オフィスに戻る必要はほぼナシ! 米国「アフターコロナの働き方」調査

米国では新型コロナウイルス関連の規制が撤廃された州があるなど、新型コロナウイルスが収束した後の生活に目を向ける人が増えています。周辺機器メーカーのPlugable社は2021年4月に、同国の企業経営者と幹部クラス2000名を対象にコロナ後の働き方に関するアンケート調査を行いました。その結果が公開されているので、アフターコロナの働き方がどうなっていくかを探ってみましょう。

↑リモートワークも一長一短

 

日本でもコロナ禍でリモートワークが推奨され、実際に自宅で仕事をしている人からは、問題点はあるものの、この新しい働き方を肯定的に評価する声が多く報じられています。そんなリモートワークを歓迎するのは米国も同じ。TwitterやGoogleなど大手IT企業は恒久的なリモートワークやハイブリット型ワークを導入していますが、それらの動きを受けて、ほかの企業でも同じような取り組みが見られます。

 

しかし、このトレンドは経営者や幹部にとって脅威でもあります。Plugable社のアンケートで「柔軟な働き方を提供する他企業がいないかどうかプレッシャーを感じている」と答えた人の割合は87%に上りました。競合他社が新しい働き方を提供すれば、そちらに良い人材が集まる可能性があり、経営陣は他社の新しい働き方の動向に敏感になっている様子。良い人材を確保するために、セキュリティソフトやパソコンといった従業員のハード面への投資は今後、一層強化されていくと見られます。

 

週5日も出社する必要なし

リモートワークが進むと、社員同士のコミュニケーションや協調性が薄れることが懸念されています。そんなリモートワークの短所を補うため、社員はどのくらいの頻度で出社するべきでしょうか?「社内のコミュニケ―ションや協調性を健全に維持するために、必要な出社日数は?」という質問に対する答えは以下のようになりました。

 

週2~3日:46%

週1日:30%

月2~3日:15%

週5日:5%

月1日:2%

出社の必要はない:1%

 

従来の典型的な働き方である「週5日」と答えた人はわずか5%で、大半が「週に1〜3日程度」で良いと考えているようです。また「出社の必要はない」と答えた人は1%だったことから、リモートワークを採用しつつも、ある程度の頻度で社員が出社する必要があると考えている人がほとんどであることがわかります。

 

リモートワークが継続されると、オフィスの形も変わるでしょう。例えば、「リモートの社員と出社する社員の協業のために、導入予定のものは?」という質問では、回答者の50%が「ホットデスク」を挙げています。ホットデスクは、社員が共用で使えるデスクのことで、社員1人ひとりに特定のデスクスペースを決めず、その日に出社した人が自由に使えるシステムのこと。毎日全社員が出社することがないなら、企業側は全員分のデスクスペースを確保する必要はありません。米国ではテクノロジー企業の多くがサンフランシスコ周辺に集まっていますが、そこから離れる動きが加速するだろうという見方もあります。

 

社長と社員の心配事

↑リモートワークでお金持ちになれるかしら?

 

経営者や幹部から見ると、リモートワークの社員がきちんと仕事をしているかどうか心配になるかもしれません。在宅勤務の社員に対する心配事として経営者は次のようなことを挙げています。

 

テレビ:64%

ゲーム:52%

昼寝:43%

就業開始時間に仕事を始めない:33%

不必要な外出:30%

オンラインショッピング:26%

友達や家族との長電話:26%

飲酒:24%

 

育児や家事がありませんが、この結果は概ねその通りかもしれません。しかし別の見方をすれば、この問題は在宅で働く人が自分自身にどの程度「完璧」を求めるのかという問題にもつながります。仕事も家庭も常に完璧を目指すことは悪いことではありませんが、精神的にツラい部分もあるでしょう。そういうときにテレビを見たり、ゲームや昼寝をしたりするのは良い気晴らしです。

 

リモートワークの普及により、完璧主義を見直して、仕事や生活にゆとりを持つ人は増えたそうですが、結局それは「一時的な現象だった」と論じている精神分析家もいます。むしろ、リモートで働く人の中には「これまで以上に結果が求められる」と考えている人もいるかもしれませんが、自分を追い込み過ぎるのは危険。経営者にはこの辺のマネジメントが求められるでしょう。

 

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大量発生の報道から1年。「サバクトビバッタ」が浮き彫りにした日本の食糧問題

年々増えている世界の飢餓人口

「何億人もの子どもと大人に長期的な影響を与える世界的な食糧危機が差し迫っている」

 

2020年6月、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界中に向けて、こんなメッセージを発信したことをご存じだろうか。食糧危機、飢饉、飢餓などと聞いて、あなたは「アフリカなど遠い国の出来事」と感じてはいないだろうか。「自分には関係のない話、小銭をもってコンビニに行けば、食べものはいつでも買える」とタカを括ってはいないだろうか。

 

そもそも「飢餓」とは何だろうか。それは長期間にわたり十分に食べられず、栄養不足となり、生存と社会的な生活が困難になっている状態のこと。国連のレポート「世界の食料安全保障と栄養の現状」(2020年版)によると、2019年に飢餓に陥った人は、世界全体で約6億9000万人。2018年から1000万人、過去5年で6 000万人近くの増加となった。飢餓人口は年々増えているのである。

 

飢餓には「突発的な飢饉」と「慢性的な飢餓」がある。「突発的な飢饉」は、干ばつ、洪水といった自然災害、紛争など突発的な原因で発生する。近年は気候変動の影響で雨の降り方が変わり、「突発的な飢饉」は発生しやすくなっている。一方の「慢性的な飢餓」は、農業の生産性が低い、賃金が低くて食料が買えない、貿易の仕組みの不公正などによって起きる構造的な問題だ。飢餓人口の割合を見ると、アフリカ地域で人口の19.1%が栄養不足に陥っており、アジア地域は8.3%、ラテンアメリカ・カリブ海地域7.4%となっている。

 

【著者プロフィール】

橋本淳司

水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表、武蔵野大学客員教授。水問題やその解決方法を調査研究し、さまざまなメディアで発信している。近著に『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『水がなくなる日』(産業編集センター)、『通読できてよくわかる水の科学』(ベレ出版)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)など。「Yahoo!ニュース 個人 オーサーアワード2019」受賞。

 

およそ2100万人分の1年間相当の食糧がバッタに食べられた

2020年に起こった「突発的な飢饉」の要因の1つがサバクトビバッタである。バッタの群れは強風が吹くような音とともに出現する。黒い塊が畑を目がけて近づき、あっという間に作物を食べ始め、10分後には何も残らない。サバクトビバッタの体長5cmほど。群れは成虫4000万匹から構成され、その面積は1平方キロメートルにおよぶ。

 

サバクトビバッタによる蝗害(こうがい)は旧約聖書(「出エジプト記」)にも登場する。イスラエル人が、かつて古代エジプトで奴隷状態にあった時代、神がイスラエル人を救出するために、エジプトにもたらした「十の災い」の7番目が「蝗を放つ」だ。

 

“明日いなごの大群を送る。国中がいなごで覆われ、地面を見ることさえできなくなる。雹の害を免れた作物も、今度ばかりは助からない――”

 

聖書の記述は現実のものとなった。アフリカから南アジアにかけてサバクトビバッタが大発生し、まさに「国中がいなごで覆われ、地面を見ることさえできなく」なったのだ。ケニアでは過去70年間で最悪、インドでも30年ぶりといわれる大規模発生で、深刻な農業被害、食糧不足をもたらした。国連食糧農業機関(FAO)は「アフリカの角(インド洋と紅海に向かって角の様に突き出たアフリカ大陸東部の呼称でエチオピア、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ケニアの各国が含まれる地域)の2020年度の被害は300万トンの穀物(9.4億ドル相当)で2100万人の1年分の食糧に当たる」と報告している。(https://news.un.org/en/story/2021/01/1082512

 

なぜバッタは大量発生したのか       

果たしてサバクトビバッタの被害を予防する解決策はあるのだろうか。サバクトビバッタについて訊くなら、この人しかいないだろう。国際農林水産業研究センター(国際農研)主任研究員の前野ウルド浩太郎さんだ。『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書/中央公論新社主催「新書大賞2018」)などの著者としても知られるバッタ研究の第一人者である。

 

そもそもサバクトビバッタとはどんな生態を持っているのか。2020年に大量発生したのはなぜなのだろうか、以下、国際農研のHPにて前野氏が作成しているFAQを引用および要約してサバクトビバッタの概要をご紹介したい。

 

【国際農研(国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター)資料「サバクトビバッタについて」】

 

■大量発生のメカニズム

――サバクトビバッタの通常の生息地は、西アフリカのモーリタニアから東はインドに広がる半乾燥地帯。年間の降雨量は少なく、孤独相(低密度下で育ったバッタ)の成虫が未成熟(繁殖を始める前)の状態で細々と生息している。ところが大雨が降り、エサとなる草が生えてくると孤独相の成虫は、その草を食べて性的に成熟して交尾できるようになり、繁殖を開始。十分な量の草があると、さらに発育・繁殖を行い、個体数が増加する。

 

乾季になって草が枯れ始める頃、エサが残っているエリアに成虫が集まり、他の個体との接触により「群生相化」のスイッチが入る。生理的特徴や行動を変えるのだ。孤独相はお互いを避け合うのだが、群生相になると、お互いに惹かれ合い、群れて集団移動するようになる。するといつも生息している場所から他の地域に侵入。群生相の群れは風に乗って1日100キロ以上移動することもあり、そこで農業に大きな被害をもたらす。

 

大きな問題となった2020年の大発生も、干ばつの後にサイクロンによってもたらされた大雨が、サバトビバッタにとって好適な環境を生み出したことが原因と考えられている。反対に、雨が降らなければ、餌となる草が枯れ、産卵に適した湿った地中も失われるため、大群を維持できなくなり、最終的に死滅する。

 

■日本へ飛来する可能性

――気温や風などの気象条件、長距離を飛ぶためのエネルギーが蓄積できる環境などの条件が重なれば可能性が高くなる。ただし、これらの条件がそろう確率はかなり低いと考えられる。

 

■被害を受ける農作物とその予防策

――500種類以上の植物を食べることが分かっており、主な農作物として、穀物(トウジンビエ、ソルガム、トウモロコシ、コムギ、サトウキビ)、ワタ、果物があげられる。農作物を損失することによる経済的な被害が大きくなるだけではなく、家畜の飼料不足も大きな問題となる。

 

対策には2つの難しい点がある。1つ目は、サバクトビバッタの大発生が突発的かつ不定期なこと。2つ目は、発生場所は広く、砂漠の奥地や紛争地帯でも発生することである。常時、問題になっていれば、対策予算も人員も確保しやすいが、何十年も被害がなければ、対策費用は不要とみなされ、廃れてしまう。2020年に約70年ぶりの大発生となったケニアなどで対策が遅れたのはこのためだと考えられる。被害がない時でも防除体制を維持する工夫が必要であり、国際社会が連携して普段から最低限の防除体制を維持するシステムを構築すること、そして研究予算を継続する必要がある。

 

対岸の火事ではない。日本が直面する問題とは

FAQによると、「サバクトビバッタは日本に飛来する可能性が低い」とある。そう聞いて胸を撫で下ろす人はいるだろう。だが、安心するのはまだ早い。冒頭で、国連のアントニオ・グテーレス事務総長のメッセージを紹介したが、そこでは「食糧が豊富な国でもサプライチェーンに混乱が生じるリスクがある」と言及している。

 

国際的な分業がサプライチェーンによって結ばれ、さらには余計な在庫をもたないことで、生産性は高まり、生産のコストも下がっている。つまり見方を変えると、主要な食糧を他国からの輸入に依存しているということだ。そこでバッタの被害が起きたらどうなるのかは想像するに難くない。

 

では、もっと食糧の生産量を増やせばいいのではないか。実際、2008年に潘基文国連事務総長(当時)は「2030年までに食料生産を50%増やす」と述べている。しかし、問題は単純なものではない。次で詳しくみていこう。

 

水不足や土壌浸食で食糧が生産できない

食糧生産を妨げるものは3つあると考えられる。1つ目が水不足、2つ目が土壌侵食、3つ目が気候変動だ。

 

1つ目だが、全世界で使われる淡水のうち3分の1は農業用水だ。水の需要は年々増加傾向にあり、過剰なくみ上げによる地下水の枯渇や灌漑用水の不足によって、穀物生産にも深刻な影響が出ている。穀物の大生産地であるアメリカ、中国、インドでは地下水を際限なくくみ上げて生産を行ってきた。そのために地下水位の低下、枯渇という問題が起きている。国連食糧農業機関(FAO)は、「世界的な水不足のために30億人以上の生活に影響がある恐れがある」と報告している。(https://news.un.org/en/story/2020/11/1078592

 

日本は世界最大の農作物純輸入国だ。日本の食料自給率(カロリーベース)は40%前後である。輸入している食品を作るのに必要な水を計算してみると、年間627億トンになる。これは、日本人が1日1人当たり1.4トンの水を輸入していることになる。日本には国際河川(2か国以上を流れる河川)がないから、上流・下流の水紛争がないと言われるが、食料という視点で見ると、私たちの食卓には太くて長い国際河川が流れていることになる。

 

2つ目が、森林破壊にともなう土壌侵食。焼き畑農業、農地への転用、木材伐採などで、森林、中でも熱帯林は、毎年相当な面積が消えている。こうして森林の保水力が弱まると洪水が発生しやすくなり、土壌が流出するので、作物生産ができなくなる。

 

気候変動が水とバッタに与える影響

そして3つ目が気候変動だ。気温が上がり作物の生産に適さなくなる。気候変動は水の循環も変える。気温が上がれば循環のスピードが早くなり、水の偏在(多いところと少ないところに偏りがあること)に拍車をかける。すなわち穀物不足の1番目の理由である水不足、2番目の理由である洪水による土壌侵食が起きやすくなる。

 

また、サバクトビバッタの発生も異常な雨がもたらしたことを忘れてはならない。2018年、2つのサイクロンがアラビア半島を襲い、多くの雨を降らせた。2019年には“アフリカの角”をサイクロンが襲った。アラビア半島でのサイクロンなどとても珍しいし、アフリカ東部でもここ数年、異常に多くの雨が続いていた。気候変動がバッタ大発生の背景にあり、悪いことに、2020年末にエチオピアやソマリアに大量の雨が降り、再度大発生の兆しが懸念されている。

 

1人当たり1日2.3トンの水を“食べ”残している

私たちの食生活は海外からの畜産物、農作物に頼っている。つまり、結果的に海外の水資源を利用しているということになる。こうしたことから自国の水を使い、食料自給率を上げるべきという声は高まっている。実際、日本では2025年度までに、食料自給率(カロリーベース)を45%に上げることを目標としている。

 

新型コロナの流行にともない、食糧輸出国は、国内の食料安全保障を優先に輸出を規制する動きを見せたことも忘れてはならない。2020年3~9月までにロシアやウクライナなど10カ国以上が、小麦、大豆、トウモロコシなど主要穀物で輸出禁止や制限措置を設けた。今後、食糧生産が逼迫すれば、そうした傾向は強まっていく可能性がある。

 

もう1つ大切なことは、日本は食料を世界中から買い集めている一方で、世界一の残飯大国でもある。捨てられる食べ物は、供給量の3分の1にのぼる。日本の食品廃棄物の発生量は、年間2842万トン。仮に、捨てられたものがご飯だとすると、それを生産するのに使われる水の量は、年間1051億5400万トンになる(肉であればもっと多くなる)。1人当たり1日2.3トンの水を捨てているのと同じだ。食べ切れる分だけ買い、食べ切れる分だけ作り、食べきれば無駄にはならない。

 

バッタは食糧危機の救世主になるか

さて、サバクトビバッタを食糧生産の敵とみなしてきたが、ここ数年、飢餓対策として「昆虫食」が注目されているではないか。サバクトビバッタは食べられるのか。再び前野氏のFAQを引用したい。

 

■食用の可能性

――硬いものの食べられる。エビに近いような食感や味。サバクトビバッタは、植物に少量含まれるフィトステロール(腸からのコレステロール吸収を抑える機能が知られている)を体内に多く含むため、健康食品として期待されている。ただ、大量発生した時には殺虫剤が散布されるため、そのバッタを食べることは大変危険。バッタを有効活用するには、殺虫剤を使わない防除技術が必要となる。

 

決して他人事では済まされないサバクトビバッタの驚異。これを機会に、私たちは食糧や水といった生活の基本的な部分について改めて考える必要があるだろう。

 

【参考資料】

「世界の食料安全保障と栄養の現状」 

飢餓と栄養不良の撲滅に向けた進捗状況を追跡する最も権威ある世界的な研究調査。報告書は国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)が共同で作成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コアラから犬、熊まで——。動物にも応用される「顔認証技術」

空港の出入国管理やオフィスの入退場などのセキュリティ、無人店舗での決済時に使われるなど、顔認証技術の活用分野が広がっています。その動きは動物にも及んでおり、なんとコアラや犬、熊への応用が進められているといいますが、それぞれどんな目的があるのでしょうか?

 

1: 機械学習がコアラを救う

↑コアラに要注意

 

オーストラリアでは、顔認証技術をコアラのために使用する試みが行われています。同国では1997年から2018年までの間に毎年356頭のコアラがクルマと衝突し、死傷したそう。この悲痛な交通事故を予防するためには、コアラが道路を横断する行動習性の理解を深め、横断の予測を行うことが望ましいという見方があります。そこでオーストラリアのグリフィス大学では、コアラの外見と動きから個体識別する顔認証技術を開発しました。

 

道路を横断するコアラをカメラが捉えると、その画像が同大学のサーバーに転送され、コンピューターと機械学習システムがコアラの個体を識別します。この方法により、どのコアラが動物用に設けられた地下道や橋を渡るかを観測するとか。

 

この顔認証技術が使われる前は、道路を横断したコアラが以前カメラで撮影されたコアラと合致するか、人が確認していました。顔認証技術の導入によって、関係者はこの作業から解放され、より正確なデータを得ることができると見られます。

 

2: 犬の識別というより監視社会の拡大?

↑だ〜れだ?

 

中国の都市部では、ペットの糞を道路にそのまま残した場合、飼い主に罰金が科されるそう。そんな公共衛生の取り締まりに利用されているのが、犬の顔認証技術です。

 

犬の鼻にあるシワは「鼻紋」と呼ばれ、犬によりその形や長さが異なるため、人間の指紋と同じように個体識別に使うことができます。そこで、中国のスタートアップが、異なるアングルから撮影した犬の鼻の画像をもとに、AIが個体識別する技術を開発。これまでに登録されている鼻紋を95%の高い精度で識別することができると言われています。

 

この技術を開発したスタートアップは、中国でECの最大手アリババの傘下にある企業。中国政府は監視社会を構築していますが、その体制は人間以外の動物にまで及んでいるのかもしれません。

 

3: ディープラーニングで熊を識別

↑熊を調査するために顔認証技術デバイスを設置する研究者(画像提供/Moira Le Patourel)

 

野生動物の生活や行動パターンを観察するためには、個体の識別が欠かせないのはこれまで説明したとおり。しかし斑点や縞のような模様がない動物では、人間の目視での識別に限界があります。そんな動物の個体識別のために、カナダのビクトリア大学は熊専用の顔認証技術「BearID」を開発。熊の画像数千枚を使って深層学習を行うことで、84%の精度でクマの個体識別ができるようになったそうです。熊は、成長したり季節が変わったりすると顔が変化しますが、この顔認証技術はそんな変化にも対応できるように進化していく計画です。

 

このように、人間の目を頼りに行われてきた動物の個体識別の世界にも顔認証技術が使われ始めています。監視社会の拡大は気になりますが、このテクノロジーが動物の保全活動などの役に立つといいですよね。

プラスチックをジェット燃料に1時間で変換! 飛行機でもエネルギー革命が進行中

現在、世界中でエネルギー革命が起きています。このトピックでは自動車業界が大きな注目を集めていますが、ほかの産業に目を向けると、航空業界ではプラスチックごみなどを原料にしたジェット燃料の開発が進められています。空の燃料はこれからどうなるのでしょうか?

 

より効率的な触媒作用

↑目的地は脱炭素社会

 

ゴミ袋やシャンプーの容器などで使用されているポリエチレンは、プラスチックの中で最も多く使われている化合物です。米国・ワシントン州立大学の研究チームは、ルテニウム(白金族元素の一種で、銀白色の硬くて、もろい金属)と溶媒を使って、ポリエチレンをジェット燃料などに変えるための触媒を発明しました。これにより、実験で使用したプラスチックの約90%を220度の温度でジェット燃料の成分に変えることに成功。しかも所要時間はわずか1時間。従来の触媒では温度を430度まで上げる必要があるそうですが、彼らの方法ではそれが200度以上も低いうえ、触媒作用もより効率的であると言われています。

 

新たに開発された技術はニーズに合わせて、反応の温度や時間、触媒の量などの諸条件を調整することもできるそう。ほかの種類のプラスチックにも応用できる可能性があるそうで、同チームは商業化に向けて、さらに研究を進めていきたいと話しています。

 

プラスチックごみの問題に対処するため、世界各地でそのリサイクルが行われていますが、品質やコストに関して問題があるため、そう簡単ではありません。同研究チームによると、米国でリサイクルされるプラスチックは9%ほどしかないと言われていますが、今回の研究はそんな現状を変えることにつながるかもしれません。

 

ANAとJALも環境に優しい燃料へ

日本でも、環境を考えた燃料の開発が行われています。日本航空(JAL)では、2030年には「SAF(持続可能な航空燃料)」の利用を全燃料の10%まで利用する目標を設定。さらに丸紅やENEOSなどと共同で、廃棄されたプラスチックを原料にした代替航空燃料の製造や販売について調査を行っており、2026年以降の活用を目指すと報じられています。一方、全日本空輸(ANA)は、日本の航空会社として初めてSAFを2020年10月下旬に同社の定期便に導入しました。

 

日本政府は、2050年までに脱炭素社会の実現を目指す「2050年カーボンニュートラル宣言」を2020年に発表していますが、これに準じて、ANAとJALは2050年の二酸化炭素排出量実質ゼロの目標を掲げています。廃棄プラスチックを原料とする燃料や、環境に優しい新たなエネルギーの開発は、ますます加速していきそうですね。

人が食べ物を噛む音が気になる? あまり知られていない「ミソフォニア」の脳科学的な特徴が判明

誰にでも不快な音があるもの。ガラス窓や黒板を爪で引っ掻く「キーキー」した音には、多くの人が嫌悪感を覚えるでしょう。しかし、他人が咀嚼する音や呼吸する音などに対して過敏に反応してしまう場合、それは「ミソフォニア」かもしれません。

 

ミソフォニアとは?

↑他人の食べ物を噛む音が不快で堪らない

 

私たちは、人が呼吸する音やあくびの音、ごはんを噛む音など、さまざまな音に囲まれながら暮らしています。そんな日常生活の特定の音に過敏に反応する症状をミソフォニアと呼びますが、よく知られた症状ではないことから、患者がミソフォニアについて医師に相談することも、医療者側が尋ねることも少ないそうです。

 

以前に英国で行われたミソフォニアに関する実験を見てみましょう。ミソフォニアの症状がある20人と症状のない22人が3種類の音を聞き、不快レベルを評価しました。3種類の音は、食事の音や呼吸音などの「トリガー音(引き金となる音)」、赤ちゃんの泣き声や人の叫び声などの「雑音」、そして雨音などの「ニュートラルな音」です。

 

その結果、雑音とニュートラルな音については、ミソフォニアの症状の有無を問わず、不快レベルの評価は同程度でした。しかしトリガー音は、ミソフォニアの症状がない人は不快度が低かったのに対して、症状がある人は高い不快度を示しました。この種類の音は主に他人によって発せられる音であり、ミソフォニアの症状がある人はトリガー音に大きく反応する傾向があるようなのです。

 

また、音の不快感が感情面に影響を与えることもミソフォニアの特徴の1つ。例えば、人の咀嚼音を聞いた途端に腹が立ったり、子どものあくびを見て、「闘争・逃走反応」(不安、恐怖、興奮などのストレス反応)が生じたりするなら、ミソフォニアの可能性があるかもしれません。

 

脳科学的には?

一方、2021年6月に英国・ニューカッスル大学の研究チームが発表した論文で、ミソフォニアの症状には脳科学的特徴があることがわかったのです。

 

この研究チームはfMRI(磁気共鳴機能画像法)を使い、ミソフォニアの症状がある人とない人の脳の反応を比較しました。すると、ミソフォニアの症状がある人はトリガー音を聞くと、脳の聴覚野と前運動皮質の信号が増加したことが判明。音を聞く中枢と、顔や口、喉などの運動に関わる領域で、一般にはない異常な信号のやりとりが行われているようなのです。

 

さらに、ミソフォニアの症状がある人の脳では、視覚領域と運動領域の間でも同じような信号の増加が観察されました。同研究チームによると、これは他人の行動を見て、自分も同じ行動を取っているかのような反応をする「ミラーニューロン」が働いていることを示唆しているとか。例えば、ミソフォニアの症状がある人は、他人が咀嚼する様子を見たうえで、その音を聞くと、自分の身体の中でも同じ咀嚼音が発生しているような感覚に陥り、強烈な不快感を感じている可能性があるそうです。

 

今回の研究結果を受けて、ニューカッスル大学は、ミソフォニアを治療するためには脳の音に関する領域だけでなく、視覚や運動の領域についても考慮する必要があると考えています。まだまだ研究が少ないと言われるミソフォニアですが、より多くのリサーチが求められています。

 

【出典】Sukhbinder Kumar, Pradeep Dheerendra, Mercede Erfanian, Ester Benzaquén, William Sedley, Phillip E. Gander, Meher Lad, Doris E. Bamiou, Timothy D. Griffiths. Journal of Neuroscience. 30 June 2021, 41 (26) 5762-5770; DOI: 10.1523/JNEUROSCI.0261-21.2021

「グリーンインフラ」の最前線。大林組の目指す「都市の生物多様性」とは?

自然の力を活用した都市環境づくりを目指す~株式会社大林組

 

「グリーンインフラ」という言葉をご存じでしょうか。「グリーンインフラストラクチャー(Green Infrastructure)」の略で、自然が持つ多様な機能を課題の解決手段として活用する取り組みや考え方のことです。日本では国土交通省などを中心に2015年から推進されていて、例えば、津波対策としての海岸防災林、ヒートアイランドの抑制のための屋上緑化や自然環境の再生ほか、さまざまな取り組みが実施されています。

 

ものづくりへの新たな価値を創出

グリーンインフラは多くの社会的課題を解決する可能性があるため、SDGsとの関係性も高いと言われています。今では行政だけでなく、グリーンインフラを採り入れる企業も増えていて、今回ご紹介するゼネコン大手の大林組もそのひとつ。「自然と、つくる。(https://www.obayashi.co.jp/green/)」をキャッチフレーズに多くの取り組みを行っています。

 

「以前から“自然”を採り入れたサービスを提供してきましたが、これまで人工構造物に対する評価はあっても、“自然”を評価対象にすることはありませんでした。グリーンインフラは、自然の力を賢く使うということがキモであり、弊社のモノづくりに積極的に採用することで、自然環境や経済、人々の暮らしに好循環が生まれると考えています」と話すのは、技術本部技術研究所研究支援推進部の杉本英夫さんです。

↑技術本部技術研究所研究支援推進部・部長の杉本英夫さん(右)と、技術本部技術研究所自然環境技術研究部・副課長の相澤章仁さん(左)

 

大林組が取り組むグリーンインフラ

では、同社が取り組むグリーンインフラにはどんなものがあるのでしょうか。

 

例えば、陸の生態系の回復。建設により自然環境が失われることもありますが、それを代償するための手法の一つとして、ビオトープ(生物生息空間)の計画と施行、維持管理を行っています。建設予定地に生息する在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図るのです。また、これまで緑化が困難とされていた強酸性土壌の斜面に植生できる工法などもあります。こうした取り組みは、生物多様性の保全だけでなく、水質浄化やCO2固定などにも貢献しています。

↑在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図る

 

一方で、川や池の生態系の回復や水質の浄化、沿岸域の生態系の回復や海の水質の浄化など、陸域だけでなく水域での取り組みもいろいろと行われています。これらの技術は、単に水域の生物多様性の保全だけにとどまらず、街を洪水から守るなど災害対策にも関係しているのです。

 

グリーンインフラの特徴について、技術本部技術研究所自然環境技術研究部の相澤章仁さんはこう話します。

 

「グリーンインフラは、単一の効果だけでなく、複合的な効果が期待できます。例えば、ある都市に緑地を創出すれば、単に生物が増えるというだけではなく、ヒートアイランド対策であったり、人々に癒しを与えたりすることもできます。グリーンインフラは、それぞれの取り組みがリンクし、気候変動の緩和、災害の軽減、健康や安らぎの提供など、人々に様々な恵みをもたらせてくれるのです」

↑ヨシなどの群落は水際植生帯と呼ばれ、昆虫など多くの生き物がいる。この水際植生帯を早期に再生する工法もある

 

緑化・ヒートアイランド対策「COOL CUBE(クールキューブ)」

実は、グリーンインフラという言葉が生まれる前から、同社は環境に配慮した技術開発を展開しています。そのひとつが、涼空間再生プロジェクト「COOL CUBE(クールキューブ)」です。快適な建築空間とは、建物内部だけに限らず、快適な屋外空間もその一部であるという考え方で、都市、建物、そして人を冷やすヒートアイランド対策として取り組んできました。

↑建物外皮、舗装、空間といったすべての要素を対象としたCOOL CUBE

 

「緑化は緑化、空調は空調、生態は生態と、かつては担当部署が個々に技術開発を行っていました。それでは、対外的に説明する際に伝わる要素が制限されますし、そもそも研究員同士で技術交換が行われないのはマイナスでしかありません。そこで共通のプラットフォームとして、COOL CUBEというプロジェクトにより、連携させることにしたのです」(杉本さん)

 

COOL CUBEには、湿潤舗装や透水性舗装、遮熱効果により空調負荷を軽減する高日射反射率塗装ほか、多くのシステム(技術・工法)があります。そのなかで軸となっているのが、「グリーンキューブ®」という名称の緑化システム。給水装置と緑化基盤をセットにした屋上用緑化や、視覚的効果と建物表面の温度上昇を抑制する壁面緑化など、グリーンキューブ®自体にも種類(工法)があります。

↑屋上を緑化。ヒートアイランド減少の緩和にも役立つ

 

ちなみにグリーンキューブ®は、水を供給する仕組みがあれば、基本的には建物の構造に合わせて緑化が可能。また、植えられる植物も、根を深く張る種類でなければ特に制限はなく、予算に合わせて木々を選べるそうです。

 

900本の樹木でCO2固定量が年間約4t

このグリーンキューブ®を施行した事例は多くありますが、代表的なのが、南海電鉄が運用・管理する「なんばパークス」(大阪府大阪市)です。そこではさまざまな調査も行われています。

 

「なんばパークスには、約5300㎡の屋上緑地があり、多様な動植物が生息、生育しています。緑の少ない大阪ミナミのエリアにおいて、28種の鳥類と、152種の昆虫類の生息が3年間の調査で確認できました。また約900本の樹木があり、それらによる1年間のCO2固定量が約4tであることや、夏季夜間における約1℃の気温低下を測定。ヒートアイランド対策に大きな効果があることもわかりました。また、老若男女問わず多くのお客様が回遊したり、木陰に佇んだり、記念写真を撮るなど、憩いの空間としても使っていただいています。

↑なんばパークス。都心部でありながら、人々が身近に自然と触れ合える

 

そして近年は、高層階から眺める地上部分や、低層階の壁面を人工物にしないなど『見せる』ことにも注力しています。もちろん、木陰を作るなど、訪れた人の快適さも追及しなければなりません。その辺りのバランスを保ちつつ、メンテナンスをどうするか試行錯誤しています」(杉本さん)

 

都市の生物多様性の調査・研究をスタート

これら従来からの取り組みを礎に、さらなる持続可能な社会の実現に向け、次のステップとして取り組み始めているのが「都市の生物多様性」に関する調査・研究だそうです。

 

「生物多様性の問題は、地球温暖化をはじめとするほとんどの環境問題と関わっています。例えば、これまでは植生の視点だけを考え、農薬などで害虫を強制的に排除してきましたが、特定の生物が増えてしまうことがあります。このように今までは自然界のバランスまで考慮していなかったのですが、今後は生物多様性の研究を通じた都市緑化への取り組みを行っていく予定です。現在も、なんばパークスをはじめ、当社が手掛けた施設でモニタリングを行っています」(相澤さん)

 

大林組が目指すサステナブルな未来とは

↑「Obayashi Sustainability Vision 2050」の概要

 

元々同社は、社会課題の解決に取り組んで持続可能な社会に貢献するということを企業理念に掲げていました。2011年には中長期環境ビジョン「Obayashi Green Vision 2050」を策定し、再生可能エネルギー事業の推進など環境に配慮した社会づくりに取り組んできたのですが、これを2019年に「Obayashi Sustainability Vision 2050」へと改訂しています。その理由について、グローバル経営戦略室ESG・SDGs推進部・部長の飛山芳夫さんはこう説明します。

 

「サステナビリティビジョンに転換した理由の一つに、東日本大震災があります。震災を機に再生可能エネルギーへの転換など、エネルギー構成を見直す風潮が社会的にも生まれました。さらに2015年のパリ協定、SDGsの登場もあり、こうした視点を加える必要性も出てきたのです。そして2017年に策定した中期経営計画からESGという考えを経営基盤戦略の一つに掲げた流れも受け、E(環境)の部分に特化したビジョンのままではなく、地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンへと改訂したのです」(飛山さん)

↑環境特化型から調和型のビジョンへと転換

 

将来の持続可能な社会の実現に対して、大林組が目指すべき事業展開の方向性を示した「Obayashi Sustainability Vision 2050」。これを踏まえ、今後、どう進めていこうと考えているのでしょうか。

 

「具体的には、“脱炭素”“価値ある空間・サービスの提供”“サステナブル・サプライチェーンの共創”を目標に掲げています。これらを達成するために、具体的なアクションプランを設定し、推進しています」(飛山さん)

 

地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンを実現するために、グリーンキューブ®をはじめとする同社のグリーンインフラの取り組みについては、これからも大いに注目していきたいところです。

 

 

 

木そのものが建物になる? 驚きの「未来の高層ビル」予測

通称「ねじれタワー」で知られ、立方体をひねったようなデザインが印象的な、ドバイのカヤンタワー(高さ307メートル)。下階より上階の方が幅広で逆三角形のシルエットが印象的なバンクーバーハウス(高さ151メートル)——。

 

世界には、建築技術の発展を背景に斬新なアイデアで生まれた、度肝を抜くようなデザインの高層ビルがあります。これから建設される高層ビルはどんな形になっていくのでしょうか? 米国の建築雑誌「eVolo Magazine」が主催する超高層ビルのデザインコンテスト「2021 Skyscraper Competition」で、492の応募作品の中から入賞した上位3つのデザインを見ながら、未来の建物について考えてみましょう。

 

1位: 木と融合した「生きた高層ビル」

↑生きた高層ビル(画像提供/eVolo Magazine)

 

灰色に見える高層ビル群の中で、木製でひときわ目立つのが、1位に選ばれたこちらの作品。ウクライナのチームのデザインで、生きている樹木を取り入れたアイデアです。使用するのは、成長が早く背の高い広葉樹に遺伝子組み換えを行ったもの。木は根から水分や養分を吸収し、成長途中に接ぎ木が行われ、立方体のように建物の構造を形成するようになります。成長とともに木は太くなり、建物の強度が増していくそう。さらに建築完成図には、飛び交う鳥が描かれ、生物たちも共存する場所になっていくことをイメージさせます。

 

一般的な住宅やビルの建設に使われる建材は、伐採した木を加工して作られます。しかしこの高層ビルでは、生きた木をそのまま使っているため、まさにこれは「生きた高層ビル」。これからの時代は近代世界を彷彿させるデザインではなく、環境に寄り添ったサステナブルな建物がますます増えていくのかもしれません。

 

2位: 沈むメキシコ市で水を守る

↑雨水をためるための斬新なアイデア(画像提供/eVolo Magazine)

 

もともと湖の上に建てられたことに加え、地下水の汲み上げなどによって地盤沈下が進むメキシコ市。そこで地下水補充のために雨水を貯める機能をビルに持たせたのが、2位に選ばれた作品です。

 

この作品はメキシコ市の洪水危険地域に建設する構想で、高さは400メートル。建物の外壁は10枚のウイングで覆われ、花のつぼみが開くように、このウイングが開きます。パラボラアンテナのように放物曲線を描いた大型のお椀状の傘が、高さ100メートルの地点で開き、雨水を貯めることができるのです。集められた雨水は、一部は地中の帯水層(地下水が貯えられる地層)に送られ、そのほかは家庭用の貯水タンクに送られていきます。これによって洪水のような被害を防ぐ狙いがあります。

 

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毎年最大50cmも沈んでいるメキシコ市。水が危ない

 

3位: 未来版の「長屋」

↑長屋が縦に積み重なっているようだ(画像提供/eVolo Magazine)

 

中国の雲南省には、独自の言葉やライフスタイルを持つモン族がいます。しかし、その文化は現代文明に飲み込まれ、さらに中国政府が、少数民族が暮らす都市への移住を支援していることで多数民族・漢族の流入が続き、モン族の住居の多くが取り壊されてきているそう。コンテストの3位に選ばれたのは、そんなモン族のライフスタイルに沿ったビルの構想です。

 

高層ビルの木の骨格部分に、クレーンで高床式住居を繋げ、いくつもの家を増やしていくアイデア。ビル1棟の中に公園、店舗、ジムのスペースなどが作られ、まるで1つの村ができるようなイメージです。また、ビル内の移動にはエレベーターではなく、モン族が制作を得意とする鳥かごの形をモチーフにした乗り物が作られるとか。

 

無機質な雰囲気が漂う現代的な住居ではなく、モン族の昔ながらのライフスタイルを尊重しながら造られるこのビルでは、江戸時代の日本にあった集合住宅の長屋を彷彿させる暮らしが生まれるかもしれません。

 

コンテストの上位作品はどれも、単に建物の高さを追い求めたビルや、見た目が優れただけのビルではなく、プラスアルファの価値が付いたものばかり。未来には、従来の概念を覆す新しい高層ビルができるのかもしれません。

毎年最大50cmも沈んでいるメキシコ市。水が危ない

近年、世界各地の都市で地盤沈下が起きています。その1つがメキシコの首都、メキシコ市。しかし、同市の地盤沈下はほかの都市と性質が異なるようです。メキシコ市の地下で何が起きており、そこはどのくらい危機的な状況なのでしょうか?

↑沈むメキシコ市

 

世界のさまざまな都市で起きている地盤沈下の主な原因とされているのが、地球温暖化による海面上昇や地下水の汲み上げ、石油の掘削です。例えば、中国の上海では1年に最大2.5cmのペースで地盤沈下が進んでおり、これは高層ビルや地下鉄などの建設に伴う地下水の排水が引き起こしていると言われています。また、米国・ルイジアナ州ニューオーリンズでは、石油やガスの掘削の結果、地盤沈下が起きており、街のおよそ半分が海面よりも低くなっています。この地域は2005年にハリケーン「カトリーナ」によって大きな被害を受けましたが、地盤沈下が起きていなければ、被害はもっと小さかっただろうと専門家は指摘しています。

 

しかしメキシコ市の場合、話が少し異なる模様。2021年に発表された論文によれば、同都市の地盤沈下は、地下水の汲み上げや石油の掘削ではなく、都市の基盤部分が圧縮したことによって起きている可能性があるそうです。

 

これはメキシコ市の成り立ちに関係します。アステカ族が15世紀、テスココ湖と呼ばれる湖の上にある島に湖上都市を建設し、これをアステカ大国の首府としました。その後スペイン軍の侵攻でアステカ王国は滅亡しましたが、この湖が埋め立てられて植民地都市となったのです。これが現在のメキシコ市で、ここは湖にできた都市だったのですね。この基盤部分の粘土層がすでに17%ほど圧縮しており、これが現在の地盤沈下の大きな要因となっているのです。

 

メキシコ市の地盤沈下が初めて確認されたのは1900年代初頭で、当時の沈むペースは年間8cmでした。それが1958年までに年間29cmに加速。1950年代には地下水の汲み上げを停止し、沈下のペースは緩やかになったこともありました。しかしメキシコとアメリカの共同研究チームが、115年間蓄積してきたデータや高解像度のGPSデータを分析したところ、同市は年間最大40cmのペースで沈下している一方、都市化が進んでいない北東部では、年間50cmもの速度で沈んでいる地域があることも明らかとなったのです。

 

メキシコ市の基盤となる粘土層は今後150年間、圧縮を続けると見られ、地盤はさらに30%沈下すると予測されています。それに伴い水質汚染が懸念されており、雨水や排水を集めるためのインフラ整備が必要とも言われています。

 

一度沈下した地盤が元に戻ることはありません。その影響を最小限に食い止めるための取り組みが求められています。

 

【出典】O’Hanlon, L. (2021), The looming crisis of sinking ground in Mexico City, Eos, 102, https://doi.org/10.1029/2021EO157412. Published on 22 April 2021.

ペットと一緒に寝ると睡眠の質は上がる? カナダの大学が調査

現代では、動物を飼っている人の多くはそのペットを家族の一員と捉えています。ペットと寝ている人も少なくありません。ところが、ペットは人間のストレスを軽減するなど、その医学的な効果が明らかにされつつありますが、人間がペットと一緒に寝ることが人間に及ぼす影響について調べた研究はほとんどありません。そこで、カナダのコンコルディア大学の研究チームが、ペットとの睡眠にどのようなメリットがあるのか調査を始めました。

↑よく眠れるに決まってる?

 

研究チームは、「ペットと一緒によく寝ている子ども」「ペットと時々寝ている子ども」「ペットとまったく寝ない子ども」の3グループの睡眠を、主観的な方法と客観的なメソッドを使って比較することにしました。実験には11~17歳の子ども188人が参加。客観的なデータを得るために、子どもたちは、睡眠の状態を調べるための睡眠ポリグラフ検査を一晩行ったうえ、睡眠時間や覚醒時間を記録するためにアンチグラフを2週間装着しました。

 

さらに、子どもたちと親には、子どもの睡眠時間や目を覚ます時間、睡眠の質などについてアンケート調査に回答してもらいました。これは主観的なデータとして扱われます。

 

子どもがペットと一緒に寝ている頻度について聞いてみると、「よく寝ている」は18.1%、「時々寝ている」は16.5%、「まったく寝ない」が65.4%でした。これらのデータを分析した結果、「ペットとよく寝ているグループ」と「時々寝ているグループ」では、主観的な方法と客観的なメソッドで得られた睡眠時間や覚醒時間などのデータが一致することが判明。

 

ペットとよく寝ている子どもが、アンケート調査で最も質の良い睡眠を得ていると回答したり、入眠までの時間が一番長かったり、確かに両グループの間では異なる部分もあります。しかし頻度に関係なく、ペットと一緒に寝る人は、同じような睡眠を得られている可能性がある模様。

 

夜行性の動物の場合は人間の睡眠を阻害する可能性があるという指摘もありますが、ペットを飼っている人の多くは「リラックスして安心できる」と思っているようです。実際、今回の実験でも、ペットと寝ている子どもたちはそうでない子どもと比べて、夜中に起きてしまったり、眠れなかったりしたことはありませんでした。

 

ペットが人間の睡眠に良い効果を与えていることを科学的に証明するためには、さらなる研究が必要ですが、ペットを飼っている子育て中のご家庭は、自分たちで実験して、効果を検証してみるといいかもしれません。

 

【出典】Hillary Rowe, Denise C. Jarrin, Neressa A.O. Noel, Joanne Ramil, Jennifer J. McGrath, The curious incident of the dog in the nighttime: The effects of pet-human co-sleeping and bedsharing on sleep dimensions of children and adolescents, Sleep Health, Volume 7, Issue 3, 2021, Pages 324-331, https://doi.org/10.1016/j.sleh.2021.02.007.

まるでクルマみたい! 視覚障がい者向け「靴用センサー」が歩行を変える

現代では、物をスマート化する取り組みがさまざまな業界で行われていますが、障がい者の生活をサポートするテクノロジーも例外ではありません。最近では視覚障がい者が靴に取り付けるインテリジェントなデバイスがヨーロッパで注目を集めています。このテクノロジーは、ユーザーの歩行先にある障害物を検知し、それを音や振動などを通してユーザーに伝達できるのだとか。どんなものなのでしょうか?

↑小さくても、大きな一歩(画像提供/InnoMake)

 

視覚障がい者が1人で外を歩くとき、人や物などさまざまな障害物に衝突する恐れがあります。それを防ぐために、白い杖を使って歩くほか、街中には点字ブロックや音声式の信号が設けられたり、電車のホームには転落防止用のホームドアの設置が進められたりしています。しかし、それでも視覚障がい者が事故に巻き込まれてしまうケースが報じられるなど、危険から守るための新たな対策が求められています。

 

そんな中、オーストリアのInnoMake社が、歩く人の数メートル先の障害物を検知するAI搭載ツールを開発しました。靴のつま先部分に装着して使う超音波センサー「InnoMakeセンサー」です。これを使うと、最大4m先までの範囲にある障害物——段差や縁石、人など——を検知することができて、なんらかの障害物を検出すると、装着している人にそれを伝えます。アプリを使えば、障害物を検知する範囲を0.5m~4mの範囲で、0.5m刻みで自由に設定することが可能。

↑靴の先端に付いているのがInnoMake(画像提供/InnoMake)

 

このツールを設計するために、同社の研究チームは、実際に視覚障がい者の歩行を20台のカメラを使って、さまざまな角度から撮影して解析しました。その平均的な歩幅を測定するなどして、このツールに求められる機能や、最も適切な靴の装着位置などを検討したそう。

 

障害物を知らせる方法は、振動・LEDライト・音の3種類があり、あらかじめ選択しておくことができます。振動を設定すれば靴に装着したデバイスが振動し、LEDライトを選べば夜間などの暗闇でも点灯します。スマートフォンの専用アプリを使えば、音を鳴らして障害物の存在を知らせてくれるのですが、ユーザーの周囲が雑音や騒音でうるさくても、聞き取りやすいように骨伝導ヘッドフォンを使用することもできます(この機能はアプリを起動しなくても使うことが可能)。

 

InnoMakeセンサーにはクルマとの相似点があります。このデバイスにはインテリジェントモードが搭載されており、この機能を使えば、ユーザーが椅子に腰かけているときに、InnoMakeセンサーが自動的に一時停止します。まるでクルマのアイドリングストップのようですが、それだけでなく、このセンサーは足の動き(例えば、ユーザーが歩き始める)だけで、周囲の環境を「スキャン」して、情報を取得することもできるのです。これはクルマの安全運転支援システムを想起させますよね。

 

InnoMakeセンサーは、防水性と防塵性を兼ね備えているため、雨の日も晴れの日も使うことが可能。バッテリーは付属のUSBケーブルで充電して繰り返し使えます。InnoMakeセンサーを市販の靴で使用するためには、専用アタッチメントを取り付ける必要があるそう。

 

InnoMakeの創業者のマーカス・ラファー氏は、自身も視覚障がいを持っており、視覚障がい者がより安全に日常生活を送ることができるようにするためのツールを開発してきました。ラファー氏はInnoMakeセンサーを実際に使っており、「個人的にとても助かっている」と話しているそう。同社はAIを搭載したデバイスの開発も行っていると報じられています。InnoMakeセンサーは小さなデバイスですが、このようなアイテムが世界に登場したことは、人類にとって大きな一歩かもしれません。

ほとばしる民族主義! バスケットボールが映す「米中関係」とスポーツの意味

スポーツには民族を融和させる働きがあります。近年の研究では、アフリカの国々がサッカーのワールドカップなどの重要な国際大会の試合で勝利すると、勝った国の異なる民族間でお互いの信頼度が高くなり、その後ある程度の期間、民族紛争が起きる可能性が低くなることが判明しています。

 

しかし、いつもスポーツがそのような平和的な機能を発揮するわけではありません。その一例として、バスケットボールを見てみましょう。このスポーツは中国の若者の間で抜群の人気を誇ります。もともと日本の漫画がその人気に火をつけたとも言われていますが、バスケットボールは同国の国民的スポーツの一つになりました。しかしそれゆえに、バスケットボールは昨年まで米国と中国の覇権争いに巻き込まれていたのです。本稿では中国のバスケットボール文化と併せて、その事件を振り返り、スポーツと政治の関係について別の視点から考えてみます。

 

日本の影響を受けた中国のバスケ愛

↑米中の対立はバスケにも現れる

 

中国におけるバスケットボールの人気の高さは、さまざまなことから見ることができます。例えば、オリンピックの入場式では、男子バスケットボールチームの選手が中国の旗を掲げるのが慣例。地域ごとにクラブチームもありますが、デパートの前や公園、会社の敷地内など、町中に設置されたコートでは、子どもから大人まで多くの人がストリート・バスケットボールを楽しんでいます。

 

中国でバスケットボールの人気に火が付いた理由の一つには、一説によると日本で最も人気があるバスケットボール漫画の一つ『スラムダンク』の影響が大きいといわれています。中国ではバスケットボール好きかどうかにかかわらず、また年齢や男女を問わず、スラムダンクが大人気となりました。ヤンキーあがりの主人公・桜木花道の成長物語に感動したり、クールな天才プレーヤー・流川楓にも人気が集まったり。日本同様に、中国でも個性豊かなキャラクターや彼らのストーリーがウケたのです。

 

日本では1993年から同アニメがテレビで放送されましたが、中国では1995年に放映が開始。これによってNBAの試合を視聴する人も増え、折しもスター選手マイケル・ジョーダンの全盛期も重なって、バスケットボール人気に拍車がかかるようになったのです。さらに、スラムダンクで育った世代から、NBAプレーヤーにまで上り詰める選手が現われました。このような現象もあって、2009年に中国図書商報と中国出版科学研究所が共同で評定した『新中国60年中国で最も影響力のある600冊の本』にスラムダンクが選ばれました。

 

中国は多くのNBA選手を輩出しています。ヤオ・ミンはヒューストン・ロケッツに2002年に入団して活躍し、イー・ジャンリャンは2007年にミルウォーキー・バックスに入団後、ニュージャージー・ネッツ、ワシントン・ウィザーズ、ダラス・マーベリックスで活躍しました。そのほかにも、ワン・ジジーやメンケ・バータル、スン・ユエ、ジョウ・チーと多くのNBA選手がいます。彼らの存在が国内選手の実力を引き上げ、新たなスター選手を生み出し、さらにそれがバスケ人気に拍車をかけて、新しい才能がどんどん出てくる、というサイクルになっているようです。中国のバスケットボールはアジア地域でトップクラスの実力を有しており、スラムダンクを生んだ日本は後塵を拝しています。

 

国民的スポーツゆえに……

↑中国では普通の光景

 

中国にとって国民的スポーツともいえるバスケットボールは、当然メディアでも人気コンテンツの一つ。数年前には約8億人がテレビなどでNBAの試合を観戦しました。中国の大手IT企業・テンセントはNBA観戦専用のアプリを提供しています。また、CBAのクラブには、NBAで活躍していた選手も数多く在籍しており、中国の国営放送(中国中央電視台)はNBAと併せてCBAの試合も連日放送しています。

 

NBAの放送が中国で始まったのは30年ほど前。それからバスケットボールの人気に火が付くまで10年ほどかかりましたが、NBAと中国の関係は近年まで概ね良好でした。しかし、2019年10月に事件が起こります。

 

民主主義を求める香港で起きた大規模なデモを受けて、NBAの人気チームの一つ「ヒューストン・ロケッツ」の幹部が「香港と共に立ち上がろう」と書かれた画像をツイート。この行為に対して中国が反発し、中国国営放送がNBAの放送を中止しました。

 

その結果、二つのことが浮き彫りに。一つ目は中国におけるNBAビジネスの大きさです。中国の放送中止や中国企業のスポンサー撤退により、NBAには最大4億ドル(約420億円)の損失が生じたとされています。

 

二つ目は、バスケットボールが愛国心を刺激する装置であること。コアなバスケットボールファンは中国国内で1.5億人にのぼるといわれています。放映中止の決定は中国政府が主導しましたが、多くの一般市民が問題のツイートに対してネット上にコメントを投稿し、ヒューストン・ロケットの幹部を非難。外交の観点から見れば、ソフトパワーの一つであるNBAが中国人のナショナリズムを煽ってしまったのです。

 

この事件が終わるまで1年かかりました。中国国内でNBAの放送再開を望むが多かったことに加え、NBAがコロナ禍の中国に医薬品提供などを行ったことにより、中国国営放送は2020年10月、NBAの試合の中継放送を再開しました。

 

卓球は違う?

バスケットボールを舞台にした米中の衝突は2011年8月にも起きています。米国のジョージタウンの学生チームが中国のプロチームと北京で親善試合を行いましたが、途中で乱闘騒ぎに。事の発端は定かではありませんが、その試合には、中国の次期大統領(当時)の習近平氏と会談するために中国を訪問していた米国のジョー・バイデン副大統領(当時)がスタジアムで観戦していました。その後、両チームは和解しましたが、米国のシンクタンク・外交問題評議会は「バスケの乱闘が米中関係の、よろしくない象徴に」という見出しの記事を掲載しています。

 

その逆に、アメリカと中国はスポーツを通じて両国の緊張関係を緩和したこともあります。それが、1971年のピンポン外交です。名古屋市で開催された第31回世界卓球選手権を舞台にしたこの出来事は、その後の米中関係でなく日中関係にも影響を与えたと言われています。米中が対立しているときはバスケットボールでも喧嘩が起きるようですが、両国の間で卓球の話が出てきたら、緊張緩和のサインかもしれません。

 

 

僕はなぜ走るのか――南スーダン陸上選手アブラハムの物語 特別マンガ連載「Running for peace and love」第1回

来る7月23日(金)、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されます。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たち、全ての人たちが様々な思いを抱えながらこの日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいきます。そんな中、この日に向けて2019年から「南スーダン共和国」の選手たちが日本で事前合宿を行ってきていたのをご存じでしょうか? GetNavi webでは、昨年末に前橋市でトレーニングを積む選手たちに、オリンピック・パラリンピックに向けたインタビューを行いました。

 

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自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

 

そして今回はグエム・アブラハム選手の生い立ちから昨年のオリンピック開催延期の時の心情、そして今に至るまでを、GetNavi webオリジナルのマンガ4回シリーズで描きます。「世界で一番新しい国」と呼ばれる南スーダンのこと、そしてアブラハム選手のオリンピックへの思いを描いた物語、ぜひご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸上競技と出会い、南スーダン初の試みとなる「ナショナル・ユニティ・デイ」に挑むアブラハム。初めての他の民族出身の選手たちとの交流、まだ見ぬ選手たちとのレースはどんな結果になるのか?  よりマンガを深く楽しむためにアブラハム選手、南スーダンについて紹介したいと思います。

 

グエム・アブラハム選手について

 

フルネームはグエム・エイブラム・マジュック・マテット。今年で21歳になります。オリンピック出場競技は1500mで、南スーダン共和国の記録保持者です。2000年前後に、南スーダン独立以前のスーダン共和国で生まれ幼少期を過ごし、隣国のウガンダで教育を受けた際、陸上競技で走りの才能を発揮。ウガンダ国内で活躍するなどの実績を積みながら、第1回ナショナル・ユニティ・デイに参加することになりました。

 

現在、アブラハム選手は東京2020オリンピックの本番直前。8月3日(火)に行われる男子1500mに出場。本作でアブラハム選手の陸上に懸ける思いに触れながら、ぜひその雄姿を見届けてください。

 

南スーダン共和国におけるスポーツの重要性

写真提供:久野真一/JICA

 

南スーダン共和国は、2011年にスーダン共和国から独立。スーダン共和国時代から南部で採掘された油田を巡る南北対立が続くなど、その歴史は度重なる内戦に紐づいたものでした。独立後の南スーダン共和国において、争いの起因となっているのは、油田を巡る争いや政治・宗教・人種の違いが大きいですが、それだけではありません。そもそもは、スーダン共和国、南スーダン共和国が多くの異なる民族で構成される多民族国家であること、その多くが遊牧民であることが関係しています。

 

水源を求めて民族移動する際に、他民族の土地・テリトリーに入り、そこで家畜の奪い合いを発端とした争いが生まれる。そうした状況が常態化してしまっていることも、数多くの武力衝突や対立を生み出す起因となっていると言われています。

 

南スーダンの独立以降も、国際協力機構(JICA)は、長年の争いや民族間及び政治的対立の和平プロセスの遅れによる影響で、いまだ不十分な橋梁などの基礎インフラや、教育・農業・水供給などの基本的な社会サービスの整備に向けた協力を進めています。そして同時に、対立が起きやすい構造、民族間のわだかまりを解決する施策として「スポーツを通じた平和促進」にも力を注いできました。スポーツ競技で民族間交流の促進を図ることで、相互理解から恒久的平和を導こうという施策です。

 

第2回の舞台となるナショナル・ユニティ・デイで、アブラハム選手はどんな走りを見せ、どんな経験をするのでしょうか? 現在、南スーダン国民にとって「平和の象徴」と言われているイベントが誕生したその興奮を、アブラハム選手の目を通して描きます。

 

英国「ペットブーム」の思わぬ反動! ロックダウン解除で犬が情緒不安定に

長期間にわたってロックダウン(都市封鎖)が続いた英国では、触れ合いと安らぎを求めて犬を飼う人が急増しました。しかし学校や職場への復帰が進み、生活が正常に戻りつつある中、今度は犬たちが飼い主の不在に戸惑い、精神的に不安定になっています。このようなペットブームの思わぬ反動に、英国の愛犬家やペット業界はどのように対応しているのでしょうか?

 

飼い主の不在がストレス

↑ずっとリモートワークにしてくれたらいいのに……

 

ロックダウンによるペットブームで、多くの英国人は犬を飼うようになりました。その結果、多くのお店でドッグフードが売り切れて在庫不足になったり、人気犬種を狙うペット泥棒が急増したり、ネガティブなニュースも報じられています。

 

しかし、ワクチン接種の普及とロックダウンの緩和で以前の生活が少しずつ戻ってくると、今度はペットの犬がこの生活の変化に付いていけず、精神的に混乱し、分離不安障害に陥っているのです。この障害は、愛着を持つ人から離れることで持続的に強い不安が生じる病気で、よく吠える、身震いをする、食欲をなくす、物陰に隠れてしまうなど、さまざまな症状が現われ、ときには愛犬を手放さなくてはならないほど悪化するケースもあると言われています。

 

ロックダウンが段階的に解除されていったことで、いままで1日中そばにいた飼い主が不在がちとなり、一緒に遊ぶ相手がいなくなったことが、犬にとって大きなストレスになっているのです。

 

ロックダウンの緩和が始まった2021年4月ごろから、ペットのメンタルヘルスを保つための呼びかけが、専門家によって子ども番組やニュースなどのメディアを通じて行われており、飼い主の職場復帰に合わせて、ペットを新しいライフスタイルに適応させるためのコツやサービスに関する情報が提供されています。

 

愛犬向けデイケアセンターが人気

↑友達との散歩は楽しいワン

 

犬のメンタルケアをするために最も人気がある方法は、散歩代行をしてくれるドッグウォーカーに愛犬を散歩に連れて行ってもらったり、ほかの犬と一緒に遊んだりすること。また、託児所のように犬を預かって遊ばせてくれるデイケアセンターもあります。ロックダウンが段階的に緩和されるようになってからは、それ以前と比べて利用者が40〜50%も増えているそう。

 

これらは、ただ犬を一定時間預かるだけではありません。アプリやSNSを利用して散歩ルートをマッピングしたり、トイレの報告をはじめ、日中の様子を撮った写真などを飼い主に提供したり、さまざまなサービスを提供することが、この業界のスタンダードになっています。

 

例えば、ブルース・ドギーケア(Bruce’s Doggy Care)社は飼い主と愛犬の多様なニーズに応えるために、プロのシッターが広々とした敷地内で子犬のしつけからグルーミング、お泊まりまで、幅広いサービスを提供しています。アプリ上で予約や来店時間の変更を簡単に行うことができ、愛犬の様子もこまめに報告してくれるなど、充実したサービスが評判を呼んでいます。

 

ロックダウン中に新たに飼われた子犬の中には、ソーシャルディスタンスが主な原因で、他者との接触が少なく、社会に適応できない犬もいますが、このようなサービスを利用することで、飼い主の不在に慣れたり、ほかの犬との付き合い方を学んだりすることができるのです。その一方、リモートワークを経験したことで、より柔軟な働き方を導入する職場も増えており、犬と一緒に出社できるペット・フレンドリーなオフィスも登場しています。

 

狂おしいペット愛

↑職場にも連れていって

 

他方で、ペット用スマート家電の導入も盛んになってきました。例えば、ペットキューブ(Petcube)はスマートフォン経由でAmazonのスマートスピーカー・Alexaと連動し、外出中でもペットに話しかけることができます。留守番しているペットをできるだけ安心させるために、部屋が暗くてもペットの居場所がわかる暗視カメラが搭載されていたり、不審な動きや音を検知すれば警告してくれたり、さまざまな機能が付いています。

 

また、高品質でヘルシーなおやつや、ペット用オーガニックシャンプーなどの需要も増えています。出前・宅配アプリのUber Eatsはロンドンの人気ペット用品店と提携。ユーザーは、ペットフードやペット用おもちゃを同アプリで簡単に注文して、家まで届けてもらうことができるようになりました。

 

さらにホテル業界では、愛犬を連れて旅行する人が今後増えていくことを見越して、ペット向けのラグジュアリーなサービスも登場しています。ヒルトンホテルの一部は、犬連れの宿泊客のために、ペット栄養学の専門家と共同開発した4種類の犬用メニューの提供を2021年5月に開始。ビーフブリスケット(牛胸肉)の煮込みやグルテンフリーのトマトパスタなど、ペット用とは思えないほど手の込んだ料理です。それに加えて、長旅の疲れを癒すドリンクとして、ラベンダーやバラをブレンドしたペット用ドリンクや、ライムの花や高麗人参などをブレンドしたノンアルコール・ワインも用意されています。

 

このようなモノやサービスをどの程度取り入れるかは飼い主によって異なりますが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために外食や旅行が制限されていた分、犬に時間やお金をかける余裕が生まれたことも今回のペットブームに拍車をかけたといえるでしょう。ロックダウン期間中にペットが人間を癒してくれたように、今度は人間が愛犬を救う番です。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

プラセボだっていいじゃない!「ピンク色の飲料水」で運動がもっと楽しくなる

スポーツや運動をするとき、どんなドリンクを飲んでいますか? スポーツドリンク、水素水、経口補水液など、さまざまな選択肢がありますが、もし運動のパフォーマンスを上げたいと考えているなら、飲み物の色に着目するといいかもしれません。

↑飲み物もウエアのコーディネートも全部ピンク系にしたら、運動は最高に楽しい?

 

運動パフォーマンスと飲み物の色の関係を調べるため、英国・ウエストミンスター大学の栄養補助食品センターの研究チームは被験者を使って、ある実験を行いました。

 

被験者にはランニングマシンを使って、自分の好きな速度で30分間ランニングをしてもらい、その最中にドリンクを飲んでもらいました。用意されたのは、人工甘味料を使った低カロリーのドリンク2種類で、1つはピンク色、もう1つは透明です。2つのドリンクの中身はまったく一緒ですが、ピンク色のほうだけ着色料を使って色を付けており、見た目の色だけが異なっています。

 

その結果、ピンク色のドリンクを飲むと、透明のドリンクを飲んだときに比べて走行距離が平均で212m長くなったと同時に、ランニング速度が4.4%上がったことが判明しました。しかもピンク色のドリンクを飲むと、透明の飲料水と比べて、被験者は運動をより楽しいと感じた模様です。

 

プラセボ効果?

先行研究では、糖分入りのドリンクを飲むことによって、運動の負荷が軽減し、パフォーマンスが上がることがわかっていました。今回の実験で研究者がピンク色を選んだ理由は、ピンクが糖分を連想させる色であるため、糖分摂取の期待を高める効果があるだろうと考えたから。実際にピンク色のドリンクを飲むとパフォーマンスが上がったのは、被験者自身が「エネルギーを補給して元気になった」と錯覚している可能性があります。

 

この研究チームでは、糖分の入っていないドリンクでもピンク色であれば、飲んでいる人は糖分を接種していると思い込み、パフォーマンスが上がるのではないかと推測しています。しかし、ピンク色のドリンクにこのようなプラセボ効果(有効成分が含まれていない偽薬でも身体に効果が現れること)があるかどうかは、さらなる研究を行う必要があるとのこと。考えられる理由の1つとしては、スポーツや運動の場面でピンク色のドリンクを飲むことは、日本を含め他国では一般的であるとは限らないということが挙げられるでしょう。

 

しかしながら、かっこいいウエアやシューズを身に着けると、なんだかプロのアスリート並みに身体が軽快に動きそうな気がしてくるもの。格好から入るのと同じように、もしかしたら私たちはエネルギーをしっかり補給できそうな色のドリンクを飲むと、身体に力がみなぎってくるように感じるのかもしれません。スポーツをするときや、子どもの運動会などに参加するときは、試しにピンク色のドリンクを飲んでみてはいかがでしょうか?

 

【出典】Brown DR, Cappozzo F, De Roeck D, Zariwala MG and Deb SK (2021) Mouth Rinsing With a Pink Non-caloric, Artificially-Sweetened Solution Improves Self-Paced Running Performance and Feelings of Pleasure in Habitually Active Individuals. Frontiers in Nutrition. 8:678105. doi: 10.3389/fnut.2021.678105 

人間だけが「遊ぶ存在」ではない!「笑う動物」が65種類もいた

犬や猫などのペットを飼っている人は、動物も人間と同じように笑っていると思う瞬間に遭遇したことがあるはず。以前は「笑う」という行為は人間特有のものと思われていたようですが、動物の笑いに関する最新の研究によると、人間と同じように笑う動物は65種類もいるとのこと。その中には意外な動物も含まれていたのです。

↑楽しいから、こっちにおいでよ!

 

人の笑いは、遊びの一環であるほかに、協調性や親しみを示す役割がありますが、このような行為は本当に人間だけに見られるものなのでしょうか? 米国・カリフォルニア大学の研究チームが、 人間以外でも笑う行為をしている動物がいるという前提に立ち、どれくらいの種類の動物が笑うのかを調査しました。

 

この研究チームは動物の遊びに関する先行研究を調べるのに際して、その中でも、笑いと見られる「声」を使った遊びに焦点を絞りました。録音された動物の笑い声の大きさや長さ、音の高さだけでなく、それが1度だけ起きるのか、それともリズミカルに続くのかなどを分析。それに加えて、これまでに判明している動物の遊ぶときに発する声の特徴と一致するかどうかを調べていったのです。

 

その結果、笑う行為をしていると考えられる動物は、少なくとも65種類に及ぶことが明らかになりました。その中には、ニホンザルなどの霊長類、犬、猫などペットとしておなじみの動物のほか、イルカ、アシカなどの水生哺乳類、インコやカササギなど、3種類の鳥類も含まれているのです。この研究を行った1人が、笑う動物のリストをTwitterに公開しています(英語)。

 

この結果を受けて、研究チームは新たな仮説を立てています。人間の笑いは自分が楽しんでいることを周囲に伝え、「一緒に楽しもうよ」という意味を伝達していますが、動物の遊びの多くは激しく、けんかと似ているときもあります。しかし、そのときに動物が笑い声を発することによって、「相手や周囲に攻撃を加えることはない」というメッセージが強調されているのではないだろうか——?

 

野生動物では、このような遊びの音を観察することは困難な模様ですが、研究が進むことで、動物社会における笑いの機能や、人間の社会行動の進化との関わりについて新たな発見があるだろうと研究チームは語っています。

 

人間は遊ぶ存在である、と歴史家のヨハン・ホイジンガは述べていますが、人間は動物から進化しました。人類の起源とされる動物が遊んで、笑うのであれば、人間がそうするのも当然と言えます。この意味で、今回の研究結果はこの説を裏付けるものと言えるでしょう。今後の進展が楽しみですね。

 

【出典】Sasha L. Winkler & Gregory A. Bryant (2021) Play vocalisations and human laughter: a comparative review, Bioacoustics, DOI: 10.1080/09524622.2021.1905065

 

何曜日に生まれたか覚えてる? タイで「帝王切開出産」が当たり前なワケ

出産を控えたパパ・ママや子育て中の親は、どうやって不安や心配に対処しているのでしょうか? 本稿では、国民のおよそ94%が仏教徒で、信仰心のあつい人が多いタイに注目し、その知られざる出産事情を紹介します。

 

帝王切開で運勢アップ

↑産まれた日の曜日と色は……

 

日本の外務省によると、タイでは国民の95%が仏教徒で、残りの5%がイスラム教徒とされています。しかし、実際にはヒンドゥー教やアニミズム信仰など、さまざまな神仏を尊重する風習がこの国にはあり、そのような信仰心が出産や命名、誕生後の儀式にも深くかかわっています。

 

一般的に日本では、好んで帝王切開を選ぶ人は少ないでしょう。しかし、タイでは赤ちゃん10人のうち7~8人が帝王切開で生まれており、その半数は医学的な理由ではなく、主に宗教的な理由で帝王切開が選ばれているのです。

 

大多数のタイ人が信仰する上座部(じょうざぶ)仏教では、例えば月曜日なら黄色、火曜日なら桃色、水曜日なら緑色というように、生まれた曜日によって仏様や色などが決まっています。月曜日には黄色を身に着けている人を数多く見かけるほど、曜日ごとの色の違いはタイ人の生活に浸透しているのです。

 

自分の生まれた曜日を覚えている日本人はあまりいないでしょうが、多くのタイ人は自分が何曜日に生まれたかを知っています。筆者もタイ人の友人から「何曜日生まれ?」と質問されたことがあり、当然ながら答えられませんでした。

 

「どの曜日に生まれたから優れている」ということではありませんが、タイでは、生まれた曜日によって運勢を占う「曜日占い」に左右される人がたくさんいる、というほうが事実に近いでしょう。つまり、同国の女性の多くは子どもの幸運や成功を願うがゆえに、生みたい曜日に合わせて帝王切開を行うのです。

 

このような慣習を持つタイ人の間では、子どもに付けた名前を成長過程で変えることも珍しくありません。タイでは改名が簡単に行えるため、占いの結果によって子どもの名前だけでなく、産んだ自分自身や夫の名前まで変えることすらあるのです。

 

名前に関して驚くべき点はこれだけではありません。仏教以外の宗教や信仰にも寛容なタイ人の国民性は、子どもの命名にも影響しています。

 

タイには元来アニミズム信仰が存在し、森林や巨樹、土地、家屋などに「ピー」と呼ばれる精霊が住んでいると考えられてきました。「それらの精霊を供養すれば庇護を、悪い行いをすれば罰を受ける」という考え方は、現在もタイ人に強く根付いています。

 

中には「子どもをさらう悪い精霊も存在する」という考えに基づき、子どもにあえて動物や人間の身体的特徴などにちなんだニックネームを付けることで、我が子を守る人も存在します。「レック」(タイ語で小さいという意味)や「ムー」(豚)など、日本にはない発想から生まれるニックネームもありますが、タイ人にとっては「子どもの幸福を願う」という意味があるのです。

 

なお、タイ人の名前はとても長く、友人はもちろん同僚や上司であってもニックネームで呼び合うのが一般的です。タイでは名字の歴史が比較的に浅く、1913年に姓氏令が出されたことで一般市民も名字を持つようになりました。当時の人々は周囲と同じ名字を避けるために、ユニークで長い名字を作ったそう。現在でも「同じ名字を持つ人は全員親戚だ」と言われていますが、友人同士で本名を知らないことは、タイでは日常茶飯事です。

 

非合理的でもスピリチュアル

↑生後1か月の赤ちゃんの髪の毛を剃る儀式

 

信仰心に由来する文化は他にもあります。「3日目まではピー(精霊)の子、4日目からは人間の子」と言われているタイでは、生後3日でお寺に行き、僧侶から祈祷を受け、生後1か月で赤ちゃんの髪の毛を剃るという儀式が行われています。

 

この儀式については諸説あるようですが、その中でも「母親の子宮にいたときから生えている髪の毛は汚らわしいものとされるため、それを剃ることで、赤ちゃんは強く、賢く育っていく」という説が昔から有力なようです。現在この伝統は田舎や由緒ある家柄でしか行われていませんが、筆者がタイ人の友人にこの話を聞くと、祖父母の代まではこの儀式を行っていたとのことでした。

 

タイの出産や育児に関する風習は日本と大きく異なりますが、日本でもお宮参りやお食い初めなど、赤ちゃんの健やかな成長を祈るための宗教的な儀式は現在も広く行われています。国が発展し、世俗化が進んでも、このような文化は残っており、むしろ絶え間なく変化する世の中だからこそ、人々の精神的な支えとなっているのかもしれません。

 

執筆者/加藤明日香

いまこそ進化のとき! 新時代の「形」を求めるイタリアのパスタ事情

イタリア人は食に関して保守的とよく言われますが、パスタも例外ではありません。それぞれ好みの形状のパスタがあり、その嗜好にはとても忠実です。日常的に食するパスタは家庭や個人で定番があり、それ以外のタイプにはあまり手を出さない傾向が強いのです。しかしそんな文化に、イタリアのある大手パスタメーカーが挑戦状を叩きつけました。同国のパスタに何が起きているのでしょうか?

 

コロナでパスタの嗜好があらわに

↑このパスタの形は何と言ったっけ……?

 

日本でパスタと言えば、一般的にはスパゲティを指しますが、イタリアではショートパスタを好む人が多くいます。イタリア人にその理由を尋ねると、「ショートパスタの穴にソースがよく絡むから」という答えが返ってきます。

 

2020年の春から始まったロックダウン中、イタリアではスーパーでパスタを買いだめする動きが目立ちました。小麦粉や砂糖が軒並み品切れしたことはよく知られていますが、パスタの棚も空になるという現象が各地で見られたのです。ところが、表面に溝がなくソースが絡みにくいタイプのショートパスタだけは売れ残り、イタリア人のパスタに対する嗜好があらわになりました。

 

バリラやディ・チェコなど大手パスタメーカーの商品には、パスタの形状によって番号が付与されています。もちろんリガトーニやペンネといったパスタの名称も記載してあるのですが、太さやサイズの種類が多いため、番号で識別しないとわかりにくく、ゆで時間を間違えてしまう可能性があるのです。同じ形でも1番違いで調理時間や食感が微妙に異なり、夫婦げんかの原因になることもあると言われています。

 

リガトーニやマカロニ、ペンネといったおなじみのパスタの形状や名称は、日本でもよく知られていますが、イタリア人が国内を旅行して、馴染みのない土地のレストランに入ると、イタリア人でさえも「それはどういうパスタ?」と従業員に尋ねなくてはならない状況は珍しくありません。それほどパスタの種類が多いのです。

 

地方によって独自の形状や名称のパスタが存在し、場合によっては方言で名づけられていることもあります。そのため、外から来た人間には「名前を聞いただけではパスタの形が想像もできない」ということが頻繁に起きます。また、同じ名前でも場所が変わると異なる形状のパスタを指していることもあり、パスタのあらゆる形をすべて知るのは、かなり困難とされています。

 

長い歴史があっても分類はない

↑歴史が長過ぎて分類できない

 

小麦の生産で有名な南イタリアは典型的な地中海式気候であり、さんさんと降り注ぐ太陽と乾いた空気によって乾燥パスタが広がりました。一方で、南イタリアほどは日照時間に恵まれない北イタリアでは、卵を使った生パスタが主流となって発展してきたという経緯があります。

 

ただ、イタリア全土にわたりパスタはとても種類が豊富ですが、パスタの形状や名称については特に正式な分類が存在していません。

 

そもそもパスタの歴史は大変古く、古代ローマ時代には美食家のアピシウスが、ラザニアの先祖と思われるメニュー「laganum」の記述を残しています。1154年にシチリア王に仕えていたアラブ人の地理学者イドリースィーは、スパゲティに関して世界初の著述を残しているそう。マカロニについては、13世紀初めにジェノヴァの公証人が初めてその名を文書に残しました。

 

しかし、こうした知名度の高いパスタについては名称も形状も定着はしているものの、厳密な分類ルールがあるわけではないのです。

 

では実際に、イタリア国内にはどのくらいのパスタの形状が存在するのでしょうか? パスタ関連のサイトによってもその数字はまちまちであり、だいたい250~300種類というのが一般的な見解です。イタリアの大手パスタメーカーであるバリラ社は、公式サイトをざっと見るだけでも、乾燥、生、ロング、ショート、ミニなどさまざまなタイプのパスタを120種程度は生産しています。その点を考慮すれば、およそ300種類という数字はあながち誇張ではないのかもしれません。

 

新時代の新しいパスタの形は?

↑新しい形を募るバリラ社のパスタ

 

2021年春、そのバリラ社が「バリラ・ニュー・パスタ・シェイプ」というキャンペーンのもと、新しいパスタの形状を一般から募集しました。応募条件は成人していて「創造力があること」のみで、今回は乾燥パスタに限られています。パスタ100gに対して、水1リットルと塩7mgで茹でた場合に食用可能になる、という条件をクリアすること。調理後もその形状が崩れないことや、あらゆるソースとよく絡むことも条件のひとつになっています。

 

形状だけでなく原料についても、肥満ぎみのイタリア人向けにヘルシー志向にマッチするようなアイデアを求めています。セモリナ粉やデュラム小麦を使用した従来のパスタにとどまらず、スペルト小麦やそば粉、トウモロコシや豆類の粉などを使用したものが特に推奨されています。当然ながら添加物の使用は禁止。

 

賞金として4000ユーロ(約52万円※)が支給されるだけに、バリラ社も真剣。「消費者の興味を引き、創造性を喚起するような革新的な形」であることが応募条件の一つとして挙げられていました。募集は2021年6月4日で締め切られ、コンテストの勝者は2021年7月の終わりに発表される予定です。

※1ユーロ=約131円(2021年7月4日現在)

 

パスタの好みが保守的なイタリア人に、ひと目見ただけで「このパスタはぜひ試したい!」と思わせるような新たな形状が誕生することを、バリラ社は待ち望んでいるようです。果たして、イタリア国民に長く愛されるようなパスタの新しい形は生まれるのでしょうか?

「ゲルマン魂」の新たな象徴! ドイツで若年層に大人気の「キャンピングカー」を詳しく解説

これまでドイツでは、キャンピングカーの旅は、時間に余裕がある高齢者や年金生活者向けのレジャーだと考えられていました。しかし、2019年に同国最大の市場調査機関が行なった調査で、「5年以内にキャンピングカーでの旅行をしてみたい」と答えた人の約56%が18~44歳であることが判明。最近では、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、若い世代の間でキャンピングカーの購入意欲が高まり続けています。

 

新型コロナで加速

↑ミニキッチン装備のVW「カリフォルニア6.1・ビーチ・キャンパー」(写真提供/フォルクスワーゲン)

 

世界各国で、他人と接触することなく屋外を安全に旅する方法としてキャンピングカーが人気を集めていますが、ドイツも例外ではありません。

 

キャラバン産業協会の統計によると、2020年のキャンピングカーやトレーラーハウスの新車販売台数は10万7203台と、2019年と比べて32.6%も増加。特にキャンピングカーは前年比44.8%増の7万8055台と大躍進を果たしています。

 

コロナ禍が続く2021年もこの人気は衰えを知らず、4月の新車販売台数はキャンピングカーが前年同月比92.7%増の8510台、トレーラーハウスは同50.6%増の2588台と、それぞれ驚異的な伸びを見せました。

 

ドイツ人はもともと旅行やアウトドア活動が大好きな国民で、リフレッシュすることがその後の仕事の生産性にもつながると考えています。「旅行のために仕事をするのではなく、仕事を精力的にこなすために旅行に行く」という考え方です。

↑筆者の家の近くにあるキャンプ場にはキャンピングカーが押し寄せている

 

ドイツでは有給休暇の次年度繰越ができないこともあり、ほとんどの人が有給休暇を使い切ります。取得時期は職場で調整し事前に決めるので、予定が変わることはほとんどありませんが、コロナ禍では感染状況が変われば、予約をキャンセルしなくてはなりません。そのため、最近では事前予約が必要な海外旅行などを敬遠し、自由な国内旅行を選ぶ動きが増えています。

 

ドイツは言わずと知れた自動車大国。市場調査会社スタティスタが2020年に発表した調査結果によると、マイカー所有率は69%、通勤通学の自家用車使用率は63%、旅行にクルマやキャンピングカーを使用する人の割合は61%と、クルマは社会に深く浸透しています。そのうえ、通行料無料の高速道路アウトバーンが国内をくまなく結んでいるので、長距離ドライブも苦になりません。

 

2021年のキャンピングカートレンド

↑ポップアップルーフが付いたメルセデスベンツ「マルコポーロ・ホライゾン」(写真提供/ダイムラー)

 

このような背景があり、ドイツの若い世代はコロナ禍でも比較的安全なうえ、確実に旅行できる方法としてキャンプを選び、キャンピングカーを購入しているのです。また、2020年7月から12月まで景気対策として消費税が19%から16%に減税されたので、その恩恵にあやかろうとキャンピングカー購入に踏み切った人も少なくなかった模様。この動向は現在も続いており、若い世代向けの小型バンが2021年のトレンドになっています。

 

若年層には家を購入している人が少なく、都会に住む傾向がありますが、大都市ではアパートやショッピングモールの駐車場に高さ制限があり、駐車スペースも限られます。しかし、開閉可能なポップアップルーフ付き小型バンなら、車高制限をクリアすることができるうえ、特別な駐車場の確保が不要。日常的な使い勝手も良いなど、実用性を兼ね備えているのが人気のポイントです。

 

また、キャンピングカーの関連商品として、クルマの屋根に設置できるルーフテントも人気を集めています。これならクルマにポップアップルーフが付いていなくても、追加の就寝スペースを車上に確保することができます。ドイツのアパートには大抵「ケラー」と呼ばれる各部屋専用の地下収納室があるので、使わないときはコンパクトに折りたためば収納場所に困る心配もありません。

 

人気が高いキャンピング小型バンの車内

↑VWのカリフォルニア6.1・ビーチ・キャンパーに搭載されているミニキッチン(写真提供/フォルクスワーゲン)

 

ドイツの若い世代で人気が高いキャンピング小型バンを具体的に見てみると、フォルクスワーゲン(VW)の「カリフォルニア6.1」というモデルの「ビーチ・ツアー」と「ビーチ・キャンパー」、メルセデスベンツの「マルコポーロ」というモデルの「アクティビティ」と「ホライゾン」の4車種が挙げられます。

 

若年層にとってのキーポイントは、充実した装備よりも日常的な使いやすさ。「キャンプに行くときは、車内スペースに必要な道具を積めばよい」という合理的な考え方が重視されているため、この4車種には本格的なキッチンが付いていません。フルキッチンを搭載した場合、車内が狭くなるため、中で移動しにくかったり容量が減ったりするうえ、重量が増すので燃費も悪くなります。

↑カリフォルニア6.1・ビーチ・キャンパーの広々とした車内(写真提供/フォルクスワーゲン)

 

VWのビーチ・ツアーとビーチ・キャンパーの共通点は、縦200cm×横120cmのマットレス付きポップアップルーフや、車外で使える折りたたみ式のテーブルと椅子2脚(バックドアに収納可能)、回転式の運転席と助手席などが標準装備されています。両者の違いは、ビーチ・ツアーはスライドドアが左右両側に付いているため、人の出入りや荷物の出し入れがスムーズにできるのがポイント。それに対して、ビーチ・キャンパーは折りたたみ式のステンレス製作業台と1口ガスコンロのミニキッチンが搭載されており、折りたためば側面に収納することができます。

 

その一方、メルセデスベンツのアクティビティとホライゾンには、縦205cm×横113cmのマットレス付きポップアップルーフや、回転式の運転席と助手席などが標準装備されています。前者は商用車バンを、後者はミニバンのVクラスをベースとしていますが、両者ともキッチンがありません。必要最低限の装備で車内スペースを広くとっているのが、この2台の特徴です。

↑メルセデスベンツのマルコポーロ・アクティビティのポップアップルーフ内部(写真提供/ダイムラー)

 

この4車種の中ではマルコポーロ・アクティビティが最も価格が低いのですが、それでも税込価格4万9990ユーロ(約661万円※)と、若い世代にはとても高額です。それでもドイツ人には「長く使うことを前提に多少高くても納得できるものを購入する」という傾向があり、特にクルマに関しては頑丈で長持ちすることが絶対条件。「高価でも修理しながら何十年と使えば、長い目で見ると経済的」という考え方が強いとされています。この意味で、キャンピング小型バンは“ゲルマン魂”の新たな象徴と言えるかもしれません。

※1ユーロ=約131円(2021年7月2日時点)

 

↑マルコポーロ・アクティビティの車内は少しシック(写真提供/ダイムラー)

 

筆者が住むノルトライン・ベストファレン州では、2021年5月半ばに条件付きでキャンプ場が解禁されました。自宅に近い川岸のキャンプ場は、すでに多くのキャンピングカーで溢れています。今後はドイツの若い世代でも「バン・ライフ」という価値観が広く定着するかもしれません。

 

【画像ギャラリー】

 

 

創業者・安藤百福氏の精神にも繋がる日清食品グループ「培養ステーキ肉」の開発

いつの日か“研究室産”ステーキを食卓へ――持続可能な食肉の生産を目指す研究とは~日清食品ホールディングス株式会社

 

「カップヌードル」や「チキンラーメン」などの即席麺で我々にも馴染み深い日清食品。最近ではプラスチック原料の使用量削減のため、「カップヌードル」のフタ止めシール廃止のニュースが話題になりました。このように同社グループは環境問題を始めとする社会課題に創業当時から向き合い続けていると言います。

 

食を通じて社会や地球に貢献を

日清食品グループがビジョンとして掲げているのが『EARTH FOOD CREATOR』。これはどういう意味なのか、サステナビリティ推進室の花本和弦室長はこう説明します。

 

「人類を“食”の楽しみや喜びで満たすことを通じて、社会や地球に貢献していくというものです。食品メーカーとして、安全でおいしい食を提供するのは大前提ですが、それに加えて、環境や社会課題を解決する製品を開発していくことが使命だと考えています」

↑サステナビリティ推進室 室長 花本和弦(はなもと・かなで)さん

 

また日清食品グループのミッションとして、創業者である安藤百福氏が掲げた「食足世平(しょくそくせへい)」「食創為世(しょくそういせい)」「美健賢食(びけんけんしょく)」「食為聖職(しょくいせいしょく)」という4つの創業者精神があります。

 

「食が足りてこそ世の中が平和になるという意味の“食足世平”と、世の中の為に食を作るという意味の“食創為世”は、現在のSDGsにも重なる思いであると思います。今でも創業者精神は、我々の中に脈々と受け継がれており、これらをベースに事業を展開しています」

 

例えば、創業50周年にあたる2008年からスタートした「百福士プロジェクト」も、社会貢献活動への取り組みに熱心だった創業者の志を受け継いだ活動の一つ。未来のためにできる100のことをテーマに沿って実行しています。そして今、日清食品グループが特に重要視しているのが環境課題だそうです。

 

環境戦略『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』を推進

「いろいろな社会課題があるなかで、環境問題は非常にシリアスな課題として顕在化してきました。持続的成長を目指す企業の責任として、これ以上、環境問題を見逃すわけにはいかないという強い使命感から、『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』という環境に対する長期戦略を打ち立てたのです。

↑高いレベルの環境対策を推進する「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」

 

この戦略には“資源の有効活用”と“気候変動対策”という2つの柱があります。資源に関しては『持続可能な調達』『水資源の節約』『廃棄物の削減』、そして気候変動問題ではCO2削減を目指し、それぞれ目標値を設定して具体的な取り組みを行っています。

 

気候変動問題に対する具体的な取り組みとして、例えば「カップヌードル」の容器を2019年から“バイオマスECOカップ”に順次切り替えています。環境配慮型容器としてバイオマス度を81%に引き上げ、石化由来プラスチック使用量をほぼ半減、焼却時に排出されるCO2量を約16%削減しています」

↑バイオマスECOカップ。2021年度中に切り替えが完了する予定だ

 

グループを挙げて取り組むためには、社員一人ひとりが気候変動問題を“自分ごと”として関心を持ち、自主的にアクションを起こしてもらう必要もあります。その一環として、社員が自宅で使用する電気を、再生可能エネルギー由来の電気に切り替えることを応援する活動も昨年からスタートしたそうです。

 

サステナブルな食材「培養肉」が持つ可能性

CO2を減らすための施策は今後も次々と出てくるということですが、新たなチャレンジとして2017年から進められているのが“培養肉”の研究です。

 

「培養肉とは、動物細胞を培養して食肉を再現したものを指します。具体的には牛や豚などの動物から取り出した細胞を増やして作られたお肉のことです」とは、日々、培養肉の研究に取り組む日清食品ホールディングス・グローバルイノベーション研究センターの古橋麻衣さん。培養肉による肉厚なステーキ肉の実現という、前人未到の挑戦をしています。

↑グローバルイノベーション研究センター 健康科学研究部 古橋麻衣さん

 

「培養肉は、動物の細胞を体外で組織培養することによって得られるため、家畜を肥育するのと比べて地球環境への負荷が少なく、広い土地が不要、さらに厳密な衛生管理が可能です。さまざまな利点があることから、食肉産業における新たな選択肢を示すものとして期待されています。

 

しかし、一般的な培養肉研究は、ほぼ全てミンチ肉です。培養ミンチ肉では、ハンバーグはできても、ステーキ、焼肉、すき焼きといった人気の高いメニューを実現できません。培養ミンチ肉は、筋肉の細胞を増やし、固めているだけですが、我々が研究している培養ステーキ肉では、筋繊維を形成し一方向に整列させ、筋のそろった本物のステーキ肉と同等の肉質を目指しています。

↑ウシ筋細胞を増やす最初の工程

 

培養ステーキ肉の製造工程では、筋芽細胞とゲルを混ぜたもの(筋芽細胞モジュール)を、断面が市松状になるように重ねて、培養液が全体に浸透する構造を作ります。この両側を固定しながら培養することで、筋芽細胞から筋繊維に成長し、筋肉として成熟した組織となります。モジュールを42枚積層し7日間培養した結果、約1cm弱の筋肉組織を作ることに成功しました。また、電気刺激を加えることで収縮機能を持つ筋肉を作製する技術が確立できています」

 

環境や飢餓問題の解決のために

そもそもこの研究がスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。

 

「世界的な人口の増大により、近い将来、食肉の供給が追い付かなくなることが予想されています。食品の原料となる肉が手に入らなくなるのは食品会社としては見過ごせません。また、既存の肉の生産には多くの餌や水を使用し、持続可能な社会の実現にはフィットしません。培養肉は地球温暖化の解決、動物愛護、食中毒リスクの減少といったさまざまなメリットもあります。そういった背景から培養肉の研究に着手しました。

↑食料危機の解決だけでなく環境負荷の低減にも貢献

 

そして弊社には、“食創為世”という創業者精神があります。世界初のインスタントラーメンである『チキンラーメン』、世界初のカップ麺である『カップヌードル』のように、新たな食を創造して、世の中のために役に立つことを目指しています。そのような企業風土もあって、培養ステーキ肉という新しい技術へのチャレンジを開始しました」

 

ちなみに古橋さんたちが研究している、本物のステーキ肉と同等の“培養ステーキ肉”は、飛躍的な技術の発展が必要とされ、世界でまだ誰も実現していません。そのため東京大学との共同研究を行っており、研究チームには細胞培養の権威をはじめとする、さまざまな分野の大学教授が参加しています。

 

「培養肉を作るためには筋肉の細胞(筋細胞)を培養で増やし、組織をつくる必要があります。マウスやヒトの筋細胞培養は広く行われているため、その方法を参考にウシ細胞の培養を行いましたが、はじめはうまく培養することができませんでした。その後、ウシの筋細胞を安定的に培養できるようになりましたが、ウシ細胞を増やして集めただけでは、私たちの目指す、噛み応えのある培養ステーキ肉を作ることはできませんでした。さらに研究を重ねて課題解決の糸口を見つけましたが、その他にも味や栄養分、サイズについて、そして実用化に向けては培養肉の表示、安全性評価の基準や方法を整備していく必要があります」

↑2019年に世界で初めてサイコロステーキ状(1.0cm×0.8cm×0.7cm)の筋組織を作ることに成功

 

話を聞いているだけで、この研究の難しさや古橋さんの苦悩が伝わってきます。しかし本人は「日々の研究はとても地道な作業ですが、新しい発見が得られるときに面白さややりがいを感じます」とすごく前向きです。

 

不足する肉の補完的な役割・肉の多様化を目指す

古橋さんたちの研究が進めば、近い将来、当たり前のように培養ステーキ肉が食卓に並んでいるかもしれません。

 

「今後は、より大きく、本物の肉に近い性質かつ安価な肉の実現に向けて研究を進め、将来的には、大型化(厚さ2cm×幅7cm×奥行7cm)を目指しています。また、消費者のニーズが多様化するなかで、新たな肉の選択肢の一つになれればとも。畜産物を完全に置き換えることではなく、『これまでの畜産肉』『植物代替肉』『培養肉』など、嗜好や時々のニーズに合わせ、消費者が選べるようになってほしいと考えています。そして現在は牛肉の培養ステーキ肉の研究を行っていますが、ゆくゆくはマグロやウナギ等の希少な生物の肉にも応用できればと思っています」

 

また、実用化された場合、地球環境に与える負荷の削減も期待できます。

 

「環境負荷低減に関する具体的な数値ついては現在検討中のため回答できませんが、負荷が少ない工程を検討していきたいと考えています。培養肉の環境負荷レベルについては、通常の畜産より、エネルギー消費を7~45%削減、CO2消費を78~96%削減、土地の消費を99%削減、水消費を82-96%削減できるという試算があります」

[出典:Environmental Impacts of Cultured Meat Production. Tuomist et al. Environmental sci. and tech. (2014)]」

 

食料不足や環境課題解決のための糸口になる培養ステーキ肉。そして環境問題以外にも、教育や健康、災害、貧困など社会課題は数多くあります。創業者精神が脈々と受け継がれている日清食品グループの挑戦は、私たちに驚きをもたらしながら今後も続いていくでしょう。

子どもが道で転んだら道路のせい?「日本の育児」はベトナムを変えるか?

ベトナムでは、祖父母などの高齢者が子どもの面倒を見ている風景をよく目にします。微笑ましい光景ですが、その背景にはベトナムの女性就業率の高さがあります。そんなベトナムでは最近、日本の育児に注目が集まっていますが、一体なぜでしょうか? 同国の育児・子育て事情と併せて見てみましょう。

 

女性は働き、男性は怠ける

↑“おばあちゃん子”が多いベトナム

 

ベトナムの非政府・非営利組織である開発統合センターによると、全ベトナム人口の中で女性の労働参加率は、世界平均値の42%と比べて遥かに高い72%となっています。また、ベトナム全労働者の中で女性が占める割合は48%とされており、男性と女性の割合はほとんど変わりませんが、その中には幼い子どもを遠い田舎に残し、親だけ都会に出稼ぎに行ったり、日本などの海外で働いたりする人もいます。

 

ベトナムでは「男性は働き、女性は家事労働をする」という伝統的な家族生活が、1986年に始まった「ドイモイ政策」によって根本的に変わることになりました。自由市場の仕組みなどを取り入れたことで、以降のベトナムでは女性も働きに出る傾向が高くなりました。

 

しかし、女性が働くには子育てというハードルがあり、この問題の解決策が祖父母になっています。田園調布学園大学の柴原君江教授の調査によれば、子育てしながら働くための必要な条件についてベトナム在住の男女にアンケートを行った結果、「祖母の子育て協力」との回答が81.3%にのぼりました。

 

最近のベトナムでは、女子を厳しく育てることで自立を促す一方、男子は比較的甘やかして育てる風潮があります。その結果、女性の多くは働きに出ますが、一般的に男性は怠け者になった様子。国際労働機関(ILO)のレポートによると、家事に女性が週平均20.2時間を費やしているのに対し、男性は10.7時間にとどまっているとのこと。さらに、男性の2割はまったく家事をしていないことも明らかになりました。女性の労働率が高いからといって、男女平等ということではありません。

 

ベトナム人に大切なものは何かと聞くと、異口同音に「家族」と答えます。なけなしの給料から毎月親のために仕送りする若い人たちも少なくありません。親や家族を大切にするという儒教の教えがあるからで、親を敬うよう小さなころから教えられています。

 

ベトナムが家族を大切にするもう1つの理由に、ベトナム戦争の影響があります。日本人にとって戦後が1945年以降を指すのとは違い、ベトナム人にとっての戦後は1975年以後であり、この戦争を経験した多くの人は現在も生きています。戦時中の混乱の中でベトナム人は他人を信頼できず、信じられるのは自分の家族や親族だけだったため、この価値観がいまでも続いているのです。

 

このような背景があるベトナムは、子育てや育児の考え方において日本人と大きく異なる部分があります。

 

その一つは、ベトナム人の家庭では、子どもが失敗や問題の責任を自分以外の人や物に転嫁するように教育すること。例えば、多くの親(もしくは祖父母)は自分の子どもが道で転ぶと「道路」を責めます。子どもの心を傷つけたくないと思う親心のからですが、そのためベトナム人は大人になってからも謝らず、何か問題が起きると他人や周りのせいにする傾向があります。

 

また、食事についてはマナーよりも全部食べることのほうが重要で、マナーを厳しく教えることによって子どもが食べなくなることを心配しています。まだベトナム戦争の記憶が新しい世代にとって「痩せた子は貧しい」というイメージが強く、「太った子は元気だ」と思っているからです。

 

学習面でも、ベトナムの親や学校の教師は子どもの想像力を培わせるよりも、手っ取り早く正解を暗記するように教育するのが特徴。例えば、絵を描く際、ベトナムの子供たちはお手本の絵を真似して、そのまま描くように教えられるのです。

 

日本に追いつけ

↑日本式子育てのおかげで将来有望?

 

このような特徴を持つベトナムですが、最近では日本の子育て方法に注目が集まっています。例えば、井深大(ソニー創業者)著『幼稚園では遅すぎる』や木村久一(教育学者)著『早教育と天才』といった本とか、教育研究家の七田眞氏が7歳未満の子どもの知性と才能の育成方法についてまとめた本のベトナム語版が、同国の中流階級以上の人々に読まれるようになりました。

 

日本人の専門家や著名人の本が人気を集めている要因の一つには、観光があります。日本は経済的に成功している国というイメージが以前からありましたが、近年では仕事や観光で日本を訪れるベトナム人の数が増加傾向にあります。日本政府観光局の訪日ベトナム人観光客数の推移を見ると、2014年は約12万4000人でしたが、19年には約49万5000人に増えました。2020年以降は新型コロナウイルスの影響のため、その数は大幅に減少していますが、日本を観光したベトナム人は、日本人のマナーやしつけを目の当たりにし、感銘を受けることが多いようです。

 

例えば、日本では多くのクルマが運転マナーを守っています。お店では、客はレジの前できちんと並び、他の人を抜かしません。災害時でも日本人は冷静に対応することが世界的に知られています。このような日本人の行動や慣習を日本で体験することが、ベトナム人の日本式子育てや教育に対する関心を高めているようです。

 

また逆に、筆者はベトナム在住の日本人ですが、このような現象を目の当たりにすると、異論はあるかもしれませんが、日本人は子どもに社会マナーをしっかり教える文化をまだ持っており、それは国によって当たり前のことでないのだと気付かされます。

 

ベトナムは2030年までに上位中所得国に、2045年までに先進国になるという目標を掲げています。ベトナム人は近代化を果たす前に、アジアの先進国の先輩である日本から子育てを学び、子どもの将来や国の発展に生かしたいと思っているようにも見えますが、近代化は「代償」を伴います。日本人に失われつつある「親や年長者に対する敬意」は、ベトナムでは現在も美徳として根付いていますが、このような伝統的な価値観をベトナムはこの先も守ることができるのでしょうか? それができるとすれば、今度は日本がベトナムから学ぶ番かもしれません。

さかなクンと一緒に「ギョッ!」と驚く大洋州の島々の魅力を再発見:第9回太平洋・島サミット(PALM9)開催に合わせて動画シリーズが続々公開中!【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「ギョギョギョ」で大人気のさかなクンがナビゲーターとなり、大洋州の島々の魅力を伝える動画シリーズについて紹介します。

バヌアツの村の酋長さんにインタビューするさかなクン

真っ青な海に点在する緑あふれる島々—ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアの各地域に分類される太平洋島嶼(とうしょ)国は、美しい南の楽園であるだけでなく、気候変動による負の影響に直面しているほか、国土が分散し、電気や水道などの社会サービスが行き渡らないといった島国ならではの課題も多く抱えています。そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う第9回「太平洋・島サミット(PALM9)」(注)が7月2日に開催されます。

(注)太平洋・島サミット(PALM:Pacific Islands Leaders Meeting)は、太平洋に広がる、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの島嶼国と日本との関係強化を目的として、1997年から3年に一度日本で開かれている国際会議。第9回目の今年はテレビ会議方式で開催されます。

この動画シリーズでは、さかなクンが現地の魅力に触れながら、それぞれの国の課題にJICAがどのように取り組んでいるのか、その様子も紹介していきます。

 

「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになる」-バヌアツの人々の優しい気持ちに笑顔に

「バヌアツの皆さんの海を大切に思う気持ちはとても大きいですね。私達もしっかりお手本にさせていただきたいと思います!」。現地の人たちとオンラインで交流をしたさかなクンは、養殖に成功した貝の成長を喜び、また、貝細工を作る仕事に携われて幸せだという人々との交流に「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになりますね」とにっこりです。

この動画シリーズ第1回はバヌアツから。JICAバヌアツ支所企画調査員の茂木晃人さんが、バヌアツで取り組んでいるJICAの「豊かな海を守る」活動について紹介します。

「2006年から15年間に渡って、貝細工の材料になるヤコウガイや、オオシャコガイといった貝類を保全し、さらに養殖によってその数を増やす取り組みを続けています。そうして守り育てられた貝類は、最終的に貝細工の工芸品に加工され、地元の人々の収入向上にも貢献しています」

さかなクンにバヌアツでの取り組みを説明する茂木晃人JICA企画調査員(中央)と、JICAの研修で貝細工を学び、指導員をしているバヌアツ水産局職員のアンドリューさん(右)

 

活気あふれるバヌアツの首都、ポートビラにある中央市場

首都ポートビラにあるハンディクラフト市場からの中継リポートでは、映し出された木彫りの魚を見るや「あっ、ニザダイ科ですね!」と、種類を言い当てるさかなクン。すっかりバヌアツへのバーチャルトリップを楽しんでいました。

 

今回の動画は現地とオンラインでつないで制作。さかなクンはその感想をイラストで描きました

 

さかなクンもワクワク-教科書開発がつなぐ日本とパプアニューギニアの絆

シリーズ第2回では、パプアニューギニアの真っ青な海とお魚が画面いっぱいに現れます。

「パプアニューギニアは、大洋州の中でも手つかずの自然が残された島々が多く、ラストフロンティアとも呼ばれているところです」。案内役のJICA伊藤明徳専門家がその魅力を語ると、さかなクンは「パプアニューギニアの海の中、見てみたいです!」と、海の美しさとサンゴ礁に住む魚の豊かさにすっかり興味津々です。

パプアニューギニアの海の中。美しいサンゴや珍しい魚が生息し、豊かな自然があります

そんな自然豊かなパプアニューギニアで、JICAが取り組んだのは、小学3年生から6年生が使う算数と理科の教科書の開発です。伊藤専門家は、「これまで、パプアニューギニアの学校では、国定教科書がありませんでした。そのため、先生個人が独自に作ったものや、外国製のものが使われていたのです。そこで、JICAが協力して、パプアニューギニアで初めての国定教科書を作りました。これにより、約80万人の子どもたちが同じ教科書で学ぶことができるようになりました」と述べます。

 

パプアニューギニアの自然の素晴らしさを紹介するJICAの伊藤明徳専門家(右)は、教科書開発プロジェクトの日本側のリーダーを務めました

 

さらに、理科の教科書開発に携わった、杉山竜一専門家と来島孝太郎専門家も登場。

「子どもたちに、パプアニューギニアの自然の豊かさや文化の多様性を学んでもらいたかったんです。理科の教科書に掲載した、世界最大の蝶トリバネアゲハと世界最小のカエルで、パプアニューギニアの生物の多様さを伝えました」と語る教科書開発に込められた専門家の思いに、「これはワクワクしながら学べますね」とうなずくさかなクン。「これまではるか遠くのことだと思っていましたが、お話しを聞いてパプアニューギニアをとーーっても近しく感じました」と嬉しそうに話しました。

JICAの協力で開発された教科書で学ぶ子どもたち

 

さかなクンは、パプアニューギニアの動画で紹介された現地の魚や動物をイラストで描きました

 

さかなクンが案内する、大洋州の島々への動画の旅はまだまだ終わらない!

「バヌアツのみなさんの笑顔が素敵でパッと明るくなる感じ、すごく嬉しい気持ちになりました」「さかなクンにはこういった動画が似合う。どんどん紹介してほしい」

さかなクンの動画サイトには、このバヌアツ編、パプアニューギニア編の配信後、視聴者から続々とコメントが寄せられています。

現在、気候変動への対応をテーマにしたフィジー編も公開中。今後、パラオでサンゴ礁を守る取り組みなどJICAの協力を紹介する動画が追加されます。YouTubeのさかなクンちゃんねるで、ぜひご覧ください!

さかなクンちゃんねる
https://www.youtube.com/c/sakanakun

 

オンラインvsリアル。コロナ禍で明暗を分けた「米国フィットネス産業」インサイドレポート

米国のフィットネス産業は大変革の最中にあります。以前から存在している対面型の大手ジムは、新型コロナウイルスの感染拡大によって軒並み大打撃を受けました。しかしその一方で、かつてないほど好調なのが、高価な器具とストリーミングサービスを導入した、オンライン主体の新しいフィットネス企業。ロックダウンが解除された後でも「リアルの」ジムに客足は戻らず、自宅での運動が定着している中、フィットネス産業の間で明暗が分かれています。実際に米国のフィットネス産業に身を置く筆者が、業界のトレンドやコロナ収束後の展望についてレポートします。

 

急成長するストリーミング系フィットネス企業

↑米国のストリーミング系フィットネス業界をリードするPeloton

 

78歳と米国史上最高齢で就任した大統領であるジョー・バイデン氏は、健康にとても気を使っており、タバコはもちろんアルコールもまったく摂取せず、週5回以上の運動を続けていると言われています。そんなバイデン大統領がホワイトハウスに引っ越す際、国家機密防衛上の理由から、どうしても持ち込むことができなかったのが、愛用しているPeloton(ペロトン)社の自宅用フィットネス固定自転車でした。

 

このPeloton社は2019年に上場したばかりの若い企業です。2019年9月の上場時株価は25ドル24セントでしたが、コロナ禍によるロックダウンが実施された2020年3月ごろから上昇を続け、同年のクリスマスイブには162ドル72セントに達したのです。ワクチン接種が始まりコロナ収束が見え始めた2021年2月になるとやや下降に転じ、5月14日の終値は96ドル58セントでしたが、2021年6月中旬には時価総額が337.43億米ドル(約3兆7000億円※)になりました。

 

※1ドル=約109円で計算(2021年6月14日時点)

 

従来のジムにかかる費用と比較すると、ストリーミング系のフィットネス企業の製品とサービスはかなり高額です。Peloton社の固定自転車は約30万円。毎月定額制で無制限にストリーミングできるオンライン・クラスは月額で約5000円です。壁掛け液晶パネルとストリーミングによるヨガやピラティスなどを組み合わせたサービスで急成長しているMirror社でも、初期費用に約15万円、毎月のレッスン料に約4000円はかかります。

 

対照的に、筆者が利用するリアルのジムである全国チェーンのLA Fitnessでは、初期費用がまったくかからず、会費は月額にすると約2000円。従来のスポーツジムの中には、さらに安い費用を売りにしているチェーン店もあるため、それらと比べるとPeloton社やMirror社は高額といえるでしょう。

↑試練のときを迎えた対面式の大手ジム(写真はLA Fitness)

 

ロックダウン期間中は多くのジムが閉鎖を余儀なくされました。ジムが再開した後も、以前のように大勢で一か所に集まって運動することに不安を覚える人は少なくありません。そのせいか、ダンベルやケトルベルといった自宅で使える筋トレ器具や一般の自転車までもが一時は極端な品薄状態になりました。

 

その点、ストリーミング系フィットネスサービスは、高額であっても自宅で好きな時間に運動することができるうえ、オンラインでコーチングを受け、さらに仮想コミュニティでトレーニング仲間と繋がることもできます。新型コロナウイルスのパンデミックまでは予想していなかったでしょうが、Peloton社やMirror社は時代の一歩先を読んでいたともいえます。

 

リアルジムの行方

↑あのころが懐かしい……

 

ストリーミング系フィットネス産業が成長する一方、大手の実店舗ジムは苦戦を強いられています。Gold’s Gymや24 Hours Fitnessなど、いくつかの全米チェーンジムは破産宣告をしました。

 

さらに深刻な問題は、ジムの会員数の減少がコロナ禍による一時的な現象ではなく、コロナ収束後も続くように思われることです。生き残ったジムは最近になって営業を再開し、会員も徐々に戻りつつありますが、コロナ禍以前の状態にまで戻ったとは言えません。大手チェーンのPlanet Fitness社のクリス・ロンデューCEOは、ワクチン摂取による効果を考慮しても、2021年の会員数は前年の70%程度になるだろうと述べています。

 

筆者の正業の一つは、クロスフィットと呼ばれるジムのトレーナー。クロスフィットの多くは個人経営によるもので、規模は小さく、会員が支払う会費だけで成り立っています。コロナ禍による打撃は大手チェーンと同等かそれ以上で、どのクロスフィットでも存続への懸命な努力が続けられてきました。

 

ジムを閉鎖せざるを得なかったロックダウン時期には、私たちのジムも含め、多くのクロスフィットが新たにオンラインクラスを開講しました。ジムを再開できるようになった後も、リアルまたはオンラインクラスを選択できるハイブリッド式での運営が続いています。

 

そうなると運営側の手間は以前の2倍かかるわけですが、だからといってその分、会費を高くするわけにはいきません。また、リアルのクラスが再開されたといっても、ソーシャル・ディスダンスを守ったり、マスクの着用をお願いしたりするなど、以前とまったく同じ形で活動しているわけでもありません。

 

クロスフィットに限らず、小規模なフィットネスジムの特徴の一つが、会員同士のコミュニティが緊密なこと。ときにはカルトと揶揄されるくらい、皆が仲良く、同じ場所で同じ時間に汗を流します。健康のためというよりも、ジムに通うことが生き甲斐になっている人も少なくありませんでした。

 

しかしながら、フィットネスの主流がリアルジムからオンラインへ、グループから個人へと移っていくことは避けられない模様です。コロナ禍のせいかもしれませんし、以前からあった流れがコロナ禍によってさらに強くなったのかもしれません。しかしながら、伝統的なフィットネスジムが持つコミュニティーのような価値観は、そう簡単に消えないでしょう。オンラインでは難しい仲間づくりや、大手チェーンでは限界がある個人指導など、人とのつながりを大切にしていけば、小規模フィットネスジムは今後も存続できると信じています。

↑筆者(中列の左から4番目)が従事するCrossfit Tribe Functional Fitnessの集合写真

 

執筆者/角谷 剛(かくたに ごう)

米国カリフォルニア州在住。IT関連企業で会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、コーチング及びスポーツ経営学修士(コンコルディア大学)、Crossfit Tribe Functional Fitnessコーチ、Laguna Hills High School野球部コーチ、TVT Community Day School高等部クロスカントリー走部監督。

育児は大事な「渋滞期間」。世界一幸福な国の子育ては意外と平凡だった

2021年3月に発表された国連の世界幸福度ランキングにおいて、4年連続で1位になったフィンランド。幸福度だけでなく、治安や教育レベルも高い国として知られていますが、家庭に目を向けると共働き夫婦が多く、父親も子育てに参加するのが一般的。2022年からはパパ・ママどちらも最大160日の育児休暇を取得できるようになる予定ですが、そんなフィンランドで育児と教育は実際にどのように行われているのでしょうか? 現地で4歳と7歳の男の子を育てているフィンランド人パパのヨニさんにインタビューしてみました。

↑物事が滞る分、幸せは増える

 

義母のプレッシャー

――フィンランドは世界一幸福な国と言われていますが、子育てでも何か特別なことがあるのでしょうか?

 

ヨニさん いやいや、私たちは特別なことをしているわけではないと思いますよ。ただ何よりも子どもたちの幸福が大切で、憂鬱や不安を感じることなく、ありのままでいられる環境が必要だと思います。そのため、ゲームや宿題をしたり、動物園に連れて行ったり、キャンプをしたり、さまざまなことを一緒にするようにしています。

 

――なるほど。夫婦では子育てについて、どのようなことを話していますか?

 

ヨニさん 妻とは1日の終わりに、その日の子どもたちの様子について話すことが多いです。小学校や幼稚園の先生から聞いた話だったり、今日一日の健康状態だったり。送り迎えのときに子どもたちはどんなことを話していたかとか。ときには疲れ果てて、子どもと一緒に寝てしまうこともありますが(笑)。

 

子育ての役割分担について話し合うことも当然あります。妻の仕事が終わるのは私より遅いので、子どもたちが小学校や幼稚園から帰ってきた後に面倒を見るのは私の役割。子どもたちの予定と自分の仕事の予定に合わせ、互いが協力して子育てができるように話し合います。

 

――夫婦の協力は不可欠ですよね。家庭教育はどのような感じですか?

 

ヨニさん 学校教育が総合的な学びを集団で行う場所だとしたら、家庭教育は家庭により内容や形式が異なります。しかし我が家を含め、子どもを積極的に外で遊ばせる家庭が多いですね。身体を動かすことは大切ですし、私たちも子どもたちには、いろいろな友達と交流してほしいと思っています。

 

また、子どもが友達と外で遊んでいる間は家の中が静かになるので、親は昼寝をしたり、好きなことをしたりして時間を過ごすことができます。やはり仕事をしながらの子育ては大変な部分も多く、この時期をフィンランド語では「Ruuhkavuodet(直訳すると「渋滞期間」)」と呼ぶのですが、子どもが小学校を卒業するまで親は多忙な日々が続きます。だからこそ、子どもが少しでも自分たちで外遊びをしてくれると助かります。

 

――父親ならではの大変さはありますか?

 

ヨニさん もちろん家庭にもよりますが、フィンランドでは結婚したときに、夫が妻の両親から「この男で大丈夫なのか?」と厳しくチェックをされる場合があります。結婚後も、育児を含め日常の生活について義父母が娘の夫に対して強めな態度をとることが多いようです。女性の権利が保障されているからこそとは思いますが、私も結婚当初は義母から、ちょっとしたプレッシャーを感じたこともありました(笑)。

↑ラッペーンランタにあるキャンプ場の湖。フィンランドは4月から8月にかけて日照時間が長く、夜8時を過ぎても明るいため、子どもがひとりで出歩いてもあまり危険ではない

 

いつでも学び直せる国

――少し話を変えますが、フィンランドの教育の特徴は何ですか?

 

ヨニさん 教員のレベルが高いのではないでしょうか。小学校から高校までの教師は大学院で修士号を取得しなければならないため、教育レベルが高い教師から教育を受けることができます。

 

また、小学校から高校までは学費、教材費、給食費はかからず、大学も学費はかかりません。大学進学において経済的な障壁がないため、どの家庭の子どもにも等しく学ぶ機会が与えられています。

 

2021年からは小学校から高校(または職業訓練学校)までが義務教育として定められました。12年間しっかり学んだほうが仕事を得るチャンスも増えるので、これは良いことだと思います。

 

――子どもたちには、どのような教育を受けてほしいですか?

 

ヨニさん それは子どもたち自身が決めることです。ただし、基本的な礼儀や優しさは必要なので、よく言い聞かせています。フィンランドの社会では、時間に遅れたり、嘘をついたりするような不誠実な対応をすると信頼を失ってしまいます。そのため、子どもには日々の生活の中で挨拶や他人への配慮を忘れないように言い聞かせています。

 

また、幼少期のうちに自信をつけさせることが大切だと考えています。どれだけ容姿が整っていても、成績がよくても、自分に自信がなければ生きづらくなってしまいます。そのため、アイスホッケーやサッカーといった、社交性を育みながら自信をつけることができるチームスポーツに積極的に参加させています。

 

――現在、子どもたちが学校外で受けている教育はありますか?

 

ヨニさん 公立の学校教育を信頼しているので特にはありません。この国では就職後でも大学や大学院などで学び直しができるため、機会さえあればキャリアはいつからでもスタートできます。だからこそ、いまから親が子どもたちの将来を決めることはしません。このような公立の教育機関に対する信用や子どもの自主性の尊重が、フィンランド人の幸福度の高さに貢献しているのかもしれませんね。

 

パーフェクトではない

ヨニさんからフィンランドの育児や教育に関するお話を伺いました。どうやら同国と日本の間には共通点と相違点があるようですが、それらに詳しく立ち入ることは別の機会に譲り、ここでは公平な見方をするために、フィンランドが移民や離婚の多さに関係した問題を抱えていることを指摘しておきましょう。

 

まず親が移民で、フィンランド語や英語で会話をすることができない場合、さまざまな苦労があるようです。学校と家庭での教育方針について先生と円滑にコミュニケーションが取れなかったり、親や子ども同士で人間関係を築きづらかったり。いじめの問題もあるようです。

 

また、フィンランドではシングルマザーやシングルファザー向けの経済的なサポートが充実している反面、2019年には離婚率が42%まで上昇しました。しかも、離婚後に子どもと親の関係がうまく行かなくなったり、親がアルコール依存に陥ってしまったりするなど、深刻なケースも多く見られます。このような問題は今後、日本でも現れる可能性があるので、フィンランドでの対策に注目すべきかもしれません。

 

このような問題を内包しながらも、4年連続で世界一幸福な国に選ばれているフィンランド。ヨニさんの話を聞く限り、同国での子育ては意外と平凡に思われるかもしれませんが、私たちはよく「幸せは平凡な暮らしにある」と言います。日本のパパ・ママも育児を「渋滞期間」と捉え、どっしりと構えることで、忙しい生活に少し余裕が生まれるかもしれません。

「木のおなら」が臭い!ゴーストフォレストと温暖化のストローみたいな関係

海洋環境保全はサステナビリティの重要な課題の一つですが、米国では近年、海面の上昇を原因とする「ゴーストフォレスト」(幽霊化した森)が大きな問題になっています。最近では枯れたマツやヒノキから「木のおなら」と呼ばれる温室効果ガスが出ていることも判明しました。ゴーストフォレストで一体何が起きているのでしょうか?

↑ニュージャージー州のマリカ川流域にあるゴーストフォレストの様子。写真提供/ジェニファー・ウォーカー

 

まず、ゴーストフォレストについて簡単に説明します。地球温暖化が進み海面が上昇したことで、海水が陸地に侵入していく現象が起きています。沿岸や河口地帯にある森林でこのような現象が起きると、塩分を含んだ海水は樹木をゆっくりと時間をかけて蝕み、やがて枯れさせていくのです。畑に海水が侵入すると農作物が育たなくなってしまうのが塩害ですが、それと同じようなことが起きているのが、ゴーストフォレストなのです。

 

青々しい緑の葉を失い、弱々しく朽ち果てた木々が並ぶゴーストフォレストは、米国のバージニア州からマサチューセッツ州までの沿岸地域やミシシッピ川沿いの地域、ノースカロライナ州の海岸林などで発生しています。

 

植物の根は呼吸したり、微生物が二酸化炭素を排出したりするため、土壌は温室効果ガスを排出しています。それだけでなく、枯れた木々は分解されるときに温室効果ガスを空気中に送り出しているとも考えられています。しかし、ゴーストフォレストで見られる、このような温室効果ガス——通称「木のおなら」——については、まだ多くのことが明らかにされていません。

 

そこで、ノースカロライナ州立大学の研究チームが、ゴーストフォレストから排出される温室効果ガス(二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素など)について調査を行いました。彼らは枯れた木々と温室効果ガスの関係を長年調べています。今回の研究テーマはズバリ、枯れた木々はコルクみたいに温室効果ガスを内側に封じ込めているのか、それとも逆にストローみたいに排出しているのか?

 

彼らは2018年と2019年に、ノースカロライナ州にある5つのゴーストフォレストで、土壌と枯れた木々のそれぞれから排出された温室効果ガスの量を測り、土壌と枯れた木々のどちらのほうが、より多くの温室効果ガスを空気中に送り出しているのかを比べてみました。

 

その結果、どちらの年でも、土壌から排出された温室効果ガスの量は、枯れた木々からの排出量の約4倍多いことが判明したのです。しかも、土壌に比べて排出量は少ないものの、枯れた木々も全体としては温室効果ガスの排出量に大きく貢献していると研究者は指摘しています。

 

では、枯れた木々はコルクかストローのどちらなのでしょうか? 「それらは『フィルターとしてのストロー』だと思われる。温室効果ガスが枯れた木々を通じて空気中に移動しているからだ」と同研究チームのマルセロ・アードン准教授は述べています。

 

気候変動が進んで海面がさらに上昇すれば、このゴーストフォレストはさらに増えていくと予測されています。本来なら地球温暖化の防止に役立つ森林なのに、枯れてしまったら逆に温暖化を促進する原因になる……。海や沿岸のエコロジーを守るための行動が私たちに求められています。

 

【出典】

Martinez, M., Ardón, M. (2021). Drivers of greenhouse gas emissions from standing dead trees in ghost forests. Biogeochemistry. https://doi.org/10.1007/s10533-021-00797-5 

Sacatelli, R., Lathrop, R.G., and Kaplan, M. (2020). Impacts of Climate Change on Coastal Forests in the Northeast US. Rutgers Climate Institute, Rutgers University. https://doi.org/doi:10.7282/t3-n4tn-ah53 

 

フォトジャーナリスト・道城征央氏が海洋ごみの専門家に訊く――「プラスチックごみ」は何が危険!?

 

↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海中で採取したペットボトル(道城氏撮影)

 

昨年始まったレジ袋有料化に続き、今年6月にはコンビニなどの使い捨てスプーンの有料化など、プラスチック製品の削減やリサイクルを促進するための法案「プラスチック資源循環促進法」が成立しました。これらをきっかけに、ごみ、とりわけプラスチックごみ問題が地球規模で広がり、無視できない領域までに発展していることを改めて知った方も多いのではないでしょうか。なかでも直接・間接的に海に捨てられたプラスチック製品は海洋ごみとなり、日本はもちろん、太平洋に浮かぶ島々に大きな影響を及ぼしています。

 

太平洋の島国では、生活スタイルの急速な欧米化などの理由から、近年、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。これらの国々でも“いかにごみを減らすか”が課題となっています。

 

そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う会議「太平洋・島サミット(PALM)」が7月2日に開催されます。ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアなどの太平洋島しょ国と日本との関係強化のため、1997年の初開催以来、3年ごとに開かれています。第9回となる今回はテレビ会議方式で開催され、ごみ問題も重要なテーマの一つとしてクローズアップされる予定です。

 

本記事では、ミクロネシアや東京都内などで長年、清掃活動を行ってきた水中写真家・フォトジャーナリストの道城征央さんが、自身の経験をもとに、プラスチックごみが環境問題としてクローズアップされるようになった経緯や地球環境に及ぼす影響、さらに解決策について、プラスチックごみ研究の第一人者である九州大学の磯辺篤彦教授に取材。さらに国際協力機構(JICA)にて、太平洋島しょ国のごみ問題の改善に取り組む、「大洋州廃棄物管理改善支援プロジェクト」(J-PRISM)に携わっている三村 悟さんにも話を伺いました。科学者、国際協力の専門家、ジャーナリストと異なる立場ながら、ごみ問題の解決という共通の目標を持つ3人。本記事では本人たちの考えや思いを通し、海洋ごみ問題の本質に迫ります!

 

【太平洋・島サミット(PALM)(外務省HP)】

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/index.html

【J-PRISM(JICA ODA見える化サイトHP】

https://www.jica.go.jp/oda/project/1500257/index.html

 

 

【著者プロフィール】

道城征央

水中写真家・フォトジャーナリスト。南太平洋の島しょ国・ミクロネシア連邦への40回に及ぶ渡航をはじめ、撮影のため小笠原や沖縄にも足繁く通う。ごみ問題に関心を持って以来、ミクロネシアや地元・東京中目黒などで定期的に清掃活動を実施。また、自身が撮った写真を使用して「人と自然との関わり方」をテーマに、学校や企業などで幅広い講演活動を行う。また、埼玉動物海洋専門学校において「自然環境保全論」「海洋環境学」の特任講師を務めている。

 

 

フィールドワークがマイクロプラスチックの全容を解き明かすカギ

「プラスチックごみが地球環境にどういった影響を及ぼすのか、実はまだはっきりと分かっていません」

 

開口一番、こう切り出す磯辺教授。かく言う私は、ポンペイ島をはじめとするミクロネシア連邦に何度も足を運び、さまざまな美しい海中の様子を写真に収めてきました。ごみ問題に関心を持ったきっかけは、『本来あってはならないものがそこにあるという光景をカメラマンとしてとても不自然に感じた』からです。以来、本来あってはならないもの=ごみを減らそうと、現地での清掃活動に取り組んできました。冒頭の磯辺教授の発言の真意はどこにあるのか、興味を持った私はさらに話を伺いました。

 

【プロフィール】

磯辺篤彦

九州大学応用力学研究所教授。理学博士。専門は海洋物理学。海洋プラスチックごみの第一人者として、環境省の研究プロジェクトや、国際協力機構と科学技術振興機構の研究プロジェクトでリーダーを務める。2020年には文部科学大臣表彰科学技術省を受賞するなど数々の賞を受賞。著書に『海洋プラスチックごみ問題の真実』(化学同人)など。

 


↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海底でごみを拾っている様子。道城氏撮影(動画)

 

「海中に漂うプラスチックごみは、海水や波による劣化や腐食などにより細かく砕かれ、直径5㎜以下の小さなプラスチック片になります。それを『マイクロプラスチック』と呼ぶのですが、我々の調査により、とくに日本近海で採取した海水中に非常に多く含まれていることが確認できました。ただ、これらが生物の体内に摂取された場合にどういった影響を及ぼすのか。また海中にあるマイクロプラスチックごみはどうなるのか、など未知の部分が多いんです」(磯辺教授)

↑日本近海で採取されたマイクロプラスチック。

 

マイクロプラスチックごみがその後、どこに向かうのか? 海中深くに沈むのか、さらに細かくなってしまうのか、今後の研究が待たれるところだそうです。だからこそ磯辺教授は『科学者』としての立場から冒頭でこう述べたのだと言います。

 

ただ、プラスチック製品には添加剤として「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が使われてきたのも事実。当然、マイクロプラスチックにも環境ホルモンが含まれていると考えられます。人間を含む生物が直接的、間接的に体内に摂り込んだ場合、生殖機能などに影響を及ぼす危険性はないのでしょうか。

 

「科学者の役割は、研究や実験によって判明した真実を正しく社会に伝えることだと考えます。しかしそれは、狭い実験室の中で自然界ではあり得ない高濃度の物質を使い、シミュレーションして得られた結果を公表し、危険性のみを煽るということではありません。環境ホルモンに関しても、(実験ではこうした結果が出たが)では自然界ではどうなのか。それを知るために、実験室での研究と同様に大切なのがフィールドワークです」(磯辺教授)

 

50年後の予測では海中のマイクロプラスチック濃度がさらにアップ

磯辺教授の専門は海洋物理学。主に海流の研究をしていましたが、2007年頃に“海洋ごみがどこから来たのか”という研究を始めたことが、この問題に興味を持ったきっかけだと言います。

↑長崎県五島列島の海岸に漂着した海洋ごみ。その多さに驚かされる

 

「フィールドワーク開始当初、五島列島の海岸に漂着している大量のごみを最初に見たときは唖然としたのを覚えています。以来、さまざまなフィールドワークを重ねてきました。2016年に、南極から日本までを航行しつつ太平洋上の海水を採取し、その中に含まれるマイクロプラスチックを調査するという機会があったのですが、赤道を越えたあたりから、北上するに従って明らかにその濃度が高くなることが分かりました。また、研究の結果、50年後にはさらにその濃度が高くなるという予測が導き出されました」(磯辺教授)

↑南太平洋でのマイクロプラスチックの採取風景。ニューストンネットを使って行われる

 

↑2016年の太平洋のマイクロプラスチックの浮遊濃度(上)と、コンピュータ・シミュ−レーションで予測した2066年の浮遊濃度。日本近海を中心に著しく増加すると予測されていることが分かる。引用元:Isobe et al. (2019, Nature Communications, 10, 417)

 

現状では生物への影響が不明だとはいえ、マイクロプラスチックの濃度が高くなれば、当然、生物にも何らかの影響を及ぼす可能性が高くなります。そうなる前に、少しでもプラスチックごみを減らす必要があると言うのです。

 

海中のマイクロプラスチックを除去する研究も進められてはいますが、地球の約7割を占める広大な海でそれを実現するのがとても困難であることは容易に想像できます。であれば、まずなすべきことは、ごみ(プラスチックごみ)を出さないという点に尽きるのではないでしょうか。

 

「ごみを減らす」ためにまず必要なのは、現地の人々の意識改革

冒頭でも触れましたが、ここ数十年で急速に近代化が進んでいる太平洋の島しょ国では、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。そんな島々の廃棄物の減少や廃棄物処理施設の拡充などに、現地で取り組んでいるのがJICAの三村さんです。

 

【プロフィール】

三村 悟

JICA専門家。20年にわたりサモアをはじめ大洋州島しょ国の開発協力プロジェクトに携わる。太平洋・島サミットの準備のため設置された政府有識者会議の有識者(環境・防災分野)として委嘱を受ける。専門領域は太平洋島嶼の持続可能な開発と防災協力。著書に『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(共著)など。

 

 

「実際、サモアでも20年前より明らかにごみが多くなっていますし、海にごみが浮いている光景をよく見かけるようになりました。そんな背景もあって、JICAでは2011年からJ-PRISMというプロジェクトを大洋州で実施しています。現在は第2フェーズにあたるのですが、その取り組みの中心となるのが、3つのR(Reduce、Reuse、Recycle)+Returnという考えのもと、廃棄処分場の乏しい島々でごみを分別し、自然に還せるものは自然へ、製品を製造した国へ還せるものは還すというものです」(三村さん)

 

↑サモアを走るラッピングバス。プラスチック製ストローを使用しないよう呼びかけている。サモアでの廃棄物戦略を開始した際、サモア天然資源環境省が啓発のため走らせた(三村さん撮影)

 

現地で清掃活動を行った際に私が感じることなのですが、ごみに対する人々の意識を変えることは簡単ではありません。そもそも以前は、食器にバナナの葉を使うなど、放置しておいても自然に還るモノしか使っていませんでした。いわば“ごみ“という概念自体が希薄だったのだと思います。ところが、“自然に還ることのない”プラスチック製品が島の人々の生活に大量に入り込み状況が一変します。島のあちこちにプラスチックごみがあふれるようになったのです。

 

もちろん現在は、「プラスチックごみを減らさなければいけない」ことを現地の人々も知っています。ゆえにこちらが積極的に動けば、現地の人々も積極的に清掃活動などに参加してくれるのですが、これが持続しません。“ごみを出さない大切さ”を理解し、自ら率先して行動してもらえるよう、現地の小学校で講義を行ったりしていますが、こうした意識改革には多くの時間がかかると考えています。

↑ミクロネシア連邦・ポンペイで現地の人々と一緒に清掃活動を行う

 

「現地の人々の(ごみに対する)意識、という部分では、私もしばしば課題を感じることがあります。そのためには、人々のモチベーションを上げることが大切だと考えています。私の場合、パラオなど他の島での成功事例を伝えることで『自分たちにもできるんだ』というモチベーションを持ってもらうことから始めています。明確な目標に向かって、率先してごみをなくすための活動を行うようになってくれればと思います」(三村さん)

 

まずは、一人ひとりが「できること」から行動を

ごみに対する人々の意識改革—この難しさは我々日本人も同様だと思います。そうした意味でも、レジ袋の有料化は人々がプラスチックごみについて考える良い機会になったのではと磯辺教授も話します。

 

「実験室とフィールドの両方で得られた研究結果を社会に正しくアナウンスしていきたいですね。(生物や人に与える影響があると)証明できれば、レジ袋一つとっても『だったら有料でも仕方ないよね。使うのを控えよう』と、初めて受け入れられる世の中になるのではないかと思いますし、それが科学者としての私の役割だと考えます」(磯辺教授)

 

そんな磯辺教授の言葉を受け、私も改めて自分の役割は“活動すること”にあるのだということを再確認できました。だから今後も引き続き、地元やミクロネシアでの清掃活動を続けていくつもりです。それは、活動を通して少しずつでもごみに対する意識を変えてもらえると信じているからです。

 

プラスチックごみやマイクロプラスチックに関しては正直、まだまだ分からないことだらけですが、少なくとも「自然環境に良いもの」ではありません。であれば、プラスチックごみを出さない、もしくは減らすために、皆さんも自分のできることから始めてみてはいかがでしょうか。レジ袋を使わないという行動でも、ごみをきちんと分別するという行動でもいいと思います。まずは行動する。これがごみを減らすための意識改革の一歩になるように思います。

 

【関連リンク】
・【第9回 太平洋・島サミット(PALM9)開催】サモアから、ごみ処理プロジェクトの“今”を三村悟JICA専門家がレポート!
https://www.jica.go.jp/topics/2021/20210621_01.html

 

温室効果ガスを減らしていた? 雷に「空気浄化作用」の可能性

夏が近づいてくると、雷が増えます。気象庁の発表によると、2005年〜2017年の間に日本で報告された落雷は1540件。月別にみると7月と8月に集中していて、8月には全体の約3割の落雷が起きています。そんな雷は人や住宅などに被害をもたらすことがありますが、その反面、空気を浄化する働きがあるかもしれないことが判明しました。

↑見た目は怖いけど、大気をきれいにしています

 

米国・ペンシルベニア州立大学で気象学を研究するウィリアム・H・ブルーン特別栄誉教授は、雷や稲妻が大気にどのような化学変化を及ぼすのかを調べるため、2012年にコロラド州とオクラホマ州上空を飛行した航空機からデータを回収し、調査しました。データを見ると、雲の中に大量の「OH(ヒドロキシラジカル)」と「HO2(ヒドロペルオキシルラジカル)」の存在を示すシグナルがありましたが、ブルーン氏は当初これらを回収機器のノイズだと思い、いったんすべて除去していました。

 

しかし、いまから数年前、ブルーン氏が再びそのデータを確認したところ、機械のノイズではなく、確かに「OH」と「HO2」であることが判明。改めて、これらが稲妻や肉眼で見えない放電によって生まれた物質であるかどうかを大学院生らと調べたところ、雷の中で生成されていることが明らかとなったのです。データを回収した雲には肉眼で見える雷はなかったのですが、目に見えない稲妻でも、これらの物質が生成されていることが確認されました。

 

雷の電圧は、200万ボルトから2億ボルトにもなると言われています。一般家庭の電圧は100ボルトですから、最大でその200万倍以上になります。その巨大なエネルギーは、大気中にある窒素や酸素の分子を分解させ、OHとHO2などのラジカル(不安定で反応しやすい性質の分子や原子のこと)を生成します。これまでにも、雷が水を分解してOHとHO2 を生成することはわかっていましたが、雲の中でこの生成プロセスが観察されたことはありませんでした。

 

OHには大気中の成分を変化させる力があり、メタンのような温室効果ガスの除去に役立つことが知られています。HO2も大気の酸化力を調整する物質の一つであるため、これらは温室効果ガスにもなんらかの影響を与えているのかもしれません。しかし、雷の多くは熱帯地域で発生しており、今回使用したアメリカ上空の航空機のデータとは物質の構成が地域によって異なると考えられます。そのような理由で、雷によるOHとHO2の生成と温室効果ガスへの影響についてはさらなる研究が必要だ、とブルーン氏は述べています。

 

古代では霊力があるなどと、人々に恐れられていた雷の存在。その中でさまざまな化学反応が起きているとわかると、自然の偉大さや目に見えない力をさらに感じますが、雷の空気浄化作用は今後どのように解明されていくのでしょうか? 目が離せません。

 

【出典】W. H. Brune., et al. (2021). Extreme oxidant amounts produced by lightning in storm clouds. Science, 372(6543), 711-715. DOI: 10.1126/science.abg0492

ミカンを使って透明になっただと!? 知らぬ間に「木材」が大進化していた

建築や家具、工作など幅広く使われる木材。この材料は私たちにとって身近な存在ですが、その中には、まだ広く知られていない種類もあります。アクリルのように向こう側が透けて見える木材はその一つかもしれません。驚くべきことにスウェーデンでは最近、ミカンを原料に使用した透明な木材が開発されたのです。一体どんなものなのでしょうか?

↑スウェーデン王立工科大学の研究チームが開発したミカン由来の透明木材。写真提供/Celine Montanari(※)

 

透明な木材の開発は真新しいことではありません。例えば、日本では木材から、透明で軽くて強度のある「セルロースナノファイバー」を作る研究が、10年以上前から行われてきました。

 

海外では、スウェーデン王立工科大学の研究チームが、2016年に透明の木材を開発しています。そのきっかけは窓ガラスだったそう。窓ガラスは光を通して建物の内部を明るくしますが、太陽光のエネルギーを蓄えることはありません。同研究チームは「ソーラーパネルみたいに、日中に吸収した熱を夜間に放出することで、部屋を温かくする材料はないだろうか?」と考え、透明な木材を作り始めました。

 

その工程で大切なのは、木材の主成分の一つであるリグニンを取り除くこと。リグニンは植物の体内で作られる成分で、空気中の酸素と反応して、黄色から茶色に変色する性質があります。そのため、白い高級紙を作るときなどは化学処理によって木材からリグニンが取り除かれますが、透明な木材を作る場合にも、同じようにリグニンを除去しなければなりません。しかしリグニンを取り除くと、小さな空洞が生じてしまいます。そこを埋めるためには、木材の強度を保ちつつ、光を透過させるものが必要です。

 

当初、同研究チームは化石由来のポリマーを使って、その問題を解決していました。しかし、より環境に配慮する必要があるため、彼らはミカンの皮から抽出したリモネン・アクリレートを使って、透明な木材の開発に取り組むようになり、最近その実験に成功したと発表したのです。

 

リモネン・アクリレートは、オレンジジュースの製造工程で廃棄されるミカンの皮などから抽出することができるため、石油由来の成分を使うよりも環境への負荷がとても少ないことが特徴。それを使った同研究チームの新しい木材は溶剤なしで作られており、使用している化学薬品はすべてバイオ由来のものと発表されています。

 

また、化石由来のポリマーを使用した木材では光の透過率が85%でしたが、ミカン由来の透明な木材では90%にアップ。強度も高いと同研究チームは述べています。

 

ミカンを取り入れることで環境面にこだわった透明な木材は、スマートウィンドウへの応用を含め、さまざまな可能性を秘めているとのこと。進化する木材から目が離せません。

 

【出典】Montanari, C., Ogawa, Y., Olsen, P(※)., Berglund, L. A., High Performance, Fully Bio-Based, and Optically Transparent Wood Biocomposites. Adv. Sci. 2021, 2100559. https://doi.org/10.1002/advs.202100559

 

(※)Celine MontanariとPeter Olsenのeは、アキュートアクセント付きが正式な表記です

コロナ禍のトイレは「水しぶき」にご用心!ふたを閉めて流さないと危ないワケ

公衆トイレの中には、ふたがないものがあります。そんなトイレに出くわすと、水を流したときに飛び散る水しぶきが気になるかもしれません。「心配し過ぎでは?」と思う人もいるかもしれませんが、実際にはそうとも言えないようです。最近の研究で、トイレの飛沫は高さ1.5メートル以上に達することがわかりました。この研究結果は、新型コロナウイルス感染対策にも影響するかもしれません。

↑ふたを閉めて流しましょう

 

人の尿や便、トイレの水には、エボラウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルスなど、さまざまな病原体が含まれていることがあります。新型コロナは、主にくしゃみや咳などの呼吸器系の飛沫を介して感染すると言われていますが、感染者の尿や便からウイルスが発見されたとも伝えられています。公衆トイレは換気が悪いことも少なくなく、不特定多数の人が使うことから、新型コロナに感染する可能性はゼロではないと指摘されているのです。

 

そんな公衆トイレで起きる感染の一因として疑われているのが、エアロゾル(空気中を漂う微細な粒子)。便器の形や流れる水の強さと量にもよりますが、トイレの水を流すと大量のエアロゾルが発生します。

 

では、トイレで水を流したとき、その周囲にどれくらい水しぶきが飛んでいるのでしょうか? 米国のフロリダ・アトランティック大学がふたのない公衆トイレで実験を行い、4月下旬に研究結果を発表しました。

 

実験では、約3時間で100回以上水を流したところ、エアロゾルが大量に発生。水を流すたびにその量は増えていき、その数は数万個に達することがわかりました。トイレ周辺の空気中にあるエアロゾルの量が実験前後でどれくらい変化したのかを大きさ別に見てみると、0.3~0.5マイクロメートルのエアロゾルでは、実験前の数値(5分間の平均量)が2537でしたが、実験後は4301になり、69.5%増加。ほかの大きさも同様に計算すると、0.5~1マイクロメートルのものは209%、1~3マイクロメートルは50%、それぞれ増えたことが判明したのです。

 

この中でも比較的に大きい1~3マイクロメートルのエアロゾルについては特に注意が必要な模様。「(ふたなしの)水洗トイレと男性用小便器からは3マイクロメートル以下の飛沫が生じており、その中に病原体が含まれていた場合は飛沫感染のリスクがある。しかも、その大きさから空気中に長時間漂うこともあるだろう」と、実験を行った研究者は述べています。

↑水洗トイレ(右)と男性用小便器では、飛沫がそれぞれ最大で1.22mと1.52mの高さまで飛んでいた。写真提供/フロリダ・アトランティック大学

 

実験で確認された飛沫は、最大で高さ1.52メートルに達し、20秒近く浮遊していたこともわかりました。「このように発生したエアロゾルは換気システムや人の流れによって、トイレ内に充満する可能性が考えられる」と同研究者は指摘。公衆トイレで水を流すとき、私たちは知らないうちにエアロゾルを浴びているのかもしれません。

 

安全に公衆トイレを使うにはどうすればよいのでしょうか? 実験では、トイレのふたを閉めて水を流したところ、多くはないものの、多少のエアロゾルが確認されました。便座とふたの隙間からエアロゾルが漏れている可能性があるようですが、それでもふたを閉めてから水を流すほうが、安全性が高まる模様。また、公衆トイレの換気システムを適切に設計し稼働することで、エアロゾルの蓄積は防ぐことができるそうです。

 

ウイルス感染症でなくても、トイレの水が飛び散るとニオイの原因になったり、掃除が大変になったりするもの。自宅でもトイレのふたを閉めてから水を流す習慣をつけ、外出先でトイレを使うなら、できればふたがあるトイレを選び、ふたを閉めてから水を流したほうがよさそうですね。

 

【出典】Jesse H. Schreck, Masoud Jahandar Lashaki, Javad Hashemi, Manhar Dhanak, and Siddhartha Verma, “Aerosol generation in public restrooms”, Physics of Fluids 33, 033320 (2021) https://doi.org/10.1063/5.0040310

“元祖”育成型ゲームがさらに進化! 新型「たまごっち」が2021年夏に米国で発売

1990年代に大流行したバンダイの「たまごっち」。“地球外生命体”という設定の可愛らしいキャラクターを本物のペットのように育てるこのゲームは、これまでにブーム、没落、そして復活を経験してきました。最近では大ヒットアニメ『鬼滅の刃』とコラボした「きめつたまごっち」を発売するなど進化を続けていますが、日本と同様に、その人気は現在アメリカでも再燃しているようです。

↑2021年夏に米国で新発売される「たまごっちPix」。写真提供/www.tamagotchi.com(Bandai America)

 

たまごっちブームはアメリカでも起こりました。米紙「ロサンゼルス・タイムズ」や「ニューヨーク・タイムズ」の記事によると、1997年5月にアメリカで初めてたまごっちが発売されると、瞬く間に話題をさらい、アメリカ国内の同年5月と6月の「最も売れたおもちゃランキング」で1位を獲得。1個15〜18ドルで販売されていましたが、店舗で品切れになると、闇市場で100ドル近くで取引されたこともあったとか。アメリカ国内の販売個数は300万個とも言われ、当時の大ヒット商品になったのです。

 

この人気の理由は日本と同様に、いつでも気軽に持ち運びできるサイズ、数千円程度という低価格に加えて、ペットの飼育を疑似体験できることが挙げられます。たまごっちが登場してから数年以内に、ディズニーのリトル・マーメイドやポケモンなどの人気キャラクターを使ったバーチャルペット型ゲームがアメリカでも数多く生まれました。まさに「たまごっちエフェクト」と言えるでしょう。

 

ついにソーシャル化

そんなアメリカで「90年代のブームが再び!」と話題になっている理由は、2021年夏に北米で新製品「たまごっちPix」が発売されるからです。25年前のアナログ式で遊べる初代たまごっちと最新版で大きく異なるのは、初めてカメラが内蔵されたこと。手のひらサイズのたまご型と3つのボタン配置は変わることなく、キャラクターと一緒に写真を撮る機能が加わり、撮影した写真はデバイス内に保存できます。

 

SNSのような機能も搭載されました。友だちのたまごっちがポップアップ画面で現れる「探検モード」が組み込まれ、「Tama Code(タマ・コード)」を通して一緒に遊ぶこともできます。

 

たまごっちPixの色はピンク・紫・青・緑の4色。言語は英語・スペイン語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ポルトガル語を使用できます。対象年齢は6〜12歳。価格は59.99ドル(約6570円)です。

 

北米では2年前の2019年に、モバイルアプリと連動し、カラフルなパッケージに入った「たまごっちオン」が発売されています。バンダイアメリカではこの販売個数を発表していませんが、この売れ行きが好調だったことから、たまごっちPixを販売することになったのかもしれません。育成型デジタルゲームの“元祖”は、20年以上の時と国を超えて愛され続けているようです。

 

※1ドル=約109円(2021年6月6日時点)

「明るいワクチン接種」イタリアらしい感染症対策の最前線

ワクチンの接種率が上がれば、規制緩和。そんなムードが漂うコロナ・パンデミック2年目の初夏。昨年春の感染拡大以来、あまり日本では話題にならないイタリアも、ただいまワクチン接種に夢中になっています!バカンスとワクチンの話題一色(二色?)のイタリアから現地情報をお届けします。

 

知られざるイタリア現在の感染状況

まずは、イタリアの現状から。昨年春の感染拡大で話題になったイタリアですが、その後はいったいどうなっていたでしょう?

 

悲劇から一転、第1波は全国一丸となった厳しいロックダウンで抑え込み、比較的陽気で浮かれた夏を迎えましたが、秋には第2波が到来。全国を“色分け”して規制する新しい対策が実践され、再び感染が落ち着いた…ところでクリスマス!予想通りに年始明けから第3波が始まりました。

 

そこからまた規制と緩和を繰り返し、年末からスタートしたワクチン優先接種の効果もあったのか、4月に入ってようやく感染者数が減少傾向に。高齢者へのワクチン接種もかなり進行した4月後半から、規制緩和が始まっています。

 

■イタリアの色分け規制とは?

10万人あたりの新規感染者数や実効再生算数、病棟逼迫率、感染経路不明率など、20以上もの指標をベースに、全国20ある各州を危険度別にレッド・オレンジ・黄・白に色分け。それぞれのカラー毎に規制が設けられます。

 

赤ゾーン:商店・飲食店共にクローズ、移動は近所まで、など

オレンジゾーン:商店はオープン、飲食店はクローズ、移動は市内まで、など

黄ゾーン:飲食店〜18:00まで営業、移動は州内まで、など

白ゾーン:マスク、社会的距離など基本的感染対策のみで、ほぼ日常に!(ただしディスコはNG)

 

毎日詳細に報道される感染状況とは別に、毎週金曜日にイタリア高等衛生研究所ISSにより翌週の色分けを発表。4月末の緩和政策により、黄色ゾーンで飲食店の営業が22時までに延び、さらに外テーブルでの飲食も可能に。また全国一律で夜間外出規制が22時から23時、24時と順次延長されています。

最近の感染状況は?(6月2日)

新規感染者数  2897名

検査数22万6272件

陽性率 1.2%

死者数 62名

現在重症者数 933名

 

緩和すれば再拡大のお決まりコースでしたが、ワクチン対策の効果が出てきているのか、現在のところ減少傾向を保っています。5月中旬には全国で黄ゾーンになり、現在、3つの州が憧れの白ゾーンで、6月7日からは6州になる予定。そして、6月末には全国が真っ白になる予測が立てられています。

 

ワクチンはバカンスへのパスポート

さて、ゲームチェンジャーとも言われるワクチン。イタリアでは、優先接種が12月末から(介護施設スタッフや薬剤師も含む医療関係者、および重篤な持病のある人)、次いで学校関係者、警察などへ。2月後半からは年齢別一般カテゴリーが始まりました。80歳以上、70歳以上、60歳以上、そして5月からは50代、40代と順次対象年齢が下がり、5月後半からは口頭試験のある卒業年度の学生、州によっては12歳以上も対象になりました。

 

全国のワクチン接種状況は、政府が管理するサイトメディアが独自に作るサイトで、全国の接種率、在庫、年齢層、カテゴリー別など、現状を把握することができます。現時点で接種率36.63%(少なくとも1回接種した人の割合)、2回接種済みは19.09%。

 

またTVの24時間ニュースチャンネルでは、画面右上に刻々と変わる接種者数速報(人数、2回目接種の割合、70歳以上の接種割合)が出っ放し。いかにも気合を入れて接種率アップを目指しているのかが、伝わってくるようです。

イタリアの国民が一丸となって何かに取り組む姿は、サッカーのW杯くらいでしか見たことがありませんでしたが、コロナ禍ではたびたび目にしています。サッカーと命とバカンス。ワクチンは、イタリア人が人生において最も大事にしていることのひとつであるバカンスへの扉を開く鍵となるのでしょうか?

 

6月中旬から実施予定の欧州グリーンパスポート。実は国内ではすでに始まっており、ワクチン接種済み、もしくは48時間以内のPCR検査陰性証明、または罹患済みを条件に国内での移動が自由になっています。

 

老人一人連れてきたら、ワクチン接種をプレゼント!?

優先接種にひと段落ついた4月からは、イタリア各地で予約なし接種ができる「オープンDay」や、真夜中(&人気のない)アストラゼネカ限定の「アストラ・ナイト」が始まり、5月からは年齢制限も緩和。各州で在庫状況に沿った独自の展開になってきました。

 

ワクチン担当はイタリア市民保護局。イタリア郵便局が作成した全国予約システムと各州の予約サイトがひも付けられ、とてもわかりやすいのが特徴です。

↑シチリア州の予約サイトTOPページ。保険証番号と納税者番号で予約を完了すれば、QRコードが付与される

 

例えば、ここシチリア州では5月初旬に「16歳〜59歳の軽い持病のある人(ホームドクターの証明書必)」を解禁。また年齢カテゴリーの40歳以上への接種が解禁されると同時に、州都パレルモでイタリア初の24時間打ちっ放しパビリオンが開設され、「お若い方は、空いている真夜中にどうぞー」とあの手この手で接種を促進しています。

 

ただ、優先接種である高齢者の接種が完了しているわけではないので、大型接種会場は40代、50代…から80代、さらにファイザー、アストラゼネカ、モデルナの2回目接種の人などなど、さまざまなカテゴリーが混在することになり、実際ものすごいカオス。

 

↑大規模会場では、カテゴリー毎に予約番号を発券してもらうところからスタート。カテゴリーの数、ゆうに12種類越え

 

筆者のカオスな大型接種会場体験記はこちら。下見に行ったら「打ってく?」と誘われて…予約なしで接種完了。不安のせいで医務室行きになりましたが、今のところ無事です。

 

最近は、どうしても腰の重いお年寄りへの接種を促すために、「老人を連れてきたら、付添人にももれなくワクチンプレゼント!」なる企画も開始。「アナタの大事な祖父母を守ろう」という心がホッコリするコンセプトで紹介されましたが、対象は親族に限らず、人数制限もなし。実質は、「近所のまだ未接種の老人を探し出せ!」ということ。ニュースを見ると上手く機能しているようです。

 

↑パレルモの接種会場は大型接種会場のほか、数軒の公立病院など。お年寄りが多い公立病院は比較的落ち着いている。6月からは薬局でもスタートする

 

ワクチンで世界は救えるか?

今は、2回目接種を居住地ではなく、バカンス先で受けられるかどうかに注目が集まっています。国全体としての決定はまだ先で、各州で調整に入っているところですが、シチリアではすでに居住者ではない人への接種も始めており、シチリア周辺に浮かぶ美しい島々のひとつ、エオリア諸島で全島民の初回接種時に(5月中旬)、たまたまローマからバカンスに訪れていた親戚カップル(20代)がついでに打ってもらったり、パレルモに長期滞在する住民票なしの外国人も接種したり。

 

ワクチン接種開始当初は「ズルして先に打つ人」がニュースになったものの、もはや「そこにいる人に打ちまくる」フェーズ。各州での見解の差はありますが、だいぶ柔軟に応変に対応していくであろうことは、好ましい感じがします。

 

先ごろ、イタリアのドラギ首相がフランス、ドイツと共にアフリカへのワクチン支援を表明し、「命、経済、社会を守るために、世界で終わらせないと終わらない」と発言しました。まずは自国民、地元民が優先されるのは致し方ないけれど、準備ができたら素早く隣に手を差し伸べて。そうして世界で同時に、再び平穏な時を取り戻せれば良いですよね。ワクチンが世界を救うかどうかはまだ誰にもわかりませんが。

 

今は、ワクチン接種に沸くイタリア。「ワクチン打って海へ!」と盛り上がり、今月に入って国内で900万人が旅行しているデータもあります。フランス人、ドイツ人など近隣からの旅行者も多数。夏に向けて、今後はさらに人の動きは活発化するでしょう。

 

でも、変異株の流入・再拡大の懸念が払しょくされたわけでもありません。そしてまだ、亡くなってしまう方がいるのも事実。緩急のメリハリがあるのは良いことかと感じますが、緩みすぎず再開の夏を楽しみ、収束の秋を迎えられることを願ってやみません。

「サンゴ礁」は沿岸洪水を防ぐ! 想像以上にかけがえのない存在だった

世界にあるサンゴ礁の面積は60万平方キロメートルと、地球全体の表面積約5.1億平方キロメートルから見ると、わずか0.1%にすぎません。しかし、サンゴ礁には9万種以上の生物が住んでいると言われています。最近の研究では、そんなサンゴ礁に沿岸地域での洪水を防ぐ働きがあることがわかりました。

↑サンゴ礁には、かけがえのない価値があった!

 

サンゴ礁がもつ沿岸洪水(沿岸域での洪水事象)を防止する機能の価値を調べるため、米国・カリフォルニア大学サンタクルーズ校とアメリカ地質調査所は、海上の波や嵐のコンピュータモデルを地質学や生態学などと組み合わせながら、フロリダ、ハワイ、グアム、プエルトリコ、バージン諸島らにおける沿岸洪水のリスクを分析し、サンゴ礁の沿岸における洪水防止機能の価値を評価しました。

 

その結果、サンゴ礁が沿岸地域を沿岸洪水から守る効果を価値に換算すると、年間18億ドル(約1970億円)以上に上ることが判明。さらにサンゴ礁が1m低くなると、沿岸洪水の発生確率が1%の地域が23%増え、その被害者数は62%、住宅や建物などへの被害は90%以上増加し、被害総額は53億ドル(約5800億円)になると予測しました。

 

また、フロリダとハワイでは、沿岸洪水を予防する効果が特に高いサンゴ礁が距離にして325kmも確認され、その予防価値は1kmあたり100万ドル(約1億円)以上になるそうです。ハワイのオアフ島を例に挙げると、島の周りを取り囲むようにサンゴ礁があり、その価値は島全体で約5億7800万ドル(約633億円)。多くの住民が暮らし、ハワイの政治やビジネスの中心地となっているホノルルや、主要観光スポットのひとつであるワイキキ沿岸にもサンゴ礁が存在しており、沿岸地域を洪水から守っているのです。

 

今度は人間がサンゴ礁を守る番

サンゴ礁がある海では、しばしばラグーン(環礁に囲まれた浅い海)が見られます。サンゴ礁が防波堤のような役割を担い、外海からの強い波を弱め、沿岸地域への洪水を軽減すると考えられています。

 

しかし近年、温暖化のために海面が上昇し、その影響でサンゴ礁がもつ沿岸洪水を防ぐ力が弱まる可能性が考えらえます。それと同時に、サンゴの白化現象が進んでおり、サンゴの壊滅も懸念されます。

 

海の生態系だけでなく、人間自身を沿岸洪水から守るためにも、サンゴ礁が担う役割とその価値は、計り知れないほど大きいのかもしれません。

 

※1ドル=約109円(2021年5月31日時点)

 

【出典】Reguero, B.G., Storlazzi, C.D., Gibbs, A.E. et al. The value of US coral reefs for flood risk reduction. Nature Sustainability (2021). https://doi.org/10.1038/s41893-021-00706-6

 

人脈の限界は本当に150人?「ダンバー数」の反証が示すこと

いくら顔が広くても、円滑な人間関係を維持できる人数には限りがありそうですよね。そんな人間の能力の“壁”を説明したのが「ダンバー数」と呼ばれる理論。経営の世界でも広く知られている考えですが、最近その理論に異を唱えた論文が発表されました。一体人間は何人くらいと長い付き合いを築けるのでしょうか?

↑人の縁はダンバー数より、はるかに複雑

 

ダンバー数とは、1990年代にイギリスの人類学者ロビン・ダンバーが提唱した理論。人がスムーズかつ安定的に関係を維持することができる人数を指します。ダンバー氏によると、この数は霊長類の脳の大きさと関係があり、人間の限度は150人程度とされています。ものを知覚したり未来について考えたり、脳の中でも特に高度な機能を持つ大脳新皮質が大きい生物は、行動を共にする群れのサイズも大きいため、大脳新皮質と群れは相関関係があるそう。そのため、ダンバー数は組織の構成やマネジメントにも影響を与えてきました。

 

これまでにダンバー数については、これまでにさまざまな研究が行われており、その中にはこの理論の正しさを裏付けるものもありますが、より注目すべきは、ダンバー数を否定する研究です。そのひとつが、最近ストックホルム大学の動物生態学の専門家などが発表した論文。ベイズ統計と呼ばれる現代の統計法や、霊長類の脳に関する最新データなどを用いながら繰り返し解析を行った結果、人間ひとりが関係を築ける人数は2~520人と、かなり幅のあることが明らかとなりました。

 

確かにダンバー数は「人が関係を築ける人数を150人」としたことで、わかりやすい指標のひとつになりました。例えば、スウェーデンの税務局では、オフィスの収容人数が150人になるように編成したこともあるそうです。

 

しかし実際には、そんなに大勢の人と付き合いをすることが難しい人もいる一方、もっと多くの人と良好な関係を維持することができる人もいるでしょう。特にSNSが発達した現代では、一度連絡が途絶えた友人ともインターネットを通じて簡単に繋がることができるようになり、150人どころか数百人、もしくは1000人近くと簡単に付き合いを継続できる人もいるかもしれません。

 

ダンバー数のほかにも、人間関係の量に関する理論には「5-15-50-150-500の法則」があります。これは、自分に最も近い存在で精神的な支えになってくれる家族や親友の存在が5人、家族ではないけれど相手が亡くなったら大きな悲しみを感じる存在が15人、さらに頻繁にコミュニケーションを取る相手が50人、というように人間関係を捉えています。

 

この法則でもダンバー数と共通の数字が出てきますが、ストックホルム大学の研究が示すように、このような理論で説明できないことが現実にはたくさんあります。しかし科学の観点から見れば、反証可能性があることは決して悪いことではないでしょう。今回の研究で、ダンバー数はさらに一歩、真理に近づいたのかもしれません。

 

【出典】Lindenfors Patrik, Wartel Andreas and Lind Johan. 2021. Dunbar’s number’ deconstructed. Biology Letters.172021015820210158. http://doi.org/10.1098/rsbl.2021.0158

大人用紙おむつは10年で1.5倍増。ユニ・チャームが取り組む「紙おむつのリサイクル」という難題

オゾン処理でバージンパルプと同等の品質に~ユニ・チャーム株式会社

ゴミの分別やリサイクルが当たり前の時代に、新たな一石を投じようとしているのが、紙おむつや生理用品、マスクなどの衛生用品でお馴染みのユニ・チャーム。使用済み紙おむつのリサイクル事業に取り組んでいます。

 

独自のオゾン処理で再資源化

紙おむつは、子育てや介護をしている家庭では欠かせないアイテムの一つです。現在は使用後にゴミとして焼却処理されるのが一般的ですが、「使い捨てだった紙おむつを、循環型の商品に変えようとしています」と話すのは、ESG本部Recycle事業準備室の織田大詩さん。同社では2015年に使用済み紙おむつのリサイクル技術を発表。2016年5月から鹿児島県志布志市と共同で実証実験を行っています。

↑ESG本部 Recycle事業準備室 3G Managerの織田大詩さん

 

「紙おむつは、パルプとSAP(高分子吸収材) 、そのほかプラスチック素材から作られています。この事業では、使用済紙おむつを回収し、洗浄、分離後にパルプとSAPを取り出します。パルプは独自のオゾン処理を施し、初めから木材を材料にしたバージンパルプと同等の上質パルプとして再資源化します。」(織田さん)

↑使用済み紙おむつの循環型モデル

 

↑オゾン処理前のパルプ(左)とオゾン処理後のパルプ(右)

 

大人用紙おむつの使用量が年々増加

同社がこの事業に取り組むきっかけのひとつには、高齢化による大人用紙おむつの消費量増加がありました。

 

「高齢化社会が進むなか、大人用の紙おむつの生産量が年々増加しています。それに伴い、ゴミの焼却によるCO₂排出量の増加、パルプの原料である森林資源の消費など、環境にかかる負担が増えることにもつながります。そういったリスクを軽減させるために、2011年頃から課題解決に向けて試行錯誤を繰り返し、2015年、紙おむつのリサイクルの開発にたどり着きました」(織田さん)

↑大人用紙おむつの生産量の推移(一般社団法人 日本衛生材料工業連合会の資料)

 

発表の翌年、2016年5月から鹿児島県志布志市との実証実験をスタート。同市は一般廃棄物のリサイクル率が市レベルでは、全国の自治体トップで、「リサイクル先進都市」としても有名です。また、2020年度は東京都で分別回収の実証実験を実施。高齢者施設や保育園など特定の施設から使用済み紙おむつを回収し、それを志布志市の隣の鹿児島県大崎町にあるそおリサイクルセンターまで運搬し、そこでリサイクル処理をしました。

 

立ちはだかるいくつもの課題

使用済み紙おむつのリサイクルは、海外においても事例は複数確認できます。しかし同社のように、上質パルプと同等の品質に何度も再生できる、いうなれば「リサイクルのループ」を実現したのは世界初。ただ、そこにたどり着くまでには多くの労力が費やされ、しかも事業化にはまだまだいくつもの課題があるそうです。

 

「技術的な面では、パルプから排泄物等の異物を完全に取り除くことは、非常に難しいものです。そのため、オゾンによる弊社独自の処理技術を開発しました。それにより、分離後の低質パルプを紙おむつの製造に利用可能なレベルにまで再生できるようにしました。同様にSAPも再生化処理し、再資源化できるようにすすめています。

 

そして事業化における主な課題として、『回収』と『処理場の確保』があります。リサイクルの難しさを“混ぜればゴミ、分ければ資源”と表現することがありますが、自治体の理解と協力がなければこの事業は実現できません。昨年、全国の自治体向けのガイドラインを環境省に作っていただいたこともあり、関心を示す自治体も増えました。説明会を開催したり、個別にミーティングを行ったりしていますが、分別回収をどうするか。自治体ごとにゴミの回収方法や状況が異なるので、同じルールを全自治体に適用するわけにもいきません。また、使用済み紙おむつはすべての家庭から出るわけではなく、衛生面などの問題もあるため、一般住民の方の理解も必要です。

↑志布志市の使用済み紙おむつ回収に関するチラシ

 

さらにリサイクル処理場をどうするかという問題もあります。新しい施設となると住民の理解が必要ですし、既存の処理場内にリサイクル施設を設置する方法が現実的ですが、どちらにしても、スペースとコスト面を考えていかなくてはなりません」(織田さん)

 

リサイクル処理技術を開発するだけでなく、紙おむつの回収方法や処理施設の問題、一般の方々の理解などをクリアしたうえで、リサイクルのシステムを確立しなければならないのです。

 

実証実験で温室効果ガスが87%減

実際に使用済み紙おむつのリサイクルシステムが確立されたら、環境への効果はどの程度期待できるのでしょうか。

 

「さまざまな観点から検証したところ、温室効果ガスの排出量においては、焼却して新たな紙おむつをバージンパルプから作る場合と比べて、CO₂が87%減る見込みとなりました。また、パルプに必要な木材も大人用紙おむつを100人が1年間リサイクル品にすると、ゴミ収集車(2t)約23台分が減り、100本分の木を切らなくて済むことがわかりました」(織田さん)

↑温室効果ガス排出量の焼却との比較

 

2022年4月までに志布志市での事業化を目指す

地球環境への貢献にも大きな期待が持てるだけに、事業化への期待は高まります。まだテスト段階ですが、リサイクルから作られた紙おむつを高齢者施設で使用してもらったところ、好意的な意見も多かったそうです。

 

「処理技術と回収というリサイクルの仕組みを成立させ、まずは志布志市において2022年4月を目標に事業化できるよう進めています。そして2030年には10カ所以上にリサイクル施設を展開できればと考えています。また、衛生用品なので、バージンパルプ同等にいくら綺麗にしたからといっても、特にお子さん用の場合は抵抗のある方も少なくないと考えています。リサイクルパルプに対するネガティブな要因を払拭していく必要があるため、今後、自治体だけでなく、一般の方たちへの啓発活動も積極的に進めていきたいと思います」(織田さん)

 

ペットボトルや空き缶のように、使用済み紙おむつも資源ごみとして回収される日が来ることを期待するばかりです。

 

事業を通じて社会的な責任を果たす

今回のように、使用済み紙おむつのリサイクル事業に取り組むことになった背景には、消費者や投資家の「ESG」への関心の高まりも影響しているそうです。「事業を通じて社会的な責任を果たすことが企業の正しい在り方だと考えています」と話すのは、ESG本部の上田健次さん。そもそも同社は以前から事業を通じて社会貢献を意識して取り組んできました。

 

↑ESG本部 ESG本部長代理 兼 ESG推進部長 兼 企業倫理室長・上田健次さん

 

「事業活動とは別なものとして社会貢献活動があるのではなく、事業活動そのもので環境問題や社会課題の解決に貢献することを目指してきました。例えば生理や生理用品について、気兼ねなく語れる世の中の実現を願い、『ソフィ「#NoBagForMe」プロジェクト』を2019年6月からスタートしています。今までは生理用品を買うと、透けて見えないように紙袋に入れられてきました。そこで購入時に紙袋で包む必要性を感じさせないパッケージデザインを開発。生理用品を買うことは当たり前で紙袋に入れる必要がない、選択肢を与えるという考え方を普及させたいと考えました。 

↑『ソフィ#NoBagForMe』限定デザイン

 

また、企業向けに生理に関する勉強会も行っています。日本はまだまだ男性の管理職が多く、生理について正しく理解をしていなかったりします。ですが生理は女性が普通に暮らしていく中で身近にあるもので、それに対して、体調が芳しくないなどオープンに話ができて、それを男性も理解をしてお互いに気遣いができるようにと。また、発展途上国など一部の国や地域では、生理中の女性の行動を制限する古い慣習が残っているところもあります。その国の社会や文化的な背景を考慮し、様々な生理に関する啓発プログラムを展開するなど、当社ができることは何かと考え、提供しています」(上田さん)

 

SDGsの登場により加点式から減点式へ

事業活動そのもので社会的な責任を果たすというのが同社のスタンスでしたが、SDGsの登場はその取り組み方にも影響を及ぼしました。

 

「いわゆる『SDGsネイティブ』というような若い世代の人たちの動きを意識せざる得なくなりました。そしてSDGsは、社会貢献に取り組んでいるかどうかを企業に問いやすくしたと思います。というのも、社会的な責任の果たし方についてそれまでは加点方式でした。他社が行っていないことを行うことでプラス評価されたのです。ところが、今は社会貢献活動が当たり前で、減点方式になっています。『SDGsに取り組んでいないなら減点』だと。この変化により、周囲からどう評価されるか、今まで以上に意識しなければならなくなりました。そのため事業収益を重視しつつ、SDGsに対して貢献できるビジネスモデルを行わないと企業経営そのものの持続可能性が確保できない。その考えはステークホルダー全員で共有されたと思います」(上田さん)

 

目指すは全社員でESG経営を実践すること

「2020年1月にCSR本部をESG本部へと改組しました。CSR本部時代の最大の反省点は、『社会貢献活動はCSR本部だけが行えばよい』という雰囲気を社内に作ってしまっていたことでした。そこでESG本部に改組したときに、目標を『ESG本部を早くなくすこと』としたのです。要するに、社員一人ひとりがESG経営を意識し、SDGsへの貢献を考えながら事業を進めるのが当たり前、という考え方を浸透させる。そうすればESG本部は必要ないわけです。まだまだ道半ばではありますが、できるだけ早くそうなることを目指し活動していきたいですね」(上田さん)

 

人気抜群の教育YouTuber葉一さん×大橋知穂JICA専門家:「子どもたちの挑戦する力は教育から生まれる」【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「すべての人が教育を受けることができる世の中」を目指して、日本とパキスタンで奮闘する2人が、子どもの未来を拓く教育の力について熱く語り合ったトークイベントについて取り上げます。

教育が持つ力について語り合うYouTuber葉一さん(左)と大橋知穂JICA専門家(右)

大橋知穂JICA専門家は、パキスタンでこれまで小学校の入学機会を逃した子どもや若者約2300万人に基礎教育を受けることができるようサポートしてきました。教育YouTuberの葉一(はいち)さんは、日本で小学3年生から高校3年生向けに、無料の教育動画を配信しています。不登校などさまざまな理由で学校に行けなくなった子どもたちなど、動画チャンネル登録者は142万人に上ります。

いつでも、どこでも、誰でも、教育を受けることができるよう取り組む2人が口を揃えて言うのは、「教育は、困難を乗り越え、子どもの挑戦する力を生み出す」こと。活動する場所や環境は異なるものの、その想いは一緒です。

 

子どもの成長は大人の価値観を変える

15歳以上で文字の読み書きのできない人は人口全体の58%(出典:2015年社会・生活水準調査/パキスタン統計局 )

パキスタンは、学齢期の子ども(5~16歳)の不就学者が全体の44%と多くユネスコの統計によると世界ワースト2位です。そんな子どもたちの不就学、識字率の低さといった課題解決を図るため、JICAはパキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できる「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。

約12年間にわたりパキスタンでノンフォーマル教育に携わってきた大橋専門家は今回、その取り組みをまとめたプロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0からの出発』を出版。これを機に、YouTuberの葉一さんとの対談が実現しました。

「教育は大人がどうしたいかではなく、子どもがどう受け取るかが大切」と述べる葉一さん

「女の子には教育は必要ないと考えていた父親の反対で小学校の退学を余儀なくされた11歳の女の子。学校で習った知識を生かして家計簿を付け、母親を手伝います。するとその姿を目の当たりにした父親が娘の成長に大感激して、地域の女性たちが学べる環境をつくろうと奮闘し始める……。この話にはグッときました」

大橋さんの著書を読んだ葉一さんはそう語り、大人が自ら価値観を変えるのは難しくても、教育によって子どもが成長することで考え方が変わっていくことがある、ということを実感したと言います。そして何よりも、学ぶ楽しさを知った子どもたちが生き生きとしていく様子は、日本もパキスタンも一緒だと語ります。

 

挑戦する力を支えるのは自己肯定感

「子どもたちの学びの機会を守りたい」と語る大橋専門家

「小学校に行く機会を逸してしまったとはいえ、生徒たちはやり直しのきく年齢。わからなかったことを理解したり、新しいことを知ったりする経験を通して自信を付けていきます。学習が進むにつれて表情が生き生きとしてくるのは、自己肯定感が高まっている証しですね。子どもたちの自己肯定感を高めるのは教育。逆にそれを奪うきっかけになるのも教育なのだろうと思っています」

子どもたちが変わっていく姿をパキスタンで目の当たりにしてきた大橋専門家は、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが気になると言います。そんな問いかけに葉一さんは、日頃、日本の子どもたちと向き合いながら感じていることを話しました。

「日本は“できて当たり前”といった風潮があり、失敗すると減点されてしまう。失敗をすると子どもたちの自己肯定感が下がり挑戦を恐れ始めます。しかし挑戦をしないことには成功体験が積めない。子どもたちは、結果が出るまでの小さな成長や成功を自覚しにくいので、ぜひ周りの大人が褒めてください。そしてご自身の失敗談を語り、どう乗り越え、最後に何を得られたかというストーリーを聞かせてあげるのが効果的だと思います」

YouTuberの葉一さんは、2012年から授業動画「とある男が授業をしてみた」を配信しています。塾講師として働いていた時、経済的な理由で塾に通えない子どもが多いことを知り、“親の所得の違いが教育格差につながる”という状況に疑問を持ちました。子どもに学びたいという意志さえあれば無料で学べる環境を作ろうと授業動画の配信を始めました。

子どもたちのことをちゃんと考えている大人もいるんだよ、と伝え、周囲の大人が子どもの成長を認めてあげることが自己肯定感を高め、挑戦を後押しすることにつながると、その言葉に力を込めます。

 

YouTuber葉一さんが制作協力する教材がパキスタンの子どもたちの教育現場に!

失敗してもやり直しができる、失敗したことを糧にがんばることができることを、パキスタンで実現させたい—。大橋専門家は、まもなくまたパキスタンへと赴き、子どもたちの学びの場をさらに拡充させる取り組みを進めます。葉一さんのわかりやすい動画教材制作についてそのコツを聞くと、「お手伝いします!」という言葉が葉一さんから返ってきました。今後、ノンフォーマル学校の中学生用向け教材の作成で二人の協力が始まります。いつでも、どこでも、誰でも—そんな学びの機会が、パキスタンでさらに広がっていきます。

ノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所などで行われます

葉一さんと大橋専門家の対談など、プロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0(ゼロ)からの出発』出版記念オンラインセミナーの様子はこちら

気候変動が新たな道を拓いた?「アカウミガメ大移動」の謎が解明

数十年をかけて、数千~1万km以上の距離を移動するアカウミガメ。その長い年月と壮大な距離から、アカウミガメの移動は「失われた歳月」とも呼ばれますが、その行程や寒い海域での移動方法はほとんど明らかにされていませんでした。しかし、最近ついにアメリカの研究チームがその謎を解明しました。

↑アカウミガメには道が見える

 

日本沿岸の海域には3種類のウミガメが生息していますが、アカウミガメはそのひとつ。アメリカ、ブラジル、オーストラリアなど、日本の主に南側の太平洋沿岸を産卵地としています。日本の砂浜で生まれた場合、アカウミガメの子ガメは黒潮にのって太平洋を横断しながら、東へ向かい、メキシコ西部にあるバハ・カリフォルニア半島の沖合に辿り着きます。エサが豊富なこのエリアで十分に成長すると、再び太平洋を横断して日本を目指し、一生をかけて大移動を繰り返します。

 

しかし、太平洋には「イースタン・パシフィック・バリア」と呼ばれる冷たい海域が存在し、アカウミガメはそこを超えるものとそうでないものに大きく分かれます。研究者が長年知りたかったのが、この海域を、温度に敏感なアカウミガメがどうやって横断するのか? ということ。米国・スタンフォード大学などの研究チームは、衛星追跡デバイスをつけたアカウミガメ231頭を15年間に渡って追跡しており、収集したデータをさまざまな角度から分析することにしました。

 

日本を出発して、バハ・カリフォルニア半島まで辿り着いたのは6頭のみ。研究チームはこのカメについて調べたところ、初春に移動を行い、ほかのカメより温かい海の中を泳いでいたことが判明しました。さらに研究チームは、バハ・カリフォルニア半島に到着したアカウミガメの骨を観察。人間と同じように、カメの骨も食べ物の影響を受けるため、骨の特徴からアカウミガメがいつ頃、外洋から沿岸に辿り着いたのかを調べることができるのです。この分析を行なった結果、多くのアカウミガメが、海が温かい時期にこの半島に到着していたことがわかりました。

↑231頭のアカウミガメの追跡データ。うち6頭が日本からバハ・カリフォルニア半島に辿り着いたことを示している。写真提供/Dana Briscoeなど

 

研究チームによると、この要因として考えられるのは、エルニーニョなどの温暖化で海面温度が上昇して「熱の道」ができたこと。この道は春後半から夏にかけて存在しており、それが現れる前にも、海面気温が数か月間暖かくなっていました。このような条件が重なり、アカウミガメやほかの生物はイースタン・パシフィック・バリアを通過できるようになったのではないか、と研究チームは見ています。

 

今回の研究では、バハ・カリフォルニア半島まで到達したアカウミガメはわずか6頭と数が少なかったことから、さらなる研究が必要となるですが、気候変動がアカウミガメなどの海の生物に、さまざまな影響を及ぼしていることが明らかとなりました。また、研究チームは、アカウミガメが、人間が意図しない別の種を漁獲する「混穫」に巻き込まれる可能性も指摘しています。海に浮かぶプラスチックゴミなども海洋生物存続の脅威になり得るでしょう。

 

現在、世界にいる7種のウミガメのうち、アカウミガメを含む6種が絶滅危惧種に指定されています。カメは長寿や金融の象徴と言われていますが、その存在は私たちの地球環境や気候変動への取り組みにかかっているのかもしれません。

 

【出典】Briscoe DK, Turner Tomaszewicz CN, Seminoff JA, Parker DM, Balazs GH, Polovina JJ, Kurita M, Okamoto H, Saito T, Rice MR and Crowder LB (2021) Dynamic Thermal Corridor May Connect Endangered Loggerhead Sea Turtles Across the Pacific Ocean. Frontiers in Marine Science. 8:630590. doi: 10.3389/fmars.2021.630590

瞑想すると利己的になる!「マインドフルネス」の意外な落とし穴

「マインドフルネス」といえば、瞑想です。集中力が高まり、不安を軽減し、ポジティブ思考になるなど、瞑想は良いことだらけです。しかし最近の研究で、瞑想には意外なデメリットがあることがわかりました。

↑瞑想したらジコチュウになる? 修行が足りぬ……

 

瞑想は人の内面にさまざまなメリットをもたらしますが、社会的な行動に与える影響はあまり明らかになっていません。瞑想は人間を自立的にするのか、それとも人に依存しやすくするのか? この問題を明らかにするため、ニューヨーク州立大学バッファロー校の心理学部の准教授らが2つの実験を行いました。

 

1つ目の実験では、まず研究チームが被験者366名を自立的か相互依存的かどうかを判定します。次に被験者を2つのグループに分け、実験群は瞑想を、統制群はマインド・ワンダリング(心がふらふらとさまよった状態のことで、瞑想と相反する行動)を行いました。その後、慈善団体に送る封書の封入作業があることを両者に伝え、それにボランティアで参加するかどうかを聞きました。その結果、自立性が高いと判断された人が瞑想を行うと、ボランティアに参加する割合が減少することが判明したのです。

 

2つ目の実験では、研究チームは、325名の被験者が簡単なエクササイズを通して、自分の性格が自立的か相互依存的か、どちらの傾向が強いかを考えるように促しました。1つ目の実験と同様に、瞑想またはマインド・ワンダリングを行った後、被験者はチャリティー団体の募金に協力してくれそうな人とオンラインチャットを行う活動に参加するかどうか聞かれました。すると、自立的な性格に傾いた人ではボランティアに参加する割合が33%減少したのに対して、相互依存的な考えを好む人では参加の割合が40%も増えたのです。

 

この2つの結果から、瞑想は相互依存的な人の行動をより社会的にする一方、自立的な人は、人に頼らない傾向が強まることが示唆されたのです。前者は「集団主義」とも解釈できるのに対して、後者は、よく言えば「個人主義」、悪く言えば「利己主義」でしょう。いずれにしても、瞑想にはこのような側面があるようです。

 

あなたはどっち?

考え方や行動が瞑想によって利己的になったら、社会で生きていくうえでは損することもあるでしょう。瞑想によるデメリットを回避するためには、自分の性格が自立的か相互依存的かを知っておくことが大事です。

 

その指標のひとつが、自分自身の行動を表すときの言葉遣い。自立的な人は「私は〇〇をする」というように、1人称単数の主語を使う傾向があり、相互依存的な人は「私たちは△△する」のように、複数形の主語を用いることが多いそうです。

 

研究チームは文化的な考察も行っています。一般的に、欧米人は自分を自立した人間(個人主義的)と捉えるのに対し、アジア人は相互依存的(集団主義的)な人が多いと指摘しています。このような通説には異論もありますが、瞑想の作用は西洋人と東洋人の間でも異なる部分があるのかもしれません。

 

瞑想を客観的に分析し、そのデメリットを明らかにした今回の研究。「欧米のセレブやCEOの間で流行っているから自分もやる」という発想で、瞑想を無批判に取り入れることの危険性を指摘しているようにも思われます。

 

富裕層の怠慢が「地球環境」を破壊する! 英国の研究者らが警鐘

現在、世界中で貧富の格差が広がっています。資産10億ドル以上を持つ「ビリオネア」の上位26人が所有する約150兆円の資産は、貧困層38億人の総資産とほぼ同じであると言われるほど、グローバル社会では二極化が進行中。この現象は環境問題でも見られ、最近では「気候変動の原因は富裕層だ」と論じたレポートが欧米で話題を呼んでいます。

↑「LISTEN TO THE PEOPLE NOT THE POLLUTERS(汚染者ではなく、庶民の声を聞け)」や「PEOPLE OVER PROFIT(利益よりも人を優先しろ)」というメッセージが示すように、環境を汚す富裕層に対する世間の風当たりは強い

 

気候変動における富裕層の問題を指摘したのが、ケンブリッジ・サステナビリティ・コミッション(CSC)による「Changing our ways? Behaviour change and the climate crisis」というレポート。英国のケンブリッジ大学出版局が立ち上げたCSCは、環境問題をさまざまな角度からグローバルに研究しています。このレポートでは英国・サセックス大学の教授らが所得レベルに着目して、人間行動学の観点から気候変動に関する政策を提言しています。

 

早速、主な論点を見ていきましょう。本レポートは、地球温暖化を1.5℃以内に抑えるための対策は相対的に捉えるべきだと論じています。根拠のひとつとして、著者らは国連環境計画の「排出ギャップ報告書2020年」のデータに言及。同報告書は、2015年の世界の人口を所得で4つに分け、各グループの一人当たりの平均二酸化炭素排出量を計算し、所得レベルが高ければ高いほど、1人あたりの二酸化炭素排出量が増大することを示しています。

 

では、各グループはどれくらいの量を排出しているのでしょうか? 排出ギャップ報告書2020年では、2030年までに設定されている二酸化炭素排出量の目標は、1人あたり2.1tです。これを下回っていたのは、所得レベルが最も低い貧困層のみ。所得レベルが2番目に高い層(富裕層の上位10%)の二酸化炭素排出量は20t以上、所得レベルが最も高い超富裕層(富裕層の上位1%)は70tを上回っていました。

 

CSCは、この議論を別のデータで裏付けています。2018年の「Civil Society Equity Review」によると、二酸化炭素排出量の増加の半分程度は富裕層の上位10%に起因し、同37%は富裕層の上位5%に原因があるそう。残りの半分は、所得層の40%を構成する中間層によるものなので、所得層の50%を占める貧困層の影響は事実上ゼロになります。

 

また、欧州連合(EU)加盟国では、富裕層が排出する二酸化炭素の量が増加傾向にある模様。1990年~2015年の二酸化炭素排出量の変化を見ると、EUの人口の50%に相当する低所得層は24%、中間層(EUの40%)は13%削減したのに対して、富裕層(10%)は3%増加したうえ、超富裕層(1%)は5%も増えているのです。EUを離脱したイギリスでは、高所得層の4割以上が1年に3回以上、飛行機を利用している一方、低所得層ではこの割合が4%ほどに下がります。このパターンはフランスやドイツなどでも同じ。

 

したがって、世界中で二酸化炭素排出量を削減するために重要なことは、このような実態に即した排出削減量の「公平な配分」となります。「所得に関係なく、みんなが平等に二酸化炭素を減らせばいい」というわけではないのですね。

↑もっと公平な気候変動への取り組みを提言するCSCのレポート

 

しかし、ここまで来ると、庶民としては「お金持ちは何をやっているんだ?」と思ってしまいますよね。「自分さえ良ければいい」という考えを持ち、化石燃料に依存した生活を送る超富裕層は「環境を汚すエリート(Polluter elite)」と呼ばれており、悪者と見られています。「富裕層が役割を十分に果たしていない」という認識は、ほかの人たちの行動を変える妨げとなるかもしれません。「富裕層だけルールが特別」という考えが広まれば、気候変動対策の公平さに悪影響を及ぼすでしょう。

 

ただし、一概に富裕層が悪いとは言えません。富裕層はお財布を気にせず、ソーラーパネルや環境に優しい乗り物などを購入することできるのも事実です。少し大袈裟な例を挙げると、世界トップクラスの富豪のひとりであるAmazonのジェフ・ベゾスCEOは、気候変動問題に取り組む科学者や活動家を支援する基金「ベゾス・アースファンド」を2020年2月に立ち上げ、私財から100億ドル(約1.1兆円)を投じました。富裕層には富裕層の言い分があるかもしれませんが、感情的になって富裕層だけを責めるのは偏った見方となってしまうでしょう。

 

むしろ問題は、地球を汚すエリートのライフスタイルや行動をどのようにして変えるのか? 富裕層は政治的な影響力が大きいため、変化を起こすのは容易ではありません。このレポートは人間の行動を変えるための方法を多面的に検討していますが、まだまだ研究が必要な様子。それでも、富裕層に責任ある行動を促すための動きは起こっています。例えば、英国の政界では、頻繁に飛行機に乗る人に対して累進税率で課税する仕組みが議論されており、賛否両論がありますが、このような取り組みは今後の政策づくりに役立つかもしれない、とCSCは注目しています。

 

気候変動に対する取り組みについて「公平性」という観点から論じたCSCのレポート。富裕層が二酸化炭素排出量を劇的に減らさなければ、温暖化を食い止めることはおろか、気候変動への取り組み自体が破綻しかねません。富裕層の責任は重大です。

スタジアムには魔力が宿る!「無観客試合」でもホームチームが有利と判明

スポーツ競技では、ホームチームのほうがアウェーチームよりも勝率が高くなる傾向があります。これは「ホームアドバンテージ」と呼ばれており、サポーターの声援が重要な役割を担っているとされていますが、無観客試合の場合はどうでしょうか? 最新の研究で意外な事実が明らかとなりました。

↑観客の代わりに“見えない力”がホームチームを後押し

 

無観客試合とホームアドバンテージの関係を調べるために、ドイツ体育大学ケルンの研究チームは、ヨーロッパ6か国の10リーグを研究対象として、2020年3月に宣言された新型コロナウイルスのパンデミックの前後に行われた4万試合以上を分析しました。その中の1000試合以上は無観客で行われています。

 

すべての試合でホームチームとアウェーチームのどちらが勝利したかを調べ、「ホームチームの勝利」「引き分け」「アウェーチームの勝利」の割合を100試合毎に計算しました。その結果、観客がいる場合は、ホームチームの勝利:引き分け:アウェーチームの勝利=45:27:28となりました。この数値はホームチームが100試合中に45回勝つことを意味しています。

 

では、無観客試合はどうでしょうか? 同じように割合を求めると、43:25:32という結果が出ました。つまり、無観客試合と観客ありの試合では大きな変化がなかったのです。例えばイングランドのプレミアリーグを見てみると、観客ありの試合では、この割合が46:25:30だったのに対して、無観客試合は47:22:32と、ほとんど同じです。

 

この傾向はプロリーグに限りません。ドイツのアマチュアリーグのひとつクライスリーガAの6000試合を同様に分析したところ、観客の有無に関わらず、ホームチームは勝つ傾向が強いという結果になりました。

 

観客がいる試合では、審判がファンの声援や存在感に心理的な影響を受けて、ホームチームにとって有利な判定をする傾向があることが指摘されています。無観客試合では、そのような影響が少なくなり、試合はよりフェアになると考えられますが、スタジアムにおける実際の“力学”はそれ以上に複雑な模様。観客の有無に関係なく、ホームチームが無観客試合でも勝つ傾向が高いという結果に、研究者自身も驚いたようです。

 

しかしその一方で、今回の研究には例外もありました。ドイツのブンデスリーガは観客の有無で結果が大きく異なったのです。観客ありの試合では、この割合が46:24:30である一方、無観客試合は33:23:45と、アウェーチームの勝利が多くなり、ホームとアウェーが逆転する結果となっています。さらなる研究が必要でしょう。

 

ホーム試合が有利になるのは、慣れた環境でプレーすることや縄張り意識が芽生えることなど、サポーターの存在以外にもさまざまな要因が関係していると考えられます。今回の研究結果は、そのような力が作用していることを示していると言えるでしょう。サッカーの無観客試合では選手同士の口論が減り、イエローカードやレッドカードの数が減ることがわかっていますが、ピッチ上で選手たちがより冷静になるとしても、地の利を得やすいのはホームチームのようです。

 

【関連記事】

イエロー&レッドカードが13.5%も減!「無観客試合」が選手におよぼす意外な影響

 

 

ライオンもやっていた!「あくびは不謹慎」とばかり言えないワケ

他人のあくびを見ると、自分にもあくびがうつることがよくありますよね。同じことはライオンでも見られますが、なぜあくびの伝染現象がライオンにも起きるのでしょうか? 最新の研究によると、そこには社会的に重要な機能があるようです。

↑こっちにもあくびがうつりそうだ……

 

イタリア・ピサ大学の動物行動学者の研究チームは、南アフリカのブチハイエナの行動について研究を行っているときに、たまたまライオンが短い時間にあくびを繰り返していることに気付きました。

 

あくびには頭部への血流や脳の冷却を促進し、注意力を高める効果があるとされる一方、ヒトやサルなどの哺乳類、鳥類などの動物の場合は、社会的な目的であくびを行っている可能性もあります。そこで、集団で行動するライオンのあくびにも社会的な機能があるのではないか、と同研究チームは仮説を立てました。

 

彼らは2019年に19頭のライオンを4か月にわたり観察しました。その結果、あるライオンがあくびをすると、それを見た同じ群れの別のライオンが、あくびを見なかったライオンの約139倍の確率で3分以内にあくびをすることがわかりました。しかも、あくびが伝染したライオンは、最初にあくびをしたライオンが立ったり横になったりすると、あくびを見なかったライオンの約11倍の確率で同じ行動を取ることも判明したのです。

 

ライオンはオス1~2頭とメス5~6頭で群れを形成し、ともに狩りをしたり、子どもを育てたりします。そのため、仲間同士の繋がりはとても重要であり、あくびの伝染で社会的な結束力を維持しているのではないか、と研究チームは述べています。あくびによって生まれる同調行動によって、ライオンの絆は強くなっているのかもしれません。

 

この説は人間にも当てはまりそうです。あくびは心理的距離感が遠い人より、家族や友人などからのほうがうつりやすいという見方があるうえ、同調行動は相手との心理的距離を縮め、好感を与えやすいと言われています。このような機能は人間とライオンのあくびに共通していると考えられますが、このような観点から考えると、人類を含め動物はあくびを通して大事なサインを送っているのかもしれません。「あくびは不謹慎」とばかり言えませんね。

 

【出典】Grazia Casetta, Andrea Paolo Nolfo, Elisabetta Palagi, Yawn contagion promotes motor synchrony in wild lions, Panthera leo, Animal Behaviour, Volume 174, 2021, Pages 149-159, https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2021.02.010

これぞ市民科学の力! 海中に漂う「謎の塊」の正体がついに判明

水深60〜70mの海の中を浮遊する、直径1mほどのゼラチン状の丸い塊。この物体は20年以上もの間、ノルウェー近海で度々報告されてきたのですが、この塊が何なのか誰も説明できずにいました。しかし最近、研究者と市民ダイバーがこの謎の解明に乗り出し、ついにその正体が明らかとなったのです。

↑これは何なんだ? 写真提供/Robert Fiksdal

 

この謎の塊は、ノルウェー近海と地中海などで1985年から2019年の間に、およそ200人のダイバーから90回ほど報告されていました。ノルウェー、アイルランド、アメリカなどの共同研究チームが調査に乗り出し、市民ダイバーたちにこのような塊と遭遇したらサンプルを取るように呼びかけたところ、4つの塊から球体の外側と内側の両方のサンプルを収集することに成功。

 

これらのサンプルを分析し、DNA解析を行った結果、塊の中には粘り気のあるものと一緒に、イカの胎児が含まれていることが判明しました。

 

イカの種類は、ノルウェー近海と地中海に広く生息するヨーロッパイレックスです。興味深いのは、ひとつの塊の中に異なる成長段階の胎児が含まれていたこと。産卵されたばかりだったり、器官が形成されていたり、胚が発生していたり。市民ダイバーたちの目撃情報を考えると、1つの塊の中には何十万個もの胎児がいる模様で、十分に成長すると塊が破裂して、内側から赤ちゃんのイカが海中に放出されるそうです。

 

これまでに報告された90の塊のうち、イカの胎児だと明らかになったのはわずか4つですが、球体の様子や大きさなどから考えて、残りの86の塊も同様にヨーロッパイレックスの胎児が含まれているのではないか、と同研究チームは予測しています。

↑イカの卵塊だった! 写真提供/(A) Franc Jourdan、(B) Thomas Brelet。コラージュ/Halldis Ringvold (Sea Snack Norway)

 

イカは、卵嚢(らんのう)と呼ばれる寒天質の袋状に包まれた卵を海底の木の枝などに産みつけますが、スルメイカのように沖合に住むタイプは、卵を産みつける場所がないため、海中を浮遊する直径60〜80cmほどの寒天質の丸い球体の中に卵を産みつけます。これは卵塊と呼ばれますが、過去にアメリカのカリフォルニア沖で直径3mもの卵塊が見つかったことがあるものの、卵塊が見つかること自体が稀です。

 

今後、ノルウェー近海や地中海で目撃されている塊からイカの産卵について新しいことがわかるかもしれませんが、今回の調査は市民ダイバーの協力なしでは難しかったでしょう。これぞ、市民科学の力です。

 

【出典】Ringvold, H., Taite, M., Allcock, A.L. et al. In situ recordings of large gelatinous spheres from NE Atlantic, and the first genetic confirmation of egg mass of Illex coindetii (Vérany, 1839) (Cephalopoda, Mollusca). Scientific Reports 11, 7168 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-86164-8

役割分担すら不要! 遊ぶように育児をする「キウイDAD」とは?

ニュージーランドでは、妊娠や出産で大きな負担を受けた女性をねぎらうため、自ら育休を取って積極的に育児参加する男性が増えています。そんな父親たちは国鳥のキウイになぞらえ、「キウイDAD」と呼ばれることもしばしば。そんなパパがいるニュージーランドの文化や社会保障制度はどうなっているのでしょうか? キウイDADのストレス解消方法と合わせて見てみましょう。

 

さすが、世界一早く男女同権を実現した国

↑キウイDADは背中で語るだけではない

 

ニュージーランドでの子育ては、夫婦共同作業が基本です。日本のように専業主婦だけが家事や育児を担当するワンオペはもちろん、夫婦間での役割分担という考え方さえ、そもそもありません。産前産後の女性に代わって、買い物をしたり、料理を作ったり、積極的に家事をするのがニュージーランドの男性の特徴です。

 

意外と知られていないかもしれませんが、ニュージーランドは1893年に世界でもっとも早く男女同権を成し遂げた国です。政治の分野を見れば、現職のジャシンダ・アーダーン首相を含め、3人の女性が首相に選出されてきました。かいがいしく子育てに参加するキウイDADには、このような歴史的背景もあります。

 

それは言葉にも反映されており、ニュージーランドの産休や育休は「Parental Leave(ペアレンタルリーブ)」と呼ばれ、父親も母親同様に取得する権利があるなど“父権”が守られています。また、マタニティクラス(母親学級)という言葉も、ニュージーランドでは父親もそのような勉強会に参加するのが当然なので、「Parental class(ペアレンタルクラス)」と呼ばれています。

 

男性の育児休暇取得率が低い日本と異なり、ニュージーランドでは、仕事より家族を優先する同僚や、育児に理解のある上司も多いため、育休を取りやすい職場環境が父権の後押しをしているように見えます。

 

産休や育休など子育てを支えるニュージーランドの社会保障制度も見逃せないポイント。例えば、妊娠期間中は「ミッドワイフ」という専属の助産師によるサポートが得られます。ミッドワイフは単なる分娩の助産師ではなく、妊娠中の健診から出産までトータルに伴走してくれる頼もしい存在です。また、産後は「プランケット」という育児支援団体から派遣される看護師が家庭を訪問し、新生児の育児に関するノウハウを教えてくれます。妊娠・出産にかかる費用は無料で、一定の条件を満たせば日本人でも受けることが可能です。

 

さらにニュージーランドでは、子どもが3歳になると、幼稚園や保育園から無料で育児を支援してもらうこともできます。それまでの期間、父親は保育所を活用しながら、母親の職場復帰をサポートしたり、育休を活用しながら子どもと遊んだり、夫婦二人三脚で子育てに励みます。ニュージーランドの義務教育は6歳の誕生日から16歳の誕生日までとなっており、その間の公立学校での授業料は無料。また、5歳になった子どもには小学校に行く権利が発生し、希望すれば5歳から授業料なしで小学校に通うことができます。しかも日本と異なり、ニュージーランドの公立小学校は一斉入学ではないので、親は子どもの成長に合わせて入学時期を決めます。

 

親心より遊び心

↑育児も楽しんだ者勝ち

 

ニュージーランドは豊かな自然に恵まれたスポーツ王国で、バイク、ラグビー、釣り、キャンピング、山歩きなど、さまざまなアウトドアライフを満喫できます。赤ちゃんをマウンテンバイクに乗せてジョギングしたり、子どもを乗せたトレイラーをバイクに連結して走ったりと、アウトドアスポーツで気分を発散。普段から身体を動かすことが好きなキウイDADたちは、一人で気分転換やストレス解消をするのではなく、子どもと一緒にスポーツを楽しみたいと思っているようです。

 

筆者もある日、子ども用スケートリンクで自転車の練習をさせていたキウイDADを見かけました。わずか5分の間に慣れた手つきで娘の顔に日除けクリームを塗り、怪我しないように長いスパッツをはかせ、膝とひじにサポーターを装着して、ヘルメットを被せていました。とても手際よく、常日頃から子どもと遊び慣れている様子。「子育てで大切なことは?」と声をかけると、「Take it easy!(あまり深刻に考えないことさ)」と笑顔で答えてくれました。

 

アウトドアスポーツに限らず、就学前の3歳から5歳ぐらいまでの、活発になってきた子どもとの遊びは、父親が本領を発揮する場面かもしれません。自分でツリーハウスを作ったり、庭でガーデニングを教えたり、ギターを弾いたり。自由奔放に好きなことをやらせてくれるキウイDADの育児参加は、幼稚園でも家庭でも大いに歓迎されているようです。

 

また、パブも赤ちゃんや子連れOKなところが多いため、スナックを片手に美味しい地ビールを楽しむこともストレス解消法のひとつ。父親仲間のサークルで歓談するのもよいでしょう。

 

コミュニティに必ず存在する「プレイセンター」では、母親同様に父親も、子ども同伴で楽しんでいます。学び合う親たちの自主運営活動なので、各プレイセンターによって違いはありますが、遊具などを使った外遊びをメインに、工作やお絵描き、知育遊びなどを子どもたちが自由に選んで楽しみます。

 

キウイDADには、ユーモア好きで遊びの達人が多い傾向にありますが、どうやって子どもと遊んでよいかわからないという父親には、ニュージーランド発の育児オンラインチャンネル「How to DAD」がおすすめ。 これを立ち上げたJordan Watson氏は、チャンネル登録者数 104万人の人気YouTuberで、ビーチサンダルに短パン・Tシャツといった典型的キウイDADスタイルで、ユーモアたっぷりに子育てアイデアを紹介してくれます。赤ちゃんの抱き方や寝かせ方はもちろん、幼児に野菜を食べさせたり、ダンスを踊ったりするほか、キャンプやお出かけ編も必見。パパ目線で育児をするとこんなに遊べるのか、とパパだけでなくママも開眼するかもしれません。

 

コロナ対策をうまく成功させたニュージーランドは、学校や幼稚園などで子どもたちが社会参加する機会をいち早く再開しました。コロナ禍でのオンライン学習も便利でしたが、人と接したり自然のなかで遊んだり、のびのび育ってほしいと願うのは親だけではありません。ニュージーランド政府もコマーシャルなどを通して、海外の観光客がいないときこそ、国民に子どもとのキャンプやネイチャーツアーといった国内旅行をしてほしい、と訴えています。

 

ニュージーランド在住の筆者も、この国は社会制度が充実し、子育てしやすい国だ、とつくづく感じてきました。子育ては夫婦でやるのが当たり前というニュージーランドの文化や、家事・育児を楽しむキウイDADの存在は、結婚生活や出産に伴う女性の大きなストレスを軽減してくれる心強い味方と言えそうです。

 

執筆/ハドソン知子

楽器のチカラでSDGsを推進! ヤマハが取り組む「器楽教育普及」と「認証木材調達」

新興国の子どもたちに器楽演奏の楽しさを届ける~ヤマハ株式会社

 

「Music can change the world.(音楽は世界を変えることができる)」とは、作曲家・ベートーベンの言葉です。これを体現しようとしているのが、総合楽器メーカーのヤマハ。お馴染みの「ヤマハ音楽教室」をはじめ、国内はもちろん、海外でも古くから音楽教育プログラムを展開してきましたが、2015年からは新興国を中心に「スクールプロジェクト」という活動を行っています。

 

楽器・教材の提供と指導者育成をワンセットに

「『スクールプロジェクト』とは、器楽教育を新興国の学校に導入するための活動です。音楽の授業が存在しない国や、音楽の授業で楽器の演奏を行わない国は珍しくありません。また、先生自身が楽器に触れた経験がなく、教えることが出来ない、というケースもあります。そうした国々に対して楽器演奏の楽しさを伝え、子どもたちの豊かな成長を支援するのが目的です」と話すのは、同プロジェクトを展開するAP営業統括部戦略推進グループ主事の清田章史さん。

↑AP営業統括部戦略推進グループのメンバー。左から清田章史さん、屏紗英子さん、爲澤浩史さん

 

具体的な内容としては、楽器と教材の提供、そして現地の学校の先生たちの養成など。現地政府や教育機関とも連携しながら、音楽授業や器楽クラブ活動の普及を行い、現地の公立校や私立校において、器楽教育の機会を提供することを目指しています。

 

教材の内容は国ごとにカスタマイズ

「2021年4月時点で活動を展開しているのは、マレーシア、インドネシア、ベトナム、インド、ブラジル、UAEの6か国。そして今年、エジプトでも器楽を用いたトライアル授業が開始される予定になっています。用いられる楽器は、展開国の状況に合わせて提案していますが、最も多いのはリコーダーです。初の器楽教育という場面においては、楽器自体が安価である点と、運指と吹奏の要素を兼ね備えている点を、メリットと感じていただけるようです。リコーダー以外では、ポータブルキーボードやピアニカなども展開しています。

 

また、教材は当社が独自で開発した“Music Time”という教材を提供しています。“Music Time”は、楽器演奏の経験がない先生でも教えることができる点が特徴です。現地の需要に応じて民族音楽を取り入れるなど、内容をカスタマイズするなどの工夫も施しています。ちなみに学校の先生方への研修は、カリキュラムやフィロソフィーを理解した現地の講師を採用・契約して実施しています。これは、日本からの支援が無くても持続的に活動できる体制を構築するためです」(清田さん)

↑2021年3月現在の活動展開国

 

↑「スクールプロジェクト」の活動内容

 

非認知能力の育成にも期待

音楽の楽しさは誰もが認めるものでしょう。楽器に触れたことのない子どもたちが、初めて楽器を手にし、曲を演奏できないまでも、音を出して笑顔になる姿も容易に想像できます。豊かな心が育まれる点も期待できますが、実は器楽教育の効果はそれだけではありません。

 

「演奏できるようになるまで一緒に練習したり、クラスメイトと協力しあって一つの曲を仕上げたり、クラス発表会で緊張しながら披露したりと、学校での楽器演奏にはいろいろな場面があります。こうした経験は単に楽器の演奏スキルの向上を促すだけではなく、協調性が育まれたり、自尊心が芽生えたり、ルールを守る大切さを知ったりするなど、いわゆる非認知能力の育成にも繋がると考えています。楽器の演奏を体験することで、子どもたちが幸せを感じ、将来に希望を持てるようになってほしいという想いを込めて活動しています」(清田さん)

↑オリジナル教材「Music Time」。挿入曲はワールドワイドな童謡や、現地の子どもや大人にとっても馴染みのある伝統曲などが使われている

 

スクールプロジェクトは、先生や保護者からの評価も高いそうです。新興国は、実学主義になりがちと言われていますが、子どもたちが「楽しいと感じる授業」を提供できることも貴重なのかもしれません。

 

ベトナムでは学習指導要領に追加

実際に各国のスクールプロジェクトはどのように導入されているのでしょうか。インドやマレーシアでは、私立校やクラブ活動が中心ですが、ベトナムでは、学習指導要領に器楽教育が新たに追加され、2020年9月から日本の小学1年生にあたる子どもを対象に授業がスタートしたそうです。

 

「2016年頃、ベトナム教育訓練省にて器楽教育の必要論が出ました。その情報を受け、文部科学省やJETRO(日本貿易振興機構)の協力のもと、プレゼンテーションを行ったのです。その後、セミナーなどを経て徐々に器楽教育の意義が関係者に理解され、まず学校のクラブ活動として認められ、活動がベトナムのテレビで取り上げられるなど話題となりました。

 

ベトナムに限らず新興国では、音楽は富裕層の趣味というイメージが強いため、当初はそんなイメージを払拭させ、みんなで一緒に楽しもうという雰囲気を作るのに苦労しました。そうした活動もあり、現在ベトナムでは器楽教育が学習指導要領に加えられ、約2500校で器楽教育が行われています」(清田さん)

↑ベトナムでのリコーダークラブ風景

 

↑ハノイ(ベトナム)で開催されたリコーダー・フェスティバル

 

現地で授業風景を見学した、AP営業統括部戦略推進グループ主事の爲澤浩史さんは、こう話します。

 

「日本では当たり前のリコーダーが、ベトナムの子どもたちにとっては、見たことがない楽器なんです。初めて手に取り、『何これ?』と言いながらも、目をキラキラさせながら楽しそうだったのが印象的でした。子どもたちから直接、ありがとうと言われたこともありますし、『リコーダーの授業のおかげで学校が楽しくなった』と聞いたときは、嬉しかったです」

 

新しいカリキュラムの導入は、先生にとって負担が増えることは否めません。実際、当初は不満の声も聞かれたそうです。しかし、器楽教育の重要性と効果が理解され、今では先生からも感謝の声が聞かれるそうです。

 

サステナビリティ重点課題の特定

「スクールプロジェクト」としては、2022年3月末までに7か国3000校、累計100万人への導入を目標に掲げていて、同社の中期経営計画目標にも含まれています。

 

「経営目標として、従来は財務的な目標だけだったのですが、初めて非財務目標が掲げられました」とは、経営企画部サステナビリティ推進グループ・リーダーの阿部裕康さん。「当社らしいサステナビリティの領域で、社会への貢献度が高い活動を、将来の事業成長へのつながりも見据えて取り組んでいます」と話します。

↑経営企画部サステナビリティ推進グループ リーダー・阿部裕康さん

 

「サステナビリティについて、当社は1970年代からいわゆる環境管理、汚染の防止を発端に取り組んでいます。フィランソロピー(ボランティア)的な取り組みも行っていますが、基本的には事業を主体としています。バリューチェーンも含め事業全体において、環境や社会の持続可能性にマイナス影響を与えるものを特定し、まずはそれに対応する。一方でプラス影響についても積極的に創造していくというのが、基本的な考え方です」(阿部さん)

 

同社では、事業活動における環境や社会への影響、ステークホルダーの期待や社会要請に鑑みて「サステナビリティ重点課題」を設定していますが、まずは、社会的責任に関する国際規程であるISO26000、およびSDGsに照らして、バリューチェーンにおけるサステナビリティ課題を抽出。その課題をステークホルダー視点で吟味し……と、段階を踏んで重点課題を特定しているのです。

↑サステナビリティ重点課題の設定

 

「当社がひとりよがりで決めるのではなく、社会からのさまざまな要請、ステークホルダーの声、そして事業のうえでの重要性を考慮し決めています。“サステナビリティ重点課題”“基本的なサステナビリティ活動”“経営基盤”と三段階に分けていますが、“サステナビリティ重点課題”以外が重要でないというわけではなく、とくに重視をして、しっかり経営レベルで議論しながら、推進している状況です」(阿部さん)

 

重点課題と木材資源への取り組み

例えば「スクールプロジェクト」のほかに同社が進めている事例の1つが木材調達における活動です。楽器などの製造には多種多様の木材を使用しますが、木材の調達時に違法木材が紛れ込んでしまうリスクがあります。そうしたリスクへの対応のためにトレーサビリティや合法性の厳格な確認を進めるとともに、持続可能な森林から産出される認証木材の利用拡大を進めています。認証木材の採用率は2019年度の28%から、2020年度は48%まで飛躍的に向上。2021年度の目標50% に向けて順調に推移しています。

 

「タンザニアでは、木材資源の持続性向上に向けた活動を現地で行っています。クラリネットなど木管楽器に欠かせない“アフリカン・ブラックウッド”という、準絶滅危惧種に指定されている樹木を取り巻く課題への取り組みです。元々アフリカの中でも限られた地域にしか分布しない樹種である上、伐採した樹木のほとんどが楽器材として使われます。近年は、楽器に適した良質材が減少しており、過剰に伐採しさらに資源量が減少するという悪循環に陥っています。そこで当社では、専門家の力を借りながら、楽器に使える良質な木材を育成し、現地の人たちにとって持続性のあるビジネスとして確立できるよう活動しています」(阿部さん)

↑タンザニアでの森林調査の様子

 

違法木材(違法伐採)の問題は、新国立競技場の建設でもニュースになりました。同社のこの活動は、木材資源の管理、維持というだけでなく、森林伐採による酸性雨や温暖化など地球規模での課題にも向き合っていると言えます。

 

SDGsの目標4番、12番、15番を重視

最後に、SDGsの目標のなかで何番を重視しているかうかがいました。

 

「環境へのマイナス影響の懸念から、やはり木材資源への取り組みに関係する12番と15番、そして社会・音楽文化への貢献と事業へのつながりからスクールプロジェクトにリンクする4番があげられると思います。その他にも多くのテーマに取り組んでいますが、しっかりと議論を深めながら当社らしい、当社ならではのSDGsやサステナビリティへの取り組みを推進していきたいと考えています。短期的にはコストが上がることもあるかもしれませんが、そこは常にイノベーションをもって、社会・環境課題への対応を企業価値の源泉にできるように知恵をしぼっていきたいと思います」(阿部さん)

 

米国で大人気の「STEM教育おもちゃ」が子どものスマホ時間をチャンスに変える!

育児をする多くの親にとって最大の関心事のひとつが、子どもの教育。近年の日本では、英語の早期教育が盛り上がっていますが、同様に大きな注目を集めているのが「STEM(ステム)教育」です。「論理的思考やプログラミングなどを子どもが早いうちから身につけるためには、どうすればよいのか?」と頭を悩ませているママ・パパも少なくないでしょう。そこでオススメは、最近アメリカで大人気の「Osmo(オズモ)」です。

↑ロボット作りだって、余裕しゃくしゃくになるかも

 

オズモは、スタンフォード大学出身の元Googleのエンジニアたちによって開発された、まったく新しい「STEM教育」ツールです。学習者がアプリの画面の中だけでなく、タイルやペン、紙、ブロック、おもちゃなども使って、STEM教育を楽しく身体で覚えるのが特徴。すでに全米では3万以上のクラスと250万以上の家庭で使用されています。

 

アメリカでは2009年ごろから、科学技術に優れた人材を育成するための取り組みとして、「STEM教育」が本格的に学校教育へ取り入れられてきました。STEM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からなり、子どものうちからパソコンやタブレットを使って学習したり、プログラミングやコーディングについて学んだりとIT社会を生き抜く人材を育てることに注力しています。

 

研究チームによると、オズモはこのSTEM教育を軸に据え、「子どもは体験型学習を通じて、より多く学ぶことができる」という長年の独自研究結果をもとに、ブロックなどリアルな玩具とデジタルを融合させて作られました。STEM教育を反映した新たなデジタル技術を盛り込んでおり、「Reflective Artificial Intelligence」と呼ばれる独自のAI技術を活用した体験型学習ができるようになっています。

 

オズモの基本スターターキット「ジーニアスキット」は1万2980円(税込/iPad別売)で販売中。日本でも購入可能で、日本語にも対応しています。英単語や算数、パズル、お絵描きなどを学ぶことができるうえ、プログラミングなどの専用キットを追加で購入すれば、さらに学びの幅が広がります。

 

「ジーニアスキット」には、ナンバーズ(算数)、マスターピース(お絵描き)、ニュートン(理科)、ワード(英単語)、タングラム(パズル)の5つのアプリが搭載されており、小学生(6歳〜10歳)向けのラインナップになっています。例えば、ワードは、デバイスから聞こえてくる音と写真をもとにして、ABCのパネルを選ぶというゲームで、1000以上の英単語を学ぶことができます。複数人数での対戦モードなどもあり、1つのアプリでさまざまな楽しみ方ができます。

 

これに加えて、オズモにはプログラミングの基礎を学ぶ「コーディング」(税込1万2980円/iPad別売)や、経営の基礎を学ぶ「ピザカンパニー」(税込6050円/iPad別売)などもあります。前者では、実際にコーディングブロックをくっつけたり並べたりしながら、コードの書き方を学ぶ一方、後者では、トッピングやお金のタイルを使って、ピザを作ったり、お釣りを素早く計算したりします。

 

これらは一問一答形式ではなく、「自分には何が必要か?」とか「売上目標を達成するためには何をすればよいか?」のような論理的思考力や問題解決能力を養うように設計されているうえ、協力性や根気を育てる要素も含まれています。

↑ピザカンパニーで遊ぶ子ども

 

コロナ禍により、ステイホームを余儀なくされた子どもたちは、スマートフォンやiPadなどのタブレットの画面を見るスクリーンタイムが格段に増えました。あるアンケートの調査結果によると、そのような時間は通常時に比べて5倍も増大したそう。このような背景から、オズモは学習の遅れやスクリーンタイムの増加を懸念した親たちからも注目されるようになり、最先端の知育玩具として人気を集めています。

 

オズモを採用した学校の教師によれば、アプリと物理的な要素を組み合わせることで、子どもたちは課題に取り組む際、より忍耐強く考えることができるようになったそう。一般的なアプリでは、最初は集中していても次第に当てずっぽうになり、最後はできるだけ速くタップするだけになってしまう傾向が多く見られますが、オズモの場合はパネルやブロックなど、実際に手を使って問題を解くため、より深く考えるようです。

 

また、ブロックを使えば、複数人で学習することができるので、コミュニケーション能力やチームでの問題解決能力も促進されます。プログラミングを学ぶコーディングでは、回答が1つではないため、子どもたちが一緒に模索しながら、いくつもの答えを考え出します。このプロセスが論理的思考の構築に役立っている模様。

 

筆者の6歳になる息子の場合、学校のリーディングのトレーニングがワードアプリと合っているようで、意欲的に取り組んでいます。しかし、2歳の娘をもつ友人は、親が手伝っても、子どもが自主的に遊ぶようになるのは少し難しいと思ったとのこと。オズモに適しているのは、ある程度タブレットを使いこなせるようになる3歳以降の子どもかもしれません。なお、保護者は親専用のアプリを使うと、子どもが夢中になっているアプリに加えて、プレー時間や問題解答数などを確認することができます。

 

実際に手を動かすことによって、デジタルの世界がリアルに体験できることが、オズモの最大の魅力。コロナ禍で子どものスクリーンタイムは確実に伸びていますが、一様に利用を制限するよりも、それを逆手に取り、子どもの興味を学びにつなげてみてはいかがでしょうか?

米国で大人気の「STEM教育おもちゃ」が子どものスマホ時間をチャンスに変える!

育児をする多くの親にとって最大の関心事のひとつが、子どもの教育。近年の日本では、英語の早期教育が盛り上がっていますが、同様に大きな注目を集めているのが「STEM(ステム)教育」です。「論理的思考やプログラミングなどを子どもが早いうちから身につけるためには、どうすればよいのか?」と頭を悩ませているママ・パパも少なくないでしょう。そこでオススメは、最近アメリカで大人気の「Osmo(オズモ)」です。

↑ロボット作りだって、余裕しゃくしゃくになるかも

 

オズモは、スタンフォード大学出身の元Googleのエンジニアたちによって開発された、まったく新しい「STEM教育」ツールです。学習者がアプリの画面の中だけでなく、タイルやペン、紙、ブロック、おもちゃなども使って、STEM教育を楽しく身体で覚えるのが特徴。すでに全米では3万以上のクラスと250万以上の家庭で使用されています。

 

アメリカでは2009年ごろから、科学技術に優れた人材を育成するための取り組みとして、「STEM教育」が本格的に学校教育へ取り入れられてきました。STEM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字からなり、子どものうちからパソコンやタブレットを使って学習したり、プログラミングやコーディングについて学んだりとIT社会を生き抜く人材を育てることに注力しています。

 

研究チームによると、オズモはこのSTEM教育を軸に据え、「子どもは体験型学習を通じて、より多く学ぶことができる」という長年の独自研究結果をもとに、ブロックなどリアルな玩具とデジタルを融合させて作られました。STEM教育を反映した新たなデジタル技術を盛り込んでおり、「Reflective Artificial Intelligence」と呼ばれる独自のAI技術を活用した体験型学習ができるようになっています。

 

オズモの基本スターターキット「ジーニアスキット」は1万2980円(税込/iPad別売)で販売中。日本でも購入可能で、日本語にも対応しています。英単語や算数、パズル、お絵描きなどを学ぶことができるうえ、プログラミングなどの専用キットを追加で購入すれば、さらに学びの幅が広がります。

 

「ジーニアスキット」には、ナンバーズ(算数)、マスターピース(お絵描き)、ニュートン(理科)、ワード(英単語)、タングラム(パズル)の5つのアプリが搭載されており、小学生(6歳〜10歳)向けのラインナップになっています。例えば、ワードは、デバイスから聞こえてくる音と写真をもとにして、ABCのパネルを選ぶというゲームで、1000以上の英単語を学ぶことができます。複数人数での対戦モードなどもあり、1つのアプリでさまざまな楽しみ方ができます。

 

これに加えて、オズモにはプログラミングの基礎を学ぶ「コーディング」(税込1万2980円/iPad別売)や、経営の基礎を学ぶ「ピザカンパニー」(税込6050円/iPad別売)などもあります。前者では、実際にコーディングブロックをくっつけたり並べたりしながら、コードの書き方を学ぶ一方、後者では、トッピングやお金のタイルを使って、ピザを作ったり、お釣りを素早く計算したりします。

 

これらは一問一答形式ではなく、「自分には何が必要か?」とか「売上目標を達成するためには何をすればよいか?」のような論理的思考力や問題解決能力を養うように設計されているうえ、協力性や根気を育てる要素も含まれています。

↑ピザカンパニーで遊ぶ子ども

 

コロナ禍により、ステイホームを余儀なくされた子どもたちは、スマートフォンやiPadなどのタブレットの画面を見るスクリーンタイムが格段に増えました。あるアンケートの調査結果によると、そのような時間は通常時に比べて5倍も増大したそう。このような背景から、オズモは学習の遅れやスクリーンタイムの増加を懸念した親たちからも注目されるようになり、最先端の知育玩具として人気を集めています。

 

オズモを採用した学校の教師によれば、アプリと物理的な要素を組み合わせることで、子どもたちは課題に取り組む際、より忍耐強く考えることができるようになったそう。一般的なアプリでは、最初は集中していても次第に当てずっぽうになり、最後はできるだけ速くタップするだけになってしまう傾向が多く見られますが、オズモの場合はパネルやブロックなど、実際に手を使って問題を解くため、より深く考えるようです。

 

また、ブロックを使えば、複数人で学習することができるので、コミュニケーション能力やチームでの問題解決能力も促進されます。プログラミングを学ぶコーディングでは、回答が1つではないため、子どもたちが一緒に模索しながら、いくつもの答えを考え出します。このプロセスが論理的思考の構築に役立っている模様。

 

筆者の6歳になる息子の場合、学校のリーディングのトレーニングがワードアプリと合っているようで、意欲的に取り組んでいます。しかし、2歳の娘をもつ友人は、親が手伝っても、子どもが自主的に遊ぶようになるのは少し難しいと思ったとのこと。オズモに適しているのは、ある程度タブレットを使いこなせるようになる3歳以降の子どもかもしれません。なお、保護者は親専用のアプリを使うと、子どもが夢中になっているアプリに加えて、プレー時間や問題解答数などを確認することができます。

 

実際に手を動かすことによって、デジタルの世界がリアルに体験できることが、オズモの最大の魅力。コロナ禍で子どものスクリーンタイムは確実に伸びていますが、一様に利用を制限するよりも、それを逆手に取り、子どもの興味を学びにつなげてみてはいかがでしょうか?

言語は電気信号!「ハエトリグサ」との会話が世界を救う

アサリやハマグリのような二枚貝が口を閉じるように、トゲがついた2枚の葉で虫を挟み込み捕食するハエトリグサ。この食虫植物と人間がスマートフォンを通して「会話」する技術が、最近シンガポールで開発されて話題となっています。一体どんな仕組みなのでしょうか?

↑人間とも少し話せます

 

植物は、周囲の環境を感知したり、それに対応したりする際、電気信号を発しています。この働きを研究する分野は植物電気生理学と呼ばれていますが、植物の電気信号はとても微弱で、植物の表面に電極をしっかり設置できないと検知することができません。

 

この問題に取り組んだのが、シンガポールの南洋理工大学の研究チーム。心房や心室に伝わる電気信号を波形として書き出す心電図検査にヒントを得た彼らは、伸縮性に優れた直径3mmのハイドロゲル状のデバイスをハエトリグサの茎の部分に装着したところ、光合成に影響を与えないまま、ハエトリグサの電気信号を読み取ることに成功したのです。

 

次に同研究チームは、以下の動画でわかるように、この装置をハエトリグサの葉につけて、スマホ経由で電気パルスを送信してみたところ、1.3秒で葉を閉じるように誘導することができました。さらに、彼らはハエトリグサの2枚の葉をロボットアームにつけて、同様の装置で電気パルスを送ったところ、ロボットアームの先端についたハエトリグサの葉は、直径0.5mmの針を「食べる」こともできました。

 

また、南洋理工大学の研究チームは、シンガポール科学技術研究庁との共同研究で、室温で液体からゲル状に変化する「サーモゲル」と呼ばれる物質が、植物のさまざまな形や質感に対して有効であるうえ、一般的なヒドロゲル(水を媒介とするゲル)の4〜5倍も強力に接着させることができると発表しています。このサーモゲルを電気信号読み取り装置と組み合わせれば、ハエトリグサ以外の植物でも、電気信号を使ったコミュニケーションができるようになるかもしれません。

 

同研究チームによると、この技術は農業分野に応用できるとか。植物の異常な電気信号をいち早く検知できると、農作物の病気などに早期に対応し、農作物の収穫量を増やすことに繋がるかもしれません。食糧不足や気候変動の農作物への影響を考慮すると、その意味は大きいでしょう。

 

言語は電気信号!「ハエトリグサ」との会話が世界を救う

アサリやハマグリのような二枚貝が口を閉じるように、トゲがついた2枚の葉で虫を挟み込み捕食するハエトリグサ。この食虫植物と人間がスマートフォンを通して「会話」する技術が、最近シンガポールで開発されて話題となっています。一体どんな仕組みなのでしょうか?

↑人間とも少し話せます

 

植物は、周囲の環境を感知したり、それに対応したりする際、電気信号を発しています。この働きを研究する分野は植物電気生理学と呼ばれていますが、植物の電気信号はとても微弱で、植物の表面に電極をしっかり設置できないと検知することができません。

 

この問題に取り組んだのが、シンガポールの南洋理工大学の研究チーム。心房や心室に伝わる電気信号を波形として書き出す心電図検査にヒントを得た彼らは、伸縮性に優れた直径3mmのハイドロゲル状のデバイスをハエトリグサの茎の部分に装着したところ、光合成に影響を与えないまま、ハエトリグサの電気信号を読み取ることに成功したのです。

 

次に同研究チームは、以下の動画でわかるように、この装置をハエトリグサの葉につけて、スマホ経由で電気パルスを送信してみたところ、1.3秒で葉を閉じるように誘導することができました。さらに、彼らはハエトリグサの2枚の葉をロボットアームにつけて、同様の装置で電気パルスを送ったところ、ロボットアームの先端についたハエトリグサの葉は、直径0.5mmの針を「食べる」こともできました。

 

また、南洋理工大学の研究チームは、シンガポール科学技術研究庁との共同研究で、室温で液体からゲル状に変化する「サーモゲル」と呼ばれる物質が、植物のさまざまな形や質感に対して有効であるうえ、一般的なヒドロゲル(水を媒介とするゲル)の4〜5倍も強力に接着させることができると発表しています。このサーモゲルを電気信号読み取り装置と組み合わせれば、ハエトリグサ以外の植物でも、電気信号を使ったコミュニケーションができるようになるかもしれません。

 

同研究チームによると、この技術は農業分野に応用できるとか。植物の異常な電気信号をいち早く検知できると、農作物の病気などに早期に対応し、農作物の収穫量を増やすことに繋がるかもしれません。食糧不足や気候変動の農作物への影響を考慮すると、その意味は大きいでしょう。

 

「使用済みマスク」はコンクリートに再利用されるべき! と豪大学研究チームが提案

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で大量消費されるようになったマスク。しかし、それと同時にマスクの廃棄量も膨れ上がり、それをどうやって処分するのかがグローバルな課題になっています。そこで現在、解決策の1つとして注目されているのが、使用済みマスクを道路の素材に利用する研究です。

↑健康だけでなく、地球の環境も守りたい

 

オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究チームによると、世界中で使われる使い捨てマスクは現在、1日あたりおよそ68億枚にも上るとのこと。そのすべてがきちんと廃棄処分されればいいのですが、最近よく道端に落ちているのを見かけるように、適切に廃棄されないマスクも少なくありません。

 

海洋保護団体オーシャンズアジアの試算では、2020年は1年間に世界でおよそ15億6000万枚のマスクが適切に処分されず、最終的に海に流れついたそうです。ただでさえ海洋プラスチックの問題があるのに、これだけ大量のゴミが海に流入すれば、漁業や観光産業にも影響を与えかねません。

 

世界で膨れ上がる廃棄物の問題に対処するため、同研究チームは、使用済みマスクを道路作りに利用する可能性について研究を始めました。

 

一般的にアスファルトの道路は、下から順に「路床」「路盤」「基層」「表層(アスファルト)」の4層でできています。それぞれの層がクルマの重量に耐え、ひび割れを防ぐための強度と柔軟性を併せ持つ必要がありますが、表面のアスファルト部分以外の3層には、再生コンクリート(RCA)が利用可能であることが知られています。

 

この研究チームが実験したところ、この再生コンクリートに使用済みのマスクを細断して加えると強度が増すことがわかりました。再生コンクリートと細断したマスクの最適な割合は、再生コンクリート99%に対してマスク1%。このようにマスクを混合した素材は、強度のほかに耐水性や耐変形性、耐酸性など、アスファルト製品に必要とされるすべての工業規格を満たすこともわかりました。これを実際の道路建設に利用する場合、2車線の道路1kmを作るのに、使用済みマスクを300万枚も使用することになり、93tの廃棄物の削減に繋がるそうです。

 

なお、RMIT大学の別の研究チームでは、細断したマスクからコンクリートを作る可能性について調査を行い、建築素材として利用できる可能性が高いと見ています。使用済みマスクの再利用に関する研究は始まったばかり。今後の動向に注目です。

 

【出典】Mohammad Saberian, Jie Li, Shannon Kilmartin-Lynch, Mahdi Boroujeni. (2021). Repurposing of COVID-19 single-use face masks for pavements base/subbase, Science of The Total Environment, Volume 769, 145527. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.145527

「使用済みマスク」はコンクリートに再利用されるべき! と豪大学研究チームが提案

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で大量消費されるようになったマスク。しかし、それと同時にマスクの廃棄量も膨れ上がり、それをどうやって処分するのかがグローバルな課題になっています。そこで現在、解決策の1つとして注目されているのが、使用済みマスクを道路の素材に利用する研究です。

↑健康だけでなく、地球の環境も守りたい

 

オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究チームによると、世界中で使われる使い捨てマスクは現在、1日あたりおよそ68億枚にも上るとのこと。そのすべてがきちんと廃棄処分されればいいのですが、最近よく道端に落ちているのを見かけるように、適切に廃棄されないマスクも少なくありません。

 

海洋保護団体オーシャンズアジアの試算では、2020年は1年間に世界でおよそ15億6000万枚のマスクが適切に処分されず、最終的に海に流れついたそうです。ただでさえ海洋プラスチックの問題があるのに、これだけ大量のゴミが海に流入すれば、漁業や観光産業にも影響を与えかねません。

 

世界で膨れ上がる廃棄物の問題に対処するため、同研究チームは、使用済みマスクを道路作りに利用する可能性について研究を始めました。

 

一般的にアスファルトの道路は、下から順に「路床」「路盤」「基層」「表層(アスファルト)」の4層でできています。それぞれの層がクルマの重量に耐え、ひび割れを防ぐための強度と柔軟性を併せ持つ必要がありますが、表面のアスファルト部分以外の3層には、再生コンクリート(RCA)が利用可能であることが知られています。

 

この研究チームが実験したところ、この再生コンクリートに使用済みのマスクを細断して加えると強度が増すことがわかりました。再生コンクリートと細断したマスクの最適な割合は、再生コンクリート99%に対してマスク1%。このようにマスクを混合した素材は、強度のほかに耐水性や耐変形性、耐酸性など、アスファルト製品に必要とされるすべての工業規格を満たすこともわかりました。これを実際の道路建設に利用する場合、2車線の道路1kmを作るのに、使用済みマスクを300万枚も使用することになり、93tの廃棄物の削減に繋がるそうです。

 

なお、RMIT大学の別の研究チームでは、細断したマスクからコンクリートを作る可能性について調査を行い、建築素材として利用できる可能性が高いと見ています。使用済みマスクの再利用に関する研究は始まったばかり。今後の動向に注目です。

 

【出典】Mohammad Saberian, Jie Li, Shannon Kilmartin-Lynch, Mahdi Boroujeni. (2021). Repurposing of COVID-19 single-use face masks for pavements base/subbase, Science of The Total Environment, Volume 769, 145527. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.145527

やっぱり賢い! 今度は「タコ」が睡眠中に夢を見ている可能性が浮上

犬や猫を飼っている人は、ペットが寝ながら身体を動かしたり、口を動かしたりする姿を目撃したことがあるかもしれません。一般的には犬と猫も、人間と同じように夢を見ていると考えられていますが、夢を見ている生き物は、どうやらほかにもいるようです。最近の研究で、タコも夢を見る可能性があることが明らかになりました。

↑夢の内容は秘密にしておいて

 

そもそもタコの睡眠が注目されたのは、タコは身体の色を変えることができるから。タコはエサを捕まえるときや、敵から襲われているときは、身体の色を変化させます。しかし、そのような場面だけでなく、タコは寝ているときでも白やあずき色、まだら色など、身体の色をさまざまに変えるのです。

 

人間の睡眠に、脳が活発に動いている状態の「レム睡眠」と、脳が休息している状態の「ノンレム睡眠」の2種類があることは、よく知られています。以前までは、この2つの睡眠状態になるのは哺乳類と鳥類だけだと考えられていましたが、近年、爬虫類にもレム睡眠とノンレム睡眠があることが明らかになり、イカにも同様の睡眠状態があることがわかってきました。それなら、イカと同じ頭足類であるタコにもレム睡眠とノンレム睡眠があるのではないか。そこで、この仮説を調べるために、ブラジルのリオグランデドノルテ連邦大学の研究チームが、実験室で睡眠中のタコの様子を観察しました。

 

すると、身体の色は薄く、瞳孔があまり開いていない「静かな睡眠」の状態と、身体の色をどんどん変え、目や吸盤、身体を大きく動かす「活動的な睡眠」の状態があると判明しました。しかも、活動的な睡眠は、6分以上の長い静かな睡眠の後に訪れ、この2つの状態は30~40分のサイクルで起きていることも判明したのです。

 

静かな睡眠は人間のノンレム睡眠に、活動的な睡眠は人間のレム睡眠にとても似ていますが、タコの場合は、この2つの睡眠状態によって身体の色を変化させていることが示唆されたことになります。タコは言葉を話せないため、この説を確認する方法がありませんが、人間がレム睡眠のときに夢を見るように、タコも活動的な睡眠の間に夢を見ている可能性が考えられるのです。

 

この研究を発表した科学者によると、もしタコが本当に夢を見ているとすれば、タコのレム睡眠は数秒から1分程度と非常に短い時間のため、人間が見る夢のように複雑なストーリーではなく、数秒程度の短い夢ではないか、と考えられるとのこと。タコが劇的に身体の色を変化させながら、大きく身体を動かしていたら、この軟体動物は楽しい夢や悪夢を見ている最中なのかもしれません。

 

タコに関する最近の記事でも述べたように、タコは私たちが考えている以上に賢い生き物です。今後もタコの研究から目が離せません。

 

【出典】Sylvia Lima de Souza Medeiros et al. (2021). Cyclic alternation of quiet and active sleep states in the octopus. iScience. https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.102223

 

【関連記事】

意外と研究が進んでいなかったタコが「とても嫌うもの」が2つ判明

 

国際宇宙ステーション(ISS)で発見された「未知の細菌」の重要な意味とは?

2021年3月、国際宇宙ステーション(ISS)で未知の細菌が3種類、発見されたという論文が発表されました。ISSで新たな微生物が見つかるのは、これが初めてではありませんが、今回の発見にはどのような意味があるのでしょうか?

↑一体これは何だ……?

 

NASAと共同で調査を行っている研究者たちは、2015年にISS内の8か所から採取したサンプルを解析した結果、4種類の細菌を発見しました。このうち1種類はメチロバクテリウム属と判明したのですが、残りの3種類はメチロバクテリウム属ではあるものの、これまでに発見されたことのない細菌だったのです。

 

未知の3種類は天井パネル、観測用モジュール「キューポラ」、ダイニングテーブルで採取されました。メチロバクテリウム属の細菌は、植物の成長の促進や、病原菌に対する防除に関わることがわかっており、宇宙環境での植物栽培の鍵となる可能性があると言われています。

 

水や太陽光などの資源が限られた宇宙空間での植物栽培には、強いストレス下でも植物の成長を促す新種の細菌の存在が欠かせない模様。さらなる検証が必要ですが、今回発見された細菌は、火星などの地球外での植物栽培を可能にするかもしれないと期待されているのです。

 

このように、ISSで新しい細菌が見つかるのは、実は珍しいことではありません。ISS内にある実験室や植物栽培装置など全8か所では、6年にわたって細菌の繁殖を観察し続けており、これまでに約1000ものサンプルが集められ、地球上に持ち帰って分析が行われてきました。

 

今回も発見に寄与したNASAジェット推進研究所のカスツーリ・ヴェンカテーシュワラン博士らは、2019年にもISSにさまざまな細菌が存在することを発表しています。これらの細菌の多くが人の体内外に存在する細菌であり、ISSにはこれまでに200名以上の宇宙飛行士が滞在してきたことを考えると、当然の結果かもしれません。

 

しかし、そもそも細菌は宇宙で存在できるのでしょうか? 東京薬科大学のチームは、微生物が宇宙空間でどのくらい生き残れるかを調査したことがあります。同チームが2020年8月に発表した研究によると、2015年にISSで実施された「たんぽぽ計画」において、微生物を宇宙空間の太陽紫外線照射環境下で3年間、曝露したところ、生存し続けた微生物がいたとのこと。この結果から同チームは、微生物が地球から火星まで移動する間、生存することは可能である、と結論づけました。

 

未知の細菌の発見は、さまざまな影響を及ぼすかもしれません。現在、宇宙開発が進み、月に人類が住める都市を作る構想も持ち上がっていますが、そこでも細菌類は重要な役割を担うかもしれません。また、宇宙で微生物が生存可能であることは、生命の起源が宇宙からもたらされたものという「パンスペルミア仮説」を支持する根拠のひとつになるとも言われています。

 

【出典】Bijlani S, Singh NK, Eedara VVR, Podile AR, Mason CE, Wang CCC and Venkateswaran K (2021) Methylobacterium ajmalii sp. nov., Isolated From the International Space Station. Frontiers in Microbiology. 12:639396. doi: 10.3389/fmicb.2021.639396

まず自分を大事にしなきゃパパ失格! 世界で最も子育てしやすいアイスランドの育児論

男性も育児に参加するのが当たり前な社会を目指している日本。父親になる人は「パパスイッチ」をできるだけ早くオンにすることが期待されていますが、海外の男性はどんな意識や価値観を持って、父親として生きているのでしょうか? 主に、パパが育児や仕事をもっと楽しむためのヒントを探るため、本稿では、OECD(経済協力開発機構)の「子育てしやすい国ランキング2020」で1位に選ばれているアイスランドを、社会と文化の観点から見てみます。

 

世界一子育てしやすい社会

↑息子よ、自分が好きなことをやりなさい

 

アイスランドが子育てしやすい国として評価される大きな理由には、金銭面での負担が一切ないことが挙げられます。子どもを産むために発生する通院費や出産費、入院費は無料で、出産トラブルなどで延長した場合の入院費も0円。国内に6か月以上住んでいれば自動的に社会保険制度のメンバーになれるため、出産後も、0歳から18歳までの子どもは歯科治療を含む医療を、原則無料で受けることができます。

 

その分、国民一人一人が納める税率は高く、消費税は24%ですが、多く納められた税金は出産や子育て、学費などの費用としても運用されています。大学までの授業料は基本的にすべて税金で賄われ、無料で通うことができます。教育機関の98%は地方自治体運営のため、国の支援を受けやすい環境になっており、誰もが平等に教育を受けることができるのです。

 

唯一、未就学児などの保育料は月に約4万円かかりますが、アイスランドの物価は日本の2〜3倍で、給料の平均値がおよそ50万円ということを考えれば妥当な相場といえるでしょう。

 

アイスランドの育児のしやすさは、国が推進する働き方改革も関係しています。1975年に男女平等を求めて女性市民の9割以上が大規模なストライキとデモを行ったことが、国を挙げて女性の社会進出を進めるきっかけになりました。2010年には男女平等社会を実践するためにクォーター制度が導入され、職場では男女比率が同じになるように人数などが設定されています。

 

男性も女性も平等に3か月ずつ育休が取得できるうえ、それとは別にもう3か月間、父親か母親のどちらかが育休を取得することができます。育休を取得しても、それがブランクになることはなく、男性の育休取得率も80%を超えるなど、パパ・ママにとって育休の取得は当たり前。育休は親が子どもと過ごす権利として保障されているため、勤務先との間にトラブルが生じることもありません。また、男性も育児を当然のことだと思っているので、あまりストレスは感じないようです。

 

雇用では正社員と非正社員の区別がなく、さらに経験年数や学歴ではなく、仕事の内容や労働時間に応じて給料が決まるため、転職にもデメリットがありません。また、労働時間や休日を自由に選べるので、自分の時間を多く作れるなど、働きやすい環境が整っています。

 

同性婚を認めているアイスランドは、世界初の同性婚首相が生まれた国でもありますが、家事についても「男だから、女だから」という理由で押し付けることはなく、一人の人間として、それぞれが得意なことをしています。日本と同じように役割分担は存在し、夫婦で話し合って決めています。

 

ほとんどの男性は料理ができますが、やはり女性のほうが料理を好きな人が多い傾向にあるため、ママが料理をつくり、パパは洗濯や掃除、保育園の送り迎えなどをするのが一般的なパターンといえるでしょう。しかし、男性でも育休取得がしやすく、家事や育児に携わるのが当たり前だからこそ、男性も「家事が特別大変なもの」とは感じていないようです。

 

仕事よりも自分が大事

↑自分の道を突き進め!

 

アイスランドの父親たちは子どものための時間や責任感は持ちつつも、自分のことも大切にしています。仕事にはほどほどの時間を割いて従事し、辞めたいときには躊躇なく転職する。このような人が多く存在し、社会もそれを認めています。

 

その背景には、アイスランドでは性別や年齢の違いで行動を制限されることがなく、みんながお互いを“一人の人間”として尊重することが挙げられるでしょう。この国は個人の自由を重視するため、国民一人ひとりが自分の人生を自由に生きることができるのです。他人の人生を否定する風潮はありません。

 

例えば、自分の興味がある分野を学び続けるために、大学に在籍する期間を延長し、30歳過ぎまで学生でいる人は少なくありません。学費はある程度税金で賄われるのですが、それでも余裕のない人は、学費が不足したら休学したり、いったん退学して学費を稼いで大学に戻ったりしています。

 

また、労働時間や休日を自由に選べることから、趣味や遊ぶための時間をたくさん作ることもできます。庭に小屋を建てたり、ジャグジー風呂を近所の人と協力して作ったり。アイスランドは土地が広く、大自然が広がるため、SUVや馬に乗って、大草原を駆け回るパパたちの姿も多く見られます。アイスランドの父親は自分が楽しんだり、リフレッシュしたりできる環境を自ら作り、家族も自ずと一緒に楽しんでいます。

 

このように、アイスランドでは国の援助や方針のおかげで、人生の選択肢が多く、人々が生きやすい社会となっています。しかも、個人主義を尊重しているとはいえ、困ったら助けてもらえる社会制度があるからこそ心に余裕が生まれ、仕事にも子育てにも責任を持って取り組める環境が生み出されているのです。

↑ジャグジー風呂だって近所の住民や知人と一緒にDIY

 

一方、アイスランドには、市の認可を受けた「ダグマンマ」と呼ばれるデイケアセンターがあり、母親たちはそこに子どもを預けて自分の時間を過ごしたり、仕事をしたりしています。父親が率先して育児に携わる社会でもあるため、母親も自分の時間を確保しやすく、ジムに通ったり、趣味のお菓子作りをしたりして、自分の時間を楽しんでいます。

 

アイスランドには、日本で一番人口が少ない鳥取県の半分にも満たない約35万人しか住んでいません。人口密度が非常に低く、手つかずの自然が多く残っています。また、火山活動が活発なため、温泉が多く、これは古くから人々の生活の一部となっていました。夏は真夜中でも太陽が沈まない白夜となり、冬には夜空をオーロラが舞います。

 

こういった豊富な大自然に囲まれ、アイスランドの人たちには自然とハイキングやキャンプ、ドライブなどのアウトドアを好む傾向があります。アイスランド人にとって、自然とは日常的に楽しめて心を癒してくれる憩いの場なのです。子育てにおいても、家族でハイキングしたり、岩肌でかくれんぼしたり、温泉に浸かったりして過ごしています。

 

アイスランドの人たちは一般的に、2週間から1か月間の長期休暇を取り、ヨーロッパを旅行したり、日焼けをするためにアフリカの島でバカンスを楽しんだりしています。学費が大学まで無料なので、その分、アイスランド人は金銭的に余裕があるうえ、養育費を家族旅行などの娯楽に費やす傾向があるようです。しかし、常に親が子どもと一緒に時間を過ごすわけではなく、学校が長い休みに入るときには子どもだけで祖父母の家に行って休暇を過ごすこともあり、その間、親は仕事をしながら自分たちのやりたいことをして時間を過ごしています。

 

まとめ

本稿では、先進国で最も子育てがしやすい国に選ばれたアイスランドの社会と文化を見てきました。日本とアイスランドでは国家の規模も制度的にも異なる部分がいろいろとありますが、アイスランドの子育て事情を考えるうえで、「自分のことを大切にする」という価値観は特に重要でしょう。自分を大事にすることが、育児や家庭を疎かにすることにはなっておらず、むしろ、それができなきゃパパとして失格、のようにも見えます。日本のパパも、このような個人主義の良い面を自分なりに取り入れたら、日常生活がもっと楽しくなるかもしれません。

 

夫婦の前にカップルである!「個人主義」を愛するフランスのリアルな育児事情

少子化を克服した先進国として知られるフランス。2021年7月には、同国のエマニュエル・マクロン大統領が公約として掲げてきた「父親の育児休暇の延長」が、いよいよ実現します。男性がより積極的に育児をすることで、フランスはますます出産や子育てがしやすい国になりそうですが、この国は出産・育児に関して、どのような制度や文化を持っているのでしょうか?

↑板に付いたパパぶり

 

フランスの婚姻・育児制度の特徴のひとつは、婚姻関係がないカップルにも手厚いサポートが提供されることです。フランスでは1994年に、すべての労働者が育児休暇を取得できるように法改正が行われました。1999年には同性・異性を問わず、共同生活を営もうとするカップルを対象とした、非婚カップル保護制度の「民事連帯契約」が誕生し、婚姻関係にある人たちとほぼ同等の権利が受けられるようになりました。

 

未婚の場合でも、妊娠発覚時に市役所で胎児認知を行えば、出産後には、両親の名前が記載された出生届を行政に届け出ることが可能。また、日本の戸籍謄本と同等の出生証明書のほかに家族手帳も作成され、そこにも子どもや親の名前が記載されます。

 

このようにフランスでは、婚姻関係を結ばずに出産し、子育てをしているカップルも、社会保障制度においては国から多くのサポートを受けることができます。出生祝い金や月々の子ども手当、税金の免除なども同様で、筆者の場合、未婚ですが、妊婦検診や出産時の病院費用もすべて保険で賄われ、出産後には祝い金や子ども手当が支給されました。私のパートナーは税金が免除され、パートナーの会社で加入している保険に子どもと合わせて加入することができたうえ、その保険からも出産祝い金をいただきました。

 

一方、フランスの男性の育児休暇については、父親は子どもが生まれる前後に誕生日休暇として3日間、その後にも11日間を取得することができます(土日祝日も含む)。これは婚姻関係のないカップルにも適用されており、約7割のフランス人男性が取得しています。

 

この制度は2021年7月から28日間へと延長され、最短でも7日間の育児休暇取得が義務化されます。違反した企業には罰金が科されるとのことですが、その背景には「父親は子どもが新生児の時期から育児に参加し、父親としての自覚を持つべきである」という考えがあると同時に、男女平等を推進するためにも重要視されています。

 

フランスでは多くの男性が出産に立ち会いますが、2020年はコロナ禍で立ち会い出産ができず、入院中はパパでも面会できないという状況が国中で見られました。しかし、立ち会い出産を限定的な条件で許可する病院もあり、筆者も出産予定日が外出禁止令発動期間に当たっていたものの、パートナーは出産後2時間まで立ち会ってよいとの許可が降りました。結果的には外出禁止令解除後の出産になったため、私のパートナーには陣痛が始まる前から出産後まで制限なく付き添ってもらうことができたのですが。

 

通常では、プレパパも産院などが開催する出産前の両親学級に参加するのですが、現在はコロナ禍にあることから、そのようなイベントは行われていません。フランスでは、公立の病院に出産入院しても母子同室の個室で過ごすことが一般的ですが、筆者の場合、出産後はそんな病室で助産師さんが父親にも沐浴指導を行ってくれました。

 

里帰り出産をしないフランス人

↑2人ともお疲れさまです

 

フランス人は、日本のような里帰り出産を基本的に行いません。赤ちゃんが生まれた後に家族が離れる期間があることを、あまり良いとは思っていない風潮があるようです。そのため、産後はママとパパが協力して育児に励むことになります。もちろん、祖父母が協力する場合もありますが、基本的に育児は夫婦2人で行うものだとされています。

 

産後約28日間は地域の助産師さんが自宅を訪問し、育児指導などの支援をしてくれます。パパがミルクをあげたり、オムツを替えたりすることは当たり前であり、むしろ「パパがオムツを替えなさい」と親戚などから突っ込まれることも。これが示すように、パパは「母乳をあげること以外は父親もやるべきだ」という周囲からのプレッシャーをひしひしと感じるようです。

 

そんな文化はメディアでも見られ、オムツや赤ちゃん用クリームのCMなどでは、母親と赤ちゃんだけではなく、父親がオムツを替えているシーンを流したりしています。平日の午前中には、妊娠中や子育て中のパパ・ママ向けに妊娠出産や育児の情報番組がテレビで放映されるなど、メディアを通して社会全体が男性の育児をサポートしています。

 

女性の育児休暇は10週間と短いうえ、女性の社会進出も進んでいることから、ママが職場復帰した際には、パパが保育園の送り迎えなども積極的に行っています。子どもの通院や外出などでも父親による送迎が街中で多く見られ、男性が育児をすることへの偏見はまったくありません。この点は近年の日本もほぼ同じでしょう。

 

子どもは世界で2番目に好き

↑何が一番大事?

 

フランスでは、妊娠がわかってから出産までの間に子ども部屋を用意します。パパ・ママは産後から数か月間、寝室にベビーベッドを置いて、赤ちゃんと一緒に寝ることもありますが、一般的には、赤ちゃんは子ども部屋で乳児期から一人で寝かせます。川の字で寝る日本人とは異なりますが、フランス人のそんな行動は「親になっても、夫婦やカップルとして自分たち2人の時間を大切にしたい」という考えの表れ。実際、ママが産後の身体を回復させて、パートナーとの性生活に早く戻れるように、産婦人科医はペリネという骨盤底筋ケアの処方箋を書いてくれます。

 

親である前にカップルである。これがフランスのライフスタイルの大前提になっているため、カップルは子どもとの時間を大切にするのと同じくらい、大人だけの時間やパートナーへの気遣いを大事にしています。ですから、多くのカップルは週末になると、子どもを祖父母へ預けて、旅行に行ったり、数時間だけベビーシッターに子どもを預けて、映画やレストランへ出かけたりして、気分転換をしているのです。

 

このように、フランスと日本で大きく違うのは、パートナーとの関係が、親になっても、パパ・ママだけにならないこと。女性が自分の時間を作り、魅力的であり続けられるように、男性は積極的に育児や子育てをするという一面がフランスにはあります。逆に、カップルがお互いのことを見ていなかったり、お互いに魅力を感じなくなったりすれば、離婚や別居に至ることも珍しくありません。これらの背景には、女性が自由を勝ち取ってきたという歴史がありますが、それだけではなく、個人を大切にする国民性もあるのではないか、と著者は見ています。

 

このような文化的背景を知れば、フランスの父親は育児休暇が取りやすいうえ、仕事も定時で終わり、日本のように残業や仕事後の飲み会がない理由もわかりますよね。近年、フランスが少子化対策に成功したことも、決して不思議ではありません。

 

もちろん、課題がないわけではありません。日本と同様に、フランスでも保育園や託児所が都市部では見つけにくいという問題があります。また、仕事への復帰を諦めて、新型コロナウイルスの失業手当を受けながら、保育園の空きを待ったり、子どもを祖父母に預けて時短で働いたりという人も多くいます。これらは出生率の増加が一因とも考えられますが、今後フランスはこのような問題をどのように解決していくのでしょうか?

 

とはいえいまは、父親の育児休暇の延長が、どのような結果をもたらすのか注目しておきましょう。

 

地球史上最も頑丈なタイヤ? 「自転車」がNASAの技術を取り込んで進化中

自転車に乗ろうとしたとき、タイヤがパンクしているのを見つけて困ることがありますよね。これまで「パンクしないタイヤ」とか「ノーパンク自転車」が開発されてきましたが、最近ではアメリカ航空宇宙局(NASA)の技術を応用した自転車用タイヤの製品化が進められています。

 

宇宙から”逆輸入”

↑NASAの技術を応用した開発中の自転車「METL」

 

自転車のタイヤがパンクすると厄介なもの。火星や月の上を走る探査車のタイヤなら、なおさらです。修理や取り換えを簡単に行うことができないうえ、火星や月の表面は、舗装された道路を走るのと違って、ゴツゴツした大きな岩や石がたくさんあり、外傷を受けやすい環境です。

 

さらに、通常のタイヤに使われるようなゴムは、高温だと柔らかくなり、低温では硬くてもろくなりますが、月は地球よりも外気温の温度差が大き過ぎるため、このようなゴムは向いていません。しかも、月面では宇宙線と呼ばれる高エネルギーの粒子が降り注ぎゴムの劣化を早めるため、タイヤの材料にゴムは使えないそうです。

 

このような過酷な環境でも利用できるタイヤは世界中で開発されてきました。日本では数年前にブリヂストンが月面探査車向けに「オール金属製タイヤ」を作っていましたが、アメリカではNASAグレン研究センターが、形状記憶合金を使って「Superelastic tires(超弾性タイヤ)」を生み出しています。

 

後者のタイヤは内部に空気を入れない代わりに、形状記憶合金を編みこんだ構造となっており、それが衝撃吸収材のような役割を担っています。これにより、岩場のような地形でも破損することなく前進できるそう。現在、NASAグレン研究センターでは、このタイヤを火星で使用できるように、さらに性能向上に取り組んでいます。

 

その一方、ロサンゼルスを拠点とするスタートアップのSMARTタイヤカンパニーが、NASAと起業家を結ぶ「NASAスタートアップスタジオ」を通して、superelastic tiresの技術を活用した自転車の製品化を進めています。

 

SMARTタイヤカンパニーによると、使っている形状記憶合金は、ニッケルとチタンを組み合わせた「ニチノール」と呼ばれるもの。同社はこれを空気不要のタイヤに編み込むことで、ゴムのような弾力性とチタンのような強度を兼ね備えた、パンクしないタイヤを実現しようとしているのです。しかも、形状記憶合金のため、このタイヤは大きく変形しても元の形状に戻るとのこと。

↑宇宙環境にも耐える頑丈なMETLのタイヤ

 

この開発中のタイヤは、最終的にどんな天候でも使えるように、ポリラバー素材をコーティングする予定です。同社は、このタイヤを使った自転車「METL」を2022年までに発売する計画で、METLは通勤・通学やオフロードなどのシーンで使える自転車になるそうですが、一方でスポーツには向いていないと言われています。

 

パンクしないタイヤは、廃棄物を減らす点でも環境に優しい製品になります。製品化までは課題や改善点はあるかもしれませんが、NASA品質の自転車が発売されたら、世界中で注目を集めることは間違いないでしょう。地球史上最も頑丈な自転車用タイヤは生まれるのでしょうか?

 

宇宙には「放置すれば地球が70年以上前の世界に戻る」ゴミがいっぱい。どういうこと?

宇宙開発、宇宙ビジネスへの取り組みが世界各国で行われており、ニュースでも目にする機会が増えています。2020年の段階で、宇宙に打ち上げられた無人衛星機は約1万機。現在は、約3900機が稼働しており、打ち上げられたうち6割強の衛星機はその役目を終えています。一説には向こう10年で、この倍以上の4万6000機がさらに打ち上げられるという見立てもあります。

 

今後は宇宙空間で活動する人の数も増え、宇宙観光などが始まれば年間千人規模の人々が宇宙に旅立つ時代もそう遠くはないと言われています。他方、地球上の環境持続問題が叫ばれるなか、今後さらに地球に近い存在となる宇宙も、持続的に環境を整えていく必要があります。宇宙にまつわる業界の間では「スペースサスティナビリティ」として議論が交わされているようですが、特に問題視されているのがスペースデブリ(宇宙ゴミ)の低減・除去の問題。

 

現代インフラの危機的状況

前述の通り、これまでに打ち上げられた無人衛星機のうち、役目を終えた6000機以上が地球の周りをただグルグル回っている状態で、中にはロケット同士が衝突した際の破片などもあります。

↑地球の周りをグルグル回っているスペースデブリのイメージ図

 

スペースデブリを放置し、繰り返し衝突などが繰り返されると、現在稼働している衛星機への衝突・損傷などの事故も増え、最終的に衛星機が稼働しなくなった場合は、「地球上が70年以上前の世界に戻る」と言われています。

 

なぜなら、これら稼働している衛星機はいずれも地球上のインフラを担う役割を果たしているからです。代表的な時刻設定や気象衛星から通信、災害監視、GPS、はたまたGoogleマップなども全て宇宙へと打ち上げられた衛星機によって成り立っています。

 

これら衛星機が、年々増え続けているスペースデブリによってなんらかの障害が起き、全てストップすると、衛星がまだ打ち上げられていなかった約70年以上前の世界に戻ることになるため、現在の社会インフラは危機に脅かされるということになります。つまり進化し続ける宇宙開発において、スペースデブリ除去は実は喫緊の課題であり、あわせて取り組んでいかなければいけないものでもあるようです。そんな中、このスペースデブリの除去の実証実験を、民間企業として世界で初めて行ったのが「アストロスケール」という会社です。

↑民間企業としては世界初のスペースデブリ除去を行うために実証機を開発するアストロスケール

 

今年2月に実施された発表会によれば、同社開発によるスペースデブリ除去衛星「ELSA-d」を3月22日に打ち上げ、今後その成果をもって、さらなるスペースサスティナビリティを加速させていく所存とのことです。ここまでの話を聞いても門外漢にはなかなか想像しにくいのもまた正直なところ。そこで今回は、このスペースデブリにまつわる問題やアストロスケールが考える未来の宇宙のあり方について、同社CEO・岡田光信さんに詳しく話を聞きました。

↑岡田光信さん。1973年・兵庫県出身。東京大学農学部卒、米国パデュー大学クラナートMBA修了。スペースデブリの観測・除去、軌道上サービスに取り組む世界初の民間企業、株式会社アストロスケールホールディングス創業者兼CEO。また、国際宇宙航行連盟(IAF)副会長、英国王立航空協会フェロー(FRAeS)、世界経済フォーラム(ダボス会議)宇宙評議会共同議長なども兼務

 

スペースデブリの問題と、除去の仕方とは?

ーーまず、スペースデブリ(宇宙ゴミ)とは何かを詳しく教えてください。

 

岡田光信さん(以下、岡田) 人工衛星を打ち上げする際は、ロケットで打ち上げ、無事宇宙に届くとロケットの上段部分が廃棄されます。その廃棄されたロケット上段や役目を終えた人工衛星が地球の周りをグルグル回り続けています。また、それらの衝突や爆発により発生した破片も飛んでいます。それらがスペースデブリです。

 

ーーどれほどの大きさなのでしょうか。

 

岡田 サイズは1ミリ以下のものから、10メートル級の巨大なものまであります。これが秒速7~8kmという東京から大阪を1分で移動するような、ものすごい速さで地球を回っています。このスペースデブリを放置しておくと、衝突、衛星やロケットの損傷などの事故が起きやすくなります。

 

宇宙を高速道路に置き換えると、道路の真ん中に故障車があってもロードサービスがなく、誰も除去してくれないような状態です。それはあまりにも危険であるということから、宇宙の軌道の安全を保ち綺麗にするという、言わば「宇宙のロードサービス」のような事業を目指すのが我々アストロスケールです。

 

3月22日に打ち上げた「ELSA-d」という衛星は、スペースデブリの除去を行うものですが、2機の衛星、捕獲機(サービサー)、模擬デブリ(クライアント)から成っています。

↑アストロスケールが開発したスペースデブリ除去衛星機「ELSA-d」

 

ーー宇宙に漂っているスペースデブリをどのようにして除去するのでしょうか。

 

岡田 スペースデブリを除去するのは大まかに以下のステップを踏みます。

・広大な宇宙空間の中でスペースデブリを見つけ出し、捕獲機を安全に近づける。
・回転するスペースデブリに対し、その回転を正確に把握してダンスするように捕獲機の回転を合わせてから捕獲。
・捕まえたデブリを大気圏に入れて燃やす。

 

↑さらに詳しく解説したスペースデブリ除去のフロー

 

岡田 打ち上げ時には合体しておりますが、軌道上で切り離し、前述のようなスペースデブリ除去に必要な一連のプロセスを実証します。こういった技術を専門用語でRPO技術(Rendezvous and Proximity Operations Technologies =ランデブー・近傍運用技術)と呼んでいますが、将来的にはスペースデブリの捕獲を、磁石とロボットアームによって行います。ただし、今回は実証実験ですので、磁石による捕獲を行いました。

↑「ELSA-d」が捕獲機(左)と模擬デブリ(右)を軌道上で分離するイメージ図

 

↑3月22日の打ち上げに先駆け、2018年にイギリス・オックスフォードシャー州ハーウェルに設立した軌道上サービスのための管制センター

 

最も気をつけることは、捕獲機が新たなスペースデブリを生み出さないこと

ーーこれらスペースデブリの除去作業を行う上で、最も気をつけなければいけない点はどんなところですか? 捕獲に失敗して「ELSA-d」自体が破損してしまうようなことはないんでしょうか?

 

岡田 最も気をつけなければいけないのは、捕獲機がスペースデブリと衝突して新たなデブリを生み出さないようにすることです。いかに安全なランデブー(接近と捕獲)を行うかが鍵になりますが、様々な試験やシミレーションを通してやるべきことはやってきました。実証の成功には自信を持っています。

↑「ELSA-d」のスペースデブリ捕獲イメージ。非通信によってスペースデブリに近づくものですが、なおかつ衝突を起こし新たなデブリを生み出さないことが最大の注意点とのこと

 

ーー前例がない上にかなり大掛かりなビジネスです。膨大な予算がかかっているでしょうし、民間企業としては世界初の試みでもあります。ここに至るまでには様々な困難もあったのではないでしょうか。

 

岡田 非常に大掛かりで、容易い道のりではありませんでした。スペースデブリ除去の必要性は疑問を挟む余地もないのに、誰もこのビジネスを立ち上げませんでした。アストロスケール設立時に多くの方から次のような疑問を投げかけられましたが、主にこういった厄介な問題が数多くあったからです。

 

「誰がお金を出すんだ」「国家レベルでの事業だ」「宇宙上で損害賠償が起きたらすぐに会社が潰れるよ」「技術は?」「資金あるの?」

 

などなどです。こういった課題を一つずつクリアさせながら、ようやく3月20日の「ELSA-d」の打ち上げにこぎつけたわけです。創業は私のたった1人で、2000万円の手元資金で立ち上げましたが、ここまでこられたのは、本当に多くの方々の支援があったからです。社員やその家族、投資家、サプライヤー、各宇宙機関、協業した各大学、各国政府、メディアからはたまた有形無形で支援頂いた方々まで、そのどれ一つが欠けてもここにはたどり着けなかったと思います。

↑アストロスケールが掲げる「スペースサスティナビリティ」のスペシャルサポーターの宇宙飛行士・山崎直子さん

 

↑同じく「スペースサスティナビリティ」のスペシャルサポーターに就任したタレントのパトリック・ハーランさん

 

宇宙のロードサービスの加速を目指して

ーーこれだけの挑戦に至ったモチベーションの源とは何だったのでしょうか。

 

岡田 40歳直前で人生の岐路に立ったころ、スペースデブリ問題を知りました。私達の地球上の生活は衛星技術や衛星データに大きく依存しています。スペースデブリによってすでに宇宙が持続利用不可能になっていること、そして誰も解決策を持っていないことを知ってしまったら、選択肢は2つしかありません。知らなかったことにするか、立ち上がるか。……やりがいのある問題だから、私は立ち上がることにしました。

 

ーー最後に今回の打ち上げの思い、今後の展望についてお聞かせください。

 

岡田 「ELSA-d」は、宇宙の持続利用が可能なんだと世界に示す希望です。「ELSA-d」の成功を皮切りに2020年代は一気に宇宙でのロードサービスを加速させていきたいと思っています。

↑宇宙でのロードサービスの最初の一歩となった「ELSA-d」。アストロスケールの今後の展開にも要注目です

 

話をお聞きするまでは全く想像もできなかったスペースデブリ問題。岡田さんのお話、そしてアストロスケールの試みによって、その中身を知ることができましたが、宇宙のロードサービスの整備は、これからさらに加速する宇宙開発、宇宙ビジネスにおいて不可欠なものであることがよくわかりました。これから先も同社の挑戦およびスペースデブリ問題について注目していきたいと思います。

 

 

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そして人類は月に辿り着いた……。「現代版ノアの方舟」に新計画が浮上!

もし地球が滅亡するとしたら、あなたはどうする? そんな話題は昔から事欠きません。「地球上に誕生した生命を絶やすことは避けたい」と考える人がいても不思議ではないでしょう。しかし、万が一の事態に備えて、地球上にある生物の種子を月の地下に保存しようという計画が、いまアメリカで持ち上がっています。

 

現代のグローバル保険

↑地球の生命を託されるかもしれない

 

人類滅亡をテーマにした古い物語に、旧約聖書に登場する「ノアの方舟(はこぶね)」があります。人の悪が増大したことに神が怒り、この世を滅ぼすために大洪水を起こしたのですが、ノアという人物だけは神の心にかなう人物で、神に言われたとおり箱形の舟を作ったため、人類も生物も生き残ったというストーリーです。

 

そんなノアの方舟にインスパイアされたのが、米アリゾナ大学の研究チーム。航空宇宙と機械工学が専門のJekan Thanga助教授率いる同チームは、このプロジェクトを「現代のグローバル保険」と称して、今年3月に発表しました。

 

この計画のポイントは月の地下空洞。2013年、月で溶岩チューブのような地下空洞が200も発見されましたが、この空洞は何十億年も前に、溶岩が地下の岩を溶かして形成していったものと考えられ、30~40億年もの間手つかずの状態だったと言われています。この地下空洞の気温はマイナス25℃~15℃で、水や空気はありませんが、研究チームはこの地下空洞が、太陽光や流星塵(宇宙空間から降ってくる微粒子)、地表温度の変化を避けながら種子を保存する場所として最適である、と提案しているのです。

 

月の方舟の概要は次のようになります。まず、月の表面にソーラーパネルを設置し、ここから電力を供給します。そして、地下につながるエレベーターを2機以上作り、1機は種子を超低温で保存する施設まで繋がり、別のエレベーターは建設資材運搬用として使い、月の方舟の施設を拡張します。

↑月の方舟の設計図

 

凍結保存の温度は種子ならマイナス180℃、幹細胞はマイナス196℃で保存する必要がありますが、そのような低温化では、地下の構造に使う金属が凍結したり、冷間圧接が起きる可能性が。しかし、その一方で、そんな超低温下だと、2つの物質が一定の距離を保ちながら浮遊する「量子浮揚」が起きます。月の方舟計画は、この量子浮揚を利用して、精子や卵子のシャーレを金属面から浮かせて貯蔵するのを描いているのです。なお、施設内でのシャーレの運搬などはロボットを使うとか。

 

月の方舟に保存するのは、地球上の生命670万種の精子、卵子、種子、胞子。これを各種50サンプル用意し、月に運びます。研究チームの試算によると、このためにはロケットを250回打ち上げる必要があるそう。

 

このプロジェクトには課題もあります。無重力状態で種子を保存すると、種子にどんな影響が生じるのか不明です。また、地球との通信についても、きちんと検討する必要があるそう。しかし、人類は以前にも似たようなノアの方舟計画の「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」を実現させています。科学者が本気になったら、月の方舟計画も実現するかもしれません。

 

ガーナ版Suicaが誕生? アフリカの社会課題解決を押し進める若き起業家たちを応援【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は途上国の起業家を育成するプラットフォーム「プロジェクト NINJA」の活動の一環として行われたビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」について取り上げます。

↑「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」で事業をプレゼンするスタートアップ起業家たち(写真上右、上左、提供:Nikkei Inc.)。決勝戦に進出した南アフリカのAnd Africaが取り組むIoTロッカー活用事業(左下)。途上国の若い起業家たちを支援する「プロジェクトNINJA」のロゴ(右下)

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業をマッチング

アフリカでは、デジタル技術で事業を変革させる「DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)」が急速に進行しています。そんなDXを推進するスタートアップ企業は、アフリカの課題解決に向けた立役者としても大きな期待が寄せられています。

 

JICAは、途上国の国づくりを支えるため、ビジネスとして社会課題の解決を図り、質の高い雇用創出のきっかけとなる起業家の育成に向けたプラットフォーム「プロジェクト NINJA(Next Innovation with Japan)」を2020年から始動。その活動の一環として、2月にビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦(JICAと日本経済新聞社の共催)」を開催しました。

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業のマッチングを図るこのイベントでは、日本の交通系ICカードを参考にしたキャッシュレス決済サービス、アプリを使って医薬品の在庫管理を行うシステムやドローンを使った農業支援サービスといったアイデアが提案され、今後、日本の企業との連携も期待されています。

 

非接触型ICカードの利用は、さまざまな課題解決につながる

イベントで提案された注目事業の一つが、ガーナのTranSoniCaによる非接触型ICカードを使ったキャッシュレス決済サービスです。

 

TranSoniCaの創業者でCEOのダニエル・エリオット・クワントウィさんは、アフリカの若者たちに日本の大学院教育と日本企業でのインターンシップを同時に提供するJICAの産業人材育成プログラム「ABEイニシアティブ(African Business Education Initiative for Youth)」により東京大学で学び、今春、大学院修士課程を終了しました。ダニエルさんが初めて来日したときに使用した交通系カードのSuicaを、「アフリカにも持ち帰りたい!」と考えたのがこの事業の始まりです。

↑TranSoniCaのダニエル・エリオット・クワントウィCEO(左)とTranSoniCaカード(右)

 

「アフリカでは、交通機関や商店での現金支払いに時間がかかり、長い待ち時間や行列が発生することが頻繁にあります。また、近年では、新型コロナの感染予防のため、非接触の決済サービスのニーズが高まっています。店舗側でも現金は窃盗の心配や売上管理が煩雑といった問題を抱えています。TranSoniCaのサービスを使えば、それらの課題をすべて解決できるのです」と、ダニエルさんは話します。「まずはガーナで導入したあと、他のアフリカ諸国にも広げていきたいと思っています」とその成長計画と夢を語ります。

 

アフリカでのビジネスチャンスに日本企業も注目

アフリカのスタートアップ企業と日本企業を結びつけた今回のビジネスコンテストは、アフリカ地域19カ国2,713社もの応募から最終選考に選ばれた10社が、それぞれの事業についてプレゼンテーションで競う決勝イベント。審査に参加した日本企業からは、投資、事業提携やメンタリングサービスの提供など具体的な協力として「特別賞」も贈られました。

 

TranSoniCaへの協力を決めた楽天ヨーロッパ・アフリカ担当の山中翔大郎さんは「キャッシュレスカードによる安全な決済サービスの提供は、アフリカでの社会的意義が大きいと考えました。楽天も様々なフィンテック関連サービスを提供しているので、その知見も活用してTranSoniCaをサポートできると思います」と、その選考理由を述べています。

 

その他、南アフリカでIoTロッカーを使った配送サービスを提供するAnd Africa、スマート水道メーターを使って水資源管理を行うケニアのUpepo Technologyなども特別賞を受賞しました。

視聴者投票で決まる優秀スタートアップ賞には、医療機関のない村落でも妊婦の診察を実現する装置とビジネスモデルを開発した、ウガンダのMobile Scan Solutions(M-SCAN)による「携帯型超音波診断装置」が選ばれています。

↑優秀スタートアップ賞を受賞した、M-SCANのメンヨ・イノセントCEO(左)と、M-SCANが提供している携帯型超音波診断装置(右)

 

日本企業とアフリカの起業家が連携し、Win-Winの関係を

今回のイベントでは、事業のプレゼンテーションに加え、有識者によるパネル討論も行われ、起業家へのエールが送られました。Project NINJAの推進役である不破直伸JICAスタートアップ・エコシステム構築専門家は、「1万人に起業トレーニングをして、そのうち1パーセントの100人が起業をし、各企業が5人の雇用を生み出してくれる、といった成長モデルを目指しています。持続可能なかたちで雇用が創出されていくことが、インフラ開発や社会課題の解決など、アフリカの自立的な開発につながります」と、スタートアップ企業支援の未来像を語ります。

また、JICA経済開発部の片井啓司参事役は、「各社とも才能にあふれ、エキサイティングな気持ちになりました。JICAが日本企業と途上国のスタートアップ企業との接点を作ることで、Win-Winの関係を展開していければと思います」と述べ、途上国の若い起業家に対する期待を述べました。

生の演劇は心の糧! コロナ禍で始まった「シアター・デリバリー」

イタリアでは、約1年前からコロナ禍によるロックダウンが始まり、その後も一進一退の日々が続いています。国民は、ときにはユーモアも交えながら相次ぐ困難を乗り越えてきたものの、変異種の拡大もあり感染の脅威は現在も続いています。そのような状況下で飲食業界はテイクアウトやデリバリーに力を入れていますが、芸術愛が強いイタリアだけにカルチャー業界からも「シアター・デリバリー」なるものが登場しました。

↑演劇デリバリーを行っているロベルタとマリカ

 

美術館や博物館、歴史的建造物、劇場などいたる所にカルチャー施設があるイタリア。これまでは思い立ったらその日に見学や鑑賞が可能でした。昨年春のロックダウン後、政府から最初に開店許可が出た業種のひとつが書店だったことからも、イタリアがカルチャーを大切にしていることがわかります。しかし、コロナに右往左往させられたこの1年、こうしたカルチャー施設も開館や閉館を繰り返してきました。

 

イタリアでは感染状況に応じて各州をレッド、オレンジ、イエローの3種類にゾーン分けしており、飲食業界だけでなく、カルチャー業界も人々を満足させるサービスを提供できない状態が続いています。多くの美術館ではオンラインでアートを鑑賞できるプロジェクトを推進していましたが、人気はいまひとつ。その場の空気に直接触れることができない鑑賞方法では、醍醐味を味わいにくいというのがイタリア人の本音なのでしょう。

 

劇団の女性2人がどこでも「生の演劇」

そのようななか、ミラノの劇団に所属するロベルタとマリカという俳優2人がシアター・デリバリーを開始したのです。彼女たちは当初、経済的に苦しい家庭に食材を届けるボランティアをしていました。生きるために必要な食材を届けるという行為から始まり、その後“心の糧”となる演劇をデリバリーしようという考えが生まれました。

 

背中に背負うリュックに入っているのは劇の扮装のための小道具で、自転車を使いミラノ市内を移動します。一見すると食品や食事の配達員のようですが、2人が届けるのは食べ物ではなく演劇というカルチャーなのです。

 

彼女たちのシアター・デリバリーは、新型コロナの感染対策さえしていればあらゆる場所にデリバリーできます。「劇場はどこでも再現できる」という信念のもと、子どもたちが駆け回るアパートの中庭や公園、落書きだらけの高架線の下など、ミラノのあちこちで演劇鑑賞が可能となりました。オンラインではなく、“生”で演劇の素晴らしさや感動を届けたいというのが2人の願いです。

↑中庭や公演でも上演

 

フェイスブックやインスタグラムなどのSNSには、彼女たちがデリバリーできる演目と価格が記載されていて、注文もそれらを通じて行われます。演目メニューを見てみると、ロベルタとマリカの本気度が伝わってきます。必ずしも人々に笑顔を運ぶだけが目的ではない、という本格的な演劇メニューがずらりと並んでいるからです。

 

今年700年忌を迎えるために各地でイベントが予定されている大御所ダンテの作品や、ノーベル文学賞を受賞したダーリオ・フォの代表作のほか、子どもたちに大人気の児童文学作家ジャンニ・ロダーリの演目もお届け可能。いずれもイタリア語の美しさが十分堪能できる演劇であることが特徴です。

 

また、メニューはピッツァのように「ロッソ(トマトソースをベースにしたもの)」と「ビアンコ(トマトソースがないもの)」に分けられています。ロッソのほうが、内容がより喜劇性のある構成になっているのだとか。

 

価格は7ユーロ(約900円)から35ユーロ(約4500円)までありますが、基本的には20ユーロ(約2500円)からのオーダーとなっています。ただし、経済的に苦しい家庭の場合はこの限りではない、という気の利いた文言も記されており、ロベルタとマリカはその理由について、「演劇はあらゆる人が楽しむべきものだから」と語っています。

 

ステイホームが続くイタリアでは、子どもだけでなく大人までパソコンやスマートフォンに触れる時間が大幅に増え、社会問題化している部分もあります。そのような状況で本格的な演劇を生で目にすることは、魂に栄養を与えることになるでしょう。

 

シアター・デリバリーは同じアパートに住む複数家族からのオーダーにより、住まいの中庭や公園で活動することが多いそう。ロベルタとマリカは、親しい人や離れている家族へのサプライズとしてもぜひ活用して欲しいと語っています。心の糧として届けられる文化の香り高いプレゼントは、忘れられない思い出になるでしょう。

 

あれ、何しに来たんだっけ? ドアを開けた瞬間にド忘れする本当の理由

何かをしようと思って違う部屋に行ったはずなのに、途端にその目的を忘れてしまうことって、よくありますよね。そんなド忘れの現象には「ドアウェイ効果」という名前が付けられているのですが、オーストラリアの心理学者が最近この効果を検証したところ、従来とは異なる意外な結果が出ました。

↑あー忘れた

 

ついさっきまで覚えていたのに、部屋を移動した瞬間に忘れてしまう現象について、米国・ノートルダム大学の心理学教授が2011年に「ドアウェイ効果」と名付けて脚光を浴びました。この心理学者は「別の部屋のドアを通り抜けることで、最初にいた部屋での記憶が古くなり、脳がリフレッシュされる」と説明しました。

 

オーストラリアのボンド大学の心理学者は、このドアウェイ効果が起きているときの脳の状態を調べようと、その現象について4つの実験を行いました。まず実験1ではVRを利用し、被験者は仮想空間のなかで複数の部屋を移動して、各部屋のテーブルに置かれた青いコーンや黄色の十字架の物体を記憶し、それを別のテーブルに移動するタスクを行います。この結果、ほとんどドアウェイ効果は見られず、別の部屋に移動しても記憶に影響を受けることはありませんでした。

 

そこで実験2では、ランダムに表示される数字を6つ覚える記憶力テストを行ってから同様のタスクを課し、記憶力に負荷をかけた状態で行いました。この結果は、実験1に比べると別の部屋に移動することで被験者の記憶力の低下が見られましたが、それでもドアウェイ効果と言えるほどの目立った変化は観察されませんでした。

 

実験を行った研究者は、このような結果になったのは、実験1と2で使われた部屋がどれも見た目が同じように作られたものだったことが関係すると考え、もっとリアルに近いシチュエーションで実験を行うことにしました。例えばデパートのなかでの移動を考えると、似たような作りの別のフロアをエレベーターで移動するより、デパートの売り場と駐車場のように、見た目がまったく異なる空間へ移動することで、ドアウェイ効果が現れるのではないかと考えたのです。

 

そこで、実験3では廊下にカーテンを設置して、被験者にはVRでなく、別の人がその廊下を歩いているビデオを見ながらテストを行い、実験4ではカーテンが設置された廊下を被験者が実際に歩き、記憶力がどのように影響を受けるのかを観察しました。その結果、実験3と4でも、カーテンをくぐることで記憶力が薄れるようなドアウェイ効果は見られなかったのです。

 

先行研究では、さまざまな状況でドアウェイ効果が観察されたことが報告されていましたが、今回の実験では記憶に明らかな影響を与えるようなドアウェイ効果は観察されないという結果になったのです。

 

このことから、記憶についてさまざまなことが考えられます。人間は1つのことに集中していると忘れにくいが、たくさんのことをしていたり考えていたりすると、忘れやすくなる。また、記憶は背景とも関連しており、部屋の環境がガラッと異なる場所へ移動したときは、記憶が影響を受けやすい様子。これらの点に気をつければ、ドアを開けた瞬間にド忘れすることも少なくなるかもしれません。

 

【出典】McFadyen, J., Nolan, C., Pinocy, E. et al. Doorways do not always cause forgetting: a multimodal investigation. BMC Psychology 9, 41 (2021). https://doi.org/10.1186/s40359-021-00536-3

 

「生命の起源」に新説! すべては「落雷」から始まった?

これまでにさまざまな説が唱えられてきた生命の起源。約40億年前に落ちた隕石によって、生命に必要な有機物などの材料が地球上にもたらされ、それが生命の誕生に繋がったと考える説が有力です。しかし最近、生命の起源には、落雷が重要な役割を果たしていたことが示唆されました。

 

閃電岩にヒント

↑すべての始まりはこんな感じだった?

 

米国・イエール大学の研究者は、生命の誕生に欠かせない成分「リン」に着目しました。リンはDNAを構成する成分で、生命体の成長や生殖など生命活動には不可欠な存在です。そこで、リンなどから構成される鉱物「シュライバーサイト」を含む隕石が地球に落ち、それによって生命が誕生したのではないかと考えました。しかし生命が誕生したと考えられる35億~45億年前の地球には、それほど多くの隕石が落下していないことが判明したのです。

 

一方、2016年に米国イリノイ州グレンエリンで落雷が起きたときにできた巨大な「フルグライト(閃電岩・せんでんこう)」について調べていた英国・リーズ大学の研究者は、このフルグライトには異常なほど高濃度のシュライバーサイトが含まれていることを発見しました。フルグライトとは、数億ボルトになるとされる雷の高熱によって砂が溶け、その後すぐに冷えて固まってできる管状の岩石のこと。しかも初期の地球上に存在していたリンは、水には溶けない鉱物の中に含まれていたと考えれますが、シュライバーサイトは水に溶ける性質があり、これが生命誕生の鍵となっていたのではないかと考えることができるわけです。

↑フルグライトのサンプル(撮影/Benjamin Hess)

 

次に、同リーズ大学の研究者はコンピューターモデルを用いて、初期の地球でどのくらい落雷が起きていたかを推測しました。すると、現在は1年間に5億6000万回の雷が発生しているのに対し、10~50億年前の地球では1年間に50億回と現在の9倍近くの回数の雷が発生し、このうち1~10億回は直接地面に落雷していたと推測しました。これにより、かなりの量のリンが地球上に存在し、その量は隕石の落下によるものより多かったと考えられるのです。

 

この2つの研究チームはこれらの結果から、「生命誕生のきっかけは隕石ではなく、落雷によるもの」という説を唱えました。しかも、落雷は気候条件さえ揃えば起きる自然現象のため、隕石の落下より頻繁に発生するうえ、地球へのダメージも少ないことから、生命の進化を妨げた可能性も低いと考えられます。

 

今回の論文で明らかになったように、雷が生命の起源だったとすれば、落雷が頻繁に起きていた地球以外の惑星でも同じように生命が生まれていた可能性が出てきます。ひょっとしたら、落雷説が地球外生命体の発見に繋がっていくかもしれません。

 

【出典】Hess, B.L., Piazolo, S. & Harvey, J. Lightning strikes as a major facilitator of prebiotic phosphorus reduction on early Earth. Nature Communications 12, 1535 (2021). https://doi.org/10.1038/s41467-021-21849-2 

瞳は騙せない!「ディープフェイク」を見破るツールがついに誕生!!

AIの「ディープラーニング(深層学習)」技術と、「フェイク(偽物)」を組み合わせた造語「ディープフェイク」。実在しない人物の画像を合成したり、本物そっくりの画像を作ったりすることができるこの技術は、いまや人間には見分けがつかないほど精巧になっていますが、人権侵害やプライバシー侵害、著作権侵害にも繋がるため、ディープフェイクを検出する技術の開発が求められています。そんななか、人間の瞳に着目してディープフェイクを見破るツールがアメリカで開発されました。

 

両目に写る光の形や色を分析

↑瞳は嘘をつかない

 

角膜は黒目の部分を覆っているもので、半球型で光を反射します。そして左右2つの目の角膜に映る光は、同じものを見ているため、似たような形と色になりますが、ディープフェイクの画像は大量の画像を組み合わせて作っているため、両目の角膜に写る光に一貫性がないという特徴があります。

 

私たちが人の顔を見て会話をするとき、角膜に写る光を意識したり気づいたりすることはほとんどありませんが、ニューヨーク州立大学バッファロー校のコンピューターサイエンティストたちはそこに着目。実在する人物の画像とAIが生成したフェイク画像のそれぞれで人がカメラを見ている画像を用意し、ディープフェイク画像を自動検出するツールを開発しました。

 

このツールは、人の顔から目と眼球、角膜に反射する光を検出し、左右の目の光の形や強さなどを分析します。ディープラーニングなどの評価指標として使われるIoU(Intersection over Union)スコアを使ったところ、実在する人物の画像のスコアは0.5〜1.0になるのに対して、ディープフェイクの画像のスコアは0.1~0.5と低いことが明らかとなりました。このツールを使うとディープフェイクかそうでないかを判断するのに、94%の有効性があると結論づけられたのです。

 

ただし、このツールは画像の人物がカメラを直視していて、しかも両目が写っている写真でないとうまく機能しません。しかしそれでも、ディープフェイクを見破るツールとして今後さらに改良を重ね、実際に活用されることが期待されています。

 

ディープフェイクが問題視されるのは、人権侵害などに大きく関わる事例がすでに起きているからです。例えば、ディープフェイクの問題に注目を集めるため、アメリカのニュースサイト「バズフィード」とジョーダン・ピール映画監督が、オバマ元大統領が演説するディープフェイクの動画を2018年に公開しました。動画のなかの人物はオバマ元大統領そのもので、話し方や声も本物そっくり。しかしこれでは、実際には言っていないことでも、本人の発言として信じる人が出てきてしまいます。

 

また、ポルノ動画にハリウッド女優の顔が使用されてインターネット上に出回る事件も起きています。このようなディープフェイクの悪用による被害は、有名人に限らず一般の人にも起こり得ることで、誰もが人権を脅かされ、プライバシーを侵害される可能性があるのです。

 

ディープフェイクを検出するツールの開発と発展は、ディープフェイクを生成する技術発展とのいたちごっこになるかもしれませんが、ディープフェイクによる事件をできるだけ防ぐために必要なのは明らかです。

離婚後の子育てをストレスフリーに。英国で大注目の「共同養育アプリ」とは?

イギリスでデジタル離婚サービスを手がける企業が、世界初とされる”共同養育アプリ”を開発しました。離婚した2人が、子育てに関するスケジュールやイベント内容をそれぞれ管理・調整できるうえ、専門家への相談機能も搭載。お互いの合意を得ながら、トラブルなく冷静に養育の協力関係を続けるためのアプリとして、大きな注目を集めています。

↑パパ、あのアプリ使ってる?

 

アジア諸国に比べ離婚率が高いとされる欧米圏ですが、イギリスの国家統計局調査の資料によれば1964年から2019年までの離婚率平均は33.3%となります。最も離婚率が高いのが1987年に結婚したカップルで、43.6%が2017年までに離婚しています。結婚という形式にとらわれずに同居や子育てを行う事実婚カップルも多いため、実質的な子持ち世帯の別離率は50%に届くのでは、ともいわれています。

 

さらに、コロナ禍によるロックダウン生活で夫婦間の問題が表面化した家庭も多いようで、その結果、世界的に離婚申請の数が増加しました。イギリスでも同様の現象が起こり、2020年12月にはオンライン上で「迅速な離婚」というキーワード検索数が前年比235%と増え、「離婚届」や「最寄りの離婚弁護士」の検索数も2倍に跳ね上がりました。

 

離婚がそれほど珍しくなくなったとはいえ、伴って生じるストレスが減るわけではありません。離婚には裁判が必要で、日本より煩雑なステップを踏まなくてはならないイギリスでは、精神面に加え費用面での負担も大きくなります。また宗教的な理由で離婚できない場合でも、法的手続きを経て別居という形で実質的な別離を成立させるなど、複雑でさまざまなケースが見られます。

 

円満離婚のためのデジタル・サービスを提供するアミカブル社は、離婚や別居手続きに伴う、財産分与などのアドバイスや合意をサポートするスタートアップ企業です。弁護士では対応しきれない細やかな相談について専門家のアドバイスが得られ、離婚にかかわる出費も軽減できるアプリを開発し、注目を集めてきました。そんな会社が今年ローンチしたのが、離婚後の子育てや意見の相違に伴うトラブルを解消してくれる共同養育アプリ「アミカブル・コー・ペアレンティング(amicable co-parenting app)」です。

 

スケジュールなどをアプリで共有

↑共同子育てに特化しており、スケジュール調整やメッセージ交換がアプリ1つで完結

 

子どもがいると、離婚後も元パートナーと連絡を取り合う機会が多くあります。このため、相手との関係があまり良好でない場合は、神経がすり減ってしまうことも珍しくありません。しかし、アミカブル・コー・ペアレンティングを介せば、お互いのコミュニケーションにワンクッション置くことで感情的になるのを防ぐことができ、必要な情報だけを共有できるため、精神的に大きな助けになります。

 

イギリスでは治安面などから、小学5年生ぐらいになるまで保護者が子どもを学校に送り迎えをするのが一般的。このため同居・別居にかかわらず、朝夕2回の送迎スケジュール調整は親の毎日の義務となります。しかし養育パートナー間でコミュニケーションがうまくいかず、さらなるトラブルを招いたり、相手への不信感が募ったりするケースも多いのです。

 

このアプリでは、まず個人プロフィールを作成したうえでパートナーを招待し、アプリ上でコミュニケーションをとることに合意します。ここでは学校の送迎や行事参加、食事内容、誕生日パーティーのプラン、スクリーンタイムや就寝時間などについて共同の子育てゴールを設定し、必要な情報やスケジュールを共有します。困った時はカウンセラーなどの専門家に相談できるコーチングセッションの予約も可能。

 

細かい話し合いはアプリ上で相手と直接メッセージ交換ができるようになっていて、送信時間がわかるタイムスタンプが装備されています。メッセージ内容が削除できない仕組みを取り入れ、お互いが「言った・言わない」のトラブルを防げるなど、細やかな工夫がされています。

 

アミカブル社ではロックダウンの影響で離婚件数が増えたことを受け、この共同養育アプリの30日間無料トライアルを始めました。トライアル後は月額9.99ポンド(約1500円)か、年間99.99ポンド(約1万5000円)のサブスクリプション契約でサービスを利用できるようになっています。

 

↑アプリ創業者は、自身もトラウマ的離婚を経験したというカウンセラーとIT起業家のコンビ

 

子どものストレスも軽減

これまで、電話やメッセージアプリやカレンダーアプリなどを総動員させて奮闘してきた共同子育てが、アプリ1つで済むようになるのは、多くの離婚者にとって朗報です。ユーザーからは「わかりやすくて使いやすい」「スケジュール調整と話し合いに苦労してきたが、お互い別の視点から物事を見ることができるようになった」といったコメントが寄せられています。不要なストレスに振り回されず、新生活への一歩を踏み出す手助けをしてくれる、心強いアプリといえるでしょう。

 

個人としては互いに別々の道を進むことになっても、子育ては一生もの。感情的にならずに協力関係を結び、子どもの希望やニーズを満たすことで、自分たちだけでなく子どものストレスも軽減することができます。ライフスタイルの多様化が進めば進むほど、このようなデジタル・コミュニケーションツールの需要も増えていくかもしれません。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

 

2100年には「1年の半分」が夏になる!? 中国が衝撃の予測

最高気温が35度以上になる日を「猛暑日」と気象庁が2007年に定義してから、毎年当たり前に使われているこの言葉。年々、夏の厳しさが増し、春や秋も温暖になっていると感じられますが、最近発表された論文によると、北半球では2100年までに1年の半分が夏になるかもしれません。これから季節はどうなってしまうのでしょうか?

 

約60年間で夏が2週間以上増加

↑冷や汗ものの論文

 

中国の科学技術の最高研究機関・中国科学院の海洋物理学者たちのチームが、1952年から2011年の北半球の日別の気候データを使い、春夏秋冬のそれぞれの長さと季節の変化について調べました。1年のうち最も高かった気温を基準に、その気温から25%以内の気温だった日を「夏」に、1年のうち最も低かった気温を基準にそこから25%以内の気温だった日を「冬」と定義し、北半球で過去の四季の長さについて導きだしました。

 

すると、1950年代は4つの季節の長さがほぼ均等で、季節の移り変わりは予測しやすいものだったとわかったのですが、1952年と2011年で平均的な四季の期間を見ると、次のような結果になるとわかったのです。

 

・春:124日→115日に短縮

・夏:78日→95日に延長

・秋:87日→82日に短縮

・冬:76日→73日に短縮

 

つまり4つの季節のうち、夏だけが17日と2週間以上長くなり、春、秋、冬は短くなっているのです。おまけに春と夏は季節の始まりが早まり、秋と冬の始まりは遅くなっていることもわかりました。

 

このまま夏が長くなり、それ以外の季節は短くなる傾向が続くと仮定した場合、研究チームが予測した2100年までの四季は次のようになります。

 

2100年までの春夏秋冬

・春:1月18日~5月5日(約108日)

・夏:5月6日~10月19日(約167日)

・秋:10月20日~12月17日(約59日)

・冬:12月18日~1月17日(約31日)

 

夏が6か月近くの長さになり、冬は12月中旬から1月中旬までのわずか1か月だけに短縮されることになります。

 

もしこの四季が現実となったら、植物の生育サイクルが変わり、農業や生態系などに大きな影響を及ぼし、花粉が長い期間飛んで人々を苦しめたり、病気を媒介する蚊が生育エリアを拡大したりする可能性も考えられます。

 

【出典】 Jiamin Wang et al, Changing Lengths of the Four Seasons by Global Warming, Geophysical Research Letters (2021). DOI: 10.1029/2020GL091753

ビジネスを通じて国際貢献! 海外進出を狙う中小企業を支援する「飛びだせJAPAN!」レポート

グローバル化が加速しているなか、新興国や発展途上国に対する日本の国際貢献は、政府やNGO団体だけにとどまらず、民間企業レベルでも活発に行われています。今回は、海外でのビジネス展開を通じて国際社会への貢献を支援するプロジェクト「飛びだせJapan!」について、その成果を報告するオンラインイベントの様子をレポートします。

 

アイ・シー・ネットが主催している「飛びだせJapan!」プロジェクトは、日本の中小企業が新興国で社会解決につながる海外展開を行う際に、企業にコンサルティングを行うとともに、製品・サービスの開発などに必要な経費を一部補助するもの。経済産業省の「技術協力活用型・新興国市場開拓事業費補助金(社会課題解決型国際共同開発事業)」を受けて実施されています。

↑飛びだせJapan! プロジェクトの概要

 

↑プロジェクトに応募するためにはいくつかの条件があります

 

今年で第6回となる今回は、新型コロナ感染症の影響もあり、海外への渡航ができないなど事業展開が難しいなかで、補助内容や期間を変更して実施されました。本年度、プロジェクトを完遂することができたのは全14社で、そのうち11社がオンライン上で成果報告を行いました。

 

最初に発表を行ったのは、大阪に本社を構える光洋機械産業。同社はこれまで国内市場向けおよびアジア地域向けに建設用機材の提供を行っていましたが、「飛びだせJapan!」プロジェクトの補助を受けて、アフリカ市場に日本製の建設足場の供給するという取り組みに挑戦しました。

 

↑同社はアフリカでの建設足場の普及事業に取り組んでいます

 

同プロジェクトの補助を受けて実施したのは、現地における建設足場の市場調査や、展示用見本の作成および輸出、英語・仏語パンフレットの作成など。

↑支援を受け、市場調査など様々な準備を実施したとのこと

 

これにより、アフリカ市場での建設足場の需要を確信できたとし、今後は現地で販売代理店網の確立を行うとともに、足場組み立て・解体の技術教育や安全教育を実施し、現地での雇用も創出していきたいと説明していました。また、建設用だけでなく、高速道路やトンネルといった土木用足場など、さらなる用途展開にも積極的に取り組んでいくとのこと。

 

単なる海外でのビジネス展開にとどまらず、社会的意義のある事業展開のために同プロジェクトの補助金が活用されていることがよくわかる発表となっていました。

 

同社以外にも、インドにおける慢性的な水不足解消を目的とした節水ノズルの提案や、ケニアで現地製造した土壌硬化剤を使った水路・ため池施工事業の取り組みなど、様々な事業での成果が報告され、参加者を交えた質疑応答なども行われていました。

 

アイ・シー・ネットのHPでは、今回の活動実績をまとめた資料や、海外進出に役立つニーズレポートなども公開していますので、海外でのビジネス展開をお考えの中小企業の方は、ぜひアクセスしてみてください。

 

飛びだせJapan!の特設ページ:https://www.icnet.co.jp/tobidase-japan/

 

【フォトギャラリー(画像をタップするとご覧いただけます)】

意外と研究が進んでいなかったタコが「とても嫌うもの」が2つ判明

日本でタコといえば、たこ焼き。お刺身やタコワサもいけますね。私たちにとってタコはあまりにも身近な食材ですが、タコ自体が持つ感覚や身体の機能についてもよく知っている人はあまり多くないかもしれません。そこで最近、この吸盤つき8本足の軟体動物に関する興味深い研究が2つ発表されたので、タコについての知識を少し深めてみましょう。

↑見た目以上に敏感

 

タコだって痛いのはヤダ

痛みは、苦しみをともなう複雑な感情が生まれる状態のこと。生物が痛みを感じるためには非常に複雑な神経システムが必要であるため、魚介類は痛みを感じられないと従来では考えられていました。しかし、特定の種類の魚介類を使った実験で、魚介類が痛みを感じる可能性が示唆され、「魚は痛みを感じるか? 感じないか?」という議論が研究者の間で広がってきています。

 

そこで、サンフランシスコ州立大学の研究者がタコの痛覚について実験を行うことにしました。タコは5億個もの神経細胞を持っており、ほかの無脊椎動物より神経細胞の数がはるかに多いという特徴があるため、痛みを感じる可能性が考えられます。

 

この研究者は動物の痛みの受容とそれに伴う行動について調べる一般的な方法を用いました。3つの部屋に分かれた水槽のなかにタコを入れて、1本の足に酢酸を注射し痛みを与え、どのような反応を示すか観察。するとタコは注射された部屋を避けて、別の部屋に移動するようになったのです。

 

タコに痛みを感じない生理食塩水を注射した場合、その部屋を回避するような動きは観察されなかったのですが、痛みを感じる酢酸の注射を打った後に麻酔薬を注射すると、タコは麻酔薬を打つ部屋を好むような行動を示したのです。しかも、痛みを感じない生理食塩水を注射したタコは、麻酔薬の注射を行う部屋に興味を示すことがありませんでした。

 

これらの結果から、タコは痛みを感じ、それを避ける行動をとると研究者たちは結論づけたわけです。しかも酢酸の注射で痛みをもたらされたタコは、注射された部分を20分も口で噛みついていたことが観察されていますから、タコには痛覚があると言えるようです。

 

強い光もヤダ

↑まぶしいな

 

もう一つ、タコに関する面白い研究結果が先日発表されました。それは、暗闇のように目が見えない環境であっても、タコは足だけで光を感じとれるというもの。タコの足は光を受けると色が変わる色素細胞で覆われており、それによって周囲の模様とあわせてカモフラージュする能力があります。

 

イスラエルのルッピンアカデミックセンターの研究チームは、光に反応するタコの色素細胞について研究していたとき、タコの足に光をあてても色が変化しない場合があることに気づいたそう。また、強力なライトを足先にあてると、いつもタコが足をひっこめることに気づき、タコのこのような行動を調べることにしたのです。

 

まず、黒いシートで覆った暗い水槽のなかにタコを入れ、水槽の上部に開けた穴に足を伸ばすと魚を捕まえられるように訓練しました。そしてタコは目が見えない暗闇のなか、穴に足を伸ばしたときにランダムに強いライトを当てたところ、84%の確率で足をすぐに引っ込めたことが判明。温度変化によって光を検知していることも考えられましたが、温度変化を確認したところ、そのような影響はなかったそうです。

 

またライトを当てる部位を変えてみると足の先端が最も敏感に反応し、麻酔をかけたタコや切断した足では、反応を示さないこともわかりました。

 

これらの結果から、タコの足は光を感じ、この情報が筋肉のなかにある神経を通って脳に伝わり、足を引っ込めるように脳が指令を出していると推測できるのです。この研究チームでは、捕食者から自身を守るための手段としてこのような反応を示すようになったと推測しており、さらに研究を続ける予定です。

 

最初に取り上げた研究でタコは痛みを感じることができるとわかったので、ひょっとしたらタコにとっては強い光も痛いのではないか……? ほかにも仮説は立てられますが、タコは私たちが普通に考えているよりもずっと面白い魚介類のようです。

 

【出典】

Crook, R. J., et al. (2021). Behavioral and neurophysiological evidence suggests affective pain experience in octopus.
iScience 24, 102229. https://doi.org/10.1016/ j.isci.2021.102229

Katz, I., et al. (2021). Feel the light: sight-independent negative phototactic response in octopus arms. Journal of Experimental Biology 2021 224: jeb237529 doi: 10.1242/jeb.237529

 

科学者が1人だけで挑む「レーザー蚊取りマシン」開発プロジェクト

暖かくなると出現してくる蚊。世の中には蚊取り線香や虫よけスプレーなどさまざまな製品がありますが、もっと劇的に蚊を追い払うことはできないものか? ロシアではコンピューターサイエンティストがレーザーで蚊を仕留める機械を制作しています。

↑開発中のレーザー蚊取りマシン

 

南ウラル国立大学の科学者は、Raspberry Pi(ARMプロセッサ搭載のシングルボードコンピューター)を使って、蚊をレーザーで殺すマシンの開発に取り組んでいます。この人はRaspberry Piと一緒に使えるPiカメラとか電流を検知する検流計、さらに人の皮膚に影響を与えない450ナノメーターの波長を持つ市販のレーザーポインターを用意して、それらを組み合わせました。

 

現段階ではまだプロトタイプを制作していませんが、開発は行われています。例えば、このマシンは蚊の大画像を使って、色、音、体温などから蚊を検出するディープラーニングに挑戦。また今後は望遠レンズを取り付けて、蚊の動きを追跡する機能を実験する予定でいるそうです。開発者の計画では1秒間に2匹の蚊を撃退し、将来的にはドローンにレーザーガンを取り付けて、空中を飛ぶ蚊をやつけるマシンを構想しているそうです。

 

このプロジェクトが始まったのは、ちょうど蚊がいない冬の時期だったため、一度中断していたそうですが、今後蚊が増える季節になれば、実際の蚊を使いながら実践に近い形で改良が行われるでしょう。

 

蚊はさまざまな感染症を媒介するという点で厄介な害虫です。蚊が媒介する感染症にはデング熱、チクングニア熱、日本脳炎、ウエストナイル熱、マラリアなどがあり、これらは特に東南アジアや中南米地域などで流行しています。蚊を媒介した感染症で亡くなる人の総数は年間70万人以上にのぼると言われ、蚊が「世界で最も多くの人を殺す危険な生物」とされているのには、そんな現実があるからなのです。

 

この科学者は、大学の仕事とは関係なく個人的にこのレーザー蚊取りマシンを制作しているそう。このような自主的な活動で救われる命が増えたら本当に素晴らしいことですね。

 

【参考】Rakhmatulin, I. (2021). Raspberry PI for Kill Mosquitoes by Laser. Preprints, 2021010412. doi: 10.20944/preprints202101.0412.v1

ロックダウン後に500%増加! 英国男性が「美容整形」に積極的になった当たり前の理屈

コロナ禍のイギリスで流行している物事のひとつに美容整形があります。自分の容姿に疑問を抱き少しでも良く見せたいと願う人たちが急増しているのですが、驚くのは男性も積極的だということ。なぜイギリスでは美容整形が男性にまで広がっているのでしょうか?

↑悩みは薄毛だけじゃない

 

イギリスでは、新型コロナウイルスの蔓延と同時に美容整形の人気が高まりました。美容整形といえば一般的に女性の希望者が多いと思われがちですが、ロックダウン期間中には多くの男性も興味を示すようになったのです。

 

イギリスの美容整形にはボトックスのような注射からメスを使った手術に至るまで、幅広い種類があります。高級紙タイムズによると、美容整形に興味を持っている人たちの数はロックダウンが始まった2020年3月以降に500%以上も増えているとのこと。

 

なかでも、最も人気のある美容整形は体重を減らしてスリム化するための施術です。例えば、余分な皮膚や脂肪、乳腺などを切除する乳房縮小手術の件数は昨年6月以降で520%も増加。また、乳腺の増殖により乳房が肥大した状態となる女性化乳房の除去についての男性からの問い合わせは115%も増加しています。

 

さらに、お腹のうえのシワを除去して皮膚を引き締める腹部の美容整形や脂肪吸引法も人気があり、昨年3月以降は問い合わせが40%も上昇しています。こうした需要の高まりから美容整形機関への予約も殺到していて、数か月先まで予約で埋まっていることも珍しくはないそうです。

 

ではなぜ、体重を減らすための美容整形が人気なのでしょうか?

 

理由の1つとして考えられるのは、ロックダウン期間に増えた体重を落としたいと願う人たちが増えていること。昨年5月にタイムズ紙に掲載された調査によれば、イギリスの全人口の3分の1が3キロ以上も体重が増えたと回答しています。ただ、イギリスでは体重増加や肥満の問題は新型コロナの蔓延前から問題視されており、以前から美容整形を考えていた人も多いのではないかと思われます。

 

それ以外に大きな理由として挙げられるのが、テレワークという勤務形態。お腹のうえのシワを除去して皮膚を引き締める腹部の美容整形や乳房縮小手術の場合、回復までに要する期間は4週間から6週間といわれています。そのため、希望者は通常では長期休暇を利用しますが、コロナ禍で自宅勤務が当り前になった現在はその必要がありません。長期休暇を取る必要がなく、誰にも知られずに手術を受けることができるのです。この点が男性にも女性にも大きな魅力となっているのでしょう。

 

自分の顔を見る時間が増えた

↑カメラはオフで参加したい……

 

減量のための施術と同様に、顔に関する美容整形にも人気が集まっています。バーチャル会議が当然になった今日、Zoomなどの画面に映る自分の顔を見つめる時間も必然的に増えてきました。画面を通じて他人の顔と自分を比較する機会や時間が十分あることも、美容整形をしようと考えるきっかけになったといえるでしょう。

 

イギリス政府公認の美容整形機関・Save Faceは、コンサルテーションの際に「眉間の皺に気づいた」「唇を何とかしたい」「鼻が曲がっている」といった顔に関する不満がロックダウン以降に増えていると語っています。

 

さらに男性の場合は頭髪に関する不満が多く、植毛に関心が集中しているそう。ロンドンのある美容整形医はこの現象について、「ロックダウンで床屋が一時閉鎖されて散髪が不可能になり、多少長めの髪で画面に頭が映ると照明や角度の影響で髪が薄っぺらに見える。それを実際の頭髪と勘違いされてしまうケースが多いようだ」と語っています。

 

さらにイギリス心理学会のジル・オーエン博士は、照明や角度により見え方が変わってくることや、バーチャル会議で顔を見る時間が長くなるにつれて自分の顔の欠点に気づくため、こだわりを持ちやすくなると指摘しています。

 

そのほかにも、美容整形によって美しく変わったセレブとの比較や、現実的ではない美への追求による自信喪失、さらに、ロックダウンを起因とする悲観的思考の頻発などが美容整形の需要に影響していると考えられるようです。

 

イギリス国民保健サービス(NHS)のホームページには、さまざまな美容整形の標準的価格が記載されています。例えば、顔の筋肉を柔らかくしてシワを減らすボトックス注射の場合は約1万3500円〜4万7200円。

 

お腹のうえのシワを除去して皮膚を引き締める腹部の美容整形の場合は約60万7500円〜81万円ですが、手術後のコンサルテーションにも別途費用がかかります。脂肪吸引法は約27万円〜81万円。植毛は約13万5000円から405万円と、頭髪の長さや美容整形機関によって金額がかなり変わります。男性の女性化乳房除去は約47万2500円から74万2500円で、手術後のコンサルテーションにも別途費用がかかります。

 

価格はボトックス注射が一番安いのですが、効果は3か月〜4か月といわれ、繰り返して受けるとなると負担も多くなるでしょう。いずれにしても、イギリスで美容整形を受けるには金銭的な余裕が必要です。

 

美容整形ブームはイギリスの男性だけに見られるわけではなく、この現象はコロナ禍により世界的に起きていますが、その裏には副作用というトラブルもあることを忘れてはならないでしょう。例えば、ボトックス注射の後に顔の腫れが取れない、腹部の美容整形の後に血栓が肺に飛んでしまう等の症状が報告されています。後悔先に立たずです。

 

執筆者/ラッド順子

英国で1980~90年代がブーム! やっぱり古い物が好きな国民

現在、イギリスでは1980年代や1990年代のモノを楽しむ人々が急増しています。最新テクノロジーやAIが脚光を浴びる一方、懐かしい製品が次々にカムバックしており、現在の便利な生活にどこか物足りなさを感じているイギリス人にウケています。どのような”アンティーク”アイテムが人気を集めており、そこにはどんな背景があるのでしょうか?

↑昔のデバイスがビンテージ化

 

懐かしのビンテージ・コンピューター

革命的な新製品が次々と発売されるテクノロジー業界で現在、密かなブームとなっているのがビンテージ・コンピューターです。なかでも特に注目されているのは1980年代と1990年代の製品。当時のコンピュータは徐々に人気が高まり、今日では3年前の約5倍もの価格が付くほどになりました。

 

eBayなどのオークションサイトによれば、昨年12月にはこういったコンピューターが3分間に1台売れる勢いだったとのこと。また、ビンテージ・コンピューター購入のための検索数は今年1月上旬だけでも前年度の25%も増え、オークションサイトに掲載されるコンピューターの台数は2019年1月と比べて28%も増えています。

 

人気がある機種は80年代に販売されたイギリス製の「Sinclair ZX Spectrum」や「Acron BBC Micro」。これらは以前にイギリスの学校で幅広く使われていたため、多くのコレクターを惹きつけているのでしょう。

 

さらに「Apple-I」の人気も見逃せません。これはAppleの共同設立者であるスティーブ・ウォズニアック氏が組み立て、スティーブ・ジョブズ氏 が販売したApple初の製品で、2020年には4000万円以上という破格値が付いたほど人気があります。

 

ビンテージ・コンピューターは20代〜30代の若者にも人気があります。彼らの親の世代が使っていたコンピューターということもあり、身近に感じるのかもしれません。その当時の生活や雰囲気を実際に感じられる点が魅力となっています。

↑いまだに価値あり

 

さらに、この時代のコンピューターは基本的なコンポーネント(部品)で構成されおり、電子機器の基本学習に最適であると言われています。そのため、機器を実際にいじりながら基本を学びたいという人々にも魅力的。イギリスでは当時の部品がいまも販売されており、故障したコンピューターを修理する楽しみも提供しています。修理マニアにとっても絶対に欲しい機器であるに違いありません。

 

人気の理由はこのようにさまざまですが、誰もがノスタルジックな気分を味わうことできることも大きな魅力でしょう。ビンテージ・コンピューターの価格は需要とともに上がってきています。なかには予算内で獲得するために、ビンテージ・コンピューター専門のコミュニティに加入するコレクターも少なくありません。

 

レコードやカセットで音楽を満喫

コンピュータと同様に、レコードとカセットテープの人気も無視できません。イギリス・レコード産業協会(BPI)によれば、この国におけるレコードの売り上げは、国内で販売される全アルバム収入の18%を占めるとのこと。アーティストやレコード会社にとって、この収入はYouTubeなどのプラットフォームで得る収入の2倍にもなっているそうです。

 

新型コロナウィルスの蔓延により多くのレコード店が一時閉鎖に追い込まれるなか、レコード(1枚の平均価格2900円)の需要はコロナ前の2007年から次第に高まっており、2020年には1991年以降で初めて最高売上を記録しました。

 

それと同時にカセットテープ(1個の平均価格950円)の人気も高まる一方です。2012年以降は需要が継続的に広がり、2020年には前年の約2倍にあたる15万7000個という売り上げを達成しました。

 

こういった人気の理由についてBPIのジェフ・テーラー氏は「物として個人で所有できるレコードは時代を超えた価値を提供してくれる。だからこそ音楽にこだわるコレクターにアピールしているのではないか」と語っています。高級紙タイムズによると、2020年12月時点で最高売り上げが予想されたヒットアルバムは、1977年に発売されたフリートウッド・マックの「Rumour」、1995年のオアシスの「Morning Glory」、1991年のニルヴァーナの「Nevermind」といずれも90年代のものでした。

 

古くても愛着がある物は誰にとっても捨てがたいもの。イギリス人には家具や食器、宝飾品、家など“古き日の良いもの”をリスペクトする国民性がありますが、現在の80~90年代ブームもその象徴と見ることができるかもしれません。ときにはイギリス人のように、自分だけのノスタルジックな品物に触れることでタイムトラベルしてみてはいかがでしょうか?

 

執筆者/ラッド順子

換気性能は4倍、なのに騒音は1/4! 最新「スマートウィンドウ」が相反する機能を両立

新型コロナウイルスの感染を防止するために換気の重要性が高まっていますが、窓を長時間開けたままだと周囲の音をうるさく感じることがあるかもしれません。そこで役に立ちそうなのが、シンガポールで開発された換気をしっかり行いながら室内を静かに保つ窓。未来の建物に多用されるかもしれないスマートウィンドウに迫ってみましょう。

↑暑くないし、うるさくない

 

都心部のほか、幹線道路の近くや線路沿いの場所では騒音が気になるでしょう。そのような建物では窓に防音ガラスが使われたり、防音シートを貼ったりして、騒音対策が行われています。でも、それらの対策が有効なのは窓を閉めているときだけ。換気のために窓を開けると、周囲のうるさい音が気になってしまいます。

 

長いこと騒音問題が持ち上がっているシンガポールは、防音性と換気性の機能を兼ね備えた新しい窓の研究に取り組んできました。シンガポール国立大学の研究チームが開発したのは、「AFVW(Acoustic Friendly Ventilation Window)」と名付けられたシステム。

 

このAFVWは、2枚の窓ガラスを15センチの間隔を開けて重ねており、2枚の窓ガラスの間には換気システムを設けています。さらに窓の上下2か所に格子状の通気口を設置。これによって下の通気口から外部の空気が入りこみ、窓ガラス内部にある換気システムを通って上部の通気口から室内に流れこみます。さらに遮音性を高めるために、窓ガラスには吸音材が付けられました。

 

空気の流れなどの検出テストで使われるトレーサーガスを用いた実験を行ったところ、窓を開放した換気法に比べて、AFVWでは汚染物質が4倍の速さで減少したことが確認されました。さらに、このAFVWにエアコンで使用されているものと同じようなフィルターを付ければ、ホコリや汚染物質の除去も可能なのだそうです。

 

また防音性能については、外部のクルマなどの騒音を26db下げることがわかりました。クルマの音、掃除機をかける音、トイレの水を流す音、換気扇の音などはおよそ50~60dbに相当し、人と会話するためには少し大きな声を出さないといけない状況です。一方、騒音はほとんど聞こえないか気にならない程度なのは20~30db。人は10db減少するごとに、音のうるささが半分程度に低減したと感じると言われるので、26dbを減らせるこの窓は人の感覚で騒音を1/4程度抑えられたということになります。

 

新型コロナに加え、環境汚染や花粉の問題もあって、部屋の換気について悩んでいる方も多いのではないでしょうか。将来はこんな高機能の窓が問題解決に役立つかもしれません。

 

「宇宙初のホテル」が2027年以降に完成予定、米スタートアップ

民間人が自由に宇宙旅行を楽しめる時代が近づきつつありますが、宇宙が私たちの新たな旅行先となれば、問題となるのは「どこに泊まるか?」。そんな考えから現在、宇宙に初めてホテルを作る計画が始まっています。「宇宙ホテル」とは一体どんなものなのでしょうか?

↑日帰りなんて言わず、宇宙ホテルでごゆっくり

 

宇宙ホテルの建設に取り組むのは、米スタートアップのオービタル・アッセンブリー・コーポレーション。同社が先日発表した内容によると、宇宙ホテルは「ボイジャー・スペース・ステーション」と呼ばれ、24個のモジュールが直径200メートルのリング状に並ぶ形をしています。リング状というのがポイントで、巨大なリングを回転させることで重力を人工的に作りだし、宇宙にいても無重力状態にならない設計になっています。このホテルは地球を周回する人工衛星などと同じように、約90分で地球1周をまわり続けます。

 

ホテルの内部には宿泊スペースのほか、娯楽スペース、ジムスペース、緊急医療ルームなどの施設が設けられ、収容人数はゲスト300人と従業員100人の合計400人。宇宙研究機関の職員のほか、宇宙での滞在を楽しみたい一般人の利用も想定しています。またエネルギー源には太陽光を利用し、緊急帰還用の乗り物44機が用意されるそう。

 

ボイジャー・スペース・ステーションは2025年に建設を開始し、27年には完成予定。現在、スペースXは23年以降を目処に民間の月旅行を開始する計画を進めている一方、25年までに火星へ有人飛行することも目指していますが、オービタル・アッセンブリー・コーポレーションも民間人の宇宙旅行が開始してから数年以内(2027年〜30年)を目安に宇宙ホテルを建設する計画です。

 

宇宙空間では建設に使える道具や資材などが限られることから、建設時にはロボットの利用が考えられます。しかしロボット技術は進歩しているとはいえ、ロボットと人間では依然として能力に大きな差があることが宇宙ホテル建設の懸念事項である、とオービタル・アッセンブリー・コーポレーションはウェブサイトで述べています。

 

宿泊料金はまだ発表されていませんが、宇宙にホテルが本当に建設されたら、ロマンあふれる滞在になることは間違いないでしょう。お金持ちだけとは言わず、私たちもいまからお金を貯めておいたほうがいいかもしれませんね。

 

世界初「宇宙のハリケーン」の観測に成功! プラズマが渦巻いていた

ハリケーンは北太平洋東部や北大西洋で発生する熱帯低気圧のことを指しますが、最近このハリケーンが地球上ではなく宇宙でも起きていることが世界で初めて観測されました。一体どんな現象なのでしょうか?

↑はじめまして、宇宙ハリケーン

 

ハリケーンは、熱帯や亜熱帯の温暖な地域で温められた空気が上昇気流となって上空にのぼり、そこに周囲の空気が流れ込んで、地球の自転で渦を巻くような積乱雲が作られることで生まれます。雲は低いところなら上空数キロ程度、高いものなら13キロほどにありますが、積乱雲の高さは最大で上空10~15キロメートルほどです。

 

しかし今回観測された宇宙ハリケーンは、積乱雲よりもっと高い位置、北極の上空110~860キロメートルの上層大気で発生しました。観測に成功したのはイギリスのレディング大学や中国の山東大学などの共同研究チーム。彼らが米国軍事気象衛星DMSPの観測データを分析した結果、2014年8月に宇宙ハリケーンが発生していたことが明らかとなったのです。観測された宇宙ハリケーンでは、1キロ近くの直径の渦が形成され、この状態がおよそ8時間継続していました。

 

一般的なハリケーンは積乱雲が渦巻いているのに対して、この宇宙ハリケーンで渦を形成していたのはプラズマです。プラズマとは、個体、液体、気体に次ぐ「物質の第4の状態」のこと。物質は温度が上昇すると、個体から液体、さらに気体に変化します。そして気体に熱や電気エネルギーが加わると、気体の分子が原子となり、原子核のまわりを動いていたマイナスの電子が原子から離れます。

 

このときに中性分子、プラスイオン、マイナスイオンという非常に小さな粒子が自由に動きまわっている状態を「プラズマ」と言います。プラズマを観察できる自然界の現象にはオーロラや稲妻があり、どちらもプラズマで満たされた状態になっているのです。

 

宇宙ハリケーンでは、このプラズマが最大で秒速2.1キロメートルの速さで反時計回りに流れを作り、雨の代わりに電子の雨を降らせていました。また、渦巻きの中心部となるハリケーンの目は雲がなく穏やかな状態となるように、この宇宙ハリケーンの中心部でも同じような穏やかな状態が観測されました。

 

研究チームでは、宇宙ハリケーンが発生したのは太陽風エネルギーと荷電粒子が急速に上層部に伝わったことが原因であると考えており、宇宙ハリケーンは気象衛星などにも影響を及ぼす可能性があると見ています。2019年には、約11年の周期がある太陽活動のサイクルに、プラズマが引き起こす津波のような現象が関連していることが判明していますが、宇宙でもハリケーンや津波のような現象が起きているとは自然は本当に不思議ですね。

 

人は「夢」を見ていても会話できることが4か国の共同研究で判明

眠って夢を見ている人に話しかけたら、反応がないか、目を覚ましてしまうだろうと思いますよね。しかし、レム睡眠中の人は夢を見ながら質問に答えたり、簡単な計算問題まで解いたりできることが最近の研究で明らかとなりました。夢や意識の研究に影響を与えそうなこの実験について見てみましょう。

↑夢のなかでもコミュニケーションはとれる!

 

人の眠りにはノンレム睡眠とレム睡眠の2種類の睡眠があり、それらは夜寝ている間に交互に訪れます。ノンレム睡眠は大脳が休息して心身が深く眠りについている時間。それに対して、レム睡眠では脳が活発に動き記憶の整理や定着が行われ、眼球が活発に動くという特徴があり、私たちは多くの夢をレム睡眠中に見ると言われています。

 

夢の記憶や睡眠中の記憶の保存に関する調査は以前から行われており、過去の研究では、外の世界の出来事はレム睡眠中の人に影響を与えることがわかっています。とすると、ひょっとしたら、レム睡眠中の人は外の誰かと会話できるのではないだろうか? そんな可能性について調査したのが、フランス、ドイツ、オランダ、アメリカの4か国の科学者からなる共同研究グループです。

 

この研究グループは「明晰夢(めいせきむ)」を見ている人とコミュニケーションをとる実験を行いました。明晰夢とは、自分で夢を見ていると自覚しながら見る夢のことで、レム睡眠中によく起きることが知られています。この実験には、これまでに明晰夢を見た経験がある人、明晰夢を見る訓練を行った人、さらに頻繁に明晰夢を見るナルコレプシー患者1人を含む、合計36人が被験者として参加。

 

寝ている間でも自分がどのような状態にあるのかを意識したり、分析したりすることができるように、被験者たちは事前に訓練を受けました。脳波や眼球運動などから被験者が明晰夢を見始めたと確認されたら、実験者は音で合図を送って質問開始。被験者は眼球の動きのほか、腕をポンとたたいたり、言葉を発したりして質問に答えます。

 

その結果、被験者の一部の人と睡眠中にコミュニケーションをとることが可能だったとわかったのです。しかも実験はフランス、ドイツ、オランダ、アメリカの4か所で行われ、それぞれで同様の結果となりました。4か所の結果をまとめると、明晰夢を見た人に質問を行って、18.4%の人から正しい返事があり、60.8%の人には反応が見られず、17.7%の人は不明瞭な回答となりました。

 

正しい返事をした人のなかには、「8-6は?」という計算問題に対して、3秒以内に眼球を動かして「2」と正しく答えたアメリカ人や同じような簡単な計算問題に正確に答えたドイツ人などがいました。

 

この結果から、研究チームは明晰夢を見ている人は双方向のコミュニケーションが可能でであると結論づけたのです。4か国で別の場所で行われた実験で同じ結果が得られたという点も説得力を持ちます。しかも被験者たちは目覚めた後も、夢のなかで投げかけられた質問だけでなく、その質問がどのように自分に届いたのかも覚えていました。

 

人はなぜ夢を見るのか? 夢を見ている間に人の脳はどんな動きをしているのか? 夢にまつわる疑問はつきませんが、今回の実験は夢だけでなく意識の研究にも影響を与えそうです。

 

【出典/参考】

Konkoly, K. R., Appel, K., et al. (2021). Real-time dialogue between experimenters and dreamers during REM sleep. Current Biology. https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.01.026

The Economist. (2021, February 20). The Interpretation of dreams.

 

宇宙人も笑ってる? 火星探査車に暗号を仕掛けたNASAが示す「科学の原点」

日本時間の2月19日、NASAが手がける5台目の火星探査車「パーサヴィアランス(Perseverance)」が火星に着陸しました。着陸成功のニュースは瞬く間に世界中を駆け巡りましたが、それと同時に話題になったのが、この探査車のパラシュートに暗号が隠されていること。

 

地球外生命体へ呼びかけるメッセージを発表するなど、NASAはこれまでにもウィットに富んだ仕掛けや取り組をが行ってきましたが、今回の暗号に隠されたメッセージとは?

↑暗号化されたパラシュート

 

2020年7月30日、フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられたパーサヴィアランスは、約6か月にわたる4億8000万kmの長い旅を経て火星にたどり着きました。着陸システムを担当したエンジニアのアル・チェン氏はその後の会見で、探査車が着陸時に使った大型パラシュートの映像を示しながら「あるメッセージを隠した」と発表。すぐに、この暗号の解読に世界中が盛り上がったのです。

 

その暗号とは、パラシュートに使われたオレンジ色、クリーム色、白色の3色のうち、オレンジ色を「1」に、クリーム色を「0」とみなして2進法にするというもの。こうすると、パラシュートの内側には「4、1、18、5」の数字が浮かび上がり、これをアルファベットの順にあてはめると「d、a、r、e」と読めるのです。同様に、ほかの数字も解読すると、「dare mighty things」というフレーズが読めるのです。これは「困難に挑戦する」という意味。ルーズベルト大統領のスピーチに使われた言葉で、NASAのジェット推進研究所(JPL)のモットーなのだそうです。

 

さらにパラシュートの外側に隠された「34、11、58、N、118、10、31、W」は、JPLの緯度と軽度である「北緯34度11分58秒、西経118度10分31秒」のこと。ネット上では、この暗号をわずか6時間ほどで解読した人が現れ、おおいに盛り上がりました。この仕掛けを把握していたのは、NASAのなかでもごく一部の人だけだったそうで、もしかしたらNASAの関係者もこの謎解きにハマった人がいたかもしれません。

 

科学の源泉

ちなみに、2012年に火星に着陸した探査車「キュリオシティ(Curiosity)」には、探査車のタイヤの跡にモールス信号が仕掛けられていました。探査車のタイヤの跡は、探査車が進んだ距離を正確に把握するために必要なもので、あえてある一定のパターンの跡がつくように設計されています。これにモールス信号が仕掛けられていて、「JPL」と読み解くことができたんです。

 

ほかにも、真面目だけど遊び心あふれるNASAの取り組みをさらに象徴するものに「ゴールデンレコード」があります。これは1977年に打ち上げられた宇宙探査機ボイジャー1号、2号に搭載されたもの。地球外生命体や未知の人類が見つかったときに備えて彼らと交信できるように、さまざまな言語や音声、自然音、画像などを収録しているのです。ゴールデンレコードの表面にはレコードの読み方が書かれているのですが、英語などの文字ではなく、高度な知識を持った地球外生命体なら解読できると思われる、数学的な表現が用いられています。

 

このゴールデンレコードの一部はウェブサイト上で公開されており、誰でも自由に閲覧できるようになっています。ウェブサイトにアクセスすると、まず宇宙空間のような画像が画面いっぱに現れます。白く点滅するマーク部分をクリックしていくと、やがてボイジャーに到達し、収録された音声や画像など31のコンテンツを見たり聞いたりすることができます。

 

壮大なプロジェクトであっても、遊び心やエスプリの効いた仕掛けを施すとはなんとも粋。宇宙探査という大きな野望には人間の知的好奇心という原点があったと、改めて気づかせてくれるようです。

一人じゃ無理! NASAが進める「電気飛行機計画」とは?

電気自動車や「空飛ぶタクシー」など、電気を動力とした乗り物へのシフトが進む今日、その波は飛行機の世界にも押し寄せています。しかし、大型の飛行機を電気の力で飛ばすプロジェクトにNASAが取り組んでいることをご存知ですか?

 

開発目標は2035年

↑電気だけで飛行機は飛ばせる?

 

2015年に発表された今後20年のロードマップによると、NASAは温室効果ガスの排出量を抑え、より安全で静音な航空輸送機の開発を目的としながら2035年までに電気飛行機の実用化を目指しています。

 

現在、飛行機はジェット燃料と呼ばれる化石燃料を燃焼させて推力を得て飛行していますが、この燃料は飛行機が数多く飛べば飛ぶほど温室効果ガスを排出しています。

 

日本では経済産業省が2017年から2036年の20年間で、世界の航空需要は年平均約5%で成長すると見込んでおり、この航空需要の増加に伴い温室効果ガスの排出量も増大するという見通しから、航空業界でも地球温暖化対策が議論されるようになっているのです。そこで電気自動車の開発と同じように持ち上がっているのが、環境にやさしい電気飛行機開発の構想です。

 

このような背景のなかでNASAは電気飛行機プロジェクトを進めているのですが、具体的にNASAでは「X-57」の開発が進められています。

 

「Maxwell」の愛称を持つ完全電動式の飛行機「X-57」計画が2016年に発表されました。それによると、X-57  Maxwellは左右に細長く伸びた翼を持っており、各翼に6個ずつ電気モーターと翼の先端に大きめの電気モーターが各1個ずつ、計14個の電気モーターが付いた構造となっています。

↑X-57 Maxwellは本当に空を飛ぶか?

 

この設計にもとづき作られたX-57 Maxwellが2019年、カリフォルニア州エドワーズにあるアームストロング飛行研究センターでお披露目されました。しかし、飛行機は大型の乗り物であるため、電気自動車や空飛ぶタクシーのような垂直離着陸機と比べて、ずっと高出力の電気モーターが必要になります。バッテリーを大きくすれば出力は高くなりますが、飛行機が効率よく飛行するためには軽量化が必須。そのため、電気飛行機では小型で軽量かつ高出力なモーターが求められるという大きな課題があるのです。

 

そこで2020年2月、NASAは動力を推進力に伝えるためのパワートレインシステムの開発を行う企業をアメリカ国内から広く募ることを発表。メガワットクラスと桁違いの出力を必要とする飛行機で、効率的にエネルギーを伝えるシステムの開発が求められているのです。

 

ちなみに、日本でもJAXA(宇宙航空研究開発機構)が電気飛行機の開発に着手しており、電動航空機「エミッションフリー航空機」を2030~50年代までに実用化するという目標を掲げています。ただし、NASAがパワートレインシステムの開発企業を募集したように、電動飛行機の実現には数々の技術開発が必要となり、複数の分野の技術力が必要。そのためNASAもJAXAも、官民一体となった共同開発が電気飛行機の実現には鍵となってくるようです。

 

自販機の設置が2倍に! コロナ禍で加速するバンコクの「非接触化」ブーム

コロナ禍のタイの首都バンコクでは人との接触をできるだけ避けるため、日々新たなテクノロジーが生まれています。例えば、ショッピングモールなど建物への出入りを記録する「タイチャナ」というアプリは、コロナウイルスが流行り始めて間もない昨年5月にいち早く開発されました。日々刻々と変わる状況に対応すべく生まれたテクノロジーは人々に新しい体験をもたらしています。

↑非接触化するバンコク

 

一時閉店を余儀なくされていたショッピングモールの再開に合わせて、いち早く開発されたのが「タイチャナ」です。これはタイ政府が提供する入退店管理アプリで、ユーザーはショッピングモールやレストランなどへの入退店時、設置されたQRコードを読み込んで、チェックイン・チェックアウトをします。そうすることで、万が一コロナ感染者が発生したとき、感染者の行動ルートにいた人を特定できる仕組みです。

 

下着やサンダルも買える

またコロナの流行によって、バンコクでよく見かけるようになったのが自動販売機。現在は閉店した日本の大丸百貨店が40年以上前にタイで初めて自動販売機を導入しましたが、安全面などの観点から日本ほどの普及には至りませんでした。

 

ところがこの1年間で設置台数が以前のおよそ2倍に増えています。人との接触を避けられる自動販売機は、売り手と買い手の両方にとって好都合。従来は飲み物がメインでしたが、コロナ拡大後はマスクやアルコール消毒ジェルなどはもちろん、対面型店舗やオンラインでの購入が主だった下着や観葉植物なども並ぶようになりました。

↑マスクとスマートフォンの充電器が購入できる自動販売機

 

タイのビーチサンダルメーカーNanyang社でも、昨年バンコク郊外にあるショッピングモールに自動販売機を設置。ビーチサンダルは生活必需品でないにもかかわらず、週に100足も購入されています。対面型店舗の営業時間はコロナ禍において制限される可能性がありますが、24時間販売できる自動販売機は顧客との新たなコミュニケーションツールとして躍進しています。

 

自動販売機メーカーのSun 108社は2020年に1万4000台の自動販売機を稼働させました。前年と比べると、2888台の増加ですが、日本では約1億2500万人の人口に対し自動販売機は250万台ありますが、タイは6700万人に対し2万5000台と市場はまだまだ成長段階。タイの英字紙バンコクポストによると、将来的にタイの自動販売機市場は年間30億バーツ(約105億円)の市場になると推定されています。

 

自動販売機市場が成長した背景には、タイ政府主導で進められているキャッシュレス化の拡大もありました。非対面型の販売チャネルである自動販売機はキャッシュレスと相性がよいため、キャッシュレスで支払える自動販売機の導入が今後の鍵になっていくと考えられます。

 

ショッピングモールはテクノロジーサービスの“展示会”

コロナ禍で活躍しているテクノロジーサービスは、ほかにも数多くあります。例えば、バンコク最大級のショッピングモール「セントラルワールド」は、さまざまなロボットの存在により営業が成り立っていると言っても過言ではありません。

 

セントラルワールドでは、昨年5月のモール再開後「K9」というロボット犬を導入。背中にアルコールジェルを搭載し、ジェルを使いたがらない子どもでも楽しく使える仕組みを作りました。K9を仕掛けたのは大手携帯電話キャリアのAIS。まだ普及段階にある5Gを使ってコントロールすることで、自社のプロモーションになるのはもちろん、アルコールジェルを使う煩わしさを一種の「体験」に転換した好事例と言えるでしょう。

 

そのほかにも、除菌効果のある紫外線UVCを使用し買い物袋を消毒する機械や、エスカレーターに取り付けたセンサーが人の存在を感知して信号のように赤と青のライトで買い物客に知らせ、エスカレーター上でのソーシャルディスタンスを保つ機械などが設置されました。もはやセントラルワールドはコロナ禍期間中に開発されたテクノロジーの展示会のようになっています。

↑セントラルワールドのエスカレーターに設置された「信号」

 

一方、アメリカ発祥のチェーンレストラン「シズラー」では、ウェイターロボットの導入により非接触型の接客を実現させました。このロボットは来店客をテーブルまで案内して食事を提供するうえ、なんと誕生日の客のためにバースデーソングまで歌ってくれるという頼もしい存在です。

 

ソーシャルディスタンスや清潔さを保つためにスタッフの仕事が増えがちなコロナ禍のレストラン営業において、ロボットの導入は生産性を上げられるうえ、ロボット接客は来店客にとっても新たな珍しい体験につながります。実際にロボット導入後のシズラーの売上高は、コロナ拡大前の80%にまで回復しました。

 

このように、コロナ対策において比較的動きが速いタイは、日常の暮らしに数々のテクノロジーサービスを導入しています。新しい科学技術が支えるニューノーマルの日々は消費者にとっても一種の新しい体験。コロナ対策であることに変わりはありませんが、物事や生活をできるだけ前向きに楽しもうとするタイ人らしい考え方なのかもしれません。

 

執筆者/加藤明日香

 

休業店舗を「アート」に。ロックダウンのロンドンにコロナ時代の街作りのヒントが

イギリスではロックダウンで多くの店舗がシャッターを閉ざしており、映画館や劇場といったエンターテインメント施設もすべて閉店しています。企業や各自治体はコロナ禍を乗る切るためにさまざまな工夫を行っていますが、ロンドンのケンジントン・アンド・チェルシー王立区では閑散とした街全体をギャラリーに見立て、パブリック・アートで彩っています。

 

休業中の店が美しく変身

↑公共心のシンボル(レオン・シーシックスの作品)

 

閑散とした街をアートで彩ろうというプロジェクトを立ち上げたのが、ロンドンの芸術振興団体ケンジントン・アンド・チェルシー・アートウィーク(KCAW)です。ケンジントン&チェルシー王立区からの委託により、毎年ユニークな彫刻や、映像や光、デジタル技術を駆使して生み出すインスタレーション・アートで話題を呼ぶ芸術祭を行っているKCAWは、同地区にある休業中の店舗を美しいパブリック・アートに変身させました。

 

ケンジントン地区は、世界の美術工芸品を数多く所蔵するビクトリア&アルバート博物館や、国内外からの観光客にも大人気の自然史博物館、子どもたちの大好きなサイエンス・ミュージアムなどが密集する高感度エリアです。イギリスのデザインを語るうえで欠かせないデザイン・ミュージアムや王立芸術大学を擁するなど、この国の文化とアートを牽引する地区の1つといえるでしょう。

↑シーシックスの作品はライトアップされると幻想的だが……

 

↑近くで見るとシニカル

 

ミュージアムが密集するサウス・ケンジントン駅の近くでは、閉鎖中の店舗のショーウィンドウが不思議なライトインスタレーションに変身しました。これはアーティストのレオン・シーシックスの手によるもので(上の写真3枚)、暗くなると建物全体が巨大なライトボックスに変わる様子はとても幻想的。近くには写真家でビジュアルアーティストのアレグザンダー・アイクハイドの力強い作品群も展示されています(下の写真)。

 

お洒落な買物エリアとして人気のあるハイストリート・ケンジントン駅周辺も、アートエリアに変身しました。イアン・カークパトリックによる失われた遺物や神話の物語を組み合わせたカラフル&ポップなストリートアートや、ステンドガラス風のディスプレイが登場しています。

 

一方、ノッティングヒル地区では、前述のKCAWとロイヤル・カレッジ・オブ・アート、そしてデザインオフィスのコラボによるミューラル(壁画)プロジェクトが進行中です。これは建設工事中の仮囲いの壁一面をすべて地元アーティストの作品で埋め尽くし、通り一帯をストリートギャラリーに変えてしまうという試み。空が薄暗く日照時間も短い冬のロンドンで、カラフルかつポップなグラフィックが鮮やかに映えて街行く人の気分を盛り上げてくれます。

 

若手からベテランまでの作品を広く紹介し、ロンドン市民の士気を高めようとするこれらの取り組みは、ワクチンが普及し、街が再び活気を取り戻すための布石になっています。昨年は多くのイベントが中止またはオンライン開催になりました。しかし、今年は日本でも昨年展覧会が行われた有名アーティスト「バンクシー」の大規模な「リアル」ストリートアート展など、さまざまなアートやカルチャーイベントが屋外スペースを中心に予定されており、期待が高まっています。

 

芸術やユーモアの価値

↑鮮やかな色合いがグレーの街並に映えるアレグザンダー・アイクハイドの作品

 

アートは美しさで人の目を楽しませるだけでなく、新しい視点で物事を考える力を与えたり、精神状態にもプラスに働いたりといった影響も与えます。イタリアなどで行われた研究では芸術鑑賞によって血圧や心拍数が低下し、不安やうつの兆候を改善させる作用が見られることも分かっています*。

 

また、ゴーストタウンと化していたテムズ川南岸地区が2000年ミレニアル事業のアート誘致でロンドン有数の観光地に生まれ変わるなど、芸術は人の流れ、ひいてはビジネスの流れを変える大きな可能性も秘めています。

 

芸術だけで人は食べていけないという意見も確かにありますが、生活の一部として子どものころからアートに親しむ機会が多いロンドン市民は創造性こそが困難な時に新しい発想を生み、問題解決の原動力となることを肌で知っているのかもしれません。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

 

*Stefano Mastandrea, Fridanna Maricchiolo, Giuseppe Carrus, Ilaria Giovannelli, Valentina Giuliani & Daniele Berardi(2019) Visits to figurative art museums may lower blood pressure and stress, Arts & Health, 11:2, 123-132, DOI: 1080/17533015.2018.1443953

 

豚も「テレビゲーム」で遊べることが判明!! 一体どうやって??

チンパンジーは高度な頭脳を持ち、テレビゲームで遊ぶことができるのは広く知られています。しかし、それができるのはチンパンジーだけではありませんでした。最近アメリカで発表された研究によると、豚もテレビゲームを楽しむことができるそうです。いったい豚はどんなゲームをどうやってプレーするのか? 明らかにされた豚の可能性を見てみましょう。

↑こんなの朝飯前だぶー

 

パデュー大学の研究チームは、4頭の豚を使ってテレビゲームを覚えさせる実験を行いました。4頭のうち2頭は生後3か月のヨークシャー種、もう2頭は2歳のミニブタ。ヨークシャー種の豚には「ハムレット」と「オムレツ」、ミニブタには「アイボリー」と「エボニー」という名前が付けられています。

 

豚が挑んだテレビゲームは、ジョイスティックを動かして、カーソルを画面上の3つの壁(太くて青い線)まで移動させるというもの。豚が鼻でレバーを前後左右に傾けることができるように、ジョイスティックはコンピューターのモニターの前に設置されました。ゲームの開始時点で壁は3つあり、どれか1つにカーソルを当てれば餌をもらえるという仕組み。壁が3つのときは偶然当たる可能性が高いものの、壁の数が減るにつれて難易度は上がります。なお、実験を行う前に、同大の動物福祉学の研究者たちが、ジョイスティックの模造品やボイスコマンドなどを使って、豚が行動を学習するまで訓練させました。

 

本番の実験では、どんな結果が得られたのでしょうか? まず、ミニブタの2頭は3つの壁があるときに成功率が84%という成績を出しました。しかし壁が1つになったとき、アイボリーは76%の成功率だったのに対してエボニーは34%と低く、2頭の間で大きな差が見られました。一方、ヨークシャー種の2頭は壁が3つのときより、1〜2つのときに良い成績を残したそうです。

 

結果として、4頭すべてがジョイスティックを動かして、画面上のカーソルを移動させるゲームを行えました。これは、ジョイスティックの動きと画面のカーソルが連携していることを豚が理解していたということ。従来の研究では、産業動物にジョイスティックを動かすような運動能力があることは考えられなかったそうです。

 

親指を持っている動物は、物を握ることができるため、武器を持ったり道具を使えたりします。この親指は、人間の進化や動物の知能などを考えるうえで重要なものと見られていますが、豚のように親指を持たない動物がテレビゲームをできたという今回の発見は大変驚くべきものでしょう。

 

この結果を発表した研究者は「豚や産業動物について私たちは過小評価している」と述べ、今後の高度な学習や認知能力の研究に期待を寄せています。

 

【出典】Croney, C. C., & Boysen, S. T. (2021). Acquisition of a Joystick-Operated Video Task by Pigs (Sus scrofa). Frontiers in Psychology. 12:631755. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2021.631755

タクシーを超えろ! 最大50人も乗れる「空飛ぶバス」をイギリスが構想中

現在ドローンを活用した「空飛ぶタクシー」が、新しい交通手段として世界各国で開発されていますが、そのほとんどの乗車定員数は少数にとどまっています。しかし、そんな前提条件を乗り越えようと国家で挑み、この分野のリーダーになろうとしている国がありました。それがイギリスで、この国では最大50人もの乗客を乗せる「空飛ぶバス」構想が持ち上がっています。

 

イギリス式空飛ぶバス

↑イギリスが国を挙げて構想している空飛ぶバス

 

イギリス政府が助成する戦略的政策研究機関のUKリサーチ・イノベーションは、これからの社会を大きく変えそうな課題に取り組むために「Industrial Strategy Challenge Fund」を立ち上げ、税金や民間からの資金を使って、低炭素社会における経済成長や高齢化、AIなどの研究を行っています。

 

モビリティ革命も課題のひとつであり、同ファンドは4年間で1億2500万ポンド(約186億円)という予算をかけて「The Future Flight Challenge」というプロジェクトを行っています。新しい空の交通手段の開発だけでなく、無人飛行システムやサステナブルな航空ネットワークの構築という3つのプログラムから構成されるこの企画には15社が参加し、コラボレーションしていますが、そのなかでリーダー的な役割を担っているのが、イギリスの大手航空機製造メーカーのGKNエアロスペース。世界14か国に48の工場を展開し、従業員は1万7000人にのぼります。

 

最近、同社は新しい交通手段を発表。「スカイバス(SkyBus)」と名付けられたこの乗り物は、ドローンのように電力で垂直に離着陸が可能な電動垂直離着陸機(eVTOL)です。小型飛行機のように空を飛ぶため、クルマ、電車、バスのように地上を走る交通機関よりも、移動時間を大幅に短縮し、渋滞の心配もありません。

 

また世界の都市で開発が進められている空飛ぶタクシーは、乗客の目的地に合わせてさまざまなルートを飛びますが、このスカイバスは地上を走るバスと同じように、決まったルートを運航する想定で計画されています。つまり、名前の通り「空飛ぶバス」のような存在になるわけです。

 

環境に優しく、しかも現状の交通手段よりも便利になるかもしれないスカイバスは将来の乗り物として理想的かもしれません。しかし、このスカイバスはまだ計画の初期段階。30~50人を乗せる大型機となると、巨大なバッテリーや充電設備が必要になるのは明らか。さらに大型化によって、充電効率の悪化などが課題として持ち上がると考えられます。しかし、Co2排出量の削減は地球全体が抱える大きな問題。このような問題をどのように解決するのかをチームUKは考えなくてはなりません。はたしてGKNエアロスペースは、航空機製造のスキルやリソースを活用することができるのでしょうか?

 

世界で最も影響力のあるデザイナーが語る「仕事の流儀」

フェラーリ、マクラーレン、マセラティ、BMWなど、さまざまな高級自動車メーカーでデザイナーとして活躍してきたフランク・ステファンソン氏。現在、世界で最も影響力のあるデザイナーと言われる同氏は、自動車業界やデザイン業界でレジェンド的存在ですが、30年以上にわたるキャリアのなかで、テクノロジーの進化は彼自身の仕事にもさまざまな影響を及ぼしてきたそうです。そんななかでステファンソン氏は何を大切にしてきたのか? ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」で行った講演から3つのポイントを取り上げます。

↑テクノロジーでデザインの可能性はもっと広がる

 

1: 製造期間の短縮化の加速

ステファンソン氏は「デザインやエンジニアにおける、現在のそして今後の製造期間を短縮するニーズが高まっている」と述べます。デザイン業界では3Dのデザインにシフトし、特にここ数十年の変化はめざましいと言います。「完全にマニュアル作業だった時代は、ハンドスケッチでデザインするところから始まり、エンジニアとプロトタイプの制作を何度も重ね、最終的に商品販売に至るまで4~5年かかっていました。それが現在では半分の期間になっている」(ステファンソン氏)

 

製造にかかる時間が短くなると、質が落ちてしまうのではないかと思いがちですが、不利とも思える条件を逆手に取って「奇抜なアイデアが本当に実現できるかどうか」を早い段階で余計なコストをかけずに見極めることができます。「期間が短縮するほど、我々のデザインの可能性を広げることになる」と、ステファンソン氏は語っています。

 

2: 新しいツールの活用

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、私たちの働き方が変化していますが、ステファンソン氏も例外ではありません。例えば「世界一安全なチャイルドシート」のうたい文句で2020年に発表されたBabyArkのチャイルドシートを、ステファンソン氏がデザインしました。この仕事で、彼は「3Dソフトウェアのソリッドワークスを使い、エンジニアと一度も対面することなく、自宅のスタジオからすべての仕事を行った」と言います。完全にデジタル化されたプロセスで製品を世に出したということは驚くべきことでしょう。

 

また2021年10月には、スペースXが月面でのカーレースを計画しており、その2台のクルマのデザインをステファンソン氏が担当しています。実際に月でテスト走行を行うことはできませんから、このデザインでもデジタル上でのシミュレーションが大切。「起こり得る極限のコンディションを想定し、それにあわせてデザインを行っている」とのことです。このように、制作プロセスをサポートするツールは重要な役割を果たしているわけですね。

 

3: デザイナー・クライアント・製品の温かいつながり

「テクノロジーの発達とともに懸念されるのは、人間的な温かみが失われやすいということ」と、ステファンソン氏は語っています。これまでは人と人とのやりとりのなかで生まれていた様々な製品が、デジタル化の波にのまれることで人間性を欠いたものになっていくことが危惧されます。

 

人と人とが対面で議論を重ねアイデアを出していたプロセスが、今日ではデジタル上のやりとりだけで簡潔するようになってきました。「私たちが考える温かみの定義も変わり、よりパーソナライズされたものになっていくでしょう。そしてデザイナー・エンジニア・製品の間でいかに人間らしさを盛り込むか、デジタル上で製品にいかに愛・感情・情熱を注ぐかが重要になっていきます」とステファンソン氏。温かみのある製品には、デジタルにはない人間の五感が大切になってくると言います。

↑人間性を重要性を説くステファンソン氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

ステファンソン氏のモットーは「if everything seems to be under control, you’re not going fast enough(万事が順調に見えるようでは、まだまだ遅い)」。現状に満足せず、自分をより高めたいのなら、ブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んで、新しいことに挑戦すべきである。安定ばかりを求めていては時代に置いてかれるだけだ——。

 

時代に順応しながら冒険を止めないステファンソン氏のそんな姿勢は、これからも私たちに多くの刺激をもたらしてくれそうです。

イケアの「組立説明書」に隠された3つの知恵

スウェーデンの家具メーカーIKEA(イケア)の商品組立説明書を初めて見た人は、「えっ?」と驚くかもしれません。従来の説明書のような文章による説明はほとんどなく、シンプルなイラストだけで構成されているからです。これは説明書を数十ヵ国語分作らなければならないイケアだからこそ、編み出された手法と言えるかもしれません。その秘密は何なのか? イケアの社員がダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」で明かしてくれました。

 

年間3500の取説を38か国語で

↑言葉は(ほとんど)いらない

 

世界50か国以上で展開するイケア。ベッドやダイニングテーブルなどの家具は組み立てや自宅までの配送に時間とお金がかかりますが、イケアはそのプロセスをすべて省略。代わりにお客さんが自分で自宅まで持ち帰り、自分で組み立てるというスタイルを導入し、「おしゃれな家具が低価格で購入できる」ということで世界的に人気を博しました。

 

しかし、いくら店頭に素敵な商品が飾ってあっても、自宅に持ち帰って実際に顧客自身が組み立てることができなければ意味がありません。そこでポイントとなるのが組立説明書。「イケアでは年間3500の新しい組立説明書を38か国語分作ります」と、パッケージ&ストア コミュニケーションマネージャーのAnne Mansfeldt氏は言います。

 

それだけ膨大な説明書を用意するためには、文章による説明を極力省き、言語や文化が違っても理解できる普遍的なイラストが重要な役割を担います。だからイケアの組立説明書には文章がほとんどなく、組み立てのプロセスがシンプルなイラストで示されているのです。

↑プレゼンしたイケアのコミュニケーションのエキスパートたち(出典:ダッソー・システムズ)

 

グラフィックコミュニケーターとして組立説明書チームに12年間所属しているDavid Andersson氏によると、組立説明書を作る際のポイントとして、イケアでは次のようことを心掛けているそうです。

 

1: 最初の工程は簡単にして、自信を持たせる

家具の組み立てに慣れている人ならいいのですが、イケアで扱うような大型家具を初めて組み立てる場合は「本当に自分でできるかな?」と不安がよぎるもの。なので「最初は簡単な工程にして、顧客に自信を持たせて、組み立てを続けるように励ましています」とAndersson氏は言います。説明書の通りに工程を進められると、「大丈夫、作れそうだ!」という気持ちが生まれるため、これでをやる気にさせるようです。

 

2: 大きなパーツを最初に組み立て、完成品をイメージさせる

小さなパーツを組み立てていても、それが完成品のどの部分に使われるかイメージしにくいもの。でも「初期段階に大きなパーツを組み立てれば、でき上がりがわかりやすくなる」とAndersson氏は言います。完成したときのイメージがわかれば、途中で気持ちが萎えることも少なくなりますよね。

 

3: 1つの工程に1つの作業だけ

文章で説明しない分だけ、1つの工程には1つの作業しか記載しません。人間が物理的にできる作業だけを表示しているそうです。

 

組立説明書を作成するチームでは、実際のサンプルを組み立ててみて、上記のようなポイントに注意しながら、3DのCADソフトウェア「SOLIDWORKS(ソリッドワークス)」を使って組立説明書を作っているとのこと。組立説明書のほかにも、顧客とのコミュニケーションツールとして、ウェブサイトやアプリ、パンフレットなどがあります。これらのツールのために、「年間3万点の商品画像と、70本以上の動画が作られている」と開発およびIT運用マネージャーのTaco Van der Maden氏は言います。

 

今後はオンラインショッピングがますます盛んになり、イケアのコミュニケーションツールもさらに進化していくことが求められるでしょう。しかし、もしイケアが文字中心の取説を作っていたら、同社は現在ほどグローバルに成功していなかったかもしれませんね。

【東日本大震災から10年】被災地東北から伝える復興・防災の知見を途上国で活かす

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は東日本大震災の被災地東北から、途上国の人たちと防災や復興の知見を共有し、学び合う研修について取り上げます。帰国した研修員らは、母国で次々とその気づきを活かしています。

↑震災の語り部から、市民目線での緊急時の避難状況とその課題を聞く研修員ら

 

災害弱者のリスク削減の重要性を実感

「石巻を訪れた際、出会った男性の姿が忘れられません。震災で亡くした妻を思い出し、毎日涙を浮かべていると。この研修を通じ、平時から災害のリスクを伝えることで、このような悲しみを背負う人を世界中から一人でも減らしたいと強く思いました」

 

そう話すのは、バングラディッシュのNGO「アクション・エイド・バングラデシュ(AAB)」のナシール・ウディン・エー・エムさんです。2017年に、ジェンダーと多様性の視点から災害リスクの削減を考える研修に参加しました。女性や高齢者など、災害時に脆弱となるリスクの高い人たちのニーズを考慮し、防災・復興に反映することについて学ぶことを目的としています。

 

ナシールさんは研修での気づきを活かし、AABの防災分野のマネージャーとして、女性をはじめ貧困地域に暮らす人々に災害のリスクを広く伝える取り組みを進めています。また、バングラデシュ政府がまとめた平時と災害時の対策にも、女性や女の子の視点に立った取組みを盛り込むよう助言したほか、防災に関連するさまざまな支援に向けた会合で女性の参加を働きかけ、その数は徐々に増えています。

↑災害時のリスクについて女性たちに伝えるナシールさん(右側中央の男性)

 

2015年から実施されているこの研修の企画を担当するJICA東北の井澤仁美職員は「防災や災害対応は、かつては、女性は支援を受けるもので、その取り組みは男性がするものというイメージがありました。しかし、防災や復興は男性だけが担当するものではなく、女性はもちろんのこと、さまざまな立場の人々が多様に取り組むべきものだという意識が高まっています。被災地東北で実施されるこの研修を通じて、そのためのリーダーシップや意識が伝わっていることを実感しています」と研修の意義を語ります。

 

さらに、研修員と被災者との意見交換の場でのやり取りを振り返り「多くの研修員から『日本は、過去の災害経験から“日常で何をすべきか”を常に考え、状況に合わせて改善し、非常時でも対応できるようにしている。Build Back Better(より良い復興)という言葉が何を意味するのか、日本に来てはじめて実感することができた』という声を聞きました。被災者側も、世界中で同じ志をもって防災に取り組んでいる人々がいることを知り、勇気づけられたのではないかと思います」と、井澤職員は話します。

↑2019年の研修の様子。若者の語り部から、復興の現状と若者のリーダーシップについて説明を受けました

 

この研修には、これまでにアジアや中南米など計17か国から女性関連省、防災関連省庁、市民団体の職員ら78名(女性50人、男性28人)が参加してきました。

 

行政の役割からみた「災害復興支援」を学ぶ

「私の住むスクレ市は、海に面しているのですが、独自の地震・津波避難計画がありませんでした。東北での研修を受けて、市独自の避難計画の策定が必要であると考え、帰国後、市の地震・津波避難計画策定に着手しました」

 

自国での取り組みを話すのは、2019年の「災害復興支援」研修に参加した中米エクアドルのヘスス・ハビエル・アルシーバル チカさん。スクレ市安全・リスク・国際協力部でリスク技術士として勤務しています。

↑ヘススさんの取り組みにより、スクレ市では、津波浸水高の標識取付けが行われています

 

この研修は、自然災害からの復旧・復興期における行政機関の役割、そして、集団移転計画や土地利用計画を含む復興計画策定における市民と行政の合意形成過程を学ぶことを目的として、2018年に始まりました。これまで3回実施され、計12か国から29名が参加しています。

↑2019年の参加者ら。研修員たちは行政の立場から復興課題に向き合いました。(右から3人目がヘスス・ハビエル・アルシーバル・チカさん)

 

また、東日本大震災の被災者との交流で、宮城県岩沼市の集団移転地で被災者の話を聞いた際、メキシコからの研修員ロハス・アンヘル・ジェニフェル・アブリルさん(国家国民保護調整局勤務)は、最後に正座して深々と頭を下げ、涙を浮かべて研修への感謝の気持ちを伝えました。被災を乗り越えつつある姿に敬意を表し、「自国に戻ったら、行政官として被災者や住民に寄り添い、対話を重ねて、地域社会主体の復興や減災に取り組みたい」とその決意を表明。その想いを胸に、自国で災害に強いまちづくりを進めています。

 

災害復興を世界に伝えた10年間、そしてこれから

仙台に拠点を置くJICA東北では、さまざまなかたちで震災復興と防災に取り組んできました。震災が発生した2011年には、いち早く地域復興推進員を配置し、翌年からは復興に関わるセミナーや研修を開始。現在も多くの活動を通して、世界の人々に東北復興・防災の知見を発信しています。

 

JICA東北の佐藤一朗次長は、この10年間を振り返り、そしてこれからを見据え、次のように述べます。

 

「東北での研修は、各国からの研修員に、東北の被災地で復興や防災に関わる直接の当事者が自らの体験を伝え、現場体験をしてもらうことで価値ある発信ができます。被災地の復興はまだ終わっていません。これからは復興や災害に強いまちづくりと一体的に、社会の脱炭素化、地域経済の活性化、少子高齢化対策といった地方に共通の課題にも同時に取り組む必要性が増していきます。そうした災害復興プラス・アルファの取り組みを行う東北各地の経験やノウハウをこれからも途上国に発信していきたいと思います」

 

AIは地球外でもコスパよし!? 「宇宙開発」はロボットに任せてしまえ

月や火星で大量のロボットが自律的に活動してインフラを構築する。そんなSF映画のようなビジョンを実際に実現させようとしているスタートアップ企業があります。それがアメリカのOffWorld(オフワールド)。同社の共同創業者でCEOを勤めるJim Keravala氏が、ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」に登壇し、未来の宇宙開発の形について話しました。ワイルドなビジョンの裏には一体どんな考えがあるのでしょうか?

↑宇宙開発もロボットにはもってこい?(出典: オフワールド公式サイト)

 

OffWorldが描く未来の野望は、月や火星などの惑星にAIを搭載したロボットを何百台も大量に送り込み、人間の監視下のもとで採掘などの作業を行い、そこにインフラを構築すること。これによって地球以外の惑星まで文明を拡張し、地球の生態系のバランスをとることにも役立つと考えているのです。

 

ロボットは元来、危険な場所での作業や人間が近づけない場所での作業を行うために開発された一面があります。それと同じように、同社では「人間がまだ訪れたことのない未知の場所にロボットを送り、そこで何百万台ものロボットのプラットフォームを構築し、採掘・飲み水の生成、電気エネルギーの生産などを行うことをビジョンとしている」とKeravala氏は語り、その舞台となるのが月や火星などの惑星なのです。

 

これまでにも月や火星の調査にはロボットが活用されていますが、OffWorldが目指すロボット編隊によるインフラ構築がなぜ必要なのか? 同社ウェブサイトにはその理由が3つ挙げられています。

 

1つ目は人類が拠点とする地球を守るため。昨今、注目が高まっている地球環境問題をはじめ、宇宙で発生し得るさまざまなリスクなど、地球での暮らしが絶対的に安全と言えるわけではありません。なので、地球外でも私たちを守るための準備をする必要があると同社は考えています。

 

2つ目は地球上の環境負荷を軽減すること(同社はこれをサステナブルな発展と言っています)。宇宙でエネルギーインフラを構築できれば、そのエネルギー源を地球に届けることが可能になるかもしれません。そして3つ目は探求心。かつて人類は、山を超え、海を超え、知られざる地を開拓してきました。そして次なる未知の場所(ニューフロンティア)が宇宙になるのです。人類が宇宙に惹かれるのは「未知なる場所や物事を知りたい」という私たちの知的好奇心が背中を押しているからでしょう。

 

同社が開発を進めているロボットは、大きさは30×60×20cmで、重さは53㎏の小型サイズ。地球上はもちろん、月や火星などで自律式で活動できるよう設計され、ソーラーシステムを標準装備し活動します。そんなロボットを活用する最大のメリットは「宇宙に行くことのコストを下げられることだ」とKeravala氏は言います。「ロボットによって、従来なら人を介して行っていた組み立てなどの複雑な作業を宇宙で行えるようになり、インフラ構築に必要な生産コストを大幅に下げることができる」

↑オフワールドのJim Keravala氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

そしてAIが搭載されており、ロボット同士の共同作業や現在開発中のマシンインテリジェンスによって、「将来的には人間がほとんど介入しなくてもロボット自身が学習して、次にどんな作業をすべきか判断し活動できるようになる」とKeravala氏は述べています。

 

世界の人口問題の究極の解決策?

映画のワンシーンのようで突飛に思えるKeravala氏の構想は、10代のときに読んだトーマス・ロバート・マルサス著の人口論がきっかけなんだとか。この本は、過剰人口によって食糧不足は避けられなくなり、その結果、飢饉や貧困などが起き、人口の増加は道徳的な観点から抑制すべきであると論じていますが、Keravala氏はそれを自分なりに解釈し、人類を地球外に連れていけば、この問題は解決できるのではないかと考えたのかもしれません。

 

そんなKeravala氏は、あるインタビューによると、近い将来の目標として2024年のNASAのアルテミス計画への参画に期待を寄せているそう。壮大かつ明確なビジョンを持つOffWorldが、どこまで計画を実現できるのか注目です。

モザンビークでサイクロン被害を最小限に食い止めた:東日本大震災の被災経験を活かし、災害に強いまちづくりを支える【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、東北との絆の中で、災害に強い社会を目指すアフリカ南東部のモザンビークでの取り組みを取り上げます。

 

いつどこで発生するかわからない自然災害に向け、JICAは途上国で災害直後の緊急支援から被災地の「より良い復興」に向けた協力まで、切れ目のない取り組みを続けています。そこには、あの東日本大震災からの教訓が活かされています。

 

昨年末にモザンビークにサイクロンが上陸。しかし、過去のサイクロンなどのデータをもとに作成されたハザードマップを使用して、住民と自治体が協働して準備した避難計画により、住民の速やかな避難が可能となり被害を最小限に食い止めることができました。住民の視点を活かした避難計画を作成するそのプロセスには、東日本大震災の被災地からの切実な声が反映されています。

↑ハザードマップをもとに避難計画を検討するモザンビーク・ベイラ市の防災担当者。災害に強いまちづくりには、防災・減災に向けた事前準備が重要です

 

住民をいち早く安全な場所へ。ハザードマップの重要性が明らかに

「サイクロン・イダイの時は、事前に取るべき行動が分からず混乱しましたが、今回のサイクロン・シャレーンの際は、事前に、スムーズな避難が可能となり、被害を最小化できました」

 

そう語るのは、モザンビーク・ベイラ市のダビズ・ムベポ・シマンゴ市長です。2019年3月にベイラ市を襲ったサイクロン・イダイは、死者数650名、国内避難民40万人という甚大な被害をもたらしました。その教訓をもとに、JICAは2019年9月からベイラ市で災害に強いまちづくりに向けたプロジェクトに取り組んでいます。

↑2019年3月、サイクロン・イダイの襲来時の様子(左)。避難計画はまだ未整備で、大雨で寸断された道路を前に、立ち往生する住民があふれました(右)

 

そのさなか、2020年12月30日にサイクロン・シャレーンが襲来。イダイの経験から、ベイラ市では、関係機関が連携して避難を呼びかけ、住民は安全な施設へ事前にかつ円滑に避難することができ、被害を最小限に抑えることができました。

↑シャレーン上陸前日に記者発表して住民に避難を呼びかけるベイラ市長

 

「モザンビークの復興支援では、これまでの支援経験を活かし、スピード感をより一層もって取り組むことを心がけています。サイクロン・シャレーンのときも、その直後の今年1月23日のサイクロン・エロイーズのときも、プロジェクトでいち早く作成支援したハザードマップを使用して、住民と自治体で作った避難計画が実施されたことが人的被害を最小限に抑えることにつながりました」。平林淳利JICA国際協力専門員は進行中のプロジェクトの成果を語ります。

 

「災害を風化させてはいけない」—モザンビークの人々の心に響いた宮城県東松島市民の声

災害に強いまちづくりには、平時から誰もがどれだけ防災・減災に向けた準備ができているかが大きな鍵になります。このプロジェクトでは、モザンビーク復興庁のフランシスコ・ペレイラ長官はじめ、国家災害対策院長官ら、復興や減災に取り組む国のリーダーたちを日本に招いて東日本大震災の被災地視察や関係者との意見交換などを実施。災害を経験した人々の声にも耳を傾けました。

↑モザンビーク復興庁長官らを招いた研修で、当時の状況を説明する東松島市復興政策部の川口貴史係長(左)

 

被災地での研修に同行した平林専門員は、とりわけ宮城県東松島市の被災者たちとのやりとりがモザンビークのリーダーたちの災害に強いまちづくりへのモチベーションを高めたと振り返ります。

 

「東松島市の被災者の皆さんからは『3.11では世界中から手を差し伸べいただきました。今度は私たちが恩返しをする番です』との言葉があり、モザンビークのリーダーたちの感動とやる気を呼び起こしました。また、東松島市復興政策部の川口貴史係長には、まだ地元の復興が道半ばでありながらもモザンビークまで来て頂き、住民らに復興の経験を話してもらいました。『自然災害はいつ起こるかわからない。住民も行政官も、自分事として復興・減災に取り組むことが大切です!』という川口係長の生のメッセージも響いたと思います」

↑モザンビークで東松島市の復興経験と教訓を話す川口貴史係長(中央)

 

こうした東北の人々の「災害を風化させてはいけない」という想いが、モザンビークでの災害に強いまちづくりの下支えとなり、ハザードマップの理解と活用や住民と自治体による避難計画作りと実施といった実情に則した防災・減災への取り組みへとつながっていったのです。

↑避難経路を確認するベイラ市の防災担当者ら

 

より良い復興に向け、住民と自治体の合意形成が不可欠

平林専門員は現在、コロナ禍でモザンビークへの渡航がかなわないなか、プロジェクト関係者とともにリモートでの協力を続けています。不安定な通信環境と格闘しながら、ドローンや360度カメラを駆使して、現地の行政官やコンサルタント、建設業者の皆さんとオンラインで、被災地での建設工事などにも取り掛かっています。

↑これから建設が始まる小学校の工事現場の様子。360度カメラ映像をみながら、日本からリモートでの支援が続きます

 

プロジェクトチームは、現地の人々に寄り添い、東日本大震災の経験を踏まえ、日本の知見を現地で適用できるよう尽力しています。復興に向けた取り組みは「ハード整備と同時にソフト面の強化」、つまり住民と自治体がともに復興及び防災・減災に取り組んでいく丁寧なプロセスが大切だと平林専門員は強く訴えます。

 

「スピード感を持ちつつも『急がば回れ』で、より良い復興はキメ細かな被災者との対話を重ねた合意形成をしつつ進めることが重要です。日本では東日本大震災以降、『復興における住民と自治体の合意形成』という基本思想の重要さが改めて確認されていますが、途上国ではまだまだ認識されてはいないのが現状です。命を守るためにどのようにまちを復興していくか計画し、被災住民、政府高官、自治体の職員の皆が災害リスクを共に理解し、意見と知恵を出し合って災害に強いまちづくりを進めていくことが大切です」

↑プロジェクトの協力により、ベイラ市職員と地区代表者が一緒に防災ワークショップを開催。東日本大震災の復興知見がアフリカの地でも役立っています

 

※この記事を制作中の2月22日、ベイラ市のダビズ・ムベポ・シマンゴ市長が新型コロナウイルス感染症により急逝されたとの知らせが現地より届きました。サイクロン・イダイの災害直後から、ベイラ市の復興に精力的に取り組まれてきた市長の突然の訃報に、プロジェクト関係者一同大変な大きな悲しみに包まれております。シマンゴ市長の復興への強い決意に報いるためにも、現地での協力により一層尽力していく所存です。シマンゴ市長、これまで本当にありがとうございました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

プロジェクト関係者一同より

ディズニー流「Think Different」が教える創造力のヒント。型破りな発想のために脳の87%を解放せよ!

まるで物語の世界に迷い込んだように、予想もしないような体験や感動があるディズニーランド。1955年に米カリフォルニア州で最初のディズニーランドが開園したことをきっかけに、ディズニーはそれまでのホスピタリティの常識を覆し、新しいホスピタリティの概念を生み出したと言われています。

↑パパ、遊び心が足りてないんじゃない?

 

そんなディズニーで大切にされているのが、「Think Different(ほかと違う考えを持つこと)」。決まりきった枠組みに固執せず、クリエイティブな考えを生み出すことには、どんな意味や可能性があるのでしょうか? ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」に登壇した、ディズニーのイノベーションとクリエイティビティの元責任者Duncan Wardle氏の言葉から、その重要性を探ってみましょう。

 

「Think Different」ができると、どんなメリットが生まれるのでしょうか? その一例として、Wardle氏は自身のウェブサイトでデジタルカメラを取り上げています。アメリカを拠点とする写真用品の大手コダックが、1975年にデジタルカメラの開発に挑み、試作機を制作しました。しかし同社は当時主流だったフィルムカメラ市場に競合する懸念から、これを市場に出すことはしませんでした。

 

数十年後にはカメラの世界がフィルムからデジタルに移行するなど、この時点で予測できた人はほとんどいなかったかもしれません。「でも写真を簡単に共有する目的を明確にして、それに何よりも重点を置いていたとしたら……」と、Wardle氏は疑問を投げかけます。もしそうしていたら、コダックは現在のデジタルカメラ市場で優位にシェアを伸ばし、2012年の倒産さえ免れたかもしれません。

 

ディズニー流「Think Different 」の方法

ほかとは違う考えを持つためには、どうしたらいいのでしょうか? Wardle氏が提案する1つ目の方法は、多様性を大切にすること。Wardle氏が香港のディズニーランドに作る商業スペースについて検討していたとき、50歳以上の白人男性ばかりが集まって議論しているなか、Wardle氏はあえて、若い中国人女性シェフをそこに呼んだそう。

 

その理由は「彼女は、その場にいる人と正反対の人物で、違う考えをもたらすだろうと思ったから」とWardle氏は言います。私たちは無意識のうちに、自分たちの経験や知識に基づいて、物事を判断したり想像したりしがちですが、違う考えを持つ人がいれば、その人が予想もしない考えをもたらすかもしれないわけです。

 

また、課題についてシンプルに見つめ直すことも必要で、これはディズニーの創業者であるウォルト・ディズニーが大切にしていたことと通じるとWardle氏は言います。「1955年に最初のディズニーランドがオープンしたとき、ウォルト・ディズニーは『園内にいるのはお客様とキャストだけで、従業員はいない』とキャストに伝え、我々の仕事について改めて考え、ホスピタリティ業について深く見つめ直すよう諭しました」(Wardle氏)。こうして、それまでにはなかったホスピタリティの考えを構築していき、それによってディズニーが唯一無二の存在となり、世界中の人々を魅了していったのです。

 

さらに、Wardle氏は遊び心を持つことも大切だと語ります。偉人や凡人に関係なく、人間は入浴中やウォーキング中、通勤途中、寝る直前などに閃くことがよくあり、職場で最高のアイデアを思いつくことは、あまり多くないかもしれません。

 

一説によると、その理由は私たちが仕事をしているとき、脳は忙しく仕事をこなす「ビジーベータ(Busy Beta)」の状態にあるから。「私たちは脳全体のわずか13%しか使っていません。残りの87%は無意識下の脳で、ストレスを感じたり多忙だったりするとその脳は閉ざされてしまうのです。この閉ざされた脳を開かなければ、素晴らしいアイデアでは生まれません」とWardle氏は述べます。

↑遊び心の大切さを説くWardle氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

無意識下の脳を解放した状態は「アメージングアルファ(Amazing Alpha)」と呼ばれています。遊び心は閉ざされた脳をオープンにするときに重要な役割を果たすのですが、遊び心は誰もが産まれたときから持ち合わせているものだとWardle氏は言います。私たちは幼いときには周囲のあらゆることに「なぜ」と疑問を持ちましたよね? そんな既成概念や経験則に捉われることのない素朴な心がクリエイティブな思考につながるのです。会社や業界、社会のルールが思考の邪魔をしていたら、「ルールを無視できたら何が可能になるか?」と考えてみましょう。

 

確かにクリエイティブな思考は考える時間がないとなかなかできませんが、時間を言い訳にしてはいけません。時間がないとき、Wardle氏は子どものように笑う時間を作っているそうです。心から笑えるということは、日々のストレスを忘れ、心身がリラックスしているということ。そうすることで閉ざされていた脳が開放され、クリエイティブな思考になっていくようです。

 

議論の余地はありますが、一般的に日本人は集団主義的であり、周囲の人と同調する傾向があると言われています。しかも性格は真面目。それ自体には良い面も悪い面もありますが、Think Differentは日本人のそのような弱点を補うのに役立つかもしれません。

無印良品との10年以上にわたる連携:キルギスの女性たちの自立を支えたものづくり【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、キルギスで行われている無印良品(MUJI)と連携した地域活性化の取り組みについて取り上げます。

 

中央アジアに位置するキルギスは、ソ連崩壞により独立した国の一つです。独立後の相次ぐ政変や、エネルギー資源に乏しく経済成長の原動力となる産業に恵まれないこともあり、経済的に停滞が続いています。JICAはキルギスで日本の「一村一品運動」を取り入れ、地域の特産品で経済を活性化させるプロジェクトを進めています。特産品の生産組織を運営する女性たちの自立にもつながっているこの取り組みは、グローバルに展開している日本の生活日用品ブランド無印良品(MUJI)と連携し、2020年に10周年を迎えました。

↑キルギスの一村一品プロジェクトは地域経済の活性化とともに女性たち自立にもつながりました

 

特産品の生産を担うことで 自信が生まれる

「キルギスの農村部では、女性が自由に村の外に出かけることが難しいなど、一般的に女性の家庭内の地位は低いです。しかし、このプロジェクトで特産品の生産を手掛け、収入を得て家庭を支えることで家庭内の地位が上がり、彼女たちの自立と自信につながっていきました」

 

2009年からキルギスのイシククリ州で一村一品(OVOP=One Village One Product)プロジェクトを担う原口明久専門家は、これまでの取り組みをそう振り返ります。一村一品とは、日本の大分県から始まった地域活性化の取り組みで、その名のとおり「各村で、全国・世界に通じる特産品を作ること」。イシククリ州は日本と中東を結ぶシルクロードの道中にあり、伝統的に羊毛の生産が盛んで、果実やベリー類の宝庫です。プロジェクトでは、フェルト製品やジャムといった特産品を、上質で付加価値の高い商品に作り上げます。

↑フェルト製品の作り方を学ぶ女性たち

 

それぞれの村で廃校になった校舎や役場の建物を活用して、「コミュニティーワークショップ」という場所を設置。参加したい女性たちは誰でもここに集うことができ、特産品の生産技術を学び、商品の生産を担います。このワークショップで生産された商品からの収益は、生産者たちに還元され、村の女性たちが自らお金を稼ぐことができる仕組みです。

 

継続的に収益を上げることができる仕組みをつくる

OVOPプロジェクトで最も重要なのは、誰もが参加でき、かつ継続的に確実に収益を上げられるようにすること。そのため、プロジェクトでは商品開発から原料調達、販売、輸出といったロジスティック機能を担う「OVOP+1」の設立をサポートし、さらなる能力強化を図り、生産者と市場を結んでいます。

 

イシククリ州のOVOP+1には約2700名の生産者が登録されており、うち約90%が地元の女性たちです。このOVOP+1の活動は現在、キルギス全土に広がっており、「村に住み続けながら稼げる仕組み」を定着させることで、キルギス全体における女性の地位向上や若者の出稼ぎ流出の食い止めにつなげます。

↑原材料の調達(左)、商品の品質管理(中央)、デザインや企画(右)からビジネスマッチングまでOVOP+1が一貫して担います

 

原口専門家は、キルギスのOVOP+1の今後について、次のように語ります。

 

「OVOP+1のスタッフは発注者からの高品質な製品を求める声に生産者と共に応え、納品に対するプレッシャーを感じながらも、それを乗り越え、成功体験を重ねることで、ビジネスマインドを持つようになります。この循環によって、JICAのプロジェクトが終了した後も、この仕組みが続いていきます」

 

無印良品から商品発注が増え、コロナ禍で困窮する村の暮らしを支えた

このプロジェクトで生産された製品は日本でも購入することができます。日本で販売を手掛けるのは、無印良品(MUJI)ブランドを運営する(株)良品計画です。途上国での商品開発に向け、JICAと連携した「MUJI×JICAプロジェクト」は2010年から始まりました。

 

無印良品で販売するほかの商品と遜色ない品質とデザインが施されたキルギスのフェルト製品10~20種類が毎年、無印良品の店頭に並びます。商品がどのように生産され、地域にどのように還元されているかを考えてモノを購入するエシカル消費への関心が高まるなか、この10年で、無印良品からの発注額はOVOP+1の総売上高の約4割に相当します。

↑無印良品で販売され定番ヒット商品となっているイシククリ州特産品のフェルト素材の人形。商品バリエーションがあり固定ファンが多い

 

コロナ禍の影響により、農村部では家畜や農産物を近隣諸国へ出荷できず、また出稼ぎに出ている家族も出稼ぎ先で仕事を失うなどして仕送りも激減しています。村の住民たちが、現金収入源を失い経済的に困窮するなか、無印良品からの発注が増えて生産活動が続くことで、村の暮らしを支えています。

 

原口専門家は、「これまではクリスマス商品として一部の店舗のみでの販売でしたが、これからは無印良品の常設商品としての商品開発などについて(株)良品計画と協議しています。生産者と消費者が、本当に質の高い商品を通してつながることで持続的な関係が築き上げられると考えています。また、こういった連携事業を参考にして、多くの企業が途上国での生産活動に参画できるようになれば」と今後の期待を語ります。

↑良品計画本部を訪問したキルギスのスタッフ

 

日本の食卓を支えるモロッコに最新海洋・漁業調査船が就航:40年に渡る協力でアフリカの水産業をサポート【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、日本の食卓と関わりの深いモロッコの水産業に関する協力活動について取り上げます。

 

JICAの協力により岡山県玉野市の造船所で建造された最新鋭の海洋・漁業調査船が昨年12月、母港となるモロッコのアガディール港に向けて出発しました。まもなく現地に到着予定です。

↑海洋・漁業調査船の就航式の様子。JICAの協力により新たに就航した海洋・漁業調査船は全長48.5メートル、1,238総トン。海洋と水産資源の高精度な調査が可能となります

 

約40年間にわたり、JICAはモロッコの水産分野に多様な協力を続けています。今では、その協力から得た知見を活かし、モロッコ自らが主体となり、サブサハラ・アフリカ諸国への協力が実現するなど、モロッコはアフリカの水産分野全体の発展を促す存在に成長しています。

 

実は、日本に輸入されるタコの約2~3割がモロッコ産で、マグロやイカなどおなじみの水産物もモロッコから多く輸入されています。美味しいたこ焼きやお刺身のタコは、遠いモロッコの海から運ばれ、そのモロッコの水産資源管理に協力しているのが日本です。日本の水産協力は現地の水産業を豊かにし、私たちの食卓にも深くかかわっているのです。

 

新造調査船の就航は、モロッコと近隣諸国の水産振興に貢献

「アフリカ第一位の漁獲量を誇るモロッコ。その約95%は沿岸・零細漁業者によるものです。小規模の漁業者が多いという点は日本ともよく似ています」

 

こう話すのは、モロッコ王国海洋漁業庁戦略・国際協力局で水産業振興の協力を行っている池田誠JICA専門家です。グローバルに叫ばれている海洋環境の保全や水産資源の持続的利用のための調査・管理といった課題に加え、モロッコは現在、1.資源の持続的活用、2.水産物の品質向上、3.付加価値化による競争力強化を水産開発の大きな柱としており、池田専門家は、現地の行政官らとともにヒアリング調査や計画づくりの業務に取り組んでいます。

↑今回建造された海洋・漁業調査船は、最新の魚群探知機や海底地形探査装置などを搭載し、エンジンやプロペラなどの騒音・振動が抑えられた最先端の技術を誇ります(写真提供:三井E&S造船株式会社)

 

「モロッコでは、多くの沿岸・零細漁業者はイワシなどの小型浮魚を獲っています。そうした魚種は海洋環境変動の影響で資源量が大きく増減するため、継続的な海洋・資源調査がとても重要です。魚に国境は関係なく、モーリタニアやセネガルなど近隣諸国沿岸へも回遊するので、今回の最新調査船による調査データは、モロッコだけでなく広く西アフリカ各国に裨益することが期待されます。」と池田専門家は今回新たに就航した調査船への期待を語ります。

 

40年以上の多面的な協力が日本の食卓を豊かにする

日本とモロッコの国家間での水産協力の歴史は長く、1979年まで遡ります。以来JICAは、漁業訓練船・機材の供与や技術訓練、沿岸・零細漁業の振興や水揚場整備、さらに水産資源研究など、モロッコの水産業全般を網羅して協力を継続してきました。

 

モロッコと日本は、長年にわたり水産分野での友好関係が続いています。そんな歴史のうえに、日本の食卓にはリーズナブルでおいしい タコやマグロ、イカなどが並べられています。

↑スイラケディマの水揚場でのセリの様子。JICAは水揚場整備や沿岸・零細漁業の振興から、海洋調査・研究分野まで多岐にわたる協力を実施してきました。水産資源管理の重要度は日々高まっています

 

こうしたなか、前任専門家から引継ぎ昨年から池田専門家が携わっているのは、過去にJICAの協力で整備された水揚場を進化させる計画づくりです。

 

「水揚げ場では、輸出市場の求める衛生管理への向上、観光など新たな経済活動への展開、そして整備当時の想定よりも増加している利用者への対応などが必要になっています。現在、海洋漁業庁の行政官や同分野の関係者と検討を進めているところです」

↑スイラケディマの水揚場は、製氷設備や漁具倉庫なども備えています。JICAの協力でモロッコの大西洋側に2カ所、地中海側に2か所の計4か所の水揚場が整備されました

 

モロッコはサブサハラ・アフリカ諸国の水産業を牽引

今やアフリカ随一の水産大国となったモロッコは、水産分野における南南協力(注1)でも長い歴史があります。そのなかでJICAはモロッコで1990年代から第三国研修(注2)をサポートしています。

注1:開発途上国の中で、ある分野において開発の進んだ国が別の途上国の開発を支援すること
注2:途上国間の学び合いを支援するプログラム

↑周辺地域国から関係者を招聘しモロッコで開催されている第三国研修の様子

 

池田専門家はモロッコ水産業の発展性とその実力について次のように述べます。

 

「私は以前セネガルで7年ほど水産分野の振興に携わっていました。その際サブサハラ・アフリカ諸国の水産行政官と話す機会があり、『モロッコでの第三国研修参加の経験を活かして自国で新しい制度を構築した』といった話を少なからず耳にし、日本とモロッコの協力の成果が活かされているという実感を抱きました。また、モロッコの方々に何かアイデアを提示すると、それをヒントに現場の実情に合わせて新しいアイデアを生み出すなど、皆さん、柔軟さと発想力に長けている印象があって、そうしたモロッコ人の特長が水産業振興に発揮されているようにも感じています」

 

そして、「JICAは新たに、モロッコにおいて環境調和と地方開発を志向した貝類・海藻養殖開発の技術協力をスタートさせます。新型コロナウイルスの影響で、今はオンラインによるリモート協力にならざるを得ず、なんとも歯がゆいです。一刻も早いコロナ禍の収束を願っています」と今後について語ります。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、動物性タンパク質摂取量に占める水産物の割合が20%を超える国には日本やアジア等と並んでアフリカの国々が挙げられます。新しい海洋・漁業調査船の建造や、池田専門家が取り組む水揚場の計画づくりなど、一つ一つの水産協力は現地の食卓と経済を豊かにし、さらには日本の食卓を彩り、ひいては海洋・水産資源を保全し、持続可能な形で利用するという目標とも深くつながっていきます。

「焦げ付かないフライパン」なのに焦げ付く謎を科学が解明! 対策も。

テフロン加工やフッ素樹脂加工のフライパンは、少量の油でも食材が焦げ付きにくいのが特徴です。しかし、それなのに調理中の食べ物を焦げ付かせてしまった経験のある方は少なくないでしょう。せっかく焦げ付き防止加工のフライパンを使っているのに、そうなってしまうのは一体なぜなのか? そんな疑問を解決すべく、チェコ科学アカデミーの研究者たちが調査を行いました。

 

加熱で油の表面張力に変化が

↑きちんとした理由で焦げ付きます

 

この研究者たちは、グラナイト加工のフライパンとテフロン加工のフライパンという2種類の焦げ付き防止フライパンを用意。フライパンにひまわり油をひいて加熱し、ひまわり油がどのように変化していくかをビデオカメラで撮影して観察しました。その結果、フライパンを加熱すると、フライパンの表面は平らなのに中央部分に油が薄い「ドライスポット」が形成されることが明らかになりました。

 

ドライスポットが発生する原因は、フライパンは加熱されると油の表面張力が低下することにあります。表面張力とは液体と気体の境界で液体の表面をできるだけ小さくしようと働く力のことで、水をグラスにいっぱい注ぐと水の表面が盛り上がるのが有名な例ですが、この表面張力は温度が上がるほど小さくなります。

 

したがって、特に高温になるフライパン中央部分では油の表面張力が小さくなり、同じフライパン内部でも場所によって差が生まれることに。それによって油がフライパンの外側に移動する「熱キャピラリー対流」と呼ばれる対流が生まれ、結果的にフライパンの中央部分の油が薄くなり、食べ物が焦げ付きやすくなるのです。

 

鍋にお湯を沸かすと、温められた水は鍋の上のほうへ、まだ温められていない水は下のほうへ移動し、鍋のなかで対流が生まれますが、それと同じようにフライパンの油も加熱によって対流が起きていたのです。

↑熱によりフライパンの中で油の対流が起こる(画像出典: Alex Fedorchenko)

 

では、フライパン中央の焦げ付きを防止するためには、どうしたらいいでしょうか? この実験を行った研究者は焦げ付き防止対策として次の方法を挙げています。

 

・フライパンにひく油の量を増やす

・加熱しすぎない

・底が厚いフライパンを使う

・調理中に食材をよくかき混ぜる

 

「調理に使う油の量を減らしてヘルシーに仕上げたい」と思って、焦げ付き防止フライパンを使っている方なら、油の量を増やすのは避けたいかもしれません。その場合は強火より中火程度で、食材をよくかき混ぜながらフライパンを使うといいようです。フライパンはもっと合理的に使えば、もっと長持ちするかもしれませんね。

 

【出典】Fedorchenko, A., & Hruby, J. (2021). On formation of dry spots in heated liquid films. Physics of Fluids, 33(2). https://doi.org/10.1063/5.0035547

人の健康は「幼少期の食事」次第! アメリカの研究で判明

近年、腸内フローラは便通だけでなく肥満やうつ病などにも関係があるとわかってきています。「腸活」という言葉も生まれましたが、この腸内フローラには子どものころの食生活が大きく影響を及ぼしていることが最近の研究で判明しました。大人になってから健康的な食事に変えたとしても意味はないのでしょうか?

↑三つ子の食事百まで?

 

腸内フローラとは、「腸内細菌叢(さいきんそう)」と呼ばれるもの。人の腸のなかには数百種類、数にすると数百兆個もの細菌が生息しており、全部で1~2㎏にもなると言われています。この腸内細菌は身体にとって良い働きをする「善玉菌」と、身体に有害な「悪玉菌」に分類でき、悪玉菌のほうが優勢になり腸内細菌のバランスが崩れると、便秘を引き起こしたり肌の調子が悪くなったりします。

 

また、肥満の人やうつ病患者にはある種類の腸内細菌が少ない傾向があるなど、腸内フローラは人の健康や精神面にまで関連するとわかってきており、その重要性が着目されているのです。

 

そんな腸内フローラの形成に幼少期の食生活や運動が長期的にどのような影響を与えるか調べるため、カリフォルニア大学リバーサイド校の研究チームは若いマウスを使って実験を行いました。

 

マウスは4つのグループに分けます。1つ目のグループは通常の健康的な食事を、2つ目のグループには高脂肪・高糖質の洋食を摂取。さらに、両グループのマウスは運動させるものと運動させないものに分け、「健康的な食事+運動」「健康的な食事のみ」「洋食+運動」「洋食のみ」という4つのまとまりを作り、生後6週になるまで3週間観察。その後はすべてのマウスを運動なしの通常の食事に戻し、人間の6歳に該当する生後14週になった段階で、腸内細菌を調べました。

 

その結果、高脂肪・高糖質の洋食を与えられたマウスは、一部の腸内細菌の種類と量が大きく減少していることが判明。しかも、この減少は「洋食+運動」のマウスでも見られ、腸内細菌の減少に運動の有無は関係しないとわかったのです。

 

別の研究者が調査では、この実験で減少が見られた腸内細菌と同じ種類の細菌が5週間の運動で増えていることがわかっています。つまり、このタイプの細菌の増加には運動が関係していると示唆されるわけですが、それにもかかわらず今回の若いマウスを使った実験では運動をしても細菌数は減少したまま。このことから、幼少期に摂取した高脂肪・高糖質の食事が腸内細菌に長期的に影響していると考えられるわけです。

 

この実験はマウスで行われましたが、研究チームでは人間でも同じように腸内フローラに影響が出ると見ており、人間の場合は思春期以降でも最大6年間は影響を受けているのではないかと述べています。毎日の食事は私たちの身体の細胞一つひとつを形成する源ですが、幼少期の場合はそれがさらに重要なのかもしれません。研究チームの一人は「人の健康は食べ物だけでなく、幼少期の食事でも決まる」と述べています。

 

【出典】McNamara, M. P., Singleton, J. F., et al. (2021). Early-life effects of juvenile Western diet and exercise on adult gut microbiome composition in mice. Journal of Experimental Biology. doi: 10.1242/jeb.239699

 

冬の神秘「凍ったシャボン玉」の作り方! 自宅でもできるかも!

冬になると、各国メディアで取り上げられるのが凍ったシャボン玉。この現象はとても神秘的で美しく、たくさんの人たちを魅了しています。本稿ではシャボン玉が凍る仕組みとシャボン玉の凍らせ方を説明しましょう。

↑冬の美しさのひとつの形

 

シャボン玉が凍っていくとき、どこからか氷の結晶が生まれ、丸いシャボン玉の内部をフワフワと漂っていきます。その様子はとても神秘的で、まさに自然が作るスノードーム。やがて結晶はシャボン玉の表面に張り付き、その数はどんどん増えていきます。YouTubeやSNSにはこの様子を捉えた動画が数多く投稿されており、毎年冬になると世界中で話題となっています。

 

なぜ氷の結晶がシャボン玉のなかでフワフワと浮かぶのでしょうか? その理由は「マランゴニ対流」と呼ばれる現象が起きているからです。マランゴニ対流とは、液体の表面張力に差ができたときに生じる流れのこと。

 

私たちは日常生活でそれを目撃することがあり、お味噌汁をお椀によそったとき味噌汁がお椀のなかで自然と動いているのはその一例。これはお味噌汁の表面部分が空気に触れて冷やされるのに対して、お椀の内部は熱いままのため、表面張力に差が生じて対流ができるからです。

 

お味噌汁と同じように、シャボン玉でも表面部分と内部で温度差が生まれることで、その内部にマランゴニ対流が生まれます。すると氷結が始まったところから氷の結晶が剥離し、シャボン玉のなかをふわふわと浮遊していき、シャボン玉の凍結が進むにつれて氷の結晶が成長していきます。

 

シャボン玉の凍結にチャレンジ

凍ったシャボン玉はとても繊細で割れやすいため、一定の条件下でないと、この現象はなかなか観察できないそう。でも、こんなキレイな様子を見られるなら、自分でもシャボン玉を凍らせてみたくありませんか?

 

国立研究開発法人・科学技術振興機構は身近な材料だけで手軽にシャボン玉が凍る様子を観察できないか、さまざまな条件で実験を行いました。その結果からシャボン玉が凍りやすい条件を次のように結論づけています。

 

・液体洗剤と水を1:4の割合で混ぜて作ったシャボン玉液が最も凍りやすい

・ステンレス製トレイの表面温度を2.7℃以下まで冷やしておく

・そのトレイのうえにシャボン玉をのせて作る

・冷凍庫など-11.6℃以下の環境に置いてシャボン玉を凍らせる

 

一般的な家庭用冷凍庫の温度は-18℃のため、これなら自宅でもシャボン玉を凍らせることができるかもしれませんね。なお、ステンレス製のトレイではなく、銅のような熱伝導率が良いトレイなら、さらに凍結するまでの時間を短縮できるかもしれないそうです。

 

2020年12月9日、北海道では最低気温が-15℃を下回った地域があり、凍ったシャボン玉の写真が国内メディアで紹介されました。外気温がここまで下がる地域に住んでいる方なら気温がぐっと下がる日を狙って、自然環境下でシャボン玉の凍結にチャレンジしてみるのもありかもしれません。

 

やっぱり!「街路樹」の知られていなかった効用がドイツの研究で判明

森のなかを歩くだけで心が落ち着いて気分がスッキリしてくるように、緑には癒しの効果があると言われています。その効果は都市部の街路樹であっても、私たちの知らないうちに良い影響をもたらしていることが最近の研究で明らかになりました。

↑木の癒し効果はこんな場所にも

 

これまでの研究では、都市に緑地があると人間のメンタルヘルスに良い効果がもたらされることがわかっていました。しかし、このような研究は本人が申告した健康状態をもとにしていたため、緑による効果を客観的に評価するには難しい面もありました。

 

そこでドイツのヘルムホルツ環境研究センターなどの研究者たちは、処方された抗うつ薬を指標として、自宅近くにある緑の影響がどのようにメンタルヘルスに影響しているかを調査することにしたのです。

 

研究チームは、ドイツの都市ライプツィヒの住民およそ1万人のデータを収集し、抗うつ薬が処方されたケースを調査。さらにライプツィヒ市内全体の街路樹の数や種類も調べ、それらのデータを組み合わせて、抗うつ薬を処方された人の自宅周辺にどのくらい街路樹があるかを分析しました(なお、うつ病との関連性がわかっている雇用や性別、年齢、体重などはパラメーターとして設定されています)。

 

その結果、自宅から100m以内に街路樹が多いと、抗うつ薬の処方が少なくなることが判明。この傾向は特に経済的に恵まれない人に高く見られました。高級住宅街は街路樹が多く植えられ公園などの憩いの場所も多い一方、家賃の低い住宅が建ち並ぶエリアは建物が密集していて木々が少ない傾向にあることも抗うつ薬の処方と関連があるのかもしれません。

 

植えられていた木の種類と抗うつ薬との関連性についてはわからなかったそうですが、ドイツでは経済的に厳しい環境にある人は抗うつ薬を処方されるリスクが高いため、この研究結果が彼らの精神的な健康のサポートに役立つ可能性があるようです。

 

自宅の近くに木があれば、通勤や通学、買い物、散歩などちょっとした外出時にも必ず緑を目にすることになります。それによって私たちは知らないうちにストレスが軽減されたり、心が癒されたりしているのかもしれません。緊急事態宣言中は不要不急の外出を控えるよう呼びかけられていますが、心身の健康を維持するためにも、ときには公園や街路樹のような緑が多い場所で散歩したり運動したりするといいのかもしれません。

 

【出典】Marselle, M.R., Bowler, D.E., Watzema, J. et al. (2020). Urban street tree biodiversity and antidepressant prescriptions. Sci Rep 10, 22445. https://doi.org/10.1038/s41598-020-79924-5

やっぱ無茶だった? 気球でネット回線をつなぐ「ルーン計画」が10年で終了。なぜ頓挫した?

Googleの親会社のAlphabetは、より多くの人たちがインターネットに接続できるように、世界のインターネット網を気球で構築する「ルーン」計画を行ってきました。発展途上国などを中心にインターネットにアクセスできない人は世界の人口のおよそ半分もいると言われています。いわゆる「情報格差(デジタル・デバイド)」を解決するために、同社は壮大なプロジェクトに取り組んできましたが、最近この計画の打ち切りが発表されました。

↑ルーン計画は絵に描いた餅に

 

まずはインターネットの仕組みを簡単に見てみましょう。日本では全国各地に設置されている基地局に電波が送られて、インターネットに接続できます。総務省では2023年度末までに5Gの基地局数を28万局以上にする目標を発表しており、日本全国でインターネットに接続できる環境を整えるためには、それだけの基地局の数が必要です。

 

このようなことをインターネットの環境が整っていない世界中の土地で行うには莫大なコストがかかります。そこで、Alphabetは成層圏に太陽光で動く機器を搭載した気球を飛ばし、それを利用してインターネット網を構築しようとしました。

 

同社は2011年に子会社ルーンを創業し、「プロジェクト・ルーン」を開始しました。地表から高度10㎞までを「対流圏」と呼び、そのうえの高度10㎞~50㎞を「成層圏」と呼びます。ルーンの気球は地上から高さ20㎞の成層圏に飛ばし、空に浮く基地局として稼働する計画でした。飛ばす気球はテニスコートほどの大きさで、マイナス90℃になり時速100㎞以上の強風が吹く成層圏で耐えられるようにポリエチレン製で設計されていました。この気球なら地上の施設の200倍の地域をカバーできるそうです。

 

このルーンの飛行は世界各地で行われ、実際、ペルーの洪水やプエルトリコのハリケーンで被害を受けた地域の人々にインターネットを提供してきました。さらに2020年にはケニアの企業と提携し、初の商用展開を発表。さらなる展開に期待が高まっていました。

 

しかし1月下旬、Alphabetはルーンの閉鎖を発表。長期的に安定した事業として継続するためのコスト引き下げが難しかったことに加えて、多くの地域で基地局建設のコストが下がり、ルーンの需要が低くなったことなどが原因のようです。

 

ルーン計画は実現まで至りませんでしたが、ソフトバンク傘下のHAPSモバイルが成層圏に「HAPS(高高度疑似衛星)」と呼ばれる無人航空機を飛行させてインターネット網の構築を目指すなど、新しい取り組みが世界中で進められています。情報格差を解決するための挑戦は終わりません。

 

イエロー&レッドカードが13.5%も減!「無観客試合」が選手におよぼす意外な影響

現在、国内外の多くのプロスポーツでは無観客で試合が行われています。スタジアムでは試合を盛り上げるために、サポーターの姿をスクリーンに映したり、声援を流したり、さまざまな工夫が行われていますが、その影響は意外なところに出ているようです。

↑こんなシーンを見ることが減っているかも

 

オーストリアのサッカー・ブンデスリーガでは、2020年5月末から無観客試合でリーグを再開しました。観客の不在は選手の行動にどんな影響を及ぼすのでしょうか? オーストリアのザルツブルク大学の研究者たちが調査を行いました。

 

この調査の対象は、ザルツブルクを拠点とするレッドブル・ザルツブルク。研究者たちは試合中に起きる選手たちの口論や審判への抗議、タックル、ファウルなど、感情的になる行動について分析するシステムを開発しており、これを使って2018-19年シーズンの10試合と、コロナ禍で無観客で行われた2019-20年シーズンの10試合について比較しました。

 

すると、無観客試合では口論のような感情的な行動が、観客がいた試合に比べて19.5%も少ないことが判明。審判の行動も見てみると、そのような口論が起きた場合に制止するような行動はコロナ前の試合では39.4%見られたのに対して、無観客試合では25.2%に減少していました。審判も選手たちのケンカや抗議に積極的に関わろうとしないようです。

 

さらに感情的な行動が起きた時間について比較してみると、コロナ前の試合では合計41分42秒だった一方、無観客試合ではわずか27分9秒に減少。観客がいないと、選手やコーチ陣が議論するのが4.7%減り、激しく口論することも5.1%少なくなることがわかりました。

 

サッカーでは「サポーターは12番目の選手」と言われるように、スタジアムが観客で埋め尽くされ、サポーターの声援と熱気が溢れれば、それはピッチの選手に自然と伝わるもの。声援に後押しされて、選手やコーチ陣が興奮しやすくなるのもうなずけますが、今回の研究結果はそのことを客観的に物語っているでしょう。常に冷静でいなければならない審判も、そんな熱気からは完全に免れないみたいですね。

 

意外と選手は集中しやすい?

選手同士が試合中に口論になるのは、それだけ試合が白熱している証。そんなシーンも含めたスポーツの熱狂は無観客試合では薄れてしまうのかもしれませんが、それにはそれで良い面もあるようです。

 

研究チームは、コロナ前とコロナ禍のリーグ戦を合わせた全120試合(各60試合)におけるファウルとイエローカード、レッドカードの数を集計しました。すると、コロナ禍の無観客試合ではファウルは3.8%、イエローカードとレッドカードの数は13.5%減っていたのです。

 

さらに、レッドブル・ザルツブルクはコロナ前のシーズンでは10試合での得点数は28点だったのに、コロナ禍のシーズンでは10試合で36得点を記録。リーグ戦全60試合でもコロナ前は95得点だったのに、コロナ禍では114点と、約20%も得点数が増加しました。

 

これらのデータは、無観客試合では口論や抗議が減ることで選手がプレーにもっと集中できるようになり、その結果としてファウル数は減り、ゴール数は増える可能性があることを示しています。

 

選手同士の熱い闘いを間近で見られるのはスポーツの醍醐味のひとつ。しかし無観客試合であっても、選手が試合に集中して素晴らしいプレーが生まれているのかもしれません。そう言われるとサポーターは困ってしまいますが、無観客試合には無観客試合だからこその楽しみ方があるのでしょうね。

 

ちなみに、オーストリア・ブンデスリーガは2020-21年シーズンの開幕当初は観客数を制限していましたが、その後は新型コロナの感染者数の増加に伴い、無観客試合が続けられています。観客数の制限が選手などの行動にどのような影響を与えるのかは興味深い問題ですが、さらなる研究報告を待つことにしましょう。

 

【出典】Leitner, M.C., Richlan, F. (2021). Analysis System for Emotional Behavior in Football (ASEB-F): matches of FC Red Bull Salzburg without supporters during the COVID-19 pandemic. Humanities Social Sciences Communications, 8, 14. https://doi.org/10.1057/s41599-020-00699-1

アメリカで話題の「ウォルマートプラス」が示す小売業の新しいサービスモデル

現在、アメリカではAmazonが以前にも増して売り上げを伸ばしていますが、そこに一石を投じたのが大手スーパーのウォルマートです。ほかのスーパーに先駆けてアプリやドライブスルーを導入したことに加え、毎回の配達料が無料となるサブスクリプション(定額制)サービスも始めました。

 

競合スーパーやアマゾンへの対抗施策として顧客サービスに力を入れるウォルマートの取り組みをユーザー視点も交えて紹介します。

↑Amazonに立ち向かうウォルマート(画像出典: Walmart+の公式サイト)

 

2020年9月に始まった新たな定額制サービス「ウォルマートプラス(Walmart+)」。サービス内容は「日用食料品の無料配送」「スキャン&ゴー(無接触購入システム)」「ガソリンの値引き」の3点で、コロナ渦でも必要な買い物には行かざるをえないものの、人との接触は避けたいというニーズに対応したサービスです。会費は年間98ドルで、15日間無料で試すことができます。

 

会員になれば配達料がいつでも無料

まずは、3つのサービスのなかで一番のウリである「無料配達」から見ていきましょう。日用品、食料品、衣類、家電製品など幅広く取り扱うウォルマートですが、これまでの配達サービスは注文金額が最低35ドル以上ということに加え、1回あたり7〜10ドルの配達料がかかっていました。ところが、ウォルマートプラスに加入すると配達料は無料で、注文金額にかかわらず配達してもらえます。注文はアプリで行い、配達日時と受け取り方法も選びます。

 

定額制サービスのため、月に2回以上注文すれば十分に元が取れるでしょう。例えば、いままで週に2~3回、約30〜45分程度の時間を1回の買い物に使っていたとすれば、1週間で約2時間、1ヶ月で約8時間、年間で約96時間も自由な時間ができることになります。

 

惣菜も販売しているので、「Uber Eats」のようにテイクアウト宅配としての利用も可能。Uber Eatsではテイクアウト料・配送料が上乗せされるので店舗で食べるよりもかなり割高になってしまいますが、ウォルマートプラスは余計な金額をかけずに食事を宅配してもらうこともできます。

↑こんな注文も届いちゃう(画像出典: Walmart公式インスタグラム)

 

ウォルマートプラスは当日配達可能と謳ってはいますが、筆者が住む地域では注文が集中する土日や夕方以降は選択肢から自動的に外されていることも。また、筆者は何回か注文してみた結果、生鮮食品は自分で選んだ方がよいという感想を持っています。やや傷んだものや鮮度が落ちたものなどが混ざっていることもあったため、商品をピックアップする人によってかなり差があると思いました。

 

見落としがちですが、ウォルマートに限ったことではないものの、アメリカでは対面で何かサービスを受けたらチップを払うのが常識です。地域により金額の差はあると思いますが、ウォルマートプラスでも毎回配達員に5ドル程度のチップを払わなければなりません。配達料は無料でも、この点が日本とは異なります。

 

店舗での非接触会計やガソリン割引サービスも

↑スキャン&ゴーでサクッとお買い物

 

ここからは、店舗内で使う「スキャン&ゴー」と「ガソリンの割引サービス」に話を移しましょう。スキャン&ゴーはお店のなかでアプリを起動し、購入したい商品のバーコードをスキャンすると、即座にアプリに合計金額が表示されます。専用支払機で支払い用のQRコードをスキャンし、登録済みのカードで購入が完了した後、出口で店員にアプリの支払い済み画面を見せれば買い物は終了。共有の買い物カゴを使ったり、レジに並んだりする必要もありません。コロナ渦中でなるべく人との接触を避けたい人にはもってこいのサービスでしょう。

 

しかし、難点はシステムを取り入れている店舗とそうでない店舗があり、利用できる店舗が限られていること。また、割引価格やクーポンの利用には対応しておらず、それらを使いたい場合は通常通りレジに並ぶしかありません。

 

一方、ガソリンの割引サービスでは、会員は1ガロン(約3.8リットル)あたり5セント(約5円)の割引が受けられます。このサービスはウォルマートだけでなく、系列の大型量販店「サムズクラブ」やガソリンスタンドの「マーフィーステイション」も対応。全部合わせると全米の2000を超える場所でこのサービスが受けられます。給油の際には、アプリを起動し割引コードを入力するかQRコードをスキャンするだけなので手間もかかりません。

↑ガソリン代が結構浮きそう

 

旅行先などで給油したい場合でも、アプリを開くとGPSのマップ画面で割引対象となる最寄りのガソリンスタンドが確認できます。まったく土地勘がない場所でも割引を受けられるガソリンスタンドを見つけられるので、とても便利です。

 

Amazon Primeと比べると……

コロナ禍で売り上げがさらに拡大しているAmazonの有料会員サービス「Prime」と比較してみると、その年会費は119ドルとウォルマートに比べてやや高めです。Amazonはパントリーをはじめ、ホールフーズマーケットと提携し食品配達サービスも提供していますが、最低購入金額が35ドル以上のうえ、多くの場合、1個売りではなくケース売りと大量です。

 

また、ホールフーズマーケットはオーガニックやオリジナル商品を多く取り扱っている一方、安さを売りにしているウォルマートに比べると価格帯が高め。店舗の立地も街のなかが多く、人によっては遠くて行きづらいかもしれません。

 

Amazonは実店舗を有さないことから、ガソリン割引については実店舗を持つウォルマートのみのサービスとなります。しかしPrimeでは映画や音楽、ゲームを体験できますが、ウォルマートプラスにはこのようなサービスがありません。

 

まとめ

ウォルマートはオンラインに限定せず、実店舗を持つ強みも生かしたウォルマートプラスを始めました。実際に使ってみるとまだ改善すべき点はあるものの、Amazonとうまく差別化しながら、ユーザーのニーズを先読みしていると言えるでしょう。日本でもいくつかの小売りサービス企業が連携していけば、ウォルマートプラスのような新サービスが生まれるかもしれません。

 

英国の男性に「革命的手芸ブーム」が到来! 編み物は現代の象徴だ!!

最近、イギリスでは手芸が大流行し、編み物や裁縫を習い始める人たちが増えています。特に注目すべきは、男性がこれらを新しい趣味として楽しんでいること。長年の間、女性の趣味というイメージが強かった手芸ですが、このような見方は変化しつつあるようです。

↑英国紳士の新たな嗜み

 

起死回生の手芸ブーム

イギリスでは手芸の人気が急上昇し、第二次世界大戦以降ではみられなかった「革命的手芸ブーム」とメディアが謳うほどの盛り上がりを見せています。

 

インターネットで「craft(手芸)」の検索数や商品販売数を見ると、爆発的な伸びに驚くばかり。例えば、2012年にイギリスで創業したラブクラフト社へのアクセス数はロックダウン前と比べて58%も増え、そのうち71%は新規の顧客で占められていました。また、材料などの販売数は140%も増加し、初心者用のチュートリアル(基本操作などを教えるプログラム)へのアクセス数は8700%も上昇したとのことです。

 

また、手芸スーパーのホビークラフト社はミシンや生地、糸の検索数が前年度比の310%も上昇した一方、大手企業のジョンルイス社では裁縫セットの売り上げが300%も跳ね上がりました。

 

インターネットでは特にマスク作りの検索数が多く、検索件数はロックダウン前の700%増を記録。感染症対策のための一般防護用マスクの不足や、政府によるマスク着用推奨施策が引き金となったのではないかと考えられます。

 

新型コロナウイルスの影響により2020年は世界的に大変な年となりましたが、クラフトブームのカムバックによって倒産寸前だった手芸用品店が生き残りに成功し、驚くべき売り上げを記録しているというニュースも珍しくありません。

 

編み物や裁縫を楽しむ男性が急増 

↑手芸という瞑想

 

編み物や裁縫などの手仕事は女性のものというイメージが強いのは日本だけではありません。多様性や平等が重視される現代ではステレオタイプ的な考え方にも変化がみられるようになり、イギリスでも手芸は女性を象徴するものとして根付いてきましたが、コロナ禍においては編み物や裁縫にいそしむ男性が急増しています。

 

また、「グレーソンのアートクラブ」やアマチュアが裁縫の腕前を競う「グレート・ブリティッシュ・ソーイングビー」などのテレビ番組が人気を獲得したこともあり、男性が手芸の魅力に目覚めたといってもよいでしょう。

 

さらに、多くの魅力的な男性セレブが裁縫や刺繍、編み物の自作品をSNSに投稿していることも、男性をクラフトに引き付けている理由の1つです。例えば、有名なダイビング選手のトム・デーリーは手編みの水着やセーターなどを投稿。また、ハリウッド俳優のマシュー・マコノヒーやウィル・フェレルもTwitterに#dopemensewというハッシュタグを付けて投稿を始めました。イギリスでは刺繍のプロのジェイミー・チャルマも先導者的存在となっています。

 

手芸を始める理由を男性たちに尋ねると、「スーツを買う金銭的余裕がないから自分で作ろうと思った」「捨てるのがもったいないからボタン付けができるようになりたい」「環境保護のために服等の廃棄量を減らしたい」など、さまざまな回答が返ってきます。トム・デーリーの場合、最初は乗り気でなかったようですが、体調回復のためにコーチに勧められて始めたそう。いまでは夕方に編み物をすると気持ちが落ち着くと言っています。

 

ある調査によると、Twitterでは53%の男性が手芸や美術の会話を楽しんでいるとのこと。ほかの調査でも21%の男性が近いうちに手芸をやりたいと回答しており、今後も男性の手芸ファンはますます増えていく模様です。

 

手芸では自分の作品を実際に使えることが最大の魅力の1つですが、このほかにも「精神的に落ちつく」「リラックスできる」「達成感を味わえる」といった多くの利点が挙げられます。

 

特に昨年からの不安定な社会情勢においてテレビやコンピューター、スマートフォンなどのデバイスから離れて、まったく違った作業に集中することは瞑想的な効果があると感じている人たちも多い様子。「コロナを心配するなら、そのエネルギーをクラフト作りに費やした方がポジティブだ」と強調するイギリス人もいるほどです。

 

実際、いくつかの研究で編み物には「ストレスや心配を和らげる効果がある」ことが証明されています。ホビークラフトのクラフト系趣味のトップ5には、編み物がランクインしています。動物など日本の編みぐるみも人気がありますが、なかでも欧米でヒットしているNetflixの「タイガーキング」を演じるジョー・エキゾチックに人気が集中。この人形のかぎ針用の型紙が売り切れになったほどです。

見方にもよりますが、現代は仕事でも趣味でも「男性だから」「女性だから」という固定観念は時代遅れになりつつあります。イギリスの男性を虜にする手芸ブームは、ひょっとしたら日本でも現れるかもしれません。

 

執筆者/ラッド順子

総合化学メーカーがなぜ昆虫の養殖に参入? ビールやラーメンに使われるコオロギの魅力

コオロギの養殖で未来を拓く~太陽ホールディングス株式会社/太陽グリーンエナジー株式会社

 

日本には貴重なタンパク源としてハチの子やイナゴなどの昆虫を食する文化があり、今もまだ伝統食として残っています。また、世界に目を向けると、アジアや中南米、アフリカなどでは、おやつや嗜好品として日常的に昆虫を食べる文化が根付いている地域もあります。

 

総合化学メーカーが食糧事業に進出

近年、昆虫食が世界中で高い関心を集めています。2013年には、国際連合食糧農業機関(FAO)が、食糧問題の解決策の一つとして、栄養価が高いと言われる昆虫食を推進する方針を明らかにしました。そして現在、国内でも、コオロギの養殖に取り組む企業があります。それが総合化学メーカー・太陽ホールディングスのグループ会社、太陽グリーンエナジーです。

 

太陽ホールディングスは、ソルダーレジスト(プリント配線板の回路を保護する絶縁膜となるインキ)の世界シェアトップを誇る総合化学メーカーです。グループの土台である化学を基盤としてグローバルに展開してきた知見を生かし、2017年から、世界的に取り組むべき課題である3つの分野「医療・医薬品」「エネルギー」「食糧」を新たに事業領域に加え、総合化学企業として展開。太陽グリーンエナジーは、グループ内で食糧事業などを担い、ITを用いたベビーリーフやイチゴ、メロンなどのハウス栽培を行っています。

↑コンピューターをはじめ電化製品に使われるプリント配線板

 

食糧危機への対応策として事業を検討

では、なぜ総合化学メーカーが昆虫食なのでしょうか。コオロギの養殖を始めたきっかけについて、太陽グリーンエナジーの代表取締役社長である荒神文彦さんにうかがいました。

 

「大学時代から昆虫の研究に取り組み、ドイツの大手化学メーカーで農薬研究に長く携わってきたある社員がいるのですが、『食糧として昆虫が必要となる時代が来る』という考えを持っていました。そんな中、グループの新しい柱の1つに“食糧”が掲げられたことを受けて、コオロギの養殖を提案したのが始まりです。社内では戸惑いの声も大きかったものの、“自律型人材の育成”を掲げる当社グループには、自ら何かを成し遂げるという気概を持ち、果敢にチャレンジする人を応援する風土があります。コオロギで食糧問題に取り組むという新しい挑戦も当社グループらしいと、昆虫養殖という領域に乗り出すことになりました」

↑太陽グリーンエナジー株式会社 代表取締役社長・荒神文彦さん

 

SDGsの目標(2 飢餓をゼロに)にも掲げられていますが、人口増加に伴う食糧不足の危機は世界的に強まっています。検討当時、提案をした社員は本来の職務の傍ら、社屋の廊下内でコオロギの養殖研究を始めたそうです。その後、2018年6月に事業所敷地内(福島県二本松市)に専用の飼育研究施設を建設。同年9月には、東北サファリパークと共同研究をし、まずは人向けの食材としてではなく、魚や動物の餌として付加価値の高い飼料となることを目指し、スタートしました。さらに2019年より専属の社員が配属され、人向けにも注力。現在は福島県と埼玉県で養殖、及び試験研究を行っています。

↑コオロギを養殖している専用施設

大腸菌検査など管理体制を徹底

同社で養殖しているコオロギは、フタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギという2種類です。フタホシコオロギはタイやフィリピンで主に生息しており、身体は大きめ。ヨーロッパイエコオロギは西南アジアで主に生息しており、身体は小さめです。ちなみに日本でよく見かける種類はエンマコオロギになります。ハウス内には衣装ケースが置かれ、その中に2種類のコオロギが入っています。福島県の専用施設だけで約150ケース。卵の状態で3000~5000個が1ケースに入っていますが、生育の段階で共喰いするため、回収できるのは800~1000匹だそうです。

↑ハウス内には衣装ケースがずらりと並んでいる

 

「なるべく共喰いを抑えるため、養殖魚用の餌などタンパク質含有量の高い餌を与えています。体が小さいコオロギは、食べたものの影響を受けやすいという特徴があります。食の安全性を考慮し、餌とハウスの衛生管理を徹底。クリーンな環境で育ったコオロギの方が安全であるといえるからです。また、食用のコオロギは生産時の衛生基準や、輸出入時の基準が法律で定められていません。そのため、人が食べてもトラブルがないように、一定以上の管理基準とモラルが必要とされます。当社で養殖しているコオロギは、食用として出荷するものについては大腸菌などの菌検査のほか、従事者の体調検査を必ず行っています」

 

そもそも、他の昆虫ではなく、どうしてコオロギだったのでしょうか。

 

「コオロギはタンパク質が豊富で、スポーツ用プロテインに匹敵します。また、弊社で養殖をしているコオロギは休眠期がなく1年中飼育が可能なうえ、雑食で育てやすく、35~40日で成虫になるなど、生育スピードが早いことも利点です。また味も海老などの甲殻類に近く、食べやすい点もあげられます」

↑養殖中のコオロギ

 

ラーメンやビールなどいろいろな食品や飲料に利用

養殖されたコオロギの出荷形態は、生体、生冷凍、乾燥体、乾燥冷凍とさまざま。それらをどう利用するかはユーザー次第だと言います。例えば、昆虫食専門レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」(東京都中央区)では、コオロギに限らず、さまざまな昆虫を使った料理が食べられますが、名物になっているのが「コオロギラーメン」。煮干しラーメンで人気の「ラーメン凪」との共同開発による一品で、2種類のコオロギでとった出汁をブレンドしたスープはもちろん、大豆を使わずにコオロギを発酵させてつくった「コオロギ醤油」、特製の「コオロギ香味油」、さらには粉末コオロギを練り込んだ「コオロギ練り込み麺」と、コオロギの魅力を余すところなく表現。1杯に100匹を超えるコオロギを使っているそうです。

↑「ANTCICADA」の名物、コオロギラーメン  @Hiromi Toyonaga/はらぺこむしちゃん

 

一方、遠野醸造(岩手県遠野市)では、前述のANTCICADAとともに、コオロギを原料にした「コオロギビール」を製造、販売。昆虫食専門ショップ「昆虫食のTAKEO」や、太陽グリーンエナジーのECサイト「TAIYO Green Farm Cricket」では、食用のコオロギを購入することができます。そのほかにも、煮干しや菓子などさまざまな製品に利用されています。

↑コオロギを購入できるサイト「TAIYO Green Farm Cricket」(https://taiyocricket.base.shop/

 

こうした取り組みが注目され、近年は、製粉メーカーや調味料メーカー、製麺系メーカーなど多くの企業から、コオロギを使った新製品を検討したいという申し出が舞い込んでいるそうです。

 

コオロギ養殖の課題と今後の展望

「安定的に大量のコオロギを生産できる体制を作ることが喫緊の課題です。そのため現在では、空間上の表面積を大きくする飼育方法の検討、高密度飼育に伴い発生する排泄物を含む有害物質の除去方法の検討、コオロギ自体の改良、コオロギを利用したエコロジー活動などを検討しています」。注目を浴びているが故の課題も出てきたと荒神さん。

 

先に述べたように、コオロギは栄養素が不足すると共喰いをはじめ、収穫量が減ってしまいます。餌だけでなく、光を当てると物陰に隠れる習性を利用した共喰い対策なども早々に取ったそうです。確かに、一般的にはまだ昆虫食に対して抵抗はあるかもしれません。ですが、世界的な昆虫食市場の拡大に後押しされ、反響が徐々に大きくなっているのも確かです。

 

「日本人は入り口が狭く、保守的な反面、一旦受け入れてしまえば、大きく広がるのではと考えています。今後、さらに販路が拡大することを見越しているため、まず目指すのは、量を増やすこと。現在、年間1トン前後である生産量を月1トンにまで増量することを短いタームの目標に設定しています。その上で、最終的に追求するのはやはり“味”です。量とともに“美味しいコオロギ”を目指したいと考えています」

 

ビジネスの本質は“課題解決”にある

そもそも食糧事業について、グループではどういった考えを持っていたのでしょうか。太陽ホールディングス・社長室の安藤康正さんに話を聞きました。

 

「社会に必要とされる事業を作ることがビジネスの基本であると考えています。そのためには、課題をあげ、一つ一つ解決していかなければなりません。社会課題を解決していくことで、事業として成り立ち、会社の柱になっていくという考え方です」

↑太陽ホールディングス株式会社 社長室 安藤康正さん

 

「そこで人類共通の課題であり、これまで培った化学分野の知見を活かしつつ、かつグローバルに展開できる、“食糧”“エネルギー”“医療・医薬品”の分野に新規事業として取り組んでいます。中でも“食糧”分野については、世界的に人口が増加し続けていることから、これから直面するであろう食糧問題の解決のために、世界規模で必要とされる事業だと捉えています」

 

地域と共に魅力ある町づくりにも貢献

このように、もともと太陽ホールディングスは、社会的に必要とされるかどうかを、事業を営む上で一番の拠り所としていたそうです。例えば、SDGsとリンクする取り組みの一部が以下です。

 

<2 飢餓をゼロに>

・昆虫養殖により将来起こりうる食糧不足への対応

・子ども食堂(武蔵嵐山駅前の自社が経営する食堂で地域の子供たちに食事の提供)

<3 すべての人に健康と福祉を>

・医薬品の製造・開発を通じて人々の健康に貢献

・アフリカヘルスケアファンドへの出資を通じてアフリカ経済の発展及び健康への貢献

<7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに>

・自然エネルギーによる発電及び電気の供給により持続可能社会への貢献

・電気使用量削減の取り組み(省エネ機器への更新等)

<9 産業と技術確認の基盤をつくろう>

・高付加価値の電子部品用化学材料の開発・製造等の技術革新

・「みちびき」により農作業の効率化や生産性向上に貢献

<11 住み続けられるまちづくりを>

・2018年9月に埼玉県嵐山町と「地方創生に係る包括連携協定」を締結

 

「日本の製造業は地域とともに発展してきました。製造業として工場を構える当社も、そこで働きたいと思うような魅力ある町づくりを、地域と一体となり推進する必要があります。本社の所在地である嵐山町(埼玉県)では、嵐山渓谷周辺の自然保全活動としての植林や、里山の整備、小・中学校の自然環境学習の一環として行われている国蝶オオムラサキの観察・保全活動に対する支援など、さまざまな活動を行っています」(安藤さん)

↑嵐山町に開業した「駅前嵐山食堂」で月2回開催されている「子ども食堂」(※現在は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、持ち帰りにて実施)

 

「このように、従業員のみならず、地域の方がよりよく暮らせるまちづくりの一翼を担えるよう、コミュニティの一員としてできることを考え、取り組んできました」

 

“出来ることから始めよう”をコンセプトに

もちろん、本業であるソルダーレジストの生産においても、社会課題の一つである環境負荷の低減に取り組んできました。多くのレジストインキは緑色を基調としていますが、1980年代以前の製品は緑色を発色させる際に有害物質を含んだ顔料が使用されていました。同社は有害物質を使用しない青色顔料と黄色顔料を混合して緑色に発色させる製品を開発し、1999年には製品化を実現。2000年には、国内工場においてISO14001を認証取得し、その後もグループ各社に展開しています。また、脱炭素化に向けた自然環境にやさしい再生可能エネルギーの普及促進なども取り組んでいます。国内のエレクトロニクス事業に係る消費電力相当を自社で発電することを可能にし、太陽インキ製造は、2018年よりAppleのクリーンエネルギープログラムのサプライヤーに認定されています。

 

「SDGsへの取り組みは、当社が社会からより必要とされる企業となるために重要なことだと考えます。また、当社の目指すところと、SDGsの指標の中に合致する部分は多いと思っています。『9産業と技術革新の基盤をつくろう』は特に私たちの原点であり、経営理念とも近い考え方です。当社はかねてより、地球規模の環境問題に“出来ることから始めよう”というコンセプトで、事業を通じて実現できることをベースに取り組んできました。SDGsという枠組みができたことで世界的な課題が明確になったので、引き続き我々も社会から求められる取り組みをできることから推進していきたいと考えています」

高血圧は「ストレッチ」で改善することが判明! でも運動はやめないで

日本人の生活習慣病による死亡に最も大きな影響を与える要因の1つとされる高血圧症。この症状を改善するための治療法のなかには生活習慣の修正があり、具体的にはウォーキングや軽いジョギング、水中運動、自転車などの運動が奨励されています。しかし最近、ウォーキングよりも簡単に血圧を下げる方法があることが明らかになりました。それがストレッチです。

↑歩く前にストレッチ

 

これまでの研究では、ストレッチをすると血圧が下がる可能性が示唆されていました。では、ウォーキングとストレッチは血圧を改善するうえで、どちらのほうがより効果的なのでしょうか? この問題を調べるために、カナダのサスカチュワン大学の研究チームは比較実験を行いました。

 

実験には平均年齢61歳の高血圧の男女40名が参加。2つのグループに分けられ、1つ目のグループは全身のストレッチ運動を1日30分、週5日行うのに対して、2つ目のグループはウォーキングを1つ目のグループと同じ頻度と時間で行いました。実験中は血圧を24時間モニタリングし、8週間後の経過を観察したところ、両方のグループで血圧の低下が見られました。しかし、ストレッチのグループのほうがウォーキングのグループよりも血圧が顕著に下がっていたのです。

 

この研究を行った運動生理学の教授は、ストレッチは筋肉を伸ばすものですが、同時に動脈など全身の血管も伸ばしていると指摘。動脈にコリがあると血液の流れが悪くなり、血圧が上昇しますが、ストレッチによってそれが軽減する可能性があるようです。

 

ウォーキング+ストレッチ

ただし、ウエストまわりの脂肪については、ストレッチよりウォーキングを行ったグループのほうが減少していることも確認されました。つまり、血圧を下げるだけの目的ならウォーキングよりストレッチのほうが良いけれど、脂肪の燃焼にはウォーキングのほうが向いているということです。

 

すでに多くの人がご存知のように、ウォーキングのような有酸素運動にはコレステロール値や血糖値の低下など、数々のメリットがあります。そのため、この実験を行った教授は「運動をしないでいい」と思うのではなく、「ウォーキングにストレッチを組み合わせる」ことを勧めています。

 

ストレッチは、テレビを見ながら行ったり、お風呂上りのルーティンにしたり、生活習慣として取り入れやすいもの。全身をじっくり伸ばすと気持ちがいいものですし、高血圧ではない人も毎日の習慣として行ってみるといいかもしれません。

 

【出典】Ko, J., Deprez, D., Shaw, K., Alcorn, J., Hadjistavropoulos, T., Tomczak, C., Foulds, H. & Chilibeck, P. D. (2020). Stretching is Superior to Brisk Walking for Reducing Blood Pressure in People With High–Normal Blood Pressure or Stage I Hypertension. Journal of Physical Activity and Health, 18(1), 21-28. https://doi.org/10.1123/jpah.2020-0365

72%の精度で政治的立場を予測する「顔認証技術」の可能性と危険性

スマートフォンやパソコンといったデバイスのロック解除から飛行機の搭乗手続きまで、顔認証技術は活用の場をどんどん広げています。最近では性格や感情までも読み取ることが可能になってきている模様。そんな顔認証技術の可能性と危険性を示唆する研究が最近、発表されました。

↑顔認証技術も2つの顔を持つ

 

アメリカのスタンフォード大学の研究チームは、顔認証技術の危険性について研究を行うため、人物の顔写真からその人の政治的立場を予測する技術について実験を行いました。

 

研究チームはアメリカ、カナダ、イギリスの3か国から合計108万5795人を対象に、デートサイトやFacebookに掲載されたプロフィール用顔写真を集め、さらに本人から政治的な志向、年齢、性別などの情報を収集。プロフィール写真からは人物の顔以外のパーツは排除し、オープンソースの顔認証アルゴリズムを使ってリベラル派か保守派か予測しました。

 

すると、アメリカのデートサイトのユーザー86万2770人の政治的志向は72%という確率で予測が当たりました。そのほかの結果はカナダのデートサイトの精度が68%、イギリスのデートサイトが67%、Facebookのサンプルが71%。その一方で人間の精度はわずか55%だったので、顔認証技術のほうが顔写真からより正確に政治的立場を予測することができると判明したわけです。

 

この結果は顔認証技術の驚異的な能力を示す反面、政治的立場といったプライベートな情報も比較的に高い確率で予測することが可能であり、プライバシーや言論の自由を脅かす危険性を伴っていることを示しています。もちろん顔認証技術にはメリットもあり、例えばアメリカでは指紋で身元を割り出せなかった事件でも顔認証技術によって容疑者の特定につながったケースがあります。遺伝子工学と同じように、顔認証技術も倫理的な側面からもっと慎重に議論されるべきでしょう。

 

【出典】Kosinski, M. (2021). Facial recognition technology can expose political orientation from naturalistic facial images. Scientific Reports 11, 100. https://doi.org/10.1038/s41598-020-79310-1

 

イスラエル発「ドナー不要の人工角膜」は日本の眼科手術にも渡りに船

先日、イスラエルで78歳の男性が、視力を失ってから10年後に再び目が見えるようになったというニュースが流れました。この男性の視力を取り戻したのが人工角膜手術。これ自体は新しいことではありませんが、最新の科学技術により、人工角膜手術の課題の1つである「ドナー不足」が解決するかもしれません。

↑目玉が飛び出るほどの進歩かも

 

黒目の表面を覆う透明な組織を「角膜」と言い、外から目のなかに光を取り込むレンズの役割を担います。この角膜が傷ついたり、病気になってしまったりすると視力が失われてしまい、重症の場合は角膜移植が必要になります。

 

慶應義塾大学病院のサイトによると、角膜の移植はアメリカでは年間4~5万件、日本では年間2000件程度が行われているとのこと。日本での手術件数が少ないのは角膜の提供者(ドナー)が少ないから。そこで期待されているのが、ドナーを必要としない人工角膜。これまでにも人工角膜を使った移植手術は世界各国で行われてきましたが、今後はそれがもっと普及すると言われています。

 

そんな人工角膜を使った移植手術の最新の成功事例が、イスラエルの医療スタートアップ・CorNeat Visionから1月に報告されました。手術を受けたのは、約10年前に両目の視力を失った78歳の男性。イスラエルのラビン・メディカル・センターで、同社が開発した人工角膜「CorNeat KPro」を移植する手術が行われました。この人工角膜は非分解性のナノ組織でできており、これを強膜(眼球の白い部分)の下に入れます。担当医師によると、この手術は比較的シンプルで、1時間以内に終わったそうです。

 

手術後、男性の目から包帯が取り除かれると、一緒にいた家族の顔を見て確認したり、文字を読んだりすることができるようになりました。この男性も家族も感動に包まれたそうです。

↑目頭が熱くなるほど感動

 

同社では、この男性と同じように角膜手術を行う患者10人について承認を受けており、フランス、アメリカ、オランダなどの施設でも同様に申請を進めているそうです。

 

人工角膜手術は決して新しいものではなく、リスクもあるかもしれませんが、科学技術は進歩しており、より多くの人の役に立ちそうです。人工角膜手術を巡る日本の状況にも影響を与えるかもしれませんね。

 

ブームを支える「道ばたの植物」ーー急速に広がるタイの「プラントベースフード」事情

ここ数年、タイのバンコクでは健康志向が一種のブームとなっています。ターミナル駅前には多くのスポーツジムが並び、新型コロナウイルスによる規制でジムが一時的に閉鎖されたときには、大手スポーツ専門店で健康器具が売り切れたという話もあるそう。コロナ禍で健康志向がますます高まるなか、バンコクでトレンドになっているのがプラントベース(植物由来)フードです。

 

タイではもともと馴染み深い

↑バンコクの中華街で開催されるキンジェーの様子

 

国民の95%が仏教徒であるタイでは、昔から続く観音信仰の影響で牛肉を食べない国民が数多くいました。また、もともとタイには「キンジェー」と呼ばれる菜食週間が存在します。華僑の人々から始まったとされるこの菜食週間中は肉・魚・卵などの動物性食品、ニンニクやネギなど匂いの強い野菜、酒などの摂取を控えます。「ジェー(斎)」という漢字には、仏教において「身体と言葉と心の悪行を慎むこと」という意味があり、敬虔な仏教徒にとってキンジェーは大切な期間。菜食はタイ人にとって、もともと馴染み深いものだと言えるでしょう。

 

キンジェー期間に限らず、バンコクでトレンドとなっているのがプラントベースフードです。プラントベースフードとは植物由来の材料を使用した食べ物のことで、動物性のものを生活から排除するヴィーガンと異なり、あくまで植物由来のものをできる限り摂取するというだけで、動物性のものを食べてはいけないわけではありません。

 

日本でも昨年モスバーガーの動物性食品を使わない「グリーンバーガー」が注目を集めましたが、タイでは経済的に余裕がある中間層以上の人が多いバンコクを中心にプラントベースフードを提供する飲食店が増えてきました。プラントベースフードのみを集めた「プラントベースフェスティバル」や、地産地消を目指すファーマーズマーケットなどのイベントが毎週のように開かれ、健康志向な人はもちろん、いままでこの食べ物に関心を持たなかった層も足を運んでいます。

 

街中の飲食店でも大豆ミートを使ったガパオライスやヴィーガンパッタイなど、タイらしいプラントベースフードを数多く見かけるようになりました。ショッピングモール内の150円程度で食べられるフードコードですら、植物由来フードを扱う店舗を構えています。

 

目立つプラントベースミート市場の成長

↑バンコクを中心に広がりを見せるプラントベースフード

 

新型コロナウイルスの影響により、タイでは飲食店の店内飲食が禁止されて、持ち帰りとデリバリーのみのサービスとなった期間がありました。1月半ばとなる現在も続くさまざまな規制で多くの飲食店が不況に喘いでいますが、そんななかでも肉の代替品となるプラントベースミートの人気は特に高まっています。2021年以降のプラントベースミート市場はさらに成長し、特に中国とタイでの需要は今後5年間で200%増加すると予想されています。

 

大豆・米・ココナッツ・ビーツを原材料としたプラントベースミートを販売するタイ企業のレッツプラントミート社は、タイにプラントベースフード協会を設立。地元企業と協力し、プラントベースフード産業の成長に向けた支援促進に携わっています。

 

バイオサイエンス事業などを手がけるデュポン社の調査によると、タイの消費者は「味」「栄養」「利便性」の3つのバランスを満たすプラントベースミートを求める傾向にあるそうですが、実はタイには消費者が求める「味」「栄養」「利便性」の3要素をすべて満たす可能性を秘めている果物があります。

 

それが、東南アジアやアフリカなどの温暖な地域で栽培されるジャックフルーツ。この果物はカレーやカスタードの材料として一般的に使われ、この繊維質の食感はアメリカの南部料理の「プルドポーク」に例えられます。どんな調味料も吸収するため、調理する際に処理や加工の手間が少ない製品を求める消費者に人気のある代替肉の1つです。

↑一躍大注目のジャックフルーツ

 

食物繊維とビタミンB群も豊富なため栄養面でも優れているのですが、農園ではなく道端の植物として栽培されることが多いため、あまり食用として利用されることがありません。ジャックフルーツを活用することは、地産地消を促進させるのに加え食品ロスを減らすという観点からも需要なのです。

 

そのようなジャックフルーツをプラントベースミートとして加工・流通させているのが、タイの食品加工企業のNRインスタントプロデュース PCL社です。同社ではジャックフルーツの流通を拡大させており、現在は収益の約7%を占めるプラントベース製品のシェアが4年以内には30%まで跳ね上がると予想しています。

 

タイ最大の財閥であるCPグループも大豆タンパク質からなるプラントベースミートの開発に取り組んでいます。これら大企業の躍進もあり、国家統計局の調査によれば、2013年には4%にとどまっていた肉を食べない人の割合は2017年には12%まで拡大しました。

 

まとめ

フードコートから高級レストランまで、現在のタイでは幅広い店舗がプラントベースフードをメニューに積極的に取り入れています。世界有数のSNS大国として知られていることもあり、今後は消費者や店舗によるくちコミの後押しを受け、プラントベースフードの人気はますます広がっていきそうです。

 

執筆者/加藤明日香

「懸命に育てた動物が処分されるのは辛い」。離島刑務所を変えた受刑者の切なる思い

イタリア・トスカーナ州にあるゴルゴーナ島。この総面積2.23平方kmの小さな島には、1869年から続く刑務所があります。そこから昨年、受刑者たちによって育てられた動物たちが船に乗って本土へ向かい、この船は「自由の箱舟」と呼ばれて大きな話題を集めました。しかし、その裏では司法省から同州のリヴォルノ市、国立公園までを巻き込んだ壮大なプロジェクトが進行していたのです。

↑トスカーナ州リヴォルノ沖に浮かぶゴルゴーナ島

 

再犯率の高いイタリア

釈放後の再犯率が68%と高いイタリアでは、受刑者が服役後に社会で生きていけるように、さまざまな試みが行われています。受刑者が手に職をつければ、服役後の再犯率が著しく下がることが研究で報告されているからです。

 

例えば、ミラノには受刑者が働くレストランがあり、ナポリには女性の受刑者たちが作るコーヒーブランドが存在します。北イタリアのパドヴァには、著名な料理人や菓子職人が受刑者に技を伝授する菓子メーカーもあるほど。このような「メイド・イン・プリズン商品」はコロナ禍のクリスマスでもプレゼントに利用されました。

 

ゴルゴーナ島でも同様に受刑者たちは畜産業に従事してきましたが、この畜産業が7年前とある理由で終わることになったのです。

 

この刑務所には、ほかの刑務所と一線を画す特徴があります。それは受刑者たちが朝7時から夜8時まで屋外で仕事をしていること。一般刑務所の受刑者たちが屋外に出ることができるのは1日2時間程度ということを考えると、まさに特異な刑務所といえるかもしれません。

 

島内の工事や建設業にも携わる受刑者たちの主な仕事は、食肉となる動物たちの飼育にありました。動物の世話をすることを通して、罪を犯した人たちが倫理観を高めることが期待されており、およそ100人の受刑者が鶏や羊や牛と共存していたのです。しかし、島内には食肉処理場もありました。つまり、受刑者たちは自分で飼育した動物が食肉にされるために処分される情景を目の当たりにしてきたのです。

 

「懸命に飼育した動物が処分されるのは辛い」。そんな受刑者たちの切なる思いによって、この食肉処理場は2014年から2016年まで一時閉鎖されました。その後、経済的な理由から、この処理場は再開されてしまうのですが、受刑者たちの思いはさまざまな人たちに広がり、再開後も動物愛護団体や一般市民、元受刑者、著名人たちが食肉処理場の閉鎖運動を繰り広げたのです。更生のために受刑者たちが愛情をこめて育てた動物を食肉用に目の前で処分するのは倫理的にも間違っているというのが彼らの主張。司法省もイタリアは死刑を廃止しているという理由からこの運動を認めたのです。

↑手段から仲間へ

 

その結果、処分されるはずであった動物たち75頭がまず、余生を送るためにゴルゴーナ島からラツィオ州へと搬送されました。メディアが一斉に「自由の箱舟」と呼んだのは、食肉処理場送りを免れたこの動物たちを乗せた船のことだったのです。結局、450頭いた動物たちのうち受刑者たちが面倒を見ることになった138頭を残し、ほかの動物たちはゴルゴーナ島を後にすることになりました。

 

刑務所の発表によれば、残った138頭は受刑者の更生トレーニングの対象となっています。動物たちの存在は、受刑者たちが生きるための「手段」から、ともに生きる「仲間」へ変わりました。いまでは動物たちと受刑者、そして島の自然が写真となったカレンダーも販売されています。2019年にゴルゴーナ島を訪れ、動物たちの保護を推進した司法省次官ヴィットリオ・フェッラレージは、受刑者たちの心理状態だけではなく島の環境を考慮しても食肉処理場の閉鎖はよい決断だったと語っています。

 

観光やサステナビリティの地として取り組みを推進

↑ゴルゴーナ島にはこんな美しい側面も

 

しかし、新たな課題も生まれました。ゴルゴーナ島の刑務所の特徴である「屋外での活動」を維持するためには、動物の飼育以外の活動を受刑者たちに早急に提供することが必要です。そこで構想されたのが、司法省、リヴォルノ市、ゴルゴーナ島があるアルチペラゴ・トスカーナ国立公園やフィレンツェ大学を巻き込んで、サステナビリティをテーマにした新しい活動を始めること。まずはゴルゴーナ島内の道や森の整備や清掃から始まり、バイオダイナミック農法による農業プロジェクトが進行中です。

 

さらに、刑務所やリヴォルノ市は国立公園内に置かれたゴルゴーナ島の起伏ある地形を利用し、観光業を発展させることも目論んでいます。うまくいけば、受刑者が屋外で活動していても治安に問題がない島としての宣伝活動になることでしょう。

 

ゴルゴーナ島に住んでいるのは、受刑者と刑務所の関係者、そしてこの地で生まれ育った90歳過ぎの女性1人だけ。このような都会離れした状況や、外国人の間でも人気が高いトスカーナ州にあるという地の利を活用して経済面でのテコ入れが進められているのです。

 

もちろん、受刑者たちの願いが動物の保護につながったこともゴルゴーナ島のアピールポイントといえるでしょう。そういったポジティブなイメージやサステナビリティ活動への取り組みが、島全体の経済や生活にも良い影響を与えるのかどうか。この美しい島を舞台にしたストーリーはこれからも続きます。

 

 

「太陽光発電」の鍵を握るのは唐辛子? 身近な食材が熱視線を浴びるワケ

中南米を原産とする唐辛子は、太陽の光がさんさんと降り注ぐ熱帯地域などで育ちますが、そんな唐辛子が太陽光発電に一役買うことが最新の研究でわかりました。今後の太陽光発電の開発に唐辛子が積極的に使われることになるかもしれません。

 

エネルギー変換効率をもっとホットに

↑ソーラーパワー×唐辛子パワー

 

太陽光発電がさらに普及していくうえで課題の1つとなっているのが「エネルギー変換効率」の向上です。エネルギー変換効率とは、太陽の光をどれだけ電気に変換できるかを表した数値。現在、太陽光発電のエネルギー変換効率はおよそ15~20%で、この数値が上がればもっと効率的にエネルギーを得ることができるようになります。

 

それを目指して世界中の研究者やメーカーが電池の材料を変えるなどのさまざまな試みを行っていますが、そのなかで中国とスウェーデンの共同研究チームが注目したのが唐辛子でした。

 

太陽光発電の新しい材料として注目されている「ペロブスカイト太陽電池」の製造工程で、ペロブスカイト(MAPbI3)の前駆体(※)に唐辛子の辛み成分であるカプサイシンを添加したところ、エネルギー変換効率が19.1%から21.88%に上がったのです。さらにカプサイシンを添加した太陽電池は、800時間経過した後もエネルギー変換効率を90%以上維持しており、安定性があることもわかりました。

※前駆体: 正極材(電池のプラス側の電極に使用する材料)の前段階の物質のこと。

 

この理由として、カプサイシンがペロブスカイトの膜の密度を上げたことで、エネルギーがより変換されやすくなったと考えられています。カプサイシンは安価な材料として利用できるので、大型の太陽光発電にも利用できるかもしれません。

 

唐辛子と同じように、「にがり」も太陽光発電の効率を上げる可能性を持つと言われています。にがりの主成分は塩化マグネシウムで、これがテルル化カドミウム太陽電池に使われる塩化カドミウムの代わりになるそう。塩化カドミウムは高価で、しかも発がん性が疑われ毒性があることから代替物質の研究が行われていました。塩化マグネシウムは豆腐の製造に使われるように食べても安全なうえ、価格が安く魅力的と評価されているのです。

 

太陽光発電が唐辛子やにがりなど身近な食材を生かすことで、さらに発展することに期待したいですね。