教科書で紹介&JISの案内用図記号にも採用!「ヘルプマーク」を身に着けている人を見かけたときに取るべき行動

交通機関や街中で、見かける機会が増えている「ヘルプマーク」。東京都を中心に各自治体や企業が普及啓発活動を進めているマークで、小学校の教科書でも紹介されています。

 

とはいえ、実際に身に着けている人を見かけた際に、どういったアクションを取ればよいのか、わからないという人も多いのではないでしょうか。そこで今回は、東京都福祉局の志村正彦さん、金野友紀さん、山崎眞生さんにヘルプマークについておうかがいしました。

 

日常生活で目にする
「ヘルプマーク」とは?

交通機関や街中で、「ヘルプマーク」を身に着けた人を見かける機会が増えています。たとえば、乗車している人のカバンに付けられていたり、電車内のステッカーとして掲出されていたりしますが、このマークにはどのような意味があるのでしょうか。

 

「義足や人工関節を使用している方、体の内部に障害のある方や難病の方、または、妊娠初期の方など、援助や配慮を必要としていることが外見からはわからない方がいますそうした方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助が得やすくなるよう、作成したマークです。
外見からはわからない障害等のある方への理解を促進するべきではないかということが東京都議会で取り上げられました。そこで、東京都が作成したのが、『ヘルプマーク』です」(東京都福祉局・志村正彦さん)

 

「ヘルプマーク」の誕生は、都議会議員の山加朱美さんの発案がきっかけとのこと。人工関節を使用している山加さんご自身の実体験をふまえて2012年に東京都議会で提案され、同年、東京都が「ヘルプマーク」を作成。現在まで配布と普及啓発に取り組んでいます。

 

「ヘルプマーク」の配色は、赤と白。そして記号には+とハートマークが使われています。これには、どのような意味が込められているのでしょうか。

↑東京都が無償で配布している「ヘルプマーク」

 

赤は“ヘルプ=普通の状態ではない”ということを発信しており、ハートマークは“相手にヘルプする気持ちを持っていただく”という意味を含んでいます」(東京都福祉局・金野友紀さん)

 

「ヘルプマーク」
どのようにして全国に広まった?

2012年に東京都で作成された「ヘルプマーク」は徐々に広がりを見せ、2021年10月時点で、全都道府県に導入されています

 

「東京都は、ヘルプマークを作成した当初、都道府県の大都市が集まる主管課長会議の場において、社会に広めていきたいという趣旨で『ヘルプマーク』を紹介しています。
これが、『ヘルプマーク』が東京都だけでなく、全国の各自治体でも進められるようになった一つのきっかけかもしれません」(志村さん)

 

さらに、多くの外国人観光客の来日が予想された2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を見据え、JIS(日本工業規格)の案内用図記号に「ヘルプマーク」が採用されたことも、「ヘルプマーク」が全国に広く浸透したきっかけになりました。

 

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、『ヘルプマーク』を外国人観光客にもよりわかりやすい案内用図記号(ピクトグラム)にしたほうがよいのではないかという意見が挙がりました。実際に、2017年7月の案内用図記号(JIS Z8210)の改正時に、『ヘルプマーク』が新たに採用されました」(志村さん)

案内用図記号とは、「お手洗い」「エスカレーター」など、言葉がわからなくても案内が可能な図形のこと。JIS規格(日本工業規格)で標準化されており、多くの人々が利用する公共施設や交通機関、観光施設などで使われています。

 

「これにより『ヘルプマーク』は全国共通のマークとして、さまざまな場所で活用・啓発できるようになったため、広く普及しましたし、今後の認知度の向上も期待されています」(志村さん)

加えて、民間企業でも「ヘルプマーク」の啓発活動が進められており、「小学校の道徳の教科書で『ヘルプマーク』が紹介されるなど、社会への浸透が進んでいると感じます」と志村さんは話します。

 

東京都が作成し配布した「ヘルプマーク」は、2024年3月末の時点で62万1000個とのこと。

 

また、令和5年度(2023年度)第5回インターネット都政モニターアンケート「障害者への情報保障等について」によると、「ヘルプマーク」について「意味も含めて知っていた」と答えた人の割合は66.5%、「見たことや聞いたことはあるが、詳しい意味は知らなかった」と答えた人の割合は25.8%となっており、92.3%*の人が「ヘルプマーク」を認知していることがうかがえます。
*回答者数478人中の割合

 

東京都が発案し、社会への浸透を進めている「ヘルプマーク」は、障害者等の理解促進に関する地方自治体等の取り組みとして、厚生労働省のウェブサイトでも紹介されています。

 

「ヘルプマーク」を身に着けている人に
どのような援助をすればいい?

「『ヘルプマーク』を身に着けている方が明らかに困っていたり、緊急事態が発生していたりするようであれば、相手の様子をよく見て、可能な限り声をかけて援助していただきたいです」(志村さん)

 

東京都福祉局では、公式ウェブサイトやチラシ等で下記の3つをお願いしています。

 

1.電車・バスの中で、席をお譲りください。

「健康に見えても、実は疲れやすかったり、つり革につかまり続けるなどの同じ姿勢を保つことが困難な方がいます。 また、外見からはわからないため、優先席に座っていると不審な目で見られ、ストレスを受けることがあります」

 

なお都営交通では、すべての優先席に「ヘルプマーク」のステッカーを掲示。実際に「ヘルプマーク」を身に着けた人が優先席に座りやすくなるよう、取り組みを実施しているそうです。

 

2.駅や商業施設等で、声をかけるなどの配慮をお願いします。

「交通機関の事故等、突発的なできごとに対して臨機応変に対応することが困難な方や、立ち上がる、歩く、階段の昇降などの動作が困難な方がいます」

3.災害時は、安全に避難するための支援をお願いします。

「視覚障害者や聴覚障害者などの状況把握が難しい方、肢体不自由者等の自力での迅速な避難が困難な方がいます」

「ヘルプマーク」に
助けられていると実感する声

「ヘルプマーク」を身に着けている人は、実際にどのようなことを感じているのでしょうか。

 

東京都の公式ウェブサイト「2022年度のヘルプマークのエピソード大募集」のなかで紹介されている利用者、ご家族のエピソードを抜粋してお伝えします。

 

“起立性調節障害の影響で長時間立っていると倒れてしまったり疲れやすかったりするのでなるべく席に座りたいのですが、優先席に座るのは周りの目が気になって座れませんでした (あんな若い子が…と思われそうで…)。 ヘルプマークのおかげで周りに事情を知ってもらうことができるようになり、優先席に座ることへの抵抗感が少なくなりました。”(10代・高校生・本人)

 

“中途失聴で、買い物先で聞こえないことを伝えるのにとても辛い思いをしていたが、ヘルプマークを身に着けてから、相手の方がジェスチャーや筆談をしてくれるようになった。”(50代・公務員・ご家族)

 

内部障害で駅のホームで胸が苦しくなってうずくまっていたときに声をかけてくれた人がいました。体調がよいときは私よりも援助が必要な人のためにマークを隠していますが、発作的に出てくるときは鞄から取り出しています。” (30代・会社員・本人)

 

「ヘルプマーク」は、
どこでもらえる?

「ヘルプマーク」を入手したい場合は、どのような手続きを取ればいいのでしょうか。

 

「東京都では、対象の方や代理人(家族や支援者など)からの口頭による申し出により、お一人様に一つ、無償で配布しています。その際は、申請書の作成や書類の提示は必要ありません
そもそも『ヘルプマーク』は、外見からは障害があるとわからない方のために作られたマークですので、配慮や援助が必要だと思っている方からお申し出があればお渡ししています。
なお、代理人の方が受け取る場合は、対象の方に同行いただく必要はありません」(志村さん)

 

東京都にお住まいの方は、都営地下鉄各駅や都営バス各営業所、都立病院などでヘルプマークを受け取ることが可能です。詳しい情報は、東京都福祉局の公式ウェブサイトで確認できます。

 

また、都内の一部区市町村では独自に作成、配布している自治体もありますので、お住まいの自治体のホームページ等でご確認ください。 なお、「ヘルプマーク」は2021年10月時点で、全都道府県で導入されており、無償で配布されています。
東京都以外の道府県にお住まいの方は、お住まいの自治体のホームページで配布場所等をご確認ください。

 

誰もが自然に声をかけて
助け合える共生社会を目指して

金野さんによると、東京都では「ヘルプマーク」のさらなる普及啓発のために、啓発動画をホームページで公開したり、地域のイベントやJリーグの試合、障害理解を深めるためのイベントで来場者への周知を図ったり、公共交通機関や各自治体に啓発ポスターを送付したりといった地道な活動を続けているそうです。

 

「『ヘルプマーク』の理解や浸透を通して、援助や配慮を本当に必要としている方に、誰もが自然に声をかけて、支え合い、助け合えるような共生社会を実現できたらと思います
そのためにも、入手方法を知りたいという声や、援助方法がわからないという声に対応できるよう、今後も普及啓発活動に力を入れ、『ヘルプマーク』の意味まで理解している人の割合を向上させていきたいと考えています」(志村さん)

 

Profile

東京都福祉局

東京都民が地域の中で安心して暮らせるよう、出産・子育てから高齢期まで、ライフステージ全般にわたる様々なニーズに対応し、誰一人取り残さない社会の実現を目指している。子供と子育て家庭への支援、障害者や高齢者への支援、生活保護やホームレス対策、福祉のまちづくりの推進などの施策を実施しているほか、社会福祉施設等に対する指導検査にも取り組む。
HP
ヘルプマークPR動画(15秒版)
※音声が流れるのでご注意ください

 

5人に1人が75歳以上に! 「2025年問題」で若者世代が備えるべきこと

2025年、日本の高度経済成長期を支えてきた団塊の世代が、75歳以上の後期高齢者になります。高齢者人口の増加により、社会保険料の負担の増加、医療や介護業界の人材不足、ビジネスケアラーの増加など、さまざまな問題が出てくると言われています。

 

この「2025年問題」の概要や問題の本質、備えておくべきことについて、経済学者の松谷明彦さんにお話をうかがいました。

 

日本経済に大きな影響を与える「2025年問題」とは?

メディアでも取り上げられる機会が増えている「2025年問題」。いったい、どのような問題なのでしょうか?

 

「戦後の第一次ベビーブーム(1947年~1949年)に生まれた団塊の世代の人たち全員が、2025年に75歳以上の後期高齢者になります。これにより日本人の後期高齢者の割合が5人に1人に。この後期高齢者の急増によって起こる、『医療や介護などの社会保障費の負担が増加』、『医療や介護人材の不足』などの問題を総称して『2025年問題』と呼んでいます。

センセーショナルに『2025年問題』と言われていますが、2025年になって急に世の中が変わるわけではありません。そもそも日本では2005年に戦後初の人口減少が起きていましたし、高齢化はそれ以前から進行していました。つまり現在叫ばれている問題はいまに始まったことではないのです。

それよりも問題の本質は、今後、日本が経済や財政、社会保障の面で次第に窮地に立たされていくということです」(経済学者・松谷明彦さん、以下同)

 

一番の問題は、労働の質が低下し国際競争力が衰えること

松谷さんは、「今後、元気に働ける現役世代が減少することで、たしかに日本が置かれている状況はますます厳しくなりますが、一番の問題は労働者の数が減少することではない」と言います。

 

「現在、日本では6000万人以上の日本人が働いていますが、その数は人口よりもさらに早いスピードで減っています。とはいえこれは、日本人労働者の数が、いきなり半分になるといったものではなく、何十年もかけて25%程度減少するという程度の話です。
現在はAIの時代なので人手の代替手段はたくさんありますし、また産業構造の改善により、人手がかからないように産業を変えていくこともできるでしょう」

 

実際に政府も「2025年問題」を見据えて、企業のDXを促進しています。たとえば経済産業省では、2024年9月に「デジタルガバナンス・コード3.0」を策定していて、DX経営で企業価値を向上させるために、企業の経営者が実践すべき事柄や方向性が示されています。

 

松谷さんが指摘するとおり、企業に今以上にDXが浸透すると、ゆくゆくは労働者不足も緩和されていくのかもしれません。それでは、私たちが今後直面する最大の問題は何なのでしょう。

 

何よりも問題なのは、労働の質が低下することです。かつての日本はベビーブームのおかげで若い労働者が多く、労働能率(一定の時間に投下した労働に対する成果)が非常に高かった。これが、戦後に高度経済成長期を迎えられた大きな要因です。

しかし現在、超高齢社会を迎える日本と、欧米の労働能率は逆転しています。2000年頃までは、日本の労働力の能率性は50%弱と、提供した労働力がまだ効率的に成果を生み出せている状態でした。その後、日本の能率性はアメリカやイギリス、フランス、ドイツなどの主要先進国より大きく下落しており、今後も低迷が続くと予測されます」

 

さらに松谷さんは、「日本の生産年齢人口比率(15歳から64歳までの人口比率)は、主要先進国と比べて、今後急激な低下が予測されている」と続けます。

 

「生産年齢人口とは、経済活動の担い手として期待される年齢層の人口のこと。とりわけ20~30代は体力があり、ものごとを考えるスピードも速く、労働能率が高いと言われますが、その20~30代の割合も、主要先進国と比べて低いのが現在の日本です。日本の労働能率が低下する状況は、諸外国との競争力に影響をおよぼすでしょう」

 

人件費が高くなり価格競争で負けてしまう

たとえば、現在の日本で新製品を開発する場合、他の先進国や発展途上国で製品を開発する場合と比較すると、どのような状況が生まれやすいのでしょうか?

 

「欧米は、途上国では作ることができない独自の製品を開発し、高い利益を得ています。一方、途上国は欧米で開発されたものを参考に、特許料などを支払いながら製品を作っています。途上国は賃金が安くコストを抑えられるため、低価格で製品の提供が可能です。おかげでそれらはよく売れます。

日本も、欧米で開発されたものを参考に製品を作りますが、他の先進国と比較して労働能率が低いので人件費が高くなり、コスト増となります。それにより価格も引き上げられ、日本の製品は売れにくくなります。

それであれば製造過程の人件費を抑えようと、今度は途上国からの移民を増やし、彼らを雇い、より安く製造しようとするとします。しかしそれでも日本のほうが途上国より賃金が高いため、途上国で作られた製品との価格競争には勝てません。

つまり、先進国や途上国と比べて、日本製が売れにくくなる状況こそが問題なのです。これを解決するために日本は、自国のアイデアを活用した製品を開発する必要があるでしょう

 

3割の人が65歳を過ぎても働き続けなければならな

「加えて、日本は主要先進国と比べて労働生産性が低いことも問題です」と松谷さんは言います。労働生産性とは、労働者1人あたりが生み出す成果のことです。

 

日本の労働生産性は、アメリカやドイツ、フランスの労働生産性の70%程度しかありません。彼らと同じ時間働いても70%程度の成果しか生み出せないということは、作り出したものを売っても70%程度の売上しか得られないということ。クリエイティブにものを生み出す習慣がない日本人が多いことがその一因でしょう。今後、日本人に必要となるのは、新しいものを生み出して、さらに成果を上げることです」

 

さらに労働生産性の低さは、賃金の低さにもつながります。松谷さんは、「ここが重要な点になるのですが」と前置きをして「労働生産性の低さが、日本の高齢者の労働力率(15歳以上の人口に占める、労働力人口の比率)にも影響をおよぼしているんです」と続けます。

 

「たとえばフランスでは、65歳を過ぎると人口の2%程度しか働いていませんが、日本では約30%もの人が働いているんです。65歳以上の日本の労働力率を主要先進国と比較すると、日本人ははるかに高い割合で働いている。その一番の理由は『働かないと食べていけないから』。この状況を改善するためにも、日本人は若い頃から労働生産性を高めて、賃金を上げていくことを心がけなければなりません

 

これらの問題が私たちにどのような影響をおよぼす?

「2025年問題」は、今後の暮らしにも広範囲にわたって影響をおよぼすでしょう。ここからは、私たちがとりわけ身近に感じられる問題について、松谷さんに解説していただきます。

 

社会保障の負担が増大する

2023年度の医療費は概算で47兆円あまりと、3年連続で過去最高を更新しました。1989年度の国民医療費は約19.7兆円。この三十数年で、その費用は2倍以上も増加しています。高齢化に伴って、今後、医療や福祉に使われる社会保障費はますます増加する見込みです。

 

「2000年頃の日本は、高齢者1人を約3.4人の現役世代が支えていました。しかし2025年現在、高齢者1人を約2人の現役世代が支えています。そして2070年には高齢者1人を約1.3人の現役世代が支える状態になる見込みです。これは、アメリカやイギリスなどの先進国に比べてはるかに高い負担率。

また私の試算では、2060年には現役世代の租税負担率や社会保障負担率が国民所得の9割に達すると考えられ、危機的な状況です。
高齢者はどれほど現役世代に負担してもらっても、生活を維持するのに足りる年金給付を受けられない時代がやってくるでしょう」

 

医療人材の不足

厚生労働省は、2025年に必要な看護職員数を約188万~202万人と推計。しかし看護職員数は著しく不足しており、6万~27万人の看護師が不足すると試算しています。

 

「後期高齢者で病気になる人の割合は増加しており、ここ5~10年の間で、一時的に医療が逼迫する可能性は出てくるでしょう。

しかし私は、中長期的にみた場合、この問題はさほど心配しなくてもよいと思っています。なぜなら、医療分野にビジネスチャンスがあり、しかも収益性が高いという話が広まることで、多角化を目指し、医療分野に進出する企業が増える可能性があるからです」

 

介護人材の不足

厚生労働省は、都道府県が推計した介護職員の必要数を集計すると、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人となると公表しています。

 

また、仕事をしながら家族等の介護を担うビジネスケアラーも増加していて、経済産業省によると、介護離職者は毎年約10万人であり、2030年には家族介護者のうち約4割(約318万人)がビジネスケアラーになると推計されています。その経済損失の推計額は、約9.1兆円となる見込みです。

 

これらの問題を受け、政府は、介護職員の処遇改善や多彩な人材の確保育成、離職防止、外国人材の受け入れ環境整備などに取り組むとしています。

 

介護人材の不足は、介護職員の賃金が低いことにも一因があると思います。介護施設の経営サイドばかりに多くの利益が集まる構造になっていることも問題です。

日本には約200万人もの失業者がいるので、たとえば、介護職員の時給を現在の倍に上げるなどすれば、介護人材不足は解消すると思います」

 

問題を乗り越えてよりよく生きるには?

これらの社会問題を乗り越えて、一人ひとりがよりよい人生を歩んでいくには、どのようなことを心がけるとよいのでしょうか。松谷さんにアドバイスをしていただきました。

 

新しいことを積極的に受け入れ、考え、生み出す

今後、日本にとって最も必要なのは、クリエイティブにものを生み出す力だと思います。日本にしか作れないものを作って売れば、生産性も賃金も上がります。そうすれば、今の社会保障制度を維持する力が出てきますし、高齢になったときに働く必要もなくなるでしょう。

そのためにも、自ら学び知的水準を高め、同じような志を持っている人たちと議論をすることが大切です。仕事においては、既存のシステムのなかでどう泳ぐかではなく、新しい取引モデルや技術開発の方法を模索すること

現在、職業に就いている場合は、仕事の改善点を考えたり、新しい製品やサービスのアイデアを提案したりするのもいいですね。もしそれらの提案を受け入れてもらえない環境にいるのであれば、転職なども視野に入れてもいいでしょう。

“会社を変える、仕事を変える、自分自身を変える”スタンスが大切です」

 

地方移住も、選択肢の一つと考える

今後は、地方で活躍することも視野に入れてみてください。というのも、現在、急速に高齢化が進んでいるのは東京圏だからです。東京圏では、若い労働者が急激に減少して生産性が落ちていくため、ビジネス環境が悪化します。

その点、地方にはすでに高齢化が落ち着いている地域もあるため、今後、東京圏ほどビジネス環境に大きな変化は生じない可能性が高いです。また東京は、多くの成功実績が積み重なっているぶん、ビジネスを新たに発展させにくいと感じる場面も多いでしょう。そのため、地方のほうが活躍できる場を作りやすい場合もあります。

今後どの地域に住んでも、税や社会保障の負担は現在より上がります。しかしながら、地方は東京圏より負担の上昇率が抑えられる見込みです。

地方に移住する場合は、自然に親しみながらラクな生活を送ろうと考えるよりも、自分のクリエイティブな能力を生かせるような仕事を探す、もしくは生み出すという視点をもつことをおすすめします。特に人生のやり直しをしやすい20代、30代のうちに移住するのもひとつの選択肢だと思います」

 

お金のかからない幸せも味わっておく

超高齢社会の出現は、人の寿命が延びていることに起因しています。寿命が延びるということは、人生のなかで高齢者と呼ばれる期間の割合が増えるということ。一般的には、高齢になるといまのようには働けなくなるため、収入がない期間が増えます。したがって長寿になればなるほど、その人は経済的に貧しくなるのです。

そのため、お金で買える幸せだけを追求していると、その人の人生は貧しくなってしまいます。反対に、お金では買えない幸せを追求していれば、経済面でも心の面でもより豊かになれるでしょう。

たとえば、子どもがいる場合、子どもとテーマパークに3回遊びに行くところを、テーマパークに出かけるのは1回に減らし、あとの2回は自然の中へ出かけてみてください。テーマパークで遊ぶのももちろん楽しいことですが、自然で遊ぶことのほうがお金がかかりませんし、子どもにとって予期せぬ出来事が起きるなど、人生の幅を広げる経験ができるかもしれません。

若いころにどのような生活を送ってきたか。それが退職後、60〜70代になったときの楽しみに影響を与えます。お金のかからない幸せを、20~30代のうちから作っておくことを意識してみてください」

 

Profile

経済学者 / 松谷明彦

政策研究大学院大学 名誉教授。東京大学経済学部経済学科、経営学科卒。東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻論文博士号取得。大蔵省主計局調査課長、主計局主計官、横浜税関長、大臣官房審議官等を歴任後、経済学者となる。専門はマクロ経済学、社会基盤学、財政学。人口減少研究における日本の第一人者。著書に「東京劣化」などがある。
政策研究大学院大学

多様性に逆行?外見至上主義「ルッキズム」の影響と付き合い方を社会学者が解説

近年、社会で多様性が叫ばれるようになりましたが、SNSなどでは「ルッキズム」と呼ばれる外見至上主義の価値観がいまだ根強く存在しています。このルッキズムの意味や傾向、どのように付き合っていくべきか、社会での取り組みなどについて、社会学者の高橋幸さんに社会学の観点からうかがいました。

 

 

「ルッキズム」とは何? なぜ陥ってしまう?

 

容姿を重視し、外見によって差別することを指す「ルッキズム(lookism)」。社会学者の高橋幸さんは、とくに自分の外見が人からどう見えるかが不安で仕方がないときに、この問題は深刻になりやすいのだと言います。

 

「例えば、人と会った後に『もっとこうすれば良かった』と外見や振る舞いを振り返ってしまうと、それはルッキズムに悩んでいる状態です。とくに、相手が自分を思うように受け入れてくれないかもしれないという“関係不安”を感じているときに、ルッキズムに陥りやすくなるのです」(社会学者・高橋幸さん、以下同)

 

関係不安を感じやすい場面としては、例えば、相手から評価される場や、自分がどう思われているか分からないとき、うまくコミュニケーションがとれないときなどが挙げられます。

 

「『相手と上手くいかないのは、外見が原因なのではないか』。そんな思考パターンを持つ人ほど、ルッキズムに陥りやすい傾向があります。例えば、自分の外見がもっと美しかったら、あの人はもっと私に良くしてくれたのではないだろうか……などと考えてしまうんですね」

 

そんな思いにとらわれたら、自分がどんな場面で「関係不安」を感じやすいのかを振り返ってみることが大切だと、高橋さんは提案します。例えば、以下のような状況下で不安になりやすいそう。

 

・自分の良さを上手く発揮できていない
「例えば、学校のクラスで自分の良さが評価されていないと感じると、『もっと外見が良ければ、みんなにもっと好かれたかもしれない……』と思ってしまうことがあります」

 

・自分の発言に耳を傾けようとしてくれない
「例えば、職場で意見を言おうとしても『若い人が何を言ってるの?もっと理解してから発言して』といった反応をされるのでは、と考えてしまう場面です。良い提案があっても言い出せなくなりがちで、“心理的安全性が確保されていない”とも言われます」

 

・外見について話題にされることが多い
「例えば、職場で『〇〇さんのその髪型、素敵ですね』といった話があると、自分の外見もチェックされているのでは……と感じてしまい、外見に対する不安が増してしまいます」

 

自分がどう見られるか、気になって仕方がない……。それは自分にとって不快であるというサインなので、できる限り離れた方が良いと高橋さんは言います。

 

「若い人は採用試験など評価される機会が多いため、年齢を重ねた人よりルッキズムにさらされやすい傾向にあります。弱い立場に置かれるとルッキズムが高まるのは、ルッキズムが社会的な権力構造の中で発生しているからだと思います」

 

摂食障害の専門医が解説する痩せすぎの危険性と世界で進む「ノーダイエット」

 

どのような関係でルッキズムが生じやすい?

 

ルッキズムがとくに強く現れやすい関係を知ることで、自分の外見に対する感情を振り返るヒントになります。たとえば、以下のような状況に心当たりはありませんか?

 

・親子関係
「親が子の外見評価をする場合は、評価する親が上、評価される子が下という位置づけになります。たとえば『最近ちょっと太ったんじゃない?』と親から言われると、子どもの自己愛が傷つけられますが、親から逃れることはできないため、状況は深刻です」

 

・学校
「スクールカースト(学内の階層構造)が存在するのは世界共通だと言われます。オランダの研究によれば、スクールカーストは学力、コミュニケーション力、そして外見の総合的な評価で決まるとのことです。それ以外の能力はほとんど評価されず、活躍の場も限られた環境では閉鎖感や苦しさを感じやすくなります。この構造に敏感な人ほど、ルッキズムに陥りやすい傾向があります」

 

・職場
「職場では外見の良し悪しと仕事の能力は基本的に関係ありません。美しく見せようとすること自体は自己実現の一部であり良いことですが、周囲の期待に応えなければならないと“やらされている”状態になるのは、望ましくありません」
とくに職場などで見られる外見に関する評価には、「あなたと親しくなりたい」という意図が含まれることが多く、外見に触れられた人は反論しにくい状況に置かれることがあります。

 

・SNS
「SNSを楽しんだり、美しい姿に共感したりするのは問題ありませんが、劣等感を刺激される場合は“関係不安”が生じていると言えます。また、アイドルの外見に対するコメントもよく見られますが、身体はその人にとっての生存と自己愛の基盤です。それを否定することは、その人を少しずつ追い詰める行為と同じです。ファンが外見を評価してアイドルを窮地に追い込むことは、けっして許されるべきではありません」

 

外見に対する先入観や思い込み

人の外見に対しては、先入観やステレオタイプが存在します。ルッキズムを理解するために、これらの考え方を押さえておきましょう。

 

「ハロー効果」

「ハロー(halo)は英語で“後光”を意味します。ハロー効果とは、目立つ特徴があると、その人全体が優れていると感じてしまう現象を指します。たとえば、外見が良い人を成績が良い、性格が良い、信頼できるなどと無意識に判断してしまうことがあり、こうした先入観は意識して切り離す必要があります」

 

「美人ステレオタイプ」

「アメリカの裁判では、複数の陪審員が評議する陪審制度が採用されていますが、一般的な外見の女性よりも、美しい女性が犯罪を犯した場合、同じ犯罪でも罪が重く感じられるというデータがあります。美人は冷酷だ、性格が歪んでいるなどのステレオタイプが影響しているのです」

 

美の多様化が進む現代

 

“美しさ”は、絶対的なものではないことを理解することが大切です。

 

「美しいと感じるものは瞬時に判断されがちで、自分が美しいと思ったものは他人もそう思うと考えてしまいますが、実際には人それぞれです。異なる美を認め合う姿勢が重要です」

 

かつては画一的な美が賞賛されていましたが、今では美しさの定義が多様化しており、日本でもファッション業界などでその傾向が見られます。

 

「例えば、下着ブランドのピーチ・ジョンは、2020年頃から多様性と伝統的な美の2つの方向性を持つミューズを起用しています。多様性を象徴するミューズには、ボディポジティブの考えを体現するお笑いタレントのバービーさんやゆりやんレトリィバァさんが選ばれています。ありのままの体型や外見を愛するメッセージが含まれているのです。
一方で、画一的な美の象徴としては、女優の田中みな実さんが挙げられます。彼女は、大学時代にミスコンテストで準優勝し、その後アナウンサーから女優へとキャリアを築いた方です。
田中みな実さんのような伝統的な美も素晴らしいですが、バービーさんのようにボディポジティブを表現する美しさも素敵だと認められる社会は、良い方向に進んでいると言えます。画一的な美も、今では多様性の中の一つに過ぎないのです。現在のルッキズムの中でも、美の多様化が進んでいます」

 

“自己肯定感”を高めたい…幸福学研究者が教える幸せになるために心がけたい思考習慣

 

海外で進む規制の動き

 

海外では、極端なルッキズムや美の基準に対して、規制が進んでいます。

 

「2000年代後半から2010年代にかけて、欧米では痩せすぎのモデルを広告やファッションショーに起用することを禁止する法律が相次いで成立しました。この背景には、摂食障害によるモデルの死亡が相次ぎ、社会問題となったことがあります。2006年にはイタリアで、BMIが18.5未満のモデルの出演を禁止する業界の合意があり、それ以降、欧米各国で同様の対策が進んでいます。2015年にはフランスで、痩せすぎのモデルに対する規制法が可決されました。この法律では、モデルのBMIが一定値以下の場合、健康証明書の提出が義務付けられ、違反した所属事務所には罰則が科されるという強制力の強いものとなっています」

 

SNSに投稿される写真にも、規制が生まれています。

 

「2021年にはノルウェーで、SNSに投稿される写真が加工された場合、インフルエンサーや企業が商業目的で使用する際には加工済みであることを明記する義務が生じました」

 

ルッキズムを感じたときの対処法

もし相手との関係においてルッキズムが生じた場合、その場を離れることが最善だと高橋さんは言います。しかし、さまざまな事情で簡単に離れられないこともあるでしょう。では、過度なルッキズムに陥らないためには、どのように対処すれば良いのでしょうか?

 

コミュニケーションを基盤に考える
「まず、相手との関係に不安を感じ、居心地が悪いことを自覚しましょう。その上で『外見さえ良くすれば、この関係もうまくいく』と考えるのは、偏った捉え方です。たとえ相手が外見ばかりを評価し、マウントを取ろうとしてくる場合でも、自分の外見に原因を求めるのではなく、どのようにコミュニケーションを取るべきかを冷静に考えることが必要です」

 

外見に対する評価への違和感を穏やかに伝える
「外見を評価してくる相手に対して、ただ無視するのではなく、『その態度はあまり良くないと思います』とやんわりと伝えることが大切です。外見を評価しながら距離を縮めようとする人は、セクハラの指摘にも反発することが多く、相手を変えるのは難しいかもしれませんが、自分自身がその態度を認識し、伝えることには意味があります」

 

自分にとって大切な関係を育む
「“関係不安”は誰にでも多少あるものです。自分の周りの人間関係を振り返り、『職場では不安を感じるけれど、あの友達との関係は少し安心できる』といったように、自分にとって良好な関係を見つけ、それを少しずつ深めていくことが大切です。そうすることで安心できる場をつくり、メンタルヘルスを良好に保ちましょう」

 

長く付き合うと外見は気にならなくなる
「信頼できる友人や恋人の関係になると、お互いの外見はあまり気にならなくなるものです。“関係不安”がなくなると、外見への過度なこだわりも薄れていくでしょう」

 

 

「誰しもが少なからず“関係不安”を抱えており、外見や印象に傷ついて生きているのです。相手と接するときには、相手が経験してきた傷を想像することが大切です」と高橋さんは語ります。外見にとらわれず、相手の内面に目を向け、「この人はどんな人だろう」「どんなことを伝えたいのだろう」といった視点を持つことが重要。自分が良好と感じる人間関係を大切にし、不安を感じる場からできる限り距離を置くことが、「ルッキズム」に陥るリスクを減らしてくれるはずです。

 

 

Profile

社会学者 / 高橋 幸(たかはし・ゆき)

石巻専修大学人間学部准教授。専攻は社会学、専門は社会学理論、ジェンダー理論。女らしさや男らしさのあり方を検討する必要があると考え、恋愛やルッキズム、ミスコンテストについての社会調査および研究も進めている。著書に『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど——ポストフェミニズムと『女らしさ』のゆくえ』(晃洋書房)がある。

選挙権を手にしてからでは遅い?「こども選挙」に学ぶシティズンシップの考え方

『こどもの、こどもによる、こどものための選挙』を掲げる「こども選挙」。選挙権のない子どもたちに、本物の選挙と同時開催の模擬選挙を通じて、リアルな学びと地域社会への参加機会を提供する活動として、2022年10月に神奈川県茅ヶ崎市からスタートした、市民発の取り組みです。現在では、全国12か所で開催されるまで広がり、2023年にはキッズデザイン賞の最優秀賞・内閣総理大臣賞ほか、国内全4つのアワードを受賞するほどに飛躍。

 

先進国のなかでも圧倒的に投票率が低いことで知られる日本で、この挑戦的な取り組みがもたらしたこととは? 先日の都知事選挙や、10月に解散総選挙が決定した衆議院選挙など“選挙”に関心が高まる今、「こども選挙」の発起人である池田一彦さんに話を伺いました。

 

「こども選挙」って?

 

『こどもの、こどもによる、こどものための選挙』とはいうものの、大人と同じ選挙を子どもが行えるのでしょうか? まずは「こども選挙」とは何か、について伺いました。

 

「一つだけルールにしているのは『本当の選挙と同時開催で、模擬選挙をする』ことだけ。2022年10月に行われた茅ヶ崎市長選挙の際には『おとなは本当の選挙へ、こどもはこども選挙へ』をキャッチコピーに、市民発のプロジェクトとして開催しました。
現在、いくつかの地域でもこども選挙が行われていますが、それぞれの地域に代表者がいて、私は彼らに茅ヶ崎でのノウハウをお伝えしているだけ。ロゴなどもオープンソースとして使ってもらっているので、地域ごとにオリジナルなこども選挙が展開されています」(「こども選挙」の発起人・池田一彦さん、以下同)

 

「ちがさきこども選挙」は、2022年10月30日の茅ヶ崎市長選挙と同時に実施され、小学生から17歳まで参加した。

 

なぜ「こども選挙」を開催しようと思ったのでしょう?

 

「市内の友人夫婦と『子どもたちが投票したらどんな政治家が選ばれるのかな?』なんて話したことがきっかけです。子どもたちに“主体性のある学び”を提供するにはどうしたらいいか、本当に何気ない会話でした。私自身、選挙には必ず行きますがその程度で、もともと政治に強い関心があったわけではありません。ただ、ちょうど半年後に地元の市長選挙があることを知り、こども選挙の実現に向けて動き出すことにしたんです」

 

「まずやったことは、noteに企画書をアップして仲間を集めることでした」と池田さん。

 

池田さんは、今回取材先として伺ったコワーキングスペース「Cの辺り」を運営していたこともあり、もともと地域との繋がりはあったと話します。わずか半年で「こども選挙」を実現するのはそう簡単なことではなかったはずですが……。

 

「noteにこども選挙の企画書を公開してからほどなくして、10人の方が集まってくれて、実行委員会をつくりました。それが選挙の5ヶ月前。正直、ギリギリのスケジュールですよね」

 

2022年6月に公開されたnoteの「プロジェクトスコープ」。

 

「当初は、学校の授業の一環で模擬選挙をやりたいと考えていたのですが、『教育の現場に政治を持ち込むことはタブー』だったという現実を知りました。教育現場で選挙の仕組みは教えられても、実際の候補者に投票するとなると、政治的中立性をどのように担保するかが課題になるからです。
それなら地域発のプロジェクトとして子どもたちと関わっていこうと、ワークショップを開催。地元の子どもたちが15名ほど集まってくれて、民主主義や茅ヶ崎の歴史や課題を学んだうえで、市長候補者への質問を考えて、候補者にぶつけて答えていただき、10月30日の投票日にこども選挙を実施することができました」

 

「子どもの力を信じない大人」が多かった

池田さんが「こども選挙」実現に向けて動いていくうちに、2022年6月に国会で「こども基本法」が成立。何気なくスタートした活動でしたが「こども選挙がこども基本法での受け皿になるのでは?」と考えるようになったのだとか。とはいえ一筋縄ではいかないことも多く、“選挙”というだけで偏見の目を向けられることもあったそうです。

 

「Cの辺り」で行われたワークショップの様子。ワークショップでは、地域のことを学びながら、3名の候補者への質問が議論された。

 

「選挙って思っていたよりタブーなことが多くて。企画に賛同してくれる方がほとんどでしたが、なかにはこども選挙のポスターを貼りたいとお願いしても『前例がないから……』と断られることがありました。決定的だったのは、子どもたちが考えた質問を『大人が考えた質問なのでは?』『子どもの声を使った反対運動なのでは?』なんて考える人がいたこと……。私たちは、本気で子どもたちが考えた質問だということを知っているので、むしろ燃えましたよね(笑)。絶対成功させよう! と、士気があがりました」

 

50個集まった質問の中から、最終的にまとまったのは3つの質問。「市長になったら何をがんばりたいですか? その目的はなんですか?」「子どもと大人の意見をどのようにして取り入れますか? また、どのようにして実行しますか?」「茅ケ崎の中で、マンションを増やすことについてどう思いますか? また、マンションを建てるメリットがあると思いますか?」どれも具体的で、大人顔負けの内容だ。

 

公職選挙法にある「未成年の選挙運動の禁止」の壁

実際の選挙とリンクしているため「公職選挙法」を守りながら、実行しなければなりません。「こども選挙」を進めるにあたり、子どもたちにルールとして伝えたことはどんなことだったのでしょうか?

 

「公職選挙法には、未成年の選挙運動が禁止と書かれてあります。選挙運動とは特定の候補者の当選を目的として働きかける行為なのですが、実際には何がそれに当たるのか明確には定められていません。たとえば『誰々に投票した』と誰かに伝えることでさえもNGになってしまうことも。そのため、以下のようなルールを決めて、守ってもらえるようなオペレーションにしました」

 

ワークショップのたびに繰り返し伝え、当日も開票結果が出るまでは話さないようにすることを子どもたちは守ってくれたそう。

 

池田さんたち、そして子どもたちの頑張りもあって違反行為はなく、当日は60名近いボランティアスタッフが参加。投票所も市内11ヶ所に設置し、子どもたちの手で開票作業も行いました。

 

「茅ヶ崎のことを『宝物』のように感じた」子どもたち

当日は、11ヶ所の投票所から399票の投票とネット投票を合わせて566票が集まったとのこと。大人と同じく現職の市長が再選という結果になりました。参加した子どもたちからはどのような声が上がったのでしょうか?

 

 

「意外と『楽しかった!』と言ってくれた子が多くて『こども選挙を通じて茅ヶ崎のことが宝物みたいに感じた』という感想をくれた子もいました。なかには『大人だけ選挙ができてずるい』なんて声も(笑)。子どもたちって案外大人の行動をみているんだな〜と気づかされました。
また驚いたのは『私は、候補者のことを理解できていないから投票できない』と言った子がいたことです。“一票の重み”を感じてくれたのがうれしかったですし、子どもには考える力がしっかり備わっていることを痛感しました」

 

茅ヶ崎から全国へ

茅ヶ崎での結果を受け、全国さまざまな地域へと展開されていった「こども選挙」。当初から「そうなればいいな」と考えていたという池田さんですが、実際「我がまちでもやりたい!」と思い立ったらどうしたら良いのでしょうか?

 

「まずは僕と1on1で、こども選挙のことをお伝えさせてもらい、Facebookグループに入っていただきます。そこにシステムやノウハウ、デザインデータなどを無料公開しているので、そちらを活用して、地域ごとオリジナルで展開していただくことになります。
茅ヶ崎は初の開催だったので、制作費含めて数百万円規模の資金が必要でした。ですが有志によってボランティアで仕組みやデザインを作っていったので、実費は印刷費の10万円だけでした。全国の実行委員のみなさんにも、投票の仕組みなどをオープンソースとして提供しています」

 

悲願だった行政との連携も進んでいます。

 

「2024年4月に実施された長崎県壱岐市のこども選挙では、行政と連携して投票券を全校に配布することができました。最終的には学校のプログラムの中に『こども選挙』が加わることができれば、日本における政治や選挙との関わり方も変わってくるはず。あと何年かかるかは正直分かりませんが、教育が変われば、得票率も高くなる、そう信じています」

 

現状、投票率は右肩下がりに低下を続けており、とくに若者で顕著だ。(ちがさきこども選挙企画書より。出典=総務省資料)

 

「自分の手でまちを変えられる」という意識

「こども選挙」を経て変わったのは、子どもだけじゃなかった、と池田さん。なんと、こども選挙の実行委員として手伝っていた人のなかから、市議会議員に立候補し当選した人も出てきたそう。大人も「もっとまちを良くしたい」と考えるきっかけにつながったのかもしれません。

 

「日本では『税金払っているんだから仕事しろ!』と、ある意味消費者的な立場で、行政サービスを受けている人たちが多いような気がするんです。でも本来の政治ってそうじゃないですよね。『私たち市民がまちを変えていく一員であって、その代表を選挙で選んでいる』って『シティズンシップ』の考えが大事だと思うんです。政党とか派閥とか、そういう問題じゃない。子どもたちには、自分の手でまちは変えていけるんだ、自分もまちを作っていく一員なんだという意識で大人になっても選挙に参加してもらえたらうれしいですね」

 

池田さんが運営するコミュニティスペース「Cの辺り」。物事を動かす“人とのつながり”を象徴する場所だ。

 

池田さんは、ちがさきこども選挙が終わった後も、全国での実施のフォローだけでなく、茅ヶ崎の市議会議員さんとフランクに話せる『市議がマスターになるまちのBAR』を企画するなど、地域での活動を広げています。「こども選挙」は子どものためでありながら、関わる大人の視野も広げてくれる、そんな活動だと感じさせられます。今後の取り組みも注目していきたいですね。

 

 

Profile


「こども選挙」発起人 / 池田一彦

2000年よりアサツーDK、2009年より電通と複数の広告代理店を経て、2011年より株式会社 be代表。「すべての仕事は実験と学びである」をモットーに、事業開発からコミュニケーションデザイン、UX設計まで幅広いレイヤーのディレクションを手掛ける。新規事業開発やサービス開発において5つの特許を発明。国内外アワード受賞多数。現在は地元茅ヶ崎にて、コミュニティスペースを拠点に地域発の社会システムをつくるべく、さまざまな活動を行っている。
「こども選挙」
「Cの辺り」

日本の伝統は“夫婦別姓”!? 世界と日本の「選択的夫婦別姓」とそのメリット・デメリット

2024年6月、経団連(日本経済団体連合会。日本の主要な企業によって構成される経済団体)が、「選択的夫婦別姓制度」の早期実現を求める政府への提言を行ったことで、法改正の気運が一気に高まっています。事実、ある世論調査では6割以上の国民が選択的夫婦別姓を支持。それにも関わらず、全夫婦の実に96%がほぼ自動的に夫の姓を名乗っている現状は問題であるとして、国連からは3度にわたり改善勧告を受けているのです。

 

そこで今回は、日本で「夫婦同姓」の常識がなぜ生まれたのか、選択的夫婦別姓にはどんなメリット・デメリットがあるのか、世界の法律はどうなっているのかなどを立命館大学産業社会学部の筒井淳也教授に伺いました。

 

 

法律義務は日本だけ!?
「夫婦同姓」に至るまでの歴史

今は誰もが当たり前に持つ姓ですが、庶民が名乗り始めたのは近代日本になってからのこと。どのような経緯で姓は庶民に導入されたのでしょうか?

 

「江戸時代までは、原則として公家と武士のみが姓(名字)を名乗ることができました。庶民が姓を公称できるようになったのは明治時代に入ってからです。1870年発布の太政官布告(だじょうかんふこく)という法令により許可されました」(立命館大学産業社会学部・筒井淳也教授、以下同)

 

明治幕府はなぜ庶民に姓を持たせたかったのでしょう?

 

「兵役や徴税などの利便性から、国民を名前で管理したかったからですね。江戸時代までは、村の一員として名主などに管理させておけば問題ありませんでした。明治幕府は中央集権化を推し進めていたので、庶民にも姓を導入し、戸籍を整備することで徴兵や税収の効率化を図ろうとしていたんです。
しかし、1870年の布告には強制力がなく、姓はほとんど普及しませんでした。そこで、1875年発布の太政官布告で義務化し、姓を持たないことが違法とされました。また、翌年の太政官指令では、夫婦別姓(別氏)にすることが定められました」

 

日本の伝統は、実は「夫婦別姓」
約680年続いた封建時代の家父長制に由来

注目したいのは、この1876年の指令で義務付けられたのは「夫婦別姓」であったということ。これはなぜでしょうか?

 

「当時の日本社会は、アジアの伝統でもある儒教文化や父系制の影響を大きく受けていました。父親からもらった姓を大切にするという文化があったんです。女性でも結婚したくらいで姓を変えるというのは父親への敬意を欠きますし、女性を受け入れる家からしても、結婚したくらいで大事な姓をくれてやるわけにはいかない、と考えられていました。現在でも、儒教文化圏の中国や韓国では原則的に夫婦別姓です。こうした文化的背景から、その後約20年にわたり強制的夫婦別姓が続くことになりました」

 

現代的な「夫婦同姓」は、1898年に改正された民法により導入されました。

 

「1898年の民法により、夫婦別姓の伝統を変え、家単位で同じ姓を名乗ることが定められました。結婚後は夫か妻のどちらかの姓を選択することができましたが、ほとんどの女性は男性中心主義的な家父長制の価値観に基づき、生家と距離を置いて新しい家に入るという考え方を強くしていきました。こうして、姓は同一世帯で一緒に暮らす人々の“ラベル”という役割を担うようになりました」

 

“選択的”であることは見落とされがち
知っておきたい“別姓”のメリット・デメリット

「選択的夫婦別姓制度」は、同姓・別姓のいずれかを強制するのではなく、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の姓を名乗るかどうかを決定できる自由を認めるものです。この“選択できる”という特徴を見落としてしまう人が多いと、筒井教授は語ります。

 

「“選択的”とは、希望した人だけが行うという意味です。夫婦で熟考して、デメリットが大きいと思えたり、別姓に不安があったりするなら、選ばなければいいということです。選択の自由があることで夫婦にとってのデメリットを減らすことができます。“別姓”であることに目が行きがちですが、“選択的”であることにも、もっと注目してもらいたいですね」

 

別姓を選択するメリット…
改姓に伴う手続きの煩雑さがゼロに!

ここでは、同姓か別姓か選択する際に知っておきたい「別姓」のメリット・デメリットを紹介します。まず、最大のメリットは改姓に必要な手続きが不要であることです。

 

「選択的夫婦別姓を望む声は、女性の社会進出が進むとともに大きくなっています。つまり、働く女性にとって名前を変えることの煩雑さがいかに大きな負担になっているかということです。最近では、ウェブ上のサービスやサブスクリプションにも名前を登録しますし、それに必要なクレジットカードの名義も当然買えなければなりませんから、その手続きの多さは尋常じゃないはず。『なぜ自分だけがこんな苦労をしないといけないのか』という不公平感も強まっています。
もちろん男性が女性の姓に合わせた場合、男性も同じような手続きを踏む必要があります。ただ、現状では女性の姓に変える男性はわずか4%。夫婦で別姓を選択すれば、手続きの面倒さを被ってきた女性の負担は軽減されるでしょう」

 

別姓を選択するデメリット…
子どもと自分の姓が異なる可能性

次に、夫婦別姓になるデメリットとして考えられるのは、親と子どもの姓が異なることで、親であることの証明を求められるケースが増える可能性です。

 

「これまでは親子で同じ姓を名乗るのが当たり前でしたから、親子で姓が異なると『本当に親ですか?』と不信感を持たれる可能性があります。親子関係を証明するために戸籍謄本を持ち歩いたり、行政が親子関係の証明を発行する必要性も出てきたりするでしょう。
この『親子関係の証明』は、ヨーロッパ社会でもしばしば問題となっています。そもそも『姓が同じ』だけで親子関係が証明できるわけでもないのですが、『違う』となると確認されてしまうことが多いのですね」

 

夫婦別姓が当たり前になればそうした手間は減るかもしれませんが、『あれ?』と感じられる期間は長く続くかもしれません、と話す筒井先生。

 

「今までと違う制度を導入するときは、若干の手間は引き受けなければなりませんね。それが嫌だと思えば、同姓を名乗る選択肢があります。そもそも、制度のデメリットは制度の不備なので、親子で姓が異なることに起因する問題は、行政が積極的に解決していってほしいと思います」

 

海外ではどうなっている?
夫婦の姓に関する世界の法律

現在、夫婦同姓を法律で義務付けている国は、日本のみといわれています。では、他国の夫婦の姓に関する法律はどうなっているのでしょうか?

 

■ フランス:強制的夫婦別姓、ただし通称使用は認可

「フランスは、伝統的に強制的夫婦別姓が基本となっています。19~20世紀頃には『配偶者の姓を名乗る』ことを求める運動が展開されましたが、法的には依然として生まれたときの姓を保持する必要があります。選択的別姓を求める現在の日本とは、出発点も、求めるものも逆ですね。
ただし、最近になり『通称』(公式名とは異なり、社会生活で日常的に使用している呼称のこと)の使用を通じた夫婦同一姓の公称は認められるようになりました。通称であれば『連結姓』(夫婦がそれぞれの姓を組み合わせて作った新しい姓のこと)を名乗ることも可能です。身分証明書には本姓と通称を併記できます」

 

■ ドイツ:かつては強制的夫婦同姓、法改正により選択的夫婦別姓に

「今の日本の状況と一番近いのはドイツではないでしょうか。ドイツはかつて強制的夫婦同姓を導入しており、しかも夫婦どちらかの姓でよい日本と違って『夫の姓』に合わせることが法的に義務付けられていました。1991年に法改正がなされ選択的夫婦別姓が導入されると、夫婦で共通の姓を使用するか、それぞれの旧姓を保持するか選択できるようになりました。子どもの姓については、第一子の出生時に決めた姓をその後に生まれる子どもにも適用します。
日本では、選択的夫婦別姓の下、子どもの姓がどうなるかについて具体的な決定はまだなされていませんが、個人的にはこのドイツ式ルールが採用されるのではないかと推測しています」

 

■ イギリス:姓の選択がもっとも自由な国の一つ

「イギリスには姓に関する法律がありませんが、結婚後に妻が夫の姓を名乗る夫婦同姓の文化がありました。あくまで社会的な慣習によるものです。それが徐々に選択肢が広がり、現在では、夫婦で共通の姓を使用する、それぞれの旧姓を保持する、連結姓にする、新しい姓を作るなどのバリエーションがあります。子どもの姓をつける際にも法的制約はありません。イギリスは、姓の選択に関してもっとも自由な国の一つといえるでしょう」

 

■ アメリカ:自由度は高いが、州によって手続きが異なる

「イギリスと同様、アメリカも姓の選択の自由度が高い国ですが、州によって手続きが異なります。1970年代にいくつかの州で裁判があり、結婚後に女性が夫の姓を名乗ることを強制されるのは違憲であるとされ、女性が自分の姓を保持する権利が強化されました。ただ、実態としては今でも7割くらいが夫の姓に変えています」

 

■ イタリア:基本的には選択的夫婦別姓、妻は自らの姓に夫の姓を加える権利を有する

「イタリアはやや特殊で、夫の姓は変わらないものの、『妻が夫の姓を名乗る』『妻の姓の後に夫の姓を加えた連結姓を名乗る』という時代が長く続きました。1950年代以降、家族のあり方や女性の権利について議論が活発化し、これまでの義務を“権利”と解釈するようになりました。1997年からは、公式の書類では結婚前の姓のみが有効とされています。
子どもの姓については、夫の姓をつけることが法律で定められていましたが、2022年にイタリアの裁判所が『父親の姓を強制する現行の法律は違憲』と判断。これにより、両親が共同で決定した場合には、子どもに妻の姓を付けることが可能となりました」

 

準備万端、でも導入進まず?
選択的夫婦別姓の実現までの道のり

選択的夫婦別姓の導入に向けて、私たちは今どのフェーズにあるのでしょうか?

 

「1996年には、法務省の諮問機関が選択的夫婦別姓制度に関する具体的な法律案をすでに作成しています。2015年には、最高裁が『夫婦同姓は合憲』としつつも、『制度のあり方は国会で論じられるべき』としました。同様の判断が2021年にも下されています。しかし、政府内には反対する意見もあり、議論さえできない状況が約30年も続いていました。
そんな中、2024年には経団連が『改姓が女性のキャリア形成の妨げになっている』として、制度の早期実現を求める提言を政府に行いました。国民の多くも選択的制度であるならば問題ないと支持を示しています。こうした時代の変化に伴い、今後は本格的な議論が進んでいくことでしょう」

 

基本的に「夫婦は対等」
改姓してくれる相手の苦労を忘れないで

最後に、選択的夫婦別姓制度が実現し、夫婦が姓の選択に迫られたとき、配慮すべきポイントはなんでしょうか?

 

「まずは、夫婦で十分に話し合うこと。夫婦の姓は2人で決めることですから。話し合いで決まらなければ、じゃんけんで決めてもいいかもしれません(笑)。夫婦が真に対等なら、どちらの姓になっても問題はないはずです。
しかし、夫婦の姓の決定は、本人たち以外の思惑が交錯することもあります。夫の親が妻の姓に変えるのを嫌がるとか、妻の親が夫の姓に変えるよう言ってくるとか。それでも、夫婦は基本的には対等であることを忘れないでください。そして、もし相手が自分の姓に合わせることになったら、相手に極めて面倒なことをさせているんだと想像力を働かせてほしいと思います」

 

 

Profile

立命館大学 産業社会学部 教授 / 筒井淳也

専門は家族社会学、計量社会学、女性労働研究、ワーク・ライフ・バランス研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書、2020年)、『社会学入門』(共著、有斐閣、2017年)など。内閣府第四次少子化社会対策大綱検討委員会・委員、京都市男女共同参画審議会・委員長など。

 

飲酒中・飲酒後のNG行為は?悪酔いせずお酒を楽しむ“適正飲酒”の基礎知識

心身ともに健康への注目が年々高まるなか、2024年2月には厚生労働省が「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表。飲酒に伴う社会的責任にも関心が集まっています。飲む人も飲まない人も、ともに理解を深めるための基礎知識をお届けしましょう。

 

『生涯お酒を楽しむ「操酒」のすすめ』(主婦と生活社)や『名医が教える飲酒の科学』(日経BP・日経新聞社)などの著書をもつ酒ジャーナリストの葉石かおりさんに、酔いに関する豆知識や、悪酔いしない飲み方のコツなどを教えていただきました。

 

 

おさらい。
「酔う」ってどういう状態?

まずあらためて押さえておきたいのが、お酒に“酔う”とはいったいどういう状態なのか、ということ。

 

飲んだお酒に含まれるアルコールの多くは肝臓で処理され、分解されるなかで悪酔いや頭痛、動悸の原因にもなる成分アセトアルデヒドに。そして、分解される成分のひとつである酢酸は血液を介して全身を巡り、水と炭酸ガスに分解。やがて汗や尿、呼気中に含まれて外へ排出されます。
参考=アサヒビール「人とお酒のイイ関係」

 

アルコールは血液に溶け込んで脳へも運ばれ、神経細胞に作用することで麻痺が起こります。これが“酔い”の正体。その程度は、脳内のアルコール血中濃度によって6段階に分けられます。

 

「血中濃度が0.02~0.04の『爽快期』から、0.41~0.50の『昏睡期』までの6段階ですね。なお、一般的には肝臓でアルコール代謝されるのですが『イッキ』などでガブ飲みすると、代謝が追いつかずに血中アルコール濃度が急激に上昇します。

すると『ほろ酔い期』や『酩酊期』を飛び越して、一気に『泥酔期』『昏睡期』の状態にまで進み、場合によっては意識不明や呼吸困難など危険な状態に。これが急性アルコール中毒と呼ばれる症状です」(酒ジャーナリスト・葉石かおりさん、以下同)

 

資料提供=キリンホールディングス

 

なお、人種の遺伝的な性質により、日本人を含むモンゴロイド系の人々は、ヨーロッパ系やアフリカ系に比べてお酒に弱いといわれています。日本人にフォーカスすれば、約4割はお酒に弱いとも。
参考=キリンホールディングス「適正飲酒のススメ」

 

さらに、アルコールを分解する酵素が十分働かない若年層はもちろん、代謝能力が低下する高齢者も酔いやすい体質。さらに体格やホルモンの影響により、女性は男性よりも血中アルコール濃度が高くなりやすい傾向があります。成人でも、それぞれが体質に応じた飲み方を守っていくことが大切だといえるでしょう。

 

最近よく聞く「適正飲酒」の定義とは?

今回のテーマ「適正飲酒」とは読んで字のごとく、適量で節度ある飲酒のこと。日本は冒頭で述べたガイドラインによって、生活習慣病のリスクを高める1日あたりの「純アルコール量」を男性で40グラム以上、女性で20グラム以上の摂取、と定義しました。

純アルコール量は、大手酒類メーカーを中心に2021年ごろから記載されるようになっている。写真はオリオンビールの缶体表記。

 

参考=キリンホールディングス「適正飲酒のススメ」

 

「適正飲酒」が声高に推奨されるようになった背景には、急性アルコール中毒を防止しようという意識の高まりに加え、アルコールの過度な摂取が生活習慣病のリスクを高めるという社会課題も関係しています。

 

事実、各省庁によると国内のアルコール消費量は減少しているものの、アルコール摂取を要因とする死亡率は悪化。2022年にアルコール性肝疾患で亡くなった人は6296人で、20年前の2002年の3327人と比べ2倍近くに増えたとか。

 

その背景には、一部の多量飲酒者が極端にアルコールを消費している状況があるとされ、そこで作成されたのがガイドラインです。2022年に行われた第1回から全5回の検討会を経て、2024年2月19日に公表されました。

こうした取り組みには、日本と諸外国を比べた際の、お酒を取り巻く環境や文化の違いもあると葉石さん。「実は、日本は飲酒の取り締まりがやさしい国なんです」と指摘します。

 

「例えば飲食店における『飲み放題』というメニューは、私の知る限り欧米では提供されていません。また、日本は公園やビーチなどの公共の場における飲酒に寛容ですが、アメリカなど法律で取り締まっている国もありますし、時間帯によってお酒を販売しない国も多いです」

 

そのうえで葉石さんは、各国が指標とする適正飲酒量についても言及。

 

「日本がガイドラインで定義した、男性40グラム、女性20グラムという純アルコール量ですが、これは世界的にみるとまだ多いほうです。純アルコールの量はあくまで目安ですが、海外事例も踏まえたうえで、各人がお酒の摂取量を意識するべきでしょう」

 

例えばアメリカは男性28グラム、女性14グラム。スウェーデン、シンガポール、台湾は男性20グラム、女性10グラム 。なお、爽快期から昏睡期までの目安を知る、血中アルコール濃度は、=[飲酒量(ml)×アルコール度数(%)]÷[833×体重(kg)]という計算式で導き出せるので、ぜひ自身でもご確認を。

 

お酒を飲むなら実践したい!
悪酔いしないコツ

葉石さん『生涯お酒を楽しむ「操酒」のすすめ』は、最新医学を踏まえた健康的な嗜み方が満載の一書。あらためて、悪酔いしないコツを教えていただきました。

 

・飲む前に食べておく

「空腹状態で飲酒すると、胃で多少とどまるはずのアルコールが一気に小腸へ。すると、血中アルコール濃度も早く上がってしまうため、悪酔いしやすくなります。オススメは、消化が遅くて胃のなかに長くとどまってくれる、油分が多い食べ物。例えばチーズや、ドレッシングで味わうサラダ、カルパッチョなどがいいでしょう」

 

・油分以外にオススメな食べ物

「油のほかに胃を守ってくれる成分のひとつがビタミンU(キャベジン)。キャベツやブロッコリーに多く含まれていますが、水溶性で熱に弱いため、生で食べましょう。肝臓の解毒作用やアルコール代謝を促進するアミノ酸に分解されるのが、たんぱく質。特にオススメなのは、ヘルシーかつ粘りが胃を保護してくれる納豆です。また、消化されずに大腸まで届く、きんぴらや切り干し大根といった食物繊維が豊富な料理。悪酔い防止には、肝臓での代謝を助けるタウリンや、ゴマなどに含まれるセサミンが効果的です」

 

・水を挟みながら飲酒する

「水には、胃腸内のアルコール濃度を薄める効果があります。また、アルコールには利尿作用があり、尿量が増えて脱水症状になりやすいため、それを防ぐためにも水を飲むことがオススメ。日本酒造組合中央会によれば、摂取する水は酒と同量程度を推奨しています」

 

・二日酔い対策にはオレンジジュース

「二日酔いは、酒を飲んだ翌日にも体内にアルコールが残っていたり、アルコール代謝が原因で体調不良を起こしたりする症状。飲み過ぎないことが前提ですが、もしつらいときはオレンジジュースがオススメです。それは、糖のなかでも特に吸収の早い果糖が豊富で、同時に水分も取れるから。また、アセトアルデヒドの分解を促進するビタミンCや、利尿効果を持つカリウムも豊富なのがオレンジです」

 

飲酒中・飲酒後のNG行為と間違った“常識”

悪酔いしないコツを実践したい一方で、NG行為もあります。飲酒運転や飲酒の強要はもってのほか、不安や不眠解消のための飲酒や療養中や投薬後の飲酒もNG。また妊娠中・授乳中の飲酒も避けたほうがいいでしょう。ただ、ほかに良かれと思って実践していた行為がNGだった、ということもあるようです。

 

・汗をかくとアルコールが抜ける?

→間違い。

「脱水症状となるため逆効果。汗をかいてもアルコールは抜けません。酔った状態で行う運動は、心臓に過度な負担がかかるとともに、発汗作用によって脱水症状になる危険性もあります。また、酔ったままの入浴も危険です。血圧が上昇して納所中や心臓発作の危険性があるほか、湯船のなかで寝てしまい溺死するリスクもあります」

 

・“ちゃんぽん”(さまざまな種類のお酒を飲む)は悪酔いする?

→避けるべきだが、理由が異なる。

「お酒の種類は関係なく、あくまでも酔いは摂取したアルコールの総量で決まるもの。ちゃんぽんが悪いのは、種類が変わることで純アルコール量(自分がどれだけ飲んだか)があいまいになるからです」

 

・牛乳を飲むと胃に膜ができて酔いにくくなる?

→もっと適切な対策を。

「完全なる間違いではない(乳脂肪やたんぱく質が含まれるため)ですが、であれば固形のチーズを食べるほうが効果的でしょう」

 

誤解に惑わされず、正しい知識で楽しく飲みたいものです。

 

新たな価値観「ソバーキュアリアス」って?

最近は、「ソバーキュリアス」ということばをしばしば聞くようになってきました。こちらは「sober(しらふ)」と「curious(好奇心)」を組み合わせた造語で、お酒をあえて飲まない日を楽しむライフスタイル。欧米の1980年〜1990年代半ば頃に生まれたミレニアル世代から、こうしたトレンドが生まれたといわれています。

 

日本でもその価値観が広まり、大手メーカーを中心にノンアルコール、低・微アル飲料が増加。コンビニでも買えるようなメジャーな商品を中心に、特徴や味わいを紹介しましょう。

 

 

アサヒビール「アサヒ ゼロ」
オープン価格
一度ビールを醸造した後にアルコール分を取り除く「脱アルコール製法」により、アルコール度数0.00%でありながら本格的なビールらしい味と飲みごたえを実現。2023年に近畿エリアで先行発売していたが、好評につき今春より全国展開へ。
アルコール度数=0.00%

 

サッポロビール「サッポロ ザ・ドラフティ」
オープン価格
2021年の秋にデビューしたアルコール度数0.7%の微アル飲料で、2023年1月製造分からリニューアル。ホップを3分割添加し、さらに氷点下熟成させた麦芽100%生ビール原料を新たに採用したことで、よりビールに近いおいしさに。
アルコール度数=0.7%

 

ヤッホーブルーイング「正気のサタン」
235.44円(税込)
国内クラフトビール界のトップランナーが、2022年の夏に新発売。クラフトビールで特に人気のあるインディアペールエール(IPA)の味を追求し、柑橘系のアロマホップが芳しい香りに仕上げた。
アルコール度数=0.7%

 

宝酒造「タカラ 辛口ゼロボール」
141円(税込)
2022年10月にデビュー。ノンアルコールながら、下町の大衆酒場で愛される味わいを、タカラ「焼酎ハイボール」のおいしさを濃縮したエキスで実現。糖質、カロリー、プリン体、甘味料がゼロなのもうれしい。
アルコール度数=0.00%

 

月桂冠「月桂冠 スペシャルフリー」
オープン価格
日本酒のなかでも人気の高い大吟醸の香味をイメージして開発された、ノンアルコール飲料。ブランドは2014年9月に発売された「月桂冠フリー」が前身で、コクのある「スペシャルフリー」と淡麗な「スペシャルフリー辛口」がある。
アルコール度数=0.00%

 

アサヒビール「koyoi ブリリアントベリー」
1650円(税込)
2021年9月に誕生した、低アルコールのクラフトカクテル「koyoi」の人気フレーバー。ラズベリーと炭酸をベースに、バニラが上品に香る。全商品が保存料、着色料、人工甘味料不使用で、素材本来のおいしさを最大限に引き出しながら飲みやすく仕上げられている。
アルコール度数=3%

 

メーカーも自ら立ち上がった!
適正飲酒にどう取り組んでいる?

「適正飲酒」に関してはメーカーも以前から啓発活動を行ってきました。ここではとくに積極的な3社の取り組みを紹介します。

 

・アサヒビール

2020年12月より、お酒を飲む人も飲まない人も楽しめる「スマドリ(スマートドリンキング)」を提唱。2022年1月にはアサヒビールと電通デジタルでスマドリ株式会社を設立し、「SUMADORI-BAR SHIBUYA」もオープン。5月23日には、スマドリに共感する人が集うファンコミュニティ「SUMADORI-LAB .」も開設されました。

アサヒビール「人とお酒のイイ関係」

 

2022年にオープン、2024年にリニューアルされた「SUMADORI-BAR SHIBUYA」。

 

・オリオンビール

肝疾患による死亡率が男女ともに全国ワースト1で、アルコール性肝疾患の死亡率は全国平均の約2倍となっている沖縄県。このような背景も受け、地元のオリオンビールは2019年末にストロング系と呼ばれる高アルコール商品を廃止しました。また、純アルコール量の缶体表記は2021年7月より開始(公式サイトでの表示は同年4月より)。適正飲酒の取り組みに関して、実に先駆的なメーカーといえるでしょう。 オリオンビール

 

・キリンビール

お酒を飲むときに、その雰囲気や流れる時を楽しんでもらうという新しい飲み方「スロードリンク」を2019年から提唱し、適正飲酒の啓蒙活動もより積極的に実施。2024年5月からは、団体向けに正しいお酒との付き合い方を学ぶ「適正飲酒セミナー」の展開もスタートしています。

キリンビール「適正飲酒のススメ」

 

最後に……お酒はやっぱり楽しい!

アルコールの過剰摂取は心身ともにリスクが伴います。ただし、適正に飲むなら「お酒はコミュニケーションツールであり、日常のストレスから解放してくれるメリットも大きいものです」と、葉石さんはお酒の“効能”も力説します。

 

これからの「スマートなお酒の楽しみ方」は、自身の適正飲酒量を知り、無茶せず楽しむ程度に嗜むこと。より詳しく知りたい人は、葉石さんの各著書も参考に、いつまでもおいしくお酒を楽しみましょう。

 

Profile

酒ジャーナリスト / 葉石かおり

エッセイストでもあり、「酒と心身の健康」「酒と食のペアリング」を主軸に各メディアにコラム、コメントを寄せる。各企業にて酒の健康的な飲み方、アルコールハラスメントについての社内研修も行っている。代表作に、シリーズ累計18万5000部を超える『名医が教える飲酒の科学』『酒好き医師が教える最高の飲み方』(ともに日経BP)があり、新著は『生涯お酒を楽しむ「操酒」のすすめ』(主婦と生活社)
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献血が怖い人へ。医師が解説する献血の仕組みと“採血を断られる”条件とは

日本ではこの10年間で、10~30代の若年層の献血が約3割減少しています。献血には69歳まで(65歳以上の方については60歳以降に献血経験のある場合のみ献血可能)という年齢制限があり、今後少子高齢化がますます進むことを考えると、若年層の献血率の低迷は、将来の血液の安定供給に支障をきたす恐れがあるのです。

 

そこで、医師であり医療ジャーナリストの森田豊先生に、国内における血液事業の現状や社会課題について伺い、献血にまつわる不安や疑問にお答えいただきました。

 

手術や事故での輸血はわずか3%
献血された血液は何に使われる?

献血した血液が何に使われているか知っていますか? “血液がたくさん必要な場面”として思い浮かぶのは、手術や事故などで大量輸血が必要なとき。ところが、「実際にけがの治療で使われる血液はわずか3%」なのだと、森田先生は言います。

 

「意外に知られていませんが、献血された血液の83.5%が病気の治療に使われています。血液はまず日本赤十字社(通称=日赤)の血液センターに運ばれ、赤血球、血漿、血小板などの成分に分離・精製され、さまざまな種類の血液製剤に加工されています。
これらは病院で患者さんに輸血されることで、各種がん、白血病、心臓病、肝疾患、再生不良性貧血などの治療に生かされています」(森田先生、以下同)

 

グリーンリボンの意味とは?「臓器移植」の基礎知識と日本と世界の現状、提供への意思表示の仕方

 

10~20代の若年層の献血が減っている理由

日本赤十字社によると、2022年度に献血をした30代以下は167万人。2012年度の251万人から約33%減となっており、若年層の「献血離れ」が続いています。この状況に、森田先生は警鐘を鳴らします。

 

「知っておいてもらいたいのは、輸血を受ける人の約85%が50歳以上であるという事実。最近では、これまで輸血を支えてきた40代以上の献血者が、次第に『輸血を受ける側』になっています。献血に協力してくれる若年層の減少は、医療現場にとって大きな痛手になります」

 

この10年の減少傾向は、少子化やコロナ禍の影響も考慮されますが、なぜ若年層は献血に行かなくなったのでしょうか?

 

「献血が高齢者の健康や病気の治療を支えている事実について、啓発活動が足りていないと個人的には感じています。血液の大半が手術やけがの治療だけに使われていると勘違いしている人はいまだに多いですから。
また、血液から製造される輸血用血液製剤に使用期限があることを知らない人もいます。血漿製剤は冷凍保存が可能で使用期限は採血後1年ですが、赤血球製剤は28日、血小板製剤は4日で使い切らなければ廃棄になります。だからこそ、常に新しい血液を集め続けなければならないのです。こうした献血の必要性が若い人たちに正しく理解されていないのが問題の一つです。

 

もう一つの理由として考えられるのが、心理的ハードル。

 

「献血未経験者が献血に対して不安を抱き、一歩を踏み出せないでいること。採血したら貧血になるんじゃないかとか、重篤な副作用があるんじゃないかとか、そういう不安を払拭する情報が行き届いていないことも、若年層の献血がうまくいっていない原因だと思います」

 

若い人たちに献血へ協力してもらうためには、同年代の人たちからの発信が鍵になると、森田先生は話します。

 

「コロナ禍で献血に協力してくれる人が激減したとき、競泳の池江璃花子選手が自身の白血病治療の経験を語るとともに、Twitter(X)で献血への協力を呼びかけてくれました。彼女の発信のおかげで、コロナ禍でありながら献血者数は一気に増加し、一時的ではありましたが献血量が満たされた状態になりました。みんなで声を掛け合って取り組めば、献血の促進につながると思いますよ」

 

献血に行く前に解消したい
不安や疑問への医師の回答

ここでは、若年層が献血に抱いている具体的な不安要素を取り上げ、それに対する森田先生のアドバイスを紹介します。

 

Q.針が怖い、採血が痛そう

「採血用の針は予防接種の針より明らかに太いのですが、痛点(皮膚面に分布する痛みを感じる点)が少ない肘の内側に刺すため、そんなに痛くないと思いますよ。針が皮膚に刺さるときだけにチクッとするくらい。一方、予防接種の針は細くて一見痛くなさそうですが、インフルエンザワクチンに代表される皮下注射やコロナワクチンのような筋肉注射では、皮下や筋肉に薬液が入っていくときの痛みがかなり強いはずです。献血ではそのような痛みはありませんから安心してください」

 

Q. 献血に副作用はありますか?

「献血で起こりうる副作用として、もっとも発生頻度が高いのが血管迷走神経反射(VVR)と呼ばれるものです。採血への強い不安や緊張が原因とされており、気分不良、顔面蒼白、眩暈、けいれん、尿失禁などの症状が表れます。発生率は軽症の人が献血者全体の約0.6%、重症の人が約0.08%です。そこで日本赤十字社では、予防策として採血中に『レッグクロス運動』を行うことを推奨しています。足を交差し、筋肉に力を入れては緩める運動をくり返すことで、全身の血流が良くなりリラックスできます。
『レッグクロス運動』

 

「その他の副作用としては、腕に電気が走るようにピリピリとしびれる神経損傷。たいていは2~4週間で軽快します。また、どうしても針を刺す必要性から、皮下に出血が生じることもあります」

 

Q. どのような場合に献血を断られますか?

「献血を断られる典型的なケースについては、日本赤十字社の公式サイトにある『献血をご遠慮いただく場合』というページに詳細にまとめられています。そのなかから、10~20代の方にとくに関係の深い項目をいくつかピックアップしてみましょう」

 

・当日の体調不良、服薬中、発熱などがある人
当日に献血できない理由としてもっとも多いのが体調不良です。また、内服していて支障のない薬は、ビタミン剤および一般的な胃腸薬など。それ以外の薬は種類によって献血できない場合があります。女性の場合、月経中でも貧血でなければ献血することが可能です。最終的な献血可否は、当日の採血現場の健診医師が総合的に判定します。

 

・出血を伴う歯科治療(歯石除去を含む)を受けた人
【献血できない期間】治療日から3日間
【理由】口腔内常在菌が血中に移行し、菌血症になる可能性があるため

 

・6ヶ月以内にピアスの穴をあけた、またはピアスを付けた人
ピアスについては、身体の“どこに”、“どうやって”付けたかによって献血の可否が異なります。

1.耳たぶ・へそ周りに、医療機関または使い捨て器具で穴をあけた場合
【献血できない期間】1ヶ月間
【理由】細菌感染の危険性があるため

 

2.友人同士などで安全ピンや針を共有して穴をあけた場合
【献血できない期間】6ヶ月間
【理由】エイズ、B型肝炎およびC型肝炎などウイルス感染の可能性があるため

 

3.口唇、口腔、鼻腔など粘膜を貫通してピアスを挿入している場合
【献血できない期間】ピアスを挿入中は献血不可
【理由】細菌感染の危険性があるため

 

4.口唇、口腔、鼻腔など粘膜を貫通しているピアスを外した場合
【献血できない期間】6ヶ月間+最低3日間
【理由】エイズ、B型肝炎およびC型肝炎などウイルス感染の可能性があるため

 

・帰国日(入国日)当日から4週間以内の方
【献血できない期間】入国日当日から4週間
【理由】輸血を媒介して感染が危惧される疾患によるリスクを軽減するため

 

「このように、献血の可否の判断は多岐にわたるため、一度、献血ルームで医師に問診をしてもらい、自分が献血できるかどうか相談してみることをおすすめします。また、以前に献血を断られてしまった方でも、体調や状況が変われば献血できる可能性がありますので、ぜひもう一度、足を運んでいただけたらと思います」

 

Q.空き時間に献血できる場所はどうしたら見つかりますか?

「各都道府県にある日本赤十字社の支部や血液センターの公式サイトには、『最寄りの献血ルームを探す』というメニューがあります。位置情報を連携させると現在地周辺の献血ルームをすぐに探すことができるので、空き時間に献血ができ便利です。また、『献血バス運行スケジュール』というメニューもあり、市区町村と予定日から絞り込み検索ができます。
最近の献血ルームは清潔でアメニティが充実している印象です。工夫を凝らしたスペースも多くなってきています。例えば、秋葉原にある『akiba:F献血ルーム』には漫画がたくさん置いてあったり、フィギュアが飾ってあったりして、若い人たちには楽しい雰囲気ですよ」

 

秋葉原の『akiba:F献血ルーム』

 

東日本初の血漿成分献血ルームとして2023年5月にオープンした『東京八重洲献血ルーム』

 

「献血状況」グラフをチェックして献血を習慣化

献血を習慣化する場合、どれくらいの頻度で献血ルームに通うといいのでしょうか?

 

「血液の需要というのは日々変動しており、地域によっても血液型によっても異なります。また、保存している血液製剤には使用期限があり、需要を予測することは非常に困難です。そのため、1ヶ月に1回献血すればいいと単純に答えることはできません。
参考になるのは、日赤の各都道府県血液センターの公式サイトに掲載されている『献血状況』というグラフ。その地域で必要とされている血液型がすぐにわかります。自分と同じ血液型が必要とされていたら献血に行くという習慣を作るのもいいですね」

 

日本赤十字社各都道府県血液センターの公式サイトにある「献血状況」を参考にしてください。(上記は2024年4月26日時点の関東甲信越地域の献血状況)

 

「献血は習慣にすることが重要で、一回で終わらないでほしいと切実に思います。献血を支えているのは、リピーターの方々です。みなさん定期的に通われていて本当に素晴らしいことです」

 

献血は日常生活のなかでできるボランティア活動

最後に、森田先生からメッセージをいただきました。

 

「少子高齢化が進むなか、両親や祖父母、お年寄りのために何かしてあげたいと考えている人もたくさんいると思います。ただ、実際には日々の生活が忙しくて時間が取れなかったり、具体的に何をすればいいかわからなかったりする人もいるでしょう。
それでも、何らかの形で人の役に立ちたいと考えているなら、『献血という方法があるよ』とお伝えしたいと思います。献血なら比較的短時間でできますし、正しい知識を持って習慣化してしまえば、何十回でも社会貢献をすることができます。献血ルームに足を運んでいただき、この素晴らしいボランティア活動にぜひ参加してください」

 

Profile


医師・医療ジャーナリスト / 森田 豊

秋田大学医学部、東京大学大学院医学系研究科を修了、米国ハーバード大学専任講師等を歴任。現役医師として診療に従事しつつ、各種メディアでさまざまな疾患・体の仕組みの解説、現代の医療問題への提言をしている。東京上野ライオンズクラブにて献血促進活動に従事。
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3月8日の“国際女性デー”に知りたい、世界の女性を取り巻く現実と日本のジェンダーギャップ指数が低い理由

毎年3月8日は「国際女性デー」。日本では数年前からメディアでも取り上げられたり、イベントが行われたりするようになりました。この日にミモザを贈るイタリアの風習にならい、ミモザをシンボルにして国際女性デーが紹介されることも。とはいっても、その名称から「女性のための日」というのは何となくわかるものの、実際はどのような意味を持ち、何をする日なのかを理解している人はまだまだ少ないかもしれません。

 

国際女性デーとはどんな日なのでしょうか? UN Women(国連女性機関)の日本事務所に、その歴史やこの日が持つ意義についてうかがいました。

 

先人たちが積み上げた
国際女性デーの歴史とは?

 

国際女性デーとは、いつ誕生し、どんな歴史を持つ日なのでしょうか?

 

「国際女性デーとは、女性が達成してきた成果を認識する日です。歴史を辿ると、20世紀初頭に北米とヨーロッパで行われ始めた労働者運動が発端とされています。労働者運動の流れを受け、1909年にアメリカ・ニューヨークで女性縫製労働者よる労働条件の改善や賃上げを訴えるストライキが起こりました。女性たちが主体となって声を上げたことが称えられ、同年の2月28日を『全米女性の日』とし、初めて記念行事が行われました。1910年には国際組織である『社会主義インターナショナル』が女性の権利を求める運動に敬意を表し、デンマークで行われた会合で『女性の日』を制定。翌年1911年3月19日に初めて『国際女性デー』の記念行事が行われたのです」(UN Women 日本事務所広報、以下同)

 

100年以上も前から女性たちによる抗議や改革のための運動が起こり、その勇気ある行動が称えられ、次第に認められるようになっていきました。ではいつから、国際女性デーは3月8日となったのでしょうか?

 

「1913年~1914年の第一次世界大戦中、ロシアの女性が戦争に反対する平和運動の一環として、国際女性デーの記念行事を行いました。開催されたのは2月の最終日曜日。現在多くの国で採用されているグレゴリオ暦でいうと3月8日にあたります。ロシアの女性は1917年2月の最終日曜日に、再び抗議とストライキを決行。ロシア革命で知られる『パンと平和』を求めた行動でした」

 

それから年月を経て、国際婦人年にあたる1975年に国連が3月8日を『国際女性デー』と定めたのです。

 

「歴史としてまとめると端的ではありますが、私たちの大先輩である女性たちが勇気を持って行動を起こしてきたからこそ、今の私たちがあります。国際女性デーは、女性の権利を獲得してきた先人たちを称える日として設けられたのです」

 

日本における
国際女性デーの存在感

 

日本においても、明治・大正時代に起こった「女性解放運動」をはじめとする女性による改革運動が行われてきました。現在私たちが社会的権利や参政権を持ち、社会参画できるようになったのも、先人たちが行動を起こしてきたおかげです。ですが、日本で国際女性デーを耳にするようになったのは比較的近年のように感じます。日本が国際女性デーを意識するようになったのはいつ頃からなのでしょうか?

 

「日本で大々的にイベントなどが実施されるようになったのは比較的最近のこと。国連のイベントで言うと、1995年に中国・北京で『第4回世界女性会議』が開かれ、この会議から15周年目にあたる2010年に、日本の国連諸機関が『国際女性の日2010 国連公開シンポジウム』を開催しました。日本社会の男女格差の課題や、企業等の取り組みをシンポジウムで紹介し、日本社会でのジェンダー平等に向け、これまでの進展とこれからの課題を議論した大きなイベントとなりました」

 

この頃から次第にメディアを通し、少しずつ国際女性デーが世間に伝えられるようになったそう。

 

「最近は国際女性デーのためのイベントも各地で行われていますよね。日本でジェンダー平等に向けた取り組みが増えてきていることと連動して、国際女性デーの認知度も高まってきているのではないでしょうか」

 

世界各地で行われる
国際女性デーのイベントは?

今では国際女性デーのイベントが世界中で行われています。世界各国ではこの日をどのように過ごしているのでしょうか?

 

「UN Womenの各国事務所が主催したイベント事例をあげると、メキシコではジェンダー平等のためのマラソン大会が開かれており、2023年に開催した際は参加者が3万6000人におよぶ大規模なイベントになったと聞いています」

 

2023年(左)に、メキシコで開かれたマラソン大会の参加者たち。コロナ禍前の2019年(右)にも大規模に開催されました。

 

「コロンビアでは2023年に、UN Women事務所がドキュメンタリー映画を作りました。女性たちによる権利向上を求める運動がどのように行われてきたのかについて、当時の葛藤や課題などが彼女たちの言葉で力強く語られている内容です。国際女性デー当日には映画の上映会が行われました。
こうしたイベントが行われることで、『ジェンダー平等を前進させよう』という結束力も生まれますし、意思を表明する場にもなりますよね。女性だけでなく、男性やほかのジェンダーの方にも参加してもらうことで、より大きなメッセージ性が生まれると思っています」

 

女性と少女たちを守るために
UN Womenが取り組んでいること

世界では男女格差による問題がまだまだ存在しています。現在どのようなことが問題視されているのかを、UN Womenの活動とともに紹介します。

 

「UN Womenは、『ジェンダー平等と女性のエンパワーメント(=力を引き出すこと)』を推進していくための機関です。女性や少女が必要とする支援は、男性とはまた違ったニーズがあり、どうしても見落とされがちです。私たちはそうしたニーズがしっかりと満たされるための取り組みや支援を行っています」

 

支援については、次の4つの優先的な柱が定められています。

1.公共スペースにおけるガバナンスと参画

「政治や経済をはじめとする多くの分野や場面において、女性リーダーや女性の参画が少ない現状を好転させ、女性がリーダーシップに参画できるよう取り組んでいます。例えば、女性が選挙に立候補するために必要なスキルを身につけることを目的としたプログラムなどを行っています」

 

2.女性の経済的エンパワーメント

「女性は経営者として、従業員として、家庭での無償ケア労働の担い手として、経済に大きく貢献しています。しかし、ジェンダー不平等により、不安定な、あるいは低賃金な仕事に就かざるを得ない状況や、リーダー的役割のポジションに就くことができないといった状況も生まれています。こうした現状から、働き甲斐のある仕事で経済的な自立を実現すること(=ディーセントワーク)をサポートしています」

 

3.女性と少女に対する暴力の撤廃

「暴力について、私たちは特に大きな問題として捉えています。親密なパートナーから受ける暴力などは、開発途上国だけでなく日本でも問題になっていることです。
毎年11月25日(女性に対する暴力撤廃の国際デー)~12月10日(人権デー)までをジェンダーに基づく暴力に反対する16日間とし、各市民団体などとともに暴力撤廃に向けた活動を行っています」

 

4.持続可能な平和とレジリエンスの構築に、女性と少女が関与・貢献する

「レジリエンスとは、『ショックがあったときに耐えうる強靭性を身に付けていくこと』を指します。自然災害の復興や紛争の予防、人道的活動といった平和構築の場において、女性が主体者として入っていくことで、女性の視点が反映された形で平和や安全保障が実現できるようサポートしています。
自然災害時の女性特有の課題である、生理時の対応や性被害については、日本でも話題に上ることです。そこには、災害時やその直後の避難時において、意思決定や取りまとめを行う場に女性が入っていないことが想像されます。意思決定の場に女性が入っていくことで、女性ならではの考えや悩み、課題が反映されていくはずです。これは女性だけでなく、障がいを持つ方、LGBTQの方、多様な人たちの参画が必要だと考えています」

 

被災した女性や少女に向けてディグニティキットを届ける支援も。キットの中には、生理用品や下着のほか、石けん、歯ブラシ、歯磨き粉、懐中電灯などが入っています。(C)UN Women

 

ジェンダー平等において話題になる
ジェンダーギャップ指数とは?

ジェンダー平等とは、国連で定められた「持続可能な開発目標:SDGs」の5つ目の目標です。ジェンダー平等を語るとき、世界経済フォーラムが発表している「ジェンダーギャップ指数」が話題になります。これは、各国の政治、経済、教育、健康の4つのカテゴリーから見た、男女格差の現状を評価した指数です。2023年の日本の指数は146カ国中125位とかなり低いものに。ここにはどんな原因があるのでしょうか?

 

「UN Womenとしてデータを集めたものではありませんが、客観的に評価を見てみると、教育と健康に関して日本はとても優秀なんです。義務教育をはじめ、教育にはそこまで男女差がないですし、健康寿命も男女ともに高いですよね。問題は政治と経済。政治においては、女性が首相を務めたことはまだないですし、大臣含め、議員における女性の数が少ないという点が問題としてあがってきます。経済もしかりで、CEOの数も管理職の数も女性はまだまだ少ないことが要因です」

 

ただ、日本の企業も変わろうとしている真っ只中にあります。

 

「男性が育児休業を取れるようにしたり、産休・育休明けの女性が職場復帰しやすくしたりと、女性が継続してキャリアを積めるようなシステムや制度が整えられてきているんです。ですが、変えていくにはどうしても時間はかかりますし、周りの理解も必要。今から何ができるかを各企業が考え、取り組み続けることが大切だと思います」

 

女性リーダーの育成と促進のために、UN Womenでは若い女性リーダー向けにワークショップも開催しています。

 

「女性の政治参画が低いという問題は私たちも重大なこととして捉えています。2023年8月、UN Women 日本事務所では『未来女性リーダー育成ワークショップ』を開催しました。15歳~24歳までの参加者30名に向けて、政治経済に関わらず、意思決定の場にどのようにして女性が参画していけるのか、逆にその足かせとなっている要因は何かを考えるという内容です。参加された方からは、『リーダーシップについて自分の意見を語ったり共有し合えたりする場があることがうれしかった』というお声をいただきました。2024年もまた開催できたらと考えています」

 

ワークショップでの様子。大学生や社会人だけでなく、高校生の参加もありました。

 

古くからある習慣を断ち
意識から改革していくために

一昔前の日本では、「男性は一家の大黒柱として働き、女性は家で家事や子育てをする」という考え方が主流でした。ジェンダー平等を達成するためにはこうした伝統的な考え方や構造を変えていく必要があります。

 

「時間も必要ですし、変わろうとする意識も必要ですよね。女性においても『男性のほうができる気がする』ではなく、『自分にもできるんだ』と意識改革することが大切だと考えています」

 

 

アジアだけを見ても、日本以外にも古くからの伝統によってジェンダー平等が進みにくい国は多いのだそう。例えば近年経済成長が著しいインドには、現在も根強い男女格差のしがらみがあると言います。

 

「インドでは、男女の役割がきっちりと決まっていることが多くあります。街中で車を運転している人は大半が男性ですし、家事を手伝ってくれるメイドさんはほぼ女性。貧困のために路上でお花を売っていたり、小さい子どもと外で暮らしていたりする人も見かけますが、女性がとても多い傾向にあります。経済は発展しているけれど、同時に経済格差はどんどん広がっています」

 

そういった現状は、もしかしたらインド国内にいる人にとっては、いまだ “普通のこと” なのかもしれません。

 

「結婚も妊娠も自分で決められず、職業も未来も自由に選べない女性たちもいる。現状で幸せだと感じている一方で、彼女たちも心のどこかで無力さを感じているように思います。そうした彼女たちにこそ、ほかにも選択肢があると気付いてもらうよう支援をすることが、自尊心を持って一歩踏み出すことにつながるのではないかと。まさにエンパワーメントが役立つのです」

 

国際女性デーに
私たちができること

国連が発表した2024年の国際女性デーのテーマは、「女性に投資を。さらに進展させよう。」です。ジェンダー平等を達成させるための重要な課題として、支援するための資金不足があげられています。

 

「新型コロナウイルス感染症の流行、世界各地での紛争、気候変動による災害などの影響、そして二極化する社会など、今まで以上に女性の平等な権利のために行動を起こすことが重要になっています。2017年と比べ、紛争下に身を置く女性は50%も増加。特に紛争下では、女性や少女は影響を受けやすく、性暴力も発生しやすくなります。彼女たちが必要とする支援は、生理・妊娠・授乳に不可欠なヘルスケア、水、衛生施設など多数。ですが現在、年間3600億米ドル、日本円で約51兆円の資金不足という危機的な状況で、早急な対応が必要です。今年の国際女性デーは、この現状をまずは世間に伝えるために呼びかけていく日にしていきます」

 

国際女性デーに向けて、私たちができることはあるのでしょうか?

 

「何かアクションを起こそうと気負わなくても、一日ふと立ち止まり、国際女性デーに思いを馳せるだけでもいいと思います。今どんなことが日本や世界で課題になっているのかを考えてみるだけでも十分なのです」

 

 

国際女性デーに思いを馳せ、世界の課題について考えてみるための方法をいくつか教えていただきました。

 

・国際女性デーの歴史を振り返り、女性がこれまでに歩いてきた道のりを振り返ってみる
国際連合広報センター」のサイトでは、国際女性デーの歴史を紹介しています。

 

・UN Women日本事務所のSNSから、世界各国でどんな問題が起こっているか情報を得てみる
世界の問題をわかりやすく伝えています。「女性の政治家や学者、宇宙飛行士など著名人の言葉も紹介されているので、それらを読んで勇気をもらうのもいいですね」
UN Women 日本事務所公式X
UN Women 日本事務所公式Instagram

 

・各地で開かれている国際女性デーのイベントに参加してみる
UN Women日本事務所では、以下のイベントを予定しています。
国際女性デーシンポジウム
ジェンダー平等の現在とこれから~みんなでデザインする自分色の未来~
「2024年3月8日に、UN Women 日本事務所と事務所がある文京区との共催イベントが行われます。当機関日本事務所長による講演やパネルディスカッション、各団体の活動発表などが行われます。オフラインのみですが、どなたでもご参加いただけるイベントです」

 

「ほかには企業広報やマーケティング担当者に向けて、メディアと広告から有害なステレオタイプ(固定概念)を撤廃することをテーマにしたイベントも予定しております。当機関のイベントだけでなく、各団体がさまざまなイベントを行っていますので、興味を持たれたものがあればぜひ足を運んでみてください」

 

チャリティランやふるさと納税…私たちにもできる慈善活動まとめ

 

一人でも多くの人が国際女性デーの背景を知り、少しでも意識してみることが大切だと感じます。今年の3月8日は、自分にできること、興味を持ったことから目を向けてみませんか。

 

 

Profile

UN Women (国連女性機関)日本事務所
ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための活動を行う、国連機関の一つ。国連加盟国がジェンダー平等を達成することを目指し、国際基準を策定する支援に取り組んでいる。また、世界全域で女性と少女を支援するための法律や政策、プログラム、サービスなどの企画立案を政府や市民社会と協力して行っている。
UN Women Japan 公式サイト

 

貧困率とフードロスが深刻な日本で「フードバンク」が果たす役割とは?日本と世界の食糧事情と今からできるアクション

日本の相対的貧困率は現在15%を超えており、先進国の中でも高い数字となっています。そうした貧困で栄養が十分に摂取できていない人もいる一方で、食品ロス(フードロス)も深刻な問題。こうした課題を解消する策の一つとして注目されているのが、「フードバンク」です。

 

そこで今回は、食品サプライチェーンや食品ロスを研究している日本女子大学家政学部家政経済学科の小林富雄教授に、日本と世界の食料事情やフードバンクの仕組みと現状、私たちにできることなどをうかがいました。

 

※相対的貧困率とは……その国や地域の水準の中で比較した時に、大多数の人と比べて収入などが少なく、生活が厳しい状態のこと。

 

 

“国内の格差”が深刻になっている

フードバンクについて知る前に、まずは世界や日本の食糧問題の現状について教えていただきましょう。

 

「まず世界の食糧問題を考える上で知っておきたいのが、先進国と途上国の格差から生まれる“南北問題”です。途上国には、自国で消費する作物よりも、商品作物(市場で販売されるために作られる農作物)を作って輸出することで、経済を成り立たせている国が多くあります。そのため、ひとたび干ばつや戦争などが起こると、途端に国内が飢餓状態に陥ってしまうことが問題となっていました。 しかしここ最近、中国や韓国、タイ、マレーシア、インドといったアジアの国々が著しく発展してきたことで、世界を俯瞰して見てみると、南北問題は少しずつ解消する方向へむかっています。とはいえ、アフリカや南米ではまだまだ厳しい状況が続いているのが現状です」(日本女子大学家政学部家政経済学科教授・小林富雄さん、以下同)

 

 

アジアの発展により世界的に是正されつつある南北問題の傍らで、今大きな問題になっているのが“国内の格差”だと小林さんは言います。

 

「“国内の格差”は2000年代中盤から顕著になっており、その要因の一つは世界でIT化が進んだことだと考えられます。GAFA(Google・Apple・Facebook現Meta・Amazonの頭文字をとり、巨大IT企業4社を示す)のような“プラットフォーマー”と呼ばれる企業に多くの利益が集中するようになり、国内の経済格差が世界で広がり始めました。現在の食糧問題の背景には、こうした経済格差の影響が大きいと考えられます。

 

なかでも国内格差が深刻なのが、日本だといいます。 「日本の格差拡大のスピードは、ナンバーワンと言っていいと思います。日本は先進国にも関わらず相対的貧困率が高く、ひとり親世帯の貧困が深刻です。ここまで格差が広がった要因の一つには、日本の産業自体が立ち遅れてきていることがあります。日本では今、世界で戦える企業がそこまで多くありません。そもそも日本は人口が1.2億人いるため、国内でナンバーワンになるとそこそこ大きな規模の企業になってしまうのですが、何十億もの人を相手に戦うグローバル企業と比べると、売り上げは1桁も2桁も変わってきます。また、最近は大企業を中心に従業員の賃金は上昇傾向にありますが、中小企業ではなかなか賃上げがされていないのが現状です。その上、円安や戦争の影響による物価の上昇などもあり、今後は金利上昇による資産を持たない世帯の貧困化も懸念されています」

 

 

さらに少子高齢化が進むことで、食糧問題にもさまざまな影響が及ぶそう。 「たとえば地方のスーパーが廃業したり商店街が衰退したりしていて、高齢者を中心に食料品などを買いに行くのが難しくなる“食品アクセス”の問題があります。さらに農業の担い手が減っていることや高齢化が進んでいることも深刻な課題です。先行きが不透明ではありますが、今後も厳しい状況が続くことには変わりありません。そのため食糧問題を解消していくために、社会の基本的なシステムそのものを作り替えていくことが、待ったなしで求められています」

 

食糧問題を解消する手段の一つ
「フードバンク」とは?

 

国内の格差が広がる中、食糧問題を解消する手段の一つとして注目を集めているのがフードバンクです。ここ最近、耳にする機会が増えた方も多いのではないでしょうか? フードバンクの仕組みや、取り組みの現状について教えていただきました。

 

フードバンク活動とは、企業などから寄付された食品を集めて、必要な施設や団体に提供する取り組みのことです。1967年にアメリカでスタートした活動で、日本では2000年頃から始まりました。 国内の提供先として多いのは、こども食堂や福祉団体。寄付されるのは、箱がつぶれたり印字ミスがあったりするものや、在庫の入れ替えで不要になったものなど、『まだ食べられるのに本来は捨てられてしまう食品』が中心です。当時の日本はゴミの増加が社会問題になっていたことに加え、今ほど国内の格差が深刻でなかったこともあり、どちらかというと『もったいない』という観点で注目されていました。そして、メディアで取り上げられたことなどをきっかけに、人々へ少しずつ認知されるようになりました」

 

日本におけるフードバンク活動には、その後、2度のターニングポイントがあったそう。

 

「その後、国内でフードバンク活動がさらに注目されるターニングポイントになったのが、2011年の東日本大震災です。日本で最初にフードバンク活動を始めたセカンドハーベスト・ジャパンが、被災地での炊き出しや食料支援などをいち早く行いました。これにより食品の寄付が増えただけでなく、お金の寄付やボランティアをする人たちも増加し、さらなる普及が進みました。

 

そして2019年に食品ロス削減推進法が成立したことで、国としてフードバンク活動をもっと推進していこうという動きが出てきました。今まさに、その法律に基づいた政策パッケージにより仕組みづくりが行われているところです。現在、農林水産省のサイトに掲載されているフードバンクの活動団体数は252にものぼり、全国各地で活動が行われています」

 

日本のフードバンク活動が直面する課題

 

国としても力を入れ始めているフードバンク活動ですが、小林さんによると、まだまだ課題はあるそう。

 

「まずは食品の十分な量の寄付が集まっていないことが課題の一つ。海外と比べると、日本は食品ロス対策が中心であることから、寄付に対しては受け身である企業がまだまだ多いと感じます。そして昨今の物価高で、食品の余剰が減っている状況も要因の一つです。一般に価格が上がると食品ロスは出にくくなるため、寄付は集まりづらくなってしまいます」

 

また、集まる食品にも偏りがあるとか。

 

「食品の中でもお菓子やジュース、インスタント食品は比較的集まりやすいのですが、米、野菜、肉、魚、卵などといった食品は不足しがちです。嗜好品だけになると栄養が偏ってしまうため、フランスなどでは寄付されたお金で食品を買って提供するケースも多くあります。日本にも、市場で流通しなかった規格外の生鮮品を提供したり、それを調理して食堂で提供したりするフードバンク団体もありますが、数はそこまで多くありません。生鮮食品は足が速いため、扱うには素早く荷捌きしたり運んだりするロジスティクス(物流を一元管理し、最適化を図る仕組み・システムのこと)を整備する必要があります。

 

ほかに生鮮食品を提供するときのアイデアとして、イギリスでは、スーパーで売れ残った肉を冷凍して賞味期限が延長されたシールに張り替えてフードバンクに寄付することが認められています。こうしたことが日本で理解を得られれば、生鮮食品を寄付するハードルはグッと下がるのではないでしょうか」

 

アジアのフードバンク活動先進国は韓国

海外のフードバンク活動を視察する機会も多い小林さんが、フードバンク活動が進んでいる国として挙げたのが韓国です。どのようなところが日本と異なるのでしょうか?

 

「韓国では1990年代からフードバンク活動の検討が始まりましたが、当初は食品廃棄物を減らすための施策として考えられていました。しかし1997年のアジア通貨危機をきっかけに、社会福祉政策に転換して本格的に普及が進みました。国の政策として取り組まれているため、設備が整っていたり、『どこに貧困層がいるのか』などの情報が一元化されていたりと、しっかりとした仕組みづくりがなされています。そのかいあって、一時期深刻だった高齢者の貧困も今ではかなり改善されています。韓国のほか、ヨーロッパなどもEUの法律でフードバンク活動は福祉活動の一つとして位置付けられています。この点は、いまだ食品ロス削減の取り組みの一つとして捉えられている日本とは異なるところです」

 

とはいえ日本では今、福祉政策の予算をフードバンク活動に回すことはなかなか難しいのが現状だといいます。

 

「そのため私は、フードバンク活動をより普及・促進するには、災害や社会的な困難が起こった時の危機対策としての側面も強化していくことが重要だと考えています。そもそも、日本でフードバンク活動が普及したのは東日本大震災が大きなきっかけでした。海外でも、災害などの危機に直面したときに普及してきた背景があります。フードバンク団体が危機対策の体制も整えていくことは、国の安全保障上も重要な取り組みにもつながり、財政支援を伴ってでも、フードバンク活動を強化すべきではないかと考えています」

 

私たちにできる、食糧問題の解消につながるアクション 3

 

最後に、フードバンク活動や、食糧問題の解消のために、私たち生活者にできることは何かを教えていただきました。

 

1.「フードドライブ」で食品を寄付する

「『フードドライブ』とは、個人が家庭で余った食品などを寄付する活動のことです。買いすぎてしまったものや、買ったのに食べる人がいなかったものなど、賞味期限に余裕がある食品を、行政の施設などに設置されている専用ボックスに入れたりするだけで簡単に寄付ができます。集まった食品はフードバンクの団体などに一度集められてから、施設などに提供されます。 近年ボックスの設置場所は増えており、コンビニやスーパー、学校といった身近な場所にもあるはずなので、ぜひ探してみてください。またフードドライブでは、家庭で余った食品だけではなく、スーパーで買った食品などを寄付するのもOKです。例えばお気に入りの『ぜひ食べてほしい!』と思う食品を買って寄付するのも良いと思います」

 

2.ボランティアに参加する

「フードバンクの団体やパントリー(寄付された食品などを無償で提供する場所)、提供先として多いこども食堂などでボランティアを募集している場合があるので、参加してみるのもおすすめ。フードバンク団体は慢性的な人手不足であり、加えて参加者は食品の受け渡しなどを通じてさまざまな学びが得られるはずです。

 

私も過去にニュージーランドでボランティアに参加し、寄付を受け取りに来た方に規格外のリンゴを直接手渡したことがあります。『こんなに多くの食べ物が本来は捨てられてしまうのか』という気づきがありましたし、感謝されると『人の役に立てている』という実感が沸いてきました。お子さんがいる方は、親子で参加してみるのもとても良いと思います。また、一つのフードバンク団体にコミットして、食品やお金の寄付、ボランティアをすべてやってみるのもマネジメントを学ぶきっかけになります。フードバンク団体は、農林水産省のサイトなどにも掲載されているので、お住いの地域にある団体を探してみてください」

 

3.寄付つき商品を購入する

商品を買うことでその売り上げが寄付される『寄付つき商品』を購入するのも気軽にできるアクションの一つ。例えば、フードバンク団体が設置する寄付つき商品の自動販売機などがあります。日本は海外と比べて寄付文化が深く根付いているわけではなく、ハードルが高いと感じる方もいるかもしれませんが、これはカジュアルに寄付できる方法の一つではないでしょうか」

 

さらに小林さんは、「寄付に対する考え方をすぐに変えることは難しくても、食糧問題の解消や貧困問題の解決に向けて何かしたいと思っている人は絶対にいるはず」と話します。 「今後は、どういう形であれば寄付をしやすくなるのか、アクションを起こしやすくなるのか、といった方法も考えていく必要があると思います。例えば、良いコンテンツを作ってそれに対してスポンサーを集めるなど、寄付集めは営利団体のマーケティングと共通する点が多くあります。こうしたことを広い視野で考え実践していくことで、フードバンク活動の明るい展望につなげていけるといいですよね」

 

私たちが生きていく上で、誰もが考えなければならない食糧問題。まずは現状を知り、自分にできることからアクションを起こしていきましょう。

 

 

Profile

日本女子大学 家政学部家政経済学科 教授 / 小林富雄

生鮮農産物商社、民間シンクタンクを経て、2022年から同大教授として、食品サプライチェーンや食品ロスを専門に研究。ドギーバッグ普及委員会委員長、日本非常食推進機構顧問、2019年からは内閣府の食品ロス削減推進会議委員なども務めている。

物流業界に迫る2024年問題とは? 今現場で起きていることと消費者への影響

2024年4月から上限が設けられる、トラックドライバーの時間外労働時間。これにより、ドライバー不足や賃金の低下といったさまざまな問題が起こることが懸念されています。この背景には、ネットで買い物をする機会が増え、すぐに届くことが当たり前になった一方で、配送側の労働環境が悪化しているという現状があります。物流業界が抱える課題は、私たち消費者にとっても無関係ではありません。

 

そこで、物流業界の「2024年問題」の背景やその対策、さらに課題解決のために私たちができることについて、交通経済学を専門とする敬愛大学経済学部の根本敏則教授に教えていただきました。

 

物流の「2024年問題」とは?

最近ニュースでもよく耳にするようになった、物流業界の「2024年問題」。そもそもどのような問題のことを指すのか、物流業界の現状も含めて根本さんに解説いただきました。

 

「物流業界の『2024年問題』とは、2024年4月以降、トラックドライバーの時間外労働時間の上限規制を960時間とすることで起こる諸問題のことを指します。そもそもこの規制は、2019年度から施行が始まった『働き方改革関連法案』によるものです。すでに多くの業種で導入されていますが、すぐに対応することが難しい一部の業種には、施行まで5年の猶予が与えられていました。トラックドライバーなどの自動車運転業務も猶予されていましたが、来年度からいよいよ適用されることになり、物流業界は今まさに対応に追われているところです」(敬愛大学経済学部・根本敏則教授、以下同)

 

「2024年問題」の中でもとくに問題とされているのが、「働ける時間が短くなることで、ドライバー不足に拍車がかかること」だと根本さんはいいます。

 

「そもそもドライバーは、他の業界と比べて賃金が1割ほど少なく、労働時間が2割ほど多いと言われています。物流業界では、1990年以降にさまざまな規制が緩和され、トラック事業者数は1.5倍に増加しました。しかしバブル崩壊後、貨物の輸送需要は増加せず供給過剰となり、燃料費が高騰したときにも運賃を上げることができませんでした。その結果、ドライバーの待遇も改善されないまま、他の業界よりも低い賃金を残業代で埋め合わせるという働き方が当たり前になってしまったのです。

 

来年度からドライバーに適用される『働き方改革関連法案』では、時間外労働時間に上限規制が設けられることに加えて残業代も増加します。しかし、そもそも働ける時間が短くなるため、トータルで計算すると賃金は減ってしまいます。ドライバーたちもそれを心配していて、このままでは離職する人が増える可能性があります。そしてもちろん、運送会社も依頼された仕事をすべてこなせなくなれば、会社としての利益は減少します。最近では、ドライバーを確保できず、人手不足で倒産する運送会社も出てきているのが現状です。 このように今回の法改正によってさまざまな問題が発生しますが、大前提として重要なのはドライバーたちの働き方を変えること。今年に入ってから、ドライバーの賃金は上昇傾向にありますが、まだまだ十分ではありません。『2024年問題』を解決していくためには、『物流の生産性を向上させ、ドライバーたちの働く時間を短くしながら、生活ができる十分な賃金をどのように保障していくか』を議論していく必要があります」

 

最大14%の貨物が運べなくなる⁉ 「2024年問題」が社会に及ぼす影響

まさに今、対策が進められている「2024年問題」ですが、今回の法改正によって社会全体や私たち消費者の暮らしにはどのような影響があるのでしょうか?

 

「現在のドライバー数のままで労働時間が少なくなった場合の影響を試算すると、輸送機能は14%不足すると言われています。しかし、実際にものが運べなくなることはおそらくなく、運賃の値上げ、場合によって物流コスト上昇分の価格転嫁などさまざまな工夫をしながら、なんとか輸送することになると思います。

 

現在、荷主(物流業務の依頼者)が負担する物流コストの平均は約5%と言われています。わかりやすく言えば、100円で販売されている商品のうち5円が物流コスト、すなわち支払運賃ということです。私はこれが20%くらい上昇する可能性もあると考えていて、そうなると多少の物価上昇につながる可能性はあります。なかでも、輸送できなくなるものとして挙げられるのが農産物や水産物です。これらは運賃が高くても運ばざるを得ないので、実際に物流コストが上がれば、私たちが手に取る食品の価格にも影響すると考えられます。とはいえ、物流コストが上昇することでドライバーの賃金も上がれば、ドライバー不足の緩和、ひいては運べなくなる危機を回避することにもつながるはずです」

 

今後、物流コストが上がる可能性はありますが、根本さんによると、そもそも日本の物流は海外と比べると恵まれている点も多いそう。

 

「日本の物流コストは海外と比べてもわりと低め。これは、日本の物流の仕組みがそこそこ整っているからこそ実現できていることだと思います。さらに日本では、輸送中に物がなくなったり、壊れた状態で届いたりすることはほとんどありません。海外では物流コスト自体がもっと高かったり、物流業者が丁寧に運んでくれなかったりするところもあります。そう考えると、日本の企業や消費者が、質の高い物流サービスをそこまで高くない値段でこれまで得られてきたことは、とてもラッキーなことだったと言えるのではないでしょうか」

 

課題解決のためには? 物流業界だけでなく “荷主” の協力が不可欠

続いて、「2024年問題」を解決するために現在行われている取り組みについて、具体的に伺いました。

 

「運送会社で今、少しずつ取り組み始めていることの一つが『中継輸送』です。中継輸送とは、例えば東京と大阪からそれぞれ出発したトラックが中間地点の静岡などで落ち合い、トラックを乗り換えて出発地に戻るような仕組みのことを言います。トラック輸送では、東京と大阪を往復するケースは多いのですが、東京から大阪まで一人のドライバーが担当すると、その日のうちに東京まで戻って来ることができず、大阪で一晩休まなければなりません。しかし中継輸送をすれば、東京から静岡などの中間地点までの往復で済むため、ドライバーは自宅で休息を取ることが可能になります。これによって労働時間が減るわけではありませんが、ドライバーの休息の質を高めることができるのは大きなメリットです。自宅に帰れる日数が多いと離職率も低くなるというデータもあります。現在は、同じ会社同士で行われていることが多いですが、別の物流会社が連携しながら行う方法も模索されています。

 

そのほか注目されているのが、トラックの長距離輸送の部分を鉄道やフェリーなどに転換する『モーダルシフト』です。これまでは鉄道やフェリーで運ぶよりもトラックで運んだほうが早いとされていましたが、来年4月からはドライバーの拘束時間(労働時間と休憩時間の合計時間)が減り、休息時間(睡眠時間などを含む、勤務と次の勤務の間の時間)は増えるので、鉄道やフェリーの方が早くなることが予想されます。そうなると、モーダルシフトを検討する荷主も増えるはずです。とはいえ、港や駅に荷物が到着したあと、目的地まではトラックで運ぶ必要があるため、トラック輸送がゼロになるわけではありません。それでもトラックの長距離輸送の部分を代替することで、ドライバー不足の解消には効果的だと思います。さらにモーダルシフトによって、CO2削減や道路の混雑緩和なども期待できます」

 

さらに根本さんは、課題解決のためには「物流業界だけでなく、物流業務の依頼者である『荷主』の協力も必要」だと言います。

 

「そもそも『荷主』には、『発荷主』(=荷物を発送する側)と『着荷主』(=荷物を受け取る側)がいて、発荷主の責任で輸送を手配して着荷主に届けることが一般的です。例えば私たちがネットで買い物をするときは、ネット通販事業者(=発荷主)と私たち消費者(=着荷主)の間で商品の売買が行われ、商品の輸送はネット通販事業者の責任で行われます。こうした物の流れは、メーカーと卸売業者、卸売業者と小売業者といった企業間でも同じことです。

 

そして、物流業者は発荷主と運送契約を結びますが、その内容は着荷主には知らされません。そのため着荷主は、運送業者に対して『荷物を店の棚まで運んで並べてほしい』というような、運送条件に無い要請をしてしまうことがあります。着荷主が運送会社にわがままを言ったとしても運賃などが変わることはないため、こうした要請をすることは、ある意味 “普通” になってしまっているのです。物流業者も、発荷主と着荷主の間で売買契約がなされている以上、着荷主からの要請をなかなか断ることはできません。こうした物流の仕組みによって物流業界へ負担がかかっていることを荷主たちが理解し、課題解決に一緒に取り組む必要があると考えています」

 

「なかでもドライバーたちの負担になっているのが、『荷役(荷物の積み下ろし)』や『荷待ち(荷物の積み下ろしまで待機すること)』です。荷役・荷待ちの時間は平均すると毎回それぞれ90分程度かかっているとも言われていて、ドライバーの長時間労働の一因になっています。

 

そこで、荷待ち時間の削減のために導入が進められているのが、『バース予約システム』です。『バース』とは、倉庫や物流センターでトラックが接車して荷物の積み下ろしをするスペースのこと。これまで、トラックが倉庫に到着してもバースが混雑していることがあり、荷待ち時間が発生してしまっていました。『バース予約システム』は、バースを管理する着荷主が導入し、ドライバーがスマホアプリなどを使って荷下ろしの時間を事前に予約できるようにするというものです。これにより、あらかじめトラックが到着する順番を調整することで、ドライバーの荷待ち時間を削減することが可能になります。システムを普及させていくにはまだ課題がありますが、認知は確実に広まっているので、時間とともに普及率はさらに上がっていくと考えています」

 

物流業界の課題解決のために、私たちにできること

私たち消費者も、ネット通販を利用するときには「着荷主」になります。ネットで買い物をするときや荷物を受け取るとき、どうすれば物流への負担を減らせるのでしょうか? 私たちにできることについて、根本さんからアドバイスをいただきました。

 

「皆さん、ネット通販の『送料無料』という言葉につられて、つい物流に負担のかかる注文方法や受け取り方法を選んでいませんか? そもそも送料は『無料』なわけではなく、発荷主が負担しているということを忘れてはいけません。その上で私たち消費者ができることは、まず物流に負担のかからない注文方法を選ぶことです。例えば、『まとめて注文して配送してもらう回数を減らす』『急ぎでない限り当日・翌日の配送を避ける』ことなどが挙げられます。

 

さらに、私がとても重要だと考えているのが『再配達の削減』です。再配達をすることは、宅配業者にとって大変なことではないかと思います。効率よく配達できる無駄のないルートを選んで順番に荷物を運んでいるのに、配達の途中で不在の人がいれば、その人のためだけに午後や夕方にもう一度配達に行かなければならない。これはものすごく手間がかかることで、効率が悪いですよね。最近では、再配達を削減するための仕組みやサービスも増えているので、それらを利用することが消費者にまずできることではないでしょうか。例えば、下記のような例があります」

 

・運送会社のサービスを活用する

事前に荷物が届く日の通知を受け取ったり、受け取り日時・場所を変更したりできる運送会社のサービスはとても便利です。都合が悪くなったときでもスマホ上で簡単に変更できるので、受け取る側にとっても運ぶ側にとっても負担が少ないところが利点だと思います。

 

・宅配ボックスで受け取る

マンションに設置されている宅配ボックスで受け取ることも、再配達を減らすために有効です。最近は駅やスーパーなどさまざまな場所にも設置されているので、活用しやすいところもポイント。しかし、生鮮食品のように温度管理が必要なものや重いものなど、宅配ボックス不可の荷物もあるため、その点は注意が必要です。

 

・「置き配」で受け取る

玄関先などあらかじめ指定した場所に荷物を置いてもらう「置き配」も、再配達削減につながる受け取り方法の一つ。現在Amazonではデフォルトの受け取り方法になっています。荷物が盗難されたり雨にさらされたりするリスクもあるので、荷物を置いてもらう場所には注意しましょう。

 

・お店で直接受け取る

ネットで注文した商品を店舗で受け取ることも、課題解決に寄与するはずです。運送会社は消費者の自宅まで荷物を運ぶ必要がないため、物流の負担を減らすことにつながります。消費者にとっても、受け取りのタイミングや場所を自分で選べることはメリットだと言えます。

 

「そのほか、ネット通販では、物流への負担がかからない配送方法を選んだ場合にポイントを付与するサービスを始めるところも出てきています。ただ『意識を変えて』と伝えるだけではなく、経済的なメリットがあることで、消費者もより行動を起こしやすくなるはずです。今後もこのように、消費者の意識を変えたり物流に負荷のかからない行動を促したりする施策が打ち出されていくのではないでしょうか」

 

「2024年問題」は、物流業界だけではなく、私たち消費者にとっても重要な問題です。ネットでの買い物が増え、「送料無料」「即日配達」が当たり前になった今こそ、その背景にある物流業界の課題について考え、できることからアクションを起こしていきましょう。

 

プロフィール

敬愛大学 経済学部 教授 / 根本敏則

専門は交通経済学。東京工業大学工学部卒業、同大学大学院修了。一橋大学大学院商学研究科教授などを経て現職。日本物流学会会長、公益社団法人日本交通政策研究会専務理事、国土交通省運輸審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員などを歴任する。

ヘルメット着用が努力義務化。オシャレを邪魔しないヘルメットと自転車の交通ルール

2023年4月から、道路交通法の一部改正により、すべての年齢に対して自転車乗用中のヘルメット着用が努力義務化されることになりました。普段、何気なく乗っている自転車ですが、この機会にもう一度自転車の安全ルールを見直してみましょう。併せてヘルメットの最新事情も紹介。自転車ジャーナリストの遠藤まさ子さんに解説いただきました。

 

自転車は軽車両。クルマのルールに従うのが基本

「基本的に自転車はクルマと同じように考えましょう」と、遠藤さん。道路交通法上、自転車は軽車両と位置付けられているため、基本的な交通ルールについても、自動車と自転車はほぼ同じ視点で考えるといいのだそうです。

 

「車が左側通行であるのと同じように、自転車も車道左側を走るのが基本です。たまに進行方向右側の車道を逆走している自転車を見かけますが、大変危険です。また、信号や一時停止、一方通行などの標識も自動車用に従います。ただし、 “自転車は除く“ や ”含む自転車“ などと例外が書かれている場合があるので、注意して見て、従うようにしましょう」(遠藤まさ子さん、以下同)

 

【関連記事】電動キックボードは免許・ヘルメットなしでOK?「小型電動モビリティ」の法改正によるルールと可能性

 

これもNG!? 勘違いしやすい自転車ルール

具体的に自転車の基礎ルールをみていきましょう。

 

■ 自転車は基本的に歩道NG! 常に歩行者優先で

「歩道と車道の区別があるところでは自転車は車道を通行しなければいけません。自転車通行可という標識があったり、道路での走行が著しく危険だったり特別な理由を除いては、歩道を走ってはいけないことになっています(ただし、13歳未満と70歳以上、体の不自由な方を除く)。

 

やむをえず歩道を走るときは、歩行者優先で、歩道の車道側を徐行して走ってもよいとされていますが、自転車の徐行速度はおおむね時速7~8kmが目安なので、実際かなりゆっくりのスピードです。自転車はゆっくり走るとバランスを崩しやすいため、下りて押しながら歩くのがいいでしょう。自転車を押し歩いていると歩行者扱いとなります」

 

■ 横断歩道はラインを踏んだり横切ったりしない。信号は車用に従って

「横断歩道は歩行者のためにあるものですから、自転車は歩行者を邪魔してはいけません。ラインを踏んだり横切ったりしないようにしましょう。基本的に自転車は車道の左側を走っている状態ですから、わざわざ横断歩道に近づくのではなく、そのまま交差点を直進して結構です。また一般的な交差点(スクランブル交差点以外)を右折しようとする場合は、原付と同じように二段階右折をしなければならないので注意してください」

 

■ 一時停止や一方通行など、自動車の標識に従う

「自転車は車の一種とされているため、自動車の標識にも従うのが基本です。『とまれ』の道路表示や標識、『一方通行』の標識などは、『自転車は除く』の記載がない限り従ってください。特にうっかりしがちなのは、踏切の一時停止です。踏切の手前で一度止まって、安全確認してから渡ります。信号のない交差点はすべて一時停止して安全確認をするのが基本ですから、どうしたらよいか迷ったらまず止まった方が安心ですね」

 

■ イヤホン、ヘッドホンは片耳でもNG

「ワイヤレスのイヤホンはいつもつけっぱなし、という人もいるかもしれませんが、これは明確に使用が禁止されていて、片耳でも違反です。罰金は県によって違いますが、2~5万くらいのところもあります。自動車のルールで、踏み切りの警報機やパトカーのサイレンなどがしっかり聞こえるように、車内で音楽を大音量で聴いてはいけないことになっているのと同じことです。スマートホンも同じで、手に持たず、自転車のハンドルに固定していても、注視したり乗りながら操作したりすることは認められません。少しでも運転以外のことに神経が集中してしまう状態がダメ、ということですね」

 

■ ハンドルに大荷物をかけるのは歩道ではNG

「自転車のハンドルに荷物をかけて走るのはやめましょう、とよく言いますが、それは『荷物をかけてはいけません』という法律・規則ではありません。やむを得ない理由があるときは歩道を走ってもいいとお話しましたが、歩道を通行できる自転車自体にもきまりがあり、最大幅が60cm以内と決められています。自転車はだいたいハンドルの幅で60cmぎりぎりなので、そこに大きな荷物をかけたら60cmをはみ出してしまいます。絶対に車道しか走らない場合には法律違反にならないものの、ハンドルに荷物をかけるとふらつきの原因になってしまうので、おすすめできません。

 

傘も同様です。手に持って片手運転じゃなければいいでしょ? と言う人もいますが、ほとんどの自治体で傘差し運転自体が禁じられています。さらに言えば、さっきの荷物の例と同じで、傘は広げるとだいたい90cm以上の幅になるため、60cmの規定をオーバーしてしまいます。そもそも、法律がどうこうだけでなく、傘をさして自転車に乗ると風をすごく受けて走りにくく、危ないですし、歩行者に傘がささる危険性も高いので絶対にやめた方がいいですね」

 

■ 自転車のライトやリフレクターは、前は白系、後ろは赤

「夜間や夕暮れどき、自転車のライトはたとえ照明が多く明るい道でもきちんとつけてください。これは道路交通法で決められています。もし、買った自転車にライトがついていなかったとしても、あと付けのものを購入して必ずつけなくてはいけません。

 

ライトは単に明るければいい、目立つようにカラフルにすればいい、というものではありません。前は白やクリーム色くらいのもの、後ろは赤、という指定があります。ライトは自分が道を照らすために必要だと思っている人が結構いますが、そうではなく、あくまでも “ドライバーから認識されやすいため” 、 “自分の姿を見せるため” なんです。だから自分は道が見えているから大丈夫、ではないのです。

 

車のライトも、前は白、うしろは赤になっています。これをもし前後を逆につけてしまったら、ドライバーとしては “逆走している?” とか、 “バックしてきた?” と混乱してしまいます。ライトはLED式、点滅式、いずれもOKなのですが、色が重要です。ただし、後ろのライトに関してはレフレクター(反射板)でも構いません。車がライトを照らしたときに反射したり、反射同様の光を発したりする状態が大事というわけです。ちなみにペダルに取付けられているリフレクターは黄色いや琥珀色のことが多いですが、この色味については法律ではなく、BAAという自転車の安全基準で定められている内容になります」

 

自転車に乗るときは命を守るためにヘルメットを

今回の道路交通法の改正に伴い、4月から大人も自転車に乗るときはヘルメットの着用が義務化されます。罰則のない努力義務となりますが、今回の法律改正にはどのような背景があるのでしょうか。

 

「自転車によるヘルメットをかぶっているとき、かぶっていないときとでは事故のときの致死率が約1.6倍~2.6倍変わると警察から発表されています。ヘルメットをかぶらないで走ったら、死亡する確率がほぼ2倍高くなると考えたらいいかもしれません。自転車ってそんなにスピードが出ないから大丈夫、と思うかもしれませんが、実は速度が問題ではないのです。

 

自転車の事故で亡くなった方をみると、6~7割近くの人が脳挫傷などの頭のけががもとで亡くなっています。ですから、死亡事故を防ぐならまず頭を守って、というのはバイクと同様です。最近何件かあった高齢者が自転車に乗っているときに起きてしまった事故も、決してスピードを出していたわけではありませんでした。むしろ止まったりゆっくり走ったりしていたのにバランスを崩して横倒しになってしまい、道路に頭を打ち付けて亡くなるというケースも多いのです。自転車に乗っているときは、ふだんより頭の位置が高くなりますし、バランスを崩しやすいため、もし転倒してしまったとき、大切な頭部を守るためにヘルメットが必要なのです」

 

ヘルメットを選ぶときに気を付けた方がいいことは?

それではヘルメットを選ぶときは何に気をつけたらいいのでしょうか?

 

「日本にはSG規格という安全基準があります。ただ、国内ブランド以外でこの規格の認証を受けていない商品も多いため、その際は第三者機関の安全認証や欧米の安全基準(CE)に則ったものが安心です。なお、海外製のヘルメット選びのときに注意してほしいのですが、頭囲だけでなく頭の形も重要です。欧米人は縦に長くて、アジア人は横に丸い形をしているので、頭囲だけで選んでしまうと、サイズは合っているのにきつくて入らない、ということもよくあります。ですから、できれば試着してから買うのが安心です。

 

サイズ感自体は、ダイヤル式の調整機能がついていたり中のパットが取り外しできるものもあるので、緩すぎないものを選ぶといいでしょう。あごひもは指一本分隙間を残してしっかり締めるようにしてください」

 

人気は帽子タイプや丸形のシンプルなもの。おすすめヘルメット5選

最近のヘルメットは、街でかぶる帽子のように洋服にも合うデザインのものが人気です。また、BMXやスケートボードの選手がかぶっているようなコロンとしたシンプルな形のものも人気があります。ただ、これは穴が少ないものもあるので、蒸れが気になる場合は通気口がたくさん開いているものがおすすめです。最近のトレンドも踏まえ、遠藤さんにおすすめのヘルメットを紹介していただきました。

 

・バックリボンがポイントのエレガントなシルエット

↑写真提供=オージーケーカブト

 

オージーケーカブト「シクレ
9240円(税込)

広めのツバで日差しの気になるシーズンも安心。パターンにこだわった立体感のあるデザインとバックのリボンが上品です。夜間の走行にも安心のリフレクター素材も使われています。54〜57cm(350g)

 

・アウトドアにもぴったりなカジュアルなデザイン

↑写真提供=オージーケーカブト

 

オージーケーカブト「デイズ
9240円(税込)

アウトドアタイプのデザインで、広めのツバが日差し対策にも効果的。フチに仕込んだワイヤーで型のニュアンスを好みに応じて造れます。後ろにリフレクター素材も使用しています。54〜57cm未満(325g)

 

・スポーツタイプのタウン用ヘルメット。マットな色合いが個性的

↑写真提供=オージーケーカブト

 

オージーケーカブト「キャンバス・アーバン
7040円(税込)

通勤や街中での自転車移動に最適なバイザースタイルのアーバンヘルメットです。通気性がよく、フロントパッドの機能を兼ね備えたキャンバスバイザーを装着できます。後部と左右に大きなリフレクター付き。M / L(290g)

 

・人気のクラシックモデルを受け継ぐスタイリッシュなデザインが魅力

bern(YTS STORE)「BRENTWOOD 2.0
1万5400円(税込)

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自転車に乗るときにヘルメットをかぶるのは、義務ではなく、自分の命を守るために必要だから。自転車ルールを守って、安全で快適に自転車を利用したいですね。

 

プロフィール

自転車の安全利用促進委員会メンバー / 遠藤まさ子

自転車業界新聞の記者や自転車専門誌の編集などを経てフリーランスへ。自転車のルールや製品情報などに精通し、自転車の安全な利用方法や楽しみ方を各種メディアで紹介している。
自転車の安全利用促進委員会 HP

 


提供元:心地よい暮らしをサポートするウェブマガジン「@Living」

18歳に成人年齢引き下げ…140年ぶりの民法改正で知っておきたい意義と課題とは

2022年4月1日、これまで民法で20歳と定められていた成人の年齢が、18歳に引き下げられました。成人年齢の見直しが行われたのは明治9年以来、約140年ぶりのこと。

 

とはいえ、「成人」とはいったいなんだろう? ———もはや当たり前すぎて、考えたこともなかったのではないでしょうか。そんな「成人」の定義をあらためて確認した上で、法改正に至った背景や、社会への影響、さらに気になる「成人式はどうなるのか?」といった疑問にまで、年齢引き下げ問題の経緯、制度史に詳しい、国民投票総研代表の南部義典さんに解説、回答いただきました。

 

そもそも「成人」の定義とは?

まず前提となる、日本の法律における「成人」の定義を確認してみましょう。実は、日本の法律では「成人」ではなく「成年」という言葉が使われています。つまり世間一般でいうところの成人とは、法律で定められた成年年齢に達した人のこと指しているのです。今回はわかりやすく、「成人」と統一します。

 

「成人年齢の一つ目の意義は、親の同意を得なくても、自分の判断と責任でさまざまな契約を結べるようになることです。例として挙げられるのは、クレジットカードやローン、携帯電話、住居の賃貸、アルバイトやボランティアの契約です。

さらには親の同意なしに、戸籍上の性別も変更できます

また、有効期限が10年のパスポートを取得したり、行政書士、司法書士、公認会計士、社会保険労務士などの国家資格を取得したりすることが可能になります。ただ、資格の種類によっては、大学など専門的な教育機関で学んでいることが受験条件に含まれているものもあり、あくまで年齢の要件のみを満たすという点に留意すべきでしょう。

成人年齢の二つ目の意義は、親権の対象から外れるということです。親は子どもに対してしつけや教育をする権利と義務があります。この親権から外れることで、一人の自立した大人として扱われるようになるのです」(南部義典さん、以下同)

 

なぜこのタイミングで成人年齢が引き下げられたの?

成人年齢の引き下げに至った背景には、2つの大きな理由があるといいます。

 

1.少年法の見直しを望む声が多く上がったため

少年法とは、事件を起こした20歳未満の少年を保護し、更生させるための法律です。更生後にはスムーズに社会生活に戻れるよう、実名や顔写真の報道も禁止されています。

 

「昭和から平成に変わる頃、日本では凶悪な少年犯罪が多発しました。その頃から少年法の改正を求める世論が強くなり始め『法律上は一般的に、18歳を以て成人と扱って構わないのではないか。その整合性をとるために、民法などの改正も必要ではないか』と、国会でも頻繁に議論されてきたのです」

 

2.若者の政治参加を後押しするため

「世界全体でみると、先進国のほとんどが成人年齢を18歳と定めており、選挙権も18歳で得られるようになる国が大多数です。今回の法改正には、成人年齢を海外の基準に合わせるという意味合いもあるのです。

また少子高齢化という課題を抱えている日本では、若い人たちの声を政治に反映することが求められています。2016年6月に選挙権年齢が、2018年6月に憲法改正国民投票の投票権年齢がそれぞれ、20歳以上から18歳以上へと引き下げられています。これら政治参加の場面で要求される判断能力と、一般社会の契約などの場面で要求される判断能力のレベルに差はないと、政府は一貫して考えてきています。したがって、成人年齢との間に較差、違いが生じることは基本的に認められません。このような背景があり、選挙権年齢と国民投票権年齢に合わせて、成人年齢も18歳に揃えることが妥当だという結論に至ったのです」

 

成人年齢の引き下げにともなって変わったこと

成人年齢が引き下げられたことで、関連する法律の適用年齢も変わりました。その代表的な例を4つ紹介していただきました。

 

1.女性の結婚可能年齢が、16歳から18歳に引き上げられた

「成人年齢の引き下げと共に、女性が結婚できる年齢が16歳から18歳に引き上げられました。女性、男性が何歳で結婚できるかという問題は、精神的、身体的な成熟度よりも、社会的、経済的な成熟度を重視するという考え方が主流になったためです。

戦後、1947年の民法改正で女性の結婚年齢が16歳と定められました。しかし昨今、女性の大学進学や社会進出はめざましいものがあり、社会状況は大きく変化しています。したがって、結婚年齢に違いを設ける合理性はすでに失われているのです」

 

2.18歳、19歳は「未成年者取消権」の適用対象外になる

「冒頭で述べた通り、成人になると親の同意なしに契約が取り交わせるようになります。契約を取り交わす際にはもちろん、権利と共に責任が発生します。もっとも民法では、未成年者を保護するために未成年者取消権という権利が定められています。例えば判断を誤って、高額な商品を購入する契約を結んでしまった場合でも、未成年であることを理由に契約を取り消すことができるというものです。今回、成人年齢が18歳となったことの裏返しとして、未成年者取消権を行使できるのも18歳までとなりました」

 

3.お酒、たばこ、ギャンブルはこれまで通り20歳から

「これまで成人で認められていた飲酒・喫煙・公営ギャンブルの年齢制限は20歳のままです。これは健康への配慮や、非行防止が主な理由です。さらには高校在学中にギャンブルに触れるのは風紀上好ましくないという意見もあったためです。ただし、サッカーくじが購入できる年齢は従来通り19歳以上です。そして日本にはまだ例がありませんが、カジノ施設への入場年齢制限も20歳のままです」

 

4.罪を犯した18、19歳の取り扱いが変わる

「成人年齢の引き下げと同時に、改正少年法が施行されました。これは18歳、19歳を『特定少年』と位置付け、一定の犯罪を対象に、事実上成人にかなり近い扱いをするというものです。起訴に至った場合には実名報道が解禁されるようになります。そして5年後の2027年の春を目途に制度の見直しが行われ、少年法そのものの適用年齢が18歳にまで引き下げられる可能性も残されています」

 

どんなトラブルが懸念されているのか、それを防ぐためには?

今回の成人年齢引き下げに関する民法の改正法は2018年6月に成立したもので、施行日である2022年4月1日まで、約3年9カ月間の準備期間が設けられていました。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の拡大という予期せぬ事態が起こったため、高校などの教育機関や行政機関から十分な周知がなされていないまま施行されてしまったという経緯もあるのです。

 

未成年者取消権の対象年齢引き下げに伴って、消費者トラブルが多発するのではないかと懸念されています。具体的には消費者金融、ローン会社、クレジットカード会社からの借り入れに関するトラブルです。近年では美容医療やエステといった、美容関係の消費者トラブルも増加しています。被害を防ぐためには、成人を迎える当事者に対する注意喚起とともに、業界に対して行政の立場から指導を行っていくことが肝要です。

さらには、2022年4月現在、国会ではいわゆるアダルトビデオの出演強要問題について議論がなされています。近年、18歳、19歳の若者が、騙されたり強要されたりして、アダルトビデオの出演契約を結んでしまうという被害が深刻化しています。

これまでは未成年者取消権を行使して、映像の販売や配信の中止を求めることができましたが、今後はその対象から外れてしまうことになります。意図しない映像が社会に流出すると、被害者の人格や名誉を著しく傷つけることになります。そのため、18歳、19歳であっても例外的に契約の取り消しができるような法整備が検討されています。できれば、年齢に関係なく無条件で出演契約を解除できたり、契約を解除したことで制作サイドから被害者が損害賠償を請求されない仕組みに変えてほしいと思います。

スマートフォンひとつで簡単に契約が成立してしまう現代、このようなトラブルを防ぐのは困難を極めます。そこで大切なのは、トラブルに見舞われた際の相談体制を整備しておくことです。被害に遭った時、誰にも相談できないまま問題を抱え込み、被害がより大きくなってしまう例もあります。消費者ホットラインの番号が188であるということは、意外と知られていませんよね。行政はもちろん、大学や高校などの教育機関に相談できる窓口を設けたり、助けを求めたりできる場所の存在を周知しておくことが重要です」

 

成人式はこれまで通り、20歳での実施がほとんど

制度の切り替えにあたる今年度は、18­~20歳を迎える3学年が成人することになります。それでは成人式も、この3学年が一斉に実施するのでしょうか?

 

「政府が各自治体に向けて実施した、成人式の実施方針に関するアンケート調査の結果を見ると、ほとんどの自治体がこれまで通り20歳を参加対象年齢とするようです。

これは18歳の1月に成人式を実施した場合、大学入学共通テストに重なるため、出席者数が減少すると考えられることが大きな理由です。したがって、今後は多くの自治体で、成人式ではなく『はたちのつどい』と名称を変えるなどして、実施していくようですね」

 

今後、社会に求められること

成人年齢とともに、関連するさまざまな法律の年齢も18歳に引き下げられました。「次のステップとして、国会議員、自治体議員、知事、市町村長などに立候補する権利である被選挙権年齢の引き下げに関する議論が生じてくる」と、南部さん。

 

「今年7月には参議院議員の選挙が予定されていますが、現在立候補できる年齢は30歳以上とされており、選挙権が与えられる18歳と比較すると、12歳の差があります。18歳選挙権を採用している国では、多くの場合被選挙権年齢も18歳以上としています。実際にフランス、オーストリア、ニュージーランドなど、海外では若い政治リーダーが活躍している例もあります。

日本ではまだまだ、被選挙権年齢の引き下げに関する議論は進んでいません。しかし、若者の声を政治に反映するためには、選挙権だけでなく被選挙権も与えられて然るべきでしょう。国民の間でそのような議論を広げていくことが、高齢者向けの政策メニューに偏りがちな政治・行政から脱却するチャンスにつながるのです」

 

「今回140年ぶりに成人年齢に関する民法が改正されたということは、憲法改正に匹敵するほどの、国家としての大きな出来事です。これは、今後成人になる当事者だけの問題ではありません。既に成人となっている人びとには『18歳で大人にする社会』を作ることが求められます。これから成人になる若者たちが、安心して大人になれる環境を築くことが、新成人を受け入れる大人たちに与えられた責任だと言えるのです」

 

【プロフィール】

国民投票総研 代表 / 南部義典

1971年岐阜県生まれ。京都大学文学部卒業。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)などを経て、2020年より国民投票総研の代表を務める。国民投票法制のほか、年齢法制に関する調査・研究を行う。著書に『改訂新版 超早わかり国民投票法入門』(C&R研究所、2021年)、『図解超早わかり18歳成人と法律』(同、2019年)などがある。

ペットの殺処分を失くすために。日本と世界の「動物愛護」の現状と私たちができること

コロナ禍で、日本のみならず世界的にペットを飼う人が急増しました。長引く自粛生活において、ペットは癒しの存在。ところが、「ロックダウンが解除されるなり、捨てられてしまう犬猫が増えた」という悲しいニュースも各国から聞こえてきます。

 

その一方で、動物の殺処分に対する批判や関心は急速に高まり、人々の動物愛護に対する意識も変わり始めています。では、実際にここ日本では、動物を取り巻く環境は改善されているのでしょうか? 日本動物愛護協会 常任理事・事務局長の廣瀬章宏さんにお話を伺い、現状について正しく理解しながら、私たち一人ひとりができることについて考えていきます。

 

数字の上では改善傾向。犬や猫が置かれている現実とは?

2021年11月、動物好きの方にとっては驚くようなニュースが、フランスから届きました。ペットショップでの犬や猫の販売が、2024年から禁止されるというのです。フランスでは毎年10万頭にもおよぶ動物が遺棄されていることが、この法案成立の背景にあるようですが、日本の現状はどうなのでしょうか?

 

10年前には20万頭以上が殺処分されていましたが、今は3万頭近くにまで減っています。2021年末に発表された最新(2020年度)のデータでは、犬猫合わせて2万3764頭が殺処分されており、その内訳は犬が4059頭、猫は1万9705頭です。年々減少していますが、1日におよそ65頭が殺処分されている計算ですので、けっして少ないとは言えません」(日本動物愛護協会・廣瀬章宏さん、以下同)

 

改善の一因は、法改正と動物愛護への関心の高まり

まだまだ、多くの犬猫が殺処分されている状況ですが、数字の上では6分の1にまで減少しています。この10年でどんな変化があったのでしょうか?

 

「動物愛護管理法の法改正により、動物取扱業者から引き取りを求められた場合、犬・猫の飼い主から引き取りを繰り返し求められた場合、繁殖制限の助言に従わずに子犬や子猫を何度も産ませた場合、そして犬・猫の病気や高齢を理由に終生飼養の原則に反している場合は、引き取りの申し出を行政が拒否できるようになりました。また、遺棄や虐待などに対する罰則も強化されました。
それらにより引き取る数が減り、殺処分をする施設というイメージがあった保健所や動物愛護センターなどの行政施設は、“犬や猫を殺す施設”から“生かす施設”へと変化しています」

 

環境省が発表するデータによれば、行政の引き取り数はここ10年で3分の1ほどに減り、2020年度の引き取り数7万2433頭のうち、4万9584頭は返還または譲渡されています。民間の保護団体が直接ペットを引き取るケースも増え、「動物愛護団体やボランティアの努力は大きい」と廣瀬さん。さまざまなメディアで、著名人が動物愛護に関する発言をしてくれている点も、いい影響をもたらしていると言います。

 

それでも、動物を取り巻く問題がなくなったわけではない

「殺処分数というのは、行政が発表する単なる数字にすぎません。保護団体やボランティアが行政から引き取って、必死に殺処分を回避しているだけです。それによって、今度は引き取り過多になり、過剰な多頭飼育も増えてきています。行政施設が殺処分を行っていないというだけで、根本的な解決にはなっていません

 

さらに昨今は、コロナ禍の影響で、譲渡会が開催できないことも悪循環を招いていると言います。殺さないけれど譲渡もできず、多頭飼育に拍車がかかり、民間の保護団体やボランティアの活動がひっ迫してしまうのです。

 

「劣悪な環境で飼育される犬や猫は果たして幸せなのでしょうか? 殺処分をしなければいいのでしょうか? さらに、殺処分の数には表れなくても交通事故や虐待により命を落とす場合も多いのです。それが本当の意味で、“殺処分ゼロ”と言えるのかということは考えてしまいます」

 

殺処分の数は8割以上を猫が占めていますが、状況をより詳細に見ていくと、その6割が目も開かないような子猫です。

 

「子猫は、数時間おきにミルクをあげないといけません。世話が大変なので、一般の行政が対応するのはなかなか難しい。そのためミルクボランティアと呼ばれる方々が引き取って、元気になってから譲渡しています」

 

ボランティアの方々の努力がなければ、その数はもっと増えていることでしょう。

 

状況改善に向けた新たな取り組みも始まっている

2022年6月からペットショップなどの販売業者に対して、犬猫へのマイクロチップ装着が義務付けられることになりました。これにより所有者名や連絡先がデータベース化され、チップから読み取り可能になります。

 

「マイクロチップの装着は、欧米では1986年頃から始まっている取り組みです。その利点は、迷子になっても、保護されたときに身元がわかりやすいこと。東日本大震災でも問題になりましたが、災害時に飼い主とはぐれても見つけやすいですし、盗難にあった際も身元の証明になるので、現在はマイクロチップの装着が推奨されています」

 

ペットを遺棄した場合にも飼い主がわかるので、勝手な行動に対する抑止力となることも期待できるというマイクロチップ。努力義務ではありますが譲渡会においても、マイクロチップを装着した上での受け渡しが推奨されるそうです。また、コロナ禍で、オンライン会議ツールによる譲渡会も広まりました。災害やパンデミックなどを契機に、動物愛護の状況も改善されつつあります。

 

問題の根本的な解決を目指す「日本動物愛護協会」の活動

動物愛護の活動というと動物を保護し、譲渡会などを実施する保護団体のイメージがあるかもしれませんが、動物愛護の問題を根本的に解決するためには、人々の意識を変えていくことも必要です。

 

今回お話を伺った廣瀬さんが常任理事・事務局長を務める日本動物愛護協会は、「今を生きている命は幸せに、不幸な命は生み出さない!」をスローガンに掲げ、譲渡会の実施や、講演会・イベントを通じて社会への啓発活動を行っています。

 

殺処分の問題も、以下の4つの“ゼロ”が実現しなければ、本当の意味での“殺処分ゼロ”ではないと日本動物愛護協会は考えています。

  1. 無責任な飼い主を“ゼロ”に
  2. 動物達の命を捨てる人を“ゼロ”に
  3. 動物達の命を粗末にする人を“ゼロ”に
  4. 幸せになれない命を“ゼロ”に

 

↑子どもたちに動物愛護についての講演を行う廣瀬さん

 

現状に対処するだけでは、ボランティアの負担ばかりが増えてしまいます。だからこそ廣瀬さんは、自治体、学校、企業などの団体向けに「命の大切さ」をテーマにした講演を実施。特に将来を担う子どもたちへの教育活動に力を入れ、人と動物が上手に仲良く暮らせる社会を目指しています。

 

「子どもたちが大人になったときに、殺処分のない世界になっていればいいですね。私たちのような協会が不要になるような世の中になってほしいです。私の仕事はなくなりますが、それが一番だと思うんです」

 

啓発活動の一環で作成したポスターが、学校の“道徳”の教科書に

↑日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。ペットの衝動買いに警鐘を鳴らし、命の大切さを問う内容となっている

 

学校での講演活動に力を入れている廣瀬さんですが、より多くの人にメッセージを届ける公共広告による啓発も重視しています。「その一目惚れ、迷惑です。」というインパクトのあるキャッチコピーに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。日本動物愛護協会は3年前から、ACジャパンが実施する支援キャンペーン団体に選ばれ、テレビやラジオのCM、新聞広告などを展開しています。

 

「啓発活動は成果を数字で見ることが難しいのですが、私たちが制作したポスターが、中学の道徳の教科書に採用されたことは励みになりましたね。先日も講演のために学校を訪れたのですが、ポスターを使った授業が行われた後に、私がお話をさせていただき、とてもスムーズな流れでした。生徒さんたちも真剣に話を聞いてくれているのが伝わってきて、こういう活動はどんどん広げていきたいです」

↑中学校の道徳の教科書に掲載された、日本動物愛護協会オリジナルの啓発ポスター。「捨てられた悲しみ」というテーマで、生命の尊さを学ぶ授業が行われているという

 

啓発活動によって、協会の活動に協力してくれる人や団体も増えていると、廣瀬さんは話します。

 

「寄付だけでなく、ペットフードなどの物資の支援、譲渡会来場者へのサポートなどの人的支援、譲渡会会場の提供など、支援のバリエーションもここ数年広がってきています。本当にありがたいです」

↑これらも、日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。クスッと笑えたりドキッとしたり。どこかで目にしたことがある、と記憶に残るキャッチコピーの数々

 

殺処分を減らすための不妊去勢の助成事業にも注力

日本で一番歴史のある団体として啓発活動に力を入れる日本動物愛護協会ですが、動物の命を守るための活動にも精力的に取り組んでいます。

 

「猫の殺処分を減らすためには、やはり不妊去勢手術を徹底していくしかありません。飼い主のいない猫は、ボランティアが自己負担で手術を行なっているのが実情。私たちは、そのサポートを何とかしていきたいと、不妊去勢手術助成事業に力を入れています」

 

不妊去勢手術助成事業では、活動者からの申請に対し、オス5000円、メス1万円までを助成しています。開始当初は600頭分を助成しましたが、6年経った2021年は、5000頭弱まで助成金を交付できるようになっています。この事業に個人のみならず企業単位で支援してくれることも増えてきました。

 

「幸せになれない命を産ませない。飼い主のいない猫をなくし、全ての猫に優しい飼い主が存在する世界を目指したい」と廣瀬さんは語ります。

 

動物愛護のために、私たちができること

「難しく考える必要はなく、自分のできる範囲で一歩踏み出していただければいいと思います。動物を飼っている人なら、その動物を最後まで大切に飼育する。飼っていない人は、動物達を見かけたら優しく接する。それだけでも、立派な動物愛護だと思います。温かく見守ってくれる人が増えれば、幸せな犬や猫が増えていくはずです」

 

動物愛護に対する思いを行動に移したい、ボランティアをしてみたいと考えている人は、「地域の保護施設を調べて見学をしてみて欲しい」と廣瀬さんは言います。

 

「各自治体には動物愛護センターが存在します。保護活動や譲渡会などを行っており、見学もできますので、そうした施設に出向いて現状を理解し、正しい知識を身につけ、周囲に啓発していくことも一つの方法です。実際に動物を飼う場合には、保護団体や動物愛護センターから迎え入れるということも検討してほしいですね」

 

動物に対するモラルが問われている

フランスの犬猫販売禁止法案について聞いてみると、「すべてを否定するのではなく、良いペットショップ運営のための模索が必要である」と廣瀬さん。

 

「すべてのペットショップやブリーダーが悪いわけではありません。彼らが飼い主の良き相談相手になっている場合もあります。ただ、動物の命を商売道具としか考えていないような業者の存在は淘汰されるべきだと考えています。現在ペットショップやブリーダーの開業は登録制で、簡単に開業できてしまいます。それを、今後は免許制にすることも必要ではないでしょうか」

 

そしてこの問題は、動物を提供する側だけでなく、動物を迎える側のモラルも問われています。「その一目惚れ、迷惑です。」という公共広告は、飼い主への啓発も目的だといいます。

 

「一目惚れが悪いわけではないですし、大切に飼育している方はたくさんいらっしゃいます。ですが、今はさまざまな動物がお金さえ出せば手に入ってしまいます。やはり動物を飼いたいと思ったら、一時的なブームに踊らされないでほしいのです。動物の生態をきちんと調べたり、飼育環境を整えたり、もしもの時の受け皿を考えておいたり、近所の動物病院の所在を確認したりと、最低限の準備をしてから迎えてほしいと思います」

 

また、廣瀬さんはコロナ禍でペットの飼育数が増えている状況にも危惧しています。

 

「動物に癒しを求める気持ちは良くわかります。しかし、今後普通の日常に戻った時に、『飼えなくなった』、『思ったより懐かない』、『大きくなりすぎた』と人間の都合で手放されてしまう犬や猫をはじめとした動物が増えるのではないかと思うと心配です」

 

こうした状況を防ぐために、日本動物愛護協会では、「ペットの寿命まで飼育する覚悟があるか」「世話をする体力や時間があるか」といった飼う前の準備の指針を飼い主に必要な10の条件として掲げています。

 

動物を飼いたいと考えている人は、ぜひチェックしてみてください。

 

きちんと理解した上で行動してほしい

動物に対して無責任な関わり方をしないためには、まず動物についての知識を深めることが大切です。「きちんと考えてから行動してほしい」と廣瀬さんも言います。それは、動物を飼う時ばかりではありません。

 

「寄付などの支援は、私達の活動を広げることにつながりますので大変ありがたいことです。しかし、自分の大切なお金がどのように使われているのかを把握し、ホームページなどを確認のうえ信頼できる機関に支援していただきたいです。
日本動物愛護協会では、動物のことだけでなく、協会の活動に関することなども電話やメールで相談を受ける場合がありますが、納得していただいた上で行動に移してほしいので、丁寧な対応を心がけています。
ご支援は絶対に無駄にできませんので、私達の行動が動物のためになるのか、寄付者や会員の方を裏切ることにならないか、協会ためになっているのか、この3つを必ず頭に入れて行動しています」

 

最後に、廣瀬さんが動物愛護の活動を始めたきっかけを聞いてみました。はじまりは、ある捨て猫との出会い。当時、転勤先での慣れない生活に疲れていた廣瀬さんを、命を助けた猫が自分を救ってくれたと言います。

 

「動物との関わり方は人それぞれですし、自分の置かれている状況によっても変わります。動物を助けることで、自分自身が救われることもあるかもしれません。皆さんもぜひこの機会に、動物愛護について考えてみてはいかがでしょうか」

 

【プロフィール】

日本動物愛護協会 常任理事・事務局長 / 廣瀬章宏

ある捨て猫との出会いをきっかけに証券会社を退職し、2012年日本動物愛護協会入職。現在は常任理事・事務局長として「動物の命を守る活動」、「命の大切さを知ってもらう活動」、「社会への提言活動」という3つの柱を軸に、活動を続けている。動物を遺棄やペットの衝動買いなどに対して問題提起を行う公共広告を手掛けるなど、啓発活動に力を入れている。

日本動物愛護協会HP:https://jspca.or.jp/

 

ペットの殺処分を失くすために。日本と世界の「動物愛護」の現状と私たちができること

コロナ禍で、日本のみならず世界的にペットを飼う人が急増しました。長引く自粛生活において、ペットは癒しの存在。ところが、「ロックダウンが解除されるなり、捨てられてしまう犬猫が増えた」という悲しいニュースも各国から聞こえてきます。

 

その一方で、動物の殺処分に対する批判や関心は急速に高まり、人々の動物愛護に対する意識も変わり始めています。では、実際にここ日本では、動物を取り巻く環境は改善されているのでしょうか? 日本動物愛護協会 常任理事・事務局長の廣瀬章宏さんにお話を伺い、現状について正しく理解しながら、私たち一人ひとりができることについて考えていきます。

 

数字の上では改善傾向。犬や猫が置かれている現実とは?

2021年11月、動物好きの方にとっては驚くようなニュースが、フランスから届きました。ペットショップでの犬や猫の販売が、2024年から禁止されるというのです。フランスでは毎年10万頭にもおよぶ動物が遺棄されていることが、この法案成立の背景にあるようですが、日本の現状はどうなのでしょうか?

 

10年前には20万頭以上が殺処分されていましたが、今は3万頭近くにまで減っています。2021年末に発表された最新(2020年度)のデータでは、犬猫合わせて2万3764頭が殺処分されており、その内訳は犬が4059頭、猫は1万9705頭です。年々減少していますが、1日におよそ65頭が殺処分されている計算ですので、けっして少ないとは言えません」(日本動物愛護協会・廣瀬章宏さん、以下同)

 

改善の一因は、法改正と動物愛護への関心の高まり

まだまだ、多くの犬猫が殺処分されている状況ですが、数字の上では6分の1にまで減少しています。この10年でどんな変化があったのでしょうか?

 

「動物愛護管理法の法改正により、動物取扱業者から引き取りを求められた場合、犬・猫の飼い主から引き取りを繰り返し求められた場合、繁殖制限の助言に従わずに子犬や子猫を何度も産ませた場合、そして犬・猫の病気や高齢を理由に終生飼養の原則に反している場合は、引き取りの申し出を行政が拒否できるようになりました。また、遺棄や虐待などに対する罰則も強化されました。
それらにより引き取る数が減り、殺処分をする施設というイメージがあった保健所や動物愛護センターなどの行政施設は、“犬や猫を殺す施設”から“生かす施設”へと変化しています」

 

環境省が発表するデータによれば、行政の引き取り数はここ10年で3分の1ほどに減り、2020年度の引き取り数7万2433頭のうち、4万9584頭は返還または譲渡されています。民間の保護団体が直接ペットを引き取るケースも増え、「動物愛護団体やボランティアの努力は大きい」と廣瀬さん。さまざまなメディアで、著名人が動物愛護に関する発言をしてくれている点も、いい影響をもたらしていると言います。

 

それでも、動物を取り巻く問題がなくなったわけではない

「殺処分数というのは、行政が発表する単なる数字にすぎません。保護団体やボランティアが行政から引き取って、必死に殺処分を回避しているだけです。それによって、今度は引き取り過多になり、過剰な多頭飼育も増えてきています。行政施設が殺処分を行っていないというだけで、根本的な解決にはなっていません

 

さらに昨今は、コロナ禍の影響で、譲渡会が開催できないことも悪循環を招いていると言います。殺さないけれど譲渡もできず、多頭飼育に拍車がかかり、民間の保護団体やボランティアの活動がひっ迫してしまうのです。

 

「劣悪な環境で飼育される犬や猫は果たして幸せなのでしょうか? 殺処分をしなければいいのでしょうか? さらに、殺処分の数には表れなくても交通事故や虐待により命を落とす場合も多いのです。それが本当の意味で、“殺処分ゼロ”と言えるのかということは考えてしまいます」

 

殺処分の数は8割以上を猫が占めていますが、状況をより詳細に見ていくと、その6割が目も開かないような子猫です。

 

「子猫は、数時間おきにミルクをあげないといけません。世話が大変なので、一般の行政が対応するのはなかなか難しい。そのためミルクボランティアと呼ばれる方々が引き取って、元気になってから譲渡しています」

 

ボランティアの方々の努力がなければ、その数はもっと増えていることでしょう。

 

状況改善に向けた新たな取り組みも始まっている

2022年6月からペットショップなどの販売業者に対して、犬猫へのマイクロチップ装着が義務付けられることになりました。これにより所有者名や連絡先がデータベース化され、チップから読み取り可能になります。

 

「マイクロチップの装着は、欧米では1986年頃から始まっている取り組みです。その利点は、迷子になっても、保護されたときに身元がわかりやすいこと。東日本大震災でも問題になりましたが、災害時に飼い主とはぐれても見つけやすいですし、盗難にあった際も身元の証明になるので、現在はマイクロチップの装着が推奨されています」

 

ペットを遺棄した場合にも飼い主がわかるので、勝手な行動に対する抑止力となることも期待できるというマイクロチップ。努力義務ではありますが譲渡会においても、マイクロチップを装着した上での受け渡しが推奨されるそうです。また、コロナ禍で、オンライン会議ツールによる譲渡会も広まりました。災害やパンデミックなどを契機に、動物愛護の状況も改善されつつあります。

 

問題の根本的な解決を目指す「日本動物愛護協会」の活動

動物愛護の活動というと動物を保護し、譲渡会などを実施する保護団体のイメージがあるかもしれませんが、動物愛護の問題を根本的に解決するためには、人々の意識を変えていくことも必要です。

 

今回お話を伺った廣瀬さんが常任理事・事務局長を務める日本動物愛護協会は、「今を生きている命は幸せに、不幸な命は生み出さない!」をスローガンに掲げ、譲渡会の実施や、講演会・イベントを通じて社会への啓発活動を行っています。

 

殺処分の問題も、以下の4つの“ゼロ”が実現しなければ、本当の意味での“殺処分ゼロ”ではないと日本動物愛護協会は考えています。

  1. 無責任な飼い主を“ゼロ”に
  2. 動物達の命を捨てる人を“ゼロ”に
  3. 動物達の命を粗末にする人を“ゼロ”に
  4. 幸せになれない命を“ゼロ”に

 

↑子どもたちに動物愛護についての講演を行う廣瀬さん

 

現状に対処するだけでは、ボランティアの負担ばかりが増えてしまいます。だからこそ廣瀬さんは、自治体、学校、企業などの団体向けに「命の大切さ」をテーマにした講演を実施。特に将来を担う子どもたちへの教育活動に力を入れ、人と動物が上手に仲良く暮らせる社会を目指しています。

 

「子どもたちが大人になったときに、殺処分のない世界になっていればいいですね。私たちのような協会が不要になるような世の中になってほしいです。私の仕事はなくなりますが、それが一番だと思うんです」

 

啓発活動の一環で作成したポスターが、学校の“道徳”の教科書に

↑日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。ペットの衝動買いに警鐘を鳴らし、命の大切さを問う内容となっている

 

学校での講演活動に力を入れている廣瀬さんですが、より多くの人にメッセージを届ける公共広告による啓発も重視しています。「その一目惚れ、迷惑です。」というインパクトのあるキャッチコピーに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。日本動物愛護協会は3年前から、ACジャパンが実施する支援キャンペーン団体に選ばれ、テレビやラジオのCM、新聞広告などを展開しています。

 

「啓発活動は成果を数字で見ることが難しいのですが、私たちが制作したポスターが、中学の道徳の教科書に採用されたことは励みになりましたね。先日も講演のために学校を訪れたのですが、ポスターを使った授業が行われた後に、私がお話をさせていただき、とてもスムーズな流れでした。生徒さんたちも真剣に話を聞いてくれているのが伝わってきて、こういう活動はどんどん広げていきたいです」

↑中学校の道徳の教科書に掲載された、日本動物愛護協会オリジナルの啓発ポスター。「捨てられた悲しみ」というテーマで、生命の尊さを学ぶ授業が行われているという

 

啓発活動によって、協会の活動に協力してくれる人や団体も増えていると、廣瀬さんは話します。

 

「寄付だけでなく、ペットフードなどの物資の支援、譲渡会来場者へのサポートなどの人的支援、譲渡会会場の提供など、支援のバリエーションもここ数年広がってきています。本当にありがたいです」

↑これらも、日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。クスッと笑えたりドキッとしたり。どこかで目にしたことがある、と記憶に残るキャッチコピーの数々

 

殺処分を減らすための不妊去勢の助成事業にも注力

日本で一番歴史のある団体として啓発活動に力を入れる日本動物愛護協会ですが、動物の命を守るための活動にも精力的に取り組んでいます。

 

「猫の殺処分を減らすためには、やはり不妊去勢手術を徹底していくしかありません。飼い主のいない猫は、ボランティアが自己負担で手術を行なっているのが実情。私たちは、そのサポートを何とかしていきたいと、不妊去勢手術助成事業に力を入れています」

 

不妊去勢手術助成事業では、活動者からの申請に対し、オス5000円、メス1万円までを助成しています。開始当初は600頭分を助成しましたが、6年経った2021年は、5000頭弱まで助成金を交付できるようになっています。この事業に個人のみならず企業単位で支援してくれることも増えてきました。

 

「幸せになれない命を産ませない。飼い主のいない猫をなくし、全ての猫に優しい飼い主が存在する世界を目指したい」と廣瀬さんは語ります。

 

動物愛護のために、私たちができること

「難しく考える必要はなく、自分のできる範囲で一歩踏み出していただければいいと思います。動物を飼っている人なら、その動物を最後まで大切に飼育する。飼っていない人は、動物達を見かけたら優しく接する。それだけでも、立派な動物愛護だと思います。温かく見守ってくれる人が増えれば、幸せな犬や猫が増えていくはずです」

 

動物愛護に対する思いを行動に移したい、ボランティアをしてみたいと考えている人は、「地域の保護施設を調べて見学をしてみて欲しい」と廣瀬さんは言います。

 

「各自治体には動物愛護センターが存在します。保護活動や譲渡会などを行っており、見学もできますので、そうした施設に出向いて現状を理解し、正しい知識を身につけ、周囲に啓発していくことも一つの方法です。実際に動物を飼う場合には、保護団体や動物愛護センターから迎え入れるということも検討してほしいですね」

 

動物に対するモラルが問われている

フランスの犬猫販売禁止法案について聞いてみると、「すべてを否定するのではなく、良いペットショップ運営のための模索が必要である」と廣瀬さん。

 

「すべてのペットショップやブリーダーが悪いわけではありません。彼らが飼い主の良き相談相手になっている場合もあります。ただ、動物の命を商売道具としか考えていないような業者の存在は淘汰されるべきだと考えています。現在ペットショップやブリーダーの開業は登録制で、簡単に開業できてしまいます。それを、今後は免許制にすることも必要ではないでしょうか」

 

そしてこの問題は、動物を提供する側だけでなく、動物を迎える側のモラルも問われています。「その一目惚れ、迷惑です。」という公共広告は、飼い主への啓発も目的だといいます。

 

「一目惚れが悪いわけではないですし、大切に飼育している方はたくさんいらっしゃいます。ですが、今はさまざまな動物がお金さえ出せば手に入ってしまいます。やはり動物を飼いたいと思ったら、一時的なブームに踊らされないでほしいのです。動物の生態をきちんと調べたり、飼育環境を整えたり、もしもの時の受け皿を考えておいたり、近所の動物病院の所在を確認したりと、最低限の準備をしてから迎えてほしいと思います」

 

また、廣瀬さんはコロナ禍でペットの飼育数が増えている状況にも危惧しています。

 

「動物に癒しを求める気持ちは良くわかります。しかし、今後普通の日常に戻った時に、『飼えなくなった』、『思ったより懐かない』、『大きくなりすぎた』と人間の都合で手放されてしまう犬や猫をはじめとした動物が増えるのではないかと思うと心配です」

 

こうした状況を防ぐために、日本動物愛護協会では、「ペットの寿命まで飼育する覚悟があるか」「世話をする体力や時間があるか」といった飼う前の準備の指針を飼い主に必要な10の条件として掲げています。

 

動物を飼いたいと考えている人は、ぜひチェックしてみてください。

 

きちんと理解した上で行動してほしい

動物に対して無責任な関わり方をしないためには、まず動物についての知識を深めることが大切です。「きちんと考えてから行動してほしい」と廣瀬さんも言います。それは、動物を飼う時ばかりではありません。

 

「寄付などの支援は、私達の活動を広げることにつながりますので大変ありがたいことです。しかし、自分の大切なお金がどのように使われているのかを把握し、ホームページなどを確認のうえ信頼できる機関に支援していただきたいです。
日本動物愛護協会では、動物のことだけでなく、協会の活動に関することなども電話やメールで相談を受ける場合がありますが、納得していただいた上で行動に移してほしいので、丁寧な対応を心がけています。
ご支援は絶対に無駄にできませんので、私達の行動が動物のためになるのか、寄付者や会員の方を裏切ることにならないか、協会ためになっているのか、この3つを必ず頭に入れて行動しています」

 

最後に、廣瀬さんが動物愛護の活動を始めたきっかけを聞いてみました。はじまりは、ある捨て猫との出会い。当時、転勤先での慣れない生活に疲れていた廣瀬さんを、命を助けた猫が自分を救ってくれたと言います。

 

「動物との関わり方は人それぞれですし、自分の置かれている状況によっても変わります。動物を助けることで、自分自身が救われることもあるかもしれません。皆さんもぜひこの機会に、動物愛護について考えてみてはいかがでしょうか」

 

【プロフィール】

日本動物愛護協会 常任理事・事務局長 / 廣瀬章宏

ある捨て猫との出会いをきっかけに証券会社を退職し、2012年日本動物愛護協会入職。現在は常任理事・事務局長として「動物の命を守る活動」、「命の大切さを知ってもらう活動」、「社会への提言活動」という3つの柱を軸に、活動を続けている。動物を遺棄やペットの衝動買いなどに対して問題提起を行う公共広告を手掛けるなど、啓発活動に力を入れている。

日本動物愛護協会HP:https://jspca.or.jp/

 

“民主主義(デモクラシー)”って何だ? 政治学者・宇野重規さんが世界と日本の最新情勢を解説

2021年1月のアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件や、現在捜査が進む愛知県知事リコール不正署名など、世界で、そして日本で、民主主義を脅かす事件が相次いでいます。また、政治にいまいち“私たちの声”が反映されない、というもどかしい思いも……。そもそも、この「民主主義」とは何なのでしょうか?

 

今回は、民主主義とは何か、原理原則や大前提から最新事情までを学びながら、私たちが暮らしをよりよくしていくために、できることは何なのかを考えてみましょう。教えてくださるのは、東京大学教授で政治学者の宇野重規先生です。中学生にも政治や公民を教えている宇野先生に、理解しやすいようやさしく解説していただきました。

 

1. 大前提。「民主主義」で決めたことが“正しい”わけではない

現代の日本が採用している「民主主義」。民主主義とは、「人民が国家の主権を所有し、自らのためにその権力を行使する政治形態」のことと定義されています。

 

また民主主義には、すべての人が話し合って物事を決める「直接民主主義」と、代表者を選び、その代表者同士が意見をまとめる「間接民主主義」があります。日本では、選挙を通して代表者を選ぶ、間接民主主義で物事を決めています。

 

「ただし、気をつけたいのは、“民主主義で決めたことが正しいとは限らない”ということです。みんなで愚かな決断をしてしまう場合もある。第二次世界大戦後は、民主主義が正しいものであると過剰に強調されてきた経緯がありますが、民主主義とは、決めたことが正しいかそうではないかではなく、単に物事の決め方を言っているに過ぎないのです」(政治学者・宇野重規さん、以下同)

 

2. 民主主義で個人の意見は反映されるのか?

選挙で地域の代表者を選び、その人たちが集まって議論する間接民主主義という仕組みでは、一人ひとりの意見が政治に反映されるように感じられます。代表者は国民の意見を聞き、それを議会に反映していく役割があるからです。しかし実際のところでは、政治に自分の意見が反映されていないと感じることの方が多いのではないでしょうか?

 

「現在の民主主義のあり方では、いつも同じ人が選ばれたり、特定の人たちの中からしか代表者が選ばれていないと感じることが多いはずです。もともと主婦だったり、会社員だったりした方が選挙に出る場面もありますが、同じような人たちしか選ばれない中で、新しい意見が採用されづらく、納得がいかない政治のあり方になっているのでしょう。

そもそも“選挙”が果たして本当に民主主義なのか? というところも疑問で、古くはアリストテレスがこれに反対していました。たとえば誰もが交代して公職につくような制度であれば、少数派やこれまでになかった新しい意見も採用されるような議会になるのではと感じています」

 

3. いつからはじまった? 民主主義の成り立ち

↑ギリシャの指導者、ペリクレスは、ペロポネソス戦争中に民主主義を讃える演説を行なったとされる

 

そもそも民主主義とは、「democracy」という単語を訳したもの。古代ギリシア語であるdemos(人々)とkratos(力)が語源となっています。

 

「それを日本語に翻訳するときに、“民主主義”としたのです。でも、主義とは本来イズムのこと。 “民主主義”は“主義”ではないのですが、舶来の思想であると日本は構えて輸入してしまったわけです。主義などと言わず直訳して“人々の力”としてもよかったと思います。また、当時の日本は天皇制でしたから、人々が力を持つと天皇主権とぶつかるという考えもあったのでしょう。どこか危険なものとして“民主主義”が明治の日本に受け入れられていったわけです。しかし、“みんなで考えて相談して物事を解決する”ということは何も特別なことではなく、日本では古くから行われてきた方法です

 

4. 世界では“非民主主義”の下で暮らす人のほうが多い!

そのような経緯から、民主主義に対しての不信感が高まりつつありますが、実はこれは今に限ったことではないのです。

 

「現在、世界的に見ると、非民主主義のもとに暮らしている人の方が人口的には多くなっています。デモクラシー(民主主義)という言葉が生まれたのは2500年くらい前なのですが、世界的に拡大したのはこの二世紀ほどで、アメリカ独立とフランス革命、第二次世界大戦、20世紀後半の脱植民地化の3つの波がありました。

しかし、いずれの波の後にも反動期がありました。『民主主義は不安定な制度である』という不信感が広まった時期です。寄せてはひく波のように、民主主義が拡大しては後退し、それでも続いてきた経緯があります。しかしここ数年はトランプ氏の件もあり、民主主義への疑いが再び広まりつつあると言っていいでしょう」

 

5. 日本の現状は? 停滞が続く日本の民主主義

そんな中で、世界に比べれば、日本は民主主義が比較的安定しているといえるそうです。

 

「安定というよりも、もしかしたら“停滞”という言葉の方がしっくりくるかもしれませんね。世界的には政治が左右に分極化して不安定な状態が続いていますが、日本ではむしろ自公政権(自由民主党・公明党による連立与党政権)が長く続きました。しかし、少子高齢化への対応や財政再建などの問題は解決していません。安定してはいても、民主主義がしっかり機能している、と言えるかは疑問も残ります。

政治に関心がない人も多く、20世紀終わりには国民の半分近くが無党派層となりました。関心を持てない理由のひとつには、きっと代表者たちがうまくやってくれるから大丈夫だろうという意見もあるかと思いますが、むしろいつまでたっても政治はよくならず、期待しても無駄という諦めの気持ちも多いのではないでしょうか。また、日本は“先進国”とは恥ずかしくて言えないほどジェンダーギャップ指数の順位が低く、報道の自由も低下し続けています。そういう国のあり方に若い人は不信感を持ち、代議制(間接民主主義)への不信を募らせていると言えます」

 

6.「民主主義」を生かすために、私たちにできること

そんな停滞する状況を変えるために、私たちが心がけることとは何でしょうか? 世界にも目を向けつつ、考えてみましょう。

 

・世界の新しいリーダーがしていること

世界では、リーダーとなる人が工夫しているようすが話題となっています。

 

「たとえばニュージーランドのアーダーン首相は、毎日のようにコロナ対策について会見して説明しただけでなく、その場で視聴者からの意見にひとつひとつ答えていました。国民が、自分の意見が聞いてもらえていると感じた瞬間であり、提案や意見を積極的に受けつけている姿に安心感があったと思います。また、台湾のデジタル大臣であるオードリー・タンは、インターネットで世論調査を行い、一定数の意見が集まったものを行政や議会に提出して議論しています。

 

↑ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相

 

これまで日本では、政治に物申すときには新聞の投書欄や政治家への陳情などの方法が取られてきましたが、どちらも反応がダイレクトにわかるものではありません。先の2名の政治家のように、直接声に反応してもらえたら、国民にも納得感があるはずです。今はTwitterで多くの意見が飛び交いますが、現在のところ残念ながらネガティヴな発言が目立ち、提案や前向きな解決策、情報交換などが十分できているとは言えません。国がしっかりと情報公開し、国にできない部分は国民に助けを求め、いいアイデアを募る。そういう体制が組めれば、デジタル民主主義という新しい形が確立できるのではないかと考えています」

 

知ることを怠らず、悩みを自分ごととして解決しない

それでは、わたしたちが日々暮らしていくなかで、よりよい生活ができるように工夫できることはないのでしょうか。

 

「まずひとつには、今どんなことが社会で問題になっているのか知ることが大切です。仕事のことや暮らしのことに悩みがある方は、それは自分のせいなのだと思いがちですが、そうではなく、社会的な背景があることを知ってほしいのです。自分だけの問題だと思って自分だけで解決しようとせず、社会問題だと思って周りを頼っていい。たとえばシングルマザーの貧困率が高いという問題では、自分が離婚したからだとか、勉強してこなかったからだ、能力がたりないからだ、と自分を責めてしまうかもしれません。このような思考になるのには、“やってこなかった自分が悪いのだ”という社会からの無言の圧力もありますよね。でも、同じ環境の方がこれだけの数いるわけですから、もうその人個人だけの問題ではないのです。

次に、それが自分だけでないことを知ったら、同じ環境の人と手を取って変えられる仕組みを考えてほしいのです。地域の人とおしゃべりする時間を持つことや、近所で物事を解決する手段を考えることも大切です。みんなで環境をよくしようとする動きが、少しずつ暮らしを明るくしていくのだと思います。わたしが研究してきたフランスの政治思想家・トクヴィルは、1835年にアメリカを旅していたとき、こんなことを言っています。アメリカの政治家は大したことはないが、人々がとてもしっかりと自治をしている国だ、と。自分の地域の問題に取り組み、自分の周りのことについて考えていくことが、まずは大切なのではないでしょうか。突然政治のことをと言っても、あまりに遠い話と感じてしまいますよね。自分の手の届く範囲で、ぜひ社会や地域のあり方に関心を持ってみてください」

 

7. 新しい形の選挙を模索する

日本の停滞した状況を脱するためにも、幅広い意見を吸い上げられるような仕組みが作れないものでしょうか。宇野先生は、新しい選挙の形を教えてくださいました。

 

「現在の選挙は地域別で選挙区が作られています。地域ごとに選挙をして、その地域の代表者を決めていますよね。しかしこれでは、数が少ない20代の意見はどうしても少数派とみなされ、採用されづらくなります。高齢者の方が数が多いので、その方々の意見が通ってしまうということになります。それならば、選挙を年代別にすればいいのではないでしょうか。20代の議席数は少ないかもしれませんが、20代が選んだ代表者が国会に議席を持つことができれば、若い方の意見もきちんと通る仕組みづくりができます。

また、投票するときにみなさん悩まれると思うのですが、絶対にこの人や政党がいい! と自信を持って一票投じられることはまれですよね。この人や政党のこの意見はいいけれど、この部分はあまり賛成できない、そこはこちらに本当は入れたい……というふうに悩む方が多いでしょうから、ひとり一票のうち、一票の1/4はこちらの人に、3/4はこの人にというふうに投票できたら、民意が反映されやすいのではないでしょうか。選挙に工夫がまったくなされないまま、これまできてしまったのですから、方法を改めるのは手だと思います」

 

 

政治について考える。そう言うと、なかなか手を伸ばしづらい問題に感じますが、紐解いてみれば、実はわたしたちの日々の暮らしについて考えることなのです。地域や職場、学校、子育ての環境など、自分がいる場所の問題をどのように解決するか、仕組み作りや環境の整え方を周囲の人たちと相談し合うことこそが、新しい世の中の仕組みを育てていくのかもしれません。

 

【プロフィール】

政治学者 / 宇野重規

東京大学教授(政治思想史)。東京大学卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。千葉大学法経学部助教授、東京大学社会科学研究所助教授、同准教授、フランス社会科学高等研究院、コーネル大学ロースクールで客員研究員などを務める。19世紀フランスの政治思想家トクヴィルを起点にフランスとアメリカの現代政治哲学を研究し、民主主義、自由と平等、社会的紐帯、宗教などの問題を考えてきた。現代日本政治に関する解説・評論記事も多数執筆している。著書に『<私>時代のデモクラシー』『民主主義のつくり方』『保守主義とは何か』などがある。『トクヴィル 平等と不平等の理論家』でサントリー学芸賞(思想・歴史部門)を受賞。

 

『民主主義とは何か』(講談社現代新書)