カーボンのディスク表面をセラミック化して低温時から作動するようにしているのだ。

 

ホンダNSXが標準で装着するブレーキは鋳鉄製だが、1台分で約23.5kg軽く、サーキット走行などで高い耐フェード性を誇るカーボン/セラミックディスクをカスタムオーダーすることが可能。性能と軽さを追求していくと、ブレーキは「カーボン」に行き着く。

 

【著者プロフィール】

モータリングライター&エディター・世良耕太

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1世界選手権やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など

世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々:http://serakota.blog.so-net.ne.jp/