【西田宗千佳連載】新HomePodもアップル独自チップ。全部自社で作る背景は?

Vol.124-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルの新たな「M2」プロセッサーの話題。アップルが自社でチップを作る背景を探る。

↑M2搭載のMac miniは、4つの高性能コアと4つの高効率コアで構成される、8コアCPUと10コアGPUを搭載。M2 Pro搭載のモデルは8つの高性能コアと4つの高効率コアで構成された最大12コアのCPUと、最大19コアのGPUを搭載する。いずれも処理能力が大幅に向上している。価格は8万4800円から(税込)。

 

アップルの独自開発半導体というと、多くの人はiPhoneやMacに搭載しているものを思い浮かべるだろう。だが一方で、アップルを支えているのが「もっと性能は低いが、いろいろなことに使える半導体」であるのもまた事実だ。

 

例えば「Hシリーズ」。AirPodsなどのワイヤレスヘッドホンに使われているもので、現在の最新は「H2」。空間オーディオやノイズキャンセルなどの対応には高性能=比較的コストの高いプロセッサーが必要になるが、アップルはできるだけプロセッサーを統一し、一気に大量に作ったうえにソフトウェア開発効率も上げることで、ヘッドホンの機能とコストのバランスをとっている。

 

Apple Watchでは「Sシリーズ」を使っている。サイズが小さく相応の処理性能を備えたものだ。実はSシリーズは、アップルのスマートスピーカー「HomePod」でも使われている。

 

今年2月に発売された「HomePod(第2世代)」では、Apple Watch Series 7(2021年発売)にも使われていた「S7」というプロセッサーを内蔵。アップルは自社内にあるプロセッサーをコストと性能で区分けして、必要な製品に使い回すことで、他社への依存度を減らしているわけだ。

 

スマートスピーカーについて、アップルはアマゾンやグーグルと比べて出遅れている。ただ、昨年秋に策定された標準規格「Matter」の影響から、他社に対する不利がある程度緩和できるのが見えてきた。2023年は、Matterを軸にスマートホーム関連が盛り上がる可能性は高い。

 

その際、当然、スマートスピーカーの新製品が必要になる。圧倒的に売れるのがわかっていれば専用プロセッサーを作るかもしれないが、アップルはそこまで大きなシェアを持っていない。そのうえで、音質やアップル製品同士の連携を高度なものにしようとするなら、他社よりも高いプロセッサー性能が求められることになる。機能を維持しつつMatterにも対応したものを作るには、自社内にあるリソースを使うのが効率的ではある、ということなのかもしれない。

 

他社の場合には、半導体メーカーから適切なものを購入するのが基本。ソフト開発コストを考えても、そうするのが現実的だ。あらゆる部分を自社完結したいアップルならではの“力技”とも言える。

 

この辺のプロセッサーについては、ヘッドホンとApple Watchのハイエンドモデルが出るときに切り替わることが多い。ただ、昨今はハイエンドモデルが出ても前世代と同じプロセッサーが使われることも増えていて、この種の製品が「プロセッサーについて、性能アップを求められ続けているわけでもない」という事情も見えてくる。

 

その辺が、同じ“ソフトが重要”な機器であっても、iPhoneやMacのような「コンピューターに近い製品」とは違うところなのではないだろうか。

 

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【西田宗千佳連載】実は見えてこない、アップルの超ハイエンドPCの今後

Vol.124-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルの新たな「M2」プロセッサーの話題。このプロセッサーを超ハイエンドなPCに取り入れるのか、あるいは別の戦略をたどるのかを見ていく。

↑M2搭載のMac miniは、4つの高性能コアと4つの高効率コアで構成される、8コアCPUと10コアGPUを搭載。M2 Pro搭載のモデルは8つの高性能コアと4つの高効率コアで構成された最大12コアのCPUと、最大19コアのGPUを搭載する。いずれも処理能力が大幅に向上している。価格は8万4800円から(税込)。

 

アップルは、自社設計半導体を製品に使う戦略を主軸に置いている。最後まで残っていたのがMacだったが、それも、2020年に「M1」を発表し、MacとiPadに採用するようになり、いまはもう“定着”した感がある。

 

一方で、超ハイエンドに近い部分で、アップルは完全な解を持っていない。

 

高性能デスクトップとして、アップルは「M1 Ultra」を作り、2022年に「Mac Studio」という製品ラインナップを作った。M1 Ultraは、M1 Maxを2つ内部でつなぐことで性能を稼いでおり、たしかにかなり高性能だ。メインメモリーとVRAMを共有する「UMA」という構造を生かして、巨大な3Dデータを扱いながら作業するのに向いている。消費電力と性能のバランスも圧倒的に優れている。

 

それでも、20万円を超える高価な最新GPUを搭載したハイエンドPCに敵わない部分もある。GPUの持つ機能や性能面で、Appleシリコンが搭載するGPUは、NVIDIAやAMDのものに劣る部分がある。また、アプリケーション開発上の課題から、アップルのGPUではなくNVIDIAやAMDのものを求めるニーズもある。

 

また、メインメモリーに「数百GB単位」の容量を必要とする用途もある。いわゆるAIの開発などではよくあることだ。Mac Studioのメモリー容量は、現状最大128GBであり、ここでも“不足”の声がある。

 

アップルは「プロ向けのニーズも把握している」として、Mac Studioよりもさらに特定の業務向け、いわゆる“Mac Pro後継機”が存在する……と思える発言をしている。おそらく、特定のGPUへの対応や超大容量メモリーの搭載といった用途については、そうした製品での対応を予定しているのかもしれない。

 

現状、Mac Studioの「M2世代」製品は登場していない。理由はわからないが、M1 MaxとM1 Ultraの違いを考えると、「M2 Ultra」とでも言うべきプロセッサーはあって良いように思う。ただ、「Mac Pro後継機」がどんなものになるかわからず、さらには、M1 Ultra以上の性能が必要な領域をどう定義するのか、という話もあるので、「超ハイエンド向けの戦略」を再度整理する必要はあるのかもしれない。

 

ただ、そもそもアップルが外付けGPUを今後サポートするのか、UMA構造を捨てて大容量メモリーに対応するつもりがあるのかなど、この辺の戦略は本当に見えない。やらないわけにはいかないが、“2つの次は4つ”のような、シンプルにつなぐMシリーズの数を増やすのも困難だ。正確には、性能効率を維持したまま3つ以上のMシリーズをくっつけて1つのプロセッサーにするのは難しい、といった方がいいかもしれない。

 

そう考えると、アップルの戦略で“カードが裏のまま伏せられている”のが超ハイエンド向けであり、いつカードが表になるかもわかりづらい……というのが実情である。あるとすれば今年初夏にある「WWDC」だが、場合によっては、M2世代をスキップしてM3まで待つ……というパターンもありそうだ。

 

ハイエンドはともかく、もっと性能が低いもの、例えばApple WatchやAirPods、HomePodなどでの戦略はどうなるのだろう? その辺は次のWeb版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】アップルはM1/M2の性能向上幅を一定にした可能性がある

Vol.124-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルの新たな「M2」プロセッサーの話題。飛躍的な進化が難しいプロセッサーで同社が用いた手法を探る。

↑M2搭載のMac miniは、4つの高性能コアと4つの高効率コアで構成される、8コアCPUと10コアGPUを搭載。M2 Pro搭載のモデルは8つの高性能コアと4つの高効率コアで構成された最大12コアのCPUと、最大19コアのGPUを搭載する。いずれも処理能力が大幅に向上している。価格は8万4800円から(税込)。

 

アップルは、MacとiPadに使われる自社設計半導体について、初代モデルにあたる「M1」シリーズから「M2」シリーズへの世代交代をほぼ終えた。

 

M2は2022年6月に発表され、すでに1年近く採用が続いている。一方で、最初に出たのは一般市場向けの無印「M2」であり、プロ向けなどのハイパフォーマンス市場向けの「M2 Pro」「M2 Max」が出たのは今年に入ってからだ。

 

M2が出たとき、アップル製品のファンなどからは“あまり変化がない”との反応もあった。劇的にプロセッサーの構造が変わっているようには見えなかったからだ。

 

確かに、プロセッサーの性能に大きく影響する「製造プロセス」について、M1からM2では大きなジャンプはなく“改良”にとどまっていた。そこで、CPUコアやGPUコアが増えたとはいえ、「ちょっと性能が上がったくらいだろう」と多くの人は捉えていた。

 

そして今年M2 Pro/M2 Maxが登場したとき、「今度はどのくらい性能が上がったのだろう」と疑問に思った人が多かったようだ。

 

両方を試した筆者は、なかなかおもしろいことに気づいた。

 

M1とM2のCPU周りの速度差はだいたい2割程度、GPU周りの速度差は3割程度となっている。では、M1 ProとM2 Proの差はどうか? 実はこれも、CPUで約2割、GPUで約3割となっている。

 

似た名前で技術的な世代も近いが、M1とM1 Proは性能も特質も違うプロセッサーだ。M1 Proは、CPU性能で約7割、GPU性能で約8割の差がある。

 

ではM2とM2 Proはどうか、というと、CPU・GPUともに7割強、M2 Proの方が性能は高い。

 

これはどういうことか?

 

アップルは、プロセッサーの世代が変わる際にしろ、プロセッサーがスタンダードかProかの違いにしろ、明確に性能向上のターゲットを定めて開発しているのではないか……と予測できる、ということだ。

 

プロセッサーが進化する際には、半導体製造技術だけが進化するわけではない。CPUやGPUのコアを構成する技術(マイクロアーキテクチャ)の進化や製造技術の“使い方”の進化、コア同士をコントロールする技術の進化など、複数の要素が絡み合う。その中で「世代差」「製品種別」での性能差にある種の法則性が見えるのは、アップルが“性能向上の割合を一定にして、定期的に世代を切り変えていく”設計思想を持っているのでは……という感触を抱かせる。

 

この辺は、次の「M3」世代が出てこないと正解が見えづらいところだが、アップルなら「さもありなん」とは感じる。なぜなら、半導体は自社が使うために設計しており、他社の事業を忖度してバリエーションを作る必然性がないからだ。製品ブランドの価値を安定させ、持続的に売っていくには、性能向上のイメージもわかりやすい方がいい。

 

アップルの製品戦略とプロセッサー開発戦略の関係が、少し明確になってきた気がする。

 

ただ一方で、「Mシリーズ」を使ったMacについては、まだまだ欠けている要素もある。その点については次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】アップルが「M2」で狙ったプロセッサーの進化の方向性とは

Vol.124-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはAppleの新たな「M2」プロセッサーの話題。飛躍的な進化が難しいプロセッサーで同社が用いた手法を探る。

↑M2搭載のMac miniは、4つの高性能コアと4つの高効率コアで構成される、8コアCPUと10コアGPUを搭載。M2 Pro搭載のモデルは8つの高性能コアと4つの高効率コアで構成された最大12コアのCPUと、最大19コアのGPUを搭載する。いずれも処理能力が大幅に向上している。価格は8万4800円から(税込)。

 

プロセッサーの進化にあるGPU向上との相乗効果

アップルは2月3日から、新しいMacBook ProとMac mini、そして第2世代HomePodの発売を開始した。アップルの新製品登場サイクルとして、2月の発売は少し珍しい。例年だと3月と4月が多く、しかも教育市場向けが中心になりやすい。これからアップルが別の製品を発表する可能性もあるが、とりあえず、アップル“2023年の1手目”は、どちらかと言えば「高性能指向」だったと言えるだろう。

 

HomePodを除く2つの製品に共通しているのは、プロセッサーが進化したことだ。2020年にデビューした、初代Mac向けApple シリコンである「M1」シリーズから、22年に登場した新世代の「M2」シリーズに変わったのだ。安価なMac miniは「M2」になり、MacBook Proを含むハイエンドモデルは「M2 Pro」「M2 Max」になった。

 

製品の魅力を高めるため、プロセッサーの性能が上がっていくのは当然の流れだ。一方で、プロセッサーの性能は簡単には上がらない。特に20年から22年までについては、半導体製造技術が踊り場を迎えた時期にあたり、大幅な性能アップを伴う進化は24年後半に来る……と予測されていた。

 

そのため、M2やさらにハイエンドモデルであるM2 Proなどは、性能向上が小幅になるのでは、と言われる時期もあった。

 

だが実際に登場してみると、M2シリーズを搭載した製品は十分に性能アップしていた。

 

ただし、性能向上には少し秘密がある。CPU性能よりも、GPU性能の方がより大きく向上していたのだ。

 

GPUの性能を少し上げ、そのうえで数を増やす

プロセッサーの性能を上げるにはいくつかの方法論がある。もっともシンプルなのは、CPUコアやGPUコア、ひとつひとつの処理能力を上げることだ。同じ半導体製造技術を使っていても、こうすれば性能はより上がる。ただし、劇的に高性能なコアを作るのは難しいので、少しずつ改善していくことが多い。

 

次の方法は、プロセッサーを構成するCPUコアやGPUコアの数を増やすことだ。

 

一般論として、半導体製造技術が上がると、似た面積・コストの中に詰め込めるトランジスタの数が増えるので、コア数を増やすのは容易になる。しかし、そうでない場合にも、プロセッサーの面積を大きくすることでコア数は増やせる。そのぶんコストと消費電力が上がりやすい、という欠点はある。

 

アップルがM2シリーズで採ったのは、“少しコアの性能を改善し、その上でコア数を増やす”ことだ。特にGPUコアを増やすことでGPU性能を前の世代に対し3割以上向上させている。ProやMaxでは、ゲームやリアルタイムCG制作でGPUの重要度が高まっているので、性能向上の方向性としてはわかりやすい。プロセッサー単位でのコストは上がっているわけだが、製造技術がこなれてきたことで、そのぶんをカバーできている可能性が高い。

 

ではアップルは、今後どのようにApple シリコンを進化させるのか? またHomePodが久しぶりに登場したことにどんな意味があるのか? その辺は次回以降で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】初期のEVは「運転以外でいかに良い要素を搭載できるか」が差別化ポイント

Vol.123-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニー・ホンダモビリティがCES 2023で披露したEVの話題。これから登場するEVに期待したいところを見ていく。

↑AFEELA(アフィーラ)というブランド名は同社がモビリティ体験の中心に掲げる「FEEL」を表したもの。本プロトタイプをベースに開発を進め、2025年前半に先行受注を開始し、同年中に発売を予定。デリバリーは2026年春に北米から開始する

 

EVがスマートフォンのように“ソフトで決まる”時代が来ると、どうなるのだろう?

 

もちろん、自動運転・運転補助などの出来が重要であるのは間違いない。ただ、それは当然のようにどのメーカーも競う、基本的な部分になると考えていい。そうすると、特に初期に差となってくるのは“運転以外の部分でいかに良い要素を搭載できるのか”ということだ。

 

そこでは、自動車に搭載されているセンサーをいかにほかのことに活用するかが重要になってくるだろう、と予測している。たとえば、自動車にはカメラやLiDARを使った距離センサーが搭載されているが、それを自動車や人を避けるために使うのは当然と言える。

 

だが、そのセンサーを使い「ドライバーがこれからいく場所で雨が降りそうなら教える」とすればどうだろう? ちょっとしたことだが、いままでの自動車とは違った要素が生まれる。

 

要は、スマホで「アプリからセンサーを使う」ようなものなのだ。現状では、どんな使い方が良いかはまだわからない。それはスマホのときも同じだった。だが、初期に「モーションセンサーを使ってビールを飲む画像を出す」アプリが作られたように、とてもくだらない使い方からでも、始めてみることに意味がある。そのうち、EVに向いた新しい用途が開拓されてくることだろう。

 

特に今後は、自動運転の進歩により、“自動車に乗っているが、運転はしていない”時間も長くなっていく可能性がある。そんな時間をどう快適に過ごすか、そのためにどんな機能が必要となるのか、もポイントになってくる。そこでは単に「カーオーディオが充実している」レベルを超えるなにかが求められるはずだ。自動車内のディスプレイでゲームをする機会は少ないだろうが、これから行く場所や交通状況などを3Dグラフィックスで表示するケースも増えていくので、ゲーム機クラスの処理性能を求められるようになるとも予測されている。

 

ただこうなると問題になるのは、「スマホやゲーム機は安価で、数年おきに買い替えることもできるが、自動車はそうもいかない」という点だ。ソフトで機能が変わるということは、機能アップに耐えられるだけの性能を持ち、10年単位という“クルマのライフサイクル”のなかでも、IT機器としての性能が陳腐化しない方法論を考える必要が出てくる。

 

そのためAFEELAは、発売段階から「数年先を見据えた処理性能」を搭載することになる、と考えられている。もともと高級車を狙っており、IT系のパーツで高価なものを選んでも価格面でのバランスは取れるだろう。その先には、内部のプロセッサーなどを交換できるようにするかもしれない。

 

どちらにしろ、EVでは従来の車と異なり、プロセッサーの性能なども気にする必要が出てくるだろう。そうなったらまさに“スマホのような存在”と言えるかもしれない。

 

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【西田宗千佳連載】ソニー・ホンダのAFEELAに見る「EVはスマホ化する」仕組みと理由とは

Vol.123-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニー・ホンダモビリティがCES 2023で披露したEVの話題。EV設計の考え方を解説する。

↑AFEELA(アフィーラ)というブランド名は同社がモビリティ体験の中心に掲げる「FEEL」を表したもの。本プロトタイプをベースに開発を進め、2025年前半に先行受注を開始し、同年中に発売を予定。デリバリーは2026年春に北米から開始する

 

ソニー・ホンダモビリティの川西 泉社長兼COO(最高執行責任者)は、「AFEELA」のプロトタイプのデザインコンセプトについて「スマートフォン」と明言している。確かに非常にシンプルな線で構成されており、フィーチャーフォン=既存のスポーツカーと定義すると、スマートフォン=AFEELAと言いたくなるような形状ではある。

 

これはかなりコンセプチュアルな話であり、彼らとしては見た目でEVとしてのコンセプトを表したい……という意識で作ったのだろうと考えられる。

 

すなわち、自動車がガソリンベースからEVになっていくことで、フィーチャーフォンからスマートフォンに変わったような変化がやってくる、と強く主張したかった、という話である。

 

なぜそうなるのか? それはEVをどう設計するのか、という考え方の問題になってくる。

 

ソフトウェアで機能が変わるのであれば、それを司るプロセッサーや、実行に必要なメモリーなどは十分な容量が必要になる。だが、従来のガソリン車に近い考え方で自動車を作ると、「処理」は自動車を構成する部品のひとつでしかない。多少の修正は効く、アップデートが可能なように作ることはできるが、“性能が余る”ほど与えるとコストに跳ね返ってくるので、できるだけギリギリのプロセッサーしか採用されない。逆にそうなると、アップデートでできることも限られてくる。

 

過去はそれで良かった。エンジンや足回りの完成度が自動車の出来を決める部分であり、ソフトウェアは付加価値に過ぎなかったからだ。

 

だが、今後は違う。EVになりモーター駆動になると、エンジンの時代に比べ、差別化できる領域は減ってくる。

 

もちろん過去の自動車開発で培ったノウハウは重要だし、安全性能まで視野に入れると、そんなに簡単にEVを作れるわけではない。とはいえ、EVとしてのサイズや用途が異なっても、ガソリン車時代のように多数のエンジンやプラットフォームを開発する必然性は薄くなる。同じ機構のプラットフォームを、EVのサイズや用途に合わせてバッテリー搭載量を変えるなどの“カスタマイズ”でカバーできるようになってくる。

 

そうすると、EVを他社と差別化するには、ソフトの領域と、アップデートでの価値向上が大きな役割を果たすようになる。そうなると、スマートフォンの差異がソフトやそれを支えるプロセッサーで決まったように、EVについても、いかに高性能なソフトを走らせる“余力のある”ハードを搭載し、ソフトでの違いを際立たせられるのか……という話になると考えられる。

 

これはまさに、フィーチャーフォンとスマートフォンの違いである。そこでQualcommがソニーに接近してくるのも、また不思議な話ではない。

 

では、AFEELAでは具体的にどんなことができるようになるのか? その予測については、次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】EVだけでは、自動車も社会も変わらない

Vol.123-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニー・ホンダモビリティがCES 2023で披露したEVの話題。今のEVの立ち位置をとらえ直す。

↑AFEELA(アフィーラ)というブランド名は同社がモビリティ体験の中心に掲げる「FEEL」を表したもの。本プロトタイプをベースに開発を進め、2025年前半に先行受注を開始し、同年中に発売を予定。デリバリーは2026年春に北米から開始する

 

自動車の中身を知らない人には意外なことかもしれないが、現代の自動車はすでにコンピューターなしでは成り立たない。バックモニターやナビなどにコンピューターが必要なのはわかりやすいところで、省エネ性能や排ガス規制をカバーするためには、エンジンでの微細な燃焼コントロールは不可欠。ドアの鍵制御にだってコンピューターは必須で、すでに自動車内にはネットワークが張り巡らされている。

 

とはいうものの、ここから電気自動車(EV)の普及によって起きる「ソフトウェア制御」は、もっと高度なものになる。モーターをベースとしたEVでは、効率的かつ快適に走るには、ほとんどの部分をコンピューター制御で動かす必要があるからだ。また、現在のモーター+バッテリーは、単純な馬力や燃費では、ガソリンエンジンに敵わない。そのため、加速性能の快適さや高度安全運転など、ソフトウェアの力で制御できる部分で差別化し、ガソリンエンジン車に負けない車を作らねばならない。

 

ただ、冒頭で述べたように、自動車の電気制御はすでに当たり前になっている。特にハイブリッド車が登場して以降、その重要性は高まるばかりだ。だとするなら、それがEVになっても本質的な変化ではない……と考えることもできる。

 

だから「EV」といっても、その設計思想によって、実際の自動車としてのあり方は大きく変わる。シンプルなEVとテスラのようなEVでは、考え方がまったく異なるのだ。

 

結局のところ、走るための“パワートレーン”を電気にしても、それは“自動車からのCO2排出量が下がる”だけに過ぎない。発電所の稼働量などを考えると、それだけで良いことがある、というわけでもないのだ。

 

自動車は高価で、本質的には危険な乗り物である。パワートレーンの大幅な変更は、“自動車がより安全で快適な乗り物にすること”とセットでなければ進まない。だから、自動運転や高度安全支援の話がセットで語られる。自動車の乗り方・使われ方からエネルギー供給の仕組みまで、全体が変化して初めて“ガソリンから電気へ”の変化が価値を持ってくることになり、そこでは「ソフトウェアでの処理」が重要である……ということなのだ。

 

ただ、走ることに特化したソフトウェア処理の場合、実は個人向けより、企業向けの方が大きなインパクトを持つ。メンテナンスの簡素化や自動運転・高度運転支援などの効果により、輸送管理のコストが下がることに大きな価値がある。

 

とはいうものの、ソニー・ホンダモビリティの「AFEELA」も、テスラも、個人向けのEVである。

 

個人向けのEVでは、また別の形でソフトによる進化が期待されているのだが、それはどういう部分になるのだろうか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ソニー・ホンダが目指す「自動車のスマホ化」

Vol.123-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニー・ホンダモビリティがCES 2023で披露したEVの話題。同社がEVで目指すクルマの新しい在り方とは何か。

↑AFEELA(アフィーラ)というブランド名は同社がモビリティ体験の中心に掲げる「FEEL」を表したもの。本プロトタイプをベースに開発を進め、2025年前半に先行受注を開始し、同年中に発売を予定。デリバリーは2026年春に北米から開始する

 

スマホへの変化のようにクルマも変化していく

ソニー・ホンダモビリティは、年初に米ラスベガスで開催された「CES 2023」のソニーグループ・ブースで、同社のEV(電気自動車)「AFEELA(アフィーラ)」のプロトタイプを公開した。

 

ソニーは2020年にEVの試作車「VISION-S」を公開。2022年にはホンダとの協業による市場参入を正式に発表している。それを受け、今年は、市場投入に向けたプロトタイプを公開した……という流れだ。

 

展示自体は静止した形で行なわれたが、中身はできていて、走るクルマだ。ただ公開されたのはプロトタイプであり、そのままの形で市販されるものではない。

 

VISION-SとAFEELA・プロトタイプの最大の違いは“デザイン”だ。VISION-Sはスポーツカーらしいデザインだったが、AFEELAはかなり線がシンプルになった。

 

「まるでスマホのようだ」

 

そう思ったなら、直感は正しい。ソニー・ホンダモビリティの川西 泉社長は、AFEELAへの変化の背景にある思想を“フィーチャーフォンからスマートフォンへの変化”に例える。

 

フィーチャーフォンの時代、携帯電話のデザインは複雑だった。中身としての機能では差別化しづらかったからだ。だがスマホになると、機能の多くはソフトで実装されるようになった。差別化はハード+ソフトで行なわれるようになり、デザインはシンプル化していくようになった。

 

カスタマイズや進化がEVで当たり前になる

自動車はEVになると、ソフトウェアで制御される領域が多くなっていく。だとすれば、差別化要因はソフトウェアの進化で生まれることになるだろう。そして、デザインはよりシンプルになるのでは……。そんな発想から、デザインのトレンドから外れた、シンプルな線で構成されたAFEELAのデザインが生まれたと川西社長は語る。

 

デザインには賛否両論あると思う。その点も含め、「あくまでプロトタイプであり、製品はこのままとは限らない」と川西社長は説明する。しかし「基本的にはこのラインで行く」とも語っているので、“スマホ的な変化”を軸に据えていくことだけは間違いないようだ。

 

EVでクルマがスマホ化するとはどういうことなのか? ポイントは2つある。

 

ひとつは「カスタマイズが当たり前になる」ということ。自動車のカスタマイズといえば、パーツ交換や内装の変更を指した。だがスマホでは、アプリの入れ替えや壁紙の変更は当たり前。同じスマホでも、使っている人によって姿は違う。EVも、車内にあるディスプレイの見た目や、そこで使われる機能を自分で変えられるのはもちろん、ナビゲーションや“乗り味”など、走行に関する機能を変えられるようにもなる。

 

次は「進化」。スマホがOSのアップデートやアプリの追加で進化するように、EVも進化する。テスラのように、発売後アップデートで機能が変わる自動車も増えていくが、AFEELAも同様に、機能やアプリ追加をしていくことで、進化するEVになることを目指している。

 

もちろん、こうした要素を加えていくには、従来の自動車とは作り方を変える必要が出てくる。それはどういうことなのか? その点は次回以降解説する。

 

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【西田宗千佳連載】2024年メドにアップル、インテル、クアルコムが争う!? CPU大進化の兆し

Vol.122-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが自社PCで採用し始めたARM系CPUの話題。今後のCPU進化のロードマップを追う。

↑マイクロソフト「Surface Pro 9」。実売価格16万2580円~。13インチの「PixelSense ディスプレイ」を搭載した2 in 1のタブレットPC。CPUはIntel Evoプラットフォームに対応した第12世代Intel Coreプロセッサー、もしくは5G接続を備えたQualcomm SnapdragonベースのMicrosoft SQ3プロセッサーから選ぶことができる

 

前回解説したように、いまのARM版Windows 11搭載製品は、x86系のものに近い使い勝手になっている。だが、x86系に比べてトップパフォーマンスでは劣るため、製品にするとコストパフォーマンスの面で劣る……という事情がある。

 

Windows用のARM系プロセッサーではQualcommのSnapdragonシリーズのシェアが大きいのだが、同社としてはSnapdragonのCPUパフォーマンスを向上し、こうした課題に対応する必要に迫られている。アップルがAppleシリコン、特にMac向けのM1やM2で評判を高めたように、次世代のSnapdragonでインテルのシェアを食うようなプロセッサーが必要、ということになるわけだ。

 

そこで現在、Qualcommが開発中なのが「Oryon」と呼ばれるCPUだ。SnapdragonのようなSoCは、CPUにGPU、機械学習用のコアなどを集積して作られる。そのなかでもOryonはCPUコアのブランドで、現在Snapdragonで使われている「Kyro」に変わって使われるようになる。OryonもKyroもARM系CPUで、同じ命令で動くものであることに違いはないのだが、処理の効率などが異なってくると考えられる。

 

現状、2023年のどこかの段階でOryon搭載のSnapdragonが登場し、スマホ向けとPC向けで、それぞれ大幅な性能向上を目指すと見られている。Oryonを作っているのは、その昔アップルでAppleシリコンのひとつである「Aシリーズ」の開発に携わったチーム。メンバーの幾人か独立して生まれた「Nuvia」という会社をQualcommが買収、現在Oryonが作られている……という流れになっている。

 

ただ現状、OryonがどういうCPUになるのか、詳しい情報は公開されていない。2023年に詳細が発表され、2024年以降にはOryon搭載の高性能Snapdragonが出てくる、と予想されている状態だ。だから、そのときのSnapdragon搭載Windows PCがどの程度の性能・快適さになるかはわからない。

 

ひとつ言えるのは、Oryon搭載Snapdragonが出てくるタイミングが、インテルが大幅刷新する「第14世代Core iシリーズ」が登場する時期と重なりそうである……ということだ。

 

Appleシリコン登場以降、各半導体メーカーには性能向上・性能変化へのプレッシャーが強くなっていた。その結果が明確に出てくるのが、2023年後半から2024年という時期になった、という風に考えてもいいだろう。当然、アップルも黙って見てはいない。M1からM2への進化は小幅なものだったが、2024年をターゲットとすれば、半導体製造技術の進化も見えてくるため、より高性能なプロセッサーを発表してくることが予想される。

 

そう考えると、2023年からの2年間くらいは、久々にPC向けプロセッサーが大きく進化し、ノートPCで大きな競争が起きるタイミングになる……ということになりそうだ。だから、2023年前半にPCを買うのはちょっともったいない時期でもありそうなので、特に省電力性を重視したノートPCを買おうと考えている人は、買い替えサイクルや価格などと相談しながら選ぶようにしてほしい。

 

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【西田宗千佳連載】なぜWindowsには、アップルが採用するARM版PCが少ないのか

Vol.122-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが自社PCで採用し始めたARM系CPUの話題。Windows PCになかなか搭載されない理由を探る。

↑マイクロソフト「Surface Pro 9」。実売価格16万2580円~。13インチの「PixelSense ディスプレイ」を搭載した2 in 1のタブレットPC。CPUはIntel Evoプラットフォームに対応した第12世代Intel Coreプロセッサー、もしくは5G接続を備えたQualcomm SnapdragonベースのMicrosoft SQ3プロセッサーから選ぶことができる

 

WindowsというとインテルやAMDなどのx86系CPU向けのOS、というイメージが強いと思う。だが実際にはそうではない。Windowsは極々初期からx86系以外のCPUにも提供はされていたのだ。

 

ただ、x86系以外のWindowsを使ったことのある人は非常に少ないだろう。過去のものはx86系のWindows向けに作られたソフトや周辺機器が使えなかったので、特殊な業務くらいにしか使えなかったのだ。

 

2012年、Windows 8の登場に合わせて「Surface」が出たとき、ARMを使ったよりタブレット的な製品として「Surface RT」が出た。これはARM版Windows 8を使った製品だったのだが、やはりx86系向けのソフトは使えなかったので、あまり売れなかった。

 

それが変わったのは、ARM版のWindows 10が発売されてからだ。こちらではついにx86系のアプリを動かす機能が用意され、実用性が高まってきた。ただ、このタイミングでは「32ビット版」のx86系ソフトが動作したのみなので、64ビット版アプリが全盛のいまでは少々厳しかった。

 

そして、さらに状況が変わったのがWindows 11以降だ。こちらではついに、x86系アプリを動かす機能が64ビット版アプリにも対応。ほとんどのソフトが動作するようになった。ゲームなども、動作が軽いものなら問題なく動くようになったほどだ。

 

ARM系プロセッサーを使ったSurface Pro 9に組みこまれているのもこのARM版Windows 11だ。筆者も実機を試してみたが、正直x86版との差はほとんど感じられない。

 

「ならば、もっとARM版Windows搭載機が出てきてもいいのでは」

 

そう思う人もいそうだ。確かにそうなのだ。

 

だが問題は、現状のARM系プロセッサーを使ったPCが“安くはならない”ことにある。スマートフォンやタブレットのプロセッサーを出自とするARM系の製品は、現状、x86系プロセッサーに比べると性能では劣る。メインメモリーなども少なめだ。そうすると、全体のスペックではx86系に劣るにも関わらず、生産数量が少ないこともあって、似たような価格帯になってしまう。つまり、よほどこだわりがない限り、x86系のものを購入するのがおトク……ということになってしまうのである。

 

Surface Pro 9は、ARM版については5Gでの接続機能を搭載することで差別化しているものの、価格的にはやはり、x86系に比べ割高。その事情をわかって買う人向けであり、まだちょっとマニアックな製品でもある。

 

この悪循環を変えるには、ARM系であってもx86系と同等以上のパフォーマンスを実現できるプロセッサーが必要になる。アップルがAppleシリコンでx86版を凌駕して移行を促進したように、少なくとも、x86系とARM系が同列で戦えるようにならないといけない。

 

というわけでクアルコムは現在、ARM系新CPU「Oryon」を開発中である。それはどんなものになるのだろうか? その辺は次回説明しよう。

 

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【西田宗千佳連載】M1/M2 Macの登場が、新SurfaceのCPUにテコ入れを促した?

Vol.122-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが自社PCで採用し始めたARM系CPUの話題。Appleシリコンを含め、現在のCPU勢力図を解説する。

↑マイクロソフト「Surface Pro 9」。実売価格16万2580円~。13インチの「PixelSense ディスプレイ」を搭載した2 in 1のタブレットPC。CPUはIntel Evoプラットフォームに対応した第12世代Intel Coreプロセッサー、もしくは5G接続を備えたQualcomm SnapdragonベースのMicrosoft SQ3プロセッサーから選ぶことができる

 

ノートPC向けとして性能が高く、消費電力が低く、完成度が高いプロセッサーはなにか?

 

以前であれば、かなり議論が分かれたことだろう。だがいまは「Appleシリコンを使ったMacである」という点を否定する人は少ないのではないか。

 

実際そのくらい、MacはAppleシリコンの世代になることで完成度を上げた。スマートフォンに近いアーキテクチャを採用したうえで、高帯域なバスで接続されたメインメモリーをCPU/GPUで共有するUMA構造を採用したM1・M2は、現状のノートPC向けとしては非常に優れた存在である。

 

そのため、「AppleシリコンはARMベースだから快適」「ARMだから消費電力が低い」と言われることも多い。

 

だが、それは少々違う。

 

CPUがx86系の命令を使っているのか、それともARM系の命令を使っているのかは、消費電力にはさほど影響していないことが知られている。

 

AppleシリコンはARMだから優秀なのではなく、構造が優秀なのだ。また、ハードもソフトも自社で最適化を進めており、結果として快適な製品ができあがっている。

 

AppleシリコンでMacが良い製品になったのは喜ばしいことだ。だが、世の中Macだけがあればいいわけではない。ほかのPC、Windowsをベースとした製品の価値をどう上げていくか、ということも同様に重要だ。

 

現状、消費電力の制約が小さい“ハイパフォーマンス”領域では、MacよりWindowsのほうが有利だ。最高性能のGPUとAppleシリコンに搭載されているものを比較すると、NVIDIAやAMDのGPUの方が性能は高い。

 

ただ、PCの主力はノート型であり、日常的な利用での消費電力の低さも重要になっている。すなわち、性能の高さと消費電力の両立が重要になっているわけだ。

 

すでに出荷が開始されている第12世代Core iシリーズ(開発コード名Alder Lake)は、以前に比べ性能が向上し、消費電力面でも改善が見られる。だが、搭載ノートPCの発熱を含めた快適さでは、もう一歩進歩が必要だ。

 

2023年前半に本格的な出荷が始まる次の第13世代は、性能向上が著しいと予想されている。ゲームやクリエイター向けの作業では、いままでの世代に比べ2割から4割のもの性能向上が見込まれている。ただ、消費電力の面ではさほど変化はなさそうだ。

 

そうすると、ノートPC向けの本命はさらに次、第14世代となる「Meteor Lake」かもしれない。こちらもプロセッサーとしては2023年の出荷が予定されているものの、ノートPCの形で世の中に広がるのは、2024年以降と考えて良さそうだ。

 

Meteor Lakeはプロセッサーを作るための半導体プロセスと、半導体チップをプロセッサーとして作り上げる「パッケージング技術」を大きく変えるため、大きなジャンプアップになる可能性がある。だから、2024年以降のPCはかなり商品性が変わってくる可能性はあるわけだ。

 

とはいえ、実際の性能がどうなるかチェックして内容がわかってくるまでには、まだ1年半近くかかる可能性があるわけで、“そこまで待っていられない”人もいそうだ。

 

というわけで、マイクロソフトは、Surface Pro 9を製品化するうえで、「性能重視・保守的な市場向け」にインテルCPUを搭載したモデルと、「省電力とモバイル通信重視」のARM版(クアルコムとマイクロソフトの協業によるSQ3搭載)を作ったのだと思われる。

 

では、ARMプロセッサーを搭載したWindows PCの現状はどうなのか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】なぜSurface Pro 9ではいつもと違うCPUを採用したのか

Vol.122-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが自社PCで採用し始めたARM系CPUの話題。これまで主流だったx86系と異なる点は何か。

↑マイクロソフト「Surface Pro 9」。実売価格16万2580円~。13インチの「PixelSense ディスプレイ」を搭載した2 in 1のタブレットPC。CPUはIntel Evoプラットフォームに対応した第12世代Intel Coreプロセッサー、もしくは5G接続を備えたQualcomm SnapdragonベースのMicrosoft SQ3プロセッサーから選ぶことができる

 

エミュレーションによりCPUの垣根を取り払う

2022年秋にマイクロソフトが発売したPC「Surface Pro 9」は、いままでの同シリーズとは少し違う点がある。

 

PCといえば、インテルやAMDなどの「x86」アーキテクチャのCPUがメイン。Surface Pro 9にも、インテルのCore iシリーズを使ったモデルがある。

 

だが今回はいままでと違い、“x86系だけ”ではない。むしろ先に発売されたのは、ARM系アーキテクチャを使った「SQ3」を採用したモデルだ。今回マイクロソフトは、同じSurface Pro 9というPCで、x86系のモデルとARM系のモデルを両方用意し、どちらもメインストリームで販売されている。

 

本来CPUのアーキテクチャが違うと、同じソフトは動かない。だが、CPUの違いを乗り越える「エミュレーション技術」が進化したことにより、話はずいぶん変わってきた。Windows 11にはx86版もARM版もあり、特にARM版の上では、x86向けに作られたWindows用ソフトがエミュレーションで動作するようになっている。

 

ゲームやシステム系ユーティリティなど、一部動かないソフトももちろんあるのだが、大半のソフトがそのまま動作する。また、マイクロソフトのオフィスやアドビのクリエイター向けツールなどには、ARM版も用意されるようになっている。

 

通信に適したARMをマイクロソフトが評価

なぜARM版が必要なのか? このへんは少々事情が複雑だ。

 

スマートフォンやタブレットではARMが主流であり、省電力性能や通信連携については、スマートフォン由来の技術を使ったプロセッサーが有利ではある。Surface Pro 9の場合、ARM版で採用された「SQ3」というプロセッサーは、スマホで大きなシェアを持つクアルコムとマイクロソフトが共同開発したものになっている。そのため、SQ3搭載モデルは高速の5Gでのネットワーク接続機能を標準搭載している。

 

5G接続はインテルCPUでも搭載はできる。また、省電力性能も、高い負荷で処理するならARM系の方が低いというわけでもない。だが、“製品にまとめる”と現状、ARM系が発熱のリスクは低く、動作時間が長く、そして5G機能を搭載しやすい。

 

アップルはインテル製CPUからARM系の自社プロセッサー「アップルシリコン」へ移行して、ノートPCとしての完成度を大きく上げた。アップルはこの2年間で、自社プロセッサーがMacにも向いていることを明確に証明した。あまり発熱せず、それでいて必要時には高い性能を出せるため、インテルCPUを採用していたときより、Macの評価は上がっている。

 

だが、WindowsではそこまでARM系プロセッサー搭載モデルは成功していない。理由は主にコストパフォーマンスだ。インテル、もしくはAMDのx86系のほうが性能は良く、価格も安いと言えるからだ。

 

とはいえ、マイクロソフトが“自社PCで同列に扱う”ほど評価している、ということが見えてきた。大きな変化の兆しだ。

 

では、今後インテル系CPUはどうなるのか? クアルコムなどのプロセッサーはどう性能を上げていくのか? そのあたりは次回以降で詳しく解説する。

 

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【西田宗千佳連載】スティック型・据え置き型それぞれに利点。映像配信用デバイスの選び方

Vol.121-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは映像配信サービスにおけるAmazonとAppleの覇権争い。どちらも専用デバイスを販売しているが、どう選んだらいいのか。

↑Amazon「Fire TV Cube」(1万9980円)。オクタコアプロセッサーを搭載し、Fire TV Stick 4K Maxの2倍のパワフルさがウリだ。Wi-Fi 6にも対応した。Fire TVシリーズでは初めてHDMI入力端子を搭載し、Fire TV Cubeと接続したブルーレイレコーダーなどを楽しんでいるときも、Alexaのサービスを利用できる

 

前回述べたように、映像配信を見るなら「映像配信専用デバイス」がオススメだ。ただし、どれを使うべきかはいろいろと好みや事情によって違いが出るだろう。

 

映像配信用デバイスは大きく「Android系」と「Apple系」に分かれる。前者はAmazonの「Fire TV」シリーズとGoogleの「Chromecast with Google TV」がある。Fire TVはAmazonのアプリストアを使い、Chromecast with Google TVはGoogle Playを使うところが違う。とはいえ、映像配信に使う場合、そこまで大きな差はない。

 

Apple系の場合には「Apple TV」一択。TVerやNHKプラスなど、日本のテレビ局系のサービスに弱いのが欠点だが、動作はもっとも快適だ。

 

Fire TVの場合、安価な「Fire TV Stick」とその上位機種で4K表示ができる「Fire TV Stick 4K Max」、さらに四角い形状でハイエンドモデルの「Fire TV Cube」がある。スティック型はどちらも数千円以内で購入できるが、「Fire TV Cube」は2万円弱と高い。Apple TVも同様に2万円弱だ。

 

スティック型は安価で小さいのが利点。旅行先などに持って行って使うこともできる。ただし動作速度は遅めで、どうしても快適さでは劣る。

 

2万円前後のハイエンドモデルは、4KやHDR、Dolby Atmosなど画質・音質面でより上位の規格に対応しているうえに、動作が快適だ。

 

実はPlayStation 4/5やXbox Series S/Xのようなゲーム機も、ハイエンドな映像配信デバイスに近い性能・機能を持っている。こちらでもいいのだが、消費電力が映像配信デバイスよりも大きくなること、リモコンで操作する際には別売の専用リモコンを購入する必要があることなどの欠点もある。

 

棲み分けとしては、「低価格ですぐに始められるスティック型」と「高価になるが画質・音質・快適さの面で優れている据え置き(ハイエンド)型」という感じだろうか。数年使い続けるなら、2万円程度のハイエンド製品を買っておいた方が後悔し辛いと思う。前回、「最新のテレビを買って内蔵機能で4年視聴し、その後の4年は映像配信機器で視聴する」という考え方をオススメしたが、このときに選ぶべきはハイエンド型、という想定なのだ。

 

一方、スティック型は気軽さが重要。リビング以外でサブ的に使うなどの用途に向く。特に最も安価な「Fire TV Stick」は、バーゲンなら2500円以下で買えるときもある。このくらいの価格になるなら、メインのほかに1本持っていてもそこまで負担にはならない。前出のように旅行先で使うとかいう形でもいいだろう。ホテルのテレビで好きな映像配信をそのまま見られる、というのは便利だ。

 

なお、Amazon・Google・Appleの映像配信デバイスは、どれも「スマートホーム」の操作デバイスにもなる。スマートホームを導入する場合にそのメーカーのプラットフォームを起点にするのかも考えて、導入を検討してほしい。

 

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【西田宗千佳連載】映像配信は、テレビと専用デバイスのどちらで楽しむのがオススメ?

Vol.121-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは映像配信サービスにおけるAmazonとAppleの覇権争い。映像配信サービスを楽しむオススメの方法を解説する。

↑Amazon「Fire TV Cube」(1万9980円)。オクタコアプロセッサーを搭載し、Fire TV Stick 4K Maxの2倍のパワフルさがウリだ。Wi-Fi 6にも対応した。Fire TVシリーズでは初めてHDMI入力端子を搭載し、Fire TV Cubeと接続したブルーレイレコーダーなどを楽しんでいるときも、Alexaのサービスを利用できる

 

前回の連載でも述べたが、日本での映像配信の普及は、他国に比べ遅れた。理由は複数ある。

 

おそらく最も大きいのは、地上波のテレビが強すぎて「毎月映像サービスにお金を払う習慣」が希薄だったことだろう。衛星放送やケーブルテレビもあるが、普及は500万世帯を超えるくらいが限界で、なかなか伸びてこなかった。

 

また前回解説したように、家庭でのPC利用率の低さも問題だろう。ネットサービスの受け皿がスマートフォンだけになってしまうので、初期のサービス拡大には不利。スマホが普及するまでブーストがかかりづらくなるからだ。日本で2010年代前半に映像配信が広がりづらかったのは、まだスマホが定着しきっていなかったから、という部分もある。

 

とはいえ結果的にだが、それは「テレビで見る」には良いタイミングだったと言える。テレビ単体で快適に映像配信が見られるようになったのは2014年頃から。テレビのプラットフォームが「モダン化」し、アプリの形で映像配信サービスを追加・刷新していける形になったあたりから、テレビでの対応もやりやすくなり、品質も上がってきた。昔はかなり動作が遅かったが、最新のテレビならどれも映像配信は普通に見られる。

 

一方古いテレビであっても、Amazonの「Fire TV」やAppleの「Apple TV」、Googleの「Chromecast with Google TV」などの専用デバイスを購入すれば簡単に機能を追加できる。これらの機器のコスト・品質の向上も、映像配信の普及には大きく貢献している。過去にはそうした用途をゲーム機が担っていたが、いまや映像配信デバイスは安ければ数千円で買えるので、ゲーム機より安く済む。ゲーム機があるならそれで済ませてもいいが、付属のリモコンで操作できるなど、映像配信デバイスの方が便利な点も多い。

 

数千円で手に入る映像配信デバイスはお手頃なので、映像配信事業者も推奨しているくらいだ。ABEMAは11月20日に開催した「FIFAワールドカップカタール2022」を、国内向けに全試合無料配信している。そこではAmazonと提携して視聴者にFire TVを抽選でプレゼントするキャンペーンも実施している。

 

では、テレビと専用デバイスはどちらがいいのか?

 

テレビを買い替えるのは最も画質面で有利な選択だ。だが、テレビが古くなると性能面で課題が出てくる。筆者の私見で言えば、テレビの寿命を8年と見積もって、最初の4年は内蔵のネット配信視聴機能を使い、後半の4年はテレビに接続する「そのときの最新の専用デバイス」で視聴するのがオススメではある。

 

テレビに接続する映像配信デバイスの場合にも選び方はある。実のところ、安価な数千円のデバイスだと動作速度・快適さの面で課題を感じる。初めのうちはそんなに気にならないかもしれないが、毎日のように映像配信を使うようになると不満に感じそうだ。

 

そうすると、Amazonの「Fire TV Cube」やAppleの「Apple TV」のような少し高級なモデルの方が快適で長持ちする……ということになってオススメだ。

 

では、高級な映像配信デバイスとスティックタイプの低価格機ではどこが違うのか? 次回はその点を解説する。

 

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【西田宗千佳連載】映像配信先進国のアメリカと後進国の日本。差はどこで生じたか

Vol.121-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは映像配信サービスにおけるAmazonとAppleの覇権争い。そもそも日本とアメリカで映像配信の普及には違いがあることを解説する。

↑Amazon「Fire TV Cube」(1万9980円)。オクタコアプロセッサーを搭載し、Fire TV Stick 4K Maxの2倍のパワフルさがウリだ。Wi-Fi 6にも対応した。Fire TVシリーズでは初めてHDMI入力端子を搭載し、Fire TV Cubeと接続したブルーレイレコーダーなどを楽しんでいるときも、Alexaのサービスを利用できる

 

映像配信というビジネス形態は、インターネットがいわゆる「ブロードバンド」と呼ばれるようになり、家庭でも高速回線を使うのが当たり前になった、2000年代にはすでに存在していた。ブロードバンドの普及が急速に進んだ日本は「映像配信先進国」になり得る可能性があったのだ。

 

ただし、回線インフラ側やサーバーが間に合っていなかったし、コンテンツを提供する側から見れば、まだまだDVDなどが売れていてレンタルビデオ店も盛況だったので、わざわざネット配信に頼る必然性は薄い、と思われていた。そのため、日本は先行するチャンスを逃すことになる。

 

しかし、アメリカではちょっと違った。

 

2006年にAppleがiTunes Storeで映像配信を始めると、MacやiPod(当時のことだから、iPodだけでは通信はできない)で映画を見る人が増えていった。アメリカの場合、広い国土の中を飛行機で日常的に移動している人も多いので、そこでの暇つぶしのために動画を見る人が多かったのである。アメリカの空港には安価なDVDを売る店が多数あったのだが、これ以降急激に店舗数を減らし、2010年頃までにはほとんど見かけないレベルになっていく。

 

そして2007年、当時はDVDの郵送レンタル事業者だったNetflixが、PC向けの「月額料金制映像配信」をスタートする。当初テレビ向けの視聴はゲーム機を介したものだったのだが、2011年頃からはテレビでの対応も広がる。2015年までには、すでにアメリカトップの映像配信事業者になっていた。

 

日本での動きが本格的になるのは2015年頃のことになる。同年、Netflixが国内参入するとの観測を受け、Amazon Prime Videoも国内展開を開始し、Hulu Japanも経営体制を一新、テレビ局も映像配信事業を始めつつ、コンテンツ提供の準備をスタートした。

 

アメリカは世界で最も映像配信の導入が進んだ国であり、日本は導入がゆっくり進んでいる「後発組」だ。冒頭で述べたように、他国に対し先行する機会はあった。しかし、2015年頃に海外系事業者を含めた多数の事業者が参入し、サブスクリプション形式でのビジネス基盤ができあがったうえで、2020年からのコロナ禍である種の強制力が働いた結果、ようやくマスに普及し始めた……と言っていいだろう。

 

日本の場合、家庭でのPC利用率が他国に比べて低く、サービスの基盤となりづらい。結果として、スマートフォンが普及しきったところからのスタートとならざるを得ないので、どうしても他国より遅くなる部分はあったようだ。

 

だがテレビでの視聴を考えた場合、2015年頃からの普及、というのは悪いことばかりではない。むしろちょうど良かったところもある。その辺の事情については次回解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】AmazonとAppleが「テレビ向け映像配信機器」で激突

Vol.121-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは映像配信サービスにおけるAmazonとAppleの覇権争い。顧客獲得に向け両社が目論む配信機器の戦略を探る。

↑Amazon「Fire TV Cube」(1万9980円)。オクタコアプロセッサーを搭載し、Fire TV Stick 4K Maxの2倍のパワフルさがウリだ。Wi-Fi 6にも対応した。Fire TVシリーズでは初めてHDMI入力端子を搭載し、Fire TV Cubeと接続したブルーレイレコーダーなどを楽しんでいるときも、Alexaのサービスを利用できる

 

ハードでの収益よりも継続利用で利益を狙う

日本でも映像配信がかなり浸透してきている。コロナ禍が重くのしかかり、家から出られない日が続いていたころに比べると勢いは落ちたものの、「アマプラ」や「ネトフリ」のコンテンツの話が話題になることもさほど珍しくなくなってきた。

 

映像配信が定着すると、どの国でもテレビでの視聴が増えることがわかっている。最初はスマホやPCで利用することが多くても、良いものだとわかって利用が定着すると、結局ゆっくりと、画面の大きなテレビで観る人が増えてくるわけだ。

 

そこで大きなシェアを持っているのがAmazonだ。同社の「Fire TV Stick」は数千円で手に入り、Amazon Prime Videoはもちろん、NetflixやApple TV+、ディズニープラス、ABEMAなど、一般的に利用されている配信のアプリはほぼ揃っていて、好きな番組が手軽に観られる。

 

Amazonはハードウェアビジネスに大きな利益を乗せないことで知られている。ハードウェアをできる限り安く販売し、Amazon Primeの会費やAmazonでの通販の利用を継続してもらうことで全体の収益を高める、というモデルを採っているからだ。一方、低価格なモデルは動作速度が遅く、使い勝手がいまひとつ良くない。

 

そこで登場したのが「Fire TV Cube」だ。こちらは1万9980円(税込み)と決して安価ではないが、性能が非常に高く、快適に動作するのがウリ。特に10月末に出荷が開始された第3世代モデルは、完成度がかなり高いと評判だ。

 

動作が速くて配信が快適に観られる機器としては「Apple TV」もある。Appleは10年以上この種の機器を展開していて毎回完成度は高いのだが、価格も高めであったため、いまひとつ注目度が低かった。

 

ハードの価格を下げてAmazonに戦いを挑む

だが、11月4日に発売された「Apple TV 4K」(第3世代)は少々異なる。前世代よりも性能を上げつつも、ファンレスになってサイズを大幅に小さくし、さらに価格も1万9800円(税込み)〜と値下げしたのだ。

 

ご存知のように、いまは円安の真っただ中。iPhoneやiPadが例年より高い価格で販売されているなか、若干だが価格が下がっているというのは、Appleが意識的に“Apple TVのコストパフォーマンス・アップ”を図っているということなのだ。

 

映像配信をテレビで観るための機器の需要は、日本だけでなくアメリカでも高くなってきている。そこで“自社のハードウェアを売り込む”ことは、自社の映像配信の利用率を高めることにつながる。幸い、世界で最大のシェアをもつNetflixはハードウェア事業を展開しておらず、今後もその予定がない。ディズニーも同様だ。

 

映像配信の競争も激化している最中。だとすれば両社としては「自社も、ネトフリもディズニーもほかのサービスも観られますよ」という形で自社ハードウェアを売り込んでいく絶好のチャンスということになる。

 

両社の思惑はどう違うのか? どう機器を選ぶべきなのか? そしてどう使うのがおトクなのだろうか。そうした点は次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】新iPhoneの「緊急通報機能」に見る、機能訴求から安心訴求への展望

Vol.120-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新型iPhone。メイン機能ともいえる「緊急通報機能」搭載の背景を探る。

↑iPhone 14シリーズ。11万9800円~。スタンダードなiPhone 14は、5年ぶりに6.7インチの大画面モデルのiPhone 14 Plusが登場。iPhone 14 Proは高速のA16 Bionicチップを搭載し、メインカメラが4800万画素に向上した。どちらも緊急時に指定連絡先に自動で通話する、衝突事故検出機能を搭載している

 

iPhone 14シリーズの隠れたメイン機能は「緊急通報機能」だ。自動車事故を前提とした「衝突事故検出」機能と、衛星への直接通信を使った緊急通報機能が搭載されている。

 

「でも、衛星を使う機能はアメリカとカナダだけで使えるんでしょう?」

 

それはその通り。2つの国は国土が広大であり、自動車や自家用機でちょっと移動するだけで、携帯電話の通じない地域になってしまう。日本でも山の中などでは通じないが、道がある場所ではなんとかなるもの。しかしアメリカ・カナダの場合、道があっても周りに街がなければ、電波は通じないのだ。そうした地域のことを考えると、こうした「緊急時の機能」が求められるのはよくわかる。

 

一方で、Appleはなぜここでこの機能をアピールしたのだろうか? 理由は、長期的な展望にあるのかもしれない。

 

特に衛星での緊急通報について、Appleは自社でサービスを構築し、低軌道衛星を提供する会社にも自社でかなりの費用を負担しているという。他社も同じことをやってくる可能性はあるし、そもそも携帯電話事業者が手がける領分であるような気はするが、一方でAppleは、「先に自社でサービス網を構築しておく」ことによってサービスで先行できる。

 

身も蓋もない言い方だが、「Appleにお金を払い続けることで、万が一のときに命が救われる可能性を高める」ことになるわけだ。これは保険と同じ考え方と捉えるとわかりやすい。万が一のために高い料金を払うことで、助かる可能性を買っているわけである。

 

ほかのスマホメーカーや携帯電話事業者が乗り出してくれば、差別化要因ではなくなるだろう。だが、「万が一」のために各社はコストを払い続けるだろうか? 低価格な製品ではそのコストがビジネス上、割に合わない可能性はある。

 

また別の見方として、システムと運用体制さえ構築すれば、衛星を使った緊急通報は、アメリカ・カナダ以外でも提供できる。日本でだって、緊急通報を受けつける当局と条件を詰め、その上で日本向けにサポート体制を整えればできる。簡単なことではないが、Appleにとって無理な話でもない。

 

スマホの性能がこの先もどんどん上がっていく……と考えるのは難しい。向上した性能を求める層が今より小さくなる可能性は高く、そうすると価格が高いiPhoneが売れなくなる可能性も出てくる。

 

そこで顧客に「iPhoneに残ってもらう」ためには、旧モデルの下取りから緊急通報まで、あらゆる要素を取り込んで「安心して買える」体制を作るしかない。

 

Appleが今年の製品で考えたのは、そういう長期的な展望に向けた第一歩だったのかもしれない。

 

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【西田宗千佳連載】iPhone 14シリーズに搭載、今後のカメラに影響する大きな機能とは?

Vol.120-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新型iPhone。カメラ機能で新たに搭載された「Photonic Engine」に迫る。

↑iPhone 14シリーズ。11万9800円~。スタンダードなiPhone 14は、5年ぶりに6.7インチの大画面モデルのiPhone 14 Plusが登場。iPhone 14 Proは高速のA16 Bionicチップを搭載し、メインカメラが4800万画素に向上した。どちらも緊急時に指定連絡先に自動で通話する、衝突事故検出機能を搭載している

 

iPhone 14およびiPhone 14 Proには、あまり語られない変化点がある。それは「写真撮影のプロセスに変更が加えられた」ことだ。AppleはiPhone 14以降、静止画の撮影に関わる構造を大きく変えた。Appleはそこに「Photonic Engine」という名前をつけている。

 

Photonic Engineはソフトウェアベースの機能だが、撮影処理の初期段階から使われ、撮影して「写真」ができるまでのパイプライン全体に関わる。iPhoneのカメラ機能には複数の画像を合成してダイナミックレンジを広げる「Deep Fusion」という機能があるのだが、この要素を写真データがよりRAWに近い段階からかけていくことで、中低光量部分のディテールを豊かなものにする。

 

実質的に静止画撮影の機能を作り直したようなもので、iPhone 13とは大きく異なっている。前述のように、その内容はソフトウェアを基本としたものなのだが、センサーやISPなどと密結合する形で実装されているので、「iPhone 13にもOSアップグレードで搭載」というわけにはいかないようだ。iPhone 14以降の機能として使われていくことになる。なお「静止画用」と書いたように、Photonic Engineは動画には使われない。それぞれ別のソフトウェアが適用されるという。

 

では、Photonic Engineの効果がすぐにわかるかというと……そうでもない。理由は、すでにiPhoneの写真撮影機能が十分に高度であり、条件の良い撮影シーンだと差がわかりにくくなっているからだ。たとえばiPhone 14 Proにおいて、メインカメラでセンサーが1200万画素から4800万画素に機能アップし、暗いシーンや手ぶれが起きやすいときなど、厳しい撮影シーンでの価値を大きく高めてくれるが、スマホの画面だけでは違いがわかりにくくなってきているのも事実だ。

 

ここから、ハイエンドスマホのカメラ機能が戦うのはスマホ同士というより、カメラ全体になる。だが、一眼カメラに比べ、スマホのカメラはレンズやセンサーのサイズでは不利だ。これをひっくり返すことはできない。

 

一方で、ソフトウェア処理を重ねる能力、すなわち写真に対して処理をするのに必要なコンピューターパワーに関しては、カメラよりもスマートフォンの方が圧倒的に優れている。いわゆる「コンピュテーショナル・フォトグラフィ」(コンピューターで処理された写真)の最先端はスマホにある。

 

ただし、スマホの場合であっても、データ処理には限界がある。巨大なセンサーを積めば積むほどデータは大きくなるが、それをスムーズに内部で移動できるバス速度やメモリー、処理速度などを、低コストかつ消費電力の低いハードで処理するのは大変だ。そうすると、画像が撮影された直後の、センサーから出た「生」に近いデータを処理するのはちょっと難しかったりもする。

 

Photonic Engineは、できるだけ撮影後すぐの「生に近いデータ」から処理を開始するソフトウェア構成であるという。スマホならではの事情をできるだけ回避しようとしているのだ。そうした発想はどのハイエンドスマホメーカーも持っており、なにもAppleだけのものではない。

 

しかし、Appleはあえて名前をつけてアピールを始めた。このへんは、今後のiPhoneのカメラ機能の方向性を予想するうえで、重要なことではないかと考えている。

 

では、それ以外の要素はどうか? 実はかなり今年は、「スペック的には目立たないが戦略的な投資の年」だったように思う。それがなにかは、次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】AppleはiPhone 14の見えない部分に「次の時代に向けた布石」を打った

Vol.120-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新型iPhone。スタンダード機とProとでつけた差はどこにあるのか、解説していく。

↑iPhone 14シリーズ。11万9800円~。スタンダードなiPhone 14は、5年ぶりに6.7インチの大画面モデルのiPhone 14 Plusが登場。iPhone 14 Proは高速のA16 Bionicチップを搭載し、メインカメラが4800万画素に向上した。どちらも緊急時に指定連絡先に自動で通話する、衝突事故検出機能を搭載している

 

iPhoneはここ数年、スタンダード(数字だけの名称)モデルと、「Pro」モデルにラインが分かれている。といっても例年、使っているプロセッサーは基本的に同じであり、メインメモリーの量や搭載しているカメラが主な違いとなっていて、設計的にも大幅に異なるものではなかった。

 

だが、今年は少し様相が異なる。

 

まず、プロセッサーが違う。Proシリーズは最新の「A16 Bionic」であるのに対し、スタンダードが採用したのは昨年発表の「A15 Bionic」。実際には昨年の「iPhone 13 Pro」シリーズが使った、GPUが5コアある上位版だが、Proシリーズとは例年以上にグレードが違うのは間違いない。

 

カメラも同様だ。メインカメラで4800万画素のセンサーを採用したのはProだけ。望遠のあるなし、LiDARのあるなしだけではない違いが生まれた。

 

そして、もう1つ大きな違いは、使っているだけではわからない点だ。

 

iPhoneのスタンダードモデルは、ディスプレイや背面のガラスが割れた際でも、修理の際に取り外して交換するのが容易な構造になっている。だからといって素人が手を出せるものではない。しかし、少なくとも修理事業者であれば、従来のiPhoneよりも簡単に修理を終わらせることができるはずだ。

 

すなわち、設計の方針を多少変更し、製造や修理のプロセスを簡便化したのである。

 

このことは、正直なところユーザーにはあまり関係のない話だ。だが、メーカーとしてのAppleにとっては重要なプロセスである。

 

ヨーロッパを中心に「修理する権利」が注目されている。買った製品をメーカーが修理するだけでなく、持ち主自身の責任のもとに修理し、使い続けられる権利のことだ。確かに一理あり、省資源化のためにも必要なものかとも思う。

 

メーカーとしては、他人に修理されるよりも自分達が修理することを望んでいる。だが、修理自体は簡便になるよう設計を最適化していくほうが、メーカー自身にとってもプラスにはなる。数が少ない製品ならともかく、iPhoneのように大量に売れる製品ならなおさらだ。

 

一方で、iPhone 14 Proシリーズは、iPhone 14と違い、修理を意識した新しい設計にはなっていない。なぜ設計を共通化しなかったのか、少々不思議な部分ではある。

 

これは筆者の想像に過ぎないが、「両方をいっぺんに変えるのは大変すぎた」のかもしれない。

 

マニアはProシリーズに注目するが、Appleとして長く、本当にたくさん売れるのはスタンダードの方だ。翌年新機種が出ても、ある種の低価格版としてそのままラインナップに残るのが通例でもあり、売られる期間も長い。

 

だとすれば、設計ポリシーの変更を先にやるべきは「たくさん、長く売られ続けるモデルから」ということになるわけで、スタンダードモデルが選ばれた……ということかもしれない。

 

この設計変更は、間違いなく、Appleが次の時代に向けた「布石」と思える。ではほかの布石はないのか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】今年のiPhoneでAppleが「上」と「下」の差を明確にした背景とは?

Vol.120-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新型iPhone。機能の進化は控えめといわれるが、Appleがスタンダード機とProとでつけた差と、その狙いは何か。

↑iPhone 14シリーズ。11万9800円~。スタンダードなiPhone 14は、5年ぶりに6.7インチの大画面モデルのiPhone 14 Plusが登場。iPhone 14 Proは高速のA16 Bionicチップを搭載し、メインカメラが4800万画素に向上した。どちらも緊急時に指定連絡先に自動で通話する、衝突事故検出機能を搭載している

 

価格を据え置きつつバリューの向上に注力

スマートフォンの進化がスローペースになってきた、というのは以前から指摘されてきたことだ。Appleは特に今年、そのジレンマで苦しんだことだろう。

 

今年の新製品である「iPhone 14」シリーズが直面していた課題は数多くあるが、特に大変だったと思われる点は2つある。

 

1つ目はコストだ。iPhoneはこの3年ほど、アメリカでの売価を据え置く形で進化してきた。中身は高度化しなければならないので、コストは高くなる。しかも今年は過去にないペースで円安が進み、日本でのiPhoneの売価は例年より高くなっている。これはアメリカを除くほかの国でも同様。高い商品は売れづらくなっているので、例年以上に“価格は上げずにバリューを上げる”ことが求められるようになった。

 

2つ目が半導体製造の事情だ。プロセッサーの性能を上げるには、半導体製造技術を進化させる必要がある。しかし今年は、Appleが生産を委託するTSMCの半導体製造プロセスが進化の端境期にあり、性能向上の幅が小さくなると予想されていた。すなわち「プロセッサーの性能が上がって速くなりました」という魅力の訴求は、例年よりも控えめにせざるを得ない。

 

そのうえで今年のiPhoneはどうしたのか? 簡単に言えば、「上」と「下」でラインナップの考え方を変えたのである。

 

スタンダードモデルとProの差がより明確に

スタンダードなiPhone 14は昨年モデルとの差が小さい。毎年iPhoneを買うファンよりも、“数年に一度スマホを買い替える人”、すなわち、より広い層がいつでも選べる製品に仕上げたのだ。スマホは以前のように、誰もが発売日に買うものではなくなった。2年から4年のスパンで必要なときに買い替える人が増えている。スタンダードモデルには、そのような人に向けた製品という役割が大きくなっているわけだ。

 

しかも中身を見ると、設計変更を積極的に行い、低コスト化と修理の簡便化に注力しているようだ。逆にいえば裏技として、購入価格を少しでも抑えたい人は“あえてiPhone 13を選ぶ”という選択肢もある。

 

また、昨年まであった「mini」がなくなった。小型モデルは人気が伸び悩んだためか、今年は6.7インチディスプレイを使った「Plus」が登場した。“Pro Maxは高いが大画面は欲しい”層を狙ったのだろう。

 

一方で「Pro」は、厳しいなかで今年搭載できる差別化パーツを組み込む方向になった。イメージセンサーが大型化したことや、常時表示対応のディスプレイパネルに変更されたことなどは、そのわかりやすい例と言えるだろう。

 

そのため今年は、例年以上にスタンダードモデルとProモデルの間で、性能の差が大きい年になった。もしかするとこれからもそういう路線になるのかもしれない。そのなかで「iPhone SE」が出るとすれば、“さらに割り切ってコスト重視のモデル”になる可能性が高い。

 

では今回、Appleが未来に向けた布石として用意した機能は何なのか? iPhoneのシェアは今後どうなっていくのか? そういった部分は次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】絵を描くAIの「著作権」や「フェイク対策」はどこに向かうのか?

Vol.119-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、キーワードを入れるだけで高精細なイラストが描けるAIサービス。これらのサービスが普及すれば、著作権の侵害やフェイク画像の増加が心配されるが、実際はどうなのかを解説する。

↑デヴィッド・ホルツ氏が開発した画像生成AIサービス「Midjourney」。Discord上でAIにどのような絵を描いてほしいかをキーワード、または文章で指示すると数分で非常に高精度な絵を生成することができる。トライアル版は25枚までの画像生成が無料で、有料版は月額10ドルから利用が可能

 

AIは多数の絵から学習し、「ある画風、あるいはタッチに似た絵」を作る可能性が高い。その結果として「著作権を侵害するのではないか」という懸念がある。誰だって、「あの漫画家のタッチで絵を描いてみたい」と思ったことはあるはずだ。

 

ただこの話について、解答はシンプルである。画風・構図などは著作権で保護される対象ではないので、基本的には問題ない、と考えて良い。ただし、描いたものが「誰の目にも商業的なキャラクターである」とわかって、さらにAIに描かせた絵を使って、権利者に許諾を得ることなく「ビジネスをした」場合には、権利者から訴えられる可能性がある。

 

これは、AIが絡まないときと判断は同じだ。

 

フェイク画像がAIで作られやすくなるが、ここでも、法的な判断のなかでは、AIなのかそうでないかはあまり関係ない。その結果として誰かが迷惑を被ったなら、訴えられたりサービスから締め出されたりする可能性はある。

 

すなわち、絵を描くのがAIであっても、その処理は結局「絵を使った人」次第であり、新しい法律を作るような話でもないのだ。

 

ただ違うのは、今後、対処が必要な事態が増える可能性があることだ。

 

人が実際に絵を描いたり、写真を加工したりするのは大変な手間がかかるが、AIに命令を与えれば短時間で大量の絵を描くことも可能になる。そうなると、数と速度の面で人が管理できるレベルを超え、法的な判断が追いつかない事態になる可能性はあるだろう。

 

結局は、SNSなどでシェアされてくる映像・写真について、「AIによるフェイク」を見分ける必要も出てくることになる。人間の目ですべてを判断するのは大変だ。

 

そうなると、映像や写真の中身はもちろん、外的な要因も含めて真贋を判定する必要性が出てくる。外的要因とは、添付されているタグ情報やアップされたサービスだ。スマホで撮った写真にはGPS情報が組み込まれているし、普通の写真でも、使ったカメラなどの情報が含まれることは多い。そこに「どんなソフトでどんな企業から、どんな形でアップロードされたのか」という情報を加味することで、その映像が信頼できる情報源からのものかを判断しやすくするのだ。

 

こうしたアプローチは、アドビやマイクロソフト、ソニーなどが協力して開発しており、すぐに一般的になっていくだろう。

 

こういう部分を考えても、AIは人間の敵ではなく、作業の一部を担当するパートナーのような役割を果たす、ということになってくると予想できる。

 

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【西田宗千佳連載】お絵描きAIが「イラストレーターやカメラマンから仕事を奪う」ことはない

Vol.119-3

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、キーワードを入れるだけで高精細なイラストが描けるAIサービス。これらのサービスによって、一部では仕事が奪われるのではないかという懸念があるが、どうなのだろうか。

↑デヴィッド・ホルツ氏が開発した画像生成AIサービス「Midjourney」。Discord上でAIにどのような絵を描いてほしいかをキーワード、または文章で指示すると数分で非常に高精度な絵を生成することができる。トライアル版は25枚までの画像生成が無料で、有料版は月額10ドルから利用が可能

 

絵を描くAIが生まれたことで、我々は大きな衝撃を受けた。出来上がった絵があまりに印象的だったからだ。7月にMidjourneyが公開されたばかりの頃は、特定のテイストのイラストに偏っていたが、その後、Stable Diffusionの登場によって絵の幅がイラストから写真までぐっと拡大。さらに競い合って絵を描くための「命令」(呪文、と呼ばれたりもする)のノウハウが広がっていくと、描かれる絵のバリエーションも増えていった。

 

絵を描くのが苦手な人々(筆者もそうだ)にとって、文章から望みの絵を作れるというのはとてもありがたいことである。一方で、「イラストレーターやカメラマンの仕事を奪うのでは」「著作権的に問題が出るのでは」「フェイク画像が作られるのでは」といった懸念も生まれている。

 

仕事を奪う、という話については、筆者は楽観視している。

 

ポイントは2つある。「AIで作られた絵がどこに使われるのか」という点と、「その絵は結局誰が描かせるのか」という点だ。

 

個人が楽しみのためにAIで描くのは、もうまったく問題ない。一方で「仕事」と考えたとき、いわゆる「作品」としてのイラストや写真の価値を奪うか、というとそうではないように思う。

 

理由は「属人性」だ。作品・仕事としての画像を考えるとき、そこには「誰が作っても良いもの」と「作った人が重要」なものがある。我々が認識するのはたいてい後者だ。そちらはAIに描かせると「誰が作ったのか」という意味づけが失われるので価値が減る。

 

そもそもAIで絵を描くには、どういう絵を描かせるのか、明確なイメージを文章で示す必要がある。イメージ化は文章で行うのであっても、絵が描けない人より、絵を描く能力を持っている人の方が有利。絵を描ける人は脳内にイメージを持っており、それを手作業で形にしているようなものだ。

 

だとすれば、ある程度の部分をAIに描かせ、不自然な部分や足りない部分、自分がより強く主張したいところを「手作業で描き足す」方が、良い絵を作るにはプラスとなる。すなわち「ツール」として捉えると、絵を描くAIは「絵を描ける人の方が活用できる道具」でもあるのだ。

 

一方で、「なんとなくここに絵が欲しい」という場合、作った人物よりも内容とコストが大切になる。クリップアート集やフォトストックを使うのはそういうときだ。日本だと「いらすとや」を使う例が多いが、そこではいらすとやであることよりも「すぐ使える」「いろいろある」ことが重要になる。フォトストックも同様だろう。

 

9月21日、フォトストック大手のGetty Imagesは、AIで描かれた映像・画像の登録を一切受け付けないことを発表した。フォトストックはまさに、「なんとなくここで画像が欲しい」ときに使われる存在。AIが描いた絵については、著作権の所在をどう判断するかが面倒であることと同時に、彼らのサービスと競合することが問題視されたようだ。

 

フォトストックやクリップアートに作品を提供している人にはマイナスになる要素だが、そうした「属人性の薄いもの」を作っている人は、そもそもプロとしてやっていくのが難しい……という事情もあるだろう。

 

では、権利などの問題は大丈夫なのか? その点は次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】「お絵描きAI」がここ3か月で一気に盛り上がった理由

Vol.119-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、キーワードを入れるだけで高精細なイラストが描けるAIサービス。代表的なサービスといえるMidjourneyやStable Diffusionができた経緯をさかのぼる。

↑デヴィッド・ホルツ氏が開発した画像生成AIサービス「Midjourney」。Discord上でAIにどのような絵を描いてほしいかをキーワード、または文章で指示すると数分で非常に高精度な絵を生成することができる。トライアル版は25枚までの画像生成が無料で、有料版は月額10ドルから利用が可能

 

MidjourneyやStable Diffusionのような「絵を描くAI」は、今年の夏になって急速に盛り上がった。ただ、その経緯は技術によって異なる部分がある。

 

言語などから内容を解釈し、絵や文章などのアウトプットを得る技術は以前から存在した。ひとつの転機となったのは、AIを研究する非営利団体「Open AI」が2021年1月に公開した「DALL-E」だ。DALL-Eは、同じくOpen AIが2020年5月に開発した言語処理AI「GPT-3(Generative Pretrained Transformer 3)」をベースにしている。

 

GPT-3は言語処理の分野で劇的な成果をもたらしたAIだ。日本では言語の差もあり、技術コミュニティ以外ではそこまで話題にならなかった印象があるが、少なくとも英語においては、かなり人間に近い文書を作り出すことが可能。「ある種の壁を越えたのでは」と、当時大きな話題になった。

 

言語の解釈からある結果を導き出し、そこからさらに絵を描く、というアプローチはこのときかなりハイクオリティなレベルに達していた、と言って良い。

 

そこに出てきたのがMidjourneyだ。Midjourney自体は独立した企業が開発したソフトウェアだが、そのアプローチがDALL-Eの影響下にあるのは間違いない。Midjourney開発元のCEOであるデヴィッド・ホルツ氏は、アメリカでいくつかのメディアへのインタビューに答え、「開発は1年半ほど前からスタートした」としている。時期的には、DALL-Eが公開された時期と重なるので、アイデアや方向性の面で大きな影響を受けているのは間違いなさそうだ。

 

というのは、DALL-Eはそのアプローチなどは公開されているが、ソースコードやAIの学習モデル自体が公開されているわけではない。だから、DALL-Eを元になにかを開発することはできないのである。そのためMidjourneyも、影響は受けているが、あくまで独立したソフトウェアとして開発されたものだ。Midjourneyは月額料金制の有料サービスであり、Midjourney自身のソースコードや学習モデルも公開されていない。

 

一方で、Stable Diffusionは違う。Stable Diffusionを開発したのは「Stability AI」という企業だが、開発はオープンコミュニティで行なわれた。Stability AIの創業者であるエマード・モスターク氏は、「Stable DiffusionはAIの民主化のためのツールだ」と答えている。そのため、ソースコードや学習モデルも公開されているし、巨大なクラウドサーバーではなく、個人のPCでも動かせるようにもなっている。とはいえ現状、高性能なGPUは必須なので、どんなPCでもOK、というわけではない。

 

ソースコードなどがオープンになっていることで、Stable Diffusionを元にした別のAIを開発することも容易になっている。結果として、派生AIやユーザーインターフェースを変えたものなど、まさに多数の「お絵描きAI」が広がることになった。MidjourneyもStable Diffusion公開後、さらに質を上げたバージョンを公開している。

 

こうした変化が、今年7月からのたった3か月ほどで一気に起きたことがなによりも驚きであり、もはや時代が後戻りしないことを示している。

 

では、「お絵描きAI」はどのような影響を我々にもたらすのか? そうした部分は次回以降、考察していく。

 

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【西田宗千佳連載】「お絵描きAI」がここ3か月で一気に盛り上がった理由

Vol.119-2

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、キーワードを入れるだけで高精細なイラストが描けるAIサービス。代表的なサービスといえるMidjourneyやStable Diffusionができた経緯をさかのぼる。

↑デヴィッド・ホルツ氏が開発した画像生成AIサービス「Midjourney」。Discord上でAIにどのような絵を描いてほしいかをキーワード、または文章で指示すると数分で非常に高精度な絵を生成することができる。トライアル版は25枚までの画像生成が無料で、有料版は月額10ドルから利用が可能

 

MidjourneyやStable Diffusionのような「絵を描くAI」は、今年の夏になって急速に盛り上がった。ただ、その経緯は技術によって異なる部分がある。

 

言語などから内容を解釈し、絵や文章などのアウトプットを得る技術は以前から存在した。ひとつの転機となったのは、AIを研究する非営利団体「Open AI」が2021年1月に公開した「DALL-E」だ。DALL-Eは、同じくOpen AIが2020年5月に開発した言語処理AI「GPT-3(Generative Pretrained Transformer 3)」をベースにしている。

 

GPT-3は言語処理の分野で劇的な成果をもたらしたAIだ。日本では言語の差もあり、技術コミュニティ以外ではそこまで話題にならなかった印象があるが、少なくとも英語においては、かなり人間に近い文書を作り出すことが可能。「ある種の壁を越えたのでは」と、当時大きな話題になった。

 

言語の解釈からある結果を導き出し、そこからさらに絵を描く、というアプローチはこのときかなりハイクオリティなレベルに達していた、と言って良い。

 

そこに出てきたのがMidjourneyだ。Midjourney自体は独立した企業が開発したソフトウェアだが、そのアプローチがDALL-Eの影響下にあるのは間違いない。Midjourney開発元のCEOであるデヴィッド・ホルツ氏は、アメリカでいくつかのメディアへのインタビューに答え、「開発は1年半ほど前からスタートした」としている。時期的には、DALL-Eが公開された時期と重なるので、アイデアや方向性の面で大きな影響を受けているのは間違いなさそうだ。

 

というのは、DALL-Eはそのアプローチなどは公開されているが、ソースコードやAIの学習モデル自体が公開されているわけではない。だから、DALL-Eを元になにかを開発することはできないのである。そのためMidjourneyも、影響は受けているが、あくまで独立したソフトウェアとして開発されたものだ。Midjourneyは月額料金制の有料サービスであり、Midjourney自身のソースコードや学習モデルも公開されていない。

 

一方で、Stable Diffusionは違う。Stable Diffusionを開発したのは「Stability AI」という企業だが、開発はオープンコミュニティで行なわれた。Stability AIの創業者であるエマード・モスターク氏は、「Stable DiffusionはAIの民主化のためのツールだ」と答えている。そのため、ソースコードや学習モデルも公開されているし、巨大なクラウドサーバーではなく、個人のPCでも動かせるようにもなっている。とはいえ現状、高性能なGPUは必須なので、どんなPCでもOK、というわけではない。

 

ソースコードなどがオープンになっていることで、Stable Diffusionを元にした別のAIを開発することも容易になっている。結果として、派生AIやユーザーインターフェースを変えたものなど、まさに多数の「お絵描きAI」が広がることになった。MidjourneyもStable Diffusion公開後、さらに質を上げたバージョンを公開している。

 

こうした変化が、今年7月からのたった3か月ほどで一気に起きたことがなによりも驚きであり、もはや時代が後戻りしないことを示している。

 

では、「お絵描きAI」はどのような影響を我々にもたらすのか? そうした部分は次回以降、考察していく。

 

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【西田宗千佳連載】急速に進化する「絵を描くAI」の衝撃

Vol.119-1

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、キーワードを入れるだけで高精細なイラストが描けるAIサービス。画家やイラストレーターの仕事を奪ってしまうのだろうか。

↑デビッド・ホルツ氏が開発した画像生成AIサービス「Midjourney」。Discord上でAIにどのような絵を描いてほしいかをキーワード、または文章で指示すると数分で非常に高精度な絵を生成することができる。トライアル版は25枚までの画像生成が無料で、有料版は月額10ドルから利用が可能

 

絵を描く概念が変わる2つのAIサービス

2022年の夏は「精緻な絵を描くAI」の話題が急速に盛り上がった。

 

火付け役となったのが、7月にベータ版が公開された「Midjourney」であるのは間違いない。Midjourneyは、英語で命令を与えて絵を描かせる。日本人から見れば、英語で命令を与えるのは少々大変ではある。だが、結果を見れば、その出来映えが劇的なものであるのは明白だった。映画やゲームのコンセプトアートのように印象的な絵が、ほんの数十秒で完成してしまうのだ。

 

Midjourneyは本来有料(月額10ドル〜)のサービスである。しかし、20枚ほどの絵を“お試し”として無料で描くことができ、これにより絵を描く命令を工夫していくことの楽しさが拡散され、世界中で一気に盛り上がった。

 

そして、“絵を描くAI”の動きは、8月末になってさらに加速する。Midjourneyに勝るとも劣らない能力を持つ「Stable Diffusion」が公開されたからだ。しかもこちらは、オープンソースの形をとっていたので、無料で使うこともできるし、別の形に作り変えることもできる。Web上でなく、GPU搭載のゲーミングPCなどにインストールして使うバージョンが生まれたかと思うと、命令を英文でなく、ラフな絵や定められたキーワードの選択で描く機能を追加したモノまで用意されている。

 

さらに、Stable Diffusionを基にしたと思われる「お絵描きAI」は日々増えており、いまやその数を把握するのも難しい。

 

Midjourneyも、8月末にはさらに機能がアップデートされ、Stable DiffusionやほかのAIと競うように絵の質を上げている。

 

単に絵を描くことと絵で表現することは異なる

これらのAIが作り出す絵は完全なものではない。腕や指などのディテールがおかしい場合もあるし、命令を正確に認識できず、妙な内容を描くこともある。絵が得意な人から見れば、特に不自然なものに感じられるだろう。

 

だが、絵を描くのが苦手な人から見れば、みるみるうちにリアルな絵ができあがっていく様はまるで魔法のように感じられるに違いない。

 

8月26日には、ひとつの衝撃的な出来事も起きた。ジェイソン・アレンという人物が、米コロラド州で開催された品評会にMidjourneyによって描かれた絵を出したところ、デジタルアート部門で1位を獲ってしまったのである。このことから「AIはイラストレーターの仕事を奪う」「AIが画風を奪う」といった反発が起き始めているのも事実だ。

 

だが、筆者の考えは違う。

 

AIはクリップアート集やフォトストックの活用シーンを奪うかもしれないが、イラストレーターや画家の仕事は奪わない。彼らの本当の力は、どんな絵を描くべきか、どう表現すべきかの詳細を発想し、判断できることにあるからだ。それはAIの仕事ではなく、人間が行うもの。だから、絵を描くAIも、絵が描ける人ほど活用できる、ということになるのだ。

 

一方で、この種のAIはなぜここまで急速に進化したのか? 法律や権利上の問題はどうなるのか? その点は次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】10月発売の「Project Cambria」でMetaは「次世代のPC」を目指す

Vol.118-4

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはFacebook改めMetaが手がけるVRヘッドセット。現在開発中のハードウェア「Project Cambria」に迫る。

↑Meta Quest 2。実売価格5万9400円(128GB)から。Meta社が買収したことにより、それまでのOculus Quest 2から名称を変更したVRヘッドセット。完全ワイヤレスによる操作が可能で、ゲームやフィットネスで展開されるVR空間、さらに昨今注目されているメタバース空間での移動もより自由度を増すデバイスとなっている

 

前回解説したように、Metaは「メタバースを毎日使う」ことを目的に、PCのようにビジネスシーンで使う用途の開拓に取り組んでいる。Meta Quest 2でもその片鱗は体験できるのだが、ゲーム機として使うことも想定し、価格を抑えて開発したものなので、多少無理があるのも、また事実だ。

 

そこでMetaは現在、「Project Cambria」と呼ばれるハードウェアを開発中だ。噂では、製品版は「Meta Quest Pro」になる、とも言われている。8月25日、Metaのマーク・ザッカーバーグCEOは、アメリカの人気ポッドキャスト番組に出演し、「10月に新デバイスが登場。カンファレンス”Connect”の場で詳細を説明する」とコメントした。彼のいう「新デバイス」こそがProject Cambriaだ。

 

Project Cambriaはカラーのカメラを内蔵し、外界の風景を「カラー画像」として捉え、3D CGを重ねて表示する機能を持つ。いわゆるARが実現できるわけだが、いままでのAR機器と違い、視界全体を覆う映像になるので、より自然でわかりやすい表示になる。実用的なARが実現すると、周囲を見つつ安全に作業もできる。カメラを使うARの場合、必要ならカメラをオフにして「VRとして没入する」こともできる。

 

また、視線や表情を認識する機能もあり、それも自然な表現にはプラスだ。アバターに自分の表情を反映させることにも使える。

 

それでいて、Meta Quest 2よりも小さくつけやすくなると想定されており、毎日仕事のために使うにはMeta Quest 2より良いものになるのでは……と期待している。

 

ただし、これはMeta側も公言していることなのだが、Project Cambriaは「高くなる」とされている。Meta Quest 2はゲーム機として売れる・普及する価格帯を目指して作られたが、Project Cambriaは業務向け・ビジネス市場向けなので、そこまで安くする必要はない。ハードウェアの中身も単純なMeta Quest 2の後継機的な路線ではなく、業務に使える最新の要素を備えたものになるので、高くなるのが必然なのだ。

 

現在は発表前なので正確な価格はもちろんわからない。だが噂では、千数百ドルになると予想されている。ゲーム機・単体のHMDとしては高額な部類だが、PCや業務用機器の代替としては納得できる価格帯である。それどころか、マイクロソフトの「HoloLens」など、過去の業務用AR機器は3000ドルから5000ドルといった価格なので、本当に1000ドル代で出てくるならバーゲン価格、といっても良いくらいである。利益率も確保しやすいので、Metaの「長期戦略でメタバースビジネスを開拓する」という戦略とも合致する。アップルなどの他社に先駆ける意味でも、ここで競争力のあるデバイスを出すことは重要だ。

 

円安が直撃する日本では、かなり高めの値付けがされそうな予感はするものの、10月が楽しみになってきた。

 

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【西田宗千佳連載】なぜMetaはVRやメタバースをビジネスで使うPCのようにしたいのか

Vol.118-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはFacebook改めMetaが手がけるVRヘッドセット「Meta Quest 2」。ビジネスツールとして可能性を感じているMetaの思惑にせまる。

↑Meta Quest 2。実売価格5万9400円(128GB)から。Meta社が買収したことにより、それまでのOculus Quest 2から名称を変更したVRヘッドセット。完全ワイヤレスによる操作が可能で、ゲームやフィットネスで展開されるVR空間、さらに昨今注目されているメタバース空間での移動もより自由度を増すデバイスとなっている

 

前回、MetaがVRデバイス「Meta Quest 2」を、VRを使ったゲーム機として販売しつつも、ビジネスで使う「PCの代替」のような存在に育てようとしている……という説明をした。

 

では、なぜ、ビジネスツールとしてのVRデバイスを育てる必要があるのか? そこには2つの理由がある。

 

ひとつは、ビジネスツールは大きなお金が動くからだ。PC市場を見ても、コンシューマ向けよりも企業向けの方が数量・金額ともに多い。企業が働くための道具として買うようになれば、そこにはハードウェアとソフトウェアのサービスに加え、システム構築などのビジネスもついてくる。オフィスにPCが普及して30年が経過し、マイクロソフトなども新しいワークスタイルとして、メタバースの活用を検討している。見ているところは皆同じなのだ。

 

もうひとつの大きな理由は「VRやメタバースを毎日使う理由になる用途が必要」だ、ということがある。

 

VR用HMDを買ったが、それを毎日つけている人はまだ少数派だ。現状HMDを毎日つけているのは、「VRChat」のようなコミュニケーション・サービスにハマってしまった人が大半ではないだろうか。ただ、あのような世界に全員がハマるわけではなく、よりシンプルでわかりやすい用途も必要になる。

 

ゲームはなかなか難しい。毎日ゲームをするような熱心なゲーマーであっても、毎日VRゲームだけをするわけではない。多くの人は、気になるゲームがあるときや、週末にプレイするくらいではないだろうか。ゲームに絡めて「フィットネス」もアピールされているが、これはそもそもニーズ・効果が高いというだけではなく、「フィットネスならば毎日使ってもらえる」という考えがあるからだという。

 

では、仕事の道具ならどうか? PCのようなデバイスになるなら、当然毎日使うことになるだろう。そのことは、Metaを含むメタバース・サービスを展開する企業にとってプラスであり、新しいサービスの種となる。PCも、仕事の一部で使われたり、家庭で年賀状の印刷に使われたりするだけならここまで普及しなかった。インターネットが一般化し、文書作成やコミュニケーション、エンターテインメントの道具として「毎日あたりまえに使う」ものになって、はじめて大きな成功を収めた。

 

現状、メタバースにしろVRにしろ、最大の課題は「毎日使う理由が希薄である」点にある。次の段階にブレイクするには、まずこの課題をクリアする必要があり、そのためにも、ビジネスで毎日使う路線を開拓していくことは、必須であり急務であるとも言える。

 

とはいうものの、いまのMeta Quest 2がすぐにPCの代わりになるか、というとそうではない。現在できるのは「Webアプリをいくつか同時に使う」「良いネット会議システムとして使う」「マルチディスプレイの代わりに使う」くらいのものだ。

 

実は、Metaがそのあたりを見据え、先の世界を考えて作っているのが「Project Cambria」と呼ばれるデバイスである。それがどのようなものになるかは、次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】MetaがVRでゲーム以上に可能性を感じている部分とは?

Vol.118-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはFacebook改めMetaが手がけるVRヘッドセット「Meta Quest 2」。Metaはこの製品、ひいてはVRのどこに可能性を感じているのか。

↑Meta Quest 2。実売価格5万9400円(128GB)から。Meta社が買収したことにより、それまでのOculus Quest 2から名称を変更したVRヘッドセット。完全ワイヤレスによる操作が可能で、ゲームやフィットネスで展開されるVR空間、さらに昨今注目されているメタバース空間での移動もより自由度を増すデバイスとなっている

 

Metaが主力VRハードウェア「Meta Quest 2」を値上げしたこと、そして同社の第2四半期売上高が上場以来初の減少となったことから、「Metaは、すぐに売上のたたないメタバース事業を減速するのではないか」との観測がある。

 

だが、実際に彼らが展開していることを見ると、そうでないことはわかる。決算説明でも投資自体を減らす、という言及はしていない。ハードウェア事業の赤字を減らし、より安定的なビジネスを考えるようになったのだろう。これは、9月15日から値上げされるPlayStation 5とはかなり事情が異なる。

 

PS5は急速な「ドル高」の影響からアメリカ以外の国での販売価格が極端に安いものになり、需給バランスをさらに崩す可能性があったために価格を変えた。日本人からすると「売っていないうえに値上げ」な訳でかなり微妙な話なのだが。

 

話をMetaに戻そう。彼らは「東京ゲームショウ」など多くのイベントでMeta Quest 2をアピールする予定であり、ゲーム機としてのHMDも展開する。

 

ただ、いまのVRを考えた場合、ゲーム以外にも大きな可能性があり、Metaはそこにも目を向けている。むしろ、将来的なビジネス規模としては、ゲーム以外の方が大きいと思っている節がある。

 

その方向性とは「ビジネスツール」としての価値、別の言い方をすれば、PCと同じように仕事で使う道具としてのVR機器だ。

 

Meta Quest 2はゲーム機として使えるが、ほかのゲーム機と違う点として、「システムソフトウェアが恐ろしい勢いで進化している」ということが挙げられる。現在のソフトウェアを使うと、机とその上に置かれたキーボードを認識し、複数のWeb画面を開いて「HMDを被ったまま」仕事をすることや、スマホの通知を把握したり、メッセンジャーで他人と会話したりすることも可能になっている。

 

Metaがテスト中の会議サービス「Horizon Workrooms」も、現状ではMeta Quest 2を使う前提で開発されたサービスだ。

 

Metaのメタバース投資はハードウェアだけに限ったものではない。むしろ、ソフトウェアやサービスに関わる部分の方が大きいくらいだ。Meta Questはよくできたハードウェアだが、決して高性能ではない。Metaはそのハードウェアに独自開発したAI技術を加え、「ビジネスに使えるVR機器とはどんなものなのか」を世の中に示すテストベッドとして活用しているわけだ。

 

ガジェット目線で言えば、ゲームやVRそのものにあまり興味がなくても、「OSのアップデートで進化し続けるガジェット」のひとつとしてチェックしておいて損はない。

 

では、なぜMetaは「ビジネスでの活用」に大きな可能性を感じているのか? そして、その路線でのこれからの武器は何になるのだろうか?そのあたりは、次回解説しよう。

 

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【西田宗千佳連載】Meta Quest 2大幅値上げの背景は円安だけじゃない

Vol.118-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはFacebook改めMetaが手がけるVRヘッドセット「Meta Quest 2」の価格引き上げ。この改定にはどんな思惑があるのか。

↑Meta Quest 2。実売価格5万9400円(128GB)から。Meta社が買収したことにより、それまでのOculus Quest 2から名称を変更したVRヘッドセット。完全ワイヤレスによる操作が可能で、ゲームやフィットネスで展開されるVR空間、さらに昨今注目されているメタバース空間での移動もより自由度を増すデバイスとなっている

 

円安だけが背景ではない全世界での価格改定

Metaは同社のVR対応ヘッドセット「Meta Quest 2」を、8月1日から値上げした。理由は材料費・製造コストの高騰と円安だ。

 

円安による値上げはアップルがiPhoneで発表しており、シャオミも日本での値上げを発表した。だからMetaが同じことをしても不思議ではない、ということもできる。

 

だが、違う点が2つある。

 

円安のために日本だけで値上げされるなら、日本人としては微妙な気持ちだが、ある意味仕方がない。だが今回は、すべての国での値上げだ。アメリカでは価格が100ドル上がり、日本では2万5000円近くも値上げ。値上げ前には3万7180円(税込み)で買えたものが、8月以降は5万9400円(税込み)になってしまった。世界じゅうで値上げされた、という点が大きい。

 

もうひとつは、Mata Quest 2は実質的に家庭用ゲーム機であり、家庭用ゲーム機が発売後に大幅に値上げした例はほとんどない、ということだ。

 

ゲーム機は時に赤字で売られる。ソフトなどからの収益で利益を得られるからだ。もちろん、ずっと赤字のゲーム機は成功しない。技術の進化や量産効果で“できるだけ素早く赤字の時期をくぐり抜ける”ために、初期は赤字であることを許容しつつ、とにかくたくさん普及させて早急に利益水準を高めるのが、ビジネスモデルの根幹である。

 

メタバース事業の普及により注力する手法を探る

今回のMata Quest 2のように値上げをすると、当然普及にはブレーキがかかる。Metaもそのことはわかっていての価格改定だったはずだ。価格改定に関する発表文のなかでMetaは次のように述べている。

 

「価格を調整することによって、Metaは革新的な研究と新製品開発への投資をさらに進めることができます」

 

現状Metaのハード事業は赤字とされている。長期的な開発が続くなか、赤字幅を圧縮していかないと厳しい、という判断なのだろう。同社の第2四半期売上高は288億ドルで、上場以来初の減少となった。主因はメタバース事業ではなく、FacebookやInstagramからの広告売り上げ減少だ。メタバースからの売り上げが短期で急拡大するとも思えない。

 

ここまでの投資を生かすためにも、このあとに構築されるであろう市場をリードするためにも、多少計画を練り直し、赤字拡大のペースを緩める必要があると同社は判断したのだろう。製造コストが上がっているのも確かだが、他社と異なり価格を据え置く判断を下せなかった、という点が重要だ。

 

こういう話をすると“メタバース自体の可能性が怪しい”と思う人もいそうだ。だが少なくとも、Metaはそう考えていない。今年の秋には新製品「プロジェクト・カンブリア(コード名)」の発表も予定しており、メタバースへの投資は継続される。ただ、VRゲーム機としてのビジネスを主軸としつつも、無理な普及は目指さず、ビジネス向けを含めたより堅調な市場が短期に見込めるところへ先進性を武器に切り込もうとしているのだ。

 

それはどのような点からなのか? ほかの「メタバース向け機器」は今年どうなるのか? その予測は次回以降で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ゲーミングPCにおける「厳しい道のり」を開拓するNEC PC

Vol.117-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、ゲーミングPCに再参入したNEC PCの狙いを紐解いていく。

↑NEC PC「LAVIE GX」。実売価格21万9780円~。上位モデルのCPUは第12世代 インテル Core i7-12700F、グラフィックスはNVIDIA GeForce RTX 3060を搭載し、クリエイター向けPCとしても十分なスペック。PC向けゲームに精通した技術者が、ゲームを快適にプレイできる環境設定などをアドバイスするサポートが1年間利用できる

 

NECパーソナルコンピュータ(NEC PC)は、今夏より、「LAVIE GX」シリーズでゲーミングPC市場に参入する。

 

ご存知のとおり、NEC PCはレノボグループの傘下であり、レノボは「Legion」というゲーミングPCブランドを展開中だ。同じグループ内でゲーミングPC事業がバッティングしてしまうわけだが、その辺はそもそも、ビジネスPCでもバッティングしているわけで、特に問題になるわけではない。むしろ、調達などではレノボグループの強みもあるわけで、NEC PCがゲーミングPCを作る素地は十分に整っていたわけだ。

 

だが、ここで問題がある。NEC PCのブランド認知は、どちらかといえば年齢層が高い。都会の専門店以上に、地方のロードサイドの家電量販店で強みを発揮するタイプのメーカーだ。

 

そうした属性は、いわゆるゲーミングPCを支持する層とは少し異なっている。普通にゲーミングPCを作っても、すでに国内でブランド価値を形成している各社に対して有利か、というとそうではないだろう。

 

NEC PCは2019年、社内プロジェクトとして「プロジェクト炎神」が進行中である、と公表した。過去にNECは、PC-8001に始まる8ビット・16ビットPCで1980年代・90年代にゲーム市場の基礎を作った。当時NECの関連会社であったNECホームエレクトロニクスは、ハドソンと組んでゲーム機「PCエンジン」も作っている。それにあやかり、「日本のNECらしいゲーミングPCを商品化しよう」というのがプロジェクト炎神だ、と筆者は理解している。

 

発売まで3年が必要であったというのは、NEC PC内部で相当いろいろなことがあったのだろう、とは予想できる。このプロジェクトによる「ゲームを指向したPC」開発は複数のラインが進行中で、LAVIE GXはあくまで、最初に製品化されたもの、という扱いであるらしい。

 

前述のように、NEC PCは既存のゲーミングPC市場とは少し距離のあるブランドだ。だから彼らは、サポートをセットにし、「リビングで安心して使えるゲーミングPC」というゾーンを選んだようである。

 

やりたいことはわかるが、これはなかなか厳しい道のりだ、というのが筆者の感想だ。

 

ゲームはやはり個人のものであり、リビングで遊ぶなら家庭用ゲーム機の方がいい。そのアンマッチ感が拭えない。NEC PCの読み通り、ゲーマーでないゲーミングPCニーズを発掘できればおもしろいが、その可能性はあまり高くないように思える。

 

ただ、これを足掛かりに、企画中のゲーミングPCが出てくるのは間違いない。LAVIE GXは、普通のゲーミングPCにすることもできた製品である。そうしなかったのなら、これから出てくるものも、他社で見たようなゲーミングPCとは違う線を狙っているのかもしれない。

 

難しいことだが、そうした市場開拓にチャレンジするのは悪いことではない、と筆者は思う。昔はPCゲーマーが、特殊かつ数の少ない市場だと思われていた。だが、どうやらそうではないことが見えてきている。すでに確立している「ゲーマー」層とは違うPCゲーマーを開拓できたら、おもしろいことになるだろう。

 

過去にNEC PCは、モバイル技術を使った試作機なども公開している。次に攻めるところがどこか、楽しみに待ちたい。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーのINZONEは「ゲーマーに認めてもらう」ことを目指す

Vol.117-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、ソニーのゲーミングブランド「INZONE」について解説。ソニーが持つ強みをどう活かしているのかを見ていく。

↑ソニーが6月に発表したPCゲーミング向けオーディオ・ビジュアルデバイスのブランド「INZONE」

 

ゲーミングPC向け製品市場の特徴は2つある。

 

ひとつは、「完全な個人向け」。家族と共有するものではないし、どれが良いか、という判断は“欲しい人”自身が決める。高額な製品は家族全体でシェアすることが多いが、趣味性が高いものは話が変わってくる。カメラはその最たるものだが、ゲーミングPCやその周辺機器も似ている。重要なのは、購入する個人の好み・目的への合致だ。

 

2つめは、オンラインでの購入比率がほかの商品以上に高いこと。ごく少数のゲーミングPCに強い店や専門店を除くと、品物を店頭に置いている例は少ない。いかにオンラインで訴求するかが重要な市場だ。その場合には、どちらかといえばスペックと価格のバランス、いわゆる「コスパ」重視になりやすい。

 

ソニーはこうした市場に、比較的価格の高い製品を投入してきた。理由は、ゲーミングPC関連市場を「良い製品を支持してくれる市場」と判断してのものだ。

 

たとえばPCディスプレイ。ビジネス向けは完全に価格勝負になっており、高価格なものは一部の「クリエイター向け」だけになっている。だが、遅延を短くし、画質にもこだわったものを「ゲーマー向け」として売った方が、市場規模は大きく単価も高くなるし、なにより、しっかり注目してもらえる。

 

テレビは家族と相談しないと買えないが、趣味のゲーミング・ディスプレイはまた別。従来ならなかなか成立しにくかった、「個人向けの高価なディスプレイ」という市場が、ゲームを軸にして成立するようになってきたというわけだ。

 

もちろん、同じようなことはどのメーカーも考えている。しかし、そこではやはり、「ソニー」というブランドと画質に対するノウハウは有利な要因になる。

 

ヘッドホンも同様で、過当競争の感があるスマホ・オーディオ向けとは違う市場で、同じノウハウを活用した製品を売ることが、市場開拓につながる。

 

ただし、ソニーには弱みもある。

 

AV機器やPlayStationブランドでの知名度はあっても、ゲーミングPCの世界では新参者、という点だ。ゲーマーの世界はゲーマー同士で、この10年ほどで市場が醸成されてきた。遅延や操作性などで、ゲーミングPCならではの要素が多く、評価は「ゲーマー」というインナーサークルにいないと高まらない。

 

ソニーとしては、今年出した初代モデルは、「自信作でもあるが、ゲーマーへの挨拶でもある」ようだ。これが受け入れられるかどうかで、来年以降のビジネスも決まる。同社は今年ヒットしなければ、という考え方ではなく、「ここからどうゲーマー内部での評価を高めるか」を考えているようだ。

 

では、もうひとつの「ゲーミングPC市場」に取り組む日本メーカー、NECパーソナルコンピュータはどう市場を攻めようとしているのだろうか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーの中でも例外、ゲーミングブランド「INZONE」の狙いは何か

Vol.117-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、世界におけるゲーミングPC市場と、ソニーのゲーミングブランド「INZONE」に注目する。

↑ソニーが6月に発表したPCゲーミング向けオーディオ・ビジュアルデバイスのブランド「INZONE」

 

ゲーミングPCは世界中で販売が広がっている。2021年10月に調査会社IDCが公開した調査結果によると、世界でのゲーミングPCおよびゲーム向けディスプレイの合計出荷台数は、2021年第2四半期に1560万台へと伸びた。これは19.3%増の成長で、IDCは2025年まで成長が続くと予測している。ゲーミングPCの出荷台数が5230万台、ゲーミングディスプレイの出荷台数は2640万台に到達するという。

 

PCの全世界出荷台数は3億数千万台と言われており、ゲーミングPCはその数%、というところではある。だが、絶対数は十分に大きく単価も高いので、皆ビジネスに乗り出しているわけだ。

 

ゲーミングPCは、コロナ禍で伸びた市場でもある。ゲーム関連は、ゲーミングPCだけが伸びたわけではなく他の機器もコロナ禍の「巣ごもり需要」で伸びている。だが、PCとしてビジネス向けよりも単価が高いうえに、ディスプレイやヘッドホン、キーボードにマウスと、派生製品が多く、市場としては魅力的である、というのが各社共通の見解だ。

 

一方、ゲーミングPC自体も含め、一般的なPC向けとは売れる製品が異なる、というのもまた事実であり、イージーに作った商品は意外とヒットしづらい。

 

例えばキーボードは、いくらでも低価格な製品はあるのだが、反応速度やキーの同時認識など、ゲーム向けにカスタマイズすべき要素を備えていないと売れない。そうしたモノを、eスポーツのプロプレーヤーやYouTuberなど、ゲームファンに訴求力のある層と連携して売っていく、マーケティング上の工夫も必要になる。

 

そうした部分は海外市場が先行している。日本はPC向けゲーム市場がコロナ禍になって立ち上がってきたところはあるので、海外市場から日本に参入する企業の方が多いし、国内市場向けにやっているところは、海外でのゲーミングPC市場から学んで進めているところがほとんどだ。

 

ソニーの「INZONE」はゲーミングPC向けとしては後発であるが、販売が「日本だけではない」ところがポイントになる。

 

ご存知のように、ソニーは世界的なブランドだ。だが、販売している製品は国によってかなり異なる。家電製品全体を見たとき、世界中で同じ製品が売れるジャンルの方が少ない。販売ルートも商品の好みも違う市場に対応するには、「その国で売れる」製品を作る必要がある。

 

そうした傾向は白物家電で顕著なのだが、ソニーが扱うテレビやスピーカーですら、完全に同じラインナップを売っているわけではない。

 

例外はスマートフォンやカメラくらいだろうか。

 

実は、INZONEはその“例外”にあたる。世界中で盛り上がるゲーミングPC市場は、どの国でもニーズが近い。だから、「世界中で売れる良い製品」を作って売ることが大きなビジネスになり得る。ソニーが参入したのは、そうした市場の特質を読んでのことでもあるのだ。

 

では、ソニーはどこを強みとするのか? その点は次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】日本でも本格化する「ゲーミングPC」の波

Vol.117-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはNEC PCのLAVIE GX発売がきっかけとなる、日本製ゲーミングPCの本格化。海外と比べ低い普及率はどう高まっていくのか。

↑実売価格21万9780円からのNEC PC「LAVIE GX」。上位モデルのCPUは第12世代 インテル Core i7-12700F、グラフィックスはNVIDIA GeForce RTX 3060を搭載し、クリエイター向けPCとしても十分なスペックだ。PC向けゲームに精通した技術者が、ゲームを快適にプレイできる環境設定などをアドバイスするサポートが1年間利用できる

 

NEC PCとソニーがゲーミングPCに注目

NECパーソナルコンピュータ(NEC PC)は、ゲーミングPC「LAVIE GX」を7月14日に発売した。同社は40年前に発売された「PC-9801」をゲーミングPCの元祖と位置付け、24年ぶりの市場再参入と言っている。だが、このあたりについては当時のPC事情からすると異論のある人も多そうだ。

 

ここで重要なのは、NEC PCのような日本市場を中心としたPCメーカーが、ゲーミングPCに注目しているという点にある。NEC PC執行役員の河島良輔氏は、「海外ではゲーミングPCの比率が15%に伸びている。この製品だけですぐに大きな売り上げ比率の増加にはならないと思うが、数年かけていろいろな製品を増やしていけば、最終的に海外に近い比率まで伸びるのではないか」と期待を語る。今回は“リビングにおけるゲーミング・デスクトップ”というコンセプトだが、ほかの形の製品も考えていく計画であるという。

 

同じように、ゲーミングPCの世界に期待をかけるのがソニーだ。といっても、PCを売るわけではない。ソニーはあらたに「INZONE」というブランドを作り、ゲーミングディスプレイやゲーミングヘッドセットを販売する。

 

個人向け市場、特に若者向け市場でゲーミングPCの利用が伸び、関連機器市場も大幅に拡大している状況がある。だが一方で価格重視でもあり、“良いものを作れば売れる”と考えたため、ソニーは差別化できると確信し、参入を決めたのだ。ソニーは日本国内だけのビジネスではなく、世界中でINZONEブランドを展開する。「BRAVIA」や「α」、「ウォークマン」に並ぶサブブランドを立ち上げたと考えれば、ソニーの力の入れようも想像できる。

 

コロナ禍で大きく伸びたPC向けのゲーム市場

両社がゲーミングPC市場への参入を決定した理由には、コロナ禍が大きく影響している。日本は家庭用ゲーム機が強く、ゲーミングPCは海外に比べ弱い傾向にあった。だがコロナ禍においては、世界中でゲーム市場が大幅に伸びた。そのなかでは家庭用ゲーム機だけでなくPC市場が大幅に拡大しており、日本でも状況は同様だ。

 

NEC PCの発表会に登壇した、カプコンCS第二開発統括編成部の砂野元気氏は、「カプコンが販売する数百タイトルにおいて、PC向けが占める割合は3割まで伸びている」と話す。そこまで大きくなってきているならば、ゲームメーカーはPC対応ゲームを拡大するし、PCメーカーや周辺機器メーカーも、ゲーミングPC市場を重視するのも当然と言える。

 

ゲーミングPCは、キーボードなどの要素を除くと“高性能で十分なエアフローを備えたPC”でもある。これまで高性能PCはクリエイターもしくは業務向けという側面が強かったわけだが、味付けを変えればゲーマー向けにもなる。ディスプレイなどの周辺機器も同様だ。

 

ただ、単なる高機能製品ではもうゲーマーは満足しなくなっている。“ゲームに向く要素”がより重要になり、海外ではその追求が進んでいるためだ。

 

では、各社はどこで差別化を図っていくのか? コロナ禍でゲーミングPCが増えた本当の理由は何なのか? そうした部分は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】液晶テレビも「色」の進化に注目、トレンドは「ミニLED」と「量子ドット」

Vol.116-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2022年のテレビ動向。液晶テレビの画質の変化について解説していく。

↑広色域量子ドットを採用した4K液晶レグザ。2022年8月に発売される

 

有機ELはとても優れたデバイスで、テレビには理想的な存在である。

 

だが残念ながらまだ高価であり、サイズが大きくなるほど、液晶との価格差は大きくなる。サイズがそこまで求められない都市部では有機ELでも大丈夫で、むしろ「ぜいたくな個室ニーズ」を狙い、今年は42V型の製品も出ている。48V型との価格差が小さいのでどうだろう……という気もするが、「個室で使う」という小型サイズに向けたアプローチとしてはアリだし、悪くないと思う。

 

では液晶は「大きい」だけなのか?

 

もちろんそうではない。今年の液晶のテーマも「色」だ。

 

液晶の発色が向上している要素は2つある。「ミニLED」と「量子ドット+高輝度バックライト」だ。

 

ミニLEDは、いわゆる直下型バックライト採用製品向けの技術で、いままでよりも小さいLEDをたくさん使うことで、映像のコントラスト再現性の最適化を行うもの。コントラストが上がることで発色も同時に改善するうえに、大型の液晶には向くので採用が進んでいる。

 

ただ、コストと質の向上が見合うかどうか疑問もあり、意外と短期で終わる可能性もある。

 

量子ドットは、有機ELである「QD-OLED」でも出てきたもの。入ってきた光の波長を変換することで別の色に発光させる素材の技術、と思っていただいてかまわない。

 

実は量子ドットは、以前から「QLED」などの名称で中国系メーカーが採用していたのだが、効果がいまひとつで、日本でもさほど支持されていない。それゆえ大手も採用してこなかった。

 

それが採用に傾いたのは、バックライトの輝度向上が大きい、とされている。バックライトが暗いまま量子ドットを使うと、色がくすんでしまってあまり大きな効果が出ないものの、これまでよりも光量の強いバックライトを採用することで発色がグッとよくなる。この辺をアピールしているのがREGZAだ。

 

コスト的に、量子ドットはさほど上乗せにならない。だから、これまでのミドルクラスと言っていい製品の画質を上げるにはとても有効なものだろう。

 

ただ、有機ELにしろミニLEDにしろ量子ドットにしろ、テレビの輝度が上がっていくのは結構なことなのだが、その分消費電力は上がってきている。きちんとした統計はないが節電が叫ばれるいまなので、設定などは見直し、「常に最大輝度で使い続ける」ことがないようにしたい。結局そういう設定をしておくことが、製品の画質劣化を防ぎ、長く使い続けられることにもつながる。

 

画質設定の見直しは、短期的にも長期的にも「エコ」になる。そうしたコントロールがしやすいのも、いまのテレビの良さだ。しばらくテレビを買い替えていないなら、画質に加えて「設定の簡単さ」なども視野に入れ、買い替えを検討してみていただきたい。

 

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【西田宗千佳連載】今年の有機ELテレビは「色」に注目、その理由とは

Vol.116-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2022年のテレビ動向。有機ELテレビの画質の変化について解説していく。

↑真ん中がサムスンディスプレイを採用した、ソニーの最上位モデル「A95K」

 

今年のテレビ、特にハイエンドな製品は「画質が変わる」と前回の連載で解説した。その中核となるのは、やはりディスプレイパネルの世代が大きく進化したことにある。

 

有機ELについては、特に伸びしろが大きい。

 

これまでの有機ELテレビは、利用しているディスプレイパネルがほぼ、LGディスプレイ製だった。LGディスプレイは品質改善の努力を続けており、毎年、画質が向上したパネルが出てきていた。

 

今年は特に、緑の発光効率が向上したことが大きい。テレビなどの「発光するディスプレイパネル」の場合、光の色は赤・緑・青の3原色を混ぜて表現されるが、人間の目が特に強く反応するのは緑。そのため、緑の明るさが映像全体の明るさに影響する。

 

LGディスプレイの有機ELは、白く発光するパネルの上に赤・緑・青のフィルターを重ね、白のまま発光する部分も残した「RGBW」と呼ばれる構造になっている。大型の有機ELパネルを作るために必要な構造だが、明るい映像になると白の影響が強くなり色が弱くなる欠点がある。

 

今回は緑と青を強化したため、白の影響が今までより多少抑えられ、結果として発色が良くなる訳だ。それだけでなく、消費電力の低減や寿命の延長にもつながる。

 

残念なのは、一般にテレビメーカーは、どこのどの時期のパネルを使った製品かを明示しないことだ。最新型だと思ったら実は去年のパネルだった……ということもあり得る。なので製品を選ぶ場合には、「新型パネル採用」などの文言があるモデルを選ぶようにした方がいい。

 

色の変化という意味では、サムスンディスプレイがテレビ向けに参入したことも大きい。今年の国内製品については、ソニーの最上位モデル「A95K」のみに使われている。

 

サムスンの新ディスプレイパネルは「QD-OLED」。構造としてはLGディスプレイのパネルに近く、1色で発光するパネルにカラーフィルターをかけた構造である。

 

ただしサムスンの場合には、青色に発光する有機ELに赤と緑のカラーフィルターをかける。この赤と緑のフィルターには「量子ドット(Quantum Dot=QD)」を使っているので「QD-OLED」、という訳だ。LGのものと違い3色で構成されているので発色の純度が高いのが特徴とされている。

 

詳細の説明は難解になるので省くが、光をより効率よく発することができる「トップエミッション方式」を採用しているため、その面でも輝度の向上が期待できる。

 

ただ、このディスプレイパネルはまだ量産が始まったばかりで、大量の需要には応えられないと言われている。その関係から、今年は国内ではソニーのハイエンドモデルにのみ採用されている状況である。価格的に手が届くなら、他社製品と見比べつつ検討してもらいたい。

 

どちらにしろ、今年の有機ELは「色」の変化が中心だ。解像度は4Kでひと段落し、ダイナミックレンジもHDRで方向性は出た。そこで、次に「色」が注目されてきたという部分はある。ある意味、人は色に敏感なので、店頭などでも訴求しやすい部分だ。

 

では液晶はどうなのか? そこは次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】テレビは売れてないわけではなく、順調に買い替えが進んでいる

Vol.116-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2022年のテレビ動向。日本における需要と、今年の傾向を解説する。

 

日本のテレビ市場における大手メーカーといえば、ソニー・パナソニック・シャープ・REGZA。いまは低価格製品も増え、そこで海外メーカーの進捗も著しいのだが、ことトレンドを作っているのは、この4社にLGエレクトロニクスを加えた5社である、と言って差し支えない。

 

LGエレクトロニクスは世界的な大手であり、日本でもハイエンド機種を積極的に販売。そして、世界中のテレビで使われる有機ELディスプレイパネルは、同じグループであるLGディスプレイが生産している。

 

そんなことから、自社パネルでリードするLGに対し、パネルの供給を受けて製品を製造する国内4社が「画質・音質」面でのトレンドを作り、そこに価格という軸を武器に海外メーカーが追ってくる……という図式になっている。

 

では今年のトレンドはなにか?

 

やはり重要なのはディスプレイパネルの変化だ。詳細はまた次回に述べるが、ディスプレイパネルの変化とは画質の変化にほかならず、ハイエンドのテレビに関しては購買意欲をそそる最も重要な要素と言える。

 

「テレビ離れ」というキーワードで語られがちだが、テレビは売れていないわけではない。2021年は600万台程度の販売だった模様だ。内閣府の「消費動向調査」でも、テレビの普及率は96%前後で変化がない。1990年代以前の「1部屋1台」の時代には戻りそうにないが、「リビングにひとつあるテレビ」の買い替えは進んでいるし、一家に1台のテレビなら購買意欲もある、ということだろう。

 

リビングにひとつということは、長く使う前提で良いものを買う場合が多い、ということでもある。同じく内閣府の「消費動向調査」によれば、テレビの平均買い替え間隔は「10年」。75%の家庭が「故障」を買い替えの理由に挙げており、「故障しない限り買い替えないものだから、できるだけ良いものを」という発想になる。

 

一方で「良いものを」と考えるときに、画質と同時に出てくるのが「サイズ」だ。これは都会と地方で考え方が大きく違う。都会の場合「サイズはそこそこで良いから、より画質が良いものを」という選択をする人が多いが、家のスペースに余裕がある地方の場合、「これまで持っていたテレビよりもサイズが大きいモノを」と考える人が多い。

 

結果として、「小さめで有機EL」は都市部、「大きめで液晶」は地方で選択されることが多くなっている。

 

今年の場合には、どちらでも同じように画質面での変化が起きており、見た目での判断がしやすい年かと思う。ただ、今後数年でさらに画質は成熟していくので、「今年が買い時」かはまた別の話。要は「熟したものを数年後に買う」のか、「変化がわかりやすいのでそのタイミングで買い替える」のかの違い、というところだろうか。

 

では、その「画質面での変化」とはどのような部分になるのか? そこは次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】今年のテレビはパネルも映像処理も大幅進化

Vol.116-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2022年のテレビ動向。有機EL、液晶ともに大幅に進化したモデルが登場しているが、背景にある技術革新は何があるのか。

↑LGエレクトロニクス「OLED C2」シリーズ。実売価格22万7810円(42V型)から。次世代有機ELパネル「OLED Evo」を採用。画像処理エンジンの「α9 Gen5 AI Processor 4K」は、オブジェクト検出により前景と背景を識別して映像を調整。自然な深みを加え、鮮やかかつ高精度な色彩を実現している。画面サイズは42V、48V、55V、65V、83V型の5種類。

 

技術と設備の進化によりテレビは大幅に進化する

多くの方がご存知のように、テレビの画質は主に2つの要素で決まっている。ディスプレイパネル技術(液晶の場合はバックライトも含む)と、映像処理技術だ。

 

メーカー各社はそれぞれ新たな技術を用いて差別化を図っているのだが、毎年“完全に新しい技術”が出てくるわけではない。少しずつ進化を重ね、あるタイミングで大きな進化を遂げる。理由はおおむね、製造技術の進化であり、製造工場における設備の刷新であることが多い。

 

さらに“ライバルの登場”も大きな転機だ。

 

今年のテレビは、これらが同時にやってきた、と言うことができる。有機ELについては、ライバルの登場が大きな変化であり、液晶については主に、バックライトに新しい技術が導入されたことが大きい。

 

テレビ用の有機ELは、これまでほぼすべてをLGディスプレイが製造しており、今年も主流は同社製だ。だが、サムスンがテレビ用にも参入しており、同社製品のほか、1月にはソニーも「今年の製品でサムスン製パネルを一部採用する」と公表したことで、状況が変わってきた。これからサムスン製を採用するメーカーも増えるだろう。

 

サムスン製の有機ELパネルは「QD-OLED」と呼ばれるもの。LGは白色の有機ELに3色+透明で「RGB+白」の4色セットで画素を構成しているが、サムスンは青色発光の有機ELの上に赤や緑に発光する「量子ドット」を配置し、「RGB」の3色セットで映像を作る。サムスンによれば、色純度と輝度が高くなり、より画質が向上するのが利点だという。

 

それに対してLGは、昨年発表した「OLED Evo」という新世代パネルを採用。自社の有機ELテレビだけでなく、他社への供給もスタートしている。新開発の発光素子を搭載し、グリーンレイヤーを追加することで緑の発光効率が改善したといわれており、こちらも色純度と輝度のさらなる改善が期待できる。

 

また、より小型となる42V型向けのパネル供給がスタートしたのも見逃せない。個室でのゲームや映像視聴向けに適しており、LGエレクトロニクスをはじめとしたいくつかのメーカーから、42V型有機ELテレビが登場している。有機ELの画質の良さは理解しているが大画面を設置するスペースがない、という課題に応えるもので、特に日本市場では人気を集めそうだ。

 

液晶テレビはより明るいミニLEDモデルに注目

液晶に関しては、バックライトを小型化したうえで増量し、コントラスト比を上げた「ミニLED」の採用が、特に大画面モデルで増加してきた。画面が大きくなっても鮮明なコントラストを維持しつつ、価格は有機ELより安いのでコスパも優秀。大画面にこだわるなら、有機ELよりこちらに注目するのもひとつの選択肢だろう。

 

どちらにしても今年のテレビは、ディスプレイパネルの面で進化が著しい。それだけでなく、画質処理でも新技術を使うメーカーが出てきており、それぞれ画質の進化をアピールしている。

 

では、どのメーカーがどのような製品を作っているのか? どこに着目して選ぶべきなのか? そのような部分は次回以降解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】日本のメーカーが成しえなかった発想を、AmazonはEcho Show 15で実現しようとしている

Vol.115-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはAmazonが発売した大画面の「Echo Show 15」。スマートホームの課題に対して、Echo Show 15はどうアプローチしているのかを解説していく。

↑Echo Show 15(税込2万9980円)。15.6型のフルHDディスプレイを搭載。5MPのカメラを搭載し、家族と共有したい情報やエンターテインメントを鮮やかなディスプレイに表示できる。家族ひとりずつのプロフィールを作成して、ビジュアルIDと音声IDを割り当てれば、自分用のカレンダーなどを自動で表示可能だ

 

スマートホームの最大の問題点は「難しいこと」だ。適切に機器が連動するように設定するには、それなりの知識とインスピレーションがいる。特に、複数のメーカーの機器を混在して使う場合、その扱いはなかなかわかりづらい。

 

このことはAmazonも以前から問題視している。

 

現在は「簡単セットアップ」「フラストレーションフリーセットアップ」として、Amazon側にWi-Fiなど自宅の設定データを蓄積しておき、検出した機器に転送する仕組みも生まれている。

 

だから監視カメラのように、自社にブランドがあってそこと連動する場合にはいいのだが、他社製品だと、ライトやスイッチなどをちょっと組み込むだけでも、慣れない人には困難が伴う。そもそも、Amazon以外の「スマートホーム・プラットフォーム」を使っている場合も含め、機器の互換性や設定が複雑になっていくのは避けたい。

 

そこで、Amazonだけでなく、アップルやGoogleも参加する「Matter」という規格が立ち上がった。Connectivity Standards Allianceという業界団体が取りまとめており、どのメーカーの製品でも、Matter対応が謳われている機器ならば、バーコード読み取りなどで簡単に接続設定が終わるようになることを目指している。

 

だからといって、いきなり全部が簡単になるわけではないだろう。スマートホームのやっかいなところは、単に機器をつなげばいいわけでなく、「この部屋で自分は機械になにをして欲しいのか」「どんなことを自動化すると便利なのか」という想像力を働かせる必要がある点だ。

 

ある意味家作りであり、部屋作りなので「それが楽しい」というところもあるのだが、管理も含め、もうちょっと簡単に発想できるようになる必要はあるだろう。

 

Echo Show 15について、米Amazonのハードウェア担当者に話を聞いたとき、彼は「家庭での掲示板」に加え、「スマートホームの管理に便利」と説明していた。声だけで、脳内で機器を操作するよりも、ビジュアルで機能が並び、必要なら指でタップしてコントロールした方が楽だからだ。

 

タッチ操作していくことは、ユーザーの自然な生活に合わせてコンピューターの価値が生まれる「アンビエント・コンピューティング」の理想から離れているように思えて、ちょっとした矛盾も感じる。

 

しかし確かに、大きな画面を「家庭内の管理端末」とするのは理にかなっている。ここからAIによる応答の機能がさらに改善されていけば、もっと「アンビエントらしい」動作になっていくのかもしれない。

 

以前、日本の家電メーカーは「テレビがスマートホームの中心になる」という考え方を持っていた。だが結局、日本メーカーは連携する機器も作れなかったし、エコシステムも構築できなかった。

 

「大きなディスプレイをスマートホームの軸にする」という発想自体は間違いではなかったのだが、結局、エコシステムを作る能力を持っているAmazonが、その発想を現実のものにした……というところだろうか。

 

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【西田宗千佳連載】Echo Show 15を家族でスムーズに使うために、Amazonは独自の解決法を見出した

Vol.115-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはAmazonが発売した大画面の「Echo Show 15」。アンビエント・コンピューティングを実現するこの製品を、家族で共用して使ってもらうために、独自の機能を取り入れたことを解説する。

↑Echo Show 15(税込2万9980円)。15.6型のフルHDディスプレイを搭載。5MPのカメラを搭載し、家族と共有したい情報やエンターテインメントを鮮やかなディスプレイに表示できる。家族ひとりずつのプロフィールを作成して、ビジュアルIDと音声IDを割り当てれば、自分用のカレンダーなどを自動で表示可能だ

 

Echo Show 15は、家庭内で家族が「共有して使う」デバイスとして設計されている。家族みんなが同じように使う用途なら特に問題ないのだが、「情報を映し出す」場合、それでは困る。

 

かといって、使うたびにユーザーを切り替えるのは面倒である。家庭の中で自然にコンピューターを使う「アンビエント・コンピューティング」の概念からも、手動でのユーザー切り替えのような動作はなじまない。

 

では、Amazonは何をしているのか? それは、「ボイスID」「ビジュアルID」という機能の導入だ。

 

これらはどういうものかというと、声や顔の特徴から家族を見分けて内部でID管理し、呼びかけた人や機器の目の前にいる人の情報を呼び出す、というものだ。

 

Echo Show 15にはカメラがついており、それによって顔を「ビジュアルID」で認識し、今何を表示すべきか、ということを切り分けている。スマートスピーカーのEchoだったら、ボイスIDによって家族の誰かを判別し、その人の好みに合った楽曲の再生を行うようになっている。

 

ポイントは、あくまで「家族をIDで見分けている」のであって、世界中の人から“あなた”を見分けているのではない、ということ。実はこの機能、すべて機器の中だけで動いていて、クラウドで認識しているわけではない。

 

なぜそうなっているのか? 理由は主に2つある。

 

ひとつ目は「プライバシー」。家族の誰がどんな選択をしたかは、その人のプライベートな情報だ。それを全部クラウドに依存するのはあまり良くない。

 

もちろん、楽曲の情報やカレンダーの記録、通販との連携など、クラウドとの組み合わせが必須のものもあるが、「声」「顔」などの情報の場合、不要ならばクラウドを使わない方が望ましい。

 

これは、AIを使う企業で広まっている考え方のひとつでもある。プライベートなことは「手元の端末の中だけ」で済ませて、クラウドを関与させないことでプライバシーへの懸念を回避しているわけだ。

 

もうひとつは「即応性」。クラウドにデータを回していると、どうしてもその分反応が遅くなる。人と人との会話のようにスムーズな反応をめざすのであれば、クラウドにアクセスせずに処理する方がいい。

 

ただ、これらの機能は、何も設定しなくても勝手に働くわけでない、というのが、欠点といえば欠点になる。ちゃんと家庭内の誰かが管理し、機能をオンにして各機器で使えるように設定しておくのが必要だ。難しい話ではないのだが、機能を使っている人の割合は多くはないだろう……と推察している。

 

スマートホームの課題は、設定などの複雑さにある。アンビエント・コンピューティングを実践したくとも、結局は「どう設定するのか」という課題をクリアーしないとどうしようもない。ここは各社、今も苦慮しているところだ。

 

そうした設定に何か変化はないのか? その点は、次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】Echo Show 15の販売でAmazonが目指す先とは?

Vol.115-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはAmazonが発売した大画面の「Echo Show 15」。Amazonはこの製品で何を目指すのかを考察する。

↑Echo Show 15(税込2万9980円)。15.6型のフルHDディスプレイを搭載。5MPのカメラを搭載し、家族と共有したい情報やエンターテインメントを鮮やかなディスプレイに表示できる。家族ひとりずつのプロフィールを作成して、ビジュアルIDと音声IDを割り当てれば、自分用のカレンダーなどを自動で表示可能だ

 

Amazon・Google・アップルといった企業が、音声認識を使った「スマートスピーカー」を作っているのは、みなさんもご存知のとおりかと思う。音楽を聞くところからスタートし、今はさまざまな家電や監視カメラと連携し、「スマートホーム」の中核デバイスになろうとしている。

 

そこで重要になってくるのが「アンビエント・コンピューティング」という概念だ。

 

スマートフォンにしろPCにしろ、我々がコンピューターを使っているときには「強い意志」を持って、積極的に利用している。受身な存在である、と言われるスマートフォンにしても、「何かが読みたい」「何かが見たい」という意志を持って操作している。

 

アンビエント・コンピューティングはもう少し自然な使い方を模索した操作のあり方である。たとえば、家にいるとき、いる部屋を指定してスマートスピーカーに命令を与えるのは不自然だ。その部屋に何があり、命令を発した利用者はその部屋で何をしたいのか、ということを理解したうえで働いてくれるのが望ましい。

 

目の前にあるスピーカーの方を向き、近づいて話すのではなく、部屋のどこにいても、「やってほしいこと」を言えば答えてくれる……。そんな形が望ましいだろう。

 

家の中にセンサーや通信機器、家電が自然な形で配置され、それぞれがつながって家全体がコンピューターであるかのように働く様を「アンビエント(環境)・コンピューティング」と呼んでいるのだ。

 

家電連携というと、洗濯機や冷蔵庫をスマホから操作するような話を思い浮かべる。だが、AmazonやGoogleが思い描いているのは、そういう話とはちょっと違う。部屋から人が出たら電気が勝手に消えたり、自分がいる部屋でだけ音楽が流れたり、どの部屋にいても家族とのコミュニケーションが簡単にとれたり、といった姿を目指している。

 

その観点で見れば、壁につけて映像表示や音楽再生、家庭内の掲示板といろいろな機能を持ち、機器の前に立つ人によって表示する情報を変える「Echo Show 15」は、まさにアンビエント・コンピューティングのための機器、と言えるだろう。

 

ただ、Echo Show 15は単に大きいだけでなく、3.5cmもの厚みがある。机の上に置いてテレビ代わりに使うならいいのだが、壁にかけるのはかなり大変だろう。特に、日本の賃貸住宅では設置も難しい。そのため今回Amazonは、国内のメーカーと組んで賃貸向けの設置キットを作り、同時販売している。

 

そこまでして国内にEcho Show 15を持ち込みたかったのは、それだけ、この製品が、Amazonの考えるアンビエント・コンピューティングにとって重要な存在だった、ということなのだろう。

 

では、Echo Show 15がほかのAmazonの製品に比べ、ユニークな点はどこにあるのだろうか? そして、そこで使われているテクノロジーにはどのような意味があるのだろうか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】AmazonがEcho Show 15で狙う「家庭の掲示板」

Vol.115-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはAmazonが発売した大画面の「Echo Show 15」。これまで発売してきたEcho Showと異なる使い方を打ち出した狙いは何か。

↑Echo Show 15(税込2万9980円)。15.6型のフルHDディスプレイを搭載。5MPのカメラを搭載し、家族と共有したい情報やエンターテインメントを鮮やかなディスプレイに表示できる。家族ひとりずつのプロフィールを作成して、ビジュアルIDと音声IDを割り当てれば、自分用のカレンダーなどを自動で表示可能だ

 

映像配信機器である一方、目的は家族間の掲示板

AmazonはEcho Show 15という製品を先日発売した。15.6インチという大型画面を搭載したスマートディスプレイである。

 

このサイズになると、イメージとしてはもはやテレビと変わらない。テレビチューナーは搭載していないが、Amazon Prime VideoやNetflixなどの映像配信は視聴可能。スピーカーのクオリティもかなりしっかりしているので、テレビ的な使い方も十分できてしまう。クックパッドと連携し、レシピの確認ができるのも特徴だ。

 

といっても、Amazonはテレビを作りたかったわけでも、映像配信用の機器を作りたかったわけでもない。

 

彼らが作りたかったのは“家族の伝言板”なのだ。

 

リビングにカレンダーを貼ってある家庭は多いことだろう。そこに家族で共有したい予定などを書き込むのはよくあることだ。また、冷蔵庫にマグネットなどでメモを挟んでおくのも、よくある風景と言える。

 

そうしたモノをもう少しモダンにし、スマホなどとも連動して使えるようにするにはどうしたら良いのか? そこで作られたのが、大型画面を搭載するスマートディスプレイである。

 

AmazonがEcho Showシリーズを最初に作ったときは、ベッドサイドに置いて目覚まし時計的な使い方を志向していた。だが、サイズは次第に大きくなり、2021年春に発売した「Echo Show 10」は、10.1インチの画面を搭載した。

 

このモデルはキッチンに置くことを前提としており、話す人の方を向くように回る、という機能を搭載している。おもしろいアイテムだが、家族みんなで見るには少々不向き、という印象も強かった。

 

家族それぞれに対応し、最適な情報を共有できる

Echo Show 15は、キッチンに置くセカンドテレビ、もしくは壁にかける絵画や写真をイメージし、シンプルな大型画を使った機器になっている。絵画とは違い、それなりの厚み(35mm)や重量(2.2kg)もあるが、家族の写真や好きな絵が自動的に変わるフレーム、だと思えばイメージも湧く。

 

テレビやフォトフレームと違うのは、タッチパネルとマイク、カメラを備えていることだ。タッチパネルを操作することで好きな機能を呼び出したり、家族向けのメッセージを書いたりもできる。Echoシリーズなので音声アシスタント・Alexaを内蔵しており、声で指示することも可能だ。

 

カメラは家族の顔を認識するためのツールで、その人に合わせた情報を呼び出せるように工夫されている。要はディスプレイの前に立った人に合わせて、家族で共有したい情報を提供するための機能を備えているわけだ。

 

家族といえどもプライバシーは大切だし、写真や音楽の好みも違う。だから、Amazonは“家族の声”や“家族の顔”を判別して、それぞれに応じた情報を出す機能を搭載していくことで、ディスプレイ付きのEchoシリーズに新しい活躍の場を与えようとしているわけだ。

 

Amazonは家庭内でどうEchoを使おうとしているのか? そして現状の課題はどこにあるのか? そうした部分は次回以降解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】今後登場するMac Pro用CPUはMac Studioとは違う、特別構造なのではないか

Vol.114-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが発表した、独自のCPU技術を駆使したMac Studio。本製品の登場で、次期Mac Proはどのような製品になるのかを予想する。

 

M1 Ultraより速いプロセッサーを、アップルはどう考えているのだろうか? Appleシリコン版Mac Proが登場する場合、M1 Ultraよりも高速なプロセッサーが求められる可能性もある。

 

筆者は、Mac Pro向けのAppleシリコンは、ほかとはちょっと違うモノになると予想している。

 

前回の連載でも解説したが、M1シリーズには“拡張性が低い”という欠点がある。PCI-Expressによる拡張を想定しておらず、メモリーもプロセッサーに一体化されている。だから消費電力が低い割に高速なのだが、Mac Proのように拡張性が重要な用途には向かない。

 

そのため、Appleシリコン版Mac Proでは、M1 Ultraともさらに違うプロセッサーが使われるのだろう、と予測している。

 

さすがにその構造を正確に予測するのは難しい。インテルやAMDのプロセッサーのように、シンプルに外部接続を前提としたものになる可能性はあるものの、それだとAppleシリコンの良さが出にくいので、なにか不利をカバーする仕込みが、M1シリーズにはあるのではないか……という気もする。

 

では速度はどうするのか? 「M1 UltraではM1 Maxを2つつなげたのだから、今度は4つでも8つでもつなげばいいのでは」という声もある。だが、そう簡単にはいかない。

 

M1 Ultraで採用された「UltraFusion」は、プロセッサーとして実装する際に2つのM1 Max同士を密結合する技術だ。ただ、その特性上非常に微細なものであるため、さらに2倍・4倍と実装を増やしていくのは技術的に困難だろう。

 

サーバーのような高性能PCでは、複数のCPUを搭載する際にひとつのパッケージには入れず、マザーボード上などに複数搭載する形になっている。そうするとデータ転送や消費電力で不利になり、「2つ積んだから2倍」と単純には高速化しなくなる。

 

だが、そうしたやり方を採らないと、多数のプロセッサーを搭載するのは難しい。そうすると、「多数のM1を外部接続することを前提とした特別な構造」のものを作り、多少実効値が落ちても数でカバー……というパターンになるのではないか。

 

また、そもそもM1シリーズ共通の課題として、CPU・GPU1コアあたりの性能は同じであるという点がある。複数のCPU・GPUを活用できるアプリは速くなるが、そうでないものはコアの速度に引っ張られてしまう。M1 Ultraなのに思ったほど速度が上がらないパターンはこれが原因だ。

 

となると、根本的にコアを高速化するには、アーキテクチャを進化させた、仮に「M2」とでもいうべき次世代プロセッサーが必要になる。

 

アップルは当然「M2」をすでに準備済みだろう。いつ出てくるかはわからないが、iPhoneのプロセッサーが年々変わるように、タイミングを見てM1を置き換えていくものと想定される。

 

ただ、それと前述のMac Pro用Appleシリコンの登場時期がどう関係するかはわかりづらい。M2(仮称)アーキテクチャからMac Pro用も作るのか、それともM1ベースで作り、その後にM2搭載のMacもでてくるのか。

 

この辺は注意深く見守っていきたい。

 

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【西田宗千佳連載】Mac Studioが出たからといって、現行のMac Proに意味がないとは言えない

Vol.114-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが発表した、独自のCPU技術を駆使したMac Studio。本製品の登場で、現行のMac Proはどのような位置付けになるのかを解説する。

↑2019年に登場したMac Pro(画像左)

 

現在のMacのラインナップをみると、ほぼすべてがAppleシリコンへの移行を終えている。ただし唯一、インテルのCPUを使ったモデルも残っている。それがMac Proだ。

 

アップルはMac Studioの発表に際し、スピードの比較対象としてMac Proをピックアップしていた。実際問題として、多くの処理において、単純な性能であればMac ProよりもMac Studio(特にM1 Ultra搭載版)のほうが速く、消費電力が少ない……ということはあり得る。

 

特に動画を扱う場合には、M1 Max・Ultraに、プロ向けの「Apple ProRes」処理を高速化する機能が搭載されていること、SSDが高速であることなどもあり、有利な点はあるだろう。

 

Mac Proは「Pro」と名がついているため、これまで最高速のMacとして扱われてきた。だが、現在はすでに違う。では、Mac Proに意味がないか、というとまったくそんなことはないのだ。

 

理由は2つある。

 

ひとつ目は、業務フローの中で、まだ「Appleシリコンへの完全移行にリスクがある」場合だ。M1をベースとしたAppleシリコンの上では、すでにほとんどの作業が可能になっている。だが、企業や大学などで独自に開発されたソフトや、特定の業務だけに使われるマイナーなソフトの場合、Appleシリコンへの最適化が終わっていないことは多い。

 

Macの置き換えで業務が滞る可能性があるなら、まだ置き換えたくない……というところはあるはず。そろそろ少数派になってはいるだろうが、コアな業務に関わるものほど、移行措置には慎重になるものだ。

 

そして2つ目が「PCI-Expressでの拡張カードを必要とする用途」。完全に特定業種向けではあるが、特定の処理を速くしたり、特殊な機器を接続したりする用途のために、独自の拡張カードを設計することはある。同様に、GPUとしてAMDやNVIDIAのモノがどうしても必要である、というニーズもある。

 

そうすると、現状外付けGPUを搭載できるのはMac Proだけなので、Mac Proを選ばざるを得ない(ただし、Mac Proで使える外付けGPUは、アップルからの提供としてはAMD製に限られる)。

 

こうしたニーズであればWindowsでも……と思わなくもないが、やはり業務でMacが必要、というクリエイターや開発関係部門はある。そうした部分では、いまのM1をベースとしたAppleシリコン搭載Macでは限界がある。

 

また、メモリー搭載量が「最大でも128GB」ということも制約となる。なにしろ、現行Mac Proは「最大1.5TB」のメモリーが搭載できるのだから。

 

アップルは、Mac ProのAppleシリコン対応版については、また別の機会にアナウンスするとしている。ということは、それらの機器は、単に速いプロセッサーが搭載されているということではなく、Mac Proで現在実現されている拡張性を備えたモノ……ということになるのではないか、と予想している。

 

すなわち、文字通りの“Pro向け”であるという特性がさらに強くなるのだろう。

 

では、その速度はどうなるのだろう? M1はM1 Ultraで良好なパフォーマンスを示したが、さらに高速化する方法はどうなるのだろうか? その点は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】アップルMac Studioの高性能をWindowsと比較するのは難しい

Vol.114-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが発表した、独自のCPU技術を駆使したMac Studio。本製品はどれくらい高性能なのかを探る。

↑M1 Ultra搭載のMac Studioは最大128GBのユニファイドメモリーを備え、18本の8K ProRes 422ビデオストリームを同時に再生可能。PCでの重い作業を驚異的なスピードとパフォーマンスで処理できる。SSDのアクセス速度は最大7.4GB/秒と超高速なのも魅力的だ

 

アップルが3月末に発売したハイエンドMacである「Mac Studio」は、高性能であることがなによりも特徴だ。

 

実際ベンチマークをとってみると、ほかのMacに比べてCPUコア・GPUコアが多い分、性能はストレートに向上している。

 

ただ気になるのは“Windowsと比較してどうなのか”ということだろう。これは意外と難しい。

 

特に大きく違うのがGPUだ。WindowsとmacOSでは、グラフィックの処理がかなり違う。同じGPUであっても、Windowsで使う処理に特化したアプリケーションと、macOSに特化したプリケーションとでは、パフォーマンスがかなり異なる。

 

アップルは、iPhone/iPad/Macでのグラフィック処理に「Metal」という技術を使っている。当然、アップル製品に使われるプロセッサーはすべて、Metalに特化した作りになっている。

 

だが、Metalはほかのプラットフォームでは使われていない。ほかのプラットフォームと同じように評価するには、Metal以外でテストをするか、Metalに最適化したアップル向けのソフトと、Metal以外に最適化したWindowsなど向けのアプリをそれぞれ用意し、「同じ用途・同じ機能のアプリ」として比較する必要がある。

 

Mac Studioが発売されて以降、「アップルがいうほど速くないのではないか」という記事も出回っているが、それらは必ずしも間違いではない。だが、ポイントはちょっとズレている。Macに最適化されている訳ではない、Metal向けではないテストで比較してしまうと、Mac Studioといえど性能は出しきれないのだ。

 

そうすると、実際にはなにで評価すべきか? やはり、WindowsとMacで両方にあるソフトで、作業時間などで比較するのが適切だろう。

 

筆者の手持ちのデータで言えば、Mac Studioは確かに速い。Macの中では間違いなくトップの性能である。一方、世の中に存在するすべてのWindows PCよりも速いのか……というと、そうもいかない。

 

特にGPUについては、Mac StudioのGPUは「ハイエンドGPUと同等」ではあるものの、NVIDIAやAMDの最高性能のGPUの方が性能は上、という部分も多い。

 

ゲームや機械学習向けには、Windowsのほうが優れている部分もあるだろう。それは、開発環境やニーズが影響する部分も大きい。

 

一方で、CG制作などの場合だと、話が少し変わってくる。

 

Mac Studioに使われる「M1 Ultra」は、最大128GBのメモリーを、CPUとGPUが共有する構造になっている。極論、最大のビデオメモリーは128GB、とも言える。もちろん実効ではもっと少ない。とはいえ、100GBを超える容量のデータをGPUが一度に扱うこともできるのは間違いない。

 

Windowsで使われる外付けGPUの場合、GPUが使うビデオメモリーはGPU側についている。その結果として、Windows PCのビデオメモリーはゲーム用で十数GB、ワークステーション用でも32GB程度となっている。GPUが処理する場合、データをストレージからメインメモリー、メインメモリーからビデオメモリーへと転送する必要があるため、処理効率も落ちやすい。

 

ゲームなどではそこまで巨大なデータは使わないが、開発環境やCG制作では、巨大なデータを扱うこともある。そのときの効率では、結局Mac Studioのほうが良い……という可能性は高い。

 

さらに、Mac Studioは放熱効率が高く、フルパワーで動いても動作音が静かだ。作業環境として望ましいのは間違いない。

 

というわけで、性能評価は“場合による”のである。

 

では、Mac Studioはいつまで最高性能のMacでいるのだろうか? その点を次回予測してみたい。

 

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【西田宗千佳連載】驚きの方法で高性能を実現したアップルの「Mac Studio」

Vol.114-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが発表した、独自のCPU技術を駆使したMac Studio。製品の登場を支えた技術の秘密は何なのか。

↑M1 Ultra搭載のMac Studioは最大128GBのユニファイドメモリーを備え、18本の8K ProRes 422ビデオストリームを同時に再生可能。PCでの重い作業を驚異的なスピードとパフォーマンスで処理できる。SSDのアクセス速度は最大7.4GB/秒と超高速なのも魅力的だ

 

M1 Max以上の高性能CPUはあるか

アップルが3月に発売した「Mac Studio」は、多くの関係者の度肝を抜いた。

 

アップルはMacの独自半導体への移行を進めているが、残すのはハイエンド系だけになっていた。だから高性能をウリにした製品が出てくるのは予測の範囲内だった。

 

ただ、アップルがどう「M1 Max」より高性能なプロセッサーを作るのかは、PC業界内でも意見が分かれていた。

 

アップルのM1シリーズは、スマートフォンであるiPhoneのプロセッサーから派生している。そのため、CPUとGPUを混載し、さらに高速なバスで同じチップの中にメインメモリーまで搭載する構造になっている。これはベーシックなM1から、ハイエンドのM1 Maxまで変わらない。この構造であるから、データのムダな転送を減らし、効率的に扱うことで速度を稼いでいる。

 

ただ、半導体製造には技術的な限界がある。CPUやGPUを際限なく増やせるなら性能も上げやすいが、ある規模以上になると製造が難しい。実は、M1 Maxは限界に近い規模であり、単純に同じアプローチでさらに規模が大きく、性能が高いプロセッサーを作るのは無理だ、と考えられていた。

 

プロユースにも耐えうるM1 Ultraの実力

一般的なPCの場合、GPUを外付けにしたり、CPUを複数搭載したりすることで性能向上を図るのが通例だ。だからアップルも、M1シリーズを複数積んだ高性能Macを作るのではと予測されていた。

 

そして実際、Mac StudioはM1 Maxを2つ搭載したMacになった。ただし、実現の方法は非常に独特なものだ。単純にプロセッサーを2つ搭載するのではなく、最初からM1 Maxに“2つのM1 Maxを高速につなぐ”、“2基つなげても、ソフトから見るとひとつのプロセッサーに見える”機能を搭載しておき、それを使用して、製造の段階で2基のM1 Maxがつながった特別なプロセッサーを作ったのである。アップルはこれを「M1 Ultra」と名付けた。

 

2021年秋に発表されたとき、M1 Maxは単に高性能なM1だった。だが実は、M1 Ultraを実現する機構が隠されている、野心的なプロセッサーでもあった。そして、そのことはM1 Ultra登場まで秘密とされていた。

 

筆者も、Mac Studioをアップルから借り受け、性能をテストしてみた。実に速く素晴らしい。M1 Maxの倍の速度で動き、動作音はほとんどしない。M1 Ultra搭載モデルは約50万円という高価な製品だが、Macでなにかを作ってお金を稼ぐプロ向けのPCだから、十分価格に見合うものと言える。

 

ただ、Mac Studioにはいくつか疑問もある。性能はWindows PCと比較してどうなのか? アップルはMac Proについては後日別途に発表するとしているが、それはMac Studioとどう違うものになるのだろうか? そして、性能向上は今後どのように実現していくのだろうか?

 

そのような謎については、次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーLinkBudsは強烈なマイクのAIノイズキャセルに注目すべき

Vol.113-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニーの耳をふさがないイヤホン、LinkBuds。製品の注目技術を解説していく。

↑LinkBudsは、ドライバーユニットには振動板の中心部が開放されているリング型を採用。耳をふさがないので圧迫感が小さく、イヤホンをしていても周囲の音が明瞭に聞こえるのが特徴。ケース併用で最長17.5時間使用可能なスタミナ性能や、音切れしにくい高い接続安定性も好評を得ている。実売価格2万3100円(税込)前後

 

LinkBudsには、おもしろい技術が採用されている。外見のユニークさが注目されるが、実はその技術も重要だ。

 

それは「AIノイズキャンセル」。ノイズキャンセルといっても、一般のヘッドホンとは違う。ノイズキャンセルというと耳に聞こえる音から騒音の部分を軽減するものだが、LinkBudsに搭載しているのは「マイクのAIノイズキャセル」技術。要は、マイクで話したときに声だけをエンハンスし、周囲の雑音を消してしまう機能だ。

 

実際、この機能の効果は強烈だ。

 

ビデオ会議などで、ミュートしてない人がPCでタイプしていて音がうるさい……という経験をしたことはないだろうか。そういうシーンでも、声は残るがタイプ音はきれいに消えてしまう。周囲がザワザワとうるさいカフェや雑踏で話したときにも、周囲の騒音は消え、通話している相手には聞こえない。

 

こうした「AIによる音声以外のノイズ除去」は、数年前から存在した技術だ。実は、ZoomやMicrosoft Teamsにも、2021年中頃から標準機能として搭載されるようになってきた。

 

だが、そうした機能群はPCやスマートフォンの性能を活用したものだ。この機能を、LinkBudsは4gしかない本体の中で実現している。だから、LinkBudsがつながって通話に使える機器すべてで、追加ソフトなどを入れることなく、AIによる音声以外のノイズ除去が使えることになるのだ。

 

こうしたことは、AI(機械学習)の技術が進化し、小さなLSIでも効率的に処理が行えるようになってきたことと、Bluetooth機器に搭載されるようなLSIが高性能化したことの両方で実現できたものである。

 

LinkBudsがAIによる音声以外のノイズ除去を搭載した理由は、小さいが故に存在する、設計上の制約にある。

 

一般的にヘッドホンなどでは、マイクを多数搭載して音を拾うことで、音質向上・ノイズ低減を実現する。だが、LinkBudsにはあまりにスペースがなく、たくさんのマイクを搭載することが難しい。そのため、別の手段による通話品質の向上という考え方から、AIが採用された次第だ。

 

その結果として、これだけはっきりとした優位性が生まれたのだから、今後のソニー製品では、従来通り多数のマイクを搭載している製品であっても、AIによるノイズキャンセルが使われる可能性がある……と筆者は予測している。

 

また、この手法に気がついているのはソニーだけではない。Razerは3月末に発売したマイク「Razer Seiren BT」に、AIによるノイズキャンセルを搭載した。Vlogなどで声を収録する場合、風の音や雑踏の音などをカットするために使っているわけだ。

 

おそらく今後、多くのメーカーが同様の機能をヘッドホンやマイクに組み込み始めるだろう。

 

AIによるノイズキャンセルの欠点は、声が若干人工的になってしまうことだ。おそらく次の競争は、AIを使いつつ自然な声の収録を目指す……というところになってくるのではないだろうか。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーLinkBudsの狙いはスマホとの親和性向上と音によるARだ

Vol.113-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニーの耳をふさがないイヤホン、LinkBuds。この製品による、ソニーの狙いを解説する。

↑LinkBudsは、ドライバーユニットには振動板の中心部が開放されているリング型を採用。耳をふさがないので圧迫感が小さく、イヤホンをしていても周囲の音が明瞭に聞こえるのが特徴。ケース併用で最長17.5時間使用可能なスタミナ性能や、音切れしにくい高い接続安定性も好評を得ている。実売価格2万3100円(税込)前後

 

ソニーが「LinkBuds」で開拓しようとした要素は、音楽を聞かないときにも着けているヘッドホン(イヤホン)というジャンルだ。

 

スマートフォンとともに生活するのが日常になり、我々はいつでも音楽や動画に接するようになってきた。だが、わざわざヘッドホンをつけるのは、音楽を聞くときやゲームをするときなど、特定の目的があるときと言っていい。

 

しかし、本当にスマホがより日常的なデバイスになるなら、スマホからの“音”はもっと増える。いま、メールやメッセンジャーの通知は画面に出るのが普通だが、ヘッドホンを着けっぱなしであるなら、それは声で聞こえてもいいはず。ナビゲーションでも、次にどこで曲がるのかは、画面を見ずに声でわかれば便利だ。

 

そうしたことはすでにできるのだが、ずっと着け続けていられる快適なヘッドホンが少ないがゆえに、なかなか広がっていない。コロナ禍になってビデオ会議が増え、そこで「骨伝導ヘッドホン」が注目されたのも、長い時間着け続けたときの快適さが評価されたからである。

 

だとするならば、できるだけ軽くて、しかも音質なども良いヘッドホンを作ればいい。それがLinkBudsの狙いである。現状では軽く作るのが精一杯で、バッテリーの搭載量が少なく、連続では2時間半ほどしか動かないのが難点だ。ちょっとこれでは“ずっと着けている”というわけにはいかない。後継機では、もう少し長く使える設計を目指して欲しいとは思う。

 

ただ、LinkBudsは、長く着けていられることだけを狙ったわけではない。音のAR的な世界も目指している。

 

AR(Augmented Reality)は現実にコンピューターが生成した情報を重ねる技術で、通常はCG=映像でそれを実現する。だが、別に音でもいいのだ。特定の場所に行ったらそこでだけ聞こえる音があったり、移動にあわせて音が聞こえてきたりすれば、それは“音によるAR”。CGの描画を必要としないぶん、スマートフォンに与える負荷も小さく、実用性は高い。ナビゲーションの音声化は、音のARの第一歩である。

 

現状、音のARを楽しめるアプリは少ない。マイクロソフトの提供している「Microsoft Soundscape」がもっともそれに近い体験を提供してくれるものだと思う。利用は無料だし、AndroidでもiPhoneでも使えるので、ぜひ一度試してみていただきたい。

 

実はこのアプリ、別にLinkBuds専用というわけではない。特にiPhone版だと、アップルの「AirPods Pro」や「AirPods Max」でも使える。要は、ヘッドホン側にも頭の向きを認識するセンサーが入っていることが重要なのだ。

 

そう考えると、ヘッドホンに内蔵されることが求められる要素も、今後さらに増えていく可能性が高い……ということになるかもしれない。

 

そしてもうひとつ、LinkBudsにはおもしろい要素がある。それがなにかは、次回のWeb版で解説していきたい。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーも安泰ではない、オーディオメーカーの存在感が失われた理由とは

Vol.113-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニーの耳をふさがないイヤホン、LinkBuds。この製品で新たな市場開拓を試みる背景を読み解いていく。

↑LinkBudsは、ドライバーユニットには振動板の中心部が開放されているリング型を採用。耳をふさがないので圧迫感が小さく、イヤホンをしていても周囲の音が明瞭に聞こえるのが特徴。ケース併用で最長17.5時間使用可能なスタミナ性能や、音切れしにくい高い接続安定性も好評を得ている。実売価格2万3100円(税込)前後

 

過去、オーディオ機器といえば錚々たる「オーディオメーカー」の独壇場だった。そのなかには、日本の家電メーカーも含まれる。だが、現在のオーディオ市場、特に、プロやマニア市場ではない一般的な人々が買う製品の多くは、オーディオメーカーとしての伝統が薄い企業のものになりつつある。

 

こういう話をするとアップルを思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、アップルもiPodの頃から数えれば、すでに20年以上もオーディオに関わってきた歴史があり、十分に“古参”と言える。

 

そうではなく、これまでは自社製品としてオーディオを扱ってこなかったアマゾンやGoogle、マイクロソフトのような大手ITプラットフォーマーが当てはまる。さらには、PC周辺機器メーカー、そして、GEOや各種100円ショップなど、これまでならヘッドホンを自ら売らなかったようなところからも「自社ブランドのワイヤレスヘッドホン」が出るようになったことが、いまの変化なのだ。

 

その中核にあるのは、オーディオがデジタルになり、LSIとソフトウェアで構成される要素が増えたという変化だ。

 

現在、多くの機器は中国で生産されるようになった。そこでは、単に生産するだけでなく、設計の段階から請け負う事業者が増えている。彼らに依頼すれば、それまでヘッドホンを扱ったことのない企業でも「自社ブランドヘッドホン」は販売できる。

 

特にBluetoothヘッドホンは、有線のモノ以上にLSIとソフトウェアで出来上がるものだ。中国にある少数の生産請負企業が設計し、それを多数の企業が採用していまに至る。結果として、“単なる完全ワイヤレス型Bluetoothヘッドホン”なら、10ドル・20ドルといった安価なコストで生産できてしまう。

 

良いヘッドホン、良いデジタルオーディオ機器を作るには、音を良くするために、オーディオメーカーとしての知見がもちろん必要になる。だが、デジタルオーディオではそうした知見の関与する部分よりも、生産請負企業が持つノウハウの方が有利に働く部分が出てしまう。

 

そうなると、ごく少数の自社設計で開発する企業、専用設計にこだわる企業を除くと、どこもあまり差がない製品になってしまう。差別化点はオーディオの知見と同等以上に“IT機器を作るための知見”になるからだ。

 

結果として、IT機器の知見とオーディオの知見を持つ少数の企業はオーディオメーカーとして生き残り、差別化できなかった企業はコスト競争力の前に敗れていく。だから、ごく一部のハイエンド製品を除き、オーディオメーカーの存在感は失われてしまったのである。

 

ソニーであっても、安泰なわけではない。音質は重要だが、そこに高いお金を払ってくれる人ばかりに注目していても市場は広がらない。そこで新規市場の開拓として作ったのが「LinkBuds」、と言うわけだ。

 

では彼らが考えた、開拓すべき市場とはどんな領域なのか? そこは次回のWeb版で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーが戦略商品「LinkBuds」で狙う市場

Vol.113-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニーの耳をふさがないイヤホン、LinkBuds。“ながら聴き”の新たなトレンドを狙う同社の開発意図を探る。

↑LinkBudsは、ドライバーユニットには振動板の中心部が開放されているリング型を採用。耳をふさがないので圧迫感が小さく、イヤホンをしていても周囲の音が明瞭に聞こえるのが特徴。ケース併用で最長17.5時間使用可能なスタミナ性能や、音切れしにくい高い接続安定性も好評を得ている。実売価格2万3100円(税込)前後

 

骨伝導とは異なる“ながら聴き”の新機軸

ソニーが2月末に発売した完全ワイヤレスイヤホン「LinkBuds」が売れている。ランキングでも上位に入るほどだ。

 

この商品の特徴は、リング型のサウンドドライバーを使い、真ん中の穴を通ってくる「外の音」と「イヤホンを通して出てくる音」の両方を聴ける、ということだ。音楽を聴いている最中に他人から話しかけられたり、移動中にクルマなどの走行音に注意を払ったり、といった使い方に向く。

 

同様の機能は、マイクを使って外の音を収録して耳に届ける「外音取り込み」として搭載されることが多かったが、LinkBudsはデザイン・構造自体を変え、より自然に周囲の音が入ってくる形状を作ることで、“ながら聴き”前提の製品を作り上げた。

 

LinkBudsは重量も片耳分で約4.1gと軽く、耳の穴に押し込むわけでもないので、長く装着しても負担が小さいのが特徴だ。サイズとしては、ソニーのイヤホンのなかでは過去最小であり最軽量である。

 

コロナ禍のヒット商品に「骨伝導イヤホン」があるが、こちらもLinkBuds同様、耳に負担をかけずに、ながら利用できることが評価された。

 

ただ、骨伝導イヤホンはその特性上、一般的なイヤホンに比べ“音楽を良い音質で聴く”のが難しい。ソニーはこの点を差別化点と考え、独自開発したリング型のサウンドドライバーから音を出す機構を選んだ。この機構で良い音を出す製品を作るには3年の時間を必要とした。

 

多様化する使用形態に対応する戦略的商品

なぜこのような製品を作ったのか?

 

ソニーの個人向けオーディオ事業を統括する中村 裕・事業部長は「よりスマホ志向の製品が必要と考えたため」と話す。

 

イヤホンはすっかりスマホと一緒に使うものになって、市場は拡大し続けているものの、全員が高音質で高価格な製品を買うというわけでもない。ソニーのようなオーディオメーカーとしては、できる限り音質の良いモノを、付加価値をつけて販売したいというのが本音だが、そのなかで「多様化しているニーズにいかに応えられるのか」という点も重要になってきた。

 

すなわち、いままでのように、音楽を聴くときだけイヤホンを着けるだけでなく、もっと日常的にイヤホンを着け続ける人々の層を開拓したい……というのが、ソニーの狙いなのだ。そのなかには、コロナ禍で増えたテレワーク利用もあるだろうが、LINEなどを使って友人と通話し続ける人、ゲームプレイや動画視聴で長くイヤホンを使う人など、多彩なニーズが存在する。

 

“より多くの人がイヤホンを使う時代にどう対応するか”という命題に向けて時間をかけて開発した戦略的商品なのだ。

 

だから、より多くの人にわかるよう、製品に型番ではなく「LinkBuds」という愛称を付けている。こうした部分からは、アップルなど他社への対抗意識も感じられる。

 

イヤホンの市場はいま、具体的にどんな変化に晒されているのだろうか? そのなかで家電メーカーはどう戦えば良いのか? 今後イヤホンに求められる技術はどんなものになるのか? そうした部分は、次回以降でより詳しく解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】巨大ゲーム会社買収のメリットはサブスクやゲーム以外での展開にある

Vol.112-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した、ゲーム最大手会社の買収。そのメリットはこれまでのコンテンツ「独占」とは違うところにあることを解説します。

↑日本マイクロソフトのリリースから

 

ゲーム・プラットフォームのビジネスにおいて「独占」は重要なファクターだ。ただ前回も述べたように、その意味合いは昔とは異なってきている。

 

昔はゲーム機ごと、PCごとにアーキテクチャが大きく異なり、ソフトを作り分けるのは大変なことだった。だが、PS3/Xbox 360世代から状況は変わり、PCを含めた複数の機種へ出すのが当たり前になってきた。そのようにしてリスクヘッジをしないとゲームビジネスが回らないのだ。

 

結果的に、プラットフォーマーは自分がコンテンツを持つことで「独占」を得るようになってきた。

 

だが、これもまた崩れつつある。

 

大手ゲーム会社を買収するということは、そこで出ていたゲームを「自社グループ独占にできるのか」という話につながる。結果的に言えばこれはできない。元々のファンを裏切ること、ビジネスパイが狭まること、独禁法上のリスクが上がることなど、諸々の課題があるからだ。

 

そうすると、いかに強いコンテンツを持つ他社を買収したとしても、単純な「独占」は難しい、ということになる。事実、マイクロソフトはアクティビジョン・ブリザードのゲームをPlayStationにも供給すると後日発表しているし、ソニーも「バンジーの独立性を保つ」として、バンジーがPlayStation以外にゲームを供給することを認めている。

 

では独占のメリットはどこで出すのか? シナリオは2つある。

 

ひとつは「サブスクや追加コンテンツで差を出す」こと。マイクロソフトは有料会員制のサブスクリプション型サービス「Game Pass」を展開しているが、アクティビジョン・ブリザードの作品もここに「発売日から入れる」ことを目指す。

 

他社向けに売らないのは問題だが、「サブスクは自社限定」は問題がない。そうやってお得感を演出することでユーザーを惹きつける方法はある。また、追加コンテンツの先行公開などで差別化する方法もあるだろう。

 

2つ目は「ゲーム以外への展開」だ。人気のあるゲームなら、それを題材にした映画やドラマの展開もあり得る。マイクロソフトは自社の人気作「Halo」をドラマ化した(日本では今夏、U-NEXTで配信予定)。ソニーはPlayStation独占作品の「アンチャーテッド」シリーズを、トム・ホランド主演で映画化している。その後も「ゴースト・オブ・ツシマ」などの映画化が続く。

 

こうした部分での権利は当然、自社のものになる。任天堂のように、映画化だけではなくテーマパーク展開もある。才能のあるアーティストが作った世界は魅力的なものだ。巨額の費用と時間をかけて生み出したものは、本気で他メディア展開し、中長期的な収益源を目指すのが当たり前になってきた。

 

こうやって考えると、仮にゲームが短期的には「独占供給」とならなくても、ビジネスとしてのうま味は十分にある、ということになるのだ。

 

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【西田宗千佳連載】マイクロソフト、ソニー、任天堂がゲーム会社を買収する背景とは

Vol.112-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した、ゲーム最大手会社の買収。買収の背景には、ゲームの規模拡大とPC向けゲーム市場の拡大が関係していることを解説する。

 

マイクロソフトによるアクティビジョン・ブリザードの買収は、まさに「ゲーム事業」のためのものだ。

 

アクティビジョン・ブリザードは世界有数の規模をもつゲームメーカーで、実のところ、マイクロソフトが買収を決めるまで、多くのゲーム業界関係者は「大きすぎて買収は難しい」と思っていた。

 

それが買収に至ったのは、ここ数年、アクティビジョン・ブリザードがパワハラ・セクハラなどのコンプライアンス面で揺れており、会社としての安定性に欠けていたから、ということはある。そこで買収に走ったマイクロソフトは、資金力の面でも決断力の面でもたいしたものだと思う。

 

一方、ゲームプラットフォーマーにとって「買収」という戦略はそこまで珍しいものではない。ソニーにしても任天堂にしても、規模や戦略はそれぞれ異なるものの、買収は行なっている。

 

特に買収に積極的なのはソニーだ。マイクロソフトがアクティビジョン・ブリザードの買収を発表したのを追うように、ソニーも独立系ゲーム会社であるバンジーを買収すると発表した。買収額は36億ドル(約4100億円)。アクティビジョン・ブリザードの買収額(約7.8兆円)に比べるとひと桁小さい額だが、それは比べる相手が悪い。バンジーの買収も、過去のソニー・インタラクティブエンタテインメントによるゲーム会社買収の中では最高額である。

 

ソニーが買収に積極的なのは、自社傘下の開発会社を「PlayStation Studios」ブランドの元に統合し、PlayStationに向けた「独占供給ゲーム」の開発を加速するためだ。そのため、基本的には「ゲームを開発する企業」の買収であり、パートナーを傘下に収めて関係を強化するのが目的だ。

 

これは任天堂も同じである。元々任天堂は「任天堂のゲーム機でしか遊べない、任天堂ブランドのゲーム」が特徴だ。そのためには開発会社との関係が重要になる。ただ、任天堂はほかの2社ほど頻繁に買収しているわけではないし、額も小さめだ。

 

昔からゲーム機ビジネスでは、特定のゲーム機でしか遊べない「独占タイトル」が重要だった。別に今に始まった話ではない。だが、過去とは状況が変わっている。ゲームの規模拡大とPC向けゲーム市場の拡大がポイントだ。

 

大規模なゲームの開発にはコストがかかる。リスクを分散するために、ゲームメーカーは複数のゲーム機・PCで同じゲームタイトルを販売するようになった。俗に「マルチプラットフォーム・タイトル」と呼ばれるものだ。ゲーム開発の手法が変化し、グラフィックや音などの「ゲーム機にあまり依存しない」要素が多くなり、ゲームそのものも機種に向けて開発するのが容易になってきた。だとすれば、無理に1機種に絞るのではなく、多数の機種で販売してビジネスパイを拡大する方が有利になっている。

 

そうなると困るのはゲーム機を提供するプラットフォーマーだ。ゲームメーカーが自社だけを向いてくれる例は減ってきており、差別化が難しくなる。

 

だからこそ、ゲームプラットフォーマー自身がゲームメーカーを抱え、「独占タイトル」を自ら出資して開発するようになっていったのだ。

 

だが、今はそこからさらにビジネスモデルが変化しようとしている。その辺の仕組みについては、次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】マイクロソフト約7.8兆円買収はメタバースのため……は言い過ぎ

Vol.112-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した、ゲーム最大手会社の買収。メタバースのための買収という報道もあるが、実際はどうなのかを考察する。

↑日本マイクロソフトのプレスリリースから

 

マイクロソフトが約7.8兆円でアクティビジョン・ブリザードを買収した際、同社のプレスリリースの中には、次のような文言が入っていた。

 

「現在、ゲームはあらゆるプラットフォームを通じて、エンターテインメントのなかで最もダイナミックでエキサイティングなカテゴリーであり、メタバース プラットフォームの発展においても、重要な役割を果たすことになるでしょう」(米マイクロソフトのサティア・ナデラCEO)

 

この発言もあって、新聞などの報道では「マイクロソフトは8兆円近い金額をメタバースのために投じた」と報じられることもあった。

 

だが、筆者が見る限り、それはちょっと言い過ぎである。ナデラCEOの発言をよく読むと、「ゲームはメタバースのなかで重要な役割を果たすだろう」としか言っていない。それは確かにその通りであり、いますでに成立していて大きなお金も動いている「メタバース的なサービス」はゲームであるのは疑いない。

 

また、コメントの後半ではこうも言っている。

 

「マイクロソフトは、世界最上級のコンテンツ、コミュニティ、クラウドへの投資を強化し、プレイヤーとクリエイターを第一に考え、ゲームが安全かつインクルーシブで、誰もがアクセスできるものになる新時代を切り開こうとしています」

 

ここを読めば明白だ。マイクロソフトは「コンテンツとコミュニティ」を求めているのである。

 

コンテンツとはいうまでもなく、ゲームそのもののこと。特に、人気があって規模が巨大な「AAA」と呼ばれるタイトルを作るには、技術だけでなく資金から大量のアーティストをコントロールする部分まで、多様なノウハウが必要になる。マイクロソフトもAAAタイトルの開発チームは持っているが、自社の権利下にある人気作を増やすなら、チームとその運営母体である企業をまとめて手に入れるのが近道だ。

 

同様に重要なのが、コミュニティだ。現在のゲームは多くがオンラインタイトルになっていて、そのファンがプレイヤー同士として繋がり、コミュニティを形成している。コミュニティの強さは作品の長期的なヒットを後押しする、重要なものだ。ゼロから作品を立ち上げた場合、結局コミュニティもゼロから立ち上げ直しになる。ゲームに続編が多いのはそのためだが、企業目線で見れば、「すでにコミュニティを持っているヒット作品を作れる企業」を買収することは、作品とノウハウとコミュニティを同時に手に入れることでもある。買収リスクはもちろんあるが、成功すれば得られるものも大きい。

 

メタバースが……と言われるのは、メタバースにとって重要なのが「人が集まること」であるからにほかならない。コミュニティがすでにあるなら、ゲームとコミュニティをフックにメタバースに拡げる「こともできる」。

 

ただ現状、理想的なメタバースは出来上がっていないし、同じメタバースでも、ゲームとビジネスでは向いている方向も違う。あくまでゲームに向けた施策であり、メタバース文脈で風呂敷を広げすぎるのはミスリードである。

 

やはりまず、マイクロソフトとしてはあくまでゲーム事業のための買収であり、ちょっとしたリップサービスとしてのメタバース……くらいに考えた方が良さそうだ。

 

では、本業のゲームではどんな展開が予想されるのか? ソニーや任天堂への影響は? そうした部分は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】続々と起こる「ゲーム会社巨額買収」の狙い

Vol.112-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはマイクロソフトが発表した、ゲーム最大手会社の買収。巨額を投じてまで目論むビジネスモデルは何か。

↑「コール オブ デューティ ヴァンガード」(9680円、PS4/PS5対応)。アクティビジョン・ブリザードは、ファーストパーソン・シューティングゲームのコール オブ デューティ ヴァンガードなど、人気作を手掛ける。ただし2月4日現在、米連邦取引委員会(FTC)が反トラスト法(独占禁止法)に基づき買収に対する審査を行なう見通しとされている © 2021 Activision Publishing, Inc.

 

世界を驚かせたゲーム会社最大手の買収

大手ゲームプラットフォーマーによる、ゲームメーカーに対する巨額の買収が続く。

 

大きな驚きだったのが、1月18日に発表された、マイクロソフトによるゲーム大手・アクティビジョン・ブリザードの買収だ。買収額は総額687億ドル(約7.8兆円)と、過去のゲーム会社はもちろん、過去のマイクロソフトによる買収額のなかでも最高金額となっている。

 

マイクロソフトの買収が注目されたのは、ほかにも大きな理由がある。ゲームの開発元を買収したのではなく、多数のゲームを抱える「パブリッシャー」、しかも大手中の大手を買収する案件だったからだ。

 

同じゲーム会社買収と言っても、1月31日にソニー・インタラクティブエンタテインメントが発表した「バンジー」の買収とは少し違う。こちらも買収額は36億ドル(約4140億円)と巨額ではあるものの、バンジーは独立したゲームメーカーであり、自社で開発したタイトルのみを扱っている。

 

アクティビジョン・ブリザードは、「ディアブロ」「コール オブ デューティ」など数多くのヒットゲームを抱える企業。ゲーム業界では「大手パブリッシャー」と呼ばれる立場で、日本で言えばスクウェア・エニックスに近い。だが、売り上げ規模では、アクティビジョン・ブリザードは時価総額で、スクエニより約10倍規模が大きい。まさに“ゲーム界の巨人”だ。

 

多数の開発スタジオを傘下に抱え、企画によってはほかの企業が開発したタイトルの販売も手掛ける。だからこそ、「あそこを買うのか」と同時に、「あそこを買えるのか」という驚きがあった。

 

マイクロソフトはサブスクで収益を狙う

この買収には伏線があった。

 

マイクロソフトは2020年に、アメリカのメディア関連企業ゼニマックス・メディアを買収した。ゼニマックスは傘下に「ベセスダ・ソフトワークス」というゲームメーカーを持つ。ここも「エルダー・スクロールズ」や「フォールアウト」などの人気作を複数持つ大手だ。買収額は75億ドル(約8500億円)。このときもゲーム業界に驚きが走ったが、今になって思えば、それもまだ布石だったわけだ。

 

これだけの額で買収するにはもちろん理由がある。

 

それはゲームを独占したいから……と考えるところだが、そうでもない。これだけの大きな案件で自社のゲームプラットフォーム以外への供給をストップすると、売上への影響はもちろん、独占禁止法に抵触する可能性もある。

 

ではどう囲い込むのか?

 

ポイントは「サブスク」。マイクロソフトは、月額利用料金を払うと遊び放題になるゲームのサブスクリプション・サービス「Game Pass」を提供しており、これをビジネスの柱に据えている。他社にも供給しつつ、ゲームのサブスクではマイクロソフト限定ないし優先とする……というやり方が考えられる。

 

また、モバイルゲームとしても「キャンディークラッシュ」や「ハースストーン」などの世界的ヒット作を抱えており、その市場価値も無視できない。

 

こうした買収がメタバースにどう影響するのか? ソニーや任天堂などに対抗策はあるのか? それらは次回以降解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーのEVは少なくとも10年先の未来に本領を発揮する

Vol.111-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2年ぶりに発表されたソニーのEV「VISION-S」。ソニーは今後どのようにEVを展開していくのかを考察する。

↑VISION-S 02

 

ソニーが自動車メーカーになるとして、彼らはどのくらいの台数を作って、どんな規模の「自動車メーカー」になることを目指しているのだろうか?

 

ここははっきりしない。だが、いきなりトヨタにはなれないし、SUBARUやホンダにもなれないだろう。

 

ソニーには自動車生産ラインがない。EVを作るならそれを用意する必要があるのだが、自動車の生産経験を持たないソニーには、自分たちだけで自動車工場を作り、生産に乗り出すのは不可能だ。試作車である「VISION-S」の開発では、自動車製造の大手であるオーストリアのマグナ・シュタイアがパートナーとなった。市販車でもマグナ・シュタイアがパートナーかはわからないが、必ず「生産パートナー」が必要になる。

 

だとすると、いきなりさまざまなラインナップのEVを幅広く作る……というのは無理がある。まあ、「生産パートナーとしてトヨタがソニーモビリティに出資」といったことになれば話は別なのだが、それはそれでまた別の議論になる。

 

ソニーは自動車メーカーとして実績がない。だが、「ソニーブランド」の実績はある。そう考えると、安価な軽自動車的EVからの参入ではなく、コストの高い、差別化された「特別な車」からの参入になるのではないだろうか。

 

国内の大手自動車メーカーのようなシェアを確保するのは難しいが、スポーツカーの専業メーカー、たとえばポルシェやフェラーリの規模を小さくしたような路線はアリだろう。ひょっとすると、初期には製造台数も少なく、販売路線の関係から、世界でもごく限られた地域での販売となる可能性だってある。

 

では、ソニーモビリティは「小さい特別な自動車メーカー」のままいくのだろうか? これは難しい。やはりそれなりの規模を持つ世界的なメーカーへと成長することを狙っているのではないだろうか。

 

しかし、そうなるのはすぐではない。さらに経験を積んだのちのことになるだろう。

 

その頃には技術開発も進み、ドライバーが関与しない自動運転「レベル4」も実現している可能性がある。

 

そうすると、自動車の中の居住性をあげ、「車内のAV品質がいい」「車内をオフィスとして使える」などの付加価値も高くなってきそうだ。

 

そのときこそ、ソニーが自動車に全力を出せるのかもしれない。すなわち、自動車がEV+自動運転全盛の時代となり、今までの車の形・内装にこだわる必要がなくなったときこそ、家電メーカーの本領が発揮される……と予想することもできるわけだ。

 

それは最低でも、まだ10年は先の未来だ。

 

だが、自動車開発は家電のそれよりも時間がかかる。入念なテストも必要だ。時には規制当局との話し合いもしなければいけないだろう。

 

だとしても、そうした未来が「いつかは来る」のは間違いなく、その未来がやってきてから準備しても、既存の自動車メーカーや多数の新興企業に敵わない可能性が高い。

 

だからそこソニーは、「変化が素早い」と読み、今からEV事業に参入すると決めたのだろう。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーがEVで目指すのはPlayStationのようなビジネスモデル

Vol.111-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2年ぶりに発表されたソニーのEV「VISION-S」。ソニーはどのようなビジネスモデルを展開するのか、解説していく。

↑2020年のCESで発表されたソニーのVISION-S(右)と、今年1月のCESで発表されたVISION-S 02(左)

 

自動車メーカーはなにをやって儲けているのだろうか? 言うまでもなく「自動車を売る」ことだ。

 

だが、そこに付随するビジネスはあまりにも多彩で、非常に強固で複雑な構造ができあがっている。なぜなら、自動車は危険な乗り物だからだ。

 

非常に便利だが、万一事故が起きると、自分だけでなく他人にも被害が及ぶ。それをカバーするには「保険」が必要になる。また、自動車が常に安全かつ正常に走るには、「メンテナンス」が欠かせない。修理が必要になった場合には、その場所に速やかに移動して修理工場などへ持ち込むための「ロードサービス」も必要だ。

 

そしてもちろん、それらの事態に対応するには、もともと安全性などの面で基準をクリアした自動車を開発する必要があるし、そのサポートについても、迅速な対応が求められる。

 

自動車メーカーになるということと、家電メーカーである、ということは大きく違う。自動車メーカーは、自動車とその周辺を取り巻くエコシステムを維持する、それぞれの企業と関係を作り、素早く対応できる体制を整える必要が出てくる。それも、国ごとにだ。制度も文化も違うので、「日本で自動車を売ったらアメリカですぐ売れる」という話ではない。この辺も、家電よりずっとハードルが高い。

 

自動車に関連する産業は、長い期間をかけて現在のような姿に醸成されたものだ。そのため、自動車に関するすべての周辺ビジネスを「自社傘下だけ」でカバーしているメーカーはいない。

 

もちろん、自動車会社傘下には、保険会社もメンテナンス会社もあるが、それらを使わなくてもいい。カーディーラーから自動車を買ったら、あとは自分で選んだ保険会社と修理会社に依頼する形でもいいし、昔であればあるほど、「バラバラに選ぶのが当たり前」という部分があった。

 

だが、いまは変わりつつある。カーディーラーは自動車の購入者との関係をできるだけ長く保とうとし、保険やメンテナンスの窓口も担当する。自動車の中には通信モジュールが入り、メンテナンス状況や故障の兆候などを判断し、カーオーナーとディーラーに伝える仕組みを持っている。自動車も「顧客と関係を継続する産業」になっているのだ。

 

EVではそれがさらに拡大するだろう。エンジンオイルがなくなる分メンテナンス収入は減るが、ソフトウェアのアップデートからバッテリーの寿命に伴う交換まで、顧客との接点は別のものができる。

 

では、それらを「有料のサービス」とし、収益の軸にするとしたら?

 

ソニーが考えているのはこれだ。自動車のメンテナンスやアップデートを「購入者向けの会員制」とし、有料で提供することで、自動車を「売り切り」ではなく「リカーリング」(継続型)ビジネスの起点とすることを考えているのだ。

 

現在のPlayStationは、ハードウェアを購入したのち、さらに会員サービスである「PlayStation Network」への加入を消費者に促す。有料プラン加入者にはさまざまな付帯サービスを提供することで、ゲームハードの売上に加え、ネットワークサービスからも収益を得ている「リカーリング」モデルになっている。さらに、ゲームハードも赤字で売る期間はできるだけ短くし、製品ライフサイクル全体で見れば、ほとんどの期間を「ハードからも利益が得られる」形としている。

 

ではこの構造において、ゲーム機を自動車に置き換えるとどうだろう?

 

自動車向けの通信も、ソニーの考えるEVには必須のものになるから、会員制サービスに含めてもいい。自動車の中で流す映像は? ソニーがそのサービスを提供してもいい。それらを「定額・使い放題」にしたとしても、自動車向けの各種サービスとセットにしてそれなりの単価をつけられるなら利益は高くできる。ソニーグループ傘下には保険会社や銀行もあるから、保険とローンまでまかなえる。

 

家電以上に「顧客と長期的な関係を築ける製品」として、自動車は非常に有望なのである。

 

では、ソニーは自動車会社としてどのようなシェアを確保できるのだろうか? さらなる将来展望は? その辺は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】aiboもドローンも「布石」、ソニーはEV製造の技術を蓄積してきた

Vol.111-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2年ぶりに発表されたソニーのEV「VISION-S」。事業化を発表した、技術的な背景を探る。

↑今年1月のCESで発表されたVISION-S 02

 

ソニーがEV市場参入の意思を表明したことは非常に大きな影響を持っている。家電にゲーム機、センサー、放送機器など「映像や音が関わるもの」を軸にしてきた企業が、自動車という「動くもの」を軸として加える、ということだからだ。

 

同社がEV参入の検討を目的に今春設立する会社は「ソニーモビリティ」という。もちろん、スマートフォンを作っている「ソニーモバイル」とはまた違う会社だ。ソニーグループ・吉田 憲一郎会長 兼 社長CEOは、「ソニーはこれからモビリティの会社になる」と話している。モバイルは「持ち運ぶ」という意味であり、モビリティは「自ら動く」という意味である。自動車はまさに「自ら動く」ものであり、ソニーモビリティという名前にふさわしい。

 

とはいうものの、ソニーはこれまでも「自ら動く」ものをいくつか作っている。aiboやドローンの「Airpeak」がそうだ。

 

自動車とはレベルが違う……と思うかもしれない。確かに、質量や速度が違うので、必要な安全性能などは異なってくる。

 

だが、根っこにあるテクノロジーは近い。昔のものはともかく、現在のaiboにしてもドローンにしても、そしてEVにしても、「ソフトウェアによる移動制御」とそれを支える「AI」が重要だからだ。

 

たとえば、いまのaiboは自分がいる部屋の地図を作り、それに従って移動するようになっている。そのために使っているのは、背中にある魚眼カメラだ。

 

aiboの移動速度は時速1kmに満たないので、反応速度はそこまで速くなくていい。だが、これがドローンになると桁が変わる。

 

ドローンのAirpeakでは、5つの高解像度カメラを搭載し、全方位の状況を監視している。Airpeakの飛行速度は最大で時速90km。レンズやジンバルとセットで3kg近くになる重い一眼カメラをつけて、これだけの速度で安定的に飛行するのなら、周囲を高精度に、ドローン自体が自律的に認識し続ける必要がある。やっていることはaiboの延長線上にあるが、精度・速度はさらに進化している。

 

そして、EVである「VISION-S」では、Airpeakと同等以上の高い精度が求められる。VISION-Sは最高時速240kmで走り、車重は約2.3トンとされている。これが安全に走るには、現状人間によるドライブが必要である。だが、現在はセンサーを使って安心・安全走行をカバーすることで、ドライバー側の負担を減らすことができるようになってきた。また、限定的な場所、という条件はあるが、5Gの携帯電話回線を使い、東京からオーストリアのサーキット内のVISION-Sを走行させるテストにも成功した。

 

センサーという、ソニーが製造・技術面で得意な部分に、「移動するための認識・AI技術」を蓄積していき、差別化された製品を作って販売することが、ソニーの狙いなのだ。同じことを「自動車」から自動車メーカーは狙うが、ソニーはそれを「センサー」側から目指すことになる。

 

では、それでビジネスとしてどう儲けるのか? そこは次回解説していきたい。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーのEV参入、勝算はあるのか

Vol.111-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2年ぶりに発表されたソニーのEV「VISION-S」。事業化も発表されたが、その狙いはどこにあるのか。

↑ソニーのEVは、2020年のCESで発表されたVISION-S(右)と今年1月のCESで発表されたVISION-S 02(左)がラインナップされ、EVであることとクラウドプラットフォームは共通。02は7人乗りSUVで、多様化する人々の価値観やライフスタイルに合うプレミアムな移動空間を提供する

 

ソニーが持つ技術で異なるEVを作れる

1月5日、ソニーグループは、米ラスベガスで開催していたテクノロジーイベント「CES 2022」に合わせて開催したプレスカンファレンスの中で、電気自動車(EV)事業への参入を検討する、と発表した。

 

ソニーは2020年のCESで試作EV「VISION-S」を公開した。VISION-S自体は市販を前提に開発されたEVではなく、事業化の際もVISION-Sがそのまま販売されるわけではないようだ。発表が「EVを発売」ではなく、「EV事業への参入を検討」となっているのも、新しい市販前提のEVを開発したうえで、さらに、EVを販売するために必要なビジネス上の条件を整えるためと思われる。

 

ソニーはなぜEVに参入するのか? 同社の試作EV開発を指揮する、ソニーグループ常務・AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉氏は筆者の取材に対し、「自分たちで持っている技術を使い、十分に違いを出せる部分がわかってきたから」と話す。

 

ソニーは数年前から、センサーとそれを活用したAIをベースにした事業開拓を積極的に進めている。その代表例が、2018年に再登場した「aibo」であり、2021年に発売されたソニー製ドローン「Airpeak」である。VISION-Sも同じく、ソニーのAIロボティクス・チームが開発している。

 

得意のセンサー技術で新たな付加価値を提供

VISION-Sの試作は2018年ごろからスタートしているのだが、その頃はまだ、ソニーには自動車を作るノウハウがなかった。いまでも、トヨタやホンダなど同列で、自社だけでEVをゼロから開発するのは難しい状況である。そのためVISION-Sは、多数の自動車関連企業との協業の形で作られた。なかでも中核的な存在と言えるのが、オーストリアの大手自動車製造企業であるマグナ・シュタイアだ。実際、VISION-Sの走る、曲がる、止まるという自動車の基本と言える部分は、ソニー以上にマグナ・シュタイアのノウハウが効いている。

 

では、ソニーはEVのどこを作っているのか? それは、センサーと連携して快適な乗り心地や高い走りの質感を実現する部分であり、周囲の状況を把握してドライバーに知らせる安心・安全の機能であり、車内で音楽や映像を楽しむエンターテインメントの部分である。

 

元々VISION-Sは、センサーを生かしてこれからのEVを自ら作り、他の自動車メーカーに、ソニーのセンサーの生かし方をプレゼンするために作ったようなところがある。

 

だがソニーは、その過程で、「自分たちだけでも他の自動車メーカーとは違うものを作れる」という自信を得たのだ。ソニーは単にセンサーを持っているだけではなく、そのセンサーを生かし、自動車に高い付加価値をつける方法を考えていた。人に合わせて乗り味を変えたり、細かな振動をセンサーで把握してキャンセルしたりと、新規メーカーとして参入する良いチャンスでもある。

 

では、ソニーのEVはどんなビジネスモデルで売られるのか? どのくらいのシェアを取る可能性があるのか? その辺は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】ソニーのEV参入、勝算はあるのか

Vol.111-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2年ぶりに発表されたソニーのEV「VISION-S」。事業化も発表されたが、その狙いはどこにあるのか。

↑ソニーのEVは、2020年のCESで発表されたVISION-S(右)と今年1月のCESで発表されたVISION-S 02(左)がラインナップされ、EVであることとクラウドプラットフォームは共通。02は7人乗りSUVで、多様化する人々の価値観やライフスタイルに合うプレミアムな移動空間を提供する

 

ソニーが持つ技術で異なるEVを作れる

1月5日、ソニーグループは、米ラスベガスで開催していたテクノロジーイベント「CES 2022」に合わせて開催したプレスカンファレンスの中で、電気自動車(EV)事業への参入を検討する、と発表した。

 

ソニーは2020年のCESで試作EV「VISION-S」を公開した。VISION-S自体は市販を前提に開発されたEVではなく、事業化の際もVISION-Sがそのまま販売されるわけではないようだ。発表が「EVを発売」ではなく、「EV事業への参入を検討」となっているのも、新しい市販前提のEVを開発したうえで、さらに、EVを販売するために必要なビジネス上の条件を整えるためと思われる。

 

ソニーはなぜEVに参入するのか? 同社の試作EV開発を指揮する、ソニーグループ常務・AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉氏は筆者の取材に対し、「自分たちで持っている技術を使い、十分に違いを出せる部分がわかってきたから」と話す。

 

ソニーは数年前から、センサーとそれを活用したAIをベースにした事業開拓を積極的に進めている。その代表例が、2018年に再登場した「aibo」であり、2021年に発売されたソニー製ドローン「Airpeak」である。VISION-Sも同じく、ソニーのAIロボティクス・チームが開発している。

 

得意のセンサー技術で新たな付加価値を提供

VISION-Sの試作は2018年ごろからスタートしているのだが、その頃はまだ、ソニーには自動車を作るノウハウがなかった。いまでも、トヨタやホンダなど同列で、自社だけでEVをゼロから開発するのは難しい状況である。そのためVISION-Sは、多数の自動車関連企業との協業の形で作られた。なかでも中核的な存在と言えるのが、オーストリアの大手自動車製造企業であるマグナ・シュタイアだ。実際、VISION-Sの走る、曲がる、止まるという自動車の基本と言える部分は、ソニー以上にマグナ・シュタイアのノウハウが効いている。

 

では、ソニーはEVのどこを作っているのか? それは、センサーと連携して快適な乗り心地や高い走りの質感を実現する部分であり、周囲の状況を把握してドライバーに知らせる安心・安全の機能であり、車内で音楽や映像を楽しむエンターテインメントの部分である。

 

元々VISION-Sは、センサーを生かしてこれからのEVを自ら作り、他の自動車メーカーに、ソニーのセンサーの生かし方をプレゼンするために作ったようなところがある。

 

だがソニーは、その過程で、「自分たちだけでも他の自動車メーカーとは違うものを作れる」という自信を得たのだ。ソニーは単にセンサーを持っているだけではなく、そのセンサーを生かし、自動車に高い付加価値をつける方法を考えていた。人に合わせて乗り味を変えたり、細かな振動をセンサーで把握してキャンセルしたりと、新規メーカーとして参入する良いチャンスでもある。

 

では、ソニーのEVはどんなビジネスモデルで売られるのか? どのくらいのシェアを取る可能性があるのか? その辺は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】2022年の注目はAIを軸にした独自半導体の差別化とゲーム機

Vol.110-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2021年のテック業界振り返り。IT大手で活用が広がった独自半導体と、オリジナルの半導体を使い続けてきたゲーム機の流れを追う。

↑2021年、MacBook Proとともに登場した独自プロセッサー「M1 Pro」と「M1 Max」

 

2021年は、IT大手による「独自半導体」活用の流れが一気に広がった。Appleのように過去からその路線を突き進んでいたところもあれば、Googleのように新たに参入してくるところもある。12月14日には、OPPOが主にハイエンドスマホ向けのカメラ用独自半導体「MariSilicon X」を開発する、と発表している。

 

こうした流れの示すところはシンプルだ。インテルにしろAMDにしろQualcommにしろ、大手プロセッサーメーカーのソリューションを採用する「だけ」では、ハイエンド製品における差別化が難しくなってきた、と考える企業が増えているということだ。

 

もちろん、大手半導体プラットフォーマーにしてみれば、自社製品の性能が低いと言われたようなところがあるから、面白くない話だろう。同意できない部分もあると思う。

 

ただ、ハイエンドにおいて特徴的な製品を作る場合、他社と同じハードウェアにソフトで差別化をするのも限界がある。

 

特に、単に「高性能」であることが求められづらくなり、AIの能力やカメラの写りといったある種の個性が必要になってくると、主要プラットフォーマーの考えとは異なる発想で進化させたいという意思も出てこようというものだ。

 

そして、そうした企業のほとんどはAI関連技術に独自投資を進めており、より低い消費電力でその知見を有効活用しやすい半導体を求めている。

 

ちなみに、こうした動きはいわゆる半導体不足とはあまり関係がない。なぜなら、独自半導体のほとんどは最先端プロセスで製造されており、それらの製造コントロールは、TSMCやサムスンなどの「製造ラインの確保量」でシンプルに決まってしまい、あまりブレないからだ。

 

では2022年この傾向がどうなるのか? 間違いなく加速する。とはいえ、いきなりたくさんの企業が独自半導体を作ることはない。前述のように、差別化点が主にAIである以上、AIに長けた企業くらいしかやる意味がないからだ。

 

大手のハイエンドでは「独自半導体」がアピールされ、それ以外のところはイメージセンサーや形状など別のところで差別化する流れが続くのではないか、と考えている。

 

ただ、さらにその先となると話は別だ。オープンソースベースのアーキテクチャである「RISC-V」を使う流れは出てくるだろう。とはいえ、当面はスマホ用のメインプロセッサーなどではなく、NASやネットワークコントローラーなどの黒子的半導体になるだろうから、我々の目には見えづらいかもしれないが。

 

オリジナル半導体を使うことをビジネスモデルの核に据えてきた「ゲーム機」は、今後もそのモデルを継続する。2022年中も半導体不足が続くなら、積極的な設計変更によって生産効率を改善し、現行製品のモデルチェンジを前倒ししてくる可能性もある。

 

また、ゲーム向け配信大手「Valve」は、2022年2月に、AMDと組んで作った独自半導体を使ったポータブルゲーム機「Steam Deck」を発売する。399ドルとPCベースのゲーム製品としてはかなり安価で、「独自半導体の大量生産でコストを下げ、利幅も薄めにして配信収益とセットで儲ける」ビジネスモデルであるところが見えてくる。

 

独自半導体を使ったビジネスの成否という意味では、こちらもまた、ちょっと注目しておいてほしい製品だ。

 

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【西田宗千佳連載】2021年はApple Musicなどが空間オーディオを主導、一方日本は2~3周遅れに

Vol.110-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2021年のテック業界振り返り。ストリーミング・ミュージックで注目を集めた、ハイレゾ・ロスレス楽曲と空間ミュージックを解説する。

↑2021年6月にスタートしたApple Musicの空間オーディオ

 

2020年頃から加速した「ストリーミング・ミュージック」普及の流れは、2021年も変わらなかった。ちょっと違った点があるとすれば、シェアの大きな2つの外資系サービス、「Apple Music」と「Amazon Music HD」が、ハイレゾ・ロスレス楽曲と空間ミュージックという、2つの高付加価値型楽曲を、追加料金なしで提供することになった、という点だろうか。

 

特にインパクトが大きいのはApple Musicだ。Amazonも利用者は多いが、どちらかというとHDサービスより、Amazon Primeに含まれる「Amazon Prime Music」の利用者が多い。音楽サービス単独で有料契約している人が多いApple Musicの方が、高付加価値型サービス導入で驚いた人は多いだろう。

 

特に、iPhoneやiPadと、トップシェアの完全ワイヤレスイヤホンである「AirPods」シリーズがあれば空間オーディオが聴ける、という価値のバランスは大きい。

 

世界的にも、この2社の動きは大きなインパクトを与えた。2021年初頭、世界トップシェアの「Spotify」はハイレゾ・ロスレスを含む「Spotify HiFi」を2021年中に開始、とアナウンスしていたものの、本記事を執筆している2021年末の段階になっても、サービス開始や詳細のアナウンスはない。おそらくは、2社の動きを見て戦略変更を迫られた影響だと思われる。

 

一方、ハイレゾ・ロスレスや空間オーディオが「音楽を聴いている多くの人々」にいきなり支持を得ている状況かというと、そうでもないように思う。ハイレゾ・ロスレスは、アンプやヘッドホン、スピーカーなどを準備し、差がわかる形で聴く準備をしないと違いがわかりづらい。

 

空間オーディオにしても、すべてのヘッドホンで明確な違いを出すのは難しい。Apple Musicならアップルのヘッドホン、Amazon Music HDならソニーなどの対応ヘッドホンとスピーカーを、やはり用意する必要がある。また、対応楽曲数もまだ多くはない。

 

空間オーディオは、ハイレゾよりはハードルが低いし、多くの人に違いがわかりやすい技術ではあるのだが、機器と楽曲数の両方でまだ初期の技術であり、本格的に広がるのはこれからだ。

 

ポイントは、聴き放題であるストリーミング・ミュージックから広がるものであるため、楽曲の買い直しなどは不要で、対応楽曲さえ増えれば自然と「あたりまえのもの」になる可能性が高い、という点だ。ここは従来の音楽フォーマットの進化とは違うところである。

 

それよりも日本に関していえば、他国より5年近く遅れる形で、ようやくストリーミング・ミュージックが普及し始めたばかりである、という点が大きいだろう。

 

現状ではCDなどの音楽ソフトの方が、まだ3倍ほども市場規模が大きい。学生向けなどのキャンペーンを活用し、入口を広くしてディスクメディアからの移行を促進するフェーズと言える。そういう意味では、LINE MUSICなどの学生に強い日本独自のサービスもまだまだ伸びる可能性がある。それらは、ハイレゾや空間オーディオなどの「高付加価値サービス」に向けた動きは少なく、価格などに注力している印象を受ける。

 

また、コロナ禍になってリモートワークが増え、自宅で音楽をかけながら仕事をする人も増えた。今後コロナが落ち着いたとしても、そうした生活スタイルを続ける人もいると考えられる。ならば、それらの人が気軽に音楽を聴けるものとして、ストリーミング・サービスそのもの普及に注力した方がいいフェーズとも言える。

 

どちらにしろ、日本は諸外国に比べ2~3週遅れてトレンドが回っている状況なので、おそらく2022年も、海外大手の施策によって市場が翻弄される状況ではないか、と考えられる。

 

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【西田宗千佳連載】増産できないPlayStation 5とSoCは足りているiPhone、それぞれの半導体不足事情

Vol.110-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2021年のテック業界振り返り。あらゆる製品に響いた半導体不足について解説する。

 

2021年、あらゆる製造業は半導体不足に泣かされた。自動車からガス給湯器まで、本当にあらゆる製品に影響を与えた。

 

いうまでもなく、IT機器・デジタルガジェットにも影響が顕著だ。ソニーは年末になり、多数のデジタルカメラ製品の短期受注が困難になっていることを公表している。アップルも、iPhoneやiPad、MacBook Proなどの納期が3週間から4週間に伸びており、年始に手に入る製品が枯渇している。

 

こうした製品の枯渇は、次の製品に向けた生産計画が関係する部分もあるので単純に半導体不足だけが理由ではないかもしれない。だが、受注に応じきれない、納期が長くなるとメーカーが警告を発する状況はやはり、かなり異例な事態と言える。

 

原因は複数ある。コロナ禍で物流が滞ったこと、米中対立の関係で一部中国メーカーでの生産が行えなくなったこと、見通しが効かなくなったために必要以上の受注が行われ、結果的に手に入りにくくなったこと。それらが複合的に影響して、俗に「半導体不足」と呼ばれる状況が生まれた。

 

「2021年も後半になれば落ち着くのでは」「2022年には深刻な状態を脱するのでは」など、いろいろな説が唱えられているが、実際のところ、問題は長期化傾向にある。完全な解決は2023年になっても難しいのではないか、という印象を持っている。

 

といっても、あらゆる半導体が常に不足しているわけでもない。実は、我々が「半導体」で思い浮かべやすいCPUやスマホ用のSoC、GPUなどの「高性能半導体」の生産はそこまで逼迫していない。足りないのは、ディスプレイコントローラーや電源コントローラーなど、最新の製造設備を求められない、比較的安価な半導体だったりする。

 

パーツは1種類でも足りなければ、製品を作ることはできないことに変わりはない。実際、部品メーカー側からの話によれば、iPhoneではSoCは十分にあり、足りないのはディスプレイコントローラーなどだという。

 

もうひとつ面倒なのは、「当初の生産計画分」は部品調達済みだから作れるとしても、人気になっても増産に応じられない、という点。PlayStation 5はまさにこの渦中にある。世界中で「出荷すれば売れる」状況なのに増産もままならず、結果として日本に回ってくる台数も増えず、いつまで経っても買いづらいままだ。専用ソフトの販売計画にも影響が出かねず、ビジネス全体への影響も懸念される。

 

国が出資し、熊本にTSMCの半導体工場を作ることになったが、これは明確に、今回の半導体不足を受けて、という部分がある。新しい工場で作るのは22から28nmプロセスという、最新ではない半導体である。そのため「古いものに税金を使う」と批判する人々もいるのだが、これは的外れだ。

 

新工場の操業開始は2024年で、今回の半導体不足は解消している可能性も高いのだが、この種の半導体は自動車からデジカメまで、非常に利用範囲が広いものである。また「部品がないと作れない」状況は、EVが増えていく自動車産業を直撃しかねない。そのことは日本国内の景気全体を左右する要素になるので、あえて「古い技術でも、産業の安定のために誘致する」発想が出てくるのだ。

 

国家戦略に見直しを強いるくらい、今回の半導体不足は大きな影響を与えたといってもいいだろう。

 

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【西田宗千佳連載】2021年、コロナ禍のテック業界を振り返る

Vol.110-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは2021年のテック業界振り返り。半導体不足の影響や空間オーディオ、独自半導体の広がりを解説する。

↑2021年に登場したMacBook Proは「Apple M1」を基にして、主にCPU/GPUコア数を増やすことでパフォーマンスアップを図ったプロセッサー「M1 Pro」「M1 Max」を搭載。ミニLEDをバックライトに採用したLiquid Retina XDRディスプレイにより、より引き締まった黒を表現することが可能になっている

 

半導体不足が招いた人気商品の品薄状態

「2021年中には終息を」と願っていたコロナ禍も、残念ながらまだしばらく尾を引きそうだ。2021年のテック業界も、2020年同様、新型コロナウイルスの影響から逃れることができなかった。

 

最たるものが「半導体不足」だ。ヒット商品の多くが品不足に見舞われている。スマートフォンはなんとか順調に出荷が進んだものの、デジタルカメラや、PlayStation 5に代表されるゲーム機は苦しんでいる。この傾向は2022年も続く予定で、「欲しいものはできる限り早く入手しておく」のがベストシナリオとなりそうだ。

 

もうひとつ、顕著な変化だったのが「オーディオ」である。アップルとアマゾンは、それぞれが運営するサブスクリプション型音楽配信で、コスト追加なしでロスレスと空間オーディオの提供を開始した。コンテンツの供給は始まったばかりだが、特に空間オーディオの価値向上は目覚ましい。一方、大手2社が実質的なコスト競争を展開した結果、他社は厳しくなり、サービスの見直しを強いられつつある。

 

一方で、テレワーク向けのニーズもあってか、耳をふさがない「骨伝導タイプ」のヘッドホンの人気が急速に高まったこともポイントだ。自宅内などで「ながら聴き」する用途が拡大している。音楽は、品質と聴取スタイルの両面で変化が起きた年になった、といって良さそうだ。

 

独自半導体の採用で話題をさらったMac

3つ目が「独自半導体」だ。ご存知のように、アップルは以前よりiPhoneやiPadなど、多くの製品に自社設計半導体を採用している。そして、2020年にはMac向けに「M1」を開発し、主要製品すべてを自社設計半導体に移行した。M1搭載Macは複数登場したが、性能・デザインともにどれも申し分ない。プロ向けの「MacBook Pro」では、より高性能な「M1 Pro」「M1 Max」も使われるようになった。

 

Windows PCでインテルやAMD以外のCPUを採用する流れは進まなかった。とはいえ、インテル・AMD両社の最新CPUの完成度が高かったこと、Windows 11が登場したことなどが霞むほど、2021年のPC業界は「M1搭載Mac」に注目が集まってしまった。

 

スマートフォンでは、グーグルがアップルの後を追いかけた。「Pixelシリーズ」のプロセッサーを、グーグルの設計による「Tensor」にすることで、機能刷新を図ったのである。これにより主に変わったのは「AI処理」の性能だ。ネットに接続していなくても各種AI処理が可能になってきたので、動作速度とプライバシー保護の両面で大きな改善が見られた。

 

もちろん、スマホ向けプロセッサーの最大手であるクアルコムも黙っていない。アップルやグーグルの独自路線に対抗するかのように、2022年向けの新プロセッサーでは性能・消費電力・AI処理の3点を大幅に改善している。半導体を自社設計できる最大手と、それ以外の企業のスマホがどう違いをアピールしていくかが注目点だ。

 

Web版では、これらの3点について、より深掘りした形で解説していくことにしよう。

 

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【西田宗千佳連載】メタバースにおけるリーバイスはゲームエンジン企業がなるのではないか

Vol.109-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、メタバースに関する勝ち組企業はどこかを推察していく。

 

筆者はこれまでに、「現時点でのメタバースに関する勝ち組企業はどこか?」という質問を何度か受けてきた。模範的には「初期の成功で最終的な勝ち負けを決めるのは意味がない」という答えになる。これまでの連載で説明してきたように、メタバースは非常に大きな可能性を秘めている一方で、一部サービスでなく全体像が見えて多くの人が活用するようになるまでには、まだ5年・10年という時間がかかる。

 

一方、過渡期であるメタバース関連ビジネスの中で、確実に多くの人々が依存している企業がある。それは「ゲームエンジン」を作る企業、具体的には、Unity Technologies社とEpic Games社だ。

 

ゲームエンジンとはその名の通り、ゲームを開発するために必要なCG表示技術などをまとめ、基本的な部分を再開発することを防いで開発効率を上げるためのものだ。

 

15年くらい前までは、大手ゲームメーカーは自分でその種の技術を開発していた。だが、ゲームの規模拡大に伴い、基礎的な部分の再開発を避ける動きが進んだことや、スマホからPC、複数のゲーム機で同じゲームを提供する企業が増えたことなどから、ゲームエンジンを使ってゲームを作る企業は増え続けている。

 

さらには、CGやオーディオなど、ゲームの持っている要素は「ゲーム以外」に使えるようになってきた。映画やドラマ、アニメの中のCGを作ったり、商品展示やイベント用のグラフィックス開発に使ったりと、「CGと音を生かした体験を作る」ために、広く産業を支える基盤として活用されている。

 

VRやAR、そしてその先に存在するメタバース的なアプリケーションの開発では、こうしたゲームエンジンを使うことが多い。VRにしろメタバースにしろ、どのようなものを作るべきなのか、ということが定まっていない部分がある。そのため、プロトタイプを作ってテストし、そこからさらに有用なものをピックアップして大規模なアプリやサービスへと拡大していく……という作り方が必要になる。

 

だとするならば、基盤の部分をゲームエンジンに任せ、試行錯誤が必要な部分に注力する、というのは非常に理にかなったやり方なのだ。

 

これは結果的に、「ゴールドラッシュでは誰が一番儲けたのか」という、とんち話に近い。ゴールドラッシュの際には、実際に金を掘っていた人々よりも、つるはしや作業着であるジーンズを売った人々の方が成功した……と言われている。実際の比較としてどうなのか、数字で検証した話は聞いたことがないので、きちんとした話というより「そういう説もある」くらいに捉えておいた方がいいとは思う。

 

だが、現在の目線で見たとき、「ゴールドラッシュで金を見つけた人々」の名前や企業は今に残らず、当時ジーンズを生み出した「リーバイス」はデニムのトップ企業として生き残っている。

 

そう考えると、Unity TechnologiesやEpic Gamesのようなゲームエンジン企業が、メタバースにおけるリーバイスになる可能性はある……と考えてもいいだろう。

 

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【西田宗千佳連載】メタバースはSNSではなくWebと同じような位置付けの技術だ

Vol.109-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、デジタル業界で話題となっているメタバースの位置付けや、メタバースに求められている技術・サービスを解説する。

 

メタバースには、Facebook改めMetaが本気で取り組んでいる。アップルがAR機器を開発しているのは公然の秘密であるし、マイクロソフトも、もう何年も前から研究を続けている。同社が業務用機器として販売している「HoloLens」は、ARやMRを活用するデバイスとしては、いまだ最高級の完成度である。

 

「大手がこんなに力を入れているなら、また寡占になってしまうのでは」と思う人もいるだろう。

 

だが、実際には、取り組んでいる大手もそうは考えていない。

 

というのは、メタバースはSNSなどとは違い、非常に多様な要素の集合体だからだ。比較するなら、メタバースは「Web」と同じような位置付けのものと考えていい。

 

Web(World Wide Web)は、情報を公開して人々がそれを活用する、という「ネット利用」の基盤になった。SNSやメール、ゲーム、Webメディアに通販など、多くのサービスがWebという基盤の上に作られていった。

 

メタバースも同様だ。メタバースでの「コンサート」、メタバースでの「ショッピング」、メタバースでの「会議」など、多数のサービス・ビジネスが存在し得る。それらすべてをひとつの企業が提供することはできないし、利用者側もいろいろなものを使いたいと思うだろう。

 

その上での「プラットフォーム化」はありうるとしても、サービスの間を相互に移動できる環境が作れないと、「デジタルの中に生活圏が拡大した」形にはならない。

 

現状の「メタバース的」なサービスは、ゲームやコミュニケーション、会議など、メタバース全体で必要とされる要素のいくつかを切り出して実現しているような部分がある。いまは、それぞれのサービスをどう構築すれば満足度が高まるのか、ということに注力している状況で、全体構想を描き、サービス同士の相互接続を加速する動きは、ようやく見え始めてきたところだ。

 

相互接続が必要である理由は、多様なサービスの提供が重要であること以上に、メタバースに「他人から自分が見られる」という要素があるからだ。

 

自分をアバター化して他人とコミュニケーションをとる以上、自分の姿やそれを彩るための衣服・持ち物、場合によっては家なども必要になる。それらをどのサービスでも同じように使えるようにする必要があるし、見た目の好みについては、国や個人によっても考え方が異なるものだ。自分の外見は自分にとって「アイデンティティ」にほかならないので、サービスによって違う……というわけにもいかないし、1社が作ったものでカバーできるはずもない。

 

そうすると、サービスをまたいで自分のアイデンティティを移動できる=アイデンティティを所有できる技術も必要になってくる。その場合、アバターを装飾する衣服や家財などの売買も必要になり、では、その決済はどういう手段が求められるのか……という議論もしなければならないわけだ。

 

いまはNFTなど、どこかが集約的に管理するのではない、オープンな仕組みの活用が有望視されているのだが、それにしても、実際にどう使うべきかはまだまだ議論すら深まっていない。

 

そんなこともあって、メタバースは注目を集めている一方で、本格的に取り組んでいる企業の多くが「いますぐに大きな収益が上がるものではない」とも考えている。議論しつつ、5年・10年先を見据えて開発していくものであり、逆に言えば、「短期で儲かる」ような話をしている人々は、あまり信頼すべきではない。ブーム的な動きが起きるとそういう話が出てくるが、すでにメタバースとNFTでは詐欺的な動きも見えているので、皆さんもご注意いただきたい。

 

一方、メタバースに必須の技術全体を見ると、すでに「ここは勝ち組になる」ということが見えている企業もある。そして、それはMetaではない。ではどこなのか? それは次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】いま話題のメタバースは1960年代から概念として存在している

Vol.109-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、デジタル業界で話題となっているメタバースの歴史を振り返る。

 

メタバースに、さまざまな形で注目が集まっている。そう考えると「新しい技術・概念」のように感じるところだが、実際のところそうでもない。

 

電子メールなどが生まれ、コンピューターを介したコミュニケーションが実現した1960年代になると、SFなどの中では「もうひとつの別の世界」として、コンピューターの中の仮想世界が描かれるようになった。それ自体は、フィクションとしては自然な発想と言える。ただ同時に「コンピューター・グラフィックス(CG)」も生まれている。計算によって別の世界を作る発想と、計算によって世の中を再現する発想は同時に生まれ、ゆっくりと進化していく。

 

こんな事情だったので、メタバース的なものには、定期的に注目が集まるようになっている……といった方が正しい。時には「バーチャルリアリティ(VR)」と混同する形で語られるが、ほぼ15年に一度のサイクルである種のブームがやってくる。前回メタバースが注目を集めたのは、2000年代後半に「セカンドライフ」がブームになった頃のこと。ちなみに、セカンドライフはいまも存在する。

 

2012年には「Oculus Rift」が登場し、VRに注目が集まった。

 

VRとメタバースでは似たような要素が注目されるし、実際、FacebookがMetaになるきっかけも、2014年にFacebookがOculusを買収し、VRに対して本格的な投資をスタートしたことから始まっている。

 

VRは「コンピューターを介して行なう体験の度合いを高め、実際の世界のように感じる体験を生み出す技術」といっていい。AR(拡張現実)やMR(複合現実)と呼ばれる概念もあるが、これらは結局VRの技術を応用し、視覚全体をすべて映像に変えるのではなく、シースルー型のディスプレイなどを使って「現実の一部に情報を追加して表示する」ことを選んでいるに過ぎない。本質は同じであり、「仮想と現実の間の透過度・混合率」が違うだけ……という言い方ができる。

 

これに対してメタバースは、コンピューターの力で現実世界を拡張し、新しい生活の場を作るもの、と定義できる。コミュニケーション系サービスが目立つのは、生活の軸として他者とのコミュニケーションが重要であるからにほかならない。VRなどの技術は、そうした生活の場を快適なものにするための要素であり、メタバースを構成する技術のひとつ、と考えていいだろう。

 

冒頭で、電子メールなどが生まれると同時にメタバース的な概念が生まれた、と説明した。実際その通りで、「生活の場の拡張」という観点で見るなら、SNSなどはメタバースの一部要素と言えるし、メタバースを3DのCGだけで作る理由はない。過去のネットワークゲームがそうであったように、「2Dの画面」の向こうに世界や生活感を感じることだってできるのだ。

 

ただ、SNSや2Dの画面でのメタバースには、新しいビジネス開拓の余地がそこまで残されていない。その点、3Dによる空間を使ったビジネスは、まだ展開例が少ないだけに可能性も大きい。VR機器の進化速度が上がっており、現在よりもずっと快適に使えるものが数年以内に定着する可能性も高い。

 

どれも「可能性」ではあるが、それらが花開いた時のビジネス価値も大きい。SNSが巨大プラットフォームとして大きなビジネスになったことを考えれば、企業が先行者利益を確保しにいくのも当然……という風に考えることもできるだろう。

 

ただ、メタバースがSNSのように「大きなプラットフォームで分割支配された世界」になる、と予想している関係者は少ない。なぜそうなるのか? その点は次回解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】Facebookが社名変更して挑む「メタバース」の価値

Vol.109-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回は、デジタル業界でいま話題のメタバースを取り上げる。

↑メタバース(Metaverse)は、「Meta」と「Universe」を組み合わせた造語。人間がアバターという分身に化けてネット上に構築された仮想空間でさまざまなやりとりができるようになる。Meta社のVR会議アプリHorizon Work rooms(写真)ではアバターで会議に参加可能だ

 

110兆円の市場にビジネスの中心を移行

「メタバース」という言葉が急速に注目を集めている。もうここ2年くらい続いているのだが、やはりニュースとして大きく取り上げられるきっかけとなっているのは、10月28日、Facebookがメタバース事業への注力を宣言し、社名を「Meta」に変えたからだろう。

 

社名変更のいきさつについて、特に海外ではかなり辛辣な評価も多い。このところ同社は、プライバシーや政治的発言のコントロールなどで多数の問題を抱えている。それによってブランド価値が下がることを防ぎ、次のビジネス価値が大きくなるまで時間を稼ぐには、社名変更で批判をかわすのが一番……という話だ。そんな面もあるだろう。

 

だが、同社が文字と写真をベースにしたSNSの次の存在として、メタバースを有望な存在と考えるのは本心中の本心だ。

 

同社のマーク・ザッカーバーグCEOは「メタバースに1兆ドル(約110兆円)の市場価値がある」と語っている。そして、メタバース関連技術の開発を担当する「Reality Lab」に、毎年100億ドル(約1.1兆円)の投資を行っている。Reality Labのトップであるアンドリュー・ボスワース氏は、2022年よりMeta(Facebook)全体のCTO(最高技術責任者)になる。

 

デジタル空間とリアルをシームレスに結びつける

なぜメタバースにそこまで大きな可能性があるのか? シンプルに言えば、メタバースがSNSに続く、「コンピュータを介した人々の生活の場」になる可能性があるからだ。

 

メタバースとは何なのか? 正直なところ、定義は曖昧だ。多くの場合、メタバースは「ネットの中に作られた3Dの空間で、自分をキャラクターとしてコミュニケーションするサービス」と定義されることが多い。ヘッドマウントディスプレイを使い、VRの中に入って使うもの、というイメージだろう。実際、それがひとつの形であるのは間違いない。MetaもVR機器であるOculus Questを開発・発売しており、こちらの名前もMeta Questに変更される。

 

だが、単純に「いま存在するVRの中で楽しむもの」と考えるのは正しくない。多数の課題があり、いまのままでは大きな市場にはならないのである。

 

ゲームだけでもない。対話だけでもない。ショッピングだけでもない。SNSは、現在リアルに存在するビジネスから地続きのデジタル・サービスとして根付いたからこそ大きなビジネス価値を生み出した。

 

メタバースが狙うのは、そうした可能性である。デジタル“空間”のなかで行える活動とリアルな社会で行う活動の境目をより小さくし、人々の活動領域を広げることが、メタバースの本質だ。ARのようにリアルな空間に3Dの物体を重ねたり、ネットを通じて自分が別の現実の場所へと視覚・聴覚を移動させたりすることが可能になれば、確かにそれはある種「新大陸発見」のような経済的インパクトを生み出す可能性がある。

 

だが、繰り返しになるが、そのためには技術的や社会的な課題が多数あり、1年や2年で解決できるものではない。では、その課題とはどういうものか? それは次回で解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】なぜAmazonは家庭用ロボット「Astro」の開発に至ったのか

Vol.108-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonの自律走行ロボット「Astro」開発に至るまでの経緯を推察。

↑Astro

 

Amazonの「Astro」は、同社内で開発されたオリジナルロボットだ。Amazonには「Lab126」というセクションがあり、常にさまざまなハードウェアの開発が進められている。すぐに発売されるものもあるが、コンセプトなどを検証するためのものも多いようだ。そのため、内情は秘密の部分が多い。

 

そんな技術開発をくぐり抜けてきたものが、世の中に製品として出てくる。電子書籍リーダーの「Kindle」やスマートスピーカーの「Echo」も、Lab126で開発されたものだ。

 

また、Amazonには配送設備内で使うロボットを開発する「Amazon Robotics」という部門があり、自律走行するロボットの開発では世界最先端の知見を持っている。そうした部分でのノウハウをLab126に持ち込み、家庭内で使うロボットへと落とし込んだのがAstroである。

 

ただ、Amazonの消費者向けハード事業の責任者であるデイブ・リンプ氏は、「なぜAstroを開発することになったのか」という筆者の問いに、こう答えている。

 

「Astroのようなロボットを消費者のニーズに合う価格で販売できる目処がついてきたから、開発を本格的に進めることにした」と。

 

これは具体的にはどういうことなのか? 実際、筆者もAmazonの配送設備内で動くロボットを見たことがある。非常に素早く、正確に動いていた。人は判断に集中し、モノを運ぶのはロボットに任せる方向性だった、といっていい。

 

それをするには高度なAIを処理できるシステムや、周囲の状況を把握する技術が必要になる。産業用なら高くても元が取れるが、家庭用ではコストダウンが必須になる。

 

一方で、ハイエンド・スマートフォンの差別化のために技術開発が進み、自動運転車のためにセンサーなどの高品質化・低価格化が進行すると、以前なら産業用でないと使えなかったような技術を、より低コストに使えるようにもなっていく。

 

実際、Astroの使うプロセッサーはQualcomm製のハイエンドプロセッサーで、2つ搭載して処理を賄っているという。Qualcommとはロボット向けのAI開発でも協力体制にある。LiDARは自動車に使われるものを応用した。ほかの産業での変化をうまく捉え、自社が持っている技術と組み合わせてできたのがAstroなのだ。

 

ただ、製品化まではまだだいぶ時間がかかる。

 

Astroは、今後アメリカでベータテスト的な販売を経て市販される。日本での販売はまだ決まっていない。テスト期間は長くなる可能性も指摘されている。家の中のレイアウトは千差万別であり、多くの家で問題なく動くかどうか、開発を継続したいからだ。日本での販売について言及がないのも、アメリカと日本では住環境が異なるからである可能性が高い。

 

実際、ルンバのような掃除用ロボットも、日本の家屋に対応したものが出てくるにはちょっと時間がかかった。だから、動作速度が速くてより技術難易度の高いAstroも、ちょっと「経験値を貯める」時間が必要だろう。

 

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【西田宗千佳連載】あえて完璧を目指さないよう進化、家庭用ロボットの理想と現実

Vol.108-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonの自律走行ロボット「Astro」の立ち位置を、家庭用ロボットの歴史から紐解いていく。

↑Astro

 

家庭用ロボットは、ある意味で「夢の家電」だ。家事は面倒なもの。それをやってくれるのであれば多少の費用は負担してもいい……という人は多いだろう。だが、そこで「人間を雇える」人は限られている。だからこそ、家庭用ロボットがあればいいのに、と夢想するのだ。

 

だが「夢想」と書いたことでおわかりのように、人間と同じように家事を代行できるロボットを作るのは現実的ではない。要求があまりに複雑だからだ。

 

というわけで、実際に家庭内で使えるロボットは、現実的には「できることに機能を分割する」形で実現されている。主に進んでいるのは「掃除」だ。

 

掃除については、ルンバの登場によって状況が大きく変わった。ただこれも、ルンバが「掃除に求められる要素を変えた」から実現できた、といってもいい。

 

掃除用ロボットは昔から開発が進んでいた。日本メーカーでも試作はされていたのだが、課題は「完璧な掃除は難しい」ということだ。部屋の四隅にゴミやチリを残さず、家の中のすべてを動き回って掃除するロボットを作るのは、いまでも困難。だが、初期には「ゴミを残して、後から人間が掃除するなら不要では」と言われ、一部の業務用以外は開発がうまく進まなかった。

 

ルンバはそこで、完璧な掃除を目指さなかった。「日々の掃除を楽にするだけで、家事労働は減る」と割り切ったのだ。確かにそれは正しい。毎日100%の掃除ができる家など実際にはない。人間ががんばっても、部屋の隅やテーブルの下にホコリがあるのはご愛嬌だ。

 

ルンバは日常を自動化し、残った部分は「時々人間がやってくれればいい」という現実解をきちんと提示することで、掃除用ロボットには購入する価値がある、ということを提示したのである。

 

一方、掃除以外のロボットはどうかというと、極端にいえば「動かないロボット」になっていった。食器洗い機も全自動洗濯乾燥機も、その場に置かれていて動かないロボット、ということができる。

 

そうした組み合わせがいまの家電の現実であり、ひとつにまとめた理想的なものが作られる未来は、おそらく来ないのではないかと思われる。

 

その発想で考えれば、AmazonのAstroもわかりやすくなる。「セキュリティ」「見守り」「コミュニケーション」といった機能を実現するためには、完全なロボットがいる必要はない。ロボット掃除機から発展し、家の中をある程度自由に動ける走行ロボットがいればいいのだ。

 

家中にカメラをつけることは現実的ではないし、家の中を飛び回って監視するドローンもちょっと大げさだ。前回解説したように、スマートスピーカーが家の中に多数あり、人と協調しながら働く「アンビエントコンピューティング」の世界で、その隙間をさらに埋めるロボットを作れば十分なのだ。そしてついでに、家族のところに飲み物のひとつも届けてくれれば最高である。Astroの機能は、そんな風に組み立てられたと考えられる。

 

では、どうやってそのロボットを開発していったのだろうか? その辺は次回考察しよう。

 

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【西田宗千佳連載】家庭用ロボット「Astro」に見る、Amazonの本当の狙いとは

Vol.108-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はAmazonが自社開発した自律走行のロボット「Astro」から見えてくる、Amazonの狙いを解説。

↑Astro

 

Amazonが作る家庭用ロボット「Astro」は、同社が作った音声アシスタントの「Alexa」と、スマートスピーカー「Echo」の先にあるものだ。

 

コンピューターに声で命令を与えたい、という考えは昔からある。キーボードやマウス、タッチパネルといった操作は重要だが、それらが使いづらい環境はあり、気軽に使うには、音声で命令を与える形がいい。

 

AmazonがAlexaを発想する元になったのは、SFドラマ「スタートレック」のエンタープライズ号での様子にある。エンタープライズの中では古典的なキーボードはほとんど使われておらず、タッチパネルと音声操作が基本である。Amazon創業者のジェフ・ベゾスはスタートレックのファンであり、同社のエンジニアにも番組のファンは多数いた。次世代のコンピューターの姿を考えたとき、スタートレックを目指すのは自然なことだったのだ。

 

ただ、現実には簡単な話ではない。音声を認識する能力は高くなってきたが、人間の意図を柔軟に把握するのは難しいからだ。だからAmazonは、最初に「家で音楽を聴く」ところからスタートした。声で命令すると聴きたい曲が流れる、というスマートスピーカーは、音楽がオンライン化したアメリカ社会にマッチし、急速に普及していった。そこから機能の改善が進み、現在に至る。

 

同時にアメリカでは、個人宅用のセキュリティカメラの進化が始まる。画像認識とクラウドサービスの活用により、異常を自動的に察知してスマートフォンへと通知したり、来客を自動的に記録しておけたりするカメラを、数万円以内のコストで自宅に取り付けられるようになった。日本ではこの種のカメラのニーズはまだまだだが、治安の問題もあり、アメリカでは急速に普及している。

 

音声によって命令できることとセキュリティカメラの進化がセットになると、コンピューターの世界は次に進む。1台の機器に命令を与えるのではなく、家にある多数のスマートスピーカーやカメラがクラウドで連携し、あたかも「家全体がひとつのコンピューター環境」であるかのような状態が生み出せるようになったのだ。

 

この概念を「アンビエント(環境)コンピューティング」と呼ぶ。家という環境自体がコンピューターだ、という発想であり、AmazonやGoogleなど、音声アシスタント技術を得意とする企業が提唱している考え方である。

 

前置きが長くなったが、ロボットであるAstroもこの概念のなかにいる。家全体が命令を聞くコンピューターになる一方、家族のいる場所に来てやってほしいことも出てくる。そこに移動して「御用聞き」をしたり、家の外にいるときに屋内を自分の代わりにチェックしてもらったりと、「家という環境の隙間」を埋める移動体として開発されているのだ。

 

動く、という要素は同じだが、掃除用ロボットとは目指す方向が違う。将来的には機能を兼ね備えるようになるのかもしれないが、いまは技術的に別のものである。

 

では、家庭用ロボットはどのような歴史をたどった製品なのだろうか? そこからは、掃除用ロボットやAstroの目指すところも見えてくる。次回のウェブ版で解説したい。

 

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【西田宗千佳連載】アマゾンの次なる狙いは「家庭用ロボット」市場

Vol.108-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回はアマゾンが自社開発した自律走行のロボット「Astro」を紹介。

 

↑アマゾンのAstro。搭載しているモニター上でビデオ通話や、アマゾンの監視カメラ付きドアベルのRing代わりに留守番することが可能。アメリカでは招待制での購入申込みを受け付けており、販売価格は999.99ドル(約11万円)となっている。

 

ペットでも掃除でもなく狙うのは家庭内の見守り

9月29日、アマゾンは自社で販売するハードウェアの新製品発表をオンラインで開催した。アマゾン製のハードウェアというと電子書籍端末の「Kindle」やスマートスピーカーの「Echo」、テレビ接続機器の「Fire TV」などが有名。デジタルガジェット・メーカーとしての歴史も、もう10年を超えているのだ。

 

そんななか製品が発表されると、多くの関係者が驚いた。なんとロボットだったからだ。アマゾンの完全な自社開発ロボット「Astro」は、まずは年末以降、アメリカ市場で少数のテスト販売からスタートする。

 

SF映画のような「家庭用ロボット」はまだ実現していない。だが、家庭という市場に向けたロボットというビジネスはすでにありふれた存在とも言える。ソニーの「aibo」に代表されるペットロボットは複数あるし、掃除機ではルンバのような「ロボット掃除機」が一大ジャンルだ。ならば、アマゾンがロボットを作ってもおかしくはない。

 

ただアマゾンが狙ったのはペットでも掃除機でもない。「コミュニケーション」と「見守り」だ。

 

人と共生するために速さと安全性を確保した

Astroは家族の顔を認識し、家の中を動き回る。ビデオで遠隔地にいる親戚や知り合いと会話できるし、家族がいる部屋へと移動して飲み物を届けることもできる。家に誰もいないときには屋内監視カメラ的な働きもする。家の外からスマホを使い、キッチンのコンロが止まっているかどうかをチェックすることもできるのだ。

 

アマゾンはアメリカ市場で、家庭用の監視カメラ事業を積極的に展開している。そうしたカメラ技術とスマートスピーカー、ビデオ通話の技術を組み合わせ、2つの大きなタイヤで動き回るロボット技術とセットにして仕上げたのがAstroである。

 

では、ロボット掃除機にディスプレイなどをつけたようなものなのか、というとそうではないようだ。ポイントは「家族がいる空間で一緒に暮らす」という点だ。

 

人間は意外と素早く動く。人間にぶつからず、邪魔にもならず、しっかりと家の中で「ついていく」には、ロボットの側も相応に素早く動作する必要が出てくる。アマゾン側の説明によれば、そこで必須となる速度は「秒速1m」。時速に直すと3.6kmで、確かにそこそこなスピードと言える。

 

ロボット掃除機はその数分の1のスピードでしか動いておらず、意外と動作が遅い。なぜなら、ロボット掃除機は人がいない部屋で動くのが基本で、しっかり掃除することを考えても「素早く動く」必要はないからだ。

 

速く動くだけならモーターを強くすればいいが、重要なのは「速く動いても安全である」という点を実現することだ。素早く動いても相手とぶつからないように、より高度な外界認識技術と回避アルゴリズムが必要になる。アマゾンは「独自開発によるブレイクスルーはそこにある」と主張している。

 

ただ、Astroのようなロボットが家庭に入るにはいくつもの課題がある。それはどんな点にあるのだろうか? 日本で販売される可能性はあるのだろうか? それらは次回解説していく。

 

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【西田宗千佳連載】聴いてもらう回数を増やすことに腐心するSpotifyやApple Music

Vol.107-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは引き続き音楽配信。SpotifyやApple Musicはどこに注力しているのかを掘り下げていく。

 

Vol.107-3のリンクはコチラ

 

日本も遅ればせながら、音楽ビジネスの主軸が聴き放題型の「ストリーミング・サービス」に移行しようとしている。毎月のように大物アーティストの「楽曲配信解禁」のニュースが流れてくるが、それは別の言い方をすれば、まだまだ市場拡大が途上である、ということでもある。

 

日本の場合には、海外勢であるSpotifyやApple Music、Amazon Musicなどだけでなく、LINEの「LINE MUSIC」やサイバーエージェント系の「AWA」など、国内勢もそろっている。特に若年層向けとしては海外サービスよりも国内サービスの方が強かったりもして、独自のエコシステム構築の流れが見える。

 

とはいえ、大胆なサービス展開という意味では海外勢が一歩先を行っている。ハイレゾや空間オーディオを「追加料金なし」で提供するアップルやアマゾンの動きは、特に影響が大きいだろう。

 

ハイレゾを軸に高付加価値型サービスをやっていたところもあるが、それらは軒並みサービス内容の見直しを迫られるだろう。Spotifyも例外ではない。2月にハイレゾを含めた「Spotify HiFi」をスタートすると発表したが、提供国や価格などは未公表のまま。おそらく、ライバルに対してなんらかの対抗措置をとってくるものと思われる。

 

アップルの動きとしておもしろいのは、「DJ Mix」に関する展開だ。DJが音楽をミックスしたトラックなのだが、複数のアーティストの楽曲が含まれているため、収益構造が複雑になるという欠点があった。同様のDJ Mix配信を展開するサービスはあるが、それを使う場合には、ミックスしたDJ側が楽曲のリストを作り、それが配信可能曲に適合しているかを確認しなければならず、手間もかかる。

 

これに対して、アップルは音楽をAIが聞いてタイトルを見つけ出す「Shazam」の技術を使い、DJ Mixの権利処理を自動化・簡便化している。DJ Mixの量を増やすことは配信楽曲の多様化につながるので、これは良い施策だ。8月にはクラシック専門の配信サービス「Primephonic」を買収しており、楽曲検索などの技術を2022年の早期に、Apple Music内に取り込むべく、準備を進めている。

 

一方、Spotifyが力を入れているのは「ポッドキャスト」だ。音楽でなく音声の番組を多数用意することで、ラジオのように気軽に聴けるものを目指している。最近は日本の著名なポッドキャストはもちろん、ラジオ局などにも積極的に働きかけ、「音声番組の価値向上」に力を入れているのだ。前回説明した、楽曲を自分で組み込んでトークをし、オリジナルの音楽番組を作れる「Music + Talk」も、同社のポッドキャスト強化の一環である。そうやって、音楽の利用量を増やしてサービスの価値を高める、という戦略に変わりはない。

 

結局どこも、「いかに日常的に楽しく聴いてもらうか」という考えに変わりはない。CDの時代は「曲を売る」ことが目的であり、聴いてもらうことは二の次になりがちだった部分がある。だがストリーミングになり、楽曲の再生回数とサービス価値が重要になったいま、「聴いてもらう」ことの意味は大きく変わってきた、と言ってもいいだろう。

 

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【西田宗千佳連載】SpotifyとApple Musicのプレイリストは何が違うのか

Vol.107-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは引き続き音楽配信。サービスの重要な機能である「プレイリスト」を例に、SpotifyとApple Musicのサービスの発想の違いを見ていく。

 

Vol.107-2のリンクはコチラ

 

音楽が聴き放題になると、どれだけ聴いても経済的負担が変わらないことが大きな魅力になる。一方で、人は意外と「何を聴くべきかわからない」ものである。ゆえに、聴き放題型・ストリーミング形式による音楽サービスを使い始めた当初は、よく知っている曲を探す「懐メロ発見器」のようになってしまう。だがもちろん、それでは音楽の消費は拡大しない。

 

そこで活用されたのが「レコメンド」と「プレイリスト」。どちらもいまやおなじみの存在だ。利用者が過去に聴いた音楽や登録した好みなどから、その人が好んで聴きそうなアーティストや楽曲を提示するのがレコメンドであり、アルバムという形に縛られず、好きな曲をまとめて聴けるようにしたのがプレイリストである。

 

新しい曲に出会える機会を増やすことによって楽曲消費を増やし、結果として「便利で価値があるからサービスを契約し続けよう」と考えてもらう……という作戦だ。

 

だが、単に機能があるだけでは利用は伸びない。そこで、各社各様の発想が組み合わさり、新しい形が生まれている。

 

特に発想が明確に分かれているのが、SpotifyとApple Musicである。

 

プレイリストの価値拡大に着目したのはSpotifyが先だ。というよりも、「聴き放題型」でのビジネス拡大はSpotifyがかなり先行していたのだが、過去からあったプレイリストの価値が聴き放題型ではより高い……ということに彼らが先に気づいて有効活用し、ほかの事業者がそれを真似していった、というのが正しいだろう。

 

Spotifyはプレイリストを作ってシェアすることを推奨し、プレイリストをまとめた人をフォローする機能も搭載した。最初は著名なアーティストや音楽プロデューサー、DJなどが注目されたが、そのうち「良いプレイリストを作る人」そのものも注目されるようになる。そうやって楽曲の聴き方を増やしていくことで、古い曲も新しい曲もうまくピックアップされる流れを作っていったわけだ。

 

結果、音楽が聴かれる量が増えて音楽業界への還元額が高まり、Spotifyは契約の継続が安定的になって収益が上がっていった。

 

最新の試みとして、自分でポッドキャストを作る際、その中にDJとしてSpotifyで配信される楽曲を組み込める「Music + Talk」をスタートした。簡単に言えば、しっかりと権利者に利益が還元される形で「自分で音楽番組が作れる」ものであり、トーク視聴の利用拡大も含め、音楽を聴く機会をさらに拡大する試みと言える。

 

それに対してアップルは、音楽雑誌の元編集者などを多数社内に抱え、自らプレイリスト作成やその解説執筆を行い、「音楽のメディア化」を推し進めることで対抗した。自分たちで「Radio 1」などの音楽番組を多数配信し、ラジオや音楽雑誌から音楽を楽しむのに近い糸口を作り出したのである。

 

現状、両社のアプローチは大きく違うが、それぞれが利点を持っており、利用者拡大につながっている。

 

ではこれからどうなっていくのか? その辺は次回のウェブ版で解説する。

 

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【西田宗千佳連載】聴き放題のSpotifyは業界にとって危機、のはずが成長した音楽産業

Vol.107-2

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは引き続き音楽配信。聴き放題でストリーミング形式のSpotify登場で、音楽産業はどうなったのか、その変遷を解説する。

 

Vol.107-1のリンクはコチラ

 

聴き放題型・ストリーミング形式による音楽サービスを本格的に定着させるきっかけとなったのは、2008年にスウェーデンでサービスを開始した「Spotify」である。初期には広告による無料プランが、その後は有料のプレミアムプランが軸になり世界中を席巻し、音楽の世界を大きく変えてしまった。

 

2003年、アップルがアメリカで音楽配信サービス「iTunes Music Store」をスタートしたことによって、音楽はCDからダウンロードの時代に変わっていった。もちろん、世界じゅうがそうではない。日本はまだCDが優位だし、ドイツも最近までCDが強かった。しかしそれは例外的な国であり、多くの国は2000年代のうちにダウンロード全盛になっていく。

 

ネットの進展とともに違法コピーが増えるのでは……と懸念されていたのだが、低価格なダウンロード販売の普及により「正規版を買う方がいい」という流れが生まれた。一方で、ディスクの時代に比べ収益は下がったため、音楽産業の成長が阻害される……という見方があった。

 

そこに「聴き放題」を軸にしたSpotifyが現れる。聴き放題になると1曲あたりの収益はさらに下がるため「音楽業界の危機だ」という声が上がる。いまも、知名度の低いミュージシャンにとっては不利な部分がある。

 

だが実際には、音楽産業は聴き放題で成長した。世界最大の市場であるアメリカの音楽業界は、ここ5年ほど毎年十数%ずつ売り上げが伸びており、明確な成長フェーズに入っている。全米レコード協会の調べによれば、2020年の売り上げの83%が、ストリーミング・ミュージックからのものだ。

 

1曲あたりの売り上げが下がったのに、なぜ全体は上がるのか? 理由は、「毎月料金が支払われる形の方が、欲しい人だけが音楽を買っていた状態よりもお金が集まる」からである。CDにしろダウンロードにしろ、多数買う人は人口全体から見ると少数派。ヒット作しか買わない人も少なくない。だが、「契約していれば聴き放題」となると、音楽を聴く人の多数が契約することになる。年に100枚CDを買っていた少数派だけでなく、年に2枚しか買わなかった人も契約するので、全体を均すと収益が大きくなるのだ。

 

Spotifyは広告による無料プランを継続しているものの、アップルやアマゾンは無料プランを用意せず、有料プランだけにしている。広告からの収益よりも、有料プランによる収益が音楽業界を成長させるため、音楽レーベルやアーティストを味方につけやすい……と判断してのことだ。それに対してSpotifyは、顧客を惹きつけるための無料プランと、より便利な機能を備えた有料プラン、という住み分けになっている。

 

契約してもらうには、単に「聴ける」だけではいけない。より便利に聴けることが重要になる。では、その「便利さ」とはどういうことなのか? Spotifyや、それを追いかけるApple Musicはどのように便利さの追求を音楽の新しい価値にしていったのだろうか? その点については次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】高音質で価値を高め、日本でも成長する音楽配信

Vol.107-1

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルやアマゾンがハイレゾ音源や空間オーディオでシェア拡大を狙う音楽配信。その狙いとは何か。

 

CD優位の牙城を崩すストリーミング型が伸張

日本は長らく、音楽については「CD」が強い国だった。現在も音楽ビジネスの中心がCDであることは間違いないのだが、音楽配信、なかでも「ストリーミング型」の比率が徐々に高まりつつある。

 

一般社団法人・日本レコード協会によれば、2020年の国内音楽ソフトウェア総売上は約2726億円。そのうちCDを中心とした物理メディアは約1298億円でまだ半分弱を占めるが、前年比で15%も下がっており、急激な減少傾向にある。一方で音楽配信は約782億円だが、前年比11%増。特にストリーミングについては、有料配信のみをピックアップしても前年比25%増となっている。2021年はまだ半期分しか集計されていないが、前年同時期比28%増とさらに加速している。

 

ちなみに、アメリカの場合83%の売り上げがストリーミング型によるもの(全米レコード協会調べ・2020年)であり、ここ数年10%ずつ成長しており、日本の流れと真逆だ。その伸びを支えているのがストリーミング型ビジネスの急成長でもある。

 

日本でも海外でも、これからの音楽産業を支えるのがストリーミング型になるのは間違いない。当然そこでは、サービスの競争も激化している。

 

今年6月、ストリーミング型サービスの競争に大きな変化が起きた。アップルとアマゾンが、標準で使うフォーマットを高音質な「ハイレゾ」「ロスレス」楽曲に切り替えたからだ。Dolby Atmosを使った「空間オーディオ」の提供も開始している。これらを追加料金なく楽しめるようになり、音楽配信サービス内での価値が上がった。

 

ハイレゾ音源を聴くにはユーザー側も準備が必要

従来、ハイレゾやロスレスによる楽曲提供は付加価値と見なされ、より高い料金で提供するサービスが多かった。たとえば、ソニー・ミュージックソリューションズが提供するハイレゾ特化のストリーミングサービス「mora Qualitas」は月額2178円だが、Apple Musicは980円。ハイレゾ特化での使い勝手で差があるため完全な同列で比較は難しいが、同じような品質のデータで音楽が聴ける、という観点で比較すると価格差は大きい。

 

アップルもアマゾンも利用者の多いサービスではあるが、世界的なシェアではSpotifyがトップ。アップルが2位、アマゾンが3位とされている。ここでシェアを引っくり返すには、より価値の高い楽曲の提供が重要だと判断しての策だろう。

 

ストリーミング型サービスはスマートフォンとヘッドホンの組み合わせで聴かれていることが多いが、ハイレゾやロスレスの価値を100%生かすには、対応機器の準備も必要になる。だから全員がいきなり音質向上を体感できるわけではないし、楽曲のデータ容量が数倍に増えるというデメリットもある。しかし、機器を用意すれば音質が上がるということでもあり、利用者には望ましいことではある。

 

とはいえ、単純に音質だけが価値ではない。トップシェアのSpotifyは「新しい音楽の聴き方」の訴求で差別化を進めている。それはどんな点なのか? 利用者はどこを見てサービスを選ぶべきなのか? その辺は次回解説する。

 

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【西田宗千佳連載】GoogleがAIやサービスなどの活用で日本のセキュリティカメラ市場を圧倒か

Vol.106-4

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは引き続き、Googleが日本で発売したセキュリティカメラ「Google Nest Cam」。Googleがこの製品をどのようにして機能強化しているのかに迫る。

 

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過去からある「セキュリティカメラ」は、文字通り「カメラ」だった。カメラが設置された場所から見える映像を記録しており、そこになにが映っているのか、ということを判断するのはあくまで人間だった。

 

だが、スマートホーム向けにAmazonやGoogleが提供し、アップルが「HomeKitと連携するカメラ」に搭載しているのはそれだけにとどまらないものだ。

 

カギを握っているのは画像認識技術だ。なにが写っているかをAIが判断し、必要な部分だけを記録しつつ、速やかに警告すべき場合にはスマートフォンなどに通知を出すようになっている。

 

店舗のセキュリティカメラのように「記録し続ける」ことは自宅の場合は意味がなく、必要に応じて自分に変化を通知してくれることが望ましい。だから、機器内に組み込まれた「オンデバイスAI」でカメラになにが写っているのかを認識し、ネットサービスを介してスマホなどに通知するという「一貫した仕組み」が必要になってくる。

 

そうした部分は、Amazon・Google・アップルのようなIT大手が得意とするプラットフォームビジネスである。どの企業もセキュリティ強化・プライバシー強化については「有料のネットサービス」を用意するようになっている。ハードウェアを売るだけでなく、ネットサービスも有料で売れるくらい期待されている市場、ということでもある。

 

そうなると各社の差別化ポイントは「いかにサービスを充実させるか」「いかにAIの精度を高めるか」ということになる。

 

日本の場合、このジャンルに参入しているIT大手はGoogleだけだが、アメリカ市場で磨いた技術で、日本国内にある家庭向けセキュリティカメラ市場を圧倒しようとしている。

 

おもしろいのは、AIを育てるために「現実以外」も使っていることだ。Googleはゲーム用のグラフィックエンジンを開発している「Unity」とも提携している。Unityによって家の内外で考えられるシーンを大量にリアルなCGとして作り、それをAIが学習するための情報として使うことで精度を上げているのだ。

 

学習に使われたCGの量は2500万枚以上とされており、それだけ大量の映像を短時間に用意するには、現実の映像だけでなくCGを活用する必要があった……ということなのだ。また、CGを使うのであれば、誰かのプライバシーを侵害することに留意しながら映像を集める必要がない、という点も重要だろう。

 

今のCGが現実に近いリアルさを実現できるのは、ゲームを見ればよくわかるはず。そうした畑違いとも思える要素を機能アップに生かす発想もまた、Googleの柔軟さを示すものといえそうだ。

 

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【西田宗千佳連載】Google Nest Camは日本に需要がない、だからGoogleは「見守り」で攻める

Vol.106-3

 

本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは引き続き、Googleが日本で発売したセキュリティカメラ「Google Nest Cam」。本来、家の外をスマートに監視するカメラへの需要が日本にない中で、Googleはどう攻めるのかを解説していく。

 

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過去、IT機器は「世界的にニーズがあまり変わらない機器」だと思われてきた。PCにしろスマートフォンにしろ、細かな差異はあっても、本質的な使い方や要求は、どの国でも大差がない。アメリカで「ハイスペックで快適な製品」は、日本でもやはり「ハイスペックで快適な製品」であることに変わりはない。カメラの画質や音質についても、良し悪しの基準が国で違うわけでもない。

 

テレビやオーディオ機器も同様だ。家の広さや放送規格の違いなどで、まったく同じ製品がどの国でも売れるというわけではないものの、違いはそのくらい。良いものはどの国に持って行っても「良い」ものだ。

 

だが、いわゆる「白物家電」はそうではない。日本で人気の冷蔵庫は、アメリカに持って行けば小さくてニーズを満たさず、洗濯機も欧米では強力な乾燥機能が必須だが、日本では「いかに楽に干せるか」が大切にされることもある。

 

生活や文化基盤が違うので、より生活に密着した家電はニーズが国によって大きく違ってくるのだ。そして、スマートホーム関連機器も同じように、国によってニーズは変わってくる。

 

前回の本連載で解説したが、アメリカでは特に「ホームセキュリティ」へのニーズが強い関係で、家の外をスマートに監視するカメラと、それに連携する機器に大きな需要がある。だが、日本はそうではない。

 

しかし、今回Googleが日本市場に持ち込んだスマートカメラ「Google Nest Cam」は、機能面ではアメリカのものも日本のものもまったく同じになっている。

 

ではGoogleが日本のニーズを無視したのか? というと、それは違う。

 

Googleは日本市場をリサーチしたうえで、ある切り口を見つけている。それが「見守り」だ。

 

監視カメラ・セキュリティカメラというと「家の外を映像でチェックする」ものという印象が強い。だが、同じカメラを自宅内に向ければどうだろう? 家の中にいるペットの状況、小さな子どもや高齢の方の過ごし方などをチェックするカメラになりうる。

 

もちろん、Google Nest Camには「屋内を監視する機能」も元々あった。そこで、ドアの外につけるセキュリティカメラと同時に、家の中につけると見守りに使えるカメラをラインナップし、そちらをより強くアピールする戦略を採ったのだ。

 

見守り用カメラには昔から一定のニーズがあったが、スマートフォンやスマートスピーカー、ネットサービスとの連動に加えて、AIによる自動認識と、Googleが提供する最新の技術による使い勝手と同等のものを備えたものはあまりない。アメリカ市場でAmazonなどと激しい競争が起きた結果磨かれたことがプラスに働いている。

 

ただし、日本における「見守りカメラ」ニーズも、アメリカにおけるセキュリティカメラのニーズほどは大きくないかもしれない。それでも、未開拓である市場を機能で掘り起こそう……というのが、Googleの作戦であるといえる。

 

ではそれはどんなものなのか? そこは次回解説したい。

 

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