家電ジャーナリストに訊く、ダイキンがナイジェリアにエアコン組み立て工場を設立する狙い

現在はもちろん将来的にも有望な市場として、世界的な注目を集めているアフリカ。日本企業も例外ではなく、大手からスタートアップまで、さまざまな形でのビジネス参入を模索しています。そんな中、空調機器のトップメーカーであるダイキン工業株式会社が、昨年、ナイジェリア現地で空調機器の組み立てをスタートすると発表しました。一方で東アフリカのタンザニアでは、現地企業との合弁会社を立ち上げ、空調機器のサブスクリプションサービスを行うなど、アフリカでの存在感を強めている同社。今回は、ダイキンのアフリカ・ナイジェリアでの取り組みを中心に、その狙いや取り組みについて、IT・家電ジャーナリストの安蔵靖志さんに見解を伺いました。

 

安蔵靖志さん●IT・家電ジャーナリスト。家電製品総合アドバイザー(プラチナグレード)。AllAbout 家電ガイド。ビジネス・IT系出版社を経てフリーに。デジタル家電や生活家電に関連する記事を執筆するほか、家電のスペシャリストとしてテレビやラジオ、新聞、雑誌など多数のメディアに出演。ラジオ番組の家電製品リサーチや構成などにも携わっている。

 

ナイジェリアに生産拠点を置く理由

家電メーカーに限った話ではありませんが、中国や韓国などの企業にくらべ、日本企業のアフリカ進出はかなり遅れていると言われてきました。その要因の一つに、「日本メーカーならではの高い技術力がある」と安蔵さん。

 

「実はアフリカで普及しているエアコンの約95%が、インバーターなしという統計があります。つまり、これまで高性能で高額なエアコンは売れなかった。優れた省エネ性能など日本得意の技術力の高さを現地ではなかなか発揮できなかったのだと思います」

 

ただ近年の経済成長や、世界規模でのカーボンニュートラル実現に向けた、家電をはじめとする電力消費抑制への動きなどで風向きが変わってきたと指摘します。

 

「アフリカの中でもナイジェリアは最大の人口を誇り、GDPも高い。つまりアフリカの拠点とするのに最も条件が揃った魅力的な市場だと考えたのではないでしょうか。現地に組み立て工場を設立する理由としては、ナイジェリアなどの西アフリカ地域は、海外の生産拠点があるインドから地理的に遠いことや、価格競争力、さらに製品のローカライズなどが挙げられます。まずはナイジェリアでしっかり地盤を固めてから、周辺諸国に進出する予定なのでしょう」

 

技術者育成で現地の販路拡大とブランディングを推進

また、ほぼ時を同じくして、ナイジェリア最大の都市ラゴスに拠点を置く職業訓練校・エティワ・テックに、空調機器関連の技術者を養成するためのトレーニングセンターを開設すると発表。据え付けやメンテンス方法などを学ぶための空調機器の供与や、同校の講師陣に対する取り扱い研修プログラムの提供をスタートするそうです。

 

「ご存じの通り、空調機器の取り付けには専門の技術者による工事が必要です。日本でも夏場になると取り付けに数週間かかることはざら。要はエアコンの販売を拡大させるには、技術者の育成が不可欠なのです。また、トレーニングセンターでは当然、ダイキンの空調機器を使って学ぶわけですから、それだけ技術者たちのダイキンに対する知名度や理解も深まるし、ファンも増える。そこから巣立った技術者たちが、実際に各エアコンを取り付けるために各家庭や企業などを訪れるわけですから。ダイキンのブランディングという意味合いも強いのではないでしょうか」

 

とくにアフリカなどの途上国では、派手な広告を打つより、口コミなどが効果的と言われています。トレーニングセンターの開設はブランドイメージを高めるのにも一役買いそうです。

 

「IEA(国際エネルギー機関)の発表によると、世界的に冷房などで消費される電力が2050年には、2015年の約3倍になると見込まれています。カーボンニュートラルの流れの中、エアコンの省エネ性能がより一層重要になってくるのは明らか」

 

ビジネス的にはもちろん、社会貢献という意味でも、今後、ダイキンはじめ、技術力に長けた日本メーカーの活躍には大いに期待したいところです。

民間企業だからこそ出来る支援を探す。アイ・シー・ネットが挑む新たな「ウクライナ難民支援プラットフォーム」に込めた想い

2023年2月24日で、ロシアによる全面侵攻開始から1年が経過したウクライナ戦争。いまだ収まる兆しの見えないこの戦争により発生した多くの難民は、他国で避難生活を送っています。

 

その難民たちのために、新たな支援プラットフォームを立ち上げた日本企業があります。それは、「NEXT BUSINESS INSIGHTS」の運営元であるアイ・シー・ネット。政府機関や民間企業に向けて海外進出のための開発コンサルティング行っている同社社長の百田顕児氏によれば、そのプラットフォームは「20年間国際支援の現場に立ってきた自分たちが、その場で感じていた問題意識の解決策を形にしたもの」だといいます。プラットフォームの内容と革新性、込めた想いについて取材しました。

 

●百田顕児/アイ・シー・ネット株式会社 代表取締役社長、株式会社学研ホールディングス 取締役。早稲田大学法学部を卒業後、シンクタンクでODA事業に従事。2004年にアイ・シー・ネットに入社。2019年にアイ・シー・ネット代表取締役就任(現任)、2020年8月より親会社学研ホールディングス執行役員、同12月取締役(グローバル戦略担当)に就任。

 

民間企業だからこそ作れる、効果的なプラットフォーム

「ウクライナ難民支援プラットフォーム」は、ウクライナ難民を支援したいという意志を持つ日本企業を募集し、アイ・シー・ネットが構築したルートを使って、各社が提供した支援を難民たちに素早く届けるというものです。その最大の特徴は、アイ・シー・ネットという“民間企業”が主体となっている点にあります。これまでの難民支援は、政府や国連などの公的機関を通して行われるケースが主流でした。しかしその支援には、どうしても解決できない課題があったと百田氏は言います。

 

 

「公的援助のスキームだと、支援が難民たちにとどくまでに、長い時間がかかるんです。必要なものを必要なときに届けられないケースを、私たちはこれまで多く目にしてきました。また、現地政府と連携して行われる公的機関による支援には、支援内容もその政府の要望や制約が反映されます。一方で難民たちが求めている助けは多種多様なので、そういった支援だけでは彼らのニーズを満たすことが難しいのです。だから国際開発のノウハウがある弊社が、現地での調査やネットワーク構築を行い、必要な支援を迅速に行えるプラットフォームを作りました」(百田氏)

 

ウクライナ難民支援プラットフォームは、その支援の対象をウクライナの隣国であるルーマニアの3地区へ避難した人々に絞っています。最も多くの難民が流入している国はポーランドですが、アイ・シー・ネットはなぜルーマニアを選んだのでしょうか。その理由は、支援の偏りにありました。

 

ウクライナ近隣国の現況 ※参照:UNHCR Data Portal(2023 年1 月時点)及びアイ・シー・ネット独自のヒアリングにより作成

 

「ウクライナと国境を接している国のなかで、最多の難民が流入したポーランドには、国際機関による大型支援が集中しています。しかしその他の国にはそういった支援が行き届かない傾向があり、支援の緊急度が高かったのです」(百田氏)

 

アイ・シー・ネットでは、2022年の6〜7月にわたって現地調査を実施。日本からの支援が受け入れ可能なブカレスト、ヤシ、クルージュの3地区を支援対象に選出しました。これらの地区では合計1万人以上の難民が暮らしており、そのうち3000人が子どもです。

 

いま緊急性が高まっている支援ニーズとは?

難民からの多種多様な要望のなかでも、教育支援のニーズがいま特に高まっています。というのも、彼らの母国語であるウクライナ語による教育を、避難先で受けることができないのです。

 

「ルーマニアで教育支援が行われていないわけではありません。しかしそれは、難民たちが今後もある程度ルーマニアに定住することを前提とした、ルーマニア語による教育です。ラテン系であるルーマニア語は、スラヴ系のウクライナ語を母国語としている子どもたちにとっては理解が難しいうえ、そもそもルーマニアでの恒久的定住を望む難民は少数。彼らのニーズが満たされているとはいえないのが現状です」(百田氏)

 

アイ・シー・ネットが所属する学研グループでは、ウクライナ語の幼児向けワークブックをすでに寄贈しているほか、母国語による対面型授業を支援するプロジェクトも進行中だといいます。戦後直後に創業された学研は、「戦後の復興は教育をおいてほかにない」という理念のもとに生まれた企業です。学研グループによる難民支援は、その理念に根ざしたものとなっています。

 

 

学研グループによる支援の一方で、授業を行うための備品や文具、プリンターのような機材など、教育のために必要な多くのものが不足しているのが現状です。また教育以外にも、衛生・栄養や医療・介護の支援ニーズが増しています。アイ・シー・ネットの調査によれば、「新鮮な野菜や果実が手に入らず、食事量が減ってしまった」「栄養不足になり、下痢や便秘で困っている」「快適な寝具、運動器具など、ストレスを軽減させるツールがない」「風邪薬、抗うつ剤、不眠解消のためのマグネシウム・ビタミン剤が欲しい」といった声が寄せられているそうです。さらに、言語が通じない他国に避難したことによる、「人と話す機会が少ない」「道に迷ってしまったときも、言葉が通じないから周囲の人にも聞けない。外出が怖い」というような、コミュニケーション上の悩みも増加しています。

 

ウクライナ難民支援プラットフォームでは、難民たちがいままさに抱えている、これらの悩みを解決するための製品・サービスの提供を日本企業に呼びかけています。その例は多岐にわたっており、百田さんも「協力してくれる企業が増えさえすれば、できることは多い」と語ります。

 

「この挑戦をしないのは、無責任だと思った」

アイ・シー・ネットが作り上げた「ウクライナ難民支援プラットフォーム」。このプラットフォームが力を発揮できるかは、その想いに賛同する企業が多く集まるかにかかっており、まさに挑戦的な取り組みといえます。百田氏ならびにアイ・シー・ネットはなぜ、この一歩を踏み出したのでしょうか。

 

「ここ数年で、SDGsやサステナビリティをはじめとした、CSR(企業が果たすべき社会的責任)への注目が高まってきました。特に海外の機関投資家はCSRへの関心が高く、それに力を入れている企業の価値を高く評価する傾向があります。いまやCSRは、企業にとって、自身の価値を高めるためのパスポートのような存在です。さらにウクライナ戦争は大きな注目を集めている事象ですから、難民支援を行うことによる企業価値向上効果はより高まっています。そんないまだからこそ、このプラットフォームを立ち上げました」(百田氏)

 

またこのプラットフォーム作りは、同社の社会的ミッションを果たすための試みでもあります。

 

「私たちの会社は、“現地の人々の困りごとを解決する”ことにフォーカスして、これまで事業を行ってきました。そんな弊社が、ウクライナ戦争という危機にあたって、挑戦をしないのは無責任だと考えました。弊社には、国際開発の現場で培ってきたノウハウがありますし、スリランカの紛争復興支援、ロヒンギャの難民支援などに携わってきた経験も持っています。そのなかで、公的支援が抱える、スピード感の欠如などの課題を肌で感じてきました。それを解決するという挑戦は、私たちがずっとやりたかったことでもあります。そのときが、やっと来たのです」(百田氏)

 

取材の最初から最後まで、百田さんは情熱を込めて、ウクライナ難民支援プラットフォームに込めた想いを熱く語っていました。筆者としても、ウクライナ戦争が一刻も早く終わること、そして多くの企業がこのプラットフォームに集い、百田さんたちの熱意が結実することを願ってやみません。

早期教育とSTEAMに転換したインドの教育政策、700万人以上の教師の確保が課題

インドでは2020年7月から、新たな「国際教育政策(NEP2020)」が施行されています。教育政策の見直しは30年ぶりのことでしたが、その主眼は個人の能力を伸ばし、IT発展後も世界で活躍できる人材を育てること。「公平でインクルーシブな教育」を重要視しながら、誰もが質の高い教育を受けられることを目指します。今後の課題についても触れながら、インドの教育現場がどのように変化しつつあるのかを説明します。

インド農村部の学校に通う子どもたち

 

3歳からの早期教育を重視

まず大きく変わったのは、早期教育に重点を当てる教育制度になったこと。従来の教育システムでは6歳から始まる「10・2年制度」でした。今回の改訂では「6歳以前から脳の発達が育まれる」という考えに基づきながら3歳からの早期教育を導入し、「5・3・3・4年制」を採用。新しい教育システムによると、子どもたちは基礎段階で5年間、準備段階で3年間、中期段階で3年間、中等教育段階で4年間を過ごします。

 

現在、幼児はまず近くのプレスクールで日中を過ごし、4歳ごろになると幼稚園で2年間を過ごします。そして、就学開始時の6歳になると小学校に入学するのが一般的です。経済的な理由から、幼稚園には通わずに就学する子どもも多くいます。

 

インド政府は言語習得をはじめ、数字に関する感覚の基盤がないとその後の学習に大きく影響すると考え、言葉が発達する幼児期の教育が大切だと判断。政策の見直しにより、3歳から教育を受け始めて8歳まで同じ学校で学び続けることができるようになりました。新しい教育政策によって、基礎段階である幼稚園から小学校低学年まで一貫した教育を5年間受け、その後中等教育への準備段階にあたる小学校高学年の学習を3年間受けるという形になったのです。

 

3歳からの義務教育化によって有料の幼稚園やプレスクールに通わせる必要もなくなり、教科書代などを除けば基本的に教育費用は無料。さらに、統一されたカリキュラムに沿って授業が行われるようになり、どの子も公平に教育を受けることが可能となりました。

図工の時間に絵を描く子どもたち

 

暗記学習からSTEAMへ

また、新たな教育政策では個人の能力を伸ばす方向へと舵を切ったことも特徴。そのために、これまで暗記学習主導だったカリキュラムを体験学習や応用学習、分析・探求学習、STEAM教育を意識した学習へと移行しています。

 

これまでインドの教育は暗記中心型で、20段まである掛け算の九九も言えるなど九九や数式などの暗記を重視してきました。暗記ができた生徒から黒板の前に立って全員の前で暗唱し、できなければ覚えるまで続けるなどの手法で、他の科目も同様でした。

 

しかし今後は、新たな教育政策のもとで、暗記中心の教育から、個人の能力を伸ばす教育に転換していくことになります。具体的には、個人が抱く関心や興味を大切にし、批判的思考も養いながら、ディスカッションを通して学んでいく手法を導入。例えば、地球温暖化など自分が興味を抱いた一つのテーマについて自由に調べたうえで意見を発表し、さらにクラス内で意見交換するなど、従来の受け身から自らが進んで学ぶといった学習に変化します。

 

また、職業学習、数学的思考、データサイエンスやコーディングなど最新のデジタル技術を用いた体験学習を導入すると同時に、新たに科目選択制ができるようになり、芸術や体育など副教科とされるものについて自分の興味のある科目を選択できるようになりました。

 

教員側には、生徒の教育的、肉体的、精神的な満足度や幸せを対象に含めた新たな評価モデルが取り入れられていますが、これら全ては、将来に備えて子どもたちを真のグローバル市民に育て上げることを目標に設計されているのです。

休み時間には鬼ごっこに似た遊び「カバディ」を楽しむ

 

質の高い教員の確保が課題

新しい教育政策を進めていくうえで重要になるのが、教師の存在です。「NEP2020」を背景に、2022年1月から国内45の教育機関が新たな「統合教師教育プログラム(ITEP)」を開始しました。質の高い教師の育成に向けたもので、「ITEP」のコースは全国共通入学試験や教育技術評議会のスコアに基づいています。

 

これまで教師を目指す人は卒業と学士号取得まで5年間かかるなど、日本の大学の教職課程よりも長かったのですが、ITEPの学士号プログラムでは4年間に短縮。才能のある若者などにとって大きなメリットになると言われており、2030年以降はITEPが教師採用の基準になるようです。

 

しかし、インドでは教師の給与は高いとはいえず、むしろ低賃金の職業とされています。NEP2020によって700万人以上の教師が必要になると推定されていますが、どのように優秀な人材を確保していくのかが今後の重要課題です。

 

新たな政策のもと、大きく変わりつつあるインドの教育。筆者が知る学校では3歳からの早期教育プログラムが始まっており、子どもたちは自然の中で学習したり、造形活動をしたりと五感を使って楽しそうに学んでいます。社会的・経済的階級や背景に関係なく、全ての子どもが公平に質の高い教育を受けられるようになることは、格差社会を改善する第一歩となるでしょう。

 

執筆/流田 久美子

 

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教育DXに注力するタイ、背景にある3つの大きな教育制度の課題

2036年までに先進国になることを目指しているタイ政府は、2016年に策定した「タイランド4.0(20年間長期国家戦略)」に取り組んでいます。達成に向けた急務は先進技術に対応できる人材を育成するための教育制度を確立すること。そのための方法としてEdTechに注目が集まっています。

「タイランド4.0」で2036年の先進国入りを目指す

 

タイランド4.0は次世代の農業やバイオテクノロジー、ロボット産業、自動車産業など10種類の先進技術産業を基盤にしながら経済を成長させる計画。この計画を達成するためには、デジタルを中心とした先進技術に対応できる人材を育成する教育制度の確立が急務となっています。

 

そんな中、国内の民間企業は「タイランド4.0」を大きなビジネスチャンスと捉え、デジタル人材育成の場としてEdTechに力を入れ始めました。EdTechは「Education(教育)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語で、テクノロジーを用いた教育を支援する仕組みやサービスを指しますが、民間企業がEdTechに注力し始めた裏には、現在の公教育制度に多くの問題点が存在します。

 

タイの教育制度は、社会の所得格差と地域格差が是正されていないことが原因で、大きな問題を3つ抱えています。

 

1: 慢性的な教員不足

現役教員が高齢化して退職者が増加しましたが、教員の給与は民間と比べて低いので、なり手が少ないという問題があります。タイの公立校の教員は公務員となり、給与は棒級表に従います。初任給は、民間企業の大卒一般職の初任給が1万8000バーツ(約7万1000円※1)程度に対して、1万5000バーツ(約5万9000円)。ただし私立校の教員は民間扱いとなり、給与も民間企業に近い額をもらっている場合が多いです。教員不足の他の理由としては、定時後の事務作業や、生徒にトラブルが発生した場合の対応など、拘束時間が長くなることも挙げられます。

※1: 1バーツ=約3.95円で換算(2023年1月27日現在)

 

2: 国際的に低いタイの学力

生徒の基礎学力(読解力、数学的応用力、科学的応用力)が国際平均を下回り国際的な水準を満たさない。15才を対象に実施される国際学習到達度調査(PISA)のほかに、国際教育到達度評価学会(IEA)が1995年から4年に1度、「TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)」と呼ばれる算数・数学および理科の到達度に関する国際テストを小学校4年生時と中学校2年生時に実施しており、タイは2011年に実施された第5回まで参加していました。しかし同年度の結果は、以下の通り全ての調査で中央値を下回る結果となっています。

参加国数 順位 得点 中央値
小学4年生 算数 50か国・地域 34位 458点 507点
小学4年生 理科 50か国・地域 29位 472点 516点
中学2年生 数学 42か国・地域 28位 427点 467点
中学2年生 理科 42か国・地域 25位 451点 483点

 

3: 少ないデジタル予算

デジタル関連の予算が少な過ぎるため、農村部などでICT(情報通信技術)の整備や教育が大きく遅れていることも問題です。デジタル関連はデジタル経済社会省が担当しており、2022年度は国家予算3兆1000 億バーツ(約12兆円)に対して、デジタル関連の予算は69億7900万バーツ(約275億円)と、予算比0.2%になっています。日本の場合、2022年度のデジタル関連の予算は1兆2800億円と予算比1.2%で、デジタル化に力を入れているシンガポールの場合は、2021年度国家予算の240億シンガポールドル(約2兆3800億円※2)に対し、デジタル関連予算は38億シンガポールドル(約3760億円)と予算比15.8%を費やしています。一概には言えませんが、最低でも国家予算の1%は配分する必要があるのではないかと思われます。

※2: 1シンガポールドル=約99円で換算(2023年1月27日現在)

 

これらの問題がデジタル人材を公教育で育成することを困難にしているのですが、だからこそ民間企業はこの状況をビジネスチャンスとして認識し、タイランド4.0が求める人材育成の場として、また、ICTなど公教育が抱える問題の解決策としてEdTechに乗り出す民間企業が増えているのです。

 

例えば、タイの教育関連企業のOpenDurianは390万人のユーザー数を誇り、小学校レベルから大学入試に加え、公務員試験対策やTOEIC、IETLSなど英語資格試験対策のオンラインコースを提供しています。

 

また、School Bright社は、教師や学校事務員の作業軽減を図る業務支援アプリや、保護者が学校とスムーズにコミュニケーションが取れるような学校運営支援アプリを開発。現在、タイ全土412校で採用されています。

 

海外のEdTech企業もタイに進出しており、英国のNisai Groupがタイに「WeLearn Academy Thailand」を設立しました。中学校・高校レベルのオンライン学習支援を行うとともに、所定のカリキュラムを修了した生徒には米国の高校修了認定証明書を取得できるコースを提供しています。

 

政府もスタートアップを支援

タイのICT教育の様子

 

2021年3月に JETRO(日本貿易振興機構)が発表した「タイ教育(EdTech)産業調査」によると、タイのEdTech市場は、6.5億ドル(約845億円※3)~16億ドル(約2080億円)と見込まれています。また、タイの教育産業に属する企業の平均純利益率は6.3%で、成長率も8.7%と有望な市場と言えます。

※3: 1ドル=約130円で換算(2023年1月27日現在)

 

タイ政府も、既存産業の活性化や教育システムの質の改善が見込めると期待。国内外のEdTechスタートアップに対して多額の投資資金を投じると表明しています。

 

このように、タイランド4.0を背景に伸びているEdTechは有望市場ですが、海外からの投資規模はまだ小さく参入の余地があります。タイのスタートアップも海外企業との連携に意欲的なため、日本企業にとっては途上国ビジネスの選択肢の一つとして検討に値するのではないでしょうか?

 

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日本の「寿司文化」が食糧危機を救う? いま‟コールドチェーン”が世界で求められるワケ

生鮮食品や冷凍食品などを低温のまま流通させる「コールドチェーン」。世界経済フォーラムは、その技術によって発展途上国における食料供給や世界の食料危機改善につながる可能性について言及しています。寿司文化のおかげでコールドチェーンの技術が発展してきた日本は、どのようなことができるのでしょうか?

 

 

世界が抱える食料不安

2021年に飢餓に見舞われた人の数は、8億2800万人。前年比で4600万人も増えています。しかも新型コロナのパンデミックによって、2020年には健康的な食生活を贈れなかった人が約31億人にも上りました。2022年はロシアのウクライナ侵攻による穀物価格の急騰で、さらに多くの人々が安全に食料を入手できなくなっている可能性があります。

 

この食料不安に追い打ちをかけるのが、気候変動です。猛暑や洪水、干ばつなどによって、作物の収穫量が減ったり、家畜がストレスを抱えたり、漁獲量が減少したりすることが考えられます。

 

だからこそ、今生じている食品ロスをできる限り減らして、生産される食料を品質の良いまま人々に届けることが大切なのです。世界で生産された食料のうちおよそ14%が、さまざまな理由で、私たちの手元に届く前に廃棄されていると推測されています。

 

コールドチェーン技術で食品ロスの減少と住民の収入増へ

そこで期待されるのが、コールドチェーン技術。原材料の調達から生産、加工、物流、販売、消費までのサプライチェーンの全工程において、冷凍や冷蔵などの適切な温度管理を行うことをコールドチェーンといいます。

 

例えばレタスなどの野菜が低温で保管・輸送されれば、収穫後のフレッシュな状態が保たれ、流通の工程で鮮度が失われたり腐敗したりして廃棄されることも少なくなり、栄養価も維持されやすくなるでしょう。また、ワクチンなどの医薬品の物流でも正しく温度管理されることができれば、品質が保持されます。

 

国連環境計画(UNEP)と国連食糧農業機関(FAO)は、先日発表した報告書のなかでコールドチェーンの重要性について指摘。発展途上国で、先進国と同等のコールドチェーンのインフラが整えば、年間で1億4400万トンの食品ロスを防げると推測しています。しかも食品ロスは小規模農家の収入の減少にもつながるため、コールドチェーンでロスが減れば、そのような農家の貧困の解決につながる可能性もあります。

 

実際、ナイジェリアでは54のコールドチェーンのハブ施設を建設するプロジェクトが行われ、4万2024トンの食品ロスを防ぎ、小規模農家や小売業者など5240世帯の所得を約50%増やすことにつながったそうです。

 

コールドチェーン技術が発達する日本

日本はコールドチェーンの技術革新を進めてきた国のひとつ。その背景には、寿司文化があります。例えば、遠洋漁船では漁獲した直後に船上で前処理を行い急速冷凍。スピーディかつ適切に温度管理して流通させることで、鮮度の高い魚を消費者に提供できるようになっているのです。回転寿司チェーンなどで、一昔前に比べてずっと品質の高い魚介類を提供できているのは、そのような技術の飛躍的な進歩と努力があったからに他ならないのでしょう。さらに、回転寿司店ではタッチパネルが導入されるなどして、大手チェーンでは食品ロス率は1%台まで低く抑えられていると言われています。

 

そんな世界でも最先端の技術を有する日本は、発展途上国への技術支援などに貢献できるかもしれません。先に紹介したナイジェリアの例は、まだごく一部であり、多くの発展途上国ではコールドチェーン技術も、そのためのインフラも整っていないのが現状です。

 

国連は、気候変動への影響に配慮して、エネルギー効率が高く再生可能エネルギーを使用した持続可能な食料コールドチェーンに投資するべきだと述べています。世界でその技術をシェアしていくことが、今求められているのかもしれません。

 

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インドの「家電市場」が成長。女性の社会進出に期待が膨らむが…

近年、インドで家事を軽減するために家電を導入する家庭が増えてきました。このトレンドにはどのような背景があるのでしょうか? 調べてみると、中産階級の拡大や女性の社会進出に向けた動きなどが関係していることがわかりました。女性の働く機会の増加は家電市場の成長を促す一方、そこには複雑な問題も存在しています。

 

家電の普及と女性の負担軽減

家電は女性のエンパワメントを助ける

 

インドでは冷蔵庫や洗濯機がないという家庭が多く、家事の大変さや時間がかかることに驚きます。家電の普及率はまだまだ低く、統計市場調査プラットフォームstatistaの2018年調査によれば、冷蔵庫は33%、洗濯機は13%とのこと。

 

それでも、近年は冷蔵庫や洗濯機を購入する家庭が次第に増え、市場は成長しています。グローバルジャパン社によると、2018年〜2019年のインドの家電市場の規模は約1兆1680億円でしたが、2025年には2倍に達すると言われています。さらにインドのリサーチ企業・Mordor Intelligence(MI)が、2022年〜2027年における同国の家電市場の動向を予測しており、そのレポートによると、年平均成長率は5%になるとのこと。都市部で急成長している中産階級と農村部の需要が中心であると述べられており、可処分所得の増加やオンライン販売の拡大、より快適な生活への願望が、インド人の購買力を高めているようです。また、地方における電力アクセスの改善や配電網の整備が、テレビやクーラーなどの需要を増やす可能性があるそう。

 

筆者がインド人に話を伺うと、LGやサムスンなど韓国製の家電が人気ということ。インドで見られる家電は、日本製と比べて必ずしも機能性が高いわけではありませんが、インド人はどちらかといえば、機能性よりもカスタマーケアが迅速に行われる点を重視する傾向が見られます。

 

MIのレポートに付け加えるとすれば、家電市場の成長の背景には、女性が働く機会が少しずつ増えて所得水準が上昇したのに加え、時短への意識が進んでいることも考えられます。家電の普及は家事軽減につながるとともに、女性の社会進出を後押し、世帯収入を増やしていると言えるかもしれません。

 

女性の社会進出の現状と課題

以前からインド政府は「女性の社会参画を進めよう」と唱えており、2013年の会社法では一定規模の会社に対し、1名以上の女性取締役会の選任が義務づけられました。労働法でも女性の産休取得期間が12週間から26週間に拡大され、約180万人の女性に利益をもたらすことにつながりました。妊娠・出産後も仕事を続けることができるような環境作りが、少しずつ整ってきています。

 

社会の男女平等指数を示す「グローバルジェンダーレポート2022」で、インドは146か国中135位になりました。2021年は140位だったので、確かに少しだけ上昇したとは言えます。しかし、先進諸国や他の南アジアの国と比べると、男女の格差が依然として大きいことが伺えます。

 

非営利団体Catalystが2022年に実施した調査によれば、インドの大多数の人が男女平等を肯定的にとらえると公言しているものの、その多くが「仕事が少ない時は男性が優先的に扱われるべき」と回答していました。

 

さらに、就労機会が増えているにもかかわらず、多くの女性が職場でのハラスメントや嫌がらせを受けているという問題もあります。女性が外で仕事をしても見下された態度を取られることも少なくないとの理由から、家事・育児に専念する人もいる模様。表面には出にくいこういった事象が、女性が社会に出ることを妨げる要因になっています。

 

識字率の問題も見落とせません。義務教育制度のため5歳から13歳までの子どもの就学率は高い水準を保っているものの、なかには家庭の事情で中退せざるを得ない女児が一定数いることも事実。また、子どもの頃は学校に通うことができても、義務教育が終わると教育の機会に恵まれないという女性も数多く存在しています。15歳から29歳の女性のうち45%は高等教育を与えられておらず、この数値は男性の6.5%と比較すると大きな差があります。

スラム街で読み書きの練習をする子どもたち

 

インドの女性就業率はまだ20%程度とされていますが、社会参画への動きが進むにつれ、拡大していく可能性があります。2022年7月にはドラウパディ・ムルム氏がインド史上2人目となる女性大統領に就任し、女性がいきいきと活躍できる社会の実現に向けて機運が高まっています。しかしその一方、男女差別の温床となる風習も依然として存在しており、女性の社会進出は一筋縄では行かないのが現実と言えるでしょう。家電市場の発展が、少しずつでもその動向を後押ししていけるか今後に期待です。

 

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「超学歴社会」のインドネシア、ゆとり化するも「オンライン学習」で市場はますます活況に?

人口が世界4位のインドネシアは、日本よりも学歴主義が強いといわれています。平均年齢が約29歳の同国では、将来を背負う子どもたちの教育に政府も力を入れており、国家予算の20%を教育関連に配分。一方、「教育は将来への投資」と考える親が多く、できるだけ良い学校に進学することが競争社会を生き抜く術と考えているのです。教育熱心なインドネシアの政策や子育て事情を紹介しましょう。

 

インドネシア版ゆとり教育?

楽しく自由に勉強中?

 

インドネシアの学校制度は日本と同じで、義務教育である9年間の小学校と中学校を修了後、高校、大学といった高等教育へ進みます。しかし日本との大きな違いは、2019年まで小学校でも国による「全国統一試験」が卒業前に行われていたことで、各教科の基準点を下回ると卒業できないケースがありました。

 

ところが、インドネシア教育文化省は2020年2月、中期戦略計画の新ビジョンである「ムルデカ・ブラジャール」を発表。インドネシア語で「ムルデカ」は「自立」や「解放」、「ブラジャール」は「勉強」を意味しており、自由で自立した学びの実現に向けて教育制度を変えていくことを目指すとしました。

 

その柱の1つが、1981年から長期間にわたり実施されていた「全国統一試験」の廃止。1回の試験で卒業の可否を決めることについては以前から批判が多く、「子どもたちが卒業試験の合否を心配せずに楽しく学ぶ」「学校も独立性を保ちながら授業や学校運営を行う」という狙いからこの試験は撤廃されました。

 

「全国統一試験」は廃止されたものの、現在も多くの学校は小学1年生から学期ごとの定期試験を実施。そのため、就学前には読み書きや簡単な計算、英会話などの幼児教室に通わせ、就学後には学習塾や家庭教師を利用する家庭が目立ちます。

 

「学校外学習サービス」を積極利用

このような学校外の学習サービスには、インドネシア国内の企業だけでなく、公文教育研究会やベネッセコーポレーション、サカモトセミナー、立志舘ゼミナールなどの日本企業も参入しています。

 

費用については、例えば、公文は地域により価格が異なりますが、ジャワ島中部のジョグジャカルタ特別州では登録費が25万ルピア(約2125円※)です。一教科あたりの月謝が幼稚園生と小学生は36万ルピア(約3060円)、中学生と高校生は41万ルピア(約3485円)かかります。

※1ルピア=約0.0085円で換算(2022年12月23日現在)

 

ジョグジャカルタ特別州の平均月収は240万ルピア(約2万400円)なので、一般的な家庭にとって決して安い金額ではありません。それでも学校外学習サービスを利用する理由は、経済成長と人口増加が続く競争社会のインドネシアにおいて、「教育こそが我が子のより良い将来への一番の投資」と考えているからです。

 

コロナ禍以降はオンライン学習の需要が高まり、新たなサービスが次々と展開されています。2020年3月には学校が休校となり、子どもたちは自宅でオンライン学習や家庭学習をすることになりました。それに伴い、学校外学習についても自宅でオンラインを通じて受ける需要が増大したのです。

 

また、オンライン学習の浸透によって、それまで通えなかった遠くの教室の授業にも参加できるようになるなど、新たな選択肢が増加。オンライン学習はスタンダードな学習スタイルとして定着し、事業者にとっても大きな商機となりました。

 

地域間における経済格差と教育格差

教育の機会均等が課題

 

インドネシアは日本の約5倍の国土に、2億7000万もの人々が暮らしています。ただ、人口の半数以上が首都ジャカルタのあるジャワ島に集中しているため、以前から地域間での経済格差や教育格差が課題として指摘されていました。そして、こういった格差は、コロナ禍を背景にさらに広がったのです。

 

オンライン学習を実施する学校に通い、インターネットに接続できるデバイスを保有する子どもと、そうでない子どもの間で、受けられる教育の機会と質の差が拡大。この格差を是正するために、政府も国営テレビ局と協力して学習番組を放送したり、自宅学習向けにスマホの学習アプリを無料利用できるようにしたりしました。スマホのデータ通信料についても、補助金を支給しています。

 

政府主導の「ムルデカ・ブラジャール」により「全国統一試験」はなくなりましたが、現在も小学1年生から学期末定期試験が実施されるなど、競争はいまだに厳しいと言えるでしょう。従来型の塾や家庭教師に加え、オンライン授業といったサービスは今後も増加すると思われ、インドネシアの教育熱はこれからも下がることはなさそうです。

 

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うどん、焼き鳥、蒸し餃子に近い!? ウズベキスタンの食文化を探る

ウズベキスタン料理をご存知でしょうか? 国土が5か国に隣接し古くから栄えたシルクロードの中継地エリアにあるウズベキスタンは、中国やヨーロッパ、ロシア、インドなどの周辺国からさまざまな食文化の影響を受けてきました。しかし、実は日本食と類似性があるのです。ウズベキスタンの料理や食文化、外食事情について紹介しましょう。

ウズベキスタンのパロフ

 

ウズベキスタンには日本と似ている料理がたくさんあります。代表的な伝統料理は「パロフ」と呼ばれる米料理。各地で作り方や具材が異なりますが、日本のチャーハンやピラフに似ています。「ラグマン」という麺料理は、スープはトマトベースなものの、日本のうどんのようなイメージ。さらに、日本の蒸し餃子のような「マンティ」や、焼き鳥に似た肉の串焼き「シャシリク」もあります。これらは一例ですが、ウズベキスタン料理は見た目や調理方法が日本食と似ているため、日本人にも好まれやすいと言われています。

 

豚肉は食べないが……

ノンはタンドールと呼ばれる窯で焼く

 

ウズベキスタンの主食は「ノン(ナン)」と呼ばれるパンで、現地の人たちは米料理のパロフも麺料理のラグマンもノンと一緒に食べます。そのため日本人よりも大柄な人が多く、健康に関心が高い日本人からすると「炭水化物の摂りすぎでは?」と思うかもしれません。

 

ただ、イスラム教信者が約90%以上を占めているため、豚肉を摂取しない人が多く見られます。その一方で、同じようにイスラム教を信仰する他国ほど厳格とはいえず、国内ではアルコール類も販売され、結婚式などのお祝いにお酒を飲む人もいます。

 

ウズベキスタンの人たちが好むのは緑茶で、軽食時だけでなく毎回の食事時にもよく飲んでいます。国内では緑茶が生産されていないので、中国やインドからの輸入品になります。

 

首都に本格的な日本料理店がオープン

ウズベキスタンには昼食や夕食を家族と一緒に食べる慣習があり、外食する金銭的余裕がない人も多いことから、以前は外食需要が高くありませんでした。しかし、ウズベキスタンの外食産業市場規模についてジェトロ(日本貿易振興機構)が2015年に実施した調査では「新たに設立された中小企業26900社のうち30.4%が外食産業」という結果が出ていて、外食の市場規模が広がっていることがわかります。また、2020年のウズベキスタン税務国家委員会の発表によれば、国内には13858の飲食店があるとのこと

 

首都タシケントには日本料理をはじめ、韓国料理、中華料理、イタリア料理、ロシア料理など他国料理の店も多いのですが、ウズベキスタン料理の店と比べると価格は高め。そのため、利用客は高収入の人たちや外資関係者など、一部の客層に限られています。

 

タシケントにいくつかある日本料理店のシェフは、一般的にウズベキスタン人や韓国人などです。さらに地方においては、店名は日本にまつわる名称なものの、本格的な日本食を提供する料理店はありません。

 

しかし2022年6月、タシケントに初めて本格的な日本料理店が開店しました。和食が専門で、日本人シェフが常駐し日本人スタッフがサービスや調理管理を行っているそうです。国際機関や各国の外交関係者に利用されてきた隣国のキルギス店舗に続く2号店で、経済成長が著しいウズベキスタンでも人気店になりそうです。

 

日本の食材は韓国人向け市場で入手

ウズベキスタンのバザールの香辛料売り場

 

タシケントでも日本の食材を入手することはできませんが、日本人御用達ともいえるのが韓国食材なら何でもそろうミラバットスキー・バザールという市場です。昔から朝鮮系移民が多く住んでいたタシケントには現在も多くの韓国人が在住しているため、韓国の食材には事欠きません。

 

ミラバットスキー・バザール周辺では豚肉や豆腐、韓国海苔、韓国味噌、韓国醤油、麵つゆ、酢、干し椎茸、昆布、蕎麦など何でも購入できます。ウズベキスタンには日本米はありませんが、ほぼ同じレベルといえる韓国米も売っています。

 

日本ではウズベキスタン料理店が少ないため、ウズベキスタン料理についての知名度はまだ低いのが現状です。ただ、日本が2019年からウズベキスタン労働者の受け入れを開始したこともあって、両国の交流を通じて日本にもウズベキスタン料理が少しずつ浸透していくかもしれません。

 

また、現在のウズベキスタンは日本におけるかつての高度経済成長期にあたり、各国の企業進出が目立ち観光客も増えています。タシケントに本格的な日本料理店ができたことなども追い風となり、日本食への関心が高まる可能性もありそうです。

 

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大統領交代で開かれた国「タンザニア」、いま日本が経済参入できる領域は?

大陸部のタンガニーカ共和国と島しょ部のザンジバルで構成される東アフリカの国、タンザニア連合共和国。日本は同国から貴金属鉱やコーヒー、魚介類などを輸入していますが、周辺国であるケニアなどと比べて日本企業の進出もまだ少なく、タンザニアの実情を知る人は多くないのではないでしょうか。

 

かつてはアフリカ社会主義を採用し、閉鎖的な印象のあったタンザニアですが、市場経済への移行にともなう民主化や2021年の大統領交代などを契機に開放路線へと舵を切り、国民の生活にも変化が現れています。そんな知る人ぞ知る同国の現在を、タンザニアに在住しているアイ・シー・ネットの三津間香織氏に聞きました。さらに同国の経済事情や日本企業にとってのビジネスチャンスについても考察していきます。

三津間 香織

日系医療機器メーカーにて商品開発から生産販売、事業開発、アライアンスに関する業務などを広く経験。その後、大学院で経営学を学び、アフリカの農村部に置き薬を広めるNPO法人AfriMedicoでの活動を開始。本団体での活動をきっかけに、アイ・シー・ネットに転職し、ビジネスコンサルタントとして農業、教育、ヘルスケア分野の日本企業のアフリカ進出を支援。市場調査、現地での事業実証検証、パートナー調査、法人設立支援等を行う。現在タンザニア在住。

 

データで見るタンザニアの概況

[基礎情報]

首都:ドドマ

言語:スワヒリ語(国語)、英語(公用語)

民族:スクマ族、ニャキューサ族、ハヤ族、チャガ族、ザラモ族等

宗教:イスラム教(約40%)、キリスト教(約40%)、土着宗教(約20%)

面積:94.5万km2(日本の約2.5倍)

人口:6,100万人(2021年:世銀)

 

GDP:678億米ドル(2021年:世銀)

 

主な産業:農林水産(GDPの26.9%)、鉱業・製造・建設等(GDPの30.3%)、サービス(GDPの37.2%)(2020年:タンザニア中央銀行)

対日輸出貿易額:100.75億円(2021年:財務省貿易統計)

対日輸出主要品目:金属鉱、コーヒー、ゴマ、タバコ、魚介類(2021年:財務省貿易統計)

 

タンザニアの面積は、日本の約2.5倍にあたる94.5万平方キロメートル。赤道直下に位置する熱帯圏で、沿岸部は高温多湿な熱帯気候、中央部の平原はサバナ気候、キリマンジャロなどの山岳地帯は寒暖の差が激しい半温帯です。

商都として発展しているダルエスサラームの風景

 

新大統領就任により外資の参入が促進

アフリカに置き薬を広めるNPO法人活動や、アフリカでのビジネスコンサルティングを通じて、タンザニアを知悉する三津間香織さん。同国に在住し、もっとも魅力を感じたのは国民性や人柄でした。

 

「タンザニア人は人懐っこく、良くも悪くも大らか。昔の日本のように支え合って生きています。ビジネス面でもガツガツしたところがなく、接していると優しい気持ちになります」

 

民族間の紛争はなく、政情が比較的安定しているのもタンザニアの特徴です。途上国ならではのカントリーリスクはありますが、経済も堅調な動きを見せています。

 

「タンザニアは与党が圧倒的に優勢なので、与野党が拮抗するケニアのように大統領選のたびに経済がストップしたり、治安が悪くなったりするようなことはありません。とはいえ、政権交代すると同時にこれまでとは真逆の方針が出されることもあります。例えば、先代大統領はタンザニア国内の経済基盤強化を掲げていたため、就任後は徐々に外資への規制が厳しくなりました。ただ、2021年に女性であるサミア大統領が就任してからは、外資にオープンな経済政策に。次期も再選が予想されているため、彼女の在任中は外資企業にとっては良い環境だと思われます」

 

一方で、市場経済の移行にともない、都市部と地方の格差が広がっていると三津間さん。

 

「国民の70%を占める農家のうち、ほとんどが家族経営の小規模農家です。事業を拡大しようにも借り入れができず、除草剤などの農業資材や農機を購入する資金も十分ではありません。かたや都市部のダルエスサラームは豊かになりつつあるため、残念ながら貧富の差は拡大しています。経済発展にともない今後も都市化は進むと想定されますが、それに対応するような政策方針も示されているため、そうした対策が奏効すれば、治安が悪化するなどのリスクは(タンザニアの国民性を鑑みても)低いと考えられます」

 

堅調な中古車輸入販売業、電力サービス事業はじめ、さまざまな分野で可能性が

タンザニアは人口増加率が高く、堅調な経済成長を遂げています。GDPも年々成長しており、国民の生活水準も上昇傾向にあります。

 

「これまでダルエスサラームには小規模な小売店が立ち並んでいましたが、最近はスーパーマーケットも増えています。また、若者の一定数はスマートフォンを所有しています。タンザニアではiPhoneの価格が日本よりも高いのですが、購入できるだけの経済力があるのでしょう。マニキュアをしたり、ウィッグをつけたりする女性も増え、経済水準が徐々に上がっていると肌で感じます。前大統領の経済政策が功を奏したからか、以前は低所得者層が多くの割合を占めていましたが、現在は低中所得者が増えつつあります」

ダルエスサラームのスーパー

 

薬局に並ぶサプリメント

 

「近年、ダルエスサラームを中心に成長著しい業種は、フードデリバリーサービスや若者向けのSNSプロモーション代行業。上述の通り中間層の増加やスマホの保有者が増えたことや、コロナ等の影響を受け、新たなサービス産業も成長してきています。」

フードデリバリーサービス用のバイク

 

「日本企業も約20社進出しており、大手商社からベンチャーまで、規模も業種も異なる企業がタンザニアに拠点を置いています。アフリカでは日本の中古車がよく売れるので、中古車や自動車部品の輸入販売会社も目立ちます。ベンチャーでは、日本のスタートアップ企業・WASSHAが太陽光充電式のランタンを、一般消費者にレンタルするサービスを提供し、多額の資金調達で事業を拡大しています。タンザニアは電化率が50%未満。地方には未電化地域も多く、都市部でも夜いきなり停電することがあるので、ランタンのような照明器具は多くの需要があります。また、ダイキン工業とWASSHAが新会社『Baridi Baridi』を立ち上げ、エアコンのサブスクリプションサービスを展開。ほかにも、個人で起業している方々もいます」

 

ビジネスの世界には、アメリカなどで成功した事業やサービスを日本で展開する「タイムマシン経営」という手法があります。タンザニアでタイムマシン経営を行う場合は、ケニアがベンチマークになります。

 

「タンザニアのGDPは、ケニアの約5年前の水準です。近年ケニアではショッピングモールが急増していますが、タンザニアもスーパーマーケットからモールにステップアップしている段階。ケニアをベンチマークにしておけば、2、3年後にタンザニアで同じような状況が起きると言えます。ケニアで堅調なビジネスをされている方は、今がタンザニアに進出するタイミングではないかと思います」

 

マーケットニーズに合った製品カスタマイズがカギ

他のアフリカ諸国と同じように、近年はタンザニアでも中国企業の進出が目立っています。

 

「一帯一路構想にアフリカ大陸が含まれているうえ、ODAでインフラ事業を推進しています。中国人が増えれば、彼らをターゲットにした小売業、飲食業が生まれ、さらには輸入業、製造業も増えていきます。これまでタンザニアのバイクはインド製が大半を占めていましたが、最近は中国製を見かけることも増えています」

 

日本企業の事業と、バッティングする可能性ももちろんあります。

 

「途上国の人々は収入が安定しないため、価格が安いものを好みます。質が悪くて安価なものを頻繁に買い替えるという消費行動を取るため、中国製の製品がフィットしているのです。一方、日本製品は質が良くて長持ちし、メンテナンスもしっかりしているものの価格が高い傾向があります。とはいえ、中国製を使用して壊れやすいことが気になるタンザニア人は、クオリティの高い商品を検討するようになるはず。質の良い商品への関心が高まりつつあるタイミングで日本製が選択肢に入り、所得が上がれば長持ちするものを好み、中国製品とのバッティングも解消されるのではないでしょうか」

 

ただ、日本企業がポジションを確保するためには、課題もあります。一般的にアフリカは保守的な人が多く、一度気に入ったブランドを使い続ける傾向があります。そのため、早期から日本企業が進出し、ブランドを認知してもらい、中国企業に先行してマーケットを築く必要があるのです。

 

「多くのタンザニアの人たちの購入の決め手とする要素は、まだまだ価格です。日本企業は、中国製から日本製へのシフトをただ期待して待つだけでなく、必要最低限の機能に絞ったシンプルかつコスパのよい商品を投入するなどの施策が重要だと感じます。こうした商品で認知度を高めたうえで、徐々に高付加価値のものにシフトしていくという戦略も考えられるのではないでしょうか。

 

例えば消費材であれば、容量を少なくする、パッケージの素材を安いものに変える、デザインを簡素化するなどの工夫により、単価を下げられるでしょう。また、1回あたりの支払い金額を抑えるために、サブスクリプションサービスを導入するといった施策も考えられます。こうした手法で他社に先行してマーケットを押さえるという、発想の転換が必要です。良いものだとわかってもらえれば使い続けてもらえるので、その商品の価値がどこにあるか、わかりやすく伝えることも大切です」

 

成長領域はモビリティ、農業、教育、医療

成長著しいタンザニアですが、経済面での課題はまだまだあります。三津間さんが感じる課題は、以下の2点です。

活況を呈するダルエスサラーム・カリアコーマーケット。個人店など小規模な商店が中心

 

「ひとつは収入が安定しないこと。農業以外の就職先が少ないため、結局、商店などの個人事業を始めるしかありません。その結果、同じようなビジネスが競合することになってしまいます。

 

もうひとつは、教育問題です。タンザニアでは小学校は無償ですが、日本の中学高校にあたるセカンダリースクールには富裕層しか通えず、進学できるのは20~30%程度。英語が話せるのも、その若者たちだけです。そのため、一部の富裕層の若者は海外を視野に入れたビジネスができますが、そうでない人々は富裕層に雇われるか、地元の小企業で働くか、実家の農業を手伝うかという選択肢しかありません。また、どこの国もそうですが、算数が弱く計算が苦手です。経済基盤を強化するなら、中間レイヤーの教育を高めていく必要があるでしょう」

 

今後成長が見込める分野、日本企業が進出の可能性がある分野としては、モビリティ、農業、教育、医療が挙げられます。

 

「どの業界にも進出の余地はありますが、中でも将来性があるのはモビリティ。現在は中古車輸入販売業がさかんですが、今後さらに所得が上がれば、車を購入する人はもっと増えるでしょう。すでに割賦払いのビジネスモデルも始まっています。おそらくバイク市場もこれから伸びるでしょうし、自転車にも根強いニーズがあります。人口増加にともない、人の移動やモノの輸送も増えるので、成長産業のひとつと言えるでしょう。

 

タンザニアの主力産業である、農業もまだ伸びしろがあります。現在タンザニアで扱っている品種は、収穫量も品質も優れているとは言えないため、種子や農業資材を扱う事業は可能性を秘めているはず。また、日本が長年支援をしてきたため、一部地域には中規模な稲作農家も存在します。田植えや収穫などの繁忙期にはみんなで声を掛け合って人手を集めますが、同じタイミングに作業が集中するため、時機を逃してしまうことも。中古の田植え機やコンバインなども、導入の余地があります。

 

また、タンザニアは人口増加率も高いため、先ほど話に挙がった教育分野のほか、赤ちゃんに関わる医療のニーズはさらに高まると思われます。かたや都市部では、糖尿病など生活習慣病も増加。タンザニア人は炭水化物を多く食べる習慣があるため、健康管理やスポーツジムのようなヘルス&フィットネス産業もニーズがあるのではないでしょうか」

 

日本企業のタンザニア進出にあたっては、事前の情報収集がカギを握ると三津間さん。タンザニア人はもちろん、すでに現地で事業を行う企業から情報を得ることの重要性を強調します。

現地の関係者と撮影(中央が三津間さん)

 

「タンザニア人は人的ネットワークを大事にするので、物事をはっきり断ったり、表立って反対意見を言ったりすることはあまりありません。そのため、商品やサービスのリサーチを行っても、好意的な反応が返ってくることが多いのです。それを真に受けず、真意を聞き出すために踏み込んだ質問をしたり、彼らに同行してじっくり反応を見たりする必要があります。また、タンザニアで事業を行う日本人もいるので、彼らから苦労した点などをヒアリングするのもいいでしょう。参入前に、多角的に情報収集しておくことが重要です」

 

タンザニアに限らず、その国の商習慣やバックグラウンドを理解する必要があることは、海外でビジネスを行う上で基本中の基本。製品やサービスをローカライズする部分と、あえて変えない部分のバランスを見出すためにも、現地に明るいコンサルタントに相談したり、現地企業などとの橋渡しをしてくれる人材を活用するなど、情報にアクセスできるさまざまな手段を持つことが大事だと言えそうです。

 

また、三津間さんの所感では、ケニアでのトレンドが5年ほど遅れてタンザニアに到来する傾向があるそうです。このような点からも、すでにケニアなどアフリカで進出し、さまざまなノウハウを得ている日本企業などにとって、いまだブルー・オーシャンとも言えるタンザニアへのビジネス参入は、大いなるチャンスと捉えることができるかもしれません。

 

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国際的な基準値の30倍。深刻化するインドの大気汚染

インドの大気汚染は、日本でも頻繁に報道されるほど深刻化しています。ひどい時期には、白っぽいモヤが空いっぱいに広がっていることが確認できます。現在、世界規模で温室効果ガスの削減が進められていますが、インドも2070年までに二酸化炭素排出量をゼロにする目標を掲げました。インドの大気汚染の現状と二酸化炭素を減らす取り組みについて説明します。

青天時でもモヤがかかっているインドの都市

 

インドにおける大気汚染物質PM2.5の値は普段でもとても高いのですが、最近は平均150~300とWHOが掲げる基準数値の30倍にもなってしまいました。特にインドのお正月(ディワリ)の時期がピークで、PM2.5の値は首都デリーを中心に最高値の300に達します。原因としては、お祝いの花火や爆竹、小麦を収穫した後のわら焼きが大きく関係しています。さらに、クルマの排気ガスを合わせると、非常に多くの有害物質が大気中に存在することになります。

 

雨が降ると大気中の汚染物質は落ち着きますが、ディワリの時期は乾季のため雨はめったに降りません。よって、汚染された空気はしばらく大気中に残り続けます。首都デリー周辺の学校は外出できるレベルではないとして、2022年11月初旬には学校を当面休校にしました。その他の地域の学校でも空気清浄機をつけたり、マスクを配布したりと対策をとっています。

 

さらに、心筋梗塞や肺の疾患、頭痛といった身体の不調も、大気汚染が原因で発症することが多いとされています。

 

インドの約束

2021年11月にはイギリスで、持続可能な社会を目指した「国連気候変動枠組条約第26回締約会議(COP26)」が開催されました。地球温暖化の問題が取り上げられ、各国の代表がさまざまな誓約をする中、インドのナレンドラ・モディ首相も5つの誓約をしました。

 

  • 2030年までに非化石燃料の発電容量を500GWにする
  • 2030年までにエネルギー需要の50%を再生可能エネルギーにする
  • 2030年までに予測されるGHG排出量を10億トン削減する
  • 2030年までに経済活動によってもたらされる二酸化炭素の量を45%削減する
  • 2070年までに二酸化炭素の排出をゼロにする

 

その後、インドでは本格的に二酸化炭素削減に向けての取り組みが始まりました。さらに、身近にある具体的な取り組みとして下記のことが行われています。

 

  • 交通を抑制し、車両数を減らす
  • 各都市にスモッグ計測装置を設置する
  • 爆竹の販売と購入を非合法化する

 

交通量規制については、以前はナンバープレートが偶数か奇数かによって通行できる曜日を決めるという施策もありました。ただ、一部の地域だけで実施されていたので徹底されておらず、交通量はいまだに減りません。

 

また、爆竹の販売が非合法化されているにもかかわらず、2022年のディワリもたくさんの花火や爆竹を目にしました。インド人からは「去年はコロナでできなかったからみんな待ち望んでいた。店に行けば爆竹は売っている」との声が聞かれました。

 

ゼロエミッション事業を推進

完成に向けて建設が進む高速道路

 

排出量ゼロに向け、政府規模で実施している取り組みもあります。その一つはグリーンテクノロジーの導入に向けた動きで、グリーンエネルギーの容量を2027年までに275GWにする施策です。

 

さらに、電気自動車の導入も進んでおり、インド政府は、2030年までに自動車の30%を電気自動車にすると公約しています。

 

2022年には日本政府主導のもと、UNDP(国際連合開発計画)とインドの気象庁が共同でネットゼロエミッション(※)事業を開始しました。脱二酸化炭素や持続可能な研究開発を行うためには気候変動や気象学の知識が欠かせないとして、気象庁が中心となって取り組んでいます。全予算のうち約12%の資金がインドに割り当てられました。この資金を原資とし、電気自動車の充電ステーション設置やソーラー電池を導入した診療所の拡大、中小企業へのグリーン技術の導入促進などが行われます。

※ネットゼロエミッション:正味の人為起源の二酸化炭素排出量をゼロにすること(参考:一般財団法人環境イノベーション情報機構

 

さらに、車両数を削減する取り組みとして、高速鉄道の設立が始まりました。ムンバイからアーメダバードまでの約500キロメートルを結ぶラインをつくることが決まり、現在工事が着々と進んでいます。高速鉄道ができることで、都市部の渋滞が緩和し、クルマの流れがスムーズになるとの期待が高まっています。

 

このようにインドは二酸化炭素の排出ゼロに向けて、少しずつではありますが確実にプロジェクトを進めています。ただ日常生活においては、大気状態が改善されなかったり、交通渋滞が収まらなかったりと、まだ実感することはできません。世界規模で地球温暖化がクローズアップされている現在、なかなか浸透しないこれら取り組みを徹底させるためには、政府だけでなく社会全体も一丸となり、継続的に訴えていく根気強さが必要なのかと思われます。

 

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ウズベキスタン人が日本に最適なヒューマンリソースになる3つの理由

ウズベキスタンという国をご存知でしょうか? 中央アジアに位置し、古くからシルクロードの中継地として栄えてきたエリアにあります。日本政府は海外から労働力を呼び込むプログラムの一環として、2019年にウズベキスタンと協定を結びました。日本へ労働力を送り出すためのウズベキスタンの取り組みや、ウズベキスタン人が日本の労働市場に向くと思われる理由などについて説明します。

 

150人の技能実習生が日本で働く

日本語を学習しているウズベキスタン人たち

 

ウズベキスタンは3500万人と中央アジアで最も多い人口を有する国で、約60%が若者で構成されています。ただ、働きたくても働く場所がないのが現状で、毎年約60万人が海外の労働市場に流出。現在は200万人以上の労働者がロシア、カザフスタン、韓国、トルコ、アラブ首長国連邦、アジアやヨーロッパの諸国で短期労働に従事しています。

 

日本も2019年に、技能実習と特定技能の人材を迎える協定をウズベキスタンと結びました。協定が結ばれたあと、ウズベキスタンの各州には無料で日本語や農業、介護について学習できる環境が整えられています。

 

こういった教室で1日3時間半、週に5日、合計6か月の間無料で学習し、試験に合格すれば日本語能力試験のN4(基本的な日本語を理解することができるレベル)を取得することが可能。試験の受験費用も国が負担しています。

 

2022年現在、ウズベキスタンで取得できる特定技能の資格はまだ農業と介護の2分野だけですが、2022年6月の在留外国人統計によれば、在留資格の「技能実習(1号・2号)」と「特定技能(1号)」を持つウズベキスタン人の数は現在、日本に147人、「技術・人文知識・国際業務」を持つ人は709人。ウズベキスタン政府はこの取り組みを拡大していく方針です。

 

ウズベキスタンの日本人への印象

タシケントにあるナヴォイ劇場

 

ウズベキスタンの首都タシケントにあるナヴォイ劇場は、第二次世界大戦後に抑留された日本人兵などの強制労働によって建てられました。1966年に起きた大きな地震でもこの建物だけが無傷だったことから、ウズベキスタン人は日本人の技術力をとても尊敬しています。

 

また、タシケントには日本庭園や日本人墓地など、日本に関わる場所もいくつかあります。国内では日本のドラマや映画も放送されているため、ウズベキスタンの人たちの多くは日本の技術や風習、文化に大きな関心や興味を抱いているのです。

 

そんなウズベキスタン人が日本の労働市場に向く理由は3つ考えられます。

 

1: 日本語の習得が速い

ウズベキスタンは130以上もの民族が住んでいる多民族国家でさまざまな言語が使われていますが、公用語であるウズベク語は、日本語と文法が似ています。そのため日本語が習得しやすいようで、とても早く上達します。日本人にとっても、ウズベク語は習得しやすい言語といえるかもしれません。

 

2: 日々の生活の中で介護に従事

ウズベキスタンには昔の日本のように家族と同居するという文化があるので、常に高齢者を敬い、優しくて思いやりのある人たちが多いのです。日々の生活の中で高齢者とかかわっているため、介護も自然と身についています。

 

3: 農業に従事している人が多い

ウズベキスタンは世界第6位の綿花生産国であり、世界第2位の綿花輸出国。近年はアラル海の面積と水量が縮小するなど環境の変化により綿花栽培は縮小していますが、穀物や野菜、果物といった農業が盛んです。農業に従事している人やある程度の農業知識を持っている人が多く、日本でも農業に関する仕事に向くといえます。

ウズベキスタンの農場

 

日本とウズベキスタンが協定を結んでからまだ2年程度のため、日本で本格的な労働力となるのはこれから。特定技能分野はいまのところ農業と介護だけですが、今後は他の分野にも拡大していく可能性があります。日本でたくさんのウズベキスタン人たちが労働市場を支える日も、そう遠くないかもしれません。

 

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日本車が競争力で劣る、ラオスで中国車・韓国車が人気である裏事情

ラオス人が所有する乗り物は、他の東南アジア諸国と同様に小型バイクが主流。便利な足として「トゥクトゥク」が大活躍しています。ラオスは国土の多くが山岳で占められ、“東南アジア最後の秘境”とも呼ばれますが、近年では高速道路などの交通インフラが整い始め、都市部では舗装道路や信号も十分に整備されるようになりました。しかし、ラオスには独特なクルマの文化があり、図らずもサステナビリティーを体現していたのです。

ラオスの首都・ビエンチャンの風景

 

国民の自動車所有率は低い

ラオスの自動車所有率はとても低く、まだ国民の1~2割程度。そこには、いくつかの原因があります。

 

まず、国民の収入に見合った価格で製造・販売されている自動車がありません。ラオスは自国で自動車を生産していないため、人々は外国から輸入した外車を購入するしかありません。国内で販売する際には当然ながら関税がかかってくるので、どうしても高価になっています。

 

しかも、ラオスでは2012年からトラック、バス、建設機械以外の中古車は輸入禁止になっています。輸入車は全て新車になるためかなり高価であり、一般庶民にとってはとてもハードルが高いのです。

 

すでに国内で流通している中古車の販売は認められていますが、台数も少なく本格的な中古車販売店もないため、販売方法は主にインターネットによる個人売買。通りでは「For Sale」のボードを貼ったクルマを見かけますが、個人売買ということに変わりありません。

 

ミニマムな修理

ラオスの自動車修理工場

 

これらの理由から国内流通の自動車台数は増えず、結果的に一台の車を大切に乗り続けるというスタイルになるのです。

 

ただし、一台の自動車を使用し続けるにはこまめな修理が不可欠です。ラオスの自動車修理事情は、どのようになっているのでしょうか?

 

例えば、パワーウィンドウスイッチの故障が起きたとしましょう。一般的には、日本のディーラーであれば、スイッチパネルごと新品に交換すると思います。顧客を待たせることなく確実に修理が完了できる方法ですが、どうしても修理費用が高くついてしまいます。

 

一方、ラオスではスイッチを分解しピンポイントで故障個所を特定。そして、問題となっている電気的接点を磨くなどの手直しを施すのです。こういった修理方法を行うことで修理代が格段に安く済み、新しい部品を使わずに済みます。

 

ちなみに、パワーウィンドウスイッチの分解修理代は、20万キープ(約1570円※)程度で、もし部品交換が必要になったとしても最低限の交換で完了します。デメリットとしては、故障が再発する可能性があることや、修理の待ち時間が長いことです。

※1キープ=約0.0079円で換算(2022年12月15日現在)

 

日本の顧客サービスではなかなか見られない修理方法かもしれませんが、そこは価値観の違いということもあるのでしょう。

 

故障しにくい日本車のデメリット

エンジンも分解して修理する

 

実は、中古車として購入しても修理費用が高価になるとラオスでいわれているのが日本車なのです。

 

ラオスで利用されている自動車は韓国車、中国車、日本車が中心ですが、その中でも存在感が大きいのは韓国車と中国車。日本車の利用が韓国車や中国車に及ばないのは、現地で日本車を修理する人たちのスキルが低いということや、日本製のリペアパーツが高価であることなどが理由とされています。

 

クルマの購入を自動車修理工場に相談すると、「日本車は故障しにくいが、壊れた場合はお金がかかる」「韓国車は故障しやすいが、修理代は安く済む」といわれます。日本車に関しては、メーカーなどが修理スキルの向上やパーツ価格の見直しなどビジネス面の問題点を改善することにより、存在感をさらに高めていく可能性が生まれると思います。

 

ひと昔前までは日本でもラオススタイルの修理が行われていましたが、最近は大きい単位の部品を丸ごと交換する手法が主流となっています。一方で、必要に迫られてのこととはいえ、一台の車を修理しながら長く使うというラオスのスタイルは、大量消費は減らせるのだということを再確認させてくれます。

 

古い部品を無駄に交換することなく、磨いたり手直ししたりして、自動車を大切に使い切るという精神は、サステナビリティーにも通じるところがありますが、日本人も学ぶべきであるように思います。

 

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東南アジアマーケットの要「タイ」をデータとトレンドで紹介

NEXT BUISINESS INSIGHTSでは、世界で注目される発展途上国の現在をさまざまな視点で紐解いています。本記事では、そんな豊富な記事をより深く理解するために、国別に知っておきたい基本情報をまとめました。

 

東南アジアの中央に位置し、マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーと隣接するタイは、首都バンコクを中心に既に多くの日本企業が進出しています。東南アジアマーケットのハブ機能の役割を担い、周辺国の経済成長も後押しているタイの現状を紹介します。

 

データで見るタイの概況

 

●人口…6617万人(2021年)

●2050年の人口予想…6594万人

●インターネット普及率…77.8%(2020年)

●携帯電話普及率…190%(2019年)

●スマートフォン普及率…99%

●一人当たりのGDP…7217USドル(2020年、IMF統計)

●総GDP…5064億USドル(2021年、IMF統計)

●その他…立憲民主制。元首はマハー・ワチラロンコン・プラワチラクラ・オチャオユーフア国王陛下(ラーマ10世王)。首都・バンコク。言語はタイ語。

タイの名目GDPは、2014以降は2%前後を安定的に成長させ、2020年は新型コロナウイルスの影響でマイナスを記録しましたが、2021年はプラスが見込まれるなど、周辺国とともに東南アジアの成長を続けていく上での拠点となっています。一方、日本と同じように少子高齢化が大きな社会問題にもなっています。人口は2028年がピークと考えられ、そこからは減少に転じていくだろうと予想されています。労働力不足や消費者ターゲットが減っていく中で、どういった経済対策や高齢社会対策を取るのかが急務となっています。

 

そんなタイの特性を、4つのパートから紹介します。

 

【パート1】農林・水産

(概況・特徴)
・総人口に対する農林水産業の従事者比率…約25%
・農用地面積…2211万ha
・主な農産物…さとうきび、コメ、キャッサバ、オイルパーム、とうもろこし、果実(パイナップル、バナナ、マンゴーなど)など(農水省ホームページ、2019年)

(課題)
・農業生産性がASEAN諸国と比較して低い
・農業従事者の所得が不安定(競争力の低下、干ばつや洪水による供給不安)
・農業従事者の高齢化、人材不足
・伝統的農法や自然環境への依存

(新たな動き)
・スマート農業
・BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済
・グリーンハウスや農地を使わない植物工場での果物・野菜栽培

コメの生産量世界8位、サトウキビ生産量3位、キャッサバ生産量3位(2019年度)など、世界有数の生産量を誇る農業大国のタイは、第一次産業従事者の割合が人口の30%を超えています。その一方で農業従事者の高齢化、少子化による若年労働力の減少、不安定な所得、伝統的な農法や気象条件を含む自然環境への依存、単位当たりの生産性の低さなど課題が山積しています。

 

そうした課題に対し、産学官による取り組みが進められています。例えば、タイの情報技術通信省はタイ国立電子コンピューター技術研究センター(NECTEC)との連携で、農家向けサイバーブレインプロジェクトを立ち上げ、農作物の栽培方法の効率化や、農家へのリアルタイムでの市場価格情報の提供などを通じた農業のスマート化を進めています。また、グリーンハウスを使用した付加価値の高い果物の栽培が広がり、農地を使わない植物工場での野菜の栽培を始める企業が出てくるなど、今後さらなる農業の高度化が期待されます。

 

グリーンハウスで栽培されているメロン

 

【パート2】保健医療

(概況・特徴)
・平均寿命…77.3歳(男性73.7歳/女性81.1歳 2017年時点)
・妊産婦の死亡率…10万人あたり37人(2017年時点)
・乳幼児の死亡率…1000人あたり7.4人(2020年時点)
・疾病構造や死亡要因…非感染症73.7% 感染症16.0% 事故など10.3% 非感染症の主な死亡原因…がん22.0% 心血管疾患22.2%、糖尿病、腎臓疾患…7.9%(2017年時点)
・医療費支出額…149億USドル(2015年時点)
・医療機関数…1448施設(2019年時点)
・1万人あたりの医療従事者数…医師5人、看護師27人(2019年時点)

(課題)
・急速に進む高齢化に対する制度構築やサービス提供の遅れ
・生活水準の向上により生活習慣病が増加
・都市部と農村部の医療格差

(近年の新たな動き)
・公的医療機関による医療サービスの整備と国民皆保険の定着
・介護士や介護施設の資格登録制度の整備、年金制度の強化
・高齢者介護や医療機器産業を担う人材の育成

バンコク首都圏における医療サービスの提供は充実しており、日本人を含む外国人が多く利用するサミティベート病院やバルムンラード病院などの国際的な私立病院も多くあります。一方で、地方部では医療施設数やサービスの面でバンコク首都圏に比べて制約があり、地方の住民が質の高い医療サービスを受けるためにバンコクに行くケースも多く見られます。医療従事者の確保を含めて、医療サービスの中央と地方の格差、および地方内での格差の是正が医療保健分野での課題になっています。

 

タイでは、2002年に国民医療保障制度が施行され、農業従事者や自営業者が任意加入ができるようになり、公務員/国営企業職員向けの公務員医療保険制度、民間企業被雇用者向けの社会保障制度と併せて、全国民をカバーする国民皆保険制度が整備されました。タイの国民皆保険制度は中進国や開発途上国でのモデルとして外国からも注目されています。

 

また、タイでは人口の高齢化が進んでおり、タイ政府は限られた財源で高齢者へのサービスを提供することを目指し、タムボン(郡の下部行政組織)健康増進病院や保健ボランティアなどの社会資本を活用した地域コミュニティによる高齢者ケアを推進しています。

 

官民を問わず、タイの医療関係者による日本の医療制度・技術や高齢者ケアの知見への関心は高く、日系企業への期待も高くなっています。タイ政府はタイを地域の医療ハブにする戦略を持っており、今後の人口の高齢化や医療サービスへのニーズの高まりと併せて、日系企業にとっても医療文化での魅力的な市場として成長していくことが予想されます。

 

タムボン健康増進病院

 

【パート3】教育・人材

(概況・特徴)
・学校制度…6・3・3・4制
・義務教育期間…9年(無償教育は12年)
・学校年度…5月~翌年3月まで
・学期制…前期・後期の2学期制(前期は5月~10月、後期は11月~3月)
・15-24歳までの識字率(2015年時点)…98.6%
・15歳以上全体の識字率(2015年時点)…93.9%
・純就学率(2020年時点)…就学前78.7%/初等101.2%/中等87.9%(前期中等95.25%、後期中等80.6%/高等45.1%

(課題)
・経済格差による教育へのアクセスの不平等
・教育の地域格差
・ICT活用の遅れ
・コロナ禍でのオンライン授業による教育格差の拡大

(新たな動き)
・高等教育分野で科学・技術・工学・数学(STEM)教育導入
・学習塾の拡大
・産業界のニーズに則した人材育成

タイの教育は2017年に施行された20年間の国家教育計画に則り、すべての国民に質の高い教育と生涯学習と機会を提供することを目的としています。大きな課題としては、学習塾への参加機会を含めた経済格差による教育へのアクセスの不平等さや、バンコク首都圏と地方部、および地方部の中央部と遠隔地での教育機会や質の格差の拡大が挙げられます。

 

タイ政府は産業界のニーズに則した人材の育成を重視しており、日本政府の協力で、日本の高等専門学校(高専)の教育制度に基づいてエンジニアを育てる高専事業が実施されています。また、日系企業による関数電卓を使用した探求型教育の導入による数学力向上のパイロット事業も行われています。

【パート4】IT・インフラ・環境

(概況・特徴)
・主要港数…11(空港7、港湾4)
・港湾取扱量(1TEU…20フィートコンテナ1個)…764万TEU(レムチャバン港/2020年)
・タイ国有鉄道総延長(2006年時点)…4041km
・道路網(2020年時点)…道路延長70万2000km
・輸出製品構成…自動車/部品、コンピューター/部品、宝石・貴石、一次形態のエチレンのポリマー、精製燃料、電子集積回路、化学製品、米、魚製品、ゴム製品、砂糖、キャッサバ、家禽、機械/部品、鉄・鋼とその製品
・輸入製品構成…機械/部品、原油、電気機械/部品、化学薬品、鉄鋼製品、電子集積回路、自動車部品、銀/金を含む宝石類、コンピューター/部品、家電製品、大豆、大豆ミール、小麦、綿、 乳製品
・日本との貿易(2020年時点)…日本からの輸入総額:2兆7226億円/日本への輸出総額:2兆5401億円

(課題)
・バンコクなど大都市や幹線道路の渋滞
・鉄道遅延(8割が単線、地方では整備不十分などによる)

(近年の新たな動き)
・鉄道開発の加速(鉄道を高速・複線化)
・タイランド4.0
・スマートシティ構想

タイでは一極集中が進むバンコクなど大都市や、主要都市間を結ぶ幹線道路の渋滞が社会問題になっています。また道路網に比べて鉄道網の開発が遅れており、物流の課題になっています。現在、鉄道の高速&複線化が進められ、今後鉄道の利用者が従来の3500万人から8000万人に増加すると試算されています。

 

生産年齢人口(15歳~64歳)の比率がピークを迎え、高齢化が加速的に進む中で、タイでは成長率が鈍化し、高所得国への移行が難しくなる「中進国の罠」に陥ることへの懸念があります。

 

そこで、タイ政府はイノベーションやデジタル技術などによる産業の高度化を通じて長期的な経済成長を推進する20年間の経済施策「タイランド4.0」を打ち出し、2036年までに先進国入りすることを目指しています。「タイランド4.0」の対象事業には短・中期的に成長を期待する「次世代自動車」「スマート・エレクトロニクス」「ウェルネス・医療・健康ツーリズム」「農業・バイオテクノロジー」(Sカーブ産業)と、長期的に成長を期待する「未来食品」「ロボット産業」「航空・ロジスティック」「バイオ燃料とバイオ化学」「デジタル産業」「医療ハブ」(新Sカーブ産業)が挙げられています。「タイランド4.0」の旗艦事業として「東部経済回廊(EEC)事業」があり、東部3県の産業育成を支えるインフラ整備、企業誘致のための投資優遇などが積極的に行われています。また、タイ政府はデジタル「タイランド4.0」に合わせて、「タイ・デジタル経済社会開発20か年計画」を策定し、デジタル技術を通じた、生産性の向上、所得格差の是正、雇用の拡大、産業構造の高度化、ASEAN経済共同体でのハブ的役割、政府のガバナンスの強化が目指しています。

 

タイは今、「中進国の罠」から脱し、また東南アジアでのハブとして機能していくために、官民の協力による様々な取り組みが進めらえています。生産/サービス拠点および市場としての魅力は今後さらに固まっていくことが予想され、タイ政府の政策的な後押しを受けて日系企業によっても新たな商機が生まれることが期待されます。

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混沌を深めるミャンマー経済。ドル高と輸入規制で国中が火の車!

2021年2月のクーデターによる軍事政権の復活、大規模民主化運動、民族・宗教紛争と政治的な混乱が続くミャンマー。日本の岸田文雄首相は東アジアサミットに出席した際、同国の情勢について深刻な憂慮を表明しましたが、ミャンマーの経済はどうなっているのでしょうか? 2022年10月中旬に同国を視察し、異様な景色を目の当たりにした、ミャンマーに詳しいシニアコンサルタントの小山敦史氏(株式会社アイ・シー・ネット)がレポートします。

 

著者紹介

小山敦史氏

通信社で勤務したのち、開発コンサルティング会社に転職。国際開発の仕事を続けながら、アメリカの大学院で熱帯農業を学び、帰国後に沖縄で農業を開始。4年間ほど野菜を生産したのちに畜産業も始め、現在は食肉の加工や販売、市場調査など、幅広く行っている。自身が実践してきたビジネス経験をコンサルティングの仕事でも常に活かしており、現在はバングラデシュで食品安全に関する仕事に取り組んでいる。

 

建設作業が止まったままの高層ビル(撮影/株式会社アイ・シー・ネット)

 

ミャンマーの首都・ヤンゴンの市民生活は、驚くほど静かに営まれていました。実際、街頭での市民の抗議行動や軍の鎮圧活動といったような「騒乱」めいた動きには1週間(10月10日〜16日)の滞在中、一つも遭遇しなかったほど。日中行き交うクルマの数はかつてより減り、夕暮れ時のダウンタウンの街の灯も寂しくなっていましたが、ASEAN(東南アジア諸国連合)でも有数の景色を誇るヤンゴンの緑は、よく手入れされており、美しさを保っています。バス乗り場には、雨季(4月〜10月)の終わりのにわか雨をよけようとするバス待ちの人々が、停留所の小さな屋根の下で身を寄せ合って佇む一方、外資駐在員御用達の高級スーパーの品揃えも意外なほど豊富です。 

 

しかし、街のところどころに、ただならぬ事態が起きていました。建設途中の高層ビルが、完全に作業が止まったまま、足場やクレーンもそのままに、いくつも放置されているのです。「輸入建設資材が入ってこなくなって、にっちもさっちもいかないらしいですよ」と現地の人が解説してくれました。これで何人の建設労働者が職を失ったことでしょう。

 

平穏に見えるヤンゴンの人々ですが、実は台所は火の車。軍事政権の信用失墜にドル高が加わり、ミャンマーの通貨チャットは下落。同国政府は1ドル2100チャット(約138円※)を公定レートとしましたが、市中価格は1ドル2800 チャット(約184円)以上でした。また、ヤンゴン市民によると、米や野菜などの生活物資の価格は、騒乱による作付不能や不作が重なったこともあり、以前に比べて2 倍以上になっているとのこと。

1チャット=約0.066円で換算(2022年11月15日現在)

 

外貨は流出傾向にあります。JETRO ヤンゴン事務所の専門家は、観光収入と出稼ぎ収入が落ち込み、外国直接投資(FDI)や援助も厳しい状況が続いているため、ミャンマーの外貨準備高は相当減少しているはずと見ています。

 

同政府は外貨流出を防ぐために、輸入を露骨に規制し始めました。例えば、原材料を輸入に依存している外資系食品メーカーA社は、これまで経験したことのない「難癖」を当局からつけられ、原材料の輸入が認められなかったと言います。前述の建設途中の高層ビルにまつわる輸入建材の話も同じ文脈で理解できるでしょう。国の台所も火の車なのです。 

 

一方、ミャンマー企業の多くはドル高のデメリットに苦しんでいるようでした。ミャンマーの場合、チャット安で輸入コストが上昇しますが、A社の場合、仮に原材料を輸入できたとしても、支払いはドル決済を迫られる一方、製品の売り上げは国内市場のみ。つまり、稼いだお金は100%チャットです。チャットはドルに転換すると目減りしますが、その分を売価にきっちり転嫁したら、国内での売り上げを大きく減らすことになります。「国産原料に置き換えられないか、真剣に検討を始めました」と同社の社長は話します。3年前にA 社を訪問したとき、国産原材料の可能性は話題にもなりませんでした。

 

このように、ミャンマー経済は苦境に立たされており、一般市民の生活への影響が心配されます。国民の軍事政権への信頼は低いようで、「反国軍の市民感覚はいまだに強いと思う」と、ある日本人駐在員は語っていました。軍の弾圧によって2000人以上の人々が犠牲になっているのだから、それは当然かもしれません。しかし、経済が悪化する中で時間が経てば経つほど、ますます生活が苦しくなるのは、武力も資力もない一般市民にほかなりません。 

 

五里霧中の企業

灯りが少なく、寂しいヤンゴン

 

民間企業に勝機はあるのでしょうか? A社とは逆に、食品メーカーのB社は全て国産の原材料を使い、作った製品の一部を欧州に輸出しています。訪問時、社長はパリの国際展示会に出張中で、部長が対応してくれましたが、業績はそこそこ伸びているとのこと。チャット安の効果(製品を海外に売りやすい)があると思われます。

 

ただし、ミャンマー全体で見た場合、B社のようなビジネスをできる企業は多くはないでしょう。少なくとも3つの問題が挙げられます。まず、一定以上の品質の原材料が適切な価格で国内供給できるか? 次に、それを欧米などの市場で売れる品質の製品に加工できる技術と資金があるか? さらに、国際市場にマーケティングしていけるだけのノウハウや資金があるか? このような問題を自力で解決できるミャンマーの地場企業はまだ限られており、だからこそ、政変前はFDI が一定の役割を果たしていました。しかし、「果たしていました」と過去形で書かざるを得なくなりつつある現状こそが、ミャンマーにとって最も苦しい所です。

 

政変前に訪問した数多くの現地企業では、20 代や30代の若い経営者に何人も出会いました。 彼らは自分たちの夢を早口の英語で語っていましたが、いまはこの難局をどう切り開こうとしているのだろうか——。ミャンマー経済は今まで以上に、日本を含めた外国からの支援が必要なのかもしれません。

 

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日本とは違うバングラデシュの「薬局」。ヘルスケア市場の課題解決の一手「リスクアセスメントシステム」について

南アジアの親日国としても知られているバングラデシュ。人口1億6千万人以上、経済成長率は近年7%台をキープし、首都ダッカは人口2000万人を超える巨大都市へと成長しています。年々上昇する都市人口率が50%を超えるのは2040年頃と推定され、ますます注目が高まる開発途上国のひとつです。(※)

※医療国際展開カントリーレポート(経済産業省:2021年)

 

そんなバングラデシュですが、医療体制や保険制度については未整備な部分があります。経済成長と人口拡大に比して、医療分野の開発不足が目立っています。なかでも「薬局」の存在感は重要で、国民のプライマリーケアの担い手となっており、日本での「薬局」とは異なる機能を担っているそうです。

 

本記事では、ICTを活用した疾患の早期発見システムを開発し、バングラデシュの薬局への導入を目指す医療系スタートアップの取り組みをご紹介します。今回の取り組みではビジネス発案者兼事業責任者として、バングラデシュにおける臨床検査センター・クリニック運営やAI・ICTに基づく医療システム開発等を行うmiup社の横川祐太郎氏が参画しています。そんなmiup社とともに調査を担当したアイ・シー・ネット株式会社の小泉太樹さんから、最新バングラデシュの薬局事情と、新しい試みによるビジネス分野での可能性について伺いました。

 

お話を聞いた人

小泉太樹氏

バーミンガム大学大学院にて国際開発学修士号を取得後、2017年にアイ・シー・ネット株式会社に入社。現在はビジネスコンサルティング事業部で、保健医療分野における日本企業の新興国進出の支援やJICAプロジェクトに従事している。

 

●バングラデシュ人民共和国/主要産業は衣料品・縫製産業で、輸出額は世界3位(2020年時点)を誇る。1971年にパキスタンから独立した際、日本が諸外国に先駆けて国家承認をしたことから、親日国としても知られている。現在でも友好関係は続いており、「日本企業で働きたい」と考えている若者も多い。

データ出典:JETRO、経済産業省、アイ・シー・ネット調査報告などから編集部が独自集計したものになります

 

バングラデシュの薬局の様子

 

バングラデシュ薬局の現状と市場調査の背景

――まずは、バングラディジュの医療体制の現状と「薬局」の役割について教えていただけますか?

バングラデシュの医師の数は、日本の4分の1以下、薬剤師も40分の1以下のため、全体的な人員不足は大きな課題として挙げられます。また住んでいる地域によって所得の差があるため、全国民が平等に医療を受けられていません。ももちろん日本のような公的保険制度はないため、医療費負担が著しい重荷になっています。気軽に病院に行くことができないというのが、日本との大きな違いといえるでしょう。

 

日本の場合「ちょっと具合が悪い」と思えば、どこに住んでいても比較的簡単に医療機関を受診できます。また保険制度によって、治療費も抑えられているので「何かあれば病院に行く」という習慣もついていますよね。

 

バングラデシュの場合「ちょっと具合が悪い」と思えば、伝統的な療法や、薬局で薬を購入して治す選択が一般的です。とくに農村エリアでは、病院に行くまでの交通費や時間もかかるので、近所の薬局に頼る傾向があります。病院が近くにない、医療を受けるお金がないなど、いくつかの課題が重なり合っているのがバングラデシュの医療体制の現状です。

 

農村エリアの薬局

 

――人員や施設の不足、貧富の差、医療機関までの物理的距離、インフラ整備と一筋縄では解決できない状況なんですね。日本の場合、処方箋をもらってから薬局に行く流れが一般的ですが、バングラデシュの人々は「まずは、薬局」という考え方なのでしょうか?

 

もちろん医療機関からの処方箋で薬を購入している人もいます。ただ、農村エリアになると、処方箋を持っている人はわずか2割程度で、残りの8割は自分で薬を決めて購入したり、薬剤師や薬局スタッフに医療相談に来ている状況です。「まずは、薬局」という考え方が浸透しているのだと思います。

 

バングラデシュは医療機関・人材が不足している一方で、薬局の数は約14万と日本の2倍以上です。薬局は容易にアクセスでき、コミュニティに深く根差していることから、人々に広く受け入れられています。ただしここにちょっと課題がありまして……。正確な割合や数値に関する統計データは存在しませんが、薬局の中には国の認可(DGDA※)を受けていない薬局も多く存在しているのです。

※ DGDA:医薬品管理総局(Directorate. General of Drug Administration)

 

基本的にはDGDAが認可した薬局のみが営業できるのですが、無許可で営業している薬局もありまして……。患者さん側からは、許可の有無を見分けることが難しいので、いつも利用している薬局がじつは無許可だったなんてこともありますね。一応、ウェブサイトなどではDGDAの許可を受けた薬局一覧は掲載されているのですが、わざわざ調べている人はごくわずかでしょう。

 

 

――無許可ってことは、そこにいる薬剤師さんも資格を所有していない可能性があると……。

薬局の中には資格を持った薬剤師がいないことや、本来処方箋が必要な薬が販売されていることもあります。このような背景もあり、バングラデシュでは、抗生物質の過剰使用や多剤併用などの問題が頻繁に報告されています。患者さんの立場で考えれば、安心して薬を購入できる薬局を選びたいですよね。

 

例えば、体調が悪くて薬局に医療相談をしても不適切な薬を処方されてしまうケースもあります。また早めに医療機関を受診していれば治せていた病気も、薬局で見逃されているケースも。なんとかこれらの課題を解決できないかと開発したのが、「リスクアセスメントシステム」です。

 

薬局から医療機関へ繋ぐ「リスクアセスメントシステム」

――リスクアセスメントシステムについて、詳しく教えていただけますか?

このサービスはスマートフォンを使った、健康状態を判別するシステムです。

 

非医療従事者でも、疾患の疑われる患者さんのパーソナルデータを用いて簡潔かつ安価にリスクレベルを判定できます。具体的には、薬局スタッフが患者から体調を聞き取り、スマートフォンのアプリ上で入力すると、症状から関連性のある病名の表示や病気のリスクが高い患者さんに対して近隣の医療機関を紹介できる仕組みになっています。

 

「この病気です」と断定することは医療行為なので薬局ではできません。あくまで参考として活用いただくシステムですが、患者さんは無料で使っていただくことができるモデルとなっています。

 

――患者さんが無料というのは安心ですね。病気のリスクも知れるので、薬局中心のバングラデシュにとってはありがたい仕組みだと感じました。ビジネスモデルはどのように考えているのでしょうか?

 

薬局と紹介先である医療機関から利用料をもらう形を想定しています。将来的にはバングラデシュ全土に展開できればいいですね。2021年7月から現地調査を開始したのですが、薬局や医療機関に向けたリスクアセスメントシステムの説明会も実施しました。そこでは、今までにない良い仕組みだと好評をいただけています。思っていた以上に高い期待値を実感でき、私たちにとっても実りの多い調査となりました。

 

――システム自体は、誰でも簡単に使えるようなものなのでしょうか?

はい、医師など専門知識を持っていない方でも使えるようなシステムです。

 

薬局スタッフが端末操作してシステムに入力している様子

 

リスクアセスメントシステムの入力画面

 

調査期間中に農村エリアの薬局で、テスト版を使っていただきました。実際に使っていただいた方の中には、受診するまでに至ったNCDs(※)患者さんもいます。これまで見逃されていた病気の早期発見にもつなげることができ、サービスの本格スタートへのモチベーションも上がりましたね。

※NCDs (Noncommunicable diseases)非感染性疾患:循環器疾患、がん、慢性呼吸器疾患、糖尿病などの「感染性ではない」疾患に対する総称。開発途上国において経済成長にともない増加していくことが多い。

 

薬局向けの教育と、利用率の向上が課題

――実際に使ってもらうだけでなく、受診につながったとは! 素晴らしいですね。今回の調査で課題になった部分はどんなところでしょうか?

利用率の向上は課題だと感じました。今回のテスト版の利用率は、来店患者全体の4%未満でした。増加するNCDsに対応するためにはより多くの患者さんに利用していただくことが重要となります。

 

リスクアセスメントシステムが今までにないサービスなので、使い方がわからないことが大きな要因かもしれません。薬局を訪れる患者の約8割は処方箋を持っていない人たちなので、システムを使うメリットを理解してもらうことで、まだまだ利用者を伸ばすことができると考えています。

 

薬局への周知・教育の必要性も実感しました。「〇〇な患者さんが来たら、〇〇とご案内してください」など簡単なマニュアルがあると良いかも知れませんね。また、利用率の向上のためには、紹介できる医療機関を増やす、薬局の業務効率化や利益向上に結び付ける等、薬局が自ら使いたくなるシステムにしていくことも重要です。調査結果をふまえて、さらに使いやすいサービスになるよう継続的な取り組みを行っています。

 

――計画では、2022年度中の導入を予定されているとのことですが、進捗状況はいかがですか?

2022年度中は実証調査の拡大や販売体制の準備を進め、2023年前期にはシステムの販売を開始し、後期には全国展開を予定しています。

 

将来的には、他の途上国への横展開も検討しています。まだまだ世界に目を向ければ、解決しなければいけない医療課題はたくさんあります。普及が期待できるバングラデシュで実績を残し、他の国でも活かせればと考えています。

 

今回は薬局を中心としたシステムの提供ですが、日本の医療・ヘルスケア企業さんと連携して事業拡大することもできると考えています。バングラデシュでの実績を共有し、日系企業の海外展開をお手伝いできるとさらに可能性は広がっていくと感じました。

 

薬局での血圧測定の様子。薬局では血圧・血糖値測定など簡単な健康チェックが行われている

 

--日本国内のヘルスケア事業も盛り上がっているところなので、アイデアを掛け合わせて途上国医療を支えるサービスが提供できそうですね。ちなみに、今回の調査では農村エリアでテスト版が実施されていましたが、都市部での導入も予定していますか?

都市部の場合、病院内や隣接した場所にも薬局があります。そのため、来店患者はすぐに医師に診断してもらうことが可能です。農村エリアと同じ仕組みでシステムを導入するのではなく、都市部には都市部のニーズにマッチしたシステムが必要だと実感しています。

 

バングラデシュの薬局は、医療機関まで距離がある「農村型」・病院と薬局が密接している「都市型」・農村と都市の間にある「郊外型」の3つに分けられます。全国展開に向けて、それぞれの特徴に合わせて調整されたリスクアセスメントシステムを提供していく予定です。

 

予防対策に貢献し、バングラデシュの医療体制を支えたい

――最後に、プロジェクトの展望・目標を教えてください。

一昔前のバングラデシュでは感染症が多かったのですが、近年の経済成長にともなって糖尿病などの生活習慣病が増えています。まだまだ医師の数や医療施設が少ないため、医療やヘルスケアのニーズ拡大が予想されています。

 

政府としても公的セクターだけではまかないきれない部分を民間セクターと協業したいと考えています。薬局へのリスクアセスメントシステム導入を通じてNCDs予防対策に貢献していきたいですね。私自身もこのプロジェクトへのやりがいを感じながら、miup社横川氏と一緒に目標に向かって伴走していきたいと思っています。

 

――リスクアセスメントシステムをきっかけに、途上国の医療体制の拡大や充実に期待したいですね。

そうですね。バングラデシュは10代が多い若い国で、まだまだポテンシャルを秘めた国です。ビジネスチャンスの観点から見ても魅力が十分にあると思います。まずはバングラデシュで実績をつくり、将来的には開発途上国全体の医療体制をサポートできるように努めていきたいです。

 

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取材・執筆/つるたちかこ

実は日本とも深い繋がりあり! 島しょ国「トンガ」をデータとビジネス視点で紐解く

日本に暮らしていると「トンガ」と聞いても“南太平洋に浮かぶ島国”という認識ぐらいで、あまり具体的なイメージが沸かない人も多いのではないでしょうか。南太平洋に浮かぶ約170の島群からなる国家であるトンガは、過去に一度も植民地化されたことがなく、現在まで王制が残るポリネシアで唯一の国です。

 

データで見るトンガの概況

  • インターネット普及率…59%(2020年) ※1
  • 携帯電話普及率…62.10%(2019年) ※1
  • 一人当たりのGNI…5190ドル(2020年) ※2
  • 総GDP…4.9億ドル(2020年) ※2
  • その他…日付変更線のすぐ西に位置し、経済水域約362,000㎢に大小170余の島々が4つの諸島を構成している ※3
  • 主要言語はトンガ語・英語で、キリスト教徒が大部分を占める ※3
※1 出所:国際電気通信連合(ITU) ※2 出所:外務省 ※3 出所:国際機関 太平洋諸島センター(PIC)

 

トンガの人口は約10万人で面積は20平方キロメートル。これは日本の北海道石狩市や山口県下関市と同じくらいの大きさです。亜熱帯性気候に属し、年間を通じて温暖な地域です。気温は19℃から29℃まで変化しますが、16℃を下回ったり31℃を超えたりすることはめったにありません。年間降雨量は、首都・ヌクアロファのあるトンガタプ島の約1700mmからババウ島の約2790mmまで、ひとつの国のなかでも大きな差があります。

首都であるヌクアロファの夕景

 

海外からの送金が国を支える現実

トンガの産業構成をGDPから紐解くと、農林水産業19.9%、鉱工業11.1%、サービス業69.1%(出典:2013年国連統計)となっています。主要な輸出品はかぼちゃ、魚類、バニラ、カヴァ。輸入品は飲食料、家畜、機械・機器、燃料です。海外からの送金に依存する経済と、近代化による伝統的な生活の変化が顕著になっており、とくに貿易は著しい入超傾向が見られます。

ヌクアロファ市内にある市場

 

※四捨五入の関係上、合計が一致しないことがある。

 

トンガを含む数多くの太平洋島しょ国の人々は、オーストラリアやニュージーランドなどで季節労働者として働いています。彼らが自国に残っている家族に送るお金が、生活を支え、さらには小規模ビジネスの開業資金にもなっているのが現実です。2019年の低・中所得国への送金額は、過去最高の5540億ドルに上り、送金は太平洋島しょ国で暮らす人々にとって重要なものとなっています。

 

なかでもトンガは海外労働者からの送金額が世界で最も多く、2019年の送金総額は対GDP比で約37%に達しました。トンガでは5世帯中、4世帯が海外からの送金を受け取っており、その規模は家計消費の約30%に相当するほどです。

 

そんな中、将来、「観光」が農業および漁業の合計外貨収入額よりも約5倍の外貨を稼ぐ、トンガ最大の産業になると2017年に世界銀行が発表。雇用の面からも労働人口の25%を抱える最大の産業にもなると予測しています。トンガの経済成長を妨げる要因と言われてきた「分散した少ない人口」、「狭い土地」、「世界市場からの隔絶」、「限定された天然資源」といった諸条件が、観光資源としてユニークな売り物にできるというのが大きな理由です。

現地の土産物店

 

中国をはじめとする海外旅行客の積極的な誘致やクルーズ船の誘致、高級リゾートの拡張、先進国の高齢退職者向け長期滞在施設の整備などを積極的に推進することで、2040年までに約100万人の中国人を含む約370万人の観光客を呼び込むことを目標としてきました。ただ、新型コロナウイルスの世界的流行や、2022年1月のフンガ・トンガ噴火により、その先行きは不透明となっています。

 

トンガと日本の交流は30年以上

トンガと日本との関係は30年以上に渡ります。2015年には現在の天皇陛下ご夫妻がトンガへ訪問し、トゥポウ6世国王の戴冠式に参列されました。日本からのODAによる援助は、2016年6月時点で、トンガの近隣国であるオーストラリア、ニュージーランドに続き第3位。無償の資金協力や技術協力など、日本とトンガの関わりは深いものとなっています。

 

●我が国の対トンガ援助形態実績(年度別)単位:億円

年度 円借款 無償資金協力 技術協力
2015年度 17.37 2.15
2016年度 15.94 3.52
2017年度 24.80 2.31
2018年度 29.14 2.34
2019年度 0.62 1.73
(出所)外務省国際協力局編「政府開発援助(ODA) 国別データ集 2020」 ※1. 年度の区分及び金額は原則、円借款及び無償資金協力は交換公文ベース、技術協力は予算年度の経費実績ベースによる。※ 2. 四捨五入の関係上、合計が一致しないことがある。

 

トンガではかぼちゃの栽培が盛んですが、これには日本が大きく関係しています。トンガで収穫されるかぼちゃは、日本の種を使って作られ、そのほとんどが日本に輸出されてきました。トンガ産かぼちゃは毎年10月から11月に出荷され、日本ではかぼちゃが採れない冬から春にかけて市場に出回ります。トンガの人々がかぼちゃを作るのは、他の換金作物を作るより短期間で収穫でき、キロ当たりの値段がいいからです。

 

しかし、かぼちゃも津波やサイクロンといった自然災害があっては出荷できません。そこでJICAは、環境・気候変動対策や防災事業を重点分野とし、島嶼型地域循環型社会の形成、再生可能エネルギーの導入促進、観測・予警報能力の強化などを支援しているのです。

 

年々拡大するトンガでのODA事業

日本がトンガに対して行っている無償資金協力や技術協力などの協力金額は年々増加傾向にあります。その理由は、大洋州地域の持続可能な発展を確保することは、日本と大洋州島しょ国の関係強化に資するだけでなく、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を支え、地域環境の維持・促進にもつながると考えているからです。また、コロナ禍の影響により、各国で保健システムの脆弱性が改めて認識され、協力ニーズが高まっています。

 

このように重要性を増しているトンガへのODAの実情について、明治時代から南洋州との貿易を行ってきた老舗の商社・南洋貿易株式会社の常務取締役・太宰雅一氏にお話を伺いました。

太宰雅一さん●南洋貿易株式会社・常務取締役。1992年入社。2004年から現在までの約20年近くの間、トンガでのODA事業を担当し、現在は全国早期警報システム導入案件を統括している。トンガへの訪問歴も多数。

 

同社は1977年にトンガでのODA事業の受託を開始し、現在に至ります。太宰さんは2004年から現在まで長年トンガでのODA事業を担当してきました。

 

「弊社のトンガでのODA事業のきっかけとなったのは、水産研究センターの建築事業でした。過去には醤油やビールといった食料品や車両も輸出していましたが、市場規模の小ささや輸送コストの面など、さまざまな要因から中断し、いまはODA関連事業が主体になっています。弊社のODA事業は2010年以降には年間平均5〜6億円規模に拡大し、会社全体の売上の1割を占めるほどになりました」

 

同社は、文化・教育・エネルギーといったインフラ事業だけでなく、建設機材や海水淡水化装置の販売なども手掛けてきました。なかでも、トンガ唯一の高度医療サービス機関であるヴァイオラ病院の建設では2004年から2013年まで3期に渡って、医療機材を含めた設備拡充などで関わっています。そんな太宰氏が、トンガでのビジネスチャンスは「インフラ」にあると言います。

ヴァイオラ病院の施工風景

 

ヴァイオラ病院はトンガにおける高度医療サービスの中核的存在

 

「大洋州の新規ビジネスといえば、パラオの国際空港が挙げられます。こちらは空港利用税で運営されていますが、トンガなら空港会社を作るのもひとつの選択肢かもしれません。また、離島が多いトンガなら、客船ビジネスもありえるでしょう。市場規模が小さなトンガは物の売買だと大きなビジネスが成立しにくいですが、インフラサービスであれば可能性を感じています」

 

また、南洋貿易ではこれまでODA事業として、トンガにおける防災事業にも関わっています。たとえば、津波発生リスクの高いトンガにおいて、防災無線システムや音響警報システム、トンガ放送局の機材・施設の整備を行うことで、防災体制の強化を図るといった事業です。ほかにも一般財団法人 日本国際協力システム(JICS)の「トンガ王国向け防災機材ノン・プロジェクト無償 (FY 2014)」では、2019年に日本の優れた防災機材を自然災害に弱いトンガ王国へ調達しています。

 

「弊社は貿易商社なので“物を動かす”事業が主体です。ただ、インフラ投資には興味があって、これまでのODA事業で培ったノウハウを生かして、防災に強い国である日本の技術を持っていくというのも選択肢の一つかなと思っています」

 

SDGs関連事業やフェアトレードに商機が!?

トンガは石油燃料に大きく依存しており、原油価格の変動に対して非常に脆弱です。電力生成のために約1300万リットルのディーゼル燃料が消費されており、そのコストは同国国内総生産の約10%及び輸入総額の約15%にまで及んでいます。そこでトンガでは、化石燃料を燃焼させる既存の発電方法を、環境に優しく信頼性の高い、より持続可能な発電方法へ移行していくことを目的に、2030年までに再生可能エネルギーを50%にするという目標を掲げました。再生可能エネルギーの導入比率は年々高くなっており、実際に南洋貿易もODA事業で太陽光発電所、風力発電所の建築を手掛けたそうです。

ODA事業として建設された風車と電気室

 

ODAにより風力発電施設をはじめとする再生可能エネルギー設備の導入が進められている

 

「トンガの電力会社であるトンガパワーリミテッドは、メンテナンス体制がしっかりした政府100%所有の公社。再生可能エネルギーを導入しようとすると、基本となる電力の供給が安定している必要があるので、既存の発電設備がしっかりしているのは大きな強みでしょう。国を挙げて再エネ事業を推進しているので、ODAだけでなく、独立系発電事業などにも新規参入のチャンスがありそうです」

 

また昨今、途上国との貿易でキーワードにもなっているフェアトレードについても太宰さんは言及。トンガでの可能性については、日本にフェアトレードという考えがなかなか根付いていないことなどから、ビジネスとして成立しにくいと言います。

 

「弊社では、キリバス共和国のクリスマスの島の海洋深層水を汲み上げ、天日干しして作った塩を輸入販売しています。コスト面でいえば、おそらく世界一高い塩です。輸送コストを考えると、フェアトレードとはいえ、このようによほど高付加価値のある商材でないと日本に輸入するのは難しいのが現状です。例えばトンガに高品質のココナッツがあったとしても、インドネシアやフィリピンから輸入したほうが安いため、日本の商社はそちらに流れてしまいます。まずは、生産国と消費国が対等な立場で行うフェアトレードに対する重要性など、日本国内の意識を変える必要があると感じています」

 

20年近く現地のODA事業に関わってきた太宰氏から見たトンガは、市場規模が小さいことや、輸送コストがかかりすぎる点など、ビジネスとして成立させるには課題が多いと言います。しかし、日本からはるか8000km離れたこの国には、新たなビジネスが誕生する可能性に満ち溢れています。

 

トンガには、他の開発途上国と同様、解決すべき社会課題が多く存在します。例えば、気候変動や自然災害に対して脆弱性、生活習慣病のリスク低減など健康課題への解決策などが挙げられますが、これらすべての課題は、新しいビジネスの種となります。とりわけ、SDGsの目標③「すべての人に健康と福祉を」、目標⑦「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」といった側面を意識したビジネスなどには、チャンスがあると言えそうです。

 

一方、気候変動をはじめとする課題は、世界が国際協調により取り組むべき国際的な社会課題。課題解決のための援助機関の協力金額は増加傾向にあり、ODAとしても伸びしろがあります。日本には、これらの分野における課題を解決できる魅力的な技術やノウハウを持った民間企業が多く存在しています。ビジネスを展開する舞台として、市場規模が大きい国や地域に目が向けられがちですが、南洋貿易のように現地での知識・経験が豊富な企業と協業することで、社会的なインパクトの大きい新たなビジネスを生み出せる可能性があるのではないでしょうか。

 

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途上国の「児童労働」をなくすために。ブロックチェーン活用事例と「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」から紐解く。

皆さんは、「児童労働」という言葉にどのような状況を思い浮かべるでしょうか。

 

国際連合が定める「世界人権宣言」には、子どもが教育を受ける権利が明記されていますが、発展途上国では、子どもが十分に教育を受けられない状況が現代に至るまで続いています。世界一のカカオの生産国・コートジボワールもそうした国のひとつ。カカオ農家を家業とする家庭が多く、労働を余儀なくされている子どもたちが珍しくありません。

 

そんなコートジボワールで、ブロックチェーン技術を活用することで児童労働撤廃に向けたモニタリングシステムの実証実験が行われました。ブロックチェーン技術はどのように児童労働の撤廃につながるのでしょうか。今回の実証実験に携わったJICA(国際協力機構)の若林基治氏(JICAアフリカ部次長)と、持続可能なカカオ産業への懇話会「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」を担当する山下契氏(JICAガバナンス・平和構築部 法・司法チーム企画役)にお話をうかがいました。

 

今回の実証実験の協力者に、入力端末による情報の登録方法をレクチャーする日本人スタッフ(写真左)と実際に入力操作を確かめる現地の協力スタッフ(写真右)。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

すこし、コートジボワールのカカオ農家の現状を整理しましょう。シカゴ大学の調査データによると、コートジボワールでは、2〜3人に1人の割合で、5~17歳の子どもがカカオの生産に携わっているとされています(出典リンク)。大人の労働力だけでは、家族が暮らしていけるだけの収入を確保できなかったり、農家に大人を雇用する経済力がなかったり、そもそも、教育機関の整備が不十分であったりすることが、その主な理由です。

 

同じ問題を抱える、世界第二位のカカオ生産国・ガーナの児童労働に関する調査担当の山下氏は「現地で関係者のお話を聞くと、親は、自分の子どもを学校に通わせて、良い教育を受けさせたいと思っている。でも、さまざまな理由から、それができない。どうせ学校に通えないのなら、家の仕事を手伝わせたり、外で働かせたりした方がいいと考えてしまう親もいるようです」と語ります。

 

2〜3人に1人というコートジボワールのカカオ農家の児童労働の割合は、ショッキングな数字です。しかし、その状況はコートジボワールのカカオ農業の長い歴史が醸成してきたものであり、簡単に変えられるものではありません。では、ここにブロックチェーン技術を応用すると、どのような変化が期待できるのでしょうか。

 

若林氏は、カカオの生産過程にブロックチェーン技術を組み込む意義について「確実にトレーサビリティーを担保し、サプライチェーンを透明化することが可能です。ウナギなどの農林水産物の産地の偽装が日本でも事件として報道されていますが、ブロックチェーン技術を用いることでこのような問題が発生しにくくなります。システムの違いよって情報の内容、信頼度が変わりますが、ブロックチェーン技術を用いればシステムに関係なくカカオの由来が生産者から消費者まで同じように明らかになり、誰もが確実に児童労働の有無を確認することができるようになります。特に今回の実証実験では子供の学校の出席データを利用することで、子供の就学を促す効果が期待できます」と話します。

 

JICAとデロイトトーマツが共同で実施した今回の実証実験では、カカオ農家の代表グループが登録した「農家ごとの児童労働の状況」と、教育機関が登録した「子どもの出席状況」とを監査人が照合し、児童労働を行わなかった農家のカカオを、プレミアム価格で買い取ることで正しい情報が持続的に記録され、確認できる仕組みを構築しました。

図版は、実証実験されたモニタリングフローを図解したもの。農園(事業者)、家庭(農家)、学校の三方からの登録情報をモニタリングチームが確認し、ブロックチェーンデータベース内で情報を保全。児童労働をしない農家のカカオをプレミアム価格で買い取る仕組み。図表提供:国際協力機構(JICA)

 

それぞれの代表者は専用の端末から情報を登録します。情報は相互に突き合わせて確認されます(モニタリング)。単に情報をデータベースに登録するだけでは、“本当は働いていたのに働いていなかったことに”してしまったり、“本当は出席していなかったのに、出席したことに”してしまったりといった不正入力ができてしまいますが、生産者の現場で複数の情報を突合させることで正しい情報がブロックチェーン上に記録され、それ以降は情報の信憑性は相互に担保され、改ざんもできません。もしも情報が整合しない場合は、モニタリングチームがヒアリングし、現地調査に訪れ、事実確認をするという仕組みも取り入れました。

 

2021年の11月から12月までの1か月の実験期間で、農家グループからの申請率は100%に達し、学校の申請率も95.6%に達しました。また、双方の情報が一致しないケースは、入力や申請の誤りがほとんどであると確認されました。児童労働が明らかになったのは、2366件の申請中、学校の通信環境や業務過多を原因とした未申請の103件を除くと、わずか3件という結果になったのです。

 

つまり、信憑性・透明性の高いブロックチェーン情報をもとに、プレミアム価格のカカオ買い取りというインセンティブをつけることで、親も事業者も子供たちに児童労働を強いる必要がなくなる可能性が確認できたわけです。

 

ブロックチェーンの導入が生む新たなブランド価値と商習慣

現在のカカオの流通過程をごくシンプルに説明してみましょう。まず、カカオ農家から出荷されたカカオが、コートジボワール国内の運搬業者によって運ばれ、輸出され、各国のチョコレート工場に運ばれます。工場で加工されたチョコレートをはじめとした加工品は、小売店に並び、消費者はそれを楽しみます。

 

ごく当たり前の、長年続いている商習慣ですが、問題は、供給側にどのような問題があったとしても、私たちはチョコレートを美味しく“楽しめてしまう”という点にあります。チョコレートを食べるときに、生産者の顔を思い浮かべる人がどれほどいるでしょうか。もしかすると、コンビニエンスストアで何気なく買ったチョコレートの原料を生産するために、遠く離れた地で、子どもたちが危険な児童労働に従事しているかもしれません。ですが、私たちは、チョコレートのパッケージからその有無を知る術がありません。

 

ここに、ブロックチェーン技術を使えば、消費者側からのチョコレートの背景情報の追跡が可能になります。今回の実証実験には小売店や消費者は参加していませんが、商品が出荷されるまでの各過程を正確に追跡できるということは、消費者がデータベースにアクセスすることで、どの農園で生まれたカカオを使って、どの工場で加工されたチョコレートなのか、また、生産過程で違法な児童労働はなかったのかも知ることができるということを意味します。

 

カカオサプライチェーンの「現状(左)」と「目指す未来像(右)」。現状は、生産者側と購入者側の情報経路が相互に繋がっていないため、情報追跡ができず生産地の問題を把握することができない。目指す未来は、生産者側と購入者側が情報をリアルタイムで共有する環状のサプライチェーン。ブロックチェーン技術で情報を保全しながらトレーサビリティ(流通の追跡可能性)を確保できる。図表提供:国際協力機構(JICA)

 

若林氏は「コバルトなどのレアメタルや、ダイヤモンドなどの希少な鉱石、綿花などの農産物も、児童労働が問題視される生産物の一例です。ブロックチェーンの仕組みを取り入れることで、こうした状況も改善できる可能性があるでしょう」と話します。

 

ブロックチェーンの産業への適用は、経済的に強い立場にある先進国の消費者が、弱い立場にある発展途上国と対等で公正な取引を行うことで、生産者のウェルビーイングを目指すという「フェアトレード」にもつながっていくと言えるでしょう。

 

人権意識の強い欧米の社会では、製品がフェアトレードに基づいて生産されているかどうかが商品選択や購買意欲に結びつく状況が生まれつつありますが、日本では、まだまだ認知度が高いとは言えません。

 

●サステイナブルチョコレートの認知者の購入意向

 

 

●サステイナブルチョコレート非認知者の購入意向

 

●調査全体としての購入意向

 

日本国内でのサステイナブルチョコレートの認知度ままだ低いものの、全体の65%が購入意向ありと回答しており、サステナブルチョコレートを認知している人の89%が購入する意向を示している(15歳以上の男女1400人webアンケート:デロイトトーマツ2021)。資料提供:デロイトトーマツ

 

例えば、生産・流通の各過程をブロックチェーンのデータベースに記録した上で流通する商品には、データベースを参照できるQRコードを付与したとします。それは今回の実証実験結果のように、生産側の持続可能な労働環境の醸成に結びつくだけでなく、それを製造・販売する企業にとっては、フェアトレード製品という“付加価値”を商品に持たせ、さらに、フェアトレードに対する社会の認識を強めるきっかけを作れるかもしれません。

 

「ブロックチェーンの技術を使ってデータを記録するということは、分散型でデータ管理されるため、利害が対立している当事者でもデータを信頼することができます。従来の内部でのデータ改ざんが可能な中央集権型のデータベースとの違いはここにあります。ブロックチェーン技術で農家と直接契約を結ぶこともできますし、新たな要素を加えることもできます。発想や捉え方によって、さまざまな付加要素を後から与え、新たな価値創造が可能だと思いますね(若林氏)」

 

持続可能なカカオ産業を作るために集う「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」

JICAでは、2020年1月に持続可能なカカオ産業の実現を目的とした「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム(以下、サステイナブル・カカオ・プラットフォーム)」を立ち上げています。今回の実証実験はプラットフォーム会員が関わる取り組みのひとつです。

 

JICAで開催されたサステイナブル・カカオ・プラットフォームの イベント。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

会員に名を連ねるのは、大手・中小の菓子メーカーや商社、広告代理店、弁護士法人、フェアトレードに関する社団法人や非営利活動法人などさまざま。それぞれの業種や業界が、それぞれの立場から、持続可能なカカオ産業を実現するべく、知見やリソースを持ち寄って共創、協働する場としての役割を果たしています。

 

JICA 開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム 概要。図表提供:国際協力機構(JICA)

 

「例えば、メーカーは、自社製品の原料がどのように生産されているか、高い関心を持っています。持続可能な方法で生産されていることを確認したい、持続可能な方法で生産できるよう生産者を支援したい、と考えているメーカーは多い。一方で、カカオ生産国で児童労働といった生産者の問題の解決に長年取り組んでいて、そのようなメーカーのパートナーになれるNGOもいますし、フェアトレード製品の流通拡大に取り組んでいる認証機関もいます。企業のサプライチェーン上の人権問題のリスクや対応事例について発信し、企業やNGOに助言を行っているコンサルティング企業もいる状況です。皆さん、それぞれの立場から持続可能なカカオ産業の実現に取り組んでいるとともに、この“場”を利用して協働する可能性を探っています。現在、メーカー、NGO、コンサルティング企業などの会員有志で、カカオ産業における児童労働撤廃に貢献するために、関係者それぞれに期待される具体的な行動を取りまとめたガイダンス資料を作成しています。(山下氏)」

 

また山下氏は、今後のサステイナブル・カカオ・プラットフォームの展開について「現在はメーカーや商社が多いですが、ほかの分野にも会員が広がっていくと、活動の幅も広げられると思っています。より消費者に近い流通業界、大手の百貨店さんやスーパーマーケットチェーンなどを巻き込んでいきたいですね」とも話します。

 

多彩なプレーヤーの増加が児童労働の撤廃につながる

「児童労働の撤廃」「持続可能なカカオ産業の実現」と聞くと、ごく限られた企業のみが関係しているようにも思えます。ですが、このテーマを追求し、発展途上国の状況や、社会構造を変革させるような大きな動きにするためには、より多くの業種の参画が必要だと私は考えています。というのも、児童労働の撤廃のためには、将来にわたって大きな収益を生み続けていくことが不可欠だからです。

 

多様な関係者間での意見交換の場となっているサステイナブル・カカオプラットフォーム。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

今回の実証実験では、児童労働をさせないことを条件に、事業者がプレミアム価格でカカオを買い取るという仕組みで農家の収益を向上させています。ですが、上乗せ分のコストは、さまざまな方法で確保できるのではないでしょうか。

 

例えば、ブロックチェーンの技術を用いて、フェアトレード製品であることが担保されているチョコレートを、メーカーはこれまでの120%の価格で販売するとします。いわば、フェアトレード製品であることをブランド化し、付加価値を作ることで、利益率を向上させるのです。メーカーから農家に利益を還元する仕組みを作れば、消費者がその商品を買えば買うほど、農家にマージンが入るようになります。

 

あるいは、他のサービスや製品を巻き込んでプロジェクト化し、フェアトレード製品を組み込むという考え方も適用できる可能性があります。例えばエンタメ産業なら、特定のアーティストの楽曲をダウンロード購入した消費者は、フェアトレード製品を無料で受け取ることができ、音楽出版社は、楽曲の販売利益の一部を、フェアトレード製品の製造に関わった農家に還元するといったお金の還流方法です。この方法なら、協力するアーティストのファン層という、それまでとはまったく別の層にもアプローチすることになり、フェアトレードや児童労働撤廃という社会ムーブメーントの意識拡大にも期待が持てます。

 

これらはあくまでも一例ですが、私がお伝えしたいのは、一見、関わりが薄いように思える企業でも、児童労働を撤廃させるための仕組み作りに参加できる可能性を持っているということです。そしてプレーヤーが増えれば増えるほど、発展途上国の農家にインセンティブを提供できる機会も増加し、持続可能なカカオ産業の醸成に大きく近づいていくのではないでしょうか。そんな近未来を感じさせてくれる、ブロックチェーン技術とカカオと児童労働撤廃の話題です。

 

幼稚園に通う子どもたち(ガーナ)。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

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ヨーロッパで急成長中の医療×IoT「e-Health」、日本も注目すべき最先端を追う

【掲載日】2022年7月19日

新型コロナウイルス感染症の世界的流行も受けて、IoT技術を医療に取り入れるグローバルな潮流が加速されました。オンラインビデオ通話などによる遠隔診療をはじめとした、IoTを通じて個々の健康を増進する「e-Health」の取り組みが、世界各地で行われています。

 

EU理事会議長国であるフランスの取り組みの一環として、2022年5月にパリで開催された展示会「SANTEXPO 2022」では、最先端の取り組みを行う企業、研究・教育機関、NGOがヨーロッパ各地、さらにはそれ以外の地域からも出展。3日間開催された同展示会の出展社数は約600社、参加者は約2万人にのぼりました。この記事では、ヘルスケア・介護×IoTの最新トレンドをアイ・シー・ネット株式会社のグジス香苗がフランス在住の強みを活かし、実際に「SANTEXPO 2022」へ参加したレポートからお届けします。

パリ15区のポルト・ド・ベルサイユ見本市会場で開催

 

およそ600もの企業や団体がブースを出展した

 

薬局、市庁舎でも受けられる遠隔診療キャビンの導入

展示会場でまず目を引いたのが、遠隔診療用キャビン。日本でも普及が期待されているオンライン診療ですが、欧州では薬局を中心に、市庁舎、スーパーマーケットなど、公共の場所に遠隔診療用キャビンの設置が進んでいます。

 

キャビンにはオトスコープ(耳用の内視鏡)、デマトスコープ(皮膚の拡大鏡)、聴診器、パルスオキシメーター、体温計、血圧計といった検査機器が標準装備されており、簡易な検査に対応しています。また、薬が必要な場合は、キャビン内で処方箋をプリントアウト。薬局に設置されているキャビンを利用すれば、刷り出された処方箋で、薬を購入することができるので便利です。

ウェルネス、フィットネスサービスを展開するH4D社の遠隔診療用キャビン。人間工学に基づいて作られた椅子に座り、自ら検診器を使用する

 

キャビン上部に設置された画面に映る医師から問診を受ける

 

患者の情報が詰まった電子カルテは、暗号化されたうえで、EUの一般データ保護規則(General Data Protection Regulation、以下、GDPR)に基づいた高い安全性のもと、保管・管理されています。個人情報保護を目的に、2018年に適用が開始されたGDPRは、個人データを扱う機関・施設にデータ保護オフィサーの配置を義務付けるなど、高い基準が設定されているのが特徴。

遠隔診療サービスを提供するMEDADOM社の独立スタンド型診療用システム

 

保険証(緑色カード)を差し込み遠隔診療を開始。診療費は国民健康保険からMEDADOM社に払い戻される

 

遠隔診療用キャビンのリーディングカンパニーのひとつ、TESSAN社のスタッフによれば、同社製のキャビンは2018年から設置がスタートし、いまやフランス全土で450台が稼働しているとのこと。キャビンに訪れた患者に対応する医師・専門医は100人おり、患者数はなんと10万人におよびます。同社では、キャビン内の機器をさらに充実させる取り組みも行っており、眼科関連や心電図の検査機器を現在開発しているそうです。

TESSAN社の遠隔診療用キャビンの内部

 

そのビジネスモデルを見ていくと、キャビンの販売自体から得られる収益がない、という点が特徴的。というのも、これらのキャビンは5年間のリース契約で設置されており、リース終了後には契約者の所有物になるのです。一方、TESSAN社は、フランスの国民健康保険から払い戻される診察料から、管理費などの必要経費を除いた額を収益としています。

 

フランスでは、コロナ禍がはじまる以前の2018年時点で、遠隔診療に関する法整備が進んでおり、遠隔診療の医療費が国民健康保険の補償対象になっています。さらに、2020年以降のコロナ禍でその需要が爆発的に増えたことから、2022年7月31日まで遠隔診療の自己負担額が無料になる措置まで取られています。また、同国の健康保険証はデジタルスキャンに対応しており、日本とは異なるこういった土壌も、遠隔診療用キャビンの急速な普及に一役買っているといえるでしょう。

 

コロナ禍の感染対策や非接触に対する国民の意識向上の他に、このキャビンが普及した背景には、フランスの医療事情もあります。というのも、日本の街中に多く見られるような個人開業医によるクリニック数の減少と都市部に偏在していることから、医療へのアクセスが難しい「医療のデザートエリア(砂漠地帯)」と呼ばれる地域が存在します。こうした医療格差を埋める存在として、遠隔診療キャビンは大きな注目を集めているのです。

 

こうした背景は、日本でも決して、無縁ではありません。過疎化が進んでいる日本の地方では、医師不足の問題が深刻化しています。遠隔診療キャビンは、我が国における問題を解決するひとつのツールになる可能性も。また、医療レベルが低い発展途上国もこれに注目しています。アフリカ西部に位置し、フランス語を公用語とするマリでは、国家レベルのプロジェクトとして「マリ遠隔医療プロジェクト」が進行中。ヘルス分野のDX推進を進めるための省庁として、国家遠隔ヘルス・医療情報庁が設置されているほどです。

マリ「国家遠隔ヘルス・医療情報庁」の紹介パンフレット

 

パンフレットの裏面。遠隔医療をはじめ、庁内の取り組みについて解説

 

ブロックチェーン技術を活用した、患者の個人情報保護

「SANTEXPO 2022」には多くのスタートアップ企業も出展しました。そのなかでも特に目立っていたのが、ブロックチェーン技術を活用したプロダクトサービスを提供している企業。遠隔診療用キャビンの普及により、電子カルテ情報などを暗号化し安全に管理・共有するシステムの需要が高まっていることも、そんな企業を後押ししています。

 

本エクスポに出展していたうちの一社であるDr Data社は、フランスの法医学博士号を有する女性社長が起業したスタートアップ。同社の事業は、ブロックチェーンの暗号化技術を用いた保健医療データの保護や電子患者データの管理です。さらに、GDPRに基づいた、データ保護オフィサーの派遣も行っています。

 

また、救命医・麻酔科医によるスタートアップであるGALEON社は、患者や治験のデータを病院間・医療関係者間で安全に共有できる仕組みを開発しています。当然ながら、このシステムもブロックチェーン技術を活用したものです。同社の試みは、データを安全に保管するだけでなく、医療関係者がそれを共有できるようにした点がユニークですが、患者が自分のデータを管理できるようにするシステム構築が進められています。

 

そして、GALEON社の独自性は、事業内容にとどまりません。医療従事者だけでなく患者にも資する会社にするというコンセプトで運営されている同社は「分散型自立組織」という形式を採用しています。同社の組織はプロジェクトに貢献した人による投票によって運営されており、たとえば自身のデータを治験に利用することに同意した患者にも、その投票権が与えられるそう。従来の株式会社とは違う、トップダウンの性質が非常に薄い組織体系です。多くの医師・患者から高い評価を得ているGALEON社のプロジェクトは、2021年末から2022年初頭にかけて、1500万ドル相当の資金調達にも成功しています。

 

仏・郵政公社がe-Healthに進出し、高齢者の見守りに注力

遠隔医療、ブロックチェーンのほかにも「SANTEXPO 2022」で目立っていた要素が、高齢者や慢性疾患患者の見守りサービスです。

 

たとえば、フランスの郵政公社La Posteは、家庭・医療・デジタル技術関連の企業買収を進めており、イノベーションの支援やヘルスケア領域へ事業範囲を拡大。高齢者の自立生活支援や見守り、医療補助機器の販売、さらには保健医療サービス提供事業者への物流・金融などのBtoBサービスまで幅広く手掛けています。

 

La Posteの強みは、郵便配達員という“インフラ”を全国に有していること。実は同社、そのインフラを活かし、下水管の詰まりなど日常生活上のトラブルが起きてしまった住宅を郵便配達員が訪ねた際に、工事業者を紹介するといった事業をすでに行っています。昨今の事例は、高齢者の見守りにその領域を広げたものと考えることができるでしょう。

早期退院した患者が体調を遠隔モニタリングできるよう、RDS社が開発した遠隔サーベイランス機器のパンフレット

 

また、早期退院した患者の体調を遠隔モニタリングできる、小型パッチタイプの遠隔サーベイランス機器を開発したRhythm Diagnostic Systems社の出展もありました。このパッチは1週間の使い切りタイプ。患者がこれを貼り付けて生活することで、退院後であってもそのバイタルサインを一定期間遠隔モニタリングできるというわけです。日本でも、病院の病床不足が問題になることはありますから、こういった機器が海を渡って来れば、医療従事者の負荷軽減に一役買いそうです。

退院患者のバイタルサインを1週間ほどモニタリング可能

 

日本でも待たれるe-Healthイノベーション

e-Healthの最先端が結集した今回の「SANTEXPO 2022」。その展示を通してとくに強く感じたのは、官民両面での「日本との違い」でした。“官”の面では、フランス政府が遠隔診療の医療費を無料にするなどの強力な政策を進めており、e-Health推進に向けた強力なリーダーシップを発揮しています。

 

また、“民”の面でも、乱立するデジタルシステムの相互補完性を各社が担保するなど、医療の改善に向けた問題解決意識が競合各社の間で共有されています。e-Health勃興期といえる今、多様な製品・サービスが乱立しており、それらひとつひとつの互換性に懸念が持たれるところですが、多くのケースにおいて杞憂というわけです。

 

一方で、勃興期ゆえの問題もあります。それは、e-Health導入による改善効果のエビデンスがまだ集まっていないということです。しかし、この記事で紹介してきたように、e-Health導入による社会問題の解決事例が集まり始めているのもまた事実。あとは、それにどれくらいの費用対効果があるのかなど、トライアンドエラーを繰り返しながら改善を続けていくフェーズに入ることでしょう。

 

一方で日本に目を移すと……高い医療レベルを誇り、平均寿命世界一の国でもある我が国ですが、e-Healthの面でいえば後れをとっているといわざるをえません。この記事で紹介したものが海を渡って日本にやってくる未来があるかもしれませんが、国内でそれらに負けないイノベーションが生まれることも大いに期待ができます。

 

グジス香苗(写真右端)●米国大学院で公衆衛生修士号(MPH)を取得後、国際NGO、国連機関に勤務。アイ・シー・ネット入社後は、2011年から足掛け10年、セネガル保健省と保健システム強化のODA事業を実施。並行して女性の起業・ビジネス支援、経済的エンパワーメント、ジェンダーに基づく暴力などに関する研修事業や調査業務に従事した経験を持つ。現在は、アイ・シー・ネット保健戦略タスクチームの技術コンサルタントとして、保健医療分野の事業運営や戦略立案を支援しながら、フランス在住の地の利を活かしてフランス・欧州での調査業務を実施している。 

セネガル中央保健省の計画局課長、市長連合の代表、州医務局の担当官、プロジェクト総括のグジスの4人でチームを組んで、保健ポストを巡回指導(スーパービジョン)に訪れた時の様子。人材・保健情報・医薬品マネジメントと保健サービス提供の現状・課題を把握し、その対応策を一緒に検討した

 

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読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

『NEXT BUSINESS INSIGHTS』を運営するアイ・シー・ネット株式会社(学研グループ)は、150カ国以上で活動し開発途上国や新興国での支援に様々なアプローチで取り組んでいます。事業支援も、その取り組みの一環です。国際事業を検討されている皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料もご用意しています。

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執筆/畑野壮太

データとトレンドで見るICT産業大国「インド」の全て

【掲載日】2022年5月19日

 

NEXT BUISINESS INSIGHTSでは、世界で注目される発展途上国の現在を様々な視点で紐解いています。本記事では、そんな豊富な記事をより深く理解するために、国別に知っておきたい基本情報をまとめました。今回は、2030年には世界トップの人口数になると予想されている「インド共和国」。世界的大企業がいま率先して投資を始めている、インド市場の現在を知っていきましょう。

 

 

データで見るインドの概況

 

●人口…13.5億人

●2050年の人口予想…15.3億人

●平均年齢…28.5歳

●インターネット普及率…34%

●携帯電話普及率…87%

●スマートフォン普及率…24%

●一人当たりのGDP(円換算)…2300円

●総GDP…2719億ドル

●その他…地域ごとに大きく異なる気候特性、連邦法・州法の採用、英語の他にヒンディー語・マラティー語・タミル語など地域ごとに様々な現地言語が残る

 

インドは、この先10年足らずでGDPは日本を超えて世界3位の経済大国になると言われています。その大きな要因として挙げられるのは、ボーナス期で伸び続けている人口数です。現在の平均年齢が30歳未満と今後の経済担う若年層人材が潤沢であることから、市場としての将来性に注目が集まっているのです。

 

いまだインターネット普及率、スマートフォン普及率ともに30%前後ではあるものの、インドのICT産業や人材の持つ能力には多くの国が注目し続け今や「IT大国」と世界的に呼ばれる位置にいます。約300万km2もの広大な面積の土地には、29州で構成されており、最高40℃~最低10℃までと寒暖差の激しい地域もあれば、雨季にはモンスーンが発生するような地域もあったりと環境特性に様々な違いがあり主要産業も地域別に異なっています。

 

世界的に将来性の高い国であるインドの特性を、さらに4つのパートに分けて見ていきたいと思います。

 

【パート1】農林・水産

(概況・特徴)

・総人口に対する農林水産業の従事者比率…約50%

・農地面積…17,972万ha(2016年時点)

・主な農産物…さとうきび、コメ、小麦、馬鈴薯、バナナ、マンゴー、グアバ、トマト、パパイア、オクラ、チャ、ショウガ、牛乳など(農水省ホームページ、2019年)

(課題)

・人口増加に反して農業人口が減少

・フードロスの増加

(新たな動き)

・スマート農業、先端技術を持つベンチャー企業の活発化

・加工食品へのニーズが増加

・都会的で向けのコーヒーショップや、ベーカリーが増加

 

インドの農産物で生産量1位を誇る品目シェアと単収。3段目のマンゴスチンの生産は、実態としては稀となる

 

前述の通り人口が増加し続けているインドではありますが、一方で農業従事者の人口が減少傾向にあることが課題として挙げられています。また、その生産・加工技術は体系化されているものではなく小規模農家が多いため、フードロスが増加していることも大きな課題。

 

インドの農林水産では、近年新たなアグリテックが多く生まれていることも特徴です。その内容は、衛星画像やセンサーを活用したデータ分析(営農情報提供サービス)から、新たな農業資材に関する情報、農機レンタルあるいはシェアリング、ファイナンスなど多岐に渡ります。

 

近年都市部では洗練されたスターバックスのようなコーヒーショップが若者を中心に人気を集めており、おしゃれなパッケージのフィルターコーヒーなども販売されています。

 

雰囲気のいいベーカリーも増えており、中には日本式のカレーパンやチーズケーキが販売されていたり、日本のようにトングとトレーで店内で買い物をするタイプの店も出てきています。また中間層や働く女性も増加しているため、キノコや乳製品などを中心に食の安全・安心や保存のきく加工食品へのニーズが増加していることも、今後日本企業でも進出可能性が高く見られるポイントでしょう。

 

インドで展開されているコーヒーショップ「Third Wave Coffee」のフィルターコーヒー

 

【パート2】保健医療

(概況・特徴)

・平均寿命…68.5歳(男性67歳/女性70歳 2016年時点)

・妊産婦の死亡率…10万人あたり145人(2017年時点)

・乳幼児の死亡率…1000人あたり37人(2018年時点)

・疾病構造や死亡要因…循環器疾患27%、感染症・周産期・栄養不全26%、その他非感染症疾患13%、呼吸器疾患11%、傷害11%、がん9%

・医療費支出額…800億ドル

(課題)

・医療従事者が数、質ともに不足している

・医療教育への十分な投資がされていない

・全人口の保険加入率が25%程度に留まっている

・老年看護や高齢者ケアの概念が浸透していない

(近年の新たな動き)

・POC機器市場の伸長

・民間企業による高齢者ケアのための医療サービス提供

・健康志向が高まり、ジムや健康食品への関心が高まっている

 

 

 

医療と衛生状況も向上しているインドではありますが、国全体の課題としては医療機関・従事者の体制が万全でないことに加え、医療教育もまだまだ十分に追いついているとは言えない状況です。医療機関も都市部には集中していますが、地方ではまだまだ環境が整っていません。しかし、そういった状況が近年、求めやすい価格で簡易検査を可能とする「POC機器」市場を伸長させている一因でもあります。2020年時点ではインド国内で約700もの医療機器メーカーがあり、インドの医療機器市場はアジアでも4番目、世界でも20位内に入る規模となりました。

 

機器とともに知識不足がゆえに課題となっていることには、糖尿病も挙げられるでしょう。インドの糖尿病患者数は世界で最も多く、2025年には1億5000万人にも達すると言われています。生活習慣病である糖尿病にとっては、日常的な検査と適切な治療が求められそれらの体制が万全でないことが問題点として挙げられているのです。しかし、その反動として社会的に健康志向意識が高まり、近年トレーニングジムや健康食品に注目が集中する現象が起きています。

 

環境が整っていないという意味では、医療教育が普及していないことと老人介護・高齢者ケアの概念が浸透していないことも大きな課題です。インドでは伝統的に家庭内での高齢者ケアが一般的で外部にケアを依頼することが浸透していません。しかし、調査では約45%が「重荷である」と回答しているのです。そういった声をもとに、病院・NGO・民間企業によって、検査・診察・看護・理学療法・緊急対応・健康モニタリングといった医療サービスの提供がスタートしています。

 

【パート3】教育・人材

(概況・特徴)

・学校制度…5・3・2・2制

・義務教育期間…8年生まで(6歳~14歳まで)

・学校年度…4月1日~3月31日

・学期制…3学期制(1学期:4月~8月/2学期:9月~12月/3学期:1月~3月)

・15-24歳までの識字率(2018年時点)…91.66%

・15歳以上全体の識字率(2018年時点)…74.37%

・総就学率(2017年時点)…就学前13.7%/初等113%/中等73.5%/高等27.4%

・初等教育の純就学率(2013年時点)…92.3%

・就学人口(2011年-2012年度)…幼稚園/保育園333万6365人/初等学校9131万5240人/上級初等学校6254万2529人/中等学校3777万6868人/上級中等学校4266万8238人

(課題)

・児童・生徒数に対して教員人材が足りていない

・教員人材訓練の環境が万全ではなく、訓練未履修の教員が存在している

(新たな動き)

・海外への留学が増加。留学先はアメリカを中心に各国へ分岐している

・EduTech産業が急伸している。新型コロナウィルス感染症流行後、オンラインでの遠隔教育を中心に様々なEduTechソリューションが発展している

 

 

人口ボーナス期であるインドは、約40%の人口が5~24歳の若年層です。今後数十年に渡り目覚ましい成長を見せることが予想されますが、若年層の数に対して教育環境が整っていないことが現在の大きな課題です。

 

初等教育の就学率は92%と高いものの、15歳以上になると識字率の男女格差が生まれ始めて一定の年代以上における教育格差が見受けられます。最大の課題は、増加する就学児に対してしっかりとした訓練を受けた教員が足りていないことでしょう。インドではいまだ地域、身分にとどまらず部族や宗教間など様々な視点での格差が根差しており、その格差を埋めて国内で均等で十分な教育環境を整えることが必要とされています。

 

反面、ICT産業で世界的注目を集めているインドでは、教育とテクノロジーを掛け合わせた「EduTech」産業が凄まじい成長を遂げています。国内では4400もの新興企業が稼働しており、その数は世界でアメリカに次いで2位にランクされました。新型コロナウィルス感染症流行してからは、その技術をもって遠隔教育が盛んに採用。EduTechソリューションのユーザーは2倍になり、利用者のオンラインで過ごす時間は50%増加したと言われています。

 

【パート4】IT・インフラ・環境

(概況・特徴)

・主要港数…13

・港湾処理能力(1TEU…20フィートコンテナ1個 2018年時点)…1638万TEU

・鉄道網(2019年時点)…6万7368km

・道路網…560万km以上 国道(2019年度)…13万2500km 州道(2017年度)…17万6166km

・輸出製品構成…石油製品14%/宝石類11%/機械製品7%/その他68%

・輸入製品構成…原油・石油製品32%/機械製品13%/宝石類11%/その他45%

(課題)

・製造分野の零細企業制が多い

・石炭中心の電気構成や車両増加による都市部の大気汚染が深刻化

・道路網への依存が高いなど、物流サービスが非効率

(近年の新たな動き)

・再生可能エネルギーが最も安価な国であるため、太陽光電池の開発などが盛ん

・2030年までに新車のEV化を国家目標に掲げるなど、電気自動車産業への積極的な取り組み

・Eコマースの需要拡大に伴い、数多くのブランドや店舗が参画

・製造業振興の国策「Make In India」の推進

・90億ドルもの資金調達を達成した、FinTech市場の伸長

 

 

インドが世界で最も注目されるITや、インフラ、環境を見てみましょう。まず2014年にモディ政権下で提唱された製造業振興策「Make In India」からも見てとれる通り、インドの目下の課題は製造業のテコ入れにあります。当初はインドが抱える様々な課題から政策はうまく実行できずにいましたが、第2次モディ政権では法人税の引き下げや労働法改革、電気自動車産業など新産業の推進を掲げて今後の展望が期待されています。電気自動車の新産業とともに、太陽光産業など再生可能エネルギーをローコストで運用できることもインドの強みです。

 

IT産業においては、新型コロナウィルス感染症流行を皮切りにEコマースの積極導入が図られるばかりでなく、FinTech市場において世界でも記録的な額である90億ドルの資金調達を達成するなど、先進技術によるIT成長率には目を見張るものがあります。

 

「NEXT BUSINESS INSIGHTS」を運営するアイ・シー・ネット株式会社では、開発途上国の発展支援における様々なアプローチに取り組んでいます。新興国でのビジネスを考えている企業の活動支援も、その取り組みの一環です。そんな企業の皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料を用意。具体的なステップを踏みたい場合の問い合わせ受付も行っています。「NEXT BUSINESS INSIGHTS」の記事を見て、途上国についてのビジネスを考えている方は、まずは下記の資料集を参照ください。

●アイ・シー・ネット株式会社「海外進出に役立つ資料集」

途上国で新型コロナウイルスに感染したら? 現地スタッフの体験から見える渡航の際の留意点

【掲載日】2022年4月5日

いまだ収束したとは言い難い状況が続いている新型コロナウイルス。世界各地で感染者が出ていますが、感染状況や対策は国によって大きく異なります。そこで今回は、海外で事業に従事するアイ・シー・ネット社員のうち、現地で新型コロナウイルスに感染した社員3名にインタビューしました。バングラデシュ、カンボジア、セネガルの3か国それぞれの、現地でのリアルな体験談とともに、渡航の際に注意すべきことや備えておくべきことなどをお伝えします。

 

●バングラデシュ

感染者数が195万人超のバングラデシュ。2022年1月下旬頃から急激に感染者が増加し、新規感染者数が1日1万人を超える日もありましたが、2月下旬以降は感染状況が落ち着きつつあります。今回インタビューしたのは、感染者が急増した1月下旬に現地で新型コロナウイルスに感染した社員。自身の症状や療養施設の対応、国の政策などについて聞きました。

――陽性と診断されてから療養先が決まるまでの経緯を教えてください。

「のどに微かな違和感を覚えた翌日から次第に痛みがひどくなり、その後37.5度の熱が出ました。滞在していたホテルでPCR検査を受けたところ、翌朝に陽性と判明。医師に電話で相談したところ、軽症のため医療診察を受ける必要はないと言われ、そのままホテルで療養することになりました。旅行サポートサービスを利用し、日本語で日本の医師に相談できたことはとても安心できました」

 

――医療機関とのやりとりや発症してからの症状について教えてください。

「陽性と診断されて医師に電話した際に、日本から持参した解熱剤の成分などを伝え、服用して問題ないかを念のため確認しました。また、酸素飽和度や、息切れなどの症状で気を付けるべき点について説明を受けました。それ以降は発症してから6日目に経過確認の連絡があったくらいでした。

症状は、軽症とはいえ発熱してから3日間は熱が下がらず、最高で38.2度まで上がりました。4日目以降は平熱に戻りましたが、以降も倦怠感は続きました。咳もかなり出て辛かったです。解熱剤を十分に持っていたので、なんとか凌ぐことができましたが、額に貼る冷却のジェルシートや咳止めの薬などもあればもう少し早く楽になれていたかもしれません」

 

――療養していたホテルの対応について教えてください。

「ホテルのスタッフとは基本的に直接接触することはありませんでした。食事は朝と夜、タオル、シーツ、水、トイレットペーパーといった必要なものは必要なタイミングで連絡し、毎回、部屋の前に置いてもらっていました。食器や利用済みのタオル、シーツなどは部屋で保管するように言われ、ゴミも含めて隔離期間中は一切回収してもらえず……。洗濯サービスも停止されました。

バングラデシュでは陽性者への隔離や療養に関する明確な基準がないようで、私が滞在していたホテルではPCR検査で陰性と診断されることが、隔離対応解除の条件でした。私は発症してから10日後に再びPCR検査を受診しましたが、症状が出ていないにも関わらず結果は陽性。結局、陰性の結果が出たのは発症から19日後でした。他の利用客や従業員に感染させないようにというホテル側の対応はもちろん理解できるのですが、部屋から出られない期間が長く、なかなか辛かったです。ちなみに私が滞在していたホテルと同地区のホテルも隔離解除の条件は同じだったようです」

隔離期間中は外からサービスを受け取れるが、外に物を出せなかったためコップが25個、皿は30枚以上たまっていったという

 

――国の政策や方針について教えてください。

「国の政策としては、2022年1月13日から、マスク着用義務、公共交通機関定員半数制限、集会・行事の開催禁止、ホテル・レストラン利用時のワクチン接種証明書の提示などの行動規制がスタート。同月21日からは、学校・大学閉鎖(2月6日まで)、政府や民間のオフィス、工場の従業員は、ワクチン接種証明書を取得しなければならないなど、新たな行動規制が追加されました。これらの行動規制措置の期限は2月22日までで、それ以降の延長発表などは特にありませんでした。

行動規制があった時期は、オフィスへの出勤を控える人が増えたのか、いつもより朝夕の交通渋滞が少なくなったとも聞いています。その一方で新聞の1面では、市場などの不特定多数の人が集まる場所でマスクをしていない人がいることが連日のように報じられていました。

隔離や療養に関する明確な基準がないバングラデシュでは、感染しても国からの指示やサポートを受けることがなかなかできません。今回の経験を通して、いざというときのために薬など必要なものを一通り用意しておくことが大切だと痛感しました」

 

●カンボジア

続いて、感染者数13万人を超えるカンボジアで、2022年1月に新型コロナウイルスに感染した社員にインタビューしました。1日の新規感染者が500人を超える日もあった2月下旬をピークに、現在は減少傾向にあるというカンボジア。国の政策や、現地の人々の様子などもあわせてお聞きしました。

 

――陽性と診断されるまでの経緯や、その後の療養先について教えてください。

「症状は特にありませんでしたが、帰国前検査を受診したところ陽性と診断されました。自宅に戻って待機していると、その日のうちに保健省が手配したと思われる救急車が迎えに来て、7~10日分の衣服などを準備するように言われました。その後、保健省指定の隔離施設へ移動。詳しい説明はありませんでしたが、主に空港検査で陽性となった外国人と国外から帰国したカンボジア人を収容している施設だったと思われます」

隔離施設の中庭。右奥が職員滞在施設。左手前のテーブルに食事と水が置かれる

 

――隔離施設の対応や、医療機関とのやりとりについて教えてください。

「施設に来た翌日に、パスポートや保険証の提示を求められました。また同日に体調に関する簡単な問診があり、血液採取、体重や血圧の測定なども行いました。施設に来た翌日から出所する前日まで、3、4種類の飲み薬を渡され、朝と夜に服用していましたが、陽性と診断されてからも症状は特にありませんでした。

施設に来て5日目くらいのタイミングで、保健省関連の組織から過去の滞在履歴に関する確認の電話がありました。確認の対象となる期間は、陽性と診断された日から数えて14日前から4日前まで。あわせて私が現地で関わっている事業の担当者についても聞かれました。その際に、仕事で訪問していたところにも自身が陽性になったことを報告。しかし今思えば施設に収容された時点で報告しておくべきだったと反省しています。

出所できたのは、施設に入っておよそ10日後。陽性の診断を受けてから7日目に1回目のPCR検査、さらにその48時間後に2回目の検査を受け、両方とも陰性であったことが分かると、施設から“出所して良い”と言われました」

 

――隔離施設での生活はいかがでしたか? 

「私が療養していたのは8名分の病床がある部屋で、同室者には中国系の男性1名と、私と同じタイミングで入所したパキスタン人の男性2名がいました。同室になった人たちとコミュニケーションを取ったり、英語が話せる施設の職員たちと会話したりすることで、精神的に少し楽になりましたね」

「療養していた大部屋。カーテンで仕切られていて、半個室になっていました」

 

「ただ個室ではなく共同生活になるため、衛生面などでは気になるところもありました。例えば、石鹸が洗面台とユニットバスに1個ずつしかなく……。タオルや歯磨きセットなども支給がなかったため、こうした衛生用品は事前に準備しておいたほうがいいと思いました。さらに貴重品の管理なども注意が必要です。私は持って行きませんでしたが、トイレやお風呂場に持ち込めないPCなどは、鍵付きの小さなスーツケースなどで保管すると安心だと思います。またパスポートや保険証は原本ではなく、スクリーンショットの提示でも問題ありませんでした」

「半個室には扇風機とエアコンが各1台設置されていました。緑色のブランケット1枚は貸与されたもの。私はシーツ代わりに使用していました。オレンジのタオルは職員に貸してほしいと伝えたところ、借りることができました」

 

「食事は、朝・昼・夜、毎食クメール料理でした。毎回メニューが違ったので飽きることはありませんでしたが、外部からの持ち込みが自由だったので、カップ麺やスナック菓子などがあると、より快適に過ごせたかもしれません」

「昼食の一例。白米と炒め物とスープが、昼も夜も定番でした。左上に映っている小袋が、朝7時過ぎに支給される朝と夜の飲み薬です」

 

――カンボジアの人々や街の様子、国の対策や方針について教えてください。

「現在カンボジアでは、小さなスーパーマーケットや飲食店でもアルコール消毒と体温計が設置されています。また、屋外では基本的にマスクを着用している人がほとんどで、感染対策に対する意識は比較的高いと思います。しかし現在進められている3、4回目のワクチン接種は、1、2回目と比べると接種率はまだ低く、政府は追加接種を頻繁に奨励しているところです」

 

●セネガル

最後は、オミクロン株によりピーク時の感染者数が8万5000人を超えるセネガルで、2022年1月に新型コロナウイルスに感染した社員にインタビューしました。昨年の4月から6月まで、緊急事態宣言および夜間外出禁止発令が出されて空港も閉鎖され、1日の新規感染者数が500人を超える日もあったセネガルですが、現在は減少傾向にあります。感染した当時の現地の様子や、療養時の過ごし方などを聞きました。

 

――陽性と診断されるまでの経緯や、当時の病院の様子を教えてください。

「セネガルへの出張中に体調を崩し、次第に自力で立つのがやっとという状態まで悪化しました。直近まで海外出張が続いていたこともあって、最初は時差の関係で疲れているのかなと思っていたのですが、熱も出始めて38度まで上がったため病院へ。簡易検査では陰性と判断されましたが、PCR検査では陽性と診断されました。

病院は新型コロナウイルスに感染したと思われる患者たちで混み合っていました。そのため人手が足りておらず、往診などはできていないようでした。また、診察を受けてビタミン剤と頭痛薬を処方されたのですが、処方薬は自分で薬局まで買いに行かなければなりませんでした」

 

――療養先や陽性と診断されてからの症状について教えてください。

「療養していたのは、現地で滞在していたアパートです。医者からは“スーパーなどであれば出歩いてもいい”と言われていましたが、政府の方針に従って外出は控えていました。同じアパートに同僚が滞在していたため、買い物のついでに私の分の食材も買ってきてもらえたのはありがたかったです。アパートにはキッチンや洗濯機もあったので、身の回りのことは全て自分で行っていました」

「療養中は食欲がない日が続きましたが、同僚が果物や野菜を買ってきてくれてドアの前まで届けてくれました。その中でもスイカは良く食べていました」

 

「熱は1日で下がりましたが、その後も激しい頭痛と吐き気、食欲不振がしばらく続きました。特に頭痛がひどかったため、頭痛薬は日本から持参しておくべきだったと思います。療養中は、このまま症状が悪化したらどうなってしまうんだろうと不安と孤独でいっぱいでしたが、2週間ほどで無事に回復することができました」

 

――国の政策や街の様子などを教えてください。

「現地セネガルの水産局や現地JICA事務所からは、テレワークの推進や、集会・イベント開催の制限などが行われており、マスク着用・消毒・体温チェックなどを行うように説明を受けました。しかし店はほぼ通常通りに営業しており、ホテルやレストランを利用する際にワクチン接種証明書の提示を求められることはありませんでした。現在の新規感染者数は平均1日5人程度で、感染状況は落ち着きつつあると言えると思います」

 

今回お伝えしたバングラデシュ、カンボジア、セネガルの3か国それぞれの体験談からも、新型コロナウイルスの感染状況や政府の対応は、国によって異なっていることがうかがえます。さらに各国の状況は日々変化しているため、渡航する際には情報収集や備えをすることが非常に重要だと言えるでしょう。特に日本国内で報道されることの少ない途上国などの状況は、渡航前に外務省のホームページなどで必ず最新の情報を確認するようにしてください。

※感染状況は3月17日までのものです。

 

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寄付型クラウドファンディングで事業を拡大! アフリカの女性起業家、その実情を知る

【掲載日】2022年4月2日

世界的に女性の起業家が増えている昨今、日本でも女性が新たなビジネスに参入しやすい世の中、仕組みを作るための施策が行われています。その中の一つに、「日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナー」という2013年から続くセミナーがあります。これまでにアフリカ22か国から計120名の女性起業家と行政官が参加し、アフリカにおける女性のビジネスや起業を推進することを目標としてきたものです。

 

今年で9回目を迎えるセミナーは2022年1月25日から3月1日にかけて開催され、13名がオンラインで参加。アフリカ諸国及び日本での女性起業家の現状や政府としての取り組み、アフリカと日本の女性起業家の経験などを聞き、今後の事業計画を作成しました。

 

セミナーは、講義・発表・ワークショップ・オンデマンド教材などを使った15コマのセッションで構成されています。今回のセミナーで特筆すべきは、「寄付型クラウドファンディング・ワークショップ」の実施をとおして、女性起業家が直面するファイナンスの壁を乗り越えるための方策が検討されたことです。日本でも広がり始めたクラウドファンディングをどのように事業に役立てたのか、また、本セミナーを通して見るアフリカの女性起業家にとっての今後の課題などに触れていきしょう。

 

アフリカ8か国から13人の女性が参加した今年度のオンラインセミナー

 

アフリカ8か国からオンラインで参加

日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナーが始まったきっかけは、2013年6月に横浜市で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)にさかのぼります。アフリカの経済開発の重要な要素として、女性の役割について議論され、同会議で採択された「横浜宣言 2013」には、「ジェンダーの主流化」*が掲げられました。

*ジェンダー平等を実現するための基本として、社会政策や立案・運営すべての領域でジェンダーの視点を入れていく考え方

 

これを受けて「日アフリカ・ビジネスウーマン交流プログラム」が立ち上げられ、JICA(国際協力機構)と横浜市が連携する形で、2013年度から英語圏・仏語圏のアフリカ諸国から女性企業家と行政官が日本に招へいされるようになったのです。そして2015年度からはJICAの課題別研修として、アフリカと日本の女性起業家や行政官による交流セミナーが実施されるようになりました。

 

行政官と女性起業家がペアで参加するのが本セミナーのユニークなところ。写真は、女性起業支援に積極的な横浜市の行政関係者との研修会(2018年撮影)

 

横浜市が女性起業家を支援するためにつくった女性専用シェアオフィス(F-SUSよこはま)を視察するアフリカの女性起業家と行政官たち(2018年撮影)

 

今年のセミナー参加者は、英語圏アフリカ諸国のエチオピア、ガーナ、モーリシャス、ソマリア、南スーダン、スーダン、ウガンダ、ザンビアの8か国から計13名で、この内、ガーナ、ソマリア、南スーダン、スーダン、ウガンダは各国2名ずつ参加しました。このセミナーのユニークさは、先述のとおり、女性起業家と行政官がペアになって参加する点です。

 

セミナーに参加するのは、女性起業家とともに母国に戻ってすぐに女性の起業やビジネス支援策を実行できる要職につく政府高官の人たちです。セミナーに参加するまでは面識のないペアが大半ですが、参加を通じて知り合いになるので、帰国後の活動におけるマッチングの場としての機能も果たしています。

 

セミナーの受託実施機関であるアイ・シー・ネット株式会社のグジス香苗さんによると、今年のセミナーで特徴的だったのが、行政官の所属する省庁がバラエティに富んでいたことだそう。例年は経済産業省など関係部署からの参加者が多かったのに対し、今年はウガンダから保健省の行政官が参加するなど、女性起業家の支援とは一見縁遠いような参加者もいました。

 

しかし、今回ペアを組んだウガンダの女性起業家が母子保健分野での事業を展開していたこともあり、良い繋がりが生まれました。2人はウガンダ国内の離れた町に暮らしていますが、いまではメッセンジャーアプリで気軽に繋がれる関係性にまでなったそうです。

 

セミナーでは、日本の経産省担当者による日本の女性起業支援についての講演や、民間による起業家支援の状況についての講義、横浜市の女性起業支援のサービスを利用した女性起業家との交流などが実施されています。コロナ禍の昨年度と本年度はオンライン開催となりましたが、それまではアフリカから一行が来日して地方自治体の視察や日本の女性起業家との交流なども行っていました。

 

セミナーの内容は毎年工夫を重ね、年度ごとに少し異なります。過去には来日した研修員がメンターになり、日本の女性起業家の悩みにアドバイスするといった面白い取り組みも実施されました。アフリカの女性起業家は5年以上事業を展開している人を中心に参加しているので、日本とアフリカ双方に学びがある場になっているのです。

 

女性起業家の最大障壁はファイナンスと情報へのアクセス

アフリカの女性の起業や事業拡大に際して大きな障壁となっている課題はいくつもあります。たとえば、「女性は家に居て、外で働くのは男性」といった日本社会にも似た固定概念が根付いている点や、宗教上の理由で社会との関わりを持つことが困難な点。さらに、起業や事業拡大に必要な資金調達のハードルが高いことも大きな課題です。

 

なんと、アフリカでは女性が銀行口座を開設しづらいといった現実があるのです。ひと昔前までは銀行口座の開設にパートナーの同意が必要だったり、最初に銀行口座に預けるお金が用意できなかったり、銀行口座を維持するための手数料が払えなかったりといった障壁がありました。そうしたことから、心理的なハードルを感じていた女性起業家も多くいるのです。

 

その一方で、いまのアフリカはモバイルファイナンスの波が押し寄せており、モバイルマネーの使いやすさなど日本の数歩先を行くほどになっています。高齢の女性や若い主婦層などの多くの女性もモバイルの口座を持てるようになり、金融アクセスは少しずつ改善されているようです。

 

また、どうやって起業すればいいのか、どこに行けばそうした情報が得られるのかがわからないという、起業に関する情報アクセスがしづらいことも問題となっています。さらに、アフリカでは女性の起業に特化した施策が少ないのも現実です。ほかにも、信頼できる仲間を見つけることや人材育成に手間がかかるといった点も女性の起業を妨げる要因となっています。

 

前出のグジスさんは、「アフリカの女性起業家の声を聞くと、アフリカ独自の課題がある反面、日本の女性起業家と共通の悩みも多くあるように感じます」と話します。子育てで自由な時間が作れないといった悩みや、パートナーや周囲の支援を得づらいという声は日本と同じ。さらに、女性起業家同士のネットワークがなかったり、見つかっても関係性を続けにくかったりという現実もあるそうです。

 

今回のセミナーに参加することで、「こうした悩みをほかの人と共有できるのがいい」という意見もあります。しかし、本セミナーの研修が実施される横浜市は、待機児童対策やワークライフバランスと男性の家事・育児参画施策といった女性活躍支援の施策があります。加えて、女性起業家への支援事業が手厚く、起業家予備軍から起業・事業拡大まで、起業のフェーズごとにきめ細やかな支援が用意されていたり、毎年新たな支援が打ち出されたりするので、「女性の起業なんて日本だからできるんだ」という意見もあります。その一方で、いっしょに参加するアフリカの行政官にとっては良いインスピレーションを受けるきっかけになっているのも事実です。

 

横浜市男女共同参画センターの起業UPルームナビゲーター吉枝氏のセミナー受講の様子(2014年撮影)

 

NPO農スクール(株)えと菜園の小島希世子氏の農園を訪問し、意見交換を実施(2018年撮影)

 

クラウドファンディングをきっかけに事業を見つめ直す

今回のセミナーでは、初めて「クラウドファンディング・ワークショップ」が取り入れられました。セミナー期間中に実際のプロジェクトをローンチするという実践型のワークショップは、過去の反省を活かして考えられたプログラムでした。

 

グジスさんによると、ファイナンスへのアクセスをどうするかというのは大きな課題だったそうです。今回のセミナーでクラウドファンディング実習を取り上げたことで、研修を受けて帰国後にアフリカの人たちがすぐに使えるようになったのは大きな成果となりました。

 

クラウドファンディングを学ぶオンラインワークショップの様子

 

セミナーで利用したのは、株式会社奇兵隊が運営する寄付型クラウドファンディングの「Airfunding」。300ドルや500ドルといった少額を資金調達の目標額に設定でき、少額の寄付をリクエストできることや、セミナー参加国で既に資金調達に成功した事例があったことなどから、参加者のニーズに合うと考えられ、今回コラボが実現することになったそうです。

 

ほとんどの参加者がクラウドファンディングをするのは初めてですが、唯一、ソマリアの起業家女性がクラウドファンディングで起業資金を集めた経験があったそうです。彼女は今回、事業拡大のためのクラウドファンディングを行いましたが、そうしたアフリカの同胞起業家の体験ストーリーは他の参加者への刺激にもなっています。

 

セミナーで実際にファンディングを立ち上げ、資金調達に成功したウガンダの女性起業家のサイト

 

少額の資金集めに成功したスタートアップ起業を支援するスーダンの女性起業家のサイト

 

ソーシャルビジネスに寄付型ファンディング結びつけたザンビア女性起業家のサイト

 

クラウドファンディング・ワークショップに参加した11名のうち8名が実際にプロジェクトをローンチし、ウガンダの女性起業家はすでに資金を獲得し始めています。彼女は安全で清潔なお産をサポートするプロジェクトとしてマタニティグッズを販売しており、獲得した資金は製造費用に使うそうです。ほかにも、スーダンの女性起業家が女性のスタートアップ起業を支援する事業を展開しており、少しずつ資金を集め始めています。ザンビアでリサイクル事業を行う女性は、不用品を使ってカゴやバッグを作るという事業を行っており、製造現場に女性を雇い、売上を学校に通えない子ども達に寄付するといった活動をしています。

 

今回立ち上げた多くのプロジェクトに共通するのが、「ソーシャルビジネス」というキーワードです。本セミナーの重点項目のひとつに“ソーシャルビジネス(ビジネスを通して社会課題の解決に取り組む企業)”があります。経済的利益を出しながら、持続的開発目標(SDGs)への取り組みや社会的インパクトを出す持続的な企業経営やその重要性について学びました。

 

アフリカの多くの起業家は、起業時に社会貢献を目標に始めたわけではなく、利益を挙げることで手一杯。今回のセミナーでは、私たちを取り巻く社会課題をSDGsの17のゴールを参照しつつ、参加者のビジネスの「社会的ミッション」を考えるという学習を行い、参加者が改めて自分の事業が社会貢献に繋がり、社会課題の解決こそがビジネスに繋がるということに気付いてもらえたようです。

 

オンライン参加という従来とは異なる参加方式だったため、雑談のなかでヒアリングできる生の声はなかなか聞けなかったと話すグジスさんですが、そのなかで南スーダンの女性起業家からの声が嬉しかったと言います。

 

彼女はセミナーの開始日が有給休暇と重なったので、集中してセミナーを受講できたそうです。受講で得た情報をすぐに女性起業家のネットワークやご近所の女性と共有したと話しており、「この研修を修了し、私は非常に変わったと思います。今はもう以前と同じような考え方はしません。以前は自分のビジネスを大きくしてより多くの子どもが学校で学ぶことができるよう手助けをすることだけ考えていましたが、今は、もっと有能な経営者になりたいと思うようになりました」といったコメントを最後にくれたのだとか。また、「事業を進めるなかで限界を感じていたが、男性と競い合うという意味ではなく、これからも負けずにやっていく勇気をもらえた。会社でより重要なポストに昇進したいと考えるようになった。それが他の女性の道も開くだろうと思う」とも言ってくれたのが印象的だったそうです。

 

初めての試みだったクラウドファンディングのワークショップは大きな成果を生むきっかけとなったのは間違いありません。これまで研修後の成果物として帰国後の事業プランを作成してきましたが、プランを実行に移すための資金を調達する術がないのが現実でした。しかし、今回、Airfundingを知ったことで、帰国してからの資金を得るための方法を学べたのは大きな進歩だといえるでしょう。

 

課題は受講後も繋がれる仕組みの構築

すでに多くの卒業生を輩出してきた日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナーですが、今後の課題は「卒業生達と繋がり続けること」。今回のセミナーには以前研修に参加した2名の女性起業家が講師として招かれましたが、彼女達も今年の参加者から学んだことが多くあり、こうしたネットワークを維持することの重要性をグジスさんは感じたそうです。

 

これまで組織として数名をフォローアップしていくことはあったものの、多くの場合は日本のスタッフとは個人的な繋がりしかなかったのが現状です。しかし、そのなかでも事業が拡大した成功例はいくつかあります。

 

たとえば、ブルキナファソ、ガーナ、カメルーンの女性起業家が好事例。ブルキナファソの女性は農産品の加工・販売、マーケットを西アフリカからヨーロッパに拡大しました。カメルーンの女性は、農産品の加工をする機械を製造する事業を展開しており、JICA事業へのKAIZENコンサルタントとしても活躍しています。ガーナの女性は農産品加工をしていて、コロナ渦でジンジャーティーやハーブティーなどの健康食品の売上が伸びたそうです。その背景には、日本のセミナーに参加したことで、日本のコンサルタントとの繋がりができたからということもあり、こうした関係を維持していく重要性が伺われます。

 

過去に受講者として参加し、今回は講師として登壇してくれたガーナの女性起業家。2017年にセミナー参加後、日本の梱包技術を自社の農産品加工・販売に活用している

 

2016年に参加した南アフリカ女性起業家。今回は講師として、セミナー参加後のアフリカ各国への事業展開の共有に加えて、セミナー参加者の同窓会ネットワークの活性化に関する提案も行ってくれた

 

日アフリカ・ビジネスウーマン交流セミナーが目指すのは、アフリカの女性起業家が直面する障壁を乗り越えるための方法を伝えることです。その際、自身の事業がどのように社会課題の解決に働きかけているのか、社会貢献としての一面をいかにアピールできるかが、事業にとってもプラスなのは確か。いまや、世界中で社会貢献なくして事業は続けられないものになっていることを、私たちも忘れてはいけません。

 

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構成/小倉 忍 画像提供/アイ・シー・ネット株式会社

 

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拡大するインドの「高齢者ケア」のニーズ! 日本参入のカギを探る

昨今、人口増加がますます加速するインドでは、経済と医療の発展によりここ数十年で平均寿命も大幅に延びています。そのため、高齢者の人口も徐々に増えつつありこのままのペースで推移すると、2030年にはインドの総人口の約20%にあたる約3億人が高齢者になると予測されています。しかし、まだ若年層の人口比率が多いインドでは、高齢者の介護という概念も低く高齢者ケアに対する医療や福祉制度も整備されていないのが現状です。そこで、まだ発展途上の段階であるインドの高齢者ケアサービスの課題やニーズを紐解きながら、高齢化社会の先行国である日本のインド市場参入への可能性を探ります。

 

【参考資料】

IC Net ニュースレター

 

インドの高齢者ケアにおける状況と潜在的な課題

 ここ数年でインドの高齢者ケアを取り巻く環境は大きな変化を見せています。そこで注目すべきは、高齢者の増加や可処分所得の増加に伴う高齢者ケア市場の急激な拡大です。

 

高齢者ケアサービスは、在宅ケア、施設ケア、日帰りで通うデイケアの3つに大別されます。なかでも、インドでは在宅ケアの市場規模が最も大きく、今後もさらなる拡大が見込まれています。

 

 

なぜインドでは在宅ケアの需要が高く、市場規模も大きいのでしょうか。これは、インドの社会的背景や環境の変化が大きく関係しているといわれています。家族の結びつきが密接なインドでは、家庭内で高齢者ケアを行うことが伝統的に良しとされており、施設などの外部に介護を依頼することはあまり一般的ではありません。

 

しかしその一方、自宅で介護にあたる家族には大きな負担となっているのも事実です。実際に家族介護者に高齢者ケアがどれくらいの負担になっているかを聞いた調査では、下記の表で示した通り中等度~重度の負担または重度の負担と答えた方が全国で見ると約45%に上っています。また、女性の社会進出のほか都市部や海外への出稼ぎの増加により、家族間における介護の担い手が減少していることも負担増幅の大きな要因となっています。

 

 

民間企業の参入により、高品質な高齢者ケアサービスが増加

これまでインドの医療業界では、ボランティアをベースとしたNGOや高齢者施設が中心となり高齢者ケアを担ってきましたが、安価な分サービスの質の低さが指摘されていました。そんななか、多様なニーズが求められる高齢者ケア市場に新たな動きがはじまっています。とくに顕著なのは、民間企業による高齢者向けの在宅ケアサービスへの参入です。インドでは専門的な医療サービスを自宅で受けたいというニーズが根強く、民間企業は富裕層に向けた高品質な在宅ケアサービスを展開し、ここ数年で業績を伸ばしています。また経済の発展により、インドの富裕層と上流中産階級の人口比率は増加傾向にあり、さらなる高齢者ケア市場の拡大や需要の高まりが期待されています。

 

 

高齢者ケアサービスを定着させるために必要なインドの課題

民間企業の参入により高齢者ケアサービスの提供が進む中、さまざまな課題も明らかとなっています。一般的に高齢者ケアには、診察や検査、看護などをメインとした医療サービスと日常生活のサポートや学びの場の提供などを行う非医療サービスがあります。インドの病院や民間企業では高齢者に対する医療サービスの提供は増加傾向にありますが、非医療サービスの提供に重きを置く病院や企業が少ないのが現状です。これは、インドの医学部や看護学部では「老年介護教育」を行っていないため、介護という概念が希薄であり、非医療サービスに関する知識やノウハウが浸透していないことも要因のひとつとなっています。

 

しかし、時代の変化とともに高齢者ケアを担える家族介護者が減少しているインドでは、入浴や食事の手伝い、排せつなどの日常的なサポートを行う非医療サービスこそ潜在的なニーズがあるのではないかと考えられています。そのため、非医療介護者の能力開発や国家制度、ガイドラインの整備などは急務の課題となっています。

 

また、高齢者人口の増加に伴いインドでは今後さらに医療機関のインフラ整備の強化が求められるでしょう。そんな中、インドの医療機器の市場規模は、日本、中国、韓国に次いでアジアで4番目に位置し、世界でも20位以内に入っています。なかでも注目すべきは診断機器の市場です。2033年には、約22億ドルに達する見込みとなっており、とくにPOC(Point of Care)機器*の市場は、大きな成長率を見せています。インドでは質の高い医療機器や医療人材が都市部へ集中していることと貧富の差が激しいことから、求めやすい価格のPOC機器の需要が高い傾向にあるのです。また、第一次医療、第二次医療施設の整備や医療機器の配備の遅れが指摘されており、今後さらなる需要拡大が見込まれます。さらにインド国内で販売している医療機器の約70%は海外から輸入しており、海外製品への依存度が高いことも注目すべきポイントです。

*POC機器……病院の検査室またはそれ以外の場所でリアルタイム検査を行うための小型分析器や迅速診断キット

 

 

日本の高齢者ケアサービスのノウハウがインド市場参入へのカギ

現在日本では、人口の約30%が65歳以上となり、超高齢化社会に突入しています。そのため、他国に比べ高齢者ケアへの理解や人材育成、制度の整備が急速に進み、日本の高齢者ケア市場はさまざまな広がりを見せています。

 

なかでも介護職の需要は高く、国家資格を持つ介護福祉士や認定資格のホームヘルパー(訪問介護員)など、専門知識と技能を持つ非医療介護者の能力構築は率先して行われています。さらに介護福祉士からケアマネージャー(介護支援専門員)の資格取得を目指すなど、キャリアアップをサポートする仕組みも整えられています。

 

こうした日本の高齢化対策の実績は、介護という概念があまりなく人材育成や医療、福祉制度の整備が遅れているインドにおいて大いに参考になるでしょう。そのため日本の高齢者ケアサービスのノウハウを伝えるコンサルティングや非医療介護者の人材育成は、インド市場への参入の足掛かりになるかもしれません。また、日本のホスピタリティを生かした介護施設や高品質な在宅サービスは、高所得者が増えているインドで新たなニーズとなる可能性もあります。

 

さらに、インドの高齢者人口の増加に伴い、高齢者ケアサービスを提供する機関や施設が増えることで、介護用品や医療機器の需要が高まることも予想されます。とくに高品質な日本の高齢者ケア用機器は、まだ発展途上の段階にあるインドの高齢者ケア市場において注目を集めるビジネスアイテムとして大きな期待が寄せられています。

 

【参考資料】

IC Net ニュースレター

 

「NEXT BUISINESS INSIGHTS」を運営するアイ・シー・ネット株式会社では、開発途上国の発展支援における様々なアプローチに取り組んでいます。新興国でのビジネスを考えている企業の活動支援も、その取り組みの一環です。そんな企業の皆様向けに各国のデータや、ビジネスにおける機会・要因、ニーズレポートなど豊富な資料を用意。具体的なステップを踏みたい場合の問い合わせ受付も行っています。「NEXT BUISINESS INSIGHTS」の記事を見て、途上国についてのビジネスを考えている方は、まずは下記の資料集を参照ください。

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日本とミャンマーを繋ぐ「食」の可能性! 発酵食品や食品加工技術などミャンマーの特性と現状を探る

ミャンマーは2011年以降、政治や経済の改革によって国が大きく発展し、現在「アジア最後のフロンティア」とも呼ばれています。それに伴い、人々の生活にもさまざまな変化が。食に対する考え方もその一つです。

 

そこで今回は、食品の生産、加工、マーケティングなどを自身で実践し、その経験を国際協力の場でも活かしている小山敦史氏に話を伺いました。変化するミャンマーの食生活や、日本への展開が期待できる食品、日本が支援できる食品加工技術などを解説しつつ、これからのミャンマーの「食」について考えます。

 

お話を聞いた人

小山敦史氏

通信社で勤務したのち、開発コンサルティング会社に転職。国際開発の仕事を続けながら、アメリカの大学院で熱帯農業を学び、帰国後に沖縄で農業を開始。4年間ほど野菜を生産したのちに畜産業も始め、現在は食肉の加工や販売、市場調査など、幅広く行っている。自身が実践してきたビジネス経験をコンサルティングの仕事でも常に活かしており、現在はバングラデシュで食品安全に関する仕事に取り組んでいる。

 

中間層が増え、人々のライフスタイルや食事が変化

2011年にそれまで30年以上続いていた軍政が終わり、民主化されたミャンマー。現在は再び不安定な政況になっていますが、この10年間でミャンマーの国内には、さまざまな情報やものが一気に入ってきました。経済が成長したことで、人々の所得が増え、中間層の割合も増加しています。

 

 

これに伴い、人々の生活も大きく変化しました。例えば食の分野では、欧米化が進んでいたり、それまでは贅沢だった食品が日常的に食べられるようになったりしています。2020年の食品分野における市場規模のランキングを見ると、1位がケーキやスナックなどのお菓子類で33億5600万ドル、2位がパン・シリアルで26億2900万ドル、3位が水産物で22億3100万ドルです。また2013年から2020年の間で市場の伸び率が最も高かったのはベビーフードで、140.1%も伸びたことが分かっています。

 

 

こういった傾向について、小山氏は以下のようにコメントしています。

 

「ミャンマーの人たちは、これまであまり触れてこなかった食品に対する素朴な好奇心や憧れを持っていて、それが市場規模の数字にも表れているのだと思います。水産物やベビーフードのように決して安くはない食品の市場が伸びていることからも、人々の生活が豊かになってきていることがうかがえます。さらにヤンゴンなどの都市部では現在、寿司などの日本食レストランが出てきていて、日本の食べ物に対する興味関心が強くなっていることも実感しました」

 

ミャンマー独自の「お茶の漬物」は、日本での展開も期待できる食品

さまざまな食べ物が海外から入ってきているミャンマーですが、今後、日本への展開が期待できる現地の食品もあります。その一つが、お茶の漬物「ラペッソー」。ラペッソーは、生のお茶の葉を蒸して揉みこみ、ビニール袋などに詰めて、上から重石をのせた状態で1~2カ月、長ければ1年ほどの間、漬け込んでつくられます。ミャンマーをはじめASEAN各国では漬物がよく食べられていますが、お茶の漬物はミャンマー独自のもの。ミャンマーではピーナッツや油と混ぜ合わせてお茶請けとして食べることが多く、特に地方では毎日のように食べられています。「ラペッソーは日本でも好まれるのでは」と考える小山氏に、その理由や魅力を聞きました。

ミャンマーで日常的に食べられているお茶の漬物「ラペッソー」

 

「ラペッソーは、日本の漬物と同じように乳酸発酵でつくられています。そのため私たちが普段から親しんでいる漬物に近い味わい。日本人の口にも合うはずです。日本の『柴漬け』とよく似た風味です。製造時には塩を使わず、食べる際に塩加減をするものなので、塩分が気になる健康志向の人にも手に取ってもらいやすい。さらにラペッソーには発酵のうま味があるので、調味料的に使うことも可能です。キムチのようにチャーハンと混ぜたり肉と一緒に炒めたりしてもおいしく食べることができて、その汎用性の高さも魅力だと考えています」

 

ミャンマーのお茶は多くが北東部のシャン州山間部で生産されていて、ラペッソーもそのエリアでつくられています。そこからミャンマー全土に流通しており、ヤンゴンなどの都市部ではコンビニなどでも購入することが可能です。また、常温で持ち運びができるびん入り製品なども販売されていて、海外旅行客のお土産としての需要もあります。

レモン風味のペースト状ラペッソー

 

「私が支援した現地の企業の中には、ラペッソーを欧米のレストランなどに業務用として輸出しているところもありました。日本でも販売することは可能だと思いますが、ミャンマーで食べられているものを最初からそのまま販売するのは、少しハードルが高いかもしれません。マーケティングには工夫が必要です。

 

マーケティング方法の一つとして考えられるのは、日本国内で人気のあるシェフや料理家にラペッソーを使ってメニューを考えてもらい、新たな食べ方を提案していくこと。例えばミャンマーでは現在、お茶の葉をすりつぶしてペースト状にした商品が販売されています。パンに塗ったりパスタと絡めたりして使用することを想定した商品ですが、これはミャンマー人たちにとってもかなり新しいもの。しかし日本に輸出する場合はむしろ、このような調味料に使える商品から展開したほうが、幅広い使い方をイメージしやすいのではないでしょうか」

 

「ニーズだらけ」のミャンマー市場 日本の技術が活かせるところが多くある

現在ミャンマーでは、日本への関心が高まっていることを受け、そこに新たなビジネスチャンスを見出す現地企業も出てきています。例えば今、小山氏がJICAのプロジェクトで技術支援を行っているのが、日本式しょうゆの製造にチャレンジしている企業です。ここはもともと酢をつくっている企業ですが、これから人口が極端に増えない限り、酢の市場を大きく伸ばすことは難しいと考えた社長が、何か新しいものをつくろうと、日本式しょうゆに目をつけたそう。最初は自分たちで研究開発をしていましたが、なかなかうまくいかず、JICAで技術支援を行うことになったのだと言います。

 

「ミャンマーでは一般的にとろみと甘みが強い中国式しょうゆが使われることはありますが、さらっとした日本式しょうゆはまだほとんど出回っていません。現在、日本の食品に対する関心が高まっているので、ミャンマー国内でもヒットするのではと社長は期待しているようです。日本と同じように一から醸造してつくることができれば、おそらくミャンマーで初となる、日本式しょうゆの現地生産の成功例になると思います」

 

 

発酵食品をつくる技術以外にも、食の分野で「日本から技術支援投資できることはいくらでもある」と小山氏。その一つが、衛生管理を含めた食品加工技術です。小山氏自身、食肉の加工を行っている現地企業に訪問した際、製造現場に菌などの混入を防ぐための囲いがなかったり、雑菌の繫殖を抑えるための低い室温が保たれていなかったりと、衛生管理がきちんとなされていない状況をいくつも目の当たりにしたと言います。

 

そのほかにも、例えば牛乳をつくるとき、乳を搾る段階からパッケージして店頭に並べるまでの一連の過程の中で「菌の管理」は非常に大切です。どこかの工程で菌が入ってしまえば、賞味期限が短くなったり、店頭に並んだ商品のうちいくつかの中身が腐っていたりすることにもなりかねません。小山氏は「ミャンマーでは、まだこのようなサプライチェーン全体で菌の管理をする技術が発達していないため、日本の衛生管理技術を活かして支援することができるのでは」と話します。

 

「衛生管理を含む食品加工技術はもちろん、クオリティの高い日本の食品や日本食レストランなど、ニーズはたくさんあると思います。課題の一つになるのが、外国企業に対する『投資規制』です。これはミャンマー以外の国にもあるものですが、現在、政況が不安定なミャンマーでは特に事前によく調べる必要があります。しかし経済は今後も確実に伸びていくので、日本企業が進出するチャンスは十分にあるのではないかと考えています」

 

強い起業家精神を持つ若い経営者たちが増加し、進出のチャンスも拡大

現在ミャンマーでは、祖父や父親が創業世代である、第2世代・第3世代の若手経営者たちの活躍が目立つようになってきています。彼らの強みは、「軍政時代に苦労してきた創業世代とは違って、自由な発想でビジネスができることではないか」と小山氏。さらに金銭的なゆとりがでてきたことで留学する人も増え、語学力やグローバルな視点を身に付けている人が多いことも特徴の一つだと言います。

 

 

「私はこれまで30社ほどの現地の有力企業を回りましたが、印象としてはその3分の1ほどの企業に、情報感度やグローバルへの意識が非常に高い若手経営者たちがいたように思います。例えば、欧米にお茶を出荷している企業では、事前に欧米のマーケットのあり様や食の好みなどを入念に調査して、ミャンマー国内とは異なる市場でどう展開していくのか、試行錯誤を重ねていました。また、世界的に健康志向が高まっていることを受け、お茶をすべてオーガニックでつくり、国際認証を取って海外へ輸出をしている企業もありましたね」

 

さらに小山氏は、ミャンマーにいる2世・3世の若手経営者たちには強い「起業家精神」があり、熱量を持って新しいことをやっていこうとする気持ちが感じられると言います。

 

「例えば私が出会った中で印象的だったのは、パッケージ米を売り始めた、精米所の2代目社長です。きれいにパッケージされた海外の米を見た30代の彼女は、米の量り売りが普通のミャンマーでもパッケージ米を販売したいと考え、チャレンジを始めました。パッケージ米を置くディスプレイ台を作成してお店に置いてもらえるよう頼んでまわるなど、地道なマーケティング方法ではありますが、付加価値がとれ、衛生管理レベルや輸送効率の向上も期待できるパッケージ米を広めるべく、熱心に取り組んでいます。このようにグローバルな視点を持ち、新しいことに積極的にチャレンジする経営者たちが増えてきているように感じています」

 

これからミャンマー進出を考えている日本企業は、「起業家精神が強く、情報感度の高い『新しい感覚』を持つ経営者がいる企業を、パートナーとして探すのがいいのではないでしょうか。ミャンマーへの投資は、今の政治状況では『逆張り』と言えるかもしれませんが、市場が大きく伸びる中で、魅力的な若い企業経営者が育ちつつあるのは確かです」と小山氏。経済発展が期待されるミャンマーへの進出において、「パートナー探し」も一つの大きなポイントと言えそうです。

 

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日本とアフリカにおけるビジネス活動を促進する「第2回日アフリカ官民経済フォーラム」開催報告

2021年12月7日から9日までの3日間「第2回日アフリカ官民経済フォーラム」が開催されました。経済産業省、ケニア政府、日本貿易振興機構(JETRO)の共同開催による同フォーラムは、日本とアメリカ双方の官民ハイレベルが集まり、貿易・投資、インフラ、エネルギー等の各分野において、具体的なビジネス成果につなげていくための工夫の在り方を議論する場です。さまざまな分野で経験を積んだ専門家による洞察に富んだプレゼンテーション、パネルディスカッションが行われました。

 

<プログラム[各75〜120分]>

【DAY 1】
Panel 1:COVID-19 でも加速するアフリカビジネスのスタートアップ企業の可能性
Panel 2:AfCFTAの最新動向と、ビジネスからの期待
Panel 3:アフリカの産業化への日本の貢献と日本への期待

【DAY 2】
Panel 4:アフリカの電化とクリーンエネルギー導入、通信デジタルインフラ整備への貢献
Panel 5:民間投資の拡大に向けた官民連携の取り組み
MOU(了解覚書)セレモニー

【DAY 3】
Panel discussion:日アフリカビジネスリーダーズフォーラム

 

[1日目]Panel 1:スタートアップ企業の可能性を探る

 

初日の7日は、最初にJETRO理事・中條一哉氏、ケニア投資庁のOlivia RACHIER氏の開会挨拶から始まりました。Panel 1のセッションは、「COVID-19でも加速するアフリカビジネスのスタートアップ企業の可能性」がテーマです。前半は、起業家の視点でアフリカでのビジネスの可能性が語られました。

 

まず、JICAの発展途上国の起業家支援活動「Project NINJA」が取り上げられ、そこで実施されたアフリカでのビジネスコンテストへ寄せられたアイデアからトレンドを分析。応募案件は、食品農業分野が30%、保険医療分野が16%と多く、フィンテック分野に資金が集まるアフリカのスタートアップ企業向け投資と、起業家のアプローチの違いが浮き彫りとなりました。

 

開会挨拶を行なったケニア投資庁のOlivia RACHIER氏

 

スタートアップ企業が注目するのは、農業と保険医療セクター

 

続いてその農業と保険医療分野のスタートアップ企業3社がプレゼンテーション。1社目は、ケニアの農業物流に変革をもたらしたTwiga foodsです。アフリカでは多くの小規模小売業者が分散しており、消費者に届くまでに何層もの仲介業者が挟まっています。Twiga foodsは、このフードサプライチェーンの非効率をICTの技術で解決し、より廉価な商品を消費者に届けることに成功しました。成長の要因の一つには、ケニアで携帯電話の通信回線とM-Pesaと呼ばれる電子決済サービスが普及していた点が挙げられましたが、CEOのPeter NJONJO氏は、「通信会社はアフリカ大陸全体で事業の多角化を進めており、他のアフリカ諸国でも向こう2、3年のうちにモバイルマネーをはじめとする多様なサービスが提供されるだろう」と予測しています。

フードサプライチェーンの非効率を解決したTwiga foodsのソリューション

 

2社目には、前日6日に経済産業省とアイ・シー・ネットの共催で行われたサイドイベントで成果普及セミナーが行われた「技術協力活用型・新興国市場開拓事業(通称:飛びだせJapan!)」に採択された日本の企業キャスタリアが登壇。タンザニアで事業を展開しています。キャスタリアが開発したのは、妊婦の電子カルテと情報提供機能が一体化したスマートフォンアプリ。アプリ上で助産婦が入力する診察カルテをクラウド上に保管でき、妊婦に対しても妊娠周期ごとに必要となる知識や注意点などを配信できるサービスです。

 

「タンザニアは、急速に増える人口に対し医療の提供機会が足りていません。妊娠出産を契機に亡くなる女性の数はいまだ非常に高い。病院での妊婦検診に時間がかかるため病院を訪れず、必要な知識が得られないので自身や胎児の健康を害してしまいます」とキャスタリアの鈴木南美氏。こうした状況を改善するため2022年夏のアプリ運用開始に向け準備中です。鈴木氏は「アフリカにおけるスマートフォンの普及率は確実に広がっています。我々のような小さな会社でもメディカルの領域に進出できる、それこそがアフリカで事業を行う最大の可能性であり魅力だと実感しています」と力を込めました。

 

3社目に登壇した日本植物燃料は、先の2社が行う物流改善やヘルステックといったものを包括する「農村のコミュニティ開発」にまで視野を広げています。日本植物燃料は、アフリカの農村部でバイオ燃料事業に参入したことを皮切りに、農民の組合を立ち上げ、フードバリューチェーンの改善を進めました。さらに電子マネーを導入し、日本や現地の企業と現地農家グループをつなぐ、作物、資材、金融、技術の売買マッチングサイト「電子農協プラットフォーム」のサービスを開始。今後は、こうしてできた電子マネー経済圏を用いて、農民の暮らし全体を向上させるマルチソリューションの実現を目指しています。

 

日本植物燃料が進めるマルチソリューション「Small Smart Community」。Smallは、小型分散型のファシリティやエネルギー、Smartはデジタライゼーションを表している

 

コロナ禍で加速するデジタル化が、全ての分野でトレンドに

 

後半のパネルディスカッションでは、投資家の視点からアフリカ市場の可能性が語られました。技術イノベーションに対する投資が急増するアフリカでは、ナイジェリア、ケニア、南アフリカ、エジプトがBIG4と呼ばれ市場を支配しています。特にナイジェリアは、スタートアップ企業のエコシステムが機能する最大の市場です。

 

「特にフィンテック分野は、全体の50%を占めます。次にヘルスケア、eコマース分野が続きます。コロナ禍で世界的にデジタル化が加速しましたが、ケニアやアフリカも例外ではありません。ケニアでは遠隔医療も可能になりました。取引のデジタル化というトレンドは全ての分野で起こっています」と新興国での投資育成事業を行うAAICの石田氏。

 

アフリカの投資会社からは、「40億ドルがアフリカのベンチャーキャピタル向けに資金調達されていますが、60〜70%が欧米からの資金。日本の投資家や企業も本格的に参入すれば、アフリカのマーケットについて学習できます」と日本への期待を述べました。

 

最後に、モデレーターを務めたアフリカビジネス協議会事務局長の羽田裕氏が「道路がつながる前に通信網がつながり、歴史上経験のない全く新しいパターンの経済発展が生まれるだろう」と話しセッションは終了しました。

 

[1日目]Panel 2&3:アフリカ大陸の統合は不可欠。巨大市場が寄せる日本への期待

 

続く2つのセッションでは、アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の最新動向やアフリカ産業化に向けた日本への期待がテーマとなりました。AfCFTAには、アフリカ連合(AU)55カ国中54カ国が署名、39カ国が加盟し、インフラの連結や人々の自由な移動も進んでいます。特に製造業の成長にとっては、生産拠点から人口の多い市場に製品を提供できることは大きな利点です。より活発に投資や貿易を行うためにアフリカ大陸の統合は不可欠であり、自由貿易協定が重要な役割を果たすことが述べられました。

 

また、アフリカの産業化を進める上での人材開発と技術移転の重要性も、多くのスピーカーから語られました。電力供給などのインフラ整備や物流強化、生産性を高めるための機械化を進めると同時に、途上国の能力構築のための教育や職業訓練が、日本の官民とアフリカ各国政府との協力によって進められることが求められています。「アフリカ大陸の統合により投資環境を整え、産業化を進めるためにも日本から学ぶ必要がある」とPanel 3のモデレーターを務めた京都精華大学学長ウスビ・サコ氏が語りセッションが締めくくられました。

 

【左上】Panel2のモデレーターを務めたBinoy R. V. MEGHRAJ氏(Meghrej Group投資銀行会長)、【左上】隈元隆宏氏(日本たばこ産業株式会社 渉外企画室国際担当部長)、【右上】Anish JAIN氏(ETG最高財務責任者)、【右下】 Vijay GIDOOMAL氏(Car & General (Kenya) Plc CEO)

 

[2日目]Panel 4:アフリカのデジタルインフラ整備は、電化無くして実現しない

 

2日目の最初のセッションPanel 4では、前半にアフリカの電化とグリーンエネルギー導入について、後半では通信デジタルインフラ整備をテーマにプレゼンテーションが行われました。アフリカでは人口の56%にあたる6億人の人々が電力にアクセスできず、インターネットにも6割の人々がまだ接続されていません。デジタルインフラの整備だけでなく、経済成長を遂げて人々の生活の質を高めるためには安定的な電力供給が必須です。

 

オフグリッドで電力を地産地消。分散化が電化の鍵に

 

まず国の電力系統が弱いという課題を解決する取り組みとして「オフグリッドによる電力開発」をテーマにプレゼンテーションが行われました。ポイントは小規模発電です。アフリカの水力発電企業「Virunga Power」は小規模の水力発電所の運用により、電力が行き届かない地域の電力需要を満たすとともに電力を国や企業に販売しています。

 

「エネルギー分野において最も大事なことは分散化、多角化である」というCEOのBrian Kelly氏は、電力供給を国に依存しすぎることなく、かつ国の電力公社と協調して事業を進めることが必要であり、電力網を分散化させていくことで堅牢な電力系統をアフリカで持つことができると語ります。

 

また、関西電力は、セネガルのスタートアップ企業と組んで小型太陽電池と携帯通信を組み合わせて提供する事業について説明しました。防災などの視点から日本で拡大する自立型自給自足の小規模電源を応用したものです。さらに、現地の学校にソーラーパネルを設置し分散電源を届けることで、教育コンテンツを遠隔配信していきたいと考えています。

 

技術力の提供だけでなく、教育により持続可能な仕組みに

 

ケニアの発電会社KenGenは、パートナーシップが一番必要な分野として「技術スタッフの能力構築」を挙げました。発電所の設計技能、また発電所の運営技能を持つ人材を育てていきたいと語ります。1985年から日本の地熱用タービンを導入したことに始まり、地熱発電所設備の供給を全て日本企業から受けていることに触れ、日本企業による現地スタッフの研修訓練に期待を寄せ、大学などの教育機関との連携も視野に入れたいと話しました。

 

三井物産はCO2の発生量が少なく発電効率の高い「超々臨界石炭火力プロジェクト」をアフリカで初めて実施したり、豊田通商は日本の風力発電事業国内シェア1位を誇るユーラスエナジーと再生可能エネルギーの開発を進めるなど本セッションでも日本の技術を活かしたグリーンエネルギーによるインフラ整備への貢献が語られました。それらの取り組みを持続可能なものにするためにも教育による技術移転が望まれています。

 

ブロードバンドで平等な接続性を全ての人に

 

セッションの後半は、アフリカ地域のデジタル化推進を目指す官民連合「Smart Africa」の取り組みが紹介されました。アフリカ 32 カ国等から構成され、廉価なデジタルインフラを構築することで2025年までにアフリカのブロードバンドの普及率を、現在の2倍となる51%にする目標です。さらに全ての学校をインターネット接続し、スマートデバイスを提供します。

 

「Smart Africa」のマニフェスト

 

この取り組みには、ソフトバンクの技術が活用されています。アフリカでのインターネットの平等な接続性を実現するためには、光ファイバーが、量、質の面から考えて適したソリューションだと言いますが、ソフトバンクはさらに光ファイバーの敷設までの一時的な課題解決手段として衛星通信を活用した「空からの接続性」というものも提案しています。これにより、サービスが提供されていない地域もカバーできるからです。

 

ソフトバンクが提案する「空からの接続性」

 

NTTも同様に、光ファイバーは設置コストを下げられるためモバイルネットワーク構築の重要な要素であると述べました。しかし地域ごとに技術格差があるため、技術の標準化を進める必要性を示唆。配線や建設技術の研究開発にも力を入れ、無線のアクセスポイントのカバー率を広げようとしています。

 

モデレーターを務めた神戸情報大学院大学特任教授・山中敦之氏は、本セッションを振り返り「目先の利益を追い求めるのではなくアフリカのデジタルインフラにどう貢献できるのかが大切」と述べたスピーカーの姿勢に賛同しセッションを終えました。

 

[2日目]Panel 5:両国の関係強化とリスクの軽減で優良な投資環境を作る

 

ここまでに伝えられたようなアフリカでのビジネスを促進するためには、多くの資金が必要です。民間投資への期待も高まりますが、民間企業がアフリカのようにカントリーリスクの高い国に参入するには障壁が多くあります。この課題を解決するため、最後のセッションでは、両国の金融機関や企業、公的資金提供機関や国際機関の代表者により「民間投資の拡大に向けた官民連携の取り組み」についてセッションが行われました。最後は、15のMOU(了解覚書)の調印セレモニーが行われ、出席者への感謝の意が述べられこの日のプログラムが終了しました。

 

[3日目]Panel discussion:世界有数の投資国・日本とアフリカの可能性

 

12月9日に予定されていた全体会合は延期となり、スペシャルセッションとして「日本アフリカビジネスリーダーズフォーラム」が開催されました。世界有数の投資国となった日本。国連の2018年、2019年の調査では投資額が世界No.1となる一方、アフリカへの投資はその全体の0.5%にとどまっています。アフリカへの投資をどう上げていくのか。最後に、課題を含めたその可能性を話し合い、第2回日アフリカ官民経済フォーラムが幕を閉じました。

 

「第2回日アフリカ官民経済フォーラム」を振り返って

 

アフリカは日本から地理的、心理的な距離感があるためか、日本語で入手できる現地情報は非常に限られています。一般的な日本人が持つアフリカのイメージが30年前からほとんど変わっていない中、アフリカでは急速な変化が起こっており、ビジネスで解決できる社会課題が沢山あります。本フォーラムやサイドイベントでは貴重な現地情報が紹介されており、日本企業にとってアフリカが有望な市場であることが再確認できました。

 

また、フォーラムやサイドイベントでは、アフリカでビジネス展開されている日本企業も紹介されていました。こうした企業に共通していたものが、ローカライズです。機能や品質を現地に合わせるようなローカライズはもちろんのこと、ビジネスモデルそのものをローカライズしているケースもあります。ビジネス環境が整備された中で事業ができる日本と異なり、環境そのものを自分たちで作っていったり、現地の購買力に合わせてサブスクリプションで料金回収するなど、革新的な取り組みをしている企業がありますが、こうしたチャレンジをするには、会社の体質やメンタリティも変える必要があるでしょう。

 

12月6日に開催されたサイドイベント「日本×アフリカで挑む、加速するアフリカビジネスの現在地」で、立命館大学の白戸教授が言っていた言葉が印象的だったので、最後に記します。「アフリカビジネスは日本企業にとってのリトマス試験紙」。アフリカビジネスに適応していくことが、日本企業がグローバル企業に変わっていく最初の一歩になるのかもしれません。

 

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アフリカ女性のエンパワーメントを加速させる“フェムテック”の可能性を探る

テクノロジーを用いて女性特有の悩みを解決する商品やサービスが“フェムテック”と呼ばれて世界で注目を集めています。アメリカのリサーチファームFrost & Sullivanは、2018年の調査で、その市場は2025年までに5兆円の市場規模になると予測。しかし、その一方で、アフリカ諸国では、女性の生理用品でさえ満足に普及していません。だからこそエチオピアの現状に詳しい太田みなみ氏は、現地女性の初歩的な悩みに応えられる月経カップや布ナプキン、吸水ショーツに注目しています。政府開発援助(ODA)をはじめとするジェンダー支援にも関わる太田氏に、エチオピアにおける生理の問題を伺いながら、アフリカ市場での“フェムテック”の可能性について探ります。

 

お話を聞いた人

太田みなみ

グランドスタッフとして勤務していた航空会社を、出産を機に退職。兼ねてから関心を持っていた国際協力の世界で仕事をしたいと、大学院にて国際協力学を専攻し、エチオピアをフィールドに「初等教育中退後の学習機会の検討」をテーマに研究。修士号を取得後、アイ・シー・ネットに入社。現在は、ビジネスコンサルティング事業部に所属し、民間企業の海外進出支援業務に従事しながら、ODAをはじめとするジェンダー支援にも関わる。

サブサハラ・アフリカの女性人口は約5.5億人、今後はさらに増加

 

開発途上国の中でも、特に開発が遅れているとされる後発開発途上国(LDC)は、2021年8月現在、全世界に46か国あります。そのうちの33か国が、アフリカのサハラ砂漠以南のサブサハラ・アフリカ地域の国々です。世界の面積の18%を占めるにも関わらず、サブサハラ・アフリカ全体のGDPは、世界の2%程度。紛争も絶えず、貧困や飢餓に苦しめられ、保険医療や教育などさまざまな分野で課題を抱えています。国連の世界人口推計(2019年版)によれば、今後、十数年間の人口増加の大部分は、サブサハラ・アフリカ地域で生じ、2019〜2050年の間に、人口が11億人増加し、世界人口の増加の約半分は、この地域が占めるようになると予測されています。

 

アフリカの人口増加のグラフ(国際連合経済社会局:世界人口統計2019版)

 

一方で、2017〜2019年には、GDP成長率が3%前後の安定した成長を見せるようになり、2020年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたものの、2021年には、3.3%に回復する見込みです。人口増加や経済成長の点から見て有望な市場であることは言うまでもありません。新興国でスマートフォンが急速に普及したように、一気に最先端技術を活用する社会に進化する「リープフロッグ現象」が起こる潜在力の高さも指摘されています。多くの課題を抱えながらも市場としての可能性を秘めるアフリカ市場で、太田氏が今、注目しているのが、先進国を中心に世界で広がりを見せる“フェムテック”関連製品です。

 

「フェムテックとは、FemaleとTechnologyを組み合わせた造語です。月経、不妊、妊娠産後ケア、更年期など、女性の健康に関わる課題をテクノロジーを用いて解決する製品やサービスが総じて“フェムテック”と呼ばれています。その中でも生理に関する製品のニーズが、アフリカにあると考えています。使い捨てナプキンの使用が一般的ではないアフリカなどの途上国では、生理中の女性の多くが、自作の布ナプキンやボロ布などを利用して対処しています。その点で、布ナプキンや、吸水ショーツ、月経カップといった、きちんと洗浄すれば何度も使える製品は、現地の生活との親和性も高いはずです」

 

使い捨ての生理用品に慣れた日本人にとっては、毎回洗浄する手間を面倒に感じますが、生理用品が流通せず、経済力も乏しいアフリカでは、生理のたびに購入する必要がないサスティナブルな製品の方が、需要があると太田氏は言います。生理は、基本的には初潮を迎えて閉経するまで、ほとんどの女性に毎月訪れるものです。再利用可能な生理用品は、ゴミ処理システムも整備されていないアフリカで取り入れやすい。その上、サブサハラ・アフリカの女性人口は約5.5億人です。その65%が生理期間にあたる10〜55歳であることから、潜在市場の大きさは、容易に理解できるでしょう。

 

さまざまな課題を抱えるエチオピアの生理事情

 

ここからは、太田氏が大学院時代から研究フィールドにしていたエチオピアを例に、より具体的に女性の生理を取り巻く現状について紹介します。アフリカでは、生理用品へのアクセスが限られていますが、エチオピアでも生理用ナプキンを購入できる女性は36%程度です。しかも人口の84%が農村部に住んでいるにもかかわらず、生理用品の流通は、約80%が都市部にとどまっています。そのため、やはりボロ布を当てて、洗浄して使い回していますが、適切に洗わなかったり、乾かさなかったりして、衛生状態が悪く、感染症のリスクにさらされている女性も多いのが現状。しかし、不便を感じているはずの女性に、生理用品を供給すればいいという単純な問題ではないようです。

 

エチオピアの都市部の風景

 

伝統的な文化・慣習が、生理を“語れない”タブーに

 

「生理が“不浄なもの”“けがれたもの”という認識が強いので、生理中は宗教行事に参加できず、一部の地域では、食事を準備したり、水を汲むことさえ許されません。初潮を迎えた女性は、結婚する準備ができているという解釈があり、それが児童婚につながってしまう恐れもあります。若い女性の場合は、生理が訪れれば、妊娠できると思われてしまうので、“隠したい”“知られたくない”という気持ちが大きいんです」

 

機能性の高い生理用品が普及していないため、経血が漏れて、周囲に知られてしまうことも多く、性交渉をしたのではないか、妊娠や中絶をしたのではないかと疑われる場合もあります。学校でからかわれて、生理中に学校を休みがちになり、就学の妨げになることも多くあります。文化や慣習の影響で誤った解釈が今も根強く残り、自分たちが生理に関して、どんなことに困っていて、どんな商品があれば、快適に過ごせるのかというようなことを、オープンに語り合ったり発信したりできるような段階ではないのです。

 

エチオピアの農村部の風景

 

制度化されない性教育も影響し、深刻な知識不足に

 

こうした誤解が、いまだに根強い背景には、性教育が全く行われていないという教育の問題も大きいと言います。エチオピアでは、8年間の初等教育が義務教育になっていますが、保健教育のようなものはなく、算数・理科・社会・英語・アムハラ語に、エステティックと呼ばれる美術・音楽・体育の科目があるのみ。性教育が制度化されていません。

 

「そもそも生理について何も聞かされたことがない、何の情報も受け取ったことがない。どうして出血しているのかもわからない、という女性が5割以上います。経血があるので、布を当てるという対処法は知っていますが、体にどういう変化が起こって出血しているのか、どこまでが正常で、どんな異常が発生したら通院しなければならないのかということは、ほとんど理解されていません」

 

 

小学校で学ぶ女子生徒

 

初潮が訪れて初めて生理という現象の存在を知る女性が7割もおり、布などで作った再利用可能な生理用品を、水と石鹸で洗う必要があると理解している女性も4割程度です。せめて、母親などから正しい知識が伝えられればいいのですが、母親も同様の教育しか受けていないため、家庭内での知識伝達にも限界があります。「性教育は、掘り下げていくと自分を大事にすることにつながる」と太田氏は言いますが、生理に対する正しい理解を浸透させ適切に対処できるようにすることは、自分の体を大切にする第一歩になるのではないでしょうか。

 

 

データからは見えない、エチオピアのジェンダー課題

 

生理に関する状況を見ただけでも課題が多いエチオピアですが、世界経済フォーラムの出しているジェンダーギャップ指数は、156か国中97位(2021年)。日本が120位であることを考えれば、さほど低いわけではありません。エチオピアでは比較的女性の政治参画が進んでいることが順位を押し上げているのですが、政治の世界で活躍しているような女性の多くはアメリカに留学できるような富裕層の女性。貧困層の女性が抱える生理などの課題を実感しているわけではありません。エチオピアでは、都市部と農村部の経済格差が大きく、州ごとに民族と言語、文化が異なるので、さまざまな違いや格差と、ジェンダー課題が複雑に絡み合っています。制度面の整理は重要ですが、それだけではアプローチをしにくい課題も多いのです。

 

「エチオピアの教育は、初等教育8年、前期中等教育が2年、後期中等教育が2年です。初等教育の就学率は、男女での差はほとんどありません。しかし、中等教育以降、段々と差が広がっていきます。日本のように自動進級ではなくて、進級テストを実施することもあり、進級テストに落ちたら、男子生徒は、もう一度チャレンジしますが、女子生徒は辞めてしまいます。女の子が高学歴になったところで、就ける職がないと周囲から言われてしまうこともあります。また、経済成長率は、GDPベースで9%程度の伸び率。失業率も2%と低く、男女差も女性が若干高い程度であまりないのですが、女性が賃金を得て働ける場が国内に多くないため、女性は、中東にハウスメイドとして出稼ぎに行くのも比較的よくある進路です。国内で働くよりも収入が見込めるので、初等教育を離脱する理由にもなっています」

 

水汲みに向かう女性

 

女性特有の課題が未解決だからこそ大きい“フェムテック”の可能性

 

エチオピアの例からもわかるように、生理の問題一つ取っても、さまざまな問題が絡み合っています。当然、先進国の女性を中心に広がっているような“フェムテック”製品の全てが、アフリカ女性のニーズに適したものではないでしょう。しかし、これまでタブー視されてきた女性の「性」の課題に、正面から取り組んでいくという“フェムテック”の本質は、アフリカ女性の現状を変えるきっかけになるのではないかと太田氏は期待を寄せています。“フェムテック”は、単にテクノロジーを用いた便利な製品を流通させるためのカテゴリーというだけではなく、製品を通じて、女性特有の悩みや課題を可視化し、市場を拡大している側面があるからです。

 

「当然、アフリカ諸国に生理関連の商品が、現地の女性の手に届く価格帯で、十分に供給されれば、衛生的に過ごせますし、生理中、学校に行けず、勉強についていけなくなってドロップアウトしてしまうこともなくなります。就学や就業の機会を確保できるというダイレクトな恩恵はもちろんありますが、それ以外にも、生理用品などを通して、女性が自分たちの身体や悩みについて語りやすい状況が生まれたり、製造や流通、販売の各過程で、女性のエンパワーメントになるような能力強化、生計向上などにもつながればいいと思っています」

 

育児をしながら縫製業で働く女性

 

サスティナブルな月経カップや布ナプキンを参入の足がかりに

 

企業が参入する際に、「現地で製造して日本で売る」場合は、縫製業が盛んなエチオピアなら縫製技術などの現地のスキルを活用し、布ナプキンや吸水ショーツの製造が検討できます。製品が女性向けのものになれば、製造現場で女性が雇用されるチャンスが増え、縫製技術を学ぶ機会にもなるでしょう。「日本や他の国で製造し、現地で売る」場合には、シリコーン製の月経カップがコストを下げやすいため、現地女性が購入できる価格で提供できる可能性があります。しかし、それだけでなく、販売流通の面でも女性を関与させれば、生理用品を衛生的に使う方法や、生理に対する知識を、売る側、買う側の両面から補い合うことができるはずです。だからこそ、「製造、流通、販売と全て現地で行う」ことも視野に、製造だけでなく、販売や流通の一部でもいいから、現地女性を関与させてほしいと太田氏は言います。

 

「“フェムテック”製品を購入する女性たちは、SDGsなどの取り組みにも関心がある層だと思うので、製品を通じて、現地女性に貢献できるという面をうまくPRに使ってもらえれば、企業にとってもメリットのある進め方ができます。民間企業の利益を生み出しながら、これまで支援する以外の方法がなかったジェンダーや人権などの分野にアプローチし、現地の女性にも、日本の女性にも裨益できる取り組みになれば理想的です」

 

“フェムテック”は、製品の製造から販売に至る一連の過程に女性たちを巻き込み、利益をあげながら、女性の「性」に関する健康課題だけでなく、ジェンダーや教育などの様々な課題にアプローチできる、新しい市場です。アフリカ市場での“フェムテック”の可能性は、女性特有の課題が未解決のまま、山積されているからこそ大きいと言えるのではないでしょうか。