【西田宗千佳連載】プロ向けカメラには当面「5Gは搭載されない」。その理由とは?

Vol.100-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、「Xperia PRO」。高価格にばかり目が行きがちな本機だが、そのコンセプトにこそ斬新さがあった。

 

Xperia PROは、自身の内蔵しているカメラ機能をそこまで重視していない。ミラーレスカメラや放送用機器など、より高度な映像を扱う機器と接続して使うことを前提としているからだ。

 

だが、ここでシンプルな疑問が浮かぶ。それらの放送用機器自体に通信機能を搭載するわけにはいかないのだろうか? ケーブルでつなぐのは面倒。最初からなかに通信機能が入っていればもっと楽なようにも思える。

 

だが残念ながら、今日では通信機能と専門的な機能は分けて設計するほうが良い、という考えが支配的だ。

 

理由は2つある。

 

ソニー Xperia PRO/実売価格24万9800円

 

一つは、機器の設計が難しくなることだ。通信機能を内蔵するのは簡単なことではない。Wi-FiやBluetoothのようにこなれていて、そもそも安定している通信ならばともかく、まだ発展途上の5Gなどを組み込むには、5Gの側でも組み込まれる機器(例えばカメラ)の設計の側でも、通常よりハイレベルなノウハウが必要になる。

 

二つ目は、「そこまでやっても、機器の売り上げにはプラスではない」という点だ。例えば、カメラは買ったら長く使うのが基本。だが、スマホは1~2年で技術が進歩していく。特に5Gのような、発展途上の技術の場合なおさらだ。カメラとしては十分にまだ使える状態なのに、通信機器としての技術面が陳腐化して先に機器としての寿命が来る……という可能性が高い。

 

こうしたジレンマは、カメラだけでなくテレビやゲーム機など、様々な分野に存在する。1つにまとめるべきか否かは機器によって異なるが、カメラのような製品では、なによりもまずカメラのクオリティが重要であり、通信などはその先の付加価値と言える。だからこそ、機器を1つにまとめようというアプローチはなかなかうまくいかないのだ。

 

過去には、コンパクトデジカメなどで、OSにAndroidを使った通信一体型カメラが出たこともある。しかし、結局は、大量に生産されて開発コストも十分に用意されるスマートフォン自体がコンパクトデジカメを圧倒してしまった。一方で、スマホやコンパクトデジカメと、フルサイズのセンサーを使ったミラーレスの間には、「物理的なサイズの差異」によって実現できる画質に大きな差がある。だからこそ、スマホがコンパクトデジカメを駆逐したなかでも、一眼レフやミラーレスは生き残った。そんな大型・プロ向けデジカメであっても通信と無縁ではいられないが、そこは「外部に機器をつなぐ」形が基本。これは、ソニーだけでなく、大手カメラメーカーのすべてが同様に考えていることでもある。

 

だから当面、「プロ向けカメラ」には通信機能は乗らず、Xperia PROのような「プロ向けカメラを意識した通信機器」がそれぞれ必要とされるのだ。

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら

 

【西田宗千佳連載】単体では儲けが少ないXperia PRO。それでもソニーが製品化を進めた理由

Vol.100-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、「Xperia PRO」。高価格にばかり目が行きがちな本機だが、そのコンセプトにこそ斬新さがあった。

 

ソニーのXperiaといえば、日本では人気のスマホブランドだ。だが、世界的に見ると、スマホ市場におけるソニーはマイナーなメーカーになってしまっている。世界でのシェア争い、特にアメリカや中国といった大きなニーズを持つ国での競争に負け、現在は事業戦略として「販売台数を追わず、規模を縮小する」形を採っている。そのため、バリエーションをとにかく増やしたり、販売国を増やしたりするという状況にはない。

 

そのなかで、なぜ「Xperia PRO」のような製品を開発するに至ったのだろう? 実のところ、販売数量は多くはならない。業務用で売れる数量は限られており、個人向けスマホに比べると大きな商いとはいえない。

 

ビジネス向け・業務向けスマホの市場は確かに存在する。だがそれらは、Xperia PROのように特化した機能を備えているものというより、工事現場などのヘビーデューティーな要素が必須のものや、単純に法人市場向けにシンプル化したものが中心。要は「もっと数が売れるもの」が多いのだ。映像のプロ市場に向けたスマホは、そこまで大きな市場に向けたものではないと考えられる。

 

だが、それでもソニーがXperia PROのようなスマホを作ったのは「社内に連携する機器が多数あり、ビジネス上の価値が高い」からだ。

 

Xperia PROのデモでは、ソニーのミラーレスカメラである「α」シリーズとの連携が示された。Xperia PROの機能自体は別にαに特化した部分はないのだが、同じグループ会社同士の製品だから、アピールに使われるのも当然と言える。スマホに興味がある人は「αと連携できるのか」と思うし、カメラに興味があるひとは「αと連携するスマホがあるのか」と考える。スマホとカメラの両方でそれなりの認知度を持つ企業はほかにはなく、結果的にだが、これはソニーらしい連携となっている。

 

ソニー Xperia PRO/実売価格24万9800円

 

ソニーにとってのXperia PROの価値はそれだけにとどまらない。

 

ソニーは多くの「業務用映像機器」を作っている。テレビ中継用のカメラや機材などだ。撮影の現場ではソニーの業務用機器が多く使われており、それらと連携するものとして、通信機器も必要になる。

 

Xperia PROにつながる開発の過程では、アメリカの通信会社であるベライゾンと組み、アメリカンフットボールの本場・NFLの試合で、放送用カメラに5G端末を取り付け、放送局の編集室へと直接届ける試みも行われている。そうした組み合わせが放送業界に売り込めるなら、Xperia PROのようなデバイスは、スマホ単体の売り上げだけでなく、編集システムやカメラのビジネスとしても重要なものになる。

 

こうした連携は昔から「ソニーに必要なもの」と言われてきた。だが、それがちゃんとできていた例は意外なほど少ない。Xperia PROはそういう意味でも、ようやく生まれた「ソニー社内の横連携」の象徴でもあるのだ。

 

では、本機のような「他の機器とつなぐことを前提としたスマホ」の存在はいつまで続くのだろうか? それは次回のウェブ版で考察する。

 

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら

 

【西田宗千佳連載】「プロによるスタジアムからの配信」に重要なミリ波のサポート

Vol.100-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、「Xperia PRO」。高価格にばかり目が行きがちな本機だが、そのコンセプトにこそ斬新さがあった。

 

5Gは4Gと同じように、複数の周波数帯の電波を使ってサービスが展開されている。ただし、周波数帯による特性の違いは、4Gよりもさらに大きい。なかでも特別な扱いになっているのが「ミリ波」と呼ばれる、26GHz以上の領域を使った部分だ。以前にも本連載で解説したが、ミリ波はこれまで携帯電話向けにはあまり使われてこなかった周波数帯で、帯域がかなり広く用意できる。そのため、「実行通信速度で数Gbpsを超える」ような、4Gとはレベルの違う速度を実現するには、ミリ波対応であることが望ましい。

 

だが、ミリ波に対応しているスマートフォンは少ない。理由は、街中ではまだミリ波がほとんど使われていないからだ。ミリ波は非常に電波が届きづらく、いままでの感覚では使えない。搭載しても価値が出づらいので、ミリ波基地局の増加や技術の進化が実現するまで、マス向けのスマホにはなかなか搭載されないだろう。一般化するまで最低でも2年くらいはかかりそうだ。

 

だが、先日発売されたXperia PROはミリ波に対応している。ハイエンドな製品だから……というわけではない。「ミリ波がありそうな場所で活用することを前提とした」製品だからだ。

 

 

ソニー Xperia PRO/実売価格24万9800円

 

ミリ波がありそうな場所とは、野球やサッカーなどが行われるスタジアムだ。現状、ミリ波を一般的な街中で活用するのはなかなか難しい。将来、ノウハウが蓄積され、効率の良いインフラ構築と端末の開発が進めば別だが、いまはまだ、「ある程度ひらけた、特定の場所にミリ波の電波を集中的に降らせる」形がベスト。そうすると、スタジアムの席やプレスが使う撮影エリアに向けて、ピンポイントにミリ波のインフラを構築するというのは最適なやり方といえる。特に撮影エリアからは、ダウンロードよりも「アップロード」の速度を重視した用途が求められる。5Gの特徴として、4Gよりもアップロード速度を劇的に向上させられる点がある。それを考えても、「映像などをアップロードするニーズがある」撮影エリアに向けて、スタジアムでミリ波をサポートするのは非常に理にかなったものなのだ。

 

一方、そこで使う端末はどうするのか? これまでのミリ波対応端末は、ミリ波サポートを他国より早く開始しているアメリカ市場向けのハイエンド端末が多かった。だが、それらのスマホはあくまで「個人市場を狙ったもの」。そのため、発熱対策が不十分で、長時間大量の通信を続けるには困難があった。

 

そのあたりを意識して開発されたものとしては、2020年春にシャープが発売した「5G対応モバイルルーター」がある。本機はイーサネットのコネクタもあり、業務用を強く意識している製品だ。Xperia PROがミリ波対応したのも、同じような市場を狙ってのことである。「ミリ波を使ってスタジアムから写真や動画をアップロードする」用途は、プロ市場で大きな可能性を持っているのだ。

 

では、なぜソニーはそれをやるのか? そこには、スマホメーカーとしての顔以外の側面が大きく影響しているのだが、それについては次回のウェブ版で解説したい。

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら

 

【西田宗千佳連載】本当に「プロ」仕様だったXperia PRO

Vol.100-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、「Xperia PRO」。高価格にばかり目が行きがちな本機だが、そのコンセプトにこそ斬新さがあった。

 

名ばかりの「プロ」と一線を画す本気仕様

ソニーは2月10日、新スマートフォン「Xperia PRO」を発売した。価格は税込で約25万円。高いと感じるかもしれないが、本機は単純に高価で高性能だから「PRO」と名付けられたワケではない。

 

Xperia PROのハードウエアには、2つの特徴がある。一つ目は「HDMI入力端子がある」こと、二つ目は「ミリ波の5Gに対応している」ことだ。

 

Xperia PROは底面に、一般に使われる充電用のUSB Type-C端子のほかにmicro HDMI端子を備えている。これは一般的なHDMI出力端子、すなわちスマホの映像を外部に出力するためのものではない。HDMI出力対応の機器をつないで、Xperia PROの画面を「モニター代わり」にするための入力端子であることがポイントだ。接続するのは主にカメラ、それもミラーレス一眼のような、本格的なカメラが想定されている。

 

動画の場合、スマホ側にHDMI入力があれば、高画質なカメラを使って撮影した映像を即座に端末のディスプレイに表示するのと同時に、YouTubeなどに代表される動画配信サイトや、バックエンドにある編集スタジオに送ることができる。つまり、カメラ+スマホのセットで、直接映像配信ができてしまうということだ。また静止画の場合でも、同時にUSBケーブルでも接続することで、カメラから撮影データを直接受け取り、それをネット経由でアップロードすることができる。

 

こうした使い方に特化していることこそが、Xperia PROの「PRO」たる所以なのだ。現場からの中継機能など、多くの人にとっては不要な機能だろう。だが、プロカメラマンや放送の現場などでは、こうした機能の存在によって、機材や手間の削減が容易になる。そうしたターゲットにとって。本機は25万円という価格に見合う価値が十分にある、といえる。

 

一般的に、今日のスマホ市場では、「プロ」と名の付く端末は数多く存在している。だが、それらは別に「プロフェッショナルだけに向けた製品」というわけではない。あくまでハイエンド製品であることを示すためのネーミングで、「プロにも使える」という話でしかなかった。

 

だが、Xperia PROは過去にないくらい「プロ向け」のアイテムとして設計されている。本体がマット仕上げで滑らないようになっているのも、そのほうが撮影の現場ではプラスに働くから。ディスプレイの大きさなどよりも、そうした気配りのほうが重要になるのが「プロ向け」、ということなのだ。

ソニー Xperia PRO/実売価格24万9800円

 

5Gミリ波への対応はスタジアム中継のため

また、もう一つの要素「ミリ波対応」もプロ市場を考慮して採用されている。具体的には、スタジアムなどからの中継を考えてのものだ。現在、街なかにミリ波の設備はまだ少ないが、スタジアムなどでは先行して敷設が進んでいる。そうした場所から中継することを想定した作りになっているのだ。

 

では、なぜミリ波対応施設の敷設がスタジアムからスタートしているのか? 本機がほかのスマホに与える影響はどんなものか? そして、プロ向けスマホに市場性はあるのか? そのあたりをウェブ版で解説しよう。

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら

 

【西田宗千佳連載】春に起きる「携帯料金見直し」の機運、重要なのは価格より「サービスの差別化点」

Vol.99-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、
「携帯料金値下げ」。携帯電話料金事情に楽天モバイル登場以来となる大きな変化が起きようとしている。

 

前回、解説したように、この3月にNTTドコモ・KDDI・ソフトバンクが相次いでスタートする「20GBプラン」は、各家庭での携帯電話料金見直しの機運を高めるだろう。

 

ではどうなるのか?

 

実のところ、20GBプランに万人が移行するとは思えない。オンライン専売であることと、家族割引などに制限があることが理由だ。後者はともかく、前者は「わからないことは店頭で聞きたい」層には大きな障害となるだろう。ただし、すべての人がそうではない。携帯電話販売店でのサポートを必要としていない、むしろ自分でできたほうがいい、という人だって多いはずだ。おそらく、本誌の読者にはそういう人が多いのではないだろうか。

 

そうすると、オンライン専売の20GBプランに移る人は年齢を問わず一定数は存在しそうだ。

 

とはいうものの、本格的な5G時代には、20GBは少ない。2021年中はまだ4G中心だろうが、2022年が近づくころには、目に見えて状況が変わってきている可能性が高い。特に都市部・ターミナル駅周辺などはそうだろう。そのころになると「オンライン専売プランの拡大」を求める声が多くなっていそうだ。

 

一方で、意外な台風の目となるかも知れないのが、20GBより少ない「本当に安いプラン」だ。記事を執筆している1月末現在、NTTドコモの低料金プランの動向は不明だが、先に料金を打ち出しているKDDI・ソフトバンクの価格帯を見ると、もはやMVNOとの差は小さい。本当に「通話だけでいい」人は、大手の低価格プランへ切り替える可能性もある。

 

しかも、同じ携帯電話事業者内での契約種別切り替えはコストも手続きも簡素化される可能性が高い。同時にMNPによって、事業者をまたいで契約を移動するのも楽になる。

 

こうしたことから、「契約の見直し」がこの春以降加速するのは間違いない。

 

ただ、それが「事業者の乗り換え」になるかは、なんとも言えない。手続きもコストも下がるのだが、結果的に「同じ事業者に安価なプランもできる」ことになるため、事業者を変えなくてもいい……と考える人は出そうだし、各事業者もそういうプロモーションを打つだろう。MVNOを使っていた人が大手に戻ってくる現象も考えられる。

 

料金プランの変化によって「契約の見直し」が起きるので、一見、市場が活性化したように見えるが、実のところそこまで「競争」は起きない……というのが筆者の見立てだ。

 

とはいえ、各社のサービスプランはしっかりと差別化されている。特に「20GBプラン」は、各社の強みを打ち出した、料金でない部分の違いがある。NTTドコモは海外でも使いやすく、ソフトバンクはLINEとの連携が強い。そしてKDDIは、必要なときだけ「データ定額」や「通話定額」を追加できるフレキシブルさがある。

 

そうした「料金以外の違い」をいかに認識し、自分にあったプランを見つけるかが、これから重要なポイントとなる。サービス内容の精査が必要になるので少し大変だが、賢く契約したいなら、それくらいの価値はある。

 

今回、政府側から「値下げ」にフォーカスした圧力がかかったわけだが、結果的に生まれたものの価値は「価格以外」にあった。ここに少し皮肉な本質があるように感じるのは、筆者だけだろうか。

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら

 

【西田宗千佳連載】政府からの圧力の前から、水面下で進んでいた「大手3社の若者争奪戦」

Vol.99-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、
「携帯料金値下げ」。携帯電話料金事情に楽天モバイル登場以来となる大きな変化が起きようとしている。

 

今春の大手3社による携帯電話料金値下げの中核となるのは、「データ量20GB・月額料金2980円」のプランだ。正確には、KDDIの「povo」は月額2480円なのだが、まあ、まずは同じグループと考えていただきたい。

 

各社とも20GBというデータ量になったのは政府側が「20GB」を名指ししたから、という側面がある。一方で、各社のプランは、20GB以外にも似た側面を持っている。それは、どれも「若者向け」「オンライン専売」の形を採っている、ということだ。

 

従来、大手3社は自社の「携帯電話販売店網」を使って契約・サポート・販売促進を行ってきた。だが、実際に店舗を運営するのはほとんどが販売代理店であり、彼らに支払う「顧客獲得に伴う費用」の大きさは、携帯電話料金になって跳ね返っている。MVNOの多くが低価格を打ち出せるのは、大手3社ほどの規模がなく、販売代理店契約がそこまで重荷にならないからだ。

 

オンライン専売になるということは、携帯電話販売店網に頼らない・頼れないという意味であり、そのぶんコストが下がる。結果として、サポートに価値を感じる法人や高齢者は対象にしづらい。

 

一方で、携帯電話事業者はすでに「顧客獲得競争」が難しい状況にある。携帯電話契約が日本中の家庭に行き渡り、収益拡大の柱だった「完全な新規顧客獲得」は困難になっていたからだ。

 

となると、他社から顧客を奪うしかない。ではどこから奪うのがいいのか? そのまま行けば長期顧客になる可能性のある若者が独り立ちするタイミングがベストだ。若者ならネット専売に対する拒否感も小さいだろうし、「データ量が小さすぎず、高くもない」プランに惹かれるだろう。従来、安価なプランを作る場合は「データ量を少なくして安くする」のが定番だったが、それでは若者ニーズは満たせない。

 

特にここを狙ったのがNTTドコモだ。ドコモはシェアトップでありながら、若者層に弱い。ここ数年は新規顧客獲得数でも利益率でも、KDDIやソフトバンクに負けている。逆転を狙うなら弱点である若者を狙うのが一番。だから「ahamo」を作ったのである。

 

KDDIも負けてはいない。彼らの「povo」は、KDDIが若者層をターゲットにするうえで課題となっていた「料金の複雑さ」、「他社との差別化」の面を解決したプランになっている。割引サービスなどはないが、最初から月額2480円と安い。「トッピング」と名付けられたオプションを使わない場合は、通話料金が他社より高い計算になるが、若者は「電話回線での通話」はあまりせず、LINEなどで通話することが多いため、問題としては小さい。

 

ソフトバンクも同様に、自社傘下に入るLINEの価値を最大限生かせるものとして「SoftBank on LINE」を開発した。

 

実はどれも、政府に言われたからすぐにできうような料金プランではなく、年単位での検討が行われていたもののようだ。「オンライン専売」はメリットもあるが、顧客に混乱をもたらす可能性があるし、場合によっては、長年築き上げてきた販売店網の再編にもつながる。新たなシステム構築も必要で、当然検討には時間を要する。

 

各社は裏で、若者をターゲットに顧客獲得競争のための準備をしていたのだ。政府の圧力がなければもう少し高いものになったかもしれないし、こんなに早く発表されることもなかったかもしれないが。

 

では、新「20GBプラン」は我々の生活にどのような影響を与えるのだろうか? そのあたりは次回のウェブ版で解説する。

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら

 

【西田宗千佳連載】「値下げ」を急いで携帯電話料金の「寡占」を加速した菅政権

Vol.99-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、
「携帯料金値下げ」。携帯電話料金事情に楽天モバイル登場以来となる大きな変化が起きようとしている。

 

この3月に向けて携帯電話料金に大きな変化があるのは、ご存知のとおり、政府が携帯電話料金の値下げを求めたためだ。料金が下がるのは消費者にとって、基本的にプラスである。だが、問題はその前提が正しいかどうかだ。

 

政府として、コロナ禍で国民の生活が苦しくなるなか、負担を減らしたいというのはわかる。だが、そもそも論として、政府が民間が決める携帯電話料金に細かく口を出すのは「資本主義社会」としては正しくない。また、国民の生活を助けたいなら、企業に値下げを強いるのではなく、減税や補助などの形でやるのが筋だ。

 

政府が携帯電話料金の高さを問題にするのは、「諸外国に比べ日本の料金は高い」という調査があるからでもある。だが、これはちょっと内容が微妙だ。「20GBのプラン」に絞った調査では確かに高いのだが、低容量や大容量プランはそうでもない。また、通信速度や「圏外の少なさ」などのネットワーク品質を考えると、日本はかなり優位にある。

 

日本の携帯電話料金の問題は「高い」ことではない。高いものもあるが、安いものもすでにある。実際には、20GBクラスのプランが少なかったこと、大手同士では価格やサービスの差が小さかったこと、そして、サービスを乗り換えようと思う人が少なかったことなど、「競争上の課題」が存在していたのだ。

楽天モバイル Rakuten Hand/実売価格2万円

 

これらは確かに解決すべき問題なのだが、それをシンプルに「高い」と置き換えてよかったのか。競争をより活性化し、選べるサービスや提供元を増やしていく施策を導入すべきだったのに、今回は政府からの圧力という形で、大手3社が20GBプランを軸に値下げする流れになった。結果として、安価なプランが世の中に出るのは早くなったものの、競争環境としては非常に厳しいものになった。大手3社が安価なプランを提示してしまったため、結果として、楽天モバイルとMVNOなどが「価格で勝負」するのが難しい状況になってしまったのだ。

 

電気通信事業者などの業界団体であるテレコムサービス協会・MVNO委員会は、1月19日に開催された総務省の有識者会議「接続料の算定等に関する研究会」において、MVNO向けの接続料や音声卸料金の引き下げを要望した。これは実質的に、MVNOからの「降参宣言」だった。早急に大手3社から携帯電話回線を借り受ける際の価格を大幅に引き下げないと、3社の「20GBプラン」などに価格で対抗するのは困難だ……という要請だったからだ。

 

もともと総務省の計画では、2020年からの3年で、MVNOから大手携帯電話事業者への「接続料」を、2019年度比で半分にする計画だった。だが、菅政権下で「値下げ」が急がれた結果、3年を待っていては事業が成り立たない、という話になったのである。楽天モバイルとMVNOは、価格面でしばらくかなり厳しい立場に置かれる。なかなか簡単ではないことだが、価格以外で戦うか、企業体質を変えてさらに低価格で戦うか、という選択を迫られそうだ。

 

大手の値下げは、そのくらい各社に大きな影響を与えた。では、大手3社は赤字覚悟で価格を下げているのか、不公正な料金設定を打ち出してきたのか、というとそうではない。ちゃんと裏付けはある。そして、それこそが、今後の携帯電話事業に大きく影響する点であり、今回の「価格以上の目玉」であり、各社の今後の差別化ポイントでもある。

 

それはどういうことなのか? 次回のウェブ版で解説したい。

 

 

 

週刊GetNavi、バックナンバーはこちら