「エクソシスト」という言葉が日本で一躍巷間に知れ渡るようになったのは、1973年に制作された映画『エクソシスト』がきっかけである。世界中にセンセーションを巻き起こし、空前の大ヒットとなったこの映画によって、多くの日本人は初めて「悪魔憑き」という現象と、それに対処する「祓魔師=エクソシスト」という存在に触れた。
『エクソシスト』は実際に起った事件をモデルにしていると噂されたものだが、もちろん娯楽の殿堂ハリウッド製のホラー映画であるから、その内容にはおどろおどろしい誇張や派手な演出がふんだんに取り入れられていた。つまり、あの映画で描かれるエクソシストと悪魔との闘いは、必ずしも現実に即したものではなかった。
では、現実の悪魔祓いの現場では、どのようなことが行なわれ、どのような現象が起っているのだろうか?
だれもが知りたいそのような疑問に真正面から応える新時代のエクソシスト映画が、このほど公開される。異色ドキュメンタリー映画『悪魔祓い、聖なる儀式』がそれだ。
ドキュメンタリー。そう、この映画は演出や脚色を極力排し、長きにわたって絶対の部外秘とされてきた悪魔祓いの儀式の現場にカメラを持ち込んで、これまで当事者以外、だれも見たことのなかった実際の悪魔祓いの実態を余すところなく白日の下に曝けだした、驚愕の映像記録なのだ。
この映画の主役は、今なお中世の面影を色濃く残すイタリアはシチリア島の教会で、悪魔に取り憑かれた人々を解放するために日夜苦闘を続けるカタルド神父。朴訥だが、威厳と信念に満ち満ちた老紳士だ。
映画は、ナレーションや説明をいっさい排し、悪魔からの解放を求めて神父の許に集う多種多様な人々と、彼らの話に真摯に耳を傾け、誠実に悪魔祓いに取り組む神父の姿を淡々と映しだしていく。
この映画を見れば、われわれ日本人の多くが古臭い中世の迷信、あるいはフィクションの絵空事と考えている「悪魔憑き」「悪魔祓い」といった現象が、21世紀のイタリアで、今なお人々の間に生々しく息づく「現実」であるということが実感できるだろう。
映画『悪魔祓い、聖なる儀式』より。
強力な悪魔と戦った教皇
ここで、実際に悪魔と闘った著名な現代の祓魔師たちを何人かご紹介しよう。
まずは、26年の長きにわたって司教座に君臨した教皇ヨハネ・パウロ2世である。
「悪魔との戦いは、現在でもまだ続いています。悪魔はまだ生きており、この世界で活動しているのです」と、説教の中で悪魔の存在をはっきりと認めた彼は、自らも在任中に3度にわたり、祓魔式を挙行していた。
キリスト教のミサや儀式で使用される『ローマ典礼儀式書』。悪魔祓いの際にも用いられる(写真=t0m15-Fotolia)。
このうち、1978年と1982年の祓魔式では、教皇は悪魔に勝利したが、生涯最後となる2000年の式では、遂に悪魔を放逐することは適わなかった。
9月7日、サンピエトロ広場では週に一度の教皇の一般謁見が行なわれていた。広場を埋め尽くす信者たちの中に、北イタリアのモンツァから来た19歳の女性がいた。背骨に障害があり、歩くのもやっとという状態だったのだが、教皇が姿を見せた途端、彼女は激しく身悶えして暴れだし、意味不明の言語で喚きはじめた。何と彼女は幼少時より悪魔に取り憑かれていたというのである。
すぐさま警備員らが駆けつけて彼女を連れだそうとしたが、歩行すら困難なはずの彼女は、屈強な複数の警備員を相手に超人的な力で抵抗を見せたのだ。
翌日、教皇は彼女を招き、自ら祓魔式を行った。1時間にわたって彼は悪魔に退去を命じつづけたが、追い祓うことは遂にできなかった。
多忙な教皇に代って、そのまた翌日、後述するガブリエーレ・アモルス神父が2時間の悪魔祓いを行なったが、それでも悪魔は去らなかった。「お前らの頭目にすら、俺を追い払うことはできないのだ」と悪魔は嘯いたという。
アモルス神父によれば、これは彼女に憑依した悪魔が極めて強力だったからである。彼はいう。「教皇御自身の祈りに抵抗できるほど強い力を持った悪魔を追放するには、何年も儀式を続けていくしかないということです」と。
5万回もの祓魔式を行った神父
さて、そのアモルス神父だが、彼はヴァチカン公認の祓魔師で、その生涯に挙行した祓魔式は5万回を越えるという。
彼によれば、彼が式を施した人々のほとんどは、実際には精神疾患やその他の疾病であり、本当に悪魔が憑いていたのは全体の2パーセントほどに過ぎないという。ことほど然様に本物の悪魔憑きは極めて稀なのだが、それでも悪魔というものが存在すること自体は紛れもない真実であると彼は信じている。
では、本物の悪魔憑きと、それに似た疾患をどのように区別するのか?
アモルス神父によれば、本物の悪魔憑きの場合、憑かれた者は「聖なる物品」を忌避するようになるという。
映画『悪魔祓い、聖なる儀式』より。
たとえば、彼が担当したある機械工は、時折、人が変わったように暴れたり、暴言を吐いたりするという症状を呈していた。しかもこの男は教会を極端に忌避し、祓魔式などまったく受けようとしない。
そこでアモルスは、男が仕事着を着て仕事に行っている間に、普段着を聖別した。何も知らない機械工は、帰宅して普段着に着替えた途端、聖別のことなど何も知らないはずなのに、いきなり苦しみはじめ、元の汚い仕事着に替えてしまったというのである。
また、ある子どもに取り憑いた悪魔を識別するため、聖水を母親に持たせたこともある。母親がいつものミネストローネに聖水を混ぜると、子どもは「苦い」といってそれを飲まなかった。
神父によれば、ひとりの人間に複数の悪魔が憑依することもある。ジョヴァンナという女性は、長年、頭痛、失神、腹痛に悩まされていたが、医学的にはまったくの健康体であると宣言され、アモルスの所にやってきた。
アモルスは即座に、彼女には3体の悪魔が憑依していることを見抜いた。いずれも何らかの呪いによって彼女に取り憑いたもので、2体は比較的簡単に祓うことができたが、最後の1体については3年に及ぶ祓魔式が必要だった。この悪魔は、彼女の婚約者に横恋慕した女性によって送り込まれたものだという。
実は、このようにひとりの人間に複数の悪魔が憑依することは珍しいことではなく、その際には必ずその中に彼らの班長のような悪魔がいる。ほかの悪魔が出ていった後も最後まで頑強に抵抗を試みるのが、この班長に当たる強力な悪魔だということだ。
このような驚異的なエピソードの数々を持つアモルス神父だが、個々の悪魔祓いと共に、彼はまた祓魔師の地位向上のために尽力したことでも知られる。悪魔祓いの真実を描いた著書を数多く出版し、現役祓魔師の多くを自ら発掘、スカウトして育てあげた。1990年には国際エクソシスト協会を設立して会長に就任した。
実際に彼と闘った悪魔をして「お前は強すぎる」といわしめたアモルス神父は、2016年、ローマでこの世を去った。享年91歳。
現代社会に横たわる悪魔の問題
映画『悪魔祓い、聖なる儀式』のラストで、「需要の増加により、悪魔祓い師の数が急増」という〈ルモンド〉紙の記事が引用される。その通り、現代における祓魔師不足はかなり深刻なものとなっている。
映画『悪魔祓い、聖なる儀式』より。
そのため、実は映画に登場するカタルド神父の祓魔式のやり方も、厳密にいえば『ローマ典礼儀式書』に則ったものではない。悪魔憑きがあまりにも多すぎて、独自の方法を採らざるを得なくなったのだという。
なぜ今、悪魔祓いがこれほどまでに必要とされているのか。現代人と悪魔との関係はどのようなものであり、そして現代社会が抱える悪魔とは何なのか。
この映画は、当然湧きあがるそうした問いに対して、押しつけがましい回答のようなものは何も用意していない。悪魔憑きや悪魔祓いを肯定も否定もせず、その判断は観客であるわれわれに委ねている。
本作はただ、当の観客ひとりひとりが自らの判断を可能とできるだけの、悪魔祓いの現場の生々しい「実体験」を提供しているのである。
(「ムー」2017年12月号より抜粋)
映画『悪魔祓い、聖なる儀式』
2017年11月18日(土)渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル
(c) MIR Cinematografica – Opera Films 2016。
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文=松田アフラ
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