【西田宗千佳連載】ゼロから作り直して「生成AI世代らしく」なった次世代Alexa

Vol.148-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonが発表した新たな音声アシスタント「Alexa+」の話題。生成AI時代に生まれ変わるサービスにはどんな変化があるのかを探る。

 

今月の注目アイテム

Amazon

Echo Show 15(第2世代)

実売価格4万7980円

↑音声での対話による情報の提供には欠かせない、ディスプレイ付きのスマートスピーカー。Echo Show 15は15インチの画面で文字などの視覚情報により、スムーズな対話が可能になるデバイスと期待されている。

 

Amazonが2月に発表した「Alexa+」は、同社の音声アシスタント「Alexa」を、生成AI技術を使ってゼロから作り直したものだ。

 

その結果としてAlexa+は、「自然な対話」「対話の中での複数の作業」といった、人間になにかをお願いした時と同じような挙動を実現している。現時点では英語デモの様子しか確認できていないため、どこまで人間に近い、理想的な挙動になっているかは判然としない部分もある。しかし、いままでのAlexaに比べ、自然で“会話しながらなにかをする”イメージに近いサービスへと近づいているのは間違いない。

 

Alexa+の特性は、生成AIを使ったAIエージェントそのものだ。

 

ご存じのように、生成AIは文章での問いかけに対し、自然な文章で応対する。音声認識を軸にしたAIから生成AIに切り換えたことで、Alexa+の応対は、当然自然なものになる。

 

また、現在生成AIの世界では、複数の作業を連続して行う機能が注目されている。人間の代わりに色々なことを行う……という要素から、そうしたシステムを「AIエージェント」と呼ぶことが多い。

 

声や文書など、言語でコンピュータに命令を与えることには利点と欠点がある。利点はいうまでもなく「簡単」であること。欠点は「ボタンをクリックするのに比べるとまどろっこしいこと」だ。ボタンを1つ押せば済むことではなく、もっと複雑なことをお願いするか、対話すること自体を楽しめるようにするなどの副次的要素を加えるかといった形にしないと、生成AIによるアシスタントは便利な存在にならない。単純に生成AIとチャットしても便利なサービスと言えないのは、もう皆さんも体験しているのではないだろうか。

 

だからこそ各社は、生成AIを“複数のことを人間の代わりに行う”“多少曖昧だったり複雑だったりする命令も読み解いて、結果的に目的を果たす”ものにすることを目指している。それがすなわち「AIエージェント」だ。

 

実はAmazonは、Alexaで複数の命令を自然な会話の中で聴き取り、作業を進める仕組みをずっと開発していた。筆者が最初にデモを見たのは2019年のことだが、結局オリジナルのAlexaでは、正式に実装されることは無かった。作っていたのはいまでいうAIエージェントそのものだが、他のサービスとの連携などに課題があったため……と言われている。

 

しかし、生成AIをベースとして全体を作り直した結果として、音声アシスタントに求められる「AIエージェント的挙動」を実現できたことになる。処理はすべてクラウドで行われるため、すでにあるAlexaデバイスでそのまま使えるのも重要な点だ。

 

Amazonは生成AIへの取り組みで遅れている……と言われていたのだが、ここに来て他社を一気に追い越してきた印象も強い。では、それはなぜできたのか? 他のプラットフォーマーはどう対抗してくると考えられルのか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】音楽からセキュリティに移った「スマートホーム」。そろそろ「音声の価値」を見直す時期に

Vol.148-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonが発表した新たな音声アシスタント「Alexa+」の話題。生成AI時代に生まれ変わるサービスにはどんな変化があるのかを探る。

 

今月の注目アイテム

Amazon

Echo Show 15(第2世代)

実売価格4万7980円

↑音声での対話による情報の提供には欠かせない、ディスプレイ付きのスマートスピーカー。Echo Show 15は15インチの画面で文字などの視覚情報により、スムーズな対話が可能になるデバイスと期待されている。

 

音声アシスタントの草分けであるAmazonの「Alexa」は、2014年にアメリカで生まれた。同時に登場した「Amazon Echo」の存在もあり、そこから数年間、スマートスピーカーのブームが起きたことを記憶している方も多いだろう。Googleは「Google Home(現 Google Nest)」、Appleは「HomePod」を製品化し、日本ではLINEが「Clova」を販売した。

 

そのブームも3年ほどで落ち着いたが、その後に市場で存在感がある形を残せたのは、AmazonのEchoシリーズとGoogleのNestくらいではないだろうか。製品供給という意味ではAmazonはいまだ積極的だが、Googleは鈍く、スマートスピーカーというジャンル自体が停滞しているのは間違いない。

 

音声アシスタント自体は、そのままスマホの中に定着した。現在はテレビでも、スマホ由来の技術を使って「音声検索」するのがあたりまえになっている。

 

スマートスピーカーの登場時期は、音楽でストリーミング・サービスが定着し始めた時期と重なる。日本ではまだまだだったが、アメリカではまさに普及期。しかし、家庭にはすでにCDプレーヤーやホームオーディオが減っており、「部屋で気軽に音楽を聴く方法」が求められていた。スマートスピーカーの存在感もそこにあった。

 

だが、その需要が一回りすると、そこからは別の要素が必要になる。そこで重視されたのが「スマートホーム」だ。日本では「家電を声で操作する」要素が注目されがちだが、アメリカで中心となった要素は、監視カメラと組み合わせた「セキュリティ」である。アメリカでは切実なニーズがあり、監視カメラをハードと管理サービスのセットで販売できるため、収益性も高まる。

 

音声アシスタント自体では大きな収益は生まれていないものの、セキュリティを軸にしたスマートホームは収益につながっている。結果として、自宅内に置くスマートスピーカーも、スピーカーだけを備えたものからディスプレイ付きの「スマートディスプレイ」が増えてきている印象だ。

 

ただし、その流れは「音声アシスタント自体の価値を高める」ものではない。Amazonが目指していたのは、「スタートレック」などのSFの中に出てくる、「話しかけると作業をしてくれるコンピュータ」を実現することだったからだ。音声認識ができるサービスを作ることはできたが、理想には遠い完成度だったと言える。

 

だからこそAmazonは、Alexaをゼロから作り直し「Alexa+」をスタートすることになったのだ。

 

では、その作り直しにはどのような流れがあったのか? その点は次回のウェブ版で解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】生成AI時代の「Alexa+」が登場

Vol.148-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonが発表した新たな音声アシスタント「Alexa+」の話題。生成AI時代に生まれ変わるサービスにはどんな変化があるのかを探る。

 

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Amazon

Echo Show 15(第2世代)

実売価格4万7980円

↑音声での対話による情報の提供には欠かせない、ディスプレイ付きのスマートスピーカー。Echo Show 15は15インチの画面で文字などの視覚情報により、スムーズな対話が可能になるデバイスと期待されている。

 

Alexaにより“音声で命令”が定着

2月26日、米Amazonは音声アシスタント「Alexa」を刷新すると発表した。ゼロから作り直した「Alexa+」の導入だ。3月からアメリカ市場のユーザー向けに提供が開始された。時期は公開されていないが他の言語・地域への提供も予定されており、その中には日本語も含まれる。

 

Alexaは2014年にアメリカでスタートした。精度の高い音声認識を組み込んだ「スマートスピーカー」を実現し、部屋のどこにいても、好きな音楽をかけることができるようになった。その後、Alexaと連携するスマートホーム機器は増加し、GoogleやAppleもその市場を追いかけた。音声アシスタントはスマホにも搭載され、“音声で命令”することは珍しいものではなくなっている。

 

一方、“音声で命令すること”が便利なものとして定着したかというと、そうでもないのが難しいところだ。AIによって音声認識は可能になったが、AIがユーザーのしたいことをきちんと理解してくれるには至らなかったからだ。結局、Alexaをはじめとした音声アシスタントは、“声を使ったリモコン”的な使い方に落ち着き、ある種の停滞感があった。

 

そこで登場したのが「Alexa+」だ。名前こそ似ているが、背後にあるソフトウエアはまったく異なる。Amazonは生成AI技術をベースに、Alexaを新たに作り直した。その結果生まれたのがAlexa+、ということになる。

 

より自然で複雑な会話を生成AIで実現する

いちばんの違いは「対話性の向上」だ。従来のAlexaは“定まったことに答える”という性質が強かったが、生成AIをベースとするAlexa+は人間と自然な会話ができる。しかも、会話しながらレシピを見つけたり買い物をしたり、野球のチケットを予約したりと、複数の作業ができる。

 

例えば、野球の話題でAlexa+と盛り上がりつつ、試合のチケットが1人200ドルに値下がりしたタイミングで教えてもらうことも可能になるという。これは以前のAlexaではかなり難しかったことだ。レシピにしても、教えてもらったものから“調味料が足りないので別のソースのものにカスタマイズしてもらう”ことだってできる。この辺はいかにも生成AIらしい機能だ。

 

Amazonは以前から、Alexaに高度な対話機能を搭載しようとしてきた。技術的には、現在生成AIで行っていることにつながるものだが、既存のAlexaにそれを実装することは、結局成功しなかった。2023年には生成AIを使ったチャット機能を搭載する計画が公開されていたが、消費者が望んだのは単なるチャットではない。代わりに買い物をしてくれることであり、家電と便利に連携してくれることだ。

 

生成AIでAlexaを根幹から作り直す、というAmazonの決断は大胆なものだ。だが筆者がデモから判断する限りでは、それだけの価値があったように思える。

 

生成AIはAlexaになにをもたらそうとしているのだろうか? そして他社はどうするのか? そこは次回以降で解説していきたい。

 

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【西田宗千佳連載】テレビも生成AIで進化する!?

Vol.147-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はCESで発表された新規格「HDMI2.2」とテレビの超大型化の話題。価格面だけでなく設置の課題もあるが、今後も大型化は進むのか。

 

今月の注目アイテム

TVS REGZA

REGZA 85E350N

実売価格28万6000円

↑85V型の4K液晶エントリーモデル。全面直下型LEDモジュールを採用し、鮮やかかつ高精細な映像表現を可能にする。好きなタレントの出演番組もすぐに見つかる「ざんまいスマートアクセス」などで快適に視聴できる。

 

テレビは過去、新規格と放送規格の変化によって進化してきた部分がある。放送のデジタル化に合わせて薄型で高解像度のテレビが産まれ、伝送のデジタル化でHDMIが産まれた。新しい環境に適応するために“新しい価値のあるテレビ”への買い替えが発生してきた、とも言える。

 

日本で次の地上波規格が導入される時期は決まっていないが、2030年頃には始まっている可能性が高い。だが解像度は現在の4Kまでで、テレビを買い替えずに対応する方法もある。コンテンツも映像配信から供給される割合が増えている。地上波がなくなることはないが、放送への依存度が減る可能性は高い。

 

過去、テレビは画質・音質向上を軸に進化してきた。今後も重要であることに変わりはないが、どこまでも画質が上がり続けるわけではなく、新しい付加価値は必要になってくる。

 

そこで各社が模索しているのが「コンテンツ発見機能の強化」だ。いまはリモコンを操作してサムネイルから探しているが、面倒であることは間違いない。理想は、“テレビの前に来たら自分にあったもの、いま観たいものを提示してくれる”形だろう。

 

そうした理想の実現のためには2つ重要な点がある。

 

まず、コンテンツをより多彩な観点で分析し、自分が見たいものを勧めてくれる機能。これには生成AIの導入が有望と見られている。TVS REGZAは「今後発売を予定しているテレビを想定した機能」として、音声で生成AIに「おすすめの番組をたずねる」機能を開発した。またGoogleも、同社の生成AI「Gemini」をGoogle TVに搭載し、コンテンツのおすすめに使う計画を立てている。

 

次が個人認識。番組のレコメンド機能はいまもあるが、テレビの場合、機器に登録されたアカウントと「見ている人」がイコールであるとは限らない。テレビではアカウントを手動で切り換えることは少ないし、家族など複数人で見ることも多いからだ。

 

テレビにカメラを組み込めば、“見ている人が誰か”“何人で見ているのか”を判別することはできる。しかし、カメラを搭載するのは“リビングが監視されている”ように感じられて落ち着かない……という人もいる。

 

そこで現在、TVS REGZAが検討しているのは「ミリ波」を使う手法だ。微弱な電波を当てて帰って来る波を検知するのだが、これの場合、顔までは分からない。しかし、“大人か子どもか”“男性か女性か”くらいは分かる。結果として、家族の誰かを判別することは可能で、「テレビでのレコメンド精度アップ」と「プライバシー配慮の両立」が可能になる。

 

これらの要素は、テレビでの「広告」価値を高めるためにも有効だ。過去の放送のように流しっぱなしの広告ではなく、見ている人や世帯に応じて広告を差し替え、より高い広告効果を目指すこともできるだろう。もちろんその時には、プライバシーへの強い配慮が必要だ。

 

こうした新しいテクノロジーがコンテンツの見方を変えることが、テレビの進化に必要な時代になってきているのである。

 

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【西田宗千佳連載】テレビではなく「産業用途」を目指すHDMI 2.2

Vol.147-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はCESで発表された新規格「HDMI2.2」とテレビの超大型化の話題。価格面だけでなく設置の課題もあるが、今後も大型化は進むのか。

 

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TVS REGZA

REGZA 85E350N

実売価格28万6000円

↑85V型の4K液晶エントリーモデル。全面直下型LEDモジュールを採用し、鮮やかかつ高精細な映像表現を可能にする。好きなタレントの出演番組もすぐに見つかる「ざんまいスマートアクセス」などで快適に視聴できる。

 

今年1月のCESで、テレビなどで使われる新しい接続規格である「HDMI 2.2」が発表された。製品化は今年後半からの予定で、家電などで使われていくのは今年末から2026年はじめにかけて、ということになりそうだ。

 

HDMIはもう、多くの人がご存じかと思う。最初の「HDMI 1.0」が策定されたのは2002年12月のことなので、もう20年以上も使われている。ディスプレイと機器の間をつなぐデジタル接続用の規格だ。

 

コネクターやケーブルは一見変わっていないように見える。ただケーブルの方は規格に合わせて「より広い帯域のデータ」を扱えるものを使うことが定められており、対応のものでないと正常に使えない場合がある。現行の規格は「HDMI 2.1」であり、最大48Gbpsのデータを流せるケーブルであることが求められる。

 

新規格の「HDMI 2.2」ではこれが「最大96Gbps」に拡張され、より良い品質のケーブルが必要になる。認証を受けたケーブルには、パッケージに規格名と伝送帯域(96Gbps)が明記される予定なので、2025年後半以降に発売された場合には、それを目印にしてほしい。

 

一方正直なところ、HDMI 2.2は一般消費者向けにはかなりオーバースペックではある。

 

この先のテレビのトレンドを見ても、解像度は4Kが中心。8Kは放送を含めたコンテンツ供給が増える目処が立っておらず、ゲームも4Kまでが主軸になるだろう。ゲームではフレームレートが増えていくが、240Hzまでいけば十分だろうと想定される。ゲームでの高フレームレート以外は“現在のテレビでもカバーできている範囲”であり、HDMI 2.2でないとできない、ということは少ない。

 

ではHDMI 2.2はなんのために作られたかというと、“テレビ以外に新しい用途がある”ためだ。

 

現在、市街地のビルなどに大きなサイネージ・ディスプレイが置かれることは当たり前になってきている。イベントなどの背景に使われるのも、同じく大型のディスプレイだ。これらは4Kよりもはるかに高い解像度であり、5K・10Kといったレベルになる。

 

また、CTスキャンのデータなどを見る医療用ディスプレイも、4Kを超える解像度のものが求められている。

 

裸眼で立体を見るディスプレイは、どこから見ても立体に見える「ライトフィールド記録」を採用するものもある。そうしたディスプレイでは「32視点分」のような大量の視点の映像を同時に表示するので、解像度を高めるには「1視点の解像度×視点の量」だけの映像を表示可能なデバイスが必要になる。

 

どれも基本的には個人向けではなく産業向けで、いままではDisplayPort規格が使われてきた。そこにHDMIが割って入るには、規格の大幅アップデートが必要になる。すなわちHDMI 2.2については、家電メーカーの要請ではなく「産業機器メーカー」の意向が強く働いている、ということだ。

 

だから“HDMI 2.2がテレビの未来を示している”わけではなく、機能の一部が未来のテレビにも使われていく……と考えるべきだろう。

 

では未来のテレビはどちらに向かうのか? それは次回のウェブ版で解説してみたい。

 

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【西田宗千佳連載】ゲームに向けて、テレビのフレームレートも「240Hz」「480Hz」へと増える

Vol.147-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はCESで発表された新規格「HDMI2.2」とテレビの超大型化の話題。価格面だけでなく設置の課題もあるが、今後も大型化は進むのか。

 

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TVS REGZA

REGZA 85E350N

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↑85V型の4K液晶エントリーモデル。全面直下型LEDモジュールを採用し、鮮やかかつ高精細な映像表現を可能にする。好きなタレントの出演番組もすぐに見つかる「ざんまいスマートアクセス」などで快適に視聴できる。

 

前回の連載で、「テレビは100インチクラスの超大型のニーズが増える」という話をした。それは間違いではなく、確実に増えていくだろう。

 

ただ、すべての家庭に75インチオーバーの巨大テレビがやってくるか、というとそうではない。安くなってきたといっても最低数十万円の買い物であり、“壁面がテレビに覆われている形を許容する”人のためのものでもある。住居にそこまで大きいサイズのものを“置けない”人もいるだろうし、同じくらい“搬入できない”人もいるだろう。

 

一方で、より多くのテレビに関係してくるトレンドもある。それは「ゲーム向けの高フレームレート対応」だ。

 

一般的に、テレビは「毎秒60Hz」を前提に作られている。Hzとは1秒に表示されるコマの値を示し、1Hzなら秒1コマ、60Hzなら毎秒60コマを指す。

 

ざっくりいえば、テレビ放送がインタレース方式の30Hz=実質60Hz(1080i)であり、他の映像はプログレッシブ方式の60Hz(1080p)というのが2025年現在の基本だ。現在の4Kテレビでは、1920×1080ドットの縦横2倍、3840×2160ドット・60Hzまでの映像を見ている。

 

しかしゲームでは、60Hzよりもコマ数を増やし、なめらかな映像とすることが求められるようになってきた。

 

1コマを認識する能力でいえば、ハードウエアとしての人間は60Hz(1コマ約0.0167秒)であってもギリギリ。だからテレビの規格を定める際には30Hz・60Hzをひとつの軸にしたのだ。映像を見る分には60Hzでも十分である。

 

しかし、「一連の動きの中で変化を認識する」能力は、60Hzよりさらに高い。

 

こうした認識力が重要になるのが、格闘ゲームやファーストパーソン・シューターなどの「eスポーツ」的ゲームだ。ある時間の中に入るコマ数が増えると動きをより正確に把握しやすくなっていく。

 

これは考えてみれば当たり前の話。自然界には「コマ」はない。自然界の連続的な動きに近づけていくのが「コマ数を増やす」ということなのだ。

 

ゲーム用を意識したPCディスプレイでは、解像度こそ1920×1080ドットだが、フレームレートは120Hzだったり240Hzだったりする製品も一般的になってきた。

 

テレビもこれを追いかけ、「120Hz」もしくは「144Hz」対応の製品は増えてきた。だが、ゲーマーはさらなる高フレームレートを望んでいる。テレビの用途として「ゲーム」は非常に大きな要素なので無視できない。

 

現在の「HDMI 2.1」では、フレームレートは大きな数字としては規定されていない。120Hz・144Hz対応のテレビは登場しているが、4K/240Hzなどは想定していない。フレームレートが上がると、ケーブルで伝送しなくてはならないデータ量も増え、HDMI 2.1で規定している帯域(最大48Gbps)を超えてしまうのだ。

 

そこで「HDMI 2.2」では帯域を「最大96Gbps」に拡大。4Kで最大「480Hz」までの対応が可能になる。8Kの場合でも240Hzだ。

 

現状のゲーム機やPCにとってはオーバースペックだが、長く規格が使われることを想定し、大きい値が設定されている。対応製品の発売は「早くても2025年末」とされているが、来年にはテレビでも、ゲーム向けに「240Hz対応」が増え、さらにその先で480Hzなどの姿を目にすることも出てきそうだ。

 

では解像度の方はどうか? それは次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】「超大型」に注目が集まる現在のテレビ

Vol.147-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はCESで発表された新規格「HDMI2.2」とテレビの超大型化の話題。価格面だけでなく設置の課題もあるが、今後も大型化は進むのか。

 

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↑85V型の4K液晶エントリーモデル。全面直下型LEDモジュールを採用し、鮮やかかつ高精細な映像表現を可能にする。好きなタレントの出演番組もすぐに見つかる「ざんまいスマートアクセス」などで快適に視聴できる。

 

CESの会場でも超大型モデルが目立つ

テレビに、久々に世界的に大きなトレンドが出始めている。そのトレンドは「超大型化」だ。

 

テレビなどでおなじみのインターフェイスであるHDMIを管理する「HDMI LA」は、今年1月に米国・ラスベガスで開催されたテクノロジーイベント「CES 2025」で、新規格「HDMI2.2」を発表した。

 

その発表のなかでは「2024年以降、85インチから100インチのテレビの販売量が増えている」との報告があった。

 

これは事実で、多くのテレビメーカーは“昨年超大型の出荷が伸びた”こと、“今年は超大型に力を入れる”ことをアピールしていた。CESの会場では85インチ以上のテレビを展示するところが増え、TCLなどの中国メーカーは、163インチのマイクロLEDテレビなども展示していた。

 

「そんなこと言っても、大きなテレビは自宅では厳しい」

 

そう思う人は多いと思う。これはたしかにそうだ。ただここで問題になるのは“置けない”以上に“入るのか”という点だ。アメリカや中国では大型のテレビが好まれる傾向にある。一方で都市部では小型が、地方では大型が好まれる傾向は、日本でもヨーロッパでも、そしてアメリカや中国でも変わらない。

 

過去、超大型は非常に高価で、超富裕層が買うものという印象が強かっただろう。価格が100万円オーバーで手が届かないということに加え、巨大かつ重いモノなので、搬入コストや設置コストが大変なものになるという部分があった。

 

だが、現在は価格も“高いが、超富裕層しか買えない”ものばかりではなくなった。たとえば「REGZA 85 E350N」は、85インチだが約29万円で買える。画質にこだわった「85 Z770N」でも48万円程度だ。

 

“低価格で大型化”が日本での普及のポイント

搬入はいまだ問題で、場合によっては専門の業者への発注が必要になる。しかし最大かつ最後の壁はその点であり、販売拡大に伴い、家電量販などは整備を進めるだろう。

 

だからといって、“テレビの主流は100インチ時代”が来るとは思わない。しかし“いままでより大きなサイズを選ぶ人が増えていく”のも間違いない。

 

実のところ、こうしたトレンドは国内ではまだ顕著ではない。ハイセンスと調達を共通化しているTVS REGZAが前のめりで進めている状況である。あとは、シャオミがチューナーレスで低価格の超大型製品を推しているくらいだろうか。他社が日本国内で追随するかは読みづらいが、「世界的にテレビを販売するためにパネルを調達する企業」が低価格大型化をリードしていくだろう。それが支持されるかどうかが、日本での普及に影響してくる。

 

とはいうものの、先ほども述べたように、超大型化は“それを求める人”向けの新しいトレンド。皆が一斉に大型に向かうわけでもない。実は、冒頭で紹介したHDMI2.2にしても、狙いはもはやテレビではなかったりする。

 

大型化以上に見えてきたトレンドとは何か? HDMI2.2は何を目指すのか? そして日本のテレビメーカーはどこへ向かうのか。その辺は次回以降で詳しく解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Android XRにMeta・Appleはどう対抗するのか

Vol.146-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はGoogleが発表したXRデバイス向けの技術「Android XR」。AppleやMetaが先行する分野で、Googleが目指す方向性を探る。

 

今月の注目アイテム

Samsung

Project Moohan XRヘッドセット

価格未定

↑「Android XR」対応として初のデバイスとなり、2025年に発売予定。アイトラッキング機能やハンドトラッキング機能を搭載するほか、GeminiベースのAIエージェントが実装され、自然なマルチモーダル機能を実現する。

 

空間コンピューティングOSであるAndroid XRを搭載したデバイスは、遅くとも今年の後半には登場する。最初の製品となるのは、サムスンと共同開発中の「Project Moohan」だろう。これはVision ProのGoogle版、といえるような製品。筆者もまだ実機を体験したことはないものの、Vision Proよりも軽く安価な製品を目指しているという。

 

また、Android XRは“ハードウエアパートナーを広げやすいだろう”という予想もある。スマートフォンやタブレットに多数のメーカーがあるように、Android XRの供給を受ければデバイスの開発は容易になる可能性が高いからだ。

 

では他社はどう対応するのだろうか?

 

Metaは2024年春、Meta Quest向けOSである「Horizon OS」を他社に供給する戦略を発表した。アプリストアも再構築し、Androidスマホで動いているアプリをそのまま、Meta QuestをはじめとしたHorizon OS対応機器で動かせるようにもしている。“Androidアプリがそのまま動き、複数の企業からデバイス製品が出る”という意味では、完全に競合する存在だと言える。

 

他方で、Metaのパートナー戦略は、Googleほどオープンではない。現状は、特定少数のパートナーと組んで製品バリエーションを広げる形を採っている。なぜかと言えば、XR機器はスマホやタブレットに比べ開発難易度が高く、良い製品を作るのが難しいからである。デバイスを作る時、OSだけでなく多数のノウハウが共有されなければいい製品はできない。

 

Googleとの競合があるから……という面は否めないものの、当面GoogleとMetaは「似て非なる道」を歩くことになる。

 

一方で、Appleのやり方はもう少しシンプルだ。内部では次世代製品とOSアップデートの開発が粛々と進められている。プラットフォーマーは増えても市場の変化がまだ先である以上、製品改良を続けるのが最優先課題だ。Vision Proに続く製品がいつ出るか多数の噂はあるが、どれも根拠には欠けている。はっきり言えるのは、「すぐにVision Proのプロジェクトがなくなったり、後続製品が出なくなったりはしない」ということくらいだろう。

 

どちらにしろ、動きが活発になるのは2025年後半になってからだ。おそらくは今年5月の「Google I/O」、6月に開催されるAppleの「WWDC」、9月に開催されるMetaの「Connect」という3つの開発者会議での情報公開から色々なことが一気に動き出すだろう。

 

なお、GoogleとMetaに共通しているのは、どちらもパートナーとしてQualcommが重要であるという点だ。XR機器向けのプロセッサーはほぼQualcommの独壇場。メジャーな企業でQualcommを使っていないのはAppleくらいのものだ。MetaとGoogleの競争で市場が拡大した場合、まず利益を得るのは両者以上にQualcomm……ということになる。

 

また高画質ディスプレイデバイスも必須なのだが、そこではソニーがまず支持を得ている。ただし、生産量の面で中国BOEが追いかけており、サムスンも自社デバイスで自社が開発したディスプレイデバイスを使う、と予想されている。スマホのディスプレイ競争のように、ソニー対BOE対サムスンの戦いがはじまる可能性があるので、ここにも注目しておきたいところだ。

 

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【西田宗千佳連載】Android XRは「1つの環境で開発」を重視する

Vol.146-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はGoogleが発表したXRデバイス向けの技術「Android XR」。AppleやMetaが先行する分野で、Googleが目指す方向性を探る。

 

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Samsung

Project Moohan XRヘッドセット

価格未定

↑「Android XR」対応として初のデバイスとなり、2025年に発売予定。アイトラッキング機能やハンドトラッキング機能を搭載するほか、GeminiベースのAIエージェントが実装され、自然なマルチモーダル機能を実現する。

 

Googleが開発する空間コンピューティングOSである「Android XR」は、2024年12月、開発者向けに公開された。ただし、動作する機器はまだ販売されていない。最初の1つとなる製品はサムスンが開発しているが、その発売は2025年後半になる。

 

そのため、Android XRがどんなOSかを理解している人は非常に少ない。筆者もすべての情報を持っているわけではないが、開発者向けに公開されている情報と取材で得られた情報から、わかっていることをお伝えしたい。

 

Android XRは、その名の通りAndroidをベースにしている。開発の基本は同じであり、アプリについても、通常のAndroidスマホやタブレット向けに作られたものがそのまま動くようになっている。XR機器の中から見れば、Androidアプリを空間に配置して使えるような感覚である。このことは、Vision Pro用のOSである「visionOS」がiPadOSをベースにしていることと似ている。XR専用のアプリだけでなく通常のAndroidアプリが使えることで“アプリ不足”という状況を回避しやすくなる。

 

また現状、Android XR搭載製品には2つの方向性があることがわかっている。

 

ひとつは、Vision ProやMeta Quest 3のような「ビデオシースルー型XR機器」。本格的空間コンピューティングデバイスであり、サムスンが開発中である「Project Moohan」が最初の製品となる。もうひとつは「スマートグラス」。アプリを使うというよりは、屋外などで通知を受けたり、経路を確認したりするための軽量なデバイスだ。こちらはまだ具体的な機器の情報は出てきていない。

 

一般的にこれらの2つのデバイスは、別々のOSや別々の開発環境で作られている。なぜなら、用途やユーザーインターフェースが大きく違うためだ。Metaはスマートグラスとして「Orion」というスマートグラスを開発中だが、こちらはMeta Questとは別のOS・UIになることが分かっている。

 

各社の言う“用途が異なる”という意見はよく分かる。一方似たような要素を持つアプリを複数の環境に対応させるのは大変コストがかかるものだ。開発者目線でいえば、“まだ数が少なく、ビジネス価値も定まっていない市場で複数の環境向けにアプリを作る”のはかなり厳しい。

 

GoogleはAndroid XRを複数の用途にあわせたひとつの環境とし、既存のAndroidアプリから空間コンピューティング用アプリをできるだけ簡単に作れるように配慮することで、開発者の負担軽減を狙っている。同社は遅れてやってくる立場なので、開発者を引き入れる要素を特に重視している。その結果が、OSの構造や開発姿勢にも現れているわけだ。

 

一方、こうした動きに冷ややかな目を向ける人々も少なくない。GoogleはXR機器に関し、何度も参入・撤退を繰り返しているからだ。「Google Glass」(2013年)に「Project Tango」(2014年)、「Daydream」(2016年)と、複数のXR関連プラットフォームを手がけつつ、どれも早期に開発を終了している。他のサービスにしても、クラウドゲーミングの「Stadia」(2019年)なども短命で終わった。

 

新しいプラットフォームが産まれるのはいいが、じっくり長くやってくれるのか……という疑念があるわけだ。この点、Metaは黙々とビジネスに邁進しているし、Appleも「はじめたらなかなか止めない会社」という信頼がある。

 

Googleが支持を受けるには、まず「Android XRには本気で長く取り組む」という姿勢のアピールが重要だ。まあそれは、デバイスが発売される時期に向けて本格化していくのかもしれない。

 

では、Android XRに対しライバルはどう対抗するのだろうか? そしてどう違うのだろうか? その点は次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Googleの参入でようやく役者が揃う「空間コンピューティングデバイス」

Vol.146-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はGoogleが発表したXRデバイス向けの技術「Android XR」。AppleやMetaが先行する分野で、Googleが目指す方向性を探る。

 

今月の注目アイテム

Samsung

Project Moohan XRヘッドセット

価格未定

↑「Android XR」対応として初のデバイスとなり、2025年に発売予定。アイトラッキング機能やハンドトラッキング機能を搭載するほか、GeminiベースのAIエージェントが実装され、自然なマルチモーダル機能を実現する。

 

現在、いわゆるXR機器の世界はMetaによる寡占状態である。

 

調査会社IDCのデータでは、2024年第3四半期においては、市場の70.8%を「Meta Quest」シリーズが占めており、ソニー・インタラクティブエンタテインメントやAppleがそのあとに続く。

 

一方で、シェアが寡占状態になっている理由の1つは「まだ出荷量が少ない」からでもある。現状は年間数百万台規模に過ぎず、スマホには遠く及ばない。PCはもちろん、ゲーム専用機やタブレットに比べても少ない規模でしかない。

 

XR機器は長い間期待されている領域だが、ヒットには結びついておらず、参入企業数が増えない。積極展開する数社だけがなんとかビジネスをできている状況だ。ただ、トップ数社が「本気でこの領域に取り組んでいる」のは間違いない。Metaが独走しているのも、それだけ本気で技術を磨き、製品を売っているからだ。

 

そして昨年、そこにAppleが「Apple Vision Pro」で参入した。出荷量は数十万台というところではあるが、その存在が他社に大きな影響を与えているのは明白だ。Metaは2024年に入り、Meta Questシリーズ向けのOSである「Horizon OS」(2024年春より正式呼称を変更)のアップデートを加速した。機能や画質向上が続いており、2025年1月現在に搭載されている機能は、2023年秋のものとはかなり変わってきている。

 

2023年にMetaは「Meta Quest 3」を発売している。そして、AppleがVision Proを公開したのも2023年6月だ。どちらもビデオカメラの映像をXR機器内に合成し、実空間の中にCGを合成する「ビデオシースルー型Mixed Reality(MR)」を軸にした機器だ。

 

機器やOSの開発には長い時間が必要になる。だから実際には2023年から動き出していたわけではなく、2020年代に入るとすぐに「ビデオシースルーMRの時代が来る」と予見していたのだろう。その上で、Appleの参入がMetaに刺激を与え、市場が活性化しようとしている。まだ販売数量に顕著な変化が出る時期ではないが、Appleが名付けた「空間コンピューティング」の方向へと向かいはじめているのは間違いない。

 

その中で、Googleはなかなか動けずにいた。先を走る2社と競合するには、戦えるだけの基盤=プラットフォームが必要になる。そのプラットフォームこそ「Android XR」だ。Googleの中でも開発の方向性は何度か変わったものと思われる。2023年には発表されるはずだったものが、結局は2024年にようやく“開発者向けにアナウンス”された。製品の姿は2025年後半に見えてくると予想されている。

 

すなわち、今年からようやく役者が揃い、「空間コンピューティングデバイス」が競い合う時代がやってくる……ということになり、市場が動きだしそうだ。

 

では、Googleが開発しているAndroid XRはどんなものなのか? その辺は次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Googleが新OSでMetaやAppleを猛追。「Android XR」とは何なのか

Vol.146-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はGoogleが発表したXRデバイス向けの技術「Android XR」。AppleやMetaが先行する分野で、Googleが目指す方向性を探る。

 

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↑「Android XR」対応として初のデバイスとなり、2025年に発売予定。アイトラッキング機能やハンドトラッキング機能を搭載するほか、GeminiベースのAIエージェントが実装され、自然なマルチモーダル機能を実現する。

 

方向性は見えているが開発はまだ道半ばの状態

Googleは2024年12月、新しいプラットフォームである「Android XR」を発表した。Androidをベースとした、XRデバイスを開発するための技術である。XRとはVRやARなど、空間を活用する技術の総称だ。

 

同社はかねてより本格的なXR向け機器をサムスンとともに開発中とされていた。当初は2023年にも発表と見込まれていたが、予定からは1年以上遅れ、ようやく発表になった。

 

ただし、公開されたのはあくまでOSのみで、製品はまだ出ていない。サムスンが開発しているデバイスについて、プロトタイプデザインが公開されているが、価格や詳細スペックは未公表。市場に出てくるのは2025年になってからということになる。サムスンの製品が最初に世に出てくると予測されているが、その他にもソニーやXREAL、Lynxが対応デバイスを開発することがアナウンスされている。2024年末の段階では、OSを含めた開発環境が公開されている状況。消費者向けの発表というよりは、開発者に向けた情報公開がスタートしたという段階だ。

 

Android XRはどんな使い勝手のものになるのか? 前述のように、具体的な製品のスペックや機能、価格は未公表であり、価値を正確に判断するのは難しい状況だ。ただ、開発環境やGoogleが公開した動画などから、どんな機能を備えた機器になるのか、ある程度の方向性は見えてきている。

 

プラットフォーマーの2025年の動きに注目

コアな目標は、AppleのVision ProやMetaのMeta Questと同じような機器を作ることだ。サムスンが発売するデバイスはそのような特質の製品になる。実際、ユーザーインターフェースの画面もVision Proのものに似ている。仮想空間を使ったゲームや動画などのアプリが体験できるほか、スマホなどで使われているAndroidアプリも動作する。この辺は、他社で進むトレンドを追いかけるもの、と考えても良い。

 

同時に、サングラス型で軽量の「スマートグラス」デバイスも開発できる。ただしこちらは大規模なアプリを動かすものというよりは、移動中に必要とされる情報を表示して利用するもの……と考えた方が良いだろう。

 

Googleらしいのが、同社のAI機能である「Gemini」を活用することだ。カメラで得た外部の情報をGeminiが理解し、“目の前に何があるか”などを利用者に説明することができる。音声で対話しつつ、Geminiをアシスタントとして活用することを目指す点では、スマホでやろうとしていることに近い。しかし、スマホを掲げて使うのではなくスマートグラスの形になるなら、もっと使いやすくなる可能性が高い。

 

2025年にはApple、Meta、Googleと、大手プラットフォーマーが揃ってXR機器を出し、そのことは市場に競争を促す。実のところ、2024年の間から競争は始まっており、各社の製品に影響を与え始めている。

 

GoogleはなぜここでXR機器に取り組むのか ?他社はどう対応するのか? そうした点は次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】スマホAIでの「日本ならでは」要素をどう組み立てていくのか

Vol.145-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はシャープから登場した「AQUOS R9 pro」。ライカ社との協業でカメラ性能をアップさせた、シャープの開発意図を探る。

 

今月の注目アイテム

シャープ

AQUOS R9 pro

実売価格19万4600円〜

↑ライカカメラ社が監修した高精細な5030万画素の標準・広角・望遠カメラを搭載するSIMフリースマホ。カメラが3眼となり、標準カメラには1インチを超える1/0.98インチのセンサーを搭載する。美しい写真を撮影可能だ。

 

2024年のスマートフォンに現れた大きな傾向のひとつに「AIの搭載」がある。

 

正確に言えば、スマホへのAI搭載は以前から行われていた。カメラの画質向上や音声認識は、AIの力がなければ実現出来ない。ただそこに「生成AI」を中心とした様々な新しいAIも登場し、それらをスマホの中に組み込むことが差別化要因になり始めている。

 

こうした傾向は、GoogleやAppleといった大手プラットフォーマーが中心になったものだ。生成AIなどの開発には大きなコストが必要であり、プラットフォーマーとして広く様々な機器に組み込んでいく前提がないと、なかなか元が取りづらい。

 

一方、大手の言うがままに生成AIを搭載しても、機能自身は「同じプラットフォームを採用する他社」も提供可能なので、差別化が難しくなる。Androidの場合、GoogleのPixelもライバルになるのが悩ましいところである。プラットフォーマーを除くと、総花的な機能を開発して自社製品に実装するだけの量を出荷できるのはサムスンくらいのもの……という部分もある。

 

では他はどうするのか?

 

シャープはかなり特徴的な取り組みをしている。生成AIとして「留守番電話」に特化した機能を搭載しているのだ。

 

文字による留守番電話の書き起こしや確認といった機能は珍しいものではない。

 

なぜシャープが重視するのかといえば、“携帯電話での留守番電話の仕組みが、日本と他国では異なる”からだ。携帯電話事業者側に留守番電話の機能があるのは日本型であり、海外はあくまでスマホ側で行うことになっている。海外のプラットフォーマーは日本に合わせたものを作ってはくれないので、シャープは日本向けにAIを作って対応することになったわけだ。

 

これは、今後の日本メーカーにとって大きな教訓を含んでいる。

 

グローバルな企業の日本最適化が、今後も綿密なままだと期待するのは難しい。人口が減って購買力が下がるとすれば、日本語を重視してもらえるとは限らないし、ご存じの通り、すでにその傾向は出ている。

 

だとすれば、彼らがサポートできないところは日本メーカーが作って差別化要素としつつ、コアな機能はグローバルなプラットフォーマーのものを使ってコストと機能の最適化を行う……というのは有用な方法論であり、今後増えていってほしい形ではある。

 

シャープはそこに「留守録」という切り口を見つけているわけだが、他にはどんな切り口があるのだろうか? そこでなにをするかが、2025年以降、メーカーにとって知恵の絞りどころになっていくのだろう。

 

ただ、それができるのは「日本メーカー」とは限らない。日本市場を重視する中国メーカーが手がける可能性もある……というのが、いまのメーカーの力関係を考えると現実的な路線なのかもしれない。

 

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【西田宗千佳連載】老舗カメラメーカーの「写真への価値観」を求めるスマホメーカー

Vol.145-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はシャープから登場した「AQUOS R9 pro」。ライカ社との協業でカメラ性能をアップさせた、シャープの開発意図を探る。

 

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シャープ

AQUOS R9 pro

実売価格19万4600円〜

↑ライカカメラ社が監修した高精細な5030万画素の標準・広角・望遠カメラを搭載するSIMフリースマホ。カメラが3眼となり、標準カメラには1インチを超える1/0.98インチのセンサーを搭載する。美しい写真を撮影可能だ。

 

スマホにとって、カメラは大きな差別化要因だ。特にハイエンドスマホにとっては、高価な先端イメージセンサーを使った“カメラ特化”が重要な方向性といえる。そこで得た差別化要因は、次第にマス向けの製品にも活用され、裾野へと広がっている。

 

そんな中、カメラメーカーとコラボレーションするスマホも増えてきた。

 

シャープやシャオミはライカと組み、Oppo(オウガ・ジャパン)はハッセルブラッドと提携している。特に2024年は、これらのメーカーのスマホが目立った年でもあった。

 

カメラメーカーのお墨付きがあるスマホ、というのは昔からあった。だが5年ほど前までは、その市場価値はいまほど大きくなかったように思う。

 

理由は、画質やカメラとしての機能がまだ未熟だったからだと考える。スマホのカメラ機能が未熟な時期には、センサーの性能や基本的な画質補正などの進化の幅がまだ大きい。そうすると、カメラメーカーと組んだからということより、わかりやすいスペックの方が有効になる。

 

しかしいまは、スマホのカメラもかなり画質が上がってきた。ハイエンドなセンサーを搭載した製品ならなおさらだ。

 

一定の水準を超えたカメラを作る場合、重要になるのは“写る”ことではない。写った画像・映像で“どのような色・写りにするのが良いのか”ということだ。シンプルな言い方をすれば、同じような映像がデータとして得られたとして、どの色にすることを選ぶのか……という話でもある。

 

写真の写りは、レンズの選び方や特性によって変わるところもあるし、その後の処理によって変わる部分もある。カメラメーカーとして長い経験があるところは、その判断基準を持っている。デジタルカメラでの知見に限ったことではない。カメラブランドとして長くビジネスできているということは、“このカメラであればこういう写真が撮れる”ということを消費者・ファンが支持し、判断して購入しているということでもある。

 

単にブランドを貸すだけでは、そうしたファンを失う可能性にもつながる。だからこそ現在は、“高画質になったカメラでどんな色の写真を残すのか”という判断基準の決定について、カメラメーカーとスマホメーカーが協力して臨むようになってきているわけだ。

 

ただ、ライカがシャープやシャオミと提携しているからといって、シャープとシャオミのカメラが同じ写りになるわけではない。色などの選び方の傾向として「ライカっぽさ」が双方にあるものの、どこを重視するかは同じにはならない。筆者の見るところ、2社製品の間にはズームやコントラストに関する考え方の違いがあるように感じる。この辺まで見ていこうとすると、製品選びはなかなか難しいものだ。

 

他方で、現在スマホメーカーと組んでいるのは「日本のカメラメーカー以外」と言える。日本メーカーは一眼において競争を繰り広げている最中で、まだまだスマホメーカーとの深い協業には至りづらいのだろう。日本で元気なスマホメーカーが減った、という影響も否定できない。この辺、2025年にも変化はないと予想しているが、どうなるかはまだ見えてこない。

 

では、カメラ以外の差別化点はどこか? 今はAIに注目が集まっている。そこでどんな点に着目すべきかは、次回のウェブ版で解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】メーカーはなぜ「ハイエンドカメラスマホ」を作るのか

Vol.145-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はシャープから登場した「AQUOS R9 pro」。ライカ社との協業でカメラ性能をアップさせた、シャープの開発意図を探る。

 

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シャープ

AQUOS R9 pro

実売価格19万4600円〜

↑ライカカメラ社が監修した高精細な5030万画素の標準・広角・望遠カメラを搭載するSIMフリースマホ。カメラが3眼となり、標準カメラには1インチを超える1/0.98インチのセンサーを搭載する。美しい写真を撮影可能だ。

 

現在のスマホにとって、カメラは最大の差別化要素になっている。理由は主に2つある。

 

ひとつは言うまでもなく、カメラがスマホのなかでももっとも使われる機能のひとつであるからだ。誰もが毎日使う機能であるからこそ、“画質が良くなった”という点は大きなアピール力を持つ。

 

ふたつ目は“まだ進化しており、差がつく領域である”ということだ。

 

“スマホのカメラ性能はもう十分”と言われるが、実際にはそうでもない。かなり高画質になったのは事実だが、十分に明るいところでしっかりとホールドして撮影した時には綺麗……というのが正しい。

 

スマホは一眼カメラなどに比べ、使うシーンも使う人のスキルもバリエーションが広い。手ブレしにくく、暗いところでもしっかり写るカメラが求められている。望遠倍率ももっと高い方がいい。

 

どれも「カメラ」としては非常に厳しい条件であるが、スマホという商品特性を考えると改善すべき部分だ。特に動画画質については伸びしろが大きいし、ニーズも大きい。

 

プロセッサーやディスプレイも進化しているが、多くの人にとっては、カメラに比べると差がわかりづらいだろう。スマホの平均買い替えサイクルは4年強と言われている。年齢が低いと3年以内、高齢になると4年以上と差があり、実は一律に語るのは難しい。しかしどちらにしろ、買い替えサイクルが長くなっている一因は“性能への不満が小さくなっている”ことにある。そのなかでメーカーとしてカメラへの注力を続けるのは合理的だ。

 

カメラは光を取り込んで映像にするもの。だからレンズやセンサーのサイズは大きいに越したことはない。

 

一方で、スマホ向けのイメージセンサーは、もはや“ひとつのパーツを高性能化すれば画質があがる”ようなシンプルな存在ではない。イメージセンサーとレンズ、さらにはその背後にあるソフトウエア処理の組み合わせで決まる。

 

センサーは複数搭載されるようになったが、広角や望遠といった画角で使い分けているだけではない。複数のセンサーで撮影されたデータを処理の過程で併用し、適切な一枚を作り上げる場合も多い。

 

そうなると、カメラ画質を重視するには「複数のセンサー」があって、それぞれが“できるだけ大判のもの”であることが望ましい。すっかり定着したセオリーだが、パーツコストを考えると、両方を満たせるのは高価なハイエンド製品のみ……ということにもなる。

 

ただ、ハイエンド製品で磨いたノウハウやソフトウエアは、一定のタイムラグがあった後、コストが低いモデルにも展開されていく。前出のように、ひとつパーツをつければ高画質になるような、シンプルな時代ではない。イメージセンサーメーカーはパーツとともに一定のノウハウも提供するし、Qualcommなどのプロセッサーメーカーもカメラ関連ソフトウエアを提供してはいるが、どのスマホでも同じように働くわけではないし、他社の価値に乗っかるだけでは差別化もできない。

 

結果、“自社でハイエンドなカメラを搭載したスマホを作って世に出す”ことができていない場合、その後の普及型スマホを差別化していく要素を失うことになるわけだ。

 

ハイエンドのスマホは売れる量が限られる。高付加価値だがビジネス的にはリスクがある。シャープはカメラで差別化した「AQUOS R9 pro」を発売したが、その狙いはハイエンドというビジネスだけでなく、今後のスマホを差別化するために必須のものであるから……という事情もあるのだ。

 

ではそのノウハウは、どのように構築されていくのか? そこは次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】遅れてきた「シャープのライカスマホ」

Vol.145-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はシャープから登場した「AQUOS R9 pro」。ライカ社との協業でカメラ性能をアップさせた、シャープの開発意図を探る。

 

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AQUOS R9 pro

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↑ライカカメラ社が監修した高精細な5030万画素の標準・広角・望遠カメラを搭載するSIMフリースマホ。カメラが3眼となり、標準カメラには1インチを超える1/0.98インチのセンサーを搭載する。美しい写真を撮影可能だ。

 

じっくりと開発してカメラ機能に注力する

シャープは12月に同社のフラッグシップスマホ「AQUOS R9 pro」を発売した。カメラを主軸としたフラッグシップスマホであり、著名カメラメーカーのライカとの協業モデルでもある。

 

12月にカメラに力を入れたフラッグシップモデルを提供するのは、同社の商品化サイクルを外れた部分がある。いままでは春ごろに出ている製品だったが、今回は年末の登場になった。

 

理由はじっくりと開発を進めてきたためだ。

 

スマホにもいろいろな種類がある。雑誌やウェブではハイエンド機種が取り上げられがちだが、実際に売れるのは安価なモデルやお買い得なモデルである。今年のシャープは、ミドルハイクラスと言える「AQUOS R9」を初夏に出して主軸とし、さらに低価格な機種などを用意した。AQUOS R9ではあえてミドルクラスのプロセッサーである「Snapdragon 7+ Gen3」を使い、コストを下げつつ実パフォーマンスは維持する……というパターンを採用している。

 

ただ、そうなるとトップレベルのパーツを使った製品がなくなってしまう。それでは問題なので、カメラにとことんこだわった「R9 pro」を開発し、発売したのだ。

 

シャープのスマホ事業を統括する、同社・ユニバーサルネットワークビジネスグループ長兼通信事業本部の小林 繁本部長は、「自社技術を含めた世の中の技術をすべて投入できるため、ブランド全体に対し効果が大きい。世界のトップ集団にとどまるには必要な商品だ」と説明する。

 

20万円近くの製品なので、販売数量はR9や他のAQUOSシリーズほど多くはならない。しかし、ブランド価値の維持や最新技術に対するキャッチアップを考えると、ハイエンドスマホを作ることには意味がある…ということなのだろう。

 

そこで「カメラ」にフォーカスするのも、現在のスマホ市場を見据えたやり方と言える。

 

ライカの知名度を生かし市場で優位な地位を築く

ハイエンドスマホと言っても、性能差はなかなかわかりづらい。ゲームなどの用途でも高性能は求められるが、より多くのニーズがあるのは“カメラの高画質化”だ。

 

センサーを大型化し、複数搭載する“大型化・複眼化”は既定路線で、それだけでは差別化が難しくなった。そこで、カメラのセンサーをどう使ってどんな写真を撮るのか、そこではどんな画質チューニングを行うのか、という点が大切になってくる。

 

シャープがライカと提携しているのも、画質や“ライカらしい写り”にこだわりのあるライカと組むことで、一定の差別化が行えるためだ。単に写るカメラを作るのは難しくない。だが、“どう写るべきか”“どういう写りが好ましいのか”といったノウハウはカメラメーカーにある。彼らの知名度を生かすことはマーケティング上も優位であり、だから提携が続いているのだ。

 

一方で、ライカはシャオミとも提携しており、市場に「ライカ搭載スマホ」が複数並ぶ。そこでの差別化はどうなるのだろうか? また、進化してくるAIの取り込みはどうなるのか? そこは次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】新機種の中でも特に完成度の高い「Mac mini」に注目

Vol.144-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAppleの「新型iPad mini」の話題。Apple独自の生成AI「Apple Intelligence」の展開において、iPad miniが狙う立ち位置とは何なのかを探る。

 

今月の注目アイテム

Apple

iPad mini

7万8800円~

iPad miniに加えてもう1つ、10月末にアップルが発表したMac新製品のなかで注目を集めた製品がある。新型の「Mac mini」だ。

 

Mac miniは小型のデスクトップ型Mac。2010年に初代モデルが登場以来14年間、「薄くて小さなMac」として親しまれてきたのだが、今回の新モデルはさらに小さくなった。本体は手のひらに乗るほどのサイズしかない上に、従来のデザインに比べて設置面積は半分以下になった。

 

それでいて、性能は非常に高い。最新の「M4」は、M1からM2、M2からM3への進化に対して伸びしろが大きい。さらにGPUの性能を求める場合には、M4でなく「M4 Pro」も選べる。

 

しかも安い。ディスプレイやキーボードなどを別途用意する必要があるとはいえ、もっとも廉価なモデルは9万4800円(税込)。性能を考えると、Macのなかはもちろん、Windows PCと比較しても安価である。

 

こうした小型のPCは、Appleだけが開発しているものではない。ノートPC向けのプロセッサーを使い、手のひらサイズの「ミニPC」を作るメーカーは増えてきている。NVIDIAやAMDのハイエンドGPUを使うPCはともかく、そうでないなら、もはや「デスクトップ型」といえども大柄にする理由は減ってきた。

 

ただ、Windows系のミニPCと比べてもMac miniは小さい。そして、動作音も静かだ。筆者はWindowsのミニPCと新しいMac miniを両方持っているが、動作音の静かさや消費電力の点で、Mac miniの完成度は頭一つ抜け出している印象だ。Windows系のミニPCもコスパの良い製品が多く、注目のジャンルではなるのだが、電源が外付けであったり動作音が大きかったりと、Mac miniほど洗練された製品は見当たらない。

 

Mac miniが小さなボディかつ静かな製品になっている理由は、AppleシリコンがスマホやノートPC向けの技術から生まれたもので、省電力性能が高いためだ。プロが使うにしろ一般の人が使うにしろ、Mac上での処理の多くはさほど性能を必要としない。用途によっては、時々高い性能を必要とすることもあり、ピーク性能は重要な要素だ。だが同時に、性能負荷が下がったら速やかに消費電力を下げ、プロセッサーを冷やして動作することも必要になってくる。その結果として、ファンや電源が小さくなってボディも小さく、静かなPCになる。

 

Macも他のPCと同じく、より多く売れるのはノート型(MacBook Air)ではある。だがMac miniも、人気があって長く使われる製品であり、Appleが力を入れている商品であることに違いはない。AppleはApple Intelligenceに合わせてプロセッサーを刷新し、自社製品の性能向上をしてきた。Mac miniはそのタイミングに合わせて出てきた意欲作といえそうだ。

 

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【西田宗千佳連載】Apple Intelligenceは発展途上。本質は2025年になってから花開く

Vol.144-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAppleの「新型iPad mini」の話題。Apple独自の生成AI「Apple Intelligence」の展開において、iPad miniが狙う立ち位置とは何なのかを探る。

 

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Apple

iPad mini

7万8800円~

「Apple Intelligence」とは、生成AIなどを使ったAIモデルをOSに複数搭載し、いろいろな機能をより便利に使えるようにするフレームワークである。Appleの場合、同じ機能をiPhone・Mac・iPadの主要3製品にすべて搭載し、基盤技術として利用していく。

 

10月末に各種OSのアップデートがあり、アメリカ英語ではApple Intelligenceが使えるようになっている。日本語での対応は2025年4月以降だ。だが日本で売られているApple製品でも、言語の設定を「英語」にすれば、そのままでApple Intelligenceが使える。

 

Apple Intelligenceの有効化により一番目立つのは「Siriの変化」だ。従来は丸いボールが表示されていたが、Apple Intelligence後には「画面の周囲が虹色」で表されるエフェクトになる。以前は“音楽を流す”“なにかを検索する”といったことに使う場合が多かったと思うが、Apple Intelligenceの導入により、個人の行動やアプリの利用履歴を活用し、「パーソナルなコンテクスト」に合わせて回答するようになる。

 

また、会話はよりなめらかなものになる。単に言い回しが自然になるだけではない。人間の側が、言い淀んだり言い間違ったりしても、その内容を汲み取って会話を続けようとする。これまでは「どういう命令を与えるとSiriがきちんと動くか」を理解した上で一定の命令を与える、という使い方が馴染んだが、人に話しかけるのに近い対話で、「おすすめのレストランまでの道筋を示して、カレンダーに予定をメモとして組み込む」といったことが可能になる。

 

メールやウェブの要約もできる。特にメールについては、たくさんの返信が続いた長いものでも、“これまでの会話はどんなものだったか”という感じの内容で要約を作ってくれて、かなり便利だと感じる。

 

画像や動画も、「海の近くにあるヨット」のような自然文で検索可能になる。Apple Intelligenceが画像になにが映っているかを把握し、検索のための情報を作る仕組みが導入される。結果として、より人間的な発想で画像検索が可能になるわけだ。

 

ただ、これらの機能があっても、“Apple製品が劇的に賢くなった”とまでは言えない。結局のところ、ちょっと検索や要約が便利になっても、それは付加的な要素に過ぎない。AIでスマホが大きく変わる……というところまでは進化していない。

 

Apple Intelligenceは段階的に機能が投入される。10月末のアップデートは「第一弾」に過ぎず、年内に第二弾、年明けにさらに機能が少しずつ追加されていく。そんなこともあって、まだまだ本命と言えるほどの機能向上ができていない、というのが筆者の見立てだ。日本語でのサービスは2025年以降なのだが、その時期であっても、Apple Intelligenceはまだ“進化途上”である。そういう意味では慌てる必要もなく、単純に「お買い得なタイミングだから買う」という考え方で十分だ。

 

実のところ、AI関連機能の“産みの苦しみ”は、Appleだけの課題ではない。GoogleにしろMicrosoftにしろ、同じように付加価値を出しきれてはいない。2025年に向けて機能が模索され、価値を高めていく……と考えれば良いだろう。

 

そんな中、1機種だけ大きく価値を変えた「新Mac」がある。そのMacの話は次回のウェブ版で解説することとしたい。

 

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【西田宗千佳連載】「Apple Intelligence」シフトで“お買い得”になった今年のアップル製品

Vol.144-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAppleの「新型iPad mini」の話題。Apple独自の生成AI「Apple Intelligence」の展開において、iPad miniが狙う立ち位置とは何なのかを探る。

 

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Apple

iPad mini

7万8800円~

Appleは例年、9月にiPhoneを発売する。そして10月・11月にはMacやiPadなど、残る主要製品を発売することが多い。今年もそうした部分に変化はなかった。10月なかばに「iPad mini」を、10月末に「iMac」「Mac mini」「MacBook Pro」を発売し、ラインナップ全体を刷新している。

 

基本的にはどれもプロセッサーの刷新が中心の内容だ。ここでプロセッサーを刷新するのは、その年の新技術を導入するため……という部分もあるのだが、特に今年については、「Apple Intelligence」の準備という部分が大きい。

 

Apple Intelligenceは生成AIをベースとした機能だ。複数のAIモデルを、クラウドに頼らない「オンデバイスAI」として動かす。そのためには、AIの推論を担当する「Neural Engine」と、より大きなメインメモリーを必要とする。

 

特にiPhoneとiPadについては、対応のハードルが少々高い。Macは2020年発売の「Appleシリコン搭載Mac」であれば条件を満たすが、iPhoneは2023年発売の「iPhone 15 Pro」シリーズか、今年発売の「iPhone 16/16 Pro」シリーズでないと対応できない。iPadについても、Appleシリコンである「Mシリーズ」搭載の製品のみが対象。iPad miniについては、今年発売の新機種でプロセッサーをiPhone 15 Proシリーズと同じ「A17 Pro」に切り替えて対応することとなった。

 

Appleとしては、販売する主要製品のほとんどをApple Intelligence対応とし、今後のソフトウエア基盤とする必要性がある。だから、ここで一気に各製品を刷新しておきたかったわけだ。現状、Apple Intelligenceに対応しないのは「iPad」と「iPhone SE」くらい。特別な価格重視モデル以外では使われる基本機能になってきた。

 

また面白いことに、Macについてはメインメモリーの拡充も行われた。新製品ではないものの、MacBook Air(M2もしくはM3搭載製品)の場合、価格据え置きのまま、最小メモリー容量を8GBから16GBに変更する措置が取られた。Apple Intelligenceは8GBでも動作するものの、十分な余力を生み出すには16GBの方が望ましい……と判断されたわけだ。

 

そんなことから、今年のApple製品は全体に“ちょっとお買い得”になっている。プロセッサーが高性能になったのは当然として、メインメモリーは増量され、ストレージ容量も増えた。Apple製品自体が全体的には少し高めの価格設定ではあるし、円安の影響を受けてはいるものの、“今年がお買い得”であるのは間違いない。特にメモリーについては、容量の増加だけでなくアクセス速度の向上もあり、実パフォーマンスの向上にも寄与している。

 

Apple Intelligenceは、日本では2025年4月以降に提供予定となっている。だから、Apple Intelligence自体を目的にApple製品を買い替えるのはまだ時期尚早と言っても良い。一方でメモリーや性能のことを考えると、Apple Intelligenceがなくてもお買い得であり、買い替えなどには良いタイミングと言って良さそうだ。

 

では、Apple Intelligence自体の評価はどうだろうか? その点は次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】性能アップの新iPad miniから見えるAppleの戦略

Vol.144-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAppleの「新型iPad mini」の話題。Apple独自の生成AI「Apple Intelligence」の展開において、iPad miniが狙う立ち位置とは何なのかを探る。

 

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Apple

iPad mini

7万8800円~

性能を大きく進化させ生成AIに対応させる

Appleは10月23日から新型の「iPad mini」を発売した。刷新は3年ぶりだが、新型には大きな特徴がある。といっても、製品の外観はまったくと言っていいほど変わっていない。電子書籍を読んだり動画を見たりするだけなら、差は分かりづらいかもしれない。

 

今回の刷新の主軸は“中身の変化”だ。プロセッサーが昨年のフラッグシップiPhoneに搭載された「A17 Pro」に変更され、CPU・GPUともに強化されている。それ以上に大きいのは、AIの推論能力が倍近くになり、メインメモリーも4GBから8GBまで増えた。

 

これはなんのためかと言うと、Appleがアメリカで10月から導入したAI機能「Apple Intelligence」に対応するためだ。

 

Apple Intelligenceは要約や画像生成など、多数の機能を備えている。大量の返信が連なったメール全体の内容を理解し、短い要約を読むだけで内容を把握する機能や、周囲に書かれた文章の内容からそれに合った画像を生成する機能がある。音声アシスタントのSiriとの対話はよりなめらかなものになり、やり取りしたメールやメッセージの文脈を読んだ対応もするようになる。

 

ただ、プライバシーに配慮してほぼすべての処理をクラウドではなく端末内で行うため、プロセッサーには一定以上の性能が必要になる。その基準が「A17 Pro」搭載なのだ。iPhoneの場合も、Apple Intelligenceが動作するのは、A17 Proを搭載した2023年のフラッグシップであるiPhone 15 Proからとなっている。

 

残るモデルのうちminiを先行させる

Appleは今後、Mac、iPhone、iPadのすべてでApple Intelligenceを共通のコア機能として活用していくが、そのためには製品の刷新が必須となる。Macはすでに全機種がApple Intelligence対応だし、iPhoneも安価な「SE」を除けば、現行モデルのほとんどが対応している。

 

そうなると、iPadシリーズのなかでも残されたもっとも安い「iPad」と「mini」のうちminiから刷新を……ということなのである。時期がいつかはわからないが、「iPhone SE」や「iPad」も、性能を底上げした新機種が出てくる可能性は高くなった。

 

Appleにとっては、Apple Intelligenceはそれだけ重要な存在である……という証でもあるのだが、日本で使えるようになる時期は「2025年内」とされている。

 

すでにApple Intelligenceが搭載された新OSは正式公開されているが、現状はアメリカ英語のみの対応で、日本ではほとんどの機能が使えない。写真からワンタッチで気になる部分を消す「クリーンアップ」のみ、言語を問わず利用可能になっている。これだけでは、まだ恩恵は感じづらいだろう。

 

しかしiPhoneを含め、それでも製品をすぐに買う意味はあるのか? 他社はどのように対抗してくるのか? その点は次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Metaが「ARグラス」を発表。それでもVRを置き換えるわけではない事情とは

Vol.143-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

今月の注目アイテム

Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

Metaは9月26日、かねてから開発していたARグラスのプロトタイプである「Orion」を公開した。Orionの最大の特徴は、“ゴツいメガネ”くらいの形でありながら、視野角が70度と広く、視界の中に自然にCGを重ねられることだ。既存のAR(Augmented Reality)に対応する機器はどれも視野角が狭い。40から50度くらいしかないため、「目の前の風景の中央だけに、窓枠の中のようにCGが重なる」のがせいぜいだ。だから自然さは……ない。

↑Metaが発表したARグラスのプロトタイプ「Orion」

 

だがOrionは違う。視界全体とは言いづらいが、視野の端に近いところまでCGが表示されるので、ずっと自然な体験になる。筆者も発表後に体験したが、いままでにあったARグラスとは異なるレベルの体験だと感じた。

 

Orionはすぐに市販されるものではなく、あくまでプロトタイプだ。市場に出てくるにはまだ数年かかるだろう。だが、見た目がかなり“メガネっぽい”ことから、発表後には“これが本命”“Meta Quest 3やApple Vision Proはいらない”という反応も見られた。VR機器はどうしても頭に大きなゴーグルをつけている様子が目立つし、重さも感じる。メガネ型で同じことができるならOrionでいいのでは……と感じる人もいるのだろう。

 

ただ、Metaの考え方は違う。“Meta QuestとOrionは別の路線”とはっきり語っている。

 

理由はシンプル。目的や操作の考え方が全く違うからだ。

 

Orionはコントローラーを使わず、視界に重なるCGは原理上半透明になる。文字やSNSの情報、メッセージの着信通知など、“スマホで見ているような情報”を空間の中で使うことを前提とした機器、と言って良いだろう。

 

それに対して、VR機器はもう少し“世界に没入する”ような用途と言っていい。Meta Quest 3にもMR(Mixed Reality)機能はあるが、カメラからの映像に対してさらにCGを重ねる「ビデオシースルー」なので、“現実とCGが混ざっているリアリティ”はより高い。この辺はApple Vision Proも同じであるが、あちらは価格のぶんだけさらに画質が高い。

 

ただ、VR機器がマスに一気に浸透し、スマホのような存在になることは考えづらい。用途に合った、比較的コアなニーズを満たす製品として使い続けられるだろう。そのなかには、PCディスプレイの代替や工業デザインの確認など、業務用に近い用途も存在する。

 

一方でOrionのようなARグラスは、よりマスに向いたニーズが存在する。要はスマホの代替であったり、スマホを補完するツールだったりという使い方だ。コストや機能を考えるとすぐにスマホを置き換えることはないだろうが、VR機器とは違うものとして広がっていく可能性が高い。

 

コアな技術で考えた場合、VRとARの差は“どのくらい現実世界が透けて見えるか”くらいの差しかない。だが、それを実現するためのハードウエア開発にはまだまだ差が大きく、両者の一体化には10年単位の時間を必要とするだろう。似たものではあるが、VR機器とARグラスは“PCとスマホ”くらい用途や向き・不向きが異なっており、当面共存するものと思われる。

 

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【西田宗千佳連載】日本でVR市場を支える「VRChat」の存在感

Vol.143-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

今月の注目アイテム

Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

前回のウェブ版で、アメリカではまず10代にVRの市場が立ち上がっている、という話をした。では日本を含む他国ではどうなっているかというと、アメリカほどに明確な現象は起きていない。ブームに近いニーズ拡大は起きていない、という言い方もできる。

 

とはいえ、日本はVRにとってかなり大きな市場だ。Meta自身の市場調査によると、アメリカよりも年齢層は幅広く、使っている人々の指向も幅広い、という。

 

なかでも急速に利用が進んでいて、VR自体の認知にも大きな影響を与えているのが「VRChat」だ。その名の通りVR向けのコミュニケーションサービスで、VRの勃興期である2014年からサービスを続けている。長く使っている人も多く、「メタバースに住む、過ごす」サービスとして紹介されることが多い。

 

この5年で世界的にも利用が広がり、アクセス数は約7倍に拡大。いわゆる「メタバースブーム」が落ち着いた後で利用者が伸びている。VRChatはコアな利用者が多いことから、新しいVR機器や周辺機器ニーズの牽引役という側面もある。コアな利用者にとっては、もうひとつの生活の場として毎日使うサービスであるからだ。

 

そんなVRChatだが、日本での利用が増えているのも特徴だ。サービス自体はアメリカのもので同国内の利用者が多い(全体の3割強)が、日本も利用者数比率で第2位(十数%)となっている。人口比やVR機器の普及率を考えると相当に大きな勢力であるのは間違いない。

 

特に今年に入ってからは、いままでVRやVRChatをよく知らなかった人々にも急速に認知を高めた。背景にあるのは動画配信者の利用で、特に大きな影響があったと言われているのが、人気配信者である「スタンミ」が取り上げたことだ。登録者数十万人規模の配信者がコミュニケーションを楽しむ様が配信されたことで、それまではVRやVRChatのことを知らなかった人々へ認知が高まった。

 

動画配信は“幅は狭いが深く刺さる”世界である。年齢や趣味趣向が違うと、「有名」と言われる配信者の名前も知らないことは多い。一方で、その配信者がマッチする層には深く刺さり、認知・理解を高めるきっかけになる。VRChatを楽しんでいる人々の間では、今年の変化は相当に大きいものだったという。

 

VRChatは多くのVR機器で楽しめる。没入感は減るが、普通のPCでも大丈夫だ。Meta Questはもっとも利用者が多いデバイスであるが、画質や快適な装着性を求めて、より高い機器を選ぶファンもいる。

 

2025年初頭に発売が予定されている「MeganeX superlight 8K」(Shiftall)もそのひとつ。本体は24万9900円であり、動作には別途ゲーミングPCが必要でかなり高価だが、重量が185g以下(本体のみ、ベルト部除く)と軽く、片目4Kで画質も良い。Meta Quest 3のように大量に売れるわけではないが、そうした商品が成立するくらい、幅広い市場が見込めているということでもある。

 

では、よりカジュアルで、いまのVR機器に興味がない人をひきつけるような市場はどうなるのだろうか? その辺は次回のウェブ版で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Quest 3S登場の背景にある「アメリカ・10代向けVR市場」の大きさ

Vol.143-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

今月の注目アイテム

Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

VRが注目されるようになり、そろそろ10年以上が経過した。“いつまで経っても一般化しない”と思う人もいるだろうが、実は世代や地域によってかなり浸透の仕方が異なっている。

 

Metaが主戦場としているのはアメリカであり、特に10代・20代の若い層だ。

 

Meta Questシリーズの累計販売台数は、2203年第1四半期の段階で2000万台を超えている。この時点ではMeta Quest 3は出荷されておらず、Meta Quest 1・2・Proの3モデルでの統計だ。その後の出荷台数は公表されていないが、Meta Quest 3が数百万台出荷され、そのぶんが追加されている。

 

そして、実質的にアメリカ市場では、Meta Questの普及=ティーンへのVRへの浸透と言っても良い。前述の2000万台のうち1800万台はMeta Quest 2。2022年から同社はMeta Quest 2の最廉価モデルを299ドルで販売しヒットにつなげた。

 

アメリカの投資銀行Piper Sandlerは、2024年春に、アメリカのティーン層を対象とした調査を行った。その中で「ティーンのうち30%以上がVR機器を持っている」という結果をレポートしている。299ドルという価格で低年齢層に浸透したことが、普及率を押し上げているのだ。

 

この辺は、実際にいくつかのサービスに入ってみるとよくわかる。

 

アメリカで大ヒットしたVR系ゲームに「Gorilla Tag」がある。これは上半身だけのゴリラになりきり、両腕を漕ぐような動きをしながら鬼ごっこをする……というシンプルなもの。だが、これがアメリカではティーン層にウケた。2024年1月には総収入が1億ドル(約150億円)に達し、月のアクティブユーザーは300万人を超えているという。

 

また利用者数はまだ判然としないが、Metaが提供しているコミュニケーションサービスである「Horizon World」も、アメリカでティーン層の利用が拡大している。

 

どちらのサービスも入ってみると、“明らかに若い10代の声(英語)”でコミュニケーションしあっている様子が聞こえてくる。たまたま聞こえる……とかそういう話ではなく、いつサービスに入ってもそんな感じだ。若い層の遊び場としてアメリカで定着していることを感じさせる。

 

ただ、こうした層へのアピールを強化するには、なにより価格が重要だ。2023年に発売された「Meta Quest 3」は499ドルからで、Quest 2に比べ200ドル高かった。その分機能・性能は高かったが、若年層に200ドルの差は大きい。

 

また、Meta Quest 2は2020年発売であり、性能面で厳しくなっていた。Meta的にはソフト開発の基盤を刷新するためにも「Quest 3ベース」に変える必要に迫られていた。

 

そんなビジネス的な事情もあって、Metaとしては“もっとも売れているアメリカ市場を盤石なものにする必要がある”ということから生まれたのが、Meta Quest 2の安価なレンズやディスプレイ構造を活かしつつ、そこにMeta Quest 3の処理系とMixed Reality機能を搭載し、価格を299ドルから(日本だと4万8400円から)に下げた「Meta Quest 3S」、ということなのだ。

 

Quest 3Sの画質はQuest 3より若干下がっているが、使い勝手自体はほとんど変わっていない。ゲームなどが中心ならば差はさらに小さくなる。こうした製品を用意した背景にあるのは、世界的に価格を下げる必要がある、ということ以上に“アメリカでの10代向け”というはっきりとしたニーズがあるからなのである。

 

では日本などはどうなっているのか? その点は次回のウェブ版で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】同性能で低価格、Metaの「Quest 3S」発売理由

Vol.143-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はMetaが発売した廉価版Quest の「Quest 3S」の話題。Quest 3とそん色ない性能を有しながら価格を下げて販売する狙いを探る。

 

今月の注目アイテム

Meta

Meta Quest 3S

4万8400円~

多くの機能を引き継ぎ安価に提供する狙いは

Metaは10月15日から、新しいVR機器である「Meta Quest 3S」を発売した。

 

同社は昨年「Meta Quest 3」を発売しており、一昨年は「Meta Quest Pro」を発売した。3年連続での新製品発売となるのだが、今年の製品は過去とは位置付けが異なる。というのは、Quest 3Sは、Quest 3の明確な廉価版だからだ。新製品は“機能アップして買い替えを促すもの”というイメージがあるが、Quest 3SQは違う方向性だ。

 

簡単に言えば、3Sは2020年発売の「Meta Quest 2」よりも2倍のパフォーマンスを実現しつつ、Quest 3のカメラやプロセッサーやソフトウエアを使い、「多くの機能をQuest 3から引き継いで、できる限り低価格に提供できるようにした製品」だ。価格は299ドル(日本では4万8400円)からで、7万4800円からだったQuest 3よりかなり安くなった。

 

では安くなったぶん機能や画質が大幅に劣るのか、というとそんなことはない。筆者も実機を体験してみたが、VR向けのゲームや周囲の状況を確認しながらVRを体験したりするぶんには、Quest 3と3Sの差は非常に小さい。ソフトウエアの互換性も完全に保たれている。

 

このタイミングでMetaはラインナップの整理も図った。Quest 2とQuest Proは在庫限りで販売を終了、Quest 3も512GBの最上位モデルを8万1400円に価格改定し、それ以外のモデルはQuest 3Sになる。

 

すなわちMetaは、一気に価格を下げつつラインナップを整理し、販売管理費もスリム化してきたということなのだ。

 

アメリカ市場を見据え販売ライン整理を図る

Metaが在庫を「3」ベースの製品に絞った理由は2つある。

 

ひとつは、ゲーム開発環境としてより高性能なものを基盤としたかったこと。そのほうが開発効率は上がるし、高度なゲームも提供しやすくなる。

 

2つ目は、価格を下げていくことがビジネス上必須になってきたからだ。

 

Quest 3とQuest 3Sは性能面ではほぼ同等。解像度が下がっている関係から、ウェブの文字表示や映画視聴などでは"若干画質が下がったかな……"と感じるくらいだ。現状はゲームを中心に売れているので、この違いよりも価格の違いの方が影響は大きい。Quest 3の利用者が3Sに買い替える必要はないが、より多くのユーザーを惹きつけるには、高価なモデルよりも低価格なモデルが必要……ということなのだ。

 

日本ではVRというとマニア市場が中心なのでハイスペックなものから売れていくが、アメリカではそうではない。Quest 3発売後も、299ドルで販売されていたQuest 2が、年末商戦などに向けてヒットすることが多かった。

 

そう考えると、Quest 2と同じ値段でより高い性能の製品に"ラインを揃える"ことが必要になってきたのだ。

 

Metaはなぜ価格を下げることに注力したのか? そして、同時発表されたプロトタイプ「Orion」との関係は?

 

その点は次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】三者三様で生き残りをかけるゲームプラットフォーマー

Vol.142-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は大幅に値上げとなったPlayStation 5 の話題。過去数回価格が上昇したが、今回の価格改定にはどんな背景があるのかを探る。

 

今月の注目アイテム

ソニー・インタラクティブエンタテインメント

PlayStation 5

7万9980円~

↑PlayStation 5のテクノロジーや機能はそのままに、小型化を実現した新モデルのPS5(Ultra-HD Blu-ray ディスクドライブ搭載版)。Ultra HD Blu-rayディスクドライブは着脱可能で、本体内蔵のSSDストレージは1TBになる。

 

その昔、日本で「ゲームをする」といえば、家庭用ゲーム機で遊ぶことを指していた。ゲームファンから見れば“いや色々あって”と言いたくなるところだろうが、そこはちょっと我慢してほしい。1980年代にファミコンなどの家庭用ゲーム機が定着して以降、ずっとゲーム市場=ゲーム機の市場だと思われてきた。

 

それが少し変わってきたのが2000年代。携帯電話向けのゲームが増え、市場としては今もスマートフォン向けが最大のパイを持つ。とはいうものの、モバイルゲームとコアなゲームは別の市場であり、しかも共存可能だった。だからPlayStation 4は歴史的なヒットを記録し、Nintendo Switchも幅広い世代に使われるゲーム機に成長した。

 

ただ同時に、スマホ・PCでのゲーム市場も成長した。ネットワークゲームはスマホとPCを主軸に拡大し、家庭用ゲーム機の側がそこに同居しているような部分もある。

 

「ゲーム」という言葉が指すものは多様化・拡大し、いろいろな遊び方が許容されるようになっている。その昔「スマホゲームにゲーム機が食われる」と思われたのとはまた違う形で、“ゲーム機がスマホやPCに市場をとられる”時代がやってきた、とも言えるだろう。

 

では、ゲーム機は無くなってしまうのだろうか?

 

少なくとも当面それはあり得ない。前回のウェブ版でも解説したが、専用機のコストパフォーマンスはまだ高い。ゲームとPCを分けておきたい人もいるし、ゲーミングPCの抱える宿命的な“複雑さ”を避けたい人もいるだろう。よくまとまったパッケージとしての“ゲーム機”の価値は当面失われそうにない。

 

ゲームを開発する側としても、ゲーム機は有難い存在だ。ゲームはPCで開発しているといっても、ゲーミングPCの“スペックの多様さ”は動作検証を困難にする要因の1つ。ゲーム機はスペックが固定されているので、そこに向けて開発することは大きな工期とコストの削減になる。だから、“PCでゲーム機を想定して開発し、その後に多様なゲーミングPCに合わせてチューニング”する作り方は続くだろう。

 

とはいえ、ゲーム開発のコストが上がっている現在、できるだけ多くのパイへとゲームを提供する必然性も出てくる。だから“複数のゲーム機とゲーミングPCにゲームを供給する”のは必然でもある。熱心なファンほどゲーミングPCへの投資が視野に入ってくる中でゲーム機を売るには、いかにその“ゲーム機を持っていることが重要か”という意識を持ってもらうかが重要な話になる。

 

本記事を書いている9月中旬現在、任天堂は「Switch後継機」の詳細を発表していない。任天堂は低コストで“自社ゲーム機にしかない要素”で戦うと想定されるので、発表されていない要素がPCとの差別化要因になるだろう。

 

SIEは“PCよりもコスパよく、安定してゲームを楽しめる環境”を推す。PlayStation 5 Proはそういう製品になっている。まだ見ぬ「PlayStation 6」までは時間があるので、また別の戦略を考えるかもしれない。

 

Xboxも基本的なありかたはPlayStationに近い。しかしマイクロソフトの場合、「PCでも同じゲームができる」ことを売りの要素にできる。「Xbox GamePass」という有料サービスで、XboxとPCの両方をカバーするからだ。仮にゲーミングPCを使っている人でも、Xbox GamePassに加入してくれれば同社の顧客になる。そもそも、Windowsを使っている時点でマイクロソフトには収益が入ってきてもいる。

 

三社が三様の戦略で生き残れると想定できるが、その中で“想定通りの大きな収益”を維持できるかは予測できない。そこは結局、どんなゲームがヒットするかに依存する部分が多く、水物であることに変わりはない。

 

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【西田宗千佳連載】PS5と同じ価格で「同じことができるゲーミングPC」は作れるか

Vol.142-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は大幅に値上げとなったPlayStation 5 の話題。過去数回価格が上昇したが、今回の価格改定にはどんな背景があるのかを探る。

 

今月の注目アイテム

ソニー・インタラクティブエンタテインメント

PlayStation 5

7万9980円~

↑PlayStation 5のテクノロジーや機能はそのままに、小型化を実現した新モデルのPS5(Ultra-HD Blu-ray ディスクドライブ搭載版)。Ultra HD Blu-rayディスクドライブは着脱可能で、本体内蔵のSSDストレージは1TBになる。

 

PlayStation 5(PS5)が8万円弱に値上げされると、「高い」という反応を多く耳にした。中には“それならゲーミングPCを買う方がいいのでは”という声もあった。

 

たしかに、ゲーム機の価格が10万円近くなると「高い」と感じる人がいるのはわかる。10万円あればPCも購入できる価格ではあるし、“ゲームはもうPCにしようか”と考える人が出てくるのもわかる。

 

事実、家庭用ゲーム機にとってゲーミングPCは強力なライバルだ。現在のゲーム開発はPCで行われるので、家庭用ゲーム機向けとPC向けを同時に開発する例も増えている。特に構造がPCに近いPS5とXbox Series X/Sは、ゲーミングPCと比較されやすい宿命も背負っている。

 

では現実問題として、8万円でPS5と同じ体験ができるPCを入手できるだろうか? 正直なところ、これはかなり難しい。

 

自作PCでパーツの価格を積み上げるといけそうな気になってくるが、PCは汎用機でありゲーム機は「専用機」だ。ゲームにおけるフレームレートや画質を安定させる処理は、専用機である方が有利になる。画質をフルHDで妥協する、読み込み速度がPS5やXboxと同じにならなくても我慢する、ファンの音はそこまで小さくなくてもいい……といった妥協をすれば近い価格のPCでもゲームはできるが、“ゲームをする上でのコスパ”でいうと、基本的にはPCよりゲーム専用機の方が良好なのは間違いない。

 

11月にSIEは高性能版である「PlayStation 5 Pro」を販売する。こちらは約12万円で、スタンダードモデルより高い。それこそゲーミングPCでカバーしたいと思う人も出てきそうだが、12万円かけたとしても、PS5 Proと同等以上のパフォーマンスを得るのはやはり難しいだろう。

 

一方で、“画質などで妥協しても、1台のハードウエアで済ませたい”という人もいるはずだ。その場合、多少コストを積み増してPCにしたとしても、それはそれで満足感を得られるだろう。ゲーム機とPCの両方を買うなら片方のコストで……と考えると、選択肢も増えてくる。

 

逆に、現在得られる最高の画質でゲームをしたい、予算には糸目をつけない、ということであるならば、そこはゲーミングPCが有利な世界になってくる。40万円近いコストを投下し、定期的にパーツを入れ替えていくことで“常に最高に近い状況”を維持できるのはゲーミングPCの特徴だ。ゲームを趣味とするなら、そういうお金の使い方をしてもいい。

 

一方で、誰もが“PCとゲーム機を1つにしたい”わけではないだろう。仕事用にノートPCを……という人は、それでゲームをすることを求めていない場合も多い。だとすると、PCはノート型でゲームはゲーム機で……という判断をする人も当然いるはずだ。

 

市場は多様であり、“ゲームをしたい”人のニーズもやはり多様である。家庭用ゲーム機だけでなくPCでもニーズを満たせるようになったのは大きなことだが、かといって、すべてがPCだけで満たせるほどシンプルな話でもない、ということになる。

 

では、家庭用ゲーム機というビジネスは今後どうなると考えられるのだろうか? その点は次回のウェブ版で考察する。

 

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【西田宗千佳連載】ゲーム機の価格は「待っても下がらない」時代になった

Vol.142-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は大幅に値上げとなったPlayStation 5 の話題。過去数回価格が上昇したが、今回の価格改定にはどんな背景があるのかを探る。

 

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ソニー・インタラクティブエンタテインメント

PlayStation 5

7万9980円~

↑PlayStation 5のテクノロジーや機能はそのままに、小型化を実現した新モデルのPS5(Ultra-HD Blu-ray ディスクドライブ搭載版)。Ultra HD Blu-rayディスクドライブは着脱可能で、本体内蔵のSSDストレージは1TBになる。

 

10年前まで、ゲーム機は“最初の発売から時間が経てば価格が下がるもの”だった。

 

しかし現在はそうではない。その傾向は2013年に発売された「PlayStation 4(PS4)」や「Xbox One」世代から見え始めた。

 

その前の世代のハードウェアであるPlayStation 3は発売当初6万2790円からだったが、2014年には2万5980円まで値下げされた。しかしPS4は発売当初4万1979円で、最終的な価格は3万4980円。1万円も下がってはいない。

 

PS4やXboxの後に出た「Nintendo Switch」も同様だ。標準モデルの価格は2万9980円のまま。その後発売されたコントローラー脱着機構のない「Lite」は1万9980円で、実質的な値下げという側面もあるものの、ハードウエアの価格は基本変更していない。

 

同時にこの世代では、「PlayStation 4 Pro」「Xbox One X」といった、性能アップした上位機種が出るようにもなっている。これは通常モデルとハイエンドモデルとを天秤にかけるユーザーを引き込む施策であると同時に、値下げはせずに性能アップでバリューを上げる施策でもある。

 

ゲーム機の値下げが難しくなったのは、半導体製造コストが上がり、技術進化による“同一性能部品のドラスティックな値下げ”も難しくなってきたためだ。

 

一般に信じられているのとは異なり、ゲームプラットフォーマーは“ゲーム機を赤字で売ってソフトで儲けている”わけではない。販売初期、マーケティング費のかかる時期に“トータルコストでは収益が出ない”状態で売ることはあるが、そこから台数を早期に積み増し、“利幅は薄いがきちんとハードからも儲ける”のが鉄則だ。ハード販売の後期に安くなっているのは“それでも利益が得られるので、価格の魅力でユーザーを惹きつけたいから”に他ならない。

 

だが現在はもうハードを安価に作れないので、価格も収益も維持してビジネスを進めるのが一般的になっている。どのメーカーもこの10年同じ戦略を採っており、今後も“ゲーム機は待っても値段が下がらない“と考えて良い。例外があるとすれば、ここから大幅な円高がやってきて1ドル数十円単位で価格変動する可能性が出たときだろう。

 

その中で、各社のゲームハードは価格が違う。

 

任天堂は為替想定もあえて円高設定のまま据え置き、日本国内販売への価格影響を小さなものにする。同社は他社以上に日本市場の比率が大きく、低年齢層への普及も目指すので他社より安価な値付けをする。そのために為替リスクを飲み込んでいるわけだ。

 

マイクロソフトは今世代(Xbox Series X/S)にて、為替の影響による価格改定をしている。値付けは異なるが、考え方としてはソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)に近い。

 

特にSIEの場合には、販売の海外比率が非常に高いこと、為替と連動しない内外価格差を大きくすると“海外への転売”が増えて品不足への影響も出やすくなることなどから、国内ビジネスで不利になったとしても“為替に合わせて価格を改定する”ことにしたのだろうと推測できる。

 

ではその中で、ゲーム機ビジネスはどうなっていくのか。その点は次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ゲーム機の価格は「待っても下がらない」時代になった

Vol.142-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は大幅に値上げとなったPlayStation 5 の話題。過去数回価格が上昇したが、今回の価格改定にはどんな背景があるのかを探る。

 

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ソニー・インタラクティブエンタテインメント

PlayStation 5

7万9980円~

↑PlayStation 5のテクノロジーや機能はそのままに、小型化を実現した新モデルのPS5(Ultra-HD Blu-ray ディスクドライブ搭載版)。Ultra HD Blu-rayディスクドライブは着脱可能で、本体内蔵のSSDストレージは1TBになる。

 

10年前まで、ゲーム機は“最初の発売から時間が経てば価格が下がるもの”だった。

 

しかし現在はそうではない。その傾向は2013年に発売された「PlayStation 4(PS4)」や「Xbox One」世代から見え始めた。

 

その前の世代のハードウェアであるPlayStation 3は発売当初6万2790円からだったが、2014年には2万5980円まで値下げされた。しかしPS4は発売当初4万1979円で、最終的な価格は3万4980円。1万円も下がってはいない。

 

PS4やXboxの後に出た「Nintendo Switch」も同様だ。標準モデルの価格は2万9980円のまま。その後発売されたコントローラー脱着機構のない「Lite」は1万9980円で、実質的な値下げという側面もあるものの、ハードウエアの価格は基本変更していない。

 

同時にこの世代では、「PlayStation 4 Pro」「Xbox One X」といった、性能アップした上位機種が出るようにもなっている。これは通常モデルとハイエンドモデルとを天秤にかけるユーザーを引き込む施策であると同時に、値下げはせずに性能アップでバリューを上げる施策でもある。

 

ゲーム機の値下げが難しくなったのは、半導体製造コストが上がり、技術進化による“同一性能部品のドラスティックな値下げ”も難しくなってきたためだ。

 

一般に信じられているのとは異なり、ゲームプラットフォーマーは“ゲーム機を赤字で売ってソフトで儲けている”わけではない。販売初期、マーケティング費のかかる時期に“トータルコストでは収益が出ない”状態で売ることはあるが、そこから台数を早期に積み増し、“利幅は薄いがきちんとハードからも儲ける”のが鉄則だ。ハード販売の後期に安くなっているのは“それでも利益が得られるので、価格の魅力でユーザーを惹きつけたいから”に他ならない。

 

だが現在はもうハードを安価に作れないので、価格も収益も維持してビジネスを進めるのが一般的になっている。どのメーカーもこの10年同じ戦略を採っており、今後も“ゲーム機は待っても値段が下がらない“と考えて良い。例外があるとすれば、ここから大幅な円高がやってきて1ドル数十円単位で価格変動する可能性が出たときだろう。

 

その中で、各社のゲームハードは価格が違う。

 

任天堂は為替想定もあえて円高設定のまま据え置き、日本国内販売への価格影響を小さなものにする。同社は他社以上に日本市場の比率が大きく、低年齢層への普及も目指すので他社より安価な値付けをする。そのために為替リスクを飲み込んでいるわけだ。

 

マイクロソフトは今世代(Xbox Series X/S)にて、為替の影響による価格改定をしている。値付けは異なるが、考え方としてはソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)に近い。

 

特にSIEの場合には、販売の海外比率が非常に高いこと、為替と連動しない内外価格差を大きくすると“海外への転売”が増えて品不足への影響も出やすくなることなどから、国内ビジネスで不利になったとしても“為替に合わせて価格を改定する”ことにしたのだろうと推測できる。

 

ではその中で、ゲーム機ビジネスはどうなっていくのか。その点は次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】なぜPS5は「約8万円」に値上げされたのか

Vol.142-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は大幅に値上げとなったPlayStation 5 の話題。過去数回価格が上昇したが、今回の価格改定にはどんな背景があるのかを探る。

 

今月の注目アイテム

ソニー・インタラクティブエンタテインメント

PlayStation 5

7万9980円~

↑PlayStation 5のテクノロジーや機能はそのままに、小型化を実現した新モデルのPS5(Ultra-HD Blu-ray ディスクドライブ搭載版)。Ultra HD Blu-rayディスクドライブは着脱可能で、本体内蔵のSSDストレージは1TBになる。

 

“待てば価格が下がる”は過去の話になった

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、9月2日より、同社のゲーム専用機「PlayStation 5(PS5)」とその周辺機器を値上げした。PS5のディスクドライブ付き本体は7万9980円(税込)になり、1万3000円程度高くなった。

 

PS5はこれまでにも複数回の“値上げ”をしている。2020年11月の発売当初は5万4978円(税込)だったが、8万円近くにまでなった。その間にストレージ容量やサイズが変化しており、まったく同じハードウェア同士の比較とはならないが、「PlayStationというゲーム機を買うためのハードルが上がってしまった」ことは事実だろう。

 

過去、ゲーム機は“待てば価格が下がるもの”だった。しかし現在はそうではない。別にいまに始まった話ではなく、2010年代半ば以降、PlayStation 4(PS4)やNintendo Switchは、ずっと“値段がさほど変わらないゲーム機”になっていた。

 

理由は、半導体技術の進化の仕方にある。半導体技術の進化が遅くなったことに加え、進化してもコストへの影響力が小さくなり、値下げするには至らないレベルになったためだ。

 

2000年代まで半導体は、製造技術が進化すると、“同じ面積に搭載できるトランジスタの量が劇的に上がる”特徴があった。例えば初代PlayStationは、1994年12月の発売当初は3万9800円だったものが、2001年9月には9800円にまでなった。半導体の製造コストが下がっていった結果だが、最終的には9800円でも十分な収益が出るほどのコストダウンが行えていたという。

 

収益重視と為替の影響で値上げに踏み切った

一方、PS4は3万9980円でスタートしたものが2016年に2万9980円まで下がり、そこで値下げが止まった。現行のPS5は、米ドルではずっと「499ドル」で、価格が変わっていない。

 

国内に限って言えば、為替の影響も大きい。

 

2020年、1ドルは100円から105円の間だったが、2024年6月には一時160円まで上がっている。今回の価格改定まで、SIEは実際の為替レートよりも低く見積もって日本向け製品を値付けしてきたが、今回より為替事情に合わせた価格へと改定した……というのが正しい。前出のように、米ドルでのPS5の価格は499ドルで変化なく、今回の値上げも日本だけで行われたものだ。

 

為替の影響による値上がり傾向は、スマホやPCも事情は同じと言える。SIEは普及のために価格を安く抑えてきたが、収益性を重視して“日本を特別扱いしない”方針に切り替えたのだろう。これほど円安が定着すると想定していなかったところもありそうだが。

 

実のところ、こうした事情は任天堂やマイクロソフトにも影響している。彼らは今後どのような戦略を採るのだろうか?

 

また、ゲーム機が高価になったことで「ゲーミングPC」との比較論も出てくる。これは単純に価格だけで比較できる話ではないのだが、どう考えれば良いのだろうか? ゲーム機よりもPCを買う方がオトクな時代はやってくるのだろうか?

 

これらの疑問については次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Copilot+ PCで「AMD・インテル・クアルコム」の競争が激化

Vol.141-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はマイクロソフト が進めるAI 向けに強化された機構を持つPC の普及。「Copilot+PC」と銘打ったモデルの狙いと普及に向けた課題を探る。

 

今月の注目アイテム

ASUS

Vivobook S 15 S5507QA

直販価格24万4820円~

↑ASUS初となる次世代AI機能搭載のCPU「クアルコム Snapdragon X Eliteプロセッサー」を採用。ASUSをはじめレノボ、HP、エイサーやマイクロソフトなど、大手PCメーカーから「Copilot+PC」が続々と登場している

 

マイクロソフトとプロセッサーメーカーが共同で仕掛ける「Copilot+ PC」には、これまでにない特徴がある。

 

それは「x86系とARM系が並列に扱われる」「x86系よりもARM系が先に出た」ことだ。CPUが違えばソフトウェアの互換性は失われる。しかし現在はエミュレーション技術の進化により、「x86系CPU用アプリをARM系で使う」ことも可能になった。Appleは「Appleシリコン」をMacに導入する際、CPUアーキテクチャの切り替えに成功した。マイクロソフトも以前よりARM系とx86系の共存を試み、今回はさらにアクセルを踏んだ。はっきりとMacを意識し、「Appleシリコン採用Mac」並みにパフォーマンスとバッテリー動作時間の両立を目指したのである。

 

今回、Copilot+ PCではAMD・インテル・クアルコムのプロセッサー開発タイミングもあり、クアルコムが先行することでCopilot+ PC=ARM系というところからスタートしている。マイクロソフトとしても「本番は3社が揃ってから」という感覚はあったようだが、やはり「Snapdragon Xシリーズ」のパフォーマンスに期待するイメージを受けた人もいるだろう。

 

実際、Snapdragon X+Windows 11のパフォーマンスはかなり良い。筆者も搭載PCを評価中だが、バッテリー動作時間は圧倒的に長くなったし、性能もビジネス向けには十分以上だ。x86系との差を感じることは少ない。ARM版のソフトも増えており、それらを使う場合、はっきり言って想像以上に速く快適だ。

 

ただもちろん、日本語入力ソフトやドライバーソフト、ビデオゲームなど、すべてのソフトが動くわけではない。特にゲームについてはまだARM版がほとんどなく、オススメできる状況にない。そのことを認識せずに使える製品ではなく、“要注意”の製品ではあると言える。

 

だが、ここから出てくるAMDやインテルのCopilot+ PC準拠プロセッサーは、さらに性能が高く、もちろん互換性の問題を気にする必要はない。発熱やバッテリー動作時間を厳密に評価するとSnapdragon Xに劣る部分はあるかもしれないが、「互換性問題がほとんどない」ことと天秤にかけると、安心できるx86系を選びたい……という人も多いだろう。

 

Copilot+ PCがもっと“AI価値がすぐわかる”形で提供されていたら、6月段階からRecallが提供されていたら、イメージはもっと違ったかもしれない。だが、実際問題として“Copilot+ PCの価値はこれから高まってくる”段階なので、AMDやインテルの製品が搭載されたPCを待ってもいい、というのが実情だ。逆に言えば、ここからのPC市場では大手が三つ巴で「PCプロセッサー競争」を進めていくことになるので、競争がプラスに働き、商品性はどんどん上がっていくと期待できる。そこはうれしいところだ。

 

課題は、AMD(Ryzen AI 300)・インテル(Lunar Lake・原稿執筆時には製品名未公開)・クアルコム(Snapdragon X)がそれぞれ別の特徴を持っており、どれを選ぶべきかを判断するための情報が少ない点だ。搭載製品とその情報が出揃うまで、選択は控えた方がいいかもしれない。その頃には、Recallを含めたCopilot+ PCを構成する機能も揃い始めるだろう。

 

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【西田宗千佳連載】「Copilot+ PC」提供を急ぎすぎたマイクロソフト

Vol.141-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はマイクロソフト が進めるAI 向けに強化された機構を持つPC の普及。「Copilot+PC」と銘打ったモデルの狙いと普及に向けた課題を探る。

 

今月の注目アイテム

ASUS

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↑ASUS初となる次世代AI機能搭載のCPU「クアルコム Snapdragon X Eliteプロセッサー」を採用。ASUSをはじめレノボ、HP、エイサーやマイクロソフトなど、大手PCメーカーから「Copilot+PC」が続々と登場している

 

マイクロソフトは、AIをPC内で活用することを前提に策定した新規格である「Copilot+ PC」をアピール中だ。発売自体は今年6月にスタートしているが、売れ行きはさほど良くない。悪いわけではないようだが、「新機種が出たら売れる」いつもの水準に近く、「まったく新しいPCの誕生」で期待される量には達していない。

 

理由は複数あるが、そのひとつは「マイクロソフトが急ぎすぎた」からだろう。

 

この2年に起きたAIに関する大きなうねりから考えると、その変化がクラウドだけにとどまると考えるのは難しい。そうすると、「個人が使うデバイス」でいつ、どのくらい有用なものとして扱えるようになるかに注目が集まるのも、また必然である。AI活用をリードするマイクロソフトとしては、他社よりも早く、インパクトのある形でWindows PCにAIを持ち込みたいと考えていた。PC自体の需要を伸ばすにも必須のものだ。

 

その結果として、まず2023年末から「AI PC」という緩やかなマーケティングキャンペーンをうち、各社が開発中の新プロセッサーを使う形で2024年中に「新世代のPC=Copilot+ PC」をアピールする……という計画になったのは想像に難くない。

 

ただ問題は、6月の発表の時点では、Windows 11に組み込むべき「AIがないと実現できないこと」がそこまで突き詰められていなかった、ということだ。画像生成などはすでにクラウド型AIにもあり、それだけでPCの購入動機にはなりづらい。

 

画期的な機能として用意されたのが「Recall(リコール)」だ。AIがPC内での行動履歴を「検索可能な情報」としてまとめ直すことで、PCを使う際の物忘れを防止する機能である。要は「あれ、どうだったっけ?」をなくすことを目指したのだ。

 

だが、「行動履歴をスクリーンショットの形で記録し続ける」ことそのものが、重大なプライバシー侵害につながる懸念を持たれた。プライバシー侵害を防ぐためのオンデバイスAI利用であり、記録データの暗号化ではあるのだが、PCがハッキングされたときの対策や、そもそもの不安感の払拭といった点で、特に欧米の人々の期待に応えられなかった。

 

そのため、テスト版の提供開始は6月から10月に遅れている。正式版を多くの人が使えるのは、さらに先のことになるだろう。

 

最も特徴的な機能がないことは、やはりアピールする上でマイナス要因に違いない。6月に予定されていた公開もテスト版であるし、Copilot+ PC自体の企業への販売は今年後半からだったので、そもそも起爆剤に欠けていた部分はある。しかし、マイクロソフトとしては「いち早く」という強い思いがあったのだろう。結果的には裏目に出てしまったが。

 

同じようなことはどのメーカーも考えている。Googleは8月末から販売を開始した「Pixel 9」に「Pixel Screenshots」という機能を搭載した。現在は英語での提供のみだが、利用者が撮影したスクリーンショットをAIが解析し、「スマホの中での行動のデータベース」にして物忘れを防止するものだ。

 

趣旨としてはRecallとほぼ同じであり、違いは「自動記録ではなく、自分でスクショを撮る」こと。自分のアクションで覚えておきたいことを記録するので、Recallのようなプライバシーに対する懸念は出にくい……という立て付けなのである。

 

発想としてはどの企業も似たものを持っているが、それをいつどのような形で提供するかが重要になってくる。マイクロソフトは少し急ぎすぎ、Googleは状況を見ながら「ブレーキを踏んだ機能」を提供した、と考えることができる。

 

そして、Copilot+ PCにはもうひとつの懸念がある。「ARMなのかx86なのか」という点だ。ここは次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】機能提供の遅れでつまずく「Copilot+ PC」

Vol.141-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はマイクロソフト が進めるAI 向けに強化された機構を持つPC の普及。「Copilot+PC」と銘打ったモデルの狙いと普及に向けた課題を探る。

 

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↑ASUS初となる次世代AI機能搭載のCPU「クアルコム Snapdragon X Eliteプロセッサー」を採用。ASUSをはじめレノボ、HP、エイサーやマイクロソフトなど、大手PCメーカーから「Copilot+PC」が続々と登場している

 

マイクロソフトとプロセッサーメーカーは、2023年末から「AI PC」というブランドでのマーケティングキャンペーンを展開してきた。そして現在は、マイクロソフトがさらに積極的に旗を振る形で「Copilot+ PC」を展開し始めている。

 

どちらもAIを使えるのがポイントだが、定義の「ゆるさ」が違いと言える。AI PCは、メインプロセッサーにAI推論用のNPUが搭載されている、もしくは比較的性能の高いGPUを搭載していることが条件だが、厳密に性能を定義したものではない。一定価格以上の最新のPCならみな条件を満たしている、といってもいいだろう。

 

それに対してCopilot+ PCは、より厳密な定義がある。ハードウェアとしては現状、メインプロセッサー搭載のNPUが「40TOPS以上」の性能を備えていること、とされている。それ以上に大きいのが、「Windows 11でのAI関連機能に対応していること」でもある。2024年後半(おそらくは近々)に正式アップデートが予定されている「Windows 11 24H2」ではNPUを使う機能が複数追加され、それを使えるのがCopilot+ PC……ということになる。OS自体の動作条件は変わらないが、新機能の一部がCopilot+ PCでないと使えない、ということだ。

 

あくまで「AI関連の新機能を使える条件」と考えるべきなので、今後は位置付けが変わる可能性がある。現状はAMD・インテル・クアルコムが提供する最新のNPU搭載プロセッサー向けとなっているが、強力なGPUを搭載したPCではそちらを使って対応することも十分に可能だ。新プロセッサーを使ったPCの拡販、という側面が大きいので現在は「NPU」推しだが、条件が変わってくるとの噂は根強い。

 

一方で、Copilot+ PC向けの機能の価値については、少なくとも8月末現在、さほど大きなものにはなっていない。絵を描く機能などがあるが、クラウドで行なえることと大差ないからだ。

 

課題は、最大のウリである「Recall(リコール)」が、テスト公開すら頓挫した状況にあることだ。

 

Recallは、PCの中での作業を全て自動的に「スクリーンショットを撮る」という形で記録し、そのスクリーンショットをAIが解析、検索可能にすることで、「PCで対応した作業のすべてを思い出して活用する」ことを狙ったもの。当初は6月の発表後すぐに、Windows Insiderを経由してテスト公開……との話だったのだが、それが「数週間のうちに」と変わり、さらに現在は「10月にWindows Insiderでテスト公開を開始」と、徐々に後ろへズレている。

 

せっかくのCopilot+ PCだが、コアで従来のPCとの差別化を狙う機能の提供が遅れたことは、認知に大きな影響を与えている。急いで買う必然性を奪い、マーケティングキャンペーンとしての効果が疑問視される結果になっているわけだ。

 

これに限らず、今回マイクロソフトはちょっと慌てて展開しすぎたのではないか、と思える部分が多々ある。Recallの提供が延期された理由も含め、マイクロソフトが慌てた理由などについては次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】「Copilot+PC」でPCを刷新するマイクロソフト

Vol.141-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はマイクロソフト が進めるAI 向けに強化された機構を持つPC の普及。「Copilot+PC」と銘打ったモデルの狙いと普及に向けた課題を探る。

 

今月の注目アイテム

ASUS

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直販価格24万4820円~

↑ASUS初となる次世代AI機能搭載のCPU「クアルコム Snapdragon X Eliteプロセッサー」を採用。ASUSをはじめレノボ、HP、エイサーやマイクロソフトなど、大手PCメーカーから「Copilot+PC」が続々と登場している

 

AI機能の強化はこれからのPCに必須

Windows PCに、大きな変化が訪れている。AIを効率的に処理する仕組みがプロセッサーに搭載された「Copilot+PC」の登場だ。

 

マイクロソフトは今年5月からの1年間で5000万台のCopilot+PCが販売される、と予測している。PCは年間に2億5000万台以上が出荷されるため、全体の5分の1が“AI向けに強化された機構を持つPCになる”としているわけだ。

 

今年5月、マイクロソフトは同社の開発者会議「Build2024」に合わせてCopilot+PCを発表し、同社製PCである「Surface」シリーズもリニューアルして発売した。それに合わせるように、PC大手も続々とCopilot+PCを発売している。

 

Copilot+PCとは、マイクロソフトがスペックを規定し、Windows 11でAIを活用するフレームワークに沿ったPCを指す。AIの使われ方が変化していくという予測に基づいた規格と言っていい。

 

OpenAIの「ChatGPT」にしろGoogleの「Gemini」にしろ、処理はクラウドの中で行われている。マイクロソフトの「Copilot」もそうだ。最新の生成AIを使うには、クラウドにある強力なサーバーにより処理する方が有利なので、多くの生成AIサービスはクラウドで動作する。

 

PCだけである程度のAI処理完結を目指す

しかし、PCの中にあるプライベートな情報を扱う「個人のためのアシスタント」を目指すには、それらのセンシティブな情報をアップロードせず、PC内で処理するのが望ましい。そのために、AIによる推論処理を高速に実行するための「NPU」を高度化し、PC単体である程度のAI処理を完結させられる必要が出てきた。十分に高性能なNPUを搭載したPCと、NPUの存在を前提としたWindows 11の組み合わせを「Copilot+PC」と呼ぶ。

 

本記事は8月上旬に執筆している。発表から2か月が経過したが、Copilot+PCが好調に売れているか……というとそうではないように思う。

 

理由は主に3つある。

 

ひとつは、「まだ高価であること」。Copilot+PCの中心価格帯は20万円前後で、数が売れる安価なPCの領域ではない。

 

次に「ARM版が先行していること」。高性能なNPUを備え、Copilot+PC準拠のプロセッサーはまずクアルコムから発売された。PCとして一般的な「x86系」ではない。動作速度やx86系ソフトを動かす機構も進化し、過去に比べ不利は減った。だが、まだ購入に二の足を踏む人は多い。AMDやインテルのプロセッサーを使った製品は、今夏から秋にかけて登場する予定だ。

 

最後が「コア機能が欠けていること」。Copilot+PCでないと価値が出ない機能がまだ少なく、あえて選ぶ人が少ないのだ。計画よりも機能搭載が遅れ気味で、すぐにCopilot+PCを選ぶ必然性は薄い。

 

だが、こうした部分は当然解決に向かう。なぜ遅れていて、どう解決されていくのか? 結果としてCopilot+PCは普及するのか? そうした部分は次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】テレビのトップブランド「REGZA」の戦略から透けて見える、したたかなメーカー心理

Vol.140-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、国内メーカーから登場するテレビの違いについて。トップブランドになったREGZAは「ミニLEDも有機ELも」「大型化」を狙っている。その背景事情とは。

 

今月の注目アイテム

パナソニック

ビエラ Z95Aシリーズ

実売価格36万6300円(55V型)

↑新世代有機EL「マイクロレンズ有機EL」の採用で、高コントラストかつ美しい映像を実現。Amazon「Fire TV」の機能を内包し、ネット動画もテレビ番組も同じ画面で表示することができ、簡単に見たい番組を探せる

 

TVS REGZA(以下REGZA)は好調だ。日本のテレビはトップ数社による寡占状態が続く。その中で長くトップにいたのはシャープなのだが、調査会社BCNのデータによると、2022年・2023年のテレビシェア(台数別)は連続してシャープが2位になり、トップがREGZAになった。4K以上のテレビでも、2023年にはトップとなっている。東芝時代からREGZAは“3位もしくは4位”が定位置と言われてきたのだが、明確に状況は変化した。

 

理由は「モデルのバリエーション」と「基本機能」だろう。今年のモデルでも、REGZAは他社に比べ偏りが少ない。ミニLED液晶と有機ELの両方をラインナップして、「どちらも本気」と、他社との違いを意識したアピールを行なっている。

 

有機ELでは、輝度を高める「マイクロレンズアレイ」技術はパナソニックしか導入していなかった。しかし今年はREGZAもフラッグシップの「X9900N」シリーズで導入、ピーク輝度を前モデルの2倍にあたる2000nitsまで高めている。ミニLEDモデルの「Z970N」も、ピーク輝度を2000nitsから3000nitsへと向上させている。

 

さらに、見ている映像のシーンの種類を「夜景」「花火/星空」「リング競技」「ゴルフ/サッカー」とAIが判別し、最適なコントロールをすることでより良い画質を実現する「AIシーン高画質PRO」も搭載している。REGZAは半導体+ソフトウェア処理への注力を長く続けているメーカーだが、そうした部分への信頼度やバランスの良い製品展開などが、結果的にシェアを押し上げる要因になっているのだろう。

 

そんなREGZAも、ことフラッグシップモデルについては、やはり「大型化」をかなり意識している。具体的には55型から75型にフォーカスし、“リビングでより迫力のあるサイズ”を訴求しようとしている。

 

その昔、テレビは「一部屋に一台」だった。だが2011年の地デジ移行から、スマートフォンやPCとの関係もあり、個室のテレビは売れづらくなった。だがリビング向けは一定のサイクルで売れている。劇的に増える要因もないが、同時に減る要因もない。

 

テレビを買い替える際、ほとんどの場合“前よりも大きなサイズ”がチョイスされる。そうすると、大型のテレビをいかに売っていくかが消費者のニーズにも合う……ということになるわけだ。

 

もちろん、そこにはメーカーの世知辛い事情もある。単価の低い小型の製品を売っても利益が上がりづらいのだ。市場が一定以上のサイズを求めるのであれば、満足度が高い大型を製品化し、単価アップも狙う。

 

REGZAの「全方位だが大型シフト」という戦略からは、そんな、ある部分でしたたかなメーカー心理も透けて見えてくる。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーだからできるテレビ戦略「映画推し」

Vol.140-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、国内メーカーから登場するテレビの違いについて。ソニーのテレビは「映像配信が生んだ映画需要」に賭ける姿勢が見えてくる。

 

今月の注目アイテム

パナソニック

ビエラ Z95Aシリーズ

実売価格36万6300円(55V型)

↑新世代有機EL「マイクロレンズ有機EL」の採用で、高コントラストかつ美しい映像を実現。Amazon「Fire TV」の機能を内包し、ネット動画もテレビ番組も同じ画面で表示することができ、簡単に見たい番組を探せる

 

映像配信の普及により、パナソニックはテレビで使っているOSを、AmazonのFire OSに変更した。同じような「配信による変化」は、もちろん他社にも大きな影響を与えている。

 

実は今年のソニーの戦略も、映像配信の普及を受けてのものであったりする。ソニーは今年のBRAVIAにおいて、製品自体も大型・高輝度の製品を軸にしている。日本も含めリビング向けのテレビは世界的に大型化傾向が進んでいるのだが、それを受けての選択である。

 

そこで全世界共通のキャッチフレーズとしたのが「CINEMA IS COMING HOME(映画が家にやってきた)」。読んで字の如く、映画推しだ。発色をはじめとして、映画のクリエイター達が劇場のために作り上げた表現を忠実に再現する機能を搭載した。

 

配信が普及したことで、高画質な映画を楽しむハードルは著しく下がった。ディスクの売り上げは下がってきており、画質的にも体験的にも、「劇場+配信」という形が映画の基本となりつつある状況だ。

 

そして、テレビの大型製品で特に見られているのはなにか……と考えたときに、それは「映画である」ということになり、映画むけの機能強化が中心になっている。単に大型のテレビを作るのではなく、機能的にもプロモーション的にも“大型テレビで映画を楽しむには”という軸が徹底されている。

 

中でもわかりやすいのが、いわゆるフラッグシップモデルを「有機EL」ではなく「ミニLED搭載液晶」としたことだ。一般的な印象として、「もっとも高画質なディスプレイ技術は有機EL」と考えている人が多いのではないだろうか。それは必ずしも間違いではなく、多くのメーカーがフラッグシップを有機ELとしている。

 

だがソニーは方向性を変えた。有機EL採用の「BRAVIA 8」シリーズは、画質と薄型デザインを求める層に向けたものとし、今年モデル向けの最新技術にはミニLEDを採用して「BRAVIA 9」に搭載した。

 

実は、今年モデルの「BRAVIA 7」シリーズは、昨年のミニLED採用フラッグシップ機とほぼ同等の性能を持っている。昨年モデルを少しお買い得にしたうえで、さらに新しい技術を、あえて有機ELではなくミニLEDの方に入れた。

 

BRAVIA 9には、ソニーセミコンダクタと共同開発した新しい「LEDドライバー」が搭載されている。その結果、発色をコントロールできるゾーン数が劇的に増加し、明るさも昨年モデルに比べ50%アップしている。映像編集業務に使うマスターモニター「BVM-HX3110」のノウハウを注ぎ込み、発色もマスターモニターに合わせた。すなわち、「映画制作の環境に近いもの」を目指したわけだ。ソニーが映画制作向けの機器を多数作っており、それらを使う制作現場からのフィードバックを受けやすい環境であるためにできることだ。

 

こうした変化は、技術だけだと消費者にはわかりづらい。そこで「CINEMA IS COMING HOME」という、「映画に絞る」大胆なプロモーションに打って出た……ということでもある。

 

では他はどうなっているのだろう? 次回のウェブ版ではREGZAの動きを説明してみたい。

 

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【西田宗千佳連載】パナソニックのテレビ事業が、Amazonに白羽の矢を立てたワケとは

Vol.140-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、国内メーカーから登場するテレビの違いについて。Amazonとの協業に賭ける、パナソニックのテレビ事業戦略を紐解いていく。

 

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パナソニック

ビエラ Z95Aシリーズ

実売価格36万6300円(55V型)

↑新世代有機EL「マイクロレンズ有機EL」の採用で、高コントラストかつ美しい映像を実現。Amazon「Fire TV」の機能を内包し、ネット動画もテレビ番組も同じ画面で表示することができ、簡単に見たい番組を探せる

 

今年の日本国内テレビ大手の中でも、もっとも大きく変化したのはパナソニック。と言っても、画質や音質面の変化ではない。進化はしているが、今年の変化軸はそこではないからだ。

 

ポイントはOSだ。

 

パナソニックの場合、2015年から昨年まではMozilla.orgと協業で開発した「Firefox OS」のテレビ版を採用してきた。当時は他社のテレビも含め、採用が広がっていくOSと想定されたもの。しかし、2016年にMozilla.orgの方針転換に伴い、同OSを採用するのはパナソニックだけとなった。結果、メンテナンスもパナソニックが主軸に行なわざるを得なくなって、開発工数や進化の面で厳しい状態もあった。

 

特に課題だったのはアプリの対応だ。元々はWebブラウザーベースで開発が容易、という発想だったのだが、他社がAndroidベースになっていった結果、「違うやり方では流用が難しくて対応に時間がかかる」という問題が生まれた。現状、テレビ向けアプリ=映像配信対応、という部分が大きいため、アプリ対応が遅れやすい=映像配信対応が遅れやすい、ということになり、顧客満足度に直結する。

 

現在のテレビにとって、映像配信は重要な存在だ。コロナ前はまだ、映像配信が特別な存在だったかもしれないが、いまやそんなことはない。勝手に番組が流れてくる放送と異なり、配信は見たいものを自分で選ぶ必要がある。「いまなにが見られるのか」「その中で自分はなにを見たいのか」を判断するには、番組・作品を発見しやすくする工夫が必要だ。

 

現在のテレビは、そんな「見つけやすさ」でも競争し始めている。「見つけやすさ」の観点では、対応サービスの量だけでなく、レコメンデーションのエンジンや、番組の付加情報も大切。そしてUIの細かな改善も必須になる。

 

それらの条件を備えており、パナソニックが自社で培った画質・音質や家電連携などの独自要素を組み込む協力体制が採れるところはどこか……ということになり、結果としてAmazonに白羽の矢が立った、という流れである。

 

ただ実際には、パナソニックとして「Amazon」「Fire TV」というブランドを求めたところもある。日本では一定のシェアを持つパナソニックだが、世界的に見ればもうあまり大きなシェアも認知度も持っていない。その中でテレビの認知度を高めていくには、「パナソニックの(なかば独自の)OS」ではなく、「AmazonのFire TV」ブランドが大きな意味を持ってくる。コストパフォーマンスよく認知を得るには、重要な戦略変更だったのである。

 

パナソニックがいつから開発を始めたかは不明だが、「通常の製品の倍の時間をかけた」という。ここで基盤整備をするのは、長期的にテレビビジネスを展開していくのには必須の判断だった……ということなのだろう。

 

では他社はどうか? その辺は次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】今年のテレビはどう変わる? パナソニック、ソニー、レグザ三者三様の行く先

Vol.140-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、国内メーカーから登場するテレビの違いについて。製品の方向性を変えることで、利益減少に悩む各メーカーの打開策となるのだろうか。

 

今月の注目アイテム

パナソニック

ビエラ Z95Aシリーズ

実売価格36万6300円(55V型)

↑新世代有機EL「マイクロレンズ有機EL」の採用で、高コントラストかつ美しい映像を実現。Amazon「Fire TV」の機能を内包し、ネット動画もテレビ番組も同じ画面で表示することができ、簡単に見たい番組を探せる

 

方向性が異なってきた国内大手メーカー

今年もテレビの新製品が市場に出揃う時期になってきた。

 

テレビというハードウェアを見たとき、性能や価格はディスプレイパネルで決まる部分が多い。ディスプレイパネルは韓国・中国などの専業メーカーが製造しており、テレビメーカーはそれを購入して製品を作るからだ。

 

10年以上前とは異なり、現在はテレビメーカー側がパネルの一部を購入し、バックライトなどについては工夫して独自の価値を追求するようにはなっている。そのため“同じパネルを使っていれば同じテレビになる”ようなシンプルな話ではない。とはいえ、大まかなトレンドはパネルメーカーの動向に左右されるため、“今年はどこもこんな方向性、そのうえで各社の個性はこう”という風に語ることができた。

 

だが今年、特に日本国内大手については、それぞれの向かう先がかなりはっきりと違ってきている。特に異なっているのが、パナソニック、レグザ、ソニーの3社である。

 

着実に売れるモデルで状況の打開を狙う

パナソニックは今年、テレビに使うOSを変えている。これまではWebブラウザー「firefox」の開発で知られるMozzila・orgと共同開発し、パナソニック自身がメンテナンスを続けていた独自OSを使っていた。それが今年からはAmazonと提携、Amazonが開発する「Fire OS」を採用。動画配信への対応を加速し、コンテンツをより見つけやすくするためだ。

 

ソニーはテレビ事業の方向性を変え、はっきりと“大型で画質が良く、映画視聴に向いたテレビ”にフォーカスする戦略を採った。

 

結果として、今年の製品の中心は、バックライトにミニLEDを採用した液晶モデルとなっている。特に上位機種では、独自のLEDコントローラーを採用し、バックライト制御を微細化して対応している。有機ELも販売するものの、“液晶よりも有機EL”という序列は取らず、最上位をミニLEDモデルにする。従来とは違う考え方で製品を作っている。

 

それに対してレグザは、“液晶も有機ELも注力”とはっきり言う。OSを変えたり製品の方向性を変えたり、といった見せ方はしないが、55V型以上の大型製品にフォーカスし、ハイエンドかつ大型の高付加価値製品をアピールする戦略である。

 

各社の方向性はまちまちなのだが、そうした戦略を選ぶことになった背景自体は似ている。理由は、テレビ自体の販売が停滞しているためだ。

 

販売が落ちているのでもなく、増えているのでもない。毎年同じように売れはするものの、劇的に数が増える要素も減る要素もなくなってきた。ただ、だからといってなにもしないと、価格の安い中国勢に市場を取られるばかりになる。円安や部材価格上昇の傾向から、利益率自体も圧縮されてきている。ビジネス的には不利な状況だ。

 

日本国内だけでなく海外も見据え、“着実に売れるテレビを作るにはどうすべきか”を考え、各社は戦略の再構築をした。だから今年の製品は“各社の戦略が異なる”ように見えるのだ。各社がそれぞれの戦略を選んだ理由や、その結果としてのテレビ市場の行方は、次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】iPad Proの高価な価値が見えるのはパーソナルなAIが使えるようになってから?

Vol.139-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新たに登場したiPad Pro。搭載されるM4が真価を発揮するであろう、「パーソナルなAI」について解説する。

 

今月の注目アイテム

アップル

iPad Pro

16万8800円~(11インチ) 21万8800円~(13インチ)(※)

※ いずれもWi-Fiモデル

↑13インチモデルは最薄部で5.1mmの驚異的な薄さを実現。次世代プロセッサーとなるM4プロセッサーと強力なGPUでM2プロセッサーよりも4倍の高性能なレンダリング性能、同様にCPUは約1.5倍高速化している

 

生成AIを活用するサービスは日々増えている。だが、その多くはクラウド上で動くもので、どちらかというと“業務のための大きなAI”という印象だろう。

 

ただ、個人がAIを活用する場合、それだけでは不足だ。文書の要約や画像生成も重要だし有用だが、もっと生活に密着したものが使いたい……というのが本音ではないだろうか。スケジュール管理やわからないことの検索、操作の簡便化といった形で助けてもらいたい。

 

それをいまのAIでやるにはいくつかの課題がある。もっとも重要になってくるのが“いかに利用者のことを知るか”という点だ。

 

人間のアシスタントやサポートスタッフのことを考えても、自分の事情やこれまでの活動などを知っていてくれないと、自分に合ったサポートをしてもらうのは難しい。だから人にお願いするときには、契約や信頼関係を結んだうえで“自分のことを知ってもらう”ことになる。実は企業で生成AIを使う場合にも、その企業の情報やルール、部署が持つ情報を覚えさせて、“その企業を知ったAI”を使って運用する場合が多い。個人のアシスタントにする場合にも、同様のことを“個人単位”で行なう必要が出てくる。

 

だが、AIに自分のことを知ってもらうにはどうすれば良いのだろうか? 単純にデータを提供してしまうと、プライバシー侵害につながってしまう。

 

そうすると、個人が持っている情報はクラウド上のAIには提供せず、自分が使っている機器の中で処理を完結する「オンデバイスAI」が重要になってくる。

 

OSを持つ企業、すなわちアップル・グーグル・マイクロソフトは、各種デバイスのOSにオンデバイスAIを取り込み、機器の操作方法と利便性を大きく変えることを目指している。

 

ただ、オンデバイスAIを活用することになると、問題がひとつ出てくる。プロセッサーにより高い性能が求められるようになるのだ。AIの処理はCPUだと向いておらず、一般的にはGPUもしくは「NPU」と呼ばれるAI処理向けの機能で処理される。GPUはPCにもあるが、AI処理に使うほどの性能となると、消費電力の面でノートPCへの搭載が厳しくなってくるし、価格も上がってしまう。そこで、GPU以上にAI処理に特化したNPUを搭載していく必要性が生まれてきた。特に生成AIを使う場合、NPUの性能もグッと高いものが必要になってくる。

 

AIの処理能力は、一般に「TOPS」という単位で示される。マイクロソフトの「Copilot+ PC」では40TOPS以上が求められている。これは今までのPCやハイエンドスマホが搭載しているNPUが20TOPS未満であることを思うと、かなり大規模なものだ。

 

ここでアップルは、iPhone 15 Pro用の「A17 Pro」で35TOPS、iPad Pro用の「M4」で38TOPSのNPUを搭載する形を採った。他社に比べ処理をかなり上積みしているのだ。M3はスペック上18TOPSと、M4に比べかなり小さく、1世代で大幅に数字を上げてきてはいる。

 

実のところ、スペックで示されたTOPS数はあくまで数字に過ぎない。実際に使ったときの価値は機能の側で判断すべきだろう。今日の段階では、Copilot+ PCにしろM4搭載のiPad Proにしろ、AI性能の高さを体感できるタイミングは少ない。

 

アップルがM4を投入したのは、今年秋にアメリカでテストが始まる「Apple Intelligence」で活用するためだろう。Apple Intelligence自体はM1でも使えるのだが、デバイスの持つ処理性能が高いほど有利であるのは変わりない。日本で使えるようになるのは最短でも2025年とかなり先だが、そのときには、M4やA17 Proクラスのプロセッサーを積んだ製品も増えている可能性が高い。そういう意味では、iPad Proの高価さの価値が見えるのも“もうちょっと先”ではあるのだ。

 

Apple IntelligenceではSiriの高度化や写真の内容を理解しての検索など、かなりおもしろい要素が多数ある。2023年6月の段階では実際にデモが行なわれたわけではなく、どれくらい便利なのかは、まだ検証されていない。とはいえ、機器に新しい価値をもたらすものとしては期待できる。

 

当然、同じような要素はAndroidでも模索されていくだろう。“賢いパーソナルAIによって、どれだけ便利さを追求できるのか”が、ここからの競争軸になっていく。

 

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【西田宗千佳連載】非常に珍しい、iPad ProからM4を搭載したアップルの事情とは

Vol.139-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新たに登場したiPad Pro。最新のプロセッサー「M4」が搭載された理由を探る。

 

今月の注目アイテム

アップル

iPad Pro

16万8800円~(11インチ) 21万8800円~(13インチ)(※)

※ いずれもWi-Fiモデル

↑13インチモデルは最薄部で5.1mmの驚異的な薄さを実現。次世代プロセッサーとなるM4プロセッサーと強力なGPUでM2プロセッサーよりも4倍の高性能なレンダリング性能、同様にCPUは約1.5倍高速化している

 

5月に発売されたiPad Proには、アップルの最新プロセッサーである「M4」が搭載されている。

 

アップルは自社設計のプロセッサーとして、主にiPhoneに使われる「Aシリーズ」と、主にMac・iPadに使われる「Mシリーズ」を持っている。前者はiPhoneから導入されるが、後者はこれまでMacから導入されてきた。

 

しかしM4についてはMacにはまだ使われていない。iPad Proで導入され、iPad Proでだけ使われている、というのは非常に珍しいことだ。

 

ここにはアップルならではの事情も影響している。

 

他社の場合、プロセッサーは、クアルコムやMediaTekなどの専業メーカーから仕入れる。プロセッサーメーカーが対象製品を定めて開発し、本体メーカーがプロセッサーのラインナップから選んで採用する形だ。

 

一方でアップルは、自社でプロセッサーを設計して選択する。開発と生産にコストと手間がかかるが、制約条件は緩くなる。だからこそ、アップルは「プロセッサーがその時期にあったから」ではなく、このタイミングに合わせて意識的にM4を作った……ということになる。

 

ただ、同じMシリーズではあっても、Macに使われるものとiPadに使われるものは同じではない。基本設計は共通ではあるものの、製品に組み込まれるものは最適化されている。だから、仮に今後M4を搭載したMacが出てきたとしても、Mac用のM4とiPad用のM4はまったく同じではない点に留意しておきたい。

 

iPad Pro用のM4には、タンデムOLEDを効率的に使う機構が搭載されている。これはiPad Proでの採用を前提にしたものであり、いまのMacには不要だ。そのへんもあってM4がiPad Proから……という部分もありそうだ。

 

それ以外の要素を見たとき、M4はどんなプロセッサーなのだろうか?

 

現在Macに使われている「M3」は、CPUが高効率4+高性能4の8コア、GPUが10コアで、トータルのトランジスタ数が250億となっている。対してM4は、CPUコアが高効率6+高性能4の10に増えた。GPUの世代はM3に近く、機能も近くて若干の性能アップが図られている。トランジスタ数は280億なので、性能アップぶんはCPUの高効率コアが中心、ということになる。

 

GPUはM3世代で大幅に強化され、ゲームなどでの性能・表現力が上がっている。それがiPad Proに入ったというのは、クリエイティブ向けの価値だけでなく、ゲームを志向したものと言えるだろう。アップルは今秋公開の新OSで、Windows用ゲームの移植を容易にする技術を強化する。以前はMacだけに対応していたが、新世代では、Windows用ゲームをiPadやiPhoneに移植しやすくなる。iPad ProでのGPU強化は、この路線で考えるとわかりやすい。

 

スペック上の数字が劇的に大きくなっている部分もある。それが、AI処理用のNeural Engineだ。AI処理速度の指針である「TOPS」という値で言えば、M3は18TOPS。それに対してM4は38TOPSと劇的に向上している。AIのピーク性能を拡大させているわけだ。この部分をどう使うかが、今後差別化に重要な要素となってくる。

 

それはどういうことなのか? そこは次回解説していこう。

 

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【西田宗千佳連載】iPad Proがここまで高価になった理由とは

Vol.139-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新たに登場したiPad Pro。高価な製品となった理由を解説する。

 

今月の注目アイテム

アップル

iPad Pro

16万8800円~(11インチ) 21万8800円~(13インチ)(※)

※ いずれもWi-Fiモデル

↑13インチモデルは最薄部で5.1mmの驚異的な薄さを実現。次世代プロセッサーとなるM4プロセッサーと強力なGPUでM2プロセッサーよりも4倍の高性能なレンダリング性能、同様にCPUは約1.5倍高速化している

 

IT機器の価格は上がる傾向にある。理由はいくつもある。

 

日本にとって一番大きな影響があるのはもちろん円安の影響だ。ただ、値上がり傾向は世界的なものでもある。技術的にも価格が下がりづらくなる要素もあるわけだ。

 

タブレットにしろスマートフォンにしろ、価格を決める大きな要素は、ディスプレイパネルとプロセッサーだ。iPad Proの場合、ディスプレイパネルは有機EL、プロセッサーも最新のものなので当然価格は高くなる。

 

タブレットの場合、コンテンツを見ることが中心の要素となるので、差別化要素はディスプレイになる場合が多い。

 

昨今は有機ELが採用されることも増えてはきた。有機ELは液晶に比べ輝度を高めにくいが、テレビではなくタブレットであれば大きな問題にはなりにくい。しかしiPad Proの場合には、過去の機種よりも輝度を下げるわけにはいかないので、発光層が2枚ある「タンデムOLED」というパネルを採用している。

 

タンデムOLEDはLGディスプレイが製造しているもので2019年ごろに開発されたものだが、価格が上がっても高輝度を実現したい……という製品がテレビくらいしかないことから、広く使われては来なかった。アップルがハイエンド製品に使ったことから、今後は差別化のために採用するメーカーも増えてくるかもしれない。

 

プロセッサーについては、過去に比べ価格を下げられる要因が減りつつある。半導体自体の製造技術が減速し、省電力化・低コスト化しづらくなっているからだ。差別化については、半導体を組み合わせてひとつのプロセッサーにまとめる「パッケージング」に依存する部分も大きくなってもおり、複雑化し、結果として価格は下がりづらくなっている。

 

iPad Proの場合はアップルのフラッグシップ・タブレットであり、そのタイミングで最高の機能を備えたものであることが望ましい。今回は特に高価なものとなったが、一方でコストパフォーマンスの良い「iPad Air」を同時に出すことで、“ディスプレイとプロセッサーのスペックを抑えて同じサイズの製品”を求めることができるようになっていた。

 

タブレット市場はPCやスマホに比べても価格重視の側面が強いが、ここまでコストをかけて、高い製品を作っても“売れる”のはアップルだけだ。iPad Proは高価な製品になったが、良くも悪くもアップルだから許容される価格帯である……といえる。ただ、タブレットの価格としては上限に近いだろう。今後もこの価格帯で行くのかどうかは、世界的に今回のiPad Proが支持されるかどうかにかかっている。

 

前述のように、高価格の一端はプロセッサーの価格が担っている。特に今回は、アップルの最新プロセッサーである「M4」が導入されたのが大きい。

 

では、アップルはなぜ最新のプロセッサーをiPad Proから導入したのだろうか? M4の差別化点はどこになるのだろうか?次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】大幅改善のiPad Proに見える「価格のジレンマ」

Vol.139-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新たに登場したiPad Pro。性能が大幅に向上した一方、円安の影響もあり価格が上昇した。新モデルの価値はどこにあるのか。

 

今月の注目アイテム

アップル

iPad Pro

16万8800円~(11インチ) 21万8800円~(13インチ)(※)

※ いずれもWi-Fiモデル

↑13インチモデルは最薄部で5.1mmの驚異的な薄さを実現。次世代プロセッサーとなるM4プロセッサーと強力なGPUでM2プロセッサーよりも4倍の高性能なレンダリング性能、同様にCPUは約1.5倍高速化している

 

有機ELを用いることで軽さと薄さを実現

アップルが5月に発売した「iPad Pro」は、同社としては久々に大幅なハードウェア変更となった。

 

特に大きな変化があったのは13インチモデルだ。面積はほとんど変わっていないが、厚みは6.4mmから5.1mmと一気に薄くなり、重量も684gから582g(ともにWi-Fi+セルラーモデル)へと軽くなった。手にしてみると差は歴然としており、過去のモデルに戻るのが難しく感じるほどだ。

 

新しいiPad Proが薄く・軽くなったのは、ディスプレイが有機ELになったためだ。

 

一般論として、有機ELは液晶に比べ構造がシンプルで、薄くて軽い製品を作りやすい。スマホで有機ELが主軸になってきたのはそのためでもある。ただ、液晶に比べ輝度を上げづらい、という難点はある。

 

先代の12.9インチ版iPad Proは小さなLEDを並べてバックライトにする「ミニLED」を採用していた。ミニLEDは明るさとコントラストを向上させやすい一方、構造的に厚くなりやすい。有機EL採用によって最新の13インチモデルが劇的に薄く・軽くなったのは、「明るさをミニLED以上にしつつ、有機ELを採用する」ことができたからでもある。

 

この新型iPad Proでは一般的な有機ELではなく、「タンデムOLED」というディスプレイパネルが採用されている。これは通常1枚である発光層を2枚とし、組み合わせて光り方をコントロールすることで、平均的な輝度を上げつつ、軽くて薄い製品を作れたわけだ。

 

画質的にももちろん有利になる。なお11インチ版iPad Proも有機ELを採用しているが、こちらは過去のモデルでもミニLEDを使っていなかったので、そこまで薄く・軽くはなっていない。そのぶん画質については、13インチ版以上に進化を感じられる。

 

ハイエンド化と円安で価格もかなり上昇

一方で、ハイエンドかつ高価なパーツを使った製品になったこと、昨年以降続く円安の影響が重なり、もっとも安価な製品でも16万8800円から、と価格はかなり高くなった。

 

「タブレットにそこまでの費用は払えない」という声も聞こえてくる。

 

そこで大きなジレンマとなるのは、アップルの最新プロセッサーである「M4」が、Mac ではなくiPad Proから採用されたことにも表れている。タブレットはコンテンツ視聴が中心であり、そこまで高性能なプロセッサーは必要ないのでは……という意見も聞かれる。

 

アップルとしては異論のあるところだろう。イラストレーターや動画クリエイターの中には、iPadを日々使っている人々も多い。そうした「プロ」のための道具としては、性能はあればあっただけありがたいものだ。

 

一方、多くの消費者には性能の違いがわかりにくいのも事実。そこで効いてくるのが「AI」を処理するための性能となってくる。

 

いまはM4の持つ高いAI処理性能の価値がわかりにくい。しかし、これからはそこが重要になるのは間違いない。それはなぜなのか? いつからどう効いてくるのか? そこは次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ハイエンドスマホは「オンデバイスAI」の活用が差別化になる

Vol.138-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはイギリスに拠点を置く「Nothing」が日本市場に投入するスマホ。ハイエンドスマホがたどる今後の進化を解説する。

 

今月の注目アイテム

Nothing

Phone(2a)

実売価格4万9800円~

↑ロンドンを拠点とするNothingが日本市場に投入するスマホ。画面は6.7インチのAMOLEDディスプレイを採用。OSは「Nothing OS 2.5 Powered by Android 14」を採用し、多彩なNothingウィジェットを利用できる

 

どんな機器でも“性能の陳腐化”はついて回る。必要とする機能に機器の性能が追いついてきて、ハイエンドとそれ以下の差が目立ちづらくなってくる。PCでは顕著だし、スマートフォンでも目立つようになってきた。性能の陳腐化は価格競争につながる。消費者にとってはプラスもあるが、業界全体で見ると停滞にもつながり、良いことばかりではない。

 

では、このままスマホも停滞するのだろうか?

 

ひとつ大きな変化として見えてきているのは「AIによる価値向上」だ。それも、クラウドでのAIではなく「オンデバイスAI」の活用である。

 

長年、AIをアシスタントのように使ってもっと生活を楽にしたい……という試みは続けられてきた。実のところなかなかうまくいってはいないのだが、大きな変革になりそうな技術として脚光を浴びているのが「生成AI」だ。OpenAIのGPT-4やGoogleのGeminiに代表されるものだが、かなり“人間に近い知的な反応”だと感じられるようになってきたことで、実用的な“アシスタントとしてのAI”の実現が見えてきた。

 

そこで重要になるのが、クラウドではなく機器の中で処理が完結するオンデバイスAIだ。スマホ内でアシスタントのように働かせると、プライベートな情報を多数扱うことになる。だからクラウドには情報を上げず、自分の機器内ですべてが完結することが望ましい。

 

ここで先行するのがGoogleだ。同社はAndroidに生成AI「Gemini」を統合していく方針。現在もPixelやGalaxyでは、オンデバイス版のGeminiを使ってリアルタイム翻訳などを実現しているが、今後はもっと多彩なことが可能になっていく。

 

今年の後半には、英語だけではあるが、Pixelでは“通話内容から、電話が詐欺的なものである場合、その旨を警告として出す”機能が搭載される。音声通話をAIが判断して危険を耳打ちしてくれるようなもので、まさに、オンデバイスAIがなければ実現できない機能だ。

 

ただし、オンデバイスAIを使うには性能の高いプロセッサーが必要だ。正確には、プロセッサー内のCPUやGPUだけではなく「NPU」と呼ばれるAI処理に特化した機能が重要になってくる。

 

ハイエンドスマホ向けのプロセッサーは、アップルもQualcommも、そしてGoogleも、すべてがすでに「強力なNPU」を搭載するようになっている。これまでは音声認識や写真加工などに使われてきたが、今後はオンデバイスAI処理への活用がさらに進むと見られているので、NPUはさらに強化が進む。今年の後半に出てくるハイエンドスマホでは、“オンデバイスAIでなにができるのか”が強くアピールされることになるだろう。

 

ミドルクラス以下の製品向けのプロセッサーでもNPUの活用は進むが、Googleも「まずはハイエンドが中心であり、徐々に安価な機種へも拡大していく」と予測している。すなわち、ハイエンドスマホの差別化点は、当面“オンデバイスAIの活用”になりそうだ。

 

逆にいえば、オンデバイスAIでなにができるかを、機能としてわかりやすく示すことが重要になってくるわけだが、開発には相当のコストもかかる。それができるメーカーは、アップルやGoogle、サムスンなどの大手が中心になってくるだろう。

 

そうでないメーカーは、デザインやUIなど、ミドルクラスでもアピールしやすい要素で勝負することになるのではないだろうか。

 

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【西田宗千佳連載】体感での差が縮まる「ハイエンドスマホ」と「ミドルクラススマホ」

Vol.138-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはイギリスに拠点を置く「Nothing」が日本市場に投入するスマホ。ここではスマホ性能、特にハイエンドとミドルクラスの違いを解説する。

 

今月の注目アイテム

Nothing

Phone(2a)

実売価格4万9800円~

↑ロンドンを拠点とするNothingが日本市場に投入するスマホ。画面は6.7インチのAMOLEDディスプレイを採用。OSは「Nothing OS 2.5 Powered by Android 14」を採用し、多彩なNothingウィジェットを利用できる

 

ハイエンドスマホとミドルクラス以下を分ける条件はなんだろう? 端的にいえば“使っているパーツ”ということになるが、昨今は見た目ではそれとわかりにくくなっている。

 

たとえばディスプレイの解像度は、もはやミドルクラスでも十分。ハイエンドの方が良いのは事実だが、購入の大きな要因にはならない。

 

そうなるとカメラの品質、ということになるが、こちらも、過去に比べミドルクラスの品質も上がっている。ただ、センサーとソフトウェアでのチューニングの差が大きく、確かに“ハイエンドとそれ以下で大きく品質が変わる”部分でもある。だからハイエンドスマホの多くはカメラに注力する。

 

では、プロセッサーはどうだろう? CPUやGPUの性能は確かに違う。

 

そしてPCに比べるとわかりづらいが、メインメモリーの容量も、ハイエンドとミドルクラスでは結構違う領域である。安価な機種は4GB程度だが、昨今のハイエンドでは12GBクラスになる。

 

これによって生まれる違いについて、「複数のアプリを使わなければ大丈夫」と説明している記事なども見かけるが、それはかなり認識が甘い。スマホの場合、PCに比べて“複数のアプリを自然と使っている”場合が多く、スペックが劣っているからと言って“気を遣いながら使えば大丈夫”というものでもない。メモリーの差は、アプリ自体の動作にも影響するものの、「アプリの切り替えをしたときの動作が遅い」とか「アプリの起動が遅い」という形で見えてくる場合が多いだろう。

 

スマホの場合、もちろんハイエンドであればアプリの動作が速くなる。ゲームの画質も上がることが多い。しかし、そこに重きを置かない場合、ミドルクラスでも十分と考える人は多くなってくる。

 

こうしたことはハイテク機器では常に繰り返されてきた道だ。スマホの場合、iPhoneやPixelなど一定の機種に人気が集中すること、割引や分割払いなどの施策が充実していることなどから、意外なほどハイエンド製品を手にする人が多い。

 

とはいえ、価格を下げるためにハイエンド向けプロセッサーを選ばない、という選択肢は増えてくる。シャープの「AQUOS R9」は、コストを考えて、あえてQualcommの「Snapdragon 7+ Gen3」を採用した。昨年モデルはハイエンドにあたる「Snapdragon 8 Gen2」だったから、グレードは下がったことになる。しかし、R9の目指す用途では7+ Gen3でも大丈夫と判断し、価格上昇を抑えるために決断したわけだ。

 

そもそもGoogleのPixelも、プロセッサーの性能としてはアップルやQualcommのものに比べれば劣る。性能はトップクラスとせず、コストパフォーマンスを重視した設計に近い。だから、秋にその年のハイエンドPixelを出しつつも、半年後の春にはコスパ重視の「a」シリーズが出せる。先日発売されたばかりの「Pixel 8a」も、昨年発売の「Pixel 8」も、同じプロセッサー・同じメインメモリー量(8GB)であり、違いはカメラとディスプレイくらいだ。

 

だとすると、カメラに興味がなければハイエンドの意味は薄いのか……という話になってくる。しかし、現在登場した「AI」というトレンドが、新たな差別化点としてフォーカスされてくる可能性が見えてきた。

 

ではそれはどういうことなのか? その点は次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】なぜ日本のスマホ市場は「トップ6社」に偏るのか

Vol.138-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはイギリスに拠点を置く「Nothing」が日本市場に投入するスマホ。ここでは日本のスマホ市場が偏っている理由を解説する。

 

今月の注目アイテム

Nothing

Phone(2a)

実売価格4万9800円~

↑ロンドンを拠点とするNothingが日本市場に投入するスマホ。画面は6.7インチのAMOLEDディスプレイを採用。OSは「Nothing OS 2.5 Powered by Android 14」を採用し、多彩なNothingウィジェットを利用できる

 

現状、日本のスマホ市場は寡占状態が続いている。

 

調査会社MM総研の調べによれば、2023年度のスマートフォン国内出荷台数は約2547万台。そのうち52.5%がアップルで、Google・シャープ・サムスン・ソニーと続き、このトップ6社でシェアの89%を占めている。

 

なぜこのような状況が生まれているのか? 日本人の趣向や機能の問題などもあるが、ひとつ明確な理由として挙げられるのが、「携帯電話事業者が扱う端末は、トップ6社に集中している」という点だ。

 

総務省が今年3月に公開した「令和5年度第3四半期(12月末)の電気通信サービス契約数及びシェアに関する四半期データ」によると、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンク・楽天の大手携帯電話4社のシェア累計は84.7%。そして、これらと契約する人のほとんどが自分の契約する携帯電話事業者からスマホを購入しており、結果として、「携帯電話事業者の扱う端末のシェアが高くなる」傾向が出てくる。トップ6社の端末は、どれも携帯電話事業者で販売しているものだ。

 

フィーチャーフォンの時代、携帯電話端末の商品企画は、携帯電話事業者とメーカーが共同で行なっていた。通信をどう使うか、という部分は携帯電話事業者の領域であり、携帯電話端末もまず携帯電話事業者がメーカーから仕入れ、「携帯電話事業者の製品」として販売していた。

 

だが現在は、端末の企画と販売の主体はメーカー側。携帯電話事業者は「自社の回線で問題が出ないかを確認」したうえで、携帯電話回線を契約している人々への利便性を考えて販売する。本音として「回線契約維持の目的に使いたい」とは思っているだろうが、総務省の定めたルールによって「端末販売と回線契約の分離」が必須とされているので、昔のように大幅な割引は少なくなっている。それでも、分割払い+下取りの併用で、ハイエンドスマホも入手しやすくなるよう工夫されている。

 

過去からの経緯や事業者の努力もあり、“携帯電話は携帯電話事業者から買うもの”というイメージが広く定着している。良くも悪くも、スマホ市場寡占にはこのことが強く影響しているのは間違いない。

 

一方で、ハイエンドスマホの価格上昇は続いている。理由は円安に加え、ハイエンドスマホを構成するプロセッサーやイメージセンサー・メモリーなどの半導体コストが上がっており、機能アップに伴う価値の維持にかかるコストも上昇しているからだ。

 

景気の問題を抱える日本だけでなく、世界的にもスマホの価格上昇は課題となっている。スマホの進化ペースが落ち着いてきたこともあって、スマホの買い替えペースも長くなる傾向にある。

 

GoogleはPixel 8において「OSのアップデートを、ハードの提供開始以降7年間保証する」としている。他社も5年のサポートをうたうところが多い。アップルは明示していないものの、6年程度はOSのアップデートが続く。

 

この長さは“ひとりのユーザーが5年から7年同じ端末を使い続ける”という話ではない。仮に途中で中古として売られても、中古端末でも数年間、OSのアップデートを受けられるということになり、端末流通が安定するためだ。買う人が多ければ、それだけ“手持ちの端末を売って新しいものを買う”という人が増える。

 

ただ、このサイクルが通じるのは人気も高く、企業体力も旺盛な「大手が売るスマホ」に限られる。スマホのリセールバリューはメーカーによって大きく違う。アップルが圧倒的に高く、そのほかの大手が続く。それ以外は短期で下がってしまう……という世知辛い状況だ。

 

だとすると、“それ以外”の企業としては、リセールバリューに依存しない、強いファンを持つ端末を作って売っていく必要に迫られる。そう考えると、Nothingのように「ミドルクラスだがデザインや手触りで差別化する」のはひとつの手法だ。コストパフォーマンスを重視し、“他人と違うスマホ”をアピールするのは、良い販売戦略だと感じる。

 

では、今後のスマホの「性能」はどう変わっていくのだろうか? そのあたりは次回解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】デザイン重視の「Nothing」は日本市場に本気

Vol.138-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはイギリスに拠点を置く「Nothing」が日本市場に投入するスマホ。上位メーカー数社が大きなシェアを占める日本での商機はあるか。

 

今月の注目アイテム

Nothing

Phone(2a)

実売価格4万9800円~

↑ロンドンを拠点とするNothingが日本市場に投入するスマホ。画面は6.7インチのAMOLEDディスプレイを採用。OSは「Nothing OS 2.5 Powered by Android 14」を採用し、多彩なNothingウィジェットを利用できる

 

FeliCaを搭載し、日本向けに販売体制も強化

イギリスに本拠を置くデジタル機器メーカーである「Nothing」が日本に本格進出した。同社はスマホの「Nothing Phone」やイヤホンなど、特徴的なデザインを採用した製品で知られるメーカー。日本でも2年ほど前から製品を展開しているが、海外で売っているものをそのまま導入する形だった。

 

だが今年からは変わる。同社CEO(最高経営責任者)のカール・ペイ氏は「いままでは日本市場に合わせた製品も用意していなかった、お試しのようなもの。ここから本格的に展開する」と語る。

 

その一例が、同社製最新スマホである「Nothing Phone(2a)」だ。2024年4月から流通を開始した製品だが、過去と異なり、日本市場向けは他国向けと機能が異なる。いわゆる「おサイフケータイ」に対応するために、NFCだけでなくFeliCaも搭載した。日本でより多く売るには必須と判断したためだ。

 

さらに、マーケティング・販売・サポートなどのチームを本格的に立ち上げる。日本チームのトップとなるのは黒住吉郎氏。黒住氏はソニーモバイルでXperiaに関わり、その後楽天モバイル・ソフトバンクと携帯電話事業者でも勤務し、さらにAppleでも経験を重ねたという、日本のスマホ業界全体を見た経験を持つ、稀有な人物だ。十数年に渡り取材してきた、筆者にとっても顔なじみのひとり。そうした人物を雇用したことからも、同社の本気度が伝わってくる。

 

消費者側から見ると、長年にわたって不景気な日本のどこに魅力があるのか……と感じるが、Nothingは、それだけ日本市場に可能性を感じているのだろう。

 

コスパの高さを武器に選ばれるスマホを目指す

理由は複数ある。

 

ひとつ目は、“大手以外があまり定着していない”こと。ご存知のように、日本はiPhoneのシェアが高い。それ以外となると、GoogleのPixelにサムスンのGalaxy、シャープのAQUOSやソニーのXperiaといったところだろうか。

 

それ以外のメーカーはシェアが小さい。携帯電話事業者以外で流通する「オープン市場」(俗にいうSIMフリー製品。現在は携帯電話事業者もSIMロックをかけていないので、呼称としては正しくない)の規模も大きくない。メーカーそれぞれにファンもいるのだが、大手に食い込めるほどの存在感になっていないのが実情だ。

 

体制という意味ではNothingもまだまだなのだが、数年かけてブランド認知を高めれば、“指名買いされるスマホ”のひとつになり得る……と分析したのだろう。

 

特に同社が商機と感じているのは、おそらく「コスパ」だ。ハイエンドスマホがどんどん価格を上げていくなかで、デザインとコストパフォーマンスで目立つことができれば、十分商機があると見込んだのだろう。

 

では、高コスパで売れるスマホの条件とはなにか? ハイエンドと高コスパスマホはどう棲み分け、結果としてスマホ各社はどう生き残っていくのか? そのあたりは次回以降に解説していくことにしよう。

 

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【西田宗千佳連載】生成AIを「誰もが使う」にはツールの進化が必要

Vol.137-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは開発が進む「画像生成AI」。ビジネスにおいて、個人レベルで生成AIを活用するための課題を探る。

 

今月の注目アイテム

Adobe

Firefly

月額無料(毎月25点までの生成クレジットを利用可能)

↑シンプルなテキスト入力で画像の生成やオブジェクトの追加、削除、テキストの変形などができる画像生成AI。無料プランのほか、毎月100点までの生成クレジットを利用できるプレミアムプラン(月額680円)も用意される

 

生成AIがどんなものか、そろそろ説明する必要はなくなってきただろう。だが「報道などで話は聞いている」人は多く、無料のサービスでちょっと使ってみたという人は多くても、「実際にビジネスなどでガンガン使っている」という人は意外と少ないものだ。

 

転職サイトを運営するエン・ジャパンが35歳以上の人々を対象として実施し、2024年1月に公開した調査によると、生成AIを業務に使っている人の割合は全体で18%。28%が使用を検討中で、なかなか高くなってきたように見える。

 

だが実際には、使用の予定がない人は54%もいる。業種別に見ると、マーケティングやコンサルタント業務では47%が使っているものの、より一般的な業種になると10%に近づいていき、「使う人々と使っていない人々」の差が大きくなっている……というのが実情ではあるようだ。

 

すなわち“生成AIがどんなものか可能性を探ることが仕事につながっている人”か、“文章や画像を大量に作る必要がある人”が生成AIを使っており、それ以外はまだなかなか厳しいのだろう。このあたりは、生成AIの便利な使い方が浸透しておらず、明確な利用拡大には結びついていない、と判断できる。アドビの例にしろ、デジタルマーケティングやコンテンツ制作に特化した部分があり、現状の分析とも合致する。

 

ただ、読まなければいけない文章を要約して確認したいとか、必要な文書を簡単に作りたいといったニーズは、ビジネスの中ではかなり普遍的なものかと思う。それがきちんと定着していないのは、生成AIの使い方がまだ誤解されている、ということかもしれない。要は、検索エンジンに似たものとして使われたり、ゼロから画像生成をするために使われたりするもの、と思われているのではないだろうか。

 

そうした誤解が解けるには、ツールの一般化が重要だ。アドビが手がけているのも、結局のところそういう流れなのだ。

 

Photoshopは4月にアップデートが行なわれ、背景を簡単に入れ替えたり、画像を生成する際に「モチーフとなる画像」を読み込んでテイストを合わせたりする、といった機能が搭載された。

 

ほかのツールもそうだが、最初は「白紙の上にプロンプトから何かを作る」ような実装がなされる。しかし人間、白紙からいきなりなにかを作れる人の方が少ない。日常的な作業のほとんどは「ベースとなる何かがあって、それを修正して別のものにする」ことだったりする。

 

生成AIを道具にするには、結局のところ、そういう“ちょっと変える”“前例を踏まえて新しいものを作る”といった作業に使えることが重要で、そのためにはツールが進化しないといけない。

 

生成AIが広まり始めて2年が経過しようとしているが、これからはそういう進化がまず目立つようになっていくだろう。

 

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【西田宗千佳連載】アドビは複雑化するデジタルマーケティングに向けて生成AIを提供する

Vol.137-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは開発が進む「画像生成AI」。ビジネスで使う生成AIコンテンツにおける課題とアドビの解決策を解説する。

 

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生成AIを使ううえで課題になるのは、「生成されたものが問題なく使えるものなのか」ということだ。

 

著作権上の問題がないか、ということに注目が集まりがちだが、課題はそれだけではない。絵が不自然だと使いづらいし、デザイン的に求めるものである必要もある。

 

広告などのために必要なコンテンツの量は増えており、すべてを人の手で作るのは難しくなっている。昔はシンプルな広告用GIFくらいで済んだが、現在はWebの形やSNSの種類、メールとフォーマットも多彩。さらに、消費者を細分化してそれぞれに合わせたコンテンツを用意する必要も出てきている。

 

そうなると、基礎となる部分はアーティストが作り、そこからのフォーマット変更やちょっとした加工はAIを使って効率化する……というパターンが必須になってくる。

 

だとすれば、目的に合ったデータができあがりやすいツールと、作ったものを簡単に管理するツールの両方が必要になる。

 

これは、Photoshopでアーティストがひとつずつ作品を作ることとは少し異なる。

 

ベースとなる部分はやはり人が作るのが基本だ。だが、その過程で作業を楽にするには、生成AIなどを活用したツールが必要になる。これは「絵筆や鋏としての生成AI」と言える。生成AIであるFirefly自体が進化し、リアルで緻密な画像を作れるようになっているのはもちろんだが、それを使い、写真の背景や一部を簡単に入れ替えられるようになってきた。従来なら時間がかかったような処理も、短時間で作業できるようになった。

 

それに対して、マーケティング向けの生成AIは“管理ツールとしての生成AI”に近い。

 

最新のFireflyでは、企業のロゴや商品などを学習させて、自社の目的に合ったものを生成する「カスタムモデル」機能が搭載された。同じことは生成AI技術を開発する企業の中で盛んに研究されており、特にアドビの発明というわけではない。だが、複雑なカスタムモデル構築作業をせずとも、シンプルに「必要な画像類をアップロードするだけ」で処理できるのはアドビの強みだ。

 

そして、カスタムモデルの構築も広告用生成AIコンテンツの管理についても、アドビは同社のデジタルマーケティングツールと一体化して供給する。自社内でコンテンツ生成に使う素材はどうするのか、どんなルールで使うのか、できあがったものはどこに保存されているのか。さらには、それを使ってデジタルマーケティングを行なった場合の効果がどうなっているのか……。

 

そうした効率的なマーケティングプランの構築と管理、という以前からのビジネスに生成AIを組み込んで、全体としての価値を向上させることで企業の利用を拡大したい……と考えているわけだ。

 

こうしたツールの導入は、仕事のためのツールとしての生成AIの可能性を拡大する。ただ、アドビのツールはどうしても「大企業でのデジタルマーケティング担当者」向けであり、すべてのビジネスパーソンが使うもの、とは言えないかもしれない。

 

では、一般的なビジネスパーソンへの生成AIの浸透はどうなるのか? そのあたりは次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】生成AIを「ビジネスで使う」基盤整備で先行するアドビ

Vol.137-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは開発が進む「画像生成AI」。Photoshopで有名なアドビもビジネス化に取り組んでいるが、ほかと比べて先行している部分を解説する。

 

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IT大手は競うようにして生成AI技術の開発を進めている。

 

実のところ、生成AI技術「そのもの」の最先端は、研究者やエンジニアが日々公開しており、OpenAIやGoogleだけが開拓しているわけではない。だが、そうしたものは「技術」であるがゆえに一般には見えづらい。サービスやソフトウェアとして実装され、“なにができるか”が明確になる必要がある。

 

アドビがやっていることは、「画像などを生成するAIがあるが、それはどういう点に気をつけながらビジネスに使うべきか」ということの可視化、と言える。

 

アドビの生成AIである「Firefly」は、2023年3月にスタートした。画像生成AIが注目され始めたのがさらに1年ほど前なので、大手の動きとしてはかなり素早いものだと思う。

 

Fireflyの特徴は、学習するデータとして、古くて自由に使えるようになった作品に加え、同社のフォトストックサービスである「Adobe Stock」の中で、学習して問題ないと許諾がされたものや、特定の著作物と関係しないものを選んでいるという点にある。

 

生成AIは学習するものによって出てくる結果が変わる。ビジネスで使う場合、意図せず他者の著作物に近いものを使ってしまうというリスクは確かに存在する。そこで一定の防止策として、学習ソースを限定し、より安心して使えるように配慮したのがアドビの施策だ。

 

もちろん完璧ではない。海賊版も含め、他者が権利を持つ著作物が学習内容にひとつたりとも含まれていないと保証することは難しく、実際、漏れはあるようだ。

 

だが、そうした処理がない生成AIよりはずっと安心して使える。

 

またポイントとして、いわゆる著作権侵害については、生成するという行為ではなく“生成したものを公開すること”が起点になる、ということも重要だ。公開するものを作るなら、そもそも他人のものを真似るような命令を与えるのは避けるべきだし、できあがったものが“他人の著作物に似ていないか”“間違いがないか”は確認しておく必要がある。

 

実のところ、企業向けの生成AIでは、「正統なルールの中で出力したもので訴訟になった場合、その費用はサービス側が負担する」というルールを持つものが多い。マイクロソフトやGoogleもそうだし、アドビもそうだ。「企業向けのサービス」で「ルール通りに使った場合」だけである点に留意する必要はあるが。

 

だとすれば、「より安心できる学習基盤で」「精査したうえで公開」が基本となり、それがしやすい環境を提供するサービスが求められるわけで、アドビが狙っているのはそういう路線なわけだ。さらにPhotoshopやAdobe Expressのような「作りやすいツール」とFireflyを組み合わせることで、ビジネスで使いやすい基盤を作ることが収益につながる、という話になる。

 

生成AIそのもの以上に、そうした「ビジネスのためのツールの整備」という部分が、アドビが他社に先んじている部分である、ということもできるだろう。

 

では、そのうえでどのようにツールを整備しているのだろうか? その点は次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】広告の画像もAI生成、アドビが目指すビジネスとは

Vol.137-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは開発が進む「画像生成AI」。Photoshopで有名なアドビもビジネス化に取り組んでいるが、現段階での課題と運用法について探る。

 

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ビジネス化へのカギは目的に合う画像の生成

2023年は生成AIの年だった。検索や翻訳で生成AIを使うのは一気に当たり前のことになり、各社のサービス開発競争も続いている。

 

文章と同様に一般化したのが「画像生成AI」だ。2022年には専用サービスが立ち上がって注目されたが、現在はChatGPTやMicrosoft Copilot、Geminiなど主要なサービスには画像生成も組み込まれるようになっている。

 

IT大手のなかでも、画像生成AIのビジネス活用に積極的なのがアドビだ。アドビといえば、多くの人がPhotoshopなどを思い出すだろう。2023年3月に画像生成AI「Firefly」を発表、同5月にはPhotoshopへの統合も果たした。

 

アドビによれば、Fireflyは1年で65億枚の画像を生成したという。ただ、世の中に生成AIで描かれた画像があふれているかと聞かれれば、「まだ限定的」というところだろう。

 

画像生成AIは大きな可能性を持っているが、その是非について議論が続いている。

 

そのためアドビはいち早く「学習コンテンツの権利処理」に着目。Fireflyの学習に使う画像を「権利処理されたもの」に限定することで、ビジネスにおいても使いやすい画像を作れることを打ち出していた。

 

それだけではまだ使いづらい。

 

課題のひとつとなるのが「目的にあった画像だけを出す」という点だ。たとえば広告で使うなら、商品やロゴを正確に扱う必要がある。また、その背景となる画像についても、広告キャンペーンの目的や、自社で定めるルールに合わせる必要がある。

 

そこでアドビは、Fireflyに「カスタムモデル」と「構成参照」という機能を搭載した。

 

技術の進化だけでなく使われ方が重要になる

カスタムモデルは、企業のロゴや商品デザイン、画像の運用ルールなどを定め、できるだけその企業の目的に合った画像だけを生成する機能。構成参照は、与えた画像のデザインに近い画像だけを生成する機能だ。これらの機能を組み合わせると、「自社のロゴや製品画像を軸に、紙にペンで描いたラフから、広告に使う画像を何枚も自動生成」といったことが可能になる。

 

ただ、こうした新技術があったとしても、生成AIが作るコンテンツをビジネスに使うには、かなりの注意が必要だ。正しいものか、不適切な内容が含まれないかを人間側が精査する必要がある。そのためアドビは制作ツールの「GenStudio」も同時に発表している。

 

生成AIもそろそろ、技術だけでなく「ビジネスにおいてどう使うか」が注目されるタイミングだ。生成AIの運用にはコストがかかるので、収益化も進めないと厳しい。アドビのようにサービスを提供する側も、そしてそれを使ってビジネスをする側も、悠長に構えてはいられない。いかに仕事で使うかを考え、そのためのサービス提供を競うフェーズに入ったと考えるべきだろう。

 

では生成AI、なかでも画像をビジネスに使うにはどんな点に注意する必要があるのだろうか? ビジネスにおける活用にはどんな技術やルールが必要になってくるのだろうか? そのあたりは次回以降で解説していくことにしよう。

 

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【西田宗千佳連載】生成AIの進化で、ヘッドホンの「つけっぱなし」時代が来る?

Vol.136-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは最近増加中の“耳をふさがないイヤホン”。生成AIの進化によってヘッドホンの役割はどう変わっていきそうかをうらなう。

 

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ヘッドホンの価値を高めるものといえば、いまでも本流は「音質」だ。とはいえ、ヘッドホンはすでに音楽だけを聞くものではない。スマホやPCなどと人間をつなぐ重要なインターフェースだ。20年前ならともかく、いまや通話をするのにヘッドホンやイヤホンを使う人は珍しくない。

 

AIが登場し、コンピューターが人間に近い声や文章を生成するようになってきた。人間の代わりに会話してくれる……というところまではいかないが、生成AIの進化を考えれば、今年じゅうには「いままでよりもずっと便利」な機能も現れる可能性がある。

 

そうなるとヘッドホンの扱いは変わる。現在のヘッドホンは「用事があるときにつけるもの」だったが、もしスマホやPCと連携してAIを活用するようになると、「いつでもつけている」ものに変わる可能性もある。

 

そうなると、インイヤー式のように耳に負担をかけるものや、オーバーヘッド式のように大きく邪魔なものは避けられるのかもしれない。耳たぶにつけるイヤーカフ方式や、耳にかけるオープン型、メガネのツルにスピーカーを仕込んだスマートグラスなどは、“より自然に、つけていることを忘れるような快適さ”を売りにしたデバイスになるかもしれない。

 

そのための用途開発は重要である。だが一方で、現在も“みんなが使いたくなる要素”について、明確な答えが出ているわけではない。だから、AIの技術が進化するだけで「つけっぱなしのヘッドホン」が主流になると考えるのは難しい。

 

だが、こうしたデバイスの定着は「スマホ依存」を軽いものにしていく可能性は高い。常にスマホを見てしまうのは、いつメールやメッセンジャーの返事がくるかわからないからでもある。必要なときにはすぐに音声で知らせてくれて、情報が欲しいときでも「画面を見る」のではなく「声で聞く」パターンでも使い勝手が落ちない……という形が実現できるとすると、スマホの画面を見るタイミングは少なくなる可能性がある。

 

スマホが不要になるわけではないが、画面を見なければいけないタイミングは、今後減っていくだろう。画面を見るときと見ないときのバランスを考え直すことは、人とスマホの関係をより良いものにしてくれるだろう。

 

次に課題となるのは、そういうサービスを誰が用意するかという点だ。

 

公正な競争という意味では、スマホ本体やOSのメーカーだけでなく、ヘッドホンメーカーであったり、単独でAIを開発している企業であったりも参加できるようにする整備をすべきだろう。

 

NTTなどの通信会社も生成AI技術を開発中である。彼らがAIに注力しているのは、スマホOSを作っているアメリカのビッグテックへの対抗意識であったりもする。ここで存在感を示せると、スマホが絡む企業の認知度・戦略でより幅広いオプションが用意できることになるだろう。

 

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【西田宗千佳連載】AIの進化で「ヘッドホンの価値」も変わる

Vol.136-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは最近増加中の“耳をふさがないイヤホン”。イヤホンやヘッドホンの主目的が生成AIによって拡大している。その内情を解説する。

 

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ヘッドホンの主たる用途は、いうまでもなく「音を聞くこと」。音楽がまず思いつくが、いまはもっとニーズが増えている。

 

聞くことと同じように重要になったのが「話すこと」。音声通話やビデオ会議などで、マイクを通じた声の音質が大切、という認識は特にコロナ禍で拡大。いまやスマホ向けだけでなく、PCにつないで利用することも一般的になっている。

 

聞くことと話すこと、双方を生かすものとして今後重要になってくるのが「AIアシスタントとの連携」だ。いまもヘッドホンをスマホから使う場合、SiriやGoogle アシスタントなどの音声アシスタントに命令を与えたり、スマホの通知を読み上げさせたりすることができる。つけっぱなしで使いやすいヘッドホンは、スマホと人間の間をつなぐ機器として活躍する可能性が高いのだ。

 

そうした要素は、今後さらに重要になっていくだろう。なぜなら、生成AIの登場によって、音声アシスタントの機能・価値がさらに高まると予想されているからだ。

 

これまでの音声アシスタントは、命令に対して音声で答えるだけだった。だが、生成AIでより人間に近い回答ができるようになっているので、文字どおりアシスタントのように振る舞い、さまざまな情報を届けてくれるようになる可能性が高い。そうしたアップデートは、特に今年、アップルやGoogleのスマートフォン向けOSに組み込まれていくことになりそうだ。

 

当然、OSのプラットフォーマーもヘッドホンに力を入れる。だが同時に、OSは持っていないがAIは持っている……という企業にとってもチャレンジすべき事柄になってくる。特にMetaやHUAWEIがこのジャンルに積極的なのはこのためだ。

 

現状、AIだけを持っている企業は消費者にアプローチする手段が限られている。しかし、AIが優れているかどうかは消費者に見えづらいが、ヘッドホンの良し悪し・デザインの違いは目立つため、ヘッドホンを活用して新しいテクノロジーを提案できれば、そこを接点として顧客を拡大できる。

 

たとえばMetaは、アメリカなどの市場で「RayBan-Meta」というスマートグラスを発売している。非常に音質が良いこと、内蔵のカメラを使って“自分の見た目”の映像をライブ配信できることなどから、ちょっとしたヒット商品になっている(残念ながら、日本では未発売)。

 

この製品で、Metaは画像や音声を認識できる生成AIを活用するようになっている。カメラで撮影した映像に含まれる風景がどんなものか、AIが認識して答えを返したりできる。現状ではそこまで役に立つわけではないが、今後生成AIの技術がさらに進化し、スマホの中で処理されるようになっていくと、“自分が見ているものをAIも見ていて、必要なときに助けてくれる”という形に変わっていくはずだ。

 

ではそのとき、「音声と連携するAI」はどのように我々の生活を変えていくことになるのだろうか? そのあたりは次回解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】なぜ「形状の違うイヤホン」に注目が集まるのか

Vol.136-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは最近増加中の“耳をふさがないイヤホン”。これまでとは形状の違うイヤホンに注目が集まる理由を解説する。

 

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周囲が聞こえるタイプのヘッドホンやスマートグラス型の音声再生デバイスが出てくる理由には、身も蓋もない理由もある。飽和し始めて差別化が難しくなってきたヘッドホン市場での生き残りだ。

 

ヘッドホン市場の主流が「完全ワイヤレス型」になって久しい。

 

特に近年は、日本での販売価格が3000円を切るような、非常に安価な製品も増えてきた。理由は、中国を中心とした製造請負企業(EMS)での設計手法がこなれてきて、パーツコストも大幅に下がったからだ。

 

特に大きな影響があるのは、ワイヤレスヘッドホンに必要なプロセッサーのコスト低下である。オープンなアーキテクチャである「RISC-V」を使ったヘッドホン用のプロセッサーが登場したことで半導体会社へのライセンス支払いが減り、そのぶん安価に作れるようになったわけだ。逆に言えば、「完全ワイヤレス型である」だけでは、低価格な製品との差別化ができない時代になってしまったということでもある。

 

そうすると、単価を維持したい企業の側としては、ある程度付加価値のついたヘッドホンを売るしかない。音質や接続性などの古典的な差別化要素はいまだ有効であるが、それだけで消費者は振り向いてくれない。より目立つ差別化としてフォーカスされるのが「形状の違い」であり「周囲の音が聞こえる」という要素だ。

 

耳の穴に入れず耳たぶに引っ掛けるような構造のイヤホンは、すでに普及しているインイヤー型製品との違いがわかりやすく、売りやすい製品でもある。メガネのフレームにスピーカーを仕込むタイプの製品も、形状的な違いをアピールしやすいという点では同様だ。

 

ただ、いままでにない形状のヘッドホンを使った場合、音質や使い勝手を上げるためには、いままでと異なるノウハウが必要になる。その点を差別化点としてアピールすることもできるが、逆に品質の問題が生まれる可能性もある。

 

また、消費者から見た場合、“変わり種”はやはりリスクでもある。市場規模はまだ大きくないので、作ってはみたものの売れ行きがいまひとつ……ということも多いようだ。たとえばメガネフレーム型のヘッドホンについては、一時期多くの企業が製品化して市場が盛り上がったものの、BOSEを含め多くの企業が撤退し、Metaなど少数の製品が残るだけだ。耳にかけるタイプの製品も、このまま定着するのかは未知数な部分がある。

 

ただそれでも、各社は新しい製品を作る。そこには、単純にヘッドホンなどだけを売りたい、というニーズだけではない思惑も存在する。それがどういう点なのかは、次回解説することにしよう。

 

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【西田宗千佳連載】大手2社から相次ぎ「つけっぱなし向けイヤホン」が登場する理由

Vol.136-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは最近増加中の“耳をふさがないイヤホン”。ノイキャン性能を誇る高級機が人気となっているなかで、ヒットしている理由は何か。

 

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ノイキャンもないが着け心地の良さでヒット

最近、耳をふさがないタイプのイヤホンが増えている。今年に入り、大手から2つの製品が同時に登場した。HUAWEIの「FreeClip」と、BOSEの「Bose Ultra Open Earbuds」だ。

 

どちらも、それぞれのメーカーの特徴を反映したデザインにはなっているが、機能や特性はかなり似ている。

 

どちらもいわゆる完全ワイヤレス型イヤホンなのだが、耳の穴に入れるのではなく、耳の縁に挟むようにして使う。耳の穴に押しつける形ではなくなり、耳への負担感が大幅に小さくなる。耳への負担を最小限にし、周囲の音も聞こえるようにすることで、長い時間つけっぱなしで使うことを目指したイヤホン……と考えれば良いだろうか。

 

その性質上、音楽などの再生音は、周囲の音と自然に混ざって聞こえる。ノイズキャンセルももちろんできない。自分が聞いている音も、100%周囲に漏れないわけではない。だが、極端に大きな音にしなければ聞こえないように設計されており、日常的な利用には十分だろう。

 

こうした製品が注目されるのはいまに始まったことではない。コロナ禍でビデオ会議が注目された頃にも、骨伝導タイプのヘッドホンが売れた。ソニーが2022年に発売した「LinkBuds」も、耳への負担の小ささに加え、周囲の音がそのまま聞こえることがウリだった。長時間耳につける&耳の穴に入れるのは、やはり音楽向けの行為であり、長時間使い続けるのは辛い……ということなのだろう。

 

耳の側面に挟む、というスタイルにしてもこれが初めてではなく、国内でも「ambie」などが同じスタイルをずいぶん前から販売している。それだけ、こういうスタイルには価値があるということなのだろう。今後も同様の製品はもっと出てくるはずだ。

 

音声アシスタントや生成AIで変わる価値

ただ、いまはまた少し違う流れもある。それは音声アシスタントや生成AIとの関係だ。

 

音声での応答は今後より重要になる可能性がある。スマホとの連動により、単に音を聞くだけでなく、自分のアシスタントとしての価値が上がっていくわけだ。

 

そんなことから、イヤホンスタイルではなく「メガネ型」のデバイスを作るところも多い。BOSEは商品展開をやめてしまったが、HUAWEIは「Eyewear」シリーズを展開中だ。

 

日本では発売していないものの、メガネ型についてはこのほかにも、ビッグテックの取り組みが目立つ。

 

Metaはサングラスブランドのレイバンと組んで「Ray-Ban Meta」を2023年秋からアメリカなどで発売中。299ドルという手ごろな価格もあってか、かなりのヒット商品となっている。Amazonも「Echo Frames」という製品をアメリカで展開中だ。どちらもスマートフォンに専用アプリを入れて連動させ、かけたまま音楽を聞いたり、音声アシスタントを使ったりする。

 

こうした製品はどのくらい伸びる可能性があるのだろうか? 生成AIとの連動はどこまで進むのだろうか?

 

そうした未来の話は、次回以降解説していくことにしよう。

 

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【西田宗千佳連載】アップルやMetaも直面。VR機器「価格」「利用率」のジレンマ

Vol.136-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。アップルやMetaが抱えるVRの普及速度にまつわるジレンマを解説する。

 

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アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑2023年6月に発表となったApple Vision Proがついに発売開始。全米のApple StoreもしくはApple Storeオンラインで予約したうえでの、App Storeのみでの販売となっている。日本でも2024年下半期に発売開始の予定だ

 

Apple Vision Proの課題はシンプルだ。まだ非常に高価であり、 購入できる人が限られているということだ。アップルとしては、まず現状できる限りで質の高い空間コンピューティングデバイスを提示し、そこから完成度の向上とコスト削減をじっくり進めていくつもりだろう。だから、スマホやタブレットのようにすぐに新製品が出ることはなく、次のモデルや廉価版も、最低でも1年半以上出ないのではないか、と考えられる。

 

このことは、アップル自身の戦略としては理解できるものの、他社にとっては悩ましいことだ。特にアプリを提供する側から見ると、デバイスが普及していない限りビジネスのパイも大きくならないわけで、「どこまで投資して本気でビジネスをするのか」という判断が難しくなる。

 

Metaももちろん、高価なハードウェアを作れば体験を良くできることはわかっている。だが、彼らはまず機器を普及させ、コミュニケーション・サービスの母体となるユーザー数を確保し、そこに向けてゲームなどのソフトウェアを売って収益を得る、というビジネスモデルを持っている。だから一定価格より高いハードは作らず、普及しやすいビジネスモデルを採る。

 

ほかのスタートアップ企業の場合には、「空間にPCの画面を高精細に映す」ことに特化してゲームができるほどの性能は搭載せず、コストを抑えるところも出てきた。それはそれで、アップルやMetaとの差別化を考えるとよくわかるやり方だ。

 

ただ、利用者が増えたとしても、機器自体を毎日使ってもらえないとビジネスにはならない。ソフトやサービスの売れ行きは、ユーザー数×利用時間という形で最大化されるからだ。Apple Vision Proも、普及台数は少なくとも、本当に利用頻度の高い機器になるならビジネスになる。

 

問題は、毎日使ってもらえるには、ゲームだけでなく空間コンピューティング的な「便利な機能」が必要という点だ。それには、OS側の構造も重要になってくる。ゲームに特化した機器とそうでないもの、単一機能とマルチタスク前提のものでは、OSやユーザーインターフェースの構造が変わってくる。

 

アップルは最初からそういうOSを作ったが、MetaはOSのアップデートを行なっている最中であり、おそらく今年前半のうち、遅れたとしても年内には、Meta Quest 3向けのOSの大型アップデートがあるだろう。

 

ここからはハードウェアだけでなく、むしろOSの競争となってくる。この点は、スマホの初期にも似た様相といっていい。そのぶんコストもノウハウも必要なので、競争に参加できる企業の数も絞られて来る。

 

ただそこまでやっても、大きな課題がひとつある。

 

結局便利さが、「なにかを頭にかぶる」という不便さを超えられない可能性だ。Apple Vision Proにしても、このハードルは越えられていない。壁を越えるには、良い体験を作るのが最優先ではあるものの、「どんなメリットがあるか」をきちんと認知することも重要だ。そこでは、機器の普及も大切な要素となる。

 

各社はここから数年の間、可能性は大きいが、どこまでもジレンマがつきまとう競争に苦しむことになるだろう。

 

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【西田宗千佳連載】Apple Vision Proの「空間コンピューティング」とは一体なにか

Vol.136-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。空間コンピューティングが目指しているものはなにかを解説する。

 

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3499ドル~

↑2023年6月に発表となったApple Vision Proがついに発売開始。全米のApple StoreもしくはApple Storeオンラインで予約したうえでの、App Storeのみでの販売となっている。日本でも2024年下半期に発売開始の予定だ

 

アップルはApple Vision Proを「空間コンピューティングデバイス」と呼んでいる。前回述べたように、これは多分に既存の機器との差別化を意識したキーワードではある。ただ、この言葉自身に意味がないのかというと、そうではない。

 

我々はどんなIT機器も、基本的にはディスプレイを介して利用している。PCやスマホはもちろんだが、テレビやプロジェクターなどのAV機器も同様だ。四角い画面があり、その中に出ている映像を見て操作することによって価値が生まれている。

 

当たり前すぎることだが、現実に存在する物体というのは、四角い画面の中だけにあるわけではない。仕事をしているデスクの上には、文房具や時計、コーヒーカップなどいろいろなものが置かれている。それぞれに価値があり、我々は便利に使っている。壁を見ると、ポスターやカレンダーが貼ってあるかもしれない。これも画面の外に何かを表示して価値を見出しているものと考えることができる。

 

現在は、そうした壁にあるものや、机の上にあるものも、それぞれがディスプレイを持っていて、部屋の中に“四角い画面が偏在している”状況にある。もちろん日常的にはスマホを持ち歩いているので、“四角い画面と一緒に動いている”ということもできるわけだ。

 

ただ冷静に考えると、本当はもっとたくさんの情報を使いたい、もっと自由に情報を使いたいにもかかわらず、情報を表示する面積は「四角い窓の中」に限られている。

 

人間の視界をすべてディスプレイで置き換えることができて、空中に好きなサイズの窓を開くことができたらどうだろう? 窓の配置も自由で縦横比も自由。そもそも窓に限定する必要はない。立体物をそのまま机の上、空中などに置いてもいい。現実に存在するものに対して、メモや付箋を貼るように情報を追加してもいいわけだ。

 

簡単に言えば、これを実現する仕組みが「空間コンピューティング」である。

 

現状のApple Vision Proでは、まだできることは限られている。Macの画面やWebブラウザーの画面、写真アプリなど「好きな大きさの四角い窓」を複数配置できるというのがせいぜいだが、この先、立体物を見ながらコミュニケーションしたり、人を立体表示しながら対話をしたり、ということが当たり前になっていくだろう。

 

すなわちアップルが目指していることは「個人にとってのコンピュータとディスプレイの再定義」ということになる。VRというと、人とコミュニケーションをするための空間である「メタバース」が注目されてきたが、アップルが狙っているのはコミュニケーションの再定義ではなく、あくまで個人の創造性をさらに高めるという方向性なのだ。

 

「Apple Vision Proはスマホを駆逐するのか?」という質問が出ることも多いが、それは少し軸がズレているように思う。Apple Vision Proがまず代替するのは、MacなどのPCや、iPadなどのタブレットだろう。すなわち、個人の創造性のためのツール、個人のためのエンターテインメントデバイスを置き換えることになるだろう。

 

これは筆者の予想だが、価格としても200ドル~500ドルといった安価な製品にまで落としていくことはなかろう。MacにしろiPadにしろ、主軸モデルの価格帯は1000ドルから2000ドル。将来安くなったとしても、そのへんがターゲットになるのではないだろうか。

 

ただ、いまのApple Vision Proは高価すぎて、いきなり大ヒットで大量販売が見込める状況にはない。普及速度のジレンマに対して、各社はどのような考えを持っているのだろうか。その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Apple Vision Proを高価な製品にしたアップルの狙い

Vol.136-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。高価だという指摘があるが、その狙いはどこにあるのかを解説する。

 

今月の注目アイテム

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑2023年6月に発表となったApple Vision Proがついに発売開始。全米のApple StoreもしくはApple Storeオンラインで予約したうえでの、App Storeのみでの販売となっている。日本でも2024年下半期に発売開始の予定だ

 

Apple Vision Proをアップルは「空間コンピューティング」デバイスと呼んでいる。ただ、彼らがどう呼ぶかはともかくとして、形状がVR機器にかなり近いことは間違いないし、構造的にもほぼVR機器と同じだ。

 

では、VR機器とApple Vision Proを分けるものは何なのか? それは利用者が体感できる画質であり、そこから生まれる自然さだ。

 

Apple Vision Proは片目4K弱の解像度を備えたマイクロOLED(有機EL)を使っており、一般的なVR機器よりも解像度が高い。解像度が高いということは、それだけ目に見える映像が精細であるということになる。

 

人間の目で見て違和感が少ない映像を実現するには、十分に高い解像度を備えたディスプレイが必要になる。しかも、画像密度も同様に高い必要がある。結果として、人間の目に自然に密度が高い映像として感じられるようにしないと、現実との差が大きくなってしまうわけだ。

 

解像度を高くするのはそこまで難しい話ではない。パーツが高くなるが、高解像度のディスプレイを調達して搭載すればいいだけだ。ただそれを快適に使おうとすれば、両眼分の解像度、すなわち横8Kぶんの処理を楽々とこなせる性能が必要になってくる。

 

VRのように目を覆ってしまう機器では、映像の書き換えが遅れたり途中で止まったりすると「酔い」につながる。だから、性能はPCやスマホ、ゲーム機よりもさらに余裕を持って設計する必要が出てくる。

 

さらには、カメラから取り込んだ映像に歪みが出ないように各種補正をかけなくてはならない。そうでないと手元が歪んだり奥行きが不自然になったりすることが多い。周りが見えていても、実際の感覚と違っているようであれば、ヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)をつけたまま歩くことは難しくなる。

 

このように“自然な映像”をHMDで実現するにはさまざまな技術的な難題がある。それを解決するためには、一定以上に高性能なコンピューター、ディスプレイ、カメラのセットを採用しなくてはならない。結果として、そういう製品は高価になってしまうわけだ。

 

Apple Vision Proは3500ドルと高価な製品だ。画質の高さなどを評価する声は多いが、同様に、3500ドルという価格が高すぎるとの指摘も多い。筆者はアメリカに行って実機を購入したが、3500ドルが高価である、というのはその通りだとは思う。

 

だがそれでも、アップルの選択は正しいと感じる。この機器は、過去にVR機器を多数使った人に向けた商品ではない。実際に買う人は、VR体験者が多いと思うが、アップルが狙っている顧客層はVR体験者ではないのだ。

 

彼らが狙っているのは、まだVRなどに懐疑的な人々だ。不自然かつ快適でない画質では彼らを満足させることはできない。現在使える技術による理想的な製品をまず作り、“未来はこちらにある”ということを示す必要があったわけだ。

 

「空間コンピューティング」という名前を使っているのも、過去の機器と差別化し、新しい世界を作るものと言うイメージをアピールしたいからだろう。

 

理想的な機器を高い価格で作っても売れるのは、アップルが高いブランド価値を持っているからにほかならない。ほかのIT企業が作っても、ここまで大きな話題にはならないだろう。まずは一定の安価な価格で普及させ、その後に技術を進化させていくというのが定番だ。

 

そういう意味では、Apple Vision Proはこれ以上ないくらい“アップルらしい”製品なのである。

 

では、彼らが考えている「空間コンピューティング」とは、キャッチフレーズだけの存在なのだろうか。実際にはそうではない。それはどういうものかは次回解説していくことにしよう。

 

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【西田宗千佳連載】ついに発売。Apple Vision Proはヒットするのか

Vol.136-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが米国で発売した「Apple Vision Pro」。他社のHMDと比較して飛躍的に高価なモデルに込める狙いは何か。

 

今月の注目アイテム

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑2023年6月に発表となったApple Vision Proがついに発売開始。全米のApple StoreもしくはApple Storeオンラインで予約したうえでの、App Storeのみでの販売となっている。日本でも2024年下半期に発売開始の予定だ

 

落胆するHMDから決別をはかるApple

アップルは2月2日より、アメリカで「Apple Vision Pro」を発売した。1月19日から予約が始まり、発売日近くに出荷されるぶんはすぐに売り切れた。1月末の段階では、次の出荷が3月末から4月になる模様だ。日本での販売は年内に行なわれる予定だが、まずはお膝元で販売が開始されたカタチだ。

 

Apple Vision Proを、アップルは「空間コンピュータ」と定義している。形状としては、いわゆるVR用のヘッドマウントディスプレイなのだが、できる限りHMD(ヘッドマウントディスプレイ)と呼ばないよう、認知を進めている。

 

彼らが慎重になる理由は、いままでの機器に感じたある種の落胆を引き継がないようにするためだろう。

 

筆者は昨年6月にApple Vision Proの実機を体験している。既存の製品との違いは、周囲の風景も、空間に浮かぶウインドウも圧倒的に自然な形で再現されていることだ。もちろん現実そのままとはいかないのだが、他機種のような「解像度の低さ」「表示のゆがみ」などはなく、まさに視界すべてがディスプレイになったような体験ができる。

 

ただそのためには、非常に凝ったハードウェアが必要。約3500ドル(約50万円)と高価なのはそのためだ。

 

妥協した体験では使えるモノにならない

だが今回、予約が開始されてみると、価格だけが違いではないことも見えてきた。

 

Apple Vision Proではメガネの併用ができない。また、コンタクトレンズについても、ソフトのみでハードコンタクトレンズは使えない。視力補正が必要な場合には、アップルが提携したツァイス社のインサートレンズを同時に予約する必要がある。また、予約時にはiPhoneのFace IDを使って顔をスキャンし、バンドやライトシェードのサイズを決める必要もある。そのため予約作業はかなり煩雑になっている。

 

ほかのVR機器には見られないことだが、ここまで厳密な手段を採っているのは、目とレンズ、ディスプレイの関係を最適化し、できるだけ質の良い体験を作るためだ。前向きに捉えれば、Apple Vision Proはそこまで厳密な設定により、良い体験を提供して差別化しようとしている……と判断できる。一方で厳密さは面倒臭さにもつながるので、実際の使い勝手がどうなるか気になるところではある。

 

では、なぜそこまでアップルはこだわるのか?

 

理由はシンプルだ。妥協した体験では消費者を納得させられず、毎日使ってもらえるデバイスにならない、と判断したのだ。

 

HMDに類する機器はなかなか一般化しない。頭になにかをかぶる、という体験はまだ不自然なものだ。だから「ゲームをするとき」など、特定のタイミングでないと使われず、定着しない。結果として、スマホやPCのように一般化していない。

 

だが、得られた体験が良く、日常に必須のものと判断されれば定着する可能性はあり、その先には大きな市場が広がっている。アップルはまず理想的な製品を示すことで“毎日使う機器”を目指そうとしているのだ。

 

ではそのためにはなにが必要なのか? そこは次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】配信の競争はスポーツへ。Netflixが「WWE」をパートナーに選ぶ理由とは

Vol.135-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはNetflixで記録的なヒットとなっている実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」。今後、Netflixが注目している領域である、スポーツへのアプローチを解説する。

 

今月の注目アイテム

Netflix

幽☆遊☆白書

↑週刊少年ジャンプでの連載作品を実写化し大ヒット。原作は冨樫義博。子どもを助けるため交通事故に遭い命を落とした不良少年の浦飯幽助は、“霊界探偵”という役目を与えられ、人間界で妖怪が関わる事件の解決に挑む

© Y.T.90-94

 

コロナ禍が終わり、アメリカはインフレ懸念に揺れている。特にネットサービス業については、コロナ禍の「巣篭もり需要」向けに投資が行なわれ、企業同士の競争が激化したこともあり、コストを抑えて調整する局面に入った……との見方が有力だ。

 

さらにハリウッドでは、全米脚本家協会のストライキが長引いた関係もあり、制作の長期中断とコスト上昇にどう対処するかが課題となっている。そのため、ドラマなどへの投資にはブレーキがかかるとの憶測もある。そのうえに、映像配信事業は少々過当競争な部分もある。

 

では、各社は単純に手綱を緩めるのか? どうやらそうではない。ドラマ以外の領域に投資し、消費者の注目を集めようとしている。

 

その領域とは「スポーツ」だ。従来スポーツ中継は「放送」の領分だったが、いまは放送と配信が本格的に戦う時代になっている。だから、配信事業者がコストをかけてスポーツの配信権を取得し、サービスに組み込もうとしている。

 

Netflixは、他社に比べスポーツが苦手だった。「生配信」をやらないビジネスモデルを続けてきたためだ。

 

だが、2025年からその方針が変わる。アメリカのプロレス団体「WWE(World Wrestling Entertainment)」と10年間の契約を交わし、2025年1月からWWEの人気番組「RAW」の配信をスタートするのだ。当初はアメリカなどが中心だが、追って対象国を広げていく。

 

WWEはケーブルテレビ、すなわち放送の目玉コンテンツだったが、ここに来て配信の象徴であるNetflixが権利を獲得する。これは、「放送から配信へ」という流れを強調する効果も持っている。

 

ではなぜWWEだったのだろうか? フットボールや野球、ゴルフなどでも良さそうなものだ。だが、NetflixはWWEをあえて狙ったのだ。

 

Netflixの共同CEOでコンテンツ施策を担当するテッド・サランドス氏は、1月に配信したアナリスト向けの説明会にて、次のように述べている。

 

「WWEはスポーツ・エンタテインメントであり、弊社と相性がいい」

 

WWEはシンプルなスポーツではなく、「ストーリーラインのあるプロレス」だ。アスリート同士のぶつかり合いである一方で、ある種のドラマ性を持つエンタテインメントにもなっている。

 

Netflixは各地域でヒットするドラマを作り、世界に広げることで成功してきた。スポーツにおいても、中継をただ配信するのではなく、「ドラマ」的要素を加味して差別化しようとしているのである。

 

もうひとつおもしろい話がある。

 

NetflixはF1のドキュメンタリー・シリーズである「Formula 1: 栄光のグランプリ」を制作しているが、これも「ドライバーにフォーカスし、どこかプロレス的な演出だ」と批判されることがある。

 

だがこの制作方針は特にアメリカの若者に支持された。過去、ヨーロッパやアジアと比較し、アメリカは「F1不毛の地」とも言われた。その点、「Formula 1: 栄光のグランプリ」はアメリカでF1のブームを起こし、状況を変えた。

 

Netflixは、WWEでは逆の流れを狙う。アメリカ発のスポーツであるWWEを、世界にドラマ性のあるエンタテインメントとして広げようとしているのだ。

 

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【西田宗千佳連載】「Netflix=オリジナル作品」の元祖じゃない。では何がすごいのか?

Vol.135-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはNetflixで記録的なヒットとなっている実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」。オリジナル作品といえばNetflixとなっているが、何がほかと違うのかを解説する。

 

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Netflix

幽☆遊☆白書

↑週刊少年ジャンプでの連載作品を実写化し大ヒット。原作は冨樫義博。子どもを助けるため交通事故に遭い命を落とした不良少年の浦飯幽助は、“霊界探偵”という役目を与えられ、人間界で妖怪が関わる事件の解決に挑む

© Y.T.90-94

 

Netflixが創業したのは1997年。実はもう創業から25年を超えており、新興企業とは言えない。当初彼らはDVDの宅配レンタルをしており、配信へと舵を切ったのは2007年のこと。そして、オリジナルコンテンツ制作を差別化点に定めたのは2013年のことである。

 

すでに同社のオリジナルコンテンツ路線は10年を超えた取り組みであり、かなりの歴史を持っている。だから「ネトフリといえばオリジナル作品」、というイメージを持っている人は多いのではないだろうか。ほかの映像配信事業者がオリジナル作品で勝負するようになったのも、Netflixの成功に影響された部分が大きい。

 

一方で、オリジナルコンテンツへの投資がNetflixから始まったことだったのか……というと、そうでもない。この方針を始めたのは、アメリカの大手ケーブルテレビ局である「HBO」だ。2000年前後から大規模作品を作るようになり、そのヒットがHBOをプレミアムな存在へと引き上げた。「バンド・オブ・ブラザース」や「ゲーム・オブ・スローンズ」などが代表作だ。こうした流れを「放送でなく配信」で真似て拡大したのがNetflix……ということになる。

 

ただNetflixが開始し、ほかの配信事業者がなかなか真似できていないこともある。それが「コンテンツを世界中から調達し、世界中に配信する」という手法だ。

 

アメリカで生まれたサービスの視点で見れば、本国には「ハリウッド」という世界最大のコンテンツ供給地域があり、交渉も制作もしやすい。各地域向けのコンテンツはもちろん必要だが、普通に考えれば、その大半は各地域での消費が中心になる。だから「ワールドワイド配信契約」は必須ではない……。そう考えるところが多かった。

 

だがNetflixは、多くの国でコンテンツを「ワールドワイド配信契約」で調達した。その分コストもかかるし交渉も大変になる。すべてのコンテンツで交渉がうまくいったわけではないが、同社が制作出資したり、独占配信権を得たりした「Netflixオリジナル」については、ワールドワイド配信を主軸とした。

 

理由は「他国から見ると、そのコンテンツがどこの国で生まれたかはあまり関係ない」という分析があったためだ。適切に露出できれば、アジアのコンテンツを南米で見せたり、ドイツのコンテンツをアジアで見せたりしても問題ない。吹き替えや字幕をちゃんと整備すれば、コンテンツを増やすうえでは非常に有用な策になる。

 

放送やディスクがメインの頃は、コンテンツを売る国を増やすのはおおごとだ。物流や各国の放送システムへの対応が必須だからだ。しかし配信ではそうではない。契約さえできれば、配信対象国を増やすのは簡単。あとはインターネットさえつながっていればいい。

 

現在は「イカゲーム」(韓国)「ルパン」(フランス)「幽☆遊☆白書」(日本)など、多数の国から世界的ヒットが生まれている。

 

一方で、この手法は、最初そこまで評価されていなかった。世界的な注目を浴びる作品は少なく、肝心の制作地域からも“イマイチ”とされる場合が多かったのだ。それがどう変わったのか? その辺は次回解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】当初ヒット作品がなかったNetflixはいかに体制をシフトさせたのか?

Vol.135-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはNetflixで記録的なヒットとなっている実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」。各国で制作されるオリジナルコンテンツがいかにヒットしていったかを解説する。

 

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Netflix

幽☆遊☆白書

↑週刊少年ジャンプでの連載作品を実写化し大ヒット。原作は冨樫義博。子どもを助けるため交通事故に遭い命を落とした不良少年の浦飯幽助は、“霊界探偵”という役目を与えられ、人間界で妖怪が関わる事件の解決に挑む

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Netflixのコンテンツは、まずやはりハリウッド製のドラマなどが大きな評判を呼んだ。ケーブルテレビ局で広がり始めていた「大きな予算をかけた、プレミアムなドラマシリーズ」という方法論を踏襲し、配信と放送の間にあった“質の差”という偏見を打ち破った。

 

だが、各国で作られる作品のヒットにはなかなかつながらなかった。Netflixが日本に参入したのは2015年のこと。当初、オリジナルコンテンツはなかなか国内でもヒットしづらかったのだ。それは他国でも同様だ。

 

「Netflixは大きな予算でヒットを狙う」と言われるが、すべての作品で何倍もの予算をかけているわけではない。比較的高い予算が用意される傾向にはあるもの、全作品ハリウッド並み……とはいかない。そして、仮に予算があったとしてもそれで必ずヒット作が作れるというわけでもない。

 

では、Netflixはどう体制をシフトさせたのか? 答えは「世界ウケよりローカルでのヒット」だ。

 

世界じゅうでヒットする作品を作れるならそれに越したことはない。だが、各地域から世界ヒットだけを狙っても、結局“その地域の作品が生み出す良さ”をスポイルしてしまうことが多い。

 

たとえば日本の作品、コミックを原作としたアニメやドラマの場合には、「世界でウケるためにコミックが持っていた良さを無理に改変する」よりも、「まずは日本で原作を好きなファンが納得してくれる内容」を目指す方がヒットに結びつく。「幽☆遊☆白書」実写ドラマ版も、実際そのような姿勢で制作されてヒットした。理由は簡単で、そういう姿勢で臨む方が、原作が持っている魅力をしっかりと生かしたものが作れるからだ。

 

Netflixが、制作出資作品をワールドワイド配信する方針であることに変わりはない。だが、制作したうえでまず「制作した地域の人々にヒットし、人気になる」ことを目指すようになった。そうすれば、その地域の顧客獲得や長期契約安定につながる。

 

そして、ローカルでヒットする素地を持ったコンテンツは、ほかの国にいる「その原作のファン」にもちゃんと刺さり、そこを起点に見る人が広がって世界的なヒットへとつながっていく。「世界ウケよりまずローカル」からスタートした方が、作品がヒットして支持される確率が高まり、結果として世界ヒットにつながる「可能性を残す」ことになるのである。

 

現在Netflixでは、英語以外の言語で作られたコンテンツが勢いを増している。フランスやドイツなどヨーロッパの国々もあるが、韓国・日本・インドなどのコンテンツも世界ヒットにつながるようになっている。時間はかかったが、結局はコンテンツファーストの長期戦略が功を奏したのである。

 

一方、現在は配信も世界的に「普及期」から「定着期」に入り、会員数の伸びが鈍化し始めている。過当競争との懸念もあり、コンテンツ投資が重荷になる時期も見えてきた。

 

だが各社は、ドラマからまた別の軸へと視野を変え、調達競争を始めようとしている。それは何で、どんな意味を持つのか? その点は次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】Netflix「ONE PIECE」「幽☆遊☆白書」大ヒットの理由とはなにか

Vol.135-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはNetflixで記録的なヒットとなっている実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」。コミックの実写化が相次いで成功している要因を探る。

 

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Netflix

幽☆遊☆白書

↑週刊少年ジャンプでの連載作品を実写化し大ヒット。原作は冨樫義博。子どもを助けるため交通事故に遭い命を落とした不良少年の浦飯幽助は、“霊界探偵”という役目を与えられ、人間界で妖怪が関わる事件の解決に挑む

© Y.T.90-94

 

原作の要素を吟味してファンが納得する作品に

2023年12月14日、Netflixで公開された実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」が大きな記録を打ち立てた。

 

公開週の視聴時間が、全世界のNetflix作品でトップとなったのだ。正確に言えば「非英語のドラマ作品でトップ」ではあるのだが、英語を含む全ドラマ中でも2位だったという。そして、非英語・ドラマ部門では公開2週目(12月24日までの集計)でも1位。2週連続世界1位も、日本発のドラマとしては初めてのことだ。

 

人気コミックからの“アニメ化”には多数のヒット作がある。だがドラマの場合、ヒット作は少ない。日常が舞台である恋愛作品などでは成功例もあるが、アクションが中心となる作品だとなかなか厳しいものが多い、という印象が強いのではないだろうか?

 

しかしNetflixはこのところ、立て続けに“コミックの実写ドラマ化”で成功している。2023年夏には実写ドラマ版「ONE PIECE」が公開になり、こちらも世界的なヒットになった。「幽☆遊☆白書」もそれに続きヒットしたのは、注目に値する現象と言えるだろう。

 

なぜヒットさせることができたのか?

 

理由は複数あるが、大きな要素として“ファンを納得させられるよう、原作の要素をしっかりと吟味してから制作する体制を採っている”点が大きい。

 

実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」の場合、制作開始は5年前。まず行なったのは「ストーリーバイブル」と呼ばれる文書の作成だという。これは、キャラクターの性格や動機、ストーリーや世界観にとって重要な要素をまとめたものだ。Netflix側の説明によれば、シナリオ制作はもちろん、撮影やビジュアルエフェクト、小道具に至るまで、“検討が必要な要素があれば必ず参考にする”ものだという。

 

これを、監督やプロデューサーはもちろん、原作サイドの関係者も入ったうえで時間をかけて作っているそうだ。

 

金銭的な余裕とは制作への十分な検討時間

重要なのはこうした文書を作ることそのものではない。“原作の要素を最大限に生かしつつ、それでもいまの実写ドラマらしい作品にするにはなにが重要か”という点を、制作開始時から時間をかけて練り上げる体制こそが、作品のクオリティを高めるために重要……ということなのだろう。

 

Netflixは世界的なプラットフォームなので、“そのぶん予算が大きいのでは”という話が必ず出てくる。実際、かかっている予算は確かに大きいとは聞いていて、プラス要因なのは間違いない。

 

だがそれ以上に、金銭的な余裕とは、“制作に十分な時間をかけて検討できる”ことにつながる。「ONE PIECE」の場合には、原作の尾田栄一郎氏の意見がかなり反映されたとのことだが、それも、重要な部分の検討に時間をかけていく体制だからできていることなのだ。

 

もちろん、体制の構築だけで良いドラマができるわけではない。VFXなどの技術でも重要な点がある。そして「世界ヒット」の形も、より多様な市場を反映したものに変わった。それがどういうことかは次回以降解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Googleはなぜ生成AIでマルチモーダルにこだわるのか?

Vol.134-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発表した生成AI「Gemini」。Googleがこだわっているマルチモーダル性の生成AIにせまる。

 

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Google

Gemini

↑Googleがマルチモーダルとしてゼロから構築した新しい生成AI。テキスト、画像、音声、動画、コードなどさまざまな種類の情報を一般化してシームレスに理解し、操作し、組み合わせることが可能だ。同社のGoogle Pixelにも採用予定。

 

Googleの生成AIであるGeminiは、文字だけでなく画像・音声も含めた「マルチモーダル性」の高さが特徴だ。

 

人間は文字だけから理解しているわけではなく、目や耳から入る情報すべてを日常的に使っている。AIが人間を助ける存在としてもっと便利で賢いものになるには、人間と同じように画像・音声も活用できた方が便利なのは間違いない。

 

たとえば、テキストで「音声の中に含まれる内容」について質問する、というのは人間にとって自然なことだが、AIにとってはまだ特別なこと。それを実行する場合、生成AIが高いマルチモーダル性を備えていることが望ましい。

 

特にGoogleは、初期からマルチモーダルなAI開発に積極的だった。理由は、彼らがスマートフォンのプラットフォーマーでもあるからだ。デジタル機器を介してマルチモーダルな情報にアクセスする場合、当然カメラやマイクが必要になる。PCにもついているし別々に用意することもできるが、常に持ち歩いている可能性が高いスマホは、カメラもマイクも内蔵しているので使いやすい。

 

画像からネット検索や翻訳をする「Googleレンズ」は、すでに存在するマルチモーダルなAIのひとつ、といってもいい。ネット検索で動画や音声も対象とし、多様かつ適切な回答を目指したい、というのがGoogleの狙いであり、そのためにマルチモーダル技術の研究をしてきた、という面もある。

 

現在の生成AIはWebから使うのが基本だが、今後より一般性の高いサービスが増えることになるなら、それはスマホの上で展開されることも増えるだろう。特に、人のアシスタントのような生成AIになるなら、スマホの上で動いてくれる方がありがたい。

 

そう考えると、生成AIにとってのマルチモーダル性は、スマホ向けほど重要……ということになり、Googleが力を入れるのもわかる。

 

また、スマホではより即応性・プライバシー重視が必要にもなってくる。消費電力の点を考えても、常に通信し続けるクラウド側での動作にはマイナスもある。

 

Geminiは最初からサイズが小さく、スマホで動かすことを前提とした「Nano」も用意されている。すでに「Pixel 8 Pro」向けには実装され、ボイスレコーダー機能の「音声書き起こしの要約」に使われている。ただし現状は英語の書き起こしのみに対応している。

 

サイズの小ささは賢さに直結するため、サーバーで動く「Gemini Ultra」や「Gemini Pro」に比べると制限は大きい。だが、用途や対応言語を制限した形でなら有用であり、そのことは商品電力の少なさやわかりやすさに通じていそうだ。

 

このところ各社は、性能を競う「超大型モデル」だけでなく、スマホやPC単独で動作する小型の生成AIも作るようになってきた。Geminiが初期から「スマホ向けの小型版」を用意しているのは、スマホやPCで「オンデバイスの生成AIが増えていく」ことを意識しているのだろう。

 

それが2024年じゅうに花開くかはまだわからないが、PCやスマホの在り方・使い方を変える技術になるのは間違いない。

 

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【西田宗千佳連載】最新生成AI「Gemini」の投入を急いだGoogle

Vol.134-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発表した生成AI「Gemini」。ここ数年、Googleが開発してきた生成AIの流れを追う。

 

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Google

Gemini

↑Googleがマルチモーダルとしてゼロから構築した新しい生成AI。テキスト、画像、音声、動画、コードなどさまざまな種類の情報を一般化してシームレスに理解し、操作し、組み合わせることが可能だ。同社のGoogle Pixelにも採用予定。

 

Googleは今後同社が活用する生成AIの基盤技術として、新たに「Gemini(ジェミニ)」を開発した。

 

同社はここ数年で、複数の生成AIを開発している。最初に世に出たのは「BERT」。2018年に論文の形で発表され、2019年には検索エンジンに組み込んでいる。当時は「生成AI」という言い方はされておらず、自然な文章を処理して検索に活かす「自然言語処理技術」とされていた。

 

だが、BERTは「Bidirectional Encoder Representations from Transformers(Transformerによる双方向のエンコード表現)」の略。Transformerはその後の生成AIに使われる技術で、GPTのTも「Transformer」だ。

 

この後、2021年には会話に特化した生成AIである「LaMDA」を投入、同時により汎用性の高い「PaLM」を開発、2023年5月からは、GoogleのチャットAIサービス「Bard」に、PaLMの最新モデルである「PaLM 2」を導入している。

 

Geminiは、5月にPaLM 2が公開されるのと同時に“次に向けた開発”として存在が公表されていた。だが、さすがにPaLM 2の提供を開始したばかりなので、Geminiの投入はしばらく先……と予想されていた。

 

だがその予想は覆され、Geminiは2023年内に投入されることになった。名前の「Gemini」は双子座のことだが、Google社内のAIチームと、Google傘下でAIを開発してきたDeepMindが一丸となって開発したから……という意味でもあるようだ。

 

この開発ペースからは、Googleがどれだけ“急いで開発をしているか”が見えてくるようだ。最上位の「Ultra」の公開が2024年であること、以前解説したようにデモビデオが編集されたもの=実際の動作とは異なるものであった、という点からも、Googleの焦りを感じる。

 

Googleとしては、賢さで先行していると言われる「GPT-4」を超えた生成AIを提示したい、という意気込みがあるのは間違いない。

 

そして、GPT-4との差別化点として彼らが強調するのは「マルチモーダル性」だ。マルチモーダルとは、テキスト・画像・音など複数の情報を並列に扱うこと。人間が文字も絵も音も扱って考えているのと同じような流れと言って良い。

 

従来の生成AIは文字ベースの情報を中心に学習し、そこに画像や音声の学習結果も加える形でマルチモーダル性を実現してきた。しかしGeminiの場合、最初の学習からテキスト・画像・音を並列に扱って作り上げられたため、「絵を見て答えを文章で返す」「絵と音から内容を把握して回答する」といった処理に向いているという。

 

GPT-4を超えていると噂される「Gemini Ultra」は、この記事を書いている2023年末の段階では未公開であり、その性能を実際に確かめることはできていない。また、GPT-4に画像認識を加えた「GPT-4V」でも、Gemini Ultraと同じようなテストをパスしたという報道もあり、どちらが賢いか結論を出すのは難しい状況だ。

 

とはいえ、Googleがマルチモーダルに向かうのは正しい方向性であり、それは、Googleの抱える事業の性質にも大きく関わってくる話だったりもする。それがなにで、どういう影響が出てくるかは次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】2023年の生成AIブームは異例の展開だった

Vol.134-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発表した生成AI「Gemini」。Geminiをはじめとする生成AIが盛り上がった背景を解説する。

 

今月の注目アイテム

Google

Gemini

↑Googleがマルチモーダルとしてゼロから構築した新しい生成AI。テキスト、画像、音声、動画、コードなどさまざまな種類の情報を一般化してシームレスに理解し、操作し、組み合わせることが可能だ。同社のGoogle Pixelにも採用予定。

 

2022年頃から、IT関連大手の多くが、先を争うように「生成AI」の開発に取り組んでいる。ご存知のとおり、2023年は、ChatGPTのブーム的な盛り上がりもあって「生成AIイヤー」になった。

 

特定の技術が盛り上がってブームになる、というのは毎度のことではある。一方、今回の生成AIブームには、いつもと違うところもある。

 

それは、大手の動きが圧倒的に速いことだ。

 

大手は資金力も人材も豊富なので、後日トレンドに追いつくには有利である。ただどうしても判断から決断までの速度は遅くなりがちで、トレンドの多くはスタートアップ的な企業から生まれ、彼らがリードする形で市場を構成していた。今回もOpenAIが市場をリードしているという意味では、過去と同じとも言える。

 

だが今回、OpenAIとともに市場をリードしているのは大手だ。

 

OpenAIを支えているのはマイクロソフトのクラウドであり、マイクロソフトはOpenAIの生成AIである「GPTシリーズ」を使って自社のソフトやサービスを差別化している。毎月のようにサービス更新を進め、Windows 11やMicrosoft 365といった主要製品への生成AI搭載を始めている。

 

アドビも自社生成AI「Firefly」を3月に発表、すでに何度もバージョンアップを繰り返している。PhotoshopやIllustratorなどの主要製品に搭載しており、しかも操作性はかなり良い。

 

Amazonは国内の場合あまり目立たないものの、音声アシスタント「Alexa」への生成AI導入を発表済み。英語では2024年初頭にもテストが始まる。また、クラウドインフラ部門であるAWSは、AWSでのサービス構築やヘルプデスク構築にチャットとして生かせる「Amazon Q」という独自の生成AIを作っている。

 

MetaはもともとAI研究に積極的だが、現在は「Llama 2」という生成AIを作り、オープンソースの形で公開中。Llama 2を使ったチャットAI「Meta AI」も開発中だが、こちらには用途別に明確な「キャラクター」が設定され、Facebook MessengerやWhatsAppの会話から呼び出し、いろいろなことを質問できるようになっている。

 

そしてGoogleも例外ではない。チャットAI「Bard」を提供し、検索でも、生成AIでのまとめ機能を組み込んだ「SGE」を提供している。その基盤も、2023年5月には「PaLM 2」を発表しつつも、12月初頭には「Gemini」を発表している。

 

挙げてみただけでも、各社が怒涛のように生成AI関連サービスを開発・提供している様がよくわかる。大手がここまで矢継ぎ早にサービスを展開するのは異例のことで、それだけ各社が生成AIの可能性を高く評価しているという証でもある。

 

そしてその背景にあるのは、大手ほど、サーバーを含めた計算資源とその運用予算を豊富に持っている、という点がある。生成AIの開発と学習には高性能なサーバーが大量に必要となるが、スタートアップは規模の小ささゆえに、その確保が難しい。

 

生成AIは現状、大手に非常に有利な状況で展開しているのだが、そのなかでも先端を走るのがOpenAI・マイクロソフト連合だ。Googleはそこに追いつくためにも、他社以上のペースで生成AIの基盤技術刷新を必要としていた……ということができるだろう。

 

では、その新しい基盤となるGeminiはどのような特質を持っているのか? 次回はその点を解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】発表するも炎上、Googleの新AI「Gemini」とは

Vol.134-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発表した生成AI「Gemini」。同社が生成AIにおいて巻き返しを図るために開発した新たな技術の実力を探る。

 

今月の注目アイテム

Google

Gemini

↑Googleがマルチモーダルとしてゼロから構築した新しい生成AI。テキスト、画像、音声、動画、コードなどさまざまな種類の情報を一般化してシームレスに理解し、操作し、組み合わせることが可能だ。同社のGoogle Pixelにも採用予定。

 

複合的な学習により生成AIの能力を拡大

12月6日(アメリカ時間)、Googleは、新しい生成AIである「Gemini(ジェミニ)」を発表した。

 

その能力は凄まじい。最大の特徴は、文章だけでなく絵や音など多数の要素を理解して答える「マルチモーダル性」にある。従来、生成AIと言えば、テキストを入力することで回答を得るものがほとんど。画像を理解するものも増えてはきたが、補助的な要素だった。

 

だがGeminiは、ゼロから学習を構築する段階で、テキスト情報だけでなく画像や音声などもあわせて、複合的な学習が行なわれている。だから、「手書きのテストを読んで採点し、間違った部分がどこかを解説する」ことや「2つの自動車の絵を見てどちらが空力的に有利か」を判断したりできる。

 

Googleは、Geminiで最も規模の大きなモデルである「Gemini Ultra」を使った場合、「主要な32のベンチマークのうち、30で競合を超える」「57科目を組み合わせた専門知識を図るテストで、人間の専門家を上回る」とその能力を誇示する。

 

同社は2023年に吹き荒れた「生成AIの嵐」のなかで、OpenAIのGPT-4に先手を取られ、ずっと後手に回りっぱなしだ。AI開発といえばGoogle……というイメージも強かったので、これは同社にとって忸怩たるものがあっただろう。

 

Geminiのデモビデオが公開されると、“これまでの生成AI のイメージとは違う”“次の段階にGoogleが進んだ”とネットでは絶賛の嵐が巻き起こった。

 

マルチモーダル性はまだ非公開のまま

だが、その時間も短かった。

 

翌日になって、デモビデオが編集されたものであり、ビデオで示されたままの素早く賢い反応が“いま実現できる”わけではない、と報道されたからだ。「結局はフェイクなのか」と多くの人は考え、落胆した。

 

これはGoogleの取った手法が悪かった、と筆者も考える。

 

実のところ、ビデオの冒頭には“反応など画像をキャプチャしたもので、リアクションのなかから気に入ったものを選んでいる”と書かれていた。そのため、ビデオは編集されたものであると認識はできたし、反応の素早さなどは実際のものとは異なるだろう……と予測できたわけだが、結局Googleは、ビデオを“うまく作りすぎて失敗”したのだ。

 

逆に言えば、Googleはそのくらい焦っており、強く優位性を示したいと考えていたのだ。では、Geminiの優位性は完全に偽物なのか?

 

おそらくそうではない。Geminiはまだ開発途上であることが公表されている。もっとも高性能な「Ultra」は2024年になってからの公開とされており、2023年じゅうに使えるのは「Pro」のみ。こちらは速度と賢さのバランスが良好なもの、とされているが、性能はGPT-3.5相当という。しかも最大の特徴であるマルチモーダル性については、まだ全容が一般向けに公開されていない。

 

Googleがビデオで示したのは、2024年春以降に実現する可能性があるGeminiの姿だった。

 

では、Geminiは実際どのようなものになるのか? その将来はスマホにも大きな変化をもたらすことになる。それがどんなものになるのかは、次回以降解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】PC内で処理できる生成AIにチャンスを見出すインテルとクアルコム

Vol.133-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはクアルコムの新CPU「Snapdragon X Elite」。インテルとクアルコムが今後のCPU、ひいてはPCで狙っているニーズを解説する。

 

今月の注目アイテム

クアルコム

Snapdragon X Elite

↑自社開発のCPUアーキテクチャ「Oryon」を12コア搭載するSnapdragon X Elite。Apple M2と比較してマルチスレッドで50%高い性能を、第13世代CoreのPシリーズと比較して同じ電力量であれば性能は2倍になるという

 

前回の本連載で、インテルが2024年に向けて「次世代Core」シリーズを準備中であることを解説した。新たにチップレット構造を採用してCPUコアやGPUコアなどの組み合わせを細かく変え、製品バリエーションの柔軟性拡大と消費電力低減の両方を狙った改善を進める。

 

だが、それだけで「PCを買い替える」ニーズが生まれるか、というとそうではないだろう。いままでできていたことが改善されるくらいだと、「次にPCを買わねばいけなくなったとき」、すなわち、古くなったり故障したりしたときにしか買い替え需要が起きづらい。

 

PCも新しい、強いニーズが必要になってきている。それはなにか?

 

より大きなニーズとしてインテルが目指すのは「AI」だ。

 

生成AIブームもあり、AI関連処理のニーズは拡大している。現状、それらの処理はほとんどがクラウドの高性能なサーバーで行なわれている。PC内で処理することもできるが、それには高性能なGPUが必要で、やはり高価なPCが必要になる。

 

しかし今後は、個人のスケジュールや写真、健康データなど、プライベートな情報を扱うAIが増えていくだろう。そうすると、クラウドにデータを毎回アップロードするのはプライバシー上のリスクがあるし、ネット越しに反応を待ちながら使うのも使い勝手の面で問題がある。

 

個人は生成AIの「学習」はほとんどしない。学習されたデータからの「推論」に特化し、比較的規模の小さな生成AIを用意すれば、PCやスマートフォンの中だけで処理を完結できるようになる。

 

生成AIが個人のアシスタントになっていくのなら、機器の中で完結する「オンデバイス生成AI」を効率的に処理できる機構が必要になる。

 

すべての次世代Coreには「NPU」と呼ばれる機構が搭載される。これはAIが必要とする処理に特化した仕組みで、これまでも「マイク音声のノイズ除去」や「ビデオ会議の背景ぼかし」などに使われてきた。今後は消費電力低減と速度向上が同時に実行され、生成AIを含む大規模なAI処理も行なえるものになっていく。

 

実は同じような機構はクアルコムの「Snapdragon X Elite」にも搭載される。スマートフォンではカメラ向けのAI処理や音声認識に使われている機構だが、それをさらに拡大し、インテル同様、オンデバイスでの生成AI処理への活用を目指す。

 

こうした機構がPCの姿を変え、新しいニーズを生み出す……と結論できれば美しいのだが、現状はまだそこまで行っていない。PCでのオンデバイスAI活用自体が始まったばかりで、スマホの方が先行している状況だからだ。次世代CoreやSnapdragon X Eliteは先駆けとなる存在であり、そのためにはソフトの改善も必須。特にWindows 11のオンデバイスAI活用がどう進化するかが、大きな鍵を握ることになる。

 

2024年もAIは先を争って進化が進むと考えられるが、PC用の新プロセッサーの効果も、そうした「進化したAI」で検証されたのち、一般に売れるための武器に変わっていくだろう。そうすると、2024年後半から2025年にかけて、すなわちいまから1年後くらいが“変化が可視化される”タイミングになるのではないだろうか。

 

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【西田宗千佳連載】性能と消費電力のバランスで苦しむインテルは「第14世代CPU」で大きく変わる

Vol.133-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはクアルコムの新CPU「Snapdragon X Elite」。これに対抗するインテルのCPUの展望を解説する。

 

今月の注目アイテム

クアルコム

Snapdragon X Elite

↑自社開発のCPUアーキテクチャ「Oryon」を12コア搭載するSnapdragon X Elite。Apple M2と比較してマルチスレッドで50%高い性能を、第13世代CoreのPシリーズと比較して同じ電力量であれば性能は2倍になるという

 

スマホやタブレットで使われていること、そしてMacでのAppleシリコン移行が成功したこともあり、ARMコアはx86よりも消費電力が低くて優秀……というイメージを持つ人が少なくないだろう。

 

だが実際のところ、単純にARMかx86かで消費電力が決まっているわけではない。PCは処理がほとんど実行されていないタイミングと処理負荷が大きいタイミングがあり、それをどうコントロールするのか、どれだけ効率よく「消費電力の少ないタイミング」を増やすかで効いてくる。当然x86でもそうした処理は積極的に行なわれており、過去の製品に比べ消費電力は下がっている。

 

ただ、半導体の製造プロセスが若干不利であったり、PCという性質上スマホよりも負荷の高い処理を求められるシーンが多かったりと、不利なシーンは多い。x86としては「いかに構造を変えて低負荷時で消費電力が低い状況を増やすか」「PCとしての付加価値を出すか」という点が大きいように思う。

 

ここ2年ほどは、AMDに引きずられる形で、インテルも一般向けプロセッサーに内蔵されるGPUの性能アップに努めてきた。ASUSやレノボもポータブルなゲーミングPCに参入したが、それができたのはAMDのPC向けプロセッサーであるRyzenシリーズのコストパフォーマンスが良く、小型な製品でもそれなりにゲームができる性能を実現できたからである。インテルもGPUを強化したが、「小型でゲーム向け」ではニーズを伸ばしきれていない。

 

インテルは、「いかに性能を上げるか」と「いかに消費電力を下げるか」のバランスで苦しんでいる。

 

そこで採用するのが「チップレット」だ。

 

チップレットとは、別々に作られたCPUコアやGPUコアなどを1つにパッケージングしてまとめ上げる技術。AMDはチップレットを活用してCPU・GPUの組み合わせバリエーションを増やし、いろいろなPCメーカーのニーズに応えている。

 

インテルは2023年末から発売する「第14世代Core」(通称Meteor Lake)から、インテルが「タイルアーキテクチャ」と呼ぶチップレット構造を採用する。細かな技術面ではインテルのものとAMDのものでは異なるのだが、重要な点は2つに絞れる。

 

要は「製品バリエーションを広げやすくなる」ことと、「処理に合わせた消費電力低減がしやすくなる」ことだ。特にインテルは、映像再生時などの消費電力が大幅に下がると説明している。搭載ノートPCが出てくるのは2024年からになるが、どのような製品になるかが気になるところだ。

 

インテルがタイルアーキテクチャを採用するのは、より処理に合わせた消費電力低減を進めるためであると同時に、いまどきの半導体需要とニーズの両方に応えるためでもある。その「いまどきのニーズ」には、もちろんQualcommも対応しようとしている。

 

それはどんな点なのか? そこは次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Mac「Mシリーズ」チップの成功をWindowsで再現したいクアルコム

Vol.133-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはクアルコムの新CPU「Snapdragon X Elite」。ARMコアプロセッサーのこれまでを解説する。

 

今月の注目アイテム

クアルコム

Snapdragon X Elite

↑自社開発のCPUアーキテクチャ「Oryon」を12コア搭載するSnapdragon X Elite。Apple M2と比較してマルチスレッドで50%高い性能を、第13世代CoreのPシリーズと比較して同じ電力量であれば性能は2倍になるという

 

現在、スマホやタブレットのほとんどはARM系アーキテクチャを使ったプロセッサーで動いている。

 

一方、PCに類するものはほとんどがx86系のアーキテクチャであり、ARM系はMacくらいのものだ。ただ、Macが独自のARM系プロセッサーで動いているように、PCをARM系で作ることは難しくないし、いくつも製品はある。たとえばマイクロソフトは「Surface Pro」シリーズで、x86版とARM版をそれぞれ販売している。

 

現時点において、プロセッサーが採用するCPUアーキテクチャの種類はそこまで大きな問題にはならなくなった。

 

WindowsにしろmacOSにしろ、CPUの違いを読み替える「トランスコード」技術を搭載している。過去には動作速度や互換性に大きな問題があった時期もあるが、現在は大幅に改善し、「x86向けのソフトをARMで使う」デメリットは減っている。

 

またソフト開発環境の改善で、x86とARMの両方に対応したアプリを作るのが簡単になってきてもいる。すべてのソフトが両方で提供される状況にはなく、特にWindows版はまだまだx86向けが基本であるものの、Macは急速にAppleシリコン=ARM向けのアプリが増えている。

 

Macは2020年にARMベースの「Appleシリコン」に移行した。Macの場合「アップルがそうすると決めた」ならMacを使い続ける限り移行せざるを得ないのだが、多くのユーザーが前向きに移行しているのは、Appleシリコンを使ったMacが、それまでのインテル版Macよりも性能・消費電力の両面で良い製品になっているからだ。ソフト開発者もAppleシリコンへの移行に積極的だ。

 

一方、Windowsではそうした現象は起きていない。理由は、ARMコアのプロセッサーを採用するPCメーカーがまだ少ないせいである。

 

クアルコムは以前からPC用のARMコアプロセッサーを提供してきたが、簡単に言えばコストパフォーマンスが悪かった。どうしても性能はx86版に劣っていて、パーツ供給量が少ないために価格も高め。さらにはほとんどのモデルが差別化のために携帯電話ネットワークへの接続機能を持っているため、そのぶんさらに高価になる。そうすると、一般的なPCを選ぶ人はx86以外を選ばない……という結果になる。

 

そこでクアルコムは、新しい「Oryon」アーキテクチャを使った「Snapdragon X Elite」を発表した。このプロセッサーは過去の同社製PC向けプロセッサーから性能を大幅に引き上げ、Appleシリコンと同等以上にした……とされている。

 

Snapdragon X Elite搭載のPCは2024年後半に発売と想定されており、価格・性能などの詳細は不明だ。ただ、少なくとも性能上のリスクは減った。ゲーム向けには当面x86の方が有利だが、ビジネス向けならば性能の問題は出ないと考えられる。結局価格が見えてこないことにはなんとも言えないのだが、Macで起きた変化がWindowsでも再現される可能性は出てきた。

 

では、x86系のプロセッサーはどうなっているのか? そのあたりは次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】クアルコムとアップルが「PC向けプロセッサー」で激突

Vol.133-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはクアルコムの新CPU「Snapdragon X Elite」。PCのCPUにおいて挽回を狙う同社と、他社との駆け引きを探る。

 

今月の注目アイテム

クアルコム

Snapdragon X Elite

↑自社開発のCPUアーキテクチャ「Oryon」を12コア搭載するSnapdragon X Elite。Apple M2と比較してマルチスレッドで50%高い性能を、第13世代CoreのPシリーズと比較して同じ電力量であれば性能は2倍になるという

 

PC市場での不評の刷新を狙うクアルコム

2024年はノートPC向けのプロセッサーで、大きな競争が起こる年になるだろう。

 

核となるのは、プロセッサーアーキテクチャの変更だ。

 

10月24日、クアルコムは米ハワイ州マウイ島で開催された年次開発者会議「Snapdragon Summit 2023」にて、新しいCPUアーキテクチャ「Oryon」を使った「Snapdragon X Elite」を発表した。以前から同社は、マイクロソフトなどと組んで「Snapdragonで動くWindows PC」を製品化してきた。Snapdragonはスマートフォンなどに広く使われているARM系プロセッサーだ。

 

特にWindows 10以降、PCで主流の「x86系」でなくARM系でも動くものも提供され、現在のWindows 11では、多くのx86向けソフトもそのまま動作するようになっている。だが、Snapdragonを使ったPCは動作速度が遅く、メモリーやストレージ容量が割高で、x86系を押し除けてまで購入する理由は薄い、という欠点があった。

 

そこでクアルコムは、PC向けのSnapdragonを大幅に刷新した。性能が改善されたCPUコアであるOryonを用意し、PC市場での不評を刷新しようとしているわけだ。

 

新CPU三つ巴の競争はこれから

きっかけとなったのは、2020年にアップルがMacをインテル製CPUから自社設計の「アップルシリコン」に切り替えたことにある。当時、初のMac向けアップルシリコンである「M1」を搭載したMacは、性能・消費電力の面でインテルCPU版Macを大きく上回り、移行のメリットが大きかった。

 

アップルシリコンはARM系だが、他社のARM系プロセッサーよりも性能が高く、それゆえにMac向けでも成功した。その状況を見たクアルコムはPC向け戦略にテコ入れをし、Oryonを開発して一気に性能アップを図ったのだ。

 

Snapdragon X Eliteについて、クアルコムはアップルの「M2」より高速で、消費電力も30パーセント低く、M2同様にインテル製CPUより性能・消費電力ともに優れている、と公開した。

 

そしてそのすぐ後、アップルは最新のアップルシリコンとなる「M3」シリーズを搭載したMacを発表した。M3はM2よりCPUコアがさらに15パーセントから30パーセント速くなる。クアルコムは、この時期にM3が発表されると正確に予測しており、アップルが手を打つのとほぼ同時に“対抗製品”を発表する形になったのだろうと考えられる。M3搭載Macは11月に出荷され、市場で先行する。

 

こうなると、インテルも黙ってはいられない。2023年末に「第14世代Core」シリーズを出荷し、2024年前半から多数の製品が登場することになる。第14世代では単純な高速化だけでなく、生成AIを中心としたAI処理を高速化する機能を重視し、新しいPCのあり方を模索する。

 

では各社の戦略はどう違うのか? 使い勝手はどうなるのか? 結果的に、2024年以降のPC市場はどうなるのか? そのあたりは次回以降に解説していくこととする。

 

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【西田宗千佳連載】Meta Quest 3がMRで本気を出すのはいつなのか?

Vol.132-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはMetaが発売を開始したVRデバイス「Quest 3」。発売当初、Mixed Realityの注目機能がない理由と、本気を出してユーザーに提供する時期はどれくらいなのかを探る。

 

Meta

Quest 3

実売価格7万4800円〜

↑Quest 2よりも処理速度が大幅に向上したが、それ以上に進化したのがデュアルRGBカメラと奥行きセンサー(デプスプロジェクター)による高度な Mixed Reality(MR)表現。高度な操作が可能なコントローラーも付属する

 

Metaの「Meta Quest」シリーズの特徴として“ソフトウェアアップデートが頻繁である”という点が挙げられる。しかも、アップデートのほとんどは機能アップであり、セキュリティアップデートなどではない。そのため、ハードウェアの出荷時と1年後、2年後では、機器の機能や使い勝手が大きく変わってしまう。

 

このような「ソフトで進化するハード」は、過去から存在した。古くはPlayStation 3あたりがそうだし、いまのスマートフォンやPCも、OSのアップグレードで機能が変わる。

 

ただ、いま一番「劇的なアップグレードが立て続けに出てくるハード」と言えば、やっぱりMeta Quest 3ということになるだろう。MetaのCTO(最高技術責任者)であるアンドリュー・ボスワース氏によれば、すでに「発売から30日・60日・90日・120日で行なうアップデートの内容は決まっている。どれも機能アップ」とのことなので、期待して良い。

 

特に注目して欲しいのが、「発売120日後」以降のアップデートとして、Mixed Reality機能の大幅な拡張も用意されている点だ。

 

このアップデートでは「オーグメント」という機能が追加される。オーグメントとは、簡単に言えば「現実の空間に、ウインドウや3Dオブジェクトを好きに配置する」もの。壁に音楽アプリや写真を貼っておいたり、棚の上に現実にはない3Dの物体を置いておいたり……といったことが可能になる。

 

MRは「周囲が見える」機能だと思われているが、本当はそうではない。現実の空間にコンピューターが生成した画像やウインドウ、オブジェクトなどを配置し「現実とコンピューターの世界を混ぜる」ものだ。

 

こうした要素は、マイクロソフトの「HoloLens」が実現していたもので、2024年にアップルが発売する「Vision Pro」にも搭載されている。ヘッドセットをかぶったまま「現実とコンピューターの世界が混ざった世界」で暮らしたり仕事をしたりするには必須の要素、といってもいい。

 

Meta Quest 3は発売時にそんな必須要素を搭載していないのだが、2024年1月から2月にかけてオーグメントを搭載するアップデートが実行されると、また状況が変わるだろう。

 

ではなぜMetaは、そんな必須機能を搭載しないで出荷したのだろうか? 理由は「動作検証が大変だから」だそうだ。

 

MRは利用者の環境によって精度が変わる。Meta Quest 3は、Metaにとっては初めての「高機能なMRが搭載された機器」なので、家庭での利用状況はわからない。そこでまずMeta Quest 3を出荷し、一般家庭でどう使われたかを検証してからオーグメントをチューニングして搭載したかった……ということのようだ。

 

そして、来年春までには、アップルがVision Proをアメリカで出荷することになる。いよいよ、両者が同じ市場で激突するわけだが、Metaとしてもそれまでにオーグメントを搭載し、「MR機器としてアップルと対抗できる状況」にしておきたいのではないか、とは考えてしまう。どちらにしろ、来年になるとMeta Quest 3は大きく変わることになるだろう。

 

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【西田宗千佳連載】MRは「長い時間着ける」のが本質、でもMeta Quest 3には迷いが見える

Vol.132-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはMetaが発売を開始したVRデバイス「Quest 3」。MRの本質を掘り下げていく。

 

Meta

Quest 3

実売価格7万4800円〜

↑Quest 2よりも処理速度が大幅に向上したが、それ以上に進化したのがデュアルRGBカメラと奥行きセンサー(デプスプロジェクター)による高度な Mixed Reality(MR)表現。高度な操作が可能なコントローラーも付属する

 

Meta Quest 3のMixed Reality(MR)機能は、多くの人にとって驚きのものだろう。周囲の状況が自然にわかるので、動画やWebを見ながら部屋の中を歩いたり、ちょっとした家事をしたり……といった使い方ができる。

 

ただ周囲が見えればそれでいいか、というとそうもいかない。安全に、快適にVR機器を使うには、MRがあったほうが望ましい。目を覆ってしまう機器なので、周囲の状況が一切わからないのは危険だし、飲み物を飲んだりするときに毎回ヘッドセットを外すのも面倒だ。

 

また、MRを使った「現実空間の中で遊ぶゲーム」は楽しいだろう。だが、ゲームは没入する部分の多いものなので、すべてのゲームがMR対応にはならないし、MRに向かないものも多い。

 

一方で、Meta Quest 3を仕事に使うとしよう。VRを使ったシミュレーションや講習のような特殊な用途ではなく、もう少し一般的な作業だ。

 

空間に大きく複数のディスプレイを表示して作業をしたり、誰かと仮想空間の中でミーティングをしたりという使い方は、もう十分に可能となっている。ただそのような使い方をするなら、何時間も着け続ける可能性が出てくる。その場合、周囲の状況がわかったり、キーボードやマウスが見えたり、着けっぱなしでスマホの通知を確認したりできないと不便に感じるはずだ。

 

すなわち、MRの本質は「周囲の状況を確認できること」なのだ。体験自体の新鮮さ・おもしろさも非常に重要だが、それ自体はそのうち当たり前のものになる。

 

すなわちMRとは、ゲームをしているときだけヘッドセットをつけるのではなく、いろいろな作業をするときや映像を見るときなど、「日常のなかでできるだけ着けっぱなしになる時間が長くなる」ようにするための必須機能と考えていいのだ。逆に言えば、これまでのVR用ヘッドセットは、そういう必須機能が欠けた状態で使われていたので利用頻度が上がりづらかった……いうこともできるだろう。

 

一方で、Meta Quest 3には多少「Metaの迷い」も見える。

 

Meta Quest 3が標準で採用しているバンドは、安価ではあるが頭を絞め付ける構造になっている。そのため長時間の利用にはあまり向かない。長時間着け続けるなら、Meta Quest Proのように「頭を締め付けず、顔にもパッドを当てずに負担を感じさせない」構造が望ましい。

 

だが、頭や顔に負担をかけない構造は、スポーツ的に激しく動くゲームと相性が悪いうえに、ハードウェアコストも高くなりがちだ。Meta Quest 3は本質的にゲーム機であり、同時にMRを使った未来のPC的なデバイスでもある。

 

Metaはそこでどうしても、Meta Quest 3を、いまのビジネスである「ゲーム」の方に向けざるを得なかった。価格を抑え、ゲームが快適に遊べることが、まず商品として重要であるからだ。

 

そのため、Meta Quest 3を長時間使う場合は、社外品を含めた別のバンドを使うのがオススメになっている。Meta自身がもっと使い勝手のいいバンドを用意してくれてもいいのでは……とも思う。

 

なお、発売時点でのMeta Quest 3のMR機能はまだ完全ではない。毎月アップデートし、2024年以降により本格的な機能が公開されることになっている。それはどういうもので、どう変わるのか? その辺は次回のWeb版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】簡単そうに見えて難しい、「リアルなMR」を実現するまで

Vol.132-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはMetaが発売を開始したVRデバイス「Quest 3」。開発までの経緯、特にMR機能の実現にいたるまでを解説する。

 

Meta

Quest 3

実売価格7万4800円〜

↑Quest 2よりも処理速度が大幅に向上したが、それ以上に進化したのがデュアルRGBカメラと奥行きセンサー(デプスプロジェクター)による高度な Mixed Reality(MR)表現。高度な操作が可能なコントローラーも付属する

 

Meta Quest 3の最大の特徴は、外部の様子をカラーかつ立体感のある形で見られる「Mixed Reality(MR)」を重視したことだ。

 

MetaのMRへの取り組みは、2021年から始まる。Meta(旧Oculus) Questは外部認識のために搭載されているセンサーを使い、自分の周囲の様子を表示する、「パススルー」するところからスタートした。もともとはカメラとして搭載されていたものではなく、あくまで「センサー」であり、モノクロで解像度も低い。それを複数組み合わせ、ディスプレイ側にはモノクロによる周囲の映像が見えるように工夫した……という流れだ。

 

その後、Metaが採ったアプローチはスタンダードなものになり、多くのVR用HMDで使われた。そもそもMetaの発想自身、完全なオリジナルというわけではなく、いろいろな企業や研究者が試したものでもある。

 

コストをかけずに「周囲の安全を確認したい」というニーズを満たすには良いやり方だが、一度「外の様子もわかる」となれば、カラーかつ自然な表示を求めたくなるもの。そこで、多くのHMDがカラーカメラの搭載によるMR機能の搭載へと進んだ。

 

ただ、カラーで画質が良く、さらに立体感が自然なMR機能となると、ハードルは一気に高くなる。

 

理由のひとつはもちろんコスト。きちんとした立体感を実現するには、前提条件として、カラーで画質の良いカメラを「目に近い位置に2つ」搭載する必要がある。モノクロで解像度の低いセンサー向けよりもパーツのコストは当然上がる。

 

だが問題はそれだけではない。2022年秋に発売された「Meta Quest Pro」は、発売当初22万円(1500ドル)と高価だった。カラーカメラを搭載しても問題ない価格であり、実際カラーのパススルー機能を搭載してはいたが、画質も立体感もいまひとつだった。

 

その理由は「処理能力」にある。ただし、CPUやGPUの性能だけが問題なのではない。それらとカメラ、メモリーをつなぐ経路である「バス」の性能も重要だ。

 

VR機器とPC、スマートフォンの最大の違いは、つながっているセンサーの数にある。

 

たとえばPCの場合、カメラはついていてもせいぜいひとつか2つ。スマートフォンは2つから5つくらいに増えるが、どれも常に動いているわけではなく、必要なときに使うだけだ。

 

だがVR機器の場合、カメラ(センサー)は5つから6つ搭載されている。それがほぼ常に動作しているので、CPU・GPU・センサーとの間では、大量の情報が「流れ続けている」ことになる。経路であるバスが太く、コントロールも容易な形になっていなければ、いくらCPUやGPUが速くても、クオリティの高いMR機能は実現できないのである。

 

Quest Proに使われていたプロセッサーである「Snapdragon XR2+ Gen 1」では、カラー+3DのMR機能をコントロールするには性能が足りなかった。そのため、モノクロの立体映像に解像度の低い色映像を乗せるような形で再現されていた。

 

一方Quest 3では「Snapdragon XR2 Gen 2」が採用され、性能が劇的に向上した。最も目立つのはGPU性能の向上なのだが、カメラを複数コントロールするためのバス性能なども上がっている模様だ。そのため、クオリティの高いMR機能が実現できている。

 

なお、アップルが2024年に発売を予定している「Vision Pro」は、Quest 3よりもさらに高画質で自然なMRが実現されている。カメラは5つ搭載されていて、どれも高画質なものと見られる。Vision Proはカメラとディスプレイのコントロールのため、メインのプロセッサーである「M2」とは別に「R1」という、カメラやディスプレイをコントロールする専用の新プロセッサーが搭載されている。だから高画質なのだが、それは35万ドル(約52万5000円)という高価なハードウェアだからできることでもある。

 

では、MR機能はどんな可能性を持っているのか? 次回はそこを解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】MRでアップルに先行する「Meta Quest 3」

Vol.132-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはMetaが発売を開始したVRデバイス「Quest 3」。アップルのVision Proとほぼ同時期に発表したMetaの思惑は何か。

 

Meta

Quest 3

実売価格7万4800円〜

↑Quest 2よりも処理速度が大幅に向上したが、それ以上に進化したのがデュアルRGBカメラと奥行きセンサー(デプスプロジェクター)による高度な Mixed Reality(MR)表現。高度な操作が可能なコントローラーも付属する

 

アップルを意識してほぼ同時期に発表

Metaは10月10日から、新しいVRデバイス「Meta Quest 3」を発売した。

 

9月27日にMeta米国本社で行なわれた発表会にて、同社のマーク・ザッカーバーグCEOは、「いままでにないものを発表することでイノベーションを起こすこともある。だが時には、素晴らしいが超高価なものを、誰にでも手が届くように、あるいは無料で提供できるようにすることで、イノベーションを起こすこともできる」と語った。

 

このフレーズは、アップルの「Vision Pro」を意識してのものだ。

 

Quest 3は、外界の様子を本体に搭載したカメラで取り込み、そこにCGを重ねる「複合現実(MR)」技術を搭載する。

 

Vision ProもMRを搭載し、“空間コンピューティング”としてアピールしている。筆者はデモを体験しているが、圧倒的に高画質で、時に“装着していることを忘れる”ような体験ができる。

 

ただし、Vision Proは価格が3500ドル(約52万円)と非常に高価だ。多くの人がすぐに買えるものではない。

 

一方、Quest 3は499ドル(日本では7万4800円から)と、7分の1の価格で買える。「誰にでも手が届く」とザッカーバーグCEOが強調するのは、この安さがゆえだ。しかも、来年まで待たずともすぐ買える。

 

まず期待されるのはゲーム機としての成功

もちろん、価格が違うのには相応の理由がある。

 

MRの品質・精度では、Vision Proの方がはるかに上だ。だがそれは、高価なパーツと凝った構造という、高価な製品だからできる要素の積み重ねがあって実現できるものだ。一方Quest 3は、画像の荒さや立体感の歪みなどもあり、Vision Proほどのリアルさは実現できていない。

 

とは言うものの、Quest 3が実現しているMRの品質もまた“ほかの機器では体験できなかったレベル”のものであることに変わりはない。価格を抑えつつ、いままでにない体験を実現しようとしているのがQuest 3の美点だ。

 

差別化したのは価格だけではない。“発売タイミング”も相当気にした様子が見える。

 

Quest 3のウリであるMR機能だが、発売当初からすべての機能が実装済みというわけではない。30日単位で機能をアップデートしていき、デモ映像などで出てくる機能がひととおり実装されるのは2024年になってからと見られる。

 

その理由について同社は、「消費者の利用環境を見ながら、慎重に実装するため」としている。

 

一方で、商戦期の関係も大きいのは間違いない。Quest 3は「VRゲーム機」でもあるので、クリスマス商戦を外すわけにはいかないのだ。

 

VRを使ったゲーム機として、一定以上の成功を収めているメーカーはMetaくらいしかない。MetaのQuest向けアプリストアは20億ドル以上を売り上げており、Quest 3もMR以上に“ゲームでの成功”がまず期待されているのだ。

 

では、Quest 3はどう開発されたのか? 同社の過去製品とどう違うのだろうか? そうした部分は、次回以降解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】衛星通信を進めるアップルやKDDIの狙いはなにか?

Vol.131-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはKDDIとスペースXが発表した、衛星を利用したスマホの通信サービス。衛星通信は将来、ユーザーにどうやって浸透していくのかを解説する。

 

KDDI×スペースX

衛星とスマホの直接通信サービス

利用料金未定

↑スペースXが開発したスターリンクとKDDIのau通信網を活用し、auスマートフォンが衛星と直接つながる。空が見える状況であれば圏外エリアでも通信でき、山間部や島しょ部を含む日本全土にauのエリアを拡大する

 

衛星とスマートフォンをつなぐにはいくつかの方法がある。

 

最もシンプルなのは、すでにスマホが使っている周波数帯の電波を使うことだ。KDDI+スペースXのシステムにしろ、楽天モバイル+ASTスペースモバイルのシステムにしろ、導入しているのはこの形。おそらくは1.7GHz帯の周波数を使う。どのスマホも対応済みなので、ハードウェアの変更(すなわちスマホの買い替え)は不要だ。iPhoneの衛星による緊急通報も、同じくスマホがすでに搭載している2.4GHz帯の周波数を使う。

 

スマホによる衛星での通信は当面、日常的に使うものではない。そうすると、スマホ側に特別な仕組みを用意するのはナンセンスな話になる。スマホ内蔵のアンテナで衛星とスムーズな通信をするのは難しいのだが、そこはいろいろと工夫をすることで対応する。

 

アップルのように緊急通信を行なうものは、できるだけデータ量を減らして安定的に衛星を追いかける仕組みをOS側で用意する。KDDI+スペースXのサービスなどは、当面はデータ量の小さなテキストメッセージだけの対応となるが、アンテナが大きく、スマホとの通信がしやすい衛星に置き換えていくことで、徐々に「通話対応」「通信速度向上」などを実現していくことになる。

 

では、最終的に地上に基地局は不要になり、衛星で通信することになるのだろうか?

 

これはありえない。

 

スペースXはスターリンク衛星を、現在の5000機から1万2000機にまで増やす計画だし、ASTスペースモバイルに加え、OneWebやAmazonのProject Kuiperなど、多数の「低軌道通信衛星サービス」が生まれつつある。いつ空を見上げても大量の通信衛星が飛んでいて、3Gや4G並の通信速度が使える時代はすぐに来るだろう。衛星同士は光通信でつながり、より低コスト・高速度での通信が可能になっていく。

 

だがひとつの本質として、地上に基地局を建てるのは、衛星を飛ばすよりずっと低コストで効率がいいのも間違いない。都市部や住宅地では、いままで通り地上の基地局と通信することになるだろう。

 

ただ、これまでは山間部に置かれていた基地局が減っていき、島嶼部への通信はスターリンクのような衛星が受け持つ、という可能性は高い。アメリカやカナダのように広大な国土を持つ国の場合、インフラ全体のうち、地上局がカバーする範囲の割合は低くなっていくだろう。

 

だが、狭い日本はそうではない。一方、現在は通信可能エリアに入っていない、人口が少ない山間部も、衛星を使えばエリア化できる。大規模な災害に襲われ、一時的に地上の通信網が使えなくなった場合にも、衛星通信は役に立つだろう。

 

そのような形で、インフラが明確に棲み分けていくことになり、結果的に「いつでも通信が可能になる」というのが、今後のシナリオだと思われる。

 

その過程では、「緊急通報ができるスマホ」「衛星に対応した携帯電話事業者」は、十分な差別化要素であるのは間違いない。KDDIやアップルが狙っているのはそういう部分なのだ。

 

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【西田宗千佳連載】iPhone内蔵の「衛星緊急通報」、日本ではいつ利用可能に?

Vol.131-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはKDDIとスペースXが発表した、衛星を利用したスマホの通信サービス。アップルが提供している、iPhoneからの緊急通報について解説する。

 

KDDI×スペースX

衛星とスマホの直接通信サービス

利用料金未定

↑スペースXが開発したスターリンクとKDDIのau通信網を活用し、auスマートフォンが衛星と直接つながる。空が見える状況であれば圏外エリアでも通信でき、山間部や島しょ部を含む日本全土にauのエリアを拡大する

 

携帯電話と衛星が通信する最大の利点は、地上の基地局ではカバーできないような場所でも通信が可能になる、ということだ。いわゆる「衛星携帯電話」が登山や海運などの現場で使われるのは、一般的な携帯電話サービスのエリア外で安定的に使えるからだ。

 

現在KDDI+スペースXや、楽天モバイル+ASTスペースモバイル、ソフトバンク+OneWebが展開を予定しているサービスは、普通の携帯電話を衛星と接続するもの。環境がそろえば、衛星携帯電話でしかできなかったことが、普通のスマートフォンからできるようになる。

 

ただしそれにはまだ準備の時間が必要。小さなアンテナだけが搭載された普通のスマートフォン“だけ”では、高速な通信はできない。新しい、アンテナの大きな衛星とセットで使う必要がある。

 

衛星との通信は「非日常」のものだ。前向きに捉えれば、「あまり人が行かないような場所」からの体験をシェアするために使うのだろうが、おそらくより重要度が高いのは、多くの人があまり求めていない体験、すなわち“非常時の緊急対応”に使うことだろう。圏外がなくなれば、通信が寸断された地域や山岳地帯で助けを求められる可能性が高まる。

 

衛星から緊急通報をする機能は、すでにアップルやファーウェイが自社スマートフォンに搭載している。クアルコムも「Snapdragon Satellite」の名前で技術開発を行なっているので、遠からず多くのスマホに機能が搭載されることになるだろう。

 

まだ日本では使えないが、アップルの場合、アメリカやカナダなどの広大な国土のある地域で、携帯電話網だけに頼らず緊急通報するためのものとして、日常的に利用されているという。先日起きたハワイ・マウイ島の噴火でも、救助のためにこのシステムが使われている。

 

仕組みとしては、KDDI+スペースXのものに似ている。地球を周回する低軌道衛星と通信をし、そこから緊急通報へと情報を送り、連絡を試みる。スターリンクとは使う衛星は違うものだし、将来的な高速通信も想定はしていない。あくまで「SMSなどのテキストメッセージで、最低限かつ確実な緊急通報を目指すもの」だ。

 

アップルはGlobalstarという衛星通信の会社と提携してサービスを提供するのだが、この会社はスペースXのように何千機も衛星を打ち上げているわけではなく、24機しかない。その関係で、転送できるデータ量はKDDI+スペースXよりさらに小さく、テキストメッセージに限定した使い方がなされている。

 

とはいえ、iPhoneを持ってさえいれば携帯電話事業者を問わず利用できるわけで、緊急通報としての価値は高い。今年からは自動車のロードサービスも呼べるようになった。

 

ただし、繰り返しになるが、現状この仕組みは日本では使えない。緊急通報のあり方が他国とは異なるからだ。

 

アップルのシステムは、衛星を受信してさらに緊急通報を適切な地域の機関(警察や山岳救助隊など)に送る仕組みを持っている。その運営費用はアップルが負担しており、そのため「新しいiPhoneを買ってから2年間」と、サービス期間が決まっている。

 

緊急通報を必要な機関へと引き継ぐ仕組みをそれぞれの国向けに作る必要があり、さらに、法的に「SMSなどでの緊急通報を確認し、受け付ける」仕組みも必要になる。日本ではまだその準備ができておらず、法整備も必要だ。

 

ただし、総務省はこれらの緊急通報に関しても導入の方向で検討を進めており、将来的には使えるようになるだろう。開始まで、2年も3年もかかることはなかろう、と筆者は予測している。

 

では、緊急通報の仕組みも含め、今後の“スマホと衛星”の関係はどうなるのか? 次回はその点を解説する。

 

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【西田宗千佳連載】実はシンプル。「衛星でスマホと通信」の基本を解説する

Vol.131-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはKDDIとスペースXが発表した、衛星を利用したスマホの通信サービス。衛星でスマホと通信する仕組みを紐解いていく。

 

KDDI×スペースX

衛星とスマホの直接通信サービス

利用料金未定

↑スペースXが開発したスターリンクとKDDIのau通信網を活用し、auスマートフォンが衛星と直接つながる。空が見える状況であれば圏外エリアでも通信でき、山間部や島しょ部を含む日本全土にauのエリアを拡大する

 

KDDIはスペースXと組み、スターリンクの衛星と携帯電話の間で直接通信し、地上にある携帯電話基地局とつながらないような場所からも通信できるようにする。サービスの開始は2024年からなのだが、これはどのような仕組みで実現されているのだろうか?

 

衛星側の仕組みはともかく、考え方はシンプル。単純に、空に携帯電話の基地局があると考えればいいのだ。

 

山岳地帯や海の上に基地局を作るのは、技術的にもコスト的にも難題が多い。では、衛星を基地局にすればどうか? これはこれで技術的難題はもちろん山のようにあるのだが、少なくともすでに、「衛星携帯電話」や「スターリンク」はサービスを展開できているので、地上と衛星を結んでの通信自体は可能である。携帯電話から衛星につなぎ、衛星からさらに携帯電話網への接続ができれば、サービス自体は提供可能になる。

 

スターリンクを使ったサービスと衛星携帯電話の違いは、衛星の種類にある。

 

衛星携帯電話の多くは「静止衛星」を使っている。地上から見ると「常に同じ位置にあるように見える」静止衛星は、上空約3万6000kmの高さを回る。常に同じような位置にあるため、通信を安定させやすい。それでも世界じゅうをカバーするには数機の衛星が必要になるが、衛星利用のコストは抑えやすい。一方、遠いところにある衛星と通信するには巨大なアンテナが必要で、大量の人が同時に使うのも難しい。だから利用料金も高価になり、「普通の携帯電話」で使うことも難しい。

 

それに対しスターリンクは、「低軌道衛星」なので、上空約5500kmのところを飛んでいる。地球を90分から120分で一周するため、1機でカバーできるエリアは小さい。そのため、現時点でも5000機以上、最終的には1万2000機以上の衛星を飛ばし、エリアのカバーを広げるところが違う。

 

地上との距離が近くなるので静止衛星を使ったものよりも通信はしやすくなるが、それでも本来は、大きなアンテナを固定して使わないと、数十Mbpsを超える高速通信は難しい。スターリンクの基本サービスで使っているのは、一片が60cmくらいある専用アンテナ。衛星は数分で視界を横切ってしまうので、複数の衛星を利用する工夫も必要だ。

 

ではどうやって携帯電話とつなぐのか? 方法は2つある。

 

1つ目は、使うデータ量を小さなものにすること。2024年のサービス開始時、KDDIのサービスは「テキストメッセージ」に限定される。通話や一般的なインターネット利用はできない。携帯電話の小さなアンテナで確実に送受信するには、確実に通信できる容量に制限する必要があるからだ。

 

2つ目は、衛星自体の持っているアンテナを大きくすること。スターリンクは使う衛星のバージョンアップを進めており、次期衛星である「V2」がメインになると、衛星のアンテナ面積が3倍に広がり、効率的なデータ通信が可能になる。その結果として、スマートフォンとの間で「最大数Mbps」くらいの通信が可能になる……とされている。数Mbpsだと現在の4G・5Gに比べ数十分の一の速度ではあるのだが、それでも、山の中や海の上など、地上基地局まで電波が届かないところで使えるならプラスである。

 

楽天モバイルがASTスペースモバイルと組んで進めている計画でも、ASTスペースモバイルが大きなアンテナを積んだ衛星を打ち上げ、それを介して通信することになっている。

 

課題は、スターリンクV2にしろASTスペースモバイルの衛星にしろ、大量に打ち上がって実際に使えるようになるまで、まだ年単位での時間がかかる、ということだ。その性質上、地上基地局が一切不要になることはないし、日常的に衛星通信を使うこともなさそうだ。あくまで(良い場合でも悪い場合でも)“非日常のためのもの”ということができるだろう。

 

非日常のための通信という意味では、衛星を使った「緊急通報」も話題になる。これも、携帯電話と衛星をつないだエリアカバーに近いところがあるサービスではある。

 

その特質はどんなもので、KDDIや楽天モバイルの計画とどこが違うのか? そこは次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】KDDIが狙う「圏外をなくす」試みとは

Vol.131-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはKDDIとスペースXが発表した、衛星を利用したスマホの通信サービス。“圏外”をなくすサービスへの期待と課題は何か。

 

KDDI×スペースX

衛星とスマホの直接通信サービス

利用料金未定

↑スペースXが開発したスターリンクとKDDIのau通信網を活用し、auスマートフォンが衛星と直接つながる。空が見える状況であれば圏外エリアでも通信でき、山間部や島しょ部を含む日本全土にauのエリアを拡大する

 

いまのスマホでも衛星サービスが使える

KDDIとスペースXは、携帯電話と衛星の直接通信をスタートする、と発表した。実現は2024年じゅうの予定だ。

 

キャッチフレーズは「空が見えれば、どこでもつながる」。

 

これまで、山間部や島しょ部など、基地局から遠く「圏外」表示になってしまった場所でも、空が見える=衛星が捕捉できる状況であれば通信が可能となるため、日本国内でも海外でも、KDDI(auだけでなくpovoやUQモバイルなどのサブブランドも対象)の携帯電話では「圏外」ではなくなるという。

 

具体的には、スペースXが衛星ブロードバンドサービス「スターリンク」で使用している衛星群を使う。要はスターリンクの衛星を“宇宙に浮かぶ基地局”のように使うことで、地上に基地局がないような場所でも通信が可能になる、という仕組みだ。

 

衛星との通信だが、特別な機材やアンテナは使わない。スマートフォンがすでに使っている周波数帯を使うため、KDDIは“いまのスマートフォンを買い替えることなく、そのまま利用できる”としている。

 

非常に魅力的だが、衛星を使って“現在のスマホと同じように回線を使える”というわけではない。理由は、片手で持てる携帯電話と5000km先にある衛星との通信が難しいからだ。

 

そこでまずは“テキストメッセージからスタートし、その後に通話・通信へ”と説明している。2024年じゅうに使えるようになるのはまずテキストメッセージだけ、と考えた方がいい。

 

当面は緊急時の通信での使用が基本

スペースXは現行のスターリンク衛星の後継となる「スターリンク V2」の開発と打ち上げを準備している。だがV2は新型の大型ロケット「スターシップ」の運用開始が前提。それには早くとも数年が必要と見られている。

 

そのため当面は、現在なら「圏外」になるような場所からのテキストメッセージ送受信、という使い方が基本になるだろう。船で旅行中や山間部で遭難したときなどの利用が想定されており、毎日使うようなことはないと思われる。普段は地上の基地局と通信を行なう、という状況が変わるわけではない。

 

緊急時に圏外でもスマホからメッセージを送れるようにするという機能は、2022年秋にアップルが発売した「iPhone 14シリーズ」から搭載されており、アメリカやカナダなどで使われている。本記事を執筆している9月第一週の段階だと日本では使えないが、今後サービス対象地域となる可能性は十分にある。

 

また、衛星を使った緊急メッセージの送信については、クアルコムも規格化を進めている。これらが実現すれば、KDDI+スペースXの組み合わせのうち“緊急対策”については、携帯電話事業者を問わず実現できる可能性が高い。

 

また楽天モバイルはASTスペースモバイルと組んで、KDDI+スペースXと同じような衛星利用サービスを準備中だ。ただ、スペースXの知名度やサービス展開に押され、KDDIの先行を許してしまった印象が否めない。

 

これらのサービスはどう違うのか? 幅広く使えるのはいつになるのか? そのあたりは次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】サングラス型ディスプレイ、大きな差別化のポイントはどこ?

Vol.130-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新製品が多く登場しているサングラス型ディスプレイ。各社製品を大きく分けると2つの差別化ポイントが見えるという。

 

XREAL

XREAL Air

実売価格4万9980円

↑USB Type-Cポート搭載のデバイスとは直接接続でき、XREAL Adapter経由でiPhoneやHDMI端子を持つ機器と接続可能。マイクロOLEDチップを搭載し、約130インチのバーチャルスクリーンを投影できる

 

サングラス型ディスプレイは、名前が示すとおり「ディスプレイ」であることが本質だ。

 

たとえば「Meta Quest」のようなVR用HMD(ヘッドマウントディスプレイ)は、本質的に「コンピューター」である。PCやゲーム機と接続して使う場合もあるが、単体でゲームやコミュニケーションなどが行える。アップルの「Vision Pro」も、中身はM2搭載のiPadに近く、頭にかぶるコンピューター、といって差し支えない。

 

一方でサングラス型ディスプレイは、軽く作りたいという要求から、ケーブルでほかの機器とつないで使うのが基本だ。一般的にはスマートフォンやタブレットとつなぎ、その映像を表示する。

 

とはいえ、スマホをつなぎ続けて使うとバッテリー消費の問題が多く、「なにか別の機器」を用意することも考える必要が出てくる。

 

そこで各社が積極的に推し進めているのが「専用外付けデバイス」の開発だ。基本的にはそれぞれのメーカーが作るサングラス型ディスプレイ専用の機器。特定の外付け機器が魅力的だと感じたなら、サングラス型ディスプレイも同じメーカーのものを選ぶ必要が出てくる。

 

どれも方向性や操作性はかなり異なり、好みの分かれる状況だ。あえて分類するなら、“専用機器自体でサングラス型ディスプレイを楽しむ”のか、“いろいろな機器をつなぐ助けとなるデバイスを用意する”のか、という違いと言っていい。

 

VITUREとRokidが選んだのは「OSとしてAndroid TVを使ったデバイスを作る」ことだ。Rokidは手のひらサイズのAndroid TVデバイス「Rokid Station」を作り、VITUREはネックバンド型の「VITURE One ネックバンド」を作った。前者はGoogleのサポートも受けた純正のAndroid TVであり、後者はOSとして使いつつ、オリジナル機器として開発されたものだ。映像配信やゲームなど、Androidアプリをそのまま動かして使うことを想定している。

 

それに対してXREALが選んだのは、さらにスマホやPC、ゲーム機などを外付けにする際に、接続と表示をサポートするデバイスだ。「XREAL Beam」は内部にバッテリーを搭載、スマホ(iPhone含む)からのワイヤレス接続にも対応する。またケーブルを使えば、PCやゲーム機にもつながる。他社と違ってXREAL Beamだけで動画配信を見たりすることはできないが、前回説明した「3DoF」対応のほか、映像のブレだけを抑制する機能もある。要は“バッテリーや表示形式、ほかの機器との接続などをラクにする”要素だけをまとめたのがXREAL Beam、ということになる。

 

それぞれ一長一短な部分があり、「これが一番」とは言い難い。ただ現状、もっともこなれた製品を出しているのはXREALであり、他社はさらに差別化を狙って独自デバイスに磨きをかけている……といった印象が強い。しかしソフトウェアのアップデートなども頻繁に実行されているので、記事が出る頃には評価が変わってくる可能性もある。

 

まだ市場は小さいが動きは活発なので、少し注目しておいていただければと思う。気になるのは、いつ“中国系以外が参入するのか”というところなのだが……。

 

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【西田宗千佳連載】差がわかりにくい「サングラス型ディスプレイ」の3つの注目点とは

Vol.130-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新製品が多く登場しているサングラス型ディスプレイ。製品の進化に合わせて出始めてきた、各メーカーの差別化ポイントを探る。

 

XREAL

XREAL Air

実売価格4万9980円

↑USB Type-Cポート搭載のデバイスとは直接接続でき、XREAL Adapter経由でiPhoneやHDMI端子を持つ機器と接続可能。マイクロOLEDチップを搭載し、約130インチのバーチャルスクリーンを投影できる

 

一般論としてどんな製品も、“こういうデザインで、こういう機能で、こういうデバイスを採用する”という鉄則に近いものが生まれることは重要だ。多くのメーカーが参入し、結果として製品のコストや質の改善が加速する。サングラス型ディスプレイはまさにそのサイクルの初期に到達した、という印象が強い。

 

一方、似たようなデザインで似たようなデバイスが作られていると、製品ごとの差がわかりにくいという欠点も出てくる。特にサングラス型ディスプレイでは、コアなデバイスとなる「マイクロOLED」で、多くのメーカーが同じデバイスを使っている。そうすると、単純に表示するだけだと差が生まれにくい、ということにもつながる。

 

だから各社は、それ以外の点で細かな工夫を始めた。特に注目すべきなのは、3つの領域だ。

 

1つ目は「視度調整」。いわゆる近視・遠視向けの調整機能だが、現状では、VITUREやRokidの製品が視度調整機能内蔵で、XREALは内蔵しない。視力調整用レンズを併用する必要が減ってくるので、多くの人にとっては使いやすくなる。製品ごとに視力調整レンズを作るのは、コスト的にも手間的にも大変だ。ただ、より度の強い調整が必要だったり、乱視への対応が必要だったりする場合、現状の視度調整機能ではカバーできないため、結局は視度調整レンズが必要になる。

 

2つ目は「3DoF対応」。3DoFとは、自分がどの方向を向いているのかを認識する能力のこと。VR機器ではさらに、自分の位置を加えた「6DoF」を認識することが多いが、3DoFでは、自分を中心としてどの方向を向いているのかだけを認識する。

 

サングラス型ディスプレイは実景の中に映像を重ねられるが、なんの工夫もしない場合、視界内の同じ位置に映像が出続けることになる。それはそれでいいが、どこを向いても、いつでも映像が中央にあることに違和感を覚える人もいるだろう。乗り物の中などでは「酔い」につながることもある。

 

ここに3DoFを導入すると、空間のどこかにディスプレイ画面を配置し、自分がそこを見たときだけ映像が見える……という使い方ができるようになる。ただ、サングラス型ディスプレイで映像が表示されるのは視界の中央だけなので、3DoFにすると“のぞき窓からディスプレイの一部を見ている”感じであり、過大な期待は禁物である。

 

XREALとRokidの場合には、PCを含む外付け機器と連携する形で3DoFを実現するが、VITUREはグラス本体で3DoF対応ができるようになっている。XREALの場合、PC/Mac用の専用アプリケーションを用意し、「ワイドディスプレイ」「3画面表示」などのオプションを選んで表示することも可能だ。

 

そして3つ目の工夫は、2つ目にも関わる「外部機器」ということになる。外部機器でどのような差別化が行なわれているかは、次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】割り切りが成功に、XREALがサングラス型ディスプレイとして切り離したものとは

Vol.130-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新製品が多く登場しているサングラス型ディスプレイ。XREALが成功にいたった背景にせまる。

 

XREAL

XREAL Air

実売価格4万9980円

↑USB Type-Cポート搭載のデバイスとは直接接続でき、XREAL Adapter経由でiPhoneやHDMI端子を持つ機器と接続可能。マイクロOLEDチップを搭載し、約130インチのバーチャルスクリーンを投影できる

 

「XREAL Air」に代表されるサングラス型ディスプレイは、どのメーカーも似たような構造になっている。ディスプレイとして「マイクロOLED」を採用、それを眉のあたりから下向きに搭載し、透明なプリズムで90度曲げて目に届ける。そうすると、サングラス状になっている部分の中に、“半透明な映像が重なって見える”形で表示されるわけだ。その性質上、マイクロOLEDからの映像は視野全体を覆うほどには広げられない。視野の中央に大きめのテレビがある、くらいのイメージで捉えればいいだろう。

 

メガネ・サングラスのようなサイズの中にディスプレイを搭載するという考え方はかなり昔からあり、そこまで珍しいものではない。しかし、ディスプレイ技術の制約などもあり、良いモノはなかなか作れなかった。

 

それに対し、現在のサングラス型ディスプレイは、画質・体験ともにかなり良好なモノになっている。価格も5万円から6万円と、手が出ないほど高いわけではない。

 

こうした製品が増えてきたのは、設計手法がこなれてきたからと考えていい。

 

品質は主にマイクロOLEDの画質で決まる。ただこれも、作れるメーカーは現状限られており、ほとんどのメーカーは同じモノを採用していると見られている。具体的にはソニー製の、元々はデジカメのEVF向けに開発されたものだ。

 

また、各種コントロールに使うSoCも、クアルコム製のモノが定番だ。クアルコムは半導体を提供するだけでなく、この種の製品を開発するために必要なノウハウを、ソフトウェアとセットで提供している。VR/AR関連では、実質的に市場を寡占している状況だ。メジャーな製品としては、ソニーの「PlayStation VR2」や今後発売されるアップルの「Vision Pro」以外、ほとんどがクアルコムの半導体を採用しているのではないだろうか。

 

ソニー製のEVF向けマイクロOLEDを使い、デザインも正解が見えてきた。“映画やゲームを楽しむディスプレイ”という太いニーズもある。

 

いわゆる「ARグラス」的なものは過去から多数のトライアルがあるのだが、ARであることにはあまり拘らず、「目につけるディスプレイ」を狙って良い製品が作れるようになってきたから、ようやくブレイクの兆しが見えてきたのだろう。

 

ディスプレイとして考えた場合、本来はVision Proのように視界をすべて覆ってしまい、「現実を書き換える」ような存在を目指すのが望ましい。しかし、安価かつ小型にするには、現状「視界の一部を映像にする」形にしかならない。ARのための重ね合わせ演算には高性能なプロセッサーが必須で、消費電力・熱・コストなど多数の問題が出てくる。

 

そこで、XREALがあえて「割り切り」の製品としてXREAL Airを出したことが大きかった。AR的な要素からは何歩か後退したが、ディスプレイとしては一定の魅力がある製品を作ることができたのだ。

 

他社がより「ディスプレイ指向」の製品を出し始めたのは、XREALの成功を見て……という部分があるだろう。行けそうなジャンルへと積極的に、スピード重視で飛び込む姿勢は、現在の中国系企業の勢いを感じさせる。ただ、いまだ「ARグラス」表記を全面に押し出しているのは製品の特徴と異なるので、悪い意味で中国メーカー的である。

 

ただどうしても、どこも似たような製品になってしまうため、顧客の側から見てもどこのものを選ぶべきかわかりづらい。メーカー側も苦慮しているところだろう。どこが違うのか、どこを見て選ぶべきかは、次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】続々登場「サングラス型ディスプレイ」の狙い

Vol.130-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新製品が多く登場しているサングラス型ディスプレイ。真のAR機器とは言えないが、高精細な画質で得られる体験は何か。

 

XREAL

XREAL Air

実売価格4万9980円

↑USB Type-Cポート搭載のデバイスとは直接接続でき、XREAL Adapter経由でiPhoneやHDMI端子を持つ機器と接続可能。マイクロOLEDチップを搭載し、約130インチのバーチャルスクリーンを投影できる

 

ディスプレイとUSB規格の普及が理由

このところ、サングラスのような形状のディスプレイの市場投入が続いている。

 

顔につけるものだが、いわゆるVR用のヘッドマウント・ディスプレイではない。メーカーは「ARグラス」などの表記を使っているが、アップルの「VISION Pro」などとは異なり、本格的なAR機器でもない。

 

どの製品も、サングラス状のデバイスをかけると目の前に大型のディスプレイが表示される。そうした製品は昔からあったが、現在のトレンドは「スマホやタブレットと簡単に接続可能」「映画を見ても満足できる高画質・高発色」「PC用ディスプレイとしても使える高精細」が特徴だ。

 

この種の製品は2022年春に発売された「XREAL Air」(発売当時のブランド名はNreal)から広がり、現在は「VITURE One」(クラウドファンディング後、9月より出荷開始)や「Rokid Max」など、複数のメーカーから似たような特徴のモノが出てきている。細かな仕様・使い勝手には違いがあるのだが、デザインや画質、価格などは結構似通っている。

 

サングラス型ディスプレイが増えてきた背景には、製品に使われるディスプレイが手に入りやすくなってきたから……という事情がある。こうした製品に使われているのは「マイクロOLED(有機EL)」と呼ばれるもの。多くの場合、現在はデジタルカメラのファインダーに使われている。高画質・高精細なのも当然だ。

 

画面の見え方で“ARグラス”と名乗る

そうしたデバイスを使って“目にかけることのできる”ディスプレイを作るメーカーが増えているわけだが、同時に、スマートフォンやタブレット、PCなどで「USB Type-C」が普及したことも大きい。DisplayPort規格の場合、USB Type-C経由でも伝送できて、簡単に接続できる。双方が揃ったので、メガネサイズのディスプレイを作れるようになってきたわけだ。

 

当初彼らは“AR用の機器”の開発を目指していた。だが、現状は技術的なハードルも大きく、実用的にはならない。しかし“映画などのコンテンツを楽しむもの”としてなら、いまでも十分に魅力ある製品になる。XREALがそうした路線への転換で成功したこともあり、多くの中国メーカーが同じ路線で取り組み始めた……というところだ。

 

実際にはARとは言えないのだが、“空中に画面が浮いているように見える”という要素から「ARグラス」という言い方をするあたり、良くも悪くも中国系のノリを感じる部分だ。

 

筆者もこの種の製品を複数持っている。基本的にはスマホなどと接続し、リラックスタイムや旅行時などに映画などを楽しむために使うのが良いだろう。昨年以降、移動時間の長い出張時には、タブレットにXREAL Airをつないで“自分だけのホームシアター”にし、映画やドラマを一気見するのが定番の過ごし方になった。コミックなどの電子書籍を大写しにして楽しんだり、ゲームを楽しんだりするのも良い。

 

では、これらの製品を使う点での課題はどこか? メーカーによる違いはどこか? そのへんは次回以降解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Apple Vision Proは「空間コンピュータ時代の先導役」になる

Vol.129-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。この製品が何を目指しているのかを解説する。

 

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑アップルが開発した空間コンピュータ。2つのディスプレイに2300万ものピクセルを詰め込んだ超高解像度のディスプレイシステムと、独自に設計されたデュアルチップを備えたAppleシリコンを搭載する。来年初旬以降アメリカで、そのほかの国は来年後半から販売開始予定だ

 

アップルはVision Proを「空間コンピュータ」と定義した。頭にかぶるヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使った機器は、これまで「VR機器」「AR機器」などと呼ばれることが多かった。だが、アップルはVRという言葉を使わなかった。

 

本誌版連載でも解説したように、その理由は、“手垢のついた言葉を避けた”ということもあるだろう。「コミュニケーション系」や「ゲーム系」のサービスをアップルがあまり提供していないから、ということもあるかもしれない。

 

だがもっとも大きいのは、「MacやiPadのような、あたりまえのツールとして使ってほしい」という考えが強いからだろう。

 

ウインドウを好きな場所に置き、実物大の人の姿を空中に浮かばせてコミュニケーションをとり、時には映画を巨大なスクリーンで楽しむ。Vision Proで実現されていることは非常に未来的な要素に見える。

 

だが、やっていること自体は、MacやPC、タブレットの画面内と大差ない。それを「わざわざ大袈裟な機器を頭にかぶって行なうのか」という見方はあるだろう。しかし一方で、我々はこれまで“画面の中”しか自由に扱うことができなかった、という言い方もできる。だから家の中に、テレビやPC、スマホにタブレットと、用途に応じた画面サイズの製品を多数配置して暮らしていたのだ。

 

だが、Vision Proのような機器が理想的な形で機能するなら、それらのディスプレイのほとんどは不要になる。さらには、ディスプレイを置けなかった場所にも表示できるし、平面のディスプレイでは難しかった立体物の表現も簡単だ。

 

まずはいろいろなところに平面の情報を置くところから始まるだろうが、それが定着すれば「情報を立体のまま活用する」時代がやってくる。そのひとつの形はいわゆる3D映画だが、ビジネスや通販などにも有用だ。

 

とはいえ、そうした世界を実現するには多数の努力が必要だ。Vision Proでも、理想をすべて実現するのは難しいだろう。たとえば、どれだけ大量の情報を自由に配置できるかといえば難しい部分もあるだろうし、MacやiPhone以外、要は「アップル製品以外」を仮想空間に持ち込んで生活できるかは未知数だ。重量や価格というわかりやすい制約もある。

 

しかしこれは、マウスを併用する「GUI」が出てくる前のPCや、スマホ以前の「フィーチャーフォン」の時代に、出てきたばかりのMacやiPhoneがどう評価されたか、という話に近い。実用性としてはこれまでの機器の方が良い部分もあったし、新しいものはコスパも悪い。だが、新しい技術でしか体験できない“未来に続く世界”はある。

 

そういう意味では、Vision Proは、1984年に初代Macintoshが登場する前に発売された「Lisa」に近い。Lisaは当初1万ドル近い価格で売られ、のちのMacほど仕事に使いやすかったわけではない。だが、Macが示した「GUIの可能性」のほとんどをすでに実現しており、そこからリファインした存在としてMacが生まれた。

 

Vision Proは高いといってもLisaほど高価ではない。だから同じような道筋を辿るというわけではないが、「変化を辿ってみれば、本質的な変化の提案はあそこでなされていた」と評価される製品になる可能性は高い、と筆者は考えている。

 

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【西田宗千佳連載】高コストの原因? Apple Vision ProがM2とR1を搭載した理由とは

Vol.129-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。HMDとして非常に高価な製品になった理由を探っていく。

 

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑アップルが開発した空間コンピュータ。2つのディスプレイに2300万ものピクセルを詰め込んだ超高解像度のディスプレイシステムと、独自に設計されたデュアルチップを備えたAppleシリコンを搭載する。来年初旬以降アメリカで、そのほかの国は来年後半から販売開始予定だ

 

アップルのVision Proは3499ドルと高価。その理由は、片目で4K弱という高い解像度をもつ「マイクロOLED(有機EL)」を搭載しているからだ。このデバイスがどのメーカーで生産されたものかは、公式には公開されていない。しかし、各種技術要素からソニー製である、という説が有力だ。筆者も各種傍証から、ソニー製であろうと考えている。

 

製造原価の多くはこのディスプレイのコストではないか……との予測もある。

 

同時に、Vision Proの価格を押し上げているのが、プロセッサーとしてアップルの「M2」のほかに、独自開発した「R1」を搭載し、実質的に2チップ構成になっていることだ。

 

PCやスマートフォンを接続して使わない“スタンドアローン型”と呼ばれるHMDは数多い。それらのほとんどでは、QualcommのXR向けプロセッサーが使われており、ベースとなっているのはスマホ向けのプロセッサーだ。1チップでQualcommの支援を受けて開発できることが重要で、代替手段は実質的に存在しない。だからQualcommはこの分野で、スマートフォン同様「勝者」の側にいる。

 

とはいえ、Qualcommのソリューションには課題もある。PCほど高い性能を持っていないことだ。消費電力や発熱を考えると無理からぬところがあるのだが、その結果として、スタンドアローン型HMD向けにアプリを作る場合、映像のコマ落ちなどが発生しないよう、処理速度のチューニングが重要になる。また機器を作る側でも、多数のカメラを搭載してAR機器を作ろうとした場合、性能のコントロールに苦慮することになる。

 

この課題については、MetaとQualcommが協力して解決に取り組んでいるが、簡単な話ではない。特に、数百ドルまでで販売する製品をターゲットとする場合、SoCをどんどんコストアップするのは難しい。

 

アップルはここでまったく違うアプローチを採った。ハードウェアの価格を下げるのをやめたのだ。

 

メインのSoCには、MacBook Airにも使われている「M2」を採用。スマホ向けSoCよりも性能面での余裕がある。だが、それでも1チップ構成にはしなかった。カメラなどのセンサー処理を「R1」に割り振ることで、映像表示の遅延を防ぎつつ、さらに処理の余裕を持たせている。

 

わざわざこのような構造にしているのは、処理負荷の上昇を嫌ってのことだ。M2にすべてを任せることはできるだろうし、そうするとコストは下がる。だがその分発熱しやすくなり、目の前に「熱源」がぶら下がることになる。冷やすためにファンを大きくすると重くなり、うるさくなり、バッテリーでの動作時間も減る。

 

しかしR1を併用することで、コストは上がるが負荷が下がり、動作が安定しやすくなり、発熱も抑えることができる。さらには、ソフトを開発する側に与えることができる“性能”も増えるので、開発側がチューニングを必要以上に意識する場面は減る。コストを下げて広く普及させることを“あえて捨てる”ことで、まず理想的な環境を実現しようとした……という判断がここでも見えてくる。

 

では、アップルは「空間コンピュータ」でなにを目指そうとしているのか? その辺は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Apple Vision Proの体験は圧倒的。なにがほかと違うのか?

Vol.129-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。ほかのHMDを超える品質を実現した背景を探る。

 

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑アップルが開発した空間コンピュータ。2つのディスプレイに2300万ものピクセルを詰め込んだ超高解像度のディスプレイシステムと、独自に設計されたデュアルチップを備えたAppleシリコンを搭載する。来年初旬以降アメリカで、そのほかの国は来年後半から販売開始予定だ

 

アップルは6月に「空間コンピュータ」と銘打ち、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)タイプの機器「Apple Vision Pro」を発表した。ただし、発売は2024年初頭にアメリカから始まり、その後各国で……とだけアナウンスされている。

 

また、通常アップル製品が発表された後は、多くのプレスに対して体験機会が儲けられるものなのだが、今回はそうではなかった。1人ひとり体験する必要があるためか、非常に限られた人数(おそらく全世界でも100人以下)が実機に触れているのみで、当面、広く実体験できる機会は増えそうにない。

 

筆者はその、数少ない「実機を体験できた人間」のひとりだ。

 

どんな感じだったかというと、ひと言で言えば「自然」だ。目の前に見える風景は、Vision Proをかける前に見ていたもの、すなわち現実の風景と同じものだ。視界は多少狭くなる。解像感や発色も“現実と寸分違わず”とは言えない。しかし、Vision Proをつけて1~2分もすれば、そのことはまったく気にならなくなる。部屋の中を立ち上がって歩き、机の上の本を読む。そんなことをしても、ほぼ酔わないし、きちんと見えるし、歩いても危険性は感じない。そして、その中にきちんとCGで描かれたウインドウが、自然な感じで溶け込んで存在している。

 

要はアップルの公開しているVision ProのPVとほぼ同じ体験が、ほぼ嘘偽りなく実現されているのだ。

 

現実にCGを重ねるAR機器を作るのは難しい。特に、現実を違和感なく見せるのは大変だ。目で見た印象とずれの少ない解像感を実現するディスプレイとレンズを搭載し、ちゃんとした画質のカメラも必要になる。

 

しかも、カメラの仕組みは目と同じではない。人間の目の構造はシンプルだが、柔軟な調整機能を備えているうえに、脳側でかなり補正したうえで“現実を認識”している。単純に良いカメラとディスプレイを搭載したHMDを作っても、違和感が残りやすい。

 

Vision ProはHMDという構造を使うことで「目に見えるすべての領域をディスプレイとして使えるiPad」を作ったようなものだ。発想自体はシンプルなのだが、自然に使えて、きちんと空間全体を生かせるものを作るのは大変なこと。だから、実体験したプレス関係者はみな度肝を抜かれた。筆者も同様だ。

 

こうしたことを実現するには、単に高価なデバイスを用意するだけではダメである。高価なデバイスはもちろん必要なのだが、そのうえで距離センサーなども搭載し、さらにOS側での補正と画像処理、CGを自然に重ねるための工夫が必要になる。

 

すなわち、アップルがVision ProでほかのHMDを超えるAR品質を実現できたのは、デバイスとOS両方の工夫があってこそのものなのだ。OSとハードを両方同時に開発している企業だからできる力技ではある。

 

Vision Proの名前こそ知られていなかったが、その存在は何度も噂になってきた。ハードウェアのスペックも一部流出していた一方で、OSなどの構造や体験の質はほとんど流出しなかった。ハードはパートナーと共に生産する必要があるが、OSはアップル社内だけで作れる。だからこそ秘密を保てたのである。

 

ただ、Vision Proが快適であること、ハイクオリティであろうことにはもうひとつ理由がある。その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】「高価格だが高品質」を選んだApple Vision Pro

Vol.129-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。世界初の空間コンピュータは非常に高価だが、本機で得られる新たな体験とは何か。

 

アップル

Apple Vision Pro

3499ドル~

↑アップルが開発した空間コンピュータ。2つのディスプレイに2300万ものピクセルを詰め込んだ超高解像度のディスプレイシステムと、独自に設計されたデュアルチップを備えたAppleシリコンを搭載する。来年初旬以降アメリカで、そのほかの国は来年後半から販売開始予定だ

 

汎用性をアピールしたアップルのネーミング

アップルが長く噂されてきたVRデバイス「Apple Vision Pro」を発表した。頭にかぶる、いわゆるヘッドマウント・ディスプレイ(HMD)ではあるが、同社はVRなどの用語は使わず「空間コンピュータ」と呼んでいる。

 

なぜアップルがVRなどの言葉を使わないのか? マーケティングの面から手垢がついた言葉を使いたくない、という事情はあるだろうが、それ以上に“汎用性”を重視したかった、という点が大きいのだろう。

 

これまでのHMDは、ゲームにフォーカスしたモノが多かった。ニーズがもっともはっきりしており、売りやすいからだ。そこから広がり、VRChat などのコミュニケーションに使う人も多くなってきたし、動画配信を見るのに使う人も増えた。要はそれだけ、汎用のコンピュータとして使う人が増えてきたわけだ。

 

VRでは四角い画面の中にとらわれず、目に見える世界すべてをディスプレイとして使える。“いままでのPCやテレビを超える可能性がある”とは言われてきたのだが、それを実践している人はまだ少数で、そのための環境も揃ってはいない。HMDをつけたまま自宅内を歩き回ったり、ビデオ会議をしたりするのは大変で、ようやく、目の前にあるキーボードやマウスを使えるようになってきたところである。特にMetaは、昨年秋発売の「Meta Quest Pro」でゲーム以外の可能性を模索したが、まだ開発は道半ばというところだった。

 

そこに出てきたのがVision Proだ。

 

アップルはアプリの利用や動画の視聴、ビデオ通話など、いつもスマートフォンやPCで行なっていることを“より快適に、より自由に”使える路線を目指している。多数の文書を空中に表示しながら仕事をしたり、飛行機の中を巨大な映画館にしたり、と言った1つひとつのことはほかのデバイスでもできることなのだが、画質・体験の質が圧倒的に優れている。

 

高価な価格になったのは満足感のある体験のため

そのためには、片目4Kの解像度を持つ最新の「マイクロOLED」や12個のカメラ、距離センサーなど、多数の最先端デバイスを搭載する必要があった。そのため、価格は3499ドル(約50万円)と非常に高価な製品になっている。

 

高すぎるという意見もあるだろう。だが技術に魔法はなく、最先端で高価なデバイスを使うと製品は高くなる。他社は試作段階で“高くなるので使えない”と諦め、安価で売りやすい価格帯の製品を狙った一方で、アップルはあえて「高くなるが、これだけのコストをかけないと中途半端な体験になってしまい、利用者にとって納得感・満足感のある体験にならない」と考えたのである。

 

これは良し悪しではなく、メーカーによる判断の違いである。アップルにはファンも多く、他社よりも高価なデバイスを売りやすい。だからこのような戦略を選択できるのである。

 

ただ、Vision Proの秘密は高価なデバイスの採用だけではない。特別なOSと新しいハードウェア的な構成にも秘密がある。それがなにかは、次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】「大ヒットしなくても良い」? ソニーが「Project Q」を作る理由とは

Vol.128-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはASUSから発売された小型ゲーミングPC「ROG Ally」。ニッチながら市場を構築している中、もうひとつの市場である「リモートプレイ関連機器」にも目を向けていく。

 

ゲームをいろいろな場所で遊ぶには、「ゲームやPC自体をいろいろな場所に持ち運ぶ」以外にもやりようがある。そのひとつが、俗に「リモートプレイ」と呼ばれるやり方だ。PCやゲーム機本体でプレイした映像と音をネット経由で別の機器に送り、操作は逆に、遠隔地にある機器からゲームを実行している本体に送る。

 

PlayStationでは3以降「リモートプレイ」として実装され、現在のPlayStation 5でも使われている。Xboxでも同様に「Xbox リモートプレイ機能」があり、利用可能だ。PCの場合、Steamに「Steam Remote Play(Steam Link)」という同様の機能がある。

 

これらは、家庭内LANや外出先のネットワークを経由してゲームをプレイするものなので、動作に遅延などがあることが課題とされてきた。現在もその問題が100%解消されたわけではないものの、Wi-Fiの技術が進化したこと、光回線や5Gなどが普及したことなどから、以前に比べるとプレイの質が高くなっている。

 

なによりもメリットは、「本体ほど性能が高い機器を求めない」こと。スマホでもプレイできるが、それはスマホ側がゲームを動かしているのではなく、あくまで映像を表示しているからでもある。

 

結果として、小型ゲーミングPCのような高価な機器を買わなくても、手持ちのスマホやPCでゲームが遊べる場所が増えることになる。ただ、コントローラーを使ったプレイの快適さを求め、「リモートプレイ用のコントローラー」などの製品も登場している。ニッチだが、利用者が増えてくればそれも無視できない量、ということなのだ。

 

そういう意味で驚きのニュースもあった。ソニー・インタラクティブエンタテインメントが、年内にリモートプレイ専用端末「Project Q」を発売すると発表したことだ。

 

リモートプレイ端末は携帯ゲーム機そのものではない。その機器だけを買ってもゲームができるわけではないので、専用機器を作っても、ゲーム機ほどたくさん売れることはないだろう。そんなニッチな端末をわざわざ作って勝算はあるのだろうか……? と考えるゲーム業界関係者は少なくない。

 

筆者も「大ヒットはしない」と考える。だが、ソニーは「それでも良い」と思っているのではないか。前述のように、リモートプレイを使う人の数はじわじわ増えている。大画面で快適に遊べるものを作れば、「リモートプレイ専用コントローラー」よりは売れるかもしれない。そんなニッチな需要を埋めに行くだけでも、もはやビジネスとしてはバカにできない数量になりつつあるのかもしれない。

 

小型ゲーミングPCがニッチだと思われながらも市場を構築してきたように、リモートプレイ関連機器も、同じようにじわじわと市場価値を上げてきている、と考えると、いまのさまざまな現象の辻褄が合うのである。

 

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【西田宗千佳連載】ROG AllyやSteam Deckなどの小型ゲーミングPCは、「大人」のために生まれた

Vol.128-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはASUSから発売された小型ゲーミングPC「ROG Ally」。ニッチではあるが売れそうなこのジャンルの製品は、どのようなニーズを満たすのか。

↑ASUS ROG Ally。実売価格10万9800円。W280×H21.22~32.43×D111.38mm、質量は約608gと携帯性に優れたゲーミングPCだ。CPUにAMD Ryzen Z1 Extreme プロセッサーを搭載し、7.0型のワイドTFT液晶ディスプレイを採用している。さらに、ゲーミングPCらしくグラフィックスにはAMD Radeon(最大8.6TFlops)を搭載。

 

小型ゲーミングPCの主な用途はもちろんゲームだ。

 

PC用ゲームの普及・一般化により、「机の前に座っていないときにもゲームを楽しみたい、消費したい」というニーズがあるから売れる製品ではある。高性能なので一般的なモバイルPCとしても十分以上に使えるが、キーボードやマウスなどを準備してカフェなどで使うことを考えると、さすがに少し煩雑かと思う。

 

むしろ、デスクトップPCのようにディスプレイをつけて「据置的」に使うのが良いかもしれない。筆者もときどきそんな使い方をしているが、けっこう快適だ。

 

小型ゲーミングPCは10万円から15万円程度が中心価格帯となる。Steam Deckも含めるともう少し安価になるが、どちらにしても、ゲーマーではない多くの人々が考える「携帯ゲーム機」の価格帯とはかなり異なるものだ。従来の携帯型ゲーム機とは、購入層も利用層も異なる。

 

従来、携帯型ゲーム機は、利用者の年齢層が比較的低めの製品だった。それは「ゲームの受容層」が比較的低年齢で、ボリュームゾーンがハイティーンくらいまで……という事情も関係していたように思う。そうした市場に強い任天堂が主要なプラットフォーマーである、ということも大きく関係している。

 

家庭でテレビの前に子どもが張りつき、ゲーム機が悪者になる時代があった。だが携帯型ゲーム機の登場でそうした姿は減り、さらに、子ども同士がゲーム機を持ち寄ってプレイする、というスタイルも広がっていった。そうした使い方は子どもたちのライフスタイルに合っており、今後もニーズがなくなることはない。

 

一方で、ゲームの市場は拡大し、特に欧米市場を中心に、ゲームプレイの年齢層は拡大している。いわゆる「大人」がたくさんゲームをしているわけだが、そこでは「テレビの取り合い」や「屋外でのプレイ」は重視されない。日本の都市部のように電車通勤が多い地域はまた別として、ゲーム機の主軸が携帯型でなければならない、という事情は薄い。

 

ただそれでも、「家の中でどこでも遊びたい」「出張や旅行のときにも楽しみたい」というニーズは多い。特にPCゲームで、買うだけで遊ばない「積みゲー」が増加すると、その消費などの目的から、「ガチなゲーミングPCほどの画質は実現できなくても、どこでもプレイしたい」というニーズが高まってきたのは間違いない。

 

そうしたニッチなニーズの積み上げとして、今日の小型ゲーミングPCの市場は存在している。すべての製品を低価格にする必要がないのも、まだニッチであるが故だ。

 

一方で、そこに少し変化も生まれてきた。ゲーミングPCそのものではないが、特別なデバイスを用意することで対抗する流れがあるのだ。

 

その辺については次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】「Steam Deckは例外」小型ゲーミングPCの意外な戦略に迫る

Vol.128-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはASUSから発売された小型ゲーミングPC「ROG Ally」。ValveのSteam Deckも含めて、小型ゲーミングPCのビジネスモデルを紐解いていく。

↑ROG Allyのライバルと言われているSteam Deck

 

ASUSの「ROG Ally」のような小型ゲーミングPCは、現在、新製品の投入が活発に続けられている。もちろん「売れているから」なのだが、そこにはいくつかの背景がある。

 

ひとつは、開発難易度が下がったこと。PC向けのプロセッサー、特にAMD製の内蔵GPU性能が上がっていることで、ゲーム向けPCを作る場合にも、外付けGPUを前提とした構成をせずに済むようになっている。AMD自体、そうしたニッチ市場にはかなり積極的だ。

 

ディスプレイ解像度を4K・WQHDと上げていくと厳しくなるが、モバイル機器では2K程度までがほとんどであり、ゲームとのバランスも悪くない。バッテリー動作時間を長くしようとするとまだ難しいが、「自宅の中で数時間プレイ」を満たすなら、そう難しくはない。あとは各社のノウハウの世界だ。

 

もうひとつは「生産ロット数の少なさ」だ。

 

製品は品切れになったら再生産されるもの、と我々は思っている。しかし実際には、最初から生産数は決まっていて、少数生産・多品種を矢継ぎ早にリリースして切り替えていく、というやり方もある。

 

これは予測も踏まえた話ではあるが、ごく少数のモデルを除き、多くの小型ゲーミングPCは、似た設計でプロセッサーやデザインのバリエーションを増やし、小ロットで高速にビジネスを回すやり方を選んでいるのだろう。1ロットで何十万台も生産することはなく、こまめにパーツ調達と生産を繰り返しながらバリエーションを広げ、市場での存在感を高めているのではないか。

 

ここでいう「少数の例外」とは、ValveのSteam Deckのこと。多く生産して長く売り、そのかわり価格を抑えるという作り方であり、PCというよりハイエンドスマホやゲーム機に近い。AMDから独自のプロセッサー(といってもカスタマイズ品に近い)を調達し、年単位で同じ製品を再生産しつつ売る、というやり方はゲーム機に近く、異例なやり方である。

 

同じ小型ゲーミングPCでも、ほかの製品は比較的高付加価値狙いで、必ずしも安くはない。特に、Steam Deckとの価格差は大きい。無理に安価にするより「ゲームに必要なスペックをコンパクトにまとめる」ものが多く、一般的なノートPCに比べ、メモリーやストレージの容量が大きめになっているのも特徴だ。別の言い方をすれば「懐に余裕があるゲーマー」向け、とも言える。

 

もちろん、そんななかでもコストパフォーマンスの良い製品が人気になるのは必然。ROG Allyは発売以降急速に人気が高まり、本記事を執筆している6月末現在、ほぼ品切れの状態にある。AMDの新プロセッサー「Ryzen Z1」を優先的かつ先行搭載したゆえのコスパの良さだが、これは、相当の数量をAMDに対してコミットした結果だと推察できる。

 

そういう意味では、ほかの小型ゲーミングPCよりはSteam Deckに少しだけ近い存在、という見方もできるだろう。

 

では、こうした機器は「携帯ゲーム機」市場とはどう違うのだろうか? この点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ASUS ROG Allyなどの「小型ゲーミングPC」はメジャーになれるか

Vol.128-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはASUSから発売された小型ゲーミングPC「ROG Ally」。高性能ゲーミングPCとは異なる方向性を見出す同社の狙いは何か。

↑ASUS ROG Ally。実売価格10万9800円。W280×H21.22~32.43×D111.38mm、質量は約608gと携帯性に優れたゲーミングPCだ。CPUにAMD Ryzen Z1 Extreme プロセッサーを搭載し、7.0型のワイドTFT液晶ディスプレイを採用している。さらに、ゲーミングPCらしくグラフィックスにはAMD Radeon(最大8.6TFlops)を搭載

 

まだニッチな存在だが売れる可能性はアリ

ASUSは6月中旬に、小型ゲーミングPC「ROG Ally」を発売した。7型ディスプレイの左右にコントローラーをつけた、携帯ゲーム機的なデザインの製品だ。

 

この種の機器は数年前からいくつか出ていた。なかでも目立ったのは、Valveの「Steam Deck」だろう。Linuxベースの独自OSを使い、「PC向けのゲームをさまざまな場所で遊ぶ」ことを想定した機器である。ベースはどちらもAMD製のPSoCで、PCと同じくx86系アーキテクチャである。

 

こうしたゲーム機が出てくる背景にあるのは、“PCゲームのプレイヤーが増えたこと”と“ディスプレイ解像度が低ければ、外付けGPUでなくてもそれなりにゲームを遊べる性能になってきた”ことにある。

 

とはいえ、一般的な携帯ゲーム機に比べればかなり大きい。Nintendo Switchも過去の携帯ゲーム機に比べればかなり大柄だが、PCベースのゲーム機はそれよりもっと大きい。現状はあきらかにニッチな存在で、“そこまで大量に売れはしないだろう”という見方をする業界関係者が多かった。

 

だが、ASUSのような大手が価格的にもかなり手ごろな製品を出してきたことで、少し見方も変化してきたところがある。たしかにニッチな市場ではあるのだが、思ったよりも売れるのでは……という考え方だ。

 

デスクの前に縛られず多様化するプレイ環境

ゲーミングPCは高性能だ。だが、そのほとんどがデスクトップ型であり、ノート型でも大柄なモノが多い。ゲームをプレイしたい時間は増えているものの、ゲーミングPCがある机の前にいる時間は限られている。リビングやベッドでゲームの続きをしたいときもあるだろう。

 

高性能なゲーミングPCに比べて安価な価格で手に入るなら、小型なモノを買ってもいい、と考えている人が一定数いて、新しい機器として耳目を集められるなら勝算アリ、と見ているわけだ。ただどちらにしても、「日本向け」のような狭い市場では成立しづらく、“全世界に同じものを売る”前提で開発しないと厳しい世界ではある。

 

この種の小型ゲーミングPCは、別にゲームだけに使えるわけではない。外付けキーボードを使えば仕事などにも使える。メモリーやストレージが大きめで、ビジネス用のノートPCより動作速度が速くなる傾向もあるので、そのあたりを考えて買ってみる、というのもアリだとは思う。筆者も先日TECHONEの「ONE XPLAYER2」を購入したが、“高性能なWindowsタブレット”としても重宝している。

 

ゲームをするシーンを広げるという意味では、ゲーミングPC以外でも興味深い動きはある。

 

ゲーム機やゲーミングPCで動くゲームを、家庭内LAN経由でスマホなどの上で動かす「リモートプレイ」のニーズも上がっている。スマホと組み合わせて使うコントローラーも増えてきたし、ソニーは秋に「プロジェクトQ」というリモートプレイ専用デバイスも発売する。

 

こうした動きを支えているものは何か? 小さな機器でのゲームプレイ体験はどうなっているのか? そうした部分については、次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】Pixel 7aは非常にお買い得。裏にあるのはGoogleの半導体戦略

Vol.127-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発売を発表した「Pixel 7a」。Googleはひとつのプロセッサーを複数の製品に起用するが、そこには半導体に関する戦略がある。

↑Pixel 7a

 

現在Googleが販売している「Pixelシリーズ」には明確な共通点がある。それは、使っているプロセッサーがまったく同じである、という点だ。

 

現在使っているのは「Google Tensor G2」。CPUコア数・GPUコア数も、動作クロックも、メモリー容量もまったく同じものが、Pixel 7からPixel Fold、Tabletにまで使われている。

 

GoogleのPixel向けプロセッサーである「Google Tensor」シリーズは、2021年発売の「Pixel 6」から採用されたもので、現在は第二世代。このままいけば、秋の新製品では第三世代が登場することになるだろう。

 

GoogleはAndroidに関して、サムスンとのパートナーシップを強化している。Google Tensorの開発もサムスンが担当しており、サムスンの自社プロセッサー「Exynos」をベースにしているのでは……と噂されることは多い。

 

多分それは事実だろう。だが、ExynosとGoogle Tensorはかなり考え方が異なる。Exynosは製品ごとにかなり性能が異なり、多数のバリエーションで構成されている。しかしGoogleはあえてCPU・GPUの性能を上げようとはしていない。その代わりに、プロセッサーの中に機械学習向けの機構を多めに搭載して、画像認識や音声認識、カメラの画質アップなどに使っている。さらに、スマホなどの価格ごとにプロセッサーを使い分けず、とにかく1種類のものを多数の製品に使うことでコスト効率を上げる、という戦略をとっている。

 

だからPixel 7「a」は非常にお買い得なスマホになるわけだ。ただし、性能面でほかのハイエンドに見劣りする部分があるのも否めない。

 

とはいえ、Googleとしてはそれで良いのだろう。プロセッサーの性能は重要だが、いまのスマホでは、単純に性能の魅力で差別化をするのも難しい。だからみなカメラ性能=イメージセンサーというプロセッサー以外の部分で差別化できるところに注目するのだ。そして、カメラ画質などには、Google Tensorの性能は生かしやすい。ほかのプロセッサーでできないことではないが、Googleとしては「特定のプロセッサーにターゲットを絞って開発できる」のが強みとなる。だから、Androidのおもしろそうな機能が「まずはPixelから」という話になるのだ。そのあと他社製品にも対応はできるが、優先順位がちょっと違う。

 

一方で、Googleお得意の「AIで差別化」が今後も盤石なのか……というと、けっこう難しい部分がある。Google TensorでAI処理を効率化することはできるが、それは音声や画像の処理が中心。最近話題になることの多い「ジェネレーティブAI」の高速化には役立ちづらい。現状、ジェネレーティブAIは結局クラウドにある高性能なサーバーで処理せざるを得ず、スマホやタブレットの差別化要因になっていない。

 

この辺は仕方がない部分もある。半導体の設計・開発には2年以上の長い時間が必要になる。ジェネレーティブAIの重要性が認識されてからはまだ1年くらいしか経過していない。いかに技術を先読みしたとしても、去年・今年に出るような製品に使えるプロセッサーを最適化するのは無理があるのだ。

 

だからおそらく、Googleはまだ今年・来年くらいは、いまのGoogle Tensorの延長線上で攻めるだろう。すなわち「単純性能でなく機械学習向けに改良、でもジェネレーティブAIまでは対応できない」「CPU・GPU性能でトップは狙わない」「コスパの良さを武器に、多数の製品に同じ性能のものを搭載する」という三要素だ。

 

そういう目線で見ると、今春に出た3商品の見え方も、多少違ってくるのではないだろうか。

 

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【西田宗千佳連載】「iPadに対して不利」そこでGoogleが取ったタブレット戦略は?

Vol.127-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発売を発表した「Pixel 7a」。同じタイミングで登場した「Pixel Tablet」から、Googleのタブレット戦略を解説する。

↑Pixel Tablet

 

Googleのタブレット戦略は、過去から少々フラフラしている。

 

タブレットが登場した2010年代前半には自ら「Nexus 7」を軸に低価格タブレットの市場を牽引したものの、収益性の問題は大きかった。市場全体が低価格路線に動きすぎて、Google自身も利益を生めなかったのだ。

 

その後同社は、Chrome OSベースの「Chromebook」にも着目する。低価格PC的な製品やタブレットについてはChrome OSを推すようになり、Androidはスマホ向け……という棲み分けが2019年まで色濃かった。

 

それが再び変わり始めたのは2021年。Chromebookは教育市場でこそ支持されたものの、ほかではシェアを伸ばせない。低価格タブレットはAmazonや中国系企業、ハイエンドはアップルにカバーされてしまい、ハイエンド・Androidタブレットのシェアは上がらない。サムスンなど頑張っているメーカーもあるのだが、それだけではプレゼンスがなかなか上がっていない状況がある。

 

そこで昨年、Googleが打ち出したのが「タブレット市場への回帰」。Pixel Tabletの存在を早めに公開、Pixelブランドとして、改めてフルラインナップをそろえていくことを宣言したわけだ。

 

それから1年、ようやく市場に製品が出てくる。Googleの担当者によれば、狙いは「家のなかに定位置を作ること」だった。

 

タブレットは、充電中の「置き場」が意外と面倒だ。ケーブルでつないで放り出しておくのはあまり見栄えも良くない。PCやスマートフォンほど「家の中での定位置」がしっかりしていない、という指摘もよくわかる。だから、タブレットを買った人の一定数が、タブレット用スタンドを買い求めている。

 

Googleが考えたのは、充電台を兼ねた、価値のあるデバイスとセットにすることだ。Pixel Tabletはスピーカーホルダーをセットとして販売し、外せばタブレット・つければスマートディスプレイとして使える形になっている。

 

ちょっとしたアイデアだが、確かに魅力的ではあるだろう。映像を見たりちょっとしたビデオ通話をしたりするには、スマートディスプレイはとても便利なもの。家電のコントロールにも向く。一方で、定位置以外にも持ち運んで使うなら、タブレットとして取り外せた方がありがたい。

 

ただし、この製品は完全に「家庭内」に特化している。GPSなどは内蔵していないし、セルラー版の用意もない。Googleとして、「タブレットは家庭内で使われている」という調査結果をもとに開発した製品であるからだ。そうすると、ハイエンドタブレットを推すという路線とはちょっとズレもあるように感じる。だが、別な言い方をするなら、「タブレットを作るなら、なんらかのギミックがないとiPadとの競合上不利である」ということなのかもしれない。

 

では、GoogleがPixel製品を増やす理由はどこにあるのか? そのあたりは次回解説してみよう。

 

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【西田宗千佳連載】なぜGoogleはいま二つ折りスマホのPixel Tabletを出したのか?

Vol.127-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発売を発表した「Pixel 7a」。同じタイミングで「Pixel Fold」が出た背景を探る。

↑グーグルのPixel 7a。実売価格は6万2700円(税込)。昨年発売された「Pixel 7」と同じプロセッサーを搭載しながら廉価版となったモデルだ。ディスプレイは6.1型のOLEDを採用する。前モデルの廉価版Pixel 6aでは割愛されたワイヤレス充電が搭載されたり、リアカメラの性能が向上したりするなど、充実した機能が自慢だ

 

Googleは今春、「Pixel 7a」「Pixel Tablet」「Pixel Fold」と、3種の新製品を発表した。この記事が公開される頃、7aはすでに市場に出回っているが、残りの2つはこれから販売……という段階かと思う(※6月2日時点で、Pixel Tabletは6月20日ごろの発売予定で、Pixel Foldは未定)。

 

Pixel 7aを含む末尾に「a」が付くPixelは、普及型モデルとしてこの数年で恒例になったものの、Pixel Tabletについては昨年発表され、「2023年初頭には発売」とされていた。それが、少し発売時期が遅れてこのタイミングになった、という事情がある。

 

そういう意味でこれら2機種が出てくることは想定内であり、驚きはなかった。一方、ちょっと意外だったのは、二つ折りスマホであるPixel Foldが出てきたことだ。サムスンの「Galaxy Z Fold」を含め、すでに二つ折りスマホ自身は複数市場に出ている。だが、まだ高価なこともあってか、「広く普及した」というのは難しい、ちょっと微妙な状況でもある。

↑Pixel Fold

 

そんな中で、なぜGoogleはFoldを作ったのか? ヒントは次のコメントにある。

 

GoogleでAndroidとGoogle Play、そしてWear OSのプロダクトマネジメントを統括するサミール・サマット副社長は、筆者とのインタビューで次のように答えている。

 

「タブレットには大きな期待を抱いている。タブレットのおもしろいところは、消費デバイスとしてだけでなく、家庭での生産性向上デバイスとしても使えること。Androidにとって、ハイエンドタブレットの分野に大きなチャンスがあり、マルチタスクやプロダクティビティを満たす機能が求められる。近年こうした部分に注力しており、タブレットだけでなく、小型のタブレットになるハイエンド端末“フォルダブル(二つ折り)”端末にも役立っている」

 

二つ折りスマホは「スマホ」ではあるのだが、大きな画面になるがゆえに、彼らは「ハイエンドタブレットの1つ」としても捉えているわけだ。Androidは特に「12L」以降、タブレットで「横長(ランドスケープ)画面」「複数アプリ同時使用」といった機能の強化を進めている。

 

タブレット市場は、AmazonのFireタブレットのような低価格製品か、アップルのiPadか、という感じで二分されている。Androidタブレットもハイエンド製品を増やし、ニーズを取り逃がさないことが求められている訳だが、その一角として「ハイエンドスマホであり、コンパクトなタブレットでもある」二つ折りスマホが注目されている、ということなのだろう。

 

まだ日本ではレビューが行なわれていないものの、Google I/Oを取材した際、Pixel Foldの実機を体験している。横幅がGalaxy Z Foldより広く作られているのが特徴で、結果として「スマホとして使う」よりも「タブレットとして使う」方が似合っているイメージは受けた。Googleがタブレット重視であるならば、そうした印象も間違いはないのだろう。

 

ではGoogleが発売する新たな「Pixel Tablet」の狙いは何なのか? そのあたりは次回解説していこう。

 

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【西田宗千佳連載】Google「Pixel 7a」がおトクな製品になる理由とは?

Vol.127-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはGoogleが発売を発表した「Pixel 7a」。昨年発売された上位版「Pixel 7」と同じプロセッサーを用いる狙いはどこにあるのか。

↑グーグルのPixel 7a。実売価格は6万2700円(税込)。昨年発売された「Pixel 7」と同じプロセッサーを搭載しながら廉価版となったモデルだ。ディスプレイは6.1型のOLEDを採用する。前モデルの廉価版Pixel 6aでは割愛されたワイヤレス充電が搭載されたり、リアカメラの性能が向上したりするなど、充実した機能が自慢だ

 

プロセッサーが同じぶん、7aはおトクなスマホ

Googleが相次いで新しいハードウェアを発表した。「Pixel 7a」「Pixel Fold」「Pixel Tablet」だ。

 

このうち7aは、すでにおなじみになった、同社製スマホの廉価版。Foldはその名の通り折りたたみ型、そしてTabletは、昨年発表済みだがようやく販売が決まった製品となる。ただし、発売時期は異なっており、本誌発売のタイミングで販売されているのは、おそらく7aだけだろう。

 

この3製品には明確な共通項がある。それは「まったく同じプロセッサーを使っている」ということだ。Googleは同社のPixelブランド製品で、独自開発のプロセッサーを使うようになっている。そして、発売年が近いと、使うプロセッサーも同じものになりやすい。

 

今回の場合、使っているのは「Tensor G2」。昨年の「Pixel 7」シリーズから採用しているものだ。Googleによれば、Pixel 7、7 Proを含め、5製品にはまったく同じTensor G2が使われている。ただし、ハイエンド製品扱いである7 ProとFoldのみ、メインメモリーが12GBと大きい。ほかの3モデルは8GBだ。

 

そうなるとおもしろい特性が見えてくる。Pixel 7と7aは“性能がほとんど変わらない”ということになるのだ。

 

もちろん、違う部分はある。

 

カメラのセンサーは種類が異なるので、画素数は似ていても画質は異なる。7にはストレージを256GBとしたモデルもあるが、7aにはない。ただ、どちらも非常に小さな差であり、7aがとてもおトクな製品であるのは間違いない。

 

あえて変えないのはプロセッサーの生産効率

こうした傾向は昨年もあった。

 

「Pixel 6a」のコストパフォーマンスが良すぎて、半年前に発売された「Pixel 6」が霞んでしまった。今年も7aのコスパは圧倒的に良い。

 

7と7a、両方を差別化して売りたいなら、プロセッサーやカメラなどに差をつければいい。だが差は小さい。Googleはあえてわかっていて“変えていない”のだ。

 

理由は複数あるが、重要なのは2つあると考えて良い。

 

ひとつ目は、「複数種類のプロセッサーを作ると効率が悪くなる」ということだ。プロセッサーは大量生産するほどコストが下がる。逆に言えば、多品種にするとコストが上がる。差別化には高性能な独自プロセッサーが必要だが、そのぶん高いものになりやすい。そのため、いろいろな製品で同じプロセッサーを使えるようにして、コストパフォーマンスを良くするわけだ。

 

その際、Appleのように数量が圧倒的に多いなら、複数の性能のプロセッサーを作る余裕も出てくる。だがGoogleはそこまでに至らないので、コスト効率を優先せざるを得ない。

 

そして2つ目の理由は“数を増やすため”だ。発売当初は若干高くとも、半年以上経過すれば価格は下がる。発売が後になる「aシリーズ」をあえておトクな製品にすることで、販売数量を増やしていける……という発想だろう。

 

Pixel FoldやPixel Tabletなどの狙いは? GoogleにとってのPixelブランドとは? そのへんは次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】過去のゲームをビジネスにする際、いま抱える課題は何か?

Vol.126-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは歴史的なPCである「X68000」の復活。ゲームビジネスにおける各社の取り組みと現状の課題を洗い出す。

↑「X68000 Z LIMITED EDITION」(4万9500円)。ホビー用PCとして初の16ビットMPU搭載、6万5536色同時発色のグラフィック機能など、当時としては画期的なスペックのマシンが復活。初代と比較してサイズは2分の1以下、質量は10分の1以下とコンパクトだが、細部まで忠実に再現されている。現在販売受付は終了している

 

10年前まで、ゲームビジネスの課題は「商品寿命の短さ」にあった。パッケージで売りきりのビジネスが主力であったので、過去のハードウェア向けのゲームを長く売るのが難しかったからだ。

 

現在は2つの事情により、そこに変化が生まれた。

 

1つは「互換性」。CPUやGPUのアーキテクチャが収斂してきた結果、過去のハードウェア向けのゲームをそのまま販売しやすくなってきた。PCはもちろんだが、ゲーム機も同様だ。ただしこの場合にも、2000年代以前のゲーム機までカバーするのはなかなか難しい。

 

そこで出てくるもう1つの事情が「ダウンロード配信」だ。ダウンロード配信によって、いまとなっては規模の小さくなったゲームを安価に販売したり、過去のゲームを動かすための「エミュレータ」込みでゲームを作り、不具合を修正しつつ販売・配信したりすることも可能になってきた。特に現在のゲーム機向けではこの要素が重要である。

 

ゲームの販売・配信権を得て、最新のプラットフォーム向けに販売するビジネスは増えてきており、それは、ゲームメーカーにとっても、名作で長期的に収益を得るために重要な施策となってきている。レトロハードのような「ハードウェア製品」が存在しうるのも、こうした流れとともにある。

 

X68000 Zの場合には今後の計画として、過去のゲームや一部の新作をSDカードで配布する動きがある。SDカードの場合、長期的保存の点で課題はあるのだが、“古いハードウェアから新しいプラットフォームを作る”試みとして、おもしろいとは思う。

 

一方、すべてのゲームが権利を取得できるわけではなく、配信できるのは一部に過ぎない。キャラクターモノのゲームなどは権利処理が複雑でビジネスになりづらいし、権利を持つところが商品化を望まない場合もある。

 

また、別の課題もある。

 

エミュレータ技術自体は拡散しており、“過去のゲーム機のソフトがとりあえず動く環境”を作るのは難しくはない。その結果、違法にネットで拡散されたゲームの存在を前提にした、「エミュレータを動かすためのゲーム機」が、中国などから出荷されるようにもなってきた。過去には「販売中のゲームの海賊版」が問題となり、そこはネット配信の普及でかなり解決されてきた。しかし、技術的な対応が難しく、コスト的にも割に合わない過去の作品については、間違いなく違法な形ではあるのだが、なかなか改善が進んでいない。

 

本当は、過去に販売されたゲームがみな合法的に「現在の環境でも遊べる」のが望ましい。しかし、現実的にはなかなか難しい。ようやく一部が配信され、遊べるようになってきた。このあたりは、じっくりと進めていくしかないのだろう。

 

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【西田宗千佳連載】なぜレトロハードは売ったらおわりなのか? その中でX68000 Zは何を目指すのか

Vol.126-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは歴史的なPCである「X68000」の復活。レトロハードの復活が増える中、苦難に陥りやすいことがある点を解説する。

↑「X68000 Z LIMITED EDITION」(4万9500円)。ホビー用PCとして初の16ビットMPU搭載、6万5536色同時発色のグラフィック機能など、当時としては画期的なスペックのマシンが復活。初代と比較してサイズは2分の1以下、質量は10分の1以下とコンパクトだが、細部まで忠実に再現されている。現在販売受付は終了している

 

ハードウェアの進化と市場の成熟により、20年前・30年前に発売されたゲーム機やパソコン、そのソフトウェアを「レトロハード」として再発売する機運が高まっている。

 

しかし残念ながら、販売は一時的なものが多く、長持ちする市場にはなりづらいところがある。

 

理由は、心理的なものと技術的なものの両方がある。

 

心理的な理由はシンプルだ。「懐かしさ」を軸に売ったとしても、買った人はなかなかそれを長く使ってくれない。レトロ商品につきまとう共通の課題でもある。

 

一方で、そうしたことは、技術的な課題とも無縁ではない。

 

ハードウェアが進化し、エミュレーション技術で過去の環境を再現できるようになった、といっても、常に100%完全な再現ができるわけではない。

 

特に課題となるのは、レトロハードが常に「低価格での販売」であることだ。その結果として、現代のハードウェア技術であったとしても、大きな余裕がある性能のSoCやメモリーを用意できるわけではない。現状発売されているレトロハードの多くが、まだまだギリギリの性能で動いているのだ。特にゲームの場合、ディスプレイやコントローラーの変化もあり、過去とまったく同じ環境を作るのは難しい。その部分の配慮も、性能がギリギリのハードウェアの中で対応せざるを得ない。

 

そのため、同じようなレトロハードであっても、ゲーマーから見た時の“満足度”“動作の忠実さ”はまちまちだ。職人的な対応を行い、開発段階で1つひとつ課題を潰していかないと、なかなか満足度は上がらない。

 

ゲームだけの場合にはまだ良い。ゲームを1本1本確認してチューニングすればいいからだ。

 

だが、X68000 Zのような“汎用パソコンとしての再現”の場合、過去との差異がどこに潜んでいるかわかりづらく、性能の不足を職人芸でカバーするのは限界が出てくる。本当は高価なSoCを使って性能で押さえ込むのが理想だが、レトロハードは安価に販売せねばならない宿命もあるので、そこにジレンマが生まれるのだ。

 

そのため過去のパソコンを再現したレトロハードの多くは、結局はゲーム機的な位置付けとして製品化され、“一度売っておしまい”という形に終始している。

 

そこに抗おうとしているのが、「X68000 Z」であり、西和彦氏が進める「次世代MSX」だ。どちらも、開発側に並々ならぬ情熱があり、レトロハードを1度売っておしまい、という形を超えようとしている。

 

ただその場合、開発はどうしても長期化するし、ユーザーからの情報共有も必須になる。X68000 Zの場合には、まずクラウドファンディングの形で「アーリーアクセスキット」を販売。ユーザーからの意見吸い上げとそれを元にした改善を図ったうえで、次の展開を目指す。成功するかは未知数な部分があるが、少なくとも“売っておわり”ではない。

 

過去のソフトを売ることのビジネス化にはいろいろな課題がある。各プラットフォーマーもその点に苦慮している。どんな流れがあるかは、次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】「レトロハード」復活が増えた背景とX68000 Zの悩ましさとは?

Vol.126-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは歴史的なPCである「X68000」の復活。こうしたレトロハードの復活が増えた背景を探る。

↑「X68000 Z LIMITED EDITION」(4万9500円)。ホビー用PCとして初の16ビットMPU搭載、6万5536色同時発色のグラフィック機能など、当時としては画期的なスペックのマシンが復活。初代と比較してサイズは2分の1以下、質量は10分の1以下とコンパクトだが、細部まで忠実に再現されている。現在販売受付は終了している

 

近年、1970年代から1990年代前半までのパソコンやゲーム機を復刻する動きが目立つ。最大の理由は、その年代に育った人々が懐に余裕がある年代になってきて、売れる可能性が高いという点だろう。

 

だが、理由はそれだけでなはない。

 

大きいのは、安価なSoCでも性能が上がり、エミュレーションによって過去の機器を再現しやすくなったからだ。半導体技術とソフトウェアの進化により、当時であれば高価なハードであっても、いまなら安価に再現が可能になった。簡単に言えば、スマートフォンの普及によってARM系SoCの開発と生産が活性化し、安価でもそれなりに性能があるものが作られるようになったからだ。

 

次に、ソフトの権利処理についての意識が変わってきたことだ。

 

15年前だと、1990年代までのゲームやソフトウェアの権利を得るのは大変だった。だが、発売から20年・30年・40年といった時間が経過すると、それを高い価格で売るのも難しくなってくる。過去いくつかの事例を経て、休眠していた過去のゲームを販売する権利を発掘し、比較的安価な価格で販売する方法論が見え始めてきたことで、“ソフトが大量に入ったオールドゲーム機”を出しやすくなってきた。

 

日本では少なかったものの、海外では“多数のゲームが入ったオールドゲーム機”はいくつか出ている。もちろん著作権を無視したコピーが入っている海賊版は論外だが、正当な権利のもとに「IPを再活用した製品」としてビジネスをする感覚は、海外の方で先に活性化していた。アーケードゲームを再現して家に置く「ARCADE1UP」はその代表格だろう。

 

そうした流れから、特に日本では、任天堂やセガが過去のゲームを自社で展開するビジネスが広がり、さらに、PCやゲーム機に拡散した……という部分がある。

 

ただ、そうした形である程度の成功を収めているのは「ゲーム」に限られる。

 

過去のパソコンを再現したものは、短期的に注目は集めてもなかなか大きなビジネスになりにくい。ほとんどが「ゲーム機」としての展開で終わってしまっている。3月に出荷された「X68000 Z」は、ゲーム機を超えた息の長い展開を狙っているのだが、まだ始まったばかりだ。

 

また、過去のゲーム機を復活させたものも、ファンの注目は集めるものの、“ファングッズ”“懐かしのアイテム”の域を超えたビジネスにするのが難しいところもある。それはなぜなのか? 次回はその点を解説する。

 

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【西田宗千佳連載】歴史的PCのX68000復活に注目集まるも、ビジネスとしては多難?

Vol.126-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは歴史的なPCである「X68000」の復活。クラウドファンディングで大きな支援金額を集めた背景には何があるのか。

↑「X68000 Z LIMITED EDITION」(4万9500円)。ホビー用PCとして初の16ビットMPU搭載、6万5536色同時発色のグラフィック機能など、当時としては画期的なスペックのマシンが復活。初代と比較してサイズは2分の1以下、質量は10分の1以下とコンパクトだが、細部まで忠実に再現されている。現在販売受付は終了している

 

期待が支援額に表れたオールドPCの復活

「X68000」というPCをご存知だろうか。1987年にシャープから発売された製品だ。時代が時代なので、WindowsやMS-DOSで動作しているわけではなく、独自のOSを採用した、ホビー向けの色合いが強いパソコンである。

 

その復刻と言えるプロジェクトがスタートしている。手掛けているのは「瑞起」という会社だ。2022年12月にクラウドファンディングがスタートし、2023年4月に入り、クラウドファンディングへの支援者6000名に向けた「X68000 Z・アーリーアクセスキット」が出荷された。クラウドファンディングへの出資額は、累計3 億5400万円以上。目標額の10倍以上に達した。

 

大きな注目を集めた理由は、X68000が“歴史的なPC”だからだ。シェアは大きくなかったのだが、当時のアーケードゲーム機に近い性能を持ち、ソフトも開発しやすかったため、熱心なファンがいた。そこからは、のちのゲーム業界や家電業界、ソフトメーカーなどで活躍するエンジニアや、大学教員などが多数輩出されている。実は筆者も、X68000に育てられたユーザーのひとりだ。

 

あれから35年が経過し、半導体などの技術は劇的に進化した。そのため、別の種類のハードウェア上で動作を再現する「エミュレーション技術」を使った場合であっても、実機と同じレベルの速度を実現することは可能になっている。

 

X68000 Z開発元の「瑞起」という会社は、低価格なプロセッサーを使って組み込み機器を作ることを専門としているメーカー。これまでは、ゲームメーカーなどから“受託”の形で、過去のゲーム機を小型な機器として再現する「ミニゲームハード」を多数開発してきた。セガの「メガドライブミニ」やコナミの「PCエンジン mini」の開発にも携わっている。

 

実はそのノウハウを生かして作られたのがX68000 Z……ということになる。

 

出足は上々だったがビジネスとしては多難

PC用OSがWindowsとMacで寡占される以前、特に1970年代末から80年代末にかけては、いろいろなアーキテクチャの「PC」が生まれた。当時の少年の多くは現在40~60代。当時のパソコンへの憧憬は強く、以前からこの種の「オールド・PC復元」の動きはあった。X68000 Zもそのひとつと言える。

 

他方で、こうした「オールド・PC」「ミニゲームハード」がどれも成功しているのか……というとそんなことはない。むしろ苦戦した製品の方が多い部分はある。

 

こうした製品を作るのは、技術的な部分でも、そうでない部分でもかなり難易度が高い。さらにビジネスが継続するように仕掛けるのは大変なことだ。X68000 Zは上々なスタートを切ることができたが、むしろビジネスとして大変なのはこれからとも言える。

 

では「オールド・PC」や「ミニゲームハード」はどこが難しいのか? これまで市場に出た製品はどうやって問題を解決してきたのか? そして、今後の市場はどうなるのか? それらの点は次回以降で解説していくことにする。

 

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【西田宗千佳連載】Google Bardは意外と地味、マイクロソフトとの戦いは「ビジネスツール」で本格化か

Vol.125-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した検索エンジン「Bing」の進化。ライバルとなるGoogle Bardの性質や、今後マイクロソフトとGoogleはどこで戦うかを解説する。

↑Googleが発表したチャット型AIのBard

 

Googleの開発した「Bard」は、同社の大規模言語モデル「LaMDA」をベースにしている。ただし、マイクロソフトがOpenAIの「GPT-4」を大胆に検索技術へと導入したのに対し、Googleのアプローチは違う。それは、本連載で解説したように、“検索に対しての責任”を重く鑑みてのものだ。

 

だからBardは、あくまで検索サービスではなく、「ジェネレーティブAIを生活の助けとするためのサポート」、それも、試験的な存在と位置付けられている。

 

機能としては、ChatGPTを少し検索寄りにしたような印象だ。聞いてみた内容の回答には複数の「ドラフト」が用意され、利用者が適切と思う答えを選びやすくなっている。またドラフトによっては、答えの根拠となったWebサイトのリンクも表示される。

 

さらに「Google it」というボタンがあるのもユニークだ。要は、あくまでAIの回答は「検索結果」ではないので、関連する情報をネット検索したければこのボタンを押してくださいね……ということなのだ。

 

回答の質や内容が、ChatGPTやBingのネット検索とどう違うのか、どちらが上なのかを評価するのは難しい。回答にキャラクター性が薄いような気もするが、それは筆者の英語読解力によるものかもしれず、なんとも言えない。

 

ただひとつだけ言えるのは、Webサービスとして見たときのデザインや作りが、Bardの方が簡素である、ということだ。言葉を選ばずに言えば“試作品”っぽい。マイクロソフトはBingやその他、OpenAIの技術を使ったサービスについて、デザイン面でもかなり凝った、いかにも「いまどきのサービスっぽい」体裁を整えている。それに比べると、Googleのものはいかにも簡素だ。

 

これは突貫工事による影響なのか、それとも、“まだ試験中である”ことを示すためにわざと選ばれたデザインなのか。そこはなんとも断言できないが、“マイクロソフトと違う”ことだけは間違いない。

 

この記事が掲載される頃には、Bardも日本語対応し、機能追加やデザイン変更も進んでいるかもしれない。だが、Googleはまだ「検索への導入」に慎重な部分があり、ジェネレーティブAIは別のところから全面展開を考えているのだろう、と筆者は認識している。

 

その領域とは「ツール」だ。GmailやGoogle ドキュメントが含まれる「Google Workspace」に、同社はジェネレーティブAIを組み込む。そうやって、面倒な作業をチャットでAIに指示するやり方から、AIの価値を一般に広げていく作戦なのだ。

 

とはいえ、マイクロソフトもまったく同じ戦略を持っており、こちらも「Microsoft 365 Copilot」として展開する。実装時期・サービス開始時期はどちらも未公表だが、近いうちに、両社が直接対決することは避けられない。そのときが“第二ラウンド”になりそうだ。

 

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【西田宗千佳連載】AI導入はビジネスと倫理に課題、Googleが持つ勝者ゆえのジレンマ

Vol.125-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した検索エンジン「Bing」の進化。ライバルとなるGoogleの動向を解説する。

↑Googleが発表したチャット型AIのBard

 

マイクロソフトがOpenAIとのコラボレーションによって「ジェネレーティブAIの時代」を切り開こうとしている。当然Googleは、そこに対抗していかなければいけない存在だ。

 

Googleは以前から、独自に大規模なAI開発を行なってきた。その中でまず重視していたのが「画像認識」だ。「Google レンズ」を使うと、外国語で書かれた標識を翻訳したり、写真に写っている花がどんな種類のものなのかを教えてくれたり、といったことができる。

 

スマートフォンの普及により、我々は常にカメラを持ち歩くようになった。文字入力は重要なことだが、面倒であるのは変わりない。だから、もっと別の手段から検索を可能にし、利便性を高めようとしていたわけだ。

 

このように、文字だけでなく画像や音声など、多彩な情報を扱うことを「マルチモーダル」と呼ぶ。Googleは特にマルチモーダルな情報の活用に積極的であり、それと大規模言語モデルを使ったAIを組み合わせて、「言語の壁や画像と文字の壁などを取り払い、質問に答えられるサービス」の開発を目指していた。

 

ただその過程では、大規模言語モデルを使ったチャットAIの危険性にも気づいていた。完全な技術ではないため、間違った答えを出す可能性も高い、ということだ。

 

どうやらGoogleは、そこで躊躇したようだ。

 

ネット検索で大きなシェアをもつGoogleには相応の責任がある。本来検索結果は、そのまま鵜呑みにできないものだ。AIが作り出す回答も同様である。

 

しかし、人はラクをしたいと思うもの。多くのシーンで、ネット検索が出した答えをそのまま信じてしまう。過去、医療情報などで大きな問題が起きたため、Googleは「検索結果の信頼性」に多大なエネルギーを投じ、品質改善にも努めている。そこに不完全なジェネレーティブAIを無理に導入するのは、ここまでの労力を無にしかねない。

 

また、ネット検索がAIベースになり、検索結果を生み出すことになった記事でなく、「検索結果をまとめたAIの文章」を読んで満足してしまうと、ネットに存在する数多くのWebメディアへの広告収入を奪う結果にもなりかねない。

 

すなわちGoogleにとって、検索にジェネレーティブAIを組み込むことは、ビジネスと倫理の両面で課題があったわけだ。

 

一方でマイクロソフトは、ネット検索では明確に「チャレンジャー側」だ。巨大なライバルであるGoogleと戦うには、多少強引でも新しい武器を使って有利な立場を得る必要がある。この差が、現在のGoogleとマイクロソフトの立ち位置を決めている。

 

AIへの注目は大きいものの、「一般の人々が検索の仕方を変えるには、長い時間がかかる」との指摘もあり、マイクロソフトの目論見がすんなり成功すると言い難い部分もある。

 

とはいえ、Googleも、ChatGPTに対抗する大規模言語モデルを使ったサービスである「Bard」を発表し、3月21日より、アメリカ・イギリスを対象に、登録ユーザーに向けて提供を開始した。

 

では、Bardはどんな特質を備えたものになり、どうマイクロソフトに対抗していくのか? その辺は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】新しいBingがOpenAIのGPT-4をコアに据える狙いは?

Vol.125-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した検索エンジン「Bing」の進化。マイクロソフトはなぜ生成系AIを検索に取り入れるのかを探る。

↑マイクロソフト「Bing」(無料)。新しいBingはChatGPTよりも強力で、検索専用にカスタマイズされた次世代のOpenAIによる大規模言語モデルで稼働する。単なる答えだけでなく、メールの下書き、旅行の行程表の作成、トリビア用のクイズ作成など、自分に代わってコンテンツを作成する機能も有している

 

生成系(ジェネレーティブ)AIが、急速に進歩している。本記事を書いているタイミングでも進化し続けていて、話が古くなるのが多少怖い部分もある。

 

現在の生成系AIの核になっているのは「大規模言語モデル」と呼ばれる存在だ。大量のソースを集め、そこから学習を進めていくわけだが、OpenAIの「GPT-3」以降の、特に巨大な言語モデルによっていきなりフェーズが変わった。人間が描くのに近い映像が作れて、人間が話すのに近い言葉を生み出せてしまったわけだ。

 

「AIは英語や中国語などの、利用量が多い言語に有利。日本語向けのサービスはなかなか生まれない」

 

そんな言説が当たり前のように伝えられてきたが、GPT-3・GPT-4では、日本語でも同じように使えてしまっている。日本では見つからないような話題でも、「この話について日本語で説明して」とプロンプトに付け加えるだけで、ちゃんと日本語で答えが出てくるようになった。

 

結果として、従来のネット検索がもっていた特質は、生成系AI・大規模言語モデルの登場によって劇的に変わってしまった。

 

ただ、そうした本質的な技術変化は、本当に“使える”ツールに盛り込む必要がある。大規模言語モデルは、さまざまなやり方で人をサポートすることができる。過去のデータをまとめて見やすく提示することもできれば、長い文書を短く要約してもくれる。人と対話する「チャットボット」の技術として使うこともできれば、物語を作ってもらうことだってできる。

 

マイクロソフトが「検索」で新しいBingを導入したのは、簡単に言えば、検索というサービスがもっている特質を考えると、GPT-3やGPT-4のもっている、答えを出してくれるように「見える」要素だけでは足りないからでもある。前回解説したように、Bingのチャット検索は、検索に必要な「ソースがなにかを示す」「最新の情報をピックアップする」という機能を盛り込んでいる。そこをマイクロソフトが「Prometheus」という独自機能として作っているが、それでも、コアにあるジェネレーティブAIは「GPT-4」であったりする。

 

もう少し別の言い方をすれば、OpenAIが作った大規模言語モデルを「人をサポートするツール」として使うときに、検索のためにカスタマイズしたのが「新しいBing」である、ということになるだろう。

 

一方で、「特別な道具としての使い分けなどいらないのかもしれない」という予感もある。とにかくプロンプトに対して「やってほしいこと」を投げれば、それに相応しいアプリケーションが呼び出され、活用される可能性もあるだろう。

 

「AIがCo-pilot(副操縦士)になる」と、マイクロソフトやアドビなどは表現している。その理由は、特定のツールに分離しているのは一時的な姿で、結局はひとつのユーザーをサポートする「相手」になるのでは……というビジョンに基づいている。

 

マイクロソフトとOpenAIが、現在の「ジェネレーティブAI旋風」の中心にいるのは間違いない。

 

ではGoogleはどうするのか? 彼らの作っている「Bard」はどんなものになっているのか? 次回はその点を解説する。

 

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【西田宗千佳連載】マイクロソフトはAI検索に未来を賭ける。その理由は?

Vol.125-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した検索エンジン「Bing」の進化。これまでの手法を大きく変えるチャット検索の可能性は何か。

↑マイクロソフト「Bing」(無料)。新しいBingはChatGPTよりも強力で、検索専用にカスタマイズされた次世代のOpenAIによる大規模言語モデルで稼働する。単なる答えだけでなく、メールの下書き、旅行の行程表の作成、トリビア用のクイズ作成など、自分に代わってコンテンツを作成する機能も有している

 

AIを検索に用いて素早く的確な答えを導く

AIを使った検索サービスが、急速に注目を集めている。

 

きっかけは、2022年11月に公開された「ChatGPT」だろう。チャットで語りかければあらゆる質問に“回答してくれる”ように見えたことから、ネット検索代わりに使えるのでは……と考える人が出始めていた。

 

だが“ネット検索へのチャット導入”を本当の意味でスタートさせたのは、マイクロソフトである。2月7日に発表した「新しいBing」にチャットでの検索を組み込んだのだ。

 

ChatGPTはあくまで“文章による指示から、文章やそれに付随するデータを生成する”生成AIであって、検索技術ではない。自然で多様な文章を作るため、ネットから大量の文章・データを収集して学習した結果、いろいろな質問に答えられるので“検索サービスっぽく見える”だけだ。情報の正しさを担保するのは人間の仕事で、ChatGPT側は基本的に関与しない。また、2021年以降の情報は学習対象ではないため、最新の情報は出てこない。

 

それに対し、マイクロソフトが開発したBingのチャット検索は「AIを検索に使う」ことが目的のサービスだ。最新の情報が出てくるよう常にネットから情報を集めているし、チャットとして出てきた答えが正しいかを人間が判断しやすいよう、答えの根拠となったWebサイトが書籍の「索引」のような形で表示されるようになっている。

 

新しいBingは、ChatGPTと同じOpenAIが開発したAI技術「GPT」をベースにしているものの、そこにマイクロソフトが“検索に使うため”に開発した「プロメテウス」という技術を組み合わせている。

 

チャット検索こそスマホに最適な技術

チャットで検索できるようになると、ネット検索の姿は大きく変わる。

 

調べたい内容を思いついたまま入力すれば良く、それを“検索で引っかかりそうな単語に分解する”必要はなくなる。また、答え(だと思われるもの)は文章にまとまって出てくるので、リンク先の記事を読んで、自分で内容をまとめ直す必要も減る。

 

すなわち検索と、そこから答えを得るための手間が劇的に減るわけで、本質は“検索ユーザーインターフェースの変化”そのものだ。

 

この変化が特に影響を与えそうなのが「スマホ」である。スマホからのネット検索は、検索全体の3分の2を占めると言われている。しかし、PCほど文字入力がラクではないし、狭い画面で大量の情報を見るのも面倒だ。音声認識や音声合成が進化したいま、チャット検索はスマホに最適な技術に見える。

 

ゆえにマイクロソフトは、すぐにチャット検索をスマホ対応とした。米マイクロソフトでBing全体を指揮するユスフ・メディ氏は筆者の取材にこう答えている。「弊社はスマホでは存在感を示せていない。チャット検索は市場を切り開くチャンスになる」。

 

それほどチャット検索は、マイクロソフトにとっては戦略的な切り札だったのである。ただし、チャット検索には正確性など、多数の課題がある。その点はどうなっているのか? Googleなど他社はどう対抗するのか? その点は次回以降で解説する。

 

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