最近耳にするようになった言葉のひとつに「ナイトタイムエコノミー」がある。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、外国人旅行者が年々増加している中で、東京は海外のメガシティに比べてナイトライフを楽しむ環境が整っていない、具体的には深夜は鉄道もバスも止まってしまうのでナイトライフを楽しもうにも帰りの足がないことを不満に挙げる人がいる。
ナイトタイムエコノミーが話題に上るとき、必ずといっていいほど登場するのがニューヨークだ。ニューヨークの地下鉄は年中無休で24時間休みなく走り続けるのが基本なのでナイトライフを満喫できる。東京もニューヨークのように地下鉄を24時間走らせよ!という主張を目にすることもある。
しかしバスならまだしも地下鉄が年中無休24時間営業している都市は、世界的に見ても数えるほどしかない。道路はもともと24時間営業なので深夜バスを走らせやすいのに対し、地下鉄は深夜時間帯は保線などインフラのチェックの時間に充てられるのが普通だからだ。
ニューヨークの地下鉄が24時間営業できるのは、異なる路線が線路でつながっている場所が多かったり、一部が複々線だったりして、保線をしながら列車を走らせることが可能というインフラの工夫のおかげもあるようだ。つまり東京の地下鉄を同レベルにするのは構造的に難しいのだが、それでも話題に上がるのはアメリカファーストならぬニューヨークファーストな人々がいるためではないかとも思っている。ニューヨークこそ世界のメガシティの頂点で東京やロンドンや上海は足元にも及ばないという声だ。
■日本人はマインド的にナイトライフと相性が悪い
一方の東京では、コンビニエンスストアが24時間営業を見直したり、デパートやスーパーマーケットが元旦営業を辞めたり、むしろ24時間年中無休からの脱却を目指している。こうした流れは個人的にも歓迎したいと思っている。そもそもニューヨークが未来のメガシティの姿として理想か?という疑問も湧く。
それにナイトタイムエコノミーが話題に挙がった理由は外国人観光客対応であり、年々増えてはいるものの日本人に比べればまだ少数派だ。そして日本人はマインド的にナイトライフになじみにくいと思っている。理由はしばしばデータでも証明されている労働生産性の低さだ。「24時間働けますか」を美徳とし、残業代目当てでユルユル仕事をするベテラン社員と、そういう上司を持つために帰りたくても帰れない若手社員。仮に早く仕事が上がっても社員同士で飲み歩く。これではナイトライフなど生まれようもない。
そもそも東京はバスについては、24時間の試験運行をしたことがある。猪瀬直樹都知事の時代に、東京メトロと都営地下鉄の一元化などと同時に、六本木〜渋谷間の都営バスの深夜運行を始めたのだ。猪瀬知事はこれに続いて、地下鉄の24時間運行も考えていたという。しかし深夜バスの利用者は低迷。猪瀬知事が辞任したこともあり、1年を待たずに終了となってしまった。その後の都知事が復活させていないところを見ると、財政面に問題がありそうな気がする。
過去にこのコラムで紹介したこともあるが、欧米と日本の都市交通では財政事情が大きく異なる。広島市などで公共交通を運行する広島電鉄の鉄軌道部門を見ると、収益の9割以上を旅客運輸収入で占めている。日本では一般的なパターンだ。ところが全米でもっとも住みたい街と言われるオレゴン州ポートランドの公共交通の資料を見ると、運賃収入は約2割に留まり、税金収入が半分以上を占める。
欧米の公共交通は税金主体で運行しており、黒字経営を目指すこと以上に、より良い公共サービスを提供することを重視している。公立学校や図書館は税金で運用され、道路も税金で作られているわけだから違和感はない。逆に儲かるかで判断する日本の考え方では、24時間運行は永遠に無理ではないだろうか。
ニューヨークが素晴らしくて東京は遅れているとか、そういう問題ではない。日本の公共交通の問題はすべてここに帰結するのである。
【著者プロフィール】
モビリティジャーナリスト 森口将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・講演などで発表するとともに、モビリティ問題解決のリサーチやコンサルティングも担当。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本デザイン機構理事、日本自動車ジャーナリスト協会・日仏メディア交流協会・日本福祉のまちづくり学会会員。著書に『パリ流環境社会への挑戦(鹿島出版会)』『富山から拡がる交通革命(交通新聞社)』『これでいいのか東京の交通(モビリシティ)』など。
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