二酸化炭素を魚の餌に変える! 気候変動を抑える「海洋湧昇技術」とは?

気候変動や漁業の乱獲といったグローバルな課題を解決するために、現在「海洋ベースのソリューション」が世界中で研究されています。その一つが、波のエネルギーを使って魚の成長を促進させると同時に大気中の二酸化炭素(CO2)を回収することができる、オーシャンベイスド・クライメートソリューション社(OBCS)の「海洋湧昇技術」。一体どのような物なのでしょうか? この開発を支援するダッソー・システムズのジャン・パウロ・バッシ副社長が、テクノロジー系イベントの3DEXPERIENCE World 2023で説明しました。

↑二酸化炭素と魚を管理する仕組みが海に導入されつつある

 

海洋湧昇技術とは

海洋湧昇(ゆうしょう)とは、200~1000メートルの深海域にある下層の海水が海面近くまで湧き上がってくる現象のこと。「海洋湧昇技術」とは機械を用いて、波のエネルギーを使って深海域の海水を太陽に照らされた海面近くまで運ぶ技術を指します。

 

「海洋湧昇技術の大きな特徴は、ソーラーパネルなどの太陽エネルギーと波の力が原動力だということです。機械を海面に降ろすと、流れに合わせて自由に漂流します。400メートルの長さのチューブを海に入れますが、耐久性の観点から多くの動くパーツを最低限に抑えるなど、故障しやすい要因をできるだけ排除。パーツのデザイン時においても、メンテナンスしやすいように工夫が施されています」とバッシ氏は言います。

 

この技術は大気からのCO2回収もリアルタイムに測定可能で、衛星を介して継続的に海を観察することもできるそう。さらに、カーボンフットプリントも計測できるなど、サステナビリティを強く意識した仕組みになっています。

 

海洋湧昇技術は、より多くの魚の成長を可能にし、気候変動の抑制にも役立つという2つのメリットがあります。

 

「深海域にある冷たくて栄養豊富な海水を波の力を利用してポンプで海面に引き上げ、栄養塩や鉄など海水に含まれる栄養素を、太陽光と空気中のCO2の光合成によって魚の餌となる植物性プランクトンへと変換。実際、この技術によって植物性プランクトンの数を24時間ごとに2倍にすることに成功しました。

 

植物性プランクトンは動物性プランクトンの餌になり、動物性プランクトンは小魚などの餌となります。そして、小魚は大型の魚に捕食されるなど、海洋生物の食物連鎖が働いて、さまざまな魚の成長を促進させます。

 

また、海洋生物の餌を増やすと同時に、植物性プランクトンがCO2の吸収源として機能。光合成の働きによって大気中のCO2を回収してくれるため、地上のCO2量を減らすことができます。これを『生物ポンプ』と表現しますが、海洋湧昇技術は地球温暖化の進行を食い止めてくれるサステナビリティにつながる重要な役割も果たしているのです」とバッシ氏は述べます。

 

「気候変動の鍵は海にある」

↑海洋湧昇技術は海面に降ろすと波の流れで自由に漂流(画像提供/オーシャンベイスド・クライメートソリューション社の公式サイト)

 

この海洋湧昇技術を用いた事業は2005年に開始されており、米国のテキサス州やカリフォルニア州、オレゴン州、ハワイ州、バミューダ諸島、ペルーなどで100日以上にわたる海洋試験を完了済み。その広範における世界的な取り組みを通じて、湧昇ポンプによって毎年成長する新しい魚を推定できるようになりました。

 

OBCSは2023年から2024年にかけてハワイ沖に海洋湧昇ポンプを建設し、北太平洋地域のCO2を海洋魚の餌に変換することを計画しています。

 

バッシ氏は、これから先の海洋湧昇技術のニーズについて、「同社の海洋湧昇技術のニーズは、今後より多くの企業が『持続可能性』をコアビジネスモデルとして採用するにつれて増えていくことが予測されます。乱獲や気候変動などの課題を解決し持続可能な社会を目指したいと考えている企業——例えば、航空会社やエネルギー供給業者、製造会社など——が同社のパートナーになる可能性が高まっていると言えるでしょう」と予測。

 

「気候変動の鍵は海にあるといっても過言ではありません。私たちはこの画期的なソリューションによって、気候変動や魚の乱獲といった問題に大きなインパクトを与えることができると信じています」と、バッシ氏は未来に向けた海洋湧昇技術の重要性と価値に大きな自信を見せました。

 

執筆者/渡辺友絵

人間の力が50倍に! 巨人化ロボットスーツ「プロステーシス」とは?

「SF映画の主人公のように、巨大なロボットを操縦できたら……」と思ったことはありませんか? そんな夢を実現させてしまったのが、EXOSAPIEN社のジョナサン・ティペットCEOで、まるで自分の手足を動かすように操縦できるロボットスーツ「プロステーシス」を開発したのです。ティペット氏はどのような思いでこのロボットを作り、設計しているのでしょうか? 2月に開催されたダッソー・システムズのテック系イベント「3DEXPERIENCE World 2023」でティペット氏が語りました。

↑これがプロステーシスだ!

 

一際目立つ赤いパイロットスーツで舞台に立ったティペット氏。「もし巨人になれたら何をするだろう?」をテーマに会社を立ち上げたと語り始めました。

 

「私が開発した『プロステーシス(PROSTHESIS)』は、アートとテクノロジーを駆使し、6年間のタフなフィールドワークで得たデータをつぎ込んで作り上げたロボットスーツです。ロボットスーツはパワースーツ、またはパワーアシスト装置を意味しますが、プロステーシスのサイズは高さ4m、幅4.5m、奥行5.2mで、総重量は4000kg。パワーは200馬力で、操縦者の力を50倍まで引き上げることができます。2020年にはギネス世界記録に『世界一巨大な四足歩行の装着型パワーアシスト装置』として認定されました」とティペット氏は語ります。

 

人工知能は搭載しない

プロステーシスに操縦かんはありません。自分の手足の動きがマシンと直接連動しているので、人間が本来持つパワーを引き上げたまま、自分の身体のように動かすことが可能。足場の悪い山道も川の中も難なく進めるうえ、クルマを潰したり持ち上げたりすることもできます。

 

AIのような人工知能を搭載せず、あくまでも人間が操縦するように設計した理由は、楽しさを追求したかったから。「個人的にはスポーツのような位置づけで、ビジョンは国際的なスポーツエンターテイメントにすることだ」とティペット氏は話します。プロステーシスの開発には16年を費やし、脚部をスケッチするだけで1年、デザインの完成には5年かかったそう。エンジニアとしての経験と知識をフル活用し、最初の頃はデザイン、設計、組立を全て自分で行ったと言います。

 

進化を続ける「巨人たち」

↑リアルな進撃の巨人(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

3DEXPERIENCE World 2023では、ファン待望のプロステーシス新型機「プロステーシス2.0」が発表されました。

 

「次世代機のプロステーシス2.0は、従来モデルに比べてサイズは3分の2に、重量は半分に改良しました。それでいてパワーは2倍。スピードもアップし、時速20~30キロで進むことができます。将来的には、プロのアスリートに装着してもらい、広大なスタジアムで障害物コースにチャレンジするようなスポーツエンターテイメントに発展させたいと思っています。面白そうでしょう?」(ティペット氏)

 

その一方、EXOSAPIEN社では新たなプロジェクトが進行しているとティペット氏は話しました。

 

「プロステーシス・シリーズで得たノウハウにクルマの要素を加え、全く新しい概念のマシンを製作中です。この新マシン『エクソクワッド(EXO-quad)』には、オートバイ、ロボットスーツ、4輪という3つの特徴を詰め込みました。バイクにまたがるように乗るのですが、タイヤを装着した4本の脚はパイロットの手足と連動しており、体勢をリアルタイムで自由に変えることができます。乗っている感覚としては、思うままにコースを変えながら走れるローラーコースターでしょうか。道の上を飛ぶように走れるのです。

 

開発のきっかけは、ラスベガスの企業からの問い合わせでした。レーシングカーの乗車体験を提供している会社で、そこでプロステーシスを扱えるかという内容でした。プロトタイプのプロステーシスは操作が複雑で、自分で操作できるようになるまで3~4日はかかります。そこで、もっと簡単に操作できるマシンを作ろうと思ったのです。エクソクワッドはバイク感覚で乗れますし、曲がるときは身体を傾けるだけ。初号機のデビューは1年後を予定しているので、ぜひ楽しみにしていてください」

 

人類の新たな希望?

「巨人になってみたい」という憧れを、その技術と行動力で実現させたティペット氏。この巨大マシンは、人類が直面しているさまざまな問題を解決できる新たな希望だとも語ります。

 

人間の持つ能力や創造性をパワーアップさせるとともに、エンターテイメントとして遊び心も満たしてくれる巨大ロボットスーツ。今後の活躍に、世界中のファンが期待を寄せています。

 

執筆者 / 長谷川サツキ

装着期間、感染リスク、ストレスが減少! 乳がん患者の悩みに寄り添うドレーン機器「SOMAVAC SVS」に全米が注目

日本を含め世界中で増加している乳がん。近年、米国では手術後の患者さんが身につけるドレーン機器(創傷部に溜まった液などの排出に用いる排液管)に新製品が登場し、注目を集めています。「SOMAVAC SVS」と呼ばれるこの機器は、感染症のリスクを軽減することが特徴の一つですが、魅力はそれだけではありません。SOMAVAC社CTO(最高技術責任者)のジョシュア・ハーウィグ氏が3DEXPERIENCE World 2023で同製品について語りました。

↑衣服の下で目立たずに装着できる「SOMAVAC SVS」

 

乳がん手術の問題点

SOMAVAC SVSは、乳房の切除や再建、ヘルニア修復など複雑な整形外科手術の術後に、体内にたまった血液や体液をスムーズに排出するための新型ドレーンポンプ機器です。連続的な吸引で液体を効率的に除去することにより、感染症の原因となる血清腫や血腫のリスクを軽減することができ、合併症予防にもつながります。

 

形成外科手術および一般外科手術における手術用としては唯一のスマート外科用ドレーンポンプとして、FDA(米国食品医薬品局)が許可し、2021年8月には「連続負圧スマートポンプ」として特許を取得しました。

 

なぜハーウィグ氏はこのような製品を開発しようと思ったのでしょうか?

 

米国形成外科学会 (ASPS)/形成外科財団によると、米国では2018年に約10万1600人の女性が乳房再建を行なったとのこと。しかし、そこにはある問題がありました。

 

「がん患者さんは最先端の除去手術を受けてはいるものの、退院するとこのようなドレーン装置を付ける必要があります。手術後に体内にたまった体液を除去するためですが、これまでの手動JP(ジャクソンプラット)ドレーン装置や、アコーディオン式ドレーン装置は吸引力にばらつきがあり、体液が滞留や蓄積、逆流するなどのトラブルがあったのです」とハーウィグ氏は言います。

 

「例えば、膝や肘などの関節をぶつけたときに、体液が溜まって腫れ上がることがありますが、こういったトラブルを最小限に抑えるためには、連続的な吸引能力と一方向にのみ作用するバルブが必要でした。従来のバルブ型だと体液を効果的に除去できないため、手術ではがれた組織がくっつきにくいのですが、SOMAVAC SVSであれば真空状態にして組織面を合わせることが可能です」(ハーウィグ氏)

↑SOMAVACのジョシュア・ハーウィグCTO

 

また、SOMAVAC SVSは強力な吸引力によって、ドレーンの使用期間を短縮できることが実証されています。通常は2~4週間装着しなくてはなりませんが、同製品はこの期間を5~7日に短縮可能。装置をつけている期間を短くすれば感染率を下げられるため、臨床的な観点からも大きなメリットあります。仮に、一度手術をしたが傷が再度開いてしまったなど、非常に複雑なケースの患者に使うと想定した場合、米国の中規模の病院において、年間約26万ドル(約3430万円※)の医療費削減につながるそうです。

※1ドル=約132円で換算(2023年3月20日現在)

 

乳房切除と組織拡張器による乳房再建を行った場合の感染リスクは約25%で、4人に1人がドレーンの使用後3週間以内に感染症にかかるというデータもあります。痛みと費用を伴う治療が必要なケースも多く、それに関わる米国の医療費は約60億ドル(約7900億円)に上るとされています。SOMAVAC SVSの導入で感染リスクを下げることができれば、患者の負担を和らげるだけでなく、医療費も削減することができます。

 

「精神的な負担や辛さを和らげたかった」

SOMAVAC SVSは感染症リスクの軽減だけでなく、患者が受ける肉体的・精神的な負担を大幅に解消できることも大きなメリットです。

 

これまでの手動タイプのドレーンなどは患者が使うこと自体が難しかったのですが、SOMAVAC SVSはこの課題も解決。体液は殺菌済みの使い捨て可能なバッグの中に自動的に入って計量されるため、患者自身が体液の数値を計らなくて済むようになりました。バッグには体液を収集・保管する優れた機能があり、体液がこぼれたり漏れたりする心配もありません。

 

なかでも、患者の精神的な負担や辛さを和らげたかったとハーウィグ氏は強調します。

 

「こういった器具をつけることで最も悪影響を受けているのは乳がんの患者さんだということがわかりました。器具をつけると回復期でも『自分はがんだ』と改めて感じて、とても辛い気分になるそうです。そこで私は、より良い医療器具を作ることはもちろん、患者さんのメンタル面の回復についても使命感を持って、率先して役に立ちたいと思うようになりました。

 

多くの乳がん患者さんは、回復期に不安やうつ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)といったメンタルヘルスとの戦いに苦しんでいます。そのため乳がん手術後の回復期において、手術したことがわからず、尊厳を持つことができるドレーンが必要なのではないかと思ったのです。SOMAVAC SVSの大きさはiPhone程度で、平たい形状であり、衣服の下にベルトで目立たないように装着できるため、患者さんが術後の生活を前向きに捉えるようになりました。患者さんだけでなく、乳がんの遺伝的な要因を持っていて、発症前に予防的に乳房切除を行う人たちにも使ってもらっています」

↑ストレスフリーの体液収集が可能に

 

最後に、ハーウィグ氏は今後の計画について語ってくれました。

 

「2~3年先の研究開発になると思うのですが、乳房の切除手術を受けた患者さんの転移を見つけられるソリューションに着手しています。これは、がんを取り除いた後の体液を集めてラボに送り、その中にがん細胞ができていないかを検査するもの。体液の解析を行うことにより、転移する前にがん細胞を見つけたり、再発率を予測したりできるようにします。分析先の医療系ラボとはすでに話ができていて、そこに送って分析してもらうことになります」

 

2025年頃には新製品をリリースする予定で進めているとのことですが、現状は米国内で既存製品の営業展開に注力しており、力を入れて、より多くの患者さんに届けることに集中しているそうです。

 

執筆者/渡辺友絵

カーディラーからエンジニアに転身して失敗。どん底に落ちたアメリカ人を救った「ものづくり」の魅力とは?

ものづくりに人生を救ってもらった——。そう語る職人がアメリカにいます。それが、Todd White Metal Works社のトッド・ホワイト氏。カーディーラーからエンジニアに転身し、独学で出世するも、会社を解雇されてどん底に落ち、そこから成功を勝ち取った経験の持ち主です。すいも甘いも噛み分けるトッド氏をものづくりへと駆り立てる原動力とは?

 

ものづくりを楽しむ日々

↑娘さんと共に3DEXPERIENCE World 2023に登場したトッド・ホワイト氏(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

ホワイト氏の物語は子どものときに始まりました。「私は幼い頃から物の構造や製造方法に興味を持っていました。エアガンで遊ぶより、物を分解して楽しむような子どもだったのです。きっと生まれたときからものづくりへの情熱を持っていたのでしょう」とホワイト氏は言います。

 

大人になると、ホワイト氏はカーディーラーとして生計を立てるようになりました。ものづくりへの興味は健在で、友人に教えてもらいながらクルマやバイクのカスタムを楽しんでいたそう。世界経済を不況に陥れたリーマンショックの翌年(2009年)には、全くの初心者ながら製造エンジニアリングの会社へ転職。そこで、機械設計用ソフトウェアの「ソリッドワークス」に出会いました。これは製品のさまざまな設計業務をこなせる3次元設計ツールですが、「私は大学を出ていませんし、新しいことを習うのは並大抵のことではありませんでした。毎朝1時間早く出社し、夜も1時間残業して勉強を続けました」とホワイト氏は当時を振り返ります。

 

1年ほど勉強を続けると同ソフトを使いこなせるようになり、技術部へと昇進したホワイト氏。プライベートも充実し、妻と子ども2人の4人家族で、安定した生活が送れるようになっていました。順風満帆な生活はこのまま続くかのように見えましたが……。

 

突然の解雇、苦難の日々

しばらく経ったころ、あるベンチャー企業から「ホワイト氏をリーダーエンジニアとして迎えたい」というオファーがありました。それまでの安定したポジションを失うことになりますが、生粋のギャンブラーとして知られるホワイト氏は「大きく成長できるチャンスだ」と考え、オファーを受けました。「このときプログラム制御システムを備えた自動工作機械のCNCマシンを業務用に購入したのですが、それぐらい私はやる気に溢れていました」(ホワイト氏)

 

しかし、転職からわずか6か月後、悲劇が彼を襲います。「まもなく会社の資金繰りに問題が発生して、経営が立ち行かなくなると、突如解雇されました。小さい子どももいるのに……。私たち家族は全てを失ったのです。家も財産も、何もかもなくなりました」とホワイト氏は言います。

 

それから6か月もの間、新しい仕事は得られず、無収入の生活を強いられました。その後、ホワイト一家は妹を頼ってアリゾナ州へ引っ越し、ホワイト氏は生活のために家電の設置を請け負いました。しかし、収入は1日働いて68ドル程度(約9280円※)。「本当に苦しかった」とホワイト氏は当時の心境を述べます。

※1ドル=136.45円で換算(2023年3月17日現在)

 

ものづくりに帰る

↑ホワイト氏が作るパーツ(画像提供/Todd White Metal Works)

 

そんな生活をするようになって数か月経ったころ、ホワイト氏の妻がガレージで埃をかぶっていたCNCマシンを指して、「これを使いましょうよ!」と言いました。そこから、本格的にCNCマシンを使ったものづくりが始まったのです。

 

ホワイト氏はバイクのパーツなど、さまざまな金属部品を自分でデザインして作成。CNCマシンの使い方がよくわからず、試行錯誤の日々だったそう。

 

「『お金が足りないの。食べ物もおむつも必要なのよ』という妻の言葉を背に、毎日必死で取り組みました。やるべきことは何でもやり、ガレージで寝起きしながらパーツを作り続けたのです」(ホワイト氏)

 

初めてのお客さんは、地域の情報サイトに掲載した広告を見て連絡をくれた人だったとのこと。パーツ1個200ドルのオーダーを受けたときは、天にも昇るような気持ちだったとホワイト氏は言います。

 

手探りで始めたものづくりという新しい事業。無我夢中で取り組んでいるうちに、徐々に軌道に乗り始めたようです。

 

「とにかくそのときに自分ができる仕事に没頭し、大変でしたが、少しずつ受注も増えていきました。地元のボーイズスカウトから依頼を受け、巨大な投石機を作成したこともありますよ」とホワイト氏は言います。

 

「プライベートでは子どもがさらに2人増えて、6人家族になりました。妻は子どもの教育を一手に引き受けながら、ビジネスもサポート。目が回るほど忙しい日々でしたが、自分のオフィスを借り、念願のショップもオープンできました。現在ではマシンも4台に増え、広大な敷地で日々ものづくりに精を出しています」

 

ホワイト氏の子どもたちはパパの仕事に興味を持ち、有能なアシスタントとして仕事を支えてくれているとのこと。10歳の娘さんは、マシンに材料を入れてセットアップしスタートするところまで全て一人で行うことができ、これまでに200パーツほど作成したそうです。現在は完成品の品質チェックについて勉強しているそうですが、娘さんはビジネスのアイデアさえも持っており、近い将来、自分でデザインしたパーツを作りたいと言っているそう。「こうやって家族と一緒に取り組めるのも、ものづくりの魅力ですね」とホワイト氏は言います。

↑有能なアシスタントとしてパパを支えるホワイト氏の娘さん(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

今度は自分が恩返しをする番

近年は新たな試みとして、地元企業や次世代の技術者たち向けの技術実践クラスを始めたホワイト氏。その背景には、自分を支えてくれた人々へ恩返しをしたいという思いがあります。

 

「いま私がこの舞台(3DEXPERIENCE World 2023)に立っていられるのも、周りの人々の惜しみない助けがあったからこそです。無一文になった私たち家族を居候させてくれた妹、機械購入のための高額な費用を貸してくれた義父。マシンの使い方がわからず途方に暮れていたときは、同業の先輩が惜しげもなく公開してくれた情報に何度も救われました。初めて200ドルの注文をくれた人は、現在でもお得意さんとして長い付き合いをさせてもらっています」とホワイト氏は謙虚に述べます。

 

「今度は自分がお返しをする番です。現在、研磨機や旋盤機械のクラスを実施しており、地元工場の新人研修などに採用されています。成長し続けるこの製造業の世界で勝負できるような、優れた技術者を育てる手助けができればと思っています」

 

もとはカーディーラーで、ものづくりは素人だったホワイト氏。仕事も家も失うという不運に見舞われながらも、独学で学び、努力を重ね、実業家として成功を収めました。

 

「この4年間、本当にいろんなことがありましたが、ものづくりの魅力は、年齢や経歴に関わらず、誰でも成功できるチャンスがあることです。そして、ものづくりは私の人生を救ってくれました。ある可能性に賭けるとき、たとえそれが不可能に見えても、全身全霊で取り組めば必ず結果はついてきます。私はそうやって、ゼロから自分の会社を持つまでになりました。私にできることは、あなたにも必ずできます。どうか、勇気を持って進み続けてください」とホワイト氏はエールを送っていました。

 

執筆者 / 長谷川サツキ

ばからしいからこそやれ! 防犯の常識を覆した実業家が語る、イノベーションの5つの秘訣

2023年2月、ものづくりに携わるプロたちが一堂に会するイベント「3DEXPERIENCE World 2023」が開催されました。そこで、一際大きな注目を集めたのが世界で活躍するイノベーターたちの講演。その中から今回は、世界初のwifi録画カメラ付きドアベルを開発し、ホームセキュリティのあり方を大きく変えたRing社のCEO、ジェイミー・シミノフ氏の講演を紹介します。現在そして未来のイノベーターたちに伝えたい、5つの成功の秘訣とは?

↑スピーチするRing社のジェイミー・シミノフCEO(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

1: 他人に笑われることはイノベーターあるある

シミノフ氏が発明した録画カメラ付きドアベル誕生のきっかけは、自宅のガレージでした。

 

「我が家のガレージは裏手にあるため、来客があっても玄関のチャイムが聞こえません。いつも持ち歩いているスマートフォンで対応できたら便利だな、と思ったのがきっかけでした。そこで、自分で少々金属加工をしてカメラ付きのドアベルを開発したのです。妻にも好評でした」とシミノフ氏は語ります。

 

もともと家族のために作った発明品でしたが、そこから広がって2018年にはホームセキュリティ会社Ringを設立し、同年アマゾン社と提携。新進気鋭の起業家を紹介するテレビ番組Shark Tankでも紹介され、2023年にはスーパーボウルのCM進出も果たしました。しかし当初、周りの人は自分の研究にあきれた様子だったと言います。

 

「何かを真剣に開発している様子というのは、とてもばかげて見えるものです。他人に笑われるのは、イノベーターあるあるでしょう。僕も『君はドアベルなんて作っているのか?』と笑われたものです。当時ドアベルといえば、誰も気に留めない古ぼけた家の付属品でしたからね」(シミノフ氏)

 

2: 「誰もが知っている物を改良する」は成功率が高い

シミノフ氏は自分が成功した要因をどう分析しているのでしょうか?

 

「誰も気に留めないけれど、誰もが知っている物」を対象に選んだことが、成功した一因だとシミノフ氏は言います。「長く存在しているけれど注目されてこなかった物にイノベーションの光を充てるアプローチは、そうじゃないケースに比べて成功しやすいのです」

 

「台湾へ出張に行った際、多くの家で防犯用のスポットライトを設置していることに気づきました。そこで、ライトにカメラを追加したら防犯機能が格段にアップするだろうと思いついたのです。製造業者にデザインイメージがうまく伝わらず台湾に3~4回足を運ぶはめになりましたが、いまでは我が社の売れ筋商品です」と言うシミノフ氏。

 

「成功の秘訣は、『すでに世間に周知されている物・サービス』と『ばかげて見える発明』を掛け合わせること。僕は、誰でも知っているドアベルにテクノロジーをプラスしたことで大きな革命を起こすことができました」

↑「世間に周知されている物」と「ばかげた発明」を掛け合わせ生まれたRing(写真の製品は「Floodlight cam」。画像提供/ダッソー・システムズ)

 

3: ミッションを常に意識する

イノベーションを生み出すためには、発想法だけでは十分ではありません。

 

「イノベーターとして、自分のミッションはいつ何時でも忘れてはいけません。これは自分がRing開発に際して学んだことです。僕は自社製品が素晴らしいという自負がありますが、大事なのは商品じゃないのです。どんな世界を目指しているのか、というビジョンです」とシミノフ氏は熱を込めて話します。

 

「僕のミッションは、自宅近隣の犯罪率を下げることでした。単にカメラ付きドアベルを売りたかったのではなく、人々にとって意味のあるサービスを提供したかったのです。

 

大企業の役員たちを前に、プレゼンテーションを行った時のことです。僕は商品の性能は一切説明せず、この商品でどんな世界が実現するかを訴えました。『近隣の犯罪を減らし、ホームセキュリティの意義を変えられる』と。その結果、プレゼンが終わらないうちに『こんなプレゼンは初めてだ。君たちに投資しよう』と言ってもらえたのです。

 

我々の周りには常にあらゆる雑音があり、誘惑があります。売れるラインナップを増やすのは簡単ですが、それが本当に正しい判断なのか、いつも自身に問うべきです。売れる商品ではなく、消費者の生活クオリティを向上させるサービス・商品を提供する。そのミッションを貫くことで、長く愛されるブランドへと成長できるのだと思います」(シミノフ氏)

 

4: 高い目標と適度なストレス

情熱がほとばしるシミノフ氏ですが、ビジョンの描き方にはコツがあるようです。「僕が思うに、多くのイノベーターは目標が低過ぎます。絶対に達成できる目標なんて、つまらないでしょう。『不可能に見えるけど、必死にがんばれば何とか実現するかもしれない』くらいがちょうど良い。そうやって自分に負荷をかけて駆り立てることで、イノベーションへの道が開けるのです。

 

おいしいワインは、適度なストレスにさらされたブドウからできることをご存じでしょうか。水も肥料もたっぷり与えられ甘やかされると、ブドウは水っぽく味も薄くなります。もちろん枯れてしまうほど過度のストレスはいけませんが、適切なストレスをかけることで素晴らしい逸品ができるのです。

 

イノベーションやビジネスも同じことです。正しい方向に適切なストレスをかけることが、最高のイノベーションに繋がります」とシミノフ氏は力説します。

 

5: 顧客の声に全身全霊で向き合う

「商品開発にあたり、広く意見を聞くアンケートはおすすめしません。問題の核心がどこにあるのかがわかりにくく、方向性がぶれて収拾がつかなくなります。それよりも、実際に商品を使っている顧客の声にとことん向き合うべきだと思います。

 

Ringのパッケージには、僕のEメールアドレスが記載されています。顧客が何を求めているのか、真実の声を直接聞きたいからです。

 

例えば、今週(講演当時)販売開始となる車載カメラは、僕の発明ではなく、顧客の声から生まれた商品です。僕は車載カメラを商品化する予定は全くなかったのですが、『自宅の前で車上荒らしにあった』『近所で車の犯罪が多発している』といった意見に向き合う中で商品化に至りました。顧客の声は、商品開発において何よりも参考になる指標です」

↑情熱的なシミノフ氏の話に会場は盛り上がった(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

近年のAIの台頭に、仕事を奪われるかもしれないと危機感を持つ人もいるでしょう。確かにAIはあらゆる業界において大きなインパクトを与え、イノベーションのスピードアップに貢献しています。しかし、シミノフ氏は以下のように力強く断言します。

 

「AIには、未来を形づくっていく力はありません。未来を変えるようなイノベーションを行えるのは、人間の、イノベーターの仕事なのです。僕たちが未来を創るのです。僕たちは、一緒に学び続けている仲間です。今日出会ったイノベーターから、プラットフォームから、たくさんのことを学んでほしい。同時に、あなたが世界の中心であること、あなたはユニークで素晴らしいことを絶対に忘れないでほしい。数年後、今度はあなたがこの舞台に立ち、どんなイノベーションで世界を変えたのかぜひ聞かせてください。それが私の願いです」

 

執筆者 / 長谷川サツキ