フードロスは環境にどれほど悪い? 温室効果ガスの排出量が判明

気候変動の原因の一つとされているのが、世界で生まれている食品廃棄物です。国連はSDGsの目標の中でも「つくる責任 つかう責任」として、2030年までに食品廃棄物を半減させることを目指していますが、そこには気候変動が関わっています。最新の研究では、食品廃棄物から排出される温室効果ガスは、世界中の食料システム(※)に由来する温室効果ガス排出量の半分程度を占めることが判明。「食品ロス」を減らす声がますます広がっています。

※食料システムは食料の生産、加工、輸送及び消費に関わる一連の活動のことを指す(参考:農林水産省

もったいないうえにCO2も排出

 

先日、オンラインジャーナルの「Nature Food」で発表された南京林業大学の研究では、2001年から2017年までの期間に、穀物や豆類、肉類、動物性食品、果物、野菜など54種類の食べ物の廃棄物から排出された温室効果ガスの量を164の国と地域で調査しました。

 

収穫、保管、輸送、取引、加工、小売りなど、食べ物が収穫されてから消費者の手にわたり廃棄されるまでのサプライチェーンの各工程で温室効果ガスの排出量を調べた結果、2017年に93億トンに上ったことが判明。これは同年のアメリカとEUで排出された温室効果ガスとほぼ同量に匹敵するといいます。

 

また、中国、インド、米国、ブラジルの4か国では、食品廃棄物によって排出された温室効果ガスは、世界全体の食品廃棄物関連の排出量の44%を占めていることも明らかになりました。

 

世界の食料システムが温室効果ガス排出量に占める割合は約3分の1とされており、さらに、そのうちの半分程度が食品廃棄物に由来していると同研究は言います。気候変動に与えるフードロスの影響がわかりやすく表されているでしょう。

 

この研究では、食品廃棄物が半分に減れば、世界の食料システムで排出される温室効果ガスの総量が約4分の1にまで減少すると見ています。今日では多くの国で食品廃棄物などの生ごみは焼却処分または埋立てされていますが、生ごみは腐敗すると温室効果ガスの一種であるメタンを発生させます。それを防ぐための方法の一つとして、生ごみを堆肥化するコンポストの使用が勧められています。

 

日本で出ている食品廃棄物の量は年間522万トン。国民1人あたり、お茶碗一杯分のご飯を毎日捨てているのと同じと言われています。私たちの身近な行動が気候変動に直結しているのだと改めて考えてみる必要があるのではないでしょうか?

 

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食料の約8割を生産!「女性が活躍する農業」を途上国が模索

発展途上国では食料生産をほぼ女性が担っているにも関わらず、女性の社会的・経済的地位は男性に比べて依然として低いまま——。このようなジェンダーギャップは途上国の農村で顕著であり、生産性にも影響を及ぼしていると近年では言われています。農家の女性へのエンパワメントが急務となる中、現状を変えようとする取り組みが少しずつ現れています。

女性が途上国の農業を支えている

 

農業は、途上国におけるジェンダーギャップの典型的な例と言えます。FAO(国連食糧農業機関)によれば、ほとんどの発展途上国において食料のおよそ80%を女性が生産しています。ところが、日々の農作業や食料生産に欠かせない存在であるにもかかわらず、女性は土地の所有や農産物の販売などの権利において差別に直面しています。

 

例えば、ケニアでは慣習法が女性の土地の所有権と財産権を制限しており、同国の65%の土地はその慣習法によって管理されています。つまり、農家の女性は夫か息子を通してしか土地を持つことができません。農家の男性が都市部に移住してしまった場合、残された女性は、男性の同意なしで土地の手入れをしたり、担保にしたり、生産物を売ったりする権利がないこともあるようです。

 

農産物の生産と供給における女性の役割の重要性を考えると、持続的に食料を確保するためには女性が土地などの生産資源を活用できるような取り組みが必要でしょう。

 

世界経済フォーラムによると、女性が男性と同じように土地などの生産資源を使用できれば収穫量が20%~30%増加し、飢餓が最大で17%減少するとのこと。また、女性は利益を家計に還元するため、貧困を根本から緩和することが可能になると言われています。

 

ケニアでの成功例

このように、農業における女性のエンパワメントが喫緊の課題となっていますが、それを実現するための施策はあるのでしょうか?

 

同じくケニアの事例を見てみましょう。ライキピア北部の女性農業グループであるライキピアパーマカルチャーセンターは、持続可能な農業システムを目指すケニアパーマカルチャー研究所と共に、コミュニティの長老たちに協力を要請し、女性の農業従事者25人に数エーカーの土地を割り当てました。

 

この女性たちは、それまで不毛だった土地に水を流す仕組みを構築すると、土壌を回復させ、農業ができるようにしました。その結果、アロエベラの栽培とミツバチの飼育から収入が得られるようになり、家族を養うことができているそう。女性が中心となって農業を建て直すとともに、地域コミュニティを支える仕組みが生まれたのです。

 

一方、日本政府も東南アジアの途上国などに対し、農業分野における女性のエンパワメント支援を手がけています。政府はカンボジア政府からの要請により、カンボジア女性省・州女性局の能力強化をはじめ、農業分野におけるジェンダー主流化に関する技術協力を提供。JICA(独立行政法人国際協力機構)もこのプロジェクトにおいて、現地関係省庁のジェンダー視点に立った政策策定や取り組みをサポートするなど、農業に携わる女性の経済的エンパワメントの促進を図っています。

 

農業を底上げするためにも女性はもっと経済活動や意思決定にかかわるべきであり、ジェンダーギャップの解消は途上国における農業全体の発展につながるでしょう。そのためには、女性が自立して経済活動に参加できるような仕組みを国や企業、協力団体が率先して進めていくことが求められます。

 

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新興国で最大の市場規模! アフリカの農業に打って出るべき4つの理由

現在、アフリカでは史上最悪の食料危機が起きており、多くの人たちが飢饉に苦しんでいます。専門家の間ではアフリカの農業をもっと発展させなければならないという危機感が募るとともに、国際的な支援の重要性もますます高まっています。日本企業がアフリカの農業に目を向けるべき理由はどこにあるのでしょうか? 大きく4つの可能性が考えられます。

伸び代が大きいアフリカの農業

 

1: 衰えない農業の市場規模

一つ目の理由は、アフリカにおける農業の市場規模が高いまま維持されているから。アフリカで農業がGDP(国内総生産)に占める割合は約35%で、世界銀行によると、この割合は数十年間変化がありません。他の新興国に目を向けてみると、農業の規模は縮小している所が多くあります。例えば、1970年の東南アジア諸国では農業がGDPの30~35%程度を占めていましたが、2019年には10~15%までに低下しました。アフリカでは今後も農業の市場規模が維持されていくと見られており、日本の企業が参入できる可能性は大きいと言えそうです。

 

2: 工業化に転じない可能性

経済は、農業のような一次産業から工業や製造業といった二次産業に発展することが一般的ですが、アフリカは必ずしもそれに当てはまりません。国際ビジネスを専門とするニューヨーク市立大学バルーク校のライラック・ナフーム教授は農業がアフリカ経済を牽引すると主張しており、その理由の一つとして「製造業を中心とした成長にはインフラが必要だが、アフリカのインフラは整っていない」と指摘しています。実際、エチオピアやモロッコなどの一部の例外を除いて、アフリカの多くの国で製造業を確立することが実現できていないので、他の新興国が辿ってきた発展のプロセスを踏む可能性は低いと考えられます。それゆえに、アフリカは持続可能な農業の形を模索することができるのかもしれません。

 

3: 栽培に適した広大な土地

アフリカには豊かな土地があることも、日本企業がアフリカ進出を検討すべき理由の一つに挙げられます。アフリカの国土は、中国、インド、アメリカ、ヨーロッパなどの国々の合計よりも広く、その半分以上は耕作が可能な土地と言われています。そこで栽培されたカカオやコーヒー、紅茶などはアフリカを代表する作物であり、最高級品質のものが世界中の市場に輸出されています。

 

近年、アフリカでは気候変動によって水不足や洪水などが起きることが多くなり、農業への影響が懸念されるようになりました。農業を守るためには、例えば、水が不足する時期の灌漑用水の確保や、効率的な栽培技術の発展などの技術革新が必要でしょう。また、きび、ひえ、あわなどの雑穀は、比較的過酷な環境下でも栽培しやすく栄養価も高いことから、国連を中心に注目が高まっています。作物を育てるのに適した気候と十分な土地があるアフリカに適しているかもしれません。

 

4: 求められる生産性の改善

アフリカの農業は、使用している機械の量が世界で最も少なく、生産性が世界最低のレベルであると指摘されています。その一因は、アフリカの農家の大半が、自分や家族が生活する分だけの作物を栽培する小規模農家であること。国際農業開発基金によれば、サハラ以南のアフリカの平均農地面積は1.3ヘクタールで、中米の22ヘクタール、南米の51ヘクタール、北米の186ヘクタールと比べると数十倍から百倍以上の差があります。また、小規模農家の多くは貧しく、機械を購入できるほどの資金がないことも生産性が低い原因と考えられますが、経済的な自立を支援していくためには、生産性を上げることが欠かせないでしょう。だからこそ、人口の半数以上が農業に従事しているとされるアフリカでは、日本のように人手不足を補う効率化ではなく、農業の作業を効率化して生産性を上げる技術やサービスが求められると考えられます。

 

国連食糧農業機関(FAO)が2021年に発表したデータによると、アフリカでは5人に1人にあたる2億7800万人が飢餓に直面していたとのこと。アフリカの農業はカカオやコーヒーといった作物を他国に輸出している反面、多くの国が輸入に依存しており、食料自給率が低いことも課題となっています。従来の「自分たちが食べる作物だけを育てる」という小規模農業から、生産性の高い農業にシフトすることは、このような状況を改善し、より多くの人々の利益につながっていくことが期待されます。しかし、この変化を起こすためには、日本などの政府による支援と、技術や知見を持った企業の関わりが必要不可欠でしょう。

 

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食料危機と気候変動対策に「きび」が急浮上! その理由は?

「2023年は国際雑穀(ミレット)年」。国連が2023年をそう定めているのをご存知でしょうか? ミレットとは、きび、あわ、ひえなどの雑穀類の総称で、米・ニューヨークにある国連本部では先日、雑穀をテーマにした展示会が開催されました。きびなどの雑穀に国連がそれほど熱い視線を注いでいるのは一体なぜなのでしょうか?

きびはいかが?

 

きびなどの雑穀が注目されている背景には、世界人口の増加と食料不足への懸念があります。国連の「世界人口推計2022年版」によると、世界人口は2022年に80億人を突破し、2030年に約85億人、2050年には約97億人になる見込み。それに伴い食料が不足していくことが以前から危惧されています。

 

そこで注目されているのが、きびなどの雑穀。きびはイネ科キビ属に分類される作物で、推測されている原産地は中央アジアや東アジアの温帯地域。今日の日本ではほとんど栽培されなくなりましたが、アジアやアフリカ諸国の中にはきびを主食として食べてきた所があります。特にインドでは、きび、ひえ、あわなどの雑穀それぞれの品種に現地語名があり、人々に長いこと親しまれてきました。

 

栄養面については、たんぱく質や食物繊維を多く含むほか、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄などのミネラルも豊富。栄養価がとても高いのに安価なことが大きな特徴です。

 

今日の世界情勢を見てみると、パンデミックに加えて、ロシアのウクライナ侵攻で、日本を含め多くの国々がインフレに見舞われています。特に食料のインフレが激しいのが、ジンバブエ、ベネズエラ、レバノンといった国。ジンバブエでは、食料の価格が例年に比べて285%も上昇し、日常生活に大きな打撃を与えているのです。きびなどの雑穀に待望論が持ち上がっても不思議ではないでしょう。

 

また、きびなどの雑穀のメリットとして、厳しい環境でも栽培しやすいことが挙げられます。年々深刻化している気候変動により、世界では水不足で干ばつが起きたり、逆に暴風雨に見舞われたりする地域が増えているのが現状。そこで多くの作物が被害を受けていますが、きびなどの雑穀類は、痩せた土壌や干ばつが起きるような環境でも、肥料や農薬などに頼らず育てることができるとされているのです。

 

桃太郎の精神

このように、栄養価が高く栽培しやすいきびなどの雑穀は、世界中の農民や人々を救う光になりつつありますが、普及を考えるうえで問題になるのは味。

 

きびはくせがなく、味は淡泊です。米に混ぜて食べる以外に、ピザ、パスタ、クッキー、ケーキなどの小麦粉を使った食べ物に加えたり、シリアルやスムージーに混ぜたり、さまざまな使い方が可能。そのため、多様な食文化や人々の好みに合わせて柔軟に取り入れることができると言われています。

 

SDGsの目標2の「飢餓をゼロに」や、目標13の「気候変動に具体的な対策を」など、SDGsの数多くの目標達成にも役立つと考えられる雑穀。アミーナ・J・モハメッド 国連副事務総長は「雑穀は豊かな歴史と可能性に満ちている」と述べています。きびは現代の日本でマイナーな存在かもしれませんが、昔話の『桃太郎』できびだんごが出てくるのを誰もが知っているように、私たちにとって必ずしも遠い存在ではありません。しかも、この物語に登場する鬼は人々に「飢餓をもたらす気象現象の主」であったかもしれないという見方があり(日本大百科全書)、現代社会に通じる部分があるでしょう。きびの力に目を向けるときが再びやって来ているようです。

 

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ウクライナ侵攻の影響大。世界の食料輸入額が過去最高に

国連食糧農業機関(FAO)は2022年11月11日、世界の食料輸入額が過去最高を記録する勢いだと報告しました。国連の広報機関であるUN Newsが掲載したFAOの報告書によれば、世界の食料輸入コストは今年に1兆9400億ドル(約270兆円)に到達する見込みとのこと。これは、2021年と比較しておよそ10%の増加となります。

 

食料の輸入額が上昇した原因として、ロシアによるウクライナの侵攻が挙げられています。両国はあわせて世界における全小麦輸出量の約30%を占めており、その輸出が制限されていることで、食料価格を押し上げているのです。ただし食料価格の上昇と米ドルに対する通貨安を受け、今後、増加ペースは鈍化することが予想されています。

 

深刻化する富裕国と低所得国の格差

食料価格の上昇で現在懸念されているのが、低所得国に与える影響です。世界の食料輸入の増加分の多くを富裕国が占める一方で、低所得国の食料輸入量は10%も縮小。にもかかわらず、輸入総額は横ばいとなることが予測されています。つまり、低所得国による食料の入手が難しくなっているのです。

 

FAOはこのような現象について、「これは食料安全保障の観点から憂慮すべき兆候であり、コストの上昇を補填することが困難なことを示している。低所得国は食料価格の上昇に対する抵抗力を失っている可能性がある」と分析しています。

 

低所得国への国際的な支援が必須

食料価格の上昇を受けて、国際通貨基金(IMF)は、低所得国に緊急融資を行うための「フードショック対策窓口(Food Shock Window)」を新たに承認しました。FAOはこの動きを歓迎し、食料輸入コストを低減するための重要なステップだとしています。

 

一方で食料だけでなく、燃料や肥料などのコストも上昇しています。FAOによれば今年のエネルギーと肥料の世界的なコストは4240億ドル(約59兆円)となり、前年比で50%も上昇しているのです。さらに同機関は、「世界の農業生産と食料安全保障への悪影響は2023年まで続くだろう」と分析しています。

 

食料やエネルギーなどの価格上昇が、とりわけ低所得国に与える影響は決して小さなものではありません。日本をはじめとする各国からの国際的な支援が不可欠ではありますが、農業生産性の向上や、肥料の現地生産化などは、支援だけでなくビジネスによって貢献できる分野でもあります。課題が大きいからこそビジネスニーズも高いとも言える途上国。日本企業の海外展開が期待されます。

 

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退職後、途上国で農場経営へ。ラオス×農業のポテンシャルと課題について

面積にして日本の本州ほどの国土に、約710万人が暮らすラオス。その南部に広がるボラベン高原は、ラオス有数の農業地帯として知られています。

 

そんなボラベン高原で、2012年より農園を経営しているのが山本農場の山本郁夫さんです。青年海外協力隊やJICAでの農業支援など、途上国での活動経験が豊富な山本さん。なぜラオスで農業を始めたのでしょうか。インタビューを通して、途上国における農業の可能性、農場経営のヒントを探ります。

山本郁夫さん●1955年生まれ。農業機械メーカー勤務を経て、青年海外協力隊隊員としてケニアへ。その後、JICAの農業専門家として東南アジアや南米などの途上国で活動する。帰国後は、アイ・シー・ネット株式会社のコンサルティング部に勤務しつつ、国内で8年間農業に取り組む。その後、同社代表取締役に就任。退職後、2012年よりラオス・ボラベン高原で農場を経営する。

 

ラオス有数の農業地帯・ボラベン高原

標高1000mを超えるラオス南部・ボラベン高原は、熱帯地方に属しながら年間を通して気温が25度前後と冷涼なため、温帯性作物をはじめ、さまざまな農作物の栽培に適した地。タイ、ベトナムなどの大消費地に近いという地の利にも恵まれています。

 

中でも盛んなのが、コーヒーの栽培です。国内9割のコーヒーがボラベン高原で生産され、海外企業の投資による1000ha規模の大農園や加工工場が点在。ほとんどの農家がコーヒー栽培に従事する、この地域を代表する一大産業になっています。他にも、白菜やキャベツなど高原野菜の産地として知られています。

海外資本によるコーヒー農園

 

それにもかかわらず、ボラベン高原には未開発の農地や農業資源も多く、ポテンシャルを十分に引き出せているとは言えません。多くの企業や農家がさまざまな農産物の生産に取り組んでいますが、農業技術、流通ルートの確立、労働者の確保などの課題に直面し、頓挫するケースも。一方で、近隣地域にパクセー・ジャパン日系中小企業専用経済特区の開発が進められるなど、日本企業・日系企業からも注目を集めています。それだけ伸びしろの大きいエリアであることが窺えます。

 

日系企業と連携し、タマネギのシェアNo.1を目指す

山本さんがボラベン高原で農場を始めたのは、2012年のこと。開発コンサルタントとして世界各国で農業支援を行ってきた山本さんは、40代の頃に国内で農業を始めたものの、道半ばにして諦めた過去がありました。やがて定年退職が間近に迫り、かつて果たせなかった夢を叶えるため、ラオスで農業を始めようと決意。

 

「開発コンサルタントをしていた頃、JICAの依頼を受けてカンボジア、ラオス、ベトナムの貧困地帯を調査しました。3カ国を巡ったところ、もっとも魅力を感じたのがラオスのボラベン高原。農業の発展可能性、ラオスの人々の親しみやすくて大らかな人柄に惹かれました。そこで、これまでの知識と経験を生かし、ボラベン高原でもう一度自分が目指す農業に挑戦しようと考えました」

 

こうしてラオスに渡り、42haの農地を借り受け、ひとりで農場経営を始めた山本さん。この地で目指したのは、環境に優しい循環型農業でした。

循環型農業実施のため、現在でも牛の放牧を行っている

 

「肉牛を放牧し、牛糞でたい肥を作り、作物に還元する“耕畜連携”の農業を始めました。当初はコーヒーの栽培から始めましたが、やがて日本企業と業務提携し、イチゴの試験栽培を始めることに。日本から来た技術者とともにイチゴを生産し、ラオスでも大きな評判を呼びました。ただ、貿易協定や検疫の問題に阻まれ、タイやベトナムへの輸出は叶いませんでした。その後、新型コロナウイルスの影響により、残念ながら提携企業が撤退を余儀なくされたのです」

 

そして現在、力を入れているのはタマネギとタバコ。どちらも日系企業と連携しながら、取り組みを進めています。

タマネギの苗づくりはビニールハウス内で実施

 

2021年から試験栽培を始めたタマネギは、日系企業であるラオディー社の依頼がきっかけ。今後の主力作物になると山本さんは期待しています。ラオディー社は、ラオスで高品位なラム酒の生産に成功し、ヨーロッパの展覧会で金賞を受賞するなど実績のある企業。ビエンチャン近郊に農場と醸造所を持っています。日本の大手食品会社の依頼を受けた同社が乾燥タマネギの仕入れ元を探していたところ、山本さんに行き着いたそうです。

 

「ラオスではタマネギの生産量が少なく、国内で消費するタマネギの多くはベトナムや中国から輸入しています。そこで、まずは周辺の農家を巻き込んで規模を拡大し、ラオス国内のマーケットを見据えた生産を考えています。日本に輸出するのは乾燥タマネギですから、形や大きさが不揃いなB品を加工しても問題ないので、将来的にはラオディー社と協力して国内マーケットの余剰分やB品を加工輸出するようにしたいと考えています」

 

昨年、初挑戦した試験栽培は、病害により失敗。しかし、提携しているラオディー社の士気は下がることなく、今年、山本農場は2haのタマネギ畑を開墾しました。今後は、10haまで拡大することも検討しています。

 

一方、タバコの生産を依頼したのは、パイプなどの喫煙具やタバコを輸入・製造・販売する浅草の柘製作所。現在の作付面積は1haですが、長い目で生産量を増やしていく考えです。

 

生産したタマネギとタバコは、どちらも提携する日系企業が買い上げてくれるため、物流ルートを開拓する必要はないと山本さん。

 

「個人で物流ルートを開拓するのは大変ですが、日系企業と組めばその苦労はありません。日本でも個人で小規模な農業を始めると、農協に農作物を収めて生活できるようになるまで3年はかかります。農協のような組織ができあがっていないラオスのような国では、現地の市場で販売するのが関の山。日系企業と手を組むのは、販売ルートを確保するうえで大きなメリットです」

 

日系企業と連携するメリットは、他にもあると言います。

 

「農業は、人材・物・資金の3つが不可欠。私も当初はひとりで農場を運営していましたが、徐々に現地の日系企業の方々との人間関係が構築され、そこからイチゴの栽培が始まり、現在のラオディー社や柘製作所との取り組みに広がりました。日系企業と連携し、お互いにできること・できないことを補完しながら農業に取り組むほうが、最終的な成功に結び付きやすいと実感しています」

 

途上国人材とともに働くことの課題

現在は、住み込みの家族を含む4名を雇用している山本農場。農繁期にはその都度、労働者を確保し、日本で技能研修を受けたサブマネージャーがハブとなって労働者を仕切っています。しかし、労働力はまだまだ不足しているとのことです。

山本農場にて住み込みで働いているラオス人家族と山本さん

 

「人材・物・資金の中でも、特に重要なのは人材です。ラオス人はどちらかというと労働意識があまり高くなく、1日来て、翌日からはもう来なくなり……の連続。もちろん勤勉な方もいますが、コーヒーの収穫時期になると『来週から来ないよ』と言われることも。今はコーヒーの価格が高く、その分労働者の待遇も良いため、そちらに移ってしまうのです。

 

都市部の工場などではFacebookなどのSNSを活用した求人を行ったりしているようですが、ボラベン高原は都市部から離れたところにあるので、それも難しいのが現状。収穫時期などの繁忙期には、サブマネージャーが友人や親戚に声をかけることで人を集めていますが、親戚や知人ばかり集めると、いざ冠婚葬祭や行事があるたびに揃って村に帰ってしまうなど弊害も大きい。安定的な人材の確保は大きな課題なのです」

 

山本さんが頭を悩ませる安定した労働力の課題。そこで今後、農場の拡大に必要となってくると考えているのが、しっかりとした技術を身に着け、現地の人たちを上手にマネジメントしてくれる日本人の雇用や育成です。では、どんな人がラオスでの農場運営に向いているのでしょうか。

 

「チャレンジや苦労を楽しめる、フロンティアスピリットに溢れた人ですね。のんびりした国なので、腹の中にしたたかなものを持ちつつ、人と鷹揚に接することができるタイプが望ましいでしょう。農業経験があるに越したことはありませんが、もし一から始めるなら強い意志が必要だと思います」

 

核となる農産物を見出し、現地に根差した農場経営を

現在、山本農場では事業拡大のため、農業技術者やマネジメント能力に長けた人材を募集中。

(問い合わせ先:山本ファーム メールアドレス:yamamotoikuojp3@gmail.com)

 

「農業の経験があり、途上国開発や農業開発に熱意を持つ人、ビジネスを成功させようという起業家精神のある人に来ていただけたらと思います。ラオディー社の社長と日頃から話しているのは、『高い報酬を払えば、日本から技術者を送り込んでもらえるかもしれない。でもそういう人では失敗するだろう』ということ。ああでもない、こうでもないと現地で試行錯誤しながら農業を行い、利益を出すための施策を考えることができる人が、成功するのでは」

 

持続可能な地域農業を実現するには、まだまだ課題の多い途上国。ラオスをはじめとする途上国で日本人が農場経営を行う場合、必要だと考えられる条件を山本さんに伺いました。

 

「大切なのは、中核となる農産物を見出し、現地に定着して農場経営を行うことです。日本の商社が何億円もの資金をつぎ込んだものの、撤退を余儀なくされたケースは少なくありません。現地を時々訪れる出張ベースではなく、その地に定住し、責任者として気概を持ってビジネスに取り組まなければ成功は難しいでしょう。中南米では日本人が移住し、苦労しながら農業にいそしんだ結果、現地の農業発展に寄与しました。日本政府も官民連携の支援策を出していますが、現地に根差して農業を行う人を増やし、成功事例を積み重ねていかなければならないと思います」

 

ラオスに腰を据えて約10年、トライエンドエラーを繰り返しながらも、地道に農業経営を続ける山本さん。そんなあきらめずに前を見続ける姿勢にこそ、成功のヒントが隠されていると言えそうです。

 

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肥料価格高騰のピンチを救うか!? リン輸出が急増する「モロッコ」に世界が注目

ロシアのウクライナ侵攻による世界への影響は、エネルギーを筆頭に、小麦、トウモロコシなどの食料を含めて多岐に及んでいます。しかし、実は農業に欠かせない肥料についても重大な変化が進行中。世界一の肥料輸出国・ロシアが制裁により供給を制限されている中、注目を集めているのがモロッコです。

世界の商人がモロッコのリンを狙う(写真は同国中部の都市・マラケシュの市場)

 

肥料には窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)の3つの要素が不可欠であり、それらに沿って肥料は窒素肥料、リン酸肥料、カリ肥料の3つに大別できます。モロッコが注目されているのは、世界のリン鉱石埋蔵量の7割以上を保有し、そこからリン酸肥料の原料となるリンを得られるから。成分の中にリン酸を含む肥料の例としては、家庭園芸用複合肥料のハイポネックス液があります。

 

世界の肥料市場で、モロッコはロシア、中国、カナダに次ぐ世界4位の輸出国。2021年における世界のリン酸肥料の市場規模は約590億ドル(約8.7兆円※)ですが、モロッコのリン酸肥料の収入は2020年で59億4000万ドル(約8740億円)。世界のリン酸肥料のうち1割程度が同国で生産されていることがわかります。

※1ドル=約147円で換算(2022年11月7日現在)

 

モロッコの輸出肥料の売上高のうち約2割を占めている、モロッコ国営リン鉱石公社(OCPグループ)は、2022年6月末に発表した決算報告で、2022年の純利益が前年比で2倍近くになったことを発表。その理由の一つには、ロシアのウクライナ侵攻による肥料価格の高騰があります。しかし、ロシアでの肥料生産量が落ちている中、2022年の第一四半期におけるモロッコのリン輸出は前年同期比で77%増加しました。この勢いに乗って、モロッコは2023年から2026年にリン酸肥料の生産を増加していく計画です。

 

モロッコは1921年からリン鉱石の採掘を開始し、OCPグループが世界最大の肥料生産拠点を建設するなど、肥料生産は同国の経済成長にも大きく貢献してきました。ロシアのウクライナ侵攻が始まる前は、OCPグループが抱える取引先は、インド、ブラジル、ヨーロッパなど、世界各国350社を超えていたそう。

 

また、広大な耕作地を有するアフリカ各国へも肥料を輸出しています。2022年にはOCPグループは、零細農家に無料や割引価格で肥料を提供するなどして、アフリカの農業を支援すると同時に、同国の影響力を高めています。

 

その一方、今後のモロッコにおけるリン酸肥料の生産には課題も。専門家が指摘するのは、水とエネルギーの問題です。リン酸肥料を生産するには、大量の水と天然ガスを使用しますが、モロッコは乾燥しやすい気候で水不足に悩まされているうえ、天然ガス資源も乏しい国。そのため世界の多くと同じように、高騰するエネルギー価格が生産コストに大きく影響します。

 

この課題を克服するために、モロッコ政府は「国家水計画」を立ち上げ、ダムや海水淡水化プラントを建設するほか、再生可能エネルギーに目を向けているようです。

 

世界の肥料業界で注目度を高めるモロッコ。肥料を輸入に依存する日本の政府も、原料の安定調達のため、2022年5月に農林水産省の武部新副大臣を同国に派遣しました。日本国内では肥料価格の高騰をきっかけに、農業のあり方を見直す動きも出てきていますが、モロッコとの関係は今後より一層強化されていく模様です。

 

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インドが「ソバの生産」に注力! 不透明感が増す日本のそば事情を変えるか?

2022年9月、インド東部のメーガーラヤ州にソバの実を生産する農家が集い、そば粉から作ったパンやスイーツなどが披露されるなど、そばをテーマにした一大イベント「メーガーラヤ・ソバ・グローバルショーケース2022(Meghalaya Buckwheat Global Showcase 2022)」が開かれ、日本の関係者も招かれました。一体なぜメーガーラヤ州は、ソバの実の生産に注力しているのでしょうか?

日本とインドの間で”細くて長い”貿易になる?

 

そば粉の原料になるソバの実の生産にメーガーラヤ州の農家が注力している理由の1つは、そばの高い健康効果。食後の血糖値の上昇度を示すグリセミック指数(GI)というものがあり、糖質が多くて食物繊維の少ない食品はGI値が高く、血糖値を一気に上昇させて、糖尿病や肥満を起こす原因になると考えられています。GI値が70以上は高GI食品に、56〜69の値だと中GI食品になりますが、そばのGI値は55前後。糖分を穏やかに吸収しながら、糖尿病や肥満などを防ぐ低GI食品なのです。また、そばは繊維質が豊富で、良質なタンパク質を含んでいるため、栄養価が高く、栄養バランスに優れた「スーパーフード」の1つとされています。

 

インドは、都市部の約28%の人が糖尿病または糖尿病予備軍と言われるほどの糖尿病大国。そこで、小麦や米をソバに切り替えて、健康的な生活を送ろうという動きが出てきているのです。

 

もう1つの理由として、ソバの実の需要が世界的に増加していることが挙げられるでしょう。インドのMarket Data Forecastによると、2022年における世界のソバの実市場規模は14億ドル(約2040億円※)。2027年までの今後5年間で、年平均成長率2.9%で伸びていくと見られています。2020年の国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、世界のソバの実の生産量は約181万t。生産量の多い上位国はロシア(89.2万t)、 中国(50.4万t)、ウクライナ(9.7万t)です。生産量で世界第6位の日本も7~8割程度を輸入に頼っており、ロシアや中国、アメリカから多くを輸入している状況。最近では、米中摩擦の影響で中国が減産するなどしたため、ソバの実の価格は高騰していますが、上述した健康的な側面から、そばの需要は世界的に伸びていくと予測されているのです。

※1ドル=約145.7円で換算(2022年9月22日現在)

 

インドのソバ輸出に日本も期待

比較的栽培しやすいと言われるソバ。メーガーラヤ州ではここ3年間で、理想的な植え付け時期を把握するために、何度もソバ栽培を試みるなどして、地域での最適な農法を探ってきました。同州はようやくその農法を確立しつつあるようで、少しずつ栽培面積を拡大していく段階に至っていると見られています。

 

それに加えて、メーガーラヤ州では日本が道路建設プロジェクトを支援するなどしてきた歴史があり、昔から日本とつながりのある地域。そのため、そばの輸出先の1つとして日本に熱い視線を送っているようです。今回のイベントに出席した在インド日本国大使館の北郷恭子公使は「そばは日本文化の1つであり、日本のソバ栽培の専門家たちは技術移転という形で、ソバ栽培技術の普及に取り組んでいます」とコメント。日本もインドに期待を寄せているようです。

 

最近の日本では、2021年に中国産のそば粉が値上げしたうえ、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によって、ロシア産のソバの実の供給が止まる可能性も取り沙汰されており、そばを巡る状況は不透明感を増しています。今後インドは、日本にとって重要なソバの実の生産国になるかもしれません。

 

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途上国の「児童労働」をなくすために。ブロックチェーン活用事例と「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」から紐解く。

皆さんは、「児童労働」という言葉にどのような状況を思い浮かべるでしょうか。

 

国際連合が定める「世界人権宣言」には、子どもが教育を受ける権利が明記されていますが、発展途上国では、子どもが十分に教育を受けられない状況が現代に至るまで続いています。世界一のカカオの生産国・コートジボワールもそうした国のひとつ。カカオ農家を家業とする家庭が多く、労働を余儀なくされている子どもたちが珍しくありません。

 

そんなコートジボワールで、ブロックチェーン技術を活用することで児童労働撤廃に向けたモニタリングシステムの実証実験が行われました。ブロックチェーン技術はどのように児童労働の撤廃につながるのでしょうか。今回の実証実験に携わったJICA(国際協力機構)の若林基治氏(JICAアフリカ部次長)と、持続可能なカカオ産業への懇話会「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」を担当する山下契氏(JICAガバナンス・平和構築部 法・司法チーム企画役)にお話をうかがいました。

 

今回の実証実験の協力者に、入力端末による情報の登録方法をレクチャーする日本人スタッフ(写真左)と実際に入力操作を確かめる現地の協力スタッフ(写真右)。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

すこし、コートジボワールのカカオ農家の現状を整理しましょう。シカゴ大学の調査データによると、コートジボワールでは、2〜3人に1人の割合で、5~17歳の子どもがカカオの生産に携わっているとされています(出典リンク)。大人の労働力だけでは、家族が暮らしていけるだけの収入を確保できなかったり、農家に大人を雇用する経済力がなかったり、そもそも、教育機関の整備が不十分であったりすることが、その主な理由です。

 

同じ問題を抱える、世界第二位のカカオ生産国・ガーナの児童労働に関する調査担当の山下氏は「現地で関係者のお話を聞くと、親は、自分の子どもを学校に通わせて、良い教育を受けさせたいと思っている。でも、さまざまな理由から、それができない。どうせ学校に通えないのなら、家の仕事を手伝わせたり、外で働かせたりした方がいいと考えてしまう親もいるようです」と語ります。

 

2〜3人に1人というコートジボワールのカカオ農家の児童労働の割合は、ショッキングな数字です。しかし、その状況はコートジボワールのカカオ農業の長い歴史が醸成してきたものであり、簡単に変えられるものではありません。では、ここにブロックチェーン技術を応用すると、どのような変化が期待できるのでしょうか。

 

若林氏は、カカオの生産過程にブロックチェーン技術を組み込む意義について「確実にトレーサビリティーを担保し、サプライチェーンを透明化することが可能です。ウナギなどの農林水産物の産地の偽装が日本でも事件として報道されていますが、ブロックチェーン技術を用いることでこのような問題が発生しにくくなります。システムの違いよって情報の内容、信頼度が変わりますが、ブロックチェーン技術を用いればシステムに関係なくカカオの由来が生産者から消費者まで同じように明らかになり、誰もが確実に児童労働の有無を確認することができるようになります。特に今回の実証実験では子供の学校の出席データを利用することで、子供の就学を促す効果が期待できます」と話します。

 

JICAとデロイトトーマツが共同で実施した今回の実証実験では、カカオ農家の代表グループが登録した「農家ごとの児童労働の状況」と、教育機関が登録した「子どもの出席状況」とを監査人が照合し、児童労働を行わなかった農家のカカオを、プレミアム価格で買い取ることで正しい情報が持続的に記録され、確認できる仕組みを構築しました。

図版は、実証実験されたモニタリングフローを図解したもの。農園(事業者)、家庭(農家)、学校の三方からの登録情報をモニタリングチームが確認し、ブロックチェーンデータベース内で情報を保全。児童労働をしない農家のカカオをプレミアム価格で買い取る仕組み。図表提供:国際協力機構(JICA)

 

それぞれの代表者は専用の端末から情報を登録します。情報は相互に突き合わせて確認されます(モニタリング)。単に情報をデータベースに登録するだけでは、“本当は働いていたのに働いていなかったことに”してしまったり、“本当は出席していなかったのに、出席したことに”してしまったりといった不正入力ができてしまいますが、生産者の現場で複数の情報を突合させることで正しい情報がブロックチェーン上に記録され、それ以降は情報の信憑性は相互に担保され、改ざんもできません。もしも情報が整合しない場合は、モニタリングチームがヒアリングし、現地調査に訪れ、事実確認をするという仕組みも取り入れました。

 

2021年の11月から12月までの1か月の実験期間で、農家グループからの申請率は100%に達し、学校の申請率も95.6%に達しました。また、双方の情報が一致しないケースは、入力や申請の誤りがほとんどであると確認されました。児童労働が明らかになったのは、2366件の申請中、学校の通信環境や業務過多を原因とした未申請の103件を除くと、わずか3件という結果になったのです。

 

つまり、信憑性・透明性の高いブロックチェーン情報をもとに、プレミアム価格のカカオ買い取りというインセンティブをつけることで、親も事業者も子供たちに児童労働を強いる必要がなくなる可能性が確認できたわけです。

 

ブロックチェーンの導入が生む新たなブランド価値と商習慣

現在のカカオの流通過程をごくシンプルに説明してみましょう。まず、カカオ農家から出荷されたカカオが、コートジボワール国内の運搬業者によって運ばれ、輸出され、各国のチョコレート工場に運ばれます。工場で加工されたチョコレートをはじめとした加工品は、小売店に並び、消費者はそれを楽しみます。

 

ごく当たり前の、長年続いている商習慣ですが、問題は、供給側にどのような問題があったとしても、私たちはチョコレートを美味しく“楽しめてしまう”という点にあります。チョコレートを食べるときに、生産者の顔を思い浮かべる人がどれほどいるでしょうか。もしかすると、コンビニエンスストアで何気なく買ったチョコレートの原料を生産するために、遠く離れた地で、子どもたちが危険な児童労働に従事しているかもしれません。ですが、私たちは、チョコレートのパッケージからその有無を知る術がありません。

 

ここに、ブロックチェーン技術を使えば、消費者側からのチョコレートの背景情報の追跡が可能になります。今回の実証実験には小売店や消費者は参加していませんが、商品が出荷されるまでの各過程を正確に追跡できるということは、消費者がデータベースにアクセスすることで、どの農園で生まれたカカオを使って、どの工場で加工されたチョコレートなのか、また、生産過程で違法な児童労働はなかったのかも知ることができるということを意味します。

 

カカオサプライチェーンの「現状(左)」と「目指す未来像(右)」。現状は、生産者側と購入者側の情報経路が相互に繋がっていないため、情報追跡ができず生産地の問題を把握することができない。目指す未来は、生産者側と購入者側が情報をリアルタイムで共有する環状のサプライチェーン。ブロックチェーン技術で情報を保全しながらトレーサビリティ(流通の追跡可能性)を確保できる。図表提供:国際協力機構(JICA)

 

若林氏は「コバルトなどのレアメタルや、ダイヤモンドなどの希少な鉱石、綿花などの農産物も、児童労働が問題視される生産物の一例です。ブロックチェーンの仕組みを取り入れることで、こうした状況も改善できる可能性があるでしょう」と話します。

 

ブロックチェーンの産業への適用は、経済的に強い立場にある先進国の消費者が、弱い立場にある発展途上国と対等で公正な取引を行うことで、生産者のウェルビーイングを目指すという「フェアトレード」にもつながっていくと言えるでしょう。

 

人権意識の強い欧米の社会では、製品がフェアトレードに基づいて生産されているかどうかが商品選択や購買意欲に結びつく状況が生まれつつありますが、日本では、まだまだ認知度が高いとは言えません。

 

●サステイナブルチョコレートの認知者の購入意向

 

 

●サステイナブルチョコレート非認知者の購入意向

 

●調査全体としての購入意向

 

日本国内でのサステイナブルチョコレートの認知度ままだ低いものの、全体の65%が購入意向ありと回答しており、サステナブルチョコレートを認知している人の89%が購入する意向を示している(15歳以上の男女1400人webアンケート:デロイトトーマツ2021)。資料提供:デロイトトーマツ

 

例えば、生産・流通の各過程をブロックチェーンのデータベースに記録した上で流通する商品には、データベースを参照できるQRコードを付与したとします。それは今回の実証実験結果のように、生産側の持続可能な労働環境の醸成に結びつくだけでなく、それを製造・販売する企業にとっては、フェアトレード製品という“付加価値”を商品に持たせ、さらに、フェアトレードに対する社会の認識を強めるきっかけを作れるかもしれません。

 

「ブロックチェーンの技術を使ってデータを記録するということは、分散型でデータ管理されるため、利害が対立している当事者でもデータを信頼することができます。従来の内部でのデータ改ざんが可能な中央集権型のデータベースとの違いはここにあります。ブロックチェーン技術で農家と直接契約を結ぶこともできますし、新たな要素を加えることもできます。発想や捉え方によって、さまざまな付加要素を後から与え、新たな価値創造が可能だと思いますね(若林氏)」

 

持続可能なカカオ産業を作るために集う「サステイナブル・カカオ・プラットフォーム」

JICAでは、2020年1月に持続可能なカカオ産業の実現を目的とした「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム(以下、サステイナブル・カカオ・プラットフォーム)」を立ち上げています。今回の実証実験はプラットフォーム会員が関わる取り組みのひとつです。

 

JICAで開催されたサステイナブル・カカオ・プラットフォームの イベント。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

会員に名を連ねるのは、大手・中小の菓子メーカーや商社、広告代理店、弁護士法人、フェアトレードに関する社団法人や非営利活動法人などさまざま。それぞれの業種や業界が、それぞれの立場から、持続可能なカカオ産業を実現するべく、知見やリソースを持ち寄って共創、協働する場としての役割を果たしています。

 

JICA 開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム 概要。図表提供:国際協力機構(JICA)

 

「例えば、メーカーは、自社製品の原料がどのように生産されているか、高い関心を持っています。持続可能な方法で生産されていることを確認したい、持続可能な方法で生産できるよう生産者を支援したい、と考えているメーカーは多い。一方で、カカオ生産国で児童労働といった生産者の問題の解決に長年取り組んでいて、そのようなメーカーのパートナーになれるNGOもいますし、フェアトレード製品の流通拡大に取り組んでいる認証機関もいます。企業のサプライチェーン上の人権問題のリスクや対応事例について発信し、企業やNGOに助言を行っているコンサルティング企業もいる状況です。皆さん、それぞれの立場から持続可能なカカオ産業の実現に取り組んでいるとともに、この“場”を利用して協働する可能性を探っています。現在、メーカー、NGO、コンサルティング企業などの会員有志で、カカオ産業における児童労働撤廃に貢献するために、関係者それぞれに期待される具体的な行動を取りまとめたガイダンス資料を作成しています。(山下氏)」

 

また山下氏は、今後のサステイナブル・カカオ・プラットフォームの展開について「現在はメーカーや商社が多いですが、ほかの分野にも会員が広がっていくと、活動の幅も広げられると思っています。より消費者に近い流通業界、大手の百貨店さんやスーパーマーケットチェーンなどを巻き込んでいきたいですね」とも話します。

 

多彩なプレーヤーの増加が児童労働の撤廃につながる

「児童労働の撤廃」「持続可能なカカオ産業の実現」と聞くと、ごく限られた企業のみが関係しているようにも思えます。ですが、このテーマを追求し、発展途上国の状況や、社会構造を変革させるような大きな動きにするためには、より多くの業種の参画が必要だと私は考えています。というのも、児童労働の撤廃のためには、将来にわたって大きな収益を生み続けていくことが不可欠だからです。

 

多様な関係者間での意見交換の場となっているサステイナブル・カカオプラットフォーム。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

今回の実証実験では、児童労働をさせないことを条件に、事業者がプレミアム価格でカカオを買い取るという仕組みで農家の収益を向上させています。ですが、上乗せ分のコストは、さまざまな方法で確保できるのではないでしょうか。

 

例えば、ブロックチェーンの技術を用いて、フェアトレード製品であることが担保されているチョコレートを、メーカーはこれまでの120%の価格で販売するとします。いわば、フェアトレード製品であることをブランド化し、付加価値を作ることで、利益率を向上させるのです。メーカーから農家に利益を還元する仕組みを作れば、消費者がその商品を買えば買うほど、農家にマージンが入るようになります。

 

あるいは、他のサービスや製品を巻き込んでプロジェクト化し、フェアトレード製品を組み込むという考え方も適用できる可能性があります。例えばエンタメ産業なら、特定のアーティストの楽曲をダウンロード購入した消費者は、フェアトレード製品を無料で受け取ることができ、音楽出版社は、楽曲の販売利益の一部を、フェアトレード製品の製造に関わった農家に還元するといったお金の還流方法です。この方法なら、協力するアーティストのファン層という、それまでとはまったく別の層にもアプローチすることになり、フェアトレードや児童労働撤廃という社会ムーブメーントの意識拡大にも期待が持てます。

 

これらはあくまでも一例ですが、私がお伝えしたいのは、一見、関わりが薄いように思える企業でも、児童労働を撤廃させるための仕組み作りに参加できる可能性を持っているということです。そしてプレーヤーが増えれば増えるほど、発展途上国の農家にインセンティブを提供できる機会も増加し、持続可能なカカオ産業の醸成に大きく近づいていくのではないでしょうか。そんな近未来を感じさせてくれる、ブロックチェーン技術とカカオと児童労働撤廃の話題です。

 

幼稚園に通う子どもたち(ガーナ)。写真提供:国際協力機構(JICA)

 

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SDGsの遥か昔から取り組むキーコーヒーの「再生事業」

本記事は、2022年2月21日にGetNavi webで掲載された記事を再編集したものです

 

目覚めの時やちょっとした休息の際など、コーヒーは欠かせない飲み物のひとつ。いまやスペシャルティコーヒーをはじめ、さまざまな個性豊かなコーヒー豆が日本でも楽しめますが、そんななか、フローラルな香りと柑橘系の果実のような酸味で高い評価を受け続けているコーヒーが、キーコーヒー株式会社の「トアルコ トラジャ」です。そのトラジャコーヒーですが、かつては絶滅の危機に陥ったこともあるそう。それを救ったのが同社の再生事業でした。

 

“幻のコーヒー”を見事に再生

トラジャコーヒーとは、インドネシア・スラウェシ島のトラジャ地方で栽培されるアラビカ種のコーヒーのことです。18世紀には希少性と上品な風味がヨーロッパの王侯貴族の間で珍重され、「セレベス(スラウェシ)の名品」と謳われていました。しかし第二次世界大戦の混乱で農園は荒れ果て、トラジャコーヒーも市場から姿を消すことに。そんな幻のコーヒーに着目し、サステナブルな要素を踏まえた取り組みにより、約40年の時を経て復活させたのがキーコーヒーでした。

 

「トラジャコーヒーは、スラウェシ島のトラジャ県で栽培されるアラビカコーヒーを指します。その中から独自の基準により、品質の高い豆として認定したものが『トアルコ トラジャ』という当社のブランドです」と話すのは、2015年~2019年まで現地で『トアルコ トラジャ』の生産に携わっていた同社広域営業本部の吉原聡さんです。

広域営業本部 販売推進部 担当課長 吉原聡さん

 

「トラジャコーヒー再生の発端は、1973年に当社(旧・木村コーヒー店)の役員がスラウェシ島に現地調査に行ったことでした。トラジャ地区(県)の産地は島中部の標高1000~1800mの山岳地帯にあり、当時はジープと馬を乗り継ぎ、さらに徒歩でようやくたどりつけるような難所だったそうです。たどり着いた先で彼が目にしたものは、無残に荒れ果てたコーヒー農園。しかしそんな中でも生産者(農民)たちは細々とコーヒーの木を育て続けていました。そこで当社は再生を決断したのですが、そこには“この事業の目的は一企業の利益にとどまらず、地元生産者の生活向上、地域社会の経済発展に寄与し、さらにはトラジャコーヒーをインドネシアの貴重な農産物資源として国際舞台によみがえらせることが重要”という強い意志があったと聞きます」

 

さっそく同社は、翌1974年にトラジャコーヒー再生プロジェクトの事業会社を設立。1976年にはインドネシア現地法人「トアルコ・ジャヤ社」を設立し、“トラジャ事業”を展開していきました。さらに1978年には日本で『トアルコ トラジャ』として全国一斉発売。そして1983年には直営のパダマラン農園での本格的な運営も始まったのです。

「トアルコ トラジャ」を使用した商品。簡易抽出型や缶などいろいろなタイプで販売されている

 

地域一体型事業における“3つのP

「トラジャコーヒーの再生は、トラジャの人たちと共に築き上げてきた地域一体型事業そのものです。それを踏まえた上で、「Production」「People」「Partnership」という3の“P”を事業の根幹に据え、取り組んできました。

 

まずProduction」は、自然との共生と循環農法です。環境保護に努めることがコーヒーの品質維持や現地の人たちの生活の保護にも寄与します。自然との共生という部分では、農園の約40%を森林に戻したり、水洗時の排水のチェックを徹底したりしています。また土壌を守るため、コーヒーの木の周りにマメ科やイネ科の植物を植え(カバークロップ:土壌侵食防止目的に作付けされる)、さらに直射日光を遮るための樹木も植えています。そして脱肉後の果肉を堆肥として利用したり、脱殻後のパーチメント(種子を包んでいる周りのベージュ色の薄皮)を乾燥機の燃料にするなど循環農法を実施。持続可能な農業を地道に行っています。直営パダマラン農園は、これらの取り組みを認められ、熱帯雨林を保護する目的の「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けています。

直営パダマラン農園

 

「People」は言葉通り、人を意味します。生産者、仲買人、そして現地社員の協力の元でトラジャ事業は成り立っています。『トアルコ トラジャ』で使用するコーヒー豆の全生産量のうち、直営のパダマラン農園で作られるのは約20%で、残り80%は周辺の生産者や仲買人から購入しています。生産者には当社からコーヒーの苗木や脱肉機を無償提供し、オフシーズンには生産者講習会を開き、剪定や肥料のやり方、脱肉機の操作方法を指導。年に1回、『KEY COFFEE AWARD』を開催し、その年に優良なコーヒー豆を育てた生産者を表彰して労うことも行っています。また、現地の人たちの負担を軽減させるために、片道2時間ぐらいかけて標高の高い地域まで出向き、その場で豆の品質をチェックし買い付けする出張集買を行っています。現地の人たちとの二人三脚、協力体制を大切にし続けているのです。

出張集買は日時を決めて数カ所で開催される

 

そしてPartnership」は地元政府や地域との連携です。道路のインフラ整備や架橋への協力、生産者の子どもたちが通う学校へのパソコンの寄附も行っています。またインドネシアでは、コーヒーの粉を直接カップに入れて上澄みをすすったり、砂糖をたっぷり入れたりして飲むのが一般的です。そこで『トアルコ トラジャ』の美味しさをこの島の人たちにも伝えたいと、コーヒーショップのオープンをはじめ、ドリップコーヒーの普及にも努めています」

スラウェシ島の中心都市マカッサルにあるキーコーヒーのコーヒーショップ

 

同社の取り組みは、幻のコーヒーを再生しただけにとどまりません。

 

「トアルコで働くことで4人の子どもを大学に進学させることができた」「トアルコ社に良質なコーヒー豆を買ってもらい、ワンシーズン働いただけでバイクが買えた」など、現地の人たちの生活向上にも大きく貢献していると言います。

 

コーヒー豆の生産量が半減する!?「2050年問題」

このように順調とも思える同事業ですが、一方で近年、コーヒーの生産について世界規模での懸念があるそうです。

 

「2050年問題といいますが、地球温暖化によりコーヒーの優良品質といわれるアラビカ種の栽培適地が、将来的に現在の半分に減少すると予測されています。このまま何も対策を取らないと、コーヒー豆の生産量の減少や品質の低下、そして生産者の生活を奪うことになります。そこで、アメリカに本部を置く“World Coffee Research(WCR)”という機関と協業で、病害虫や気候変動に負けない品種開発の実験(IMLVT:国際品種栽培試験)を直営パダマラン農園で行っています。Partnershipともリンクしますが、世界的なトライアルに参画し、共にこの問題を解決していきたいと考えています。このほかにも、当社は様々な研究を行っており、生産国や品質の多様性を守る活動にも力を入れています」

2017年のIMLVT開始時の様子

 

SDGsを念頭に入れた事業展開

社会貢献に対する意識は、創業当時から高かったという同社。例えば、環境保護や生産者の支援につながる「サステナブルコーヒー」という考えを元に、「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けたコーヒー農園の商品の取り扱いや、国際フェアトレード認証制度に基づき、経済的、社会的に立場の弱い発展途上国の生産者や労働者の生活改善、自立を支援する取り組みなども早くから行っています。また、環境に配慮したパッケージの切り替え、食品ロスの削減にも取り組んできました。

 

「東日本大震災以降は、10月1日のコーヒーの日にチャリティブレンドを販売。日本赤十字社を通して売上金の一部と基金を被災地や世界の貧しいコーヒー生産国の子どもたちへ寄付し続けています。また100周年の創業記念日(2020年8月24日)には、コーヒーの未来と持続可能な社会の実現に貢献していくために、従業員からの募金を主とする『キーコーヒー クレルージュ基金』を設立しました。募金を通じて、コーヒー生産国の社会福祉や自然環境の保護をはじめ、災害支援についても機動的な支援を行っています。

「キーコーヒー クレルージュ基金」でコーヒー生産国を支援

 

近年SDGsという言葉がよく使われるようになりましたが、最近はお客様の意識はもちろん、取引先様がSDGsを踏まえての事業を展開することが増えています。我々としてももう一度様々な事業を整理し、当社として何をどう提案でき、どんな課題にどう対応できるのか、改めて考えていきたいと思っています」

 

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途上国の「5G」導入費用は先進国の3倍。「スマート農業」に対する農家の期待と不安

途上国を中心に世界の人口が増加する中、ビッグデータやAI、ドローンなどの最先端テクノロジーを活用して、農家の経営をデジタル化し、農作物の管理をより精密にする「スマート農業」の動きが活発化しています。近年、この分野では「5G」が大きな注目を集めており、最新の移動通信システムを導入することでスマート農業はさらに飛躍すると言われていますが、その一方で課題も浮き彫りになっています。

5Gの導入は期待半分、不安半分

 

世界中の農家は、スマート農業に積極的な理由を見出しています。2022年7月、スマート農業に対する農家の姿勢や課題などについて調べた『DEMETER』レポートが発表されました。DEMETERは主に欧州諸国がスマート農業を推進するためのプロジェクトですが、同レポートは南アフリカやジャマイカといった新興国・途上国を含む、世界46か国から484名の農家の回答を収集しています。この中で、農家がスマート農業を取り入れる大きな理由として、「農業経営に必要な、より良い情報を得ることができる」「仕事をシンプルにする」「生産性を上げる」という3つの要因が存在することがわかりました。

 

そこで5Gが役に立ちます。数年前に国連開発計画は、このテクノロジーが先進国だけでなく途上国にもさまざまな恩恵をもたらすと論じました。例えば、ドローンやセンサー、データ通信などの幅広い技術との連携。フィリピンの農村・カウアヤン市は、数年前に地元政府が同国最大の通信事業者と提携して5Gを導入し、「デジタル・ファーマーズ・プログラム」を通して農家に最新テクノロジーに関する研修や指導を行いました。

 

また、5Gによって迅速かつ効率的にデータを共有することが可能になります。イギリスのある事例では、酪農家が牛の首や脚にIoTセンサーを装着。健康状態や日常の行動をモニターし、異変があれば、獣医師や栄養士にデータを送り、牛の健康上の問題にいち早く対処できる体制が構築されたとのこと。このことは最新テクノロジーがさまざまな場面で迅速な意思決定を促すことも意味しており、だからこそ5Gが効率や生産性を上げると期待されているのです。

 

その他のメリットとして、5Gには気候変動への対策としての側面があることも見逃せないでしょう。2017年に米国科学アカデミー紀要に掲載された論文によると、世界の平均気温が1度上がるごとに、大豆の収穫量は3%、小麦は6%、トウモロコシは7%減少するとのこと。気候変動がもたらす害虫や動物の病気が農作物に悪影響を及ぼしますが、スマート農業では、気候や土壌の状態などに関するデータをIoTセンサーから収集するほか、人工知能や機械学習が農作物の害虫や病気に対する感染のしやすさを予測して農家に伝えることが可能。このような機能の速度や効率性、精度が5Gによって向上すると見られています。

 

最大のネックは費用

しかし、農業に5Gやスマート技術を導入するうえで最大の障壁となっているのが費用の問題。5Gの導入には既存の4Gネットワークをアップグレードする必要があり、通信事業者が負担する費用は2倍近くになると言われています。コンサルティング会社のマッキンゼーによれば、2030年までに想定される範囲をすべて5Gにするためには、最大で9000億ドル(約121兆円※)もかかるとのこと。さらに途上国の場合、3Gや4Gのネットワーク自体が存在しないか不足している地域が少なくないため、5Gの導入費用は先進国の3倍近くなると言われています。つまるところ、先述したDEMETERのレポートでも、53%の農家がスマート農業における最大の課題は「費用」と回答していました。

※1ドル=約134.7円で換算(2022年8月9日現在)

 

このような理由で、5Gの導入には国や自治体の支援が不可欠。カウアヤン市の取り組みが参考になるかもしれませんが、農家の心配は費用だけではありません。「リソース不足」や「データのプライバシー」を懸念する声もあり、これらは農家が自力で解決できる問題ではないでしょう。農家が人手不足に陥っている日本では、2020年にNTTグループや北海道大学が共同で、ロボットトラクターを田んぼに導入し、5Gとスマート農業の実証実験を行いました。少子高齢化が進む先進国と人口が増加している途上国では、直面する課題が異なるかもしれませんが、経営の効率化や生産性の向上など、農家がスマート農業に期待していることは同じ。できるだけ費用を抑えた、広く通用するビジネスメソッドが求められています。

 

読者の皆様、新興国での事業展開をお考えの皆様へ

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低所得者層の農家向け「農機シェア」が話題! アグリテックがナイジェリアの農業を変える

【掲載日】2022年6月15日

最先端テクノロジーを導入することで農業の方法を変える「アグリテック」。AIやドローン、ビッグデータなどが話題を集めがちですが、実は資金の提供スキームも進歩を遂げています。途上国では「BOP(Base of the Pyramid)」と呼ばれる低所得者層の農家を対象にしたビジネスモデルが次々に登場しており、世界の投資家から熱視線を浴びているのです。この仕組みは途上国が人口増加と食料の問題を解決するうえで大きな役割を果たすかもしれません。

所得の低い農家が希望を持てるビジネスモデルが生まれた

 

2021年、貧困と飢餓の撲滅を目指して国際開発を行う「ヘイファーインターナショナル」は、アフリカ全土の有望なアグリテックイノベーターに賞金を提供する「AYuTe Africa Challenge」を創設。その第1回大会で賞金150万ドル(約2億2500万円※)を獲得したのが、農機具を持たない農民に対して携帯アプリでトラクターなどのレンタルサービスを提供するナイジェリアの「ハロー・トラクター(Hello Tractor)」でした。

※1ドル=約135円で換算(2022年6月13日現在)

 

ハロー・トラクターのサービスはソフトウエアとトラッキング・デバイスからなり、ユーザーがトラクターの所有者にアプリ上で連絡して利用日を予約するというもの。「Uberのトラクター版」とも呼ばれる本サービスは、ペイ・アズ・ユー・ゴー(Pay-as-you-go)の仕組みを活用しており、課金方式は従量制。最大のメリットは、低所得者層の農家がトラクターを使って生産性を向上させることができる点です。借りる側の担保ではなく、トラクターが生み出す収益に着目したこのビジネスモデルは、日本を含めた世界各国においても大いに参考になるビジネスモデルとなりえるでしょう。

 

石油大国として知られるナイジェリアですが、農業も最重要分野の1つ。同国の農業は、自給自足を主とする小規模農家が多く収穫高は天候に大きく左右されます。また、近年は高いインフレ率にも苦しんでおり、2022年3月は17.2%の食料インフレ率を記録しました。さらに、人口は現在2億人を超えており、2050年には4億人に倍増する見通し。そのため、食料の安定した供給は重要な問題なのです。

 

日本においては人口減少や跡継ぎの不在など、ナイジェリアの農業事情とは異なる部分も多いですが、アグリテックによる農業の進化が未来の重要な鍵である点は同様。また、食料の安全保障はどの国においても必須課題であると同時に、大きなビジネスチャンスを秘めています。途上国で生まれるハロー・トラクターのようなイノベーションから今後も目が離せません。

 

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●アイ・シー・ネット株式会社「海外進出に役立つ資料集」

日本の知見が必要だ!「有機農業」への道を模索するインド

【掲載日】2022年5月9日

2022年4月、インドのカルナータカ州政府は、化学肥料や殺虫剤を使用しない農作物の栽培に注力することを発表しました。同州政府は約4000エーカーの土地で野菜や果物の有機栽培に取り組む計画。今後の収穫結果の動向にも左右されますが、多くの地元農家が成功を期待しています。

有機農業へのシフトは言うは易く行うは難し

 

先進国と同様に、インドでも健康意識の高まりから、有機栽培による農産物を求める消費者の声が強くなっていますが、同国の農業がここまで発展するまでの道のりは平坦ではありませんでした。1960年代半ばに大飢饉がインドを襲いましたが、この危機から同国を救ったのは、1970年代にノーベル平和賞を受賞した故ノーマン・ボーローグ博士による「緑の革命」。これにより、高収量を目指すことができる品種が導入されたり、化学肥料などを活用して生産性が向上したりしました。この取り組みは飢饉を抑える原動力になった一方で、人体や生物への影響、所得格差の拡大といった問題点も浮き彫りになりました。そして、現在のインドは有機栽培による品質向上だけでなく、アグリテックの活用による農作物の大量生産を目指しているのです。

 

しかし、有機農業へのシフトを図るインドの前には、厳しい現実が待ち構えています。インド農家の多くは、成長促進や商品としての見栄えを考慮して、ホルモン剤や硫酸銅などを注入していると報じられています。また、工業施設近辺の農家では、有害金属が含まれる工業排水を農作物に与えることがあるため、汚染濃度の高い農産品も少なくありません。インド食品安全基準局は多くのガイドラインを定めていますが、まだ目標としている段階まで到達していないのが現状。

 

一方、高品質で安全な農産物を消費者が享受できるように、インドの州政府もさまざまな取り組みを行なっています。生産者が共同使用できる冷蔵室や熟成室、衛生機器、廃棄物処理施設などを提供したり、研修プログラムや能力開発支援を定期的に開催したり。しかし、州政府の戦略策定と現場への導入との間にはギャップが存在しており、有機農業へのシフトは難航しています。

 

有機栽培において日本は深い知見を持っています。例えば、農林水産省の認証制度やJICAと民間企業による連携事業など、インドの参考になる事例が数多くあるでしょう。また、環境負荷が少ない生産方法や流通網で農作物を提供することは、インドの販売企業にとっても多大なメリットが見込まれます。それだけでなく、高品質な農産物を生産してきた日本の民間企業にとっても、これは大きなビジネスチャンスと言えるでしょう。

 

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まるでSFの世界!? 世界最大の完全人工光型植物工場の内部に初潜入して分かったこと

人口爆発、気候変動、森林の砂漠化、疫病の蔓延……これらによって来たる時代、世界は深刻な食糧難を迎えるとは、クリストファー・ノーランの『インターステラー』など、ずいぶん前からさまざまな作品で描かれてきたが、けっしてSF的絵空事ではなさそうだ。

 

2020年は目下、コロナ禍に異常気象、赤道近くではサバクトビバッタが大襲来と、まさに踏んだり蹴ったり。食糧危機はすぐそこまで来ている、とうすら寒く感じた人も多いのではないだろうか。実際、記録的な長雨や日照不足などにより、葉物野菜をはじめとする野菜の価格が、今夏は高騰した。

 

2019年4月に、東京電力エナジーパートナーら3社による合弁会社、彩菜生活(さいさいせいかつ)が発足したことはGetNavi webで既報のとおりだが、この危機に一矢を報いる存在になるかもしれない。

【関連記事】
東電ら3社が出資した合弁会社、世界最大の完全人工光型植物工場の操業開始……静岡・藤枝
https://getnavi.jp/life/510179/

 

彩菜生活は、葉物野菜の生産・販売を目的とする、完全人工光型の植物工場事業を展開。静岡県藤枝市に2020年6月末に竣工し、7月からリーフレタスの生産を開始、8月中旬には初出荷を果たした。

 

延べ床面積は約9000平方メートルを誇る生産現場を、今回この目で確かめて来た。人の手によって完全にコントロールされているという、SFさながらの“植物工場”とは、いったいどんな仕組みになっているのか? また、この取り組みにかける生産者、そして事業者の思いとは?

↑静岡県藤枝市に完成した彩菜生活の植物工場を訪れた(8月下旬)

 

光にあふれる衛生的な空間で青々と野菜が茂る

↑“植物工場”とは環境制御型の生産システムで、太陽光あるいは人工光を光源とし、土を使わない“水耕栽培”が主だが、一部土を使う“土耕栽培”も存在する。彩菜生活では、人工光LEDを光源とした水耕栽培を採用している

 

工場内へ一歩足を踏み入れると、衛生管理の厳重さに驚く。植物を健康に育てるため、虫や菌は大敵。工場の随所に、それらを持ち込まない工夫が徹底されている。髪の毛1本も露出させない厳重な衛生服に、虫除けのエアカーテン、手洗いや消毒の徹底はもちろんのこと、工場内の時計にはカバーがなかった。

↑カバーとなるガラスが取り去られている。万が一外れて落下するとガラスが飛散し、工場内に持ち込まれるおそれがあるからだそうだ

 

1.【育苗室】一粒ずつ種を植え、育苗を行う

では、植物の成長過程にのっとって工場内を見ていこう。最初に訪れたのは「育苗室(いくびょうしつ)」と呼ばれる、種から発芽させ苗床で苗を育てる部屋。専用のベッドに一粒ずつ種を植え、4時間に1度の間隔で散水すると、2日間程度で発芽する。

↑ベッドはしっかり水分を吸収するウレタン製。ほかにロックウールが多く使われるが、発芽率が高いものの藻が生えやすいため、採用していないという

 

↑種から発芽した状態

 

訪れた際は育苗室のLEDが切られていたが、それは露地栽培のように昼と夜を創出しているため。光を当て続ければどんどん育つが、細長く伸びてしまうため、一定時間休ませることで茎を太らせしっかり茂らせるのだという。

 

発芽するとベッドごと、栄養分が加えられた水“養液”で満たされたプールに移される。

↑苗が育ち、根を下ろし始めた時期。生育環境は一定の条件下で管理されているが、種の個体差によって発芽や生育状態にわずかに差が生まれる。生育が芳しくない苗は、次の部屋へ移される際に取り除かれる

 

↑循環ポンプによって養液を行き渡らせたプール

 

育苗室で発芽して一定の大きさまで育った苗は、次の「栽培室」へと移される。その際、苗は発育をチェックされた上で、ひとつひとつパレットに移植される。

↑パレットに間隔を置いて移植される苗。茂ってもなるべく葉の多くの面積にLEDを照射するために、光を反射しやすい白のパレットを採用している

 

↑移植された苗は、レーンに乗って栽培棚へと運ばれていく。高い位置のベッドには、垂直リフトを使って自動で持ち上げられ、並べられていく

 

2.【栽培室】育った苗を出荷できるサイズにまで育てる

パレットに移された苗は、再びLEDの下で育てられることになる。

↑栽培室でLEDを照射されるリーフレタス。みずみずしい葉が奥まで続く様は、圧巻の眺めだ

 

成長させる要素は、LEDの照射と養液の2点。また、最適な室温にキープするための空調も重要だ。オペレーションは基本的にプログラムで自動化されている。

↑LEDは植物の栽培に適した特有のもの。真下の野菜に効率的に照射できるよう、周囲に広がりにくい設計となっている

 

↑空気の循環を良くして、フロアの温度を一定に保っている

 

栽培室では、より大きく育つよう、さらにもう一度移植する“定植”が行われ、その後収穫まで育てられる。

↑定植の作業。根が養液に浸るようパレットに差し込んでいく

 

3.【梱包室】収穫したレタスを梱包する

続く工程が、収穫、計量、梱包。スタッフの作業が順調なあまり、収穫・出荷には間に合わず、残念ながらその作業の様子は目撃できなかったのだが、設備を見せてもらった。

↑LEDの下で育ったリーフレタス。農薬を使わずとも虫食いなどもなく、青々としてみずみずしく育っている。見るからにおいしそうだ

 

刈り取られたレタスは、5kgずつ箱に入れられ、梱包室へ運ばれる。金属探知機をくぐって異物混入をチェックされ、再度計量されたのちに、箱詰めされていく。

↑レーンに乗って運ばれて来た収穫済のレタスは、この金属探知機をパスしたあと、スケールで計量される

 

4.【冷蔵庫】出荷まで保管する

彩菜生活のロゴ入り段ボールに詰められたリーフレタスは、出荷まで冷蔵庫で過ごす。

↑冷蔵庫で出荷を待つ、前日に収穫されたリーフレタス

 

初出荷以降、取材した8月下旬まで全量が買い取られているという。品質と味に期待と信頼が寄せられていることが窺い知れる。

 

ちなみに、収穫されたリーフレタスは日々、工場長以下スタッフによって、味覚・嗅覚・触覚などで確認する検査が行われているそう。お味はどうですか? と工場長にうかがったところ(売り切れ続きで取材陣は味見できなかったのだ)、「おいしいです! サラダでお使いいただいても、ほかの食材を邪魔しない味です」とのこと。また「植物工場の葉物野菜は柔らかすぎることもあるようなんですが、お客さまには『しっかりしていますね』と味も食感も評価いただいています」。

↑「生産はいたって順調です!」と安堵するのは、工場内を案内してくれた柳田淳子工場長。東京電力ではコールセンターなどの組織長を長年務め、さまざまな職種・属性のスタッフを束ねて来た実績から、新しい取り組みを前向きに推進できる人材として白羽の矢が立ったそうだ

 

彩菜生活で収穫されたリーフレタスは、スーパーやコンビニエンスストアに製品を卸す食品加工会社に出荷、サラダなどに加工され、店頭に並ぶ。関東と関西という大商業圏の中間地に立地したことで、広域の出荷先に対応できるという。

※イメージ

 

“サステナブルな社会”の実現に、いかに役立てるか

植物工場を見せてもらった上で、東京電力エナジーパートナー常務執行役員法人営業部長であり、彩菜生活の社長でもある水口明希さんに、なぜ今、同社が植物工場を作り、野菜栽培事業に乗り出したのか、また今後の展望などを聞いた。

 

───まず、野菜栽培事業に乗り出した今の意気込みを聞かせてください。

 

「東京電力エナジーパートナーの法人営業では従来、企業のお客さまに対して電化や省エネルギーの提案をしてきました。新たに“食”という分野で、企業や社会のお役に立てる機会をいただいたと考えています。彩菜生活を通じて、社会に新たな貢献をしていきたいと思っています」(水口さん、以下同)

 

───彩菜生活は、東京電力エナジーパートナーのほか、芙蓉総合リース、ファームシップの3社による合弁会社ですね。各社はそれぞれどのような強みを持ち寄ったのですか?

 

「東京電力エナジーパートナーは、省エネ技術をはじめとしたエネルギーコスト削減の設備運用ノウハウを持っています。さらに、食品加工工場等とのネットワークも、営業面で強みとなっています。また、芙蓉総合リースは金融事業を通じて蓄積したファイナンスソリューション力とマネジメント力を、ファームシップは流通・人材事業を含めた植物工場事業全般に関わるノウハウをもっている点が強みで、お互いを補完し合い、強力なパートナーシップを発揮できると考えています」

 

───あらためて、人工光型植物工場のメリットを教えてください。

 

「天候など外部環境に左右されることなく、安定的に生産が行える上、衛生的な環境下で栽培できることで、無農薬ながら作物の病気や害虫を防ぎ、野菜の形や味、含まれる栄養素も一定の品質に保てます。さらに、高い鮮度を通常より長く保持できるため、食品ロスを減らすことにもつながります」

 

───東京電力エナジーパートナーはこの事業に、電力会社としての知見や技術をどのように生かしているのでしょうか?

 

「実は、電力と農業は古くから関係が深く、東京電力では50年も前から、農業の電化技術の開発・普及に努めてきました。近年ではハウス栽培での最適環境と省エネ実現のため、従来の重油等を使った燃焼方式の空調から、電気を使ったヒートポンプ方式へと熱源の転換を提案しています。

そこへ今回、自ら生産する側の世界へ飛び込んだわけです。植物工場というのは照明と空調が重要で、それは電気の塊なんですね。生産性と省エネ性を両立させながら最適な制御を行えるよう、実稼働とともに研究も進めてノウハウを蓄積していけば、我々の今後に生かせるだけでなく、お客さまにも還元できると考えています」

 

───近年、企業には「SDGs」を意識した取り組みが求められていますね。この事業は、消費者や地元、さらに社会にどのように貢献できるのでしょうか?

 

「日本の農業を取り巻く環境としては、昨今の天候不順によって野菜の出荷量や販売価格が乱高下していること、食に対する消費者の安心安全意識が高まっていること、高齢化などによって農業従事者が減少していることなどが挙げられ、日本の農業や食に関する課題だと認識しています。植物工場は、それらの課題を解決する手段のひとつになるはずです。

また、現時点ですでに60〜70名のパートさんを採用していますが、みなさん地元の方です。地元に雇用を創出するという面でも、お役に立てていると感じています。これらによって、SDGsの理念である『持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現』に貢献していきます」

 

───今日時点(8月下旬に取材)で、稼働する栽培室は4室あるなかの1室でしたが、計画ではいずれどのような規模感になるのでしょう? また、国内の生産量のなかでどれくらいの影響力があるのでしょうか?

 

「現在、植物工場で収穫されるリーフレタスは、日本国内で収穫されるリーフレタスの約2%に留まります。彩菜生活は、2021年夏までに1日あたり約5t、1株100g換算で約5万株相当の生産を計画していますが、それを達成すれば世界最大の生産量を誇る植物工場となり、よりいっそう安定的な食の供給に貢献できるようになります。

また、栽培する野菜も現在はリーフレタスのみですが、ニーズがあればほかの野菜も視野に入れるかもしれません。野菜を購入してくださるお客さまのニーズや事業環境などを見定めながら、判断していきたいと思っています。

まずは、2021年夏までに目標の生産量を達成できるよう邁進していきます。ご期待ください!」

 

世界の食糧危機を救う……までにはもう少し時間がかかりそうだが、まずは国内の食糧事情を支える大きな一歩を、着実に踏み出したことは間違いない。

 

 

取材・文・撮影/和田史子(GetNavi web編集部)