「コーヒー2050年問題」とは? 我々に及ぶ影響と“サステナブルな一杯”の選び方を専門誌編集長が解説

日々の息抜きであり、活力にもなる香り高いコーヒー。その原料となるコーヒー豆の栽培地が、近い将来に激減する懸念があることをご存知でしょうか? 今回は、近年話題になっているコーヒー2050年問題を通して、身近な飲料であるコーヒーのサステナビリティについて考えます。

 

おいしいコーヒーを飲める生活を持続していくために、私たちがいま知るべきこと、できることはなんなのか? スペシャルティコーヒー(高品質であることを前提に、トレーサビリティが明確でサステナビリティにも配慮したコーヒー)のカルチャーを伝えるインディペンデントマガジン『Standart』の日本語版編集長であり、国内外のコーヒー事情に精通する室本寿和さんにうかがいました。

 

私たちは、史上類を見ない
コーヒー大消費時代に生きている

コーヒー2050年問題。この気になるキーワードを紐解く前に、あなたはいま世界でどのくらいの量のコーヒーが日々消費されているか、イメージできるでしょうか?

 

「世界全体のコーヒー消費量は戦前からずっと右肩上がり。特にここ10数年くらいは、毎年約2%ずつ消費量が増え続けています。わかりやすく言うと、この世界ではいま、毎日22億杯くらいのコーヒーが飲まれていることになるんです」(『Standart』日本語版編集長・室本寿和さん、以下同)

 

毎日、22億杯! ちょっとイメージしにくい規模感です。

 

「人口増加にともなって、コーヒーが消費される場所が世界中に増え続けていることが大きいと思います。近年、中国やインドなど、これまでコーヒーがあまり飲まれてこなかった地域での消費が増えてきているのはもちろんのこと、中東を中心としたイスラム圏でも盛り上がっています。宗教的にお酒が飲めないぶん、とくに若者層での消費が増えていて、かつ、経済的にも豊かなので大きなコーヒーチェーンが続々と進出したり、中東ならではの荘厳な店構えのカフェができたりしているそうです。
あとこれは僕個人の考えですが、SNSなどを通して、それまでコーヒーの文化を知らなかった人々が情報を得られる社会になったことも、その後押しになっていると思います」

 

 

ちなみに国際コーヒー機関(ICO)が発表している国別の消費量を見ると、日本は世界第4位のコーヒー消費国(2020年時点)。私たちは世界的に見てもコーヒー好きな国民と言えそうです。

 

「仕事柄、海外の人と話をするなかでも、日本のコーヒーカルチャーは特殊だと言われます。第一に、豆を買って自宅でコーヒーを淹れる文化が根付いている。これは他国のコーヒー関係者からはうらやましがられるポイントです。海外の場合、カフェなどお店で飲むだけの人が多いんですね。
第二に、コーヒーの選択肢がとても多い。コンビニコーヒーや缶コーヒー、『スターバックスコーヒー』のようなスペシャルティコーヒーショップもあれば、独自の喫茶店カルチャーもある。コーヒーに対する成熟度はかなり高い国だと思います」

 

すぐそこまで来ている、
畑も生産者も激減する未来

そんな私たちだからこそ気になる、コーヒー2050年問題。具体的にどのような問題なのでしょうか?

 

「ごく簡単に言ってしまうと、地球温暖化による気候変動の影響で、2050年にはアラビカ種のコーヒー栽培地が50%くらいまで減ると懸念されている問題です」

 

アラビカ種とは、世界全体のコーヒー生産量の約7割を占める品種。私たちがカフェなどで飲んでいるおいしいコーヒーの豆は、大半がこのアラビカ種です。

 

「赤道を挟んで南北25度くらいの間にある、コーヒーの栽培に適したエリアのことを“コーヒーベルト”と言います。このエリアがいま南北へ広がっているんです。
『広がるならいいじゃないか……?』と考えたくもなるけれど、アラビカ種は比較的標高が高いところで栽培される品種。この標高が、いま温暖化によってどんどん上に上がっているんです。高地になればなるほど面積は狭くなりますから、このままだと豆が栽培できる場所が減っていき、世界の増える需要に供給が追いつかなくなり、2050年ごろにはおいしいコーヒーを気軽に飲めなくなってしまうかもしれない、というわけです。
また、アラビカ種だけではなく、インスタントコーヒーや缶コーヒーなどの原料に多く使用されているロブスタ(カネフォラ)種も同様に、生産可能地域の多くが失われてしまうという報告もあります」

 

 

たったの25年で半減とは、おそろしいスピードです。

 

「栽培地の減少は、生産者の問題にも直結します。そもそもコーヒー豆は価格が安い作物のひとつ。小規模農家のおよそ6割がすでに貧困状態にあると言われています。
標高の低い畑でも育つ新しい品種の開発などもしていますが、それを試そうにも植えてから収穫までには3〜5年を要します。また、栽培地の標高が上がれば畑の面積が狭くなるので収穫量が減り、さらに斜面が多くなることで機械が入れられなくなるので人件費もかさみます。
従来からある市場の変動による販売価格の不安定さに加えて、こういった状況に多くの小規模農家は耐えきれず、2050年ごろまでに生産者が激減するとも言われているんです」

 

コーヒーの未来を守るために
いま行われていること

この問題に対して、業界ではどんな取り組みが行われているのでしょうか?

 

「いちばん大きなところでいうと、『WORLD COFFEE RESEARCH』という非営利団体の活動ですね。彼らは、各地のコーヒー農家がきちんと生計を立てられるように、低地で育つとか、熱に強いといった新しい品種づくりに取り組んでいます。
いわばコーヒー農業の研究開発で、その費用は『スターバックス』や『キーコーヒー』のような大会社によってスポンサードされています。日本にもつい最近支部が設立されたばかりです」

 

生産国から世界各地に輸出されるコーヒー豆ですが、その流通方法などにも新たな動きが生まれているとか。

 

「フランスのコーヒー豆輸入会社である『Belco(ベルコ)』では、2030年までにコーヒー豆の輸入に使用する船をすべて帆船(ヨット)に変える取り組みをしています。動力は風。つまり海を汚さないクリーンエネルギーで、すでに90%は達成しているそうです」

 

 

そして室本さんは、コーヒー好きな日本にも国内外から注目を集めているスタートアップ企業があると言います。

 

「2019年に創業したTYPICA(ティピカ)は、世界中のコーヒー生産者とロースターをオンラインでダイレクトにつなぐプラットフォーム。従来の不透明かつ複雑な流通過程を省いて、コーヒー産地と各地のショップ、ロースターが直接取引できる仕組みをつくった会社です。
彼らの革新的だったところは、DXを進めてこの仕組みをシンプルに構築したことです。農家の人は自分たちで適正な価格を提示でき、それをロースターは麻袋一袋からでも購入できます。現場のフィードバックをすぐにプラットフォームへ反映していくスピード感が素晴らしいですね」

 

TYPICAのプラットフォームを使えば、街の小さなコーヒーショップでも、お気に入りの農家さんから少量ずつ豆を直接購入することができるそう。

 

適正価格で豆を販売することで、農家のふところや栽培地の村に正しくお金が落ちる。このお金で新たな設備投資ができたり、子供たちに教育を与えたりすることができます。いわゆるSDGsの話にもつながってくるんです」

 

その一杯の“役割”を意識する。
サステナブルなコーヒー選び

 

では、コーヒーのサステナビリティをふまえて、私たちがいち消費者としてできることは何なのでしょうか? 大量消費をやめること、あるいは、低価格なコーヒーを買わないこと……?

 

「大前提として、そういった罪悪感は抜きにして、とにかくいろんなコーヒーをたくさん飲む、楽しむことが大事なのかなと思っています。たとえば僕は、100円で買えるコンビニのコーヒーにも“役割”があると考えています。手軽に飲めるからこそ、コーヒー好きの裾野を広げてくれていると思いますしね。
スーパーで販売している、大手メーカーの安価なインスタントコーヒーだってそうです。その売り上げが、先ほども話したような新品種の研究開発に活かされたりするわけですから。もちろん、企業が何にお金を使っているのかを意識するのは重要ですが」

 

 

その“役割”を意識して商品を選ぶという行動なら、私たちにもできるのかもしれません。

 

「コーヒーを取り巻く問題は、根本的には農家の人に利益を還元していくことでしか解決できないと思っています。そのためにいち消費者ができる第一歩としては、適正価格で豆を取引していたり、同じ生産者との付き合いを長期的に継続しているようなお店を見つけて、そこから豆を買ったり、その豆を使ったコーヒーを飲みに行ったりする、というのがよいのではないでしょうか」

 

サプライチェーンが透明化されていて、農家に利益を還元できるコーヒー豆には、ほかにどんなものがあるでしょうか?

 

オーガニック認証や、レインフォレスト・アライアンス認証などがついている商品なら、環境保全にも貢献ができます。たとえば広島瀬戸田に焙煎所を持ち、いま東京の日本橋や千葉の一宮に店舗があるOVERVIEW COFFEEは、地球温暖化の抑制に効果的といわれるリジェネラティブ・オーガニック農法(環境再生型有機農法)、または同農法に切り替えを検討しているオーガニック認証を取得した生産された、コーヒー豆だけを扱っているコーヒーロースター。
売上の1%を環境保護団体に寄付する活動もおこなっています。ただ単に“⚫⚫︎認証”の肩書きだけで選ぶのではなくて、こんなふうに具体的な活動をしているお店に投資するというのも、問題を意識するきっかけになると思います」

 

「OVERVIEW COFFEE」は、土壌の再生と気候変動問題の解決へ寄与することをミッションにアメリカ・ポートランドで発足したコーヒーロースター。2021年日本に上陸した。

 

最近では、このコーヒー2050年問題から名前をとったお店まで誕生しているとか。

 

「京都でスペシャルティコーヒー事業をしているKurasuが2024年2月にオープンした、2050 COFFEEというコーヒーショップは、ぜひ行ってみていただきたいですね。
適正価格で買い付けた豆を使用しているのはもちろんですが、店内にはドリップコーヒーが10秒で注げるタップマシーンが設置されているんです。さらに、スペシャルティコーヒーをメインに提供するお店ではとても珍しいのですが、エスプレッソマシンを設置するのではなく、全自動のマシンでエスプレッソドリンクを提供しています。
これらは、コーヒー業界が直面しうる課題に対するいわば実験のような試み。2050年問題を声高にアピールするのではなく、新しいテクノロジーを駆使したユニークな試みと高いデザイン性、コンセプト力でお客さんにコーヒーの未来を意識してもらうという取り組みが、海外からも注目を集めています」

 

スペシャルティコーヒーを手軽に楽しめる体験を提供し、よりよいコーヒーの未来の実現を目指す「2050 COFFEE」。写真は10秒で高品質なコーヒーを注ぐ専用タップ。

 

2050年問題を知ることで
コーヒー文化を守る

「ヨーロッパでコーヒーが広がった17〜18世紀ごろ、コーヒーショップにはアーティストや政治家や芸術家などさまざまな人が集まったそうです。たった1ペンス払えば、そんな面白い人たちと平等に会話をしたり、つながったりできる。僕はコーヒーを取り巻くそういったカルチャーの部分に、昔からすごく惹かれていました」

 

2015年にスロバキア人のマイケル・モルカン氏が創刊し、2017年に室本氏がその日本版を手がけることになった『Standart』。スペシャルティコーヒーやコーヒーショップを取り巻く、その空気感を伝える紙面作りが高い評価を得ています。

 

「コーヒーショップで、人はコーヒーの話ばかりしているわけではありません。僕たちが『Standart』で扱っているトピックも同じで、コーヒーを飲みながら人々が繰り広げている会話の内容とか、そこから生まれる行動とか、そういうものを含めた全部をコーヒーのカルチャーだととらえています」

 

スペシャルティコーヒーの文化を伝える季刊誌『Standart』。年間定期購読のみの販売で、毎回、厳選されたコーヒー豆とともに届く。定期購読者限定のオンラインコミュニティも用意。

 

その大切な場所が、これからもよりよい形で持続していくために、コーヒー2050年問題を知ることには意味があります。

 

2050年というのは、コーヒーに限らず地球上の様々な環境問題を紐づけるひとつのアンカーポイント(基準点)にすぎません。そして、問題自体は現在進行形ですでに起こっていることでもあります。
より多くの人が、一杯のコーヒーからいま現在の消費行動を見直したり、自分が働いている業界や会社から何か貢献できることはないかと考えてみることができるなら、未来は少しずつ変わっていくのではないでしょうか」

 

Profile

Standart Japan 編集長 / 室本寿和

福岡県北九州市出身。高校卒業後にオーストラリアへ留学。帰国後は翻訳・印刷会社に就職し、2012年にオランダ・アムステルダムへ転勤。スペシャルティコーヒーの文化を伝えるインディペンデントマガジン『Standart』に出会い、2017年3月、日本語版編集長に就任。現在は、Standartのグローバル・パートナーシップディレクターも務める。 2021年4月には福岡でコーヒーショップ『BASKING COFFEE kasugabaru』をオープンした。
Standart Japan HP
BASKING COFFEE kasugabaru Instagram

気象予報士が解説する日本の天気予報の最先端と「世界気象デー」に学ぶ世界の気候変動

酷暑にゲリラ豪雨、相次ぐ超大型台風による被害……。日本における近年の不安定な天気は、地球規模の気候変動と切っても切れない関係があるようです。そこで@Livingが注目したのは、毎年3月にある「世界気象デー」という記念日。これをヒントに、日本気象協会の気象予報士・齊藤愛子さんが、気候変動と日本の天気の現状を教えてくれました。

 

『世界気象デー』のテーマが気候変動を知るヒントに

『世界気象デー』とは、いったいどんな日なのでしょうか?

 

「以前は、世界各国の気象業務はいまと違って国ごとの連携がなく閉鎖的なものでした。これを世界で標準化し、各国間の気象情報を効果的にシェアするために発足したのが、世界気象機関(WMO)という国連の専門機関です。『世界気象デー』とは、そのWMOが1950年の3月23日に世界気象機関条約が発効したことを記念して、1960年に制定されました。。WMOは気象業務や地球における気候変動について、人々の理解促進を目的としたキャンペーンを行っています」(気象予報士・齊藤愛子さん、以下同)

 

世界気象デーには毎年、異なるテーマを設けてキャンペーンを展開。2023年のテーマは『世代を超えた気象、気候、水の未来』となりました。そもそもこのテーマは、どのように決めているのでしょうか?

 

「気象庁の方にお聞きしたところ、毎年6月頃に会議によって翌年度のテーマが決まるそうです。今年はWMOの前身である国際気象機関(IMO)の創立から150周年のアニバーサリーイヤーで、これまでの気象業務の歴史と将来の発展を見据えたテーマになっているようですね。
なかでも重要とされる気候変動のひとつが、みなさんもご存知の地球温暖化。地球全体で海水温が上昇することで水蒸気の量が増え、長期にわたる雨や豪雨が世界的にも増えていることから、『水の未来』というキーワードもテーマに掲げられています」

WMOの公式サイトより

 

つまり、毎年変わる『世界気象デー』のテーマには、地球の気候変動にまつわる最新のトピックスが盛り込まれている、ということになります。

 

「たとえば2022年のテーマは『早めの警戒、早めの行動』でしたが、その背景として国連は2022年3月に早期警戒イニシアチブを発表しています。日本では、災害につながるおそれのある大雨などが見込まれるとき、早期に警戒アラートが出て情報が発信されますよね。でも世界の全人口のうち約3分の1の人々は、そういったシステムがまだ十分に普及していない地域で暮らしているのです」

 

アラートの有無は、人の命に関わること。近年の地球温暖化に起因する気候変動の大きさは、やはりそれだけ警戒を強めなければならないレベルにあるようです。

 

「日本に暮らす私たちも、ゲリラ豪雨の発生や連日の熱帯夜など、天気を通じて何か異変が起きている、と痛感することが、年々増えているのではないでしょうか? ここで、地球温暖化が確実に進行していることを示すある報告書をご紹介しましょう」

 

地球の気温は、過去2000年間で前例のない速度で上昇している!

「次のグラフをご覧ください。これは2021年の8月に、『IPCC』という国連気候変動に関する政府間パネルが公開した『第6次評価報告書(AR6)』に掲載されたグラフの日本語訳です」

 

世界気温変化と直近の温暖化要因(IPCC AR6 WG!Figure SPMI Panel b) 出典=IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)

 

「このグラフは、世界の平均気温上昇の変化を、太陽活動の変化や火山の噴火といった『自然起源』のみの場合と、温室効果ガスの増加や森林伐採、土地利用の変化といった『人間活動による影響=人為起源』を加えた場合とで、わかりやすく比較しています。

 

2011年〜2020年までの直近10年で、世界各地での地表面温度は、産業革命前(1850〜1900年)に比べて1.09度上昇しているんです。その主たる原因が、人間活動にあるということが明確になってきたわけですね」

 

ここ10年の気温上昇は、人間活動による影響が大きいことが一目瞭然です。

 

「この報告書でもっとも注目すべきは、『地球温暖化の原因は人間の活動によるものだ』と断定したことでした。そして昨今の地球の気温は、少なくとも過去2000年間で前例のない速度で上昇していると報告されています。実際に産業革命前と比べて大雨は1.3倍、干ばつは1.7倍増えているというデータもあります。気温上昇も1.09度……というとあまり大きな数字には思えないかもしれませんが、仮にこれが1.5度まで上昇すると、50年に1度あるような暑い日が、いまの約2倍も発生すると予想できます。そうなると海水温はさらに上昇し、世界的にもっと雨が増えることになるでしょう」

 

世界人口が未だ増え続けている背景をふまえると、気温は今後も上昇していきそうです。一方、日本に限定すると、気候変動の現状はどうなっているのでしょうか?

 

「日本の気候変動は、気象庁が公表している『日本の気候変動2020−大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書−』に詳しく掲載されています。大気中の温室効果ガスは年々増加傾向にありますし(図2)、21世紀末には年平均気温が約1.4〜約4.5度まで上昇、激しい雨や台風もますます増えていくことが予想されています」

 

日本国内における待機中の二酸化炭素濃度『日本の気候変動2020ー大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書ー』 出典=文部科学省及び気象庁「日本の気候変動2020」

 

もはや、冷夏なんて過去のものになってしまうのでしょうか?

 

「実は、そうともいえないのが気候の難しいところです。というのも、日本の夏が猛暑の年には、地球のどこかが冷夏に見舞われるといったように、天気は地球全体でバランスをとっているのです。これは温暖化や気候変動においても同じことがいえます。たとえば日本でいくら人口が減って環境負荷が抑えられたとしても、世界規模で人口が増え続けて温暖化が進行すれば、その影響はゲリラ豪雨のような異常気象となって世界各地に及びます。とはいえもちろん、環境に配慮した取り組みは、これからも我々が推進していかなければならないことです」

 

日本の夏は今年も暑い!? “平年並み” はもはや安心できない

ちなみに、今年の夏もやっぱり “暑い” のでしょうか?

 

「今年の夏も暑くなりそうです。日本気象協会の「梅雨入り予想」では、梅雨前線の北上は平年と同様か早い傾向で、今年の梅雨入りは、沖縄や九州から東北にかけて平年並みか平年より早い見込みです。そして、6月から7月の太平洋高気圧の北への張り出しは順調で、今年の梅雨明けは平年並みか平年より早い傾向と見込まれます。平均気温は6月と7月は平年並みか高く、蒸し暑い日が多くなる予想です。
また、夏に発生が予想されるエルニーニョ現象の影響で、盛夏に「梅雨の戻り」のような天気となる可能性が考えられます。梅雨明け後も、局地的な大雨や日照不足などに注意が必要となりそうです」

 

この気象予報における “平年” とはどういう意味なのでしょう? たとえば「平年並みの気温」なら、それほど暑くならないと捉えていいのか、というとーーー

 

「平年値とは過去30年間の平均なのですが、実は10年ごとに更新されるのです。期間は西暦年の1の位が1の年から10年後まで。ですから2023年現在の予報でいう『平年値』は2021年に更新されています。つまり1991〜2020年の平均ということ。そこには近年の酷暑、ゲリラ豪雨が多い夏の気候などもカウントされているので、雨量が『平年並み』だからといって大雨が降らないわけではないし、気温が『平年並み』でも、危険な暑さになる可能性はあるということになります」

 

いわゆる “酷暑日” も、珍しくなくなっていきそうです。

 

「そうかもしれません。そもそも『酷暑日』は、われわれ日本気象協会が2022年の夏に提唱した用語なんです。気象庁では最高気温35℃以上のことを『猛暑日』と呼称していますが、2022年の夏は全国で観測史上初めて6月に40℃を観測しました。また、近年は夜間の最低気温が30℃以上となる日もあります。もはや『猛暑日』や『熱帯夜』という用語では足らないのではないかということで、日本気象協会の気象予報士が検討して独自に使い始めたのが、最高気温40℃以上の『酷暑日』と、最低気温30℃以上の『超熱帯夜』という用語なんです」

 

今までよりも、ひとつ上の暑さのランクが必要になってきているのだそう。

 

「日本の気象観測において40度の気温は何回か記録がありますが、そのうちの9割を直近の20年間が占めているんですよ」

 

※「酷暑日」「超熱帯夜」は日本気象協会が独自でつけた名称であり、気象庁が定義しているものではありません。

 

進化する天気予報を使って危険やリスクから身を守る

つまり、気候変動に合わせて、天気予報も進化していくというわけです。

 

「最近だと天気予報で『観測史上初』といった言葉を聞く機会が増えつつあると思うのですが、われわれはこういった事情も情報に反映しています。最近よくある大雨の予報においては、日本気象協会独自の情報である『既往最大比(過去最大値との比)』というデータを活用するようになりました」

 

「既往最大比」とは……

たとえば雨量でいうなら、いま降っている雨がこれまでの観測史上で最大かどうかを、ひとめでわかるようにしたデータのこと。

「大雨がよく降る地域と、雨自体があまり降らない地域においては、同じ雨量でも災害につながるリスクも変わってきます。それを知っているかどうかで、いざというときの行動にも変化が生まれます。実際に過去最大雨量の150%を超えた場合、犠牲者の発生数が急増する可能性があり、災害発生危険度が極めて高くなることが研究で分かっているんですよ」

 

※既往最大比とは、解析雨量が1kmメッシュ化された2006年5月以降に観測された雨量の最大値との比のこと
※研究とは、日本気象協会と静岡大学牛山素行教授との共同研究の結果。(本間基寛,牛山素行:豪雨災害における犠牲者数の推定方法に関する研究,自然災害科学,Vol. 40,特別号,pp. 157-174,2021.

 

気象予報の精度自体も、年々進化しているそうです。

 

「われわれ気象会社は、気象庁が発信する情報を受けて、各社が用いる独自の予測モデルを駆使して天気予報を発表しています。とくに日本気象協会では、最近になって統合予測モデルというものに切り替えたのですが、これは国内外のさまざまな予測モデルの情報を統合し、精度の向上を目指したモデルです。というのも、予測モデルには「予測の癖」があるんですよ。「予測の癖」は、季節や地域によって日々変化するので、この変化に対応し精度の良い予測になるよう補正しているんですよ。様々な予測モデルの「予測の癖」を補正しつつ、いいとこ取りをしたのが、日本気象協会の『JWA統合気象予測』になります」

 

↑「JWA統合気象予測」の成り立ち

 

気象庁、あるいは民間の会社によって予報の内容に差があるのは、予測モデルの差でもあるわけです。となると、ユーザーとしてはどれを信頼すればいいか迷うところ。

 

「各社の予報をインプットしておいて、総合的に考えるというのが正解に近いのかなと思います。天気予報にも “セカンドオピニオン” があると安心というか、どの予報もしょせんは予報であって絶対ではありません。1社だけが雨の予報を出しているなら、雨の可能性もあるなとインプットしておけば、行動の対策も立てられるということですね」

 

天気リテラシーの向上は “環境にいいこと” につながる

日本気象協会のtenki.jpでは、ユニークな指数情報も豊富。

 

「ユニクロさんとのコラボで実現している『エアリズム予報』や、『ヒートテック指数』は、SNSなどでも話題となり、ご好評をいただいているようです。これらは気温に適した機能性インナーを活用するうえで、参考にしていただける独自の指数なのですが、こういった情報も冷暖房器具の省エネなど、回り回って環境に配慮した行動につながっていくのではと期待しています」

↑日本気象協会がユニクロに働きかけて実現した「エアリズム予報」

 

↑そしてこちらはと「ヒートテック指数」。より暮らしに密着した実感をともなう予報といえます

 

天気予報から正しい情報を収集することは、災害から身を守るだけではなく、地球環境の保護という側面から考えても、今後ますます重要な行動になっていきそうです。

 

「私もプライベートでは3歳と5歳の子どもを育てていますが、仕事柄、彼らが大人になるころ日本の気候は、そして世界は果たしてどうなっているのか、考えてしまうことがよくあります。そこで、子どものうちからお天気リテラシーを高めるような、日々の会話を大事にしていますね。たとえば空を見たときに飛行機雲がなかなか消えなかったら、湿度が高いから天気が降り坂になることが多い。『飛行機雲が残っているから、雨がくるかもしれないね』って、一緒に空を見ながら、そんな会話をするだけでもいいと思いますよ」

 

 

プロフィール

日本気象協会 気象予報士 / 齊藤愛子

一般財団法人 日本気象協会で、放送局やデジタルサイネージ等の企画・開発に従事。tenki.jpのプロモーションをはじめ、フジテレビ『AI天気』、日本テレビ『じぶんごと天気』などのコンテンツ企画なども手がける。出身は特別豪雪地帯である長野県信濃町。
日本気象協会 HP


提供元:心地よい暮らしをサポートするウェブマガジン「@Living」

SDGsを先取り! チャールズ英国王が半世紀前から陰口を叩かれても地球環境保護を訴えた理由

2015年9月、ニューヨークの国連本部で行われた国連持続可能な開発サミットで制定された17の目標『SDGs』は、「このままでは地球はもたない」あるいは「地球に人類が生きられなくなる」ことを周知させ、世界中の多くの人が意識や暮らしを見直すきっかけとなりました。ところが、そこからはるか半世紀以上も前から地球環境の危機的状況を憂慮し、環境保全のための活動を続けてきた人物がいます。

 

それが、2023年5月6日に戴冠式が迫る、イギリス国王のチャールズ3世です。日本ではあまり知られていないことに筋金入りの環境活動家であるチャールズ国王のサステナブルな姿勢から、学べることとは?

 

半世紀前……当初は孤独な戦いだった

チャールズ国王が地球環境の保全に関心を持ったのは1960年代後半頃だと話すのは、イギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史を専門とする関東学院大学の君塚直隆教授です。

 

「国王がケンブリッジ大学の学生だった20歳の頃には、地球環境についての考えをお持ちでした。国王は夏になると、2022年9月にエリザベス女王が亡くなったスコットランド北部のバルモラル城で過ごし、クリスマスから年初にかけてのホリデーシーズンにはイギリスのノーフォーク州にあるサンドリンガムで過ごしていました。いずれも大自然に囲まれた環境です。こうした場所で幼少期を送られたことが、のちに地球環境の保全について考えるきっかけになっているのではないでしょうか。また、国王のお父様である亡きエディンバラ公も世界自然保護基金の総裁を長年務めていたこともあり、徐々に関心を深めていかれたのではないかと思います」(関東学院大学教授・君塚直隆先生、以下同)

 

英国の皇太子といえば、いずれは世界15か国の英連邦をはじめとする多数の領土に君臨する存在。その影響力をもって地球環境の保全を声高に叫べば、一大ムーブメントになりそうですが……。

 

「SDGsが広まった今でこそ、世界中に賛同者がいますが、55年も前のことです。当時、チャールズ国王が森林破壊や大西洋の汚染、魚の乱獲について訴えても、多くの人びとにとって、それは身近な話題ではありませんでした。彼の環境保全への情熱を、“変わり者”だと揶揄する人は少なくなかったのです」

 

そして、ようやく時代が追いついてきた

↑2015年12月1日、COP21でスピーチするチャールズ皇太子(当時)

 

チャールズ国王は1976年に海軍将校から退役すると、「皇太子財団(The Prince`s Trust)」を設立。経済的に恵まれない青少年のための職業訓練の場を設けました。

 

「皇太子財団設立以降は、子どもたちの絵画教育や青少年の芸術教育、国際的な実業家の育成、医療健康の推進など、さまざまな支援団体を立ち上げました。それらの団体は統轄され、今では年間150億円以上もの事業運営に貢献する、イギリス最大級の事業団体に成長しています。しばらくは皇太子財団の活動に忙しくしていた国王でしたが、1980年代に入って国連が地球温暖化に警鐘を鳴らすようになり、1992年に国連気候変動枠組条約が採択され、地球温暖化対策に世界全体で取り組んでいくことに合意してからは、再び地球環境の保全にコミットしていきました。近年では、国連気候変動枠組条約に基づき毎年開催される国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)に可能な限り参加し、スピーチを行ってきました」

 

チャールズ国王は、皇太子財団のほかに、どのような活動を続けてきたのでしょうか?

 

「気候変動に対する取り組みをする財団をいくつも立ち上げてきました。なかでも主たるものが、熱帯雨林の保全を行う財団です。多くの企業から賛同を得たり、銀行から資金調達をしたりして、各国の首脳に呼びかけてきました。また、思いを同じくするハリソン・フォードやメリル・ストリープ、ロッド・スチュワートなど世界的スターの力も借りてプロモーションのための映像を作るなど、若い人たちに関心を持ってもらうための活動を続けました。さらに、熱帯雨林の減少を食い止めるには熱帯雨林が分布する中南米やアフリカ、南太平洋など途上国への支援が欠かせないとし、それらの国々の貧困の克服と自立をサポートする重要性についても言及しました」

 

SDGsが誕生し、「サステナブル」という言葉がようやく定着した今、チャールズ国王には先見の明があったことが立証されたわけです。

 

「今では世界中の首脳たちが、チャールズ国王が環境問題のエキスパートであることを認識しています。スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんも、チャールズ国王には畏敬の念を抱いています」

 

まるで桃源郷!?
国王の庭「ハイグローヴ・ガーデン」

チャールズ国王による地球環境保全のための活動は、自身の暮らしにも根付いています。チャールズ国王が有機農法による植物の栽培や動物の飼育を行うハイグローヴは、生物多様性が息づき、持続可能性が確保された場所となっています。

 

「ハイグローヴはイギリスの南西部、グロースター州にあり、チャールズ国王が若い頃に友人から買い取ったお屋敷と庭を整備・拡張し、広大な庭園と農場にしました。ハイグローヴでは、化学肥料や殺虫剤、除草剤には頼らず、有機農法に基づく農業を行い、有機農法による安全な餌を食べる鶏や牛、豚などを飼育しています。また、邸内の電気には再生可能エネルギーや太陽光パネルを用いています。邸宅やレストランなどの暖房設備は敷地内で採れる薪を使っていますし、農場やトイレ用の水は、雨水を使っています。そしてゴミになるような木材や金属は一切使いません。環境負荷がなく、できるだけ自然に近い状態であることを大切にしているのです」

 

このハイグローヴには、レストランや売店があるそう。

 

「売店では、農場に放し飼いにされている鶏が産んだ新鮮で安全な卵をはじめ、野菜や果物、肉類、ハーブティーなどが売られています。そして、こうした販売収益もまた、国王の慈善団体に寄付されています」

 

英国王室による十人十色のSDGs

チャールズ国王の精神。家族でもある英国王室に、どのように受け継がれているのでしょうか?

 

「国王の精神を直接的に受け継いでいるのはウィリアム皇太子でしょう。祖父であるエディンバラ公の影響もあると思いますが、動物の保護活動に力を入れています。アフリカ野生動物保護組織タスク・トラストのパトロンを務め、10年以上にわたり、野生動物の違法取引や密猟への対策を訴えてきました。また、地球の危機的状況の解決に向けて、革新的な開発をした団体を称え、その活動を支えるためのアースショット賞の設立も、非常に有意義な活動です。一方、弟のハリー王子は、負傷兵のためのパラリンピックとも言える『インビクタス・ゲーム』を創立し、退役兵士らの支援をしてきました」

 

ウィリアム皇太子の妻、キャサリン妃は、ドレスからアクセサリーにいたるまで、以前着用したことのある服を公式行事で何度も着回していることが環境に配慮していると話題になりました。

 

「モノを大切に使うことは、英国王室では伝統的に行われてきました。エリザベス女王もそうしてきました。でもやはり、一番有名なのはチャールズ国王ですね。ジャケットは継ぎ接ぎしながら、靴も修理しながら、何十年も愛用します。こうした庶民的な感覚が、21世紀の今日においても、君主制がしっかりと続いているゆえんなのではないでしょうか?」

 

チャールズ国王の“ノブレス・オブリージュ”

チャールズ国王の地球環境保全への情熱は、どこから湧き出るものなのでしょうか?

 

「1つ目に、根底に“ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)”という、高貴な身分の人には果たさなければならない義務と社会的責任があるという、欧米社会における基本的な精神がしっかりと根付いていることがあると思います。チャールズ国王はイギリスを含め15の国家からなる英連邦の国家元首でもあります。チャールズ国王は、国民の幸福のためにも、このままではもたなくなっている地球をなんとしてでも救わねばならない、行動しなければならない……このことを、ひたすらに体現しているのです」

 

SDGsの17の目標の中には、2030年の目標期限までに達成できないものもすでにあると言われています。チャールズ国王はどんな思いでおられるのでしょうか?

 

「何とかしたいと思っているでしょうね。イギリス帝国時代の旧領土である56の加盟国からなるコモンウェルスは、陸地面積でいうと世界の20%、人口でいえば世界の30%を占める共同体です。コモンウェルスの人びとがまず率先して行えば、コモンウェルス以外の国々も賛同してくれるだろうと、一歩ずつやっていけば地球環境問題も大きく変えられるだろうと感じているのではないでしょうか。チャールズ国王は、50年前は孤独だったわけですからね。誰も賛同する人がいない歴史があったからこそ、望みは捨てていないと思います」

「チャールズ国王が地球環境問題について孤独に戦っていた時代と比べて、現代は情報も賛同者も容易に得ることができます。そういった機会を活用しながら、人類のために、地球のために何ができるかを考えていけば、私たちは精神的な王侯貴族になれるはずです」。君塚先生は、最後にこのようなメッセージをくださいました。

 

「自分たちさえよければいい」では、もはや未来の地球は立ち行かない状態だからこそ、「全人類の幸福」という視点を持つことが、いま強く求められています。

 

プロフィール

関東学院大学国際文化学部教授 / 君塚直隆

1967年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。イギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史が専門。1993年からオックスフォード大学に留学。上智大学文学研究科博士課程を修了。『立憲君主制の現在』(新潮選書)、『悪党たちの大英帝国』(新潮選書)、『エリザベス女王』(中公新書)、『王室外交物語』(光文社新書)、『イギリスの歴史』(河出書房新社)、『貴族とは何か』(新潮選書)ほか著書多数。


提供元:心地よい暮らしをサポートするウェブマガジン「@Living」

世界で大注目! 海を航行するだけで「マイクロプラスチックごみ」を回収するスズキの船外機の仕組みが素晴らしすぎた

海洋プラスチックごみ問題――。中でも直径5mm以下のマイクロプラスチックは、海流に乗って世界中に拡散し、海の生態系に甚大な影響を及ぼすと懸念されています。この問題に対してスズキ株式会社が開発するのが、世界初の船外機用マイクロプラスチック回収装置。海を航行するだけでマイクロプラスチックを回収できることで、いま世界中から注目を集めています。

 

戻り水の通り道にフィルターを設置

自動車やバイクメーカーという印象が強いスズキですが、実は船外機(ボート用のエンジン)を取り扱うなど、陸から海まで事業を展開する世界でも珍しい企業です。そんな同社が開発したマイクロプラスチック回収装置とはいかなるものなのか? マリン営業部の小川陽平係長に説明していただきました。

 

「小型船舶に搭載する船外機には、自動車のようなラジエーターはなく、ウォーターポンプで汲み上げた大量の海水でエンジンを冷却しています。冷却に使った海水(戻り水)は、そのまま海中へ戻すため、戻り水の通り道にフィルターを付け、マイクロプラスチックを回収する構造を考えました。

↑マイクロプラスチック回収装置(右)を取り付けた船外機

 

戻り水の通り道にフィルターを付けただけと仕組みは至ってシンプル。しかもエンジンの性能には影響しません。また、フィルターにマイクロプラスチックが詰まった場合も、別の通り道に水が流れる仕組みなので、冷却水路が詰まってしまう心配も無用。溜まったゴミはフィルターを取り外して処分するだけです。当社では、航行100時間ごとにエンジンの定期点検を推奨していますが、その時にフィルターのゴミも処分するので、ゴミ処理をお客様自身が行うケースはほとんどありません。もちろん穴など開いていなければ、フィルターは長く使用できます」(小川さん)

↑マイクロプラスチック回収装置の仕組み。万が一フィルターが詰まった際に備えて、バイパスルート(赤丸で囲んだ部分)も想定されている

 

既存もモデルにも搭載可能

至極、シンプルな構造ながら、今までどの企業も思い付かなかったというから、まさに目からウロコ。アイデアの勝利と言えるでしょう。ただ実用化に至るまでには、やはり試行錯誤を繰り返したそうです。

 

「まず、マイクロプラスチックの定義を確認したり、実態調査を行ったりする作業からスタートしました。当初は、漁網のような装置や、浄水器のようにエンジン冷却水の出口にフィルターを付ける案も出ましたが、それでは走行スピードに影響が出ます。開発にあたり、お客様には普段通りご利用いただけるということを大前提としていたので、エンジン性能や走行性能に影響しないシステムを考え出すのに苦労しました。そして装置の開発後、国内をはじめアジア各国でモニタリングテストを実施。世界中の代理店から問い合わせが多数寄せられるなど、その反響の大きさに手ごたえを感じました。

↑新型船外機「DF140B」をはじめ5機種に標準装備される

 

こちらの装置は、「DF140B」をはじめ、今年7月の生産分以降、5機種の船外機に標準搭載予定です。装置自体は、冷却水が通るホースをフィルター付きのホースに交換するだけなので、構造的には既存モデルの船外機にも設置可能です。つまり、船外機を買い替える必要はありません。ちなみに、現時点での対象機種は100~140馬力の船外機。より大型の船外機にも対応してほしいという要望は多いのですが、設置スペースや他の装置への干渉など、馬力の大きい船外機の場合、まだいくつか課題があるのが現状です。今後はできるだけ早く、より高馬力の船外機にも対応できるようにしていきたいです。

↑海上を航行しているだけでマイクロプラスチックを自動的に回収する

 

もちろん、この装置によってすべてのマイクロプラスチックを回収できるわけではありませんが、お客様自身が環境問題に興味を持っていただくきっかけになったり、知らず知らずのうちに社会貢献活動に参加していることになったりするのではと考えています。世界中のお客様と一緒になってマイクロプラスチックを回収できる今回の装置は、環境保全の観点からもすごく意義があると自負しております」(小川さん)

 

事実、この装置の発表後、10社以上の国内メディア、100社以上の海外メディアから問い合わせを受けているそう。マイクロプラスチック回収装置への関心度の高さや期待の大きさが窺えます。

 

海への感謝を示す「スズキクリーンオーシャンプロジェクト」

「マイクロプラスチック回収装置が誕生した背景には、“海への感謝を忘れない”という当社の想いがあります」と話すのはマリン営業部の原木理恵さんです。同社はその想いを具現化するために、2010年より、海や河川、湖を中心に清掃活動を行ってきました。さらに近年の社会課題の変化を踏まえ、活動のあり方を見直し、2020年に新たな取り組みとして「スズキクリーンオーシャンプロジェクト」を立ち上げました。

 

「このプロジェクトは、①水辺の清掃活動 ②製造及び補給部品梱包におけるプラスチックの削減 ③海洋マイクロプラスチックの回収 という3つの活動から成り立っています。原点であるについては、いまや全世界に活動が広がっていて、2021年12月までの参加者数は延べ約1万人に達しました。近年は社員だけでなく、一般のお客様にもご参加いただいています。

↑清掃活動は本社のある静岡県浜松市から始まり、今では世界27代理店で実施

 

②の製品及び補給部品梱包におけるプラスチックの削減に関しては、2020年10月より補給部品梱包、2021年9月より製品梱包に、環境に配慮した梱包材を採用するなど、プラスチックの削減に積極的に取り組んでおり、これまでに11.2トンのプラスチックを削減しました。そしてマイクロプラスチック回収装置の開発が③に該当します」(原木さん)

 

このように「スズキクリーンオーシャンプロジェクト」のもと、実現に向けて着実に歩みを進める同社。最後に、SDGsが同社に与えた影響について、コーポレート戦略部サステナビリティ推進グループの渋谷俊介さんにうかがいました。

 

スズキらしいアイデアをカタチに

「一般的にCSR活動という言葉が使われ始めた2000年代の社会貢献活動は、ボランティアや寄付が主体でしたが、SDGsが登場すると、企業は“本業を通じて社会課題に貢献していかなければならない”という考え方に変化していきました。これを機に、当社のこれまでの事業を振り返りますと、環境に配慮した小型車を開発・普及させてきたことや、当社のシェアが高い新興国で製造活動を行って雇用を創出していることなど、事業自体を通じてSDGsの目標に貢献できていると認識できたのです。“お客様の立場になって価値ある製品を作ろう”という創業時からの企業理念に沿って続けてきた事業活動に間違いはなかったと改めて自信を持つことができました」(渋谷さん)

↑写真左から、マリン事業本部 マリン営業部 米州・大洋州・企画グループ 係長・小川陽平さん、同グループ・原木理恵さん、コーポレート戦略部 サステナビリティ推進グループグループ長・渋谷俊介さん

 

「現在は、四輪、二輪、マリンなど、あらゆる事業を通じて私たちがどう社会に貢献できるのかを、改めて見つめ直しながら取り組んでいるところですが、マイクロプラスチック回収装置のように、スズキらしい課題解決の仕方やアイデアを活かすことができればと思います。“当社の船外機を使っていただければ、どんどん海が綺麗になる――”。こうした製品やサービスをこれからもどんどん創出していけるよう、全社一丸となって努力していきたいです」(渋谷さん)

海に捨てられる「コンタクトレンズ」は年間2万kg以上! 環境汚染の意外な盲点

先日、世界各国で行われているレジ袋規制についてお伝えしたように、最近のプラスチック製品による環境問題というと、スーパーの袋のほか、ストロー、使い捨てのフォーク、ナイフなどが思いつくでしょう。でも、意外な盲点となりそうなのがコンタクトレンズなんです。米アリゾナ大学の研究チームが8月に発表した報告で、使い捨てコンタクトレンズが海のプラスチック汚染の大きな原因になっている可能性が指摘されました。

 

プラスチックから作られているって知ってた?

プラスチックで作られているものは、私たちの身の回りにたくさんありますが、そのなかの一つがコンタクトレンズ。ハードコンタクトレンズは酸素を通しやすい特性を持ったプラスチックが、ソフトコンタクトレンズには水分を含んでやわらかくなる性質のプラスチックなどが原料として使われています。

 

元々プラスチック汚染について調査を行っていたアリゾナ大学研究チームの一員が、あるときコンタクトレンズを捨てた後のことが気になり、プラスチック問題という観点から調査を行うことにしたそうです。

 

海→魚→人間?

この研究チームの調査によると、アメリカでコンタクトレンズを利用している人の15~20%が、使用後のレンズを流しに捨てていることが判明しました。アメリカでコンタクトレンズを利用している人は4500万人と言われているため、この数から計算すると1年間に18億~33億枚のレンズが下水に流されていることになります。これは驚くことに、2万~2万3000kgの量になるとのこと。

 

さらに、研究チームは素材の異なる13種類のコンタクトレンズを使って、下水に流された後どのようになるか追跡してみました。その結果、コンタクトレンズは下水処理によって、マイクロプラスチックと呼ばれる微小サイズになることが判明。でも、このマイクロプラスチックは消えてなくなるようなことはなく、目に見えないほどのサイズでそのまま海を漂ってしまうそうです。そして、魚たちがエサと一緒に食べてしまったり、プラスチックを食べた魚を人間が食べているかもしれないというのです。

日本でも若年層のコンタクトレンズ使用率は高い

2016年に発表されたGfKジャパンのオンライン調査(回答者は約3万6500人)によると、日本でコンタクトレンズを使っている人は26%いました。そのなかでも、16歳~30歳の女性が使用率44%と最も高く、視力矯正だけでなく、ファッション目的で使用する場合が多いと考えられます。おまけに、よく使われるコンタクトレンズは1日使い捨てタイプが一番多いそう。このうち、どのくらいの人が流しに捨てているかは分かりませんが、私たち日本人もコンタクトレンズで、知らない間にプラスチック汚染を引き起こしている可能性は否定できないでしょう。

透明で薄くて小さなコンタクトレンズ。「1回くらい、いいか」などと、つい思ってしまうこともあるかもしれませんが、積もり積もれば相当の量の海洋ゴミになっているということを忘れてはいけないですね。使い終わったコンタクトレンズはゴミ箱へ。そして将来的には、自然界に捨てられても、分解可能で環境を汚染しないコンタクトレンズが当たり前になることが求められています。

日本の規制はいつ? ハワイで「レジ袋のない生活」を体験してみて思うこと

今年7月、スターバックスが使い捨てプラスチック製ストローを2020年までに全世界で廃止することを発表。これをきっかけとするように、8月にはガストやジョナサンなどを運営するすかいらーくホールディングスと、イケア・ジャパンもプラスチック製ストローの利用を中止を発表しました。このように、プラスチックによる環境汚染に対して企業レベルで取り組むムーブメントが起きつつありますが、国としてのプラスチック規制を見ると、日本は世界でも遅れをとっているかもしれません。

 

2018年からプラスチック廃止となった国と地域

2018年だけでも、プラスチック製レジ袋の使用を廃止した国と地域に、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、台湾があります。それより前からレジ袋の使用禁止・規制を行っている国も多く、たとえばヨーロッパではイギリスやフランスなど約20か国が使用禁止や課金などの措置を導入済み。国連環境計画によると、レジ袋の規制法案がある国と地域は67にものぼるそうで、コロンビア、ルワンダ、パプアニューギニア、エチオピアなどの先進国以外でも、レジ袋の規制の動きがあるんです。

 

ハワイのレジ袋全面禁止法で「レジ袋のない生活」を体験

アメリカでは各州ごとにプラスチック袋の禁止法案などが作られていて、ハワイのオアフ島では2015年から小売店でのレジ袋を全面禁止する法案が施行され、現在ハワイ州全域でレジ袋の使用が禁じられています。さらに、2018年7月からは、レジ袋を購入した際には1枚あたり15セントが徴収されることも義務付けられました。

 

ハワイ在住の筆者が、そんなレジ袋を使わない生活を実際に送ってみて感じることは、「レジ袋がなくてもやっていける」ということ。全面禁止が決まったとき、不便を感じずにできるか小さな不安がよぎったものです。でも、実際にレジ袋を使わない生活が始まってみると、少量の買い物ならそのまま手に持って家まで帰るし、マイバッグを忘れずに持参するという習慣も身につき、「全然、問題ないじゃん!」と感じています。

 

ハワイでは、アパレルショップなどの小売店もこの法案の対象となるため、洋服を買ったときに15セントでの袋の購入を断って、商品をむきだしのまま手で持ち帰るのはちょっぴり違和感がありますが、それにもいずれ慣れるかなと思います。

 

現地の方も、マイバッグや段ボールの空き箱を持ってきて、買った品物をそれに入れて持ち帰るのがごくごく当たり前の生活になっているようです。

賛否両論の日本

レジ袋規制に関しては、近年、日本でも盛んに議論されています。そのなかには、レジ袋は石油(ポリエチレン)を有効に使った製品であり、むしろエコバッグの材料となるポリエステルをできるだけ使わないようにすべきだという反対意見も。最近ではエコバッグ持参を推奨するスーパーが多くなっていますが、その意見が正しいとすると、解決策はほかにあるのかもしれません(例えば、ゴミ捨てのマナーを守ること)。その一方、日本では生分解性プラスチック(グリーンプラ)の研究や製品開発も行われており、イタリアは非分解性の使い捨てプラスチック製レジ袋を禁止しています。

しかし、地球規模で見ると、海はプラスチックで汚れています。使い捨てプラスチックの1人当たりの排出量が世界で2番目に多い日本にレジ袋を規制する動きがまだないのは、世界的に見ると決して進んでいるとは言えないはず。「レジ袋が廃止になっても、それほど困ることはない」ということを日本の方にもっと気付いてもらえるといいな、と異国から願うばかりです。

アメリカで初めて日焼け止めが禁止へ――。陸海空で見るハワイの環境対策

ハワイの州議会で、現在熱く議論されているのが、日焼け止めの販売と流通を禁止するという法案。ハワイ周辺の海にあるサンゴ礁を守るための運動のひとつとして注目されているんです。年間で940万人(2017年実績)も訪れる世界有数のリゾート地ハワイでは、積極的な環境対策を実施しなければ、あの美しい海や山を維持することは難しいのが現実なのかもしれません。

 

「海」から考えるハワイの環境対策

最近、ハワイのニュースで盛んに報道されているのが、ハワイ州議会で討論されている、日焼け止めの禁止法案について。美しいサンゴ礁があり、格好のシュノーケリングスポットとして知られるオアフ島ハナウマ湾で昨年行われた調査で「オキシベンゾン」という化学物質が検出されました。オキシベンゾンは日焼け止めに含まれる物質で、紫外線から肌を守る働きがあるのですが、これがサンゴ礁に有害であると考えられているのです。

 

非営利団体ハエレティクス環境研究所によると、オキシベンゾンのような化学物質は若いサンゴ礁に染みこみ、脱色を促進。するとサンゴ礁のなかに生息する藻類が死んでしまい、サンゴ礁は白化してしまうのだとか。そのため、オキシベンゾンとオクティノクセイトという物質を含む日焼け止めの使用と販売を禁止する法案が提出されたのです。

 

日焼け止めを販売するメーカーなどからは反対意見があるものの、この法案は先日議会を通過。あとはハワイ州知事が署名を行えば、アメリカでこのような日焼け止めを禁止する法案を成立する初めての州となり、法案の施行は2021年1月からとなります。

「陸」ではレジ袋が有料化

また、陸上における環境対策では、ハワイではスーパーのレジ袋の有料化が実施されています。これは2015年から施行されている法案で、スーパーでの全面的な有料化に踏み切ったのは、ハワイがアメリカで初めての州です。

 

ご存知のように、プラスチックのレジ袋は天然資源を枯渇させ、さらに使い終わったレジ袋は自然分解されないため、海や山のゴミとなり動物が誤飲するといった被害が出ています。そこで始まったのが、レジ袋の有料化。店によって異なりますが、レジ袋の値段は1枚あたり$0.1ほど。法案施行前まではスーパーにマイバックを持参するような人はほとんど見かけることがなかったのに、いまではマイバックを持ってくる人やあまった段ボールに商品を入れて持ち帰る人などが多く見られます。日本でも同じようにレジ袋を有料にするスーパーも一部ではありますが、どの店も有料という取り組みは、やはり人々の環境への意識へ大きな変化をもたらしていると感じます。

 

「空」では電気自動車で二酸化炭素を削減

↑ホノルルで販売されている電気自動車

 

最後にご紹介したいのが、大気汚染へのハワイの対策について。日本でも、環境にやさしい電気自動車への注目は高まっていますが、ハワイでもその動きは同じ。特に、アメリカ本土に比べてガソリン価格が高いハワイでは、維持費を安く抑えられる電気自動車の導入が進んでおり、ショッピングセンターの駐車場にはたいてい、充電ステーションが設けられ、充電中の車を頻繁に見かけます。

 

ハワイは2045年までに電力を100%再生可能なエネルギーに変えるという目標を掲げており、電気自動車の導入も積極的に後押ししているんです。

 

ハワイは小さな島であらゆる資源が限られています。そのため、「環境対策をすすんで行わなければいけない」という意識が特に高いのかもしれません。