セネガルで取り組む「日本式水産資源管理メソッド」の可能性

首都ダカールの北部、カヤールの水揚げ場の風景

 

1年を通して北から南へ流れるカナリア海流(寒流)の影響により湧昇流が発達することから、世界有数の漁場となるアフリカ西岸に位置するセネガル。かつてはイワシやマハタ、タコなど豊富な漁獲量を誇っていましたが1990年代以降、乱獲などの影響で水産資源が次第に減少しつつあるといいます。こうした背景で始まったのが、持続的な水産資源の維持管理を目的とするJICAの「広域水産資源共同管理能力強化プロジェクト(COPAO)」です。

 

セネガルという国名には馴染みがなくても、かつてパリ-ダカール・ラリーのゴールであったダカールが首都というと、だいたいアフリカのどの辺りに位置するか、イメージできる人もいるかもしれません。ダカールは水産業をはじめ、大西洋貿易の拠点として栄えています。

 

「水産物流通の拠点となるダカール中央卸売魚市場は、日本の支援で1989年に建設されました」と語るのは、アイ・シー・ネットのシニアコンサルタントとしてセネガルで漁村振興のための社会調査や資源調査を手掛け、これまでJICAの多くのプロジェクトに関わってきた北窓時男さんです。

現地の人々と。写真右中央が北窓さん

 

北窓時男さん●2001年アイ・シー・ネット入社。専門は海洋社会学、海民研究、零細漁村振興。1996年からセネガルの沿岸地域を幾度となく訪れ、現地の漁村社会・水産資源に係る調査やプロジェクト管理などを行う。

 

「セネガル沿岸部の漁業は、漁家単位でのいわゆる零細漁業が中心です。ピログと呼ばれる小型の木造船が用いられ、日本はピログ用の船外機を供与するなど、1970年代から水産分野の支援が行われています」

沿岸部での漁業に使用される小型船「ピログ」

 

ほかにも訓練船や漁法近代化のための漁具なども供与。1980年代には沿岸部の零細漁業振興のため、ファティック州のミシラに漁業センターを建設し、漁具漁法や水産物加工、養殖、医療など、さまざまな専門家や協力隊員が沿岸部の零細漁村開発と生活改善のために派遣されました。

 

「現地ではアジ、サバ、イワシ類など小型の浮魚のほか、タイやシタビラメなど単価の高い底魚も獲れます。カナリア海流という寒流が流れているので脂がのっているものが多いんです。獲れた魚は、仲買人が買い取って保冷車で運び、冷却したまま出荷できるコールドチェーンが確立されており、ヨーロッパ向けにも輸出されています」

 

コールドチェーン開発の端緒を開いたのも日本の支援でした。1978年に北部内陸地域に小型製氷機と冷蔵設備を供与。ダカール中央卸売魚市場もこの流れで建設されました。

 

その一方、1970年代以降、内陸部では降雨量の減少による干ばつが頻発し、農業生産が大きく減退。砂漠化のため、農地を放棄した多くの人々が都市部や海岸部へ流入。船を持つ漁民と一緒に漁に出れば、その日のうちに歩合給による現金収入が得られる漁業は、農業を放棄した人たちがその日の生活費を得るためのセーフティネットとして機能しました。

 

「1980年代ころまで、日本の支援は漁獲生産力向上の支援が中心でしたが、零細漁業従事者が急増するなどさまざまな要因から、水産資源の減少が危惧されるように。次第に水産資源管理に目が向けられるようになりました。1980年代に15万トンだった小規模漁業セクターの漁獲量は、2000年代には30万トンへ倍増。日本からは漁業海洋調査船が供与され、2003~06年には漁業資源の評価や管理計画調査も行っています」

 

もちろん、漁業資源の減少と、コールドチェーンが繋がったことで海外向けの輸出が増えたことは無縁ではありません。逆に言えば、水産資源の持続可能性を確保することで、今はまだ限られている日本向けの輸出を拡大するなどビジネスチャンスも生まれるでしょう。

 

日本独自の「ボトムアップ型資源管理」を活用

セネガルでの漁業資源の管理には、日本型の「ボトムアップ型資源管理」が向いていると北窓さんは話します。日本の沿岸漁業もセネガルと同様に、小規模の零細漁業が中心。地域の漁業協同組合単位で対象となる資源を管理し、乱獲を防いで持続的に利用する方式が採用されてきました。これは日本が海に囲まれ、政府が一元的に管理することが難しいという歴史的な背景のなかで生まれてきたものです。

 

一方で、ヨーロッパなどでは企業規模での漁業活動が多く、政府が総漁獲量(TAC:Total Allowable Catch)を定め、その漁獲枠を水産企業/漁業者に配分するクォータシステムがとられてきました。セネガルの漁業を取り巻く状況を考えると、日本型のボトムアップ型資源管理が適していると言うのです。

 

「セネガルで実施しているのは、漁業者がイニシアチブをとって対象資源の管理活動を計画・実施し、行政がその活動に法的な枠組みを整備する形で支援する方法です。もちろん、日本でも近年はボトムアップ型の限界から、TAC制度が導入されてきていますので、セネガルでも将来的にはボトムアップ型とヨーロッパ型資源管理方法との融合が必要になってくると考えられます」

 

セネガルではタコ漁について、コミュニティベースの資源管理システムを導入。地域の漁民コミュニティがタコの禁漁期を主体的に決めて、それに県などの行政が法的な枠組みを与える方式で成功を収めています。また、タコの輸出企業から協賛金を得て、漁民が産卵用のたこ壺を毎年海に沈め、資源を増やすといった広域での取り組みも行われています。

 

現在、進めているJICAのプロジェクトでは、シンビウムと呼ばれる大型巻貝の稚貝放流キャンペーンや、大西洋アワビの適正な資源管理手法を策定するための支援活動などを実施。移動漁民との紛争を回避するための夜間操業禁止キャンペーンの支援や、PCを活用して資源管理組織間の連携を強化するための支援活動も行っています。

シンビウムの稚貝を放流

 

「かつてセネガルのプティコートではシンビウムの水揚げ量が多く、シンビウムはセネガルの主要な水産資源の1つでした。ただ、近年は水揚げ量も落ち、サイズも小ぶりになっています。そこで、漁獲したシンビウムのお腹の中で成長した稚貝を沖合に戻して、資源の再生産を促進することに取り組んでいます。スタンプカードを発行し、稚貝を一定数回収・放流するごとに、貝加工作業に必要な手袋やバケツなどの道具を提供することでモチベーションを高め、キャンペーン期間中に40万貝の放流をめざしています」

 

過去にタコでは成功したものの、シンビウムは漁家経営にとって不可欠な水産資源であったことから、広域での禁漁期間を設定することが難しかったとのこと。かつて2000年代に禁漁期間の設定と稚貝放流の取り組みは行われましたが、上記の理由と稚貝放流に燃料費を要するなどの理由から、プロジェクト終了後にこれらの活動は停滞しました。地域コミュニティの特性に合わせた持続的な方法を探る必要があると北窓さんも強調します。

 

求められる水産資源の高付加価値化

零細漁民の持続的な生活水準向上を目指すには、水産資源に高い付加価値を与えることが必要であり、そのためには海外への輸出を視野に入れる必要があります。それは、日本企業から見ればセネガルでの新たなビジネスチャンスにもつながる話です。

 

日本への輸出が期待できる水産資源として、北窓さんはタコ、大西洋アワビ、そしてシンビウムの3つを挙げます。タコは同じ西アフリカに位置するモロッコやモーリタニアからは日本向け輸出が多く行われていますが、セネガル産のものはまだ限られているのが現状。その理由について、北窓さんは漁法と水揚げ後処理の違いによる品質の差にあると分析します。

 

「モーリタニアでは日本が紹介したタコ壺で獲っているのに対して、セネガルでは釣りで獲っている。釣り上げたタコを甲板にたたきつけて殺し、船底の溜水に浸かった状態で放置されていたので品質が良くありませんでした。過去のJICAプロジェクトによって、漁獲後に船上でプラスチック袋に入れ、氷蔵にして持ち帰る方法が導入され、現在は品質の改善が進みました。。資源の回復も徐々に進んでいる一方で、日本向けにはまだあまり輸出されていないので、参入の好機といえるかもしれません」

 

そしてまさに今、資源管理に取り組んでいるのが大西洋アワビです。現地では直径5cmくらいのミニサイズで漁獲され、串焼きなどにして食べられており、価格も安いとのこと。資源管理を通して大型化や高品質化を進めることで、将来的に日本向けの需要につなげることができれば、付加価値化により、プロジェクトの狙いである水産資源の持続的利用と零細漁民の生活向上の両立に結びつけることができるでしょう。

ダカール市内のアルマディ岬で採集されたアワビ

 

「アワビの刺身の美味しさを知っている日本人からすれば、もったいない話です。サイズも徐々に小さくなっていて、地元でもこのままだと獲れなくなるという危機感があります。大きくなってから獲れば日本向けに高く売れる、というルートが確立すれば、資源管理にも積極的に取り組むようになりますし、漁民の現金収入も上がるというポジティブな連鎖につなげていけると考えています」

 

一方、大型巻貝のシンビウムの中でも「シンビウム・シンビウム」と呼ばれる種類は、味も良く、すでに韓国向けなどに輸出されているとのことです。今は資源的に減少していますが、その資源管理を通して資源増加が可能になるなら、日本向けの商材として可能性は高いと北窓さんも期待を寄せています。

 

現地の仲買人システムを尊重したビジネスを

シンビウムの刺し網漁

 

日本企業がセネガルの水産ビジネスへの参入を考えるとき、重要な意味を持つのが現地の仲買人との関係だと北窓さんは指摘します。いわゆる仲買人には、買い叩きなど搾取のイメージもありますが、セネガルではその限りではない関係が成立しているとのこと。

 

「漁民が網などの資材の購入や家族の病気などで現金が必要な際に、仲買人がお金を貸し、助けてもらったことで漁民は優先的にその仲買人に魚を売る、いわゆる“パトロン・クライアント”の関係が成り立っています。もちろん、行き過ぎれば仲買人に対する依存が大きくなるという問題もありますが、セネガルでは比較的対等な関係が構築されています。仲買人の存在が地域に埋め込まれた社会システムになっていると言うこともできるでしょう」

 

現地での水産ビジネスを進めるには、漁民・仲買人・企業がそれぞれウィン・ウィンな関係を築けるようにすること、そして持続的な水産資源の管理方法を確立することが鍵を握ると言えそうです。

 

また、水産資源の持続可能性を考えるとき、漁業だけにフォーカスするのではなく、俯瞰的な視点を持つことの重要性を北窓さんは指摘します。

 

「これまで、水産物の付加価値化やバリューチェーン構築の分野で、JICAの支援はそれなりの成果を上げてきたと思います。それに付け加えるとすれば、水産分野だけにこだわらない、生業の多様性を進めるための選択肢を増やすような施策が必要だと考えます。内陸部の砂漠化によって、農業や牧畜ができなくなったことで、漁業の専業化が進み、それが沿岸漁業資源の減少に拍車をかけました。生業の選択肢を増やすような施策によって、水産資源も守られますし、魚が獲れなくても生計が維持できるような仕掛けづくりが可能になるのではないでしょうか」

 

持続可能なビジネスを展開するには、現地の水産資源はもちろん、漁業従事者だけでなく社会そのものの持続可能性が確保されていることが不可欠。水産資源の管理と高付加価値化を進めることによって、企業はビジネスチャンスを拡大でき、現地の人々は生活水準の向上、そして持続可能な社会を構築することができる”三方良し”のビジネスを展開することが可能になるといえるでしょう。

 

 

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相次ぐ自然災害から地球を守るのは……なんと人工衛星!? 中米グアテマラに見た「宇宙開発」と「防災」の最前線!

「宇宙開発」「防災」。一見まったく関係なさそうに見える両者が、実は非常に深い関係にあることをご存知でしょうか?

前澤友作氏の国際宇宙ステーションへの“宇宙旅行”も記憶に新しいですが、現在、民間企業による宇宙開発事業が大きな注目を集めています。イーロン・マスク氏のスペースXやジェフ・ベゾス氏のブルーオリジンといった宇宙企業の名前は、皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。

宇宙は旅行するだけのものではなく、今や地球のさまざまな課題を解決する場所になっています。今回ご紹介するのは、夜間でも悪天候でも地表の変化を観測できる「SAR衛星」(※1)を開発する、日本のベンチャー企業Synspecitiveの取り組み。

気候変動の影響もあり、地球全体の課題となっている近年の自然災害に対し、人工衛星が一体どんな風に活躍するのか?

本記事では、Synspectiveの白坂成功氏と、災害に強い社会を実現するためにさまざまな研究に取り組む防災科学技術研究所・理事長の林春男氏、開発途上国への国際協力を行うJICA中南米部長・吉田憲氏の3人が、それぞれの視点から「衛星による災害リスクマネージメント」について考えてみました。

※1:SAR……Synthetic Aperture Radar=合成開口レーダーのこと。SAR衛星は、主流である“光学式”の地球観測衛星とは異なり、たとえ夜間でも、雲が出ていても地上の様子を捉えることができる。特に、SARを使って複数回地表を観測し、それぞれの「位相差」から変化を捉える技術をInterferometric SAR(干渉SAR、またはInSAR)と呼ぶ。

<この方々にお話をうかがいました!>

白坂成功(しらさか・せいこう)さん
株式会社Synspectiveファウンダー。慶應義塾⼤学⼤学院 SDM 研究科教授。東京大学大学院で航空宇宙工学修士課程を修了後、一貫して宇宙開発の道を歩む。2015~2019年、内閣府革新的研究開発プログラム「ImPACT」のプログラムマネージャーとしてオンデマンド型小型合成開口レーダー(SAR)衛星開発に従事。

 


林 春男(はやし・はるお)さん
国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長。京都大学防災研究所名誉教授。1983年カリフォルニア大学ロスアンジェルス校Ph.D.。専門は社会心理学、危機管理。2013年、防災功労者内閣総理大臣表彰受賞。日本学術会議連携会員、内閣府・防災教育チャレンジプラン実行委員長、宇宙政策委員会・基本政策部会委員、外務省・科学技術外交推進会議委員等。「いのちを守る地震防災学」「しなやかな社会の挑戦」など著書多数。

 


吉田 憲(よしだ・さとし)さん
独立行政法人国際協力機構(JICA)中南米部部長。銀行員から青年海外協力隊員となり、中米のドミニカ共和国で2年活動したのち、帰国して1994年からJICA職員に。初の海外赴任となったブラジルで、不毛の大地だった熱帯サバンナ地帯セラードを南半球最大の農地に変えたプロジェクトなど、さまざまな国際協力に関わる。

 

「宇宙データ」がなぜ防災に役立つの? 国際協力×防災×宇宙の最前線!

JICA・吉田 憲さん(以下敬称略、吉田):防災と宇宙がどう結びつくのか、不思議に思われる人も多いと思いますが、実は今、世界中で人工衛星による“宇宙データ”の活用が盛んになっていて、中でも防災分野における人工衛星の活用が大変注目されています。

その一例がこのたび、白坂さんのSynspectiveと私たちJICAがグアテマラ共和国で行った、人工衛星で地表変化を分析し、災害対応に役立てるというプロジェクトです。

Synspective・白坂成功さん(以下敬称略、白坂):Synspectiveは「SAR衛星」を用いた課題解決ソリューションを提供する会社です。後ほどお話しますが、「人工衛星と防災」は、確かに一般的には結びつきにくいかと思いますが、これは私の長年取り組んできたテーマで、Synspectiveを作った理由でもあるんです。

吉田:JICAによる国際協力も、昔は途上国で井戸を掘るみたいなイメージもありましたが、今は「防災協力」が非常に増えています。中でもグアテマラを含む中米・カリブ地域は、洪水、地震、地滑り、干ばつなどの災害で、多くの被害が出ています。私はかつて青年海外協力隊の一員としてドミニカ共和国にいましたが、当時よりも明らかに災害の規模や頻度が増しているんですね。

中米コスタリカで起きた地滑りの様子。

防災科研・林 春男さん(以下敬称略、林):防災という言葉の意味も時代によって変遷していますが、私たち防災科学技術研究所(以下、防災科研)では「SICENCE FOR RESILIENCE(サイエンス・フォー・レジリエンス)」、日本語では「生きる、を支える科学技術」というテーマを掲げています。このレジリエンス(※2)という言葉は、最近いろんなところで聞くようになりましたね。

※2:レジリエンス=「予防力」に加え、「回復力」「弾力性」「しなやかさ」といった意味を持つ英単語。困難に際した人や組織、集団が苦難を乗りこえる力として捉えられ、近年さまざまな領域でキーワードになっている。

吉田:最近は災害が起こった後の「より良い復興(Build Back Better)」という概念が注目を集めていますね。

:まさに、そこなんですね。「防災」とは、被害を出さないことにフォーカスした言葉ですが、現実にそれは難しい。世界の災害発生件数はうなぎのぼりで、そのほとんどは風水害です。一生懸命、防災の研究をしているのに、気候変動や人口増といった複合的な理由により、災害による被害は増えている。

そんな時代にあって、防災分野では「災害リスクの低減」が世界共通のテーマです。防災科研では「自然災害の被害を抑止する」「被害の拡大を防止する」「速やかな復旧・復興を実現する」、この三つに関わる科学技術を研究しています。

災害リスクの低減には、何がいつ、どこで、どのように起こるのかを予測する「予測力」と、被害が起こらないようにする「予防力」、そして現代ではレジリエンスの観点から「対応力」、つまり起こってしまった災害をどう乗り越えていくのかが重視されているわけです。

白坂:さて、今回のグアテマラでのプロジェクトを説明する前に、Synspectiveが開発している衛星を紹介させてください。SARとは、Synthetic Aperture Radarの略で、日本語で言うと「合成開口レーダー」というものです。仕組みのことは置いておいて、SAR衛星の最大の特徴を一言でいえば、「夜間でも悪天候でも、常に地表の変化を観測できる」ということですね。

時間、天候を問わず撮像できる小型SAR衛星。通常の地球観測衛星に搭載されるカメラでは撮像できない地表の様子を観測できるのが特長。

観測衛星にもいろいろありますが、圧倒的に数が多いのが光学衛星、つまりカメラを載せた衛星です。しかし、カメラだとどうしても昼間しか見えないし、昼間でも雲があると見えないという弱点がある。これに対して、カメラではなくレーダーを使うのがSAR衛星です。衛星に搭載したアンテナから地球に向けて電波(マイクロ波)を放射し、反射して戻ってきた電波を測定します。電波なら雲も透過できますし、太陽光も必要ない。

:衛星やドローンを使って、「触れずに調べる技術」はリモートセンシングといって、防災の世界ではもはや欠かせない概念ですね。それに加えて夜間でも、雲の多い悪天候でも地表を観測できるSAR衛星の特性は、防災活用において非常に有効性があります。

白坂:はい。私はいわゆる“宇宙村 ”にずっといた人間です。それで宇宙開発って長年、国のお金でやってきたんですね。災害に対応するためという名目で技術開発をしてきた。ところが、2011年の東日本大震災のとき、日本の宇宙開発で作ったものの多くが使えなかったんです。

「災害対応のため」といってお金を使ってきたのに、いざ大きな災害が起きたときに活用しきれなかった。そのことに対して、私たち宇宙開発に携わる人間は大変強い課題感を持ちました。そこで2014年にImPACT(※3)が始まったとき、「災害時に本当に使えるもの」を作ろうという強い意志を持って始めたのが、私がプログラムマネージャーをつとめた合成開口レーダー、つまりSARの技術開発です。

※3:ImPACT=正式名称は「革新的研究開発推進プログラム ImPACT」。実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす科学技術イノベーションの創出を目指し、内閣府によって創設された。

吉田:震災がきっかけで、ImPACTの研究開発対象にSAR衛星を選ばれたのですね。震災時に「活用しきれなかった」というのは、どういった理由なのでしょうか。

白坂:東日本大震災のような広域災害では、飛行機やドローンでは観測できるエリアが限定的になるため、やはり人工衛星が必要です。ところが光学式だと、衛星がそのとき日本の上空にいないと日本の様子を写せないので、災害に対応する方たちが「見たいタイミング」で確認できなかったのです。

技術者の言葉で「分解能」といって、衛星がどの程度細かく地球上のある地点を観測できるか、という度合いですね。観測する物理的な範囲をどのくらい細かく見られるかということを「空間分解能」、どれくらいの頻度、サイクルで見られるかということを「時間分解能」といいます。

人工衛星で得た地上の情報を、いかに早く必要な人たちに届けるか。この「即応性」をターゲットに研究したのが、ImPACTでのSAR衛星のプログラムです。

:白坂さんの「災害時に本当に使えるもの」への強い思い、大変共感しました。防災に関わる現場の人間が求めるのは、災害規模や被災状況の把握です。被災状況の全容が把握できなければ的確な対応はできませんが、一方で迅速な対応が求められる。そこで早期に広域の被災状況把握に衛星を活用しようということですね。

白坂:そうなんです。その後、ImPACTでの研究成果を社会実装しようというときに、国でやるのは何事も時間がかかるから民間企業の方がよいだろうということで、Synspectiveを作りました。社名は「Synthetic Data for Perspective on Sustainable Development」の略で、持続可能な未来のために合成データを活用する、という意味を込めました。

ちなみにSARが何を「合成」しているのかというと、レーダーはアンテナの開口面が大きいほど空間分解能が高くなります。しかし、ロケット打ち上げのコスト等を考えると、衛星はできる限り小型軽量化したい。そこでSARでは、衛星が移動しながら電波を送受信し、得られた測定結果を「合成」することで、仮想的に大きな開口面を構成します。これにより、小型衛星の小さなアンテナでも高い空間分解能を得られます。

深刻な災害に見舞われるグアテマラ。SAR衛星で「地滑りが起きる場所」を察知!

吉田:中米・カリブの国々はサイクロン、台風で毎年大きな被害を受けています。さらに、地震や地滑りもあります。グアテマラのかつての首都アンティグアは、大昔に大地震に見舞われて壊滅してしまい、その街並みが残っていることから世界遺産になっている、昔からそういう災害があるんですね。

しかも入り組んだ山がちな国土で、地域ごとが分断されています。災害時のコミュニケーションに課題があり、どこに何を届ければいいのかも分からない。そこで今回、Synspectiveと一緒に、SAR衛星でさまざまな情報を取得する実証事業を実施しました。白坂さん、ここで改めて防災にSAR衛星を使うメリットを整理できますでしょうか。

グアテマラシティでは地盤変動により、塀や道路にひび割れが見られる。

白坂:光学衛星も含め、人工衛星で地表をモニターするメリットは4つあります。

【人工衛星でモニターする四つの利点】
1.人が見に行けないところを見に行ける
2.広域で見ることができる
3.点ではなく面で見ることができる
4.継続的にモニターできる

特に定点観測、つまり継続的にモニターできること。これについては、複数の衛星を連携させて一つのシステムを構築する「コンステレーション(衛星群)」というやり方で、モニターの分解能を高めることができます。

今回のプロジェクトでは、Synspectiveの提供する地盤変動モニターソリューション「LDM(Land Displacement Monitoring)」で、地盤沈下、地滑りなどの“地盤変動”を観測しました。ここでは「干渉SAR」というテクノロジーを使っています。

*対象地域(背景地図:OpenStreetMap (and) contributors, CC-BY-SA)
SynspectiveとJICAが連携して実施したグアテマラシティおよび郊外での実証実験の対象地域(上)。観測により、局所的に深刻な地盤沈下現象の全体傾向と、陥没・地すべりリスクを示す箇所を確認することができた(下)
©Synspective inc.

干渉SARでは、衛星から時間差で2回、地表に向けて電波を放射します。このとき、地盤変動があると波長が少しズレます。1回目と2回目のズレを見ることで、地表のミリ単位の変動も測定できるというものです。今回はグアテマラの街中で沈下しているところがないか、あるいは山間で地滑りが起こりそうなところはないのかなどを見ていきました。

吉田:干渉SAR自体は既存の技術ですが、Synspectiveのユニークな点に「縦の動き」「横の動き」を分割できるということがありますよね。

白坂:簡単に言うと地面に穴が開くとき、縦に沈む動きをしますが、このとき横から見ると、中心部に向かって地盤が内側に寄っていっているんですね。つまり縦と横を両方見ることで、どの辺りが沈下しそうかを予測できるんです。逆に、山になるときも、山が盛り上がる縦の動きと、周囲から地盤が集まってくる横の動きを合わせて見ることで予測できます。

そしてLDMですが、SAR衛星で得られたデータを、防災の担当者が読み取れる画面で提供するものです。いわゆるSaaS(※4)の形式で提供し、一般的なパソコンなどネット端末からアクセスできます。

※4:SaaS=Software as a Service、つまり買い切り型ではなく、利用した分だけ料金が発生するタイプのプロダクト。

 

衛星データを用いて広域の地盤変動を解析し、その結果を提供するソリューションサービス「Land Displacement monitoring(LDM)」を実証導入。継続して利用することにより、測量業務の効率化と潜在的な地盤変動リスクの早期発見が期待される。

吉田:今回のプロジェクトでは、SAR衛星により広域でデータを収集することで、グアテマラの機関が把握していなかった危険個所を3か所特定することができましたね。地表面の変動量を含めた定量的な情報に基づいて、ハザードマップを更新できるようになり、さらに従来行っていた、人による測量などの負担も、LDMの導入で大きく軽減できる見込みが立ちました。

白坂:今回行った「予測」「予防」に加え、さらに今後は災害後の「対応」にもSAR衛星が役立てばと思います。林さんには、ImPACTでまだ衛星が何もできていない頃から防災の専門家の視点でアドバイスをいただいてきましたが、現時点でのSAR衛星の評価と課題を教えていただけますか?

:今世界的に増えているのは風水害です。衛星から地表を見ようとしても雲がいっぱいあるので、光学カメラでは見えない。雲を透過して、地表の人間社会で何が起こっているのかを見ようと思うと、やはりSAR衛星が必要です。SynspectiveはSAR衛星に取り組みつつ、さらに小型衛星のコンステレーションを企画しているという意味でも大きな成果を挙げています。

そしてSynspectiveのプロダクトはとにかくわかりやすい。LDMは、衛星の専門家じゃなくても、ヒートマップなどの形で、地盤がどう動いたのか、差分がわかるように見せてくれている。やっぱり上手だなと思います。

ただ、まだまだ衛星の数は足りていないですね。SAR衛星も1基では時間分解能が低くて、災害対応では使えません。コンステレーションを組んで時間分解能を高めることが、防災分野での活用につながると思います。

吉田:実は私たちJICAでも人工衛星に注目しており、2008年から、ブラジルのアマゾン地帯における違法伐採を衛星で監視するというプロジェクトを行っています。

アマゾンは川と言ってもほぼ海みたいなもので、常に蒸気が出て、雲に覆われています。そのため日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した「ALOS」(エイロス)というSAR衛星を使いました。ブラジル環境省傘下の団体とデータ共有し、連邦警察に伝えて違法伐採者を取り締まる仕組みをつくり、一定の成果を得ています。

今回のプロジェクトで一定の手応えを得ましたので、今後の国際協力事業でも、継続的な衛星データの活用が期待できますね。

衛星ビジネスも国際協力も、点でなく「面」で捉えると大きく育つ!

白坂:我々は防災の専門家ではないので、例えば地震があったとして、どこを撮ればいいか判断がつかないんですね。そこはやはり専門性に応じた役割分担が必要なんです。そこで現在、防災科研との連携を進めています。

:僕らが衛星の専門家からデータをもらうと、いつも肝心なところが映っていない(笑)。災害を撮るなら、撮るべきタイミングで撮るべき場所を撮らなければ意味がないんですね。この「撮るべきタイミング」「撮るべき場所」をトリガリング情報と言い、それを提供できることが、防災科研が貢献できるところだと思います。

今後はコンステレーション(衛星群)の拡充で、発災時の素早い応急対応にもSAR衛星が使えるとなれば、これは非常に役立つと思いますね。

白坂:30基の衛星でコンステレーションを実現できれば、世界中どこでも2時間以内、日本国内なら平均1時間以内で撮像できます。目標はダウンロードも含めて2時間以内に、情報処理をした状態で、現場の方にお渡しすることです。

吉田:民間企業としては持続性も必要ですが、ビジネスとしてのSAR衛星事業の戦略をお聞かせいただけますか?

白坂:今はとにかくフィードバックが欲しいです。現場で使ってもらううちに、だんだんプロダクトが良くなり、他の場所で使う人たちにとっても使いやすいものになります。当社では衛星開発のチームのほかに、サービスのチームを置いています。

災害って、普通は「国」というレベル感で扱うもので、民間企業が直接売り込むのは難しい。そこで、防災科研やJICAといった公的機関に入ってもらうのですが、世界中で防災協力をしているJICAは心強いパートナーですね。

SynspectiveとJICAによるグアテマラでの実証実験の様子。

:ビジネスとしての継続性で言うと、アメリカだとこういうベンチャーのプロダクトを国がたくさん発注して買い上げるんですよ。すると企業は安心してどんどん作る。そういう循環を作ることで、アメリカでは民間企業が育ちながら、衛星技術を高度化しています。

例えばですが、日本で言うとJICA、ひいては外務省が、リアルかつ定期的にアップデートされる衛星情報を自前で持つことのメリットは大きいですよね。そういう形ができれば、日本の小型衛星コンステレーションのビジネスはグッと安定して、大きくなっていくのではないでしょうか。

吉田:ちなみに林さんに伺いたいのですが、JICAが国際協力をしているような国々は必ずしも予算が潤沢にあるわけではなく、自前の衛星を持っていない国も多いです。そうした国が予測力、予防力、対応力を強化するには、どうしたら良いと思われますか?

:実は地方自治体レベルでは、日本でも全く同じ状態なんですよ。それでも日本が防災で世界一だと言われているのは、地方自治体よりももっと大きな国や都道府県というユニットで情報を集めて、みんなに提供する仕組みがあるから。

そういう意味では日本の技術や知見を日本のためだけに行使するのではなくて、世界全体という大きな枠の中に日本の未来も位置付けるような、そんな視点が必要だと思いますね。

吉田:たしかに仰る通りですね。JICAでも、個別の課題は点としてやっていきつつ、面として俯瞰的に捉える方向にシフトしつつあります。ある国が困っているから何とかしなきゃいけないだけだと広がらず、ある意味マニアックになってしまうんですね。

白坂:ところでビジネスの話でもう一つ。今後、小型で軽量な人工衛星が増えて、安く衛星データを入手できるようになると、ユーザーのすそ野が広がり、みんながいろんな利用方法を考え付くようになります。

昔コンピュータが大きくて、スパコン(スーパーコンピュータ)しかない時代に、スパコンで家計簿をつけようと思った人はいなかったでしょう。でも、パソコンやスマホが安く入手できるようになると、家計簿に使う人たちが出てきた。衛星データが安くなれば、同じ現象が起こると思います。だからもっともっと世界中の人たちに衛星を打ち上げてほしいですね。

ビジネス的には自分たちの衛星データを独占的に使う方が良さそうですが、それって今のやり方ではない。みんながデータを使えるようにして市場を大きくしつつ、その中の一部のシェアを取る。その方が結果的に利益も増えて、自分たちのビジネスが回りやすくなるし、宇宙業界の発展にもつながると思っています。

吉田:お二人の「独占しないことで、結果的にいろいろ広がっていく」という話を聞いて、まさに我が意を得たりという気がします。

例えばチリで津波や地震があると、日本にも津波や地震が来るように、世界は全てつながっています。JICAではチリを中心に「防災人材」を2000人以上育てて、もっと増やそうと計画していますが、これはチリのためでもあり、日本のためでもあり、世界のためでもあります。点ではなく、グローバルアジェンダとして、面的に課題を解決する、あるいは多くの人に関心を持ってもらえる形にする。それが最終的にはJICAの目標である、「信頼で世界をつなぐ」ことになるのかなと思っています。

今回の、防災と宇宙という取り組みでは、特にこの考え方がしっくりきていて、今後もぜひこういった協力をやっていければと思っています。今日はありがとうございました!

 

株式会社Synspective
https://synspective.com/jp

防災科研(国立研究開発法人防災科学技術研究所)
https://www.bosai.go.jp/

JICA(独立行政法人国際協力機構)
https://www.jica.go.jp/index.html

「だから私たちは途上国の開発にたずさわる」――安田クリスチーナさんら、若者たちの大いなる挑戦とは!?

↑ルワンダの首都キガリに設立されたK-Labの様子

 

近年、よく耳にする言葉の1つに、デジタル技術により人々の生活をより良い方向へ変革させる「DX」(デジタルトランスフォーメーション)があります。実は先進国に限らず、DXを活用した途上国支援の動きも活発化しています。日本におけるその第一人者と言えるのが、メディアにも度々登場する安田クリスチーナさん。米マイクロソフトに勤めながら、米NGO InternetBar.org(通称IBO)のディレクターとして途上国や難民の支援を行っています。一方で、JICA(=国際協力機構)の赤井勇樹さんも、アフリカのルワンダでIT起業家のサポートに日々奮闘中です。立場や活動する国こそ違えど、同じ20代で「途上国の開発」という難題に取り組む、彼らのモチベーションや原動力は一体、どこにあるのでしょうか? お二人が在住する、アメリカとルワンダをオンラインでつなぎ、実際に現地での活動を通して感じる難しさや葛藤、やりがいなどを語り合っていただきました。

 

【profile】

安田クリスチーナさん

パリ政治学院主席卒業。2016年に米NGO「InternetBar.org」ディレクターに就任し、途上国における身分証明インフラを整備するデジタル・アイデンティティ事業を新設。2019年からは、並行して、マイクロソフト・コーポレーションIdentityアーキテクトとして分散型IDを含むIdentity規格の国際標準化に取り組む。2019年Forbes Japan 30Under30 に選出。2021年MIT Technology Review Innovators Under 35に選出。MyData Globalの理事や政府が主催する協議会の委員も複数務める。

 

赤井勇樹さん

1992年大阪生まれ。2016年JICA入構。大学院で医療工学の勉強をする傍ら、バングラデシュにて稲作農業機械の普及事業に関わる。その活動を通じて開発途上国での事業を担うJICAの存在を知り、入構を決意。入構後は東部アフリカ(ルワンダ含む)や南アジアでの農村開発事業などに従事し、2021年1月からルワンダ事務所に配属され現在に至る。

 

ともに実体験がきっかけで途上国支援に関わることに

赤井勇樹さん(以下、赤井):僕からみると、起業して途上国を支援するという選択肢もあったと思います。安田さんは、どうしてNGOを選んだのですか?

 

安田クリスチーナさん(以下、安田):利益を最優先するという考えがなかったからです。現地の人をエンパワーしたいならNGOだろうと。日本だとNGOの立場はあまり強くないと思いますが、海外、特にアメリカやヨーロッパでは、NGOはすごく重宝されていて、市民の声を汲み取って政治家や企業に届ける大事な役割を担っています。日本からすると“なんでNGOなの?”となりますが、海外にいた私からすると“やりたいことを成すならNGOが効果的だ”と考えたのです。

 

赤井:なるほど。NGOで始めた活動が途上国支援だった理由は何ですか?

 

安田:起点はクリミア出身の祖父です。私は日本で育ちながら、毎年クリミアに行く機会がありました。20数年前のクリミアはソ連崩壊により政治も経済も壊滅的な状態でした。ある時、祖父の家のバスタブに汚い水が溜まっていたので、小学生の私は日本の感覚で栓を抜いて水を流したんです。でも当時、水は1週間に1回出るか出ないかで、それが1週間分の貯水だったことを後で知って――。

 

当時、道路はボロボロでしたし、きちんとした医療も受けられない。日本の生活とはまったく違っていて、大好きな祖父が困っている姿を見て、“世の中間違っているんじゃないか”という疑問がわきました。そのあと、日本でもいろいろな支援活動をしていたのですが、その後、フランスの大学に行き、その思いが一層強くなりました。

 

赤井:私も今の仕事に就いたのは学生時代の実体験がきっかけでした。世界中をバックパッカーする中で、あるカンボジアの大学生と仲良くなったのですが、彼は、市販の飲料水のペットボトルに雨水を入れて道端で販売しているような怪しい水を買って飲んでいました。また、その際に彼から故郷の村で地域住人が慢性的な下痢に苦しんでいる話をしてくれました。この一連の状況に物凄い違和感を覚えて――。このエピソードには、彼の故郷の地域の公共水栓の水質、また下痢を患っている地域住人が適切な医療を受けられない環境、大学まで通った彼ですら認識していない衛生意識(正しく塩素消毒されていない水を飲んだりすることが下痢を引き起こすという意識)など、いろいろな側面での課題が集約されています。

 

これは単なるバックパッカーをしていた際のちょっとした一幕なのですが、この経験がきっかけに、広く開発途上国の複雑な社会環境・課題の解決に貢献できるような仕事についてみたいと考えた結論が、JICAでした。

 

デジタルIDの発行と普及に奮闘中

安田さんが現在、特に力を入れているのが「電子身分証明書事業」。日本人には想像しがたいですが、自身の信用力を証明する手段を持たない途上国の貧困層や身分証明手段を持たない難民は、例えば銀行口座の開設や保険の加入も難しいのが現状です。そうした社会の不公平をなくすために、現在、ザンビアとバングラデシュで、本人が本人であることを証明し、かつ自分の属性情報を管理できる、ブロックチェーン(※1)の技術を活用した分散型ID(※2)の発行を目指しています。

※1:暗号技術の一種。データが書き込まれているブロックを1本の鎖のようにつなげる形で記録。多数の参加者に同一のデータを分散保持させる仕組みのため、データの改ざんが困難

※2:自身の属性情報のうち、必要な情報を許可した範囲で連携し合う考え方。ブロックチェーンなどを使ったデータ交換により、プライバシーを保護して安全な取引が可能となる

 

赤井:ザンビアを選んだのには理由はありますか?

 

安田:ザンビアに限らず、途上国の支援は、現地で信頼できる人を見つけられるかが成功のカギだと思っています。元々、私が所属するNGOでは、難民や貧困層が自分の思いを自分で創る音楽にのせて発信するという活動をしていて、ザンビアの有名な音楽家とつながりがあったんです。その人に経験とやる気のある現地の方々を紹介してもらいました。結果的に順調に進んでいると思っていますが、アフリカ各国を調べて比較してから絞り込んだわけではありません。

 

赤井:具体的にはどんな取り組みをしているのですか?

 

安田:貧困層の生活を向上させようと思ったとき、その人の代わりにその人の生活を向上させることはできないですが、生活を向上させる機会へのアクセスは、誰もが公平に手に入れられるべきだと思っています。そのため、IBO Zambiaでは、生活を向上させる要素である、小口融資、太陽光発電・コミュニティが集まれる場所の建設・IT教育の提供に取り組んでいます。デジタルID事業は、私たちのクライアントが、IBO Zambiaで構築した信頼を可視化し、他の組織でもサービスを受けるときなどに利用可能にする大切なインフラです。途上国において、個人が自分でコントロールできるIDが必要な理由は、信頼を可視化するためだけではなく、身を守るためなのです。日本に住んでいると、翌日、政府のデータベースから名前が消されることもなければ、警察に突然逮捕される心配もありませんが、途上国ではその心配があります。

↑IBO Zambiaは、ザンビアの雇用問題を根本解決するための第一歩として、小口融資による金銭的な支援およびコミュニティ構築を行っている

 

赤井:とても興味深いです! 運営資金はどうしているんですか?

 

安田:NGOは常に資金難です。ファンディングや投資家を募ったりもしますが、私は現地に会社を作り、その利益をNGOの活動にまわしています。事業内容は洗車スタンドの経営。ザンビアは舗装道路が少ないので車がすごく汚れるんです。行列ができるほど需要が多く、結果的に現地の雇用を生むこともできています。

↑NGOの活動資金調達のため、ザンビアで始めた洗車事業の様子

 

ICT国家として注目を集めるルワンダ

赤井さんが担当するルワンダは、人口約1200万人、面積は四国の1.5倍ほどの小さな国です。資源が乏しいことから、地理的影響を受けにくいICT産業を経済政策として掲げています。JICAは2009年からICT政策アドバイザーをルワンダに派遣し、ICT政策の立案、オープンスペースの設立などを支援。2012年にはIT起業を促進するためにK-Labを設立、さらに2016年には市民工房であるFab-Labを設立しました。

 

赤井:ルワンダでは、政府のICT省と一緒にプロジェクトを遂行しています。そのうちの一つに現地のスタートアップ企業支援があります。多くのスタートアップ事業を喚起し、その人たちがきちんと事業を立ち上げ、事業を通じて現地の課題解決を行うこと、またそれだけではなく現地に雇用を創設することで、この国の経済に貢献することも大きな目的です。

 

安田:ルワンダ政府はどうしてそこまで力を入れるんですか?

 

赤井:この国には農業以外にこれといった産業も資源もなく、就業率も低いので、まず、この国の固有の産業を作らなければなりませんでした。その一つがICT産業であり、スタートアップ事業を喚起することによって出てきた若者をビジネスマッチングして、他国の投資家たちを集めようという考えです。

 

安田:アウトソーシングできるエンジニアをたくさん育てたいということですね。

 

赤井:ルワンダ政府は“アフリカのICTイノベーションハブ”になり、アフリカ各国のICT関連企業本社や、各国の優秀なICT人材がルワンダに集まることを目指しています。少しでもこの目標に貢献するためにJICAも様々な事業を行っていて、その一つに日本のICT企業とルワンダ現地企業とのビジネスマッチングをする機会があるのですが、そういった取り組みを通じて、まだまだ現地企業の技術も知識も、ビジネスを成立するまでに達していないと聞きます。現地企業側のビジネススキルも低いため、契約しても納期に間に合わなくてビジネスとして成り立たない例も。ただ、少しでもこういった状況を改善するために政府はインキュベーション・プログラムなどをたくさん実施して優秀な企業を育てようとしています。

 

アフリカとの文化の違いを痛感

安田:我々には難しい課題ですよね。どこまでが習慣や文化の影響だと思いますか? アフリカは、日本みたいにきっちり全部やろうという文化ではないですよね。 “やっておく”と言ったのに、“まぁまぁやっておいた”みたいな(笑)。

 

赤井:それが、ここアフリカ特有の仕事の仕方だと思います。それを変える前に、まずそれを理解しないと、アフリカでのビジネスを育てられないと、日々、実感します。例えば日本人的感覚では請求書や見積もりなど定型的な書類のやり取りが当たり前ですが、アフリカの人たちは、何の疑問も持たずに殴り書きのような書類を「WhatsApp」(LINEのようなSNS。アフリカではLINEではなくWhatsAppが主流)で送ってきます。

 

安田:確かに、WordやExcelを教えても紙を使ったり、フォーマット通りでなかったり。結局アナログというか、「伝わればいいじゃん」という感じはありますよね。だからこそ私は、彼らから学ぶことを意識しています。日本の常識ではなく、現地のロジックで説明してもらってから決断を下すことが大事だと思います。

 

赤井:彼らの働き方には彼らなりの理由があるわけですよね。WhatsAppでぜんぶ解決する、みたいなことも、ここの商習慣的なところでもあります。アポイントも経理もすべてWhatsApp。そうした背景もきちんと理解しないとついていけません。

 

そうしたうえでこの4年、JICAはICT省や現地のICT商工会議所などと一緒に若手起業家向けのインキュベーション・プログラムをに行い、これまでに約60社を支援しました。そのうち現在もビジネスを続けているのが半数近くの約30社。それなりの成果をあげています。しかし彼らから聞かされる課題があり、そこにはアフリカや小国特有の難しさを感じています。

↑起業家支援プログラムの様子

 

先に述べたようにルワンダは小さな国なので、さらなる事業展開を考えると国内市場だけでなくタンザニアやウガンダなど、周辺国への展開を考えなければなりません。しかし、そこには大きな壁が多数あり、その中でも大きく立ちはだかるのが言語の壁です。多くの起業家が最初は英語で製品やサービスを構築しますが、ルワンダ国内の地方へ展開しようとすると、なかなか英語ではサービスが普及できず現地語(キニヤルワンダ語)への変換が求められます。しかし、この言語はルワンダ国内限定なので、近隣国へ横展開しようとすると再度その国のローカル言語(タンザニアであればスワヒリ語)での再度のサービス構築が必要になります。これはスタートアップにとってはかなり大変な作業になります。

 

やはり、国ごとに言語が違うため、アフリカ大陸でビジネスをしようとすると、必ず言葉の障害が出てきます。一方で、海外の投資家たちは投資先の国内のマーケットサイズなどを見ながら各スタートアップ企業のポテンシャルを考えるので、そういった観点でもルワンダは他の国と比べても不利になります。

 

安田:言葉の壁は感じます。私は顧客の声を直接聞きたいタイプですが、現場の人たちは英語ができない場合が多いので、フィードバックを直接聞けないもどかしさがあります。翻訳をしてもらいながら話しても、私に気を遣って違うニュアンスを伝えられている感じもしたりします。

 

赤井:それは中間管理職的な人たちが、現場が何をいうか気にしながらコミュニケーションを取る傾向があるからですね。例えば現場レベルの人と会議をしたいと言っても、なかなか場を設定してくれず、設定されたと思っても想定していなかった先方のトップが同席したり、ということもよくあります。

 

安田:たぶん直接つなげてしまうと、自分たちでコントロールしないところでお金が動くという懸念があるんでしょうね。

 

行政サービスの5割が電子化

赤井:先ほどご紹介したように、これまでJICAは、現地生まれのスタートアップ事業が多数生まれるように、Fab-LabやK-Labといったイノベーション・スペースを作り、またインキュベーション・プログラムにより彼らが自主的に事業拡大・成長することを目指したエコシステムを作ってきました。そして今、現在政府と議論しているのが、政府の行政サービス電子化をさらにどんどん推進するようなプラットフォームを構築できないかというアイデアです。省庁が持っているデータベースをオープンソース化し、そのデータを基としたビジネスアイデアを現地のスタートアップなどの民間企業から募集して、よさそうなものに予算を付けてPoC(Proof of Concept/概念実証)をどんどん進めようというイメージです。

 

安田:日本の茨城県つくば市は、政府が触媒になって、場所、人、データなどを提供するスタートアップ支援を行っています。たぶんザンビアの場合は、さらに大企業とつなげてあげて、政府が触媒になりつつ、スタートアップが大企業からビジネススキルを伝授できるのなら意味がありそうだと思いました。

 

赤井:なるほど! 勉強になります。実はルワンダでは成功例があります。現在、この国の行政サービスの5割は電子化されていると言われていますが、いずれも政府発行の国民IDに紐づいて行われます。また、それら行政サービスの多くは「Irembo」というサービスプラットフォームが、一元的に市民向けインターフェイスとして構築されています。Iremboサービスは民間がサービス構築・運営しており、政府から委託を受けた形で運用されています。これはまさに行政サービス電子化を民間スタートアップが推し進めた好事例です。

 

変化の早さとポテンシャルの高さを実感

↑ザンビアで来年オープン予定のイノベーションセンター。その建設風景

 

赤井:やりがいという部分ではどうですか?

 

安田:ザンビアはシングルマザーが多く、失業率も高い。いまイノベーションセンターを来年の完成に向けて構築中なのですが、そういう意味では雇用を生み出せてよかったと感じています。洗車事業もそうですし、この1年半だけでも生み出した雇用は多く、その人たちに感謝されるとやりがいを感じます。また、日本の社会課題の場合は、根深かったり、隠れていたりしいて、明確な解決策を講じることが難しかったりしますが、ザンビアはじめ途上国の場合、先進国に比べてまだ課題がわかりやすく、解決策が打ち出しやすい。現地の人たちから得られる“幸せになるためにこれだけで足りるんだ”という感覚も新鮮です。同時に彼らのポテンシャルもすごく感じます。

↑安田さんのNGOでは、起業や生活困窮からの脱却のために低金利・無担保で少額融資(マイクロファイナンス)を実施

 

赤井:私もこの数年間関わっているだけで、人々の生活がどんどん変わっていることをルワンダにいて肌で感じます。例えば、街を走るバス料金の支払いが、日本でいうSuicaみたいな非接触式カードになりました。またコロナ禍の影響もあり、宅配サービスが爆発的に流行っています。モバイルマネーの普及率も5割を越えました。元々のサービスが十分でなかった分、ベターで安価なものが入るとすぐに浸透する、そのスピードの早さは実感できます。

 

安田:それはザンビアでも、バングラデシュでも同じで、途上国ならではですよね。

 

赤井:少なくとも政府の方たちは、この国をICTでどう変えていくのかをすごく議論しています。特に世代の若い人を見ると、別にDXとかそんな大きいことを言っているわけではなく、ICTというツールを活用して少しでも国の発展に活用しようという意識をもって働いている印象です。また、我々のような外からきた人に対しても、「一緒に課題解決をしていこう」とピュアに言葉をかけてくれることがよくあって、そういった小さなことの積み重ねが日々の仕事のやりがいにつながっていたりもしています。

 

5年後、10年後に望む途上国の姿とは

赤井:安田さんは人々をエンパワーしていきたいということですが、5年後、10年後のザンビアが、どういう形になっていたらいいなと思いますか?

 

安田:デジタルIDの力によって私たちのクライアントの信頼が可視化されて、より多くの機会にアクセスできるようになっている世界が見たいです。例えば、IBO Zambiaで小口融資を受け始めたクライアントが大手銀行から、より大きな額の融資を受けてビジネスを成長させたり、IBO ZambiaでITスキルを身に着けた若者がより高給な職に就くことができたりしていれば、幸せです。経営者の視点からすると、高コストなITインフラを導入しなくてもよいので、アフリカ中で展開可能だと思っています。そうなるためには、現地の人たちのIT知識が高まり、高性能な端末が普及してほしいです。スマホを保持していても、データが不足していたり、低性能だったりするという問題もあるので。

 

赤井:ルワンダでも同じ状況です。ただ、ルワンダはザンビアの少し先を行っていて、政府が主導で全世帯にスマートフォンを配布しようとしています。性能の問題はあるかもしれませんが端末を配布し、さらに4Gネットワークも国内全土に整備して国民全員がインターネットにアクセスできるようにするということを国として進めようとしています。

↑ITインフラの構築が進む、ルワンダの首都キガリの風景


安田:
国民全員とはすごいですね! 結局、IDのためのIDであってはいけないし、ITのためのITであってもいけないと思います。現地の若者がITの力で課題を解決できるようになるのは、おそらくよりスムーズなデジタル世界になってからだと思います。だから、対面で自分を表現するのと同じぐらい豊かにオンラインでも自分を表現できるような世界が、5年、10年後にできたら、みんなが幸せなんだろうなって思います。 

 

赤井:僕はルワンダでリアライズ(実現)したいことがまだ明確ではありません。ただ、ここ2、3年だけでもルワンダの生活は大幅に変わったので、5年、10年というスパンでは、とんでもなく変わるんだろうなと思います。特に、完成されている先進国ではなく途上国にいると、そういう部分はダイナミックに感じられる気がしていて。そういうものを感じるためにも、自分は今ここにいるんだと思います。

 

ニカラグアの巨大な湖の水をきれいにする!:日本の「琵琶湖」をお手本に「BIWAKOタスクフォース」が大活躍【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は中米・ニカラグアのマナグア湖の水質改善に向けた取り組みについて紹介します。

首都マナグアに隣接し、南北65km、東西25kmに広がる巨大なマナグア湖。先住民がつけたという「ソロトラン湖」という名称でも親しまれています(写真提供:マナグア市役所)

中米のニカラグアの首都・マナグアに位置するマナグア湖は、琵琶湖の2倍近い面積を有する巨大な湖です。湖の北にはニカラグアのシンボルともいわれるモモトンボ火山がそびえ、湖畔から雄大な景色を臨めます。
しかし、農業排水や工業排水、生活排水の流入で汚染された水は濁り、湖畔には大量のごみが打ち寄せられるなど、環境問題が山積しています。ここ数年、ようやく水質改善の兆しも見えていますが、地元の人たちは、汚れに目を背け、以前は近寄ろうともしませんでした。

そんなマナグア湖と共存するために、JICAニカラグア事務所は水質改善に向けた取り組みを始めました。その名も「BIWAKOタスクフォース」です。

(左)湖畔にはプラスチックボトルなどのゴミが浮かび、水質汚染が問題になっています
(右)マナグア湖畔の観光施設から臨むマナグア湖と船着き場

 

琵琶湖の経験を学び、ニカラグアで活かす

日本で湖沼環境開発といえば滋賀県の琵琶湖。「BIWAKOタスクフォース」の活動は、琵琶湖の総合的湖沼流域管理をモデルに検討し、タスクフォースのメンバーが滋賀県を訪問して琵琶湖の経験を学ぶことから始まりました。これらの知見をニカラグアの多くの産官学の関係者に伝えながら、マナグア湖の未来に向けて何ができるかを一緒に考えていきます。

2021年7月から8月には、公益財団法人国際湖沼環境委員会(ILEC)協力のもと、ニカラグアの産官学の関係者を巻き込んだ3回にわたるウェビナーを開催。ウェビナーでは、30年かけて実現した琵琶湖の持続的な利用と保全のノウハウ、そしてニカラグア事務所の活動目的を紹介し、35の機関を超える産官学の関係者が集まりました。

「毎回60名以上のウェビナー参加があり、答えきれないほどの質問が寄せられ盛況に終わりました。ウェビナーにより、多様なセクターから湖保全への関心を引き出し、一緒に活動を起こそうという機運が高められたことを感じました」

そう話すのは、JICAニカラグア事務所ナショナルスタッフのオマール・ボニージャさん。BIWAKOタスクフォースのリーダーです。ウェビナー実施のほか、現地コンサルタントとのマナグア湖汚染状況の調査や分析、ニカラグア国内の関係者との意見交換などを行うことで、マナグア湖の水質改善、保全、そして共存にむけた具体的な取り組みのイメージを作ることができました。

(左)ウェビナーでは、琵琶湖水質改善の経験を世界各地で伝えてきたILECの中村正久副理事長が熱心に情報を共有
(右)中村副理事長の話に聞き入るウェビナー参加者。多くはニカラグアの政府関係者でしたが、大手銀行やNGO等の参加もありました

 

次世代の子どもたちに環境教育—ニカラグア版『うみのこ』を実施。COP26でも紹介されました!

BIWAKOタスクフォースによる最初のプロジェクトは、マナグア湖保全のための環境教育です。マナグア湖周辺の観光エリアを担当する廃棄物処理関係者と小学校2校を対象に、ごみの正しい分別・廃棄方法の紹介、3R(注)の考え方を広げる活動を行い、マナグア湖周辺エリアの環境改善に取り組みました。日本でJICAによる3Rを含んだ都市の廃棄物管理研修を受けたマナグア市廃棄物統合処理公社の職員らとの協働企画です。

(注)リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の総称。リデュース(Reduce)は、ものを大切に使い、ごみを減らすことで、リユース(Reuse)は、使えるものは繰り返し使うこと、リサイクル(Recycle)は、使い終わったものをもう一度資源に戻して製品を作ること

 

この活動の一環で実施したのが、環境教育プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」です。滋賀県教育委員会のフローティングスクール関係者の協力を得て実施にこぎ着けました。

10月に実施されたこのプログラムは、滋賀県が小学5年生向けに琵琶湖で行っている「うみのこ」がモデルになっています。船で湖を移動しながら、湖に生息する生物や、水質汚染について学んでいきます。科学実験を取り入れた「ニカラグア版『うみのこ』」は、「自分たちの湖を守ろう」と思う心を子どもたちに伝えます。マナグア湖を舞台にした教育プログラムは、ニカラグアでは初の試みとなりました。

開催に向け、滋賀県で「うみのこ」を運営するフローティングスクールの先生方からは、プログラムの具体的な内容、子どもたちに楽しく効果的に伝える方法、科学実験の実践方法など、さまざまなレクチャーを受けました。並行して「BIWAKOタスクフォース」のメンバーとニカラグアの関係者がオンライン上で協議を繰り返し、試行錯誤を重ねて準備が進んでいきました。

(左)滋賀県「うみのこ」を運営するフローティングスクールの教師による実験デモンストレーション
(右)実験デモンストレーションの最後に「うみのこ」関係者と挨拶を交わすニカラグア関係者

 

「マナグア湖がとても素敵なことに気づきました。だからこそ、自分たちが湖の水をきれいにしないといけないし、ごみを捨てて湖を汚してはいけないと思いました」

「マナグア湖に住む微生物やバクテリアを顕微鏡で見られたのが面白かったです。自分たちが捨てたものが、マナグア湖の水に影響していることがわかりました」

「マナグア湖の中のプラスチックボトルやごみをとるキャンペーンをしたいです」

「ニカラグア版『うみのこ』」に参加した現地の小学生からは、こんな感想が寄せられ、ニカラグアの関係者の努力が実ったこと、「ニカラグア版『うみのこ』」が大成功だったことがわかります。

引率する教員は、「生徒たちは、家に帰って乗船学習の体験を家族や周りの人に話し、この経験を伝えていくでしょう。ニカラグアのすべての学校の生徒たちに、一生に一度はこの『うみのこ』を経験してほしいです」と語ります。

このニカラグア版『うみのこ』の活動は、2021年10月31日~11月12日かけて、英国グラスゴーで開催された「第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)」での気候変動対策のための教育活動を協議するセッションで、ニカラグアのミリアム・ロドリゲス教育相より、世界中に向けて発信されました。

環境プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」で、子どもたちは湖に生息する微生物を観察します

 

「うみのこ」で行われた実験の結果をまとめ、発表します。レクチャー形式ではなく生徒が主体的にかかわるプログラムは、子どもたちの好奇心をかき立てました

 

学習の舞台となったマナグア湖と遊覧船の前で生徒たちが記念撮影

 

マナグア湖を救うことは国全体の開発戦略につながる

「汚くてみんなから嫌われるこの湖が、いつか美しく生まれ変わって、子どもたちが泳いだり水が飲めるようになったりしたらおもしろくないかな?」

BIWAKOタスクフォース誕生のきっかけは、ニカラグア事務所の高砂大所長のひと言でした。
この問いかけに「何かできることがあるのではないか」と、オマールさんを中心に事務所全体で湖の水質改善の可能性について考え始めました。そのメンバーにより、BIWAKOタスクフォースが誕生したのです。

「私は子どもの頃から『マナグア湖は汚染されている』と聞かされ続けてきました。近年、ようやく湖水の汚染に歯止めをかけるための取り組みが進んできましたが、人が泳いだり、水が飲めたりするまでの回復を目指すことは、これまで考えたこともありませんでした」と言うオマールさん。

高砂所長から手渡された琵琶湖のさまざまな資料を読んだ際、「できるかもしれない」と意欲がわいたと言います。オマールさんにとって、「常に新たな取り組みに挑戦すること」が、高いモチベーションを維持する源です。そして、今後の計画について、次のように話します。

「近いうちに、ニカラグアの様々なセクターの関係者を日本に送りたいと考えています。琵琶湖の水質保全の事例を関係者に見てもらうことで、多くのヒントを得て帰国後に実践してもらいたい。マナグア湖を救うことは、マナグア市のみならず、国全体の開発戦略に関わることになると思います」

マナグア湖の前にBIWAKOタスクフォースメンバーが集合。左端がリーダーのオマール・ボニージャさん

「ニカラグアの特徴でもあり財産でもある湖と共存できるように、これからもBIWAKOタスクフォースでおもしろい取り組みにチャレンジしてほしいと思います。タスクフォースのメンバーとニカラグアの仲間が、ニカラグアの未来を担う子供たちのことを考えながら。 JICAのニカラグアへの協力は今年で30周年を迎えました。これまでの30年の繋がりを大切にしながら、ニカラグアの人々にとって大切なこと、必要なことに、素晴らしい仲間と一緒に取り組んでいきたいと思います」

ニカラグアに根を張り活動を続けるJICAのさらなるチャレンジを高砂所長はそう語りました。

 

“音楽と国際協力の意外な相関関係”とは? 最前線で活動を続ける斉藤ノヴさん・夏木マリさんと語り合います

「音楽」と「国際協力」って実は意外な共通点があるんです。音楽には、言葉や文化の壁を越えて人と人の距離を縮め、理解を深め、結びつける力があります。音楽は、国境を越えてお互いを支え合う「国際協力」にも大きく作用しているのです。

そんな「音楽」の持つ力を活かして、エチオピアなどで途上国の子どもたちへの支援を続けている斉藤ノヴさん、夏木マリさんと、「国際協力」に携わりながら、音楽を愛して止まない独立行政法人国際協力機構(JICA)の二人が、“音楽×国際協力”の深~い関係を、一緒に紐解きます!

写真右/(C)HIRO KIMURA

 

<この方にお話をうかがいました!>

写真/(C)HIRO KIMURA

斉藤ノヴ(さいとう・のぶ)さん
パーカッショニスト。1967年に京都から上京し、浜口庫之助「リズム・ミュージック・カレッジ」でリズム・レッスンを受ける。1970年に下田逸郎氏と「シモンサイ」を結成し『霧が深いよ』でレコードデビューを果たした。スタジオミュージシャンとしても大きな活躍を見せ、サディスティックス、松任谷由実氏、サザンオールスターズなど日本を代表するミュージシャンの作品に参加する。2011年、夏木マリ氏との結婚を発表した。現在、音楽活動と並行して、夏木氏と共に、途上国への支援活動「One of Loveプロジェクト」の運営を務める。

 


夏木マリ(なつき・まり)さん
歌手、俳優、演出家。1973年、歌手デビューを果たす。1980年代からは演劇にも幅を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。1993年からはコンセプチュアルアートシアター「印象派」のすべてのクリエイションを務める。2009年からパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)を主宰。2014年からは毎年秋に京都の世界文化遺産 清水寺でパフォーマンス『PLAY×PRAY』を文化奉納している(後述)。

 


小田亜紀子(おだ・あきこ)さん
JICA筑波次長。1990年代の前半に南米アルゼンチンに赴任して以来、2006年から3年半、中米ホンジュラス、2013年から約2年半、カリブ地域のドミニカ共和国と中南米カリブ地域に駐在。駐在しているなかでアルゼンチンタンゴ、ボレロ、フラメンコ、メレンゲなどに触れ、ラテン系の音楽に興味を持つ。以後、現在に至るまで、フラメンコの踊りと歌を続けている。

 


坂口幸太(さかぐち・こうた)さん
JICA中南米部 中米・カリブ課 課長。外国語学部ポルトガル語卒で2006年から5年の期間JICAブラジル事務所に駐在。自作曲を中心にしたバンド歴は約30年に及び、ボーカル、ギター、ベース、ドラムなどを担当。JICAでの「定時にカエラナイト」というイベントやTICAD(アフリカ開発会議)広報企画「Bon for Africa」の立ち上げメンバー。

 

ナイフやお皿が楽器に!? 「特別な準備」は一切要らない、生活のなかの音楽

音楽は世界共通のエンタテイメント。その音色一つで自然と人と人との距離を近づける不思議な力があります。そんな力は、地域の文化や価値観に寄り添い、共感を深めることが根底にある「国際協力」にもいい作用を生み出している?? まずは4人に共通してゆかりのある中米・カリブ地域のラテン音楽のお話から、音楽の力の不思議を探ります。ラテン音楽には、パーカッションが必要不可欠。斉藤さんとパーカッションの出会いから聞いてみましょう。

斉藤ノヴさん(以下、斉藤):パーカッションとの出会いは、歌に挑戦するため17歳で東京に出た後のことでした。上京して、作曲家の浜口庫之助先生が主宰するミュージックスクールに入ったんですけど、「お前、歌はだめだな……」って言われちゃいまして(笑)。そんな時、スクールに置かれたパーカッションに目が留まったんです。浜口先生はブラジルの文化に造詣が深く、コンガやボンゴをスクールに置いてありました。試しに叩いてみると、1つの楽器からいろいろな音が出てくる。その音で、季節感とか、温かみとか、寒さが表現できることに気づいたんです。それがおもしろくて、パーカッションに興味を持ち始めました。

小田亜紀子さん(以下、小田):そのときパーカッションを叩いたことが、すべての始まりだったんですね。

斉藤:そうです。ある夜、浜口先生がスクールに連れてきた「トリオ・パゴン」というブラジルの3人組が演奏会をしてくれることになりました。一人はパンデイーロ(皮付きタンバリンの打楽器)を持っていたけれど、ほかの2人は何も持ってない。するとその2人は、キッチンからフライパンとスプーン、洋皿とナイフを持ってきて演奏を始めたんです。

「コンチキコンチキコンチキコンチキ……」

彼らは、波打った洋皿の縁をナイフで擦ったり、フライパンとフローリングの床をスプーンで打ったりしながら音を出してリズムを作っていきます。それを見た時、「なんでも楽器になるんだ!」って、強烈なカルチャーショックを受けたんです。

小田:素敵な演奏会ですね! 私は、カリブ地域のイスパニョーラ島が発祥の音楽が好きで、よく聴いてはいたのですが、実際にイスパニョーラ島に行って驚きました。現地の人たちにとって、音楽や踊りは“挨拶”。イベントを開催するときは、かしこまった挨拶から始めるのではなく、まずはみんなで踊って「さあ始めよう!」と雰囲気を盛り上げるんです。音楽や踊りが特別なものではく、“生活の一部”だというのが印象的でした。

↑JICAのイベントでドミニカ共和国の国旗カラーの衣装をまとい踊りを楽しむ女性たち

 

ラテン音楽の魅力と、音の先に見えてくる生活と文化

斉藤:ラテン音楽といえば、ぼくは過去に、ラルフ・マクドナルドというパーカッショニストと対談しました。彼はカリブのトリニダード・トバゴ共和国(以下、トリニダード・トバゴ)の血をひいていて、同国発祥の「ソカ」(ソウルとカリプソが混ざった)というリズムでニューヨークのミュージックシーンに新しい風を送り込んだ人物なんです。

マリさんとトリニダード・トバゴへ行ったとき、現地の「ソカ」のリズムに感動しました。その彼が亡くなったので「ソカ」のリズムを継承しようと、曲の中に取り入れたりして、新しいラテン音楽のリズムになればと演奏し続けているんです。

↑「パーカッションは、叩くことで子どもから大人までみんなが楽しい時間を共有できる。それは世界共通です」と、斉藤さんはパーカッションの魅力を話してくれました

夏木マリさん(以下、夏木):実は私たちがトリニダード・トバゴに行ったとき、カーニバルの真っ最中だったんですよ。

斉藤:空港に降り立ったら、もうみんな踊ってたよね!

夏木:ホテルでは踊りながらチェックインしたりして(笑)。みんながカーニバルを楽しんでました。私は、トリニダード・トバゴで初めて本物のスチールパン(スチールドラム)に出会ったんです。全部手作りで、音楽を奏でて、大勢でパレードする。すごい迫力でしたよ。

↑トリニダード・トバゴで現地のミュージシャンと演奏を楽しむ斉藤さん
↑トリニダード・トバゴのカーニバルは世界三大カーニバルのひとつとして知られ、街中が熱気に包まれます

 

坂口幸太さん(以下、坂口):私は、JICAの仕事で5年間、南米のブラジルに駐在していたのですが、実はそのとき、リオのカーニバルに出演したんです。

斉藤・夏木:それはすごい……!!

坂口:夜の10時に始まって朝の5時に終わる、大興奮の2日間でした。ブラジルで感じたのは、音楽から派生する踊りが国のナショナリティを高めていることです。ひとりひとりが音楽のある暮らしを大切にし、その結果、生活に音楽や踊りが根付いているのが中南米やカリブ地域に共通する点ではないでしょうか。

↑ブラジリアの坂口さんの自宅にて。人が集まれば毎回セッション
↑海外で体験したエピソードの話では、それぞれが当時の情景や気持ちを思い出し、終始盛り上がりました

 

大切なのは、未来を担う「子どもたちの可能性にアプローチ」すること

坂口:音楽が生活に根付いていて、媒体として人とのつながりが密になる関係性って、国際協力に似ているんですね。私たちが担当する中米・カリブ地域は、素晴らしい音楽や踊り文化を生み出していますが、一方で深刻な社会課題も抱えています。現地には大きな経済格差が存在し、教育を受けられない子どもたち多く、また教育の質にも問題があります。その改善に向けて私たちは、中米地域で算数教育改善のための事業を30年にわたり行ってきています。

斉藤さんと夏木さんが、エチオピアの子どもたちの教育と、女性達の雇用環境整備を支援する「One of Loveプロジェクト」を始めたのには、どのようなきっかけがあったのですか。

↑エルサルバドルで実施しているJICAの算数教育のプロジェクトでは、算数の教科書を開発しています。写真は小学校での教科書授与式の日の様子。教科書を手に涙を浮かべて喜ぶ生徒もいました

 

夏木:私は、もともと個人で途上国のチャイルドスポンサーをしていました。いつか子どもたちに会いに行きたいなと思っていたら、ノヴさんが「ぼくの楽器と君の歌で子どもたちに音楽を届ける旅をしてみようよ」って誘ってくれたんです。

旅先のエチオピアでは、貧困により学校へ行けずに働く子どもたち、教育を受けることもなく、子どもの頃から働き続けてきた女性たちに出会いました。それは、日本で暮らし当たり前のように学校教育を受けてきた私にとって、途上国の現実と向き合う衝撃的な出会いだったんです。

帰国後、ノヴさんや友人たちと話し合い、「One of Loveプロジェクト」を立ち上げました。日本でオリジナルのバラ「マリルージュ」の生産と販売を開始。バラの収益の一部とGIGの収益で、エチオピアの貧困にあえぐ子どもと女性たちを対象とした支援活動をしています。

活動開始直後の2010年、さっそく子どもたちにパソコンや文房具を寄付しました。その翌年、日本では東日本大震災が起きます。すると、エチオピアの子どもたちがパソコンを使って、「今年はぼくたちへの支援はいらないから、日本のみなさんを支援してください」というメッセージを送ってきてくれたんです。1年前は字の書けなかった子どもたちが、大きな成長を遂げたことを実感できて、すごくうれしかった。

↑斉藤さんと夏木さんが楽器を持って旅に出たのは2008年。「エチオピアで1個の愛を見つけた」という意味で「One of Love」と名づけたそうです

 

小田:子どもたちの可能性にアプローチし、その成果まで感じられる素晴らしいお話ですね。

私は、中米のホンジュラスにいたとき、貧困地域の女性の起業を支援するプロジェクトに携わっていました。ホンジュラスの地方の貧困地域では、女性は教育を受けず家庭を守ることが当たり前で、とても遠慮がちです。私たちのような外国人と普通に話したりすることも怖い、といった様子でした。でも、プロジェクトに関わり、自分でお金を稼ぐという経験を積んだ女性は自信をつけて行動的になり、表情まで輝いていくのが印象的でした。

↑ホンジュラス・貧困地域の女性たちがペーパークラフトを製作する様子を見学。小田さんは写真中央
↑ホンジュラス・誇りと喜びにあふれた表情で堂々と写真に納まる貧困地域の女性たち

夏木:よく分かります。私もエチオピアで小田さんと同じ体験をしました。

エチオピアでは、貧困家庭の女性の多くがバラ園で働いています。彼女たちと話してみると、バラは“ただの農作物”という認識で、嗜好品として出荷されていることを知りませんでした。私が、バラが人の心を潤わしたり、慰めたりしてくれる素晴らしい花であることを伝えると、彼女たちの表情が明るく変化していったんです。

私は彼女たちに、誇りを持って仕事をしてもらいたい。バラを育てることが、みんなを幸せにする仕事であることをこれからも伝えていきます。

小田:女性たちが誇りを取り戻す瞬間を目の当たりにしたエピソードですね。

↑エチオピアのバラ園で働く女性達は子どもの頃に教育を受けられなかったため、字が読めません。仕分け作業をする際は、長さの異なるバラの絵が描かれた壁に収穫したバラを当てて長さを測ります

 

アートのチカラが新しい「行動」の原動力になる

夏木:「One of Loveプロジェクト」の一環として、11月28日に京都の清水寺で舞踏奉納『PLAY×PRAY』を行う予定です。このパフォーマンスを通して「One of Loveプロジェクト」を知り、途上国の現状に触れるきっかけにしていただければと考えています。

↑『PLAY×PRAY』は、夏木さんとパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)の舞踊と、清水寺・執事補 森清顕師の声明とのコラボレーションによる文化奉納

 

坂口:JICAでも、アートを媒介した国際協力ができると考えています。それはアートには「伝える力」「共感を呼び起こす力」があるからです。たとえば、いろいろなアーティストを開発現場にお招きして、技術移転の方法や、広報の仕方にアーティスト独自の視点・思考でアドバイスをしていただく。さらに、アーティストの皆さんが現地の情報や体験を日本に持ち帰り、発信することでより多くの人が国際協力に関心を持つ。そんな循環が生み出せればと。2019年に横浜で開催されたTICAD7(第7回アフリカ開発会議)の際に立ち上げたBon for Africaというイベントはまさにその好事例でした。そして次のTICAD8 (2022年8月チュニジアで開催予定)においてもこのような共感を呼び起こせるイベントができないかと考えているところです。

「BON for AFRICA」特設サイト
http://bon-africa.org/

日本舞踊を通した日本とアフリカの異文化交流の音楽映像作品「BON for AFRICA」
https://youtu.be/3r4P1S8i1yM

 

夏木:おもしろいアイデアですね! 「One of Loveプロジェクト」は、2年前に千駄ヶ谷小学校とエチオピアの小学校で生徒同士の絵の交換をしてもらうという取り組みをしました。絵のテーマは「お友達」。エチオピアの子ども達は色鉛筆を持っていないから、私たちが寄付した鉛筆で真っ黒な絵を描くんです。「お友達」というテーマに対して、牛を描いてくる子もいました。千駄ヶ谷小学校の校長先生は、生徒達が絵の交換を通して、その国の環境や習慣、価値観の違いを知る機会になったと喜んでくださいました。

↑右側下段がエチオピアの小学生の作品。「One of Loveプロジェクト」は、絵を通じた子どもたちの国際交流をサポート
↑絵に描かれたモチーフから、お互いの国の文化や生活の様子をうかがい知ることができます
↑夏木さんが千駄ヶ谷小学校を訪問。「今後も日本の子ども達が途上国の様子を知る機会になるような活動を続けていきたい」と話してくれました

小田:絵の交換の話はとても興味深いです。感性の違いにお互い驚いたでしょうね! 子どもの頃にそういった経験をすると、視野が広がっていくのではないでしょうか。私が今いる日本国内のJICAのオフィスでも、学校の生徒さんに来てもらい、海外協力隊の体験や開発途上国のことに触れてもらう機会をご提供しています。

坂口:音楽や踊り、美術などのアートを入り口にして国際協力に関心を持ってくださる方はたくさんいると思います。その入り口の灯りが消えないように、私たちも火を灯し続けていければいけません。

斉藤:ぼくはマリさんと一緒に海外を旅して、音楽や踊りでみんなが笑顔で時間を共有する体験をしました。そんなふうに、笑顔でみんなの日常や将来が充実していくよう、「One of Loveプロジェクト」を続けるのがぼくたちの宿命かな。

夏木:海外の支援をしていると、「日本も自然災害で毎年のように被害を受けているのに、どうして海外の支援を?」というご意見をいただくことがあります。でも、たとえば、自然災害の原因の一つには地球温暖化という課題があります。地球温暖化は、一国だけではなく世界中の国々が共に取り組むことで初めて改善できるもの。自分たちが大変な時こそ、問題の本質に目を向けて地球規模で考える視点を持てればいいですよね。

小田:お二人のお話から、なにか一つでも行動を起こして、動き続けることの大切さを感じました。
今日はありがとうございました。いつかぜひ、私たちの現場にも来てください!

↑斉藤さん・夏木さんのお話から多くの学びが得られました

 

■11月28日に夏木マリさんの京都・清水寺での舞台奉納をYouTubeにて配信!

「『One of Loveプロジェクト』の活動に対して賛同いただき、京都の清水寺で開催している舞踏奉納の『PLAY×PRAY』は、今年で8年目になります。アーティストたちの力を借りて、多くの人たちに『私たちは動いている』ということをお伝えしたいです」(夏木さん)

NATSUKI MARI FESTIVAL in KYOTO 2021『PLAY × PRAY』第八夜
■日時:2021年11月28日(日)20:45配信開始(21:00より奉納パフォーマンス)
■配信: 夏木マリ公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/c/marinatsukiofficialchannel

 

10月9日、10 日開催決定!「グローバルフェスタJAPAN2021」:「多様性あふれる世界」について考えてみませんか?【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は10月9日(土)、10日(日)の2日間の日程で開催される「グローバルフェスタJAPAN2021」でJICAが主催するイベントについて紹介します。

30周年を迎える国内最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2021」の今年のテーマは、「多様性あふれる世界 〜思い描く未来を語ろう〜」。

国際協力にかかわる政府機関、NGO、企業などがさまざまな取り組みを紹介するこのグローバルフェスタJAPAN。JICAは今回、藤本美貴さん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、優木まおみさんら、多彩なゲストとともに、途上国の食や栄養、ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメント、Z世代と考える途上国でのビジネスチャンスについて、トークショーや参加型ワークショップを実施します。

藤本美貴さん(左)、教育YouTuberとして人気の葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)など、多彩なゲストが出演します

 

今年はオンライン&会場のハイブリット形式で開催

昨年は新型コロナの影響で中止となってしまった「グローバルフェスタJAPAN」ですが、今年はオンラインと会場(東京国際フォーラム ホールE2)での2つの参加形式から選べるハイブリット型で開催。オンラインも会場での参加もすべてのイベントが参加無料です。

東京国際フォーラムへはこちら
https://www.t-i-forum.co.jp/access/access/

オープニングには、なんと人気抜群のお笑い芸人、ミルクボーイが登場!元サッカー日本代表の中村憲剛さんによるトークショーなど、楽しく国際協力について学べる2日間です。

ミルクボーイ(左)と元サッカー日本代表の中村憲剛さん(右)も登場

公式プログラムはこちらから
グローバルフェスタ2021公式サイト

そんな盛りだくさんのプログラムからJICAが主催するイベントを紹介しましょう!

 

藤本美貴さんと世界の食や栄養の課題について考えよう

■10月9日/11時15分~
「みんなの栄養」を覗いてみよう!~世界の学校給食から見える未来~

会場:東京国際フォーラム ホールE2
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/BrXKQWVrmow


J-WAVEナビゲーターのnicoさんがMCを務め、タレントで3児のママでもある藤本美貴さんと途上国の学校給食の現場を通して、世界の子どもたちの食や栄養に関する課題について考えます。

世界では8億人が飢餓に苦しみ、20億人が肥満であると言われています。世界の栄養課題の現状や、途上国におけるJICAの学校給食を通じた取り組みを、JICA国際協力専門員の野村真利香さんに聞きます。

マダガスカルの小学校で給食を楽しむ子どもたち

 

未来を担うZ世代と探る途上国でのビジネスチャンス

■10月9日/14時15分~
イノベーションで世界の課題を解決! Z世代と考える途上国の可能性

※YouTubeライブ配信によるオンライン開催のみ
 
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/zeWE194Oli0
 
Z世代とは、1990年代後半から2000年代前半に生まれた世代で、デジタル機器の扱いにも慣れたデジタルネイティブとも呼ばれています。そんな若者たちと革新的な発想で途上国の社会課題を解決していく道筋を一緒に見つけていきませんか!

SDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さんやJICAアフリカ部次長・若林基治さんはじめ、日米で活躍する起業家らと一緒に、リアルな現場の声を聞きながら、世界の課題解決を図るビジネスに向けたヒントが得られるかも?

MCを務めるSDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さん(左)のほか、日本企業のアフリカ事業展開や進出支援を手掛ける株式会社SKYAH CEO、ガーナNGO法人MYDREAM.org共同代表・原ゆかりさん(中央)や、日本で4社、シリコンバレーで1社を起業した株式会社ユニコーンファーム代表取締役社長・田所雅之さん(右)らが参加します

 

中高生の皆さん限定! JICA海外協力隊員が体験した世界について聞いてみよう

■10月10日/10時30分~
【中高生対象ワークショップ】多様性あふれる世界を目指そう-JICA海外協力隊が見た世界-

※Zoomによるオンライン開催のみ
※先着順・定員制。事前申し込みが必要です

申し込み先
https://www.jica.go.jp/hiroba/information/event/2021/211010_01.html

世界各国の途上国で約2年間、現地の人々と一緒にさまざまな課題に取り組んだ3人のJICA海外協力隊が中高生のみなさんに体験談を話します。

「派遣国で経験した様々な違いや、価値観を揺さぶられた時の体験を共有します。楽しみながら多様性あふれる世界について考えてみましょう!」と言うのは、モンゴルでの経験を語ってくれる岡山萌美さん。現在、JICA地球ひろばで地球案内人を務めています。

そのほか、ウズベキスタンで青少年活動に携わった鈴木早希さん、ザンビアに体育隊員として派遣された野﨑雅貴さんのお二人にも、どんな活動をしていたのか伺います。見逃しなく!

JICA海外協力隊の活動の様子。ザンビアの中高生にサッカーを指導(左)、ウズベキスタンの学校では書道の体験クラスを実施(右)

 

女性や女の子が自分らしく輝ける世界を目指そう

■10月10日/14時~
「多様性あふれる世界」とは? 国際ガールズ・デーの機に考えてみた。

会場:東京国際フォーラム ホールE2

視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/_yBUeSGpVDo

10月11日は、国連が定めた「国際ガールズ・デー」。男の子に比べて不就学率が高く、若年での強制的な結婚や、貧困などの困難な状況下、自分の想いや夢を描けない世界中の女の子たちを力づけようと2012年に制定されました。

女の子だからというだけで学ぶ機会を奪われてしまうという現実が途上国にはまだ存在していることを知っていますか? そんな国の一つがパキスタンです。

今回、遠くパキスタンからオンラインで参加するのが、現地で約12年間にわたり子どもや若者の学びに携わってきたJICA大橋知穂専門家です。ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、教員免許を持つタレントの優木まおみさんと一緒に、女の子と男の子も関係なく、いつでも、どこでも、誰でも、学ぶことができる世界について、想いを語ります。

MCを務めるジェンダーやダイバーシティ関連の公職にも就任しているジャーナリストの治部れんげさん(左)、登録者数156万人を誇る人気教育YouTuberの葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)

 
JICAは、パキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できるよう「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。そんなノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所、公立学校、働く場所など様々な場所で行われています

 

母に届けるオリンピックへの思いーー南スーダン陸上選手・アブラハムの決意 特別マンガ連載「Running for peace and love」第3回

現在開催中の「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えながら、この日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいます。GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積んできた南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

【前回を読む】※画像をタップすると閲覧できます。一部SNSからは表示できません。

連載一覧はこちら

 

南スーダンで「平和と結束」をテーマとした全国スポーツ大会、「ナショナル・ユニティ・デイ」が開催。アブラハム選手はナショナル・ユニティ・デイを通して、民族の壁を越えた平和への一歩を体感しました。同時に、自身のアスリートとしての力に自覚を持ち、さらに大きなステージを駆け上がっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京2020オリンピック代表に選出されたアブラハム選手。今回の物語を補足する情報を追っていきましょう。

 

アブラハム選手とオリンピック

 

第1回、第2回ナショナル・ユニティ・デイ(NUD)と好成績を残したアブラハム選手は、おのずとオリンピック出場を目指すようになりました。第1回・2回NUDの結果を踏まえ、オリンピックチームが形成されてアブラハム選手以外の候補選手も集められたそうです。その後、アブラハム選手含む3名のオリンピック候補選手と1名のパラリンピック候補選手が、事前合宿で日本入りすることとなりました。その先のお話はまた次回描いていきたいと思います。

 

南スーダンとオリンピック

映画「戦火のランナー」場面写真より (C)Bill Gallagher

 

南スーダン共和国が、オリンピックに初参加したのは2016年開催のリオ・デ・ジャネイロオリンピックになります。2015年6月に南スーダン五輪委員会が設立、同年8月に国際オリンピック委員会に加盟承認されました。

 

しかし出場までの道は険しく、開催まで3か月を控えている時点で候補選手の多くがオリンピック出場資格を得ていませんでした。そのため、オリンピック出場資格を得るための国際試合への選手派遣を至急行っていくことに。そして、2016年6月の南アフリカの陸上競技会が最後のチャンスであることがわかり、選出選手たちが参加することとなったのです。結果的には、特別枠で男女1名ずつの選手参加が陸上競技で認められることになり、さらに、マラソンで国際大会に出場していた南スーダン選手の参加が認められ、計3名の出場が認められることになりました。

 

そのような経緯でリオオリンピックにて初参加となったわけですが、実は2012年のロンドンオリンピックでも「南スーダン出身」の選手が参加していたのです。2021年6月に日本でも上映されたドキュメンタリー映画『戦火のランナー』では、スーダン共和国時代に戦火の中で苦難から脱出してアメリカへ移民した「グオル・マリアル」選手が、ロンドンオリンピックに出場するまでの顛末が描かれています。

 

南スーダンの独立が2011年7月、ロンドンオリンピック開催が2012年7月と、独立して間もない1年の中で国内オリンピック委員会を設立することが叶わず、グオル選手は「南スーダン共和国代表選手」としては出場できないことになってしまったのです。しかし「スーダン共和国代表」としての出場なら叶うという状況。国を背負って走るオリンピック大会において、とても重要な決断をグオル選手はしていくわけですが、そのような背景の中で、南スーダン出身の選手がロンドンオリンピックにも出場していました。

 

そのロンドンオリンピックからリオオリンピック、そして今年の東京2020オリンピックと、南スーダンはNUDなどのスポーツ施策に注力することで着実に世界的な選手を輩出する環境を整えていっていることがわかります。

 

次回は、日本にやってきたアブラハム選手たち南スーダン代表選手団が、どのような暮らしをして、どんな思いを抱えながらオリンピックへと挑んでいくのかご期待ください。

 

特別マンガ連載「Running for peace and love」一覧はこちら

 

 

●映画『戦火のランナー』クレジット

監督・プロデューサー:ビル・ギャラガー

脚本・編集:ビル・ギャラガー、エリック・ダニエル・メッツガー

配給:ユナイテッドピープル 宣伝:スリーピン

2020年/アメリカ/英語/88分/カラー/16:9

この国は変われるかもしれないーー南スーダン陸上選手・アブラハムの大きな転機「国民結束の日」 特別マンガ連載「Running for peace and love」第2回

現在開催中の「東京2020オリンピック・パラリンピック」。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たちが様々な思いを抱えつつ、この日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいます。GetNavi webでは、2019年11月から群馬県・前橋市でトレーニングを積んできた南スーダン代表選手「グエム・アブラハム」選手の半生を追ったマンガ連載「Running for peace and love」を掲載しています。

 

【前回を読む】※画像をタップすると閲覧できます。一部SNSからは表示できません。

 

少年時代のアブラハム、そして南スーダン共和国に訪れた新たな転機--「ナショナル・ユニティ・デイ」。今回は、初めてのスポーツ交流とアスリートとしての自分の才能に向き合う、アブラハム選手の様子を描いていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

民族の壁を越えて「平和と結束」を体感したアブラハム選手。ここからは、よりマンガを楽しむための情報をご紹介します。

 

アブラハム選手とナショナル・ユニティ・デイ

JICAウェブサイト『南スーダン・アブラハム選手が自己ベスト更新で新記録達成!:「前橋市、横田真人コーチ…スポーツを通じた絆、互いを思いやる心を記録と共に母国へ」』より転載

 

作中で描かれた通り、アブラハム選手にとってナショナル・ユニティ・デイは大きな意味を持つ出来事です。第1回ナショナル・ユニティ・デイでアブラハム選手は、1500mで4分8秒33という記録で2位、800mにも出場して2分1秒49で1位と好成績を獲得。その成績をもって自身の才能を実感できたことはもちろんですが、それ以上にナショナル・ユニティ・デイ本来の目的である「民族間の交流」をアブラハム選手もその身で体感したことが、彼がアスリートへの道を進む大きな要因となっていくのです。

 

第1回ナショナル・ユニティ・デイ開催に至るまで

写真提供:久野真一/JICA

 

第1回ナショナル・ユニティ・デイ(以下、NUD)は、日本のJICA協力のもと2016年1月に開催に至りましたが、その道は決して楽なものではありませんでした。当時の南スーダンは、IGAD(政府間開発機構)による和平交渉の結果、2015年8月に和平合意が締結されることになりますが、この合意はキール大統領側が一度署名を拒否するなど、まだまだ本当の意味での和平には遠い状況でした。このような混迷が深まる中で、第1回NUDが開催されることになったのです。

 

スーダン共和国時代に、NUDのモデルとなる全国スポーツ大会が存在していましたがそれも数十年前の話。あらためて、ほぼ一から南スーダンの「文化・青年・スポーツ省(現青年・スポーツ省)」とJICAで全国規模の国体開催を目指すことになります。しかし、各地で戦闘が繰り返されている中で、全国から選手団を派遣できるのか、各州は選手たちの渡航費をねん出できるのかなどの様々な課題がありました。

 

作中でも描かれている通り、会期中の競技場の整備など環境を整えるのにも尽力しています。選手の宿泊所として使われた「ロンブール教員養成校訓練所」も、当初は水回りや電気の修理が必要であったり、隣接するグラウンドが雑草に覆われており整備が必要であったりという状況だったようです。会期中、宿泊所では州や民族に関係なく、人と人とのつながりが持てるように、部屋割りや食事場所なども、否応なく話せる空間としています。その取り組みは、現在でも継続しているそうです。

写真提供:久野真一/JICA

 

アブラハム選手がアスリートを自覚する大きな一歩となったNUDは、南スーダンにとっても多くの課題をクリアして現在も続く大事なステップなのです。次回、アスリートとしての才能とも向き合った彼のもとにまた一つ大きなチャンスが舞い降ります。そう、オリンピックです。南スーダンから世界へ、アブラハム選手がどのように羽ばたいていくのかお楽しみに。

 

元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん、ブラインドサッカー®の魅力を再発見! 障害、出身、言語など違いがあっても全員がフェアなスポーツの力で社会を変える

↑子どもたちを指導する元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん

パラリンピック正式種目の「5人制サッカー」をご存じですか?

5人制サッカーの別名は、「ブラインドサッカー」。視覚障害者が中心となって行う競技で、相手ゴールにボールを入れて得点するというルールはサッカーと同じです。大きく異なるのは、アイマスクで視界を遮り完全に見えない状態にすること。音の鳴るボールや、案内役(ガイド)の声などの“音”を頼りにプレーします。

このブラインドサッカーをテーマに、JICAとWEB漫画サイトの「コミチ」が協同で企画した漫画コンペで最優秀賞受賞作品として輝いたのが『エブリシング イズ グッド!』。パラリンピックの開催を機に、視覚障害がある方も同様に楽しめるように音声解説付きのコミック動画になりました。

このコミック動画の完成を機に、盲学校の先生として動画に登場するJICA国際協力推進員の羽立大介さんと、元サッカー日本代表で、現在は、障害者支援の活動に奔走する巻 誠一郎さんの対談が実現しました! スポーツを通じて「多様な人を受け入れる社会」をつくりたい――。そんな共通の想いを持つ二人が熱いトークを繰り広げます。

<作品紹介>
『エブリシング イズ グッド!』作:いぬパパ

▼音声解説付きのコミック動画はこちらから

▼原作漫画はこちらから

<この方にお話をうかがいました!>


巻 誠一郎(まき・せいいちろう)
2006年サッカーW杯日本代表。2018年に現役引退し、少年サッカースクールで指導者を務めるほか、放課後等デイサービスセンター事業、就労継続支援A型施設(障害者の農業就労支援)の開設などに携わる。2019年には、JICAインドネシア事務所と共に、インドネシアの震災復興支援にかかわった(https://www.jica.go.jp/topics/2019/20191017_01.html)。現在は、「障害×アート」で、行政や支援に頼らない仕組みづくりを進めるなど、地元の熊本を拠点に社会貢献活動に尽力している。
巻さんが代表を務める「NPO法人ユアアクション」(https://youraction.or.jp/

羽立大介(はだて・だいすけ)
大学卒業後、重度の知的障害を有する人の入所施設で生活支援員として勤務。2018年~2020年、JICA海外協力隊の障害児者支援隊員として西アフリカのガーナ共和国に赴任。配属先の盲学校ではICTや体育の教員として活動しながら、ブラインドサッカーの指導普及に取り組む。2020年7月からは、地元の広島県で、JICAの国際協力推進員として活動中。

 

↑今回の対談はオンラインで実施しました

視力に違いがあっても全員がフェア! ブラインドサッカー®のルールで障害によるギャップを埋める

巻 誠一郎さん(以下、巻):『エブリシング イズ グッド!』を拝見しました! ガーナの溶接業者にゴールポストの製作を依頼するところから始めた活動が、ブラインドサッカーの上達によって子どもたちの自己肯定感を高める結果につながったというのが素晴らしいですね。羽立さんは、そもそもどうしてガーナへ行かれていたのですか?

羽立大介さん(以下、羽立):ぼくがガーナへ渡ったのは、JICAの海外協力隊に応募して合格したからなんです。当時、大学で取った社会科の教員免許を生かして教職に就くことを考えていました。でもその前に、教科書に載っている途上国の様子を自分の目で見たかった。大切なことは、自分の経験を通して生徒に伝えたかったんです。

赴任した盲学校には、全盲(※1)と弱視(※2)の子が通っていて、ぼくは教員として主に体育の授業を受け持っていました。赴任後、さまざまな生徒たちを観察するうちに、全盲と弱視の子に活躍の差があることに気づき始めたんです。

※1:「全盲」視力がまったくなく、目が見えない状態
※2:「弱視」なんらかの原因で視力の発達が妨げられ、眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても視力が十分に出ない状態。視力の弱さや見えにくさは人により異なる

巻:それはどのような差ですか?

羽立:クラスで中心的な役割を担ったり、スポーツ大会で目立ったりするのは弱視の子。全盲の子は活躍する弱視の子の後ろで常に控えめにしています。「障害の軽重により生まれるギャップを埋めることはできないだろうか……」と考え、始めたのが放課後のブラインドサッカークラブでした。

↑『エブリシング イズ グッド!』に登場する、ブラインドサッカークラブ初期メンバーの2人。右の男の子がダニエルくん

巻:そのような経緯だったのですね。たしかに視力に違いがあっても、ブラインドサッカーのルール上は全員フェアになる。

羽立:そうなんです。ブラインドサッカーは、ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤーは全員アイマスクを着用して視界を閉ざします。その分、ボールから鳴る「シャカシャカ」という音や、ボールの位置を教えたり選手の動きを指示したりするガイドの声を頼りにプレーするので、競技を進めるうえでの条件が統一されるんです(※3)。

※3:国際大会でアイマスクを着用する意図は、参加対象であるB1クラスには、全盲から光覚障害までの人がいるので、条件を統一するため。日本の国内大会のローカルルールでは視力に障害のない晴眼者もアイマスクをすれば参加が可能

 

子どもたちの潜在的な能力を引き出し、社会で必要とされるマナーを学ぶことができるのがスポーツ

巻:ブラインドサッカーに挑戦させるというのはグッドアイデアですね。でも、ぼくも海外でプレーしていたのでよく分かるのですが、言語や文化、コミュニケーションの取り方が違うなかで子どもたちと信頼関係を構築するのは難しかったのではないでしょうか?

羽立:最初のうちは、正直、生徒たちとのコミュニケーションに戸惑いました。でも、ガーナはサッカー人気が高いですし、ぼく自身も小学校から大学までサッカーをしていたんです。ブラインドサッカーの経験もあります。サッカーボールを使えば生徒と仲良くなれるかもしれない、という期待も込めてチャレンジしました。

巻:そうですね。サッカーは言葉を必要としない、一つのコミュニケーションだと思います。子どもって、ボールをパスするとこちらの足元に返してくれる。羽立さんは、そうやって少しずつ心を通わせて信頼関係を築かれたのでしょうね。

ぼくも、障害がある子どもたちと接するなかで「自分は障害があるからできない」と心を閉ざしてしまう様子をしばしば見かけました。でも、周囲と条件がそろい、対等になることで一歩を踏み出し成長が始まります。子どもたちには実際にどのような成長を感じましたか?

羽立:大きな成長の一つは、時間を守るようになったことです。生徒たちは、クラブ活動の開始時間を1時間、2時間と遅刻していたんです。「時間を守ろう」と口を酸っぱくして言い続けたり、時には練習を中止にしたりもしました。

すると、半年も経つ頃には、開始時間の10分前にはみんな集合して、ぼくを迎えに来るまでに改善されたんです。子どもたちは、「時間をしっかりと守れば思い切りブラインドサッカーを楽しめる」ということを学んだんだと思います。

↑ブラインドサッカーの試合の様子。子どもたちは日替わりでリーダー役を担うことで自主性が養われていったという

巻:スポーツの根本は楽しむこと。楽しむためのルールや相手へのリスペクトがなくては成り立ちません。スポーツは社会の縮図だと思いますし、社会とのつながりを持つために効果的な手段だと思います。

羽立:漫画に出てくる中学生のダニエルは、内気な性格で、ボールの扱いも上手とはいえませんでした。しかし、次第にクラブへの参加者が増えてくると、彼は参加者のまとめ役として活躍し始めたんです。ブラインドサッカーは、ダニエルのリーダーとしてのすぐれた資質を引き出してくれたと思います。

 

地元を襲った熊本地震で、「災害時に取り残されがちなのは“社会的弱者”」であることを痛感

羽立:巻さんは、これまでさまざまな障害者支援のご活動をされていますが、何がきっかけで始められたのですか?

巻:ぼくの地元の熊本県では、2016年に震度7の大規模な地震が発生しました。街は壊滅的な状態となり、多くの人が避難所での生活を強いられることになります。ぼくは、「何かできることはないか」と、3カ月をかけて、避難所となっていた小・中・高校、幼稚園、保育園など約300カ所を回りました。支援物資を届けたり、一緒にサッカーをしたりして被災者の生活や心をサポートする取り組みをしていたんです。

↑熊本地震の発災から3カ月間、毎日5~6カ所の避難所を訪問。自らの目で見て、被災者の声を聞き、必要とされる支援物資の調達と配送を行ったという。巻さんをサポートしようと、個人、法人など多くの協力者が続々と集まり、24時間体制の支援活動が実現していった

羽立:熊本地震のことはよく覚えています。テレビのニュースで甚大な被害の様子を見ていました。

巻:あるとき、避難所となっていた学校で数百人が集まるサッカーイベントを開催しました。イベント終了後、子どもたちは帰宅していきます。でも、いつまで経っても校庭に残る一人の子どもがいたんです。話を聞いてみると福祉施設で生活する子どもだった。親から虐待を受けて預けられていたのだそうです。ぼくはその時の、誰にも迎えに来てもらえず校庭にポツンと佇む子どもの姿が忘れられませんでした。

引き続き被災地を巡るうちに、自然と、ご高齢の方や障害がある子ども、施設の子どもたちといった、いわゆる“社会的弱者”と呼ばれる人たちに目が向くようになりました。被災者の置かれるさまざまな状況を見るうちに、「災害時に取り残されがちなのは彼らなのではないか」と考えるようになったんです。

状況の改善策を練るために情報収集をしていると、なかでも障害がある子を取り巻く環境に課題を感じるようになり、その後の活動につながっていきました。

↑巻さんが事業に参画していた放課後等デイサービスセンター「果実の木」(熊本市)で、子どもたちに講演会をしている様子

 

↑熊本県のトマト農家と提携して障害者の就労支援を実施していた際の、作付け作業の様子。農業と福祉の連携により、農家の高齢化という課題に取り組んでいる

 

誰もが自分の仕事に誇りを持って生き生きと働くためのサスティナブルな仕組みづくり

羽立:巻さんは、子どもだけではなく、障害がある大人に対する就労サポートもされていたのですよね。ガーナは、大学を卒業しても希望の職には就けない就職難です。障害がある人にとってはそれ以上に厳しい環境で、車いすで生活する人が物乞いをしている姿を見かけたこともありました。

でも、ぼくの住んでいた地域には、「困った人がいたら助ける」というキリスト教やイスラム教の教えが根付いて、四肢不自由な人も楽しそうに暮らしていたのが印象的です。一方で、障害の種類によっては、障害からくる行動などに対して理解が追い付いていない現実もありました。例えば、知的障害者に対する健常者の心無い態度には改善が必要だと感じています。

巻:日本も、障害者は職に就けても単純作業に偏りがちで、必ずしも希望する仕事に就けているとはいえません。しかし、どんな仕事であれ、成果が目に見えて、自分の仕事に誇りを持てることが大切だと思っているんです。

日本は、バリアフリーな社会を作ろうと障害者を手厚くサポートする一方で、その支援が障害者を囲い込み、フラットな社会へ出にくくしているという課題があるようにも感じています。障害は“個性”です。その個性を最大限に生かせる環境づくりや、自分のやりたい仕事に就けるような仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

実はいま、障害がある子どもたちの絵と、プロのアーティストの絵をコラボさせた作品を手軽に鑑賞できるサービスを作っているところなんです。「障害児の絵だから買おう」ではなく、作品としての魅力に引かれてお金を出してもらう仕組みにするつもりです。

↑「子どもって、絵を描き始めるとすごく独創的で手法もさまざま! 子どもたちが何にもとらわれずに絵を描いている姿を見て、“障害×アート”のプロジェクトを思いついたんです」(巻さん)

羽立:すごくおもしろそうですね。巻さんがおっしゃるように、障害がある人が描いたから買おうというモチベーションは、サスティナブルではないと思います。

 

障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れる社会に――。そのきっかけを作るのがスポーツ

羽立:今日は、福祉からスポーツの話題まで、幅広くお話しできてとても勉強になりました。
目の見えない状態でのプレーは、周りの人を信じて身を委ねる信頼関係とコミュニケーションが必要です。ブラインドサッカーは、障害者にスポーツの選択肢を与えてくれる競技ですが、それ以上に信頼関係を醸成してくれる。巻さんとお話をするなかで、改めてそのことを確認できました。

巻:ぼくたちの携わっているチームスポーツは、一つひとつのプレーに責任を持たないと成り立たちません。社会に出て自由が増えるなかでも、自由に対して責任を持つことが重要です。ぼく自身、サッカーを通して責任を持つことの大切さを学びました。障害のあり・なしにかかわらず、スポーツに参加することが多くの人にとって学びの機会となることを願っています。

↑羽立さんは、赴任先の盲学校だけではなく、地域の普通学校でもブラインドサッカーの体験会を実施していた

羽立:そうですね。『エブリシング イズ グッド!』をたくさんの方にご覧いただき、ブラインドサッカーをはじめとするスポーツが、障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れるきっかけ作りをしていることを伝えていきたいと思います。

巻:そうですね。これからもお互いに頑張りましょう!

↑クラブに所属する生徒たちと羽立さん。「ガーナでの経験を生かし、“スポーツ×国際協力”で多くの人に日本と世界とのつながりを伝えていきたいと思います」と締めくくった

『エブリシング イズ グッド!』音声解説付きのコミック動画
日本語版
https://www.youtube.com/watch?v=43AE-o-vA9o

英語版
https://www.youtube.com/watch?v=8c-fk63Myj8

 

僕はなぜ走るのか――南スーダン陸上選手アブラハムの物語 特別マンガ連載「Running for peace and love」第1回

来る7月23日(金)、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されます。2020年から一年、未曽有の危機に遭いながら世界中の人々と選手たち、全ての人たちが様々な思いを抱えながらこの日へとたどり着きました。

 

世界各国の選手たちがここ日本の地で熱い競技に挑んでいきます。そんな中、この日に向けて2019年から「南スーダン共和国」の選手たちが日本で事前合宿を行ってきていたのをご存じでしょうか? GetNavi webでは、昨年末に前橋市でトレーニングを積む選手たちに、オリンピック・パラリンピックに向けたインタビューを行いました。

 

【関連記事】

自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

 

そして今回はグエム・アブラハム選手の生い立ちから昨年のオリンピック開催延期の時の心情、そして今に至るまでを、GetNavi webオリジナルのマンガ4回シリーズで描きます。「世界で一番新しい国」と呼ばれる南スーダンのこと、そしてアブラハム選手のオリンピックへの思いを描いた物語、ぜひご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸上競技と出会い、南スーダン初の試みとなる「ナショナル・ユニティ・デイ」に挑むアブラハム。初めての他の民族出身の選手たちとの交流、まだ見ぬ選手たちとのレースはどんな結果になるのか?  よりマンガを深く楽しむためにアブラハム選手、南スーダンについて紹介したいと思います。

 

グエム・アブラハム選手について

 

フルネームはグエム・エイブラム・マジュック・マテット。今年で21歳になります。オリンピック出場競技は1500mで、南スーダン共和国の記録保持者です。2000年前後に、南スーダン独立以前のスーダン共和国で生まれ幼少期を過ごし、隣国のウガンダで教育を受けた際、陸上競技で走りの才能を発揮。ウガンダ国内で活躍するなどの実績を積みながら、第1回ナショナル・ユニティ・デイに参加することになりました。

 

現在、アブラハム選手は東京2020オリンピックの本番直前。8月3日(火)に行われる男子1500mに出場。本作でアブラハム選手の陸上に懸ける思いに触れながら、ぜひその雄姿を見届けてください。

 

南スーダン共和国におけるスポーツの重要性

写真提供:久野真一/JICA

 

南スーダン共和国は、2011年にスーダン共和国から独立。スーダン共和国時代から南部で採掘された油田を巡る南北対立が続くなど、その歴史は度重なる内戦に紐づいたものでした。独立後の南スーダン共和国において、争いの起因となっているのは、油田を巡る争いや政治・宗教・人種の違いが大きいですが、それだけではありません。そもそもは、スーダン共和国、南スーダン共和国が多くの異なる民族で構成される多民族国家であること、その多くが遊牧民であることが関係しています。

 

水源を求めて民族移動する際に、他民族の土地・テリトリーに入り、そこで家畜の奪い合いを発端とした争いが生まれる。そうした状況が常態化してしまっていることも、数多くの武力衝突や対立を生み出す起因となっていると言われています。

 

南スーダンの独立以降も、国際協力機構(JICA)は、長年の争いや民族間及び政治的対立の和平プロセスの遅れによる影響で、いまだ不十分な橋梁などの基礎インフラや、教育・農業・水供給などの基本的な社会サービスの整備に向けた協力を進めています。そして同時に、対立が起きやすい構造、民族間のわだかまりを解決する施策として「スポーツを通じた平和促進」にも力を注いできました。スポーツ競技で民族間交流の促進を図ることで、相互理解から恒久的平和を導こうという施策です。

 

第2回の舞台となるナショナル・ユニティ・デイで、アブラハム選手はどんな走りを見せ、どんな経験をするのでしょうか? 現在、南スーダン国民にとって「平和の象徴」と言われているイベントが誕生したその興奮を、アブラハム選手の目を通して描きます。

 

さかなクンと一緒に「ギョッ!」と驚く大洋州の島々の魅力を再発見:第9回太平洋・島サミット(PALM9)開催に合わせて動画シリーズが続々公開中!【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「ギョギョギョ」で大人気のさかなクンがナビゲーターとなり、大洋州の島々の魅力を伝える動画シリーズについて紹介します。

バヌアツの村の酋長さんにインタビューするさかなクン

真っ青な海に点在する緑あふれる島々—ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアの各地域に分類される太平洋島嶼(とうしょ)国は、美しい南の楽園であるだけでなく、気候変動による負の影響に直面しているほか、国土が分散し、電気や水道などの社会サービスが行き渡らないといった島国ならではの課題も多く抱えています。そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う第9回「太平洋・島サミット(PALM9)」(注)が7月2日に開催されます。

(注)太平洋・島サミット(PALM:Pacific Islands Leaders Meeting)は、太平洋に広がる、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの島嶼国と日本との関係強化を目的として、1997年から3年に一度日本で開かれている国際会議。第9回目の今年はテレビ会議方式で開催されます。

この動画シリーズでは、さかなクンが現地の魅力に触れながら、それぞれの国の課題にJICAがどのように取り組んでいるのか、その様子も紹介していきます。

 

「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになる」-バヌアツの人々の優しい気持ちに笑顔に

「バヌアツの皆さんの海を大切に思う気持ちはとても大きいですね。私達もしっかりお手本にさせていただきたいと思います!」。現地の人たちとオンラインで交流をしたさかなクンは、養殖に成功した貝の成長を喜び、また、貝細工を作る仕事に携われて幸せだという人々との交流に「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになりますね」とにっこりです。

この動画シリーズ第1回はバヌアツから。JICAバヌアツ支所企画調査員の茂木晃人さんが、バヌアツで取り組んでいるJICAの「豊かな海を守る」活動について紹介します。

「2006年から15年間に渡って、貝細工の材料になるヤコウガイや、オオシャコガイといった貝類を保全し、さらに養殖によってその数を増やす取り組みを続けています。そうして守り育てられた貝類は、最終的に貝細工の工芸品に加工され、地元の人々の収入向上にも貢献しています」

さかなクンにバヌアツでの取り組みを説明する茂木晃人JICA企画調査員(中央)と、JICAの研修で貝細工を学び、指導員をしているバヌアツ水産局職員のアンドリューさん(右)

 

活気あふれるバヌアツの首都、ポートビラにある中央市場

首都ポートビラにあるハンディクラフト市場からの中継リポートでは、映し出された木彫りの魚を見るや「あっ、ニザダイ科ですね!」と、種類を言い当てるさかなクン。すっかりバヌアツへのバーチャルトリップを楽しんでいました。

 

今回の動画は現地とオンラインでつないで制作。さかなクンはその感想をイラストで描きました

 

さかなクンもワクワク-教科書開発がつなぐ日本とパプアニューギニアの絆

シリーズ第2回では、パプアニューギニアの真っ青な海とお魚が画面いっぱいに現れます。

「パプアニューギニアは、大洋州の中でも手つかずの自然が残された島々が多く、ラストフロンティアとも呼ばれているところです」。案内役のJICA伊藤明徳専門家がその魅力を語ると、さかなクンは「パプアニューギニアの海の中、見てみたいです!」と、海の美しさとサンゴ礁に住む魚の豊かさにすっかり興味津々です。

パプアニューギニアの海の中。美しいサンゴや珍しい魚が生息し、豊かな自然があります

そんな自然豊かなパプアニューギニアで、JICAが取り組んだのは、小学3年生から6年生が使う算数と理科の教科書の開発です。伊藤専門家は、「これまで、パプアニューギニアの学校では、国定教科書がありませんでした。そのため、先生個人が独自に作ったものや、外国製のものが使われていたのです。そこで、JICAが協力して、パプアニューギニアで初めての国定教科書を作りました。これにより、約80万人の子どもたちが同じ教科書で学ぶことができるようになりました」と述べます。

 

パプアニューギニアの自然の素晴らしさを紹介するJICAの伊藤明徳専門家(右)は、教科書開発プロジェクトの日本側のリーダーを務めました

 

さらに、理科の教科書開発に携わった、杉山竜一専門家と来島孝太郎専門家も登場。

「子どもたちに、パプアニューギニアの自然の豊かさや文化の多様性を学んでもらいたかったんです。理科の教科書に掲載した、世界最大の蝶トリバネアゲハと世界最小のカエルで、パプアニューギニアの生物の多様さを伝えました」と語る教科書開発に込められた専門家の思いに、「これはワクワクしながら学べますね」とうなずくさかなクン。「これまではるか遠くのことだと思っていましたが、お話しを聞いてパプアニューギニアをとーーっても近しく感じました」と嬉しそうに話しました。

JICAの協力で開発された教科書で学ぶ子どもたち

 

さかなクンは、パプアニューギニアの動画で紹介された現地の魚や動物をイラストで描きました

 

さかなクンが案内する、大洋州の島々への動画の旅はまだまだ終わらない!

「バヌアツのみなさんの笑顔が素敵でパッと明るくなる感じ、すごく嬉しい気持ちになりました」「さかなクンにはこういった動画が似合う。どんどん紹介してほしい」

さかなクンの動画サイトには、このバヌアツ編、パプアニューギニア編の配信後、視聴者から続々とコメントが寄せられています。

現在、気候変動への対応をテーマにしたフィジー編も公開中。今後、パラオでサンゴ礁を守る取り組みなどJICAの協力を紹介する動画が追加されます。YouTubeのさかなクンちゃんねるで、ぜひご覧ください!

さかなクンちゃんねる
https://www.youtube.com/c/sakanakun

 

フォトジャーナリスト・道城征央氏が海洋ごみの専門家に訊く――「プラスチックごみ」は何が危険!?

 

↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海中で採取したペットボトル(道城氏撮影)

 

昨年始まったレジ袋有料化に続き、今年6月にはコンビニなどの使い捨てスプーンの有料化など、プラスチック製品の削減やリサイクルを促進するための法案「プラスチック資源循環促進法」が成立しました。これらをきっかけに、ごみ、とりわけプラスチックごみ問題が地球規模で広がり、無視できない領域までに発展していることを改めて知った方も多いのではないでしょうか。なかでも直接・間接的に海に捨てられたプラスチック製品は海洋ごみとなり、日本はもちろん、太平洋に浮かぶ島々に大きな影響を及ぼしています。

 

太平洋の島国では、生活スタイルの急速な欧米化などの理由から、近年、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。これらの国々でも“いかにごみを減らすか”が課題となっています。

 

そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う会議「太平洋・島サミット(PALM)」が7月2日に開催されます。ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアなどの太平洋島しょ国と日本との関係強化のため、1997年の初開催以来、3年ごとに開かれています。第9回となる今回はテレビ会議方式で開催され、ごみ問題も重要なテーマの一つとしてクローズアップされる予定です。

 

本記事では、ミクロネシアや東京都内などで長年、清掃活動を行ってきた水中写真家・フォトジャーナリストの道城征央さんが、自身の経験をもとに、プラスチックごみが環境問題としてクローズアップされるようになった経緯や地球環境に及ぼす影響、さらに解決策について、プラスチックごみ研究の第一人者である九州大学の磯辺篤彦教授に取材。さらに国際協力機構(JICA)にて、太平洋島しょ国のごみ問題の改善に取り組む、「大洋州廃棄物管理改善支援プロジェクト」(J-PRISM)に携わっている三村 悟さんにも話を伺いました。科学者、国際協力の専門家、ジャーナリストと異なる立場ながら、ごみ問題の解決という共通の目標を持つ3人。本記事では本人たちの考えや思いを通し、海洋ごみ問題の本質に迫ります!

 

【太平洋・島サミット(PALM)(外務省HP)】

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/index.html

【J-PRISM(JICA ODA見える化サイトHP】

https://www.jica.go.jp/oda/project/1500257/index.html

 

 

【著者プロフィール】

道城征央

水中写真家・フォトジャーナリスト。南太平洋の島しょ国・ミクロネシア連邦への40回に及ぶ渡航をはじめ、撮影のため小笠原や沖縄にも足繁く通う。ごみ問題に関心を持って以来、ミクロネシアや地元・東京中目黒などで定期的に清掃活動を実施。また、自身が撮った写真を使用して「人と自然との関わり方」をテーマに、学校や企業などで幅広い講演活動を行う。また、埼玉動物海洋専門学校において「自然環境保全論」「海洋環境学」の特任講師を務めている。

 

 

フィールドワークがマイクロプラスチックの全容を解き明かすカギ

「プラスチックごみが地球環境にどういった影響を及ぼすのか、実はまだはっきりと分かっていません」

 

開口一番、こう切り出す磯辺教授。かく言う私は、ポンペイ島をはじめとするミクロネシア連邦に何度も足を運び、さまざまな美しい海中の様子を写真に収めてきました。ごみ問題に関心を持ったきっかけは、『本来あってはならないものがそこにあるという光景をカメラマンとしてとても不自然に感じた』からです。以来、本来あってはならないもの=ごみを減らそうと、現地での清掃活動に取り組んできました。冒頭の磯辺教授の発言の真意はどこにあるのか、興味を持った私はさらに話を伺いました。

 

【プロフィール】

磯辺篤彦

九州大学応用力学研究所教授。理学博士。専門は海洋物理学。海洋プラスチックごみの第一人者として、環境省の研究プロジェクトや、国際協力機構と科学技術振興機構の研究プロジェクトでリーダーを務める。2020年には文部科学大臣表彰科学技術省を受賞するなど数々の賞を受賞。著書に『海洋プラスチックごみ問題の真実』(化学同人)など。

 


↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海底でごみを拾っている様子。道城氏撮影(動画)

 

「海中に漂うプラスチックごみは、海水や波による劣化や腐食などにより細かく砕かれ、直径5㎜以下の小さなプラスチック片になります。それを『マイクロプラスチック』と呼ぶのですが、我々の調査により、とくに日本近海で採取した海水中に非常に多く含まれていることが確認できました。ただ、これらが生物の体内に摂取された場合にどういった影響を及ぼすのか。また海中にあるマイクロプラスチックごみはどうなるのか、など未知の部分が多いんです」(磯辺教授)

↑日本近海で採取されたマイクロプラスチック。

 

マイクロプラスチックごみがその後、どこに向かうのか? 海中深くに沈むのか、さらに細かくなってしまうのか、今後の研究が待たれるところだそうです。だからこそ磯辺教授は『科学者』としての立場から冒頭でこう述べたのだと言います。

 

ただ、プラスチック製品には添加剤として「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が使われてきたのも事実。当然、マイクロプラスチックにも環境ホルモンが含まれていると考えられます。人間を含む生物が直接的、間接的に体内に摂り込んだ場合、生殖機能などに影響を及ぼす危険性はないのでしょうか。

 

「科学者の役割は、研究や実験によって判明した真実を正しく社会に伝えることだと考えます。しかしそれは、狭い実験室の中で自然界ではあり得ない高濃度の物質を使い、シミュレーションして得られた結果を公表し、危険性のみを煽るということではありません。環境ホルモンに関しても、(実験ではこうした結果が出たが)では自然界ではどうなのか。それを知るために、実験室での研究と同様に大切なのがフィールドワークです」(磯辺教授)

 

50年後の予測では海中のマイクロプラスチック濃度がさらにアップ

磯辺教授の専門は海洋物理学。主に海流の研究をしていましたが、2007年頃に“海洋ごみがどこから来たのか”という研究を始めたことが、この問題に興味を持ったきっかけだと言います。

↑長崎県五島列島の海岸に漂着した海洋ごみ。その多さに驚かされる

 

「フィールドワーク開始当初、五島列島の海岸に漂着している大量のごみを最初に見たときは唖然としたのを覚えています。以来、さまざまなフィールドワークを重ねてきました。2016年に、南極から日本までを航行しつつ太平洋上の海水を採取し、その中に含まれるマイクロプラスチックを調査するという機会があったのですが、赤道を越えたあたりから、北上するに従って明らかにその濃度が高くなることが分かりました。また、研究の結果、50年後にはさらにその濃度が高くなるという予測が導き出されました」(磯辺教授)

↑南太平洋でのマイクロプラスチックの採取風景。ニューストンネットを使って行われる

 

↑2016年の太平洋のマイクロプラスチックの浮遊濃度(上)と、コンピュータ・シミュ−レーションで予測した2066年の浮遊濃度。日本近海を中心に著しく増加すると予測されていることが分かる。引用元:Isobe et al. (2019, Nature Communications, 10, 417)

 

現状では生物への影響が不明だとはいえ、マイクロプラスチックの濃度が高くなれば、当然、生物にも何らかの影響を及ぼす可能性が高くなります。そうなる前に、少しでもプラスチックごみを減らす必要があると言うのです。

 

海中のマイクロプラスチックを除去する研究も進められてはいますが、地球の約7割を占める広大な海でそれを実現するのがとても困難であることは容易に想像できます。であれば、まずなすべきことは、ごみ(プラスチックごみ)を出さないという点に尽きるのではないでしょうか。

 

「ごみを減らす」ためにまず必要なのは、現地の人々の意識改革

冒頭でも触れましたが、ここ数十年で急速に近代化が進んでいる太平洋の島しょ国では、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。そんな島々の廃棄物の減少や廃棄物処理施設の拡充などに、現地で取り組んでいるのがJICAの三村さんです。

 

【プロフィール】

三村 悟

JICA専門家。20年にわたりサモアをはじめ大洋州島しょ国の開発協力プロジェクトに携わる。太平洋・島サミットの準備のため設置された政府有識者会議の有識者(環境・防災分野)として委嘱を受ける。専門領域は太平洋島嶼の持続可能な開発と防災協力。著書に『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(共著)など。

 

 

「実際、サモアでも20年前より明らかにごみが多くなっていますし、海にごみが浮いている光景をよく見かけるようになりました。そんな背景もあって、JICAでは2011年からJ-PRISMというプロジェクトを大洋州で実施しています。現在は第2フェーズにあたるのですが、その取り組みの中心となるのが、3つのR(Reduce、Reuse、Recycle)+Returnという考えのもと、廃棄処分場の乏しい島々でごみを分別し、自然に還せるものは自然へ、製品を製造した国へ還せるものは還すというものです」(三村さん)

 

↑サモアを走るラッピングバス。プラスチック製ストローを使用しないよう呼びかけている。サモアでの廃棄物戦略を開始した際、サモア天然資源環境省が啓発のため走らせた(三村さん撮影)

 

現地で清掃活動を行った際に私が感じることなのですが、ごみに対する人々の意識を変えることは簡単ではありません。そもそも以前は、食器にバナナの葉を使うなど、放置しておいても自然に還るモノしか使っていませんでした。いわば“ごみ“という概念自体が希薄だったのだと思います。ところが、“自然に還ることのない”プラスチック製品が島の人々の生活に大量に入り込み状況が一変します。島のあちこちにプラスチックごみがあふれるようになったのです。

 

もちろん現在は、「プラスチックごみを減らさなければいけない」ことを現地の人々も知っています。ゆえにこちらが積極的に動けば、現地の人々も積極的に清掃活動などに参加してくれるのですが、これが持続しません。“ごみを出さない大切さ”を理解し、自ら率先して行動してもらえるよう、現地の小学校で講義を行ったりしていますが、こうした意識改革には多くの時間がかかると考えています。

↑ミクロネシア連邦・ポンペイで現地の人々と一緒に清掃活動を行う

 

「現地の人々の(ごみに対する)意識、という部分では、私もしばしば課題を感じることがあります。そのためには、人々のモチベーションを上げることが大切だと考えています。私の場合、パラオなど他の島での成功事例を伝えることで『自分たちにもできるんだ』というモチベーションを持ってもらうことから始めています。明確な目標に向かって、率先してごみをなくすための活動を行うようになってくれればと思います」(三村さん)

 

まずは、一人ひとりが「できること」から行動を

ごみに対する人々の意識改革—この難しさは我々日本人も同様だと思います。そうした意味でも、レジ袋の有料化は人々がプラスチックごみについて考える良い機会になったのではと磯辺教授も話します。

 

「実験室とフィールドの両方で得られた研究結果を社会に正しくアナウンスしていきたいですね。(生物や人に与える影響があると)証明できれば、レジ袋一つとっても『だったら有料でも仕方ないよね。使うのを控えよう』と、初めて受け入れられる世の中になるのではないかと思いますし、それが科学者としての私の役割だと考えます」(磯辺教授)

 

そんな磯辺教授の言葉を受け、私も改めて自分の役割は“活動すること”にあるのだということを再確認できました。だから今後も引き続き、地元やミクロネシアでの清掃活動を続けていくつもりです。それは、活動を通して少しずつでもごみに対する意識を変えてもらえると信じているからです。

 

プラスチックごみやマイクロプラスチックに関しては正直、まだまだ分からないことだらけですが、少なくとも「自然環境に良いもの」ではありません。であれば、プラスチックごみを出さない、もしくは減らすために、皆さんも自分のできることから始めてみてはいかがでしょうか。レジ袋を使わないという行動でも、ごみをきちんと分別するという行動でもいいと思います。まずは行動する。これがごみを減らすための意識改革の一歩になるように思います。

 

【関連リンク】
・【第9回 太平洋・島サミット(PALM9)開催】サモアから、ごみ処理プロジェクトの“今”を三村悟JICA専門家がレポート!
https://www.jica.go.jp/topics/2021/20210621_01.html

 

人気抜群の教育YouTuber葉一さん×大橋知穂JICA専門家:「子どもたちの挑戦する力は教育から生まれる」【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「すべての人が教育を受けることができる世の中」を目指して、日本とパキスタンで奮闘する2人が、子どもの未来を拓く教育の力について熱く語り合ったトークイベントについて取り上げます。

教育が持つ力について語り合うYouTuber葉一さん(左)と大橋知穂JICA専門家(右)

大橋知穂JICA専門家は、パキスタンでこれまで小学校の入学機会を逃した子どもや若者約2300万人に基礎教育を受けることができるようサポートしてきました。教育YouTuberの葉一(はいち)さんは、日本で小学3年生から高校3年生向けに、無料の教育動画を配信しています。不登校などさまざまな理由で学校に行けなくなった子どもたちなど、動画チャンネル登録者は142万人に上ります。

いつでも、どこでも、誰でも、教育を受けることができるよう取り組む2人が口を揃えて言うのは、「教育は、困難を乗り越え、子どもの挑戦する力を生み出す」こと。活動する場所や環境は異なるものの、その想いは一緒です。

 

子どもの成長は大人の価値観を変える

15歳以上で文字の読み書きのできない人は人口全体の58%(出典:2015年社会・生活水準調査/パキスタン統計局 )

パキスタンは、学齢期の子ども(5~16歳)の不就学者が全体の44%と多くユネスコの統計によると世界ワースト2位です。そんな子どもたちの不就学、識字率の低さといった課題解決を図るため、JICAはパキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できる「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。

約12年間にわたりパキスタンでノンフォーマル教育に携わってきた大橋専門家は今回、その取り組みをまとめたプロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0からの出発』を出版。これを機に、YouTuberの葉一さんとの対談が実現しました。

「教育は大人がどうしたいかではなく、子どもがどう受け取るかが大切」と述べる葉一さん

「女の子には教育は必要ないと考えていた父親の反対で小学校の退学を余儀なくされた11歳の女の子。学校で習った知識を生かして家計簿を付け、母親を手伝います。するとその姿を目の当たりにした父親が娘の成長に大感激して、地域の女性たちが学べる環境をつくろうと奮闘し始める……。この話にはグッときました」

大橋さんの著書を読んだ葉一さんはそう語り、大人が自ら価値観を変えるのは難しくても、教育によって子どもが成長することで考え方が変わっていくことがある、ということを実感したと言います。そして何よりも、学ぶ楽しさを知った子どもたちが生き生きとしていく様子は、日本もパキスタンも一緒だと語ります。

 

挑戦する力を支えるのは自己肯定感

「子どもたちの学びの機会を守りたい」と語る大橋専門家

「小学校に行く機会を逸してしまったとはいえ、生徒たちはやり直しのきく年齢。わからなかったことを理解したり、新しいことを知ったりする経験を通して自信を付けていきます。学習が進むにつれて表情が生き生きとしてくるのは、自己肯定感が高まっている証しですね。子どもたちの自己肯定感を高めるのは教育。逆にそれを奪うきっかけになるのも教育なのだろうと思っています」

子どもたちが変わっていく姿をパキスタンで目の当たりにしてきた大橋専門家は、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが気になると言います。そんな問いかけに葉一さんは、日頃、日本の子どもたちと向き合いながら感じていることを話しました。

「日本は“できて当たり前”といった風潮があり、失敗すると減点されてしまう。失敗をすると子どもたちの自己肯定感が下がり挑戦を恐れ始めます。しかし挑戦をしないことには成功体験が積めない。子どもたちは、結果が出るまでの小さな成長や成功を自覚しにくいので、ぜひ周りの大人が褒めてください。そしてご自身の失敗談を語り、どう乗り越え、最後に何を得られたかというストーリーを聞かせてあげるのが効果的だと思います」

YouTuberの葉一さんは、2012年から授業動画「とある男が授業をしてみた」を配信しています。塾講師として働いていた時、経済的な理由で塾に通えない子どもが多いことを知り、“親の所得の違いが教育格差につながる”という状況に疑問を持ちました。子どもに学びたいという意志さえあれば無料で学べる環境を作ろうと授業動画の配信を始めました。

子どもたちのことをちゃんと考えている大人もいるんだよ、と伝え、周囲の大人が子どもの成長を認めてあげることが自己肯定感を高め、挑戦を後押しすることにつながると、その言葉に力を込めます。

 

YouTuber葉一さんが制作協力する教材がパキスタンの子どもたちの教育現場に!

失敗してもやり直しができる、失敗したことを糧にがんばることができることを、パキスタンで実現させたい—。大橋専門家は、まもなくまたパキスタンへと赴き、子どもたちの学びの場をさらに拡充させる取り組みを進めます。葉一さんのわかりやすい動画教材制作についてそのコツを聞くと、「お手伝いします!」という言葉が葉一さんから返ってきました。今後、ノンフォーマル学校の中学生用向け教材の作成で二人の協力が始まります。いつでも、どこでも、誰でも—そんな学びの機会が、パキスタンでさらに広がっていきます。

ノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所などで行われます

葉一さんと大橋専門家の対談など、プロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0(ゼロ)からの出発』出版記念オンラインセミナーの様子はこちら

ガーナ版Suicaが誕生? アフリカの社会課題解決を押し進める若き起業家たちを応援【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は途上国の起業家を育成するプラットフォーム「プロジェクト NINJA」の活動の一環として行われたビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」について取り上げます。

↑「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」で事業をプレゼンするスタートアップ起業家たち(写真上右、上左、提供:Nikkei Inc.)。決勝戦に進出した南アフリカのAnd Africaが取り組むIoTロッカー活用事業(左下)。途上国の若い起業家たちを支援する「プロジェクトNINJA」のロゴ(右下)

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業をマッチング

アフリカでは、デジタル技術で事業を変革させる「DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)」が急速に進行しています。そんなDXを推進するスタートアップ企業は、アフリカの課題解決に向けた立役者としても大きな期待が寄せられています。

 

JICAは、途上国の国づくりを支えるため、ビジネスとして社会課題の解決を図り、質の高い雇用創出のきっかけとなる起業家の育成に向けたプラットフォーム「プロジェクト NINJA(Next Innovation with Japan)」を2020年から始動。その活動の一環として、2月にビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦(JICAと日本経済新聞社の共催)」を開催しました。

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業のマッチングを図るこのイベントでは、日本の交通系ICカードを参考にしたキャッシュレス決済サービス、アプリを使って医薬品の在庫管理を行うシステムやドローンを使った農業支援サービスといったアイデアが提案され、今後、日本の企業との連携も期待されています。

 

非接触型ICカードの利用は、さまざまな課題解決につながる

イベントで提案された注目事業の一つが、ガーナのTranSoniCaによる非接触型ICカードを使ったキャッシュレス決済サービスです。

 

TranSoniCaの創業者でCEOのダニエル・エリオット・クワントウィさんは、アフリカの若者たちに日本の大学院教育と日本企業でのインターンシップを同時に提供するJICAの産業人材育成プログラム「ABEイニシアティブ(African Business Education Initiative for Youth)」により東京大学で学び、今春、大学院修士課程を終了しました。ダニエルさんが初めて来日したときに使用した交通系カードのSuicaを、「アフリカにも持ち帰りたい!」と考えたのがこの事業の始まりです。

↑TranSoniCaのダニエル・エリオット・クワントウィCEO(左)とTranSoniCaカード(右)

 

「アフリカでは、交通機関や商店での現金支払いに時間がかかり、長い待ち時間や行列が発生することが頻繁にあります。また、近年では、新型コロナの感染予防のため、非接触の決済サービスのニーズが高まっています。店舗側でも現金は窃盗の心配や売上管理が煩雑といった問題を抱えています。TranSoniCaのサービスを使えば、それらの課題をすべて解決できるのです」と、ダニエルさんは話します。「まずはガーナで導入したあと、他のアフリカ諸国にも広げていきたいと思っています」とその成長計画と夢を語ります。

 

アフリカでのビジネスチャンスに日本企業も注目

アフリカのスタートアップ企業と日本企業を結びつけた今回のビジネスコンテストは、アフリカ地域19カ国2,713社もの応募から最終選考に選ばれた10社が、それぞれの事業についてプレゼンテーションで競う決勝イベント。審査に参加した日本企業からは、投資、事業提携やメンタリングサービスの提供など具体的な協力として「特別賞」も贈られました。

 

TranSoniCaへの協力を決めた楽天ヨーロッパ・アフリカ担当の山中翔大郎さんは「キャッシュレスカードによる安全な決済サービスの提供は、アフリカでの社会的意義が大きいと考えました。楽天も様々なフィンテック関連サービスを提供しているので、その知見も活用してTranSoniCaをサポートできると思います」と、その選考理由を述べています。

 

その他、南アフリカでIoTロッカーを使った配送サービスを提供するAnd Africa、スマート水道メーターを使って水資源管理を行うケニアのUpepo Technologyなども特別賞を受賞しました。

視聴者投票で決まる優秀スタートアップ賞には、医療機関のない村落でも妊婦の診察を実現する装置とビジネスモデルを開発した、ウガンダのMobile Scan Solutions(M-SCAN)による「携帯型超音波診断装置」が選ばれています。

↑優秀スタートアップ賞を受賞した、M-SCANのメンヨ・イノセントCEO(左)と、M-SCANが提供している携帯型超音波診断装置(右)

 

日本企業とアフリカの起業家が連携し、Win-Winの関係を

今回のイベントでは、事業のプレゼンテーションに加え、有識者によるパネル討論も行われ、起業家へのエールが送られました。Project NINJAの推進役である不破直伸JICAスタートアップ・エコシステム構築専門家は、「1万人に起業トレーニングをして、そのうち1パーセントの100人が起業をし、各企業が5人の雇用を生み出してくれる、といった成長モデルを目指しています。持続可能なかたちで雇用が創出されていくことが、インフラ開発や社会課題の解決など、アフリカの自立的な開発につながります」と、スタートアップ企業支援の未来像を語ります。

また、JICA経済開発部の片井啓司参事役は、「各社とも才能にあふれ、エキサイティングな気持ちになりました。JICAが日本企業と途上国のスタートアップ企業との接点を作ることで、Win-Winの関係を展開していければと思います」と述べ、途上国の若い起業家に対する期待を述べました。

【東日本大震災から10年】被災地東北から伝える復興・防災の知見を途上国で活かす

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は東日本大震災の被災地東北から、途上国の人たちと防災や復興の知見を共有し、学び合う研修について取り上げます。帰国した研修員らは、母国で次々とその気づきを活かしています。

↑震災の語り部から、市民目線での緊急時の避難状況とその課題を聞く研修員ら

 

災害弱者のリスク削減の重要性を実感

「石巻を訪れた際、出会った男性の姿が忘れられません。震災で亡くした妻を思い出し、毎日涙を浮かべていると。この研修を通じ、平時から災害のリスクを伝えることで、このような悲しみを背負う人を世界中から一人でも減らしたいと強く思いました」

 

そう話すのは、バングラディッシュのNGO「アクション・エイド・バングラデシュ(AAB)」のナシール・ウディン・エー・エムさんです。2017年に、ジェンダーと多様性の視点から災害リスクの削減を考える研修に参加しました。女性や高齢者など、災害時に脆弱となるリスクの高い人たちのニーズを考慮し、防災・復興に反映することについて学ぶことを目的としています。

 

ナシールさんは研修での気づきを活かし、AABの防災分野のマネージャーとして、女性をはじめ貧困地域に暮らす人々に災害のリスクを広く伝える取り組みを進めています。また、バングラデシュ政府がまとめた平時と災害時の対策にも、女性や女の子の視点に立った取組みを盛り込むよう助言したほか、防災に関連するさまざまな支援に向けた会合で女性の参加を働きかけ、その数は徐々に増えています。

↑災害時のリスクについて女性たちに伝えるナシールさん(右側中央の男性)

 

2015年から実施されているこの研修の企画を担当するJICA東北の井澤仁美職員は「防災や災害対応は、かつては、女性は支援を受けるもので、その取り組みは男性がするものというイメージがありました。しかし、防災や復興は男性だけが担当するものではなく、女性はもちろんのこと、さまざまな立場の人々が多様に取り組むべきものだという意識が高まっています。被災地東北で実施されるこの研修を通じて、そのためのリーダーシップや意識が伝わっていることを実感しています」と研修の意義を語ります。

 

さらに、研修員と被災者との意見交換の場でのやり取りを振り返り「多くの研修員から『日本は、過去の災害経験から“日常で何をすべきか”を常に考え、状況に合わせて改善し、非常時でも対応できるようにしている。Build Back Better(より良い復興)という言葉が何を意味するのか、日本に来てはじめて実感することができた』という声を聞きました。被災者側も、世界中で同じ志をもって防災に取り組んでいる人々がいることを知り、勇気づけられたのではないかと思います」と、井澤職員は話します。

↑2019年の研修の様子。若者の語り部から、復興の現状と若者のリーダーシップについて説明を受けました

 

この研修には、これまでにアジアや中南米など計17か国から女性関連省、防災関連省庁、市民団体の職員ら78名(女性50人、男性28人)が参加してきました。

 

行政の役割からみた「災害復興支援」を学ぶ

「私の住むスクレ市は、海に面しているのですが、独自の地震・津波避難計画がありませんでした。東北での研修を受けて、市独自の避難計画の策定が必要であると考え、帰国後、市の地震・津波避難計画策定に着手しました」

 

自国での取り組みを話すのは、2019年の「災害復興支援」研修に参加した中米エクアドルのヘスス・ハビエル・アルシーバル チカさん。スクレ市安全・リスク・国際協力部でリスク技術士として勤務しています。

↑ヘススさんの取り組みにより、スクレ市では、津波浸水高の標識取付けが行われています

 

この研修は、自然災害からの復旧・復興期における行政機関の役割、そして、集団移転計画や土地利用計画を含む復興計画策定における市民と行政の合意形成過程を学ぶことを目的として、2018年に始まりました。これまで3回実施され、計12か国から29名が参加しています。

↑2019年の参加者ら。研修員たちは行政の立場から復興課題に向き合いました。(右から3人目がヘスス・ハビエル・アルシーバル・チカさん)

 

また、東日本大震災の被災者との交流で、宮城県岩沼市の集団移転地で被災者の話を聞いた際、メキシコからの研修員ロハス・アンヘル・ジェニフェル・アブリルさん(国家国民保護調整局勤務)は、最後に正座して深々と頭を下げ、涙を浮かべて研修への感謝の気持ちを伝えました。被災を乗り越えつつある姿に敬意を表し、「自国に戻ったら、行政官として被災者や住民に寄り添い、対話を重ねて、地域社会主体の復興や減災に取り組みたい」とその決意を表明。その想いを胸に、自国で災害に強いまちづくりを進めています。

 

災害復興を世界に伝えた10年間、そしてこれから

仙台に拠点を置くJICA東北では、さまざまなかたちで震災復興と防災に取り組んできました。震災が発生した2011年には、いち早く地域復興推進員を配置し、翌年からは復興に関わるセミナーや研修を開始。現在も多くの活動を通して、世界の人々に東北復興・防災の知見を発信しています。

 

JICA東北の佐藤一朗次長は、この10年間を振り返り、そしてこれからを見据え、次のように述べます。

 

「東北での研修は、各国からの研修員に、東北の被災地で復興や防災に関わる直接の当事者が自らの体験を伝え、現場体験をしてもらうことで価値ある発信ができます。被災地の復興はまだ終わっていません。これからは復興や災害に強いまちづくりと一体的に、社会の脱炭素化、地域経済の活性化、少子高齢化対策といった地方に共通の課題にも同時に取り組む必要性が増していきます。そうした災害復興プラス・アルファの取り組みを行う東北各地の経験やノウハウをこれからも途上国に発信していきたいと思います」

 

モザンビークでサイクロン被害を最小限に食い止めた:東日本大震災の被災経験を活かし、災害に強いまちづくりを支える【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、東北との絆の中で、災害に強い社会を目指すアフリカ南東部のモザンビークでの取り組みを取り上げます。

 

いつどこで発生するかわからない自然災害に向け、JICAは途上国で災害直後の緊急支援から被災地の「より良い復興」に向けた協力まで、切れ目のない取り組みを続けています。そこには、あの東日本大震災からの教訓が活かされています。

 

昨年末にモザンビークにサイクロンが上陸。しかし、過去のサイクロンなどのデータをもとに作成されたハザードマップを使用して、住民と自治体が協働して準備した避難計画により、住民の速やかな避難が可能となり被害を最小限に食い止めることができました。住民の視点を活かした避難計画を作成するそのプロセスには、東日本大震災の被災地からの切実な声が反映されています。

↑ハザードマップをもとに避難計画を検討するモザンビーク・ベイラ市の防災担当者。災害に強いまちづくりには、防災・減災に向けた事前準備が重要です

 

住民をいち早く安全な場所へ。ハザードマップの重要性が明らかに

「サイクロン・イダイの時は、事前に取るべき行動が分からず混乱しましたが、今回のサイクロン・シャレーンの際は、事前に、スムーズな避難が可能となり、被害を最小化できました」

 

そう語るのは、モザンビーク・ベイラ市のダビズ・ムベポ・シマンゴ市長です。2019年3月にベイラ市を襲ったサイクロン・イダイは、死者数650名、国内避難民40万人という甚大な被害をもたらしました。その教訓をもとに、JICAは2019年9月からベイラ市で災害に強いまちづくりに向けたプロジェクトに取り組んでいます。

↑2019年3月、サイクロン・イダイの襲来時の様子(左)。避難計画はまだ未整備で、大雨で寸断された道路を前に、立ち往生する住民があふれました(右)

 

そのさなか、2020年12月30日にサイクロン・シャレーンが襲来。イダイの経験から、ベイラ市では、関係機関が連携して避難を呼びかけ、住民は安全な施設へ事前にかつ円滑に避難することができ、被害を最小限に抑えることができました。

↑シャレーン上陸前日に記者発表して住民に避難を呼びかけるベイラ市長

 

「モザンビークの復興支援では、これまでの支援経験を活かし、スピード感をより一層もって取り組むことを心がけています。サイクロン・シャレーンのときも、その直後の今年1月23日のサイクロン・エロイーズのときも、プロジェクトでいち早く作成支援したハザードマップを使用して、住民と自治体で作った避難計画が実施されたことが人的被害を最小限に抑えることにつながりました」。平林淳利JICA国際協力専門員は進行中のプロジェクトの成果を語ります。

 

「災害を風化させてはいけない」—モザンビークの人々の心に響いた宮城県東松島市民の声

災害に強いまちづくりには、平時から誰もがどれだけ防災・減災に向けた準備ができているかが大きな鍵になります。このプロジェクトでは、モザンビーク復興庁のフランシスコ・ペレイラ長官はじめ、国家災害対策院長官ら、復興や減災に取り組む国のリーダーたちを日本に招いて東日本大震災の被災地視察や関係者との意見交換などを実施。災害を経験した人々の声にも耳を傾けました。

↑モザンビーク復興庁長官らを招いた研修で、当時の状況を説明する東松島市復興政策部の川口貴史係長(左)

 

被災地での研修に同行した平林専門員は、とりわけ宮城県東松島市の被災者たちとのやりとりがモザンビークのリーダーたちの災害に強いまちづくりへのモチベーションを高めたと振り返ります。

 

「東松島市の被災者の皆さんからは『3.11では世界中から手を差し伸べいただきました。今度は私たちが恩返しをする番です』との言葉があり、モザンビークのリーダーたちの感動とやる気を呼び起こしました。また、東松島市復興政策部の川口貴史係長には、まだ地元の復興が道半ばでありながらもモザンビークまで来て頂き、住民らに復興の経験を話してもらいました。『自然災害はいつ起こるかわからない。住民も行政官も、自分事として復興・減災に取り組むことが大切です!』という川口係長の生のメッセージも響いたと思います」

↑モザンビークで東松島市の復興経験と教訓を話す川口貴史係長(中央)

 

こうした東北の人々の「災害を風化させてはいけない」という想いが、モザンビークでの災害に強いまちづくりの下支えとなり、ハザードマップの理解と活用や住民と自治体による避難計画作りと実施といった実情に則した防災・減災への取り組みへとつながっていったのです。

↑避難経路を確認するベイラ市の防災担当者ら

 

より良い復興に向け、住民と自治体の合意形成が不可欠

平林専門員は現在、コロナ禍でモザンビークへの渡航がかなわないなか、プロジェクト関係者とともにリモートでの協力を続けています。不安定な通信環境と格闘しながら、ドローンや360度カメラを駆使して、現地の行政官やコンサルタント、建設業者の皆さんとオンラインで、被災地での建設工事などにも取り掛かっています。

↑これから建設が始まる小学校の工事現場の様子。360度カメラ映像をみながら、日本からリモートでの支援が続きます

 

プロジェクトチームは、現地の人々に寄り添い、東日本大震災の経験を踏まえ、日本の知見を現地で適用できるよう尽力しています。復興に向けた取り組みは「ハード整備と同時にソフト面の強化」、つまり住民と自治体がともに復興及び防災・減災に取り組んでいく丁寧なプロセスが大切だと平林専門員は強く訴えます。

 

「スピード感を持ちつつも『急がば回れ』で、より良い復興はキメ細かな被災者との対話を重ねた合意形成をしつつ進めることが重要です。日本では東日本大震災以降、『復興における住民と自治体の合意形成』という基本思想の重要さが改めて確認されていますが、途上国ではまだまだ認識されてはいないのが現状です。命を守るためにどのようにまちを復興していくか計画し、被災住民、政府高官、自治体の職員の皆が災害リスクを共に理解し、意見と知恵を出し合って災害に強いまちづくりを進めていくことが大切です」

↑プロジェクトの協力により、ベイラ市職員と地区代表者が一緒に防災ワークショップを開催。東日本大震災の復興知見がアフリカの地でも役立っています

 

※この記事を制作中の2月22日、ベイラ市のダビズ・ムベポ・シマンゴ市長が新型コロナウイルス感染症により急逝されたとの知らせが現地より届きました。サイクロン・イダイの災害直後から、ベイラ市の復興に精力的に取り組まれてきた市長の突然の訃報に、プロジェクト関係者一同大変な大きな悲しみに包まれております。シマンゴ市長の復興への強い決意に報いるためにも、現地での協力により一層尽力していく所存です。シマンゴ市長、これまで本当にありがとうございました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

プロジェクト関係者一同より

無印良品との10年以上にわたる連携:キルギスの女性たちの自立を支えたものづくり【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、キルギスで行われている無印良品(MUJI)と連携した地域活性化の取り組みについて取り上げます。

 

中央アジアに位置するキルギスは、ソ連崩壞により独立した国の一つです。独立後の相次ぐ政変や、エネルギー資源に乏しく経済成長の原動力となる産業に恵まれないこともあり、経済的に停滞が続いています。JICAはキルギスで日本の「一村一品運動」を取り入れ、地域の特産品で経済を活性化させるプロジェクトを進めています。特産品の生産組織を運営する女性たちの自立にもつながっているこの取り組みは、グローバルに展開している日本の生活日用品ブランド無印良品(MUJI)と連携し、2020年に10周年を迎えました。

↑キルギスの一村一品プロジェクトは地域経済の活性化とともに女性たち自立にもつながりました

 

特産品の生産を担うことで 自信が生まれる

「キルギスの農村部では、女性が自由に村の外に出かけることが難しいなど、一般的に女性の家庭内の地位は低いです。しかし、このプロジェクトで特産品の生産を手掛け、収入を得て家庭を支えることで家庭内の地位が上がり、彼女たちの自立と自信につながっていきました」

 

2009年からキルギスのイシククリ州で一村一品(OVOP=One Village One Product)プロジェクトを担う原口明久専門家は、これまでの取り組みをそう振り返ります。一村一品とは、日本の大分県から始まった地域活性化の取り組みで、その名のとおり「各村で、全国・世界に通じる特産品を作ること」。イシククリ州は日本と中東を結ぶシルクロードの道中にあり、伝統的に羊毛の生産が盛んで、果実やベリー類の宝庫です。プロジェクトでは、フェルト製品やジャムといった特産品を、上質で付加価値の高い商品に作り上げます。

↑フェルト製品の作り方を学ぶ女性たち

 

それぞれの村で廃校になった校舎や役場の建物を活用して、「コミュニティーワークショップ」という場所を設置。参加したい女性たちは誰でもここに集うことができ、特産品の生産技術を学び、商品の生産を担います。このワークショップで生産された商品からの収益は、生産者たちに還元され、村の女性たちが自らお金を稼ぐことができる仕組みです。

 

継続的に収益を上げることができる仕組みをつくる

OVOPプロジェクトで最も重要なのは、誰もが参加でき、かつ継続的に確実に収益を上げられるようにすること。そのため、プロジェクトでは商品開発から原料調達、販売、輸出といったロジスティック機能を担う「OVOP+1」の設立をサポートし、さらなる能力強化を図り、生産者と市場を結んでいます。

 

イシククリ州のOVOP+1には約2700名の生産者が登録されており、うち約90%が地元の女性たちです。このOVOP+1の活動は現在、キルギス全土に広がっており、「村に住み続けながら稼げる仕組み」を定着させることで、キルギス全体における女性の地位向上や若者の出稼ぎ流出の食い止めにつなげます。

↑原材料の調達(左)、商品の品質管理(中央)、デザインや企画(右)からビジネスマッチングまでOVOP+1が一貫して担います

 

原口専門家は、キルギスのOVOP+1の今後について、次のように語ります。

 

「OVOP+1のスタッフは発注者からの高品質な製品を求める声に生産者と共に応え、納品に対するプレッシャーを感じながらも、それを乗り越え、成功体験を重ねることで、ビジネスマインドを持つようになります。この循環によって、JICAのプロジェクトが終了した後も、この仕組みが続いていきます」

 

無印良品から商品発注が増え、コロナ禍で困窮する村の暮らしを支えた

このプロジェクトで生産された製品は日本でも購入することができます。日本で販売を手掛けるのは、無印良品(MUJI)ブランドを運営する(株)良品計画です。途上国での商品開発に向け、JICAと連携した「MUJI×JICAプロジェクト」は2010年から始まりました。

 

無印良品で販売するほかの商品と遜色ない品質とデザインが施されたキルギスのフェルト製品10~20種類が毎年、無印良品の店頭に並びます。商品がどのように生産され、地域にどのように還元されているかを考えてモノを購入するエシカル消費への関心が高まるなか、この10年で、無印良品からの発注額はOVOP+1の総売上高の約4割に相当します。

↑無印良品で販売され定番ヒット商品となっているイシククリ州特産品のフェルト素材の人形。商品バリエーションがあり固定ファンが多い

 

コロナ禍の影響により、農村部では家畜や農産物を近隣諸国へ出荷できず、また出稼ぎに出ている家族も出稼ぎ先で仕事を失うなどして仕送りも激減しています。村の住民たちが、現金収入源を失い経済的に困窮するなか、無印良品からの発注が増えて生産活動が続くことで、村の暮らしを支えています。

 

原口専門家は、「これまではクリスマス商品として一部の店舗のみでの販売でしたが、これからは無印良品の常設商品としての商品開発などについて(株)良品計画と協議しています。生産者と消費者が、本当に質の高い商品を通してつながることで持続的な関係が築き上げられると考えています。また、こういった連携事業を参考にして、多くの企業が途上国での生産活動に参画できるようになれば」と今後の期待を語ります。

↑良品計画本部を訪問したキルギスのスタッフ

 

日本の食卓を支えるモロッコに最新海洋・漁業調査船が就航:40年に渡る協力でアフリカの水産業をサポート【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、日本の食卓と関わりの深いモロッコの水産業に関する協力活動について取り上げます。

 

JICAの協力により岡山県玉野市の造船所で建造された最新鋭の海洋・漁業調査船が昨年12月、母港となるモロッコのアガディール港に向けて出発しました。まもなく現地に到着予定です。

↑海洋・漁業調査船の就航式の様子。JICAの協力により新たに就航した海洋・漁業調査船は全長48.5メートル、1,238総トン。海洋と水産資源の高精度な調査が可能となります

 

約40年間にわたり、JICAはモロッコの水産分野に多様な協力を続けています。今では、その協力から得た知見を活かし、モロッコ自らが主体となり、サブサハラ・アフリカ諸国への協力が実現するなど、モロッコはアフリカの水産分野全体の発展を促す存在に成長しています。

 

実は、日本に輸入されるタコの約2~3割がモロッコ産で、マグロやイカなどおなじみの水産物もモロッコから多く輸入されています。美味しいたこ焼きやお刺身のタコは、遠いモロッコの海から運ばれ、そのモロッコの水産資源管理に協力しているのが日本です。日本の水産協力は現地の水産業を豊かにし、私たちの食卓にも深くかかわっているのです。

 

新造調査船の就航は、モロッコと近隣諸国の水産振興に貢献

「アフリカ第一位の漁獲量を誇るモロッコ。その約95%は沿岸・零細漁業者によるものです。小規模の漁業者が多いという点は日本ともよく似ています」

 

こう話すのは、モロッコ王国海洋漁業庁戦略・国際協力局で水産業振興の協力を行っている池田誠JICA専門家です。グローバルに叫ばれている海洋環境の保全や水産資源の持続的利用のための調査・管理といった課題に加え、モロッコは現在、1.資源の持続的活用、2.水産物の品質向上、3.付加価値化による競争力強化を水産開発の大きな柱としており、池田専門家は、現地の行政官らとともにヒアリング調査や計画づくりの業務に取り組んでいます。

↑今回建造された海洋・漁業調査船は、最新の魚群探知機や海底地形探査装置などを搭載し、エンジンやプロペラなどの騒音・振動が抑えられた最先端の技術を誇ります(写真提供:三井E&S造船株式会社)

 

「モロッコでは、多くの沿岸・零細漁業者はイワシなどの小型浮魚を獲っています。そうした魚種は海洋環境変動の影響で資源量が大きく増減するため、継続的な海洋・資源調査がとても重要です。魚に国境は関係なく、モーリタニアやセネガルなど近隣諸国沿岸へも回遊するので、今回の最新調査船による調査データは、モロッコだけでなく広く西アフリカ各国に裨益することが期待されます。」と池田専門家は今回新たに就航した調査船への期待を語ります。

 

40年以上の多面的な協力が日本の食卓を豊かにする

日本とモロッコの国家間での水産協力の歴史は長く、1979年まで遡ります。以来JICAは、漁業訓練船・機材の供与や技術訓練、沿岸・零細漁業の振興や水揚場整備、さらに水産資源研究など、モロッコの水産業全般を網羅して協力を継続してきました。

 

モロッコと日本は、長年にわたり水産分野での友好関係が続いています。そんな歴史のうえに、日本の食卓にはリーズナブルでおいしい タコやマグロ、イカなどが並べられています。

↑スイラケディマの水揚場でのセリの様子。JICAは水揚場整備や沿岸・零細漁業の振興から、海洋調査・研究分野まで多岐にわたる協力を実施してきました。水産資源管理の重要度は日々高まっています

 

こうしたなか、前任専門家から引継ぎ昨年から池田専門家が携わっているのは、過去にJICAの協力で整備された水揚場を進化させる計画づくりです。

 

「水揚げ場では、輸出市場の求める衛生管理への向上、観光など新たな経済活動への展開、そして整備当時の想定よりも増加している利用者への対応などが必要になっています。現在、海洋漁業庁の行政官や同分野の関係者と検討を進めているところです」

↑スイラケディマの水揚場は、製氷設備や漁具倉庫なども備えています。JICAの協力でモロッコの大西洋側に2カ所、地中海側に2か所の計4か所の水揚場が整備されました

 

モロッコはサブサハラ・アフリカ諸国の水産業を牽引

今やアフリカ随一の水産大国となったモロッコは、水産分野における南南協力(注1)でも長い歴史があります。そのなかでJICAはモロッコで1990年代から第三国研修(注2)をサポートしています。

注1:開発途上国の中で、ある分野において開発の進んだ国が別の途上国の開発を支援すること
注2:途上国間の学び合いを支援するプログラム

↑周辺地域国から関係者を招聘しモロッコで開催されている第三国研修の様子

 

池田専門家はモロッコ水産業の発展性とその実力について次のように述べます。

 

「私は以前セネガルで7年ほど水産分野の振興に携わっていました。その際サブサハラ・アフリカ諸国の水産行政官と話す機会があり、『モロッコでの第三国研修参加の経験を活かして自国で新しい制度を構築した』といった話を少なからず耳にし、日本とモロッコの協力の成果が活かされているという実感を抱きました。また、モロッコの方々に何かアイデアを提示すると、それをヒントに現場の実情に合わせて新しいアイデアを生み出すなど、皆さん、柔軟さと発想力に長けている印象があって、そうしたモロッコ人の特長が水産業振興に発揮されているようにも感じています」

 

そして、「JICAは新たに、モロッコにおいて環境調和と地方開発を志向した貝類・海藻養殖開発の技術協力をスタートさせます。新型コロナウイルスの影響で、今はオンラインによるリモート協力にならざるを得ず、なんとも歯がゆいです。一刻も早いコロナ禍の収束を願っています」と今後について語ります。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、動物性タンパク質摂取量に占める水産物の割合が20%を超える国には日本やアジア等と並んでアフリカの国々が挙げられます。新しい海洋・漁業調査船の建造や、池田専門家が取り組む水揚場の計画づくりなど、一つ一つの水産協力は現地の食卓と経済を豊かにし、さらには日本の食卓を彩り、ひいては海洋・水産資源を保全し、持続可能な形で利用するという目標とも深くつながっていきます。

JICA広報誌mundiの人気企画「地球ギャラリー」がWebギャラリーに!: EARTH CAMP(1/31)トークイベントでは写真家が登場

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、新たに始まった「途上国の今」を伝えるウェブ上の写真ギャラリーと、その公開を記念したオンライントークイベントについて取り上げます。

↑Webギャラリー「mundi地球ギャラリー」のトップページ

 

JICA広報誌「mundi」の人気企画「地球ギャラリー」が、JICA公式ウェブサイト上で「mundi 地球ギャラリー」として新登場します。「地球ギャラリー」は2008年8月に連載が始まり、これまで約13年に渡って新進気鋭の写真家やベテランフォトジャーナリストらがとらえた「途上国の今」を写真と文章で紹介してきました。

 

今回、「mundi地球ギャラリー」の公開を記念して、国際協力キャンペーン「EARTH CAMP」メインイベントの1月31日に、写真家の清水匡さんと桜木奈央子さんのトークイベント「地球ギャラリー 写真で旅する世界~ファインダー越しの途上国~」をオンラインで開催します。さて、どんな話がお伺いできるのでしょうか?

「地球ギャラリー 写真で旅する世界~ファインダー越しの途上国~」

オンラインイベント視聴用URLはこちら

 

EARTH CAMP:コロナ禍においても「世界はつながっている」というメッセージを発信して国際協力・国際交流イベントを応援するキャンペーン。2021年1月30日と31日には、オンラインによるメインイベントを開催します。

https://earthcamp.jp/mainevent/

 

パキスタン大地震の復興支援から見えてきた女子教育の現状をルポ:清水匡さん

2005年10月の大地震で5700を超える教育施設が全壊・半壊の被害を受けたパキスタン。約15年経った今も、その半数近くが再建されていません。mundi 2019年1月号「地球ギャラリー」で「取り残された村」というタイトルで同国北部の村々をレポートしたのが、人道写真家の清水匡さんです。

 

清水さんは2003年からNGO「国境なき子どもたち」に所属しながら写真家として活動を続け、パキスタンでも学校の再建プロジェクトにNGOスタッフとして携わりつつ、子どもたちの姿を撮影しました。

↑mundi 地球ギャラリーに掲載されるインタビュー動画で、パキスタンについて語る清水匡さん

 

「今でもまともな校舎のない学校も多く、特に女子生徒の親御さんは、見知らぬ男性の目に触れやすい“青空学校”ですと、難色を示して通学させないこともめずらしくありません」と、現地ならではの事情を説明する清水さん。支援活動を続けていく中で、山岳地域は都市部と比べて女子教育の普及が遅れていることがわかりました。ニュースなどで取り上げられる機会も少ないことを指摘する清水さんは、「写真を通じて、パキスタンの子どもたちの現実をもっと多くの人々に伝えていきたい」と言葉に力を込めます。

↑清水さんの作品、mundi 2019年1月号 地球ギャラリー「取り残された村」より

 

↑清水さんの作品、地球ギャラリー「取り残された村」より

 

ウガンダの親友の結婚式で絆の大切さを改めて心に刻む:桜木奈央子さん

フォトグラファーの桜木奈央子さんは今から約20年前、大学在学中にNGOの一員として訪れたウガンダ北部の内戦にショックを受けたといいます。「子どもたちが反政府ゲリラ軍に誘拐されないように守るシェルターで運営のお手伝いをしながら、そこの子どもたちや人々の写真を撮り始めました」

↑mundi 地球ギャラリーに掲載されるインタビュー動画で、ウガンダについて語る桜木奈央子さん

 

桜木さんはmundi 2020年6月号の「地球ギャラリー」で、NGO時代から続く親しい友人の結婚式をテーマに選びました。「2020年1月、ハレの日がやってきました。ウガンダでは結婚してすぐに式を上げずに、家庭が落ち着いてから披露宴を行うことも多いのです」と、記事には「12年越しの結婚式」とタイトルをつけました。作品は、幸せそうな新郎・新婦、笑顔で溢れる親戚や友人たちの姿が続きます。なぜ、親友の結婚式にカメラを向け、どんな狙いでシャッターを切ったのか。その想いを31日のトークイベントで語ります。

↑桜木さんの作品、mundi 2020年6月号 地球ギャラリー「12年後越しの結婚式」より

 

↑桜木さんの作品、地球ギャラリー「12年後越しの結婚式」より

 

EARTH CAMPでトークイベント「地球ギャラリー 写真で旅する世界」を開催

「mundi 地球ギャラリー」の公開を記念したトークイベント「地球ギャラリー 写真で旅する世界~ファインダー越しの途上国~」では、「テルマエ・ロマエ」などで知られる漫画家のヤマザキマリさんが登壇、落語家の春風亭昇吉さんがMCを担い、清水さん、桜木さんと途上国の姿を写真や漫画で表現する意義や苦労などを語り合います。

EARTH CAMP「地球ギャラリー 写真で旅する世界~ファインダー越しの途上国~」
1/31(日)12:00~13:30

オンラインイベント視聴用URLはこちら

「mundi 地球ギャラリー」では、今後、清水さん、桜木さんの作品だけでなく、ミクロネシアのごみ問題や、モンゴルの鷹匠の少年を追った作品なども紹介していきます。誌面では語り切れなかったエピソードを盛り込んだ写真家のインタビュー動画もぜひご覧ください。

 

Webギャラリー「mundi 地球ギャラリー」
(1月29日以降にURLを掲載予定です)

 

コロナ禍だって世界はつながっている:1月30日、31日に「EARTH CAMP」メインイベントをオンラインで開催 さかなクンやヤマザキマリさんも登場!【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、楽しみながら国際協力について学び、考えることができるオンラインイベントについて取り上げます。

 

コロナ禍の今だからこそ、世界中で国際協力に取り組むことの大切さを知ってもらいたい—そんな思いから、「輪になって語ろう。地球の未来。EARTH CAMP」と題したキャンペーンを、JICA、外務省、認定NPO法人国際協力NGOセンター(JANIC)が共同で実施しています。

昨年10月から始まったこのキャンペーンのメインイベントが1月30日(土)31日(日)の2日間、オンラインでいよいよ開催! JICAは、さかなクンをはじめ、魅力あふれる登壇者のみなさんと環境やジェンダー、スポーツ、食料危機などの社会課題をテーマにトークセッションやワークショップを展開します。どんな状況でもより強く世界とつながるためにできることは何か!ぜひ一緒に考えてみませんか?

↑JICAはこのイベントで多くのゲストやMCの皆さん、そして参加者と一緒に世界が抱えるさまざまな問題や国際協力について考えます。登場するのは、左から、住吉美紀さん、有森裕子さん、春風亭昇吉さん、ヤマザキマリさんをはじめ、魅力あふれるみなさんです

 

日本最大級の国際協力イベントがオンラインで復活!

毎年10月6日(国際協力の日)前後に開催されていた日本最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN」は、毎年大勢の参加者で賑わいました(昨年は過去最高の18万4000人)。しかし昨年は新型コロナウイルス感染拡大により開催が中止に。コロナ禍でできることは何か、と模索するなか、始まったのがこのEARTH CAMPです。JANICの若林秀樹事務局長は、開催に至る経緯を次のように語ります。

 

「『グローバルフェスタJAPAN』の中止が決まったとき、国際協力に対する関心が薄れはしないか危惧する声だけでなく、国内の感染対策で手一杯なのに、国際協力まで手が回るのかという声がありました。しかし、開発や感染症の問題は、日本だけで対策を打っても解決しません。だからこそ、世界がひとつになれるよう国際協力の灯をともし続ける必要があると思い今回のEARTH CAMPキャンペーンの開催に至りました」

 

1月30日と31日のメインイベントには、こんなときだからこそ、ともに世界の課題を考えようと、興味あふれるイベントが目白押しです。

イベントのなかから、JICAが主催するトークイベントを一挙に紹介します。

 

さかなクンと楽しくモーリシャス沿岸の海洋環境を学ぶ

■30日/13時15分~ さかなクンと学ぼう!海でつながっている世界。みんなの海を守るために~モーリシャスの現場から~
※手話通訳あり。事前登録不要

オンラインイベント視聴用URLはこちら

まずは「ギョギョギョ!」あのさかなクンが登場です。昨年7月にアフリカ東海岸沖に浮かぶ島国モーリシャス沿岸で発生した船舶座礁による油流出事故で、現地に緊急援助隊として派遣されたJICA国際協力専門員の阪口法明さんが、さかなクンもギョギョっ!?とするようなモーリシャス沿岸域の生態系の素晴らしさや直面する問題を報告。フリーアナウンサーの住吉美紀さんがお二人のトークをつなぎます。さかなクンや住吉さんと一緒に、生態系保全のためにできることをクイズやトークを通じてわかりやすく学びませんか?

↑モーリシャスの美しい海を守るために、私たちには何ができるのでしょうか?

 

スポーツには未来をひらく力がある:オリンピアンらと考えるスポーツを通じた国際協力の可能性

■30日/16時30分~ ソウゾウするちから~世界を変える!未来をひらく!スポーツのチカラ~
※手話通訳あり。事前登録不要

オンラインイベント視聴用URLはこちら

スポーツは、国や民族、文化が異なっても共に参加し、楽しめるもの。JICAはそんなスポーツを通じて、途上国の人々の可能性を広げ、生活をより健康で豊かにするための協力を行っています。スポーツの力を活かした国際協力について、日本オリンピック委員会の山下泰裕会長からの熱いメッセージを皮切りに、オリンピック女子マラソンメダリストの有森裕子さん、車いすバスケットボール元日本代表・JICA海外協力隊OBの神保康広さん、JICA海外協力隊OB・パナソニック株式会社の園田俊介さんが、ご自身の実体験を交えながら、意見を交わします。

↑日本オリンピック委員会の山下泰裕会長からメッセージを頂きました(写真:アフロスポーツ/JOC)

 

↑イベントに登壇するのは、写真左から、園田俊介さん、有森裕子さん、神保康広さん

 

写真に込めた想いを聞きながら、途上国を旅してみませんか

■31日/12時~ 地球ギャラリー 写真で旅する世界~ファインダー越しの途上国~
※手話通訳あり。事前登録不要

オンラインイベント視聴用URLはこちら

JICA広報誌「mundi(ムンディ)」の人気コーナー「地球ギャラリー」に登場する写真家清水匡さん、桜木奈央子さんが、その写真に込めた想いを語ります。海外経験が豊富な漫画家のヤマザキマリさん、落語家の春風亭昇吉さんと一緒に、途上国の現状や人々をよく知るお二人から、ファインダー越しに見た途上国の魅力を聞くと、まるで旅に出たような気分になれるかも。

 

地球ギャラリーに掲載された写真を集めたウェブサイトも公開予定。こちらもお楽しみに!

↑写真上:写真家清水さんと作品「取り残された村—パキスタン」から

 

↑写真家桜木さんと作品「12年越しの結婚式—ウガンダ」から

 

日本で、途上国で、サッカー女子にエールを!

■31日/15時45分~ 羽ばたけ!世界のサッカー女子!~ジェンダーや環境の壁を超えて~
※手話通訳あり。事前登録不要

オンラインイベント視聴用URLはこちら

今年9月、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ(Women Empowerment League)」が開幕します。女子サッカーの発展、そして、サッカーに打ち込んだ女子の社会での活躍の可能性について、女子サッカーの第一線を切り開いてきたお二人—WEリーグ初代チェアとなる岡島喜久子さんと長年にわたりスペインサッカーの最前線でキャリアを築いたJリーグ理事の佐伯夕利子さん—が初顔合わせ。さらに、女子がスポーツをする機会がまだまだ少ない途上国でJICA海外協力隊として女子サッカー指導を行ってきた相葉翔太さんも登壇。ミャンマーやスリランカで女子サッカーの現状や相葉さん自身の学びを共有し、日本で、途上国で、サッカーを通した女子の活躍にエールを送ります。

↑海外協力隊員としてスリランカで女子サッカーの指導を行っていた相葉翔太さん(左から2番目)

 

↑(左)日本女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」チェア岡島喜久子さん (右)Jリーグ理事の佐伯夕利子さん

 

中高生を対象としたワークショップも:参加申し込みはお早めに!

■30日/15時~ 【一般/中高生対象ワークショップ】「JICA地球ひろばでみんなで考えよう! 国連WFP~食べるから世界を考える~(先着順・定員制)

※申し込み先はこちら

国連WFP(世界食糧計画)職員の我妻茉莉さんとともに国連やNGOだけでは解決できない食糧危機について学びます。飢餓と栄養不良を世界からなくすためにできることは?
対象: 第一部(前半30分):どなたでも参加可能、 第二部(後半60分):中高生のみ(定員30名、先着順)

↑世界の「食」について一緒に考えてみませんか? (左)写真提供:WFP / Ratanak Leng (右)写真提供:WFP /Michael Tewelde

 

■31日/10時30~ 【中高生対象SDGsワークショップ】世界の課題を知ろう!~青年海外協力隊の写真から学ぶSDGs~(先着順・定員制)

※申し込み先はこちら

国際協力の取り組みを展示紹介している「地球ひろば」がワークショップを開催。青年海外協力隊が貧困、差別、環境問題などの課題についてSDGsの視点から現地での体験を伝えます。

 

ほかにも、国際機関キャリアセミナーや、お笑いジャーナリストたかまつななさんとSDGsについて考えたり、NGOが現地から生中継するオンラインスタディツアーなど盛りだくさん。詳しいスケジュールやイベントへの参加方法は「EARTH CAMP」ウェブサイトのイベントページをご覧ください。

<EARTH CAMP メインイベント>
https://earthcamp.jp/mainevent/

 

みなさまの参加をお待ちしています!

自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

「私は国のために走っている」

決意を持った力強い眼差しで語るのは、陸上競技で東京オリンピック・パラリンピックの出場を目指す、南スーダンのグエム・アブラハム選手。母国を代表して出場するオリンピック・パラリンピックの舞台ですから、“国のために走るのは当たり前のことなのでは?”と考える人がいるかもしれません。しかし、アブラハム選手が語る“国のため”には、私たち日本人が考えるよりもはるかに重い意味がありました。

 

南スーダンの選手団が来日したのは2019年11月末。国際協力機構(JICA)より南スーダンを紹介されたことをきっかけに、群馬県前橋市が南スーダンの選手団の受け入れを決定し、東京オリンピック・パラリンピック大会に向けた長期事前合宿が始まりました。しかし、世界的な新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会の延期が決定。今後1年間をどのように過ごすかの協議がなされた中で、選手たちは日本に残ることを希望し、前橋市はその気持ちを受け取り、2021年の大会終了までの合宿継続を決定しました。大会の開催がいまだ先行き不透明な中、彼らはどのような心境で事前合宿に臨んでいるのでしょうか?

↑元オリンピアンとして、また現役コーチとして、独自の視点から南スーダン選手たちの本音を聞き出した横田真人さん(写真左)と、マイケル選手(中・パラリンピック陸上100m)、アブラハム選手(右・オリンピック陸上男子1500m)

 

今回、彼ら南スーダンの選手たちの想いに耳を傾けるのは、現在、陸上界のみならず、幅広いスポーツ分野から注目を集める元オリンピアンであり、陸上コーチの横田真人さん。昨年12月に開催された、日本陸上競技選手権大会の長距離種目・女子10000mで18年ぶりとなる日本新記録で見事優勝を果たした新谷仁美選手を、技術面・精神面で支えたそのコーチングに関心が高まっています。選手の個性を活かしながらの練習メニュー作成や、個人種目ながらチームとして一丸となって競技に挑むという横田コーチのマインドに共感するスポーツファンも多いのではないでしょうか。

 

「スポーツはプロフェッショナルだけのものではない」「持続可能な文化としてのスポーツのあり方を模索したい」と、勝ち負けだけにとらわれないスポーツとの向き合い方を模索し続けている横田さんだからこそ聞き出せる、南スーダンの選手たちの「国のために走る意味」に迫ります。

 

インタビュアー

横田真人さん

男子800m元日本代表記録保持者、2012年ロンドン五輪男子800メートル代表。日本選手権では6回の優勝経験を持つ。2016年現役引退。その後、2017年よりNIKE TOKYO TCコーチに就任。2020年にTWOLAPS TRACK CLUBを立ち上げ、若手選手へのコーチングを行う。選手一人一人に合わせたオーダーコーチングがモットー。活躍はスポーツ界だけにとどまらず、現役時代には米国公認会計士の資格を取得するなど様々なビジネスを手掛ける経営者としての側面を持つ。

 

勝ち負けだけが全てじゃない。スポーツの価値とオリンピック・パラリンピックの意義

↑「勝敗よりも大切なことがある」と、オリンピック・パラリンピックへの想いを語るアブラハム選手(写真右)

 

横田真人さん(以下、横田お二人にとって、オリンピック・パラリンピックはどういう意味を持つ大会なのでしょうか?

 

グエム・アブラハム選手(以下、アブラハム):オリンピック・パラリンピックは重要な意味を持つ大会です。もちろん、自分の実力を披露する場としての意味もありますが、私たちにとっては、“世界を知る”良い機会でもあります。世界各国からアスリートが集まることで、違う人種、文化的背景を持つ人々と触れ合うことができますからね。

 

クティヤン・マイケル選手(以下、マイケル):様々な文化に触れることで、自国・他国の良い面、悪い面が見えてくるはずです。それを自ら体験することは非常に貴重な経験だと思います。パフォーマンスの面でもやはりオリンピック・パラリンピックは特別です。自分たちが良い結果を出せれば、国に帰ってからの生活の質を変えることにも繋がりますからね。それも踏まえた上で国を代表する立場になって、胸を張って戦いたいと思います。

 

アブラハム:メダルを取ったり、良い記録を残したりすることはもちろん大切です。しかし、私たちにとってオリンピック・パラリンピックに出場することは、勝ち負け以上の価値があります。南スーダンには様々な部族の人々が住んでいて、さまざまな要因により内戦が続いています。でも、私たちが“南スーダン人”としてオリンピック・パラリンピックに出場すれば、部族の垣根を超えて全員が私たちを応援してくれると思います。南スーダンという国が一つになるために、そしてそれが平和につながるように、私たちは国のために走っているんです。

 

「前橋市の人たちには感謝しかない」。1年の延期が強めた南スーダン選手団と市民との絆

 

横田:前橋でのキャンプも1年以上が経過しましたが、日本には慣れましたか? 来日直後の日本に対する印象と、現在の日本の印象は変わったでしょうか?

 

マイケル:来日前は、日本に対するイメージが全く湧かなかったのですが、実際に来日して、本当に素晴らしい国だなと感じました。私たちの活動に対して、コーチを含め、たくさんの人々がサポートしてくれています。

 

アブラハム:特に日常的に感じるのが、市民の方々からの愛情です。子どもたちを含め、交流会などで触れ合う人々は、私たちの言葉に真摯に耳を傾けてくれますし、笑顔で迎え入れてくれます。街で出会った際も気軽に挨拶を交わしてくれます。本当に皆さんには感謝の想いしかありません。

 

横田:新型コロナウイルスの影響で大会が1年延期されました。アスリートにとって1年の延期は、コンディションを整える難しさもあると思います。お二人にとっては異国の地での再調整という特殊な背景もありますが、この数ヶ月どのように過ごしてきましたか。

 

アブラハム:もちろん、オリンピック・パラリンピックの延期を知らされた時には大変大きなショックを受けました。しかし、この延期は私達にとってチャンスだと考えました。あと1年間、日本でトレーニングを積めば、さらに高度な練習に取り組むこともできるし、記録を伸ばすこともできます。ですから、選手団のメンバーは全員、前橋でのキャンプ延長を望んでいました。

 

マイケル:実際、もし帰国したら練習の場所や時間の確保が難しいのが南スーダンの現状です。また、日々の食事を確保するのも容易ではありません。もしかしたら、昔のように1日1食の生活に戻ってしまうかもしれないのです。だからこそ、私たちとしては延期をポジティブにとらえて、大会に向け、日本でコンディションを整えていきたいと考えています。

 

アブラハム:家族や友達に会いたいという気持ちはありますが、生活面や環境面に関しても、私たちが快適に過ごせるよう皆さんが全面的にサポートしてくれているので、難しさを感じたことはほとんどありません。前橋市の担当である内田さんともジョークを言い合える仲になっていますし、今では異国の地という感覚はなく、ホームタウンのような居心地の良さを感じています。

 

独立と半世紀にもおよぶ内戦。南スーダンの現状

↑コーチ(左)とともに練習に励むアブラハム選手(中)とマイケル選手(右)

 

南スーダン共和国は、半世紀にも及ぶ内戦を経て、2011年にアフリカ大陸54番目の国家としてスーダンより独立を果たした国。独立したとはいえ、その後も国内では内戦が絶えませんでした。

 

2013年末に始まった政府軍と反政府軍の争いでは、2015年・2018年の調停及び2020年2月の暫定政府設立に至るまでに約40万人の死者と、400万人以上の難民・避難民が発生したとされています。アブラハム選手が語るように、スポーツを練習する環境を整えることはおろか、日々の食事を確保することも困難な状況が続いているのだそう。

 

このような内戦が続く理由として、南スーダンが大小合わせ約60もの民族からなる多民族国家である、という特殊な事情が挙げられます。様々な価値観や生活様式、宗教を持った民族が1つの国で生活を共にするというのは、私たち日本人が想像するよりも、はるかに困難なことなのかもしれません。

 

東京オリンピック・パラリンピック以降の未来に何を見据えるのか? “文化としてのスポーツ”を伝えるために

 

横田:東京オリンピック・パラリンピックに向けて、全力で準備を行っている真っ只中だと思いますが、大会後についてお二人はどのように考えていますか? 今はまた陸上にどっぷりはまっていますが、私は引退後のセカンドライフを考えてアメリカで公認会計士の資格を取得しました。日本と南スーダンとでは思い描くセカンドライフは異なると思いますが、お二人が考える未来への展望を聞いてみたいです。

↑将来的にはパラリンピックを目指す後進の育成に携わりたいとマイケル選手

 

マイケル:私は大会後もトレーニングを続けて、何らかの形で競技に携わっていきたいと考えています。将来的には、パラリンピックを目指すアスリートたちに適切な指導ができるコーチになりたいです。南スーダンは、障がい者に対する指導環境が整っているとはいえない状態です。だからこそ、自分自身が日本で学んだこと、オリンピック・パラリンピックの舞台に立ったからこそ伝えられる経験を、若い世代に伝えていきたいです。

 

アブラハム:オリンピック・パラリンピックは目標ではありますが、ゴールではありません。幸いにも、私はまだ若い年齢でこのようなチャンスをいただけていますから、別の大会、そしてまた次のオリンピックへ向けて、記録を伸ばしていきたいと思っています。一方で、母国に住んでいる家族のことはいつも気にかけています。競技を続ける上でも、まずは一人で支えてくれている母親のためにも、家を建てて生活を安定させたいという希望もありますね。その後に、もしチャンスをいただけるのであれば、ぜひ日本に戻ってきて競技を行いたいと思います。

 

横田さん:お二人の練習風景を見学させていただいて、オリンピック・パラリンピックで活躍する姿を見るのがますます楽しみになりました! まだまだ厳しい国内情勢が続く南スーダンでは、スポーツに対する価値が国や国民に浸透していないのではないかと思います。オリンピック・パラリンピックが終わって、お二人が自国に帰った後、どのようにスポーツの価値を発信していこうと考えているのか、ぜひ教えて欲しいです。

 

マイケル:一般的にアフリカの人たちは、物事を「聞くこと」ではなく、「自身の目で見ること」で信じる傾向があります。だから、自分たちをスポーツで成功した例として国民に知ってもらうことが大切だと思います。例えば、自分が大きな家を建てることで、それを見た子どもたちや親たちが「スポーツでの成功が生活の豊かさに繋がる」ということを認識すると思うんです。そういった意味でも、まずはオリンピック・パラリンピックの舞台で自分が出来得る限りのいいパフォーマンスを披露したいですね。

 

国民結束の日(全国スポーツ大会)が大きな転機に。スポーツが切り開く国の未来

 

アブラハム:母国に帰れば、私たちが日本で経験したことを積極的に発信していくつもりです。おそらく、僕たちのストーリーに対して南スーダンの子どもたちもきっと興味を持ってくれると思います。しかしながら南スーダンにはまだスポーツで羽ばたくチャンスは少ない。国の情勢を考えても、スポーツだけに取り組むことができる人はほんの一握りですし、能力や才能がある子どもたちがいるとしても、それを披露する場所や機会がないのが実態です。

↑「国民結束の日」が自分にとっての大きな転機となったと強調するアブラハム選手

 

横田:南スーダンがいまだスポーツが日常的に楽しめる情勢ではないことは、聞いています。そんな中でアブラハム選手はどのようにしてオリンピック・パラリンピック代表を目指すまでのチャンスを得たのでしょうか。

↑国民結束の日の模様(写真:久野真一/JICA)

 

アブラハム: JICAの協力で始まった『*国民結束の日(全国スポーツ大会)』は、1つの大きなきっかけとなりました。あのイベントがなければ、もしかしたら私たちはオリンピック・パラリンピックに出場するチャンスを得られなかったかもしれません。私にとってこの経験が大きかったからこそ、帰国後、親や子どもたちに伝えるのはもちろん、スポーツができる環境づくりなどに投資をしてもらえるよう、政府にも直接訴えかけないといけないと思うんです。そうすることで、才能ある子どもたちが、自身の実力を披露する機会が得られると思いますし、国としてのスポーツの発展につながるのではないかと考えています。

*「国民を1つに結束させる」という目標を掲げ、2016年よりJICA協力のもと開催されているスポーツイベント。

 

横田:政府に働きかけることによってスポーツに対する環境を整える。そして、スポーツで成功した人を目撃することで、そこに憧れを持った子どもたちがスポーツに取り組む。2人の視点はどちらも大切ですよね。母国を離れ、2年近く日本での生活を送ったこと、そしてオリンピック・パラリンピックへ向けた挑戦を経験したからこそ体験できたスポーツの可能性を、ぜひ母国に帰って広めてほしいと思います。

 

前橋市担当者が語る市と市民のサポート

「選手たちの強い想いが、人々の心を掴んでいるのだと感じます」

↑「陽気な人たちが来るのかと思っていたら、非常に寡黙で驚きました」と、南スーダン選手団来日時の印象を語る前橋市役所スポーツ課の内田健一さん。今ではジョークを言い合えるほど、選手団のメンバーと打ち解けているのだそう

 

東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった際、前橋市でも様々な議論が行われました。選手団全員が大会終了までのキャンプ継続を希望したことから、支援を決意。資金の工面などの問題が予想されましたが、多額の寄付金が集まり、支援が継続されています。

 

「南スーダン選手団のキャンプで発生する費用は、ふるさと納税などの寄付金で賄われています。コロナ禍ということで、キャンプ継続に対して様々な意見があることも事実ですが、多額の寄付金をいただけているということからも、前橋市民を含め、全国の方々がこの活動を肯定的に捉えてくださっていると考えています」と内田さん。選手たちの競技への想いは、確実に地域、そして日本の人々の心を掴んでいると語ります。

 

【関連リンク】

JICA(独立行政法人 国際協力機構)のHPはコチラ

 

「絶対に伝えたい」ことは、ピュアに常識を飛び越えて発信! 佐渡島 庸平×JICA広報室:伝えきるアイデアをとことん探れ

「本当に伝えたいコトを伝えきる人は、ピュアに常識を飛び越えていく」

 

こう語るのは、編集者として『ドラゴン桜』(三田紀房)や『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、数々のヒット作に携わり、現在はクリエーター・エージェンシー「コルク」の代表として活動の幅を広げている佐渡島庸平さん。今回、佐渡島さんが審査員となった「コミチ国際協力まんが大賞」をきっかけに、同賞に協賛したJICA(独立行政法人国際協力機構)広報課長と対談が実現しました。

 

佐渡島さんの自由な発想とニュートラルな視点に引っ張られるように、対談の内容は漫画を飛び越え、国境を飛び越え、コンテンツ配信の新しいビジネスモデルから経済・組織働き方論にまで発展。日本の未来は、定石から解き放たれて、新しいモデルを生みだすアイデアを即興で奏でていくことで開ける、と二人は熱く語り合いました。

↑編集者として多くのヒット作に携わってきた佐渡島庸平さん(左)と、漫画をはじめ、さまざまな媒体を使って国際協力の広報に取り組んでいるJICA広報室・見宮美早さん(右)

 

<この方にお話をうかがいました!>

佐渡島 庸平(さどしま ようへい)

(株)コルク代表取締役。東京大学文学部卒業後、2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)などの編集を担当する。2012年クリエイターのエージェント会社、株式会社コルクを創業。三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉ら著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。

(株)コルク:https://corkagency.com/
note:https://www.sady-editor.com/

 

コミチ国際協力まんが大賞とは

2020年11月、漫画家の「作る」「広げる」「稼ぐ」を支援するプラットフォーム・コミチが、JICA協力のもと「コミチ国際協力まんが大賞」を実施。12月3日の「国際障害者デー」、3月8日の「国際女性デー」の2つをテーマにしたお題(エピソード)をJICAが提供し、それを原作とした漫画作品をコミチサイト上で募集しました。審査員には、佐渡島庸平さんのほか、井上きみどりさん(漫画家)、治部れんげさん(ジャーナリスト)、松崎英吾さん(NPO法人日本ブラインドサッカー協会 専務理事 兼 事務局長)の計4名が参加。国際障害者デーである12月3日に大賞2作品を含む入賞8作品が発表されました。

【コミチ国際協力まんが大賞】
https://comici.jp/stories/?id=397

 

<国際障害者デー部門・大賞>

「エブリシング イズ グッド!」作:いぬパパ

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<国際女性デー部門・大賞>

「ペマの後に、続く者」作:伊吹 天花

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感情の動きは世界共通――漫画を通して世界にメッセージを届ける

JICA広報室・見宮美早さん(以下、見宮):まずは、「コミチ国際協力まんが大賞」の審査員として、応募作品についてご率直にいかがでしたか?

 

佐渡島庸平さん(以下、佐渡島):今回は「国際障害者デー」と「国際女性デー」というテーマだけではなく、JICAさん提供の原作ストーリーがあったので、読みやすい作品が多かったですね。土台があると、漫画に個性も出やすい。ガーナやネパール(※)の方々の服装や背景の絵柄などは、応募者それぞれのアイデアで良く描いていたと感じました。

※JICAがコミチ国際協力まんが大賞のために提供した「国際障害者デー」と「国際女性デー」にまつわるエピソード(=応募者向けのお題)が、それぞれガーナとネパールものだった

 

見宮:入選作品は、英語に翻訳して世界中に配信したいと考えています。今回のエピソードの舞台となっているガーナやネパールだけでなく、他の国でもこのような変化が生じうる、というメッセージが伝わればと思っています。

 

佐渡島:漫画での発信自体はいけると思いますよ。感情の動きは世界共通ですから。ただ、配信するなら漫画そのものだけでなく、世界の読者が読みやすい配信の仕方を考えたほうがいいかな。今後は、「縦スクロール×オールカラー」の形がいいと思います。

現代では開発途上国含めて世界の多くがスマホ文化ですから、スマホ画面で読みやすいことが大事。例えるなら、紙の本が流通しているのに巻物で読んでいる人がいたら「読みにくいものをよく頑張って読んでいるな」って思っちゃいますよね(笑)。それと同じで、スマホユーザーにとって読みやすい方法で届ける、という姿勢が必要だと思います。スマホ向けの物語を一度読んでしまったら、もう元には戻れませんから。

 

日本型の完璧主義より「アップデート主義」が求められる場面も

見宮:日本ではまだまだ漫画というと紙の人気が根強いので、「世界に発信するならスマホで読みやすいように」というのは新しい視点でした。この、相手の立場になって考えて、使いやすいツールを用いるという姿勢は、途上国への国際協力の姿勢と同じかもしれませんね。

それに少し関連するのですが、途上国における事業でも、質が良くて長持ちするが調達や建設に時間のかかる日本の協力とともに、場合によっては長持ちしなくともスピーディに対応する協力が喜ばれることがあるんです。私自身、2013年にフィリピンでスーパー台風による大災害が起きた際に現地にいて、日本が建設した小学校は屋根が飛ばず、その価値がフィリピン政府に改めて評価された一方、倒壊した学校周辺のコミュニティからは一刻も早い再建を要望されました。迅速性を重視して低コストで建設した施設は、同等の台風がきたらまた倒壊するリスクが高いのですが、判断が難しいところです。

↑コンテンツをITで発信していくスピード感の一方で、力のある作家が育ち、作品を作っていく時間軸は長いと話す佐渡島さん

 

佐渡島:そもそもの国ごとの考え方の違いも関係しているかもしれませんね。自転車で例えるなら、丈夫で10年壊れないモデルを使い続けるのか、安いけど壊れやすいモデルを買い替えていけばいいというスタンスなのか。壊れ方もいろいろで、全部が壊れるのではなく、タイヤだけが壊れたならタイヤだけを交換すればいい、という考え方もある。こういったアップデート主義で動いている国もありますよね。モノの基礎が壊れなければ、壊れた一部だけをその時々でアップデートしていけばいい、と。シェアリングエコノミーでやっていくときには、こうした「壊れてもいい」というルールもありですよね。

一方で日本は、全部が壊れないように、という完璧主義。これだと中身のソフトは年々アップデートされるのに、外側が追いつかないという現象が起きる。日本製のモノを使うと国全体が時代から遅れてしまう可能性すらありますよね。全部が全部そうとは限りませんが、壊れないことによる破綻や弊害もあると思うんです。

 

見宮:現地の状況をみつつ、いろいろな形の国際協力のあり方を模索していく必要がありますね。

↑いまはSNSのなかで消費される、一瞬見て楽しいコンテンツをつくりたいと話す佐渡島さん。コンテンツという中身を、どんな媒体に載せるかは時代の潮流で変化するそうだ

 

佐渡島:そうですね。全くゼロベースから完璧なものを仕上げようとするのではなく、現地にあるものを生かして、「今あるものにONしていく」というファクトフルネス(※)に対応できれば、国際協力の仕方も柔軟になる気がしています。

※思い込みではなく、データや事実にもとづいて世界を正しく見ること

 

見宮:ファクトフルネス、大事ですよね! 例えば、一般に教育分野の国際協力というと学校の建設というイメージもありますが、国やエリアによるものの、学校がなくて全くゼロベースで教育を受けたことがないという状態は減ってきています。より教育を充実させるために、新しい施設を建設すべきなのか、指導者のスキルアップが必要なのか、教育の重要性に対する意識改革が効果的なのか…など、その地域の現状を踏まえた協力を心がけています。

 

「一物多価」のネット社会で「一物一価」感覚のままでは取り残される?

見宮:以前、「時代が変化する空気を直に感じたくて、独立した」というお話をされていましたが、コルク社では、まさに従来の出版モデルにないコミュニティ形成やN高(※)業務など、柔軟に対応されていますよね。

※学校法人角川ドワンゴ学園が2016年に開校した、インターネットと通信制高校の制度を活用した“ネットの高校”

 

佐渡島:そうですね、特にネット社会では、人とモノのマッチングの仕組みが変わってきている。そこに従来の感覚で立ち止まってしまうと取り残されてしまう。モノの値段も、資本主義で発達した「一物一価」の感覚が、今は「一物多価」に戻ってきていると思うんです。

社会が未成熟な状態だと、経済は一物多価といわれますよね。モノの値段が一律ではない状態。日本人はインドでタクシーに乗るときに値段交渉があるのを嫌がりますが、それはタクシーの値段は一律という感覚があるからですよね。同じ値段で乗れるべきなのに、高額を支払わされたと怒る。ですが、インド人同士では普通の感覚で値段交渉しているわけです。それは、メルカリ上での値付けも同じで、モノの値段が一律でない状態でも違和感がない。モノの値段が場所と時間で変わる世の中にもう一度戻ってきていると思います。

↑日本には「ほんとうに必要?」という慣習が多く保存されていると話す。例えば小学生のランドセル。10万円もかけるなら、一生使える高級革バックを買ったほうが効率的と考えてしまうそう

 

佐渡島:アフリカなどでは一物一価の時代を経ずに、そのままネットの一物多価感覚にのっかっていますよね。郵便物の仕組みも面白いんですよ。僕らは郵便番号で管理された住所に荷物を届けてもらうのが当たり前、と思っていますが、アフリカでは住所を持たないがゆえに、スマホがある所に荷物を運ぶ仕組みができかけている。日本でも、住所がある所と自分のスマホの場所と、荷物の出し分けができるほうが便利なはずですが、日本社会でこれをやろうとしても「うん」と言う人は少ないでしょうね。「従来型」にはまって身動き取りにくい状況が、日本にはたくさんあるように感じます。

 

“注意力散漫な人”向けに伝える方法を掘り下げるとヒットにつながる

↑再読性の高い漫画というツールを、今後の国際協力に生かす手法について熱心に質問する見宮さん

 

見宮:最後に発信に思い入れがある佐渡島さんならではの視点について、おうかがいできればと思います。広報の仕事をしていると、コンテンツ内容はもちろん、どんな媒体に載せるのか、どんなツールが最適なのかで日々試行錯誤しているのですが、佐渡島さんなら例えば「国際協力」をどう発信されますか?

 

佐渡島:まずは、誰に何を伝えるかを明確にするとよいと思います。例えば日本の若い世代向けに、漫画を使って国際協力への興味を引くにはどうするか。僕ならまず、JICAの採用ページに今回の漫画を使いますね。どんな組織も人ありきですからね、そこから変えていくのは面白いんじゃないかと。

で、「この漫画を世界に促す人になりませんか?」と謳い文句をつける。漫画が冒頭にあって、そのあとに職員の方のインタビューが入るという流れ。

今、文章で書かれたものは書いた人しか読まない。10代20代のアテンションを引っ張るなら、数秒で理解できる1枚の絵的なツールが必要です。YouTubeよりもTikTokを選択する彼らに「インタビューを読んでください」から入ってもキャッチできないでしょうね。

↑ゼロから作品を作りだす作家たちには、漫画の登場人物がまるで本当に存在しているかのように、その人となりを第三者に伝える力があると語る佐渡島さん

 

佐渡島:テレビ局の方が以前、「注意力散漫な人に、どういう順序で伝えたら深い話が伝わるのかを考えられると、ヒット番組が生まれる」と話していたんです。今はテレビも、料理だったり洗濯だったり、何かをしながら画面を見る視聴者が多い。そうなると、注意力が散漫になるわけです。その状態の人に真剣にメッセージを送るとしたらどうすればいいか? を掘り下げることが重要だと。

国際協力に関しても、日本国民も途上国の方も、まだまだ知らないことが多く、注意力散漫な状況だろうと思うんですね。かなりクローズドなマーケットですから。その層に向けた発信策を追求してみたら改革につながるのではないでしょうか。

 

見宮:なるほど、面白いですね。常識から解き放たれて、新しい仕組みづくりや発信の仕方から掘り下げて考えていきたいですね。JICAとしてはまず、今回の国際協力まんが大賞作品をしっかりと世界に向けて発信していきます。発信者として、佐渡島さんが普段から意識されていることはありますか?

 

佐渡島:僕が編集を担当した『宇宙兄弟』に「俺の敵はだいたい俺です!」というセリフがあるんですよ。誰かに向けて何かを発信するという行為は、「伝わるといいな」程度では届かないと思うんです。伝える本人の「これは絶対に伝えたい」という強い想いこそが常識の壁を越えていく力になる。そういう想いがある方って、とってもピュアな方が多い。それは漫画以外の媒体であれ、伝えたい先が国内であれ世界であれ、共通していると感じています。会社や組織、国境や人種……壁はどこにでもありますが、周囲の状況以前に、まずは自分から突き抜けていく、という純粋な熱量が大事なんだと思いますね。

 

撮影:石上 彰  取材協力:SHIBUYA QWS

カンボジアで製造業の人材育成をサポート:コロナ禍を乗り越え、協力を継続【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、カンボジアの職業訓練校と連携し、技術者を育成する取り組みを追います。

 

カンボジアの急速な経済成長を支える人材の育成に向け、質の高い職業訓練が求められています。JICAは2015年から産業界のニーズに応えるため、より実践的で質の高い職業訓練に向けた協力で製造業の中核を担う技術者の育成を続けています。

 

コロナ禍でも協力は途切れることなく続き、全国の職業訓練校で活用できる、電気分野の訓練カリキュラムや必要な訓練機材などをマニュアル化した「標準訓練パッケージ」が完成。今年9月に政府承認を受けました。これにより、現場ニーズにより即した職業訓練が推進され、知識・技術を培ったカンボジア人技術者の活躍が期待されます。

↑職業訓練校で電気工事の実習をする学生ら

 

8月には専門家がカンボジアへ再赴任

「パイロット職業訓練校3校での開発機材を活用した実践的な訓練の経験を踏まえ、産業界とも協力し、ASEANの枠組みに準拠した標準訓練パッケージについて、今年3月、ドラフトがようやくまとまりました。4月からは労働職業訓練省内での作業が進められ、9月にプロジェクト活動後の目標であった政府承認までこぎつけました。当地関係者の努力の賜物です」

 

こう語るのは、このプロジェクトに厚生労働省から派遣されている山田航チーフアドバイザーです。3月下旬に新型コロナウイルス感染症の影響で一時帰国した後も、電子メールやSNSを活用して現地とのやりとりを継続。8月初旬には他の地域やプロジェクトに先駆けて首都プノンペンに再赴任し、いち早く現場での活動を再開しました。現地との対話を重視した連携が、今回の標準訓練パッケージの政府承認につながりました。

↑職業訓練校の指導員とオンライン会議も実施

 

工場のラインマネージャーといった中堅技術者に求められる知識・技術が習得可能なディプロマレベル(注)の標準訓練パッケージが国家承認を受けたのは、カンボジアでは初めてです。

(注)ディプロマレベル: 短大2年卒業相当の中堅技術者(テクニシャン)養成教育

 

存在感を増す職業訓練校——カリキュラムの“質”のばらつきが課題だった

カンボジアでは産業構造の多様化や高付加価値産業の創出に向け、自国での人材育成が重要課題となっているものの、製造業の生産ラインマネージャーといった技術者は現在、第三国の外国人でほぼ占められています。そのため、カンボジア人技術者の育成に向け、職業訓練校の存在感がいっそう高まっています。

 

しかし、従来の職業訓練カリキュラムはそれぞれの訓練校が独自に編成していたため、その質のばらつきが大きな課題でした。そこで、このプロジェクトでは現地の日系企業を含む産業界から広くヒアリングなどの調査を繰り返し行い、生産現場で必要とされる実践的な知識と技術を明確化してカリキュラムを作成。また、訓練機材を部品レベルからカンボジア国内で調達し、プロジェクト終了後も職業訓練校の指導員たちが自分たちで維持管理できる体制を整えました。

 

プロジェクトで電気技術分野を担当する松本祥孝専門家は、この作業を振り返り、次のようにこれからの展望を述べます。

 

「カンボジアでは、都市部および国境付近の工業地帯とその他の地方では人材ニーズが異なるため、画一的にパッケージを実践していくのではなく、地域の人材ニーズに即して多少アレンジすることも必要かもしれません。また、地方校への普及活動では、パイロット職業訓練校の指導員によるTOT(Training Of Trainers)が必要であり、パイロット校3校の先導的な役割が求められます。これらの活動を通じて職業訓練全体のボトムアップひいては中堅技術者不足の解消に繋がることを期待しています」

 

カンボジア産業界と訓練校を繋ぎ、互いの信頼関係を築く

職業訓練校の最大の目的は、カンボジア産業界が求める質の高い人材を輩出し、現場で活躍してもらうこと。そこでプロジェクトでは出口戦略の一環として、パイロット訓練校が主宰するジョブフェアや企業の現役技術者向け有料技術セミナーの企画・開催などを通し、産業界と職業訓練校がより密に関わる仕組みを構築し、連携を深めてきました。

 

「これまでも職業訓練校では個別に細々と産業界との繋がりはあったものの、自ら主宰するイベント等は実施経験もなく、訓練校同士の情報交換や共有の場もほとんどない状態でした。プロジェクト開始後、パイロット3校と産業界、関係省庁を繋ぎ、積極的に働きかけ、彼らが主体のイベントを仕掛ける活動をしていった結果、徐々に関係者の結びつきや関係性が醸成されつつあります」と業務調整や産業連携を担当する齋藤絹子専門家は語ります。

↑有料技術セミナー(写真左)とパイロット職業訓練校主催のジョブフェア(写真右)の様子

 

ASEANグローバルサプライチェーンの一角を担い、地域の成長と繁栄に寄与することを目指すカンボジアでは、教育・職業訓練による人材育成は政府の最重要課題の一つです。このプロジェクトの今後について、山田チーフは「カンボジアの人びとが、関係者と手を携えて、人づくりの仕組みを持続的に改善していくことができるよう、引き続き協力をしていきたいと思います」と抱負を述べました。

高専生のモノづくり力を途上国の課題解決と日本の地方創生に活用【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、高専生のモノづくりの力を活用して途上国の課題解決を図り、さらには地方創生も進めていく、そんな取り組みについて取り上げます。

 

2020年7月、JICAと長岡工業高等専門学校(長岡高専)は、「長岡モノづくりエコシステムとアフリカを繋ぐリバース・イノベーションによるアフリカと地方の課題解決」に関する覚書を締結しました。この「リバース・イノベーション」とは、先進国企業が新興・途上国に開発拠点を設け、途上国のニーズをもとに開発した製品を先進国市場に展開すること。先進国で開発された製品を途上国市場に流通させる従来のグローバリゼーションとは逆の流れになるのが特徴です。

 

長岡のモノづくりによるアフリカの課題解決と、アフリカのニーズをもとに開発した製品を先進国市場に逆転展開するリバース・イノベーションによって、日本国内の地方創生や社会課題解決を目指すという野心的で新たな試みが動き出しました。

↑2020年7月に長岡市で行われた調印式に参加した長岡高専の学生たち

 

長岡の技術力をアフリカの課題解決に活用する

「参加している学生たちは、関連諸国の取り組みやアフリカの社会背景を知るために文献を取り寄せて読み、専攻科目の垣根を越えて協力しながら、想像以上に高いレベルの試作品を作り上げています」とこの事業に参加する学生の様子を語るのは長岡高専の村上祐貴教授です。

 

長岡高専の学生たちは「循環型社会実現に向けた持続可能な食糧生産・供給システムのアイデア」や「モノづくりの力で新型コロナウイルスの感染拡大を防止するアイデア」などといったこの事業に託された課題についてチームで取り組み、解決策を検討。長岡技術科学大学が試作品の製作支援をしていくほか、長岡産業活性化協会NAZEも協力し、その製品化を目指します。

 

JICAは、この長岡高専での取り組みを皮切りに、次年度は参加校を増やし、3年後には全国の高専に展開されることを想定しています。

↑この事業の発表記者会見では、「長岡市のモノづくりの技術が世界に展開されることに期待しています」と磯田長岡市長(右端)が期待のコメントを寄せました

 

↑長岡市内での連携だけでなく、ケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学や現地企業とも連携して事業を進めます

 

始まりは全国の高専生が途上国の課題解決に挑んだ一大イベント

この事業が始まった背景には、高専生を対象としたJICAによる先行の取組みとなる「KOSEN Open Innovation Challenge」がありました。これは、高専生の技術とアイデアで、開発途上国の社会課題解決と国際協力の現場を教育の場として活用していくことを目的にしたコンテストです。第1回目(2019年4月開催)は、長岡、北九州、佐世保、宇部、都城、有明の6校の高専が参加しました。

 

なかでも長岡高専は、ケニアのスタートアップ企業のEcodudu社と連携して家畜の飼料を効率よく分別する装置の試作品を制作し、高専生はケニアで実証実験も行いました。試作品は現地で高い評価を受け、2019年8月に横浜で開催されたアフリカ開発会議(TICAD7)で報告された際、多くのメディアにも取り上げられました。

↑チームで開発した家畜飼料分別装置の実証実験をケニアの大学生たちと行う長岡高専の学生たち(2019年ケニアにて)

 

今年8月~9月には、第2回目のコンテストがオンラインで開催され、長岡、北九州、佐世保、徳山の4校の高専から、計20チーム・101名と第1回目を上回る数の高専生が参加しました。

 

「学生の関心度も参加意欲も高く、教員たちの想像をはるかに超える試作品が制作されています。今後、参加する高専が全国に広がることで『全国高等専門学校ロボットコンテスト』規模の一大イベントになっていくかもしれません」と、長岡高専の村上教授も今後の可能性について語ります。

↑「KOSEN Open Innovation Challenge」(第1回)の参加者と審査員たち

 

若い力による日本の地域創生にも期待

現在、JICAと長岡高専が進める「長岡モノづくりエコシステムとアフリカをつなぐリバース・イノベーションによるアフリカと地方の課題解決」では、アフリカの高専生や大学生の参画も計画されており、日本とアフリカの学生が柔軟な発想で日本の地方創生、課題解決に取り組みます。

 

「今回のリバース・イノベーションでは、第1回KOSEN Open Innovation Challengeで選ばれたケニアの技術を長岡の産業廃棄事業に生かす取り組みも進んでいます。学生たちはアフリカと日本の文化の違いなどを考慮しながら地元長岡を活性化すべく意欲を燃やしています」と長岡高専の村上教授は今後の抱負を述べます。

 

国際協力の枠組みで、日本の地方創生問題を日本とアフリカの学生が考え、解決策を探るというこの取り組みは、日本の高専生たちにとっても知見も広げる貴重な経験になっていくことが期待されています。

 

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「天空の鏡」といわれるボリビアのウユニ塩湖で、日本の知見を活かし持続的な観光開発を進める【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ボリビアを代表する観光地ウユニ塩湖で進む、日本の廃棄物管理の知見を活かした持続的な観光開発について取り上げます。

 

この活動に中心となって取り組むのは、JICAの課題別研修でコンポスト(堆肥化)と廃棄物管理を学んだ帰国研修員たちです。ボリビア各地に点在する彼らはグループ「ECO TOMODACHI」を結成し、現地の行政機関、民間企業やNPOなどと協力して、ごみの削減や衛生環境の改善などを図っています。

↑空と塩湖が一体となるボリビアの観光名所ウユニ塩湖

 

↑ボリビアの帰国研修員グループ「ECO TOMODACHI」のロゴマーク

 

現地の観光事業者とペットボトルごみの削減を目指す

ボリビア有数の観光地であるウユニ塩湖周辺は、標高3000メートルを超える高地にあり、ごみ処理能力に大きな課題を抱えています。ほとんどのごみは分別も熱処理もされないまま集積所に投棄されており、悪臭や土壌汚染を招くのはもちろんのこと、ビニール袋やペットボトルといった土中で分解されないプラスチックごみが周囲に散乱している状況です。

↑ラパス県観光地でのごみ拾いを実践するECO TOMODACHIのメンバー

 

そのようなウユニ塩湖周辺の環境改善に向けて、ECO TOMODACHIは現地で観光業を展開するキンバヤ・ツアーと協働し、ペットボトルごみの削減のために始めたのが、観光客へのタンブラー配布です。

 

ウユニ塩湖は標高が高く紫外線が強い場所なので、ツアー参加者にはペットボトル入りの水が渡されていました。タンブラーを無料配布し、ツアーバス内で飲料水の提供サービスを実施することで、ペットボトルを観光エリアに持ち込む必要がなくなり、ペットボトルごみの発生を抑えることができます。

 

キンバヤ・ツアーボリビア代表のロマイ・ウェンディ—さんは、2019年にECOTIOMODACHIメンバーから「観光地をよくする3R」研修を受けました。「ウユニ塩湖周辺の環境改善に向けてできることを模索したとき、ECO TOMODACHIに相談を持ちかけました。ラパス県観光ガイド協会やJICAも含めた意見交換会など重ねて、2019年に観光客が持ち込むペットボトルごみの削減という目標を設定し、タンブラーのプロジェクトを開始しました」と語ります。

 

タンブラー配布後の観光客の反応や使用状況などをみながら、改善を加え、5か月間のパイロット期間で1,080本相当のペットボトルごみを削減することができました。

↑配布したタンブラーを手に、セミナーでキンバヤ・ツアーの3Rを紹介するロマイ・ウェンディ—さん(写真左)とウユニで観光客に配布されたタンブラー(写真右)

 

キンバヤ・ツアーではこのウユニ塩湖の成功例をもとに、ボリビアのみならず、メキシコからチリに至るツアーにもタンブラー配布を導入していく予定です。コロナが収まり、観光事業が再開されれば、1年間で12,000本相当のペットボトルごみ削減を目標に掲げます。

 

ウユニ塩湖の衛生状況改善に向けて

ウユニ塩湖周辺の経済は、観光業を中心に成り立っています。しかし、下水処理施設が不十分なため、観光地でありながらトイレは慢性的に不足しており、このままでは観光客の増加が現地の生活環境の悪化につながりかねない状況です。持続的な観光開発のため、トイレ設備の改善は、喫緊の課題です。

 

「通常であれば、簡易トイレなどを設置し、タンクを定期的に最終処分場に運んで処理する方法が取られますが、この地域での実施は難しいです。そのため、トイレを設置した場所で、排泄物の最終処分までを行う方法を考えなければいけません」と語るのは、ECO TOMODACHIのヴィア・ホルヘさん(2010年JICA帰国研修員)です。

 

「富士山のトイレ問題を解決する日本企業の活動をインターネットの記事で読んだことをきっかけに、排泄物を悪臭なく固化できる携帯トイレ技術を使って、堆肥化を検討できないかと考えました。ウユニでは、観光業の次に重要な経済活動に、キヌア生産があります。トイレ問題の解決と同時に、キヌア生産も発展させられることができれば、極めて効率的な循環が実現できます」

 

そこで目を付けたのが、災害用・介護用の携帯トイレなどを開発販売する日本企業エクセルシアの開発した処理剤。無臭効果と排泄物を固める効果があり、使用の際の安心感を高め、排泄物の安全な取り出しを可能にします。「この技術を、ウユニの未来に活かしていきたい」とヴィアさんは語ります。

 

エクセルシアは、JICAが開催する中南米セミナーをきっかけにボリビアの現状を知り、この取り組みに大きな可能性を感じています。エクセルシアの足立寛一社長は「トイレ状況の改善は、生活の安全や質の向上に直接的に関わります。当社の技術が、世界的な観光地の持続的な発展に貢献できると考えています。先進的なエコ事業にしていきたいですね」と抱負を語ります。JICA事業としての展開を視野に入れ、ECO TOMODACHIとエクセルシアの協働作業が始まっています。

↑女性登山家サンヒネスさんに携帯トイレを渡してテスト使用の協力を依頼(写真左)。ECO TOMODACHIのセミナーで携帯トイレの使い方を紹介するエクセルシア足立社長(写真右)

 

多岐にわたるECO TOMODACHIプロジェクトの成果

ECO TOMODACHIは、ウユニ観光地域以外でも、JICAで学んだ日本のコンポスト(堆肥化)技術を活かしています。サカバ市(コチャバンバ県)、サマイパタ市(サンタクルス県)、ラパス市(ラパス県)では、高倉方式のコンポストを生産。2019年には、JICAと日系企業ER/Ikigaiとともに高倉式コンポストが学べるアプリ「COMPOCCHI」を開発し、ボリビアの廃棄物処理技術の発展を支えています。

 

JICAボリビア事務所の渡辺磨理子職員は、「ECO TOMODACHIのメンバーとして活動する帰国研修員たちは、ボリビア全国に点在していますが、SNSなどを通じて日常的に情報交換を行っています。日本で得た知見を持ち帰り、それぞれがそれぞれの場所でネットワークを広げています。こうした自発的なネットワークの輪に、民間企業や行政も含めていければ」と今後の活動に期待を込めます。

↑1年に1回程度、各地のECOTOMOメンバーが集まり、コンポスト技術を共有し意見交換の場を持っています

 

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衛星技術で途上国の生活を便利に――電子基準点の利活用を進め、インフラ整備の効率化や自動運転技術の向上を図る【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、衛星技術を活用した途上国の生活を便利にするための取り組みについて取り上げます。

 

最近よくニュースで耳にするドローンやトラクターなどの自動運転は、米国の「GPS」や日本の「みちびき」といった衛星からの電波を地上で受け取り、位置情報が得られることで可能となります。衛星の電波から精度の高い位置情報を得るためには「電子基準点」という地上に設置された観測装置が欠かせません。

 

この高精度な位置情報とデジタル地形図を活用することで、道路や上下水道などのインフラ整備をより迅速に、かつ効率的に行えるようになります。

 

人々の生活を豊かにし、都市開発を効率的に進めるため、JICAはミャンマーやタイなどで、電子基準点の整備や活用の促進に取り組んでいます。

↑ヤンゴン市内に設置された電子基準点

 

↑衛星データを活用した測量実習の様子(ミャンマー)

 

ミャンマー:電子基準点の設置から運営維持管理までサポート

ミャンマー最大の都市ヤンゴンにて、JICAが2017年から実施しているのがデジタル地形図や電子基準点の整備を目的とした「ヤンゴンマッピングプロジェクト」です。ミャンマーでは、これまで電子基準点が設置されていなかったため、まずヤンゴン市および周辺エリアに5点の電子基準点を整備しました。

 

この電子基準点から得られた高精度な測位データとデジタル地形図によって、今後ヤンゴン市で計画されている道路や上下水道などのインフラ整備をより迅速に、かつ効率的に行えるようになります。

↑ミャンマー最大都市・ヤンゴンのデジタル地形図

 

さらに、デジタル地形図と土地利用・統計データを活用することで、「現状の建物用途を地形図上で可視化し、将来の土地利用計画を検討する」「学校、病院などの社会インフラの配置を適切に計画する」といったことが期待されます。多様な情報が地図上で可視化され、政策決定が迅速に進められるようになるのです。

 

電子基準点の利活用に向け、設置した後の適切な運営維持管理や利活用の促進も重要です。JICAはミャンマー政府の職員を日本の国土地理院に招き、安定的な運営維持管理手法や予期せぬトラブルが発生した際の対処方法などの研修を実施しています。

↑国土地理院で研修を受けるミャンマー政府の職員ら

 

電子基準点から得られる高精度な位置情報を利用する際、位置座標の補正が重要となります。その補正が必要となる代表的な理由は地殻変動です。大陸は1年に数センチメートルほど移動しますが、地図の位置座標は過去のある時点のまま変更されません。年月の経過と共に現在の正しい位置と、過去の地形図上の位置とのずれが大きくなっていくことから、座標の補正・更新を行い続ける必要があります。

 

研修に参加したミャンマーの職員からは「電子基準点を維持・管理していくための解析方法を目の前で学ぶことができた。今後の業務に活かしていきたい」といった声があがっています。

 

タイ:トラクターや建設機械の自動運転技術の実証実験を進める

JICAは昨年、タイにおいて、日系企業とタイ政府機関・現地企業と協力し、トラクターや建設機械の自動運転のデモンストレーションを実施しました。

↑タイで実施されたトラクターの自動運転のデモンストレーション

 

タブレット端末などで専用のソフトウェアを操作し、電子基準点と衛星技術を活用することで、センチメートルレベルの精度でトラクターの走行経路を設定することができるという実証実験です。通常、衛星からの位置情報だけでは誤差が数メートルレベルとされていますが、電子基準点があることで誤差がセンチメートルレベルにまで向上するのです。

↑左:無人で走行するトラクター(株式会社クボタ)/右:デモンストレーション会場では、自動運転に関する説明も行われた(ヤンマーアグリ株式会社)

 

さらに、今年9月からは、タイ政府が新たに設置する国家データセンターの運営維持管理能力の強化など、電子基準点から得られる高精度な測位データのさらなる利活用促進に向けた取り組みを進めていきます。デジタルエコノミーの拡大や新規ビジネス・イノベーションの創出に寄与することが目的です。今後、複数の民間企業と協力して、衛星と電子基準点を活用したさまざまな分野でタイにおける社会実装を目指していきます。

 

JICAの電子基準点の利活用は、民間企業から熱視線

JICAが途上国で進める電子基準点の利活用は、民間企業からも高い関心を集めています。電子基準点を活用したビジネスを展開している総合商社の三井物産の担当者は、JICAの取り組みについて、次のように話します。

 

「電子基準点の活用によって、途上国でさまざまなビジネスの可能性が開かれる点に注目しています。JICAが電子基準点から得られる空間情報を活用したインフラ整備を進めているのは、産業創出を促進する面でも大変意義深い取り組みです。日本をはじめ先進国では農業、建設分野に限らず、鉱山、運輸等、多岐にわたる分野で、電子基準点を活用したビジネスが広がっています。JICAが途上国で電子基準点の利活用を進めることで、さらに日本の民間企業の知見が途上国の開発とビジネス展開に寄与していくことが期待されます」

 

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ベトナム初の地下鉄整備が進む:鉄道建設から会社運営、駅ナカ事業までサポート【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ベトナムで進む鉄道プロジェクトについて取り上げます。

 

ベトナムの最大都市ホーチミン市で、2021年末開業予定の都市鉄道の運転士講習が、この7月から始まっています。ホーチミン市都市鉄道は、巨大都市に成長したホーチミン市の渋滞緩和を目的としてJICAの協力により整備されており、2012年から建設工事が進んでいます。

 

現地では鉄道建設に加えて、運転士の採用や安全管理部門などの人材育成、組織管理や営業規約の策定など、鉄道運営会社の能力強化プロジェクトが実施されており、JICAはハードとソフトの両面で開業をサポートしています。

↑運転士講習開講式の様子。運転士候補生59名と関係機関の代表者などが参加しました

 

ホーチミン市初の鉄道運転士講習がスタート

「発展を続ける都市開発と人々の安全輸送に貢献できることを、私たち自身とても誇りに思っています」

 

運転士講習の開講式でそう語るのは、今回唯一の女性運転士候補生ファム ティー ツー タオさんです。今回、運転士候補生として選ばれたのは59名。募集にあたっては、学歴や身体条件のほか、道徳・規範意識の高さや、責任感、自律性の高さなども条件となっていて、いずれもクリアした人たちが集まりました。候補生たちは、今後約1年に及ぶ鉄道学校での授業を受け、その後、実技訓練や国家試験を経て、晴れて運転士として業務にあたることになります。

↑運転士講習開講式でスピーチに立つファム ティー ツー タオさん

 

ホーチミン市の様々な課題をクリアする都市交通システム整備

この都市鉄道整備の背景には、ホーチミン市の人口急増問題があります。ベトナム最大の都市として約900万人(2019年4月時点)が暮らすホーチミン市は、2009年からの10年間で約180万人の人口増加があり、道路整備とバス活用による都市交通整備はもはや限界に達しています。現在はバイクで移動する住民が多く、また今後は経済成長に比例して自動車利用が増加していくと考えられています。今回の都市鉄道整備事業は、慢性化した交通渋滞を回避し、大気汚染緩和、地域経済発展など、巨大都市ホーチミンが抱える多くの課題を解消するものとして期待を集めています。

 

現在、全部で8つの鉄道路線が計画されおり、今回JICAの協力によって建設が進んでいるのは、その中の「都市鉄道1号線」とよばれる、ベンタイン-スオイティエン間を結ぶ19.7kmの路線です。ホーチミン最大の繁華街である都心部2.5kmは地下を走り、郊外の17.2kmは高架で、最高時速は100kmを超えるという、ベトナムでは初めての地下鉄です。

↑1号線の路線計画図。ホーチミンの中心部から郊外を結ぶ都市鉄道です

 

↑建設中の駅間シールドトンネル部分。都心部の2.5kmはベトナム初の地下区間となります

 

この1号線は、ホーチミン都市整備の優先区間と位置づけられており、2021年12月の開業に向け、工事が進められています。開業に向けては建設工事とは別に、鉄道職員の育成や、安全認証の取得など、鉄道運営会社が果たすべき課題はたくさんあり、JICAは、運営会社であるホーチミン市都市鉄道運営会社の運営維持管理能力を高める協力も進めています。

 

鉄道運営会社の能力強化プロジェクトに携わっている東京メトロの谷坂隆博さんは、1号線の有用性について「都心部の1区、発展著しい2区・9区を結ぶ路線で、1号線が成功すれば洗練された交通手段として都市鉄道が市民に浸透します。今後整備される他路線含めた都市鉄道普及の契機としてふさわしい路線です」と語ります。

↑1号線最初の列車が10月に車両基地に到着しました

 

ハード・ソフト一体となった整備・運営・維持管理支援

今回のプロジェクトで注目されているのは、東京メトロを中心とした協力のもと、鉄道利用を促進するモビリティ・マネジメント活動や、駅ナカ事業の取り組みといった非鉄道事業の整備も合わせて行っている点です。

 

モビリティ・マネジメントとは、交通渋滞や環境課題、あるいは個人の健康問題に配慮して、過度に自動車に頼る状態から、公共交通や自転車などを『かしこく』使う方向へと自発的に転換することを促す取り組みのことで、一般の人々やさまざまな組織・地域を対象としています。途上国の都市交通開発では、このモビリティ・マネジメントに類する活動はまだほとんど例がなく、都市鉄道整備とセットで取り組んでいる協力は日本独自のスタイルといえます。

↑都市鉄道建設現場には、ベトナムのファム・ビン・ミン副首相(写真前列左から2人目)も視察におとずれました

 

また、駅ナカ事業については、コンビニなどの商業施設だけにとどまらず、行政機関や、保育園など、地域社会向けの公共サービスが提供されるなど、日本独自の発展をとげてきた分野です。このようなノウハウを提供することにより、駅を単なる交通機関としてとらえるのではなく、市民生活に密着した場所として活用することができるようになるのです。

 

東京メトロをはじめとした日本の技術と知見により、ハード建設とソフト運営が一体となった協力をすることで、日本式の都市鉄道運営が、ベトナムでも大きな成果を上げることと期待されます。

 

開業へと準備が進む都市鉄道について、JICA社会基盤部の柿本恭志職員は、「都市鉄道の安全・安心な運行には、決められたルールをしっかりと守ることに加えて、異常時に適切な判断をして即座に行動できるように普段から訓練しておくことが重要です。今後は運営会社の人材育成とともに1号線開業のための重要なプロセスである安全認証取得の協力にも力を入れていきたいと思います」と語ります。

 

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【アフリカ現地リポート】withコロナで人々の生活はこう変わった――ガーナ、ルワンダ、コンゴ民主共和国

「ウイルスの感染拡大で自分たちの生活がこれほど変わってしまうとは……」

新型コロナウイルス(COVID-19)による緊急事態宣言からの外出自粛やマスク生活などを経験して、このように思った人は多いのではないでしょうか。現在も世界各国で感染を広げ続けている新型コロナウイルスは、日本だけでなく世界中の人々の生活を一変させています。

↑手洗い指導を受けるルワンダの小学生たち

 

たとえば、先進諸国と比べて報道される機会が少ない途上国。なかでも9月に入って感染者数が110万人を越えたアフリカ大陸では、どんな影響や生活の変化があるのでしょうか。コロナ禍以前から日本にあまり情報が入ってきていない分、想像できない面が多くあります。そこで今回は、ガーナ共和国、ルワンダ共和国、コンゴ民主共和国の3カ国で活動を行っているJICA(独立行政法人 国際協力機構)職員や現地ナショナルスタッフを取材。果たして現地の状況は? また人々の生活にどういう変化が起こっているのでしょうか。

 

【ガーナ共和国】コロナ対策への貢献で野口記念医学研究所が一躍有名に

 

↑ガーナの首都・アクラの風景

 

ガーナ共和国は大西洋に面した西アフリカの国で、面積は本州より少しだけ大きく、人口は2900万人弱。日本では「ガーナといえばチョコレート」を思い浮かべる人も多いでしょうが、実際、今でもカカオ豆は主要産品です。また、ダイヤモンドや金などの鉱物資源も豊富なうえ、近年は沖合の油田開発が始まり、経済成長も急速に進んでいます。

 

そんなガーナで初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは3月12日。その10日後に国境を封鎖し、さらに1週間後に大きな都市だけロックダウンするという迅速な対策が実施されました。ただし、日用品の買い物はOKで、不要不急の外出は禁止という程度の制限でした。ところが、結局3週間でロックダウンは解除。感染者が減ったからではなく、人々の生活が成り立たなくなってしまうという経済的な事情と、ロックダウン中に検査や治療の態勢がある程度、各地で整ったという背景があるようです。

 

その後も感染者は増え続け、6~7月は1日の確認数が千人を越えた日も。7月頭には累計2万人を越えました。それでもロックダウンはされることはなかったのですが、6月末をピークに現在はかなり減ってきています。この理由について、JICAガーナ事務所で日本人として現地に残っている小澤真紀次長は、「新規感染者が減っている理由はよくわかっておらず、私たちも研究結果を待っているところです」と言います。

 

コロナ以前にくらべ、人々の衛生意識に着実な変化が

JICA事務所で働くガーナ人スタッフに話を聞くと、「公共バスは混雑していてソーシャルディスタンスもとりづらい状況なので、自分は極力利用しないようにしています。街中を見ると、市場では売り手のほとんどがマスクを着用していますが、定期的に手を洗ったり、消毒剤を使用したりといった他の予防策はあまりとられていません」と、それほどコロナ対策が徹底されていないと感じているようです。

↑ガーナではもっとも安価な交通機関として人気の乗合バス「トロトロ」の車内。コロナ対策としてマスクの着用と席間を空けることが義務づけられている

 

一方、別のスタッフは、「多くのガーナ人は手洗いや消毒など衛生面の重要性を以前より意識するようになりました。天然ハーブを使って免疫力を高めようとしている人もいます。マスクについても、ほとんどの人が家を出るときにマスクを持っていますが、正しく着用している人は少ないです。呼吸がしづらいという理由で、アゴにかけたり、鼻を覆っていなかったりする人も多いです」と教えてくれました。日本と違ってやはりマスクに慣れている人が少ないことが窺えます。

 

生活面に関しては、「生活は日常に戻りつつありますが、ソーシャルディスタンスのルールを守っている人は少ないです。大きなスーパーマーケットやレストランではコロナ対策のルールをしっかりと守っていますが、小規模の店では徹底しきれていないと感じます。また、ほとんどの学校はオンライン教育を行なう手段を持っていないので、子供たちが学校に行けなくてストレスを感じています」と言います。そんななか、以前から行なわれていたJICAの取り組みが意外な形でコロナ対策に役立っています。

 

「JICAでは以前から現地の中小企業の製造プロセスにおける無駄をなくすため、カイゼン活動を紹介するなど、民間に対する協力をしていました。その中に布マスクを作っている縫製会社もあり、増産していただくことになったのです」(小澤さん)

 

ガーナ国内では、マスクの着用が義務付けられて以来、さまざまな業者や個人で仕立て屋を営む女性たちがマスクの製造を始め、街中でマスクを売る人も増えました。布マスクが100円しないぐらいで買える(紙マスクとあまり変わらない価格)ので、マスクの普及も一気に進んだそうです。小澤さんも「最近は服を仕立てるのと同じ布でマスクもセットで作ってくれたりします」と、コロナ禍でも新たな楽しみを見出していると言います。

↑アフリカならではのカラフルな色使いが特徴の布マスク

 

そして、コロナ禍でひと際クローズアップされるようになったのが日本の国際協力です。なぜなら、1979年に日本の協力で設立された「野口記念医学研究所(以降、野口研)」が、感染のピーク時には、ガーナ国内のPCR検査の8割程度を担ってきたからです。当研究所の貢献は毎日のように報道され、「今は知らない人が1人もいないぐらい有名になっています」(小澤さん)とのこと。ガーナでは「日本といえば野口研」というイメージになった模様です。もちろん「野口」というのは、黄熱病の研究中に自らも黄熱病に感染し、1928年にガーナで亡くなった野口英世博士のことです。

↑野口記念医学研究所のBSLラボでの検査の様子。PCR検査だけでなく、これまでも多くの研究成果をあげてきた

 

この野口研に対しては、以前からJICAが資金、人材、設備などさまざまな面で協力を続けています。コロナ前から長い時間をかけて積み上げてきた協力が、この災禍の中で大きな成果をあげているというのは、同じ日本人として誇らしいことですね。

 

【教えてくれた人】

JICAガーナ事務所・小澤真紀次長

大学時代に訪れた、南西アジアにおける村落開発に興味を覚え、2002年に旧国際協力事業団(現JICA)に入構。2017年に保健担当所員としてガーナ事務所に着任し、2018年秋より事業担当次長を務める。ガーナ駐在は2006年に続いて2度目。趣味のコーラスはガーナでも継続しているが、コロナ流行で中断中。代わりにパン焼きを始めた。山梨県出身。

 

【ルワンダ共和国】コロナ禍で若者や現地スタッフが大きな力に

 

次に紹介するのは、東アフリカの内陸国、ルワンダ共和国。面積は四国の1.4倍ほどで、人口は1230万人。アフリカでもっとも人口密度が高い国と言われています。1980~90年代には紛争や虐殺もありましたが、21世紀に入って近代化が進み、近年はIT産業の発展にも力を入れているそうです。

↑ルワンダの首都・キガリの街並み

 

「資源の少ない内陸の小国なので、教育を通じて人間力を高め、それを経済発展につなげていこうと考えているようです。そこは日本とも共通しますね」。こう話を切り出したのは、JICAルワンダ事務所の丸尾信所長です。

 

ルワンダで最初に新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは3月14日で、その1週間後には強力なロックダウンが施行されました。国境はもちろん、州を越えた移動も物流以外は制限され、市内でも食料など生活必需品の買い物以外は基本的に外出禁止。もちろん外出中はマスクの着用が必須。街角には警官が立ち、ルールを守らない人を取り締まりました。ルワンダでは政府の力が強く、早い段階で強硬なコロナ対策が徹底されたのです。そうしたロックダウンが2カ月近く続き、解除された後も夜間の外出禁止や学校の休校は続いています。また感染者が多い地域やクラスターが発生した街は、その都度、部分的なロックダウンが行なわれているようです。

↑ソーシャルディスタンスを取って店頭に並ぶ人々。多くの人がマスクを着用している

 

感染予防対策に関して、行政の指導によってかなり浸透してきましたが、アフリカならではの共通した課題もあります。それは、地方では家の中まで水道管がつながっていない家庭のほうが多いこと。井戸や共同水洗まで水を汲みに行って生活用水にしているので、日本のように頻繁に手を洗う習慣はありません。そのためコロナ対策として、街中のあちこちに簡易な手洗い器が設置されるようになりました。

↑街中ではこのような簡易手洗い施設が各所に設置されるように。手の洗い方を写真入りで示したガイドが貼られ、石けんも置かれている

 

実際の生活について、JICA事務所のルワンダ人スタッフにも聞いてみました。

 

「COVID-19によって在宅勤務をする人はかなり増えました。 私も必要に応じて在宅勤務とオフィス勤務を使い分けていますが、ネットの接続が途切れることが多いため、在宅勤務はあまり効率的ではありません」

 

日本の家庭では光ファイバーなどの有線回線も普及していますが、ルワンダをはじめとするアフリカ諸国では携帯電話の電波を使った接続が主流です。そのため、回線状態が安定せずに苦労することも多いのだとか。

 

一方、「バスの駐車場、市場や公共の場所などでは、ベストを着たボランティアの若者の姿をよく見ます。彼らは、市民がマスクを適切に着用することや、公共の場所に入る前に石鹸あるいは液体消毒剤で手を洗うように促しています」と話してくれたスタッフも。

 

丸尾さんの印象では、ルワンダ国民はお互いに助け合う意識が強く、それを若い世代もしっかりと受け継いでいるようです。

 

IT立国を目指すルワンダならではのユニークな対策

ルワンダならではの特徴的な対策として、ドローンをはじめとする最先端IT技術の活用が挙げられます。たとえば、ドローンに拡声器を取りつけて市中に飛ばし、COVID-19の予防措置について住民に呼びかける活動などが行われています。また、アメリカ発の「Zipline」というスタートアップが実施する飛行機型ドローンで血液や医薬品を輸送するという事業は、コロナ禍以前から続けられています。ルワンダでの運用経験を生かして、COVID-19検体の輸送にも利用するようになった国もあるそうです。「ルワンダでドローンが積極的に利用されるのは、この国の道路事情も関わっている」のだと丸尾さん。

 

「山がちな国土のうえ、地方では道路整備が進んでおらず未舗装路が多いんです。しかも、雨が降ると坂道に水が流れてさらに凸凹になり、走行に支障をきたします。しかしドローンを使うことで、自動車だと3時間ぐらいかかっていた場所でも10分ぐらいで血液を届けられるようになったという話を聞きました」

 

他にも、1分間に何百人も非接触で検温をしたり、医療従事者の患者との接触を減らすために入院患者に食事を配膳したりするロボットが空港や病院で使われるなど、試験的にではなく実用として先端技術が生かされています。そこにも日本の技術が数多く生かされているのです。

↑空港で実際に使用されているロボット。「AKAZUBA(ルワンダのローカル言語でSunshineの意味)」と名付けられている

 

現在は、万一新型コロナウイルスに感染し、重症化した場合を懸念して、各国に駐在するJICA日本人スタッフや専門家はほとんど帰国しています。にも関わらず、ルワンダでは以前から進行中のプロジェクトが中断されている事例はひとつもないそうです。

 

「たしかに日本人の専門家が現場に行って直接指示を出せないのは大きな障害ですが、以前からプロジェクトに携わってきた現地スタッフに、日本からリモートで連絡をとりながら事業を進めてもらうというやり方が、試行錯誤しながら成果を挙げてきています。経験があって能力も高い現地スタッフが多く、彼らの活躍によって思った以上にプロジェクトが継続できています」(丸尾さん)

 

これも、日本やJICAが長年にわたって地道に支援を続けてきた成果と言えるかもしれません。

 

【教えてくれた人】

JICAルワンダ事務所・丸尾 信所長

2009~2013年にルワンダの隣国タンザニアのJICA事務所に在任中、ルワンダ・タンザニア国境の橋梁と国境施設建設案件を担当。以来ルワンダ事業に関わる。ルワンダ政府の方針に寄り沿い、周辺国との連結性強化の取り組みも支援している。赤道近くながらも、標高1000mを超える高原地帯にあるルワンダの冷涼な気候がお気に入り。2019年2月より現職。

 

【コンゴ民主共和国】「感染症の宝庫」ならではのコロナ事情とは

 

「コンゴ」という名が付く国が2つあることは、日本ではあまり知られていません。今回紹介する「コンゴ民主共和国」は1997年に「ザイール」から改称した国で(以下、コンゴと省略)、その西側に隣接するのが「コンゴ共和国」です。コンゴ民主共和国は、日本のおよそ6倍、西ヨーロッパ全体に相当する面積を持ち、人口は約8400万人。アフリカ大陸ではアルジェリアに次いで2番目に大きな国です。鉱物資源が豊富で、耕作可能面積も広大なので非常に大きな開発ポテンシャルを持っていますが、その一方で、国内紛争が長く続いていて、マラリアやエボラ出血熱などの感染症死亡者も多く、アフリカにおける最貧国のひとつとも言われています。

↑コンゴ民主共和国の首都・キンシャサは、人口1300万人以上というアフリカ最大の都市

 

今回、JICAコンゴ民主共和国事務所の柴田和直所長に同国の詳しい情報を伺ったのですが、中には日本に住む我々には想像できないような話もありました。たとえば、コンゴには26の州がありますが、国土の西端近くにある首都キンシャサから自動車だけで行ける州は3つ。全国的な道路整備が進んでおらず、その他の州に行くには、飛行機に乗るか船で川を進んでいくしかないとのこと。

 

「だから国全体を統治することが難しく、東部で続いている紛争を止めるのも困難な状況です。資源国でありながら、経済発展がなかなか進まないんです」(柴田さん)と、広大な国土を持つコンゴならではの難しさを指摘します。

 

そんなコンゴのもうひとつの特徴は、新型コロナウイルス以前から感染症が非常に多いことです。エボラ出血熱の発祥地でもあり、これまで10回にわたるエボラの封じ込めを行ってきました。感染症関連の死因でもっとも多いのはマラリアで、今年もすでに8千人以上(※見込み値)が亡くなっています。その他にもコレラ、黄熱病、麻疹(はしか)などでも死者が出ており、中には、日本では予防接種をすれば問題ないとされる、はしかで亡くなる子どもも。

 

コンゴで新型コロナウイルスの感染者が初めて確認されたのは3月10日で、2日後には国の対応組織が作られました。そして3月21日に国境が封鎖され、飛行機は国際線も国内線も運行停止に。3月26日には、首都キンシャサの中心部、政治・経済の中枢となっているゴンベ地区がロックダウンされ、他の国と同様のさまざまな制限が設けられました。こうした迅速な対応ができたのは、国として感染症の恐さもよくわかっていて、なおかつ専門家も多いからと言えます。一方で、「首都でこれだけ厳しい対策がしかれ、大きな影響が出ているのは、私の知るかぎりは初めて」(柴田さん)という言葉から、新型コロナウイルスの脅威の大きさが窺えます。

↑コロナ禍以前のキンシャサの市場。今は混雑もかなり緩和されているが、ソーシャルディスタンスを確保するのは難しいそうだ

 

JICA事務所のコンゴ人スタッフも「移動の制限が生活をとても困難にしています。それが商品不足の不安を引き起こして買いだめにもつながり、物価が高騰して国民の生活を非常に苦しくしています」と厳しい現状を伝えてくれました。

 

現在はロックダウンを解除しているコンゴ。小規模な小売店をはじめ、その日その日の収入で生活している人が多いため、外出禁止にすると食べ物を得る糧を失ってしまう人が多く、外国人や富裕層が多いゴンベ地区以外は制限を緩めて経済活動を継続せざるをえないという事情があるからです。他の感染症に比べて死亡率が低く、感染しても無症状で終わることが多い新型コロナウイルスで、これほどの経済的苦難を強いられるのは納得がいかないなどの理由から、コロナの存在自体を否定するフェイクニュースが出たりすることもあるようです。

 

日本の貢献が光る、コンゴでのコロナ対策

そんなコンゴでも、コロナ禍で日本の存在感が大きくなっています。ガーナでの野口記念医学研究所と同様の役割を持つ「国立生物医学研究所(INRB)」は日本が継続的に協力している機関で、コンゴではPCR検査の9割以上をINRBがまかなっています。また、日本が設立した看護師、助産師、歯科技工士などの人材を育成する学校「INPESS」は、国のコロナ対策委員会の本部や会議室として使用されています。

↑日本が建設したINRBの新施設

 

コンゴ医学界の要人との絆もより強固になっています。70年代にエボラウイルスを発見したチームの一員で、2019年に第3回野口英世アフリカ賞を受賞したジャン=ジャック・ムエンベ・タムフム博士は、INRBの所長を務め、JICAとの関係も深い人物。国民の信頼も厚く、現在はコロナ対策の専門家委員会の委員長も務めていて、日々国民の感染対策への意識を啓発しています。

↑ムエンベ博士(中央)と柴田所長(左)。右の女性は、JICAを通じて北海道大学へ留学した経験があるINRBスタッフ

 

「私たちが一緒に働いているコンゴの人たちは本当に真面目で、この国を良くしたいと毎日頑張っています。陽気で楽しい人たちでもあります。今回はお伝えできなかったですが、とても豊かで魅力的な文化や自然もあります」と柴田さん。最後にコンゴへの思いを熱く語ってくれました。

 

コンゴに限らず、アフリカの人たちはとても芯が強く、苦しい生活の中でも明るさを失っていないと、小澤さんも丸尾さんも柴田さんも口を揃えています。コロナ禍にあっても決して折れない心。それは日本の我々にとっても大きな希望となるように感じました。

 

【教えてくれた人】

JICAコンゴ民主共和国事務所・柴田和直所長

1994年よりJICA勤務。2018年3月より2度目のコンゴ駐在。過去2か国で4回のエボラ流行対策支援に関わり、コロナ対策支援も現地で奮闘中。趣味は旅行、音楽鑑賞・演奏などで、コロナ流行前は、コンゴ音楽のライブやキンシャサの観光名所巡りを楽しんでいた。

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【世界手洗いの日】日本発の「正しい手洗い漫画」が世界へ――途上国での感染症予防に新たなアプローチ、その制作背景に迫る!

毎年10月15日は「世界手洗いの日」。不衛生な環境や水道設備の不足により感染症にかかるリスクの高い途上国の子どもたちにも、予防のための「正しい手洗い」を普及したいと、2008年にUNICEF(国際連合児童基金)などによって定められました。

 

石鹸を使った正しい手洗いは、感染症から身を守る、最もシンプルな“ワクチン”ともいわれています。特に今年は新型コロナウイルス感染症の収束が見通せない状況のなか、「手洗い」への関心が世界的に高まっています。

 

この機会に途上国の子どもたちに広く手洗いについて知ってもらおうと、漫画を使った取り組みが行われています。これはJICA(独立行政法人国際協力機構)が世界手洗いの日にあわせて実施する「健康と命のための手洗い運動」キャンペーンの一環で、漫画は翻訳され、世界各国の関連施設や現地の小学校へ配布されるほか、漫画を動画化してテレビCMやYouTubeで配信するなど多角的に展開されます。

この「手洗い漫画」を描いたのは、国際協力やジェンダー問題などをテーマに取材漫画家として活動する井上きみどりさん。制作過程では、途上国特有の手洗い事情への配慮はもちろん、技術的な側面でも新しい発見が多かったとか。そうした裏話を含め、井上さんに制作の背景や国際協力に対する想いなどをうかがいました!

<この方に聞きました>

井上 きみどり(いのうえ きみどり)

仙台在住の取材漫画家。与えられたテーマで描くより、自身が本当に描きたい「震災」「ジェンダー問題」「国際協力」等に注力したいという思いから取材漫画家として活動をスタート。2020年4月には「「コロナを『災害』として見る場合の災害時に子どものメンタルを守るために気をつけたいこと」と題した漫画を自身のSNS上で発表し、JICAの協力で33言語に翻訳され世界中で話題となる。仙台での震災の経験から、【震災10年】の作品制作活動にも取り組んでいる。「自由な場で自由に描く」が方針。

https://kimidori-inoue.com/bookcafe/

 

きっかけはコロナ下で大きな話題となった子どものメンタルケア漫画

――今回の手洗い漫画は世界展開を前提にしたものですが、井上さんが4月に発表された漫画「【コロナを『災害』として見る場合の】災害時に子どものメンタルを守るために気をつけたいこと」も、翻訳されて世界的な広がりを見せるなど話題になっていましたよね。

↑井上さんが自身のブログに掲載した日本語版(左)。タイ語版(右)に翻訳された後、33言語に翻訳され世界的に広がった

 

井上きみどりさん(以下、井上):あの漫画は当初、個人的に自分のブログにアップしただけだったのですが、以前に別のプロジェクトでお世話になったJICAタイ事務所の職員の方が見つけてくれて、「タイ語版にさせてほしい!」と連絡をくださったんです。その後はもう、私の手を離れ、漫画がひとり歩きしていった感じでした。そういった縁もあって、今回JICAさんからお声がけいただいたのだと思います。

 

――そのほか、アフガニスタンの女性警察官支援に関する漫画など、国際協力をテーマにした作品も多く描かれています。こうした分野にはもともと興味があったのでしょうか?

 

井上:以前は出版社の商業誌で育児漫画を描いていたのですが、その頃から国際協力に興味があったんです。「育児」というのは編集長から与えられたテーマでしたが、次第にジェンダー問題や途上国の事情について自分自身で取材して描いてみたいという気持ちが大きくなりました。でも、どうアクションしたらよいかわからず……。

それでグローバルフェスタJAPAN(※)の会場に押しかけたんです、「私に描かせてください!」って。ザンビアのHIV予防プロジェクトに自費で同行取材したことも。押しかけ女房状態ですよ(笑)。

 

※国際協力にかかわる政府機関、NGO、企業などが一同に集まり、世界のことをもっと知ってもらうことを目的とした展示やステージを行うイベント。毎年、「国際協力の日」の10月6日前後の週末に行われている

 

――熱意がすごい! それがいつの間にか、JICAさんのほうから今回のような企画依頼がくるようになったんですね。

 

井上:本当にうれしく思っています。

 

日本とは異なる手洗い事情――途上国に向けて描くなかで得られた気づき

――制作にあたって苦労された点などはありますか?

 

井上:これまでは、例えば途上国での取り組みを日本の読者に紹介するなど、当事者の話を当事者ではない方に向けて描くことが多かったのですが、今回は届ける先が途上国の方自身だったので、そこはまた違った難しさもありました。

あとは、漫画は「会話劇」なので、伝えるべきことをどう会話に落とし込んでいくかは毎回山場になりますね。今回は「手洗い」とはっきりシーンが絞られていましたが、それでもいただいた資料や自分が蓄積してきた情報を会話と絵にしてラフを作るまでに1週間ほど温めました。

 

――途上国では、水道などの設備や手洗いに対する意識なども日本と異なると思います。その違いに配慮して、描くうえで意識されたことはありますか?

 

井上:まずは“正しい”手洗いの仕方を正確に描くことでしょうか。ウイルスやバイキンを落とすには、水でしっかり洗い流すことが重要なのですが、途上国では水道設備のない地域もあり、桶に水を溜めてすすいだりするそうです。でもそれだと、溜まった水が汚染されるので感染症対策にはならないと。ですから、少ない水でもきちんと洗い流すことができる「Tippy-Tap」などの方法や簡易な手洗い装置を紹介するコマを作りました。

↑漫画内では、少ない水でもきちんとバイキンやウイルスを洗い流せる手洗い方法も紹介

 

井上:JICA地球環境部のご担当者とやりとりをするなかでは、手洗いのシーンには「石鹸」というワードを必ず入れ込んでほしいともいわれましたね。いわれてみればなるほどですが、石鹸がない環境で育っていると、石鹸を使わずに水洗いだけで済ませてしまうことが習慣になっている子どもたちもいるんです。また、洗ったあとは「乾かす」ことも大事だと。清潔な手拭きタオルがない環境では、自然乾燥でもよいとうかがい、パッパと手をはらって乾かす絵柄を入れました。

それから、日本ですと「家に帰ってきたら」「食事をする前に」手を洗う習慣がありますが、途上国の場合は事情が違う。「家畜の世話をした後に」や「ゴミを触った後に」にという表現を加えるようにアドバイスしていただき、なるほどなぁと感じました。

↑手を洗うタイミングについても、途上国の生活スタイルを考慮したシーンを取り入れている

 

井上:水道から水が流れるシーンには、「ジャー」という擬音語の描き文字を何気なく入れていたのですが、「途上国では水道の蛇口があっても、ジャーというほどの水量が流れないことがありますし、水が足りなくて節約しながら大事に使っている人もいます」とアドバイスいただきました。指摘されるまではその不自然さに気がつきませんでしたね。

↑最初の下書き段階では、水が流れる「ジャー」という擬音語が入っている(左)。完成版ではその擬音語が外され、タオルを使わず手を乾かす描写も描かれている(右)

 

翻訳や動画などの二次展開は、巣立つ子どもを見送る母のきもち

――今回の漫画は翻訳されることを前提に描かれたと思うのですが、その点で意識されたことはありますか?

 

井上:いつもは日本語ですから右→左にコマが流れるように描きますが、今回は横書きの言語にも対応できるようにと、左→右に描くことになりました。吹き出しも、横文字が入りやすいように横長にしています。

↑井上さんの制作風景。吹き出し内のテキストや、描き文字は翻訳用に外せるようレイヤー分けされている

 

――この漫画は、動画化も予定されているそうですね。こうした展開・拡散についてはどう思われますか?

 

井上:もうどんどんやってください! という気持ちです(笑)。心のケア漫画のときもそうでしたが、私の手を離れて、後は皆さんの手によって新しく展開されていくことは、とてもうれしいです。動画化は初めてですし、漫画が動いたり、音がついていったり変化するのは楽しみ。後は巣立つ子どもを見送る母親の気持ちです。

↑モルディブの小学校で「心のケア漫画」が授業で使われている様子。今回の「手洗い漫画」も 小学校での利用のほか、ボリビアのコチャバンバ市ではCMで配信される予定(写真提供/JICA)

 

「手洗い」って、「教育」だったんだ! 日本の子どもたちにも読んでもらいたい

――手洗い漫画を描いてみて、「手洗い」に対する考え方に変化はありましたか?

 

井上:ありましたね! 手を洗うことは自然に身に着くものではなく、「教育」なんだ、と気が付いたのです。日本だと、家庭や学校で子どもに手の洗い方を教えてくれますから、自然と習慣化されている。でも、それは当たり前のことではないんですね。

以前、ベトナム取材に行った際に、「ベトナムでは多くの人が俯瞰地図を読めない」というお話をうかがって、とても驚いたんです。タクシーに乗った際、ドライバーに地図を指し示して「ココに行って」と場所を伝えても、確かに理解してもらえませんでした。地図の読み方を、日本だと小学校で教えますが、そうではない国もあるのだと知りました。私にとって、それが大きな発見だったんです。「手洗い」も同じ。今回は途上国向けの手洗いの方法を、途上国の子どもたちに向けて描いていますが、日本の子どもたちにこの漫画を読んでもらっても意味深いと思うのです。「日本とは手を洗う環境が違うんだ!」って。それもまた大きな学びですよね。

 

漫画の利点を生かして「声を上げられない方の声」を届けたい

――社会課題を漫画で伝えることのメリットは何でしょうか?

 

井上:私が初めて「漫画家になってよかった!」と思えたのは、女性の医療問題を取材して単行本を2冊出したときでした。声を上げることができなかった女性たちの声を、漫画で伝えることができた、ということがうれしく、やりがいを感じた瞬間でした。ようやく「人の役に立つものが描けた」と。漫画だと、人の感情や声にならない声を、顔の表情などの非言語でも伝えることができるんですよね。

また、「恐怖」もデフォルメして伝えられると思うんです。途上国の事情も写真や映像だと、つらすぎる場合がある。私は仙台に住んでいますが、震災時のニュース映像などはリアルすぎて恐怖を感じる方も多いと思います。そういうときに、漫画というツールが、緩和してくれるといいますか。漫画を媒介にすることで届けやすくなるのかもしれませんね。

 

――取材漫画家として、今度取り組みたいテーマはありますか?

 

井上:社会課題を漫画にすることは今後も続けていきたいです。また、2011 年の東日本大震災で被災した仙台や福島の「震災の10年」をまとめたいと考えています。石巻の防災教育施設からのご依頼で、子どもの視点で震災漫画を描く試みもしています。東北では今、震災を知らない子どもたちも増えきているので、震災当時には子どもだった方々に取材をさせていただき、企画を温めています。

 

――最後に、改めてこの漫画に込めたメッセージをいただけますか?

 

井上:今はコロナ対策として手洗いがフューチャーされていますが、「世界手洗いの日」はコロナ以外の感染症にも取り組んできた日です。衛生管理は、健康の基本中の基本で、それで防げることはかなりある。下痢等の感染症で亡くなる子どもの死亡率も、手洗いで減らしていけるとうかがったことがあります。読んだ人全員が手洗いを励行はできないかもしれませんが、10人のうち1人でも2人でも頭の中に入れてくれたらな、と。その子どもたちが大人になったときに、今度は自分の子どもに手洗いの大切さを伝えていく、そうやって繋げていっていただけたらと願っています。

 

<JICA 健康と命のための手洗い運動プラットフォームとは>

民間企業、業界団体、市民社会、大学、省庁、海外協力隊などの団体又は個人の方に協力の輪を広げ、情報や経験の共有、衛生啓発イベントの開催、共同活動の企画などを通じて、様々な連携事例、アイデア、ナレッジ、ツール等を生み出し、開発途上国の感染症予防、健康の増進、公衆衛生の向上に貢献することを目指します。

https://www.jica.go.jp/activities/issues/water/handwashing/index.html

「コロナ危機を転機に変える!」 途上国でオンライン学習の普及に取り組む日本企業の思いとは!?

「子どもたちの学びを止めてはならない」——新型コロナウイルスの影響を受け、世界中で休校が相次ぐなか、オンラインを介したデジタル教材の活用が注目を集めています。そんな中、日本の教育会社も国内外で学習支援を進めていますが、実は新型コロナの感染拡大以前から、国外でのデジタル教材の普及に取り組んでいる日本企業があります。

 

それがワンダーラボ社とすららネット社。JICA(独立行政法人 国際協力機構)の民間連携事業「中小企業・SDGsビジネス支援事業」として、途上国の学校に“デジタル教材”という新しい学びの機会を提供しています。コロナ禍の現在、アプリなどによるオンライン学習をはじめ、子どもたちの新たな学習形態や環境などが世界中で試行錯誤されるなか、いち早く開発途上国におけるデジタル教材の活用に取り組んだ両社から、将来あるべき「新しい学び」の可能性と、子どもたちに対する熱い思いを探りました。

↑インドネシアにおける、すららネット社のデジタル教材「Surala Ninja!」での授業風景

 

ワクワクする教材を世界中の子どもたちに普及させたい:ワンダーラボ社のデジタル教材「シンクシンク

↑授業で「シンクシンク」アプリを使うカンボジアの小学生

 

ワンダーラボ社は、算数を学べるデジタル教材「シンクシンク」の小学校への導入をカンボジアで進めています。開発途上国の抱える問題を、日本の中小企業の優れた技術やノウハウを用いて解決しようとする取り組みで、3ヵ月で児童約750人の偏差値が平均6ポイント上がったと言います。「シンクシンク」の特徴をワンダーラボ社の代表・川島慶さんは次のように語ってくれました。

↑「シンクシンク」のプレイ画面

 

 

「『シンクシンク』は、図形やパズル、迷路など、子どもたちがまずやってみたい! と思える楽しいミニゲーム形式のアプリです。文章を極力省いて、『これってどういう問題なんだろう?』と考える力を自然と引き出す設計で、学習意欲と思考力を刺激するつくりになっています。外部調査の結果、『シンクシンク』を使っていた子どもたちは、児童の性別や親の年収・学歴など、複数の要因に左右されることなく、あらゆる層で学力が上がっていたことが確認できました。これは、私たちの教材の利点を証明する何よりのデータだと思っています」

↑夢中で問題を解く様子が表情から伝わってくる

 

川島さんが「シンクシンク」を作ったきっかけは、2011年までさかのぼります。当時、学習塾で主に幼稚園児・小学生を教えながら、教材制作も手がけていた川島さん。子どもたちと接するなかで注目したのは、教材に取り組む以前に、学ぶ意欲を持てない子どもがたくさんいるということでした。子どもが何しろ「やってみたい!」と意欲を持てる教材を、と考えて作ったのが、「シンクシンク」の前身となる、紙版の問題集でした。

 

「それを、国内の児童養護施設の子どもたちや、個人的な繋がりでよく訪れていたフィリピンやカンボジアの子どもたちに解いてもらったんです。そこで目を輝かせながら楽しんでくれている姿を見て、『これは世界中に届けられるかもしれない』と感じました。ただ、紙教材は、国によっては現場での印刷が容易ではありませんし、先生や保護者による丸つけなども必要です。

 

そこで注目したのが、アプリ教材という形式でした。タブレット端末は当時まだあまり普及していませんでしたが、必ずコモディティ化し、長期的には公立小学校などにも普及すると考えました。また、アプリならわくわくするような問題の提示にも適していますし、専任の先生や保護者がいなくても、子どもひとりで楽しみながら学べます」

 

その後、タブレットやスマートフォンは世界に浸透し、現在「シンクシンク」は150ヵ国、延べ100万ユーザーに利用されるアプリとなっています。

↑ワンダーラボ社のスタッフと現地の子どもたち

 

ワンダーラボ社は、休校が相次いだ2020年3月には国内外で「シンクシンク」の全コンテンツを無料で開放。この取り組みは新聞やテレビなどのメディアでも数多く取り上げられるなど、話題となりました。アプリの無償提供には、どのような思いがあったのでしょうか。

 

「新型コロナの流行がなければ、各地で私たちの教材を知ってもらうイベントを開催する予定でした。それを軒並み中止にせざるを得なくなる中で、自分たちは何ができるだろうと。お子さまをどこにも預けられず大変な思いをしているご家庭に、少しでも有意義なコンテンツを提供できればいいな、と思ってのことでした」

 

「アプリは所詮”遊び”」の声をどう覆していくか

ただ、いくらデジタル化が進む世の中とはいえ、「アプリ」という教材の形式が浸透するには、まだまだ壁もあるようです。

 

「特に途上国においては、ゲームアプリが盛んなこともあり、『アプリは遊びだ』という認識が根強くあります。ただ、カンボジアでも3月の途中から小学校をすべて休校することになり、教育省が映像での授業配信とともに『シンクシンク』の活用を始めたのです。そのおかげもあり、教材としてのアプリの見られ方も多少は変わったのではないでしょうか」とは、JICAの民間連携事業部でワンダーラボ社を担当する、中上亜紀さんです。

 

スマートフォンやタブレット端末が自宅にあれば教材を使えることもあり、ワンダーラボ社はカンボジアでもアプリの無償提供を約3ヵ月にわたって実施しました。教育省が発信したアプリを活用した映像授業は、約2万ビューを記録するなど好評でしたが、オンラインによる映像授業を視聴可能な地域が、比較的ネット環境が整備された首都プノンペン周辺に偏ってしまうことなどもあり、「いきなり、すべての授業をオンラインに、とはなりません」(中上さん)と、普及の難しさや時間が必要な点を強調します。これを踏まえてワンダーラボ社では、10年単位の長いスパンで、より多くのカンボジアの小学校へ教材を導入できるよう目指しているそうです。

 

「ワクワクする学びを世界中の子どもたちに広げていきたい」

 

会社を立ち上げる前から、川島さんが長年抱いているこの夢に向かって、ワンダーラボ社は着実に前進しています。

 

学力は人生を切り開く武器になる:すららネット社のeラーニングプログラム「Surala Ninja!」

 

「一人ひとりが幸せな人生を送ろうとしたとき、学力は人生を切り開く武器となります。だからこそ、子どもたちの学習の機会を止めてはならないと考えています」

 

スリランカやインドネシア、エジプトなどの各国でデジタル教材「Surala Ninja!」の普及に取り組んでいるのが、すららネット社です。日本国内で展開する「すらら」のeラーニングプログラムは、アニメーションキャラクターによる授業を受ける「レクチャーパート」と問題を解く「演算パート」に分かれており、細分化したステップの授業が受けられるのが特徴です。国語・算数(数学)・英語・理科・社会の5科目を学ぶことができ、小学生から高校生の学習範囲まで対応。 「Surala Ninja!」 は、「すらら」の特徴を引き継いで海外向けに開発された計算力強化に特化した小学生向けの算数プログラムになります。一般向けではなく、学校や学習塾といった教育現場に提供し、利用されています。

↑「Surala Ninja!」の画面

 

「『学校に行けない子どもでも、自立的に学ぶことができる教材を作ろう』——これが、『すらら』を開発した当初からのコンセプトなんです」。こう語るのは、同社の海外事業担当の藤平朋子さん。スリランカへの事業進出の理由を次のように明かしてくれました。

↑株式会社すららネット・海外事業推進室の藤平朋子さん

 

「スリランカでは、2009年まで約四半世紀にわたって内戦が続いていました。内戦期に子供時代を過ごした人たちが、今、大人になり、教壇に立っています。つまり、十分な教育を受けることができなかった先生たち教えるわけですから上手くできなくて当前です。そこで『Surala Ninja!』が、先生たちのサポートとしての役割を果たせればと考えました」

↑「Surala Ninja!」導入校での教師向け研修風景

 

現在、「Surala Ninja!」はシンハラ語(スリランカの公用語の一つ)・英語・インドネシア語の3言語で展開しています。スリランカでは、まず、現地のマイクロファイナンス組織である「女性銀行」と組んで「Surala Ninja!」の導入実証活動を行いました。週2・3回、小学1年生から5年生までの子供たちに『Surala Ninja!』による算数の授業を行ったところ、計算力テストの点数や計算スピードが飛躍的に向上しました。

 

しかし、最初から事業が順調に進んでいたわけではありません。JICAの「中小企業・SDGsビジネス支援事業」には、2度落選。事業計画やプレゼンテーションのブラッシュアップを重ねて、3度目の正直での採用となりました。

 

「当時のすららネットは、従業員数が20名にも満たない上場前の本当に小さな会社でした。海外、それも教育分野となると、自分たちだけではなかなか信用してもらえないのです。だからこそ、現地で多くの人が知っている、日本の政府機関であるJICAのお墨付きをもらっていることが、学校関係者の信頼を得るために大きな要因になっていると肌身に感じました。海外進出にあたって、JICAの公認を得たことは非常に大きなメリットだったと感じています」

↑スリランカの幼稚園での体験授業の様子

 

また同社は、エジプトでもeラーニングプログラムの導入を進めています。エジプトの就学率は2014年の統計で97.1%と高水準を誇りますが、2015年のIEA国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)という、学力調査のランキングでは数学が34位、理科が38位(※中学2年生のデータ)という結果。数学は他の教科にも応用する基礎的な学力になるため、算数・数学の学習能力向上に向け、目下、国を挙げて取り組んでいるところです。

 

複数の国で事業活動する上で苦労しているのは、宗教に基づく生活風習だといいます。活動国すべての国の宗教が違うため、ものごとの考え方や生活習慣なども大きく変わります。インドネシアでは、多くの人がイスラム教なので、一日数度のお祈りが日課。しかし、当初は詳しいことが分からず、学校向けの1週間の研修プログラムのスケジュールを作るのにも、「いつ、どんなタイミングで、どの位の時間お祈りをすればいいのか」を把握するために、何回もやりとりを重ねたりしたそうです。また、研修を受ける学校の先生方も給与が安かったりと、必ずしもモチベーションが高いわけではありません。教えた授業オペレーションがすぐにいい加減になってしまったりと、きちんと運営してもらうように何度も学校へ足を運び苦労しましたが、それも子どもたちのためだと、藤平さんはきっぱり。

 

「緊急事態宣言による休校を受け、日本でも家庭学習にシフトせざるを得ない状況になったとき、私たちの教材の強みを再認識することができました。子どもたちの学力の底上げは、将来の国力をつくることでもあると思っています」

 

ビジネスモデルの開発やアプリの利用環境の整備など、海外での展開にはさまざまなハードルがあるのも事実。「世界中の子どもたちに十分な教育を」という熱い思いで、真っ向から課題に取り組み続けている両社。官民一体となった教育への情熱が、新しい時代の教育のカタチへの希望の灯となっているのです。

 

【関連リンク】

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「国際ガールズデー」を機に秋元才加さんと考える――フィリピン、そして、日本を通して見えた教育とお互いを尊重することの大切さ

10月11日は今年で9年目を迎える「国際ガールズデー」。児童婚、ジェンダー不平等、女性への暴力……女の子が直面している問題に国際レベルで取り組み解決していこうと、国連によって定められた啓発の日です。これまでも世界各地の女の子が自ら声を上げ、そんな彼女たちを支援する様々なアクションがとられてきました。

 

「性別」や「年齢」による生きにくさは、途上国だけではなく、身近な日本の社会においても感じることかもしれません。女優の秋元才加さんは、人権問題やジェンダー問題について自身のSNSで積極的に発信するなかで“元アイドルがよく知りもせず”“女のくせに”という色眼鏡で見られるなど、戸惑う時期もあったといいます。

↑今回対談に参加してくれた女優の秋元才加さん。フィリピン人でたくましく働く母親の背中を見て育ち、「フィリピン人女性=強い」というイメージをもっていたそうですが、今回の対談ではフィリピンの意外な側面を聞いて驚く場面も

 

今回は、社会課題や国際協力への関心が高く、フィリピンにルーツをもつ秋元さんと、26年に渡りフィリピンで活動するNPO法人アクション代表の横田 宗さんが、人として尊厳をもっていきるために必要なもの、そして、お互いを尊重することの重要性を語り合いました。コロナ対策に配慮したweb対談ながら、熱いトークのスタートです!

 

【対談するのはこの方】

秋元才加(あきもと さやか)

女性アイドルグループ・AKB48の元メンバーで「チームK」時代はリーダーも務めていた。日本人の父とフィリピン人の母をもつダブルで、フィリピン観光親善大使を務める国際派女優。LGBTQのイベントに参加したり、SNSで人権問題について発信したりするなど、社会課題にも強い関心をもっている。2020年夏にはハリウッドデビューを果たし、ますます活躍の場を広げている。

 

横田 宗(よこた はじめ)

NPO法人アクション代表。高校3年の時、ピナツボ火山噴火で被災したフィリピンの孤児院で修復作業をした経験から、1994年にアクションを設立。以降、フィリピン・ルーマニア・インド・ケニア等の孤児院や乳児院の支援、そして、福祉に関する国の仕組み作りまで協力を広げている。また、空手を通した青少年支援、美容師を育成するプロジェクト「ハサミノチカラ」、女性の収入向上を目指す「エコミスモ」開設、シングルマザーやLGBTの方々が働く日本食レストランを経営等、幅広く事業も展開。フィリピン国内外の企業・財団やJICAとの連携も進めている。

■NPO法人アクション http://actionman.jp/
■エコミスモ http://www.ecomismo.com/

 

母親に連れていかれたスラム街の記憶――フィリピンの子どもや女性をとりまく今の現実は?

秋元才加さん(以下、秋元):私の母がセブ島のカモテス諸島出身で、以前は毎年1回帰省していました。6歳の頃には、首都圏マニラにあるスモーキーマウンテン(※)に連れて行かれて、スラム街の現実を目のあたりにしたことも。「日本では義務教育が普通だけど、学ぶことさえ叶わない子どもがいる」と母に言われて衝撃を受けたことをよく覚えています。

横田さんがフィリピンで福祉活動を始めたきっかけは何ですか?

※マニラ北部に存在した巨大なゴミの山とその周辺のスラム街で、自然発火したゴミの山から燻る煙が昇るさまからこう呼ばれた。1995年に政府によって閉鎖された

 

横田 宗さん(以下、横田):私は東京生まれの東京育ちですが、活動を始めたのは高校3年の時。1991年のピナツボ火山噴火で被災したフィリピンの孤児院で、1か月ほど修復作業をしたのがきっかけでした。

↑対談は、JICA本部(東京)で実施。横田さんはマニラ首都圏の郊外マラゴンからリモートで対談に参加してくれた。コロナの影響で外を歩く際はマスク+フェイスシールドの着用が義務付けられていると話すが、声や表情は力強い。ファシリテーターはフィリピン事務所赴任経験のあるJICA広報室・見宮美早さん(右)

 

秋元:えっ!? 17歳のときにもう? それから26年も続けてこられて、現在はどのような活動をしていらっしゃるのですか?

 

横田:活動軸は大きくは2つ。1つ目は、国の福祉の仕組みづくりに協力することです。日本の児童養護施設は民間も含めて税金で運営されているのですが、フィリピンは国から運営費は出ません。子ども達の食事や教育費は削れないので、職員の給与に負担がいってしまう。働く側にやる気があっても、例えば性的虐待を受けた女の子にどう接していいかを学んでいないと、対応がわからず燃え尽きてしまうといったような問題もありました。

 

秋元:なるほど、指導する側の大人にも教育などの支援が必要ということなんですね。

 

横田:そうなんです。身体や精神的に問題を抱えた子どもの育成には知識やスキルも必要で。そこで、指導員用の教材や研修制度を作りたいと考えました。JICAの「草の根技術協力事業」に採択され、現地の社会福祉開発省と連携しながら、継続的な指導研修やフォローアップ研修を設置。昨年には、国の制度として正式に大臣が署名し、全国に研修を展開していく仕組みができました。

↑横田さんが17歳のときに訪れた孤児院。それから26年間、いまでも支援を続けている

 

2つ目は、子どもの職業訓練やクラブ活動、性教育などの事業です。ストリートチルドレンや貧困層の子どもが無料で参加できるダンススタジオや、空手道場の運営もしています。2018年には秋元さんとの関係も深いMNL48さん(※)と、7000人の子ども達を集めて歌とダンスのチャリティコンサートを実施しましたよ。

※女性アイドルグループ・AKB48の姉妹グループの1つで、フィリピンのマニラを拠点に2018年から活動している

↑アクションが運営するダンススタジオ(上)と空手教室(下)の様子

 

秋元:おぉ、AKB48の姉妹グループ! いい活動ですね(笑)フィリピンの人は歌と踊りが大好きですし。

 

横田:職業支援として美容師やマッサージセラピストの育成もしています。手に職を持つことで、学歴がなくて働けない子どもたちにもチャンスが広がります。

 

秋元:その職業は女性が多い職業なのですか?

 

横田:育成したのは女性が多めですが、これまで男女合わせて500人程が国家資格を取りました。トライシクル(三輪バイクタクシー)の運転手や屋台販売などインフォーマルセクターの仕事は賃金がとても低く、家庭を養っていくだけの収入を得ることは難しい現状があります。技術があれば頑張れば稼げます。

↑美容師を育成する「ハサミノチカラ」プロジェクトの様子

 

コロナ禍で増える人身売買や広がる経済格差――14歳以下で母になる女の子が毎週約70人いる現実

秋元:コロナで今は世界中が大変な思いをしていますよね。そんな時に最も被害を受けるのは、フィリピンでもやはり貧困層の方々なのでしょうか?

 

横田:ええ、経済困難が起きると、まず人身売買が増えるんです。コロナ禍の3-5月は子どもの虐待率が2.6倍に増えました。10-14歳で望まぬ出産をする女の子は毎週およそ70人にのぼります。

 

秋元:その数字は驚きです……。売春宿のような所が今もあるのですか?

 

横田:コロナ以前は、そういう風俗街はエリアが存在していましたが、今は封鎖されているので、ネット上の見えない環境でのやり取りが増え、むしろ性犯罪の被害が増えてしまっています。収入が途絶えたことで、母親が娘の裸の写真を撮ってネット上で売ることもありました。

↑貧困層の厳しい現実を横田さんから聞き、時折つらそうな表情を浮かべる秋元さん。コロナ禍でも個人レベルで可能な援助について考え、お母様とも話し合ったそう

 

秋元:現実として「美」や「性」を売る仕事はありますが、いつまでも続けていけることではないと、私は思っています。それまでに正しい知識を身につけられるのが「教育」なのかなと。私は、母が言うように基礎教育を受けることができた幸せな部類だと思うんです。25歳でアイドルを卒業して以降も、いろんなご縁が重なって今がある。今日も横田さんから学ばせていただていますし。

 

横田:その通りですね、「教育」は現状を変える第一歩。そこで今は、青少年の性教育にも力を入れています。受講生の中から希望者を募り、ユーストレーナー14人が当会のソーシャルワーカーと共に同世代への啓発を実施したりしていますよ。

 

日本よりも先進的!? フィリピンの女性と子どもを守る社会システム

横田:貧困問題は根深いですが、一方で子どもや女性を守る国の制度は、日本以上に充実しているんですよ。例えばセクシャルハラスメントは1-3年の懲役刑。未成年へのレイプは終身刑になりますから、法律的には日本の数倍厳しいです。

 

秋元:日本だと被害を声に出すこと自体がはばかられる雰囲気ですし、誰に相談すれば良いのかもわからない場合もありますよね。急場の時はどこに逃げ込めばいいの?とか。

 

横田:フィリピンには子どもの虐待や夫の暴力に関しても、すぐに通報できる窓口がバランガイ役場にあります。バランガイは日本の町内会にあたる地方自治団体なのですが、役場のスタッフは、きちんと選挙で選ばれます。夫婦喧嘩レベルでも、このバランガイ役場が仲裁に入ります。役場には留置所のような場所もあって、そこに入れられることも。

 

秋元:フィリピンって、昔の日本のように町内レベルのご近所同士・お隣同士の繋がりが今も強いですものね。そういう身近な駆け込み所が日本にもあったら、女性は声を上げやすくなりそう。むしろ日本がフィリピンから学ぶことも多いのかもしれない。

↑頻繁にメモを取りながら、真剣な表情で横田さんの話に耳を傾ける秋元さん

 

横田:フィリピンも以前は「家庭を守るのは女性」「外で働く男性を支えるのは女性」という風潮があったんです。それがここ20年で変わってきた。国の制度改革もありますが、生きやすい環境を女性自身が勝ち取ってきた成果だと感じています。そして、従来は働かない男性は後ろめたい思いをもっていたのが、そういう生き方(女性が働き、男性が家事を担う)も社会で認められるようになっています。

↑アクション25周年イベントでのスタッフ集合写真。多くの女性が活躍している

 

国際協力・支援活動……何から始めればよいのか教えて欲しい!

秋元:私も個人として、フィリピンにどんな支援ができるだろうって、ずっと考えているんです。NPOなど多くの支援団体や財団がありますよね。でも正直、どれを選択するのが最適かわからない。コロナでも「マスクをフィリピンに送ろう」と考えましたが、母に「マスクよりお金を送れ!」とたしなめられました。

 

横田:たしかに、金銭支援はストレートな方法。フィリピンではコロナ関連では政府から米支援はありましたが、物質的に足りないのはミルクや生理用品等の生活必需品でしたので、我々は粉ミルクに絞って支援をしています。

 

秋元:古着や人形を寄付したことはあるんですが、それが果たして本当の支援になっているのか。寄付の仕方とかってあまり教育現場で教えられてこないですよね。

↑以前、フィリピンでの感覚のまま、新宿歌舞伎町でホームレスの方にコンビニ弁当を買ってきて渡したところ、逆に怒られてしまった経験があると話す秋元さん。改めて文化の違いや支援の難しさを感じたそうです

 

横田:たしかに。あと、日本だと一部に見返りのない寄付を疑うような風潮もありますね。売名行為と言われたり。

 

秋元:海外では、セレブの方に対して、寄付する団体や支援活動をアドバイスしてくれたり、仲介役になってくれたりする方がいると聞いたことがあって。私が知らないだけかもしれませんが、日本にもあればいいなぁと。身近な、無理のない範囲で始めたいんです。

 

横田:秋元さんは発信力をお持ちなので、それを武器にもできますよ。アクションがこれから実施するクラウドファンドに賛同いただくとか(笑)。秋元さん自身が社会課題だと思っていること、解決したいと思っている分野を支援している団体を応援するのも良いと思います。

 

性別に関わらず「尊敬」できる関係づくりを目指したい

秋元:今日お話を伺っていて、「学び」って本当に大事だなって実感しました。学べる環境で力をつけることで、女性の人生の選択肢も増える、といいますか。

↑歳を重ねるごとに「教養」も積み重ねていきたいと、目を輝かせて語る秋元さん。目標は英国女優のエマ・ワトソンさんなんだとか!

 

横田:それは男性にも言えることですよね。私の妻と子どもは日本に住んでいて、私が日本にいる時は子育てを手伝うようになったんですが、妻の海外出張でワンオペをしてみて、本当に子育ての大変さを学びました。そうすると妻にリスペクトの気持ちが生まれて家庭が円満に(笑)

 

秋元:理想の形ですね。リスペクトし合える関係性。

 

横田:フィリピンでは私がいる福祉業界は女性が9割。NPOの経理課長も事務局長も女性ですし、なかにはLGBTのスタッフもいます。その環境で長く仕事をしてきて感じるのは、ジェンダーに違いがあろうと、貧富の差があろうと、何かしらお互い尊敬できる部分があれば人間関係は上手くということなんです。GetNavi webの男性読者にもぜひ、お薦めしたい、ワンオペトライ!

 

秋元:素晴らしいまとめのお言葉(笑)。でも本当にその通りですね。差別を完全になくすことは難しいけれど、お互いを尊重するために、いろいろ知ることから始めたいと私も思います。

 

今日は本当にありがとうございました!

 

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撮影/我妻慶一

ブラジルで環境に優しいエアコンを:官民連携で省エネ基準改正を実現【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ブラジルで進む環境に優しいエアコン普及のための取り組みについて取り上げます。

 

2020年7月、ブラジルで空調機向けの省エネ基準が改正されました。これは、ブラジルで日本のエアコンメーカー・ダイキン工業が、JICAの民間連携事業「中小企業・SDGsビジネス支援事業」を活用して現地の大学などと連携し、時代に対応できていなかった規制制度の改定をブラジル政府に働きかけてきた結果です。民間企業の取り組みによって国の規制改定に至ったのはブラジルでは初めてでした。これに伴い、今後、ブラジルのエアコン市場は、環境に優しい空調機が普及しやすくなり、エネルギーや環境保全の課題に貢献することが見込まれています。

↑ブラジルにあるダイキン工業の工場。JICAとダイキン工業はブラジルの省エネエアコン基準改正を後押ししました

 

空調機の性能評価の基準が改正された

ダイキン工業は、JICAの民間連携事業として「ブラジルでの環境配慮型省エネエアコンの普及促進事業」を2018年から実施しています。このブロジェクトが始まった頃のことを、当時の担当者だったJICA民間連携事業部の関智子職員は次のように振り返ります。

 

「ダイキン工業は、現地に法人と工場を持ち、すでにブラジル市場に参入していましたが、ブラジルの空調機の性能評価の基準が時代に適合していなかったため、同社製のエアコンの性能がどれほど高くとも、ブラジルの市場では評価されませんでした。しかし、単独の民間企業が国の評価制度や基準改正に向けて取り組むには限界があります。ダイキン工業によるJICA民間連携事業は、ブラジルのエネルギー課題への対応と日本企業の技術活用、その両方に貢献できる事業としてスタートしました」

 

ダイキンブラジルの三木知嗣社長は、「ブラジル政府も、エネルギー問題をどうしていくかということについて危機感を持っていました。そのタイミングで、JICAと連携することで『日本が国として動く』という姿勢をみせられたことは大きな力になりました」と語ります。

 

今回の改正では、空調機の性能評価方法について、国際的に広く用いられる評価基準のISO16358が適用されます。この改正基準は2020年7月に公布後、2023年と2026年には、段階的に時代に合わせた基準値の義務化が予定されています。

↑新制度の開始を告知するブラジル国家度量衡・規格・工業品質院(INMETRO)のwebサイト

 

時代遅れであったブラジルの省エネラベリング制度

ブラジルでは、エアコンの省エネ性能を表示するラベリング制度も機器の性能を適切に反映できるものに改善されます。この省エネラベリング制度については、省エネ性能に優れ世界の主流になっているインバーター機が正しく評価されておらず、問題が山積していました。

 

これまでは非インバーター機を対象とした基準になっており、約10年間も省エネ基準の見直しが行われていませんでした。そのため、インバーター機が非インバーター機に比べて最大で6割も消費電力が低いにもかかわらず同一カテゴリーに分類されており、省エネ品質表示としては実質的に機能していないものだったのです。

 

「ブラジルで売られているエアコンの多くが、省エネ性能に劣り、他国ではもはや売れなくなったような旧型製品です。しかし、従来のラベリング制度では市場に流通するこれらの製品の9割以上が最高グレードのAランクに分類されるため、ユーザーにとっては非常に分かりにくい制度になっていました」と、三木社長はブラジルの状況を振り返ります。

 

旧制度のままでは、インバーター機が正当に評価されず、その普及が遅れることは、ブラジルのエネルギー・環境問題にとって大きな課題でした。こうして、ダイキン工業とJICAは、これらの課題を解消するために、多くの施策に取り組んだのです。

「中南米ではインバーター機の普及が他地域に比べて遅れている」  世界の住宅用エアコンのインバーター機比率(2018年):住宅用エアコンとは、ウインド型、ポータブル型を除く住宅用ダクトレスエアコン(北米のみ住宅用ダクト式エアコンを含む)。日本冷凍空調工業会データを参考に作成(資料提供:ダイキン工業)

 

新しい基準設定のため産官学連携で働きかけ

消費者に省エネ意識が定着しておらず、国の省エネ政策もまだまだ弱いブラジルで、基準や制度の改定に向けた働きかけは簡単なものではありませんでした。ダイキン工業はJICAの支援を得て、現地の大学やNGO、国際機関などと連携し、共同実証試験の実施など、課題と対策について繰り返し話し合いの場を持ちました。

 

さらに、ブラジル政府関係者の日本への招聘、日・ブラジル政府次官級会合、ブラジル空調懇話会などを実施。ダイキン工業の工場見学など現場への訪問やWEB会議を重ね、理解を深めるための的確で正しい情報の提供と、改正案を整えるための懸命な働きかけを重ねることで、改正は進んでいったのです。

↑ブラジル政府関係者の日本来訪時の様子(2019年)。ダイキン工業滋賀工場の見学(上)や、家電量販店のエアコン売り場視察(下)

 

JICA民間連携事業部の担当者である山口・ダニエル・亮職員は「取り組みに対する、ダイキン工業の皆さんの熱量が高かった。それがブラジルの関係者に伝わったのだと感じます。さらに、ダイキン工業の高い技術力に裏付けされた実績と信頼、複数の専門分野の関係者を巻き込んだチーム運営、官民連携による対話の機会構築が今回の成果に繋がったのだと思います」と語ります。

 

また、ダイキン工業CSR・地球環境センター課長の小山師真さんは「日本にブラジルの関係者を招聘した際にも、先方の『なんとかしなきゃならない』『この機会を活かすんだ』という熱意を感じました。制度や規制を変えるのに必要なのは、日本とブラジル双方の熱意であると思います」と述べました。

 

ダイキン工業は今後、アフリカや中東でも環境に優しい製品を展開していく予定です。JICAは、長年築き上げてきた途上国との信頼関係や幅広いネットワークを活かし、日本の民間企業や研究機関が持つ新技術やノウハウを、途上国の課題解決につなげていきます。

↑現在、世界の主流はインバーター機。写真はブラジルのダイキンショールームに展示されているインバーターエアコン

 

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コロナ禍にスポーツのチカラでできること:地球ひろばでオンラインイベントと企画展を開催【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、スポーツをテーマにJICA地球ひろばで開催された一般参加型のオンラインイベントについて取り上げます。

 

新型コロナウイルスの流行がスポーツにも大きな影響を与えるなか、JICA地球ひろば(東京・市ヶ谷)では、スポーツの力や役割を見直そうと、オンラインイベントや企画展を開催しています。地球ひろばとしては初の取り組みとなった一般参加型のオンラインイベントでは多様な参加者による意見が飛び交い、スポーツを通じた新たな交流の場として盛り上がりました。

↑さまざまな意見が発信され、スポーツファンの交流の場となったオンラインイベント。全国各地から45名が参加しました

 

「途上国でのスポーツ普及は、可能性や希望、夢を与えることであると再認識」といった感想も

JICA地球ひろばで開催されたのは、五輪応援企画「オンラインでワールドカフェ! ザンビア パラ陸上支援 野﨑雅貴さんと考える日本と世界の体育・スポーツの価値の違いとポストコロナのスポーツの役割」と題したオンラインイベントです。野﨑さんはアフリカのザンビアで、青年海外協力隊の体育隊員として活動していた経験を持ちます。

 

当日は、高校生や大学生から、海外経験豊富な社会人まで、さまざまな立場の男女45名がオンラインで参加。スポーツの持つ力やその未来になどについて、活発な議論を交わしました。

 

参加者からは「スポーツを通して、礼儀なども身につくのが日本の体育教育のよい点だと思う」「日本の体育には、取り組む種目が多いので誰もが輝ける時間があるのが素敵なのではないか」といった意見が出され、日本の体育文化への議論が高まります。また、「ポストコロナとスポーツ」というテーマについては、「これからは人に触れないような形でのスポーツが主流になっていくのではないか」「コロナ収束後は、現地に行かなくてもスポーツに関する国際協力ができるようになるのではないか」といった、未来に向けてのさまざまな声が聞かれました。

↑野﨑さんのザンビアでの体験をもとにテーマが提示され、参加者同士のグループディスカッションが繰り広げられます

 

イベント終了後には、「幅広い年齢の方が参加していたこともあり、ディスカッションを通して、新しい視点で物事を考えることができた」「ディスカッションで、途上国でのスポーツ普及は、可能性や希望、夢を与えることであると再認識した」といった感想が参加者から寄せられ、参加者が主役となるディスカッションイベントとなりました。

 

イベントを企画した、JICA青年海外協力隊事務局でスポーツと開発を担当する浦輝大職員は、「今はネット上で簡単に情報を得られる時代なので、野﨑さんの体験談だけであれば、You tubeにアップして好きな時間に視聴してもらうことでもきます。でも、せっかく参加者の方々に同じ時間に集まってもらうのであれば、みなさんそれぞれが考えていることを共有する場になることが重要。そのような場が提供できればと今回のオンラインイベントを開催しました」と話します。

 

現在、地球ひろばのガイド役(地球案内人)を務めている野﨑さんは、「参加者が皆、積極的に発言しているのに感動した」と期待を上回る反応の良さに驚きを隠せない様子でした。

↑青年海外協力隊での体育隊員としての経験をプレゼンテーションする野﨑雅貴さん

 

地球ひろば企画展「スポーツのチカラで世界を元気に」を開催中

現在、JICA地球ひろばでは、スポーツを通じてできることを考えていく企画展「スポーツのチカラで世界を元気に」が開催されています。

 

東京オリンピック・パラリンピックの時期にあわせて開催する予定でしたが、新型コロナウイルスが広まるなか、「こんな時期だからこそスポーツのチカラを考えてみたい」という趣旨で企画されました。

↑企画展の入り口。地球案内人(展示のガイド役)の本宮万記子さん(左)と笈川友希さん(右)

 

展示は、「スポーツと国際協力」、「スポーツ技術の向上・教育としてのスポーツ」、「スポーツをすべての人に」、「ジブンゴトで考えよう」の4つのゾーンに分かれています。それぞれ解説パネルや、競技用の義足やバスケットボール用の車いすなど実際に使われているスポーツ用具が置かれ、ボッチャや綱引きといった競技を疑似体験できるコーナーもあります。会場では、野﨑さんをはじめとした地球案内人がガイドし、案内人はフェイスシールドを着用して、手で触れる展示物はこまめに消毒をするなど、コロナ対策を万全に来場者に対応しています。

↑会場内の様子。ボッチャの体験コーナーと綱引きの体験コーナーなどがあります

 

地球ひろばの中村康子職員は「来館者の方から『ボッチャやバスケットボール用の車いすの試乗体験は、スポーツの楽しさを体験できたし、人間の体の大きな可能性を実感した』という声をいただいています。ぜひたくさんの人に来場いただきたいです」と話します。企画展は、今年10月29日まで開催されています。

 

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コロナ下の苦境を乗り切れ!――インドでマンゴー農家の窮地を救ったJICA主導の直販プロジェクト

「インドのマンゴーを守れ!」――新型コロナウイルス(以下新型コロナ)のパンデミックで人々やモノの動きが止まるなか、インドで農作物の流通を滞らせないための取り組みが注目を集めています。それはインターネットを介して生産者と消費者を結ぶ直販プロジェクト。同様のプロジェクトは、日本をはじめ世界でも始まっていますが、インドでの取り組みの背景には、旧態依然とした農業が抱えるさまざまな課題と、それらを解決しようと奮闘する人々の思いがありました。

 

今回、インドの水プロジェクトに長年携わってきた水ジャーナリスト・橋本淳司さんが現地からの声をリポートします。

 

【著者プロフィール】

橋本淳司

水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表、武蔵野大学客員教授。水問題やその解決方法を調査研究し、さまざまなメディアで発信している。近著に『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『水がなくなる日』(産業編集センター)、『通読できてよくわかる水の科学』(ベレ出版)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)など。「Yahoo!ニュース 個人 オーサーアワード2019」受賞。

 

私は2015年頃から、インドの水に関するいくつかのプロジェクトに携わっています。インドは水不足が深刻になりつつあるため、それに対応する雨水貯留タンクの製作や実装、水質調査をはじめ、一般向けや学校向けの水教育などを行っています。水は「社会の血液」と言われるほどで、あらゆる生産活動に必要ですが、とくに農業は大量の水が不可欠。また、水があるからこそ、農作物を加工し販売することができると言えます。そして今回のインドにおけるコロナ禍は、ほかにもさまざまな問題を浮かび上がらせました。

 

日本では、3月上旬以降、学校の一斉休校が始まると給食が休止となり、さらに緊急事態宣言により飲食店や百貨店に休業要請が出されたため、収穫された野菜が行き場を失いました。収穫されないまま農地で廃棄される野菜の様子が報道されるなどし、「もったいない」と感じた人も多かったと思います。同様の問題はインドでも起きました。とりわけ農業技術や流通網の整備が不十分な地域では、事態はより深刻でした。

 

よく「バリューチェーン」という言葉を耳にしますが、農作物においては、生産の過程や加工することなどで食品としての価値を高めつつ、消費者の元に届けるプロセスのことだと個人的に考えています。このプロセスなくしてバリューチェーンは成り立ちません。実際、インドでもコロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)が実施され、農作物を流通できず、農家が苦境に立たされました。現地からそうした情報を聞き大変心配しましたが、その救世主となったのが、JICA(独立行政法人 国際協力機構)による、生産者と消費者を直に結ぶ取り組みでした。

 

苦境に立たされたインドの農業

インドでの新型コロナの累計感染者数は、3月3日の時点では5人でしたが、同月24日には492人と急増(9月7日時点での感染者数の累計は420万4613人。アメリカに次いで感染者が多い)。3月25日からは、全土でロックダウンが実施され、ほぼすべての人々の移動や経済・社会活動が制限されました。その後、生活に最低限必要な活動や移動は可能になりましたが、依然として公共交通機関は止まったまま、リキシャー(三輪タクシー)や私用車の利用は禁止され、近隣の町への移動も制限されたままでした。

 

そのため農業従事者が農地に行けない、収穫された農産物を運べない、加工や販売ができないという事態が発生し、流通網がズタズタに寸断されてしまったのです。4月になると、インドはマンゴー収穫の時期を迎えます。このままでは大量のマンゴーを廃棄することにもなりかねません。

↑収穫したマンゴーを箱詰めする現地マンゴー農家の人々

 

この窮地を救ったのが、“Farm to Family”(農場から家族へ)と名付けられた直販プロジェクトでした。オンラインで生産者と消費者を結びつけるデリバリーサービスです。

 

熟したマンゴーを信じられない価格で提供

舞台となったのは、インド南部・デカン高原に位置するアンドラ・プラデシュ州です。人口は4957万人(2017年調査)で、そのうちの62%が農業に従事し、農耕可能な面積は805万ha、ほぼ北海道と同じ面積になります。この広大な農耕地で生産されている作物は多岐にわたりますが、トマト、オクラ、パパイヤ、メイズ(白トウモロコシ)の生産高はインド国内1位、マンゴーは2位、コメは3位という農業州です。

↑収穫時期のマンゴー農園

 

同州にはもう1つ強みがあります。流通の拠点となる海港を5つ、空港を6つも擁しているのです。州政府は農業と流通インフラという強みを活かし、農作物の生産から加工、流通までのフードバリューチェーンを構築し、食品加工産業の発展に注力してきました。ロックダウン下においては、農業従事者が畑に行って収穫することはできましたが、地元の仲介人が収集することも、販売網を通じて販売することもできませんでした。行き場を失ったマンゴーたちは、廃棄せざるを得ません。農家の収入はそもそも多くないのですが、これでは無収入になっていまいます。

 

危機的な状況を受け、州政府はこの地で実施されていたJICAの事業の一環として、州園芸局やコンサルティング会社と対応策を検討しました。そこで考え出されたのが、寸断された流通網をIT技術で修復するという画期的な方法でした。

 

プロジェクトのチラシにはこう書かれていました。「グッドニュース! マンゴーのシーズンが到来しました。政府は、COVID-19でピンチになった小さな農家を支援します。仲介者やトレーダーをなくすことで、農家と消費者に双方にメリットがあります。自然に熟したマンゴーを信じられない価格で提供します」

↑直販プロジェクトの開始を告知するチラシ

 

このプロジェクトには、約350人もの農業者が参画。ネットを使用してコミュニティーごとに需要を把握し、直接消費者に販売しました。ハイデラバードの3つのコミュニティでスタートして以来、これまでに3トンのマンゴーが販売されたほか、12のコミュニティから10トンの事前予約が寄せられ、ロックダウンの解除後も直販体制を継続することが予定されています。

↑農園に集まったプロジェクトメンバー

 

現地のマンゴー農家であるテネル・サンバシバラオ氏はプロジェクトについてこう話してくれました。

 

「この取り組みには大変感謝しています。品質のよいマンゴーを適切な価格で、直接消費者に届けることができました。販売にかかる運搬費や仲介料がかからなかった点もとても助かりました」

 

このコメントの裏からは、農家の深い悩みが窺えます。インドでは一般的に最大4層の仲介業者が存在し、農家には価格の決定権がありません。農家が仲介業者を通じて出荷すると、見込める収益の数十パーセント程度の価格で買い叩かれてしまい、農家の生活は厳しいものとなっているのです。“Farm to Family”(農場から家族へ)は、ロックダウンで分断されていた農家と消費者双方に果実をもたらしたと言えます。

↑出荷を待つマンゴー

 

農業、流通という強み。水不足、技術不足という弱み

そもそもJICAのプロジェクトは2017年12月からスタートしていました。農業と流通に強みをもつアンドラ・プラデシュ州ですが、一方で課題もありました。 まず、バリューチェーンの根幹となる、農作物の収穫量と質が安定していません。そこには農業生産に欠かせない「水」の問題がありました。世界の淡水資源のおよそ7割が農業に使われるというほど、農業と水は切っても切り離せません。

 

アンドラ・プラデシュ州では農業用水の62%を地下水に依存していますが、現在、その地下水の枯渇が懸念されています。これに関しては、原因がはっきりとわかっているわけではありません。私がプロジェクトを行なっている北部のジャンムーカシミール州の村では「雪の降り方が変わったことが地下水不足につながっている」と言う人もいますし、もう1つのプロジェクト地であるマハーラーシュトラ州の村の人々は「森林伐採の影響を受けているのではないか」と主張します。つまり場所によってさまざまな要因が考えられると言えます。

 

また、生産量の高まりとともに地下水の使用量が増加しているという声も多くの州で聞きます。なかには、どれだけの水を農業に使用しているのかわからないという地域も。アンドラ・プラデシュ州も同様で、節水などの地下水マネジメントは急務とされていました。

 

水を管理するうえで、もう1つ重要なのが灌漑用の施設の整備です。施設が老朽化すると水漏れも多くなり、貴重な水が農地まで届きません。それが水不足に追い討ちをかけています。

 

一方で、生産や加工の技術が不足しているという悩みもあります。品質のよい作物を育て、最適な時期に収穫するといった営農技術、収穫後の付加価値を高める加工処理技術などが十分に定着していないため、農産品の加工率が低く、販路が狭くなっています。

 

灌漑設備の改修とバリューチェーンの構築

こうしたさまざまな課題を解決するため、JICAが現地で取り組んでいるのが「アンドラ・プラデシュ州の灌漑・生計改善事業」という、灌漑設備の改修をはじめ、生産から物流までのバリューチェーンの構築を支援するプロジェクトです。「プロジェクトにはいくつかの柱がありますが、重要な柱の1つが、灌漑施設の改修です」とはJICAインド事務所の古山香織さんです。

 

州水資源局によって20年以上前に整備された灌漑施設はあるのですが、前述したように老朽化や破損による漏水、不適切な管理によって、失われる水の量が増えています。農業への水利用効率(灌漑効率)、すなわち農業用に確保した貴重な水の38%しか農地に届いていないのです。実際、末端の水路を利用している農家の中には雨水に頼らざるを得ないところもあります。近年は気候変動の影響で雨の降り方が以前とは変わっているため、収穫量は不安定で一定品質の農作物がつくれません。

↑改修前の灌漑用水路

 

「そこで老朽化した設備を新しいものと交換したり、地面に溝を掘っただけの水路をコンクリート張りの近代的な水路に変えています。 事業は着実に進捗しており、2024年に完了する見込みです。さまざまな規模の灌漑施設の改修が完了(470箇所を予定)すれば、灌漑農業による農作物の収穫量と質の改善が期待できます」(古山さん)

↑改修後の灌漑用水路

 

同時に、現地NGOと連携して地元の農家による水利組合づくりを手伝い、施設改修後の維持管理作業を自分たちで行うことができるよう研修も実施しており、実はこれが大変重要な取り組みなのです。技術を提供するだけでは不十分で、壊れてしまった途端放置される水施設がとても多いことが世界各地の水支援の現場で共通する問題であり、それを防ぐためには、技術を現地に根付かせるための人材育成が欠かせません。

 

さらに灌漑施設の改修を生産量の増加に結びつけるために、関係政府部局と現地NGOで構成する農業技術指導グループも組織しました。

 

「灌漑施設の改修、生産農家の組織化の支援、営農支援などを行うことで、それらが相乗効果をもたらして、高品質の農作物が安定的に生産されるようになります」(古山さん)

 

プロジェクトでは、さらにフードバリューチェーン全体の整備も支援しています。先述のように、マンゴーであればおいしくて大きな果実を育て、それをいちばんよい時期に収穫し、消費者のもとに届けること、あるいは収穫したマンゴーを顧客のニーズにあった製品に加工して付加価値をあげることです。

 

「消費者のニーズに合った加工品を開発・販売することで、付加価値の向上と農産品のロスを抑えることができます。小さな農家同士を組織化することにより、仲介人を介さず消費者と直接取引ができるようになれば、農家の収入向上につながりますし、逆に消費者の立場で考えると、購入できる農作物の種類と品質が向上することになります」(古山さん)

 

実現すれば農作物の収量と品質が高まりますし、農業者の収入も向上・安定します。農業セクターの重要性も高まります。同時にインドの食料安全保障の改善にも寄与していると言えるでしょう。

 

コロナ禍で起きた農家の考え方の変化

新型コロナの世界的な収束は、まだまだ先が見えない状況ですが、人々の心境の変化、生産や流通に対する考え方の変化が確実に起きているとJICAインド事務所のナショナルスタッフであるアヌラグ・シンハ氏は話します。

 

「新型コロナをきっかけに、農家の考え方に変化が起きています。販売のためには農産品の品質の向上が重要で、そのためには収穫のタイミングや選別がとても大切であるという認識がこれまでより強くなりました。同時に、消費者との直接取引などでデジタル・テクノロジーを有効活用すべきとの意識も芽生えています」

↑コミュニティーで販売されるマンゴー

 

農家と消費者が直接つながることで関係性が強くなり、農家は相手に対して「よりよいものを提供しよう」、消費者は「顔の見える生産者を応援しよう」という気持ちが生まれるなど、相乗効果も期待できそうです。

 

またインドでは、テクノロジーを活用して農業の効率と生産性を向上させる「アグリテック」の分野が、2015年頃から注目を集めるようになっています。データを活用した精密農業システム導入のほか、スマート灌漑システムなどの生産性向上、農業経営に特化したクラウドサービス拡充などその事業内容は幅広いのですが、新型コロナはこうした動きを加速させることになるでしょう。

 

一方、日本国内に目を向けると、国産の農林水産物を応援する「#元気いただきますプロジェクト」をはじめ、農家(生産家)と消費者を結ぶさまざまなプロジェクトが立ち上がっています。このような取り組みは今後も世界的に広がることが予想されます。

 

新型コロナにより、従来の社会は大きく変貌を迫られています。しかし、必ずしも悪い面ばかりではありません。大量生産と大量消費を繰り返し、食品廃棄など大量の無駄が存在していたこれまでの社会。しかし、今回ご紹介した、地域社会を大切にし、水や食料を大切にする新しい流通網の構築への取り組みなどは、私たちの社会を持続可能な方向へと向かわせてくれるのではないでしょうか。

 

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途上国の感染症流行に奮闘する国際緊急援助隊――ノウハウの実績は日本の感染症対策にも貢献【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、途上国の感染症流行に奮闘する国際緊急援助隊の活動について紹介します。

 

新型コロナウイルスの感染拡大により、国境を越えて広がる感染症への対策は、世界各国にとって共通の課題であることが再認識されました。

 

JICAに事務局を置く国際緊急援助隊(JDR:Japan Disaster Relief Team)には2015年、「感染症対策チーム」が設立され、各国での感染症対策に向け活動しています。JDR感染症対策チームの登録メンバーの多くは、日本国内で新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染症対策の最前線で活動する医療関係者です。海外での支援実績とノウハウの蓄積は、日本国内の感染症対策にとって大きな貢献が期待されています。

 

昨年12月には麻しんが大流行した大洋州の島国サモアで、患者に対して診療活動を行い、同国の緊急事態宣言解除を支えました。途上国の感染症対策に奮闘するJDR感染症対策チームの活動の様子を紹介します。

↑JDR感染症対策チームによるサモアでの麻しん患者診療の様子

 

↑人口移動の増加や地球環境の変化に伴い、世界各地で感染症の流行は続いています。JDR感染症対策チームへの期待も増しており、当該国からの要請に備えて平時から訓練や研修を行っています

 

JDR感染症対策チームが直接診療を初めて実施

サモアでは昨年10月、麻しん(はしか)が流行し、サモア政府は11月に緊急事態宣言を発令。こうしたなか、同国政府の要請によりJDR感染症対策チームが12月2日から29日まで現地に派遣されました。これまで、同チームの活動は、検疫、検査診断、ワクチンキャンペーン支援など、公衆衛生関連の活動が中心でしたが、今回初めて、患者に対する直接的な診療活動を実施しました。

 

派遣先は、サモアの首都アピア国立中央病院、首都から西へ約30km離れたレウルモエガ地域病院、隣接地のファレオロ・メディカルセンターの3ヵ所。まさに麻しん診療の最前線での活動です。

 

麻しんは、39℃以上の高熱と発疹が出て、肺炎や中耳炎を合併しやすく、亡くなる割合は先進国でもおよそ1000人に1人といわれています。地方における診療活動は、医師・看護師による診察・処置・処方を行って、症状が重ければ入院、あるいは中央の国立病院へ搬送といった流れで行われました。

 

JDR感染症対策チームの山内祐人隊員(薬剤師)は、サモアでの活動について次のように話します。

 

「麻しんの大流行を防ぐには予防接種が重要ですが、ワクチン接種率の上昇だけでは期待する効果は得られません。特に、サモアのように年間を通して気温が高い国では、ワクチンの日々の温度管理が非常に重要です。サモアでは薬剤師が常駐していない医療機関が多く、看護師がワクチンを含む医薬品の管理を行っているため、看護師に対してワクチンの温度管理の重要性などに関する講習会を開き、ワクチンへの理解を深めてもらいました」

↑熱帯地域における麻しんワクチンの温度管理の講習会。「皆さん熱心に耳を傾け、積極的に質問されていたのが印象的でした」と山内隊員

 

サモアに派遣された薬剤師は2人とも、かつて大洋州のパプアニューギニアで青年海外協力隊として活動。「その経験が今回のJDR派遣で大きく活かされた」と言います。

 

日本で研修を受けたサモアの看護師と共に取り組む

JDRがサモアで活動したレウルモエガ郡病院は、1982年にJICAの無償資金協力で建設され、日本との関係も深く、昨年12月初旬までJICA沖縄の研修「公衆衛生活動による母子保健強化」に参加していた看護師のピシマカ・ピシマカ氏が勤務していました。

 

ピシマカ氏は看護師長として人員や薬品、医療器具・機械などの配置も担っており、JDRに対して現地事情をわかりやすく教え、活動をサポートしました。

 

田中健之隊員(医師)は、「医療資源が限られるなか、サモア人スタッフの献身的な医療へのスタンスは、検査診断にやや頼る傾向にある昨今の日本の医療現場で忘れかけていたものを感じさせてくれました。ピシマカ氏をはじめとする帰国研修員スタッフは、昼夜を問わず診療管理を統括する役目を担い、JICAと現地との連携において非常に大きな存在でした」と、両国スタッフの連携協調がうまく機能したと振り返ります。

↑ピシマカ氏(後列中央)は「JDRは、サモア人医師や看護師、病院職員に常に状況を知らせてくれて、現地スタッフとの協議を大切してくれた。これはとてもありがたかったです」と感謝の言葉を寄せました

 

このように、JDR感染症対策チームは延べ17日間、合計約200名の患者を診療するなど、サモアでの麻しん対策に大きく貢献。麻しん流行は、日本をはじめ、ニュージーランド、オーストラリアなど多くの国からの支援によって終息に向かい、12月29日にはサモア政府によって緊急事態宣言が解除されました。

↑サモアは気温が高く、発熱や嘔吐で脱水症状にならないよう、隊員らは経口補水液(ORS)の重要性などを伝えます

 

長崎大学との連携協定を締結

サモアに派遣されたJDR感染症対策チームには、2015年のチーム設立時から重要な役割を担っている長崎大学から4名のスタッフが参加しました。同大学大学院は熱帯病や新興感染症対策のためのグローバルリーダー育成プログラムに各国からの留学生を受け入れています。

↑JICA北岡伸一理事長(左)と長崎大学河野茂学長による協力協定署名式(2019年12月25日)

 

このような活動のさらなる連携強化を目指し、昨年12月、JICAは長崎大学と熱帯医学やグローバルヘルス関連分野における包括連携協力協定を結びました。

 

感染症は本来、早期に発見し、流行する前に封じ込めるべきものです。JDR感染症対策チームのサモア派遣の経験や長崎大学との包括連携協力協定の締結は、感染症の疫学的な研究はもちろん、新薬やワクチン開発はじめ、各種検査方法や検疫体制の強化など、海外派遣の緊急支援活動だけにとどまらず、日本国内の感染症対策にとっても、さまざまな波及効果が見込まれています。

 

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今、日本からできることを! 一時帰国中の海外協力隊員が活躍――赴任国に向け、リモートで支援【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、新型コロナウイルスの影響により一時帰国を余儀なくされているJICA海外協力隊の隊員の活動について紹介します。

 

中断された活動への無念さ、赴任国への思いなどから、多くの一時帰国中隊員が「今、できることから取り組もう!」と日本から現地に向け活動を始めています。本稿では、日本から赴任国に向け、インターネットを通じて支援を始めた隊員の姿を追います。

 

カンボジア:「手洗いダンス動画」で感染症対策

「病院職員だけでなく、患者さんにも広く公衆衛生の意識が高まってきたタイミングでの帰国で、文字どおり後ろ髪を引かれる思いでした」

 

残念そうに語るのは、看護師隊員としてカンボジアへ派遣された近藤幸恵隊員です。看護師歴13年の近藤隊員は、カンボジア南部のシハヌーク州立病院で、おもに感染症対策と病院経営の5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)・KAIZEN活動の協力に携わりました。

↑赴任先の病院で、患者さんやその家族に紙芝居を使うなどして手洗いの重要性を説明する近藤隊員

 

↑同任地の教育隊員の協力も得て、小学校での出前授業も行なっていました

 

そんな近藤隊員が一時帰国後、取り組んだのは、手洗い啓発ダンス動画の作成です。同時期にカンボジアに派遣されていた看護師隊員と小学校教育隊員の3人で制作にあたりました。

 

「この動画は新型コロナウイルス感染症COVID-19対策も含めた公衆衛生改善支援WASH(=Water, Sanitation, and Hygiene) の一環です。カンボジアの人々に馴染みのあるダンスをアレンジすることで、気軽に手洗いの必要性やタイミング、具体的な手洗い法などを知ってもらい、楽しみながら習慣にしてもらうことを目指しています」

 

まず、看護師隊員が手洗いダンスの見本動画を作成。その後、カンボジアに派遣されていた一時帰国中の隊員やJICAカンボジア事務所職員、現地カンボジアの方々など、たくさんの人々に出演協力を依頼しました。日本に戻っても、カンボジアとのつながりを大切にして、動画の制作を進めました。

 

完成した動画は、FacebookやTwitterなどに投稿し、JICAカンボジア事務所や隊員、配属先の人々などに積極的にシェアしていく予定です。

↑手洗いダンス動画の一場面。動画編集は、同じカンボジアの小学校で体育教員として活動していた隊員が担当。カンボジアの皆さんの目に留まるよう、カンボジア国旗の色のイメージで画面レイアウトを工夫しています

 

↑手洗い動画の制作は、同僚隊員やJICAカンボジア事務所とオンライン会議で進めています(画面左下が近藤隊員)

 

「一時帰国後も現地病院スタッフと連絡を取っています。今回、インターネットを活用してリモートでも支援ができることに気づきましたが、オンラインだけでは現地の文化・習慣を肌で感じることは難しいと思います。やはり、相互理解は現地に住むことでより深まり、現場での体験が自分の視野を広げ、考え方も豊かにしてくれると改めて感じました。機会があれば、また海外で活動できればと考えています」と、近藤隊員は語ります。

■完成した動画はこちら↓

手洗い啓発ダンス動画

手洗いの大切さを説明

 

メキシコ:現地食品メーカー向けに品質管理のセミナー動画を作成

「NPO法人メキシコ小集団活動協会(AMTE)のホームページに掲載するオンラインセミナー動画を制作しています。食品の安全・安心を担保するHACCP(注)に基づいた食品の品質と衛生管理に関する内容です。昨年10月、メキシコの全国小集団活動大会で特別講演をした際、知り合ったAMTE事務局のリカルド・ヒラタ氏にいろいろアドバイスをいただきながら作っています。メキシコの皆さんに活用してもらえると嬉しいです」

 

こう話すのは、食品メーカーを定年退職後にJICA海外協力隊に応募し、2018年10月から2020年3月までメキシコの職業技術高校(CONALEP)ケレタロ州事務所で、日本式の5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)の導入と定着に向けた活動を行っていた入佐豊隊員です。

(注)Hazard Analysis and Critical Control point:「危害分析重要管理点」=世界中で採用されつつある衛生管理の手法。最終段階の抜き取り検査ではなく、全工程を管理する。日本でも食品関連事業者は2020年6月から義務化となった

↑セミナー動画のリハーサルの様子。入佐隊員(写真左)が作成した食品安全の資料を画面に写し、日本語で講義。スペイン語訳をボイスオーバーで入れます

 

「同じメキシコ派遣のシニア海外協力隊2人とともに、オンライン会議を行いながら、それぞれの職務経験を活かしてセミナー動画を作成しています。いつもながら、スペイン語によるコミュニケーションには苦労しています」と苦笑いを隠さない入佐隊員。「でも、メキシコの方々の人懐っこさや陽気さにはいつも助けられます」と微笑みます。

 

陽気でポジティブな人々に囲まれ、入佐隊員はCONALEPケレタロ州事務所での活動に取り組み、5S活動の現地推進メンバーを募り、いよいよ本格的に実施内容や改善点などを出し合おうとする矢先に、まさかの一時帰国でした。

↑CONALEPケレタロ州事務所が管轄する職業技術高校で、5Sの講義を行っていた入佐豊隊員

 

↑5S委員会の普及活動の様子(サンファンデルリオ校)

 

「軌道にのりかけた5S活動がストップしただけでなく、職業技術学校も休校となってしまい残念です。でも、ケレタロ州事務所が管轄する4つの職業技術高校のうち3校には私の専門である食品科があるので、AMTE向けのセミナー動画が完成したら、それを高校生向けにアレンジできないか、あれこれ検討しています」

↑毎週1回オンライン会議でセミナー動画の進捗を相談するメンバー(写真左下が入佐隊員)

 

初めてのセミナー動画作りに戸惑いながらも、任国メキシコに思いを向ける入佐隊員。道半ばで一時帰国せざるを得なかったシニア海外協力隊たちの新しいチャレンジは、これからも続きます。

 

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コロナ後を見据え、タイで始まった新しい形のサプライチェーン構築【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回はタイからです。新型コロナウイルスが経済にも大きな影響を与えている状況のなか、日本企業が進出し東南アジアの一大製造拠点となっているタイで始まりつつある危機下における事業継続のリスクを最小化する試みとは…。

 

JICAは、タイで2011年に発生した洪水被害の教訓を活かし、「地域全体で取り組む事業継続マネジメント」に向けた研究を産学連携で進めてきました。民間企業だけでは対応しきれない産業集積地の地域的防災対応への研究から得られた知見が今、コロナ後を見据えたサプライチェーンの新しい形にヒントを与えています

↑都市封鎖により人のいないバンコク中心部。高架鉄道サイアム駅(上)と駅前広場(4月撮影)

 

新型コロナでタイ国内のサプライチェーンが寸断

タイは、多くの日本企業が進出し、1980年代以降に石油化学や自動車関連産業の産業集積が進んできました。タイ国内に部品の製造から組み立て、販売までをひとつの連続した供給連鎖のシステムとして捉えるサプライチェーンが構築されており、メコン経済回廊の中心拠点として工業団地の整備が進んでいます。

 

しかし、新型コロナウイルス対策のため各国で都市封鎖や外出制限が広がると各企業とも生産や物流の活動を見直さざるを得なくなります。特に今年2月の中国の生産活動停止はタイをはじめとしたASEAN各国に大きな影響を及ぼしました。

 

JICAタイ事務所の大塚高弘職員はその影響について、「タイでも非常事態宣言が発出され、県境をまたぐ移動制限や外出自粛要請が行われたことから、人の行き来は大幅に減りました。日本企業を含む多くの製造業が立地するタイでも工場の稼働を停止させざるを得なくなるなど大きな影響が出ました」と話します。

 

産業集積地での事業継続リスクに関する研究の成果を活かす

今回の新型コロナウイルス感染拡大という危機下において、2018年からタイで実施してきた災害時における産業集積地での事業継続リスクに関する研究の成果を活かすプロジェクトが開始されました。

↑タイで実施されている自然災害時の弱点を可視化する研究プロジェクトでの会議

 

タイでは、2011年に発生した水害を教訓に、工業団地を取り巻く地域コミュニティの災害リスクを可視化して、企業、自治体、住民が地域としてのレジリエンス(しなやかな復元力)を強化して、災害を乗り越えていくための研究をしています。

↑2011年に発生したバンコク市内での洪水。高速道路上に多数の避難車両が並んだ

 

研究の日本側代表者である渡辺研司氏(名古屋工業大学大学院教授)は、現在実施しているプロジェクト成果の活用について、次のように述べます。

 

「プロジェクトで設計していく枠組みは、迫りくるリスクに対しての対応を地方自治体・住民・企業やその従業員などといった地域内の利害関係者が情報を共有し、意思決定を行い、対応行動を調整するプラットフォームとなることを目指しており、今回のコロナ禍に対しても活用可能と考えています」

↑プロジェクトの日本側代表、名古屋工業大学大学院の渡辺研司教授

 

サプライチェーン再編に備え、ウェビナーで知識を共有

これからに向け、グローバル・サプライチェーンの弱点を見直す手がかりとして、JICAタイ事務所は4月末、「新型コロナウイルスによる製造業グローバル・サプライチェーンへの影響と展望」と題したウェビナー(オンラインwebセミナー)を開催しました。JETRO(日本貿易振興機構)バンコク事務所の協力を得て、タイ政府の新型コロナウイルス感染症に対応した具体的な経済支援政策を紹介するとともに、渡辺研司教授による今後の課題を見据える講演を実施しました。

 

セミナーにおいて渡辺教授は、今回の災害を「社会経済の機能不全の世界的連鎖を伴う事案」と捉えた上で、「コロナウイルスの終息は、『根絶』ではなく『共存』。長期戦を想定したリスクマネジメントが必要となる」との展望を示しました。そして、「今までにない柔軟な発想を持って、転換期を見逃さないことが必要」とし、今後のレジリエンス強化の重要性を強調します。

 

さらに、「災害や事件・事故による被害を防ぎきることは不可能。真っ向からぶつかるのではなく、方向を変えてでもしぶとく立ち上がることが基本となる。通常時から柔軟性をもって対応しこれを日々積み上げることや、いざという時に躊躇なき転換を行う意思決定を行うことのできる体制を持つことこそが、転禍為福を実現するレジリエンスだ」と結びました。

↑プロジェクトの枠組みのCOVID-19事案への適用 (ウェビナー資料より)

 

ウェビナーには、在タイ日本企業の担当者を中心に240人が参加し、うち約6割は製造業およびサプライチェーンを支える企業からでした。

 

JICAタイ事務所の大塚職員は、「ウェビナーは渡航・外出制限下でも機動的に開催できるため、今回は企画構想から18日間で実施することができました。タイの感染拡大が収まりつつある一方、今後の見通しや計画策定に必要な情報が不足しているタイミングで、タイムリーに開催することができました」とオンラインイベントの手応えを語りました。

 

長年積み上げてきた日本とタイとの信頼関係をベースとして、精度の高い現地情報や研究の知見を多くの関係者と共有できる場が、実際の課題解決に貢献する。そんな国際協力の現場がここにあります。

 

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【関連リンク】

産業集積地におけるArea-BCMの構築を通じた地域レジリエンスの強化

危機下で増加する女性や子どもへの暴力を防ぐ――ブータン国営放送で働きかけ【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)に協力いただき、その活動の一端をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ブータンでの取り組みを紹介します。

 

新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の危機下では、ウイルスへの脅威といった医療的なリスクだけでなく、社会の中で弱い立場におかれる人々がさらされるさまざまなリスクが浮き彫りになります。その一つが、女性や子どもに対する暴力のリスクです。

 

そんな懸念にブータンがいち早く対応しています。

 

ブータンでジェンダー課題への取り組みを続けてきたJICAと、ブータンの女性と子ども国家委員会(NCWC)は、国営放送で家庭内暴力に関するドキュメンタリービデオを放映し、暴力防止に向けた啓発を図るなど、社会的に弱い立場にある人々に目を向けた対策を進めています。

↑放映されたビデオで、家庭内暴力への警鐘を鳴らすクンザン・ラムNCWC事務局長(動画はコチラ→Suffering in Silence 

 

感染者が確認されるやいなや、女性と子どもに対するリスクへの対応を協議

「ブータンで新型コロナウイルス感染者が初めて確認されたのが3月5日。その翌週には、JICAとNCWCの担当者の間で、社会的に弱い立場におかれている女性や子どもたちに向けた支援が必要になると判断し、すぐに協議を始めました」

 

そう語るのは、JICAブータン事務所でジェンダー分野を担当する小熊千里・企画調査員です。東日本大震災の被災地では、経済的な要因に基づくストレスなどが原因で家庭内暴力や性暴力が増加し、悪化するケースが多く報告されるなど、緊急事態下では女性や子どもに対する暴力のリスクが高まることが指摘されています。

 

議論を重ねるなか、コロナ危機下で増加が想定される暴力の被害を防ぐため、家庭内暴力に関するドキュメンタリービデオを国営放送で流すアイデアが浮上。放送局との交渉や、ビデオの放映前に流すメッセージの作成などに奮闘したのが、ウゲン・ツォモNCWC女性部長です。

 

「ブータンではもともと、女性のうち約半数が、夫が妻に身体的暴力をふるうことへの正当性を容認しているといった調査結果もあり、暴力を受けた女性が声をあげにくいことがあります。放映したビデオには、カウンセリングやヘルプライン、シェルターの連絡先なども含まれ、暴力に苦しむ女性たちに具体的な情報を伝えると同時に、そのような暴力は決して容認されるものではないことを広く知らせることができればと思ったのです」とウゲン女性部長は、ビデオ放映を進めた理由を語ります。

 

このビデオは、3月20日から5日間、全国放送で10回以上にわたり放映されました。その後、ヘルププラインには通常より多くの問い合わせがありました。

↑JICAやNCWCは放映されたビデオの冒頭で、自然災害や紛争など緊急事態下では、家庭内暴力や性暴力が増加する傾向があることを訴えました

 

日本での研修で得た知見が素早いアクションにつながる

ウゲン女性部長がビデオ放映を進めた背景には、2017年度に日本で受けたジェンダー主流化(※)促進に向けたJICA研修に参加した経験がありました。

 

ウゲン女性部長は、研修のなかでも特に「女性に対する暴力」について学んだことが現在の業務に活かされていると言います。家庭内暴力や性暴力の現状、そして被害者の声を多くの人に知ってもらうことは、ジェンダー平等と女性のエンパワメントの実現に向けてなくてはならない取り組みの一つであり、今回のビデオ放映にもつながりました。

↑日本で実施された「行政官のためのジェンダー主流化政策」(※)研修の講師らとウゲン女性部長 (左)

 

※:ジェンダー主流化とは、「ジェンダー平等と女性のエンパワメント」という開発目標を達成するためのアプローチ/手法を指す。ジェンダー平等と女性のエンパワメントを主目的とする取り組みを実施する他に、都市開発や運輸交通、農業・農村開発、平和構築、保健、教育など、他の開発課題への取り組みを行う際に、ジェンダー視点に立った計画・立案、実施、モニタリング、評価を行うこと

 

JICAとNCWCは現在、ブータンで女性と子どもの保護やケアにあたる保護担当官の能力向上に向け、国内全24自治体の保護担当官などを対象にした研修を今後2回にわたり日本で実施する計画を進めています。

 

保護担当官たちは、家庭内暴力を受けた女性や虐待に苦しむ子どもたちへのケアや対応を知識としては知っていても、実際に被害者に対して適切に向き合うことができるかどうかといった点では、まだまだ経験不足が否めません。そのため、ウゲン女性部長は今回の研修により、保護担当官たちが被害者の立場に立って適切なケアを行えるよう、具体的な対応力を身に付けることを期待しています。

 

ブータンでは、家庭内における女性や子どもへの暴力や虐待に加え、未成年者の薬物依存や家庭外における性的虐待といった問題も表面化しつつあるなか、被害者に直接対応する保護担当官のカウンセリング能力の向上などは重要な課題です。

 

危機下でより深刻なリスクにさらされる人々の側から考える

国連のグテーレス事務総長は4月、「新型コロナウイルスの影響は全世界、すべての人々に及ぶが、その影響はおかれる状況に応じ異なるものであり、不平等を助長しうるもの」と発言。社会経済の停滞や変化が、男女平等を目指してきたこれまでの取り組みを後退させ、不平等を助長することへの強い懸念を示しました。

 

コロナ危機下の現在、ジェンダーに基づく差別や社会規範により社会的に弱い立場におかれている女性や少女に深刻な社会的・経済的影響が広がっています。感染リスクの増加だけでなく、性と生殖に関する健康と権利や母子保健に係るサービスの後退、暴力や虐待の増加、生計手段や雇用の喪失、学習・教育機会の減少など、女性や少女が直面するリスクがさらに拡大することが指摘されています。

 

このようなリスクが広がるなか、JICAはジェンダー視点に立った取り組みを一層強化し、女性や少女を取り残さない、また、女性や少女がこれまでに培ってきた能力や経験を地域社会で十分に発揮できるよう支援を進めていきます。このような支援の推進は、この困難を乗り越え、より強靭で包摂的な社会を築いていくために不可欠です。

 

ブータンの保護担当官への研修に対しジェンダーの視点から助言を行っている山口綾国際協力専門員(ジェンダーと開発)は、「ジェンダー不平等や格差のない社会をつくっていくためには、誰もがジェンダーの問題を身近な問題として意識することが大切です。ジェンダーの問題を意識することは、女性や少女と同じように社会的に弱い立場におかれている多様な人々が抱える様々な問題に目を向けることにもつながると考えています。そのような人々の声を聞き、取り組みを進めることで、「誰一人取り残さない」よりよい社会の実現につながると信じています。ジェンダーの問題が身近にある解決すべき重要な問題であるという認識が広まるよう、これから先も丁寧な情報発信を続けていきます」とその言葉に力を込めます。

↑新型コロナの感染が拡大するなか、ブータン女性と子ども国家委員会内の託児所で衛生備品が不足していたことから、JICAは寝具などの資材を供与。写真は供与された寝具など

 

↑納品に立ち会ったJICAブータン事務所と委員会のメンバー

 

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いまさら聞けない「SDGs」とは?

2015年の国連サミットで採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、「2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す」ための国際目標です。とはいえSDGsの全体像をつかむのはなかなか大変。ならば日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)が取り組むSDGsの活動を追えば、その本質が見えてくるのはないでしょうか。そこで本シリーズは、JICAが発行する広報誌「mundi」に掲載されたSDGsに関する記事をシリーズで紹介していきます。今回紹介する記事は2015年の記事ですが、SDGsの成り立ちやポイントがコンパクトにまとめられている、JICA的SDGs宣言でもあります。

※本記事は、JICAの広報誌「mundi」2015年12月号からの転載です

 

全ての人により良い世界を ――。そんな願いを込めて掲げられた世界の新しい目標「持続可能な開発目標(SDGs)」が、いよいよ2016年から始まる。そこには、私たち一人一人にできることが、きっとあるはずだ。

編集協力:公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)森秀行所長

(c)久野武志

17の目標と169のターゲット

2015年12月31日、ある目標が期限を迎えるのをご存知だろうか。

 

2000年に採択された「国連ミレニアム宣言」に基づく「ミレニアム開発目標(MDGs)」の達成期限が今年、2015年だ。MDGsでは、開発途上国の貧困削減に向けた8つの目標とのターゲットが設定され、具体的な数値目標を踏まえた開発協力が展開された。その結果、最貧困層が1990年の19億人から2015年の8億3600万人まで半減するなど、一定の成果を挙げている。その一方で、紛争地域の人々や女性など、一部の人々が発展から取り残される不平等の存在も指摘された。

 

そうした流れを受けて今年9月に採択されたのが、2030年までの15年間を実施期間とする「持続可能な開発目標(SDGs/※)」だ。SDGsでは、達成が不十分だった一部の MDGsの目標を引き継ぐとともに、先進国を含めた世界全体の持続可能な発展に向けた目標や、先進国と開発途上国の協力関係を深めるための目標が加わっている。

※:Sustainable Development Goals

 

「D、つまり〝Development〞が日本語で〝開発〞と訳されているので、SDGsも途上国の問題と思われるかもしれませんが、これを〝発展〞と理解すれば、世界全体の課題であることがより実感できるのではないでしょうか」と、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)の森秀行所長は指摘する。

 

SDGsは、1992年にリオデジャネイロでの地球サミットで採択された行動計画「アジェンダ」の延長上にあるという考え方もある。アジェンダ21では、社会の発展に必要な環境資源を保護・更新する経済活動への移行が強調され、その一環として貧困削減なども掲げられていたからだ。

 

誰のための目標か自分の頭で考える

もう一つ 、SDGsの目標が多角化した理由として、MDGsが一定の成功を収めたことが挙げられる。MDGsは国連本部が軸となって、幅広い分野の取り組みを主導した。その結果、世間の注目が集まり、目標達成に向けた新たな基金が設立されるなどしたことから、MDGsに参画していなかった国連機関などが、より積極的に参画したのだ。中でも、明確な目標を掲げて国や企業、個人など、多彩なステークホルダーにアプローチする手法は、MDGsへの取り組みを通して定着した。

 

森所長は、「SDGsの内容に目を通し、それぞれの目標やターゲットが誰に向けたもので、どの主体が、これらにどう関わってくるかを考えることが大切です」と強調する。特に、貧困や環境面の課題などでは、途上国と先進国の違いはもちろん、一つの国でも都市と地方で状況が大きく違うため、世界共通の数値目標を作ることは難しい。事実、今回、環境に関連するターゲットは、他のターゲットに比べて数値目標があまり設定されなかった。従って、そうした分野では、自治体や企業などが自分たちに合った目標を作ることが極めて重要になってくる。

 

目標を設定する方法には大きく分けて二つある、と森所長は説明する。一つ目は、「内側から生まれる現実的な目標」、もう一つは「外側で提示されたものを取り入れる目標」だ。内側からの目標は、家庭や企業などの現状を把握した上で、その延長線上で実現可能な目標を設定するもので、これまでも多くの企業や団体などが取り組んできている。一方、例えば、二酸化炭素の排出量を抜本的に削減することなどは「外部から取り入れる目標」に当たる。現実的な目標を定めることはこれまでどおり基本となるが、それと同時に科学的な視点から思い切った目標を定めれば、革新的なイノベーションの可能性が開ける。

 

SDGs の精神を象徴する言葉に、「誰一人取り残されない」というものがある。貧困、紛争、災害など、過酷な状況下にある人たちに手を差し伸べる協力と同時に、全ての主体がさらなる発展に向けて身近な課題を解決していくことで、私たち皆が豊かさを手に入れる、新しい未来が見えてくるはずだ。

 

私たちに何ができる? 新たな開発目標SDGsの特徴

◉「5つのP」と日本の取り組み

「誰一人取り残されない」をキーワードに、People(人間)、Planet(地球)、Prosperity(繁栄)、 Peace(平和)、Partnership(連携)の「5つのP」に焦点を当てて取り組むことが掲げられた。

 

【People(人間)】

貧困と飢餓を撲滅し、全ての人が平等の下で、尊厳を持って健康に生きられる環境を確保する

↑ポリオの撲滅に向けて、ワクチンの調達や予防接種キャンペーンなどを支援(パキスタン)

 

【Prosperity(繁栄)】

全ての人の豊かな生活を確保し、自然と調和した経済的・社会的・技術的な進歩を目指す

↑メコン経済圏の南部経済回廊の要衝となる「つばさ橋」の建設に協力(カンボジア)

 

【Partnership(連携)】

全ての国・関係機関・人が 、目標達成のために協力する

↑保健システム強化プロジェクトを、アンゴラ・ブラジル・日本の三角協力で実施(アンゴラ)

 

【Peace(平和)】

恐怖や暴力のない、平和で公正、かつ全ての人を包み込んだ社会を育む

↑地雷の除去作業のために必要な地雷探知機などの機材の調達を支援(カンボジア)

 

【Planet(地球)】

持続可能な消費と生産、天然資源の管理、気候変動対策などに取り組み、地球環境を守る

↑アマゾンなどの熱帯林の変化を測定し、森林や生物多様性を守る活動を継続(ブラジル)