教育DXに注力するタイ、背景にある3つの大きな教育制度の課題

2036年までに先進国になることを目指しているタイ政府は、2016年に策定した「タイランド4.0(20年間長期国家戦略)」に取り組んでいます。達成に向けた急務は先進技術に対応できる人材を育成するための教育制度を確立すること。そのための方法としてEdTechに注目が集まっています。

「タイランド4.0」で2036年の先進国入りを目指す

 

タイランド4.0は次世代の農業やバイオテクノロジー、ロボット産業、自動車産業など10種類の先進技術産業を基盤にしながら経済を成長させる計画。この計画を達成するためには、デジタルを中心とした先進技術に対応できる人材を育成する教育制度の確立が急務となっています。

 

そんな中、国内の民間企業は「タイランド4.0」を大きなビジネスチャンスと捉え、デジタル人材育成の場としてEdTechに力を入れ始めました。EdTechは「Education(教育)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語で、テクノロジーを用いた教育を支援する仕組みやサービスを指しますが、民間企業がEdTechに注力し始めた裏には、現在の公教育制度に多くの問題点が存在します。

 

タイの教育制度は、社会の所得格差と地域格差が是正されていないことが原因で、大きな問題を3つ抱えています。

 

1: 慢性的な教員不足

現役教員が高齢化して退職者が増加しましたが、教員の給与は民間と比べて低いので、なり手が少ないという問題があります。タイの公立校の教員は公務員となり、給与は棒級表に従います。初任給は、民間企業の大卒一般職の初任給が1万8000バーツ(約7万1000円※1)程度に対して、1万5000バーツ(約5万9000円)。ただし私立校の教員は民間扱いとなり、給与も民間企業に近い額をもらっている場合が多いです。教員不足の他の理由としては、定時後の事務作業や、生徒にトラブルが発生した場合の対応など、拘束時間が長くなることも挙げられます。

※1: 1バーツ=約3.95円で換算(2023年1月27日現在)

 

2: 国際的に低いタイの学力

生徒の基礎学力(読解力、数学的応用力、科学的応用力)が国際平均を下回り国際的な水準を満たさない。15才を対象に実施される国際学習到達度調査(PISA)のほかに、国際教育到達度評価学会(IEA)が1995年から4年に1度、「TIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)」と呼ばれる算数・数学および理科の到達度に関する国際テストを小学校4年生時と中学校2年生時に実施しており、タイは2011年に実施された第5回まで参加していました。しかし同年度の結果は、以下の通り全ての調査で中央値を下回る結果となっています。

参加国数 順位 得点 中央値
小学4年生 算数 50か国・地域 34位 458点 507点
小学4年生 理科 50か国・地域 29位 472点 516点
中学2年生 数学 42か国・地域 28位 427点 467点
中学2年生 理科 42か国・地域 25位 451点 483点

 

3: 少ないデジタル予算

デジタル関連の予算が少な過ぎるため、農村部などでICT(情報通信技術)の整備や教育が大きく遅れていることも問題です。デジタル関連はデジタル経済社会省が担当しており、2022年度は国家予算3兆1000 億バーツ(約12兆円)に対して、デジタル関連の予算は69億7900万バーツ(約275億円)と、予算比0.2%になっています。日本の場合、2022年度のデジタル関連の予算は1兆2800億円と予算比1.2%で、デジタル化に力を入れているシンガポールの場合は、2021年度国家予算の240億シンガポールドル(約2兆3800億円※2)に対し、デジタル関連予算は38億シンガポールドル(約3760億円)と予算比15.8%を費やしています。一概には言えませんが、最低でも国家予算の1%は配分する必要があるのではないかと思われます。

※2: 1シンガポールドル=約99円で換算(2023年1月27日現在)

 

これらの問題がデジタル人材を公教育で育成することを困難にしているのですが、だからこそ民間企業はこの状況をビジネスチャンスとして認識し、タイランド4.0が求める人材育成の場として、また、ICTなど公教育が抱える問題の解決策としてEdTechに乗り出す民間企業が増えているのです。

 

例えば、タイの教育関連企業のOpenDurianは390万人のユーザー数を誇り、小学校レベルから大学入試に加え、公務員試験対策やTOEIC、IETLSなど英語資格試験対策のオンラインコースを提供しています。

 

また、School Bright社は、教師や学校事務員の作業軽減を図る業務支援アプリや、保護者が学校とスムーズにコミュニケーションが取れるような学校運営支援アプリを開発。現在、タイ全土412校で採用されています。

 

海外のEdTech企業もタイに進出しており、英国のNisai Groupがタイに「WeLearn Academy Thailand」を設立しました。中学校・高校レベルのオンライン学習支援を行うとともに、所定のカリキュラムを修了した生徒には米国の高校修了認定証明書を取得できるコースを提供しています。

 

政府もスタートアップを支援

タイのICT教育の様子

 

2021年3月に JETRO(日本貿易振興機構)が発表した「タイ教育(EdTech)産業調査」によると、タイのEdTech市場は、6.5億ドル(約845億円※3)~16億ドル(約2080億円)と見込まれています。また、タイの教育産業に属する企業の平均純利益率は6.3%で、成長率も8.7%と有望な市場と言えます。

※3: 1ドル=約130円で換算(2023年1月27日現在)

 

タイ政府も、既存産業の活性化や教育システムの質の改善が見込めると期待。国内外のEdTechスタートアップに対して多額の投資資金を投じると表明しています。

 

このように、タイランド4.0を背景に伸びているEdTechは有望市場ですが、海外からの投資規模はまだ小さく参入の余地があります。タイのスタートアップも海外企業との連携に意欲的なため、日本企業にとっては途上国ビジネスの選択肢の一つとして検討に値するのではないでしょうか?

 

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インドでは約6200億円規模に! 途上国で急成長する「EdTech」市場

【掲載日】2022年4月8日

インターネットなどの最先端テクノロジーを活用して、教育分野でイノベーションを起こしている「EdTech」。この産業の成長は途上国において顕著に見られます。新型コロナウイルスのパンデミックによる対面学習の制限やデジタルインフラの拡大が成長を牽引する一因となっており、EdTech市場は、多くの人口を抱える途上国において今後さらに成長していく模様です。

EdTech市場は途上国でますます広がる

 

EdTechは、幼児教育から大学等の高等教育機関まで、さらに専門分野の職業訓練における社会人をも対象にしており、生涯学習の観点も考慮すれば、ほぼ全ての世代が顧客対象になる爆発力を秘めています。また、パソコンや学習関連機器などのハードウェア、教育コンテンツとしてのソフトウェア、通信環境としてのインフラ関連、教師に向けたトレーニングなどビジネスとしての裾野が広いこともあり、さまざまな分野、業種の企業が大きな盛り上がりを見せています。

 

例えば、インドのコンサルティング企業「RedSeer社」が発表した2022年3月のレポートでは、同国のEdTech市場における高等教育や生涯学習の分野は、2025年までに50億ドル(約6190億円※)の市場まで急成長すると予測されています。各大学と企業の提携によりオンラインでの学位取得が広まったことや、コロナ禍の不安定な経済情勢が引き起こした生涯学習の必要性に対する認知向上などが大きく影響しており、ビジネスチャンスの到来と判断した新興企業が続々と設立されています。

※1ドル=約123.7円で換算(2022年4月6日付)

 

一方、フィリピンでは現地の教育関連テクノロジー企業である「CloudSwyft」が同国の教育省と連携し、デ・ラ・サール大学などの大学に向けて、オンライン環境におけるバーチャルラボ設置ソリューションの試験運用を開始しています。同社のプロダクトは、クラウドベースのソリューションによってハイブリッド学習への移行を可能にするものですが、インフラ整備が未成熟なフィリピンにおいて、デスクトップパソコンを持っていない学生でもモバイル端末があれば、同システムを活用することが可能。このようなユーザー視点の設計が、ハードウェアと設備投資の問題を大きく軽減させることができるものとして高い評価を受けています。

 

また、CloudSwyftはエンジニアリングや建築、工業デザインなど広範囲な学習内容に適合できるように設計されており、マレーシアやインドネシア、シンガポールなど各国の高等教育機関に採用されています。新興国から教育関連のテクノロジー分野でグローバル展開を果たした同社は、まさに途上国におけるEdTechの成功例と言えます。

 

現時点で世界をリードしている先進国を人口規模で勝る後進国の人々は、学習や職業において人生を変革できる大きなチャンスと捉えているでしょう。未来を担う世代に向けたトレーニングツールとして今後も右肩上がりの成長が見込まれるEdTech市場は、かなり有望なビジネスチャンスでもあるのです。