アートディレクター・山崎晴太郎「仕事道具に求めるものは、いかに自分を気持ちよく思考の中に潜らせてくれるか」『余白思考デザイン的考察学』第5回

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第5回は山崎さんの仕事道具をクローズアップ。デザイナーに欠かせない文房具やタブレットのこだわりから、作業に向かう時の知識的なアイテムまで5点をセレクトし、それぞれ解説していただきました。

 

 

アナログ的な要素を仕事の中に取り入れる大切さ

──まずご用意いただいたのが文房具。ペンケースのなかにシンプルに3種類のペンが入っており、ほかにも竹尺など、デザイナーには欠かせないアイテムが揃っています。

 

山崎 このペンケースに入った3点セットは常に持ち歩いているものです。中身はMONTBLANCのペンとよくある一般的な赤ペン、それに2Bの鉛筆。鉛筆の隣に刺さっている細い棒のようなものは栞です。普段から本を読むことが多く、今までは表紙のカバーをページに挟むようにして栞がわりにしていたのですが、大人が持つにはあまり見た目がよくないなと思いまして(笑)。それで、アートジュエリー作家である知人が作ったこの栞を愛用するようになりました。先端が天使のように見えることもあり、とても気に入っています。

 

──鉛筆はラフスケッチなどを描くためのものでしょうか?

 

山崎 そうですね。芯が柔らかいほうが好きなので使っているのは3Bから8Bが多いです。MONTBLANCのペンは20代の頃から使い始めたもの。同じデザインでゴールドとシルバーの2種類を持っています。若い時、会議中に少し貫禄を出したいなと思って使い始めました(笑)。このペンはほどよい太さで、手にした時のフィット感がすごくいい。ただ、インクの出方があまり好きではなく、そのため、改造して中身は三菱鉛筆のジェットストリームが入っています(笑)。

 

──ものすごく太いペンもありますが、これもMONTBLANCですか?

 

山崎 そうです。これはホルダーと呼ばれる道具です。シャーペンのように極太の芯が中から出てくる。建築やデザインの勉強をする時に、よく学生が学校で買わされるものですね。同じく竹尺も学生の頃から愛用している自作のものです。自分で長い竹尺を割って、好みのサイズにしていく。竹尺のメリットは金属製やプラスチックの定規とは違ってよくしなることで、また、一般的な定規とは違い、先端部分のメモリが0座標になっているから、定規の先を壁や角などに押し付けてそのまま正確な長さを測ることができるんです。ちょっとしたことですが、こうした利便性って仕事の効率においてすごく大事だと僕は思っています。

 

──確かに、わずかな使いづらさなどが徐々にストレスになり、集中力の低下にも繋がっていく気がします。

 

山崎 まさに。仕事っていかに自分のテンションを上げていくかが大事で。自分が好きな文房具を使うのも、その入口みたいなものだと考えています。このペンケースだって、ボタンを外し、ペンを取り出す時にものすごく気持ちが盛り上がる。自分にスイッチを入れる感じがするんです。それに、ペンや竹尺もそうですが、同じものを長く使い続けることで作業がルーティーン化し、パフォーマンスの再現性も高くなる。だから、学生時代や20代の頃から愛用しているものが多いですね。

 

──なるほど。続いてご紹介いただくのはペンタブレットです。

 

山崎 これはWacomの「Intuos Pro」。今使っているもので4代目になります。以前はもっとサイズが大きかったんですが、だんだんと小さくなってきました。小さすぎても使いにくいので、これがベストサイズだと思っています。

 

──勝手なイメージながら、最近はこうしたペンタブレットよりもiPadなどのほうが主流になっているのかと思っていました。

 

山崎 若いデザイナーはきっとそうでしょうね。これも先ほどと同じ理由で、僕のデザイナーとしての始まりが、グラフィックデザイナーだったということと、学生の頃からこのスタイルだからというのが大きいです。それに、液晶タブレットはイラストを描かれる方にとっては便利かもしれませんが、僕の仕事はレイアウトやグラフィックを作ることが多いんです。ですから、言ってみれば僕にとってこのペンタブはマウス代わりのようなもので、パソコンの世界にどうフィジカルを侵入させるかという感覚を作るための道具ともいえるんです。それに、これはあくまで僕の意見ですが、マウスを使っていると、どうしても“デジタルの世界でデジタル作業をしている”という感じがして、それがいまだになじまなくて。ネットで何かを検索する時もわざわざこのタブレットを使っていますし(笑)、そうしたアナログ的な動きが僕は好きなんですよね。

 

──アナログ的な感覚を好むか、もしくは利便性のあるデジタルですべての作業をするかは人それぞれだと思いますが、作業工程だけでなく、そこから生み出されるものもアナログとデジタルでは違いが出てくるものなのでしょうか?

 

山崎 僕は違いがあると思います。というのも、デジタルで作るとすべてが揃いすぎてしまうんです。分かりやすくいうと、複数の170cmの人間を描いたとして、デジタルだと服装やシルエットは違っても、きっちりと170cmの高さで統一されてしまう。でも、実際の世の中を見渡すと、同じ170cmでも髪型や靴の厚さなどで微妙に違いがあるのが当たり前なんですよね。そもそも、誰もが“170cmって大体これぐらいだよね”とざっくりした感覚を頭の中でイメージしながら物事を見るので、あまりにそろい過ぎていると、逆に違和感にも繋がるんです。また、僕にとって大事なのが、アナログから生み出される誤差や曖昧さって、いってみれば“余白”であり、そこには何かしらの面白さが偶発的に現れたり、入り込める余地がある。その意味でも、クリエイションの中にどこかしらアナログ的な要素を取り入れることをいつも大切にしています。

 

フィルム撮影で学ぶ決断力はいざという時の助けになる

──仕事のマストアイテムの3つ目はカメラ。デジカメとフィルムカメラ、そして意外にも「写ルンです」があります。

 

山崎 デジカメはフジフイルムの「X100V」です。これは本当に名機ですね。日常の仕事において、スナップがどれだけ速く立ち上がるかが大事なので、その点で言うと、ものすごく使いやすい。また、Xシリーズにはフィルムシミュレーションという機能があり、撮影の目的に合わせてさまざまな色彩をフィルムのように再現してくれるんです。エフェクト機能のようなものなのですが、それがとにかく素晴らしい。Xシリーズが多くの人から愛される理由の一つでもありますし、やっぱりみんなフィルムが好きなんだなぁって思います(笑)。今はフィルムそのものや現像代が高くなってきたので、贅沢な趣味のようになってきていますが、フィルムで写真を撮りたくなると、もう一つのミノルタの「TC-1」をよくポケッチに入れて持ち歩いています。

 

──どちらのカメラにも使い込んでいる跡がうかがえます。

 

山崎 Xシリーズの最新機種が最近出て、少し惹かれたのですが、以前に購入したものをそのまま使っています。僕は大学が写真専攻だったこともあり、これまでにも多くのカメラを使ってきました。でも、カメラって自分の体の一部のように馴染むまでに、すごく時間がかかるんですよね。学生時代、教授にも「1万枚は撮らないとカメラは自分のものにならない」と言われましたから。この「X100V」はまさにその一つですので、このまま壊れるまで使い続けようと思っています。

 

──異彩を放っているのが「写ルンです」ですが、これもよく利用されているのですか?

 

山崎 「写ルンです」はいつも会社で箱買いをして、入社して間もない新人のデザイナーたちに渡しているんです。このカメラを使って、「これだ!」と思うものを27枚撮ってきてもらう。センスが問われる課題のように思うかもしれませんが、別にそういったプレッシャーをかけるつもりはなくて。むしろ、「神様の視点で、27回も世の中の美しいものを切り取ることができる権利を与えられたと思って撮ってきてください」と伝えているんです。撮ってきたものに対して批評したいわけでもなく、何を撮ってくるかでその人の個性や視点が分かりますし、「写ルンです」には望遠レンズがないから自分で対象物に近づくしかなく、写真から感じられる距離感からもその人の感性が分かる。それ以外にも、撮ってきた27枚の関連性のない写真を一つの物語のように構成してもらったりと、これ一つでいろんな勉強ができるんです。

 

──とはいえ、27回しかチャンスがないと考えると、一枚一枚が勝負になりそうです。

 

山崎 そうですね。ですから、決断力を養う目的もあります。というのも、デザイナーってゆくゆくはアートディレクターやクリエイティブディレクターのように、作品全体を指揮する側にキャリアアップしていくことが多いのですが、立場が上に行けば行くほど、“決断”することが仕事になっていくんです。ほかの職種でも同じことが言えるかもしれませんが、ただクリエイティブの仕事では、何が美しいかを自分の感性で決めていかなければいけないし、それって誰かに相談して分かるものでもない。つまり、決断することの精神力の強さや胆力もいいアートディレクターの条件の一つであり、それを身につけるためにも、撮り直しの効かないフィルムを使って自分を鍛えることが大事だと思っているんです。

 

──続いてはヘッドホンですが、これは集中するためのものでしょうか?

 

山崎 そうです。「Bose QuietComfort Ultra Headphones」はノイズキャンセリング機能が非常に高いので愛用しています。企画やデザイン、アートなど、新しい作品を生み出す時って、0から1を生み出す作業が一番大変で、考えれば考えるほど自分の中に潜っていくような感覚になる。ですので、そこに向かっていくための儀式みたいな感じでヘッドホンを装着しています。僕にとってはアイデアの一番根っこの部分を作る時の一番の味方になので、このヘッドホンがないと本当に大変なことになります(笑)。

 

──そうした作業の時はどのような音楽を聴いていらっしゃるんですか?

 

山崎 歌声のあるものはそっちに気持ちが引っ張られてしまうので、アイスランド音楽を聴くことが多いです。アンビエントやポスト・クラシカル、ミニマル・ミュージックのような曲。仕事をしながら聴く音楽は内面とシンクロしていくので、曲選びも慎重にしています。

 

──ちなみに、BOSEは以前からよくお使いになられていたんですか?

 

山崎 ええ。もともとBOSEには思い入れがあり、社会人に成り立ての時に買った、初めてのちゃんとしたヘッドホンがBOSEの「QuietComfort2」だったんです。それからずっとBOSEを買い続けています。モノがいいというのもありますが、やはり20代の頃から愛用している、身体的に慣れているものを使い続けたいという気持ちが僕の中にはあって。それに、10代の頃は欲しくても高くて買えなかった。ですから、その頃からの憧れや、「ようやく自分も働いて買えるようになった!」という喜びも詰まっているんです(笑)。

 

身の回りにあるもの一つひとつが気持ちを上げるトリガーになっている

──そして5つ目が香水になります。ほかの4つと比べると、ご自身のマインドに関わってくるアイテムという印象があります。

 

山崎 そうですね。自分の気持ちを盛り上げるためのもの、という点で共通しています。そのなかでも最近愛用している3つを持ってきました。少し前に香水の仕事があり、その時に知った「フエギア 1833 」というアルゼンチンのブランドです。一般的に、香水にはケミカルな成分が入っているため、半年や一年ぐらいで使い切らないと劣化してしまう。でも、このブランドはすべて自然香料で作られているので、逆に経年劣化も楽しめるんです。

 

──まるでお酒のようですね。

 

山崎 本当にその通りで、同じ種類の香水でも製造年が古いと色も香りも全然違う。つい、いろんな種類を買いすぎてしまっても、急いで使い切る必要がなく、むしろ変化していく香りも楽しみの一つになっているんです。麻布台ヒルズにある店舗にはバーが併設されていて、香りとペアリングしてワインも楽しめる。香りがいいだけでなく、お酒のように熟成させることができ、しかも香水としては珍しいアルゼンチンのブランド。惹きつけられる要素が多くて、背景にあるストーリーも面白いですし、ブランディングとしても完璧で、すごく勉強になりました。

 

──もともと香水はお好きだったのでしょうか?

 

山崎 母親が大好きで、母と一緒にはまったのが、「アルキミア」のハンガリーウォーターという化粧水でした。ちょっとスピリチュアルな話になりますが、「スパゲリック法」という、中世ヨーロッパの伝統手法で作られていて、太陽や月の周期、自然の法則と調和しながら植物のエネルギーを引き出すといわれている方法で作られています。新月の日にだけ積まれるハーブを集めて作る香水なんです。つけていると体に馴染んでいく感じもして。それが僕が香りにハマったに原体験でした。仕事をするようになってからは、周りの人のために香水をつけるというより、自分を普段いる場所から別の世界に導いていくために使っているところがあります。クリエーションの仕事は突き詰めていくと、それまでの自分になかった思考をいかに見つけていくかも大事になってくる。先ほどの話しにも繋がりますが、どれだけ深くまで潜って、今までとは違う“何か”を見つけられるか。その出会いが新しい発想も生み出すので、香水も僕には欠かせないアイテムなんです。

 

──お話をうかがっていると、今回紹介していただいたものはすべて、自分自身と向き合うために必要なものという気がしました。

 

山崎 自分でも話しながら、全部に共通の価値観があるなと思いました(笑)。考えてみると、身の回りにあるもののほとんどがそうかもしれません。たとえば、気持ちを上げるという意味では傘もそうで。雨がシトシトと降っている日の自分の感情をどうデザインしてくかは、僕の中ですごく大事で。そのためのアイテムとして、柄の部分に動物がついた傘を持っているんです。FOX UMBRELLASというイギリスの老舗のステッキブランドで、折りたたみ傘をカバンの中に入れて、動物の顔だけがちょこんと外に出るようにしています(笑)。香水も文房具やヘッドホンも同じで、そうやって、すべてが仕事に気持ちよく向かうためにとても大事な要素であり、気分を上げるためのトリガーの一つになっているんですよね。

 

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう(写真左)…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee、広瀬香美、代官山ASOなど。株式会社JMC取締役兼CDO。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / InstagramYouTube  ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

 

 

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撮影/中村 功 取材・文/倉田モトキ

アートディレクター・山崎晴太郎「アート作品を前にすると身構えてしまう日本人の感覚をできるだけなくしていきたい」『余白思考デザイン的考察学』第4回

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載がスタート。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第4回は8月から9月にかけて東京・スパイラルガーデンで開催された個展『越境するアート、横断するデザイン。』の振り返りを中心に、日本と海外におけるアート作品の捉え方の違いや、現在ブランディングで参加しているJR西日本の新しい決済サービス『Wesmo!』の話題についてたっぷりと語っていただきました。

 

 

想像力を刺激する“何か”を持ち帰っていただけたのなら大成功

──大規模な個展が大盛況で幕を閉じました。まずは終えてみての率直な感想をお聞かせください。

 

山崎 “終わったー!”というのが正直なところです(笑)。準備している段階から感じていたのですが、想像していた以上に大変でした。というのも、これまでも個展は何度か開催してきましたが、その多くは2〜3シリーズのアート作品に限定して展示することがほとんどだったんです。でも、今回は仕事としてのデザインワークも含め、近年の僕の活動や作品を網羅するような形で展示していきました。そのため、自分で自分を客観視しながら全体像を作り上げていく必要があり、そこが難しく、大変でもあったんです。ただ、そのぶん、来場者の皆さんには僕の頭の中を多面的に見ていただくことができたと思いますし、今は“やってよかったな”と心の底から感じています。

 

──初めて山崎さんの個展に来られる方も多かったのではないでしょうか。

 

山崎 そうですね。皆さん、すごく楽しんでいただけたようで、それもうれしかったです。やはり、表参道という場所柄もあり、クリエイティブなお仕事に疲れている方だけではなく、気軽に立ち寄ってくださる方も多くて。“こうした方々が僕を応援してくれているんだな”と、お顔を直接拝見できたのもよかったですね。実はそこも今回の個展をする際の楽しみでもありましたから。

 

──といいますと?

 

山崎 いまだに慣れないというか、すごく不思議に感じているのが、“僕のことを知っている人って、世の中にどのくらいいるんだろう?”ということなんです。『余白思考』の書籍を出した時も編集者さんに「1万部売れました」と言われたものの、“一体誰が読んでいるんだろう……”とピンとこなくって(笑)。それに、コメンテーターとしてテレビにも出させてもらっていますが、放送後にSNSのフォロワー数が爆発的に増えたり、いろんなコメントが届くかというと、そうでもない(笑)。だからこそ、こうして個展を開催し、会場内で直接話しかけていただく機会を得られたのも、僕にとってはすごく大きなことだったんです。

 

──なるほど。では、展覧会の内容についても伺いたいのですが、今回は会場内の設営にもこだわりが見られ、建築現場の〈足場〉のような構成になっていたのが興味深かったです。

 

山崎 あの空間づくりもかなり大変でした(苦笑)。〈足場〉を使った手法は「株式会社セイタロウデザイン」が近年手掛けている企業やお店などの空間構成によく取り入れていて、世界的な賞もいくつかいただいているのですが、それを今回の個展でも活かしてみました。“未完成である”ということがコンセプトになっていて、それはすなわち、“完成に向かっていく過程”も意味する。それを現す象徴の一つとして〈足場〉を使ってみたんです。

 

 

──どういったところに大変さがあったのでしょう?

 

山崎 当然ながら、〈足場〉には壁がないんですよね。そのため、面材を貼って、そこに作品を吊るす必要があるのですが、作品ごとに大きさが異なるので、一つひとつの面材を調整しないといけなくて。それを考えていくのが想像していた以上に大変だったんです。単純に白壁を使っていれば、もっとラクに設営ができたはずなんですが、自分の首を絞めたような形になりました(笑)。でも、来場者からの評判もよかったですし、苦労した甲斐があったなと思います。

 

──個人的には“あの空間構成を見た時、「アートやデザインは、制作の過程も作品の1つである」といったメッセージ性を感じました。

 

山崎 そのように受け取っていただいても結構ですし、どう感じるかは本当に自由でいいと思っています。今回はどの作品にも解説文やコンセプト、アイデアが生まれたきっかけなどの説明文を一切記さず、代わりに、作品の世界観をより楽しんでもらうためのちょっとした物語や文章を添えるようにしました。これも、自由に作品を楽しんでいただきたいという思いからトライしてみたことでした。ですので、なかには少し思考を巡らせないと理解できない作品もあったかもしれません。でも、そうやって考えてもらうことも一つのクリエーションだと僕は考えているんです。インスピレーションソースをいろんなところに散りばめた展覧会を目指しましたので、その中から1つか2つでも、想像力を刺激する“何か”を持ち帰っていただけたのなら大成功だったと思っています。

 

フラットな視点で作品を見てもらった感想が、次作の創作にも繋がっていく

──こうした個展を通して過去の自分の作品と向き合うと、新たな発想が生まれたり、次作へのイメージに繋がるきっかけになることもあるのでしょうか。

 

山崎 それはすごくあります。過去の自分の思考と向き合うからだけでなく、誰かに作品の説明をすることで、そこから新しいアイデアが派生していくことも多いです。脳が活性化されていくと言いますか、“この作品はもっとこっちの方向に伸ばしていけるな”といったアイデアが湧いてくる。それに、さまざまな感想や意見を直接もらうことで、そこからインスピレーションをいただくことも本当に多いんです。特に今回は初めて僕の作品をご覧になるという方が多く、そのため、感想の一つひとつがとても新鮮でした。最近は自分の作品を見せる対象者の同質性が高くなっていたんだなと気づかされたところがありましたし、フラットな感性や視点を持った多くの方々にクリエーションをストレートに届けることや、そこからたくさんの声を聞くことができましたので、そうしたところにも、この個展を開催した意味や意義を感じることができましたね。

 

──また、今回の個展を経て、山崎さんの中で再発見したものはありますか?

 

山崎 あらためて思ったのは、やはり周囲の力の大きさは何者にも代えがたいものだということです。そもそも、デザイナーって作品を一人で創り出していると思われがちですが、実際は多くの人の支えがあって成し遂げられることばかりなんです。プリンティングディレクターやエンジニア、それにいろんな職人さんがいて、その皆さんが僕の頭の片隅にある小さなアイデアを全力で形にしてくださる。いわば、専門家の方々の集合体なんですね。そうした力は本当にかけがえのないものだと今回の個展を通じて実感しましたし、すべてを終えた今は、達成感と同時に、ちょっとした寂しさも感じています。

 

──それは共同作業が終わってしまったことへのロスですか?

 

山崎 そうです。文化祭が終わってしまったあとの、あの“やりきった感”と一抹の切なさみたいなものです(笑)。とはいえ、今回ほどの規模ではないにしろ、9月と10月にはワルシャワとボスニアで展覧会がありましたし、年末にはベルリンでの個展も控えています。来年には中国でも個展を開催する予定ですので、しばらくはこの楽しさと忙しさが続きそうです。

 

↑Fossils from the future/未来からの化石 Nike Air Jordan I

 

──次にどのような個展を開催されるのか楽しみです。

 

山崎 ありがとうございます。ただ、幅広く多面的に網羅する個展に関しては、今回があまりにも大変でしたので、しばらくは控えようかなと思っています(笑)。それよりも、せっかくこれだけの規模の個展を開催し、オフィシャル写真もたくさん撮影しましたので、今は図録を作ろうと計画しています。きっと、そこでもこれまでの自分の作品たちを反芻することになると思いますし、僕自身、すごく楽しみにしています。

 

──期待しています! また、先ほど海外での展覧会のお話がありましたが、日本と海外を比べ、アート作品の捉え方や見方に違いを感じることはありますか?

 

山崎 すごくあります。もちろん、国や地域ごとに違いがありますし、たとえばアメリカだと、アートが日常に溶け込んでいるのを強く感じます。以前、アメリカのサクラメントという都市で個展を開催したのですが、その街に住んでいる老夫婦が犬の散歩をしながら、ふらっと会場に立ち寄ってくれたことがあって。でも、それって彼らにとっては日常的なことなんですよね。「この作品はどういうコンセプトなの?」とフランクに聞いてきますし。日本人はどうしても美術館に展示されたものやアート作品を前にすると身構えてしまうところがあるように思うのですが、それがまったくない。また、その時はCMも打っていただき、『砂でできたアイコン』シリーズのスニーカーをテレビで流してもらったのですが、それを見た子どもが「見たい!」と親を誘って、家族で来訪してくれたんです。たぶん、ポケモンのおもちゃとさほど変わらない視点でアートを楽しんでいる(笑)。そうした光景はすごく新鮮に写りましたね。

 

──アートに対して崇高といった意識がなく、ハードルの高さも感じていないんですね。

 

山崎 そうだと思います。当たり前のように「これはいくらなの?」って値段も聞いてきますし(笑)。日本だと、“アート作品が売り物である”という概念すらあまりないかもしれない。そうした差は海外に行くと強く実感しますし、その壁をなくしていくこともこれからは大事になってくるのかなと思っています。

↑フォントデザイナーの小林 章さん

 

『wesmo!』は安心感と便利さを突き詰めた新たな決済サービス

──また、会期中の8月23日には山崎さんがブランディングやデザイン、コミュニケーションとトータルで取り組まれているJR西日本グループの新たな決済・ウォレットサービス『Wesmo!』(来春稼働予定)の事業解説を兼ねたトークショーも開催されました。なかでも『Wesmo!』のために作られたオリジナルフォント「WESTERX SANS」の創作話は非常に興味深かったです。

 

山崎 僕らは蓋を開けるまで、“どれだけの人がこのトークテーマに興味を持ってくれるんだろう?”と不安でいっぱいでした(笑)。普段、フォントを意識することも、フォントの話を聞く機会ってあまりないでしょうし。でも、突き詰めていくとフォントって“宇宙”のように哲学的な部分があって、僕たちデザイナーは「この“R”のフォントの右のはらいの形がさ……」といった話題だけで朝まで呑めてしまえる(笑)。その面白さが少しでも伝わればいいなと思い、あのトークショーを企画しました。

 

──これをきっかけに、初めてオリジナルフォントの重要性を知った方も多かったのではないかと思います。

 

山崎 確かに、日本人はフォントを意識することって少ないですからね。でも、それは逆にいうと、誰もが無意識のうちにフォントが持つ力に気持ちを動かされているということでもあるんです。たとえば、商品の説明書き一つとっても、フォントが変われば商品が持つ印象自体が違ってきますから。ですから、僕がブランディングの仕事に参加する際は、いつもオリジナルフォントを作る重要性や意義などをお伝えし、新しく作ることを提案しているんです。ただ、オリジナルフォントを作ろうとすると時間とお金がかかってしまうので、相当な覚悟がないとできないんですよね。

 

──とはいえ、トークショーでもお話しされていましたが、消費者はオリジナルのフォントを見るだけで、それがなんのブランドなのかが自然とわかるようになる。それは、フォント自体がロゴや看板などと同等の価値や影響力があるものだと言えるということですよね。

 

山崎 そうですね。ブランドにとって“どんなフォントを使っているか”というのは、“どんな声でしゃべっているのか”ということでもありますから。しかも、それだけじゃなく、オリジナルのフォントは“守り”にも使えるんです。フィッシング詐欺が長年問題になっていますが、それだってオリジナルフォントを使えば、その文章が公式のものなのか否かをすぐに見分けることができる。特に今回の『wesmo!』のような決済を扱ったサービスだと、オリジナルフォントを作るメリットは大きいと思います。

 

↑Specimens of the spilled over/こぼれ落ちたものの標本 東京#1

 

──なるほど。また、「WESTERX SANS」の制作者であり、世界で活躍されているフォントデザイナーの小林 章さんの創作過程のお話しもフォントの重要性をわかりやすく説いていて、とても面白かったです。

 

山崎 今回の小林さんとのトークは僕にとってもすごく勉強になりました。僕は学生時代、小林さんが書かれた本でフォントを学んだんです。日本において、小林さんがいたグラフィックデザインの世界といなかった世界とでは、まるで違う未来になっていただろうなと断言できる。それに、小林さんとは今回『wesmo!』のプロジェクトでご一緒したわけですが、仕事のスピード感にも驚かされました。発想も素晴らしく、「WESTERX SANS」には遊び心があり、一見すると少しやり過ぎに感じるところもあるんです。でも、実際はとてもおさまりがいい。新しくフォントを作る時はどこまでオリジナル性を出し、攻めていくかも大事になってくるのですが、そのバランスが実に見事だなと感じました。

 

──クライアントが求めているものを掴み取る嗅覚が素晴らしいのでしょうか。

 

山崎 そうですね。先ほども話したように、日本ではまだ新しいフォントを作ることに慣れていない場合が多いんです。つまり、クライアントも何が正解なのかを明確に分かっていないことが多い。それでも小林さんは、みんなが“うん、これだよね!”と直感で理解できるものを作ってくれる。クライアントが提示するキーワードを咀嚼し、斬新さがありながらも、誰もが納得するものを生み出す。その力やセンス、造形力は本当にすごいなと思います。

 

↑8 million traces/八百万の傷跡

 

── 一方、山崎さんがブランディングで参加している『Wesmo!』のサービスも、シンプルさを突き詰めたような決済方法で非常に画期的な取り組みだなと感じました。

 

山崎 JR西日本グループから新しい決済サービスのブランディングの依頼を受けた際、「シンプルさを大事にしたい」というお話しがあったんです。今は電子マネーの決済方法が世の中にたくさんあり、差別化を図るためにさまざまな機能を追加し、それが結果的にユーザーにとっては複雑さを感じるようになってしまっている。ですから、ユーザー目線で“使いやすさ”を追求したものにしようというのは大前提としてありました。

 

──レジ前でアプリを立ち上げるのは意外と手間に感じる時がありますし、決済方法がアプリや店側の端末の違いでバラバラなのも、ちょっとしたハードルに感じているユーザーは多いと思います。たくさんあるアプリの中で使うアプリを探す手間もある。その点、『Wesmo!』は端末にスマホをかざすと自動的に決済のサイトに飛ぶようになっている。会場で試しましたが、手軽さと便利さに感動すら覚えました。

 

山崎 端末は手の平サイズで非常にコンパクトですし、薄さもあるのでテーブルチェックもできる。そこもこだわった部分の一つでした。また、デザイン自体もJRの改札機で馴染のある、交通系タッチの読み取り機にあえて似せたんです。“見たことがある”というのは、それだけで信頼感に繋がっていきますからね。電車に乗るときのように“ここにタッチすればいいんだな”と潜在的に頭に刷り込まれているので、初めての人でも迷うことなく利用することができる。つまり、SuicaやIcocaと同じぐらい安心感のあるものにしたかったんです。ほかにも、まだ発表はされていませんが、新しいお店を開拓するのが楽しみになったり、電子マネーの利便性をさらに高めていく機能も段階的に付与していきますので、ぜひ今後の展開にも期待していただければと思います。

 

 

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう(写真左)…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee、広瀬香美、代官山ASOなど。株式会社JMC取締役兼CDO。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / InstagramYouTube  ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

 

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撮影/中村 功 取材・文/倉田モトキ

アートディレクター・山崎晴太郎「アートやデザインの領域を越え、誰もが気軽に楽しめる空間にしたい」『余白思考デザイン的考察学』第3回

「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」第3回

 

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく連載がスタート。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第3回は8月17日から東京・スパイラルガーデン開催される大規模な個展『越境するアート、横断するデザイン。』について、コンセプトや気になる内容についてお話をうかがいました。

 

 

 

曖昧さ”や“未完成”のものの中にある美しさ

──8月17日から開催される「越境するアート、横断するデザイン。」。まずはこのタイトルに込めた思いをお聞かせください。

 

山崎 今回の展覧会では僕のアートピースとデザインワークを同時に展開していくことをコンセプトにしています。この2つは僕の中で似て非なるもので、アートがラップしていくイメージなのに対し、デザインは鋭角に刺していく感覚がある。そうした2つの領域を横断し、乗り越えていくというテーマを設けて、このタイトルにしました。言葉にすると少し難しいことを言っているように感じるかもしれませんが(笑)、実際に見ていただくと、誰もが気軽に楽しめる作品が並んだ展覧会になっています。

 

──内容自体はどのようなラインナップになっているのでしょう?

 

山崎 ここ5年から8年の間に手掛けたものが多いですね。60点ほど展示しているので、今の僕のすべてをさらけ出していると思います。面白いのが、これだけ点数があると、大抵はそのデザイナーの人となりが見えてくるものなんです。でも、少し表現の振り幅が大きいので、“一人の人の頭の中とは思えない”と混乱されるかもしれません(笑)。

 

──それほどいろんな世界観の作品があると、展示方法やレイアウトも気になるところです。

 

山崎 今回はあえて〈アート〉と〈デザイン〉のジャンルを分けないように並べているので、来場者は余計に頭の中がこんがらがるかもしれないですね(笑)。また、展示の仕方も白壁に作品を並べていくような一般的な形ではなく、建築足場のようなものを設置し、そこに立てかけたり、ぶら下げたりしています。一見すると、まだ作業中のような雰囲気を持たれるかもしれませんが、この未完成さが僕はとても大事だと思っていて。“クリエイティブに完成はない”ということ。そして、完成したと思ってしまった瞬間から、そのクリエイティブは死んでいくような気がしているんです。僕の表現者としての未熟さゆえかもしれませんけど(笑)。

 

──なるほど。では、気になる内容についてもいくつか教えてください。

 

山崎 僕のアートワークの1つに『使われなかった物語』というシリーズがあります。アート作品の中に独自の書体(フォント)を入れ込んだ作品はすでに数多く作られていますが、その逆で、書体自体を現代アートにしてしまおうと試みたのがこのシリーズです。具体的にどんなことをしているのかと言いますと、例えば「A」から「Z」までのアルファベットを一文字ずつ声に出して読み上げ、それを波形でかたどっていく。すると、それぞれの波形と波形の間に文字として認識されずにこぼれ落ちた音があることが分かる。つまり、「A」や「B」という音の概念になれなかったものたちが存在するんです。それらを拾い集めてグラフィックにし、新たなアルファベットのフォントとして作り上げていく。このフォントを利用し、旧約聖書の『創世記』やウィリアム・シェイクスピアの『ソネット第18番』を書き写してアート作品にしたのが『使われなかった物語』というシリーズです。人類の歴史の大部分は文字によって記録されてきたわけですが、そこには文字になる前にこぼれ落ちた膨大な情報があったはず。でも、それらは記録されずに消えていった。この作品は、文字として記録されてきた声の周囲には、常に記録されなかった声が存在するということの暗喩なんです。

↑使われなかった物語

 

──文字の“音”を可視化し、それらを応用して新たなフォントを創作されているんですね。

 

山崎 そうです。また、こうした音のソノグラフをテーマにした作品の制作は言葉に限らず、街に存在する音でも行っています。その1つが『こぼれ落ちたものの標本』です。土地の空の写真を背景に、同じ場所で録音した音から先ほどのフォントと同じように図形を抽出して、標本のようにピンで留めています。

↑土地の音

 

──ピンで留めることにはどのような意図が?

 

山崎 まず、前提としてこの作品シリーズには“見えていないものや曖昧なものを捕える”というコンセプトがあるんですね。音に限らず、その土地にいる神様でも妖怪もそうなんですが、本来見えないものに対して、その土地の音を拾い、目に見える形にして標本化していくという狙いがある。これは、現代社会に向けたアンチテーゼにもなっています。今の時代はなんでもかんでも名称を付けて、ラベルを貼って、カテゴライズしようとするきらいがあり、そのことで、これまでなら曖昧さのなかであっても成立していたものが、逆に複雑化されている気がするんです。例えば、LGBTQといった呼称もそうじゃないかな、と。多様性を謳いながら、新たな言葉で縛り付けようとしている。それって言い換えると、複雑さやグラデーションのあるものを表面だけ掬い取って単純な色を上に塗り足し、虫ピンで刺しているだけのような気がするんです。まるで、新しい昆虫を標本にするように。こうした、“目に見えないもの”や“曖昧なもの”をどうやって表現していくかは僕のアーティストとしてのステートメントの1つであり、また、そうした曖昧さがあるものにこそ、本当の美しさがあると僕は感じているんです。

↑土地の音

 

── “曖昧なもの”を表現した作品はほかにも展示されるのでしょうか?

 

山崎 『陰影礼賛』という作品も展示しています。これは、谷崎潤一郎の短編小説からインスピレーションを受けて制作したものです。文字を切り抜いた和紙を2枚の紙で挟んで、上から垂らしています。その3枚をピッタリと重ねるのではなく、隙間を開けて、ちょっとした風で揺らぐようにしている。また、背後から光りを透過しているので、紙が動くと切り抜かれた文字の輪郭がぼやけるようになっているんです。一方で、紙を手で直接触れると3枚の紙が重なっていくため、輪郭がはっきりと見えるようになる。これも先ほどお話ししたフォントのコンセプトと近いものがありますが、文字が紙に形として定着する前。つまり、文字が文字という存在になろうとする直前を捕まえたいという考えから制作したアートワークです。そしてもう1つ、“生まれたものの個性”を表現したアート作品に『名前のないポートレート』があります。

↑名前のないポートレート

 

──『名前のないポートレート』は真珠を使った作品ですね。

 

山崎 ええ。アコヤ真珠産業がテーマになっています。真珠って、貝の中で出来上がったばかりのものはきれいな球体ではなく、少しボコボコしているんです。それを研磨して丸くしていくわけですが、最初のいびつさのある原型を見た時、これって人間の命と同じだなと感じたんです。個性を持って生まれてきているのに、みんな工業製品として、同じ形になるように強制されていく。そこで、生まれたままの、いびつな真珠たちを使い、工業製品になる世界線と別の世界線を表現したのが『名前のないポートレート』です。薄い布で作られた大きな筒の中にいくつもの真珠を糸でつるした作品で、これは母親の胎内をイメージしており、真珠がつられた糸は個別の真珠の人生です。そして、それぞれの糸が人間関係のように絡まっていく。また、この真珠に糸を通すための穴開け作業は障がい者施設にいる方々にお願いをしています。社会からこぼれ落ちたものの美しさを掬い取るという意味で、僕の作品の一つの方向性でもあると思います。

↑名前のないポートレート

 

 

現代音楽とアートを融合させた作品も数多く展示

──山崎さんは音楽の分野でもさまざまな活動をされていますが、それらも展示されるのでしょうか?

 

山崎 はい。代表的なところで言えば、MONDO GROSSOなどに参加されていたギタリスト・田中義人さんと僕によるサウンドユニット・NU/NCの音源「recollection / 或る風景の記憶」を聴くことができます。NU/NCは図形譜を軸にした音楽作品で、僕が最初に図形譜を描き、それを基に義人くんにメロディを創っていただき、さらにそこへ僕がフィールド・レコーディングしてきた音の素材を加えて1つの曲に作り上げていったものです。

 

──図形譜とはどういったものなのでしょう?

 

山崎 音楽の楽譜と聞いて誰もが思い出すのは五線譜ですよね。五線譜はいわば、音の再現性を形にしたものです。誰がどの時代であろうと五線譜に書かれた通りに音を奏でれば、同じ音楽を作り出すことができます。一方で、図形譜とは言葉の通り、図形などを使って書かれた楽譜のことで、簡単に言うと“感情”や“気持ち”を表現しているんです。図形を見て、もし寂しく感じたら、その気持ちで弾いてもらいたいという思いが込められている。ある種、実験的な現代音楽ですが、坂本龍一さんや武満 徹さん、ジョン・ケージさんなどが取り組んだ現代音楽の一つの分野でもある。“新しい音楽の届け方”という意味でも、僕はこの概念が大好きなんですよね。また、同じく現代音楽を代表するスティーヴ・ライヒさんとコラボして作ったものの中に『余白のための楽譜』というアートワークがあり、こちらも五線譜にならない音楽をテーマにしています。

↑スティーブ・ライヒ氏とのコラボ作品「余白のための楽譜」

 

──概要だけ聞くと、先ほどの“音の概念になれなかった文字”に通ずるものがありますね。

 

山崎 そうですね。NU/NCは純粋に音楽を表現したものですが、『余白のための楽譜』はもう少しアート性が強いです。五線譜に書かれた音楽は基本的にメトロノームなどで拍を取れるようにできているのですが、音の粒と粒の間、拍と拍の間にも音は存在する。その世界を流体のような紋様で可視化したものなんです。24時間で一曲が一周する、大きなモニターを複数台使って表現したインスタレーションなのですが、さすがに今回の会場には設置できないので、ミニサイズのものを展示しています。

 

──アート以外の展示物もあるのでしょうか?

 

山崎 たくさんありますが、これまで紹介してきたものとカラーが異なる作品で言えば、国土交通省さんと河川情報センターさんからの依頼で取り組んでいる「水害ハザードマップ訴求プロジェクト」があります。通称『気をつけ妖怪図鑑』と呼んでいるもので、小学生たちにハザードマップやマイタイムラインをもっと身近に感じてもらおうというプロジェクトです。今はタブレットを授業で使っている小学校が多いので、ブラウザゲームのような感覚で水防災を楽しみながら学べるものを作りました。具体的には、床上浸水や河川の氾濫といった災害を妖怪に見立ててキャラクター化し、街や通学路にどんな危険が潜んでいるかを調べて、自分たちでハザードマップにプロットしていくというもの。これは来年度からいろんな学校で本格的に導入されるよう実証実験をしています。自分でも思いますが、本当にこれまで紹介してきたアートワークとの高低差がすごいなと思います(笑)。

↑気をつけ妖怪図鑑

 

──確かに(笑)。

 

山崎 そのほか、最新のデザイン、ブランディングプロジェクトとしてJR西日本さんが展開しているWESTER(ウェスター)ブランドのブランディングプロジェクトにも参加しています。交通系決済のICOCA、クレジットカードのJ-WESTに続く、第三の決済手段の「WESTERウォレット(仮称)」をはじめ、デジタル戦略を含めたさまざまなサービスをこれからスタートさせていく予定です。そのプロジェクトで今後使われていくオリジナルフォントの作成も行っています。

 

アイデアの“始まり”である曖昧さも作品のテーマに

──これだけ内容が多彩だと何度も訪れたくなりますし、そのたびにいろんな発見がありそうです。

 

山崎 そうですね。場所は表参道の駅からすぐですし、入場料も無料なので、ぜひ何度も足を運んでいただきたいです。会場になっているスパイラルガーデンは、多くの方に気軽にアートや文化に触れていただきたいという思いをミッションとして掲げていて、そこに僕も賛同しているんです。また、中には抽象性の高い作品も展示していますので、パッと見では分かりづらいものもあるかもしれません。そのため、作品ごとに文章も書き添えていますので、きっと初見でもそれぞれの世界観を感じて、楽しんでいただけると思います。

 

──それは解説文のようなものですか?

 

山崎 今回は、解説文は一切置いていません。ただすべてのテキストはつけていて、作品の内容とリンクした詩のようなものもあれば、物語のようなものもあります。この文章を書く作業が一番大変でした(笑)。アートやデザインの視覚表現って、僕にとっては、もともと心や頭の中にある言語化しづらい物事を言葉以外のもので形にする作業ですから、それを文章で表現し直すのは、僕にとってすごく苦手なことなんです(笑)。

 

──でも、それによって作品と観る側の距離がぐっと縮まりそうです。

 

山崎 そうなることを願っています。また、誰にとっても取っ掛かりやすい作品として、僕が撮影した日常の風景写真も多数展示します。大学で写真を専攻していたこともあり、普段から写真はたくさん撮っているのですが、近年はあまり発表する場がなかったんです。ただ、取っ掛かりやすいと言いつつ、僕が撮影するものって、やっぱり曖昧なものが多いんですよね(笑)。というのも、先ほど心の中にある言語化しづらいモヤモヤを作品にしているとお話ししましたが、曖昧さを曖昧なまま表現できる一番のツールが写真と柔らかい鉛筆だと思っているんです。

 

──柔らかい鉛筆とは?

 

山崎 芯が硬い鉛筆や先の細いペンだと線が立ってしまうので、ちょっとしたラフスケッチでも正解や正確さを求められているような気持ちになるんです。その点、例えば8Bの鉛筆やクレヨンなどは線のエッジが滲むので、曖昧さとともに線が表現できる。そうした曖昧なイメージからスタートし、徐々に粒度を上げて完成させていくのが僕の表現の作り方で、柔らかい鉛筆で書いたものや写真は、そのスタートの部分を考えるのに一番適したツールだと僕は思っているんです。

 

──今回の展覧会のフライヤーにも全面に写真が使われています。

 

山崎 これも日常の風景を撮ったもので、iPhone12miniで撮影しました。展覧会のコンセプトとして“一般の方でも楽しめるものを”という思いも込めていますので、誰もが手持ちのスマートフォンで撮れる写真をキービジュアルにしたんです。きっとアートやデザインを身近なものに感じていただける内容になっているので、ぜひ多くの方にご覧いただければと思います。

 

 

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee、広瀬香美、代官山ASOなど。株式会社JMC取締役兼CDO。株式会社プラゴCDO。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / InstagramYouTube  ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

 

【記事の登場した山崎晴太郎さんの作品一覧】

 

【event】

山崎晴太郎 個展 「越境するアート、横断するデザイン。」

開催期間:2024年8月17日(土)〜9月1日(日)
開催時間:11:00〜19:00
開催場所:スパイラルガーデン(スパイラル1F)〒107-0062 東京都港区南青山5-6-23 1F

入場料:無料

公式HP:https://seitaroyamazaki.com/exhibition2024

 

「⻄日本から社会を未来へ。 WESTERブランドとオリジナルフォント WESTER X SANS 誕生秘話。」
―JR ⻄日本の内田 修二氏・橋本 祐典氏、Monotype の小林 章氏、山崎晴太郎が事業ブランドにおけるフォントの重要性を対談―

日時:2024 年 8 月 23 日(金)
開催時間:18:00〜20:45(17:30- 受付開始)
参加費:無料 定員:100 名(事前申込・先着順)

お申込:https://seitaro-talkevent.peatix.com

※上記のPeatixで事前予約をしていただいた方にはお席をご用意いたします。定員 100 名に達した場合は立ち見席をご用意する予定ですが、着席でご覧になりたい方は事前に入場チケット(無料)をお申込ください。

 

【「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」連載一覧】
https://getnavi.jp/category/life/yohakushikodesigntekikousakugaku/

 

【Information】

余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術

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著者:山崎晴太郎
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撮影/干川 修 取材・文/倉田モトキ