日本はいまだに謎だらけ! 世界が気になる「殺生石」のニュースバリュー

2022年3月初旬、栃木県那須町に祀られていた「九尾の狐」に由来する「殺生石(せっしょうせき)」が割れました。この出来事はSNSを含めメディアを通じて全国で話題になりましたが、実は海外の一部メディアも取り上げていたのです。外国人にとって殺生石にはどんなニュースバリューがあるのでしょうか?

↑世界から注目を集める殺生石(画像は2020年に撮影したもの)

 

まず、九尾の狐と殺生石について簡単に説明しましょう。九尾の狐とは日本や中国などの伝説の1つで、現代では「多くの年を経て、尾が九つにわかれ、変幻自在で人をだますという狐」(広辞苑)とされています。日本では、平安時代後期の鳥羽天皇(在位: 1107-1123年)に寵愛された伝説の女性「玉藻前(たまものまえ)」が九尾の狐の化身で、陰陽師の安倍泰成に見破られて下野国那須野へ逃走し、武将の上総広常と三浦義純に追い詰められた結果、石に姿を変え、毒を発しながら生き物の命を奪い続けたと言い伝えられてきました。この石が殺生石です。

 

一説によれば、中国では九尾の狐の起源は古代王朝、殷の時代(紀元前17世紀頃)まで遡るそうですが、日本で九尾の狐は平安時代中期の法典である『延喜式』(927年)に「神獣」として登場しています。神獣と言われるように、この狐は「古くは、平和な世に出るめでたい獣」(精選版 日本国語大辞典)でした。

 

そんな殺生石が割れたことを、イギリスの高級紙『ガーディアン(The Guardian)』が2022年3月7日に報じたのです。同紙は創刊200年以上を誇る同国の有力紙の1つですが、他国の文化や伝承をニュース面に掲載することはあまり多くありません。殺生石のような歴史や文化、伝説は、他国の国民性を理解するために大切ですが、世界では日本に関する知識を持たない外国人が私たちが想像している以上に多く存在します。筆者は国際メディア戦略を専門としていますが、たとえ日本が世界3位の経済大国であったとしても、日本にまつわる文化や伝承などが海外の有力メディアで記事として取り上げられることは稀と言えます。

 

殺生石の伝説は、芸術的にも高い価値を持っています。殺生石は日本の芸術や文学に長い影響を与えてきました。例えば、俳句の松尾芭蕉や浮世絵師の葛飾北斎、歌川国芳、文学界では滝沢馬琴らが、それぞれの作品でこの伝説を描いています。また、ニューヨークのメトロポリタン美術館には、江戸時代の浮世絵師・屋島岳亭が1835年に制作した『Tamamo no Mae and the Archer Miura Kuranosuke』が保存されており、欧米諸国の一部の人たちは以前からその価値を知っていたと考えられます。

↑屋島岳亭作『Tamamo no Mae and the Archer Miura Kuranosuke』(画像提供/The MET Collection. Gift of Estate of Samuel Isham, 1914)

 

では、殺生石が割れたことにはどんな意味があるのでしょうか?  かつて玄翁が殺生石を杖で一打すると、石は2つに割れて、なかから石の霊が現れて成仏されたそう。また、上述した通り、狐には妖怪としての一面だけでなく神獣としての性格もあります。しかしメディアの観点から見れば、殺生石が割れたことは、世界に向けて日本文化を大きく飛躍させる時期の到来を告げるメッセージである、と読み解けるかもしれません。

 

実は遊んでいる!? 最前線を走る「工業デザイナー」の働き方

2022年2月、フランスのソフトウェア企業「ダッソー・システム」が、恒例の年次イベント「3DEXPERIENCE World」を開催しました。昨年に続きオンラインで行われましたが、今回もさまざまな分野の最前線を走る人たちが講演。彼らはどのような仕事観や人生観を持っているのでしょうか? 3回シリーズの第1弾では、スポーツ用の義足などを手掛ける工業デザイナーの働き方を紹介します。

↑働く意欲やひらめきはどうやって生まれるのか?

来る仕事は断らない

本稿で取り上げるのは、米国・Center for Advanced Design(CAD)社の共同オーナーであるMarc McCauley氏とJesse Hahne氏。彼らは、モトクロスバイクからスノーモービルへと変身するバイクなど、現在まで2500もの革新的な工業デザイン製品を開発してきたエンジニア兼工業デザイナーです。

 

2人は10年ほど前に同社を立ち上げたときから、「来る仕事は拒まずに全力で取り組む」というスタイルを貫いてきました。そんな真面目な姿勢は現在でも変わっていません。

 

「仕事を受託するには意欲と情熱が必要ですが、私たちはいつも中堅から大手まで多くの企業と仕事ができる素晴らしい機会に恵まれてきました。プロジェクトには、さまざまなアイデアを持った発明家みたいな人たちが参加しますが、そんな人たちと考えや意見を共有し、同じ目標に向かって協力することがこの仕事の醍醐味です」と彼らは言います。

↑3DEXPERIENCE World 2022で登壇したCAD社のJesse Hahne氏(左)とMarc McCauley氏

 

エンジニアは実際に製品がどのように機能するかを考えたうえで、3Dプリントしたプロトタイプを作り出します。しかし、2人は技術的なデザインだけでなく、市場に送り出すまでの工程や製品化するために必要なことを含めた、デザインだけにとらわれない包括的な提案も積極的に行ってきたそうです。

 

「仕事をするうえで私たちがまず意識しているのは、誰が提案したものであっても、果たしてそのプロジェクトが実現可能かどうかということ。もちろん、最大の問題といえるコストについても、常に気を配ることが必要です」と両氏は言います。

 

CAD社がある地域では冬はスノーモービル、夏はオフロードとモータースポーツが盛んなため、一輪車型のホバーボードのようなアクティビティに使える製品の依頼が多いとのこと。しかし同社は、ほかにもさまざまな製品を生み出しており、最近ではコロナ禍ならではの製品も作ったそうです。

 

「コロナ禍で生きる私たちにとってまさに必要だった発明品が『LID Boss』。これは私たちが数年間、環境のために取り組んでいたプロジェクトの1つでもありますが、カフェなどに置くと便利なマシンで、タッチレスディスペンサーの前で手を振ると飲み物用に清潔で新品のふたが1つだけ出てくる仕組みになっています」とMcCauley氏とHahne氏は説明します。

 

「飲み物のカップのふたは人が口をつける部分ですが、カウンターにいるバリスタでさえ、どうしてもふたを触らなくてはなりません。また、客が自分でカップのふたを付けるタイプの店の場合、1つだけ取るのが難しくて落としてしまったり、欲しい数よりも多く取ってしまったり、自分の前に誰が触れたかわからないふたを使ったりすることがあります。しかし、このマシンがあれば、ふたからのウイルス感染を防げるだけでなく、廃棄量を約30%削減することもできるのです」と両氏はその意義を語ります。

↑CAD社の「LID Boss」

 

もちろん良いことばかりではありません。彼らが発明した、波の上を自動で走るボード「Hydrofoil」を使ったプロジェクトでは、ちょっとした試練を味わったとか。

 

「これはCF-12ナイロン素材でできていて、私たちはこれを使ってマーケティング資料の作成に協力していました。私たちの仕事は30日以内に同ボードを3台作成して、ビデオ撮影するというもの。ところが、ビデオクルーが来る前夜に行ったテストで、ボード3台のうちの1台で技術的なトラブルが起きてしまいました。間一髪で大きな事故にならずに済みましたが、コントローラーが足元で吹っ飛んでしまうなど、ひどい事態に。スケジュールがギリギリだったのでハラハラしましたが、徹夜で原因を突きとめて復旧させ、さらに、ほかの2つのボードでも同じ問題の部分を改良して、翌日のビデオ撮影に間に合わせました」と両氏はそのときのことを振り返ります。

 

仕事で遊ぶ感覚

このように、一般的に仕事にはアクシデントが付きもの。真面目に働き過ぎるとストレスも溜まりますが、McCauley氏とHahne氏は創造的な仕事をするために、どのように時間やストレスを管理しているのでしょうか?

 

「実は、LID Boss やHydrofoilのような案件はとても楽しくて、常にワクワクしているので、仕事とは思っておらず、働いている感覚はないのです。その意味で、私たちがしていることは趣味や遊びに近いかもしれません。私たちはデザインや製品開発が好きなので、時間を費やすことは嫌ではありません。幸いなことに、それが仕事になっているということですね」と語る両氏。

 

「ストレスが溜まることも当然ありますが、そんなとき私たちはお互いに顔を見合わせます。そこで大事なのは『何にストレスを感じているのか?』を掘り下げること。ストレスの原因や問題点がわかれば、それを乗り越えていくように心がけています」

 

自分が本当に好きなことを仕事にしたMcCauley氏とHahne氏。ビジネス感覚と“遊び”感覚を混ぜた彼らのスタイルはうらやましい限りですが、創造力は「没入感覚」から生まれるのかもしれません。

実は危険!?「モップがけ」の知られざる欠点が判明

モップがけで部屋をきれいにするつもりが、実は自分自身の身体の内側を汚していた……。そんなギョッとする研究結果が最近、発表されました。ある成分を含む洗剤を使う結果、クルマの交通量が多い市街地と同じくらい室内の空気が汚れてしまうとか。一体どういうことでしょうか?

↑汚れた空気に要注意

 

室内空気に関するこれまでの研究では、洗剤の中に人間にとって危険な粒子を生み出すものがあることがわかっていましたが、まだまだ多くのことが明らかにされていません。そこで、アメリカのインディアナ大学、パデュー大学、フランスのリール大学などの共同研究チームは、モップを使った床清掃が室内空気にどんな反応をもたらすのかを調べることにしました。この実験では、家庭用洗剤を使って家の中を12〜14分間モップがけした後、空気中の分子と粒子を90分間観察し、空気のサンプルを採取しました。

 

モップをかけている人が掃除中に超微粒子をどれくらい吸い込んでいるのかを分析したところ、毎分10億から100億もの超微粒子を吸っていることが判明。これは交通量の多い欧米の市街地で吸い込むのと同程度であると言われています。

 

このとき発生したとみられる超微粒子が、「二次有機エアロゾル(SOA)」と呼ばれるもの。大気中に浮かぶ固体もしくは液体の微細な粒子(精選版 日本国語大辞典)は「エアロゾル」と呼ばれ、そのうち粒子の大きさが2.5μm以下のものを「PM2.5」と言います。PM2.5は肺の奥まで届くことから、私たちの健康に悪い影響を与えることが知られていますが、その主成分となるSOAは、主に野外を走るクルマの排気ガスから発生します。しかし今回の研究では、SOAが実は室内でも大量に生じていることがわかりました。

 

そこで、同研究チームは「家庭用洗剤からSOAが発生したのではないか」という仮説を立て、家庭用洗剤を調べることにしました。すると、洗剤の多くに、油汚れを落とすためにレモンのような香りを持つ「リモネン」という成分が含まれていることを突き止めます。リモネンを含んだ洗剤を使って室内をモップがけすると、空気中に放出されたリモネンや、それと似た「モノテルペン」という成分が、自然界に存在するオゾンと相互作用を起こし、結果的に高レベルのSOAが生み出されていたのです。

 

掃除用洗剤は、クリーンでフレッシュな香りがついているものが多いもの。でもそんな香りの成分が、空気中に存在するオゾンと反応してSOAを発生している可能性があったのです。

 

室内空気を清潔に保つためには

では、SOAが発生しないように防ぐ方法はないのでしょうか? 一番に思いつくのが、掃除している間や後に窓を開けて換気を行うこと。しかし同研究チームは、換気について「諸刃の剣」の可能性があると指摘しています。発生するSOAを取り除く効果が期待できますが、屋外から空気中のオゾンをより多く取り込んで、SOAがさらに発生しやすくなる可能性もあるというのです。

 

研究者たちはSOAを予防する方法として、リモネンやモノテルペンが含まれていない洗剤を使用するか、オゾンレベルが低くなる朝や夕方に掃除すること、さらに携帯用のエアフィルターを使用することを挙げています。

 

これまで知られていなかったモップがけのマイナス面を明らかにした本研究は、建物の設計や構造、管理にも影響を与えるかもしれません。

 

【出典】Colleen Marciel F. Rosales, Jinglin Jian, et al. (2022). Chemistry and human exposure implications of secondary organic aerosol production from indoor terpene ozonolysis. Science Advances, 8(8). DOI: 10.1126/sciadv.abj9156

食品ロスが約10万トンも減る! 包装と賞味期限をなくす効果を英国が調査

食べ物の食べ頃を見極めるとき、賞味期限のラベルがあればその日付を参考にするでしょう。しかし、実は果物や野菜は賞味期限以上に長持ちすることが、最近イギリスで行われた調査で明らかになりました。食品ロスを減らすためには、賞味期限ばかりに頼らず、自分の目で判断することが大切なようです。

↑この売り方が食品ロスの削減につながる

 

欧米では、プラスチック削減のため、果物や野菜のプラスチック包装を禁止する国が増えてきています。でも、果物や野菜が包装されずにバラ売りされたときに気になるのが、賞味期限がわからなくなること。これは食品ロスにどのような影響を与えるのでしょうか?

 

そこで、イギリスの環境保護団体「WRAP」が18か月にわたる調査を行い、レポートを発表しました。調査対象は、廃棄されることが多いリンゴ・バナナ・ブロッコリー・キュウリ・ジャガイモ。これらがカットされずに、包装と賞味期限の記載がない状態で販売された場合、家庭でどれくらいの期間保存される可能性があるのか、つまり、廃棄量をどれくらい減らすことができるのかを調べたのです。

 

その結果、この5つの食べ物は、包装と賞味期限の記載がない状態で販売すると、家庭から出る食品廃棄物が年間約10万トンも削減する可能性があることが判明。プラスチックも1万300トン(二酸化炭素に換算すると13万トン)も減らすことができるそうです。

 

さらに本レポートでは、カットされていないリンゴ・ブロッコリー・キュウリを5℃以下の冷蔵庫に入れると、室温で保管するよりはるかに長持ちすることも説明されています。例えば、リンゴは4℃の冷蔵庫に入れておけば、室温で保管していたものより70日以上も持つとのこと。冷蔵庫内の気温は5℃以下に設定すべきだ、とWRAPは主張していますが、ここでのポイントは、きちんと冷蔵庫で保管すれば、これらの野菜や果物はバラ売りされても、包装されたものとほぼ同じくらい持つということ。つまり、包装は必要ないということです。

 

賞味期限にとらわれるな

もし賞味期限が包装に明記されていて、それを過ぎてしまっていたら、見た目には変化がなかったとしても食べ物を廃棄する人がいるでしょう。このレポートは、それをやめようと呼びかけています。

 

確かに食べ物の包装には中身を保護する大切な役割があります。また、賞味期限とは「一定の条件下で保存された食品が、包装された時の品質を保つ期間」(精選版 日本国語大辞典)であり、食べ頃の目安を伝えてくれます。しかしその反面、包装や賞味期限にはデメリットもあるということをWRAPは伝えており、それらがなければ、野菜や果物の状態を消費者自身が自分の目で判断し、その結果、家庭から出る食品ロスやプラスチック、二酸化炭素を大幅に削減できるかもしれないのです。

 

消費者自身が自分の目で判断するためには、当然ながら賞味期限(英語では「Best Before」と言われ、品質に関わる概念)と消費期限(「Use By」。安全性に関わる)を区別することが大切ですが、賞味期限にとらわれることなく、各自が自分の考え方や嗜好に基づいて、安全なうちに食べるタイミングを決めるべきだとWRAPは考えています。

 

カットされていない果物や野菜には包装も賞味期限もいらないというWRAPの意見は、例えば、野菜や果物などを丸ごと買っても、すべて食べきれない高齢者のことを考えると極端かもしれませんが、結局、食品ロスやプラスチックを減らすためには「必要な分だけを買うこと」が最も大事なことなのかしれません。本レポートは、消費者だけでなく卸業者や小売業者にも考える材料を与えています。

つらい気持ちは同じ。犬も仲間の死を悲しむことが判明

ある動物は仲間が死んだとき、悲しい表情を見せたり、そのそばに寄り添ったりします。最近の調査では、人間にとって最も身近な動物の1つである犬も仲間の死を悲しむことがわかりました。そこには飼い主からの影響があるようです。

↑家族の旅立ちはつらいよね

 

これまでの研究では、鳥やゾウなどが仲間の死を悲しむことがわかっていました。しかし、ペットの犬については明らかになっていません。そこで、イタリアのミラノ大学獣医学部で獣医倫理や動物福祉について教えるフェデリカ・ピローネ博士は、犬が悲しみをどのように表現するのかを調べました。

 

調査に参加した426人は複数の犬を飼っており、そのうち少なくとも1匹が、同調査が始まるまでの1年間に息を引き取りました。同じ飼い主のもと、同じ家で過ごしていた仲間の犬が死んだとき、残った犬がどのような行動を示していたのかを飼い主にアンケートで聞きました。

 

426人のうち、1年以上前に「飼っていた犬が逝った」と答えたのは66%です。そのうち69%が犬同士が仲が良かったと答え、86%が「残った犬にネガティブな変化が見られた」と回答しました。具体的な行動は次の通り。

 

・飼い主の注意を引くような行動をとるようになった 67%

・遊ばなくなった 57%

・活動的でなくなった 46%

・眠ることが多く、怖がるようになった 35%

・食べる量が減った 32%

・鳴き声や吠える声が大きくなった 30%

 

悲しみは伝わる

ピローネ博士とその研究チームは、このような犬の行動変化について、飼い主がペットの犬の死を悲しむ姿を見ることと、仲間の犬が死んだことで、残った犬にはネガティブな感情や行動変化が生まれると見ています。また、ペットの犬が天寿をまっとうしたとき、飼い主が強く嘆き悲しむと、残された犬への影響も大きくなる可能性がある模様。人といつも一緒に生活しているからこそ、ペットの犬は飼い主の感情を表情や行動から敏感に感じ取っているのかもしれません。

 

【出典】Uccheddu, S., Ronconi, L., Albertini, M. et al. Domestic dogs (Canis familiaris) grieve over the loss of a conspecific. Sci Rep 12, 1920 (2022). https://doi.org/10.1038/s41598-022-05669-y 

タダだからこそ危険!「1つ買うと、もう1つは無料」が英国で禁止に

ファストフード店などでよくある「Buy One Get One Free(1つ買うと、もう1つは無料)」のサービス。お得感が満載でつい買いたくなるものですが、イギリスでは2022年4月から脂肪分や糖分の高い食品でのそのようなサービスが法律で禁止される予定なのです。なぜそんなルールができるのでしょうか?

↑ファストフードなどの「BOGOF」は禁止!

 

イギリスで4月から新しくできるルールは、「Buy One Get One Free」の頭文字をとった「BOGOF(ボゴフ)」と呼ばれるサービスの禁止。飲食店からアパレルまで、さまざまなお店でこの種のセールやキャンペーンが展開されていますが、イギリス政府は、脂肪分や糖分の高い食品においてBOGOFを禁止することに決めました。

 

その理由は、イギリスでは肥満の人が増えているから。最新の統計で、イギリスの成人の63%(およそ3分の2)が太りすぎや肥満に分類されています。同時に子どもの肥満も増加中。学齢期の子ども全体では27.7%が太りすぎ、または肥満であり、10~11歳に限ってみると、その割合が40.9%にまで拡大しているのです。

 

さらに追い打ちをかけるように、新型コロナのパンデミックが発生し、運動が少なく食事量が増える生活が広がり、肥満化が加速していると指摘されています。実際、イギリスではロックダウン(都市封鎖)中に家庭での食品の購入量が増加。しかもロックダウンが終わっても、その購入量は維持されたまま。ロックダウン中の食生活や運動が現在でも続いている可能性があります。

 

そこでイギリス保健省は、肥満対策の一環として「ニュー・ベター・ヘルス・キャンペーン(New Better Health Campaign)」を発表し、部分的にBOGOFを禁止する方針です。

 

広告も制限

同キャンペーンでは、子どもたちがテレビやインターネットをよく視聴する午後9時前までの時間帯で、脂肪分・糖分・塩分の多い食品の広告放映も禁止しています。

 

がんに関する研究機関「キャンサー・リサーチUK」の調査によると、テレビなどに放映された食品広告のおよそ半分(47.6%)は、脂肪分・糖分・塩分の多い食品で占められていたとのこと。しかも、子どもの視聴がピークになる午後6時から午後9時の時間帯に、この割合は60%に達していたのです。

 

そのため、イギリス政府は、ファストフードやジャンクフードなど肥満を助長するような食品の広告を、子どもたちの目に触れにくくすることで、子どもたちを健康的な食生活に誘導していきたい方針です。

 

イギリスなどの先進国における肥満はコロナ禍前から重要な問題であり、事態は悪化している模様。イギリスの取り組みがどのような効果を生むのか注目です。

名前だけはタダで行ける! NASAが新しい“宇宙旅行”を開始

民間人が宇宙に旅する時代が到来したとはいえ、その費用は100億円以上とも言われ、到底一般人が払えるような金額ではありません。しかし、私たちの名前だけは無料で宇宙に行くことができます。そんな面白いキャンペーンをアメリカ航空宇宙局(NASA)が始めました。

↑あなたの名前を宇宙に運びます(画像提供/NASAの公式サイト)

 

NASAでは半世紀ぶりの有人月面探査として、女性と有色人種の宇宙飛行士を初めて月面着陸させるアルテミス(ARTEMIS)計画を進めています。この第一段階のミッションが、2022年に予定されている「アルテミス1号」による無人飛行試験で、いわばそのバーチャルゲストとして名前だけ搭乗できるというのが今回のキャンペーンの趣旨です。

 

登録方法は簡単。アルテミスの『Fly your name around the Moon!(あなたの名前が月の周りを飛ぶ)』と書かれたキャンペーンサイトにアクセスしたら、「GET BOARDING PASS(搭乗券を手に入れる)」をクリック。あとは姓・名とPINコードを入力するだけ。PINコードは4~7桁の好きな数字を組み合わせて、自分の暗証番号として設定します。最後に「Submit(登録)」をクリックすると、搭乗券が画面に表示されます。この手続きを踏めば、NASAが正式なデータの一部として私たちの名前を宇宙に運んでくれるのです。

 

搭乗券には、先ほど入力した自分の名前のほかに、「Launch Site(発射場所)ケネディスペースセンター」や「Launch Destination(行き先)Lunar Orbit(月周回軌道)」と書かれているなど、本当にこのチケットで宇宙に飛んで行けるような気がしてきます。

 

お馴染みのキャラと一緒に

↑スヌーピーもアルテミス1号に搭乗予定

 

ちなみに、アルテミス1号にはスヌーピーのぬいぐるみも搭乗する予定。スヌーピーは1960年代のアポロ計画からNASAのポスターなどに登場してきました。世界中で愛されてきたスヌーピーは、宇宙飛行の安全性などを広く認知してもらうために一役買ってきたのです。

 

アルテミス1号の打ち上げ日時や本キャンペーンの終了時期は未定ですが、誰でも自分の名前だけなら宇宙に行くことが可能。このチャンスをぜひお見逃しなく。

相次ぐ自然災害から地球を守るのは……なんと人工衛星!? 中米グアテマラに見た「宇宙開発」と「防災」の最前線!

「宇宙開発」「防災」。一見まったく関係なさそうに見える両者が、実は非常に深い関係にあることをご存知でしょうか?

前澤友作氏の国際宇宙ステーションへの“宇宙旅行”も記憶に新しいですが、現在、民間企業による宇宙開発事業が大きな注目を集めています。イーロン・マスク氏のスペースXやジェフ・ベゾス氏のブルーオリジンといった宇宙企業の名前は、皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。

宇宙は旅行するだけのものではなく、今や地球のさまざまな課題を解決する場所になっています。今回ご紹介するのは、夜間でも悪天候でも地表の変化を観測できる「SAR衛星」(※1)を開発する、日本のベンチャー企業Synspecitiveの取り組み。

気候変動の影響もあり、地球全体の課題となっている近年の自然災害に対し、人工衛星が一体どんな風に活躍するのか?

本記事では、Synspectiveの白坂成功氏と、災害に強い社会を実現するためにさまざまな研究に取り組む防災科学技術研究所・理事長の林春男氏、開発途上国への国際協力を行うJICA中南米部長・吉田憲氏の3人が、それぞれの視点から「衛星による災害リスクマネージメント」について考えてみました。

※1:SAR……Synthetic Aperture Radar=合成開口レーダーのこと。SAR衛星は、主流である“光学式”の地球観測衛星とは異なり、たとえ夜間でも、雲が出ていても地上の様子を捉えることができる。特に、SARを使って複数回地表を観測し、それぞれの「位相差」から変化を捉える技術をInterferometric SAR(干渉SAR、またはInSAR)と呼ぶ。

<この方々にお話をうかがいました!>

白坂成功(しらさか・せいこう)さん
株式会社Synspectiveファウンダー。慶應義塾⼤学⼤学院 SDM 研究科教授。東京大学大学院で航空宇宙工学修士課程を修了後、一貫して宇宙開発の道を歩む。2015~2019年、内閣府革新的研究開発プログラム「ImPACT」のプログラムマネージャーとしてオンデマンド型小型合成開口レーダー(SAR)衛星開発に従事。

 


林 春男(はやし・はるお)さん
国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長。京都大学防災研究所名誉教授。1983年カリフォルニア大学ロスアンジェルス校Ph.D.。専門は社会心理学、危機管理。2013年、防災功労者内閣総理大臣表彰受賞。日本学術会議連携会員、内閣府・防災教育チャレンジプラン実行委員長、宇宙政策委員会・基本政策部会委員、外務省・科学技術外交推進会議委員等。「いのちを守る地震防災学」「しなやかな社会の挑戦」など著書多数。

 


吉田 憲(よしだ・さとし)さん
独立行政法人国際協力機構(JICA)中南米部部長。銀行員から青年海外協力隊員となり、中米のドミニカ共和国で2年活動したのち、帰国して1994年からJICA職員に。初の海外赴任となったブラジルで、不毛の大地だった熱帯サバンナ地帯セラードを南半球最大の農地に変えたプロジェクトなど、さまざまな国際協力に関わる。

 

「宇宙データ」がなぜ防災に役立つの? 国際協力×防災×宇宙の最前線!

JICA・吉田 憲さん(以下敬称略、吉田):防災と宇宙がどう結びつくのか、不思議に思われる人も多いと思いますが、実は今、世界中で人工衛星による“宇宙データ”の活用が盛んになっていて、中でも防災分野における人工衛星の活用が大変注目されています。

その一例がこのたび、白坂さんのSynspectiveと私たちJICAがグアテマラ共和国で行った、人工衛星で地表変化を分析し、災害対応に役立てるというプロジェクトです。

Synspective・白坂成功さん(以下敬称略、白坂):Synspectiveは「SAR衛星」を用いた課題解決ソリューションを提供する会社です。後ほどお話しますが、「人工衛星と防災」は、確かに一般的には結びつきにくいかと思いますが、これは私の長年取り組んできたテーマで、Synspectiveを作った理由でもあるんです。

吉田:JICAによる国際協力も、昔は途上国で井戸を掘るみたいなイメージもありましたが、今は「防災協力」が非常に増えています。中でもグアテマラを含む中米・カリブ地域は、洪水、地震、地滑り、干ばつなどの災害で、多くの被害が出ています。私はかつて青年海外協力隊の一員としてドミニカ共和国にいましたが、当時よりも明らかに災害の規模や頻度が増しているんですね。

中米コスタリカで起きた地滑りの様子。

防災科研・林 春男さん(以下敬称略、林):防災という言葉の意味も時代によって変遷していますが、私たち防災科学技術研究所(以下、防災科研)では「SICENCE FOR RESILIENCE(サイエンス・フォー・レジリエンス)」、日本語では「生きる、を支える科学技術」というテーマを掲げています。このレジリエンス(※2)という言葉は、最近いろんなところで聞くようになりましたね。

※2:レジリエンス=「予防力」に加え、「回復力」「弾力性」「しなやかさ」といった意味を持つ英単語。困難に際した人や組織、集団が苦難を乗りこえる力として捉えられ、近年さまざまな領域でキーワードになっている。

吉田:最近は災害が起こった後の「より良い復興(Build Back Better)」という概念が注目を集めていますね。

:まさに、そこなんですね。「防災」とは、被害を出さないことにフォーカスした言葉ですが、現実にそれは難しい。世界の災害発生件数はうなぎのぼりで、そのほとんどは風水害です。一生懸命、防災の研究をしているのに、気候変動や人口増といった複合的な理由により、災害による被害は増えている。

そんな時代にあって、防災分野では「災害リスクの低減」が世界共通のテーマです。防災科研では「自然災害の被害を抑止する」「被害の拡大を防止する」「速やかな復旧・復興を実現する」、この三つに関わる科学技術を研究しています。

災害リスクの低減には、何がいつ、どこで、どのように起こるのかを予測する「予測力」と、被害が起こらないようにする「予防力」、そして現代ではレジリエンスの観点から「対応力」、つまり起こってしまった災害をどう乗り越えていくのかが重視されているわけです。

白坂:さて、今回のグアテマラでのプロジェクトを説明する前に、Synspectiveが開発している衛星を紹介させてください。SARとは、Synthetic Aperture Radarの略で、日本語で言うと「合成開口レーダー」というものです。仕組みのことは置いておいて、SAR衛星の最大の特徴を一言でいえば、「夜間でも悪天候でも、常に地表の変化を観測できる」ということですね。

時間、天候を問わず撮像できる小型SAR衛星。通常の地球観測衛星に搭載されるカメラでは撮像できない地表の様子を観測できるのが特長。

観測衛星にもいろいろありますが、圧倒的に数が多いのが光学衛星、つまりカメラを載せた衛星です。しかし、カメラだとどうしても昼間しか見えないし、昼間でも雲があると見えないという弱点がある。これに対して、カメラではなくレーダーを使うのがSAR衛星です。衛星に搭載したアンテナから地球に向けて電波(マイクロ波)を放射し、反射して戻ってきた電波を測定します。電波なら雲も透過できますし、太陽光も必要ない。

:衛星やドローンを使って、「触れずに調べる技術」はリモートセンシングといって、防災の世界ではもはや欠かせない概念ですね。それに加えて夜間でも、雲の多い悪天候でも地表を観測できるSAR衛星の特性は、防災活用において非常に有効性があります。

白坂:はい。私はいわゆる“宇宙村 ”にずっといた人間です。それで宇宙開発って長年、国のお金でやってきたんですね。災害に対応するためという名目で技術開発をしてきた。ところが、2011年の東日本大震災のとき、日本の宇宙開発で作ったものの多くが使えなかったんです。

「災害対応のため」といってお金を使ってきたのに、いざ大きな災害が起きたときに活用しきれなかった。そのことに対して、私たち宇宙開発に携わる人間は大変強い課題感を持ちました。そこで2014年にImPACT(※3)が始まったとき、「災害時に本当に使えるもの」を作ろうという強い意志を持って始めたのが、私がプログラムマネージャーをつとめた合成開口レーダー、つまりSARの技術開発です。

※3:ImPACT=正式名称は「革新的研究開発推進プログラム ImPACT」。実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす科学技術イノベーションの創出を目指し、内閣府によって創設された。

吉田:震災がきっかけで、ImPACTの研究開発対象にSAR衛星を選ばれたのですね。震災時に「活用しきれなかった」というのは、どういった理由なのでしょうか。

白坂:東日本大震災のような広域災害では、飛行機やドローンでは観測できるエリアが限定的になるため、やはり人工衛星が必要です。ところが光学式だと、衛星がそのとき日本の上空にいないと日本の様子を写せないので、災害に対応する方たちが「見たいタイミング」で確認できなかったのです。

技術者の言葉で「分解能」といって、衛星がどの程度細かく地球上のある地点を観測できるか、という度合いですね。観測する物理的な範囲をどのくらい細かく見られるかということを「空間分解能」、どれくらいの頻度、サイクルで見られるかということを「時間分解能」といいます。

人工衛星で得た地上の情報を、いかに早く必要な人たちに届けるか。この「即応性」をターゲットに研究したのが、ImPACTでのSAR衛星のプログラムです。

:白坂さんの「災害時に本当に使えるもの」への強い思い、大変共感しました。防災に関わる現場の人間が求めるのは、災害規模や被災状況の把握です。被災状況の全容が把握できなければ的確な対応はできませんが、一方で迅速な対応が求められる。そこで早期に広域の被災状況把握に衛星を活用しようということですね。

白坂:そうなんです。その後、ImPACTでの研究成果を社会実装しようというときに、国でやるのは何事も時間がかかるから民間企業の方がよいだろうということで、Synspectiveを作りました。社名は「Synthetic Data for Perspective on Sustainable Development」の略で、持続可能な未来のために合成データを活用する、という意味を込めました。

ちなみにSARが何を「合成」しているのかというと、レーダーはアンテナの開口面が大きいほど空間分解能が高くなります。しかし、ロケット打ち上げのコスト等を考えると、衛星はできる限り小型軽量化したい。そこでSARでは、衛星が移動しながら電波を送受信し、得られた測定結果を「合成」することで、仮想的に大きな開口面を構成します。これにより、小型衛星の小さなアンテナでも高い空間分解能を得られます。

深刻な災害に見舞われるグアテマラ。SAR衛星で「地滑りが起きる場所」を察知!

吉田:中米・カリブの国々はサイクロン、台風で毎年大きな被害を受けています。さらに、地震や地滑りもあります。グアテマラのかつての首都アンティグアは、大昔に大地震に見舞われて壊滅してしまい、その街並みが残っていることから世界遺産になっている、昔からそういう災害があるんですね。

しかも入り組んだ山がちな国土で、地域ごとが分断されています。災害時のコミュニケーションに課題があり、どこに何を届ければいいのかも分からない。そこで今回、Synspectiveと一緒に、SAR衛星でさまざまな情報を取得する実証事業を実施しました。白坂さん、ここで改めて防災にSAR衛星を使うメリットを整理できますでしょうか。

グアテマラシティでは地盤変動により、塀や道路にひび割れが見られる。

白坂:光学衛星も含め、人工衛星で地表をモニターするメリットは4つあります。

【人工衛星でモニターする四つの利点】
1.人が見に行けないところを見に行ける
2.広域で見ることができる
3.点ではなく面で見ることができる
4.継続的にモニターできる

特に定点観測、つまり継続的にモニターできること。これについては、複数の衛星を連携させて一つのシステムを構築する「コンステレーション(衛星群)」というやり方で、モニターの分解能を高めることができます。

今回のプロジェクトでは、Synspectiveの提供する地盤変動モニターソリューション「LDM(Land Displacement Monitoring)」で、地盤沈下、地滑りなどの“地盤変動”を観測しました。ここでは「干渉SAR」というテクノロジーを使っています。

*対象地域(背景地図:OpenStreetMap (and) contributors, CC-BY-SA)
SynspectiveとJICAが連携して実施したグアテマラシティおよび郊外での実証実験の対象地域(上)。観測により、局所的に深刻な地盤沈下現象の全体傾向と、陥没・地すべりリスクを示す箇所を確認することができた(下)
©Synspective inc.

干渉SARでは、衛星から時間差で2回、地表に向けて電波を放射します。このとき、地盤変動があると波長が少しズレます。1回目と2回目のズレを見ることで、地表のミリ単位の変動も測定できるというものです。今回はグアテマラの街中で沈下しているところがないか、あるいは山間で地滑りが起こりそうなところはないのかなどを見ていきました。

吉田:干渉SAR自体は既存の技術ですが、Synspectiveのユニークな点に「縦の動き」「横の動き」を分割できるということがありますよね。

白坂:簡単に言うと地面に穴が開くとき、縦に沈む動きをしますが、このとき横から見ると、中心部に向かって地盤が内側に寄っていっているんですね。つまり縦と横を両方見ることで、どの辺りが沈下しそうかを予測できるんです。逆に、山になるときも、山が盛り上がる縦の動きと、周囲から地盤が集まってくる横の動きを合わせて見ることで予測できます。

そしてLDMですが、SAR衛星で得られたデータを、防災の担当者が読み取れる画面で提供するものです。いわゆるSaaS(※4)の形式で提供し、一般的なパソコンなどネット端末からアクセスできます。

※4:SaaS=Software as a Service、つまり買い切り型ではなく、利用した分だけ料金が発生するタイプのプロダクト。

 

衛星データを用いて広域の地盤変動を解析し、その結果を提供するソリューションサービス「Land Displacement monitoring(LDM)」を実証導入。継続して利用することにより、測量業務の効率化と潜在的な地盤変動リスクの早期発見が期待される。

吉田:今回のプロジェクトでは、SAR衛星により広域でデータを収集することで、グアテマラの機関が把握していなかった危険個所を3か所特定することができましたね。地表面の変動量を含めた定量的な情報に基づいて、ハザードマップを更新できるようになり、さらに従来行っていた、人による測量などの負担も、LDMの導入で大きく軽減できる見込みが立ちました。

白坂:今回行った「予測」「予防」に加え、さらに今後は災害後の「対応」にもSAR衛星が役立てばと思います。林さんには、ImPACTでまだ衛星が何もできていない頃から防災の専門家の視点でアドバイスをいただいてきましたが、現時点でのSAR衛星の評価と課題を教えていただけますか?

:今世界的に増えているのは風水害です。衛星から地表を見ようとしても雲がいっぱいあるので、光学カメラでは見えない。雲を透過して、地表の人間社会で何が起こっているのかを見ようと思うと、やはりSAR衛星が必要です。SynspectiveはSAR衛星に取り組みつつ、さらに小型衛星のコンステレーションを企画しているという意味でも大きな成果を挙げています。

そしてSynspectiveのプロダクトはとにかくわかりやすい。LDMは、衛星の専門家じゃなくても、ヒートマップなどの形で、地盤がどう動いたのか、差分がわかるように見せてくれている。やっぱり上手だなと思います。

ただ、まだまだ衛星の数は足りていないですね。SAR衛星も1基では時間分解能が低くて、災害対応では使えません。コンステレーションを組んで時間分解能を高めることが、防災分野での活用につながると思います。

吉田:実は私たちJICAでも人工衛星に注目しており、2008年から、ブラジルのアマゾン地帯における違法伐採を衛星で監視するというプロジェクトを行っています。

アマゾンは川と言ってもほぼ海みたいなもので、常に蒸気が出て、雲に覆われています。そのため日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した「ALOS」(エイロス)というSAR衛星を使いました。ブラジル環境省傘下の団体とデータ共有し、連邦警察に伝えて違法伐採者を取り締まる仕組みをつくり、一定の成果を得ています。

今回のプロジェクトで一定の手応えを得ましたので、今後の国際協力事業でも、継続的な衛星データの活用が期待できますね。

衛星ビジネスも国際協力も、点でなく「面」で捉えると大きく育つ!

白坂:我々は防災の専門家ではないので、例えば地震があったとして、どこを撮ればいいか判断がつかないんですね。そこはやはり専門性に応じた役割分担が必要なんです。そこで現在、防災科研との連携を進めています。

:僕らが衛星の専門家からデータをもらうと、いつも肝心なところが映っていない(笑)。災害を撮るなら、撮るべきタイミングで撮るべき場所を撮らなければ意味がないんですね。この「撮るべきタイミング」「撮るべき場所」をトリガリング情報と言い、それを提供できることが、防災科研が貢献できるところだと思います。

今後はコンステレーション(衛星群)の拡充で、発災時の素早い応急対応にもSAR衛星が使えるとなれば、これは非常に役立つと思いますね。

白坂:30基の衛星でコンステレーションを実現できれば、世界中どこでも2時間以内、日本国内なら平均1時間以内で撮像できます。目標はダウンロードも含めて2時間以内に、情報処理をした状態で、現場の方にお渡しすることです。

吉田:民間企業としては持続性も必要ですが、ビジネスとしてのSAR衛星事業の戦略をお聞かせいただけますか?

白坂:今はとにかくフィードバックが欲しいです。現場で使ってもらううちに、だんだんプロダクトが良くなり、他の場所で使う人たちにとっても使いやすいものになります。当社では衛星開発のチームのほかに、サービスのチームを置いています。

災害って、普通は「国」というレベル感で扱うもので、民間企業が直接売り込むのは難しい。そこで、防災科研やJICAといった公的機関に入ってもらうのですが、世界中で防災協力をしているJICAは心強いパートナーですね。

SynspectiveとJICAによるグアテマラでの実証実験の様子。

:ビジネスとしての継続性で言うと、アメリカだとこういうベンチャーのプロダクトを国がたくさん発注して買い上げるんですよ。すると企業は安心してどんどん作る。そういう循環を作ることで、アメリカでは民間企業が育ちながら、衛星技術を高度化しています。

例えばですが、日本で言うとJICA、ひいては外務省が、リアルかつ定期的にアップデートされる衛星情報を自前で持つことのメリットは大きいですよね。そういう形ができれば、日本の小型衛星コンステレーションのビジネスはグッと安定して、大きくなっていくのではないでしょうか。

吉田:ちなみに林さんに伺いたいのですが、JICAが国際協力をしているような国々は必ずしも予算が潤沢にあるわけではなく、自前の衛星を持っていない国も多いです。そうした国が予測力、予防力、対応力を強化するには、どうしたら良いと思われますか?

:実は地方自治体レベルでは、日本でも全く同じ状態なんですよ。それでも日本が防災で世界一だと言われているのは、地方自治体よりももっと大きな国や都道府県というユニットで情報を集めて、みんなに提供する仕組みがあるから。

そういう意味では日本の技術や知見を日本のためだけに行使するのではなくて、世界全体という大きな枠の中に日本の未来も位置付けるような、そんな視点が必要だと思いますね。

吉田:たしかに仰る通りですね。JICAでも、個別の課題は点としてやっていきつつ、面として俯瞰的に捉える方向にシフトしつつあります。ある国が困っているから何とかしなきゃいけないだけだと広がらず、ある意味マニアックになってしまうんですね。

白坂:ところでビジネスの話でもう一つ。今後、小型で軽量な人工衛星が増えて、安く衛星データを入手できるようになると、ユーザーのすそ野が広がり、みんながいろんな利用方法を考え付くようになります。

昔コンピュータが大きくて、スパコン(スーパーコンピュータ)しかない時代に、スパコンで家計簿をつけようと思った人はいなかったでしょう。でも、パソコンやスマホが安く入手できるようになると、家計簿に使う人たちが出てきた。衛星データが安くなれば、同じ現象が起こると思います。だからもっともっと世界中の人たちに衛星を打ち上げてほしいですね。

ビジネス的には自分たちの衛星データを独占的に使う方が良さそうですが、それって今のやり方ではない。みんながデータを使えるようにして市場を大きくしつつ、その中の一部のシェアを取る。その方が結果的に利益も増えて、自分たちのビジネスが回りやすくなるし、宇宙業界の発展にもつながると思っています。

吉田:お二人の「独占しないことで、結果的にいろいろ広がっていく」という話を聞いて、まさに我が意を得たりという気がします。

例えばチリで津波や地震があると、日本にも津波や地震が来るように、世界は全てつながっています。JICAではチリを中心に「防災人材」を2000人以上育てて、もっと増やそうと計画していますが、これはチリのためでもあり、日本のためでもあり、世界のためでもあります。点ではなく、グローバルアジェンダとして、面的に課題を解決する、あるいは多くの人に関心を持ってもらえる形にする。それが最終的にはJICAの目標である、「信頼で世界をつなぐ」ことになるのかなと思っています。

今回の、防災と宇宙という取り組みでは、特にこの考え方がしっくりきていて、今後もぜひこういった協力をやっていければと思っています。今日はありがとうございました!

 

株式会社Synspective
https://synspective.com/jp

防災科研(国立研究開発法人防災科学技術研究所)
https://www.bosai.go.jp/

JICA(独立行政法人国際協力機構)
https://www.jica.go.jp/index.html

サハラ砂漠で降雪! 驚くことではないのはなぜ?

アフリカ大陸北部にまたがる「サハラ砂漠」で2022年1月、降雪が観測されました。世界最大の砂漠であるこの地域で一体何が起きているのでしょうか?

 

サハラ砂漠で雪が降る仕組み

↑近年、サハラ砂漠では雪が降っている

 

アルジェリア、エジプト、モロッコなど、アフリカ北部の11の国にまたがるサハラ砂漠。面積はおよそ860万km2で、水が少なく乾燥した気候のうえ、地表面からの熱放射があるため、日中の気温は50℃以上に達します。そんな場所で2022年1月、雪が降り、世界各地で報道されました。

 

サハラ砂漠で雪が観測されたのは今回が初めてではありません。サハラ砂漠の気候や地形を考えると、実は雪が降る条件が整っているのです。まず、気候について見てみると、確かにサハラ砂漠は世界で最も気温が高い地域の1つですが、雲が少なく、夜間の放射冷却が激しいため、夜には厳しく冷え込みます。1日の寒暖差が20~30℃以上になり、2005年にはアルジェリアで最低気温-14℃を記録したことも。

 

地形については、アフリカ北西部には、標高4165mと富士山より高いアトラス山脈がそびえ立ち、冬になると大西洋や地中海からサハラに向かって冷たく湿った空気が流れこみます。そして、この空気が上昇して冷えると、空気中にあった水分が凍って雪に変化。つまり、気候と地形条件をみると、サハラ砂漠で雪が降ることは珍しいものの、降雪の条件は満たされているのです。

 

実際、「サハラ砂漠の入口」と呼ばれる、アルジェリアのアインセフラという町では、1979年、2016年、2017年、2018年、2021年に雪が観測されています。そして2022年1月に発生した降雪も、同じアインセフラでした。

 

気候変動との関係は?

サハラ砂漠で雪が降ったのが過去5~6年に集中していることから、地球全体で起きている異常気象や気候変動との関連を指摘する見方もあります。サハラ砂漠の中心部では今後さらに気温が高くなると予測されており、それによって砂漠化する地帯が拡大すると見られています。しかし、これからサハラ砂漠で降雪が頻繁に起きるようになるかどうかは、まだわかっていません。

されど8%。「AIが作った顔」は本物より信頼しやすいことが判明

AIが作る人の顔は、本物と見分けがつかないほど精巧かつリアルになってきています。しかも最近では、AIが作った顔は本物の人の顔より「信頼できる」ことが判明。何だかヤバいことになりつつあります。

↑AI製の顔は本物よりリアル

 

画像生成するAIプログラムとして有名なのが、「GAN(敵対的生成ネットワーク、Generative adversarial networks)」と呼ばれる技術。これは「Generator(生成)」と「Discriminator(判定)」の2つからできており、Generatorが画像を生成し、その画像に対してDiscriminatorが本物か偽物か判定するように機械学習させています。この学習を繰り返し行わせることで、GeneratorはDiscriminatorが本物か偽物か判別できないほど巧妙で本物に近い画像を生成できるようになるのです。

 

GANは発展を続け、実際にAIが作った人の顔は、本物か偽物か人が判別しようとしても難しい結果にまでなっています。カリフォルニア大学バークレー校と英国・ランカスター大学の研究者たちは、315人の被験者に対して400人分の人の顔写真を見せ、本物か偽物か判別できるか実験しました。その結果、本物か偽物か正解した割合は48.2%。答えは本物か偽物のどちらか1/2の確率であるのに、50%を下回る結果となったのです。

 

本物は信用できない

また、別の実験では、233人の被験者が複数の顔写真について「信頼できる度合」を1~7段階で評価しました。すると、参加者はAIが作った偽物の顔のほうが、実在する本物の人の顔より、平均で8%も「信頼できる」と評価したのです。しかも信頼度が最も低く評価された顔の4人はすべて実在する人の顔で、逆に最も信頼できると評価された顔の3人はすべてAIが合成した顔だったのです。

 

この実験を行った研究者たちは、8%という結果について「わずかな数値かもしれないが、有意な差だ」と注目。決して見過ごせる数値ではないと考えられるのでしょう。また、人がAIが作った画像の方を「信頼できる」と感じやすい理由については、AIは平均的な顔を作り出すが、私たちには典型的な顔を信頼する傾向があるのかもしれないと述べています。

 

今回の実験で改めて明らかになったのは、AIが作る人の顔は、実在しない顔なのに「信頼できる」と感じやすいこと。このような偽物の顔は、詐欺サイトやSNSの偽物アカウントなどに悪用されることが考えられます。専門家はこのような画像の利用について、倫理的なガイドラインを作るほか、法的な制度の必要性も指摘していますが、私たち自身もフェイク画像に騙されないように、できるだけ目を養うべきでしょう。

40歳で変えれば10年も違う! 食べ物で「寿命」はどれくらい変わるのか?

「脂っこい食事より、野菜中心の食事のほうが健康に良い」ことは常識ですが、実際に健康的な食べ物は寿命にどれくらいの影響を与えるのでしょうか? この問題を調べるノルウェーの大学が先日、論文を発表し、新しい計算機を開発したことが明らかになりました。

↑食べ物で寿命はどれくらい変わる?

 

ノルウェーのベルゲン大学の研究チームは「世界の疾病負荷研究(Global Burden of Disease Study: GBD)」を使って、食べ物がどのように寿命に影響を与えるかを簡単に試算できる計算機を開発しました。このデータは、152の国や地域にある1100以上の大学・研究所・政府機関に勤務する5600名以上の研究者たちで構成されたグローバルネットワークにより作成され、さまざまな国や地域における死因や疾病、傷害、リスク要因を分析しています(※)。ベルゲン大学の研究チームによれば、食事と健康に関する先行研究では、さまざまな食べ物や食事の仕方がばらばらに調べられており、有機的につながっていなかったそう。彼らはそんな課題を乗り越えようとしました。

※世界の疾病負荷研究については、保健指標評価研究所(IHME)の資料(以下リンク)を参考。

https://www.healthdata.org/sites/default/files/files/Projects/GBD/GBD-2019-News-Release_Japanese.pdf (2022年2月24日閲覧)

 

この計算機は、これまでの食事の内容とこれからの食事の内容を設定することで、どのくらい寿命が増減するかを調べます。例えば、最も寿命を延ばす食べ物の1つである豆類は、男性なら平均2.5年、女性は平均2.2年延びるとプログラムされています。寿命を延ばすほかの食材には、全粒穀物・ナッツ・果物・野菜・魚などがあるそう。逆に、寿命を縮める食べ物には肉類・加工肉・卵・砂糖入り飲料、精製された穀物などが挙げられています。この計算機では、豆類を摂取する量を多くすれば寿命が増え、加工肉を摂取する量が増えれば寿命がマイナスになり、それらをすべて差し引きして、寿命がどのくらい増減するかを弾き出すのです。

 

この計算機では場所を設定しますが、同研究チームはアメリカ、ヨーロッパ、中国を選んでリサーチしました。すると、肉や乳製品の摂取が多い欧米型の食生活だった人が、20歳から肉や加工肉の摂取量を減らして、豆類・ナッツ類・野菜・魚を食べる量を増やせば、男性は13年、女性なら10.7年も寿命が延びると算出されます。食生活を変える年齢が遅ければ遅いほど、寿命への影響は小さくなりますが、それでも60歳で食事を変えれば、男性は8.8年、女性は8.0年延びるそう。40歳で変えれば、約10年も長生きできるようです。この調査はヨーロッパや中国でも行われ、同様の結果が得られたとのこと。

 

もちろん、寿命には食事以外に運動や生活習慣など、さまざまな要因が関係するもの。今回の調査は食べ物の健康への効果を有機的につなげたものですが、食べ物の変化が寿命に与える効果について手軽に数値化できるのは、食生活を見直すうえで役に立つかもしれません。

 

【出典】Fadnes LT, Økland JM, Haaland ØA, Johansson KA (2022) Estimating impact of food choices on life expectancy: A modeling study. PLOS Medicine 19(2): e1003889.https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1003889

イタリアが感激! 方言と標準語の「バイリンガル」は頭が良い

近年、イタリアでは方言に注目が集まっています。英国・ケンブリッジ大学が以前に行った調査によると、標準語と方言を使いこなす人は記憶力などに良い効果が見られるとのこと。このニュースに、方言の使用率が高いイタリアは敏感に反応しました。同国ではコロナ禍により地方への移住が進んでおり、その言語的な影響に関心が寄せられています。

↑外国語を覚えるより、方言と標準語の“バイリンガル”を目指したほうが頭が良くなるかも

 

キプロスの言語に関する調査

バイリンガル教育には賛否両論がありますが、ケンブリッジ大学で応用言語を研究する科学者たちはその良い面に着目し、研究を行いました(※)。バイリンガル教育の長所として、生まれた時から2つ以上の言語の中で育った子どもは、1つの言語で育った子どもと比べて思考や行動を制御する認知機能が発達していることがよく挙げられます。同大学の研究者たちは、そのような効能は方言を話す人にも当てはまるのではないかと考え、調べることにしました。

 

調査の舞台となったのは、地中海東部に位置する島国のキプロス。ギリシア系、トルコ系、アルメニア系と多民族が混在する国で、研究チームは「現代ギリシア語」と「キプロス方言のギリシア語」の両方を使いこなす子どもたちが多いことに注目しました。実験では、現代ギリシア語とキプロス方言のギリシア語を使う子ども64人、バイリンガルの子ども47人、単一の言語を使う子ども25人を対象に、言語能力や知力などの調査を実施。

 

その結果、記憶力・注意力・思考力において、現代ギリシア語とキプロス方言のギリシア語を使いこなす子どもたちには、単一言語を使う子どもより高いポイントを得ました。この傾向はバイリンガルの子どもたちと酷似していたのです。

 

この調査結果はイタリアでもすぐに話題になりました。イタリア語の方言はだいたい北部と中南部に大別でき、標準語はフランスやスペインなど周辺国の影響を受けていない中央イタリアの言葉や語彙を指すとされています。

 

イタリアの政府中央統計局(IATAT)が2017年に公表したデータによれば、6歳以上の国民のうち家庭内で標準語のみを話す人は45.9%にとどまりました。一方、32.2%が方言と標準語を併用しており、さらに14%は方言のみで生活していることが明らかにされています(ちなみに、外国語のみを使用しているのは6.9%)。

 

このデータが示す通り、イタリアでは幅広い方言が使われており、フランスやドイツと国境を接する北イタリアや、ギリシアやアラブの影響を受けた南イタリアでは、標準語と比べて理解するのが難しい方言が話されています。例を挙げれば、ラディン語に影響を受けたといわれるフリウリ方言や、ヴァンダル人やビザンチン帝国の影響を受けたといわれるサルデーニャ方言など。

 

方言の効用

このような言語的な状況は、都市が政治的に独立して小国家を形成する「都市国家」としての時代が長かったイタリアならではといった感じがありますが、およそ半数の国民が方言と共に生活しているということで、ケンブリッジ大学の調査結果に注目が集まりました。同調査では、「共通語と方言を併用する人」の脳の能力については、さらなる研究の余地があるとも記されていますが、方言はアイデンティティーでもあるので、過小評価すべきではないと提言しています。

 

近年、在宅ワークの推奨などで地方への移住が加速しているイタリアでは、移住先の方言を日常的に使いこなす子どもが増えていく可能性もありそうで、ケンブリッジ大学の調査に再び注目が集まっています。イタリアのように、日本も英語ばかりでなく、標準語と方言の“バイリンガル”にもっと目を向けるべきかもしれません。

 

※University of Cambridge. (2016, April 27). Speakers of two dialects may share cognitive advantage with speakers of two languages. ScienceDaily. Retrieved February 22, 2022 from www.sciencedaily.com/releases/2016/04/160427151051.htm

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ初! ハワイで「サメ漁」が禁止に

2022年1月、ハワイでサメ漁が禁止されました。なぜサメ漁がいけないのか? その背景にはどんな理由があるのか? サメを守るハワイの新たな取り組みについて、現地在住の筆者が概説します。

↑海の生態系だけでなく人間も守るサメ

 

2022年1月1日に施行された法律によって、ハワイ州の水域でサメを意図的に捕獲したり殺害したりすることが禁止されました。このような法律を制定した州はアメリカで初めてとなります。

 

違反すると、1回目は500ドル(約5万7400円※)、2回目なら2000ドル(約23万円)、3回目以降は1万ドル(約115万円)の罰金が科せられます。さらに捕獲したサメは没収され、船舶や船舶免許、漁具などが差し押さえられる可能性もあると、ハワイ州政府のウェブサイトには記載されています。

※1ドル=約114.8円換算(2022年2月21日時点)

 

サメの1/4が絶滅危機

なぜハワイでこれほど厳しい法律が定められたのか。それは海洋生体系のなかで、サメが重要な役割を担っているからにほかなりません。海の食物連鎖のなかで、サメは頂点に君臨する存在として海洋生態系全体のバランスを調整しています。残酷に聞こえるかもしれませんが、サメは弱ったり病気になったりした生物をエサにするからこそ、海の生態系を健全な状態に維持する役に立っているそうです。

 

しかし、高級食材であるフカヒレなどを目当てに、サメの乱獲が世界各地で発生。国際自然保護連合(IUCN)のサメ専門家部会によると、乱獲によって世界のサメとエイの4分の1が絶滅の危機にあると指摘されています。

 

このような状況を見て、ハワイはアメリカで最初の州として、2010年にフカヒレの所有・販売・取引を禁止しました。10年以上も前からサメの保護に取り組んでいるのです。

 

家族を守る目に見えない力

また、ハワイでサメは「aumakua(アウマクア)」と考えられています。アウマクアとは「守護神・守護霊」を意味し、「先祖の霊がサメとなって、家族を守っている」と信じる人も少なくありません。サメを守るハワイの取り組みの根源には、このような文化的な側面もあると考えられます。

 

ハワイの近海には約40種のサメが生息しており、サーファーがサメと遭遇したニュースを耳にすることも珍しくありません。そのため、ハワイ州の土地・天然資源局の許可をとれば、公共の安全のためにサメを捕獲することは認められるそうです。

 

アメリカで率先してサメを守り、海の生態系を保護する取り組みを行ってきたハワイ。地元の守護神も誇りに思いながら、見守っているかもしれません。

混沌とした時代の「救世主」! 英国に「キノコブーム」が到来

最近、英国ではキノコの人気が上昇中です。キノコは栽培時に排出される環境ガスも少なく、サステナビリティの面からも優秀な食材。ユニークな食品が登場したり、話題のビーガンレザーの原料に使われたり、その出番が増えています。ウェルネスとエシカルを象徴する存在になったキノコについて、英国からレポートします。

 

ファンタジーの世界へ

↑コロナ禍で不安定になった英国人の心を癒すキノコ

 

英国のキノコブームは初めてのことではなく、これまでもキノコはファッションモチーフや健康食品として大人気になったことがあります。今日のブームのきっかけは新型コロナウイルスのパンデミックで、2020年にはインテリア・アイテムとしてもキノコ型ランプがブームになりました。イギリス人にはキノコがかわいらしく幻想的に見えるようで、家にこもりがちな人々の心に癒しを与えてくれたのでしょう。

 

イギリス人を含むヨーロッパ人がキノコと聞いてよくイメージするのは、深い森や子どもの頃に聞いたおとぎ話です。森の中にひっそりと生えている不思議な様子から、妖精と関連づけて語られることもあります。「ピーターラビット」の生みの親、ビアトリクス・ポターもキノコに魅せられた人の1人。絵本を出版する前はキノコの研究に熱中していた彼女は、細部まで丁寧に描かれたキノコのイラストをたくさん残しています。

 

また、キノコ人気は、若い世代で広がっている「ロマンティックな田舎暮らしを楽しむ」というコンセプトを持つ「コテージコア(cottagecore)」の流行ともつながっています。英国ではロックダウン中でも楽しめる森林ウォークやキノコ狩り、自宅でできるキノコ栽培キットなどに注目が集まりました。

 

実利たっぷり

↑ヘルシーかつサステナブル

 

しかし、現在キノコが注目を浴びている大きな理由は、そのエコで万能な性質です。キノコの成分が解明されるにつれ、サステナブルの面から利用されるようになりました。

 

キノコは低カロリーで、さまざまな健康成分を含んでいますが、なかでも白い珊瑚のような形をしたライオンズ・メイン(和名:ヤマブシタケ)は、免疫力を上げるサプリメントの原料として認知度が一気に高まりました。

 

キノコは、学習能力や記憶ネットワークなど脳機能を活性化させるヘリセノン、免疫力の向上やアレルギー緩和に役立つベータグルカンを含んでいます。しかし、スーパーでは手に入りにくいため、キノコそのものではなく、大多数の人はライオンズ・メインが原料のサプリメントを利用しています。

 

一方、動物性素材を使わないビーガンブームの高まりによって生まれた、新素材の「マッシュルーム・レザー」も注目されています。

石油から作られる合成皮革と異なり、キノコを原料とする人工レザーは生分解性を持ち、環境に優しいうえ、上質な質感が特徴。ランウェイでの毛皮使用をいち早く中止し、サステナブルファッションにも積極的な英国ブランド「ステラ・マッカートニー」、高級ブランド「エルメス」、プラスチックゼロを目指す「アディダス」、ヨガファッションの人気ブランド「ルルレモン」などの新作に採用され、一躍脚光を浴びています。

英国ではキノコを使った飲み物も登場しました。クリスマス明けの1月に英国で行われる禁酒月間「ドライ・ジャニュアリー(Dry January)」に合わせて、2021年冬にリリースされた「Fungtn」は、ノンアルコールのクラフトビール。抗酸化に優れたチャーガ(カバノアナタケ)、生薬としても知られるレイシ、そして前述のライオンズ・メインの3種がブレンドされています。

↑キノコを原料とするノンアルビールの「Fungtn」

 

また、近年では、第5の味と言われる「旨み(Umami)」という日本語が英語圏で流行しており、2022年もそのトレンドは続いています。干し椎茸などのキノコの粉末をかくし味に加えるシェフや料理家が増え、スーパーでもキノコの粉末が「ウマミ・パウダー」として商品化されています。

 

そのほか、英国で古くから親しまれている、キノコのタンパク質を発酵させたマイコプロテインを使った代替肉ブランド「クオーン」も、キノコの再評価によって人気が拡大しています。

 

キノコブームは英国以外の国でも起きているようで、例えば、米国のニューヨークタイムズ紙は食用から産業利用、医薬品まで、キノコが2022年のトレンドになると予測しています。新型コロナウイルスや気候変動といった問題を抱える現代社会は混沌としていますが、だからこそキノコは一種の「救世主」として期待を集めているのかもしれません。

 

執筆/ネモ・ロバーツ

もうやめられない! ドイツに根付いた買い物の新常識

コロナ禍で消費者の食料品の購入方法は世界中で変化しています。ドイツでは長引く外出規制がきっかっけとなり、ネットスーパーの利用者が急増。オンライン注文だけを取り扱う「店舗を持たないお店」も広まるなど、ドイツ人の食料品の購買行動において、かつてないほどの変化が起きています。現地からレポートしましょう。

 

ロックダウンで拡大

↑スマホで注文して、すぐに自宅に届くなんて本当に便利だ!

 

パンデミックによって厳格なロックダウンが実施されたドイツでは、2020年からスーパーの買い物にも新しい規制が加わりました。外出は20時までで、店内でのマスクの着用はもちろん、営業時間の短縮や入店人数の制限、一人一台のショッピングカート使用などのルールが設けられました。

 

その結果、特に平日の仕事帰りの時間帯や土曜日にスーパーの混雑が激しくなり、入場規制により入口の外まで長蛇の列ができることも度々見かけるようになりました。このような現象は日本を含む他国でも起きましたが、コロナ禍の厳しい規制には、仕事を持つ女性をはじめ、多忙な人たちにウンザリするほどのストレスをもたらすという側面があるのです。

 

そのような状況で拡大しているのが、ネットスーパー。ドイツでは、大手スーパーのREWEが2010年にネットスーパーを始めたのを皮切りに、ほかのスーパーもオンラインサービスを開始していました。しかし、国内リサーチ会社のBitkomによれば、パンデミック以前ではオンライン注文率がわずか16%でしたが、現在では26%に拡大。多忙のためにスーパーの実店舗に並ぶことに躊躇する人たちだけでなく、自宅での隔離生活を強いられている人にとっても、スーパーのオンラインサービスは必要不可欠な存在となったのです。

 

ドイツのネットスーパーはアプリで支払い商品を購入した後、自身で店舗にピックアップに行くか、自宅まで宅配してもらうかを選びます。宅配サービスならば、指定した時間に待っているだけで、オンラインでショッピングカートに入れた食材が玄関まで届きます。

 

注文から十数分以内で玄関まで届けることがモットーの宅配サービスや、宅配料無料のサービス、そしてオーガニック食材を多数扱うショップなど、アメリカや中国などでも見られる、さまざまなスーパーが登場しています。

 

エコなネット宅配スーパーも

さらに、現在は既存の大手スーパーによる宅配サービスのみならず、「実店舗を持たないネットスーパー」にも人気が集まっています。

 

その中でも注目を集めているのが、実店舗を持たないネットスーパーの「Picnic(ピクニック)」。オランダの企業ですが、新型コロナウイルスが出現する前の2018年からドイツで新しいスタイルの宅配サービスを提供しています。

↑ドイツ人の新常識を象徴するような「Picnic」

 

Picnicのモットーは「環境にやさしい配達」。配送はすべて小型の電気自動車のみで行われています。2019年以降は、ドイツ西部の都市・デュッセルドルフを中心に同社のトレードマークがついた小型電気自動車を頻繁に見かけるようになりました。このクルマは騒音を出さず、二酸化炭素の排出もありません。コンパクトサイズのため、配送時に交通を妨げることもあまりないのです。

 

さらに、Picnicのビニール袋はすべてリサイクル可能な素材で作られています。不要な場合は次回に配送スタッフに渡して返却することができるため、プラスティックの削減にもつながります。また、Picnicは店舗を持たず、大手スーパーのEDEKAやパン屋のBüschから商品を仕入れています。毎日22時にアプリでのオーダーを締め切った後に必要な数だけの仕入れをするため、食材の無駄がなく、廃棄を抑えられるのも魅力。こういった環境保護への取り組みは、もはや現代では当たり前かもしれませんが、評価すべきでしょう。

 

あるリサーチによれば、ドイツ国内でネットスーパーを利用している人の36%が、コロナ禍の収束後も「間違いなく利用する」と回答した一方、51%が「多分利用する」と考えているとのこと。全体的には、9割近くの人が引き続き同サービスを利用するつもりのようです。ドイツでは、コロナ禍によりオンラインスーパーの利用が新しい常識になりましたが、このように便利なサービスがコロナ禍前にあまり浸透していなかったことが、いまでは不思議なくらいです。

SDGsの遥か昔から取り組むキーコーヒーの「再生事業」

ヨーロッパ貴族に珍重された“幻のコーヒー”トラジャコーヒーを約40年の時を経て再生~キーコーヒー株式会社~

 

目覚めの時やちょっとした休息の際など、コーヒーは欠かせない飲み物のひとつ。いまやスペシャルティコーヒーをはじめ、さまざまな個性豊かなコーヒー豆が日本でも楽しめますが、そんななか、フローラルな香りと柑橘系の果実のような酸味で高い評価を受け続けているコーヒーが、キーコーヒー株式会社の「トアルコ トラジャ」です。そのトラジャコーヒーですが、かつては絶滅の危機に陥ったこともあるそう。それを救ったのが同社の再生事業でした。

 

“幻のコーヒー”を見事に再生

トラジャコーヒーとは、インドネシア・スラウェシ島のトラジャ地方で栽培されるアラビカ種のコーヒーのことです。18世紀には希少性と上品な風味がヨーロッパの王侯貴族の間で珍重され、「セレベス(スラウェシ)の名品」と謳われていました。しかし第二次世界大戦の混乱で農園は荒れ果て、トラジャコーヒーも市場から姿を消すことに。そんな幻のコーヒーに着目し、サステナブルな要素を踏まえた取り組みにより、約40年の時を経て復活させたのがキーコーヒーでした。

 

「トラジャコーヒーは、スラウェシ島のトラジャ県で栽培されるアラビカコーヒーを指します。その中から独自の基準により、品質の高い豆として認定したものが『トアルコ トラジャ』という当社のブランドです」と話すのは、2015年~2019年まで現地で『トアルコ トラジャ』の生産に携わっていた同社広域営業本部の吉原聡さんです。

↑広域営業本部 販売推進部 担当課長 吉原聡さん

 

「トラジャコーヒー再生の発端は、1973年に当社(旧・木村コーヒー店)の役員がスラウェシ島に現地調査に行ったことでした。トラジャ地区(県)の産地は島中部の標高1000~1800mの山岳地帯にあり、当時はジープと馬を乗り継ぎ、さらに徒歩でようやくたどりつけるような難所だったそうです。たどり着いた先で彼が目にしたものは、無残に荒れ果てたコーヒー農園。しかしそんな中でも生産者(農民)たちは細々とコーヒーの木を育て続けていました。そこで当社は再生を決断したのですが、そこには“この事業の目的は一企業の利益にとどまらず、地元生産者の生活向上、地域社会の経済発展に寄与し、さらにはトラジャコーヒーをインドネシアの貴重な農産物資源として国際舞台によみがえらせることが重要”という強い意志があったと聞きます」

 

さっそく同社は、翌1974年にトラジャコーヒー再生プロジェクトの事業会社を設立。1976年にはインドネシア現地法人「トアルコ・ジャヤ社」を設立し、“トラジャ事業”を展開していきました。さらに1978年には日本で『トアルコ トラジャ』として全国一斉発売。そして1983年には直営のパダマラン農園での本格的な運営も始まったのです。

↑『トアルコ トラジャ』を使用した商品。簡易抽出型や缶などいろいろなタイプで販売されている

 

地域一体型事業における“3つのP

「トラジャコーヒーの再生は、トラジャの人たちと共に築き上げてきた地域一体型事業そのものです。それを踏まえた上で、「Production」「People」「Partnership」という3の“P”を事業の根幹に据え、取り組んできました。

 

まずProduction」は、自然との共生と循環農法です。環境保護に努めることがコーヒーの品質維持や現地の人たちの生活の保護にも寄与します。自然との共生という部分では、農園の約40%を森林に戻したり、水洗時の排水のチェックを徹底したりしています。また土壌を守るため、コーヒーの木の周りにマメ科やイネ科の植物を植え(カバークロップ:土壌侵食防止目的に作付けされる)、さらに直射日光を遮るための樹木も植えています。そして脱肉後の果肉を堆肥として利用したり、脱殻後のパーチメント(種子を包んでいる周りのベージュ色の薄皮)を乾燥機の燃料にするなど循環農法を実施。持続可能な農業を地道に行っています。直営パダマラン農園は、これらの取り組みを認められ、熱帯雨林を保護する目的の「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けています。

↑直営パダマラン農園

 

「People」は言葉通り、人を意味します。生産者、仲買人、そして現地社員の協力の元でトラジャ事業は成り立っています。『トアルコ トラジャ』で使用するコーヒー豆の全生産量のうち、直営のパダマラン農園で作られるのは約20%で、残り80%は周辺の生産者や仲買人から購入しています。生産者には当社からコーヒーの苗木や脱肉機を無償提供し、オフシーズンには生産者講習会を開き、剪定や肥料のやり方、脱肉機の操作方法を指導。年に1回、『KEY COFFEE AWARD』を開催し、その年に優良なコーヒー豆を育てた生産者を表彰して労うことも行っています。また、現地の人たちの負担を軽減させるために、片道2時間ぐらいかけて標高の高い地域まで出向き、その場で豆の品質をチェックし買い付けする出張集買を行っています。現地の人たちとの二人三脚、協力体制を大切にし続けているのです。

↑出張集買は日時を決めて数カ所で開催される

 

そしてPartnership」は地元政府や地域との連携です。道路のインフラ整備や架橋への協力、生産者の子どもたちが通う学校へのパソコンの寄附も行っています。またインドネシアでは、コーヒーの粉を直接カップに入れて上澄みをすすったり、砂糖をたっぷり入れたりして飲むのが一般的です。そこで『トアルコ トラジャ』の美味しさをこの島の人たちにも伝えたいと、コーヒーショップのオープンをはじめ、ドリップコーヒーの普及にも努めています」

↑スラウェシ島の中心都市マカッサルにあるキーコーヒーのコーヒーショップ

 

同社の取り組みは、幻のコーヒーを再生しただけにとどまりません。

 

「トアルコで働くことで4人の子どもを大学に進学させることができた」「トアルコ社に良質なコーヒー豆を買ってもらい、ワンシーズン働いただけでバイクが買えた」など、現地の人たちの生活向上にも大きく貢献していると言います。

 

コーヒー豆の生産量が半減する!?「2050年問題」

このように順調とも思える同事業ですが、一方で近年、コーヒーの生産について世界規模での懸念があるそうです。

 

「2050年問題といいますが、地球温暖化によりコーヒーの優良品質といわれるアラビカ種の栽培適地が、将来的に現在の半分に減少すると予測されています。このまま何も対策を取らないと、コーヒー豆の生産量の減少や品質の低下、そして生産者の生活を奪うことになります。そこで、アメリカに本部を置く“World Coffee Research(WCR)”という機関と協業で、病害虫や気候変動に負けない品種開発の実験(IMLVT:国際品種栽培試験)を直営パダマラン農園で行っています。Partnershipともリンクしますが、世界的なトライアルに参画し、共にこの問題を解決していきたいと考えています。このほかにも、当社は様々な研究を行っており、生産国や品質の多様性を守る活動にも力を入れています」

↑2017年のIMLVT開始時の様子

 

SDGsを念頭に入れた事業展開

社会貢献に対する意識は、創業当時から高かったという同社。例えば、環境保護や生産者の支援につながる「サステナブルコーヒー」という考えを元に、「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けたコーヒー農園の商品の取り扱いや、国際フェアトレード認証制度に基づき、経済的、社会的に立場の弱い発展途上国の生産者や労働者の生活改善、自立を支援する取り組みなども早くから行っています。また、環境に配慮したパッケージの切り替え、食品ロスの削減にも取り組んできました。

 

「東日本大震災以降は、10月1日のコーヒーの日にチャリティブレンドを販売。日本赤十字社を通して売上金の一部と基金を被災地や世界の貧しいコーヒー生産国の子どもたちへ寄付し続けています。また100周年の創業記念日(2020年8月24日)には、コーヒーの未来と持続可能な社会の実現に貢献していくために、従業員からの募金を主とする『キーコーヒー クレルージュ基金』を設立しました。募金を通じて、コーヒー生産国の社会福祉や自然環境の保護をはじめ、災害支援についても機動的な支援を行っています。

↑『キーコーヒー クレルージュ基金』でコーヒー生産国を支援

 

近年SDGsという言葉がよく使われるようになりましたが、最近はお客様の意識はもちろん、取引先様がSDGsを踏まえての事業を展開することが増えています。我々としてももう一度様々な事業を整理し、当社として何をどう提案でき、どんな課題にどう対応できるのか、改めて考えていきたいと思っています」

 

465日も割れない「シャボン玉」が誕生! その正体は?

シャボン玉は空中をゆらゆらと漂っているかと思うと、儚く消えてしまうもの。しかし、最近の研究で、465日間も割れない「シャボン玉」が開発されました。手に持っても割れないそうですが、その正体は何なのでしょうか?

↑1年以上も割れないシャボン玉から、まったく新しい物質が生まれるかも

 

1年以上も割れない「シャボン玉」の泡を作り出したのは、フランスのリール大学の物理学者チーム。できるだけ長い間割れない気泡を作るために、この研究チームは「ガスマーブル」と呼ばれる種類の気泡について研究を行いました。ガスマーブルは、プラスチックビーズを含む液体溶液から作られた気泡で、プラスチックビーズが泡の表面に集まるため、手で持ったり床に転がしたりできるほど強度が高くなります。

 

今回の実験で研究チームは2種類のガスマーブルを用意し、どのくらい長持ちするかを検証しました。2種類のうち1つは水性のガスマーブル。もう1つは、水とグリセリンをもとにしたガスマーブルです。比較のために一般的なシャボン玉も作り、合計3つの泡を観察しました。

↑(左側の画像)左の列が一般的なシャボン玉。真ん中の列は水性のガスマーブル。右列が水とグリセロールを混ぜたガスマーブル。右の画像は、水とグリセロールを混ぜたガスマーブルを拡大したもの

 

すると、従来のシャボン玉は長くても1分ほどで破裂しましたが、水溶性ガスマーブルは6~60分ほど泡の状態をキープ。そして、最も長く持ったのが水とグリセロールのガスマーブルで、少なくとも101日間は持ち、最長で465日間も割れずにいたのです。

 

水とグリセロールを混ぜたガスマーブルが1年以上も割れずにいた理由は、グリセロールを加えたから。シャボン玉などの気泡がすぐに割れてしまうのは、重力によって気泡の上部の膜が薄くなったり、水分が蒸発したり、空気中に存在する非常に小さなホコリやチリが付着したりするから。しかし、グリセロールは水との親和性が高く、吸湿性があるため、大気中から水分を吸収して蒸発した水分を補うことが可能。しかも、ガスマーブルのプラスチックビーズが、気泡上部が重力によって薄くなるのを防いだのです。この2つの効果によって、ガスマーブルの寿命が驚くほど延びたのでした。

 

今回の研究によって、まったく新しい種類の物質を生み出すことができるかもしれない、と同研究チームは述べています。

 

【出典】Roux, A., Duchesne, A., & Baudoin. (2022). Everlasting bubbles and liquid films resisting drainage, evaporation, and nuclei-induced bursting. Physical Review Fluids, 7(1), L011601. https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevFluids.7.L011601

「みんなで行けば怖くない」は逆効果! 恐怖は伝染することがお化け屋敷で判明

怖がりの人は、お化け屋敷に一人で行きたがらず、友達と一緒に回るかもしれません。しかし、一緒にいる友達の数が多ければ多いほど恐怖は増すことが、先日発表された論文でわかりました。

↑恐怖は集団で増大する

 

人間は、自分の生存が危うくなるような脅威と直面したとき、瞳孔が開いたり、汗をかいたり、心拍数が急上昇したりします。動物は危機的な状況やストレスのかかる事態に遭遇すると、交感神経が反応し、本能的に闘争か逃走に向かいます。これは「闘争・逃走反応(Fight-or-flight response)」として知られていますが、恐怖や危険が人間の心身に影響を与えるメカニズムについては、まだ明らかにされていないことが多くあります。

 

最近では、カリフォルニア工科大学人間社会学科の研究チームが、お化け屋敷を使って、この仕組みについて調べました。大学の実験室では、怖い映像を見せたり大きな音を出したりして、被験者に恐怖を感じさせることができますが、このアプローチには限界があります。実験室で行われる実験では、被験者は1人か友達と一緒の2人で行われるのが一般的ですが、被験者の数をそれ以上に増やして、集団における生理反応について調べることは困難。そこで同研究チームは、実在するお化け屋敷で実験することにしたのです。

 

このお化け屋敷には17の部屋があり、156人の被験者は異なるグループにわかれて、およそ30分間お化け屋敷の中を回りました。被験者はリストバンドを装着し、汗や皮膚の電気反応をリアルタイムで測定。また、お化け屋敷に入る前に、予想される恐怖について10段階で評価してもらい、お化け屋敷を出た後にも、実際に体験した恐怖について評点してもらいました。

 

その結果、お化け屋敷に入る前に予想した恐怖より、体験した後の恐怖の点数が高かった人では、身体が恐怖に対してより頻繁に反応していることがわかりました。さらに、友達と一緒にお化け屋敷を回ると、身体の反応がより一層大きくなったほか、一緒に回る友達の数が増えれば増えるほど、身体の反応も大きくなっていたのです。

 

この結果について、同研究チームは恐怖の伝染が起きていると解釈。本人は特定の恐怖や驚きを感じなくても、身体は近くにいる友達の信号を拾い、恐怖に対する反応が大きくなってしまうようです。

 

お化け屋敷を嫌う人の中には「みんなで行けば怖くない」と思って、友達と一緒にチャレンジする人もいるでしょう。しかし今回の研究によって、それは逆効果であることがわかりました。できるだけ怖い思いをしたくなければ、1人で行くのが賢明な判断。逆に、お化け屋敷で恐怖やスリルをたっぷり味わいたい人は、集団で行くほうがいいようです。

 

【出典】Tashjian, S. M., Fedrigo, V., Molapour, T., Mobbs, D., & Camerer, C. F. (2022). Physiological Responses to a Haunted-House Threat Experience: Distinct Tonic and Phasic Effects. Psychological Science, 33(2), 236–248. https://doi.org/10.1177/09567976211032231

中国の大奮闘! 北京冬季オリンピックに見る「低炭素化」への取り組み

現在、中国の北京ではアスリートたちが熱戦を繰り広げていますが、ホスト国がこの祭典を舞台に挑んでいるのが環境問題です。2020年に同国は「2030年にカーボンピークアウト、2060年のカーボンニュートラルの実現に向けて努力する」と宣言しており、いわば今回のオリンピックは中国の低炭素社会実現の試金石。会場のあちこちでは、二酸化炭素の排出を抑えるために、さまざまな工夫が見られます。

↑「鳥の巣」は2022年冬季オリンピックのメイン会場として再利用されている

 

近年のオリンピック・パラリンピックは、環境に配慮することはもちろん、大会を通じて持続可能な社会づくりを推進する場となっています。2021年に開催された東京オリンピックは、環境負荷をできるだけ抑えるために既存施設を再利用しました。今回の北京オリンピックは「起向未来(Together for a Shared Future〔ともに未来へ〕)」というスローガンのもと、「低炭素エネルギー・低炭素会場・低炭素交通」の三本柱からなる「グリーン・オリンピック」の実現を目指しています。

 

「低炭素エネルギー」の利用については、東京オリンピックと同様に、北京の全会場でグリーンエネルギー(再生可能エネルギー)が採用。一方、「低炭素会場」に関しては東京オリンピックとやや異なります。東京オリンピックでは国立競技場が建て替えられたのに対して、北京オリンピックでは、2008年夏季大会のメイン会場「北京国家体育場(通称「鳥の巣」)」を再利用しています。この体育場は当時の建物を改装するとともに、建物の構造の周りに張り巡らされた発電ガラスは、ガラスでありながらソーラーパネルの役割も果たしています。

 

会場における低炭素化の取り組みの中で特に注目されているのは、二酸化炭素を利用した製氷技術。これは、二酸化炭素の排出を抑えると同時に、排出された二酸化炭素を冷却材として再利用することが特徴。この装置は大会の低炭素化に貢献するだけでなく、会場の氷上温度差を0.5℃以内にコントロールすることで、選手たちのパフォーマンスに良い効果を与えるように設計されています。

 

また、中国語で「水立方(ウォーターキューブ)」という愛称で親しまれている「国家遊泳中心(国家水泳センター)」は、改修工事によって「氷立方(アイスキューブ)」に生まれ変わり、カーリング種目の会場として再利用しています。この「変身」は、この施設にもともと備わっていたプールに、カーリングを行うための機能を加えただけなので、プールとしての機能は失われておらず、夏季にはプールに戻すことができます。

↑水から氷へ。水泳センターからカーリング種目の舞台に変身したアイスキューブ

 

水素燃料自動車が1000台以上

「低炭素交通」については、近年の中国では電気自動車が急速に普及していますが、冬季オリンピックではそれだけでなく、水素自動車も走っています。水素燃料車両の投入台数は1000台以上で、トヨタの車両が最も多くを占めていると報じられており、北京オリンピックにおける新エネルギー車の利用率は85%以上とのこと。

 

東京オリンピックと同様に、北京冬季オリンピックでも客席に観客の姿はほとんど見られませんが、中国の低炭素社会実現への取り組みには拍手を送るべきかもしれません。

 

執筆/加藤夕佳

満月はやっぱり危険?「サメの攻撃」が増えることが明らかに

満月は人類や動物に不思議な影響を与えますが、その力はサメにも及んでいるようです。最近の研究で、サメの攻撃頻度と月の満ち欠けに関係性があることが明らかにされました。

↑満月のときは、なぜかウズウズするぜ……

 

この満ち欠けとサメの攻撃の関係については、これまであまり研究されてきませんでした。しかし、フロリダ大学にあるフロリダ自然史博物館には、「インターナショナル・シャーク・アタック・ファイル(国際サメ攻撃ファイル)」と名付けられた記録があり、これには1960年から2015年までの56年間に世界で起きた、サメによる人間への攻撃の記録が保存されています。この豊富なデータをもとに、ルイジアナ州立大学とフロリダ大学の共同研究チームは、月の満ち欠けとの関連性を調査しました。

 

その結果、月の照度(明るさ)が高い時期はサメの攻撃が平均件数より多く発生し、逆に照度が低い時期は少なくなる傾向があることがわかりました。つまり、満月の日にピンポイントでサメの攻撃が増加するというわけではないですが、月が満ちている期間はサメの攻撃が多くなりやすいということです。

 

月が明るいときに攻撃が増える理由はわかっていません。しかし、サメの人間に対する攻撃は夜間ではなく、ほとんどが日中に起きているそう。したがって、月明かりの影響というよりは、地磁気や潮流など別の要素が影響している可能性があるのではないか、と同研究チームは見ています。

 

満月と暴力

満月の影響を受けている動物は、サメ以外にも報告されています。例えば、人間がライオンに襲われた回数と月の満ち欠けを調べた研究によると、満月の日から5日間はライオンが人を襲う傾向が高く、襲撃件数が増えていることが報告されています。

 

月の満ち欠けが動物に与える影響は明らかになっていないことが多くありますが、動物の暴力的な行動と満月の間には何かしらの関係がありそうです。海に出かけるときは、月の満ち欠けをチェックしておいたほうがいいかもしれません。

 

【出典】French LA, Midway SR, Evans DH and Burgess GH (2021) Shark Side of the Moon: Are Shark Attacks Related to Lunar Phase? Front. Mar. Sci. 8:745221. doi: 10.3389/fmars.2021.745221 

4000京個も!?「ブラックホール」は無数にあった

途方もなく高密度で強力な重力によって、あらゆる物質や光が逃げ出すことのできない「ブラックホール」。最近、このブラックホールが、私たちの想像を遥かに超えるほど大量に宇宙空間に存在することが明らかになりました。

↑ 「COSMOSフィールド」と呼ばれる銀河の画像。青い点は、高エネルギーのX線を放射する超巨大なブラックホールを含む銀河であるが、このようにブラックホールは無数にある(画像提供/NASA)

 

ブラックホールとは「中心部が光を吸収するほど超高密度、大重力になった天体」のこと(日本国語大辞典)。ブラックホールの謎の1つは、宇宙に一体いくつ存在するのか?宇宙にあるブラックホールを一つひとつ見つけ出して数えていくには、とてつもなく長い時間がかかり、天文学に携わる研究者の間では悩ましい問題の1つでした。

 

そこでイタリアの研究機関SISSAのチームが、この研究をスタート。ブラックホールは質量によって大きく3種類に分類されますが、同研究チームはその中で最も質量が小さい「恒星質量ブラックホール」に注目。それに関するデータなどを組み合わせながら、独自の新しい計算方法を生み出しました。

 

この計算方法でブラックホールの数を算出したところ、40,000,000,000,000,000,000個(4000京個。4のあとに「0」が19個並び、400億の10億倍の数)という、とんでもない数が導きだされたのです。想像すらできない量ですが、これだけの果てしない数のブラックホールが、現在観測できる宇宙(直径約900億光年の球体)に存在する可能性があるというのです。

 

さらに、この研究では、宇宙に存在する物質のおよそ1%が「恒星質量ブラックホール」に閉じ込められていることも示唆されました。

 

このブラックホールの数は理論上の推定値です。しかし、ブラックホールが途方もないほどたくさん存在し、その推定量が発表されたことには意義があるでしょう。

 

【出典】Sicilia, A., Lapi, A., et al. (2022). The Black Hole Mass Function Across Cosmic Times. I. Stellar Black Holes and Light Seed Distribution. The Astrophysical Journal, 924(2). https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac34fb

手術後の死亡確率が32%も高い! 実は危険かもしれない「男性外科医×女性患者」の組み合わせ

もし女性の患者が外科手術を受けるなら、男性の医師ではなく女性の医師にお願いしたほうがいい? そんなことを考えざるを得ない研究が、最近発表されました。性別の組み合わせで、外科手術の結果が異なるというのです。

↑ひょっとして危険な組み合わせ?

 

カナダのトロント大学医学部の研究者たちは、患者と外科医の性別の組み合わせにより、手術の結果に違いがあるのかどうかを調べました。対象としたのは、同国のオンタリオ州で過去12年間に耳鼻咽喉科、形成外科、泌尿器科などの外科手術を受けたおよそ132万人。

 

まず、医師と患者の性別を調べると、患者と医師の性別が同じケースは約60万件(男性外科医×男性患者は約51万件、女性外科医×女性患者は約9万件)あった一方、患者と医師の性別が異なるケースは約72万件(男性外科医×女性患者は約67万件、女性外科医×男性患者は約5万件)ありました。

 

その中で、外科手術後に合併症などを発症したケースの数は、全体の14.9%となる約19万件。そして、この“異変”が起きた確率を医師と患者の性別で調べてみると、「男性外科医×女性患者」の組み合わせが多かったのです。

 

女性外科医が同じ手術を女性患者に行った場合と比べてみると、合併症が起きる確率は16%、再入院の可能性は11%高まっていました。しかも手術後30日間に死亡する確率は32%に上っていたのです。

 

女性外科医を増やせ

今回の結果を受けて、調査を行った研究チームは「あくまでも集団レベルの結果であり、特定の男性外科医を否定するものではない」と慎重にコメントしています。性別の組み合わせと手術結果の因果関係はそれほど単純ではありません。実際には複雑な要因が絡んでおり、例えば、医師と患者のコミュニケーションや手術前後のケアなど、多面的な分析が必要。

 

ただ、今回の研究成果は、多様性の観点からも意義があります。研究対象となった医師は計2937人で、そのうち82%が男性医師、18%が女性医師でした。外科医の8割が男性で占められており、今回の研究結果は女性医師を増やすことの重要性も示しています。

 

性別による違いが手術結果に影響を及ぼすことはあってはならないことだけに、医学界はこの事実から目をそらさずに研究を続けることが大切だ、と本調査を行ったトロント大学の助教授は述べています。

 

【出典】Wallis CJD, Jerath A, Coburn N, et al. Association of Surgeon-Patient Sex Concordance With Postoperative Outcomes. JAMA Surg. Published online December 08, 2021. doi:10.1001/jamasurg.2021.6339 

17年間連続赤字も何のその。ひたすら「無添加石けん」を作り続ける揺るぎなき信念とは!?

健康にも環境にもやさしいサステナブルな商品を多くの人へ~シャボン玉石けん株式会社~

 

企業の社会貢献活動がまだ一般的ではなかった1974年から、人と環境にやさしい無添加石けんにこだわってきたシャボン玉石けん株式会社。先代社長・森田光德さんの実体験をきっかけに始めたものの業績は悪化し、その後17年間赤字だったそうですが、信念を貫き通してサステナブルな商品を作り続けてきました。

 

添加物を一切含まない“100%無添加”の意味

そもそも無添加石けんの定義とは何でしょうか。同社マーケティング部の川原礼子さんにうかがいました。

 

「モノや肌を洗う洗浄剤は、大きく分けて“石けん”と“合成洗剤”があります。汚れを落として綺麗にする役割は同じですが、原材料や製法、出来上がった成分がまったく異なります。石けんは約1万年前にできたと言われていて、天然素材をベースに作られています。一方の合成洗剤は石油や植物油脂を化学合成し、人の手を加えて最終的には自然界には存在しない成分で作ります。今は“無添加”と記載された化粧品や洗顔料などを目にする機会が増えたと思いますが、実は“無添加”の表示に関して法律上の明確な定義はなく、石けんはもちろん合成洗剤であっても、添加物が何か1種類でも入っていなければ“無添加”とうたえます。しかし弊社の場合は、石けん成分のみで添加物を一切含まないものを“無添加石けん”と定義づけています」

↑石けんの製造工程。シャボン玉石けんは、ケン化法という昔ながらの釜炊き製法で作られている

 

無添加石けんに切り替えて17年間赤字に

現在、洗浄剤の分野では合成洗剤が圧倒的なシェアを占めており、石けんというと固形石けんをイメージする人が大半かもしれません。しかし石けんといっても、ボディ用、洗顔用、洗濯用など用途別に、形状も固形だけでなく、液状タイプ、泡タイプ、粉タイプとさまざまです。

 

「無添加石けんを作り始めたきっかけは、原因不明の湿疹に長年悩まされていた先代社長・森田光德の実体験からでした。弊社は1910年に雑貨商として現在の北九州市若松区で創業。当時の若松は石炭の積出港として賑わっており、働く人々の体や衣類が石炭で汚れるため、石けんが飛ぶように売れていました。その後、1960年代の高度経済成長期には、いち早く合成洗剤の取り扱いを始め、売上も好調に推移していました。当時、国鉄(現JR)に機関車を洗うための合成洗剤も卸していたのですが、合成洗剤は機関車が錆びやすいということで、1971年に無添加の粉石けんの製造依頼が来たのです。先代社長自ら工場に泊まり込んで開発に関わり、約ひと月かけて試行錯誤の末ようやく無添加の粉石けんを完成させました。その試作品を自宅で使ってみたところ、長年悩まされていた湿疹が改善。試作品が無くなり、自社の合成洗剤に戻したら、再び湿疹が出て来たそうです。湿疹の原因が自社のドル箱である合成洗剤にあると気付いた森田は、『体に悪いとわかっている商品を売るわけにはいかない』と、1974年から無添加石けんの製造販売に切り替えたのです。

↑マーケティング部  川原礼子さん

 

当時、弊社の合成洗剤の売り上げは月商で約8000万円だったそうですが、無添加石けんに切り替えた翌月の月商は78万円。なんと、100分の1以下にまで売り上げが激減しました。事業転換に大反対していた社員たちは、この数字を森田に突き付けたものの、『78万円分の人たちがこの商品を欲しいと思って購入してくれた。必要としてくれている人たちがいるのだから、このまま無添加石けん一本で続ける』と言い放ったそうです。100人いた従業員はわずか5人に減り、赤字はその後17年間続きました。苦しい状況が続いたにも関わらず無添加を続けたのは、『体に悪いと思った商品を売るわけにはいかない』『安心、安全なものを求めるお客様のために』という先代の思いが強かったことと、お客様からの感謝の手紙が支えになっていたと聞いています」

 

生分解性が高く環境にやさしい

そんな中、転機となったのが1冊の本。出版社からの依頼を受けて1991年に森田さんが書いた『自然流「せっけん」読本』という書籍が大ヒットし、無添加石けんのよさが人々に知れわたるようになったそうです。90年代は、湾岸戦争による油まみれの水鳥の映像が世界中に衝撃を与えたり、『買ってはいけない』(1999年発行/渡辺雄二著)という書籍がベストセラーになったりするなど、環境や食品の安心・安全、化学物質に対する意識が高まった時期でもありました。そういった時代背景も追い風になったのでしょう。

 

「無添加石けんのよさが少しずつ知られるようになってからようやく黒字に転換しました。当初は、ご自身やご家族の健康のために無添加石けんを購入される方がほとんどでしたが、最近は、環境にも優しいという理由で選ばれる方も増えてきています。石けんは、排水して海や川に流れ出ても、短期間で大部分が水と二酸化炭素に生分解されます。石けんカスも、微生物や魚のエサになるので環境に優しい洗浄剤です。また、製品開発していた時期に先代社長が自宅で石けんを使用していたところ、排水溝にイトミミズなどの生物が戻ってきたという話も聞いています。

↑石けんは大部分が生分解され、エサにもなるので環境への影響が少ない

 

“無添加”と聞くと添加物が何も入っていない、安全、安心なイメージがあると思いますが、先に述べたように添加物が何も入っていないとは限らないので、期待していたものと手にした商品とで乖離があることは多いと思います。様々な化学物質による健康被害が取り沙汰されるようになってきた昨今、弊社の無添加石けんへの注目は一層高まっていると感じています」

 

できるところから健康と環境に配慮

苦境を乗り越え、多くの人に愛用されるようになった無添加石けん。真摯に事業を行ってきたのは、「健康な体ときれいな水を守る」という企業理念があるからだといいます。

 

「商品自体は人にも自然にも優しいという自負がありますが、商品を作るための原料や包装資材に関しての課題はまだあります。課題解決のために、例えば、パーム油の原料となるアブラヤシの伐採が、森林減少や生物多様性の喪失などの要因となることで問題視されていますが、弊社では、農園拡大の抑制に努めているマレーシアから取り寄せ、農園の視察も行っています。梱包資材に関しても、石けんは水回り品なのでプラスチックを使っていますが、リサイクルPETフィルムを採用していますし、粉せっけんのパッケージや計量スプーンは紙製品に切り替えています。また、ギフト用の箱には間伐材を活用。製造工程で出る甘水という廃材を、漆喰などの壁材に再利用しています。このように、できるところから持続可能なものづくりに取り組んでいます。

 

もちろん商品としてお客様に満足していただくことも大切です。原料となる油は種類によって洗浄力や泡立ち、しっとり感などの使用感が異なるので、用途や商品に合わせて原料の油の種類や配合比率を変えています」

↑看板商品である「シャボン玉浴用」。他にもさまざまな無添加石けんがある

 

事業活動そのものがSDGsに合致

同社の取り組みを見ていると、事業活動自体がSDGsの理念に合致していると感じます。そのあたりをどう考えているのでしょうか。

 

「無添加石けんの製造・販売・普及という事業活動そのものがSDGsの達成に貢献すると考えています。本業に加えて、元々商品の売上の一部を寄付するプロジェクトや生態保全活動、環境教育など様々な取り組みを行っていました。ですので、SDGsが登場したからといって、事業内容に大きな変化はありませんでした。強いて言うならば、自社の活動を整理するきっかけになったこと。昨年は創業111周年を迎え、次の100年に向けて人々の健康と地球環境、生物多様性を守り、持続可能な社会に貢献するための『サステナビリティ中期計画』を策定しました。5つのサステナビリティ重要課題と15の取り組みテーマを掲げ、具体的な2030年目標を制定したのです」

 

これまでの事業活動に加え、解決すべき課題を具体的に掲げ、SDGsの目標にもマッピング。今後は、『サステナビリティ中期計画』に沿って取り組んでいくそうです。

 

「これまで、石けんの新たな可能性についても取り組んできました。例えば、少量の水で消火ができ、環境への負荷が少ない『石けん系泡消火剤』の開発。また、2009年に設立した感染症対策センターでは、病原微生物と石けんの関係を研究しています。近年、香料をはじめとするさまざまな化学物質によって起こる健康被害である「香害」や「化学物質過敏症」が社会問題となっていますが、その社会的理解と認識を広めるための活動も展開してきました。こうしたこれまでの取り組みを含め、新たな活動も今後は展開していきます。そして何よりも、人にも環境にもやさしい無添加石けんを普及させることが持続可能な社会の実現に貢献すると考えているため、より一層、石けんのよさを知っていただけるよう、啓発活動を地道にやっていきたいと思います」

人生100年時代のはずが…。英米でコロナ禍前から「寿命」が低下

2021年12月、アメリカでは2020年の平均寿命が77歳となり、前年の78.8歳より1.8歳も短縮したことがわかりました。その大きな原因として新型コロナウイルスが挙げられていますが、実はアメリカ人の寿命はコロナ禍前から縮んでいたのです。この現象はイギリスでも起きており、調査が進められています。

 

地域間で大きく異なる寿命

↑誰もが100歳まで生きると思っていたのに……

 

イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンが2021年10月に発表した研究で、新型コロナウイルスのパンデミック前にあたる2014年から2019年の5年間で、寿命が短くなっている地域があることが判明しました。

 

同大学の研究チームは、2002年から2019年までの860万件以上におよぶイギリスの死亡記録から、死亡当時住んでいた地域を一件ずつ調査。そこから、6791か所の平均寿命の推移について調べていきました。

 

その結果、多くの地域で平均寿命が伸びているものの、一部の地域では平均寿命が短縮しており、近年その傾向が加速していることがわかったのです。2010年から2014年の間に平均寿命が低下したのは、全6791か所のうち、女性は351の地域、男性は1地域だけでした。しかし2014年から2019年にかけては、女性の場合、全体の18.7%にあたる1270地域で、男性は11.5%にあたる784地域で寿命が低下していたのです。2002年から2019年までの期間では平均寿命が約3年も短くなっていた地域もありました。

 

イギリスの統計局が発表するデータでも、コロナ禍を含む2018年から2020年までの3年間にかけて女性の平均寿命は横ばいですが、男性の平均寿命はパンデミックが原因で40年ぶりに減少しています。しかし、統計局のような一般的な平均寿命のデータが対象とするのは、人口が14万人ほどの広い地域。それに対して、インペリアル・カレッジ・ロンドンの調査は人口8000人ほどの小規模の地域ごとに追跡調査を行っています。その結果、パンデミック前から平均寿命が短くなっている地域があることがわかったわけです。

 

アメリカでも同じ現象が

この現象はアメリカでも起きています。1959年から2016年までは平均寿命が伸びていたのに、2014年から2016年にかけては3年連続で低下。平均寿命が伸びている州がある一方、ニューハンプシャー州、メイン州、ウエストバージニア州などでは平均寿命が短縮しているのです。そのような地域では薬物やアルコールの過剰摂取、自殺などが多く、所得格差や不安定な雇用などが、それらの根本的な原因ではないかと見られています。

 

イギリスでも平均寿命が低下する傾向がみられた地域では、失業者の多さや不安定な雇用、不十分な福祉支援などが見られ、それらが寿命を縮める原因になっているのではないかと考えられています。

 

100歳まで生きる確率は?

「人生100年時代」と言われるなか、先進国であるイギリスやアメリカでは、新型コロナウイルスとは関係なく平均寿命が短縮している地域がある。この事実を私たちはよく考えてみる必要があるでしょう。人生設計で自分が100歳まで生きることを想定しても、その前提が間違っているかもしれないからです。

 

人生100年時代でないとすると、自分は何歳まで生きられるのか? 一部地域で寿命が短くなっていることがわかったイギリスでは、簡単に自分の寿命がわかる「寿命計算機(Life expectancy calculator)」が注目を集めています。これは、イギリスの統計局が同国の平均寿命のデータをもとに作ったもので、自分の平均寿命を簡単に予測してくれます。

 

「Age」のところに自分の現在の年齢を入力し、「Sex」では「Male(男性)」または「Female(女性)」と性別を選び、「calculate your life expectancy(寿命を計算する)」のボタンをクリックするだけ。

 

35歳の男性と女性で試してみると、男性の場合、平均寿命は84歳で、6.5%の確率で100歳まで生きられるそう。女性の場合は平均寿命が88歳で、100歳まで生きられる可能性は10.4%。言い換えると、10人に1人が100歳まで生きるということです。

 

イギリスやアメリカで起きているこの現象は、世界的な長寿国として知られる日本でも起きる、あるいはもう起きているのでしょうか?

 

【主な出典】Rashid, T., Bennett, J. E., et al. (2021). Life expectancy and risk of death in 6791 communities in England from 2002 to 2019: high-resolution spatiotemporal analysis of civil registration data. The Lancet Public Health, 6(11), E805-E816. https://doi.org/10.1016/S2468-2667(21)00205-X

やはりそうか! ハーバード大の医師も勧めない「集中力を弱める」5種類の食べ物

夢や目標を実現するためには、それに向けて集中力を保つことが大事。そこで気をつけたいのが食事です。ハーバード大学医学大学院で栄養精神医学を教えるウマ・ナイドー医師が、2021年11月下旬に「集中力や記憶力を弱める5種類の食べ物・飲み物」というテーマの記事を米国メディア(※)に寄稿しているので、見てみましょう。

↑集中力は食事から

 

1: 砂糖が添加された物

脳細胞は、糖の一種であるグルコースをエネルギー源として活動していますが、糖分が多い食事は、脳にとって糖の過剰摂取となり、記憶力の低下につながります。特に気を付けたいのは、炭酸飲料などの飲み物やスイーツなど。製造過程でたくさんの糖が添加されているため、できるだけ摂取は控えたほうが良さそうです。

 

2: 揚げ物

脳の健康には揚げ物も大敵。約1万8000人を対象とした研究で、揚げ物を多く含む食事は、学習能力や記憶力の低下と関係性があることがわかっています。その原因として、脳に血液を送る血管が揚げ物によって損傷する可能性があるそう。

 

また別の研究では、揚げ物を多く食べる人はうつを発症する確率が高くなることもわかっています。揚げ物を週3日食べている人は週1日に減らすという具合に、揚げ物は控え目に摂取したほうが良いでしょう。

 

3: GI値の高い食べ物

「GI(グリセミック・インデックス)」とは、食べ物を食べたときに血糖値の上昇度を示す指標のこと。GI値が高い食べ物の代表例は炭水化物。ナイドー医師は、炭水化物を食べるなとは言っていませんが、その質と量に気をつけるべきだと忠告しています。例えば、精製された小麦粉を使って作られたパンやパスタなどは、スイーツのような甘味を感じなくても、体内では糖と同じように処理されるとか。GI値が低い食べ物には、緑黄色野菜や豆類、果物があり、質のいい炭水化物を摂取している人は、うつを発症する確率が30%低いという研究もあります。

 

4: アルコール

アルコールはストレス解消などのメリットがある一方で、飲み方によっては健康への懸念があることも事実です。フランス国立健康医学研究所が行ったアルコール摂取と認知症発症の関連についての調査で、アルコールの摂取量が多い人は認知症のリスクが高くなったことがわかりました。適度な飲酒なら、疲れを忘れて楽しい気分にさせるなどプラスの効果がありますが、飲みすぎは脳にとっても良くありません。

 

5: 硝酸塩を含んだ食べ物

硝酸塩とは、ハム、ソーセージ、ベーコンなどの加工肉に使われる発色剤。この硝酸塩が腸内細菌を変化させ、うつに関係している可能性が示唆されています。硝酸塩のひとつである亜硝酸ナトリウムは、発がん性物質の生成に関与していると言われており、できるだけ避けるべきとナイドー医師は述べています。

 

ナイドー医師のアドバイスは新しい説というわけではなく、普段から食べ物や栄養に気を遣っている人は「やっぱりそうだったか」と感じるかもしれませんが、大事なのは実践すること。最近では「マインドフルな食事」を提唱する人もいますが、人によってはマインドフルネスを取り入れると、上記の食べ物や飲み物を控えやすくなるかもしれません。

 

※ Naidoo, U. (2021, November 28). A Harvard nutritionist and brain expert says she avoids these 5 foods that ‘weaken memory and focus’. CNBC. https://www.cnbc.com/2021/11/28/a-harvard-nutritionist-and-brain-expert-avoids-these-5-foods-that-weaken-memory-and-focus.html

 

 

イチゴが1週間も鮮度を保つ! 袋の繊維から抗菌剤を放出する「食品保存バッグ」が誕生

フードロスやプラスチックの削減に挑む現代。そのどちらにも関わる課題が、食べ物の保存です。最近では、シンガポールの南洋理工大学でスマートな食品保存袋が開発されました。従来の製品と比べて、食べ物の保存期間を数日程度のばすことができるそう。どのようなものなのでしょうか?

↑新開発された食品保存袋(画像提供/南洋理工大学)

 

南洋理工大学は、アメリカのハーバード大学と共同で、食べ物の廃棄を減らすための方法の一つとして、新しい食品保存袋を開発しました。この研究の共同ディレクターを務めるハーバード大学のフィリップ・デモクリトウ教授は、「食べ物の安全性や廃棄は、公衆衛生や経済に大きな影響を与える」と指摘しており、このような考えのもと、本研究では、デンプンやトウモロコシのタンパク質「ゼイン」を含む天然由来の原料をもとにした素材を新開発しました。

 

そこに注入されるのは、ハーブのタイムから抽出したオイルや柑橘類に含まれるクエン酸などをベースにした抗菌剤。この抗菌剤が、食品保存袋内部の湿度の上昇や、食材・パッケージの表面に存在する細菌に反応すると、袋の繊維から放出され、食材を腐敗させる原因となる大腸菌などの菌類を殺菌する仕組みになっています。

 

イチゴを使った実験では、従来のプラスチック容器は4日間しか鮮度を保てなかったのに対して、新開発の食品保存袋に入れたイチゴは7日間も鮮度を保つことができました。しかも、抗菌剤は天然成分を使用しており、化学物質の使用は最小限にとどめられているため、袋の中の食材を安心して口にすることができるとのことです。

 

もちろん生分解性

環境にやさしいことも、この食品保存袋の大事な特徴。従来の食品保存袋の多くはプラスチックで作られているのに対して、新開発の食品保存袋は生分解性を持つため、万が一廃棄されても、微生物などの力によって自然にかえっていきます。世界的な脱プラスチック運動が起きているなか、食べ物の保存期間が長くなるうえ生分解性を持つ新しい食品保存袋は大きな需要を生みそうです。

 

この研究チームは、いずれ農産物の保存期間を現在の2倍にまでのばしたいと、さらなる改善に意欲を見せています。

 

【出典】Aytac, Z., Demokritou.P., et al. (2021). Enzyme- and Relative Humidity-Responsive Antimicrobial Fibers for Active Food Packaging. ACS Applied Materials & Interfaces, 13(42), 50298-50308. https://doi.org/10.1021/acsami.1c12319

平均89語! 犬の「ボキャブラリー」は1歳児並みだった

犬は人間の言葉をどれくらい認識できるのか? 長い間、世界中の科学者がこの問題に取り組んできました。しかし、従来の研究は体系的な手法で行われていなかったそう。そこで最近、カナダの大学がこれまでにない方法で犬のボキャブラリーに関する研究を行い、新たな知見を獲得しました。

↑旦那さまの言うことはよくわかるワン

 

カナダにあるダルハウジー大学の心理・神経科学部のソフィー・ジャック准教授と共同研究者のキャサリン・リーブ博士は、犬が必ず反応する人間(飼い主)の言葉がどれくらいあるのかを調べるために、先行研究を調査しました。ところが、先行研究には体系的な手法が存在していないことが判明。

 

そこで二人は、幼児心理学の手法を援用することにしました。ジャック准教授は幼児心理学を研究している一方、リーブ博士は幼児の発達を調べています。幼児は親が言ったことを理解したとき、しゃべる前に非言語的な「サイン」(表情や視線、しぐさ)をよく送ります。親はそのような子どもの反応に敏感ですが、ここから二人は研究手法の着想を得ました。

 

ジャック准教授とリーブ博士は、子どもの幼児期の言語形成や言語理解度を評価するための、親向けのチェックリストをモデルにした無記名の調査票を作り、ソーシャルメディアで実験の参加者を募集。さまざまな年齢や種類の犬が165頭の飼い主が集まりました。参加してくれた飼い主に172の単語のリスト(すべて英語)を渡し、自分の犬がどの言葉に一貫して反応するか試してもらい、犬がどの言葉を理解しているかを調べたのです。

 

その結果、被験者である犬が反応した語や語句の数は、最も少なくて15語、最も多くて215語でした。平均すると89語ですが、犬が反応を示した言葉には、例えば以下のような単語があります。

 

・犬自身の名前

・come (おいで)

・wait(待て)

・sit(座れ)

・leave it(そのまま)

・no(ダメ)

・OK

 

予想通りの結果かもしれませんが、日本語で「お座り」「待て」のような、指示を出す言葉と、犬自身の名前は大半の犬が理解していました。

 

また犬種によって反応する言葉の数に違いがあり、チワワのような小型犬と、牧羊犬としてよく飼われるボーダーコリー、ジャーマンシェパードは、反応する言葉が多く、平均で120語を理解したこともわかりました。なんらかの仕事を任されている犬は、人間の指示を的確に理解して動かなければならないため、より多くの単語を理解しているのでしょう。

 

人間の1歳児と同等?

今回の研究で、犬の受容語彙(話を聞いて理解できる単語)は1歳児と同程度である可能性が示唆されています。ただ、犬と幼児では相違点があり、犬は行動に関する言葉によく反応するのに対し、幼児はモノや人の名前に多く反応する傾向が見られるそう。

 

体系的な手法が導入されたことで、犬の語彙に関する研究は、新しい段階に入ったのかもしれません。今回の手法は幼児のコミュニケーション研究や犬の訓練にも活用できると期待されています。

 

【出典】Reeve, C., & Sophie Jacques, S. (2022). Responses to spoken words by domestic dogs: A new instrument for use with dog owners, Applied Animal Behaviour Science, 246.(105513), https://doi.org/10.1016/j.applanim.2021.105513.

ビッグデータで検証! 最も健康的な「入眠時刻」は何時?

健康と睡眠は密接に関係しています。一般的に「夜は早めに寝たほうが身体に良い」と言われていますが、この説は必ずしも客観的な方法で検証されたわけではありません。しかし最近、イギリスでは加速度計を利用した、より科学的な睡眠時間に関する調査が行われました。

↑何時に寝るのが一番良い?

 

睡眠に関する研究の中には、心臓発作や心筋梗塞、脳卒中といった心血管疾患のリスクと睡眠の間に関連性があると報告しているものがあります。しかし、このような調査では、対象者の記憶を頼りにして睡眠時間を把握することが多く、このような主観的な方法が問題となっていました。

 

そこで、イギリスのヘルスケアテクノロジー企業・Humaの研究チームは、睡眠と心疾患リスクの関連性について、より客観的に調査するため、加速度計(一定の時間内における速度の変化の割合を測定する器械で、スマートフォンなどのデバイスに応用されている)を利用して睡眠時間を測定する調査を実施することにしました。

 

イギリスには、50万人ほどのイギリス人の遺伝子および健康に関する情報を含めた生物医科学の巨大なデータベース、UKバイオバンクがありますが、Humaの研究チームは「UKバイオバンク」が保持する10万人以上のデータを利用。ここから、質の低いデータやプロフィール情報が不足しているものなどを除外し、合計8万8026人のデータから7日間の入眠時刻と起床時刻を導き出しました。このうちの約3.6%にあたる3172人が心臓発作、脳卒中などの心血管系の疾患を発症したことがあります。

 

また、同研究チームは、喫煙状況、糖尿病、高コレステロールなどの要因についても調査を行い、入眠時刻と心疾患系の病気との関連性について解析しました。

 

これらのデータを解析した結果、入眠時刻が午後10時から11時の間の人は心疾患の発症リスクが最も低いことが判明。午後10時から11時に寝た人と比べると、入眠時刻が午後10時前の人は24%、午前0時以降の人は25%も心疾患の発症リスクが上がっていることが明らかになりました。しかも、この傾向は男性より女性のほうが顕著だったのです。

 

早ければ早いほど良いものでもない?

正確な入眠時刻と起床時刻をもとにした今回の解析で、心臓病関連の病気には、入眠のタイミングが重要になることがわかりました。人間は約25時間の周期で睡眠と起床を繰り返していると言われており、このサイクルは「概日リズム」や「概日時計」と呼ばれています。この概日リズムは、私たちが考えている以上に健康全般に大きな影響を及ぼしている可能性がある模様。この結果を発表した研究者は、「私たちは昼間に生きる動物で、夜には生きられないように進化してきた」と指摘しています。

 

女性のほうが入眠時刻と心疾患の発症リスクに大きな関連性があるのは、更年期のホルモンの影響や、男女間で内分泌系に違いがあることと関係しているそう。

 

規則正しい生活が健康の基本と言われていますが、午後10時から11時の間に眠りにつくことが一番健康的なのかもしれません。

 

【出典】Shahram Nikbakhtian, Angus B Reed, Bernard Dillon Obika, Davide Morelli, Adam C Cunningham, Mert Aral, David Plans, Accelerometer-derived sleep onset timing and cardiovascular disease incidence: a UK Biobank cohort study, European Heart Journal – Digital Health, Volume 2, Issue 4, December 2021, Pages 658–666, https://doi.org/10.1093/ehjdh/ztab088 

半端なくリアル! 進化を続ける「人型ロボット」

科学技術の進化とともに、より人間らしくなっている人型ロボット。最近では、イギリス製の最新人型ロボットの動画がYouTubeで公開され、大きな話題になっています。

↑この男性は人間? それともロボット?( 画像提供/Engineered Arts)

 

動画とはいえ、目が合うとドキッとするほどリアル

先日、人型ロボットの開発を行うイギリスのEngineered Arts社が、「Mesmer(メスマー)」と名付けられた頭部だけの人型ロボットの動画をYouTubeに公開しました(以下の動画)。眠そうにあくびをする仕草をみせたり、視線をそらしたり笑ったりする表情は、ロボットとは思えないほど自然。頬や目のまわりの筋肉の動きと、皮膚にできるシワなどが、とても人間らしく、動画を見た人から「すばらしい!」「あくびしたときの鼻のしわがリアル」「人工の声帯と舌をつけたら、さらに完璧になりそう」などのコメントが寄せられています。

 

これだけリアリティあふれるロボットの開発を進められる理由は、どうやら本物の人間の表情を徹底的に調べて、それをもとに設計しているからでしょう。同社では、3Dモデルや3DCGをつくる際などに使われる「フォトグラメトリー」を活用。フォトグラメトリーとは、36台のカメラで取り囲むように設置された中央に人が座り、顔の動きを異なる角度から同時に撮影し、その動きを3Dモデルで再現するものです。メスマーは、この3Dスキャンのデータをもとに設計・成形し、最後にシリコンでできた皮膚に、手作業で髪の毛などの細部の塗料を手作業で塗って作られているそう。そのため、人間の骨格や表情などのリアルさが増しているそうです。

 

不自然な動きは過去のもの

↑世界が注目するアメカ(画像提供/Engineered Arts)

 

さらに同社は、メスマーと同時期に“最先端なロボット”として「Ameca(アメカ)」もYouTubeで公開しました。こちらは、現在ラスベガスで開催中の世界最大級の電子機器の展示会、CES2022(2022年1月5日〜8日)で披露されていることもあり、世界的に注目されています。

 

アメカは、頭部だけでなく上半身・下半身も備えたAI搭載型ロボット。動画では肩をまわしたり、手のひらを見つめたりする動きを見せており、どの動作もとてもなめらか。さらに、驚きや戸惑いなどの表情もリアリティあふれるものになっています。

 

まさに“ロボットダンス”のように、カクカクとした不自然な動きをするロボットは、もう昔の話。身体の動きも顔の表情も、本物の人間に限りなく近いロボットの開発は、私たちが考えている以上に進んでいるようです。

大注目は「ポテトミルク」! 2022年のサステナビリティ予測

コロナ禍でライフスタイルや価値観が変化するなか、2021年は世界各国でサステナビリティに対する取り組みが加速しました。2022年もその動きは活発化すると思われますが、具体的にはどのような動きが見られるようになるでしょうか? 英国・米国・ロシアにおける事例を取り上げながら、「フードロス」「ヴィーガン食&サステナブル食」「脱プラ・脱ゴミ」をテーマに世界のサステナビリティトレンドを予測してみます。

 

ロックダウンで発展する「フードロス」

↑「食べ物は粗末にしない」が常識

 

2021年秋に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたばかりの英国では、官民挙げてフードロス削減活動が盛んです。同国政府は、すでに禁止されているプラスチック製の使い捨てストローなどに加え、ナイフやフォーク、プレートなども禁止する計画を11月に発表しました。

 

民間ではフードシェア・アプリの利用が広がり、最近はスーパーや飲食店の余剰食品を慈善団体や一般市民に無料配布する「オリオ」が人気です。スーパー最大手「テスコ」 やカフェチェーン「プレタマンジェ」と提携したこともあって急速に普及しました。

 

出品する店舗と食品を受け取る人をマッチングさせるほか、家庭で食べきれない食品を個人同士でシェアすることも可能。フードロスの解決だけでなく、ロックダウン(都市封鎖)で地域の助け合い意識が高まったことも拡大要因と思われます。このアプリには、ユーザーが環境保護にどの程度貢献できたかを知ることができるコンテンツも備わっています。

 

一方、米国の「スフィット・マーケット」は、いびつな形や不ぞろいなどの理由で市場に出荷できないオーガニック農産物を農家から引き取り、ネットを通じて契約者に約40%割引で提供しています。毎週または隔週、自宅に届くサブスクリプション形式で、量は家族の人数に合わせて選べ、量の変更や追加注文も可能です。

 

本来は廃棄される野菜を流通させることでフードロス問題を解消できるうえ、「オーガニック野菜は欲しいものの、高価で買い控えてしまう」という消費者にもメリットを提供できます。量や届く回数も調整可能なため、家庭でのフードロス防止にもつながると言えるでしょう。

 

フードロスを減らす動きはロシアでも見られ、この国ではレシピに必要な量を測った食材の宅配ミールキットサービス「ウージンドーマ」が人気です。レシピで使う肉や魚、スープ、シーフードなどが冷凍パッケージ化され、レストランのようなメニューをわずか30分程度で作ることができます。

 

家族の人数に合わせて量をきちんと測ってあるので、食材が余ったり、使いきれずに廃棄したりという心配がありません。また、配達に適さない規格外の野菜はその都度、孤児院などの慈善団体へ寄付され、その様子もSNSで配信されています。

 

ポテトミルクを生み出したヴィーガン料理

↑世界的なヒットになりそうなポテトミルク

 

以前から欧米では環境への悪影響が少ない植物性ミルクが注目されていましたが、最近の英国では、植物由来にありがちな水っぽさやクセがないポテトミルク「DUG」の人気が急上昇しています。多数の地元メディアが報じているように、2022年にはポテトミルクがビッグトレンドになるかもしれません。

 

原料となるジャガイモは牛乳と違ってアレルゲンの心配がなく、少ない水で育つために持続的に栽培することができるうえ、環境ガス排出量もほかの植物性ミルクより少ないとのこと。牛乳に匹敵する量のカルシウムを含み、食物繊維やカリウム、ビタミンCなども豊富です。

 

ロシアでもヴィーガン食は人気で、モスクワ市内だけで専門レストランが20店舗近くあり、年々増加中。ほとんどのカフェやレストラン、屋台などで肉なしボルシチなどのメニューがあり、コロナ禍でヴィーガン料理のデリバリーも活発化しました。宅配食材キットやスーパーの商品にも多くのヴィーガンメニューが取り入れられています。

 

最近は「ヴィーガン料理のほうがおいしいうえ、オリジナリティがある」という理由で、流行に敏感なモスクワっ子たちの間ではヴィーガンがファッションの一つとして定着しつつあるようです。

 

もはや「脱プラ・脱ゴミ」は常識

↑「ゼロウェイスト(ZERO WASTE)」は世界の合言葉

 

世界中で脱プラが進むなか、大手生活用品メーカーのユニリーバは2020年から、英国のサステナビリティストアで商品のリフィル(詰め替え用品)運用試験を開始。洗剤やバス用品などを再利用が可能なステンレス鋼ボトルに入れて販売しています。

 

これは消費者がボトルを購入し何度も補充できるシステムで、パッケージのQRコードを使うことでボトルのライフサイクルや使用回数を追跡することが可能。2025年までに非再生プラスチック使用量を半減し、販売量よりも多くのプラスチックパッケージを回収・再生することを目指します。

 

米国スタートアップ企業のネクスタイルズは、ミシガン州の自動車産業やアパレル産業で排出される繊維くずを原料としたリサイクル建築用断熱材「エコブロウ」を2020年に開発しました。無害なグリーンコーティングで処理するなど耐熱性や難燃性などの高性能を有しており、再生素材として繊維廃棄物の削減につながっています。

 

現在は古着やファブリックなど、企業の繊維廃棄物をピックアップするサービスも展開中。資源再生に向けた持続可能なソリューションを提供しています。

 

ロシアでは、サステナビリティを強く意識した商品が市民権を得る動きが見え始めました。2018年オープンの「ゼロウェイスト・ショップ」は店名どおり、廃棄物ゼロ活動を軸としています。店頭にはゴミを極力減らす商品が並び、若い世代のモスクワっ子に人気です。

 

持参容器に商品を入れる購入方法もあり、豆腐をタッパーで持ち帰ることも可能。地産地消に力を入れ、小さなベンチャー企業の商品でも「ゼロウェイスト意識」が高ければ、積極的に店頭に並べられます。例えば、食器洗い用スポンジに代わり、日本でも馴染深いヘチマが売られていますよ。

 

店頭にはアドバイザーがいて、ゴミを削減するための効率的な工夫や取り組みを教えてくれるなど、小さな学校のような役割も果たしているそう。SNSを使い、ゼロウェイストやサステナビリティを意識した生活のコツなども配信しています。

 

海外ではサステナビリティ関連の商品やサービスが驚くほど速く進化しており、日常生活では当たり前の存在になりました。若い世代を中心に今後はサステナブル意識がさらに高まり、消費行動に大きな影響を与えると見られます。サステナブル“革命”はまだまだ続くでしょう。

人生最高の贅沢をしてやる! アメリカ人が示す2022年の「旅行」トレンド

長いこと自粛モードが続き、「もう旅に出たくて仕方がない」と思う人が世界中にたくさんいます。新型コロナウイルスによって、さまざまな価値観が変わりつつあるなか、どんな旅のスタイルが生み出されているのでしょうか?

 

旅行予約サイトのエクスペディアが、12か国の1万2000人の旅行者(今後18か月以内に国内外で旅行を検討している成人)を対象に調査を行い、2022年の旅行スタイルの動向を発表しました。このレポートからアメリカ人の「旅のカタチ」を5つに分けて紹介しましょう。

↑これまでの人生で最高の旅がしたい

 

1: 国内旅行が主流

新型コロナウイルスの規制や入国制限などを考えると、国内旅行を楽しむというのが第一の選択肢になりそうです。これはアメリカの旅行者の間でも同様の傾向が見られ、アメリカの回答者の59%が「2022年の旅行は、国内旅行のみを計画している」と回答。しかし、国内だけでなく海外に行きたいと考える人も少ないわけではなく、37%は「国内旅行と海外旅行の両方を計画している」と答えています。

 

ちなみに、筆者が暮らすハワイはアメリカ人の間で人気の旅行先。2021年夏には、コロナ禍を忘れるほど、アメリカ本土から多くの観光客がハワイを訪れ、すでに街には賑わいが戻ってきています。

 

2: 柔軟さが鍵

新型コロナウイルスの影響で、各種の規制が突然厳しくなったり新しいルールができたりすることが考えられます。そのため綿密な旅行プランを立てても、計画通りに行かないことだってあり得るでしょう。今回のエクスペディアの調査でも、26%の人が「柔軟に流れに身を任せる」と回答しています。旅のプランが変わっても、それを受け入れてその中で旅行を楽しむ柔軟性が必要かもしれません。

 

3: より贅沢に

パンデミックが始まってからおよそ2年。自由に旅することも、離れて暮らす家族や友だちともなかなか会えず、十分な余暇を楽しめなかったと感じる人も多いでしょう。そのため、自分へのご褒美にお金をかけたいこととして旅行が筆頭にあがっている模様。旅行でお金をかける方法として、「贅沢な体験をする(15%)」「客室やフライトをアップグレードする(16%)」「憧れの土地を訪れる(32%)」などが挙がっています。そして、旅にお金をかけたいと考える人は、特に18~34歳に多くみられる傾向があります。

 

4: 未知の体験に没入

その一方、2022年は、未知の分野の体験を求める旅のスタイルも人気が出そうです。「食べたことのない料理にトライする(40%)」「郷土料理を試す(31%)」「人里離れた旅先を探す(23%)」というように、普段の生活では体験できないことを求める人が増えている模様。旅は、定番の観光地をまわるのではなく、自分が日々暮らしている世界や文化とまったく異なる空間に「没入する」スタイルに変わってきているのかもしれません。

 

5: スマホからマインドフルな旅へ

美しい景色を写真にとってSNSにアップしたり、現地からリアルな感想を家族や友人に届けたり。スマホを大いに活用するのが、これまでの旅のスタイルでした。でも多くの人は「何もせずにリラックスしたい」と考えているようで、回答者の24%が「デバイスを使う時間を減らして、マインドフルな時間を過ごしたい」と答えています。日常生活にスマホが欠かせないからこそ、旅行中はあえてスマホから離れる時間を作ることが大切になっていくのかもしれません。

↑ハワイのマウイ島は2022年の旅行先候補として一番人気

 

エクスペディアでは今回の調査結果をまとめて、「後悔しない旅」を計画していると分析。これを「Greatest of All Trips(GOAT)=人生最高の旅」と名付けています。決まりきった観光地をめぐるスタンダードな旅から、より個々の好みに沿った旅にシフトしているのは、アメリカだけでなく日本でも共通する傾向と見られています。私たちも「2022年に旅に出るなら、どこに行ってどんなことをしたいか?」を、そろそろ検討してもいいかもしれませんね。

2021年にわかった「動物・生き物」の新事実5選

私たちの身近にいる動物や生き物には、まだまだわからないことが多くあり、日夜、世界中で研究が行われています。そこで本稿では、この1年間に紹介した動物や生き物に関する新たな発見について振り返ってみましょう。

↑ライオンはあくびをして、キリンは紳士的……。動物や生き物の世界には、まだまだ謎が多い

 

1: 豚も「テレビゲーム」で遊べる

高度な頭脳を持つことで知られるチンパンジーは、テレビゲームで遊べることが知られていましたが、豚もテレビゲームをプレーすることがわかったのです。

 

米国・パデュー大学の研究チームが行った実験で、4頭の豚は鼻でレバーを前後左右に傾けて画面上のカーソルを動かし、3つある壁(太くて青い線)のどれかにカーソルをぶつけて餌をもらうゲームを行いました。最初に、模造品などを使って豚にこのゲームについて訓練させてから実験に挑んだところ、4頭すべてがゲームを行うことができたのです。人間やチンパンジーは親指を持つことから、親指は知能に大きな関わりがあると見られていたのですが、豚のように親指のない動物がこのように遊ぶことができたというのは、驚くべき発見だったそうです。

 

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豚も「テレビゲーム」で遊べることが判明!! 一体どうやって??

 

2: 海中に漂う「謎の塊」

ノルウェー近海や地中海で1985年頃から報告が相次いであったのが、水深60〜70mの海の中を浮遊する、直径1mほどのゼラチン状の丸い塊。長いこと、これが何なのかわからずにいたのです。そこで、ノルウェー、アイルランドなどの共同研究チームが調査に乗り出し、市民ダイバーにこの塊と遭遇したらサンプルを取るように呼びかけました。そのようにして収集されたサンプルをDNA解析したところ、イカの胎児が含まれていることが判明。

 

しかも、ダイバーたちの目撃情報を考えると、1つの塊には何十万という胎児が含まれており、十分に成長すると塊が破裂して、イカの赤ちゃんが海中に放出されると考えられるそう。あなたも、どこかの海でダイビングしていたら、こんな不思議な物体に出合う可能性だってゼロではないかもしれません。

 

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これぞ市民科学の力! 海中に漂う「謎の塊」の正体がついに判明

 

3: キリンの「フェアプレー精神」

キリン同士の戦いは、長い首を大きく振って相手に強くぶつけ合うもので、かなり狂暴な印象を与えます。その中に、主に若いオス同士が行う「スパーリング」と呼ばれる行為がありますが、これが真剣勝負で行われているのか、または練習や遊びなのか、はっきり区別されていませんでした。そこで、英国・マンチェスター大学の研究チームが南アフリカで約半年間にわたりキリンを観察した結果、スパーリングには「体格や年齢が近い相手と行うこと」「右利き・左利きを考慮すること」「相手にケガをさせないこと」という3つの特徴があることが判明。この研究チームは、スパーリングは練習や遊びに近いものだと結論づけたのですが、キリンはフェアプレー精神を持ち、実に紳士的な動物だったのです。

 

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実に紳士的! キリンが「フェアプレー精神」を持っていることが判明

 

4: タコが「とても嫌うもの」

食材としても身近なタコ。でもタコの身体機能や感覚については、まだあまり知られていませんが、GetNavi webでは2021年にタコにまつわる2つの研究結果を取り上げました。1つは、タコは痛みを感じ、それを嫌がるということ。タコは、ほかの無脊椎動物よりはるかに多い5億個もの神経細胞を持ってり、痛みを感じる可能性があると考えられたのです。また、タコは足だけで光を感じ、強い光をあてられると足を引っ込める行動を示すこともわかりました。足先まで敏感に反応するタコは、私たちが考えているより、ずっと面白い生物なのかもしれません。

 

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意外と研究が進んでいなかったタコが「とても嫌うもの」が2つ判明

 

5: ライオンの「あくび」

他人のあくびを見ると、自分もあくびしたくなることがありますが、人間と同じように、ライオンの社会でもあくびは伝染し、重要な意味を伝えているようです。イタリア・ピサ大学の研究チームが、19頭のライオンを4か月にわたり観察したところ、1頭のライオンがあくびをすると、同じ群れの別のライオンが約139倍の確率で3分以内にあくびをすることを発見。しかも、あくびが伝染したライオンには、立ち上がったり横になったりする行動まで移っていたのです。この研究チームは、あくびの伝染のような同調行動によって、心理的距離を縮め絆が強くなっている効果があると推測。人間と動物にとって、あくびは重要なコミュニケーションなのかもしれません。

 

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今日では、さまざまな最先端テクノロジーを活用しながら、動物や生き物に関する調査が行われています。それにより、従来では方法論などに限界があった研究が進み、新しい事実が明らかにされるかもしれません。2022年もこの分野の研究から目が離せません。

 

 

日常生活に浸透! 2021年「サステナビリティ」記事まとめ

サステナビリティ(またはSDGs)は時代のキーワードとして世界中に広がり、コロナ禍においても各国で積極的な取り組みが見られます。2021年にこの分野で起きたことを、買い物・モビリティ・食品・金融に分けて振り返ってみましょう。

↑この一年間でさらに進んだ世界のサステナブル化

 

【買い物】ブラックフライデーのサステナブル化

欧米では、11月末のブラックフライデーやサイバーマンデーにクリスマス向けの買い物をする人たちが大勢いますが、2021年のこの時期、英国では例年と少し違う動きが見られました。ある調査によれば、消費者の約7割がサステナビリティや気候変動への取り組みを意識した商品に注目しているとのことで、特に若い世代の間でこの意識が高まっています。同国が2021年秋に国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催国となったことも、サステナビリティの広がりに一役買った模様。

 

どの店舗もいつもはこの時期に大々的な割引で大量消費を促しますが、2021年は英国の独立系小売店が集結。ブラックフライデー割引は実施しない代わりに、当日の売り上げの一部を慈善団体に寄付して植樹を行うという「グリーンフライデー」活動のニュースも報じられました。

 

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クリスマスにも影響!? 英国で起きる「ブラックフライデー」のサステナブル化

 

また、英国ではクリスマスプレゼントもサステナブル商品が人気を集め、食品からファッションまで幅広い分野で持続可能性を意識した商品が取り揃えられました。使用済みのガラスをリサイクルして作られたワイングラス、くり返し使える蜜蝋ラップ、自然に優しいコスメなどが注目を集めています。再生紙を利用したラッピングペーパーも増えていて、ギフト包装にリサイクル素材を採用した高級ジュエリーブランドが現地メディアでも取り上げられていました。

 

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【モビリティ】気候変動の影響が生み出す新たな商品

 欧米の比較的教育レベルが高い40代以下の層では、環境への影響が少ない生活スタイルを好む傾向があります。また、ここ数年、リチウム電池の小型化といったテクノロジーが進化していることもあり、ドイツでは「eバイク(電気自転車)」の人気が上昇。専用レーンの整備が進み、購入に補助金を出している自治体もあるほどです。

 

なかでも注目を集めているのが、スタートアップ企業が作るハイテクな「スマートeバイク」。各社が販売するスマートeバイクは外観がスタイリッシュというだけでなく、それぞれ違いはあるものの、機能性が高いことが特徴です。後輪の小さなボタンを蹴ればロックが完了するという、鍵いらずの施錠システムや、取り外しができるバッテリー、盗難防止用のアラームや追跡システムの完備など、利便性や安全性を備えた機能が搭載されています。さらに専用アプリを使えば、アシストの強弱、自動ギアシフト、スピード上限などが設定できるのに加え、走行距離や経路、時間、速度の自動記録、バッテリー残量などの確認もスマートフォンといったデバイスで可能に。

 

コロナ収束後もeバイクの人気は加速していくでしょう。既存自転車メーカーもスタートアップに負けまいと市場に乗り出しており、欧州はまさにeバイク戦国時代といった様相を呈しています。

 

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【食品】地産地消の促進と食品ロスを解決する代替肉

タイには「キンジェー」と呼ばれる菜食週間が存在しますが、最近、同国の首都・バンコクでトレンドになっているのがプラントベースフードです。これは植物由来の材料を使用した食べ物のことで、動物性の原材料をすべて排除するヴィーガンと異なり、あくまでも植物由来のものをできる限り摂取するという考え方に基づいています。

 

健康志向も追い風となり、肉の代替品となるプラントベースミートの人気は特に上昇中。原材料は大豆・米・ココナッツ・ビーツなどですが、なかでも繊維質の食感が米国南部の郷土料理「プルドポーク」に例えられる果物の「ジャックフルーツ」は、どんな調味料も吸収するため、消費者に人気のある代替肉の1つ。農園ではなく道端の植物として栽培されることが多く、これまではあまり食用として利用される機会はなかったのですが、現在はプラントベースミートとして加工や流通が拡大しました。地産地消を促進させるのに加え、食品ロスを減らすという観点からも注目されています。

 

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ブームを支える「道ばたの植物」ーー急速に広がるタイの「プラントベースフード」事情

 

【金融】若い世代で主流化する「グリーン・フィンテック」

英国では、デジタル・ネイティブ世代を中心に、エコ感覚を重視しながらスマートフォンを軸とした金融行動を実践する「グリーン・フィンテック」が主流になりつつあります。例えば、アプリ連動型のデビットカード・サービス「トレッド」は、ユーザーの消費活動をCO2排出量に置き換えてアプリに表示する英国初のサービス。トレッドはユーザーの行動を「CO2排出量」として計算し、消費行動を「食料品」や「移動費」などにカテゴリー化します。分類されたデータをさらに分析し、自分のライフスタイルの何が気候変動に最も影響を与えているかを、わかりやすい形で「見える化」してくれるのが大きな特徴。

 

毎月の消費傾向とエコ度が彩り豊かなグラフで表示されるので、それをもとに買い物の内容や移動の方法を変えれば、CO2の排出量を減らすことができるでしょう。炭素回収プロジェクトを行う他社のサブスクリプションにアプリ経由で参加すれば、植林を通じて自分のCO2排出量を相殺できるようになっています。

 

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デジタル・ネイティブ世代には当たり前! 英国で大人気の「グリーン・フィンテック」とは?

 

これら記事が示しているように、2021年は従来にも増してサステナブルな動きが目立ちました。気候変動の影響が厳しさを増す中、生活に密着したサステナブルな取り組みは今後さらに広がっていくと思われます。

 

お金より与えたいものとは? ミレニアルとZ世代が変える「ボランティア」の在り方

2021年の国際ボランティア・デー(12月5日)のテーマは「私たちの共通の未来のために今こそボランティアをしよう(Volunteer now for our common future)」でした。これからの社会を担う若い世代はボランティア活動や社会問題についてどのような意識を持っているのでしょうか? 最近、アメリカで発表されたチャリティーに関する調査結果などから探ってみましょう。

↑ボランティアを変えるミレニアルとZ世代

 

2021年12月、アメリカの金融機関であるウェルズ・ファーゴは、アメリカ人のチャリティー活動に関するアンケート調査の結果を発表しました。この調査は同年11月にオンラインで実施され、同国の成人811人が回答。若い世代が募金の方法を変えていることが明らかになりました。この調査によれば、回答者の46%が、社会的弱者の夢や目標を実現するためのクラウドファンディング・プラットフォーム「GoFundMe」やソーシャルメディア、インターネットを通して寄付をしているそう。この傾向は、1980年から1990年代前半に生まれた「ミレニアル世代」や、90年代後半から2000年代に生まれた「Z世代」に多くみられることが特徴です。

 

コロナ禍の影響も見られました。同調査によれば、回答者の46%がコロナ禍で寄付の量を増やしたとのこと。逆に寄付を減らした人は11%でした。ミレニアル世代(74%)とZ世代(76%)は寄付が足りないと考えていることも判明しています。しかも、ミレニアル世代とZ世代の回答者の約半分は、お金ではなく時間を与えたいと考えていました。「慈善活動とは必ずしも募金することとは限らず、単純に考え方であることが多い」とウェルズ・ファーゴの関係者は述べています。

 

ボランティアは自分のためにもなる

以前から、ミレニアルやZ世代はボランティアに対して意識が高いことが知られていました。イギリスのチャリティー団体「ブリティッシュ・ハート・ファウンデーション(British Heart Foundation)」が、2019年に同国の成人2001人を対象に行ったボランティアに関する調査によると、Z世代でボランティア活動に参加した経験がある人は46%、現在ボランティア活動に参加中の人は24%でした。それに対して、55歳以上の人はおよそ33%がボランティア活動の経験が一度もなく、「今後もボランティア活動をする予定はない」と回答していました。

 

世代によってボランティアへの関心が異なるのは、ボランティアに対する見方と関係がありそうです。この調査では、年齢が高い世代ではボランティアを、自分ではなく他人のために行う「利他的」なものと捉えているのに対して、Z世代はボランティア活動を「新しいスキルや経験を得るための手段」と見ていることがわかりました。Z世代は、ボランティア活動を通して新しい人や考え方に触れ、他人や社会のために良いことをしつつ自分の経験を豊かにしていきたいと考えているのかもしれません。

 

Z世代の考え方に注目すると、彼らには社会問題や環境問題に対する意識が高いという特徴があります。2017年にアメリカの13歳から19歳までの男女1003人を対象に行われた調査では、モノを買う場合、回答者の89%が「社会問題や環境問題に取り組んでいる企業から買いたい」と考えており、92%が「(2社で)価格と品質が同じなら、社会問題や環境問題で良い取り組みを行っている企業のほうを選ぶ」と答えていました。リサイクルの制度が普及し、多様性を重んじる教育を受けて育ってきたZ世代は、もともと社会問題や環境問題を自分事として捉える意識が根付いており、それがブランドやモノを選ぶ基準の一つになっているようです。

 

これらの調査からは、ミレニアル世代とZ世代は社会や環境に対する意識・関心が高く、ボランティア活動などを通して社会と積極的に繋がろうとしている姿が見えてきます。「より良い社会にしたい」という思いが強い若い世代が、21世紀のボランティアを変えていきそうです。

 

「だから私たちは途上国の開発にたずさわる」――安田クリスチーナさんら、若者たちの大いなる挑戦とは!?

↑ルワンダの首都キガリに設立されたK-Labの様子

 

近年、よく耳にする言葉の1つに、デジタル技術により人々の生活をより良い方向へ変革させる「DX」(デジタルトランスフォーメーション)があります。実は先進国に限らず、DXを活用した途上国支援の動きも活発化しています。日本におけるその第一人者と言えるのが、メディアにも度々登場する安田クリスチーナさん。米マイクロソフトに勤めながら、米NGO InternetBar.org(通称IBO)のディレクターとして途上国や難民の支援を行っています。一方で、JICA(=国際協力機構)の赤井勇樹さんも、アフリカのルワンダでIT起業家のサポートに日々奮闘中です。立場や活動する国こそ違えど、同じ20代で「途上国の開発」という難題に取り組む、彼らのモチベーションや原動力は一体、どこにあるのでしょうか? お二人が在住する、アメリカとルワンダをオンラインでつなぎ、実際に現地での活動を通して感じる難しさや葛藤、やりがいなどを語り合っていただきました。

 

【profile】

安田クリスチーナさん

パリ政治学院主席卒業。2016年に米NGO「InternetBar.org」ディレクターに就任し、途上国における身分証明インフラを整備するデジタル・アイデンティティ事業を新設。2019年からは、並行して、マイクロソフト・コーポレーションIdentityアーキテクトとして分散型IDを含むIdentity規格の国際標準化に取り組む。2019年Forbes Japan 30Under30 に選出。2021年MIT Technology Review Innovators Under 35に選出。MyData Globalの理事や政府が主催する協議会の委員も複数務める。

 

赤井勇樹さん

1992年大阪生まれ。2016年JICA入構。大学院で医療工学の勉強をする傍ら、バングラデシュにて稲作農業機械の普及事業に関わる。その活動を通じて開発途上国での事業を担うJICAの存在を知り、入構を決意。入構後は東部アフリカ(ルワンダ含む)や南アジアでの農村開発事業などに従事し、2021年1月からルワンダ事務所に配属され現在に至る。

 

ともに実体験がきっかけで途上国支援に関わることに

赤井勇樹さん(以下、赤井):僕からみると、起業して途上国を支援するという選択肢もあったと思います。安田さんは、どうしてNGOを選んだのですか?

 

安田クリスチーナさん(以下、安田):利益を最優先するという考えがなかったからです。現地の人をエンパワーしたいならNGOだろうと。日本だとNGOの立場はあまり強くないと思いますが、海外、特にアメリカやヨーロッパでは、NGOはすごく重宝されていて、市民の声を汲み取って政治家や企業に届ける大事な役割を担っています。日本からすると“なんでNGOなの?”となりますが、海外にいた私からすると“やりたいことを成すならNGOが効果的だ”と考えたのです。

 

赤井:なるほど。NGOで始めた活動が途上国支援だった理由は何ですか?

 

安田:起点はクリミア出身の祖父です。私は日本で育ちながら、毎年クリミアに行く機会がありました。20数年前のクリミアはソ連崩壊により政治も経済も壊滅的な状態でした。ある時、祖父の家のバスタブに汚い水が溜まっていたので、小学生の私は日本の感覚で栓を抜いて水を流したんです。でも当時、水は1週間に1回出るか出ないかで、それが1週間分の貯水だったことを後で知って――。

 

当時、道路はボロボロでしたし、きちんとした医療も受けられない。日本の生活とはまったく違っていて、大好きな祖父が困っている姿を見て、“世の中間違っているんじゃないか”という疑問がわきました。そのあと、日本でもいろいろな支援活動をしていたのですが、その後、フランスの大学に行き、その思いが一層強くなりました。

 

赤井:私も今の仕事に就いたのは学生時代の実体験がきっかけでした。世界中をバックパッカーする中で、あるカンボジアの大学生と仲良くなったのですが、彼は、市販の飲料水のペットボトルに雨水を入れて道端で販売しているような怪しい水を買って飲んでいました。また、その際に彼から故郷の村で地域住人が慢性的な下痢に苦しんでいる話をしてくれました。この一連の状況に物凄い違和感を覚えて――。このエピソードには、彼の故郷の地域の公共水栓の水質、また下痢を患っている地域住人が適切な医療を受けられない環境、大学まで通った彼ですら認識していない衛生意識(正しく塩素消毒されていない水を飲んだりすることが下痢を引き起こすという意識)など、いろいろな側面での課題が集約されています。

 

これは単なるバックパッカーをしていた際のちょっとした一幕なのですが、この経験がきっかけに、広く開発途上国の複雑な社会環境・課題の解決に貢献できるような仕事についてみたいと考えた結論が、JICAでした。

 

デジタルIDの発行と普及に奮闘中

安田さんが現在、特に力を入れているのが「電子身分証明書事業」。日本人には想像しがたいですが、自身の信用力を証明する手段を持たない途上国の貧困層や身分証明手段を持たない難民は、例えば銀行口座の開設や保険の加入も難しいのが現状です。そうした社会の不公平をなくすために、現在、ザンビアとバングラデシュで、本人が本人であることを証明し、かつ自分の属性情報を管理できる、ブロックチェーン(※1)の技術を活用した分散型ID(※2)の発行を目指しています。

※1:暗号技術の一種。データが書き込まれているブロックを1本の鎖のようにつなげる形で記録。多数の参加者に同一のデータを分散保持させる仕組みのため、データの改ざんが困難

※2:自身の属性情報のうち、必要な情報を許可した範囲で連携し合う考え方。ブロックチェーンなどを使ったデータ交換により、プライバシーを保護して安全な取引が可能となる

 

赤井:ザンビアを選んだのには理由はありますか?

 

安田:ザンビアに限らず、途上国の支援は、現地で信頼できる人を見つけられるかが成功のカギだと思っています。元々、私が所属するNGOでは、難民や貧困層が自分の思いを自分で創る音楽にのせて発信するという活動をしていて、ザンビアの有名な音楽家とつながりがあったんです。その人に経験とやる気のある現地の方々を紹介してもらいました。結果的に順調に進んでいると思っていますが、アフリカ各国を調べて比較してから絞り込んだわけではありません。

 

赤井:具体的にはどんな取り組みをしているのですか?

 

安田:貧困層の生活を向上させようと思ったとき、その人の代わりにその人の生活を向上させることはできないですが、生活を向上させる機会へのアクセスは、誰もが公平に手に入れられるべきだと思っています。そのため、IBO Zambiaでは、生活を向上させる要素である、小口融資、太陽光発電・コミュニティが集まれる場所の建設・IT教育の提供に取り組んでいます。デジタルID事業は、私たちのクライアントが、IBO Zambiaで構築した信頼を可視化し、他の組織でもサービスを受けるときなどに利用可能にする大切なインフラです。途上国において、個人が自分でコントロールできるIDが必要な理由は、信頼を可視化するためだけではなく、身を守るためなのです。日本に住んでいると、翌日、政府のデータベースから名前が消されることもなければ、警察に突然逮捕される心配もありませんが、途上国ではその心配があります。

↑IBO Zambiaは、ザンビアの雇用問題を根本解決するための第一歩として、小口融資による金銭的な支援およびコミュニティ構築を行っている

 

赤井:とても興味深いです! 運営資金はどうしているんですか?

 

安田:NGOは常に資金難です。ファンディングや投資家を募ったりもしますが、私は現地に会社を作り、その利益をNGOの活動にまわしています。事業内容は洗車スタンドの経営。ザンビアは舗装道路が少ないので車がすごく汚れるんです。行列ができるほど需要が多く、結果的に現地の雇用を生むこともできています。

↑NGOの活動資金調達のため、ザンビアで始めた洗車事業の様子

 

ICT国家として注目を集めるルワンダ

赤井さんが担当するルワンダは、人口約1200万人、面積は四国の1.5倍ほどの小さな国です。資源が乏しいことから、地理的影響を受けにくいICT産業を経済政策として掲げています。JICAは2009年からICT政策アドバイザーをルワンダに派遣し、ICT政策の立案、オープンスペースの設立などを支援。2012年にはIT起業を促進するためにK-Labを設立、さらに2016年には市民工房であるFab-Labを設立しました。

 

赤井:ルワンダでは、政府のICT省と一緒にプロジェクトを遂行しています。そのうちの一つに現地のスタートアップ企業支援があります。多くのスタートアップ事業を喚起し、その人たちがきちんと事業を立ち上げ、事業を通じて現地の課題解決を行うこと、またそれだけではなく現地に雇用を創設することで、この国の経済に貢献することも大きな目的です。

 

安田:ルワンダ政府はどうしてそこまで力を入れるんですか?

 

赤井:この国には農業以外にこれといった産業も資源もなく、就業率も低いので、まず、この国の固有の産業を作らなければなりませんでした。その一つがICT産業であり、スタートアップ事業を喚起することによって出てきた若者をビジネスマッチングして、他国の投資家たちを集めようという考えです。

 

安田:アウトソーシングできるエンジニアをたくさん育てたいということですね。

 

赤井:ルワンダ政府は“アフリカのICTイノベーションハブ”になり、アフリカ各国のICT関連企業本社や、各国の優秀なICT人材がルワンダに集まることを目指しています。少しでもこの目標に貢献するためにJICAも様々な事業を行っていて、その一つに日本のICT企業とルワンダ現地企業とのビジネスマッチングをする機会があるのですが、そういった取り組みを通じて、まだまだ現地企業の技術も知識も、ビジネスを成立するまでに達していないと聞きます。現地企業側のビジネススキルも低いため、契約しても納期に間に合わなくてビジネスとして成り立たない例も。ただ、少しでもこういった状況を改善するために政府はインキュベーション・プログラムなどをたくさん実施して優秀な企業を育てようとしています。

 

アフリカとの文化の違いを痛感

安田:我々には難しい課題ですよね。どこまでが習慣や文化の影響だと思いますか? アフリカは、日本みたいにきっちり全部やろうという文化ではないですよね。 “やっておく”と言ったのに、“まぁまぁやっておいた”みたいな(笑)。

 

赤井:それが、ここアフリカ特有の仕事の仕方だと思います。それを変える前に、まずそれを理解しないと、アフリカでのビジネスを育てられないと、日々、実感します。例えば日本人的感覚では請求書や見積もりなど定型的な書類のやり取りが当たり前ですが、アフリカの人たちは、何の疑問も持たずに殴り書きのような書類を「WhatsApp」(LINEのようなSNS。アフリカではLINEではなくWhatsAppが主流)で送ってきます。

 

安田:確かに、WordやExcelを教えても紙を使ったり、フォーマット通りでなかったり。結局アナログというか、「伝わればいいじゃん」という感じはありますよね。だからこそ私は、彼らから学ぶことを意識しています。日本の常識ではなく、現地のロジックで説明してもらってから決断を下すことが大事だと思います。

 

赤井:彼らの働き方には彼らなりの理由があるわけですよね。WhatsAppでぜんぶ解決する、みたいなことも、ここの商習慣的なところでもあります。アポイントも経理もすべてWhatsApp。そうした背景もきちんと理解しないとついていけません。

 

そうしたうえでこの4年、JICAはICT省や現地のICT商工会議所などと一緒に若手起業家向けのインキュベーション・プログラムをに行い、これまでに約60社を支援しました。そのうち現在もビジネスを続けているのが半数近くの約30社。それなりの成果をあげています。しかし彼らから聞かされる課題があり、そこにはアフリカや小国特有の難しさを感じています。

↑起業家支援プログラムの様子

 

先に述べたようにルワンダは小さな国なので、さらなる事業展開を考えると国内市場だけでなくタンザニアやウガンダなど、周辺国への展開を考えなければなりません。しかし、そこには大きな壁が多数あり、その中でも大きく立ちはだかるのが言語の壁です。多くの起業家が最初は英語で製品やサービスを構築しますが、ルワンダ国内の地方へ展開しようとすると、なかなか英語ではサービスが普及できず現地語(キニヤルワンダ語)への変換が求められます。しかし、この言語はルワンダ国内限定なので、近隣国へ横展開しようとすると再度その国のローカル言語(タンザニアであればスワヒリ語)での再度のサービス構築が必要になります。これはスタートアップにとってはかなり大変な作業になります。

 

やはり、国ごとに言語が違うため、アフリカ大陸でビジネスをしようとすると、必ず言葉の障害が出てきます。一方で、海外の投資家たちは投資先の国内のマーケットサイズなどを見ながら各スタートアップ企業のポテンシャルを考えるので、そういった観点でもルワンダは他の国と比べても不利になります。

 

安田:言葉の壁は感じます。私は顧客の声を直接聞きたいタイプですが、現場の人たちは英語ができない場合が多いので、フィードバックを直接聞けないもどかしさがあります。翻訳をしてもらいながら話しても、私に気を遣って違うニュアンスを伝えられている感じもしたりします。

 

赤井:それは中間管理職的な人たちが、現場が何をいうか気にしながらコミュニケーションを取る傾向があるからですね。例えば現場レベルの人と会議をしたいと言っても、なかなか場を設定してくれず、設定されたと思っても想定していなかった先方のトップが同席したり、ということもよくあります。

 

安田:たぶん直接つなげてしまうと、自分たちでコントロールしないところでお金が動くという懸念があるんでしょうね。

 

行政サービスの5割が電子化

赤井:先ほどご紹介したように、これまでJICAは、現地生まれのスタートアップ事業が多数生まれるように、Fab-LabやK-Labといったイノベーション・スペースを作り、またインキュベーション・プログラムにより彼らが自主的に事業拡大・成長することを目指したエコシステムを作ってきました。そして今、現在政府と議論しているのが、政府の行政サービス電子化をさらにどんどん推進するようなプラットフォームを構築できないかというアイデアです。省庁が持っているデータベースをオープンソース化し、そのデータを基としたビジネスアイデアを現地のスタートアップなどの民間企業から募集して、よさそうなものに予算を付けてPoC(Proof of Concept/概念実証)をどんどん進めようというイメージです。

 

安田:日本の茨城県つくば市は、政府が触媒になって、場所、人、データなどを提供するスタートアップ支援を行っています。たぶんザンビアの場合は、さらに大企業とつなげてあげて、政府が触媒になりつつ、スタートアップが大企業からビジネススキルを伝授できるのなら意味がありそうだと思いました。

 

赤井:なるほど! 勉強になります。実はルワンダでは成功例があります。現在、この国の行政サービスの5割は電子化されていると言われていますが、いずれも政府発行の国民IDに紐づいて行われます。また、それら行政サービスの多くは「Irembo」というサービスプラットフォームが、一元的に市民向けインターフェイスとして構築されています。Iremboサービスは民間がサービス構築・運営しており、政府から委託を受けた形で運用されています。これはまさに行政サービス電子化を民間スタートアップが推し進めた好事例です。

 

変化の早さとポテンシャルの高さを実感

↑ザンビアで来年オープン予定のイノベーションセンター。その建設風景

 

赤井:やりがいという部分ではどうですか?

 

安田:ザンビアはシングルマザーが多く、失業率も高い。いまイノベーションセンターを来年の完成に向けて構築中なのですが、そういう意味では雇用を生み出せてよかったと感じています。洗車事業もそうですし、この1年半だけでも生み出した雇用は多く、その人たちに感謝されるとやりがいを感じます。また、日本の社会課題の場合は、根深かったり、隠れていたりしいて、明確な解決策を講じることが難しかったりしますが、ザンビアはじめ途上国の場合、先進国に比べてまだ課題がわかりやすく、解決策が打ち出しやすい。現地の人たちから得られる“幸せになるためにこれだけで足りるんだ”という感覚も新鮮です。同時に彼らのポテンシャルもすごく感じます。

↑安田さんのNGOでは、起業や生活困窮からの脱却のために低金利・無担保で少額融資(マイクロファイナンス)を実施

 

赤井:私もこの数年間関わっているだけで、人々の生活がどんどん変わっていることをルワンダにいて肌で感じます。例えば、街を走るバス料金の支払いが、日本でいうSuicaみたいな非接触式カードになりました。またコロナ禍の影響もあり、宅配サービスが爆発的に流行っています。モバイルマネーの普及率も5割を越えました。元々のサービスが十分でなかった分、ベターで安価なものが入るとすぐに浸透する、そのスピードの早さは実感できます。

 

安田:それはザンビアでも、バングラデシュでも同じで、途上国ならではですよね。

 

赤井:少なくとも政府の方たちは、この国をICTでどう変えていくのかをすごく議論しています。特に世代の若い人を見ると、別にDXとかそんな大きいことを言っているわけではなく、ICTというツールを活用して少しでも国の発展に活用しようという意識をもって働いている印象です。また、我々のような外からきた人に対しても、「一緒に課題解決をしていこう」とピュアに言葉をかけてくれることがよくあって、そういった小さなことの積み重ねが日々の仕事のやりがいにつながっていたりもしています。

 

5年後、10年後に望む途上国の姿とは

赤井:安田さんは人々をエンパワーしていきたいということですが、5年後、10年後のザンビアが、どういう形になっていたらいいなと思いますか?

 

安田:デジタルIDの力によって私たちのクライアントの信頼が可視化されて、より多くの機会にアクセスできるようになっている世界が見たいです。例えば、IBO Zambiaで小口融資を受け始めたクライアントが大手銀行から、より大きな額の融資を受けてビジネスを成長させたり、IBO ZambiaでITスキルを身に着けた若者がより高給な職に就くことができたりしていれば、幸せです。経営者の視点からすると、高コストなITインフラを導入しなくてもよいので、アフリカ中で展開可能だと思っています。そうなるためには、現地の人たちのIT知識が高まり、高性能な端末が普及してほしいです。スマホを保持していても、データが不足していたり、低性能だったりするという問題もあるので。

 

赤井:ルワンダでも同じ状況です。ただ、ルワンダはザンビアの少し先を行っていて、政府が主導で全世帯にスマートフォンを配布しようとしています。性能の問題はあるかもしれませんが端末を配布し、さらに4Gネットワークも国内全土に整備して国民全員がインターネットにアクセスできるようにするということを国として進めようとしています。

↑ITインフラの構築が進む、ルワンダの首都キガリの風景


安田:
国民全員とはすごいですね! 結局、IDのためのIDであってはいけないし、ITのためのITであってもいけないと思います。現地の若者がITの力で課題を解決できるようになるのは、おそらくよりスムーズなデジタル世界になってからだと思います。だから、対面で自分を表現するのと同じぐらい豊かにオンラインでも自分を表現できるような世界が、5年、10年後にできたら、みんなが幸せなんだろうなって思います。 

 

赤井:僕はルワンダでリアライズ(実現)したいことがまだ明確ではありません。ただ、ここ2、3年だけでもルワンダの生活は大幅に変わったので、5年、10年というスパンでは、とんでもなく変わるんだろうなと思います。特に、完成されている先進国ではなく途上国にいると、そういう部分はダイナミックに感じられる気がしていて。そういうものを感じるためにも、自分は今ここにいるんだと思います。

 

ブラジルには絶対に盛り上がる「クリスマスプレゼント交換ゲーム」があった!

ポルトガルの植民地になった歴史を持つブラジルは、カトリック教国として有名です。でも、同国のクリスマスについて知らない人が多いのではないでしょうか? そこで本稿では、ブラジルのクリスマスの祝い方や、大人気のプレゼント交換ゲームを紹介します。

 

さまざまな宗教、ほぼ同じクリスマス

↑リオデジャネイロのクリスマス

 

ブラジルには多様な宗教があります。2020年に行われた調査によると、国民が信仰する宗教はカトリックが50%、プロテスタントが31%とキリスト教系が大多数を占めていますが、キリスト教以外では無宗教が10%、心霊派(スピリチュアリズム)が3%、アフリカ系のウンバンダやカンドンブレが2%います。

 

ウンバンダやカンドンブレは、奴隷としてブラジルへ連れてこられたアフリカ系移民を中心に、先住民の精霊信仰やカトリックの教えが融合し、独自の民族宗教となった宗教。ウンバンダもクリスマスを祝いますが、太陽神オシャラを称えるためのお祝いであり、カンドンブレは人類の始まりの重要性を考える日となっています。

 

ただ、どの宗教も宗派や教義が違うというだけで、キリスト教やキリスト教がルーツの宗教を信仰している人が大多数であり、クリスマスの過ごし方にあまり大きな違いありません。

 

クリスマスの4週前の日曜日になると、カトリックの習慣である降誕節(こうたんせつ)のシンボルである「イエスの馬小屋」が教会や広場に飾られます。ドイツのクリスマスマーケットと似ていますが、街やショッピングモールには、大規模なクリスマスデコレーションが出現。大きなクリスマスツリーやサンタクロースと一緒に写真を撮影する場も設けられ、ブラジルの風物詩になっています。

↑降誕節のシンボルである「イエスの馬小屋」

 

ブラジルの多くの会社では、「セスタ・デ・ナタル(クリスマスの箱)」というクリスマスや年始用の食材を詰め合わせた箱を従業員に配ります。その箱の中には、「パネトーネ」というクリスマスに食べるクリスマスケーキが必ず入っていますが、この習慣はイタリア移民の影響を受けながら定着したようで、ブラジルではお世話になった人にもパネトーネを渡します。

↑セスタ・デ・ナタル(クリスマスの箱)の中身。右端の箱2つがパネトーネ

 

クリスマスの12月24日と25日は休日となり、商業施設が閉店します。ブラジル人にとってクリスマスは日本のお正月に相当する家族で過ごす大事な行事であり、家族や親戚と集まります。焼いた七面鳥、フレンチトースト、ポルトガル料理であるタラのフリットやパネトーネを食べたり、ワインを飲んだりしながら、賑やかに夕食を楽しみます。

 

欧米では25日にプレゼント交換をしますが、ブラジルでは24日のクリスマスイヴに行います。25日の午前0時になるとシャンパンを開けて乾杯し、みんなでクリスマスを祝うのです。

 

大人気のプレゼント交換ゲーム

しかし、ブラジルのクリスマスの最大の特徴は「アミーゴ・セクレット(秘密の友達)」という大人気のクリスマスプレゼント交換ゲームと言えるかもしれません。子どもたちの集まりだけでなく、クリスマス前の会社や友人同士の忘年会など、さまざまな場所でこのゲームを楽しむ人たちが増えていますが、このゲームをすれば、間違いなく場が盛り上がります。

 

アミーゴ・セクレットの準備と遊び方は次の通りです。

 

【準備】

1: ゲームに参加したい人を集めてグループを作り、プレゼントの種類や予算を決めます。

 

2: ゲームに参加しない人から一人選んで、誰が誰にプレゼントを渡すかを決めてもらい、各参加者にプレゼントを渡す相手の名前だけを伝えてもらいます(この抽選を請け負う無料専用サイトや携帯アプリもある)。

 

3: 参加者はクリスマス当日までにプレゼントを買っておきます。自分が誰にプレゼントを渡すのか、他の参加者へ口外してはいけません。

 

【プレゼント交換日の遊び方】

① 最初の発表者が「私の秘密の友達は男です」「ひげがあります」など、自分がプレゼントをあげる相手のヒントを一つ言い、参加者はプレゼントを受け取る人(秘密の友達)を誰か当てていきます。

 

② ある参加者が、ほかの参加者のプレゼントを渡す相手を当てたら、プレゼントをあげる人ともらう人は抱擁し、プレゼントを開封して一緒に記念撮影をします。

 

③ このときプレゼントをもらった人が次の発表者となります。参加者全員にプレゼントが行きわたるまで、①と②を繰り返します。

↑アミーゴ・セクレットの様子

 

アミーゴ・セクレットの起源については3つの説があります。

 

1つ目は、祝祭の期間中に市民が役人にランダムに贈り物をする習慣があり、受け取る役人を選ぶために抽選を行っていたという説。2つ目は、8世紀にノルマン人たちが神との協定儀式のために贈り物を交換していたことをアミーゴ・セクレットの始まりとする見方です。3つ目は、20世紀前半の世界恐慌下のアメリカが舞台。労働者たちは同僚全員にプレゼントを渡したいと思っていましたが、経済的に難しいうえ、同僚全員と親しいわけではありません。そのような条件の中で同僚全員がプレゼントを交換するにはどうすればよいかと考えた末、生み出されたのがこの方法だったそうです。

 

近年では、アミーゴ・セクレットの“変種”である「イニミーゴ・セクレット」というゲームも楽しまれています。「イニミーゴ」は「敵」の意味で、プレゼント交換法はアミーゴ・セクレットと同じですが、相手の嫌いなものをわざとプレセントして盛り上がるゲームです。例えば、ビールが好きな人に安くて不味いビールをプレゼントするなど、何をあげるかではなく、どれだけ盛り上がるかを楽しむゲームと言えるでしょう。

 

コロナ禍で2020年はアミーゴ・セクレットをする人が減ってしまいましたが、そんな中でも抽選代行サイトでは、相手の家へ直接プレゼントを送付するという新しいサービスが誕生しました。人と接触することなく、アミーゴ・セクレットを楽しむ人が現れたのです。

 

ブラジルはカトリック教国ですが、ヨーロッパ、アジア、アフリカ系移民を多く受け入れ、多様な移民文化や宗教の影響を受けたクリスマスの習慣が根付いています。ブラジル人がクリスマスで最も大切にしていることは、「神の愛や教えについて考えること」「家族で過ごすこと」「みんなで楽しむこと」。アミーゴ・セクレットでも、みんなでゲームを楽しむことが最も重要です。

コロナ禍でカタチを変える、ロシアの「クリスマス行事」

現在、欧米諸国はホリデーシーズンに入りつつありますが、新型コロナウイルスの感染が再拡大しており、クリスマスにも影響が及んでいる模様です。 ロシアでは、12月中旬から翌年1月末まで「ヨールカ」という子ども向けのクリスマスパーティーが開催されますが、他の物事と同じように、この伝統的なお祭りもコロナ禍で形を変えつつあります。

↑ロシアの子どもたちはヨールカでクリスマスを祝うが、コロナ禍でその形も変わりつつある

 

ヨールカは、主に子どもを対象にした年末年始のお祭り。ヨールカではクラシックコンサートや演劇、朗読劇、人形劇などが行われます。クリスマス一色の会場にはおもちゃの屋台やお菓子屋さんがあり、ショーが始まるまで、さまざまな遊びやコンテストが行われます。もともとヨールカ(yolka)というロシア語は「小さなモミの木」を指し、切り出して飾り付けたモミの木の周りに子どもたちが集まって、新年の幸福や豊作などを祈る風習があります。

 

2020年はコロナ禍により、ヨールカはリアルで開催されませんでしたが、その代わりに登場したのが、オンライン版ヨールカ。この伝統的なクリスマス行事はどのようにテクノロジーを取り入れているのでしょうか? 昨年、ロシア中で話題になったオンライン版ヨールカをご紹介しましょう。

 

1: 国内最大の映画撮影スタジオのヨールカ

ロシア最大の映画撮影スタジオ・モスフィルムのヨールカは、専属俳優たちの演技の質の高さと脚本に人気があります。今までは現地でしか見られなかった一流俳優たちの演劇もオンラインで視聴することができるようになりました。料金は1250ルーブル(約1940円※)。オンライン決済後に郵送で届くヨールカの箱には、家族で遊べるクリスマスのボードゲーム、スライム、シャボン玉、クリスマスのお菓子、そしてオンラインで劇を見るためのパスワードが書いてあるカードが入っています。

※1ルーブル=約1.5円で換算(2021年12月16日時点。以下同様)

 

2: 顔交換アプリを取り入れたヨールカ

2020年のオンライン版ヨールカの中でも一際注目を集めたのが、顔交換アプリを取り入れた、クロークスシティ・コンサートホールのヨールカ。子どもの写真をアップロードするとその顔が主人公の顔に反映され、子ども自身が物語の主人公となって、サンタクロースと謎を解く冒険ができます。料金は790ルーブル(約1225円)で、デバイスとインターネットさえあればどこからでも参加可能。

 

3: サンタと協力してプレゼントを取り返すヨールカ

オンラインヨールカドットコムが提供する限定公開のショーは、視聴者がサンタを含む登場人物と力を合わせて、盗まれたプレゼントを取り返すというストーリー。子どもたちは視聴中に起きるダンスバトルや歌バトルに参加することで、プレゼントを取り戻すための手がかりを得ることができます。430ルーブル(約667円)のチケット料金には、40分のクリスマスショービデオ、関連オンラインゲーム3つ、クリスマス工作のビデオ、ショーの中で行われるダンスと歌の歌詞指導、サンタさんから子どもへの個別ビデオメッセージが含まれています。

 

4: ロシアの子どもたちが憧れる「クレムリンのヨールカ」

モスクワのクレムリンにはロシア大統領府があり、大統領府がこのクレムリンヨールカのスポンサーになっています。チケットは、4300~6300ルーブル(約6670円~約9770円)と高め。豪華でパフォーマンスも一流とあって、このヨールカは多くの子どもが憧れる、まさにロシアで一番有名なヨールカです。2020年のクリスマスシーズンは新型コロナウイルスの影響で、このヨールカも開催の危機に立たされましたが、ロシア政府はこのヨールカをオンラインで販売するのではなく、全国民へのプレゼントとして12月31日にテレビで放映。それまでクレムリンのヨールカを夢でしか見ることができなかった地方の子どもたちにも、ショーの様子が届けられ、ロシア中の子どもたちが大喜びしました。

↑ヨールカの様子

 

会場でしか味わえない雰囲気はオンラインで伝わりませんが、オンライン版ヨールカにはメリットがたくさんあります。新型コロナウイルスの感染を気にせずに自宅から視聴できたり、ヨールカ会場への移動時間がなくなったり、現地周辺の駐車場が混雑しなかったり。また近年では、大企業がヨールカのスポンサーになる傾向があり、規模・予算・品質が上がっています。2021年もオンライン版ヨールカは、ロシア中の子どもたちに素敵な思い出を届けてくれるでしょう。

ニカラグアの巨大な湖の水をきれいにする!:日本の「琵琶湖」をお手本に「BIWAKOタスクフォース」が大活躍【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は中米・ニカラグアのマナグア湖の水質改善に向けた取り組みについて紹介します。

首都マナグアに隣接し、南北65km、東西25kmに広がる巨大なマナグア湖。先住民がつけたという「ソロトラン湖」という名称でも親しまれています(写真提供:マナグア市役所)

中米のニカラグアの首都・マナグアに位置するマナグア湖は、琵琶湖の2倍近い面積を有する巨大な湖です。湖の北にはニカラグアのシンボルともいわれるモモトンボ火山がそびえ、湖畔から雄大な景色を臨めます。
しかし、農業排水や工業排水、生活排水の流入で汚染された水は濁り、湖畔には大量のごみが打ち寄せられるなど、環境問題が山積しています。ここ数年、ようやく水質改善の兆しも見えていますが、地元の人たちは、汚れに目を背け、以前は近寄ろうともしませんでした。

そんなマナグア湖と共存するために、JICAニカラグア事務所は水質改善に向けた取り組みを始めました。その名も「BIWAKOタスクフォース」です。

(左)湖畔にはプラスチックボトルなどのゴミが浮かび、水質汚染が問題になっています
(右)マナグア湖畔の観光施設から臨むマナグア湖と船着き場

 

琵琶湖の経験を学び、ニカラグアで活かす

日本で湖沼環境開発といえば滋賀県の琵琶湖。「BIWAKOタスクフォース」の活動は、琵琶湖の総合的湖沼流域管理をモデルに検討し、タスクフォースのメンバーが滋賀県を訪問して琵琶湖の経験を学ぶことから始まりました。これらの知見をニカラグアの多くの産官学の関係者に伝えながら、マナグア湖の未来に向けて何ができるかを一緒に考えていきます。

2021年7月から8月には、公益財団法人国際湖沼環境委員会(ILEC)協力のもと、ニカラグアの産官学の関係者を巻き込んだ3回にわたるウェビナーを開催。ウェビナーでは、30年かけて実現した琵琶湖の持続的な利用と保全のノウハウ、そしてニカラグア事務所の活動目的を紹介し、35の機関を超える産官学の関係者が集まりました。

「毎回60名以上のウェビナー参加があり、答えきれないほどの質問が寄せられ盛況に終わりました。ウェビナーにより、多様なセクターから湖保全への関心を引き出し、一緒に活動を起こそうという機運が高められたことを感じました」

そう話すのは、JICAニカラグア事務所ナショナルスタッフのオマール・ボニージャさん。BIWAKOタスクフォースのリーダーです。ウェビナー実施のほか、現地コンサルタントとのマナグア湖汚染状況の調査や分析、ニカラグア国内の関係者との意見交換などを行うことで、マナグア湖の水質改善、保全、そして共存にむけた具体的な取り組みのイメージを作ることができました。

(左)ウェビナーでは、琵琶湖水質改善の経験を世界各地で伝えてきたILECの中村正久副理事長が熱心に情報を共有
(右)中村副理事長の話に聞き入るウェビナー参加者。多くはニカラグアの政府関係者でしたが、大手銀行やNGO等の参加もありました

 

次世代の子どもたちに環境教育—ニカラグア版『うみのこ』を実施。COP26でも紹介されました!

BIWAKOタスクフォースによる最初のプロジェクトは、マナグア湖保全のための環境教育です。マナグア湖周辺の観光エリアを担当する廃棄物処理関係者と小学校2校を対象に、ごみの正しい分別・廃棄方法の紹介、3R(注)の考え方を広げる活動を行い、マナグア湖周辺エリアの環境改善に取り組みました。日本でJICAによる3Rを含んだ都市の廃棄物管理研修を受けたマナグア市廃棄物統合処理公社の職員らとの協働企画です。

(注)リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の総称。リデュース(Reduce)は、ものを大切に使い、ごみを減らすことで、リユース(Reuse)は、使えるものは繰り返し使うこと、リサイクル(Recycle)は、使い終わったものをもう一度資源に戻して製品を作ること

 

この活動の一環で実施したのが、環境教育プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」です。滋賀県教育委員会のフローティングスクール関係者の協力を得て実施にこぎ着けました。

10月に実施されたこのプログラムは、滋賀県が小学5年生向けに琵琶湖で行っている「うみのこ」がモデルになっています。船で湖を移動しながら、湖に生息する生物や、水質汚染について学んでいきます。科学実験を取り入れた「ニカラグア版『うみのこ』」は、「自分たちの湖を守ろう」と思う心を子どもたちに伝えます。マナグア湖を舞台にした教育プログラムは、ニカラグアでは初の試みとなりました。

開催に向け、滋賀県で「うみのこ」を運営するフローティングスクールの先生方からは、プログラムの具体的な内容、子どもたちに楽しく効果的に伝える方法、科学実験の実践方法など、さまざまなレクチャーを受けました。並行して「BIWAKOタスクフォース」のメンバーとニカラグアの関係者がオンライン上で協議を繰り返し、試行錯誤を重ねて準備が進んでいきました。

(左)滋賀県「うみのこ」を運営するフローティングスクールの教師による実験デモンストレーション
(右)実験デモンストレーションの最後に「うみのこ」関係者と挨拶を交わすニカラグア関係者

 

「マナグア湖がとても素敵なことに気づきました。だからこそ、自分たちが湖の水をきれいにしないといけないし、ごみを捨てて湖を汚してはいけないと思いました」

「マナグア湖に住む微生物やバクテリアを顕微鏡で見られたのが面白かったです。自分たちが捨てたものが、マナグア湖の水に影響していることがわかりました」

「マナグア湖の中のプラスチックボトルやごみをとるキャンペーンをしたいです」

「ニカラグア版『うみのこ』」に参加した現地の小学生からは、こんな感想が寄せられ、ニカラグアの関係者の努力が実ったこと、「ニカラグア版『うみのこ』」が大成功だったことがわかります。

引率する教員は、「生徒たちは、家に帰って乗船学習の体験を家族や周りの人に話し、この経験を伝えていくでしょう。ニカラグアのすべての学校の生徒たちに、一生に一度はこの『うみのこ』を経験してほしいです」と語ります。

このニカラグア版『うみのこ』の活動は、2021年10月31日~11月12日かけて、英国グラスゴーで開催された「第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)」での気候変動対策のための教育活動を協議するセッションで、ニカラグアのミリアム・ロドリゲス教育相より、世界中に向けて発信されました。

環境プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」で、子どもたちは湖に生息する微生物を観察します

 

「うみのこ」で行われた実験の結果をまとめ、発表します。レクチャー形式ではなく生徒が主体的にかかわるプログラムは、子どもたちの好奇心をかき立てました

 

学習の舞台となったマナグア湖と遊覧船の前で生徒たちが記念撮影

 

マナグア湖を救うことは国全体の開発戦略につながる

「汚くてみんなから嫌われるこの湖が、いつか美しく生まれ変わって、子どもたちが泳いだり水が飲めるようになったりしたらおもしろくないかな?」

BIWAKOタスクフォース誕生のきっかけは、ニカラグア事務所の高砂大所長のひと言でした。
この問いかけに「何かできることがあるのではないか」と、オマールさんを中心に事務所全体で湖の水質改善の可能性について考え始めました。そのメンバーにより、BIWAKOタスクフォースが誕生したのです。

「私は子どもの頃から『マナグア湖は汚染されている』と聞かされ続けてきました。近年、ようやく湖水の汚染に歯止めをかけるための取り組みが進んできましたが、人が泳いだり、水が飲めたりするまでの回復を目指すことは、これまで考えたこともありませんでした」と言うオマールさん。

高砂所長から手渡された琵琶湖のさまざまな資料を読んだ際、「できるかもしれない」と意欲がわいたと言います。オマールさんにとって、「常に新たな取り組みに挑戦すること」が、高いモチベーションを維持する源です。そして、今後の計画について、次のように話します。

「近いうちに、ニカラグアの様々なセクターの関係者を日本に送りたいと考えています。琵琶湖の水質保全の事例を関係者に見てもらうことで、多くのヒントを得て帰国後に実践してもらいたい。マナグア湖を救うことは、マナグア市のみならず、国全体の開発戦略に関わることになると思います」

マナグア湖の前にBIWAKOタスクフォースメンバーが集合。左端がリーダーのオマール・ボニージャさん

「ニカラグアの特徴でもあり財産でもある湖と共存できるように、これからもBIWAKOタスクフォースでおもしろい取り組みにチャレンジしてほしいと思います。タスクフォースのメンバーとニカラグアの仲間が、ニカラグアの未来を担う子供たちのことを考えながら。 JICAのニカラグアへの協力は今年で30周年を迎えました。これまでの30年の繋がりを大切にしながら、ニカラグアの人々にとって大切なこと、必要なことに、素晴らしい仲間と一緒に取り組んでいきたいと思います」

ニカラグアに根を張り活動を続けるJICAのさらなるチャレンジを高砂所長はそう語りました。

 

やっぱり「クリスマスマーケット」がないと始まらない! ドイツの最新クリスマス事情

ドイツでは紅葉が始まる10月ごろから気温が急激に下がり、年によっては3月や4月でも平均気温が5℃前後になります。さらに冬は日照時間も短くなるため、どうしても気持ちまでが沈みがち。そんな暗くて長い冬に訪れるクリスマスは、ドイツ人が一年で最も楽しみにしている大イベントです。その象徴ともいえるのがクリスマスマーケットですが、近年はネット通販やコロナ禍といった逆風にさらされており、先行きが不安に。いまクリスマスマーケットに何が起きているのでしょうか? 現地からレポートします。

 

クリスマスマーケットとは

↑2021年のデュッセルドルフのクリスマスマーケットには人出が戻ってきた

 

クリスマスの約4週間前になるとドイツ国内各地でクリスマスマーケットが始まり、アドベント(クリスマス4週間前の日曜日)を皮切りに、街中がクリスマス一色になります。中世の面影が残る街並みにきらびやかな照明で飾られたクリスマスマーケットは、まるでおとぎ話の世界のように人々を楽しませてくれます。

 

13世紀頃から始まったといわれるドイツのクリスマスマーケットは、クリスマスになるとカトリック教会に多くの礼拝者が訪れたため、当時は礼拝堂の近くに建てられました。17世紀には現在のような形のクリスマスマーケットが定着し、クリスマス行事の定番になった模様。家族や友人とマーケットにでかけ、クリスマスのキャンドルや飾りを購入したり、焦がしアーモンドやシナモンたっぷりのクッキーを食べたり、温かいワインを飲んだりして楽しみます。

 

そのような街の賑わいが約4週間続いた後、12月23日の夜にはすべてのクリスマスマーケットが撤去され、24日のクリスマスイブには前日までとは打って変わった静けさが街に戻ります。キリスト教ではクリスマスは家族全員で教会を訪れたり、家でお祈りをして食事をしたりする伝統があるからです。

 

時代の流れとともに観光化

そんな長い歴史があるクリスマスマーケットにも、近年では変化が起きています。クリスマスマーケットに約30年間出店しているというデュッセルドルフ在住のゲルマンさんが、以前と現在との違いを語ってくれました。アロマオイルやキャンドルなどを販売しているゲルマンさんは、市内でもひときわ目立つエリアに毎年店を出しています。

 

「昔はみんながクリスマスマーケットで年末の買い物をしていたけど、いまはクリスマスに必要なものはすべてスーパーや雑貨屋、そしてインターネットでも安く買えるからね。一緒にクリスマスマーケットを経営する仲間たちも、売り上げが毎年落ちていくと嘆いているよ」

 

どのような人が商品を買ってくれるのかと質問すると、「クリスマスマーケットで売られている商品のほとんどは手作りでクオリティが高く、金額は決して安くはない。だから、地元の人よりも遠方から訪れる観光客の方が、旅先のお土産としていろいろ買ってくれる。最近はオーガニックが人気だから、アロマオイルもオーガニックのものを売ってみようかと考えているんだ」とゲルマンさん。「でも、変わらない商品も多い。グリューワイン(温かいワイン)やソーセージ、焼き栗なんかは昔からずっとあるよ」と、グリューワインを飲む素振りをしながら話してくれました。

 

地域の親しまれるイベントであり、クリスマス支度の買い物の場であったはずのクリスマスマーケットは、このように時代の流れとともに変化し観光スポットへと変わりつつあります。その背景には、クリスマスがキリスト教徒だけのものではなくなり、国や宗教にかかわりなくイベントとして盛んになったことがあるようです。クリスマス当日は教会に行ったり家族で祝ったりする習慣も少しずつ薄れ、以前は12月23日には撤退していたクリスマスマーケットも数年前から各地で12月末まで開催されるようになりました。

 

2021年は一部地域でドタキャン

↑少しずつ例年の活気を取り戻しているドイツのクリスマスマーケット

 

ドイツでは11月からコロナ感染者が再び急増しています。南ドイツや一部の地域では感染者数が過去最多を記録したため、クリスマスマーケットが始まる直前の11月末に開催の中止が決定されました。

 

その他の地域でクリスマスマーケットは予定通り開催されていますが(12月13日時点)、2Gルール(ワクチン接種済み、もしくは感染から回復した人のみが訪問可)か、3Gルール(2Gに加え、24時間以内の陰性証明保持者)が適用されています。実際に近所のクリスマスマーケットを覗いてみると、始まったころは例年と比べて随分空いている印象を受けましたが、最近では夕方のピークの時間帯になると、かなり混雑しています。

 

かつてのクリスマスマーケットは、地元の人たちの冬の買い物の場でしたが、現在では家族や仲間と一緒に楽しむイベントとして、また、この時期にしか味わえない多種類の料理を楽しめる場所になっています。時代の流れで変化はあるものの、それでも多くの人が心待ちにするイベントであることは変わりません。国中でクリスマスマーケットの街並みが戻ってくるのをドイツの人たちは楽しみにしていると思います。

人は「笑い声」で国籍を見分けられる? オランダの大学の研究

欧米の人は日本人よりリアクションが大きく、「笑いのツボが違う」などと一般的に言われています。笑いは文化ということかもしれませんが、先月そのような見方と関連する研究が発表されました。どうやら人間は、笑い声を聞いただけで、笑っている人が聞き手と同胞であるかどうかわかるようです。

↑笑い声を聞けば、同胞を当てられる

 

人が笑うという行為は、言葉を使わないけれど、誰かと共感したり人との距離を縮めたりできる非言語コミュニケーションですが、文化的背景によって表現方法が異なることが指摘されています。では、人は笑い声を聞いて、笑っている人の国籍が自分と同じかどうかわかるのでしょうか?

 

この問題に取り組んだのが、オランダ・アムステルダム大学と日本の研究者たちです。彼らは、日本人131人とオランダ人273人に、前後の会話部分は排除して人の笑い声の音声だけを聞いてもらう実験を行いました。笑いは、面白いジョークを聞いたときに自然に生まれるような「自発的な笑い」と、上司とコミュニケーションするような場面で考えて行う「人為的な笑い」の2種類に分類し、この実験では両者から、笑っている人が自国の人かそうでないか被験者に判断してもらいました。

 

その結果、自発的な笑いの場合、自国の人か判断し正解率は、日本人が約77%、オランダ人が約76%。人為的な笑いの場合の正解率は、日本人が約77%、オランダ人が約71%でした。

 

笑いはアイデンティティを示す?

人為的な笑いは、本人が意図的に笑おうとするので、話し手本人の個人的な特徴が出やすいもの。先行研究では、人為的な笑いのほうが自発的な笑いより、笑っている人本人を識別しやすいことがわかっていました。そのため、今回の実験を行った研究チームは、人為的な笑いのほうが、国籍が同じ人を見抜きやすいと予想していたのです。

 

しかしそれに反して、オランダ人も日本人も、自発的か人為的かに関わらず、笑い声を聞いただけで、高い確率で自国の人かどうかを判断することができたのです。この2か国以外の人たちはどうなのかという問題はありますが、仮にこの結果が普遍的に妥当だとしたら、私たち人間は笑い声を聞いて、そこから民族や国籍といった情報を引き出していると考えることができます。

 

たとえ何について笑っているかわらかなくても、人間は、声の高さや発声方法など、あらゆる情報を瞬時に判断して、笑っている人物がどのような人なのかを推理しているようです。私たちは日常生活でさまざまな人の笑い声や笑い方を耳にしていますが、その経験が積み重なり、無意識のうちに「日本人の笑い方」だという認識を持つようになっているのかもしれません。

 

【出典】Kamiloğlu Roza G., Tanaka Akihiro, Scott Sophie K. and Sauter Disa A. 2022. Perception of group membership from spontaneous and volitional laughter. Philosophical Transactions of the Royal Society. http://doi.org/10.1098/rstb.2020.0404

なぜ人類はかくも面倒くさがり屋なのか…世界で最もよく使われている「パスワード」が判明

メールアドレスからSNSの設定まで、あらゆるものに必要なパスワード。「簡単なパスワードは避けましょう」と言われていても、つい覚えやすくシンプルなパスワードを設定したくなりますよね。そんな人々の心理は、どうやら世界共通のようです。先日発表された「世界パスワードランキング」と「日本のパスワードランキング」で興味深い傾向が見えてきました。

 

「世界パスワードランキング2021」の結果

↑パスワードには世界的な傾向があった

 

パスワード管理サービスのNordPassは、世界50か国から集めた4TBのデータを分析し、世界で最も多く使われているパスワードをランキング形式で発表しました。その結果は以下のとおりです。

 

1位 123456

2位 123456789

3位 12345

4位 qwerty

5位 password

6位 12345678

7位 111111

8位 123123

9位 1234567890

10位 1234567

11位 qwerty123

12位 000000

13位 1q2w3e

14位 aa12345678

15位 abc123

16位 password1

17位 1234

18位 qwertyuiop

19位 123321

20位 password123

21位 1q2w3e4r5t

22位 iloveyo

23位 654321

24位 666666

25位 987654321

26位 123

27位 123456a

28位 qwe123

29位 1q2w3e4r

30位 7777777

 

世界で最も多く使われていたパスワードは「123456」でした。上位30位を見ても、数字を規則的に並べたものばかりがランクインしていることがよくわかります。特にトップ10のうち8個が「1、2、3、4……」と並べたものばかり。世界の多くの人が、単純なパスワードを設定する傾向にあることを如実に示しています。

 

一方、パスワードにはお国柄を表すものがあり、イギリスでは名門サッカークラブにちなんだ「liverpool」が総合3位、アメリカではNBAプレイヤーのマイケル・ジョーダンにちなんだ「jordan」(総合32位)でした。

 

また、男女別にデータを見ると、女性のほうが「love」「sakura」のように情緒的な言葉を好む人が多いようです。

 

日本は?

次に日本でよく使われたパスワードランキング上位30位をご紹介しましょう。

 

1位 password

2位 123456

3位 123456789

4位 12345678

5位 1qaz2wsx

6位 member

7位 asdfghjk

8位 12345

9位 password1

10位 1234567890

11位 inuyasha

12位 password1

13位 qwertyuiop

14位 asd12345

15位 123qwe

16位 qwe123

17位 1234

18位 qwerty123

19位 lovelove

20位 chocolate

21位 qwer1234

22位 kagome

23位 xxx

24位 qwerty12

25位 1qaz2wsx

26位 9301967

27位 654321

28位 dragon

29位 london1

30位 joan123

 

日本でもっとも多く使われていたパスワードは「password」でした。しかし世界の傾向と同じように「1、2、3、4……」と数字を羅列したパスワードも上位に多くラインナップしています。また、日本独特のパスワードとしては「sakura」(総合15位、男性14位、女性7位)、「takahiro(総合21位)」「doraemon」(総合28位、男性43位、女性50位)、「hogehoge」(男性25 位、プログラムサンプルで使われる言葉)」、「inuyasha(女性11位、アニメ『犬夜叉』)などが挙がりました。

 

ランキング上位は数秒でハックされる

↑「123456」はやめておこう

 

今回のパスワードランキングでは、各パスワードがハッキングされるのにかかる時間も紹介されているのですが、世界の上位200位に入ったパスワードはすべて1〜2秒でハッキングされてしまうそう。これではパスワードの意味すら持たないかもしれません。パスワードを強くするためには、数字、文字、記号のすべてを組み合わせること。さらに自分や家族の名前のように、簡単に割り出せる単語は使わないことが基本です。もし今回紹介したランキングに自分の使っているパスワードが入っていたら、今すぐに別のパスワードに変更した方がいいかもしれませんね。

 

変わるクリスマス商戦! 超保守的なイタリアに「ブラックフライデー」が広がるワケ

アメリカ発祥の「ブラックフライデー」がイタリアで普及し始めたのは10年ほど前のこと。オンラインショッピングの拡大とともに知名度を上げてきたブラックフライデーですが、当初はイタリアで冷遇されていました。イタリア人から見たブラックフライデーを文化的な観点から説明しましょう。

↑ブラックフライデーに慎重なイタリアのビジネス

 

アメリカ文化への抵抗感

ブラックフライデーがアメリカで興ったのは1920年代といわれていますが、その風習がヨーロッパに到ったのは1980年代になってから。しかしイタリアでは、夏と冬のセール期間がその町によって厳格に決められているため、ブラックフライデーはなかなか浸透しませんでした。

 

実際に2016年までは、ブラックフライデーをうたって割引をした店舗には罰金が科せられていたのです。しかし、オンラインショッピングの拡大に危機感を抱いたミラノ市が罰則を止めたのを皮切りに、オンライン以外の店舗でも割引が可能となりました。

 

イタリアで「ブラックフライデー」という言葉を耳にするようになったのは10年ほど前で、まさにオンラインショッピングが破竹の勢いを見せ始めた時期と重なります。新聞や雑誌でも宣伝され、若い世代を中心によく知られるようになりました。あくまで在住者としての感触ですが、当初から服飾品などファッション系のカテゴリーよりも、電化製品や電子機器をこの日に購入しようとする動きが目立っていたような気がします。

 

イタリアのブラックフライデーを理解するためには、その文化的背景を理解することが大切です。長い歴史を誇るイタリアでは、「メイド・イン・USA」のものを軽く見る風潮があることは否めません。例えば、ハロウィーンは、古代ケルト人が起源とされていますが、ブラックフライデーと同様にアメリカから導入され、イタリアでも子どもたちを中心に仮装してお菓子をもらう光景が見られるようになりました。

 

しかし、高齢者を中心に一部のイタリア人には、「あれは所詮アメリカの風習」と軽んじる傾向があります。ハロウィーンと同じ仮装をする2月のカーニバルと比べると普及度が断然低いのも、このあたりの価値観の違いを反映していますが、ブラックフライデーの事情もそれと似ています。

 

しかも、ブラックフライデーが「感謝祭の翌日の金曜日」であることも、感謝祭を祝う風習がないイタリア人にとってブラックフライデーが異文化たる理由です。

 

伝統を守りきれない

↑伝統文化の破壊者?

 

そんな保守的な文化を持つイタリアでも、ブラックフライデーは徐々に広がりつつあります。

 

感謝祭には無関心のイタリア人も、クリスマスは1年の中で最大のイベント。人々の宗教心が薄れて久しいイタリアですが、家族が集まるクリスマスは日本のお正月のような趣があり、そこで欠かせないのがプレゼント。イタリアのクリスマスプレゼントは、子どもたちやパートナーだけに配られるものではありません。ほんのちょっとしたプレゼントを親戚や友人一人ひとりに渡す風習が現在も残っているのです。

 

イタリアのクリスマス商戦は本来、12月8日の「無原罪の御宿り(むげんざいのおんやどり)」という宗教的な祭日を境に本格化します。この日を過ぎないとプレゼントを購入する雰囲気もないといわれてきましたが、用意周到な人たちはブラックフライデーにプレゼントを購入し、節約につなげる動きを見せています。

 

ある調査によれば、2020年のブラックフライデー直前の調査での平均予算額は284ユーロ(約3万7000円)で、前年に比べ7%減少したそう。しかし、2021年の事前調査では、平均予算額は360ユーロ(約4万6000円)と前年比27%増になっています。さらに購入を予定している人の56%がその理由を「クリスマスプレゼント」と回答しており、クリスマス商戦は12月8日以降という伝統が崩れつつある様相が垣間見えます。

 

ブラックフライデーでイタリア人は何を買ったのでしょうか? 別のある調査では、最も多かった購入予定のアイテムは電子機器(回答者の47%)。また、「サステナビリティを意識して購入する」と答えた人は10人中9人にのぼります。「必需品しか購入しない」と答えた人が43%、「衝動買いは避ける」と答えた人が29%となりました。

 

ブラックフライデーはここ数年で知名度こそ上がってきましたが、昨今はコロナ禍で人々の財布の紐が固くなりました。インターネットを日常的に使用している世代の間で、ブラックフライデーはそれなりの盛り上がりを見せるものの、消費の動きには堅実さが見えます。

 

テクノロジーの発展や経済状況、宗教意識の低下の中で広がりつつあるイタリアのブラックフライデー。文化的に超保守的な国で、このアメリカの“買い物祭り”は、これからどのように変容していくのでしょうか? イタリアのアレンジ力に注目です。

 

 

 

 

醤油かけごはんとアイスクリームが同じ点数? 米大学の新開発「栄養評価システム」

醤油かけごはんとサンデーパフェは栄養価が同じくらい低い——。そんな身近な食べ物の栄養についてチェックできる新しい栄養評価システムが最近、誕生しました。8000以上の食べ物と飲み物を対象にしたこのシステムにはどのような特徴があるのでしょうか? 実際の評価結果と合わせて見てみましょう。

↑本当に栄養満点?

 

食べ物の栄養を評価する既存のシステムの多くが、食べ物のマイナス部分にのみフォーカスしていました。でも私たちが普段口にする食べ物には、悪い面もあれば良い面もあるもの。そこで8032の食べ物と飲み物をもとに、栄養面のプラスとマイナスの影響を総合的に判断するシステム「フードコンパス(Food Compass)」を作ったのが、米国・タフツ大学の研究チームです。

 

この研究チームでは、食材の栄養素のほか、加工方法や添加物などの情報も考慮。肥満や糖尿病、がんなどの健康に関する項目も含め、全部で54のチェック項目について、栄養比率、ビタミン、ミネラル、添加物、加工などの9つのカテゴリーに分類。それぞれにスコアをつけて総合スコアで評価するシステムを、約3年かけて開発しました。

 

最高スコア100点、最低スコア1点で評価されるこのシステム。主なメニューのスコアは以下の通りです。

 

ラズベリー:100

人参ジュース:100

アーモンド:91

ベジタブルカレー:90

アーモンドチョコレート:78

コーヒー・カプチーノ(低脂肪乳使用):73

チキン胸肉のグリル(皮なし):61

ターキーまたはチキンバーガー(全粒粉のバンズ):50

チェダーチーズサンドイッチ(全粒粉のパン):32

ピザ(薄い生地タイプ):25

シリアル:19

醤油かけご飯:10

アイスクリームサンデー:10

チーズバーガー(ファーストフード):8

カップ麺:1

チョコレートバー、エナジードリンク:1

 

平均スコアは43.2点。分類ごとの平均は、野菜が69.1点、果物は73.9点(生の果物はほぼすべて100点)、豆類・ナッツ類は78.6点、魚介類は67点、牛肉は24.9点、鶏肉は42.67点、菓子類は16.4点でした。

 

同じ飲み物でも、人参ジュースは100点なのにエナジードリンクは1点。同じお菓子でも、アーモンドチョコレートは78点に対して、チョコレートバーは1点という具合に、何を選ぶかによって、スコアが大きく変わることがわかります。

 

面白いのは、醤油をかけただけのご飯は、アイスクリームサンデーと同じく10点であること。これは、白米はアイスクリームの糖分と似た炭水化物だけの摂取となり、繊維質やほかの栄養分が少ないことが理由として考えられます。

 

身体に良いとされるシリアルでさえも19点、カップ麺はエナジードリンクと同じく最低スコアの1点でした。

 

このシステムを開発した研究チームは、奨励する食べ物と飲み物のスコアは70点以上として、31~69点の食品は適度の摂取にし、30点以下のものは最小限に抑えるよう勧めています。

 

【出典】Mozaffarian, D., El-Abbadi, N.H., O’Hearn, M. et al. Food Compass is a nutrient profiling system using expanded characteristics for assessing healthfulness of foods. Nat Food 2, 809–818 (2021). https://doi.org/10.1038/s43016-021-00381-y 

クリスマスマーケット中止の鬱憤を「ブラックフライデー」で晴らしているドイツ

アメリカ発祥で現在は世界的に認知度も上がった「ブラックフライデー」は、ドイツでもかなり浸透しているショッピングイベントのひとつです。現在ドイツは新型コロナウイルスの感染が急増していることもあり、昨年に続き街には例年のような賑わいは見られませんが、ドイツ人の購買意欲は高く、オンラインショッピングは活況。ドイツのブラックフライデーについて現地からレポートします。

↑ドイツでも拡大中のブラックフライデー

 

ブラックフライデーがドイツに伝播したきっかけは、2006年にApple社がアメリカのブラックフライデーで提示されているセール価格をドイツにも導入したこと。Appleストアやオンラインショップで商品が特別価格で販売されたことは国内で大きなニュースとなり、驚異的な成功に多くの小売企業が感嘆しました。

 

その流れに乗り、2010年にはAmazonドイツが、2013年にはほかのさまざまな小売企業がブラックフライデーを開始し、ドイツでもオンラインを中心に大規模開催されるようになったのです。

 

2021年のブラックフライデーも11月の第3金曜日でしたが、近年のドイツでは当日だけでなく翌週の月曜日である「サイバーマンデー」や、その前後の「Black Friday Week」に、多くの企業が1週間ほどのセール期間を設けています。

 

さらに、ドイツの大手家電販売店では「Black November」として11月いっぱいのセールも開催するなど、ブラックフライデーに便乗したショッピングイベントが増えています。また「Take Black Friday」という名称をつけ、ブラックフライデー当日を除いた11月中にセールを実施し、客が当日に殺到することを避けた化粧品会社もありました。このように、今年はそれぞれの企業が独自の方法でブラックフライデーに挑みました。

 

統計市場調査プラットフォームのスタティスタは11月初旬、2021年のブラックフライデー期間にドイツの消費者は約49億ユーロ(約6265億円※)を費やし、過去6年間で最高の売上高になるとの予想を発表しました。ドイツの成人のおよそ26%にあたる推定1810万人が、ブラックフライデー期間中に買い物すると見られていました。

※1ユーロ=約128円で換算(2021年12月3日時点)

 

↑ドイツの企業でブラックフライデーの売上高は年々増加している(出典:スタティスタ)

 

調査で意外だったのは「ブラックフライデー期間中に買い物をする」と答えた人のうち、男性が28%、女性が24%と、男性のほうが多かったこと。買い物をする理由として「お得だから」とか「退屈しのぎ」が挙げられていますが、ドイツ人がこれほど一斉に買い物する日はほかになく、この期間はクリスマス商戦も含んだ重要なシーズンと言えるでしょう。

 

ブラックフライデーのセール期間や内容については事前公開しない小売企業がほとんどです。しかし、ネット上には「ブラックフライデー情報サイト」が多数存在しており、どのショップがいつから、どの程度割引して、どんな商品を販売するのかなどの情報を集めて掲載しています。購入意欲が旺盛な人も、単に何かお得なものを探している人も、事前にインターネットで情報を得ることができるのです。

 

ブラックフライデーの1週間ほど前になると、各小売企業の広告が正式に出始めます。ただ、まだその時点ではセール対象商品や目玉商品などの情報は発表されず、2021年もセールが始まると同時に詳しい内容が公開されました。

↑「ブラックノベンバー」キャンペーンを行うドイツの家電量販店

クリスマスマーケットに行けない代わりに

ドイツの最大イベントであるクリスマスの買い物も、毎年ブラックフライデーと同じころから盛り上がりを見せます。その盛り上がりは、オンライン上だけではありません。街中のショップに張り出されるブラックフライデーのポスターや、きらびやかなクリスマスマーケットに、大勢の人々が引き寄せられるのです。

 

しかし、コロナ禍が落ち着きを見せている日本とは違い、ドイツでは11月に入ってからまたコロナ感染者が急増しています。感染拡大が一向に収まらないため、2021年の街の様子は昨年と同様にコロナ禍前とは異なりました。人々が2年ぶりの開催を心待ちにしていたクリスマスマーケットも、南ドイツなど一部の都市部では開催直前になってからの中止が決まったのです。

 

クリスマスマーケットの開催が叶った都市でも厳しい「2Gルール」規定が導入され、例年のような混雑は見られず少し寂しい光景です。2Gルールとはワクチン接種者、または感染からの回復者のみが訪問や入店できる規定で、ドイツではほとんどの都市のクリスマスマーケットやレストランで適用されています。ショッピング店舗にはまだ適用されていませんが、ブラックフライデー当日にも街の中は比較的閑散としていました。

 

12月に入り、オミクロン株の感染が世界中に拡大する中、ドイツはワクチン未接種の人を対象にしたロックダウン(都市封鎖)を発動。ブラックフライデーやクリスマス商戦時期であるにもかかわらず、街には以前のような賑わいが消えた一方、ドイツ人の多くはオンラインで買い物を楽しんでいると思われます。ブラックフライデーの売り上げは、来年さらに増えるかもしれません。

クリスマスにも影響!? 英国で起きる「ブラックフライデー」のサステナブル化

英国では、比較的新しいショッピングイベントであるブラックフライデー。この米国発の“お祭り”は英国人の間でも人気を広げつつありますが、環境問題や多様性が重視される現代では、割引率だけでなく、企業の価値観にも消費者は注目。本稿では、社会的なメッセージを展開して話題を集める2社を取り上げながら、英国でブラックフライデーがいかに変化しつつあるのかを見てみます。

↑ブラックフライデーでクリスマスムードが増す英国

 

英国では、クリスマスは家族や親戚が集まるビッグ・イベントで、一人一人にプレゼントを渡す習慣があります。そのためプレゼント選びはこの時期の大仕事で、予算も全国平均で国民1人当たり420ポンド(約6万3100円※)とかなりの額に達しますが、当然ながら小売業界も一年で最大の商戦を展開します。

1ポンド=約150円で換算(2021年12月3日時点)

ブラックフライデーは米国を起源としており、感謝祭の翌日の金曜日に行われる一斉セールですが、感謝祭の習慣がない英国において、このイベントの意味はクリスマスショッピングの開幕戦。小売店やブランドはセール開始をさらに前倒しにして11月初旬からプレセールを始め、購買ムードを盛り上げていきます。

特にコロナ禍とブレグジット(EU離脱)の影響が残る2021年は、ショッピング街の人出や配達遅れなどのトラブルを避けて、早めに買い物の準備を始める傾向が見られました。

 

そんな中、英国では2つのブランドが大きな注目を集めています。

 

1: ダイバーシティで勝負する「ジムシャーク」

↑多様性を全面的に打ち出すジムシャーク(画像提供/同社の公式サイト)

 

ブラックフライデーをスポーツ大会になぞらえて、スポ根風のコミカルなCMを公開したのが、英国のフィットネス・ファッションブランドの「ジムシャーク(GymShark)」です。ナイキ、アディダスの2大ブランドがマーケットを席巻する中、同ブランドは人気フィットネス・ブロガーを起用したインフルエンサー戦略で、一気に人気ブランドへと成長しました。

 

ブラックフライデーのCMコピーは「You know the Drill(やることは分かっているね)」。スポーツコーチがアスリートたちに「セール開始はいつか」「割引率は」「サイズ選びのコツは」「ウィッシュリストの新機能は」など、「勝つ」ための情報をチームに叩き込むという内容で、視聴者もセールにまつわるQ&Aが頭に入るという構成になっています。また、昨年のロックダウン中にはセール開催の24時間前にウェブサイトを故意にダウンさせ、サスペンス感を生み出す戦略でも話題を呼びました。

このCMは英国の多様性を反映して、さまざまな人種の俳優を起用しているのが特徴。同ブランドのファンはフィットネス好きなだけでなく環境・社会問題への感心が高い10代から20代前半のZ世代が多いため、同社では社内の男女比率や人種比率を公開したり、各商品のカーボンフットプリント(商品のライフサイクル全体を通して温室効果ガスの排出量をCO2に換算したもの)をアップデートしたりしてファンの心をつかんでいます。

 

2: 「買わないで」と訴える「パタゴニア」

一方、毎年「むやみに買わないで」という反ブラックフライデー・キャンペーンを繰り広げて人気を呼んでいるのが、米国アウトドア・ブランドのパタゴニアです。同ブランドはブラックフライデーセールを行わず、大量消費文化によって引き起こされる環境問題について訴える広告で支持を得ています。2016年にはブラックフライデー売上高の全額を環境保護団体に寄付すると発表し、大きな反響を呼びました。当初の予想を5倍も上回る1000万ドル(11億円以上※)の売り上げを記録したことは、多くの人たちが共感した結果といえるでしょう。

1ドル=約113円で換算(2021年12月3日時点)

 

2020年には、逆から読むと環境保護メッセージになる詩を使ったユニークな広告を発表し、米国だけでなく英国でも多くの支持を集めました。現在は世界の環境保全団体とブランドのファン・コミュニティを繋ぐ世界規模のプラットフォーム「パタゴニア・アクション・ワークス」の活動を加速させています。

 

“グリーン”フライデーへ

↑この自然こそが最大の贈り物

 

英国では2022年消費トレンド予測の一つとして「気候主義(climatarianism)」が挙げられました。これは地球環境や気候への影響を基準にして消費を行うライフスタイルを指します。ユーザーが自分の信念や価値観に沿ったブランドから商品を購入する傾向は、今後ますます高まっていくでしょう。

G7首脳会議と国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたばかりの英国では、環境意識がこれまでになく高まり、特に若い世代では「サステナブルでなければクールでない」という意識が強まっています。英国の独立系小売店が集結し、ブラックフライデー割引は行わない代わりに当日の売り上げの一部を慈善団体に寄付して植樹を行うという「グリーンフライデー」活動のニュースも報じられたばかりです。

企業の社会的な責任が強く問われるようになった今日の英国では、もはや商品のデザインや価格だけで消費者の支持を得ることはできません。ブラックフライデーに限らず、ブランドのサステナブルなビジョンを明確に打ち出すことでファンの信頼を得るという戦略こそが、これからより一層重要になっていきそうです。

執筆者/ネモ・ロバーツ

欧米に合わせる必要なし! ロシア独自の「ブラックフライデー&サイバーマンデー」とは?

毎年、11月の感謝祭翌日の金曜日に開催される大規模セール「ブラックフライデー」は、欧米(西ヨーロッパ諸国)だけでなく、いまやロシアでも大きなイベントとなっています。ただ、ロシアのブラックフライデーは店舗やサイトによって開催日や開催期間がそれぞれ異なり、フライデーの意味は完全に失われている模様。消費者にとっては情報収集にも一苦労ですが、ロシアのブラックフライデーはどういった仕組みになっているのでしょうか?

↑モスクワのショッピングセンターにおけるブラックフライデーの様子(2020年撮影)

 

ロシアのブラックフライデーは、2013年にオンラインイベントとして初めて導入されたようです。今日では欧米と同様に実店舗でも開催されていますが、国民の間ではオンラインイベントとしての認識が高い様子。それもあってか、ロシアのブラックフライデーではショッピングセンターなどの店先で行列を見かけることはありません。

 

ロシアのブラックフライデーの大きな特徴は、開催日が決まっていないこと。店舗やオンラインショップは10月から11月にかけて、それぞれ異なる日付に開催します。さらに、開催期間が長いこともロシア版ブラックフライデーの特徴。本来であれば感謝祭の翌日だけのはずですが、ロシアではその前後1週間から1か月間も開催されているのです。

 

2021年のブラックフライデーの場合、例えば、家電量販店のエムビデオは10月22日から11月29日、化粧品店のレトゥアーリは10月30日から11月30日、通信サービスのビーラインは11月2日から11月29日までを開催期間に設定しました。これらは一例ですが、各企業によって開催日や期間が異なっているのが見てとれます。

 

開催日がさまざまなロシアのブラックフライデーを攻略するためには、事前準備が必要です。最重要事項は、異なる開催日時と開催期間を把握すること。これらの情報は「ブラックフライデーセール・ドットル」というECサイトで一覧できるようになっており、比較的簡単に確認できます。また、メール購読の登録をすると会員専用のニュースレターが届き、参加店舗の最新セールリストをはじめ、販売される商品や割引のプレビューなど、役立つ情報を受け取ることができます。

 

ロシアにおけるブラックフライデーの落とし穴

欲しいものが安く買えるという消費者に有利であるはずのブラックフライデーですが、ロシアでは注意すべき点がいくつかあります。日刊メディアのコムソモリスカヤ・プラウダ新聞のブラックフライデーに関する記事によれば、一部の企業はブラックフライデー前に商品価格を上げておき、開催当日に元の価格に戻すことで、あたかもセールのように見せかけることがあるとのこと。消費者は夏の終わりから秋にかけて欲しい商品の通常価格を確認しておくことで「騙される」のを防ぐことができる、と同記事は述べています。

 

さらに、ブラックフライデーが在庫処理に使われることや、悪徳な企業の場合は不良品や賞味期限切れの商品を出していることもあるそう。購入後は、食品ならば賞味期限を、電化製品ならば作動状態を速やかに確認することが重要といえます。

 

また、セール時は返品規定も通常時とは異なる場合があるので、事前に確認しなくてはなりません。ロシアの消費者にとっては、購入前の事前情報収集から購入後の確認までがブラックフライデーと言っても過言ではないでしょう。

↑ブラックフライデーだからといって本当に安いとは限らない

 

ロシア版サイバーマンデーは1月末の開催

欧米ではブラックフライデーの後に来る月曜日が「サイバーマンデー」になっていますが、ロシアではこのイベントも1月末に開催されるうえ、3日間も続きます。

 

ロシアのサイバーマンデーが1月末に開催される理由は、ロシアの消費マーケットの動きに関係しています。ロシアではブラックフライデーが11月末に一通り終わると、年末年始のセールが始まります。そういったセールが終わり、消費需要が最も低くなるのが1月末以降なのです。同じような光景は日本の百貨店でも見られますね。

 

また、ロシアの正月休みは通常1月10日までで、年末年始の休暇が終わったころには事前に用意した食料品や飲み物も食べきり飲みきってしまいます。そこで「ちょうど冷蔵庫に何もなくなる1月下旬に消費需要を生み出そう!」とマーケターたちが閃いた結果、ロシアのサイバーマンデーは1月末に開催されるようになりました。この一見強引ながら現実的な考え方は、日本の小売業界にとっても参考になるかもしれません。

 

コロナ禍でオンラインショッピングの需要が高まり、2021年は選択肢がより一層広がりました。広告会社のクリテオロシアは、2021年のブラックフライデーと来年のサイバーマンデーは、コロナ禍で売上が落ちた企業にとって大きなチャンスなので、かつてないほど盛り上がるだろうと予測。ロシアの消費者は、長期間にわたってセールを楽しめそうです。

地震にもメリットが!? 木の成長を早めることが判明

地震はさまざまな被害をもたらしますが、最近ドイツの科学者が、地震にはポジティブな効果もあることを発見しました。それは木の成長を早めるということ。一体どういうことでしょうか?

↑地震で地盤が緩むと、地下水が渓谷に流れ込む

 

ドイツのポツダム大学で水文学(すいもんがく)を研究するクリスティアン・モーア氏は、2010年にチリで発生したマグニチュード8.8の地震を現地で体験しました。渓谷に流れる川の堆積物について調査していたモーア氏は、地震発生後にその調査地点を再び訪れ、川の流れが早くなっていることに気付きます。モーア氏は、これは地震によって地盤が緩んだことで、地下水が川に流れ込みやすくなったことが原因と考え、この仮説を証明するための調査を開始したのです。

 

調査では、海岸沿いの2つの植林地にある6本のモントレーパインと呼ばれる松から、ドリルを使って鉛筆より細くて長い木栓を24個採取。これをドイツの研究室に持ち帰り、それらを顕微鏡で観察し、地震の直後に水量が増えたことで、木の細胞の大きさや形がどのように変わったのかを調べました。

 

さらにモーア氏は、木の細胞の中にある炭素の同位体(原子番号が同じで原子量が異なるもの)の「炭素12」と「炭素13」の割合を求めます。光合成が盛んに行われると、炭素12の割合が多くなることに着目し、その観点からも木の成長の変化を明らかにしようとしました。

 

その結果、チリ地震の数週間から数か月後に、谷底の木はわずかながら成長が早まっていたのに対して、尾根に生育する木については成長が遅くなったことがわかりました。地震発生後の調査期間中に降雨パターンに大きな変化がなかったことから、この木の成長スピードの変化は、地震によるものと推測できるのです。つまりモーア氏が立てた仮説のように、地震によって地下水が尾根から渓谷に流れこみやすくなり、その影響で谷間にある木は成長が早まり、尾根にある木は成長スピードが緩くなったと考えられるのです。

 

過去の地震調査に新たな光

木の成長を調べるための一般的な方法は年輪調査です。年輪の幅はそのときの生育環境によって変化することがわかっており、年輪を調べることによって、木の年齢などを知ることができます。しかし、今回モーア氏が行った木栓の調査と炭素の同位体比率を組み合わせた調査方法は、従来の木の年輪の幅を調査する方法では発見できないような、短期間の木の変化を見つけ出すことに役立つとのこと。専門家の間では「数千年前に発生した地震による短期的な影響を調査することもできるかもしれない」と期待が寄せられています。

 

地震によって木の成長速度がわずかに早まることが判明した今回の研究。まるで“風が吹けば桶屋が儲かる”ということわざのような話ですが、この研究はまだ始まったばかり。モーア氏は、チリと同様に乾燥地帯でモントレーパインが植えられている、米国・カリフォルニア州ナパバレーで同じ調査を行い、今回と同じ結果が得られるかどうか検証する予定です。

 

【出典】Elise Cutts. Earthquakes boost tree growth: Short-term fertilizing effect leaves signatures in wood cells. Science. 21 October 2021. doi: 10.1126/science.acx9418

アイアンマンみたいな兵士が誕生!? 英国海軍が「空飛ぶジェットスーツ」の使用を検討

近い将来、兵士はジェットスーツを身につけて、アイロンマンみたいに空を自由に飛ぶかもしれない——。そんな未来が間近に迫っていることを感じさせるイベントが、先日イギリスで行われました。

↑イギリス海軍が使用を検討しているGravity Industriesのジェットスーツ(この写真は2019年に撮影)

 

2021年11月、イギリス軍の関係者が出席する「アーミー・ピープル・カンファレンス」で披露されたのが、イギリスのベンチャー企業「Gravity Industries」のジェットスーツです。重さ約25㎏のジェットスーツには、ガスタービンが左右の腕に2個ずつ、背中に1個搭載されており、灯油を燃料にして1000馬力以上の出力で空を飛ぶことが可能です。最高時速は時速80マイル(129㎞)以上になり、飛行高度は12000フィート(3658m)に達するそう。飛行時間は最大8分と限られていますが、ジェットスーツを着るだけで高速で空を自由に飛び回ることができます。

 

↑アーミー・ピープル・カンファレンスにおけるGravity Industriesのジェットスーツの実演(動画提供/デイリー・メール紙)

 

今回のイベントでは、Gravity Industries創業者のリチャード・ブラウニングが実際にジェットスーツを着用し、観客の前を飛行する様子が披露されました。ブラウニング氏はイギリス海兵隊の予備兵を6年間勤めていた経験があります。2021年の前半にはイギリス海軍が、同社のジェットスーツを使った海上パトロールのテストを行っていますが、陸軍も同様に軍事作戦の一環としてこのジェットスーツを使用することを検討していると報じられています。

 

航空工学にイノベーションを起こしているGravity Industriesのジェットスーツ。私たちは近い将来、アイアンマンのような兵士が誕生するのを目撃するかもしれません。

 

アイアンマンになれる日はそう遠くないかも!「空飛ぶジェットスーツの開発」から見える「経験」の大切さ

かわいいだけじゃない! 犬が首を傾けるのは賢いからだった

犬はキョトンとした顔で首をかしげるときがあります。その行動はかわいらしいものですが、最近、そんな首をかしげる行動は、モノの名前を覚えることができる犬に共通して見られることが判明しました。犬は首をかしげながら、何をしているのでしょうか?

↑こうしたほうが言葉を理解しやすいんだワン……

 

犬が首をかしげる動作は、左右非対称性の動作のひとつとして考えられています。人間が周囲の環境を認識するときの感覚は「右耳のほうが周囲の音を聞き取りやすい」「左目のほうがよく見える」というように、聴覚や視覚の信号を処理するときの認知は左右どちらかの耳や目が優先的に使われます。これは犬も同じで、例えば、物をつかむときに利き足がありますが、首をかしげる動作については研究されていませんでした。

 

そこで、この問題について調査をすることにしたのが、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学のチーム。あるとき彼らは、犬が首をかしげる動作は、犬が飼い主の言うことを聞いているときに多いことに気が付きました。このことから「認知と動作に関係性があるのではないか」と仮説を立てたのです。

 

それを証明するため、まず、この研究チームは、以前に犬の記憶力に関する実験を実施したときに撮影した動画を分析しました。この実験では、40匹の犬に複数のおもちゃの名前を覚えさせるトレーニングを3か月間実施。飼い主が犬に、別の部屋に置かれたおもちゃを取ってくるように指示し、犬がそれを実行できるかどうか観察しました。その結果、2つのおもちゃの名前を覚えられた犬は40匹中7匹のみで、大部分の犬はモノの名前を覚えることが苦手であることがわかったのです。

 

次に、同研究チームは、この実験で飼い主が犬におもちゃを持ってくるよう指示したとき、犬が首をかしげるかどうかを観察。すると、おもちゃの名前を覚えられなかった犬は、首をかしげることがほとんどなかったのに対して、おもちゃの名前を覚えられた7匹は首を頻繁にかしげていたことがわかりました。

 

そこで彼らは、おもちゃの名前を覚えることができる犬だけを使って、さらに2年間の追加実験を実施。これにより、犬によって首をかしげる方向が異なり、左右どちらか一定の方向に首を斜めにする傾向があることを突き止めました。

 

飼い主の言うことを理解するため?

この結果を受けて、同研究チームは、犬がおもちゃの名前を聞いたとき、犬が首をかしげる動作とおもちゃを持ってくることには、なんらかの関連性があると論じています。

 

モノの名前を覚えられる賢い犬は、首をかしげるという動作をしながら、脳をフル回転させているのかもしれないですね。

 

【出典】Sommese, A., Miklósi, Á., Pogány, Á. et al. An exploratory analysis of head-tilting in dogs. Anim Cogn (2021). https://doi.org/10.1007/s10071-021-01571-8 

 

海洋浮遊ごみ回収機“SEABIN”で海洋ごみ問題に取り組む動機は、純粋な「海への思い」にありました

未来の子どもたちに綺麗な海を残したい~株式会社SUSTAINABLE JAPAN

 

「子どものころに見た海とはまったく違う……」。約7年前、母の実家がある熊本県の港を約20年ぶりに訪ねたところ、海面にペットボトルや得体のしれないゴミが無数に漂っていたことに衝撃を受け、「未来の子どもたちに綺麗な海を残したい」という思いに駆られ、行動を起こした人がいます。株式会社SUSTAINABLE JAPANの東濱孝明社長です。

 

深刻化している海洋ごみ問題

“海洋ごみ”“マイクロプラスチック”の問題はここ数年、大きく取り上げられています。世界の海には、すでに1億5000tのプラスチックごみがあり、そこへ毎年800万tが新たに流入しているといわれています。生物がポリ袋を餌と間違えて飲み込んだり、プラスチックごみが魚網に絡むなど、さまざまな悪影響や経済的損失も問題視されています。

 

一度海へ流入したプラスチックごみは、波や赤外線により小さなプラスチックの粒子となり、そのうち5mm以下のプラスチックは、マイクロプラスチックと呼ばれます。これらは自然分解することはなく、数百年以上もそのまま海に残り続けると考えられ、海の生態系にも大きな影響を与えます。(WWFジャパンホームページ参照)。

 

その対策の一つとして、身近なところではレジ袋やストローなどプラスチック製品の削減があります。雨が降ったときに路上のごみが川や水路に流れ、海に至ることが多く、海洋プラスチックごみの7~8割は陸地から発生。このまま放置しておくと、2050年には、魚より海洋プラスチックごみの量が多くなるとも言われています(日本財団ジャーナルホームページ参照)。

↑海面に浮いた無数のプラスチックごみ(左)、浜辺に打ち上げられたごみ(右)

 

使命感から脱サラし起業

現在、海洋ごみ削減に取り組む企業も増えていますが、SUSTAINABLE JAPANもその一社。

 

「地上ではごみ回収業者がいるのに、なぜ海にはいないのか。どうすれば海洋ごみを回収できるのか。そんな疑問から始まりました。元々はIT企業の会社員でしたが、脱サラをして2019年1月に起業。事業内容としては、SEABINという海洋浮遊ごみを回収する機器の販売とリース、海や湖のごみの回収作業を行っています。

↑株式会社SUSTAINABLE JAPAN 代表取締役社長・東濱孝明さん

 

熊本にある祖母の海がごみだらけなのを見て、悲しかったんでしょうね。とくに社会課題に興味があったわけではありません。“海に浮かぶごみが外洋に出たら、2度と回収できない。僕らの子どもや孫の時代に大きく影響してくる。すぐにでも行動しなければ”という使命感に駆られたんだと思います。だから当時は、社会貢献という意識はありませんでしたし、SDGsという言葉も知りませんでした」

 

海洋浮遊ごみ回収機SEABINとは

ゼロからのスタートだったため、まずは海外を含め、インターネットや書籍で海洋ごみ問題について徹底的に調査。そして出合ったのが、オーストラリアのサーファーが開発した、海洋浮遊ごみ回収機SEABINでした。SEABINは、直径約60㎝、高さ約80㎝の円筒で、水中ポンプにより、吸い込み口が上下します。この動作により、海面に浮いたごみを引き寄せ、ポット内にごみだけを回収します。1度に最大20kgの浮遊ごみを回収でき、約2mmまでのマイクロプラスチックは年間約1.4t(天候とごみの量に応じて)を回収できるそうです。日本ではまだあまり知られていませんが、39の国と地域で約860台が稼働しています(2021年現在)。

↑オーストラリアのサーファーが開発したSEABIN
↑SEABINによるごみ回収の仕組み(株式会社平泉洋行のホームページより)

 

実証実験で効果を実感

SEABINが設置されるのは、漁港や湾内など、ごみが流れてたまりやすい波の穏やかな場所です。湖や河川でも活用できますが、設置するためには管轄する自治体や漁港組合の許可が必要。東濱さんも実証実験を行うために、まずは自治体に相談したそうです。

 

「最初に実証実験を行ったのは、熊本県水俣市にある丸島漁港でした。SEABIN1基を17日間稼働させ、約42kgのごみを回収しました。次に熊本県宇城市の松合漁港でも行い、16日間で約60kgのごみを回収しています。また昨年は熊本市から依頼を受けて、江津湖でも実証実験を行いました。実証実験の好結果から、実は今年の春から市の事業として本格的に稼働する予定でしたが、新型コロナの影響で先送りとなってしまいました。でも、熊本だけでなく、全国の自治体や企業から問い合わせをいただいています」

 

また、写真家からの打診で、長崎県五島列島の福江島で高校生と共にビーチクリーンを実施。SEABINで実際に海洋浮遊ごみを回収し、講演も行いました。

 

「高校生たちの環境に対する意識の高さに驚きました。3日間だけの設置だったのですが、長崎県の環境シンポジウムでSEABINを利用した海洋浮遊ごみの回収について発表もしてくれました。がんばらないといけないと、身が引き締まる思いでしたね」

↑実証実験での様子。落ち葉や枯れ枝が大半だが、ペットボトルなどプラスチックごみも多く混じっている

 

用排水路の浮遊沈殿ごみも回収

東濱さんの取り組みは海や湖だけにとどまりません。用排水路用に浮遊沈殿ごみ回収機を約1年かけて開発し、今年9月から実証実験を始めました。

 

「熊本県内のJGAP(食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられた認証)を取得している米農家さんからの依頼がきっかけでした。実は、肥料をコーティングしている樹脂の膜はプラスチックでできていて、肥料が溶け出たあとに殻だけが残り、海に流出しているそうです。いずれはマイクロプラスチックになる可能性が高く、殻を流出させないためにSEABINを利用できないかというお話しでした。しかし用排水路ではSEABINの設置は難しく、ポンプの使用を改良した用排水路専用の機器を開発することを決めたのです。システムの開発には、地元の工業高校の生徒さんたちに協力をしていただき、この夏、ついに完成。1mm以下のマイクロプラスチックから、ペットボトルやレジ袋などの生活ごみも回収可能で、来春の稲作シーズンに間に合うように販売・リースを行いたいと考えています」

 

↑用排水路浮遊沈殿ごみ回収機の実証実験。回収機の使用前(左)と使用後(右)

 

まずはたくさんの人たちに知ってほしい

海を綺麗にするために日々奮闘している東濵さん。しかし現実には課題は多いそうです。

 

「用排水路用のごみ回収機は農協や組合の許可ですみますが、SEABINは自治体や漁港組合の協力がなければ設置できません。自治体は予算が年単位なのでどうしてもスピードが遅い。待っている間にもごみは蓄積されていくので、そのジレンマはあります。また、SEABINの日本での知名度がまだまだ低いのもネック。多くの人たちに知っていただき、応援してくれる人が増えれば、自治体の対応もスムーズになるのではないでしょうか。そのためにも、今は、できるだけ多くの人たちに、SEABINを、そして弊社の取り組みを知ってもうらうことに力を入れています」

 

今後は回収プラスチックの二次使用も検討

単純に“海を綺麗にしたい”“未来の子どもたちに綺麗な海を残したい”という思いから始まったこの事業。

 

「もちろんSDGsの必要性や重要性は感じていますし、機会があれば関わっていきたいと思っています。しかし、すべての海洋ごみを回収するのは不可能ですし、海洋環境問題を私一人の力で解決しようなんて大それたことは考えていません。ただ、目の前のできることをコツコツとやっていくだけです。また、今は回収したごみの処理は産廃業者に委託していますが、今後は、回収した廃プラスチックの二次製品製造も考えています。私の取り組みが、数%でも課題解決に役立っているのであれば意義のあることだと思っています」

 

 

 

もはや世界の買い物祭り! 2021年「ブラックフライデーとサイバーマンデー」のトレンド

まもなくやってくる「ブラックフライデー」と、オンラインショップで行われる「サイバーマンデー」。それぞれ11月の第4金曜日とその翌週月曜日に行われる買い物の「お祭り」は、一年で最もモノが売れる日とアメリカでは言われており、あちこちの店で大型セールが繰り広げられます。

↑世界中の消費者が買い物を楽しむブラックフライデーとサイバーマンデー

 

2020年は新型コロナの影響で、消費者の買い物スタイルがオフラインからオンラインに移行。アメリカでは実店舗への客足が前年の半分近くに減り、オンラインの支出は22%増えたと言われていますが、ワクチン接種が進んだ2021年のブラックフライデーとサイバーマンデーはどうなりそうでしょうか?

 

そこで、Shopifyが行ったブラックフライデーとサイバーマンデーに関する調査結果をもとに、2021年の世界のトレンドを探ってみましょう。この調査はアメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本の10か国の各1000人以上を対象に実施されました。

 

購買意欲がアップ

ブラックフライデーとサイバーマンデーは「一年で最も安く買い物ができる2日間」と知られており、店頭には70%OFFや80%OFFなど驚くような割引率のマークが並ぶことから、この日に狙いを定めてお目当ての商品を買うという人が多くいます。「2021年のブラックフライデーとサイバーマンデーに買い物する予定」と答えた人の割合は、イタリアで86%、アメリカ67%、ドイツ65%、カナダ61%などとなっており、いずれも前年より増加していました。

 

また買い物の予算も前年より増加。アメリカは前年の686ドル(約7万9100円※)から787ドル(約9万800円)に、カナダは481ドル(約4万4000円)から542ドル(約4万9000円)、ドイツは389ユーロ(約5万300円)から406ユーロ(約5万2500円)に増えています。

 

アメリカではコロナ禍の影響でサプライチェーンが崩壊し、商品配送や宅配サービスに遅れが出ています。そのため、店舗は早めに商品を仕入れ、消費者は早めに買い物を始める傾向が加速しました。この調査は10月初旬に行われましたが、その時点で「すでに買いたい物を探し始めている」と答えた人がアメリカは27%、カナダは25%、ドイツは23%、イギリスとニュージーランドでは22%いました。

 

ブラックフライデーは、もともとサンクスギビングデーの翌日の金曜日から週末にかけて行われるものでしたが、もはやシーズン型のイベントになりつつあるようです。

 

地元の店舗を応援

2020年はロックダウン(都市封鎖)のため、多くの消費者は買い物をオンラインで行いました。しかし2021年は、オンラインで商品をチェックしながら、実店舗でも買い物したいと考えている人が増えている様子。「実店舗とオンラインの両方で買い物する予定」と答えた人は、アメリカで59%と前年より11%増加しました。イタリアでも59%(前年より10%増)が同様に回答。カナダは50%(前年より5%増)となっています。

 

同時に、コロナ禍をきっかけに、地元の企業や経営者を応援しようという傾向が高まっています。このトレンドはブラックフライデーやサイバーマンデーでも同じで、「地元企業や個人経営者の商品を購入する予定」と答えた人は、アメリカでは59%、スペインでは57%、カナダでは53%となりました。

 

このほか、TikTok、InstagramなどのSNSを通じたショッピングも人気上昇中です。特に18~34歳の若い層の間で、SNSでの買い物がさらに増えていく模様。2021年のブラックフライデーとサイバーマンデーは、あらゆる空間で大いに盛り上がりそうです。

 

※各通貨の為替レートは次の通り(2021年11月25日時点)

1ドル=約115円換算

1カナダドル=約91円

1ユーロ=約129円

在宅ワーク普及の落とし穴?「燃え尽きる女性」が米国で増加中

新型コロナウイルスをきっかけに、多くの人のライフスタイルが変化しましたが、特にアメリカでは女性の間で仕事に対する考え方が大きく変わっているようです。パンデミックによる経済活動の一時休止から一転し、アメリカの就職市場では現在、記録的な求人数があると言われていますが、女性に限ってみると、新たな仕事に就く人の数はアナリストの予想を下回っている模様。アメリカの女性たちに何が起きているのでしょうか?

“音楽と国際協力の意外な相関関係”とは? 最前線で活動を続ける斉藤ノヴさん・夏木マリさんと語り合います

↑燃え尽きたわ……

 

米ABCニュースの記事で紹介されたのは、4人の子どもを持つシングルマザーのペーニャ(41歳)のケース。彼女はGoogleでエグゼクティブアシスタントとして勤務していました。給料や福利厚生など待遇面では申し分なさそうに見えますが、彼女は新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけに「子どもか? それとも仕事か?」という選択を迫られたように感じたそうで、この夏に退職を決意。「新型コロナウイルスで子どもたちの日常生活が崩れ、仕事よりも家庭で自分がより必要とされていると感じた」とのことでした。

 

求人サイトのIndeedによると、13歳以下の子どもを持つ男性の2021年9月の就業率は、コロナ前より1%低いだけですが、女性の場合はコロナ前の水準を4%下回っています。ペーニャのように、子育てや家族の介護などを理由に女性が仕事から遠ざかるケースは珍しいことではないのかもしれません。

 

しかし、そこには別の理由もありそうです。コンサルティング業界の大手マッキンゼーが発表した最新の調査によると、女性がコロナ禍でバーンアウト(燃え尽きること、極度の疲労)していることが明らかになりました。同社が行ったアンケート調査で「バーンアウトを感じた」と答えた人の割合は、男性が35%に対して、女性は42%。2020年は前者が28%、後者が32%だったので、男女ともに前年から増えていますが、女性の増加が特に顕著です。在宅勤務へのシフトがその一因かもしれません。

 

在宅勤務の代償

在宅勤務には通勤時間が削減されたり、子どもや家族の世話をしながら仕事ができたり、多くのメリットがあります。その反面、ONとOFFの切り替えが難しいことや、長時間労働になりやすいことなどのデメリットもあり、一概に良いとはいえません。昇進や昇給などを考えると、在宅勤務の人は、会社で働く人に比べて不利になりやすいという見方もあり、在宅勤務をする人は男性より女性のほうが多いことから、女性がキャリアで遅れを取る可能性も指摘されています。

 

以前からスポーツ界でもバーンアウトする選手がいますが、回復するのは簡単ではありません。働き盛り世代の女性が燃え尽きて「引退」に追い込まれることがないように、在宅勤務をする人と出社している人が公平に評価される仕組みの構築や、女性のメンタル面をサポートする体制づくりが求められています。

クリスマスツリーの代わりにサステナビリティ? 英国の最新クリスマス事情

ブレグジット(EU離脱)の影響がじわじわと日常生活に現れている英国では、ガソリン不足やスーパーでの在庫不足などによりパニック買いが発生しています。待ちに待ったクリスマスに必要なモミの木や七面鳥の入手も難しく、価格の高騰も免れそうにありません。コロナ禍とブレグジットの影響に揺れる英国のクリスマスについて現地からレポートします。

 

今年の冬に不足する品物は……

↑ All I want for Christmas is……クリスマスツリー

 

コロナ禍のロックダウン中にブレグジットが完了してから、もうすぐ1年が経とうとしています。2021年夏にようやくロックダウンが解除され、コロナの新規感染者数は連日数万人と依然としてかなり多いものの、ワクチン普及のおかげで危機感が薄まり、日常生活が戻ってきたように思えます。しかし、ロックダウン解除と同じ時期から、全国でスーパーの商品棚が一部空になる現象が見られるようになりました。また、9月から10月にかけてイギリス各地でガソリン輸送が追いつかずにパニック買いが発生し、ガゾリンスタンドには長蛇の列ができました。

 

このような現象が頻発しているのは、ブレグジットによりEU出身の輸送ドライバー数が激減し、物流に混乱が起きていることが原因です。英国政府は運輸サポートのために軍を出動させ、EU籍のトラック運転手や食品加工業者に臨時の短期労働ビザを発給するなどの対応に追われています。配管工にもEU出身者が多く、ボイラーなど温水・暖房まわりの設置や修理の予約が取りづらくなりました。イギリス国民の生活は、EU労働者に支えられていたといえるでしょう。

 

メディアは「今冬に不足する品物リスト」について連日報じていますが、その代表格は、この時期に欠かせないクリスマスツリー用のモミの木と七面鳥。どちらも欧州からの輸入に頼っている割合が高く、品薄のために値上がりすると見られています。国産肉も働き手不足により品薄気味。さらに、ローストポテト用の国産じゃがいもが冷夏のせいで不作。輸送ドライバー不足が続けば、酒類も不足する可能性があります。

 

このような状況下で、長期間の我慢を強いられたうえ、再び「ないない尽くし」のクリスマスは避けたいという人々の焦りから、2021年は10月時点で冷凍七面鳥が売り切れになるスーパーが続出。また、買い物客がポッカリ空いた冷凍棚を見てパニックを起こさないように、店舗側はサラダオイルやソース、マヨネーズを代わりに並べるなど対応に追われています。

 

昨年のクリスマスはロックダウンが急に発令され、ガッカリした英国民ですが、「今年こそは家族団らんのクリスマス・ディナーを」と待ち望んでいます。しかし、物流量が増えるこの時期から年末は、コロナ感染による働き手の自主隔離とEUからの労働力不足のダブルパンチにより、混乱はなかなか収束しそうにありません。

 

プレゼントは「サステナブル」

↑英国定番のクリスマス柄セーターもサステナブルに

 

クリスマスプレゼントのトレンドに目を向けると、サステナビリティが人気です。英国では、11月末のブラックフライデーやサイバーマンデーに合わせてギフト・ショッピングをする人が多いのですが、ある調査によると、同国の消費者の約7割がサステナビリティや気候変動への取り組みを意識したものに注目しているとのこと。

 

2021年、G7首脳会議と国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催国となった英国では、特に若い世代で「サステナブルではないものはクールではない」という意識が、いままで以上に拡大しています。この流れを受け、食品からファッションまで、幅広い分野の小売業者が持続可能性を意識した商品を取り揃えており、リサイクルガラスから作られたワイングラス、くり返し使える蜜蝋ラップ、自然に優しいコスメなどが注目を集めています。

 

それと同時に、再生紙を利用したラッピングペーパーも増えており、高級ジュエリー分野では、ギフト包装にリサイクル素材を採用したブランドがメディアでも取り上げられています。

 

また、英国ではこの時期、サンタクロースやトナカイなど、あえて子どもっぽい柄や少しダサめのセーターを着るのが、英国の老若男女の「お約束」となっていますが、そんな定番のクリスマス柄セーターにも、サステナブル版が登場しました。老舗のニットメーカー「ジャック・マスターズ」は、リサイクル・コットンとペットボトル24本分を原材料にした2021年限定版クリスマスジャンパーを発売。このセーターは王冠や議会法、ウェストミンスター宮殿などのモチーフを“かわいらしく”あしらっており、ビッグベンがある国会議事堂と同社のオンラインショップで販売されています。

 

日本でいえばお正月に相当する英国のクリスマス。コロナ禍とブレグジットのダブルパンチにもめげず、「今年こそホリデーシーズンを目一杯楽しもう」と買い物やパーティーの企画に余念のない英国民の様子を見ていると、逆境の中でも楽しむことを忘れない英国人のしたたかさとクリスマスへの情熱を実感します。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ(ジャーナリスト兼アーティスト)

イギリス人の燃え上がる「DIY愛」! 輸入資材不足でもへっちゃら?

コロナ禍のイギリスでは、自宅のDIYやリフォームをする人が急増し、工事の依頼が殺到した大工さんたちが大忙しとなりました。この現象は他国でも見られますが、もともとイギリス人は一般的にDIYが大好きなので、コロナ禍はそんなイギリス人の性格に拍車をかけた格好です。ホームセンターの売り上げも大幅に増えましたが、その一方で輸入資材が不足するという深刻な事態が起きています。

 

ホーム・スイート・ホーム

イギリスでは以前から歴史がある築年数の長い家を購入し、自分の好きなように改修や改装を行うことが一般的です。まるで一生終わることのないライフワークや趣味のように、家の改修や改装を楽しんでいる人が多く、近所を見渡すと大抵いつも誰かが家の工事をしています。中古で購入した自宅の壁をペンキで塗り直して印象を変えることは当たり前で、キッチンやバスルームなどの工事や増築も自分たちで行っているのです。

 

ただ、理想の状態に近づけるためにはお金だけでなく時間もかかるため、まだ在宅勤務が普及していなかった新型コロナウイルス前には思うようにはいきませんでした。

 

ところが時間に余裕ができたうえ、外出制限でイギリス人の日課であるパブにも通えなくなったことで、「せめて自宅では快適に過ごしたい」と思う人が増加。「そう来たら家をDIYして楽しもう!」と、自宅内にパブを作ったり小屋でビールを醸造したりする人が次々に現れ、テレビやWebサイトで注目を集めるようになりました。

 

もちろん大がかりな工事が必要なときは、近所で大工さんを探して仕事を依頼します。しかし、信頼できて相性もよい大工さんを見つけるのは、普段でも簡単なことではありません。特にリフォーム熱が高まっている今日は職人も大忙しで、たとえ依頼できても日程を組むのが大変です。このような理由で、できる範囲でDIYをするイギリス人は少なくないのです。

 

DIYやリフォームに必要な資材は、ホームセンターで購入できるものも数多くあり、例えば、トイレやバスタブが単体で販売されています。BBCニュースは、ロックダウン(都市封鎖)が始まった2020年5月から同年7月までの期間に、イギリスの大手ホームセンターにおけるペンキや壁紙などの売り上げが、前年同時期に比べて21.6%増加したと報じました。ロックダウンで店舗が一時閉鎖されるなか、オンラインでの購入が増えたことも売り上げ急増を後押しした要因のようです。

 

ロジスティクスの大混乱も……

しかし、このようなブームに水を差すような出来事が発生。昨年からロジスティクスの混乱状態が続いているのです。イギリスでは、中国からの輸入資材は、新型コロナウイルスのパンデミック前から3か月待ちが当たり前でしたが、現在は半年以上待つこともあるようで、リフォーム資材の調達に時間がかかっています。しかも、イギリスのブレグジット(EU離脱)の影響で、EU圏内の他国から来ていたドライバーが減り、一時はガソリンの供給も追いつかないなど国内配送も滞りました。このような状況は、家の改修・改装スケジュールにも大きな影響を及ぼしています。

 

しかし、そんな中でも気長に待つことに慣れているのがイギリス人。「家のリフォームはスケジュール通りに進まないものだ」と諦め、リフォーム後の生活を思い浮かべながら、状況が改善するのを気長に待っている様子です。手間と時間をかければかけるほど、良い家になるのでしょう。

 

執筆者/ukihaddy

人間の脳は「最短ルート」を選ぶのが苦手だった! 米大学の研究

スマートフォンのナビゲーションアプリは、出発地から目的地まで効率的に行く最短経路を表示してくれるもの。経路を外れてしまっても、すぐにその地点から目的地にたどり着ける最短ルートを即座に計算し直してくれます。しかし最近の研究で、そもそも私たちの脳は最短ルートで進むという行為が苦手であることが判明。一体どういうことなのでしょうか?

↑目的地から遠ざかっているようなのに、本当にこれが最短ルート?

 

米国・マサチューセッツ工科大学の都市研究計画を専門とするチームは、ボストンとケンブリッジの1万4000人の携帯電話から、匿名化したGPS情報を取得。このデータをもとに、人が都市をどのように歩いているかを分析しました。

 

その結果、人はある地点から別の地点まで歩くとき、最短ルートを選んでいないことが判明。むしろ多くの人は、多少長い道のりになっても、目的地にできるだけシンプルかつ「ダイレクト」に行くことができるルートを選んでいました。都会では、直線の最短ルートで目的地まで辿りつけないことが多いですが、直線ルートからそれて進まなければならないとき、人は最短ルートを計算するより、「目的地の方角との差ができるだけ少ないルート」を選ぶ傾向があることが判明したのです。

 

同研究チームはこの経路のことを「pointiest path(狙いを定めたルート)」と表現していますが、この行動パターンは道路が複雑に入りくんだボストンやケンブリッジのほか、碁盤の目のように街が作られているサンフランシスコでも見られました。それと同時に、出発地と目的地を往復する場合、人は行きと帰りは違うルートを選ぶ傾向があることも明らかにされ、人間がいつも合理的な選択をしないことが浮き彫りにされました。

 

目的地からそれないほうがいい

このような人間の行動には、「ベクトルベース・ナビゲーション」と呼ばれる能力が働いているようです。最短経路を考える際には頭を使うことが多いですが、ベクトルベース・ナビゲーションはそこに使う労力を減らす代わりに、ほかのタスクにエネルギーを分散させることが特徴。

 

これは霊長類や昆虫などの動物でも見られます。動物の場合、移動するときは、ライオンといった危険な獣から自分自身や家族を守ることが大切なので、頭で最短ルートを「計算」する代わりに、周囲の安全に気をつけながら、あまり頭を使わずに、できるだけシンプルかつ割と速く目的地に辿り着くルートを選ぶようになっていったのではないかと考えられています。同研究チームの教授によれば、人間についても「ヒトの脳は『トレードオフ(必要な妥協)』や『ほどほどで良い』という考えに行きつくことが多い」とのこと。

 

カーナビやGoogleマップといったコンピューターは、コードで指示されたとおりに実行し、最短ルートを計算して人間に提示します。でも今回の研究で明らかになったように、人間の脳は機械と違って、非合理的なことがたくさんあります。大事なことは、両者の違いについて理解を深めること。今回の発見は人工知能の開発に何らかの示唆を与えると見られます。

ロシアの「通信料金」はコスパが最強だった!

ロシアの通信料金は、世界的に見ても信じられないほど安いことをご存知でしょうか? ヨーロッパの平均通信料金の4分の1とも言われています。近年では銀行が通信サービスに参入し、さらに安いサービスが登場。各社の携帯電話通信費や家の通信費を比較しながら、ロシアの破格な通信料金の背景を解説します。

↑ロシアの通信料金はありがたいほど安い

 

まずは、ロシアの通信料金(※)を見てみましょう。モバイル通信分野でロシア国内最大手のエムテーエスは、下記のような月額プランを打ち出しています(2021年11月3日現在)。

※1ルーブル=約1.6円で換算(2021年11月1日時点)

 

携帯電話の通信費(5GBの通信費付):470ルーブル/月(約757円)

自宅のインターネット回線(200mbps):500ルーブル/月(約806円)

 

通信費はアプリで手軽にいつでも変更可能。新しいプランはすぐに適用されるなど、日本と違い、プラン変更の容易さはロシアの特徴の1つです。

 

ロシアのインターネット環境は街の至る所で整備されており、レストランやショッピングモールはもちろん、地下鉄をはじめとする公共交通機関、さらに路上の多くの場所でフリーWi-Fiが使えます。このWi-Fiは自宅の中からでも繋がるので、端末のモバイルネットワークを使用する機会はそれほど多くありません。よって、携帯電話の通信費が安いプランでも問題がないのです。このような理由で、ロシアは「Wi-Fi天国」といえるかもしれません。

↑ロシアの地下鉄のフリーWi-Fi

 

なぜそれほど通信料金が安いのでしょうか? その理由を明らかにするため、筆者はヤンデックス社のプログラマー数人にインタビューを行いました。ヤンデックス社はロシア最大のインターネット企業で、「ロシアのGoogle」とも言われています。

 

彼らによると、主に3つの理由が挙げられるとのこと。

 

その1: ロシアの平均収入が低い

ある法律系情報誌の調査によると、ロシアの平均月給は5万1344ルーブル(約8万2680円)と、日本や欧米と比べると低い水準。それに合わせる形で通信料金の価格が設定されたといいます。

 

その2: ロシアにはインターネットプロバイダーが多数ある

国家通信情報管理庁によると、ロシアでライセンス登録されているプロバイダーは18万4810社(2021年11月2日時点)。消費者は数多くあるプロバイダーから自由に選ぶことができるので、自然と価格競争が起きた。また、プレーヤーが多いからこそ吸収や合併も頻繁に起こり、その結果として1社の経営規模が大きくなり、価格を抑えることができる。これは価格を下げることでユーザー数を増やし、一人当たりの費用を少なくするという仕組みです。

 

その3: ネット普及率がとても高く、需要が大きい

Digital 2020によると、ロシアのインターネット普及率は81%。ヤンデックス社のプログラマーによれば、ロシアは通信回線の速度、質、金額において世界で最もコストパフォーマンスが良い国の1つであるそう。ロシアはインターネットを普及させる際、アメリカから最新技術を輸入しました。しかし、価格はロシアの生活水準に合わせたので、質が最新であるにもかかわらず、価格はユーザーにとって「ありがたいほど安かった」とのこと。これにより需要は増え、上で述べたように供給側で競争が起こり、価格が低いままであるそうです。

 

銀行も参入

ロシアのプロバイダーは増え続けており、近年では銀行も参入し、口座を持っている顧客には携帯電話通信サービスを安く提供するシステムが登場しました。ガスプロムバンクはロシア最大の非国有銀行であり、同国三大銀行の1つですが、2020年12月に次のようなサービスを始めました。

 

携帯電話通信費(4GBの通信費付):250ルーブル/月 (約403円)

口座を持っており規定を満たす場合:75ルーブル/月 (約121円)

 

銀行口座保有者に提供されるこの価格は、特に低所得者層や年金受給者層の間で人気です。年金受給者である筆者の義父もこのサービスに変えましたが、問題なく使えるそうで、とても満足しています。

 

昨今のコロナ禍でネット需要はますます高まっており、今後もロシアではプロバイダーが増え続けることでしょう。そうなったとしても吸収・合併が起こり、通信サービスは低価のまま提供され続けることが予想されます。ロシアの安くて速い通信回線は今後も国の成長を助ける大きな力となるでしょう。

“音楽と国際協力の意外な相関関係”とは? 最前線で活動を続ける斉藤ノヴさん・夏木マリさんと語り合います

「音楽」と「国際協力」って実は意外な共通点があるんです。音楽には、言葉や文化の壁を越えて人と人の距離を縮め、理解を深め、結びつける力があります。音楽は、国境を越えてお互いを支え合う「国際協力」にも大きく作用しているのです。

そんな「音楽」の持つ力を活かして、エチオピアなどで途上国の子どもたちへの支援を続けている斉藤ノヴさん、夏木マリさんと、「国際協力」に携わりながら、音楽を愛して止まない独立行政法人国際協力機構(JICA)の二人が、“音楽×国際協力”の深~い関係を、一緒に紐解きます!

写真右/(C)HIRO KIMURA

 

<この方にお話をうかがいました!>

写真/(C)HIRO KIMURA

斉藤ノヴ(さいとう・のぶ)さん
パーカッショニスト。1967年に京都から上京し、浜口庫之助「リズム・ミュージック・カレッジ」でリズム・レッスンを受ける。1970年に下田逸郎氏と「シモンサイ」を結成し『霧が深いよ』でレコードデビューを果たした。スタジオミュージシャンとしても大きな活躍を見せ、サディスティックス、松任谷由実氏、サザンオールスターズなど日本を代表するミュージシャンの作品に参加する。2011年、夏木マリ氏との結婚を発表した。現在、音楽活動と並行して、夏木氏と共に、途上国への支援活動「One of Loveプロジェクト」の運営を務める。

 


夏木マリ(なつき・まり)さん
歌手、俳優、演出家。1973年、歌手デビューを果たす。1980年代からは演劇にも幅を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。1993年からはコンセプチュアルアートシアター「印象派」のすべてのクリエイションを務める。2009年からパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)を主宰。2014年からは毎年秋に京都の世界文化遺産 清水寺でパフォーマンス『PLAY×PRAY』を文化奉納している(後述)。

 


小田亜紀子(おだ・あきこ)さん
JICA筑波次長。1990年代の前半に南米アルゼンチンに赴任して以来、2006年から3年半、中米ホンジュラス、2013年から約2年半、カリブ地域のドミニカ共和国と中南米カリブ地域に駐在。駐在しているなかでアルゼンチンタンゴ、ボレロ、フラメンコ、メレンゲなどに触れ、ラテン系の音楽に興味を持つ。以後、現在に至るまで、フラメンコの踊りと歌を続けている。

 


坂口幸太(さかぐち・こうた)さん
JICA中南米部 中米・カリブ課 課長。外国語学部ポルトガル語卒で2006年から5年の期間JICAブラジル事務所に駐在。自作曲を中心にしたバンド歴は約30年に及び、ボーカル、ギター、ベース、ドラムなどを担当。JICAでの「定時にカエラナイト」というイベントやTICAD(アフリカ開発会議)広報企画「Bon for Africa」の立ち上げメンバー。

 

ナイフやお皿が楽器に!? 「特別な準備」は一切要らない、生活のなかの音楽

音楽は世界共通のエンタテイメント。その音色一つで自然と人と人との距離を近づける不思議な力があります。そんな力は、地域の文化や価値観に寄り添い、共感を深めることが根底にある「国際協力」にもいい作用を生み出している?? まずは4人に共通してゆかりのある中米・カリブ地域のラテン音楽のお話から、音楽の力の不思議を探ります。ラテン音楽には、パーカッションが必要不可欠。斉藤さんとパーカッションの出会いから聞いてみましょう。

斉藤ノヴさん(以下、斉藤):パーカッションとの出会いは、歌に挑戦するため17歳で東京に出た後のことでした。上京して、作曲家の浜口庫之助先生が主宰するミュージックスクールに入ったんですけど、「お前、歌はだめだな……」って言われちゃいまして(笑)。そんな時、スクールに置かれたパーカッションに目が留まったんです。浜口先生はブラジルの文化に造詣が深く、コンガやボンゴをスクールに置いてありました。試しに叩いてみると、1つの楽器からいろいろな音が出てくる。その音で、季節感とか、温かみとか、寒さが表現できることに気づいたんです。それがおもしろくて、パーカッションに興味を持ち始めました。

小田亜紀子さん(以下、小田):そのときパーカッションを叩いたことが、すべての始まりだったんですね。

斉藤:そうです。ある夜、浜口先生がスクールに連れてきた「トリオ・パゴン」というブラジルの3人組が演奏会をしてくれることになりました。一人はパンデイーロ(皮付きタンバリンの打楽器)を持っていたけれど、ほかの2人は何も持ってない。するとその2人は、キッチンからフライパンとスプーン、洋皿とナイフを持ってきて演奏を始めたんです。

「コンチキコンチキコンチキコンチキ……」

彼らは、波打った洋皿の縁をナイフで擦ったり、フライパンとフローリングの床をスプーンで打ったりしながら音を出してリズムを作っていきます。それを見た時、「なんでも楽器になるんだ!」って、強烈なカルチャーショックを受けたんです。

小田:素敵な演奏会ですね! 私は、カリブ地域のイスパニョーラ島が発祥の音楽が好きで、よく聴いてはいたのですが、実際にイスパニョーラ島に行って驚きました。現地の人たちにとって、音楽や踊りは“挨拶”。イベントを開催するときは、かしこまった挨拶から始めるのではなく、まずはみんなで踊って「さあ始めよう!」と雰囲気を盛り上げるんです。音楽や踊りが特別なものではく、“生活の一部”だというのが印象的でした。

↑JICAのイベントでドミニカ共和国の国旗カラーの衣装をまとい踊りを楽しむ女性たち

 

ラテン音楽の魅力と、音の先に見えてくる生活と文化

斉藤:ラテン音楽といえば、ぼくは過去に、ラルフ・マクドナルドというパーカッショニストと対談しました。彼はカリブのトリニダード・トバゴ共和国(以下、トリニダード・トバゴ)の血をひいていて、同国発祥の「ソカ」(ソウルとカリプソが混ざった)というリズムでニューヨークのミュージックシーンに新しい風を送り込んだ人物なんです。

マリさんとトリニダード・トバゴへ行ったとき、現地の「ソカ」のリズムに感動しました。その彼が亡くなったので「ソカ」のリズムを継承しようと、曲の中に取り入れたりして、新しいラテン音楽のリズムになればと演奏し続けているんです。

↑「パーカッションは、叩くことで子どもから大人までみんなが楽しい時間を共有できる。それは世界共通です」と、斉藤さんはパーカッションの魅力を話してくれました

夏木マリさん(以下、夏木):実は私たちがトリニダード・トバゴに行ったとき、カーニバルの真っ最中だったんですよ。

斉藤:空港に降り立ったら、もうみんな踊ってたよね!

夏木:ホテルでは踊りながらチェックインしたりして(笑)。みんながカーニバルを楽しんでました。私は、トリニダード・トバゴで初めて本物のスチールパン(スチールドラム)に出会ったんです。全部手作りで、音楽を奏でて、大勢でパレードする。すごい迫力でしたよ。

↑トリニダード・トバゴで現地のミュージシャンと演奏を楽しむ斉藤さん
↑トリニダード・トバゴのカーニバルは世界三大カーニバルのひとつとして知られ、街中が熱気に包まれます

 

坂口幸太さん(以下、坂口):私は、JICAの仕事で5年間、南米のブラジルに駐在していたのですが、実はそのとき、リオのカーニバルに出演したんです。

斉藤・夏木:それはすごい……!!

坂口:夜の10時に始まって朝の5時に終わる、大興奮の2日間でした。ブラジルで感じたのは、音楽から派生する踊りが国のナショナリティを高めていることです。ひとりひとりが音楽のある暮らしを大切にし、その結果、生活に音楽や踊りが根付いているのが中南米やカリブ地域に共通する点ではないでしょうか。

↑ブラジリアの坂口さんの自宅にて。人が集まれば毎回セッション
↑海外で体験したエピソードの話では、それぞれが当時の情景や気持ちを思い出し、終始盛り上がりました

 

大切なのは、未来を担う「子どもたちの可能性にアプローチ」すること

坂口:音楽が生活に根付いていて、媒体として人とのつながりが密になる関係性って、国際協力に似ているんですね。私たちが担当する中米・カリブ地域は、素晴らしい音楽や踊り文化を生み出していますが、一方で深刻な社会課題も抱えています。現地には大きな経済格差が存在し、教育を受けられない子どもたち多く、また教育の質にも問題があります。その改善に向けて私たちは、中米地域で算数教育改善のための事業を30年にわたり行ってきています。

斉藤さんと夏木さんが、エチオピアの子どもたちの教育と、女性達の雇用環境整備を支援する「One of Loveプロジェクト」を始めたのには、どのようなきっかけがあったのですか。

↑エルサルバドルで実施しているJICAの算数教育のプロジェクトでは、算数の教科書を開発しています。写真は小学校での教科書授与式の日の様子。教科書を手に涙を浮かべて喜ぶ生徒もいました

 

夏木:私は、もともと個人で途上国のチャイルドスポンサーをしていました。いつか子どもたちに会いに行きたいなと思っていたら、ノヴさんが「ぼくの楽器と君の歌で子どもたちに音楽を届ける旅をしてみようよ」って誘ってくれたんです。

旅先のエチオピアでは、貧困により学校へ行けずに働く子どもたち、教育を受けることもなく、子どもの頃から働き続けてきた女性たちに出会いました。それは、日本で暮らし当たり前のように学校教育を受けてきた私にとって、途上国の現実と向き合う衝撃的な出会いだったんです。

帰国後、ノヴさんや友人たちと話し合い、「One of Loveプロジェクト」を立ち上げました。日本でオリジナルのバラ「マリルージュ」の生産と販売を開始。バラの収益の一部とGIGの収益で、エチオピアの貧困にあえぐ子どもと女性たちを対象とした支援活動をしています。

活動開始直後の2010年、さっそく子どもたちにパソコンや文房具を寄付しました。その翌年、日本では東日本大震災が起きます。すると、エチオピアの子どもたちがパソコンを使って、「今年はぼくたちへの支援はいらないから、日本のみなさんを支援してください」というメッセージを送ってきてくれたんです。1年前は字の書けなかった子どもたちが、大きな成長を遂げたことを実感できて、すごくうれしかった。

↑斉藤さんと夏木さんが楽器を持って旅に出たのは2008年。「エチオピアで1個の愛を見つけた」という意味で「One of Love」と名づけたそうです

 

小田:子どもたちの可能性にアプローチし、その成果まで感じられる素晴らしいお話ですね。

私は、中米のホンジュラスにいたとき、貧困地域の女性の起業を支援するプロジェクトに携わっていました。ホンジュラスの地方の貧困地域では、女性は教育を受けず家庭を守ることが当たり前で、とても遠慮がちです。私たちのような外国人と普通に話したりすることも怖い、といった様子でした。でも、プロジェクトに関わり、自分でお金を稼ぐという経験を積んだ女性は自信をつけて行動的になり、表情まで輝いていくのが印象的でした。

↑ホンジュラス・貧困地域の女性たちがペーパークラフトを製作する様子を見学。小田さんは写真中央
↑ホンジュラス・誇りと喜びにあふれた表情で堂々と写真に納まる貧困地域の女性たち

夏木:よく分かります。私もエチオピアで小田さんと同じ体験をしました。

エチオピアでは、貧困家庭の女性の多くがバラ園で働いています。彼女たちと話してみると、バラは“ただの農作物”という認識で、嗜好品として出荷されていることを知りませんでした。私が、バラが人の心を潤わしたり、慰めたりしてくれる素晴らしい花であることを伝えると、彼女たちの表情が明るく変化していったんです。

私は彼女たちに、誇りを持って仕事をしてもらいたい。バラを育てることが、みんなを幸せにする仕事であることをこれからも伝えていきます。

小田:女性たちが誇りを取り戻す瞬間を目の当たりにしたエピソードですね。

↑エチオピアのバラ園で働く女性達は子どもの頃に教育を受けられなかったため、字が読めません。仕分け作業をする際は、長さの異なるバラの絵が描かれた壁に収穫したバラを当てて長さを測ります

 

アートのチカラが新しい「行動」の原動力になる

夏木:「One of Loveプロジェクト」の一環として、11月28日に京都の清水寺で舞踏奉納『PLAY×PRAY』を行う予定です。このパフォーマンスを通して「One of Loveプロジェクト」を知り、途上国の現状に触れるきっかけにしていただければと考えています。

↑『PLAY×PRAY』は、夏木さんとパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)の舞踊と、清水寺・執事補 森清顕師の声明とのコラボレーションによる文化奉納

 

坂口:JICAでも、アートを媒介した国際協力ができると考えています。それはアートには「伝える力」「共感を呼び起こす力」があるからです。たとえば、いろいろなアーティストを開発現場にお招きして、技術移転の方法や、広報の仕方にアーティスト独自の視点・思考でアドバイスをしていただく。さらに、アーティストの皆さんが現地の情報や体験を日本に持ち帰り、発信することでより多くの人が国際協力に関心を持つ。そんな循環が生み出せればと。2019年に横浜で開催されたTICAD7(第7回アフリカ開発会議)の際に立ち上げたBon for Africaというイベントはまさにその好事例でした。そして次のTICAD8 (2022年8月チュニジアで開催予定)においてもこのような共感を呼び起こせるイベントができないかと考えているところです。

「BON for AFRICA」特設サイト
http://bon-africa.org/

日本舞踊を通した日本とアフリカの異文化交流の音楽映像作品「BON for AFRICA」
https://youtu.be/3r4P1S8i1yM

 

夏木:おもしろいアイデアですね! 「One of Loveプロジェクト」は、2年前に千駄ヶ谷小学校とエチオピアの小学校で生徒同士の絵の交換をしてもらうという取り組みをしました。絵のテーマは「お友達」。エチオピアの子ども達は色鉛筆を持っていないから、私たちが寄付した鉛筆で真っ黒な絵を描くんです。「お友達」というテーマに対して、牛を描いてくる子もいました。千駄ヶ谷小学校の校長先生は、生徒達が絵の交換を通して、その国の環境や習慣、価値観の違いを知る機会になったと喜んでくださいました。

↑右側下段がエチオピアの小学生の作品。「One of Loveプロジェクト」は、絵を通じた子どもたちの国際交流をサポート
↑絵に描かれたモチーフから、お互いの国の文化や生活の様子をうかがい知ることができます
↑夏木さんが千駄ヶ谷小学校を訪問。「今後も日本の子ども達が途上国の様子を知る機会になるような活動を続けていきたい」と話してくれました

小田:絵の交換の話はとても興味深いです。感性の違いにお互い驚いたでしょうね! 子どもの頃にそういった経験をすると、視野が広がっていくのではないでしょうか。私が今いる日本国内のJICAのオフィスでも、学校の生徒さんに来てもらい、海外協力隊の体験や開発途上国のことに触れてもらう機会をご提供しています。

坂口:音楽や踊り、美術などのアートを入り口にして国際協力に関心を持ってくださる方はたくさんいると思います。その入り口の灯りが消えないように、私たちも火を灯し続けていければいけません。

斉藤:ぼくはマリさんと一緒に海外を旅して、音楽や踊りでみんなが笑顔で時間を共有する体験をしました。そんなふうに、笑顔でみんなの日常や将来が充実していくよう、「One of Loveプロジェクト」を続けるのがぼくたちの宿命かな。

夏木:海外の支援をしていると、「日本も自然災害で毎年のように被害を受けているのに、どうして海外の支援を?」というご意見をいただくことがあります。でも、たとえば、自然災害の原因の一つには地球温暖化という課題があります。地球温暖化は、一国だけではなく世界中の国々が共に取り組むことで初めて改善できるもの。自分たちが大変な時こそ、問題の本質に目を向けて地球規模で考える視点を持てればいいですよね。

小田:お二人のお話から、なにか一つでも行動を起こして、動き続けることの大切さを感じました。
今日はありがとうございました。いつかぜひ、私たちの現場にも来てください!

↑斉藤さん・夏木さんのお話から多くの学びが得られました

 

■11月28日に夏木マリさんの京都・清水寺での舞台奉納をYouTubeにて配信!

「『One of Loveプロジェクト』の活動に対して賛同いただき、京都の清水寺で開催している舞踏奉納の『PLAY×PRAY』は、今年で8年目になります。アーティストたちの力を借りて、多くの人たちに『私たちは動いている』ということをお伝えしたいです」(夏木さん)

NATSUKI MARI FESTIVAL in KYOTO 2021『PLAY × PRAY』第八夜
■日時:2021年11月28日(日)20:45配信開始(21:00より奉納パフォーマンス)
■配信: 夏木マリ公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/c/marinatsukiofficialchannel

 

ステンレスより23倍も硬い「木製ナイフ」が誕生!

テーブルナイフは、ステーキを切ったり魚を切り分けたり、安全でありつつも切れ味が良いことが求められます。一般的なテーブルナイフには、鉄にクロムなどを含有した合金「ステンレス鋼」が使われていますが、最近、木製のステーキナイフが米国で開発されました。しかも、ステンレス鋼より23倍も硬いというのです。

 

木材の欠点を補う新プロセスとは?

↑木製なのにステンレスより硬くてよく切れるって!?(画像提供/Cell Press)

 

木材は、自然にある木を原料としており、リサイクル率が高いことから、サステナブルな素材のひとつとして捉えられています。しかし、木材は軽量で耐久性や強度がある一方、成形しにくいという難点があります。金属やコンクリートなどは液状にして型に流し込んで冷やし固めれば、さまざまな形のモノを形作ることができますが、木材ではそれができません。

 

そんな木材の問題を解決するため、米国・メリーランド大学で材料工学を専門とする研究チームが、新しい木材の開発に挑みました。このチームが取り入れたのは「ウォーター・ショック・プロセス」という工程。木材にはリグニンと呼ばれる成分が含まれており、このリグニンは木材の繊維を強く結びつける、接着剤のような役割を果たしています。しかし、リグニンは木材を硬化させるため、ウォーター・ショック・プロセスでは、最初にこのリグニンを木材から除去。さらに圧縮して木材の繊維や気孔をつぶして、水分をしっかり蒸発させてから、再び水分を吸収させて膨潤させます。こうすることで自由に成形できるような素材ができあがったと同時に、このプロセスを経た木材の硬度は、当初の23倍にも増したそうです。

 

また、硬さとは別の強度については、できあがった素材は従来の木材の6倍も強くなり、アルミニウム合金などの軽量素材に匹敵するとか。さらに、従来のテーブルナイフの3倍も切れ味が鋭いと言われています。電子顕微鏡で内部を確認すると、木材に多くある空洞がなくなっていたことから、「ウォーター・ショック・プロセス」の工程で天然の木材の欠陥をカバーし、強度を上げることに成功したと考えられます。

 

木材は水に濡れて腐りやすいという欠点もありますが、オイルでコーティングすることで、洗って繰り返し使えるよう耐久性をアップ。使い捨てカトラリーに替わるものとして、この木製素材が注目されるのではないかと、この研究チームは期待を寄せています。

 

ナイフなど従来の合金製のカトラリーは、製造時に高温にする工程があり大きなエネルギーが必要となります。しかし今回の木製素材ではそのような高エネルギーは不要という点でも、サステナブルな素材として注目されることになりそうです。

 

【出典】Chen, B., et al. (2021). “Hardened wood as a renewable alternative to steel and plastic”. Matter. https://doi.org/10.1016/j.matt.2021.09.020

日本が4年連続で首位!「2021年世界パスポートランキング」

新型コロナウイルスの影響で、自由に海外旅行ができない期間が続いていますが、10月に2021年版世界のパスポートランキングが発表されました。

↑ワクチンパスポートは?

 

ビザを取得せずに海外旅行に行ける国や地域の数を、国別に比較しているのが、イギリスのヘンリー・アンド・パートナーズが2006年からまとめている「パスポートランキング」です。これはIATA(国際航空運送協会)のデータにもとづき、同社が四半期ごとに集計しているもの。2021年10月に発表された第4四半期のランキングは以下の通りです。

 

1位 日本、シンガポール(192)

2位 ドイツ、韓国(190)

3位 フィンランド、イタリア、ルクセンブルグ、スペイン(189)

4位 オーストリア、デンマーク(188)

5位 フランス、アイルランド、オランダ、ポルトガル、スウェーデン(187)

6位 ベルギー、ニュージーランド、スイス(186)

7位 チェコ、ギリシャ、マルタ、ノルウェー、イギリス、アメリカ(185)

8位 オーストラリア、カナダ(184)

9位 ハンガリー(183)

10位 リトアニア、ポーランド、スロバキア(182)

( )はスコア。

 

ある国・地域に入国する際、ビザが必要な場合は0点、パスポートのみで入国できる場合は1点のスコアが換算され、総合スコアでランキングを算出しています。例えば、日本はスコアが192なので、日本人がビザなしで入国できる国と地域は192あるということになります。

 

日本は2018年から4年連続で首位を維持。1位から3位に日本、シンガポール、韓国のアジア勢が並んだほか、トップ10はヨーロッパの国々で占められていることがわかります。

 

ところで、このパスポートランキングは一時的な入国制限などを考慮していません。パスポートランキングで上位だからといって、コロナ禍のもとではパスポートだけで渡航できる国はほとんどないでしょう。

 

例えば、アメリカ合衆国は2021年11月8日から、18歳以上のすべての外国人の入国に新型コロナウイルスのワクチン接種完了と陰性証明を義務付けています。イギリス(イングランドのみ)は同年10月4日から、対象国の感染状況によって「レッドリスト」または「レッドリスト以外」に分類するシステムを採用していると同時に、ワクチン接種の有無によっても渡航手続きが変わります。フランスは渡航者の出発地を感染状況に応じて3つのカテゴリー(緑・オレンジ・赤)に分類し、異なる規制を実施しています(※)。

 

日本のパスポートは“世界最強”ですが、個人のワクチンパスポートはまた別の話。しばらく注意が必要そうです。

 

※各国の入国規制は2021年11月8日時点での情報です。

コロナ禍の米国で不可欠になった「緊急事態向け通信ネットワーク」とは?

アメリカでは在宅勤務の拡大により、通信速度の遅れや緊急電話がつながらないという事例が頻繁に発生しています。そんな中で重要性を増しているのが、警察や消防士といったファーストレスポンダー(第一応答者)向けの通信ネットワーク「FirstNet」。2021年からFBIも使用しており、通信速度が速く機密性も高いサービスとして定着しつつあります。どのような通信ネットワークなのでしょうか?

↑警察や消防士、救急医といったファーストレスポンダーにとって通信トラブルは致命的になり得る

 

FirstNetは、主に治安や人命救助に関わるファーストレスポンダーのために設計されたネットワークシステムです。緊急時におけるファーストレスポンダーの通信ネットワークを最速化かつ最適化するために、米国商務省内の独立機関であるFirst Responder Network Authority と大手通信会社のA&Tが、全米規模の通信ネットワークとして2017年から整備を始めました。

 

警察や救急隊員のコミュニケーションは緊急性を要することが多いですが、自然災害やテロ攻撃に見舞われた場合、携帯電話の通信はすぐにアクセス過多の状態になり、ファーストレスポンダーの行動や判断に悪影響を及ぼします。また、コロナ禍でリモートワークが広がった結果、通信速度の遅れやトラブルが増加。このような状況から、ファーストレスポンダー向けの通信システムの構築が求められていました。

 

FirstNetの特徴のひとつは、主な周波数が700MHz帯であること。2012年、米国議会はスペクトル法を可決しましたが、この法律は「バンド14」と呼ばれる700MHzの周波数帯の中で特に良いとされる20MHzを緊急通信専用に確保・使用することを目的としています。700MHzの最大の利点は、壁などを通過できる低帯域の電波を利用することにより、場所や障害物に関係なく、どこでも通信できるということ。電波障害を最小限に抑えられ、災害時においても閉ざされた環境でスムーズな通信が可能です。現時点でFirstNetはバンド14の基準を満たす唯一の通信サービスとして、世界中のどの次世代高速通信回線よりも優れていると言われています。

 

また、FirstNetのもうひとつの特徴として「Z-Axis」が挙げられます。これは従来の2次元のGPS位置情報に加えて、「垂直軸」の3次元位置情報を見ることを可能にした機能です。例えば、ビル火災などで助けを求める人が911をした場合、従来のGPS機能では、2次元の地図情報だけを頼りに通報者を追跡していました。しかし、Z-Axisを使えば3次元の位置情報により、ビルの場所に加えて、通報者がビルの何階にいるのかまでを把握することができるようになりました。また、ファーストレスポンダーの二次災害リスクの軽減にもつながるでしょう。2021年10月現在、Z-Axisはシカゴ、ダラス、デトロイト、ロサンゼルス、フィラデルフィア、サンフランシスコなど、米国内の105以上の都市で利用可能です。

 

そんなZ-Axisを搭載したFirstNetは、連邦政府や州政府、地方自治体など1万7000以上の機関が導入していますが、そのサービス速度や機密性の高さから、2020年12月にはFBI(アメリカ連邦捜査局)が5年間で合計9200万ドル(約104億円※)の契約をFirstNetと結び、2021年から使っています。

※1ドル=約113円で換算(2021年11月8日時点)

 

さらにアメリカ空軍は2021年10月より、15基地において今後21年間、同サービスを利用することを決定。これにより、空軍基地では音声やデータ、ストリーミングビデオ通信、既存無線設備の相互運用が実施されることになるうえ、基地内のファーストレスポンダーと地域の公共安全機関の間で交わす通信も、より安全かつ高速で行えるようになります。

 

ファーストレスポンダーが有事の際、機敏に対応できる専用ネットワークの確立は、リモートワークが普及した現代社会に不可欠です。日本でもFirstNetのようなネットワークは議論されており、今後の通信インフラ整備において重要性を増していくかもしれません。

 

あっという間に手続きが完了! イギリスのモバイル料金事情

日本では2021年10月からキャリアがSIMロックをかけることが原則禁止になりましたが、イギリスでは以前からSIMフリーの端末が普及しています。どのような料金プランがあるのでしょうか? イギリスの通信料金を概説します。

↑イギリスの携帯電話事業者の1つボーダフォン

 

現在、イギリスには携帯電話事業者が4社、プロバイダーが12社ほどあります。申し込みはスーパーの店頭や電話、Webサイトなどで行います。サービス内容と料金プランがとてもシンプルで、登録には煩雑な手続きがないため、手続きはあっという間に終わります。筆者の経験では10分程度が最短です。電話やWebサイトでスマートフォンを購入した場合、契約翌日から1週間ほどでSIMカードとデバイスが自宅に届き、自分で設定した後すぐに使い始めることができます。

 

日本では2021年10月からキャリアがSIMロックをかけることが禁止になりましたが、イギリスではSIMフリーの端末が普及しています。イギリスの大手通信会社の1つ「Three」の料金プラン(SIMカードのみ)を見てみると、一般的な8GBが11ポンド(約1650円)ですが、ほかにもさまざまなプランがあります(以下の図を参照。1ポンド=約155円換算〔2021年11月2日時点〕)。

 

【Threeの契約プラン(12か月)】

通信容量 通話※ 月額料金
アンリミテッド(無制限) 無制限 20ポンド

(約3100円)

30GB 無制限 15ポンド

(約2320円)

12GB 無制限 13ポンド

(約2010円)

8GB 無制限 11ポンド

(約1700円)

4GB 無制限 10ポンド

(約1550円)

2GB 200分 7ポンド

(約1080円)

1GB 無制限 7ポンド

(約1080円)

 

また、イギリスには日本の交通ICカードのように、使いたい分だけチャージして使うことができる「PAY AS YOU GO」というプリペイド式の支払い方法があります。信用調査がないので、イギリスに来たばかりの人でもすぐに使い始めることができ、アプリやオンラインでチャージすることが可能。以下の表はThreeのPAY AS YOU GOプランです。

 

【ThreeのPAY AS YOU GOプラン】

通信容量 通話※ 料金
アンリミテッド 無制限 35ポンド

(約5420円)

50GB 無制限 20ポンド

(約3100円)

30GB 無制限 15ポンド

(約2320円)

12GB 無制限 10ポンド

(約1550円)

※通話はショートメッセージを含む。出典: http://www.three.co.uk

 

なお、自宅のインターネットとあわせたお得な契約プランもありますが、イギリスでは、まだ電話線として使われている銅線をインターネット配線として使用しているエリアがあり、同じ通信会社でもユーザーが住むエリアによって通信速度が変わることがあります。配線工事は常に行われており、各社が通信速度の高速化に取り組んでいますが、自宅の通信環境やWi-Fiの有無によって、スマートフォンの料金プランの選び方が変わるかもしれません。

 

以前、筆者が日本で携帯電話を購入したとき、手続きに丸一日かかった記憶がありますが、これは今日のイギリスではほとんど見られません。手続きの簡略化や、PAY AS YOU GOを含めた幅広い契約プランの存在がイギリスと日本の主な違いといえそうです。

 

筆者/ukihaddy

生物進化論が示す「男性より女性のほうが寒がり」なワケ

冷房や暖房の温度設定で夫婦ゲンカが勃発……。家庭の事情や性格の違いはさておき、その一因として、女性は寒がりで男性は暑がりということが挙げられます。実は、この性別による温度の感じ方の違いは人間に限った話ではありません。鳥類にも同じ傾向があり、メスは進化上の理由で寒がりになったようです。

↑進化して寒がりになった?

 

メスは寒がりで、オスは暑がり。人間と同じように、鳥類のそんな傾向を突き止めたのは、イスラエルのテルアビブ大学でコウモリの研究を行っているレビン博士です。博士は、コウモリが繁殖期になるとメスとオスが別れ、メスは温暖な地域で出産し子育てを行う一方、オスは涼しい場所に生息することを発見しました。

 

このことに興味を持ったレビン博士は同じような研究論文を探したところ、コウモリ以外でも、多くの鳥類や哺乳類で同じような傾向が観察されていることがわかったのです。

 

そこで今度は、1981年から2018年の約40年間でイスラエルで収集した情報を参考に、13種類の渡り鳥と18種類のコウモリ、合計1万1000羽以上について個体調査を実施しました。

 

その結果、観察を行った鳥類とコウモリの全般で、オスがメスより低い温度の場所を好んでいることが明らかとなったのです。しかも繁殖期にメスとオスが別で生活するのは、この気温の好みの違いが原因だといいます。

 

女性が寒がりなのは、人間に特有のことではなく、鳥類でも同じような傾向が見られるとわかった今回の研究。この結果を発表した研究チームは、メスが寒がりになった理由について次のように推測しています。

 

「メスとオスで好む温度が異なることで、繁殖期に別々に行動するようになります。オスは弱い子どもを攻撃する可能性がありますが、子育て中のメスがオスと分離されれば、そのようなリスクが軽減され、さらに食べ物などをめぐった争いが少なくなるでしょう。また哺乳類のメスは、体温調節機能が不十分な子どもを自分の体温で守らなければならないため、温暖な気候を好むようになったのではないかと考えられます」

 

つまり、進化の過程でメスは子どもを守るために、オスと異なる温度を好むようになっていったのではないかということ。エアコンの温度設定で見られるような人間の男女間の温度感覚の違いには、このような理由もあるのかもしれません。

 

【出典】Magory Cohen, T.,  Kiat, Y.,  Sharon, H., &  Levin, E. (2021).  An alternative hypothesis for the evolution of sexual segregation in endotherms. Global Ecology and Biogeography,  00,  1– 11. https://doi.org/10.1111/geb.13393

まるで弓だ!「タツノオトシゴ」の瞬殺技のメカニズムが明らかに

タツノオトシゴといえば、水族館などで水の中にプカプカと浮いている姿をイメージする人が多いのではないでしょうか? ほとんど前に進まないその泳ぎはとても遅く、泳ぎ下手な魚として知られています。しかし、そんなタツノオトシゴが、目にも止まらぬ速さのスゴ技を持っていることがわかりました。

↑身体の使い方が独特なタツノオトシゴ

 

タツノオトシゴを調査しているイスラエルのテルアビブ大学の研究チームによると、タツノオトシゴは一日のほとんどの時間を、海藻やサンゴの近くで過ごすとのこと。尾を海藻やサンゴに絡みつけて固定させ、頭を下方向に向けた状態にし、自分の頭上を獲物が通ると、それを素早く捕まえるのです。このとき、タツノオトシゴは頭を素早く起こしますが、その動作は、動きの遅いタツノオトシゴのものとは考えられないほど、目にも止まらぬ速さなのです。

 

そこで、先行研究では詳しく解明されてこなかった、タツノオトシゴがどのように獲物を捕まえて食べているのかを、同研究チームは詳しく調べることにしました。

 

研究チームが使ったのは、1秒間に4000コマを撮影できるハイスピードカメラと、水の流れをレーザーで画像化するシステムです。これらを使い、タツノオトシゴが獲物を捕まえる様子を撮影し、その動きを定量的に分析しました。

 

その結果、タツノオトシゴは捕食するとき、身体がバネのようになることが判明。彼らは背中の筋肉を使って柔らかい腱を伸ばし、首の骨を「引き金」にして頭を動かしていたのです。そのスピードはわずか0.002秒。この一連の動きはクロスボウ(弓の一種)のようだ、と同研究チームは述べています。

 

しかも、この素早い動きに伴い、強い水の流れが発生していました。同じ大きさの魚に比べると10倍の速さの水流が生じ、それによって獲物がタツノオトシゴの口元に流れ込みやすくなっていることも判明。さらに、頭を動かす速さと水流の強さは、タツノオトシゴの鼻の長さによって決まることもわかりました。次の通りです。

 

・鼻が短ければ、強い水流は強くなるが、頭を動かす早さは中程度になる。

・鼻が長ければ、水流の強さは中程度になるが、頭を素早く起こせる。

 

タツノオトシゴは種類によって鼻の長さが異なりますが、進化の過程で、よく捕まえる獲物の大きさや特徴に合わせて鼻の長さが変化していったのではないかと考えられます。

 

普段はのんびり海の中で過ごしているように見えるタツノオトシゴですが、いざとなれば弓のように俊敏に身体を動かしていることがわかりました。能ある鷹は爪を隠すとは、このことでしょう。

 

【出典】Corrine Avidan, Roi Holzman; Elastic energy storage in seahorses leads to a unique suction flow dynamics compared with other actinopterygians. J Exp Biol 1 September 2021; 224 (17): jeb236430. doi: https://doi.org/10.1242/jeb.236430

なぜ「プリペイド」が人気? ドイツのモバイル料金事情

日本では、2021年10月1日からSIMロックが原則廃止されました。海外に目を向けると、SIMロックの適用や規制は国によって異なるようですが、ドイツでは以前からSIMフリーが一般的。1つのキャリアに縛られず、自分の携帯電話の使用状況に合わせてプランを探せるのは、節約好きなドイツ人の国民性にピッタリですが、実際には、どのような料金プランがあるのでしょうか?

 

スーパー独自のプリペが安い

↑スマホの契約はシンプルに

 

ドイツでは、携帯電話料金のプランは「契約」と「プリペイド」に分けられ、日本と異なり、プリペイド式携帯の使用率が高いことが特徴です。ある調査によると、2020年時点で携帯電話会社との契約の割合が75.9%、プリペイドの使用が24.1%とのこと。日本でプリペイド式は普及していませんが、ドイツではプリペイドカードがリーズナブルなうえ、スーパーなどで手軽に購入できます。

 

ドイツでもSIMロックのスマートフォンは販売されており、2年契約の縛りがありますが、プリペイドの利点は自分が必要なときに必要な分だけカードを購入することができること。Wi-Fiが普及した今日、SIMフリーの携帯電話が一般的に使われているドイツでは、プリペイド式のほうがお得になることがあります。

 

ドイツでは、携帯プリペイドカードが至るところで購入可能。携帯ショップや家電量販店ではもちろん、スーパーやドラックストア、郵便局、キオスク(コンビニ)などでも簡単に購入することができます。MVNO(仮想移動体通信事業者)が提供する格安SIMプリペイドについては、大手スーパーなどが自社ブランドのカードを販売していることが注目すべき点。各スーパーが価格やスペックを競い合っており、店内の冷蔵コーナーの横などにプリペイドカードが陳列されているのは、日本ではほとんど見ない光景です。

 

ドイツの大手携帯電話事業者は、ドイツ・テレコム、ボーダフォン、オーツーの3社で、日本のNTTドコモやソフトバンク、auにあたります。大手キャリアでは携帯電話契約プランとプリペイドプランの両方が販売されている一方、それ以外では格安SIM料金が特徴のMVNOがプリペイドプランで人気を集めています。

 

ドイツの携帯契約料金形態は、基本的に「通話し放題」と「インターネット通信容量」によって価格が変わります。この点はプリペイドプランでも同様。例として、大手ドイツ・テレコムと、ドイツ国内スーパーのカウフランドが提供する格安SIMの料金プランを挙げてみます(1ユーロ=約133円で換算〔2021年10月21日時点〕)。

 

ドイツ・テレコムの場合

契約プラン

6GB 12GB 24GB
39.95ユーロ

(約5300円)

49.95ユーロ

(約6630円)

59.95ユーロ

(約7960円)

 

プリペイドプラン

2GB 3GB 5GB
9.95ユーロ

(約1320円)

14.95ユーロ

(約1985円)

24.95ユーロ

(約3310円)

(出典:ドイツ・テレコムサイト)

 

カウフランドの格安SIMの場合

プリペイドプランのみ

3GB 6GB 12GB
7.99ユーロ

(約1060円)

12.99ユーロ

(約1725円)

19.99ユーロ※

(約2650円)

※利用データ量が12GBを超えた場合、請求月末まで通信速度が低速化する

 

プリペイドがお得なユーザーは?

↑ドイツのスーパーでは、さまざまなプリペイドカードが陳列されている

 

上記の料金一例を見ると、データ容量の少ないプランの場合、月々の料金はプリペイドのほうが割安になることがわかります。どのようなタイプのユーザーにプリペイドが好まれるのかといえば、ドイツでは次の2つが挙げられます。

 

・ビジネス用の携帯とは別にプライベートで携帯を使用する場合
・在宅ワークやWi-Fi環境にいることが多い場合

 

一般的にプリペイドにも無制限の通話が付帯されているので、インターネットをあまり使用しなければ、費用とデータ量が少ないプリペイドで十分といえます。出張や外出が少ないユーザーの場合、自宅のWi-Fiを使えば、プリペイドの制限を気にすることなく、スマートフォンを使用できるでしょう。

 

ドイツで携帯電話を新規購入する人や現在の契約から変更しようとする人は、何を基準にプリペイドを選ぶのでしょうか? プリペイドのメリットとデメリットを挙げてみます。

 

【プリペイドのメリット】
・月々のインターネット料金を節約できる

・年間契約がない

・子どもに持たせる携帯電話の使用を制限できる

 

【プリペイドのデメリット】
・事前払いでしか購入できない

・翌月分のチャージを忘れてしまいがち(一般的にプリペイドはチャージ式です)

・海外での通話料金(EU圏外の場合)やローミングが高い(契約プランの場合、海外でもEU圏内同様に使用できるオプションがある)

 

3つ目のデメリットで「海外での通話料金」を「EU圏外の場合」と補足していますが、そこにはヨーロッパならではの理由があります。

 

EU圏内ならローミング料金が不要

2017年6月、EU圏内であれば、ローミング料金を追加することなく携帯電話を使うことができるようになりました。この法案はプリペイドにも適用されており、ヨーロッパの通信事情に大きな変化をもたらしました。

 

他国と陸続きで隣り合わせのヨーロッパでは、旅行や仕事ではもちろん、国境近くに住んでいる人の中には、隣国にちょっと買い物に出かけたり、学校に通ったりしている人がいます。しかし、ローミングがオンのままになっていることに気づかずに、自国以外で携帯電話を使用してしまうと、帰国後に多額の料金を請求されてしまうことがありました。これが2017年の法案によって廃止されたうえ、EU圏外でも料金を気にすることなく使用できるようになったのです。

 

もともとこの法案では、ローミング料金が2022年までに段階的に引き下げられる計画でしたが、2021年2月、EUはさらに10年間延長する意向を発表。この制度はさらなる改善が期待されていますが、ドイツ人を含め、EU圏内を行き来する人にとっては目の離せないテーマです。

 

日本と異なり、プリペイドプランが普及しているドイツ。EU圏内だけでなく圏外でもローミング料金がかからなくなるなど、スマートフォンの使用料金は今後さらに節約できそうです。

海外で話題沸騰中の「Profee(プロフィー)」とは?

コーヒーにココナッツオイルを加えた「ココナッツオイルコーヒー」、グラスフェッドバターを加えた「バターコーヒー」など、コーヒーにはさまざまな飲み方がありますが、最近、海外で注目を集めているのが「プロフィー」です。「朝食や運動前に最適」と話題を集めていますが、どんなものなのでしょうか?

↑TikTokに投稿された「Proffee」投稿の一例

 

プロフィーとは、「プロテイン」と「コーヒー」を組み合わせた言葉で、プロテイン入りコーヒーのこと。TikTokの海外ユーザーを中心に2021年春頃から口コミで広がり、2021年10月19日時点で「#proffee」のハッシュタグの視聴回数は450万回、「#proteincoffee」は3000万回以上にもなっているのです。

 

プロフィーの作り方は、ブラックコーヒーにドリンクタイプまたは粉末のプロテインを混ぜるだけ。最もベーシックなプロフィーはアイスコーヒーを使うようですが、エスプレッソにしたり、お好みでシロップなどを使って甘味を足したりしてもいいでしょう。

 

このプロフィー人気の秘密はもちろん、身体に必要な栄養を簡単に取れること。日本語で「タンパク質」を指す英語のプロテイン(protein)は、筋肉を増やしたり健康を維持したりするために必要不可欠な栄養素で、その摂取は一日の始まりである朝が一番良いと言われています。だから、コーヒーのカフェインで眠気を覚まし集中力を高めながら、同時にプロテインでタンパク質を取ることができるとあって、プロフィーは朝の1杯にピッタリというわけです。

 

また、プロフィーは運動前に飲むドリンクとしても最適とか。学術誌『Nutrients』に掲載された研究によると、活動的な人がカフェインとタンパク質を摂取すると、高強度の運動でパフォーマンスが上がることが報告されたとのこと(※)。運動前にカフェインを摂取すると、身体が疲れにくくなったり、脂肪燃焼効果が高まったりするとされる一方、プロテインは運動前に飲むと筋肉が分解されるのを防ぐため、筋肉アップにつながるそう。そこで、カフェインとプロテインの2つを同時に摂取できるプロフィーは、運動前の1杯として勧められているのです。

 

普段コーヒーにミルクや砂糖を入れて飲む方は、それらをプロテインに変えると、ミルクと砂糖の摂取量を減らせるメリットがあるでしょう。朝食にタンパク質を摂取すると、体重管理や減量に役立つという見方もあります。

 

一長一短

その反面、プロテイン(特に人工的なもの)の過剰摂取は腎臓を悪くすると指摘されています。消化不良や頭痛、吐き気などを引き起こすリスクも無視できません。さらに、糖分がプラスされたプロテインは避けるべきでしょう。大豆や乳製品由来の天然の糖分が含まれているプロテイン製品がありますが、これに糖分が添加されていると、不必要なカロリー摂取につながります。適切な摂取量は体重などによって異なるため、プロテイン製品のパッケージに記載されている目安量を守ることが大切です。

 

爆発的に増えたプロフィーのSNS投稿は、たくましい筋肉の象徴になっているようですが、流行に乗る前にプロテインの長所と短所を客観的に評価することをお忘れなく。

 

※Forbes, S. C., Candow, D. G., Smith-Ryan, A. E., Hirsch, K. R., Roberts, M. D., VanDusseldorp, T. A., Stratton, M. T., Kaviani, M., & Little, J. P. (2020). Supplements and Nutritional Interventions to Augment High-Intensity Interval Training Physiological and Performance Adaptations-A Narrative Review. Nutrients, 12(2), 390. https://doi.org/10.3390/nu12020390 

日中に屋外で過ごすほど健康になる! オーストラリアの大学の研究

運動の秋が到来しました。公園で散歩したり、スポーツをしたり、ヨガをしたり。秋は外で身体を動かしやすい季節ですが、最近行われた大規模な定量調査で、日中に屋外で過ごす時間は、睡眠の改善やうつ病のリスクの低下につながることがわかりました。

↑さあ、日光を全身で浴びよう!

 

日中は明るく、夜は暗くなることで、私たちは自然と昼夜の区別をしています。しかし現代の生活では、夜眠る直前までPCやスマホのブルーライトを浴びている人が多く、そのような夜間における光の照射が身体に悪影響を及ぼすことは近年よく知られるようになりました。しかし、日中に光を浴びることの効果は科学的に明らかにされていないことが多くあります。

 

そこで、オーストラリアのモナッシュ大学で睡眠の研究を行っている心理学者のチームが、日光が人間の健康に与える影響について調査を行うことにしました。

 

この研究チームでは、イギリスの調査機関「UKバイオバンク」と協力して、40万人以上の成年のイギリス人を対象に、屋外での過ごし方、そのときの気分や服用している薬などについて質問を行いました。

 

やっぱり外は気持ちがいい

その結果、イギリスの成人は屋外で1日平均2.5時間を過ごし、朝型の人は夜型の人よりも、屋外で過ごす時間が長いことがわかりました。さらに日中に屋外で過ごす時間が1時間増えるごとに、うつ病の発生率と抗うつ剤使用量が下がり、幸福感が増し、朝の目覚めやすさや疲れにくさが改善されていることもわかったのです。

 

日中に屋外で日光を浴びることは、心身に良い影響を与える。このことは多くの人が実感していることですが、今回の大規模調査の意義は、日中に屋外で過ごす時間が増えるごとに、うつ病にかかるリスクが下がり、幸福感や睡眠の質が上がるということが客観的にわかったことでしょう。

 

この論文で、「現代の生活では、昼夜の区別が曖昧になっている」と書かれているように、太陽の光を浴びる時間が減り、起きている時間のほとんどを人工的な照明のもとで過ごしている人が多いかもしれません。しかし、光は睡眠を促すメラトニンを抑制する働きがあるため、本来なら暗くなる夜間に多くの光を浴びると、睡眠が乱れることになってしまいます。このような睡眠サイクルの乱れが、幸福感の減少やうつ病発症のリスクなどにつながるのでしょう。

 

もしも「最近気分が落ち込みがち」「よく眠れない」と感じたら、それは日中に太陽の光を十分浴びていないことが関係しているのかも……。夜は強い光をできるだけ避け、仕事をしている平日であっても、昼休みには積極的に外に出るなど、意識して外出することがいいのかもしれません。

 

【出典】Angus C. Burns, Richa Saxena, et al. (2021). Time spent in outdoor light is associated with mood, sleep, and circadian rhythm-related outcomes: A cross-sectional and longitudinal study in over 400,000 UK Biobank participants, Journal of Affective Disorders, 295, 347-352. https://doi.org/10.1016/j.jad.2021.08.056 

 

 

50mプール4億杯分の岩石とガス! 40億年前の火星で「スーパー噴火」が起きていた

遠い昔、火星では火山の噴火が起きていましたが、最近のNASAの調査で、そこでは「スーパー噴火」が数千回も起きていたことが明らかになりました。一体これはどのような噴火なのでしょうか?

↑火星の「アラビア大陸」に残されたクレーター(画像提供/NASA・JPL-Caltech・University of Arizona)

 

火星には多くの火山があり、その中には太陽系で最大規模のオリンポス火山があります。ハワイ島にあるマウナロアは地球上で最も大きな火山で、標高4000m以上、基底での直径は100kmほど。それに対して、火星のオリンポス火山は標高25000m、直径は約700kmに及びます。ただし火星には多くの火山がありますが、いずれも10億年以上前に活動をやめた死火山です。

 

NASAのゴダード宇宙飛行センターに所属する地質学者たちが、そんな火星の北部にあるアラビア大陸の地形や鉱物の組成を調べたところ、過去にスーパー噴火が何千回も起きていたことがわかりました。

 

スーパー噴火(英語で「supereruption」)は、日本語では「破局噴火」とも呼ばれています。スーパー噴火は、大気中に大量の塵、二酸化硫黄などの有毒ガスを放出。それらの塵やガスによって太陽光が遮られて寒くなるなど、この規模の噴火はその後の惑星の気候を変化させるほど大きな影響を及ぼします。

 

もともとこの地帯には、クレーターのような窪みがあり、当初この窪みは小惑星が火星に衝突したことで生まれたと考えられていました。しかし2013年の研究で、この窪みは火山によるカルデラ(火山活動でできる円形または楕円形の凹地)である可能性が指摘されたのです。

 

そこで、この地質学者のチームは、火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」(MRO)が撮影した画像とアラビア大陸の3D地図を使って、火山灰を調査。画像から地表にある鉱物を特定し、そのデータをアラビア大陸の3D地図に重ね合わせていきました。彼らはこうして、およそ40億年前にスーパー噴火が何千回も繰り返し起きていたことを突き止めたのです。

 

このスーパー噴火では、50mプール4億杯分もの量の溶解した岩石とガスが地表に吹き出したそう。火星でのスーパー噴火はアラビア大陸に集中していたようですが、なぜそうなったのかなど、まだ火星の噴火に関する疑問は数多く残されています。

 

【出典】Whelley, P., Matiella Novak, A., Richardson, J., Bleacher, J., Mach, K., & Smith, R. N. (2021). Stratigraphic evidence for early martian explosive volcanism in Arabia Terra. Geophysical Research Letters, 48, e2021GL094109. https://doi.org/10.1029/2021GL094109

「ロックダウン優秀国」ニュージーランドをさらに魅力的にする2つの家具

在宅勤務が広がり、自宅の家具を見直す人が世界中で増えています。「ロックダウン(都市封鎖)優秀国」と呼ばれるニュージーランドでは、組み立て式移動型デスクとマットレスが大人気とか。一体どんなアイテムなのでしょうか?

 

ノマドワーカーに人気の組み立て式移動型デスク

組み立て式移動型デスクの「Work From Home Desks」は、もともとニュージーランドでイベント事業を手掛けていた企業が開発しました。新型コロナウイルスの影響で従来の事業の先行きが危ぶまれ、新たなプロジェクトを始める必要に迫られた同社は、リモートワーカーをターゲットにしたデスクを開発しました。コロナ禍で「家の中で場所を問わず、快適な仕事環境を整えたい」というニーズが高まっていたからです。

 

また、一般的にニュージーランド人はワークライフバランスを重視し、スポーツやアウトドア活動が好きです。この組み立て式移動型デスクは、キャンピングカーなどの中でも使えることもあり、リモートワーカーだけでなく、ノマドワーカーからも注目されています。

↑「Work From Home Desks」を使って、こんなふうに働けたら

 

Work From Home Desksは、機能性や利便性の高さが特徴。人間工学に基づきながら、立ち作業と座り作業がすぐに切り替えられるように設計されています。コンパクトに折り畳めるうえ、持ち運びも簡単。それだけでなく、多くのユーザーは「耐久性も良い!」と評価しています。また、自然を連想させるために、素材にはニュージーランドの天然白樺を使っています。

 

価格はスタンダードタイプが902NZドル(約7万3000円※)、イスやバンドル付きのアッパータイプが1422 NZドル(約11万4000円)。家具なので値が張りますが、その価値は十分ありそうです。

※1NZドル=約80円(2021年10月15日時点)で換算

 

睡眠の質を高めるマットレス

↑ニュージーランドで人気沸騰中の「Ecosa Topper」(画像提供/Ecosa)

 

ロックダウンという未曽有の出来事は、世界各国で多くの人に精神的なストレスを与え、その影響は睡眠にも及んでいます。ニュージーランドも例外ではなく、「睡眠の質が低下している」と感じている人が少なくない模様。当然ながら「睡眠環境を改善したい」というニーズが高まっています。

 

そんな中で人気を集めているのが、隣国オーストラリアのEcosa社が製造するシートマットの「Ecosa Topper」。高い通気性と冷たい感触のジェルが組み込まれた素材をマットに用いていることが特徴。「ジェル・メモリーフォーム」と呼ばれる素材が柔らかい感触を与えると同時に、マットがユーザーの身体にフィットするようになっています。

 

同製品のユーザーによるレビューを見てみると、「ベッドを新たに買うよりも遥かにコストを抑えられる」という声が目立ちます。価格は384NZドル(約3万1000円)〜と確かに経済的です。

 

また、寝具の良さを体感するためには、3か月程度の期間が必要だと一般的に言われています。同社はそのようなニーズに応えるために、購入から3か月以内であれば無料で返品することが可能。ロックダウン中はベッドの寝心地を直接店舗で試せないこともあり、ユーザー視点に立ったこのような対応も好評な理由と言えるでしょう。

 

「コロナリスクの低い国」として注目を集めているニュージーランドでは、欧州各国やオーストラリアなどから帰国する人や、投資目的で海外から移住する人が増加しています。本稿で取り上げたようなデスクやマットレスが、コロナ禍でも彼らの生産性と幸福感を高めているかもしれません。

カゴメの“野菜のテーマパーク”、企業と地元を繋ぐ理想郷のような場所でした

生きものの力を借りた農業のモデルケースを目指す~カゴメ株式会社

 

トマトジュースやトマトケチャップでお馴染みのカゴメは、長野県・富士見町に「カゴメ野菜生活ファーム富士見」という“体験型野菜のテーマパーク”を2019年4月から運営しています。ここは単なる観光施設ではなく、「農業・工業・観光」の一体化をコンセプトとし、SDGsとも深く関わりを持っています。

 

ベースとなるのは3つの企業理念

同社はSDGsについてどんな考え方を持っているのでしょうか。

 

「SDGsの目標に向かって進めているというよりも、ベースになっているのは、当社の企業理念です」と話すのは、広報担当の堀江建一さんです。

↑経営企画室 広報グループ 堀江建一さん

 

「当社には“感謝”“自然”“開かれた企業”という3つの企業理念があります。創業以来、この企業理念を大切にしながら、トマトをはじめとした野菜、フルーツなど、自然の恵みを生かして事業を続けてきました。ですので、自然の恵みを生かした商品を活用しながら、いろいろな方の健康に貢献していきたいというのが根底にあります。

 

そのためには、高品質な原料を安定的に調達する必要が出てきますので、自然の保全や環境面への取り組みは、当社にとって優先度の高い課題と考え、活動してきました。さらに、食に関わる企業ですので、食に関する情報や、楽しい体験機会を提供することによって、食の大切さ、楽しさを伝えていきたいという思いもあります。例えば、1972年にスタートした『カゴメ劇場』。食の大切さや楽しさを伝えるミュージカルで、延べ364万人の観客をご招待しています(新型コロナに伴い2020年は同社 HPで動画配信、2021年はライブ配信を実施)」

↑カゴメオリジナルの子ども向け食育ミュージカル「カゴメ劇場」

 

「食」を通じて社会課題を解決

企業理念をベースに活動しているという同社は、「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる」ということを2025年のありたい姿として掲げています。

 

「当社が取り組むべき社会課題と考えているのは、“健康寿命の延伸”“農業振興・地方創生”“世界の食糧問題”の3つです。例えば、日本の野菜不足の解消を目指し、2020年1月から『野菜をとろうキャンペーン』を開始しました。野菜需要を喚起し、野菜摂取量を増やすことで“健康寿命の延伸”に貢献できると考えています。また、“共助”という考え方も大切にしており、東日本復興支援活動として農業人の育成や、『みちのく未来基金』(2011年設立)という震災遺児への進学支援も行っています。

 

昨年2月には、北海道の農業生産法人との協働で、生たまねぎやたまねぎ加工品の製造・販売を行う会社を設立いたしました。北海道壮瞥(そうべつ)町にある廃校になった中学校の校舎や敷地を、たまねぎの貯蔵庫や選果場、加工場として活用しています。たまねぎも地元の農家から仕入れています。これはまさに、“農業振興・地方創生”だと思います。今後も“カゴメのありたい姿”に向かって、社会課題解決のための活動に注力していく姿勢に変わりはありません。活動をした結果、当社の事業活動と関連するようなSDGsにも貢献できればと考えています」

 

地域への恩返しから生まれた一大プロジェクト

こうしたカゴメの考えを体現した施設が、2019年、長野県諏訪市富士見町に誕生した“野菜のテーマパーク”「カゴメ野菜生活ファーム富士見」。もともとこの地域には、主力工場の一つ「カゴメ富士見工場」が1968年から操業していました。“長年お世話になってきた富士見町に何か恩返しがしたい”と常々考えていた同社は、工場に隣接する、水田だった10ヘクタールの遊休地を有効活用できないかと、2012年ごろから町民の方々や町役場と協議。当時の農業政策も後押しとなり、約6年の月日を経て開業したのです。

↑ファースハウスでは体験したいコンテンツの確認や予約が可能。レストランも併設されている

 

↑ファームハウス内にある直営ショップ

 

カゴメ野菜生活ファーム富士見では、旬の野菜の収穫を体験することができたり、地元で生産された新鮮な野菜をふんだんに使ったメニューが並ぶイタリアンレストランや直営ショップがあります。隣には、生食用の高リコピントマトを栽培する最先端の温室や野菜の露地栽培をする農園、そして見学もできるカゴメ富士見工場があります(現在休止中。野菜生活ファーム富士見にて360°VR映像によるバーチャル工場見学を実施)。

 

「それぞれが“観光”“農業”“工業”の役割を担い、お互いに連携し、協力をしながら野菜のテーマパークを運営しています」と話すのは、カゴメ野菜生活ファーム富士見の代表取締役である河津佳子さん。

↑カゴメ野菜生活ファーム富士見 代表取締役 河津佳子さん

 

「一般のお客様にとっては、ここは野菜のテーマパークですが、当社の活動の背景には、『食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる』というありたい姿があります。同ファームは、社会課題を解決するための実践の場でもあるのです。

 

そもそも、農家の高齢化や後継者不足による遊休地問題が深刻化しているのを受け、地域の社会課題の解決に役立ちましたし、観光施設を作ることで地方創生にもつながりました。また、健康寿命の延伸に関しても、野菜の美味しさや楽しさを伝えることで、皆様の健康により貢献していくことになります」

 

生物多様性保全の取り組み

ファーム内ではどんなことが行われているのでしょうか。例えば、生物多様性保全の取り組みとしてあるのが、「生きものと共生する農場」。畑の周りに害虫の天敵が住み着くようにして、天敵に害虫を食べてもらうことで害虫を減らす農業を目指しています。

 

具体的には、ネズミを食べて退治するフクロウのための止まり木や、アオムシを食べるシジュウカラの巣箱、アブラムシを食べるてんとう虫や、クモ、トカゲの住処などを設置。一見、何かのアートのようにも見えますが、一つひとつに意味があるそうです。

↑イモムシの天敵であるドロバチが子育てに使う「竹筒マンション」

 

↑クモやトカゲの隠れ家となる「石づみハウス」

 

「何をどう設置するかは専門家と相談をして決めました。今年は新たにインセクトハウス(藁や枯れ枝、落ち葉、生活廃材を使った虫の巣箱)を設置しました。地元の小学生にも作っていただき、数か所に設置しています。

↑畑の数か所に設置されたインセクトハウス

 

昨年春に取り組みを開始したので、今はまだ多様な生物たちが住める環境を整えている段階ですが、戻りつつある生きものたちの姿を少しずつ確認できています。カゴメの商品は、自然の恵みをできるだけ損なわない、自然の恵みをそのまま生かすことを大切にしているので、自然環境の保全というのは、非常に大きな課題であると考えています。

 

さらに、クイズが書かれた看板を設置して、子どもたちが楽しみながら生物多様性の大切さを学ぶ機会作りを行うなど、こうした取り組みの重要性を多くの方に知っていただきつつ、天敵を活用した農法を農家の方たちに普及させることも目標にしています」(河津さん)

 

工場から排出される温水とCO2を活用

同施設内では、環境課題への取り組みも行われています。それが、隣の富士見工場から排出される温水とCO2の再利用です。同じく隣接している菜園では、年間を通して新鮮なトマトを収穫するため、大型の温室を使用しています。この温室の暖房用に工場から排出される温水を利用するとともに、CO2もトマトの光合成に有効利用。年間500tのトマトの生産に役立てているそうです。工場と農場が隣接しているからこそできる取り組みと言えるでしょう。

↑工場から隣接している菜園までパイプでつながれている

 

地域の人たちと二人三脚で

そして「地域に根差した施設になりたい」という思いも強く、それが随所に現れています。例えば、たくさんのひまわりで作られた“ひまわり迷路”。毎年6月には、地元の小学生や保育園、社会福祉施設のご高齢者や障がい者など、総勢100名以上で約2万粒の種を蒔くそうです。

↑地元の人たちと作る「ひまわり迷路」。子どもたちにとっても一生の思い出になりそう

 

「収穫体験用の畑に手書きの看板が30ぐらい設置されているのですが、実は、小学生たちがお礼として作ってくれた野菜クイズの看板なのです。小学生たちにとって、楽しみな行事になっているようですし、今後も子どもたちの成長に合わせ、さまざまなことにチャレンジしたいと思います」

 

また、農福連携にも力をいれているそうです。

 

「カゴメの夏限定のトマトジュースに使用する加工用のトマトを収穫するのに、地域の高齢者や障害をお持ちの方たちにお手伝いいただいています。今年も出来高で1.3t、約1万5000個を工場に出荷しました。人手が必要な私たちにとってはありがたいことですし、ご高齢の方たちにもやりがいを感じていただいています」

 

地域の人たちにとっても今やファームは欠かせない存在になっているようです。

↑周囲は八ヶ岳など広大な自然が広がっている

 

「富士見町には八ヶ岳の雄大な自然や富士見パノラマリゾート、富士見高原リゾートのような観光施設もあり、美味しい食材もたくさんあります。そして当施設においては、ブランド力や健康に関する知見、観光、農場、カゴメ富士見工場という物づくりの現場があります。野菜生活ファーム単独ではできることには限界があるので、行政や学校、近隣の観光施設などと協力し、それぞれの強みを合わせることで、さらに地域の発展に貢献できたらいいですね」(河津さん)

 

 

 

若い世代の4割は「気候変動のために子どもを持ちたくない」ことが判明

9月中旬、英デイリーメール紙が、気候変動に関する研究についての記事を掲載しました。10か国で計1万人の若者を対象に調査を行なったこの論文によると、うち4割が「気候変動を理由に、子どもを持ちたくない」と答えたとのこと。気候変動が若い世代に暗い影響を及ぼしているようです。

↑「THERE IS NO PLANET B」(プランBもプラネットBもない)というプラカードを持って、政府に迅速な行動を求める若者たち。「PLANET」は「PLAN」(計画)と「PLANET」(惑星〔地球を指す〕)の掛け詞

 

サステナビリティをテーマにしたオープンアクセスジャーナル『Lancet Planetary Health』での掲載に向けて査読が行われているこの研究は、気候変動をテーマに、心理学・児童メンタルヘルス、気候不安といった分野の専門家11人が行いました。イギリス、フィンランド、フランス、アメリカ、オーストラリア、ポルトガル、ブラジル、インド、フィリピン、ナイジェリアの各国で、16~25歳の若者各1000人(計1万人)にアンケート調査を実施。

 

その結果、全体の約6割が、気候変動に対して「極度に心配している」「非常に心配している」と答えていました。「そこそこ心配している」と答えた人も含めると、全体の84%が「気候変動が心配である」と考えているのです。

 

また、気候変動を理由に「未来は恐ろしい」と考える人の割合が75%に上りました。国別にみると、フィリピンが最も高く、92%が「恐ろしい」と回答。ほかにはブラジルで86%、ポルトガルで81%が同様に述べていました。

 

さらに「将来、子どもを持つことをためらう」と答えた人は全体の39%。ブラジルでは48%、フィリピンでは47%と、半数近くがそのように思っていました。気候変動のため未来に希望を持てない若者が多い模様です。

 

このままでは、お先真っ暗

気候変動における政府の対応について、回答者の65%が「若者を裏切っている」と述べており、さらに「取り組みの影響について嘘をついている」と答えた人が64%いました。否定的な考えが多数を占める結果。

 

「自分、地球、未来の子どもたちを守ってくれると思う」という意見は33%にとどまり、「政府は信用できる」という意見も31%という低い結果に終わりました。今回調査の対象となった国には、イギリス、フィンランド、フランスなど、地球環境への意識が高い国が含まれていますが、それらの国でも若者の間では、政府の対応に不満を持っている人が多数を占めているようです。

 

これらの結果は、若い世代で気候変動に対する恐怖や危機感が広がっており、その不安は政府の対応に結びついている可能性があるということを示しています。政府の対応が不十分であったり不誠実であったりすると、若者は自分たちが裏切られたと感じることがあり、それに対するストレスや不安が増大しているようです。

 

この調査を行った専門家たちは、このようなストレスは健康にも影響を及ぼしかねないため、研究を進めると同時に、政府の誠実な対応も必要だと指摘しています。

 

【出典】Marks, Elizabeth and Hickman, Caroline and Pihkala, Panu and Clayton, Susan and Lewandowski, Eric R. and Mayall, Elouise E. and Wray, Britt and Mellor, Catriona and van Susteren, Lise, Young People’s Voices on Climate Anxiety, Government Betrayal and Moral Injury: A Global Phenomenon. Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3918955 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3918955

実に紳士的! キリンが「フェアプレー精神」を持っていることが判明

キリン同士が戦うとき、彼らは長い首を強くぶつけ合います。イギリスの研究チームが、そんなキリンの行動を観察したところ、キリンの若いオス同士が行う「スパーリング」と呼ばれる戦いでフェアプレーが見られることを発見しました。

↑スパーリングをするならフェアプレーで

 

キリン同士は、長い首を大きく振って、頭を激しく相手に打ちつけて戦います。これは、群れのヒエラルキーを決めたり、メスを巡って争ったりするときに、主に若いオス同士が行いますが、その中には、専門家の間で「スパーリング」と呼ばれる行為もあります。

 

このスパーリングは1958年に初めて報告されましたが、定量的な調査はまだほとんど行われていません。「これは真剣勝負なのか? それとも練習や遊びなのか?」 という区別も明確ではないそう。

 

そこで、英国・マンチェスター大学の研究チームが、南アフリカのモガラクエナ川保護区で、2016年11月から2017年5月までの約半年間にわたりキリンの観察を行い、スパーリングの頻度、時間、強度、その後の影響などについて記録しました。その結果、スパーリングには興味深い特徴が3つ見られたのです。

 

1: 体格と年齢が近い相手とスパーリングする

身体の大きさが違うキリン同士の戦いでは、小さいほうが不利になるもの。しかしキリンのスパーリングでは、体格と年齢が近い相手を選んで行っていることがわかりました。

 

2: 右利き・左利きを考慮する

キリンには首を左右のどちらに振るか好みがあるようで、右利きと左利きのキリンがいることがわかりました。スパーリングでは、2頭が頭と頭で向き合う体勢をとるか、一方の頭ともう一方の尾が向き合う体勢のどちらかを取りますが、体勢を選ぶ際、2頭は相手の利き手を考慮しているようです。つまり、キリンは相手に取って不利となるサイド(利き手でない側)を攻撃しないように、お互いの体勢を取っていたのです。

 

3: 相手にケガをさせない

キリン同士による本気の戦いでは、頭上にあるコブのような角を相手に刺すこともあり、激しい闘いで角が折れたり身体にダメージを負ったりする場合があります。しかし、若いオス同士のスパーリングでは、ケガをするキリンはいませんでした。

 

これらの特徴から、同研究チームは、スパーリングの目的は真剣勝負ではなく、フェアプレーの精神で自分の戦闘能力を試すことにあると述べています。練習や遊びに近いと言えるでしょう。

 

キリンのスパーリングについては、明らかにされていない部分がまだありますが、今回の研究結果は、キリンの間にはマナーがあり、キリンは実にスマートな動物であることを示しています。

 

【出典】Granweiler, J.,  Thorley, J., &  Rotics, S.  Sparring dynamics and individual laterality in male South African giraffes. Ethology.  2021: 127;  651– 660. https://doi.org/10.1111/eth.13199

電気自動車へのシフトにジレンマ! 増えすぎているクルマに英国民がウンザリ

2020年11月、イギリス政府は、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を終わらせ、ゼロエミッションカー(二酸化炭素や排気ガス、環境汚染物質を排出しないクルマ)に切り替える計画を発表しました。充電スポットの拡充や、多くの人がより安く購入できるような多額の投資を行っていくとのことでしたが、その発表から1年が経とうとしている現在、「この政策では環境問題を解決できないのではないか?」という懐疑的な意見が出てきています。コロナ禍で自動車産業が直面した予想外の問題も合わせて、ゼロエミッションカーへの移行の難しさについて現地からレポートします。

↑街中の通りにも目立つ路上駐車(イギリスの地方都市郊外)

 

イギリス政府の考え

まずは、イギリス政府が念頭に置いているロードマップを見てみましょう。これは2段階に分けられます。

 

【ステップ①】2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を終了する。

【ステップ②】2035年までにすべての新車をゼロエミッションカーにする。2030年から2035年の間は、ゼロエミッションかつ長距離の走行が可能なプラグインハイブリッド車やフルハイブリッド車の販売は認められるようですが、具体的には政府と自動車業界との今後の協議で決められるとのこと。

 

計画の一部では、電気自動車の充電スポットを増やすために約13億ポンドを投入し、家庭をはじめ、主要道路や高速道路でより簡便に充電できることを目指しています。すでにイギリス政府は、14万以上の住宅用充電ポイントと、9000以上の企業スタッフ向け充電スポットの設置を援助しました。現在では、自治体や民間と協力した1万9000を超える公共充電スポットのネットワーク開発も支援しています。

 

さらに、イギリス政府はゼロまたは超低排出ガス車の購入を援助するために、約5億8200万ポンドの助成金を投じ、購入促進につなげる考え。2020年12月からはゼロエミッションカー専用のグリーンナンバープレートを導入しており、ゼロエミッションカーの社会的認知度を高めています。なお、グリーンナンバー車には安価な料金で駐車場を利用できるなどのメリットがあります。

↑イギリス政府は莫大な資金を投入して、充電スポットの拡大を図るが……

 

まさかの半導体不足

しかし、自動車業界はコロナ禍で予想外の事態に直面しました。それは現代のクルマに必須の部品である半導体の不足です。

 

コロナ禍で新車製造の工場を一時ストップし、売り上げの落ち込みを見込んだ自動車各社は、部品のオーダーを減らしました。半導体の工場は、リモートワークの普及などでIT機器の需要が急速に拡大したため、オーダーが減った自動車向け部品製造部門をIT機器部品製造に切り替えました。

 

一方で、ロックダウン(都市封鎖)といった各国の感染対策はサプライチェーンにも大きく影響。中国から北米向けの海上輸出が激増する一方で、港や工場などの現場で働く人々の動きが制限されたため、コンテナが北米の大陸内で停滞。その結果、慢性的なコンテナ不足が起こり、世界中を結ぶロジスティクスは長期的な混乱状態に陥りました。

 

半導体は、開発から資源調達、製造、納品まで、円滑なサプライチェーンが欠かせません。しかし、コロナ禍によりヒトの動きが制限されているため、自動車業界は先の見通しを立てることが難しく、IT業界と部品供給を巡り争うという状況になりました。そこに、日本国内の半導体工場で火災が起きるなどの事故が重なり、結果的に自動車業界は半導体不足になり、各自動車メーカーで新車販売が遅れることになってしまったのです。

 

半導体の工場が再開してからも、急激な需要回復に部品の調達が追い付かず、例えば、ジャガー・ランドローバーは新車の納車が1年ほど遅れる見込みだと発表しています。今回の半導体不足は、電気自動車に必要な電池やバッテリーと同じように、IT部品の安定的な調達も不可欠であることを改めて浮き彫りにしました。

 

さらに、影響は中古車市場にも及んでいます。ロックダウンで工場が閉鎖され、部品の供給も不足したことで新車の生産が滞ったため、多くの人が新車を購入できなくなりました。それでも、コロナ感染への不安からパーソナルスペースを求める人たちが増え続けているため、新車の代わりに中古車のニーズが急速に高まりました。しかし、これまで中古車を下取りして新車を購入していた人たちによる売り出しが減ったことから、中古車の供給量も不足。結果的に、中古車価格が急上昇しましたが、ディーラーは新車だけでなく、中古車の確保にも苦戦しているようです。

 

路駐がこれ以上増えていいのか?

↑増えすぎたクルマは家の前にも路上駐車している(ロンドン郊外)

 

このような暗い状況において、ゼロエミッションカーは自動車業界に明るい希望を与えているかもしれませんが、良いことばかりではありません。

 

最近のイギリスでは、「ゼロエミッションカーの購入補助などの販売促進政策は、単にクルマの数を増やすだけで、道路をさらに混雑させるのではないか?」という意見が出ています。中古車を含め、街中のクルマの数は増え続けており、路上駐車の増加が懸念されているのです。

 

イギリスには歴史のある家がたくさん残っており、クルマ社会が到来する前に建てられた古い家には駐車スペースがないため、家の前の道沿いに駐車します。路上駐車ができる場所が多いうえ、路上駐車は自動車購入時に車庫証明が不要。そのため、イギリスでは路上駐車がよく見られます。ところが、電気自動車の中には、従来のクルマより大きい車種があります。そこで「そんな電気自動車はこれまでと同じように路上駐車できるのか?」「そもそも駐車できるスペースはまだ残っているか?」と、 さまざまな議論がされていますが、ゼロエミッションカーの普及と合わせて、クルマの台数自体を減らしていく努力が必要なのは明らかです。

 

ゼロエミッションカーへの移行を加速させたら、イギリスはこのようなジレンマに陥りました。この問題は他国にも当てはまるでしょう。電気自動車にシフトするための道のりは、決して平坦ではなさそうです。

 

執筆/ukihaddy

電気自動車へのシフトにジレンマ! 増えすぎているクルマに英国民がウンザリ

2020年11月、イギリス政府は、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を終わらせ、ゼロエミッションカー(二酸化炭素や排気ガス、環境汚染物質を排出しないクルマ)に切り替える計画を発表しました。充電スポットの拡充や、多くの人がより安く購入できるような多額の投資を行っていくとのことでしたが、その発表から1年が経とうとしている現在、「この政策では環境問題を解決できないのではないか?」という懐疑的な意見が出てきています。コロナ禍で自動車産業が直面した予想外の問題も合わせて、ゼロエミッションカーへの移行の難しさについて現地からレポートします。

↑街中の通りにも目立つ路上駐車(イギリスの地方都市郊外)

 

イギリス政府の考え

まずは、イギリス政府が念頭に置いているロードマップを見てみましょう。これは2段階に分けられます。

 

【ステップ①】2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を終了する。

【ステップ②】2035年までにすべての新車をゼロエミッションカーにする。2030年から2035年の間は、ゼロエミッションかつ長距離の走行が可能なプラグインハイブリッド車やフルハイブリッド車の販売は認められるようですが、具体的には政府と自動車業界との今後の協議で決められるとのこと。

 

計画の一部では、電気自動車の充電スポットを増やすために約13億ポンドを投入し、家庭をはじめ、主要道路や高速道路でより簡便に充電できることを目指しています。すでにイギリス政府は、14万以上の住宅用充電ポイントと、9000以上の企業スタッフ向け充電スポットの設置を援助しました。現在では、自治体や民間と協力した1万9000を超える公共充電スポットのネットワーク開発も支援しています。

 

さらに、イギリス政府はゼロまたは超低排出ガス車の購入を援助するために、約5億8200万ポンドの助成金を投じ、購入促進につなげる考え。2020年12月からはゼロエミッションカー専用のグリーンナンバープレートを導入しており、ゼロエミッションカーの社会的認知度を高めています。なお、グリーンナンバー車には安価な料金で駐車場を利用できるなどのメリットがあります。

↑イギリス政府は莫大な資金を投入して、充電スポットの拡大を図るが……

 

まさかの半導体不足

しかし、自動車業界はコロナ禍で予想外の事態に直面しました。それは現代のクルマに必須の部品である半導体の不足です。

 

コロナ禍で新車製造の工場を一時ストップし、売り上げの落ち込みを見込んだ自動車各社は、部品のオーダーを減らしました。半導体の工場は、リモートワークの普及などでIT機器の需要が急速に拡大したため、オーダーが減った自動車向け部品製造部門をIT機器部品製造に切り替えました。

 

一方で、ロックダウン(都市封鎖)といった各国の感染対策はサプライチェーンにも大きく影響。中国から北米向けの海上輸出が激増する一方で、港や工場などの現場で働く人々の動きが制限されたため、コンテナが北米の大陸内で停滞。その結果、慢性的なコンテナ不足が起こり、世界中を結ぶロジスティクスは長期的な混乱状態に陥りました。

 

半導体は、開発から資源調達、製造、納品まで、円滑なサプライチェーンが欠かせません。しかし、コロナ禍によりヒトの動きが制限されているため、自動車業界は先の見通しを立てることが難しく、IT業界と部品供給を巡り争うという状況になりました。そこに、日本国内の半導体工場で火災が起きるなどの事故が重なり、結果的に自動車業界は半導体不足になり、各自動車メーカーで新車販売が遅れることになってしまったのです。

 

半導体の工場が再開してからも、急激な需要回復に部品の調達が追い付かず、例えば、ジャガー・ランドローバーは新車の納車が1年ほど遅れる見込みだと発表しています。今回の半導体不足は、電気自動車に必要な電池やバッテリーと同じように、IT部品の安定的な調達も不可欠であることを改めて浮き彫りにしました。

 

さらに、影響は中古車市場にも及んでいます。ロックダウンで工場が閉鎖され、部品の供給も不足したことで新車の生産が滞ったため、多くの人が新車を購入できなくなりました。それでも、コロナ感染への不安からパーソナルスペースを求める人たちが増え続けているため、新車の代わりに中古車のニーズが急速に高まりました。しかし、これまで中古車を下取りして新車を購入していた人たちによる売り出しが減ったことから、中古車の供給量も不足。結果的に、中古車価格が急上昇しましたが、ディーラーは新車だけでなく、中古車の確保にも苦戦しているようです。

 

路駐がこれ以上増えていいのか?

↑増えすぎたクルマは家の前にも路上駐車している(ロンドン郊外)

 

このような暗い状況において、ゼロエミッションカーは自動車業界に明るい希望を与えているかもしれませんが、良いことばかりではありません。

 

最近のイギリスでは、「ゼロエミッションカーの購入補助などの販売促進政策は、単にクルマの数を増やすだけで、道路をさらに混雑させるのではないか?」という意見が出ています。中古車を含め、街中のクルマの数は増え続けており、路上駐車の増加が懸念されているのです。

 

イギリスには歴史のある家がたくさん残っており、クルマ社会が到来する前に建てられた古い家には駐車スペースがないため、家の前の道沿いに駐車します。路上駐車ができる場所が多いうえ、路上駐車は自動車購入時に車庫証明が不要。そのため、イギリスでは路上駐車がよく見られます。ところが、電気自動車の中には、従来のクルマより大きい車種があります。そこで「そんな電気自動車はこれまでと同じように路上駐車できるのか?」「そもそも駐車できるスペースはまだ残っているか?」と、 さまざまな議論がされていますが、ゼロエミッションカーの普及と合わせて、クルマの台数自体を減らしていく努力が必要なのは明らかです。

 

ゼロエミッションカーへの移行を加速させたら、イギリスはこのようなジレンマに陥りました。この問題は他国にも当てはまるでしょう。電気自動車にシフトするための道のりは、決して平坦ではなさそうです。

 

執筆/ukihaddy

「住宅ブーム」に乗れない若い世代に立ちはだかる「ニンビー」の壁

昨今、世界中で住宅価格が高騰しています。イギリスでも家を購入する人がこの1年間で著しく増え、住宅価格はロンドンだけでなく、地方都市でも高騰し、国中で値上がりを続けています。その原因と影響は?

↑憧れのロンドンに住む日はいつになるやら……

 

免税政策が住宅購入を後押し

イギリス政府は、コロナ禍による不動産マーケットの縮小を抑えるために免税政策を行いました。イギリスでは通常、住宅購入時にかかる税金として印紙税というものがあります。これは、国が家の売買契約を認めた証として購入者が納税するものですが、政府はこの免税制度を導入し、2020年7月から2021年6月末までの期間、50万ポンド(約7540万円※)までの住宅購入が免税の対象になりました。それ以前は、住宅購入価格が12万5001ポンド(約1880万円)から25万ポンド(約3765万円)までは2%、25万1ポンドから92万5000ポンド(約1億4000万円)までは5%の印紙税がかかっていました。

※1ポンド=約150円で換算(2021年10月4日時点)。以下同様

 

もともとイギリスには、初めて住宅を購入する人に対して、 30万ポンド(約4520万円)までを上限とした印紙税免税の制度がありました。ただし、ロンドンの過去12か月間の平均住宅価格はマンションでも、およそ52万6000ポンド(約7900万円)にまで高騰。そのため、「最初の住宅はロンドンで買いたい」と思っていた人が、この免税制度に飛びついたのです。

 

一方、ロックダウン(都市封鎖)中にイギリス人のライフスタイルは大きく変化しました。日本でも同様の動きが見られますが、イギリスでも、ロンドンのように狭くて高額な都市部よりも、広くて安い地方都市に移住する人が急増。この1年間でイギリス全体の住宅価格は10%上昇しましたが、ロンドンが5.2%増にとどまったのに対して、北西部では15.2%増と驚異的な上昇率を記録しました。

 

このような現象が起きた背景には、リモートワークが普及し、より広いパーソナルスペースを求める人たちの存在があった模様。広い家を欲する人が急増したことによって、3~4室の寝室を持つ家の供給が足りなくなるという事態も起こりました。

 

イギリスでは、ライフステージに合わせて住宅を売買し、小さな家から徐々に大きな家に移り住むという考え方が定着しています。これは「プロパティーラダー」と呼ばれていますが、だからこそ歴史のある家は、住む人が入れ替わりながら、長い年月をかけて大事にされてきたと、世代を問わず人気を集めているのです。しかし、近年では住宅の供給が足りていないこともあり、新築の購入を視野に入れる人も出てきているようです。新築住宅の価格は中古物件より22%程度高いといわれていますが、2020年に購入された住宅の8分の1が新築でした。

 

Office for National Statisticsによると、2020年4月時点のイギリスにおける年収の中央値は3万1461ポンド(約472万円)で、前年比3.6%増でした。イギリスの住宅価格はコロナ前から上昇していましたが、コロナ禍で住宅価格はさらに10%増加。同国でも住宅を購入する際にローンを組むことは一般的ですが、この状況ではプロパティーラダーどころか、多くの人——特に若い世代——は最初の家さえ買うことができません。

 

住まいを必要とする人のために、イングランド北西部のマンチェスターでは、新型コロナウイルスが流行する前から「Places for Everyone」と呼ばれるプロジェクトが計画されていました。同都市では、直近12か月間ですべての物件タイプの平均価格が23万2404ポンド(約3486万円)です。同プロジェクトでは、16万5000戸もの新築住居の建設が検討されており、そのうちの5万戸は手ごろな価格の住宅として割り当てられ、3万戸は福祉を受けている人のために貸し出されるとのこと。なお、手ごろな価格とは、住宅ローンの費用が、マンチェスター居住者の平均総世帯年収2万7000ポンド(約400万円)の30%を超えない程度(頭金を除く)を指します。

 

他所でやってよ

↑地方都市でもたくさんの家が売れているが……

 

ただし、現地の住民の中には、自分の家の近くに多くの新築住宅や、政府が支援している低価格な住宅が建つことを嫌がる人もいます。このような考えは「NIMBY(ニンビー。Not In My Back Yard〔うちの裏庭ではお断り〕の略)」と呼ばれており、昨今イギリスで盛んに議論されています。

 

日本と同様に、イギリスで家を買う際の重要な要素として周辺の治安の良し悪しが挙げられ、治安が良いエリアのほうが住宅価格は高い傾向にあります。新築住宅が建つことによって、「どのような人が引っ越してくるかわからない」という不安や「自宅周辺の治安が悪化してしまうのではないか」といった心配が生じます。

 

一般的に、NIMBYはゴミ焼却場や風力発電設備、墓地霊園、刑務所といった施設の建設に対する住民の否定的な反応ですが、一般の新築住宅についても同じような不安を持つ人が増えているようです。

 

イギリスの住宅価格を押し上げた要因は、免税だけではなく、リモートワークの普及など、働き方やライフスタイルが大きく変化したことも挙げられます。その影響は複雑であり、長く続きそうです。

 

執筆/ukihaddy

まずは少しで十分! 在宅勤務で座りっぱなしの人に適した運動とは?

コロナ禍により自宅で長時間過ごす人が増えた昨今、在宅勤務はデスクワークが多いため、座っている時間がどうしても長くなってしまいます。座ったまま過ごす時間が長いと、死亡リスクが増加することがすでに研究でわかっていますが、日常生活ではどれくらいの運動を取り入れるべきなのでしょうか?

↑日常生活で身体を動かすことが大事

 

座りっぱなしで死亡リスクが増加

欧米諸国から集まった共同研究チームは、2001年〜2011年の間に行われた、運動や生活習慣に関する9つの先行研究をもとに、イギリス、アメリカ、スウェーデン、ノルウェーの男女4万4370人のデータを収集。集めたデータは方法論などが異なるため、彼らは、バラバラな情報を一貫性のあるデータのセットにすべく、それぞれの研究データを再処理したり、統一的な基準を使って分析し直したりして調整しました。そこから今度は4年〜14年半の追跡調査を行い、座っている時間、行っている運動量、死亡率の関係を調べたのです。

 

その結果、座りっぱなしの生活を送る人の死亡リスクは、中~高強度の運動を行う時間が短いほど上昇することが判明。また、中~高強度の運動を1日30分~40分程度行っている人の死亡リスクは、座っている時間が短い人の死亡リスクとほとんど差がないことも明らかとなりました。つまり、デスクワークのように座っている時間が長いと死亡リスクは高まるけれど、1日30~40分程度、中~高強度の運動を行うことで、そのマイナスの影響を帳消しにできるということです。

 

WHO「ちょっとした身体活動にも意味がある」

この研究結果が初めて掲載された2020年11月には、奇しくもWHO(世界保健機関)が「身体活動・座位行動ガイドライン」を発表。その中でも「座りすぎは心臓病、がん、2型糖尿病のリスクを高める。座りっぱなしの時間を減らし、身体活動を行うことは健康に良い」と運動が推奨されています。より具体的には、成人なら中強度の運動を週に150〜300分、高強度なら週に75〜150分行うことが勧められており、上述した研究内容と一致しています。

 

なお、中強度の運動とは、心拍数が上がり呼吸が速くなるような運動であり、高強度のほうは呼吸が荒くなる運動のことを指します。どちらにもスポーツや武道、ジムで行うエクササイズのほか、自宅で手軽にできる運動も含まれています。

 

毎日8~10時間働いている人にとって、1日30分でも運動する習慣をつけることは簡単でないかもしれません。しかし、WHOは「少しの身体活動でも、何もしないよりは良い」と述べ、たとえ軽強度の運動であっても、できることから始めようと呼びかけています。エレベーターの代わりに階段をのぼったり、バスやタクシーを使わずに歩いたり、座った状態のスクリーンタイムを減らして掃除をしたり。「千里の道も一歩から」とよく言いますが、健康管理においてもこの考え方を実践したいですね。

 

【出典】Ekelund U, Tarp J, Fagerland MW, et al. (2020). Joint associations of accelerometer-measured physical activity and sedentary time with all-cause mortality: a harmonised meta-analysis in more than 44000 middle-aged and older individuals. British Journal of Sports Medicine, 54(1499-1506). http://dx.doi.org/10.1136/bjsports-2020-103270

10月9日、10 日開催決定!「グローバルフェスタJAPAN2021」:「多様性あふれる世界」について考えてみませんか?【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は10月9日(土)、10日(日)の2日間の日程で開催される「グローバルフェスタJAPAN2021」でJICAが主催するイベントについて紹介します。

30周年を迎える国内最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2021」の今年のテーマは、「多様性あふれる世界 〜思い描く未来を語ろう〜」。

国際協力にかかわる政府機関、NGO、企業などがさまざまな取り組みを紹介するこのグローバルフェスタJAPAN。JICAは今回、藤本美貴さん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、優木まおみさんら、多彩なゲストとともに、途上国の食や栄養、ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメント、Z世代と考える途上国でのビジネスチャンスについて、トークショーや参加型ワークショップを実施します。

藤本美貴さん(左)、教育YouTuberとして人気の葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)など、多彩なゲストが出演します

 

今年はオンライン&会場のハイブリット形式で開催

昨年は新型コロナの影響で中止となってしまった「グローバルフェスタJAPAN」ですが、今年はオンラインと会場(東京国際フォーラム ホールE2)での2つの参加形式から選べるハイブリット型で開催。オンラインも会場での参加もすべてのイベントが参加無料です。

東京国際フォーラムへはこちら
https://www.t-i-forum.co.jp/access/access/

オープニングには、なんと人気抜群のお笑い芸人、ミルクボーイが登場!元サッカー日本代表の中村憲剛さんによるトークショーなど、楽しく国際協力について学べる2日間です。

ミルクボーイ(左)と元サッカー日本代表の中村憲剛さん(右)も登場

公式プログラムはこちらから
グローバルフェスタ2021公式サイト

そんな盛りだくさんのプログラムからJICAが主催するイベントを紹介しましょう!

 

藤本美貴さんと世界の食や栄養の課題について考えよう

■10月9日/11時15分~
「みんなの栄養」を覗いてみよう!~世界の学校給食から見える未来~

会場:東京国際フォーラム ホールE2
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/BrXKQWVrmow


J-WAVEナビゲーターのnicoさんがMCを務め、タレントで3児のママでもある藤本美貴さんと途上国の学校給食の現場を通して、世界の子どもたちの食や栄養に関する課題について考えます。

世界では8億人が飢餓に苦しみ、20億人が肥満であると言われています。世界の栄養課題の現状や、途上国におけるJICAの学校給食を通じた取り組みを、JICA国際協力専門員の野村真利香さんに聞きます。

マダガスカルの小学校で給食を楽しむ子どもたち

 

未来を担うZ世代と探る途上国でのビジネスチャンス

■10月9日/14時15分~
イノベーションで世界の課題を解決! Z世代と考える途上国の可能性

※YouTubeライブ配信によるオンライン開催のみ
 
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/zeWE194Oli0
 
Z世代とは、1990年代後半から2000年代前半に生まれた世代で、デジタル機器の扱いにも慣れたデジタルネイティブとも呼ばれています。そんな若者たちと革新的な発想で途上国の社会課題を解決していく道筋を一緒に見つけていきませんか!

SDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さんやJICAアフリカ部次長・若林基治さんはじめ、日米で活躍する起業家らと一緒に、リアルな現場の声を聞きながら、世界の課題解決を図るビジネスに向けたヒントが得られるかも?

MCを務めるSDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さん(左)のほか、日本企業のアフリカ事業展開や進出支援を手掛ける株式会社SKYAH CEO、ガーナNGO法人MYDREAM.org共同代表・原ゆかりさん(中央)や、日本で4社、シリコンバレーで1社を起業した株式会社ユニコーンファーム代表取締役社長・田所雅之さん(右)らが参加します

 

中高生の皆さん限定! JICA海外協力隊員が体験した世界について聞いてみよう

■10月10日/10時30分~
【中高生対象ワークショップ】多様性あふれる世界を目指そう-JICA海外協力隊が見た世界-

※Zoomによるオンライン開催のみ
※先着順・定員制。事前申し込みが必要です

申し込み先
https://www.jica.go.jp/hiroba/information/event/2021/211010_01.html

世界各国の途上国で約2年間、現地の人々と一緒にさまざまな課題に取り組んだ3人のJICA海外協力隊が中高生のみなさんに体験談を話します。

「派遣国で経験した様々な違いや、価値観を揺さぶられた時の体験を共有します。楽しみながら多様性あふれる世界について考えてみましょう!」と言うのは、モンゴルでの経験を語ってくれる岡山萌美さん。現在、JICA地球ひろばで地球案内人を務めています。

そのほか、ウズベキスタンで青少年活動に携わった鈴木早希さん、ザンビアに体育隊員として派遣された野﨑雅貴さんのお二人にも、どんな活動をしていたのか伺います。見逃しなく!

JICA海外協力隊の活動の様子。ザンビアの中高生にサッカーを指導(左)、ウズベキスタンの学校では書道の体験クラスを実施(右)

 

女性や女の子が自分らしく輝ける世界を目指そう

■10月10日/14時~
「多様性あふれる世界」とは? 国際ガールズ・デーの機に考えてみた。

会場:東京国際フォーラム ホールE2

視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/_yBUeSGpVDo

10月11日は、国連が定めた「国際ガールズ・デー」。男の子に比べて不就学率が高く、若年での強制的な結婚や、貧困などの困難な状況下、自分の想いや夢を描けない世界中の女の子たちを力づけようと2012年に制定されました。

女の子だからというだけで学ぶ機会を奪われてしまうという現実が途上国にはまだ存在していることを知っていますか? そんな国の一つがパキスタンです。

今回、遠くパキスタンからオンラインで参加するのが、現地で約12年間にわたり子どもや若者の学びに携わってきたJICA大橋知穂専門家です。ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、教員免許を持つタレントの優木まおみさんと一緒に、女の子と男の子も関係なく、いつでも、どこでも、誰でも、学ぶことができる世界について、想いを語ります。

MCを務めるジェンダーやダイバーシティ関連の公職にも就任しているジャーナリストの治部れんげさん(左)、登録者数156万人を誇る人気教育YouTuberの葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)

 
JICAは、パキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できるよう「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。そんなノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所、公立学校、働く場所など様々な場所で行われています

 

3000年前の頭蓋骨が語る「格差社会と暴力」のゾッとする関係

農耕や牧畜が始まった新石器時代。それまでの狩猟採集の生活から、人々の暮らしは大きく変わりましたが、そんな過渡期でも人間は協力し合いながら平和に暮らしていた……と思われるかもしれません。しかし実際には、ときには相手を死に至らしめるほどの暴力的な行為が行われていたことが、最近判明しました。

↑美しい景色を誇るアタカマ砂漠の裏には残虐な歴史があった

 

新石器時代に移行する激動の時代に、どのような社会が形成されていたのか? この問題を調べるため、チリのタラパカ大学の人類学者たちは、同国北部のアタカマ砂漠にあるアザパ渓谷から採取された194人の成人の人骨を調査しました。この人骨は紀元前1000年から紀元後600年までの新石器時代への移行期に暮らしていた人々のもの。アタカマ砂漠は地球上、最も乾燥している砂漠地帯と言われており、そのためか、採取された人骨の保存状態はとてもよく、およそ3000年前のものなのに、骨以外の軟部組織や髪の毛が残っているものもあったそうです。

 

残された頭蓋骨や身体の骨を丹念に調査した結果、194人のうち40人から、対人による暴力の外傷が見つかり、そのうち20人は致命的な外傷だったことがわかりました。また、死の直前に頭蓋骨骨折があった人は14人にものぼり、頭蓋骨の一部に穴が開いたものなども見つかりました。

 

研究チームによると、これらの外傷は人による意図的な暴力行為によって起きたものであり、木の棒や吹き矢などの武器が使われたと考えられるとのこと。正面から攻撃されたケースと、背後から襲われたケースの両方があるようです。

↑丸と三角の部分が傷の痕跡(画像提供/Vivien Standenなど)

 

さらに、同研究チームは人骨中の「ストロンチウム」と呼ばれる元素の同位体組成を解析。その地域の土地にあるストロンチウム同位体組成と比べることで、この暴力がコミュニティー内で起きたものなのか、それとも外部の人間によるものなのかがわかります。その結果、これらの暴力は外部の人間によるものではなく、同じ地域で暮らすコミュニティー内で起きた可能性が高いことが明らかになりました。

 

資源を巡る仁義なき戦い

今回の人骨が採取されたアザパ渓谷は、かつて肥沃な土地だった場所。しかし農業のスキルや道具を持っていない3000年前の人々にとって、乾燥した砂漠地帯という過酷な環境下で農業を始めるということは、かなり困難な挑戦だったでしょう。

 

さらに、農耕や牧畜が始まるとそれらの技術に優れた人とそうでない人が現れ、水や土地などの資源と食料を得ることに格差や社会的不平等が生まれていった可能性がある、と同研究チームは推測しています。そのような中で、人々は大きなストレスを抱え、争いが生じ、ときには残酷な暴力行為が行われるケースもあったと考えられるのです。

 

研究チームのリーダーは「海や水辺から離れ、砂漠に移動することは、生きるために必要な水や資源のない不毛な地に直面するということ。その中で農耕を始めようとする新しい生活は、社会的緊張を高め、当時の人々の間で紛争や暴力を引き起こすきっかけになった可能性がある」と指摘しています。

 

【出典】Vivien G. Standen, et al. (2021). Violence among the first horticulturists in the atacama desert (1000 BCE – 600 CE), Journal of Anthropological Archaeology, 63(101324). https://doi.org/10.1016/j.jaa.2021.101324

 

生まれる前から周りの世界を夢で見ている? 哺乳類の不思議な視覚の仕組み

哺乳類の赤ちゃんは、まだ目が見えないときから周囲の世界の夢を見ている——。そんな可能性を示唆する研究内容が先日、米国で発表されました。

↑ネズミなどの哺乳類は、生まれる前から周りの環境を夢で見ている可能性がある

 

哺乳類は初めて目を開けた瞬間から、周囲にある物体やその動きを認識することができます。それまで「見る」という感覚を体験したことがないはずなのに、なぜ哺乳類の赤ちゃんは、そのような高度な行動をとれるのでしょうか? 目が見えるようになる前から、周囲の世界を違う方法で見ているのでしょうか? このような疑問を解決するために、米国・イエール大学の研究チームが、哺乳類の代表としてネズミを使って調査に乗り出しました。

 

まず彼らは、生まれた直後の、まだ目が開く前のネズミの脳をスキャンしました。すると、網膜の活動を示す部分に、ネズミが直進するときに生じるのと同じ脳波が現れることが判明(以下の動画を参照)。しかもこの脳波は、出産からしばらく時間が経過すると消え、代わりに視覚刺激を脳に伝える、より複雑な神経ネットワークが形成されていきました。

↑生まれた直後のネズミに現れる網膜の脳波

 

同研究チームは、さらにこの網膜部分に関する脳波や回路について調査。「スターバースト・アマクリン細胞」という神経伝達物質を放出する細胞の機能を遮断させてみると、脳波の動きが、ネズミが直進するときのような流れを見せないことが判明。しかも、この細胞の機能をブロックしたネズミは、視覚的な刺激への反応が鈍くなりました。さらに、大人のネズミでは、この細胞が周囲の動きを感知する能力に関与していることもわかったのです。

 

つまり、目を開ける前のネズミの脳に見られた脳波は、周囲の動きを感じ取る働きがあるスターバスト・アマクリン細胞と関連があるということが示唆されたのです。しかも、ネズミの視覚に関する回路は、まだ目が見えない時点から動きはじめていた可能性があるとのこと。

 

夢の中で現実に備える

これらのことから、同研究チームは、ネズミは目が見えるようになる前から、人間が夢を見るように、周囲の環境について夢を見ており、それによって目を開けたときに周囲の環境にすぐに対応できるのではないかと推測しています。

 

哺乳類は、生まれたばかりの赤ちゃんであっても、外敵から身を守るために、目を開けてすぐに周囲の状況を把握する能力が必要です。だからこそ、生まれる前から、まわりの世界のことを把握しようとしているのかもしれません。

 

【出典】Crair C. Michael, et al. (2021). Retinal waves prime visual motion detection by simulating future optic flow. Science, 373(6553). DOI: 10.1126/science.abd0830 

なぜ小さくならない?「動物の大きさと都市化」の新たな関係が判明

動物の身体の大きさは環境に影響されます。例えば、気温が高い地域で生きる動物は、身体が小さくなり、この関係は「ベルクマンの法則」として知られています。しかし最近、フロリダ自然史博物館の研究者が発表した論文で、都市部で生きる哺乳類はこの法則に反することが報告されました。

↑動物にとっても都会は暮らしやすい?

 

ベルクマンの法則とは

19世紀にドイツの生物学者クリスティアン・ベルクマンは、同じ種の動物の場合、温暖な地域に生息するものは、寒冷な地域に生息するものに比べて、身体が小さくなることを発見しました。逆に、寒冷地の動物の身体は大きくなりますが、その理由は身体のサイズと熱の放出量に関係があります。身体が大きくなると、体重や体表面積(身体の表面の総面積)も大きくなりますが、体重1kgあたりの体表面積は小さくなります。そのため、身体が大きいほど熱の放出が抑えられ、寒さに強くなるのです。

 

この法則の一例として、クマを取り上げましょう。東南アジアに生息するマレーグマは、体長1~1.4mほど。日本の本州や四国に生息するツキノワグマは、体長1.1~1.5mです。しかし、北海道に生息するヒグマは、体長が2.2~2.3m。北極圏にいるホッキョクグマは、大きいもので体長2.5mにもなります。このように、温暖な地域のクマは小柄で、寒い地域に行けば行くほど大型になるのです。

 

都市部は食べ物が豊富で安全

都市部はアスファルトの道路やコンクリートの建物で囲まれており、ヒートアイランド現象により気温が高くなります。そのため、ベルクマンの法則に則ると、都市部に暮らす動物は小さくなるはず。しかし、フロリダ自然史博物館の研究チームは、この法則が当てはまらないことを明らかにしました。

 

この研究チームでは、オオカミ、オジロジカ、コヨーテ、ネズミなど、北米にいる100種以上の哺乳類の体長と体重のデータを、80年以上にわたり収集し、解析しました。その結果、都市部に生息する哺乳類は、農村部に生息する動物よりも体長が大きいうえ、体重も重い傾向があることが判明。しかも、都市部に生息する動物の身体の大きさと気温はほとんど関係なく、むしろ都市化の程度が、動物の身体の大きさを決定づける大きな要因になっていることが示唆されたのです。

 

都市部には、食料や水が豊富にあり、動物が住処とできる場所も数多くあります。さらに、ほかの動物に狙われる危険性が少ないことも、動物の身体を大きくする要因として挙げられています。

 

今回の結果にはフロリダ自然史博物館の研究者たちも驚いたとか。科学者の間では地球温暖化による動物の小型化が10年ほど前から問題視されるようになったそうですが、今回の研究により、この問題を調べるうえでは、都市化の影響も考慮しなければならなくなるでしょう。

「Apple」が多くは語らない4つの難問

2021年、ティム・クック氏が、故スティーブ・ジョブズ氏の後を継ぎ、AppleのCEOに就任してから10年を迎えました。当初の期待を良い意味で裏切り、クックCEOはこれまでの10年で素晴らしい業績を達成。同社は2018年に民間企業として世界で初めて時価総額が1兆ドル(約110兆円※)を超え、2021年8月には2兆5000億ドル(約275兆円)を突破。クックCEOはAppleを時価総額世界一の企業に成長させました。しかし、その裏で同社がさまざまな問題を抱えていることも事実。先日のApple EventでクックCEOが言わなかったことは?

※1ドル=約110円で換算(2021年9月17日時点)

↑さまざまな問題が顕在化してきたApple

 

1: Apple Payは使ってる?

9月上旬に発表された、金融やフィンテックなどの専門メディアPYMNTSの調査で、Apple Payのユーザー数が伸び悩んでいることが明らかになりました。アメリカの消費者3671人に行われた調査から、iPhoneでApple Payを設定している人のうち93.9%が店頭での買い物にApple Payを使用していないとのことです。

 

アメリカでApple Payがリリースされたのは、2014年10月。それから1年後、スマホ決済におけるApple Pay利用率は5.1%でしたが、2021年の利用率は6.1%と、わずかな上昇にとどまっています。

 

PYMNTSでは、アメリカの金融機関が非接触型のクレジットカードやデビットカードの普及を始めたことが、Apple Payの利用率が伸びていない原因と分析。コロナ禍で非接触の決済方法の需要が高まりましたが、消費者にとっては普段から使っているクレジットカードやデビットカードが、そのまま非接触システムになったので、そちらを利用するほうが便利なようです。

 

2: 競争を抑制している?

最近Appleは、人気ゲーム『フォートナイト』の開発元であるEpic Gamesとの訴訟問題でヘッドラインを賑わせています。アプリのディベロッパーはiPhoneやiPadでアプリを配信する際、30%の手数料をとるApp Storeを経由しなければならず、そのうえ、アプリ内の課金についても30%の手数料がかかります。同社はこの仕組みが競争を制限しているとして、反トラスト法(独占禁止法)違反で訴えたのです。

 

これに対してカリフォルニア州の裁判所は先日、App Storeは独占禁止法に違反していないと判断し、Epic Games側の訴えを退ける判決を下しました。しかしEpic Gamesはこれを不服とし、上訴しています。

 

Epic Gamesは、アプリ配信やアプリ内課金でAppleが徴収する30%の手数料を「Apple税」と呼び、業界内でも共感を呼んでいるそう。世界で3億5000万人を超えるプレーヤー数を誇る超人気ゲームとAppleの裁判の行方は、これからも注目を集めることは間違いないでしょう。

 

3: 従業員による「#AppleToo」運動

Apple社内でも新たな問題が起きています。それが、従業員が労働環境について抗議する活動です。上司からハラスメントを受けた従業員が声を上げ、それによって全米労働関係委員会が調査を行う事態に発展しています。さらにAppleに対して労働環境の変化を求める従業員の声を集める「#AppleToo」サイトが立ち上げられ、人種などの差別、賃金格差、秘密主義などの問題が浮き彫りになっています。

 

4: まだ成長できる?

アメリカでは、企業が訴訟問題を抱えることは決して珍しいことではありません。ただし、現在のAppleは行き詰まっている感もあり、そのような状況で、このような問題が顕在化しています。

 

先日のApple Eventに対して、Apple最大の魅力である「革新性」がなくなりつつあるという見方があります。このような指摘は「これからAppleは、どうやって成長していくのか?」という本質的な問題につながります。Apple製品は漸進的な発展を遂げていますが、スマートグラスや自動運転車といった「次の大きな開発」は難航している模様。同社がこれからも業界のトップでいるためには、将来iPhoneみたいなイノベーションを再び生み出す必要があると言われています。

 

また、Appleは地政学的な問題も抱えています。設計を除けば、Apple製品の多くは中国で作られています。2000年〜2010年代のグローバリゼーションが全盛の時代に、Appleは中国でサプライチェーンを構築しましたが、現在、同社はそれを本国アメリカに戻すことを進めています。それでも中国はAppleにとって非常に重要な国。米中の対立が深まれば、同社と中国の関係にも影響を及ぼすと考えられます。

 

これまでクックCEOは、故ジョブス氏が生み出したiPhoneなどの事業を維持しつつ、見事に発展させてきましたが、上記4つの問題は、Appleが今後、本格的に直面する問題と言えます。故ジョブス氏が1997年に倒産直前だったAppleに復帰し、同社が再生してから24年が経過。会社の寿命30年説で考えれば、これらの問題は差し迫っていると言えるかもしれません。英経済誌The Economistは、クックCEOはこれまでの10年間、大きな成功を収め、故ジョブス氏の「偉大な後継者」になったと誉めつつ、「次の10年は難しいだろう」と予測しています。「創業は易く、守成は難し」と言いますが、クックCEOの真価が問われるのは、これからかもしれません。

デジタル・ネイティブ世代には当たり前! 英国で大人気の「グリーン・フィンテック」とは?

金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」が世界中で発展しています。近年ではスマートフォン決済や仮想通貨、投資ツールなど、さまざまなものが生み出されてきましたが、最近、英国ではフィンテックに「環境保護への貢献」という要素を加えた「グリーン・フィンテック」が登場し、デジタル・ネイティブ世代を中心に支持を集めています。どのような特徴があるのでしょうか?

↑サステナブル時代のマネー管理術

 

英国はサステナビリティーや環境保護活動、関連するチャリティ活動がとても盛んな国です。マイ容器を持ち寄って食品や日用品を量り売りする「ゼロ・プラスチック・ショップ」が人気を集めていたり、20~30代ではヴィーガンやプラントベースなどのライフスタイルが定着しつつあったり。このようなトレンドは単なるファッションやダイエットのためだけではなく、その根底には環境保護の精神があります。

 

当然そこには、2015年に国連サミットで採択されたSDGs(=持続可能な開発目標)の影響が見られます。これにより、気候変動は企業や工場だけに責任があるのではなく、肉食やプラスチック製品の利用など、消費者のライフスタイルもCO2排出量や温暖化につながっていることが、より広く知られるようになりました。SDGsは学校のカリキュラムにも導入され、「お金を使うなら、エコにつながるものを無理なく自然に」という考え方は若い世代を中心に浸透しています。

 

1990年代以降に生まれたデジタル・ネイティブ世代は、経済的に見ると、実店舗を持たないデジタル銀行やフィンテック・サービスに早くから親しみ、スマホを使った手軽で便利な取り引きを好むのが特徴です。2016年にクラウドファンディングを通じて、わずか96秒で100万ポンド(約1億5200万円※)を調達したオンライン銀行のモンゾ(Monzo)は、デジタル・ネイティブを取り込んだ典型的なビジネスケースで、住所証明なしで口座開設できる手軽さやアプリで完結できる仕組みが人気。この世代では、エコ感覚を重視しながら、スマホを軸としたフィンテックを活用するという生活様式が主流になりつつあります。

※1ポンド=約152円で換算(2021年9月13日時点)

 

このような背景から注目を集めているのが、環境保護への貢献とスマホ機能の利便性を併せ持つグリーン・フィンテックです。この分野には、個人ユーザーが企業の環境ガス排出量を比較し、より環境に配慮した投資ができる英国初のグリーン投資アプリ「スギ(SUGI)」や、2017年にペーパーレスのモバイル専用当座預金口座を導入し、2021年に再生プラスチックを75%使用したデビットカードの配布を始めた「スターリング銀行(Starling Bank)」が存在します。

 

なかでも注目は、2021年4月に本格始動したアプリ連動型のデビットカード・サービス「トレッド」(Tred)。株式投資型クラウドファンディング「クラウドキューブ」で数多くの人から支持を得ることに成功した同社は、モンゾに及ばないものの、わずか90分で目標額の40万ポンド(約6100万円)を獲得し、計100万ポンド以上を調達するなど、好調なスタートを切ったのです。

 

消費活動をCO2排出量に換算

↑このパイナップルの二酸化炭素排出量は……

 

デビットカードとアプリが連動したトレッドは、ユーザーの消費活動をCO2排出量に置き換えて、アプリで表示してくれる英国初のサービスです。トレッドは「自分の買い物=CO2排出量」とし、消費行動を「食料品」や「移動費」などにカテゴリー化。買い物データを分析し、自分のライフスタイルの何が気候変動に最も影響を与えているかを、わかりやすい形で見える化してくれる仕組みです。

 

例えば、ユーザーがレストランでの食事代や交通費、スポーツジム会費などの支払いをすると、アプリ上にそれぞれのCO2排出量が表示されます。電車とタクシーではCO2排出量に大きな差が出ることや、牛乳とオートミルク(植物由来のミルク)におけるCO2排出量の違いなどがひと目でわかります。また、毎月の消費傾向とエコ度もカラフルなグラフで表示されるので、それをもとに買い物の内容を変えて、CO2排出量を減らすということも可能。

 

さらにトレッドでは、炭素回収プロジェクトを行う他社のサブスクリプションにアプリ経由で参加すれば、植林を通じて自分のCO2排出量を相殺できるようになっています。このプログラムは手数料がかかりますが、固定制ではありません。自分が相殺したCO2排出量によって手数料が月々変動するため、この仕組みはユーザーにとって、より一層エコなライフスタイルを目指すためのインセンティブになっているようです。

 

トレッドのデビットカード自体もリサイクルされた海洋プラスチックで作られているなど、創業者の思いがあちこちで感じられます。トレッドは、2021年4月22日の世界アースデイにロンドン夕刊紙のイブニング・スタンダードで「アースデイに取り入れたいおすすめ12選」に選ばれました。

↑トレッド創業者の2人は名門ダラム大学時代からのビジネスパートナー

 

集団で行われる自然保護活動に参加しなくても、個人がグリーン・フィンテックを活用し、日常生活における小さな選択や行動を変えることで、環境に与える影響を軽減する。サステナビリティに対する取り組み方には、このような選択肢もあります。デジタル・ネイティブ世代以外の人にとっても、やってみる価値はあるでしょう。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

66万人が「いいね」していた!「Apple新製品」で海外が誉めた3つのこと

9月15日に行われたApple Eventに対して、海外メディアでは「残念」という反応が見られました。だからといって、良い反応がまったくなかったわけではありません。Apple Eventや新製品に対して海外が誉めていることをまとめてみます。

↑大げさかもしれないけど、目を見張るものは確かにあった

 

1: iPhone 13の新機能が最高!

「iPhone12と比べて大きなアップデートはなかった」と言われるiPhone13ですが、目玉となったのが「シネマティックモード」です。AIがピントとボケを自動で調整することが大きな特徴で、「動画を撮る人には最高の機能だ!」「TikTokの下手なダンスや演技もレベルアップできる」など、普段から動画撮影を行う人たちを中心に、話題をよんでいます。

 

2: iPad miniの大進歩!

もうひとつ話題に上がっているのが、約2年半ぶりのモデルチェンジとなった、第6世代となる新型iPad Mini。オールスクリーンとなってディスプレイが大型化されるなど、見た目が大きく変わりました。Lightning端子は廃止され、代わりにUSB-Cを搭載。指紋認証も採用されています。また、内蔵チップが新しくなったことで、これまで以上に快適なパフォーマンスが期待されています。テクノロジー分野で最も高い影響力を持つ米国人YouTuberの1人であるマルケス・ブラウンリーは「今回Appleが発表した新製品の中で、iPad miniが一番大きく進歩した」と高く評価しています。

【動画】マルケス・ブラウンリーのiPhone 13やApple Eventに対する評価(英語)

 

3: プロモ動画に感動

今回発表された新製品について、「マイナーチェンジが多かった」という意見が全体的に多く見られました。しかしブラウンリーさん曰く、「Apple Eventでは、小さなアップデートしかないけれど、Appleはそれをいつも大げさにして伝えている」とのこと。

 

そんな彼が絶賛したのが、イベントの冒頭でお披露目されたプロモーション動画です。今年の動画では大量のドローンが撮影に使われたようで、映画さながらのダイナミックな映像に仕上げられていました。Apple Eventから3日足らずで、すでに580万回以上再生されているブラウンリーさんの動画には「製品よりドローン撮影のほうに感動した」というコメントも寄せられています。

 

ちなみに、YouTubeではApple Eventの動画再生回数が1700万回を超えています(9月17日時点)。高く評価している人が66万人いるのに対して、低く評価している人は1.6万人(約2.4%)。スタイリッシュな映像で世界中のファンやユーザーを楽しませることも、Apple Eventの大切な目的の1つなのかもしれませんね。

iPhone 13&Apple新製品、海外メディアが残念に思った4つのこと

9月15日に開かれた2021年のApple Event。毎年イベント前になると、多くのユーザーの間でその年に発表される新作について噂が飛び交い、Appleへの期待が膨らみます。しかし今回は、米ワシントン・ポストが「わくわくするような内容ではなかった」と述べているように、「残念!」という声が多いようです。どの点がガッカリだったのか、欧米メディアの報道を中心に集めてみました。

↑Appleに対する期待は大きいだけに、失望も大きい

 

1: USB-Cがない

今回発表されたiPhone 13シリーズでは、全4モデルに映画のような奥行き感のある映像を撮影できる「シネマティックモード」が搭載されます。カメラ機能が強化されたほか、1TBのストレージを備えるモデルが出るなど、さまざまな変化がありますが、外部接続端子はLightningのまま。USB-Cは、Androidのスマートフォンやタブレット、PCなどに幅広く採用されているため、これまでにもiPhoneにUSB-Cを望む声がありましたが、結局、今回もUSB-Cは採用されず。それにがっかりするユーザーが多かったようです。

 

2: 衛星通信は噂でしかなかった

今回のイベント前に、「iPhone 13では衛星通信での緊急通報ができるようになるらしい」という噂が流れていました。従来の4Gや5Gではなく、衛星通信ができるようになれば、圏外にいても救急や警察などへの緊急通報が可能になるとか。これまでにもAppleは衛星通信機能の搭載を目指していることが報じられており、今回の発表前には米ブルームバーグが、Appleアナリストの情報をもとに「iPhone 13には衛星通信が搭載される」と予測していたほど。しかし、ふたを開けてみると、衛星通信機能は搭載されなかったため、「噂は、ただの噂でしかなかった」という声がネットに溢れています。

 

3: 指紋認証がない

衛星通信と同じように、iPhone 13に期待される機能としてあったのが指紋認証です。iPhoneでは2017年に発表されたiPhone Xから顔認証機能が採用されているのですが、コロナ禍でのマスク生活が長期化し、指紋認証機能を望む人は多くいた模様。しかし、iPhone 13には指紋認証機能は搭載されず、これまた「やっぱりないのね……」と残念な声がネットで多く見られます。

 

4: ストリーミングサービスは?

「California Streaming(カリフォルニア・ストリーミング)」と名付けられていた今回のApple Event。ただし、ストリーミングサービスに関する発表内容は、サブスクリプション型オンライン・トレーニングサービス「Apple Fitness+」が2021年中に15か国で開始されるものぐらいでした。

 

コロナ禍ということで、今回のイベントは、Apple公式サイト内の特設ページやAppleのYouTubeチャンネルなどでライブストリーミング配信されました。そのためAppleは、ストリーミングサービスを目玉に紹介するのではなく、「このイベントをストリーミング配信する」という意図で、「California Streaming」というタイトルにしたのかもしれません。しかし、ストリーミングサービスへの期待が高まっていただけに、それほど多くのサービスが発表されたなかったことで、多くの人が落胆。米ワシントン・ポストは「Lots of dreaming, not much streaming(夢は多いが、ストリーミングはあまりない)」と皮肉って報じていました。

 

このような点を理由に、Appleファンたちからは「大したアップデートではなかった」などの声が多く上がっています。英BBCニュースは「今回アップデートされた内容は保守的で無難な内容だった」と述べつつ、同ニュースのテクノロジー担当記者は「Appleの評判といえば、革新的であることだが、今回のイベントから考えると、その評判はもはや古い」とやや辛辣に評しています。Apple製品は漸進的な変化を遂げていますが、人々の期待が大きい分だけ、失望も大きいようです。

6年連続で2ケタ成長中! 米国で「ペット保険」がアツい理由

世界各国でコロナ禍によるペットブームが起きていますが、アメリカも例外ではありません。しかし、同国ではそれと同時にペット保険の需要も急増しています。一体なぜでしょうか? 現地からレポートします。

↑アメリカではペット保険に加入するのがもはや普通になっている

 

アメリカでは、コロナ禍により在宅勤務が増えたことで、これまで「時間的な余裕がなくて、ペットを飼うことができない」と思っていた人の間でペットを飼い始める動きが広がりました。その影響はペット市場にも及んでいます。アメリカ・ペット製品協会によると、国内のペット市場規模は2020年に1036億ドル(約11.4兆円※)と、前年に比べ6.7%増加。2021年には同5.8%増の1096億ドル(約12兆円※)に達するだろうと予測しています。

※1ドル=約109円で換算(2021年9月10日現在。以下同様)

 

ペット関連の支出としては、ペットフードやおやつなどが全体の約半分を占めていますが、注目すべきはペットに関する医療費の増加。2020年の動物病院への支出は前年と比べて7.2%増の314億ドルに上っており、2020年のペット市場規模の3分の1近くに相当します。

 

アメリカでは、人間だけでなくペットにかかる医療費も非常に高いことを考慮すると、動物病院への支出額が増えているのは、ペットの増加に伴う必然的な現象といえるでしょう。その一方で、医療費の自己負担額を抑えるために、昨今では新しくペットを飼う際、ペット保険への加入がスタンダードになりつつあります。

 

2021年5月、北米ペット健康保険協会は、北米のペット健康保険分野の販売高規模が6年連続で2桁成長を記録したと報告。同協会のレポートによれば、2020年に販売された保険料総額は、前年に比べ26%以上増加して、過去最高の21億7400万ドル(約2387億円)となり、北米全体の被保険者であるペット数は前年比22.5%増の345万頭以上になったとのことです。

 

アメリカではペット保険に入っていない場合、診察や検査、手術などを含む治療費は100%飼い主の自己負担になります。大きな手術や大病で医療費が高額になりそうな場合は、選択肢として安楽死を勧められる場合もあることから、ペット数の増加に伴いペット保険の需要は右肩上がりで伸びているのです。

 

日本のペット保険との違い

アメリカと日本のペット保険で大きく違うのは、一般的にアメリカでは、定期検診や歯の手入れ、ノミ対策、予防接種などもペット保険の対象になるという点。日本では保険料を払っていても、その対象になるのは病気やケガ、手術など高度な治療だけということが一般的で、多くのペット保険で歯やノミなどの定期的なケア費用は補償の対象外です。しかし、このような費用が意外とばかになりません。犬の場合は犬種によって異なりますが、一般的なアメリカのペット医療費やケア費用は下記の通りです。

 

定期検診 45~55ドル(約4900〜6000円)
予防接種(犬猫) 10~100ドル(約1100〜11000円)
歯の掃除(犬) 50~300ドル(約5500〜33000円)
ガンの専門医による診察(犬猫) 3282〜4137ドル(約36万〜45万円)
ガン治療(犬猫) 4000ドル(約44万円)
糖尿病(犬猫) 1634~2892ドル(約18万〜32万円)

(※犬または猫、ブリード、年齢、持病など個々の条件によって価格が異なります)

出典:https://www.carecredit.com/vetmed/costs/

 

上の表を相場とすれば、犬種や年齢で違いはあるものの、アメリカの平均的な月額ペット保険料は犬が約50ドル(5500円)、猫が約30ドル(3300円)なので、ペット保険に加入したほうがお得でしょう。さらに、アメリカでは犬猫だけでなく、爬虫類や小動物、鳥、ヤギなど、ほかのペットに対応している保険もあります。コロナ禍においてペット業界全体の裾野が広がったことや、需要に合わせて大手保険会社がペット用に新プランを発売したことなどが、ペット保険の売り上げをここまで押し上げたといえるでしょう。

 

アメリカでは「ペットがほしい」と思ったとき、保護施設から動物を引き取ることが一般的ですが、その際に予防接種の支払いと、かかりつけ医の登録をしなければならず、最近ではそれに加えて、ペット保険の加入を引き取り条件にしている施設もあるようです。コロナ禍により在宅時間が増え、ペットを迎え入れる人が多くなりましたが、ペットはかわいいだけではなく、人間と同じようにお金がかかるという現実を知っておくことが必要です。人とペットとの幸せな生活のために、ペット保険の需要はさらに高まっていくでしょう。

緑の木が1本あれば、熱帯夜は1.4度も涼しくなる! 米大学の研究

「木はたくさんあればあるほど、より涼しくなる」と思う人は少なくないかもしれません。確かに森林は暑さを和らげますよね。しかし、先日アメリカで発表された論文によると、1本だけで植えられている木でも、夜間の熱を抑えるのに役立つことがわかりました。

アメリカン大学の研究チームは、米国の首都ワシントンD.C.の異なる地域で、2018年夏のある1日の気温データを7万点以上収集し、分析しました。その中には、木に覆われている舗装された道や未舗装道路、木が植えられている公園などで測定された気温が含まれています。

 

その結果、独立した木が天蓋のようになり、測定地点の半分以上を覆っている場合、木がまったくない地点に比べて、夜間の気温が1.4℃低いことがわかりました。また、木で覆われている部分が測定地点の約20%という場所でも、木がない地点と比べて気温が低いうえ、夜明け前の時間帯でも比較的に涼しいことが判明。平均すると、単体で植えられている木の冷却効果は日没後か午後6時〜7時頃に現れ、夜間まで続く模様です。

 

木陰の冷却効果は以前から知られており、例えば、日本の環境省にその仕組みを説明しているサイトがあります。それによれば、日向と木陰では、後者のほうが気温が低いと思われがちですが、実際には両者の気温はほぼ同じ。それがなぜ、木陰のほうが涼しく感じられるかといえば、その原因は路面から放出される熱にあるといいます。日向で気温が30℃の場合、木陰でも気温は同じく30℃ですが、日向にあるアスファルトの路面の温度は約50℃になるのに対して、木陰の路面はおよそ32℃と低いのです。また、気温30℃の晴れた日でも、日向の体感温度は40℃ほどになりますが、木陰なら太陽の光が遮られ、しかも路面からの照り返しが大幅に減ることで、日向に比べて体感温度は7℃ほど低くなることもあるとのことです。

 

しかし、上記のように体感温度と気温は別のもの。なぜ葉が茂った木が1本あるだけで夜間の気温が1.4℃も下がるのかを説明するためには、別の理由が必要かもしれません。

 

いずれにしても、近年、日本だけでなく世界中で夏の暑さが厳しくなり、都市部ではヒートアイランド現象が起きています。大きな都市では広い公園が少なく、1本だけで(または周りにある木から離れて)植えられている木も多いでしょう。だからこそ、今回明らかになった木の冷却効果がヒートアイランド減少対策に役立つ、と同研究チームの助教授は述べています。

 

【出典】Michael Alonzo et al. 2021. Spatial configuration and time of day impact the magnitude of urban tree canopy cooling. Environmental Research Letters. 16 084028. 

欧州選手権で現れた「多様性」の壁。サッカーが映す「揺れる英国社会」

2021年7月のサッカー欧州選手権では、イングランドが初めて決勝進出を果たし、英国は熱狂の渦に包まれました。しかし、決勝戦でペナルティーキック(PK)を外したイングランドの黒人選手3人が、試合終了後にSNS上で人種差別を受ける事件が起こり、大問題に発展。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか? 現地在住のライターがサッカーを通して、英国における人種差別や多様性について説明します。

↑人種差別問題は英国サッカーの負の面(写真はウェンブリー・スタジアム)

 

新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、イギリス人は以前のように活動的になっています。サッカーなどの国際スポーツ大会や国内のリーグ戦などが再開し、国民も盛り上がっている様子。コロナ前のように友人や家族と久しぶりにパブに集まり、マスクも外してグラスを傾けつつ、おしゃべりやスポーツ観戦を楽しむ人たちの姿もよく目にするようになりました。

 

中でもサッカー欧州選手権ではイングランドが決勝進出を果たし、「55年ぶりの優勝か?」とファンの期待も最高潮に達しました。イングランド代表は地元で開催された1966年のW杯で優勝したのを最後に、主要国際大会のタイトルから遠ざかっていたのですが、結局、PK戦の末に決勝戦を制したのはイタリア。しかし、重要な問題はその後に起こりました。

 

決勝戦でPKを外したイングランド代表の黒人選手3人が、国内外からSNS上で人種差別的な誹謗中傷を受けたのです。フットボール協会(FA)は事件後ただちに人種差別を厳しく非難する会見を行い、英国政府や英王室をはじめ各界の要人たちも人種差別を非難するコメントを次々に発表しました。

 

英国サッカーにおいて黒人選手に対する人種差別が起きたのは、これが初めてではありませんが、今回は、黒人への暴力と差別の撤廃を訴える「ブラック・ライブズ・マター」(BLM)運動が高まっている中で起きました。2020年に米国でジョージ・フロイド氏が白人警官によって殺害されたことをきっかけに、黒人に対する暴力と差別の撤廃を訴えるBLM運動が世界的に広まりました。奴隷制度の歴史があり移民を広く受け入れてきた多民族国家の英国にも、この影響は及んでいます。同国のサッカー・プレミアリーグでは、試合のキックオフ前に選手や審判が片膝をつくポーズをとり、人種差別の撤廃を訴えています。

 

この「片膝ポーズ」は、2016年に米国でアメリカン・フットボールのコリン・キャパニック選手が取った行動から来ています。「有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」と、試合前の国歌斉唱の場で起立を拒否し、片膝をついて抗議の意を示して以来、人種差別反対のポーズとして知られるようになりました。

↑片膝ポーズは人種差別反対の意思

 

しかし、選手たちのこの行為は一部のファンや政界に複雑な影響を及ぼしている模様。スタジアムでは、一部の観客から「スポーツに政治を持ち込むな 」とブーイングが起こることもあります。英国のプリティ・パテル内務大臣は、プレミアリーグの試合で選手たちが行う片膝ポーズに対して、これまでは「政治的ジェスチャーだ」と批判的な姿勢をとっていましたが、イングランド代表選手が欧州選手権の決勝戦後に人種差別を受けたとたんに「人種差別は許されない」とコメント。この手のひらを返したような態度に多くの国民が「あまりに偽善的」と怒り、「なぜ政府は人種差別を容認し続けるのか?」と大きな波紋が広がっています。

 

人種差別はスポーツ界に限らず、英国で多くの人々が職場や学校で日々接している問題です。普段は穏やかな社会に見えても、英国では生活への不安や社会への不満をきっかけに、人種差別問題が表面化することがあります。2005年のロンドン同時爆破テロ事件では、イスラム系市民への差別が強くなりました。最近では、新型コロナウイルスの発生源が中国であるという説を受けて、東洋系住民に対するヘイトクライムが起こるなど、人種に関する差別や偏見は枚挙にいとまがありません。

 

現在の英国人は、幼い頃から「人種差別は決して許されない行為」であることを学校で叩き込まれて育ちますが、特定の人々への偏見や差別、暴力が存在するのが現実です。過去と比べると状況は改善しているとはいえ、今回のようにスポーツの主要国際大会で自国が負けた腹いせに人種差別的な発言が聞こえてくることも少なくありません。SNSは、極端な意見や偏った情報を広げやすいため、このような状況を悪化させている側面もあります。

 

最近よく耳にするようになった「多様性」という言葉は、人種、宗教、性的指向、年齢、障害の有無など、個人の特徴の違いを認めようという概念を持っています。英国のような多民族国家では、多様性を認めて内包(インクルージョン)していくことにより、それぞれの個性が共存共栄して、ダイナミックな社会が形成されるという考え方が主流ですが、多様性を認めることができない人たちも存在し、見方によっては社会が分断しているとも言えるでしょう。

 

若者よ、立ち上がれ

↑欧州選手権の決勝戦でPKを外し、人種差別の被害に遭ったイングランド代表のマーカス・ラッシュフォード選手の壁画には、たくさんの励ましのメッセージが貼り付けられた

 

BLM運動や今回の事件を機に、英国では「もうこんな悲しい出来事や差別は本当に終わりにしよう」という気運が高まっています。英語では「woke」(ウォーク)という言葉があり、意識が高い人や政治的な発言を積極的にする人を指します。こういう人は揶揄されることもありますが、最近では若い世代の間で、批判されることを恐れず、傍観者であることをやめて、積極的に発言しようとする人が増えています。

 

スポーツには今回の事件のような暴力的な側面がある一方、人種や民族の違いを超えて人々を融和する力があります。今回、英国で起こった人種差別事件は日本にとっても対岸の火事ではありませんが、多様性のある社会を実現するためには、偏見にとらわれることのない知性と器量が重要でしょう。それらを涵養するうえで、スポーツが果たす役割は大きいと思います。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

母国を愛しているからーーオリンピックを駆け抜けた南スーダン陸上選手・アブラハムが走る理由 特別マンガ連載「Running for peace and love」第4回

多くのアスリートが難しい状況の中、懸命に力を振り絞った「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えながら開催されました。

 

GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積み、東京2020オリンピックに挑んだ南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

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特別マンガ連載「Running for peace and love」一覧はこちら

 

東京2020オリンピック代表に選出されたアブラハム選手。母の理解も得て、日本のJICA(国際協力機構)のサポートのもと、日本の群馬県・前橋市へと飛び立ちました。そして日本に着いた2019年11月、その時には予想もつかなかった「未曾有の危機」が訪れます。アブラハム選手の半生を追ってきた本連載も今回で最終回。どんな思いで彼が日本での日々を過ごし、オリンピックに挑んでいったか――最後までお楽しみください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アブラハム選手と日本の暮らし、そして東京2020オリンピックを終えて

↑アブラハム選手(写真右)と、作中にも登場した元オリンピアン・横田真人コーチ(写真左)。写真中央は、同じく事前合宿に参加したマイケル選手(パラリンピック・陸上100m候補選手)

 

新型コロナウイルス感染症による世界的パンデミック、そして世界中の人が様々な思いを抱えながら開催された東京2020オリンピック・パラリンピック。多くの人の暮らしや価値観を変え続けてきた1年半以上もの時間ですが、アブラハム選手たち南スーダンの選手団にとっても大変困難な壁が起こっていました。

 

2020年4月にオリンピック開催延期となるも、ホストタウンである前橋市は7月に受け入れ延長を決定。作中で描かれていた通り、この1年半に渡って前橋市は、全面的に南スーダン選手団の暮らしをサポートし続けてきました。選手達がスポーツに専念できる機会を作るだけでなく、日本語学校での学びの機会や地域の住民・子ども達との交流など、暮らしと文化の面でのサポートを行ってきたのです。

 

そうした暮らしの中で練習を続けてきたアブラハム選手でしたが、トレーニング過程においては一人でのトレーニングに壁を感じていたとも発言しています。そんな課題も、横田コーチや楠 康成選手との出会いによってまた前身することに。日本人選手との交流・トレーニングを経験したのち、アブラハム選手は自己新記録を更新。そしてオリンピックへと挑んでいきました。

 

【参考記事】

自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

南スーダン・アブラハム選手が自己ベスト更新で新記録達成!:「前橋市、横田真人コーチ…スポーツを通じた絆、互いを思いやる心を記録と共に母国へ」

 

トレーニングを積み重ねて迎えた8月3日--東京2020オリンピック、男子陸上1500m予選。力強い走りを見せてくれたアブラハム選手は、なんと本番で自己ベストを更新! 残念ながら決勝には進めませんでしたが、大きな舞台で3分40秒86という、自身にとって大事な記録を生み出しました。

 

そして、8月26日に南スーダンへと選手団は帰国しました。アブラハム選手が語った「母国を愛する」という思いは、これからも南スーダンに希望を与え続けるものでしょう。大会を終えてアブラハム選手は、帰国後もトレーニングを改めて見直して戦略を立てていくというコメントを残していました。きっとアブラハム選手は、これからも世界で活躍するアスリートとして走り続け、南スーダン共和国を変えていく選手であり続けるでしょう。

 

本連載を読んでくださった皆様にも、南スーダン共和国という国で生まれたアブラハム選手の力強い思いが届いたら幸いです。

 

SF映画が現実に? 米国防省が「未来を予測するAI」を開発へ

さまざまな分野でAI(人工知能)の活用が進む中、先日、アメリカ国防総省がAIの開発に乗り出すことが明らかになりました。開発するのは、未来を予測するAI。SF映画のようなことが現実の世界で起こりつつあるようです。

↑素晴らしい未来が見える?

 

アメリカ北方軍(NORTHCOM)と北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の司令官を務めるグレン・ヴァンヘルク氏は、7月末の記者会見で、「GIDE(Global Information Dominance Experiment)」と呼ばれる未来予測システムについて説明を行いました。

 

GIDEは、軍事用センサーや世界で入手可能なさまざまなセンサーを集め、AIや機械学習を利用して、数日単位で未来を予測するそう。例えば、駐車場にとまるクルマの台数が急激に増えたり減ったり、駐車場で何らかの変化が起きたりしたら、GIDEはアラートを米国防総省に送り、駐車場の衛星画像を注視する仕組みです。

 

記者会見では多くのことが明らかにされませんでしたが、ヴァンヘルク氏が強調していたのは、GIDEのポイントが最新テクノロジーの活用ではなく、大量の情報を処理するための新しいアプローチであるということ。同氏によると、これまで米軍は大量のデータに対して迅速に反応することができず、受け身にならざるを得なかったとのことです。しかしGIDEの導入により、それが能動的に変わり、日単位で未来を予測することができるようになると言います。

 

また、GIDEが重要なことに関して決断を下すことはなく、このシステムはあくまでも人間に選択肢の1つを提供するに過ぎない、とヴァンヘルク氏は述べています。

 

『マイノリティ・リポート』は予言していた

このAI開発のニュースと共に話題になっているのが、スティーブン・スピルバーグ監督と俳優のトム・クルーズ氏がタッグを組んだ、2002年公開のSF映画『マイノリティ・リポート』。そこで描かれているのは、予知能力者が未来を予測し、刑事がそれに基づき、事件が起きる前に犯罪者を逮捕するという監視・治安制度。この物語で登場する予知能力者が、GIDEというわけです。

 

20年近く前に作られた映画のストーリーが、形を変えて現実のものになっているように見えますが、このような取り組みが行われている背景には、アメリカで銃乱射事件やテロなどの凶悪事件が多いことがあるでしょう。もしかしたら米国防総省は国際的な安全保障を視野に入れているのかもしれません。

 

近くても遠くても、未来を予測するのは難しいことですが、AIがビッグデータ(膨大な量の情報)を解析すると、人間が気付かない、わずかな変化をいち早く察知し、何かが起きる可能性を警告することができるかもしれません。確率や精度は技術の進歩と共に高まっていくと考えられますが、はたして、このようなテクノロジーを使って、人間はより安全な社会を作ることができるのでしょうか?

 

コロナ禍でカナダの「ペット業界」が大忙し!「助け合いの精神」が今こそ大切

「各家庭に必ず1匹はペットがいるのではないか?」と思うほど、カナダ人はペットが大好きです。他国と同様に、カナダではパンデミック以降、ペットを飼ったり、動物の里親になったりする人が増えましたが、その影響で同国のペット業界は多忙を極めています。コロナ禍で収入が減った飼い主を支援する取り組みを含め、カナダの最新ペット事情をレポートします。

 

予約殺到の動物病院とドッグトレーニング

↑カナダでは獣医などが大忙し

 

2019年、カナダでは7万8000匹の猫と2万8000匹の犬が国内のシェルターで保護されていました。ところが、新型コロナウイルスのパンデミックが起きた後は、アダプト(里親になること)により、そのうち65%の猫と73%の犬が新しい飼い主を見つけることができました。

 

しかし、新しい飼い主が増えたことにより、カナダの獣医は多忙を極めています。アルバータ州カルガリーのクリニックによると、ペット患者が明らかに増えていて、以前は予約から診察まで2~3日だったのが、現在では申込日から7~10日後でないと予約を取れないとか。手術も3~4週間か、それ以上待たないと予約が取れないこともあるそうです。

 

一般的な動物病院は診察予約が入っていても、緊急搬送されるかもしれないペットのために、ある程度の時間を空けています。それにもかかわらず、朝9時前にはその時間すら予約で埋まってしまうことに病院関係者は頭を抱えています。動物病院では獣医だけでなく、看護士や医療従事者なども深刻な人員不足に悩まされているようで、「診察を断わらざるを得ない」というスタッフの辛さは想像に難くないでしょう。

 

一方、トロントの子犬のトレーニングスクールでは現在、子犬指導の依頼が毎週100件もあるそうですが、クラスの数やインストラクターの人数が足りないため、毎週多くの客を断らなくてはならない状況のようです。事業をすぐに拡大したくても、インストラクターを育てるにはプロとしての適切な指導や教育が必要で、多くの時間がかかります。それでも、このスクールの経営者は来年までにはクラスの数を増やしたいと話しています。

 

カナダらしいチャリティーも

ある調査によると、カナダの家庭の58%が犬か猫を最低でも1匹飼っているそうです。しかし、筆者が住むオンタリオ州のトロントはロックダウンが比較的に長引いた都市であり、仕事を一時的に解雇された人が少なくありません。

 

収入減によって、ペット用品を購入する経済的余裕がなくなってしまった飼い主のために、それを肩代わりする活動を始めた慈善団体があります。それが「トロント・アニマルサービス」で、国内のペットスマートという企業から提供される資金とトロント市民からの寄付金を基にしながら、この活動を行なっています。

 

飼い主がメールか電話、オンラインのアンケート調査のいずれかの方法で申請すれば、数日後にペットショップのギフトカードが申請者にメールで送られてくる仕組み。この取り組みはペットフレンドリーなカナダならではのようにも思います。

 

ユーザーは多く、トロント・アニマルサービスはこれまでに1200枚以上のギフトカードを提供したとのこと。ある利用者は「とてもありがたい活動です。お礼に寄付をしたいので、この苦しい状況が長く続かないことを願います」と述べています。

 

コロナ禍でペットを飼う家庭が増えたカナダ。動物病院やドッグスクールなどでは、人材不足が深刻化していますが、カナダらしいチャリティー活動もあるうえ、イギリス人やイタリア人と同じように、カナダ人も在宅時間が長くなったことで、ペットフードやペット用おもちゃなどに、より多くのお金を費やす傾向にあります。動物病院やペット関連施設の体制が早く整うことが期待されます。

 

執筆者/ちゃんげん

 

【関連記事】

コロナ禍で際立つイタリア人とペットの甘い関係

日本ではまだ知られていない、東南アジア諸国が熱狂する「SEA GAMES」とは?

東南アジア諸国が参加する「Southeast Asian Games」というスポーツイベントをご存知ですか? 日本では「東南アジア競技大会」と呼ばれており、英語では「SEA GAMES」としばしば省略されます。日本では知らない人も多いかもしれませんが、同大会は東南アジア諸国で熱狂的な人気を誇ります。2021年は第31回大会が11月下旬から12月上旬までベトナムの首都ハノイで開催される予定。熱戦を待つ現地からSEA GAMESについてレポートしましょう。

 

東南アジア版のスポーツの祭典

↑ベトナム・ホーチミンの街並み

 

SEA GAMESは、東南アジアで2年に1度開催されます。ベトナム、タイ、マレーシア、ミャンマー、ラオス、 シンガポール、フィリピン、インドネシア、ブルネイ、カンボジア、東ティモールの11か国が参加し、サッカーをはじめ、水泳、ゴルフ、バドミントン、ボクシング、空手、柔道、ボウリングなど計40種目の競技で争います。このSEA GAMESは「東南アジアのオリンピック」とも言われていますが、ベトナムではオリンピックよりも高い関心を集めます。

 

コロナ禍のため2022年に延期する可能性も出てきていますが、そんな中でもベトナムの代表選手たちは着々と準備を進めています。昨今、ベトナムでは健康意識の向上により、スポーツを始める人が増えており、近隣のライバル諸国を相手にどこまで結果を残せるか多くの人が興味を持っています。

 

ベトナムは経済同様にスポーツでも新興国であり、オリンピックで表彰台に上がれるほどの実力を持つ選手はほとんどいません。逆にSEA GAMESには自国の選手が多く出場するだけでなく、表彰台にも手が届くとあって、ベトナム人の関心はとても高まるのです。

 

経済成長と共に強くなる

SEA GAMESにおいて、ベトナムは強豪国として知られていますが、以前はそうではありませんでした。経済的に貧しかったベトナムではスポーツ選手を取り巻く環境の整備が遅れ、サポートや教育体制も十分ではなかったのです。

 

しかし、近年のベトナムは経済成長と共に、スポーツの国際大会でも良い成績を収めるようになっています。代表選手が国際大会で活躍することは、国民を結束させるだけでなく、世界に向けたベトナムのアピールにもなるため、政府や企業がスポーツに注目し、力を注ぐようになりました。具体的には、ベトナム政府が外国人監督やコーチの招集を手掛け、才能ある選手を発掘し、若いうちからエリート教育を実施しています。大手企業は優れた選手に報奨金を提供するなど、官民が協力してベトナムのスポーツ界を底上げしているのです。

 

2019年にフィリピンで開催された前回のSEA GAMESで、ベトナムは合計288個のメダルを獲得し、総合順位2位に輝きました。総合順位1位は計387個のフィリピンで、3位はタイ、4位はインドネシアと続きます。ベトナムは2011年大会から4大会連続で総合順位3位でしたが、ついにその壁を破りました。今大会ではホーム・アドバンテージを生かして、より多くのメダルを取り、総合順位で1位になることが期待されています。

 

前回大会でベトナムは男女ともにサッカー競技で優勝しました。サッカーはSEA GAMESで最も人気がある競技。ベトナムの優勝は60年ぶりの快挙であり、試合後には国旗を掲げて優勝を祝うサポーターによるパレードが起こりました。筆者は当時もハノイにいましたが、有名観光地のハノイ旧市街周辺は過激なサポーターであふれており、迂闊に近寄ってはいけないと注意されたものです。

↑サッカーの試合後に国旗を掲げながらバイクで街を走るサポーター

 

SEA GAMESで注目のベトナム代表選手

ベトナムはサッカーだけでなく、水泳や空手、体操、ボート競技でも優れた成績を収めています。ベトナムで大きな注目を集める選手を3人を紹介しましょう。

 

【サッカー】ダン・ヴァン・ラム

現在27歳で、2021年1月よりセレッソ大阪に所属しているベトナム代表の正ゴールキーパーです。ベトナム人の父とロシア人の母を持ち、身長188cmの大柄な選手です。6月10日にはJリーグデビューも果たし、今後の活躍が期待されています。

 

【競泳】グエン・フイホアン

21歳の男子競泳選手で、2019年のSEA GAMESでは400mと1500mの自由形で優勝しています。東京オリンピックにも出場しました。

 

【ボート】ルオン・ティ・タオ

22歳の女性ボート選手。ベトナムには川や入り江が多くあり、小舟を日常生活で使う人も多いことから、ボートは人気が高い競技の1つ。東京オリンピックにも出場した彼女はまだ年齢も若く、ベトナムのボート界を引っ張っていくことが期待されています。

↑熱戦を待つ開催国ベトナム

 

コロナ禍で試合が延期されたり、練習の時間や場所が制限されたり、どの競技の選手もコンディション調整に苦労しているようですが、ベトナム国民はSEA GAMESで代表選手が活躍するのを楽しみに待っています。

 

母に届けるオリンピックへの思いーー南スーダン陸上選手・アブラハムの決意 特別マンガ連載「Running for peace and love」第3回

現在開催中の「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えながら、この日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいます。GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積んできた南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

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南スーダンで「平和と結束」をテーマとした全国スポーツ大会、「ナショナル・ユニティ・デイ」が開催。アブラハム選手はナショナル・ユニティ・デイを通して、民族の壁を越えた平和への一歩を体感しました。同時に、自身のアスリートとしての力に自覚を持ち、さらに大きなステージを駆け上がっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京2020オリンピック代表に選出されたアブラハム選手。今回の物語を補足する情報を追っていきましょう。

 

アブラハム選手とオリンピック

 

第1回、第2回ナショナル・ユニティ・デイ(NUD)と好成績を残したアブラハム選手は、おのずとオリンピック出場を目指すようになりました。第1回・2回NUDの結果を踏まえ、オリンピックチームが形成されてアブラハム選手以外の候補選手も集められたそうです。その後、アブラハム選手含む3名のオリンピック候補選手と1名のパラリンピック候補選手が、事前合宿で日本入りすることとなりました。その先のお話はまた次回描いていきたいと思います。

 

南スーダンとオリンピック

映画「戦火のランナー」場面写真より (C)Bill Gallagher

 

南スーダン共和国が、オリンピックに初参加したのは2016年開催のリオ・デ・ジャネイロオリンピックになります。2015年6月に南スーダン五輪委員会が設立、同年8月に国際オリンピック委員会に加盟承認されました。

 

しかし出場までの道は険しく、開催まで3か月を控えている時点で候補選手の多くがオリンピック出場資格を得ていませんでした。そのため、オリンピック出場資格を得るための国際試合への選手派遣を至急行っていくことに。そして、2016年6月の南アフリカの陸上競技会が最後のチャンスであることがわかり、選出選手たちが参加することとなったのです。結果的には、特別枠で男女1名ずつの選手参加が陸上競技で認められることになり、さらに、マラソンで国際大会に出場していた南スーダン選手の参加が認められ、計3名の出場が認められることになりました。

 

そのような経緯でリオオリンピックにて初参加となったわけですが、実は2012年のロンドンオリンピックでも「南スーダン出身」の選手が参加していたのです。2021年6月に日本でも上映されたドキュメンタリー映画『戦火のランナー』では、スーダン共和国時代に戦火の中で苦難から脱出してアメリカへ移民した「グオル・マリアル」選手が、ロンドンオリンピックに出場するまでの顛末が描かれています。

 

南スーダンの独立が2011年7月、ロンドンオリンピック開催が2012年7月と、独立して間もない1年の中で国内オリンピック委員会を設立することが叶わず、グオル選手は「南スーダン共和国代表選手」としては出場できないことになってしまったのです。しかし「スーダン共和国代表」としての出場なら叶うという状況。国を背負って走るオリンピック大会において、とても重要な決断をグオル選手はしていくわけですが、そのような背景の中で、南スーダン出身の選手がロンドンオリンピックにも出場していました。

 

そのロンドンオリンピックからリオオリンピック、そして今年の東京2020オリンピックと、南スーダンはNUDなどのスポーツ施策に注力することで着実に世界的な選手を輩出する環境を整えていっていることがわかります。

 

次回は、日本にやってきたアブラハム選手たち南スーダン代表選手団が、どのような暮らしをして、どんな思いを抱えながらオリンピックへと挑んでいくのかご期待ください。

 

特別マンガ連載「Running for peace and love」一覧はこちら

 

 

●映画『戦火のランナー』クレジット

監督・プロデューサー:ビル・ギャラガー

脚本・編集:ビル・ギャラガー、エリック・ダニエル・メッツガー

配給:ユナイテッドピープル 宣伝:スリーピン

2020年/アメリカ/英語/88分/カラー/16:9

米国で人気沸騰中! 三拍子揃った「ピックルボール」とは?

スポーツの祭典の真っ只中で、連日素晴らしいプレーが生まれています。GetNavi webでは参加する海外選手にフォーカスした記事をお届けしていますが、本日はスポーツの祭典にはまだ採用されていない、いまアメリカで急速に人気を高めている「ピックルボール」にフォーカスを当ててみます。さて、どのようなゲームなのでしょうか?

 

テニス×バドミントン×卓球

↑ピックルボールのラケットと球

 

ピックルボールとは、老若男女が楽しめる、テニスとバドミントンと卓球が混ざったような競技です。まだ歴史は浅いですが、アメリカ国内での競技人口は2020年に420万人を超えました。

 

ピックルボールの起源は1965年まで遡ります。シアトル州のある家庭で、退屈した子どもが父親に「何かおもしろい遊びはない?」と尋ね、父親が試行錯誤の末に道具やルールを考案。こうしてピックルボールは1967年に誕生しましたが、名称は考案者の愛犬にちなんでつけられたそう。アメリカのスポーツ&フィットネス産業協会(SFIA)が2021年2月に発表したレポートによると、2020年の競技人口は前年と比べて21.3%増と大きく成長しています。

 

ピックルボールは、バトミントンと同じサイズのコート(縦6.1m×横13.4m)で、卓球の約2倍のサイズのラケットと穴が空いたカラフルな樹脂製のボールを使ってプレーします。テニスのように、ネットの高さは一般的に90cmとされており、木製ラケットはラバーを張っていないため、ボールを打つたびに「カーン」と気持ちのよい音がコートに響き渡ります。

 

プレー形式はシングルスとダブルス。ルールもテニスと似ていますが、サーブはアンダーサーブのみです。レシーブ側はボールをワンバウンドで打ち返し、サーブ側も最初のリターンボールはワンバウンドさせて打たなくてはなりません。得点はサーブ権を持っている側のみに入り、1セット11点で行いますが、10対10になった場合は2点差がつくまで延長。3セットか5セットマッチで行なわれることが一般的です。

 

【動画】ビックルボールとは?(英語)

 

人気の秘密は3つの「ちょうどいい」

 なぜピックルボールの人気は高まっているのでしょうか? その理由として3つの「ちょうどいい」が考えられます。

 

1: 始めるのにちょうどいい

ピックルボールのラケットとボールは、約20〜50ドルで販売されています。あとはスポーツシューズさえあればプレーできるので、道具をたくさんそろえる必要がありません。アメリカでは公共の施設であれば、数時間5ドル程度で借りることができます。初期費用やプレー費用が安く抑えられるため、手軽に始めることができます。

 

また、テニスコート1面を4つに分けると、ピックルボールのコートを4面作ることができるので、最近ではテニス場をピックルボールコートにつくり替えているところもあります。ピックルボールは基本的に屋外でプレーしますが、室内でもできるため、天候に左右されません。上述のようにルールもわかりやすくて簡単。ピックルボールは気楽にスポーツをするのに、ちょうどいいのです。

 

2: ちょうどいい運動強度

↑若者もハマる

 

コートが小さいので、走り回り続けなくてもプレーできることもピックルボールの特徴。ボールには穴が空いているため、風の抵抗を受けやすく、強い打球でも速度が弱まり、打ち返しやすい設計になっています。このように、程よい運動強度(運動をするときに身体にかかる負担)でケガをする可能性も少ないので、ピックルボールは老若男女が楽しめるスポーツなのです。アメリカでは、リタイヤしたシニア層に圧倒的な人気を集めています。

 

その一方、近年では、ケガのためにテニスからピックルボールへ転向するプレイヤーも現れており、ゲームのレベルが向上するとともに、プロ競技人口も増えてきています。2019年には賞金総額が約1500万円の大会も行われ、テレビでも放映されるなど、アメリカで競技人口は着実に増えています。

 

3: ちょうどいい距離感

ピックルボールは野球のように道具が少なく、ルールが簡単であるものの、楽しむためには技術や作戦、連携が必要です。ダブルスであれば、プレー中の雑談を含めてコミュニケーションを取りやすく、「ペアの人と手が届くか届かないか」という距離感が、物理的にも精神的にもちょうどいいと評判です。

↑試合の様子

 

このような理由で競技人口を増やしているピックルボールですが、まだまだそこで終わらないのがアメリカ人。仲間とスポーツをもっと楽しむために考え出されたのが「チキン・アンド・ピックル」。レストランとバーを兼ね備えた、この屋内外のピックルボール用レジャー施設は、事前予約をすれば手ぶらで行ってプレーすることができるほか、定期的にレッスンや大会も行われています。2016年にミズーリ州に1号店がオープンし、テレビで取り上げられるほどの大盛況となり、2021年中には6店舗目を開く予定とのこと。

 

経済的にも、身体的にも、心理的にも「ちょうどいい」ピックルボール。三拍子揃ったこのスポーツの人気は、すでに日本にも及んでいます。東京には日本ピックルボール協会があり、レッスンや大会が行われています。日本の競技人口はまだ数千人のようですが、老若男女に愛される手軽な「米国製スポーツ」として、今後は日本でも普及するかもしれません。

 

この国は変われるかもしれないーー南スーダン陸上選手・アブラハムの大きな転機「国民結束の日」 特別マンガ連載「Running for peace and love」第2回

現在開催中の「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えつつ、この日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいます。GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積んできた南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

【前回を読む】※画像をタップすると閲覧できます。一部SNSからは表示できません。

 

少年時代のアブラハム、そして南スーダン共和国に訪れた新たな転機--「ナショナル・ユニティ・デイ」。今回は、初めてのスポーツ交流とアスリートとしての自分の才能に向き合う、アブラハム選手の様子を描いていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

民族の壁を越えて「平和と結束」を体感したアブラハム選手。ここからは、よりマンガを楽しむための情報をご紹介します。

 

アブラハム選手とナショナル・ユニティ・デイ

JICAウェブサイト『南スーダン・アブラハム選手が自己ベスト更新で新記録達成!:「前橋市、横田真人コーチ…スポーツを通じた絆、互いを思いやる心を記録と共に母国へ」』より転載

 

作中で描かれた通り、アブラハム選手にとってナショナル・ユニティ・デイは大きな意味を持つ出来事です。第1回ナショナル・ユニティ・デイでアブラハム選手は、1500mで4分8秒33という記録で2位、800mにも出場して2分1秒49で1位と好成績を獲得。その成績をもって自身の才能を実感できたことはもちろんですが、それ以上にナショナル・ユニティ・デイ本来の目的である「民族間の交流」をアブラハム選手もその身で体感したことが、彼がアスリートへの道を進む大きな要因となっていくのです。

 

第1回ナショナル・ユニティ・デイ開催に至るまで

写真提供:久野真一/JICA

 

第1回ナショナル・ユニティ・デイ(以下、NUD)は、日本のJICA協力のもと2016年1月に開催に至りましたが、その道は決して楽なものではありませんでした。当時の南スーダンは、IGAD(政府間開発機構)による和平交渉の結果、2015年8月に和平合意が締結されることになりますが、この合意はキール大統領側が一度署名を拒否するなど、まだまだ本当の意味での和平には遠い状況でした。このような混迷が深まる中で、第1回NUDが開催されることになったのです。

 

スーダン共和国時代に、NUDのモデルとなる全国スポーツ大会が存在していましたがそれも数十年前の話。あらためて、ほぼ一から南スーダンの「文化・青年・スポーツ省(現青年・スポーツ省)」とJICAで全国規模の国体開催を目指すことになります。しかし、各地で戦闘が繰り返されている中で、全国から選手団を派遣できるのか、各州は選手たちの渡航費をねん出できるのかなどの様々な課題がありました。

 

作中でも描かれている通り、会期中の競技場の整備など環境を整えるのにも尽力しています。選手の宿泊所として使われた「ロンブール教員養成校訓練所」も、当初は水回りや電気の修理が必要であったり、隣接するグラウンドが雑草に覆われており整備が必要であったりという状況だったようです。会期中、宿泊所では州や民族に関係なく、人と人とのつながりが持てるように、部屋割りや食事場所なども、否応なく話せる空間としています。その取り組みは、現在でも継続しているそうです。

写真提供:久野真一/JICA

 

アブラハム選手がアスリートを自覚する大きな一歩となったNUDは、南スーダンにとっても多くの課題をクリアして現在も続く大事なステップなのです。次回、アスリートとしての才能とも向き合った彼のもとにまた一つ大きなチャンスが舞い降ります。そう、オリンピックです。南スーダンから世界へ、アブラハム選手がどのように羽ばたいていくのかお楽しみに。

 

ハエの分析でわかった「社会的隔離」で人間の行動が変わる理由

コロナ禍での隔離生活は、人と会えない寂しさと外出できないストレスをもたらすもの。その結果、よく眠れなくなったり、食べる量が増えたり、いろいろな影響が出ていますが、私たちの身体は社会的隔離に対してどのように反応しているのでしょうか? 米国の研究チームがハエを使って、そのメカニズムを解明しようとしています。

↑ヤバい、ひとりぼっちだ! 寝ている場合じゃない! できるだけ食べておかないと……

 

隔離生活が、動物の行動や遺伝子の発現、神経の活動にどのような変化をもたらすかを調べるため、米国・ロックフェラー大学で遺伝子を研究するチームがショウジョウバエを使って実験を行いました。ショウジョウバエは集団で行動しており、同研究チームの1人によると「その遺伝子システムを深掘りすると、哺乳類や人間と同じような原基を見つけることがよくある」とか。

 

実験では、最初にショウジョウバエの集まりが、ロックダウン(都市封鎖)のような条件下でどのような行動を取るのかを7日間、観察します。その後、これらのハエを「集団のまま観察を続けるグループ」と「1匹だけで隔離されたもの」「2匹で隔離したグループ」に分け、それぞれの行動の変化を観察しました。

 

その結果、集団の大きさが変わっても集団で行動し続けたハエや、2匹だけで隔離されたハエには大きな変化が見られなかった一方、1匹で隔離されたハエだけは食事量が増え、睡眠時間が短くなったのです。

 

さらに研究を進めたところ、ハエの食事と睡眠の変化には「P2ニューロン」という脳細胞が関連していることが判明しました。P2ニューロンは受容体(細胞の表面や内部に存在し、外界や細胞外の物質や光を受容して情報に変換する物質の総称)の一種と考えられています。そこで、1匹だけで隔離されたハエのP2ニューロンの働きを止めると、食べる量が正常に戻り、睡眠が回復しました。また、1日だけ集団から隔離されたハエのP2ニューロンを刺激すると、1週間隔離されていたハエと同じように食事量が増え、睡眠時間が減少したのです。

 

また、ハエを不眠症にさせるだけでは過食は引き起こさないことが確認されたことから、ハエの睡眠時間減少と過食は、P2ニューロンの働きと社会的な孤立によって引き起こされた模様。「P2ニューロンは社会的隔離の時間的長さや孤独感の認識の仕方と関連しているようだ」と同研究チームは述べています。

 

身体はアラート状態

コロナ禍で体重が増加した人が多いと言われていますが、その原因がP2ニューロンの働きにあると断言することはできません。社会的隔離で睡眠が減り、体重が増える理由を特定するには、より多くの研究が必要ですが、「人間は困難な状況になると警戒心が高くなり、できるだけ起きていようとしたり、食べられるときに、できるだけ食べようとしたりするので、社会的に隔離された身体は、そのような『不確実な状況』にいることを脳に信号で送っているのではないか」と研究チームは推測しています。

 

【出典】Li, W., Wang, Z., Syed, S. et al. Chronic social isolation signals starvation and reduces sleep in Drosophila. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03837-0

なぜ「ひまわり」は東を向いて咲くのか? 納得の理由があった

ひまわりは漢字で「向日葵」と書くように、太陽の方角を向いて咲くことがよく知られています。でも実際には、太陽に向かって咲くのは一部のひまわりだけで、多くのひまわりは東の方角を向いて咲きます。これは一体なぜでしょうか? 最近、明らかにされたその合理的な理由を説明します。

↑東を向くとハチが来る

 

太陽は一日の中で時間帯によって位置を変え、その動きと合わせるように、ひまわりは花の向きを変えます。ところが、花が成熟し茎が硬くなってくると、太陽の方角に合わせて花の向きを変える動きが減り、やがて東の方角しか向かなくなります。

 

7月下旬、米国・カリフォルニア大学デービス校の植物生物学の研究チームは、ひまわりのこの性質について論文を発表しました。この研究チームは長年ひまわりを研究しており、以前に「ひまわりが太陽の方角に合わせて動くのは、体内時計でコントロールされているから」という説を発表しています。

 

そんな研究チームの一員があるとき、ひまわりの鉢植えの向きを変えたところ、東の方角を向いたひまわりには、西を向いたものと比べて、特に朝の時間帯により多くのハチが集まっていることに気づいたのです。

 

東を向いて子孫を残す

そこで、東向きのひまわりの秘密を探ってみると、東向きのひまわりのほうが大きくて重い種を作る傾向があり、早朝から花粉を放出していることがわかりました。その時間はハチがひまわりに集まる時間帯と合致しています。この性質は花の温度の影響を受けているようで、西向きのひまわりでも花の部分をヒーターで温めると、東向きのひまわりと同じような結果が見られたそうです。

 

さらに、この研究チームは「種は作れるけど、花粉は作れない」という実験用ひまわりを作りました。それを東向きと西向きのひまわりの近くに置き、この実験用ひまわりが、どちらのひまわりの花粉をより多く授粉するのかをジェノタイピング(遺伝子型判定)を使って観察。その結果、西向きのひまわりより、東向きのひまわりの花粉がより多く授粉されていたことが判明したのです。

 

これらの実験結果から導かれるのは、ひまわりは東を向いて咲くことで、ハチが集まる時間帯により多くの花粉を放出し、ハチが花粉を媒介しやすくなっているということ。つまり、ひまわりが東向きに咲くのは子孫をたくさん残すことができるから、と結論づけられるのです。

 

元気いっぱいに花を咲かせるひまわりにとっても、子孫を残せるかどうかは重要な問題。少しでも多くの花粉がハチによって運ばれて授粉するように、ひまわりは進化したのでしょう。ひまわりを見かけたときは、どの方角を向いているかチェックしてみると面白いかもしれませんね。

 

【出典】Creux, N.M., Brown, E.A., Garner, A.G., Saeed, S., Scher, C.L., Holalu, S.V., Yang, D., Maloof, J.N., Blackman, B.K. and Harmer, S.L. (2021), Flower orientation influences floral temperature, pollinator visits and plant fitness. New Phytol. https://doi.org/10.1111/nph.17627

コロナ禍で際立つイタリア人とペットの甘い関係

イタリアでは、コロナ禍における2度目のバカンスがそろそろ終わりますが、同国では、ペットを滞在先に連れて行く人が少なくありません。コロナ禍で際立つイタリア人とペットの関係を見てみましょう。

 

ロックダウン中でも犬の散歩はOK

↑キミは特別だ

 

イタリアはペットに寛容な国で、飼っている動物を同伴して入店できるレストランやバールがたくさんあります。食料品店など、衛生的な観点から犬を連れ込めない店にも、お店の外にドッグパーキングが設置されていることが一般的。また、ほとんどのペットが公共の場できちんと振る舞えるようにしつけられています。「イタリアではペットと共に移動することを前提に日常生活が成り立っている」といっても過言ではないかもしれません。

 

それを裏付ける別の事例があります。2020年3月、イタリア政府が全土ロックダウン(都市封鎖)を宣言し、ジョギングなど1人でする運動さえも規制されました。しかしそんな中でも、自宅の周辺だけという条件付きではありましたが、犬の散歩だけは許可されていたのです。「小さな子どもでさえも外で遊べないのに犬は問題ないのか?」という意見があったものの、冗談が好きなイタリア人だけあって、「外出したい方に犬を貸します」というジョークがすぐにSNS上に溢れました。

 

そんなイタリアでは、現在もリモートワークを続ける人が少なくありませんが、この新しいライフスタイルは、これまで「ペットを飼いたい」と思いながらも、時間的余裕がないために諦めていた人にとって、その願いを叶える絶好の機会になっているようです。

 

価格比較サービスIdealo社の調査によれば、イタリアにおける2020年のペットフードのオンラインでの売り上げは前年比80%増を記録し、犬は同145.7%増、猫は同115.6%増という伸びを見せました。また、イタリア社会の動向を調査するEurispes社が2020年に実施したアンケートで、ペットを保有していると答えた人は、前年の33.6%から39.5%に増えています。

 

政府中央統計局によると、2020年前半のイタリア人の国内旅行は前年比39%減、外食は同38.9%減、衣料品は同23.3%減、映画などの娯楽費は同26.4%減となりましたが、その分だけお金がペット市場に流れたとも考えられそうです。

 

また、ペットショップで動物を購入するだけではなく、殺処分を待つ動物を引き取るという動きも活発です。イタリア動物保護協会は2020年に8100匹の犬と9500匹の猫が引き取られたと報告しており、引き取り件数は前年に比べ15%以上も増えました。

 

高齢者向けのペット用品デリバリー支援

↑誇らしいボランティア活動だわん

 

高齢者にとってもペットは心の友。ただし、ロックダウン中は数日分の食料を1回の買い物で備蓄する必要があったため、ペットフードまで手が回らないという高齢者が多かったようです。スマートフォンやパソコンなどを使うことができず、オンラインでの買い物ができない高齢者も少なくありません。

 

それを受けて、ミラノでは非営利団体のバルズーが70歳以上の高齢者を対象に、エサや医薬品を含むペット向けの必需品をボランティアで配送する活動を始めました。ペット商品の大手チェーンも提携しており、配送料金は無料。バルズー会長のルイジ・グリッフィーニ氏は「ペットがいる家庭の支援を目的とした我々の取り組みは、非常事態にこそ機能しなくてはなりません」と語っています。

 

日本と同様にイタリアも高齢化社会ですが、このようなボランティアが存在することは、「ペットを飼いたい」と願う高齢者の背中を押しているでしょう。

 

何があっても離れない

↑アフターコロナでも重要な存在

 

ペットの数が増えると飼育放棄が問題になる国もありますが、イタリアはそうではないようです。これは、イタリア政府が義務付けているペット飼育に関する施策が功を奏しているのかもしれません。

 

イタリアではペットを飼うにあたり、オーナーは保険省の管轄にある動物の戸籍簿に登録する必要があります。さらにペットはマイクロチップで管理されるうえ、飼い主は首輪に付けた小さなメダルに自分の名前や電話番号を彫る義務があり、ペットの飼育を放棄したとしても、マイクロチップや首輪の登録情報をたどって、飼い主に連絡が来る仕組みになっているのです。

 

ペットセラピーの専門家によれば、ロックダウンという未曾有の恐怖と不安の中でも、人間はペットと触れあうことでストレスを解消できるそう。コロナ禍がある程度収束しても、未来に対して不安を抱く人も多いことから、これからもペットは人間の精神状態を回復したり維持したりするために重要だと言われています。

 

夏のバカンスは終わりますが、すでに多くのイタリア人は「次のバカンスをペットとどう過ごそうかな?」と考えていることでしょう。

固定概念が影響する?「無観客試合」の影響はジェンダーで異なることが判明

最近、無観客試合に関する研究が世界各国で行われていますが、先日発表された論文によると、観客の有無だけでなくジェンダーによっても、アスリートのパフォーマンスに違いがあるそうです。観客不在の試合では、男性と女性の選手にどのような変化が起きるのでしょうか?

↑観客不在は複雑な影響を及ぼす

 

有観客と無観客で、アスリートのパフォーマンスにどのような違いがあるのか? 独マルティン・ルター大学ハレ・ウィッテンベルク・スポーツ科学研究所のチームがこの問題に挑みました。

 

彼らは、クロスカントリースキーと射撃を組み合わせた「バイアスロン」の、ワールドカップの結果を分析に使用。その中から比較的短距離コースをスキーで走行し射撃を行う「スプリント」の種目と、スキーの距離がスプリントよりやや長く、射撃を行う回数も多く、男女の選手が一斉にスタートする「マススタート」の2種目を取り上げました。そしてスキーのタイムと射撃の成功率について、新型コロナウイルスが発生する前で有観客だった2018年〜2019年とコロナ禍で無観客だった2020年を、男女別に比較しました。

 

その結果、有観客の場合、男性選手はスキーのタイムが早くなった一方、射撃の成績は悪くなりました。女性選手は有観客でスキーのタイムが遅くなりましたが、射撃の得点率は5%高くなり、男女で異なる結果が出たのです。

 

クロスカントリースキーは主にスタミナが求められる一方、射撃は並外れた集中力と精神力が必要で、2つはまったく異なる競技です。アスリートのパフォーマンスが観客の有無で大きな影響を受けることは納得できますが、競技の種類によっても、その結果はまた違うものになるようです。

 

特にクロスカントリースキーのタイムに観客の有無で差が出たことについて、この研究チームはジェンダーに基づいた固定概念が働いている可能性があると推測しています。例えば、観客に見られることで男性選手は「(自分は男だから)体力があるのだ」という意識が強くなり、それがパフォーマンスに影響しているのではないか、というのです。

 

無観客試合がアスリートに与える心理的な影響については、すでにさまざまな研究が行われていますが、その多くはジェンダーの視点が欠けているとか。無観客試合の影響を調べるなら、ジェンダーの区別も考慮したほうがいいかもしれません。

 

【出典】Amelie Heinrich, Florian Muller(※1), Oliver Stoll, Rouwen Canal(※2)-Bruland. Selection bias in social facilitation theory? Audience effects on elite biathletes’ performance are gender-specific. Psychology of Sport and Exercise, 2021; 55: 101943 DOI: 10.1016/j.psychsport.2021.101943

(※1)Mullerのuは、ウムラウト付きが正式な表記です。

(※2)Canalのnは、ティルデ付きが正式な表記です。

 

【関連記事】

スタジアムには魔力が宿る!「無観客試合」でもホームチームが有利と判明

 

「パラアスリート」を支える最新テクノロジーが凄かった

スポーツをするために、義足や義手、車いすなどを必要とするパラアスリートにとって、テクノロジーの進化はパフォーマンスやコンディションの向上につながります。東京パラリンピックに向けて、どのようなイノベーションが生まれているのでしょうか?  障がい者スポーツにおける技術革新に関する議論とあわせて見てみましょう。

↑テクノロジーの進歩と共に、パラアスリートはさらに限界を突破する!

 

F1と同じシートを採用した車いす

試合中は選手たちがコート内を激しく走りまわる車いすバスケ。スピードや俊敏な動きなどが求められる、この激しい競技において、車いすは選手の「脚」となる大事な存在。車いすバスケのオーストラリア代表は、オーストラリア国立スポーツ研究所のエンジニアと協力して、一部の選手がカーボンファイバーを使ったカスタムメイドのいすを利用しています。

↑F1と同じシートを使う車いすバスケットボールのオーストラリア代表(画像提供/Paralympics Australia)

 

この素材は、なんとF1マシンに使われるものと同じ素材。同研究所のエンジニアは、このカーボンファイバーは強度がありながら軽量で、スピードと俊敏さを求める車いすバスケには最適なのだと言います。しかも、選手が車いすに座った状態で3Dスキャンを行い、各個人の体型にあわせてシートを成形するため、ターンや切り返しなど、選手のさまざまな動きにも対応するそうです。軽量化しながら、俊敏性やフィット感が向上すれば、選手のパフォーマンスも上がるでしょう。F1マシンと同じ上質な素材が使われているということも、選手の自信やモチベーションを高めるかもしれません。

 

ラルフローレンの冷却テクノロジー

東京オリンピックとパラリンピックの開会式で、アメリカ代表団の旗手は最新テクノロジーを採用したユニフォームを着用しています。それが、ラルフローレンが独自に開発した、自動で温度を調整する冷却システム。ウェアに組み込まれた「RL COOLING」と呼ばれる冷却システムが、温度を監視しながら、着る人の肌から熱を分散させるそう。最先端コンピューターの冷却装置と同じと言われるこの技術は、東京の真夏の暑さを考慮して作られたのだとか。

 

さらに、ラルフローレンが手掛けるアメリカ代表選手団のウエアは、ベルトにペットボトルから再生したリサイクルポリエステルを使ったり、合成樹脂を使わずに作られた革の代替素材をデニムパンツに取り入れたり、サステナビリティにもこだわっています。

↑自動冷却システムを採用した米国代表団のウエア(画像提供/ラルフローレン)

 

ちなみに、この「2020チームUSAコレクション」は、アメリカのラルフローレンの店舗やオンラインストアなどで購入することができます。

 

でも本当にスゴいのはアスリート

技術革新が進む一方、「テクノロジーの活用はどこまで許されるのか?」という議論が以前から行われています。国際パラリンピック委員会は、選手が使う装具の基本原則として「安全性・公平性・普遍性・身体能力」を挙げており、例えば、外部から電源を供給して筋力をサポートしたり、ジャンプ力のある大きなバネを使用したりすることは禁止。選手の能力を超えるようなパフォーマンスを生み出すモノは使用できないのです。

 

確かにパラリンピックや障がい者スポーツにおいてテクノロジーは重要ですが、それがすべてではありません。いくら素晴らしい用具を使っても、パラアスリート自身の能力が高くなければ、結果は出ないもの。選手自身のたゆまない努力や工夫、才能があって初めて、テクノロジーの力を最大限に引き出すことができると論じている専門家もいます。

 

世界各国から集まったパラアスリートの熱戦は、見る人の心を揺さぶり、熱くさせるもの。パラリンピックでは、最先端テクノロジーだけに目を奪われるのではなく、パラアスリートの身体と精神がいかに科学技術と融合しているのかにも注目してみましょう。きっと多くのインスピレーションが湧いてくるはずです。

元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん、ブラインドサッカー®の魅力を再発見! 障害、出身、言語など違いがあっても全員がフェアなスポーツの力で社会を変える

↑子どもたちを指導する元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん

パラリンピック正式種目の「5人制サッカー」をご存じですか?

5人制サッカーの別名は、「ブラインドサッカー」。視覚障害者が中心となって行う競技で、相手ゴールにボールを入れて得点するというルールはサッカーと同じです。大きく異なるのは、アイマスクで視界を遮り完全に見えない状態にすること。音の鳴るボールや、案内役(ガイド)の声などの“音”を頼りにプレーします。

このブラインドサッカーをテーマに、JICAとWEB漫画サイトの「コミチ」が協同で企画した漫画コンペで最優秀賞受賞作品として輝いたのが『エブリシング イズ グッド!』。パラリンピックの開催を機に、視覚障害がある方も同様に楽しめるように音声解説付きのコミック動画になりました。

このコミック動画の完成を機に、盲学校の先生として動画に登場するJICA国際協力推進員の羽立大介さんと、元サッカー日本代表で、現在は、障害者支援の活動に奔走する巻 誠一郎さんの対談が実現しました! スポーツを通じて「多様な人を受け入れる社会」をつくりたい――。そんな共通の想いを持つ二人が熱いトークを繰り広げます。

<作品紹介>
『エブリシング イズ グッド!』作:いぬパパ

▼音声解説付きのコミック動画はこちらから

▼原作漫画はこちらから

<この方にお話をうかがいました!>


巻 誠一郎(まき・せいいちろう)
2006年サッカーW杯日本代表。2018年に現役引退し、少年サッカースクールで指導者を務めるほか、放課後等デイサービスセンター事業、就労継続支援A型施設(障害者の農業就労支援)の開設などに携わる。2019年には、JICAインドネシア事務所と共に、インドネシアの震災復興支援にかかわった(https://www.jica.go.jp/topics/2019/20191017_01.html)。現在は、「障害×アート」で、行政や支援に頼らない仕組みづくりを進めるなど、地元の熊本を拠点に社会貢献活動に尽力している。
巻さんが代表を務める「NPO法人ユアアクション」(https://youraction.or.jp/

羽立大介(はだて・だいすけ)
大学卒業後、重度の知的障害を有する人の入所施設で生活支援員として勤務。2018年~2020年、JICA海外協力隊の障害児者支援隊員として西アフリカのガーナ共和国に赴任。配属先の盲学校ではICTや体育の教員として活動しながら、ブラインドサッカーの指導普及に取り組む。2020年7月からは、地元の広島県で、JICAの国際協力推進員として活動中。

 

↑今回の対談はオンラインで実施しました

視力に違いがあっても全員がフェア! ブラインドサッカー®のルールで障害によるギャップを埋める

巻 誠一郎さん(以下、巻):『エブリシング イズ グッド!』を拝見しました! ガーナの溶接業者にゴールポストの製作を依頼するところから始めた活動が、ブラインドサッカーの上達によって子どもたちの自己肯定感を高める結果につながったというのが素晴らしいですね。羽立さんは、そもそもどうしてガーナへ行かれていたのですか?

羽立大介さん(以下、羽立):ぼくがガーナへ渡ったのは、JICAの海外協力隊に応募して合格したからなんです。当時、大学で取った社会科の教員免許を生かして教職に就くことを考えていました。でもその前に、教科書に載っている途上国の様子を自分の目で見たかった。大切なことは、自分の経験を通して生徒に伝えたかったんです。

赴任した盲学校には、全盲(※1)と弱視(※2)の子が通っていて、ぼくは教員として主に体育の授業を受け持っていました。赴任後、さまざまな生徒たちを観察するうちに、全盲と弱視の子に活躍の差があることに気づき始めたんです。

※1:「全盲」視力がまったくなく、目が見えない状態
※2:「弱視」なんらかの原因で視力の発達が妨げられ、眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても視力が十分に出ない状態。視力の弱さや見えにくさは人により異なる

巻:それはどのような差ですか?

羽立:クラスで中心的な役割を担ったり、スポーツ大会で目立ったりするのは弱視の子。全盲の子は活躍する弱視の子の後ろで常に控えめにしています。「障害の軽重により生まれるギャップを埋めることはできないだろうか……」と考え、始めたのが放課後のブラインドサッカークラブでした。

↑『エブリシング イズ グッド!』に登場する、ブラインドサッカークラブ初期メンバーの2人。右の男の子がダニエルくん

巻:そのような経緯だったのですね。たしかに視力に違いがあっても、ブラインドサッカーのルール上は全員フェアになる。

羽立:そうなんです。ブラインドサッカーは、ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤーは全員アイマスクを着用して視界を閉ざします。その分、ボールから鳴る「シャカシャカ」という音や、ボールの位置を教えたり選手の動きを指示したりするガイドの声を頼りにプレーするので、競技を進めるうえでの条件が統一されるんです(※3)。

※3:国際大会でアイマスクを着用する意図は、参加対象であるB1クラスには、全盲から光覚障害までの人がいるので、条件を統一するため。日本の国内大会のローカルルールでは視力に障害のない晴眼者もアイマスクをすれば参加が可能

 

子どもたちの潜在的な能力を引き出し、社会で必要とされるマナーを学ぶことができるのがスポーツ

巻:ブラインドサッカーに挑戦させるというのはグッドアイデアですね。でも、ぼくも海外でプレーしていたのでよく分かるのですが、言語や文化、コミュニケーションの取り方が違うなかで子どもたちと信頼関係を構築するのは難しかったのではないでしょうか?

羽立:最初のうちは、正直、生徒たちとのコミュニケーションに戸惑いました。でも、ガーナはサッカー人気が高いですし、ぼく自身も小学校から大学までサッカーをしていたんです。ブラインドサッカーの経験もあります。サッカーボールを使えば生徒と仲良くなれるかもしれない、という期待も込めてチャレンジしました。

巻:そうですね。サッカーは言葉を必要としない、一つのコミュニケーションだと思います。子どもって、ボールをパスするとこちらの足元に返してくれる。羽立さんは、そうやって少しずつ心を通わせて信頼関係を築かれたのでしょうね。

ぼくも、障害がある子どもたちと接するなかで「自分は障害があるからできない」と心を閉ざしてしまう様子をしばしば見かけました。でも、周囲と条件がそろい、対等になることで一歩を踏み出し成長が始まります。子どもたちには実際にどのような成長を感じましたか?

羽立:大きな成長の一つは、時間を守るようになったことです。生徒たちは、クラブ活動の開始時間を1時間、2時間と遅刻していたんです。「時間を守ろう」と口を酸っぱくして言い続けたり、時には練習を中止にしたりもしました。

すると、半年も経つ頃には、開始時間の10分前にはみんな集合して、ぼくを迎えに来るまでに改善されたんです。子どもたちは、「時間をしっかりと守れば思い切りブラインドサッカーを楽しめる」ということを学んだんだと思います。

↑ブラインドサッカーの試合の様子。子どもたちは日替わりでリーダー役を担うことで自主性が養われていったという

巻:スポーツの根本は楽しむこと。楽しむためのルールや相手へのリスペクトがなくては成り立ちません。スポーツは社会の縮図だと思いますし、社会とのつながりを持つために効果的な手段だと思います。

羽立:漫画に出てくる中学生のダニエルは、内気な性格で、ボールの扱いも上手とはいえませんでした。しかし、次第にクラブへの参加者が増えてくると、彼は参加者のまとめ役として活躍し始めたんです。ブラインドサッカーは、ダニエルのリーダーとしてのすぐれた資質を引き出してくれたと思います。

 

地元を襲った熊本地震で、「災害時に取り残されがちなのは“社会的弱者”」であることを痛感

羽立:巻さんは、これまでさまざまな障害者支援のご活動をされていますが、何がきっかけで始められたのですか?

巻:ぼくの地元の熊本県では、2016年に震度7の大規模な地震が発生しました。街は壊滅的な状態となり、多くの人が避難所での生活を強いられることになります。ぼくは、「何かできることはないか」と、3カ月をかけて、避難所となっていた小・中・高校、幼稚園、保育園など約300カ所を回りました。支援物資を届けたり、一緒にサッカーをしたりして被災者の生活や心をサポートする取り組みをしていたんです。

↑熊本地震の発災から3カ月間、毎日5~6カ所の避難所を訪問。自らの目で見て、被災者の声を聞き、必要とされる支援物資の調達と配送を行ったという。巻さんをサポートしようと、個人、法人など多くの協力者が続々と集まり、24時間体制の支援活動が実現していった

羽立:熊本地震のことはよく覚えています。テレビのニュースで甚大な被害の様子を見ていました。

巻:あるとき、避難所となっていた学校で数百人が集まるサッカーイベントを開催しました。イベント終了後、子どもたちは帰宅していきます。でも、いつまで経っても校庭に残る一人の子どもがいたんです。話を聞いてみると福祉施設で生活する子どもだった。親から虐待を受けて預けられていたのだそうです。ぼくはその時の、誰にも迎えに来てもらえず校庭にポツンと佇む子どもの姿が忘れられませんでした。

引き続き被災地を巡るうちに、自然と、ご高齢の方や障害がある子ども、施設の子どもたちといった、いわゆる“社会的弱者”と呼ばれる人たちに目が向くようになりました。被災者の置かれるさまざまな状況を見るうちに、「災害時に取り残されがちなのは彼らなのではないか」と考えるようになったんです。

状況の改善策を練るために情報収集をしていると、なかでも障害がある子を取り巻く環境に課題を感じるようになり、その後の活動につながっていきました。

↑巻さんが事業に参画していた放課後等デイサービスセンター「果実の木」(熊本市)で、子どもたちに講演会をしている様子

 

↑熊本県のトマト農家と提携して障害者の就労支援を実施していた際の、作付け作業の様子。農業と福祉の連携により、農家の高齢化という課題に取り組んでいる

 

誰もが自分の仕事に誇りを持って生き生きと働くためのサスティナブルな仕組みづくり

羽立:巻さんは、子どもだけではなく、障害がある大人に対する就労サポートもされていたのですよね。ガーナは、大学を卒業しても希望の職には就けない就職難です。障害がある人にとってはそれ以上に厳しい環境で、車いすで生活する人が物乞いをしている姿を見かけたこともありました。

でも、ぼくの住んでいた地域には、「困った人がいたら助ける」というキリスト教やイスラム教の教えが根付いて、四肢不自由な人も楽しそうに暮らしていたのが印象的です。一方で、障害の種類によっては、障害からくる行動などに対して理解が追い付いていない現実もありました。例えば、知的障害者に対する健常者の心無い態度には改善が必要だと感じています。

巻:日本も、障害者は職に就けても単純作業に偏りがちで、必ずしも希望する仕事に就けているとはいえません。しかし、どんな仕事であれ、成果が目に見えて、自分の仕事に誇りを持てることが大切だと思っているんです。

日本は、バリアフリーな社会を作ろうと障害者を手厚くサポートする一方で、その支援が障害者を囲い込み、フラットな社会へ出にくくしているという課題があるようにも感じています。障害は“個性”です。その個性を最大限に生かせる環境づくりや、自分のやりたい仕事に就けるような仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

実はいま、障害がある子どもたちの絵と、プロのアーティストの絵をコラボさせた作品を手軽に鑑賞できるサービスを作っているところなんです。「障害児の絵だから買おう」ではなく、作品としての魅力に引かれてお金を出してもらう仕組みにするつもりです。

↑「子どもって、絵を描き始めるとすごく独創的で手法もさまざま! 子どもたちが何にもとらわれずに絵を描いている姿を見て、“障害×アート”のプロジェクトを思いついたんです」(巻さん)

羽立:すごくおもしろそうですね。巻さんがおっしゃるように、障害がある人が描いたから買おうというモチベーションは、サスティナブルではないと思います。

 

障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れる社会に――。そのきっかけを作るのがスポーツ

羽立:今日は、福祉からスポーツの話題まで、幅広くお話しできてとても勉強になりました。
目の見えない状態でのプレーは、周りの人を信じて身を委ねる信頼関係とコミュニケーションが必要です。ブラインドサッカーは、障害者にスポーツの選択肢を与えてくれる競技ですが、それ以上に信頼関係を醸成してくれる。巻さんとお話をするなかで、改めてそのことを確認できました。

巻:ぼくたちの携わっているチームスポーツは、一つひとつのプレーに責任を持たないと成り立たちません。社会に出て自由が増えるなかでも、自由に対して責任を持つことが重要です。ぼく自身、サッカーを通して責任を持つことの大切さを学びました。障害のあり・なしにかかわらず、スポーツに参加することが多くの人にとって学びの機会となることを願っています。

↑羽立さんは、赴任先の盲学校だけではなく、地域の普通学校でもブラインドサッカーの体験会を実施していた

羽立:そうですね。『エブリシング イズ グッド!』をたくさんの方にご覧いただき、ブラインドサッカーをはじめとするスポーツが、障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れるきっかけ作りをしていることを伝えていきたいと思います。

巻:そうですね。これからもお互いに頑張りましょう!

↑クラブに所属する生徒たちと羽立さん。「ガーナでの経験を生かし、“スポーツ×国際協力”で多くの人に日本と世界とのつながりを伝えていきたいと思います」と締めくくった

『エブリシング イズ グッド!』音声解説付きのコミック動画
日本語版
https://www.youtube.com/watch?v=43AE-o-vA9o

英語版
https://www.youtube.com/watch?v=8c-fk63Myj8

 

青年前期に「数学」を勉強しないと損をする! 英オックスフォード大の研究

サイン・コサイン・タンジェント——。中学や高校の数学で習う内容には「大人になったとき、本当に必要なの?」と疑問に思わずにはいられないものがあるかもしれません。しかし英国・オックスフォード大学の研究チームが最近発表した論文によると、青年前期に数学の勉強をやめた人と続けた人では、脳の働きに大きな違いがあるそうです。一体どういうことでしょうか?

↑GABAが少ない……新たな難問だ

 

イギリスでは16歳から数学の授業は選択制になります。そこで、この研究チームは14歳から18歳の133人の生徒を、数学を受講しているグループと受講していないグループに分け、それぞれの脳について調べました。

 

その結果、数学の勉強をやめた生徒では、「GABA(ギャバ)」と呼ばれる神経伝達物質の分泌量が、脳の認知機能に関わる部位で少ないことがわかりました。今回の調査でGABAが少ないと判明した部位は、数学の問題を解いたり推論したり、記憶・学習したりするときに関わる領域。数学の受講について選択する前の段階では、GABAの分泌量に違いは見られなかったので、「数学の勉強を続けるかどうかによってGABAの分泌量に違いが生じる」と考えられるのです。

 

GABAは「γ-アミノ酪酸」(ガンマ-アミノらくさん)のことで、脳の血流を活発にして脳細胞の代謝を高める働きがあります。そのほか、リラックス効果やストレスを軽減させる効果があることから、チョコレートや玄米にGABA入りの食品が発売されるなど、医療や食品などの分野でも注目されている成分です。

 

16歳は人間の発達段階で青年前期(12〜18歳)にあたります。このステージは、脳の発達や認知機能の変化が伴う大切な時期ですが、数学の勉強を継続するかどうかの違いが、認知機能に対して長期的にどのような影響を与えるかは明らかになっていません。

 

数学以外の解決策は?

数学を苦手とする生徒や学生は多いため、数学の勉強を行う代わりに、同じ脳の領域に働きかけるトレーニングなどを探る必要があると同研究チームは述べています。

 

数学の授業で習った難しい数式を、一般の人が社会に出てから使う場面は確かに多くないでしょう。しかし、学生時代に数学の勉強をやめると、認知的に損をしているのかもしれません。