無電化地域にあかりを届け、貧困を解消ーーパナソニックグループの「LIGHT UP THE FUTURE」が生む“正のスパイラル”

パナソニックグループは、1918年の創業以来、事業を通じて社会生活の改善と向上と世界文化の進展に寄与してきました。さらに、事業とは異なる方法で社会課題を解決するために、企業市民活動担当室を設置し、世界各地で活動を続けています。

 

そのひとつが、アフリカやアジアの無電化地域にあかりを届けるプロジェクト「LIGHT UP THE FUTURE」です。CSR・企業市民活動担当室 企業市民活動企画課主幹 多田 直之さんにプロジェクト発足の経緯、この活動がもたらす社会的インパクトについて伺いました。

 

パナソニック株式会社 CSR・企業市民活動担当室 企業市民活動企画課主幹 多田 直之さん/松下電器産業(現パナソニック)に入社後、電池事業の国内営業に配属され、市販営業部門で家電量販店ルート中心に担当。その後マーケティング本部に異動し、商品企画、販促企画等を担当。2008年ドラッグストアやコンビニエンスストア等を担当する日用品ルートの営業部長。2011年海外マーケティング本部に異動後、2015年インドネシアに赴任し、現地販売会社のマーケティング取締役に就任。帰国後2021年よりCSR・企業市民活動の仕事に従事

 

「貧困の解消」「環境活動」「学びの支援」をテーマに企業市民活動を展開

 

井上 パナソニックグループの活動方針を教えてください。

 

多田 私たちが目指しているのは、誰もが自分らしく活き活きと暮らす「サステナブルな共生社会」の実現です。この目標に向けて、貧困の解消、環境活動、学びの支援という3つの軸で活動を行っています。

 

井上 その3つを軸にしたのはなぜでしょうか。それぞれの領域で、どんな活動を行っていますか?

 

多田 創業者である松下幸之助は、「貧困は罪悪だ」と考えていました。「われわれ産業人の使命は貧乏を克服し、富を増大することであり、そのためにのみ、企業は繁栄していくことを許される」との言葉も残しています。そこで、貧困の解消に向けて、今回紹介するプロジェクト「LIGHT UP THE FUTURE」やNGO/NPOの組織基盤強化支援などを行っています。

 

環境活動は、次世代のために地球規模で取り組むべき課題です。世界各地で従業員が植樹や清掃などのボランティア活動をする「パナソニック エコリレー」をはじめ、さまざまな取り組みを行っています。

 

学びの支援も、「ものをつくる前に、人をつくる」という松下幸之助の理念に基づく活動です。人材育成の一環として、映像制作活動を通して創造性やチームワークを育むプログラム「キッド・ウィットネス・ニュース」、中学生を対象にしたキャリア教育などを運営しています。

 

無電化地域にあかりを届け、貧困の連鎖を食い止める

井上 今回取り上げる「LIGHT UP THE FUTURE」について、概要を教えてください。

 

多田 簡単に申し上げると、無電化地域にソーラーランタンをお届けする活動です。世界には、1日2.15ドル以下で暮らす絶対貧困層が約7億人近くいます。一方、電気のない地域で暮らす人々は6億人以上。アフリカやアジアの農村部などの無電化地域と絶対貧困層が暮らすエリアは重なるところが多いため、活動のターゲットを無電化地域に定めました。

 

無電化地域で暮らす人々は、灯油ランプをあかりにしています。安価で導入できますが、煙がひどく呼吸器を傷めて亡くなる方も。火事の原因にもなりますし、エネルギーコストもかかります。しかも、明るさもろうそく程度です。

 

こうした無電化地域に暮らす人々は、夜間の学習時間が取りにくく、学力向上が困難です。その結果、良い仕事に就けず、収入が上がりません。また、夜間の医療対応も難しいため、健康が維持できず、こちらも低収入の要因になっています。このように貧困の連鎖から抜け出せない、負のスパイラルが起きているのが最大の問題です。そこで、パナソニックグループのあかりをお届けできないかと考えたのが、このプロジェクトのスタートでした。

 

「LIGHT UP THE FUTURE」の概要

 

井上 いつ頃から始めた活動でしょうか。

 

多田 2006年に、ウガンダの大臣から「無電化地域で暮らす人々のために力を貸してください」という手紙をいただいたんです。ウガンダから来日した政府関係者が、たまたまパナソニックの太陽電池をご覧になったようでした。そこでソーラーランタンを開発し、2013年から18年までアジアやアフリカなどの30ヵ国に合計10万台を寄贈するプロジェクトを行ないました。「LIGHT UP THE FUTURE」は、当時の取り組みを受け継いだプロジェクトです。

 

井上 ビジネスとしてソーラーランタンの開発・販売に取り組んでいる企業もあります。事業化は考えなかったのでしょうか。

 

多田 確かにソーラーランタン市場は大きく、中国の大手企業はNGOとともに無電化地域に参入し、事業化しています。実は私も約10年前に、ソーラーランタンの事業化を視野に世界各国におけるマーケティング施策を検討したことがあります。社会課題解決を目指すソーシャルエンタープライズの中には、行商人に融資をして村に商品をお届けするといった取り組みを行う企業も。日本の衣料品や生活用品も販売されており、そこにパナソニックグループのソーラーランタンも加えられないかと考えたこともありました。ですが、残念ながら価格が折り合わず断念しました。

 

井上 このプロジェクトで目指すゴールについて教えてください。

 

多田 ゴールは、教育、健康、収入向上という3つのテーマでの機会を創出することです。無電化地域で暮らす方々が均等に与えられていない機会、つまり夜間学習や夜間医療、夜間の内職などの機会を得ることで、コミュニティの持続可能な発展につなげたいと考えています。あかりがあることで夜間でも勉強でき、学力が上がって、仕事に就けて収入が上がる。もしくは、夜間医療を受けられるので健康を維持でき、仕事を続けることで収入が向上する。つまり、先ほどの負のスパイラルを逆転させる社会構造を作ることを目指しています。

 

そこで、現地で活動する国連機関や開発機構、NGOとともに支援プログラムを展開しながら、社会的インパクトを測り、プロジェクトの拡大を進めています。

 

井上 パナソニックグループでインパクトの評価を行っているのでしょうか。

 

多田 かつては、第三者機関やNGO/NPOにお願いしてデータを取らせていただいていました。近年はベースラインを設計し、協働パートナーに「ソーラーランタンを導入したことで、子どもたちが夜に何時間勉強できているのか」「収入はどれくらい向上したのか」という変化値を取っていただいています。我々が担っているのは、現地のNGOや国連機関がハンドリングしている取り組みの一部分であるため、共通のゴールを設定し、定期的に情報共有しながら活動を進めています。

 

井上 となると、理念を共有できるパートナーをいかに探し、どのようにコミュニケーションを深めるかが活動の鍵になりそうですね。

 

多田 おっしゃる通りです。我々が2013年から18年まで「ソーラーランタン10万台プロジェクト」を行なった際、30ヵ国131の団体とお付き合いをさせていただきました。そのリソースがあるので、引き続き連携を深め、情報交換をしています。双方の思いが合致し、ゴールを共有できるパートナーと組むことが大変重要だと感じています。

 

 

あかりによって夜間も就労でき、収入が向上

井上 「LIGHT UP THE FUTURE」では、現在までに何ヵ国にソーラーランタンを寄贈してきたのでしょうか。

 

多田 33ヵ国です。パナソニックグループ創業100周年を記念して、ケニア、インドネシア、ミャンマーには太陽光発電システムを提供し、それ以外の国ではソーラーランタンを寄贈しています。

 

井上 国や地域によって、活動テーマも異なるのでしょうか。

 

多田 そうですね。もっともわかりやすいのが、ケニアに太陽光発電システムを導入した国際NGOワールド・ビジョンとの事例です。コミュニティの活動力強化を目指し、夜間学習や夜間診療に加えてワクチンの冷蔵保存、農園栽培など、より具体的な改善テーマを設定しました。

 

例えば、無電化地域に電気を通すと、ワクチンの冷蔵保存が可能になります。これまではワクチンが日持ちしないため少人数にしか接種できませんでしたが、冷蔵設備があると多くのワクチンを購入し、大勢の人々に接種できます。また、電気が通ることで灌漑事業や農園での作物栽培が可能になります。学校菜園を作れば、子どもたちが給食を食べに学校に来るようになるという効果も。従来は「子どもは労働力だから、学校には行かせず働かせたほうがいい」と考える親が多かったのですが、学校給食が出て子どもたちが喜べば、親も学校に通わせるようになります。その結果、学力が向上し、進級・進学率も急激に上がりました。学力がつけば良い仕事に就くことができ、収入向上にもつながります。

 

もうひとつ、ケニアにおける顕著な例が国連人口基金(UNFPA)と取り組んでいる女性の自立支援プロジェクトです。アフリカでは、法律で禁止されているにも関わらず、今なお児童婚や女性器切除の風習が依然として残っています。最大の問題は、自分の意思ではなく、子どもたちの自由が奪われていること。その根底にあるのは、やはり貧困です。貧しいがゆえに子どもを結婚させて、代わりに家畜などをもらう。そして、操を保証するために女性器切除を行う。そういう有害な慣行が今も残っているのです。そこでUNFPAでは、現地の女性にビーズの首飾りの作り方、売り方を提案し、収入向上につなげていました。私たちもその活動をサポートするため、ソーラーランタンを提供して夜間でも作業ができるようにしました。また、あかりを届けることで、子どもたちも夜間学習できるようになりました。

 

 

井上 いろいろな課題を解決する、もっとも有効なアプローチが現金収入源を増やすことだと思います。ソーラーランタンによって夜間の就労も可能になり、収入源を増やせる可能性があるというのは目から鱗でした。

 

多田 ケニアのビーズ制作だけでなく、かつてはカンボジアでの機織りも支援していました。貧困の根本的な課題は、負のスパイラルから抜け出せないことです。現地のパートナーと協働し、社会構造を変えることがもっとも重要だと思います。

 

無電化地域に電線を通したことで、コミュニティが自走し始めた例もあります。朝早くから夜遅くまで暗い時間も店を開けられるようになりましたし、電気バリカンや街頭テレビを使ったビジネスも始まり、持続可能な発展につながりました。協働パートナーとのディスカッションにより、継続性が生まれたのは大きな成果だと思います。

 

井上 社会的インパクトが数値化されたデータはありますか?

 

多田 ミャンマーのあるコミュニティでは、呼吸器にダメージを与える灯油ランプの使用率が37.7%減りました。また、推計ではありますが、夜間分娩により生まれた子どもが2434人。進級テストの合格率は57%から100%に伸びました。インドのコミュニティでは、あかりの下での年収が約40%増えたとの調査結果も出ています。こうした貧困解消へのインパクトだけでなく、環境面のインパクトも測っています。灯油ランプを使い続けていた場合、排出されていたであろうCO2は約81,000トン。それがソーラーランタンの使用により0になりました。また、ソーラーランタンによって創出されたクリーンエネルギーは約1,070MWhとされています。

 

世界にあかりを届ける参加型プログラムを実施

 

井上 数値的にも大きな成果を上げていますね。企業市民活動としての取り組みではありますが、企業の社会的価値が高まることでさまざまな好影響を及ぼしているのではないでしょうか。

 

多田 そうですね。我々がもっとも大きいと感じているのがコレクティブインパクト、つまりひとつのゴールに向けて、企業やNGO/NPOなどのパートナーが協働し、インパクトを最大化することです。社会課題の解決においては非常に大切なアプローチですが、実はあまり成功例がありません。

 

そんな中、パナソニックグループでは塩野義製薬と連携し、取り組みを進めています。塩野義製薬が力を入れているのは、母子の健康を守ること。ケニアでは、衛生環境や医療といったインフラ整備が十分でなく、5歳未満で亡くなってしまう子どもが非常に多いんです。それに対し、塩野義製薬は医療施設の提供などを行い、支援していました。こうしたエリアは無電化地域ですので、塩野義製薬からお声がけいただき、一緒に活動させていただくことになりました。パートナーが増えるのはとても重要なことですし、我々にとっても非常に大きな成果でした。

 

井上 無電化地域の支援において、今後どのような展開を考えていますか?

 

多田 最終的なゴールは、電気の通っていないエリアを減らすことです。とはいえ、国や行政が関わるお話ですので、まずは私たちができることとしてソーラーランタン以外にもアプローチを増やしていきたいと考えています。

 

それと同時に、一般の方にも参加していただける応援プログラム「みんなで“AKARI”アクション」も始めています。これは、読み終えた本、聴かなくなったCDを回収して再販売し、その寄付金をソーラーランタンに替えて無電化地域にお届けするプロジェクトです。リサイクルによる環境保全、そして募金による貧困の解消、ふたつの課題を解決する取り組みとなっています。

 

ソーシャルアクションにおける最大の課題は「無関心」です。多くの方に社会課題に関心を持っていただき、小さなアクションでも世界の誰かの笑顔につながることを実感していただきたい。そんな思いから、このリサイクル募金を始めました。現在、大学や商業施設、パナソニックグループ本社のある門真市の施設などに回収ボックスを置いていただいています。

 

井上 素晴らしい活動ですね。誰もがわかりやすい形で参加できますし、何に貢献しているのかも明確です。子どもに対する啓発にもつながる、教育効果の高い取り組みだと感じました。社員の皆さんもこうした活動に参加されているのでしょうか。

 

多田 もちろんリサイクル募金にも参加していますし、それ以外にも福利厚生として従業員に付与されるカフェテリアポイントを寄付する仕組みがあります。自分のために使った端数を寄付する社員も多く、毎年かなりの額が集まります。

 

井上 創業者である松下幸之助さんは、社会貢献を理念として掲げていました。だからこそ、パナソニックグループの社員にもそういった考えが自然に根付いているのでしょうか。

 

多田 そうあって欲しいですね。そもそもパナソニックグループは、CSRという言葉が聞かれるようになる前から、企業市民活動を行ってきました。1960年代には浅草寺の雷門や大提灯を建設寄贈したり、交通事故の多発を受けて大阪駅前に梅田新歩道橋を寄贈したりしています。

 

新入社員も、2週間の導入教育で経営理念や松下幸之助の思想を教え込まれます。普段の業務においても松下幸之助の言葉を引用することが多いので、知らず知らずのうちに考え方が身につくのかもしれません。

 

井上 これまでさまざまな企業のCSR活動を取材しましたが、アウトプットがあかりというのがわかりやすくて素晴らしいですね。一連の活動にも透明性があり、ダイレクトに社会課題の解決につながっていると感じました。理念がしっかりしていますし、パナソニックグループの事業とも結びつき、国や地域によってさまざまな工夫をされている。こうした積み重ねが、パナソニックグループならではの企業市民活動につながっているのではないかと思いました。

 

多田 ありがとうございます。今後も活動を継続しつつ、さらなる拡大を図っていきたいと考えています。「みんなで“AKARI”アクション」のような一般参加型プログラムは、「私の本やCDはどうなったんだろう」と関心を持つ方も多いと思われます。弊社サイトで成果を紹介することで、「世界に笑顔が広がるなら、もう一度本やCDをリサイクルしよう」という継続性にもつなげていきたいと思います。

 

 

執筆/野本由起 撮影/鈴木謙介

より社会に貢献したいから、CSRよりCSV。NECの担当者に聞く、途上国事業支援の未来

CSV(Creating Shared Value)は、企業が自社の事業や製品を通じて社会課題の解決に取り組むこと。社会課題の解決を目指すという視点ではCSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)と似ているCSVですが、取り組みを“ビジネスを通して”行うという点で異なっています。ビジネスによる利益を産むことで、事業として継続性を担保しながら社会へ貢献していくのが、CSVの特徴です。

 

そのCSVにいま注力しているのが、大手IT企業のNEC。開発途上国の支援を行いながら、現地のニーズを吸い上げてビジネスを構築し、継続性を生み出すための試行錯誤を重ねています。同社でCSVを担当する野田 眞さんに、大手IT企業ならではの、CSVの現在地を聞きました。

 

野田 眞/NEC グローバル事業推進統括部 ディレクター。国内印刷会社勤務を経て2008年NEC入社。海外キャリア営業本部にて東南アジア地域における携帯電話インフラ事業に従事。2013年よりNECマレーシアに出向、政府向けITシステムの導入を行う。2016年からはインドにおける政府向けITシステム導入を担当。2019年より国連開発計画本部に出向し、民間セクター連携アドバイザーとして国連と民間企業との連携事業を推進。2021年よりグローバル事業推進統括部にて国際機関との連携を通じた事業開発に従事。米コロンビア大学国際公共政策大学院公共政策修士課程卒。

 

総合力を武器に、開発途上国でのCSV事業を展開

現在NECでは、開発途上国支援のための取り組みを複数行っています。代表的なものが、以下の3案件になります。

 

・ブロックチェーン技術を活用した、インドスパイス産業トレーサビリティ向上プロジェクト

世界最大のスパイス生産国及び消費国であるインドでは、品質の担保やトレーサビリティが課題となっており、また中間業者が大きな利益を上げている反面、小規模農家への利益配分が低く、貧困にあえぐ農家が絶えない状況となっています。この原因の一つに農家がアクセスできる情報量が少ないという現状があり、バリューチェーン内の情報格差も解決すべき課題となっています。

 

この課題解決に挑むプロジェクトに参画したNECは、ブロックチェーン技術を活用してスパイスの生産、処理、加工、流通、販売といったバリューチェーンの各段階での情報を追跡し、スパイス製品の透明性を高めフェアトレードを後押しする仕組みを作りました。現在、3000人の農家の生産データをプラットフォームに登録し、今後さらに10万人規模に拡張を行うべくプロジェクトを進めています。

 

・ガーナ共和国での母子保健および栄養改善

味の素ファンデーション、シスメックスとの共創プロジェクト。味の素ファンデーションが2019年から現地で行っていた母子栄養改善の取り組みを発展させる形でスタートしました。

 

このプロジェクトでNECは、健康診断や栄養指導を通じて母子の行動変容を促進するアプリの開発を担当。同社が開発したアプリを使って現地の保健師が母子の診断や栄養指導を行い、味の素ファンデーションが提供する栄養補助食品の摂取や、シスメックス製の検査機器がある病院での精密検査に繋げるという取り組みです。

 

・開発途上国での予防接種率向上に向けた、生体認証活用

世界の子どもたちを救うための予防接種を推進する世界同盟「Gaviワクチンアライアンス」、英国の非営利企業「シムプリンツ」と覚書を締結、開発途上国におけるワクチン接種状況の管理を目的とした、1〜5歳の幼児の指紋認証の実用化を目指しています。予防接種ワクチンを適切に接種するため、指紋によって個人を識別、接種データを記録するという5000人規模の実証実験をバングラデシュで実施。他国からのニーズも出ており、2024年以降の実用化を目標にしています。

 

社会により貢献したいからこそ、ビジネスの視点が必要

井上 NECがCSV…とりわけ開発途上国での事業に積極的なのには、どのような理由があるのでしょうか?

 

野田 はい。以前からNECでは開発途上国向けのビジネスを多く手がけていまして、技術で世界をよりよいものにしようという考え方は、会社内に根付いていました。当社は、2015年に国連でSDGsが採択される前から「社会価値創造型企業」を目指しており、現在のCSVにつながる機運も社内にはありました。実際に現場の声が事業につながっている例もあります。例えばインドで行っているスパイス産業トレーサビリティ向上プロジェクトでは、NECのインド拠点からの現場の声やプロジェクト参画可能性を検討した上で、公募に応募し採択に至りました。

 

井上 なるほど。インド拠点の規模はどの程度なのでしょうか。

 

野田 グループ全体で約6000人です。

 

井上 かなりの規模ですね。インドでは多くのビジネスを展開されているのでしょうか。

 

野田 NECのインド拠点の歴史はかなり長く、携帯電話の通信システムや物流システム、生体認証を使った国民ID「アドハー」などの開発を手がけてきました。同国内の海底ケーブルや公共交通バスの到着予測や料金決済のシステムにも、NECのシステムが採用されています。

 

井上 インドは世界の人口1位にもなりましたし、これから注目の国ですよね。

 

野田 おっしゃる通りです。しかも現地エンジニアの技術力が高いです。同スパイストレーサビリティプロジェクトのために開発したプラットフォームも、インドのチームだけで開発を行っており、日本国内メンバーはあまり関与していません。

 

井上 すごい技術力ですね。そのプラットフォームについて、ぜひ詳しく教えてください。

 

野田 まず開発の背景ですが、インドは世界最大のスパイスの生産・消費国家です。しかし、品質の担保やトレーサビリティに課題があるため、世界市場での競争力強化に向け改善が必要な分野となっています。インドのスパイス農家の85%は小規模農家です。公設市場の仲介業者は競争がないために取引を支配しており、農産物を持ち寄った農家は提示された価格を受け入れるしかないという不当な扱いを受けてきており、多くの農家が貧困に苦しんでいました。

 

井上 農作物が仲介業者に安く買い叩かれてしまうというのは、開発途上国でよくあることですね。

 

野田 そこで我々が行ったのが、生産者と農作物の品質のデータ化です。スパイスの大袋にQRコードを貼り、それをスキャンすると生産者や農作物の種類や品質、収穫量が表示されるシステムを作りました。データの管理は、セキュリティに優れ、改ざんを防ぎやすくデータの透明性が高いブロックチェーン技術を活用し、現地の農業組合やNGOに協力してもらいデータの入力を進めています。

 

香辛料を仕分ける

 

作業場の風景

 

井上 システムを導入するのに、仲介業者からの反発はなかったのですか。

 

野田 ありましたね。でもこのプラットフォームが普及すれば、スパイスの品質が担保されるようになって、より高付加価値な商品が生まれやすくなります。つまり仲介業者にもメリットがあるのです。その点を訴求して協力を促しています。

 

井上 そういった利害関係者との調整は簡単ではなさそうですが、事業はどの程度進んでいるのでしょうか?

 

野田 実際、インド政府関係者の方からも「染みついた商習慣だから、変えるのはなかなか難しい」と言われました。しかし幸いなことにプロジェクトは着々と前に進んでいます。現在、3000人の農家の生産データが登録されていますが、今後2年間で10万人の生産データを登録していく予定です。

 

井上 10万人にもなると、かなり大きなデータになりますね。ところでこのプラットフォームは、ほかの開発途上国の作物でも使えるのではないかと思いました。

 

野田 その通りです。高付加価値の製品とは特に相性がいいと考えています。たとえばカカオやコーヒー、ハチミツなどですね。いまのところ、インドで運用しているデータの規模がまだまだ小さいので、これから拡張していって、それができた段階で他国へ展開できればと考えています。

 

 

横展開や他社との協力で、エコシステムを構築する

井上 横展開の事例や展望は、ほかの事業でもありますか?

 

野田 ガーナで行っている母子保健や栄養改善のプログラムについてですが、ここで使用しているアプリは、他のプロジェクトで開発したものをベースにしています。以前インド向けに、糖尿病予防に向けた訪問型健康診断アプリを開発したことがあったのですが、ガーナでの取り組みの案を事業部と練っているときに「このアプリが使えるのではないか」という声が出ました。結果として、ガーナ向けのアプリのUIはインド向けのものを活用して、測定・記録する数値などをガーナの母子向けにカスタマイズしたものになっています。

 

ガーナの母子保健アプリ

 

井上 プロジェクトを横断して過去の実績を活かせるのは、大手ICT企業ならではの強みですね。ガーナでのプログラムの目的に「行動変容」というものがありますが、現地の母子の行動を変えていくための仕組みには興味があります。

 

野田 我々が参画する前に、ガーナですでに活動していた味の素ファンデーションの知見やコンテンツを活かしています。味の素ファンデーションが現地で行っていた、栄養教育のためのコンテンツをムービー化して、アプリから見られるようにした、というのはその一例です。

 

井上 現地の保健師さんによる診断にも、アプリを活用しているそうですね。

 

野田 アプリを使うのは保健師さんなので、彼らにとって便利なものでなくては使ってもらえません。そこで、母子の診療情報をアプリに入力することで、データを一括管理できるようにしました。アプリのおかげで保健師さんのデータ管理の手間が減りますし、確実性も上がります。

 

パートナーのシスメックスの機器運用の様子

 

井上 複数の企業で連携して行うプロジェクトゆえのメリットもあるのでしょうか。

 

野田 自分たちでエコシステムを構築できているところですね。NECのアプリで栄養教育の啓発を行い、味の素ファンデーションの栄養補助食品摂取につなげる。もし診断で貧血傾向が見られたらシスメックスの医療機器で追加検査を行うといったように、役割分担をしながら、プロジェクト内でシステムを完結できています。

 

井上 開発途上国での予防接種率向上のための生体認証活用でも、外部の企業と連携されていますよね。

 

野田 こちらのプロジェクトは、英国の非営利企業シムプリンツと組んで行っています。ただし、シムプリンツも生体認証のシステムを開発しているので、NECの事業と競合する部分があります。そこで当社は、1〜5歳の幼児向け指紋認証技術を提供するという形で参画しました。

 

井上 幼児向けの指紋認証技術は、成人向けのものよりも、難しい技術なのですよね。

 

野田 はい。幼児は指先が柔らかく指紋が変形しやすい為、指紋認証が難しいのです。生体認証を活用した国民IDの付与はインドなど複数の国で事例がありますが、技術的な問題から幼児は対象外になりました。しかし、幼児の指紋認証が可能になれば、子どもの誘拐対策などにも応用できる可能性があります。今回の実証実験を通して技術の精度をより高め、実用化に漕ぎつけたいと思っています。

 

井上 幼児向け指紋認証を実用化するとなると、顧客像はどのようなものになりますか?

 

野田 ひとつ考えられるのは保険会社です。指紋認証で、予防接種はもちろん、診療データなどの情報を管理できるようになれば、提供する保険を考える上での参考になります。あるいは現地政府にビッグデータを提供して、予防接種などの施策の効果検証を、より効率的に行えるようにもなると考えています。

 

井上 政府規模の機関が顧客になれば事業化も進みそうです。

 

野田 実際その展望は持っています。しかし、開発途上国の政府は資金が潤沢でないケースも多いので、日本政府や国際機関などからの出資によって事業を行っているのが現状です。各国政府の自己資金獲得に働きかけていくのは次のフェーズだと思っています。

 

課題はあるが、CSV事業の将来性は大きい

井上 いま御社のCSVが抱えている課題には、どのようなものがあるのでしょうか。

 

 

野田 まずは物事の決定に時間がかかることですね。国際機関を通した事業では、支払いトラブルが起きるリスクが低い反面、多数のステークホルダーがからみます。インドのスパイスプロジェクトの件で言えば、2022年8月に3000人の農家の生産データを入力完了し、システムを納品しましたが、これをさらに拡張するというプロジェクトの動き出しは、2024年にようやく始められそうといった感触です。

 

井上 私の会社もODAの現場で事業を行っていますが、スピード感の課題はいつも実感しています。

 

野田 あとは社内の説得も難しいですね。いくら社会貢献になるといっても、ビジネスとして成立しなければダメですから。公募に応募するための社内承認を得るには、事業規模を拡大する方策や他国への横展開の展望などをしっかり描く必要があります。CSVをより推進していくにあたって、精度の高いビジネスプランの作成に特に注力しています。

 

井上 課題がある一方で、手応えもあるのでしょうか。

 

野田 手応えはかなりあります。インドのプロジェクトは現地メディアからも注目を集めて、プレスリリースを出した時には50社ほどから記事が掲載されました。これをきっかけに我々の知名度が上がり、現地の財団から小規模農家向けの投資プラットフォームを開発してほしいという話も頂きましたし、将来性は大きいと考えています。

 

井上 農業関連ではカゴメとスマート農業の推進で協業されているとも聞きました。

 

野田 はい。気象や灌漑などのデータを組み合わせて活用した農業の最適化を推進していて、現在アジアやアフリカの各国で提案活動を行っています。農業は近年加速する気候変動とも関連性が強いですし、国際機関などからの資金提供を得やすい分野となっています。

 

井上 開発途上国で展開するCSVのポテンシャルはやはり大きいですね。

 

野田 国際機関においてもデジタライゼーションによる事業の効率化は大きなテーマになっていますし、DXを活用したCSVは大きな可能性を秘めていると認識しています。現地のスタートアップが参入する傾向が主にアフリカでは顕著なので、彼らに負けないような事業を展開していきたいですね。

 

 

執筆/畑野壮太 撮影/鈴木謙介

外国人材市場における日本の課題とは? PERSOL Global Workforce・多田盛弘社長が語る真のグローバル化

人口削減が加速する日本社会で、外国人材は日本の重要な働き手となっています。 法制度のもとでは、外国人材を受け入れる体制が整わず、技能実習制度が実質的な労働力の2019年、この状況に変化が生じました。新たな在留資格「特定技能」制度が開始されたことにより、日本は労働力として外国人材を受け入れる方針に踏み切りました。

2021年度には100社以上の日本企業への採用支援を実施し、400名以上の外国人材の採用を支援している、PERSOL Global Workforceの代表取締役社長・多田盛弘氏に変革期にある日本の外国人材採用の最前線について、前後編にわたりお話を伺いました。日本の外国人材市場の変化をお話いただいた前半に続き、後編では多田社長が考える「受け入れる側の課題」などをうかがいました。

 

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PERSOL Global Workforce・多田盛弘社長に聞く「日本の将来を担う外国人材の最前線」

外国人材を受け入れるために必要なこと

井上 特定技能制度では新たに、外国人材の転職が認められるようになりました。外国人材にとって職場を変える選択肢ができたことになりますが、受け入れ側の企業にとっては採用した人材が他社に取られてしまうというリスクと受け取れられるかもしれません。

 

多田 確かにそういった側面もありますが、転職できることが企業にとって難点となるかというと、必ずしもそうとはいえません。外国人材が転職を望む状況を見ると、職場の人間関係や、職場の環境に不満がある場合が多いことに気づきます。

こう説明すると、外国人材の離職を防ぐために、何か特別な対策が必要と思われるかもしれません。しかし、実際には外国人材が離職を考える理由の多くは、日本人の若手が離職する理由と共通しています。つまり、まずは従業員全体の満足度を高めるための工夫をするべきで、それが外国人材にとっても定着を促す工夫となります。外国人材が働きやすい職場なら、そこは日本人にとっても働きやすい職場だということです。

 

PERSOL Global Workforceの代表取締役社長・多田盛弘

 

地域社会で受け入れるポイント

井上 ここからは、地域社会で外国人材を受け入れる上での課題についてうかがいます。現状では、地域や自治体によって、外国人材の受け入れ態勢に差があるのでしょうか。

 

多田 はい。全国各地の自治体とお話しする中で、熱意や真剣度に差があると感じています。受け入れに積極的なのは、人口減少が進んでいる地域です。そうした地域の方々は、日本人だけで地域社会を担っていくという現状は、持続的では無いという危機意識が強く、外国人材を地域社会の担い手として受け入れるべく、真剣に取り組まれています。

一方で、地域によっては外国人材に対する受け入れ準備が整っておらず、予算も専任の担当部署が存在しないという自治体もあります。当社としては、より幅広い地域において、地域社会の存続ためにも、外国人材と共生する必要性があると訴えていきたいと考えています。

 

井上 外国人材が働き手として増えていく中で、地域社会や自治体はどのような心がけが必要となるのでしょうか。

 

多田 考え方としては企業が外国人材を受け入れるのと変わりません。日本人が住み続けたいと思われる地域なら、外国人の受け入れもスムーズに進みやすいでしょう。ここで重要なのは、外国人材と地域住民の方と交流を持つことです。地域住民の方の中には、外国人が怖いとか、警戒されているという方もいらっしゃいます。

日本で生活するためのさまざまな手続きもサポートする

 

井上 外国人に馴染みがないし、彼らの考え方もよく知らないから怖いと。

 

多田 そうですね。未知のものに対する恐れには、知っていただくことが一番だと考えています。特定技能制度では外国人材が日本での生活を始める時に、市役所での手続きをサポートする機会があります。当社ではそのタイミングで、外国人材の方と一緒にご近所の方へご挨拶にうかがい、地域の方に知っていただく取り組みをしています。この他にも、地域のお祭りへ参加したり、小さな交流パーティーを開いたりといった取り組みを通して、外国人材と地域の方との交流を促しています。

 

井上 外国人と地域の人が顔見知りの中になることで、地域社会での共生がスムーズに進むということですね。宗教や生活習慣の違いから困難を抱えることはありますか。

 

多田 宗教が原因でトラブルになることは、実際にはほとんどありません。例えばイスラームでは豚肉食が禁じられているといった食文化の違いはありますが、生活圏に大きなスーパーがあれば食文化は問題になることはありません。

生活習慣の違いから生じるトラブルは、多くはありませんが存在します。例えば、外国人材の男性が上半身裸で道を出歩いていてしまったり、駅前のロータリーで複数人でしゃがんでしゃべっていたりといったように、母国と同じ感覚で行ってしまったことが、クレームとなったこともあります。

これらは彼らの母国では当たり前の習慣なので、悪気があってやっている訳ではないのですが、当人に対しては「そうした習慣は日本の文化では良くないことだよ」と説明して、理解してもらうことが重要です。

そしてまた、地域でトラブルがあったときには本人と一緒にご近所の方に謝罪にうかがうことも重要と考えています。これも小さな行いかもしれませんが、文化の違いから行ってしまったことだと、地域の方に知っていただくことが大事だと考えています。

文化の違いから生じる誤解は、大きな分断を生む可能性があります。そして、そうした誤解を解くためには、小さな交流を重ねていくことが重要です。多文化共生というと難しく聞こえますが、こうした小さな心がけから実っていくものなのではないかと思います。

 

井上編集長が日本の重要なキーワードと考える「外国人材」

 

井上 ありがとうございます。今回の対談を通して、日本がグローバル化する社会の中で、外国人材をどう受け入れて、持続的な成長に繋げていくかのヒントを得たように感じます。

日本人は「外国人だから特別な対応をしなくちゃ」を考えがちですが、実際には日本人と外国人で差を付ける意味はなく、真に重要なのは「人として真っ当に接する」ことであるように考えさせられました。

 

多田 そうですね。同意します。働くのがフィリピンの方だからフィリピンの方向けのマネジメントをやったとか、アフリカの方を考えてアフリカ人に向けたチーム形成をしたということはありません。人が働きやすく、モチベーションがわく環境は、万国共通のものですので。

「グローバル感覚がある」と聞いて、皆さん、英語が話せるとか、海外経験があるというのを思い浮かべると思います。ですが、そうではなく、諸外国の方たちと人間としてフラットに接することができるようになった時こそ、真にグローバル化したと言えるのではないでしょうか。

 

 

取材・文/石井 徹 撮影/ 映美

PERSOL Global Workforce・多田盛弘社長に聞く「日本の将来を担う外国人材の最前線」

人口削減が加速する日本社会で、外国人材は日本の重要な働き手となっています。 法制度のもとでは、外国人材を受け入れる体制が整わず、技能実習制度が実質的な労働力の2019年、この状況に変化が生じました。新たな在留資格「特定技能」制度が開始されたことにより、日本は労働力として外国人材を受け入れる方針に踏み切りました。

この大きな方向転換の中で、パーソルグループは外国人材に特化した新会社PERSOL Global Workforceを設立。 2021年度には100社以上の日本企業・400名以上の外国人材の採用を支援するなど、外国人材と日本をつなぐ架け橋として、事業を拡大しつつあります。PERSOL Global Workforceの代表取締役社長・多田盛弘氏に、変革期にある日本の外国人材採用の最前線について聞きました。前後編でお送りします。

 

技能実習開始から30年、日本の外国人材市場の変化

井上 PERSOL Global Workforceの活動内容と、事業内容と特徴をお聞かせください。

 

多田 当社は2019年の特定技能認定の開始に合わせて、外国人材紹介と定着支援に特化した事業会社として活動をスタートしました。透明性が高く、クリーンな外国人材外国人材の育成から、採用、日本での就労、そして帰国後のキャリア形成まで、一気通貫での支援を行っています。

 

井上 日本の外国人材市場の現状について教えてください。

 

多田 外国人材は、日本社会を支える貴重な働き手となっています。 特に介護や農業などの業種では、外国人材なしでは立ち行かないとは過言ではないでしょう。そして今、 日本の外国人材市場は、大きな転換点を迎えています。

歴史を遡ると、約30年前の入管法改正により、日本で働く外国人労働者数が本格的に増え始めました。ただし、その時は技術・人文知識・国際業務などの高度人材を受け入れる労働目的として在留資格以外で来日する人材が3割以上を占めます。例えば日本への職能を学ぶための「技能実習」制度や留学生として来日し、在留資格「留学」の資格外活動という形で働いています外国人材がそれにあたります。日本でコンビニエンスストアで働くことを目的として在留資格は存在せず、よく見かける外国籍のスタッフの多くは留学生の立場で来日してアルバイトとして働いています。

これに対して、2018年に成立した改正入管法では、新たな在留資格「特定技能」が定められました。2019年4月からスタートしたこの在留資格は、介護や農業などの国内人材を確保することが困難な状況にある産業において、一定の専門性・技能を有する外国人材を労働者として受け入れる制度です。

 

井上 これまでの制度の課題とは何だったのでしょうか。

 

多田 技能実習生も留学生も、これらの在留資格は、「働くため」ではなく、「学ぶため」という前提がありました。こうした前提があるために、人材紹介ビジネスモデルを成立させることが難しく、さまざまな課題が生じていました。

その1つが、報道でよく知られるところとなった「送り出し機関」の課題ですね。従来の技能実習制度は、技能実習生の母国に所在する「送り出し機関」と、日本にある「監理機関」が連携して、外国人材を日本の企業に紹介する仕組みとなっています。多くの送り出し機関や監理機関は真っ当な仲介を行っていますが、中には送り出し機関の中には働き手の外国人材から搾取を行うような機関も存在します。技能実習生の中には、日本で働くための100万円~200万円の借金を背負っている人も存在するのです。

さらに、技能実習生の失踪問題もあります。技能実習生を受け入れている職場の一部では、適切な労働環境が用意されておらず、技能実習生が耐え切れずに失踪してしまうケースもあります。送り出し機関は日本国外に存在しており、日本から管理・監督が難しいという問題、また労働環境に関しては、受け入れ企業を管理・監督すべき監理団体が機能していないという構造的な問題があります。

 

特定技能・外国人材の来日の様子

 

井上 技能実習制度の仕組みでは、適切な労働環境を確保するのが難しく、悪質な事業者の介在を許してしまう、ということですね。

 

多田 はい。外国人材にとっては、日本の市場で働きたいというニーズがあり、日本企業にとっては労働力を受け入れたいというニーズがありました。双方に需給がある一方で、特定技能資格の創設前は、それに相応しい在留資格が存在しませんでした。制度の不在が技能実習の悪用に繋がり、さまざまな問題を引き起こすことになったという訳です。

特定技能制度は、こうした技能実習の反省を踏まえて創設されました。看護、建設、製造など12の分野を対象とした在留資格で、2019年〜2023年度までの5年間で最大34.5万人を受け入れ上限としています。これまで労働力として外国人を受け入れることに及び腰だった日本にとって、特定技能の開始により、ようやく門戸を開いたことになります。

 

井上 日本で働きたいと思う外国人材にとって、大きな変化と言えますね。特定技能制度には、どのような特徴がありますか。

 

多田 特定技能制度は、「働く」ことを前提とした在留資格ですので、原則として外国人材と企業側が直接雇用契約を結ぶことになります。そのため、この制度において人材紹介を行う事業者は、職業安定法に基づく職業紹介事業者としての許可が求められるようになりました。つまり日本人が日本企業で求職する場合と、より近い制度設計となっています。

技能実習で認められていなかった「転職」が可能になったこともポイントです。特定技能で働く外国人労働者は、技能を有する業種であれば、別の企業へ転職することが認められています。また、農業と漁業の分野では派遣労働が可能となっており、繁忙期に合わせて柔軟に雇用先を変える働き方も可能となりました。

特定技能には1号と2号という、2つの分類があります。1号は介護、ビルクリーニング、自動車整備、農業、食品製造、外食業など12分野の14業種が指定されています。2号は特に習熟した技能を有する外国人に付与される在留資格で就労期間の上限がなく、配偶者や子どもの帯同も可能となっています。現在、2号は建設業と造船業のみに限定されていることから対象者が少なく、現在は特定技能1号を利用されている方がほとんどですが、政府は特定技能2号の対象業種を拡大する閣議決定を2023年6月にしています。

 

井上 外国人にとって、より健全な制度設計になっていますね。

 

多田 はい。外国人材市場の形成という観点からも、特定技能制度よりも透明性の高い市場形成が可能になったと考えています。一方で、解決されるべき課題が残されていると当社は考えています。

 

PERSOL Global Workforceの代表取締役社長・多田盛弘

 

5年上限は妥当?

井上 特定技能制度のどのような点が課題と考えていますか。

 

多田 実際の運用において課題となるのは、5年という在留期間の上限です。閣議決定で2号への適用業種の拡大を決めて5年以上働ける可能性も出てきましたが、狭き門にする議論もされており、せっかく外国人材を受け入れても、5年働いてもらったら母国へ帰らざるを得ない人たちも多くなる可能性があります。

 

井上 日本で働き続けたいと希望する人に、キャリアが用意されていないということですね。

 

多田 その通りです。特定技能1号の期間を修了した外国人材は、日本で5年も働いて、日本語もペラペラになり、各分野でスキルや経験を積んだ人たちです。日本で活躍できる即戦力といえます。そうした方々に日本での適切なキャリアパスが提供されないという状況は、改善されるべきだと私たちは考えています。

日本は少子高齢化が続いており、労働力不足は今後ますます深刻になるでしょう。そして、外国人材の市場は変化し続けており、日本の労働市場は魅力的ではなくなりつつあります。そのような状況下で日本を選び、一定のスキルを積んだ人材を帰国させてしまうというのは、長期的に見て日本社会の損失ではないでしょうか。

 

「給与の高い国」ではなくなった日本

井上 外国人材市場の動向についてうかがいます。外国人材市場において、日本はどのような国として見られているのでしょうか。

 

多田 技能実習制度が始まった頃の日本はバブル崩壊直後で経済的にも余裕があり、海外に働きたいと志す新興国の人にとって、魅力的な国の1つでした。しかし、今はそうではありません。日本は残念なことに、少なくとも外国人材にとって給与面での魅力はなくなっているのです。

介護業界を例に上げて説明しましょう。フィリピンは、看護師、介護士を育成して世界各国へ送り出しています。フィリピン人にとって、外国で介護の仕事をするというのは身近な選択肢です。

そんなフィリピンの方が海外で働こうと決めたシーンを想像してみてください。この人は次に、どの国で働こうかと比較することになります。日本の介護業界では、月給にして10万円台後半が一般的な水準です。一方でドイツの介護業界では、同じスキルの労働者を月給30万円〜50万円台で受け入れています。

待遇面で比較すると、ドイツで働く人は、日本で働く人の3倍近い給与をもらえる可能性があるわけです。この給与水準は2022年に円安時期にドイツの介護事業の経営者から聞いたものですが、円安を考慮しても、給与面での他国と日本の乖離は非常に大きくなっています。

 

井上 日本は給与水準で海外との競争に遅れをとりつつある、ということですね。

 

多田 おっしゃる通りです。特にスキルの高い人材は、日本市場を選ばなくなっている傾向があります。待遇面で見るなら、日本は消極的な選択肢になっています。「欧米で働きたかったけれど、行けなかったから日本に行く」というような選ばれ方をしています。

 

井上 日本市場を選ぶ人は、どのような理由で選んでいるのでしょうか。

 

多田 やはり、日本の経済力が伸びていた時代のブランド力がまだ持続しており、治安の良さなどを評価されて、日本を選ばれる方が多いようです。

また、アニメや漫画が好きという方も、一定数は日本を選択される方もいらっしゃいます。「日本が好きだから、給与は高くないけれど、日本で働きたい」という方ですね。

先ほど申し上げた通り、特定技能では、現状は上限5年、2号拡大後も多くの人材が帰国する可能性があります。ポジティブな理由で日本を選んで、5年間働いて日本語も慣れた外国人材を母国へ帰してしまう。これは非常にもったいないことだと思います。

 

井上 示唆に富むお話ですね。外国人材にとって、日本が選ばれにくくなっている現状を、働き手を必要とする日本企業は、どのように捉えているのでしょうか。

 

多田 企業によって様々ではあるのですが、「東南アジアの人材なら、日本人の最低賃金を出せば集まるんじゃないの?」と考えている方もいらっしゃいます。人材市場の現状を知る立場としては、その考え方で外国人材を集めるのは難しいということをお伝えしなければなりません。

当社も、これまで、フィリピン、インドネシア、ベトナムといった東南アジアの国々の人材を中心に受け入れを行ってきていますが、今後は、バングラデシュやスリランカのような南アジアの新興国にも展開を広げ、外国人材と日本の企業を繋いでいきたいと考えています。

また、受け入れ先となる企業へ外国人材市場の現状を正しくお伝えすることも、私たちの重要な役割です。PERSOL Global Workforceでは、外国人材を受け入れたい企業に向けたセミナーを実施しており、私自身も北海道から沖縄まで、全国各地で講演しています。

 

外国人材についての講演は年間100回を超えるという

 

外国人材と企業、受け入れ前の悩みと受け入れ後の実感

井上 受け入れる側の企業は、外国人材をどのように考えているのでしょうか。

 

多田 外国人を雇用していない企業の皆さんに悩みごとをうかがうと、具体的に課題があるというよりも「外国人を雇ったことがないため、対応が分からない」というような、漠然とした懸念をお持ちになられていることが多いようです。「文化や慣習が違うから、揉め事を起こすのではないか」と懸念される方も多くいらっしゃいます。

ただ、ここは強調しておきたいことなのですが、実際に外国人を受け入れている企業の方々に率直な感想をうかがうと、ほとんどの方が「働きぶりが想定以上でした」とおっしゃいます。文化や慣習の違いが大きな問題になることもほとんどありません。

 

井上 雇用する前の不安と、実際に雇用してみての感想が対照的ですね。

 

多田 そうですね。実際に受け入れた企業の方からは「日本人よりも熱心に働く」というお声をいただくことも多くあります。

これは当然といえば当然の話です。海外で働こうと志して、外国語と資格取得のための勉強をわざわざ行うような人材は、業務に当たる時のモチベーションも責任感も高い水準になるのは、ご想像に難くないでしょう。

 

井上 なるほど。そうなると、最初の一歩が課題となるわけですね。

 

多田 そうですね。そのハードルを下げていくためにも、外国人材市場の現状をご紹介するのは、私たちの重要な役割だと考えています。

 

 

研修は日本語能力を重視

井上 特定技能1号で働く外国人材は、入国前に日本語能力と技能を確認することとされています。入国前の研修は、どのような形で行われているのでしょうか。

 

多田 当社では、入国前の資格取得の段階から支援を行っています。研修期間は約3か月で、研修の大部分は日本語でコミュニケーションを取るための教育に充てています。

 

井上 日本語を重視したプログラムなのですね。

 

多田 はい。アプリを活用して、まずは特定技能を取得するために必要な、専門知識を身につけるための学習プログラムを提供しています。当社の日本語教育んも大きな特徴は短期間で実践的な語学力を身につけることができることです。講義を聞くのではなく、生徒自身が会話する、文章を作るというアウトプットを重視した内容です。

また実際、外国人材が日本で働く上で、最も重要なのはその分野のスキルよりも日本語でのコミュニケーション能力です。

 

日本への就業を目指し、日本語学習

 

井上 なぜ、日本語のコミュニケーションが重要でしょうか?

 

多田 日本語での情報伝達ができれば、業務知識自体はOJTなどの入社後研修で身につけることができるからです。建設、農業、製造業など特定技能の対象産業の現場で、日本人を採用する際に資格が義務付けられているケースは少ないです。例えば介護業界なら、介護福祉士の資格を取得して転職活動をされる方もいらっしゃいますが、業界未経験で、職務を通してスキルを身につけられている方も多くいます。

要するに、業務における情報伝達さえしっかりと行えれば、実践的なスキルは業務を通じて獲得することができるということです。これは外国人材でも同じです。

 

井上 短期集中で日本語をしっかりと身につけてもらって、スキル形成は就職後、現場での研修と業務経験でということですね。

 

多田 はい。研修にも費用はかかりますし、外国人材にとっても研修で長期間拘束されることは負担となります。研修期間を圧縮して、短期集中で行うことには、受け入れ企業と外国人材の双方にメリットがあるのです。

 

【後半記事】
外国人材市場における日本の課題とは? PERSOL Global Workforce・多田盛弘社長が語る真のグローバル化

 

取材・文/石井 徹 撮影/ 映美

「非感染性疾患対策」へ舵を切る途上国の医療支援。把握すべき3つの課題【IC Net Report】パキスタン・池田高治

開発途上国にはビジネスチャンスがたくさんある…とは言え、途上国について知られていないことはたくさんあります。そんな途上国にまつわる疑問に、アイ・シー・ネット株式会社のプロたちが答える「IC Net Report」。今回ご登場いただくのは、ホンジュラスやパキスタンなどで保健医療分野などの支援に長年携わってきた池田高治さんです。

 

生活習慣病予防が途上国喫緊の課題に

途上国への医療支援に関しては、従来から母子保健と感染症対策を中心に実施されていましたが、近年は非感染性疾患(non-communicable diseases)への対策へと、大きく舵が切られています。

 

「背景として先進国同様、生活習慣病を起因とする死亡者数が急激に増えていることなどが挙げられます。生活習慣病予防で重要になってくるのが健康診断ですが、途上国では病院や診療所が遠い、あるいは文化的・経済的な理由で診断を受けられない、さらに医療サービス提供側も医療スタッフや医療器具の不足などの要因によって、満足に健康診断を受けられない、一度も受けたことがないという人が多くいます」と池田さん。そこで、日本では全く知られていない現地の医療事情、その課題について伺いました。

 

●池田高治/1995年からアイ・シー・ネットで勤務。入社前はホンジュラスやグアテマラでJICAの保健改善プロジェクトに従事していた。入社後はケニアの地方保健システム開発、ベトナム水資源開発、カンボジアの港湾開発などのプロジェクトで、保健分野の調査を担当した。2006年から2015年にガーナの地域保健と母子保健強化プロジェクトに総括・保健行政として従事した。現在はパキスタンとホンジュラスのプライマリヘルスケア・生活習慣病対策プロジェクトに保健行政団員として従事する傍ら、ビジネスコンサルティング事業部で保健分野で海外進出を目指す日本企業の支援も行っている。

 

【課題1】地域独自のローカルルールが強い

パキスタンの女性医療従事者への研修の様子

 

とくにパキスタンなどのイスラム圏では、宗教指導者や長老などの了解を得ないと健康診断関連のビジネスをしにくい状況が常に起こり得ると池田さん。

 

「まずは意思決定者にアプローチして、健康診断の重要性を理解してもらうことが近道。また、イスラム圏では、女性が外部の男性と会うことが制限されていることも多く、保健教育を行うためには、女性だけの話し合いの場を設ける必要などもあります。このような独自のルールがある地域では、何より慎重に取り組むことが重要。文化的な壁を乗り越え、現地で既に活動しているパートナーを見つけることも近道です」

 

一方、ホンジュラスなど中南米では家族を大切にする文化があると言います。

ホンジュラスの家庭保健調査を監督する池田さん

 

「例えば、適切な診断をして早期にリスクを発見することが、家族にとってどれだけ重要かを説明します。家族ぐるみの付き合いに重きを置くこちらでは、親交のある家族・友人からの口コミが重要な情報源。健康祭りなど家族総出で参加できるイベントを主催する、コミュニティボランティアの人たちと連携する、といった取り組みが効果的です。私の場合、地元の食材を使い、どれだけ美味しくて健康的な料理を作れるかを実践するような試みも行っています」

 

行動変容を促すキーパーソンや広報媒体など、事前の情報収集が不可欠で、地域によっては長期的なスパンで参入を進める必要がありそうです。

 

【課題2】圧倒的な医療機材と医療体制の不足

「パキスタンの山岳地帯などでは近くに診療所がないため、簡単な健康診断すら一度も受けたことがない人が多い。仮に診療所に行ったとしても、体重計や血圧計など日本では家庭にもある機器すらないケースも。今後、生活習慣病への関心が高くなれば、こうした医療機器や検査キット、消耗品の需要が高まると見込めますが、これらの分野においては、今や品質や価格面で他国と差別化が難しい状況があります」

パキスタンの保健医療施設での活動

 

医薬品不足も深刻で、池田さんが携わったプロジェクトでは、国が定めている基礎的医薬品を揃えただけで、多くの糖尿病や高血圧の患者が来院するようになったケースもあったと言います。同様に医療体制も貧弱。

 

「途上国では超音波診断を行える機会が少ないため、最後の生理をもとに出産予定日をアバウトに計算しますが、最後の生理日を正確に覚えていないこともしばしば。ひどい時には出産予定日が2ヶ月ほどずれて母子カードに書かれているケースもあります。新生児死亡の4割近くが、早期出産に起因する呼吸困難などで死亡していますが、そのうちの多くは妊娠37週以降の出産で、正確な出産予定日が事前にわかっていれば救えた命もあったと思います」

 

先進国で一般的な医療機器や機材の導入が急務ですが、機材や技術をそのまま流用するだけではなく、現地のインフラ事情や医療従事者のレベルに合ったローカライズを行うなどの工夫が必要だと強調します。

 

「例えば、電気がなくとも新生児の保育ができる、呼吸困難な新生児への人口呼吸が簡単にできる、超音波診断装置の触診器が患者の体にちゃんと当てられているかを自動的に教えてくれる、画像診断を遠隔で行いタイムリーに返答できる、さらには日本のお薬手帳と処方箋の機能を持った手帳・アプリにより、どこでも持病の薬を割安で購入できるなどの仕組みです」

 

途上国ではインターネットが普及していない地域がいまだ多く存在しますが、将来的に遠隔診断の活用が一般化すれば、IT分野などで参入の可能性も広がりそうです。

 

【課題3】ヘルスプロモーションができる人材不足

パキスタン山岳地帯でのヘルスプロモーション活動

 

「生活習慣病の改善には、意識と生活習慣の改善、予防・早期の発見、適切な治療の継続、必要に応じた高次の医療機関の紹介とリハビリテーションが必要ですが、それらヘルスプロモーションの取り組みが総じて途上国では遅れています。日本ではこうした住民に近い場でのケアをかかりつけ医が担っていますが、その役割を果たすための技術・人材育成には大きな需要があると思います」

 

日本のソフト面の経験と技術を活かし、長期的な視野に立ったビジネスにはチャンスがあると池田さん。

パキスタンの県保健局職員とワークショップをする池田さん

 

「健康や運動状況のモニタリングはかなりの部分、スマホアプリなどで対応可能。状況や結果を相手にわかりやすく伝えるための、診療所の看護師や助産師、コミュニティのボランティアなどを対象としたコミュニケーション能力の育成などに、日本のノウハウの活用が大いに期待できるのではないでしょうか」

 

このように、生活習慣病の予防へとシフトする途上国への支援。健康への人々の意識が高まっていけば、健康ヘルス関連ビジネスなど、今後さらなる可能性が広がりそうです。

ASEANの食で注目される5つの日本技術【IC Net Report】東南アジア・小山敦史

開発途上国にはビジネスチャンスがたくさんある…とは言え、途上国について知られていないことはたくさんあります。そんな途上国にまつわる疑問に、アイ・シー・ネット株式会社のプロたちが答える「IC Net Report」。今回ご登場いただくのは、東南アジアや南アジアなどで食の開発コンサルタントを務めている小山敦史さんです。

●小山敦史/通信社勤務ののち、1992年、開発コンサルティング業界に転職。アイ・シー・ネットでの業務を中心に国際開発の仕事を続けながら、アメリカの大学院で熱帯農業を学び、帰国後に沖縄で農業を開始。野菜を生産した後に畜産業や食品加工業も手がける。現在は、グローバルサウス諸国での食品加工・食品安全、マーケティング、市場調査などについて、自身が実践してきたビジネス経験を活かし、企業や行政機関へのコンサルティングを行なっている。

 

 食視点でみる「日本クオリティ」5つのポイント

「近年の経済成長により、東南アジア諸国では、購買力を持った新しい富裕層や中間層が増えてきています。現地ビジネスの場合、どちらかというと、従来は現地で生産した野菜などを加工し、日本へ輸出するといったビジネスモデルが中心でした。しかし、現在では、果物をはじめ日本などの農産物が現地で高額で取り引きされるなど、日本への輸出一辺倒だった従来の構図が変わりつつあるのです」

ベトナム・ホーチミンで輸入高級果実を通販で売るトップ企業の幹部。ASEANはビジネスで20代、30代の女性が多数活躍

 

そこに新たなビジネスの可能性があると小山さんは指摘します。

 

「とくに農業技術や加工技術などにおける日本クオリティに対する現地の信頼度は、依然として高い。今後はこうした日本の技術を活かし、現地で生産・販売するビジネスモデルにも大いに可能性があると思います」

 

今回は、日本のブランド力を活用した現地での食ビジネスについて、カギとなる5つのポイントを解説します。

 

ASEANに多い高原地帯での温帯性農作物に商機

現地で栽培されている農作物の多くは、熱帯野菜や熱帯果実など。これらの熱帯性農作物を日本の栽培技術を活かし、ビジネスとして成立させるのは難しいと言います。一方で、温帯性農作物には商機があると小山さん。

 

「意外と知られていませんが、ベトナムのダラット高原や北西部各省、インドネシアの西ジャワ州南部、フィリピンのベンゲット州、ラオスのボロベン高原や北部各県、タイ北部、マレーシアのキャメロン高原、ミャンマーのシャン高原などの高地では、キャベツやニンジン、ジャガイモをはじめ、日本でもおなじみの温帯性野菜・果実が栽培されています。温帯性農産物であれば、国内で培ってきた日本のノウハウで、より高品質な農産物を生産することができるのではないでしょうか」

 

高地での施設栽培技術が未発達

現在、高地での栽培は露地が中心で、施設での栽培は一部を除いて現地ではまだまだ浸透していないのが現状。

フィリピン・ベンゲット州のキャベツ畑。欠株が多く、優良品種や圃場管理技術に改善の余地が大きい

 

「とくにハウスなどを活用した日本の高度な管理技術には可能性があります。トマトなどの長期どり品種をハウス栽培すれば、季節に関係なく、何ヶ月も連続して収穫できます。収穫量が増えれば、その分、電気代などの固定費の割合を相対的に小さくすることができるため、ビジネスとして成立するチャンスは十分あると思います」

 

温帯性農作物の加工販売も有望で、日本向けとしてはもちろん、現地でのニーズも見込めると言います。

 

「例えば、カップ麺用の乾燥野菜に使用するキャベツやニンジンなどを効率よく生産する圃場管理技術や、ポテトチップス用ジャガイモの生産管理技術などの加工技術を持った企業であれば、さらにチャンスは広がります」

 

今後、需要が拡大する温帯性果実の可能性

ラオスの果実専門卸売市場を調査した際の写真。左が小山氏

 

一方で、小山さんは高原地帯での果樹栽培も選択肢となると指摘。

 

「イチゴやリンゴをはじめとした温帯性果実に関しては、欧米や日本、韓国などから現地に輸入され、驚くほどの高価格で販売されています。苗木づくりから、接ぎ木、剪定、摘果、防除といった、日本が得意とする一連の果樹栽培技術を活かし応用することで、これらの果実をASEAN各国の高原地帯で生産・販売する。現地で生産することで、価格を抑えることが期待できます。ベトナムのダラット高原などでは、すでに一部でこうした取り組みが見られます」

 

肥満問題対策としての健康食品ニーズの高まり

現在、途上国共通の課題として肥満問題が取り沙汰されています。それを受け、中間所得層や富裕層を中心に広がりを見せている健康志向。

 

「例えば、こんにゃく麺やこんにゃくゼリーなどのダイエット食品、豆腐バーや大豆エナジーバーなどの機能性食品は、ASEAN諸国の都市部でも販売が始まっています。またバングラデシュのダッカなど南アジアの都市部でもダイエット食品への関心が芽生え始めています。これらの加工技術は日本のお家芸。今後、大いに期待できるジャンルだと言えるでしょう」

 

時短にもなる中間加工品に一日の長

バングラデシュ・チッタゴンの食品加工工場。機械化、自動化、衛生管理改善などのニーズが高く、ビジネスチャンスが見込める

 

「いまやASEANの都市部では、女性の社会進出が日本以上に顕著。炒め玉ねぎや揚げ玉ねぎ、揚げニンニク、トマトソースなどは、ふだん忙しい家庭で調理する上で時短になりますし、業務用・家庭用を問わず、現地での需要が大いに見込めるのではないでしょうか」

 

家庭向けの加工食品というジャンル自体、まだまだ現地では普及していないだけに、日本の加工技術を使い、さらなる付加価値を付けた加工食品は、先進国への輸出はもちろん、現地での需要も大いに見込めそうです。

 

「日本クオリティ」の落とし穴に注意が必要

現地ビジネスでの成否を握るのが日本の「技術」になりそうですが、小山さんは一方で、日本クオリティにこだわりすぎるのも逆効果だと警鐘を鳴らします。

 

「ASEANにおいて日本ブランドはまだまだ健在で、それを打ち出せば有利になることは確か。ただ日本企業の課題として、細部にこだわりすぎて、オーバースペックになる傾向が強い点が挙げられます。商品価格が上がってしまえば、結果、現地での価格競争力が低くなり、市場が大きく縮んでしまう。とくにASEAN諸国でのビジネスを考えた場合、価格を抑えつつも、ブランド価値を十分に高めていけるような事業戦略を考える必要があると思います」

 

今後さらなる需要が見込まれるASEANの食市場。そんな中、現地ビジネスを成功させるには、栽培技術や食品加工技術などで日本クオリティを打ち出しつつも、臨機応変に対応できるバランス感覚が重要だと言えそうです。

 

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知っておかないと乗り遅れる! 途上国人材雇用の「最新トピック」【IC Net Report】バングラデシュ・池田悦子

開発途上国にはビジネスチャンスがたくさんある…とは言え、途上国について知られていないことはたくさんあります。そんな途上国にまつわる疑問に、海外事業開発コンサルティングを行っている、アイ・シー・ネット株式会社所属のプロたちが答える「IC Net Report」。今回ご登場いただくのは、バングラデシュや南アフリカなどで現地人材の育成事業に携わっている池田悦子さんです。

 

慢性的な労働力不足に悩む日本。世界的にもその傾向は顕著で、現在、いかに途上国の優秀な人材を確保するかに注目が集まっています。日本でもJICA主導で、産業人材育成やTVET(Technical and Vocational Education and Training)支援のプロジェクトを複数の途上国で実施するといった取り組みを行っていますが、企業レベルでは、トヨタ自動車など一部のグローバル企業を除けば、他の先進国に後れを取っているのが現状です。今後、さらに激化するであろう、途上国の人材確保競争に日本(企業)が勝ち残るためには!?  南アフリカやバングラデシュはじめ、アジア・アフリカ各地のポリテクや技術教育短大、職業訓練センターなどで人材育成事業に携わっている池田さんに、グローバルにおける人材育成の最新状況を伺いました。

●池田悦子/九州大学卒業。英国のイーストアングリア大学にて開発学修士を修める。タイのNGO勤務を経て、2000年より開発コンサルタントとして、主にJICAの様々な技術協力プロジェクトの運営に関わり、2018年にアイ・シー・ネットに入社。TVET分野では、パキスタン、バングラデシュ、スーダン、南アフリカ、ナイジェリア、フィリピン、キルギスタン、ウズベキスタン、ブータン他にて現地業務に。

 

日本が取り組む人材育成で優秀な人材が続々輩出

現在、バングラデシュをはじめとするアジアやアフリカ諸国では、日本の高専(エンジニアを養成する高等専門学校)や短大に相当する学校で、日本ならではの人材育成モデルを取り入れた支援が行われています。こうして育った多くの優秀な人材の中には、日本で活躍している人も。

 

「バングラデシュを例に挙げると、クルナ工学技術大学・機械工学科を卒業後に佐賀大学大学院へ留学、工学博士を修得した、現大阪産業大学工学部教授のアシュラフル・アラム氏がいます。彼は大学院を卒業後、松江高専でも教鞭を執っていました」(池田さん)

機械学科や土木学科の教員に教えているアラム教授(右端)

 

卒業後、そのまま日本で就職した後、企業を立ち上げ、順調に事業を拡大している人材もいるそうです。

 

「日本の明石高専の情報工学学科を卒業し、電気通信大学で学んだあと、NTTドコモ社に就職しムハマド・ハディ氏は、その後、自国に戻ってメガ・コーポレーションなど2つの会社を設立。ダッカと横浜を拠点に、ITコンサルティング事業、日本語通訳・翻訳などを行っています」

東京の電気通信大学で学んでいた時のハディ氏

 

日本語-ベンガル語(バングラデシュ)通訳の仕事中のハディ氏

 

「アフリカの若者のための人材イニシアティブ、通称ABEイニシアティブで来日したケニアのエリウッド・キップロップ氏は、足利工業大学(現・足利大学)で自然エネルギーについて学んだあと、筑波大学で博士号を取得。日本に留まり大学の講師を務めながら、日本とアフリカを結ぶビジネスコンサルタントとして活躍しています」

足利工業大学で風洞実験に取り組んだキップロップ氏

 

他にも、日本の大手企業に就職したり、日本で会社を立ち上げたりと、さまざまな人材が育っているそうです。しかし、日本ではまだ外国人材が普及したとは言いづらい状況。その背景にはどういった課題があるのでしょうか? グローバルの最新トピックと合わせて解説します。

 

[TOPIC.1]人材受け入れ環境が整っていない日本の現状

ただ一方で、優秀な人材は現地や他国の企業に就職するケースが多く、来日したり、日本の企業に就職したりする人は全国的に見るとほんの一握り。それには、現地と日本、それぞれの事情があると池田さん。

 

「日本企業に就職したい、日本文化を学びたい、日本へ行きたい、など若者たちの“日本への憧れ”はまだまだ健在だと感じます。ただし、地域によって差はあるのですが、まず政府が人材の送り出しに熱心でないケースが見られます」

 

また、受け入れる日本側にも環境が整っていないなどの課題が。

 

「高度人材が日本で就職する場合、日本語の習得が不可欠なのもネックとなります。現地の優秀な若者は英語が話せるので、英語で仕事ができる他国へ行くケースが多いのです。また、日本企業は採用にあたって、『日本人のような外国人』(ホーレンソー、和、しつけなど)を求める傾向にあり、ハードルが大変高いのですが、彼らの持っている人脈や言語能力、国際感覚、おおらかさを日本の会社が受け入れ活用し、多様性を学ぶことも大切ではないでしょうか」(池田さん)

 

日本人の英語習熟度が低いゆえ、現地での日本語教育の普及が必要となる点や、現地政府の理解をいかに得るかなど、解決すべき課題が山積していると言います。また、受け入れる日本企業側としてもインターンシップの拡充や意識の変革などの対応が急がれます。

 

[TOPIC.2]官民学一体となった人材育成事業が誕生

このような状況下で、池田さんが注目しているのが、「宮崎-バングラデシュ・モデル」(宮崎における産学官連携高度ICT人材地域導入事業)です。これは、自治体、企業、大学、およびバングラデシュなどのステークホルダー間で互いの課題解決に向けて協力した「高度外国人 ICT 人材育成導入事業」。

 

「まず現地で日本への就職を希望する優秀なICT技術者に、日本語、 ICT スキル、ビジネスマナーなどを学んでいただき、その後、宮崎へ留学生として派遣。宮崎では、宮崎大学が日本語学習と生活支援、ICT企業がインターンや就職相談などを行い、宮崎市がその研修費用を助成するという仕組みです」(池田さん)

 

この事業により、多くのICT技術者が日本で就職できたと言います。官民学の連携によるこうした事業が、優秀な途上国人材を獲得する近道なのかもしれません。

 

「同じく国立大学では、群馬大学が外国人留学生の群馬の企業での就職を見据えた教育と訓練を行っています。地元の製造業やサービス業とも連携した取り組みが進んでいるようです」(池田さん)

 

[TOPIC.3]大手グローバル企業の人材育成戦略

一部の大手日本企業は、現地人材雇用のため、個別に職業訓練センターなどを立ち上げているケースはあるとしつつも、戦略面で他国の企業に大きく水を開けられていると指摘します。

 

「グローバルでは、大手ICT企業が現地人材を育成する段階から、自社のソリューションや機器を提供し、人材を自社へと囲い込む施策を行っています。例えばサムスンの場合、バングラデシュ、パキスタン、中央アジアなどにある多くのTVET校に『サムスンラボ』を設置し、機材の供与やその機材に特化した短期訓練が行われています。自社に必要な即戦力となる人材が、いわば自動的に雇用できる仕組み。ヒュンダイもスーダンで似たような取り組みを実施しています。こうした具体的な就職に結びついた職業訓練は、学生に希望を与え、結果的に企業イメージアップに繋がります」

バングラデシュ/ダッカ工科女子短大の「サムスンラボ」

 

さらに、HPやAcerは世界銀行などの国際機関を通して、全世界の学校にPCを無償供与。こうした取り組みもその企業のファンをつくるためには効果的ですが、日本のメーカーでは、まだほとんど見られないと池田さん。

 

日本企業に就職したい人材を増やすためのイメージ戦略と、そうした人材をいかに日本に来てもらうか、官民学が一体となってサポートする出口戦略。優秀な途上国の人材を安定して獲得するには、これらの戦略を改めて見直す必要がありそうです。

 

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次世代観光ビジネスの最重要ワード! 「観光デスティネーション」とは【IC Net Report】ドミニカ共和国・青木孝

開発途上国にはビジネスチャンスがたくさんある…とは言え、途上国について知られていないことはたくさんあります。そんな途上国にまつわる疑問に、海外事業開発コンサルティングを行っている、アイ・シー・ネット株式会社所属のプロたちが答える「IC Net Report」。今回ご登場いただくのは、ドミニカ共和国をはじめ中南米での観光ビジネスに造詣が深い青木 孝さんです。

 

中南米でも、コロナ禍で観光に関わる状況が一変。多くの観光地が危機的な状況に直面し、従来の「消費型観光」から「持続可能な体験型観光」への変革が迫られています。例えばドミニカ共和国の場合、いまだ多くは従来型のリゾート観光が目的ですが、一方でアドベンチャーツーリズムやエコツーリズムなど、地域の環境・経済・文化にも配慮した観光への意識が広がりつつあり、「脱」消費型観光への動きが高まっていると言います。いわば新たな「観光デスティネーション(観光地)」づくりともいえるこの動き。そこで青木さんに、こうした地域全体を巻き込んだ持続可能な観光開発について伺いました。

●青木 孝/シニア向け旅行会社でのツアー企画や、青年海外協力隊でカリブの国・セントルシアのエコツーリズム開発支援、ドミニカ共和国のJICA事務所で観光分野の企画調査員などを務めた後、アイ・シー・ネットに入社。シニアコンサルタントとして、15年以上南米カリブ地域でJICAの地域観光開発のプロジェクトに従事。現在はアルゼンチンで日本の一村一品運動を模範にした地域開発プロジェクトを総括している。

 

観光デスティネーションの創造には「官民学」の連携が重要

そもそも外国資本によるリゾート観光開発や利便性が主役だった従来型の観光モデルは、アクセスの良さなど利便性、快適性に主眼を置き、リゾート地でほぼ完結するものでした。

 

「それだと周辺地域に観光客が訪れず、置き去りにされてしまいます。リゾート施設による、オールインクルーシブと呼ばれる囲い込み型スタイルや、ビーチの独占なども課題となっていて、これらがリゾート地と周辺地域を隔離する現状に拍車をかける要因になっています。そこで今、急務となっているのが、より持続可能な観光への転換。つまり、地域とより関わりのある観光、より地域へポジティブな影響を与える観光、そして地域にある魅力的な土地・文化・人を巻き込んだ観光が求められているのです」(青木さん)

 

こうした課題の解決のため、現在進んでいるのが、民間だけでなく官民学が協力して観光開発を主導し、地域資源を活用した、地域主体の観光デスティネーションを創造していこうとする動き。

 

「地域と観光客の関係性を継続して作るマーケティングを徹底して行った上で、地域内のリソースを有機的につなげ、アクター間の関係性を緊密にすることで競争力を高めていこうというものです。それには、地域のコミュニティレベルでの観光ビジネスも不可欠となります。

 

私が取り組んだ事例で挙げると、女性グループによる、地元で採れるカカオを使った手作りチョコレート体験などの農園観光や、地元の若者が楽しんでいた川下りをカヤックツアーとして商品化した取り組みなどです。集客面においても、これまで仲介業者に頼っていたのを直接マーケットに発信できるSNSを活用することで、大きく躍進しています。

 

本来、観光はすそ野の広い産業です。観光施設やホテル・飲食業から、お土産、地元産品、さらに交通機関など、観光客はさまざまな消費を観光地で行い、その結果、地域経済が潤うというビジネスモデル。とりわけ途上国では、観光に大きく依存していく傾向があります。だからこそ、観光と地域・地域産品・地元の人がうまく結びついて、より深みのある観光デスティネーションにしていく努力が重要だと思います」(青木さん)

 

テクノロジーを活用した「観光デスティネーション」の再構築が急務

一方、日本国内に目を向けると、コロナ禍への対応と短期的なリカバリーに向けた支援が優先されている感があります。今こそ、より長期的な視点に立ち、今後、観光とどのように付き合っていくか、観光デスティネーションを明確にし、進むべき方向を整理しておく必要があると青木さん。

 

「ドミニカ共和国では、改めて観光産業の重要性の認識が広がり、国家経済のけん引役としての役割を以前にも増して担っています。それには地域社会の巻き込みも欠かせないということで、地域社会の側からも観光開発に積極的に関わっていこう、モノ申していこうという流れが出てきました。また、地域の多様な関係者がこれまでの関係を超えてつながり、従来とは異なるレベルでマーケットとも直接結びつくなど、さらに広域での取り組みも生まれています。

 

SNSをはじめ、新たなテクノロジーの活用はこうした地域・レベルを超えた関係性の構築に親和性が高いので、単に観光客と観光地だけでなく、住む場所と行く場所の双方で多様な関係が生まれる可能性があります。これまで障害となっていた言葉の壁や時間の壁、距離の壁など様々な障壁もテクノロジーによって乗り越えられるようになってきました」(青木さん)

 

最近は日本でも観光を含めた「関係人口」の増加に力を入れ、地域振興とも関連させることで、リピーターの獲得だけでなく、訪問後もその地の産品を消費したり、将来的には移住をも視野に入れた取り組みを進めている地域もあります。

 

「観光の本質である“人とのつながり”と“新たなテクノロジーによる持続的なつながり”こそが新たな観光デスティネーションの創造に重要」との青木さんの言葉からも窺えるように、多様な“繋がり”の構築こそが、持続的な観光をつくる上で不可欠なのかもしれません。

 

読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

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高齢化進むインドの介護、日本に期待される3つのノウハウ【IC Net Report】インド:大西由美子

開発途上国にはビジネスチャンスがたくさんある…とは言え、途上国について知られていないことはたくさんあります。そんな途上国にまつわる疑問に、海外事業開発コンサルティングを行っている、アイ・シー・ネット株式会社所属のプロたちが答える「IC Net Report」。初回に登場するのは、10年以上インドに駐在し、ODA事業やビジネスコンサルティング事業に携わる大西由美子さん。大西さんは、今インドの介護ビジネスに、日本企業にとってのビジネスチャンスがあるのではないかと考えています。日本のノウハウがインドの介護ビジネスにどう必要と感じるのか、特長的な3点を挙げてもらいました。

 

 

●大西由美子/2004年からアイ・シー・ネットで勤務。南アフリカの農村開発に1年半従事したのち、インドへ異動。2006年から4年間は旧JBIC・JICAのインド事務所でODA事業に携わる。2011年頃からはODA事業のモニタリングや評価の業務をメインで担当。ビジネスコンサルティング事業部でインド進出を目指す日本企業の支援も行っている。

 

インドの介護事情について

本題に入る前に、インドの介護事情に関連した近況についてご紹介しましょう。

 

若い世代を中心に核家族世帯、欧米や中東に働きに行く人が増加。インドに高齢の世代だけが残っているケースが近年増えている

もともとインドの人口の多くは地方や農村部で生活しており、大家族で生活している人が多いのですが、近年では仕事や勉強のため、都市部への人口流出が続いています。このような人の動きやライフスタイル、マインドセットの変化により、今までのように3世代といった大家族ではなく、核家族で生活する世帯が増加。また、欧米や中東に働きに行く人が多いこともあり、近年では高齢の世代だけで暮らしている世帯が増えています。

インド政府が、高齢者ケアに関する専門委員会を設置

高齢者ケアは、インドでは市場自体はまだ未熟で、関連法が社会の変化に追いついておらず、市場を取り巻く様々な環境整備がされていません。インド政府もやっと法整備の必要性を認識し動き始めたところで、在宅ケアとホスピスのサービス基準・規制にかかる省令や、老後施設の最低基準を設定すべく専門家委員会が設置されて日が浅い状況です。

 

このようなインドの状況で、日本が提供できるノウハウとはどんなものなのでしょうか? ここからは大西さんに回答頂きます。

 

【日本のノウハウ1】充実した在宅介護サービス

「核家族化や女性の社会進出が進んでいますが、インドの方々には、大切な両親や祖父母のケアは“できるだけ自分たちでしたい”、“信頼のおける人に頼みたい”という気持ちが強くあります。インドでは家族の繋がりがとても大切にされていて、両親や祖父母を敬う文化なので、老人ホームや介護施設に家族を送るのには抵抗があるでしょう。そのため、個々のライフスタイルやニーズにあった柔軟なサービスが施せる在宅ケアのニーズが高まっているのです。すでに在宅や施設での介護サービスが充実している日本には、インドの高齢者ケア市場を切り開いていく上でたくさんの知見があるはず」(大西)

 

【日本のノウハウ2】介護従事者の資格制度やキャリアパス

「インドの介護市場は未成熟で、政府による法整備も始まったばかり。まだサービス・プロバイダーの数も少なく介護従事者のスキルもまちまちな上に、介護従事者がキャリアップできる制度になっていないので、離職率が高いのです。また、介護従事者の資格が制度化されていないという課題もあります。日本とインドでは社会文化的に異なる部分がありますが、日本の介護従事者への資格制度やキャリアパスは参考になると思います」(大西)

 

【日本のノウハウ3】介護機器や用品を駆使した高レベルなケア

日本の介護レベルの高さは、介護機器や用品を駆使したケアにあると思います。インドでは市場に出回っている介護機器や用品は限定的で入手しづらく、人の力に頼って介護している場面が多いので、介護ベッドや移乗補助機の導入がされれば大きな機会がありそうです。日本からそういった機器を輸出できれば発展に繋がると思いますし、さらに現地で生産ができるようになれば、日本企業にとってもビジネスの広がりが出てくると思います。また最近では、高齢者用の住宅施設が少しずつ設立され始めています。こういった施設で日本の技術や介護機器・用品が導入されれば、市場に広がるきっかけになり得そうです」(大西)

 

以上が、インドの開発コンサルタント・大西さんが挙げてくれたインドの介護に求められる、3つのノウハウでした。先んじて高齢化社会に突入した日本だからこそ、高度な高齢者ケアの知見・技術があり、これからのインドではそのノウハウがとても有効になりそうです。

 

反面、大西さんは「インドの社会文化を踏まえ、現地の状況とニーズにあった介護サービスの提供が必要」とも言っています。人と人の触れ合いが大切なインドの文化では、例えばテクノロジーを使った見守りセンサーやロボットによる一部ケアの代行は、馴染みにくい可能性があることにも言及していました。インドならではの文化を理解しながら、日本から知見と技術を提供していくことが大事になるでしょう。

 

読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

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セネガルで取り組む「日本式水産資源管理メソッド」の可能性

首都ダカールの北部、カヤールの水揚げ場の風景

 

1年を通して北から南へ流れるカナリア海流(寒流)の影響により湧昇流が発達することから、世界有数の漁場となるアフリカ西岸に位置するセネガル。かつてはイワシやマハタ、タコなど豊富な漁獲量を誇っていましたが1990年代以降、乱獲などの影響で水産資源が次第に減少しつつあるといいます。こうした背景で始まったのが、持続的な水産資源の維持管理を目的とするJICAの「広域水産資源共同管理能力強化プロジェクト(COPAO)」です。

 

セネガルという国名には馴染みがなくても、かつてパリ-ダカール・ラリーのゴールであったダカールが首都というと、だいたいアフリカのどの辺りに位置するか、イメージできる人もいるかもしれません。ダカールは水産業をはじめ、大西洋貿易の拠点として栄えています。

 

「水産物流通の拠点となるダカール中央卸売魚市場は、日本の支援で1989年に建設されました」と語るのは、アイ・シー・ネットのシニアコンサルタントとしてセネガルで漁村振興のための社会調査や資源調査を手掛け、これまでJICAの多くのプロジェクトに関わってきた北窓時男さんです。

現地の人々と。写真右中央が北窓さん

 

北窓時男さん●2001年アイ・シー・ネット入社。専門は海洋社会学、海民研究、零細漁村振興。1996年からセネガルの沿岸地域を幾度となく訪れ、現地の漁村社会・水産資源に係る調査やプロジェクト管理などを行う。

 

「セネガル沿岸部の漁業は、漁家単位でのいわゆる零細漁業が中心です。ピログと呼ばれる小型の木造船が用いられ、日本はピログ用の船外機を供与するなど、1970年代から水産分野の支援が行われています」

沿岸部での漁業に使用される小型船「ピログ」

 

ほかにも訓練船や漁法近代化のための漁具なども供与。1980年代には沿岸部の零細漁業振興のため、ファティック州のミシラに漁業センターを建設し、漁具漁法や水産物加工、養殖、医療など、さまざまな専門家や協力隊員が沿岸部の零細漁村開発と生活改善のために派遣されました。

 

「現地ではアジ、サバ、イワシ類など小型の浮魚のほか、タイやシタビラメなど単価の高い底魚も獲れます。カナリア海流という寒流が流れているので脂がのっているものが多いんです。獲れた魚は、仲買人が買い取って保冷車で運び、冷却したまま出荷できるコールドチェーンが確立されており、ヨーロッパ向けにも輸出されています」

 

コールドチェーン開発の端緒を開いたのも日本の支援でした。1978年に北部内陸地域に小型製氷機と冷蔵設備を供与。ダカール中央卸売魚市場もこの流れで建設されました。

 

その一方、1970年代以降、内陸部では降雨量の減少による干ばつが頻発し、農業生産が大きく減退。砂漠化のため、農地を放棄した多くの人々が都市部や海岸部へ流入。船を持つ漁民と一緒に漁に出れば、その日のうちに歩合給による現金収入が得られる漁業は、農業を放棄した人たちがその日の生活費を得るためのセーフティネットとして機能しました。

 

「1980年代ころまで、日本の支援は漁獲生産力向上の支援が中心でしたが、零細漁業従事者が急増するなどさまざまな要因から、水産資源の減少が危惧されるように。次第に水産資源管理に目が向けられるようになりました。1980年代に15万トンだった小規模漁業セクターの漁獲量は、2000年代には30万トンへ倍増。日本からは漁業海洋調査船が供与され、2003~06年には漁業資源の評価や管理計画調査も行っています」

 

もちろん、漁業資源の減少と、コールドチェーンが繋がったことで海外向けの輸出が増えたことは無縁ではありません。逆に言えば、水産資源の持続可能性を確保することで、今はまだ限られている日本向けの輸出を拡大するなどビジネスチャンスも生まれるでしょう。

 

日本独自の「ボトムアップ型資源管理」を活用

セネガルでの漁業資源の管理には、日本型の「ボトムアップ型資源管理」が向いていると北窓さんは話します。日本の沿岸漁業もセネガルと同様に、小規模の零細漁業が中心。地域の漁業協同組合単位で対象となる資源を管理し、乱獲を防いで持続的に利用する方式が採用されてきました。これは日本が海に囲まれ、政府が一元的に管理することが難しいという歴史的な背景のなかで生まれてきたものです。

 

一方で、ヨーロッパなどでは企業規模での漁業活動が多く、政府が総漁獲量(TAC:Total Allowable Catch)を定め、その漁獲枠を水産企業/漁業者に配分するクォータシステムがとられてきました。セネガルの漁業を取り巻く状況を考えると、日本型のボトムアップ型資源管理が適していると言うのです。

 

「セネガルで実施しているのは、漁業者がイニシアチブをとって対象資源の管理活動を計画・実施し、行政がその活動に法的な枠組みを整備する形で支援する方法です。もちろん、日本でも近年はボトムアップ型の限界から、TAC制度が導入されてきていますので、セネガルでも将来的にはボトムアップ型とヨーロッパ型資源管理方法との融合が必要になってくると考えられます」

 

セネガルではタコ漁について、コミュニティベースの資源管理システムを導入。地域の漁民コミュニティがタコの禁漁期を主体的に決めて、それに県などの行政が法的な枠組みを与える方式で成功を収めています。また、タコの輸出企業から協賛金を得て、漁民が産卵用のたこ壺を毎年海に沈め、資源を増やすといった広域での取り組みも行われています。

 

現在、進めているJICAのプロジェクトでは、シンビウムと呼ばれる大型巻貝の稚貝放流キャンペーンや、大西洋アワビの適正な資源管理手法を策定するための支援活動などを実施。移動漁民との紛争を回避するための夜間操業禁止キャンペーンの支援や、PCを活用して資源管理組織間の連携を強化するための支援活動も行っています。

シンビウムの稚貝を放流

 

「かつてセネガルのプティコートではシンビウムの水揚げ量が多く、シンビウムはセネガルの主要な水産資源の1つでした。ただ、近年は水揚げ量も落ち、サイズも小ぶりになっています。そこで、漁獲したシンビウムのお腹の中で成長した稚貝を沖合に戻して、資源の再生産を促進することに取り組んでいます。スタンプカードを発行し、稚貝を一定数回収・放流するごとに、貝加工作業に必要な手袋やバケツなどの道具を提供することでモチベーションを高め、キャンペーン期間中に40万貝の放流をめざしています」

 

過去にタコでは成功したものの、シンビウムは漁家経営にとって不可欠な水産資源であったことから、広域での禁漁期間を設定することが難しかったとのこと。かつて2000年代に禁漁期間の設定と稚貝放流の取り組みは行われましたが、上記の理由と稚貝放流に燃料費を要するなどの理由から、プロジェクト終了後にこれらの活動は停滞しました。地域コミュニティの特性に合わせた持続的な方法を探る必要があると北窓さんも強調します。

 

求められる水産資源の高付加価値化

零細漁民の持続的な生活水準向上を目指すには、水産資源に高い付加価値を与えることが必要であり、そのためには海外への輸出を視野に入れる必要があります。それは、日本企業から見ればセネガルでの新たなビジネスチャンスにもつながる話です。

 

日本への輸出が期待できる水産資源として、北窓さんはタコ、大西洋アワビ、そしてシンビウムの3つを挙げます。タコは同じ西アフリカに位置するモロッコやモーリタニアからは日本向け輸出が多く行われていますが、セネガル産のものはまだ限られているのが現状。その理由について、北窓さんは漁法と水揚げ後処理の違いによる品質の差にあると分析します。

 

「モーリタニアでは日本が紹介したタコ壺で獲っているのに対して、セネガルでは釣りで獲っている。釣り上げたタコを甲板にたたきつけて殺し、船底の溜水に浸かった状態で放置されていたので品質が良くありませんでした。過去のJICAプロジェクトによって、漁獲後に船上でプラスチック袋に入れ、氷蔵にして持ち帰る方法が導入され、現在は品質の改善が進みました。。資源の回復も徐々に進んでいる一方で、日本向けにはまだあまり輸出されていないので、参入の好機といえるかもしれません」

 

そしてまさに今、資源管理に取り組んでいるのが大西洋アワビです。現地では直径5cmくらいのミニサイズで漁獲され、串焼きなどにして食べられており、価格も安いとのこと。資源管理を通して大型化や高品質化を進めることで、将来的に日本向けの需要につなげることができれば、付加価値化により、プロジェクトの狙いである水産資源の持続的利用と零細漁民の生活向上の両立に結びつけることができるでしょう。

ダカール市内のアルマディ岬で採集されたアワビ

 

「アワビの刺身の美味しさを知っている日本人からすれば、もったいない話です。サイズも徐々に小さくなっていて、地元でもこのままだと獲れなくなるという危機感があります。大きくなってから獲れば日本向けに高く売れる、というルートが確立すれば、資源管理にも積極的に取り組むようになりますし、漁民の現金収入も上がるというポジティブな連鎖につなげていけると考えています」

 

一方、大型巻貝のシンビウムの中でも「シンビウム・シンビウム」と呼ばれる種類は、味も良く、すでに韓国向けなどに輸出されているとのことです。今は資源的に減少していますが、その資源管理を通して資源増加が可能になるなら、日本向けの商材として可能性は高いと北窓さんも期待を寄せています。

 

現地の仲買人システムを尊重したビジネスを

シンビウムの刺し網漁

 

日本企業がセネガルの水産ビジネスへの参入を考えるとき、重要な意味を持つのが現地の仲買人との関係だと北窓さんは指摘します。いわゆる仲買人には、買い叩きなど搾取のイメージもありますが、セネガルではその限りではない関係が成立しているとのこと。

 

「漁民が網などの資材の購入や家族の病気などで現金が必要な際に、仲買人がお金を貸し、助けてもらったことで漁民は優先的にその仲買人に魚を売る、いわゆる“パトロン・クライアント”の関係が成り立っています。もちろん、行き過ぎれば仲買人に対する依存が大きくなるという問題もありますが、セネガルでは比較的対等な関係が構築されています。仲買人の存在が地域に埋め込まれた社会システムになっていると言うこともできるでしょう」

 

現地での水産ビジネスを進めるには、漁民・仲買人・企業がそれぞれウィン・ウィンな関係を築けるようにすること、そして持続的な水産資源の管理方法を確立することが鍵を握ると言えそうです。

 

また、水産資源の持続可能性を考えるとき、漁業だけにフォーカスするのではなく、俯瞰的な視点を持つことの重要性を北窓さんは指摘します。

 

「これまで、水産物の付加価値化やバリューチェーン構築の分野で、JICAの支援はそれなりの成果を上げてきたと思います。それに付け加えるとすれば、水産分野だけにこだわらない、生業の多様性を進めるための選択肢を増やすような施策が必要だと考えます。内陸部の砂漠化によって、農業や牧畜ができなくなったことで、漁業の専業化が進み、それが沿岸漁業資源の減少に拍車をかけました。生業の選択肢を増やすような施策によって、水産資源も守られますし、魚が獲れなくても生計が維持できるような仕掛けづくりが可能になるのではないでしょうか」

 

持続可能なビジネスを展開するには、現地の水産資源はもちろん、漁業従事者だけでなく社会そのものの持続可能性が確保されていることが不可欠。水産資源の管理と高付加価値化を進めることによって、企業はビジネスチャンスを拡大でき、現地の人々は生活水準の向上、そして持続可能な社会を構築することができる”三方良し”のビジネスを展開することが可能になるといえるでしょう。

 

 

読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

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退職後、途上国で農場経営へ。ラオス×農業のポテンシャルと課題について

面積にして日本の本州ほどの国土に、約710万人が暮らすラオス。その南部に広がるボラベン高原は、ラオス有数の農業地帯として知られています。

 

そんなボラベン高原で、2012年より農園を経営しているのが山本農場の山本郁夫さんです。青年海外協力隊やJICAでの農業支援など、途上国での活動経験が豊富な山本さん。なぜラオスで農業を始めたのでしょうか。インタビューを通して、途上国における農業の可能性、農場経営のヒントを探ります。

山本郁夫さん●1955年生まれ。農業機械メーカー勤務を経て、青年海外協力隊隊員としてケニアへ。その後、JICAの農業専門家として東南アジアや南米などの途上国で活動する。帰国後は、アイ・シー・ネット株式会社のコンサルティング部に勤務しつつ、国内で8年間農業に取り組む。その後、同社代表取締役に就任。退職後、2012年よりラオス・ボラベン高原で農場を経営する。

 

ラオス有数の農業地帯・ボラベン高原

標高1000mを超えるラオス南部・ボラベン高原は、熱帯地方に属しながら年間を通して気温が25度前後と冷涼なため、温帯性作物をはじめ、さまざまな農作物の栽培に適した地。タイ、ベトナムなどの大消費地に近いという地の利にも恵まれています。

 

中でも盛んなのが、コーヒーの栽培です。国内9割のコーヒーがボラベン高原で生産され、海外企業の投資による1000ha規模の大農園や加工工場が点在。ほとんどの農家がコーヒー栽培に従事する、この地域を代表する一大産業になっています。他にも、白菜やキャベツなど高原野菜の産地として知られています。

海外資本によるコーヒー農園

 

それにもかかわらず、ボラベン高原には未開発の農地や農業資源も多く、ポテンシャルを十分に引き出せているとは言えません。多くの企業や農家がさまざまな農産物の生産に取り組んでいますが、農業技術、流通ルートの確立、労働者の確保などの課題に直面し、頓挫するケースも。一方で、近隣地域にパクセー・ジャパン日系中小企業専用経済特区の開発が進められるなど、日本企業・日系企業からも注目を集めています。それだけ伸びしろの大きいエリアであることが窺えます。

 

日系企業と連携し、タマネギのシェアNo.1を目指す

山本さんがボラベン高原で農場を始めたのは、2012年のこと。開発コンサルタントとして世界各国で農業支援を行ってきた山本さんは、40代の頃に国内で農業を始めたものの、道半ばにして諦めた過去がありました。やがて定年退職が間近に迫り、かつて果たせなかった夢を叶えるため、ラオスで農業を始めようと決意。

 

「開発コンサルタントをしていた頃、JICAの依頼を受けてカンボジア、ラオス、ベトナムの貧困地帯を調査しました。3カ国を巡ったところ、もっとも魅力を感じたのがラオスのボラベン高原。農業の発展可能性、ラオスの人々の親しみやすくて大らかな人柄に惹かれました。そこで、これまでの知識と経験を生かし、ボラベン高原でもう一度自分が目指す農業に挑戦しようと考えました」

 

こうしてラオスに渡り、42haの農地を借り受け、ひとりで農場経営を始めた山本さん。この地で目指したのは、環境に優しい循環型農業でした。

循環型農業実施のため、現在でも牛の放牧を行っている

 

「肉牛を放牧し、牛糞でたい肥を作り、作物に還元する“耕畜連携”の農業を始めました。当初はコーヒーの栽培から始めましたが、やがて日本企業と業務提携し、イチゴの試験栽培を始めることに。日本から来た技術者とともにイチゴを生産し、ラオスでも大きな評判を呼びました。ただ、貿易協定や検疫の問題に阻まれ、タイやベトナムへの輸出は叶いませんでした。その後、新型コロナウイルスの影響により、残念ながら提携企業が撤退を余儀なくされたのです」

 

そして現在、力を入れているのはタマネギとタバコ。どちらも日系企業と連携しながら、取り組みを進めています。

タマネギの苗づくりはビニールハウス内で実施

 

2021年から試験栽培を始めたタマネギは、日系企業であるラオディー社の依頼がきっかけ。今後の主力作物になると山本さんは期待しています。ラオディー社は、ラオスで高品位なラム酒の生産に成功し、ヨーロッパの展覧会で金賞を受賞するなど実績のある企業。ビエンチャン近郊に農場と醸造所を持っています。日本の大手食品会社の依頼を受けた同社が乾燥タマネギの仕入れ元を探していたところ、山本さんに行き着いたそうです。

 

「ラオスではタマネギの生産量が少なく、国内で消費するタマネギの多くはベトナムや中国から輸入しています。そこで、まずは周辺の農家を巻き込んで規模を拡大し、ラオス国内のマーケットを見据えた生産を考えています。日本に輸出するのは乾燥タマネギですから、形や大きさが不揃いなB品を加工しても問題ないので、将来的にはラオディー社と協力して国内マーケットの余剰分やB品を加工輸出するようにしたいと考えています」

 

昨年、初挑戦した試験栽培は、病害により失敗。しかし、提携しているラオディー社の士気は下がることなく、今年、山本農場は2haのタマネギ畑を開墾しました。今後は、10haまで拡大することも検討しています。

 

一方、タバコの生産を依頼したのは、パイプなどの喫煙具やタバコを輸入・製造・販売する浅草の柘製作所。現在の作付面積は1haですが、長い目で生産量を増やしていく考えです。

 

生産したタマネギとタバコは、どちらも提携する日系企業が買い上げてくれるため、物流ルートを開拓する必要はないと山本さん。

 

「個人で物流ルートを開拓するのは大変ですが、日系企業と組めばその苦労はありません。日本でも個人で小規模な農業を始めると、農協に農作物を収めて生活できるようになるまで3年はかかります。農協のような組織ができあがっていないラオスのような国では、現地の市場で販売するのが関の山。日系企業と手を組むのは、販売ルートを確保するうえで大きなメリットです」

 

日系企業と連携するメリットは、他にもあると言います。

 

「農業は、人材・物・資金の3つが不可欠。私も当初はひとりで農場を運営していましたが、徐々に現地の日系企業の方々との人間関係が構築され、そこからイチゴの栽培が始まり、現在のラオディー社や柘製作所との取り組みに広がりました。日系企業と連携し、お互いにできること・できないことを補完しながら農業に取り組むほうが、最終的な成功に結び付きやすいと実感しています」

 

途上国人材とともに働くことの課題

現在は、住み込みの家族を含む4名を雇用している山本農場。農繁期にはその都度、労働者を確保し、日本で技能研修を受けたサブマネージャーがハブとなって労働者を仕切っています。しかし、労働力はまだまだ不足しているとのことです。

山本農場にて住み込みで働いているラオス人家族と山本さん

 

「人材・物・資金の中でも、特に重要なのは人材です。ラオス人はどちらかというと労働意識があまり高くなく、1日来て、翌日からはもう来なくなり……の連続。もちろん勤勉な方もいますが、コーヒーの収穫時期になると『来週から来ないよ』と言われることも。今はコーヒーの価格が高く、その分労働者の待遇も良いため、そちらに移ってしまうのです。

 

都市部の工場などではFacebookなどのSNSを活用した求人を行ったりしているようですが、ボラベン高原は都市部から離れたところにあるので、それも難しいのが現状。収穫時期などの繁忙期には、サブマネージャーが友人や親戚に声をかけることで人を集めていますが、親戚や知人ばかり集めると、いざ冠婚葬祭や行事があるたびに揃って村に帰ってしまうなど弊害も大きい。安定的な人材の確保は大きな課題なのです」

 

山本さんが頭を悩ませる安定した労働力の課題。そこで今後、農場の拡大に必要となってくると考えているのが、しっかりとした技術を身に着け、現地の人たちを上手にマネジメントしてくれる日本人の雇用や育成です。では、どんな人がラオスでの農場運営に向いているのでしょうか。

 

「チャレンジや苦労を楽しめる、フロンティアスピリットに溢れた人ですね。のんびりした国なので、腹の中にしたたかなものを持ちつつ、人と鷹揚に接することができるタイプが望ましいでしょう。農業経験があるに越したことはありませんが、もし一から始めるなら強い意志が必要だと思います」

 

核となる農産物を見出し、現地に根差した農場経営を

現在、山本農場では事業拡大のため、農業技術者やマネジメント能力に長けた人材を募集中。

(問い合わせ先:山本ファーム メールアドレス:yamamotoikuojp3@gmail.com)

 

「農業の経験があり、途上国開発や農業開発に熱意を持つ人、ビジネスを成功させようという起業家精神のある人に来ていただけたらと思います。ラオディー社の社長と日頃から話しているのは、『高い報酬を払えば、日本から技術者を送り込んでもらえるかもしれない。でもそういう人では失敗するだろう』ということ。ああでもない、こうでもないと現地で試行錯誤しながら農業を行い、利益を出すための施策を考えることができる人が、成功するのでは」

 

持続可能な地域農業を実現するには、まだまだ課題の多い途上国。ラオスをはじめとする途上国で日本人が農場経営を行う場合、必要だと考えられる条件を山本さんに伺いました。

 

「大切なのは、中核となる農産物を見出し、現地に定着して農場経営を行うことです。日本の商社が何億円もの資金をつぎ込んだものの、撤退を余儀なくされたケースは少なくありません。現地を時々訪れる出張ベースではなく、その地に定住し、責任者として気概を持ってビジネスに取り組まなければ成功は難しいでしょう。中南米では日本人が移住し、苦労しながら農業にいそしんだ結果、現地の農業発展に寄与しました。日本政府も官民連携の支援策を出していますが、現地に根差して農業を行う人を増やし、成功事例を積み重ねていかなければならないと思います」

 

ラオスに腰を据えて約10年、トライエンドエラーを繰り返しながらも、地道に農業経営を続ける山本さん。そんなあきらめずに前を見続ける姿勢にこそ、成功のヒントが隠されていると言えそうです。

 

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読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

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話題の「エシカルファッション」とは? 鎌田安里紗さんに聞く‟服自給率1%の日本”と途上国の現状

近年、「エシカルファッション」や「サステナブルファッション」といった言葉も聞くようになり、手に取った洋服の「どんな過程で作られているのか」「作られている人たちの労働環境は?」といった背景までを意識していこうという消費スタイルが、暮らしの中に増えてきました。誰もが手頃な価格で洋服を購入できるようになった今、私たちが未来に向けて考えるべきこととは?

高校生の頃、アパレルの販売員やモデルの仕事を通じてファッションと関わり、そこから「エシカルファッション」に興味を持つようになったという鎌田安里紗さん。2020年には一般社団法人unistepsを設立。共同代表としてアパレルメーカー・デザイナー・消費者をつなぐ活動を行なっています。今回は、エシカルファッションプランナーである鎌田安里紗さんにエシカルファッションのこと、そして途上国の現状について教えていただきました。

 

鎌田安里紗/1992年徳島市生まれ。「多様性のある健康的なファッション産業に」をビジョンに掲げる一般社団法人unistepsの共同代表を務め、衣服の生産から廃棄の過程で、自然環境や社会への影響に目を向けることを促す企画を幅広く展開。種から綿を育てて服をつくる「服のたね」など。環境省「森里川海プロジェクト」アンバサダー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍。TwitterInstagram

 

「この服はどうやって作られている?」疑問を解決すべく世界中の縫製工場へ

──現在は、エシカルファッションプランナーとして幅広く活動されていますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

 

鎌田 高校1年生の頃、高校に通いながら週末はアパレル販売員のアルバイトと、雑誌モデルのお仕事をしていました。ちょうど日本にH&Mの1号店がやってきた頃で、まさにファストファッション全盛期。販売員の仕事をしていても「可愛いけど、似ている服がもっと安く別のお店で売っていたね」と、デザインよりも価格で洋服が選ばれている現場を何度も目の当たりにしてきました。

高校は国際系学科の学校に進学していました。授業でも“フェアトレード(※1)”の話は出ていたので、ファッションのフェアトレードってないのかな? と調べ始めたことがきっかけです。

※1…生産者が人間らしく暮らし、より良い暮らしを目指すため、正当な値段で作られたものを売り買いすること。途上国と先進国、または企業間での取引がフェアじゃないことが起因とされている。「フェアトレード」には、労働者に適正な賃金が支払われることや、労働環境の改善、自然環境への配慮、地域の社会・福祉への貢献などが含まれ、「子どもの権利の保護」および「児童労働の撤廃」も盛り込まれている。

 

──当時、ファッションのフェアトレードについて詳しい情報は見つかったのでしょうか?

 

鎌田 ほとんどありませんでしたが、ピープルツリー(※2)さんが当時から情報発信をしてくれていました。ピープルツリーさんが主催するイベントに参加したり、国内外の縫製工場へ見学に行ったりしました。1本の糸から生地ができて、洋服ができる工程を見ているのが、とっても楽しかったんです。洋服のことをもっと知りたくて、コットン農家さんにお邪魔したり、たくさんの現場に足を運ばせてもらいました。

※2…「ピープルツリー」はフェアトレードカンパニー株式会社のフェアトレード専門ブランド。フェアトレード・ファッションの世界的パイオニアであり、エシカルで地球環境にやさしく、サステナブル(持続的可能)なファッションを、約30年に渡ってつくり続けている。アジア、アフリカ、中南米などの18カ国約145団体と共に、オーガニックコットンをはじめとする衣料品やアクセサリー、食品、雑貨など、できるだけその地方で採れる自然素材を用いた手仕事による商品を企画開発・販売。手仕事を活かすことで、途上国の経済的・社会的に立場の弱い人びとに収入の機会を提供し、公正な価格の支払いやデザイン・技術研修の支援、継続的な注文を通じて、環境にやさしい持続可能な生産を支えている。

紡績工場を訪れた際の鎌田さん

──そういった海外への視察はどれぐらい行かれたのでしょうか?

 

鎌田 バングラディシュ、ネパール、カンボジア、インド、スリランカ、モンゴル……など視察や、生産現場を消費者(生活者)の方と共に巡るスタディーツアーを主宰することで、様々な場所に足を運んでいました。そんななかで次第に繋がりも増え、その体験や経験などの取材や講演依頼を頂くようになり、エシカルファッションプランナーとして活動するようになったんです。

紡績工場ツアーの様子

──とってもフットワークが軽い! 現地に行くモチベーションはどこから湧いてきたのでしょうか?

 

鎌田 店頭や雑誌を通して、服を届け、ファッションの楽しみを発信する立場でしたが、コーディネートを組んで装うことだけではなく、生産背景も含めて一着を着ることを味わう楽しさも知ってほしいと思ったことです。わたし自身がそういう情報をもっと早く知りたかったなと感じていたので、共有できることは共有したいと感じていました。

日本は服自給率1%!? エシカルファッションについて考える

 

──今着ている洋服が、どこでどのように作られているか詳しくわからない人がほとんどだと思います。改めてどのように洋服が作られているのか教えてください。

 

鎌田 コットンのTシャツを例にご紹介すると、素材となるコットン栽培から始まります。広大な農地でコットンを栽培し、収穫。コットンから糸を紡いで、生地を作ります。栽培には、Tシャツ1枚で約2900リットルの水が必要とも言われています。地域によっては、周辺の湖の水が枯れてしまった……なんてこともあるんです。

生地にする過程で染色するものもありますよね。デザインに合わせて生地を断裁、縫製し、やっと1枚のTシャツが完成します。みなさんがよく目にする「MADE IN 〇〇〇〇」は、縫製した国名が記されています。MADE IN JAPANと書いてある洋服でも、コットン栽培はインド、生地を織るのは中国などいろんな国を経由し、日本で縫製しているものも含まれているんです。

収穫したコットン

──素材から日本で作られたものがMADE IN JAPANなわけではないのですね。

 

鎌田 日本で販売されている洋服の99%は海外で作られています。日本における服の自給率はたった1%ほど。さまざまな国、人の手を渡ってTシャツが作られていることを知らない人がほとんどでしょう。この件については、日本国内の業界関係者も課題に感じている部分です。素材から縫製まで工程が細分化され、サプライチェーンをトレースするのが本当に大変で……。洋服のブランド一社だけが頑張ってなんとかなる問題ではないので、仕組み作りから取り組む必要があると考えています。

 

──最近よく耳にする「エシカルファッション」も、そうしたサプライチェーンが明確になっていることが求められているように感じます。改めてエシカルファッションとは何か教えてください。

 

鎌田 エシカルファッションとは、直訳すると「倫理的なファッション」のこと。服が店頭に並ぶまでの過程で、洋服を作る人、素材となる植物や動物、またそれを栽培・飼育する人たちや環境に過剰な負担がかかっていないかを考えて、洋服を選ぶ行為や態度を指します。難しく思われがちなのですが、「買いすぎてない?」「どうしてこんなに安く服が作れるの?」「手放す時はどうする?」など、洋服が届くまで、そして手放した後のことまで考えてファッションを楽しむことと言えるでしょう。

──買う時だけでなく、手放した後も大切なのですね。着古した服は捨てる以外にどんな手放し方がありますか?

 

鎌田 破棄以外には、リユース、リサイクル、寄付などの方法があります。環境省の調査(2020年度)だと、日本の衣類品リサイクル率は約15%(年間12.3万トン)。回収された洋服は、細かく裁断され自動車の内装材などに使われたり、繊維に戻して新しく服を生み出したりします。世界的にみると、ドイツのリサイクル率は60%ほどと高いですが、それ以外の先進国では20%前後とあまり日本とは状況が変わりません。

リユースについては、衣類の回収BOXの設置や、古着屋さんやメルカリで「売る」ことを前提に洋服を購入する人が増えています。洋服を作る技術は発展しましたが、手放す技術についてはまだまだこれからですね。

寄付については、アフリカなど古着の輸入を禁止した国もあるんです。日本のように冬がある寒い地域の衣料品を、常に気温が高いアフリカやアジアに届けても結局ゴミになっていることもあります。もちろんきちんと仕分けして、欲しい人に欲しい洋服を届けている団体もありますが、砂漠に洋服が捨てられていたり、アフリカの海が古着だらけになっていたり、本末転倒なことが起こっているのも事実です。

児童労働、厳しいノルマ……急成長するファッション業界と途上国が抱える課題とは?

──全体的に作りすぎな気が……。なんとか循環できないのでしょうか?

 

鎌田 ファッション産業が急成長したのはここ20年ほどのことです。2000年から2015年の間に、全世界で生産される洋服の量が2倍になったとも言われています。

北九州にある株式会社JEPLAN(旧・日本環境設計)さんは、服から服の水平リサイクルを実施しています。ポリエステル素材100%の洋服から成分を分解し、もう一度ポリエステルの素材にして、洋服を作る技術を持っています。これは世界的にも重要な技術です。

 

──ペットボトルから作られた衣類は見たことがありますが、服から服を作れるとは!

 

鎌田 何度でもリサイクルできるので、資源の枯渇や生産過程でのCO2排出も抑えることができます。ただ、この世の中にある洋服の多くが「混合素材」。例えば、ポリエステル50%、ナイロン30%、コットン20%など複数の素材を使っていることが多いです。今後それらを分けて、それぞれをリサイクルできる技術が発明されれば、「服から服」の水平リサイクルがさらに加速するでしょう。

──これまで洋服を購入するときに「素材」を意識していませんでした。

 

鎌田「都市鉱山」があるように、ご家庭のタンスには「都市コットン」「都市ポリエステル」もいっぱいあるはず! 国内で今まで廃棄されていた服を素材として集められれば、素材調達から製造販売、リサイクルまで国内にある素材だけでグルグル洋服の循環ができるかもしれません。

 

──実現したら素晴らしい取り組みになりますね。手放した後のことも考えるとよりエシカルファッションを楽しめる気がしてきました。しかし現状、日本は99%が海外生産された洋服に頼らざるを得ません。そんななかで日本の洋服のサプライチェーンとして繋がっている途上国が抱える課題について教えていただけますか?

 

鎌田 児童労働や強制労働の課題があります。ファッションだけではないですが、農業で生計を立てるために、家族総出で働かないと利益を得ることができない国もあります。

また裁縫工場の労働環境も改善されていく必要があります。パーツごとに担当が決められていることもあり、「襟担当」になったら毎日襟のミシンがけのみ行うことになり、服全体を作る技術を身につけることができません。時間内に何枚とノルマがあったり、終わるまでは外から鍵をかけられて、トイレに行くことも禁止されている工場があったという報告もあります。バングラデシュの「ラナプラザ」の事故では違法に増築された工場が倒壊し、多くの作業員が命を落としてしまいました。さらに、不当解雇や賃金未払いなどもあるので、発注元の企業と工場が連携して、立場の弱い労働者が声を届けられる仕組みも必要だと感じています。

生産現場を訪問した際の様子

──なんと……。ブランドの方たちは、その現状をご存知なのですか?

 

鎌田 サプライチェーンが明確になっていない場合もあるので、一概には言えません。でも、ブランドが設定した納期に無理があり、立場の弱い従業員たちにしわ寄せがかかってしまったこともあるでしょう。

また日本では、1990年以降、服の価格が下がっています。消費者である私たちが、安さを求めた結果、市場では価格競争が激しくなり、生産工程に無理が生じているとも言えますよね。

小さい違和感を受け流さずに、知ろうとするのが大きな一歩に

──消費者である私たちは、何から始めたらいいのでしょうか?

 

鎌田 今回は「エシカルファッション」がテーマですが、服に興味がなければ自分が普段使っている家電や家具、食事、なんでもいいので好きなものが「どう作られているのか」を知ることからだと思います。

私もベランダでキュウリを育てたのですが、めちゃくちゃ味が薄くて(笑)、美味しくなかったんです。1本作るまでの苦労がわかるからスーパーで安く販売されていると「1本48円でいいんですか?」って感じます(笑)。ちょっとでも作り手を経験すれば、価格の価値も変わります。

──興味のあるものから作り方を知るのは大事ですね。

 

鎌田 洋服に興味のある方が簡単にできるのは、今持っている服をきれいに着続けること。同じ服を2年着るだけで温室効果ガスを24%減少させることもできます。靴を磨いたり、洋服にアイロンをかけたり、手洗いしたり、洋服を丁寧に扱うだけでもなんとなく気持ちが良くて肯定感が上がりますし、環境への負荷も減らすことができます。

また「この服ってどうやって作られているんだろう?」と疑問に感じたらショップに聞いてみるのがおすすめです。小さい違和感を受け流さず、知ろうと行動することが大きな一歩に繋がることもありますから。

鎌田さんが手掛ける「服のたね」での発芽の様子

──鎌田さんが描くファッション業界の未来についても教えてください。

 

鎌田 低価格にデザイン性のある服を購入できるようになってファッションの楽しみが広がったと捉えることもできますが、それによって生まれてしまった課題もあると思います。これからはその課題をブランド・商社・繊維メーカー・販売店・そして消費者が一緒になって向き合って良くしていけるような仕組みが必要だと思っています。

あとは、新品屋さん・古着屋さん・お直し屋さんがブランドごとに同じ価値で提供されるようになると理想的ですよね。作って売るところまでではなく、お直ししたりアップサイクルしたりするところがブランドに求められる仕事の範囲になっていくのではないかと感じています。

 

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読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

なお、当メディアへのご意見・ご感想は、NEXT BUSINESS INSIGHTS編集部の問い合わせアドレス(nbi_info@icnet.co.jpや公式ソーシャルメディア(TwitterInstagramFacebook)にて受け付けています。『NEXT BUSINESS INSIGHTS』の記事を読んで海外事情に興味を持った方は、是非ご連絡ください。

 

撮影/映美

蚊に刺される=感染…途上国への「虫ケア」でアース製薬が示すSDGsのカタチ

アジア、中南米、アフリカなどで流行している、デング熱やマラリアといった「蚊媒介感染症」(病原体を持つ蚊に刺されることで発生する感染症)。重症型のデング熱は、アジアやラテンアメリカの一部で子どもの死亡の主原因に挙げられるほど深刻な問題となっています。

吸血中のヒトスジシマカ

 

こうした蚊媒介感染症についてグローバルな取り組みを行っているのがアース製薬です。そのひとつが、蚊媒介感染症の発生率を低減する「ワールド・モスキート・プログラム(WMP)」でのベトナムにおける活動支援。2021年に新設された同社の「CSR(Corporate Social Responsibility )/サステナビリティ推進室」の皆さんに、推進室新設の経緯やASEAN諸国における感染症対策ソリューションなどについてお話をお聞きしました。

 

アース製薬だからできるユニークなCSR/サステナビリティ活動

同社では、事業を通じて社会課題の解決を目指す「CSV(Creative Shared Value)経営」を推進。「CSR/サステナビリティ推進室」では、室長の桜井克明さんを筆頭に、都市害虫学の専門家である角野智紀さん、国際NGO団体職員としてミャンマー国境にある移民・難民のための診療所で働いていた田畑彩生さん、グローバルでマーケティング企業に従事していたライアン・グィン・フィンさんという多様性あふれるメンバーが、アース製薬ならではのサステナビリティを日々追求しています。

右から、桜井克明さん、角野智紀さん、田畑彩生さん、ライアン・グィン・フィンさん、NEXT BUSINESS INSIGHTS編集長・井上

 

特にユニークな取り組みが、以下の3点です。

 

ASEANでは民間企業初となる虫媒介感染症への取り組み:ワールド・モスキート・プログラム(WMP)

オーストラリアの研究者らが立ち上げたWMPは、世界の人々を蚊媒介感染症から守るための非営利型イニシアティブ。主な活動は、蚊に共生細菌ボルバキアを感染させることで、デング熱媒介能の著しく低い蚊を作り、デング熱感染症率を低下させる取り組み。生態系を崩さずにデング熱などの感染を防げるとあって、大きな注目を集めています。同社では、2021年からベトナムにおけるWMPの支援活動をスタート。民間企業によるWMP参画は、ASEANでは初の試みです。

 

事業を通じた社会課題への取り組み:感染症トータルケアに役立つ先端的テクノロジーの活用

革新的な酸化制御技術「MA-Tシステム」を活用した製品開発・販売を推進。「MA-T」は、亜塩素酸イオンから必要な時に必要な量の活性種(水性ラジカル)を生成させることで、ウイルスの不活化や除菌を可能にするシステムです。既存の除菌剤より安全性が高く、長期保存できるため、避難所などで使用する除菌・消臭剤、感染症予防に役立つマウスウォッシュにも活用されています。さらに、農薬・医薬品、牛の糞尿から出るメタンガスからメタノールを製造する技術などへの応用も見込まれています。

「MA-Tシステム」を採用した肌用ミスト

 

自然環境を持続させる取り組み:環境・生物多様性の保全

自然環境を保全するため、外来生物対策、動植物の分布に関する調査・モニタリングなどを実施。例えば、兵庫県赤穂市生島では、国指定天然記念物の照葉樹林を保護すべく、つる植物ムベの伐採を実施。兵庫県姫路市「自然観察の森」では土壌動物の調査、小笠原諸島ではツヤオオズアリの防除を行うなど、自治体と連携しながら生物多様性の保全に取り組んでいます。

赤穂市生島での活動風景

 

グローバルで経験豊富、エッジの効いたメンバーが集結

井上 アース製薬は、2021年に「CSR/サステナビリティ推進室」を新設し、ユニークな取り組みを進めています。なぜこのタイミングで推進室を立ち上げたのでしょう。

 

桜井 一つは昨今のめまぐるしい社会情勢の変化です。また、当社はプライム市場へ移行することとなりました。それに伴い、私たちは「感染症トータルケアカンパニー」として世界の人々の安全で快適な暮らしを実現するするとともに、社会の持続可能性や価値向上の取り組みをさらに推進する必要があると考えました。

「CSR/サステナビリティ推進室」発足の経緯を語る桜井室長

 

井上 なるほど。とはいえ、アース製薬では創業以来、虫ケア用品を提供し続けてきましたよね。専門部署こそありませんでしたが、事業を通じて社会貢献をしてきたのではないでしょうか。

 

桜井 おっしゃる通り、虫ケア用品は、販売すること自体が感染症対策になります。事業と社会課題の解決がここまで直結した企業は、珍しいのではないかと思います。

 

井上 私が勤めるアイ・シー・ネット株式会社もODA事業に関わっていますが、当たり前にSDGsに取り組んでいたからこそ、ことさら「SDGsへの取り組み」をアピールすることには少しためらいがありました。貴社も、これまではあえてアピールする必要がなかったのかもしれませんね。

 

田畑 そうですね。確かに「SDGsに取り組んでいる」自覚は薄いかもしれませんが、どの社員も「自分たちはお客様のお困りごとを解決する製品を販売している」という認識を強く持っています。

 

井上 推進室の皆さんは、昆虫学や公衆衛生、マーケティングなどそれぞれの専門領域を極めた方々です。バックグラウンドも多様で、ユニークな顔ぶれですね。

 

桜井 ここまで経験値が高くてエッジの効いたメンバーは、珍しいと思います。例えば田畑さんは、公衆衛生を海外で学び、タイで感染症対策に取り組んできた経験があります。WHOや国連ならこうした経歴のスタッフもいるかもしれませんが、事業会社では希少。角野さんは、虫防除に関する国家資格の講師を務める害虫のスペシャリストです。

 

井上 ライアンさんは、どのような事業に携わっているのでしょう。

 

ライアン ベトナムの貧困地域に家を建てたり、衛生環境を改善したりといった海外事業を担当しています。ESG関連のデータ分析、英語によるレポートの作成なども行っています。

ライアン・グィン・フィンさんは、グローバルマーケティング企業や海外営業に携わっていた

 

井上 これだけエッジの効いた方々が揃っていると、面白い活動が生まれそうです。

 

生態系を崩さず、蚊媒介感染症を防ぐ

井上 さまざまな取り組みの中でも、ASEANなどの途上国に向けた蚊媒介感染症対策はアース製薬ならではだと感じました。蚊を駆除するのではなく、ボルバキアという共生細菌に感染させることで、蚊の個体数を下げることなく蚊媒介感染症罹患率を下げるという手法がユニークです。

井上自身も途上国での活動経験がある

 

田畑 蚊に接種したボルバキアは親から子へ受け継がれます。そのため、ボルバキアに感染した蚊の卵を公園などの木に吊るし、蚊媒介感染症を引き起こさない蚊を増やすという地道な活動を行っています。熱帯医学研究を行う、ホーチミン・パスツール研究所とも協働し、蚊の卵や幼虫を育てる設備も設けました。こうした活動により、生態系を崩さず、蚊媒介感染症の発生率を抑えることができる体制が整ってきました。

 

井上 感染症と言えば、近年では新型コロナウイルス感染症がまず頭に浮かびますが、ASEAN諸国では新型コロナよりもデング熱が喫緊の課題なのでしょうか。

 

田畑 デング熱などの感染症は、アフリカやアジアの途上国で大きな問題になっていますが、なかなか注目されることがありません。そのため、こうした病気は「顧みられない熱帯病」と呼ばれています。新型コロナウイルス感染症のワクチンはすぐに完成しましたが、デング熱のワクチンがなかなか開発されなかったのは、こうした理由もあります。もちろん創薬の難しさの違いもあると思いますが、根深い問題が横たわっているのも事実です。

 

「蚊に刺される=感染」という、日本にはない危機意識

井上 蚊媒介感染症対策を行う上で、現在もっとも注力している国はベトナムですか?

 

桜井 現在はベトナム、タイが中心ですが、今後はフィリピン、マレーシアなど現地法人がある国を起点に取り組みを拡大していきたい考えです。

 

田畑 世界では、この6カ月で約10万人ものデング熱患者が発生しています。アース製薬がWMPを通じて支援しているのは、当社工場があり、なおかつデング熱の罹患率が高い地域です。

アースコーポレーションベトナムの工場

 

ライアン 今後取り組みを拡大する際には、先ほど挙げた4カ国の現地法人が同じビジョンを持ち、同じアクションを起こしていくことが必要です。そのため、CSR報告書の英語版も作成しています。

 

井上 私はパプアニューギニアでマラリアに罹ったことがあるので、蚊には強い恐怖を感じます。日本と海外では、蚊に対する意識も大きく違いますよね。

 

田畑  タイなどでは「蚊に刺される=感染」という認識です。以前は、デング熱が蚊媒介感染症であるという認識が地方では低かったのですが、啓発活動を進めれば、意識が高まっていきます。

 

井上 そういえば、先ごろアース製薬のタイ現地法人が販売する蚊とり線香を、「アース虫よけ線香モンスーン」として日本でも販売開始されたそうですね。今後も、途上国向けの製品を日本に“逆輸入”することはあり得るのでしょうか。

タイの現地工場での生産風景

 

角野 あり得ます。海外のヒット商品を日本仕様に変更して発売することもありますし、「アース虫よけ線香モンスーン」のように販売するケースも増えるのではないでしょうか。グローバルの研究部と日本国内の研究部が互いに刺激し合い、切磋琢磨しながらより良い商品を開発できたらと考えています。

 

井上 近年、アース製薬では虫よけ線香や液体蚊とりを「殺虫剤」ではなく「虫ケア用品」と称していますね。

 

桜井 やはり“殺”という言葉には、ネガティブなイメージが付きまといます。私たちが目指すのは、虫を殺すことではなく人間を虫から守ること。人間と虫の住空間を分け、人間の生活をケアするという意味合いで、「虫ケア用品」と呼ぶようになりました。

 

角野 生態系を構成している生物は、必ず何かしらの役割を担っています。例えばボウフラは、汚泥を餌にしているので水を浄化してくれますし、他の生物の餌になります。オスの蚊は花の蜜を吸うため、受粉の手助けもしています。人間から見れば蚊は鬱陶しいだけの生き物かもしれませんが、ウイルスからすれば自分たちを拡散してくれるありがたい存在。そういった視点を忘れてはならないと思います。

角野さんの虫に対する造詣の深さに、推進室のメンバーも驚かされることがしばしば

 

海外でのSDGsビジネスは時間がかかる。大切なのは、長期的な視野を持つこと

井上 ASEANにおける虫媒介感染症対策は、現地の政府やNGOなどと連携して取り組みを行うケースも多いのでしょうか。

 

田畑 そうですね。現地大学と帝人フロンティアとの3者共同プロジェクト、JICAのSDGsビジネス支援事業など、さまざまな形で現地機関と連携しています。また、日本の技術を紹介すると、現地の方から「ぜひ一緒に製品開発を」とお声がけされることも多々あります。そういう時には、ローカルの方々との協働がポイント。開発する製品も現地に根づいたものになり、事業が継続的に広がっていきますから。

JICAの支援事業で活動する田畑さん(写真右)

 

角野 逆に、日本の技術をそのまま持ち出し、「これを使ってくれ」と言ってもまったく広まりません。日本とは習慣や文化が違うので、現地にアジャストさせる必要があるんです。手っ取り早いのは、現地の方々と一緒に取り組むことですね。

 

井上 国内にとどまらず、現地の人も巻き込んだグローバルなオープンイノベーションを促進しているんですね。

 

田畑 以前、国際協力、人道支援を行っていた時に学んだことですが、主役は現地の方々。彼らに「自国の人々の役に立ちたい」という思いがあると、現地に根差したものが生まれると思います。

 

井上 その考え方は、人道支援に限らずビジネスでも有効なんですね。

 

田畑 そう信じています。長年ODAに携わっていると、支援がどのように始まり、どのように終わるのか見えてきます。長く継続するのは、現地の方々が主体になって推進するプロジェクト。ビジネスにおいても、確実に同じことが言えます。モノや技術だけポンと渡すだけではダメ。丁寧にキャパシティ・ビルディング(目標を達成するために、その組織が必要な能力を構築・向上させること)を進めることが重要です。

 

角野 プロジェクトが終わってからも、定期的にモニタリングし、フォローする。それくらいやらなければ継続は難しいと思います。

 

井上 そうなると、事業化までかなりの時間がかかるケースも多くなると思います。最初から長期スパンで事業計画を立てるべきということでしょうか。

 

田畑 確かに時間はかかるので、企業が新規事業として継続するのはなかなか難しいかもしれません。本当にその国の社会課題を解決したいのであれば、長いスパンで考えるべき。と言っても、余裕のある企業でなければできないわけではありません。大切なのは、長期的な視野を持つことだと思います。

 

井上 プロジェクトを長く続ける熱意も必要。推進室には、情熱と突破力を併せ持つメンバーが揃っているんですね。現地でプロジェクトを進めるうえで、障壁になること、課題を感じていることはありますか?

 

田畑 文化や感覚の違いは、大きな課題です。例えば、日本では手を洗うことが当たり前ですが、「清潔」に対する意識が違うと、手洗いの習慣もなかなか根づきません。こうした単純な違いのほかに、宗教に基づく思想、長年にわたって培われてきた価値観、心情なども障壁となることがあります。

 

角野 現地でプロジェクトを進める際には、まず我々の常識を取り払うところから始まります。わからないことは現地の人に聞く。製品開発においても、現地でのモニタリングやアンケートは非常に重要。例えば、虫ケア用品には香りをつけることが多いのですが、「絶対にこの香りが好きだろう」と日本人が満場一致で選んでも、現地でリサーチすると全然違う結果になることも。日本の常識は持ち込まないというのが、大前提です。

 

井上 それだけ価値観が違うと、「手を洗いましょう」と啓発しても根づかせるのは難しそうです。

 

角野 そうなんです。ですから、「なぜ手を洗う必要があるのか」という前提から説明する必要があります。大人は今までに身についた習慣があるので、なかなか浸透しません。そこで、幼稚園や学校など小さなお子さんに指導し、自宅でも実践してもらうようにしています。そのうえで「だから石鹸が必要なんだ」と理解してもらう。こうした啓発活動が重要です。

 

田畑 大事なのは、衛生状況をいかに改善し、感染症の発生率をいかに抑えるか。理由がわかれば納得し、行動変容につながる。もちろんその結果、当社の商品が売れればWin-Winですが、人道支援的な立場から言えば、感染症が抑えられるなら、どこの製品を使っていただいてもいい。ちなみに私自身がNGO団体からタイに派遣された時は、アース製薬の製品を国境地域で使っていました。当社の製品は、現地のラストワンマイル(顧客に製品が届く物流における最後の接点)で、消費者の方々に選んでもらえる商品力があると思います。

NGO団体での活動経験を現職にも活かしているという田畑さん

 

井上 長年培ってきた土台があるのは強みですよね。ローカルでも戦える商品力、価格競争力があるからこそ、現地の方々に選ばれる。その土台があるから、今求められる社会課題の解決にも貢献できているのでしょう。

 

地球との共生を考える、アース製薬の未来像

井上 最後に、皆さんの今後の展望や、推進室で挑戦したい事業についてお聞かせください。

 

ライアン どの国でサステナビリティ活動を展開するにしても、まず優先すべきはその地域の方々です。現地の方々とともに成長し、次のステップとして、ともに経済的に発展していく。これまでは製品を売ることが最優先でしたが、推進室では現地の方々の思いを大切にしています。そこに魅力を感じますし、今後もその地域の方々のことを第一に考え、事業を展開していきたいと思っています。

ベトナムで活動するライアンさん

 

田畑 今回は虫媒介感染症の話をさせていただきましたが、私個人としては「MA-T」の事業展開に注目しています。「MA-T」は、感染症予防だけでなくメタンからメタノールを製造するなど、気候変動、地球温暖化の問題にもリーチできる可能性を秘めています。「MA-T」の除菌剤が国連調達品となり、難民キャンプや紛争地、災害発生地で活用されることが私の願い。地球規模の課題を解決する際には、経済、教育などの格差が障壁となりますが、「MA-T」はこうした格差を埋める一助にもなると確信しています。

 

角野 まずは、当社のサステナビリティ活動の基盤づくりをしっかり進めていきたいと思っています。また、ESG評価機関などへの情報開示も推進室の重要な使命。個人的な展望としては、生物を殺すのではなく生かす取り組みに、さらに力を入れたいと思っています。昨今は気候変動、資源循環、生物多様性といった地球環境問題への対応が求められていますし、アース製薬もその流れに乗り遅れるわけにいきません。実はアース製薬は、飼育昆虫の数や種類が日本一。その経験や技術を生かし、希少な在来種の保護・保全に貢献できたらと思っています。

 

【取材を終えて~井上編集長の編集後記】

どんな会社でも創業時には熱い想いをもって事業を展開していると思いますが、時間がたつとその想いが薄れるケースも多いと思います。アース製薬は創業から130年たった今でも、全ての社員が「お客様のお困りごとを解決する製品を販売する」という認識をもっているそうですが、これは並大抵のことではなく、ビジョンをしっかり社内に浸透させ続けてきた、これまでの会社の努力があったのだと思います。明確なビジョンを持ち、そして魅力的な人材が集まっているアース製薬が、どういう活動を展開されていくのか、今後が非常に楽しみです。

 

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取材・文/野本由起   撮影/干川 修

住宅設備に商機あり! パナソニックがベトナム市場に注力するワケ

現在、日本国内の配線器具分野などで大きなシェアを占めているパナソニック エレクトリックワークス社(以下、EW社)。その好調ぶりは国内だけでなく、ASEAN諸国をはじめとする海外にも波及しています。

 

EW社が注力している国のひとつがベトナムです。同国では、コロナ禍のなかでも人口増加が続いているため、国民の平均年齢が30歳程度と若く、ASEAN諸国のなかでも、継続的かつ大きな経済成長が見込まれています。それにあわせて、都市部では戸建て住宅やビルなどの新築着工件数が着々と増加しており、配線器具や換気送風機器、照明といった、建築に紐づく電材のニーズが急速に拡大中です。

 

ベトナムの住宅着工数(1000戸)

出所:IHS Markit 2022年4月

 

そんなベトナムにおいてEW社は、新工場建設などの大胆な展開を行うことをこの夏に発表。現地での展示会「Panasonic SMART LIFE SOLUTIONS 2022」も開催し、ベトナム国内のデベロッパーや工務店など、パートナーとなりうる企業を探っています。

 

EW社が着々と開拓を進めるベトナムの電材市場。ベトナムという国の独自性や、マーケットの現在と今後の可能性、そのなかでEW社がとっていく戦略について、現地法人であるパナソニック エレクトリックワークス ベトナム有限会社の社長・竹宇治一浩さんにお話を伺いました。

竹宇治一浩さん●2012年にパナソニック株式会社 エコソリューションズ社(現:エレクトリックワークス社)に配属。インドでの海外赴任経験後、20194月より現職(当時社名はパナソニック エコソリューションズ ベトナム社)。

 

ブレーカー、シーリングファンなどの商材で、ベトナム国内シェア1位を達成

EW社がベトナムに注力する最大の理由は、その高い経済成長の余地です。IMFが予測する同国のGDP成長率は、2022年で前年比6.0%、23年には7.2%、24年は7.0%と高い水準で安定。新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年から2021年にかけては前年比2%台に成長が落ち込みましたが、その後はしっかり持ち直すという予測が出ています。ベトナム市場には成長国らしいニーズが溢れていると竹宇治さんは言います。

 

ベトナムの実質GDP成長率

出所:IMF統計 2022年4月

 

「急速な都市化の進行、コロナ禍の影響などにより、ベトナム国内の建築市場にも多彩なニーズが発生してきました。具体的には、電化率の高まりを支えるより安心安全・高品質な配線器具、排気ガスによる大気汚染やウイルスへの対策をした快適で安全な空間を作る換気送風機器といったものです。EW社では、ブレーカーやコンセントなどの配線器具、換気扇などの換気送風機器、照明機材の3点の商材を通して、そういったニーズを満たし、ベトナム社会に貢献できるような事業を展開しています」(竹宇治さん)

空気清浄機や換気扇など、現地で販売している換気送風機器

 

ブレーカーやコンセントなどの配線器具

 

EW社とベトナムの関係は古く、その歴史は1994年にまで遡ります。最初に扱った分野は配線器具で、その後2000年代にかけて、ポンプ、シーリングファン、換気扇、扇風機などの水・換気送風機器でもベトナム市場に進出。これらの分野ではすでに大きな成功を収めており、配線器具、ブレーカー、シーリングファン、換気扇、ポンプといった商材で、同国内シェアトップを達成しています。同社のベトナム国内での売上は、2007年から2020年にかけて約10倍に伸長しており、それらの商材が成長を牽引してきました。

 

一方で、2019年に遅れて参入したジャンルが照明機材。EW社では、参入したのが最近であることに加え、都市部の建築ラッシュなど急速に需要が高まっていることから市場開拓の余地が大きいと考え、この照明機材分野を今後最も成長が見込めるジャンルとして注力しています。

住宅用の照明機材

 

開発拠点をベトナムに置き、ローカライズを徹底

すでにベトナム市場で成功を収め、今後さらに勢いを拡大していこうとするEW社。成功の秘訣には、徹底したローカライズへのこだわりがありました。

 

「実は、ベトナムよりも先に、同じ東南アジアのタイに進出していて、ある程度、ASEANの方々の嗜好やニーズは掴めていました。そのため、配線器具の分野でベトナムに進出した際は、タイ市場からの水平展開を最初に行い、その後ローカライズを推進。とはいえ、これは進出当初の話で、現在はニーズをベトナム国内で吸い上げ、それを開発・生産に反映していくことに力を入れています。特に、配線器具・換気送風機器の分野では、ベトナム南部のビンズオン省で新工場を建設している最中です。2023年の生産開始を予定しているこの工場には開発部隊も配置する予定で、ベトナム市場オリジナルの製品を作れる体制を整えようとしています」(竹宇治さん)

ベトナム・ビンズオン省に建設予定の工場の完成予想3Dイラスト

 

このビンズオン新工場の特徴は、日本国内の工場と同様の生産ラインを導入しているという点です。これは、パナソニックグループの最大の強みである、高品質と高い供給力をベトナム市場でも活かすため。先述した通り、急速な発展が進むベトナムの都市部では、安全性の高い電材が大量に求められており、EW社が国内で培ってきた地力が、東南アジアの地でも活かされていることになります。

 

また竹宇治さんによれば、IAQの新工場では、中東など、その他アジアの国に輸出する製品の開発・製造も行うとのこと。ベトナムだけでなく、アジア・中東にシェアを広げるための拠点がまもなく誕生します。

 

一方で、これからの新規開拓が急がれる照明機材の分野では、現地メーカーとのOEM(委託生産)契約によって生産を行うとしています。これは、EW社がこれまで蓄積した製造技術やノウハウをパートナーとなるベトナム国内のサプライヤーに提供して、現地で自社生産のものと同品質の商品を製造するという方式です。

 

「配線器具・換気送風機器の分野は、いままさに多くの需要が発生しており、これを満たせるだけの供給体制を構築することが、メーカーとして最も大切なことだと考えています。新工場の建設に踏み切ったのは、それが理由です。一方で、照明機材はこれから成長していく・させていく分野なので、OEMで体制を整え、いずれは地産地消を目指していく、ということになります」(竹宇治さん)

 

OEMだと、ローカライズの質が落ちることはないのかと思われる読者もいるでしょう。EW社では、その質をしっかり担保するため、ベトナム現地に照明機材の研究開発を担うエンジニアリングセンターを開設。商品の生産こそOEMですが、その開発はしっかり自社の手で行っています。EW社の照明機材は、日本国内なら阪神甲子園球場や新国立競技場、ASEAN地域ではインドネシアの世界遺産・プランバナン寺院、マレーシアのイオンモール Nilaiなど、有名・大型施設への導入事例が多くあります。ベトナムでも、スポーツや景観、あるいはインフラなど、現場のニーズに沿った提案と商品開発をしていくため、開発拠点を現地に置くことにこだわっているというわけです。

インドネシア・プランバナン寺院のライトアップ風景

 

困難も多いが、魅力あふれる市場

ベトナムという異国の地でビジネスを展開するのは、簡単なことばかりではないといいます。新工場の建設にあたっても、予測のできない苦労があったそうです。

 

「工場建設に関して、現地の政府の規制があるのですが、それがしょっちゅう、しかも急に変わるんです。なので、計画の練り直しを複数回行うことになり、工場の建設認可もなかなか取得できず、とても大変でした。そういった苦労はありますが、ベトナムという市場は魅力にあふれていると私は思います。単純に成長市場だというのはありますが、現地の人々はとても勤勉で、仕事熱心。それに、コロナ禍があって競合の海外企業にも撤退するところが出たため、いまはシェアを拡大するチャンスなんです」(竹宇治さん)

展示会でのお客様会議風景

 

また、竹宇治さんの元で働くスタッフの安田 竜さんはこう語ります。

 

「私はインドネシアからの転勤でベトナムにきたのですが、この地には、日系企業がビジネスを展開しやすい土壌があると肌で感じています。まずは、食品、医療、リテールなどの分野で、多くの日系企業がすでに進出しているため、日本の製品に対する信頼感が元から高いということ。また、親日的な人が多く、現地の企業とパートナーシップを結ぶ際にも、信頼関係を構築しやすいように思います。ベトナム人の社員は、日本人に似て真面目で勤勉な人多く、その点でもやりやすいですね」(安田さん)

 

今後も継続した成長が見込まれる市場であるとともに、日本に対する信頼感の高さや勤勉な国民性など、日本企業が事業を展開する上でも非常に魅力あるベトナム。住宅設備関連事業はもちろん、さまざまな業種において、同国の経済発展をビジネス面でサポートするチャンスが今後も増えそうです。

 

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アフリカビジネスの大きなきっかけに!「ABEイニシアティブ」卒業生がこれからの日本企業に欠かせない理由とは?

アフリカにおける産業人材育成と日本企業のアフリカビジネスをサポートする「水先案内人」の育成を目的として、日本の大学での修士号取得と日本企業でのインターンシップの機会を提供するプログラム「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(African Business Education Initiative for Youth)」、通称:ABEイニシアティブをご存知でしょうか? 2014年から現在までで、ABEイニシアティブを通じて1286人ものアフリカ出身の留学生が来日。留学生のなかには、プログラム終了後の進路として、日本企業へ就職する人がいます。

 

本記事では、2019年より仙台を拠点とするラネックス社で活躍するセネガル出身のABEイニシアティブ卒業生、ブバカール ソウさんにABEイニシアティブでどのようなことが学んだのか、また日本企業で3年以上働いてみてどんな感想を抱いているのかを聞きました。

 

●ブバカール ソウ/セネガル出身。2012年には、JICA横浜で開催された短期研修に参加するために訪日した経験がある。日本の支援で設立されたセネガル日本職業訓練センター(Technical and Vocational Training Center Senegal-Japan)を卒業後、職業訓練・手工業省職員となり職業訓練センター・ジガンショール校にてコンピューター科学の教師をしていた。在職中にABEイニシアティブの選考を受け、宮城大学の事業構想学研究科の修士号を取得。卒業後2019年3月~10月のインターンを経て同年11月より仙台に本社のあるラネックス社に勤めている。

 

「ABEイニシアティブ」で学べることとは?

まずは「ABEイニシアティブ」がどういったプロジェクトなのか、その背景を紹介しましょう。

 

2013年6月に横浜市で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD Ⅴ)で発表されたABEイニシアティブ。当初の計画は、2014年からの5年間で、1000人のアフリカの青年を招聘し、日本各地の大学院で専門教育と、日本企業でのインターン研修の機会を設け、日本とアフリカの架け橋となる産業人材の育成を目的としていました。そのインターンでは、日本の企業文化、勤労精神まで学んでもらおうという狙いもあります。

 

2016年の第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)で、2019年以降も継続して取り組んでいくことが表明されています。

 

2014年9月に初めてABEイニシアティブの研修員156人が8か国から来日し、2019年4月までにアフリカ54か国すべての国から1219人が来日しました。そのうち775人がプログラムを終えて帰国し、さまざまな分野で活躍しています。

 

ABEイニシアティブでは、JICAと、日本の大学がおよそ半年間かけて留学生の選考を行います。来日後は1年〜2年6か月間、大学院の修士課程で専門知識を習得し、夏季休暇や春季休暇で日本企業でのインターンが行われます。プログラム終了後は帰国する人もいれば、日本企業でインターンや就職をする人もいるといった感じです。

 

 

留学生が学ぶのは工学や農学、経済・経営、ICTなど多岐にわたります。彼らが学んだ後のインターン受入登録企業数は、2015年は217社だったのに対し、2019年には584社にまで増えました。しかし、帰国後の進路として日本企業に就職する人は前途多難となっており、全体の17%に留まっています。

 

【参考資料】

アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)「修士課程およびインターンシップ」プログラム

 

超難関の試験をクリアして来日できる狭き門

今回、お話を聞いたソウさんは、もともとはジガンショール州の職業訓練センターでコンピューター科学の教師として働いていました。2012年には、JICA横浜で開催された短期研修に参加するために訪日し、日本の魅力に気付いたといいます。

 

ABEイニシアティブ当時、東京でインターンシップをしたときの送別会でのソウさん

 

「初めて来日したとき、日本はなんてきれいで安全な国なんだろうと思いました。JICAの研修では製造プロセスについて学んだのですが、そのときは日本ならではの“ものづくり”や“カイゼン”活動を知りました。また、私自身は大学でもITの勉強をしていたので、日本はIT化が進んでいて興味が湧きました」(ソウさん)

 

ABEイニシアティブの存在を知ったのは、セネガルで日本大使館のイベントに参加した際だといいます。このとき、セネガルにおける応募者は200〜300名ほどで、最終合格者はわずか15名ほどでした。それだけ狭き門を突破した人だけが、ABEイニシアティブのプログラムで日本に来ることが許されるのです。

 

「私はセネガルの現地語と母国語であるフランス語に加え、英語を勉強していました。日本語は来日してから覚えたので、まだまだうまくありません。今は仙台のラネックスという会社でシステムエンジニアとして働いています。働き始めて3年が経つので、既に5年半日本で暮らしていることになりますが、日本は差別も少ないので他の国よりも暮らしやすいと感じています。来日当初は大学の先生に買い物をする場所を教えてもらうなど、日常生活でも分からないことだらけでしたが、2か月ほどで日本の暮らしには慣れましたね」(ソウさん)

 

国際会議で発表するソウさん

 

ソウさん自身はすっかり日本での生活にも慣れ、あまり困った経験はないと話します。しかし、ABEイニシアティブの研修を経て、日本で就職をして長く定着する人はまだまだ少ない印象だとか。大きな壁となるのは言語の問題だけでなく、日本ならではの文化やルールの違いも大きいようです。

 

「一番大切なのは、日本語を勉強することです。あと日本の文化を理解して、ルールを守ることも日本での就職を目指す人にとっては欠かせません。日本で働きたいのであれば、日本の働き方に合わせるべきだというのが私の考えです。これは難しいことではありますが、決して不可能ではありません。私は他のどの国で働くよりも、日本で働くことが最も経験値が上がることだと思っています」(ソウさん)

 

日本で働く上で重要なのは「チームワーク」です。これはアフリカの企業にはなかなかない文化で、海外では個人主義な側面が多くなっています。もちろん、海外でもチームワークが求められる場面はありますが、日本のほうが求められることをソウさんは実感しているそうです。

 

「日本はチームワークを重視しながらも、1人ひとりを尊重している印象があります。また、問題が起こると“報連相”をする文化があり、これは私にとってプラスの経験になっています。イスラム教徒のため、豚肉を食べないので、同僚との飲み会の店選びのときには、異文化で生活していることを実感することもありますが(笑)、私は今の会社で働けていることにすごく満足しています」(ソウさん)

 

アフリカとの関係性を築きたい企業に有利

ソウさんはアプリやウェブシステムの開発をするのが主な仕事で、開発チームとの打ち合わせなどでは英語を話すそうです。日本語でなくて不便はないのかと気になりましたが、最近は日本語のシステムだけでなく、英語のシステムを構築してほしいという依頼も多く、ECサイトがその代表例なのだとか。

 

「私の勤め先には海外から来た人が私以外にも2人います。仙台の本社オフィスには18名のスタッフがいます。フィリピンにも支社があり、会社全体としては、アメリカ、オーストラリア、セネガルなど多様な国の出身者が働いています」(ソウさん)

 

そんなグローバルな企業で働くソウさんですが、日本だけでなくセネガルとの架け橋になるような仕事も手掛けているといいます。それは、セネガルにおける電子母子手帳アプリです。

 

「セネガルの病院では、産前・産後の検診でお母さんが長く待たされます。そこで、診察の予約、医師によるデータ入力、チャットによるオンライン診療のできる電子母子手帳アプリを開発しました。そのときに、セネガルの保健省の人に向けて私がプレゼンをしたんです。このアプリはJICAの民間連携事業を通じて1年間のトライアル期間を経て、今後リリースされる予定です」(ソウさん)

 

アストラゼネカで母子保健申請に関するスピーチをするソウさん

 

ソウさんはいずれはセネガルに帰国したいと考えており、帰国後は日本企業とアフリカをつなぐお手伝いがしたいと考えているそうです。まさにABEイニシアティブが目標に掲げる「アフリカの産業人材育成と日本企業のアフリカビジネスをサポートする水先案内人の育成」が成功していると言えるでしょう。

 

「ケニア、ルワンダなどの南アフリカには既にいろいろな日本企業が進出していますが、セネガルのある西アフリカにはまだ少ないのが現状です。その問題は言語だと思います。南アフリカは公用語が英語ですが、西アフリカの多くはフランス語。フランス語圏への進出は日本企業にとっては難しいのかもしれません。私はフランス語も得意なので、日本企業とセネガルの架け橋になれるといいなと思います」(ソウさん)

 

海外の人材を雇うことにハードルを感じる日本企業はまだまだ多いですが、現地とのコネクションがある人材を採用するのは大きなメリットになることを、今回ソウさんを取材して強く感じました。また、ABEイニシアティブというプロジェクトが言語能力の高さだけでなく、社会人としても優秀な人材を日本に多く送り込んでいるというのは心強い話題。また、JICAではABEイニシアティブだけでなく、開発途上国の人材を日本に招聘する本邦研修という事業で多くの開発途上国の人材を日本に招聘しています。本邦研修では毎年約1万人の研修員を受け入れており、研修が始まった1954年から2019年までで、38万8406人もの受け入れ実績があります。

 

ソウさんのように日本の組織文化を理解している人材は、世界中に多く存在し、それらの人材の中には日本での就職を希望する人もいます。このような人材の活用と、日本の企業で安心して働ける環境づくりがこれからの日本企業の課題になりそうです。

 

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SDGsの遥か昔から取り組むキーコーヒーの「再生事業」

本記事は、2022年2月21日にGetNavi webで掲載された記事を再編集したものです

 

目覚めの時やちょっとした休息の際など、コーヒーは欠かせない飲み物のひとつ。いまやスペシャルティコーヒーをはじめ、さまざまな個性豊かなコーヒー豆が日本でも楽しめますが、そんななか、フローラルな香りと柑橘系の果実のような酸味で高い評価を受け続けているコーヒーが、キーコーヒー株式会社の「トアルコ トラジャ」です。そのトラジャコーヒーですが、かつては絶滅の危機に陥ったこともあるそう。それを救ったのが同社の再生事業でした。

 

“幻のコーヒー”を見事に再生

トラジャコーヒーとは、インドネシア・スラウェシ島のトラジャ地方で栽培されるアラビカ種のコーヒーのことです。18世紀には希少性と上品な風味がヨーロッパの王侯貴族の間で珍重され、「セレベス(スラウェシ)の名品」と謳われていました。しかし第二次世界大戦の混乱で農園は荒れ果て、トラジャコーヒーも市場から姿を消すことに。そんな幻のコーヒーに着目し、サステナブルな要素を踏まえた取り組みにより、約40年の時を経て復活させたのがキーコーヒーでした。

 

「トラジャコーヒーは、スラウェシ島のトラジャ県で栽培されるアラビカコーヒーを指します。その中から独自の基準により、品質の高い豆として認定したものが『トアルコ トラジャ』という当社のブランドです」と話すのは、2015年~2019年まで現地で『トアルコ トラジャ』の生産に携わっていた同社広域営業本部の吉原聡さんです。

広域営業本部 販売推進部 担当課長 吉原聡さん

 

「トラジャコーヒー再生の発端は、1973年に当社(旧・木村コーヒー店)の役員がスラウェシ島に現地調査に行ったことでした。トラジャ地区(県)の産地は島中部の標高1000~1800mの山岳地帯にあり、当時はジープと馬を乗り継ぎ、さらに徒歩でようやくたどりつけるような難所だったそうです。たどり着いた先で彼が目にしたものは、無残に荒れ果てたコーヒー農園。しかしそんな中でも生産者(農民)たちは細々とコーヒーの木を育て続けていました。そこで当社は再生を決断したのですが、そこには“この事業の目的は一企業の利益にとどまらず、地元生産者の生活向上、地域社会の経済発展に寄与し、さらにはトラジャコーヒーをインドネシアの貴重な農産物資源として国際舞台によみがえらせることが重要”という強い意志があったと聞きます」

 

さっそく同社は、翌1974年にトラジャコーヒー再生プロジェクトの事業会社を設立。1976年にはインドネシア現地法人「トアルコ・ジャヤ社」を設立し、“トラジャ事業”を展開していきました。さらに1978年には日本で『トアルコ トラジャ』として全国一斉発売。そして1983年には直営のパダマラン農園での本格的な運営も始まったのです。

「トアルコ トラジャ」を使用した商品。簡易抽出型や缶などいろいろなタイプで販売されている

 

地域一体型事業における“3つのP

「トラジャコーヒーの再生は、トラジャの人たちと共に築き上げてきた地域一体型事業そのものです。それを踏まえた上で、「Production」「People」「Partnership」という3の“P”を事業の根幹に据え、取り組んできました。

 

まずProduction」は、自然との共生と循環農法です。環境保護に努めることがコーヒーの品質維持や現地の人たちの生活の保護にも寄与します。自然との共生という部分では、農園の約40%を森林に戻したり、水洗時の排水のチェックを徹底したりしています。また土壌を守るため、コーヒーの木の周りにマメ科やイネ科の植物を植え(カバークロップ:土壌侵食防止目的に作付けされる)、さらに直射日光を遮るための樹木も植えています。そして脱肉後の果肉を堆肥として利用したり、脱殻後のパーチメント(種子を包んでいる周りのベージュ色の薄皮)を乾燥機の燃料にするなど循環農法を実施。持続可能な農業を地道に行っています。直営パダマラン農園は、これらの取り組みを認められ、熱帯雨林を保護する目的の「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けています。

直営パダマラン農園

 

「People」は言葉通り、人を意味します。生産者、仲買人、そして現地社員の協力の元でトラジャ事業は成り立っています。『トアルコ トラジャ』で使用するコーヒー豆の全生産量のうち、直営のパダマラン農園で作られるのは約20%で、残り80%は周辺の生産者や仲買人から購入しています。生産者には当社からコーヒーの苗木や脱肉機を無償提供し、オフシーズンには生産者講習会を開き、剪定や肥料のやり方、脱肉機の操作方法を指導。年に1回、『KEY COFFEE AWARD』を開催し、その年に優良なコーヒー豆を育てた生産者を表彰して労うことも行っています。また、現地の人たちの負担を軽減させるために、片道2時間ぐらいかけて標高の高い地域まで出向き、その場で豆の品質をチェックし買い付けする出張集買を行っています。現地の人たちとの二人三脚、協力体制を大切にし続けているのです。

出張集買は日時を決めて数カ所で開催される

 

そしてPartnership」は地元政府や地域との連携です。道路のインフラ整備や架橋への協力、生産者の子どもたちが通う学校へのパソコンの寄附も行っています。またインドネシアでは、コーヒーの粉を直接カップに入れて上澄みをすすったり、砂糖をたっぷり入れたりして飲むのが一般的です。そこで『トアルコ トラジャ』の美味しさをこの島の人たちにも伝えたいと、コーヒーショップのオープンをはじめ、ドリップコーヒーの普及にも努めています」

スラウェシ島の中心都市マカッサルにあるキーコーヒーのコーヒーショップ

 

同社の取り組みは、幻のコーヒーを再生しただけにとどまりません。

 

「トアルコで働くことで4人の子どもを大学に進学させることができた」「トアルコ社に良質なコーヒー豆を買ってもらい、ワンシーズン働いただけでバイクが買えた」など、現地の人たちの生活向上にも大きく貢献していると言います。

 

コーヒー豆の生産量が半減する!?「2050年問題」

このように順調とも思える同事業ですが、一方で近年、コーヒーの生産について世界規模での懸念があるそうです。

 

「2050年問題といいますが、地球温暖化によりコーヒーの優良品質といわれるアラビカ種の栽培適地が、将来的に現在の半分に減少すると予測されています。このまま何も対策を取らないと、コーヒー豆の生産量の減少や品質の低下、そして生産者の生活を奪うことになります。そこで、アメリカに本部を置く“World Coffee Research(WCR)”という機関と協業で、病害虫や気候変動に負けない品種開発の実験(IMLVT:国際品種栽培試験)を直営パダマラン農園で行っています。Partnershipともリンクしますが、世界的なトライアルに参画し、共にこの問題を解決していきたいと考えています。このほかにも、当社は様々な研究を行っており、生産国や品質の多様性を守る活動にも力を入れています」

2017年のIMLVT開始時の様子

 

SDGsを念頭に入れた事業展開

社会貢献に対する意識は、創業当時から高かったという同社。例えば、環境保護や生産者の支援につながる「サステナブルコーヒー」という考えを元に、「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けたコーヒー農園の商品の取り扱いや、国際フェアトレード認証制度に基づき、経済的、社会的に立場の弱い発展途上国の生産者や労働者の生活改善、自立を支援する取り組みなども早くから行っています。また、環境に配慮したパッケージの切り替え、食品ロスの削減にも取り組んできました。

 

「東日本大震災以降は、10月1日のコーヒーの日にチャリティブレンドを販売。日本赤十字社を通して売上金の一部と基金を被災地や世界の貧しいコーヒー生産国の子どもたちへ寄付し続けています。また100周年の創業記念日(2020年8月24日)には、コーヒーの未来と持続可能な社会の実現に貢献していくために、従業員からの募金を主とする『キーコーヒー クレルージュ基金』を設立しました。募金を通じて、コーヒー生産国の社会福祉や自然環境の保護をはじめ、災害支援についても機動的な支援を行っています。

「キーコーヒー クレルージュ基金」でコーヒー生産国を支援

 

近年SDGsという言葉がよく使われるようになりましたが、最近はお客様の意識はもちろん、取引先様がSDGsを踏まえての事業を展開することが増えています。我々としてももう一度様々な事業を整理し、当社として何をどう提案でき、どんな課題にどう対応できるのか、改めて考えていきたいと思っています」

 

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ベトナムで挑戦するミズノのSDGs―― 子どもの肥満率40%の国に「ミズノヘキサスロン」と笑顔を

【掲載日】2022年7月5日

 

本記事は、2020年9月9日にGetNavi webで掲載された記事を再編集したものです

 

「なんてつまらなそうに体育をしているのだろう」。総合スポーツメーカーであるミズノ株式会社の一社員が6年前に抱いたこの違和感が、ベトナム社会主義共和国の教育訓練省とともに同社が進めている「対ベトナム社会主義共和国『初等義務教育・ミズノヘキサスロン運動プログラム導入普及促進事業』」のきっかけでした。

 

ベトナムでは子どもの肥満率が40%以上

同事業は、ミズノが開発した子ども向け運動遊びプログラム「ミズノヘキサスロン」を、ベトナムの初等義務教育に採用・導入する取り組みです。ミズノヘキサスロンとは、ミズノ独自に開発した安全性に配慮した用具を使用し、運動発達に必要な36の基本動作を楽しみながら身につけることのできる“運動遊びプログラム”のこと。スポーツを経験したことがなく、運動が苦手な子どもでも、楽しく遊び感覚で走る、跳ぶ、投げるなどの運動発達に必要な基本動作を身につけられます。日本国内向けに2012年1月から開始、これまで多くの小学校や幼稚園、スポーツ教室、スポーツイベントなどで導入され、運動量や運動強度の改善といった効果も示されています。

「ミズノヘキサスロン」のホームページ

 

そもそもベトナムでは、子どもの肥満率が社会課題となっていました。同社の法務部 法務・CSR課 課長補佐 SDGs推進担当(2020年取材当時)の柴田智香さんによると、「ベトナムの義務教育は小学校が6歳から始まり5年間、中学校が4年間。授業は1コマ30分と短く、国語や算数に力が入れられていて、体育はあまり重きを置かれていない状態です。また体育といっても、日本のように球技や陸上があるわけではありません。校庭も狭く、体操レベルの授業しか行われていないそうです。子ども時代に運動をする習慣が少ないためか、生涯で運動する時間が先進国の10分の1ほど。WHOによると、ベトナムの子どもの肥満率は40%を超え、同国教育訓練省も社会課題として認識していました」ということです。

法務部 法務・CSR課 課長補佐 SDGs推進担当(2020年取材当時) 柴田智香さん

 

ベトナム教育訓練省公認のもと約200校で活用

ベトナムの抱える課題を目の当たりにした担当者は、「ミズノヘキサスロンというプログラムなら、ビジネスとして成立し、校庭が狭くても効果を発揮できるのではないだろうか」と思いつき、2015年にベトナムに提案を開始しました。しかし話は簡単には進みませんでした。

 

「ベトナムの学習指導要領に関係するので、一企業のセールスマンが政府にプレゼンをしても相手にされません。ちょうどタイミングよく、文部科学省が日本型教育を海外に輸出するための『日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)』というプログラムを行っていたのですが、弊社もそのスキームに応募し、2016年に採択されたのです。日本政府のお墨付きをいただいての交渉とはいえ、ビジネスの進め方も慣習も異なるため、一進一退の攻防が繰り広げられたようです。そこでまず、約2年間かけて子どもたちの身体機能の変化に関するデータを収集しました。その結果、運動量は4倍、運動強度は1.2倍だったことを同国教育行政に報告しました。その後、在ベトナム・日本大使館やジェトロ(日本貿易振興機構)様などの協力を得ながら、2018年9月に、『ベトナム初等義務教育への導入と定着』に関する協力覚書締結に向けた式典が行われ(場所:ハノイ 教育訓練省)、翌10月に覚書締結に(場所:日本 首相官邸)まで至ったのです」(柴田さん)

 

ミズノヘキサスロン導入普及促進活動は、ベトナム全63省を対象に行われました。農村部など経済的に厳しい家庭の子どもたちなども分け隔てなく実施しています。また、小学校の教師を対象とした、指導員養成のためのワークショップには、現在までに約1700人の教師が参加。ワークショップに参加した教師が自身の担当する小学校で指導に当たり、多くの小学生がミズノヘキサスロンを活用した体育授業を受けています(2020年6月現在)。

ワークショップに参加した小学校の教師たち。ベトナムは女性教師が約70%を占めている

 

「ミズノヘキサスロン」で子どもたちに笑顔を

「本事業は、“誰ひとり取り残さない”というSDGsの理念に立っており、ベトナムの小学生全720万人全員が対象です。現在、ベトナムの学習指導要領附則ガイドラインにミズノヘキサスロンを採用いただき、教育訓練省公認のもと、モデル校に導入されていますが、学習指導要領の本格的な運用には時間がかかっています。しかしながら、ベトナムの関係各所からは『狭い場所でやるのにも適している』『安全に配慮しているし、いいプログラムだ』と評価いただいていますし、何よりも、子どもたち自身が楽しそうに体育の授業を受けていることが写真から伝わってきます。

楽しそうに体育の授業を受けるベトナムの子どもたち

 

子どもの時に運動をする習慣ができると、大人になってからも運動を続けると思います。ミズノヘキサスロンによって運動の楽しさを知り、習慣づけられることで、将来的にも健康を保てるのではないかという期待が持てます。また、弊社の用具を使ってもらうことで、今後、ミズノという会社に興味をもっていただけたり、子どもたちがプロサッカーやオリンピックの選手になるなど、そんな未来につなげられたら素敵ですね」(柴田さん)

エアロケットを使って「投動作」を学ぶプログラム

 

今後の展開について、「現時点ではベトナムに注力しているという状態ですが、例えば、ミャンマーやカンボジアなど、他のアジア諸国でもビジネスチャンスはあると思います。ですが、まずはベトナムで事業として成功しないことには、他の国にアプローチするのはやや難しいと感じています。逆にベトナムでモデルケースができれば、他の国にも売り込みやすくなるのではないでしょうか」と柴田さん。ベトナム初等義務教育への本格的な導入が待たれるところです。

 

さまざまな課題への重点的な取り組み

来年で創業115年の節目を迎える同社。今回の対ベトナム事業もそうですが、さまざまな取り組みのベースとなっているのが、「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する」という経営理念です。その理念のもと、社会、経済、環境への影響について把握し、効果的な活動につなげるため、自社に関するサステナビリティ課題の整理をし、重要課題の特定を2015年度に行いました。

 

「CSR・サステナビリティ上の重要課題として“スポーツの振興”“CSR調達”“環境”“公正な事業慣行”“製品責任”“雇用・人材活用”という6つの柱を掲げています。そのなかでも“環境”については1991年から地球環境保全活動『Crew21プロジェクト』に取り組み、資源の有効活用や環境負荷低減に向けた活動を行っています。また、CSR調達に関しては、他社様から参考にしたいというお話をよくいただいております。

サプライヤー先でのCSR監査の様子

 

商品が安全・安心で高品質であることはもちろんですが、“良いモノづくり”を実現するために生産工程において、人権、労働、環境面などが国際的な基準からみて適切であることが重要と考え、CSR調達に取り組んでいます。そのため本社だけでなく、海外支店や子会社、ライセンス契約をしている販売代理店の調達先までを対象範囲とし、取引開始前は、『ミズノCSR調達規程』に基づき、人権、労働慣行、環境面から評価。取引後は3年に1度、現場を訪問し、調査項目と照らし合わせながらCSR監査を実施しています」(柴田さん)

 

また、総合スポーツメーカーらしい取り組みも多くあります。その1つが、「ミズノビクトリークリニック」です。これは、同社と契約をしている現役のトップアスリートや、かつて活躍をしたOB・OG選手による実技指導や講演会。全国各地で開催し、スポーツの楽しさを伝えると共に、地域スポーツの振興に貢献しています。

水泳の寺川綾さんを招き、熊本市で開催されたミズノビクトリークリニック

 

「2007年からスタートしたのですが、昨年度は全国で89回開催しました。“誰ひとり取り残さない”という部分では、気軽にスポーツをする場、楽しさを伝える場所に。選手の方たちにとっては、これまでの経験で得た技術や精神を子どもたちに伝える場になっています。技術や経験は選手にとっていわば財産。それを伝えることに使命感を持っている方も多く、有意義な活動となっています」(柴田さん)

 

スポーツによる社会イノベーションの創出

また、SDGsの理解と促進を深めるために、社員向けの啓発活動も実施。2019年度には3回勉強会が実施され、子会社を含め、のべ約7700人が受講したそうです。

 

「社員一人ひとりが取り組んでいくことは、企業価値の創造でもあると思います。SDGsを起点に物を考え、長期的、継続的かつ計画的に様々な課題に取り組んでいく。これからも引き続き、持続可能な社会の実現に貢献し、地球や子孫のことを思い、ミズノの強みを持って、新しいビジネスにも挑戦していきます。それにより企業価値やブランド価値の向上を目指していきたいと思います。CSRは責任や義務というイメージがありますが、SDGsは未来に向けて行動を変えるというか、アクションを起こすということ。2030年の未来に向けて、今まで弊社が行ってきたことにプラスして、全社員が一丸となって取り組んでいきます」(柴田さん)

 

さらに2022年度中に、スポーツの価値を活用した製品やサービスを開発するための新研究開発拠点が、大阪本社の敷地内に完成予定です。

新研究開発拠点のイメージ ※実際の建物とは異なることがあります

 

「スポーツ分野で培ってきた開発力と高い品質のモノづくりを実現する技術力。そんなミズノの強みを生かし、SDGsに貢献できるような新しい製品であったり、人であったり、どんどんつくっていけたらと思います。競技シーンだけでなく、日常生活における身体活動にも注力し、スポーツの力で社会課題を解決する社会イノベーション創出を目指します。新しい開発の拠点となる施設。SDGsの取り組みとともに、弊社にとって新しい幹になると考えています」(柴田さん)

 

創業者である水野利八さんは、「利益の利より道理の理」という言葉を残しました。スポーツの振興に力を尽くし、その結果としてスポーツの市場が育ち、それがめぐり巡って、事業収益につながるという考え方です。その想いは、創業から今に至るまで変わらず、ミズノグループの全社員に受け継がれているそうです。スポーツの持つ力を活かして世界全体の持続可能な社会の実現にさらに貢献していくに違いありません。

 

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6億人に「きれいな水」を! ーーノウハウと総合力でスピーディーに成し得たケニア・水供給プロジェクト

【掲載日】2022年7月27日

 

本記事は、2022年6月10日にGetNavi webで掲載された記事を再編集したものです

 

国連の「世界人口予測」で、2100年の人口が43~44億人になると言われているアフリカは、魅力あるマーケットとして世界中から注目されています。ポンプやコンプレッサ・タービンなどの機械製造を軸に、さまざまな事業を展開する荏原製作所も、アフリカ・ケニアで自社の製品と技術を活かし、水の供給支援を実施。

 

開発途上国でインフラを構築するという点では決して珍しいものではありませんが、そこには、技術力はもちろん、海外企業との連携力、現地の人々のコミュニケーション力、これまでの経験値、そしてスタッフの熱き思いなど、総合力があったからこそ、スムーズに実現し得た事業だと言います。

 

あるドイツ企業からの提案

「きっかけは、再生可能エネルギーを利用した水処理設備のソリューション提供を専門とするBoreal Light GmbH(ドイツ)というスタートアップ企業からの提案でした」と話すのは、同プロジェクトを担当する乗富大輔さん。ケニアの事業に立ち上げから携わってきた1人です。

 

「当社は、2020年に『E-Vision2030』という長期ビジョンを策定しました。その重要課題の一つとして『持続可能な社会づくりへの貢献』を掲げ、具体的な成果として『6億人に水を届ける』ことを目指しています。サブサハラアフリカでは、水道など基礎的な給水サービスを利用できない人が人口の4割ほどいます。

 

ポンプメーカーとしては、一歩踏み込んだビジネスモデルを創出し、課題解決に取り組まなければいけないという認識を持っていました。そんな背景があり、イタリアのEBARA Pumps Europe S.p.A.(EPE社)の顧客でもあるBoreal Light GmbHから提案を受け、2021年4月にスポンサーシップ契約を締結しました」(乗富さん)

右から3人目がEbara Pumps East Africa ケニアプロジェクトジェネラルマネジャーの乗富大輔さん

 

学校の子どもたちに飲料水を無償提供

プロジェクトの舞台はマチャコスという街。ケニア南部に位置し、首都ナイロビから車で約2時間の場所にあります。

 

「マチャコスの水道供給は限られており、住民は井戸水を利用したり、タンクに詰めた水を販売する業者から購入したりしていました。安全性の高い水の入手が難しい当地にて、当社は、特別支援学校の敷地内に4台のポンプを含む浄化装置を設置。

 

これにより、深井戸から水を汲み上げ、1時間に2000リットルの清潔な飲料水を製造することが可能となりました。それを学校の生徒たち約160人に無償で提供。余った飲料水は日本の駅のキオスクのようなスタンド『Waterkiosk』で地域コミュニティーの方たちに販売し、収益をWaterkioskの運営費用に充てています。

 

浄水装置に必要な電力はソーラーパネルで発電されたクリーンエネルギーを活用しており、また、浄水装置から出る排水は、施設内の農場や魚の養殖池で有効活用するなど、持続可能なモデルとして運営できる点も重要であると考えています。

飲料水の販売スタンド「Waterkiosk」

 

このWaterkioskの運営は2021年7月中旬から始まりました。今回のケースでは、EPE社のポンプを含むBoreal Light GmbHの標準化された浄化装置を活用したため、着工から完成まで約3か月という短期間で実現することが出来たのです。

 

その間に、学校関係者や保護者をはじめ、水を利用する方たちに集まっていただき、プロジェクトの概要や運営システム、水の販売価格をいくらに設定するかなど議論し、現地のニーズを収集しました。

 

また、学校には寮もあるため、飲料水だけでなく、シャワーや手洗いなどの生活用水も供給しています。最初に学校を訪問した際は、不純物のせいか、寮のシャワーが詰まっていて水が出ませんでした。

 

当初の計画にはなかったのですが、寮で暮らす子どもたちの生活全体を改善したいという想いも強かったので、限られた予算の中で調整し、安全な水を生活用水としても提供できるようにしました。結果として、子どもたちの更なるQOL向上に貢献できたと思います。また、このような取り組みを評価頂き、「荏原グループが目指す『6億人に水を届ける』に関わる途上国向け浄水・給水ビジネスモデルの創出」として、第5回ジャパンSDGsアワード特別賞を受賞することが出来ました」(乗富さん)

Waterkiosk設立の式典。子どもたちを前にスピーチをする乗富さん

 

 

6億人に水を届けることで生活の改善を目指す

ケニアでの水供給のビジネスモデルは 、あくまで“6億人に水を届ける”という目標に向けての取り組みの1つです。「6億人の対象者はアフリカに限らず世界中すべて」と話すのは、マーケティング統括部の崎濱大さん。

 

「世界の人口は、現在の78億人から2030年には85億人に増加するといわれており、増加分のほとんどが新興国です。当社は、世界シェアを現在よりも5%拡大させることによって、6億人の人に水を供給することを目標としています。

 

ケニアでの新規事業プロジェクトに限らず、既存事業も含めた長期的なビジョンですので、ケニアのビジネスモデルをそのまま他の国や地域で展開するのではなく、それぞれの課題やニーズに応じて柔軟にアプローチをしていきたいと考えています。

荏原製作所 マーケティング統括部 マーケティング推進部 第一課・崎濱 大さん

 

新興国の中には、所得や水道事業の運営そのものに課題があったり、そもそも水にお金を払うという認識すらない地域もあります。さまざまな課題に対応し、衛生的で安全、そして安定的な供給をするためには、単にポンプや浄水装置を販売するだけではなく、その国の社会や生活環境への理解を深めることが大切。

 

そのためにも、今回のように現地パートナーと組んで、ニーズに応じた持続可能なシステムを構築、創出していく必要があると考えています」(崎濱さん)

 

水が変われば、生活全体が次々と変わる

“水”というと飲料水だけをイメージしがちですが、もちろんそれだけではありません。

 

「アフリカでは人口増加に伴い、農業生産性の向上と食料の安定供給が大きな課題です。小規模農家向けに当社の技術を活かした灌漑設備を提供し、農業分野においても貢献していきたいと考えています。顧客農家の生産量と所得が増えることで、生活の質向上にも繋げられたらと思います」(乗富さん)

マチャコスの学校内では浄水装置の排水を利用して野菜を育てている

 

「食料問題以外にも、水汲み労働による子どもの教育問題、衛生環境問題など、課題は多岐にわたります。こうした安心安全な水にアクセスできる仕組みを作ることにより、課題を解決し、生活基盤の改善が期待できると考えています。

 

今後も飲料水の供給に限らず、当社の技術的な強みと知見を活かせる領域を見定め、現地のニーズに合わせた商品やサービスを創出することで、アフリカをはじめとする新興国の人たちの生活が、社会的かつ経済的に改善されていくように取り組んでいきたいと思います」(崎濱さん)

 

SDGsという言葉が生まれる遥か昔から実施

今回紹介した事例以外にも、荏原製作所では、新興国を対象に、その国や地域の社会基盤の整備や改善に役立てるよう、社員や技術者によるセミナーやワークショップを1989年から開催。2019年までにアジアを中心に20か国で279回実施しています。

 

社会課題に向き合う同社の姿勢について、経営企画部 IR・広報課の粒良ゆかりさんは「創業当時から社会の役に立ちたいという想いを持って事業を継続してきました」と話します。

荏原製作所 グループ経営戦略・経理財務統括部 経営企画部 IR・広報課 粒良ゆかりさん

 

「現在は、『E-Vision2030』(前出)で掲げた5つのマテリアリティの解決を目指した、新規事業の開拓、創出を行っています。例えば世界的な食糧不足、たんぱく質不足という課題解決のために、陸上養殖システムの開発を行ったり、水素社会に向けて極低温の液体水素を運ぶための技術実証も予定しています。今後も、当社の技術や知見を活かし、持続可能な社会、豊かな社会づくりに貢献できればと思います」(粒良さん)

 

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神戸とアフリカの国・ルワンダの「ICT」で繋がる縁と新たな挑戦

【掲載日】2022年7月11日

2040年には人口が世界の4分の1を占めるという予測があり、魅力的な市場として世界各国の企業や投資家から注目されているアフリカ。著しい経済成長が期待されるアフリカの中でも、とりわけICT立国として注目されているのがルワンダです。

 

そんなルワンダと、ビジネス機会の発掘と人材育成を目的に、日本の自治体でいち早く経済交流を図っているのが神戸市。神戸はかつて世界有数の貿易港を持ち、国際都市としても発展してきた街でもありましたが、1995年の阪神淡路大震災を機に、従来の重厚長大産業(重化学工業など)に次ぐ新しい産業の柱として、医療分野やICT(情報通信技術)分野の産業育成に注力しています。

 

今回は、神戸市 医療・新産業本部の大前幸司さんと織田 尭さんに、ルワンダと経済交流を推し進める理由や、ルワンダとのさまざまなプロジェクトの中でもとくにユニークな起業支援プログラム「KOBE STARTUP AFRICA in Rwanda」についてお聞きました。

●大前幸司氏/神戸市 医療・新産業本部新産業部企業立地課 外国・外資系企業誘致担当係長。神戸市への外国・外資系企業の誘致を担当する傍ら、ルワンダとの経済交流も担当。コロナ禍以前の2019年にはルワンダで開催されたトランスフォーム・アフリカ・サミットに市内企業などと共同でブース出展。アフリカにビジネス進出する企業の誘致にも取り組む。

 

●織田 尭氏/神戸市 医療・新産業本部 新産業部 新産業課 イノベーション専門官。神戸市で若年層の起業家向けプログラムや交流機会、各支援者や施設同士の連携などを行なう。2017年から起業支援施設・スタートアップカフェ大阪のコーディネーターとして勤務した後、2021年7月に神戸市に民間出身人材としてジョイン。

 

ルワンダ共和国●人口約1200万人、面積は四国の1.5倍ほどのアフリカ東部に位置する国。首都はキガリ。1962年にベルギーから独立後、共和制に移行。1994年にはジェノサイド(大虐殺)が勃発。現在はポール・カガメ大統領の下、経済も急速に発展を遂げ、近年では“アフリカのICT立国”として注目されている。

 

ルワンダと神戸市を繋ぐキーワードは「ICT」

――ICTの観点で神戸市とルワンダの接点は始まったそうですが、なぜルワンダをパートナーに選んだのか詳細な経緯を教えてください。

 

大前 背景として、神戸市が次世代を担う優秀な起業家を輩出できるスタートアップエコシステムの形成に力を入れていたことがあります。2016年には米国シリコンバレーのアクセラレーションプログラムを日本で初開催するなど、海外との連携を進めていました。ちょうどその頃にルワンダの学生が市内の大学に多く留学していたことがきっかけで、ICT立国を目指して成長を続けているルワンダに着目しました。その後、ICT分野の産業育成、人材育成の面で、2016年に首都・キガリ市とパートナーシップを締結。2018年には、ルワンダICT省とのパートナーシップも締結しました。

 

あと、ジェノサイドと震災という、お互い異なる苦難からともに復興を遂げてきたという共通点も、神戸とルワンダがつながった理由の一つなのかもしれません。

 

――自治体が一国家と経済的なパートナーシップを結ぶのは珍しいケースですね。 

 

大前 国家間の大きな方向性を決めるのはもちろん国ですが、自治体は普段から実際の経済活動を行う企業と身近な関係を築いているため、ビジネスの状況をよりリアルに把握できています。このため、具体的な事業を行うという点では、自治体の方が企業のニーズを的確に捉えたきめ細かな施策が打ち出せると思います。

 

――具体的に、ルワンダとはどんな取り組みを行ってきたのでしょうか?

 

大前  神戸市関係の企業とともに、2017年から3年連続で 「トランスフォーム・アフリカ・サミット」にブースを出展しました。ブースでは神戸市の取り組みを紹介するとともに、避雷器を製造販売する音羽電機工業株式会社やオフショア開発に取り組む株式会社ブレインワークスなど、ルワンダの課題解決に役立ちつつ、ビジネスとして成り立つ可能性のある企業の取り組みを紹介しました。また、 サミットでは、ルワンダの若者たちがICTを駆使した高い水準のビジネスプランを披露する機会もあり、世界中の投資家が注目。市としても、そこに市場としての将来性を感じました。

2018年にルワンダで開催された「トランスフォーム・アフリカサミット」日本ブースの様子

 

アフリカ人留学生と企業とのマッチングイベント

 

起業家マインドを育てる独自の支援プログラム

――神戸市の数ある海外とのビジネス支援の中でもユニークだと感じたのが、起業支援プログラムである「KOBE STARTUP AFRICA in Rwanda」です。

 

織田 実は2015年から、学生や若手の起業関心者に、日本以外の環境にいる起業家や挑戦者に会い、起業に向けてのモチベーションを挙げていただくため、アメリカのシリコンバレーへ派遣するというプロジェクトを行っていました。その後2018年に神戸市がルワンダとパートナーシップを締結した際、成長性の高い市場である一方で課題の多いアフリカ、特にICTが急速に発達しているルワンダに学生を派遣することで、社会課題解決に向けて取り組む若手が増えてほしいという想いを込め、「KOBE STARTUP AFRICA in Rwanda」プログラムの実施が決まりました。

 

――どのようなプログラムなのでしょうか? 

 

織田 2018年度と19年度は実際にルワンダへ渡航。約2週間の滞在中に、ルワンダという国を知るために、歴史をはじめ文化や慣習などを学んだり、現地起業家と体験談を交えながらディスカッションを行ったりしました。一部すでに事業を開始している方がいたり、参加メンバー同士でチームを組んだ人もいますが、それぞれで解決したい課題を見つけ、課題解決のためのビジネスプランを考えて最終日に発表。そのプレゼンテーションをルワンダの現地の起業家たちが審査するという内容でした。18年度は19名、19年度は13名の学生が参加。20年度からはコロナ禍のため、オンラインで実施しています。

↑「KOBE STARTUP AFRICA in Rwanda」プログラムで2018年に現地へ訪れた参加者の皆さん

 

参加者が考案したビジネスプランの一例として、ルワンダの現地での仕事不足などの課題をテーマにしたものがありました。ルワンダはシングルマザーが多く、彼女たちの多くは職に就くことができません。その課題に対して、イミゴンゴという伝統工芸品を活用したアクセサリーを製造販売することで雇用を生みだせないかというプランです。しかも帰国後、参加者同士でチームを組んでクラウドファンディングを行ったり、さらに、オンラインツールを使いコミュニティを作ることで、参加者同士がそれをサポートし合ったりするなど、渡航の後もそれぞれで動きがありました。日本にはない課題に向き合うことで、独創的なアイデアが生まれると思っています。

 

――まさにプログラムへの参加がきっかけですね。ほかにも起業事例はありますか? 

 

織田 オンラインプログラムになってからですが、廃棄コーヒーを画材として活用した「廃棄コーヒーアートプロジェクト」を立ち上げ、絵画展や子ども向けのワークショップを展開している女子大生がいます。ほかにも、アフリカ布で高校生向けの通学バッグを制作した方も。バッグのデザインはアフリカ人デザイナーに依頼していました。

 

また先述のイミゴンゴのプランを考えた、山田さんという方は渡航時、プログラムとは別に、単独でコーヒー農園の方にヒアリングもしていました。そしてルワンダ産のコーヒーを提供する「Tobira Café」を2020年9月に沖縄県読谷村波平に、2号店を昨年12月に神戸市東灘区にオープン。売上の5%を現地ローカルNPO団体へ寄付しているそうです。

↑参加者の山田さんがプログラム参加後に沖縄でオープンした「tobira cafe」。ルワンダ産の豆を使ったコーヒーがいただける

 

↑今年2月には神戸市東灘区に「tobira cafe」2号店をオープン

 

――神戸市としては、本プログラムは期待通りの成果を得られていますか? 

 

織田 プログラムの目的は創造的な人材の育成であり、起業家マインドを身につけ、行動を後押しするきっかけを作ることです。そこから起業家が生まれるかは正直わからないところがあります。

 

プログラム参加者から起業家が生まれるのは喜ばしいことですが、参加者が神戸市の事業を介して多くを経験し、それを持っていろいろなところで活躍し、それが地域に還元されたり、若者が活発に活動している神戸に繋がれば、と思っています。もちろん、神戸に移住したり、会社を設立、移転するなど、長い目で見た時の関係性に期待するところはありますが、これまでは市民だけに限定するのではなく、より広い発想と多様性から起きる化学変化に期待し、地域も国籍も関係なく参加者を募集していました。

 

――プログラム参加後のサポート体制はどうなっていますか? 

 

織田 過去の参加者にも声がけをし、交流の機会を提供したりしています。グループチャットで参加者同士がつながっているため、参加者に何か進捗があった時は情報がアップされます。またその後も有機的に、参加者同士や一部運営メンバーとオンラインでの個別相談をしていたりもしています。

 

ルワンダはじめアフリカでのビジネスには「スピード感」が不可欠

――ビジネスセミナーでの成果など、企業とのマッチングという点ではいかがでしょうか?  

 

大前 横浜で開催されたイベントに、市内の企業と共同出展したことがありました。その際、フードロスの削減を模索していたルワンダのICT関係の方が、神戸市ブースに出展していたコールドストレージ・ジャパン株式会社という企業が展開する「冷凍物流」事業に興味を持ったのです。その後、他の国内企業とともにルワンダの企業と手を組み、合弁会社を作るに至りました。現在は、冷凍物流システムの温度管理を遠隔で行うなどの実証事業をルワンダで行っています。 このように企業とルワンダとのマッチングに関しても確かな手応えを感じています。

 

――アフリカは魅力ある市場なので、今後も興味を示す企業は増えそうですね。 

 

大前 現在はコロナ禍で中止していますが、以前は神戸市内でも、アフリカで実際にビジネスを展開されている方に登壇いただくビジネスセミナーを開催していました。参加者が100人近くにのぼるなど盛況でした。まだ具体的な事業になってはいませんが、アフリカ市場に魅力を感じる企業は増えていると感じます。一例を挙げますと、ルワンダではありませんが、ダイキン工業株式会社とWASSHA株式会社というベンチャー企業が合弁会社を設立し、タンザニアでエアコンをサブスクリプション方式で提供するビジネスを展開しています。アフリカでは外国製の安価なエアコンが流通しているのですが、メンテナンスサービスもなく、壊れたらそのままのことが多いそうです。このビジネスモデルが普及すれば、廃棄されるエアコンがなくなるとともに、人々が手軽にエアコンを利用することができます。このように、アフリカには多くの課題があり、その解決のための新たなビジネスのチャンスも多いのではないでしょうか。

 

――今後、ルワンダやアフリカ全体でのビジネスを考える場合、留意すべき点などありますか? 

 

大前 地域によって文化、言語も異なるので、アフリカを一括りにはできないですが、ルワンダの例で言うと、先ほどのコールドストレージ・ジャパンの例もそうですが、ICT技術は日々進化しますので、そのスピードに対応しつつ、ビジネスを展開していく、フットワークの軽さが必要です。このため、アフリカへのビジネス進出はスタートアップが中心です。

 

また、日本とアフリカでは距離がありますし、商習慣も異なります。当然、アフリカのマーケットや商習慣をよく知る人は必要です。そんな時は、日本に留学経験のあるルワンダをはじめアフリカの方はキーパーソンになり得るでしょう。

 

現地で話を聞くと、他国のアフリカへの進出は日本よりもスピードが速いです。日本の企業も積極的にアフリカでのビジネスに挑戦してもらいたいと思います。今年7月20日にはコロナ禍で中止していたアフリカビジネスセミナーをオンラインで再開します。まずはこうしたセミナーに参加してアフリカでのビジネスについて知って頂きたいです。

 

――神戸市のように、今後、アフリカ諸国と連携して事業展開をする自治体も増えそうですね。 

 

大前 各自治体には姉妹都市がありますし、オリンピックの時に各国の選手団を受け入れるなど、さまざまな交流関係があります。ルワンダに関しても、神戸市だけでなく、岩手県の八幡平市が交流を続けています。八幡平市はリンドウの生産地ですが、交流のあるルワンダでの育成栽培に協力し、その花はヨーロッパに輸出されているそうです。また横浜市は、神戸市が取り組む以前からアフリカ地域との経済、文化交流に力を入れています。他にも色々な例があると思いますが、こうした自治体の取り組みが増えていくことで、少しでも日本企業のアフリカへのビジネス進出につながればと思います。

 

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「遺品整理サービス」に活路! 遺品整理品のリユースビジネスを開拓する「リリーフ」インタビュー

【掲載日】2022年6月17日

 

少子高齢化社会が進むいま、終活にまつわるサービスを展開する企業が増えています。そのなかでも参入企業が増えているのが、「遺品整理サービス」です。引き取り手のない故人の遺品を整理するというニーズだけでなく、介護施設への入居前に生前整理を考える人にとっても関心の高いサービスとなっています。

 

そんな数ある片付けサービスを扱う企業のなかでも、兵庫県西宮市に本社を置く「株式会社リリーフ」は業界でも存在感を強めています。東名阪だけで年間4000件もの片付け実績を誇るだけでなく、引き取った中古品を自社で海外に輸出するという試みをしているのも、他社とは一線を画する理由です。今回はリリーフ社長の赤澤氏に、海外における中古品の海外輸出事業や、これからの片付けサービスの課題について聞いてみました。

 

●赤澤 知宣/株式会社リリーフ代表取締役社長。1987年兵庫県生まれ、関西学院大学卒。大学卒業後、機械部品メーカーにて営業職で勤務し、2014年(株)リリーフ入社。お片付けサービスから出てくる家財を活用するため、海外リユース事業を立ち上げ。2020年よりお片付け事業と海外リユース事業を統括し、リユースを強みとした整理会社としてゴミ削減に貢献。大手法人や、行政との連携など積極的に取り組む。2022年4月より現職。

 

市民の声を受けて遺品整理事業をスタート

 

――まずは株式会社リリーフの成り立ちをお聞かせください。

 

赤澤 弊社は1953年に創業されたグッドホールディングス株式会社のグループ企業となっています。グループ内には株式会社大栄という西宮市のゴミ収集を行う企業があり、市民のゴミ回収事業をメインとしていました。

 

この大栄で、2010年頃から遺品整理や孤独死に関する片付けの相談が寄せられるようになったのがリリーフ創業のきっかけです。ゴミ収集事業の延長としてももちろんできますが、今後社会問題になってくるというのは予測できたので、2011年に遺品整理専門の会社として設立するに至りました。

 

――遺品整理と一般的なゴミ収集では何か違いがあるのですか?

 

赤澤 大掃除は増えすぎたものを減らすという視点ですが、遺品整理は遺族の方がその家に住んでいた場合もあるので、思い出に区切りをつけるといったことが必要です。そうなると、我々が「じゃあ捨てますね」と単純に処分するわけにはいきません。

 

業務としては引っ越しとほぼ同じで、相談の連絡が来て、見積もりのために訪問し、後日作業をするといった流れです。ただし、引っ越し業者と違うのは、弊社は見積もりと作業を同じスタッフがする点ですね。遺品の整理はお客様から細かいリクエストがあったり、デリケートな内容だったりするので、できるだけミスが起きないよう注意しています。

 

 

お客様からは全部処分してほしいと言われるものの、押し入れから思い出の品が出てくることがほとんどです。こちらが察して「残しますか?」と確認するなどの気配りが必要なので、ノウハウだけではどうにもならない部分があるのも確か。スタッフが少しでも経験を積めるように、長く雇用することは意識していますね。

 

――経験がものを言うというのはなかなか大変ですね。

 

赤澤 そうですね。ただ、スタッフの経験が役立つことは多々あります。遺品整理はご家族が離れて住んでいて実際に立ち会えないこともあるので、あらかじめリクエストいただいた遺品を後日まとめてお渡しするのですが、スタッフが指示のなかったカバンを遺品のなかに入れたことがあったんです。受け取ったお客様が、「実は妹がプレゼントしたカバンがあったのですが、残してほしいと伝え忘れていたんです」とおっしゃっていて、まさにこれは経験のおかげだと思っています。

 

――遺品整理サービスを展開するうえでの難しさはありますか?

 

赤澤 業界時代が新しく、業界のモデルとなる会社をイチから作り上げていく必要があるので、何もかもが手探りでやっている状況です。サービス開始当初は、「遺品整理」という言葉も一般的ではなかったですし、まずは自分たちがどんなことをしているのかといった説明が必要でした。

 

とはいえ、設立当初に比べると弊社の認知度は上がっています。いまは東名阪メインで年間4000件の依頼があり、ありがたいことに依頼は年々増えています。

 

株式会社リリーフ 年度別依頼件数 2017年度 2018年度 2019年度 2020年度 2021年度 2022年度
1600件 2000件 2500件 2700件 3600件 5500件

 

弊社のサービスにご満足いただけているのはもちろん、大前提として、死亡者数が年々増えているのに高齢化率が上がっていることも依頼が増えている大きな理由だと思っています。高齢化率が低ければ、故人の片付けは身内でできていましたが、高齢化が進むことで片付けできる人がいないといった事態が起きているんです。ご家族が亡くなられて何をしていいかわからないというときに、適切なアドバイスを適切な価格で受けたいというニーズは年々高まっているでしょうね。

 

環境的な負荷とコストを下げるために遺品を輸出

――遺品の海外輸出を始められたきっかけを教えてください。

 

赤澤 ご遺族はすでに別の所帯を持たれているので、遺品は大部分を処分することになります。しかし、家のものを丸ごと処分するには物が多く、環境的な負荷もかかりますし、処分するためのコストもかかるのが課題でした。

 

どうすれば再利用できるのかを考えていたときに、知人から海外でのリユース事業について教えてもらったんです。実際に海外視察をして2011年に事業を明文化し、2014年には本格的に海外輸出をスタートしました。

 

――海外輸出事業の内容を具体的にお聞かせください。

 

赤澤 現在はフィリピン、タイ、カンボジアといった東南アジアをメインに輸出しています。仏教徒だからか、価値観が近いので受け入れられているのだと思います。また、日本から近いので輸送コストを押さえられるのも強みです。弊社は輸出までを自社で請け負っており、現地のリサイクルショップなどの雑貨店に卸させていただいています。10トン弱積めるコンテナを月に10〜15本送るので、年間にすると1200〜1500トンを輸出している計算です。

 

衣類や紙は国内でリサイクルに回すのですが、それ以外の家具や食器、文房具などあらゆるものを輸出しています。日本のものはクオリティが高いので、いずれの国でもよろこばれているようです。とくにキッチン用品やおもちゃ、工具などは需要が高いですね。

 

現地での販売の様子(提供:リリーフ)

 

数多くの食器類を輸出している(提供:リリーフ)

 

人形などのおもちゃもニーズが高い(提供:リリーフ)

 

――ほかにもこうした海外輸出事業を展開されている企業はあるのでしょうか?

 

赤澤 あるにはあるのですが、貿易会社と組んでやっているところが多いようです。弊社が自社だけでやっているのは、この事業を伸ばすことが「社会貢献」になるという意識があるからです。自社でやるとコントロールはしやすいぶん、リスクも大きくなるのですが、そこにあえて挑戦しています。

 

海外輸出事業を始めたことで、ゴミを処分するだけの会社ではないというイメージがついたのは良かったと思っていますね。思い出のあるものをリユースしてもらえるならと手放す方が思いのほか多いんです。家族が大切にしていたものが「捨てられるのではない」というのがわかるとよろこんでいただけます。

 

社会貢献を意識した遺品整理サービスとは?

――今後の遺品整理サービスにはどんな課題があるとお考えですか?

 

赤澤 もともとグッドホールディングスは、ゴミ回収業者というよりも、環境系ビジネスとして事業を展開していました。ゴミを減らそうという考えだったのです。「ゴミを減らすなんて仕事を減らすのでは?」という声もありましたが、結果的に賛同者が増え、仕事も増えました。

 

ゴミの量を減らすには、リユースやリサイクルが必要です。これが進むことで片付けにかかる費用も減らせるので、そうなると日本の「空き家問題」も解決できるのではと思っています。

 

 

空き家は物が片付けられていない状態なので、行政がなかなか取り壊せないんです。取り壊すとゴミが増え、その処分に費用もかかります。あらかじめ空き家の整理を弊社が請け負えれば、スムーズに取り壊しができる。そうすれば空き家も減るはずです。

 

ただ、そうなるには、リユースをさらに進める必要があります。片付けが増えれば、海外でリユースできる商品も増えます。そうなると、それを卸す先も増やさなければなりません。出荷量や出荷先を増やすというのはこれからの課題のひとつです。

 

弊社では収益の一部を「チャイルドドリーム」というNGO団体に寄付しています。これは、海外にものを売ってリユースできているという側面があるからこその社会貢献活動だと考えています。さらに、海外の支援をすることで、その子どもたちが育ったときにリユース品を手にしてくれる機会が増えるといいなとも思っています。

 

 

――現状、リユースできていないものはこれからもゴミにするしかないのでしょうか?

 

赤澤 いえいえ、これも仕組みづくりが必要なんです。遺品のなかには少し修理すれば再利用できる家具や家電がたくさんあります。現状はこういったものは処分するしかないのですが、今後は修理してリユースできないかなと模索しているところです。

 

――今後の展望をお聞かせください。

 

赤澤 片付けをすることで社会貢献につながるという仕組みを確立したいですね。社会課題をビジネスで解決することをホールディングスとしても掲げているので、リリーフとしても目指したいところです。

 

国内でもなかなか遺品整理サービスのイメージを確立できていないので難しいところではありますが、日本だけでなく海外でも高齢化が進んでいくと予想されています。諸外国でも同じような社会問題が出てくることを考えると、海外でも遺品整理サービスをフランチャイズ展開する可能性はあるのかなと思っています。そのニーズが出てくるまでは、国内での認知度を高めていきたいです。

 

また、海外を視察して感じるのが、日本のゴミ処理技術の高さです。海外は道路はきれいでも、そのゴミを郊外の処理場に投げ捨てており、そこで暮らすような子どもがいます。弊社はJICAと提携していて、海外から事業視察に来ることがあるのですが、ゴミ処理に関しても海外で事業を展開できるといいですね。

 

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アフリカでもっとも有名な日本企業ビィ・フォア―ド社長が語る、アフリカビジネスの最前線

【掲載日】2022年6月13日

人口増加などによって市場が急拡大し、さまざまなビジネスチャンスがあると考えられているアフリカ。しかし治安や文化の問題など、アフリカに進出するためにはクリアすべきハードルが多いのも現状です。その中で、2004年に設立された株式会社ビィ・フォアードは、越境ECサイトによる中古車輸出事業をアフリカで広く行い、2020年度の業績は売上高562億円、中古車輸出台数約12万5759台を達成し、業績を伸ばし続けています。アフリカでもっとも有名な日本企業ともいわれるビィ・フォアードの代表取締役社長・山川博功氏に、アフリカに注目した経緯や、現在の事業、途上国ビジネスの魅力などについてお聞きしました。

 

山川博功●大学卒業後、東京日産自動車販売株式会社に入社。退社後、中古自動車買取業の株式会社カーワイズに入社し、グループ内で独立、1999年に株式会社ワイズ山川を設立。その後中古自動車輸出業を開始し、2004年に中古自動車輸出部門を分社化、株式会社ビィ・フォアードを設立した。著書に「グーグルを驚愕させた日本人の知らないニッポン企業」(講談社+α新書)、「アフリカで超人気の日本企業」(東洋経済新報社)がある。

 

日本の中古車に対するニーズを実感し、アフリカで事業を拡大することに

井上  2004年から中古車輸出事業を行っているビィ・フォアードですが、当初はニュージーランドなどで事業を展開されていました。その後は次第に、アフリカを中心に事業を拡大していくことになりますが、なぜアフリカに注目されたのでしょうか。

 

山川 日本の中古車に対するアフリカの反応が、他国と全く異なっていたからです。例えばニュージーランドから「中古車を購入したい」という問い合わせが1日に5件程度だとすると、アフリカからはその100倍以上、500件どころではない問い合わせがありました。アフリカの人たちはこんなにも日本の中古車を欲しがっているんだと、そこに大きなビジネスチャンスを感じたんです。

 

井上 弊社では途上国ビジネスに関するお話を伺うことが多いのですが、ビジネスチャンスだと感じても、日本ではまだアフリカでビジネスを展開することに二の足を踏む企業は多いと感じます。山川社長が決断されたのはどういった理由だったのでしょうか。

 

山川 決断ってほどのことではなくて、問い合わせを受けるなかで「こんなに欲しい人がいる、ならば買ってもらいたい」と思っていました。

 

井上 山川社長はそこに怖さはありませんでしたか。アフリカだとどういった支払い方法にするかがネックになっているとも伺います。

 

山川 怖さはなかったですね。支払いに関しては、トラブルなどが起こらないよう、「お金を100%もらわないと商品を売らない」ということは、最初から徹底していました。もちろんお客さんたちも最初は、あまりよく知らない会社にお金を先払いして車を買うことを、不安に思ったはずです。しかし購入した人たちが「ビィ・フォアードから買えばちゃんと商品が届く」「ビィ・フォアードはいいよ」と、口コミで少しずつ広げていってくれた。その積み重ねが、現地で知名度を上げていくことにもつながりました。

 

井上 口コミで広めてもらうことは、最初から意図していたことなのでしょうか?

 

山川 いえ、それは自然にお客さんたちがやってくれたことなんです。私たちがブランディングするためにやっていたのは、車に大きいステッカーを貼ったり、Tシャツを配ったり、キャップを配ったりと、ベタな方法ばかりです。

ただ、ブランディングをする上で会社のロゴデザインにはこだわりました。このブラックとオレンジのロゴ、かっこよくないですか?(笑)最初からアフリカの人たちに受けるものをつくろうとしていたわけではないのですが、競合他社とは一線を画すようなデザインにしたいと思っていました。結果的にはこのロゴも、現地でのブランディングが成功した要因の一つになったのではと考えています。

 

井上 途上国ビジネスでは口コミが効果的だといわれていますが、お客さんが勝手に広めてくれるというのは理想的な形ですね。ロゴのデザインもそうですが、サービス内容なども他の人に紹介したいと思わせる要素があったということだと思います。このあたりは、アフリカ展開したい企業にとって非常に有益な情報だと思いました。

山川社長との対談はビィ・フォア―ド社で行なわれた。こだわったというロゴが見える

 

アフリカで独自の物流ルートを構築し、ラストワンマイルの課題を解消

井上 知名度を上げ、事業を拡大させていったビィ・フォアードは、その後アフリカで独自の物流ルートを構築しました。これは他の会社にはなかなかできないことだと思うのですが、そもそもなぜ物流ルートをつくろうと思われたのでしょうか?

 

山川 もともと私たちの事業では、中古車を港まで運び、そこからはお客さんに引き取ってもらうというシステムが基本でした。しかし引き渡しまでにトラブルが起こることも多々あったんです。例えばあるとき、タンザニアのダルエスサラーム港に到着した車を、そこから2000キロ離れたザンビア共和国の首都・ルサカまで運ぼうとしたお客さんがいました。しかしその車のエンジンが壊れてしまい……。私たちで補償しようと思ったのですが、現地では手に入らず、日本から取り寄せることになりました。

その後、エンジンを日本からダルエスサラーム港まで船で運びましたが、かかった船賃は約9万円。これは想定内の金額でした。しかしダルエスサラーム港からルサカまで陸地で運ぶのに、なんと約85万円もかかることが分かったんです。2000キロ走るとなるとドライバーが2、3人必要でしょうし、帰り道は空荷になるので、コストが高くなることは理解できます。それでも日本で2000キロと言うと、せいぜい札幌から博多くらいまでの距離。4、5万程度で運べるはずです。アフリカではエンジン一基を運ぶのにとんでもないコストがかかると痛感し、アフリカで物流ルートがつくれたらと考えるようになりました。

 

井上 そこにビジネスチャンスがあると思われたのですね。

 

山川 はい。そしてもう一つ、南アフリカのエージェントからアフリカの物流網について話を聞いたこともきっかけになりました。その彼から、南アフリカの中ではキャリアカーで車を運べるけれど、国を出た瞬間から道が整備されていないため自走させなくてはならないという話を聞いたんです。同じ大陸でも国によってインフラの整備状況は異なり、アフリカ全体の物流網はまだまだ弱いとあらためて感じました。例えば南アフリカ、ケニアはいろいろなモノが手に入ったり、生活していく上でのサービスも充実している、だけど、ちょっと隣の国に行ってモノを運ぶだけでも不便でしょうがない。こうした背景もあって、物流ルートを構築していこうと決意しました。

 

井上 アフリカは貿易港がない内陸国も多いですし、そういった国に陸送するルートは当時整備されていなかったと思います。インフラだけでなく、ドライバーの質や、通関の煩雑さといった課題もあると思うので、1つひとつ物流ルートを開拓していくのは苦労の連続だったんじゃないでしょうか。

 

山川 苦労に鈍感みたいであまり感じませんでした。ただ毎日何かしらトラブルは起きました。それもあって慣れっこになっています(笑)。

 

井上 アフリカでは事業拡大に苦戦している会社も多いイメージがあります。ビィ・フォア―ドのように事業をスケールする上で、成功のポイントはあったのでしょうか。

 

山川 やっぱりお客さんが欲しているかどうかじゃないですかね。それぞれの会社も需要があると思って起業していると思いますので。リスクを取ってというような経営をしているつもりはありません。ただ事業計画を立ててからとやっているうちに他社に取られてしまいますからスピード重視ではあります。

雇用につながるビジネスという考えに大きく同意

 

信用できる現地エージェントと共に、さらなる事業拡大を目指す

井上 途上国ビジネスにおいては、現地のパートナー選びも非常に重要なことだと思います。信頼できる会社をエージェントとして選ぶために、山川社長が意識されていることを教えてください。

 

山川 私たちの場合は、通関業務ができる会社、つまり国から許可をもらっている会社を基本的にはエージェントにしているため、その時点である程度は信用できる会社が集まります。もちろん、トラブルになることが全くないわけではありませんが……。その上で、私が大切だと考えているのは、その会社がお金を持っているかどうか。ビジネスの世界でお金は、信用度をはかる重要な判断基準です。さらに、ビジネスに対する真面目さも必要だと感じています。

 

井上 途中でエージェントを変えることもあるのでしょうか?

 

山川 もちろんありますよ。ビジネスですから、私たちもシビアに判断しています。例えばタンザニアには数社のエージェントがいるのですが、タンザニアにあるダルエスサラーム港には毎月5000~6000台の車を輸出しています。大手のエージェントには1000~2000台の通関をやってもらうのですが、1台につきいくらかの日銭が入るんです。現地の人たちにとってはそれが大きな収入になります。しかし例えば、ある会社に毎月500台の通関をお願いしていたとしても、その会社のサービスが悪く、お客さんからクレームなどを受けたりすると、「サービスを向上させないと、300台に減らします」などと交渉することもあります。

 

井上 「ビィ・フォアードがいないと経営が成り立たない」という状況だからこそ、そのような交渉をすることができるんですね。現地で雇用を生んでいるところも、ビィ・フォアードのすごいところです。途上国での雇用創出は、社会貢献としてとても大きなことだと思います。

 

山川 彼らに給料をきちんと払えるか、彼らの家族をちゃんと養えるかというのは重要だと思います。それによってタンザニアでもビィ・フォア―ドへの就職がかなり人気だと聞きます。

 

井上  SDGsでは17の目標が設定されていますが、現金がないことが原因となっている課題は多いです。給料を支払えば、貧困削減につながるだけでなく、そのお金が教育や医療などにも使われるでしょうし、国の発展に大きく寄与していると思います。

雇用を生み出すといえば、現在は事業として「車のパーツ」の越境ECをされていますね。

 

山川 これまでとは違うビジネスモデルをつくれたこともあり、パーツ販売事業は今、売り上げが毎月10パーセントずつ伸びる勢いです。なぜ日本の中古車とそのパーツが人気かというと、とても高品質なうえ、日本は国土が狭い上に鉄道なども発達しているので、そこまでの長距離を走っている車は少なく、道路も整備されているので傷みにくい。さらに車検制度もあるため、修理や整備もきちんとなされています。

高品質な日本の中古車パーツはアフリカでも人気があり、これまでにも日本からパーツを輸出するビジネスは行われていました。その一つが、日本に住む外国人などが、日本の中古車パーツをコンテナに雑多に詰めてアフリカへ輸出するというBtoBのビジネスです。そうしたパーツは現地の小売商が仕入れますが、実際に販売されるのは小規模な店舗がほとんど。どこにどのような部品が置いてあるのかが分からず、なかなか目当ての部品を探すことができませんでした。それに対して私たちは、お客さんたちが欲しい商品を自分で探して購入することができる、300万点以上の部品を扱うECサイトになります。しかも商品は、私たちがこれまで自社で築いてきた輸送ルートを使うことで、低コストでお客さんの元に届けることが可能です。さらにタンザニアでは、書類などをお客さんの家やオフィスに配達する「BE FORWARD EXPRESS」という事業も行っています。

2016年4月1日からタンザニアのダルエスサラームで「BE FORWARD EXPRESS」の運用を開始

 

井上 アフリカも都市部は渋滞がひどいですし、バイク便のようなサービスはニーズがありそうですね。今後、「物流」の強さや、アフリカとのネットワークをさらに活かして、新たに展開したいと考えている事業はありますか?

 

山川 2022年4月に、ケニアで中古車ファイナンス事業を手掛けているHAKKI AFRICA(ハッキアフリカ)と業務提携を行いました。これにより、車両価格の40%を頭金として支払えばビィ・フォアードから車が発送され、車を保有しながら返済を行うことが可能になりました。今後はケニアだけでなく、私たちが得意とするアフリカの他の地域でも取り組んでいきたいと思っています。

 

井上 消費意欲が高いアフリカですが、まとまったお金が用意できない人も多いので、ローン返済ができるようになると顧客はさらに増えそうですね。

「BE FORWARD EXPRESS」や「HAKKI AFRICAと業務提携」といった新規事業も積極的に進めている

 

市場が拡大するアフリカで、ビジネスをしないのはもったいない!

井上 ビィ・フォアードがアフリカで事業を始められてから15年ほどになりますが、その間にアフリカの市場が変化している実感はありますか?

 

山川 もうぜんぜん違いますね。アフリカで事業を始めた当初から「これからミドル層が増える」と言われていましたが、予想をはるかに超えています。車を買うことができる人、購買意欲の高い人がどんどん増えていると実感しています。

 

井上 私もアフリカに行くたびに、スーパーなどで売られている商品などが増えていくのを見ていて、購買意欲の高まりを感じています。その中で今後、日本企業にとって特にチャンスがあるのはどのような分野でしょうか。

 

山川 私は、日本人は「仕組みづくり」が上手だと思っています。例えば、ビィ・フォアードにはたくさんのエージェントがいますが、どんな人でも作業ができるシステムを提供しています。一つの作業を終えないと次の作業ができない仕組みや、荷物のトラッキングシステムなどを、全てコンピューターシステムで管理しているんです。システムをつくるまでには2年半ほどかかりましたが、結果的にはスタッフたちのミスも減らすことができて、業務を効率化することにつながりました。このような仕組みづくりは日本人の得意分野で、今後も活かしていくことができるのではないでしょうか。

 

井上 最後に、山川社長が考えるアフリカビジネス面白さや魅力を教えてください。

 

山川 例えばアフリカの奥地にいる友人から「車の部品を送ってほしい」と言われたら、どうやって送りますか? 普通ならどこにどう頼めばいいのか、途方にくれてしまうと思います。しかし今、ビィ・フォアードのECサイトを使えば、現地にはない車の部品を探して、その友人がいる所まで届けることができます。このように、誰もどうしていいか分からないようなことをできるようにしていくのが、途上国・新興国のビジネスです。私たちも最初は手探りでしたが、現地で付き合いのある会社や人に相談しながらトライ&エラーを繰り返し、なんとか突破口を見いだしてきました。

 

井上 私たちは途上国への進出支援を行っていますが、途上国のビジネスチャンスに気づいていない企業や、心理的なハードルを感じている企業がまだまだ多いのが現状だと思います。今回のようにアフリカに進出している日本企業のリアルな話や、現地のビジネスに関する情報を広く知ってもらうことで、途上国ビジネスに挑戦する企業が増えていけばと考えています。

 

山川 私も同意見です。日本にいると、生活に必要なものはだいたい何でもそろっていて「モノがない」と感じることは少ないかもしれません。しかしアフリカなどの途上国や新興国では、日本で普通に手に入るモノが、自分たちの国でつくれなかったり、そもそも売られていなかったりすることもいまだに多い。このように「モノが十分にない」地域には、まだまだたくさんのニーズがあると考えられます。こんなにもチャンスがあるアフリカでビジネスしないのは、本当にもったいないこと。ぜひチャレンジしてほしいと思います。

 

【取材を終えて~井上編集長の編集後記】

今回取材をしてみて、一番印象的だったのが皆さんの顔です。社長はもちろんのこと、社員の方々も楽しそうな顔をされていました。会社が常に新しいことにチャレンジをしているからこそ、楽しんで仕事をしているのではないかと感じました。今の日本ではリスクをすぐ考えてしまいがちですが、高度経済成長期の日本企業は、ビィ・フォア―ドのようにリスクを恐れずチャレンジしている会社が多かったと聞きます。あれこれ考えるよりも、まずはスピーディに事業を始め、走りながら1つひとつハードルを越えていくことが、途上国でのビジネスには必要なのかもしれません。

 

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●アイ・シー・ネット株式会社「海外進出に役立つ資料集」

撮影/干川 修 構成/土居りさ子(Playce)

外国人材雇用の「見えない抵抗」とは? 在留外国人支援の実態を聞いた

【掲載日】2022年5月31日

現在、日本に住む在留外国人の数は288万人以上。しかしその中には、在留資格や日本語能力などの問題から仕事に就けず、なかなか支援を受けられていない人が多くいます。この課題に対してシャンティ国際ボランティア会では、2020年5月から国内で在留外国人や外国にルーツを持つ人々を支援する事業を開始しました。今回は同会の村松清玄氏に、事業の内容や、在留外国人が抱えている課題、そして外国人材を活用したいと考えている企業と連携していくためのアイデアなどをお聞きしました。

 

村松清玄氏●シャンティ国際ボランティア会職員。同会が2020年5月から始めた、在留外国人支援事業では計画立案、ファンドレイズなどを担当し、現在も事業全体の管理・運営を行っている。

 

さまざまな課題を抱える在留外国人一人一人に寄り添い、解決の道を探す

――シャンティ国際ボランティア会が在留外国人支援事業を始めたきっかけと、現在の取り組みについて教えてください。

 

村松 私たちはもともとアジアの国々を中心に、教育文化支援や緊急人道支援を行ってきました。しかし途上国で国際協力に取り組む中で、足元を見てみると、日本国内にいる外国人もさまざまな課題を抱えていることに気が付いたんです。そこで、私たちがこれまで培ってきた経験を活かし、国内の問題にも向き合っていこうと、2020年5月から在留外国人支援事業に取り組むことになりました。

まずは私たちが以前から注力していた「教育」「子ども」に焦点を当てた活動から始めようと、外国ルーツを持つ子どもたちの居場所づくり事業を始めました。具体的には、認定NPO法人「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」と連携し、日本でマイノリティとして暮らす外国ルーツの子どもたちが、肩肘張らずに過ごせる場をつくろうと取り組んでいます。事業を始めた時期がちょうどコロナ禍と重なってしまったこともあり、対面での実施はできていませんが、オンラインツールを使ってスタッフが考案したゲームをするなど、楽しみながら現在も交流を続けています。

そして2021年5月からは、豊島区に住む在留外国人を対象に、コロナ禍での緊急支援として休眠預金を活用し「包括的生活安定支援」も始めました。この取り組みでは、弁護士法人東京パブリック法律事務所、社会福祉法人豊島区民社会福祉協議会と連携しながら、食料配布や生活相談などを実施。日常の小さな困りごとから法的解決が必要な課題まで相談できる場をつくり、その後の支援につなげることで、在留外国人の生活基盤の底上げを図っています。

在留外国人の包括的生活安定支援事業の様子(c)Shanti Volunteer Association

――相談に来られる在留外国人の方は、具体的にどのような課題を抱えているのでしょうか?

 

村松 さまざまな相談を受けますが、最終的には仕事とお金に関する問題に集約されるという印象です。外国人労働者は「最後に雇われて最初に解雇される」ことが多く、仕事をなかなか得られないのが現状だと思います。そして、仕事が得られない理由は、日本語ができない、在留資格的にできる仕事が限られているなど、人によってさまざまです。また職に就いている人でも、非正規雇用や低賃金労働などの課題を抱えています。

こうした一人一人の課題に対応するべく、相談会では最初に弁護士や社会福祉協議会などの専門家が在留外国人に対してヒアリングを実施します。そこでまずは支援が必要かどうかを判断し、その後、取りまとめたヒアリング内容を確認しながら、どこでどのような支援が必要なのかをあらためて運営側で議論します。話し合いの後、法的解決が必要であれば弁護士、地域の生活相談的なことであれば社会福祉協議会が対応し、私たちで解決できない問題であれば相談先を探すなどして、個別支援を行っています。

 

――事業を実施してみて、在留外国人の方からはどのようなリアクションがありましたか?

 

村松 私たちの相談会に来る人は、そもそも「助けて」と言えない環境にいる人がとても多いんです。なかなか相談できる相手もいないし、誰に何を相談したらいいのかもわからない。そのため、「話を聞いてもらえる人がいる」ということに涙を流される方もいて、心の支えにもなっているのではと感じています。

(c)Shanti Volunteer Association

村松 そして私たちの支援の特徴の一つは、こちらからリーチアウトしていくということ。社会福祉協議会が持っている名簿を活用して案内を発送するなど、さまざまな方法で主体的に在留外国人にアプローチをしています。今後もただ機会を設定するだけでなく、こちらから手を差し伸べることを意識しながら、継続的に支援を行っていきたいと考えています。

 

さまざまな団体と連携するためには、事業を発信・継続することが大切

――在留外国人支援事業では、さまざまな団体と連携して取り組んでいますが、仲間を集めて巻き込んでいくために工夫されていることはありますか?

 

村松 実は今回の支援事業は、弁護士の方々や豊島区内の団体から声をかけていただいて始まったものなので、私たちは「巻き込まれた側」です。豊島区では民間の支援がかなり充実していて、地域の中で声を掛け合ったりしながら、取り組みの輪をどんどん広げようという雰囲気があるんですよね。専門性の高い団体同士が手を取り合って、“点”が“面”になっていくことで、支援の力が最大化できる仕組みができていると感じています。

その中でも、輪を広げていくために私が大切だと感じているのは、自分たちの取り組みを知ってもらうために積極的に発信していくこと。そして、事業を継続することも重要だと考えています。例えば在留外国人支援事業で相談会を単発で開催したとしても、すぐには行きづらかったり、最初は話しづらかったりすることもあると思うんです。しかし、回数を重ねていけば、相談に来る外国人の方々と関係性を築き、信頼を得ることができます。そうなれば事業自体も次第に大きくなっていき、さまざまな団体と連携することにもつながっていくと考えています。

 

――今後、在留外国人への支援を進めていく中で新たに取り組んでいきたいことや、連携したいと考えているところなどを教えてください。

 

村松 これまでも何度か実施したのですが、「在留資格」をテーマにしたイベントなどは、今後さらに力を入れていきたいと考えています。というのも、私たちのもとに相談に来る人の多くは、安定した在留資格を持っていません。新型コロナウイルスや母国のクーデターの影響で帰国困難者になり、何とか日本に居続けているという人がとても多いんです。そのため、安定した在留資格を取ってもらうために、サポートをする取り組みを始めています。

特定技能セミナーの様子(c)Shanti Volunteer Association

村松 例えば以前、在留資格に関連したイベントの一つとして実施したのが、「特定技能セミナー」です。このイベントではまず、在留資格の一つである「特定技能」についてあらためて説明し、資格を取得するための方法や、就職できる仕事の種類についてレクチャーしました。さらに、日本語試験の受け方や申請書の書き方などもコーディネーターたちが個々でサポートしました。今後は、資格取得のためのより実践的な支援を行っていく予定です。しかし、せっかく資格を取ることができても仕事に就けなければ意味がありません。そのため現在、企業と連携して就職につなげられるような取り組みができないか、模索をしているところです。

 

「根拠のない抵抗」を持つ人たちが、外国人と関わり、活動できる機会をつくっていきたい

――現在、日本では外国人を雇用したいと考えている企業も多いと思います。そのような企業と働きたい外国人材をうまく結び付けるためにはどうすれば良いでしょうか。

 

村松 例えば多くの企業が集まる場で、私たちの活動を紹介したり、現場の声を伝えたりする機会があればいいなと考えています。しかし実際にそのような場は前にもあったのですが、参加した企業の中にはあまり熱意が感じられないところもあって……。本気で外国人材を雇いたいと考える企業が集まる場、率直な意見を言い合える場が必要だと感じています。また、最近はCSRやSDGsの活動で、国際協力や社会課題に取り組む企業も多いため、そこが一つの入り口となればいいなとも感じています。

もちろん企業側も、自分たちに何らかのメリットがなければ外国人の雇用や活用を続けていくことはできません。そのため私たち支援団体側も、企業が本当に必要としているのは何かを考えていかなければと感じています。私たちの強みは、これまでの活動の中で多くの外国人と関わり、さまざまな情報を得てきたこと。この強みを、企業のニーズとうまくつなげていくような仕組みをつくっていきたいと思います。

 

――企業側が外国人を雇用する際に、どのようなことがハードルになっているのでしょうか?

 

村松 日本企業の中には、外国人に対して一歩身を引いてしまうような、根拠のない抵抗を抱いているところが多いと感じています。心理的な部分ですが、これが意外と馬鹿にできない大きな壁になっているのではないでしょうか。そのためまずは、モデルケースとして1人、2人雇ってみることが大切だと考えています。1人、2人と雇って、その人たちと実際に一緒に仕事をしていくことで、企業の中でも少しずつ理解が深まっていくはずです。

いずれにしても、これから日本の労働人口が減ることは目に見えています。そのため企業にとっても、早めに社内の文化をグローバルに変えていくことは、非常に重要です。外国人を雇用することをただ負担だと考えるのではなく、自分たちの働き方をより良くしたり、視野が広がったりするチャンスだと、ぜひポジティブに捉えてほしいと思います。

外国人に対する心理的なハードルを下げるためには、とにかく「知り合うこと」に尽きます。例えばネガティブな印象を抱いている国でも、実際に行ってみて現地の人と話すことで、イメージが変わることはよくありますよね。そのため私たちはこれからも、外国人と関われたり、一緒に活動できたりするような機会をつくっていきたいと考えています。そして、コロナ禍では難しいところもありますが、地域住民たちが対面で参加できるような活動も増やしていきたいです。外国人と知り合う機会を得て、まずは挨拶や雑談といった些細なコミュニケーションから始める。これがお互いを理解していくための第一歩になると思います。

 

 

シャンティは、子どもたちが厳しい環境の中でも安心して学べる機会をつくる活動を行っています。より多くの方に活動にご参加いただけるよう、さまざまな支援方法をご用意しています。シャンティと一緒に子どもたちの学びを支えてください。

「シャンティ国際ボランティア会」HP https://sva.or.jp/personal-donation/

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「NEXT BUSINESS INSIGHTS」を運営するアイ・シー・ネット株式会社では、開発途上国の発展支援における様々なアプローチに取り組んでいます。新興国でのビジネスを考えている企業の活動支援も、その取り組みの一環です。そんな企業の皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料を用意。具体的なステップを踏みたい場合の問い合わせ受付も行っています。「NEXT BUSINESS INSIGHTS」の記事を見て、途上国についてのビジネスを考えている方は、まずは下記の資料集を参照ください。

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途上国・新興国でビジネスに挑戦する日本企業が登壇「第7回 飛びだせJapan! 成果報告会」レポート

【掲載日】2022年4月15

2022年3月22日、経済産業省主催の「途上国ビジネスに挑戦した日本企業のリアルに迫る~第7回飛びだせJapan!成果報告会~」が、オンラインにて開催されました。「飛びだせJapan!」は、途上国や新興国の社会課題をビジネスで解決する企業を支援する補助金事業です。本事業は、経済産業省の補助事業者として、アイ・シー・ネットが実施運営を行っています。本記事では、2021年度に採択された10社のうち8社が登壇した今回の報告会の様子をレポートします。

 

「飛びだせJapan!」の概要と背景

報告会の最初に、本事業の事務局を担当するアイ・シー・ネットの下山氏から「飛びだせJapan!」の概要と背景について説明がありました。下山氏は「少子高齢化が進み、国内マーケットの縮小が懸念される日本では今後、『海外進出』がビジネスにおける大きな成長エンジンになるはずです。中でも途上国や新興国は解決すべき社会課題を多く抱えており、それらはビジネスチャンスと捉えることができます。本事業では、途上国や新興国の人々にも、事業者たちにも、長きにわたって利益をもたらすビジネスを実践する日本企業を支援したいと考えています」と述べました。

 

オンラインコミュニケーションの質を高めるAIサービスを提供「株式会社I’mbesideyou」

概要説明後は、各企業がそれぞれ成果を報告。最初に株式会社I’mbesideyouが登壇しました。同社では、オンラインコミュニケーションの質を高めるための動画解析AIサービスを提供しています。同社の神谷氏はアプリケーションについて、「ビデオツール上で一人一人の表情や音声などの情報をリアルタイムで解析し、メンタルヘルスの状態を見える化することが可能です」と説明。アプリケーションを通じて、オンライン教育の質向上やメンタルヘルスの環境改善などを目指しています。

 

同社はインドでもサービスを展開しており、今回の事業ではオンライン教育とメンタルヘルスの2領域のアプリケーションを、それぞれインド向けにローカライズしました。神谷氏は「オンライン教育で活用できるアプリケーションは、インド工科大学と協業し、学生たちのニーズを反映しながらプロトタイプの仕様を決定しました」と述べました。

オンライン教育で活用できるアプリケーションは、授業を受ける生徒の様子や出席状況など、日々の授業データが集約され表示されるようになっている

メンタルヘルスをサポートするアプリケーションでも、毎日の感情の状態や変化などを見える化できるプロトタイプを開発。神谷氏は「これからも日本とインドの役に立つサービスを提供し、広くグローバル展開していきたい」と展望を述べました。

 

ウガンダ産カカオの品質向上に取り組む「株式会社立花商店」

2社目に登壇したのは、カカオの専門商社である株式会社立花商店。世界30か国以上との取引実績を持つ同社は、今回の事業でウガンダ産カカオの品質向上に取り組みました。ウガンダのカカオに着目した理由について同社の野呂氏は、「ウガンダのカカオは品質が良いとは言い難く、国際取引価格も低いのが現状。もっと価値を向上させ、カカオ産業の底上げができないかと考えました」と話しました。

 

今回の事業では、カカオの栽培・加工・輸出などを行う日本人が経営する現地企業と協業。現地パートナーが所有する自社農園で、高品質なカカオ生産に欠かせない工程である発酵乾燥ができる施設の建設や運営、カカオ豆の加工・殺菌設備の導入などを行いました。これらを通して、ウガンダ国内で高品質なカカオをつくる際のモデルケースとなることを目指しています。

さらに現在、ウガンダ国内で新たな品種の導入にも取り組んでいる同社。「ウガンダ国内はもちろん、国外にもウガンダ産カカオをアピールしていきたいと考えています」と今後の目標も語りました。

 

独自の信用スコアリングでケニアタクシー業界の課題を解決「株式会社HAKKI AFRICA」

3社目に成果報告を行ったのは、株式会社HAKKI AFRICAです。同社では、独自のクレジットスコアリングを活用し、信用情報が不足するアフリカの事業者に対して、中古車の購入代金を融資しています。

 

今回の「飛びだせJapan!」では、ケニアのタクシードライバー向けに中古車ファイナンスの実証事業を実施。同社の小林氏は「信用情報の不足により、車を購入したくてもローンの審査がなかなか通らず、レンタカーを活用するドライバーが多いのが現状です」とケニアのタクシードライバーが抱える課題について説明しました。

今回の事業で同社が行ったのは、信用スコアリングのローカライズ、GPSトラッキングシステムや、国内普及率が高い電子マネーに接続した会計ソフトの開発など。これらにより、ドライバーの収入や支払いの安定性評価、不正防止、返済管理の効率化などが可能になりました。小林氏は「今後も現地パートナーと協業しながら、ケニア及びアフリカへの事業展開を目指していきます」と話しました。

 

東アフリカで中古車販売プラットフォームを運営「株式会社Cordia Directions」

4社目は、株式会社Cordia Directionsが成果を報告しました。同社はケニアに子会社を持ち、オンラインの中古車社販売プラットフォームの運営などを行っています。同社の加賀野井氏は、現在のケニアの課題として、中古車検査・査定方法が確立されていないこと、高品質で安全安心な中古車購入方法が欠如していること、検査・査定できる人材が不足していることなどを指摘しました。

同社が運営する、品質検査済みの優良中古車を販売するウェブサイト

今回の事業で同社は、信頼できる検査・査定方法の確立、優良中古車のみを扱ったマーケットプレースの構築、検査士や査定士の育成などに取り組みました。さらに今後のビジネスモデルについて、「車検制度がないケニアにおいて、ビジネスをする上でいいエントリーポイントになるのが、車の売買のタイミング」と加賀野井氏。売主に対しては、集客力の強いマーケットプレースの提供や、検査・査定の実施。買主に対しては、適正価格で高品質な車を販売したり、安心できる支払サービスを提供したりするなどして、双方にアプローチしていきたいと話しました。

続いては、株式会社アルムが登壇。同社では、急性期医療から慢性期医療までを包括的にケアするITソリューションを提供しています。今回の事業ではガーナを対象に、同社が提供するソリューションの1つ「Join」を使った医療連携体制の構築とその有用性の検証を行いました。「Join」は、医療関係者用のコミュニケーションアプリで、メッセージはもちろん、細部まで確認できるCTやMRI画像などを送り合うことが可能です。同社の清瀬氏は「『Join』を活用した医療連携基盤を構築することで、ガーナが抱える医師不足や地域格差などの課題解決を目指しています」と話しました。

今回の事業は2地域で実証し、転院搬送時における専門医への事前情報共有、院内での多職種連携、地方医療の支援などを行いました。清瀬氏は「現在14施設にシステム導入が完了し、100名以上のユーザー登録を達成しています。引き続き情報収集などを続け、導入効果のさらなる明確化に努めたいと思っています」と今後の展望を述べました。

 

南アフリカでスマートロッカーやPUDOサービスを提供「アンドアフリカ株式会社」

次に成果報告を行ったのは、アンドアフリカ株式会社です。同社は南アフリカで、スマートロッカーや店舗を活用して荷物の受け渡しができるPUDOプラットフォームなどを提供しています。Eコマースの拡大などにより物流市場が伸びているアフリカですが、同社の室伏氏は「事業拡大の一方、配送への支出が大きいことなどが要因で黒字化できていない企業も多いのが現状です」と、急拡大の歪みも指摘しました。

 

この課題に対してスマートロッカーなどの包括的なラストマイルデリバリーサービスを提供している同社。今回の事業では、スマートロッカーやPUDOサービスを実施する店舗を増やし、デリバリーインフラの構築を行いました。さらに店舗に活用してもらうためのアプリケーションやその管理システムも開発しました。

アプリケーションでは、配送時のステータスを4項目に分けて表示。それぞれのシーンをクリックしてQRコードを読み取ると、ステータスが更新される仕組みになっている

さらに構築したデリバリーインフラを活用して、小売業にも進出。日本のお菓子や化粧品などを扱うオンラインマーケットプレースを開発しました。室伏氏は今後の目標として「一気通貫で物流サービスを提供していきたいと考えており、南アフリカのみならず、エジプト、ケニア、ナイジェリアなどへの展開も目指しています」と述べました。

 

タンザニアの妊産婦向けアプリケーションを開発「キャスタリア株式会社」

続いて登壇したのは、キャスタリア株式会社です。同社ではオンライン教育のプラットフォームを開発していますが、今回の「飛びだせJapan!」ではタンザニアの妊産婦向けアプリケーションを開発し、初のデジタルヘルス事業に取り組みました。

 

同社の鈴木氏はタンザニアの妊産婦の現状について「人口が急増しているタンザニアでは、医療提供の機会が足りておらず、妊娠出産を契機に亡くなる女性もいます」と説明。アプリは、助産師がモバイルカルテとして利用できるほか、妊産婦が自身の妊娠ステータスや健診内容を確認することも可能です。両者がアプリを活用することで、保健指導の継続や妊産婦の健診受診回数増加を目指しています。

今回の「飛びだせJapan!」では、アプリの事業化に向けた地盤づくりとして、パイロット運用を実施。ダルエスサラーム市内の総合病院で、アプリを使った妊婦健診を行い、実用化に向けた改善点などを抽出しました。鈴木氏は「3か月間で600人近くのユーザーを獲得し、現在はアプリ内のメッセージボードに集まったユーザーのコメント分析を進めています」と説明。さらに採択期間で収益化に向けた具体的なビジネスモデルの検討も進めました。鈴木氏は「今年度の事業化を目指して、法人の設立なども含めた調整を行っています」と話しました。

 

ウガンダ農村部で安全な水へのアクセス向上を「株式会社Sunda Technology Global」

最後は株式会社Sunda Technology Globalが成果を報告。同社では、ウガンダ農村部で安全な水を得るために欠かせないハンドポンプ井戸の料金回収システム「SUNDA」を開発しています。現在ウガンダ国内には、約6万基のハンドポンプ井戸が設置されており、村の住民たちによって管理されています。同社の田中氏は「村の代表者が各世帯から修理費などを毎月定額で徴収していますが、支払いの不正などが起こることも。こうしたトラブルで村の人々に不信感が生まれ、料金徴収がうまくいかなくなるケースもあります」と課題を指摘しました。この課題の解決策として同社が考案したのが、従量課金型でモバイルマネーを用いた自動料金回収システムSUNDAです。

オレンジのボックスにあるカードリーダーにIDタグをかざすと水が出る仕組み。IDタグは各世帯に配布され、モバイルマネーでチャージが可能

現在ウガンダ国内に約30台設置されているSUNDA。今後は政府と連携しながらさらなる設置台数の増加や、水道向け事業の立ち上げも検討しています。今回の事業では、SUNDAの量産モデルをつくるために現行モデルの課題抽出や、改善案の検討などを実施。故障しやすい制御部品の見直しなどを行い、「量産モデルの開発に向けて前進できました」と田中氏。さらに「今後も村の人々が自分たちで村を運営維持していけるような仕組みを考えていきたいです」と述べ、発表を終えました。

2021年度の「飛びだせJapan!」に採択された企業が、一年間の成果を発表した今回の報告会。それぞれの企業から課題や展望についても具体的に語られ、今後、取り組みはますます加速、拡大していくことが期待されます。アイ・シー・ネットのウェブサイトからは、2021年度に採択された10社すべての取り組みをまとめた、採択企業活動事例紹介冊子もダウンロードができます。そちらもぜひ併せてご一読ください。

「令和3年度 第7回飛びだせJapan! 支援実績」

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「NEXT BUSINESS INSIGHTS」を運営するアイ・シー・ネット株式会社では、開発途上国の発展支援における様々なアプローチに取り組んでいます。新興国でのビジネスを考えている企業の活動支援も、その取り組みの一環です。そんな企業の皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料を用意。具体的なステップを踏みたい場合の問い合わせ受付も行っています。「NEXT BUSINESS INSIGHTS」の記事を見て、途上国についてのビジネスを考えている方は、まずは下記の資料集を参照ください。

●アイ・シー・ネット株式会社「海外進出に役立つ資料集」

「遊びを通した学び」で、社会で成功するスキルを身に付ける~ これからの子どもたちに必要な環境「Playful Learning」と「6Cs」スキル ~

多様化するこれからの社会で、世界共通の重要なトピックである「教育」。新たな教育システムなどが模索される中、世界各地で実施されているのが、米国テンプル大学心理学部教授のキャシー・ハーシュ=パセック教授らが推進する「Playful Learning(遊びを通した学び)」です。日本でも、玉川大学教育学部の大豆生田啓友教授らが推進する「子ども主体の保育」など、“遊び”が重視された教育は注目されています。そこで今回はキャシー教授に、“遊び”の重要性や「Playful Learning」、これからの社会で欠かせないスキル「6Cs」などについて、さまざまな事例を交えながら教えてもらいました。

 

キャシー・ハーシュ=パセック氏●テンプル大学心理学部教授。ブルッキングス研究所上級研究員。幼児期の言語発達・リテラシー、学びにおける遊びの役割を研究し、16冊の本と数百の論文を発表。著者である『Einstein Never Used Flash Cards』は世界中で翻訳され、2003年に最も優れた心理学書に贈られるBooks for BetterLife Awardを受賞した。

 

子どもたちの発達を促進する「Playful Learning」

――キャシー教授が推進されている「Playful Learning(遊びを通した学び)」について教えてください。

 

キャシー 最近の研究から、教育に遊びを取り入れることは、幼児教育における豊かな学習アプローチにつながることが明らかになっています。そもそも遊びとは、子どもたちが主体的に行って楽しいと感じたり、繰り返し行うことで新たな気づきが得られたりする活動のこと。子どもたちの遊びを大人が始めて、大人が主導権を握って進めるものは、もはや遊びとは呼べません。

遊びには、子どもから始めて子どもが進める「Free Play(自由な遊び)」や、大人が遊びの目的や環境を設定し、子どもが進める「Guided Play(大人にガイドされた遊び)」といったさまざまな種類があります。その中でも特に「Guided Play」は子どもたちの効果的な学びにつながるとされていて、私たちが推進している「Playful Learning」でも、「Guided Play」を実践することを重要視しています。

 

――「Guided Play」を行うとき、大人は子どもに対してどのように「ガイド」すれば良いのでしょうか。

 

キャシー 「Guided Play」での大人たちの役割は、子どもが主体的に学ぶための環境を整えたり、質問や会話といった声掛けを通して子どもが自分で考えるよう促したりすることです。

例えば公園の中に登り棒があったとします。そのままではただ登って遊ぶことしかできませんが、登り棒に目盛りを付けるという「ガイド」を行い、どの高さまで登ったかをわかるようにするとどうなるでしょうか。子どもたちが「あなたは2フィートまでだったけど、私は3フィートまで登れたよ」と話せば、その瞬間から登り棒で遊びながら長さ比べをして算数も学ぶことができる「Guided Play」になりますよね。このように、「遊び」と「学び」の要素をどのように組み合わせるかを考えることが大切です。また子どもたちが「Free Play」を楽しんでいるときでも、そこから学びにフォーカスしたガイドを行えば、簡単に「Guided Play」に切り替えることもできるのです。

 

これからの社会に必要なスキル「6Cs」とは?

――「Playful Learning」を実践することで、どのような効果があるのでしょうか?

 

キャシー 「Playful Learning」は、子どもたちがこれからの社会で“成功”するために必要な6つのCのスキル「6Cs」を身に付けるために重要です。ここでの“成功”とは、よくイメージされるような、良い成績をおさめて優秀な学校に進学したり、年収の高い企業に就職したりすることだけではなく、子どもたちが将来成長するために必要なさまざまなスキルを育てることも意味します。これには知力の発達が含まれていますが、幸せで健康で、思いやりがあり、考える力のある子どもたちが、協調性が高く批判的な思考を持ち、イノベーションを実現する創造性があり、社会のことが考えられる世界市民として育つこと。これが、私たちが考えるこれからの“成功”です。多様化するこれからの社会では、これまでの古い価値観をアップデートして「教育」と向き合っていく必要があると考えています。

 

――「6Cs」について詳しく教えてください。

 

キャシー 6Csとは、コラボレーション(Collaboration)、コミュニケーション(Communication)、コンテンツ(Content)、クリティカルシンキング(Critical thinking)、クリエイティブイノベーション(Creative innovation)、コンフィデンス(Confidence)のこと。この順番も重要で、子どもたちは一つずつステップアップしながらこれらの力をつけていきます。それぞれのスキルについて、もう少し詳しく解説しましょう。

 

キャシー教授らが提唱する6Csをまとめた図。6つのCそれぞれにも、4段階のレベルがある

 

キャシー 6Csのモデルを見ながら「次はコラボレーションに関する取り組みを、次はコミュニケーションを」と考えてしまうことがありますが、それは私たちの考え方とは異なります。6つのスキルは相互に関連し、円を作っています。その中から一つだけを取り出すことはできないのです。多くの人が挑戦してきましたが、科学的にも、それはうまくいかないことがわかっています。コラボレーションにだけに、コミュニケーションだけに、コンテンツだけに焦点を充てることはできないのです。

 

1つめのC.「コラボレーション」(Collaboration)

「コラボレーション」は、1対1やチームで他者と共同作業などを行う力。大人たちには、子どもたちが他の子と「一緒に取り組む」ための環境を設定することが求められます。このプロセスは幼いほど重要になってきます。ですから、「コラボレーション」は、私たちが重要だと考える核となるものなのです。

 

2つめのC.「コミュニケーション」(Communication)

「コミュニケーション」は、話したり書いたりして伝える能力はもちろん、話を聞いたり相手の立場を理解する力も含まれます。コラボレーションとコミュニケーションは6つのCの中でも土台となる重要なスキルです。

 

3つめのC.「コンテンツ」(Content)

「コンテンツ」には語彙や算数・数学などの知識に加え、これらを学ぶために必要な問題解決力、記憶力、衝動を制御する力なども含まれます。コンテンツのスキルを習得するためには他人とうまく付き合うためのコミュニケーションのスキルがとても重要です。

 

4つめのC.「クリティカルシンキング」(Critical thinking)

「クリティカルシンキング」は、問題解決のための方法を考えたり、問題解決のためにエビデンスを構築して行動したりする力です。難しいようにも思えますが、適切な環境を整えた「Guided Play」を実践すれば、3歳児でも優れたクリティカルシンキングの力が身に付くことが明らかになっています。

 

5つめのC.「クリエイティブイノベーション」(Creative innovation)

「クリエイティブイノベーション」は、ただ問題解決の方法を考えるだけでなく、これまでにない新しい解決策を見出したり、従来のパターンやルールを変えたりする力。大人たちには、子どもたちのクリエイティブな発想が生まれやすくなるようなガイドが求められます。

 

6つめのC.「コンフィデンス」(Confidence)

「コンフィデンス」は、失敗を恐れないこと、そしてたとえ失敗したとしても、そこから学ぼうとする力です。ここまでの5つのCを子どもたちが自信をもって試していくことが重要です。

 

さらに「6Cs」は学びの環境をつくるときのチェック指標にもなり、「6Cs」に準じて「何を学ぶか」を設定することで、より効果的な環境を生み出すことが可能になります。

 

――6Csを教育に取り入れた事例を教えてください。

 

キャシー 子どもたちの教育に「6Cs」を効果的に取り入れているのが、東京都にある「クランテテ」※です。ここでは、2歳から小学6年生までの子どもを対象にモンテッソーリ教育をもとにした幼児保育と学童保育が行われています。

※ クランテテ(東京都港区三田)…2歳から小学6年生までを対象とした幼小一貫教育託児施設。「みずから育つちから」を育むモンテッソーリ教育を基盤とした活動を行っている。https://clantete.com/

キャシー クランテテでは、子どもたちの活動を記録・共有・分析する「教育的ドキュメーション」を行うことで、子どもたち一人一人の現在地を可視化しています。その際に子どもたちの評価に用いるのが、「6Cs」です。現在どの段階の姿まで到達しているのか。どのように指導すればひとつ上の姿にたどりつけるか。共通認識の評価基準として「6Cs」があることで、子どもたちはよりよい学びの環境で成長していくことができます。

 

文字のパズルで「Playful Learning」を行うクランテテの子どもたち。一人の男の子から始まった「コンテンツ」の活動は、教具を通じた対話により「コミュニケーション」が生まれる環境につながっていく

キャシー 私は科学的な観点から「Playful Learning」は、アメリカよりも日本のほうが随分進んでいるのではないかと感じています。なぜなら日本のように集団を重んじる社会では、個人で成し遂げることよりも、皆で協力し合いながら一緒に成し遂げることの重要性をよく理解できる傾向にあるからです。また、「6Cs」は子どもだけでなく、ビジネスリーダーが採用したい人材に求められるスキルとも共通しています。そのため「6Cs」は、大人たちにとっても欠かせないものなのです。

 

いつでもどこでも実践できる「Playful Learning」

――実際に行われている、「6Cs」を身に付けるための「Playful Learning」の事例を教えてください。

 

キャシー 「Playful Learning」は、園や学校などの教育機関だけではなく、いつでもどこでも実践することができます。例えば、私たちの研究チームでは過去に、スーパーマーケットに子供同士での言語や算数の学び合いのきっかけになるようなポスターを設置しました。その一つが牛のイラストとともに「牛はどんな鳴き声?」という問いが描かれたものです。これを設置した結果、スーパーで学びにつながる会話が増えたことがわかりました。そのほか、カリフォルニア州サンタアナに住むメキシコ人に向けて、街中にそろばんやメキシコ文化に沿ったゲームを設置しました。このように街のいたるところを「Playful Learning」の実践の場にすることが可能です。

 

アメリカのスーパーマーケットに貼られた牛のポスター
メキシコのバス停に設置されたそろばんのイラスト。待ち時間に遊びながら学ぶことができる

――「Playful Learning」をさらに広めていくためにはどうすれば良いでしょうか。

 

キャシー 「Playful Learning」は、アメリカや日本だけでなく、難民センターや途上国でも実践することできます。さまざまな国で実践するときに大切なのが、その国の文化に適応して現地のコミュニティと協力すること。地域の人たちやコニュニティのリーダーに「Playful Learning」や「6Cs」についてきちんと説明し、彼らの価値観や「Playful Learning」によってもたらしたいことをヒアリングすることが必要です。さらにプロトタイプから一緒に作成していくことで、現地の人たちは自分たちの手で自分たちの環境が豊かになっていくことを実感できるはずです。

過去には中南米の地域で、ラテン文化に適応したそろばんやメキシコのゲームをバス停に設置したことがありました。またそのほかにも、治安のあまりよくない地域で、路地に大きなボードゲームやジャンプの距離を測る目盛りを設置して安全な場所にできないかと考えました。スーパーマーケットやコインランドリーを利用する際に長時間待たなくてはならないという地域では、その待ち時間に何かできないかと考えたりしたこともあります。このようにさまざまな国や地域が抱える課題を解決しながら「Playful Learning」を実践するためのアイデアも次々に生まれています。

 

――最後に今後の展望を教えてください。

 

キャシー 私たちは今、園・学校や教育関係者に「Playful Learning」や「6Cs」の考え方を広めていくために、園・学校をはじめさまざまなコミュニティと協力しながらウェビナーやセミナーを実施しています。今後もこれらの教育システムを世界に広く展開し、「子どもたちが21世紀の社会で“成功”するための教育」について考えるきっかけをつくっていきたいです。

 

『Playful Learning』を実践できる、日本の保育絵本を紹介

「絵本も有効なツールの一つ」とキャシー教授。学研が開発中の保育絵本の英語版プロトタイプについて、基本的なコンセプトをとらえていて、6Csのすべてが含まれていると評価する一方で、一冊の本としてのストーリー性などにはまだ課題があるので、たとえば、子どもたちが小麦粉がどこから来るのかを学ぶために、園庭などで共同作業をする機会をこの本は提供できる可能性があると指摘する。

 

 

 

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「NEXT BUSINESS INSIGHTS」を運営するアイ・シー・ネット株式会社では、開発途上国の発展支援における様々なアプローチに取り組んでいます。新興国でのビジネスを考えている企業の活動支援も、その取り組みの一環です。そんな企業の皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料を用意。具体的なステップを踏みたい場合の問い合わせ受付も行っています。「NEXT BUSINESS INSIGHTS」の記事を見て、途上国についてのビジネスを考えている方は、まずは下記の資料集を参照ください。

●アイ・シー・ネット株式会社「海外進出に役立つ資料集」

“オールインクルーシブ”なファッションを通してよりよい社会の実現へ

【掲載日】2022年3月4日

SDGs達成に向けた取り組みが加速する中、注目が集まっている分野の一つがファッション産業です。大量生産と大量廃棄の問題、作り手の人権問題など、あらゆる課題が浮き彫りになった今、課題解決のためのアクションが世界各地で起こり始めています。その中で、多様な人々や地球環境に配慮した「オールインクルーシブ」なファッションを通して、よりよい社会の実現を目指しているのが、SOLIT株式会社です。今回は代表の田中美咲さんに、会社設立の経緯や同社が運営するブランド「SOLIT!」に込めた想い、今後の展望などについてお聞きしました。

 

田中美咲/大学卒業後、株式会社サイバーエージェントに入社。東日本大震災をきっかけに、福島県で情報による復興支援を行う公益社団法人(現一般社団法人)助けあいジャパンに転職し、被災者向けの情報支援事業に従事。その後2013年8月に「防災をアップデートする」をモットーに一般社団法人防災ガールを設立。2018年の第32回人間力大賞経済大臣奨励賞受賞。同年フランスSparknewsが選ぶ世界の女性社会起業家22名に日本人唯一選出され、世界一位となった。2018年2月には社会課題解決に特化したPR会社、株式会社morning after cutting my hair創設。さらに2020年9月には「オールインクルーシブ」な社会の実現を目指してSOLIT株式会社を創設し、代表取締役を務めている。

 

根底にあるのは「弱い立場の人に寄り添いたい」という想い

 

――まずはSOLIT株式会社を立ち上げた経緯について教えてください。

 

田中 私が大学を卒業して社会人になったのは、東日本大震災が発生した2011年のこと。私にとって震災や災害について考えずに社会人生活を送ることはあり得ませんでした。社会人になって最初の1年は週末に被災地で支援活動を行っていましたが、目の前で助けを求める被災者と向き合ううちにいてもたってもいられなくなり、仕事を辞めて福島県に移住することを決意しました。移住後は、福島県庁の広報課のようなところで被災者への情報発信事業を行っていました。しかし現地に深く入れば入るほど、国、政府、自治体などと地域住民たちが意思疎通できていないことを痛感。そこで、自分で非営利団体を立ち上げようと考え、人にも環境にも配慮した課題解決のための事業を始めました。その3社目として立ち上げたのが、SOLIT株式会社です。東日本大震災が一つの大きなきっかけでしたが、自分の根底にある「全ての人が自律的に選択でき、生きやすい世の中になってほしい」という想いに従って選択を繰り返してきた結果、今があると感じています。

 

――SOLIT株式会社ではどのような事業を展開しているのでしょうか?

 

田中 SOLIT株式会社では多様な人々や地球環境に配慮した「オールインクルーシブ」な社会の実現を目指し、現在は大きく2つの事業を展開しています。1つは、ファッションブランド「SOLIT!」の運営です。障がいの有無、セクシュアリティー、体形などに関係なく、どんな人でもファッションを楽しむことができる服を提供しています。もう1つはSOLIT!の運営を通して蓄積した、ダイバーシティー&インクルージョンの考え方や、インクルーシブデザインの手法といった知見を活かして、他の企業とコラボレーションしたり伴走支援をしたりする事業を行っています。

 

またSOLIT株式会社では、働く人々も多様であることが大きな特徴の一つ。会社が提示する契約形態に合う人を探すのではなく、“素敵な人”を探して、その人に合う契約形態をつくるようにしています。現在、正社員は私を含めて2人で、そのほか業務委託やインターンシップ、プロフェッショナルボランティアのスタッフなど約40人で運営しています。

 

服が大量廃棄される裏側で、「選択肢がない人」の存在を知った

 

――そもそもなぜファッションブランドを立ち上げようと考えたのでしょうか?

 

田中 防災や気候変動など環境問題のフィールドで8年間活動をしていて、ファッション産業と言えば大量に生産して大量に廃棄しているというイメージしかありませんでした。そんな中で、指を麻痺している友人は、ジャケットやボタンの付いた服が着られないと「服の選択肢がない」と話している。このギャップに違和感を覚え、自分に何かできることがあるのではないかと考えたことがファッションブランド立ち上げの出発点となりました。

 

その後立ち上げたブランド「SOLIT!」では、多様な人と地球環境への配慮をできる限り「純度100%」で実現することを目指しています。例えばSOLIT!で販売している服は、すべてが受注生産品。依頼を受けてから生産するため、そもそも服が廃棄を前提としない仕組みになっています。つくる服に関しても、もともとある服に人が合わせるのではなく、「人に対して服が合わせる」という考え方をしていて、服のサイズ・仕様・丈を自分好みに選ぶことができます。例えば、脊柱側湾症(※)と呼ばれる障がいのある方の中には、左右の腕の長さが大きく異なる方がいます。そのため既存の服では片袖だけ引きずってしまったり、ブカブカで着づらかったりすることもあります。しかしSOLIT!の服は、左右の袖の長さを変えたり、余裕を持って着られるよう胴体のみを大きめサイズにしたりと、自由にカスタマイズすることが可能です。またSOLIT!では12サイズで商品を展開しているため、体形を選ばず着られますし、年齢や性別に関係なく着られるデザインも意識しています。

※脊柱側弯症…脊柱を正面から見た場合に、左右に曲がっている状態。

 

 

――商品はどのように企画してつくっていったのでしょうか。工夫した点などを教えてください。

 

田中 商品を企画するときには、まずチームのメンバーたちそれぞれが普段感じている服の課題を挙げ、その課題の背景にあるファッション産業の構造やデザインの文化、歴史について考える時間を設けました。さらに企画段階から、そもそも服の選択肢が少ないとされる障がいのある方、セクシュアルマイノリティーの方、高齢者の方も巻き込みながら、「インクルーシブデザイン」という手法を用いて、さまざまな意見を取り入れて一緒に考えていきました。

 

その中で特に着づらい服が多いと感じていたのが、身体に障害のある方たち。彼らにとって、服を着脱するときに腕を通したり肩を後ろに引いたりすることや、ボタンをとめたりすることはとても困難な動作です。そのため頭からすっぽりとかぶるようなパーカーやセーターしか服の選択肢がないという方が多くいました。そこで、身体に障がいのある方たちが「今まで着たくても着られなかった服」を作ろうとヒアリングを実施。結果的にはジャケット、パンツ、ボタン付きのシャツをSOLIT!の第一弾の商品として販売することが決まりました。

 

 

――実際にSOLIT!の服を着た方からはどのような反響がありましたか?

 

田中 今までパーカーなど頭からかぶる形状の衣服しか着ることができなかった方が、SOLIT!の服を着れば気兼ねなくデートに誘える!」と喜んでくれました。これを聞いてチームの皆で「最高じゃん!」と盛り上がりましたね。そのほかにも「このジャケットを着れば娘の結婚式に行ける」と話してくださった年配の男性もいました。健常者にとっては“one of them”でしかないボタン付きのジャケットやシャツですが、これらを着ることによってできることが増える人たちがいる。ファッションは社会参加の部分にまで関わるということを実感しました。

 

医療・福祉従事者と連携しながら“本当に着たかった病院服”を企画

 

――SOLIT株式会社のもう一つの事業では現在どのようなことを行っているのでしょうか。

 

田中 現在、大阪の岸和田リハビリテーション病院と、同病院が所属する生和会グループのSDX研究所と協業して、服の可動域に関する研究や病院服を開発するプロジェクトを行っています。

 

病院服を開発することになったのは、患者さんや医療従事者へのアンケートを通して、現在の病院服があまり快適なものではないとわかったことがきっかけでした。従来の病院服と言えば、甚平のような形をしたものが一般的。しかし患者さんにとって着たくなるデザインとは言い難く、また胸元がはだけやすかったり、腕が通しにくかったり、お腹の辺りで紐をくくらなければならなかったりと、さまざまな課題があることもわかりました。そこで今回私たちが企画したのが、“みんなが本当に着たかった”病院服です。患者さんや医療・福祉従事者へヒアリングをしながら課題を一つ一つ解決し、最終的には、デニムやカーキベージュのような色味にしたり、ボタンをマグネット式にしたり、肩からわき下にかけてのアームホールを広げて着やすくするなど、さまざまな工夫を凝らした病院服が出来上がりました。

 

現在は、クラウドファンディングで開発費などの資金を集めたり、プロジェクトを運営するための仕組みを整えたりしているところ。22年4月からは岸和田リハビリテーション病院で実際に患者さんたちに着てもらう予定です。すでに途中段階の病院服を試着した患者さんからは、「この病院服を着て家族に会いたい」「外に出かけたい」といった感想をいただきました。患者さんたちがこの病院服を通して少しでも前向きな気持ちになれるよう、今後もチーム全員でプロジェクトを進めていきます。

 

アジア展開も視野に入れ、さらに幅広くアプローチしていきたい

 

――SOLIT株式会社がこれからつくりたいと考えているプロダクトや新たに企画していることを教えてください。

 

田中 ファッションの分野では、より幅広いプロダクトを考案していきたいと考えています。例えばアレルギー性皮膚炎の方でも着やすい素材を使った服や、精神疾患により首回りがきつい服を着られない方にもやさしいデザインの服など、身体に障がいのある方だけでなく、さまざまな方が抱える課題を解決するような服を作っていきたいです。さらに文具、家具、家電といったものにも、多様な人々が使いやすいように改善できるところがまだまだあるはず。今後はファッションだけにとどまらず、衣食住に関わるあらゆるプロダクトを展開することも目標としています。

 

また国内だけではなく、アジアへの進出も視野に入れていて、障がいのある方が着やすい服、着たくなるような服を各地にローカライズしながら作れないかと考えています。しかし実現するためには、まだまだ乗り越えなければならない課題が多くあるのが現状です。例えばSOLIT!では現在、生地の調達や縫製を中国で行っていますが、同じ価格帯で他のアジアの国にも展開しようとすると、かなりの輸送コストと環境負荷がかかってしまいます。そのため、生産地を変えたり、カスタマイズ性を少なくしてコストを下げたりするなど、あらゆる調整が必要になってくると考えています。

 

そのほか、アジアの新興国や途上国の中には、アメリカナイズされたファッション文化が拡大し、地元のファッション産業が衰退しつつあることが問題視されている国もあります。こうした課題に対しては、例えば伝統衣装にマグネットやマジックテープを付けるなどして、障がいのある方をはじめ、より多くの方に着てもらいやすくなるようSOLIT!のインクルーシブデザインの手法を伝えていくこともできるはずです。しかしこれを事業として成り立たせる方法を考えたり、「文化の継承」という側面から考えて問題がないかを検証したりするなど、こちらもクリアすべき課題が多くあると感じています。現在はまだ、さまざまなことをリサーチしている段階ですが、協業できるパートナーを探したり、現地と連携をしたりしながらアジア展開の実現を目指していきたいです。

 

 

――最後に、SOLIT株式会社の今後の展望を教えてください。

 

田中 SOLIT株式会社では今後も「多様な人と環境に配慮した服を作っているブランド」として、多くの人から選んでもらえたり、思い出してもらえたりする存在でありたいと考えています。さらにほかのアパレル企業に対して環境問題や人権問題を解決するための提案やコラボレーションを行ったりして、双方にとってメリットになることも考えていきたいです。これからも自社事業と協業の両軸でアプローチをしながら、そしてファッション分野だけにとどまることなく、オールインクルーシブな社会の実現に向けて力を尽くしていきます。

 

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「海外と日本をつなぐ仕事がしたい」夢を追いかけタイへ! 経済成長が加速する国でリユースビジネスと海外進出支援業

【掲載日】2022年2月23日

経済成長が目覚ましく、勢いに乗っている東南アジア諸国。現在、日本の中古リサイクル品が、タイをはじめ東南アジアで人気になっています。自社でもリサイクルショップを運営し、かつ、現地の店にも商品を卸すリユースビジネスを展開するほか、企業の海外進出支援もするASE GROUPのCEOである出口皓太さんにインタビューをしました。

出口皓太/大学卒業後、輸入機械商社に営業職で3年間勤務。その後退職し、ワーキングホリデービザでオーストラリアに渡った後、シンガポールへ。日系電機メーカーで約3年間勤務したのち、縁がありカンボジアへ。その後ASE GROUPを立ち上げCEOに就任。主にタイでのリユースビジネスと、東南アジアでの海外進出支援を担う。

 

「今後、成長していく」そう思わせてくれる国の勢いが魅力

 

――まずはASE GROUPを立ち上げた経緯を教えてください。もともと海外で働くことに関心があったのでしょうか?

 

出口 もともと関心があったわけではないのですが、一つの転機になったのが、19歳の夏休みに「何か思い切ったことをしてみたい」と、1カ月ほどニュージーランドにひとりで行ったことです。当時は英語を話せなかったのですが、それでも身振り手振りで伝えて笑顔でいれば、「面白い日本人がいる」と仲良くしてくれる人や、困ったときに助けてくれる人がいました。しかしこのときに強く感じたのは「言葉がわからない」ことの悔しさ。この経験をきっかけに、帰国後すぐに英会話スクールに通い始め、「いつか日本と海外をつなぐ仕事がしたい」と考えるようになりました。

 

大学卒業後に勤めた輸入機械商社では、営業職をしていました。先輩方にも恵まれ結果も出せていましたが、「長期で海外に行ってみたい」という気持ちが抑えきれなくなり、思い切って退職してオーストラリアにワーキングホリデービザを使って行きました。

 

その後、「アジアのハブであるシンガポールで仕事をしてみたい」と思いシンガポールへ渡ります。3年ほど会社に勤めた後、「そういえば東南アジアのほかの国をまわったことがないな」と思い、日本に帰国する前に1か月ほど東南アジアを旅することにしました。

 

カンボジアにふらりと行き、トゥクトゥクで田舎の砂利道を走っていたときのことです。学校があったのでトゥクトゥクを止めたら、子どもたちがわ~っと寄ってきて、あれよあれよという間に手を握られ教室に連れて行かれたんです。そしてあっという間に子どもたちは席に座って期待に満ちた目でこちらを見ている。だから「こんにちは」とか「ありがとう」とか簡単な日本語を教えてみたんです。そのときの子どもたちのキラキラした目を見ていたら、カンボジアの魅力にハマってしまいました。

 

カンボジアの学校での出来事がASE GROUP誕生のきっかけに

 

そんなときにちょうど、カンボジアでコンサルティング会社立ち上げの依頼があったので、1年間限定で担当しました。そうこうしているうちに、「タイで何か事業をしてはどうか」というお話をいただいたんです。私に何ができるかなと考えてみたところ、「日本の会社に代わってタイで営業や買い付けなど、手となり足となる事業を創り出そう」と思い立ったのが、ASE GROUP誕生のきっかけです。

 

人気は日本の仏壇! ゼロから10年で成長産業となったリユースビジネス

 

――現在の主な仕事内容を教えてください。

 

出口 日本からの進出支援、リユース品(家具や日用品など)の輸入、中古衣類輸入、サイクル店経営、飲食店経営、タイ人パートナーとタイでのリユース品輸入通関、カンボジアでカシューナッツの栽培など、幅広く事業をしています。

 

――リユースビジネスにおける現状を教えてください。

 

出口 現在、雑貨や家具などリユース品のコンテナは、タイとフィリピンなどに日本から毎月300コンテナ以上が輸出されていますが、私としてはコンテナがまだまだ足りていないと感じています。

 

現に、コンテナをおろしているタイ人のオーナーからは「もっと欲しい」と言われているような状況で、かなりの成長産業だと感じています。タイ人の顧客は「価格が安い」「安心できる」「変わった商品を手に入れられる」といったさまざまな理由で日本のリユース品を好んでくれていますし、特にタイやカンボジアは親日の国であることも、受け入れられやすい要因だと考えられます。

 

――日本の製品では特に何が人気ですか?

 

出口 家具やキャンプ用品、ぬいぐるみ、楽器などはもとより、タイは仏教徒が多いので仏壇といった仏具も人気です。そもそもタイには日本のように「仏壇」がなく、なじみがなかったのですが、日本人の先輩がゼロから勝機となるマーケットを作り、それがタイで根付いてくれました。

 

リユースショップの店内の様子

 

――リユースビジネスの成長に伴い、リサイクルに対する意識もタイでは高まっているのでしょうか?

 

出口 最近では一部のスーパーマーケットで、日用品や使い終わった衣類のリサイクルボックスが出来始めるなど、少しずつですが変化の兆しを感じています。まだまだではありますが、日常生活に少しずつ浸透してきているなというのが現状です。しかし、ごみの分別などに関しては、分別が当たり前の日本と比べると、タイではそれほど広まっていません。これを一般市民に浸透させることが、課題の一つであると感じています。

 

タイのリサイクルボックス

 

――タイでのSDGsの浸透について教えてください。

 

出口 持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)の2021年6月の発表によると、タイのSDGs達成状況の総合スコアは ASEAN10カ国の中でもっとも高い74.2でした。この数値は、165カ国(国連に加盟する192カ国のSDGsの進捗状況を評価、そのうちデータがそろっている国)中43位でした。

 

私自身、現在JCI BANGKOK(国際青年会議所)のメンバーとして活動をしていますが、周りのタイ人の若い経営者たちもSDGsに対しての意識は高いように見えます。彼らはSDGsに関するセミナーをオンラインで自主的に受けたりもしています。

 

コンサルタント事業では企業に寄り添いながら企業の海外進出をサポート

 

海外進出リスクに対応するには信頼できるパートナーを見つけることが大事

 

――ASE GROUPではリユース事業だけでなく、企業の海外進出支援も行っています。なかでもASEAN諸国への進出支援を数多く行っていますが、現在のASEAN諸国の市場にはどのような特徴がありますか?

 

出口 今ASEAN諸国の市場は、購買力を持った中間層・富裕層が拡大しつつあるため、成長が著しい消費市場として注目されています。リユース品もアンティークや高級ブランドなどの依頼が多くなってきたのも今の特徴です。

 

――ASEAN諸国をはじめ、東南アジアに進出する際に一番大事なことを教えてください。

 

出口 信頼できる企業や取引先、パートナーを見つけることです。テナントを所有する大家さんから登記簿が出てこなかったり、ライセンス契約が出来なかったりするなど、思ってもいないことも次々と起きます。また例えばタイでは、人前で叱ることはタブー視されているなど、国によって文化や習慣も異なります。そういったことからも、進出のサポートはもちろんのこと、スタッフの方々との付き合い方もサポートしてくれるパートナーがいれば、より安心です。

 

――企業などが海外進出する場合、リスクは少なくないということですが、どういったリスクがありますか?

 

出口 海外進出時には、文化や商習慣の違い、詐欺被害、言語による壁などさまざまなリスクがあります。例えば市場調査をあまりせずに飲食店を出店し失敗した企業や、会社を設立したが従業員に裏切られビジネスごともっていかれてしまった事例もあります。また、日本人から詐欺に遭ってしまった方、タイ人の株主に会社を追い出された方など、いろいろなトラブルが起こっています。

 

私たちも事業を運営する中で、失敗もたくさんしてきています。例えば、カンボジアで出したラーメン店が人気だからということでタイのバンコクでも店を出したのですが、3年で店を閉めることになりました。カンボジアでは行列が出来ているのになぜだろうと考えてみると、バンコクにはすでに日本食レストランがたくさんあり、その中での出店だったという市場調査の甘さなど、いくつかの原因が上がりました。しかし、成功している企業が多いのも事実です。私たちはこういった自分たちの失敗経験も含め、他社の進出をサポートする際にはより具体的なリスクマネージメントをし、トラブルや失敗を予防、成功に導くのが仕事です。

 

――コロナ禍の影響について現地での様子を教えてください。

 

出口 私たちの仕事においては、コロナ禍によって海外進出される企業の件数はかなり減少しており、今は会社や店の閉鎖のお手伝いをしているような状況です。飲食業や観光業はもちろんタイでもダメージは受けています。しかしコロナ禍によって賃貸物件やテナントに空きがたくさん出ていて、そこに出店される方もいますので、捉え方次第ではチャンスと言えるかもしれません。

 

――ASE GROUPの今後の展望を教えてください。

 

出口 私たちASE GROUPでは、「Not Take and Give, Let’s GIVE AND TAKE」(人の成功に貢献して自分たちも成功していこう)という経営理念を掲げています。志を持ち、事業を通じて「挑戦」するお客様と一緒にお仕事をすることが、私たちの喜びであり、それが事業となっています。その気持ちを大切にしながら、その輪が広がるよう、今後も力を尽くして支援をしていきたいと考えています。

 

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日本初の外国人向け進学塾の経営者が説く、「外国人材」にまつわる課題

【掲載日】2022年2月7日

少子高齢化や人口減少、入管法改正などを背景に、企業や自治体を中心に「外国人材」の起用に注目が集まっています。しかし、実際は「異文化理解の方法がよく分からない」「本当にうまくいくのか不安」といった悩みを抱えている人も多いのではないでしょうか? そこで今回は、外国にルーツに持つ子どもたちへの日本語教育を行う株式会社NIHONGOの永野将司さんにインタビュー。在日外国人をめぐる現状の課題や、異文化理解のために大切なことをお聞きしました。

 

永野将司株式会社NIHONGO代表取締役。大学在学中にダブルスクールで日本語教師資格を取得。これまでに国内外の大学・日本語学校などで1,000人以上の外国人に日本語を教えてきた。東京都主催のビジネスコンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY 2017」ファイナリストに選出されたのを機に、2018年にNIHONGOを創業。日本初となる外国にルーツを持つ子ども向けの進学塾をスタートし、現在は4校にまで拡大。

 

日本語教育の不足が、日本に多くの「言語難民」を生み出している

 

――はじめに、NIHONGOを立ち上げた経緯を教えていただけますか?

 

永野 もともと言語教育自体に興味があったというよりは、ずっと海外に住みたいと思っていて、どの国でも生きていけるように日本語教師の資格を取ったんです。大学在学中から日本語学校の講師として働き始めたのですが、当時はこんなに長く続けることになるとは思ってもいませんでした(笑)。

 

2011年以降、徐々に在日外国人の犯罪や不法滞在がニュースで話題になることが増え、実際に私が勤めていた日本語学校でも失踪者が出たり、頻繁に警察に呼ばれたりする状況が続いていました。体力・メンタルともにキツかったのですが、同時に「本当に彼らだけが悪いのだろうか?」「もっと日本語教育にできることがあるんじゃないだろうか?」と考えるようになりました。

 

大きな転機となったのは、電車の広告でたまたま見つけた、東京都主催のビジネスコンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY 2017」です。「日本に住む全ての外国人に、安価で良質な日本語教育を提供することで、言語難民のいない社会を実現する」という思いを込めて応募したところ、応募総数1360名の中からファイナリスト10名に選んでいただきました。「これはもう逃げられないな」と覚悟を決めて(笑)、NIHONGOを起業しました。

 

――「言語難民」という言葉が印象的なのですが、実際に教育現場では何が起きているのでしょうか?

 

永野 外国にルーツを持つ子どもたちの大半が公立学校に行くのですが、端的にいえば1時間目から5時間目まで何も分からず、何もできずにただ座っている状態が毎日続いているのです。圧倒的にサポートが足りておらず、中には日本語が読めないことで知能テストのスコアが悪く、結果として特別支援学級で授業を受けさせる学校もあります。日本人の高校進学率は90%以上ですが、外国にルーツを持つ子どもたちは半分以下だと言われています(正式な統計はない)。さらに、進学できても留年してしまったり、退学してしまったりするケースも少なくありません。すると、日本では低賃金労働をせざるを得ない場合が多いので、負のサイクルから抜け出せなくなってしまいます。

 

――なぜ、日本語教育がうまくいかないのでしょうか?

 

永野 学校の先生などにお話を伺うと、外国人がゼロから日本語を習得するのに1年半〜2年かかると言われているのですが、私の経験からすると3カ月くらい集中的にトレーニングすれば日常生活に困らないくらいの日本語は習得できます。そこまで時間がかかってしまう背景には教育現場における日本語教育のノウハウの欠如や、公平性の観点などさまざまな要因があります。外国にルーツを持つ子どもたちの1〜2学年分の貴重な時間は、日本語を習得できていないことが原因で失われてしまっている現実があります。

 

――お話しいただいた教育現場の課題に対して、NIHONGOではどのような取り組みをしているのでしょうか?

 

永野 私は「トレボルNIHONGO教室」という学習教室を運営しているのですが、2020年に横浜市の公立中学校と協定を結び、生徒がトレボルで学んだ時間を学校の出席時間として扱うことができるようにしました。実際にベトナムから来日した中3の生徒がほとんど日本語を理解できない状態から1年間トレボルで学び、最終的には第一志望の高校に進学することができました。全国でも前例のない取り組みだったので、実現まで数々の壁を乗り越えなくてはならなかったのですが、笑顔で巣立っていく生徒の姿を見て、やって良かったと心から思いましたし、やはり言葉は武器になるのだと改めて認識させられました。

 

「日本は外国人に選ばれなくなる」という危機感を持つべき

 

――近年、「外国人材」への期待が高まっている一方で、異文化理解やコミュニケーションに対する不安を感じている方も多いと言われています。日本語教育の充実が、そういった課題の解決策の一つになりそうですね。

 

永野 そもそも、私は「外国人材」と括ること自体が間違いだと思っています。「外国人材はこう活用しよう」「○○人はこう対処すれば大丈夫です」みたいなノウハウをそのまま実践しても絶対にうまくいきません。なぜなら、一人ひとりのパーソナリティと向き合っていないからです。逆の立場で考えてみてください。海外で「日本人はこうだから」と決めつけられて、自分の個性や内面を無視されたら嫌ですよね?

 

――確かに。一括りにすること自体が外国人への理解を妨げているのかもしれません。

 

永野 それから、このままでは日本を選んでもらえなくなるという危機感もあります。実際、韓国や中国をはじめとするアジア諸国の平均賃金は上がってきていますし、例えばエンジニアでもアメリカと日本では給料に大きな差がありますよね。治安の良さなど日本が誇れる部分もありますが、外国人から見た待遇面のメリットは徐々に失われつつあります。「外国人は安く雇える」というような認識は、グローバル水準で考えるともう通用しなくなっていると思います。

 

――なるほど、では外国人を雇いたい企業はどのようなことを心掛けるべきでしょうか?

 

永野 あまり深く考える必要はないと思うんです。日本人が働きやすい職場は外国人も働きやすいし、日本人が辞めていく職場は外国人だって辞めていきます。同じ人間ですから、外国人だからといって何かを疎かにしたり、少し待遇を悪くしても大丈夫と考えているなら、その認識から改めるべきです。

 

――日本人にとっても外国人にとっても働きたくなる環境や福利厚生を充実させることが大事なのですね。

 

永野 私の知り合いがいる会社に、給料自体は高くないのですが、社長の奥さんがご飯を作ってくれることが好評で、多くの外国人が働いている会社もあります。福利厚生という言葉が分かりやすいと思うのですが、イメージとしてはもう少し温かいコミュニケーションが求められているのかなと感じます。ただ、それも人それぞれなので、やっぱり一番大切なのはフィードバックの機会を作ることだと思います。外国人にとって働きやすい環境を作りたいなら、今働いている外国人に話を聞くべきですよね。教育現場でも起きていることなのですが、相手からのフィードバックをもらわないので、取り組みが合っているのか合っていないのかも分からない。良かれと思ってやっていることでも、もしかするとすれ違いやエラーが積み重なっている可能性もあるので、もったいないですよね。

 

海外の人材だけでなく、今日本にいる日系人にも目を向けてみる

 

――ここまで、「外国人材」をめぐる課題をいろいろとお話しいただきましたが、外国人が日本で活躍することのメリットについても教えていただけますでしょうか?

 

永野 公式な統計はないので個人的な感覚ですが、低賃金労働や生活保護を受けている方の中に、実は日系人が多いと感じます。僕はそこに日本にとっての大きなチャンスがあると思っています。なぜなら、日系人にはビザの期限がない場合が多いですし、ある程度は共通の文化を持っていることが多いです。今の時代、英語を話せる人は少なくありませんが、日系人の場合はスペイン語やポルトガル語などが母語なので、スタッフとして迎えることができれば新しいビジネスチャンスが広がるはずです。その人たちが、日本語を話せないという理由だけで社会から孤立しているのです。それこそ数カ月間の先行投資で日本語を学習させて雇用し、「いい会社だね」と思ってもらえたら、その子どもやコミュニティの人たちも働いてくれるかもしれません。

 

今は海外から人材をどう呼び込むか? にばかりフォーカスが当たっていますが、今日本にいる外国人にももっと目を向ける企業が増えると良いなと思っています。例えば、日系人の親を雇用し、その子どもの教育を福利厚生で支援する企業があったら、人手不足は一気に解消するのではないかと思うんです。

 

――ありがとうございます。今回、永野さんの話をお聞きして、私たちには「外国人材」に対して多くの思い込みがあるのだと気づかされました。こうした思い込みを少しずつ解消していくことが大切だと思うのですが、すぐに始められることがあれば教えていただけますか?

 

永野 そうですね、日本人が行かないような在日外国人が通うディープなレストランに行ってみるのはどうでしょう? 特に都内であればさまざまな国の店がありますし、店員さんが片言の日本語しか話せないような場所もたくさんあります。そこで店員さんやお客さんのことを観察したり、コミュニケーションを取ったりすると、「実態」に近づくことができると思います。料理も美味しいですし、思い込みを捨てる第一歩としておすすめですよ。

 

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途上国・新興国支援の新たな一手! 寄付型クラウドファンディングの可能性

【掲載日】2022年1月17日

国際協力やSDGs達成に貢献できる手段として現在注目され始めている、寄付型クラウドファンディング。株式会社奇兵隊が新興国を中心にグローバルに展開する、「Airfunding」「Airfunding for NGO」もそのサービスの一つです。そこで今回は、同社の代表取締役・阿部遼介氏にインタビュー。会社設立の経緯やサービスの内容、寄付型クラウドファンディングの今後の可能性などについてお聞きしました。

 

阿部遼介/大学卒業後、アクセンチュア株式会社に入社。3年間、日本企業の新規事業立ち上げ支援、業務改革、BPO立ち上げ支援などのプロジェクトに従事した。その後2011年に株式会社奇兵隊の代表取締役に就任。以来、会社全体の事業戦略の策定、資金調達、採用及びサービスのマーケティング全般を担当している。

 

「海外の人々にあっと言わせるサービス」の提供を目指して、会社を設立

 

――株式会社奇兵隊を立ち上げた経緯について教えてください。

 

阿部 私は大学卒業後、3年にわたり日本企業のコンサルタントの仕事をしていました。その際に感じていたのが、海外で大きな売り上げを立てる日本の企業は、製造業以外ではまだまだ少ないということ。当時私と同じように考えていたのが、ベンチャーキャピタルで仕事をしていた和田(圭介/現・取締役会長)でした。もともと仕事仲間だった私たちは、2人で食事をした際に「海外で売り上げを立て、海外で使ってもらえるサービスをつくろう」と意気投合。最終的には、和田と同じ会社にいた村田(裕介/現・取締役)もメンバーに加わり、3人の共同創業という形で奇兵隊を立ち上げることになりました。

 

奇兵隊という社名は、幕末に長州藩士の高杉晋作が創設した「奇兵隊」からきています。身分を問わずに有志が集まって結成された軍隊「奇兵隊」は、当時の日本では“奇想天外”な組織だったはず。そこで「海外の人々をあっと言わせるようなサービスをつくりたい」という私たちの思いにも通ずるところがあると考え名付けました。

 

――創業当初はどのような事業を展開していたのでしょうか?

 

阿部 最初は海外向けのサービスをつくることしか決まっておらず、3人で話し合いながら具体的な事業内容を決めていきました。その結果スタートしたのが、海外向けのSNSアプリ「Airtripp」です。これは、写真や動画を通して世界の人々とつながったり、バーチャルギフトを贈り合ったりできるというもの。ユーザーの多くは東南アジアや南米の若者で、主に日本を含む東アジアやヨーロッパの人々とコミュニケーションを取ることを目的に利用されていました。

 

その中でユーザーからは、オンライン上でコミュニケーションを取るだけでなく、憧れている国に留学や旅行をしたいという声も上がっていました。そこで、そうしたユーザーの夢を応援するためのサービスとしてクラウドファンディング機能を導入したところ、予想以上に「Airtripp」内で資金が集まることがわかったんです。そこで、2018年からクラウドファンディング機能に特化したサービス「Airfunding」をスタートさせることになりました。現在の奇兵隊では「Airfunding」がメインの事業になっています。

――「Airtripp」や「Airfunding」など、グローバルなサービスを提供するにあたり、意識したことはありますか?

 

阿部 創業当初から「グローバルに耐えうる組織づくり」を意識していました。現在、32人ほどいるメンバーのうち3分の1は日本に、そのほかのメンバーは海外に住んでいます。その中には日本に住んでいる外国籍の人もいますし、海外に住んでいる日本人もいます。また、サービスのローカライズも意識していて、「Airtripp」「Airfunding」では17言語に対応しています。さらにさまざまな国から問い合わせがきても対応できるよう、英語だけではなく、中国語やヒンディー語、インドネシア語など、話者数が1億人以上いる言語については社内でカバーできるようにしています。

 

新興国向けの寄付型クラウドファンディングサービス「Airfunding」

 

――現在、奇兵隊が提供しているサービス「Airfunding」について、詳しく教えてください。

 

阿部 「Airfunding」は、一般の個人が、主に自身の身近な人たちから支援を集めることができる寄付型のクラウドファンディングサービスです。団体向けのサービスとは異なり個人が対象のため、プロジェクト数が非常に多く、一件当たりの支援額が少ないのが特徴です。2018年にサービスを開始して以来、約38万件のプロジェクトが立ち上げられてきました。

 

現在「Airfunding」のプロジェクトオーナーのうち約70%が、インドネシアやフィリピンなどの東南アジア、メキシコやコロンビアなどの中南米といった新興国の人々です。新興国ではいまだ健康保険などの制度が整っていない国も多く、ちょっとした病気でも年収と同じくらいの費用がかかってしまうケースも少なくありません。そのためプロジェクトの内容は、病気の治療費を集めることを目的としたものが半数ほどを占めています。そのほか、留学や災害支援を目的に資金を集めている人もいます。

 

また最近少しずつ増えているのが、「養鶏農場を拡大して雇用を創出したい」「孤児院の子どもたちにクリスマスプレゼントをあげたい」といった、SDGsに関連するようなプロジェクトです。新興国でも、自身の生活に余裕が生まれ、人のためになることをやろうと考える人が徐々に出てきていると感じています。個人的な目標ではない、社会貢献性の高いプロジェクトは、これからも増えていくと考えています。

――「Airfunding」のような個人の寄付型クラウドファンディングサービスのメリットや魅力はどのようなところにあるのでしょうか?

 

阿部「Airfunding」のようなサービスを利用することで、一般の個人であっても資金調達がしやすくなることはメリットの一つだと思います。何か困ったことがあってお金が必要なときに、周囲に直接支援をお願いするのはなかなかハードルが高いことですよね。実際、私たちのサービスを利用した人からも、「自然に支援をお願いできてありがたい」という声をよくいただいています。

 

「Airfunding」で資金を支援する90%以上の人は、そのプロジェクトオーナーの身近な人です。しかしその「身近な人」とは、単に仲の良い友人や毎日会うような人だけではありません。今は海外で働いている高校時代の友人や、2つ前の職場の人など、SNSでつながっているさまざまな人たちから支援してもらったという話を聞くことが多くあります。

 

また以前、心臓移植が必要な台湾の男の子が300人以上の支援者から200万円ほどの資金を集めたことがありました。それだけ資金を集められたのは、男の子の主治医がメディアに多数出演するインフルエンサーで、クラウドファンディングのことを知った彼が、自身のFacebookで支援を呼びかけたからでした。このようにSNSなどを通してより多くの人に声が届き、支援の輪が広がっていく。これは「Airfunding」のようなインターネットを使ったクラウドファンディングサービスならではの魅力だと感じています。

 

 海外NGOを応援するプログラムもスタート

 

――2021年4月からスタートした「Airfunding for NGO」についても教えてください。

 

阿部「Airfunding for NGO」は、世界各地で教育、医療、雇用など自国の課題のために活動する団体を支援する取り組みです。自国以外の人にも活動を知ってもらい、海外からの支援を獲得することを目指していて、私たち奇兵隊も一緒に寄付集めをサポートしています。

この取り組みを始めたのは、国連の関連組織IOM(国際移住機関)から話をいただいたことがきっかけでした。IOMでは、若者の60%以上が失業しているシエラレオネ共和国で、2000人の若者に対して職業訓練を行い、200人の起業支援を行おうと取り組んでいます。その起業家たちの資金調達の手段として、私たちのサービスが選ばれました。これを機にあらためて「Airfunding」で立ち上がっているプロジェクトを調べてみたところ、個人向けのサービスである「Airfunding」を利用して資金集めをしているNGOがほかにもあることがわかりました。そこで、海外NGO応援プログラムとして「Airfunding for NGO」を立ち上げることになったのです。

 

「Airfunding for NGO」の対象は、途上国や、新興国の農村部など貧しい地域で活動するNGOで、現在はシエラレオネのほか、ナイジェリア、コロンビア、ウガンダ、インドネシアの5つの団体をサポートしています。

今のところ「Airfunding for NGO」で寄付をしているのは主に日本の人々ですが、今後は日本でさらに認知度を高めながら、アメリカなどのドナーにもアプローチしていきたいと考えています。また、インターネットの会社である私たちならではの価値を創出しながら寄付金を集める方法も、今まさに模索しているところです。例えば、集まった資金で設立した学校に定点カメラを置いてライブ配信するなど、支援した寄付者と支援される側がインタラクティブに交流できるような体験づくりを考えていて、今後も試行錯誤を続けていくつもりです。

 

日本に適した寄付型クラウドファンディングサービスを考えていくことが大切

 

――今後、日本でも寄付型クラウドファンディングを広めていくためにはどうすればよいでしょうか

 

阿部 そもそも「寄付」に対する考え方は、宗教や文化によって大きく異なり、特にカトリックやイスラム教の信者が多い地域は他の国よりも寄付が集まりやすい傾向にあります。それに比べると日本、中国、韓国などの東アジアでは寄付文化がまだまだ育っていないのが現状です。しかし最近は日本でも少しずつ変わってきていて、特にこのコロナ禍では支援を求める人も増え、寄付型クラウドファンディングはかなり広まったのではないかと感じています。

 

そして今後日本でさらに広めていくためには、サービスのプロモーションや見せ方にも工夫が必要だと考えています。例えば日本では、個人が病気で困っているときに「クラウドファンディング」よりも「お見舞い」という表現を使って支援を募った方が、伝わりやすいかもしれません。また現在、日本ではライブ配信サービスが伸びていますが、そこでの「投げ銭」も寄付の一種です。そのため「バーチャルギフト」のような寄付の形は、日本でももっと広まる可能性があると感じています。このように、それぞれの国にローカライズしてコミュニケーションの方法を考えていくことが大切です。

 

また、オンラインで簡単に決済できたり、スピーディーに送金できたりすることも、サービスを提供するときにはとても重要なこと。日本に限らず、それぞれの国で利用率の高い決済方法や送金方法を整えていくことは必要不可欠だと感じています。

 

――奇兵隊としてのこれからの目標を教えてください。

 

今後も「Airfunding」の知名度を高め、より多くの人に使ってもらえるサービスへと育てていきたいです。そのために今試みていることの一つが、病院や大学との提携です。「Airfunding」はSNSのように毎日使うわけではなく、必要なときに思い出して使ってもらうサービス。そのため人々とサービスとの接点や動線をもっと増やしていきたいと考えています。奇兵隊ではこれからも、インターネットの力を使って世界を変えるような尖ったチャレンジを続けていきます。

 

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大事なことは‟使命感”と‟国を好きになる”こと! 多数の国で活躍してきたコンサルタントが学んだ「国際協力の本質」

【掲載日】2022年1月7日

国際協力に従事するプロフェッショナルに、開発途上国の現状やビジネスチャンスについてインタビューする本企画。今回は、幼少期からの20年を南米で過ごし、現在は主に教育分野で途上国の支援を行っている伊藤拓次郎さんにインタビュー。教育分野に興味を持つようになった経緯や、国際協力に取り組むときに大切なマインドなどをお聞きしました。

 

●伊藤拓次郎氏/1998年から10年以上にわたって、トルコ保健省、教育省、家族省などでODA事業を実施。トルコ以外でもこれまで約40か国でODA事業のさまざまなプロジェクトに携わった経験を持つ。専門は、インストラクショナルシステムデザイン、教育・教材開発、トレーナー育成、国際開発におけるプロジェクトマネジメントなど。現在はアイ・シー・ネットのグローバル事業部でトルコSTEAM教育事業の立ち上げに従事している。

 

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途上国の人々と同じ目線に立てることが、誰にも負けない強みになった

――まずは、伊藤さんが今のように国際協力の仕事に携わるようになった経緯を教えてください。

 

伊藤 私は5歳からの20年間を、主にパラグアイで過ごしました。そもそもパラグアイに移住した理由は、私の父親が「現地に学校をつくりたい」という夢を実現させるためでした。しかし父親は、私が小学5年生のときに他界。その後、兄から事あるごとに「父親の夢を引き継いで、一緒に学校づくりをしよう」と言われていたこともあり、私も将来は教育に関わる仕事をするものだと自然と考えていました。

 

しかし当時の私は、ジャングルのような場所に住んでいて、自宅の近くに学校がなく、自宅の隣町に下宿をしながら通学していました。先生の数も不足していて、まだ資格を持っていない学生の授業を受けることもあり、教育の環境はあまり良いとは言えない状況だったのです。こうした背景もあって私は小中学生の頃、勉強が好きではありませんでした。意識が変わったきっかけは、兄が通っていたアルゼンチンの高校に自分も通い始めたこと。アルゼンチンはパラグアイに比べると教育制度や評価システムが整っていて教育の質が良かったのですが、それだけではなく、先生たちが使命感を持って指導してくれることに、感銘を受けました。そのときに初めて学ぶことの面白さを実感して、大学では教育分野を学ぼうと決めたのです。

 

その後、パラグアイの大学に入学することはできたのですが、ちょうどその頃に友人から紹介されたのが、JICAのパラグアイ事務所での仕事でした。ここでローカルスタッフとして働くことになり、初めて国際協力に携わることになったのです。

 

――偶然の流れで国際協力に携わったのですね。その後も国際協力に臨むようになるのですか?

 

伊藤 いえ、ローカルスタッフとして通訳や翻訳などの仕事を4年間経験したあと、JICAの制度を利用して日本に留学したのです。2年間、日本の大学院で教育工学と視聴覚教育について学びました。そのとき、日本の教育環境がとても恵まれていることを実感し、自分がこれまで受けてきた教育との差にショックを受けました。また私はそれまで、南米で「外国人」として育ってきましたが、日本に戻ってきても、地理や歴史がわからなかったり、会話の内容が理解できなかったりして、母国であるはずなのに外国にいるような違和感を覚えました。自分が孤立しているように思えて、最初はとても寂しい思いをしましたね。

 

しかし、日本に来て自分の「ディスアドバンテージ」を実感したことが、私にとって頑張る理由にもなりました。レベルの高い教育を受けてきた人たちと対等に仕事をしていくためにはどうしたら良いのか。誰にも負けない自分の強みは何か。そうしたことを真剣に考えるようになったんです。そのときに、これまで南米で生活してきた経験が一つの強みになると気が付きました。生きていくだけで精一杯の過酷な途上国での生活や、外国人材や難民たちが抱える孤独感を、私自身とてもよく理解できる。いくら勉強しても身に付けることができないこの経験は、国際協力の仕事において誰にも負けないアドバンテージになると当時考えたものです。そこから、途上国の人々と同じ視点に立てるコンサルタントを目指すようになりました。その後、日本の大学院でJICAの沖縄国際センターのインストラクターと知り合ったことをきっかけに、私もそこで働けることになり、本格的に国際協力の仕事を始めました。

 

伊藤さんは過去にエルサルバドルの零細漁業開発計画調査といった活動にも従事している。沿岸資源管理の参加型普及、水産加工品流通プロモーションといった多岐に渡る活動の幅は、現在の活動にも通じる

 

大学院で培った「専門性」と「学び方」が、その後の指針に

――これまで仕事をした中で印象に残っていることを教えてください。

JICAの沖縄国際センターにいたときに、初めて長期派遣でトルコの技術協力プロジェクトに行った時のことです。トルコでは、保健省職員の能力強化を行いながら、家族計画や母子保健の普及啓発に関するプロジェクトに携わりました。ずっと南米で暮らしていた自分にとって中東の国での生活は、すべてが新鮮に感じたものです。

 

例えば、私はそれまで、南米で白人たちと接するときには、東洋人の自分が「下」に見られていると感じることがよくありました。逆に仕事で東南アジアに行ったときには、日本は豊かな国だから丁寧に接していれば何かいいことがあるのではと「上」に見られた経験もあります。常に下か上の存在として接されてきた中で、トルコでは初めて対等に付き合ってくれる人たちがいたんですよね。蔑まれることも見返りを求められることもない、相手と対等な関係を築くことができて、とてもうれしく思いました。だからこそ、私自身が持つ専門性や強みがより試されるような感覚もあり、さらに仕事を頑張りたいと思うきっかけにもなったのです。

 

伊藤さんは、教育・人材育成関連でも多くの活動に従事してきた。ミャンマーでは、児童中心型教育強化プロジェクトに参画し、人材育成や教材開発を行っていた。写真では、ミャンマー教育大臣にプロジェクト活動を説明している

 

しかしトルコで4年間仕事をした後、新たなインプットを求めて大学院で学ぼうと考え始めました。そのきっかけは、アメリカで調査の仕事を手伝っていた際に、アメリカの大学の先生たちとの懇親会。そのときに隣に座っていた先生から、ふと「あなたの専門分野は何ですか?」と質問されたんです。私は今までやってきた国際協力の仕事については、いくらでも話すことができたのですが、この単純な質問には答えることができませんでした。私自身の本質を問われたようにも感じ、自分は35歳にもなって「これが専門です」と言えるものがないことにとてもショックを受けました。この経験をきっかけに何か一つ極めたいという気持ちがより強くなり、大学院に通う決意を固めました。

 

その後、日本の大学院に進学して、インストラクショナルデザインについて学び、自分の専門性を磨いていきました。仕事をしながら通っていたこともあって、卒業には9年かかりましたが、この9年間の中で得た一番の学びは、「学び方」を学べたこと。大学院では基本的に自分で研究を進めなければならず、最初は「もう少し教えてほしい」と思ったこともありました。しかし結果的には自分で主体的に学んだからこそ、その大切さや楽しさを知ることができたのだと思います。そして同時に、「自分で学ぶことの楽しさ」を一度味わうことができれば、どんなに教育環境が悪いところでも、子どもたちの学力は伸びていくはずだと確信しました。子どもたちが自分で学ぶ方法を身に付けられる環境をつくり、学ぶことの楽しさを伝えたい。この気持ちが、今の私が国際協力に取り組む原動力になっています。

 

現在、伊藤氏が取り組むSTEAM教育事業の一環である、「科学実験教室」デモンストレーション

 

――現在はどのような仕事をされているのでしょうか?

現在は、アイ・シー・ネットのグローバル事業部で民間ビジネスの分野にチャレンジしています。今はちょうど、トルコでSTEAM教育の事業を立ち上げようとしているところです。これから経済成長が期待されるトルコのような新興国では、国を支える新たな産業をつくっていく必要があり、その担い手として「産業人材」の育成が急務になっています。私たちは、技術研修などを行いながら、初等教育からSTEAM教育を取り入れていくためのお手伝いをしています。将来の国を支える、新しい価値を創造できる人材を育てていくために、これからも力を尽くしていきたいと思っています。

 

「与える」のではなく「お返しする」気持ちを持って支援する

――伊藤さんがお仕事の中で大切にしていることを教えてください。

 最初から自分のやりたいことができなかったとしても、まずは今、自分が与えられた環境の中でベストを尽くすことを意識しています。私は以前から、教育の分野に携わりたいと思っていたものの最初はチャンスがなく、違う分野で仕事をしていました。しかし、経験を積んだことでチャンスが訪れてやりたいことができましたし、自分の力が活かせる場所もさらに広がったと思います。自分の中に揺るがない軸を持って、今いる場所でできることに真摯に取り組んでいく。そうすれば自ずと道は開けてくると考えています。

 

また国際協力の仕事では、その国と人を「好きになること」が一番大切。好きになることで「この国の、この人たちのために何かをしたい」という気持ちが自然と生まれてくるはずです。私の経験上、「一緒に何かをしたい」という素朴な気持ちがあることで、現地の人たちもより協力してくれますし、仲間に入れてくれるように感じます。そしてもう一つ大切だと考えているのが「使命感を持つこと」です。国際協力の仕事をするには、学歴や語学力だけでなく、「自分は何のためにこの仕事をやるのか」という自分なりの使命感を持つことも欠かせないと考えています。

 

――最後に、国際協力の仕事をしたいと考えている人たちに向けて、メッセージをお願いします。

国際協力の仕事では、「してあげる」のではなく、支援する国のおかげで私たちも生きていくことができる、という意識を持って取り組んでほしいと思います。

 

私自身がこれを特に実感したのは、東日本大震災のときでした。この震災で私の生まれ故郷である岩手県も大きな影響を受け、大勢の人が亡くなりました。私はこのときミャンマーで教育プロジェクトに関わっていたのですが、震災のことを知ったミャンマーの学校の先生たちが、お金を集めてJICAの事務所に届けてくれたのです。当時の先生たちの給料は日本円にして1000円ほどですが、彼らが集めてくれたお金は30万円。余裕があるわけではないのに、必死にかき集めて「少しでも役立ててほしい」と用意してくれたのです。

 

これはあくまでも一例ですが、私たち日本人は自分たちの力だけで生きているわけではなく、多くの国から支えられています。そのため国際協力は、私たちが共存して生きていくために当たり前のことであり、欠かせないこと。この考えを常に忘れないことが大切だと考えています。

夢を実現するため海外ビジネスコンサルティング業界へ。異業種からの転職はやりがいのある毎日に

【掲載日】2021年12月27日

海外での業務やコンサルティング業務に興味はあるものの、転職にハードルを感じている人は少なくありません。しかし、たとえ経験がなくとも、自身の経験や知識を活かすことで、その力を発揮できる場はたくさんあります。今回はかねてからの夢を叶えるため、まさしく他業種から現在のコンサル業務へと転職した渕上雄貴さんにお話をうかがいました。

 

渕上雄貴/大学・大学院で資源工学を学び、在学中にはガーナでマイクロファイナンスボランティアにも参加。卒業後、2015年から石油精製プラントやLNGプラント建設プロジェクトを請け負う企業に入社。2019年10月にアイ・シー・ネットへ転職。現在、コンサルティング事業本部スタッフとして、予算管理、財務経済分析、人材育成などのプロジェクト管理、調査・研究、評価などに関する開発コンサルティング業務を担当している。

 

 夢だったアフリカでの仕事の機会を得るために転職

 

――はじめに、現職にいたるまでの経緯を教えてください。

 

渕上 私は、10代の頃から海外で働きたいという強い思いを持っていました。高校時代にOBの講演会があり、そこで、NPO法人をスーダンで立ち上げ、医療活動をされている方の話を聞いたのがきっかけでした。その方は元ラグビー部のOBでもあり、仲間たちを通じて資金を集め、知恵とお金でいくつもの難しい課題を解決していったという姿に感銘を受けたんです。また、そのお話を聞いた時、同時に、私もアフリカや途上国で仕事がしたいという思いが湧きました。

 

そうした夢を抱いたまま、大学では資源工学を学びました。いわゆる、ガスや石油、鉱物といった天然資源に関する学科で、その頃は環境にも興味を持っていたこともあり、石炭や石油の発電所の隣に二酸化炭素を地下に埋める施設を作ることでトータル的にクリーンなエネルギーを生み出す研究もしていました。

 

また、私が通っていた大学ではインドネシアなどでフィールドワークをする機会も多く、それが大学を選ぶ決め手にもなったのですが、実際に在学中には海外留学をし、インドネシアの金鉱山を訪れて金を採集する経験をしたり、反対に、大学にやって来るさまざまな国の留学生とも交流を深めていきました。卒業後も大学で学んだことを活かし、海外で石油・ガスプラントを建設する企業に入社。そこで約4年半働いたのち、現職のアイ・シー・ネットに転職しました。

 

――前職では具体的にどのようなお仕事をされていたのでしょう?

 

渕上 主にスケジュール管理です。プロジェクトマネジメント部という部署で、取引企業を相手にプロジェクトのスケジュール管理やプラント建設の進捗状況を毎週、毎月報告。さらには、設計部や調達部、工事下請け会社の督促などもおこなっていました。直接現場に赴くことも多く、新入社員の頃に3ヵ月ほどフィリピンに、カタールには半年ほど行き、現地の方と建設を進めていく経験もしました。

 

ただ、当初はフィリピンやインドネシア、モザンビークなどに積極的に進出していくという企業方針に惹かれて入社したのですが、2018〜19年頃にアメリカでガスが出はじめたんですね。そのことで会社の軸がアメリカに向いてしまい、私が望んでいた途上国での仕事はもう少し先延ばしになるとのことでしたので、2019年の秋に思い切って転職を決めました。

 

建設業からコンサルティング業務への転職でしたが、かねてより興味があったアフリカで働くことができそうだというのが、アイ・シー・ネットを選んだ大きな理由でした。また、アイ・シー・ネットがJICA(独立行政法人国際協力機構)のパートナーだったこともあり、途上国支援に関われる機会が多いこともアイ・シー・ネットを選んだ要因のひとつです。もともと、“まずはやってみないと分からない!”という性格なので(笑)、他業種への転職にハードルを感じることもありませんでしたね。

調査で訪れたルワンダ首都・キガリの街

 

 戦略的なアドバイスだけでなく、一緒に夢に向かって伴走していくこともやりがいに

 

――今は主にどのようなお仕事をされているのですか?

 

渕上 民間企業支援とJICAに関連した業務がちょうど半分ずつという感じです。民間企業支援は「飛びだせJapan!」のプロジェクトがメイン。これは、アフリカをはじめとする途上国でビジネスをしたいと考えている企業を支援していくというもので、業務内容は募集広告から書類選考、採択後の支援まで多岐にわたり、トータル的に企業とお付き合いをしながら、二人三脚で事業の実現に向けて活動しています。

 

また、私が現在担当しているのは南アフリカとウガンダになります。採用された企業の中から、どの企業を支援したいかは自分で決めることができたため、それだけにとても強いやりがいあります。ウガンダでは、どのようにビジネスを実施しているのかを、実際に現地に行って見たり、関係者へのヒアリングしたりして、ビジネスの今後の展望や、現地政府職員のそのビジネスへの期待の声などを聞くことができましたので、“まさしく自分がやりたいことがここにある”と感じました。

 

――一番の楽しさはどんなところでしょう?

 

渕上 やはり、アフリカでビジネスを立ち上げた方は熱意を持っていらっしゃる方が多いので、先ほどもお話ししたように、一緒に夢に向かって伴走している気持ちになれるところです。一般的にコンサルティングというと、データなどを元に戦略的なアドバイスを伝えていくような印象をお持ちの方が多いかと思います。でも、私がやっているのは、皆さんと常に同じ目線に立ち、可能な限り希望に叶う道をともに模索していくこと。人対人のコミュニケーションがとても重要になってくる。そこにいつもやりがいと楽しさを感じます。思えば、大学時代も前職でも、私は防火服を着て、ヘルメットを被り、図面を持って現場を歩き回る経験をよくしていたので、そうした作業が自分には合っているのかもしれません(笑)。それに、実現までの提案書や報告書をまとめるようなモノを書く作業も、前職の経験が強く活かされているように思いますね。

 

――JICAの業務についても教えていただけますか。

 

渕上 日本に来る外国人が年々増えていく中、JICAではビジネス人材の育成をはじめ、日本の自治体や企業と高度人材を連携させていくことを目的とした「日本人材開発センター(通称:日本センター)」を世界各国に設置しています。この日本センターをどう活かしていくかを調査するのが私の役割であり、2021年の春頃から携わっています。こちらは比較的新しいプロジェクトであることから、JICAにも、企業や自治体にもあまり知見がなく、そのため、ひとつひとつ湧き上がる問題に対応しながら、活動を進めています。また、近年のコロナ禍で、直接、海外の日本センターに状況を見に行くことができず、反対に今は海外からの人材の受け入れもストップしていますので、この環境下でできることも模索しているところです。

飛びだせJapan!ウガンダでのモバイルマネーを用いた自動井戸料金回収サービスの現地視察(株式会社 Sunda Technology Global:https://www.sundaglobal.com/

 

 大切なのはコミュニケーションとコネクション

 

――現職に就いて2年が経ち、ご自身の中にどのような変化があったと感じていますか?

 

渕上 一番大きいのは、誰かをサポートする仕事が自分に向いていると気づけたことです。実は、自分もアフリカで起業してみたいと考えたことがありました。でも、企業を支援する側に立ち、皆さんの熱量を感じているうちに、どんどんとその思いが薄れていったんです。正直な話、お金儲けをしようと思うのなら、成長の度合いをみても東南アジアに目を向けたほうが収益は見込めます。しかし、あえてアフリカを選択している以上、そこには確固たる思いが皆さんの中にあるんですよね。それを近くで感じ、支援という形で携われていることが、自分にとって今は大きな喜びになっています。

 

また、そのために大事にしなければいけないのがコミュニケーションとコネクションだと感じています。相手が何を求めているのかを、会話をする中でしっかりと感じ取る。そうやって信頼関係を築き、それを積み重ねていけば、やがては大きなコネクションとなり、将来的に新たにアフリカでビジネスをしたいと考える方のための架け橋にもなれる。その意味でも、人との繋がりは大切にしていかなければいけないと、改めて強く思うようになりました。

 

――渕上さんのように他業種からコンサルティング業務に転職しようと思われている方は多いと思います。ご自身の経験から、どのような人が向いていると感じますか?

 

渕上 コンサルティングの仕事には論理的思考や戦略に長けた力も必要だと思いますが、今の私の業務でいえば、自ら動き回れるフットワークの軽さが求められているように思います。また、担当する企業もさまざまですので、広い視野でいろんなことを楽しめる方も向いているのではないでしょうか。とはいえ、コンサルの仕事に興味があれば、職種はあまり関係ないように感じます。私自身は学生時代に環境やエネルギーを学んできた人間ですので、担当する企業もその分野が多くなります。でも、なかには同じアフリカでも食品や保健医療、それに教育の知識や知恵を必要としている企業もたくさんあります。それに、バックグラウンドがさまざまな人材がアイ・シー・ネットに集まってくれれば、お互いに協力しあいながら、途上国の発展を早められるアイデアが生まれるかもしれません。実際に、私のまわりにも航空業界や法律事務所など、さまざまな業種の経歴を持つ方がたくさんいらっしゃいますので、まずは飛び込んできていただければと思います。

 

 アフリカと日本企業との長期的なマッチングを目指す

 

――最後に、渕上さんの今後の展望を教えてください。

 

渕上 今、私が担当しているのはスタートアップ企業が多いんです。皆さんが求めているのは、戦略的なアドバイスというよりは、同じ目線でサポートをしてくれるコンサルだと感じています。私自身、一緒に現地に行って、ともに汗を流し、ともに喜びを得ることに幸せを感じていますので、そのスタンスは変わらず持ち続けていきたいですね。また、現在のJICAの業務をまっとうしつつ、アフリカ企業のクライアントの比率をもっと増やしていきたいと思っています。自分の興味関心の深い分野である環境やエネルギーを軸に、IoTを使ったソリューションにフォーカスしていけたらと考えています。そして、人との繋がりで得たコネクションで新しいビジネス展開を模索し、長期的にアフリカと日本の企業のマッチングしていく。それが今の私の目標ですね。

 

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