ステンレスより23倍も硬い「木製ナイフ」が誕生!

テーブルナイフは、ステーキを切ったり魚を切り分けたり、安全でありつつも切れ味が良いことが求められます。一般的なテーブルナイフには、鉄にクロムなどを含有した合金「ステンレス鋼」が使われていますが、最近、木製のステーキナイフが米国で開発されました。しかも、ステンレス鋼より23倍も硬いというのです。

 

木材の欠点を補う新プロセスとは?

↑木製なのにステンレスより硬くてよく切れるって!?(画像提供/Cell Press)

 

木材は、自然にある木を原料としており、リサイクル率が高いことから、サステナブルな素材のひとつとして捉えられています。しかし、木材は軽量で耐久性や強度がある一方、成形しにくいという難点があります。金属やコンクリートなどは液状にして型に流し込んで冷やし固めれば、さまざまな形のモノを形作ることができますが、木材ではそれができません。

 

そんな木材の問題を解決するため、米国・メリーランド大学で材料工学を専門とする研究チームが、新しい木材の開発に挑みました。このチームが取り入れたのは「ウォーター・ショック・プロセス」という工程。木材にはリグニンと呼ばれる成分が含まれており、このリグニンは木材の繊維を強く結びつける、接着剤のような役割を果たしています。しかし、リグニンは木材を硬化させるため、ウォーター・ショック・プロセスでは、最初にこのリグニンを木材から除去。さらに圧縮して木材の繊維や気孔をつぶして、水分をしっかり蒸発させてから、再び水分を吸収させて膨潤させます。こうすることで自由に成形できるような素材ができあがったと同時に、このプロセスを経た木材の硬度は、当初の23倍にも増したそうです。

 

また、硬さとは別の強度については、できあがった素材は従来の木材の6倍も強くなり、アルミニウム合金などの軽量素材に匹敵するとか。さらに、従来のテーブルナイフの3倍も切れ味が鋭いと言われています。電子顕微鏡で内部を確認すると、木材に多くある空洞がなくなっていたことから、「ウォーター・ショック・プロセス」の工程で天然の木材の欠陥をカバーし、強度を上げることに成功したと考えられます。

 

木材は水に濡れて腐りやすいという欠点もありますが、オイルでコーティングすることで、洗って繰り返し使えるよう耐久性をアップ。使い捨てカトラリーに替わるものとして、この木製素材が注目されるのではないかと、この研究チームは期待を寄せています。

 

ナイフなど従来の合金製のカトラリーは、製造時に高温にする工程があり大きなエネルギーが必要となります。しかし今回の木製素材ではそのような高エネルギーは不要という点でも、サステナブルな素材として注目されることになりそうです。

 

【出典】Chen, B., et al. (2021). “Hardened wood as a renewable alternative to steel and plastic”. Matter. https://doi.org/10.1016/j.matt.2021.09.020

日本が4年連続で首位!「2021年世界パスポートランキング」

新型コロナウイルスの影響で、自由に海外旅行ができない期間が続いていますが、10月に2021年版世界のパスポートランキングが発表されました。

↑ワクチンパスポートは?

 

ビザを取得せずに海外旅行に行ける国や地域の数を、国別に比較しているのが、イギリスのヘンリー・アンド・パートナーズが2006年からまとめている「パスポートランキング」です。これはIATA(国際航空運送協会)のデータにもとづき、同社が四半期ごとに集計しているもの。2021年10月に発表された第4四半期のランキングは以下の通りです。

 

1位 日本、シンガポール(192)

2位 ドイツ、韓国(190)

3位 フィンランド、イタリア、ルクセンブルグ、スペイン(189)

4位 オーストリア、デンマーク(188)

5位 フランス、アイルランド、オランダ、ポルトガル、スウェーデン(187)

6位 ベルギー、ニュージーランド、スイス(186)

7位 チェコ、ギリシャ、マルタ、ノルウェー、イギリス、アメリカ(185)

8位 オーストラリア、カナダ(184)

9位 ハンガリー(183)

10位 リトアニア、ポーランド、スロバキア(182)

( )はスコア。

 

ある国・地域に入国する際、ビザが必要な場合は0点、パスポートのみで入国できる場合は1点のスコアが換算され、総合スコアでランキングを算出しています。例えば、日本はスコアが192なので、日本人がビザなしで入国できる国と地域は192あるということになります。

 

日本は2018年から4年連続で首位を維持。1位から3位に日本、シンガポール、韓国のアジア勢が並んだほか、トップ10はヨーロッパの国々で占められていることがわかります。

 

ところで、このパスポートランキングは一時的な入国制限などを考慮していません。パスポートランキングで上位だからといって、コロナ禍のもとではパスポートだけで渡航できる国はほとんどないでしょう。

 

例えば、アメリカ合衆国は2021年11月8日から、18歳以上のすべての外国人の入国に新型コロナウイルスのワクチン接種完了と陰性証明を義務付けています。イギリス(イングランドのみ)は同年10月4日から、対象国の感染状況によって「レッドリスト」または「レッドリスト以外」に分類するシステムを採用していると同時に、ワクチン接種の有無によっても渡航手続きが変わります。フランスは渡航者の出発地を感染状況に応じて3つのカテゴリー(緑・オレンジ・赤)に分類し、異なる規制を実施しています(※)。

 

日本のパスポートは“世界最強”ですが、個人のワクチンパスポートはまた別の話。しばらく注意が必要そうです。

 

※各国の入国規制は2021年11月8日時点での情報です。

コロナ禍の米国で不可欠になった「緊急事態向け通信ネットワーク」とは?

アメリカでは在宅勤務の拡大により、通信速度の遅れや緊急電話がつながらないという事例が頻繁に発生しています。そんな中で重要性を増しているのが、警察や消防士といったファーストレスポンダー(第一応答者)向けの通信ネットワーク「FirstNet」。2021年からFBIも使用しており、通信速度が速く機密性も高いサービスとして定着しつつあります。どのような通信ネットワークなのでしょうか?

↑警察や消防士、救急医といったファーストレスポンダーにとって通信トラブルは致命的になり得る

 

FirstNetは、主に治安や人命救助に関わるファーストレスポンダーのために設計されたネットワークシステムです。緊急時におけるファーストレスポンダーの通信ネットワークを最速化かつ最適化するために、米国商務省内の独立機関であるFirst Responder Network Authority と大手通信会社のA&Tが、全米規模の通信ネットワークとして2017年から整備を始めました。

 

警察や救急隊員のコミュニケーションは緊急性を要することが多いですが、自然災害やテロ攻撃に見舞われた場合、携帯電話の通信はすぐにアクセス過多の状態になり、ファーストレスポンダーの行動や判断に悪影響を及ぼします。また、コロナ禍でリモートワークが広がった結果、通信速度の遅れやトラブルが増加。このような状況から、ファーストレスポンダー向けの通信システムの構築が求められていました。

 

FirstNetの特徴のひとつは、主な周波数が700MHz帯であること。2012年、米国議会はスペクトル法を可決しましたが、この法律は「バンド14」と呼ばれる700MHzの周波数帯の中で特に良いとされる20MHzを緊急通信専用に確保・使用することを目的としています。700MHzの最大の利点は、壁などを通過できる低帯域の電波を利用することにより、場所や障害物に関係なく、どこでも通信できるということ。電波障害を最小限に抑えられ、災害時においても閉ざされた環境でスムーズな通信が可能です。現時点でFirstNetはバンド14の基準を満たす唯一の通信サービスとして、世界中のどの次世代高速通信回線よりも優れていると言われています。

 

また、FirstNetのもうひとつの特徴として「Z-Axis」が挙げられます。これは従来の2次元のGPS位置情報に加えて、「垂直軸」の3次元位置情報を見ることを可能にした機能です。例えば、ビル火災などで助けを求める人が911をした場合、従来のGPS機能では、2次元の地図情報だけを頼りに通報者を追跡していました。しかし、Z-Axisを使えば3次元の位置情報により、ビルの場所に加えて、通報者がビルの何階にいるのかまでを把握することができるようになりました。また、ファーストレスポンダーの二次災害リスクの軽減にもつながるでしょう。2021年10月現在、Z-Axisはシカゴ、ダラス、デトロイト、ロサンゼルス、フィラデルフィア、サンフランシスコなど、米国内の105以上の都市で利用可能です。

 

そんなZ-Axisを搭載したFirstNetは、連邦政府や州政府、地方自治体など1万7000以上の機関が導入していますが、そのサービス速度や機密性の高さから、2020年12月にはFBI(アメリカ連邦捜査局)が5年間で合計9200万ドル(約104億円※)の契約をFirstNetと結び、2021年から使っています。

※1ドル=約113円で換算(2021年11月8日時点)

 

さらにアメリカ空軍は2021年10月より、15基地において今後21年間、同サービスを利用することを決定。これにより、空軍基地では音声やデータ、ストリーミングビデオ通信、既存無線設備の相互運用が実施されることになるうえ、基地内のファーストレスポンダーと地域の公共安全機関の間で交わす通信も、より安全かつ高速で行えるようになります。

 

ファーストレスポンダーが有事の際、機敏に対応できる専用ネットワークの確立は、リモートワークが普及した現代社会に不可欠です。日本でもFirstNetのようなネットワークは議論されており、今後の通信インフラ整備において重要性を増していくかもしれません。

 

あっという間に手続きが完了! イギリスのモバイル料金事情

日本では2021年10月からキャリアがSIMロックをかけることが原則禁止になりましたが、イギリスでは以前からSIMフリーの端末が普及しています。どのような料金プランがあるのでしょうか? イギリスの通信料金を概説します。

↑イギリスの携帯電話事業者の1つボーダフォン

 

現在、イギリスには携帯電話事業者が4社、プロバイダーが12社ほどあります。申し込みはスーパーの店頭や電話、Webサイトなどで行います。サービス内容と料金プランがとてもシンプルで、登録には煩雑な手続きがないため、手続きはあっという間に終わります。筆者の経験では10分程度が最短です。電話やWebサイトでスマートフォンを購入した場合、契約翌日から1週間ほどでSIMカードとデバイスが自宅に届き、自分で設定した後すぐに使い始めることができます。

 

日本では2021年10月からキャリアがSIMロックをかけることが禁止になりましたが、イギリスではSIMフリーの端末が普及しています。イギリスの大手通信会社の1つ「Three」の料金プラン(SIMカードのみ)を見てみると、一般的な8GBが11ポンド(約1650円)ですが、ほかにもさまざまなプランがあります(以下の図を参照。1ポンド=約155円換算〔2021年11月2日時点〕)。

 

【Threeの契約プラン(12か月)】

通信容量 通話※ 月額料金
アンリミテッド(無制限) 無制限 20ポンド

(約3100円)

30GB 無制限 15ポンド

(約2320円)

12GB 無制限 13ポンド

(約2010円)

8GB 無制限 11ポンド

(約1700円)

4GB 無制限 10ポンド

(約1550円)

2GB 200分 7ポンド

(約1080円)

1GB 無制限 7ポンド

(約1080円)

 

また、イギリスには日本の交通ICカードのように、使いたい分だけチャージして使うことができる「PAY AS YOU GO」というプリペイド式の支払い方法があります。信用調査がないので、イギリスに来たばかりの人でもすぐに使い始めることができ、アプリやオンラインでチャージすることが可能。以下の表はThreeのPAY AS YOU GOプランです。

 

【ThreeのPAY AS YOU GOプラン】

通信容量 通話※ 料金
アンリミテッド 無制限 35ポンド

(約5420円)

50GB 無制限 20ポンド

(約3100円)

30GB 無制限 15ポンド

(約2320円)

12GB 無制限 10ポンド

(約1550円)

※通話はショートメッセージを含む。出典: http://www.three.co.uk

 

なお、自宅のインターネットとあわせたお得な契約プランもありますが、イギリスでは、まだ電話線として使われている銅線をインターネット配線として使用しているエリアがあり、同じ通信会社でもユーザーが住むエリアによって通信速度が変わることがあります。配線工事は常に行われており、各社が通信速度の高速化に取り組んでいますが、自宅の通信環境やWi-Fiの有無によって、スマートフォンの料金プランの選び方が変わるかもしれません。

 

以前、筆者が日本で携帯電話を購入したとき、手続きに丸一日かかった記憶がありますが、これは今日のイギリスではほとんど見られません。手続きの簡略化や、PAY AS YOU GOを含めた幅広い契約プランの存在がイギリスと日本の主な違いといえそうです。

 

筆者/ukihaddy

生物進化論が示す「男性より女性のほうが寒がり」なワケ

冷房や暖房の温度設定で夫婦ゲンカが勃発……。家庭の事情や性格の違いはさておき、その一因として、女性は寒がりで男性は暑がりということが挙げられます。実は、この性別による温度の感じ方の違いは人間に限った話ではありません。鳥類にも同じ傾向があり、メスは進化上の理由で寒がりになったようです。

↑進化して寒がりになった?

 

メスは寒がりで、オスは暑がり。人間と同じように、鳥類のそんな傾向を突き止めたのは、イスラエルのテルアビブ大学でコウモリの研究を行っているレビン博士です。博士は、コウモリが繁殖期になるとメスとオスが別れ、メスは温暖な地域で出産し子育てを行う一方、オスは涼しい場所に生息することを発見しました。

 

このことに興味を持ったレビン博士は同じような研究論文を探したところ、コウモリ以外でも、多くの鳥類や哺乳類で同じような傾向が観察されていることがわかったのです。

 

そこで今度は、1981年から2018年の約40年間でイスラエルで収集した情報を参考に、13種類の渡り鳥と18種類のコウモリ、合計1万1000羽以上について個体調査を実施しました。

 

その結果、観察を行った鳥類とコウモリの全般で、オスがメスより低い温度の場所を好んでいることが明らかとなったのです。しかも繁殖期にメスとオスが別で生活するのは、この気温の好みの違いが原因だといいます。

 

女性が寒がりなのは、人間に特有のことではなく、鳥類でも同じような傾向が見られるとわかった今回の研究。この結果を発表した研究チームは、メスが寒がりになった理由について次のように推測しています。

 

「メスとオスで好む温度が異なることで、繁殖期に別々に行動するようになります。オスは弱い子どもを攻撃する可能性がありますが、子育て中のメスがオスと分離されれば、そのようなリスクが軽減され、さらに食べ物などをめぐった争いが少なくなるでしょう。また哺乳類のメスは、体温調節機能が不十分な子どもを自分の体温で守らなければならないため、温暖な気候を好むようになったのではないかと考えられます」

 

つまり、進化の過程でメスは子どもを守るために、オスと異なる温度を好むようになっていったのではないかということ。エアコンの温度設定で見られるような人間の男女間の温度感覚の違いには、このような理由もあるのかもしれません。

 

【出典】Magory Cohen, T.,  Kiat, Y.,  Sharon, H., &  Levin, E. (2021).  An alternative hypothesis for the evolution of sexual segregation in endotherms. Global Ecology and Biogeography,  00,  1– 11. https://doi.org/10.1111/geb.13393

まるで弓だ!「タツノオトシゴ」の瞬殺技のメカニズムが明らかに

タツノオトシゴといえば、水族館などで水の中にプカプカと浮いている姿をイメージする人が多いのではないでしょうか? ほとんど前に進まないその泳ぎはとても遅く、泳ぎ下手な魚として知られています。しかし、そんなタツノオトシゴが、目にも止まらぬ速さのスゴ技を持っていることがわかりました。

↑身体の使い方が独特なタツノオトシゴ

 

タツノオトシゴを調査しているイスラエルのテルアビブ大学の研究チームによると、タツノオトシゴは一日のほとんどの時間を、海藻やサンゴの近くで過ごすとのこと。尾を海藻やサンゴに絡みつけて固定させ、頭を下方向に向けた状態にし、自分の頭上を獲物が通ると、それを素早く捕まえるのです。このとき、タツノオトシゴは頭を素早く起こしますが、その動作は、動きの遅いタツノオトシゴのものとは考えられないほど、目にも止まらぬ速さなのです。

 

そこで、先行研究では詳しく解明されてこなかった、タツノオトシゴがどのように獲物を捕まえて食べているのかを、同研究チームは詳しく調べることにしました。

 

研究チームが使ったのは、1秒間に4000コマを撮影できるハイスピードカメラと、水の流れをレーザーで画像化するシステムです。これらを使い、タツノオトシゴが獲物を捕まえる様子を撮影し、その動きを定量的に分析しました。

 

その結果、タツノオトシゴは捕食するとき、身体がバネのようになることが判明。彼らは背中の筋肉を使って柔らかい腱を伸ばし、首の骨を「引き金」にして頭を動かしていたのです。そのスピードはわずか0.002秒。この一連の動きはクロスボウ(弓の一種)のようだ、と同研究チームは述べています。

 

しかも、この素早い動きに伴い、強い水の流れが発生していました。同じ大きさの魚に比べると10倍の速さの水流が生じ、それによって獲物がタツノオトシゴの口元に流れ込みやすくなっていることも判明。さらに、頭を動かす速さと水流の強さは、タツノオトシゴの鼻の長さによって決まることもわかりました。次の通りです。

 

・鼻が短ければ、強い水流は強くなるが、頭を動かす早さは中程度になる。

・鼻が長ければ、水流の強さは中程度になるが、頭を素早く起こせる。

 

タツノオトシゴは種類によって鼻の長さが異なりますが、進化の過程で、よく捕まえる獲物の大きさや特徴に合わせて鼻の長さが変化していったのではないかと考えられます。

 

普段はのんびり海の中で過ごしているように見えるタツノオトシゴですが、いざとなれば弓のように俊敏に身体を動かしていることがわかりました。能ある鷹は爪を隠すとは、このことでしょう。

 

【出典】Corrine Avidan, Roi Holzman; Elastic energy storage in seahorses leads to a unique suction flow dynamics compared with other actinopterygians. J Exp Biol 1 September 2021; 224 (17): jeb236430. doi: https://doi.org/10.1242/jeb.236430

なぜ「プリペイド」が人気? ドイツのモバイル料金事情

日本では、2021年10月1日からSIMロックが原則廃止されました。海外に目を向けると、SIMロックの適用や規制は国によって異なるようですが、ドイツでは以前からSIMフリーが一般的。1つのキャリアに縛られず、自分の携帯電話の使用状況に合わせてプランを探せるのは、節約好きなドイツ人の国民性にピッタリですが、実際には、どのような料金プランがあるのでしょうか?

 

スーパー独自のプリペが安い

↑スマホの契約はシンプルに

 

ドイツでは、携帯電話料金のプランは「契約」と「プリペイド」に分けられ、日本と異なり、プリペイド式携帯の使用率が高いことが特徴です。ある調査によると、2020年時点で携帯電話会社との契約の割合が75.9%、プリペイドの使用が24.1%とのこと。日本でプリペイド式は普及していませんが、ドイツではプリペイドカードがリーズナブルなうえ、スーパーなどで手軽に購入できます。

 

ドイツでもSIMロックのスマートフォンは販売されており、2年契約の縛りがありますが、プリペイドの利点は自分が必要なときに必要な分だけカードを購入することができること。Wi-Fiが普及した今日、SIMフリーの携帯電話が一般的に使われているドイツでは、プリペイド式のほうがお得になることがあります。

 

ドイツでは、携帯プリペイドカードが至るところで購入可能。携帯ショップや家電量販店ではもちろん、スーパーやドラックストア、郵便局、キオスク(コンビニ)などでも簡単に購入することができます。MVNO(仮想移動体通信事業者)が提供する格安SIMプリペイドについては、大手スーパーなどが自社ブランドのカードを販売していることが注目すべき点。各スーパーが価格やスペックを競い合っており、店内の冷蔵コーナーの横などにプリペイドカードが陳列されているのは、日本ではほとんど見ない光景です。

 

ドイツの大手携帯電話事業者は、ドイツ・テレコム、ボーダフォン、オーツーの3社で、日本のNTTドコモやソフトバンク、auにあたります。大手キャリアでは携帯電話契約プランとプリペイドプランの両方が販売されている一方、それ以外では格安SIM料金が特徴のMVNOがプリペイドプランで人気を集めています。

 

ドイツの携帯契約料金形態は、基本的に「通話し放題」と「インターネット通信容量」によって価格が変わります。この点はプリペイドプランでも同様。例として、大手ドイツ・テレコムと、ドイツ国内スーパーのカウフランドが提供する格安SIMの料金プランを挙げてみます(1ユーロ=約133円で換算〔2021年10月21日時点〕)。

 

ドイツ・テレコムの場合

契約プラン

6GB 12GB 24GB
39.95ユーロ

(約5300円)

49.95ユーロ

(約6630円)

59.95ユーロ

(約7960円)

 

プリペイドプラン

2GB 3GB 5GB
9.95ユーロ

(約1320円)

14.95ユーロ

(約1985円)

24.95ユーロ

(約3310円)

(出典:ドイツ・テレコムサイト)

 

カウフランドの格安SIMの場合

プリペイドプランのみ

3GB 6GB 12GB
7.99ユーロ

(約1060円)

12.99ユーロ

(約1725円)

19.99ユーロ※

(約2650円)

※利用データ量が12GBを超えた場合、請求月末まで通信速度が低速化する

 

プリペイドがお得なユーザーは?

↑ドイツのスーパーでは、さまざまなプリペイドカードが陳列されている

 

上記の料金一例を見ると、データ容量の少ないプランの場合、月々の料金はプリペイドのほうが割安になることがわかります。どのようなタイプのユーザーにプリペイドが好まれるのかといえば、ドイツでは次の2つが挙げられます。

 

・ビジネス用の携帯とは別にプライベートで携帯を使用する場合
・在宅ワークやWi-Fi環境にいることが多い場合

 

一般的にプリペイドにも無制限の通話が付帯されているので、インターネットをあまり使用しなければ、費用とデータ量が少ないプリペイドで十分といえます。出張や外出が少ないユーザーの場合、自宅のWi-Fiを使えば、プリペイドの制限を気にすることなく、スマートフォンを使用できるでしょう。

 

ドイツで携帯電話を新規購入する人や現在の契約から変更しようとする人は、何を基準にプリペイドを選ぶのでしょうか? プリペイドのメリットとデメリットを挙げてみます。

 

【プリペイドのメリット】
・月々のインターネット料金を節約できる

・年間契約がない

・子どもに持たせる携帯電話の使用を制限できる

 

【プリペイドのデメリット】
・事前払いでしか購入できない

・翌月分のチャージを忘れてしまいがち(一般的にプリペイドはチャージ式です)

・海外での通話料金(EU圏外の場合)やローミングが高い(契約プランの場合、海外でもEU圏内同様に使用できるオプションがある)

 

3つ目のデメリットで「海外での通話料金」を「EU圏外の場合」と補足していますが、そこにはヨーロッパならではの理由があります。

 

EU圏内ならローミング料金が不要

2017年6月、EU圏内であれば、ローミング料金を追加することなく携帯電話を使うことができるようになりました。この法案はプリペイドにも適用されており、ヨーロッパの通信事情に大きな変化をもたらしました。

 

他国と陸続きで隣り合わせのヨーロッパでは、旅行や仕事ではもちろん、国境近くに住んでいる人の中には、隣国にちょっと買い物に出かけたり、学校に通ったりしている人がいます。しかし、ローミングがオンのままになっていることに気づかずに、自国以外で携帯電話を使用してしまうと、帰国後に多額の料金を請求されてしまうことがありました。これが2017年の法案によって廃止されたうえ、EU圏外でも料金を気にすることなく使用できるようになったのです。

 

もともとこの法案では、ローミング料金が2022年までに段階的に引き下げられる計画でしたが、2021年2月、EUはさらに10年間延長する意向を発表。この制度はさらなる改善が期待されていますが、ドイツ人を含め、EU圏内を行き来する人にとっては目の離せないテーマです。

 

日本と異なり、プリペイドプランが普及しているドイツ。EU圏内だけでなく圏外でもローミング料金がかからなくなるなど、スマートフォンの使用料金は今後さらに節約できそうです。

海外で話題沸騰中の「Profee(プロフィー)」とは?

コーヒーにココナッツオイルを加えた「ココナッツオイルコーヒー」、グラスフェッドバターを加えた「バターコーヒー」など、コーヒーにはさまざまな飲み方がありますが、最近、海外で注目を集めているのが「プロフィー」です。「朝食や運動前に最適」と話題を集めていますが、どんなものなのでしょうか?

↑TikTokに投稿された「Proffee」投稿の一例

 

プロフィーとは、「プロテイン」と「コーヒー」を組み合わせた言葉で、プロテイン入りコーヒーのこと。TikTokの海外ユーザーを中心に2021年春頃から口コミで広がり、2021年10月19日時点で「#proffee」のハッシュタグの視聴回数は450万回、「#proteincoffee」は3000万回以上にもなっているのです。

 

プロフィーの作り方は、ブラックコーヒーにドリンクタイプまたは粉末のプロテインを混ぜるだけ。最もベーシックなプロフィーはアイスコーヒーを使うようですが、エスプレッソにしたり、お好みでシロップなどを使って甘味を足したりしてもいいでしょう。

 

このプロフィー人気の秘密はもちろん、身体に必要な栄養を簡単に取れること。日本語で「タンパク質」を指す英語のプロテイン(protein)は、筋肉を増やしたり健康を維持したりするために必要不可欠な栄養素で、その摂取は一日の始まりである朝が一番良いと言われています。だから、コーヒーのカフェインで眠気を覚まし集中力を高めながら、同時にプロテインでタンパク質を取ることができるとあって、プロフィーは朝の1杯にピッタリというわけです。

 

また、プロフィーは運動前に飲むドリンクとしても最適とか。学術誌『Nutrients』に掲載された研究によると、活動的な人がカフェインとタンパク質を摂取すると、高強度の運動でパフォーマンスが上がることが報告されたとのこと(※)。運動前にカフェインを摂取すると、身体が疲れにくくなったり、脂肪燃焼効果が高まったりするとされる一方、プロテインは運動前に飲むと筋肉が分解されるのを防ぐため、筋肉アップにつながるそう。そこで、カフェインとプロテインの2つを同時に摂取できるプロフィーは、運動前の1杯として勧められているのです。

 

普段コーヒーにミルクや砂糖を入れて飲む方は、それらをプロテインに変えると、ミルクと砂糖の摂取量を減らせるメリットがあるでしょう。朝食にタンパク質を摂取すると、体重管理や減量に役立つという見方もあります。

 

一長一短

その反面、プロテイン(特に人工的なもの)の過剰摂取は腎臓を悪くすると指摘されています。消化不良や頭痛、吐き気などを引き起こすリスクも無視できません。さらに、糖分がプラスされたプロテインは避けるべきでしょう。大豆や乳製品由来の天然の糖分が含まれているプロテイン製品がありますが、これに糖分が添加されていると、不必要なカロリー摂取につながります。適切な摂取量は体重などによって異なるため、プロテイン製品のパッケージに記載されている目安量を守ることが大切です。

 

爆発的に増えたプロフィーのSNS投稿は、たくましい筋肉の象徴になっているようですが、流行に乗る前にプロテインの長所と短所を客観的に評価することをお忘れなく。

 

※Forbes, S. C., Candow, D. G., Smith-Ryan, A. E., Hirsch, K. R., Roberts, M. D., VanDusseldorp, T. A., Stratton, M. T., Kaviani, M., & Little, J. P. (2020). Supplements and Nutritional Interventions to Augment High-Intensity Interval Training Physiological and Performance Adaptations-A Narrative Review. Nutrients, 12(2), 390. https://doi.org/10.3390/nu12020390 

日中に屋外で過ごすほど健康になる! オーストラリアの大学の研究

運動の秋が到来しました。公園で散歩したり、スポーツをしたり、ヨガをしたり。秋は外で身体を動かしやすい季節ですが、最近行われた大規模な定量調査で、日中に屋外で過ごす時間は、睡眠の改善やうつ病のリスクの低下につながることがわかりました。

↑さあ、日光を全身で浴びよう!

 

日中は明るく、夜は暗くなることで、私たちは自然と昼夜の区別をしています。しかし現代の生活では、夜眠る直前までPCやスマホのブルーライトを浴びている人が多く、そのような夜間における光の照射が身体に悪影響を及ぼすことは近年よく知られるようになりました。しかし、日中に光を浴びることの効果は科学的に明らかにされていないことが多くあります。

 

そこで、オーストラリアのモナッシュ大学で睡眠の研究を行っている心理学者のチームが、日光が人間の健康に与える影響について調査を行うことにしました。

 

この研究チームでは、イギリスの調査機関「UKバイオバンク」と協力して、40万人以上の成年のイギリス人を対象に、屋外での過ごし方、そのときの気分や服用している薬などについて質問を行いました。

 

やっぱり外は気持ちがいい

その結果、イギリスの成人は屋外で1日平均2.5時間を過ごし、朝型の人は夜型の人よりも、屋外で過ごす時間が長いことがわかりました。さらに日中に屋外で過ごす時間が1時間増えるごとに、うつ病の発生率と抗うつ剤使用量が下がり、幸福感が増し、朝の目覚めやすさや疲れにくさが改善されていることもわかったのです。

 

日中に屋外で日光を浴びることは、心身に良い影響を与える。このことは多くの人が実感していることですが、今回の大規模調査の意義は、日中に屋外で過ごす時間が増えるごとに、うつ病にかかるリスクが下がり、幸福感や睡眠の質が上がるということが客観的にわかったことでしょう。

 

この論文で、「現代の生活では、昼夜の区別が曖昧になっている」と書かれているように、太陽の光を浴びる時間が減り、起きている時間のほとんどを人工的な照明のもとで過ごしている人が多いかもしれません。しかし、光は睡眠を促すメラトニンを抑制する働きがあるため、本来なら暗くなる夜間に多くの光を浴びると、睡眠が乱れることになってしまいます。このような睡眠サイクルの乱れが、幸福感の減少やうつ病発症のリスクなどにつながるのでしょう。

 

もしも「最近気分が落ち込みがち」「よく眠れない」と感じたら、それは日中に太陽の光を十分浴びていないことが関係しているのかも……。夜は強い光をできるだけ避け、仕事をしている平日であっても、昼休みには積極的に外に出るなど、意識して外出することがいいのかもしれません。

 

【出典】Angus C. Burns, Richa Saxena, et al. (2021). Time spent in outdoor light is associated with mood, sleep, and circadian rhythm-related outcomes: A cross-sectional and longitudinal study in over 400,000 UK Biobank participants, Journal of Affective Disorders, 295, 347-352. https://doi.org/10.1016/j.jad.2021.08.056 

 

 

50mプール4億杯分の岩石とガス! 40億年前の火星で「スーパー噴火」が起きていた

遠い昔、火星では火山の噴火が起きていましたが、最近のNASAの調査で、そこでは「スーパー噴火」が数千回も起きていたことが明らかになりました。一体これはどのような噴火なのでしょうか?

↑火星の「アラビア大陸」に残されたクレーター(画像提供/NASA・JPL-Caltech・University of Arizona)

 

火星には多くの火山があり、その中には太陽系で最大規模のオリンポス火山があります。ハワイ島にあるマウナロアは地球上で最も大きな火山で、標高4000m以上、基底での直径は100kmほど。それに対して、火星のオリンポス火山は標高25000m、直径は約700kmに及びます。ただし火星には多くの火山がありますが、いずれも10億年以上前に活動をやめた死火山です。

 

NASAのゴダード宇宙飛行センターに所属する地質学者たちが、そんな火星の北部にあるアラビア大陸の地形や鉱物の組成を調べたところ、過去にスーパー噴火が何千回も起きていたことがわかりました。

 

スーパー噴火(英語で「supereruption」)は、日本語では「破局噴火」とも呼ばれています。スーパー噴火は、大気中に大量の塵、二酸化硫黄などの有毒ガスを放出。それらの塵やガスによって太陽光が遮られて寒くなるなど、この規模の噴火はその後の惑星の気候を変化させるほど大きな影響を及ぼします。

 

もともとこの地帯には、クレーターのような窪みがあり、当初この窪みは小惑星が火星に衝突したことで生まれたと考えられていました。しかし2013年の研究で、この窪みは火山によるカルデラ(火山活動でできる円形または楕円形の凹地)である可能性が指摘されたのです。

 

そこで、この地質学者のチームは、火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」(MRO)が撮影した画像とアラビア大陸の3D地図を使って、火山灰を調査。画像から地表にある鉱物を特定し、そのデータをアラビア大陸の3D地図に重ね合わせていきました。彼らはこうして、およそ40億年前にスーパー噴火が何千回も繰り返し起きていたことを突き止めたのです。

 

このスーパー噴火では、50mプール4億杯分もの量の溶解した岩石とガスが地表に吹き出したそう。火星でのスーパー噴火はアラビア大陸に集中していたようですが、なぜそうなったのかなど、まだ火星の噴火に関する疑問は数多く残されています。

 

【出典】Whelley, P., Matiella Novak, A., Richardson, J., Bleacher, J., Mach, K., & Smith, R. N. (2021). Stratigraphic evidence for early martian explosive volcanism in Arabia Terra. Geophysical Research Letters, 48, e2021GL094109. https://doi.org/10.1029/2021GL094109

「ロックダウン優秀国」ニュージーランドをさらに魅力的にする2つの家具

在宅勤務が広がり、自宅の家具を見直す人が世界中で増えています。「ロックダウン(都市封鎖)優秀国」と呼ばれるニュージーランドでは、組み立て式移動型デスクとマットレスが大人気とか。一体どんなアイテムなのでしょうか?

 

ノマドワーカーに人気の組み立て式移動型デスク

組み立て式移動型デスクの「Work From Home Desks」は、もともとニュージーランドでイベント事業を手掛けていた企業が開発しました。新型コロナウイルスの影響で従来の事業の先行きが危ぶまれ、新たなプロジェクトを始める必要に迫られた同社は、リモートワーカーをターゲットにしたデスクを開発しました。コロナ禍で「家の中で場所を問わず、快適な仕事環境を整えたい」というニーズが高まっていたからです。

 

また、一般的にニュージーランド人はワークライフバランスを重視し、スポーツやアウトドア活動が好きです。この組み立て式移動型デスクは、キャンピングカーなどの中でも使えることもあり、リモートワーカーだけでなく、ノマドワーカーからも注目されています。

↑「Work From Home Desks」を使って、こんなふうに働けたら

 

Work From Home Desksは、機能性や利便性の高さが特徴。人間工学に基づきながら、立ち作業と座り作業がすぐに切り替えられるように設計されています。コンパクトに折り畳めるうえ、持ち運びも簡単。それだけでなく、多くのユーザーは「耐久性も良い!」と評価しています。また、自然を連想させるために、素材にはニュージーランドの天然白樺を使っています。

 

価格はスタンダードタイプが902NZドル(約7万3000円※)、イスやバンドル付きのアッパータイプが1422 NZドル(約11万4000円)。家具なので値が張りますが、その価値は十分ありそうです。

※1NZドル=約80円(2021年10月15日時点)で換算

 

睡眠の質を高めるマットレス

↑ニュージーランドで人気沸騰中の「Ecosa Topper」(画像提供/Ecosa)

 

ロックダウンという未曽有の出来事は、世界各国で多くの人に精神的なストレスを与え、その影響は睡眠にも及んでいます。ニュージーランドも例外ではなく、「睡眠の質が低下している」と感じている人が少なくない模様。当然ながら「睡眠環境を改善したい」というニーズが高まっています。

 

そんな中で人気を集めているのが、隣国オーストラリアのEcosa社が製造するシートマットの「Ecosa Topper」。高い通気性と冷たい感触のジェルが組み込まれた素材をマットに用いていることが特徴。「ジェル・メモリーフォーム」と呼ばれる素材が柔らかい感触を与えると同時に、マットがユーザーの身体にフィットするようになっています。

 

同製品のユーザーによるレビューを見てみると、「ベッドを新たに買うよりも遥かにコストを抑えられる」という声が目立ちます。価格は384NZドル(約3万1000円)〜と確かに経済的です。

 

また、寝具の良さを体感するためには、3か月程度の期間が必要だと一般的に言われています。同社はそのようなニーズに応えるために、購入から3か月以内であれば無料で返品することが可能。ロックダウン中はベッドの寝心地を直接店舗で試せないこともあり、ユーザー視点に立ったこのような対応も好評な理由と言えるでしょう。

 

「コロナリスクの低い国」として注目を集めているニュージーランドでは、欧州各国やオーストラリアなどから帰国する人や、投資目的で海外から移住する人が増加しています。本稿で取り上げたようなデスクやマットレスが、コロナ禍でも彼らの生産性と幸福感を高めているかもしれません。

カゴメの“野菜のテーマパーク”、企業と地元を繋ぐ理想郷のような場所でした

生きものの力を借りた農業のモデルケースを目指す~カゴメ株式会社

 

トマトジュースやトマトケチャップでお馴染みのカゴメは、長野県・富士見町に「カゴメ野菜生活ファーム富士見」という“体験型野菜のテーマパーク”を2019年4月から運営しています。ここは単なる観光施設ではなく、「農業・工業・観光」の一体化をコンセプトとし、SDGsとも深く関わりを持っています。

 

ベースとなるのは3つの企業理念

同社はSDGsについてどんな考え方を持っているのでしょうか。

 

「SDGsの目標に向かって進めているというよりも、ベースになっているのは、当社の企業理念です」と話すのは、広報担当の堀江建一さんです。

↑経営企画室 広報グループ 堀江建一さん

 

「当社には“感謝”“自然”“開かれた企業”という3つの企業理念があります。創業以来、この企業理念を大切にしながら、トマトをはじめとした野菜、フルーツなど、自然の恵みを生かして事業を続けてきました。ですので、自然の恵みを生かした商品を活用しながら、いろいろな方の健康に貢献していきたいというのが根底にあります。

 

そのためには、高品質な原料を安定的に調達する必要が出てきますので、自然の保全や環境面への取り組みは、当社にとって優先度の高い課題と考え、活動してきました。さらに、食に関わる企業ですので、食に関する情報や、楽しい体験機会を提供することによって、食の大切さ、楽しさを伝えていきたいという思いもあります。例えば、1972年にスタートした『カゴメ劇場』。食の大切さや楽しさを伝えるミュージカルで、延べ364万人の観客をご招待しています(新型コロナに伴い2020年は同社 HPで動画配信、2021年はライブ配信を実施)」

↑カゴメオリジナルの子ども向け食育ミュージカル「カゴメ劇場」

 

「食」を通じて社会課題を解決

企業理念をベースに活動しているという同社は、「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる」ということを2025年のありたい姿として掲げています。

 

「当社が取り組むべき社会課題と考えているのは、“健康寿命の延伸”“農業振興・地方創生”“世界の食糧問題”の3つです。例えば、日本の野菜不足の解消を目指し、2020年1月から『野菜をとろうキャンペーン』を開始しました。野菜需要を喚起し、野菜摂取量を増やすことで“健康寿命の延伸”に貢献できると考えています。また、“共助”という考え方も大切にしており、東日本復興支援活動として農業人の育成や、『みちのく未来基金』(2011年設立)という震災遺児への進学支援も行っています。

 

昨年2月には、北海道の農業生産法人との協働で、生たまねぎやたまねぎ加工品の製造・販売を行う会社を設立いたしました。北海道壮瞥(そうべつ)町にある廃校になった中学校の校舎や敷地を、たまねぎの貯蔵庫や選果場、加工場として活用しています。たまねぎも地元の農家から仕入れています。これはまさに、“農業振興・地方創生”だと思います。今後も“カゴメのありたい姿”に向かって、社会課題解決のための活動に注力していく姿勢に変わりはありません。活動をした結果、当社の事業活動と関連するようなSDGsにも貢献できればと考えています」

 

地域への恩返しから生まれた一大プロジェクト

こうしたカゴメの考えを体現した施設が、2019年、長野県諏訪市富士見町に誕生した“野菜のテーマパーク”「カゴメ野菜生活ファーム富士見」。もともとこの地域には、主力工場の一つ「カゴメ富士見工場」が1968年から操業していました。“長年お世話になってきた富士見町に何か恩返しがしたい”と常々考えていた同社は、工場に隣接する、水田だった10ヘクタールの遊休地を有効活用できないかと、2012年ごろから町民の方々や町役場と協議。当時の農業政策も後押しとなり、約6年の月日を経て開業したのです。

↑ファースハウスでは体験したいコンテンツの確認や予約が可能。レストランも併設されている

 

↑ファームハウス内にある直営ショップ

 

カゴメ野菜生活ファーム富士見では、旬の野菜の収穫を体験することができたり、地元で生産された新鮮な野菜をふんだんに使ったメニューが並ぶイタリアンレストランや直営ショップがあります。隣には、生食用の高リコピントマトを栽培する最先端の温室や野菜の露地栽培をする農園、そして見学もできるカゴメ富士見工場があります(現在休止中。野菜生活ファーム富士見にて360°VR映像によるバーチャル工場見学を実施)。

 

「それぞれが“観光”“農業”“工業”の役割を担い、お互いに連携し、協力をしながら野菜のテーマパークを運営しています」と話すのは、カゴメ野菜生活ファーム富士見の代表取締役である河津佳子さん。

↑カゴメ野菜生活ファーム富士見 代表取締役 河津佳子さん

 

「一般のお客様にとっては、ここは野菜のテーマパークですが、当社の活動の背景には、『食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる』というありたい姿があります。同ファームは、社会課題を解決するための実践の場でもあるのです。

 

そもそも、農家の高齢化や後継者不足による遊休地問題が深刻化しているのを受け、地域の社会課題の解決に役立ちましたし、観光施設を作ることで地方創生にもつながりました。また、健康寿命の延伸に関しても、野菜の美味しさや楽しさを伝えることで、皆様の健康により貢献していくことになります」

 

生物多様性保全の取り組み

ファーム内ではどんなことが行われているのでしょうか。例えば、生物多様性保全の取り組みとしてあるのが、「生きものと共生する農場」。畑の周りに害虫の天敵が住み着くようにして、天敵に害虫を食べてもらうことで害虫を減らす農業を目指しています。

 

具体的には、ネズミを食べて退治するフクロウのための止まり木や、アオムシを食べるシジュウカラの巣箱、アブラムシを食べるてんとう虫や、クモ、トカゲの住処などを設置。一見、何かのアートのようにも見えますが、一つひとつに意味があるそうです。

↑イモムシの天敵であるドロバチが子育てに使う「竹筒マンション」

 

↑クモやトカゲの隠れ家となる「石づみハウス」

 

「何をどう設置するかは専門家と相談をして決めました。今年は新たにインセクトハウス(藁や枯れ枝、落ち葉、生活廃材を使った虫の巣箱)を設置しました。地元の小学生にも作っていただき、数か所に設置しています。

↑畑の数か所に設置されたインセクトハウス

 

昨年春に取り組みを開始したので、今はまだ多様な生物たちが住める環境を整えている段階ですが、戻りつつある生きものたちの姿を少しずつ確認できています。カゴメの商品は、自然の恵みをできるだけ損なわない、自然の恵みをそのまま生かすことを大切にしているので、自然環境の保全というのは、非常に大きな課題であると考えています。

 

さらに、クイズが書かれた看板を設置して、子どもたちが楽しみながら生物多様性の大切さを学ぶ機会作りを行うなど、こうした取り組みの重要性を多くの方に知っていただきつつ、天敵を活用した農法を農家の方たちに普及させることも目標にしています」(河津さん)

 

工場から排出される温水とCO2を活用

同施設内では、環境課題への取り組みも行われています。それが、隣の富士見工場から排出される温水とCO2の再利用です。同じく隣接している菜園では、年間を通して新鮮なトマトを収穫するため、大型の温室を使用しています。この温室の暖房用に工場から排出される温水を利用するとともに、CO2もトマトの光合成に有効利用。年間500tのトマトの生産に役立てているそうです。工場と農場が隣接しているからこそできる取り組みと言えるでしょう。

↑工場から隣接している菜園までパイプでつながれている

 

地域の人たちと二人三脚で

そして「地域に根差した施設になりたい」という思いも強く、それが随所に現れています。例えば、たくさんのひまわりで作られた“ひまわり迷路”。毎年6月には、地元の小学生や保育園、社会福祉施設のご高齢者や障がい者など、総勢100名以上で約2万粒の種を蒔くそうです。

↑地元の人たちと作る「ひまわり迷路」。子どもたちにとっても一生の思い出になりそう

 

「収穫体験用の畑に手書きの看板が30ぐらい設置されているのですが、実は、小学生たちがお礼として作ってくれた野菜クイズの看板なのです。小学生たちにとって、楽しみな行事になっているようですし、今後も子どもたちの成長に合わせ、さまざまなことにチャレンジしたいと思います」

 

また、農福連携にも力をいれているそうです。

 

「カゴメの夏限定のトマトジュースに使用する加工用のトマトを収穫するのに、地域の高齢者や障害をお持ちの方たちにお手伝いいただいています。今年も出来高で1.3t、約1万5000個を工場に出荷しました。人手が必要な私たちにとってはありがたいことですし、ご高齢の方たちにもやりがいを感じていただいています」

 

地域の人たちにとっても今やファームは欠かせない存在になっているようです。

↑周囲は八ヶ岳など広大な自然が広がっている

 

「富士見町には八ヶ岳の雄大な自然や富士見パノラマリゾート、富士見高原リゾートのような観光施設もあり、美味しい食材もたくさんあります。そして当施設においては、ブランド力や健康に関する知見、観光、農場、カゴメ富士見工場という物づくりの現場があります。野菜生活ファーム単独ではできることには限界があるので、行政や学校、近隣の観光施設などと協力し、それぞれの強みを合わせることで、さらに地域の発展に貢献できたらいいですね」(河津さん)

 

 

 

若い世代の4割は「気候変動のために子どもを持ちたくない」ことが判明

9月中旬、英デイリーメール紙が、気候変動に関する研究についての記事を掲載しました。10か国で計1万人の若者を対象に調査を行なったこの論文によると、うち4割が「気候変動を理由に、子どもを持ちたくない」と答えたとのこと。気候変動が若い世代に暗い影響を及ぼしているようです。

↑「THERE IS NO PLANET B」(プランBもプラネットBもない)というプラカードを持って、政府に迅速な行動を求める若者たち。「PLANET」は「PLAN」(計画)と「PLANET」(惑星〔地球を指す〕)の掛け詞

 

サステナビリティをテーマにしたオープンアクセスジャーナル『Lancet Planetary Health』での掲載に向けて査読が行われているこの研究は、気候変動をテーマに、心理学・児童メンタルヘルス、気候不安といった分野の専門家11人が行いました。イギリス、フィンランド、フランス、アメリカ、オーストラリア、ポルトガル、ブラジル、インド、フィリピン、ナイジェリアの各国で、16~25歳の若者各1000人(計1万人)にアンケート調査を実施。

 

その結果、全体の約6割が、気候変動に対して「極度に心配している」「非常に心配している」と答えていました。「そこそこ心配している」と答えた人も含めると、全体の84%が「気候変動が心配である」と考えているのです。

 

また、気候変動を理由に「未来は恐ろしい」と考える人の割合が75%に上りました。国別にみると、フィリピンが最も高く、92%が「恐ろしい」と回答。ほかにはブラジルで86%、ポルトガルで81%が同様に述べていました。

 

さらに「将来、子どもを持つことをためらう」と答えた人は全体の39%。ブラジルでは48%、フィリピンでは47%と、半数近くがそのように思っていました。気候変動のため未来に希望を持てない若者が多い模様です。

 

このままでは、お先真っ暗

気候変動における政府の対応について、回答者の65%が「若者を裏切っている」と述べており、さらに「取り組みの影響について嘘をついている」と答えた人が64%いました。否定的な考えが多数を占める結果。

 

「自分、地球、未来の子どもたちを守ってくれると思う」という意見は33%にとどまり、「政府は信用できる」という意見も31%という低い結果に終わりました。今回調査の対象となった国には、イギリス、フィンランド、フランスなど、地球環境への意識が高い国が含まれていますが、それらの国でも若者の間では、政府の対応に不満を持っている人が多数を占めているようです。

 

これらの結果は、若い世代で気候変動に対する恐怖や危機感が広がっており、その不安は政府の対応に結びついている可能性があるということを示しています。政府の対応が不十分であったり不誠実であったりすると、若者は自分たちが裏切られたと感じることがあり、それに対するストレスや不安が増大しているようです。

 

この調査を行った専門家たちは、このようなストレスは健康にも影響を及ぼしかねないため、研究を進めると同時に、政府の誠実な対応も必要だと指摘しています。

 

【出典】Marks, Elizabeth and Hickman, Caroline and Pihkala, Panu and Clayton, Susan and Lewandowski, Eric R. and Mayall, Elouise E. and Wray, Britt and Mellor, Catriona and van Susteren, Lise, Young People’s Voices on Climate Anxiety, Government Betrayal and Moral Injury: A Global Phenomenon. Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3918955 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3918955

実に紳士的! キリンが「フェアプレー精神」を持っていることが判明

キリン同士が戦うとき、彼らは長い首を強くぶつけ合います。イギリスの研究チームが、そんなキリンの行動を観察したところ、キリンの若いオス同士が行う「スパーリング」と呼ばれる戦いでフェアプレーが見られることを発見しました。

↑スパーリングをするならフェアプレーで

 

キリン同士は、長い首を大きく振って、頭を激しく相手に打ちつけて戦います。これは、群れのヒエラルキーを決めたり、メスを巡って争ったりするときに、主に若いオス同士が行いますが、その中には、専門家の間で「スパーリング」と呼ばれる行為もあります。

 

このスパーリングは1958年に初めて報告されましたが、定量的な調査はまだほとんど行われていません。「これは真剣勝負なのか? それとも練習や遊びなのか?」 という区別も明確ではないそう。

 

そこで、英国・マンチェスター大学の研究チームが、南アフリカのモガラクエナ川保護区で、2016年11月から2017年5月までの約半年間にわたりキリンの観察を行い、スパーリングの頻度、時間、強度、その後の影響などについて記録しました。その結果、スパーリングには興味深い特徴が3つ見られたのです。

 

1: 体格と年齢が近い相手とスパーリングする

身体の大きさが違うキリン同士の戦いでは、小さいほうが不利になるもの。しかしキリンのスパーリングでは、体格と年齢が近い相手を選んで行っていることがわかりました。

 

2: 右利き・左利きを考慮する

キリンには首を左右のどちらに振るか好みがあるようで、右利きと左利きのキリンがいることがわかりました。スパーリングでは、2頭が頭と頭で向き合う体勢をとるか、一方の頭ともう一方の尾が向き合う体勢のどちらかを取りますが、体勢を選ぶ際、2頭は相手の利き手を考慮しているようです。つまり、キリンは相手に取って不利となるサイド(利き手でない側)を攻撃しないように、お互いの体勢を取っていたのです。

 

3: 相手にケガをさせない

キリン同士による本気の戦いでは、頭上にあるコブのような角を相手に刺すこともあり、激しい闘いで角が折れたり身体にダメージを負ったりする場合があります。しかし、若いオス同士のスパーリングでは、ケガをするキリンはいませんでした。

 

これらの特徴から、同研究チームは、スパーリングの目的は真剣勝負ではなく、フェアプレーの精神で自分の戦闘能力を試すことにあると述べています。練習や遊びに近いと言えるでしょう。

 

キリンのスパーリングについては、明らかにされていない部分がまだありますが、今回の研究結果は、キリンの間にはマナーがあり、キリンは実にスマートな動物であることを示しています。

 

【出典】Granweiler, J.,  Thorley, J., &  Rotics, S.  Sparring dynamics and individual laterality in male South African giraffes. Ethology.  2021: 127;  651– 660. https://doi.org/10.1111/eth.13199

電気自動車へのシフトにジレンマ! 増えすぎているクルマに英国民がウンザリ

2020年11月、イギリス政府は、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を終わらせ、ゼロエミッションカー(二酸化炭素や排気ガス、環境汚染物質を排出しないクルマ)に切り替える計画を発表しました。充電スポットの拡充や、多くの人がより安く購入できるような多額の投資を行っていくとのことでしたが、その発表から1年が経とうとしている現在、「この政策では環境問題を解決できないのではないか?」という懐疑的な意見が出てきています。コロナ禍で自動車産業が直面した予想外の問題も合わせて、ゼロエミッションカーへの移行の難しさについて現地からレポートします。

↑街中の通りにも目立つ路上駐車(イギリスの地方都市郊外)

 

イギリス政府の考え

まずは、イギリス政府が念頭に置いているロードマップを見てみましょう。これは2段階に分けられます。

 

【ステップ①】2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を終了する。

【ステップ②】2035年までにすべての新車をゼロエミッションカーにする。2030年から2035年の間は、ゼロエミッションかつ長距離の走行が可能なプラグインハイブリッド車やフルハイブリッド車の販売は認められるようですが、具体的には政府と自動車業界との今後の協議で決められるとのこと。

 

計画の一部では、電気自動車の充電スポットを増やすために約13億ポンドを投入し、家庭をはじめ、主要道路や高速道路でより簡便に充電できることを目指しています。すでにイギリス政府は、14万以上の住宅用充電ポイントと、9000以上の企業スタッフ向け充電スポットの設置を援助しました。現在では、自治体や民間と協力した1万9000を超える公共充電スポットのネットワーク開発も支援しています。

 

さらに、イギリス政府はゼロまたは超低排出ガス車の購入を援助するために、約5億8200万ポンドの助成金を投じ、購入促進につなげる考え。2020年12月からはゼロエミッションカー専用のグリーンナンバープレートを導入しており、ゼロエミッションカーの社会的認知度を高めています。なお、グリーンナンバー車には安価な料金で駐車場を利用できるなどのメリットがあります。

↑イギリス政府は莫大な資金を投入して、充電スポットの拡大を図るが……

 

まさかの半導体不足

しかし、自動車業界はコロナ禍で予想外の事態に直面しました。それは現代のクルマに必須の部品である半導体の不足です。

 

コロナ禍で新車製造の工場を一時ストップし、売り上げの落ち込みを見込んだ自動車各社は、部品のオーダーを減らしました。半導体の工場は、リモートワークの普及などでIT機器の需要が急速に拡大したため、オーダーが減った自動車向け部品製造部門をIT機器部品製造に切り替えました。

 

一方で、ロックダウン(都市封鎖)といった各国の感染対策はサプライチェーンにも大きく影響。中国から北米向けの海上輸出が激増する一方で、港や工場などの現場で働く人々の動きが制限されたため、コンテナが北米の大陸内で停滞。その結果、慢性的なコンテナ不足が起こり、世界中を結ぶロジスティクスは長期的な混乱状態に陥りました。

 

半導体は、開発から資源調達、製造、納品まで、円滑なサプライチェーンが欠かせません。しかし、コロナ禍によりヒトの動きが制限されているため、自動車業界は先の見通しを立てることが難しく、IT業界と部品供給を巡り争うという状況になりました。そこに、日本国内の半導体工場で火災が起きるなどの事故が重なり、結果的に自動車業界は半導体不足になり、各自動車メーカーで新車販売が遅れることになってしまったのです。

 

半導体の工場が再開してからも、急激な需要回復に部品の調達が追い付かず、例えば、ジャガー・ランドローバーは新車の納車が1年ほど遅れる見込みだと発表しています。今回の半導体不足は、電気自動車に必要な電池やバッテリーと同じように、IT部品の安定的な調達も不可欠であることを改めて浮き彫りにしました。

 

さらに、影響は中古車市場にも及んでいます。ロックダウンで工場が閉鎖され、部品の供給も不足したことで新車の生産が滞ったため、多くの人が新車を購入できなくなりました。それでも、コロナ感染への不安からパーソナルスペースを求める人たちが増え続けているため、新車の代わりに中古車のニーズが急速に高まりました。しかし、これまで中古車を下取りして新車を購入していた人たちによる売り出しが減ったことから、中古車の供給量も不足。結果的に、中古車価格が急上昇しましたが、ディーラーは新車だけでなく、中古車の確保にも苦戦しているようです。

 

路駐がこれ以上増えていいのか?

↑増えすぎたクルマは家の前にも路上駐車している(ロンドン郊外)

 

このような暗い状況において、ゼロエミッションカーは自動車業界に明るい希望を与えているかもしれませんが、良いことばかりではありません。

 

最近のイギリスでは、「ゼロエミッションカーの購入補助などの販売促進政策は、単にクルマの数を増やすだけで、道路をさらに混雑させるのではないか?」という意見が出ています。中古車を含め、街中のクルマの数は増え続けており、路上駐車の増加が懸念されているのです。

 

イギリスには歴史のある家がたくさん残っており、クルマ社会が到来する前に建てられた古い家には駐車スペースがないため、家の前の道沿いに駐車します。路上駐車ができる場所が多いうえ、路上駐車は自動車購入時に車庫証明が不要。そのため、イギリスでは路上駐車がよく見られます。ところが、電気自動車の中には、従来のクルマより大きい車種があります。そこで「そんな電気自動車はこれまでと同じように路上駐車できるのか?」「そもそも駐車できるスペースはまだ残っているか?」と、 さまざまな議論がされていますが、ゼロエミッションカーの普及と合わせて、クルマの台数自体を減らしていく努力が必要なのは明らかです。

 

ゼロエミッションカーへの移行を加速させたら、イギリスはこのようなジレンマに陥りました。この問題は他国にも当てはまるでしょう。電気自動車にシフトするための道のりは、決して平坦ではなさそうです。

 

執筆/ukihaddy

電気自動車へのシフトにジレンマ! 増えすぎているクルマに英国民がウンザリ

2020年11月、イギリス政府は、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を終わらせ、ゼロエミッションカー(二酸化炭素や排気ガス、環境汚染物質を排出しないクルマ)に切り替える計画を発表しました。充電スポットの拡充や、多くの人がより安く購入できるような多額の投資を行っていくとのことでしたが、その発表から1年が経とうとしている現在、「この政策では環境問題を解決できないのではないか?」という懐疑的な意見が出てきています。コロナ禍で自動車産業が直面した予想外の問題も合わせて、ゼロエミッションカーへの移行の難しさについて現地からレポートします。

↑街中の通りにも目立つ路上駐車(イギリスの地方都市郊外)

 

イギリス政府の考え

まずは、イギリス政府が念頭に置いているロードマップを見てみましょう。これは2段階に分けられます。

 

【ステップ①】2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を終了する。

【ステップ②】2035年までにすべての新車をゼロエミッションカーにする。2030年から2035年の間は、ゼロエミッションかつ長距離の走行が可能なプラグインハイブリッド車やフルハイブリッド車の販売は認められるようですが、具体的には政府と自動車業界との今後の協議で決められるとのこと。

 

計画の一部では、電気自動車の充電スポットを増やすために約13億ポンドを投入し、家庭をはじめ、主要道路や高速道路でより簡便に充電できることを目指しています。すでにイギリス政府は、14万以上の住宅用充電ポイントと、9000以上の企業スタッフ向け充電スポットの設置を援助しました。現在では、自治体や民間と協力した1万9000を超える公共充電スポットのネットワーク開発も支援しています。

 

さらに、イギリス政府はゼロまたは超低排出ガス車の購入を援助するために、約5億8200万ポンドの助成金を投じ、購入促進につなげる考え。2020年12月からはゼロエミッションカー専用のグリーンナンバープレートを導入しており、ゼロエミッションカーの社会的認知度を高めています。なお、グリーンナンバー車には安価な料金で駐車場を利用できるなどのメリットがあります。

↑イギリス政府は莫大な資金を投入して、充電スポットの拡大を図るが……

 

まさかの半導体不足

しかし、自動車業界はコロナ禍で予想外の事態に直面しました。それは現代のクルマに必須の部品である半導体の不足です。

 

コロナ禍で新車製造の工場を一時ストップし、売り上げの落ち込みを見込んだ自動車各社は、部品のオーダーを減らしました。半導体の工場は、リモートワークの普及などでIT機器の需要が急速に拡大したため、オーダーが減った自動車向け部品製造部門をIT機器部品製造に切り替えました。

 

一方で、ロックダウン(都市封鎖)といった各国の感染対策はサプライチェーンにも大きく影響。中国から北米向けの海上輸出が激増する一方で、港や工場などの現場で働く人々の動きが制限されたため、コンテナが北米の大陸内で停滞。その結果、慢性的なコンテナ不足が起こり、世界中を結ぶロジスティクスは長期的な混乱状態に陥りました。

 

半導体は、開発から資源調達、製造、納品まで、円滑なサプライチェーンが欠かせません。しかし、コロナ禍によりヒトの動きが制限されているため、自動車業界は先の見通しを立てることが難しく、IT業界と部品供給を巡り争うという状況になりました。そこに、日本国内の半導体工場で火災が起きるなどの事故が重なり、結果的に自動車業界は半導体不足になり、各自動車メーカーで新車販売が遅れることになってしまったのです。

 

半導体の工場が再開してからも、急激な需要回復に部品の調達が追い付かず、例えば、ジャガー・ランドローバーは新車の納車が1年ほど遅れる見込みだと発表しています。今回の半導体不足は、電気自動車に必要な電池やバッテリーと同じように、IT部品の安定的な調達も不可欠であることを改めて浮き彫りにしました。

 

さらに、影響は中古車市場にも及んでいます。ロックダウンで工場が閉鎖され、部品の供給も不足したことで新車の生産が滞ったため、多くの人が新車を購入できなくなりました。それでも、コロナ感染への不安からパーソナルスペースを求める人たちが増え続けているため、新車の代わりに中古車のニーズが急速に高まりました。しかし、これまで中古車を下取りして新車を購入していた人たちによる売り出しが減ったことから、中古車の供給量も不足。結果的に、中古車価格が急上昇しましたが、ディーラーは新車だけでなく、中古車の確保にも苦戦しているようです。

 

路駐がこれ以上増えていいのか?

↑増えすぎたクルマは家の前にも路上駐車している(ロンドン郊外)

 

このような暗い状況において、ゼロエミッションカーは自動車業界に明るい希望を与えているかもしれませんが、良いことばかりではありません。

 

最近のイギリスでは、「ゼロエミッションカーの購入補助などの販売促進政策は、単にクルマの数を増やすだけで、道路をさらに混雑させるのではないか?」という意見が出ています。中古車を含め、街中のクルマの数は増え続けており、路上駐車の増加が懸念されているのです。

 

イギリスには歴史のある家がたくさん残っており、クルマ社会が到来する前に建てられた古い家には駐車スペースがないため、家の前の道沿いに駐車します。路上駐車ができる場所が多いうえ、路上駐車は自動車購入時に車庫証明が不要。そのため、イギリスでは路上駐車がよく見られます。ところが、電気自動車の中には、従来のクルマより大きい車種があります。そこで「そんな電気自動車はこれまでと同じように路上駐車できるのか?」「そもそも駐車できるスペースはまだ残っているか?」と、 さまざまな議論がされていますが、ゼロエミッションカーの普及と合わせて、クルマの台数自体を減らしていく努力が必要なのは明らかです。

 

ゼロエミッションカーへの移行を加速させたら、イギリスはこのようなジレンマに陥りました。この問題は他国にも当てはまるでしょう。電気自動車にシフトするための道のりは、決して平坦ではなさそうです。

 

執筆/ukihaddy

「住宅ブーム」に乗れない若い世代に立ちはだかる「ニンビー」の壁

昨今、世界中で住宅価格が高騰しています。イギリスでも家を購入する人がこの1年間で著しく増え、住宅価格はロンドンだけでなく、地方都市でも高騰し、国中で値上がりを続けています。その原因と影響は?

↑憧れのロンドンに住む日はいつになるやら……

 

免税政策が住宅購入を後押し

イギリス政府は、コロナ禍による不動産マーケットの縮小を抑えるために免税政策を行いました。イギリスでは通常、住宅購入時にかかる税金として印紙税というものがあります。これは、国が家の売買契約を認めた証として購入者が納税するものですが、政府はこの免税制度を導入し、2020年7月から2021年6月末までの期間、50万ポンド(約7540万円※)までの住宅購入が免税の対象になりました。それ以前は、住宅購入価格が12万5001ポンド(約1880万円)から25万ポンド(約3765万円)までは2%、25万1ポンドから92万5000ポンド(約1億4000万円)までは5%の印紙税がかかっていました。

※1ポンド=約150円で換算(2021年10月4日時点)。以下同様

 

もともとイギリスには、初めて住宅を購入する人に対して、 30万ポンド(約4520万円)までを上限とした印紙税免税の制度がありました。ただし、ロンドンの過去12か月間の平均住宅価格はマンションでも、およそ52万6000ポンド(約7900万円)にまで高騰。そのため、「最初の住宅はロンドンで買いたい」と思っていた人が、この免税制度に飛びついたのです。

 

一方、ロックダウン(都市封鎖)中にイギリス人のライフスタイルは大きく変化しました。日本でも同様の動きが見られますが、イギリスでも、ロンドンのように狭くて高額な都市部よりも、広くて安い地方都市に移住する人が急増。この1年間でイギリス全体の住宅価格は10%上昇しましたが、ロンドンが5.2%増にとどまったのに対して、北西部では15.2%増と驚異的な上昇率を記録しました。

 

このような現象が起きた背景には、リモートワークが普及し、より広いパーソナルスペースを求める人たちの存在があった模様。広い家を欲する人が急増したことによって、3~4室の寝室を持つ家の供給が足りなくなるという事態も起こりました。

 

イギリスでは、ライフステージに合わせて住宅を売買し、小さな家から徐々に大きな家に移り住むという考え方が定着しています。これは「プロパティーラダー」と呼ばれていますが、だからこそ歴史のある家は、住む人が入れ替わりながら、長い年月をかけて大事にされてきたと、世代を問わず人気を集めているのです。しかし、近年では住宅の供給が足りていないこともあり、新築の購入を視野に入れる人も出てきているようです。新築住宅の価格は中古物件より22%程度高いといわれていますが、2020年に購入された住宅の8分の1が新築でした。

 

Office for National Statisticsによると、2020年4月時点のイギリスにおける年収の中央値は3万1461ポンド(約472万円)で、前年比3.6%増でした。イギリスの住宅価格はコロナ前から上昇していましたが、コロナ禍で住宅価格はさらに10%増加。同国でも住宅を購入する際にローンを組むことは一般的ですが、この状況ではプロパティーラダーどころか、多くの人——特に若い世代——は最初の家さえ買うことができません。

 

住まいを必要とする人のために、イングランド北西部のマンチェスターでは、新型コロナウイルスが流行する前から「Places for Everyone」と呼ばれるプロジェクトが計画されていました。同都市では、直近12か月間ですべての物件タイプの平均価格が23万2404ポンド(約3486万円)です。同プロジェクトでは、16万5000戸もの新築住居の建設が検討されており、そのうちの5万戸は手ごろな価格の住宅として割り当てられ、3万戸は福祉を受けている人のために貸し出されるとのこと。なお、手ごろな価格とは、住宅ローンの費用が、マンチェスター居住者の平均総世帯年収2万7000ポンド(約400万円)の30%を超えない程度(頭金を除く)を指します。

 

他所でやってよ

↑地方都市でもたくさんの家が売れているが……

 

ただし、現地の住民の中には、自分の家の近くに多くの新築住宅や、政府が支援している低価格な住宅が建つことを嫌がる人もいます。このような考えは「NIMBY(ニンビー。Not In My Back Yard〔うちの裏庭ではお断り〕の略)」と呼ばれており、昨今イギリスで盛んに議論されています。

 

日本と同様に、イギリスで家を買う際の重要な要素として周辺の治安の良し悪しが挙げられ、治安が良いエリアのほうが住宅価格は高い傾向にあります。新築住宅が建つことによって、「どのような人が引っ越してくるかわからない」という不安や「自宅周辺の治安が悪化してしまうのではないか」といった心配が生じます。

 

一般的に、NIMBYはゴミ焼却場や風力発電設備、墓地霊園、刑務所といった施設の建設に対する住民の否定的な反応ですが、一般の新築住宅についても同じような不安を持つ人が増えているようです。

 

イギリスの住宅価格を押し上げた要因は、免税だけではなく、リモートワークの普及など、働き方やライフスタイルが大きく変化したことも挙げられます。その影響は複雑であり、長く続きそうです。

 

執筆/ukihaddy

まずは少しで十分! 在宅勤務で座りっぱなしの人に適した運動とは?

コロナ禍により自宅で長時間過ごす人が増えた昨今、在宅勤務はデスクワークが多いため、座っている時間がどうしても長くなってしまいます。座ったまま過ごす時間が長いと、死亡リスクが増加することがすでに研究でわかっていますが、日常生活ではどれくらいの運動を取り入れるべきなのでしょうか?

↑日常生活で身体を動かすことが大事

 

座りっぱなしで死亡リスクが増加

欧米諸国から集まった共同研究チームは、2001年〜2011年の間に行われた、運動や生活習慣に関する9つの先行研究をもとに、イギリス、アメリカ、スウェーデン、ノルウェーの男女4万4370人のデータを収集。集めたデータは方法論などが異なるため、彼らは、バラバラな情報を一貫性のあるデータのセットにすべく、それぞれの研究データを再処理したり、統一的な基準を使って分析し直したりして調整しました。そこから今度は4年〜14年半の追跡調査を行い、座っている時間、行っている運動量、死亡率の関係を調べたのです。

 

その結果、座りっぱなしの生活を送る人の死亡リスクは、中~高強度の運動を行う時間が短いほど上昇することが判明。また、中~高強度の運動を1日30分~40分程度行っている人の死亡リスクは、座っている時間が短い人の死亡リスクとほとんど差がないことも明らかとなりました。つまり、デスクワークのように座っている時間が長いと死亡リスクは高まるけれど、1日30~40分程度、中~高強度の運動を行うことで、そのマイナスの影響を帳消しにできるということです。

 

WHO「ちょっとした身体活動にも意味がある」

この研究結果が初めて掲載された2020年11月には、奇しくもWHO(世界保健機関)が「身体活動・座位行動ガイドライン」を発表。その中でも「座りすぎは心臓病、がん、2型糖尿病のリスクを高める。座りっぱなしの時間を減らし、身体活動を行うことは健康に良い」と運動が推奨されています。より具体的には、成人なら中強度の運動を週に150〜300分、高強度なら週に75〜150分行うことが勧められており、上述した研究内容と一致しています。

 

なお、中強度の運動とは、心拍数が上がり呼吸が速くなるような運動であり、高強度のほうは呼吸が荒くなる運動のことを指します。どちらにもスポーツや武道、ジムで行うエクササイズのほか、自宅で手軽にできる運動も含まれています。

 

毎日8~10時間働いている人にとって、1日30分でも運動する習慣をつけることは簡単でないかもしれません。しかし、WHOは「少しの身体活動でも、何もしないよりは良い」と述べ、たとえ軽強度の運動であっても、できることから始めようと呼びかけています。エレベーターの代わりに階段をのぼったり、バスやタクシーを使わずに歩いたり、座った状態のスクリーンタイムを減らして掃除をしたり。「千里の道も一歩から」とよく言いますが、健康管理においてもこの考え方を実践したいですね。

 

【出典】Ekelund U, Tarp J, Fagerland MW, et al. (2020). Joint associations of accelerometer-measured physical activity and sedentary time with all-cause mortality: a harmonised meta-analysis in more than 44000 middle-aged and older individuals. British Journal of Sports Medicine, 54(1499-1506). http://dx.doi.org/10.1136/bjsports-2020-103270

10月9日、10 日開催決定!「グローバルフェスタJAPAN2021」:「多様性あふれる世界」について考えてみませんか?【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は10月9日(土)、10日(日)の2日間の日程で開催される「グローバルフェスタJAPAN2021」でJICAが主催するイベントについて紹介します。

30周年を迎える国内最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2021」の今年のテーマは、「多様性あふれる世界 〜思い描く未来を語ろう〜」。

国際協力にかかわる政府機関、NGO、企業などがさまざまな取り組みを紹介するこのグローバルフェスタJAPAN。JICAは今回、藤本美貴さん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、優木まおみさんら、多彩なゲストとともに、途上国の食や栄養、ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメント、Z世代と考える途上国でのビジネスチャンスについて、トークショーや参加型ワークショップを実施します。

藤本美貴さん(左)、教育YouTuberとして人気の葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)など、多彩なゲストが出演します

 

今年はオンライン&会場のハイブリット形式で開催

昨年は新型コロナの影響で中止となってしまった「グローバルフェスタJAPAN」ですが、今年はオンラインと会場(東京国際フォーラム ホールE2)での2つの参加形式から選べるハイブリット型で開催。オンラインも会場での参加もすべてのイベントが参加無料です。

東京国際フォーラムへはこちら
https://www.t-i-forum.co.jp/access/access/

オープニングには、なんと人気抜群のお笑い芸人、ミルクボーイが登場!元サッカー日本代表の中村憲剛さんによるトークショーなど、楽しく国際協力について学べる2日間です。

ミルクボーイ(左)と元サッカー日本代表の中村憲剛さん(右)も登場

公式プログラムはこちらから
グローバルフェスタ2021公式サイト

そんな盛りだくさんのプログラムからJICAが主催するイベントを紹介しましょう!

 

藤本美貴さんと世界の食や栄養の課題について考えよう

■10月9日/11時15分~
「みんなの栄養」を覗いてみよう!~世界の学校給食から見える未来~

会場:東京国際フォーラム ホールE2
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/BrXKQWVrmow


J-WAVEナビゲーターのnicoさんがMCを務め、タレントで3児のママでもある藤本美貴さんと途上国の学校給食の現場を通して、世界の子どもたちの食や栄養に関する課題について考えます。

世界では8億人が飢餓に苦しみ、20億人が肥満であると言われています。世界の栄養課題の現状や、途上国におけるJICAの学校給食を通じた取り組みを、JICA国際協力専門員の野村真利香さんに聞きます。

マダガスカルの小学校で給食を楽しむ子どもたち

 

未来を担うZ世代と探る途上国でのビジネスチャンス

■10月9日/14時15分~
イノベーションで世界の課題を解決! Z世代と考える途上国の可能性

※YouTubeライブ配信によるオンライン開催のみ
 
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/zeWE194Oli0
 
Z世代とは、1990年代後半から2000年代前半に生まれた世代で、デジタル機器の扱いにも慣れたデジタルネイティブとも呼ばれています。そんな若者たちと革新的な発想で途上国の社会課題を解決していく道筋を一緒に見つけていきませんか!

SDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さんやJICAアフリカ部次長・若林基治さんはじめ、日米で活躍する起業家らと一緒に、リアルな現場の声を聞きながら、世界の課題解決を図るビジネスに向けたヒントが得られるかも?

MCを務めるSDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さん(左)のほか、日本企業のアフリカ事業展開や進出支援を手掛ける株式会社SKYAH CEO、ガーナNGO法人MYDREAM.org共同代表・原ゆかりさん(中央)や、日本で4社、シリコンバレーで1社を起業した株式会社ユニコーンファーム代表取締役社長・田所雅之さん(右)らが参加します

 

中高生の皆さん限定! JICA海外協力隊員が体験した世界について聞いてみよう

■10月10日/10時30分~
【中高生対象ワークショップ】多様性あふれる世界を目指そう-JICA海外協力隊が見た世界-

※Zoomによるオンライン開催のみ
※先着順・定員制。事前申し込みが必要です

申し込み先
https://www.jica.go.jp/hiroba/information/event/2021/211010_01.html

世界各国の途上国で約2年間、現地の人々と一緒にさまざまな課題に取り組んだ3人のJICA海外協力隊が中高生のみなさんに体験談を話します。

「派遣国で経験した様々な違いや、価値観を揺さぶられた時の体験を共有します。楽しみながら多様性あふれる世界について考えてみましょう!」と言うのは、モンゴルでの経験を語ってくれる岡山萌美さん。現在、JICA地球ひろばで地球案内人を務めています。

そのほか、ウズベキスタンで青少年活動に携わった鈴木早希さん、ザンビアに体育隊員として派遣された野﨑雅貴さんのお二人にも、どんな活動をしていたのか伺います。見逃しなく!

JICA海外協力隊の活動の様子。ザンビアの中高生にサッカーを指導(左)、ウズベキスタンの学校では書道の体験クラスを実施(右)

 

女性や女の子が自分らしく輝ける世界を目指そう

■10月10日/14時~
「多様性あふれる世界」とは? 国際ガールズ・デーの機に考えてみた。

会場:東京国際フォーラム ホールE2

視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/_yBUeSGpVDo

10月11日は、国連が定めた「国際ガールズ・デー」。男の子に比べて不就学率が高く、若年での強制的な結婚や、貧困などの困難な状況下、自分の想いや夢を描けない世界中の女の子たちを力づけようと2012年に制定されました。

女の子だからというだけで学ぶ機会を奪われてしまうという現実が途上国にはまだ存在していることを知っていますか? そんな国の一つがパキスタンです。

今回、遠くパキスタンからオンラインで参加するのが、現地で約12年間にわたり子どもや若者の学びに携わってきたJICA大橋知穂専門家です。ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、教員免許を持つタレントの優木まおみさんと一緒に、女の子と男の子も関係なく、いつでも、どこでも、誰でも、学ぶことができる世界について、想いを語ります。

MCを務めるジェンダーやダイバーシティ関連の公職にも就任しているジャーナリストの治部れんげさん(左)、登録者数156万人を誇る人気教育YouTuberの葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)

 
JICAは、パキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できるよう「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。そんなノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所、公立学校、働く場所など様々な場所で行われています

 

3000年前の頭蓋骨が語る「格差社会と暴力」のゾッとする関係

農耕や牧畜が始まった新石器時代。それまでの狩猟採集の生活から、人々の暮らしは大きく変わりましたが、そんな過渡期でも人間は協力し合いながら平和に暮らしていた……と思われるかもしれません。しかし実際には、ときには相手を死に至らしめるほどの暴力的な行為が行われていたことが、最近判明しました。

↑美しい景色を誇るアタカマ砂漠の裏には残虐な歴史があった

 

新石器時代に移行する激動の時代に、どのような社会が形成されていたのか? この問題を調べるため、チリのタラパカ大学の人類学者たちは、同国北部のアタカマ砂漠にあるアザパ渓谷から採取された194人の成人の人骨を調査しました。この人骨は紀元前1000年から紀元後600年までの新石器時代への移行期に暮らしていた人々のもの。アタカマ砂漠は地球上、最も乾燥している砂漠地帯と言われており、そのためか、採取された人骨の保存状態はとてもよく、およそ3000年前のものなのに、骨以外の軟部組織や髪の毛が残っているものもあったそうです。

 

残された頭蓋骨や身体の骨を丹念に調査した結果、194人のうち40人から、対人による暴力の外傷が見つかり、そのうち20人は致命的な外傷だったことがわかりました。また、死の直前に頭蓋骨骨折があった人は14人にものぼり、頭蓋骨の一部に穴が開いたものなども見つかりました。

 

研究チームによると、これらの外傷は人による意図的な暴力行為によって起きたものであり、木の棒や吹き矢などの武器が使われたと考えられるとのこと。正面から攻撃されたケースと、背後から襲われたケースの両方があるようです。

↑丸と三角の部分が傷の痕跡(画像提供/Vivien Standenなど)

 

さらに、同研究チームは人骨中の「ストロンチウム」と呼ばれる元素の同位体組成を解析。その地域の土地にあるストロンチウム同位体組成と比べることで、この暴力がコミュニティー内で起きたものなのか、それとも外部の人間によるものなのかがわかります。その結果、これらの暴力は外部の人間によるものではなく、同じ地域で暮らすコミュニティー内で起きた可能性が高いことが明らかになりました。

 

資源を巡る仁義なき戦い

今回の人骨が採取されたアザパ渓谷は、かつて肥沃な土地だった場所。しかし農業のスキルや道具を持っていない3000年前の人々にとって、乾燥した砂漠地帯という過酷な環境下で農業を始めるということは、かなり困難な挑戦だったでしょう。

 

さらに、農耕や牧畜が始まるとそれらの技術に優れた人とそうでない人が現れ、水や土地などの資源と食料を得ることに格差や社会的不平等が生まれていった可能性がある、と同研究チームは推測しています。そのような中で、人々は大きなストレスを抱え、争いが生じ、ときには残酷な暴力行為が行われるケースもあったと考えられるのです。

 

研究チームのリーダーは「海や水辺から離れ、砂漠に移動することは、生きるために必要な水や資源のない不毛な地に直面するということ。その中で農耕を始めようとする新しい生活は、社会的緊張を高め、当時の人々の間で紛争や暴力を引き起こすきっかけになった可能性がある」と指摘しています。

 

【出典】Vivien G. Standen, et al. (2021). Violence among the first horticulturists in the atacama desert (1000 BCE – 600 CE), Journal of Anthropological Archaeology, 63(101324). https://doi.org/10.1016/j.jaa.2021.101324

 

生まれる前から周りの世界を夢で見ている? 哺乳類の不思議な視覚の仕組み

哺乳類の赤ちゃんは、まだ目が見えないときから周囲の世界の夢を見ている——。そんな可能性を示唆する研究内容が先日、米国で発表されました。

↑ネズミなどの哺乳類は、生まれる前から周りの環境を夢で見ている可能性がある

 

哺乳類は初めて目を開けた瞬間から、周囲にある物体やその動きを認識することができます。それまで「見る」という感覚を体験したことがないはずなのに、なぜ哺乳類の赤ちゃんは、そのような高度な行動をとれるのでしょうか? 目が見えるようになる前から、周囲の世界を違う方法で見ているのでしょうか? このような疑問を解決するために、米国・イエール大学の研究チームが、哺乳類の代表としてネズミを使って調査に乗り出しました。

 

まず彼らは、生まれた直後の、まだ目が開く前のネズミの脳をスキャンしました。すると、網膜の活動を示す部分に、ネズミが直進するときに生じるのと同じ脳波が現れることが判明(以下の動画を参照)。しかもこの脳波は、出産からしばらく時間が経過すると消え、代わりに視覚刺激を脳に伝える、より複雑な神経ネットワークが形成されていきました。

↑生まれた直後のネズミに現れる網膜の脳波

 

同研究チームは、さらにこの網膜部分に関する脳波や回路について調査。「スターバースト・アマクリン細胞」という神経伝達物質を放出する細胞の機能を遮断させてみると、脳波の動きが、ネズミが直進するときのような流れを見せないことが判明。しかも、この細胞の機能をブロックしたネズミは、視覚的な刺激への反応が鈍くなりました。さらに、大人のネズミでは、この細胞が周囲の動きを感知する能力に関与していることもわかったのです。

 

つまり、目を開ける前のネズミの脳に見られた脳波は、周囲の動きを感じ取る働きがあるスターバスト・アマクリン細胞と関連があるということが示唆されたのです。しかも、ネズミの視覚に関する回路は、まだ目が見えない時点から動きはじめていた可能性があるとのこと。

 

夢の中で現実に備える

これらのことから、同研究チームは、ネズミは目が見えるようになる前から、人間が夢を見るように、周囲の環境について夢を見ており、それによって目を開けたときに周囲の環境にすぐに対応できるのではないかと推測しています。

 

哺乳類は、生まれたばかりの赤ちゃんであっても、外敵から身を守るために、目を開けてすぐに周囲の状況を把握する能力が必要です。だからこそ、生まれる前から、まわりの世界のことを把握しようとしているのかもしれません。

 

【出典】Crair C. Michael, et al. (2021). Retinal waves prime visual motion detection by simulating future optic flow. Science, 373(6553). DOI: 10.1126/science.abd0830 

なぜ小さくならない?「動物の大きさと都市化」の新たな関係が判明

動物の身体の大きさは環境に影響されます。例えば、気温が高い地域で生きる動物は、身体が小さくなり、この関係は「ベルクマンの法則」として知られています。しかし最近、フロリダ自然史博物館の研究者が発表した論文で、都市部で生きる哺乳類はこの法則に反することが報告されました。

↑動物にとっても都会は暮らしやすい?

 

ベルクマンの法則とは

19世紀にドイツの生物学者クリスティアン・ベルクマンは、同じ種の動物の場合、温暖な地域に生息するものは、寒冷な地域に生息するものに比べて、身体が小さくなることを発見しました。逆に、寒冷地の動物の身体は大きくなりますが、その理由は身体のサイズと熱の放出量に関係があります。身体が大きくなると、体重や体表面積(身体の表面の総面積)も大きくなりますが、体重1kgあたりの体表面積は小さくなります。そのため、身体が大きいほど熱の放出が抑えられ、寒さに強くなるのです。

 

この法則の一例として、クマを取り上げましょう。東南アジアに生息するマレーグマは、体長1~1.4mほど。日本の本州や四国に生息するツキノワグマは、体長1.1~1.5mです。しかし、北海道に生息するヒグマは、体長が2.2~2.3m。北極圏にいるホッキョクグマは、大きいもので体長2.5mにもなります。このように、温暖な地域のクマは小柄で、寒い地域に行けば行くほど大型になるのです。

 

都市部は食べ物が豊富で安全

都市部はアスファルトの道路やコンクリートの建物で囲まれており、ヒートアイランド現象により気温が高くなります。そのため、ベルクマンの法則に則ると、都市部に暮らす動物は小さくなるはず。しかし、フロリダ自然史博物館の研究チームは、この法則が当てはまらないことを明らかにしました。

 

この研究チームでは、オオカミ、オジロジカ、コヨーテ、ネズミなど、北米にいる100種以上の哺乳類の体長と体重のデータを、80年以上にわたり収集し、解析しました。その結果、都市部に生息する哺乳類は、農村部に生息する動物よりも体長が大きいうえ、体重も重い傾向があることが判明。しかも、都市部に生息する動物の身体の大きさと気温はほとんど関係なく、むしろ都市化の程度が、動物の身体の大きさを決定づける大きな要因になっていることが示唆されたのです。

 

都市部には、食料や水が豊富にあり、動物が住処とできる場所も数多くあります。さらに、ほかの動物に狙われる危険性が少ないことも、動物の身体を大きくする要因として挙げられています。

 

今回の結果にはフロリダ自然史博物館の研究者たちも驚いたとか。科学者の間では地球温暖化による動物の小型化が10年ほど前から問題視されるようになったそうですが、今回の研究により、この問題を調べるうえでは、都市化の影響も考慮しなければならなくなるでしょう。

「Apple」が多くは語らない4つの難問

2021年、ティム・クック氏が、故スティーブ・ジョブズ氏の後を継ぎ、AppleのCEOに就任してから10年を迎えました。当初の期待を良い意味で裏切り、クックCEOはこれまでの10年で素晴らしい業績を達成。同社は2018年に民間企業として世界で初めて時価総額が1兆ドル(約110兆円※)を超え、2021年8月には2兆5000億ドル(約275兆円)を突破。クックCEOはAppleを時価総額世界一の企業に成長させました。しかし、その裏で同社がさまざまな問題を抱えていることも事実。先日のApple EventでクックCEOが言わなかったことは?

※1ドル=約110円で換算(2021年9月17日時点)

↑さまざまな問題が顕在化してきたApple

 

1: Apple Payは使ってる?

9月上旬に発表された、金融やフィンテックなどの専門メディアPYMNTSの調査で、Apple Payのユーザー数が伸び悩んでいることが明らかになりました。アメリカの消費者3671人に行われた調査から、iPhoneでApple Payを設定している人のうち93.9%が店頭での買い物にApple Payを使用していないとのことです。

 

アメリカでApple Payがリリースされたのは、2014年10月。それから1年後、スマホ決済におけるApple Pay利用率は5.1%でしたが、2021年の利用率は6.1%と、わずかな上昇にとどまっています。

 

PYMNTSでは、アメリカの金融機関が非接触型のクレジットカードやデビットカードの普及を始めたことが、Apple Payの利用率が伸びていない原因と分析。コロナ禍で非接触の決済方法の需要が高まりましたが、消費者にとっては普段から使っているクレジットカードやデビットカードが、そのまま非接触システムになったので、そちらを利用するほうが便利なようです。

 

2: 競争を抑制している?

最近Appleは、人気ゲーム『フォートナイト』の開発元であるEpic Gamesとの訴訟問題でヘッドラインを賑わせています。アプリのディベロッパーはiPhoneやiPadでアプリを配信する際、30%の手数料をとるApp Storeを経由しなければならず、そのうえ、アプリ内の課金についても30%の手数料がかかります。同社はこの仕組みが競争を制限しているとして、反トラスト法(独占禁止法)違反で訴えたのです。

 

これに対してカリフォルニア州の裁判所は先日、App Storeは独占禁止法に違反していないと判断し、Epic Games側の訴えを退ける判決を下しました。しかしEpic Gamesはこれを不服とし、上訴しています。

 

Epic Gamesは、アプリ配信やアプリ内課金でAppleが徴収する30%の手数料を「Apple税」と呼び、業界内でも共感を呼んでいるそう。世界で3億5000万人を超えるプレーヤー数を誇る超人気ゲームとAppleの裁判の行方は、これからも注目を集めることは間違いないでしょう。

 

3: 従業員による「#AppleToo」運動

Apple社内でも新たな問題が起きています。それが、従業員が労働環境について抗議する活動です。上司からハラスメントを受けた従業員が声を上げ、それによって全米労働関係委員会が調査を行う事態に発展しています。さらにAppleに対して労働環境の変化を求める従業員の声を集める「#AppleToo」サイトが立ち上げられ、人種などの差別、賃金格差、秘密主義などの問題が浮き彫りになっています。

 

4: まだ成長できる?

アメリカでは、企業が訴訟問題を抱えることは決して珍しいことではありません。ただし、現在のAppleは行き詰まっている感もあり、そのような状況で、このような問題が顕在化しています。

 

先日のApple Eventに対して、Apple最大の魅力である「革新性」がなくなりつつあるという見方があります。このような指摘は「これからAppleは、どうやって成長していくのか?」という本質的な問題につながります。Apple製品は漸進的な発展を遂げていますが、スマートグラスや自動運転車といった「次の大きな開発」は難航している模様。同社がこれからも業界のトップでいるためには、将来iPhoneみたいなイノベーションを再び生み出す必要があると言われています。

 

また、Appleは地政学的な問題も抱えています。設計を除けば、Apple製品の多くは中国で作られています。2000年〜2010年代のグローバリゼーションが全盛の時代に、Appleは中国でサプライチェーンを構築しましたが、現在、同社はそれを本国アメリカに戻すことを進めています。それでも中国はAppleにとって非常に重要な国。米中の対立が深まれば、同社と中国の関係にも影響を及ぼすと考えられます。

 

これまでクックCEOは、故ジョブス氏が生み出したiPhoneなどの事業を維持しつつ、見事に発展させてきましたが、上記4つの問題は、Appleが今後、本格的に直面する問題と言えます。故ジョブス氏が1997年に倒産直前だったAppleに復帰し、同社が再生してから24年が経過。会社の寿命30年説で考えれば、これらの問題は差し迫っていると言えるかもしれません。英経済誌The Economistは、クックCEOはこれまでの10年間、大きな成功を収め、故ジョブス氏の「偉大な後継者」になったと誉めつつ、「次の10年は難しいだろう」と予測しています。「創業は易く、守成は難し」と言いますが、クックCEOの真価が問われるのは、これからかもしれません。

デジタル・ネイティブ世代には当たり前! 英国で大人気の「グリーン・フィンテック」とは?

金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」が世界中で発展しています。近年ではスマートフォン決済や仮想通貨、投資ツールなど、さまざまなものが生み出されてきましたが、最近、英国ではフィンテックに「環境保護への貢献」という要素を加えた「グリーン・フィンテック」が登場し、デジタル・ネイティブ世代を中心に支持を集めています。どのような特徴があるのでしょうか?

↑サステナブル時代のマネー管理術

 

英国はサステナビリティーや環境保護活動、関連するチャリティ活動がとても盛んな国です。マイ容器を持ち寄って食品や日用品を量り売りする「ゼロ・プラスチック・ショップ」が人気を集めていたり、20~30代ではヴィーガンやプラントベースなどのライフスタイルが定着しつつあったり。このようなトレンドは単なるファッションやダイエットのためだけではなく、その根底には環境保護の精神があります。

 

当然そこには、2015年に国連サミットで採択されたSDGs(=持続可能な開発目標)の影響が見られます。これにより、気候変動は企業や工場だけに責任があるのではなく、肉食やプラスチック製品の利用など、消費者のライフスタイルもCO2排出量や温暖化につながっていることが、より広く知られるようになりました。SDGsは学校のカリキュラムにも導入され、「お金を使うなら、エコにつながるものを無理なく自然に」という考え方は若い世代を中心に浸透しています。

 

1990年代以降に生まれたデジタル・ネイティブ世代は、経済的に見ると、実店舗を持たないデジタル銀行やフィンテック・サービスに早くから親しみ、スマホを使った手軽で便利な取り引きを好むのが特徴です。2016年にクラウドファンディングを通じて、わずか96秒で100万ポンド(約1億5200万円※)を調達したオンライン銀行のモンゾ(Monzo)は、デジタル・ネイティブを取り込んだ典型的なビジネスケースで、住所証明なしで口座開設できる手軽さやアプリで完結できる仕組みが人気。この世代では、エコ感覚を重視しながら、スマホを軸としたフィンテックを活用するという生活様式が主流になりつつあります。

※1ポンド=約152円で換算(2021年9月13日時点)

 

このような背景から注目を集めているのが、環境保護への貢献とスマホ機能の利便性を併せ持つグリーン・フィンテックです。この分野には、個人ユーザーが企業の環境ガス排出量を比較し、より環境に配慮した投資ができる英国初のグリーン投資アプリ「スギ(SUGI)」や、2017年にペーパーレスのモバイル専用当座預金口座を導入し、2021年に再生プラスチックを75%使用したデビットカードの配布を始めた「スターリング銀行(Starling Bank)」が存在します。

 

なかでも注目は、2021年4月に本格始動したアプリ連動型のデビットカード・サービス「トレッド」(Tred)。株式投資型クラウドファンディング「クラウドキューブ」で数多くの人から支持を得ることに成功した同社は、モンゾに及ばないものの、わずか90分で目標額の40万ポンド(約6100万円)を獲得し、計100万ポンド以上を調達するなど、好調なスタートを切ったのです。

 

消費活動をCO2排出量に換算

↑このパイナップルの二酸化炭素排出量は……

 

デビットカードとアプリが連動したトレッドは、ユーザーの消費活動をCO2排出量に置き換えて、アプリで表示してくれる英国初のサービスです。トレッドは「自分の買い物=CO2排出量」とし、消費行動を「食料品」や「移動費」などにカテゴリー化。買い物データを分析し、自分のライフスタイルの何が気候変動に最も影響を与えているかを、わかりやすい形で見える化してくれる仕組みです。

 

例えば、ユーザーがレストランでの食事代や交通費、スポーツジム会費などの支払いをすると、アプリ上にそれぞれのCO2排出量が表示されます。電車とタクシーではCO2排出量に大きな差が出ることや、牛乳とオートミルク(植物由来のミルク)におけるCO2排出量の違いなどがひと目でわかります。また、毎月の消費傾向とエコ度もカラフルなグラフで表示されるので、それをもとに買い物の内容を変えて、CO2排出量を減らすということも可能。

 

さらにトレッドでは、炭素回収プロジェクトを行う他社のサブスクリプションにアプリ経由で参加すれば、植林を通じて自分のCO2排出量を相殺できるようになっています。このプログラムは手数料がかかりますが、固定制ではありません。自分が相殺したCO2排出量によって手数料が月々変動するため、この仕組みはユーザーにとって、より一層エコなライフスタイルを目指すためのインセンティブになっているようです。

 

トレッドのデビットカード自体もリサイクルされた海洋プラスチックで作られているなど、創業者の思いがあちこちで感じられます。トレッドは、2021年4月22日の世界アースデイにロンドン夕刊紙のイブニング・スタンダードで「アースデイに取り入れたいおすすめ12選」に選ばれました。

↑トレッド創業者の2人は名門ダラム大学時代からのビジネスパートナー

 

集団で行われる自然保護活動に参加しなくても、個人がグリーン・フィンテックを活用し、日常生活における小さな選択や行動を変えることで、環境に与える影響を軽減する。サステナビリティに対する取り組み方には、このような選択肢もあります。デジタル・ネイティブ世代以外の人にとっても、やってみる価値はあるでしょう。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

66万人が「いいね」していた!「Apple新製品」で海外が誉めた3つのこと

9月15日に行われたApple Eventに対して、海外メディアでは「残念」という反応が見られました。だからといって、良い反応がまったくなかったわけではありません。Apple Eventや新製品に対して海外が誉めていることをまとめてみます。

↑大げさかもしれないけど、目を見張るものは確かにあった

 

1: iPhone 13の新機能が最高!

「iPhone12と比べて大きなアップデートはなかった」と言われるiPhone13ですが、目玉となったのが「シネマティックモード」です。AIがピントとボケを自動で調整することが大きな特徴で、「動画を撮る人には最高の機能だ!」「TikTokの下手なダンスや演技もレベルアップできる」など、普段から動画撮影を行う人たちを中心に、話題をよんでいます。

 

2: iPad miniの大進歩!

もうひとつ話題に上がっているのが、約2年半ぶりのモデルチェンジとなった、第6世代となる新型iPad Mini。オールスクリーンとなってディスプレイが大型化されるなど、見た目が大きく変わりました。Lightning端子は廃止され、代わりにUSB-Cを搭載。指紋認証も採用されています。また、内蔵チップが新しくなったことで、これまで以上に快適なパフォーマンスが期待されています。テクノロジー分野で最も高い影響力を持つ米国人YouTuberの1人であるマルケス・ブラウンリーは「今回Appleが発表した新製品の中で、iPad miniが一番大きく進歩した」と高く評価しています。

【動画】マルケス・ブラウンリーのiPhone 13やApple Eventに対する評価(英語)

 

3: プロモ動画に感動

今回発表された新製品について、「マイナーチェンジが多かった」という意見が全体的に多く見られました。しかしブラウンリーさん曰く、「Apple Eventでは、小さなアップデートしかないけれど、Appleはそれをいつも大げさにして伝えている」とのこと。

 

そんな彼が絶賛したのが、イベントの冒頭でお披露目されたプロモーション動画です。今年の動画では大量のドローンが撮影に使われたようで、映画さながらのダイナミックな映像に仕上げられていました。Apple Eventから3日足らずで、すでに580万回以上再生されているブラウンリーさんの動画には「製品よりドローン撮影のほうに感動した」というコメントも寄せられています。

 

ちなみに、YouTubeではApple Eventの動画再生回数が1700万回を超えています(9月17日時点)。高く評価している人が66万人いるのに対して、低く評価している人は1.6万人(約2.4%)。スタイリッシュな映像で世界中のファンやユーザーを楽しませることも、Apple Eventの大切な目的の1つなのかもしれませんね。

iPhone 13&Apple新製品、海外メディアが残念に思った4つのこと

9月15日に開かれた2021年のApple Event。毎年イベント前になると、多くのユーザーの間でその年に発表される新作について噂が飛び交い、Appleへの期待が膨らみます。しかし今回は、米ワシントン・ポストが「わくわくするような内容ではなかった」と述べているように、「残念!」という声が多いようです。どの点がガッカリだったのか、欧米メディアの報道を中心に集めてみました。

↑Appleに対する期待は大きいだけに、失望も大きい

 

1: USB-Cがない

今回発表されたiPhone 13シリーズでは、全4モデルに映画のような奥行き感のある映像を撮影できる「シネマティックモード」が搭載されます。カメラ機能が強化されたほか、1TBのストレージを備えるモデルが出るなど、さまざまな変化がありますが、外部接続端子はLightningのまま。USB-Cは、Androidのスマートフォンやタブレット、PCなどに幅広く採用されているため、これまでにもiPhoneにUSB-Cを望む声がありましたが、結局、今回もUSB-Cは採用されず。それにがっかりするユーザーが多かったようです。

 

2: 衛星通信は噂でしかなかった

今回のイベント前に、「iPhone 13では衛星通信での緊急通報ができるようになるらしい」という噂が流れていました。従来の4Gや5Gではなく、衛星通信ができるようになれば、圏外にいても救急や警察などへの緊急通報が可能になるとか。これまでにもAppleは衛星通信機能の搭載を目指していることが報じられており、今回の発表前には米ブルームバーグが、Appleアナリストの情報をもとに「iPhone 13には衛星通信が搭載される」と予測していたほど。しかし、ふたを開けてみると、衛星通信機能は搭載されなかったため、「噂は、ただの噂でしかなかった」という声がネットに溢れています。

 

3: 指紋認証がない

衛星通信と同じように、iPhone 13に期待される機能としてあったのが指紋認証です。iPhoneでは2017年に発表されたiPhone Xから顔認証機能が採用されているのですが、コロナ禍でのマスク生活が長期化し、指紋認証機能を望む人は多くいた模様。しかし、iPhone 13には指紋認証機能は搭載されず、これまた「やっぱりないのね……」と残念な声がネットで多く見られます。

 

4: ストリーミングサービスは?

「California Streaming(カリフォルニア・ストリーミング)」と名付けられていた今回のApple Event。ただし、ストリーミングサービスに関する発表内容は、サブスクリプション型オンライン・トレーニングサービス「Apple Fitness+」が2021年中に15か国で開始されるものぐらいでした。

 

コロナ禍ということで、今回のイベントは、Apple公式サイト内の特設ページやAppleのYouTubeチャンネルなどでライブストリーミング配信されました。そのためAppleは、ストリーミングサービスを目玉に紹介するのではなく、「このイベントをストリーミング配信する」という意図で、「California Streaming」というタイトルにしたのかもしれません。しかし、ストリーミングサービスへの期待が高まっていただけに、それほど多くのサービスが発表されたなかったことで、多くの人が落胆。米ワシントン・ポストは「Lots of dreaming, not much streaming(夢は多いが、ストリーミングはあまりない)」と皮肉って報じていました。

 

このような点を理由に、Appleファンたちからは「大したアップデートではなかった」などの声が多く上がっています。英BBCニュースは「今回アップデートされた内容は保守的で無難な内容だった」と述べつつ、同ニュースのテクノロジー担当記者は「Appleの評判といえば、革新的であることだが、今回のイベントから考えると、その評判はもはや古い」とやや辛辣に評しています。Apple製品は漸進的な変化を遂げていますが、人々の期待が大きい分だけ、失望も大きいようです。

6年連続で2ケタ成長中! 米国で「ペット保険」がアツい理由

世界各国でコロナ禍によるペットブームが起きていますが、アメリカも例外ではありません。しかし、同国ではそれと同時にペット保険の需要も急増しています。一体なぜでしょうか? 現地からレポートします。

↑アメリカではペット保険に加入するのがもはや普通になっている

 

アメリカでは、コロナ禍により在宅勤務が増えたことで、これまで「時間的な余裕がなくて、ペットを飼うことができない」と思っていた人の間でペットを飼い始める動きが広がりました。その影響はペット市場にも及んでいます。アメリカ・ペット製品協会によると、国内のペット市場規模は2020年に1036億ドル(約11.4兆円※)と、前年に比べ6.7%増加。2021年には同5.8%増の1096億ドル(約12兆円※)に達するだろうと予測しています。

※1ドル=約109円で換算(2021年9月10日現在。以下同様)

 

ペット関連の支出としては、ペットフードやおやつなどが全体の約半分を占めていますが、注目すべきはペットに関する医療費の増加。2020年の動物病院への支出は前年と比べて7.2%増の314億ドルに上っており、2020年のペット市場規模の3分の1近くに相当します。

 

アメリカでは、人間だけでなくペットにかかる医療費も非常に高いことを考慮すると、動物病院への支出額が増えているのは、ペットの増加に伴う必然的な現象といえるでしょう。その一方で、医療費の自己負担額を抑えるために、昨今では新しくペットを飼う際、ペット保険への加入がスタンダードになりつつあります。

 

2021年5月、北米ペット健康保険協会は、北米のペット健康保険分野の販売高規模が6年連続で2桁成長を記録したと報告。同協会のレポートによれば、2020年に販売された保険料総額は、前年に比べ26%以上増加して、過去最高の21億7400万ドル(約2387億円)となり、北米全体の被保険者であるペット数は前年比22.5%増の345万頭以上になったとのことです。

 

アメリカではペット保険に入っていない場合、診察や検査、手術などを含む治療費は100%飼い主の自己負担になります。大きな手術や大病で医療費が高額になりそうな場合は、選択肢として安楽死を勧められる場合もあることから、ペット数の増加に伴いペット保険の需要は右肩上がりで伸びているのです。

 

日本のペット保険との違い

アメリカと日本のペット保険で大きく違うのは、一般的にアメリカでは、定期検診や歯の手入れ、ノミ対策、予防接種などもペット保険の対象になるという点。日本では保険料を払っていても、その対象になるのは病気やケガ、手術など高度な治療だけということが一般的で、多くのペット保険で歯やノミなどの定期的なケア費用は補償の対象外です。しかし、このような費用が意外とばかになりません。犬の場合は犬種によって異なりますが、一般的なアメリカのペット医療費やケア費用は下記の通りです。

 

定期検診 45~55ドル(約4900〜6000円)
予防接種(犬猫) 10~100ドル(約1100〜11000円)
歯の掃除(犬) 50~300ドル(約5500〜33000円)
ガンの専門医による診察(犬猫) 3282〜4137ドル(約36万〜45万円)
ガン治療(犬猫) 4000ドル(約44万円)
糖尿病(犬猫) 1634~2892ドル(約18万〜32万円)

(※犬または猫、ブリード、年齢、持病など個々の条件によって価格が異なります)

出典:https://www.carecredit.com/vetmed/costs/

 

上の表を相場とすれば、犬種や年齢で違いはあるものの、アメリカの平均的な月額ペット保険料は犬が約50ドル(5500円)、猫が約30ドル(3300円)なので、ペット保険に加入したほうがお得でしょう。さらに、アメリカでは犬猫だけでなく、爬虫類や小動物、鳥、ヤギなど、ほかのペットに対応している保険もあります。コロナ禍においてペット業界全体の裾野が広がったことや、需要に合わせて大手保険会社がペット用に新プランを発売したことなどが、ペット保険の売り上げをここまで押し上げたといえるでしょう。

 

アメリカでは「ペットがほしい」と思ったとき、保護施設から動物を引き取ることが一般的ですが、その際に予防接種の支払いと、かかりつけ医の登録をしなければならず、最近ではそれに加えて、ペット保険の加入を引き取り条件にしている施設もあるようです。コロナ禍により在宅時間が増え、ペットを迎え入れる人が多くなりましたが、ペットはかわいいだけではなく、人間と同じようにお金がかかるという現実を知っておくことが必要です。人とペットとの幸せな生活のために、ペット保険の需要はさらに高まっていくでしょう。

緑の木が1本あれば、熱帯夜は1.4度も涼しくなる! 米大学の研究

「木はたくさんあればあるほど、より涼しくなる」と思う人は少なくないかもしれません。確かに森林は暑さを和らげますよね。しかし、先日アメリカで発表された論文によると、1本だけで植えられている木でも、夜間の熱を抑えるのに役立つことがわかりました。

アメリカン大学の研究チームは、米国の首都ワシントンD.C.の異なる地域で、2018年夏のある1日の気温データを7万点以上収集し、分析しました。その中には、木に覆われている舗装された道や未舗装道路、木が植えられている公園などで測定された気温が含まれています。

 

その結果、独立した木が天蓋のようになり、測定地点の半分以上を覆っている場合、木がまったくない地点に比べて、夜間の気温が1.4℃低いことがわかりました。また、木で覆われている部分が測定地点の約20%という場所でも、木がない地点と比べて気温が低いうえ、夜明け前の時間帯でも比較的に涼しいことが判明。平均すると、単体で植えられている木の冷却効果は日没後か午後6時〜7時頃に現れ、夜間まで続く模様です。

 

木陰の冷却効果は以前から知られており、例えば、日本の環境省にその仕組みを説明しているサイトがあります。それによれば、日向と木陰では、後者のほうが気温が低いと思われがちですが、実際には両者の気温はほぼ同じ。それがなぜ、木陰のほうが涼しく感じられるかといえば、その原因は路面から放出される熱にあるといいます。日向で気温が30℃の場合、木陰でも気温は同じく30℃ですが、日向にあるアスファルトの路面の温度は約50℃になるのに対して、木陰の路面はおよそ32℃と低いのです。また、気温30℃の晴れた日でも、日向の体感温度は40℃ほどになりますが、木陰なら太陽の光が遮られ、しかも路面からの照り返しが大幅に減ることで、日向に比べて体感温度は7℃ほど低くなることもあるとのことです。

 

しかし、上記のように体感温度と気温は別のもの。なぜ葉が茂った木が1本あるだけで夜間の気温が1.4℃も下がるのかを説明するためには、別の理由が必要かもしれません。

 

いずれにしても、近年、日本だけでなく世界中で夏の暑さが厳しくなり、都市部ではヒートアイランド現象が起きています。大きな都市では広い公園が少なく、1本だけで(または周りにある木から離れて)植えられている木も多いでしょう。だからこそ、今回明らかになった木の冷却効果がヒートアイランド減少対策に役立つ、と同研究チームの助教授は述べています。

 

【出典】Michael Alonzo et al. 2021. Spatial configuration and time of day impact the magnitude of urban tree canopy cooling. Environmental Research Letters. 16 084028. 

欧州選手権で現れた「多様性」の壁。サッカーが映す「揺れる英国社会」

2021年7月のサッカー欧州選手権では、イングランドが初めて決勝進出を果たし、英国は熱狂の渦に包まれました。しかし、決勝戦でペナルティーキック(PK)を外したイングランドの黒人選手3人が、試合終了後にSNS上で人種差別を受ける事件が起こり、大問題に発展。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか? 現地在住のライターがサッカーを通して、英国における人種差別や多様性について説明します。

↑人種差別問題は英国サッカーの負の面(写真はウェンブリー・スタジアム)

 

新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、イギリス人は以前のように活動的になっています。サッカーなどの国際スポーツ大会や国内のリーグ戦などが再開し、国民も盛り上がっている様子。コロナ前のように友人や家族と久しぶりにパブに集まり、マスクも外してグラスを傾けつつ、おしゃべりやスポーツ観戦を楽しむ人たちの姿もよく目にするようになりました。

 

中でもサッカー欧州選手権ではイングランドが決勝進出を果たし、「55年ぶりの優勝か?」とファンの期待も最高潮に達しました。イングランド代表は地元で開催された1966年のW杯で優勝したのを最後に、主要国際大会のタイトルから遠ざかっていたのですが、結局、PK戦の末に決勝戦を制したのはイタリア。しかし、重要な問題はその後に起こりました。

 

決勝戦でPKを外したイングランド代表の黒人選手3人が、国内外からSNS上で人種差別的な誹謗中傷を受けたのです。フットボール協会(FA)は事件後ただちに人種差別を厳しく非難する会見を行い、英国政府や英王室をはじめ各界の要人たちも人種差別を非難するコメントを次々に発表しました。

 

英国サッカーにおいて黒人選手に対する人種差別が起きたのは、これが初めてではありませんが、今回は、黒人への暴力と差別の撤廃を訴える「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)運動が高まっている中で起きました。2020年に米国でジョージ・フロイド氏が白人警官によって殺害されたことをきっかけに、黒人に対する暴力と差別の撤廃を訴えるBLM運動が世界的に広まりました。奴隷制度の歴史があり移民を広く受け入れてきた多民族国家の英国にも、この影響は及んでいます。同国のサッカー・プレミアリーグでは、試合のキックオフ前に選手や審判が片膝をつくポーズをとり、人種差別の撤廃を訴えています。

 

この「片膝ポーズ」は、2016年に米国でアメリカン・フットボールのコリン・キャパニック選手が取った行動から来ています。「有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」と、試合前の国歌斉唱の場で起立を拒否し、片膝をついて抗議の意を示して以来、人種差別反対のポーズとして知られるようになりました。

↑片膝ポーズは人種差別反対の意思

 

しかし、選手たちのこの行為は一部のファンや政界に複雑な影響を及ぼしている模様。スタジアムでは、一部の観客から「スポーツに政治を持ち込むな 」とブーイングが起こることもあります。英国のプリティ・パテル内務大臣は、プレミアリーグの試合で選手たちが行う片膝ポーズに対して、これまでは「政治的ジェスチャーだ」と批判的な姿勢をとっていましたが、イングランド代表選手が欧州選手権の決勝戦後に人種差別を受けたとたんに「人種差別は許されない」とコメント。この手のひらを返したような態度に多くの国民が「あまりに偽善的」と怒り、「なぜ政府は人種差別を容認し続けるのか?」と大きな波紋が広がっています。

 

人種差別はスポーツ界に限らず、英国で多くの人々が職場や学校で日々接している問題です。普段は穏やかな社会に見えても、英国では生活への不安や社会への不満をきっかけに、人種差別問題が表面化することがあります。2005年のロンドン同時爆破テロ事件では、イスラム系市民への差別が強くなりました。最近では、新型コロナウイルスの発生源が中国であるという説を受けて、東洋系住民に対するヘイトクライムが起こるなど、人種に関する差別や偏見は枚挙にいとまがありません。

 

現在の英国人は、幼い頃から「人種差別は決して許されない行為」であることを学校で叩き込まれて育ちますが、特定の人々への偏見や差別、暴力が存在するのが現実です。過去と比べると状況は改善しているとはいえ、今回のようにスポーツの主要国際大会で自国が負けた腹いせに人種差別的な発言が聞こえてくることも少なくありません。SNSは、極端な意見や偏った情報を広げやすいため、このような状況を悪化させている側面もあります。

 

最近よく耳にするようになった「多様性」という言葉は、人種、宗教、性的指向、年齢、障害の有無など、個人の特徴の違いを認めようという概念を持っています。英国のような多民族国家では、多様性を認めて内包(インクルージョン)していくことにより、それぞれの個性が共存共栄して、ダイナミックな社会が形成されるという考え方が主流ですが、多様性を認めることができない人たちも存在し、見方によっては社会が分断しているとも言えるでしょう。

 

若者よ、立ち上がれ

↑欧州選手権の決勝戦でPKを外し、人種差別の被害に遭ったイングランド代表のマーカス・ラッシュフォード選手の壁画には、たくさんの励ましのメッセージが貼り付けられた

 

BLM運動や今回の事件を機に、英国では「もうこんな悲しい出来事や差別は本当に終わりにしよう」という気運が高まっています。英語では「woke」(ウォーク)という言葉があり、意識が高い人や政治的な発言を積極的にする人を指します。こういう人は揶揄されることもありますが、最近では若い世代の間で、批判されることを恐れず、傍観者であることをやめて、積極的に発言しようとする人が増えています。

 

スポーツには今回の事件のような暴力的な側面がある一方、人種や民族の違いを超えて人々を融和する力があります。今回、英国で起こった人種差別事件は日本にとっても対岸の火事ではありませんが、多様性のある社会を実現するためには、偏見にとらわれることのない知性と器量が重要でしょう。それらを涵養するうえで、スポーツが果たす役割は大きいと思います。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

母国を愛しているからーーオリンピックを駆け抜けた南スーダン陸上選手・アブラハムが走る理由 特別マンガ連載「Running for peace and love」第4回

多くのアスリートが難しい状況の中、懸命に力を振り絞った「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えながら開催されました。

 

GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積み、東京2020オリンピックに挑んだ南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

【前回を読む】※画像をタップすると閲覧できます。一部SNSからは表示できません。

特別マンガ連載「Running for peace and love」一覧はこちら

 

東京2020オリンピック代表に選出されたアブラハム選手。母の理解も得て、日本のJICA(国際協力機構)のサポートのもと、日本の群馬県・前橋市へと飛び立ちました。そして日本に着いた2019年11月、その時には予想もつかなかった「未曾有の危機」が訪れます。アブラハム選手の半生を追ってきた本連載も今回で最終回。どんな思いで彼が日本での日々を過ごし、オリンピックに挑んでいったか――最後までお楽しみください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アブラハム選手と日本の暮らし、そして東京2020オリンピックを終えて

↑アブラハム選手(写真右)と、作中にも登場した元オリンピアン・横田真人コーチ(写真左)。写真中央は、同じく事前合宿に参加したマイケル選手(パラリンピック・陸上100m候補選手)

 

新型コロナウイルス感染症による世界的パンデミック、そして世界中の人が様々な思いを抱えながら開催された東京2020オリンピック・パラリンピック。多くの人の暮らしや価値観を変え続けてきた1年半以上もの時間ですが、アブラハム選手たち南スーダンの選手団にとっても大変困難な壁が起こっていました。

 

2020年4月にオリンピック開催延期となるも、ホストタウンである前橋市は7月に受け入れ延長を決定。作中で描かれていた通り、この1年半に渡って前橋市は、全面的に南スーダン選手団の暮らしをサポートし続けてきました。選手達がスポーツに専念できる機会を作るだけでなく、日本語学校での学びの機会や地域の住民・子ども達との交流など、暮らしと文化の面でのサポートを行ってきたのです。

 

そうした暮らしの中で練習を続けてきたアブラハム選手でしたが、トレーニング過程においては一人でのトレーニングに壁を感じていたとも発言しています。そんな課題も、横田コーチや楠 康成選手との出会いによってまた前身することに。日本人選手との交流・トレーニングを経験したのち、アブラハム選手は自己新記録を更新。そしてオリンピックへと挑んでいきました。

 

【参考記事】

自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

南スーダン・アブラハム選手が自己ベスト更新で新記録達成!:「前橋市、横田真人コーチ…スポーツを通じた絆、互いを思いやる心を記録と共に母国へ」

 

トレーニングを積み重ねて迎えた8月3日--東京2020オリンピック、男子陸上1500m予選。力強い走りを見せてくれたアブラハム選手は、なんと本番で自己ベストを更新! 残念ながら決勝には進めませんでしたが、大きな舞台で3分40秒86という、自身にとって大事な記録を生み出しました。

 

そして、8月26日に南スーダンへと選手団は帰国しました。アブラハム選手が語った「母国を愛する」という思いは、これからも南スーダンに希望を与え続けるものでしょう。大会を終えてアブラハム選手は、帰国後もトレーニングを改めて見直して戦略を立てていくというコメントを残していました。きっとアブラハム選手は、これからも世界で活躍するアスリートとして走り続け、南スーダン共和国を変えていく選手であり続けるでしょう。

 

本連載を読んでくださった皆様にも、南スーダン共和国という国で生まれたアブラハム選手の力強い思いが届いたら幸いです。

 

SF映画が現実に? 米国防省が「未来を予測するAI」を開発へ

さまざまな分野でAI(人工知能)の活用が進む中、先日、アメリカ国防総省がAIの開発に乗り出すことが明らかになりました。開発するのは、未来を予測するAI。SF映画のようなことが現実の世界で起こりつつあるようです。

↑素晴らしい未来が見える?

 

アメリカ北方軍(NORTHCOM)と北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の司令官を務めるグレン・ヴァンヘルク氏は、7月末の記者会見で、「GIDE(Global Information Dominance Experiment)」と呼ばれる未来予測システムについて説明を行いました。

 

GIDEは、軍事用センサーや世界で入手可能なさまざまなセンサーを集め、AIや機械学習を利用して、数日単位で未来を予測するそう。例えば、駐車場にとまるクルマの台数が急激に増えたり減ったり、駐車場で何らかの変化が起きたりしたら、GIDEはアラートを米国防総省に送り、駐車場の衛星画像を注視する仕組みです。

 

記者会見では多くのことが明らかにされませんでしたが、ヴァンヘルク氏が強調していたのは、GIDEのポイントが最新テクノロジーの活用ではなく、大量の情報を処理するための新しいアプローチであるということ。同氏によると、これまで米軍は大量のデータに対して迅速に反応することができず、受け身にならざるを得なかったとのことです。しかしGIDEの導入により、それが能動的に変わり、日単位で未来を予測することができるようになると言います。

 

また、GIDEが重要なことに関して決断を下すことはなく、このシステムはあくまでも人間に選択肢の1つを提供するに過ぎない、とヴァンヘルク氏は述べています。

 

『マイノリティ・リポート』は予言していた

このAI開発のニュースと共に話題になっているのが、スティーブン・スピルバーグ監督と俳優のトム・クルーズ氏がタッグを組んだ、2002年公開のSF映画『マイノリティ・リポート』。そこで描かれているのは、予知能力者が未来を予測し、刑事がそれに基づき、事件が起きる前に犯罪者を逮捕するという監視・治安制度。この物語で登場する予知能力者が、GIDEというわけです。

 

20年近く前に作られた映画のストーリーが、形を変えて現実のものになっているように見えますが、このような取り組みが行われている背景には、アメリカで銃乱射事件やテロなどの凶悪事件が多いことがあるでしょう。もしかしたら米国防総省は国際的な安全保障を視野に入れているのかもしれません。

 

近くても遠くても、未来を予測するのは難しいことですが、AIがビッグデータ(膨大な量の情報)を解析すると、人間が気付かない、わずかな変化をいち早く察知し、何かが起きる可能性を警告することができるかもしれません。確率や精度は技術の進歩と共に高まっていくと考えられますが、はたして、このようなテクノロジーを使って、人間はより安全な社会を作ることができるのでしょうか?

 

コロナ禍でカナダの「ペット業界」が大忙し!「助け合いの精神」が今こそ大切

「各家庭に必ず1匹はペットがいるのではないか?」と思うほど、カナダ人はペットが大好きです。他国と同様に、カナダではパンデミック以降、ペットを飼ったり、動物の里親になったりする人が増えましたが、その影響で同国のペット業界は多忙を極めています。コロナ禍で収入が減った飼い主を支援する取り組みを含め、カナダの最新ペット事情をレポートします。

 

予約殺到の動物病院とドッグトレーニング

↑カナダでは獣医などが大忙し

 

2019年、カナダでは7万8000匹の猫と2万8000匹の犬が国内のシェルターで保護されていました。ところが、新型コロナウイルスのパンデミックが起きた後は、アダプト(里親になること)により、そのうち65%の猫と73%の犬が新しい飼い主を見つけることができました。

 

しかし、新しい飼い主が増えたことにより、カナダの獣医は多忙を極めています。アルバータ州カルガリーのクリニックによると、ペット患者が明らかに増えていて、以前は予約から診察まで2~3日だったのが、現在では申込日から7~10日後でないと予約を取れないとか。手術も3~4週間か、それ以上待たないと予約が取れないこともあるそうです。

 

一般的な動物病院は診察予約が入っていても、緊急搬送されるかもしれないペットのために、ある程度の時間を空けています。それにもかかわらず、朝9時前にはその時間すら予約で埋まってしまうことに病院関係者は頭を抱えています。動物病院では獣医だけでなく、看護士や医療従事者なども深刻な人員不足に悩まされているようで、「診察を断わらざるを得ない」というスタッフの辛さは想像に難くないでしょう。

 

一方、トロントの子犬のトレーニングスクールでは現在、子犬指導の依頼が毎週100件もあるそうですが、クラスの数やインストラクターの人数が足りないため、毎週多くの客を断らなくてはならない状況のようです。事業をすぐに拡大したくても、インストラクターを育てるにはプロとしての適切な指導や教育が必要で、多くの時間がかかります。それでも、このスクールの経営者は来年までにはクラスの数を増やしたいと話しています。

 

カナダらしいチャリティーも

ある調査によると、カナダの家庭の58%が犬か猫を最低でも1匹飼っているそうです。しかし、筆者が住むオンタリオ州のトロントはロックダウンが比較的に長引いた都市であり、仕事を一時的に解雇された人が少なくありません。

 

収入減によって、ペット用品を購入する経済的余裕がなくなってしまった飼い主のために、それを肩代わりする活動を始めた慈善団体があります。それが「トロント・アニマルサービス」で、国内のペットスマートという企業から提供される資金とトロント市民からの寄付金を基にしながら、この活動を行なっています。

 

飼い主がメールか電話、オンラインのアンケート調査のいずれかの方法で申請すれば、数日後にペットショップのギフトカードが申請者にメールで送られてくる仕組み。この取り組みはペットフレンドリーなカナダならではのようにも思います。

 

ユーザーは多く、トロント・アニマルサービスはこれまでに1200枚以上のギフトカードを提供したとのこと。ある利用者は「とてもありがたい活動です。お礼に寄付をしたいので、この苦しい状況が長く続かないことを願います」と述べています。

 

コロナ禍でペットを飼う家庭が増えたカナダ。動物病院やドッグスクールなどでは、人材不足が深刻化していますが、カナダらしいチャリティー活動もあるうえ、イギリス人やイタリア人と同じように、カナダ人も在宅時間が長くなったことで、ペットフードやペット用おもちゃなどに、より多くのお金を費やす傾向にあります。動物病院やペット関連施設の体制が早く整うことが期待されます。

 

執筆者/ちゃんげん

 

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日本ではまだ知られていない、東南アジア諸国が熱狂する「SEA GAMES」とは?

東南アジア諸国が参加する「Southeast Asian Games」というスポーツイベントをご存知ですか? 日本では「東南アジア競技大会」と呼ばれており、英語では「SEA GAMES」としばしば省略されます。日本では知らない人も多いかもしれませんが、同大会は東南アジア諸国で熱狂的な人気を誇ります。2021年は第31回大会が11月下旬から12月上旬までベトナムの首都ハノイで開催される予定。熱戦を待つ現地からSEA GAMESについてレポートしましょう。

 

東南アジア版のスポーツの祭典

↑ベトナム・ホーチミンの街並み

 

SEA GAMESは、東南アジアで2年に1度開催されます。ベトナム、タイ、マレーシア、ミャンマー、ラオス、 シンガポール、フィリピン、インドネシア、ブルネイ、カンボジア、東ティモールの11か国が参加し、サッカーをはじめ、水泳、ゴルフ、バドミントン、ボクシング、空手、柔道、ボウリングなど計40種目の競技で争います。このSEA GAMESは「東南アジアのオリンピック」とも言われていますが、ベトナムではオリンピックよりも高い関心を集めます。

 

コロナ禍のため2022年に延期する可能性も出てきていますが、そんな中でもベトナムの代表選手たちは着々と準備を進めています。昨今、ベトナムでは健康意識の向上により、スポーツを始める人が増えており、近隣のライバル諸国を相手にどこまで結果を残せるか多くの人が興味を持っています。

 

ベトナムは経済同様にスポーツでも新興国であり、オリンピックで表彰台に上がれるほどの実力を持つ選手はほとんどいません。逆にSEA GAMESには自国の選手が多く出場するだけでなく、表彰台にも手が届くとあって、ベトナム人の関心はとても高まるのです。

 

経済成長と共に強くなる

SEA GAMESにおいて、ベトナムは強豪国として知られていますが、以前はそうではありませんでした。経済的に貧しかったベトナムではスポーツ選手を取り巻く環境の整備が遅れ、サポートや教育体制も十分ではなかったのです。

 

しかし、近年のベトナムは経済成長と共に、スポーツの国際大会でも良い成績を収めるようになっています。代表選手が国際大会で活躍することは、国民を結束させるだけでなく、世界に向けたベトナムのアピールにもなるため、政府や企業がスポーツに注目し、力を注ぐようになりました。具体的には、ベトナム政府が外国人監督やコーチの招集を手掛け、才能ある選手を発掘し、若いうちからエリート教育を実施しています。大手企業は優れた選手に報奨金を提供するなど、官民が協力してベトナムのスポーツ界を底上げしているのです。

 

2019年にフィリピンで開催された前回のSEA GAMESで、ベトナムは合計288個のメダルを獲得し、総合順位2位に輝きました。総合順位1位は計387個のフィリピンで、3位はタイ、4位はインドネシアと続きます。ベトナムは2011年大会から4大会連続で総合順位3位でしたが、ついにその壁を破りました。今大会ではホーム・アドバンテージを生かして、より多くのメダルを取り、総合順位で1位になることが期待されています。

 

前回大会でベトナムは男女ともにサッカー競技で優勝しました。サッカーはSEA GAMESで最も人気がある競技。ベトナムの優勝は60年ぶりの快挙であり、試合後には国旗を掲げて優勝を祝うサポーターによるパレードが起こりました。筆者は当時もハノイにいましたが、有名観光地のハノイ旧市街周辺は過激なサポーターであふれており、迂闊に近寄ってはいけないと注意されたものです。

↑サッカーの試合後に国旗を掲げながらバイクで街を走るサポーター

 

SEA GAMESで注目のベトナム代表選手

ベトナムはサッカーだけでなく、水泳や空手、体操、ボート競技でも優れた成績を収めています。ベトナムで大きな注目を集める選手を3人を紹介しましょう。

 

【サッカー】ダン・ヴァン・ラム

現在27歳で、2021年1月よりセレッソ大阪に所属しているベトナム代表の正ゴールキーパーです。ベトナム人の父とロシア人の母を持ち、身長188cmの大柄な選手です。6月10日にはJリーグデビューも果たし、今後の活躍が期待されています。

 

【競泳】グエン・フイホアン

21歳の男子競泳選手で、2019年のSEA GAMESでは400mと1500mの自由形で優勝しています。東京オリンピックにも出場しました。

 

【ボート】ルオン・ティ・タオ

22歳の女性ボート選手。ベトナムには川や入り江が多くあり、小舟を日常生活で使う人も多いことから、ボートは人気が高い競技の1つ。東京オリンピックにも出場した彼女はまだ年齢も若く、ベトナムのボート界を引っ張っていくことが期待されています。

↑熱戦を待つ開催国ベトナム

 

コロナ禍で試合が延期されたり、練習の時間や場所が制限されたり、どの競技の選手もコンディション調整に苦労しているようですが、ベトナム国民はSEA GAMESで代表選手が活躍するのを楽しみに待っています。

 

母に届けるオリンピックへの思いーー南スーダン陸上選手・アブラハムの決意 特別マンガ連載「Running for peace and love」第3回

現在開催中の「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えながら、この日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいます。GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積んできた南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

【前回を読む】※画像をタップすると閲覧できます。一部SNSからは表示できません。

連載一覧はこちら

 

南スーダンで「平和と結束」をテーマとした全国スポーツ大会、「ナショナル・ユニティ・デイ」が開催。アブラハム選手はナショナル・ユニティ・デイを通して、民族の壁を越えた平和への一歩を体感しました。同時に、自身のアスリートとしての力に自覚を持ち、さらに大きなステージを駆け上がっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京2020オリンピック代表に選出されたアブラハム選手。今回の物語を補足する情報を追っていきましょう。

 

アブラハム選手とオリンピック

 

第1回、第2回ナショナル・ユニティ・デイ(NUD)と好成績を残したアブラハム選手は、おのずとオリンピック出場を目指すようになりました。第1回・2回NUDの結果を踏まえ、オリンピックチームが形成されてアブラハム選手以外の候補選手も集められたそうです。その後、アブラハム選手含む3名のオリンピック候補選手と1名のパラリンピック候補選手が、事前合宿で日本入りすることとなりました。その先のお話はまた次回描いていきたいと思います。

 

南スーダンとオリンピック

映画「戦火のランナー」場面写真より (C)Bill Gallagher

 

南スーダン共和国が、オリンピックに初参加したのは2016年開催のリオ・デ・ジャネイロオリンピックになります。2015年6月に南スーダン五輪委員会が設立、同年8月に国際オリンピック委員会に加盟承認されました。

 

しかし出場までの道は険しく、開催まで3か月を控えている時点で候補選手の多くがオリンピック出場資格を得ていませんでした。そのため、オリンピック出場資格を得るための国際試合への選手派遣を至急行っていくことに。そして、2016年6月の南アフリカの陸上競技会が最後のチャンスであることがわかり、選出選手たちが参加することとなったのです。結果的には、特別枠で男女1名ずつの選手参加が陸上競技で認められることになり、さらに、マラソンで国際大会に出場していた南スーダン選手の参加が認められ、計3名の出場が認められることになりました。

 

そのような経緯でリオオリンピックにて初参加となったわけですが、実は2012年のロンドンオリンピックでも「南スーダン出身」の選手が参加していたのです。2021年6月に日本でも上映されたドキュメンタリー映画『戦火のランナー』では、スーダン共和国時代に戦火の中で苦難から脱出してアメリカへ移民した「グオル・マリアル」選手が、ロンドンオリンピックに出場するまでの顛末が描かれています。

 

南スーダンの独立が2011年7月、ロンドンオリンピック開催が2012年7月と、独立して間もない1年の中で国内オリンピック委員会を設立することが叶わず、グオル選手は「南スーダン共和国代表選手」としては出場できないことになってしまったのです。しかし「スーダン共和国代表」としての出場なら叶うという状況。国を背負って走るオリンピック大会において、とても重要な決断をグオル選手はしていくわけですが、そのような背景の中で、南スーダン出身の選手がロンドンオリンピックにも出場していました。

 

そのロンドンオリンピックからリオオリンピック、そして今年の東京2020オリンピックと、南スーダンはNUDなどのスポーツ施策に注力することで着実に世界的な選手を輩出する環境を整えていっていることがわかります。

 

次回は、日本にやってきたアブラハム選手たち南スーダン代表選手団が、どのような暮らしをして、どんな思いを抱えながらオリンピックへと挑んでいくのかご期待ください。

 

特別マンガ連載「Running for peace and love」一覧はこちら

 

 

●映画『戦火のランナー』クレジット

監督・プロデューサー:ビル・ギャラガー

脚本・編集:ビル・ギャラガー、エリック・ダニエル・メッツガー

配給:ユナイテッドピープル 宣伝:スリーピン

2020年/アメリカ/英語/88分/カラー/16:9

米国で人気沸騰中! 三拍子揃った「ピックルボール」とは?

スポーツの祭典の真っ只中で、連日素晴らしいプレーが生まれています。GetNavi webでは参加する海外選手にフォーカスした記事をお届けしていますが、本日はスポーツの祭典にはまだ採用されていない、いまアメリカで急速に人気を高めている「ピックルボール」にフォーカスを当ててみます。さて、どのようなゲームなのでしょうか?

 

テニス×バドミントン×卓球

↑ピックルボールのラケットと球

 

ピックルボールとは、老若男女が楽しめる、テニスとバドミントンと卓球が混ざったような競技です。まだ歴史は浅いですが、アメリカ国内での競技人口は2020年に420万人を超えました。

 

ピックルボールの起源は1965年まで遡ります。シアトル州のある家庭で、退屈した子どもが父親に「何かおもしろい遊びはない?」と尋ね、父親が試行錯誤の末に道具やルールを考案。こうしてピックルボールは1967年に誕生しましたが、名称は考案者の愛犬にちなんでつけられたそう。アメリカのスポーツ&フィットネス産業協会(SFIA)が2021年2月に発表したレポートによると、2020年の競技人口は前年と比べて21.3%増と大きく成長しています。

 

ピックルボールは、バトミントンと同じサイズのコート(縦6.1m×横13.4m)で、卓球の約2倍のサイズのラケットと穴が空いたカラフルな樹脂製のボールを使ってプレーします。テニスのように、ネットの高さは一般的に90cmとされており、木製ラケットはラバーを張っていないため、ボールを打つたびに「カーン」と気持ちのよい音がコートに響き渡ります。

 

プレー形式はシングルスとダブルス。ルールもテニスと似ていますが、サーブはアンダーサーブのみです。レシーブ側はボールをワンバウンドで打ち返し、サーブ側も最初のリターンボールはワンバウンドさせて打たなくてはなりません。得点はサーブ権を持っている側のみに入り、1セット11点で行いますが、10対10になった場合は2点差がつくまで延長。3セットか5セットマッチで行なわれることが一般的です。

 

【動画】ビックルボールとは?(英語)

 

人気の秘密は3つの「ちょうどいい」

 なぜピックルボールの人気は高まっているのでしょうか? その理由として3つの「ちょうどいい」が考えられます。

 

1: 始めるのにちょうどいい

ピックルボールのラケットとボールは、約20〜50ドルで販売されています。あとはスポーツシューズさえあればプレーできるので、道具をたくさんそろえる必要がありません。アメリカでは公共の施設であれば、数時間5ドル程度で借りることができます。初期費用やプレー費用が安く抑えられるため、手軽に始めることができます。

 

また、テニスコート1面を4つに分けると、ピックルボールのコートを4面作ることができるので、最近ではテニス場をピックルボールコートにつくり替えているところもあります。ピックルボールは基本的に屋外でプレーしますが、室内でもできるため、天候に左右されません。上述のようにルールもわかりやすくて簡単。ピックルボールは気楽にスポーツをするのに、ちょうどいいのです。

 

2: ちょうどいい運動強度

↑若者もハマる

 

コートが小さいので、走り回り続けなくてもプレーできることもピックルボールの特徴。ボールには穴が空いているため、風の抵抗を受けやすく、強い打球でも速度が弱まり、打ち返しやすい設計になっています。このように、程よい運動強度(運動をするときに身体にかかる負担)でケガをする可能性も少ないので、ピックルボールは老若男女が楽しめるスポーツなのです。アメリカでは、リタイヤしたシニア層に圧倒的な人気を集めています。

 

その一方、近年では、ケガのためにテニスからピックルボールへ転向するプレイヤーも現れており、ゲームのレベルが向上するとともに、プロ競技人口も増えてきています。2019年には賞金総額が約1500万円の大会も行われ、テレビでも放映されるなど、アメリカで競技人口は着実に増えています。

 

3: ちょうどいい距離感

ピックルボールは野球のように道具が少なく、ルールが簡単であるものの、楽しむためには技術や作戦、連携が必要です。ダブルスであれば、プレー中の雑談を含めてコミュニケーションを取りやすく、「ペアの人と手が届くか届かないか」という距離感が、物理的にも精神的にもちょうどいいと評判です。

↑試合の様子

 

このような理由で競技人口を増やしているピックルボールですが、まだまだそこで終わらないのがアメリカ人。仲間とスポーツをもっと楽しむために考え出されたのが「チキン・アンド・ピックル」。レストランとバーを兼ね備えた、この屋内外のピックルボール用レジャー施設は、事前予約をすれば手ぶらで行ってプレーすることができるほか、定期的にレッスンや大会も行われています。2016年にミズーリ州に1号店がオープンし、テレビで取り上げられるほどの大盛況となり、2021年中には6店舗目を開く予定とのこと。

 

経済的にも、身体的にも、心理的にも「ちょうどいい」ピックルボール。三拍子揃ったこのスポーツの人気は、すでに日本にも及んでいます。東京には日本ピックルボール協会があり、レッスンや大会が行われています。日本の競技人口はまだ数千人のようですが、老若男女に愛される手軽な「米国製スポーツ」として、今後は日本でも普及するかもしれません。

 

この国は変われるかもしれないーー南スーダン陸上選手・アブラハムの大きな転機「国民結束の日」 特別マンガ連載「Running for peace and love」第2回

現在開催中の「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えつつ、この日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいます。GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積んできた南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

【前回を読む】※画像をタップすると閲覧できます。一部SNSからは表示できません。

 

少年時代のアブラハム、そして南スーダン共和国に訪れた新たな転機--「ナショナル・ユニティ・デイ」。今回は、初めてのスポーツ交流とアスリートとしての自分の才能に向き合う、アブラハム選手の様子を描いていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

民族の壁を越えて「平和と結束」を体感したアブラハム選手。ここからは、よりマンガを楽しむための情報をご紹介します。

 

アブラハム選手とナショナル・ユニティ・デイ

JICAウェブサイト『南スーダン・アブラハム選手が自己ベスト更新で新記録達成!:「前橋市、横田真人コーチ…スポーツを通じた絆、互いを思いやる心を記録と共に母国へ」』より転載

 

作中で描かれた通り、アブラハム選手にとってナショナル・ユニティ・デイは大きな意味を持つ出来事です。第1回ナショナル・ユニティ・デイでアブラハム選手は、1500mで4分8秒33という記録で2位、800mにも出場して2分1秒49で1位と好成績を獲得。その成績をもって自身の才能を実感できたことはもちろんですが、それ以上にナショナル・ユニティ・デイ本来の目的である「民族間の交流」をアブラハム選手もその身で体感したことが、彼がアスリートへの道を進む大きな要因となっていくのです。

 

第1回ナショナル・ユニティ・デイ開催に至るまで

写真提供:久野真一/JICA

 

第1回ナショナル・ユニティ・デイ(以下、NUD)は、日本のJICA協力のもと2016年1月に開催に至りましたが、その道は決して楽なものではありませんでした。当時の南スーダンは、IGAD(政府間開発機構)による和平交渉の結果、2015年8月に和平合意が締結されることになりますが、この合意はキール大統領側が一度署名を拒否するなど、まだまだ本当の意味での和平には遠い状況でした。このような混迷が深まる中で、第1回NUDが開催されることになったのです。

 

スーダン共和国時代に、NUDのモデルとなる全国スポーツ大会が存在していましたがそれも数十年前の話。あらためて、ほぼ一から南スーダンの「文化・青年・スポーツ省(現青年・スポーツ省)」とJICAで全国規模の国体開催を目指すことになります。しかし、各地で戦闘が繰り返されている中で、全国から選手団を派遣できるのか、各州は選手たちの渡航費をねん出できるのかなどの様々な課題がありました。

 

作中でも描かれている通り、会期中の競技場の整備など環境を整えるのにも尽力しています。選手の宿泊所として使われた「ロンブール教員養成校訓練所」も、当初は水回りや電気の修理が必要であったり、隣接するグラウンドが雑草に覆われており整備が必要であったりという状況だったようです。会期中、宿泊所では州や民族に関係なく、人と人とのつながりが持てるように、部屋割りや食事場所なども、否応なく話せる空間としています。その取り組みは、現在でも継続しているそうです。

写真提供:久野真一/JICA

 

アブラハム選手がアスリートを自覚する大きな一歩となったNUDは、南スーダンにとっても多くの課題をクリアして現在も続く大事なステップなのです。次回、アスリートとしての才能とも向き合った彼のもとにまた一つ大きなチャンスが舞い降ります。そう、オリンピックです。南スーダンから世界へ、アブラハム選手がどのように羽ばたいていくのかお楽しみに。

 

ハエの分析でわかった「社会的隔離」で人間の行動が変わる理由

コロナ禍での隔離生活は、人と会えない寂しさと外出できないストレスをもたらすもの。その結果、よく眠れなくなったり、食べる量が増えたり、いろいろな影響が出ていますが、私たちの身体は社会的隔離に対してどのように反応しているのでしょうか? 米国の研究チームがハエを使って、そのメカニズムを解明しようとしています。

↑ヤバい、ひとりぼっちだ! 寝ている場合じゃない! できるだけ食べておかないと……

 

隔離生活が、動物の行動や遺伝子の発現、神経の活動にどのような変化をもたらすかを調べるため、米国・ロックフェラー大学で遺伝子を研究するチームがショウジョウバエを使って実験を行いました。ショウジョウバエは集団で行動しており、同研究チームの1人によると「その遺伝子システムを深掘りすると、哺乳類や人間と同じような原基を見つけることがよくある」とか。

 

実験では、最初にショウジョウバエの集まりが、ロックダウン(都市封鎖)のような条件下でどのような行動を取るのかを7日間、観察します。その後、これらのハエを「集団のまま観察を続けるグループ」と「1匹だけで隔離されたもの」「2匹で隔離したグループ」に分け、それぞれの行動の変化を観察しました。

 

その結果、集団の大きさが変わっても集団で行動し続けたハエや、2匹だけで隔離されたハエには大きな変化が見られなかった一方、1匹で隔離されたハエだけは食事量が増え、睡眠時間が短くなったのです。

 

さらに研究を進めたところ、ハエの食事と睡眠の変化には「P2ニューロン」という脳細胞が関連していることが判明しました。P2ニューロンは受容体(細胞の表面や内部に存在し、外界や細胞外の物質や光を受容して情報に変換する物質の総称)の一種と考えられています。そこで、1匹だけで隔離されたハエのP2ニューロンの働きを止めると、食べる量が正常に戻り、睡眠が回復しました。また、1日だけ集団から隔離されたハエのP2ニューロンを刺激すると、1週間隔離されていたハエと同じように食事量が増え、睡眠時間が減少したのです。

 

また、ハエを不眠症にさせるだけでは過食は引き起こさないことが確認されたことから、ハエの睡眠時間減少と過食は、P2ニューロンの働きと社会的な孤立によって引き起こされた模様。「P2ニューロンは社会的隔離の時間的長さや孤独感の認識の仕方と関連しているようだ」と同研究チームは述べています。

 

身体はアラート状態

コロナ禍で体重が増加した人が多いと言われていますが、その原因がP2ニューロンの働きにあると断言することはできません。社会的隔離で睡眠が減り、体重が増える理由を特定するには、より多くの研究が必要ですが、「人間は困難な状況になると警戒心が高くなり、できるだけ起きていようとしたり、食べられるときに、できるだけ食べようとしたりするので、社会的に隔離された身体は、そのような『不確実な状況』にいることを脳に信号で送っているのではないか」と研究チームは推測しています。

 

【出典】Li, W., Wang, Z., Syed, S. et al. Chronic social isolation signals starvation and reduces sleep in Drosophila. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03837-0

なぜ「ひまわり」は東を向いて咲くのか? 納得の理由があった

ひまわりは漢字で「向日葵」と書くように、太陽の方角を向いて咲くことがよく知られています。でも実際には、太陽に向かって咲くのは一部のひまわりだけで、多くのひまわりは東の方角を向いて咲きます。これは一体なぜでしょうか? 最近、明らかにされたその合理的な理由を説明します。

↑東を向くとハチが来る

 

太陽は一日の中で時間帯によって位置を変え、その動きと合わせるように、ひまわりは花の向きを変えます。ところが、花が成熟し茎が硬くなってくると、太陽の方角に合わせて花の向きを変える動きが減り、やがて東の方角しか向かなくなります。

 

7月下旬、米国・カリフォルニア大学デービス校の植物生物学の研究チームは、ひまわりのこの性質について論文を発表しました。この研究チームは長年ひまわりを研究しており、以前に「ひまわりが太陽の方角に合わせて動くのは、体内時計でコントロールされているから」という説を発表しています。

 

そんな研究チームの一員があるとき、ひまわりの鉢植えの向きを変えたところ、東の方角を向いたひまわりには、西を向いたものと比べて、特に朝の時間帯により多くのハチが集まっていることに気づいたのです。

 

東を向いて子孫を残す

そこで、東向きのひまわりの秘密を探ってみると、東向きのひまわりのほうが大きくて重い種を作る傾向があり、早朝から花粉を放出していることがわかりました。その時間はハチがひまわりに集まる時間帯と合致しています。この性質は花の温度の影響を受けているようで、西向きのひまわりでも花の部分をヒーターで温めると、東向きのひまわりと同じような結果が見られたそうです。

 

さらに、この研究チームは「種は作れるけど、花粉は作れない」という実験用ひまわりを作りました。それを東向きと西向きのひまわりの近くに置き、この実験用ひまわりが、どちらのひまわりの花粉をより多く授粉するのかをジェノタイピング(遺伝子型判定)を使って観察。その結果、西向きのひまわりより、東向きのひまわりの花粉がより多く授粉されていたことが判明したのです。

 

これらの実験結果から導かれるのは、ひまわりは東を向いて咲くことで、ハチが集まる時間帯により多くの花粉を放出し、ハチが花粉を媒介しやすくなっているということ。つまり、ひまわりが東向きに咲くのは子孫をたくさん残すことができるから、と結論づけられるのです。

 

元気いっぱいに花を咲かせるひまわりにとっても、子孫を残せるかどうかは重要な問題。少しでも多くの花粉がハチによって運ばれて授粉するように、ひまわりは進化したのでしょう。ひまわりを見かけたときは、どの方角を向いているかチェックしてみると面白いかもしれませんね。

 

【出典】Creux, N.M., Brown, E.A., Garner, A.G., Saeed, S., Scher, C.L., Holalu, S.V., Yang, D., Maloof, J.N., Blackman, B.K. and Harmer, S.L. (2021), Flower orientation influences floral temperature, pollinator visits and plant fitness. New Phytol. https://doi.org/10.1111/nph.17627

コロナ禍で際立つイタリア人とペットの甘い関係

イタリアでは、コロナ禍における2度目のバカンスがそろそろ終わりますが、同国では、ペットを滞在先に連れて行く人が少なくありません。コロナ禍で際立つイタリア人とペットの関係を見てみましょう。

 

ロックダウン中でも犬の散歩はOK

↑キミは特別だ

 

イタリアはペットに寛容な国で、飼っている動物を同伴して入店できるレストランやバールがたくさんあります。食料品店など、衛生的な観点から犬を連れ込めない店にも、お店の外にドッグパーキングが設置されていることが一般的。また、ほとんどのペットが公共の場できちんと振る舞えるようにしつけられています。「イタリアではペットと共に移動することを前提に日常生活が成り立っている」といっても過言ではないかもしれません。

 

それを裏付ける別の事例があります。2020年3月、イタリア政府が全土ロックダウン(都市封鎖)を宣言し、ジョギングなど1人でする運動さえも規制されました。しかしそんな中でも、自宅の周辺だけという条件付きではありましたが、犬の散歩だけは許可されていたのです。「小さな子どもでさえも外で遊べないのに犬は問題ないのか?」という意見があったものの、冗談が好きなイタリア人だけあって、「外出したい方に犬を貸します」というジョークがすぐにSNS上に溢れました。

 

そんなイタリアでは、現在もリモートワークを続ける人が少なくありませんが、この新しいライフスタイルは、これまで「ペットを飼いたい」と思いながらも、時間的余裕がないために諦めていた人にとって、その願いを叶える絶好の機会になっているようです。

 

価格比較サービスIdealo社の調査によれば、イタリアにおける2020年のペットフードのオンラインでの売り上げは前年比80%増を記録し、犬は同145.7%増、猫は同115.6%増という伸びを見せました。また、イタリア社会の動向を調査するEurispes社が2020年に実施したアンケートで、ペットを保有していると答えた人は、前年の33.6%から39.5%に増えています。

 

政府中央統計局によると、2020年前半のイタリア人の国内旅行は前年比39%減、外食は同38.9%減、衣料品は同23.3%減、映画などの娯楽費は同26.4%減となりましたが、その分だけお金がペット市場に流れたとも考えられそうです。

 

また、ペットショップで動物を購入するだけではなく、殺処分を待つ動物を引き取るという動きも活発です。イタリア動物保護協会は2020年に8100匹の犬と9500匹の猫が引き取られたと報告しており、引き取り件数は前年に比べ15%以上も増えました。

 

高齢者向けのペット用品デリバリー支援

↑誇らしいボランティア活動だわん

 

高齢者にとってもペットは心の友。ただし、ロックダウン中は数日分の食料を1回の買い物で備蓄する必要があったため、ペットフードまで手が回らないという高齢者が多かったようです。スマートフォンやパソコンなどを使うことができず、オンラインでの買い物ができない高齢者も少なくありません。

 

それを受けて、ミラノでは非営利団体のバルズーが70歳以上の高齢者を対象に、エサや医薬品を含むペット向けの必需品をボランティアで配送する活動を始めました。ペット商品の大手チェーンも提携しており、配送料金は無料。バルズー会長のルイジ・グリッフィーニ氏は「ペットがいる家庭の支援を目的とした我々の取り組みは、非常事態にこそ機能しなくてはなりません」と語っています。

 

日本と同様にイタリアも高齢化社会ですが、このようなボランティアが存在することは、「ペットを飼いたい」と願う高齢者の背中を押しているでしょう。

 

何があっても離れない

↑アフターコロナでも重要な存在

 

ペットの数が増えると飼育放棄が問題になる国もありますが、イタリアはそうではないようです。これは、イタリア政府が義務付けているペット飼育に関する施策が功を奏しているのかもしれません。

 

イタリアではペットを飼うにあたり、オーナーは保険省の管轄にある動物の戸籍簿に登録する必要があります。さらにペットはマイクロチップで管理されるうえ、飼い主は首輪に付けた小さなメダルに自分の名前や電話番号を彫る義務があり、ペットの飼育を放棄したとしても、マイクロチップや首輪の登録情報をたどって、飼い主に連絡が来る仕組みになっているのです。

 

ペットセラピーの専門家によれば、ロックダウンという未曾有の恐怖と不安の中でも、人間はペットと触れあうことでストレスを解消できるそう。コロナ禍がある程度収束しても、未来に対して不安を抱く人も多いことから、これからもペットは人間の精神状態を回復したり維持したりするために重要だと言われています。

 

夏のバカンスは終わりますが、すでに多くのイタリア人は「次のバカンスをペットとどう過ごそうかな?」と考えていることでしょう。

固定概念が影響する?「無観客試合」の影響はジェンダーで異なることが判明

最近、無観客試合に関する研究が世界各国で行われていますが、先日発表された論文によると、観客の有無だけでなくジェンダーによっても、アスリートのパフォーマンスに違いがあるそうです。観客不在の試合では、男性と女性の選手にどのような変化が起きるのでしょうか?

↑観客不在は複雑な影響を及ぼす

 

有観客と無観客で、アスリートのパフォーマンスにどのような違いがあるのか? 独マルティン・ルター大学ハレ・ウィッテンベルク・スポーツ科学研究所のチームがこの問題に挑みました。

 

彼らは、クロスカントリースキーと射撃を組み合わせた「バイアスロン」の、ワールドカップの結果を分析に使用。その中から比較的短距離コースをスキーで走行し射撃を行う「スプリント」の種目と、スキーの距離がスプリントよりやや長く、射撃を行う回数も多く、男女の選手が一斉にスタートする「マススタート」の2種目を取り上げました。そしてスキーのタイムと射撃の成功率について、新型コロナウイルスが発生する前で有観客だった2018年〜2019年とコロナ禍で無観客だった2020年を、男女別に比較しました。

 

その結果、有観客の場合、男性選手はスキーのタイムが早くなった一方、射撃の成績は悪くなりました。女性選手は有観客でスキーのタイムが遅くなりましたが、射撃の得点率は5%高くなり、男女で異なる結果が出たのです。

 

クロスカントリースキーは主にスタミナが求められる一方、射撃は並外れた集中力と精神力が必要で、2つはまったく異なる競技です。アスリートのパフォーマンスが観客の有無で大きな影響を受けることは納得できますが、競技の種類によっても、その結果はまた違うものになるようです。

 

特にクロスカントリースキーのタイムに観客の有無で差が出たことについて、この研究チームはジェンダーに基づいた固定概念が働いている可能性があると推測しています。例えば、観客に見られることで男性選手は「(自分は男だから)体力があるのだ」という意識が強くなり、それがパフォーマンスに影響しているのではないか、というのです。

 

無観客試合がアスリートに与える心理的な影響については、すでにさまざまな研究が行われていますが、その多くはジェンダーの視点が欠けているとか。無観客試合の影響を調べるなら、ジェンダーの区別も考慮したほうがいいかもしれません。

 

【出典】Amelie Heinrich, Florian Muller(※1), Oliver Stoll, Rouwen Canal(※2)-Bruland. Selection bias in social facilitation theory? Audience effects on elite biathletes’ performance are gender-specific. Psychology of Sport and Exercise, 2021; 55: 101943 DOI: 10.1016/j.psychsport.2021.101943

(※1)Mullerのuは、ウムラウト付きが正式な表記です。

(※2)Canalのnは、ティルデ付きが正式な表記です。

 

【関連記事】

スタジアムには魔力が宿る!「無観客試合」でもホームチームが有利と判明

 

「パラアスリート」を支える最新テクノロジーが凄かった

スポーツをするために、義足や義手、車いすなどを必要とするパラアスリートにとって、テクノロジーの進化はパフォーマンスやコンディションの向上につながります。東京パラリンピックに向けて、どのようなイノベーションが生まれているのでしょうか?  障がい者スポーツにおける技術革新に関する議論とあわせて見てみましょう。

↑テクノロジーの進歩と共に、パラアスリートはさらに限界を突破する!

 

F1と同じシートを採用した車いす

試合中は選手たちがコート内を激しく走りまわる車いすバスケ。スピードや俊敏な動きなどが求められる、この激しい競技において、車いすは選手の「脚」となる大事な存在。車いすバスケのオーストラリア代表は、オーストラリア国立スポーツ研究所のエンジニアと協力して、一部の選手がカーボンファイバーを使ったカスタムメイドのいすを利用しています。

↑F1と同じシートを使う車いすバスケットボールのオーストラリア代表(画像提供/Paralympics Australia)

 

この素材は、なんとF1マシンに使われるものと同じ素材。同研究所のエンジニアは、このカーボンファイバーは強度がありながら軽量で、スピードと俊敏さを求める車いすバスケには最適なのだと言います。しかも、選手が車いすに座った状態で3Dスキャンを行い、各個人の体型にあわせてシートを成形するため、ターンや切り返しなど、選手のさまざまな動きにも対応するそうです。軽量化しながら、俊敏性やフィット感が向上すれば、選手のパフォーマンスも上がるでしょう。F1マシンと同じ上質な素材が使われているということも、選手の自信やモチベーションを高めるかもしれません。

 

ラルフローレンの冷却テクノロジー

東京オリンピックとパラリンピックの開会式で、アメリカ代表団の旗手は最新テクノロジーを採用したユニフォームを着用しています。それが、ラルフローレンが独自に開発した、自動で温度を調整する冷却システム。ウェアに組み込まれた「RL COOLING」と呼ばれる冷却システムが、温度を監視しながら、着る人の肌から熱を分散させるそう。最先端コンピューターの冷却装置と同じと言われるこの技術は、東京の真夏の暑さを考慮して作られたのだとか。

 

さらに、ラルフローレンが手掛けるアメリカ代表選手団のウエアは、ベルトにペットボトルから再生したリサイクルポリエステルを使ったり、合成樹脂を使わずに作られた革の代替素材をデニムパンツに取り入れたり、サステナビリティにもこだわっています。

↑自動冷却システムを採用した米国代表団のウエア(画像提供/ラルフローレン)

 

ちなみに、この「2020チームUSAコレクション」は、アメリカのラルフローレンの店舗やオンラインストアなどで購入することができます。

 

でも本当にスゴいのはアスリート

技術革新が進む一方、「テクノロジーの活用はどこまで許されるのか?」という議論が以前から行われています。国際パラリンピック委員会は、選手が使う装具の基本原則として「安全性・公平性・普遍性・身体能力」を挙げており、例えば、外部から電源を供給して筋力をサポートしたり、ジャンプ力のある大きなバネを使用したりすることは禁止。選手の能力を超えるようなパフォーマンスを生み出すモノは使用できないのです。

 

確かにパラリンピックや障がい者スポーツにおいてテクノロジーは重要ですが、それがすべてではありません。いくら素晴らしい用具を使っても、パラアスリート自身の能力が高くなければ、結果は出ないもの。選手自身のたゆまない努力や工夫、才能があって初めて、テクノロジーの力を最大限に引き出すことができると論じている専門家もいます。

 

世界各国から集まったパラアスリートの熱戦は、見る人の心を揺さぶり、熱くさせるもの。パラリンピックでは、最先端テクノロジーだけに目を奪われるのではなく、パラアスリートの身体と精神がいかに科学技術と融合しているのかにも注目してみましょう。きっと多くのインスピレーションが湧いてくるはずです。

元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん、ブラインドサッカー®の魅力を再発見! 障害、出身、言語など違いがあっても全員がフェアなスポーツの力で社会を変える

↑子どもたちを指導する元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん

パラリンピック正式種目の「5人制サッカー」をご存じですか?

5人制サッカーの別名は、「ブラインドサッカー」。視覚障害者が中心となって行う競技で、相手ゴールにボールを入れて得点するというルールはサッカーと同じです。大きく異なるのは、アイマスクで視界を遮り完全に見えない状態にすること。音の鳴るボールや、案内役(ガイド)の声などの“音”を頼りにプレーします。

このブラインドサッカーをテーマに、JICAとWEB漫画サイトの「コミチ」が協同で企画した漫画コンペで最優秀賞受賞作品として輝いたのが『エブリシング イズ グッド!』。パラリンピックの開催を機に、視覚障害がある方も同様に楽しめるように音声解説付きのコミック動画になりました。

このコミック動画の完成を機に、盲学校の先生として動画に登場するJICA国際協力推進員の羽立大介さんと、元サッカー日本代表で、現在は、障害者支援の活動に奔走する巻 誠一郎さんの対談が実現しました! スポーツを通じて「多様な人を受け入れる社会」をつくりたい――。そんな共通の想いを持つ二人が熱いトークを繰り広げます。

<作品紹介>
『エブリシング イズ グッド!』作:いぬパパ

▼音声解説付きのコミック動画はこちらから

▼原作漫画はこちらから

<この方にお話をうかがいました!>


巻 誠一郎(まき・せいいちろう)
2006年サッカーW杯日本代表。2018年に現役引退し、少年サッカースクールで指導者を務めるほか、放課後等デイサービスセンター事業、就労継続支援A型施設(障害者の農業就労支援)の開設などに携わる。2019年には、JICAインドネシア事務所と共に、インドネシアの震災復興支援にかかわった(https://www.jica.go.jp/topics/2019/20191017_01.html)。現在は、「障害×アート」で、行政や支援に頼らない仕組みづくりを進めるなど、地元の熊本を拠点に社会貢献活動に尽力している。
巻さんが代表を務める「NPO法人ユアアクション」(https://youraction.or.jp/

羽立大介(はだて・だいすけ)
大学卒業後、重度の知的障害を有する人の入所施設で生活支援員として勤務。2018年~2020年、JICA海外協力隊の障害児者支援隊員として西アフリカのガーナ共和国に赴任。配属先の盲学校ではICTや体育の教員として活動しながら、ブラインドサッカーの指導普及に取り組む。2020年7月からは、地元の広島県で、JICAの国際協力推進員として活動中。

 

↑今回の対談はオンラインで実施しました

視力に違いがあっても全員がフェア! ブラインドサッカー®のルールで障害によるギャップを埋める

巻 誠一郎さん(以下、巻):『エブリシング イズ グッド!』を拝見しました! ガーナの溶接業者にゴールポストの製作を依頼するところから始めた活動が、ブラインドサッカーの上達によって子どもたちの自己肯定感を高める結果につながったというのが素晴らしいですね。羽立さんは、そもそもどうしてガーナへ行かれていたのですか?

羽立大介さん(以下、羽立):ぼくがガーナへ渡ったのは、JICAの海外協力隊に応募して合格したからなんです。当時、大学で取った社会科の教員免許を生かして教職に就くことを考えていました。でもその前に、教科書に載っている途上国の様子を自分の目で見たかった。大切なことは、自分の経験を通して生徒に伝えたかったんです。

赴任した盲学校には、全盲(※1)と弱視(※2)の子が通っていて、ぼくは教員として主に体育の授業を受け持っていました。赴任後、さまざまな生徒たちを観察するうちに、全盲と弱視の子に活躍の差があることに気づき始めたんです。

※1:「全盲」視力がまったくなく、目が見えない状態
※2:「弱視」なんらかの原因で視力の発達が妨げられ、眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても視力が十分に出ない状態。視力の弱さや見えにくさは人により異なる

巻:それはどのような差ですか?

羽立:クラスで中心的な役割を担ったり、スポーツ大会で目立ったりするのは弱視の子。全盲の子は活躍する弱視の子の後ろで常に控えめにしています。「障害の軽重により生まれるギャップを埋めることはできないだろうか……」と考え、始めたのが放課後のブラインドサッカークラブでした。

↑『エブリシング イズ グッド!』に登場する、ブラインドサッカークラブ初期メンバーの2人。右の男の子がダニエルくん

巻:そのような経緯だったのですね。たしかに視力に違いがあっても、ブラインドサッカーのルール上は全員フェアになる。

羽立:そうなんです。ブラインドサッカーは、ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤーは全員アイマスクを着用して視界を閉ざします。その分、ボールから鳴る「シャカシャカ」という音や、ボールの位置を教えたり選手の動きを指示したりするガイドの声を頼りにプレーするので、競技を進めるうえでの条件が統一されるんです(※3)。

※3:国際大会でアイマスクを着用する意図は、参加対象であるB1クラスには、全盲から光覚障害までの人がいるので、条件を統一するため。日本の国内大会のローカルルールでは視力に障害のない晴眼者もアイマスクをすれば参加が可能

 

子どもたちの潜在的な能力を引き出し、社会で必要とされるマナーを学ぶことができるのがスポーツ

巻:ブラインドサッカーに挑戦させるというのはグッドアイデアですね。でも、ぼくも海外でプレーしていたのでよく分かるのですが、言語や文化、コミュニケーションの取り方が違うなかで子どもたちと信頼関係を構築するのは難しかったのではないでしょうか?

羽立:最初のうちは、正直、生徒たちとのコミュニケーションに戸惑いました。でも、ガーナはサッカー人気が高いですし、ぼく自身も小学校から大学までサッカーをしていたんです。ブラインドサッカーの経験もあります。サッカーボールを使えば生徒と仲良くなれるかもしれない、という期待も込めてチャレンジしました。

巻:そうですね。サッカーは言葉を必要としない、一つのコミュニケーションだと思います。子どもって、ボールをパスするとこちらの足元に返してくれる。羽立さんは、そうやって少しずつ心を通わせて信頼関係を築かれたのでしょうね。

ぼくも、障害がある子どもたちと接するなかで「自分は障害があるからできない」と心を閉ざしてしまう様子をしばしば見かけました。でも、周囲と条件がそろい、対等になることで一歩を踏み出し成長が始まります。子どもたちには実際にどのような成長を感じましたか?

羽立:大きな成長の一つは、時間を守るようになったことです。生徒たちは、クラブ活動の開始時間を1時間、2時間と遅刻していたんです。「時間を守ろう」と口を酸っぱくして言い続けたり、時には練習を中止にしたりもしました。

すると、半年も経つ頃には、開始時間の10分前にはみんな集合して、ぼくを迎えに来るまでに改善されたんです。子どもたちは、「時間をしっかりと守れば思い切りブラインドサッカーを楽しめる」ということを学んだんだと思います。

↑ブラインドサッカーの試合の様子。子どもたちは日替わりでリーダー役を担うことで自主性が養われていったという

巻:スポーツの根本は楽しむこと。楽しむためのルールや相手へのリスペクトがなくては成り立ちません。スポーツは社会の縮図だと思いますし、社会とのつながりを持つために効果的な手段だと思います。

羽立:漫画に出てくる中学生のダニエルは、内気な性格で、ボールの扱いも上手とはいえませんでした。しかし、次第にクラブへの参加者が増えてくると、彼は参加者のまとめ役として活躍し始めたんです。ブラインドサッカーは、ダニエルのリーダーとしてのすぐれた資質を引き出してくれたと思います。

 

地元を襲った熊本地震で、「災害時に取り残されがちなのは“社会的弱者”」であることを痛感

羽立:巻さんは、これまでさまざまな障害者支援のご活動をされていますが、何がきっかけで始められたのですか?

巻:ぼくの地元の熊本県では、2016年に震度7の大規模な地震が発生しました。街は壊滅的な状態となり、多くの人が避難所での生活を強いられることになります。ぼくは、「何かできることはないか」と、3カ月をかけて、避難所となっていた小・中・高校、幼稚園、保育園など約300カ所を回りました。支援物資を届けたり、一緒にサッカーをしたりして被災者の生活や心をサポートする取り組みをしていたんです。

↑熊本地震の発災から3カ月間、毎日5~6カ所の避難所を訪問。自らの目で見て、被災者の声を聞き、必要とされる支援物資の調達と配送を行ったという。巻さんをサポートしようと、個人、法人など多くの協力者が続々と集まり、24時間体制の支援活動が実現していった

羽立:熊本地震のことはよく覚えています。テレビのニュースで甚大な被害の様子を見ていました。

巻:あるとき、避難所となっていた学校で数百人が集まるサッカーイベントを開催しました。イベント終了後、子どもたちは帰宅していきます。でも、いつまで経っても校庭に残る一人の子どもがいたんです。話を聞いてみると福祉施設で生活する子どもだった。親から虐待を受けて預けられていたのだそうです。ぼくはその時の、誰にも迎えに来てもらえず校庭にポツンと佇む子どもの姿が忘れられませんでした。

引き続き被災地を巡るうちに、自然と、ご高齢の方や障害がある子ども、施設の子どもたちといった、いわゆる“社会的弱者”と呼ばれる人たちに目が向くようになりました。被災者の置かれるさまざまな状況を見るうちに、「災害時に取り残されがちなのは彼らなのではないか」と考えるようになったんです。

状況の改善策を練るために情報収集をしていると、なかでも障害がある子を取り巻く環境に課題を感じるようになり、その後の活動につながっていきました。

↑巻さんが事業に参画していた放課後等デイサービスセンター「果実の木」(熊本市)で、子どもたちに講演会をしている様子

 

↑熊本県のトマト農家と提携して障害者の就労支援を実施していた際の、作付け作業の様子。農業と福祉の連携により、農家の高齢化という課題に取り組んでいる

 

誰もが自分の仕事に誇りを持って生き生きと働くためのサスティナブルな仕組みづくり

羽立:巻さんは、子どもだけではなく、障害がある大人に対する就労サポートもされていたのですよね。ガーナは、大学を卒業しても希望の職には就けない就職難です。障害がある人にとってはそれ以上に厳しい環境で、車いすで生活する人が物乞いをしている姿を見かけたこともありました。

でも、ぼくの住んでいた地域には、「困った人がいたら助ける」というキリスト教やイスラム教の教えが根付いて、四肢不自由な人も楽しそうに暮らしていたのが印象的です。一方で、障害の種類によっては、障害からくる行動などに対して理解が追い付いていない現実もありました。例えば、知的障害者に対する健常者の心無い態度には改善が必要だと感じています。

巻:日本も、障害者は職に就けても単純作業に偏りがちで、必ずしも希望する仕事に就けているとはいえません。しかし、どんな仕事であれ、成果が目に見えて、自分の仕事に誇りを持てることが大切だと思っているんです。

日本は、バリアフリーな社会を作ろうと障害者を手厚くサポートする一方で、その支援が障害者を囲い込み、フラットな社会へ出にくくしているという課題があるようにも感じています。障害は“個性”です。その個性を最大限に生かせる環境づくりや、自分のやりたい仕事に就けるような仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

実はいま、障害がある子どもたちの絵と、プロのアーティストの絵をコラボさせた作品を手軽に鑑賞できるサービスを作っているところなんです。「障害児の絵だから買おう」ではなく、作品としての魅力に引かれてお金を出してもらう仕組みにするつもりです。

↑「子どもって、絵を描き始めるとすごく独創的で手法もさまざま! 子どもたちが何にもとらわれずに絵を描いている姿を見て、“障害×アート”のプロジェクトを思いついたんです」(巻さん)

羽立:すごくおもしろそうですね。巻さんがおっしゃるように、障害がある人が描いたから買おうというモチベーションは、サスティナブルではないと思います。

 

障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れる社会に――。そのきっかけを作るのがスポーツ

羽立:今日は、福祉からスポーツの話題まで、幅広くお話しできてとても勉強になりました。
目の見えない状態でのプレーは、周りの人を信じて身を委ねる信頼関係とコミュニケーションが必要です。ブラインドサッカーは、障害者にスポーツの選択肢を与えてくれる競技ですが、それ以上に信頼関係を醸成してくれる。巻さんとお話をするなかで、改めてそのことを確認できました。

巻:ぼくたちの携わっているチームスポーツは、一つひとつのプレーに責任を持たないと成り立たちません。社会に出て自由が増えるなかでも、自由に対して責任を持つことが重要です。ぼく自身、サッカーを通して責任を持つことの大切さを学びました。障害のあり・なしにかかわらず、スポーツに参加することが多くの人にとって学びの機会となることを願っています。

↑羽立さんは、赴任先の盲学校だけではなく、地域の普通学校でもブラインドサッカーの体験会を実施していた

羽立:そうですね。『エブリシング イズ グッド!』をたくさんの方にご覧いただき、ブラインドサッカーをはじめとするスポーツが、障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れるきっかけ作りをしていることを伝えていきたいと思います。

巻:そうですね。これからもお互いに頑張りましょう!

↑クラブに所属する生徒たちと羽立さん。「ガーナでの経験を生かし、“スポーツ×国際協力”で多くの人に日本と世界とのつながりを伝えていきたいと思います」と締めくくった

『エブリシング イズ グッド!』音声解説付きのコミック動画
日本語版
https://www.youtube.com/watch?v=43AE-o-vA9o

英語版
https://www.youtube.com/watch?v=8c-fk63Myj8

 

青年前期に「数学」を勉強しないと損をする! 英オックスフォード大の研究

サイン・コサイン・タンジェント——。中学や高校の数学で習う内容には「大人になったとき、本当に必要なの?」と疑問に思わずにはいられないものがあるかもしれません。しかし英国・オックスフォード大学の研究チームが最近発表した論文によると、青年前期に数学の勉強をやめた人と続けた人では、脳の働きに大きな違いがあるそうです。一体どういうことでしょうか?

↑GABAが少ない……新たな難問だ

 

イギリスでは16歳から数学の授業は選択制になります。そこで、この研究チームは14歳から18歳の133人の生徒を、数学を受講しているグループと受講していないグループに分け、それぞれの脳について調べました。

 

その結果、数学の勉強をやめた生徒では、「GABA(ギャバ)」と呼ばれる神経伝達物質の分泌量が、脳の認知機能に関わる部位で少ないことがわかりました。今回の調査でGABAが少ないと判明した部位は、数学の問題を解いたり推論したり、記憶・学習したりするときに関わる領域。数学の受講について選択する前の段階では、GABAの分泌量に違いは見られなかったので、「数学の勉強を続けるかどうかによってGABAの分泌量に違いが生じる」と考えられるのです。

 

GABAは「γ-アミノ酪酸」(ガンマ-アミノらくさん)のことで、脳の血流を活発にして脳細胞の代謝を高める働きがあります。そのほか、リラックス効果やストレスを軽減させる効果があることから、チョコレートや玄米にGABA入りの食品が発売されるなど、医療や食品などの分野でも注目されている成分です。

 

16歳は人間の発達段階で青年前期(12〜18歳)にあたります。このステージは、脳の発達や認知機能の変化が伴う大切な時期ですが、数学の勉強を継続するかどうかの違いが、認知機能に対して長期的にどのような影響を与えるかは明らかになっていません。

 

数学以外の解決策は?

数学を苦手とする生徒や学生は多いため、数学の勉強を行う代わりに、同じ脳の領域に働きかけるトレーニングなどを探る必要があると同研究チームは述べています。

 

数学の授業で習った難しい数式を、一般の人が社会に出てから使う場面は確かに多くないでしょう。しかし、学生時代に数学の勉強をやめると、認知的に損をしているのかもしれません。

オフィスに戻る必要はほぼナシ! 米国「アフターコロナの働き方」調査

米国では新型コロナウイルス関連の規制が撤廃された州があるなど、新型コロナウイルスが収束した後の生活に目を向ける人が増えています。周辺機器メーカーのPlugable社は2021年4月に、同国の企業経営者と幹部クラス2000名を対象にコロナ後の働き方に関するアンケート調査を行いました。その結果が公開されているので、アフターコロナの働き方がどうなっていくかを探ってみましょう。

↑リモートワークも一長一短

 

日本でもコロナ禍でリモートワークが推奨され、実際に自宅で仕事をしている人からは、問題点はあるものの、この新しい働き方を肯定的に評価する声が多く報じられています。そんなリモートワークを歓迎するのは米国も同じ。TwitterやGoogleなど大手IT企業は恒久的なリモートワークやハイブリット型ワークを導入していますが、それらの動きを受けて、ほかの企業でも同じような取り組みが見られます。

 

しかし、このトレンドは経営者や幹部にとって脅威でもあります。Plugable社のアンケートで「柔軟な働き方を提供する他企業がいないかどうかプレッシャーを感じている」と答えた人の割合は87%に上りました。競合他社が新しい働き方を提供すれば、そちらに良い人材が集まる可能性があり、経営陣は他社の新しい働き方の動向に敏感になっている様子。良い人材を確保するために、セキュリティソフトやパソコンといった従業員のハード面への投資は今後、一層強化されていくと見られます。

 

週5日も出社する必要なし

リモートワークが進むと、社員同士のコミュニケーションや協調性が薄れることが懸念されています。そんなリモートワークの短所を補うため、社員はどのくらいの頻度で出社するべきでしょうか?「社内のコミュニケ―ションや協調性を健全に維持するために、必要な出社日数は?」という質問に対する答えは以下のようになりました。

 

週2~3日:46%

週1日:30%

月2~3日:15%

週5日:5%

月1日:2%

出社の必要はない:1%

 

従来の典型的な働き方である「週5日」と答えた人はわずか5%で、大半が「週に1〜3日程度」で良いと考えているようです。また「出社の必要はない」と答えた人は1%だったことから、リモートワークを採用しつつも、ある程度の頻度で社員が出社する必要があると考えている人がほとんどであることがわかります。

 

リモートワークが継続されると、オフィスの形も変わるでしょう。例えば、「リモートの社員と出社する社員の協業のために、導入予定のものは?」という質問では、回答者の50%が「ホットデスク」を挙げています。ホットデスクは、社員が共用で使えるデスクのことで、社員1人ひとりに特定のデスクスペースを決めず、その日に出社した人が自由に使えるシステムのこと。毎日全社員が出社することがないなら、企業側は全員分のデスクスペースを確保する必要はありません。米国ではテクノロジー企業の多くがサンフランシスコ周辺に集まっていますが、そこから離れる動きが加速するだろうという見方もあります。

 

社長と社員の心配事

↑リモートワークでお金持ちになれるかしら?

 

経営者や幹部から見ると、リモートワークの社員がきちんと仕事をしているかどうか心配になるかもしれません。在宅勤務の社員に対する心配事として経営者は次のようなことを挙げています。

 

テレビ:64%

ゲーム:52%

昼寝:43%

就業開始時間に仕事を始めない:33%

不必要な外出:30%

オンラインショッピング:26%

友達や家族との長電話:26%

飲酒:24%

 

育児や家事がありませんが、この結果は概ねその通りかもしれません。しかし別の見方をすれば、この問題は在宅で働く人が自分自身にどの程度「完璧」を求めるのかという問題にもつながります。仕事も家庭も常に完璧を目指すことは悪いことではありませんが、精神的にツラい部分もあるでしょう。そういうときにテレビを見たり、ゲームや昼寝をしたりするのは良い気晴らしです。

 

リモートワークの普及により、完璧主義を見直して、仕事や生活にゆとりを持つ人は増えたそうですが、結局それは「一時的な現象だった」と論じている精神分析家もいます。むしろ、リモートで働く人の中には「これまで以上に結果が求められる」と考えている人もいるかもしれませんが、自分を追い込み過ぎるのは危険。経営者にはこの辺のマネジメントが求められるでしょう。

 

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オフィスには(あんまり)戻りたくない!「ポストコロナの日常生活」をIBMが調査

 

大量発生の報道から1年。「サバクトビバッタ」が浮き彫りにした日本の食糧問題

年々増えている世界の飢餓人口

「何億人もの子どもと大人に長期的な影響を与える世界的な食糧危機が差し迫っている」

 

2020年6月、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界中に向けて、こんなメッセージを発信したことをご存じだろうか。食糧危機、飢饉、飢餓などと聞いて、あなたは「アフリカなど遠い国の出来事」と感じてはいないだろうか。「自分には関係のない話、小銭をもってコンビニに行けば、食べものはいつでも買える」とタカを括ってはいないだろうか。

 

そもそも「飢餓」とは何だろうか。それは長期間にわたり十分に食べられず、栄養不足となり、生存と社会的な生活が困難になっている状態のこと。国連のレポート「世界の食料安全保障と栄養の現状」(2020年版)によると、2019年に飢餓に陥った人は、世界全体で約6億9000万人。2018年から1000万人、過去5年で6 000万人近くの増加となった。飢餓人口は年々増えているのである。

 

飢餓には「突発的な飢饉」と「慢性的な飢餓」がある。「突発的な飢饉」は、干ばつ、洪水といった自然災害、紛争など突発的な原因で発生する。近年は気候変動の影響で雨の降り方が変わり、「突発的な飢饉」は発生しやすくなっている。一方の「慢性的な飢餓」は、農業の生産性が低い、賃金が低くて食料が買えない、貿易の仕組みの不公正などによって起きる構造的な問題だ。飢餓人口の割合を見ると、アフリカ地域で人口の19.1%が栄養不足に陥っており、アジア地域は8.3%、ラテンアメリカ・カリブ海地域7.4%となっている。

 

【著者プロフィール】

橋本淳司

水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表、武蔵野大学客員教授。水問題やその解決方法を調査研究し、さまざまなメディアで発信している。近著に『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『水がなくなる日』(産業編集センター)、『通読できてよくわかる水の科学』(ベレ出版)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)など。「Yahoo!ニュース 個人 オーサーアワード2019」受賞。

 

およそ2100万人分の1年間相当の食糧がバッタに食べられた

2020年に起こった「突発的な飢饉」の要因の1つがサバクトビバッタである。バッタの群れは強風が吹くような音とともに出現する。黒い塊が畑を目がけて近づき、あっという間に作物を食べ始め、10分後には何も残らない。サバクトビバッタの体長5cmほど。群れは成虫4000万匹から構成され、その面積は1平方キロメートルにおよぶ。

 

サバクトビバッタによる蝗害(こうがい)は旧約聖書(「出エジプト記」)にも登場する。イスラエル人が、かつて古代エジプトで奴隷状態にあった時代、神がイスラエル人を救出するために、エジプトにもたらした「十の災い」の7番目が「蝗を放つ」だ。

 

“明日いなごの大群を送る。国中がいなごで覆われ、地面を見ることさえできなくなる。雹の害を免れた作物も、今度ばかりは助からない――”

 

聖書の記述は現実のものとなった。アフリカから南アジアにかけてサバクトビバッタが大発生し、まさに「国中がいなごで覆われ、地面を見ることさえできなく」なったのだ。ケニアでは過去70年間で最悪、インドでも30年ぶりといわれる大規模発生で、深刻な農業被害、食糧不足をもたらした。国連食糧農業機関(FAO)は「アフリカの角(インド洋と紅海に向かって角の様に突き出たアフリカ大陸東部の呼称でエチオピア、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ケニアの各国が含まれる地域)の2020年度の被害は300万トンの穀物(9.4億ドル相当)で2100万人の1年分の食糧に当たる」と報告している。(https://news.un.org/en/story/2021/01/1082512

 

なぜバッタは大量発生したのか       

果たしてサバクトビバッタの被害を予防する解決策はあるのだろうか。サバクトビバッタについて訊くなら、この人しかいないだろう。国際農林水産業研究センター(国際農研)主任研究員の前野ウルド浩太郎さんだ。『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書/中央公論新社主催「新書大賞2018」)などの著者としても知られるバッタ研究の第一人者である。

 

そもそもサバクトビバッタとはどんな生態を持っているのか。2020年に大量発生したのはなぜなのだろうか、以下、国際農研のHPにて前野氏が作成しているFAQを引用および要約してサバクトビバッタの概要をご紹介したい。

 

【国際農研(国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター)資料「サバクトビバッタについて」】

 

■大量発生のメカニズム

――サバクトビバッタの通常の生息地は、西アフリカのモーリタニアから東はインドに広がる半乾燥地帯。年間の降雨量は少なく、孤独相(低密度下で育ったバッタ)の成虫が未成熟(繁殖を始める前)の状態で細々と生息している。ところが大雨が降り、エサとなる草が生えてくると孤独相の成虫は、その草を食べて性的に成熟して交尾できるようになり、繁殖を開始。十分な量の草があると、さらに発育・繁殖を行い、個体数が増加する。

 

乾季になって草が枯れ始める頃、エサが残っているエリアに成虫が集まり、他の個体との接触により「群生相化」のスイッチが入る。生理的特徴や行動を変えるのだ。孤独相はお互いを避け合うのだが、群生相になると、お互いに惹かれ合い、群れて集団移動するようになる。するといつも生息している場所から他の地域に侵入。群生相の群れは風に乗って1日100キロ以上移動することもあり、そこで農業に大きな被害をもたらす。

 

大きな問題となった2020年の大発生も、干ばつの後にサイクロンによってもたらされた大雨が、サバトビバッタにとって好適な環境を生み出したことが原因と考えられている。反対に、雨が降らなければ、餌となる草が枯れ、産卵に適した湿った地中も失われるため、大群を維持できなくなり、最終的に死滅する。

 

■日本へ飛来する可能性

――気温や風などの気象条件、長距離を飛ぶためのエネルギーが蓄積できる環境などの条件が重なれば可能性が高くなる。ただし、これらの条件がそろう確率はかなり低いと考えられる。

 

■被害を受ける農作物とその予防策

――500種類以上の植物を食べることが分かっており、主な農作物として、穀物(トウジンビエ、ソルガム、トウモロコシ、コムギ、サトウキビ)、ワタ、果物があげられる。農作物を損失することによる経済的な被害が大きくなるだけではなく、家畜の飼料不足も大きな問題となる。

 

対策には2つの難しい点がある。1つ目は、サバクトビバッタの大発生が突発的かつ不定期なこと。2つ目は、発生場所は広く、砂漠の奥地や紛争地帯でも発生することである。常時、問題になっていれば、対策予算も人員も確保しやすいが、何十年も被害がなければ、対策費用は不要とみなされ、廃れてしまう。2020年に約70年ぶりの大発生となったケニアなどで対策が遅れたのはこのためだと考えられる。被害がない時でも防除体制を維持する工夫が必要であり、国際社会が連携して普段から最低限の防除体制を維持するシステムを構築すること、そして研究予算を継続する必要がある。

 

対岸の火事ではない。日本が直面する問題とは

FAQによると、「サバクトビバッタは日本に飛来する可能性が低い」とある。そう聞いて胸を撫で下ろす人はいるだろう。だが、安心するのはまだ早い。冒頭で、国連のアントニオ・グテーレス事務総長のメッセージを紹介したが、そこでは「食糧が豊富な国でもサプライチェーンに混乱が生じるリスクがある」と言及している。

 

国際的な分業がサプライチェーンによって結ばれ、さらには余計な在庫をもたないことで、生産性は高まり、生産のコストも下がっている。つまり見方を変えると、主要な食糧を他国からの輸入に依存しているということだ。そこでバッタの被害が起きたらどうなるのかは想像するに難くない。

 

では、もっと食糧の生産量を増やせばいいのではないか。実際、2008年に潘基文国連事務総長(当時)は「2030年までに食料生産を50%増やす」と述べている。しかし、問題は単純なものではない。次で詳しくみていこう。

 

水不足や土壌浸食で食糧が生産できない

食糧生産を妨げるものは3つあると考えられる。1つ目が水不足、2つ目が土壌侵食、3つ目が気候変動だ。

 

1つ目だが、全世界で使われる淡水のうち3分の1は農業用水だ。水の需要は年々増加傾向にあり、過剰なくみ上げによる地下水の枯渇や灌漑用水の不足によって、穀物生産にも深刻な影響が出ている。穀物の大生産地であるアメリカ、中国、インドでは地下水を際限なくくみ上げて生産を行ってきた。そのために地下水位の低下、枯渇という問題が起きている。国連食糧農業機関(FAO)は、「世界的な水不足のために30億人以上の生活に影響がある恐れがある」と報告している。(https://news.un.org/en/story/2020/11/1078592

 

日本は世界最大の農作物純輸入国だ。日本の食料自給率(カロリーベース)は40%前後である。輸入している食品を作るのに必要な水を計算してみると、年間627億トンになる。これは、日本人が1日1人当たり1.4トンの水を輸入していることになる。日本には国際河川(2か国以上を流れる河川)がないから、上流・下流の水紛争がないと言われるが、食料という視点で見ると、私たちの食卓には太くて長い国際河川が流れていることになる。

 

2つ目が、森林破壊にともなう土壌侵食。焼き畑農業、農地への転用、木材伐採などで、森林、中でも熱帯林は、毎年相当な面積が消えている。こうして森林の保水力が弱まると洪水が発生しやすくなり、土壌が流出するので、作物生産ができなくなる。

 

気候変動が水とバッタに与える影響

そして3つ目が気候変動だ。気温が上がり作物の生産に適さなくなる。気候変動は水の循環も変える。気温が上がれば循環のスピードが早くなり、水の偏在(多いところと少ないところに偏りがあること)に拍車をかける。すなわち穀物不足の1番目の理由である水不足、2番目の理由である洪水による土壌侵食が起きやすくなる。

 

また、サバクトビバッタの発生も異常な雨がもたらしたことを忘れてはならない。2018年、2つのサイクロンがアラビア半島を襲い、多くの雨を降らせた。2019年には“アフリカの角”をサイクロンが襲った。アラビア半島でのサイクロンなどとても珍しいし、アフリカ東部でもここ数年、異常に多くの雨が続いていた。気候変動がバッタ大発生の背景にあり、悪いことに、2020年末にエチオピアやソマリアに大量の雨が降り、再度大発生の兆しが懸念されている。

 

1人当たり1日2.3トンの水を“食べ”残している

私たちの食生活は海外からの畜産物、農作物に頼っている。つまり、結果的に海外の水資源を利用しているということになる。こうしたことから自国の水を使い、食料自給率を上げるべきという声は高まっている。実際、日本では2025年度までに、食料自給率(カロリーベース)を45%に上げることを目標としている。

 

新型コロナの流行にともない、食糧輸出国は、国内の食料安全保障を優先に輸出を規制する動きを見せたことも忘れてはならない。2020年3~9月までにロシアやウクライナなど10カ国以上が、小麦、大豆、トウモロコシなど主要穀物で輸出禁止や制限措置を設けた。今後、食糧生産が逼迫すれば、そうした傾向は強まっていく可能性がある。

 

もう1つ大切なことは、日本は食料を世界中から買い集めている一方で、世界一の残飯大国でもある。捨てられる食べ物は、供給量の3分の1にのぼる。日本の食品廃棄物の発生量は、年間2842万トン。仮に、捨てられたものがご飯だとすると、それを生産するのに使われる水の量は、年間1051億5400万トンになる(肉であればもっと多くなる)。1人当たり1日2.3トンの水を捨てているのと同じだ。食べ切れる分だけ買い、食べ切れる分だけ作り、食べきれば無駄にはならない。

 

バッタは食糧危機の救世主になるか

さて、サバクトビバッタを食糧生産の敵とみなしてきたが、ここ数年、飢餓対策として「昆虫食」が注目されているではないか。サバクトビバッタは食べられるのか。再び前野氏のFAQを引用したい。

 

■食用の可能性

――硬いものの食べられる。エビに近いような食感や味。サバクトビバッタは、植物に少量含まれるフィトステロール(腸からのコレステロール吸収を抑える機能が知られている)を体内に多く含むため、健康食品として期待されている。ただ、大量発生した時には殺虫剤が散布されるため、そのバッタを食べることは大変危険。バッタを有効活用するには、殺虫剤を使わない防除技術が必要となる。

 

決して他人事では済まされないサバクトビバッタの驚異。これを機会に、私たちは食糧や水といった生活の基本的な部分について改めて考える必要があるだろう。

 

【参考資料】

「世界の食料安全保障と栄養の現状」 

飢餓と栄養不良の撲滅に向けた進捗状況を追跡する最も権威ある世界的な研究調査。報告書は国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)が共同で作成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コアラから犬、熊まで——。動物にも応用される「顔認証技術」

空港の出入国管理やオフィスの入退場などのセキュリティ、無人店舗での決済時に使われるなど、顔認証技術の活用分野が広がっています。その動きは動物にも及んでおり、なんとコアラや犬、熊への応用が進められているといいますが、それぞれどんな目的があるのでしょうか?

 

1: 機械学習がコアラを救う

↑コアラに要注意

 

オーストラリアでは、顔認証技術をコアラのために使用する試みが行われています。同国では1997年から2018年までの間に毎年356頭のコアラがクルマと衝突し、死傷したそう。この悲痛な交通事故を予防するためには、コアラが道路を横断する行動習性の理解を深め、横断の予測を行うことが望ましいという見方があります。そこでオーストラリアのグリフィス大学では、コアラの外見と動きから個体識別する顔認証技術を開発しました。

 

道路を横断するコアラをカメラが捉えると、その画像が同大学のサーバーに転送され、コンピューターと機械学習システムがコアラの個体を識別します。この方法により、どのコアラが動物用に設けられた地下道や橋を渡るかを観測するとか。

 

この顔認証技術が使われる前は、道路を横断したコアラが以前カメラで撮影されたコアラと合致するか、人が確認していました。顔認証技術の導入によって、関係者はこの作業から解放され、より正確なデータを得ることができると見られます。

 

2: 犬の識別というより監視社会の拡大?

↑だ〜れだ?

 

中国の都市部では、ペットの糞を道路にそのまま残した場合、飼い主に罰金が科されるそう。そんな公共衛生の取り締まりに利用されているのが、犬の顔認証技術です。

 

犬の鼻にあるシワは「鼻紋」と呼ばれ、犬によりその形や長さが異なるため、人間の指紋と同じように個体識別に使うことができます。そこで、中国のスタートアップが、異なるアングルから撮影した犬の鼻の画像をもとに、AIが個体識別する技術を開発。これまでに登録されている鼻紋を95%の高い精度で識別することができると言われています。

 

この技術を開発したスタートアップは、中国でECの最大手アリババの傘下にある企業。中国政府は監視社会を構築していますが、その体制は人間以外の動物にまで及んでいるのかもしれません。

 

3: ディープラーニングで熊を識別

↑熊を調査するために顔認証技術デバイスを設置する研究者(画像提供/Moira Le Patourel)

 

野生動物の生活や行動パターンを観察するためには、個体の識別が欠かせないのはこれまで説明したとおり。しかし斑点や縞のような模様がない動物では、人間の目視での識別に限界があります。そんな動物の個体識別のために、カナダのビクトリア大学は熊専用の顔認証技術「BearID」を開発。熊の画像数千枚を使って深層学習を行うことで、84%の精度でクマの個体識別ができるようになったそうです。熊は、成長したり季節が変わったりすると顔が変化しますが、この顔認証技術はそんな変化にも対応できるように進化していく計画です。

 

このように、人間の目を頼りに行われてきた動物の個体識別の世界にも顔認証技術が使われ始めています。監視社会の拡大は気になりますが、このテクノロジーが動物の保全活動などの役に立つといいですよね。

プラスチックをジェット燃料に1時間で変換! 飛行機でもエネルギー革命が進行中

現在、世界中でエネルギー革命が起きています。このトピックでは自動車業界が大きな注目を集めていますが、ほかの産業に目を向けると、航空業界ではプラスチックごみなどを原料にしたジェット燃料の開発が進められています。空の燃料はこれからどうなるのでしょうか?

 

より効率的な触媒作用

↑目的地は脱炭素社会

 

ゴミ袋やシャンプーの容器などで使用されているポリエチレンは、プラスチックの中で最も多く使われている化合物です。米国・ワシントン州立大学の研究チームは、ルテニウム(白金族元素の一種で、銀白色の硬くて、もろい金属)と溶媒を使って、ポリエチレンをジェット燃料などに変えるための触媒を発明しました。これにより、実験で使用したプラスチックの約90%を220度の温度でジェット燃料の成分に変えることに成功。しかも所要時間はわずか1時間。従来の触媒では温度を430度まで上げる必要があるそうですが、彼らの方法ではそれが200度以上も低いうえ、触媒作用もより効率的であると言われています。

 

新たに開発された技術はニーズに合わせて、反応の温度や時間、触媒の量などの諸条件を調整することもできるそう。ほかの種類のプラスチックにも応用できる可能性があるそうで、同チームは商業化に向けて、さらに研究を進めていきたいと話しています。

 

プラスチックごみの問題に対処するため、世界各地でそのリサイクルが行われていますが、品質やコストに関して問題があるため、そう簡単ではありません。同研究チームによると、米国でリサイクルされるプラスチックは9%ほどしかないと言われていますが、今回の研究はそんな現状を変えることにつながるかもしれません。

 

ANAとJALも環境に優しい燃料へ

日本でも、環境を考えた燃料の開発が行われています。日本航空(JAL)では、2030年には「SAF(持続可能な航空燃料)」の利用を全燃料の10%まで利用する目標を設定。さらに丸紅やENEOSなどと共同で、廃棄されたプラスチックを原料にした代替航空燃料の製造や販売について調査を行っており、2026年以降の活用を目指すと報じられています。一方、全日本空輸(ANA)は、日本の航空会社として初めてSAFを2020年10月下旬に同社の定期便に導入しました。

 

日本政府は、2050年までに脱炭素社会の実現を目指す「2050年カーボンニュートラル宣言」を2020年に発表していますが、これに準じて、ANAとJALは2050年の二酸化炭素排出量実質ゼロの目標を掲げています。廃棄プラスチックを原料とする燃料や、環境に優しい新たなエネルギーの開発は、ますます加速していきそうですね。

人が食べ物を噛む音が気になる? あまり知られていない「ミソフォニア」の脳科学的な特徴が判明

誰にでも不快な音があるもの。ガラス窓や黒板を爪で引っ掻く「キーキー」した音には、多くの人が嫌悪感を覚えるでしょう。しかし、他人が咀嚼する音や呼吸する音などに対して過敏に反応してしまう場合、それは「ミソフォニア」かもしれません。

 

ミソフォニアとは?

↑他人の食べ物を噛む音が不快で堪らない

 

私たちは、人が呼吸する音やあくびの音、ごはんを噛む音など、さまざまな音に囲まれながら暮らしています。そんな日常生活の特定の音に過敏に反応する症状をミソフォニアと呼びますが、よく知られた症状ではないことから、患者がミソフォニアについて医師に相談することも、医療者側が尋ねることも少ないそうです。

 

以前に英国で行われたミソフォニアに関する実験を見てみましょう。ミソフォニアの症状がある20人と症状のない22人が3種類の音を聞き、不快レベルを評価しました。3種類の音は、食事の音や呼吸音などの「トリガー音(引き金となる音)」、赤ちゃんの泣き声や人の叫び声などの「雑音」、そして雨音などの「ニュートラルな音」です。

 

その結果、雑音とニュートラルな音については、ミソフォニアの症状の有無を問わず、不快レベルの評価は同程度でした。しかしトリガー音は、ミソフォニアの症状がない人は不快度が低かったのに対して、症状がある人は高い不快度を示しました。この種類の音は主に他人によって発せられる音であり、ミソフォニアの症状がある人はトリガー音に大きく反応する傾向があるようなのです。

 

また、音の不快感が感情面に影響を与えることもミソフォニアの特徴の1つ。例えば、人の咀嚼音を聞いた途端に腹が立ったり、子どものあくびを見て、「闘争・逃走反応」(不安、恐怖、興奮などのストレス反応)が生じたりするなら、ミソフォニアの可能性があるかもしれません。

 

脳科学的には?

一方、2021年6月に英国・ニューカッスル大学の研究チームが発表した論文で、ミソフォニアの症状には脳科学的特徴があることがわかったのです。

 

この研究チームはfMRI(磁気共鳴機能画像法)を使い、ミソフォニアの症状がある人とない人の脳の反応を比較しました。すると、ミソフォニアの症状がある人はトリガー音を聞くと、脳の聴覚野と前運動皮質の信号が増加したことが判明。音を聞く中枢と、顔や口、喉などの運動に関わる領域で、一般にはない異常な信号のやりとりが行われているようなのです。

 

さらに、ミソフォニアの症状がある人の脳では、視覚領域と運動領域の間でも同じような信号の増加が観察されました。同研究チームによると、これは他人の行動を見て、自分も同じ行動を取っているかのような反応をする「ミラーニューロン」が働いていることを示唆しているとか。例えば、ミソフォニアの症状がある人は、他人が咀嚼する様子を見たうえで、その音を聞くと、自分の身体の中でも同じ咀嚼音が発生しているような感覚に陥り、強烈な不快感を感じている可能性があるそうです。

 

今回の研究結果を受けて、ニューカッスル大学は、ミソフォニアを治療するためには脳の音に関する領域だけでなく、視覚や運動の領域についても考慮する必要があると考えています。まだまだ研究が少ないと言われるミソフォニアですが、より多くのリサーチが求められています。

 

【出典】Sukhbinder Kumar, Pradeep Dheerendra, Mercede Erfanian, Ester Benzaquén, William Sedley, Phillip E. Gander, Meher Lad, Doris E. Bamiou, Timothy D. Griffiths. Journal of Neuroscience. 30 June 2021, 41 (26) 5762-5770; DOI: 10.1523/JNEUROSCI.0261-21.2021

「グリーンインフラ」の最前線。大林組の目指す「都市の生物多様性」とは?

自然の力を活用した都市環境づくりを目指す~株式会社大林組

 

「グリーンインフラ」という言葉をご存じでしょうか。「グリーンインフラストラクチャー(Green Infrastructure)」の略で、自然が持つ多様な機能を課題の解決手段として活用する取り組みや考え方のことです。日本では国土交通省などを中心に2015年から推進されていて、例えば、津波対策としての海岸防災林、ヒートアイランドの抑制のための屋上緑化や自然環境の再生ほか、さまざまな取り組みが実施されています。

 

ものづくりへの新たな価値を創出

グリーンインフラは多くの社会的課題を解決する可能性があるため、SDGsとの関係性も高いと言われています。今では行政だけでなく、グリーンインフラを採り入れる企業も増えていて、今回ご紹介するゼネコン大手の大林組もそのひとつ。「自然と、つくる。(https://www.obayashi.co.jp/green/)」をキャッチフレーズに多くの取り組みを行っています。

 

「以前から“自然”を採り入れたサービスを提供してきましたが、これまで人工構造物に対する評価はあっても、“自然”を評価対象にすることはありませんでした。グリーンインフラは、自然の力を賢く使うということがキモであり、弊社のモノづくりに積極的に採用することで、自然環境や経済、人々の暮らしに好循環が生まれると考えています」と話すのは、技術本部技術研究所研究支援推進部の杉本英夫さんです。

↑技術本部技術研究所研究支援推進部・部長の杉本英夫さん(右)と、技術本部技術研究所自然環境技術研究部・副課長の相澤章仁さん(左)

 

大林組が取り組むグリーンインフラ

では、同社が取り組むグリーンインフラにはどんなものがあるのでしょうか。

 

例えば、陸の生態系の回復。建設により自然環境が失われることもありますが、それを代償するための手法の一つとして、ビオトープ(生物生息空間)の計画と施行、維持管理を行っています。建設予定地に生息する在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図るのです。また、これまで緑化が困難とされていた強酸性土壌の斜面に植生できる工法などもあります。こうした取り組みは、生物多様性の保全だけでなく、水質浄化やCO2固定などにも貢献しています。

↑在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図る

 

一方で、川や池の生態系の回復や水質の浄化、沿岸域の生態系の回復や海の水質の浄化など、陸域だけでなく水域での取り組みもいろいろと行われています。これらの技術は、単に水域の生物多様性の保全だけにとどまらず、街を洪水から守るなど災害対策にも関係しているのです。

 

グリーンインフラの特徴について、技術本部技術研究所自然環境技術研究部の相澤章仁さんはこう話します。

 

「グリーンインフラは、単一の効果だけでなく、複合的な効果が期待できます。例えば、ある都市に緑地を創出すれば、単に生物が増えるというだけではなく、ヒートアイランド対策であったり、人々に癒しを与えたりすることもできます。グリーンインフラは、それぞれの取り組みがリンクし、気候変動の緩和、災害の軽減、健康や安らぎの提供など、人々に様々な恵みをもたらせてくれるのです」

↑ヨシなどの群落は水際植生帯と呼ばれ、昆虫など多くの生き物がいる。この水際植生帯を早期に再生する工法もある

 

緑化・ヒートアイランド対策「COOL CUBE(クールキューブ)」

実は、グリーンインフラという言葉が生まれる前から、同社は環境に配慮した技術開発を展開しています。そのひとつが、涼空間再生プロジェクト「COOL CUBE(クールキューブ)」です。快適な建築空間とは、建物内部だけに限らず、快適な屋外空間もその一部であるという考え方で、都市、建物、そして人を冷やすヒートアイランド対策として取り組んできました。

↑建物外皮、舗装、空間といったすべての要素を対象としたCOOL CUBE

 

「緑化は緑化、空調は空調、生態は生態と、かつては担当部署が個々に技術開発を行っていました。それでは、対外的に説明する際に伝わる要素が制限されますし、そもそも研究員同士で技術交換が行われないのはマイナスでしかありません。そこで共通のプラットフォームとして、COOL CUBEというプロジェクトにより、連携させることにしたのです」(杉本さん)

 

COOL CUBEには、湿潤舗装や透水性舗装、遮熱効果により空調負荷を軽減する高日射反射率塗装ほか、多くのシステム(技術・工法)があります。そのなかで軸となっているのが、「グリーンキューブ®」という名称の緑化システム。給水装置と緑化基盤をセットにした屋上用緑化や、視覚的効果と建物表面の温度上昇を抑制する壁面緑化など、グリーンキューブ®自体にも種類(工法)があります。

↑屋上を緑化。ヒートアイランド減少の緩和にも役立つ

 

ちなみにグリーンキューブ®は、水を供給する仕組みがあれば、基本的には建物の構造に合わせて緑化が可能。また、植えられる植物も、根を深く張る種類でなければ特に制限はなく、予算に合わせて木々を選べるそうです。

 

900本の樹木でCO2固定量が年間約4t

このグリーンキューブ®を施行した事例は多くありますが、代表的なのが、南海電鉄が運用・管理する「なんばパークス」(大阪府大阪市)です。そこではさまざまな調査も行われています。

 

「なんばパークスには、約5300㎡の屋上緑地があり、多様な動植物が生息、生育しています。緑の少ない大阪ミナミのエリアにおいて、28種の鳥類と、152種の昆虫類の生息が3年間の調査で確認できました。また約900本の樹木があり、それらによる1年間のCO2固定量が約4tであることや、夏季夜間における約1℃の気温低下を測定。ヒートアイランド対策に大きな効果があることもわかりました。また、老若男女問わず多くのお客様が回遊したり、木陰に佇んだり、記念写真を撮るなど、憩いの空間としても使っていただいています。

↑なんばパークス。都心部でありながら、人々が身近に自然と触れ合える

 

そして近年は、高層階から眺める地上部分や、低層階の壁面を人工物にしないなど『見せる』ことにも注力しています。もちろん、木陰を作るなど、訪れた人の快適さも追及しなければなりません。その辺りのバランスを保ちつつ、メンテナンスをどうするか試行錯誤しています」(杉本さん)

 

都市の生物多様性の調査・研究をスタート

これら従来からの取り組みを礎に、さらなる持続可能な社会の実現に向け、次のステップとして取り組み始めているのが「都市の生物多様性」に関する調査・研究だそうです。

 

「生物多様性の問題は、地球温暖化をはじめとするほとんどの環境問題と関わっています。例えば、これまでは植生の視点だけを考え、農薬などで害虫を強制的に排除してきましたが、特定の生物が増えてしまうことがあります。このように今までは自然界のバランスまで考慮していなかったのですが、今後は生物多様性の研究を通じた都市緑化への取り組みを行っていく予定です。現在も、なんばパークスをはじめ、当社が手掛けた施設でモニタリングを行っています」(相澤さん)

 

大林組が目指すサステナブルな未来とは

↑「Obayashi Sustainability Vision 2050」の概要

 

元々同社は、社会課題の解決に取り組んで持続可能な社会に貢献するということを企業理念に掲げていました。2011年には中長期環境ビジョン「Obayashi Green Vision 2050」を策定し、再生可能エネルギー事業の推進など環境に配慮した社会づくりに取り組んできたのですが、これを2019年に「Obayashi Sustainability Vision 2050」へと改訂しています。その理由について、グローバル経営戦略室ESG・SDGs推進部・部長の飛山芳夫さんはこう説明します。

 

「サステナビリティビジョンに転換した理由の一つに、東日本大震災があります。震災を機に再生可能エネルギーへの転換など、エネルギー構成を見直す風潮が社会的にも生まれました。さらに2015年のパリ協定、SDGsの登場もあり、こうした視点を加える必要性も出てきたのです。そして2017年に策定した中期経営計画からESGという考えを経営基盤戦略の一つに掲げた流れも受け、E(環境)の部分に特化したビジョンのままではなく、地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンへと改訂したのです」(飛山さん)

↑環境特化型から調和型のビジョンへと転換

 

将来の持続可能な社会の実現に対して、大林組が目指すべき事業展開の方向性を示した「Obayashi Sustainability Vision 2050」。これを踏まえ、今後、どう進めていこうと考えているのでしょうか。

 

「具体的には、“脱炭素”“価値ある空間・サービスの提供”“サステナブル・サプライチェーンの共創”を目標に掲げています。これらを達成するために、具体的なアクションプランを設定し、推進しています」(飛山さん)

 

地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンを実現するために、グリーンキューブ®をはじめとする同社のグリーンインフラの取り組みについては、これからも大いに注目していきたいところです。

 

 

 

木そのものが建物になる? 驚きの「未来の高層ビル」予測

通称「ねじれタワー」で知られ、立方体をひねったようなデザインが印象的な、ドバイのカヤンタワー(高さ307メートル)。下階より上階の方が幅広で逆三角形のシルエットが印象的なバンクーバーハウス(高さ151メートル)——。

 

世界には、建築技術の発展を背景に斬新なアイデアで生まれた、度肝を抜くようなデザインの高層ビルがあります。これから建設される高層ビルはどんな形になっていくのでしょうか? 米国の建築雑誌「eVolo Magazine」が主催する超高層ビルのデザインコンテスト「2021 Skyscraper Competition」で、492の応募作品の中から入賞した上位3つのデザインを見ながら、未来の建物について考えてみましょう。

 

1位: 木と融合した「生きた高層ビル」

↑生きた高層ビル(画像提供/eVolo Magazine)

 

灰色に見える高層ビル群の中で、木製でひときわ目立つのが、1位に選ばれたこちらの作品。ウクライナのチームのデザインで、生きている樹木を取り入れたアイデアです。使用するのは、成長が早く背の高い広葉樹に遺伝子組み換えを行ったもの。木は根から水分や養分を吸収し、成長途中に接ぎ木が行われ、立方体のように建物の構造を形成するようになります。成長とともに木は太くなり、建物の強度が増していくそう。さらに建築完成図には、飛び交う鳥が描かれ、生物たちも共存する場所になっていくことをイメージさせます。

 

一般的な住宅やビルの建設に使われる建材は、伐採した木を加工して作られます。しかしこの高層ビルでは、生きた木をそのまま使っているため、まさにこれは「生きた高層ビル」。これからの時代は近代世界を彷彿させるデザインではなく、環境に寄り添ったサステナブルな建物がますます増えていくのかもしれません。

 

2位: 沈むメキシコ市で水を守る

↑雨水をためるための斬新なアイデア(画像提供/eVolo Magazine)

 

もともと湖の上に建てられたことに加え、地下水の汲み上げなどによって地盤沈下が進むメキシコ市。そこで地下水補充のために雨水を貯める機能をビルに持たせたのが、2位に選ばれた作品です。

 

この作品はメキシコ市の洪水危険地域に建設する構想で、高さは400メートル。建物の外壁は10枚のウイングで覆われ、花のつぼみが開くように、このウイングが開きます。パラボラアンテナのように放物曲線を描いた大型のお椀状の傘が、高さ100メートルの地点で開き、雨水を貯めることができるのです。集められた雨水は、一部は地中の帯水層(地下水が貯えられる地層)に送られ、そのほかは家庭用の貯水タンクに送られていきます。これによって洪水のような被害を防ぐ狙いがあります。

 

【関連記事】

毎年最大50cmも沈んでいるメキシコ市。水が危ない

 

3位: 未来版の「長屋」

↑長屋が縦に積み重なっているようだ(画像提供/eVolo Magazine)

 

中国の雲南省には、独自の言葉やライフスタイルを持つモン族がいます。しかし、その文化は現代文明に飲み込まれ、さらに中国政府が、少数民族が暮らす都市への移住を支援していることで多数民族・漢族の流入が続き、モン族の住居の多くが取り壊されてきているそう。コンテストの3位に選ばれたのは、そんなモン族のライフスタイルに沿ったビルの構想です。

 

高層ビルの木の骨格部分に、クレーンで高床式住居を繋げ、いくつもの家を増やしていくアイデア。ビル1棟の中に公園、店舗、ジムのスペースなどが作られ、まるで1つの村ができるようなイメージです。また、ビル内の移動にはエレベーターではなく、モン族が制作を得意とする鳥かごの形をモチーフにした乗り物が作られるとか。

 

無機質な雰囲気が漂う現代的な住居ではなく、モン族の昔ながらのライフスタイルを尊重しながら造られるこのビルでは、江戸時代の日本にあった集合住宅の長屋を彷彿させる暮らしが生まれるかもしれません。

 

コンテストの上位作品はどれも、単に建物の高さを追い求めたビルや、見た目が優れただけのビルではなく、プラスアルファの価値が付いたものばかり。未来には、従来の概念を覆す新しい高層ビルができるのかもしれません。

毎年最大50cmも沈んでいるメキシコ市。水が危ない

近年、世界各地の都市で地盤沈下が起きています。その1つがメキシコの首都、メキシコ市。しかし、同市の地盤沈下はほかの都市と性質が異なるようです。メキシコ市の地下で何が起きており、そこはどのくらい危機的な状況なのでしょうか?

↑沈むメキシコ市

 

世界のさまざまな都市で起きている地盤沈下の主な原因とされているのが、地球温暖化による海面上昇や地下水の汲み上げ、石油の掘削です。例えば、中国の上海では1年に最大2.5cmのペースで地盤沈下が進んでおり、これは高層ビルや地下鉄などの建設に伴う地下水の排水が引き起こしていると言われています。また、米国・ルイジアナ州ニューオーリンズでは、石油やガスの掘削の結果、地盤沈下が起きており、街のおよそ半分が海面よりも低くなっています。この地域は2005年にハリケーン「カトリーナ」によって大きな被害を受けましたが、地盤沈下が起きていなければ、被害はもっと小さかっただろうと専門家は指摘しています。

 

しかしメキシコ市の場合、話が少し異なる模様。2021年に発表された論文によれば、同都市の地盤沈下は、地下水の汲み上げや石油の掘削ではなく、都市の基盤部分が圧縮したことによって起きている可能性があるそうです。

 

これはメキシコ市の成り立ちに関係します。アステカ族が15世紀、テスココ湖と呼ばれる湖の上にある島に湖上都市を建設し、これをアステカ大国の首府としました。その後スペイン軍の侵攻でアステカ王国は滅亡しましたが、この湖が埋め立てられて植民地都市となったのです。これが現在のメキシコ市で、ここは湖にできた都市だったのですね。この基盤部分の粘土層がすでに17%ほど圧縮しており、これが現在の地盤沈下の大きな要因となっているのです。

 

メキシコ市の地盤沈下が初めて確認されたのは1900年代初頭で、当時の沈むペースは年間8cmでした。それが1958年までに年間29cmに加速。1950年代には地下水の汲み上げを停止し、沈下のペースは緩やかになったこともありました。しかしメキシコとアメリカの共同研究チームが、115年間蓄積してきたデータや高解像度のGPSデータを分析したところ、同市は年間最大40cmのペースで沈下している一方、都市化が進んでいない北東部では、年間50cmもの速度で沈んでいる地域があることも明らかとなったのです。

 

メキシコ市の基盤となる粘土層は今後150年間、圧縮を続けると見られ、地盤はさらに30%沈下すると予測されています。それに伴い水質汚染が懸念されており、雨水や排水を集めるためのインフラ整備が必要とも言われています。

 

一度沈下した地盤が元に戻ることはありません。その影響を最小限に食い止めるための取り組みが求められています。

 

【出典】O’Hanlon, L. (2021), The looming crisis of sinking ground in Mexico City, Eos, 102, https://doi.org/10.1029/2021EO157412. Published on 22 April 2021.

ペットと一緒に寝ると睡眠の質は上がる? カナダの大学が調査

現代では、動物を飼っている人の多くはそのペットを家族の一員と捉えています。ペットと寝ている人も少なくありません。ところが、ペットは人間のストレスを軽減するなど、その医学的な効果が明らかにされつつありますが、人間がペットと一緒に寝ることが人間に及ぼす影響について調べた研究はほとんどありません。そこで、カナダのコンコルディア大学の研究チームが、ペットとの睡眠にどのようなメリットがあるのか調査を始めました。

↑よく眠れるに決まってる?

 

研究チームは、「ペットと一緒によく寝ている子ども」「ペットと時々寝ている子ども」「ペットとまったく寝ない子ども」の3グループの睡眠を、主観的な方法と客観的なメソッドを使って比較することにしました。実験には11~17歳の子ども188人が参加。客観的なデータを得るために、子どもたちは、睡眠の状態を調べるための睡眠ポリグラフ検査を一晩行ったうえ、睡眠時間や覚醒時間を記録するためにアンチグラフを2週間装着しました。

 

さらに、子どもたちと親には、子どもの睡眠時間や目を覚ます時間、睡眠の質などについてアンケート調査に回答してもらいました。これは主観的なデータとして扱われます。

 

子どもがペットと一緒に寝ている頻度について聞いてみると、「よく寝ている」は18.1%、「時々寝ている」は16.5%、「まったく寝ない」が65.4%でした。これらのデータを分析した結果、「ペットとよく寝ているグループ」と「時々寝ているグループ」では、主観的な方法と客観的なメソッドで得られた睡眠時間や覚醒時間などのデータが一致することが判明。

 

ペットとよく寝ている子どもが、アンケート調査で最も質の良い睡眠を得ていると回答したり、入眠までの時間が一番長かったり、確かに両グループの間では異なる部分もあります。しかし頻度に関係なく、ペットと一緒に寝る人は、同じような睡眠を得られている可能性がある模様。

 

夜行性の動物の場合は人間の睡眠を阻害する可能性があるという指摘もありますが、ペットを飼っている人の多くは「リラックスして安心できる」と思っているようです。実際、今回の実験でも、ペットと寝ている子どもたちはそうでない子どもと比べて、夜中に起きてしまったり、眠れなかったりしたことはありませんでした。

 

ペットが人間の睡眠に良い効果を与えていることを科学的に証明するためには、さらなる研究が必要ですが、ペットを飼っている子育て中のご家庭は、自分たちで実験して、効果を検証してみるといいかもしれません。

 

【出典】Hillary Rowe, Denise C. Jarrin, Neressa A.O. Noel, Joanne Ramil, Jennifer J. McGrath, The curious incident of the dog in the nighttime: The effects of pet-human co-sleeping and bedsharing on sleep dimensions of children and adolescents, Sleep Health, Volume 7, Issue 3, 2021, Pages 324-331, https://doi.org/10.1016/j.sleh.2021.02.007.

まるでクルマみたい! 視覚障がい者向け「靴用センサー」が歩行を変える

現代では、物をスマート化する取り組みがさまざまな業界で行われていますが、障がい者の生活をサポートするテクノロジーも例外ではありません。最近では視覚障がい者が靴に取り付けるインテリジェントなデバイスがヨーロッパで注目を集めています。このテクノロジーは、ユーザーの歩行先にある障害物を検知し、それを音や振動などを通してユーザーに伝達できるのだとか。どんなものなのでしょうか?

↑小さくても、大きな一歩(画像提供/InnoMake)

 

視覚障がい者が1人で外を歩くとき、人や物などさまざまな障害物に衝突する恐れがあります。それを防ぐために、白い杖を使って歩くほか、街中には点字ブロックや音声式の信号が設けられたり、電車のホームには転落防止用のホームドアの設置が進められたりしています。しかし、それでも視覚障がい者が事故に巻き込まれてしまうケースが報じられるなど、危険から守るための新たな対策が求められています。

 

そんな中、オーストリアのInnoMake社が、歩く人の数メートル先の障害物を検知するAI搭載ツールを開発しました。靴のつま先部分に装着して使う超音波センサー「InnoMakeセンサー」です。これを使うと、最大4m先までの範囲にある障害物——段差や縁石、人など——を検知することができて、なんらかの障害物を検出すると、装着している人にそれを伝えます。アプリを使えば、障害物を検知する範囲を0.5m~4mの範囲で、0.5m刻みで自由に設定することが可能。

↑靴の先端に付いているのがInnoMake(画像提供/InnoMake)

 

このツールを設計するために、同社の研究チームは、実際に視覚障がい者の歩行を20台のカメラを使って、さまざまな角度から撮影して解析しました。その平均的な歩幅を測定するなどして、このツールに求められる機能や、最も適切な靴の装着位置などを検討したそう。

 

障害物を知らせる方法は、振動・LEDライト・音の3種類があり、あらかじめ選択しておくことができます。振動を設定すれば靴に装着したデバイスが振動し、LEDライトを選べば夜間などの暗闇でも点灯します。スマートフォンの専用アプリを使えば、音を鳴らして障害物の存在を知らせてくれるのですが、ユーザーの周囲が雑音や騒音でうるさくても、聞き取りやすいように骨伝導ヘッドフォンを使用することもできます(この機能はアプリを起動しなくても使うことが可能)。

 

InnoMakeセンサーにはクルマとの相似点があります。このデバイスにはインテリジェントモードが搭載されており、この機能を使えば、ユーザーが椅子に腰かけているときに、InnoMakeセンサーが自動的に一時停止します。まるでクルマのアイドリングストップのようですが、それだけでなく、このセンサーは足の動き(例えば、ユーザーが歩き始める)だけで、周囲の環境を「スキャン」して、情報を取得することもできるのです。これはクルマの安全運転支援システムを想起させますよね。

 

InnoMakeセンサーは、防水性と防塵性を兼ね備えているため、雨の日も晴れの日も使うことが可能。バッテリーは付属のUSBケーブルで充電して繰り返し使えます。InnoMakeセンサーを市販の靴で使用するためには、専用アタッチメントを取り付ける必要があるそう。

 

InnoMakeの創業者のマーカス・ラファー氏は、自身も視覚障がいを持っており、視覚障がい者がより安全に日常生活を送ることができるようにするためのツールを開発してきました。ラファー氏はInnoMakeセンサーを実際に使っており、「個人的にとても助かっている」と話しているそう。同社はAIを搭載したデバイスの開発も行っていると報じられています。InnoMakeセンサーは小さなデバイスですが、このようなアイテムが世界に登場したことは、人類にとって大きな一歩かもしれません。

ほとばしる民族主義! バスケットボールが映す「米中関係」とスポーツの意味

スポーツには民族を融和させる働きがあります。近年の研究では、アフリカの国々がサッカーのワールドカップなどの重要な国際大会の試合で勝利すると、勝った国の異なる民族間でお互いの信頼度が高くなり、その後ある程度の期間、民族紛争が起きる可能性が低くなることが判明しています。

 

しかし、いつもスポーツがそのような平和的な機能を発揮するわけではありません。その一例として、バスケットボールを見てみましょう。このスポーツは中国の若者の間で抜群の人気を誇ります。もともと日本の漫画がその人気に火をつけたとも言われていますが、バスケットボールは同国の国民的スポーツの一つになりました。しかしそれゆえに、バスケットボールは昨年まで米国と中国の覇権争いに巻き込まれていたのです。本稿では中国のバスケットボール文化と併せて、その事件を振り返り、スポーツと政治の関係について別の視点から考えてみます。

 

日本の影響を受けた中国のバスケ愛

↑米中の対立はバスケにも現れる

 

中国におけるバスケットボールの人気の高さは、さまざまなことから見ることができます。例えば、オリンピックの入場式では、男子バスケットボールチームの選手が中国の旗を掲げるのが慣例。地域ごとにクラブチームもありますが、デパートの前や公園、会社の敷地内など、町中に設置されたコートでは、子どもから大人まで多くの人がストリート・バスケットボールを楽しんでいます。

 

中国でバスケットボールの人気に火が付いた理由の一つには、一説によると日本で最も人気があるバスケットボール漫画の一つ『スラムダンク』の影響が大きいといわれています。中国ではバスケットボール好きかどうかにかかわらず、また年齢や男女を問わず、スラムダンクが大人気となりました。ヤンキーあがりの主人公・桜木花道の成長物語に感動したり、クールな天才プレーヤー・流川楓にも人気が集まったり。日本同様に、中国でも個性豊かなキャラクターや彼らのストーリーがウケたのです。

 

日本では1993年から同アニメがテレビで放送されましたが、中国では1995年に放映が開始。これによってNBAの試合を視聴する人も増え、折しもスター選手マイケル・ジョーダンの全盛期も重なって、バスケットボール人気に拍車がかかるようになったのです。さらに、スラムダンクで育った世代から、NBAプレーヤーにまで上り詰める選手が現われました。このような現象もあって、2009年に中国図書商報と中国出版科学研究所が共同で評定した『新中国60年中国で最も影響力のある600冊の本』にスラムダンクが選ばれました。

 

中国は多くのNBA選手を輩出しています。ヤオ・ミンはヒューストン・ロケッツに2002年に入団して活躍し、イー・ジャンリャンは2007年にミルウォーキー・バックスに入団後、ニュージャージー・ネッツ、ワシントン・ウィザーズ、ダラス・マーベリックスで活躍しました。そのほかにも、ワン・ジジーやメンケ・バータル、スン・ユエ、ジョウ・チーと多くのNBA選手がいます。彼らの存在が国内選手の実力を引き上げ、新たなスター選手を生み出し、さらにそれがバスケ人気に拍車をかけて、新しい才能がどんどん出てくる、というサイクルになっているようです。中国のバスケットボールはアジア地域でトップクラスの実力を有しており、スラムダンクを生んだ日本は後塵を拝しています。

 

国民的スポーツゆえに……

↑中国では普通の光景

 

中国にとって国民的スポーツともいえるバスケットボールは、当然メディアでも人気コンテンツの一つ。数年前には約8億人がテレビなどでNBAの試合を観戦しました。中国の大手IT企業・テンセントはNBA観戦専用のアプリを提供しています。また、CBAのクラブには、NBAで活躍していた選手も数多く在籍しており、中国の国営放送(中国中央電視台)はNBAと併せてCBAの試合も連日放送しています。

 

NBAの放送が中国で始まったのは30年ほど前。それからバスケットボールの人気に火が付くまで10年ほどかかりましたが、NBAと中国の関係は近年まで概ね良好でした。しかし、2019年10月に事件が起こります。

 

民主主義を求める香港で起きた大規模なデモを受けて、NBAの人気チームの一つ「ヒューストン・ロケッツ」の幹部が「香港と共に立ち上がろう」と書かれた画像をツイート。この行為に対して中国が反発し、中国国営放送がNBAの放送を中止しました。

 

その結果、二つのことが浮き彫りに。一つ目は中国におけるNBAビジネスの大きさです。中国の放送中止や中国企業のスポンサー撤退により、NBAには最大4億ドル(約420億円)の損失が生じたとされています。

 

二つ目は、バスケットボールが愛国心を刺激する装置であること。コアなバスケットボールファンは中国国内で1.5億人にのぼるといわれています。放映中止の決定は中国政府が主導しましたが、多くの一般市民が問題のツイートに対してネット上にコメントを投稿し、ヒューストン・ロケットの幹部を非難。外交の観点から見れば、ソフトパワーの一つであるNBAが中国人のナショナリズムを煽ってしまったのです。

 

この事件が終わるまで1年かかりました。中国国内でNBAの放送再開を望むが多かったことに加え、NBAがコロナ禍の中国に医薬品提供などを行ったことにより、中国国営放送は2020年10月、NBAの試合の中継放送を再開しました。

 

卓球は違う?

バスケットボールを舞台にした米中の衝突は2011年8月にも起きています。米国のジョージタウンの学生チームが中国のプロチームと北京で親善試合を行いましたが、途中で乱闘騒ぎに。事の発端は定かではありませんが、その試合には、中国の次期大統領(当時)の習近平氏と会談するために中国を訪問していた米国のジョー・バイデン副大統領(当時)がスタジアムで観戦していました。その後、両チームは和解しましたが、米国のシンクタンク・外交問題評議会は「バスケの乱闘が米中関係の、よろしくない象徴に」という見出しの記事を掲載しています。

 

その逆に、アメリカと中国はスポーツを通じて両国の緊張関係を緩和したこともあります。それが、1971年のピンポン外交です。名古屋市で開催された第31回世界卓球選手権を舞台にしたこの出来事は、その後の米中関係でなく日中関係にも影響を与えたと言われています。米中が対立しているときはバスケットボールでも喧嘩が起きるようですが、両国の間で卓球の話が出てきたら、緊張緩和のサインかもしれません。

 

 

僕はなぜ走るのか――南スーダン陸上選手アブラハムの物語 特別マンガ連載「Running for peace and love」第1回

来る7月23日(金)、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されます。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たち、全ての人たちが様々な思いを抱えながらこの日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいきます。そんな中、この日に向けて2019年から「南スーダン共和国」の選手たちが日本で事前合宿を行ってきていたのをご存じでしょうか? GetNavi webでは、昨年末に前橋市でトレーニングを積む選手たちに、オリンピック・パラリンピックに向けたインタビューを行いました。

 

【関連記事】

自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

 

そして今回はグエム・アブラハム選手の生い立ちから昨年のオリンピック開催延期の時の心情、そして今に至るまでを、GetNavi webオリジナルのマンガ4回シリーズで描きます。「世界で一番新しい国」と呼ばれる南スーダンのこと、そしてアブラハム選手のオリンピックへの思いを描いた物語、ぜひご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸上競技と出会い、南スーダン初の試みとなる「ナショナル・ユニティ・デイ」に挑むアブラハム。初めての他の民族出身の選手たちとの交流、まだ見ぬ選手たちとのレースはどんな結果になるのか?  よりマンガを深く楽しむためにアブラハム選手、南スーダンについて紹介したいと思います。

 

グエム・アブラハム選手について

 

フルネームはグエム・エイブラム・マジュック・マテット。今年で21歳になります。オリンピック出場競技は1500mで、南スーダン共和国の記録保持者です。2000年前後に、南スーダン独立以前のスーダン共和国で生まれ幼少期を過ごし、隣国のウガンダで教育を受けた際、陸上競技で走りの才能を発揮。ウガンダ国内で活躍するなどの実績を積みながら、第1回ナショナル・ユニティ・デイに参加することになりました。

 

現在、アブラハム選手は東京2020オリンピックの本番直前。8月3日(火)に行われる男子1500mに出場。本作でアブラハム選手の陸上に懸ける思いに触れながら、ぜひその雄姿を見届けてください。

 

南スーダン共和国におけるスポーツの重要性

写真提供:久野真一/JICA

 

南スーダン共和国は、2011年にスーダン共和国から独立。スーダン共和国時代から南部で採掘された油田を巡る南北対立が続くなど、その歴史は度重なる内戦に紐づいたものでした。独立後の南スーダン共和国において、争いの起因となっているのは、油田を巡る争いや政治・宗教・人種の違いが大きいですが、それだけではありません。そもそもは、スーダン共和国、南スーダン共和国が多くの異なる民族で構成される多民族国家であること、その多くが遊牧民であることが関係しています。

 

水源を求めて民族移動する際に、他民族の土地・テリトリーに入り、そこで家畜の奪い合いを発端とした争いが生まれる。そうした状況が常態化してしまっていることも、数多くの武力衝突や対立を生み出す起因となっていると言われています。

 

南スーダンの独立以降も、国際協力機構(JICA)は、長年の争いや民族間及び政治的対立の和平プロセスの遅れによる影響で、いまだ不十分な橋梁などの基礎インフラや、教育・農業・水供給などの基本的な社会サービスの整備に向けた協力を進めています。そして同時に、対立が起きやすい構造、民族間のわだかまりを解決する施策として「スポーツを通じた平和促進」にも力を注いできました。スポーツ競技で民族間交流の促進を図ることで、相互理解から恒久的平和を導こうという施策です。

 

第2回の舞台となるナショナル・ユニティ・デイで、アブラハム選手はどんな走りを見せ、どんな経験をするのでしょうか? 現在、南スーダン国民にとって「平和の象徴」と言われているイベントが誕生したその興奮を、アブラハム選手の目を通して描きます。

 

英国「ペットブーム」の思わぬ反動! ロックダウン解除で犬が情緒不安定に

長期間にわたってロックダウン(都市封鎖)が続いた英国では、触れ合いと安らぎを求めて犬を飼う人が急増しました。しかし学校や職場への復帰が進み、生活が正常に戻りつつある中、今度は犬たちが飼い主の不在に戸惑い、精神的に不安定になっています。このようなペットブームの思わぬ反動に、英国の愛犬家やペット業界はどのように対応しているのでしょうか?

 

飼い主の不在がストレス

↑ずっとリモートワークにしてくれたらいいのに……

 

ロックダウンによるペットブームで、多くの英国人は犬を飼うようになりました。その結果、多くのお店でドッグフードが売り切れて在庫不足になったり、人気犬種を狙うペット泥棒が急増したり、ネガティブなニュースも報じられています。

 

しかし、ワクチン接種の普及とロックダウンの緩和で以前の生活が少しずつ戻ってくると、今度はペットの犬がこの生活の変化に付いていけず、精神的に混乱し、分離不安障害に陥っているのです。この障害は、愛着を持つ人から離れることで持続的に強い不安が生じる病気で、よく吠える、身震いをする、食欲をなくす、物陰に隠れてしまうなど、さまざまな症状が現われ、ときには愛犬を手放さなくてはならないほど悪化するケースもあると言われています。

 

ロックダウンが段階的に解除されていったことで、いままで1日中そばにいた飼い主が不在がちとなり、一緒に遊ぶ相手がいなくなったことが、犬にとって大きなストレスになっているのです。

 

ロックダウンの緩和が始まった2021年4月ごろから、ペットのメンタルヘルスを保つための呼びかけが、専門家によって子ども番組やニュースなどのメディアを通じて行われており、飼い主の職場復帰に合わせて、ペットを新しいライフスタイルに適応させるためのコツやサービスに関する情報が提供されています。

 

愛犬向けデイケアセンターが人気

↑友達との散歩は楽しいワン

 

犬のメンタルケアをするために最も人気がある方法は、散歩代行をしてくれるドッグウォーカーに愛犬を散歩に連れて行ってもらったり、ほかの犬と一緒に遊んだりすること。また、託児所のように犬を預かって遊ばせてくれるデイケアセンターもあります。ロックダウンが段階的に緩和されるようになってからは、それ以前と比べて利用者が40〜50%も増えているそう。

 

これらは、ただ犬を一定時間預かるだけではありません。アプリやSNSを利用して散歩ルートをマッピングしたり、トイレの報告をはじめ、日中の様子を撮った写真などを飼い主に提供したり、さまざまなサービスを提供することが、この業界のスタンダードになっています。

 

例えば、ブルース・ドギーケア(Bruce’s Doggy Care)社は飼い主と愛犬の多様なニーズに応えるために、プロのシッターが広々とした敷地内で子犬のしつけからグルーミング、お泊まりまで、幅広いサービスを提供しています。アプリ上で予約や来店時間の変更を簡単に行うことができ、愛犬の様子もこまめに報告してくれるなど、充実したサービスが評判を呼んでいます。

 

ロックダウン中に新たに飼われた子犬の中には、ソーシャルディスタンスが主な原因で、他者との接触が少なく、社会に適応できない犬もいますが、このようなサービスを利用することで、飼い主の不在に慣れたり、ほかの犬との付き合い方を学んだりすることができるのです。その一方、リモートワークを経験したことで、より柔軟な働き方を導入する職場も増えており、犬と一緒に出社できるペット・フレンドリーなオフィスも登場しています。

 

狂おしいペット愛

↑職場にも連れていって

 

他方で、ペット用スマート家電の導入も盛んになってきました。例えば、ペットキューブ(Petcube)はスマートフォン経由でAmazonのスマートスピーカー・Alexaと連動し、外出中でもペットに話しかけることができます。留守番しているペットをできるだけ安心させるために、部屋が暗くてもペットの居場所がわかる暗視カメラが搭載されていたり、不審な動きや音を検知すれば警告してくれたり、さまざまな機能が付いています。

 

また、高品質でヘルシーなおやつや、ペット用オーガニックシャンプーなどの需要も増えています。出前・宅配アプリのUber Eatsはロンドンの人気ペット用品店と提携。ユーザーは、ペットフードやペット用おもちゃを同アプリで簡単に注文して、家まで届けてもらうことができるようになりました。

 

さらにホテル業界では、愛犬を連れて旅行する人が今後増えていくことを見越して、ペット向けのラグジュアリーなサービスも登場しています。ヒルトンホテルの一部は、犬連れの宿泊客のために、ペット栄養学の専門家と共同開発した4種類の犬用メニューの提供を2021年5月に開始。ビーフブリスケット(牛胸肉)の煮込みやグルテンフリーのトマトパスタなど、ペット用とは思えないほど手の込んだ料理です。それに加えて、長旅の疲れを癒すドリンクとして、ラベンダーやバラをブレンドしたペット用ドリンクや、ライムの花や高麗人参などをブレンドしたノンアルコール・ワインも用意されています。

 

このようなモノやサービスをどの程度取り入れるかは飼い主によって異なりますが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために外食や旅行が制限されていた分、犬に時間やお金をかける余裕が生まれたことも今回のペットブームに拍車をかけたといえるでしょう。ロックダウン期間中にペットが人間を癒してくれたように、今度は人間が愛犬を救う番です。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

プラセボだっていいじゃない!「ピンク色の飲料水」で運動がもっと楽しくなる

スポーツや運動をするとき、どんなドリンクを飲んでいますか? スポーツドリンク、水素水、経口補水液など、さまざまな選択肢がありますが、もし運動のパフォーマンスを上げたいと考えているなら、飲み物の色に着目するといいかもしれません。

↑飲み物もウエアのコーディネートも全部ピンク系にしたら、運動は最高に楽しい?

 

運動パフォーマンスと飲み物の色の関係を調べるため、英国・ウエストミンスター大学の栄養補助食品センターの研究チームは被験者を使って、ある実験を行いました。

 

被験者にはランニングマシンを使って、自分の好きな速度で30分間ランニングをしてもらい、その最中にドリンクを飲んでもらいました。用意されたのは、人工甘味料を使った低カロリーのドリンク2種類で、1つはピンク色、もう1つは透明です。2つのドリンクの中身はまったく一緒ですが、ピンク色のほうだけ着色料を使って色を付けており、見た目の色だけが異なっています。

 

その結果、ピンク色のドリンクを飲むと、透明のドリンクを飲んだときに比べて走行距離が平均で212m長くなったと同時に、ランニング速度が4.4%上がったことが判明しました。しかもピンク色のドリンクを飲むと、透明の飲料水と比べて、被験者は運動をより楽しいと感じた模様です。

 

プラセボ効果?

先行研究では、糖分入りのドリンクを飲むことによって、運動の負荷が軽減し、パフォーマンスが上がることがわかっていました。今回の実験で研究者がピンク色を選んだ理由は、ピンクが糖分を連想させる色であるため、糖分摂取の期待を高める効果があるだろうと考えたから。実際にピンク色のドリンクを飲むとパフォーマンスが上がったのは、被験者自身が「エネルギーを補給して元気になった」と錯覚している可能性があります。

 

この研究チームでは、糖分の入っていないドリンクでもピンク色であれば、飲んでいる人は糖分を接種していると思い込み、パフォーマンスが上がるのではないかと推測しています。しかし、ピンク色のドリンクにこのようなプラセボ効果(有効成分が含まれていない偽薬でも身体に効果が現れること)があるかどうかは、さらなる研究を行う必要があるとのこと。考えられる理由の1つとしては、スポーツや運動の場面でピンク色のドリンクを飲むことは、日本を含め他国では一般的であるとは限らないということが挙げられるでしょう。

 

しかしながら、かっこいいウエアやシューズを身に着けると、なんだかプロのアスリート並みに身体が軽快に動きそうな気がしてくるもの。格好から入るのと同じように、もしかしたら私たちはエネルギーをしっかり補給できそうな色のドリンクを飲むと、身体に力がみなぎってくるように感じるのかもしれません。スポーツをするときや、子どもの運動会などに参加するときは、試しにピンク色のドリンクを飲んでみてはいかがでしょうか?

 

【出典】Brown DR, Cappozzo F, De Roeck D, Zariwala MG and Deb SK (2021) Mouth Rinsing With a Pink Non-caloric, Artificially-Sweetened Solution Improves Self-Paced Running Performance and Feelings of Pleasure in Habitually Active Individuals. Frontiers in Nutrition. 8:678105. doi: 10.3389/fnut.2021.678105 

人間だけが「遊ぶ存在」ではない!「笑う動物」が65種類もいた

犬や猫などのペットを飼っている人は、動物も人間と同じように笑っていると思う瞬間に遭遇したことがあるはず。以前は「笑う」という行為は人間特有のものと思われていたようですが、動物の笑いに関する最新の研究によると、人間と同じように笑う動物は65種類もいるとのこと。その中には意外な動物も含まれていたのです。

↑楽しいから、こっちにおいでよ!

 

人の笑いは、遊びの一環であるほかに、協調性や親しみを示す役割がありますが、このような行為は本当に人間だけに見られるものなのでしょうか? 米国・カリフォルニア大学の研究チームが、 人間以外でも笑う行為をしている動物がいるという前提に立ち、どれくらいの種類の動物が笑うのかを調査しました。

 

この研究チームは動物の遊びに関する先行研究を調べるのに際して、その中でも、笑いと見られる「声」を使った遊びに焦点を絞りました。録音された動物の笑い声の大きさや長さ、音の高さだけでなく、それが1度だけ起きるのか、それともリズミカルに続くのかなどを分析。それに加えて、これまでに判明している動物の遊ぶときに発する声の特徴と一致するかどうかを調べていったのです。

 

その結果、笑う行為をしていると考えられる動物は、少なくとも65種類に及ぶことが明らかになりました。その中には、ニホンザルなどの霊長類、犬、猫などペットとしておなじみの動物のほか、イルカ、アシカなどの水生哺乳類、インコやカササギなど、3種類の鳥類も含まれているのです。この研究を行った1人が、笑う動物のリストをTwitterに公開しています(英語)。

 

この結果を受けて、研究チームは新たな仮説を立てています。人間の笑いは自分が楽しんでいることを周囲に伝え、「一緒に楽しもうよ」という意味を伝達していますが、動物の遊びの多くは激しく、けんかと似ているときもあります。しかし、そのときに動物が笑い声を発することによって、「相手や周囲に攻撃を加えることはない」というメッセージが強調されているのではないだろうか——?

 

野生動物では、このような遊びの音を観察することは困難な模様ですが、研究が進むことで、動物社会における笑いの機能や、人間の社会行動の進化との関わりについて新たな発見があるだろうと研究チームは語っています。

 

人間は遊ぶ存在である、と歴史家のヨハン・ホイジンガは述べていますが、人間は動物から進化しました。人類の起源とされる動物が遊んで、笑うのであれば、人間がそうするのも当然と言えます。この意味で、今回の研究結果はこの説を裏付けるものと言えるでしょう。今後の進展が楽しみですね。

 

【出典】Sasha L. Winkler & Gregory A. Bryant (2021) Play vocalisations and human laughter: a comparative review, Bioacoustics, DOI: 10.1080/09524622.2021.1905065

 

何曜日に生まれたか覚えてる? タイで「帝王切開出産」が当たり前なワケ

出産を控えたパパ・ママや子育て中の親は、どうやって不安や心配に対処しているのでしょうか? 本稿では、国民のおよそ94%が仏教徒で、信仰心のあつい人が多いタイに注目し、その知られざる出産事情を紹介します。

 

帝王切開で運勢アップ

↑産まれた日の曜日と色は……

 

日本の外務省によると、タイでは国民の95%が仏教徒で、残りの5%がイスラム教徒とされています。しかし、実際にはヒンドゥー教やアニミズム信仰など、さまざまな神仏を尊重する風習がこの国にはあり、そのような信仰心が出産や命名、誕生後の儀式にも深くかかわっています。

 

一般的に日本では、好んで帝王切開を選ぶ人は少ないでしょう。しかし、タイでは赤ちゃん10人のうち7~8人が帝王切開で生まれており、その半数は医学的な理由ではなく、主に宗教的な理由で帝王切開が選ばれているのです。

 

大多数のタイ人が信仰する上座部(じょうざぶ)仏教では、例えば月曜日なら黄色、火曜日なら桃色、水曜日なら緑色というように、生まれた曜日によって仏様や色などが決まっています。月曜日には黄色を身に着けている人を数多く見かけるほど、曜日ごとの色の違いはタイ人の生活に浸透しているのです。

 

自分の生まれた曜日を覚えている日本人はあまりいないでしょうが、多くのタイ人は自分が何曜日に生まれたかを知っています。筆者もタイ人の友人から「何曜日生まれ?」と質問されたことがあり、当然ながら答えられませんでした。

 

「どの曜日に生まれたから優れている」ということではありませんが、タイでは、生まれた曜日によって運勢を占う「曜日占い」に左右される人がたくさんいる、というほうが事実に近いでしょう。つまり、同国の女性の多くは子どもの幸運や成功を願うがゆえに、生みたい曜日に合わせて帝王切開を行うのです。

 

このような慣習を持つタイ人の間では、子どもに付けた名前を成長過程で変えることも珍しくありません。タイでは改名が簡単に行えるため、占いの結果によって子どもの名前だけでなく、産んだ自分自身や夫の名前まで変えることすらあるのです。

 

名前に関して驚くべき点はこれだけではありません。仏教以外の宗教や信仰にも寛容なタイ人の国民性は、子どもの命名にも影響しています。

 

タイには元来アニミズム信仰が存在し、森林や巨樹、土地、家屋などに「ピー」と呼ばれる精霊が住んでいると考えられてきました。「それらの精霊を供養すれば庇護を、悪い行いをすれば罰を受ける」という考え方は、現在もタイ人に強く根付いています。

 

中には「子どもをさらう悪い精霊も存在する」という考えに基づき、子どもにあえて動物や人間の身体的特徴などにちなんだニックネームを付けることで、我が子を守る人も存在します。「レック」(タイ語で小さいという意味)や「ムー」(豚)など、日本にはない発想から生まれるニックネームもありますが、タイ人にとっては「子どもの幸福を願う」という意味があるのです。

 

なお、タイ人の名前はとても長く、友人はもちろん同僚や上司であってもニックネームで呼び合うのが一般的です。タイでは名字の歴史が比較的に浅く、1913年に姓氏令が出されたことで一般市民も名字を持つようになりました。当時の人々は周囲と同じ名字を避けるために、ユニークで長い名字を作ったそう。現在でも「同じ名字を持つ人は全員親戚だ」と言われていますが、友人同士で本名を知らないことは、タイでは日常茶飯事です。

 

非合理的でもスピリチュアル

↑生後1か月の赤ちゃんの髪の毛を剃る儀式

 

信仰心に由来する文化は他にもあります。「3日目まではピー(精霊)の子、4日目からは人間の子」と言われているタイでは、生後3日でお寺に行き、僧侶から祈祷を受け、生後1か月で赤ちゃんの髪の毛を剃るという儀式が行われています。

 

この儀式については諸説あるようですが、その中でも「母親の子宮にいたときから生えている髪の毛は汚らわしいものとされるため、それを剃ることで、赤ちゃんは強く、賢く育っていく」という説が昔から有力なようです。現在この伝統は田舎や由緒ある家柄でしか行われていませんが、筆者がタイ人の友人にこの話を聞くと、祖父母の代まではこの儀式を行っていたとのことでした。

 

タイの出産や育児に関する風習は日本と大きく異なりますが、日本でもお宮参りやお食い初めなど、赤ちゃんの健やかな成長を祈るための宗教的な儀式は現在も広く行われています。国が発展し、世俗化が進んでも、このような文化は残っており、むしろ絶え間なく変化する世の中だからこそ、人々の精神的な支えとなっているのかもしれません。

 

執筆者/加藤明日香

いまこそ進化のとき! 新時代の「形」を求めるイタリアのパスタ事情

イタリア人は食に関して保守的とよく言われますが、パスタも例外ではありません。それぞれ好みの形状のパスタがあり、その嗜好にはとても忠実です。日常的に食するパスタは家庭や個人で定番があり、それ以外のタイプにはあまり手を出さない傾向が強いのです。しかしそんな文化に、イタリアのある大手パスタメーカーが挑戦状を叩きつけました。同国のパスタに何が起きているのでしょうか?

 

コロナでパスタの嗜好があらわに

↑このパスタの形は何と言ったっけ……?

 

日本でパスタと言えば、一般的にはスパゲティを指しますが、イタリアではショートパスタを好む人が多くいます。イタリア人にその理由を尋ねると、「ショートパスタの穴にソースがよく絡むから」という答えが返ってきます。

 

2020年の春から始まったロックダウン中、イタリアではスーパーでパスタを買いだめする動きが目立ちました。小麦粉や砂糖が軒並み品切れしたことはよく知られていますが、パスタの棚も空になるという現象が各地で見られたのです。ところが、表面に溝がなくソースが絡みにくいタイプのショートパスタだけは売れ残り、イタリア人のパスタに対する嗜好があらわになりました。

 

バリラやディ・チェコなど大手パスタメーカーの商品には、パスタの形状によって番号が付与されています。もちろんリガトーニやペンネといったパスタの名称も記載してあるのですが、太さやサイズの種類が多いため、番号で識別しないとわかりにくく、ゆで時間を間違えてしまう可能性があるのです。同じ形でも1番違いで調理時間や食感が微妙に異なり、夫婦げんかの原因になることもあると言われています。

 

リガトーニやマカロニ、ペンネといったおなじみのパスタの形状や名称は、日本でもよく知られていますが、イタリア人が国内を旅行して、馴染みのない土地のレストランに入ると、イタリア人でさえも「それはどういうパスタ?」と従業員に尋ねなくてはならない状況は珍しくありません。それほどパスタの種類が多いのです。

 

地方によって独自の形状や名称のパスタが存在し、場合によっては方言で名づけられていることもあります。そのため、外から来た人間には「名前を聞いただけではパスタの形が想像もできない」ということが頻繁に起きます。また、同じ名前でも場所が変わると異なる形状のパスタを指していることもあり、パスタのあらゆる形をすべて知るのは、かなり困難とされています。

 

長い歴史があっても分類はない

↑歴史が長過ぎて分類できない

 

小麦の生産で有名な南イタリアは典型的な地中海式気候であり、さんさんと降り注ぐ太陽と乾いた空気によって乾燥パスタが広がりました。一方で、南イタリアほどは日照時間に恵まれない北イタリアでは、卵を使った生パスタが主流となって発展してきたという経緯があります。

 

ただ、イタリア全土にわたりパスタはとても種類が豊富ですが、パスタの形状や名称については特に正式な分類が存在していません。

 

そもそもパスタの歴史は大変古く、古代ローマ時代には美食家のアピシウスが、ラザニアの先祖と思われるメニュー「laganum」の記述を残しています。1154年にシチリア王に仕えていたアラブ人の地理学者イドリースィーは、スパゲティに関して世界初の著述を残しているそう。マカロニについては、13世紀初めにジェノヴァの公証人が初めてその名を文書に残しました。

 

しかし、こうした知名度の高いパスタについては名称も形状も定着はしているものの、厳密な分類ルールがあるわけではないのです。

 

では実際に、イタリア国内にはどのくらいのパスタの形状が存在するのでしょうか? パスタ関連のサイトによってもその数字はまちまちであり、だいたい250~300種類というのが一般的な見解です。イタリアの大手パスタメーカーであるバリラ社は、公式サイトをざっと見るだけでも、乾燥、生、ロング、ショート、ミニなどさまざまなタイプのパスタを120種程度は生産しています。その点を考慮すれば、およそ300種類という数字はあながち誇張ではないのかもしれません。

 

新時代の新しいパスタの形は?

↑新しい形を募るバリラ社のパスタ

 

2021年春、そのバリラ社が「バリラ・ニュー・パスタ・シェイプ」というキャンペーンのもと、新しいパスタの形状を一般から募集しました。応募条件は成人していて「創造力があること」のみで、今回は乾燥パスタに限られています。パスタ100gに対して、水1リットルと塩7mgで茹でた場合に食用可能になる、という条件をクリアすること。調理後もその形状が崩れないことや、あらゆるソースとよく絡むことも条件のひとつになっています。

 

形状だけでなく原料についても、肥満ぎみのイタリア人向けにヘルシー志向にマッチするようなアイデアを求めています。セモリナ粉やデュラム小麦を使用した従来のパスタにとどまらず、スペルト小麦やそば粉、トウモロコシや豆類の粉などを使用したものが特に推奨されています。当然ながら添加物の使用は禁止。

 

賞金として4000ユーロ(約52万円※)が支給されるだけに、バリラ社も真剣。「消費者の興味を引き、創造性を喚起するような革新的な形」であることが応募条件の一つとして挙げられていました。募集は2021年6月4日で締め切られ、コンテストの勝者は2021年7月の終わりに発表される予定です。

※1ユーロ=約131円(2021年7月4日現在)

 

パスタの好みが保守的なイタリア人に、ひと目見ただけで「このパスタはぜひ試したい!」と思わせるような新たな形状が誕生することを、バリラ社は待ち望んでいるようです。果たして、イタリア国民に長く愛されるようなパスタの新しい形は生まれるのでしょうか?

「ゲルマン魂」の新たな象徴! ドイツで若年層に大人気の「キャンピングカー」を詳しく解説

これまでドイツでは、キャンピングカーの旅は、時間に余裕がある高齢者や年金生活者向けのレジャーだと考えられていました。しかし、2019年に同国最大の市場調査機関が行なった調査で、「5年以内にキャンピングカーでの旅行をしてみたい」と答えた人の約56%が18~44歳であることが判明。最近では、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、若い世代の間でキャンピングカーの購入意欲が高まり続けています。

 

新型コロナで加速

↑ミニキッチン装備のVW「カリフォルニア6.1・ビーチ・キャンパー」(写真提供/フォルクスワーゲン)

 

世界各国で、他人と接触することなく屋外を安全に旅する方法としてキャンピングカーが人気を集めていますが、ドイツも例外ではありません。

 

キャラバン産業協会の統計によると、2020年のキャンピングカーやトレーラーハウスの新車販売台数は10万7203台と、2019年と比べて32.6%も増加。特にキャンピングカーは前年比44.8%増の7万8055台と大躍進を果たしています。

 

コロナ禍が続く2021年もこの人気は衰えを知らず、4月の新車販売台数はキャンピングカーが前年同月比92.7%増の8510台、トレーラーハウスは同50.6%増の2588台と、それぞれ驚異的な伸びを見せました。

 

ドイツ人はもともと旅行やアウトドア活動が大好きな国民で、リフレッシュすることがその後の仕事の生産性にもつながると考えています。「旅行のために仕事をするのではなく、仕事を精力的にこなすために旅行に行く」という考え方です。

↑筆者の家の近くにあるキャンプ場にはキャンピングカーが押し寄せている

 

ドイツでは有給休暇の次年度繰越ができないこともあり、ほとんどの人が有給休暇を使い切ります。取得時期は職場で調整し事前に決めるので、予定が変わることはほとんどありませんが、コロナ禍では感染状況が変われば、予約をキャンセルしなくてはなりません。そのため、最近では事前予約が必要な海外旅行などを敬遠し、自由な国内旅行を選ぶ動きが増えています。

 

ドイツは言わずと知れた自動車大国。市場調査会社スタティスタが2020年に発表した調査結果によると、マイカー所有率は69%、通勤通学の自家用車使用率は63%、旅行にクルマやキャンピングカーを使用する人の割合は61%と、クルマは社会に深く浸透しています。そのうえ、通行料無料の高速道路アウトバーンが国内をくまなく結んでいるので、長距離ドライブも苦になりません。

 

2021年のキャンピングカートレンド

↑ポップアップルーフが付いたメルセデスベンツ「マルコポーロ・ホライゾン」(写真提供/ダイムラー)

 

このような背景があり、ドイツの若い世代はコロナ禍でも比較的安全なうえ、確実に旅行できる方法としてキャンプを選び、キャンピングカーを購入しているのです。また、2020年7月から12月まで景気対策として消費税が19%から16%に減税されたので、その恩恵にあやかろうとキャンピングカー購入に踏み切った人も少なくなかった模様。この動向は現在も続いており、若い世代向けの小型バンが2021年のトレンドになっています。

 

若年層には家を購入している人が少なく、都会に住む傾向がありますが、大都市ではアパートやショッピングモールの駐車場に高さ制限があり、駐車スペースも限られます。しかし、開閉可能なポップアップルーフ付き小型バンなら、車高制限をクリアすることができるうえ、特別な駐車場の確保が不要。日常的な使い勝手も良いなど、実用性を兼ね備えているのが人気のポイントです。

 

また、キャンピングカーの関連商品として、クルマの屋根に設置できるルーフテントも人気を集めています。これならクルマにポップアップルーフが付いていなくても、追加の就寝スペースを車上に確保することができます。ドイツのアパートには大抵「ケラー」と呼ばれる各部屋専用の地下収納室があるので、使わないときはコンパクトに折りたためば収納場所に困る心配もありません。

 

人気が高いキャンピング小型バンの車内

↑VWのカリフォルニア6.1・ビーチ・キャンパーに搭載されているミニキッチン(写真提供/フォルクスワーゲン)

 

ドイツの若い世代で人気が高いキャンピング小型バンを具体的に見てみると、フォルクスワーゲン(VW)の「カリフォルニア6.1」というモデルの「ビーチ・ツアー」と「ビーチ・キャンパー」、メルセデスベンツの「マルコポーロ」というモデルの「アクティビティ」と「ホライゾン」の4車種が挙げられます。

 

若年層にとってのキーポイントは、充実した装備よりも日常的な使いやすさ。「キャンプに行くときは、車内スペースに必要な道具を積めばよい」という合理的な考え方が重視されているため、この4車種には本格的なキッチンが付いていません。フルキッチンを搭載した場合、車内が狭くなるため、中で移動しにくかったり容量が減ったりするうえ、重量が増すので燃費も悪くなります。

↑カリフォルニア6.1・ビーチ・キャンパーの広々とした車内(写真提供/フォルクスワーゲン)

 

VWのビーチ・ツアーとビーチ・キャンパーの共通点は、縦200cm×横120cmのマットレス付きポップアップルーフや、車外で使える折りたたみ式のテーブルと椅子2脚(バックドアに収納可能)、回転式の運転席と助手席などが標準装備されています。両者の違いは、ビーチ・ツアーはスライドドアが左右両側に付いているため、人の出入りや荷物の出し入れがスムーズにできるのがポイント。それに対して、ビーチ・キャンパーは折りたたみ式のステンレス製作業台と1口ガスコンロのミニキッチンが搭載されており、折りたためば側面に収納することができます。

 

その一方、メルセデスベンツのアクティビティとホライゾンには、縦205cm×横113cmのマットレス付きポップアップルーフや、回転式の運転席と助手席などが標準装備されています。前者は商用車バンを、後者はミニバンのVクラスをベースとしていますが、両者ともキッチンがありません。必要最低限の装備で車内スペースを広くとっているのが、この2台の特徴です。

↑メルセデスベンツのマルコポーロ・アクティビティのポップアップルーフ内部(写真提供/ダイムラー)

 

この4車種の中ではマルコポーロ・アクティビティが最も価格が低いのですが、それでも税込価格4万9990ユーロ(約661万円※)と、若い世代にはとても高額です。それでもドイツ人には「長く使うことを前提に多少高くても納得できるものを購入する」という傾向があり、特にクルマに関しては頑丈で長持ちすることが絶対条件。「高価でも修理しながら何十年と使えば、長い目で見ると経済的」という考え方が強いとされています。この意味で、キャンピング小型バンは“ゲルマン魂”の新たな象徴と言えるかもしれません。

※1ユーロ=約131円(2021年7月2日時点)

 

↑マルコポーロ・アクティビティの車内は少しシック(写真提供/ダイムラー)

 

筆者が住むノルトライン・ベストファレン州では、2021年5月半ばに条件付きでキャンプ場が解禁されました。自宅に近い川岸のキャンプ場は、すでに多くのキャンピングカーで溢れています。今後はドイツの若い世代でも「バン・ライフ」という価値観が広く定着するかもしれません。

 

【画像ギャラリー】

 

 

創業者・安藤百福氏の精神にも繋がる日清食品グループ「培養ステーキ肉」の開発

いつの日か“研究室産”ステーキを食卓へ――持続可能な食肉の生産を目指す研究とは~日清食品ホールディングス株式会社

 

「カップヌードル」や「チキンラーメン」などの即席麺で我々にも馴染み深い日清食品。最近ではプラスチック原料の使用量削減のため、「カップヌードル」のフタ止めシール廃止のニュースが話題になりました。このように同社グループは環境問題を始めとする社会課題に創業当時から向き合い続けていると言います。

 

食を通じて社会や地球に貢献を

日清食品グループがビジョンとして掲げているのが『EARTH FOOD CREATOR』。これはどういう意味なのか、サステナビリティ推進室の花本和弦室長はこう説明します。

 

「人類を“食”の楽しみや喜びで満たすことを通じて、社会や地球に貢献していくというものです。食品メーカーとして、安全でおいしい食を提供するのは大前提ですが、それに加えて、環境や社会課題を解決する製品を開発していくことが使命だと考えています」

↑サステナビリティ推進室 室長 花本和弦(はなもと・かなで)さん

 

また日清食品グループのミッションとして、創業者である安藤百福氏が掲げた「食足世平(しょくそくせへい)」「食創為世(しょくそういせい)」「美健賢食(びけんけんしょく)」「食為聖職(しょくいせいしょく)」という4つの創業者精神があります。

 

「食が足りてこそ世の中が平和になるという意味の“食足世平”と、世の中の為に食を作るという意味の“食創為世”は、現在のSDGsにも重なる思いであると思います。今でも創業者精神は、我々の中に脈々と受け継がれており、これらをベースに事業を展開しています」

 

例えば、創業50周年にあたる2008年からスタートした「百福士プロジェクト」も、社会貢献活動への取り組みに熱心だった創業者の志を受け継いだ活動の一つ。未来のためにできる100のことをテーマに沿って実行しています。そして今、日清食品グループが特に重要視しているのが環境課題だそうです。

 

環境戦略『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』を推進

「いろいろな社会課題があるなかで、環境問題は非常にシリアスな課題として顕在化してきました。持続的成長を目指す企業の責任として、これ以上、環境問題を見逃すわけにはいかないという強い使命感から、『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』という環境に対する長期戦略を打ち立てたのです。

↑高いレベルの環境対策を推進する「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」

 

この戦略には“資源の有効活用”と“気候変動対策”という2つの柱があります。資源に関しては『持続可能な調達』『水資源の節約』『廃棄物の削減』、そして気候変動問題ではCO2削減を目指し、それぞれ目標値を設定して具体的な取り組みを行っています。

 

気候変動問題に対する具体的な取り組みとして、例えば「カップヌードル」の容器を2019年から“バイオマスECOカップ”に順次切り替えています。環境配慮型容器としてバイオマス度を81%に引き上げ、石化由来プラスチック使用量をほぼ半減、焼却時に排出されるCO2量を約16%削減しています」

↑バイオマスECOカップ。2021年度中に切り替えが完了する予定だ

 

グループを挙げて取り組むためには、社員一人ひとりが気候変動問題を“自分ごと”として関心を持ち、自主的にアクションを起こしてもらう必要もあります。その一環として、社員が自宅で使用する電気を、再生可能エネルギー由来の電気に切り替えることを応援する活動も昨年からスタートしたそうです。

 

サステナブルな食材「培養肉」が持つ可能性

CO2を減らすための施策は今後も次々と出てくるということですが、新たなチャレンジとして2017年から進められているのが“培養肉”の研究です。

 

「培養肉とは、動物細胞を培養して食肉を再現したものを指します。具体的には牛や豚などの動物から取り出した細胞を増やして作られたお肉のことです」とは、日々、培養肉の研究に取り組む日清食品ホールディングス・グローバルイノベーション研究センターの古橋麻衣さん。培養肉による肉厚なステーキ肉の実現という、前人未到の挑戦をしています。

↑グローバルイノベーション研究センター 健康科学研究部 古橋麻衣さん

 

「培養肉は、動物の細胞を体外で組織培養することによって得られるため、家畜を肥育するのと比べて地球環境への負荷が少なく、広い土地が不要、さらに厳密な衛生管理が可能です。さまざまな利点があることから、食肉産業における新たな選択肢を示すものとして期待されています。

 

しかし、一般的な培養肉研究は、ほぼ全てミンチ肉です。培養ミンチ肉では、ハンバーグはできても、ステーキ、焼肉、すき焼きといった人気の高いメニューを実現できません。培養ミンチ肉は、筋肉の細胞を増やし、固めているだけですが、我々が研究している培養ステーキ肉では、筋繊維を形成し一方向に整列させ、筋のそろった本物のステーキ肉と同等の肉質を目指しています。

↑ウシ筋細胞を増やす最初の工程

 

培養ステーキ肉の製造工程では、筋芽細胞とゲルを混ぜたもの(筋芽細胞モジュール)を、断面が市松状になるように重ねて、培養液が全体に浸透する構造を作ります。この両側を固定しながら培養することで、筋芽細胞から筋繊維に成長し、筋肉として成熟した組織となります。モジュールを42枚積層し7日間培養した結果、約1cm弱の筋肉組織を作ることに成功しました。また、電気刺激を加えることで収縮機能を持つ筋肉を作製する技術が確立できています」

 

環境や飢餓問題の解決のために

そもそもこの研究がスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。

 

「世界的な人口の増大により、近い将来、食肉の供給が追い付かなくなることが予想されています。食品の原料となる肉が手に入らなくなるのは食品会社としては見過ごせません。また、既存の肉の生産には多くの餌や水を使用し、持続可能な社会の実現にはフィットしません。培養肉は地球温暖化の解決、動物愛護、食中毒リスクの減少といったさまざまなメリットもあります。そういった背景から培養肉の研究に着手しました。

↑食料危機の解決だけでなく環境負荷の低減にも貢献

 

そして弊社には、“食創為世”という創業者精神があります。世界初のインスタントラーメンである『チキンラーメン』、世界初のカップ麺である『カップヌードル』のように、新たな食を創造して、世の中のために役に立つことを目指しています。そのような企業風土もあって、培養ステーキ肉という新しい技術へのチャレンジを開始しました」

 

ちなみに古橋さんたちが研究している、本物のステーキ肉と同等の“培養ステーキ肉”は、飛躍的な技術の発展が必要とされ、世界でまだ誰も実現していません。そのため東京大学との共同研究を行っており、研究チームには細胞培養の権威をはじめとする、さまざまな分野の大学教授が参加しています。

 

「培養肉を作るためには筋肉の細胞(筋細胞)を培養で増やし、組織をつくる必要があります。マウスやヒトの筋細胞培養は広く行われているため、その方法を参考にウシ細胞の培養を行いましたが、はじめはうまく培養することができませんでした。その後、ウシの筋細胞を安定的に培養できるようになりましたが、ウシ細胞を増やして集めただけでは、私たちの目指す、噛み応えのある培養ステーキ肉を作ることはできませんでした。さらに研究を重ねて課題解決の糸口を見つけましたが、その他にも味や栄養分、サイズについて、そして実用化に向けては培養肉の表示、安全性評価の基準や方法を整備していく必要があります」

↑2019年に世界で初めてサイコロステーキ状(1.0cm×0.8cm×0.7cm)の筋組織を作ることに成功

 

話を聞いているだけで、この研究の難しさや古橋さんの苦悩が伝わってきます。しかし本人は「日々の研究はとても地道な作業ですが、新しい発見が得られるときに面白さややりがいを感じます」とすごく前向きです。

 

不足する肉の補完的な役割・肉の多様化を目指す

古橋さんたちの研究が進めば、近い将来、当たり前のように培養ステーキ肉が食卓に並んでいるかもしれません。

 

「今後は、より大きく、本物の肉に近い性質かつ安価な肉の実現に向けて研究を進め、将来的には、大型化(厚さ2cm×幅7cm×奥行7cm)を目指しています。また、消費者のニーズが多様化するなかで、新たな肉の選択肢の一つになれればとも。畜産物を完全に置き換えることではなく、『これまでの畜産肉』『植物代替肉』『培養肉』など、嗜好や時々のニーズに合わせ、消費者が選べるようになってほしいと考えています。そして現在は牛肉の培養ステーキ肉の研究を行っていますが、ゆくゆくはマグロやウナギ等の希少な生物の肉にも応用できればと思っています」

 

また、実用化された場合、地球環境に与える負荷の削減も期待できます。

 

「環境負荷低減に関する具体的な数値ついては現在検討中のため回答できませんが、負荷が少ない工程を検討していきたいと考えています。培養肉の環境負荷レベルについては、通常の畜産より、エネルギー消費を7~45%削減、CO2消費を78~96%削減、土地の消費を99%削減、水消費を82-96%削減できるという試算があります」

[出典:Environmental Impacts of Cultured Meat Production. Tuomist et al. Environmental sci. and tech. (2014)]」

 

食料不足や環境課題解決のための糸口になる培養ステーキ肉。そして環境問題以外にも、教育や健康、災害、貧困など社会課題は数多くあります。創業者精神が脈々と受け継がれている日清食品グループの挑戦は、私たちに驚きをもたらしながら今後も続いていくでしょう。

子どもが道で転んだら道路のせい?「日本の育児」はベトナムを変えるか?

ベトナムでは、祖父母などの高齢者が子どもの面倒を見ている風景をよく目にします。微笑ましい光景ですが、その背景にはベトナムの女性就業率の高さがあります。そんなベトナムでは最近、日本の育児に注目が集まっていますが、一体なぜでしょうか? 同国の育児・子育て事情と併せて見てみましょう。

 

女性は働き、男性は怠ける

↑“おばあちゃん子”が多いベトナム

 

ベトナムの非政府・非営利組織である開発統合センターによると、全ベトナム人口の中で女性の労働参加率は、世界平均値の42%と比べて遥かに高い72%となっています。また、ベトナム全労働者の中で女性が占める割合は48%とされており、男性と女性の割合はほとんど変わりませんが、その中には幼い子どもを遠い田舎に残し、親だけ都会に出稼ぎに行ったり、日本などの海外で働いたりする人もいます。

 

ベトナムでは「男性は働き、女性は家事労働をする」という伝統的な家族生活が、1986年に始まった「ドイモイ政策」によって根本的に変わることになりました。自由市場の仕組みなどを取り入れたことで、以降のベトナムでは女性も働きに出る傾向が高くなりました。

 

しかし、女性が働くには子育てというハードルがあり、この問題の解決策が祖父母になっています。田園調布学園大学の柴原君江教授の調査によれば、子育てしながら働くための必要な条件についてベトナム在住の男女にアンケートを行った結果、「祖母の子育て協力」との回答が81.3%にのぼりました。

 

最近のベトナムでは、女子を厳しく育てることで自立を促す一方、男子は比較的甘やかして育てる風潮があります。その結果、女性の多くは働きに出ますが、一般的に男性は怠け者になった様子。国際労働機関(ILO)のレポートによると、家事に女性が週平均20.2時間を費やしているのに対し、男性は10.7時間にとどまっているとのこと。さらに、男性の2割はまったく家事をしていないことも明らかになりました。女性の労働率が高いからといって、男女平等ということではありません。

 

ベトナム人に大切なものは何かと聞くと、異口同音に「家族」と答えます。なけなしの給料から毎月親のために仕送りする若い人たちも少なくありません。親や家族を大切にするという儒教の教えがあるからで、親を敬うよう小さなころから教えられています。

 

ベトナムが家族を大切にするもう1つの理由に、ベトナム戦争の影響があります。日本人にとって戦後が1945年以降を指すのとは違い、ベトナム人にとっての戦後は1975年以後であり、この戦争を経験した多くの人は現在も生きています。戦時中の混乱の中でベトナム人は他人を信頼できず、信じられるのは自分の家族や親族だけだったため、この価値観がいまでも続いているのです。

 

このような背景があるベトナムは、子育てや育児の考え方において日本人と大きく異なる部分があります。

 

その一つは、ベトナム人の家庭では、子どもが失敗や問題の責任を自分以外の人や物に転嫁するように教育すること。例えば、多くの親(もしくは祖父母)は自分の子どもが道で転ぶと「道路」を責めます。子どもの心を傷つけたくないと思う親心のからですが、そのためベトナム人は大人になってからも謝らず、何か問題が起きると他人や周りのせいにする傾向があります。

 

また、食事についてはマナーよりも全部食べることのほうが重要で、マナーを厳しく教えることによって子どもが食べなくなることを心配しています。まだベトナム戦争の記憶が新しい世代にとって「痩せた子は貧しい」というイメージが強く、「太った子は元気だ」と思っているからです。

 

学習面でも、ベトナムの親や学校の教師は子どもの想像力を培わせるよりも、手っ取り早く正解を暗記するように教育するのが特徴。例えば、絵を描く際、ベトナムの子供たちはお手本の絵を真似して、そのまま描くように教えられるのです。

 

日本に追いつけ

↑日本式子育てのおかげで将来有望?

 

このような特徴を持つベトナムですが、最近では日本の子育て方法に注目が集まっています。例えば、井深大(ソニー創業者)著『幼稚園では遅すぎる』や木村久一(教育学者)著『早教育と天才』といった本とか、教育研究家の七田眞氏が7歳未満の子どもの知性と才能の育成方法についてまとめた本のベトナム語版が、同国の中流階級以上の人々に読まれるようになりました。

 

日本人の専門家や著名人の本が人気を集めている要因の一つには、観光があります。日本は経済的に成功している国というイメージが以前からありましたが、近年では仕事や観光で日本を訪れるベトナム人の数が増加傾向にあります。日本政府観光局の訪日ベトナム人観光客数の推移を見ると、2014年は約12万4000人でしたが、19年には約49万5000人に増えました。2020年以降は新型コロナウイルスの影響のため、その数は大幅に減少していますが、日本を観光したベトナム人は、日本人のマナーやしつけを目の当たりにし、感銘を受けることが多いようです。

 

例えば、日本では多くのクルマが運転マナーを守っています。お店では、客はレジの前できちんと並び、他の人を抜かしません。災害時でも日本人は冷静に対応することが世界的に知られています。このような日本人の行動や慣習を日本で体験することが、ベトナム人の日本式子育てや教育に対する関心を高めているようです。

 

また逆に、筆者はベトナム在住の日本人ですが、このような現象を目の当たりにすると、異論はあるかもしれませんが、日本人は子どもに社会マナーをしっかり教える文化をまだ持っており、それは国によって当たり前のことでないのだと気付かされます。

 

ベトナムは2030年までに上位中所得国に、2045年までに先進国になるという目標を掲げています。ベトナム人は近代化を果たす前に、アジアの先進国の先輩である日本から子育てを学び、子どもの将来や国の発展に生かしたいと思っているようにも見えますが、近代化は「代償」を伴います。日本人に失われつつある「親や年長者に対する敬意」は、ベトナムでは現在も美徳として根付いていますが、このような伝統的な価値観をベトナムはこの先も守ることができるのでしょうか? それができるとすれば、今度は日本がベトナムから学ぶ番かもしれません。

さかなクンと一緒に「ギョッ!」と驚く大洋州の島々の魅力を再発見:第9回太平洋・島サミット(PALM9)開催に合わせて動画シリーズが続々公開中!【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「ギョギョギョ」で大人気のさかなクンがナビゲーターとなり、大洋州の島々の魅力を伝える動画シリーズについて紹介します。

バヌアツの村の酋長さんにインタビューするさかなクン

真っ青な海に点在する緑あふれる島々—ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアの各地域に分類される太平洋島嶼(とうしょ)国は、美しい南の楽園であるだけでなく、気候変動による負の影響に直面しているほか、国土が分散し、電気や水道などの社会サービスが行き渡らないといった島国ならではの課題も多く抱えています。そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う第9回「太平洋・島サミット(PALM9)」(注)が7月2日に開催されます。

(注)太平洋・島サミット(PALM:Pacific Islands Leaders Meeting)は、太平洋に広がる、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの島嶼国と日本との関係強化を目的として、1997年から3年に一度日本で開かれている国際会議。第9回目の今年はテレビ会議方式で開催されます。

この動画シリーズでは、さかなクンが現地の魅力に触れながら、それぞれの国の課題にJICAがどのように取り組んでいるのか、その様子も紹介していきます。

 

「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになる」-バヌアツの人々の優しい気持ちに笑顔に

「バヌアツの皆さんの海を大切に思う気持ちはとても大きいですね。私達もしっかりお手本にさせていただきたいと思います!」。現地の人たちとオンラインで交流をしたさかなクンは、養殖に成功した貝の成長を喜び、また、貝細工を作る仕事に携われて幸せだという人々との交流に「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになりますね」とにっこりです。

この動画シリーズ第1回はバヌアツから。JICAバヌアツ支所企画調査員の茂木晃人さんが、バヌアツで取り組んでいるJICAの「豊かな海を守る」活動について紹介します。

「2006年から15年間に渡って、貝細工の材料になるヤコウガイや、オオシャコガイといった貝類を保全し、さらに養殖によってその数を増やす取り組みを続けています。そうして守り育てられた貝類は、最終的に貝細工の工芸品に加工され、地元の人々の収入向上にも貢献しています」

さかなクンにバヌアツでの取り組みを説明する茂木晃人JICA企画調査員(中央)と、JICAの研修で貝細工を学び、指導員をしているバヌアツ水産局職員のアンドリューさん(右)

 

活気あふれるバヌアツの首都、ポートビラにある中央市場

首都ポートビラにあるハンディクラフト市場からの中継リポートでは、映し出された木彫りの魚を見るや「あっ、ニザダイ科ですね!」と、種類を言い当てるさかなクン。すっかりバヌアツへのバーチャルトリップを楽しんでいました。

 

今回の動画は現地とオンラインでつないで制作。さかなクンはその感想をイラストで描きました

 

さかなクンもワクワク-教科書開発がつなぐ日本とパプアニューギニアの絆

シリーズ第2回では、パプアニューギニアの真っ青な海とお魚が画面いっぱいに現れます。

「パプアニューギニアは、大洋州の中でも手つかずの自然が残された島々が多く、ラストフロンティアとも呼ばれているところです」。案内役のJICA伊藤明徳専門家がその魅力を語ると、さかなクンは「パプアニューギニアの海の中、見てみたいです!」と、海の美しさとサンゴ礁に住む魚の豊かさにすっかり興味津々です。

パプアニューギニアの海の中。美しいサンゴや珍しい魚が生息し、豊かな自然があります

そんな自然豊かなパプアニューギニアで、JICAが取り組んだのは、小学3年生から6年生が使う算数と理科の教科書の開発です。伊藤専門家は、「これまで、パプアニューギニアの学校では、国定教科書がありませんでした。そのため、先生個人が独自に作ったものや、外国製のものが使われていたのです。そこで、JICAが協力して、パプアニューギニアで初めての国定教科書を作りました。これにより、約80万人の子どもたちが同じ教科書で学ぶことができるようになりました」と述べます。

 

パプアニューギニアの自然の素晴らしさを紹介するJICAの伊藤明徳専門家(右)は、教科書開発プロジェクトの日本側のリーダーを務めました

 

さらに、理科の教科書開発に携わった、杉山竜一専門家と来島孝太郎専門家も登場。

「子どもたちに、パプアニューギニアの自然の豊かさや文化の多様性を学んでもらいたかったんです。理科の教科書に掲載した、世界最大の蝶トリバネアゲハと世界最小のカエルで、パプアニューギニアの生物の多様さを伝えました」と語る教科書開発に込められた専門家の思いに、「これはワクワクしながら学べますね」とうなずくさかなクン。「これまではるか遠くのことだと思っていましたが、お話しを聞いてパプアニューギニアをとーーっても近しく感じました」と嬉しそうに話しました。

JICAの協力で開発された教科書で学ぶ子どもたち

 

さかなクンは、パプアニューギニアの動画で紹介された現地の魚や動物をイラストで描きました

 

さかなクンが案内する、大洋州の島々への動画の旅はまだまだ終わらない!

「バヌアツのみなさんの笑顔が素敵でパッと明るくなる感じ、すごく嬉しい気持ちになりました」「さかなクンにはこういった動画が似合う。どんどん紹介してほしい」

さかなクンの動画サイトには、このバヌアツ編、パプアニューギニア編の配信後、視聴者から続々とコメントが寄せられています。

現在、気候変動への対応をテーマにしたフィジー編も公開中。今後、パラオでサンゴ礁を守る取り組みなどJICAの協力を紹介する動画が追加されます。YouTubeのさかなクンちゃんねるで、ぜひご覧ください!

さかなクンちゃんねる
https://www.youtube.com/c/sakanakun

 

オンラインvsリアル。コロナ禍で明暗を分けた「米国フィットネス産業」インサイドレポート

米国のフィットネス産業は大変革の最中にあります。以前から存在している対面型の大手ジムは、新型コロナウイルスの感染拡大によって軒並み大打撃を受けました。しかしその一方で、かつてないほど好調なのが、高価な器具とストリーミングサービスを導入した、オンライン主体の新しいフィットネス企業。ロックダウンが解除された後でも「リアルの」ジムに客足は戻らず、自宅での運動が定着している中、フィットネス産業の間で明暗が分かれています。実際に米国のフィットネス産業に身を置く筆者が、業界のトレンドやコロナ収束後の展望についてレポートします。

 

急成長するストリーミング系フィットネス企業

↑米国のストリーミング系フィットネス業界をリードするPeloton

 

78歳と米国史上最高齢で就任した大統領であるジョー・バイデン氏は、健康にとても気を使っており、タバコはもちろんアルコールもまったく摂取せず、週5回以上の運動を続けていると言われています。そんなバイデン大統領がホワイトハウスに引っ越す際、国家機密防衛上の理由から、どうしても持ち込むことができなかったのが、愛用しているPeloton(ペロトン)社の自宅用フィットネス固定自転車でした。

 

このPeloton社は2019年に上場したばかりの若い企業です。2019年9月の上場時株価は25ドル24セントでしたが、コロナ禍によるロックダウンが実施された2020年3月ごろから上昇を続け、同年のクリスマスイブには162ドル72セントに達したのです。ワクチン接種が始まりコロナ収束が見え始めた2021年2月になるとやや下降に転じ、5月14日の終値は96ドル58セントでしたが、2021年6月中旬には時価総額が337.43億米ドル(約3兆7000億円※)になりました。

 

※1ドル=約109円で計算(2021年6月14日時点)

 

従来のジムにかかる費用と比較すると、ストリーミング系のフィットネス企業の製品とサービスはかなり高額です。Peloton社の固定自転車は約30万円。毎月定額制で無制限にストリーミングできるオンライン・クラスは月額で約5000円です。壁掛け液晶パネルとストリーミングによるヨガやピラティスなどを組み合わせたサービスで急成長しているMirror社でも、初期費用に約15万円、毎月のレッスン料に約4000円はかかります。

 

対照的に、筆者が利用するリアルのジムである全国チェーンのLA Fitnessでは、初期費用がまったくかからず、会費は月額にすると約2000円。従来のスポーツジムの中には、さらに安い費用を売りにしているチェーン店もあるため、それらと比べるとPeloton社やMirror社は高額といえるでしょう。

↑試練のときを迎えた対面式の大手ジム(写真はLA Fitness)

 

ロックダウン期間中は多くのジムが閉鎖を余儀なくされました。ジムが再開した後も、以前のように大勢で一か所に集まって運動することに不安を覚える人は少なくありません。そのせいか、ダンベルやケトルベルといった自宅で使える筋トレ器具や一般の自転車までもが一時は極端な品薄状態になりました。

 

その点、ストリーミング系フィットネスサービスは、高額であっても自宅で好きな時間に運動することができるうえ、オンラインでコーチングを受け、さらに仮想コミュニティでトレーニング仲間と繋がることもできます。新型コロナウイルスのパンデミックまでは予想していなかったでしょうが、Peloton社やMirror社は時代の一歩先を読んでいたともいえます。

 

リアルジムの行方

↑あのころが懐かしい……

 

ストリーミング系フィットネス産業が成長する一方、大手の実店舗ジムは苦戦を強いられています。Gold’s Gymや24 Hours Fitnessなど、いくつかの全米チェーンジムは破産宣告をしました。

 

さらに深刻な問題は、ジムの会員数の減少がコロナ禍による一時的な現象ではなく、コロナ収束後も続くように思われることです。生き残ったジムは最近になって営業を再開し、会員も徐々に戻りつつありますが、コロナ禍以前の状態にまで戻ったとは言えません。大手チェーンのPlanet Fitness社のクリス・ロンデューCEOは、ワクチン摂取による効果を考慮しても、2021年の会員数は前年の70%程度になるだろうと述べています。

 

筆者の正業の一つは、クロスフィットと呼ばれるジムのトレーナー。クロスフィットの多くは個人経営によるもので、規模は小さく、会員が支払う会費だけで成り立っています。コロナ禍による打撃は大手チェーンと同等かそれ以上で、どのクロスフィットでも存続への懸命な努力が続けられてきました。

 

ジムを閉鎖せざるを得なかったロックダウン時期には、私たちのジムも含め、多くのクロスフィットが新たにオンラインクラスを開講しました。ジムを再開できるようになった後も、リアルまたはオンラインクラスを選択できるハイブリッド式での運営が続いています。

 

そうなると運営側の手間は以前の2倍かかるわけですが、だからといってその分、会費を高くするわけにはいきません。また、リアルのクラスが再開されたといっても、ソーシャル・ディスダンスを守ったり、マスクの着用をお願いしたりするなど、以前とまったく同じ形で活動しているわけでもありません。

 

クロスフィットに限らず、小規模なフィットネスジムの特徴の一つが、会員同士のコミュニティが緊密なこと。ときにはカルトと揶揄されるくらい、皆が仲良く、同じ場所で同じ時間に汗を流します。健康のためというよりも、ジムに通うことが生き甲斐になっている人も少なくありませんでした。

 

しかしながら、フィットネスの主流がリアルジムからオンラインへ、グループから個人へと移っていくことは避けられない模様です。コロナ禍のせいかもしれませんし、以前からあった流れがコロナ禍によってさらに強くなったのかもしれません。しかしながら、伝統的なフィットネスジムが持つコミュニティーのような価値観は、そう簡単に消えないでしょう。オンラインでは難しい仲間づくりや、大手チェーンでは限界がある個人指導など、人とのつながりを大切にしていけば、小規模フィットネスジムは今後も存続できると信じています。

↑筆者(中列の左から4番目)が従事するCrossfit Tribe Functional Fitnessの集合写真

 

執筆者/角谷 剛(かくたに ごう)

米国カリフォルニア州在住。IT関連企業で会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、コーチング及びスポーツ経営学修士(コンコルディア大学)、Crossfit Tribe Functional Fitnessコーチ、Laguna Hills High School野球部コーチ、TVT Community Day School高等部クロスカントリー走部監督。

育児は大事な「渋滞期間」。世界一幸福な国の子育ては意外と平凡だった

2021年3月に発表された国連の世界幸福度ランキングにおいて、4年連続で1位になったフィンランド。幸福度だけでなく、治安や教育レベルも高い国として知られていますが、家庭に目を向けると共働き夫婦が多く、父親も子育てに参加するのが一般的。2022年からはパパ・ママどちらも最大160日の育児休暇を取得できるようになる予定ですが、そんなフィンランドで育児と教育は実際にどのように行われているのでしょうか? 現地で4歳と7歳の男の子を育てているフィンランド人パパのヨニさんにインタビューしてみました。

↑物事が滞る分、幸せは増える

 

義母のプレッシャー

――フィンランドは世界一幸福な国と言われていますが、子育てでも何か特別なことがあるのでしょうか?

 

ヨニさん いやいや、私たちは特別なことをしているわけではないと思いますよ。ただ何よりも子どもたちの幸福が大切で、憂鬱や不安を感じることなく、ありのままでいられる環境が必要だと思います。そのため、ゲームや宿題をしたり、動物園に連れて行ったり、キャンプをしたり、さまざまなことを一緒にするようにしています。

 

――なるほど。夫婦では子育てについて、どのようなことを話していますか?

 

ヨニさん 妻とは1日の終わりに、その日の子どもたちの様子について話すことが多いです。小学校や幼稚園の先生から聞いた話だったり、今日一日の健康状態だったり。送り迎えのときに子どもたちはどんなことを話していたかとか。ときには疲れ果てて、子どもと一緒に寝てしまうこともありますが(笑)。

 

子育ての役割分担について話し合うことも当然あります。妻の仕事が終わるのは私より遅いので、子どもたちが小学校や幼稚園から帰ってきた後に面倒を見るのは私の役割。子どもたちの予定と自分の仕事の予定に合わせ、互いが協力して子育てができるように話し合います。

 

――夫婦の協力は不可欠ですよね。家庭教育はどのような感じですか?

 

ヨニさん 学校教育が総合的な学びを集団で行う場所だとしたら、家庭教育は家庭により内容や形式が異なります。しかし我が家を含め、子どもを積極的に外で遊ばせる家庭が多いですね。身体を動かすことは大切ですし、私たちも子どもたちには、いろいろな友達と交流してほしいと思っています。

 

また、子どもが友達と外で遊んでいる間は家の中が静かになるので、親は昼寝をしたり、好きなことをしたりして時間を過ごすことができます。やはり仕事をしながらの子育ては大変な部分も多く、この時期をフィンランド語では「Ruuhkavuodet(直訳すると「渋滞期間」)」と呼ぶのですが、子どもが小学校を卒業するまで親は多忙な日々が続きます。だからこそ、子どもが少しでも自分たちで外遊びをしてくれると助かります。

 

――父親ならではの大変さはありますか?

 

ヨニさん もちろん家庭にもよりますが、フィンランドでは結婚したときに、夫が妻の両親から「この男で大丈夫なのか?」と厳しくチェックをされる場合があります。結婚後も、育児を含め日常の生活について義父母が娘の夫に対して強めな態度をとることが多いようです。女性の権利が保障されているからこそとは思いますが、私も結婚当初は義母から、ちょっとしたプレッシャーを感じたこともありました(笑)。

↑ラッペーンランタにあるキャンプ場の湖。フィンランドは4月から8月にかけて日照時間が長く、夜8時を過ぎても明るいため、子どもがひとりで出歩いてもあまり危険ではない

 

いつでも学び直せる国

――少し話を変えますが、フィンランドの教育の特徴は何ですか?

 

ヨニさん 教員のレベルが高いのではないでしょうか。小学校から高校までの教師は大学院で修士号を取得しなければならないため、教育レベルが高い教師から教育を受けることができます。

 

また、小学校から高校までは学費、教材費、給食費はかからず、大学も学費はかかりません。大学進学において経済的な障壁がないため、どの家庭の子どもにも等しく学ぶ機会が与えられています。

 

2021年からは小学校から高校(または職業訓練学校)までが義務教育として定められました。12年間しっかり学んだほうが仕事を得るチャンスも増えるので、これは良いことだと思います。

 

――子どもたちには、どのような教育を受けてほしいですか?

 

ヨニさん それは子どもたち自身が決めることです。ただし、基本的な礼儀や優しさは必要なので、よく言い聞かせています。フィンランドの社会では、時間に遅れたり、嘘をついたりするような不誠実な対応をすると信頼を失ってしまいます。そのため、子どもには日々の生活の中で挨拶や他人への配慮を忘れないように言い聞かせています。

 

また、幼少期のうちに自信をつけさせることが大切だと考えています。どれだけ容姿が整っていても、成績がよくても、自分に自信がなければ生きづらくなってしまいます。そのため、アイスホッケーやサッカーといった、社交性を育みながら自信をつけることができるチームスポーツに積極的に参加させています。

 

――現在、子どもたちが学校外で受けている教育はありますか?

 

ヨニさん 公立の学校教育を信頼しているので特にはありません。この国では就職後でも大学や大学院などで学び直しができるため、機会さえあればキャリアはいつからでもスタートできます。だからこそ、いまから親が子どもたちの将来を決めることはしません。このような公立の教育機関に対する信用や子どもの自主性の尊重が、フィンランド人の幸福度の高さに貢献しているのかもしれませんね。

 

パーフェクトではない

ヨニさんからフィンランドの育児や教育に関するお話を伺いました。どうやら同国と日本の間には共通点と相違点があるようですが、それらに詳しく立ち入ることは別の機会に譲り、ここでは公平な見方をするために、フィンランドが移民や離婚の多さに関係した問題を抱えていることを指摘しておきましょう。

 

まず親が移民で、フィンランド語や英語で会話をすることができない場合、さまざまな苦労があるようです。学校と家庭での教育方針について先生と円滑にコミュニケーションが取れなかったり、親や子ども同士で人間関係を築きづらかったり。いじめの問題もあるようです。

 

また、フィンランドではシングルマザーやシングルファザー向けの経済的なサポートが充実している反面、2019年には離婚率が42%まで上昇しました。しかも、離婚後に子どもと親の関係がうまく行かなくなったり、親がアルコール依存に陥ってしまったりするなど、深刻なケースも多く見られます。このような問題は今後、日本でも現れる可能性があるので、フィンランドでの対策に注目すべきかもしれません。

 

このような問題を内包しながらも、4年連続で世界一幸福な国に選ばれているフィンランド。ヨニさんの話を聞く限り、同国での子育ては意外と平凡に思われるかもしれませんが、私たちはよく「幸せは平凡な暮らしにある」と言います。日本のパパ・ママも育児を「渋滞期間」と捉え、どっしりと構えることで、忙しい生活に少し余裕が生まれるかもしれません。

「木のおなら」が臭い!ゴーストフォレストと温暖化のストローみたいな関係

海洋環境保全はサステナビリティの重要な課題の一つですが、米国では近年、海面の上昇を原因とする「ゴーストフォレスト」(幽霊化した森)が大きな問題になっています。最近では枯れたマツやヒノキから「木のおなら」と呼ばれる温室効果ガスが出ていることも判明しました。ゴーストフォレストで一体何が起きているのでしょうか?

↑ニュージャージー州のマリカ川流域にあるゴーストフォレストの様子。写真提供/ジェニファー・ウォーカー

 

まず、ゴーストフォレストについて簡単に説明します。地球温暖化が進み海面が上昇したことで、海水が陸地に侵入していく現象が起きています。沿岸や河口地帯にある森林でこのような現象が起きると、塩分を含んだ海水は樹木をゆっくりと時間をかけて蝕み、やがて枯れさせていくのです。畑に海水が侵入すると農作物が育たなくなってしまうのが塩害ですが、それと同じようなことが起きているのが、ゴーストフォレストなのです。

 

青々しい緑の葉を失い、弱々しく朽ち果てた木々が並ぶゴーストフォレストは、米国のバージニア州からマサチューセッツ州までの沿岸地域やミシシッピ川沿いの地域、ノースカロライナ州の海岸林などで発生しています。

 

植物の根は呼吸したり、微生物が二酸化炭素を排出したりするため、土壌は温室効果ガスを排出しています。それだけでなく、枯れた木々は分解されるときに温室効果ガスを空気中に送り出しているとも考えられています。しかし、ゴーストフォレストで見られる、このような温室効果ガス——通称「木のおなら」——については、まだ多くのことが明らかにされていません。

 

そこで、ノースカロライナ州立大学の研究チームが、ゴーストフォレストから排出される温室効果ガス(二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素など)について調査を行いました。彼らは枯れた木々と温室効果ガスの関係を長年調べています。今回の研究テーマはズバリ、枯れた木々はコルクみたいに温室効果ガスを内側に封じ込めているのか、それとも逆にストローみたいに排出しているのか?

 

彼らは2018年と2019年に、ノースカロライナ州にある5つのゴーストフォレストで、土壌と枯れた木々のそれぞれから排出された温室効果ガスの量を測り、土壌と枯れた木々のどちらのほうが、より多くの温室効果ガスを空気中に送り出しているのかを比べてみました。

 

その結果、どちらの年でも、土壌から排出された温室効果ガスの量は、枯れた木々からの排出量の約4倍多いことが判明したのです。しかも、土壌に比べて排出量は少ないものの、枯れた木々も全体としては温室効果ガスの排出量に大きく貢献していると研究者は指摘しています。

 

では、枯れた木々はコルクかストローのどちらなのでしょうか? 「それらは『フィルターとしてのストロー』だと思われる。温室効果ガスが枯れた木々を通じて空気中に移動しているからだ」と同研究チームのマルセロ・アードン准教授は述べています。

 

気候変動が進んで海面がさらに上昇すれば、このゴーストフォレストはさらに増えていくと予測されています。本来なら地球温暖化の防止に役立つ森林なのに、枯れてしまったら逆に温暖化を促進する原因になる……。海や沿岸のエコロジーを守るための行動が私たちに求められています。

 

【出典】

Martinez, M., Ardón, M. (2021). Drivers of greenhouse gas emissions from standing dead trees in ghost forests. Biogeochemistry. https://doi.org/10.1007/s10533-021-00797-5 

Sacatelli, R., Lathrop, R.G., and Kaplan, M. (2020). Impacts of Climate Change on Coastal Forests in the Northeast US. Rutgers Climate Institute, Rutgers University. https://doi.org/doi:10.7282/t3-n4tn-ah53 

 

フォトジャーナリスト・道城征央氏が海洋ごみの専門家に訊く――「プラスチックごみ」は何が危険!?

 

↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海中で採取したペットボトル(道城氏撮影)

 

昨年始まったレジ袋有料化に続き、今年6月にはコンビニなどの使い捨てスプーンの有料化など、プラスチック製品の削減やリサイクルを促進するための法案「プラスチック資源循環促進法」が成立しました。これらをきっかけに、ごみ、とりわけプラスチックごみ問題が地球規模で広がり、無視できない領域までに発展していることを改めて知った方も多いのではないでしょうか。なかでも直接・間接的に海に捨てられたプラスチック製品は海洋ごみとなり、日本はもちろん、太平洋に浮かぶ島々に大きな影響を及ぼしています。

 

太平洋の島国では、生活スタイルの急速な欧米化などの理由から、近年、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。これらの国々でも“いかにごみを減らすか”が課題となっています。

 

そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う会議「太平洋・島サミット(PALM)」が7月2日に開催されます。ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアなどの太平洋島しょ国と日本との関係強化のため、1997年の初開催以来、3年ごとに開かれています。第9回となる今回はテレビ会議方式で開催され、ごみ問題も重要なテーマの一つとしてクローズアップされる予定です。

 

本記事では、ミクロネシアや東京都内などで長年、清掃活動を行ってきた水中写真家・フォトジャーナリストの道城征央さんが、自身の経験をもとに、プラスチックごみが環境問題としてクローズアップされるようになった経緯や地球環境に及ぼす影響、さらに解決策について、プラスチックごみ研究の第一人者である九州大学の磯辺篤彦教授に取材。さらに国際協力機構(JICA)にて、太平洋島しょ国のごみ問題の改善に取り組む、「大洋州廃棄物管理改善支援プロジェクト」(J-PRISM)に携わっている三村 悟さんにも話を伺いました。科学者、国際協力の専門家、ジャーナリストと異なる立場ながら、ごみ問題の解決という共通の目標を持つ3人。本記事では本人たちの考えや思いを通し、海洋ごみ問題の本質に迫ります!

 

【太平洋・島サミット(PALM)(外務省HP)】

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/index.html

【J-PRISM(JICA ODA見える化サイトHP】

https://www.jica.go.jp/oda/project/1500257/index.html

 

 

【著者プロフィール】

道城征央

水中写真家・フォトジャーナリスト。南太平洋の島しょ国・ミクロネシア連邦への40回に及ぶ渡航をはじめ、撮影のため小笠原や沖縄にも足繁く通う。ごみ問題に関心を持って以来、ミクロネシアや地元・東京中目黒などで定期的に清掃活動を実施。また、自身が撮った写真を使用して「人と自然との関わり方」をテーマに、学校や企業などで幅広い講演活動を行う。また、埼玉動物海洋専門学校において「自然環境保全論」「海洋環境学」の特任講師を務めている。

 

 

フィールドワークがマイクロプラスチックの全容を解き明かすカギ

「プラスチックごみが地球環境にどういった影響を及ぼすのか、実はまだはっきりと分かっていません」

 

開口一番、こう切り出す磯辺教授。かく言う私は、ポンペイ島をはじめとするミクロネシア連邦に何度も足を運び、さまざまな美しい海中の様子を写真に収めてきました。ごみ問題に関心を持ったきっかけは、『本来あってはならないものがそこにあるという光景をカメラマンとしてとても不自然に感じた』からです。以来、本来あってはならないもの=ごみを減らそうと、現地での清掃活動に取り組んできました。冒頭の磯辺教授の発言の真意はどこにあるのか、興味を持った私はさらに話を伺いました。

 

【プロフィール】

磯辺篤彦

九州大学応用力学研究所教授。理学博士。専門は海洋物理学。海洋プラスチックごみの第一人者として、環境省の研究プロジェクトや、国際協力機構と科学技術振興機構の研究プロジェクトでリーダーを務める。2020年には文部科学大臣表彰科学技術省を受賞するなど数々の賞を受賞。著書に『海洋プラスチックごみ問題の真実』(化学同人)など。

 


↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海底でごみを拾っている様子。道城氏撮影(動画)

 

「海中に漂うプラスチックごみは、海水や波による劣化や腐食などにより細かく砕かれ、直径5㎜以下の小さなプラスチック片になります。それを『マイクロプラスチック』と呼ぶのですが、我々の調査により、とくに日本近海で採取した海水中に非常に多く含まれていることが確認できました。ただ、これらが生物の体内に摂取された場合にどういった影響を及ぼすのか。また海中にあるマイクロプラスチックごみはどうなるのか、など未知の部分が多いんです」(磯辺教授)

↑日本近海で採取されたマイクロプラスチック。

 

マイクロプラスチックごみがその後、どこに向かうのか? 海中深くに沈むのか、さらに細かくなってしまうのか、今後の研究が待たれるところだそうです。だからこそ磯辺教授は『科学者』としての立場から冒頭でこう述べたのだと言います。

 

ただ、プラスチック製品には添加剤として「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が使われてきたのも事実。当然、マイクロプラスチックにも環境ホルモンが含まれていると考えられます。人間を含む生物が直接的、間接的に体内に摂り込んだ場合、生殖機能などに影響を及ぼす危険性はないのでしょうか。

 

「科学者の役割は、研究や実験によって判明した真実を正しく社会に伝えることだと考えます。しかしそれは、狭い実験室の中で自然界ではあり得ない高濃度の物質を使い、シミュレーションして得られた結果を公表し、危険性のみを煽るということではありません。環境ホルモンに関しても、(実験ではこうした結果が出たが)では自然界ではどうなのか。それを知るために、実験室での研究と同様に大切なのがフィールドワークです」(磯辺教授)

 

50年後の予測では海中のマイクロプラスチック濃度がさらにアップ

磯辺教授の専門は海洋物理学。主に海流の研究をしていましたが、2007年頃に“海洋ごみがどこから来たのか”という研究を始めたことが、この問題に興味を持ったきっかけだと言います。

↑長崎県五島列島の海岸に漂着した海洋ごみ。その多さに驚かされる

 

「フィールドワーク開始当初、五島列島の海岸に漂着している大量のごみを最初に見たときは唖然としたのを覚えています。以来、さまざまなフィールドワークを重ねてきました。2016年に、南極から日本までを航行しつつ太平洋上の海水を採取し、その中に含まれるマイクロプラスチックを調査するという機会があったのですが、赤道を越えたあたりから、北上するに従って明らかにその濃度が高くなることが分かりました。また、研究の結果、50年後にはさらにその濃度が高くなるという予測が導き出されました」(磯辺教授)

↑南太平洋でのマイクロプラスチックの採取風景。ニューストンネットを使って行われる

 

↑2016年の太平洋のマイクロプラスチックの浮遊濃度(上)と、コンピュータ・シミュ−レーションで予測した2066年の浮遊濃度。日本近海を中心に著しく増加すると予測されていることが分かる。引用元:Isobe et al. (2019, Nature Communications, 10, 417)

 

現状では生物への影響が不明だとはいえ、マイクロプラスチックの濃度が高くなれば、当然、生物にも何らかの影響を及ぼす可能性が高くなります。そうなる前に、少しでもプラスチックごみを減らす必要があると言うのです。

 

海中のマイクロプラスチックを除去する研究も進められてはいますが、地球の約7割を占める広大な海でそれを実現するのがとても困難であることは容易に想像できます。であれば、まずなすべきことは、ごみ(プラスチックごみ)を出さないという点に尽きるのではないでしょうか。

 

「ごみを減らす」ためにまず必要なのは、現地の人々の意識改革

冒頭でも触れましたが、ここ数十年で急速に近代化が進んでいる太平洋の島しょ国では、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。そんな島々の廃棄物の減少や廃棄物処理施設の拡充などに、現地で取り組んでいるのがJICAの三村さんです。

 

【プロフィール】

三村 悟

JICA専門家。20年にわたりサモアをはじめ大洋州島しょ国の開発協力プロジェクトに携わる。太平洋・島サミットの準備のため設置された政府有識者会議の有識者(環境・防災分野)として委嘱を受ける。専門領域は太平洋島嶼の持続可能な開発と防災協力。著書に『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(共著)など。

 

 

「実際、サモアでも20年前より明らかにごみが多くなっていますし、海にごみが浮いている光景をよく見かけるようになりました。そんな背景もあって、JICAでは2011年からJ-PRISMというプロジェクトを大洋州で実施しています。現在は第2フェーズにあたるのですが、その取り組みの中心となるのが、3つのR(Reduce、Reuse、Recycle)+Returnという考えのもと、廃棄処分場の乏しい島々でごみを分別し、自然に還せるものは自然へ、製品を製造した国へ還せるものは還すというものです」(三村さん)

 

↑サモアを走るラッピングバス。プラスチック製ストローを使用しないよう呼びかけている。サモアでの廃棄物戦略を開始した際、サモア天然資源環境省が啓発のため走らせた(三村さん撮影)

 

現地で清掃活動を行った際に私が感じることなのですが、ごみに対する人々の意識を変えることは簡単ではありません。そもそも以前は、食器にバナナの葉を使うなど、放置しておいても自然に還るモノしか使っていませんでした。いわば“ごみ“という概念自体が希薄だったのだと思います。ところが、“自然に還ることのない”プラスチック製品が島の人々の生活に大量に入り込み状況が一変します。島のあちこちにプラスチックごみがあふれるようになったのです。

 

もちろん現在は、「プラスチックごみを減らさなければいけない」ことを現地の人々も知っています。ゆえにこちらが積極的に動けば、現地の人々も積極的に清掃活動などに参加してくれるのですが、これが持続しません。“ごみを出さない大切さ”を理解し、自ら率先して行動してもらえるよう、現地の小学校で講義を行ったりしていますが、こうした意識改革には多くの時間がかかると考えています。

↑ミクロネシア連邦・ポンペイで現地の人々と一緒に清掃活動を行う

 

「現地の人々の(ごみに対する)意識、という部分では、私もしばしば課題を感じることがあります。そのためには、人々のモチベーションを上げることが大切だと考えています。私の場合、パラオなど他の島での成功事例を伝えることで『自分たちにもできるんだ』というモチベーションを持ってもらうことから始めています。明確な目標に向かって、率先してごみをなくすための活動を行うようになってくれればと思います」(三村さん)

 

まずは、一人ひとりが「できること」から行動を

ごみに対する人々の意識改革—この難しさは我々日本人も同様だと思います。そうした意味でも、レジ袋の有料化は人々がプラスチックごみについて考える良い機会になったのではと磯辺教授も話します。

 

「実験室とフィールドの両方で得られた研究結果を社会に正しくアナウンスしていきたいですね。(生物や人に与える影響があると)証明できれば、レジ袋一つとっても『だったら有料でも仕方ないよね。使うのを控えよう』と、初めて受け入れられる世の中になるのではないかと思いますし、それが科学者としての私の役割だと考えます」(磯辺教授)

 

そんな磯辺教授の言葉を受け、私も改めて自分の役割は“活動すること”にあるのだということを再確認できました。だから今後も引き続き、地元やミクロネシアでの清掃活動を続けていくつもりです。それは、活動を通して少しずつでもごみに対する意識を変えてもらえると信じているからです。

 

プラスチックごみやマイクロプラスチックに関しては正直、まだまだ分からないことだらけですが、少なくとも「自然環境に良いもの」ではありません。であれば、プラスチックごみを出さない、もしくは減らすために、皆さんも自分のできることから始めてみてはいかがでしょうか。レジ袋を使わないという行動でも、ごみをきちんと分別するという行動でもいいと思います。まずは行動する。これがごみを減らすための意識改革の一歩になるように思います。

 

【関連リンク】
・【第9回 太平洋・島サミット(PALM9)開催】サモアから、ごみ処理プロジェクトの“今”を三村悟JICA専門家がレポート!
https://www.jica.go.jp/topics/2021/20210621_01.html

 

温室効果ガスを減らしていた? 雷に「空気浄化作用」の可能性

夏が近づいてくると、雷が増えます。気象庁の発表によると、2005年〜2017年の間に日本で報告された落雷は1540件。月別にみると7月と8月に集中していて、8月には全体の約3割の落雷が起きています。そんな雷は人や住宅などに被害をもたらすことがありますが、その反面、空気を浄化する働きがあるかもしれないことが判明しました。

↑見た目は怖いけど、大気をきれいにしています

 

米国・ペンシルベニア州立大学で気象学を研究するウィリアム・H・ブルーン特別栄誉教授は、雷や稲妻が大気にどのような化学変化を及ぼすのかを調べるため、2012年にコロラド州とオクラホマ州上空を飛行した航空機からデータを回収し、調査しました。データを見ると、雲の中に大量の「OH(ヒドロキシラジカル)」と「HO2(ヒドロペルオキシルラジカル)」の存在を示すシグナルがありましたが、ブルーン氏は当初これらを回収機器のノイズだと思い、いったんすべて除去していました。

 

しかし、いまから数年前、ブルーン氏が再びそのデータを確認したところ、機械のノイズではなく、確かに「OH」と「HO2」であることが判明。改めて、これらが稲妻や肉眼で見えない放電によって生まれた物質であるかどうかを大学院生らと調べたところ、雷の中で生成されていることが明らかとなったのです。データを回収した雲には肉眼で見える雷はなかったのですが、目に見えない稲妻でも、これらの物質が生成されていることが確認されました。

 

雷の電圧は、200万ボルトから2億ボルトにもなると言われています。一般家庭の電圧は100ボルトですから、最大でその200万倍以上になります。その巨大なエネルギーは、大気中にある窒素や酸素の分子を分解させ、OHとHO2などのラジカル(不安定で反応しやすい性質の分子や原子のこと)を生成します。これまでにも、雷が水を分解してOHとHO2 を生成することはわかっていましたが、雲の中でこの生成プロセスが観察されたことはありませんでした。

 

OHには大気中の成分を変化させる力があり、メタンのような温室効果ガスの除去に役立つことが知られています。HO2も大気の酸化力を調整する物質の一つであるため、これらは温室効果ガスにもなんらかの影響を与えているのかもしれません。しかし、雷の多くは熱帯地域で発生しており、今回使用したアメリカ上空の航空機のデータとは物質の構成が地域によって異なると考えられます。そのような理由で、雷によるOHとHO2の生成と温室効果ガスへの影響についてはさらなる研究が必要だ、とブルーン氏は述べています。

 

古代では霊力があるなどと、人々に恐れられていた雷の存在。その中でさまざまな化学反応が起きているとわかると、自然の偉大さや目に見えない力をさらに感じますが、雷の空気浄化作用は今後どのように解明されていくのでしょうか? 目が離せません。

 

【出典】W. H. Brune., et al. (2021). Extreme oxidant amounts produced by lightning in storm clouds. Science, 372(6543), 711-715. DOI: 10.1126/science.abg0492

ミカンを使って透明になっただと!? 知らぬ間に「木材」が大進化していた

建築や家具、工作など幅広く使われる木材。この材料は私たちにとって身近な存在ですが、その中には、まだ広く知られていない種類もあります。アクリルのように向こう側が透けて見える木材はその一つかもしれません。驚くべきことにスウェーデンでは最近、ミカンを原料に使用した透明な木材が開発されたのです。一体どんなものなのでしょうか?

↑スウェーデン王立工科大学の研究チームが開発したミカン由来の透明木材。写真提供/Celine Montanari(※)

 

透明な木材の開発は真新しいことではありません。例えば、日本では木材から、透明で軽くて強度のある「セルロースナノファイバー」を作る研究が、10年以上前から行われてきました。

 

海外では、スウェーデン王立工科大学の研究チームが、2016年に透明の木材を開発しています。そのきっかけは窓ガラスだったそう。窓ガラスは光を通して建物の内部を明るくしますが、太陽光のエネルギーを蓄えることはありません。同研究チームは「ソーラーパネルみたいに、日中に吸収した熱を夜間に放出することで、部屋を温かくする材料はないだろうか?」と考え、透明な木材を作り始めました。

 

その工程で大切なのは、木材の主成分の一つであるリグニンを取り除くこと。リグニンは植物の体内で作られる成分で、空気中の酸素と反応して、黄色から茶色に変色する性質があります。そのため、白い高級紙を作るときなどは化学処理によって木材からリグニンが取り除かれますが、透明な木材を作る場合にも、同じようにリグニンを除去しなければなりません。しかしリグニンを取り除くと、小さな空洞が生じてしまいます。そこを埋めるためには、木材の強度を保ちつつ、光を透過させるものが必要です。

 

当初、同研究チームは化石由来のポリマーを使って、その問題を解決していました。しかし、より環境に配慮する必要があるため、彼らはミカンの皮から抽出したリモネン・アクリレートを使って、透明な木材の開発に取り組むようになり、最近その実験に成功したと発表したのです。

 

リモネン・アクリレートは、オレンジジュースの製造工程で廃棄されるミカンの皮などから抽出することができるため、石油由来の成分を使うよりも環境への負荷がとても少ないことが特徴。それを使った同研究チームの新しい木材は溶剤なしで作られており、使用している化学薬品はすべてバイオ由来のものと発表されています。

 

また、化石由来のポリマーを使用した木材では光の透過率が85%でしたが、ミカン由来の透明な木材では90%にアップ。強度も高いと同研究チームは述べています。

 

ミカンを取り入れることで環境面にこだわった透明な木材は、スマートウィンドウへの応用を含め、さまざまな可能性を秘めているとのこと。進化する木材から目が離せません。

 

【出典】Montanari, C., Ogawa, Y., Olsen, P(※)., Berglund, L. A., High Performance, Fully Bio-Based, and Optically Transparent Wood Biocomposites. Adv. Sci. 2021, 2100559. https://doi.org/10.1002/advs.202100559

 

(※)Celine MontanariとPeter Olsenのeは、アキュートアクセント付きが正式な表記です

コロナ禍のトイレは「水しぶき」にご用心!ふたを閉めて流さないと危ないワケ

公衆トイレの中には、ふたがないものがあります。そんなトイレに出くわすと、水を流したときに飛び散る水しぶきが気になるかもしれません。「心配し過ぎでは?」と思う人もいるかもしれませんが、実際にはそうとも言えないようです。最近の研究で、トイレの飛沫は高さ1.5メートル以上に達することがわかりました。この研究結果は、新型コロナウイルス感染対策にも影響するかもしれません。

↑ふたを閉めて流しましょう

 

人の尿や便、トイレの水には、エボラウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルスなど、さまざまな病原体が含まれていることがあります。新型コロナは、主にくしゃみや咳などの呼吸器系の飛沫を介して感染すると言われていますが、感染者の尿や便からウイルスが発見されたとも伝えられています。公衆トイレは換気が悪いことも少なくなく、不特定多数の人が使うことから、新型コロナに感染する可能性はゼロではないと指摘されているのです。

 

そんな公衆トイレで起きる感染の一因として疑われているのが、エアロゾル(空気中を漂う微細な粒子)。便器の形や流れる水の強さと量にもよりますが、トイレの水を流すと大量のエアロゾルが発生します。

 

では、トイレで水を流したとき、その周囲にどれくらい水しぶきが飛んでいるのでしょうか? 米国のフロリダ・アトランティック大学がふたのない公衆トイレで実験を行い、4月下旬に研究結果を発表しました。

 

実験では、約3時間で100回以上水を流したところ、エアロゾルが大量に発生。水を流すたびにその量は増えていき、その数は数万個に達することがわかりました。トイレ周辺の空気中にあるエアロゾルの量が実験前後でどれくらい変化したのかを大きさ別に見てみると、0.3~0.5マイクロメートルのエアロゾルでは、実験前の数値(5分間の平均量)が2537でしたが、実験後は4301になり、69.5%増加。ほかの大きさも同様に計算すると、0.5~1マイクロメートルのものは209%、1~3マイクロメートルは50%、それぞれ増えたことが判明したのです。

 

この中でも比較的に大きい1~3マイクロメートルのエアロゾルについては特に注意が必要な模様。「(ふたなしの)水洗トイレと男性用小便器からは3マイクロメートル以下の飛沫が生じており、その中に病原体が含まれていた場合は飛沫感染のリスクがある。しかも、その大きさから空気中に長時間漂うこともあるだろう」と、実験を行った研究者は述べています。

↑水洗トイレ(右)と男性用小便器では、飛沫がそれぞれ最大で1.22mと1.52mの高さまで飛んでいた。写真提供/フロリダ・アトランティック大学

 

実験で確認された飛沫は、最大で高さ1.52メートルに達し、20秒近く浮遊していたこともわかりました。「このように発生したエアロゾルは換気システムや人の流れによって、トイレ内に充満する可能性が考えられる」と同研究者は指摘。公衆トイレで水を流すとき、私たちは知らないうちにエアロゾルを浴びているのかもしれません。

 

安全に公衆トイレを使うにはどうすればよいのでしょうか? 実験では、トイレのふたを閉めて水を流したところ、多くはないものの、多少のエアロゾルが確認されました。便座とふたの隙間からエアロゾルが漏れている可能性があるようですが、それでもふたを閉めてから水を流すほうが、安全性が高まる模様。また、公衆トイレの換気システムを適切に設計し稼働することで、エアロゾルの蓄積は防ぐことができるそうです。

 

ウイルス感染症でなくても、トイレの水が飛び散るとニオイの原因になったり、掃除が大変になったりするもの。自宅でもトイレのふたを閉めてから水を流す習慣をつけ、外出先でトイレを使うなら、できればふたがあるトイレを選び、ふたを閉めてから水を流したほうがよさそうですね。

 

【出典】Jesse H. Schreck, Masoud Jahandar Lashaki, Javad Hashemi, Manhar Dhanak, and Siddhartha Verma, “Aerosol generation in public restrooms”, Physics of Fluids 33, 033320 (2021) https://doi.org/10.1063/5.0040310

“元祖”育成型ゲームがさらに進化! 新型「たまごっち」が2021年夏に米国で発売

1990年代に大流行したバンダイの「たまごっち」。“地球外生命体”という設定の可愛らしいキャラクターを本物のペットのように育てるこのゲームは、これまでにブーム、没落、そして復活を経験してきました。最近では大ヒットアニメ『鬼滅の刃』とコラボした「きめつたまごっち」を発売するなど進化を続けていますが、日本と同様に、その人気は現在アメリカでも再燃しているようです。

↑2021年夏に米国で新発売される「たまごっちPix」。写真提供/www.tamagotchi.com(Bandai America)

 

たまごっちブームはアメリカでも起こりました。米紙「ロサンゼルス・タイムズ」や「ニューヨーク・タイムズ」の記事によると、1997年5月にアメリカで初めてたまごっちが発売されると、瞬く間に話題をさらい、アメリカ国内の同年5月と6月の「最も売れたおもちゃランキング」で1位を獲得。1個15〜18ドルで販売されていましたが、店舗で品切れになると、闇市場で100ドル近くで取引されたこともあったとか。アメリカ国内の販売個数は300万個とも言われ、当時の大ヒット商品になったのです。

 

この人気の理由は日本と同様に、いつでも気軽に持ち運びできるサイズ、数千円程度という低価格に加えて、ペットの飼育を疑似体験できることが挙げられます。たまごっちが登場してから数年以内に、ディズニーのリトル・マーメイドやポケモンなどの人気キャラクターを使ったバーチャルペット型ゲームがアメリカでも数多く生まれました。まさに「たまごっちエフェクト」と言えるでしょう。

 

ついにソーシャル化

そんなアメリカで「90年代のブームが再び!」と話題になっている理由は、2021年夏に北米で新製品「たまごっちPix」が発売されるからです。25年前のアナログ式で遊べる初代たまごっちと最新版で大きく異なるのは、初めてカメラが内蔵されたこと。手のひらサイズのたまご型と3つのボタン配置は変わることなく、キャラクターと一緒に写真を撮る機能が加わり、撮影した写真はデバイス内に保存できます。

 

SNSのような機能も搭載されました。友だちのたまごっちがポップアップ画面で現れる「探検モード」が組み込まれ、「Tama Code(タマ・コード)」を通して一緒に遊ぶこともできます。

 

たまごっちPixの色はピンク・紫・青・緑の4色。言語は英語・スペイン語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ポルトガル語を使用できます。対象年齢は6〜12歳。価格は59.99ドル(約6570円)です。

 

北米では2年前の2019年に、モバイルアプリと連動し、カラフルなパッケージに入った「たまごっちオン」が発売されています。バンダイアメリカではこの販売個数を発表していませんが、この売れ行きが好調だったことから、たまごっちPixを販売することになったのかもしれません。育成型デジタルゲームの“元祖”は、20年以上の時と国を超えて愛され続けているようです。

 

※1ドル=約109円(2021年6月6日時点)

「明るいワクチン接種」イタリアらしい感染症対策の最前線

ワクチンの接種率が上がれば、規制緩和。そんなムードが漂うコロナ・パンデミック2年目の初夏。昨年春の感染拡大以来、あまり日本では話題にならないイタリアも、ただいまワクチン接種に夢中になっています!バカンスとワクチンの話題一色(二色?)のイタリアから現地情報をお届けします。

 

知られざるイタリア現在の感染状況

まずは、イタリアの現状から。昨年春の感染拡大で話題になったイタリアですが、その後はいったいどうなっていたでしょう?

 

悲劇から一転、第1波は全国一丸となった厳しいロックダウンで抑え込み、比較的陽気で浮かれた夏を迎えましたが、秋には第2波が到来。全国を“色分け”して規制する新しい対策が実践され、再び感染が落ち着いた…ところでクリスマス!予想通りに年始明けから第3波が始まりました。

 

そこからまた規制と緩和を繰り返し、年末からスタートしたワクチン優先接種の効果もあったのか、4月に入ってようやく感染者数が減少傾向に。高齢者へのワクチン接種もかなり進行した4月後半から、規制緩和が始まっています。

 

■イタリアの色分け規制とは?

10万人あたりの新規感染者数や実効再生算数、病棟逼迫率、感染経路不明率など、20以上もの指標をベースに、全国20ある各州を危険度別にレッド・オレンジ・黄・白に色分け。それぞれのカラー毎に規制が設けられます。

 

赤ゾーン:商店・飲食店共にクローズ、移動は近所まで、など

オレンジゾーン:商店はオープン、飲食店はクローズ、移動は市内まで、など

黄ゾーン:飲食店〜18:00まで営業、移動は州内まで、など

白ゾーン:マスク、社会的距離など基本的感染対策のみで、ほぼ日常に!(ただしディスコはNG)

 

毎日詳細に報道される感染状況とは別に、毎週金曜日にイタリア高等衛生研究所ISSにより翌週の色分けを発表。4月末の緩和政策により、黄色ゾーンで飲食店の営業が22時までに延び、さらに外テーブルでの飲食も可能に。また全国一律で夜間外出規制が22時から23時、24時と順次延長されています。

最近の感染状況は?(6月2日)

新規感染者数  2897名

検査数22万6272件

陽性率 1.2%

死者数 62名

現在重症者数 933名

 

緩和すれば再拡大のお決まりコースでしたが、ワクチン対策の効果が出てきているのか、現在のところ減少傾向を保っています。5月中旬には全国で黄ゾーンになり、現在、3つの州が憧れの白ゾーンで、6月7日からは6州になる予定。そして、6月末には全国が真っ白になる予測が立てられています。

 

ワクチンはバカンスへのパスポート

さて、ゲームチェンジャーとも言われるワクチン。イタリアでは、優先接種が12月末から(介護施設スタッフや薬剤師も含む医療関係者、および重篤な持病のある人)、次いで学校関係者、警察などへ。2月後半からは年齢別一般カテゴリーが始まりました。80歳以上、70歳以上、60歳以上、そして5月からは50代、40代と順次対象年齢が下がり、5月後半からは口頭試験のある卒業年度の学生、州によっては12歳以上も対象になりました。

 

全国のワクチン接種状況は、政府が管理するサイトメディアが独自に作るサイトで、全国の接種率、在庫、年齢層、カテゴリー別など、現状を把握することができます。現時点で接種率36.63%(少なくとも1回接種した人の割合)、2回接種済みは19.09%。

 

またTVの24時間ニュースチャンネルでは、画面右上に刻々と変わる接種者数速報(人数、2回目接種の割合、70歳以上の接種割合)が出っ放し。いかにも気合を入れて接種率アップを目指しているのかが、伝わってくるようです。

イタリアの国民が一丸となって何かに取り組む姿は、サッカーのW杯くらいでしか見たことがありませんでしたが、コロナ禍ではたびたび目にしています。サッカーと命とバカンス。ワクチンは、イタリア人が人生において最も大事にしていることのひとつであるバカンスへの扉を開く鍵となるのでしょうか?

 

6月中旬から実施予定の欧州グリーンパスポート。実は国内ではすでに始まっており、ワクチン接種済み、もしくは48時間以内のPCR検査陰性証明、または罹患済みを条件に国内での移動が自由になっています。

 

老人一人連れてきたら、ワクチン接種をプレゼント!?

優先接種にひと段落ついた4月からは、イタリア各地で予約なし接種ができる「オープンDay」や、真夜中(&人気のない)アストラゼネカ限定の「アストラ・ナイト」が始まり、5月からは年齢制限も緩和。各州で在庫状況に沿った独自の展開になってきました。

 

ワクチン担当はイタリア市民保護局。イタリア郵便局が作成した全国予約システムと各州の予約サイトがひも付けられ、とてもわかりやすいのが特徴です。

↑シチリア州の予約サイトTOPページ。保険証番号と納税者番号で予約を完了すれば、QRコードが付与される

 

例えば、ここシチリア州では5月初旬に「16歳〜59歳の軽い持病のある人(ホームドクターの証明書必)」を解禁。また年齢カテゴリーの40歳以上への接種が解禁されると同時に、州都パレルモでイタリア初の24時間打ちっ放しパビリオンが開設され、「お若い方は、空いている真夜中にどうぞー」とあの手この手で接種を促進しています。

 

ただ、優先接種である高齢者の接種が完了しているわけではないので、大型接種会場は40代、50代…から80代、さらにファイザー、アストラゼネカ、モデルナの2回目接種の人などなど、さまざまなカテゴリーが混在することになり、実際ものすごいカオス。

 

↑大規模会場では、カテゴリー毎に予約番号を発券してもらうところからスタート。カテゴリーの数、ゆうに12種類越え

 

筆者のカオスな大型接種会場体験記はこちら。下見に行ったら「打ってく?」と誘われて…予約なしで接種完了。不安のせいで医務室行きになりましたが、今のところ無事です。

 

最近は、どうしても腰の重いお年寄りへの接種を促すために、「老人を連れてきたら、付添人にももれなくワクチンプレゼント!」なる企画も開始。「アナタの大事な祖父母を守ろう」という心がホッコリするコンセプトで紹介されましたが、対象は親族に限らず、人数制限もなし。実質は、「近所のまだ未接種の老人を探し出せ!」ということ。ニュースを見ると上手く機能しているようです。

 

↑パレルモの接種会場は大型接種会場のほか、数軒の公立病院など。お年寄りが多い公立病院は比較的落ち着いている。6月からは薬局でもスタートする

 

ワクチンで世界は救えるか?

今は、2回目接種を居住地ではなく、バカンス先で受けられるかどうかに注目が集まっています。国全体としての決定はまだ先で、各州で調整に入っているところですが、シチリアではすでに居住者ではない人への接種も始めており、シチリア周辺に浮かぶ美しい島々のひとつ、エオリア諸島で全島民の初回接種時に(5月中旬)、たまたまローマからバカンスに訪れていた親戚カップル(20代)がついでに打ってもらったり、パレルモに長期滞在する住民票なしの外国人も接種したり。

 

ワクチン接種開始当初は「ズルして先に打つ人」がニュースになったものの、もはや「そこにいる人に打ちまくる」フェーズ。各州での見解の差はありますが、だいぶ柔軟に応変に対応していくであろうことは、好ましい感じがします。

 

先ごろ、イタリアのドラギ首相がフランス、ドイツと共にアフリカへのワクチン支援を表明し、「命、経済、社会を守るために、世界で終わらせないと終わらない」と発言しました。まずは自国民、地元民が優先されるのは致し方ないけれど、準備ができたら素早く隣に手を差し伸べて。そうして世界で同時に、再び平穏な時を取り戻せれば良いですよね。ワクチンが世界を救うかどうかはまだ誰にもわかりませんが。

 

今は、ワクチン接種に沸くイタリア。「ワクチン打って海へ!」と盛り上がり、今月に入って国内で900万人が旅行しているデータもあります。フランス人、ドイツ人など近隣からの旅行者も多数。夏に向けて、今後はさらに人の動きは活発化するでしょう。

 

でも、変異株の流入・再拡大の懸念が払しょくされたわけでもありません。そしてまだ、亡くなってしまう方がいるのも事実。緩急のメリハリがあるのは良いことかと感じますが、緩みすぎず再開の夏を楽しみ、収束の秋を迎えられることを願ってやみません。

「サンゴ礁」は沿岸洪水を防ぐ! 想像以上にかけがえのない存在だった

世界にあるサンゴ礁の面積は60万平方キロメートルと、地球全体の表面積約5.1億平方キロメートルから見ると、わずか0.1%にすぎません。しかし、サンゴ礁には9万種以上の生物が住んでいると言われています。最近の研究では、そんなサンゴ礁に沿岸地域での洪水を防ぐ働きがあることがわかりました。

↑サンゴ礁には、かけがえのない価値があった!

 

サンゴ礁がもつ沿岸洪水(沿岸域での洪水事象)を防止する機能の価値を調べるため、米国・カリフォルニア大学サンタクルーズ校とアメリカ地質調査所は、海上の波や嵐のコンピュータモデルを地質学や生態学などと組み合わせながら、フロリダ、ハワイ、グアム、プエルトリコ、バージン諸島らにおける沿岸洪水のリスクを分析し、サンゴ礁の沿岸における洪水防止機能の価値を評価しました。

 

その結果、サンゴ礁が沿岸地域を沿岸洪水から守る効果を価値に換算すると、年間18億ドル(約1970億円)以上に上ることが判明。さらにサンゴ礁が1m低くなると、沿岸洪水の発生確率が1%の地域が23%増え、その被害者数は62%、住宅や建物などへの被害は90%以上増加し、被害総額は53億ドル(約5800億円)になると予測しました。

 

また、フロリダとハワイでは、沿岸洪水を予防する効果が特に高いサンゴ礁が距離にして325kmも確認され、その予防価値は1kmあたり100万ドル(約1億円)以上になるそうです。ハワイのオアフ島を例に挙げると、島の周りを取り囲むようにサンゴ礁があり、その価値は島全体で約5億7800万ドル(約633億円)。多くの住民が暮らし、ハワイの政治やビジネスの中心地となっているホノルルや、主要観光スポットのひとつであるワイキキ沿岸にもサンゴ礁が存在しており、沿岸地域を洪水から守っているのです。

 

今度は人間がサンゴ礁を守る番

サンゴ礁がある海では、しばしばラグーン(環礁に囲まれた浅い海)が見られます。サンゴ礁が防波堤のような役割を担い、外海からの強い波を弱め、沿岸地域への洪水を軽減すると考えられています。

 

しかし近年、温暖化のために海面が上昇し、その影響でサンゴ礁がもつ沿岸洪水を防ぐ力が弱まる可能性が考えらえます。それと同時に、サンゴの白化現象が進んでおり、サンゴの壊滅も懸念されます。

 

海の生態系だけでなく、人間自身を沿岸洪水から守るためにも、サンゴ礁が担う役割とその価値は、計り知れないほど大きいのかもしれません。

 

※1ドル=約109円(2021年5月31日時点)

 

【出典】Reguero, B.G., Storlazzi, C.D., Gibbs, A.E. et al. The value of US coral reefs for flood risk reduction. Nature Sustainability (2021). https://doi.org/10.1038/s41893-021-00706-6

 

人脈の限界は本当に150人?「ダンバー数」の反証が示すこと

いくら顔が広くても、円滑な人間関係を維持できる人数には限りがありそうですよね。そんな人間の能力の“壁”を説明したのが「ダンバー数」と呼ばれる理論。経営の世界でも広く知られている考えですが、最近その理論に異を唱えた論文が発表されました。一体人間は何人くらいと長い付き合いを築けるのでしょうか?

↑人の縁はダンバー数より、はるかに複雑

 

ダンバー数とは、1990年代にイギリスの人類学者ロビン・ダンバーが提唱した理論。人がスムーズかつ安定的に関係を維持することができる人数を指します。ダンバー氏によると、この数は霊長類の脳の大きさと関係があり、人間の限度は150人程度とされています。ものを知覚したり未来について考えたり、脳の中でも特に高度な機能を持つ大脳新皮質が大きい生物は、行動を共にする群れのサイズも大きいため、大脳新皮質と群れは相関関係があるそう。そのため、ダンバー数は組織の構成やマネジメントにも影響を与えてきました。

 

これまでにダンバー数については、これまでにさまざまな研究が行われており、その中にはこの理論の正しさを裏付けるものもありますが、より注目すべきは、ダンバー数を否定する研究です。そのひとつが、最近ストックホルム大学の動物生態学の専門家などが発表した論文。ベイズ統計と呼ばれる現代の統計法や、霊長類の脳に関する最新データなどを用いながら繰り返し解析を行った結果、人間ひとりが関係を築ける人数は2~520人と、かなり幅のあることが明らかとなりました。

 

確かにダンバー数は「人が関係を築ける人数を150人」としたことで、わかりやすい指標のひとつになりました。例えば、スウェーデンの税務局では、オフィスの収容人数が150人になるように編成したこともあるそうです。

 

しかし実際には、そんなに大勢の人と付き合いをすることが難しい人もいる一方、もっと多くの人と良好な関係を維持することができる人もいるでしょう。特にSNSが発達した現代では、一度連絡が途絶えた友人ともインターネットを通じて簡単に繋がることができるようになり、150人どころか数百人、もしくは1000人近くと簡単に付き合いを継続できる人もいるかもしれません。

 

ダンバー数のほかにも、人間関係の量に関する理論には「5-15-50-150-500の法則」があります。これは、自分に最も近い存在で精神的な支えになってくれる家族や親友の存在が5人、家族ではないけれど相手が亡くなったら大きな悲しみを感じる存在が15人、さらに頻繁にコミュニケーションを取る相手が50人、というように人間関係を捉えています。

 

この法則でもダンバー数と共通の数字が出てきますが、ストックホルム大学の研究が示すように、このような理論で説明できないことが現実にはたくさんあります。しかし科学の観点から見れば、反証可能性があることは決して悪いことではないでしょう。今回の研究で、ダンバー数はさらに一歩、真理に近づいたのかもしれません。

 

【出典】Lindenfors Patrik, Wartel Andreas and Lind Johan. 2021. Dunbar’s number’ deconstructed. Biology Letters.172021015820210158. http://doi.org/10.1098/rsbl.2021.0158

大人用紙おむつは10年で1.5倍増。ユニ・チャームが取り組む「紙おむつのリサイクル」という難題

オゾン処理でバージンパルプと同等の品質に~ユニ・チャーム株式会社

ゴミの分別やリサイクルが当たり前の時代に、新たな一石を投じようとしているのが、紙おむつや生理用品、マスクなどの衛生用品でお馴染みのユニ・チャーム。使用済み紙おむつのリサイクル事業に取り組んでいます。

 

独自のオゾン処理で再資源化

紙おむつは、子育てや介護をしている家庭では欠かせないアイテムの一つです。現在は使用後にゴミとして焼却処理されるのが一般的ですが、「使い捨てだった紙おむつを、循環型の商品に変えようとしています」と話すのは、ESG本部Recycle事業準備室の織田大詩さん。同社では2015年に使用済み紙おむつのリサイクル技術を発表。2016年5月から鹿児島県志布志市と共同で実証実験を行っています。

↑ESG本部 Recycle事業準備室 3G Managerの織田大詩さん

 

「紙おむつは、パルプとSAP(高分子吸収材) 、そのほかプラスチック素材から作られています。この事業では、使用済紙おむつを回収し、洗浄、分離後にパルプとSAPを取り出します。パルプは独自のオゾン処理を施し、初めから木材を材料にしたバージンパルプと同等の上質パルプとして再資源化します。」(織田さん)

↑使用済み紙おむつの循環型モデル

 

↑オゾン処理前のパルプ(左)とオゾン処理後のパルプ(右)

 

大人用紙おむつの使用量が年々増加

同社がこの事業に取り組むきっかけのひとつには、高齢化による大人用紙おむつの消費量増加がありました。

 

「高齢化社会が進むなか、大人用の紙おむつの生産量が年々増加しています。それに伴い、ゴミの焼却によるCO₂排出量の増加、パルプの原料である森林資源の消費など、環境にかかる負担が増えることにもつながります。そういったリスクを軽減させるために、2011年頃から課題解決に向けて試行錯誤を繰り返し、2015年、紙おむつのリサイクルの開発にたどり着きました」(織田さん)

↑大人用紙おむつの生産量の推移(一般社団法人 日本衛生材料工業連合会の資料)

 

発表の翌年、2016年5月から鹿児島県志布志市との実証実験をスタート。同市は一般廃棄物のリサイクル率が市レベルでは、全国の自治体トップで、「リサイクル先進都市」としても有名です。また、2020年度は東京都で分別回収の実証実験を実施。高齢者施設や保育園など特定の施設から使用済み紙おむつを回収し、それを志布志市の隣の鹿児島県大崎町にあるそおリサイクルセンターまで運搬し、そこでリサイクル処理をしました。

 

立ちはだかるいくつもの課題

使用済み紙おむつのリサイクルは、海外においても事例は複数確認できます。しかし同社のように、上質パルプと同等の品質に何度も再生できる、いうなれば「リサイクルのループ」を実現したのは世界初。ただ、そこにたどり着くまでには多くの労力が費やされ、しかも事業化にはまだまだいくつもの課題があるそうです。

 

「技術的な面では、パルプから排泄物等の異物を完全に取り除くことは、非常に難しいものです。そのため、オゾンによる弊社独自の処理技術を開発しました。それにより、分離後の低質パルプを紙おむつの製造に利用可能なレベルにまで再生できるようにしました。同様にSAPも再生化処理し、再資源化できるようにすすめています。

 

そして事業化における主な課題として、『回収』と『処理場の確保』があります。リサイクルの難しさを“混ぜればゴミ、分ければ資源”と表現することがありますが、自治体の理解と協力がなければこの事業は実現できません。昨年、全国の自治体向けのガイドラインを環境省に作っていただいたこともあり、関心を示す自治体も増えました。説明会を開催したり、個別にミーティングを行ったりしていますが、分別回収をどうするか。自治体ごとにゴミの回収方法や状況が異なるので、同じルールを全自治体に適用するわけにもいきません。また、使用済み紙おむつはすべての家庭から出るわけではなく、衛生面などの問題もあるため、一般住民の方の理解も必要です。

↑志布志市の使用済み紙おむつ回収に関するチラシ

 

さらにリサイクル処理場をどうするかという問題もあります。新しい施設となると住民の理解が必要ですし、既存の処理場内にリサイクル施設を設置する方法が現実的ですが、どちらにしても、スペースとコスト面を考えていかなくてはなりません」(織田さん)

 

リサイクル処理技術を開発するだけでなく、紙おむつの回収方法や処理施設の問題、一般の方々の理解などをクリアしたうえで、リサイクルのシステムを確立しなければならないのです。

 

実証実験で温室効果ガスが87%減

実際に使用済み紙おむつのリサイクルシステムが確立されたら、環境への効果はどの程度期待できるのでしょうか。

 

「さまざまな観点から検証したところ、温室効果ガスの排出量においては、焼却して新たな紙おむつをバージンパルプから作る場合と比べて、CO₂が87%減る見込みとなりました。また、パルプに必要な木材も大人用紙おむつを100人が1年間リサイクル品にすると、ゴミ収集車(2t)約23台分が減り、100本分の木を切らなくて済むことがわかりました」(織田さん)

↑温室効果ガス排出量の焼却との比較

 

2022年4月までに志布志市での事業化を目指す

地球環境への貢献にも大きな期待が持てるだけに、事業化への期待は高まります。まだテスト段階ですが、リサイクルから作られた紙おむつを高齢者施設で使用してもらったところ、好意的な意見も多かったそうです。

 

「処理技術と回収というリサイクルの仕組みを成立させ、まずは志布志市において2022年4月を目標に事業化できるよう進めています。そして2030年には10カ所以上にリサイクル施設を展開できればと考えています。また、衛生用品なので、バージンパルプ同等にいくら綺麗にしたからといっても、特にお子さん用の場合は抵抗のある方も少なくないと考えています。リサイクルパルプに対するネガティブな要因を払拭していく必要があるため、今後、自治体だけでなく、一般の方たちへの啓発活動も積極的に進めていきたいと思います」(織田さん)

 

ペットボトルや空き缶のように、使用済み紙おむつも資源ごみとして回収される日が来ることを期待するばかりです。

 

事業を通じて社会的な責任を果たす

今回のように、使用済み紙おむつのリサイクル事業に取り組むことになった背景には、消費者や投資家の「ESG」への関心の高まりも影響しているそうです。「事業を通じて社会的な責任を果たすことが企業の正しい在り方だと考えています」と話すのは、ESG本部の上田健次さん。そもそも同社は以前から事業を通じて社会貢献を意識して取り組んできました。

 

↑ESG本部 ESG本部長代理 兼 ESG推進部長 兼 企業倫理室長・上田健次さん

 

「事業活動とは別なものとして社会貢献活動があるのではなく、事業活動そのもので環境問題や社会課題の解決に貢献することを目指してきました。例えば生理や生理用品について、気兼ねなく語れる世の中の実現を願い、『ソフィ「#NoBagForMe」プロジェクト』を2019年6月からスタートしています。今までは生理用品を買うと、透けて見えないように紙袋に入れられてきました。そこで購入時に紙袋で包む必要性を感じさせないパッケージデザインを開発。生理用品を買うことは当たり前で紙袋に入れる必要がない、選択肢を与えるという考え方を普及させたいと考えました。 

↑『ソフィ#NoBagForMe』限定デザイン

 

また、企業向けに生理に関する勉強会も行っています。日本はまだまだ男性の管理職が多く、生理について正しく理解をしていなかったりします。ですが生理は女性が普通に暮らしていく中で身近にあるもので、それに対して、体調が芳しくないなどオープンに話ができて、それを男性も理解をしてお互いに気遣いができるようにと。また、発展途上国など一部の国や地域では、生理中の女性の行動を制限する古い慣習が残っているところもあります。その国の社会や文化的な背景を考慮し、様々な生理に関する啓発プログラムを展開するなど、当社ができることは何かと考え、提供しています」(上田さん)

 

SDGsの登場により加点式から減点式へ

事業活動そのもので社会的な責任を果たすというのが同社のスタンスでしたが、SDGsの登場はその取り組み方にも影響を及ぼしました。

 

「いわゆる『SDGsネイティブ』というような若い世代の人たちの動きを意識せざる得なくなりました。そしてSDGsは、社会貢献に取り組んでいるかどうかを企業に問いやすくしたと思います。というのも、社会的な責任の果たし方についてそれまでは加点方式でした。他社が行っていないことを行うことでプラス評価されたのです。ところが、今は社会貢献活動が当たり前で、減点方式になっています。『SDGsに取り組んでいないなら減点』だと。この変化により、周囲からどう評価されるか、今まで以上に意識しなければならなくなりました。そのため事業収益を重視しつつ、SDGsに対して貢献できるビジネスモデルを行わないと企業経営そのものの持続可能性が確保できない。その考えはステークホルダー全員で共有されたと思います」(上田さん)

 

目指すは全社員でESG経営を実践すること

「2020年1月にCSR本部をESG本部へと改組しました。CSR本部時代の最大の反省点は、『社会貢献活動はCSR本部だけが行えばよい』という雰囲気を社内に作ってしまっていたことでした。そこでESG本部に改組したときに、目標を『ESG本部を早くなくすこと』としたのです。要するに、社員一人ひとりがESG経営を意識し、SDGsへの貢献を考えながら事業を進めるのが当たり前、という考え方を浸透させる。そうすればESG本部は必要ないわけです。まだまだ道半ばではありますが、できるだけ早くそうなることを目指し活動していきたいですね」(上田さん)

 

人気抜群の教育YouTuber葉一さん×大橋知穂JICA専門家:「子どもたちの挑戦する力は教育から生まれる」【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「すべての人が教育を受けることができる世の中」を目指して、日本とパキスタンで奮闘する2人が、子どもの未来を拓く教育の力について熱く語り合ったトークイベントについて取り上げます。

教育が持つ力について語り合うYouTuber葉一さん(左)と大橋知穂JICA専門家(右)

大橋知穂JICA専門家は、パキスタンでこれまで小学校の入学機会を逃した子どもや若者約2300万人に基礎教育を受けることができるようサポートしてきました。教育YouTuberの葉一(はいち)さんは、日本で小学3年生から高校3年生向けに、無料の教育動画を配信しています。不登校などさまざまな理由で学校に行けなくなった子どもたちなど、動画チャンネル登録者は142万人に上ります。

いつでも、どこでも、誰でも、教育を受けることができるよう取り組む2人が口を揃えて言うのは、「教育は、困難を乗り越え、子どもの挑戦する力を生み出す」こと。活動する場所や環境は異なるものの、その想いは一緒です。

 

子どもの成長は大人の価値観を変える

15歳以上で文字の読み書きのできない人は人口全体の58%(出典:2015年社会・生活水準調査/パキスタン統計局 )

パキスタンは、学齢期の子ども(5~16歳)の不就学者が全体の44%と多くユネスコの統計によると世界ワースト2位です。そんな子どもたちの不就学、識字率の低さといった課題解決を図るため、JICAはパキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できる「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。

約12年間にわたりパキスタンでノンフォーマル教育に携わってきた大橋専門家は今回、その取り組みをまとめたプロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0からの出発』を出版。これを機に、YouTuberの葉一さんとの対談が実現しました。

「教育は大人がどうしたいかではなく、子どもがどう受け取るかが大切」と述べる葉一さん

「女の子には教育は必要ないと考えていた父親の反対で小学校の退学を余儀なくされた11歳の女の子。学校で習った知識を生かして家計簿を付け、母親を手伝います。するとその姿を目の当たりにした父親が娘の成長に大感激して、地域の女性たちが学べる環境をつくろうと奮闘し始める……。この話にはグッときました」

大橋さんの著書を読んだ葉一さんはそう語り、大人が自ら価値観を変えるのは難しくても、教育によって子どもが成長することで考え方が変わっていくことがある、ということを実感したと言います。そして何よりも、学ぶ楽しさを知った子どもたちが生き生きとしていく様子は、日本もパキスタンも一緒だと語ります。

 

挑戦する力を支えるのは自己肯定感

「子どもたちの学びの機会を守りたい」と語る大橋専門家

「小学校に行く機会を逸してしまったとはいえ、生徒たちはやり直しのきく年齢。わからなかったことを理解したり、新しいことを知ったりする経験を通して自信を付けていきます。学習が進むにつれて表情が生き生きとしてくるのは、自己肯定感が高まっている証しですね。子どもたちの自己肯定感を高めるのは教育。逆にそれを奪うきっかけになるのも教育なのだろうと思っています」

子どもたちが変わっていく姿をパキスタンで目の当たりにしてきた大橋専門家は、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが気になると言います。そんな問いかけに葉一さんは、日頃、日本の子どもたちと向き合いながら感じていることを話しました。

「日本は“できて当たり前”といった風潮があり、失敗すると減点されてしまう。失敗をすると子どもたちの自己肯定感が下がり挑戦を恐れ始めます。しかし挑戦をしないことには成功体験が積めない。子どもたちは、結果が出るまでの小さな成長や成功を自覚しにくいので、ぜひ周りの大人が褒めてください。そしてご自身の失敗談を語り、どう乗り越え、最後に何を得られたかというストーリーを聞かせてあげるのが効果的だと思います」

YouTuberの葉一さんは、2012年から授業動画「とある男が授業をしてみた」を配信しています。塾講師として働いていた時、経済的な理由で塾に通えない子どもが多いことを知り、“親の所得の違いが教育格差につながる”という状況に疑問を持ちました。子どもに学びたいという意志さえあれば無料で学べる環境を作ろうと授業動画の配信を始めました。

子どもたちのことをちゃんと考えている大人もいるんだよ、と伝え、周囲の大人が子どもの成長を認めてあげることが自己肯定感を高め、挑戦を後押しすることにつながると、その言葉に力を込めます。

 

YouTuber葉一さんが制作協力する教材がパキスタンの子どもたちの教育現場に!

失敗してもやり直しができる、失敗したことを糧にがんばることができることを、パキスタンで実現させたい—。大橋専門家は、まもなくまたパキスタンへと赴き、子どもたちの学びの場をさらに拡充させる取り組みを進めます。葉一さんのわかりやすい動画教材制作についてそのコツを聞くと、「お手伝いします!」という言葉が葉一さんから返ってきました。今後、ノンフォーマル学校の中学生用向け教材の作成で二人の協力が始まります。いつでも、どこでも、誰でも—そんな学びの機会が、パキスタンでさらに広がっていきます。

ノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所などで行われます

葉一さんと大橋専門家の対談など、プロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0(ゼロ)からの出発』出版記念オンラインセミナーの様子はこちら

気候変動が新たな道を拓いた?「アカウミガメ大移動」の謎が解明

数十年をかけて、数千~1万km以上の距離を移動するアカウミガメ。その長い年月と壮大な距離から、アカウミガメの移動は「失われた歳月」とも呼ばれますが、その行程や寒い海域での移動方法はほとんど明らかにされていませんでした。しかし、最近ついにアメリカの研究チームがその謎を解明しました。

↑アカウミガメには道が見える

 

日本沿岸の海域には3種類のウミガメが生息していますが、アカウミガメはそのひとつ。アメリカ、ブラジル、オーストラリアなど、日本の主に南側の太平洋沿岸を産卵地としています。日本の砂浜で生まれた場合、アカウミガメの子ガメは黒潮にのって太平洋を横断しながら、東へ向かい、メキシコ西部にあるバハ・カリフォルニア半島の沖合に辿り着きます。エサが豊富なこのエリアで十分に成長すると、再び太平洋を横断して日本を目指し、一生をかけて大移動を繰り返します。

 

しかし、太平洋には「イースタン・パシフィック・バリア」と呼ばれる冷たい海域が存在し、アカウミガメはそこを超えるものとそうでないものに大きく分かれます。研究者が長年知りたかったのが、この海域を、温度に敏感なアカウミガメがどうやって横断するのか? ということ。米国・スタンフォード大学などの研究チームは、衛星追跡デバイスをつけたアカウミガメ231頭を15年間に渡って追跡しており、収集したデータをさまざまな角度から分析することにしました。

 

日本を出発して、バハ・カリフォルニア半島まで辿り着いたのは6頭のみ。研究チームはこのカメについて調べたところ、初春に移動を行い、ほかのカメより温かい海の中を泳いでいたことが判明しました。さらに研究チームは、バハ・カリフォルニア半島に到着したアカウミガメの骨を観察。人間と同じように、カメの骨も食べ物の影響を受けるため、骨の特徴からアカウミガメがいつ頃、外洋から沿岸に辿り着いたのかを調べることができるのです。この分析を行なった結果、多くのアカウミガメが、海が温かい時期にこの半島に到着していたことがわかりました。

↑231頭のアカウミガメの追跡データ。うち6頭が日本からバハ・カリフォルニア半島に辿り着いたことを示している。写真提供/Dana Briscoeなど

 

研究チームによると、この要因として考えられるのは、エルニーニョなどの温暖化で海面温度が上昇して「熱の道」ができたこと。この道は春後半から夏にかけて存在しており、それが現れる前にも、海面気温が数か月間暖かくなっていました。このような条件が重なり、アカウミガメやほかの生物はイースタン・パシフィック・バリアを通過できるようになったのではないか、と研究チームは見ています。

 

今回の研究では、バハ・カリフォルニア半島まで到達したアカウミガメはわずか6頭と数が少なかったことから、さらなる研究が必要となるですが、気候変動がアカウミガメなどの海の生物に、さまざまな影響を及ぼしていることが明らかとなりました。また、研究チームは、アカウミガメが、人間が意図しない別の種を漁獲する「混穫」に巻き込まれる可能性も指摘しています。海に浮かぶプラスチックゴミなども海洋生物存続の脅威になり得るでしょう。

 

現在、世界にいる7種のウミガメのうち、アカウミガメを含む6種が絶滅危惧種に指定されています。カメは長寿や金融の象徴と言われていますが、その存在は私たちの地球環境や気候変動への取り組みにかかっているのかもしれません。

 

【出典】Briscoe DK, Turner Tomaszewicz CN, Seminoff JA, Parker DM, Balazs GH, Polovina JJ, Kurita M, Okamoto H, Saito T, Rice MR and Crowder LB (2021) Dynamic Thermal Corridor May Connect Endangered Loggerhead Sea Turtles Across the Pacific Ocean. Frontiers in Marine Science. 8:630590. doi: 10.3389/fmars.2021.630590

瞑想すると利己的になる!「マインドフルネス」の意外な落とし穴

「マインドフルネス」といえば、瞑想です。集中力が高まり、不安を軽減し、ポジティブ思考になるなど、瞑想は良いことだらけです。しかし最近の研究で、瞑想には意外なデメリットがあることがわかりました。

↑瞑想したらジコチュウになる? 修行が足りぬ……

 

瞑想は人の内面にさまざまなメリットをもたらしますが、社会的な行動に与える影響はあまり明らかになっていません。瞑想は人間を自立的にするのか、それとも人に依存しやすくするのか? この問題を明らかにするため、ニューヨーク州立大学バッファロー校の心理学部の准教授らが2つの実験を行いました。

 

1つ目の実験では、まず研究チームが被験者366名を自立的か相互依存的かどうかを判定します。次に被験者を2つのグループに分け、実験群は瞑想を、統制群はマインド・ワンダリング(心がふらふらとさまよった状態のことで、瞑想と相反する行動)を行いました。その後、慈善団体に送る封書の封入作業があることを両者に伝え、それにボランティアで参加するかどうかを聞きました。その結果、自立性が高いと判断された人が瞑想を行うと、ボランティアに参加する割合が減少することが判明したのです。

 

2つ目の実験では、研究チームは、325名の被験者が簡単なエクササイズを通して、自分の性格が自立的か相互依存的か、どちらの傾向が強いかを考えるように促しました。1つ目の実験と同様に、瞑想またはマインド・ワンダリングを行った後、被験者はチャリティー団体の募金に協力してくれそうな人とオンラインチャットを行う活動に参加するかどうか聞かれました。すると、自立的な性格に傾いた人ではボランティアに参加する割合が33%減少したのに対して、相互依存的な考えを好む人では参加の割合が40%も増えたのです。

 

この2つの結果から、瞑想は相互依存的な人の行動をより社会的にする一方、自立的な人は、人に頼らない傾向が強まることが示唆されたのです。前者は「集団主義」とも解釈できるのに対して、後者は、よく言えば「個人主義」、悪く言えば「利己主義」でしょう。いずれにしても、瞑想にはこのような側面があるようです。

 

あなたはどっち?

考え方や行動が瞑想によって利己的になったら、社会で生きていくうえでは損することもあるでしょう。瞑想によるデメリットを回避するためには、自分の性格が自立的か相互依存的かを知っておくことが大事です。

 

その指標のひとつが、自分自身の行動を表すときの言葉遣い。自立的な人は「私は〇〇をする」というように、1人称単数の主語を使う傾向があり、相互依存的な人は「私たちは△△する」のように、複数形の主語を用いることが多いそうです。

 

研究チームは文化的な考察も行っています。一般的に、欧米人は自分を自立した人間(個人主義的)と捉えるのに対し、アジア人は相互依存的(集団主義的)な人が多いと指摘しています。このような通説には異論もありますが、瞑想の作用は西洋人と東洋人の間でも異なる部分があるのかもしれません。

 

瞑想を客観的に分析し、そのデメリットを明らかにした今回の研究。「欧米のセレブやCEOの間で流行っているから自分もやる」という発想で、瞑想を無批判に取り入れることの危険性を指摘しているようにも思われます。

 

富裕層の怠慢が「地球環境」を破壊する! 英国の研究者らが警鐘

現在、世界中で貧富の格差が広がっています。資産10億ドル以上を持つ「ビリオネア」の上位26人が所有する約150兆円の資産は、貧困層38億人の総資産とほぼ同じであると言われるほど、グローバル社会では二極化が進行中。この現象は環境問題でも見られ、最近では「気候変動の原因は富裕層だ」と論じたレポートが欧米で話題を呼んでいます。

↑「LISTEN TO THE PEOPLE NOT THE POLLUTERS(汚染者ではなく、庶民の声を聞け)」や「PEOPLE OVER PROFIT(利益よりも人を優先しろ)」というメッセージが示すように、環境を汚す富裕層に対する世間の風当たりは強い

 

気候変動における富裕層の問題を指摘したのが、ケンブリッジ・サステナビリティ・コミッション(CSC)による「Changing our ways? Behaviour change and the climate crisis」というレポート。英国のケンブリッジ大学出版局が立ち上げたCSCは、環境問題をさまざまな角度からグローバルに研究しています。このレポートでは英国・サセックス大学の教授らが所得レベルに着目して、人間行動学の観点から気候変動に関する政策を提言しています。

 

早速、主な論点を見ていきましょう。本レポートは、地球温暖化を1.5℃以内に抑えるための対策は相対的に捉えるべきだと論じています。根拠のひとつとして、著者らは国連環境計画の「排出ギャップ報告書2020年」のデータに言及。同報告書は、2015年の世界の人口を所得で4つに分け、各グループの一人当たりの平均二酸化炭素排出量を計算し、所得レベルが高ければ高いほど、1人あたりの二酸化炭素排出量が増大することを示しています。

 

では、各グループはどれくらいの量を排出しているのでしょうか? 排出ギャップ報告書2020年では、2030年までに設定されている二酸化炭素排出量の目標は、1人あたり2.1tです。これを下回っていたのは、所得レベルが最も低い貧困層のみ。所得レベルが2番目に高い層(富裕層の上位10%)の二酸化炭素排出量は20t以上、所得レベルが最も高い超富裕層(富裕層の上位1%)は70tを上回っていました。

 

CSCは、この議論を別のデータで裏付けています。2018年の「Civil Society Equity Review」によると、二酸化炭素排出量の増加の半分程度は富裕層の上位10%に起因し、同37%は富裕層の上位5%に原因があるそう。残りの半分は、所得層の40%を構成する中間層によるものなので、所得層の50%を占める貧困層の影響は事実上ゼロになります。

 

また、欧州連合(EU)加盟国では、富裕層が排出する二酸化炭素の量が増加傾向にある模様。1990年~2015年の二酸化炭素排出量の変化を見ると、EUの人口の50%に相当する低所得層は24%、中間層(EUの40%)は13%削減したのに対して、富裕層(10%)は3%増加したうえ、超富裕層(1%)は5%も増えているのです。EUを離脱したイギリスでは、高所得層の4割以上が1年に3回以上、飛行機を利用している一方、低所得層ではこの割合が4%ほどに下がります。このパターンはフランスやドイツなどでも同じ。

 

したがって、世界中で二酸化炭素排出量を削減するために重要なことは、このような実態に即した排出削減量の「公平な配分」となります。「所得に関係なく、みんなが平等に二酸化炭素を減らせばいい」というわけではないのですね。

↑もっと公平な気候変動への取り組みを提言するCSCのレポート

 

しかし、ここまで来ると、庶民としては「お金持ちは何をやっているんだ?」と思ってしまいますよね。「自分さえ良ければいい」という考えを持ち、化石燃料に依存した生活を送る超富裕層は「環境を汚すエリート(Polluter elite)」と呼ばれており、悪者と見られています。「富裕層が役割を十分に果たしていない」という認識は、ほかの人たちの行動を変える妨げとなるかもしれません。「富裕層だけルールが特別」という考えが広まれば、気候変動対策の公平さに悪影響を及ぼすでしょう。

 

ただし、一概に富裕層が悪いとは言えません。富裕層はお財布を気にせず、ソーラーパネルや環境に優しい乗り物などを購入することできるのも事実です。少し大袈裟な例を挙げると、世界トップクラスの富豪のひとりであるAmazonのジェフ・ベゾスCEOは、気候変動問題に取り組む科学者や活動家を支援する基金「ベゾス・アースファンド」を2020年2月に立ち上げ、私財から100億ドル(約1.1兆円)を投じました。富裕層には富裕層の言い分があるかもしれませんが、感情的になって富裕層だけを責めるのは偏った見方となってしまうでしょう。

 

むしろ問題は、地球を汚すエリートのライフスタイルや行動をどのようにして変えるのか? 富裕層は政治的な影響力が大きいため、変化を起こすのは容易ではありません。このレポートは人間の行動を変えるための方法を多面的に検討していますが、まだまだ研究が必要な様子。それでも、富裕層に責任ある行動を促すための動きは起こっています。例えば、英国の政界では、頻繁に飛行機に乗る人に対して累進税率で課税する仕組みが議論されており、賛否両論がありますが、このような取り組みは今後の政策づくりに役立つかもしれない、とCSCは注目しています。

 

気候変動に対する取り組みについて「公平性」という観点から論じたCSCのレポート。富裕層が二酸化炭素排出量を劇的に減らさなければ、温暖化を食い止めることはおろか、気候変動への取り組み自体が破綻しかねません。富裕層の責任は重大です。

スタジアムには魔力が宿る!「無観客試合」でもホームチームが有利と判明

スポーツ競技では、ホームチームのほうがアウェーチームよりも勝率が高くなる傾向があります。これは「ホームアドバンテージ」と呼ばれており、サポーターの声援が重要な役割を担っているとされていますが、無観客試合の場合はどうでしょうか? 最新の研究で意外な事実が明らかとなりました。

↑観客の代わりに“見えない力”がホームチームを後押し

 

無観客試合とホームアドバンテージの関係を調べるために、ドイツ体育大学ケルンの研究チームは、ヨーロッパ6か国の10リーグを研究対象として、2020年3月に宣言された新型コロナウイルスのパンデミックの前後に行われた4万試合以上を分析しました。その中の1000試合以上は無観客で行われています。

 

すべての試合でホームチームとアウェーチームのどちらが勝利したかを調べ、「ホームチームの勝利」「引き分け」「アウェーチームの勝利」の割合を100試合毎に計算しました。その結果、観客がいる場合は、ホームチームの勝利:引き分け:アウェーチームの勝利=45:27:28となりました。この数値はホームチームが100試合中に45回勝つことを意味しています。

 

では、無観客試合はどうでしょうか? 同じように割合を求めると、43:25:32という結果が出ました。つまり、無観客試合と観客ありの試合では大きな変化がなかったのです。例えばイングランドのプレミアリーグを見てみると、観客ありの試合では、この割合が46:25:30だったのに対して、無観客試合は47:22:32と、ほとんど同じです。

 

この傾向はプロリーグに限りません。ドイツのアマチュアリーグのひとつクライスリーガAの6000試合を同様に分析したところ、観客の有無に関わらず、ホームチームは勝つ傾向が強いという結果になりました。

 

観客がいる試合では、審判がファンの声援や存在感に心理的な影響を受けて、ホームチームにとって有利な判定をする傾向があることが指摘されています。無観客試合では、そのような影響が少なくなり、試合はよりフェアになると考えられますが、スタジアムにおける実際の“力学”はそれ以上に複雑な模様。観客の有無に関係なく、ホームチームが無観客試合でも勝つ傾向が高いという結果に、研究者自身も驚いたようです。

 

しかしその一方で、今回の研究には例外もありました。ドイツのブンデスリーガは観客の有無で結果が大きく異なったのです。観客ありの試合では、この割合が46:24:30である一方、無観客試合は33:23:45と、アウェーチームの勝利が多くなり、ホームとアウェーが逆転する結果となっています。さらなる研究が必要でしょう。

 

ホーム試合が有利になるのは、慣れた環境でプレーすることや縄張り意識が芽生えることなど、サポーターの存在以外にもさまざまな要因が関係していると考えられます。今回の研究結果は、そのような力が作用していることを示していると言えるでしょう。サッカーの無観客試合では選手同士の口論が減り、イエローカードやレッドカードの数が減ることがわかっていますが、ピッチ上で選手たちがより冷静になるとしても、地の利を得やすいのはホームチームのようです。

 

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イエロー&レッドカードが13.5%も減!「無観客試合」が選手におよぼす意外な影響

 

 

ライオンもやっていた!「あくびは不謹慎」とばかり言えないワケ

他人のあくびを見ると、自分にもあくびがうつることがよくありますよね。同じことはライオンでも見られますが、なぜあくびの伝染現象がライオンにも起きるのでしょうか? 最新の研究によると、そこには社会的に重要な機能があるようです。

↑こっちにもあくびがうつりそうだ……

 

イタリア・ピサ大学の動物行動学者の研究チームは、南アフリカのブチハイエナの行動について研究を行っているときに、たまたまライオンが短い時間にあくびを繰り返していることに気付きました。

 

あくびには頭部への血流や脳の冷却を促進し、注意力を高める効果があるとされる一方、ヒトやサルなどの哺乳類、鳥類などの動物の場合は、社会的な目的であくびを行っている可能性もあります。そこで、集団で行動するライオンのあくびにも社会的な機能があるのではないか、と同研究チームは仮説を立てました。

 

彼らは2019年に19頭のライオンを4か月にわたり観察しました。その結果、あるライオンがあくびをすると、それを見た同じ群れの別のライオンが、あくびを見なかったライオンの約139倍の確率で3分以内にあくびをすることがわかりました。しかも、あくびが伝染したライオンは、最初にあくびをしたライオンが立ったり横になったりすると、あくびを見なかったライオンの約11倍の確率で同じ行動を取ることも判明したのです。

 

ライオンはオス1~2頭とメス5~6頭で群れを形成し、ともに狩りをしたり、子どもを育てたりします。そのため、仲間同士の繋がりはとても重要であり、あくびの伝染で社会的な結束力を維持しているのではないか、と研究チームは述べています。あくびによって生まれる同調行動によって、ライオンの絆は強くなっているのかもしれません。

 

この説は人間にも当てはまりそうです。あくびは心理的距離感が遠い人より、家族や友人などからのほうがうつりやすいという見方があるうえ、同調行動は相手との心理的距離を縮め、好感を与えやすいと言われています。このような機能は人間とライオンのあくびに共通していると考えられますが、このような観点から考えると、人類を含め動物はあくびを通して大事なサインを送っているのかもしれません。「あくびは不謹慎」とばかり言えませんね。

 

【出典】Grazia Casetta, Andrea Paolo Nolfo, Elisabetta Palagi, Yawn contagion promotes motor synchrony in wild lions, Panthera leo, Animal Behaviour, Volume 174, 2021, Pages 149-159, https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2021.02.010

これぞ市民科学の力! 海中に漂う「謎の塊」の正体がついに判明

水深60〜70mの海の中を浮遊する、直径1mほどのゼラチン状の丸い塊。この物体は20年以上もの間、ノルウェー近海で度々報告されてきたのですが、この塊が何なのか誰も説明できずにいました。しかし最近、研究者と市民ダイバーがこの謎の解明に乗り出し、ついにその正体が明らかとなったのです。

↑これは何なんだ? 写真提供/Robert Fiksdal

 

この謎の塊は、ノルウェー近海と地中海などで1985年から2019年の間に、およそ200人のダイバーから90回ほど報告されていました。ノルウェー、アイルランド、アメリカなどの共同研究チームが調査に乗り出し、市民ダイバーたちにこのような塊と遭遇したらサンプルを取るように呼びかけたところ、4つの塊から球体の外側と内側の両方のサンプルを収集することに成功。

 

これらのサンプルを分析し、DNA解析を行った結果、塊の中には粘り気のあるものと一緒に、イカの胎児が含まれていることが判明しました。

 

イカの種類は、ノルウェー近海と地中海に広く生息するヨーロッパイレックスです。興味深いのは、ひとつの塊の中に異なる成長段階の胎児が含まれていたこと。産卵されたばかりだったり、器官が形成されていたり、胚が発生していたり。市民ダイバーたちの目撃情報を考えると、1つの塊の中には何十万個もの胎児がいる模様で、十分に成長すると塊が破裂して、内側から赤ちゃんのイカが海中に放出されるそうです。

 

これまでに報告された90の塊のうち、イカの胎児だと明らかになったのはわずか4つですが、球体の様子や大きさなどから考えて、残りの86の塊も同様にヨーロッパイレックスの胎児が含まれているのではないか、と同研究チームは予測しています。

↑イカの卵塊だった! 写真提供/(A) Franc Jourdan、(B) Thomas Brelet。コラージュ/Halldis Ringvold (Sea Snack Norway)

 

イカは、卵嚢(らんのう)と呼ばれる寒天質の袋状に包まれた卵を海底の木の枝などに産みつけますが、スルメイカのように沖合に住むタイプは、卵を産みつける場所がないため、海中を浮遊する直径60〜80cmほどの寒天質の丸い球体の中に卵を産みつけます。これは卵塊と呼ばれますが、過去にアメリカのカリフォルニア沖で直径3mもの卵塊が見つかったことがあるものの、卵塊が見つかること自体が稀です。

 

今後、ノルウェー近海や地中海で目撃されている塊からイカの産卵について新しいことがわかるかもしれませんが、今回の調査は市民ダイバーの協力なしでは難しかったでしょう。これぞ、市民科学の力です。

 

【出典】Ringvold, H., Taite, M., Allcock, A.L. et al. In situ recordings of large gelatinous spheres from NE Atlantic, and the first genetic confirmation of egg mass of Illex coindetii (Vérany, 1839) (Cephalopoda, Mollusca). Scientific Reports 11, 7168 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-86164-8

役割分担すら不要! 遊ぶように育児をする「キウイDAD」とは?

ニュージーランドでは、妊娠や出産で大きな負担を受けた女性をねぎらうため、自ら育休を取って積極的に育児参加する男性が増えています。そんな父親たちは国鳥のキウイになぞらえ、「キウイDAD」と呼ばれることもしばしば。そんなパパがいるニュージーランドの文化や社会保障制度はどうなっているのでしょうか? キウイDADのストレス解消方法と合わせて見てみましょう。

 

さすが、世界一早く男女同権を実現した国

↑キウイDADは背中で語るだけではない

 

ニュージーランドでの子育ては、夫婦共同作業が基本です。日本のように専業主婦だけが家事や育児を担当するワンオペはもちろん、夫婦間での役割分担という考え方さえ、そもそもありません。産前産後の女性に代わって、買い物をしたり、料理を作ったり、積極的に家事をするのがニュージーランドの男性の特徴です。

 

意外と知られていないかもしれませんが、ニュージーランドは1893年に世界でもっとも早く男女同権を成し遂げた国です。政治の分野を見れば、現職のジャシンダ・アーダーン首相を含め、3人の女性が首相に選出されてきました。かいがいしく子育てに参加するキウイDADには、このような歴史的背景もあります。

 

それは言葉にも反映されており、ニュージーランドの産休や育休は「Parental Leave(ペアレンタルリーブ)」と呼ばれ、父親も母親同様に取得する権利があるなど“父権”が守られています。また、マタニティクラス(母親学級)という言葉も、ニュージーランドでは父親もそのような勉強会に参加するのが当然なので、「Parental class(ペアレンタルクラス)」と呼ばれています。

 

男性の育児休暇取得率が低い日本と異なり、ニュージーランドでは、仕事より家族を優先する同僚や、育児に理解のある上司も多いため、育休を取りやすい職場環境が父権の後押しをしているように見えます。

 

産休や育休など子育てを支えるニュージーランドの社会保障制度も見逃せないポイント。例えば、妊娠期間中は「ミッドワイフ」という専属の助産師によるサポートが得られます。ミッドワイフは単なる分娩の助産師ではなく、妊娠中の健診から出産までトータルに伴走してくれる頼もしい存在です。また、産後は「プランケット」という育児支援団体から派遣される看護師が家庭を訪問し、新生児の育児に関するノウハウを教えてくれます。妊娠・出産にかかる費用は無料で、一定の条件を満たせば日本人でも受けることが可能です。

 

さらにニュージーランドでは、子どもが3歳になると、幼稚園や保育園から無料で育児を支援してもらうこともできます。それまでの期間、父親は保育所を活用しながら、母親の職場復帰をサポートしたり、育休を活用しながら子どもと遊んだり、夫婦二人三脚で子育てに励みます。ニュージーランドの義務教育は6歳の誕生日から16歳の誕生日までとなっており、その間の公立学校での授業料は無料。また、5歳になった子どもには小学校に行く権利が発生し、希望すれば5歳から授業料なしで小学校に通うことができます。しかも日本と異なり、ニュージーランドの公立小学校は一斉入学ではないので、親は子どもの成長に合わせて入学時期を決めます。

 

親心より遊び心

↑育児も楽しんだ者勝ち

 

ニュージーランドは豊かな自然に恵まれたスポーツ王国で、バイク、ラグビー、釣り、キャンピング、山歩きなど、さまざまなアウトドアライフを満喫できます。赤ちゃんをマウンテンバイクに乗せてジョギングしたり、子どもを乗せたトレイラーをバイクに連結して走ったりと、アウトドアスポーツで気分を発散。普段から身体を動かすことが好きなキウイDADたちは、一人で気分転換やストレス解消をするのではなく、子どもと一緒にスポーツを楽しみたいと思っているようです。

 

筆者もある日、子ども用スケートリンクで自転車の練習をさせていたキウイDADを見かけました。わずか5分の間に慣れた手つきで娘の顔に日除けクリームを塗り、怪我しないように長いスパッツをはかせ、膝とひじにサポーターを装着して、ヘルメットを被せていました。とても手際よく、常日頃から子どもと遊び慣れている様子。「子育てで大切なことは?」と声をかけると、「Take it easy!(あまり深刻に考えないことさ)」と笑顔で答えてくれました。

 

アウトドアスポーツに限らず、就学前の3歳から5歳ぐらいまでの、活発になってきた子どもとの遊びは、父親が本領を発揮する場面かもしれません。自分でツリーハウスを作ったり、庭でガーデニングを教えたり、ギターを弾いたり。自由奔放に好きなことをやらせてくれるキウイDADの育児参加は、幼稚園でも家庭でも大いに歓迎されているようです。

 

また、パブも赤ちゃんや子連れOKなところが多いため、スナックを片手に美味しい地ビールを楽しむこともストレス解消法のひとつ。父親仲間のサークルで歓談するのもよいでしょう。

 

コミュニティに必ず存在する「プレイセンター」では、母親同様に父親も、子ども同伴で楽しんでいます。学び合う親たちの自主運営活動なので、各プレイセンターによって違いはありますが、遊具などを使った外遊びをメインに、工作やお絵描き、知育遊びなどを子どもたちが自由に選んで楽しみます。

 

キウイDADには、ユーモア好きで遊びの達人が多い傾向にありますが、どうやって子どもと遊んでよいかわからないという父親には、ニュージーランド発の育児オンラインチャンネル「How to DAD」がおすすめ。 これを立ち上げたJordan Watson氏は、チャンネル登録者数 104万人の人気YouTuberで、ビーチサンダルに短パン・Tシャツといった典型的キウイDADスタイルで、ユーモアたっぷりに子育てアイデアを紹介してくれます。赤ちゃんの抱き方や寝かせ方はもちろん、幼児に野菜を食べさせたり、ダンスを踊ったりするほか、キャンプやお出かけ編も必見。パパ目線で育児をするとこんなに遊べるのか、とパパだけでなくママも開眼するかもしれません。

 

コロナ対策をうまく成功させたニュージーランドは、学校や幼稚園などで子どもたちが社会参加する機会をいち早く再開しました。コロナ禍でのオンライン学習も便利でしたが、人と接したり自然のなかで遊んだり、のびのび育ってほしいと願うのは親だけではありません。ニュージーランド政府もコマーシャルなどを通して、海外の観光客がいないときこそ、国民に子どもとのキャンプやネイチャーツアーといった国内旅行をしてほしい、と訴えています。

 

ニュージーランド在住の筆者も、この国は社会制度が充実し、子育てしやすい国だ、とつくづく感じてきました。子育ては夫婦でやるのが当たり前というニュージーランドの文化や、家事・育児を楽しむキウイDADの存在は、結婚生活や出産に伴う女性の大きなストレスを軽減してくれる心強い味方と言えそうです。

 

執筆/ハドソン知子

楽器のチカラでSDGsを推進! ヤマハが取り組む「器楽教育普及」と「認証木材調達」

新興国の子どもたちに器楽演奏の楽しさを届ける~ヤマハ株式会社

 

「Music can change the world.(音楽は世界を変えることができる)」とは、作曲家・ベートーベンの言葉です。これを体現しようとしているのが、総合楽器メーカーのヤマハ。お馴染みの「ヤマハ音楽教室」をはじめ、国内はもちろん、海外でも古くから音楽教育プログラムを展開してきましたが、2015年からは新興国を中心に「スクールプロジェクト」という活動を行っています。

 

楽器・教材の提供と指導者育成をワンセットに

「『スクールプロジェクト』とは、器楽教育を新興国の学校に導入するための活動です。音楽の授業が存在しない国や、音楽の授業で楽器の演奏を行わない国は珍しくありません。また、先生自身が楽器に触れた経験がなく、教えることが出来ない、というケースもあります。そうした国々に対して楽器演奏の楽しさを伝え、子どもたちの豊かな成長を支援するのが目的です」と話すのは、同プロジェクトを展開するAP営業統括部戦略推進グループ主事の清田章史さん。

↑AP営業統括部戦略推進グループのメンバー。左から清田章史さん、屏紗英子さん、爲澤浩史さん

 

具体的な内容としては、楽器と教材の提供、そして現地の学校の先生たちの養成など。現地政府や教育機関とも連携しながら、音楽授業や器楽クラブ活動の普及を行い、現地の公立校や私立校において、器楽教育の機会を提供することを目指しています。

 

教材の内容は国ごとにカスタマイズ

「2021年4月時点で活動を展開しているのは、マレーシア、インドネシア、ベトナム、インド、ブラジル、UAEの6か国。そして今年、エジプトでも器楽を用いたトライアル授業が開始される予定になっています。用いられる楽器は、展開国の状況に合わせて提案していますが、最も多いのはリコーダーです。初の器楽教育という場面においては、楽器自体が安価である点と、運指と吹奏の要素を兼ね備えている点を、メリットと感じていただけるようです。リコーダー以外では、ポータブルキーボードやピアニカなども展開しています。

 

また、教材は当社が独自で開発した“Music Time”という教材を提供しています。“Music Time”は、楽器演奏の経験がない先生でも教えることができる点が特徴です。現地の需要に応じて民族音楽を取り入れるなど、内容をカスタマイズするなどの工夫も施しています。ちなみに学校の先生方への研修は、カリキュラムやフィロソフィーを理解した現地の講師を採用・契約して実施しています。これは、日本からの支援が無くても持続的に活動できる体制を構築するためです」(清田さん)

↑2021年3月現在の活動展開国

 

↑「スクールプロジェクト」の活動内容

 

非認知能力の育成にも期待

音楽の楽しさは誰もが認めるものでしょう。楽器に触れたことのない子どもたちが、初めて楽器を手にし、曲を演奏できないまでも、音を出して笑顔になる姿も容易に想像できます。豊かな心が育まれる点も期待できますが、実は器楽教育の効果はそれだけではありません。

 

「演奏できるようになるまで一緒に練習したり、クラスメイトと協力しあって一つの曲を仕上げたり、クラス発表会で緊張しながら披露したりと、学校での楽器演奏にはいろいろな場面があります。こうした経験は単に楽器の演奏スキルの向上を促すだけではなく、協調性が育まれたり、自尊心が芽生えたり、ルールを守る大切さを知ったりするなど、いわゆる非認知能力の育成にも繋がると考えています。楽器の演奏を体験することで、子どもたちが幸せを感じ、将来に希望を持てるようになってほしいという想いを込めて活動しています」(清田さん)

↑オリジナル教材「Music Time」。挿入曲はワールドワイドな童謡や、現地の子どもや大人にとっても馴染みのある伝統曲などが使われている

 

スクールプロジェクトは、先生や保護者からの評価も高いそうです。新興国は、実学主義になりがちと言われていますが、子どもたちが「楽しいと感じる授業」を提供できることも貴重なのかもしれません。

 

ベトナムでは学習指導要領に追加

実際に各国のスクールプロジェクトはどのように導入されているのでしょうか。インドやマレーシアでは、私立校やクラブ活動が中心ですが、ベトナムでは、学習指導要領に器楽教育が新たに追加され、2020年9月から日本の小学1年生にあたる子どもを対象に授業がスタートしたそうです。

 

「2016年頃、ベトナム教育訓練省にて器楽教育の必要論が出ました。その情報を受け、文部科学省やJETRO(日本貿易振興機構)の協力のもと、プレゼンテーションを行ったのです。その後、セミナーなどを経て徐々に器楽教育の意義が関係者に理解され、まず学校のクラブ活動として認められ、活動がベトナムのテレビで取り上げられるなど話題となりました。

 

ベトナムに限らず新興国では、音楽は富裕層の趣味というイメージが強いため、当初はそんなイメージを払拭させ、みんなで一緒に楽しもうという雰囲気を作るのに苦労しました。そうした活動もあり、現在ベトナムでは器楽教育が学習指導要領に加えられ、約2500校で器楽教育が行われています」(清田さん)

↑ベトナムでのリコーダークラブ風景

 

↑ハノイ(ベトナム)で開催されたリコーダー・フェスティバル

 

現地で授業風景を見学した、AP営業統括部戦略推進グループ主事の爲澤浩史さんは、こう話します。

 

「日本では当たり前のリコーダーが、ベトナムの子どもたちにとっては、見たことがない楽器なんです。初めて手に取り、『何これ?』と言いながらも、目をキラキラさせながら楽しそうだったのが印象的でした。子どもたちから直接、ありがとうと言われたこともありますし、『リコーダーの授業のおかげで学校が楽しくなった』と聞いたときは、嬉しかったです」

 

新しいカリキュラムの導入は、先生にとって負担が増えることは否めません。実際、当初は不満の声も聞かれたそうです。しかし、器楽教育の重要性と効果が理解され、今では先生からも感謝の声が聞かれるそうです。

 

サステナビリティ重点課題の特定

「スクールプロジェクト」としては、2022年3月末までに7か国3000校、累計100万人への導入を目標に掲げていて、同社の中期経営計画目標にも含まれています。

 

「経営目標として、従来は財務的な目標だけだったのですが、初めて非財務目標が掲げられました」とは、経営企画部サステナビリティ推進グループ・リーダーの阿部裕康さん。「当社らしいサステナビリティの領域で、社会への貢献度が高い活動を、将来の事業成長へのつながりも見据えて取り組んでいます」と話します。

↑経営企画部サステナビリティ推進グループ リーダー・阿部裕康さん

 

「サステナビリティについて、当社は1970年代からいわゆる環境管理、汚染の防止を発端に取り組んでいます。フィランソロピー(ボランティア)的な取り組みも行っていますが、基本的には事業を主体としています。バリューチェーンも含め事業全体において、環境や社会の持続可能性にマイナス影響を与えるものを特定し、まずはそれに対応する。一方でプラス影響についても積極的に創造していくというのが、基本的な考え方です」(阿部さん)

 

同社では、事業活動における環境や社会への影響、ステークホルダーの期待や社会要請に鑑みて「サステナビリティ重点課題」を設定していますが、まずは、社会的責任に関する国際規程であるISO26000、およびSDGsに照らして、バリューチェーンにおけるサステナビリティ課題を抽出。その課題をステークホルダー視点で吟味し……と、段階を踏んで重点課題を特定しているのです。

↑サステナビリティ重点課題の設定

 

「当社がひとりよがりで決めるのではなく、社会からのさまざまな要請、ステークホルダーの声、そして事業のうえでの重要性を考慮し決めています。“サステナビリティ重点課題”“基本的なサステナビリティ活動”“経営基盤”と三段階に分けていますが、“サステナビリティ重点課題”以外が重要でないというわけではなく、とくに重視をして、しっかり経営レベルで議論しながら、推進している状況です」(阿部さん)

 

重点課題と木材資源への取り組み

例えば「スクールプロジェクト」のほかに同社が進めている事例の1つが木材調達における活動です。楽器などの製造には多種多様の木材を使用しますが、木材の調達時に違法木材が紛れ込んでしまうリスクがあります。そうしたリスクへの対応のためにトレーサビリティや合法性の厳格な確認を進めるとともに、持続可能な森林から産出される認証木材の利用拡大を進めています。認証木材の採用率は2019年度の28%から、2020年度は48%まで飛躍的に向上。2021年度の目標50% に向けて順調に推移しています。

 

「タンザニアでは、木材資源の持続性向上に向けた活動を現地で行っています。クラリネットなど木管楽器に欠かせない“アフリカン・ブラックウッド”という、準絶滅危惧種に指定されている樹木を取り巻く課題への取り組みです。元々アフリカの中でも限られた地域にしか分布しない樹種である上、伐採した樹木のほとんどが楽器材として使われます。近年は、楽器に適した良質材が減少しており、過剰に伐採しさらに資源量が減少するという悪循環に陥っています。そこで当社では、専門家の力を借りながら、楽器に使える良質な木材を育成し、現地の人たちにとって持続性のあるビジネスとして確立できるよう活動しています」(阿部さん)

↑タンザニアでの森林調査の様子

 

違法木材(違法伐採)の問題は、新国立競技場の建設でもニュースになりました。同社のこの活動は、木材資源の管理、維持というだけでなく、森林伐採による酸性雨や温暖化など地球規模での課題にも向き合っていると言えます。

 

SDGsの目標4番、12番、15番を重視

最後に、SDGsの目標のなかで何番を重視しているかうかがいました。

 

「環境へのマイナス影響の懸念から、やはり木材資源への取り組みに関係する12番と15番、そして社会・音楽文化への貢献と事業へのつながりからスクールプロジェクトにリンクする4番があげられると思います。その他にも多くのテーマに取り組んでいますが、しっかりと議論を深めながら当社らしい、当社ならではのSDGsやサステナビリティへの取り組みを推進していきたいと考えています。短期的にはコストが上がることもあるかもしれませんが、そこは常にイノベーションをもって、社会・環境課題への対応を企業価値の源泉にできるように知恵をしぼっていきたいと思います」(阿部さん)

 

米国で大人気の「STEM教育おもちゃ」が子どものスマホ時間をチャンスに変える!

育児をする多くの親にとって最大の関心事のひとつが、子どもの教育。近年の日本では、英語の早期教育が盛り上がっていますが、同様に大きな注目を集めているのが「STEM(ステム)教育」です。「論理的思考やプログラミングなどを子どもが早いうちから身につけるためには、どうすればよいのか?」と頭を悩ませているママ・パパも少なくないでしょう。そこでオススメは、最近アメリカで大人気の「Osmo(オズモ)」です。

↑ロボット作りだって、余裕しゃくしゃくになるかも

 

オズモは、スタンフォード大学出身の元Googleのエンジニアたちによって開発された、まったく新しい「STEM教育」ツールです。学習者がアプリの画面の中だけでなく、タイルやペン、紙、ブロック、おもちゃなども使って、STEM教育を楽しく身体で覚えるのが特徴。すでに全米では3万以上のクラスと250万以上の家庭で使用されています。

 

アメリカでは2009年ごろから、科学技術に優れた人材を育成するための取り組みとして、「STEM教育」が本格的に学校教育へ取り入れられてきました。STEM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からなり、子どものうちからパソコンやタブレットを使って学習したり、プログラミングやコーディングについて学んだりとIT社会を生き抜く人材を育てることに注力しています。

 

研究チームによると、オズモはこのSTEM教育を軸に据え、「子どもは体験型学習を通じて、より多く学ぶことができる」という長年の独自研究結果をもとに、ブロックなどリアルな玩具とデジタルを融合させて作られました。STEM教育を反映した新たなデジタル技術を盛り込んでおり、「Reflective Artificial Intelligence」と呼ばれる独自のAI技術を活用した体験型学習ができるようになっています。

 

オズモの基本スターターキット「ジーニアスキット」は1万2980円(税込/iPad別売)で販売中。日本でも購入可能で、日本語にも対応しています。英単語や算数、パズル、お絵描きなどを学ぶことができるうえ、プログラミングなどの専用キットを追加で購入すれば、さらに学びの幅が広がります。

 

「ジーニアスキット」には、ナンバーズ(算数)、マスターピース(お絵描き)、ニュートン(理科)、ワード(英単語)、タングラム(パズル)の5つのアプリが搭載されており、小学生(6歳〜10歳)向けのラインナップになっています。例えば、ワードは、デバイスから聞こえてくる音と写真をもとにして、ABCのパネルを選ぶというゲームで、1000以上の英単語を学ぶことができます。複数人数での対戦モードなどもあり、1つのアプリでさまざまな楽しみ方ができます。

 

これに加えて、オズモにはプログラミングの基礎を学ぶ「コーディング」(税込1万2980円/iPad別売)や、経営の基礎を学ぶ「ピザカンパニー」(税込6050円/iPad別売)などもあります。前者では、実際にコーディングブロックをくっつけたり並べたりしながら、コードの書き方を学ぶ一方、後者では、トッピングやお金のタイルを使って、ピザを作ったり、お釣りを素早く計算したりします。

 

これらは一問一答形式ではなく、「自分には何が必要か?」とか「売上目標を達成するためには何をすればよいか?」のような論理的思考力や問題解決能力を養うように設計されているうえ、協力性や根気を育てる要素も含まれています。

↑ピザカンパニーで遊ぶ子ども

 

コロナ禍により、ステイホームを余儀なくされた子どもたちは、スマートフォンやiPadなどのタブレットの画面を見るスクリーンタイムが格段に増えました。あるアンケートの調査結果によると、そのような時間は通常時に比べて5倍も増大したそう。このような背景から、オズモは学習の遅れやスクリーンタイムの増加を懸念した親たちからも注目されるようになり、最先端の知育玩具として人気を集めています。

 

オズモを採用した学校の教師によれば、アプリと物理的な要素を組み合わせることで、子どもたちは課題に取り組む際、より忍耐強く考えることができるようになったそう。一般的なアプリでは、最初は集中していても次第に当てずっぽうになり、最後はできるだけ速くタップするだけになってしまう傾向が多く見られますが、オズモの場合はパネルやブロックなど、実際に手を使って問題を解くため、より深く考えるようです。

 

また、ブロックを使えば、複数人で学習することができるので、コミュニケーション能力やチームでの問題解決能力も促進されます。プログラミングを学ぶコーディングでは、回答が1つではないため、子どもたちが一緒に模索しながら、いくつもの答えを考え出します。このプロセスが論理的思考の構築に役立っている模様。

 

筆者の6歳になる息子の場合、学校のリーディングのトレーニングがワードアプリと合っているようで、意欲的に取り組んでいます。しかし、2歳の娘をもつ友人は、親が手伝っても、子どもが自主的に遊ぶようになるのは少し難しいと思ったとのこと。オズモに適しているのは、ある程度タブレットを使いこなせるようになる3歳以降の子どもかもしれません。なお、保護者は親専用のアプリを使うと、子どもが夢中になっているアプリに加えて、プレー時間や問題解答数などを確認することができます。

 

実際に手を動かすことによって、デジタルの世界がリアルに体験できることが、オズモの最大の魅力。コロナ禍で子どものスクリーンタイムは確実に伸びていますが、一様に利用を制限するよりも、それを逆手に取り、子どもの興味を学びにつなげてみてはいかがでしょうか?

米国で大人気の「STEM教育おもちゃ」が子どものスマホ時間をチャンスに変える!

育児をする多くの親にとって最大の関心事のひとつが、子どもの教育。近年の日本では、英語の早期教育が盛り上がっていますが、同様に大きな注目を集めているのが「STEM(ステム)教育」です。「論理的思考やプログラミングなどを子どもが早いうちから身につけるためには、どうすればよいのか?」と頭を悩ませているママ・パパも少なくないでしょう。そこでオススメは、最近アメリカで大人気の「Osmo(オズモ)」です。

↑ロボット作りだって、余裕しゃくしゃくになるかも

 

オズモは、スタンフォード大学出身の元Googleのエンジニアたちによって開発された、まったく新しい「STEM教育」ツールです。学習者がアプリの画面の中だけでなく、タイルやペン、紙、ブロック、おもちゃなども使って、STEM教育を楽しく身体で覚えるのが特徴。すでに全米では3万以上のクラスと250万以上の家庭で使用されています。

 

アメリカでは2009年ごろから、科学技術に優れた人材を育成するための取り組みとして、「STEM教育」が本格的に学校教育へ取り入れられてきました。STEM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からなり、子どものうちからパソコンやタブレットを使って学習したり、プログラミングやコーディングについて学んだりとIT社会を生き抜く人材を育てることに注力しています。

 

研究チームによると、オズモはこのSTEM教育を軸に据え、「子どもは体験型学習を通じて、より多く学ぶことができる」という長年の独自研究結果をもとに、ブロックなどリアルな玩具とデジタルを融合させて作られました。STEM教育を反映した新たなデジタル技術を盛り込んでおり、「Reflective Artificial Intelligence」と呼ばれる独自のAI技術を活用した体験型学習ができるようになっています。

 

オズモの基本スターターキット「ジーニアスキット」は1万2980円(税込/iPad別売)で販売中。日本でも購入可能で、日本語にも対応しています。英単語や算数、パズル、お絵描きなどを学ぶことができるうえ、プログラミングなどの専用キットを追加で購入すれば、さらに学びの幅が広がります。

 

「ジーニアスキット」には、ナンバーズ(算数)、マスターピース(お絵描き)、ニュートン(理科)、ワード(英単語)、タングラム(パズル)の5つのアプリが搭載されており、小学生(6歳〜10歳)向けのラインナップになっています。例えば、ワードは、デバイスから聞こえてくる音と写真をもとにして、ABCのパネルを選ぶというゲームで、1000以上の英単語を学ぶことができます。複数人数での対戦モードなどもあり、1つのアプリでさまざまな楽しみ方ができます。

 

これに加えて、オズモにはプログラミングの基礎を学ぶ「コーディング」(税込1万2980円/iPad別売)や、経営の基礎を学ぶ「ピザカンパニー」(税込6050円/iPad別売)などもあります。前者では、実際にコーディングブロックをくっつけたり並べたりしながら、コードの書き方を学ぶ一方、後者では、トッピングやお金のタイルを使って、ピザを作ったり、お釣りを素早く計算したりします。

 

これらは一問一答形式ではなく、「自分には何が必要か?」とか「売上目標を達成するためには何をすればよいか?」のような論理的思考力や問題解決能力を養うように設計されているうえ、協力性や根気を育てる要素も含まれています。

↑ピザカンパニーで遊ぶ子ども

 

コロナ禍により、ステイホームを余儀なくされた子どもたちは、スマートフォンやiPadなどのタブレットの画面を見るスクリーンタイムが格段に増えました。あるアンケートの調査結果によると、そのような時間は通常時に比べて5倍も増大したそう。このような背景から、オズモは学習の遅れやスクリーンタイムの増加を懸念した親たちからも注目されるようになり、最先端の知育玩具として人気を集めています。

 

オズモを採用した学校の教師によれば、アプリと物理的な要素を組み合わせることで、子どもたちは課題に取り組む際、より忍耐強く考えることができるようになったそう。一般的なアプリでは、最初は集中していても次第に当てずっぽうになり、最後はできるだけ速くタップするだけになってしまう傾向が多く見られますが、オズモの場合はパネルやブロックなど、実際に手を使って問題を解くため、より深く考えるようです。

 

また、ブロックを使えば、複数人で学習することができるので、コミュニケーション能力やチームでの問題解決能力も促進されます。プログラミングを学ぶコーディングでは、回答が1つではないため、子どもたちが一緒に模索しながら、いくつもの答えを考え出します。このプロセスが論理的思考の構築に役立っている模様。

 

筆者の6歳になる息子の場合、学校のリーディングのトレーニングがワードアプリと合っているようで、意欲的に取り組んでいます。しかし、2歳の娘をもつ友人は、親が手伝っても、子どもが自主的に遊ぶようになるのは少し難しいと思ったとのこと。オズモに適しているのは、ある程度タブレットを使いこなせるようになる3歳以降の子どもかもしれません。なお、保護者は親専用のアプリを使うと、子どもが夢中になっているアプリに加えて、プレー時間や問題解答数などを確認することができます。

 

実際に手を動かすことによって、デジタルの世界がリアルに体験できることが、オズモの最大の魅力。コロナ禍で子どものスクリーンタイムは確実に伸びていますが、一様に利用を制限するよりも、それを逆手に取り、子どもの興味を学びにつなげてみてはいかがでしょうか?

言語は電気信号!「ハエトリグサ」との会話が世界を救う

アサリやハマグリのような二枚貝が口を閉じるように、トゲがついた2枚の葉で虫を挟み込み捕食するハエトリグサ。この食虫植物と人間がスマートフォンを通して「会話」する技術が、最近シンガポールで開発されて話題となっています。一体どんな仕組みなのでしょうか?

↑人間とも少し話せます

 

植物は、周囲の環境を感知したり、それに対応したりする際、電気信号を発しています。この働きを研究する分野は植物電気生理学と呼ばれていますが、植物の電気信号はとても微弱で、植物の表面に電極をしっかり設置できないと検知することができません。

 

この問題に取り組んだのが、シンガポールの南洋理工大学の研究チーム。心房や心室に伝わる電気信号を波形として書き出す心電図検査にヒントを得た彼らは、伸縮性に優れた直径3mmのハイドロゲル状のデバイスをハエトリグサの茎の部分に装着したところ、光合成に影響を与えないまま、ハエトリグサの電気信号を読み取ることに成功したのです。

 

次に同研究チームは、以下の動画でわかるように、この装置をハエトリグサの葉につけて、スマホ経由で電気パルスを送信してみたところ、1.3秒で葉を閉じるように誘導することができました。さらに、彼らはハエトリグサの2枚の葉をロボットアームにつけて、同様の装置で電気パルスを送ったところ、ロボットアームの先端についたハエトリグサの葉は、直径0.5mmの針を「食べる」こともできました。

 

また、南洋理工大学の研究チームは、シンガポール科学技術研究庁との共同研究で、室温で液体からゲル状に変化する「サーモゲル」と呼ばれる物質が、植物のさまざまな形や質感に対して有効であるうえ、一般的なヒドロゲル(水を媒介とするゲル)の4〜5倍も強力に接着させることができると発表しています。このサーモゲルを電気信号読み取り装置と組み合わせれば、ハエトリグサ以外の植物でも、電気信号を使ったコミュニケーションができるようになるかもしれません。

 

同研究チームによると、この技術は農業分野に応用できるとか。植物の異常な電気信号をいち早く検知できると、農作物の病気などに早期に対応し、農作物の収穫量を増やすことに繋がるかもしれません。食糧不足や気候変動の農作物への影響を考慮すると、その意味は大きいでしょう。

 

言語は電気信号!「ハエトリグサ」との会話が世界を救う

アサリやハマグリのような二枚貝が口を閉じるように、トゲがついた2枚の葉で虫を挟み込み捕食するハエトリグサ。この食虫植物と人間がスマートフォンを通して「会話」する技術が、最近シンガポールで開発されて話題となっています。一体どんな仕組みなのでしょうか?

↑人間とも少し話せます

 

植物は、周囲の環境を感知したり、それに対応したりする際、電気信号を発しています。この働きを研究する分野は植物電気生理学と呼ばれていますが、植物の電気信号はとても微弱で、植物の表面に電極をしっかり設置できないと検知することができません。

 

この問題に取り組んだのが、シンガポールの南洋理工大学の研究チーム。心房や心室に伝わる電気信号を波形として書き出す心電図検査にヒントを得た彼らは、伸縮性に優れた直径3mmのハイドロゲル状のデバイスをハエトリグサの茎の部分に装着したところ、光合成に影響を与えないまま、ハエトリグサの電気信号を読み取ることに成功したのです。

 

次に同研究チームは、以下の動画でわかるように、この装置をハエトリグサの葉につけて、スマホ経由で電気パルスを送信してみたところ、1.3秒で葉を閉じるように誘導することができました。さらに、彼らはハエトリグサの2枚の葉をロボットアームにつけて、同様の装置で電気パルスを送ったところ、ロボットアームの先端についたハエトリグサの葉は、直径0.5mmの針を「食べる」こともできました。

 

また、南洋理工大学の研究チームは、シンガポール科学技術研究庁との共同研究で、室温で液体からゲル状に変化する「サーモゲル」と呼ばれる物質が、植物のさまざまな形や質感に対して有効であるうえ、一般的なヒドロゲル(水を媒介とするゲル)の4〜5倍も強力に接着させることができると発表しています。このサーモゲルを電気信号読み取り装置と組み合わせれば、ハエトリグサ以外の植物でも、電気信号を使ったコミュニケーションができるようになるかもしれません。

 

同研究チームによると、この技術は農業分野に応用できるとか。植物の異常な電気信号をいち早く検知できると、農作物の病気などに早期に対応し、農作物の収穫量を増やすことに繋がるかもしれません。食糧不足や気候変動の農作物への影響を考慮すると、その意味は大きいでしょう。

 

「使用済みマスク」はコンクリートに再利用されるべき! と豪大学研究チームが提案

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で大量消費されるようになったマスク。しかし、それと同時にマスクの廃棄量も膨れ上がり、それをどうやって処分するのかがグローバルな課題になっています。そこで現在、解決策の1つとして注目されているのが、使用済みマスクを道路の素材に利用する研究です。

↑健康だけでなく、地球の環境も守りたい

 

オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究チームによると、世界中で使われる使い捨てマスクは現在、1日あたりおよそ68億枚にも上るとのこと。そのすべてがきちんと廃棄処分されればいいのですが、最近よく道端に落ちているのを見かけるように、適切に廃棄されないマスクも少なくありません。

 

海洋保護団体オーシャンズアジアの試算では、2020年は1年間に世界でおよそ15億6000万枚のマスクが適切に処分されず、最終的に海に流れついたそうです。ただでさえ海洋プラスチックの問題があるのに、これだけ大量のゴミが海に流入すれば、漁業や観光産業にも影響を与えかねません。

 

世界で膨れ上がる廃棄物の問題に対処するため、同研究チームは、使用済みマスクを道路作りに利用する可能性について研究を始めました。

 

一般的にアスファルトの道路は、下から順に「路床」「路盤」「基層」「表層(アスファルト)」の4層でできています。それぞれの層がクルマの重量に耐え、ひび割れを防ぐための強度と柔軟性を併せ持つ必要がありますが、表面のアスファルト部分以外の3層には、再生コンクリート(RCA)が利用可能であることが知られています。

 

この研究チームが実験したところ、この再生コンクリートに使用済みのマスクを細断して加えると強度が増すことがわかりました。再生コンクリートと細断したマスクの最適な割合は、再生コンクリート99%に対してマスク1%。このようにマスクを混合した素材は、強度のほかに耐水性や耐変形性、耐酸性など、アスファルト製品に必要とされるすべての工業規格を満たすこともわかりました。これを実際の道路建設に利用する場合、2車線の道路1kmを作るのに、使用済みマスクを300万枚も使用することになり、93tの廃棄物の削減に繋がるそうです。

 

なお、RMIT大学の別の研究チームでは、細断したマスクからコンクリートを作る可能性について調査を行い、建築素材として利用できる可能性が高いと見ています。使用済みマスクの再利用に関する研究は始まったばかり。今後の動向に注目です。

 

【出典】Mohammad Saberian, Jie Li, Shannon Kilmartin-Lynch, Mahdi Boroujeni. (2021). Repurposing of COVID-19 single-use face masks for pavements base/subbase, Science of The Total Environment, Volume 769, 145527. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.145527

「使用済みマスク」はコンクリートに再利用されるべき! と豪大学研究チームが提案

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で大量消費されるようになったマスク。しかし、それと同時にマスクの廃棄量も膨れ上がり、それをどうやって処分するのかがグローバルな課題になっています。そこで現在、解決策の1つとして注目されているのが、使用済みマスクを道路の素材に利用する研究です。

↑健康だけでなく、地球の環境も守りたい

 

オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究チームによると、世界中で使われる使い捨てマスクは現在、1日あたりおよそ68億枚にも上るとのこと。そのすべてがきちんと廃棄処分されればいいのですが、最近よく道端に落ちているのを見かけるように、適切に廃棄されないマスクも少なくありません。

 

海洋保護団体オーシャンズアジアの試算では、2020年は1年間に世界でおよそ15億6000万枚のマスクが適切に処分されず、最終的に海に流れついたそうです。ただでさえ海洋プラスチックの問題があるのに、これだけ大量のゴミが海に流入すれば、漁業や観光産業にも影響を与えかねません。

 

世界で膨れ上がる廃棄物の問題に対処するため、同研究チームは、使用済みマスクを道路作りに利用する可能性について研究を始めました。

 

一般的にアスファルトの道路は、下から順に「路床」「路盤」「基層」「表層(アスファルト)」の4層でできています。それぞれの層がクルマの重量に耐え、ひび割れを防ぐための強度と柔軟性を併せ持つ必要がありますが、表面のアスファルト部分以外の3層には、再生コンクリート(RCA)が利用可能であることが知られています。

 

この研究チームが実験したところ、この再生コンクリートに使用済みのマスクを細断して加えると強度が増すことがわかりました。再生コンクリートと細断したマスクの最適な割合は、再生コンクリート99%に対してマスク1%。このようにマスクを混合した素材は、強度のほかに耐水性や耐変形性、耐酸性など、アスファルト製品に必要とされるすべての工業規格を満たすこともわかりました。これを実際の道路建設に利用する場合、2車線の道路1kmを作るのに、使用済みマスクを300万枚も使用することになり、93tの廃棄物の削減に繋がるそうです。

 

なお、RMIT大学の別の研究チームでは、細断したマスクからコンクリートを作る可能性について調査を行い、建築素材として利用できる可能性が高いと見ています。使用済みマスクの再利用に関する研究は始まったばかり。今後の動向に注目です。

 

【出典】Mohammad Saberian, Jie Li, Shannon Kilmartin-Lynch, Mahdi Boroujeni. (2021). Repurposing of COVID-19 single-use face masks for pavements base/subbase, Science of The Total Environment, Volume 769, 145527. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.145527

やっぱり賢い! 今度は「タコ」が睡眠中に夢を見ている可能性が浮上

犬や猫を飼っている人は、ペットが寝ながら身体を動かしたり、口を動かしたりする姿を目撃したことがあるかもしれません。一般的には犬と猫も、人間と同じように夢を見ていると考えられていますが、夢を見ている生き物は、どうやらほかにもいるようです。最近の研究で、タコも夢を見る可能性があることが明らかになりました。

↑夢の内容は秘密にしておいて

 

そもそもタコの睡眠が注目されたのは、タコは身体の色を変えることができるから。タコはエサを捕まえるときや、敵から襲われているときは、身体の色を変化させます。しかし、そのような場面だけでなく、タコは寝ているときでも白やあずき色、まだら色など、身体の色をさまざまに変えるのです。

 

人間の睡眠に、脳が活発に動いている状態の「レム睡眠」と、脳が休息している状態の「ノンレム睡眠」の2種類があることは、よく知られています。以前までは、この2つの睡眠状態になるのは哺乳類と鳥類だけだと考えられていましたが、近年、爬虫類にもレム睡眠とノンレム睡眠があることが明らかになり、イカにも同様の睡眠状態があることがわかってきました。それなら、イカと同じ頭足類であるタコにもレム睡眠とノンレム睡眠があるのではないか。そこで、この仮説を調べるために、ブラジルのリオグランデドノルテ連邦大学の研究チームが、実験室で睡眠中のタコの様子を観察しました。

 

すると、身体の色は薄く、瞳孔があまり開いていない「静かな睡眠」の状態と、身体の色をどんどん変え、目や吸盤、身体を大きく動かす「活動的な睡眠」の状態があると判明しました。しかも、活動的な睡眠は、6分以上の長い静かな睡眠の後に訪れ、この2つの状態は30~40分のサイクルで起きていることも判明したのです。

 

静かな睡眠は人間のノンレム睡眠に、活動的な睡眠は人間のレム睡眠にとても似ていますが、タコの場合は、この2つの睡眠状態によって身体の色を変化させていることが示唆されたことになります。タコは言葉を話せないため、この説を確認する方法がありませんが、人間がレム睡眠のときに夢を見るように、タコも活動的な睡眠の間に夢を見ている可能性が考えられるのです。

 

この研究を発表した科学者によると、もしタコが本当に夢を見ているとすれば、タコのレム睡眠は数秒から1分程度と非常に短い時間のため、人間が見る夢のように複雑なストーリーではなく、数秒程度の短い夢ではないか、と考えられるとのこと。タコが劇的に身体の色を変化させながら、大きく身体を動かしていたら、この軟体動物は楽しい夢や悪夢を見ている最中なのかもしれません。

 

タコに関する最近の記事でも述べたように、タコは私たちが考えている以上に賢い生き物です。今後もタコの研究から目が離せません。

 

【出典】Sylvia Lima de Souza Medeiros et al. (2021). Cyclic alternation of quiet and active sleep states in the octopus. iScience. https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.102223

 

【関連記事】

意外と研究が進んでいなかったタコが「とても嫌うもの」が2つ判明

 

国際宇宙ステーション(ISS)で発見された「未知の細菌」の重要な意味とは?

2021年3月、国際宇宙ステーション(ISS)で未知の細菌が3種類、発見されたという論文が発表されました。ISSで新たな微生物が見つかるのは、これが初めてではありませんが、今回の発見にはどのような意味があるのでしょうか?

↑一体これは何だ……?

 

NASAと共同で調査を行っている研究者たちは、2015年にISS内の8か所から採取したサンプルを解析した結果、4種類の細菌を発見しました。このうち1種類はメチロバクテリウム属と判明したのですが、残りの3種類はメチロバクテリウム属ではあるものの、これまでに発見されたことのない細菌だったのです。

 

未知の3種類は天井パネル、観測用モジュール「キューポラ」、ダイニングテーブルで採取されました。メチロバクテリウム属の細菌は、植物の成長の促進や、病原菌に対する防除に関わることがわかっており、宇宙環境での植物栽培の鍵となる可能性があると言われています。

 

水や太陽光などの資源が限られた宇宙空間での植物栽培には、強いストレス下でも植物の成長を促す新種の細菌の存在が欠かせない模様。さらなる検証が必要ですが、今回発見された細菌は、火星などの地球外での植物栽培を可能にするかもしれないと期待されているのです。

 

このように、ISSで新しい細菌が見つかるのは、実は珍しいことではありません。ISS内にある実験室や植物栽培装置など全8か所では、6年にわたって細菌の繁殖を観察し続けており、これまでに約1000ものサンプルが集められ、地球上に持ち帰って分析が行われてきました。

 

今回も発見に寄与したNASAジェット推進研究所のカスツーリ・ヴェンカテーシュワラン博士らは、2019年にもISSにさまざまな細菌が存在することを発表しています。これらの細菌の多くが人の体内外に存在する細菌であり、ISSにはこれまでに200名以上の宇宙飛行士が滞在してきたことを考えると、当然の結果かもしれません。

 

しかし、そもそも細菌は宇宙で存在できるのでしょうか? 東京薬科大学のチームは、微生物が宇宙空間でどのくらい生き残れるかを調査したことがあります。同チームが2020年8月に発表した研究によると、2015年にISSで実施された「たんぽぽ計画」において、微生物を宇宙空間の太陽紫外線照射環境下で3年間、曝露したところ、生存し続けた微生物がいたとのこと。この結果から同チームは、微生物が地球から火星まで移動する間、生存することは可能である、と結論づけました。

 

未知の細菌の発見は、さまざまな影響を及ぼすかもしれません。現在、宇宙開発が進み、月に人類が住める都市を作る構想も持ち上がっていますが、そこでも細菌類は重要な役割を担うかもしれません。また、宇宙で微生物が生存可能であることは、生命の起源が宇宙からもたらされたものという「パンスペルミア仮説」を支持する根拠のひとつになるとも言われています。

 

【出典】Bijlani S, Singh NK, Eedara VVR, Podile AR, Mason CE, Wang CCC and Venkateswaran K (2021) Methylobacterium ajmalii sp. nov., Isolated From the International Space Station. Frontiers in Microbiology. 12:639396. doi: 10.3389/fmicb.2021.639396

まず自分を大事にしなきゃパパ失格! 世界で最も子育てしやすいアイスランドの育児論

男性も育児に参加するのが当たり前な社会を目指している日本。父親になる人は「パパスイッチ」をできるだけ早くオンにすることが期待されていますが、海外の男性はどんな意識や価値観を持って、父親として生きているのでしょうか? 主に、パパが育児や仕事をもっと楽しむためのヒントを探るため、本稿では、OECD(経済協力開発機構)の「子育てしやすい国ランキング2020」で1位に選ばれているアイスランドを、社会と文化の観点から見てみます。

 

世界一子育てしやすい社会

↑息子よ、自分が好きなことをやりなさい

 

アイスランドが子育てしやすい国として評価される大きな理由には、金銭面での負担が一切ないことが挙げられます。子どもを産むために発生する通院費や出産費、入院費は無料で、出産トラブルなどで延長した場合の入院費も0円。国内に6か月以上住んでいれば自動的に社会保険制度のメンバーになれるため、出産後も、0歳から18歳までの子どもは歯科治療を含む医療を、原則無料で受けることができます。

 

その分、国民一人一人が納める税率は高く、消費税は24%ですが、多く納められた税金は出産や子育て、学費などの費用としても運用されています。大学までの授業料は基本的にすべて税金で賄われ、無料で通うことができます。教育機関の98%は地方自治体運営のため、国の支援を受けやすい環境になっており、誰もが平等に教育を受けることができるのです。

 

唯一、未就学児などの保育料は月に約4万円かかりますが、アイスランドの物価は日本の2〜3倍で、給料の平均値がおよそ50万円ということを考えれば妥当な相場といえるでしょう。

 

アイスランドの育児のしやすさは、国が推進する働き方改革も関係しています。1975年に男女平等を求めて女性市民の9割以上が大規模なストライキとデモを行ったことが、国を挙げて女性の社会進出を進めるきっかけになりました。2010年には男女平等社会を実践するためにクォーター制度が導入され、職場では男女比率が同じになるように人数などが設定されています。

 

男性も女性も平等に3か月ずつ育休が取得できるうえ、それとは別にもう3か月間、父親か母親のどちらかが育休を取得することができます。育休を取得しても、それがブランクになることはなく、男性の育休取得率も80%を超えるなど、パパ・ママにとって育休の取得は当たり前。育休は親が子どもと過ごす権利として保障されているため、勤務先との間にトラブルが生じることもありません。また、男性も育児を当然のことだと思っているので、あまりストレスは感じないようです。

 

雇用では正社員と非正社員の区別がなく、さらに経験年数や学歴ではなく、仕事の内容や労働時間に応じて給料が決まるため、転職にもデメリットがありません。また、労働時間や休日を自由に選べるので、自分の時間を多く作れるなど、働きやすい環境が整っています。

 

同性婚を認めているアイスランドは、世界初の同性婚首相が生まれた国でもありますが、家事についても「男だから、女だから」という理由で押し付けることはなく、一人の人間として、それぞれが得意なことをしています。日本と同じように役割分担は存在し、夫婦で話し合って決めています。

 

ほとんどの男性は料理ができますが、やはり女性のほうが料理を好きな人が多い傾向にあるため、ママが料理をつくり、パパは洗濯や掃除、保育園の送り迎えなどをするのが一般的なパターンといえるでしょう。しかし、男性でも育休取得がしやすく、家事や育児に携わるのが当たり前だからこそ、男性も「家事が特別大変なもの」とは感じていないようです。

 

仕事よりも自分が大事

↑自分の道を突き進め!

 

アイスランドの父親たちは子どものための時間や責任感は持ちつつも、自分のことも大切にしています。仕事にはほどほどの時間を割いて従事し、辞めたいときには躊躇なく転職する。このような人が多く存在し、社会もそれを認めています。

 

その背景には、アイスランドでは性別や年齢の違いで行動を制限されることがなく、みんながお互いを“一人の人間”として尊重することが挙げられるでしょう。この国は個人の自由を重視するため、国民一人ひとりが自分の人生を自由に生きることができるのです。他人の人生を否定する風潮はありません。

 

例えば、自分の興味がある分野を学び続けるために、大学に在籍する期間を延長し、30歳過ぎまで学生でいる人は少なくありません。学費はある程度税金で賄われるのですが、それでも余裕のない人は、学費が不足したら休学したり、いったん退学して学費を稼いで大学に戻ったりしています。

 

また、労働時間や休日を自由に選べることから、趣味や遊ぶための時間をたくさん作ることもできます。庭に小屋を建てたり、ジャグジー風呂を近所の人と協力して作ったり。アイスランドは土地が広く、大自然が広がるため、SUVや馬に乗って、大草原を駆け回るパパたちの姿も多く見られます。アイスランドの父親は自分が楽しんだり、リフレッシュしたりできる環境を自ら作り、家族も自ずと一緒に楽しんでいます。

 

このように、アイスランドでは国の援助や方針のおかげで、人生の選択肢が多く、人々が生きやすい社会となっています。しかも、個人主義を尊重しているとはいえ、困ったら助けてもらえる社会制度があるからこそ心に余裕が生まれ、仕事にも子育てにも責任を持って取り組める環境が生み出されているのです。

↑ジャグジー風呂だって近所の住民や知人と一緒にDIY

 

一方、アイスランドには、市の認可を受けた「ダグマンマ」と呼ばれるデイケアセンターがあり、母親たちはそこに子どもを預けて自分の時間を過ごしたり、仕事をしたりしています。父親が率先して育児に携わる社会でもあるため、母親も自分の時間を確保しやすく、ジムに通ったり、趣味のお菓子作りをしたりして、自分の時間を楽しんでいます。

 

アイスランドには、日本で一番人口が少ない鳥取県の半分にも満たない約35万人しか住んでいません。人口密度が非常に低く、手つかずの自然が多く残っています。また、火山活動が活発なため、温泉が多く、これは古くから人々の生活の一部となっていました。夏は真夜中でも太陽が沈まない白夜となり、冬には夜空をオーロラが舞います。

 

こういった豊富な大自然に囲まれ、アイスランドの人たちには自然とハイキングやキャンプ、ドライブなどのアウトドアを好む傾向があります。アイスランド人にとって、自然とは日常的に楽しめて心を癒してくれる憩いの場なのです。子育てにおいても、家族でハイキングしたり、岩肌でかくれんぼしたり、温泉に浸かったりして過ごしています。

 

アイスランドの人たちは一般的に、2週間から1か月間の長期休暇を取り、ヨーロッパを旅行したり、日焼けをするためにアフリカの島でバカンスを楽しんだりしています。学費が大学まで無料なので、その分、アイスランド人は金銭的に余裕があるうえ、養育費を家族旅行などの娯楽に費やす傾向があるようです。しかし、常に親が子どもと一緒に時間を過ごすわけではなく、学校が長い休みに入るときには子どもだけで祖父母の家に行って休暇を過ごすこともあり、その間、親は仕事をしながら自分たちのやりたいことをして時間を過ごしています。

 

まとめ

本稿では、先進国で最も子育てがしやすい国に選ばれたアイスランドの社会と文化を見てきました。日本とアイスランドでは国家の規模も制度的にも異なる部分がいろいろとありますが、アイスランドの子育て事情を考えるうえで、「自分のことを大切にする」という価値観は特に重要でしょう。自分を大事にすることが、育児や家庭を疎かにすることにはなっておらず、むしろ、それができなきゃパパとして失格、のようにも見えます。日本のパパも、このような個人主義の良い面を自分なりに取り入れたら、日常生活がもっと楽しくなるかもしれません。

 

夫婦の前にカップルである!「個人主義」を愛するフランスのリアルな育児事情

少子化を克服した先進国として知られるフランス。2021年7月には、同国のエマニュエル・マクロン大統領が公約として掲げてきた「父親の育児休暇の延長」が、いよいよ実現します。男性がより積極的に育児をすることで、フランスはますます出産や子育てがしやすい国になりそうですが、この国は出産・育児に関して、どのような制度や文化を持っているのでしょうか?

↑板に付いたパパぶり

 

フランスの婚姻・育児制度の特徴のひとつは、婚姻関係がないカップルにも手厚いサポートが提供されることです。フランスでは1994年に、すべての労働者が育児休暇を取得できるように法改正が行われました。1999年には同性・異性を問わず、共同生活を営もうとするカップルを対象とした、非婚カップル保護制度の「民事連帯契約」が誕生し、婚姻関係にある人たちとほぼ同等の権利が受けられるようになりました。

 

未婚の場合でも、妊娠発覚時に市役所で胎児認知を行えば、出産後には、両親の名前が記載された出生届を行政に届け出ることが可能。また、日本の戸籍謄本と同等の出生証明書のほかに家族手帳も作成され、そこにも子どもや親の名前が記載されます。

 

このようにフランスでは、婚姻関係を結ばずに出産し、子育てをしているカップルも、社会保障制度においては国から多くのサポートを受けることができます。出生祝い金や月々の子ども手当、税金の免除なども同様で、筆者の場合、未婚ですが、妊婦検診や出産時の病院費用もすべて保険で賄われ、出産後には祝い金や子ども手当が支給されました。私のパートナーは税金が免除され、パートナーの会社で加入している保険に子どもと合わせて加入することができたうえ、その保険からも出産祝い金をいただきました。

 

一方、フランスの男性の育児休暇については、父親は子どもが生まれる前後に誕生日休暇として3日間、その後にも11日間を取得することができます(土日祝日も含む)。これは婚姻関係のないカップルにも適用されており、約7割のフランス人男性が取得しています。

 

この制度は2021年7月から28日間へと延長され、最短でも7日間の育児休暇取得が義務化されます。違反した企業には罰金が科されるとのことですが、その背景には「父親は子どもが新生児の時期から育児に参加し、父親としての自覚を持つべきである」という考えがあると同時に、男女平等を推進するためにも重要視されています。

 

フランスでは多くの男性が出産に立ち会いますが、2020年はコロナ禍で立ち会い出産ができず、入院中はパパでも面会できないという状況が国中で見られました。しかし、立ち会い出産を限定的な条件で許可する病院もあり、筆者も出産予定日が外出禁止令発動期間に当たっていたものの、パートナーは出産後2時間まで立ち会ってよいとの許可が降りました。結果的には外出禁止令解除後の出産になったため、私のパートナーには陣痛が始まる前から出産後まで制限なく付き添ってもらうことができたのですが。

 

通常では、プレパパも産院などが開催する出産前の両親学級に参加するのですが、現在はコロナ禍にあることから、そのようなイベントは行われていません。フランスでは、公立の病院に出産入院しても母子同室の個室で過ごすことが一般的ですが、筆者の場合、出産後はそんな病室で助産師さんが父親にも沐浴指導を行ってくれました。

 

里帰り出産をしないフランス人

↑2人ともお疲れさまです

 

フランス人は、日本のような里帰り出産を基本的に行いません。赤ちゃんが生まれた後に家族が離れる期間があることを、あまり良いとは思っていない風潮があるようです。そのため、産後はママとパパが協力して育児に励むことになります。もちろん、祖父母が協力する場合もありますが、基本的に育児は夫婦2人で行うものだとされています。

 

産後約28日間は地域の助産師さんが自宅を訪問し、育児指導などの支援をしてくれます。パパがミルクをあげたり、オムツを替えたりすることは当たり前であり、むしろ「パパがオムツを替えなさい」と親戚などから突っ込まれることも。これが示すように、パパは「母乳をあげること以外は父親もやるべきだ」という周囲からのプレッシャーをひしひしと感じるようです。

 

そんな文化はメディアでも見られ、オムツや赤ちゃん用クリームのCMなどでは、母親と赤ちゃんだけではなく、父親がオムツを替えているシーンを流したりしています。平日の午前中には、妊娠中や子育て中のパパ・ママ向けに妊娠出産や育児の情報番組がテレビで放映されるなど、メディアを通して社会全体が男性の育児をサポートしています。

 

女性の育児休暇は10週間と短いうえ、女性の社会進出も進んでいることから、ママが職場復帰した際には、パパが保育園の送り迎えなども積極的に行っています。子どもの通院や外出などでも父親による送迎が街中で多く見られ、男性が育児をすることへの偏見はまったくありません。この点は近年の日本もほぼ同じでしょう。

 

子どもは世界で2番目に好き

↑何が一番大事?

 

フランスでは、妊娠がわかってから出産までの間に子ども部屋を用意します。パパ・ママは産後から数か月間、寝室にベビーベッドを置いて、赤ちゃんと一緒に寝ることもありますが、一般的には、赤ちゃんは子ども部屋で乳児期から一人で寝かせます。川の字で寝る日本人とは異なりますが、フランス人のそんな行動は「親になっても、夫婦やカップルとして自分たち2人の時間を大切にしたい」という考えの表れ。実際、ママが産後の身体を回復させて、パートナーとの性生活に早く戻れるように、産婦人科医はペリネという骨盤底筋ケアの処方箋を書いてくれます。

 

親である前にカップルである。これがフランスのライフスタイルの大前提になっているため、カップルは子どもとの時間を大切にするのと同じくらい、大人だけの時間やパートナーへの気遣いを大事にしています。ですから、多くのカップルは週末になると、子どもを祖父母へ預けて、旅行に行ったり、数時間だけベビーシッターに子どもを預けて、映画やレストランへ出かけたりして、気分転換をしているのです。

 

このように、フランスと日本で大きく違うのは、パートナーとの関係が、親になっても、パパ・ママだけにならないこと。女性が自分の時間を作り、魅力的であり続けられるように、男性は積極的に育児や子育てをするという一面がフランスにはあります。逆に、カップルがお互いのことを見ていなかったり、お互いに魅力を感じなくなったりすれば、離婚や別居に至ることも珍しくありません。これらの背景には、女性が自由を勝ち取ってきたという歴史がありますが、それだけではなく、個人を大切にする国民性もあるのではないか、と著者は見ています。

 

このような文化的背景を知れば、フランスの父親は育児休暇が取りやすいうえ、仕事も定時で終わり、日本のように残業や仕事後の飲み会がない理由もわかりますよね。近年、フランスが少子化対策に成功したことも、決して不思議ではありません。

 

もちろん、課題がないわけではありません。日本と同様に、フランスでも保育園や託児所が都市部では見つけにくいという問題があります。また、仕事への復帰を諦めて、新型コロナウイルスの失業手当を受けながら、保育園の空きを待ったり、子どもを祖父母に預けて時短で働いたりという人も多くいます。これらは出生率の増加が一因とも考えられますが、今後フランスはこのような問題をどのように解決していくのでしょうか?

 

とはいえいまは、父親の育児休暇の延長が、どのような結果をもたらすのか注目しておきましょう。

 

地球史上最も頑丈なタイヤ? 「自転車」がNASAの技術を取り込んで進化中

自転車に乗ろうとしたとき、タイヤがパンクしているのを見つけて困ることがありますよね。これまで「パンクしないタイヤ」とか「ノーパンク自転車」が開発されてきましたが、最近ではアメリカ航空宇宙局(NASA)の技術を応用した自転車用タイヤの製品化が進められています。

 

宇宙から”逆輸入”

↑NASAの技術を応用した開発中の自転車「METL」

 

自転車のタイヤがパンクすると厄介なもの。火星や月の上を走る探査車のタイヤなら、なおさらです。修理や取り換えを簡単に行うことができないうえ、火星や月の表面は、舗装された道路を走るのと違って、ゴツゴツした大きな岩や石がたくさんあり、外傷を受けやすい環境です。

 

さらに、通常のタイヤに使われるようなゴムは、高温だと柔らかくなり、低温では硬くてもろくなりますが、月は地球よりも外気温の温度差が大き過ぎるため、このようなゴムは向いていません。しかも、月面では宇宙線と呼ばれる高エネルギーの粒子が降り注ぎゴムの劣化を早めるため、タイヤの材料にゴムは使えないそうです。

 

このような過酷な環境でも利用できるタイヤは世界中で開発されてきました。日本では数年前にブリヂストンが月面探査車向けに「オール金属製タイヤ」を作っていましたが、アメリカではNASAグレン研究センターが、形状記憶合金を使って「Superelastic tires(超弾性タイヤ)」を生み出しています。

 

後者のタイヤは内部に空気を入れない代わりに、形状記憶合金を編みこんだ構造となっており、それが衝撃吸収材のような役割を担っています。これにより、岩場のような地形でも破損することなく前進できるそう。現在、NASAグレン研究センターでは、このタイヤを火星で使用できるように、さらに性能向上に取り組んでいます。

 

その一方、ロサンゼルスを拠点とするスタートアップのSMARTタイヤカンパニーが、NASAと起業家を結ぶ「NASAスタートアップスタジオ」を通して、superelastic tiresの技術を活用した自転車の製品化を進めています。

 

SMARTタイヤカンパニーによると、使っている形状記憶合金は、ニッケルとチタンを組み合わせた「ニチノール」と呼ばれるもの。同社はこれを空気不要のタイヤに編み込むことで、ゴムのような弾力性とチタンのような強度を兼ね備えた、パンクしないタイヤを実現しようとしているのです。しかも、形状記憶合金のため、このタイヤは大きく変形しても元の形状に戻るとのこと。

↑宇宙環境にも耐える頑丈なMETLのタイヤ

 

この開発中のタイヤは、最終的にどんな天候でも使えるように、ポリラバー素材をコーティングする予定です。同社は、このタイヤを使った自転車「METL」を2022年までに発売する計画で、METLは通勤・通学やオフロードなどのシーンで使える自転車になるそうですが、一方でスポーツには向いていないと言われています。

 

パンクしないタイヤは、廃棄物を減らす点でも環境に優しい製品になります。製品化までは課題や改善点はあるかもしれませんが、NASA品質の自転車が発売されたら、世界中で注目を集めることは間違いないでしょう。地球史上最も頑丈な自転車用タイヤは生まれるのでしょうか?

 

宇宙には「放置すれば地球が70年以上前の世界に戻る」ゴミがいっぱい。どういうこと?

宇宙開発、宇宙ビジネスへの取り組みが世界各国で行われており、ニュースでも目にする機会が増えています。2020年の段階で、宇宙に打ち上げられた無人衛星機は約1万機。現在は、約3900機が稼働しており、打ち上げられたうち6割強の衛星機はその役目を終えています。一説には向こう10年で、この倍以上の4万6000機がさらに打ち上げられるという見立てもあります。

 

今後は宇宙空間で活動する人の数も増え、宇宙観光などが始まれば年間千人規模の人々が宇宙に旅立つ時代もそう遠くはないと言われています。他方、地球上の環境持続問題が叫ばれるなか、今後さらに地球に近い存在となる宇宙も、持続的に環境を整えていく必要があります。宇宙にまつわる業界の間では「スペースサスティナビリティ」として議論が交わされているようですが、特に問題視されているのがスペースデブリ(宇宙ゴミ)の低減・除去の問題。

 

現代インフラの危機的状況

前述の通り、これまでに打ち上げられた無人衛星機のうち、役目を終えた6000機以上が地球の周りをただグルグル回っている状態で、中にはロケット同士が衝突した際の破片などもあります。

↑地球の周りをグルグル回っているスペースデブリのイメージ図

 

スペースデブリを放置し、繰り返し衝突などが繰り返されると、現在稼働している衛星機への衝突・損傷などの事故も増え、最終的に衛星機が稼働しなくなった場合は、「地球上が70年以上前の世界に戻る」と言われています。

 

なぜなら、これら稼働している衛星機はいずれも地球上のインフラを担う役割を果たしているからです。代表的な時刻設定や気象衛星から通信、災害監視、GPS、はたまたGoogleマップなども全て宇宙へと打ち上げられた衛星機によって成り立っています。

 

これら衛星機が、年々増え続けているスペースデブリによってなんらかの障害が起き、全てストップすると、衛星がまだ打ち上げられていなかった約70年以上前の世界に戻ることになるため、現在の社会インフラは危機に脅かされるということになります。つまり進化し続ける宇宙開発において、スペースデブリ除去は実は喫緊の課題であり、あわせて取り組んでいかなければいけないものでもあるようです。そんな中、このスペースデブリの除去の実証実験を、民間企業として世界で初めて行ったのが「アストロスケール」という会社です。

↑民間企業としては世界初のスペースデブリ除去を行うために実証機を開発するアストロスケール

 

今年2月に実施された発表会によれば、同社開発によるスペースデブリ除去衛星「ELSA-d」を3月22日に打ち上げ、今後その成果をもって、さらなるスペースサスティナビリティを加速させていく所存とのことです。ここまでの話を聞いても門外漢にはなかなか想像しにくいのもまた正直なところ。そこで今回は、このスペースデブリにまつわる問題やアストロスケールが考える未来の宇宙のあり方について、同社CEO・岡田光信さんに詳しく話を聞きました。

↑岡田光信さん。1973年・兵庫県出身。東京大学農学部卒、米国パデュー大学クラナートMBA修了。スペースデブリの観測・除去、軌道上サービスに取り組む世界初の民間企業、株式会社アストロスケールホールディングス創業者兼CEO。また、国際宇宙航行連盟(IAF)副会長、英国王立航空協会フェロー(FRAeS)、世界経済フォーラム(ダボス会議)宇宙評議会共同議長なども兼務

 

スペースデブリの問題と、除去の仕方とは?

ーーまず、スペースデブリ(宇宙ゴミ)とは何かを詳しく教えてください。

 

岡田光信さん(以下、岡田) 人工衛星を打ち上げする際は、ロケットで打ち上げ、無事宇宙に届くとロケットの上段部分が廃棄されます。その廃棄されたロケット上段や役目を終えた人工衛星が地球の周りをグルグル回り続けています。また、それらの衝突や爆発により発生した破片も飛んでいます。それらがスペースデブリです。

 

ーーどれほどの大きさなのでしょうか。

 

岡田 サイズは1ミリ以下のものから、10メートル級の巨大なものまであります。これが秒速7~8kmという東京から大阪を1分で移動するような、ものすごい速さで地球を回っています。このスペースデブリを放置しておくと、衝突、衛星やロケットの損傷などの事故が起きやすくなります。

 

宇宙を高速道路に置き換えると、道路の真ん中に故障車があってもロードサービスがなく、誰も除去してくれないような状態です。それはあまりにも危険であるということから、宇宙の軌道の安全を保ち綺麗にするという、言わば「宇宙のロードサービス」のような事業を目指すのが我々アストロスケールです。

 

3月22日に打ち上げた「ELSA-d」という衛星は、スペースデブリの除去を行うものですが、2機の衛星、捕獲機(サービサー)、模擬デブリ(クライアント)から成っています。

↑アストロスケールが開発したスペースデブリ除去衛星機「ELSA-d」

 

ーー宇宙に漂っているスペースデブリをどのようにして除去するのでしょうか。

 

岡田 スペースデブリを除去するのは大まかに以下のステップを踏みます。

・広大な宇宙空間の中でスペースデブリを見つけ出し、捕獲機を安全に近づける。
・回転するスペースデブリに対し、その回転を正確に把握してダンスするように捕獲機の回転を合わせてから捕獲。
・捕まえたデブリを大気圏に入れて燃やす。

 

↑さらに詳しく解説したスペースデブリ除去のフロー

 

岡田 打ち上げ時には合体しておりますが、軌道上で切り離し、前述のようなスペースデブリ除去に必要な一連のプロセスを実証します。こういった技術を専門用語でRPO技術(Rendezvous and Proximity Operations Technologies =ランデブー・近傍運用技術)と呼んでいますが、将来的にはスペースデブリの捕獲を、磁石とロボットアームによって行います。ただし、今回は実証実験ですので、磁石による捕獲を行いました。

↑「ELSA-d」が捕獲機(左)と模擬デブリ(右)を軌道上で分離するイメージ図

 

↑3月22日の打ち上げに先駆け、2018年にイギリス・オックスフォードシャー州ハーウェルに設立した軌道上サービスのための管制センター

 

最も気をつけることは、捕獲機が新たなスペースデブリを生み出さないこと

ーーこれらスペースデブリの除去作業を行う上で、最も気をつけなければいけない点はどんなところですか? 捕獲に失敗して「ELSA-d」自体が破損してしまうようなことはないんでしょうか?

 

岡田 最も気をつけなければいけないのは、捕獲機がスペースデブリと衝突して新たなデブリを生み出さないようにすることです。いかに安全なランデブー(接近と捕獲)を行うかが鍵になりますが、様々な試験やシミレーションを通してやるべきことはやってきました。実証の成功には自信を持っています。

↑「ELSA-d」のスペースデブリ捕獲イメージ。非通信によってスペースデブリに近づくものですが、なおかつ衝突を起こし新たなデブリを生み出さないことが最大の注意点とのこと

 

ーー前例がない上にかなり大掛かりなビジネスです。膨大な予算がかかっているでしょうし、民間企業としては世界初の試みでもあります。ここに至るまでには様々な困難もあったのではないでしょうか。

 

岡田 非常に大掛かりで、容易い道のりではありませんでした。スペースデブリ除去の必要性は疑問を挟む余地もないのに、誰もこのビジネスを立ち上げませんでした。アストロスケール設立時に多くの方から次のような疑問を投げかけられましたが、主にこういった厄介な問題が数多くあったからです。

 

「誰がお金を出すんだ」「国家レベルでの事業だ」「宇宙上で損害賠償が起きたらすぐに会社が潰れるよ」「技術は?」「資金あるの?」

 

などなどです。こういった課題を一つずつクリアさせながら、ようやく3月20日の「ELSA-d」の打ち上げにこぎつけたわけです。創業は私のたった1人で、2000万円の手元資金で立ち上げましたが、ここまでこられたのは、本当に多くの方々の支援があったからです。社員やその家族、投資家、サプライヤー、各宇宙機関、協業した各大学、各国政府、メディアからはたまた有形無形で支援頂いた方々まで、そのどれ一つが欠けてもここにはたどり着けなかったと思います。

↑アストロスケールが掲げる「スペースサスティナビリティ」のスペシャルサポーターの宇宙飛行士・山崎直子さん

 

↑同じく「スペースサスティナビリティ」のスペシャルサポーターに就任したタレントのパトリック・ハーランさん

 

宇宙のロードサービスの加速を目指して

ーーこれだけの挑戦に至ったモチベーションの源とは何だったのでしょうか。

 

岡田 40歳直前で人生の岐路に立ったころ、スペースデブリ問題を知りました。私達の地球上の生活は衛星技術や衛星データに大きく依存しています。スペースデブリによってすでに宇宙が持続利用不可能になっていること、そして誰も解決策を持っていないことを知ってしまったら、選択肢は2つしかありません。知らなかったことにするか、立ち上がるか。……やりがいのある問題だから、私は立ち上がることにしました。

 

ーー最後に今回の打ち上げの思い、今後の展望についてお聞かせください。

 

岡田 「ELSA-d」は、宇宙の持続利用が可能なんだと世界に示す希望です。「ELSA-d」の成功を皮切りに2020年代は一気に宇宙でのロードサービスを加速させていきたいと思っています。

↑宇宙でのロードサービスの最初の一歩となった「ELSA-d」。アストロスケールの今後の展開にも要注目です

 

話をお聞きするまでは全く想像もできなかったスペースデブリ問題。岡田さんのお話、そしてアストロスケールの試みによって、その中身を知ることができましたが、宇宙のロードサービスの整備は、これからさらに加速する宇宙開発、宇宙ビジネスにおいて不可欠なものであることがよくわかりました。これから先も同社の挑戦およびスペースデブリ問題について注目していきたいと思います。

 

 

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そして人類は月に辿り着いた……。「現代版ノアの方舟」に新計画が浮上!

もし地球が滅亡するとしたら、あなたはどうする? そんな話題は昔から事欠きません。「地球上に誕生した生命を絶やすことは避けたい」と考える人がいても不思議ではないでしょう。しかし、万が一の事態に備えて、地球上にある生物の種子を月の地下に保存しようという計画が、いまアメリカで持ち上がっています。

 

現代のグローバル保険

↑地球の生命を託されるかもしれない

 

人類滅亡をテーマにした古い物語に、旧約聖書に登場する「ノアの方舟(はこぶね)」があります。人の悪が増大したことに神が怒り、この世を滅ぼすために大洪水を起こしたのですが、ノアという人物だけは神の心にかなう人物で、神に言われたとおり箱形の舟を作ったため、人類も生物も生き残ったというストーリーです。

 

そんなノアの方舟にインスパイアされたのが、米アリゾナ大学の研究チーム。航空宇宙と機械工学が専門のJekan Thanga助教授率いる同チームは、このプロジェクトを「現代のグローバル保険」と称して、今年3月に発表しました。

 

この計画のポイントは月の地下空洞。2013年、月で溶岩チューブのような地下空洞が200も発見されましたが、この空洞は何十億年も前に、溶岩が地下の岩を溶かして形成していったものと考えられ、30~40億年もの間手つかずの状態だったと言われています。この地下空洞の気温はマイナス25℃~15℃で、水や空気はありませんが、研究チームはこの地下空洞が、太陽光や流星塵(宇宙空間から降ってくる微粒子)、地表温度の変化を避けながら種子を保存する場所として最適である、と提案しているのです。

 

月の方舟の概要は次のようになります。まず、月の表面にソーラーパネルを設置し、ここから電力を供給します。そして、地下につながるエレベーターを2機以上作り、1機は種子を超低温で保存する施設まで繋がり、別のエレベーターは建設資材運搬用として使い、月の方舟の施設を拡張します。

↑月の方舟の設計図

 

凍結保存の温度は種子ならマイナス180℃、幹細胞はマイナス196℃で保存する必要がありますが、そのような低温化では、地下の構造に使う金属が凍結したり、冷間圧接が起きる可能性が。しかし、その一方で、そんな超低温下だと、2つの物質が一定の距離を保ちながら浮遊する「量子浮揚」が起きます。月の方舟計画は、この量子浮揚を利用して、精子や卵子のシャーレを金属面から浮かせて貯蔵するのを描いているのです。なお、施設内でのシャーレの運搬などはロボットを使うとか。

 

月の方舟に保存するのは、地球上の生命670万種の精子、卵子、種子、胞子。これを各種50サンプル用意し、月に運びます。研究チームの試算によると、このためにはロケットを250回打ち上げる必要があるそう。

 

このプロジェクトには課題もあります。無重力状態で種子を保存すると、種子にどんな影響が生じるのか不明です。また、地球との通信についても、きちんと検討する必要があるそう。しかし、人類は以前にも似たようなノアの方舟計画の「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」を実現させています。科学者が本気になったら、月の方舟計画も実現するかもしれません。

 

ガーナ版Suicaが誕生? アフリカの社会課題解決を押し進める若き起業家たちを応援【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は途上国の起業家を育成するプラットフォーム「プロジェクト NINJA」の活動の一環として行われたビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」について取り上げます。

↑「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」で事業をプレゼンするスタートアップ起業家たち(写真上右、上左、提供:Nikkei Inc.)。決勝戦に進出した南アフリカのAnd Africaが取り組むIoTロッカー活用事業(左下)。途上国の若い起業家たちを支援する「プロジェクトNINJA」のロゴ(右下)

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業をマッチング

アフリカでは、デジタル技術で事業を変革させる「DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)」が急速に進行しています。そんなDXを推進するスタートアップ企業は、アフリカの課題解決に向けた立役者としても大きな期待が寄せられています。

 

JICAは、途上国の国づくりを支えるため、ビジネスとして社会課題の解決を図り、質の高い雇用創出のきっかけとなる起業家の育成に向けたプラットフォーム「プロジェクト NINJA(Next Innovation with Japan)」を2020年から始動。その活動の一環として、2月にビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦(JICAと日本経済新聞社の共催)」を開催しました。

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業のマッチングを図るこのイベントでは、日本の交通系ICカードを参考にしたキャッシュレス決済サービス、アプリを使って医薬品の在庫管理を行うシステムやドローンを使った農業支援サービスといったアイデアが提案され、今後、日本の企業との連携も期待されています。

 

非接触型ICカードの利用は、さまざまな課題解決につながる

イベントで提案された注目事業の一つが、ガーナのTranSoniCaによる非接触型ICカードを使ったキャッシュレス決済サービスです。

 

TranSoniCaの創業者でCEOのダニエル・エリオット・クワントウィさんは、アフリカの若者たちに日本の大学院教育と日本企業でのインターンシップを同時に提供するJICAの産業人材育成プログラム「ABEイニシアティブ(African Business Education Initiative for Youth)」により東京大学で学び、今春、大学院修士課程を終了しました。ダニエルさんが初めて来日したときに使用した交通系カードのSuicaを、「アフリカにも持ち帰りたい!」と考えたのがこの事業の始まりです。

↑TranSoniCaのダニエル・エリオット・クワントウィCEO(左)とTranSoniCaカード(右)

 

「アフリカでは、交通機関や商店での現金支払いに時間がかかり、長い待ち時間や行列が発生することが頻繁にあります。また、近年では、新型コロナの感染予防のため、非接触の決済サービスのニーズが高まっています。店舗側でも現金は窃盗の心配や売上管理が煩雑といった問題を抱えています。TranSoniCaのサービスを使えば、それらの課題をすべて解決できるのです」と、ダニエルさんは話します。「まずはガーナで導入したあと、他のアフリカ諸国にも広げていきたいと思っています」とその成長計画と夢を語ります。

 

アフリカでのビジネスチャンスに日本企業も注目

アフリカのスタートアップ企業と日本企業を結びつけた今回のビジネスコンテストは、アフリカ地域19カ国2,713社もの応募から最終選考に選ばれた10社が、それぞれの事業についてプレゼンテーションで競う決勝イベント。審査に参加した日本企業からは、投資、事業提携やメンタリングサービスの提供など具体的な協力として「特別賞」も贈られました。

 

TranSoniCaへの協力を決めた楽天ヨーロッパ・アフリカ担当の山中翔大郎さんは「キャッシュレスカードによる安全な決済サービスの提供は、アフリカでの社会的意義が大きいと考えました。楽天も様々なフィンテック関連サービスを提供しているので、その知見も活用してTranSoniCaをサポートできると思います」と、その選考理由を述べています。

 

その他、南アフリカでIoTロッカーを使った配送サービスを提供するAnd Africa、スマート水道メーターを使って水資源管理を行うケニアのUpepo Technologyなども特別賞を受賞しました。

視聴者投票で決まる優秀スタートアップ賞には、医療機関のない村落でも妊婦の診察を実現する装置とビジネスモデルを開発した、ウガンダのMobile Scan Solutions(M-SCAN)による「携帯型超音波診断装置」が選ばれています。

↑優秀スタートアップ賞を受賞した、M-SCANのメンヨ・イノセントCEO(左)と、M-SCANが提供している携帯型超音波診断装置(右)

 

日本企業とアフリカの起業家が連携し、Win-Winの関係を

今回のイベントでは、事業のプレゼンテーションに加え、有識者によるパネル討論も行われ、起業家へのエールが送られました。Project NINJAの推進役である不破直伸JICAスタートアップ・エコシステム構築専門家は、「1万人に起業トレーニングをして、そのうち1パーセントの100人が起業をし、各企業が5人の雇用を生み出してくれる、といった成長モデルを目指しています。持続可能なかたちで雇用が創出されていくことが、インフラ開発や社会課題の解決など、アフリカの自立的な開発につながります」と、スタートアップ企業支援の未来像を語ります。

また、JICA経済開発部の片井啓司参事役は、「各社とも才能にあふれ、エキサイティングな気持ちになりました。JICAが日本企業と途上国のスタートアップ企業との接点を作ることで、Win-Winの関係を展開していければと思います」と述べ、途上国の若い起業家に対する期待を述べました。

生の演劇は心の糧! コロナ禍で始まった「シアター・デリバリー」

イタリアでは、約1年前からコロナ禍によるロックダウンが始まり、その後も一進一退の日々が続いています。国民は、ときにはユーモアも交えながら相次ぐ困難を乗り越えてきたものの、変異種の拡大もあり感染の脅威は現在も続いています。そのような状況下で飲食業界はテイクアウトやデリバリーに力を入れていますが、芸術愛が強いイタリアだけにカルチャー業界からも「シアター・デリバリー」なるものが登場しました。

↑演劇デリバリーを行っているロベルタとマリカ

 

美術館や博物館、歴史的建造物、劇場などいたる所にカルチャー施設があるイタリア。これまでは思い立ったらその日に見学や鑑賞が可能でした。昨年春のロックダウン後、政府から最初に開店許可が出た業種のひとつが書店だったことからも、イタリアがカルチャーを大切にしていることがわかります。しかし、コロナに右往左往させられたこの1年、こうしたカルチャー施設も開館や閉館を繰り返してきました。

 

イタリアでは感染状況に応じて各州をレッド、オレンジ、イエローの3種類にゾーン分けしており、飲食業界だけでなく、カルチャー業界も人々を満足させるサービスを提供できない状態が続いています。多くの美術館ではオンラインでアートを鑑賞できるプロジェクトを推進していましたが、人気はいまひとつ。その場の空気に直接触れることができない鑑賞方法では、醍醐味を味わいにくいというのがイタリア人の本音なのでしょう。

 

劇団の女性2人がどこでも「生の演劇」

そのようななか、ミラノの劇団に所属するロベルタとマリカという俳優2人がシアター・デリバリーを開始したのです。彼女たちは当初、経済的に苦しい家庭に食材を届けるボランティアをしていました。生きるために必要な食材を届けるという行為から始まり、その後“心の糧”となる演劇をデリバリーしようという考えが生まれました。

 

背中に背負うリュックに入っているのは劇の扮装のための小道具で、自転車を使いミラノ市内を移動します。一見すると食品や食事の配達員のようですが、2人が届けるのは食べ物ではなく演劇というカルチャーなのです。

 

彼女たちのシアター・デリバリーは、新型コロナの感染対策さえしていればあらゆる場所にデリバリーできます。「劇場はどこでも再現できる」という信念のもと、子どもたちが駆け回るアパートの中庭や公園、落書きだらけの高架線の下など、ミラノのあちこちで演劇鑑賞が可能となりました。オンラインではなく、“生”で演劇の素晴らしさや感動を届けたいというのが2人の願いです。

↑中庭や公演でも上演

 

フェイスブックやインスタグラムなどのSNSには、彼女たちがデリバリーできる演目と価格が記載されていて、注文もそれらを通じて行われます。演目メニューを見てみると、ロベルタとマリカの本気度が伝わってきます。必ずしも人々に笑顔を運ぶだけが目的ではない、という本格的な演劇メニューがずらりと並んでいるからです。

 

今年700年忌を迎えるために各地でイベントが予定されている大御所ダンテの作品や、ノーベル文学賞を受賞したダーリオ・フォの代表作のほか、子どもたちに大人気の児童文学作家ジャンニ・ロダーリの演目もお届け可能。いずれもイタリア語の美しさが十分堪能できる演劇であることが特徴です。

 

また、メニューはピッツァのように「ロッソ(トマトソースをベースにしたもの)」と「ビアンコ(トマトソースがないもの)」に分けられています。ロッソのほうが、内容がより喜劇性のある構成になっているのだとか。

 

価格は7ユーロ(約900円)から35ユーロ(約4500円)までありますが、基本的には20ユーロ(約2500円)からのオーダーとなっています。ただし、経済的に苦しい家庭の場合はこの限りではない、という気の利いた文言も記されており、ロベルタとマリカはその理由について、「演劇はあらゆる人が楽しむべきものだから」と語っています。

 

ステイホームが続くイタリアでは、子どもだけでなく大人までパソコンやスマートフォンに触れる時間が大幅に増え、社会問題化している部分もあります。そのような状況で本格的な演劇を生で目にすることは、魂に栄養を与えることになるでしょう。

 

シアター・デリバリーは同じアパートに住む複数家族からのオーダーにより、住まいの中庭や公園で活動することが多いそう。ロベルタとマリカは、親しい人や離れている家族へのサプライズとしてもぜひ活用して欲しいと語っています。心の糧として届けられる文化の香り高いプレゼントは、忘れられない思い出になるでしょう。