肥料価格高騰のピンチを救うか!? リン輸出が急増する「モロッコ」に世界が注目

ロシアのウクライナ侵攻による世界への影響は、エネルギーを筆頭に、小麦、トウモロコシなどの食料を含めて多岐に及んでいます。しかし、実は農業に欠かせない肥料についても重大な変化が進行中。世界一の肥料輸出国・ロシアが制裁により供給を制限されている中、注目を集めているのがモロッコです。

世界の商人がモロッコのリンを狙う(写真は同国中部の都市・マラケシュの市場)

 

肥料には窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)の3つの要素が不可欠であり、それらに沿って肥料は窒素肥料、リン酸肥料、カリ肥料の3つに大別できます。モロッコが注目されているのは、世界のリン鉱石埋蔵量の7割以上を保有し、そこからリン酸肥料の原料となるリンを得られるから。成分の中にリン酸を含む肥料の例としては、家庭園芸用複合肥料のハイポネックス液があります。

 

世界の肥料市場で、モロッコはロシア、中国、カナダに次ぐ世界4位の輸出国。2021年における世界のリン酸肥料の市場規模は約590億ドル(約8.7兆円※)ですが、モロッコのリン酸肥料の収入は2020年で59億4000万ドル(約8740億円)。世界のリン酸肥料のうち1割程度が同国で生産されていることがわかります。

※1ドル=約147円で換算(2022年11月7日現在)

 

モロッコの輸出肥料の売上高のうち約2割を占めている、モロッコ国営リン鉱石公社(OCPグループ)は、2022年6月末に発表した決算報告で、2022年の純利益が前年比で2倍近くになったことを発表。その理由の一つには、ロシアのウクライナ侵攻による肥料価格の高騰があります。しかし、ロシアでの肥料生産量が落ちている中、2022年の第一四半期におけるモロッコのリン輸出は前年同期比で77%増加しました。この勢いに乗って、モロッコは2023年から2026年にリン酸肥料の生産を増加していく計画です。

 

モロッコは1921年からリン鉱石の採掘を開始し、OCPグループが世界最大の肥料生産拠点を建設するなど、肥料生産は同国の経済成長にも大きく貢献してきました。ロシアのウクライナ侵攻が始まる前は、OCPグループが抱える取引先は、インド、ブラジル、ヨーロッパなど、世界各国350社を超えていたそう。

 

また、広大な耕作地を有するアフリカ各国へも肥料を輸出しています。2022年にはOCPグループは、零細農家に無料や割引価格で肥料を提供するなどして、アフリカの農業を支援すると同時に、同国の影響力を高めています。

 

その一方、今後のモロッコにおけるリン酸肥料の生産には課題も。専門家が指摘するのは、水とエネルギーの問題です。リン酸肥料を生産するには、大量の水と天然ガスを使用しますが、モロッコは乾燥しやすい気候で水不足に悩まされているうえ、天然ガス資源も乏しい国。そのため世界の多くと同じように、高騰するエネルギー価格が生産コストに大きく影響します。

 

この課題を克服するために、モロッコ政府は「国家水計画」を立ち上げ、ダムや海水淡水化プラントを建設するほか、再生可能エネルギーに目を向けているようです。

 

世界の肥料業界で注目度を高めるモロッコ。肥料を輸入に依存する日本の政府も、原料の安定調達のため、2022年5月に農林水産省の武部新副大臣を同国に派遣しました。日本国内では肥料価格の高騰をきっかけに、農業のあり方を見直す動きも出てきていますが、モロッコとの関係は今後より一層強化されていく模様です。

 

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日本の食卓を支えるモロッコに最新海洋・漁業調査船が就航:40年に渡る協力でアフリカの水産業をサポート【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、日本の食卓と関わりの深いモロッコの水産業に関する協力活動について取り上げます。

 

JICAの協力により岡山県玉野市の造船所で建造された最新鋭の海洋・漁業調査船が昨年12月、母港となるモロッコのアガディール港に向けて出発しました。まもなく現地に到着予定です。

↑海洋・漁業調査船の就航式の様子。JICAの協力により新たに就航した海洋・漁業調査船は全長48.5メートル、1,238総トン。海洋と水産資源の高精度な調査が可能となります

 

約40年間にわたり、JICAはモロッコの水産分野に多様な協力を続けています。今では、その協力から得た知見を活かし、モロッコ自らが主体となり、サブサハラ・アフリカ諸国への協力が実現するなど、モロッコはアフリカの水産分野全体の発展を促す存在に成長しています。

 

実は、日本に輸入されるタコの約2~3割がモロッコ産で、マグロやイカなどおなじみの水産物もモロッコから多く輸入されています。美味しいたこ焼きやお刺身のタコは、遠いモロッコの海から運ばれ、そのモロッコの水産資源管理に協力しているのが日本です。日本の水産協力は現地の水産業を豊かにし、私たちの食卓にも深くかかわっているのです。

 

新造調査船の就航は、モロッコと近隣諸国の水産振興に貢献

「アフリカ第一位の漁獲量を誇るモロッコ。その約95%は沿岸・零細漁業者によるものです。小規模の漁業者が多いという点は日本ともよく似ています」

 

こう話すのは、モロッコ王国海洋漁業庁戦略・国際協力局で水産業振興の協力を行っている池田誠JICA専門家です。グローバルに叫ばれている海洋環境の保全や水産資源の持続的利用のための調査・管理といった課題に加え、モロッコは現在、1.資源の持続的活用、2.水産物の品質向上、3.付加価値化による競争力強化を水産開発の大きな柱としており、池田専門家は、現地の行政官らとともにヒアリング調査や計画づくりの業務に取り組んでいます。

↑今回建造された海洋・漁業調査船は、最新の魚群探知機や海底地形探査装置などを搭載し、エンジンやプロペラなどの騒音・振動が抑えられた最先端の技術を誇ります(写真提供:三井E&S造船株式会社)

 

「モロッコでは、多くの沿岸・零細漁業者はイワシなどの小型浮魚を獲っています。そうした魚種は海洋環境変動の影響で資源量が大きく増減するため、継続的な海洋・資源調査がとても重要です。魚に国境は関係なく、モーリタニアやセネガルなど近隣諸国沿岸へも回遊するので、今回の最新調査船による調査データは、モロッコだけでなく広く西アフリカ各国に裨益することが期待されます。」と池田専門家は今回新たに就航した調査船への期待を語ります。

 

40年以上の多面的な協力が日本の食卓を豊かにする

日本とモロッコの国家間での水産協力の歴史は長く、1979年まで遡ります。以来JICAは、漁業訓練船・機材の供与や技術訓練、沿岸・零細漁業の振興や水揚場整備、さらに水産資源研究など、モロッコの水産業全般を網羅して協力を継続してきました。

 

モロッコと日本は、長年にわたり水産分野での友好関係が続いています。そんな歴史のうえに、日本の食卓にはリーズナブルでおいしい タコやマグロ、イカなどが並べられています。

↑スイラケディマの水揚場でのセリの様子。JICAは水揚場整備や沿岸・零細漁業の振興から、海洋調査・研究分野まで多岐にわたる協力を実施してきました。水産資源管理の重要度は日々高まっています

 

こうしたなか、前任専門家から引継ぎ昨年から池田専門家が携わっているのは、過去にJICAの協力で整備された水揚場を進化させる計画づくりです。

 

「水揚げ場では、輸出市場の求める衛生管理への向上、観光など新たな経済活動への展開、そして整備当時の想定よりも増加している利用者への対応などが必要になっています。現在、海洋漁業庁の行政官や同分野の関係者と検討を進めているところです」

↑スイラケディマの水揚場は、製氷設備や漁具倉庫なども備えています。JICAの協力でモロッコの大西洋側に2カ所、地中海側に2か所の計4か所の水揚場が整備されました

 

モロッコはサブサハラ・アフリカ諸国の水産業を牽引

今やアフリカ随一の水産大国となったモロッコは、水産分野における南南協力(注1)でも長い歴史があります。そのなかでJICAはモロッコで1990年代から第三国研修(注2)をサポートしています。

注1:開発途上国の中で、ある分野において開発の進んだ国が別の途上国の開発を支援すること
注2:途上国間の学び合いを支援するプログラム

↑周辺地域国から関係者を招聘しモロッコで開催されている第三国研修の様子

 

池田専門家はモロッコ水産業の発展性とその実力について次のように述べます。

 

「私は以前セネガルで7年ほど水産分野の振興に携わっていました。その際サブサハラ・アフリカ諸国の水産行政官と話す機会があり、『モロッコでの第三国研修参加の経験を活かして自国で新しい制度を構築した』といった話を少なからず耳にし、日本とモロッコの協力の成果が活かされているという実感を抱きました。また、モロッコの方々に何かアイデアを提示すると、それをヒントに現場の実情に合わせて新しいアイデアを生み出すなど、皆さん、柔軟さと発想力に長けている印象があって、そうしたモロッコ人の特長が水産業振興に発揮されているようにも感じています」

 

そして、「JICAは新たに、モロッコにおいて環境調和と地方開発を志向した貝類・海藻養殖開発の技術協力をスタートさせます。新型コロナウイルスの影響で、今はオンラインによるリモート協力にならざるを得ず、なんとも歯がゆいです。一刻も早いコロナ禍の収束を願っています」と今後について語ります。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、動物性タンパク質摂取量に占める水産物の割合が20%を超える国には日本やアジア等と並んでアフリカの国々が挙げられます。新しい海洋・漁業調査船の建造や、池田専門家が取り組む水揚場の計画づくりなど、一つ一つの水産協力は現地の食卓と経済を豊かにし、さらには日本の食卓を彩り、ひいては海洋・水産資源を保全し、持続可能な形で利用するという目標とも深くつながっていきます。