アメリカ初! ハワイで「サメ漁」が禁止に

2022年1月、ハワイでサメ漁が禁止されました。なぜサメ漁がいけないのか? その背景にはどんな理由があるのか? サメを守るハワイの新たな取り組みについて、現地在住の筆者が概説します。

↑海の生態系だけでなく人間も守るサメ

 

2022年1月1日に施行された法律によって、ハワイ州の水域でサメを意図的に捕獲したり殺害したりすることが禁止されました。このような法律を制定した州はアメリカで初めてとなります。

 

違反すると、1回目は500ドル(約5万7400円※)、2回目なら2000ドル(約23万円)、3回目以降は1万ドル(約115万円)の罰金が科せられます。さらに捕獲したサメは没収され、船舶や船舶免許、漁具などが差し押さえられる可能性もあると、ハワイ州政府のウェブサイトには記載されています。

※1ドル=約114.8円換算(2022年2月21日時点)

 

サメの1/4が絶滅危機

なぜハワイでこれほど厳しい法律が定められたのか。それは海洋生体系のなかで、サメが重要な役割を担っているからにほかなりません。海の食物連鎖のなかで、サメは頂点に君臨する存在として海洋生態系全体のバランスを調整しています。残酷に聞こえるかもしれませんが、サメは弱ったり病気になったりした生物をエサにするからこそ、海の生態系を健全な状態に維持する役に立っているそうです。

 

しかし、高級食材であるフカヒレなどを目当てに、サメの乱獲が世界各地で発生。国際自然保護連合(IUCN)のサメ専門家部会によると、乱獲によって世界のサメとエイの4分の1が絶滅の危機にあると指摘されています。

 

このような状況を見て、ハワイはアメリカで最初の州として、2010年にフカヒレの所有・販売・取引を禁止しました。10年以上も前からサメの保護に取り組んでいるのです。

 

家族を守る目に見えない力

また、ハワイでサメは「aumakua(アウマクア)」と考えられています。アウマクアとは「守護神・守護霊」を意味し、「先祖の霊がサメとなって、家族を守っている」と信じる人も少なくありません。サメを守るハワイの取り組みの根源には、このような文化的な側面もあると考えられます。

 

ハワイの近海には約40種のサメが生息しており、サーファーがサメと遭遇したニュースを耳にすることも珍しくありません。そのため、ハワイ州の土地・天然資源局の許可をとれば、公共の安全のためにサメを捕獲することは認められるそうです。

 

アメリカで率先してサメを守り、海の生態系を保護する取り組みを行ってきたハワイ。地元の守護神も誇りに思いながら、見守っているかもしれません。

日本伝統のファブリックで部屋を飾る!「風呂敷」と「手ぬぐい」の意外な使い道

2月23日は「風呂敷の日」。日本の伝統的な道具として誰もが知る存在である一方、日常的に使う機会は少ないかもしれません。とはいえ、レジ袋が有料化されエコバッグを持ち歩くことが当たり前になった昨今、風呂敷は代わりに使えるエコなアイテムとしても、注目を集めています。

 

そこで今回は、普段使いはもちろん、インテリアを盛り上げるアイテムにもなる「風呂敷」と、風呂敷同様古くから日本人の暮らしに寄り添ってきた「手ぬぐい」の魅力に迫ります。風呂敷や手ぬぐいを中心に取り扱うショップ「JIKAN STYLE KITTE丸の内店」を訪ね、店長・小寺千春さんに、風呂敷と手ぬぐいの歴史から、生活シーンに寄り添う活用法まで、詳しく教えていただきました。

 

奈良・室町時代から愛される、日本人の生活必需品!
意外と知らない風呂敷・手ぬぐいの話

風呂敷と手ぬぐいの使い方を知る前に、そもそもなぜ「風呂敷」という名前で呼ばれているのか、手ぬぐいはいつ頃から使われていたのかなど、歴史的な背景を小寺さんに伺ってみました。

 

「諸説ありますが、風呂敷が『風呂敷』という名前で呼ばれるようになったのは、室町時代。名前の通り、お風呂場で使われていたことが由来となっています。お風呂道具を公衆浴場に持って行ったり、他人のものと紛れないように着物を包んでおいたり、さらに、風呂上がりにはその布を足元に敷いて身支度をしていたという文化があったそうです」(小寺千春さん、以下同)

 

「手ぬぐいも諸説あるのですが、その起源は奈良時代にさかのぼります。神事の時に装身具として使われていたのが、手ぬぐいの原型なのだとか。江戸時代になると、綿花の栽培が盛んになり、綿織物で仕立てた着物がたくさん作られるようになりました。その仕立ての過程で出た端切れが、『手ぬぐい』として庶民の生活に浸透していったと言われています。当時から手拭きに使ったり、ほこり除けに使ったりと万能だったそうですよ」

 

SDGsや防災の観点からも注目を集める、
風呂敷・手ぬぐいの魅力

日本人の日常生活のなかで、便利な道具として活躍してきた風呂敷と手ぬぐい。その魅力は現・令和の時代になってもけっして失われていません。さらに最近では、SDGsや防災の観点からも注目が。そんな風呂敷と手ぬぐいのメリットや、便利な使い方を教えていただきました。

 

風呂敷の魅力

・包む物の大きさに捉われない

「かばんは容量が決まっているのに対して、風呂敷は包む物の大きさに捉われることなくさまざまな物を包めるというのが、大きな魅力だと思います。また、お弁当を包むのにぴったりな50cm巾(はば)や、エコバックやインテリアファブリックにも使える大判の105cm巾のものなどサイズも豊富なので、包みたいものに応じて使い分けることができます」

 

・使い方も自由にアレンジできる

「包むだけでなく、さまざまな用途で使用できるのも魅力のひとつ。包むのはもちろん、ソファやテーブルに敷くなど、インテリアグッズとしても楽しめます。洗う度に生地が柔らかくなってくるので、スカーフとして首に巻いてもかわいいですよ。
また、最近はレジ袋の有料化やSDGsの高まりから、エコバッグとしての活用法が見直されています。洗濯して繰り返し使えるだけでなく、使わないときは小さく畳めてかさばらないので、かばんにひとつ入れておくだけでも便利です」

 

手ぬぐいの魅力

・緊急時にも活躍する、汎用性の高さ

「手ぬぐいの使い方に決まりはありません。名前の通り、手を拭うハンカチやタオルとして使ってもいいですし、パソコンや姿見鏡のほこり除けとして使ったり、掃除のふきんとして使ったり。さらに、風呂敷と同じくいろんなものを包むこともできます。
また、防災の観点からも注目されています。三角巾としての使用や、ハサミで少し切れ目を入れればすぐに裂くこともできるので、緊急時の包帯として使うことも可能です。日常生活だけでなく、緊急時にも役に立つ汎用性の高さは、手ぬぐいの大きな魅力ですね」

 

・雑菌が溜まりにくく、衛生的

「手ぬぐいの端が切りっぱなしになっているのにも、きちんと理由があるんです。通常のハンカチなどは、生地がほつれないように端を折り曲げて縫製しているのですが、手ぬぐいはあえて縫製しないことで、生地がフラットな状態になっています。それにより、水はけがよくすぐ乾くので、雑菌が溜まりにくいというメリットがあります。
ほつれて出てきた余分な糸は、はさみで切ってしまいましょう。ある程度のところでほつれが収まるようになっていますので、安心してくださいね」

 

好きな絵柄を選び、視覚的に楽しめる豊富なデザイン

使い道が豊富な風呂敷や手ぬぐいですが、「デザインの豊富さ」も注目のポイントです。今回取材をした「JIKAN STYLE」も、日本の伝統的なモチーフをあしらったものやモダンな幾何学模様、キャラクターのコラボレーション商品など、何百種類ものデザイン商品を取り扱っています。

昨年12月にデビューした新ブランド「kenema+(ケネマプラス)」。より日常生活での使いやすさを追求したシンプルなデザインが魅力。注染手ぬぐいが5種、風呂敷(100cm/50cm)も5種の絵柄がある。

 

「ただ販売するだけでなく、商品から楽しさや感動など、何かを感じ取ってほしいという想いから、オリジナルのデザインを幅広く展開しています。一枚絵のデザインや、日常で使いやすいシンプルなデザインなど、みなさんの好みの一枚がきっと見つかると思います。普段使いもいいですが、飾って視覚的に楽しむことができるのも、風呂敷や手ぬぐいの魅力です」

気(美しい気配)・音(美しい音色)・間(美しい間合い)という意味合いを込めたブランド「kenema」は、一枚絵としても楽しめるデザインが豊富。注染ならではの、色と色が混じり合う独特の柔らかい表現が特徴。

 

さらに、JIKAN STYLEの手ぬぐいには、「染めの技術」に大きなこだわりがある、と小寺さん。「わが社で取り扱っている手ぬぐいは、明治初期から続く『注染(ちゅうせん)』という染め技法で作られています。いわば職人の手作業でひとつひとつ丁寧に作られた、伝統品です。そんな手ぬぐいから、日本文化や伝統技術の面白さを知ってもらえたらうれしいですね」

手ぬぐいを飾るタペストリー素材や額など。季節に合わせて手ぬぐいを変えながら、アートとして楽しめます。

 

楽しみ方は無限大! 風呂敷・手ぬぐいの活用法

いろいろな使い方ができる風呂敷や手ぬぐい。でも、実際の包み方まで知らない方が多いのではないでしょうか? 今回は、インテリアシーンで活用できる包み方を中心に、その手順を小寺さんに教えていただきました。

 

1.花瓶

50cm小風呂敷「ブラインド」
600円(税別)

インテリアを華やかに彩る、花瓶。今回は、高さ20cmほどの花瓶を風呂敷でかわいくアレンジします。風呂敷のデザイン次第で、自分の部屋のイメージや飾る花を変えてみるのも楽しそうです。今回は、50cmの小風呂敷を使用します。包みたい花瓶の高さや幅に合わせて風呂敷のサイズを変えるのがポイントです。

 

【手順】

1.風呂敷の裏面を上にして敷き、包みたいサイズに合わせて天地の布を折り込む。(今回は、花瓶のくびれ部分に合わせています)

 

2.そのまま下部の布を、くびれの部分まで折り上げる。

 

3.左右の余った布を持って、クロスさせながらしっかりと巻き付ける。

 

4.そのまま左右の布を花瓶の背面まで巻き付け、後ろで結んで完成。

「真結びというリボンのような結び方が一般的ですが、今回は少し瓶の幅が太めだったので、結んだ後にくるくるとねじって仕上げてみました。お酒の瓶など包むときにもねじって仕上げることが多いです。一度跡が付いてしまった風呂敷や手ぬぐいは、洗濯してアイロンをかけてもOKですので、いろいろな花瓶でチャレンジしてみてください」

 

2.クッション

90cm大風呂敷「七転八起 黒」
2000円(税別)

お気に入りのデザインの風呂敷を使って、クッションを包んでみましょう。お弁当を包むのと同じ要領で、とっても簡単に仕上げることができますよ。今回は、だるまの絵柄がかわいい90cmの風呂敷で包みます。

 

【手順】

1.風呂敷の裏面を上にして敷き、クッションを対角線上の中央に置く。

 

2.天地の布を、クッションにかぶせるようにして包む。

 

3.左右も同様に、中心に向けて包み込む。

「この時はただ折り込むのではなく、三角形に折ってから中心に向かって包むと、すっきりとした仕上がりになるのでおすすめです」

 

4.上部持ってきた左右の布を、真結びして完成。

「真結びとは、ほどけにくい風呂敷や手ぬぐいの基本の結び方です。立て結びにならないよう注意しながら結び、最後にリボンの形をふんわり整えてあげるとよりかわいく仕上がりますよ」

 

3.消毒液ボトル

50cm小風呂敷「目覚め」
600円(税別)

今や家庭にひとつはかかせない、消毒液のボトル。風呂敷で包めば、インテリアのワンポイントにもなりそうです。50cm角の風呂敷を使って、アレンジしてみましょう。

 

【手順】

1.花瓶を包むのと同じ要領で、ボトルの高さに合わせて天地を折る。

「ボトルは、すこし斜めを向いた状態で中央に置いてください」

 

2.天地の布をそのまま上に持って行き、ボトルにテープなどで固定する。

「滑りやすいので、折り込む際はテープで固定するのをおすすめします」

 

3.左右の余った布を、ボトルに合わせて上に持ち上げる。

 

4.ボトルのくびれ部分に合わせ、後ろで一度クロスさせる。

 

5.クロスさせた布を前に持って行き、真結びで仕上げて完成。

 

4.ティッシュボックス

手ぬぐい「万象の幸福」
1600円(税別)

手ぬぐいを使えば、ティッシュボックスも簡単に包むことができます。お好みのデザインでティッシュボックスまでおしゃれにアレンジ。ぜひお試しあれ。

 

【手順】

1.二つ折りにした手ぬぐいの中心に、ティッシュボックスを置く。

「半分に折って使うのが一番簡単ですが、もし見せたい絵柄があるのであれば、大体手ぬぐい半分サイズになるように、左右の布を折って使うのもいいかもしれません」

 

2.左右の両端を箱に沿って折り上げ、テープなどで固定する。

 

3.残った長辺の布も、同じように箱に沿って折り上げる。

「この時に、一般的なティッシュボックスのサイズであれば、ちょうどティッシュのスリットが見えるくらいになります」

 

4.四隅をそれぞれ真結びして、完成。

「風呂敷も、手ぬぐいのサイズに折り込めば、ティッシュボックスを包むことができますよ」

 

「風呂敷や手ぬぐいと聞くと、和装をする人のためのものだと思う人も多いかもしれません。しかし、生活のあらゆる場面で活用できる、どんな人にとっても便利なアイテムなんです。使ったことがない方も、まずは一枚、ぜひ手に取ってみてください。そこから、使い方の幅広さや伝統的な染めの技術など、風呂敷・手ぬぐいの奥深さに気付いていただけたらうれしいですね」

 

【プロフィール】

JIKAN STYLE KITTE丸の内店 店長 小寺千春(こでら・ちはる)

宮本株式会社のマネージャー兼同店の店長として、手ぬぐい・風呂敷の魅力を発信。お客様の用途や生活スタイルにピッタリのアイテムを提案している。

 

【店舗情報】

JIKAN STYLE KITTE丸の内店

所在地=東京都千代田区丸の内2-7-2 KITTE丸の内4階
TEL=03-6273-4580
営業時間=午前11時~午後8時まで
※2022年2月現在、新型コロナウイルス感染拡大防止のため営業時間短縮中

オンラインショップ https://www.jikan-style.net/
Instagram https://www.instagram.com/jikan_style/

混沌とした時代の「救世主」! 英国に「キノコブーム」が到来

最近、英国ではキノコの人気が上昇中です。キノコは栽培時に排出される環境ガスも少なく、サステナビリティの面からも優秀な食材。ユニークな食品が登場したり、話題のビーガンレザーの原料に使われたり、その出番が増えています。ウェルネスとエシカルを象徴する存在になったキノコについて、英国からレポートします。

 

ファンタジーの世界へ

↑コロナ禍で不安定になった英国人の心を癒すキノコ

 

英国のキノコブームは初めてのことではなく、これまでもキノコはファッションモチーフや健康食品として大人気になったことがあります。今日のブームのきっかけは新型コロナウイルスのパンデミックで、2020年にはインテリア・アイテムとしてもキノコ型ランプがブームになりました。イギリス人にはキノコがかわいらしく幻想的に見えるようで、家にこもりがちな人々の心に癒しを与えてくれたのでしょう。

 

イギリス人を含むヨーロッパ人がキノコと聞いてよくイメージするのは、深い森や子どもの頃に聞いたおとぎ話です。森の中にひっそりと生えている不思議な様子から、妖精と関連づけて語られることもあります。「ピーターラビット」の生みの親、ビアトリクス・ポターもキノコに魅せられた人の1人。絵本を出版する前はキノコの研究に熱中していた彼女は、細部まで丁寧に描かれたキノコのイラストをたくさん残しています。

 

また、キノコ人気は、若い世代で広がっている「ロマンティックな田舎暮らしを楽しむ」というコンセプトを持つ「コテージコア(cottagecore)」の流行ともつながっています。英国ではロックダウン中でも楽しめる森林ウォークやキノコ狩り、自宅でできるキノコ栽培キットなどに注目が集まりました。

 

実利たっぷり

↑ヘルシーかつサステナブル

 

しかし、現在キノコが注目を浴びている大きな理由は、そのエコで万能な性質です。キノコの成分が解明されるにつれ、サステナブルの面から利用されるようになりました。

 

キノコは低カロリーで、さまざまな健康成分を含んでいますが、なかでも白い珊瑚のような形をしたライオンズ・メイン(和名:ヤマブシタケ)は、免疫力を上げるサプリメントの原料として認知度が一気に高まりました。

 

キノコは、学習能力や記憶ネットワークなど脳機能を活性化させるヘリセノン、免疫力の向上やアレルギー緩和に役立つベータグルカンを含んでいます。しかし、スーパーでは手に入りにくいため、キノコそのものではなく、大多数の人はライオンズ・メインが原料のサプリメントを利用しています。

 

一方、動物性素材を使わないビーガンブームの高まりによって生まれた、新素材の「マッシュルーム・レザー」も注目されています。

石油から作られる合成皮革と異なり、キノコを原料とする人工レザーは生分解性を持ち、環境に優しいうえ、上質な質感が特徴。ランウェイでの毛皮使用をいち早く中止し、サステナブルファッションにも積極的な英国ブランド「ステラ・マッカートニー」、高級ブランド「エルメス」、プラスチックゼロを目指す「アディダス」、ヨガファッションの人気ブランド「ルルレモン」などの新作に採用され、一躍脚光を浴びています。

英国ではキノコを使った飲み物も登場しました。クリスマス明けの1月に英国で行われる禁酒月間「ドライ・ジャニュアリー(Dry January)」に合わせて、2021年冬にリリースされた「Fungtn」は、ノンアルコールのクラフトビール。抗酸化に優れたチャーガ(カバノアナタケ)、生薬としても知られるレイシ、そして前述のライオンズ・メインの3種がブレンドされています。

↑キノコを原料とするノンアルビールの「Fungtn」

 

また、近年では、第5の味と言われる「旨み(Umami)」という日本語が英語圏で流行しており、2022年もそのトレンドは続いています。干し椎茸などのキノコの粉末をかくし味に加えるシェフや料理家が増え、スーパーでもキノコの粉末が「ウマミ・パウダー」として商品化されています。

 

そのほか、英国で古くから親しまれている、キノコのタンパク質を発酵させたマイコプロテインを使った代替肉ブランド「クオーン」も、キノコの再評価によって人気が拡大しています。

 

キノコブームは英国以外の国でも起きているようで、例えば、米国のニューヨークタイムズ紙は食用から産業利用、医薬品まで、キノコが2022年のトレンドになると予測しています。新型コロナウイルスや気候変動といった問題を抱える現代社会は混沌としていますが、だからこそキノコは一種の「救世主」として期待を集めているのかもしれません。

 

執筆/ネモ・ロバーツ

SDGsの遥か昔から取り組むキーコーヒーの「再生事業」

ヨーロッパ貴族に珍重された“幻のコーヒー”トラジャコーヒーを約40年の時を経て再生~キーコーヒー株式会社~

 

目覚めの時やちょっとした休息の際など、コーヒーは欠かせない飲み物のひとつ。いまやスペシャルティコーヒーをはじめ、さまざまな個性豊かなコーヒー豆が日本でも楽しめますが、そんななか、フローラルな香りと柑橘系の果実のような酸味で高い評価を受け続けているコーヒーが、キーコーヒー株式会社の「トアルコ トラジャ」です。そのトラジャコーヒーですが、かつては絶滅の危機に陥ったこともあるそう。それを救ったのが同社の再生事業でした。

 

“幻のコーヒー”を見事に再生

トラジャコーヒーとは、インドネシア・スラウェシ島のトラジャ地方で栽培されるアラビカ種のコーヒーのことです。18世紀には希少性と上品な風味がヨーロッパの王侯貴族の間で珍重され、「セレベス(スラウェシ)の名品」と謳われていました。しかし第二次世界大戦の混乱で農園は荒れ果て、トラジャコーヒーも市場から姿を消すことに。そんな幻のコーヒーに着目し、サステナブルな要素を踏まえた取り組みにより、約40年の時を経て復活させたのがキーコーヒーでした。

 

「トラジャコーヒーは、スラウェシ島のトラジャ県で栽培されるアラビカコーヒーを指します。その中から独自の基準により、品質の高い豆として認定したものが『トアルコ トラジャ』という当社のブランドです」と話すのは、2015年~2019年まで現地で『トアルコ トラジャ』の生産に携わっていた同社広域営業本部の吉原聡さんです。

↑広域営業本部 販売推進部 担当課長 吉原聡さん

 

「トラジャコーヒー再生の発端は、1973年に当社(旧・木村コーヒー店)の役員がスラウェシ島に現地調査に行ったことでした。トラジャ地区(県)の産地は島中部の標高1000~1800mの山岳地帯にあり、当時はジープと馬を乗り継ぎ、さらに徒歩でようやくたどりつけるような難所だったそうです。たどり着いた先で彼が目にしたものは、無残に荒れ果てたコーヒー農園。しかしそんな中でも生産者(農民)たちは細々とコーヒーの木を育て続けていました。そこで当社は再生を決断したのですが、そこには“この事業の目的は一企業の利益にとどまらず、地元生産者の生活向上、地域社会の経済発展に寄与し、さらにはトラジャコーヒーをインドネシアの貴重な農産物資源として国際舞台によみがえらせることが重要”という強い意志があったと聞きます」

 

さっそく同社は、翌1974年にトラジャコーヒー再生プロジェクトの事業会社を設立。1976年にはインドネシア現地法人「トアルコ・ジャヤ社」を設立し、“トラジャ事業”を展開していきました。さらに1978年には日本で『トアルコ トラジャ』として全国一斉発売。そして1983年には直営のパダマラン農園での本格的な運営も始まったのです。

↑『トアルコ トラジャ』を使用した商品。簡易抽出型や缶などいろいろなタイプで販売されている

 

地域一体型事業における“3つのP

「トラジャコーヒーの再生は、トラジャの人たちと共に築き上げてきた地域一体型事業そのものです。それを踏まえた上で、「Production」「People」「Partnership」という3の“P”を事業の根幹に据え、取り組んできました。

 

まずProduction」は、自然との共生と循環農法です。環境保護に努めることがコーヒーの品質維持や現地の人たちの生活の保護にも寄与します。自然との共生という部分では、農園の約40%を森林に戻したり、水洗時の排水のチェックを徹底したりしています。また土壌を守るため、コーヒーの木の周りにマメ科やイネ科の植物を植え(カバークロップ:土壌侵食防止目的に作付けされる)、さらに直射日光を遮るための樹木も植えています。そして脱肉後の果肉を堆肥として利用したり、脱殻後のパーチメント(種子を包んでいる周りのベージュ色の薄皮)を乾燥機の燃料にするなど循環農法を実施。持続可能な農業を地道に行っています。直営パダマラン農園は、これらの取り組みを認められ、熱帯雨林を保護する目的の「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けています。

↑直営パダマラン農園

 

「People」は言葉通り、人を意味します。生産者、仲買人、そして現地社員の協力の元でトラジャ事業は成り立っています。『トアルコ トラジャ』で使用するコーヒー豆の全生産量のうち、直営のパダマラン農園で作られるのは約20%で、残り80%は周辺の生産者や仲買人から購入しています。生産者には当社からコーヒーの苗木や脱肉機を無償提供し、オフシーズンには生産者講習会を開き、剪定や肥料のやり方、脱肉機の操作方法を指導。年に1回、『KEY COFFEE AWARD』を開催し、その年に優良なコーヒー豆を育てた生産者を表彰して労うことも行っています。また、現地の人たちの負担を軽減させるために、片道2時間ぐらいかけて標高の高い地域まで出向き、その場で豆の品質をチェックし買い付けする出張集買を行っています。現地の人たちとの二人三脚、協力体制を大切にし続けているのです。

↑出張集買は日時を決めて数カ所で開催される

 

そしてPartnership」は地元政府や地域との連携です。道路のインフラ整備や架橋への協力、生産者の子どもたちが通う学校へのパソコンの寄附も行っています。またインドネシアでは、コーヒーの粉を直接カップに入れて上澄みをすすったり、砂糖をたっぷり入れたりして飲むのが一般的です。そこで『トアルコ トラジャ』の美味しさをこの島の人たちにも伝えたいと、コーヒーショップのオープンをはじめ、ドリップコーヒーの普及にも努めています」

↑スラウェシ島の中心都市マカッサルにあるキーコーヒーのコーヒーショップ

 

同社の取り組みは、幻のコーヒーを再生しただけにとどまりません。

 

「トアルコで働くことで4人の子どもを大学に進学させることができた」「トアルコ社に良質なコーヒー豆を買ってもらい、ワンシーズン働いただけでバイクが買えた」など、現地の人たちの生活向上にも大きく貢献していると言います。

 

コーヒー豆の生産量が半減する!?「2050年問題」

このように順調とも思える同事業ですが、一方で近年、コーヒーの生産について世界規模での懸念があるそうです。

 

「2050年問題といいますが、地球温暖化によりコーヒーの優良品質といわれるアラビカ種の栽培適地が、将来的に現在の半分に減少すると予測されています。このまま何も対策を取らないと、コーヒー豆の生産量の減少や品質の低下、そして生産者の生活を奪うことになります。そこで、アメリカに本部を置く“World Coffee Research(WCR)”という機関と協業で、病害虫や気候変動に負けない品種開発の実験(IMLVT:国際品種栽培試験)を直営パダマラン農園で行っています。Partnershipともリンクしますが、世界的なトライアルに参画し、共にこの問題を解決していきたいと考えています。このほかにも、当社は様々な研究を行っており、生産国や品質の多様性を守る活動にも力を入れています」

↑2017年のIMLVT開始時の様子

 

SDGsを念頭に入れた事業展開

社会貢献に対する意識は、創業当時から高かったという同社。例えば、環境保護や生産者の支援につながる「サステナブルコーヒー」という考えを元に、「レインフォレスト・アライアンス認証」を受けたコーヒー農園の商品の取り扱いや、国際フェアトレード認証制度に基づき、経済的、社会的に立場の弱い発展途上国の生産者や労働者の生活改善、自立を支援する取り組みなども早くから行っています。また、環境に配慮したパッケージの切り替え、食品ロスの削減にも取り組んできました。

 

「東日本大震災以降は、10月1日のコーヒーの日にチャリティブレンドを販売。日本赤十字社を通して売上金の一部と基金を被災地や世界の貧しいコーヒー生産国の子どもたちへ寄付し続けています。また100周年の創業記念日(2020年8月24日)には、コーヒーの未来と持続可能な社会の実現に貢献していくために、従業員からの募金を主とする『キーコーヒー クレルージュ基金』を設立しました。募金を通じて、コーヒー生産国の社会福祉や自然環境の保護をはじめ、災害支援についても機動的な支援を行っています。

↑『キーコーヒー クレルージュ基金』でコーヒー生産国を支援

 

近年SDGsという言葉がよく使われるようになりましたが、最近はお客様の意識はもちろん、取引先様がSDGsを踏まえての事業を展開することが増えています。我々としてももう一度様々な事業を整理し、当社として何をどう提案でき、どんな課題にどう対応できるのか、改めて考えていきたいと思っています」

 

ビールと即席麺の共同輸送でトラック使用台数減&CO2削減! サッポロと日清食品のエコな取り組み

サッポログループのサッポログループ物流と日清食品は、ビールと即席麺を組み合わせた共同輸送を、静岡~大阪間で3月2日から開始します。

 

静岡県焼津市に生産工場を持つサッポロと日清食品は、静岡~大阪間の輸送において、往路は両社の製品を混載し、復路は空き容器や空きパレットを混載する「ラウンド輸送」のスキームを確立しました。

↑実施前

 

↑実施後

 

これまで往路では、重量貨物であるサッポロのビール樽を最大積載重量まで積載しても、荷台上部にスペースができる一方、軽量貨物である日清食品の即席麺は、荷台の容積一杯まで積載しても、積載可能重量に余裕がありました。また、復路では両社とも往路に比べて貨物量が少なく、満載にするのが難しい場合がありました。このような問題の解決に向けて両社で実証試験を重ねた結果、往路では両社の製品の種類や数量の組み合わせを調整し、復路ではサッポロの空き容器と日清食品の空きパレットを混載することで、積載率を高めながら100%の実車率を実現するラウンド輸送のスキームを確立。これにより両社が個別に輸送していた従来の方法に比べ、トラックの使用台数は約20%減少し、CO2排出量は年間で約10t削減できる見込みとのことです。

 

サッポロと日清食品は、「人づくりから始まるSCM改革」をテーマに、昨今の物流クライシスへの対応や、次世代ロジスティクス人材の育成といった課題の解決に取り組んでおり、サッポロでは2019年から「サッポロロジスティクス★人づくり大学」を、日清食品では2020年から「SCM Academy」を開催。今回の取り組みは、受講生同士の交流から、それぞれの受講生のアイデアを踏まえて実現したものです。

インテル Celeron NシリーズとAMD Ryzen、選べる2モデル同時発売! デル「Inspiron 15 3000(Intel N-series/AMD)」

デル・テクノロジーズは、個人向けノートPC「Inspiron 15 3000(Intel N-series/AMD)」を発売しました。

↑Inspiron 15 3000 Intel N-series ノートパソコン(カーボン ブラック)

 

「Inspiron 15 3000 Intel N-series ノートパソコン」は、インテル Celeron プロセッサー Nシリーズを、「Inspiron 15 3000 AMD ノートパソコン」は、AMD Ryzenプロセッサーをそれぞれ搭載している、15.6インチのノートPC。スタイリッシュで環境に配慮したデザインと、サステナブルな設計で、日常生活に必要な機能が備わっています。

↑Inspiron 15 3000 AMD ノートパソコン(プラチナ シルバー)

 

OSはWindows 11 HomeまたはWindows 11 Proに対応。インテル Nシリーズ プロセッサーもしくはAMDプロセッサーを搭載し、SSDと組み合わせることで、応答性と静音性に優れた性能を発揮します。カラーバリエーションはカーボン ブラックとプラチナ シルバーの2種類。

↑Inspiron 15 3000 Intel N-series ノートパソコン(プラチナ シルバー)

 

大きなキーキャップと広いタッチパッドで操作がしやすく、Dell ComfortViewソフトウェアを利用することで、有害なブルーライトの発生を抑え、目の負担を軽減できます。HDウェブカメラを内蔵。3辺の狭額縁ベゼルで臨場感のある映像体験が可能です。

↑Inspiron 15 3000 AMD ノートパソコン(カーボン ブラック)

 

人間工学に基づいた、タイピングに快適な角度になるリフト ヒンジを採用。ヒンジ部分に搭載された小さなゴム製の脚とバンパーで、安定性を向上させています。

↑Inspiron 15 3000 Intel N-series ノートパソコン(カーボン ブラック)

 

迅速な電源投入、起動、ログインが可能で、オプションの指紋認証リーダーやWindows Helloを使用すれば、瞬時にログインして使用できます。ExpressCharge機能により、コンセントにつないでいる時間を短縮し、バッテリーを60分で最大80%充電可能です。

↑Inspiron 15 3000 Intel N-series ノートパソコン(カーボン ブラック)

 

EPEAT Silver認定を受けており、ノートPCの塗装部分には低VOC(揮発性有機複合)の水性塗料を使用。ボトム カバーには再生プラスチックを使い、廃棄物の埋め立てを抑制しています。梱包トレイには 100%再生紙を使用し、他の梱包コンポーネントにはリサイクル素材を最大90%使用しています。

↑Inspiron 15 3000 AMD ノートパソコン(プラチナ シルバー)

 

税込価格は、Inspiron 15 3000 Intel N-series ノートパソコン7万1980円~、Inspiron 15 3000 AMD ノートパソコンが7万4980円~です。

中国の大奮闘! 北京冬季オリンピックに見る「低炭素化」への取り組み

現在、中国の北京ではアスリートたちが熱戦を繰り広げていますが、ホスト国がこの祭典を舞台に挑んでいるのが環境問題です。2020年に同国は「2030年にカーボンピークアウト、2060年のカーボンニュートラルの実現に向けて努力する」と宣言しており、いわば今回のオリンピックは中国の低炭素社会実現の試金石。会場のあちこちでは、二酸化炭素の排出を抑えるために、さまざまな工夫が見られます。

↑「鳥の巣」は2022年冬季オリンピックのメイン会場として再利用されている

 

近年のオリンピック・パラリンピックは、環境に配慮することはもちろん、大会を通じて持続可能な社会づくりを推進する場となっています。2021年に開催された東京オリンピックは、環境負荷をできるだけ抑えるために既存施設を再利用しました。今回の北京オリンピックは「起向未来(Together for a Shared Future〔ともに未来へ〕)」というスローガンのもと、「低炭素エネルギー・低炭素会場・低炭素交通」の三本柱からなる「グリーン・オリンピック」の実現を目指しています。

 

「低炭素エネルギー」の利用については、東京オリンピックと同様に、北京の全会場でグリーンエネルギー(再生可能エネルギー)が採用。一方、「低炭素会場」に関しては東京オリンピックとやや異なります。東京オリンピックでは国立競技場が建て替えられたのに対して、北京オリンピックでは、2008年夏季大会のメイン会場「北京国家体育場(通称「鳥の巣」)」を再利用しています。この体育場は当時の建物を改装するとともに、建物の構造の周りに張り巡らされた発電ガラスは、ガラスでありながらソーラーパネルの役割も果たしています。

 

会場における低炭素化の取り組みの中で特に注目されているのは、二酸化炭素を利用した製氷技術。これは、二酸化炭素の排出を抑えると同時に、排出された二酸化炭素を冷却材として再利用することが特徴。この装置は大会の低炭素化に貢献するだけでなく、会場の氷上温度差を0.5℃以内にコントロールすることで、選手たちのパフォーマンスに良い効果を与えるように設計されています。

 

また、中国語で「水立方(ウォーターキューブ)」という愛称で親しまれている「国家遊泳中心(国家水泳センター)」は、改修工事によって「氷立方(アイスキューブ)」に生まれ変わり、カーリング種目の会場として再利用しています。この「変身」は、この施設にもともと備わっていたプールに、カーリングを行うための機能を加えただけなので、プールとしての機能は失われておらず、夏季にはプールに戻すことができます。

↑水から氷へ。水泳センターからカーリング種目の舞台に変身したアイスキューブ

 

水素燃料自動車が1000台以上

「低炭素交通」については、近年の中国では電気自動車が急速に普及していますが、冬季オリンピックではそれだけでなく、水素自動車も走っています。水素燃料車両の投入台数は1000台以上で、トヨタの車両が最も多くを占めていると報じられており、北京オリンピックにおける新エネルギー車の利用率は85%以上とのこと。

 

東京オリンピックと同様に、北京冬季オリンピックでも客席に観客の姿はほとんど見られませんが、中国の低炭素社会実現への取り組みには拍手を送るべきかもしれません。

 

執筆/加藤夕佳

ハンバーガーひとつに使われる水の量は3000リットル! 毎日の食事が変わるかもしれない一冊『SDGs時代の食べ方』

今日食べたものがどこで育って、どこを経由して、自分の口に入ったかわかりますか? 自給自足をしている人はわかりますが、スーパーやコンビニで販売されている食べ物が辿ってきた道は、はっきりとわからないですよね。

 

「そんなこと考えたこともない」という人がほとんどだと思いますが、『SDGs時代の食べ方』(井出留美・著/筑摩書房・刊)を読むと、食に関する考え方が変わります。今回はちょっとの心がけで、未来の地球がガラリと変わるかもしれない一冊をご紹介します。

 

ハンバーガーにどうして大量の水が必要なの?

1つ100円前後で食べられるハンバーガーですが、そのハンバーガーひとつに3000リットルの水が必要だと言われています。3000リットルは、家庭のお風呂の10〜15杯分! どうしてこんなに大量の水が必要なのでしょうか?

 

1キログラムのお米を栽培するのには、およそ3700リットルの水が必要です。

一方、1キログラムの牛肉を生産するには、この5倍、2万リットル以上もの水が必要なのです。

牛肉を育てるには、水のほかに、大量の飼料(エサ)も必要です。その飼料を栽培するのにもまた、水が必要になるため、このような大量の水が必要になってくるのです。

(『SDGs時代の食べ方』より引用)

 

生産過程で使われる水の量って、こんなに多いんですね。この水の量を「バーチャルウォーター」と言うのですが、なんと日本は世界一の輸入量なのだとか。

 

バーチャルウォーターは、環境省のページで計算することができるので、最近の食事をバーチャルウォーターをチェックしてみると、驚くような数字が出てくるかもしれませんよ!

 

【バーチャルウォーター量自動計算】
https://www.env.go.jp/water/virtual_water/kyouzai.html

 

日本の食品ロスの半数近くは家庭から出ている

これだけたくさんの水を使って生産しても、「食品ロス」で捨てられてしまうことも……。日本の年間食品ロス量は570万トン! これまたどえらい数量です。

 

この食品ロス、コンビニや飲食店からのロスが圧倒的に多いと思いがちですが、令和元年度の農林水産省の推計によると、年間570万トンの食品ロスのうち261万トンが家庭由来、309万トンが事業系由来と、家庭からの食品ロスも結構多い。捨てる時には「これくらい、仕方ないやぁ〜」と思ってしまいますが、そのちょっとの積み重ねが261万トンにつながっていると思うと、捨てる前にちょっと考えたくなりますよね。

 

『SDGs時代の食べ方』によると、野菜の皮をむきすぎるなどの「過剰除去」と、賞味期限が過ぎたものを捨ててしまう「直接廃棄」などが要因になっているそう。どうしたら、家庭内での食品ロスを防ぐことができるのでしょうか?

 

家庭の食品ロスは、「買い過ぎない」、「まず家にある食品をチェック」、「買い物リストを作って、ないものだけ買う」、「食材の切り方や保存方法を工夫する」などで少なくすることができるのです。

(『SDGs時代の食べ方』より引用)

 

当たり前のことではありますが、少しずつ意識を変えて、家庭からの食品ロスを減らしていきたいですよね。ほかにも『SDGs時代の食べ方』には、食品のごみ処理にいくらの税金が使われているのか、家庭の生ごみの内訳など知っていると食生活が変わるようなトピックスが満載です。

 

10代に向けたシリーズ『ちくまQブックス』

この『SDGs時代の食べ方』は、10代のノンフィクション読書を応援します! をコンセプトにした、ちくまQブックスの中のひとつ。2021年9月からこれまでに10冊の書籍が出ており、2022年6月には第2弾が始まる予定なのだとか。

 

10代向けなので、文章にはルビがふられページ数も127ページで「最近本を読んでいないな〜」という人でも気軽に読めるようなシリーズです。巻末には、次に読んでほしい本が、著者の推薦コメントとともに掲載されているので、数珠繋ぎ的に読んでいく面白さも体験できます。

 

小説以外の本を読んでみたい10代の学生も、読書が苦手な大人も、毎日のように本を読んでいる人も楽しめること間違いなし! 読書術や、身体論、勉強法まで幅広いジャンルが刊行されているので、興味のある分野から読んでみるのがおすすめです。

 

【書籍紹介】

 

SDGs時代の食べ方

著者:井出留美
刊行:筑摩書房

世界にはまともにご飯を食べられない人が大勢いる。なのに日本では今この瞬間にもまだまだ食べられる食べものが捨てられている。その量は国連が飢餓の国に行っている食料支援のなんと1.4倍。これっておかしくない? SDGs時代にふさわしい食べ方で社会を変えよう!

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チームと選手の個性が光る!「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2021」をコロナ禍でも開催し続ける意味

1月3日から6日にかけ、「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2021」が開催されました。大阪を舞台とした今大会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、その大会の目玉というべき、バルセロナをはじめとする海外強豪チームの招聘は叶わず、2大会連続で参加は国内チームのみ。ところがそこで繰り広げられた光景は、いくつもの意義と時代性を感じさせるものでした。

 

昨年以上に届いた「サッカーがしたい」という声

「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ」は、初開催の2013年大会から、FCバルセロナのジュニアチームを筆頭にACミラン、リパプール、バイエルン・ミュンヘン、アーセナルなど世界のトップクラスのチームを招くことで注目を集めてきた大会です。第1回大会では、現日本代表の久保建英(たけふさ)選手がバルセロナチームの一員として参加し優勝を成し遂げました。以来、国内チームは「打倒・バルセロナ」を目標に掲げ、大会に臨んできました。

 

世界トップクラスの子どもたちと対戦することで、サッカーレベルの底上げを図りたい――。大会目的を実現するために、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2021実行委員長の浜田満さんは最後まで海外チームの招聘に動いたと言います。

 

「“元の形に戻したい”という思いでオーガナイズしてきました。本来は2021年の夏の開催を予定していましたが、海外チームの招聘を最後まで模索していたので、年明けまでスケジュールがずれ込んでしまったのです」

 

新型コロナウイルスの感染拡大によって、国内外でサッカーをする環境が制限される動きがあります。ジュニア世代においても、いくつかの公式大会が中止を余儀なくされています。ところが、大会責任者である浜田さんには、はなから「中止」という選択肢がありませんでした。

 

「昨年以上に、今年度は出場したチームの選手やコーチから『ぜひ開催してほしい』という声をたくさんいただきました。ああ、みんなサッカーがやりたいんだなって。コロナに負けたくないんだって。去年開催して感じたことでもありますが、コロナ禍だからこそ、リアルな声や強い思いを感じることができました。実際、大会にエントリーしていただいたチームは過去最大の数に達しています」

 

大会名である“ワールドチャレンジ“こそ今年も実現できなかったものの、選手やコーチたちの「絶対にサッカーを止めない」という強い思いが後押しとなり、こうして無事に大会開催にいたったのです。

 

【関連記事】久保建英選手も輩出!「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2020」が
コロナ禍に実現した理由

 

大人顔負け、“個性”のぶつかり合い! 大会は「センアーノ神戸ジュニア」の初優勝で幕を閉じた

センアーノ神戸ジュニアは決勝戦で自慢の攻撃が爆発! FCトリプレッタ渋谷ジュニアの強烈なハイプレスをかわして見事初優勝を飾りました。

 

こうして1月3日から始まった「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2021」。最終学年の選手にとっては、ジュニア世代の最後の大会になります。32にのぼった参加チームの大会にかける思いは強く、初日から白熱した熱戦を繰り広げました。

 

グループステージと準々決勝までは「OFA万博フットボールセンター」、最終日となる1月6日の準決勝以降は「パナソニックスタジアム吹田」で行われました。パナソニックスタジアム吹田はガンバ大阪のホームスタジアムとして知られていますが、サッカーの本場・イングランドやドイツなどのスタジアムと同じく、国内で数少ないサッカー専用スタジアムです。ピッチからスタンドとの距離はわずか7m! Jリーグでプレーするプロのサッカー選手たちも絶賛しています。

 

ガンバ大阪のホームスタジアムでもある。パナソニックスタジアム吹田。

 

そんな世界レベルのスタジアムでプレーできる権利を得たのは、「YF NARATESORO」「センアーノ神戸ジュニア」「ディアブロッサ高田FC U-12 」「FCトリプレッタ渋谷ジュニア」。準決勝に勝ち残ったこの4チームはいずれも街クラブですが、優勝候補のガンバ大阪ジュニア、湘南ベルマーレアカデミー選抜などのJリーグ下部組織チームを倒してきたことになります。その強さもさることながら、特筆すべきはそれぞれに、オリジナリティに溢れたチームスタイルを持っていること。

 

決勝に勝ち上がったセンアーノ神戸ジュニアとFCトリプレッタ渋谷ジュニアの戦いは、まさに「個性」と「個性」のぶつかり合いとなりました。元日本代表の香川真司選手の出身チームであるセンアーノ神戸ジュニアは、香川選手さながらの卓越したテクニックを持った選手が多くそろい、「ボールを大事する」サッカーを展開します。いわゆるポゼッションサッカーが持ち味のセンアーノ神戸ジュニアに対して、FCトリプレッタ渋谷ジュニアは、前線から積極的にディフェンスをして相手にプレッシャーをかけていく、リアクションサッカーで対抗していきました。

 

そんな大人顔負けの駆け引きが随所に展開されたのち、相反するスタイルとの戦いは、センアーノ神戸ジュニアが6ゴールを奪って勝利。“ワーチャレ”初優勝を飾りました。結果はセンアーノ神戸ジュニアの勝利に終わりましたが、ジュニア世代にして、チームとして確固たるスタイルを身につけ、選手たちがそれぞれの個性を存分に発揮していたことに驚きを隠せません。そんな彼らの姿を見て、あらためて日本サッカーのレベルの高さをうかがい知ることができました。

 

後半8分、センアーノ神戸ジュニアの久保祐貴選手(左から2人目)がカウンターから得意のドリブルを開始。左サイドを突破してこの試合自身2点目となるゴールをゲット!

 

大会通じてセンアーノ神戸ジュニアの攻撃を牽引した片山祥汰選手。準決勝で1ゴール、決勝戦で2ゴールを奪うなど、まさにエースに相応しい活躍ぶりでした。

 

ラスト1プレーの場面では、GK谷口剛丸選手がセットプレーのキッカー役に。FCトリプレッタ渋谷ジュニアの選手たちは最後まで勝利への執念を見せました。

 

決勝でもっとも個性を発揮した選手の一人が、センアーノ神戸ジュニアの久保祐貴選手です。チームでもっとも小柄な選手ですが、憧れだというディエゴ・マラドーナのように、小さな体を活かした軽やかなステップとドリブルで相手マークをかわしては2ゴールを決め、大会MVPに選ばれています。2022年春には、かつて香川真司選手がプレーしたセレッソ大阪のJr.ユース入団が決定しています。“第二の香川真司選手”となることを願ってやみません。

 

大会MVPを獲得したセンアーノ神戸ジュニアの片山祥汰選手。大会を通じて攻撃陣をリードし、決勝では2ゴールを奪って初優勝に貢献!

 

ただひとりの女子選手が躍動! 奈良県勢対決はYF NARATESOROに軍配が

長い髪をなびかせながら巧みなステップで敵をかわすYF NARATESOROの大田ありさ選手。「イニエスタのような選手になりたい」と、次なるステージでの活躍を誓っていました。

 

決勝戦に先がけて行われたYF NARATESOROとディアブロッサ高田FC U-12の3位決定戦では、一人異彩を放つプレーヤーがピッチ上で躍動していました。奈良県勢対決となったこの試合を制したYF NARATESOROの司令塔としてプレーした、大田ありさ選手です。チーム唯一の女子プレーヤーで、男子プレーヤー相手にも臆する様子は皆無。むしろ、そのテクニックとパスセンスは、この試合でもっとも輝いていました。そのプレーススタイルは、かつてなでしこジャパンを女子ワールドカップ優勝に導いた、日本女子サッカー界のレジェンド・澤穂希さんを彷彿とさせます。

 

大田ありさ選手をチームの中心に起用している理由について、YF NARATESOROの杉野航監督は、「指導者としてフラットに判断しての結果です。男子だから女子だからで判断しません。一人の選手としてシンプル、そのポジションが彼女に合っているからです」と教えてくれました。

 

ジェンダーによって活躍の場を奪うことは、何の価値ももたらしません。それはスポーツの世界も同様。「チームのなかで、彼女が一番ボランチの適正に優れているから起用している」と当たり前のように話してくれた杉野監督のフラットな姿勢に感銘を受けながら、その期待にしっかり応えて堂々とプレーする大田ありさ選手の姿が、実に頼もしく感じました。世の中は多様化が進んでいます。時代を象徴する、まさに社会の縮図のようなチームといえるでしょう。また、男女混合でのプレーを見るチャンスがあるのもU-12の醍醐味といえます。

 

試合後、大田ありさ選手は「全少(全日本U-12サッカー選手権)で目標に掲げていたベスト4入りを、この大会で成し遂げることができてよかった」と、笑顔を見せていました。ちなみに、卒業後は、澤穂希さんが所属していたINAC神戸のJr.ユースに入団予定です。

 

大田ありさ選手。

 

敗れたディアブロッサ高田FC U-12の乾良祐監督は「自由に攻撃をするために、技術と発想力を持ってボールを大事にしたサッカーをしよう」と、つねに選手たちを指導しているそう。エースの永添功樹選手をはじめ、自由な発想力とダイナミックな攻撃で、最後までYF NARATESOROを苦しめました。エースの永添功樹選手がセレッソ大阪Jr.ユースに進む予定です。

 

選手の個性はイコール指導力。ベスト4に進んだチームが個性に溢れていたのは、言い換えれば、指導者の努力の賜物でもあります。ワーチャレを機に、これからも未来の日本代表がどんどん生まれることでしょう。

 

ディアブロッサ高田FC U-12の反撃に、ゴールキーパーが飛び出して必死に食い止める。3位決定戦は最後まで勝利がどちらに転ぶわからない好ゲームとなりました。

 

優勝はセンアーノ神戸ジュニア(兵庫)、準優勝はFCトリプレッタ渋谷ジュニア(東京)、3位はYF NARATESORO(奈良)、4位はディアブロッサ高田FC U-12 YF NARATESORO(奈良)。いずれも個性あふれるスタイルを持った好チームでした。

 

普段戦えないチームと対戦することで成長していく

「フィジカル vs テクニック」という構図となった決勝戦は、両チームの選手たちにとって大きな経験となったことでしょう。

 

センアーノ神戸ジュニアの初優勝で幕を閉じたU-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2021。大会実行委員長の浜田満さんはコロナ禍での大会を無事に終えることができて、まずは安堵の表情を浮かべながら、「今大会を通して選手たちの成長を実感しました」と言います。

 

「普段戦うことのできないチームと“本気”の試合ができたのは、選手たちにとってよかったのではないでしょうか。大会のレベルは正直、海外チームが参加しているときより低いかもしれませんが、それによって大会の価値が決して失われるわけではありません」

 

浜田さんの言葉どおり、実際、普段戦うことのできないチームと試合をして“新たな刺激があった”とコーチや選手たちは口をそろえます。

 

「ベスト4には関西のチームが多く勝ち進みました。彼らはとてもテクニックがあるチームです。普段、我々のようにフィジカルを前面に出して戦うチームと対戦したことはあまりないでしょう。準優勝に終わりましたが、選手たちにとっても大きな経験になりました」(FCトリプレッタ渋谷ジュニア代表・米原隆幸さん)

 

また、「とてもいい経験をさせてもらいました」と決勝戦を振り返ったのは、優勝したセンアーノ神戸ジュニアU-12の大木宏之監督です。大木監督はFCトリプレッタ渋谷ジュニアの準決勝の試合を見て、チームの戦術を変更したそうです。「無理にボールを回さないで、人と人との間でボールをもらって敵のプレッシャーをかわせたのが勝利につながりました」と勝因を語っています。

 

大会MVPを獲得したセンアーノ神戸ジュニアの片山祥汰選手は「大会を通して、いろんな個性のあるチームと戦えてチームとしても成長できましたし、個人的にも成長できました」と話し、YF NARATESOROの大田ありさ選手は「得点も取れるボランチになりたいと思っていて、コーチからもずっと得点のことは言われていました。ようやく今大会でゴールを決めることができて、選手として成長できたのがよかったです」と笑顔で語ってくれました。

 

準優勝のFCトリプレッタ渋谷ジュニア。テクニックを重視する関西勢に対し、フィジカルを前面に押し出すサッカーで対抗しました。

 

みんなが楽しみにしている限り、ワーチャレは続く

メインスポンサーの大和ハウスグループのもと、2013年からスタートした「U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ」もすでに9回目。プロとして活躍する選手たちも輩出する大会に育っています。

 

U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジは、普段戦うことのできないチームと“本気”の試合ができる舞台です。サッカー少年・少女にとってとても貴重な体験ができます。今大会はコロナ禍の影響によって2年連続で国内チームのみの大会となりました。その後の変異株による“第6波”襲来の状況を考えると、もう少し時期が遅れていたら開催できなかったかもしれません。大会実行委員長の浜田満さんは、「これからもワールドチャレンジは続けます」と言い切ります。

 

「子どもたちが成長できる場所をなくしたくない。コロナで大変な時期が続いていますが、みんな楽しみにしています。だから、これからも絶対にサッカーを止めません。次こそは海外のチームを呼んで、華やかな大会にしたいと思います!」

 

次回の2022年大会では、再び世界の子どもたちと“本気”の試合ができることを願うばかりです。

 

「ワールドチャレンジは今度も続きます。今年の夏は海外のチームを呼んで華やかな大会にしていきたい」と抱負を語る大会実行委員長の浜田満さん。

 

日本人の「想像力の豊かさ」が壁になっている? パラアスリートに聞く、健常者と障がい者のあるべきコミュニケーションの形

2021年に行われた東京パラリンピック。障害を抱えながらも挑戦する彼らの姿に勇気をもらった人も多いと思います。けれど、普段身近でない人にとっては、街中で障がい者と出会っても「何か手を貸したいけれど、どうしたらいいの?」と悩んでしまうこともしばしば。「迷惑かな?」とか「私じゃ何もできないから……」とコミュニケーション自体を避けてしまう人もいるのではないでしょうか?

 

今回は現役のパラパワーリフティング選手として世界で活躍する山本恵理さんとお話ししながら、ダイバーシティ社会、共生社会をともに生きるヒントを探ります。

●山本恵理(やまもとえり)1983年5月17日兵庫県生まれ。先天性の二分脊椎症により生まれつき足が不自由に。女子55Kg級日本記録保持者。講演活動も積極的に行っている

 

幼いころの“できない”経験が原動力に

パラパワーリフティング55キロ級選手として活躍し、日本記録保持者でもある山本恵理さん。2022年1月29日に行われる第22回全日本選手権大会の2週間前に取材させていただきました。会うだけで元気をもらえる笑顔が素敵な山本さんですが、幼少期は人見知りで何事にも自信を持てない子どもだったそう。

 

「私は生まれつき足が不自由でした。小学校から大学まで、いわゆる“普通の学校”に通っていましたが、移動手段が車いすなので、遠足でも先生と先に車で山頂に行くとか、体育の授業も受けられないとか、徒競走でもハンデがあるとか、なぜ私だけみんなと一緒のことができないんだろうと、周りから制限されることにモヤモヤしていました。あぁ、私は誰の役にも立てていないんだと、自信をなくすことの方が多い幼少期だったと思います」

 

↑どんなお話もユーモアを交えながら語ってくれた山本さん。とっても明るい雰囲気で取材が進んでいきました

 

そんな山本さんが9歳のころに出会ったのが水泳。「水害にあったとき、足が不自由なこの子が逃げられないと困る!」と親御さんが通わせたのがきっかけだったと言います。

 

当時の山本さんは、水が大の苦手。シャワーで髪を洗うことも嫌がるほどでしたが、親御さんやコーチを諦めさせるためには「もう溺れるしかない!」と決死の覚悟で水面に飛び込みます。ところが、幸いにも(?)溺れることなく体が勝手に浮き上がり、泳げてしまったのだとか。

↑当時の山本さん

 

今まで「できない」に抑え込まれていた山本さんの心に、泳ぎが「できた」喜びと自信が湧き上がり、毎日のように水泳教室に通い始めます。そこから2週間後、「パラリンピックに出てみない? タダで海外に行けるよ!」と誘いの声がかかり、山本さんのパラリンピックへの一歩がスタートしました。

 

「最初、パラリンピックと聞いた時は食べ物だと思っていたんですけど(笑)、タダで海外に行けるならやりたい! とテンションが上がっていました。その水泳スクールが、毎回パラリンピックに出場する選手を出すような名門だったので、中学生になるころには、大人のパラアスリートたちと一緒に日本選手権に同行していました。身近にスポーツと仕事を両立させている大人たちがたくさんいたのは、すごくいい経験でしたね」

 

パワーリフティングと仕事を両立させながら、パラリンピックを目指す

 

水泳でパラリンピック出場を目指し奮闘していた山本さんでしたが、高校時代にプールサイドで怪我をしてしまい、入院。自身も落ち込んでいましたが、同じ病院にいたおじいさんに「怪我をして死のうと思っていたけれど、恵理ちゃんと話してもう一回生きようと思ったよ」と声をかけられたそう。そんなうれしい一言がきっかけとなり「自分でも役に立てることがあるかも!」と、水泳選手から選手を支えるメンタルトレーナーを志すことに。

 

大学卒業後は、メンタルトレーナーとしてパラ水泳を支えます。もっと英語ができるようになりたいとカナダに留学した際、パラアイスホッケーに誘われ、なんとカナダ代表に選出されるほどに。そんな学業も競技も絶好調だった最中にパラリンピックの東京開催が決定。それを機に、日本へ帰国後日本財団パラスポーツサポートセンターへ就職。

 

↑日本財団パラスポーツサポートセンターの推進戦略部でプロジェクトリーダーを務める山本さん。いただいた名刺には点字もつけられていました。切り込みがある角を右上にして、左から右に触ることで点字を読むことができるのだとか

 

そして、これまた運命的にパワーリフティングと出会い、「選手としてパラリンピックを目指せるかも……」と働きながら東京パラリンピック出場を目標に練習に打ち込みます。しかし、残念ながら出場は叶いませんでした。

 

「東京パラリンピックに出たい! という一心で競技を続けてきたのですが、その目標が途絶えてしまい、大きな挫折を味わいました。振り返れば無茶もしていたし、気持ちの浮き沈みもとても激しかったですね。目標としていた未来がなくなったときに思ったのは『今日という1日を積み重ねていこう、毎日を大事にしていこう』ということ。パワーリフティングは50代でも現役選手がいるんですよ。目標やゴールを設定してそこにがむしゃらに向かっていくよりも、日々を積み重ねて『よし、今日の私も前に進んでるぞ』ってポジティブに考えられるようになりました。どんな結果になるか、ご期待ください(笑)」

 

↑指先がキラキラかわいい! 「今日は初の赤ネイルにしてみました!  試合では、勝負ネイル&勝負髪で挑んでいます!」と教えてくれました。大会では山本さんのネイルにも注目です

 

階段が「障害」になるかどうかは、コミュニケーション次第

今回の取材は都内のオフィスビルで行われました。山本さんはクルマで来訪。「足が不自由なのに自分で運転!? 乗り降りはどうするんだろう?」、そんなことを思った私は、駐車場でお迎えすることに。

 

↑自身で後部座席から折りたたまれた車いすを取り出し、セッティング。車いすの重さは、8キロと予想より軽量でしたが、それなりの重量があります。

 

↑山本さんが利用しているのは、ドイツの総合医療福祉機器メーカー『ottobock(オットーボック)』製。パラリンピックでは、選手が使う器具(車いす・義足など)の修理サービスを一手に引き受けているメーカーだそう

 

「手元にブレーキとアクセルがあるので、片手でハンドルを操作しながら、もう一方の手でアクセルとブレーキを操作しています。車いすは後ろの席にたたんで入れていて、降りる時は後ろから引っ張るように取り出して、車いすに乗り移ります。車いすも軽量化されていて、かっこいいデザインのものも増えているので、一般の方でも出し入れはしやすいと思いますよ」

 

ただ、駐車場からオフィスに向かう途中、私たちは思わぬ障害に出くわしました。フロアと駐車場をつなぐ3段の階段です。

 

 

たった3段で? と思われるかもしれません。

 

「これは車いすだけでは、無理ですね……。誰かに助けてもらわないと登れません。健常者の人にとっては当たり前のことでも、車いすの人には障害になることもあります。けれど、大人2名に助けてもらえれば登ることができますし、『別のフロアなら階段はないよ』と教えてもらえれば、駐車場内にあるエレベーターで移動することができるので、階段の障害はなくなります。事前に行く場所のことを全て調べ上げていては大変ですし、全ての場所にバリアフリーを導入するには多額な資金もかかってしまいますが、人にサポートしてもらうだけで障害はなくせるんです

 

今回は、別のフロアから移動して迂回することにしましたが、普段何気なく感じている階段も、車いすにとっては大きな障害になるのだと知りました。

 

ちなみに、車いす対応の駐車スペースは、片側が他よりもスペースが広くなっていることをご存じでしょうか? これにはちゃんとした理由が。

↑車いす対応の駐車スペースをよくみると駐車エリアの外にも駐車禁止ゾーンが! 車いすで乗り降りするためには十分なスペース確保が必須

 

車いすに乗り移る時にドアを全開にする必要があるため、スペースに余裕がないと乗り降りができないそうです。空いているからと、車いす対応の駐車スペースに停めないようにしましょう。

 

想像力が豊かすぎるがゆえに、コミュニケーションエラーを起こしてしまう日本人

日本に住んでいると、健常者と障がい者の間には何か見えない壁があるような気がしてきます。この壁とは一体何なのでしょうか?

 

海外経験もある山本さんにその見えない壁について伺ってみると、「日本と海外では、困っていそうな相手に手を差し伸べるスピードが全然違う」という実情を教えてくれました。

 

 

「さっきの階段でもそうですけど、海外だと車を降りた時点で近くにいた人が『この階は階段だよ〜』とか、階段前で困っていたら『どうしたの?』って向こうから声かけてくれるんです。日本だと、誰かに声をかけたくてもスマホを見ていたり、下を向いていたり、なんだか話しかけにくいムードが漂いますよね(笑)。

この見えない壁を作り出しているのは、日本人の気遣い文化だと思うんです。『逆に迷惑になっちゃうな〜』『失礼があったら悪いから』と、コミュニケーションする前に“できない”を想像して、勝手にバイアスかけちゃっているんですよね。実際にコミュニケーションしてみて、できないなら、できないで全然いいんです。これは障がい者も健常者も関係なく、困っていそうな人がいたら余計なことを考えずにまず行動しちゃう、それが大事だと思います」

 

私自身も、山本さんを取材するにあたって「車いすだから、失礼な質問をしてはいけない」と余計なバイアスをかけて、取材準備していたことに気がつきました。そんな思いを山本さんにお伝えすると、こんな答えが返ってきました。

 

「ご挨拶した後、『失礼な質問しちゃうかもしれませんが……』っておっしゃいましたよね? それも障がい者がよく言われるフレーズなんですよ。障がい者でも健常者でも、言っちゃいけないことは同じです。もし、失礼なことを言ったら訂正すればいいし、わからないことは聞いてください。相手を思いやることは素敵なことだし、この日本らしさは私も大好きです。その一方で、気遣いによるバイアスで、困っている人を増やしちゃう場合もあるので、日本のいいところを残しながら、壁をなくせるといいですよね

 

私の発言も、山本さんに気遣いしすぎた結果、無意識に出ていた言葉でした。う〜ん、なんとかこのバイアスを取る方法を知りたい! 心理学も学ばれていた山本さん、ヒントをください!

 

「一番簡単な方法は、車いすの飲み友達を作ることですね。身近に障がい者がいないっていうのがこの社会の課題でもあります。障がい者がもっと社会に出てくれば、今のようなバイアスは取れてくるのではないでしょうか? でも『よ〜し! 車いすの友達作るぞ!』っていうのはちょっと違っていて(笑)、ここに行けば必ず出会えるって場所はないので、職場とかサークル活動とか、自分の暮らしの延長線上に車いすの友達が作れる社会になれるようになって欲しいですよね

 

誰もが「違いがある人」で、自分だけが普通と思うことから変えていきたいですね。私自身にも、いつどんなタイミングで、自分の体に変化が起きるかは分かりません。変化が起こったとしても、山本さんのように笑顔で楽しい暮らしをしたい、そんなことを感じました。

 

 

講演なども積極的に行なっている山本さんですが、今後はプレシニア世代に向けて「老後に車いすで生活することになっても、こんなに自由で楽しいよ!」と伝えていきたいと教えてくれました。企業や教育機関に向けて、オンラインでも講演を実施されているので、気になる方はこちらをご覧ください。

 

また、アスリートとしての山本さんも、2024年にパリで開催される次のパラリンピックに向けて、さまざまな大会に出場予定。1月29日には、YouTubeでも生配信される第22回全日本パラ・パワーリフティング選手権大会に登場します。日本新記録である63kgを超え自己ベスト更新なるか、画面越しからたくさん応援したいと思います。がんばれ! 山本さん!!

 

撮影/泉山美代子

17年間連続赤字も何のその。ひたすら「無添加石けん」を作り続ける揺るぎなき信念とは!?

健康にも環境にもやさしいサステナブルな商品を多くの人へ~シャボン玉石けん株式会社~

 

企業の社会貢献活動がまだ一般的ではなかった1974年から、人と環境にやさしい無添加石けんにこだわってきたシャボン玉石けん株式会社。先代社長・森田光德さんの実体験をきっかけに始めたものの業績は悪化し、その後17年間赤字だったそうですが、信念を貫き通してサステナブルな商品を作り続けてきました。

 

添加物を一切含まない“100%無添加”の意味

そもそも無添加石けんの定義とは何でしょうか。同社マーケティング部の川原礼子さんにうかがいました。

 

「モノや肌を洗う洗浄剤は、大きく分けて“石けん”と“合成洗剤”があります。汚れを落として綺麗にする役割は同じですが、原材料や製法、出来上がった成分がまったく異なります。石けんは約1万年前にできたと言われていて、天然素材をベースに作られています。一方の合成洗剤は石油や植物油脂を化学合成し、人の手を加えて最終的には自然界には存在しない成分で作ります。今は“無添加”と記載された化粧品や洗顔料などを目にする機会が増えたと思いますが、実は“無添加”の表示に関して法律上の明確な定義はなく、石けんはもちろん合成洗剤であっても、添加物が何か1種類でも入っていなければ“無添加”とうたえます。しかし弊社の場合は、石けん成分のみで添加物を一切含まないものを“無添加石けん”と定義づけています」

↑石けんの製造工程。シャボン玉石けんは、ケン化法という昔ながらの釜炊き製法で作られている

 

無添加石けんに切り替えて17年間赤字に

現在、洗浄剤の分野では合成洗剤が圧倒的なシェアを占めており、石けんというと固形石けんをイメージする人が大半かもしれません。しかし石けんといっても、ボディ用、洗顔用、洗濯用など用途別に、形状も固形だけでなく、液状タイプ、泡タイプ、粉タイプとさまざまです。

 

「無添加石けんを作り始めたきっかけは、原因不明の湿疹に長年悩まされていた先代社長・森田光德の実体験からでした。弊社は1910年に雑貨商として現在の北九州市若松区で創業。当時の若松は石炭の積出港として賑わっており、働く人々の体や衣類が石炭で汚れるため、石けんが飛ぶように売れていました。その後、1960年代の高度経済成長期には、いち早く合成洗剤の取り扱いを始め、売上も好調に推移していました。当時、国鉄(現JR)に機関車を洗うための合成洗剤も卸していたのですが、合成洗剤は機関車が錆びやすいということで、1971年に無添加の粉石けんの製造依頼が来たのです。先代社長自ら工場に泊まり込んで開発に関わり、約ひと月かけて試行錯誤の末ようやく無添加の粉石けんを完成させました。その試作品を自宅で使ってみたところ、長年悩まされていた湿疹が改善。試作品が無くなり、自社の合成洗剤に戻したら、再び湿疹が出て来たそうです。湿疹の原因が自社のドル箱である合成洗剤にあると気付いた森田は、『体に悪いとわかっている商品を売るわけにはいかない』と、1974年から無添加石けんの製造販売に切り替えたのです。

↑マーケティング部  川原礼子さん

 

当時、弊社の合成洗剤の売り上げは月商で約8000万円だったそうですが、無添加石けんに切り替えた翌月の月商は78万円。なんと、100分の1以下にまで売り上げが激減しました。事業転換に大反対していた社員たちは、この数字を森田に突き付けたものの、『78万円分の人たちがこの商品を欲しいと思って購入してくれた。必要としてくれている人たちがいるのだから、このまま無添加石けん一本で続ける』と言い放ったそうです。100人いた従業員はわずか5人に減り、赤字はその後17年間続きました。苦しい状況が続いたにも関わらず無添加を続けたのは、『体に悪いと思った商品を売るわけにはいかない』『安心、安全なものを求めるお客様のために』という先代の思いが強かったことと、お客様からの感謝の手紙が支えになっていたと聞いています」

 

生分解性が高く環境にやさしい

そんな中、転機となったのが1冊の本。出版社からの依頼を受けて1991年に森田さんが書いた『自然流「せっけん」読本』という書籍が大ヒットし、無添加石けんのよさが人々に知れわたるようになったそうです。90年代は、湾岸戦争による油まみれの水鳥の映像が世界中に衝撃を与えたり、『買ってはいけない』(1999年発行/渡辺雄二著)という書籍がベストセラーになったりするなど、環境や食品の安心・安全、化学物質に対する意識が高まった時期でもありました。そういった時代背景も追い風になったのでしょう。

 

「無添加石けんのよさが少しずつ知られるようになってからようやく黒字に転換しました。当初は、ご自身やご家族の健康のために無添加石けんを購入される方がほとんどでしたが、最近は、環境にも優しいという理由で選ばれる方も増えてきています。石けんは、排水して海や川に流れ出ても、短期間で大部分が水と二酸化炭素に生分解されます。石けんカスも、微生物や魚のエサになるので環境に優しい洗浄剤です。また、製品開発していた時期に先代社長が自宅で石けんを使用していたところ、排水溝にイトミミズなどの生物が戻ってきたという話も聞いています。

↑石けんは大部分が生分解され、エサにもなるので環境への影響が少ない

 

“無添加”と聞くと添加物が何も入っていない、安全、安心なイメージがあると思いますが、先に述べたように添加物が何も入っていないとは限らないので、期待していたものと手にした商品とで乖離があることは多いと思います。様々な化学物質による健康被害が取り沙汰されるようになってきた昨今、弊社の無添加石けんへの注目は一層高まっていると感じています」

 

できるところから健康と環境に配慮

苦境を乗り越え、多くの人に愛用されるようになった無添加石けん。真摯に事業を行ってきたのは、「健康な体ときれいな水を守る」という企業理念があるからだといいます。

 

「商品自体は人にも自然にも優しいという自負がありますが、商品を作るための原料や包装資材に関しての課題はまだあります。課題解決のために、例えば、パーム油の原料となるアブラヤシの伐採が、森林減少や生物多様性の喪失などの要因となることで問題視されていますが、弊社では、農園拡大の抑制に努めているマレーシアから取り寄せ、農園の視察も行っています。梱包資材に関しても、石けんは水回り品なのでプラスチックを使っていますが、リサイクルPETフィルムを採用していますし、粉せっけんのパッケージや計量スプーンは紙製品に切り替えています。また、ギフト用の箱には間伐材を活用。製造工程で出る甘水という廃材を、漆喰などの壁材に再利用しています。このように、できるところから持続可能なものづくりに取り組んでいます。

 

もちろん商品としてお客様に満足していただくことも大切です。原料となる油は種類によって洗浄力や泡立ち、しっとり感などの使用感が異なるので、用途や商品に合わせて原料の油の種類や配合比率を変えています」

↑看板商品である「シャボン玉浴用」。他にもさまざまな無添加石けんがある

 

事業活動そのものがSDGsに合致

同社の取り組みを見ていると、事業活動自体がSDGsの理念に合致していると感じます。そのあたりをどう考えているのでしょうか。

 

「無添加石けんの製造・販売・普及という事業活動そのものがSDGsの達成に貢献すると考えています。本業に加えて、元々商品の売上の一部を寄付するプロジェクトや生態保全活動、環境教育など様々な取り組みを行っていました。ですので、SDGsが登場したからといって、事業内容に大きな変化はありませんでした。強いて言うならば、自社の活動を整理するきっかけになったこと。昨年は創業111周年を迎え、次の100年に向けて人々の健康と地球環境、生物多様性を守り、持続可能な社会に貢献するための『サステナビリティ中期計画』を策定しました。5つのサステナビリティ重要課題と15の取り組みテーマを掲げ、具体的な2030年目標を制定したのです」

 

これまでの事業活動に加え、解決すべき課題を具体的に掲げ、SDGsの目標にもマッピング。今後は、『サステナビリティ中期計画』に沿って取り組んでいくそうです。

 

「これまで、石けんの新たな可能性についても取り組んできました。例えば、少量の水で消火ができ、環境への負荷が少ない『石けん系泡消火剤』の開発。また、2009年に設立した感染症対策センターでは、病原微生物と石けんの関係を研究しています。近年、香料をはじめとするさまざまな化学物質によって起こる健康被害である「香害」や「化学物質過敏症」が社会問題となっていますが、その社会的理解と認識を広めるための活動も展開してきました。こうしたこれまでの取り組みを含め、新たな活動も今後は展開していきます。そして何よりも、人にも環境にもやさしい無添加石けんを普及させることが持続可能な社会の実現に貢献すると考えているため、より一層、石けんのよさを知っていただけるよう、啓発活動を地道にやっていきたいと思います」

使用済み自動車のバンパーを再利用! サステナブルなスーツケース「マックスパス RI」

バッグメーカーのエースは、同社の日本製トラベルバッグブランド「プロテカ」から、自動車メーカー・マツダのバンパーを再利用したスーツケース「マックスパス RI」を、3月中旬に発売します。税込価格は3万9600円。

 

同製品は、使用済み自動車のバンパーをリサイクルする技術により再生されたポリプロピレン樹脂をスーツケース外装部に、生地の端材をリサイクルした再生ポリエステルを内装仕切りとインナーケースに使用。夜間の安全をサポートするため、環境負荷が少ない振動発電LEDライトを搭載しています。

 

また、同製品は長期使用を前提とした3年間無制限の修理保証「プロテカプレミアムケア」対象製品で、使用後は「エースリサイクルプロジェクト」に参加することでスーツケースをリサイクルできます。リサイクル時の負荷を軽減するため、金属パーツを削減できるインジェクション成型を採用しています。

 

サイズはH50×W40×D25cm(容量38L)で、重量3.5kg。走行時の体感音量を大幅軽減した、同社独自開発の「サイレントキャスター」も採用。エースラゲージ赤平工場にて外装部の成型から組み立てまで一貫製造を行なっています。

ペットの殺処分を失くすために。日本と世界の「動物愛護」の現状と私たちができること

コロナ禍で、日本のみならず世界的にペットを飼う人が急増しました。長引く自粛生活において、ペットは癒しの存在。ところが、「ロックダウンが解除されるなり、捨てられてしまう犬猫が増えた」という悲しいニュースも各国から聞こえてきます。

 

その一方で、動物の殺処分に対する批判や関心は急速に高まり、人々の動物愛護に対する意識も変わり始めています。では、実際にここ日本では、動物を取り巻く環境は改善されているのでしょうか? 日本動物愛護協会 常任理事・事務局長の廣瀬章宏さんにお話を伺い、現状について正しく理解しながら、私たち一人ひとりができることについて考えていきます。

 

数字の上では改善傾向。犬や猫が置かれている現実とは?

2021年11月、動物好きの方にとっては驚くようなニュースが、フランスから届きました。ペットショップでの犬や猫の販売が、2024年から禁止されるというのです。フランスでは毎年10万頭にもおよぶ動物が遺棄されていることが、この法案成立の背景にあるようですが、日本の現状はどうなのでしょうか?

 

10年前には20万頭以上が殺処分されていましたが、今は3万頭近くにまで減っています。2021年末に発表された最新(2020年度)のデータでは、犬猫合わせて2万3764頭が殺処分されており、その内訳は犬が4059頭、猫は1万9705頭です。年々減少していますが、1日におよそ65頭が殺処分されている計算ですので、けっして少ないとは言えません」(日本動物愛護協会・廣瀬章宏さん、以下同)

 

改善の一因は、法改正と動物愛護への関心の高まり

まだまだ、多くの犬猫が殺処分されている状況ですが、数字の上では6分の1にまで減少しています。この10年でどんな変化があったのでしょうか?

 

「動物愛護管理法の法改正により、動物取扱業者から引き取りを求められた場合、犬・猫の飼い主から引き取りを繰り返し求められた場合、繁殖制限の助言に従わずに子犬や子猫を何度も産ませた場合、そして犬・猫の病気や高齢を理由に終生飼養の原則に反している場合は、引き取りの申し出を行政が拒否できるようになりました。また、遺棄や虐待などに対する罰則も強化されました。
それらにより引き取る数が減り、殺処分をする施設というイメージがあった保健所や動物愛護センターなどの行政施設は、“犬や猫を殺す施設”から“生かす施設”へと変化しています」

 

環境省が発表するデータによれば、行政の引き取り数はここ10年で3分の1ほどに減り、2020年度の引き取り数7万2433頭のうち、4万9584頭は返還または譲渡されています。民間の保護団体が直接ペットを引き取るケースも増え、「動物愛護団体やボランティアの努力は大きい」と廣瀬さん。さまざまなメディアで、著名人が動物愛護に関する発言をしてくれている点も、いい影響をもたらしていると言います。

 

それでも、動物を取り巻く問題がなくなったわけではない

「殺処分数というのは、行政が発表する単なる数字にすぎません。保護団体やボランティアが行政から引き取って、必死に殺処分を回避しているだけです。それによって、今度は引き取り過多になり、過剰な多頭飼育も増えてきています。行政施設が殺処分を行っていないというだけで、根本的な解決にはなっていません

 

さらに昨今は、コロナ禍の影響で、譲渡会が開催できないことも悪循環を招いていると言います。殺さないけれど譲渡もできず、多頭飼育に拍車がかかり、民間の保護団体やボランティアの活動がひっ迫してしまうのです。

 

「劣悪な環境で飼育される犬や猫は果たして幸せなのでしょうか? 殺処分をしなければいいのでしょうか? さらに、殺処分の数には表れなくても交通事故や虐待により命を落とす場合も多いのです。それが本当の意味で、“殺処分ゼロ”と言えるのかということは考えてしまいます」

 

殺処分の数は8割以上を猫が占めていますが、状況をより詳細に見ていくと、その6割が目も開かないような子猫です。

 

「子猫は、数時間おきにミルクをあげないといけません。世話が大変なので、一般の行政が対応するのはなかなか難しい。そのためミルクボランティアと呼ばれる方々が引き取って、元気になってから譲渡しています」

 

ボランティアの方々の努力がなければ、その数はもっと増えていることでしょう。

 

状況改善に向けた新たな取り組みも始まっている

2022年6月からペットショップなどの販売業者に対して、犬猫へのマイクロチップ装着が義務付けられることになりました。これにより所有者名や連絡先がデータベース化され、チップから読み取り可能になります。

 

「マイクロチップの装着は、欧米では1986年頃から始まっている取り組みです。その利点は、迷子になっても、保護されたときに身元がわかりやすいこと。東日本大震災でも問題になりましたが、災害時に飼い主とはぐれても見つけやすいですし、盗難にあった際も身元の証明になるので、現在はマイクロチップの装着が推奨されています」

 

ペットを遺棄した場合にも飼い主がわかるので、勝手な行動に対する抑止力となることも期待できるというマイクロチップ。努力義務ではありますが譲渡会においても、マイクロチップを装着した上での受け渡しが推奨されるそうです。また、コロナ禍で、オンライン会議ツールによる譲渡会も広まりました。災害やパンデミックなどを契機に、動物愛護の状況も改善されつつあります。

 

問題の根本的な解決を目指す「日本動物愛護協会」の活動

動物愛護の活動というと動物を保護し、譲渡会などを実施する保護団体のイメージがあるかもしれませんが、動物愛護の問題を根本的に解決するためには、人々の意識を変えていくことも必要です。

 

今回お話を伺った廣瀬さんが常任理事・事務局長を務める日本動物愛護協会は、「今を生きている命は幸せに、不幸な命は生み出さない!」をスローガンに掲げ、譲渡会の実施や、講演会・イベントを通じて社会への啓発活動を行っています。

 

殺処分の問題も、以下の4つの“ゼロ”が実現しなければ、本当の意味での“殺処分ゼロ”ではないと日本動物愛護協会は考えています。

  1. 無責任な飼い主を“ゼロ”に
  2. 動物達の命を捨てる人を“ゼロ”に
  3. 動物達の命を粗末にする人を“ゼロ”に
  4. 幸せになれない命を“ゼロ”に

 

↑子どもたちに動物愛護についての講演を行う廣瀬さん

 

現状に対処するだけでは、ボランティアの負担ばかりが増えてしまいます。だからこそ廣瀬さんは、自治体、学校、企業などの団体向けに「命の大切さ」をテーマにした講演を実施。特に将来を担う子どもたちへの教育活動に力を入れ、人と動物が上手に仲良く暮らせる社会を目指しています。

 

「子どもたちが大人になったときに、殺処分のない世界になっていればいいですね。私たちのような協会が不要になるような世の中になってほしいです。私の仕事はなくなりますが、それが一番だと思うんです」

 

啓発活動の一環で作成したポスターが、学校の“道徳”の教科書に

↑日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。ペットの衝動買いに警鐘を鳴らし、命の大切さを問う内容となっている

 

学校での講演活動に力を入れている廣瀬さんですが、より多くの人にメッセージを届ける公共広告による啓発も重視しています。「その一目惚れ、迷惑です。」というインパクトのあるキャッチコピーに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。日本動物愛護協会は3年前から、ACジャパンが実施する支援キャンペーン団体に選ばれ、テレビやラジオのCM、新聞広告などを展開しています。

 

「啓発活動は成果を数字で見ることが難しいのですが、私たちが制作したポスターが、中学の道徳の教科書に採用されたことは励みになりましたね。先日も講演のために学校を訪れたのですが、ポスターを使った授業が行われた後に、私がお話をさせていただき、とてもスムーズな流れでした。生徒さんたちも真剣に話を聞いてくれているのが伝わってきて、こういう活動はどんどん広げていきたいです」

↑中学校の道徳の教科書に掲載された、日本動物愛護協会オリジナルの啓発ポスター。「捨てられた悲しみ」というテーマで、生命の尊さを学ぶ授業が行われているという

 

啓発活動によって、協会の活動に協力してくれる人や団体も増えていると、廣瀬さんは話します。

 

「寄付だけでなく、ペットフードなどの物資の支援、譲渡会来場者へのサポートなどの人的支援、譲渡会会場の提供など、支援のバリエーションもここ数年広がってきています。本当にありがたいです」

↑これらも、日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。クスッと笑えたりドキッとしたり。どこかで目にしたことがある、と記憶に残るキャッチコピーの数々

 

殺処分を減らすための不妊去勢の助成事業にも注力

日本で一番歴史のある団体として啓発活動に力を入れる日本動物愛護協会ですが、動物の命を守るための活動にも精力的に取り組んでいます。

 

「猫の殺処分を減らすためには、やはり不妊去勢手術を徹底していくしかありません。飼い主のいない猫は、ボランティアが自己負担で手術を行なっているのが実情。私たちは、そのサポートを何とかしていきたいと、不妊去勢手術助成事業に力を入れています」

 

不妊去勢手術助成事業では、活動者からの申請に対し、オス5000円、メス1万円までを助成しています。開始当初は600頭分を助成しましたが、6年経った2021年は、5000頭弱まで助成金を交付できるようになっています。この事業に個人のみならず企業単位で支援してくれることも増えてきました。

 

「幸せになれない命を産ませない。飼い主のいない猫をなくし、全ての猫に優しい飼い主が存在する世界を目指したい」と廣瀬さんは語ります。

 

動物愛護のために、私たちができること

「難しく考える必要はなく、自分のできる範囲で一歩踏み出していただければいいと思います。動物を飼っている人なら、その動物を最後まで大切に飼育する。飼っていない人は、動物達を見かけたら優しく接する。それだけでも、立派な動物愛護だと思います。温かく見守ってくれる人が増えれば、幸せな犬や猫が増えていくはずです」

 

動物愛護に対する思いを行動に移したい、ボランティアをしてみたいと考えている人は、「地域の保護施設を調べて見学をしてみて欲しい」と廣瀬さんは言います。

 

「各自治体には動物愛護センターが存在します。保護活動や譲渡会などを行っており、見学もできますので、そうした施設に出向いて現状を理解し、正しい知識を身につけ、周囲に啓発していくことも一つの方法です。実際に動物を飼う場合には、保護団体や動物愛護センターから迎え入れるということも検討してほしいですね」

 

動物に対するモラルが問われている

フランスの犬猫販売禁止法案について聞いてみると、「すべてを否定するのではなく、良いペットショップ運営のための模索が必要である」と廣瀬さん。

 

「すべてのペットショップやブリーダーが悪いわけではありません。彼らが飼い主の良き相談相手になっている場合もあります。ただ、動物の命を商売道具としか考えていないような業者の存在は淘汰されるべきだと考えています。現在ペットショップやブリーダーの開業は登録制で、簡単に開業できてしまいます。それを、今後は免許制にすることも必要ではないでしょうか」

 

そしてこの問題は、動物を提供する側だけでなく、動物を迎える側のモラルも問われています。「その一目惚れ、迷惑です。」という公共広告は、飼い主への啓発も目的だといいます。

 

「一目惚れが悪いわけではないですし、大切に飼育している方はたくさんいらっしゃいます。ですが、今はさまざまな動物がお金さえ出せば手に入ってしまいます。やはり動物を飼いたいと思ったら、一時的なブームに踊らされないでほしいのです。動物の生態をきちんと調べたり、飼育環境を整えたり、もしもの時の受け皿を考えておいたり、近所の動物病院の所在を確認したりと、最低限の準備をしてから迎えてほしいと思います」

 

また、廣瀬さんはコロナ禍でペットの飼育数が増えている状況にも危惧しています。

 

「動物に癒しを求める気持ちは良くわかります。しかし、今後普通の日常に戻った時に、『飼えなくなった』、『思ったより懐かない』、『大きくなりすぎた』と人間の都合で手放されてしまう犬や猫をはじめとした動物が増えるのではないかと思うと心配です」

 

こうした状況を防ぐために、日本動物愛護協会では、「ペットの寿命まで飼育する覚悟があるか」「世話をする体力や時間があるか」といった飼う前の準備の指針を飼い主に必要な10の条件として掲げています。

 

動物を飼いたいと考えている人は、ぜひチェックしてみてください。

 

きちんと理解した上で行動してほしい

動物に対して無責任な関わり方をしないためには、まず動物についての知識を深めることが大切です。「きちんと考えてから行動してほしい」と廣瀬さんも言います。それは、動物を飼う時ばかりではありません。

 

「寄付などの支援は、私達の活動を広げることにつながりますので大変ありがたいことです。しかし、自分の大切なお金がどのように使われているのかを把握し、ホームページなどを確認のうえ信頼できる機関に支援していただきたいです。
日本動物愛護協会では、動物のことだけでなく、協会の活動に関することなども電話やメールで相談を受ける場合がありますが、納得していただいた上で行動に移してほしいので、丁寧な対応を心がけています。
ご支援は絶対に無駄にできませんので、私達の行動が動物のためになるのか、寄付者や会員の方を裏切ることにならないか、協会ためになっているのか、この3つを必ず頭に入れて行動しています」

 

最後に、廣瀬さんが動物愛護の活動を始めたきっかけを聞いてみました。はじまりは、ある捨て猫との出会い。当時、転勤先での慣れない生活に疲れていた廣瀬さんを、命を助けた猫が自分を救ってくれたと言います。

 

「動物との関わり方は人それぞれですし、自分の置かれている状況によっても変わります。動物を助けることで、自分自身が救われることもあるかもしれません。皆さんもぜひこの機会に、動物愛護について考えてみてはいかがでしょうか」

 

【プロフィール】

日本動物愛護協会 常任理事・事務局長 / 廣瀬章宏

ある捨て猫との出会いをきっかけに証券会社を退職し、2012年日本動物愛護協会入職。現在は常任理事・事務局長として「動物の命を守る活動」、「命の大切さを知ってもらう活動」、「社会への提言活動」という3つの柱を軸に、活動を続けている。動物を遺棄やペットの衝動買いなどに対して問題提起を行う公共広告を手掛けるなど、啓発活動に力を入れている。

日本動物愛護協会HP:https://jspca.or.jp/

 

ペットの殺処分を失くすために。日本と世界の「動物愛護」の現状と私たちができること

コロナ禍で、日本のみならず世界的にペットを飼う人が急増しました。長引く自粛生活において、ペットは癒しの存在。ところが、「ロックダウンが解除されるなり、捨てられてしまう犬猫が増えた」という悲しいニュースも各国から聞こえてきます。

 

その一方で、動物の殺処分に対する批判や関心は急速に高まり、人々の動物愛護に対する意識も変わり始めています。では、実際にここ日本では、動物を取り巻く環境は改善されているのでしょうか? 日本動物愛護協会 常任理事・事務局長の廣瀬章宏さんにお話を伺い、現状について正しく理解しながら、私たち一人ひとりができることについて考えていきます。

 

数字の上では改善傾向。犬や猫が置かれている現実とは?

2021年11月、動物好きの方にとっては驚くようなニュースが、フランスから届きました。ペットショップでの犬や猫の販売が、2024年から禁止されるというのです。フランスでは毎年10万頭にもおよぶ動物が遺棄されていることが、この法案成立の背景にあるようですが、日本の現状はどうなのでしょうか?

 

10年前には20万頭以上が殺処分されていましたが、今は3万頭近くにまで減っています。2021年末に発表された最新(2020年度)のデータでは、犬猫合わせて2万3764頭が殺処分されており、その内訳は犬が4059頭、猫は1万9705頭です。年々減少していますが、1日におよそ65頭が殺処分されている計算ですので、けっして少ないとは言えません」(日本動物愛護協会・廣瀬章宏さん、以下同)

 

改善の一因は、法改正と動物愛護への関心の高まり

まだまだ、多くの犬猫が殺処分されている状況ですが、数字の上では6分の1にまで減少しています。この10年でどんな変化があったのでしょうか?

 

「動物愛護管理法の法改正により、動物取扱業者から引き取りを求められた場合、犬・猫の飼い主から引き取りを繰り返し求められた場合、繁殖制限の助言に従わずに子犬や子猫を何度も産ませた場合、そして犬・猫の病気や高齢を理由に終生飼養の原則に反している場合は、引き取りの申し出を行政が拒否できるようになりました。また、遺棄や虐待などに対する罰則も強化されました。
それらにより引き取る数が減り、殺処分をする施設というイメージがあった保健所や動物愛護センターなどの行政施設は、“犬や猫を殺す施設”から“生かす施設”へと変化しています」

 

環境省が発表するデータによれば、行政の引き取り数はここ10年で3分の1ほどに減り、2020年度の引き取り数7万2433頭のうち、4万9584頭は返還または譲渡されています。民間の保護団体が直接ペットを引き取るケースも増え、「動物愛護団体やボランティアの努力は大きい」と廣瀬さん。さまざまなメディアで、著名人が動物愛護に関する発言をしてくれている点も、いい影響をもたらしていると言います。

 

それでも、動物を取り巻く問題がなくなったわけではない

「殺処分数というのは、行政が発表する単なる数字にすぎません。保護団体やボランティアが行政から引き取って、必死に殺処分を回避しているだけです。それによって、今度は引き取り過多になり、過剰な多頭飼育も増えてきています。行政施設が殺処分を行っていないというだけで、根本的な解決にはなっていません

 

さらに昨今は、コロナ禍の影響で、譲渡会が開催できないことも悪循環を招いていると言います。殺さないけれど譲渡もできず、多頭飼育に拍車がかかり、民間の保護団体やボランティアの活動がひっ迫してしまうのです。

 

「劣悪な環境で飼育される犬や猫は果たして幸せなのでしょうか? 殺処分をしなければいいのでしょうか? さらに、殺処分の数には表れなくても交通事故や虐待により命を落とす場合も多いのです。それが本当の意味で、“殺処分ゼロ”と言えるのかということは考えてしまいます」

 

殺処分の数は8割以上を猫が占めていますが、状況をより詳細に見ていくと、その6割が目も開かないような子猫です。

 

「子猫は、数時間おきにミルクをあげないといけません。世話が大変なので、一般の行政が対応するのはなかなか難しい。そのためミルクボランティアと呼ばれる方々が引き取って、元気になってから譲渡しています」

 

ボランティアの方々の努力がなければ、その数はもっと増えていることでしょう。

 

状況改善に向けた新たな取り組みも始まっている

2022年6月からペットショップなどの販売業者に対して、犬猫へのマイクロチップ装着が義務付けられることになりました。これにより所有者名や連絡先がデータベース化され、チップから読み取り可能になります。

 

「マイクロチップの装着は、欧米では1986年頃から始まっている取り組みです。その利点は、迷子になっても、保護されたときに身元がわかりやすいこと。東日本大震災でも問題になりましたが、災害時に飼い主とはぐれても見つけやすいですし、盗難にあった際も身元の証明になるので、現在はマイクロチップの装着が推奨されています」

 

ペットを遺棄した場合にも飼い主がわかるので、勝手な行動に対する抑止力となることも期待できるというマイクロチップ。努力義務ではありますが譲渡会においても、マイクロチップを装着した上での受け渡しが推奨されるそうです。また、コロナ禍で、オンライン会議ツールによる譲渡会も広まりました。災害やパンデミックなどを契機に、動物愛護の状況も改善されつつあります。

 

問題の根本的な解決を目指す「日本動物愛護協会」の活動

動物愛護の活動というと動物を保護し、譲渡会などを実施する保護団体のイメージがあるかもしれませんが、動物愛護の問題を根本的に解決するためには、人々の意識を変えていくことも必要です。

 

今回お話を伺った廣瀬さんが常任理事・事務局長を務める日本動物愛護協会は、「今を生きている命は幸せに、不幸な命は生み出さない!」をスローガンに掲げ、譲渡会の実施や、講演会・イベントを通じて社会への啓発活動を行っています。

 

殺処分の問題も、以下の4つの“ゼロ”が実現しなければ、本当の意味での“殺処分ゼロ”ではないと日本動物愛護協会は考えています。

  1. 無責任な飼い主を“ゼロ”に
  2. 動物達の命を捨てる人を“ゼロ”に
  3. 動物達の命を粗末にする人を“ゼロ”に
  4. 幸せになれない命を“ゼロ”に

 

↑子どもたちに動物愛護についての講演を行う廣瀬さん

 

現状に対処するだけでは、ボランティアの負担ばかりが増えてしまいます。だからこそ廣瀬さんは、自治体、学校、企業などの団体向けに「命の大切さ」をテーマにした講演を実施。特に将来を担う子どもたちへの教育活動に力を入れ、人と動物が上手に仲良く暮らせる社会を目指しています。

 

「子どもたちが大人になったときに、殺処分のない世界になっていればいいですね。私たちのような協会が不要になるような世の中になってほしいです。私の仕事はなくなりますが、それが一番だと思うんです」

 

啓発活動の一環で作成したポスターが、学校の“道徳”の教科書に

↑日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。ペットの衝動買いに警鐘を鳴らし、命の大切さを問う内容となっている

 

学校での講演活動に力を入れている廣瀬さんですが、より多くの人にメッセージを届ける公共広告による啓発も重視しています。「その一目惚れ、迷惑です。」というインパクトのあるキャッチコピーに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。日本動物愛護協会は3年前から、ACジャパンが実施する支援キャンペーン団体に選ばれ、テレビやラジオのCM、新聞広告などを展開しています。

 

「啓発活動は成果を数字で見ることが難しいのですが、私たちが制作したポスターが、中学の道徳の教科書に採用されたことは励みになりましたね。先日も講演のために学校を訪れたのですが、ポスターを使った授業が行われた後に、私がお話をさせていただき、とてもスムーズな流れでした。生徒さんたちも真剣に話を聞いてくれているのが伝わってきて、こういう活動はどんどん広げていきたいです」

↑中学校の道徳の教科書に掲載された、日本動物愛護協会オリジナルの啓発ポスター。「捨てられた悲しみ」というテーマで、生命の尊さを学ぶ授業が行われているという

 

啓発活動によって、協会の活動に協力してくれる人や団体も増えていると、廣瀬さんは話します。

 

「寄付だけでなく、ペットフードなどの物資の支援、譲渡会来場者へのサポートなどの人的支援、譲渡会会場の提供など、支援のバリエーションもここ数年広がってきています。本当にありがたいです」

↑これらも、日本動物愛護協会とACジャパンによるポスター。クスッと笑えたりドキッとしたり。どこかで目にしたことがある、と記憶に残るキャッチコピーの数々

 

殺処分を減らすための不妊去勢の助成事業にも注力

日本で一番歴史のある団体として啓発活動に力を入れる日本動物愛護協会ですが、動物の命を守るための活動にも精力的に取り組んでいます。

 

「猫の殺処分を減らすためには、やはり不妊去勢手術を徹底していくしかありません。飼い主のいない猫は、ボランティアが自己負担で手術を行なっているのが実情。私たちは、そのサポートを何とかしていきたいと、不妊去勢手術助成事業に力を入れています」

 

不妊去勢手術助成事業では、活動者からの申請に対し、オス5000円、メス1万円までを助成しています。開始当初は600頭分を助成しましたが、6年経った2021年は、5000頭弱まで助成金を交付できるようになっています。この事業に個人のみならず企業単位で支援してくれることも増えてきました。

 

「幸せになれない命を産ませない。飼い主のいない猫をなくし、全ての猫に優しい飼い主が存在する世界を目指したい」と廣瀬さんは語ります。

 

動物愛護のために、私たちができること

「難しく考える必要はなく、自分のできる範囲で一歩踏み出していただければいいと思います。動物を飼っている人なら、その動物を最後まで大切に飼育する。飼っていない人は、動物達を見かけたら優しく接する。それだけでも、立派な動物愛護だと思います。温かく見守ってくれる人が増えれば、幸せな犬や猫が増えていくはずです」

 

動物愛護に対する思いを行動に移したい、ボランティアをしてみたいと考えている人は、「地域の保護施設を調べて見学をしてみて欲しい」と廣瀬さんは言います。

 

「各自治体には動物愛護センターが存在します。保護活動や譲渡会などを行っており、見学もできますので、そうした施設に出向いて現状を理解し、正しい知識を身につけ、周囲に啓発していくことも一つの方法です。実際に動物を飼う場合には、保護団体や動物愛護センターから迎え入れるということも検討してほしいですね」

 

動物に対するモラルが問われている

フランスの犬猫販売禁止法案について聞いてみると、「すべてを否定するのではなく、良いペットショップ運営のための模索が必要である」と廣瀬さん。

 

「すべてのペットショップやブリーダーが悪いわけではありません。彼らが飼い主の良き相談相手になっている場合もあります。ただ、動物の命を商売道具としか考えていないような業者の存在は淘汰されるべきだと考えています。現在ペットショップやブリーダーの開業は登録制で、簡単に開業できてしまいます。それを、今後は免許制にすることも必要ではないでしょうか」

 

そしてこの問題は、動物を提供する側だけでなく、動物を迎える側のモラルも問われています。「その一目惚れ、迷惑です。」という公共広告は、飼い主への啓発も目的だといいます。

 

「一目惚れが悪いわけではないですし、大切に飼育している方はたくさんいらっしゃいます。ですが、今はさまざまな動物がお金さえ出せば手に入ってしまいます。やはり動物を飼いたいと思ったら、一時的なブームに踊らされないでほしいのです。動物の生態をきちんと調べたり、飼育環境を整えたり、もしもの時の受け皿を考えておいたり、近所の動物病院の所在を確認したりと、最低限の準備をしてから迎えてほしいと思います」

 

また、廣瀬さんはコロナ禍でペットの飼育数が増えている状況にも危惧しています。

 

「動物に癒しを求める気持ちは良くわかります。しかし、今後普通の日常に戻った時に、『飼えなくなった』、『思ったより懐かない』、『大きくなりすぎた』と人間の都合で手放されてしまう犬や猫をはじめとした動物が増えるのではないかと思うと心配です」

 

こうした状況を防ぐために、日本動物愛護協会では、「ペットの寿命まで飼育する覚悟があるか」「世話をする体力や時間があるか」といった飼う前の準備の指針を飼い主に必要な10の条件として掲げています。

 

動物を飼いたいと考えている人は、ぜひチェックしてみてください。

 

きちんと理解した上で行動してほしい

動物に対して無責任な関わり方をしないためには、まず動物についての知識を深めることが大切です。「きちんと考えてから行動してほしい」と廣瀬さんも言います。それは、動物を飼う時ばかりではありません。

 

「寄付などの支援は、私達の活動を広げることにつながりますので大変ありがたいことです。しかし、自分の大切なお金がどのように使われているのかを把握し、ホームページなどを確認のうえ信頼できる機関に支援していただきたいです。
日本動物愛護協会では、動物のことだけでなく、協会の活動に関することなども電話やメールで相談を受ける場合がありますが、納得していただいた上で行動に移してほしいので、丁寧な対応を心がけています。
ご支援は絶対に無駄にできませんので、私達の行動が動物のためになるのか、寄付者や会員の方を裏切ることにならないか、協会ためになっているのか、この3つを必ず頭に入れて行動しています」

 

最後に、廣瀬さんが動物愛護の活動を始めたきっかけを聞いてみました。はじまりは、ある捨て猫との出会い。当時、転勤先での慣れない生活に疲れていた廣瀬さんを、命を助けた猫が自分を救ってくれたと言います。

 

「動物との関わり方は人それぞれですし、自分の置かれている状況によっても変わります。動物を助けることで、自分自身が救われることもあるかもしれません。皆さんもぜひこの機会に、動物愛護について考えてみてはいかがでしょうか」

 

【プロフィール】

日本動物愛護協会 常任理事・事務局長 / 廣瀬章宏

ある捨て猫との出会いをきっかけに証券会社を退職し、2012年日本動物愛護協会入職。現在は常任理事・事務局長として「動物の命を守る活動」、「命の大切さを知ってもらう活動」、「社会への提言活動」という3つの柱を軸に、活動を続けている。動物を遺棄やペットの衝動買いなどに対して問題提起を行う公共広告を手掛けるなど、啓発活動に力を入れている。

日本動物愛護協会HP:https://jspca.or.jp/

 

イチゴが1週間も鮮度を保つ! 袋の繊維から抗菌剤を放出する「食品保存バッグ」が誕生

フードロスやプラスチックの削減に挑む現代。そのどちらにも関わる課題が、食べ物の保存です。最近では、シンガポールの南洋理工大学でスマートな食品保存袋が開発されました。従来の製品と比べて、食べ物の保存期間を数日程度のばすことができるそう。どのようなものなのでしょうか?

↑新開発された食品保存袋(画像提供/南洋理工大学)

 

南洋理工大学は、アメリカのハーバード大学と共同で、食べ物の廃棄を減らすための方法の一つとして、新しい食品保存袋を開発しました。この研究の共同ディレクターを務めるハーバード大学のフィリップ・デモクリトウ教授は、「食べ物の安全性や廃棄は、公衆衛生や経済に大きな影響を与える」と指摘しており、このような考えのもと、本研究では、デンプンやトウモロコシのタンパク質「ゼイン」を含む天然由来の原料をもとにした素材を新開発しました。

 

そこに注入されるのは、ハーブのタイムから抽出したオイルや柑橘類に含まれるクエン酸などをベースにした抗菌剤。この抗菌剤が、食品保存袋内部の湿度の上昇や、食材・パッケージの表面に存在する細菌に反応すると、袋の繊維から放出され、食材を腐敗させる原因となる大腸菌などの菌類を殺菌する仕組みになっています。

 

イチゴを使った実験では、従来のプラスチック容器は4日間しか鮮度を保てなかったのに対して、新開発の食品保存袋に入れたイチゴは7日間も鮮度を保つことができました。しかも、抗菌剤は天然成分を使用しており、化学物質の使用は最小限にとどめられているため、袋の中の食材を安心して口にすることができるとのことです。

 

もちろん生分解性

環境にやさしいことも、この食品保存袋の大事な特徴。従来の食品保存袋の多くはプラスチックで作られているのに対して、新開発の食品保存袋は生分解性を持つため、万が一廃棄されても、微生物などの力によって自然にかえっていきます。世界的な脱プラスチック運動が起きているなか、食べ物の保存期間が長くなるうえ生分解性を持つ新しい食品保存袋は大きな需要を生みそうです。

 

この研究チームは、いずれ農産物の保存期間を現在の2倍にまでのばしたいと、さらなる改善に意欲を見せています。

 

【出典】Aytac, Z., Demokritou.P., et al. (2021). Enzyme- and Relative Humidity-Responsive Antimicrobial Fibers for Active Food Packaging. ACS Applied Materials & Interfaces, 13(42), 50298-50308. https://doi.org/10.1021/acsami.1c12319

大学生が世界最高峰の大会に挑む! 東海大学ソーラーカーチームの強さの秘密

1987年から始まった「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」(以下、BWSC。創設当初の名称は「ワールド・ソーラー・チャレンジ」)。オーストラリア北部のダーウィンを出発し、アデレードまでを結ぶ総移動距離3020キロメートルの砂漠地帯を南下。日の出から日暮れまでを太陽の力だけで、5日間走り抜けます。

 

この過酷な舞台で、過去に総合優勝2回、準優勝2回、3位1回と学生ながら世界の強豪チームを凌ぐ好成績をおさめてきた東海大学。その強さの秘訣とは? そもそもなぜ学生が世界的なレースに参加することになったのか? 1996年から東海大学のソーラーカープロジェクトを指導している木村英樹教授に、モータージャーナリストの御堀直嗣さんがインタビューしました。

 

【関連記事】ソーラーカーとソーラーカーレースの驚くべき7つの真実

 

ソーラーカーレースは、メーカー競争からアカデミックな大会へ

手作りで完成した第1号車「Tokai 50TP」。安定性を重視した結果、2人乗り4輪の構造となった

 

御堀直嗣さん(以下、御堀):東海大学でソーラーカーに取り組もうと思われたのは、なぜだったのですか?

 

木村英樹先生(以下、木村):プロジェクトがスタートしたのは1991年だったのですが、翌年に東海大学創立50周年を迎えるというタイミングでした。海外で電気自動車への注目が集まり始めた時期だったため、松前義昭初代監督は電気自動車とは異なったアプローチを……と模索する中で、ソーラーカーに行きあたったのです。ここから研究がスタートしました。

 

御堀:その頃は、世界的にも地球温暖化への関心が一気に高まった時期でしたね。「ワールド・ソーラー・チャレンジ」(当時)に参加されたのはいつからでしょうか? 1987年から大会が始まり、GM(ゼネラルモーターズ)の「Sunraycer(サンレイサー)」が優勝したと記憶しています。

 

木村:はい、初代チャンピオンはGMですね。東海大学は1993年から参加していますが、当時はまだGMやホンダといった世界的な大手自動車メーカーも参加していました。ただ、アメリカのミシガン大学やスタンフォード大学、EU圏からも多くの大学が参加していたため、自動車メーカーの大会というより、アカデミックな分野としても注目されていたと思います。

「ワールド・ソーラー・チャレンジ」は今世紀に入ってからは2年に一度、奇数年に開催されているのですが、東海大学はプロジェクト発足以降、2009年と2011年に優勝、連覇を果たしています。次の2013年大会は準優勝でした。

 

1993年大会のホンダのマシン

 

こちらは、同年に初参戦した際の東海大学のマシン

 

初優勝を飾った2009年のマシンには、シャープのソーラーパネルを搭載。大会新記録を叩き出した

 

パナソニックのソーラーパネルを搭載した2011年のマシン。2位に1時間5分の大差をつけて優勝したのち、翌年の南アフリカ大会では3連覇を達成している

 

準優勝を獲得した2019年モデル。2021年現在も同マシンを使用しているが、外装には8月よりスポンサーに加わった大和リビングのロゴが追加に

 

御堀:直近で開催された2019年大会でも準優勝でしたね。

 

木村:はい。優勝したベルギーのルーベン大学とは、わずか12分差とあと一歩のところでした。

 

学生たちが主体となって進める“学生によるプロジェクト”に

2021年に秋田で開催された大会「ワールド・グリーン・チャレンジ」で、マシンを整備する学生たち

 

御堀:素晴らしい成績を残していますね。

 

木村:我々教授陣はアドバイザーとして関わっていますが、企業のエンジニアからも直接指導をいただき、さまざまなサポートを受けています。そのような環境の中で学生自ら役割を考え、チームを編成しているんですよ。

 

御堀:学生主体なんですか。東海大学のソーラーカーチームは、どのような役割分担で活動しているのでしょうか?

 

木村:壮大なプロジェクト活動の中で学ぶことを掲げた「東海大学チャレンジプロジェクト」の一つである「ライトパワープロジェクト」として、現在約60名の大学生・大学院生が活動しています。大きく分けると、戦略を考えるストラテジーチーム、運営や広報を行うマネジメントチーム、機械部分を担うメカニクスチーム、モーターやバッテリー・発電管理を行う電気チームに分かれています。しかし、機械学科だからメカニクスというように担当する分野を決めつけていませんので、SNSの運営などの広報活動も学生たちに任せています。縦割りの組織ではなく、学生も教授も学年の垣根も超えた、フラットな活動ができていますね。

 

御堀:ソーラーカーの研究を始めた1991年から、学生主体の取り組みだったのでしょうか?

 

木村:最初は大学としての研究プロジェクトとして発足し、その後、理工系の研究室が連携した取り組みでした。それが2006年から研究室の有志連合と学生サークルのソーラーカー研究会が合体し、学生主体のプロジェクトへ発展したんです。

 

東海大学工学部教授 / 木村英樹さん。東海大学工学部を卒業後、現在は東海大学工学部 電気電子工学科 教授を務める(2022年4月より東海大学 工学部 機械システム工学科に異動予定)。2006年から東海大学チャレンジセンターの立ち上げに関わり、ソーラーカーや高効率モーターの開発を推進している

 

大学は卒業しても、チームの卒業はない!

取材に参加してくださった東海大学ソーラーカーチームの学生のみなさん

 

御堀:卒業生との関係についてはいかがでしょう?

 

木村:「学校は卒業しても、チームの卒業はない」と学生たちには伝えています。理工系プロジェクトとしては珍しいかもしれませんが、大学野球や駅伝などの部活動と似ているかもしれませんね。社会人になってからも大会が近づいてくると卒業生たちもソワソワしてくるようで(笑)、手伝いにきてくれますよ。

 

御堀:「学校は卒業しても、チームの卒業はない」というのは、素敵な関係ですね。

 

木村:チームに所属している学生は大学院への進学率が高いので、長い学生は6年間ソーラーカーと関われます。毎年メンバーが入れ替わるので、経験と知恵を継承することは大変ではあるのですが、学生たちは4年もしくは6年間、真摯にソーラーカーと向き合ってくれています。

BWSCに向けて2年に一度新車を作る際も、学生のチームリーダーを中心にアイデアを出し合いながら取り組んでいます。毎年メンバーが入れ替わる中で活動を続けられているのは、柔軟な考え方で動ける学生主体の組織だからかもしれません。

 

御堀:チームに所属されている学生さんたちの就職率が100%と伺いました。ソーラーカーでの実績を残しながら人間として成長できるのは、本当に素晴らしい取り組みです。

 

モータージャーナリスト / 御堀直嗣さん。大学の工学部で学んだあと、レースでも活躍し、その後フリーのモータージャーナリストに。現在、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員を務める。日本EVクラブ副代表としてEVや環境・エネルギー分野に詳しい

 

コロナ禍に負けず、経験と知恵を継承するには

御堀:2021年に開催される予定だったBWSCは、コロナ禍で2023年へ延期になりました。練習ができず苦しんだ時もあったのではないでしょうか?

 

木村:そうですね。自粛期間中の1・2年生とは基本的にはオンラインでのコミュニケーションが中心だったので、経験としての技術継承が難しい部分はありました。そんな中、なんとかBWSCに近い形で大会に参加できないかと考えていたところ、2021年8月に秋田県大潟村のソーラースポーツラインで「ワールド・グリーン・チャレンジ」開催が決定し、東海大学も参加して見事優勝することができました。久しぶりに実践的な挑戦ができてほっとしました。

 

「ワールド・グリーン・チャレンジ」を優勝し、胴上げされるアドバイザーのひとり、佐川耕平講師

 

御堀:それはおめでとうございます。ただ、本来BWSCに参加できるはずだった学生さんは卒業してしまいますね。

 

木村:そうなんです。コロナ禍では、「いま、何ができるか?」をひたすら考え続けていたように思います。悩む時間もありましたが、「ワールド・グリーン・チャレンジ」で優勝できたことで、やっと次の2023年大会へ向けてやっと動き出したと感じています。この経験をバネに次回のBWSCに向けて取り組んでいきたいですね。

 

知恵を集結させ、気持ちよくエネルギーを使う未来へ

平面のソーラーパネルをどうやって曲面の車体に貼り付けるか、御堀さんへ説明する木村教授、福田紘大准教授、佐川講師。この3名で東海大学ソーラーカーチームをバックアップ

 

ソーラーパネルの下は、配線がびっしり!発電の効率を高めるために、12個ものブロックに分かれているのだとか。世界的に見てここまで細分化しているのは、東海大学ぐらいだそうです

 

御堀:ちょっと話はそれますが、ドライバーになりたいという学生も多いのではないでしょうか? どのように決めているのですか?

 

木村:基本的には、日頃から運転している学生になりますね。たとえば、コックピットが狭いので体格条件をクリアした学生の中から、小田原厚木有料道路を設定時間内に、当時のマイカーだったプリウスで往復し、燃費効率がよかった学生を選出したことがありました。今は、秋田県大潟村のソーラースポーツラインという1周が25㎞のコースを走行させて、データを見ながら選出しています。

 

御堀:面白い選定方法ですね。

 

木村:センスの良い学生は、自然と道路状況や燃費効率を計算し、戦略を立てられるようなドライバーになっています。

 

御堀:これからの目標をお聞かせください。

 

木村:レースというのは次世代の技術を磨くために続けられてきましたが、ソーラーカーは、太陽が出ている間しか走ることができない、とても特殊な環境で大会が進行していきます。これまで実用化が不可能と言われてきた分野ではありますが、これがもし実用化できればカーボンニュートラル社会を達成することに貢献できます。今はまだ谷の底にいる状態かもしれませんが、いろんな技術を融合させることによって、谷から地上へと這い上がり、大地の上に立てる日がくると考えています。化石エネルギーを使わなかった江戸時代に戻ろう!というわけではありません。技術や文明を退化させることなく、知恵を絞りながらどのようにカーボンニュートラルを実現させるか。気持ちよくエネルギーを使える時代になればいいと考えています。

 

御堀:そうですね。ひとつでは解決できないことでも、さまざまな科学が融合することで、人間にも自然にも快適な環境が見えてくることもありますからね。これからソーラーカーに関わりたいと考えている学生さんたちに、なにかメッセージはありますか?

 

木村:変化の激しい時代ですので、学生たちが頑張って勉強していることも3年後には時代遅れ、なんてこともあり得ます。常に新しいことに関心を持ち、吸収し、判断して、問題解決できる力を身につけて欲しいと思っています。その学ぶ場として、大学を活用してもらいたいですね。

 

チャレンジセンターに設置された、これまで獲得したトロフィーを飾るケース。BWSCの優勝トロフィーのサイズに合わせて作られており、“主”の帰還を待っている

 

新型コロナウイルスによって2021年の大会が延期になりましたが、取材時にいた学生さんに話を聞くと「延期になったのは残念ですが、これまでの経験を後輩たちにしっかりと受け継ぎたい」と明るく答えてくれました。毎年メンバーが入れ替わる中でも、技術と知恵を継承し世界でもトップクラスの成績を残す東海大学のソーラーカーチーム。2023年に開催されるBWSCに、今から期待が高まります。

 

【プロフィール】

東海大学ソーラーカーチーム

大きなスケールを誇るチャレンジプロジェクトの一つである「東海大学ソーラーカーチーム」。東海大学に所属する大学生・院生の約60名のメンバーで構成されており、学生自らが組織運営するプロジェクトチーム。省エネルギー技術を駆使した電気自動車やソーラーカーの研究に力を入れながら、ソーラーカーの世界大会でもある「ブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジ」への参加、企業とのソーラーカー共同開発、学内外への広報活動にも取り組んでいる。また近隣の小学校を対象にしたエコカー教室を開くなど、地域貢献活動にも積極的。

HP http://www.ei.u-tokai.ac.jp/kimura/kimura-lab/solarcar/solarcar.html
Facebook https://www.facebook.com/tokaisolarcar/

敵は風と気温とカンガルー!? ソーラーカーとソーラーカーレースの驚くべき7つの真実

2050年をターゲットとしたカーボンニュートラル時代に向け、「脱炭素」や「自然エネルギー」に注目が注がれています。太陽光発電を装備した住宅や企業単位での脱プラスチックへの取り組みなど、わたしたちの暮らしを取り巻く環境も急速に変化しており、もはや無関心ではいられません。

 

自動車の分野では、電気自動車や水素自動車といった二酸化炭素の排出量が少ないクルマにも注目が集まっていますが、なんと今から30年も前、1991年から太陽の力だけで走れる“ソーラーカー”のプロジェクトを推進してきた大学があるのをご存知でしょうか? 学部数日本一を誇る東海大学のチームは、国内外のソーラーカーの大会で多くの優勝経験があり、実績も折り紙付き。そこで、エコを考えるきっかけのひとつとして、今回は世界から注目される東海大学ソーラーカーチームにコンタクト。ソーラーカー、そして彼らが挑む過酷なレースについて取材しました。

 

1.最高時速は100km以上! ソーラーカーは意外と速かった

世界最高峰のソーラーカーレース「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」に集結した世界の“走り屋”たち(写真は2015年大会)

 

“ソーラーカー”と聞いてイメージするのは、車体上部に大きなソーラーパネルを積んだ“四角いクルマ”かもしれません。ところが、東海大学で目撃した最新のソーラーカーは、曲面が美しい流線形。“近未来のクルマ”のようなスタイリッシュさを感じさせます。

 

東海大学の最新型2019年製のマシン。弾丸のような細長い車体で、ドライバーが乗るコックピットも流線形。上面に電源であるソーラーパネルが備えられています

 

ソーラーカーの開発において重要なのは空気抵抗を抑えて走行するための「空力」と、太陽光を効率よく集めパワーに変える「電力」。このふたつがバランスよく融合することで実現したのは、なんと最高時速100km! 走り出しに「ブゥ〜ン」というわずかなモーター音が聞こえますが、走行中はとっても静か。当たり前ですが、排気ガスも出ていないので、風が走り抜けていくような印象です。

 

ドライバーはヘルメットをつけてコックピットへ。空気抵抗を少なくするため、空気穴はたったひとつだけ。太陽電池で発電したエネルギーを走行に集中させるため、一般車両のようなエアコンや音響設備はありません

 

ソーラーカーの車体は低く、操縦席も極限までコンパクトな設計。小柄なドライバーでも窮屈に感じる空間です。体をほとんど動かせないため、ハンドル部分にすべての操作系を集約。アクセルもペダルではなく、ダイヤルツマミです

 

2.車体はたったの140kg! 軽さの秘密はカーボンとソーラーパネルにあった

ソーラーカーのサイズは全長約5m、幅1.2mで、重量は140kg程度。軽トラックでも700kg前後はあるので、その軽さは一般車両と比べると5分の1以下です。

 

軽さを実現した最大の秘密は、車体を形作る最先端のカーボン素材にありました。繊維メーカー、東レの全面協力により、東レ・カーボンマジック株式会社の新世代炭素繊維「M40X」を採用したことで、軽さと強さを兼ね備えた車体を実現できたのだとか。

 

また取り付けられている太陽電池も、住宅用で使われているような分厚いガラスを用いた一般的なパネルとは異なり、薄いシート状の樹脂でモジュール化したものを採用。1枚あたり7g程度のパネルが、258枚取り付けられています。

 

小さな太陽電池パネルを敷き詰めるように配置。ドライバーのヘルメットなどの影で弱まった太陽電池の発電を、周囲の太陽電池が助け合う特殊な装置により、発電電力を確保しているのだそう。また分割することで、曲面にも対応しやすいというメリットも

 

3.まるで自転車!? 細くて軽いタイヤで、路面との摩擦を低減していた

ブリヂストンによりソーラーカー専用に開発された最新の低燃費タイヤ「ECOPIA with ologic」。東海大学チームをはじめとして、世界中の強豪チームがマシンに採用しています

 

クルマに装備するタイヤらしからぬ軽さと細さ、路面をしっかり捉える弾力性を兼ね備えています。とくにこの細さと軽さが、転がりやすさの秘密。タイヤに無駄なストレスをかけずスムーズに回転させることが、燃費向上につながっているのです。

 

空気の流れを乱さないよう4本のタイヤはボディで覆われています。かつては走行時の軽量化・高速化を重視し、3輪だった時代もあるとか

 

続いて、このマシンが投入されるレースについて、世界最高峰のレース「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」を例に見ていきましょう。「チャレンジ」と名付けられている通り、レース中はまさに挑戦の連続です。

 

4.世界最高峰のレース「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」は5日間で3000km超を走破!

車体やタイヤに注ぎ込まれたテクノロジーと燃費性能と技術は日進月歩。でもこのマシンを動かすドライビングテクニックやチーム力こそが、本番では試されます。

 

その世界最高峰とされる大会が、オーストラリアで1987年から開催されている「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」(以下、BWSC。開設当初の名称は「ワールド・ソーラー・チャレンジ」)。北部ダーウィンから南部アデレードまで、総移動距離は3020km! 5日間をかけたチャレンジが繰り広げられます。

 

BWSCは、約5日間をかけ、オーストラリア大陸を縦断する世界最高峰のソーラーカーレース

 

この大会は、「チャレンジャー部門」「クルーザー部門」「アドベンチャー部門」に分かれており、毎回50団体ほどが参加。東海大学が参加するのは速度を競うチャレンジャー部門で、2009年と2011年には2連覇の偉業を達成しています。

 

BWSCの開催は2年に1度。2021年大会は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、BWSCと並び30年以上の歴史をもつ秋田の「ワールド・グリーン・チャレンジ」は無事決行され、東海大学チームは見事優勝を飾りました

 

5.住宅も歩行者もゼロ! コースは寒暖差の大きなデスロードだった

コースは、赤土が続く砂漠地帯の一般道。オーストラリア人ですら足を踏み入れることは稀という、辺ぴな地域です。そこを約3000キロ縦断するとは、日本でいえば沖縄から北海道へと移動するようなもの。大会が開催される10月の現地は春ですが、スタート地点とゴール地点の気象条件は異なり、しかも砂漠地帯のため、朝晩の気温は大きく変化します。

 

スタート地点であるダーウィンは、赤道近くに位置し、とにかく暑い街。最高気温が40℃以上になることもあるため、ソーラーカーを操縦するドライバーは汗だくです。車内に冷房設備はなく、操縦席に水2Lを用意し、水分補給することが義務付けられています。太陽光がなければ走行できませんが、引き換えに過酷な暑さとの戦いでもあります。

 

また、砂漠地帯を走行するため、風の影響も避けられません。猛烈な風に煽られコースアウトや横転してしまうチームもあるといいます。そして南部のゴールが近づくにつれ、今度は寒さとの戦いがやってきます。とくに夜は気温がグッと冷え込み、半袖でも汗だくになるような日中の気温から、アウターが手放せないほどまでになるのだとか。

 

こういった暑さ・寒さと戦いながらも、太陽光パネルには常に効率よく日差しを浴びなければなりません。大会期間中は気象衛星ひまわりのデータを日本にいる解析班と協力しながら分析し、走行スピードを決めているそう。まさにチーム一丸となって挑んでいます。

 

6.サソリや毒グモも天敵! 日没にたどり着いた場所へテントを張り自給自足していた

コース上には、カンガルー飛び出し注意の看板が! 思わぬ“敵”、あるいは沿道の客に遭遇する可能性も

 

BWSCに参加する際は、日本で製作したソーラーカーをオーストラリアへ空輸。同時に約60名いる学生のうち半数が現地に行き、チームを運営します。日本に残った学生もデータ解析や、不測の事態に備え、いつでも動ける体制にあり、常に情報共有を欠かしません。

 

ゴールするまでの5日間は、全員でコース沿いにテントを張ります。もちろんスーパーやコンビニもないため食料はすべて持ち込み。公衆トイレもありません。他国の参加チームと交流しながら、自らが探り当てたキャンプ地点で夜を明かし、翌日に備えます。

 

大会中は、ドライバー以外のメンバーがサポートカーで並走します。気象衛星のデータを分析しルートや時速を調整したり、休憩場所を先取りして確保したりするなどチーム全体のマネジメントがあり、さらにレース後はソーラーカーの整備をするので、5日間は睡眠不足状態が続くのだそう。走行時間は朝8時〜夕方5時までのルールですが、太陽が出ている限り蓄電は可能。早朝3時には起床し、日の出前から太陽が出る方角に太陽電池パネルを向け太陽の光を集める準備も欠かせません。

 

日の出とともに太陽光に当て、充電を行います

 

乾燥と紫外線で唇がカサカサになり、好きなものは食べられない、温度差はキツい……と過酷な環境ですが、東海大学チームのメンバーに思い出を尋ねると、ふと笑顔に。「あの星空は忘れられない」「とにかく大自然が素晴らしい」「20年以上この大会に参加しているけれど、景色は変わらない」「トイレが大変なんだよね!」「毒を持ったサソリやクモが普通にいます!」「朝が早くて大変でした」などなど。過酷ゆえに忘れがたい思い出がたくさん生まれる機会になっているようです。

 

コース中盤、アリス・スプリングスを通過する際には、ウルル(エアーズ・ロック)の至近を走行。またアフリカ大陸の大会ではテーブルマウンテンなど、サーキット走行のカーレースと異なり、地球の雄大な自然を目の当たりにできるのもソーラーカーレースの特徴

 

ウルルの上にかかるミルキーウェイ(参考写真)。生活圏から離れているため、星空の美しさも格別でしょう

 

7.1987年の初代チャンピオンはGM。現在も受け継がれる技術と情熱

ゼネラルモーターズ(GM)の記念館に展示されている「Sunraycer(サンレイサー)」。太陽光線“Sunray”とレーサー“Racer”から名付けられたのだそう

 

「ワールド・ソーラー・チャレンジ」初代チャンピオンはGMの「Sunraycer」でした。その後、日本からはホンダもソーラーカー開発に挑戦し、1993年と1996年大会で2連覇を達成。自動車メーカーと世界の大学チームが参加する大会へと発展していきます。

 

東海大学は、1993年に初参戦。平均時速は40kmで、52台中18位だったそう。2009年・2011年の2連覇達成後、直近の2019年BWSCでは、チャレンジャー部門準優勝を獲得。優勝したベルギーのルーベン大学とはわずか12分差という、素晴らしい成績を残しています。

 

2019年大会で完走し、準優勝を喜ぶ東海大学チーム。

 

本来であれは、2021年に行われるはずだったBWSCですが、新型コロナウイルスの拡大によって大会が中止に。そんな中、どのような取り組みを続けてきたのでしょうか? 次回は、1996年から東海大学のソーラーカープロジェクトに関わり続けている木村英樹教授に話を伺います。

 

大注目は「ポテトミルク」! 2022年のサステナビリティ予測

コロナ禍でライフスタイルや価値観が変化するなか、2021年は世界各国でサステナビリティに対する取り組みが加速しました。2022年もその動きは活発化すると思われますが、具体的にはどのような動きが見られるようになるでしょうか? 英国・米国・ロシアにおける事例を取り上げながら、「フードロス」「ヴィーガン食&サステナブル食」「脱プラ・脱ゴミ」をテーマに世界のサステナビリティトレンドを予測してみます。

 

ロックダウンで発展する「フードロス」

↑「食べ物は粗末にしない」が常識

 

2021年秋に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたばかりの英国では、官民挙げてフードロス削減活動が盛んです。同国政府は、すでに禁止されているプラスチック製の使い捨てストローなどに加え、ナイフやフォーク、プレートなども禁止する計画を11月に発表しました。

 

民間ではフードシェア・アプリの利用が広がり、最近はスーパーや飲食店の余剰食品を慈善団体や一般市民に無料配布する「オリオ」が人気です。スーパー最大手「テスコ」 やカフェチェーン「プレタマンジェ」と提携したこともあって急速に普及しました。

 

出品する店舗と食品を受け取る人をマッチングさせるほか、家庭で食べきれない食品を個人同士でシェアすることも可能。フードロスの解決だけでなく、ロックダウン(都市封鎖)で地域の助け合い意識が高まったことも拡大要因と思われます。このアプリには、ユーザーが環境保護にどの程度貢献できたかを知ることができるコンテンツも備わっています。

 

一方、米国の「スフィット・マーケット」は、いびつな形や不ぞろいなどの理由で市場に出荷できないオーガニック農産物を農家から引き取り、ネットを通じて契約者に約40%割引で提供しています。毎週または隔週、自宅に届くサブスクリプション形式で、量は家族の人数に合わせて選べ、量の変更や追加注文も可能です。

 

本来は廃棄される野菜を流通させることでフードロス問題を解消できるうえ、「オーガニック野菜は欲しいものの、高価で買い控えてしまう」という消費者にもメリットを提供できます。量や届く回数も調整可能なため、家庭でのフードロス防止にもつながると言えるでしょう。

 

フードロスを減らす動きはロシアでも見られ、この国ではレシピに必要な量を測った食材の宅配ミールキットサービス「ウージンドーマ」が人気です。レシピで使う肉や魚、スープ、シーフードなどが冷凍パッケージ化され、レストランのようなメニューをわずか30分程度で作ることができます。

 

家族の人数に合わせて量をきちんと測ってあるので、食材が余ったり、使いきれずに廃棄したりという心配がありません。また、配達に適さない規格外の野菜はその都度、孤児院などの慈善団体へ寄付され、その様子もSNSで配信されています。

 

ポテトミルクを生み出したヴィーガン料理

↑世界的なヒットになりそうなポテトミルク

 

以前から欧米では環境への悪影響が少ない植物性ミルクが注目されていましたが、最近の英国では、植物由来にありがちな水っぽさやクセがないポテトミルク「DUG」の人気が急上昇しています。多数の地元メディアが報じているように、2022年にはポテトミルクがビッグトレンドになるかもしれません。

 

原料となるジャガイモは牛乳と違ってアレルゲンの心配がなく、少ない水で育つために持続的に栽培することができるうえ、環境ガス排出量もほかの植物性ミルクより少ないとのこと。牛乳に匹敵する量のカルシウムを含み、食物繊維やカリウム、ビタミンCなども豊富です。

 

ロシアでもヴィーガン食は人気で、モスクワ市内だけで専門レストランが20店舗近くあり、年々増加中。ほとんどのカフェやレストラン、屋台などで肉なしボルシチなどのメニューがあり、コロナ禍でヴィーガン料理のデリバリーも活発化しました。宅配食材キットやスーパーの商品にも多くのヴィーガンメニューが取り入れられています。

 

最近は「ヴィーガン料理のほうがおいしいうえ、オリジナリティがある」という理由で、流行に敏感なモスクワっ子たちの間ではヴィーガンがファッションの一つとして定着しつつあるようです。

 

もはや「脱プラ・脱ゴミ」は常識

↑「ゼロウェイスト(ZERO WASTE)」は世界の合言葉

 

世界中で脱プラが進むなか、大手生活用品メーカーのユニリーバは2020年から、英国のサステナビリティストアで商品のリフィル(詰め替え用品)運用試験を開始。洗剤やバス用品などを再利用が可能なステンレス鋼ボトルに入れて販売しています。

 

これは消費者がボトルを購入し何度も補充できるシステムで、パッケージのQRコードを使うことでボトルのライフサイクルや使用回数を追跡することが可能。2025年までに非再生プラスチック使用量を半減し、販売量よりも多くのプラスチックパッケージを回収・再生することを目指します。

 

米国スタートアップ企業のネクスタイルズは、ミシガン州の自動車産業やアパレル産業で排出される繊維くずを原料としたリサイクル建築用断熱材「エコブロウ」を2020年に開発しました。無害なグリーンコーティングで処理するなど耐熱性や難燃性などの高性能を有しており、再生素材として繊維廃棄物の削減につながっています。

 

現在は古着やファブリックなど、企業の繊維廃棄物をピックアップするサービスも展開中。資源再生に向けた持続可能なソリューションを提供しています。

 

ロシアでは、サステナビリティを強く意識した商品が市民権を得る動きが見え始めました。2018年オープンの「ゼロウェイスト・ショップ」は店名どおり、廃棄物ゼロ活動を軸としています。店頭にはゴミを極力減らす商品が並び、若い世代のモスクワっ子に人気です。

 

持参容器に商品を入れる購入方法もあり、豆腐をタッパーで持ち帰ることも可能。地産地消に力を入れ、小さなベンチャー企業の商品でも「ゼロウェイスト意識」が高ければ、積極的に店頭に並べられます。例えば、食器洗い用スポンジに代わり、日本でも馴染深いヘチマが売られていますよ。

 

店頭にはアドバイザーがいて、ゴミを削減するための効率的な工夫や取り組みを教えてくれるなど、小さな学校のような役割も果たしているそう。SNSを使い、ゼロウェイストやサステナビリティを意識した生活のコツなども配信しています。

 

海外ではサステナビリティ関連の商品やサービスが驚くほど速く進化しており、日常生活では当たり前の存在になりました。若い世代を中心に今後はサステナブル意識がさらに高まり、消費行動に大きな影響を与えると見られます。サステナブル“革命”はまだまだ続くでしょう。

日常生活に浸透! 2021年「サステナビリティ」記事まとめ

サステナビリティ(またはSDGs)は時代のキーワードとして世界中に広がり、コロナ禍においても各国で積極的な取り組みが見られます。2021年にこの分野で起きたことを、買い物・モビリティ・食品・金融に分けて振り返ってみましょう。

↑この一年間でさらに進んだ世界のサステナブル化

 

【買い物】ブラックフライデーのサステナブル化

欧米では、11月末のブラックフライデーやサイバーマンデーにクリスマス向けの買い物をする人たちが大勢いますが、2021年のこの時期、英国では例年と少し違う動きが見られました。ある調査によれば、消費者の約7割がサステナビリティや気候変動への取り組みを意識した商品に注目しているとのことで、特に若い世代の間でこの意識が高まっています。同国が2021年秋に国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催国となったことも、サステナビリティの広がりに一役買った模様。

 

どの店舗もいつもはこの時期に大々的な割引で大量消費を促しますが、2021年は英国の独立系小売店が集結。ブラックフライデー割引は実施しない代わりに、当日の売り上げの一部を慈善団体に寄付して植樹を行うという「グリーンフライデー」活動のニュースも報じられました。

 

【詳しく読む】

クリスマスにも影響!? 英国で起きる「ブラックフライデー」のサステナブル化

 

また、英国ではクリスマスプレゼントもサステナブル商品が人気を集め、食品からファッションまで幅広い分野で持続可能性を意識した商品が取り揃えられました。使用済みのガラスをリサイクルして作られたワイングラス、くり返し使える蜜蝋ラップ、自然に優しいコスメなどが注目を集めています。再生紙を利用したラッピングペーパーも増えていて、ギフト包装にリサイクル素材を採用した高級ジュエリーブランドが現地メディアでも取り上げられていました。

 

【詳しく読む】

クリスマスツリーの代わりにサステナビリティ? 英国の最新クリスマス事情

 

【モビリティ】気候変動の影響が生み出す新たな商品

 欧米の比較的教育レベルが高い40代以下の層では、環境への影響が少ない生活スタイルを好む傾向があります。また、ここ数年、リチウム電池の小型化といったテクノロジーが進化していることもあり、ドイツでは「eバイク(電気自転車)」の人気が上昇。専用レーンの整備が進み、購入に補助金を出している自治体もあるほどです。

 

なかでも注目を集めているのが、スタートアップ企業が作るハイテクな「スマートeバイク」。各社が販売するスマートeバイクは外観がスタイリッシュというだけでなく、それぞれ違いはあるものの、機能性が高いことが特徴です。後輪の小さなボタンを蹴ればロックが完了するという、鍵いらずの施錠システムや、取り外しができるバッテリー、盗難防止用のアラームや追跡システムの完備など、利便性や安全性を備えた機能が搭載されています。さらに専用アプリを使えば、アシストの強弱、自動ギアシフト、スピード上限などが設定できるのに加え、走行距離や経路、時間、速度の自動記録、バッテリー残量などの確認もスマートフォンといったデバイスで可能に。

 

コロナ収束後もeバイクの人気は加速していくでしょう。既存自転車メーカーもスタートアップに負けまいと市場に乗り出しており、欧州はまさにeバイク戦国時代といった様相を呈しています。

 

【詳しく読む】

eバイク先進国で人気の「スマート電気自転車」3選。 日本で買えるものもピック

 

【食品】地産地消の促進と食品ロスを解決する代替肉

タイには「キンジェー」と呼ばれる菜食週間が存在しますが、最近、同国の首都・バンコクでトレンドになっているのがプラントベースフードです。これは植物由来の材料を使用した食べ物のことで、動物性の原材料をすべて排除するヴィーガンと異なり、あくまでも植物由来のものをできる限り摂取するという考え方に基づいています。

 

健康志向も追い風となり、肉の代替品となるプラントベースミートの人気は特に上昇中。原材料は大豆・米・ココナッツ・ビーツなどですが、なかでも繊維質の食感が米国南部の郷土料理「プルドポーク」に例えられる果物の「ジャックフルーツ」は、どんな調味料も吸収するため、消費者に人気のある代替肉の1つ。農園ではなく道端の植物として栽培されることが多く、これまではあまり食用として利用される機会はなかったのですが、現在はプラントベースミートとして加工や流通が拡大しました。地産地消を促進させるのに加え、食品ロスを減らすという観点からも注目されています。

 

【詳しく読む】

ブームを支える「道ばたの植物」ーー急速に広がるタイの「プラントベースフード」事情

 

【金融】若い世代で主流化する「グリーン・フィンテック」

英国では、デジタル・ネイティブ世代を中心に、エコ感覚を重視しながらスマートフォンを軸とした金融行動を実践する「グリーン・フィンテック」が主流になりつつあります。例えば、アプリ連動型のデビットカード・サービス「トレッド」は、ユーザーの消費活動をCO2排出量に置き換えてアプリに表示する英国初のサービス。トレッドはユーザーの行動を「CO2排出量」として計算し、消費行動を「食料品」や「移動費」などにカテゴリー化します。分類されたデータをさらに分析し、自分のライフスタイルの何が気候変動に最も影響を与えているかを、わかりやすい形で「見える化」してくれるのが大きな特徴。

 

毎月の消費傾向とエコ度が彩り豊かなグラフで表示されるので、それをもとに買い物の内容や移動の方法を変えれば、CO2の排出量を減らすことができるでしょう。炭素回収プロジェクトを行う他社のサブスクリプションにアプリ経由で参加すれば、植林を通じて自分のCO2排出量を相殺できるようになっています。

 

【詳しく読む】

デジタル・ネイティブ世代には当たり前! 英国で大人気の「グリーン・フィンテック」とは?

 

これら記事が示しているように、2021年は従来にも増してサステナブルな動きが目立ちました。気候変動の影響が厳しさを増す中、生活に密着したサステナブルな取り組みは今後さらに広がっていくと思われます。

 

どうしたら「脱プラ」できる? 『プラスチック・フリー生活』が教えてくれる6つのアクションとは?

SDGsという言葉はここ数年で一気に広がり、私たちの生活の中にも持続可能な社会への意識が高まってきました。 

 

レジ袋じゃなくマイバックを持ち歩くようになった、コンビニでストローを貰わなくなった、ペットボトルじゃなくマイボトルを持ち歩くようになったなど、日頃から心がけていても、これ以上どうしたらいいのかな? と思ってしまうことがしばしば。そんなときに見つけたのが『プラスチック・フリー生活 今すぐできる小さな革命』でした。 

 

カナダ在住のシャンタル・プラモンドン さんとジェイ・シンハさん夫婦の共著を2019年に翻訳出版したもので、あまりの面白さに夢中になって一気読み! 今回は、誰もが今からできる「脱プラ」についてご紹介します。 

簡単で効果が高い6つのアクションとは? 

令和2年に環境省が発表したデータによると、日本人1人が1日あたりに出すゴミの量は918グラム。意外と多いですよね。 

 

『プラスチック・フリー生活 今すぐできる小さな革命』には、そんな「使い捨てプラスチック文化」が浸透した現代でも、6つのアクションをすることで、場合によっては生活の中の8割近くのプラスチックを減らせると書かれてありました。一体どんなことなのでしょうか? 

 

レジ袋 → マイバッグを持ち歩く 

ペットボトル → マイボトルを持ち歩く 

プラスチックコップ&ふた(およびプラスチックコーティングされた紙コップ) → マイカップを持ち歩く 

プラスチック製の食品容器 → マイ容器を持ち歩く 

プラスチック製のナイフ・スプーン・フォーク → 非プラスチック製のものを持ち歩く 

プラスチック製ストロー → マイストローを持ち歩く 

(『プラスチック・フリー生活 今すぐできる小さな革命』より引用) 

 

プラスチック製品は基本的に使い捨てのものが多いため、一度使ったものはゴミとして処分されてしまいます。すべてのプラスチック製品が悪だ! ということではなく、たった1回のためだけに使い捨てられている商品がこんなにもあるんだと知り、理解することも大切だと感じます。 

 

よ〜し、今日から脱プラ生活だ! と一気に6つをやろうとすると、コンビニやスーパーで食べ物や日用品が買えなくなりますし、本の中でも「一度には全てをやろうとするのは危険」とのことなので、まずは自分ができそうなものを選んで、取り組んでみるのがおすすめです。 

 

「プラスチック度チェック」で驚き! 

私はそんなにプラスチック使っていないよ〜なんて思っていたのですが、この本の中で紹介されている自分の家のプラスチック度チェックをして、こんなにもプラスチックに囲まれていたか! と、驚きました。 

 

チェックの方法はとっても簡単で、2週間ほどかけて家の中にあるプラスチック製品を徹底的に調べ上げるだけ。今日はリビング、明日はキッチンの棚のようにメモを片手に見つけ次第プラスチック製品を書き出します。 

 

我が家も軽い気持ちで調べてみたところ、トイレと浴室だけでも50以上のプラスチック製品が! 容器のほとんどがプラスチックで、歯ブラシやゴミ箱など、そういえばこれもプラスチックだと思うものも沢山見つけることができました。 

 

実際に調べていくことで、買い物をする際の選ぶ基準が変わるかも? と感じました。例えば、台所にある調味料のほとんどがプラ容器だったので、「醤油や油は、瓶入りのものにしようかな」とか、エコバックも布製のものにしよう、詰め替えを定番にしよう、など自分のできる範囲で行動できるはず。『プラスチック・フリー生活 今すぐできる小さな革命』には、身近に使われているプラスチックがどんなのものなのかも丁寧に解説されています。 

 

プラスチックゼロ生活は無理だから、できる範囲でOK 

私たちの身近には、使い捨てられているプラスチック製品がとても多い事実を知ってもらえれば……と思い、今回この本をご紹介しました。脱プラ=プラスチックゼロの生活をイメージされますが、0100ではなく、今まで100だったプラスチック使い捨ての習慣を85にするだけでも十分、少しずつで全然良いと感じます。 

 

ただし、ひとつ忘れてはならないのは、プラスチック・フリーの道のりはひとりひとり違うものになるということ。「なるほど!」と腑に落ちる瞬間は、人ぞれぞれまったく異なるタイミングでやってくる。それを無視して批判したり、議論をふっかけたりしても、助けにはならない。逆に相手は、面目を失うまいと意固地になってしまうかもしれない。 

(『プラスチック・フリー生活 今すぐできる小さな革命』より引用) 

 

まずはこの本を読んでみる、家の中のプラスチックを調べてみる、それだけでも大きな変化になるはず! できることからコツコツと脱プラ生活、楽しんでみてくださいね! 

 

【書籍紹介】

プラスチック・フリー生活

著者:シャンタル・プラモンドン (著), ジェイ・シンハ (著), 服部 雄一郎  (翻訳) 
刊行:NHK出版 

プラスチック汚染の問題は、私たちの健康にも深く関わっている。使用中に漏れ出す化学物質の影響とは? 毎日、使い続けても、本当に安全なのか? 15種類のプラスチックを、添加されている化学物質とともに徹底解説。プラスチックの日用品を8割近く減らす簡単な6つのアクションのほか、さまざまな代替品についても紹介する“プラスチック・フリー生活”スタートガイドの決定版!

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「だから私たちは途上国の開発にたずさわる」――安田クリスチーナさんら、若者たちの大いなる挑戦とは!?

↑ルワンダの首都キガリに設立されたK-Labの様子

 

近年、よく耳にする言葉の1つに、デジタル技術により人々の生活をより良い方向へ変革させる「DX」(デジタルトランスフォーメーション)があります。実は先進国に限らず、DXを活用した途上国支援の動きも活発化しています。日本におけるその第一人者と言えるのが、メディアにも度々登場する安田クリスチーナさん。米マイクロソフトに勤めながら、米NGO InternetBar.org(通称IBO)のディレクターとして途上国や難民の支援を行っています。一方で、JICA(=国際協力機構)の赤井勇樹さんも、アフリカのルワンダでIT起業家のサポートに日々奮闘中です。立場や活動する国こそ違えど、同じ20代で「途上国の開発」という難題に取り組む、彼らのモチベーションや原動力は一体、どこにあるのでしょうか? お二人が在住する、アメリカとルワンダをオンラインでつなぎ、実際に現地での活動を通して感じる難しさや葛藤、やりがいなどを語り合っていただきました。

 

【profile】

安田クリスチーナさん

パリ政治学院主席卒業。2016年に米NGO「InternetBar.org」ディレクターに就任し、途上国における身分証明インフラを整備するデジタル・アイデンティティ事業を新設。2019年からは、並行して、マイクロソフト・コーポレーションIdentityアーキテクトとして分散型IDを含むIdentity規格の国際標準化に取り組む。2019年Forbes Japan 30Under30 に選出。2021年MIT Technology Review Innovators Under 35に選出。MyData Globalの理事や政府が主催する協議会の委員も複数務める。

 

赤井勇樹さん

1992年大阪生まれ。2016年JICA入構。大学院で医療工学の勉強をする傍ら、バングラデシュにて稲作農業機械の普及事業に関わる。その活動を通じて開発途上国での事業を担うJICAの存在を知り、入構を決意。入構後は東部アフリカ(ルワンダ含む)や南アジアでの農村開発事業などに従事し、2021年1月からルワンダ事務所に配属され現在に至る。

 

ともに実体験がきっかけで途上国支援に関わることに

赤井勇樹さん(以下、赤井):僕からみると、起業して途上国を支援するという選択肢もあったと思います。安田さんは、どうしてNGOを選んだのですか?

 

安田クリスチーナさん(以下、安田):利益を最優先するという考えがなかったからです。現地の人をエンパワーしたいならNGOだろうと。日本だとNGOの立場はあまり強くないと思いますが、海外、特にアメリカやヨーロッパでは、NGOはすごく重宝されていて、市民の声を汲み取って政治家や企業に届ける大事な役割を担っています。日本からすると“なんでNGOなの?”となりますが、海外にいた私からすると“やりたいことを成すならNGOが効果的だ”と考えたのです。

 

赤井:なるほど。NGOで始めた活動が途上国支援だった理由は何ですか?

 

安田:起点はクリミア出身の祖父です。私は日本で育ちながら、毎年クリミアに行く機会がありました。20数年前のクリミアはソ連崩壊により政治も経済も壊滅的な状態でした。ある時、祖父の家のバスタブに汚い水が溜まっていたので、小学生の私は日本の感覚で栓を抜いて水を流したんです。でも当時、水は1週間に1回出るか出ないかで、それが1週間分の貯水だったことを後で知って――。

 

当時、道路はボロボロでしたし、きちんとした医療も受けられない。日本の生活とはまったく違っていて、大好きな祖父が困っている姿を見て、“世の中間違っているんじゃないか”という疑問がわきました。そのあと、日本でもいろいろな支援活動をしていたのですが、その後、フランスの大学に行き、その思いが一層強くなりました。

 

赤井:私も今の仕事に就いたのは学生時代の実体験がきっかけでした。世界中をバックパッカーする中で、あるカンボジアの大学生と仲良くなったのですが、彼は、市販の飲料水のペットボトルに雨水を入れて道端で販売しているような怪しい水を買って飲んでいました。また、その際に彼から故郷の村で地域住人が慢性的な下痢に苦しんでいる話をしてくれました。この一連の状況に物凄い違和感を覚えて――。このエピソードには、彼の故郷の地域の公共水栓の水質、また下痢を患っている地域住人が適切な医療を受けられない環境、大学まで通った彼ですら認識していない衛生意識(正しく塩素消毒されていない水を飲んだりすることが下痢を引き起こすという意識)など、いろいろな側面での課題が集約されています。

 

これは単なるバックパッカーをしていた際のちょっとした一幕なのですが、この経験がきっかけに、広く開発途上国の複雑な社会環境・課題の解決に貢献できるような仕事についてみたいと考えた結論が、JICAでした。

 

デジタルIDの発行と普及に奮闘中

安田さんが現在、特に力を入れているのが「電子身分証明書事業」。日本人には想像しがたいですが、自身の信用力を証明する手段を持たない途上国の貧困層や身分証明手段を持たない難民は、例えば銀行口座の開設や保険の加入も難しいのが現状です。そうした社会の不公平をなくすために、現在、ザンビアとバングラデシュで、本人が本人であることを証明し、かつ自分の属性情報を管理できる、ブロックチェーン(※1)の技術を活用した分散型ID(※2)の発行を目指しています。

※1:暗号技術の一種。データが書き込まれているブロックを1本の鎖のようにつなげる形で記録。多数の参加者に同一のデータを分散保持させる仕組みのため、データの改ざんが困難

※2:自身の属性情報のうち、必要な情報を許可した範囲で連携し合う考え方。ブロックチェーンなどを使ったデータ交換により、プライバシーを保護して安全な取引が可能となる

 

赤井:ザンビアを選んだのには理由はありますか?

 

安田:ザンビアに限らず、途上国の支援は、現地で信頼できる人を見つけられるかが成功のカギだと思っています。元々、私が所属するNGOでは、難民や貧困層が自分の思いを自分で創る音楽にのせて発信するという活動をしていて、ザンビアの有名な音楽家とつながりがあったんです。その人に経験とやる気のある現地の方々を紹介してもらいました。結果的に順調に進んでいると思っていますが、アフリカ各国を調べて比較してから絞り込んだわけではありません。

 

赤井:具体的にはどんな取り組みをしているのですか?

 

安田:貧困層の生活を向上させようと思ったとき、その人の代わりにその人の生活を向上させることはできないですが、生活を向上させる機会へのアクセスは、誰もが公平に手に入れられるべきだと思っています。そのため、IBO Zambiaでは、生活を向上させる要素である、小口融資、太陽光発電・コミュニティが集まれる場所の建設・IT教育の提供に取り組んでいます。デジタルID事業は、私たちのクライアントが、IBO Zambiaで構築した信頼を可視化し、他の組織でもサービスを受けるときなどに利用可能にする大切なインフラです。途上国において、個人が自分でコントロールできるIDが必要な理由は、信頼を可視化するためだけではなく、身を守るためなのです。日本に住んでいると、翌日、政府のデータベースから名前が消されることもなければ、警察に突然逮捕される心配もありませんが、途上国ではその心配があります。

↑IBO Zambiaは、ザンビアの雇用問題を根本解決するための第一歩として、小口融資による金銭的な支援およびコミュニティ構築を行っている

 

赤井:とても興味深いです! 運営資金はどうしているんですか?

 

安田:NGOは常に資金難です。ファンディングや投資家を募ったりもしますが、私は現地に会社を作り、その利益をNGOの活動にまわしています。事業内容は洗車スタンドの経営。ザンビアは舗装道路が少ないので車がすごく汚れるんです。行列ができるほど需要が多く、結果的に現地の雇用を生むこともできています。

↑NGOの活動資金調達のため、ザンビアで始めた洗車事業の様子

 

ICT国家として注目を集めるルワンダ

赤井さんが担当するルワンダは、人口約1200万人、面積は四国の1.5倍ほどの小さな国です。資源が乏しいことから、地理的影響を受けにくいICT産業を経済政策として掲げています。JICAは2009年からICT政策アドバイザーをルワンダに派遣し、ICT政策の立案、オープンスペースの設立などを支援。2012年にはIT起業を促進するためにK-Labを設立、さらに2016年には市民工房であるFab-Labを設立しました。

 

赤井:ルワンダでは、政府のICT省と一緒にプロジェクトを遂行しています。そのうちの一つに現地のスタートアップ企業支援があります。多くのスタートアップ事業を喚起し、その人たちがきちんと事業を立ち上げ、事業を通じて現地の課題解決を行うこと、またそれだけではなく現地に雇用を創設することで、この国の経済に貢献することも大きな目的です。

 

安田:ルワンダ政府はどうしてそこまで力を入れるんですか?

 

赤井:この国には農業以外にこれといった産業も資源もなく、就業率も低いので、まず、この国の固有の産業を作らなければなりませんでした。その一つがICT産業であり、スタートアップ事業を喚起することによって出てきた若者をビジネスマッチングして、他国の投資家たちを集めようという考えです。

 

安田:アウトソーシングできるエンジニアをたくさん育てたいということですね。

 

赤井:ルワンダ政府は“アフリカのICTイノベーションハブ”になり、アフリカ各国のICT関連企業本社や、各国の優秀なICT人材がルワンダに集まることを目指しています。少しでもこの目標に貢献するためにJICAも様々な事業を行っていて、その一つに日本のICT企業とルワンダ現地企業とのビジネスマッチングをする機会があるのですが、そういった取り組みを通じて、まだまだ現地企業の技術も知識も、ビジネスを成立するまでに達していないと聞きます。現地企業側のビジネススキルも低いため、契約しても納期に間に合わなくてビジネスとして成り立たない例も。ただ、少しでもこういった状況を改善するために政府はインキュベーション・プログラムなどをたくさん実施して優秀な企業を育てようとしています。

 

アフリカとの文化の違いを痛感

安田:我々には難しい課題ですよね。どこまでが習慣や文化の影響だと思いますか? アフリカは、日本みたいにきっちり全部やろうという文化ではないですよね。 “やっておく”と言ったのに、“まぁまぁやっておいた”みたいな(笑)。

 

赤井:それが、ここアフリカ特有の仕事の仕方だと思います。それを変える前に、まずそれを理解しないと、アフリカでのビジネスを育てられないと、日々、実感します。例えば日本人的感覚では請求書や見積もりなど定型的な書類のやり取りが当たり前ですが、アフリカの人たちは、何の疑問も持たずに殴り書きのような書類を「WhatsApp」(LINEのようなSNS。アフリカではLINEではなくWhatsAppが主流)で送ってきます。

 

安田:確かに、WordやExcelを教えても紙を使ったり、フォーマット通りでなかったり。結局アナログというか、「伝わればいいじゃん」という感じはありますよね。だからこそ私は、彼らから学ぶことを意識しています。日本の常識ではなく、現地のロジックで説明してもらってから決断を下すことが大事だと思います。

 

赤井:彼らの働き方には彼らなりの理由があるわけですよね。WhatsAppでぜんぶ解決する、みたいなことも、ここの商習慣的なところでもあります。アポイントも経理もすべてWhatsApp。そうした背景もきちんと理解しないとついていけません。

 

そうしたうえでこの4年、JICAはICT省や現地のICT商工会議所などと一緒に若手起業家向けのインキュベーション・プログラムをに行い、これまでに約60社を支援しました。そのうち現在もビジネスを続けているのが半数近くの約30社。それなりの成果をあげています。しかし彼らから聞かされる課題があり、そこにはアフリカや小国特有の難しさを感じています。

↑起業家支援プログラムの様子

 

先に述べたようにルワンダは小さな国なので、さらなる事業展開を考えると国内市場だけでなくタンザニアやウガンダなど、周辺国への展開を考えなければなりません。しかし、そこには大きな壁が多数あり、その中でも大きく立ちはだかるのが言語の壁です。多くの起業家が最初は英語で製品やサービスを構築しますが、ルワンダ国内の地方へ展開しようとすると、なかなか英語ではサービスが普及できず現地語(キニヤルワンダ語)への変換が求められます。しかし、この言語はルワンダ国内限定なので、近隣国へ横展開しようとすると再度その国のローカル言語(タンザニアであればスワヒリ語)での再度のサービス構築が必要になります。これはスタートアップにとってはかなり大変な作業になります。

 

やはり、国ごとに言語が違うため、アフリカ大陸でビジネスをしようとすると、必ず言葉の障害が出てきます。一方で、海外の投資家たちは投資先の国内のマーケットサイズなどを見ながら各スタートアップ企業のポテンシャルを考えるので、そういった観点でもルワンダは他の国と比べても不利になります。

 

安田:言葉の壁は感じます。私は顧客の声を直接聞きたいタイプですが、現場の人たちは英語ができない場合が多いので、フィードバックを直接聞けないもどかしさがあります。翻訳をしてもらいながら話しても、私に気を遣って違うニュアンスを伝えられている感じもしたりします。

 

赤井:それは中間管理職的な人たちが、現場が何をいうか気にしながらコミュニケーションを取る傾向があるからですね。例えば現場レベルの人と会議をしたいと言っても、なかなか場を設定してくれず、設定されたと思っても想定していなかった先方のトップが同席したり、ということもよくあります。

 

安田:たぶん直接つなげてしまうと、自分たちでコントロールしないところでお金が動くという懸念があるんでしょうね。

 

行政サービスの5割が電子化

赤井:先ほどご紹介したように、これまでJICAは、現地生まれのスタートアップ事業が多数生まれるように、Fab-LabやK-Labといったイノベーション・スペースを作り、またインキュベーション・プログラムにより彼らが自主的に事業拡大・成長することを目指したエコシステムを作ってきました。そして今、現在政府と議論しているのが、政府の行政サービス電子化をさらにどんどん推進するようなプラットフォームを構築できないかというアイデアです。省庁が持っているデータベースをオープンソース化し、そのデータを基としたビジネスアイデアを現地のスタートアップなどの民間企業から募集して、よさそうなものに予算を付けてPoC(Proof of Concept/概念実証)をどんどん進めようというイメージです。

 

安田:日本の茨城県つくば市は、政府が触媒になって、場所、人、データなどを提供するスタートアップ支援を行っています。たぶんザンビアの場合は、さらに大企業とつなげてあげて、政府が触媒になりつつ、スタートアップが大企業からビジネススキルを伝授できるのなら意味がありそうだと思いました。

 

赤井:なるほど! 勉強になります。実はルワンダでは成功例があります。現在、この国の行政サービスの5割は電子化されていると言われていますが、いずれも政府発行の国民IDに紐づいて行われます。また、それら行政サービスの多くは「Irembo」というサービスプラットフォームが、一元的に市民向けインターフェイスとして構築されています。Iremboサービスは民間がサービス構築・運営しており、政府から委託を受けた形で運用されています。これはまさに行政サービス電子化を民間スタートアップが推し進めた好事例です。

 

変化の早さとポテンシャルの高さを実感

↑ザンビアで来年オープン予定のイノベーションセンター。その建設風景

 

赤井:やりがいという部分ではどうですか?

 

安田:ザンビアはシングルマザーが多く、失業率も高い。いまイノベーションセンターを来年の完成に向けて構築中なのですが、そういう意味では雇用を生み出せてよかったと感じています。洗車事業もそうですし、この1年半だけでも生み出した雇用は多く、その人たちに感謝されるとやりがいを感じます。また、日本の社会課題の場合は、根深かったり、隠れていたりしいて、明確な解決策を講じることが難しかったりしますが、ザンビアはじめ途上国の場合、先進国に比べてまだ課題がわかりやすく、解決策が打ち出しやすい。現地の人たちから得られる“幸せになるためにこれだけで足りるんだ”という感覚も新鮮です。同時に彼らのポテンシャルもすごく感じます。

↑安田さんのNGOでは、起業や生活困窮からの脱却のために低金利・無担保で少額融資(マイクロファイナンス)を実施

 

赤井:私もこの数年間関わっているだけで、人々の生活がどんどん変わっていることをルワンダにいて肌で感じます。例えば、街を走るバス料金の支払いが、日本でいうSuicaみたいな非接触式カードになりました。またコロナ禍の影響もあり、宅配サービスが爆発的に流行っています。モバイルマネーの普及率も5割を越えました。元々のサービスが十分でなかった分、ベターで安価なものが入るとすぐに浸透する、そのスピードの早さは実感できます。

 

安田:それはザンビアでも、バングラデシュでも同じで、途上国ならではですよね。

 

赤井:少なくとも政府の方たちは、この国をICTでどう変えていくのかをすごく議論しています。特に世代の若い人を見ると、別にDXとかそんな大きいことを言っているわけではなく、ICTというツールを活用して少しでも国の発展に活用しようという意識をもって働いている印象です。また、我々のような外からきた人に対しても、「一緒に課題解決をしていこう」とピュアに言葉をかけてくれることがよくあって、そういった小さなことの積み重ねが日々の仕事のやりがいにつながっていたりもしています。

 

5年後、10年後に望む途上国の姿とは

赤井:安田さんは人々をエンパワーしていきたいということですが、5年後、10年後のザンビアが、どういう形になっていたらいいなと思いますか?

 

安田:デジタルIDの力によって私たちのクライアントの信頼が可視化されて、より多くの機会にアクセスできるようになっている世界が見たいです。例えば、IBO Zambiaで小口融資を受け始めたクライアントが大手銀行から、より大きな額の融資を受けてビジネスを成長させたり、IBO ZambiaでITスキルを身に着けた若者がより高給な職に就くことができたりしていれば、幸せです。経営者の視点からすると、高コストなITインフラを導入しなくてもよいので、アフリカ中で展開可能だと思っています。そうなるためには、現地の人たちのIT知識が高まり、高性能な端末が普及してほしいです。スマホを保持していても、データが不足していたり、低性能だったりするという問題もあるので。

 

赤井:ルワンダでも同じ状況です。ただ、ルワンダはザンビアの少し先を行っていて、政府が主導で全世帯にスマートフォンを配布しようとしています。性能の問題はあるかもしれませんが端末を配布し、さらに4Gネットワークも国内全土に整備して国民全員がインターネットにアクセスできるようにするということを国として進めようとしています。

↑ITインフラの構築が進む、ルワンダの首都キガリの風景


安田:
国民全員とはすごいですね! 結局、IDのためのIDであってはいけないし、ITのためのITであってもいけないと思います。現地の若者がITの力で課題を解決できるようになるのは、おそらくよりスムーズなデジタル世界になってからだと思います。だから、対面で自分を表現するのと同じぐらい豊かにオンラインでも自分を表現できるような世界が、5年、10年後にできたら、みんなが幸せなんだろうなって思います。 

 

赤井:僕はルワンダでリアライズ(実現)したいことがまだ明確ではありません。ただ、ここ2、3年だけでもルワンダの生活は大幅に変わったので、5年、10年というスパンでは、とんでもなく変わるんだろうなと思います。特に、完成されている先進国ではなく途上国にいると、そういう部分はダイナミックに感じられる気がしていて。そういうものを感じるためにも、自分は今ここにいるんだと思います。

 

ニカラグアの巨大な湖の水をきれいにする!:日本の「琵琶湖」をお手本に「BIWAKOタスクフォース」が大活躍【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は中米・ニカラグアのマナグア湖の水質改善に向けた取り組みについて紹介します。

首都マナグアに隣接し、南北65km、東西25kmに広がる巨大なマナグア湖。先住民がつけたという「ソロトラン湖」という名称でも親しまれています(写真提供:マナグア市役所)

中米のニカラグアの首都・マナグアに位置するマナグア湖は、琵琶湖の2倍近い面積を有する巨大な湖です。湖の北にはニカラグアのシンボルともいわれるモモトンボ火山がそびえ、湖畔から雄大な景色を臨めます。
しかし、農業排水や工業排水、生活排水の流入で汚染された水は濁り、湖畔には大量のごみが打ち寄せられるなど、環境問題が山積しています。ここ数年、ようやく水質改善の兆しも見えていますが、地元の人たちは、汚れに目を背け、以前は近寄ろうともしませんでした。

そんなマナグア湖と共存するために、JICAニカラグア事務所は水質改善に向けた取り組みを始めました。その名も「BIWAKOタスクフォース」です。

(左)湖畔にはプラスチックボトルなどのゴミが浮かび、水質汚染が問題になっています
(右)マナグア湖畔の観光施設から臨むマナグア湖と船着き場

 

琵琶湖の経験を学び、ニカラグアで活かす

日本で湖沼環境開発といえば滋賀県の琵琶湖。「BIWAKOタスクフォース」の活動は、琵琶湖の総合的湖沼流域管理をモデルに検討し、タスクフォースのメンバーが滋賀県を訪問して琵琶湖の経験を学ぶことから始まりました。これらの知見をニカラグアの多くの産官学の関係者に伝えながら、マナグア湖の未来に向けて何ができるかを一緒に考えていきます。

2021年7月から8月には、公益財団法人国際湖沼環境委員会(ILEC)協力のもと、ニカラグアの産官学の関係者を巻き込んだ3回にわたるウェビナーを開催。ウェビナーでは、30年かけて実現した琵琶湖の持続的な利用と保全のノウハウ、そしてニカラグア事務所の活動目的を紹介し、35の機関を超える産官学の関係者が集まりました。

「毎回60名以上のウェビナー参加があり、答えきれないほどの質問が寄せられ盛況に終わりました。ウェビナーにより、多様なセクターから湖保全への関心を引き出し、一緒に活動を起こそうという機運が高められたことを感じました」

そう話すのは、JICAニカラグア事務所ナショナルスタッフのオマール・ボニージャさん。BIWAKOタスクフォースのリーダーです。ウェビナー実施のほか、現地コンサルタントとのマナグア湖汚染状況の調査や分析、ニカラグア国内の関係者との意見交換などを行うことで、マナグア湖の水質改善、保全、そして共存にむけた具体的な取り組みのイメージを作ることができました。

(左)ウェビナーでは、琵琶湖水質改善の経験を世界各地で伝えてきたILECの中村正久副理事長が熱心に情報を共有
(右)中村副理事長の話に聞き入るウェビナー参加者。多くはニカラグアの政府関係者でしたが、大手銀行やNGO等の参加もありました

 

次世代の子どもたちに環境教育—ニカラグア版『うみのこ』を実施。COP26でも紹介されました!

BIWAKOタスクフォースによる最初のプロジェクトは、マナグア湖保全のための環境教育です。マナグア湖周辺の観光エリアを担当する廃棄物処理関係者と小学校2校を対象に、ごみの正しい分別・廃棄方法の紹介、3R(注)の考え方を広げる活動を行い、マナグア湖周辺エリアの環境改善に取り組みました。日本でJICAによる3Rを含んだ都市の廃棄物管理研修を受けたマナグア市廃棄物統合処理公社の職員らとの協働企画です。

(注)リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)の総称。リデュース(Reduce)は、ものを大切に使い、ごみを減らすことで、リユース(Reuse)は、使えるものは繰り返し使うこと、リサイクル(Recycle)は、使い終わったものをもう一度資源に戻して製品を作ること

 

この活動の一環で実施したのが、環境教育プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」です。滋賀県教育委員会のフローティングスクール関係者の協力を得て実施にこぎ着けました。

10月に実施されたこのプログラムは、滋賀県が小学5年生向けに琵琶湖で行っている「うみのこ」がモデルになっています。船で湖を移動しながら、湖に生息する生物や、水質汚染について学んでいきます。科学実験を取り入れた「ニカラグア版『うみのこ』」は、「自分たちの湖を守ろう」と思う心を子どもたちに伝えます。マナグア湖を舞台にした教育プログラムは、ニカラグアでは初の試みとなりました。

開催に向け、滋賀県で「うみのこ」を運営するフローティングスクールの先生方からは、プログラムの具体的な内容、子どもたちに楽しく効果的に伝える方法、科学実験の実践方法など、さまざまなレクチャーを受けました。並行して「BIWAKOタスクフォース」のメンバーとニカラグアの関係者がオンライン上で協議を繰り返し、試行錯誤を重ねて準備が進んでいきました。

(左)滋賀県「うみのこ」を運営するフローティングスクールの教師による実験デモンストレーション
(右)実験デモンストレーションの最後に「うみのこ」関係者と挨拶を交わすニカラグア関係者

 

「マナグア湖がとても素敵なことに気づきました。だからこそ、自分たちが湖の水をきれいにしないといけないし、ごみを捨てて湖を汚してはいけないと思いました」

「マナグア湖に住む微生物やバクテリアを顕微鏡で見られたのが面白かったです。自分たちが捨てたものが、マナグア湖の水に影響していることがわかりました」

「マナグア湖の中のプラスチックボトルやごみをとるキャンペーンをしたいです」

「ニカラグア版『うみのこ』」に参加した現地の小学生からは、こんな感想が寄せられ、ニカラグアの関係者の努力が実ったこと、「ニカラグア版『うみのこ』」が大成功だったことがわかります。

引率する教員は、「生徒たちは、家に帰って乗船学習の体験を家族や周りの人に話し、この経験を伝えていくでしょう。ニカラグアのすべての学校の生徒たちに、一生に一度はこの『うみのこ』を経験してほしいです」と語ります。

このニカラグア版『うみのこ』の活動は、2021年10月31日~11月12日かけて、英国グラスゴーで開催された「第26回国連気候変動枠組条約締結国会議(COP26)」での気候変動対策のための教育活動を協議するセッションで、ニカラグアのミリアム・ロドリゲス教育相より、世界中に向けて発信されました。

環境プログラム「ニカラグア版『うみのこ』」で、子どもたちは湖に生息する微生物を観察します

 

「うみのこ」で行われた実験の結果をまとめ、発表します。レクチャー形式ではなく生徒が主体的にかかわるプログラムは、子どもたちの好奇心をかき立てました

 

学習の舞台となったマナグア湖と遊覧船の前で生徒たちが記念撮影

 

マナグア湖を救うことは国全体の開発戦略につながる

「汚くてみんなから嫌われるこの湖が、いつか美しく生まれ変わって、子どもたちが泳いだり水が飲めるようになったりしたらおもしろくないかな?」

BIWAKOタスクフォース誕生のきっかけは、ニカラグア事務所の高砂大所長のひと言でした。
この問いかけに「何かできることがあるのではないか」と、オマールさんを中心に事務所全体で湖の水質改善の可能性について考え始めました。そのメンバーにより、BIWAKOタスクフォースが誕生したのです。

「私は子どもの頃から『マナグア湖は汚染されている』と聞かされ続けてきました。近年、ようやく湖水の汚染に歯止めをかけるための取り組みが進んできましたが、人が泳いだり、水が飲めたりするまでの回復を目指すことは、これまで考えたこともありませんでした」と言うオマールさん。

高砂所長から手渡された琵琶湖のさまざまな資料を読んだ際、「できるかもしれない」と意欲がわいたと言います。オマールさんにとって、「常に新たな取り組みに挑戦すること」が、高いモチベーションを維持する源です。そして、今後の計画について、次のように話します。

「近いうちに、ニカラグアの様々なセクターの関係者を日本に送りたいと考えています。琵琶湖の水質保全の事例を関係者に見てもらうことで、多くのヒントを得て帰国後に実践してもらいたい。マナグア湖を救うことは、マナグア市のみならず、国全体の開発戦略に関わることになると思います」

マナグア湖の前にBIWAKOタスクフォースメンバーが集合。左端がリーダーのオマール・ボニージャさん

「ニカラグアの特徴でもあり財産でもある湖と共存できるように、これからもBIWAKOタスクフォースでおもしろい取り組みにチャレンジしてほしいと思います。タスクフォースのメンバーとニカラグアの仲間が、ニカラグアの未来を担う子供たちのことを考えながら。 JICAのニカラグアへの協力は今年で30周年を迎えました。これまでの30年の繋がりを大切にしながら、ニカラグアの人々にとって大切なこと、必要なことに、素晴らしい仲間と一緒に取り組んでいきたいと思います」

ニカラグアに根を張り活動を続けるJICAのさらなるチャレンジを高砂所長はそう語りました。

 

クリスマスにも影響!? 英国で起きる「ブラックフライデー」のサステナブル化

英国では、比較的新しいショッピングイベントであるブラックフライデー。この米国発の“お祭り”は英国人の間でも人気を広げつつありますが、環境問題や多様性が重視される現代では、割引率だけでなく、企業の価値観にも消費者は注目。本稿では、社会的なメッセージを展開して話題を集める2社を取り上げながら、英国でブラックフライデーがいかに変化しつつあるのかを見てみます。

↑ブラックフライデーでクリスマスムードが増す英国

 

英国では、クリスマスは家族や親戚が集まるビッグ・イベントで、一人一人にプレゼントを渡す習慣があります。そのためプレゼント選びはこの時期の大仕事で、予算も全国平均で国民1人当たり420ポンド(約6万3100円※)とかなりの額に達しますが、当然ながら小売業界も一年で最大の商戦を展開します。

1ポンド=約150円で換算(2021年12月3日時点)

ブラックフライデーは米国を起源としており、感謝祭の翌日の金曜日に行われる一斉セールですが、感謝祭の習慣がない英国において、このイベントの意味はクリスマスショッピングの開幕戦。小売店やブランドはセール開始をさらに前倒しにして11月初旬からプレセールを始め、購買ムードを盛り上げていきます。

特にコロナ禍とブレグジット(EU離脱)の影響が残る2021年は、ショッピング街の人出や配達遅れなどのトラブルを避けて、早めに買い物の準備を始める傾向が見られました。

 

そんな中、英国では2つのブランドが大きな注目を集めています。

 

1: ダイバーシティで勝負する「ジムシャーク」

↑多様性を全面的に打ち出すジムシャーク(画像提供/同社の公式サイト)

 

ブラックフライデーをスポーツ大会になぞらえて、スポ根風のコミカルなCMを公開したのが、英国のフィットネス・ファッションブランドの「ジムシャーク(GymShark)」です。ナイキ、アディダスの2大ブランドがマーケットを席巻する中、同ブランドは人気フィットネス・ブロガーを起用したインフルエンサー戦略で、一気に人気ブランドへと成長しました。

 

ブラックフライデーのCMコピーは「You know the Drill(やることは分かっているね)」。スポーツコーチがアスリートたちに「セール開始はいつか」「割引率は」「サイズ選びのコツは」「ウィッシュリストの新機能は」など、「勝つ」ための情報をチームに叩き込むという内容で、視聴者もセールにまつわるQ&Aが頭に入るという構成になっています。また、昨年のロックダウン中にはセール開催の24時間前にウェブサイトを故意にダウンさせ、サスペンス感を生み出す戦略でも話題を呼びました。

このCMは英国の多様性を反映して、さまざまな人種の俳優を起用しているのが特徴。同ブランドのファンはフィットネス好きなだけでなく環境・社会問題への感心が高い10代から20代前半のZ世代が多いため、同社では社内の男女比率や人種比率を公開したり、各商品のカーボンフットプリント(商品のライフサイクル全体を通して温室効果ガスの排出量をCO2に換算したもの)をアップデートしたりしてファンの心をつかんでいます。

 

2: 「買わないで」と訴える「パタゴニア」

一方、毎年「むやみに買わないで」という反ブラックフライデー・キャンペーンを繰り広げて人気を呼んでいるのが、米国アウトドア・ブランドのパタゴニアです。同ブランドはブラックフライデーセールを行わず、大量消費文化によって引き起こされる環境問題について訴える広告で支持を得ています。2016年にはブラックフライデー売上高の全額を環境保護団体に寄付すると発表し、大きな反響を呼びました。当初の予想を5倍も上回る1000万ドル(11億円以上※)の売り上げを記録したことは、多くの人たちが共感した結果といえるでしょう。

1ドル=約113円で換算(2021年12月3日時点)

 

2020年には、逆から読むと環境保護メッセージになる詩を使ったユニークな広告を発表し、米国だけでなく英国でも多くの支持を集めました。現在は世界の環境保全団体とブランドのファン・コミュニティを繋ぐ世界規模のプラットフォーム「パタゴニア・アクション・ワークス」の活動を加速させています。

 

“グリーン”フライデーへ

↑この自然こそが最大の贈り物

 

英国では2022年消費トレンド予測の一つとして「気候主義(climatarianism)」が挙げられました。これは地球環境や気候への影響を基準にして消費を行うライフスタイルを指します。ユーザーが自分の信念や価値観に沿ったブランドから商品を購入する傾向は、今後ますます高まっていくでしょう。

G7首脳会議と国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開催されたばかりの英国では、環境意識がこれまでになく高まり、特に若い世代では「サステナブルでなければクールでない」という意識が強まっています。英国の独立系小売店が集結し、ブラックフライデー割引は行わない代わりに当日の売り上げの一部を慈善団体に寄付して植樹を行うという「グリーンフライデー」活動のニュースも報じられたばかりです。

企業の社会的な責任が強く問われるようになった今日の英国では、もはや商品のデザインや価格だけで消費者の支持を得ることはできません。ブラックフライデーに限らず、ブランドのサステナブルなビジョンを明確に打ち出すことでファンの信頼を得るという戦略こそが、これからより一層重要になっていきそうです。

執筆者/ネモ・ロバーツ

書き味滑らかでオシャレでサステナブルなボールペン「Penon(ぺノン)」は時代が求める条件を全クリア

筆者は、基本的に文房具は“機能で選ぶ”派だ。日常的に高頻度で使うツールだから、機能が優れていた方が正しいに決まっているし、選ぶ意味があると思う。ただ、日常的によく使うからこそ、ルックスがショボいものを使う気にはならない、という“見た目で選ぶ”派の言い分も、もちろん理解できる。使うたびに「うーん、これ見た目がなぁ……」と思っていたら、テンションはダダ下がりだろう。

 

また、自分のテンションの問題に加えて、外からどう見られるかも重要だ。特に筆記具は意外と使うところを他人に見られているので、気を遣っておいて損はないのである。

 

はしゃぎすぎない、ジャストにかわいいボールペン

とはいえ、ただ「見た目の良い筆記具」と言っても、シック系やハイセンス系、ファンシー系、ファニー系といろいろ。そんな中で、かわいいけれど甘ったるくない&落ち着きすぎない品の良さで文房具ファンの間で注目を集め始めているブランドが、クラウドファンディングからスタートした「Penon」だ。達成率800%超えの人気に後押しされ、2021年9月からは一般販売がスタートしている。

Penon(ぺノン)
ネクタイペン/メガネペン
各1300円各1200円(ともに税込)

 

ベースは明るめの木軸に金属パーツをあしらったデザイン。これだけなら単に落ち着いてるペンだなーという印象だが、クリップにあしらわれた「メガネ」「ネクタイ」が、雰囲気を“ほど良くかわいい”感じにしている。

↑クリップにあしらわれた刺繍ネクタイとメガネフレームが、イイ感じに主張している

 

ペンとして使っている時に視界に入ると、「あ、メガネ(ネクタイ)だ」と気付くぐらいの目立ち度合いで、これ以上に主張が強いとやりすぎだし、逆に控えめすぎるとつまらない。このちょうどいいオシャレさのバランス取りは見事だ。

↑手に握るとこれぐらいの目立ち加減。メガネキャラをアピールしたい人の最適解とも言える

 

↑そのまま筆記に使っても面白いが、個人的にはやはり胸ポケットに挿したときが一番かわいいように思う

 

もうちょっと踏み込んでアクセントが欲しければ、「フラッグ」シリーズもあり。ペン後端からにょきっと刺繍の旗が伸びたルックスは、かなりユニークだ。旗の柄には、ハリネズミやリスといった刺繍映えするオシャかわな意匠に加えて、なぜかアゼルバイジャンやソマリアといったレアなものが揃っている国旗シリーズもラインナップしていて楽しい。

Penon
フラッグペン ショート/ロング
各1400円(税込)

 

↑ペン後端からかわいい刺繍旗がピコッと立っているのが、たまらないかわいさ

 

とはいえ、かわいいだけじゃなぁ……と思いながら使ってみると、意外や、書き味もなかなかに優秀で驚いた。ボール径0.5mmのニードルチップからたっぷりめに出るゲルインクは、サラサラ感が強く、なかなかに書いていて気持ちが良い。

 

ちなみにリリース情報には「セラミックボールを使用」とある。ニードル+ゲル+セラミックボールという組み合わせであれば、OHTO(オート)のOEMのような気はするのだけれど、確証はない。

↑正直、かわいいだけのペンだと舐めていたのだが、書き味の良さもかなりのもの。サラサラ好きにはハマる可能性大だ

 

もう一つの特徴が「サステナブルな文房具」だということ

↑リフィルは、替リフィルのパッケージに入れて郵送すればリサイクルされる仕組み

 

ところでこの「Penon」の特徴としてもうひとつ挙げられるのが、サステナビリティに対する取り組みである。

 

まず木軸は、伐採した量以上の植林が約束されている森林認証の木材を使用。リフィルも廃プラが出ないよう、無償で回収しリサイクルへ回す仕組みを作っているとのこと。もちろん、ユーザーレベルではあくまでも心がけ程度の話だが、身近な文房具からSDGsに取り組むメーカーを応援するのは、悪い話ではないだろう。

↑もちろんパッケージもエコなダンボール製。側面にフルート(ダンボールの断面)が見えているのがオシャレ

 

↑開封時は、ストッパーを外すと……

 

↑重なったジャバラがほどけて、このように開く。この構造はかなりカッコイイ!

 

ちなみにパッケージも脱プラを目指して、ダンボール製となっている。薄いダンボールをジャバラに重ねて厚みを出している構造がなかなか面白く、このままプレゼント用にしても違和感のないオシャレさなのだ。

↑パッケージ下部には、ちょっと工作マインドをくすぐるパーツが並ぶ

 

↑切り抜いて組み立てると、このとおりペンスタンドに

 

↑スタンドはまっすぐペンが立つので、やはりフラッグペンが最も似合う

 

さらによく見ると、パッケージからなにかパーツが切り抜けるようになっていた。これを切り抜いて組み立ててみる(のりか接着剤があるとラク)と、ペン1本が入るペン立てが出来上がるのだ。特に「フラッグペン」シリーズを立てるとしっくりハマる感じ。机に立てておくとなかなかキュンとくる雰囲気になるので、入手された方はぜひ組み立ててみて欲しい。

 

 

「きだてたく文房具レビュー」 バックナンバー
https://getnavi.jp/tag/kidate-review/

 

海洋浮遊ごみ回収機“SEABIN”で海洋ごみ問題に取り組む動機は、純粋な「海への思い」にありました

未来の子どもたちに綺麗な海を残したい~株式会社SUSTAINABLE JAPAN

 

「子どものころに見た海とはまったく違う……」。約7年前、母の実家がある熊本県の港を約20年ぶりに訪ねたところ、海面にペットボトルや得体のしれないゴミが無数に漂っていたことに衝撃を受け、「未来の子どもたちに綺麗な海を残したい」という思いに駆られ、行動を起こした人がいます。株式会社SUSTAINABLE JAPANの東濱孝明社長です。

 

深刻化している海洋ごみ問題

“海洋ごみ”“マイクロプラスチック”の問題はここ数年、大きく取り上げられています。世界の海には、すでに1億5000tのプラスチックごみがあり、そこへ毎年800万tが新たに流入しているといわれています。生物がポリ袋を餌と間違えて飲み込んだり、プラスチックごみが魚網に絡むなど、さまざまな悪影響や経済的損失も問題視されています。

 

一度海へ流入したプラスチックごみは、波や赤外線により小さなプラスチックの粒子となり、そのうち5mm以下のプラスチックは、マイクロプラスチックと呼ばれます。これらは自然分解することはなく、数百年以上もそのまま海に残り続けると考えられ、海の生態系にも大きな影響を与えます。(WWFジャパンホームページ参照)。

 

その対策の一つとして、身近なところではレジ袋やストローなどプラスチック製品の削減があります。雨が降ったときに路上のごみが川や水路に流れ、海に至ることが多く、海洋プラスチックごみの7~8割は陸地から発生。このまま放置しておくと、2050年には、魚より海洋プラスチックごみの量が多くなるとも言われています(日本財団ジャーナルホームページ参照)。

↑海面に浮いた無数のプラスチックごみ(左)、浜辺に打ち上げられたごみ(右)

 

使命感から脱サラし起業

現在、海洋ごみ削減に取り組む企業も増えていますが、SUSTAINABLE JAPANもその一社。

 

「地上ではごみ回収業者がいるのに、なぜ海にはいないのか。どうすれば海洋ごみを回収できるのか。そんな疑問から始まりました。元々はIT企業の会社員でしたが、脱サラをして2019年1月に起業。事業内容としては、SEABINという海洋浮遊ごみを回収する機器の販売とリース、海や湖のごみの回収作業を行っています。

↑株式会社SUSTAINABLE JAPAN 代表取締役社長・東濱孝明さん

 

熊本にある祖母の海がごみだらけなのを見て、悲しかったんでしょうね。とくに社会課題に興味があったわけではありません。“海に浮かぶごみが外洋に出たら、2度と回収できない。僕らの子どもや孫の時代に大きく影響してくる。すぐにでも行動しなければ”という使命感に駆られたんだと思います。だから当時は、社会貢献という意識はありませんでしたし、SDGsという言葉も知りませんでした」

 

海洋浮遊ごみ回収機SEABINとは

ゼロからのスタートだったため、まずは海外を含め、インターネットや書籍で海洋ごみ問題について徹底的に調査。そして出合ったのが、オーストラリアのサーファーが開発した、海洋浮遊ごみ回収機SEABINでした。SEABINは、直径約60㎝、高さ約80㎝の円筒で、水中ポンプにより、吸い込み口が上下します。この動作により、海面に浮いたごみを引き寄せ、ポット内にごみだけを回収します。1度に最大20kgの浮遊ごみを回収でき、約2mmまでのマイクロプラスチックは年間約1.4t(天候とごみの量に応じて)を回収できるそうです。日本ではまだあまり知られていませんが、39の国と地域で約860台が稼働しています(2021年現在)。

↑オーストラリアのサーファーが開発したSEABIN
↑SEABINによるごみ回収の仕組み(株式会社平泉洋行のホームページより)

 

実証実験で効果を実感

SEABINが設置されるのは、漁港や湾内など、ごみが流れてたまりやすい波の穏やかな場所です。湖や河川でも活用できますが、設置するためには管轄する自治体や漁港組合の許可が必要。東濱さんも実証実験を行うために、まずは自治体に相談したそうです。

 

「最初に実証実験を行ったのは、熊本県水俣市にある丸島漁港でした。SEABIN1基を17日間稼働させ、約42kgのごみを回収しました。次に熊本県宇城市の松合漁港でも行い、16日間で約60kgのごみを回収しています。また昨年は熊本市から依頼を受けて、江津湖でも実証実験を行いました。実証実験の好結果から、実は今年の春から市の事業として本格的に稼働する予定でしたが、新型コロナの影響で先送りとなってしまいました。でも、熊本だけでなく、全国の自治体や企業から問い合わせをいただいています」

 

また、写真家からの打診で、長崎県五島列島の福江島で高校生と共にビーチクリーンを実施。SEABINで実際に海洋浮遊ごみを回収し、講演も行いました。

 

「高校生たちの環境に対する意識の高さに驚きました。3日間だけの設置だったのですが、長崎県の環境シンポジウムでSEABINを利用した海洋浮遊ごみの回収について発表もしてくれました。がんばらないといけないと、身が引き締まる思いでしたね」

↑実証実験での様子。落ち葉や枯れ枝が大半だが、ペットボトルなどプラスチックごみも多く混じっている

 

用排水路の浮遊沈殿ごみも回収

東濱さんの取り組みは海や湖だけにとどまりません。用排水路用に浮遊沈殿ごみ回収機を約1年かけて開発し、今年9月から実証実験を始めました。

 

「熊本県内のJGAP(食の安全や環境保全に取り組む農場に与えられた認証)を取得している米農家さんからの依頼がきっかけでした。実は、肥料をコーティングしている樹脂の膜はプラスチックでできていて、肥料が溶け出たあとに殻だけが残り、海に流出しているそうです。いずれはマイクロプラスチックになる可能性が高く、殻を流出させないためにSEABINを利用できないかというお話しでした。しかし用排水路ではSEABINの設置は難しく、ポンプの使用を改良した用排水路専用の機器を開発することを決めたのです。システムの開発には、地元の工業高校の生徒さんたちに協力をしていただき、この夏、ついに完成。1mm以下のマイクロプラスチックから、ペットボトルやレジ袋などの生活ごみも回収可能で、来春の稲作シーズンに間に合うように販売・リースを行いたいと考えています」

 

↑用排水路浮遊沈殿ごみ回収機の実証実験。回収機の使用前(左)と使用後(右)

 

まずはたくさんの人たちに知ってほしい

海を綺麗にするために日々奮闘している東濵さん。しかし現実には課題は多いそうです。

 

「用排水路用のごみ回収機は農協や組合の許可ですみますが、SEABINは自治体や漁港組合の協力がなければ設置できません。自治体は予算が年単位なのでどうしてもスピードが遅い。待っている間にもごみは蓄積されていくので、そのジレンマはあります。また、SEABINの日本での知名度がまだまだ低いのもネック。多くの人たちに知っていただき、応援してくれる人が増えれば、自治体の対応もスムーズになるのではないでしょうか。そのためにも、今は、できるだけ多くの人たちに、SEABINを、そして弊社の取り組みを知ってもうらうことに力を入れています」

 

今後は回収プラスチックの二次使用も検討

単純に“海を綺麗にしたい”“未来の子どもたちに綺麗な海を残したい”という思いから始まったこの事業。

 

「もちろんSDGsの必要性や重要性は感じていますし、機会があれば関わっていきたいと思っています。しかし、すべての海洋ごみを回収するのは不可能ですし、海洋環境問題を私一人の力で解決しようなんて大それたことは考えていません。ただ、目の前のできることをコツコツとやっていくだけです。また、今は回収したごみの処理は産廃業者に委託していますが、今後は、回収した廃プラスチックの二次製品製造も考えています。私の取り組みが、数%でも課題解決に役立っているのであれば意義のあることだと思っています」

 

 

 

クリスマスツリーの代わりにサステナビリティ? 英国の最新クリスマス事情

ブレグジット(EU離脱)の影響がじわじわと日常生活に現れている英国では、ガソリン不足やスーパーでの在庫不足などによりパニック買いが発生しています。待ちに待ったクリスマスに必要なモミの木や七面鳥の入手も難しく、価格の高騰も免れそうにありません。コロナ禍とブレグジットの影響に揺れる英国のクリスマスについて現地からレポートします。

 

今年の冬に不足する品物は……

↑ All I want for Christmas is……クリスマスツリー

 

コロナ禍のロックダウン中にブレグジットが完了してから、もうすぐ1年が経とうとしています。2021年夏にようやくロックダウンが解除され、コロナの新規感染者数は連日数万人と依然としてかなり多いものの、ワクチン普及のおかげで危機感が薄まり、日常生活が戻ってきたように思えます。しかし、ロックダウン解除と同じ時期から、全国でスーパーの商品棚が一部空になる現象が見られるようになりました。また、9月から10月にかけてイギリス各地でガソリン輸送が追いつかずにパニック買いが発生し、ガゾリンスタンドには長蛇の列ができました。

 

このような現象が頻発しているのは、ブレグジットによりEU出身の輸送ドライバー数が激減し、物流に混乱が起きていることが原因です。英国政府は運輸サポートのために軍を出動させ、EU籍のトラック運転手や食品加工業者に臨時の短期労働ビザを発給するなどの対応に追われています。配管工にもEU出身者が多く、ボイラーなど温水・暖房まわりの設置や修理の予約が取りづらくなりました。イギリス国民の生活は、EU労働者に支えられていたといえるでしょう。

 

メディアは「今冬に不足する品物リスト」について連日報じていますが、その代表格は、この時期に欠かせないクリスマスツリー用のモミの木と七面鳥。どちらも欧州からの輸入に頼っている割合が高く、品薄のために値上がりすると見られています。国産肉も働き手不足により品薄気味。さらに、ローストポテト用の国産じゃがいもが冷夏のせいで不作。輸送ドライバー不足が続けば、酒類も不足する可能性があります。

 

このような状況下で、長期間の我慢を強いられたうえ、再び「ないない尽くし」のクリスマスは避けたいという人々の焦りから、2021年は10月時点で冷凍七面鳥が売り切れになるスーパーが続出。また、買い物客がポッカリ空いた冷凍棚を見てパニックを起こさないように、店舗側はサラダオイルやソース、マヨネーズを代わりに並べるなど対応に追われています。

 

昨年のクリスマスはロックダウンが急に発令され、ガッカリした英国民ですが、「今年こそは家族団らんのクリスマス・ディナーを」と待ち望んでいます。しかし、物流量が増えるこの時期から年末は、コロナ感染による働き手の自主隔離とEUからの労働力不足のダブルパンチにより、混乱はなかなか収束しそうにありません。

 

プレゼントは「サステナブル」

↑英国定番のクリスマス柄セーターもサステナブルに

 

クリスマスプレゼントのトレンドに目を向けると、サステナビリティが人気です。英国では、11月末のブラックフライデーやサイバーマンデーに合わせてギフト・ショッピングをする人が多いのですが、ある調査によると、同国の消費者の約7割がサステナビリティや気候変動への取り組みを意識したものに注目しているとのこと。

 

2021年、G7首脳会議と国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の開催国となった英国では、特に若い世代で「サステナブルではないものはクールではない」という意識が、いままで以上に拡大しています。この流れを受け、食品からファッションまで、幅広い分野の小売業者が持続可能性を意識した商品を取り揃えており、リサイクルガラスから作られたワイングラス、くり返し使える蜜蝋ラップ、自然に優しいコスメなどが注目を集めています。

 

それと同時に、再生紙を利用したラッピングペーパーも増えており、高級ジュエリー分野では、ギフト包装にリサイクル素材を採用したブランドがメディアでも取り上げられています。

 

また、英国ではこの時期、サンタクロースやトナカイなど、あえて子どもっぽい柄や少しダサめのセーターを着るのが、英国の老若男女の「お約束」となっていますが、そんな定番のクリスマス柄セーターにも、サステナブル版が登場しました。老舗のニットメーカー「ジャック・マスターズ」は、リサイクル・コットンとペットボトル24本分を原材料にした2021年限定版クリスマスジャンパーを発売。このセーターは王冠や議会法、ウェストミンスター宮殿などのモチーフを“かわいらしく”あしらっており、ビッグベンがある国会議事堂と同社のオンラインショップで販売されています。

 

日本でいえばお正月に相当する英国のクリスマス。コロナ禍とブレグジットのダブルパンチにもめげず、「今年こそホリデーシーズンを目一杯楽しもう」と買い物やパーティーの企画に余念のない英国民の様子を見ていると、逆境の中でも楽しむことを忘れない英国人のしたたかさとクリスマスへの情熱を実感します。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ(ジャーナリスト兼アーティスト)

“音楽と国際協力の意外な相関関係”とは? 最前線で活動を続ける斉藤ノヴさん・夏木マリさんと語り合います

「音楽」と「国際協力」って実は意外な共通点があるんです。音楽には、言葉や文化の壁を越えて人と人の距離を縮め、理解を深め、結びつける力があります。音楽は、国境を越えてお互いを支え合う「国際協力」にも大きく作用しているのです。

そんな「音楽」の持つ力を活かして、エチオピアなどで途上国の子どもたちへの支援を続けている斉藤ノヴさん、夏木マリさんと、「国際協力」に携わりながら、音楽を愛して止まない独立行政法人国際協力機構(JICA)の二人が、“音楽×国際協力”の深~い関係を、一緒に紐解きます!

写真右/(C)HIRO KIMURA

 

<この方にお話をうかがいました!>

写真/(C)HIRO KIMURA

斉藤ノヴ(さいとう・のぶ)さん
パーカッショニスト。1967年に京都から上京し、浜口庫之助「リズム・ミュージック・カレッジ」でリズム・レッスンを受ける。1970年に下田逸郎氏と「シモンサイ」を結成し『霧が深いよ』でレコードデビューを果たした。スタジオミュージシャンとしても大きな活躍を見せ、サディスティックス、松任谷由実氏、サザンオールスターズなど日本を代表するミュージシャンの作品に参加する。2011年、夏木マリ氏との結婚を発表した。現在、音楽活動と並行して、夏木氏と共に、途上国への支援活動「One of Loveプロジェクト」の運営を務める。

 


夏木マリ(なつき・まり)さん
歌手、俳優、演出家。1973年、歌手デビューを果たす。1980年代からは演劇にも幅を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。1993年からはコンセプチュアルアートシアター「印象派」のすべてのクリエイションを務める。2009年からパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)を主宰。2014年からは毎年秋に京都の世界文化遺産 清水寺でパフォーマンス『PLAY×PRAY』を文化奉納している(後述)。

 


小田亜紀子(おだ・あきこ)さん
JICA筑波次長。1990年代の前半に南米アルゼンチンに赴任して以来、2006年から3年半、中米ホンジュラス、2013年から約2年半、カリブ地域のドミニカ共和国と中南米カリブ地域に駐在。駐在しているなかでアルゼンチンタンゴ、ボレロ、フラメンコ、メレンゲなどに触れ、ラテン系の音楽に興味を持つ。以後、現在に至るまで、フラメンコの踊りと歌を続けている。

 


坂口幸太(さかぐち・こうた)さん
JICA中南米部 中米・カリブ課 課長。外国語学部ポルトガル語卒で2006年から5年の期間JICAブラジル事務所に駐在。自作曲を中心にしたバンド歴は約30年に及び、ボーカル、ギター、ベース、ドラムなどを担当。JICAでの「定時にカエラナイト」というイベントやTICAD(アフリカ開発会議)広報企画「Bon for Africa」の立ち上げメンバー。

 

ナイフやお皿が楽器に!? 「特別な準備」は一切要らない、生活のなかの音楽

音楽は世界共通のエンタテイメント。その音色一つで自然と人と人との距離を近づける不思議な力があります。そんな力は、地域の文化や価値観に寄り添い、共感を深めることが根底にある「国際協力」にもいい作用を生み出している?? まずは4人に共通してゆかりのある中米・カリブ地域のラテン音楽のお話から、音楽の力の不思議を探ります。ラテン音楽には、パーカッションが必要不可欠。斉藤さんとパーカッションの出会いから聞いてみましょう。

斉藤ノヴさん(以下、斉藤):パーカッションとの出会いは、歌に挑戦するため17歳で東京に出た後のことでした。上京して、作曲家の浜口庫之助先生が主宰するミュージックスクールに入ったんですけど、「お前、歌はだめだな……」って言われちゃいまして(笑)。そんな時、スクールに置かれたパーカッションに目が留まったんです。浜口先生はブラジルの文化に造詣が深く、コンガやボンゴをスクールに置いてありました。試しに叩いてみると、1つの楽器からいろいろな音が出てくる。その音で、季節感とか、温かみとか、寒さが表現できることに気づいたんです。それがおもしろくて、パーカッションに興味を持ち始めました。

小田亜紀子さん(以下、小田):そのときパーカッションを叩いたことが、すべての始まりだったんですね。

斉藤:そうです。ある夜、浜口先生がスクールに連れてきた「トリオ・パゴン」というブラジルの3人組が演奏会をしてくれることになりました。一人はパンデイーロ(皮付きタンバリンの打楽器)を持っていたけれど、ほかの2人は何も持ってない。するとその2人は、キッチンからフライパンとスプーン、洋皿とナイフを持ってきて演奏を始めたんです。

「コンチキコンチキコンチキコンチキ……」

彼らは、波打った洋皿の縁をナイフで擦ったり、フライパンとフローリングの床をスプーンで打ったりしながら音を出してリズムを作っていきます。それを見た時、「なんでも楽器になるんだ!」って、強烈なカルチャーショックを受けたんです。

小田:素敵な演奏会ですね! 私は、カリブ地域のイスパニョーラ島が発祥の音楽が好きで、よく聴いてはいたのですが、実際にイスパニョーラ島に行って驚きました。現地の人たちにとって、音楽や踊りは“挨拶”。イベントを開催するときは、かしこまった挨拶から始めるのではなく、まずはみんなで踊って「さあ始めよう!」と雰囲気を盛り上げるんです。音楽や踊りが特別なものではく、“生活の一部”だというのが印象的でした。

↑JICAのイベントでドミニカ共和国の国旗カラーの衣装をまとい踊りを楽しむ女性たち

 

ラテン音楽の魅力と、音の先に見えてくる生活と文化

斉藤:ラテン音楽といえば、ぼくは過去に、ラルフ・マクドナルドというパーカッショニストと対談しました。彼はカリブのトリニダード・トバゴ共和国(以下、トリニダード・トバゴ)の血をひいていて、同国発祥の「ソカ」(ソウルとカリプソが混ざった)というリズムでニューヨークのミュージックシーンに新しい風を送り込んだ人物なんです。

マリさんとトリニダード・トバゴへ行ったとき、現地の「ソカ」のリズムに感動しました。その彼が亡くなったので「ソカ」のリズムを継承しようと、曲の中に取り入れたりして、新しいラテン音楽のリズムになればと演奏し続けているんです。

↑「パーカッションは、叩くことで子どもから大人までみんなが楽しい時間を共有できる。それは世界共通です」と、斉藤さんはパーカッションの魅力を話してくれました

夏木マリさん(以下、夏木):実は私たちがトリニダード・トバゴに行ったとき、カーニバルの真っ最中だったんですよ。

斉藤:空港に降り立ったら、もうみんな踊ってたよね!

夏木:ホテルでは踊りながらチェックインしたりして(笑)。みんながカーニバルを楽しんでました。私は、トリニダード・トバゴで初めて本物のスチールパン(スチールドラム)に出会ったんです。全部手作りで、音楽を奏でて、大勢でパレードする。すごい迫力でしたよ。

↑トリニダード・トバゴで現地のミュージシャンと演奏を楽しむ斉藤さん
↑トリニダード・トバゴのカーニバルは世界三大カーニバルのひとつとして知られ、街中が熱気に包まれます

 

坂口幸太さん(以下、坂口):私は、JICAの仕事で5年間、南米のブラジルに駐在していたのですが、実はそのとき、リオのカーニバルに出演したんです。

斉藤・夏木:それはすごい……!!

坂口:夜の10時に始まって朝の5時に終わる、大興奮の2日間でした。ブラジルで感じたのは、音楽から派生する踊りが国のナショナリティを高めていることです。ひとりひとりが音楽のある暮らしを大切にし、その結果、生活に音楽や踊りが根付いているのが中南米やカリブ地域に共通する点ではないでしょうか。

↑ブラジリアの坂口さんの自宅にて。人が集まれば毎回セッション
↑海外で体験したエピソードの話では、それぞれが当時の情景や気持ちを思い出し、終始盛り上がりました

 

大切なのは、未来を担う「子どもたちの可能性にアプローチ」すること

坂口:音楽が生活に根付いていて、媒体として人とのつながりが密になる関係性って、国際協力に似ているんですね。私たちが担当する中米・カリブ地域は、素晴らしい音楽や踊り文化を生み出していますが、一方で深刻な社会課題も抱えています。現地には大きな経済格差が存在し、教育を受けられない子どもたち多く、また教育の質にも問題があります。その改善に向けて私たちは、中米地域で算数教育改善のための事業を30年にわたり行ってきています。

斉藤さんと夏木さんが、エチオピアの子どもたちの教育と、女性達の雇用環境整備を支援する「One of Loveプロジェクト」を始めたのには、どのようなきっかけがあったのですか。

↑エルサルバドルで実施しているJICAの算数教育のプロジェクトでは、算数の教科書を開発しています。写真は小学校での教科書授与式の日の様子。教科書を手に涙を浮かべて喜ぶ生徒もいました

 

夏木:私は、もともと個人で途上国のチャイルドスポンサーをしていました。いつか子どもたちに会いに行きたいなと思っていたら、ノヴさんが「ぼくの楽器と君の歌で子どもたちに音楽を届ける旅をしてみようよ」って誘ってくれたんです。

旅先のエチオピアでは、貧困により学校へ行けずに働く子どもたち、教育を受けることもなく、子どもの頃から働き続けてきた女性たちに出会いました。それは、日本で暮らし当たり前のように学校教育を受けてきた私にとって、途上国の現実と向き合う衝撃的な出会いだったんです。

帰国後、ノヴさんや友人たちと話し合い、「One of Loveプロジェクト」を立ち上げました。日本でオリジナルのバラ「マリルージュ」の生産と販売を開始。バラの収益の一部とGIGの収益で、エチオピアの貧困にあえぐ子どもと女性たちを対象とした支援活動をしています。

活動開始直後の2010年、さっそく子どもたちにパソコンや文房具を寄付しました。その翌年、日本では東日本大震災が起きます。すると、エチオピアの子どもたちがパソコンを使って、「今年はぼくたちへの支援はいらないから、日本のみなさんを支援してください」というメッセージを送ってきてくれたんです。1年前は字の書けなかった子どもたちが、大きな成長を遂げたことを実感できて、すごくうれしかった。

↑斉藤さんと夏木さんが楽器を持って旅に出たのは2008年。「エチオピアで1個の愛を見つけた」という意味で「One of Love」と名づけたそうです

 

小田:子どもたちの可能性にアプローチし、その成果まで感じられる素晴らしいお話ですね。

私は、中米のホンジュラスにいたとき、貧困地域の女性の起業を支援するプロジェクトに携わっていました。ホンジュラスの地方の貧困地域では、女性は教育を受けず家庭を守ることが当たり前で、とても遠慮がちです。私たちのような外国人と普通に話したりすることも怖い、といった様子でした。でも、プロジェクトに関わり、自分でお金を稼ぐという経験を積んだ女性は自信をつけて行動的になり、表情まで輝いていくのが印象的でした。

↑ホンジュラス・貧困地域の女性たちがペーパークラフトを製作する様子を見学。小田さんは写真中央
↑ホンジュラス・誇りと喜びにあふれた表情で堂々と写真に納まる貧困地域の女性たち

夏木:よく分かります。私もエチオピアで小田さんと同じ体験をしました。

エチオピアでは、貧困家庭の女性の多くがバラ園で働いています。彼女たちと話してみると、バラは“ただの農作物”という認識で、嗜好品として出荷されていることを知りませんでした。私が、バラが人の心を潤わしたり、慰めたりしてくれる素晴らしい花であることを伝えると、彼女たちの表情が明るく変化していったんです。

私は彼女たちに、誇りを持って仕事をしてもらいたい。バラを育てることが、みんなを幸せにする仕事であることをこれからも伝えていきます。

小田:女性たちが誇りを取り戻す瞬間を目の当たりにしたエピソードですね。

↑エチオピアのバラ園で働く女性達は子どもの頃に教育を受けられなかったため、字が読めません。仕分け作業をする際は、長さの異なるバラの絵が描かれた壁に収穫したバラを当てて長さを測ります

 

アートのチカラが新しい「行動」の原動力になる

夏木:「One of Loveプロジェクト」の一環として、11月28日に京都の清水寺で舞踏奉納『PLAY×PRAY』を行う予定です。このパフォーマンスを通して「One of Loveプロジェクト」を知り、途上国の現状に触れるきっかけにしていただければと考えています。

↑『PLAY×PRAY』は、夏木さんとパフォーマンス集団MNT(マリナツキテロワール)の舞踊と、清水寺・執事補 森清顕師の声明とのコラボレーションによる文化奉納

 

坂口:JICAでも、アートを媒介した国際協力ができると考えています。それはアートには「伝える力」「共感を呼び起こす力」があるからです。たとえば、いろいろなアーティストを開発現場にお招きして、技術移転の方法や、広報の仕方にアーティスト独自の視点・思考でアドバイスをしていただく。さらに、アーティストの皆さんが現地の情報や体験を日本に持ち帰り、発信することでより多くの人が国際協力に関心を持つ。そんな循環が生み出せればと。2019年に横浜で開催されたTICAD7(第7回アフリカ開発会議)の際に立ち上げたBon for Africaというイベントはまさにその好事例でした。そして次のTICAD8 (2022年8月チュニジアで開催予定)においてもこのような共感を呼び起こせるイベントができないかと考えているところです。

「BON for AFRICA」特設サイト
http://bon-africa.org/

日本舞踊を通した日本とアフリカの異文化交流の音楽映像作品「BON for AFRICA」
https://youtu.be/3r4P1S8i1yM

 

夏木:おもしろいアイデアですね! 「One of Loveプロジェクト」は、2年前に千駄ヶ谷小学校とエチオピアの小学校で生徒同士の絵の交換をしてもらうという取り組みをしました。絵のテーマは「お友達」。エチオピアの子ども達は色鉛筆を持っていないから、私たちが寄付した鉛筆で真っ黒な絵を描くんです。「お友達」というテーマに対して、牛を描いてくる子もいました。千駄ヶ谷小学校の校長先生は、生徒達が絵の交換を通して、その国の環境や習慣、価値観の違いを知る機会になったと喜んでくださいました。

↑右側下段がエチオピアの小学生の作品。「One of Loveプロジェクト」は、絵を通じた子どもたちの国際交流をサポート
↑絵に描かれたモチーフから、お互いの国の文化や生活の様子をうかがい知ることができます
↑夏木さんが千駄ヶ谷小学校を訪問。「今後も日本の子ども達が途上国の様子を知る機会になるような活動を続けていきたい」と話してくれました

小田:絵の交換の話はとても興味深いです。感性の違いにお互い驚いたでしょうね! 子どもの頃にそういった経験をすると、視野が広がっていくのではないでしょうか。私が今いる日本国内のJICAのオフィスでも、学校の生徒さんに来てもらい、海外協力隊の体験や開発途上国のことに触れてもらう機会をご提供しています。

坂口:音楽や踊り、美術などのアートを入り口にして国際協力に関心を持ってくださる方はたくさんいると思います。その入り口の灯りが消えないように、私たちも火を灯し続けていければいけません。

斉藤:ぼくはマリさんと一緒に海外を旅して、音楽や踊りでみんなが笑顔で時間を共有する体験をしました。そんなふうに、笑顔でみんなの日常や将来が充実していくよう、「One of Loveプロジェクト」を続けるのがぼくたちの宿命かな。

夏木:海外の支援をしていると、「日本も自然災害で毎年のように被害を受けているのに、どうして海外の支援を?」というご意見をいただくことがあります。でも、たとえば、自然災害の原因の一つには地球温暖化という課題があります。地球温暖化は、一国だけではなく世界中の国々が共に取り組むことで初めて改善できるもの。自分たちが大変な時こそ、問題の本質に目を向けて地球規模で考える視点を持てればいいですよね。

小田:お二人のお話から、なにか一つでも行動を起こして、動き続けることの大切さを感じました。
今日はありがとうございました。いつかぜひ、私たちの現場にも来てください!

↑斉藤さん・夏木さんのお話から多くの学びが得られました

 

■11月28日に夏木マリさんの京都・清水寺での舞台奉納をYouTubeにて配信!

「『One of Loveプロジェクト』の活動に対して賛同いただき、京都の清水寺で開催している舞踏奉納の『PLAY×PRAY』は、今年で8年目になります。アーティストたちの力を借りて、多くの人たちに『私たちは動いている』ということをお伝えしたいです」(夏木さん)

NATSUKI MARI FESTIVAL in KYOTO 2021『PLAY × PRAY』第八夜
■日時:2021年11月28日(日)20:45配信開始(21:00より奉納パフォーマンス)
■配信: 夏木マリ公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/c/marinatsukiofficialchannel

 

カゴメの“野菜のテーマパーク”、企業と地元を繋ぐ理想郷のような場所でした

生きものの力を借りた農業のモデルケースを目指す~カゴメ株式会社

 

トマトジュースやトマトケチャップでお馴染みのカゴメは、長野県・富士見町に「カゴメ野菜生活ファーム富士見」という“体験型野菜のテーマパーク”を2019年4月から運営しています。ここは単なる観光施設ではなく、「農業・工業・観光」の一体化をコンセプトとし、SDGsとも深く関わりを持っています。

 

ベースとなるのは3つの企業理念

同社はSDGsについてどんな考え方を持っているのでしょうか。

 

「SDGsの目標に向かって進めているというよりも、ベースになっているのは、当社の企業理念です」と話すのは、広報担当の堀江建一さんです。

↑経営企画室 広報グループ 堀江建一さん

 

「当社には“感謝”“自然”“開かれた企業”という3つの企業理念があります。創業以来、この企業理念を大切にしながら、トマトをはじめとした野菜、フルーツなど、自然の恵みを生かして事業を続けてきました。ですので、自然の恵みを生かした商品を活用しながら、いろいろな方の健康に貢献していきたいというのが根底にあります。

 

そのためには、高品質な原料を安定的に調達する必要が出てきますので、自然の保全や環境面への取り組みは、当社にとって優先度の高い課題と考え、活動してきました。さらに、食に関わる企業ですので、食に関する情報や、楽しい体験機会を提供することによって、食の大切さ、楽しさを伝えていきたいという思いもあります。例えば、1972年にスタートした『カゴメ劇場』。食の大切さや楽しさを伝えるミュージカルで、延べ364万人の観客をご招待しています(新型コロナに伴い2020年は同社 HPで動画配信、2021年はライブ配信を実施)」

↑カゴメオリジナルの子ども向け食育ミュージカル「カゴメ劇場」

 

「食」を通じて社会課題を解決

企業理念をベースに活動しているという同社は、「食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる」ということを2025年のありたい姿として掲げています。

 

「当社が取り組むべき社会課題と考えているのは、“健康寿命の延伸”“農業振興・地方創生”“世界の食糧問題”の3つです。例えば、日本の野菜不足の解消を目指し、2020年1月から『野菜をとろうキャンペーン』を開始しました。野菜需要を喚起し、野菜摂取量を増やすことで“健康寿命の延伸”に貢献できると考えています。また、“共助”という考え方も大切にしており、東日本復興支援活動として農業人の育成や、『みちのく未来基金』(2011年設立)という震災遺児への進学支援も行っています。

 

昨年2月には、北海道の農業生産法人との協働で、生たまねぎやたまねぎ加工品の製造・販売を行う会社を設立いたしました。北海道壮瞥(そうべつ)町にある廃校になった中学校の校舎や敷地を、たまねぎの貯蔵庫や選果場、加工場として活用しています。たまねぎも地元の農家から仕入れています。これはまさに、“農業振興・地方創生”だと思います。今後も“カゴメのありたい姿”に向かって、社会課題解決のための活動に注力していく姿勢に変わりはありません。活動をした結果、当社の事業活動と関連するようなSDGsにも貢献できればと考えています」

 

地域への恩返しから生まれた一大プロジェクト

こうしたカゴメの考えを体現した施設が、2019年、長野県諏訪市富士見町に誕生した“野菜のテーマパーク”「カゴメ野菜生活ファーム富士見」。もともとこの地域には、主力工場の一つ「カゴメ富士見工場」が1968年から操業していました。“長年お世話になってきた富士見町に何か恩返しがしたい”と常々考えていた同社は、工場に隣接する、水田だった10ヘクタールの遊休地を有効活用できないかと、2012年ごろから町民の方々や町役場と協議。当時の農業政策も後押しとなり、約6年の月日を経て開業したのです。

↑ファースハウスでは体験したいコンテンツの確認や予約が可能。レストランも併設されている

 

↑ファームハウス内にある直営ショップ

 

カゴメ野菜生活ファーム富士見では、旬の野菜の収穫を体験することができたり、地元で生産された新鮮な野菜をふんだんに使ったメニューが並ぶイタリアンレストランや直営ショップがあります。隣には、生食用の高リコピントマトを栽培する最先端の温室や野菜の露地栽培をする農園、そして見学もできるカゴメ富士見工場があります(現在休止中。野菜生活ファーム富士見にて360°VR映像によるバーチャル工場見学を実施)。

 

「それぞれが“観光”“農業”“工業”の役割を担い、お互いに連携し、協力をしながら野菜のテーマパークを運営しています」と話すのは、カゴメ野菜生活ファーム富士見の代表取締役である河津佳子さん。

↑カゴメ野菜生活ファーム富士見 代表取締役 河津佳子さん

 

「一般のお客様にとっては、ここは野菜のテーマパークですが、当社の活動の背景には、『食を通じて社会課題の解決に取り組み、持続的に成長できる強い企業になる』というありたい姿があります。同ファームは、社会課題を解決するための実践の場でもあるのです。

 

そもそも、農家の高齢化や後継者不足による遊休地問題が深刻化しているのを受け、地域の社会課題の解決に役立ちましたし、観光施設を作ることで地方創生にもつながりました。また、健康寿命の延伸に関しても、野菜の美味しさや楽しさを伝えることで、皆様の健康により貢献していくことになります」

 

生物多様性保全の取り組み

ファーム内ではどんなことが行われているのでしょうか。例えば、生物多様性保全の取り組みとしてあるのが、「生きものと共生する農場」。畑の周りに害虫の天敵が住み着くようにして、天敵に害虫を食べてもらうことで害虫を減らす農業を目指しています。

 

具体的には、ネズミを食べて退治するフクロウのための止まり木や、アオムシを食べるシジュウカラの巣箱、アブラムシを食べるてんとう虫や、クモ、トカゲの住処などを設置。一見、何かのアートのようにも見えますが、一つひとつに意味があるそうです。

↑イモムシの天敵であるドロバチが子育てに使う「竹筒マンション」

 

↑クモやトカゲの隠れ家となる「石づみハウス」

 

「何をどう設置するかは専門家と相談をして決めました。今年は新たにインセクトハウス(藁や枯れ枝、落ち葉、生活廃材を使った虫の巣箱)を設置しました。地元の小学生にも作っていただき、数か所に設置しています。

↑畑の数か所に設置されたインセクトハウス

 

昨年春に取り組みを開始したので、今はまだ多様な生物たちが住める環境を整えている段階ですが、戻りつつある生きものたちの姿を少しずつ確認できています。カゴメの商品は、自然の恵みをできるだけ損なわない、自然の恵みをそのまま生かすことを大切にしているので、自然環境の保全というのは、非常に大きな課題であると考えています。

 

さらに、クイズが書かれた看板を設置して、子どもたちが楽しみながら生物多様性の大切さを学ぶ機会作りを行うなど、こうした取り組みの重要性を多くの方に知っていただきつつ、天敵を活用した農法を農家の方たちに普及させることも目標にしています」(河津さん)

 

工場から排出される温水とCO2を活用

同施設内では、環境課題への取り組みも行われています。それが、隣の富士見工場から排出される温水とCO2の再利用です。同じく隣接している菜園では、年間を通して新鮮なトマトを収穫するため、大型の温室を使用しています。この温室の暖房用に工場から排出される温水を利用するとともに、CO2もトマトの光合成に有効利用。年間500tのトマトの生産に役立てているそうです。工場と農場が隣接しているからこそできる取り組みと言えるでしょう。

↑工場から隣接している菜園までパイプでつながれている

 

地域の人たちと二人三脚で

そして「地域に根差した施設になりたい」という思いも強く、それが随所に現れています。例えば、たくさんのひまわりで作られた“ひまわり迷路”。毎年6月には、地元の小学生や保育園、社会福祉施設のご高齢者や障がい者など、総勢100名以上で約2万粒の種を蒔くそうです。

↑地元の人たちと作る「ひまわり迷路」。子どもたちにとっても一生の思い出になりそう

 

「収穫体験用の畑に手書きの看板が30ぐらい設置されているのですが、実は、小学生たちがお礼として作ってくれた野菜クイズの看板なのです。小学生たちにとって、楽しみな行事になっているようですし、今後も子どもたちの成長に合わせ、さまざまなことにチャレンジしたいと思います」

 

また、農福連携にも力をいれているそうです。

 

「カゴメの夏限定のトマトジュースに使用する加工用のトマトを収穫するのに、地域の高齢者や障害をお持ちの方たちにお手伝いいただいています。今年も出来高で1.3t、約1万5000個を工場に出荷しました。人手が必要な私たちにとってはありがたいことですし、ご高齢の方たちにもやりがいを感じていただいています」

 

地域の人たちにとっても今やファームは欠かせない存在になっているようです。

↑周囲は八ヶ岳など広大な自然が広がっている

 

「富士見町には八ヶ岳の雄大な自然や富士見パノラマリゾート、富士見高原リゾートのような観光施設もあり、美味しい食材もたくさんあります。そして当施設においては、ブランド力や健康に関する知見、観光、農場、カゴメ富士見工場という物づくりの現場があります。野菜生活ファーム単独ではできることには限界があるので、行政や学校、近隣の観光施設などと協力し、それぞれの強みを合わせることで、さらに地域の発展に貢献できたらいいですね」(河津さん)

 

 

 

若い世代の4割は「気候変動のために子どもを持ちたくない」ことが判明

9月中旬、英デイリーメール紙が、気候変動に関する研究についての記事を掲載しました。10か国で計1万人の若者を対象に調査を行なったこの論文によると、うち4割が「気候変動を理由に、子どもを持ちたくない」と答えたとのこと。気候変動が若い世代に暗い影響を及ぼしているようです。

↑「THERE IS NO PLANET B」(プランBもプラネットBもない)というプラカードを持って、政府に迅速な行動を求める若者たち。「PLANET」は「PLAN」(計画)と「PLANET」(惑星〔地球を指す〕)の掛け詞

 

サステナビリティをテーマにしたオープンアクセスジャーナル『Lancet Planetary Health』での掲載に向けて査読が行われているこの研究は、気候変動をテーマに、心理学・児童メンタルヘルス、気候不安といった分野の専門家11人が行いました。イギリス、フィンランド、フランス、アメリカ、オーストラリア、ポルトガル、ブラジル、インド、フィリピン、ナイジェリアの各国で、16~25歳の若者各1000人(計1万人)にアンケート調査を実施。

 

その結果、全体の約6割が、気候変動に対して「極度に心配している」「非常に心配している」と答えていました。「そこそこ心配している」と答えた人も含めると、全体の84%が「気候変動が心配である」と考えているのです。

 

また、気候変動を理由に「未来は恐ろしい」と考える人の割合が75%に上りました。国別にみると、フィリピンが最も高く、92%が「恐ろしい」と回答。ほかにはブラジルで86%、ポルトガルで81%が同様に述べていました。

 

さらに「将来、子どもを持つことをためらう」と答えた人は全体の39%。ブラジルでは48%、フィリピンでは47%と、半数近くがそのように思っていました。気候変動のため未来に希望を持てない若者が多い模様です。

 

このままでは、お先真っ暗

気候変動における政府の対応について、回答者の65%が「若者を裏切っている」と述べており、さらに「取り組みの影響について嘘をついている」と答えた人が64%いました。否定的な考えが多数を占める結果。

 

「自分、地球、未来の子どもたちを守ってくれると思う」という意見は33%にとどまり、「政府は信用できる」という意見も31%という低い結果に終わりました。今回調査の対象となった国には、イギリス、フィンランド、フランスなど、地球環境への意識が高い国が含まれていますが、それらの国でも若者の間では、政府の対応に不満を持っている人が多数を占めているようです。

 

これらの結果は、若い世代で気候変動に対する恐怖や危機感が広がっており、その不安は政府の対応に結びついている可能性があるということを示しています。政府の対応が不十分であったり不誠実であったりすると、若者は自分たちが裏切られたと感じることがあり、それに対するストレスや不安が増大しているようです。

 

この調査を行った専門家たちは、このようなストレスは健康にも影響を及ぼしかねないため、研究を進めると同時に、政府の誠実な対応も必要だと指摘しています。

 

【出典】Marks, Elizabeth and Hickman, Caroline and Pihkala, Panu and Clayton, Susan and Lewandowski, Eric R. and Mayall, Elouise E. and Wray, Britt and Mellor, Catriona and van Susteren, Lise, Young People’s Voices on Climate Anxiety, Government Betrayal and Moral Injury: A Global Phenomenon. Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=3918955 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.3918955

10月9日、10 日開催決定!「グローバルフェスタJAPAN2021」:「多様性あふれる世界」について考えてみませんか?【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は10月9日(土)、10日(日)の2日間の日程で開催される「グローバルフェスタJAPAN2021」でJICAが主催するイベントについて紹介します。

30周年を迎える国内最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2021」の今年のテーマは、「多様性あふれる世界 〜思い描く未来を語ろう〜」。

国際協力にかかわる政府機関、NGO、企業などがさまざまな取り組みを紹介するこのグローバルフェスタJAPAN。JICAは今回、藤本美貴さん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、優木まおみさんら、多彩なゲストとともに、途上国の食や栄養、ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメント、Z世代と考える途上国でのビジネスチャンスについて、トークショーや参加型ワークショップを実施します。

藤本美貴さん(左)、教育YouTuberとして人気の葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)など、多彩なゲストが出演します

 

今年はオンライン&会場のハイブリット形式で開催

昨年は新型コロナの影響で中止となってしまった「グローバルフェスタJAPAN」ですが、今年はオンラインと会場(東京国際フォーラム ホールE2)での2つの参加形式から選べるハイブリット型で開催。オンラインも会場での参加もすべてのイベントが参加無料です。

東京国際フォーラムへはこちら
https://www.t-i-forum.co.jp/access/access/

オープニングには、なんと人気抜群のお笑い芸人、ミルクボーイが登場!元サッカー日本代表の中村憲剛さんによるトークショーなど、楽しく国際協力について学べる2日間です。

ミルクボーイ(左)と元サッカー日本代表の中村憲剛さん(右)も登場

公式プログラムはこちらから
グローバルフェスタ2021公式サイト

そんな盛りだくさんのプログラムからJICAが主催するイベントを紹介しましょう!

 

藤本美貴さんと世界の食や栄養の課題について考えよう

■10月9日/11時15分~
「みんなの栄養」を覗いてみよう!~世界の学校給食から見える未来~

会場:東京国際フォーラム ホールE2
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/BrXKQWVrmow


J-WAVEナビゲーターのnicoさんがMCを務め、タレントで3児のママでもある藤本美貴さんと途上国の学校給食の現場を通して、世界の子どもたちの食や栄養に関する課題について考えます。

世界では8億人が飢餓に苦しみ、20億人が肥満であると言われています。世界の栄養課題の現状や、途上国におけるJICAの学校給食を通じた取り組みを、JICA国際協力専門員の野村真利香さんに聞きます。

マダガスカルの小学校で給食を楽しむ子どもたち

 

未来を担うZ世代と探る途上国でのビジネスチャンス

■10月9日/14時15分~
イノベーションで世界の課題を解決! Z世代と考える途上国の可能性

※YouTubeライブ配信によるオンライン開催のみ
 
視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/zeWE194Oli0
 
Z世代とは、1990年代後半から2000年代前半に生まれた世代で、デジタル機器の扱いにも慣れたデジタルネイティブとも呼ばれています。そんな若者たちと革新的な発想で途上国の社会課題を解決していく道筋を一緒に見つけていきませんか!

SDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さんやJICAアフリカ部次長・若林基治さんはじめ、日米で活躍する起業家らと一緒に、リアルな現場の声を聞きながら、世界の課題解決を図るビジネスに向けたヒントが得られるかも?

MCを務めるSDGs専門メディア「SDGs Connect」編集長の小澤健祐さん(左)のほか、日本企業のアフリカ事業展開や進出支援を手掛ける株式会社SKYAH CEO、ガーナNGO法人MYDREAM.org共同代表・原ゆかりさん(中央)や、日本で4社、シリコンバレーで1社を起業した株式会社ユニコーンファーム代表取締役社長・田所雅之さん(右)らが参加します

 

中高生の皆さん限定! JICA海外協力隊員が体験した世界について聞いてみよう

■10月10日/10時30分~
【中高生対象ワークショップ】多様性あふれる世界を目指そう-JICA海外協力隊が見た世界-

※Zoomによるオンライン開催のみ
※先着順・定員制。事前申し込みが必要です

申し込み先
https://www.jica.go.jp/hiroba/information/event/2021/211010_01.html

世界各国の途上国で約2年間、現地の人々と一緒にさまざまな課題に取り組んだ3人のJICA海外協力隊が中高生のみなさんに体験談を話します。

「派遣国で経験した様々な違いや、価値観を揺さぶられた時の体験を共有します。楽しみながら多様性あふれる世界について考えてみましょう!」と言うのは、モンゴルでの経験を語ってくれる岡山萌美さん。現在、JICA地球ひろばで地球案内人を務めています。

そのほか、ウズベキスタンで青少年活動に携わった鈴木早希さん、ザンビアに体育隊員として派遣された野﨑雅貴さんのお二人にも、どんな活動をしていたのか伺います。見逃しなく!

JICA海外協力隊の活動の様子。ザンビアの中高生にサッカーを指導(左)、ウズベキスタンの学校では書道の体験クラスを実施(右)

 

女性や女の子が自分らしく輝ける世界を目指そう

■10月10日/14時~
「多様性あふれる世界」とは? 国際ガールズ・デーの機に考えてみた。

会場:東京国際フォーラム ホールE2

視聴用URL:(イベント終了後にアーカイブ動画も視聴できます)
https://youtu.be/_yBUeSGpVDo

10月11日は、国連が定めた「国際ガールズ・デー」。男の子に比べて不就学率が高く、若年での強制的な結婚や、貧困などの困難な状況下、自分の想いや夢を描けない世界中の女の子たちを力づけようと2012年に制定されました。

女の子だからというだけで学ぶ機会を奪われてしまうという現実が途上国にはまだ存在していることを知っていますか? そんな国の一つがパキスタンです。

今回、遠くパキスタンからオンラインで参加するのが、現地で約12年間にわたり子どもや若者の学びに携わってきたJICA大橋知穂専門家です。ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさん、教育YouTuberとして人気の葉一さん、教員免許を持つタレントの優木まおみさんと一緒に、女の子と男の子も関係なく、いつでも、どこでも、誰でも、学ぶことができる世界について、想いを語ります。

MCを務めるジェンダーやダイバーシティ関連の公職にも就任しているジャーナリストの治部れんげさん(左)、登録者数156万人を誇る人気教育YouTuberの葉一さん(中央)、優木まおみさん(右)

 
JICAは、パキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できるよう「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。そんなノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所、公立学校、働く場所など様々な場所で行われています

 

デジタル・ネイティブ世代には当たり前! 英国で大人気の「グリーン・フィンテック」とは?

金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」が世界中で発展しています。近年ではスマートフォン決済や仮想通貨、投資ツールなど、さまざまなものが生み出されてきましたが、最近、英国ではフィンテックに「環境保護への貢献」という要素を加えた「グリーン・フィンテック」が登場し、デジタル・ネイティブ世代を中心に支持を集めています。どのような特徴があるのでしょうか?

↑サステナブル時代のマネー管理術

 

英国はサステナビリティーや環境保護活動、関連するチャリティ活動がとても盛んな国です。マイ容器を持ち寄って食品や日用品を量り売りする「ゼロ・プラスチック・ショップ」が人気を集めていたり、20~30代ではヴィーガンやプラントベースなどのライフスタイルが定着しつつあったり。このようなトレンドは単なるファッションやダイエットのためだけではなく、その根底には環境保護の精神があります。

 

当然そこには、2015年に国連サミットで採択されたSDGs(=持続可能な開発目標)の影響が見られます。これにより、気候変動は企業や工場だけに責任があるのではなく、肉食やプラスチック製品の利用など、消費者のライフスタイルもCO2排出量や温暖化につながっていることが、より広く知られるようになりました。SDGsは学校のカリキュラムにも導入され、「お金を使うなら、エコにつながるものを無理なく自然に」という考え方は若い世代を中心に浸透しています。

 

1990年代以降に生まれたデジタル・ネイティブ世代は、経済的に見ると、実店舗を持たないデジタル銀行やフィンテック・サービスに早くから親しみ、スマホを使った手軽で便利な取り引きを好むのが特徴です。2016年にクラウドファンディングを通じて、わずか96秒で100万ポンド(約1億5200万円※)を調達したオンライン銀行のモンゾ(Monzo)は、デジタル・ネイティブを取り込んだ典型的なビジネスケースで、住所証明なしで口座開設できる手軽さやアプリで完結できる仕組みが人気。この世代では、エコ感覚を重視しながら、スマホを軸としたフィンテックを活用するという生活様式が主流になりつつあります。

※1ポンド=約152円で換算(2021年9月13日時点)

 

このような背景から注目を集めているのが、環境保護への貢献とスマホ機能の利便性を併せ持つグリーン・フィンテックです。この分野には、個人ユーザーが企業の環境ガス排出量を比較し、より環境に配慮した投資ができる英国初のグリーン投資アプリ「スギ(SUGI)」や、2017年にペーパーレスのモバイル専用当座預金口座を導入し、2021年に再生プラスチックを75%使用したデビットカードの配布を始めた「スターリング銀行(Starling Bank)」が存在します。

 

なかでも注目は、2021年4月に本格始動したアプリ連動型のデビットカード・サービス「トレッド」(Tred)。株式投資型クラウドファンディング「クラウドキューブ」で数多くの人から支持を得ることに成功した同社は、モンゾに及ばないものの、わずか90分で目標額の40万ポンド(約6100万円)を獲得し、計100万ポンド以上を調達するなど、好調なスタートを切ったのです。

 

消費活動をCO2排出量に換算

↑このパイナップルの二酸化炭素排出量は……

 

デビットカードとアプリが連動したトレッドは、ユーザーの消費活動をCO2排出量に置き換えて、アプリで表示してくれる英国初のサービスです。トレッドは「自分の買い物=CO2排出量」とし、消費行動を「食料品」や「移動費」などにカテゴリー化。買い物データを分析し、自分のライフスタイルの何が気候変動に最も影響を与えているかを、わかりやすい形で見える化してくれる仕組みです。

 

例えば、ユーザーがレストランでの食事代や交通費、スポーツジム会費などの支払いをすると、アプリ上にそれぞれのCO2排出量が表示されます。電車とタクシーではCO2排出量に大きな差が出ることや、牛乳とオートミルク(植物由来のミルク)におけるCO2排出量の違いなどがひと目でわかります。また、毎月の消費傾向とエコ度もカラフルなグラフで表示されるので、それをもとに買い物の内容を変えて、CO2排出量を減らすということも可能。

 

さらにトレッドでは、炭素回収プロジェクトを行う他社のサブスクリプションにアプリ経由で参加すれば、植林を通じて自分のCO2排出量を相殺できるようになっています。このプログラムは手数料がかかりますが、固定制ではありません。自分が相殺したCO2排出量によって手数料が月々変動するため、この仕組みはユーザーにとって、より一層エコなライフスタイルを目指すためのインセンティブになっているようです。

 

トレッドのデビットカード自体もリサイクルされた海洋プラスチックで作られているなど、創業者の思いがあちこちで感じられます。トレッドは、2021年4月22日の世界アースデイにロンドン夕刊紙のイブニング・スタンダードで「アースデイに取り入れたいおすすめ12選」に選ばれました。

↑トレッド創業者の2人は名門ダラム大学時代からのビジネスパートナー

 

集団で行われる自然保護活動に参加しなくても、個人がグリーン・フィンテックを活用し、日常生活における小さな選択や行動を変えることで、環境に与える影響を軽減する。サステナビリティに対する取り組み方には、このような選択肢もあります。デジタル・ネイティブ世代以外の人にとっても、やってみる価値はあるでしょう。

 

執筆者/ネモ・ロバーツ

緑の木が1本あれば、熱帯夜は1.4度も涼しくなる! 米大学の研究

「木はたくさんあればあるほど、より涼しくなる」と思う人は少なくないかもしれません。確かに森林は暑さを和らげますよね。しかし、先日アメリカで発表された論文によると、1本だけで植えられている木でも、夜間の熱を抑えるのに役立つことがわかりました。

アメリカン大学の研究チームは、米国の首都ワシントンD.C.の異なる地域で、2018年夏のある1日の気温データを7万点以上収集し、分析しました。その中には、木に覆われている舗装された道や未舗装道路、木が植えられている公園などで測定された気温が含まれています。

 

その結果、独立した木が天蓋のようになり、測定地点の半分以上を覆っている場合、木がまったくない地点に比べて、夜間の気温が1.4℃低いことがわかりました。また、木で覆われている部分が測定地点の約20%という場所でも、木がない地点と比べて気温が低いうえ、夜明け前の時間帯でも比較的に涼しいことが判明。平均すると、単体で植えられている木の冷却効果は日没後か午後6時〜7時頃に現れ、夜間まで続く模様です。

 

木陰の冷却効果は以前から知られており、例えば、日本の環境省にその仕組みを説明しているサイトがあります。それによれば、日向と木陰では、後者のほうが気温が低いと思われがちですが、実際には両者の気温はほぼ同じ。それがなぜ、木陰のほうが涼しく感じられるかといえば、その原因は路面から放出される熱にあるといいます。日向で気温が30℃の場合、木陰でも気温は同じく30℃ですが、日向にあるアスファルトの路面の温度は約50℃になるのに対して、木陰の路面はおよそ32℃と低いのです。また、気温30℃の晴れた日でも、日向の体感温度は40℃ほどになりますが、木陰なら太陽の光が遮られ、しかも路面からの照り返しが大幅に減ることで、日向に比べて体感温度は7℃ほど低くなることもあるとのことです。

 

しかし、上記のように体感温度と気温は別のもの。なぜ葉が茂った木が1本あるだけで夜間の気温が1.4℃も下がるのかを説明するためには、別の理由が必要かもしれません。

 

いずれにしても、近年、日本だけでなく世界中で夏の暑さが厳しくなり、都市部ではヒートアイランド現象が起きています。大きな都市では広い公園が少なく、1本だけで(または周りにある木から離れて)植えられている木も多いでしょう。だからこそ、今回明らかになった木の冷却効果がヒートアイランド減少対策に役立つ、と同研究チームの助教授は述べています。

 

【出典】Michael Alonzo et al. 2021. Spatial configuration and time of day impact the magnitude of urban tree canopy cooling. Environmental Research Letters. 16 084028. 

元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん、ブラインドサッカー®の魅力を再発見! 障害、出身、言語など違いがあっても全員がフェアなスポーツの力で社会を変える

↑子どもたちを指導する元サッカー日本代表・巻 誠一郎さん

パラリンピック正式種目の「5人制サッカー」をご存じですか?

5人制サッカーの別名は、「ブラインドサッカー」。視覚障害者が中心となって行う競技で、相手ゴールにボールを入れて得点するというルールはサッカーと同じです。大きく異なるのは、アイマスクで視界を遮り完全に見えない状態にすること。音の鳴るボールや、案内役(ガイド)の声などの“音”を頼りにプレーします。

このブラインドサッカーをテーマに、JICAとWEB漫画サイトの「コミチ」が協同で企画した漫画コンペで最優秀賞受賞作品として輝いたのが『エブリシング イズ グッド!』。パラリンピックの開催を機に、視覚障害がある方も同様に楽しめるように音声解説付きのコミック動画になりました。

このコミック動画の完成を機に、盲学校の先生として動画に登場するJICA国際協力推進員の羽立大介さんと、元サッカー日本代表で、現在は、障害者支援の活動に奔走する巻 誠一郎さんの対談が実現しました! スポーツを通じて「多様な人を受け入れる社会」をつくりたい――。そんな共通の想いを持つ二人が熱いトークを繰り広げます。

<作品紹介>
『エブリシング イズ グッド!』作:いぬパパ

▼音声解説付きのコミック動画はこちらから

▼原作漫画はこちらから

<この方にお話をうかがいました!>


巻 誠一郎(まき・せいいちろう)
2006年サッカーW杯日本代表。2018年に現役引退し、少年サッカースクールで指導者を務めるほか、放課後等デイサービスセンター事業、就労継続支援A型施設(障害者の農業就労支援)の開設などに携わる。2019年には、JICAインドネシア事務所と共に、インドネシアの震災復興支援にかかわった(https://www.jica.go.jp/topics/2019/20191017_01.html)。現在は、「障害×アート」で、行政や支援に頼らない仕組みづくりを進めるなど、地元の熊本を拠点に社会貢献活動に尽力している。
巻さんが代表を務める「NPO法人ユアアクション」(https://youraction.or.jp/

羽立大介(はだて・だいすけ)
大学卒業後、重度の知的障害を有する人の入所施設で生活支援員として勤務。2018年~2020年、JICA海外協力隊の障害児者支援隊員として西アフリカのガーナ共和国に赴任。配属先の盲学校ではICTや体育の教員として活動しながら、ブラインドサッカーの指導普及に取り組む。2020年7月からは、地元の広島県で、JICAの国際協力推進員として活動中。

 

↑今回の対談はオンラインで実施しました

視力に違いがあっても全員がフェア! ブラインドサッカー®のルールで障害によるギャップを埋める

巻 誠一郎さん(以下、巻):『エブリシング イズ グッド!』を拝見しました! ガーナの溶接業者にゴールポストの製作を依頼するところから始めた活動が、ブラインドサッカーの上達によって子どもたちの自己肯定感を高める結果につながったというのが素晴らしいですね。羽立さんは、そもそもどうしてガーナへ行かれていたのですか?

羽立大介さん(以下、羽立):ぼくがガーナへ渡ったのは、JICAの海外協力隊に応募して合格したからなんです。当時、大学で取った社会科の教員免許を生かして教職に就くことを考えていました。でもその前に、教科書に載っている途上国の様子を自分の目で見たかった。大切なことは、自分の経験を通して生徒に伝えたかったんです。

赴任した盲学校には、全盲(※1)と弱視(※2)の子が通っていて、ぼくは教員として主に体育の授業を受け持っていました。赴任後、さまざまな生徒たちを観察するうちに、全盲と弱視の子に活躍の差があることに気づき始めたんです。

※1:「全盲」視力がまったくなく、目が見えない状態
※2:「弱視」なんらかの原因で視力の発達が妨げられ、眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても視力が十分に出ない状態。視力の弱さや見えにくさは人により異なる

巻:それはどのような差ですか?

羽立:クラスで中心的な役割を担ったり、スポーツ大会で目立ったりするのは弱視の子。全盲の子は活躍する弱視の子の後ろで常に控えめにしています。「障害の軽重により生まれるギャップを埋めることはできないだろうか……」と考え、始めたのが放課後のブラインドサッカークラブでした。

↑『エブリシング イズ グッド!』に登場する、ブラインドサッカークラブ初期メンバーの2人。右の男の子がダニエルくん

巻:そのような経緯だったのですね。たしかに視力に違いがあっても、ブラインドサッカーのルール上は全員フェアになる。

羽立:そうなんです。ブラインドサッカーは、ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤーは全員アイマスクを着用して視界を閉ざします。その分、ボールから鳴る「シャカシャカ」という音や、ボールの位置を教えたり選手の動きを指示したりするガイドの声を頼りにプレーするので、競技を進めるうえでの条件が統一されるんです(※3)。

※3:国際大会でアイマスクを着用する意図は、参加対象であるB1クラスには、全盲から光覚障害までの人がいるので、条件を統一するため。日本の国内大会のローカルルールでは視力に障害のない晴眼者もアイマスクをすれば参加が可能

 

子どもたちの潜在的な能力を引き出し、社会で必要とされるマナーを学ぶことができるのがスポーツ

巻:ブラインドサッカーに挑戦させるというのはグッドアイデアですね。でも、ぼくも海外でプレーしていたのでよく分かるのですが、言語や文化、コミュニケーションの取り方が違うなかで子どもたちと信頼関係を構築するのは難しかったのではないでしょうか?

羽立:最初のうちは、正直、生徒たちとのコミュニケーションに戸惑いました。でも、ガーナはサッカー人気が高いですし、ぼく自身も小学校から大学までサッカーをしていたんです。ブラインドサッカーの経験もあります。サッカーボールを使えば生徒と仲良くなれるかもしれない、という期待も込めてチャレンジしました。

巻:そうですね。サッカーは言葉を必要としない、一つのコミュニケーションだと思います。子どもって、ボールをパスするとこちらの足元に返してくれる。羽立さんは、そうやって少しずつ心を通わせて信頼関係を築かれたのでしょうね。

ぼくも、障害がある子どもたちと接するなかで「自分は障害があるからできない」と心を閉ざしてしまう様子をしばしば見かけました。でも、周囲と条件がそろい、対等になることで一歩を踏み出し成長が始まります。子どもたちには実際にどのような成長を感じましたか?

羽立:大きな成長の一つは、時間を守るようになったことです。生徒たちは、クラブ活動の開始時間を1時間、2時間と遅刻していたんです。「時間を守ろう」と口を酸っぱくして言い続けたり、時には練習を中止にしたりもしました。

すると、半年も経つ頃には、開始時間の10分前にはみんな集合して、ぼくを迎えに来るまでに改善されたんです。子どもたちは、「時間をしっかりと守れば思い切りブラインドサッカーを楽しめる」ということを学んだんだと思います。

↑ブラインドサッカーの試合の様子。子どもたちは日替わりでリーダー役を担うことで自主性が養われていったという

巻:スポーツの根本は楽しむこと。楽しむためのルールや相手へのリスペクトがなくては成り立ちません。スポーツは社会の縮図だと思いますし、社会とのつながりを持つために効果的な手段だと思います。

羽立:漫画に出てくる中学生のダニエルは、内気な性格で、ボールの扱いも上手とはいえませんでした。しかし、次第にクラブへの参加者が増えてくると、彼は参加者のまとめ役として活躍し始めたんです。ブラインドサッカーは、ダニエルのリーダーとしてのすぐれた資質を引き出してくれたと思います。

 

地元を襲った熊本地震で、「災害時に取り残されがちなのは“社会的弱者”」であることを痛感

羽立:巻さんは、これまでさまざまな障害者支援のご活動をされていますが、何がきっかけで始められたのですか?

巻:ぼくの地元の熊本県では、2016年に震度7の大規模な地震が発生しました。街は壊滅的な状態となり、多くの人が避難所での生活を強いられることになります。ぼくは、「何かできることはないか」と、3カ月をかけて、避難所となっていた小・中・高校、幼稚園、保育園など約300カ所を回りました。支援物資を届けたり、一緒にサッカーをしたりして被災者の生活や心をサポートする取り組みをしていたんです。

↑熊本地震の発災から3カ月間、毎日5~6カ所の避難所を訪問。自らの目で見て、被災者の声を聞き、必要とされる支援物資の調達と配送を行ったという。巻さんをサポートしようと、個人、法人など多くの協力者が続々と集まり、24時間体制の支援活動が実現していった

羽立:熊本地震のことはよく覚えています。テレビのニュースで甚大な被害の様子を見ていました。

巻:あるとき、避難所となっていた学校で数百人が集まるサッカーイベントを開催しました。イベント終了後、子どもたちは帰宅していきます。でも、いつまで経っても校庭に残る一人の子どもがいたんです。話を聞いてみると福祉施設で生活する子どもだった。親から虐待を受けて預けられていたのだそうです。ぼくはその時の、誰にも迎えに来てもらえず校庭にポツンと佇む子どもの姿が忘れられませんでした。

引き続き被災地を巡るうちに、自然と、ご高齢の方や障害がある子ども、施設の子どもたちといった、いわゆる“社会的弱者”と呼ばれる人たちに目が向くようになりました。被災者の置かれるさまざまな状況を見るうちに、「災害時に取り残されがちなのは彼らなのではないか」と考えるようになったんです。

状況の改善策を練るために情報収集をしていると、なかでも障害がある子を取り巻く環境に課題を感じるようになり、その後の活動につながっていきました。

↑巻さんが事業に参画していた放課後等デイサービスセンター「果実の木」(熊本市)で、子どもたちに講演会をしている様子

 

↑熊本県のトマト農家と提携して障害者の就労支援を実施していた際の、作付け作業の様子。農業と福祉の連携により、農家の高齢化という課題に取り組んでいる

 

誰もが自分の仕事に誇りを持って生き生きと働くためのサスティナブルな仕組みづくり

羽立:巻さんは、子どもだけではなく、障害がある大人に対する就労サポートもされていたのですよね。ガーナは、大学を卒業しても希望の職には就けない就職難です。障害がある人にとってはそれ以上に厳しい環境で、車いすで生活する人が物乞いをしている姿を見かけたこともありました。

でも、ぼくの住んでいた地域には、「困った人がいたら助ける」というキリスト教やイスラム教の教えが根付いて、四肢不自由な人も楽しそうに暮らしていたのが印象的です。一方で、障害の種類によっては、障害からくる行動などに対して理解が追い付いていない現実もありました。例えば、知的障害者に対する健常者の心無い態度には改善が必要だと感じています。

巻:日本も、障害者は職に就けても単純作業に偏りがちで、必ずしも希望する仕事に就けているとはいえません。しかし、どんな仕事であれ、成果が目に見えて、自分の仕事に誇りを持てることが大切だと思っているんです。

日本は、バリアフリーな社会を作ろうと障害者を手厚くサポートする一方で、その支援が障害者を囲い込み、フラットな社会へ出にくくしているという課題があるようにも感じています。障害は“個性”です。その個性を最大限に生かせる環境づくりや、自分のやりたい仕事に就けるような仕組みづくりが必要ではないでしょうか。

実はいま、障害がある子どもたちの絵と、プロのアーティストの絵をコラボさせた作品を手軽に鑑賞できるサービスを作っているところなんです。「障害児の絵だから買おう」ではなく、作品としての魅力に引かれてお金を出してもらう仕組みにするつもりです。

↑「子どもって、絵を描き始めるとすごく独創的で手法もさまざま! 子どもたちが何にもとらわれずに絵を描いている姿を見て、“障害×アート”のプロジェクトを思いついたんです」(巻さん)

羽立:すごくおもしろそうですね。巻さんがおっしゃるように、障害がある人が描いたから買おうというモチベーションは、サスティナブルではないと思います。

 

障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れる社会に――。そのきっかけを作るのがスポーツ

羽立:今日は、福祉からスポーツの話題まで、幅広くお話しできてとても勉強になりました。
目の見えない状態でのプレーは、周りの人を信じて身を委ねる信頼関係とコミュニケーションが必要です。ブラインドサッカーは、障害者にスポーツの選択肢を与えてくれる競技ですが、それ以上に信頼関係を醸成してくれる。巻さんとお話をするなかで、改めてそのことを確認できました。

巻:ぼくたちの携わっているチームスポーツは、一つひとつのプレーに責任を持たないと成り立たちません。社会に出て自由が増えるなかでも、自由に対して責任を持つことが重要です。ぼく自身、サッカーを通して責任を持つことの大切さを学びました。障害のあり・なしにかかわらず、スポーツに参加することが多くの人にとって学びの機会となることを願っています。

↑羽立さんは、赴任先の盲学校だけではなく、地域の普通学校でもブラインドサッカーの体験会を実施していた

羽立:そうですね。『エブリシング イズ グッド!』をたくさんの方にご覧いただき、ブラインドサッカーをはじめとするスポーツが、障害、出身、言語など違いがある多様な人々を受け入れるきっかけ作りをしていることを伝えていきたいと思います。

巻:そうですね。これからもお互いに頑張りましょう!

↑クラブに所属する生徒たちと羽立さん。「ガーナでの経験を生かし、“スポーツ×国際協力”で多くの人に日本と世界とのつながりを伝えていきたいと思います」と締めくくった

『エブリシング イズ グッド!』音声解説付きのコミック動画
日本語版
https://www.youtube.com/watch?v=43AE-o-vA9o

英語版
https://www.youtube.com/watch?v=8c-fk63Myj8

 

大量発生の報道から1年。「サバクトビバッタ」が浮き彫りにした日本の食糧問題

年々増えている世界の飢餓人口

「何億人もの子どもと大人に長期的な影響を与える世界的な食糧危機が差し迫っている」

 

2020年6月、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界中に向けて、こんなメッセージを発信したことをご存じだろうか。食糧危機、飢饉、飢餓などと聞いて、あなたは「アフリカなど遠い国の出来事」と感じてはいないだろうか。「自分には関係のない話、小銭をもってコンビニに行けば、食べものはいつでも買える」とタカを括ってはいないだろうか。

 

そもそも「飢餓」とは何だろうか。それは長期間にわたり十分に食べられず、栄養不足となり、生存と社会的な生活が困難になっている状態のこと。国連のレポート「世界の食料安全保障と栄養の現状」(2020年版)によると、2019年に飢餓に陥った人は、世界全体で約6億9000万人。2018年から1000万人、過去5年で6 000万人近くの増加となった。飢餓人口は年々増えているのである。

 

飢餓には「突発的な飢饉」と「慢性的な飢餓」がある。「突発的な飢饉」は、干ばつ、洪水といった自然災害、紛争など突発的な原因で発生する。近年は気候変動の影響で雨の降り方が変わり、「突発的な飢饉」は発生しやすくなっている。一方の「慢性的な飢餓」は、農業の生産性が低い、賃金が低くて食料が買えない、貿易の仕組みの不公正などによって起きる構造的な問題だ。飢餓人口の割合を見ると、アフリカ地域で人口の19.1%が栄養不足に陥っており、アジア地域は8.3%、ラテンアメリカ・カリブ海地域7.4%となっている。

 

【著者プロフィール】

橋本淳司

水ジャーナリスト、アクアスフィア・水教育研究所代表、武蔵野大学客員教授。水問題やその解決方法を調査研究し、さまざまなメディアで発信している。近著に『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『水がなくなる日』(産業編集センター)、『通読できてよくわかる水の科学』(ベレ出版)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)など。「Yahoo!ニュース 個人 オーサーアワード2019」受賞。

 

およそ2100万人分の1年間相当の食糧がバッタに食べられた

2020年に起こった「突発的な飢饉」の要因の1つがサバクトビバッタである。バッタの群れは強風が吹くような音とともに出現する。黒い塊が畑を目がけて近づき、あっという間に作物を食べ始め、10分後には何も残らない。サバクトビバッタの体長5cmほど。群れは成虫4000万匹から構成され、その面積は1平方キロメートルにおよぶ。

 

サバクトビバッタによる蝗害(こうがい)は旧約聖書(「出エジプト記」)にも登場する。イスラエル人が、かつて古代エジプトで奴隷状態にあった時代、神がイスラエル人を救出するために、エジプトにもたらした「十の災い」の7番目が「蝗を放つ」だ。

 

“明日いなごの大群を送る。国中がいなごで覆われ、地面を見ることさえできなくなる。雹の害を免れた作物も、今度ばかりは助からない――”

 

聖書の記述は現実のものとなった。アフリカから南アジアにかけてサバクトビバッタが大発生し、まさに「国中がいなごで覆われ、地面を見ることさえできなく」なったのだ。ケニアでは過去70年間で最悪、インドでも30年ぶりといわれる大規模発生で、深刻な農業被害、食糧不足をもたらした。国連食糧農業機関(FAO)は「アフリカの角(インド洋と紅海に向かって角の様に突き出たアフリカ大陸東部の呼称でエチオピア、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ケニアの各国が含まれる地域)の2020年度の被害は300万トンの穀物(9.4億ドル相当)で2100万人の1年分の食糧に当たる」と報告している。(https://news.un.org/en/story/2021/01/1082512

 

なぜバッタは大量発生したのか       

果たしてサバクトビバッタの被害を予防する解決策はあるのだろうか。サバクトビバッタについて訊くなら、この人しかいないだろう。国際農林水産業研究センター(国際農研)主任研究員の前野ウルド浩太郎さんだ。『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書/中央公論新社主催「新書大賞2018」)などの著者としても知られるバッタ研究の第一人者である。

 

そもそもサバクトビバッタとはどんな生態を持っているのか。2020年に大量発生したのはなぜなのだろうか、以下、国際農研のHPにて前野氏が作成しているFAQを引用および要約してサバクトビバッタの概要をご紹介したい。

 

【国際農研(国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター)資料「サバクトビバッタについて」】

 

■大量発生のメカニズム

――サバクトビバッタの通常の生息地は、西アフリカのモーリタニアから東はインドに広がる半乾燥地帯。年間の降雨量は少なく、孤独相(低密度下で育ったバッタ)の成虫が未成熟(繁殖を始める前)の状態で細々と生息している。ところが大雨が降り、エサとなる草が生えてくると孤独相の成虫は、その草を食べて性的に成熟して交尾できるようになり、繁殖を開始。十分な量の草があると、さらに発育・繁殖を行い、個体数が増加する。

 

乾季になって草が枯れ始める頃、エサが残っているエリアに成虫が集まり、他の個体との接触により「群生相化」のスイッチが入る。生理的特徴や行動を変えるのだ。孤独相はお互いを避け合うのだが、群生相になると、お互いに惹かれ合い、群れて集団移動するようになる。するといつも生息している場所から他の地域に侵入。群生相の群れは風に乗って1日100キロ以上移動することもあり、そこで農業に大きな被害をもたらす。

 

大きな問題となった2020年の大発生も、干ばつの後にサイクロンによってもたらされた大雨が、サバトビバッタにとって好適な環境を生み出したことが原因と考えられている。反対に、雨が降らなければ、餌となる草が枯れ、産卵に適した湿った地中も失われるため、大群を維持できなくなり、最終的に死滅する。

 

■日本へ飛来する可能性

――気温や風などの気象条件、長距離を飛ぶためのエネルギーが蓄積できる環境などの条件が重なれば可能性が高くなる。ただし、これらの条件がそろう確率はかなり低いと考えられる。

 

■被害を受ける農作物とその予防策

――500種類以上の植物を食べることが分かっており、主な農作物として、穀物(トウジンビエ、ソルガム、トウモロコシ、コムギ、サトウキビ)、ワタ、果物があげられる。農作物を損失することによる経済的な被害が大きくなるだけではなく、家畜の飼料不足も大きな問題となる。

 

対策には2つの難しい点がある。1つ目は、サバクトビバッタの大発生が突発的かつ不定期なこと。2つ目は、発生場所は広く、砂漠の奥地や紛争地帯でも発生することである。常時、問題になっていれば、対策予算も人員も確保しやすいが、何十年も被害がなければ、対策費用は不要とみなされ、廃れてしまう。2020年に約70年ぶりの大発生となったケニアなどで対策が遅れたのはこのためだと考えられる。被害がない時でも防除体制を維持する工夫が必要であり、国際社会が連携して普段から最低限の防除体制を維持するシステムを構築すること、そして研究予算を継続する必要がある。

 

対岸の火事ではない。日本が直面する問題とは

FAQによると、「サバクトビバッタは日本に飛来する可能性が低い」とある。そう聞いて胸を撫で下ろす人はいるだろう。だが、安心するのはまだ早い。冒頭で、国連のアントニオ・グテーレス事務総長のメッセージを紹介したが、そこでは「食糧が豊富な国でもサプライチェーンに混乱が生じるリスクがある」と言及している。

 

国際的な分業がサプライチェーンによって結ばれ、さらには余計な在庫をもたないことで、生産性は高まり、生産のコストも下がっている。つまり見方を変えると、主要な食糧を他国からの輸入に依存しているということだ。そこでバッタの被害が起きたらどうなるのかは想像するに難くない。

 

では、もっと食糧の生産量を増やせばいいのではないか。実際、2008年に潘基文国連事務総長(当時)は「2030年までに食料生産を50%増やす」と述べている。しかし、問題は単純なものではない。次で詳しくみていこう。

 

水不足や土壌浸食で食糧が生産できない

食糧生産を妨げるものは3つあると考えられる。1つ目が水不足、2つ目が土壌侵食、3つ目が気候変動だ。

 

1つ目だが、全世界で使われる淡水のうち3分の1は農業用水だ。水の需要は年々増加傾向にあり、過剰なくみ上げによる地下水の枯渇や灌漑用水の不足によって、穀物生産にも深刻な影響が出ている。穀物の大生産地であるアメリカ、中国、インドでは地下水を際限なくくみ上げて生産を行ってきた。そのために地下水位の低下、枯渇という問題が起きている。国連食糧農業機関(FAO)は、「世界的な水不足のために30億人以上の生活に影響がある恐れがある」と報告している。(https://news.un.org/en/story/2020/11/1078592

 

日本は世界最大の農作物純輸入国だ。日本の食料自給率(カロリーベース)は40%前後である。輸入している食品を作るのに必要な水を計算してみると、年間627億トンになる。これは、日本人が1日1人当たり1.4トンの水を輸入していることになる。日本には国際河川(2か国以上を流れる河川)がないから、上流・下流の水紛争がないと言われるが、食料という視点で見ると、私たちの食卓には太くて長い国際河川が流れていることになる。

 

2つ目が、森林破壊にともなう土壌侵食。焼き畑農業、農地への転用、木材伐採などで、森林、中でも熱帯林は、毎年相当な面積が消えている。こうして森林の保水力が弱まると洪水が発生しやすくなり、土壌が流出するので、作物生産ができなくなる。

 

気候変動が水とバッタに与える影響

そして3つ目が気候変動だ。気温が上がり作物の生産に適さなくなる。気候変動は水の循環も変える。気温が上がれば循環のスピードが早くなり、水の偏在(多いところと少ないところに偏りがあること)に拍車をかける。すなわち穀物不足の1番目の理由である水不足、2番目の理由である洪水による土壌侵食が起きやすくなる。

 

また、サバクトビバッタの発生も異常な雨がもたらしたことを忘れてはならない。2018年、2つのサイクロンがアラビア半島を襲い、多くの雨を降らせた。2019年には“アフリカの角”をサイクロンが襲った。アラビア半島でのサイクロンなどとても珍しいし、アフリカ東部でもここ数年、異常に多くの雨が続いていた。気候変動がバッタ大発生の背景にあり、悪いことに、2020年末にエチオピアやソマリアに大量の雨が降り、再度大発生の兆しが懸念されている。

 

1人当たり1日2.3トンの水を“食べ”残している

私たちの食生活は海外からの畜産物、農作物に頼っている。つまり、結果的に海外の水資源を利用しているということになる。こうしたことから自国の水を使い、食料自給率を上げるべきという声は高まっている。実際、日本では2025年度までに、食料自給率(カロリーベース)を45%に上げることを目標としている。

 

新型コロナの流行にともない、食糧輸出国は、国内の食料安全保障を優先に輸出を規制する動きを見せたことも忘れてはならない。2020年3~9月までにロシアやウクライナなど10カ国以上が、小麦、大豆、トウモロコシなど主要穀物で輸出禁止や制限措置を設けた。今後、食糧生産が逼迫すれば、そうした傾向は強まっていく可能性がある。

 

もう1つ大切なことは、日本は食料を世界中から買い集めている一方で、世界一の残飯大国でもある。捨てられる食べ物は、供給量の3分の1にのぼる。日本の食品廃棄物の発生量は、年間2842万トン。仮に、捨てられたものがご飯だとすると、それを生産するのに使われる水の量は、年間1051億5400万トンになる(肉であればもっと多くなる)。1人当たり1日2.3トンの水を捨てているのと同じだ。食べ切れる分だけ買い、食べ切れる分だけ作り、食べきれば無駄にはならない。

 

バッタは食糧危機の救世主になるか

さて、サバクトビバッタを食糧生産の敵とみなしてきたが、ここ数年、飢餓対策として「昆虫食」が注目されているではないか。サバクトビバッタは食べられるのか。再び前野氏のFAQを引用したい。

 

■食用の可能性

――硬いものの食べられる。エビに近いような食感や味。サバクトビバッタは、植物に少量含まれるフィトステロール(腸からのコレステロール吸収を抑える機能が知られている)を体内に多く含むため、健康食品として期待されている。ただ、大量発生した時には殺虫剤が散布されるため、そのバッタを食べることは大変危険。バッタを有効活用するには、殺虫剤を使わない防除技術が必要となる。

 

決して他人事では済まされないサバクトビバッタの驚異。これを機会に、私たちは食糧や水といった生活の基本的な部分について改めて考える必要があるだろう。

 

【参考資料】

「世界の食料安全保障と栄養の現状」 

飢餓と栄養不良の撲滅に向けた進捗状況を追跡する最も権威ある世界的な研究調査。報告書は国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)、世界保健機関(WHO)が共同で作成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エアコン(冷房)の最終結論!自動運転がいい?買い換えるべき?節約アドバイザーが解説する電気代を抑えながら効率運転する方法

年々、夏の暑さは増すばかり。熱中症を回避するためにも、日中はもちろん寝るときにも、エアコンをつけている人は多いのではないでしょうか。でも、一日中冷房運転状態が続くと、気になるのはやはりその電気代。設定温度を上げたりこまめに消したり、節電には気を遣っていても、実際のところ効果があるのでしょうか? 節約アドバイザーの和田由貴さんに、効果的なエアコンの使い方と、エアコンに関する“思い込み”の正誤を教えていただきました。

 

夏の冷房、やっぱり電気代がかさむ?

今年も高温多湿の日が続き、東京では平熱を超える気温になる日も。冷房なしでは、命の危険を感じることさえあります。つけっぱなしにしなくてはならないエアコンの電気代は気になりますが、節約アドバイザーの和田由貴さんが最初に伝えておきたいと力を込めるのは、「無理な我慢をしないでほしい」ということ。

 

「節約や節電を心がけることは、お財布にも環境にもやさしい取り組みですが、それよりも大切なのは、エアコンをつけるのを我慢しないことです。特に夏場は体調にも大きく関わることですから、節約のしすぎには十分注意しましょう。そもそもエアコンは、室温と設定温度に差がある方が電気代は高くなるので、冷房よりも冬につける暖房運転の方が電気代は高いのです。また、冷房はつけても7〜9月くらいの2か月ほど。暖房は11〜3月ごろまでと、長い間つけなくてはなりません。なぜか夏の方がすごくお金がかかると思われていることが多いのですが、そんなことはないんですよ」(節約アドバイザー・和田由貴さん、以下同)

 

例)
冷房 夏の室温30℃ 冷房の設定温度27℃ 差は3℃
暖房 冬の室温10℃ 暖房の設定温度25℃ 差は15℃
※もとの室温と設定温度との気温差が大きいほど、電気代がかかる

 

節約アドバイザーがおすすめする
効果的なエアコンの使い方10

エアコンは、使い方によって体感温度が大きく変わります。室温が適温になっても、体感温度が下がらないと設定温度を下げたくなりますよね。

 

「冷房は、設定温度を1℃上げるだけで消費電力量が10%節約できるといわれていますから、できるだけ設定温度はぎりぎり高いところに設定したいもの。同じ28℃設定でも湿度が低いと涼しく感じ、湿度が高くなると体感温度は上がってしまうので暑いと感じます。扇風機を併用したり、窓から入ってくる輻射熱対策をしたりして、設定温度が高くても過ごしやすいと感じるようにすることが、電気代の節約になります」

 

1. 輻射熱で室内が暑くならないよう窓の外によしずなどを使う

部屋が暑くなる大きな原因のひとつは、窓に当たる太陽光の輻射熱。夏場、窓を触ってみるとわかりますが、かなりの熱さになりますよね。窓から直接室内に入ってくる太陽光も問題ですが、輻射熱が部屋を暑くする原因にもなり、いくら冷房を強くしても部屋の中が冷えていかない……ということになってしまうのです。

 

「カーテンをひいて窓の内側に対策をする方は多いのですが、それよりも窓の外側に対策するのがより効果的です。ひさしやよしず、グリーンカーテンなどでもいいですし、窓に貼るタイプのフィルムでもいいので、窓に日が当たらない対策をしてみましょう」

 

2. 室外機に日陰を作る

室内には気を配れますが、室外機にはなかなか目が向かないもの。でも実は、室外機の環境によっても冷房の効き目に差が出るのです。

 

「室内機と室外機はパイプで繋がっていて、その中を“冷媒”と呼ばれるガスが循環しています。この冷媒が室内の熱を運び、室外機にある熱交換器で熱を排出する、というのがエアコンの仕組みなのですが、直射日光が当たっていると十分に冷却することができず余計な電力を使ってしまいます。とはいえ室外機を独断で動かしたり全体を覆ってしまったりすると、故障してしまうこともあるので、今室外機が日陰にないという方は、室外機用の日除けパネルなども売られていますので取り入れてみましょう。木の板を室外機の上に一枚乗せておくだけでも、日光の当たり方は違います。少しでも室外機が熱くならないように対策してみてください」

 

3. 風量や風向きは自動設定にする

外から帰ってきて部屋が暑いとつい風量を強くしていたり、風量を弱くした方が何となく節電になりそうと思って微風などに設定しているという場合は、ぜひ「自動設定」にしてみてください。

 

「エアコンは、素早く設定温度まで部屋を冷やすように運転を始めます。風量を弱くしていると部屋が冷えるまでの時間が長くかかり、逆に余計な電力を消費してしまうことがあるのです。風量を“自動”に設定にしておけば、最初は強風で部屋を一気に冷やし、部屋が涼しくなれば自動的に風量を控えてくれるので、効率の良い運転になるのです。風向きも、どこに風を届ければ部屋全体が効率よく冷えるのかを考えて、エアコンが自動的に調整しているので、風向きも自動に設定しておくのがおすすめです」

 

4. 扇風機やサーキュレーターで室内の温度ムラをなくす

冷房をつけるとどうも足元だけ寒い……という経験はありませんか? これは、冷たい空気が重たいので下に流れてしまうからです。

 

「エアコンは部屋の上の方についていますから、足元が冷えていても部屋の上部が温かいと、どんどん冷やそうとして活発に動いてしまいます。部屋の中に温度ムラができないよう、扇風機やサーキュレーターで風を回してみましょう。風が流れることで体感温度も下がり、設定温度の下げすぎも防げます

ちなみに風向きを“自動”に設定しておくと、冷房をつけたとき羽根が上向きになり、暖房は羽根が下向きになります。これは冷房の風はなるべく部屋の遠くまで届くようにし、暖房の風はなるべく下を温められるようにと考えられているからです。冷房の風が落ちてくるエアコンの向かいが冷気溜まりになりますから、そこに扇風機を置くといいでしょう」

 

5. 室外機のお手入れをする

室外機を覗いてみると、裏側や側面に薄い羽根のような金属板があります。これが熱の交換を行うフィンで、ここに埃や汚れが溜まっていると、消費電力量が上がってしまう可能性があるのです。

 

「フィンの間に風が通ることで熱を排出しているのですが、フィンの隙間が汚れで詰まっていると十分に冷却ができず、動作効率が落ちて余計な電力がかかります。室外機のフィンの掃除はシーズンごとにはしておきましょう。ただし、フィンは薄いアルミ製なので、余分な力を加えると変形してしまうことがあります。掃除をする際は柔らかいブラシなどを使い、できるだけ力を入れないように注意して扱いましょう」

 

6. 寝室も窓開けやカーテンで対策する

普段いる部屋は対策をしっかり施していても、日中はいない寝室のカーテンは開けっぱなし……ということはありませんか?

 

「日中こもった熱が夕方になっても放出できず、いざ寝るときになっても部屋が涼しくならない、ということがあります。寝室のカーテンを閉じたり窓を開けたりして、部屋の中が暑くならないよう対策することが大切です。もちろんよしずなどを使って輻射熱対策もしておきましょう。日中そうしておくだけで、夜寝るときに冷房を使いすぎることなく、部屋を冷やすことができるのです」

 

7. エアコンの掃除は清掃のプロに頼む

シーズンが始まる時期に、フィルターの掃除や見えるところの埃や汚れの手入れなどは、自分で行う必要があります。それ以外にも、2〜3年に一度はプロに頼んで掃除してもらいましょう。

 

「エアコン内部を掃除できるスプレーが売られていますが、汚れがひどい場合は奥に汚れを押し込んでしまうことがあるのでおすすめしません。これがカビの原因になったり、汚れによってドレンホースが詰まったりして、室内機から水漏れをする可能性もあります。内部の掃除は必ずプロに頼みましょう。メンテナンスを怠らずに使えば、エアコン自体の寿命も変わってきますよ」

 

8. 送風運転で汚れをつきにくくする

内部や羽根、フィルターに汚れがついていると、エアコンの消費電力が上がってしまうので、なるべく汚れないように使うのも大切です。

 

「カビや汚れの原因のひとつは、冷房を使ったあとエアコン内部に湿気が溜まってしまうからなんですね。そこからカビが繁殖するので、冷房を消す前に送風運転を5分ほどしてから消すといいでしょう。送風運転は常温の風を出す運転なので、湿気を取ることができます。上位機種には自動でこの動作をしてくれるものもあります」

 

9. 室外機の周りに打ち水をする

室外機がうまく内部の空気を冷やせるように、室外機の周囲には打ち水をしましょう。

 

「日中は水をまいてもすぐにお湯になってしまうので、朝か夕方の暑すぎない時間帯に水をまいて、室外機周辺が少しでも涼しくなるようにしましょう。室外機は外に置くものですから、雨が振っても壊れないよう防水設計はされています。ただし、強い水圧で内部を洗ったり、下から水をかけたり、通常の雨では考えられないような水のかかり方をすると、故障してしまうことがありますから注意しましょう」

 

10. こまめにつけたり消したりしない

「エアコンをこまめに消すことが節電につながる」と思っているなら、ぜひ今日からあらためましょう。はじめにも書きましたが、エアコンは室内温度と設定温度の差があればあるほど、消費電力がかかるものです。

 

「28℃設定にしておいて『あー、涼しくなった』とエアコンを切るとしましょう。窓は閉まっていますから、部屋の温度はふたたびぐんぐん上がって行きますよね。体感温度が上がり、ちょっと暑いなと思ってもう我慢できない、というときにまた冷房を入れるとなると、そこからまた冷房ががんばらなくてはならないので、電力を費やしてしまうのです。それよりはずっとつけておき、設定温度から少し上がった時点で、また設定温度に戻るよう自動的に冷房運転が始まる方が節電になります

 

巷では、エアコンの使い方に関するさまざまな“ノウハウ”がささやかれています。次のページでは引き続き、節約アドバイザーの和田さんに、こうした半ば“常識”になっている節約術の真相を聞きました。

エアコン節約術のその常識、ホントですか!?

巷では、エアコンの使い方に関するさまざまな“ノウハウ”がささやかれています。引き続き、節約アドバイザーの和田さんに、こうした半ば“常識”になっている節約術の真相を聞きました。

 

Q1. 除湿(ドライ)運転は冷房よりも電気代が安い?
A1. △ そうとも言い切れません。

「一般的なエアコンの除湿運転は、弱冷房除湿と呼ばれる除湿運転で、名前の通り弱い冷房とほぼ同じです。電気代は控えめですが、除湿できる量も冷房より少なくなります。また、上位機種などに搭載されている再熱除湿の場合、部屋は冷えませんが、冷房より電気代が高くなることがあるのです。暑いときに室温を下げて湿気を取りたい場合には、冷房運転が最適。節電を考えるのであれば、冷房運転で設定温度を控えめにしましょう。除湿は梅雨時などの湿気が気になるときや、冬の結露が気になるときなどに使うのがおすすめです」(節約アドバイザー・和田由貴さん、以下同)

 

Q2. 寝るときは冷房のタイマー設定がオススメ?
A2. × おすすめしません。

「就寝してからの数時間は冷房をつけておき、しばらくしたら消える設定をしている方は、暑くて起きてしまったりしていませんか? 冷房をつけて寝るということは、窓も閉め切っていますよね。寝苦しくて目が覚めるほどまで室温が上がってから再度エアコンをつけると、電力もかなりかかりますし、睡眠の妨げにもなります。睡眠中に熱中症になることもありますので、部屋を閉め切って冷房をつけるのであれば、設定温度を高めにして朝までつけっぱなしにするか、タイマー設定するなら明け方の涼しい時間まではつけておくようにしましょう」

 

Q3. コンセントはプラグから抜いた方がいい?
A3. × 抜かないでください。

「シーズンが終わり、もうしばらく使わないというときは抜いても構いませんが、数日の旅行などでコンセントを抜くのはやめてください。エアコンは電源を切ったあとも、数時間は冷媒が循環するなど目には見えない運転をしていることがあります。途中でプラグを抜いてしまうと故障の原因になることがあるので、抜かないでおきましょう。シーズンオフにプラグを抜きたい場合は、電源を切って一日経ってからにします。また、使いはじめも、コンセントを差して半日ほどしてから電源を入れるようにしましょう」

 

Q4. 換気してからエアコンをつけるといいってホント?
A4. ○ その通りです。

「部屋の中に熱い空気がこもったまま冷房をつけると、室温と設定温度の差が大きくなり、消費電力量も上がります。帰ってきたら一度窓を開けて熱い空気を逃し、そこから冷房をつけると、効果的でしょう。窓が2か所以上あれば、どちらも窓を開けて扇風機を外に向けてつけ、部屋の空気を逃します。窓がひとつしかない場合は、窓を少し開けて換気扇をつけてもいいですよ」

 

Q5. やっぱり最新機種が一番の省エネ?
A5. △ そうとも言い切れません。

「エアコンの省エネ性能は、ここ10年くらいは、それほど大きく変わっていません。20年以上前の製品などと比較すると飛躍的に進化していますが、ここ数年くらいの製品であれば十分省エネ性は優れているといえるでしょう。ただ、最新機種はAIや各種センサーの搭載で、よりきめ細かい節電ができるようにはなってきています」

 

Q6. 冷房や除湿運転より、自動運転が一番いい?
A6. × お好みの温度に設定した方がいいでしょう。

「冷房と暖房、除湿のほかに“自動”という運転の方法がありますよね。これは今の温度から判断してエアコンが自動的に運転や設定温度を決めるというものです。リモコンが壊れてしまったときや紛失したときのために、本体だけで自動運転の電源を入れることができるようになっていて、救済措置のひとつとも言えます。状況に応じて勝手に切り替えてくれるので便利な一方、機種によってはかなり設定温度が低くなっているものもあります。風量や風向は自動がおすすめですが、運転は自動ではなく、冷房で設定温度を控えめにする方がおすすめです」

 

 

電気代を気にしながら過ごすのも大切ですが、気にしすぎるあまり体調を崩したり快適な眠りが妨げられたりしては本末転倒。我慢するのではなく、室外機の掃除や輻射熱対策などで消費電力量を下げる努力をしてみましょう。

 

【プロフィール】

節約アドバイザー / 和田由貴

消費生活アドバイザー、家電製品アドバイザー、食生活アドバイザーなど、幅広く暮らしや家事の専門家として多方面で活動。環境カウンセラーや省エネルギー普及指導員でもあり、2007年には環境大臣より「容器包装廃棄物排出抑制推進員(3R推進マイスター)」に委嘱されるなど、環境問題にも精通する。「節約は、無理をしないで楽しく!」がモットーで、耐える節約ではなく快適と節約を両立したスマートで賢い節約生活を提唱している。著書に、『超かんたん!はじめてのスマホ決済』(扶桑社)、『月3万円貯まるムダなし生活術』(永岡書店)、『快適エコのライフスタイル 冬の省エネ生活』(NHK出版)、『めざせ!ごみゼロマスター』シリーズ(WAVE出版)など多数。

http://wada-yuki.com/

 

プラスチックをジェット燃料に1時間で変換! 飛行機でもエネルギー革命が進行中

現在、世界中でエネルギー革命が起きています。このトピックでは自動車業界が大きな注目を集めていますが、ほかの産業に目を向けると、航空業界ではプラスチックごみなどを原料にしたジェット燃料の開発が進められています。空の燃料はこれからどうなるのでしょうか?

 

より効率的な触媒作用

↑目的地は脱炭素社会

 

ゴミ袋やシャンプーの容器などで使用されているポリエチレンは、プラスチックの中で最も多く使われている化合物です。米国・ワシントン州立大学の研究チームは、ルテニウム(白金族元素の一種で、銀白色の硬くて、もろい金属)と溶媒を使って、ポリエチレンをジェット燃料などに変えるための触媒を発明しました。これにより、実験で使用したプラスチックの約90%を220度の温度でジェット燃料の成分に変えることに成功。しかも所要時間はわずか1時間。従来の触媒では温度を430度まで上げる必要があるそうですが、彼らの方法ではそれが200度以上も低いうえ、触媒作用もより効率的であると言われています。

 

新たに開発された技術はニーズに合わせて、反応の温度や時間、触媒の量などの諸条件を調整することもできるそう。ほかの種類のプラスチックにも応用できる可能性があるそうで、同チームは商業化に向けて、さらに研究を進めていきたいと話しています。

 

プラスチックごみの問題に対処するため、世界各地でそのリサイクルが行われていますが、品質やコストに関して問題があるため、そう簡単ではありません。同研究チームによると、米国でリサイクルされるプラスチックは9%ほどしかないと言われていますが、今回の研究はそんな現状を変えることにつながるかもしれません。

 

ANAとJALも環境に優しい燃料へ

日本でも、環境を考えた燃料の開発が行われています。日本航空(JAL)では、2030年には「SAF(持続可能な航空燃料)」の利用を全燃料の10%まで利用する目標を設定。さらに丸紅やENEOSなどと共同で、廃棄されたプラスチックを原料にした代替航空燃料の製造や販売について調査を行っており、2026年以降の活用を目指すと報じられています。一方、全日本空輸(ANA)は、日本の航空会社として初めてSAFを2020年10月下旬に同社の定期便に導入しました。

 

日本政府は、2050年までに脱炭素社会の実現を目指す「2050年カーボンニュートラル宣言」を2020年に発表していますが、これに準じて、ANAとJALは2050年の二酸化炭素排出量実質ゼロの目標を掲げています。廃棄プラスチックを原料とする燃料や、環境に優しい新たなエネルギーの開発は、ますます加速していきそうですね。

「グリーンインフラ」の最前線。大林組の目指す「都市の生物多様性」とは?

自然の力を活用した都市環境づくりを目指す~株式会社大林組

 

「グリーンインフラ」という言葉をご存じでしょうか。「グリーンインフラストラクチャー(Green Infrastructure)」の略で、自然が持つ多様な機能を課題の解決手段として活用する取り組みや考え方のことです。日本では国土交通省などを中心に2015年から推進されていて、例えば、津波対策としての海岸防災林、ヒートアイランドの抑制のための屋上緑化や自然環境の再生ほか、さまざまな取り組みが実施されています。

 

ものづくりへの新たな価値を創出

グリーンインフラは多くの社会的課題を解決する可能性があるため、SDGsとの関係性も高いと言われています。今では行政だけでなく、グリーンインフラを採り入れる企業も増えていて、今回ご紹介するゼネコン大手の大林組もそのひとつ。「自然と、つくる。(https://www.obayashi.co.jp/green/)」をキャッチフレーズに多くの取り組みを行っています。

 

「以前から“自然”を採り入れたサービスを提供してきましたが、これまで人工構造物に対する評価はあっても、“自然”を評価対象にすることはありませんでした。グリーンインフラは、自然の力を賢く使うということがキモであり、弊社のモノづくりに積極的に採用することで、自然環境や経済、人々の暮らしに好循環が生まれると考えています」と話すのは、技術本部技術研究所研究支援推進部の杉本英夫さんです。

↑技術本部技術研究所研究支援推進部・部長の杉本英夫さん(右)と、技術本部技術研究所自然環境技術研究部・副課長の相澤章仁さん(左)

 

大林組が取り組むグリーンインフラ

では、同社が取り組むグリーンインフラにはどんなものがあるのでしょうか。

 

例えば、陸の生態系の回復。建設により自然環境が失われることもありますが、それを代償するための手法の一つとして、ビオトープ(生物生息空間)の計画と施行、維持管理を行っています。建設予定地に生息する在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図るのです。また、これまで緑化が困難とされていた強酸性土壌の斜面に植生できる工法などもあります。こうした取り組みは、生物多様性の保全だけでなく、水質浄化やCO2固定などにも貢献しています。

↑在来種や動植物をビオトープに移すことで生物多様性の保全を図る

 

一方で、川や池の生態系の回復や水質の浄化、沿岸域の生態系の回復や海の水質の浄化など、陸域だけでなく水域での取り組みもいろいろと行われています。これらの技術は、単に水域の生物多様性の保全だけにとどまらず、街を洪水から守るなど災害対策にも関係しているのです。

 

グリーンインフラの特徴について、技術本部技術研究所自然環境技術研究部の相澤章仁さんはこう話します。

 

「グリーンインフラは、単一の効果だけでなく、複合的な効果が期待できます。例えば、ある都市に緑地を創出すれば、単に生物が増えるというだけではなく、ヒートアイランド対策であったり、人々に癒しを与えたりすることもできます。グリーンインフラは、それぞれの取り組みがリンクし、気候変動の緩和、災害の軽減、健康や安らぎの提供など、人々に様々な恵みをもたらせてくれるのです」

↑ヨシなどの群落は水際植生帯と呼ばれ、昆虫など多くの生き物がいる。この水際植生帯を早期に再生する工法もある

 

緑化・ヒートアイランド対策「COOL CUBE(クールキューブ)」

実は、グリーンインフラという言葉が生まれる前から、同社は環境に配慮した技術開発を展開しています。そのひとつが、涼空間再生プロジェクト「COOL CUBE(クールキューブ)」です。快適な建築空間とは、建物内部だけに限らず、快適な屋外空間もその一部であるという考え方で、都市、建物、そして人を冷やすヒートアイランド対策として取り組んできました。

↑建物外皮、舗装、空間といったすべての要素を対象としたCOOL CUBE

 

「緑化は緑化、空調は空調、生態は生態と、かつては担当部署が個々に技術開発を行っていました。それでは、対外的に説明する際に伝わる要素が制限されますし、そもそも研究員同士で技術交換が行われないのはマイナスでしかありません。そこで共通のプラットフォームとして、COOL CUBEというプロジェクトにより、連携させることにしたのです」(杉本さん)

 

COOL CUBEには、湿潤舗装や透水性舗装、遮熱効果により空調負荷を軽減する高日射反射率塗装ほか、多くのシステム(技術・工法)があります。そのなかで軸となっているのが、「グリーンキューブ®」という名称の緑化システム。給水装置と緑化基盤をセットにした屋上用緑化や、視覚的効果と建物表面の温度上昇を抑制する壁面緑化など、グリーンキューブ®自体にも種類(工法)があります。

↑屋上を緑化。ヒートアイランド減少の緩和にも役立つ

 

ちなみにグリーンキューブ®は、水を供給する仕組みがあれば、基本的には建物の構造に合わせて緑化が可能。また、植えられる植物も、根を深く張る種類でなければ特に制限はなく、予算に合わせて木々を選べるそうです。

 

900本の樹木でCO2固定量が年間約4t

このグリーンキューブ®を施行した事例は多くありますが、代表的なのが、南海電鉄が運用・管理する「なんばパークス」(大阪府大阪市)です。そこではさまざまな調査も行われています。

 

「なんばパークスには、約5300㎡の屋上緑地があり、多様な動植物が生息、生育しています。緑の少ない大阪ミナミのエリアにおいて、28種の鳥類と、152種の昆虫類の生息が3年間の調査で確認できました。また約900本の樹木があり、それらによる1年間のCO2固定量が約4tであることや、夏季夜間における約1℃の気温低下を測定。ヒートアイランド対策に大きな効果があることもわかりました。また、老若男女問わず多くのお客様が回遊したり、木陰に佇んだり、記念写真を撮るなど、憩いの空間としても使っていただいています。

↑なんばパークス。都心部でありながら、人々が身近に自然と触れ合える

 

そして近年は、高層階から眺める地上部分や、低層階の壁面を人工物にしないなど『見せる』ことにも注力しています。もちろん、木陰を作るなど、訪れた人の快適さも追及しなければなりません。その辺りのバランスを保ちつつ、メンテナンスをどうするか試行錯誤しています」(杉本さん)

 

都市の生物多様性の調査・研究をスタート

これら従来からの取り組みを礎に、さらなる持続可能な社会の実現に向け、次のステップとして取り組み始めているのが「都市の生物多様性」に関する調査・研究だそうです。

 

「生物多様性の問題は、地球温暖化をはじめとするほとんどの環境問題と関わっています。例えば、これまでは植生の視点だけを考え、農薬などで害虫を強制的に排除してきましたが、特定の生物が増えてしまうことがあります。このように今までは自然界のバランスまで考慮していなかったのですが、今後は生物多様性の研究を通じた都市緑化への取り組みを行っていく予定です。現在も、なんばパークスをはじめ、当社が手掛けた施設でモニタリングを行っています」(相澤さん)

 

大林組が目指すサステナブルな未来とは

↑「Obayashi Sustainability Vision 2050」の概要

 

元々同社は、社会課題の解決に取り組んで持続可能な社会に貢献するということを企業理念に掲げていました。2011年には中長期環境ビジョン「Obayashi Green Vision 2050」を策定し、再生可能エネルギー事業の推進など環境に配慮した社会づくりに取り組んできたのですが、これを2019年に「Obayashi Sustainability Vision 2050」へと改訂しています。その理由について、グローバル経営戦略室ESG・SDGs推進部・部長の飛山芳夫さんはこう説明します。

 

「サステナビリティビジョンに転換した理由の一つに、東日本大震災があります。震災を機に再生可能エネルギーへの転換など、エネルギー構成を見直す風潮が社会的にも生まれました。さらに2015年のパリ協定、SDGsの登場もあり、こうした視点を加える必要性も出てきたのです。そして2017年に策定した中期経営計画からESGという考えを経営基盤戦略の一つに掲げた流れも受け、E(環境)の部分に特化したビジョンのままではなく、地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンへと改訂したのです」(飛山さん)

↑環境特化型から調和型のビジョンへと転換

 

将来の持続可能な社会の実現に対して、大林組が目指すべき事業展開の方向性を示した「Obayashi Sustainability Vision 2050」。これを踏まえ、今後、どう進めていこうと考えているのでしょうか。

 

「具体的には、“脱炭素”“価値ある空間・サービスの提供”“サステナブル・サプライチェーンの共創”を目標に掲げています。これらを達成するために、具体的なアクションプランを設定し、推進しています」(飛山さん)

 

地球環境、人、社会の調和を目指すビジョンを実現するために、グリーンキューブ®をはじめとする同社のグリーンインフラの取り組みについては、これからも大いに注目していきたいところです。

 

 

 

木そのものが建物になる? 驚きの「未来の高層ビル」予測

通称「ねじれタワー」で知られ、立方体をひねったようなデザインが印象的な、ドバイのカヤンタワー(高さ307メートル)。下階より上階の方が幅広で逆三角形のシルエットが印象的なバンクーバーハウス(高さ151メートル)——。

 

世界には、建築技術の発展を背景に斬新なアイデアで生まれた、度肝を抜くようなデザインの高層ビルがあります。これから建設される高層ビルはどんな形になっていくのでしょうか? 米国の建築雑誌「eVolo Magazine」が主催する超高層ビルのデザインコンテスト「2021 Skyscraper Competition」で、492の応募作品の中から入賞した上位3つのデザインを見ながら、未来の建物について考えてみましょう。

 

1位: 木と融合した「生きた高層ビル」

↑生きた高層ビル(画像提供/eVolo Magazine)

 

灰色に見える高層ビル群の中で、木製でひときわ目立つのが、1位に選ばれたこちらの作品。ウクライナのチームのデザインで、生きている樹木を取り入れたアイデアです。使用するのは、成長が早く背の高い広葉樹に遺伝子組み換えを行ったもの。木は根から水分や養分を吸収し、成長途中に接ぎ木が行われ、立方体のように建物の構造を形成するようになります。成長とともに木は太くなり、建物の強度が増していくそう。さらに建築完成図には、飛び交う鳥が描かれ、生物たちも共存する場所になっていくことをイメージさせます。

 

一般的な住宅やビルの建設に使われる建材は、伐採した木を加工して作られます。しかしこの高層ビルでは、生きた木をそのまま使っているため、まさにこれは「生きた高層ビル」。これからの時代は近代世界を彷彿させるデザインではなく、環境に寄り添ったサステナブルな建物がますます増えていくのかもしれません。

 

2位: 沈むメキシコ市で水を守る

↑雨水をためるための斬新なアイデア(画像提供/eVolo Magazine)

 

もともと湖の上に建てられたことに加え、地下水の汲み上げなどによって地盤沈下が進むメキシコ市。そこで地下水補充のために雨水を貯める機能をビルに持たせたのが、2位に選ばれた作品です。

 

この作品はメキシコ市の洪水危険地域に建設する構想で、高さは400メートル。建物の外壁は10枚のウイングで覆われ、花のつぼみが開くように、このウイングが開きます。パラボラアンテナのように放物曲線を描いた大型のお椀状の傘が、高さ100メートルの地点で開き、雨水を貯めることができるのです。集められた雨水は、一部は地中の帯水層(地下水が貯えられる地層)に送られ、そのほかは家庭用の貯水タンクに送られていきます。これによって洪水のような被害を防ぐ狙いがあります。

 

【関連記事】

毎年最大50cmも沈んでいるメキシコ市。水が危ない

 

3位: 未来版の「長屋」

↑長屋が縦に積み重なっているようだ(画像提供/eVolo Magazine)

 

中国の雲南省には、独自の言葉やライフスタイルを持つモン族がいます。しかし、その文化は現代文明に飲み込まれ、さらに中国政府が、少数民族が暮らす都市への移住を支援していることで多数民族・漢族の流入が続き、モン族の住居の多くが取り壊されてきているそう。コンテストの3位に選ばれたのは、そんなモン族のライフスタイルに沿ったビルの構想です。

 

高層ビルの木の骨格部分に、クレーンで高床式住居を繋げ、いくつもの家を増やしていくアイデア。ビル1棟の中に公園、店舗、ジムのスペースなどが作られ、まるで1つの村ができるようなイメージです。また、ビル内の移動にはエレベーターではなく、モン族が制作を得意とする鳥かごの形をモチーフにした乗り物が作られるとか。

 

無機質な雰囲気が漂う現代的な住居ではなく、モン族の昔ながらのライフスタイルを尊重しながら造られるこのビルでは、江戸時代の日本にあった集合住宅の長屋を彷彿させる暮らしが生まれるかもしれません。

 

コンテストの上位作品はどれも、単に建物の高さを追い求めたビルや、見た目が優れただけのビルではなく、プラスアルファの価値が付いたものばかり。未来には、従来の概念を覆す新しい高層ビルができるのかもしれません。

毎年最大50cmも沈んでいるメキシコ市。水が危ない

近年、世界各地の都市で地盤沈下が起きています。その1つがメキシコの首都、メキシコ市。しかし、同市の地盤沈下はほかの都市と性質が異なるようです。メキシコ市の地下で何が起きており、そこはどのくらい危機的な状況なのでしょうか?

↑沈むメキシコ市

 

世界のさまざまな都市で起きている地盤沈下の主な原因とされているのが、地球温暖化による海面上昇や地下水の汲み上げ、石油の掘削です。例えば、中国の上海では1年に最大2.5cmのペースで地盤沈下が進んでおり、これは高層ビルや地下鉄などの建設に伴う地下水の排水が引き起こしていると言われています。また、米国・ルイジアナ州ニューオーリンズでは、石油やガスの掘削の結果、地盤沈下が起きており、街のおよそ半分が海面よりも低くなっています。この地域は2005年にハリケーン「カトリーナ」によって大きな被害を受けましたが、地盤沈下が起きていなければ、被害はもっと小さかっただろうと専門家は指摘しています。

 

しかしメキシコ市の場合、話が少し異なる模様。2021年に発表された論文によれば、同都市の地盤沈下は、地下水の汲み上げや石油の掘削ではなく、都市の基盤部分が圧縮したことによって起きている可能性があるそうです。

 

これはメキシコ市の成り立ちに関係します。アステカ族が15世紀、テスココ湖と呼ばれる湖の上にある島に湖上都市を建設し、これをアステカ大国の首府としました。その後スペイン軍の侵攻でアステカ王国は滅亡しましたが、この湖が埋め立てられて植民地都市となったのです。これが現在のメキシコ市で、ここは湖にできた都市だったのですね。この基盤部分の粘土層がすでに17%ほど圧縮しており、これが現在の地盤沈下の大きな要因となっているのです。

 

メキシコ市の地盤沈下が初めて確認されたのは1900年代初頭で、当時の沈むペースは年間8cmでした。それが1958年までに年間29cmに加速。1950年代には地下水の汲み上げを停止し、沈下のペースは緩やかになったこともありました。しかしメキシコとアメリカの共同研究チームが、115年間蓄積してきたデータや高解像度のGPSデータを分析したところ、同市は年間最大40cmのペースで沈下している一方、都市化が進んでいない北東部では、年間50cmもの速度で沈んでいる地域があることも明らかとなったのです。

 

メキシコ市の基盤となる粘土層は今後150年間、圧縮を続けると見られ、地盤はさらに30%沈下すると予測されています。それに伴い水質汚染が懸念されており、雨水や排水を集めるためのインフラ整備が必要とも言われています。

 

一度沈下した地盤が元に戻ることはありません。その影響を最小限に食い止めるための取り組みが求められています。

 

【出典】O’Hanlon, L. (2021), The looming crisis of sinking ground in Mexico City, Eos, 102, https://doi.org/10.1029/2021EO157412. Published on 22 April 2021.

創業者・安藤百福氏の精神にも繋がる日清食品グループ「培養ステーキ肉」の開発

いつの日か“研究室産”ステーキを食卓へ――持続可能な食肉の生産を目指す研究とは~日清食品ホールディングス株式会社

 

「カップヌードル」や「チキンラーメン」などの即席麺で我々にも馴染み深い日清食品。最近ではプラスチック原料の使用量削減のため、「カップヌードル」のフタ止めシール廃止のニュースが話題になりました。このように同社グループは環境問題を始めとする社会課題に創業当時から向き合い続けていると言います。

 

食を通じて社会や地球に貢献を

日清食品グループがビジョンとして掲げているのが『EARTH FOOD CREATOR』。これはどういう意味なのか、サステナビリティ推進室の花本和弦室長はこう説明します。

 

「人類を“食”の楽しみや喜びで満たすことを通じて、社会や地球に貢献していくというものです。食品メーカーとして、安全でおいしい食を提供するのは大前提ですが、それに加えて、環境や社会課題を解決する製品を開発していくことが使命だと考えています」

↑サステナビリティ推進室 室長 花本和弦(はなもと・かなで)さん

 

また日清食品グループのミッションとして、創業者である安藤百福氏が掲げた「食足世平(しょくそくせへい)」「食創為世(しょくそういせい)」「美健賢食(びけんけんしょく)」「食為聖職(しょくいせいしょく)」という4つの創業者精神があります。

 

「食が足りてこそ世の中が平和になるという意味の“食足世平”と、世の中の為に食を作るという意味の“食創為世”は、現在のSDGsにも重なる思いであると思います。今でも創業者精神は、我々の中に脈々と受け継がれており、これらをベースに事業を展開しています」

 

例えば、創業50周年にあたる2008年からスタートした「百福士プロジェクト」も、社会貢献活動への取り組みに熱心だった創業者の志を受け継いだ活動の一つ。未来のためにできる100のことをテーマに沿って実行しています。そして今、日清食品グループが特に重要視しているのが環境課題だそうです。

 

環境戦略『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』を推進

「いろいろな社会課題があるなかで、環境問題は非常にシリアスな課題として顕在化してきました。持続的成長を目指す企業の責任として、これ以上、環境問題を見逃すわけにはいかないという強い使命感から、『EARTH FOOD CHALLENGE 2030』という環境に対する長期戦略を打ち立てたのです。

↑高いレベルの環境対策を推進する「EARTH FOOD CHALLENGE 2030」

 

この戦略には“資源の有効活用”と“気候変動対策”という2つの柱があります。資源に関しては『持続可能な調達』『水資源の節約』『廃棄物の削減』、そして気候変動問題ではCO2削減を目指し、それぞれ目標値を設定して具体的な取り組みを行っています。

 

気候変動問題に対する具体的な取り組みとして、例えば「カップヌードル」の容器を2019年から“バイオマスECOカップ”に順次切り替えています。環境配慮型容器としてバイオマス度を81%に引き上げ、石化由来プラスチック使用量をほぼ半減、焼却時に排出されるCO2量を約16%削減しています」

↑バイオマスECOカップ。2021年度中に切り替えが完了する予定だ

 

グループを挙げて取り組むためには、社員一人ひとりが気候変動問題を“自分ごと”として関心を持ち、自主的にアクションを起こしてもらう必要もあります。その一環として、社員が自宅で使用する電気を、再生可能エネルギー由来の電気に切り替えることを応援する活動も昨年からスタートしたそうです。

 

サステナブルな食材「培養肉」が持つ可能性

CO2を減らすための施策は今後も次々と出てくるということですが、新たなチャレンジとして2017年から進められているのが“培養肉”の研究です。

 

「培養肉とは、動物細胞を培養して食肉を再現したものを指します。具体的には牛や豚などの動物から取り出した細胞を増やして作られたお肉のことです」とは、日々、培養肉の研究に取り組む日清食品ホールディングス・グローバルイノベーション研究センターの古橋麻衣さん。培養肉による肉厚なステーキ肉の実現という、前人未到の挑戦をしています。

↑グローバルイノベーション研究センター 健康科学研究部 古橋麻衣さん

 

「培養肉は、動物の細胞を体外で組織培養することによって得られるため、家畜を肥育するのと比べて地球環境への負荷が少なく、広い土地が不要、さらに厳密な衛生管理が可能です。さまざまな利点があることから、食肉産業における新たな選択肢を示すものとして期待されています。

 

しかし、一般的な培養肉研究は、ほぼ全てミンチ肉です。培養ミンチ肉では、ハンバーグはできても、ステーキ、焼肉、すき焼きといった人気の高いメニューを実現できません。培養ミンチ肉は、筋肉の細胞を増やし、固めているだけですが、我々が研究している培養ステーキ肉では、筋繊維を形成し一方向に整列させ、筋のそろった本物のステーキ肉と同等の肉質を目指しています。

↑ウシ筋細胞を増やす最初の工程

 

培養ステーキ肉の製造工程では、筋芽細胞とゲルを混ぜたもの(筋芽細胞モジュール)を、断面が市松状になるように重ねて、培養液が全体に浸透する構造を作ります。この両側を固定しながら培養することで、筋芽細胞から筋繊維に成長し、筋肉として成熟した組織となります。モジュールを42枚積層し7日間培養した結果、約1cm弱の筋肉組織を作ることに成功しました。また、電気刺激を加えることで収縮機能を持つ筋肉を作製する技術が確立できています」

 

環境や飢餓問題の解決のために

そもそもこの研究がスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。

 

「世界的な人口の増大により、近い将来、食肉の供給が追い付かなくなることが予想されています。食品の原料となる肉が手に入らなくなるのは食品会社としては見過ごせません。また、既存の肉の生産には多くの餌や水を使用し、持続可能な社会の実現にはフィットしません。培養肉は地球温暖化の解決、動物愛護、食中毒リスクの減少といったさまざまなメリットもあります。そういった背景から培養肉の研究に着手しました。

↑食料危機の解決だけでなく環境負荷の低減にも貢献

 

そして弊社には、“食創為世”という創業者精神があります。世界初のインスタントラーメンである『チキンラーメン』、世界初のカップ麺である『カップヌードル』のように、新たな食を創造して、世の中のために役に立つことを目指しています。そのような企業風土もあって、培養ステーキ肉という新しい技術へのチャレンジを開始しました」

 

ちなみに古橋さんたちが研究している、本物のステーキ肉と同等の“培養ステーキ肉”は、飛躍的な技術の発展が必要とされ、世界でまだ誰も実現していません。そのため東京大学との共同研究を行っており、研究チームには細胞培養の権威をはじめとする、さまざまな分野の大学教授が参加しています。

 

「培養肉を作るためには筋肉の細胞(筋細胞)を培養で増やし、組織をつくる必要があります。マウスやヒトの筋細胞培養は広く行われているため、その方法を参考にウシ細胞の培養を行いましたが、はじめはうまく培養することができませんでした。その後、ウシの筋細胞を安定的に培養できるようになりましたが、ウシ細胞を増やして集めただけでは、私たちの目指す、噛み応えのある培養ステーキ肉を作ることはできませんでした。さらに研究を重ねて課題解決の糸口を見つけましたが、その他にも味や栄養分、サイズについて、そして実用化に向けては培養肉の表示、安全性評価の基準や方法を整備していく必要があります」

↑2019年に世界で初めてサイコロステーキ状(1.0cm×0.8cm×0.7cm)の筋組織を作ることに成功

 

話を聞いているだけで、この研究の難しさや古橋さんの苦悩が伝わってきます。しかし本人は「日々の研究はとても地道な作業ですが、新しい発見が得られるときに面白さややりがいを感じます」とすごく前向きです。

 

不足する肉の補完的な役割・肉の多様化を目指す

古橋さんたちの研究が進めば、近い将来、当たり前のように培養ステーキ肉が食卓に並んでいるかもしれません。

 

「今後は、より大きく、本物の肉に近い性質かつ安価な肉の実現に向けて研究を進め、将来的には、大型化(厚さ2cm×幅7cm×奥行7cm)を目指しています。また、消費者のニーズが多様化するなかで、新たな肉の選択肢の一つになれればとも。畜産物を完全に置き換えることではなく、『これまでの畜産肉』『植物代替肉』『培養肉』など、嗜好や時々のニーズに合わせ、消費者が選べるようになってほしいと考えています。そして現在は牛肉の培養ステーキ肉の研究を行っていますが、ゆくゆくはマグロやウナギ等の希少な生物の肉にも応用できればと思っています」

 

また、実用化された場合、地球環境に与える負荷の削減も期待できます。

 

「環境負荷低減に関する具体的な数値ついては現在検討中のため回答できませんが、負荷が少ない工程を検討していきたいと考えています。培養肉の環境負荷レベルについては、通常の畜産より、エネルギー消費を7~45%削減、CO2消費を78~96%削減、土地の消費を99%削減、水消費を82-96%削減できるという試算があります」

[出典:Environmental Impacts of Cultured Meat Production. Tuomist et al. Environmental sci. and tech. (2014)]」

 

食料不足や環境課題解決のための糸口になる培養ステーキ肉。そして環境問題以外にも、教育や健康、災害、貧困など社会課題は数多くあります。創業者精神が脈々と受け継がれている日清食品グループの挑戦は、私たちに驚きをもたらしながら今後も続いていくでしょう。

この普遍的なカラーリングが好き!アシックスのコートシューズがサステナブル仕様で登場

アシックスの定番モデル「スカイコート」は、同ブランドが誇る名バスケットボールシューズ「ファブレ ジャパン S」(1981年登場)をタウンユース用としてアップデートした「ジャパン S」のソール。さらに、バレーボールシューズ「ゲルアルティチュード」(1990年登場)からインスピレーションを得たアッパーからなるコートスタイルシューズです。そんなシンプルで使い勝手が良いスカイコートに、地球や環境のことを考え、美しい自然環境に感謝する「アースデイ」に合わせたサステナブル仕様モデルが登場しました!

 

【アシックス「スカイコート(EARTH DAY PACK)」の写真を先見せ(画像をタップすると閲覧できます)】

 

シンプル&ナチュラルなカラーウェイでどんなスタイルにもバッチリマッチ!

本作のアッパーは環境に配慮した仕様となっています。また、サステナブルのメッセージをさらに強くアピールするために、ナチュラルベージュとクリームのカラーウェイを採用。素材使いで地球環境への配慮を実現しながら、色使いによって地球環境保護のメッセージを発信しているのです。

↑アッパーは地球環境について考える日として提案された記念日である「アースデイ」にちなんで、リサイクルレザーやリサイクル繊維によるファブリックを使用しています

 

↑サイドに入るお馴染みのアシックスストライプはミニマルタイプになっていて、よりシンプルな表情に

 

↑ヒールカップのサイドに設けられる補強も「アースデイ」にちなんだリサイクル繊維を使用しています

 

↑シューズの内側サイドはアシックスストライプが省かれ、パンチングによるベンチレーションを設けて通気性を高めています

 

↑インソールにはサステナブル製品の証である「ひまわりロゴ」が施されています

 

シンプルなルックスでどんなスタイルとも好相性ですね。しかも今作はサステナブル仕様でナチュラルなカラーウェイで仕上げられていて、より履きこなしの幅も広がります。どんなスニーカーを買うべきか迷ったなら、履きやすくて地球にも優しいこちらをオススメします!

アシックス
スカイコート(EARTH DAY PACK)
1万1000円(税込)

 

アシックスジャパン お客様相談室
TEL:0120-068-806

 

さかなクンと一緒に「ギョッ!」と驚く大洋州の島々の魅力を再発見:第9回太平洋・島サミット(PALM9)開催に合わせて動画シリーズが続々公開中!【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「ギョギョギョ」で大人気のさかなクンがナビゲーターとなり、大洋州の島々の魅力を伝える動画シリーズについて紹介します。

バヌアツの村の酋長さんにインタビューするさかなクン

真っ青な海に点在する緑あふれる島々—ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアの各地域に分類される太平洋島嶼(とうしょ)国は、美しい南の楽園であるだけでなく、気候変動による負の影響に直面しているほか、国土が分散し、電気や水道などの社会サービスが行き渡らないといった島国ならではの課題も多く抱えています。そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う第9回「太平洋・島サミット(PALM9)」(注)が7月2日に開催されます。

(注)太平洋・島サミット(PALM:Pacific Islands Leaders Meeting)は、太平洋に広がる、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの島嶼国と日本との関係強化を目的として、1997年から3年に一度日本で開かれている国際会議。第9回目の今年はテレビ会議方式で開催されます。

この動画シリーズでは、さかなクンが現地の魅力に触れながら、それぞれの国の課題にJICAがどのように取り組んでいるのか、その様子も紹介していきます。

 

「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになる」-バヌアツの人々の優しい気持ちに笑顔に

「バヌアツの皆さんの海を大切に思う気持ちはとても大きいですね。私達もしっかりお手本にさせていただきたいと思います!」。現地の人たちとオンラインで交流をしたさかなクンは、養殖に成功した貝の成長を喜び、また、貝細工を作る仕事に携われて幸せだという人々との交流に「幸せな気持ちで作ったものは、幸せなものになりますね」とにっこりです。

この動画シリーズ第1回はバヌアツから。JICAバヌアツ支所企画調査員の茂木晃人さんが、バヌアツで取り組んでいるJICAの「豊かな海を守る」活動について紹介します。

「2006年から15年間に渡って、貝細工の材料になるヤコウガイや、オオシャコガイといった貝類を保全し、さらに養殖によってその数を増やす取り組みを続けています。そうして守り育てられた貝類は、最終的に貝細工の工芸品に加工され、地元の人々の収入向上にも貢献しています」

さかなクンにバヌアツでの取り組みを説明する茂木晃人JICA企画調査員(中央)と、JICAの研修で貝細工を学び、指導員をしているバヌアツ水産局職員のアンドリューさん(右)

 

活気あふれるバヌアツの首都、ポートビラにある中央市場

首都ポートビラにあるハンディクラフト市場からの中継リポートでは、映し出された木彫りの魚を見るや「あっ、ニザダイ科ですね!」と、種類を言い当てるさかなクン。すっかりバヌアツへのバーチャルトリップを楽しんでいました。

 

今回の動画は現地とオンラインでつないで制作。さかなクンはその感想をイラストで描きました

 

さかなクンもワクワク-教科書開発がつなぐ日本とパプアニューギニアの絆

シリーズ第2回では、パプアニューギニアの真っ青な海とお魚が画面いっぱいに現れます。

「パプアニューギニアは、大洋州の中でも手つかずの自然が残された島々が多く、ラストフロンティアとも呼ばれているところです」。案内役のJICA伊藤明徳専門家がその魅力を語ると、さかなクンは「パプアニューギニアの海の中、見てみたいです!」と、海の美しさとサンゴ礁に住む魚の豊かさにすっかり興味津々です。

パプアニューギニアの海の中。美しいサンゴや珍しい魚が生息し、豊かな自然があります

そんな自然豊かなパプアニューギニアで、JICAが取り組んだのは、小学3年生から6年生が使う算数と理科の教科書の開発です。伊藤専門家は、「これまで、パプアニューギニアの学校では、国定教科書がありませんでした。そのため、先生個人が独自に作ったものや、外国製のものが使われていたのです。そこで、JICAが協力して、パプアニューギニアで初めての国定教科書を作りました。これにより、約80万人の子どもたちが同じ教科書で学ぶことができるようになりました」と述べます。

 

パプアニューギニアの自然の素晴らしさを紹介するJICAの伊藤明徳専門家(右)は、教科書開発プロジェクトの日本側のリーダーを務めました

 

さらに、理科の教科書開発に携わった、杉山竜一専門家と来島孝太郎専門家も登場。

「子どもたちに、パプアニューギニアの自然の豊かさや文化の多様性を学んでもらいたかったんです。理科の教科書に掲載した、世界最大の蝶トリバネアゲハと世界最小のカエルで、パプアニューギニアの生物の多様さを伝えました」と語る教科書開発に込められた専門家の思いに、「これはワクワクしながら学べますね」とうなずくさかなクン。「これまではるか遠くのことだと思っていましたが、お話しを聞いてパプアニューギニアをとーーっても近しく感じました」と嬉しそうに話しました。

JICAの協力で開発された教科書で学ぶ子どもたち

 

さかなクンは、パプアニューギニアの動画で紹介された現地の魚や動物をイラストで描きました

 

さかなクンが案内する、大洋州の島々への動画の旅はまだまだ終わらない!

「バヌアツのみなさんの笑顔が素敵でパッと明るくなる感じ、すごく嬉しい気持ちになりました」「さかなクンにはこういった動画が似合う。どんどん紹介してほしい」

さかなクンの動画サイトには、このバヌアツ編、パプアニューギニア編の配信後、視聴者から続々とコメントが寄せられています。

現在、気候変動への対応をテーマにしたフィジー編も公開中。今後、パラオでサンゴ礁を守る取り組みなどJICAの協力を紹介する動画が追加されます。YouTubeのさかなクンちゃんねるで、ぜひご覧ください!

さかなクンちゃんねる
https://www.youtube.com/c/sakanakun

 

「木のおなら」が臭い!ゴーストフォレストと温暖化のストローみたいな関係

海洋環境保全はサステナビリティの重要な課題の一つですが、米国では近年、海面の上昇を原因とする「ゴーストフォレスト」(幽霊化した森)が大きな問題になっています。最近では枯れたマツやヒノキから「木のおなら」と呼ばれる温室効果ガスが出ていることも判明しました。ゴーストフォレストで一体何が起きているのでしょうか?

↑ニュージャージー州のマリカ川流域にあるゴーストフォレストの様子。写真提供/ジェニファー・ウォーカー

 

まず、ゴーストフォレストについて簡単に説明します。地球温暖化が進み海面が上昇したことで、海水が陸地に侵入していく現象が起きています。沿岸や河口地帯にある森林でこのような現象が起きると、塩分を含んだ海水は樹木をゆっくりと時間をかけて蝕み、やがて枯れさせていくのです。畑に海水が侵入すると農作物が育たなくなってしまうのが塩害ですが、それと同じようなことが起きているのが、ゴーストフォレストなのです。

 

青々しい緑の葉を失い、弱々しく朽ち果てた木々が並ぶゴーストフォレストは、米国のバージニア州からマサチューセッツ州までの沿岸地域やミシシッピ川沿いの地域、ノースカロライナ州の海岸林などで発生しています。

 

植物の根は呼吸したり、微生物が二酸化炭素を排出したりするため、土壌は温室効果ガスを排出しています。それだけでなく、枯れた木々は分解されるときに温室効果ガスを空気中に送り出しているとも考えられています。しかし、ゴーストフォレストで見られる、このような温室効果ガス——通称「木のおなら」——については、まだ多くのことが明らかにされていません。

 

そこで、ノースカロライナ州立大学の研究チームが、ゴーストフォレストから排出される温室効果ガス(二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素など)について調査を行いました。彼らは枯れた木々と温室効果ガスの関係を長年調べています。今回の研究テーマはズバリ、枯れた木々はコルクみたいに温室効果ガスを内側に封じ込めているのか、それとも逆にストローみたいに排出しているのか?

 

彼らは2018年と2019年に、ノースカロライナ州にある5つのゴーストフォレストで、土壌と枯れた木々のそれぞれから排出された温室効果ガスの量を測り、土壌と枯れた木々のどちらのほうが、より多くの温室効果ガスを空気中に送り出しているのかを比べてみました。

 

その結果、どちらの年でも、土壌から排出された温室効果ガスの量は、枯れた木々からの排出量の約4倍多いことが判明したのです。しかも、土壌に比べて排出量は少ないものの、枯れた木々も全体としては温室効果ガスの排出量に大きく貢献していると研究者は指摘しています。

 

では、枯れた木々はコルクかストローのどちらなのでしょうか? 「それらは『フィルターとしてのストロー』だと思われる。温室効果ガスが枯れた木々を通じて空気中に移動しているからだ」と同研究チームのマルセロ・アードン准教授は述べています。

 

気候変動が進んで海面がさらに上昇すれば、このゴーストフォレストはさらに増えていくと予測されています。本来なら地球温暖化の防止に役立つ森林なのに、枯れてしまったら逆に温暖化を促進する原因になる……。海や沿岸のエコロジーを守るための行動が私たちに求められています。

 

【出典】

Martinez, M., Ardón, M. (2021). Drivers of greenhouse gas emissions from standing dead trees in ghost forests. Biogeochemistry. https://doi.org/10.1007/s10533-021-00797-5 

Sacatelli, R., Lathrop, R.G., and Kaplan, M. (2020). Impacts of Climate Change on Coastal Forests in the Northeast US. Rutgers Climate Institute, Rutgers University. https://doi.org/doi:10.7282/t3-n4tn-ah53 

 

フォトジャーナリスト・道城征央氏が海洋ごみの専門家に訊く――「プラスチックごみ」は何が危険!?

 

↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海中で採取したペットボトル(道城氏撮影)

 

昨年始まったレジ袋有料化に続き、今年6月にはコンビニなどの使い捨てスプーンの有料化など、プラスチック製品の削減やリサイクルを促進するための法案「プラスチック資源循環促進法」が成立しました。これらをきっかけに、ごみ、とりわけプラスチックごみ問題が地球規模で広がり、無視できない領域までに発展していることを改めて知った方も多いのではないでしょうか。なかでも直接・間接的に海に捨てられたプラスチック製品は海洋ごみとなり、日本はもちろん、太平洋に浮かぶ島々に大きな影響を及ぼしています。

 

太平洋の島国では、生活スタイルの急速な欧米化などの理由から、近年、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。これらの国々でも“いかにごみを減らすか”が課題となっています。

 

そんな大洋州各国が直面する問題を話し合う会議「太平洋・島サミット(PALM)」が7月2日に開催されます。ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアなどの太平洋島しょ国と日本との関係強化のため、1997年の初開催以来、3年ごとに開かれています。第9回となる今回はテレビ会議方式で開催され、ごみ問題も重要なテーマの一つとしてクローズアップされる予定です。

 

本記事では、ミクロネシアや東京都内などで長年、清掃活動を行ってきた水中写真家・フォトジャーナリストの道城征央さんが、自身の経験をもとに、プラスチックごみが環境問題としてクローズアップされるようになった経緯や地球環境に及ぼす影響、さらに解決策について、プラスチックごみ研究の第一人者である九州大学の磯辺篤彦教授に取材。さらに国際協力機構(JICA)にて、太平洋島しょ国のごみ問題の改善に取り組む、「大洋州廃棄物管理改善支援プロジェクト」(J-PRISM)に携わっている三村 悟さんにも話を伺いました。科学者、国際協力の専門家、ジャーナリストと異なる立場ながら、ごみ問題の解決という共通の目標を持つ3人。本記事では本人たちの考えや思いを通し、海洋ごみ問題の本質に迫ります!

 

【太平洋・島サミット(PALM)(外務省HP)】

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/index.html

【J-PRISM(JICA ODA見える化サイトHP】

https://www.jica.go.jp/oda/project/1500257/index.html

 

 

【著者プロフィール】

道城征央

水中写真家・フォトジャーナリスト。南太平洋の島しょ国・ミクロネシア連邦への40回に及ぶ渡航をはじめ、撮影のため小笠原や沖縄にも足繁く通う。ごみ問題に関心を持って以来、ミクロネシアや地元・東京中目黒などで定期的に清掃活動を実施。また、自身が撮った写真を使用して「人と自然との関わり方」をテーマに、学校や企業などで幅広い講演活動を行う。また、埼玉動物海洋専門学校において「自然環境保全論」「海洋環境学」の特任講師を務めている。

 

 

フィールドワークがマイクロプラスチックの全容を解き明かすカギ

「プラスチックごみが地球環境にどういった影響を及ぼすのか、実はまだはっきりと分かっていません」

 

開口一番、こう切り出す磯辺教授。かく言う私は、ポンペイ島をはじめとするミクロネシア連邦に何度も足を運び、さまざまな美しい海中の様子を写真に収めてきました。ごみ問題に関心を持ったきっかけは、『本来あってはならないものがそこにあるという光景をカメラマンとしてとても不自然に感じた』からです。以来、本来あってはならないもの=ごみを減らそうと、現地での清掃活動に取り組んできました。冒頭の磯辺教授の発言の真意はどこにあるのか、興味を持った私はさらに話を伺いました。

 

【プロフィール】

磯辺篤彦

九州大学応用力学研究所教授。理学博士。専門は海洋物理学。海洋プラスチックごみの第一人者として、環境省の研究プロジェクトや、国際協力機構と科学技術振興機構の研究プロジェクトでリーダーを務める。2020年には文部科学大臣表彰科学技術省を受賞するなど数々の賞を受賞。著書に『海洋プラスチックごみ問題の真実』(化学同人)など。

 


↑ミクロネシア連邦コスラエ島付近の海底でごみを拾っている様子。道城氏撮影(動画)

 

「海中に漂うプラスチックごみは、海水や波による劣化や腐食などにより細かく砕かれ、直径5㎜以下の小さなプラスチック片になります。それを『マイクロプラスチック』と呼ぶのですが、我々の調査により、とくに日本近海で採取した海水中に非常に多く含まれていることが確認できました。ただ、これらが生物の体内に摂取された場合にどういった影響を及ぼすのか。また海中にあるマイクロプラスチックごみはどうなるのか、など未知の部分が多いんです」(磯辺教授)

↑日本近海で採取されたマイクロプラスチック。

 

マイクロプラスチックごみがその後、どこに向かうのか? 海中深くに沈むのか、さらに細かくなってしまうのか、今後の研究が待たれるところだそうです。だからこそ磯辺教授は『科学者』としての立場から冒頭でこう述べたのだと言います。

 

ただ、プラスチック製品には添加剤として「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が使われてきたのも事実。当然、マイクロプラスチックにも環境ホルモンが含まれていると考えられます。人間を含む生物が直接的、間接的に体内に摂り込んだ場合、生殖機能などに影響を及ぼす危険性はないのでしょうか。

 

「科学者の役割は、研究や実験によって判明した真実を正しく社会に伝えることだと考えます。しかしそれは、狭い実験室の中で自然界ではあり得ない高濃度の物質を使い、シミュレーションして得られた結果を公表し、危険性のみを煽るということではありません。環境ホルモンに関しても、(実験ではこうした結果が出たが)では自然界ではどうなのか。それを知るために、実験室での研究と同様に大切なのがフィールドワークです」(磯辺教授)

 

50年後の予測では海中のマイクロプラスチック濃度がさらにアップ

磯辺教授の専門は海洋物理学。主に海流の研究をしていましたが、2007年頃に“海洋ごみがどこから来たのか”という研究を始めたことが、この問題に興味を持ったきっかけだと言います。

↑長崎県五島列島の海岸に漂着した海洋ごみ。その多さに驚かされる

 

「フィールドワーク開始当初、五島列島の海岸に漂着している大量のごみを最初に見たときは唖然としたのを覚えています。以来、さまざまなフィールドワークを重ねてきました。2016年に、南極から日本までを航行しつつ太平洋上の海水を採取し、その中に含まれるマイクロプラスチックを調査するという機会があったのですが、赤道を越えたあたりから、北上するに従って明らかにその濃度が高くなることが分かりました。また、研究の結果、50年後にはさらにその濃度が高くなるという予測が導き出されました」(磯辺教授)

↑南太平洋でのマイクロプラスチックの採取風景。ニューストンネットを使って行われる

 

↑2016年の太平洋のマイクロプラスチックの浮遊濃度(上)と、コンピュータ・シミュ−レーションで予測した2066年の浮遊濃度。日本近海を中心に著しく増加すると予測されていることが分かる。引用元:Isobe et al. (2019, Nature Communications, 10, 417)

 

現状では生物への影響が不明だとはいえ、マイクロプラスチックの濃度が高くなれば、当然、生物にも何らかの影響を及ぼす可能性が高くなります。そうなる前に、少しでもプラスチックごみを減らす必要があると言うのです。

 

海中のマイクロプラスチックを除去する研究も進められてはいますが、地球の約7割を占める広大な海でそれを実現するのがとても困難であることは容易に想像できます。であれば、まずなすべきことは、ごみ(プラスチックごみ)を出さないという点に尽きるのではないでしょうか。

 

「ごみを減らす」ためにまず必要なのは、現地の人々の意識改革

冒頭でも触れましたが、ここ数十年で急速に近代化が進んでいる太平洋の島しょ国では、プラスチックごみをはじめとする廃棄物が急激に増えてきました。そんな島々の廃棄物の減少や廃棄物処理施設の拡充などに、現地で取り組んでいるのがJICAの三村さんです。

 

【プロフィール】

三村 悟

JICA専門家。20年にわたりサモアをはじめ大洋州島しょ国の開発協力プロジェクトに携わる。太平洋・島サミットの準備のため設置された政府有識者会議の有識者(環境・防災分野)として委嘱を受ける。専門領域は太平洋島嶼の持続可能な開発と防災協力。著書に『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(共著)など。

 

 

「実際、サモアでも20年前より明らかにごみが多くなっていますし、海にごみが浮いている光景をよく見かけるようになりました。そんな背景もあって、JICAでは2011年からJ-PRISMというプロジェクトを大洋州で実施しています。現在は第2フェーズにあたるのですが、その取り組みの中心となるのが、3つのR(Reduce、Reuse、Recycle)+Returnという考えのもと、廃棄処分場の乏しい島々でごみを分別し、自然に還せるものは自然へ、製品を製造した国へ還せるものは還すというものです」(三村さん)

 

↑サモアを走るラッピングバス。プラスチック製ストローを使用しないよう呼びかけている。サモアでの廃棄物戦略を開始した際、サモア天然資源環境省が啓発のため走らせた(三村さん撮影)

 

現地で清掃活動を行った際に私が感じることなのですが、ごみに対する人々の意識を変えることは簡単ではありません。そもそも以前は、食器にバナナの葉を使うなど、放置しておいても自然に還るモノしか使っていませんでした。いわば“ごみ“という概念自体が希薄だったのだと思います。ところが、“自然に還ることのない”プラスチック製品が島の人々の生活に大量に入り込み状況が一変します。島のあちこちにプラスチックごみがあふれるようになったのです。

 

もちろん現在は、「プラスチックごみを減らさなければいけない」ことを現地の人々も知っています。ゆえにこちらが積極的に動けば、現地の人々も積極的に清掃活動などに参加してくれるのですが、これが持続しません。“ごみを出さない大切さ”を理解し、自ら率先して行動してもらえるよう、現地の小学校で講義を行ったりしていますが、こうした意識改革には多くの時間がかかると考えています。

↑ミクロネシア連邦・ポンペイで現地の人々と一緒に清掃活動を行う

 

「現地の人々の(ごみに対する)意識、という部分では、私もしばしば課題を感じることがあります。そのためには、人々のモチベーションを上げることが大切だと考えています。私の場合、パラオなど他の島での成功事例を伝えることで『自分たちにもできるんだ』というモチベーションを持ってもらうことから始めています。明確な目標に向かって、率先してごみをなくすための活動を行うようになってくれればと思います」(三村さん)

 

まずは、一人ひとりが「できること」から行動を

ごみに対する人々の意識改革—この難しさは我々日本人も同様だと思います。そうした意味でも、レジ袋の有料化は人々がプラスチックごみについて考える良い機会になったのではと磯辺教授も話します。

 

「実験室とフィールドの両方で得られた研究結果を社会に正しくアナウンスしていきたいですね。(生物や人に与える影響があると)証明できれば、レジ袋一つとっても『だったら有料でも仕方ないよね。使うのを控えよう』と、初めて受け入れられる世の中になるのではないかと思いますし、それが科学者としての私の役割だと考えます」(磯辺教授)

 

そんな磯辺教授の言葉を受け、私も改めて自分の役割は“活動すること”にあるのだということを再確認できました。だから今後も引き続き、地元やミクロネシアでの清掃活動を続けていくつもりです。それは、活動を通して少しずつでもごみに対する意識を変えてもらえると信じているからです。

 

プラスチックごみやマイクロプラスチックに関しては正直、まだまだ分からないことだらけですが、少なくとも「自然環境に良いもの」ではありません。であれば、プラスチックごみを出さない、もしくは減らすために、皆さんも自分のできることから始めてみてはいかがでしょうか。レジ袋を使わないという行動でも、ごみをきちんと分別するという行動でもいいと思います。まずは行動する。これがごみを減らすための意識改革の一歩になるように思います。

 

【関連リンク】
・【第9回 太平洋・島サミット(PALM9)開催】サモアから、ごみ処理プロジェクトの“今”を三村悟JICA専門家がレポート!
https://www.jica.go.jp/topics/2021/20210621_01.html

 

温室効果ガスを減らしていた? 雷に「空気浄化作用」の可能性

夏が近づいてくると、雷が増えます。気象庁の発表によると、2005年〜2017年の間に日本で報告された落雷は1540件。月別にみると7月と8月に集中していて、8月には全体の約3割の落雷が起きています。そんな雷は人や住宅などに被害をもたらすことがありますが、その反面、空気を浄化する働きがあるかもしれないことが判明しました。

↑見た目は怖いけど、大気をきれいにしています

 

米国・ペンシルベニア州立大学で気象学を研究するウィリアム・H・ブルーン特別栄誉教授は、雷や稲妻が大気にどのような化学変化を及ぼすのかを調べるため、2012年にコロラド州とオクラホマ州上空を飛行した航空機からデータを回収し、調査しました。データを見ると、雲の中に大量の「OH(ヒドロキシラジカル)」と「HO2(ヒドロペルオキシルラジカル)」の存在を示すシグナルがありましたが、ブルーン氏は当初これらを回収機器のノイズだと思い、いったんすべて除去していました。

 

しかし、いまから数年前、ブルーン氏が再びそのデータを確認したところ、機械のノイズではなく、確かに「OH」と「HO2」であることが判明。改めて、これらが稲妻や肉眼で見えない放電によって生まれた物質であるかどうかを大学院生らと調べたところ、雷の中で生成されていることが明らかとなったのです。データを回収した雲には肉眼で見える雷はなかったのですが、目に見えない稲妻でも、これらの物質が生成されていることが確認されました。

 

雷の電圧は、200万ボルトから2億ボルトにもなると言われています。一般家庭の電圧は100ボルトですから、最大でその200万倍以上になります。その巨大なエネルギーは、大気中にある窒素や酸素の分子を分解させ、OHとHO2などのラジカル(不安定で反応しやすい性質の分子や原子のこと)を生成します。これまでにも、雷が水を分解してOHとHO2 を生成することはわかっていましたが、雲の中でこの生成プロセスが観察されたことはありませんでした。

 

OHには大気中の成分を変化させる力があり、メタンのような温室効果ガスの除去に役立つことが知られています。HO2も大気の酸化力を調整する物質の一つであるため、これらは温室効果ガスにもなんらかの影響を与えているのかもしれません。しかし、雷の多くは熱帯地域で発生しており、今回使用したアメリカ上空の航空機のデータとは物質の構成が地域によって異なると考えられます。そのような理由で、雷によるOHとHO2の生成と温室効果ガスへの影響についてはさらなる研究が必要だ、とブルーン氏は述べています。

 

古代では霊力があるなどと、人々に恐れられていた雷の存在。その中でさまざまな化学反応が起きているとわかると、自然の偉大さや目に見えない力をさらに感じますが、雷の空気浄化作用は今後どのように解明されていくのでしょうか? 目が離せません。

 

【出典】W. H. Brune., et al. (2021). Extreme oxidant amounts produced by lightning in storm clouds. Science, 372(6543), 711-715. DOI: 10.1126/science.abg0492

ミカンを使って透明になっただと!? 知らぬ間に「木材」が大進化していた

建築や家具、工作など幅広く使われる木材。この材料は私たちにとって身近な存在ですが、その中には、まだ広く知られていない種類もあります。アクリルのように向こう側が透けて見える木材はその一つかもしれません。驚くべきことにスウェーデンでは最近、ミカンを原料に使用した透明な木材が開発されたのです。一体どんなものなのでしょうか?

↑スウェーデン王立工科大学の研究チームが開発したミカン由来の透明木材。写真提供/Celine Montanari(※)

 

透明な木材の開発は真新しいことではありません。例えば、日本では木材から、透明で軽くて強度のある「セルロースナノファイバー」を作る研究が、10年以上前から行われてきました。

 

海外では、スウェーデン王立工科大学の研究チームが、2016年に透明の木材を開発しています。そのきっかけは窓ガラスだったそう。窓ガラスは光を通して建物の内部を明るくしますが、太陽光のエネルギーを蓄えることはありません。同研究チームは「ソーラーパネルみたいに、日中に吸収した熱を夜間に放出することで、部屋を温かくする材料はないだろうか?」と考え、透明な木材を作り始めました。

 

その工程で大切なのは、木材の主成分の一つであるリグニンを取り除くこと。リグニンは植物の体内で作られる成分で、空気中の酸素と反応して、黄色から茶色に変色する性質があります。そのため、白い高級紙を作るときなどは化学処理によって木材からリグニンが取り除かれますが、透明な木材を作る場合にも、同じようにリグニンを除去しなければなりません。しかしリグニンを取り除くと、小さな空洞が生じてしまいます。そこを埋めるためには、木材の強度を保ちつつ、光を透過させるものが必要です。

 

当初、同研究チームは化石由来のポリマーを使って、その問題を解決していました。しかし、より環境に配慮する必要があるため、彼らはミカンの皮から抽出したリモネン・アクリレートを使って、透明な木材の開発に取り組むようになり、最近その実験に成功したと発表したのです。

 

リモネン・アクリレートは、オレンジジュースの製造工程で廃棄されるミカンの皮などから抽出することができるため、石油由来の成分を使うよりも環境への負荷がとても少ないことが特徴。それを使った同研究チームの新しい木材は溶剤なしで作られており、使用している化学薬品はすべてバイオ由来のものと発表されています。

 

また、化石由来のポリマーを使用した木材では光の透過率が85%でしたが、ミカン由来の透明な木材では90%にアップ。強度も高いと同研究チームは述べています。

 

ミカンを取り入れることで環境面にこだわった透明な木材は、スマートウィンドウへの応用を含め、さまざまな可能性を秘めているとのこと。進化する木材から目が離せません。

 

【出典】Montanari, C., Ogawa, Y., Olsen, P(※)., Berglund, L. A., High Performance, Fully Bio-Based, and Optically Transparent Wood Biocomposites. Adv. Sci. 2021, 2100559. https://doi.org/10.1002/advs.202100559

 

(※)Celine MontanariとPeter Olsenのeは、アキュートアクセント付きが正式な表記です

注目のフードテック“代替肉(だいたいにく)”とは? 基本と世界の最新事情を解説

人口増加による食糧危機やフードロス、深刻な栄養不足の問題など、世界には食にまつわる課題が多数存在しています。そうした課題を解決するために、今注目されているのが「フードテック」です。「フードテック」とは、フードとテクノロジーを掛け合わせた造語のこと。欧米を中心に広がりを見せていましたが、日本でも近年フードテックに取り組む企業が増えています。

 

今回は、フードテックの中でも私たちの暮らしに身近になりつつある「代替肉」にフォーカス。食や生活雑貨など、さまざまな視点からウェルビーイングな製品・サービスを手掛ける、株式会社TWOの代表取締役CEO・東義和さんに、「フードテック」と「代替肉」の最新事情を教えていただきました。

 

↑株式会社TWOの代表取締役CEO・東義和さん

 

市場規模700兆円へ! 今「フードテック」が注目される理由とは?

まずは「フードテック」とはどういったものを指すのか、東さんに解説していただきました。

 

「フードテックという言葉は、とても定義が広いんです。わかりやすいものだと、やはり『代替食』ですね。お肉はもちろんのこと、海外ではたまごや牛乳、チーズといった食品にも、植物由来の代替食品が生まれています。しかし、フードテックの領域は『代替食』だけではありません。栄養を壊さないミキサーや、お肉を3Dで成形する3Dプリンターなど、食に関する最新技術もフードテックと呼ばれています」(TWO代表取締役CEO・東義和さん、以下同)

 

2025年には、世界の市場規模が700兆円になるとも言われているフードテック。なぜそれほどまでに注目が集まっているのでしょうか。その背景には「SDG‘s」が大きく関係している、と東さんは言います。

 

「SDG‘sでも取り上げられているように、世界では、人口増加による食糧危機や食肉の生産過程におけるCo2排出量の問題、土地・水資源の枯渇など、食にまつわる様々な問題が深刻化しています。そうした課題を解決する手段として、フードテックに期待が寄せられているのです。

環境保護や健康への意識が高い欧米を中心に広がりを見せているフードテックですが、日本でも、最近『エシカル消費』という言葉が聞かれるように、環境に配慮した商品を選ぶ人が増えてきていると思います。そうした消費者の意識の変化もあり、今後フードテックはますます大きなムーブメントになると感じています」

 

フードテックの代表格「代替肉」の種類と世界と日本の今

さまざまなフードテックの取り組みがある中で、代表格ともいえるのが「代替肉」。大きく分けて「培養肉」と「プラントベースの代替肉」の2種に分けられます。この代替肉について、東さんに詳しく教えていただきました。

 

・培養肉

培養肉とは、名前の通り肉の細胞を一部抜き取って、その細胞からつくられた人工的な肉のこと。少ない資源から食肉を生成する技術として注目されています。ただ、生産におけるコストが高く、ひとつ数十万円以上するなど課題点が多いのも事実です。私たちの食卓に届くのはまだ先になりそうですが、アメリカやイスラエルを中心に、世界中で開発が盛んに行われている領域でもあります。テクノロジーの進化とともに、一気に市場が広がるのではないかと思います」

 

・プラントベースの代替肉

プラントベースの代替肉は、植物性のタンパク質からつくられた肉のこと。一番メジャーなのは、大豆ミートですね。今では、ひよこ豆やえんどう豆がベースとなった代替肉も数多く存在しています」

 

アメリカでは、「ビヨンド・ミート」や「インポッシブル・フーズ」といったスタートアップ企業が急成長を遂げており、スーパーマーケットで気軽に手に入れることができるほどプラントベースの代替肉が広く普及しています。

↑アメリカのスタートアップ「Beyond Meat」「Impossible Foods」。Googleやビル・ゲイツなどが将来性を見込み、出資を行っていることでも話題

 

日本は、欧米に比べるとまだまだ市場規模が小さいのですが、ここ数年で国内の大手企業やベンチャー企業がこぞって代替肉の開発を進めており、通販はもちろん、一部大手小売店でプラントベースの代替肉商品が購入できるようになってきました。さらに、昨年は日本で初めての「プラントベース代替肉専門の肉屋」がオープンし、話題を集めています。

↑東京・池袋にあるThe Vegetarian Butcher。代替肉はグラム2円から購入することが可能

 

「昨年、オランダのプラントベース代替肉のスタートアップベンチャーである『The Vegetarian Butcher』が日本に上陸しました。レストランとして代替肉を使ったメニューが楽しめるだけでなく、プラントベース代替肉専門の肉屋が店内に併設されているのが特徴です。普通のお肉屋さんのような感覚で代替肉を買うことができるのは、日本初の取り組み。今後市場が広がれば、日本でもより気軽に代替肉を手に入れることができるようになると期待しています」

 

環境への配慮だけじゃない!「代替肉」のメリット

日々進化を遂げている「代替肉」の世界。一体なぜこれほどまでに需要が拡大し、新たな市場が生まれているのでしょうか。その理由は主に3つあると、東さんは指摘します。

 

「まずは、やはり環境への負荷が少ないという点が挙げられると思います。例えば、牛や豚を育てるためには大量の餌や土地、水などの資源が必要ですよね。さらに、牛の出すゲップや糞尿はメタンガスを多く含んでおり、地球温暖化にもつながると言われています。一方代替肉は、当然そうした生産における資源を削減することができるので、エシカルな視点で見ると大きなメリットがあるのです」

 

 

「そして、プラントベースの代替肉については健康面でのメリットが挙げられます。近年は、先進国を中心に肉の消費量が増えており、深刻な野菜不足が問題となっています。プラントベースの代替肉は、低カロリーで低コレステロール、高タンパク。タンパク質がしっかり取れるだけでなく、とてもヘルシーです。健康志向が高まっている今、より注目を集めているのだと感じています。

 

さらに、動物愛護の視点でも関心が高まっています。さまざまな議論がありますが、不必要な屠殺を減らすことができるのも、代替肉のメリットではないでしょうか」

 

残された課題と、アップデートし続ける「代替肉」

一方で、代替肉にはまだまだ課題も残されていると、東さんは言います。

 

「消費者の目線から言うと、やはり動物性のお肉に比べて価格が高いというのはネックになると思います。多くの企業で、そこはかなり意識しているところですね。よりリーズナブルにしていく必要があると思いますが、日本では市場が成長段階のため難しいのも事実です。しかし、今後需要が増えることを予測すると、価格も反比例して下がっていくはず。これからに期待ですね」

 

 

「そして、動物性のものに比べて味が物足りないと感じる人も多いようです。その問題に対しては、各社が“どう肉っぽさを再現するか”を追求している最中でもあります。肉の細胞から生まれた培養肉とは違い、プラントベースの代替肉は言ってしまえば肉とは全くの別物です。そのため『嚙んだときのスジの食感』や、『脂のうまみ』など、肉っぽさを再現することは難しいのですが、今も多くの企業が技術を駆使して美味しさに挑み続けています」

 

代替肉市場を牽引するアメリカのスタートアップ、「インポッシブル・フーズ」も、代替肉の美味しさを追求し続ける企業のひとつ。

 

「インポッシブル・フーズがユニークなのは、スマートフォンやパソコンがバージョンアップを繰り返すのと同じように、代替肉もアップデートを重ねているということ。味や食感などを改良するごとにVer.1、Ver.2とアップデートし、より動物性の肉に近い代替肉の開発を進めています。このように、味に対する戦いはこれからも続いていくと思います。テクノロジーの力でこれから代替肉がどう進化するのかは、私も楽しみにしています」

 

フードテックの筆頭「代替肉」について、基本的な構造や効果、最新事情などを解説していただきましたが、次のページでは具体的に、私たちが代替肉を日常的に取り入れられる商品について、紹介していただきました。

 

渋谷で出会う、フードテックとサステナブルな食の世界

フードテックや代替肉について知ることができても、「実際に食べてみないと実感がわかない!」と感じている人も多いのでは? 今回は、最先端のフードテックやプラントベースの食事を楽しめる渋谷の新スポットをご紹介します。

 

■ヘルシーで美味しい、プラントベースドフードカフェ「2foods」

 

今年4月、渋谷ロフトの2階にオープンしたプラントベースドフードが楽しめるカフェ「2foods」。メニューは全て、植物由来の食材を使っています。植物由来と聞くと、高いのではないかと思う人もいるかもしれませんが、すべてのメニューが1000円以下ととってもリーズナブル。思わず写真を撮りたくなるようなおしゃれな見た目も特徴です。

 

2foodsのコンセプトは、“ヘルシージャンクフード”。ブランドを立ち上げた東さんに、その想いを伺いました。

 

「2foodsは、ヘルシーでサステイナブルな食事が楽しめる場所です。ですが、それを全面に出すのは違うと感じていました。健康にいいから食べなさいとか、環境にいいからこの食材を選びなさいとか……。強制的にメッセージを受けて食べるのは、辛いし、テンションも上がらないと思うんです。
ブランドを立ち上げる上で大切にしてきたのは、2foodsのロゴにもある「Yummy(But so Healthy)」という考え方。つまり、美味しく食べた結果がヘルシーでエシカルだった、という体験をどうつくっていけるかを常に考えていました。
ジャンクフードのようにリーズナブルで、美味しくて、見た目もおしゃれなプラントベースドフードを提供する。そうすることで、プラントベースドフードがみなさんの日常的な選択肢のひとつになるのではないかと思い、 “ヘルシージャンクフード” というコンセプトをつけました」

 

■最新のフードテックに触れる、「FOOD TECH PARK」

 

カフェの隣には「FOOD TECH PARK」が併設。日本初登場のグローバルフードテックブランドや話題のスタートアップなど、最新のフードテック技術に出会うことができます。

 

「フードテックが世界中で盛り上がっているとお話をしましたが、メディアでしか知る機会がないのでは、と感じていました。FOOD TECH PARKは、実際に商品を見て、触れて、知ることができる場所です。現在はコロナウイルスの影響で行っていないのですが、展示されている商品の試食もできるように準備を進めています。この場を通して、エシカルでサステイナブルな商品を知るきっかけになればと思っています」

 

写真は、FOOD TECH PARKの展示ブース。各商品に置かれたタブレットで商品に込められた思いや、魅力を知ることができる。興味があれば、一部の商品は実際に購入することも可能です。

 

ヘルシー、そして美味しい!
2foodsオススメのプラントベースフード 5選

今回は特別に、2foodsのメニューの中から、代替肉を使ったメニューを中心に、オススメの商品を教えてもらいました。店内での飲食はもちろん、多くの商品がテイクアウトに対応しています。ぜひ足を運んでみてくださいね。

 

・オリジナルソースの香りが食欲をそそる、彩り鮮やかなまぜそば


「スパイシーまぜそば」テイクアウト 950円 / イートイン 968円(税込)

5種類の鮮やかな野菜と、ひき肉状の大豆ミートが添えられた、「スパイシーまぜそば」。6種のスパイスをブレンドした2foodsの特製ラー油で、ほどよい辛さが楽しめます。中華系のメニューは一般的にオイスターソースで味付けするそうですが、こちらのメニューで使われているのはオリジナルのきのこソース。食材だけでなく、調味料の部分まで徹底的にこだわり抜いた一品です。

メインとなる麺は、グルテンフリーの玄米麺。独自の技術で超微粒子に玄米を粉砕することで、モチモチとした食感を再現しています。

 

・1日の1/2の野菜が摂れる“バターチキン”カレー


「まるでバターチキンカレー」テイクアウト 950円 / イートイン 968円(税込)

植物由来の豆乳バターに、栄養満点のトマトをふんだんに使用した「まるでバターチキンカレー」。野菜の旨味が凝縮され、一皿で1日の1/2の野菜が摂取できます。代替肉は、鳥のささみのような食感が楽しめる大豆ミートを採用。ジューシーな食べ応えが魅力です。

ライスは、玄米にカリフラワーライスを合わせたオリジナル仕様に。玄米は食物繊維豊富なだけでなく、血糖値上昇を抑える働きがありますが、逆に慣れていない人が食べると胃がもたれてしまうことがあるのだそう。カリフラワーを合わせることで、消化にもよく、よりヘルシーな一皿にしあがっています。

 

・もちもちのドーナツとジューシーな大豆ミートが魅力の“チキンタツタ”サンド


「ソイチキンタツタドーナツサンド」テイクアウト 626円 / イートイン 638円(税込)

もちもち食感にこだわったドーナツにチキンタツタ風の大豆ミートを挟んだ「ソイチキンタツタドーナツサンド」。ドーナツ生地は、超低温で発酵させることで、たまごと乳を一切使用していないにも関わらず、もちもちふわふわの食感を再現しています。

チキンタツタ風の大豆ミートの衣は、ビタミンB1とB6が豊富なひよこ豆を使用。実際にチキンタツタをつくるのと同じように一晩味を漬けこんでから揚げることで、噛み応えもよく、旨味溢れるタツタにしあがっています。たまごを使用しないオリジナルのタルタルソースも相まって、満足感抜群の一品です。

 

・たまご嫌いも認めた“たまご”サンド


「まるでたまごなドーナツサンド」テイクアウト 518円 / イートイン 528円(税込)

ふわもち食感にこだわった2foodsオリジナルのプラントベースたまごサンド。たまごサンドという名前でありながらたまごは使われていません。

たまごの代わりには、かぼちゃと豆腐を使用。それに加えて、口に入れた瞬間のかぐわしい香りを追求し特殊なスパイスを使用して、たまごそのものの味わいを再現しています。かぼちゃのβカロテンや大豆由来のタンパク質が多く含まれており、体に優しいのも嬉しいところ。たまご嫌いも認めた究極のプラントベースたまごサンドです。

 

・オンラインショップでも! 3通りの食べ方が楽しめるガトーショコラ


「生食感の濃厚ガトーショコラ」テイクアウト 518円 / イートイン 528円(税込)

特殊製法の超微粒玄米粉を使用した、濃厚でなめらかなくちどけが魅力の「生食感の濃厚ガトーショコラ」。たまごや乳の代わりに、アーモンドミルクやオーガニックシュガーといったヘルシー素材を使用した一品です。

玄米粉を使う事で、3通りの食感が楽しめるこの商品。冷蔵庫で冷やせば生チョコ、常温ならテリーヌショコラ、温めるとフォンダンショコラと、お好みに合わせてぜひ味わってみてください。こちらの商品は、オンラインショップでも購入可能です。

 

100%じゃなくていい。フレキシブルなスタイルから始める食のサステナブル

「最近では、『フレキシタリアン』という言葉も聞かれるようになりました。フレキシタリアンとは、“ときどきベジタリアン”な人々のこと。世の中の情勢を見てSDG‘sを意識している人もいれば、『昨日焼肉を沢山食べたから、今日はヘルシーなご飯にしよう!』と、健康を気にして無意識のうちにフレキシタリアンなスタイルを取っている人もいます。

 

私は、食に対するエシカルなアプローチが必ずしも100%である必要はないと思っています。健康で環境にもいい食品を我慢して取り入れても、本当の健康とは言えません。段階があっていいと思いますし、ハーフアンドハーフな考え方でもいい。みなさんが体だけでなく、心も豊かになるようなエシカルで美味しい食に出会えることを祈っています」

 

【プロフィール】

株式会社TWO代表取締役CEO / 東 義和

2005年にPRを軸に企業のブランディングを行う「マテリアル」を設立。2018年にはCannes LionsのGlobal PR agencyランキングにおいて、アジア勢首位を獲得した。2015年、グローバルで通用する普遍的なウェルビーイング事業を創るため、TWOを設立。2019年からは、マテリアルを離れTWOに専心している。

 

Spot Data

2foods 渋谷ロフト店・FOOD TECH PARK

所在地=東京都渋⾕区宇⽥川町21-1 2階
電話番号=03-6416-4025
営業時間=11:00~20:00 ※コロナ禍では営業時間が変動する可能性があります。
定休日=無休 ※渋谷ロフトの営業時間に準じます。
アクセス=東京メトロ銀座線・副都⼼線・半蔵⾨線・東急⽥園都市線『渋⾕駅』(A3番出⼝)から徒歩3分/JR線『渋⾕駅』ハチ公⼝から徒歩5分

HP https://2foods.jp/pages/store03
オンラインショップ https://2foods.jp/pages/online

 

石坂産業「三富今昔村」で見た、産業廃棄物処理会社が目指すゴミをゴミにしない循環型経済

街でよく目にする、老朽化した建物の解体工事現場。みなさんはそこで発生する大量のゴミ=産業廃棄物が、どこでどのように処理されるか、想像したことはあるでしょうか?

 

環境省によると、私たちが日常生活で出す一般廃棄物は年間約4500万トンで、年々減少傾向にあるのに対し、企業がモノを生産して発生する産業廃棄物は、ここ20年ほど年間4億トン前後で推移しています。分別やリサイクルには当然、お金や技術が必要ですが、ゴミにお金はかけたくないのが人間の心理。だからまとめて海や山に埋め立てる……そんな行為が、いまだ繰り返されている現実があるのです。

 

そんななか注目したのは、埼玉県の入間郡三芳町にある、石坂産業という産業廃棄物処理会社。主に東京など都市部から運ばれる産業廃棄物の処理を専門に請け負う同社は、ゴミのリサイクル(減量化・再資源化)率98%という驚異的な技術力で、いま世界中から注目を集めている企業です。

 

しかも、工場は自社で管理する里山の森に作ったサステナブルフィールド「三富今昔村」の中にあり、世界中から年間約4万人の見学者がやってくるといいます。村内にはほかにも、農園で育てたオーガニック野菜を提供するカフェレストランがあったり、バーベキューや森の散策、各種アクティビティを楽しめるスポットも豊富。週末は家族連れやアウトドア好きの来訪者で賑わうというから驚きです。

 

豊かな里山の森に抱かれ、世間にひらかれた産廃処理工場。従来の“産廃屋”のイメージとかけ離れた石坂産業とは、一体どんな会社なのか。「ゴミを捨てる時代は終わらせる」と、同社を約半世紀前に創業した父の思いを引き継いだ代表取締役・石坂典子さんにインタビューしました。話を聞くのは、@Livingでおなじみのブックセラピスト、元木忍さんです。

 

『どんなマイナスもプラスにできる 未来教室』(PHP研究所)

産業廃棄物を処理する石坂産業の歴史と、そして本書の著者であり同社の代表取締役・石坂典子氏の仕事を紹介しながら、いまこの地球が抱えているゴミの問題や、環境問題をわかりやすく教えてくれる一冊。さらに、著者が日々廃棄物と向き合いながら蓄積してきた、よりよい明日を作るための思考や行動のヒントが読みやすい柔らかな筆致で書かれている。

 

ゴミを捨てる時代を終わらせる。
ダイオキシン騒動の渦中で決意したこと

「埼玉県所沢市の野菜から、高濃度のダイオキシンが検出された」。

 

1999年、あるニュース番組による誤報道を発端に、国民の注目を集めた騒動がありました。深刻な風評被害を受けた地元農家の怒りの矛先は当時、周辺の産廃処理業者に向けられたといいます。その矢面に立たされたのが、比較的大手だった石坂産業でした。

 

実際のところ、同社は報道の数年前から、多額の投資を行いダイオキシン恒久対策炉を導入していました。にも関わらず、“煙突の煙が環境を汚染している”とのイメージから、以後数年間にわたり壮絶なバッシングを受け、会社は大ピンチに陥ります。石坂さんが父のあとを継ぎ、弱冠30歳で取締役社長の座に就いたのは、まさにこのタイミングでした。

 

↑石坂産業の取締役社長を務める、石坂典子さん

 

石坂典子(以下、石坂):“ゴミ屋さん”って昔からもともとイメージが悪くてね。「ゴミ屋の子どもとは遊ぶな」というような職業差別も、小さいころから当たり前のように体験しながら育ちました。だから子どものころは、自分の父親の仕事を正直恥ずかしいと思っていたし、人に言わない方がいいと思っていたくらいです。

 

元木忍(以下、元木):子どものころは、お父さまの仕事の内容のことをあまり知らなかったのですか?

 

石坂:まったく興味がなかったです。さすがに父も、産廃処理工場を女性である私に継がせようとは思っていなかったでしょうし、仕事の内容について教えられたこともありませんでした。

 

元木:それが、弱冠30歳にして社長になるという一大決心に至った理由とは、何だったのでしょう?

 

石坂:もともとネイルサロンの開業費を作るために、20歳のころ手伝い感覚でこの会社に入ったんです。当時はまだ焼却施設があったので、毎日本当にいろいろな廃棄物が運ばれてきて。例えば、大型トラックいっぱいに載せられた大量の自転車とか使い捨ての傘、高級ブランドの洋服。毎年クリスマスが終われば、赤いブーツの入れ物に入った大量のお菓子が運び込まれていましたね。そうやってまだ使えるもの、食べられるものが新品のまま、大量に廃棄される光景を毎日見ていたんです。何も知らなかった私にとって、それは驚きと違和感でしかありませんでした。

 

元木:仕事を手伝ううちに、この“社会のおかしさ”に気づいたということですね。

 

石坂:そう。そしてあのダイオキシン騒動が起きたあと、私は父から初めて、石坂産業を創業した理由を聞く機会があったんです。

 

元木:それが著書でもよく語られている、「ゴミを捨てる時代は終わらせないと。これからはリサイクルの時代だ」という、お父さまの言葉ですね。会社を設立した1970年代から、その先見の明を持っていらしたことが、本当に素晴らしくて感動しました。

 

石坂:ゴミがゴミにならない社会が必要だって話を聞いたとき、私はそのあまりにも高い志に衝撃を受けました。正直、そのころの私は経営のノウハウを持っているわけでも、重機を扱えるわけでもなかったけれど、そんな父の志を何としても継ぎたいと思ったんです。だから、自分が何とかするから社長にしてくれと頼みました。もちろん「女には無理だ」と即答されたけれど、それから2週間後くらいだったかな。突然呼び出されて、「1年だけやらせてやるからやってみろ」って。これが30歳のときでした。

 

↑社長室は、そこかしこに野の花やグリーンにあふれた明るい空間

 

嫌われ者の会社だったからこそ
自分たちの仕事の価値を可視化した

石坂産業は先の騒動を受け、数億円かけた焼却炉を廃炉にする苦渋の決断を下しました。さらに、会社をこの先の未来へと繋ぐべく、廃棄物の焼却ではなくリサイクルへと事業転換。以後は、周辺の里山の森の保護活動も始め、2013年には「三富今昔村」の運営がスタートし今に至っています。

 

現在の石坂産業には、主に住宅などの解体工事で発生した産業廃棄物が日々運び込まれています。分別を行う分別・分級プラントや、廃コンクリートやプラスチック、木材、有価物の再資源化を行うプラントが配置され、ゴミの減量化・再資源化率は約98%と業界最高水準。それだけではなく、プラントはすべて建物で覆うことで騒音などに配慮し、なおかつ場内は一般の見学可能とすることで地域社会との信頼関係回復にも努めてきました。この全天候型新プラントの総工費は40億円。当時の年間売り上げの2倍近い投資だったそう。

 

元木:従来お父さまがやってきた、ゴミを焼却する産廃処理工場のあり方と、この20年で典子さんが作ってきた全天候型プラントや三富今昔村のあり方には明らかな違いがありますが、どんな思いからチャレンジされたのですか?

 

石坂:私がまず取り組んだのは、自分たちの思いや考えを可視化することでした。ゴミをゴミにしない社会を目指す私たちの仕事の価値を、世間にどう伝えていくかが大事だと思ったんです。なぜなら、私たちの会社は地域社会の嫌われ者で、そもそもがかなりマイナスからのスタート。しかも、いらないものを処理する会社だから、手に取れる商品すらない。だったらまずは、誰でも見学できる全天候型プラントを作って、私たちがやっていることをすべてお見せしようと考えました。

 

元木:それはつまり、産業廃棄物の処理に留まらず、石坂産業のブランディングから始めるっていうことだったのですね?

 

石坂:そうですね。単に廃棄物の再生化率を高めるだけが、技術革新ではないと思っていました。同業他社にはない、私たち独特のものを作るにはどうすればいいか。社長になって初めて、そういった部分に目を向けるようになったんです。ほかにも周辺の里山について勉強したり、地元の歴史資料館を見に行ったりするなかで、現在の三富今昔村の構想がだんだんと見えてきました。

 

元木:御社はこの20年の間に、里山の保護・管理といった活動をボランティアでやってきています。そうして作り上げてきた三富今昔村の中には、石坂オーガニックファームといった農園もありますが、こうした自然環境に対する意識はもともと持っていたのですか?

 

石坂:社長に就任した当初は、会社の立て直しで必死だったので、環境に対する問題意識というのは、ここ10年くらいで徐々に大きくなってきたものだと思います。産業廃棄物のことを学ぶと、結局はリサイクルできない廃棄物が自然破壊を起こしているという事実に突き当たるんですよ。それでも人は、リサイクル品ではなく、枯渇性の資源、つまり自然が作ったものをいまだに重宝し、それを使い続け、再びリサイクルできない廃棄物を生み出し続けています。今は「SDGs」といった言葉も広まっているけれど、一方でSDGsを「製品を製造する」までのことだと勘違いしている製造業者さんって、本当に多いんですよ。本当に大事なのは、自分たちが販売した商品が消費者に渡ったあとどうなるのか。モノ作りにおいては、もうそこの責任が問われている時代なんです。

 

↑外からゴミを運び込むトラックが入ってくる、ゴミの仕分け場。産廃ゴミはコンクリート、ガラス、プラスチック、木片など様々なものが入り混じっている状態で届き、ここでまず選り分けられます。1日に受け入れる最大保管量も決まっており、受け入れたゴミはその日のうちに処理を終えます

 

↑スクリーンで荒選別されたゴミは、コンベアで運ばれ、最後は熟練の社員の手で丁寧に分別・分級されます。この作業のために東急建設と共同開発されたAIピッキングロボットも2機導入されています

 

↑赤いヘルメットを被った社員は、運び込まれるゴミの内容をチェックし、量をはかって受け入れ料金を決めます。受け入れできないゴミが混ざっていないかも厳しくチェックしなければならない、責任重大の大切な仕事です

 

↑遠路ゴミを運んできて汚れたトラックは、プラントで廃棄物をおろした後、足周りを水洗いしてから外に出るようになっています。この水は雨水をためて再利用しているもの。周辺の道路にゴミや汚れを広げないための工夫でもあります

 

共通のビジョンを持てる社員と
未来に存続できる会社を作っていく

「自然と美しく生きる」をスローガンに掲げ、100年先も人と自然が共存できる社会を創ることをアイデンティティとしている、現在の石坂産業。

 

産廃処理会社というと、昔ながらの肉体労働のイメージが根強いですが、同社にはおのずとアウトドア好きや環境に対する意識の高い人材が集まってくるそう。新入社員には60時間の研修があり、この期間に会社の理念を学ぶことはもちろん、「自分が石坂産業で働く意味、やりがいを見つけて欲しい」と石坂さんはいいます。

 

元木:工場見学のときに思いましたが、社員のみなさんがすごく気持ちよく挨拶してくださるんですよね。

 

石坂:社員には、業界のお手本になってほしいと思っています。大前提として仕事や働くことに対する価値観って、人それぞれでいいと私は思っていて。でもうちに来るからには、私たちのビジョンに価値を感じて欲しいし、イヤイヤ働いて欲しくない。だから、なぜこの会社に入ったのか、自分の価値観に気づいてもらうために、60時間というちょっと長い研修時間を設けました。もちろん合わないと思うなら、早いうちに他社を選べといつも言っています。

 

元木:単純な働きやすさとか利益だけではなく、「働きがい」や「仕事への満足感」を求める……それはおそらく、お父さまの時代の産廃処理会社には生まれてこなかった価値観だと思います。でも、短期間で大きく改革をすると、現場の社員たちの意識を変えるのは難しかったのではないですか?

 

石坂:だから、ずっと同じことを言い続けました。国際規格ISOの導入などもしてきましたが、制度設計も一気には変えず、社員たちのレベルが上がるタイミングに合わせて、徐々に導入していった形です。

 

元木:でも、ある程度年齢がいっている方だと、価値観を変えるのは難しかったりしませんか?

 

石坂:もちろん当初は「ついていけない」と辞めていった社員もいたけれど、結局は慣れだと思っています。たとえばうちの会社では、コンビニ弁当やカップ麺など自分で出したゴミは持ち帰ってもらいます。その代わり、マイ箸とかマイどんぶりを持っていれば食堂のお弁当が安く買えたり、マイカップがある人はドリップコーヒーが飲めたりする。なぜならお客さまには「ゴミを持ち帰って」とお願いしているのに、自分たちがゴミ箱にどんどんゴミを入れていたらおかしいじゃない? そういった理由とセットで、繰り返し伝え続けました。特に大事なのは、なぜそうするのかという理由を「知って」納得してもらうことだと思っています。

 

↑環境保護への理解を深めてもらうために、全社員に動物学者、デヴィッド・アッテンボローのドキュメンタリー映画『地球に暮らす生命』を鑑賞するという“仕事”を与えたこともあります。提出必須のレポートには、熱い感想や意見がびっしりと書き込まれていました

 

プラントの環境を整え、人材を育成し……とさまざまな取り組みを行う上で、石坂社長が考える“未来に存続できる会社”とは? 続いて、これからの産業、そして企業のあるべき姿を伺いました。

 

未来に良し、地球に良し、作り手に良し。
これからの産業のあり方

 

元木:現在は日本企業も、少しは環境問題を考えているようにも思われますが、石坂社長から、今の日本の企業が行っている環境活動ってどんなふうに見えているのでしょうか?

 

石坂:灯台下暗しじゃないけれど、自分たちのやっていることをまず見直したらいいと思うのよ。環境活動というと、日本の会社ってなぜか外に対して寄付したり、木を植えたり海のゴミ拾いをするといった活動をやりがちなんだけど、むしろ自分たちの生産・廃棄プロセスを見直すだけでじゅうぶんだと思うのよね。

 

元木:それができないのは、なぜなんでしょうね。

 

石坂:「お客さまが欲しがるからこれを作ります」っていう言い訳のもとに、結局は自然ではなく「人のため」に仕事をする経済活動になっているからでしょう。それこそ梱包材が少し凹んでいたくらいで商品の返品・交換を求めるような価値観は、もう変えていかないといけない。

 

元木:豪華で凹みもなく綺麗な状態で、でも安くて、常に大量に消費ができることばかりを重視していて、自然とは全然向きあっていない……。すべてが経済活動の上で成り立っている気がしますね。

 

梱包資材などにも綺麗を求めるのは、世界の中でも日本人は異常なほど神経質だと思いますね。

 

石坂:私たちは、2021年4月から、消費者に対し「捨てない選択」の価値を普及することを目的とした「CHOICE ZERO AWARD」プロジェクトをスタートしています(https://choice-zero.org)。こんなふうに、企業側がそういうお客様の価値判断を変えていく活動をしたっていいと思うの。なぜならイノベーションって、結局は道のないところに道を作るわけでしょう。「うちも森林活動してます」なんて横並びのアピールで安心するんじゃなくて、自分たちの作っている商品の過剰生産とか、過剰梱包を思い切って辞める方が、環境や会社の未来にはずっといいかもしれない。近江商人の「三方良し」とは、「売り手良し、買い手良し、世間良し」。これからの産業は、それに加えて「未来に良し、地球に良し、作り手に良し」という“六方良し”という価値観に変えていくことが必要だと思います。さっきも話したように、バージン=枯渇性の資源ばかり求め、それだけが美しいとする価値観をやめない限り、自然破壊はもう止められないのだから。

 

↑石坂社長に話を聞く、ブックセラピストの元木忍さん

 

里山の森とともに生きることで
自ら循環型経済を実践する

石坂産業のリサイクル工場は、すべて同社が経営する「三富今昔村」という施設の中にあります。自分たちの手で年月をかけて管理してきた里山である通称「くぬぎの森」の中には、オーガニック野菜を育てる農園やカフェ、養鶏場やバーベキューができるスペースなど、五感で自然や環境問題を学べるサステナブルフィールドが広がっていました。

 

石坂:今後は敷地内でエネルギー事業や温浴事業をスタートすることも考えています。この活動は結局なんのためにやっているかというと、循環型経済=サーキュラーエコノミーを作っていくことが私たちのビジョンであり、その原点になるのがこの里山だと考えているからなんです。昔は、森の木から薪をとって火を起こしたり、自然にかえる材料で生活道具を作ったりして、里山の森そのものが“循環”していたわけよね。でも今は、誰も里山の森で薪なんか採らない。森の循環を守ろうと思ったら、お金なりボランティアの力なりが必要なんです。だから、三富今昔村では大人の方だけに「里山入村料」をいただいています。

 

元木:まさにサステナブルですね。里山を循環させるために我々ができることを、大人たちから「里山入村料」を貰って、一緒に守っていくのですね。

 

石坂:商品ではなく、三富今昔村という価値を生み出している背景に投資をしてもらうということ。そのサービスやモノを使うことで、未来がどんなふうに良くなるか。そういうことにお金が使われるビジネス形態を作ることが大事だと思っています。

 

元木:目の前にある“見えるもの”への投資ではなく、未来に対して投資をするってことですね。

 

石坂:その通りです。会社って経営そのものが大変だし日々が戦いだけれど、だからといって地球環境のことなんか考えていられない……というあり方でいると、これからは経営そのものが長期的に続けられない時代になっていくと思っています。対症療法に終始して、自然環境を破壊するだけのビジネスを根本から見直す。それを自分たちから実践しようということです。

 

↑1300種以上の動植物が生息するくぬぎの森を有する三富今昔村の敷地は、東京ドーム4個分の広さ。資源を生み出すリサイクル工場の見学ができる(予約制)ほか、敷地内のさまざまな施設で食農育体験や里山体験プログラムが実施されています

 

↑おいしい卵を産んでくれるニワトリ小屋や、アメンボやおたまじゃくしなど水辺の生き物たちがうごめく池もあります。ちなみに鶏糞は里山の落ち葉と混合し、農作物を育てる際のたい肥として用いられているそう

 

↑石坂オーガニックファームで育てられた地元の固有種野菜や果物が食べられる、村内の「くぬぎの森交流プラザ」のメニューです。食事には、栄養たっぷりの野菜の皮やヘタなどから作った香り高いベジブロススープ付き。これも「ゴミをゴミにしない」というメッセージの体現です

『未来教室』は、未来を幸せにするための
選択と行動のヒントが書かれた本

石坂さんはこれまで、自身の半生やビジネスを綴った3冊の本を出版しています。その中でブックセラピスト・元木さんが注目したのが、今回のインタビューのきっかけとなった『どんなマイナスもプラスにできる 未来教室』(PHP研究所)という本でした。

 

元木:この本は、石坂産業のことや社長の仕事がわかるだけではなく、お子さんから大人まで気軽に読めて、なおかつ所々に込められた環境問題に関するメッセージがシンプルに伝わる一冊だと思いました。

 

石坂:版元のPHPさんからの提案で、いっそのこと子どもでも読めるような本にしたらどうですかと提案いただいて、この形になりました。私はどちらかというと親御さんに読んで欲しいのだけれど、お子さんと一緒に読んでくれたらいいのかなって。

 

元木:『未来教室』っていうタイトルも素敵ですね。私たちはもっと未来のことを学ばなきゃいけませんからね。

 

石坂:このタイトルもPHPさんと一緒に考えました。自分でいうのもなんですけど、担当の方から言われたんですよ。「石坂さんって顔も性格も明るいし、なんか未来が明るいんですよね」って(笑)。いわれてみればたしかに私の人生、常に未来志向で生きてるところがあるかもしれないなと。

 

元木:小さい頃から未来志向だったんですか?

 

石坂:さすがにそれはなくて、自分の未来を10年スパンくらいで思い描くようになったのは20歳を過ぎてからでしたね。でも私は結局のところ、当初の目標だったネイルサロンは作らずに会社の二代目を継いだし、20代で離婚したりもしています。全部が予定通りにいったわけではないんですよ。だけど、今は仕事とプライベートの垣根がないくらいに仕事が面白いです。思い描いていた選択肢が変わってしまうことなんて人生にはよくあるし、だからといって失敗というわけじゃない。

 

元木:その通り、失敗のない成功はないですよね。この本には、自分の未来をより良くする選択のヒントがたくさん書かれていると思いますが、仕事とプライベートを重ねながら、自分とも向き合って生きていくというわけですね。石坂社長はそれができているから、目的が明確で面白い仕事ができているのでしょう。

 

石坂:大切なのは、自分なりの幸せの価値観、満足っていうのがどこにあるかを常に意識したり、都度見直したりすることじゃないかな。自分の価値観がわかった上で生きるのと、自分自身がよくわからないで生きるのでは、やっぱり幸せ度数が違うんじゃないかと思います。

 

↑石坂さんがこれまで出版してきた3冊です。中央は『五感経営 産廃会社の娘、逆転を語る』(日経BP)。右は『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える! 2代目女性社長の号泣戦記』(ダイヤモンド社)

 

↑子どもにも読んでもらうことを想定した「未来教室」の装丁は、イラストを使った温かみのあるデザイン。本文中にも随所にイラストを入れ、漢字にはルビを振るなど工夫をしています

 

【プロフィール】

石坂産業 代表取締役 / 石坂典子

1972年生まれ。アメリカに短期留学を経て20歳で石坂産業へ入社、2002年に父の志を継ぎ取締役社長に就任する。国際規格ISO経営に挑戦し、里山保護活動を通して日本生態系協会のJHEP(ハビタット評価認証制度)最高ランクの「AAA」を取得。2016年日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016・情熱経営者賞」など、経営者としての受賞歴も数知れず。プライベートでは二児の母。趣味はガーデニングやアンティーク家具、ハーレーを駆る女性ライダーでもある。https://ishizaka-group.co.jp/

 

「サンゴ礁」は沿岸洪水を防ぐ! 想像以上にかけがえのない存在だった

世界にあるサンゴ礁の面積は60万平方キロメートルと、地球全体の表面積約5.1億平方キロメートルから見ると、わずか0.1%にすぎません。しかし、サンゴ礁には9万種以上の生物が住んでいると言われています。最近の研究では、そんなサンゴ礁に沿岸地域での洪水を防ぐ働きがあることがわかりました。

↑サンゴ礁には、かけがえのない価値があった!

 

サンゴ礁がもつ沿岸洪水(沿岸域での洪水事象)を防止する機能の価値を調べるため、米国・カリフォルニア大学サンタクルーズ校とアメリカ地質調査所は、海上の波や嵐のコンピュータモデルを地質学や生態学などと組み合わせながら、フロリダ、ハワイ、グアム、プエルトリコ、バージン諸島らにおける沿岸洪水のリスクを分析し、サンゴ礁の沿岸における洪水防止機能の価値を評価しました。

 

その結果、サンゴ礁が沿岸地域を沿岸洪水から守る効果を価値に換算すると、年間18億ドル(約1970億円)以上に上ることが判明。さらにサンゴ礁が1m低くなると、沿岸洪水の発生確率が1%の地域が23%増え、その被害者数は62%、住宅や建物などへの被害は90%以上増加し、被害総額は53億ドル(約5800億円)になると予測しました。

 

また、フロリダとハワイでは、沿岸洪水を予防する効果が特に高いサンゴ礁が距離にして325kmも確認され、その予防価値は1kmあたり100万ドル(約1億円)以上になるそうです。ハワイのオアフ島を例に挙げると、島の周りを取り囲むようにサンゴ礁があり、その価値は島全体で約5億7800万ドル(約633億円)。多くの住民が暮らし、ハワイの政治やビジネスの中心地となっているホノルルや、主要観光スポットのひとつであるワイキキ沿岸にもサンゴ礁が存在しており、沿岸地域を洪水から守っているのです。

 

今度は人間がサンゴ礁を守る番

サンゴ礁がある海では、しばしばラグーン(環礁に囲まれた浅い海)が見られます。サンゴ礁が防波堤のような役割を担い、外海からの強い波を弱め、沿岸地域への洪水を軽減すると考えられています。

 

しかし近年、温暖化のために海面が上昇し、その影響でサンゴ礁がもつ沿岸洪水を防ぐ力が弱まる可能性が考えらえます。それと同時に、サンゴの白化現象が進んでおり、サンゴの壊滅も懸念されます。

 

海の生態系だけでなく、人間自身を沿岸洪水から守るためにも、サンゴ礁が担う役割とその価値は、計り知れないほど大きいのかもしれません。

 

※1ドル=約109円(2021年5月31日時点)

 

【出典】Reguero, B.G., Storlazzi, C.D., Gibbs, A.E. et al. The value of US coral reefs for flood risk reduction. Nature Sustainability (2021). https://doi.org/10.1038/s41893-021-00706-6

 

大人用紙おむつは10年で1.5倍増。ユニ・チャームが取り組む「紙おむつのリサイクル」という難題

オゾン処理でバージンパルプと同等の品質に~ユニ・チャーム株式会社

ゴミの分別やリサイクルが当たり前の時代に、新たな一石を投じようとしているのが、紙おむつや生理用品、マスクなどの衛生用品でお馴染みのユニ・チャーム。使用済み紙おむつのリサイクル事業に取り組んでいます。

 

独自のオゾン処理で再資源化

紙おむつは、子育てや介護をしている家庭では欠かせないアイテムの一つです。現在は使用後にゴミとして焼却処理されるのが一般的ですが、「使い捨てだった紙おむつを、循環型の商品に変えようとしています」と話すのは、ESG本部Recycle事業準備室の織田大詩さん。同社では2015年に使用済み紙おむつのリサイクル技術を発表。2016年5月から鹿児島県志布志市と共同で実証実験を行っています。

↑ESG本部 Recycle事業準備室 3G Managerの織田大詩さん

 

「紙おむつは、パルプとSAP(高分子吸収材) 、そのほかプラスチック素材から作られています。この事業では、使用済紙おむつを回収し、洗浄、分離後にパルプとSAPを取り出します。パルプは独自のオゾン処理を施し、初めから木材を材料にしたバージンパルプと同等の上質パルプとして再資源化します。」(織田さん)

↑使用済み紙おむつの循環型モデル

 

↑オゾン処理前のパルプ(左)とオゾン処理後のパルプ(右)

 

大人用紙おむつの使用量が年々増加

同社がこの事業に取り組むきっかけのひとつには、高齢化による大人用紙おむつの消費量増加がありました。

 

「高齢化社会が進むなか、大人用の紙おむつの生産量が年々増加しています。それに伴い、ゴミの焼却によるCO₂排出量の増加、パルプの原料である森林資源の消費など、環境にかかる負担が増えることにもつながります。そういったリスクを軽減させるために、2011年頃から課題解決に向けて試行錯誤を繰り返し、2015年、紙おむつのリサイクルの開発にたどり着きました」(織田さん)

↑大人用紙おむつの生産量の推移(一般社団法人 日本衛生材料工業連合会の資料)

 

発表の翌年、2016年5月から鹿児島県志布志市との実証実験をスタート。同市は一般廃棄物のリサイクル率が市レベルでは、全国の自治体トップで、「リサイクル先進都市」としても有名です。また、2020年度は東京都で分別回収の実証実験を実施。高齢者施設や保育園など特定の施設から使用済み紙おむつを回収し、それを志布志市の隣の鹿児島県大崎町にあるそおリサイクルセンターまで運搬し、そこでリサイクル処理をしました。

 

立ちはだかるいくつもの課題

使用済み紙おむつのリサイクルは、海外においても事例は複数確認できます。しかし同社のように、上質パルプと同等の品質に何度も再生できる、いうなれば「リサイクルのループ」を実現したのは世界初。ただ、そこにたどり着くまでには多くの労力が費やされ、しかも事業化にはまだまだいくつもの課題があるそうです。

 

「技術的な面では、パルプから排泄物等の異物を完全に取り除くことは、非常に難しいものです。そのため、オゾンによる弊社独自の処理技術を開発しました。それにより、分離後の低質パルプを紙おむつの製造に利用可能なレベルにまで再生できるようにしました。同様にSAPも再生化処理し、再資源化できるようにすすめています。

 

そして事業化における主な課題として、『回収』と『処理場の確保』があります。リサイクルの難しさを“混ぜればゴミ、分ければ資源”と表現することがありますが、自治体の理解と協力がなければこの事業は実現できません。昨年、全国の自治体向けのガイドラインを環境省に作っていただいたこともあり、関心を示す自治体も増えました。説明会を開催したり、個別にミーティングを行ったりしていますが、分別回収をどうするか。自治体ごとにゴミの回収方法や状況が異なるので、同じルールを全自治体に適用するわけにもいきません。また、使用済み紙おむつはすべての家庭から出るわけではなく、衛生面などの問題もあるため、一般住民の方の理解も必要です。

↑志布志市の使用済み紙おむつ回収に関するチラシ

 

さらにリサイクル処理場をどうするかという問題もあります。新しい施設となると住民の理解が必要ですし、既存の処理場内にリサイクル施設を設置する方法が現実的ですが、どちらにしても、スペースとコスト面を考えていかなくてはなりません」(織田さん)

 

リサイクル処理技術を開発するだけでなく、紙おむつの回収方法や処理施設の問題、一般の方々の理解などをクリアしたうえで、リサイクルのシステムを確立しなければならないのです。

 

実証実験で温室効果ガスが87%減

実際に使用済み紙おむつのリサイクルシステムが確立されたら、環境への効果はどの程度期待できるのでしょうか。

 

「さまざまな観点から検証したところ、温室効果ガスの排出量においては、焼却して新たな紙おむつをバージンパルプから作る場合と比べて、CO₂が87%減る見込みとなりました。また、パルプに必要な木材も大人用紙おむつを100人が1年間リサイクル品にすると、ゴミ収集車(2t)約23台分が減り、100本分の木を切らなくて済むことがわかりました」(織田さん)

↑温室効果ガス排出量の焼却との比較

 

2022年4月までに志布志市での事業化を目指す

地球環境への貢献にも大きな期待が持てるだけに、事業化への期待は高まります。まだテスト段階ですが、リサイクルから作られた紙おむつを高齢者施設で使用してもらったところ、好意的な意見も多かったそうです。

 

「処理技術と回収というリサイクルの仕組みを成立させ、まずは志布志市において2022年4月を目標に事業化できるよう進めています。そして2030年には10カ所以上にリサイクル施設を展開できればと考えています。また、衛生用品なので、バージンパルプ同等にいくら綺麗にしたからといっても、特にお子さん用の場合は抵抗のある方も少なくないと考えています。リサイクルパルプに対するネガティブな要因を払拭していく必要があるため、今後、自治体だけでなく、一般の方たちへの啓発活動も積極的に進めていきたいと思います」(織田さん)

 

ペットボトルや空き缶のように、使用済み紙おむつも資源ごみとして回収される日が来ることを期待するばかりです。

 

事業を通じて社会的な責任を果たす

今回のように、使用済み紙おむつのリサイクル事業に取り組むことになった背景には、消費者や投資家の「ESG」への関心の高まりも影響しているそうです。「事業を通じて社会的な責任を果たすことが企業の正しい在り方だと考えています」と話すのは、ESG本部の上田健次さん。そもそも同社は以前から事業を通じて社会貢献を意識して取り組んできました。

 

↑ESG本部 ESG本部長代理 兼 ESG推進部長 兼 企業倫理室長・上田健次さん

 

「事業活動とは別なものとして社会貢献活動があるのではなく、事業活動そのもので環境問題や社会課題の解決に貢献することを目指してきました。例えば生理や生理用品について、気兼ねなく語れる世の中の実現を願い、『ソフィ「#NoBagForMe」プロジェクト』を2019年6月からスタートしています。今までは生理用品を買うと、透けて見えないように紙袋に入れられてきました。そこで購入時に紙袋で包む必要性を感じさせないパッケージデザインを開発。生理用品を買うことは当たり前で紙袋に入れる必要がない、選択肢を与えるという考え方を普及させたいと考えました。 

↑『ソフィ#NoBagForMe』限定デザイン

 

また、企業向けに生理に関する勉強会も行っています。日本はまだまだ男性の管理職が多く、生理について正しく理解をしていなかったりします。ですが生理は女性が普通に暮らしていく中で身近にあるもので、それに対して、体調が芳しくないなどオープンに話ができて、それを男性も理解をしてお互いに気遣いができるようにと。また、発展途上国など一部の国や地域では、生理中の女性の行動を制限する古い慣習が残っているところもあります。その国の社会や文化的な背景を考慮し、様々な生理に関する啓発プログラムを展開するなど、当社ができることは何かと考え、提供しています」(上田さん)

 

SDGsの登場により加点式から減点式へ

事業活動そのもので社会的な責任を果たすというのが同社のスタンスでしたが、SDGsの登場はその取り組み方にも影響を及ぼしました。

 

「いわゆる『SDGsネイティブ』というような若い世代の人たちの動きを意識せざる得なくなりました。そしてSDGsは、社会貢献に取り組んでいるかどうかを企業に問いやすくしたと思います。というのも、社会的な責任の果たし方についてそれまでは加点方式でした。他社が行っていないことを行うことでプラス評価されたのです。ところが、今は社会貢献活動が当たり前で、減点方式になっています。『SDGsに取り組んでいないなら減点』だと。この変化により、周囲からどう評価されるか、今まで以上に意識しなければならなくなりました。そのため事業収益を重視しつつ、SDGsに対して貢献できるビジネスモデルを行わないと企業経営そのものの持続可能性が確保できない。その考えはステークホルダー全員で共有されたと思います」(上田さん)

 

目指すは全社員でESG経営を実践すること

「2020年1月にCSR本部をESG本部へと改組しました。CSR本部時代の最大の反省点は、『社会貢献活動はCSR本部だけが行えばよい』という雰囲気を社内に作ってしまっていたことでした。そこでESG本部に改組したときに、目標を『ESG本部を早くなくすこと』としたのです。要するに、社員一人ひとりがESG経営を意識し、SDGsへの貢献を考えながら事業を進めるのが当たり前、という考え方を浸透させる。そうすればESG本部は必要ないわけです。まだまだ道半ばではありますが、できるだけ早くそうなることを目指し活動していきたいですね」(上田さん)

 

近年話題の代替肉! “第4の肉”プラントベースミート5選

近年話題のプラントベースミート。本物の肉のような食べ応えながら、高タンパクで低カロリー、さらに、大豆タンパク質には血中コレステロール値を下げる効果が期待でき、ダイエッターだけでなく、生活習慣病が気になる人からも注目されている食材です。大豆イソフラボンや、ミネラル・ビタミン群、食物繊維も豊富なので、まさに良いこと尽くしの食材といえるでしょう。常温で保存ができる乾燥タイプもあるので、買い置きしておくのもおすすめです。

 

目次

 


ひき肉のように使える100%植物性ミート


染野屋 ソミート プラントベースミンチ

創業文久2年(1862年)、豆腐直販の老舗・染野屋が8年の歳月をかけて完成させた100%植物性の肉「ソミート」。調理方法は簡単で、冷凍庫から取り出して湯煎で溶かせば、肉の代わりとして、どんな料理にも使えます。ソミートの主原料は大豆。日本では「畑のお肉」、欧米では「大地の黄金」「畑の牛肉」といわれるほど、高タンパク質な食品。その他にも食物繊維やビタミン、イソフラボンなども含まれていて栄養満点の食材です。それでいてコレステロールは含まれていない、理想的な食品。購入者からは「炒めているときから扱いやすく、ほのかな優しい香りがしました。食べてびっくり! 食感が良く、よりひき肉感があります!」とのコメントも。

【詳細情報】
内容量:200g×3パック

 


野菜と調理するだけで簡単で本格的な料理に!


マルコメ ダイズラボ 野菜と炒めるだけシリーズ バラエティセット

下味のついた大豆ミートとタレがセットになった、惣菜の素の詰め合わせ。野菜と一緒に調理するだけで、簡単に本格的な料理が楽しめます。大豆ミートは湯戻し不要のレトルトタイプなので、手間がかからず、調理も簡単。一般的な肉と比べ脂質が低く仕上がるため、料理の脂質が気になる人にもおすすめです。また、大豆ミートは植物由来なので、食物繊維が豊富なのも嬉しいポイント。購入者からは「どの食品も味が良く、お肉が苦手な人にはヘルシーで、美味しくいただきました」「材料を切るだけで簡単にできます。味も大豆臭さがなくて美味しかった」とのコメントも。

【詳細情報】
内容量:各2~3人分(回鍋肉、麻婆茄子、きのこのキーマカレー、ガパオライス、タコライス)

 


大容量でたっぷり使えて備蓄にも便利な乾燥タイプ


コッチラボ ソイミンチ 大豆ミート 業務用

大豆100%でできた大豆ミート。植物性高タンパクで、低脂質だから、動物肉と比べ、とてもヘルシーなお肉です。ミネラルや鉄分、食物繊維、大豆イソフラボンも豊富。大豆にはタンパク質を構成するアミノ酸が、とてもバランスよく含まれています。その割合は牛肉にも引けを取らないほど。また小麦や精米と比べると、ずっと低糖質なので、美容や健康に気を遣っている人にもおすすめです。ミートソース、ハンバーグ、コロッケ、カレー、スープなどに、ひき肉のかわりに使えるミンチタイプ。購入者からは「今まで何年も色々なソイミートを食べてきましたが、今まで食べてきた中で一番美味しいです! これを食べたら他のソイミート食べられないです」と絶賛のコメントも。

【詳細情報】
内容量:1kg

 


湯戻しや水切り不要だから調理が簡単!


マルコメ ダイズラボ 大豆のお肉ブロック レトルトタイプ

“第4の肉”として注目が集まる大豆ミート。大豆の油分を搾油して加圧加熱・高温乾燥させて作られた大豆ミートです。湯戻しや水切りなしでそのまま使えるレトルトタイプ。大豆の栄養を手軽に食べられ、高タンパクで、一般的な肉と比べるとカロリーやコレステロールが低く、低脂質と嬉しいことばかりの商品です。動物性原料不使用で、唐揚げや酢豚、カレーなど、様々な料理に使えます。購入者からは「料理に使ったら、みんな大豆だと分かりませんでした。本当のお肉みたい。普通に美味しい」とのコメントも。

【詳細情報】
内容量:80g

 


ごろっと大粒タイプで唐揚げ作りにぴったり!


ナカダイ 畑の肉 鶏肉みたいな肉らしい豆な嫁

「鶏肉みたいな肉らしい豆な嫁」は、大豆から作られた、ヘルシーな大豆ミートです。ごろっとした大粒タイプで、水で戻すと、鶏のから揚げほどのサイズに。鶏肉の代わりとして、普段の料理に使えます。脂質を抑えたい人やダイエット中の人、ヴィーガン、ベジタリアンの人にもおすすめ。冷めても固くなりにくいので、弁当などにも重宝します。常温で保存できる乾燥タイプ。食べたいときに食べたい分だけ使えるので大変便利です。実際に鶏肉をさばいたりカットしたりすることもないので、扱いやすく、まな板も汚れません。

【詳細情報】
内容量:150g

 

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ついに“ジャンプマン”ロゴが採用! パリ・サンジェルマンの最新ユニフォームが秀逸すぎる

パリ・サンジェルマン(以下PSG)とパートナーシップを結んでいるナイキ。新シーズンで4年目を迎える中、ついにブランドを象徴する“ジャンプマン”ロゴがユニフォームに採用されることとなった。

 

 

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ネイビーブルーに赤と白。クラブのカラーとDNAを守りつつアップデートされたデザインは実に洗練されている。

 

 

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ダイヤモンド型のパネルを施した、サイドのデザインが特徴的。また、袖や首の赤いパイピング遣いは、1990年代にNBAをけん引したシカゴ・ブルズを彷彿とさせる意匠だ。ファッション要素の高いアイテムとして、サッカーファンのみならず、ファッショニスタ達からも愛用されそうなデザインに仕上がった。

 

 

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ネイマールも自身の公式SNSを更新。新しいホームジャージーを着用した写真を公開している。その個性的なファッションがピックアップされることも多い、サッカー界きってのオシャレ好きであるネイマールが着ると、やはり様になっている。

 

 

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ちなみに、ユニフォームには100%再生ポリエステル繊維が使用されており、ブランドとしてサステナブルな面に配慮しているところも、実にナイキらしい。サッカーファンの間でも「かっこいい」「好きなユニフォーム」という声の高いPSGのユニフォーム。これら2021-22のジョーダン×PSGコレクションはナイキのアプリや一部店舗でも発売開始ということなので、気になった人はチェックしてみてほしい。

人気抜群の教育YouTuber葉一さん×大橋知穂JICA専門家:「子どもたちの挑戦する力は教育から生まれる」【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は「すべての人が教育を受けることができる世の中」を目指して、日本とパキスタンで奮闘する2人が、子どもの未来を拓く教育の力について熱く語り合ったトークイベントについて取り上げます。

教育が持つ力について語り合うYouTuber葉一さん(左)と大橋知穂JICA専門家(右)

大橋知穂JICA専門家は、パキスタンでこれまで小学校の入学機会を逃した子どもや若者約2300万人に基礎教育を受けることができるようサポートしてきました。教育YouTuberの葉一(はいち)さんは、日本で小学3年生から高校3年生向けに、無料の教育動画を配信しています。不登校などさまざまな理由で学校に行けなくなった子どもたちなど、動画チャンネル登録者は142万人に上ります。

いつでも、どこでも、誰でも、教育を受けることができるよう取り組む2人が口を揃えて言うのは、「教育は、困難を乗り越え、子どもの挑戦する力を生み出す」こと。活動する場所や環境は異なるものの、その想いは一緒です。

 

子どもの成長は大人の価値観を変える

15歳以上で文字の読み書きのできない人は人口全体の58%(出典:2015年社会・生活水準調査/パキスタン統計局 )

パキスタンは、学齢期の子ども(5~16歳)の不就学者が全体の44%と多くユネスコの統計によると世界ワースト2位です。そんな子どもたちの不就学、識字率の低さといった課題解決を図るため、JICAはパキスタン政府と共に、正規の小学校へ行けなかった子どもたちを受け入れ、公教育と同等の卒業資格を取得できる「ノンフォーマル教育」の普及を進めてきました。

約12年間にわたりパキスタンでノンフォーマル教育に携わってきた大橋専門家は今回、その取り組みをまとめたプロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0からの出発』を出版。これを機に、YouTuberの葉一さんとの対談が実現しました。

「教育は大人がどうしたいかではなく、子どもがどう受け取るかが大切」と述べる葉一さん

「女の子には教育は必要ないと考えていた父親の反対で小学校の退学を余儀なくされた11歳の女の子。学校で習った知識を生かして家計簿を付け、母親を手伝います。するとその姿を目の当たりにした父親が娘の成長に大感激して、地域の女性たちが学べる環境をつくろうと奮闘し始める……。この話にはグッときました」

大橋さんの著書を読んだ葉一さんはそう語り、大人が自ら価値観を変えるのは難しくても、教育によって子どもが成長することで考え方が変わっていくことがある、ということを実感したと言います。そして何よりも、学ぶ楽しさを知った子どもたちが生き生きとしていく様子は、日本もパキスタンも一緒だと語ります。

 

挑戦する力を支えるのは自己肯定感

「子どもたちの学びの機会を守りたい」と語る大橋専門家

「小学校に行く機会を逸してしまったとはいえ、生徒たちはやり直しのきく年齢。わからなかったことを理解したり、新しいことを知ったりする経験を通して自信を付けていきます。学習が進むにつれて表情が生き生きとしてくるのは、自己肯定感が高まっている証しですね。子どもたちの自己肯定感を高めるのは教育。逆にそれを奪うきっかけになるのも教育なのだろうと思っています」

子どもたちが変わっていく姿をパキスタンで目の当たりにしてきた大橋専門家は、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが気になると言います。そんな問いかけに葉一さんは、日頃、日本の子どもたちと向き合いながら感じていることを話しました。

「日本は“できて当たり前”といった風潮があり、失敗すると減点されてしまう。失敗をすると子どもたちの自己肯定感が下がり挑戦を恐れ始めます。しかし挑戦をしないことには成功体験が積めない。子どもたちは、結果が出るまでの小さな成長や成功を自覚しにくいので、ぜひ周りの大人が褒めてください。そしてご自身の失敗談を語り、どう乗り越え、最後に何を得られたかというストーリーを聞かせてあげるのが効果的だと思います」

YouTuberの葉一さんは、2012年から授業動画「とある男が授業をしてみた」を配信しています。塾講師として働いていた時、経済的な理由で塾に通えない子どもが多いことを知り、“親の所得の違いが教育格差につながる”という状況に疑問を持ちました。子どもに学びたいという意志さえあれば無料で学べる環境を作ろうと授業動画の配信を始めました。

子どもたちのことをちゃんと考えている大人もいるんだよ、と伝え、周囲の大人が子どもの成長を認めてあげることが自己肯定感を高め、挑戦を後押しすることにつながると、その言葉に力を込めます。

 

YouTuber葉一さんが制作協力する教材がパキスタンの子どもたちの教育現場に!

失敗してもやり直しができる、失敗したことを糧にがんばることができることを、パキスタンで実現させたい—。大橋専門家は、まもなくまたパキスタンへと赴き、子どもたちの学びの場をさらに拡充させる取り組みを進めます。葉一さんのわかりやすい動画教材制作についてそのコツを聞くと、「お手伝いします!」という言葉が葉一さんから返ってきました。今後、ノンフォーマル学校の中学生用向け教材の作成で二人の協力が始まります。いつでも、どこでも、誰でも—そんな学びの機会が、パキスタンでさらに広がっていきます。

ノンフォーマル学校は、先生の自宅や地域の人たちの集まる集会所などで行われます

葉一さんと大橋専門家の対談など、プロジェクト・ヒストリー『未来を拓く学び「いつでも どこでも 誰でも」パキスタン・ノンフォーマル教育、0(ゼロ)からの出発』出版記念オンラインセミナーの様子はこちら

気候変動が新たな道を拓いた?「アカウミガメ大移動」の謎が解明

数十年をかけて、数千~1万km以上の距離を移動するアカウミガメ。その長い年月と壮大な距離から、アカウミガメの移動は「失われた歳月」とも呼ばれますが、その行程や寒い海域での移動方法はほとんど明らかにされていませんでした。しかし、最近ついにアメリカの研究チームがその謎を解明しました。

↑アカウミガメには道が見える

 

日本沿岸の海域には3種類のウミガメが生息していますが、アカウミガメはそのひとつ。アメリカ、ブラジル、オーストラリアなど、日本の主に南側の太平洋沿岸を産卵地としています。日本の砂浜で生まれた場合、アカウミガメの子ガメは黒潮にのって太平洋を横断しながら、東へ向かい、メキシコ西部にあるバハ・カリフォルニア半島の沖合に辿り着きます。エサが豊富なこのエリアで十分に成長すると、再び太平洋を横断して日本を目指し、一生をかけて大移動を繰り返します。

 

しかし、太平洋には「イースタン・パシフィック・バリア」と呼ばれる冷たい海域が存在し、アカウミガメはそこを超えるものとそうでないものに大きく分かれます。研究者が長年知りたかったのが、この海域を、温度に敏感なアカウミガメがどうやって横断するのか? ということ。米国・スタンフォード大学などの研究チームは、衛星追跡デバイスをつけたアカウミガメ231頭を15年間に渡って追跡しており、収集したデータをさまざまな角度から分析することにしました。

 

日本を出発して、バハ・カリフォルニア半島まで辿り着いたのは6頭のみ。研究チームはこのカメについて調べたところ、初春に移動を行い、ほかのカメより温かい海の中を泳いでいたことが判明しました。さらに研究チームは、バハ・カリフォルニア半島に到着したアカウミガメの骨を観察。人間と同じように、カメの骨も食べ物の影響を受けるため、骨の特徴からアカウミガメがいつ頃、外洋から沿岸に辿り着いたのかを調べることができるのです。この分析を行なった結果、多くのアカウミガメが、海が温かい時期にこの半島に到着していたことがわかりました。

↑231頭のアカウミガメの追跡データ。うち6頭が日本からバハ・カリフォルニア半島に辿り着いたことを示している。写真提供/Dana Briscoeなど

 

研究チームによると、この要因として考えられるのは、エルニーニョなどの温暖化で海面温度が上昇して「熱の道」ができたこと。この道は春後半から夏にかけて存在しており、それが現れる前にも、海面気温が数か月間暖かくなっていました。このような条件が重なり、アカウミガメやほかの生物はイースタン・パシフィック・バリアを通過できるようになったのではないか、と研究チームは見ています。

 

今回の研究では、バハ・カリフォルニア半島まで到達したアカウミガメはわずか6頭と数が少なかったことから、さらなる研究が必要となるですが、気候変動がアカウミガメなどの海の生物に、さまざまな影響を及ぼしていることが明らかとなりました。また、研究チームは、アカウミガメが、人間が意図しない別の種を漁獲する「混穫」に巻き込まれる可能性も指摘しています。海に浮かぶプラスチックゴミなども海洋生物存続の脅威になり得るでしょう。

 

現在、世界にいる7種のウミガメのうち、アカウミガメを含む6種が絶滅危惧種に指定されています。カメは長寿や金融の象徴と言われていますが、その存在は私たちの地球環境や気候変動への取り組みにかかっているのかもしれません。

 

【出典】Briscoe DK, Turner Tomaszewicz CN, Seminoff JA, Parker DM, Balazs GH, Polovina JJ, Kurita M, Okamoto H, Saito T, Rice MR and Crowder LB (2021) Dynamic Thermal Corridor May Connect Endangered Loggerhead Sea Turtles Across the Pacific Ocean. Frontiers in Marine Science. 8:630590. doi: 10.3389/fmars.2021.630590

富裕層の怠慢が「地球環境」を破壊する! 英国の研究者らが警鐘

現在、世界中で貧富の格差が広がっています。資産10億ドル以上を持つ「ビリオネア」の上位26人が所有する約150兆円の資産は、貧困層38億人の総資産とほぼ同じであると言われるほど、グローバル社会では二極化が進行中。この現象は環境問題でも見られ、最近では「気候変動の原因は富裕層だ」と論じたレポートが欧米で話題を呼んでいます。

↑「LISTEN TO THE PEOPLE NOT THE POLLUTERS(汚染者ではなく、庶民の声を聞け)」や「PEOPLE OVER PROFIT(利益よりも人を優先しろ)」というメッセージが示すように、環境を汚す富裕層に対する世間の風当たりは強い

 

気候変動における富裕層の問題を指摘したのが、ケンブリッジ・サステナビリティ・コミッション(CSC)による「Changing our ways? Behaviour change and the climate crisis」というレポート。英国のケンブリッジ大学出版局が立ち上げたCSCは、環境問題をさまざまな角度からグローバルに研究しています。このレポートでは英国・サセックス大学の教授らが所得レベルに着目して、人間行動学の観点から気候変動に関する政策を提言しています。

 

早速、主な論点を見ていきましょう。本レポートは、地球温暖化を1.5℃以内に抑えるための対策は相対的に捉えるべきだと論じています。根拠のひとつとして、著者らは国連環境計画の「排出ギャップ報告書2020年」のデータに言及。同報告書は、2015年の世界の人口を所得で4つに分け、各グループの一人当たりの平均二酸化炭素排出量を計算し、所得レベルが高ければ高いほど、1人あたりの二酸化炭素排出量が増大することを示しています。

 

では、各グループはどれくらいの量を排出しているのでしょうか? 排出ギャップ報告書2020年では、2030年までに設定されている二酸化炭素排出量の目標は、1人あたり2.1tです。これを下回っていたのは、所得レベルが最も低い貧困層のみ。所得レベルが2番目に高い層(富裕層の上位10%)の二酸化炭素排出量は20t以上、所得レベルが最も高い超富裕層(富裕層の上位1%)は70tを上回っていました。

 

CSCは、この議論を別のデータで裏付けています。2018年の「Civil Society Equity Review」によると、二酸化炭素排出量の増加の半分程度は富裕層の上位10%に起因し、同37%は富裕層の上位5%に原因があるそう。残りの半分は、所得層の40%を構成する中間層によるものなので、所得層の50%を占める貧困層の影響は事実上ゼロになります。

 

また、欧州連合(EU)加盟国では、富裕層が排出する二酸化炭素の量が増加傾向にある模様。1990年~2015年の二酸化炭素排出量の変化を見ると、EUの人口の50%に相当する低所得層は24%、中間層(EUの40%)は13%削減したのに対して、富裕層(10%)は3%増加したうえ、超富裕層(1%)は5%も増えているのです。EUを離脱したイギリスでは、高所得層の4割以上が1年に3回以上、飛行機を利用している一方、低所得層ではこの割合が4%ほどに下がります。このパターンはフランスやドイツなどでも同じ。

 

したがって、世界中で二酸化炭素排出量を削減するために重要なことは、このような実態に即した排出削減量の「公平な配分」となります。「所得に関係なく、みんなが平等に二酸化炭素を減らせばいい」というわけではないのですね。

↑もっと公平な気候変動への取り組みを提言するCSCのレポート

 

しかし、ここまで来ると、庶民としては「お金持ちは何をやっているんだ?」と思ってしまいますよね。「自分さえ良ければいい」という考えを持ち、化石燃料に依存した生活を送る超富裕層は「環境を汚すエリート(Polluter elite)」と呼ばれており、悪者と見られています。「富裕層が役割を十分に果たしていない」という認識は、ほかの人たちの行動を変える妨げとなるかもしれません。「富裕層だけルールが特別」という考えが広まれば、気候変動対策の公平さに悪影響を及ぼすでしょう。

 

ただし、一概に富裕層が悪いとは言えません。富裕層はお財布を気にせず、ソーラーパネルや環境に優しい乗り物などを購入することできるのも事実です。少し大袈裟な例を挙げると、世界トップクラスの富豪のひとりであるAmazonのジェフ・ベゾスCEOは、気候変動問題に取り組む科学者や活動家を支援する基金「ベゾス・アースファンド」を2020年2月に立ち上げ、私財から100億ドル(約1.1兆円)を投じました。富裕層には富裕層の言い分があるかもしれませんが、感情的になって富裕層だけを責めるのは偏った見方となってしまうでしょう。

 

むしろ問題は、地球を汚すエリートのライフスタイルや行動をどのようにして変えるのか? 富裕層は政治的な影響力が大きいため、変化を起こすのは容易ではありません。このレポートは人間の行動を変えるための方法を多面的に検討していますが、まだまだ研究が必要な様子。それでも、富裕層に責任ある行動を促すための動きは起こっています。例えば、英国の政界では、頻繁に飛行機に乗る人に対して累進税率で課税する仕組みが議論されており、賛否両論がありますが、このような取り組みは今後の政策づくりに役立つかもしれない、とCSCは注目しています。

 

気候変動に対する取り組みについて「公平性」という観点から論じたCSCのレポート。富裕層が二酸化炭素排出量を劇的に減らさなければ、温暖化を食い止めることはおろか、気候変動への取り組み自体が破綻しかねません。富裕層の責任は重大です。

楽器のチカラでSDGsを推進! ヤマハが取り組む「器楽教育普及」と「認証木材調達」

新興国の子どもたちに器楽演奏の楽しさを届ける~ヤマハ株式会社

 

「Music can change the world.(音楽は世界を変えることができる)」とは、作曲家・ベートーベンの言葉です。これを体現しようとしているのが、総合楽器メーカーのヤマハ。お馴染みの「ヤマハ音楽教室」をはじめ、国内はもちろん、海外でも古くから音楽教育プログラムを展開してきましたが、2015年からは新興国を中心に「スクールプロジェクト」という活動を行っています。

 

楽器・教材の提供と指導者育成をワンセットに

「『スクールプロジェクト』とは、器楽教育を新興国の学校に導入するための活動です。音楽の授業が存在しない国や、音楽の授業で楽器の演奏を行わない国は珍しくありません。また、先生自身が楽器に触れた経験がなく、教えることが出来ない、というケースもあります。そうした国々に対して楽器演奏の楽しさを伝え、子どもたちの豊かな成長を支援するのが目的です」と話すのは、同プロジェクトを展開するAP営業統括部戦略推進グループ主事の清田章史さん。

↑AP営業統括部戦略推進グループのメンバー。左から清田章史さん、屏紗英子さん、爲澤浩史さん

 

具体的な内容としては、楽器と教材の提供、そして現地の学校の先生たちの養成など。現地政府や教育機関とも連携しながら、音楽授業や器楽クラブ活動の普及を行い、現地の公立校や私立校において、器楽教育の機会を提供することを目指しています。

 

教材の内容は国ごとにカスタマイズ

「2021年4月時点で活動を展開しているのは、マレーシア、インドネシア、ベトナム、インド、ブラジル、UAEの6か国。そして今年、エジプトでも器楽を用いたトライアル授業が開始される予定になっています。用いられる楽器は、展開国の状況に合わせて提案していますが、最も多いのはリコーダーです。初の器楽教育という場面においては、楽器自体が安価である点と、運指と吹奏の要素を兼ね備えている点を、メリットと感じていただけるようです。リコーダー以外では、ポータブルキーボードやピアニカなども展開しています。

 

また、教材は当社が独自で開発した“Music Time”という教材を提供しています。“Music Time”は、楽器演奏の経験がない先生でも教えることができる点が特徴です。現地の需要に応じて民族音楽を取り入れるなど、内容をカスタマイズするなどの工夫も施しています。ちなみに学校の先生方への研修は、カリキュラムやフィロソフィーを理解した現地の講師を採用・契約して実施しています。これは、日本からの支援が無くても持続的に活動できる体制を構築するためです」(清田さん)

↑2021年3月現在の活動展開国

 

↑「スクールプロジェクト」の活動内容

 

非認知能力の育成にも期待

音楽の楽しさは誰もが認めるものでしょう。楽器に触れたことのない子どもたちが、初めて楽器を手にし、曲を演奏できないまでも、音を出して笑顔になる姿も容易に想像できます。豊かな心が育まれる点も期待できますが、実は器楽教育の効果はそれだけではありません。

 

「演奏できるようになるまで一緒に練習したり、クラスメイトと協力しあって一つの曲を仕上げたり、クラス発表会で緊張しながら披露したりと、学校での楽器演奏にはいろいろな場面があります。こうした経験は単に楽器の演奏スキルの向上を促すだけではなく、協調性が育まれたり、自尊心が芽生えたり、ルールを守る大切さを知ったりするなど、いわゆる非認知能力の育成にも繋がると考えています。楽器の演奏を体験することで、子どもたちが幸せを感じ、将来に希望を持てるようになってほしいという想いを込めて活動しています」(清田さん)

↑オリジナル教材「Music Time」。挿入曲はワールドワイドな童謡や、現地の子どもや大人にとっても馴染みのある伝統曲などが使われている

 

スクールプロジェクトは、先生や保護者からの評価も高いそうです。新興国は、実学主義になりがちと言われていますが、子どもたちが「楽しいと感じる授業」を提供できることも貴重なのかもしれません。

 

ベトナムでは学習指導要領に追加

実際に各国のスクールプロジェクトはどのように導入されているのでしょうか。インドやマレーシアでは、私立校やクラブ活動が中心ですが、ベトナムでは、学習指導要領に器楽教育が新たに追加され、2020年9月から日本の小学1年生にあたる子どもを対象に授業がスタートしたそうです。

 

「2016年頃、ベトナム教育訓練省にて器楽教育の必要論が出ました。その情報を受け、文部科学省やJETRO(日本貿易振興機構)の協力のもと、プレゼンテーションを行ったのです。その後、セミナーなどを経て徐々に器楽教育の意義が関係者に理解され、まず学校のクラブ活動として認められ、活動がベトナムのテレビで取り上げられるなど話題となりました。

 

ベトナムに限らず新興国では、音楽は富裕層の趣味というイメージが強いため、当初はそんなイメージを払拭させ、みんなで一緒に楽しもうという雰囲気を作るのに苦労しました。そうした活動もあり、現在ベトナムでは器楽教育が学習指導要領に加えられ、約2500校で器楽教育が行われています」(清田さん)

↑ベトナムでのリコーダークラブ風景

 

↑ハノイ(ベトナム)で開催されたリコーダー・フェスティバル

 

現地で授業風景を見学した、AP営業統括部戦略推進グループ主事の爲澤浩史さんは、こう話します。

 

「日本では当たり前のリコーダーが、ベトナムの子どもたちにとっては、見たことがない楽器なんです。初めて手に取り、『何これ?』と言いながらも、目をキラキラさせながら楽しそうだったのが印象的でした。子どもたちから直接、ありがとうと言われたこともありますし、『リコーダーの授業のおかげで学校が楽しくなった』と聞いたときは、嬉しかったです」

 

新しいカリキュラムの導入は、先生にとって負担が増えることは否めません。実際、当初は不満の声も聞かれたそうです。しかし、器楽教育の重要性と効果が理解され、今では先生からも感謝の声が聞かれるそうです。

 

サステナビリティ重点課題の特定

「スクールプロジェクト」としては、2022年3月末までに7か国3000校、累計100万人への導入を目標に掲げていて、同社の中期経営計画目標にも含まれています。

 

「経営目標として、従来は財務的な目標だけだったのですが、初めて非財務目標が掲げられました」とは、経営企画部サステナビリティ推進グループ・リーダーの阿部裕康さん。「当社らしいサステナビリティの領域で、社会への貢献度が高い活動を、将来の事業成長へのつながりも見据えて取り組んでいます」と話します。

↑経営企画部サステナビリティ推進グループ リーダー・阿部裕康さん

 

「サステナビリティについて、当社は1970年代からいわゆる環境管理、汚染の防止を発端に取り組んでいます。フィランソロピー(ボランティア)的な取り組みも行っていますが、基本的には事業を主体としています。バリューチェーンも含め事業全体において、環境や社会の持続可能性にマイナス影響を与えるものを特定し、まずはそれに対応する。一方でプラス影響についても積極的に創造していくというのが、基本的な考え方です」(阿部さん)

 

同社では、事業活動における環境や社会への影響、ステークホルダーの期待や社会要請に鑑みて「サステナビリティ重点課題」を設定していますが、まずは、社会的責任に関する国際規程であるISO26000、およびSDGsに照らして、バリューチェーンにおけるサステナビリティ課題を抽出。その課題をステークホルダー視点で吟味し……と、段階を踏んで重点課題を特定しているのです。

↑サステナビリティ重点課題の設定

 

「当社がひとりよがりで決めるのではなく、社会からのさまざまな要請、ステークホルダーの声、そして事業のうえでの重要性を考慮し決めています。“サステナビリティ重点課題”“基本的なサステナビリティ活動”“経営基盤”と三段階に分けていますが、“サステナビリティ重点課題”以外が重要でないというわけではなく、とくに重視をして、しっかり経営レベルで議論しながら、推進している状況です」(阿部さん)

 

重点課題と木材資源への取り組み

例えば「スクールプロジェクト」のほかに同社が進めている事例の1つが木材調達における活動です。楽器などの製造には多種多様の木材を使用しますが、木材の調達時に違法木材が紛れ込んでしまうリスクがあります。そうしたリスクへの対応のためにトレーサビリティや合法性の厳格な確認を進めるとともに、持続可能な森林から産出される認証木材の利用拡大を進めています。認証木材の採用率は2019年度の28%から、2020年度は48%まで飛躍的に向上。2021年度の目標50% に向けて順調に推移しています。

 

「タンザニアでは、木材資源の持続性向上に向けた活動を現地で行っています。クラリネットなど木管楽器に欠かせない“アフリカン・ブラックウッド”という、準絶滅危惧種に指定されている樹木を取り巻く課題への取り組みです。元々アフリカの中でも限られた地域にしか分布しない樹種である上、伐採した樹木のほとんどが楽器材として使われます。近年は、楽器に適した良質材が減少しており、過剰に伐採しさらに資源量が減少するという悪循環に陥っています。そこで当社では、専門家の力を借りながら、楽器に使える良質な木材を育成し、現地の人たちにとって持続性のあるビジネスとして確立できるよう活動しています」(阿部さん)

↑タンザニアでの森林調査の様子

 

違法木材(違法伐採)の問題は、新国立競技場の建設でもニュースになりました。同社のこの活動は、木材資源の管理、維持というだけでなく、森林伐採による酸性雨や温暖化など地球規模での課題にも向き合っていると言えます。

 

SDGsの目標4番、12番、15番を重視

最後に、SDGsの目標のなかで何番を重視しているかうかがいました。

 

「環境へのマイナス影響の懸念から、やはり木材資源への取り組みに関係する12番と15番、そして社会・音楽文化への貢献と事業へのつながりからスクールプロジェクトにリンクする4番があげられると思います。その他にも多くのテーマに取り組んでいますが、しっかりと議論を深めながら当社らしい、当社ならではのSDGsやサステナビリティへの取り組みを推進していきたいと考えています。短期的にはコストが上がることもあるかもしれませんが、そこは常にイノベーションをもって、社会・環境課題への対応を企業価値の源泉にできるように知恵をしぼっていきたいと思います」(阿部さん)

 

実は日本の対策は進んでいる!?「食品ロス(フードロス)」の実態と私たちができること

日本における年間の食品ロス(フードロス)は、612万トンにものぼります。これは、日本人一人当たり、茶碗一杯分の食べ物を毎日捨てているのと同じ量。とても“もったいない”ことだと思いませんか?

 

誰にとっても身近で、一人一人が考えなければならない食品ロスの問題。今回は、食品ロスを専門に研究する愛知工業大学経営学部・小林富雄教授に、日本の食品ロスの現状や、削減するために私たちができることなどを教えていただきました。

 

そもそも「食品ロス(フードロス)」って何?

現状を知る前に、まずは「食品ロス」の意味をおさらいしましょう。国によって、その定義は異なるそうですが、今回は日本における食品ロスについて教えてもらいました。

 

「日本では、食品廃棄物を可食部と不可食部に分けて考えています。食品ロスとは、そのうちの可食部のこと。例えばバナナで言えば、実=可食部、皮=不可食部、にあたるので、廃棄された実の部分が『食品ロス』になります。つまり、まだ食べられるのに捨てられてしまう食品のことを、食品ロスと呼ぶのです。

 

日本で食品廃棄物が問題視され始めたのは、2000年に循環型社会形成推進基本法が制定されたことがきっかけです。その基本法によって、食品を含むさまざまなもののリサイクルが進み、2001年には『食品リサイクル法』が施行。日本が取り組むべき課題として、大きく取り上げられるようになりました。

 

しかしその頃は、『食品廃棄物をリサイクルすること』にスポットが当たっていて、『食べ残しを減らす』ことには、あまり積極的に取り組まれていませんでした。食べ残しを減らすには、人々の生活様式そのものから変えなくてはならないため、とても難しい問題だったのです。

 

『食品ロス削減』に注目が集まるようになったのは、2015年に国連で採択されたSDGsが一つの大きなきっかけです。当初日本は、ヨーロッパに比べるとそれほど熱心ではありませんでしたが、『食』は誰にとっても身近でわかりやすいテーマということもあり、学校教育などで徐々に取り上げられるようになりました。さらに2019年には『食品ロス削減推進法』が制定。日本でも本腰を入れて取り組もうという気運が、ますます高まっています」(愛知工業大学経営学部・小林富雄先生、以下同)

 

日本の食品ロスの現状と、これからの課題

SDGsの採択によって、世界的に注目されるようになった食品ロス問題。日本の食品ロス問題の現状やこれからの課題についてもうかがいました。

 

「まず知っておいてほしいのは、国際的に見ると、日本は企業も個人も食品ロス削減のために頑張っているということ。アメリカやイギリスと比べると、日本の食品ロスは2~3割少ないというデータもあります。その中で課題を挙げるとするならば、食品ロス削減のための取り組みが“一企業”や“一個人”単位にとどまっているところ。個別の取り組みだけでは、できることにどうしても限界があると思っています。

 

かつての日本では、畑でたくさん収穫した野菜を近所の人に分けたり、もらったりするような文化や習慣がありました。個人でも企業でも、このように人と人の関係性やコミュニケーションの中で食品ロスを減らすための方法を、SNSを使うなど、今の時代に合ったやり方で実践していければ良いのではと感じています」

 

コロナ禍で、家庭内の食品ロスが減少傾向に

現在コロナウイルスの影響で、私たちの食生活にさまざまな変化が起きています。食品ロス問題においても、何か変化は起こっているのでしょうか。

 

「実はこのコロナ禍で、家庭内の食品ロスが減っているというデータがあります。家で過ごす時間が増えたことで、何を食べるかじっくり考えたり、丁寧に調理をしたり、時間をかけて食事をしたり……より真剣に“食”と向き合うようになったという人も多いのではないでしょうか。また、家族や近しい相手と少人数で食事をする機会が増え、身近な人とのコミュニケーションに、再びスポットが当たるようにもなりました。このように、食べ物に関する関心が高まったり、一緒に食事をする人への愛情や心遣いの気持ちが強くなったりしたことが、食品ロスが減った要因ではないかと、私は考えています。

 

一方、外食店は、時短営業を余儀なくされ、テイクアウトに対応する店などが一気に増えました。その影響もあってプラスチック容器包装が増加しているのは、マイナス面だと言えます。しかし、プラスの変化として挙げた『時間をかけて食と向き合うこと』が定着すれば、コロナウイルスが収束したのちの外食産業にも、良い影響を与えるのではないかと期待しています」

 

食品ロス削減のために、今私たちができることは?

食品ロスの現状を踏まえ、私たちが今、できることは何なのでしょうか? さまざまなアプローチ方法を教えてもらいました。

 

1.「買いすぎ」を防ぐ

 

買い物するときに、必要以上に買ってしまったり、家にまだあるものを買ってしまったりした経験は誰にでもあるはず。少しの心がけで、そんな“買いすぎ”を防ぐことができます。

 

「その日の商品の値段や自分自身の気分によって、食べ物の消費行動は大きく変化します。このことをあらかじめ自覚しておくことで、無駄な買い物を減らすことができるはずです。さらに『2日以内に食べるものだけを購入する』などルールを決め、こまめに買い物に行くようにするのもおすすめ。また、家では食材をできるだけ一か所にまとめて保存し、何がどのくらいあるのかを把握しておくようにしましょう」

 

2. いつもより少し「良いもの」を買う

野菜や果物など、いつも買っているものより少し値段の高い“良いもの”を買ってみることも、私たちにできることの一つ。「食品ロスの削減だけでなく、生活を豊かにすることにもつながります」と小林さんは言います。

 

「良いものを買うと、より『大切に食べよう』という気持ちになりますよね。食べ物を大切に扱うことを習慣化できれば、食品ロスの削減にもつながります。月に1回などできる範囲でいいので、自分へのご褒美のような感覚で、ぜひ良いものを買ってみてください。“良い食材”や“良い食事”に出会えるチャンスにもなるので、一石二鳥ですよ!」

 

3. アプリやサービスを利用する

現在、増えてきているフードシェアリングのアプリやサービス。商品をお得にゲットできたり、売り上げが寄付されたり、さまざまなものがあるので、自分に合ったものを探して活用してみてください。

 

・近所のお店で余剰食品がないかをチェック!

「TABETE」
無料
・Android https://play.google.com/store/apps/details?id=me.tabete.tabete&hl=ja
・iOS https://apps.apple.com/jp/app/tabete/id1392919676

TABETEは、店頭で売り切ることが難しい食品をお得に購入できるフードシェアリングサービスです。使い方はとても簡単。まずはアプリをダウンロードし、近くのお店で余った商品がないかを探します。食べたい商品が見つかったら、その場でクレジットカード決済、あとは指定の時間にお店で受け取るだけ! パンやお惣菜、キャンセルが出てしまった食事など、さまざまな食べ物を購入することができますよ。

 

・メーカーが参加する余剰食品のショッピングサイト

KURADASHI
https://www.kuradashi.jp/

KURADASHIは、食品ロス削減に賛同するメーカーが協賛価格で提供したものを、お得に販売する社会貢献型ショッピングサイト。食品だけでなく、日用品や雑貨なども扱っており、ロスを出したくないメーカーと、安く購入したい消費者をつないでいます。さらに売り上げの1~5%を社会貢献活動団体に寄付していることも特徴です。

 

「上記のアプリはもちろん、LINEやFacebookで『余っているから取りに来て!』と友人に呼びかけるだけでも、食品ロス削減のための一歩になります。ぜひできることから気軽に始めてみてください」

 

4. おすそ分けし合える仲間をつくる

「食品ロスで捨てられる食べ物は、あまりにも無駄でさみしい捨てられ方をしています」と小林さん。食品ロス問題を根本から解決するためには、「捨てられる食べ物を、人と人とのつながりの中で救うこと」が大切なことのひとつです。

 

「ニューヨークでは、例えばお店で食べきれなかった高級料理を持ち帰った人が、ホームレスに『どうぞ』と分け与える、というようなことがとてもクールな振る舞いだと考えられています。日本では、見知らぬ人に同じことをするのは難しいかもしれませんが、食べ物が余ったときにそれを分け合える仲間をつくっておくことはできるはず。食べ物を分けることで、相手が喜んでくれて、その人との関係を深めることができる、それってすごく幸せなことだと思いませんか?」

 

 

「私は、ただ食品ロスを0にすることが、最終的な目標ではないと思っています。ゴールにすべきなのは、食品ロスを減らすことをきっかけに、『自分たちが幸せになること』ではないでしょうか。その方法を考えて実現させていくことができれば、自然と食品ロスは減っていくはずです」

食品ロスは、誰にとっても身近で大切な問題。だからこそ、ぜひ“仲間”をつくって一緒にアクションを起こし、自分自身の豊かな生活にもつなげていきましょう。

 

【プロフィール】

愛知工業大学経営学部教授 / 小林富雄

生鮮農産物商社、民間シンクタンクを経て、2015年から同大准教授、2017年度からは同大教授として、食品サプライチェーンや食品ロスを専門に研究。ドギーバッグ普及委員会理事長、2019年からは内閣府の食品ロス削減推進会議委員なども務めている。

 

実は日本の対策は進んでいる!?「食品ロス(フードロス)」の実態と私たちができること

日本における年間の食品ロス(フードロス)は、612万トンにものぼります。これは、日本人一人当たり、茶碗一杯分の食べ物を毎日捨てているのと同じ量。とても“もったいない”ことだと思いませんか?

 

誰にとっても身近で、一人一人が考えなければならない食品ロスの問題。今回は、食品ロスを専門に研究する愛知工業大学経営学部・小林富雄教授に、日本の食品ロスの現状や、削減するために私たちができることなどを教えていただきました。

 

そもそも「食品ロス(フードロス)」って何?

現状を知る前に、まずは「食品ロス」の意味をおさらいしましょう。国によって、その定義は異なるそうですが、今回は日本における食品ロスについて教えてもらいました。

 

「日本では、食品廃棄物を可食部と不可食部に分けて考えています。食品ロスとは、そのうちの可食部のこと。例えばバナナで言えば、実=可食部、皮=不可食部、にあたるので、廃棄された実の部分が『食品ロス』になります。つまり、まだ食べられるのに捨てられてしまう食品のことを、食品ロスと呼ぶのです。

 

日本で食品廃棄物が問題視され始めたのは、2000年に循環型社会形成推進基本法が制定されたことがきっかけです。その基本法によって、食品を含むさまざまなもののリサイクルが進み、2001年には『食品リサイクル法』が施行。日本が取り組むべき課題として、大きく取り上げられるようになりました。

 

しかしその頃は、『食品廃棄物をリサイクルすること』にスポットが当たっていて、『食べ残しを減らす』ことには、あまり積極的に取り組まれていませんでした。食べ残しを減らすには、人々の生活様式そのものから変えなくてはならないため、とても難しい問題だったのです。

 

『食品ロス削減』に注目が集まるようになったのは、2015年に国連で採択されたSDGsが一つの大きなきっかけです。当初日本は、ヨーロッパに比べるとそれほど熱心ではありませんでしたが、『食』は誰にとっても身近でわかりやすいテーマということもあり、学校教育などで徐々に取り上げられるようになりました。さらに2019年には『食品ロス削減推進法』が制定。日本でも本腰を入れて取り組もうという気運が、ますます高まっています」(愛知工業大学経営学部・小林富雄先生、以下同)

 

日本の食品ロスの現状と、これからの課題

SDGsの採択によって、世界的に注目されるようになった食品ロス問題。日本の食品ロス問題の現状やこれからの課題についてもうかがいました。

 

「まず知っておいてほしいのは、国際的に見ると、日本は企業も個人も食品ロス削減のために頑張っているということ。アメリカやイギリスと比べると、日本の食品ロスは2~3割少ないというデータもあります。その中で課題を挙げるとするならば、食品ロス削減のための取り組みが“一企業”や“一個人”単位にとどまっているところ。個別の取り組みだけでは、できることにどうしても限界があると思っています。

 

かつての日本では、畑でたくさん収穫した野菜を近所の人に分けたり、もらったりするような文化や習慣がありました。個人でも企業でも、このように人と人の関係性やコミュニケーションの中で食品ロスを減らすための方法を、SNSを使うなど、今の時代に合ったやり方で実践していければ良いのではと感じています」

 

コロナ禍で、家庭内の食品ロスが減少傾向に

現在コロナウイルスの影響で、私たちの食生活にさまざまな変化が起きています。食品ロス問題においても、何か変化は起こっているのでしょうか。

 

「実はこのコロナ禍で、家庭内の食品ロスが減っているというデータがあります。家で過ごす時間が増えたことで、何を食べるかじっくり考えたり、丁寧に調理をしたり、時間をかけて食事をしたり……より真剣に“食”と向き合うようになったという人も多いのではないでしょうか。また、家族や近しい相手と少人数で食事をする機会が増え、身近な人とのコミュニケーションに、再びスポットが当たるようにもなりました。このように、食べ物に関する関心が高まったり、一緒に食事をする人への愛情や心遣いの気持ちが強くなったりしたことが、食品ロスが減った要因ではないかと、私は考えています。

 

一方、外食店は、時短営業を余儀なくされ、テイクアウトに対応する店などが一気に増えました。その影響もあってプラスチック容器包装が増加しているのは、マイナス面だと言えます。しかし、プラスの変化として挙げた『時間をかけて食と向き合うこと』が定着すれば、コロナウイルスが収束したのちの外食産業にも、良い影響を与えるのではないかと期待しています」

 

食品ロス削減のために、今私たちができることは?

食品ロスの現状を踏まえ、私たちが今、できることは何なのでしょうか? さまざまなアプローチ方法を教えてもらいました。

 

1.「買いすぎ」を防ぐ

 

買い物するときに、必要以上に買ってしまったり、家にまだあるものを買ってしまったりした経験は誰にでもあるはず。少しの心がけで、そんな“買いすぎ”を防ぐことができます。

 

「その日の商品の値段や自分自身の気分によって、食べ物の消費行動は大きく変化します。このことをあらかじめ自覚しておくことで、無駄な買い物を減らすことができるはずです。さらに『2日以内に食べるものだけを購入する』などルールを決め、こまめに買い物に行くようにするのもおすすめ。また、家では食材をできるだけ一か所にまとめて保存し、何がどのくらいあるのかを把握しておくようにしましょう」

 

2. いつもより少し「良いもの」を買う

野菜や果物など、いつも買っているものより少し値段の高い“良いもの”を買ってみることも、私たちにできることの一つ。「食品ロスの削減だけでなく、生活を豊かにすることにもつながります」と小林さんは言います。

 

「良いものを買うと、より『大切に食べよう』という気持ちになりますよね。食べ物を大切に扱うことを習慣化できれば、食品ロスの削減にもつながります。月に1回などできる範囲でいいので、自分へのご褒美のような感覚で、ぜひ良いものを買ってみてください。“良い食材”や“良い食事”に出会えるチャンスにもなるので、一石二鳥ですよ!」

 

3. アプリやサービスを利用する

現在、増えてきているフードシェアリングのアプリやサービス。商品をお得にゲットできたり、売り上げが寄付されたり、さまざまなものがあるので、自分に合ったものを探して活用してみてください。

 

・近所のお店で余剰食品がないかをチェック!

「TABETE」
無料
・Android https://play.google.com/store/apps/details?id=me.tabete.tabete&hl=ja
・iOS https://apps.apple.com/jp/app/tabete/id1392919676

TABETEは、店頭で売り切ることが難しい食品をお得に購入できるフードシェアリングサービスです。使い方はとても簡単。まずはアプリをダウンロードし、近くのお店で余った商品がないかを探します。食べたい商品が見つかったら、その場でクレジットカード決済、あとは指定の時間にお店で受け取るだけ! パンやお惣菜、キャンセルが出てしまった食事など、さまざまな食べ物を購入することができますよ。

 

・メーカーが参加する余剰食品のショッピングサイト

KURADASHI
https://www.kuradashi.jp/

KURADASHIは、食品ロス削減に賛同するメーカーが協賛価格で提供したものを、お得に販売する社会貢献型ショッピングサイト。食品だけでなく、日用品や雑貨なども扱っており、ロスを出したくないメーカーと、安く購入したい消費者をつないでいます。さらに売り上げの1~5%を社会貢献活動団体に寄付していることも特徴です。

 

「上記のアプリはもちろん、LINEやFacebookで『余っているから取りに来て!』と友人に呼びかけるだけでも、食品ロス削減のための一歩になります。ぜひできることから気軽に始めてみてください」

 

4. おすそ分けし合える仲間をつくる

「食品ロスで捨てられる食べ物は、あまりにも無駄でさみしい捨てられ方をしています」と小林さん。食品ロス問題を根本から解決するためには、「捨てられる食べ物を、人と人とのつながりの中で救うこと」が大切なことのひとつです。

 

「ニューヨークでは、例えばお店で食べきれなかった高級料理を持ち帰った人が、ホームレスに『どうぞ』と分け与える、というようなことがとてもクールな振る舞いだと考えられています。日本では、見知らぬ人に同じことをするのは難しいかもしれませんが、食べ物が余ったときにそれを分け合える仲間をつくっておくことはできるはず。食べ物を分けることで、相手が喜んでくれて、その人との関係を深めることができる、それってすごく幸せなことだと思いませんか?」

 

 

「私は、ただ食品ロスを0にすることが、最終的な目標ではないと思っています。ゴールにすべきなのは、食品ロスを減らすことをきっかけに、『自分たちが幸せになること』ではないでしょうか。その方法を考えて実現させていくことができれば、自然と食品ロスは減っていくはずです」

食品ロスは、誰にとっても身近で大切な問題。だからこそ、ぜひ“仲間”をつくって一緒にアクションを起こし、自分自身の豊かな生活にもつなげていきましょう。

 

【プロフィール】

愛知工業大学経営学部教授 / 小林富雄

生鮮農産物商社、民間シンクタンクを経て、2015年から同大准教授、2017年度からは同大教授として、食品サプライチェーンや食品ロスを専門に研究。ドギーバッグ普及委員会理事長、2019年からは内閣府の食品ロス削減推進会議委員なども務めている。

 

「使用済みマスク」はコンクリートに再利用されるべき! と豪大学研究チームが提案

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で大量消費されるようになったマスク。しかし、それと同時にマスクの廃棄量も膨れ上がり、それをどうやって処分するのかがグローバルな課題になっています。そこで現在、解決策の1つとして注目されているのが、使用済みマスクを道路の素材に利用する研究です。

↑健康だけでなく、地球の環境も守りたい

 

オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究チームによると、世界中で使われる使い捨てマスクは現在、1日あたりおよそ68億枚にも上るとのこと。そのすべてがきちんと廃棄処分されればいいのですが、最近よく道端に落ちているのを見かけるように、適切に廃棄されないマスクも少なくありません。

 

海洋保護団体オーシャンズアジアの試算では、2020年は1年間に世界でおよそ15億6000万枚のマスクが適切に処分されず、最終的に海に流れついたそうです。ただでさえ海洋プラスチックの問題があるのに、これだけ大量のゴミが海に流入すれば、漁業や観光産業にも影響を与えかねません。

 

世界で膨れ上がる廃棄物の問題に対処するため、同研究チームは、使用済みマスクを道路作りに利用する可能性について研究を始めました。

 

一般的にアスファルトの道路は、下から順に「路床」「路盤」「基層」「表層(アスファルト)」の4層でできています。それぞれの層がクルマの重量に耐え、ひび割れを防ぐための強度と柔軟性を併せ持つ必要がありますが、表面のアスファルト部分以外の3層には、再生コンクリート(RCA)が利用可能であることが知られています。

 

この研究チームが実験したところ、この再生コンクリートに使用済みのマスクを細断して加えると強度が増すことがわかりました。再生コンクリートと細断したマスクの最適な割合は、再生コンクリート99%に対してマスク1%。このようにマスクを混合した素材は、強度のほかに耐水性や耐変形性、耐酸性など、アスファルト製品に必要とされるすべての工業規格を満たすこともわかりました。これを実際の道路建設に利用する場合、2車線の道路1kmを作るのに、使用済みマスクを300万枚も使用することになり、93tの廃棄物の削減に繋がるそうです。

 

なお、RMIT大学の別の研究チームでは、細断したマスクからコンクリートを作る可能性について調査を行い、建築素材として利用できる可能性が高いと見ています。使用済みマスクの再利用に関する研究は始まったばかり。今後の動向に注目です。

 

【出典】Mohammad Saberian, Jie Li, Shannon Kilmartin-Lynch, Mahdi Boroujeni. (2021). Repurposing of COVID-19 single-use face masks for pavements base/subbase, Science of The Total Environment, Volume 769, 145527. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.145527

「使用済みマスク」はコンクリートに再利用されるべき! と豪大学研究チームが提案

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中で大量消費されるようになったマスク。しかし、それと同時にマスクの廃棄量も膨れ上がり、それをどうやって処分するのかがグローバルな課題になっています。そこで現在、解決策の1つとして注目されているのが、使用済みマスクを道路の素材に利用する研究です。

↑健康だけでなく、地球の環境も守りたい

 

オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT大学)の研究チームによると、世界中で使われる使い捨てマスクは現在、1日あたりおよそ68億枚にも上るとのこと。そのすべてがきちんと廃棄処分されればいいのですが、最近よく道端に落ちているのを見かけるように、適切に廃棄されないマスクも少なくありません。

 

海洋保護団体オーシャンズアジアの試算では、2020年は1年間に世界でおよそ15億6000万枚のマスクが適切に処分されず、最終的に海に流れついたそうです。ただでさえ海洋プラスチックの問題があるのに、これだけ大量のゴミが海に流入すれば、漁業や観光産業にも影響を与えかねません。

 

世界で膨れ上がる廃棄物の問題に対処するため、同研究チームは、使用済みマスクを道路作りに利用する可能性について研究を始めました。

 

一般的にアスファルトの道路は、下から順に「路床」「路盤」「基層」「表層(アスファルト)」の4層でできています。それぞれの層がクルマの重量に耐え、ひび割れを防ぐための強度と柔軟性を併せ持つ必要がありますが、表面のアスファルト部分以外の3層には、再生コンクリート(RCA)が利用可能であることが知られています。

 

この研究チームが実験したところ、この再生コンクリートに使用済みのマスクを細断して加えると強度が増すことがわかりました。再生コンクリートと細断したマスクの最適な割合は、再生コンクリート99%に対してマスク1%。このようにマスクを混合した素材は、強度のほかに耐水性や耐変形性、耐酸性など、アスファルト製品に必要とされるすべての工業規格を満たすこともわかりました。これを実際の道路建設に利用する場合、2車線の道路1kmを作るのに、使用済みマスクを300万枚も使用することになり、93tの廃棄物の削減に繋がるそうです。

 

なお、RMIT大学の別の研究チームでは、細断したマスクからコンクリートを作る可能性について調査を行い、建築素材として利用できる可能性が高いと見ています。使用済みマスクの再利用に関する研究は始まったばかり。今後の動向に注目です。

 

【出典】Mohammad Saberian, Jie Li, Shannon Kilmartin-Lynch, Mahdi Boroujeni. (2021). Repurposing of COVID-19 single-use face masks for pavements base/subbase, Science of The Total Environment, Volume 769, 145527. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.145527

サッと取り出しサッとしまえる! 小石のようなエコバッグがMakuakeに登場

KoH Tは、エコバッグにカラビナとケースがセットになった、スマートに持ち運べるエコバッグ「Pebble」を、クラウドファンディングサイト「Makuake」で、先行受注しています。税込価格は3600円で、プロジェクトは5月16日まで開催されています。

 

「バッグの中から探し出すのが面倒」「ついつい忘れてしまう」「デザインがスマートじゃない」など、エコバッグを持つときの不満を解決するために開発された同製品。名前の「Pebble」とは小川にある小石を意味しており、小石のような見た目のシリコン製の専用ケースが特徴です。カラーバリエーションは、ストーンマッドブラックとストーンライトグレーの2種類。

 

ケースにはカラビナがセットになっており、バッグやベルトに装着しておくと1モーションで取り出せて、使用後は畳まずにそのままケースに収納でき、使用時の煩わしさを軽減できます。また、鍵など身の回りのものに付けて一緒に持ち歩くことで、エコバッグを忘れてしまうリスクも回避できます。

 

エコバッグのサイズは大きすぎず小さすぎず、中に入れた弁当などが傾くのを防ぐマチを設けている上、ペットボトルのような縦長の製品にも対応する形状。使用しやすいサイズ感と形にこだわっています。素材はサステナブルなリサイクルナイロン100%を使用した、高い技術力によるMADE IN JAPAN。くしゃくしゃにしても丈夫かつ、環境や人体に影響の少ないフッ素フリーの撥水加工が施されています。

地球史上最も頑丈なタイヤ? 「自転車」がNASAの技術を取り込んで進化中

自転車に乗ろうとしたとき、タイヤがパンクしているのを見つけて困ることがありますよね。これまで「パンクしないタイヤ」とか「ノーパンク自転車」が開発されてきましたが、最近ではアメリカ航空宇宙局(NASA)の技術を応用した自転車用タイヤの製品化が進められています。

 

宇宙から”逆輸入”

↑NASAの技術を応用した開発中の自転車「METL」

 

自転車のタイヤがパンクすると厄介なもの。火星や月の上を走る探査車のタイヤなら、なおさらです。修理や取り換えを簡単に行うことができないうえ、火星や月の表面は、舗装された道路を走るのと違って、ゴツゴツした大きな岩や石がたくさんあり、外傷を受けやすい環境です。

 

さらに、通常のタイヤに使われるようなゴムは、高温だと柔らかくなり、低温では硬くてもろくなりますが、月は地球よりも外気温の温度差が大き過ぎるため、このようなゴムは向いていません。しかも、月面では宇宙線と呼ばれる高エネルギーの粒子が降り注ぎゴムの劣化を早めるため、タイヤの材料にゴムは使えないそうです。

 

このような過酷な環境でも利用できるタイヤは世界中で開発されてきました。日本では数年前にブリヂストンが月面探査車向けに「オール金属製タイヤ」を作っていましたが、アメリカではNASAグレン研究センターが、形状記憶合金を使って「Superelastic tires(超弾性タイヤ)」を生み出しています。

 

後者のタイヤは内部に空気を入れない代わりに、形状記憶合金を編みこんだ構造となっており、それが衝撃吸収材のような役割を担っています。これにより、岩場のような地形でも破損することなく前進できるそう。現在、NASAグレン研究センターでは、このタイヤを火星で使用できるように、さらに性能向上に取り組んでいます。

 

その一方、ロサンゼルスを拠点とするスタートアップのSMARTタイヤカンパニーが、NASAと起業家を結ぶ「NASAスタートアップスタジオ」を通して、superelastic tiresの技術を活用した自転車の製品化を進めています。

 

SMARTタイヤカンパニーによると、使っている形状記憶合金は、ニッケルとチタンを組み合わせた「ニチノール」と呼ばれるもの。同社はこれを空気不要のタイヤに編み込むことで、ゴムのような弾力性とチタンのような強度を兼ね備えた、パンクしないタイヤを実現しようとしているのです。しかも、形状記憶合金のため、このタイヤは大きく変形しても元の形状に戻るとのこと。

↑宇宙環境にも耐える頑丈なMETLのタイヤ

 

この開発中のタイヤは、最終的にどんな天候でも使えるように、ポリラバー素材をコーティングする予定です。同社は、このタイヤを使った自転車「METL」を2022年までに発売する計画で、METLは通勤・通学やオフロードなどのシーンで使える自転車になるそうですが、一方でスポーツには向いていないと言われています。

 

パンクしないタイヤは、廃棄物を減らす点でも環境に優しい製品になります。製品化までは課題や改善点はあるかもしれませんが、NASA品質の自転車が発売されたら、世界中で注目を集めることは間違いないでしょう。地球史上最も頑丈な自転車用タイヤは生まれるのでしょうか?

 

ガーナ版Suicaが誕生? アフリカの社会課題解決を押し進める若き起業家たちを応援【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は途上国の起業家を育成するプラットフォーム「プロジェクト NINJA」の活動の一環として行われたビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」について取り上げます。

↑「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」で事業をプレゼンするスタートアップ起業家たち(写真上右、上左、提供:Nikkei Inc.)。決勝戦に進出した南アフリカのAnd Africaが取り組むIoTロッカー活用事業(左下)。途上国の若い起業家たちを支援する「プロジェクトNINJA」のロゴ(右下)

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業をマッチング

アフリカでは、デジタル技術で事業を変革させる「DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)」が急速に進行しています。そんなDXを推進するスタートアップ企業は、アフリカの課題解決に向けた立役者としても大きな期待が寄せられています。

 

JICAは、途上国の国づくりを支えるため、ビジネスとして社会課題の解決を図り、質の高い雇用創出のきっかけとなる起業家の育成に向けたプラットフォーム「プロジェクト NINJA(Next Innovation with Japan)」を2020年から始動。その活動の一環として、2月にビジネスコンテスト「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦(JICAと日本経済新聞社の共催)」を開催しました。

 

日本企業とアフリカのスタートアップ企業のマッチングを図るこのイベントでは、日本の交通系ICカードを参考にしたキャッシュレス決済サービス、アプリを使って医薬品の在庫管理を行うシステムやドローンを使った農業支援サービスといったアイデアが提案され、今後、日本の企業との連携も期待されています。

 

非接触型ICカードの利用は、さまざまな課題解決につながる

イベントで提案された注目事業の一つが、ガーナのTranSoniCaによる非接触型ICカードを使ったキャッシュレス決済サービスです。

 

TranSoniCaの創業者でCEOのダニエル・エリオット・クワントウィさんは、アフリカの若者たちに日本の大学院教育と日本企業でのインターンシップを同時に提供するJICAの産業人材育成プログラム「ABEイニシアティブ(African Business Education Initiative for Youth)」により東京大学で学び、今春、大学院修士課程を終了しました。ダニエルさんが初めて来日したときに使用した交通系カードのSuicaを、「アフリカにも持ち帰りたい!」と考えたのがこの事業の始まりです。

↑TranSoniCaのダニエル・エリオット・クワントウィCEO(左)とTranSoniCaカード(右)

 

「アフリカでは、交通機関や商店での現金支払いに時間がかかり、長い待ち時間や行列が発生することが頻繁にあります。また、近年では、新型コロナの感染予防のため、非接触の決済サービスのニーズが高まっています。店舗側でも現金は窃盗の心配や売上管理が煩雑といった問題を抱えています。TranSoniCaのサービスを使えば、それらの課題をすべて解決できるのです」と、ダニエルさんは話します。「まずはガーナで導入したあと、他のアフリカ諸国にも広げていきたいと思っています」とその成長計画と夢を語ります。

 

アフリカでのビジネスチャンスに日本企業も注目

アフリカのスタートアップ企業と日本企業を結びつけた今回のビジネスコンテストは、アフリカ地域19カ国2,713社もの応募から最終選考に選ばれた10社が、それぞれの事業についてプレゼンテーションで競う決勝イベント。審査に参加した日本企業からは、投資、事業提携やメンタリングサービスの提供など具体的な協力として「特別賞」も贈られました。

 

TranSoniCaへの協力を決めた楽天ヨーロッパ・アフリカ担当の山中翔大郎さんは「キャッシュレスカードによる安全な決済サービスの提供は、アフリカでの社会的意義が大きいと考えました。楽天も様々なフィンテック関連サービスを提供しているので、その知見も活用してTranSoniCaをサポートできると思います」と、その選考理由を述べています。

 

その他、南アフリカでIoTロッカーを使った配送サービスを提供するAnd Africa、スマート水道メーターを使って水資源管理を行うケニアのUpepo Technologyなども特別賞を受賞しました。

視聴者投票で決まる優秀スタートアップ賞には、医療機関のない村落でも妊婦の診察を実現する装置とビジネスモデルを開発した、ウガンダのMobile Scan Solutions(M-SCAN)による「携帯型超音波診断装置」が選ばれています。

↑優秀スタートアップ賞を受賞した、M-SCANのメンヨ・イノセントCEO(左)と、M-SCANが提供している携帯型超音波診断装置(右)

 

日本企業とアフリカの起業家が連携し、Win-Winの関係を

今回のイベントでは、事業のプレゼンテーションに加え、有識者によるパネル討論も行われ、起業家へのエールが送られました。Project NINJAの推進役である不破直伸JICAスタートアップ・エコシステム構築専門家は、「1万人に起業トレーニングをして、そのうち1パーセントの100人が起業をし、各企業が5人の雇用を生み出してくれる、といった成長モデルを目指しています。持続可能なかたちで雇用が創出されていくことが、インフラ開発や社会課題の解決など、アフリカの自立的な開発につながります」と、スタートアップ企業支援の未来像を語ります。

また、JICA経済開発部の片井啓司参事役は、「各社とも才能にあふれ、エキサイティングな気持ちになりました。JICAが日本企業と途上国のスタートアップ企業との接点を作ることで、Win-Winの関係を展開していければと思います」と述べ、途上国の若い起業家に対する期待を述べました。

2100年には「1年の半分」が夏になる!? 中国が衝撃の予測

最高気温が35度以上になる日を「猛暑日」と気象庁が2007年に定義してから、毎年当たり前に使われているこの言葉。年々、夏の厳しさが増し、春や秋も温暖になっていると感じられますが、最近発表された論文によると、北半球では2100年までに1年の半分が夏になるかもしれません。これから季節はどうなってしまうのでしょうか?

 

約60年間で夏が2週間以上増加

↑冷や汗ものの論文

 

中国の科学技術の最高研究機関・中国科学院の海洋物理学者たちのチームが、1952年から2011年の北半球の日別の気候データを使い、春夏秋冬のそれぞれの長さと季節の変化について調べました。1年のうち最も高かった気温を基準に、その気温から25%以内の気温だった日を「夏」に、1年のうち最も低かった気温を基準にそこから25%以内の気温だった日を「冬」と定義し、北半球で過去の四季の長さについて導きだしました。

 

すると、1950年代は4つの季節の長さがほぼ均等で、季節の移り変わりは予測しやすいものだったとわかったのですが、1952年と2011年で平均的な四季の期間を見ると、次のような結果になるとわかったのです。

 

・春:124日→115日に短縮

・夏:78日→95日に延長

・秋:87日→82日に短縮

・冬:76日→73日に短縮

 

つまり4つの季節のうち、夏だけが17日と2週間以上長くなり、春、秋、冬は短くなっているのです。おまけに春と夏は季節の始まりが早まり、秋と冬の始まりは遅くなっていることもわかりました。

 

このまま夏が長くなり、それ以外の季節は短くなる傾向が続くと仮定した場合、研究チームが予測した2100年までの四季は次のようになります。

 

2100年までの春夏秋冬

・春:1月18日~5月5日(約108日)

・夏:5月6日~10月19日(約167日)

・秋:10月20日~12月17日(約59日)

・冬:12月18日~1月17日(約31日)

 

夏が6か月近くの長さになり、冬は12月中旬から1月中旬までのわずか1か月だけに短縮されることになります。

 

もしこの四季が現実となったら、植物の生育サイクルが変わり、農業や生態系などに大きな影響を及ぼし、花粉が長い期間飛んで人々を苦しめたり、病気を媒介する蚊が生育エリアを拡大したりする可能性も考えられます。

 

【出典】 Jiamin Wang et al, Changing Lengths of the Four Seasons by Global Warming, Geophysical Research Letters (2021). DOI: 10.1029/2020GL091753

タクシーを超えろ! 最大50人も乗れる「空飛ぶバス」をイギリスが構想中

現在ドローンを活用した「空飛ぶタクシー」が、新しい交通手段として世界各国で開発されていますが、そのほとんどの乗車定員数は少数にとどまっています。しかし、そんな前提条件を乗り越えようと国家で挑み、この分野のリーダーになろうとしている国がありました。それがイギリスで、この国では最大50人もの乗客を乗せる「空飛ぶバス」構想が持ち上がっています。

 

イギリス式空飛ぶバス

↑イギリスが国を挙げて構想している空飛ぶバス

 

イギリス政府が助成する戦略的政策研究機関のUKリサーチ・イノベーションは、これからの社会を大きく変えそうな課題に取り組むために「Industrial Strategy Challenge Fund」を立ち上げ、税金や民間からの資金を使って、低炭素社会における経済成長や高齢化、AIなどの研究を行っています。

 

モビリティ革命も課題のひとつであり、同ファンドは4年間で1億2500万ポンド(約186億円)という予算をかけて「The Future Flight Challenge」というプロジェクトを行っています。新しい空の交通手段の開発だけでなく、無人飛行システムやサステナブルな航空ネットワークの構築という3つのプログラムから構成されるこの企画には15社が参加し、コラボレーションしていますが、そのなかでリーダー的な役割を担っているのが、イギリスの大手航空機製造メーカーのGKNエアロスペース。世界14か国に48の工場を展開し、従業員は1万7000人にのぼります。

 

最近、同社は新しい交通手段を発表。「スカイバス(SkyBus)」と名付けられたこの乗り物は、ドローンのように電力で垂直に離着陸が可能な電動垂直離着陸機(eVTOL)です。小型飛行機のように空を飛ぶため、クルマ、電車、バスのように地上を走る交通機関よりも、移動時間を大幅に短縮し、渋滞の心配もありません。

 

また世界の都市で開発が進められている空飛ぶタクシーは、乗客の目的地に合わせてさまざまなルートを飛びますが、このスカイバスは地上を走るバスと同じように、決まったルートを運航する想定で計画されています。つまり、名前の通り「空飛ぶバス」のような存在になるわけです。

 

環境に優しく、しかも現状の交通手段よりも便利になるかもしれないスカイバスは将来の乗り物として理想的かもしれません。しかし、このスカイバスはまだ計画の初期段階。30~50人を乗せる大型機となると、巨大なバッテリーや充電設備が必要になるのは明らか。さらに大型化によって、充電効率の悪化などが課題として持ち上がると考えられます。しかし、Co2排出量の削減は地球全体が抱える大きな問題。このような問題をどのように解決するのかをチームUKは考えなくてはなりません。はたしてGKNエアロスペースは、航空機製造のスキルやリソースを活用することができるのでしょうか?

 

【東日本大震災から10年】被災地東北から伝える復興・防災の知見を途上国で活かす

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は東日本大震災の被災地東北から、途上国の人たちと防災や復興の知見を共有し、学び合う研修について取り上げます。帰国した研修員らは、母国で次々とその気づきを活かしています。

↑震災の語り部から、市民目線での緊急時の避難状況とその課題を聞く研修員ら

 

災害弱者のリスク削減の重要性を実感

「石巻を訪れた際、出会った男性の姿が忘れられません。震災で亡くした妻を思い出し、毎日涙を浮かべていると。この研修を通じ、平時から災害のリスクを伝えることで、このような悲しみを背負う人を世界中から一人でも減らしたいと強く思いました」

 

そう話すのは、バングラディッシュのNGO「アクション・エイド・バングラデシュ(AAB)」のナシール・ウディン・エー・エムさんです。2017年に、ジェンダーと多様性の視点から災害リスクの削減を考える研修に参加しました。女性や高齢者など、災害時に脆弱となるリスクの高い人たちのニーズを考慮し、防災・復興に反映することについて学ぶことを目的としています。

 

ナシールさんは研修での気づきを活かし、AABの防災分野のマネージャーとして、女性をはじめ貧困地域に暮らす人々に災害のリスクを広く伝える取り組みを進めています。また、バングラデシュ政府がまとめた平時と災害時の対策にも、女性や女の子の視点に立った取組みを盛り込むよう助言したほか、防災に関連するさまざまな支援に向けた会合で女性の参加を働きかけ、その数は徐々に増えています。

↑災害時のリスクについて女性たちに伝えるナシールさん(右側中央の男性)

 

2015年から実施されているこの研修の企画を担当するJICA東北の井澤仁美職員は「防災や災害対応は、かつては、女性は支援を受けるもので、その取り組みは男性がするものというイメージがありました。しかし、防災や復興は男性だけが担当するものではなく、女性はもちろんのこと、さまざまな立場の人々が多様に取り組むべきものだという意識が高まっています。被災地東北で実施されるこの研修を通じて、そのためのリーダーシップや意識が伝わっていることを実感しています」と研修の意義を語ります。

 

さらに、研修員と被災者との意見交換の場でのやり取りを振り返り「多くの研修員から『日本は、過去の災害経験から“日常で何をすべきか”を常に考え、状況に合わせて改善し、非常時でも対応できるようにしている。Build Back Better(より良い復興)という言葉が何を意味するのか、日本に来てはじめて実感することができた』という声を聞きました。被災者側も、世界中で同じ志をもって防災に取り組んでいる人々がいることを知り、勇気づけられたのではないかと思います」と、井澤職員は話します。

↑2019年の研修の様子。若者の語り部から、復興の現状と若者のリーダーシップについて説明を受けました

 

この研修には、これまでにアジアや中南米など計17か国から女性関連省、防災関連省庁、市民団体の職員ら78名(女性50人、男性28人)が参加してきました。

 

行政の役割からみた「災害復興支援」を学ぶ

「私の住むスクレ市は、海に面しているのですが、独自の地震・津波避難計画がありませんでした。東北での研修を受けて、市独自の避難計画の策定が必要であると考え、帰国後、市の地震・津波避難計画策定に着手しました」

 

自国での取り組みを話すのは、2019年の「災害復興支援」研修に参加した中米エクアドルのヘスス・ハビエル・アルシーバル チカさん。スクレ市安全・リスク・国際協力部でリスク技術士として勤務しています。

↑ヘススさんの取り組みにより、スクレ市では、津波浸水高の標識取付けが行われています

 

この研修は、自然災害からの復旧・復興期における行政機関の役割、そして、集団移転計画や土地利用計画を含む復興計画策定における市民と行政の合意形成過程を学ぶことを目的として、2018年に始まりました。これまで3回実施され、計12か国から29名が参加しています。

↑2019年の参加者ら。研修員たちは行政の立場から復興課題に向き合いました。(右から3人目がヘスス・ハビエル・アルシーバル・チカさん)

 

また、東日本大震災の被災者との交流で、宮城県岩沼市の集団移転地で被災者の話を聞いた際、メキシコからの研修員ロハス・アンヘル・ジェニフェル・アブリルさん(国家国民保護調整局勤務)は、最後に正座して深々と頭を下げ、涙を浮かべて研修への感謝の気持ちを伝えました。被災を乗り越えつつある姿に敬意を表し、「自国に戻ったら、行政官として被災者や住民に寄り添い、対話を重ねて、地域社会主体の復興や減災に取り組みたい」とその決意を表明。その想いを胸に、自国で災害に強いまちづくりを進めています。

 

災害復興を世界に伝えた10年間、そしてこれから

仙台に拠点を置くJICA東北では、さまざまなかたちで震災復興と防災に取り組んできました。震災が発生した2011年には、いち早く地域復興推進員を配置し、翌年からは復興に関わるセミナーや研修を開始。現在も多くの活動を通して、世界の人々に東北復興・防災の知見を発信しています。

 

JICA東北の佐藤一朗次長は、この10年間を振り返り、そしてこれからを見据え、次のように述べます。

 

「東北での研修は、各国からの研修員に、東北の被災地で復興や防災に関わる直接の当事者が自らの体験を伝え、現場体験をしてもらうことで価値ある発信ができます。被災地の復興はまだ終わっていません。これからは復興や災害に強いまちづくりと一体的に、社会の脱炭素化、地域経済の活性化、少子高齢化対策といった地方に共通の課題にも同時に取り組む必要性が増していきます。そうした災害復興プラス・アルファの取り組みを行う東北各地の経験やノウハウをこれからも途上国に発信していきたいと思います」

 

AIは地球外でもコスパよし!? 「宇宙開発」はロボットに任せてしまえ

月や火星で大量のロボットが自律的に活動してインフラを構築する。そんなSF映画のようなビジョンを実際に実現させようとしているスタートアップ企業があります。それがアメリカのOffWorld(オフワールド)。同社の共同創業者でCEOを勤めるJim Keravala氏が、ダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE WORLD 2021」に登壇し、未来の宇宙開発の形について話しました。ワイルドなビジョンの裏には一体どんな考えがあるのでしょうか?

↑宇宙開発もロボットにはもってこい?(出典: オフワールド公式サイト)

 

OffWorldが描く未来の野望は、月や火星などの惑星にAIを搭載したロボットを何百台も大量に送り込み、人間の監視下のもとで採掘などの作業を行い、そこにインフラを構築すること。これによって地球以外の惑星まで文明を拡張し、地球の生態系のバランスをとることにも役立つと考えているのです。

 

ロボットは元来、危険な場所での作業や人間が近づけない場所での作業を行うために開発された一面があります。それと同じように、同社では「人間がまだ訪れたことのない未知の場所にロボットを送り、そこで何百万台ものロボットのプラットフォームを構築し、採掘・飲み水の生成、電気エネルギーの生産などを行うことをビジョンとしている」とKeravala氏は語り、その舞台となるのが月や火星などの惑星なのです。

 

これまでにも月や火星の調査にはロボットが活用されていますが、OffWorldが目指すロボット編隊によるインフラ構築がなぜ必要なのか? 同社ウェブサイトにはその理由が3つ挙げられています。

 

1つ目は人類が拠点とする地球を守るため。昨今、注目が高まっている地球環境問題をはじめ、宇宙で発生し得るさまざまなリスクなど、地球での暮らしが絶対的に安全と言えるわけではありません。なので、地球外でも私たちを守るための準備をする必要があると同社は考えています。

 

2つ目は地球上の環境負荷を軽減すること(同社はこれをサステナブルな発展と言っています)。宇宙でエネルギーインフラを構築できれば、そのエネルギー源を地球に届けることが可能になるかもしれません。そして3つ目は探求心。かつて人類は、山を超え、海を超え、知られざる地を開拓してきました。そして次なる未知の場所(ニューフロンティア)が宇宙になるのです。人類が宇宙に惹かれるのは「未知なる場所や物事を知りたい」という私たちの知的好奇心が背中を押しているからでしょう。

 

同社が開発を進めているロボットは、大きさは30×60×20cmで、重さは53㎏の小型サイズ。地球上はもちろん、月や火星などで自律式で活動できるよう設計され、ソーラーシステムを標準装備し活動します。そんなロボットを活用する最大のメリットは「宇宙に行くことのコストを下げられることだ」とKeravala氏は言います。「ロボットによって、従来なら人を介して行っていた組み立てなどの複雑な作業を宇宙で行えるようになり、インフラ構築に必要な生産コストを大幅に下げることができる」

↑オフワールドのJim Keravala氏(出典:ダッソー・システムズ)

 

そしてAIが搭載されており、ロボット同士の共同作業や現在開発中のマシンインテリジェンスによって、「将来的には人間がほとんど介入しなくてもロボット自身が学習して、次にどんな作業をすべきか判断し活動できるようになる」とKeravala氏は述べています。

 

世界の人口問題の究極の解決策?

映画のワンシーンのようで突飛に思えるKeravala氏の構想は、10代のときに読んだトーマス・ロバート・マルサス著の人口論がきっかけなんだとか。この本は、過剰人口によって食糧不足は避けられなくなり、その結果、飢饉や貧困などが起き、人口の増加は道徳的な観点から抑制すべきであると論じていますが、Keravala氏はそれを自分なりに解釈し、人類を地球外に連れていけば、この問題は解決できるのではないかと考えたのかもしれません。

 

そんなKeravala氏は、あるインタビューによると、近い将来の目標として2024年のNASAのアルテミス計画への参画に期待を寄せているそう。壮大かつ明確なビジョンを持つOffWorldが、どこまで計画を実現できるのか注目です。

モザンビークでサイクロン被害を最小限に食い止めた:東日本大震災の被災経験を活かし、災害に強いまちづくりを支える【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、東北との絆の中で、災害に強い社会を目指すアフリカ南東部のモザンビークでの取り組みを取り上げます。

 

いつどこで発生するかわからない自然災害に向け、JICAは途上国で災害直後の緊急支援から被災地の「より良い復興」に向けた協力まで、切れ目のない取り組みを続けています。そこには、あの東日本大震災からの教訓が活かされています。

 

昨年末にモザンビークにサイクロンが上陸。しかし、過去のサイクロンなどのデータをもとに作成されたハザードマップを使用して、住民と自治体が協働して準備した避難計画により、住民の速やかな避難が可能となり被害を最小限に食い止めることができました。住民の視点を活かした避難計画を作成するそのプロセスには、東日本大震災の被災地からの切実な声が反映されています。

↑ハザードマップをもとに避難計画を検討するモザンビーク・ベイラ市の防災担当者。災害に強いまちづくりには、防災・減災に向けた事前準備が重要です

 

住民をいち早く安全な場所へ。ハザードマップの重要性が明らかに

「サイクロン・イダイの時は、事前に取るべき行動が分からず混乱しましたが、今回のサイクロン・シャレーンの際は、事前に、スムーズな避難が可能となり、被害を最小化できました」

 

そう語るのは、モザンビーク・ベイラ市のダビズ・ムベポ・シマンゴ市長です。2019年3月にベイラ市を襲ったサイクロン・イダイは、死者数650名、国内避難民40万人という甚大な被害をもたらしました。その教訓をもとに、JICAは2019年9月からベイラ市で災害に強いまちづくりに向けたプロジェクトに取り組んでいます。

↑2019年3月、サイクロン・イダイの襲来時の様子(左)。避難計画はまだ未整備で、大雨で寸断された道路を前に、立ち往生する住民があふれました(右)

 

そのさなか、2020年12月30日にサイクロン・シャレーンが襲来。イダイの経験から、ベイラ市では、関係機関が連携して避難を呼びかけ、住民は安全な施設へ事前にかつ円滑に避難することができ、被害を最小限に抑えることができました。

↑シャレーン上陸前日に記者発表して住民に避難を呼びかけるベイラ市長

 

「モザンビークの復興支援では、これまでの支援経験を活かし、スピード感をより一層もって取り組むことを心がけています。サイクロン・シャレーンのときも、その直後の今年1月23日のサイクロン・エロイーズのときも、プロジェクトでいち早く作成支援したハザードマップを使用して、住民と自治体で作った避難計画が実施されたことが人的被害を最小限に抑えることにつながりました」。平林淳利JICA国際協力専門員は進行中のプロジェクトの成果を語ります。

 

「災害を風化させてはいけない」—モザンビークの人々の心に響いた宮城県東松島市民の声

災害に強いまちづくりには、平時から誰もがどれだけ防災・減災に向けた準備ができているかが大きな鍵になります。このプロジェクトでは、モザンビーク復興庁のフランシスコ・ペレイラ長官はじめ、国家災害対策院長官ら、復興や減災に取り組む国のリーダーたちを日本に招いて東日本大震災の被災地視察や関係者との意見交換などを実施。災害を経験した人々の声にも耳を傾けました。

↑モザンビーク復興庁長官らを招いた研修で、当時の状況を説明する東松島市復興政策部の川口貴史係長(左)

 

被災地での研修に同行した平林専門員は、とりわけ宮城県東松島市の被災者たちとのやりとりがモザンビークのリーダーたちの災害に強いまちづくりへのモチベーションを高めたと振り返ります。

 

「東松島市の被災者の皆さんからは『3.11では世界中から手を差し伸べいただきました。今度は私たちが恩返しをする番です』との言葉があり、モザンビークのリーダーたちの感動とやる気を呼び起こしました。また、東松島市復興政策部の川口貴史係長には、まだ地元の復興が道半ばでありながらもモザンビークまで来て頂き、住民らに復興の経験を話してもらいました。『自然災害はいつ起こるかわからない。住民も行政官も、自分事として復興・減災に取り組むことが大切です!』という川口係長の生のメッセージも響いたと思います」

↑モザンビークで東松島市の復興経験と教訓を話す川口貴史係長(中央)

 

こうした東北の人々の「災害を風化させてはいけない」という想いが、モザンビークでの災害に強いまちづくりの下支えとなり、ハザードマップの理解と活用や住民と自治体による避難計画作りと実施といった実情に則した防災・減災への取り組みへとつながっていったのです。

↑避難経路を確認するベイラ市の防災担当者ら

 

より良い復興に向け、住民と自治体の合意形成が不可欠

平林専門員は現在、コロナ禍でモザンビークへの渡航がかなわないなか、プロジェクト関係者とともにリモートでの協力を続けています。不安定な通信環境と格闘しながら、ドローンや360度カメラを駆使して、現地の行政官やコンサルタント、建設業者の皆さんとオンラインで、被災地での建設工事などにも取り掛かっています。

↑これから建設が始まる小学校の工事現場の様子。360度カメラ映像をみながら、日本からリモートでの支援が続きます

 

プロジェクトチームは、現地の人々に寄り添い、東日本大震災の経験を踏まえ、日本の知見を現地で適用できるよう尽力しています。復興に向けた取り組みは「ハード整備と同時にソフト面の強化」、つまり住民と自治体がともに復興及び防災・減災に取り組んでいく丁寧なプロセスが大切だと平林専門員は強く訴えます。

 

「スピード感を持ちつつも『急がば回れ』で、より良い復興はキメ細かな被災者との対話を重ねた合意形成をしつつ進めることが重要です。日本では東日本大震災以降、『復興における住民と自治体の合意形成』という基本思想の重要さが改めて確認されていますが、途上国ではまだまだ認識されてはいないのが現状です。命を守るためにどのようにまちを復興していくか計画し、被災住民、政府高官、自治体の職員の皆が災害リスクを共に理解し、意見と知恵を出し合って災害に強いまちづくりを進めていくことが大切です」

↑プロジェクトの協力により、ベイラ市職員と地区代表者が一緒に防災ワークショップを開催。東日本大震災の復興知見がアフリカの地でも役立っています

 

※この記事を制作中の2月22日、ベイラ市のダビズ・ムベポ・シマンゴ市長が新型コロナウイルス感染症により急逝されたとの知らせが現地より届きました。サイクロン・イダイの災害直後から、ベイラ市の復興に精力的に取り組まれてきた市長の突然の訃報に、プロジェクト関係者一同大変な大きな悲しみに包まれております。シマンゴ市長の復興への強い決意に報いるためにも、現地での協力により一層尽力していく所存です。シマンゴ市長、これまで本当にありがとうございました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

プロジェクト関係者一同より

無印良品との10年以上にわたる連携:キルギスの女性たちの自立を支えたものづくり【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、キルギスで行われている無印良品(MUJI)と連携した地域活性化の取り組みについて取り上げます。

 

中央アジアに位置するキルギスは、ソ連崩壞により独立した国の一つです。独立後の相次ぐ政変や、エネルギー資源に乏しく経済成長の原動力となる産業に恵まれないこともあり、経済的に停滞が続いています。JICAはキルギスで日本の「一村一品運動」を取り入れ、地域の特産品で経済を活性化させるプロジェクトを進めています。特産品の生産組織を運営する女性たちの自立にもつながっているこの取り組みは、グローバルに展開している日本の生活日用品ブランド無印良品(MUJI)と連携し、2020年に10周年を迎えました。

↑キルギスの一村一品プロジェクトは地域経済の活性化とともに女性たち自立にもつながりました

 

特産品の生産を担うことで 自信が生まれる

「キルギスの農村部では、女性が自由に村の外に出かけることが難しいなど、一般的に女性の家庭内の地位は低いです。しかし、このプロジェクトで特産品の生産を手掛け、収入を得て家庭を支えることで家庭内の地位が上がり、彼女たちの自立と自信につながっていきました」

 

2009年からキルギスのイシククリ州で一村一品(OVOP=One Village One Product)プロジェクトを担う原口明久専門家は、これまでの取り組みをそう振り返ります。一村一品とは、日本の大分県から始まった地域活性化の取り組みで、その名のとおり「各村で、全国・世界に通じる特産品を作ること」。イシククリ州は日本と中東を結ぶシルクロードの道中にあり、伝統的に羊毛の生産が盛んで、果実やベリー類の宝庫です。プロジェクトでは、フェルト製品やジャムといった特産品を、上質で付加価値の高い商品に作り上げます。

↑フェルト製品の作り方を学ぶ女性たち

 

それぞれの村で廃校になった校舎や役場の建物を活用して、「コミュニティーワークショップ」という場所を設置。参加したい女性たちは誰でもここに集うことができ、特産品の生産技術を学び、商品の生産を担います。このワークショップで生産された商品からの収益は、生産者たちに還元され、村の女性たちが自らお金を稼ぐことができる仕組みです。

 

継続的に収益を上げることができる仕組みをつくる

OVOPプロジェクトで最も重要なのは、誰もが参加でき、かつ継続的に確実に収益を上げられるようにすること。そのため、プロジェクトでは商品開発から原料調達、販売、輸出といったロジスティック機能を担う「OVOP+1」の設立をサポートし、さらなる能力強化を図り、生産者と市場を結んでいます。

 

イシククリ州のOVOP+1には約2700名の生産者が登録されており、うち約90%が地元の女性たちです。このOVOP+1の活動は現在、キルギス全土に広がっており、「村に住み続けながら稼げる仕組み」を定着させることで、キルギス全体における女性の地位向上や若者の出稼ぎ流出の食い止めにつなげます。

↑原材料の調達(左)、商品の品質管理(中央)、デザインや企画(右)からビジネスマッチングまでOVOP+1が一貫して担います

 

原口専門家は、キルギスのOVOP+1の今後について、次のように語ります。

 

「OVOP+1のスタッフは発注者からの高品質な製品を求める声に生産者と共に応え、納品に対するプレッシャーを感じながらも、それを乗り越え、成功体験を重ねることで、ビジネスマインドを持つようになります。この循環によって、JICAのプロジェクトが終了した後も、この仕組みが続いていきます」

 

無印良品から商品発注が増え、コロナ禍で困窮する村の暮らしを支えた

このプロジェクトで生産された製品は日本でも購入することができます。日本で販売を手掛けるのは、無印良品(MUJI)ブランドを運営する(株)良品計画です。途上国での商品開発に向け、JICAと連携した「MUJI×JICAプロジェクト」は2010年から始まりました。

 

無印良品で販売するほかの商品と遜色ない品質とデザインが施されたキルギスのフェルト製品10~20種類が毎年、無印良品の店頭に並びます。商品がどのように生産され、地域にどのように還元されているかを考えてモノを購入するエシカル消費への関心が高まるなか、この10年で、無印良品からの発注額はOVOP+1の総売上高の約4割に相当します。

↑無印良品で販売され定番ヒット商品となっているイシククリ州特産品のフェルト素材の人形。商品バリエーションがあり固定ファンが多い

 

コロナ禍の影響により、農村部では家畜や農産物を近隣諸国へ出荷できず、また出稼ぎに出ている家族も出稼ぎ先で仕事を失うなどして仕送りも激減しています。村の住民たちが、現金収入源を失い経済的に困窮するなか、無印良品からの発注が増えて生産活動が続くことで、村の暮らしを支えています。

 

原口専門家は、「これまではクリスマス商品として一部の店舗のみでの販売でしたが、これからは無印良品の常設商品としての商品開発などについて(株)良品計画と協議しています。生産者と消費者が、本当に質の高い商品を通してつながることで持続的な関係が築き上げられると考えています。また、こういった連携事業を参考にして、多くの企業が途上国での生産活動に参画できるようになれば」と今後の期待を語ります。

↑良品計画本部を訪問したキルギスのスタッフ

 

日本の食卓を支えるモロッコに最新海洋・漁業調査船が就航:40年に渡る協力でアフリカの水産業をサポート【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、日本の食卓と関わりの深いモロッコの水産業に関する協力活動について取り上げます。

 

JICAの協力により岡山県玉野市の造船所で建造された最新鋭の海洋・漁業調査船が昨年12月、母港となるモロッコのアガディール港に向けて出発しました。まもなく現地に到着予定です。

↑海洋・漁業調査船の就航式の様子。JICAの協力により新たに就航した海洋・漁業調査船は全長48.5メートル、1,238総トン。海洋と水産資源の高精度な調査が可能となります

 

約40年間にわたり、JICAはモロッコの水産分野に多様な協力を続けています。今では、その協力から得た知見を活かし、モロッコ自らが主体となり、サブサハラ・アフリカ諸国への協力が実現するなど、モロッコはアフリカの水産分野全体の発展を促す存在に成長しています。

 

実は、日本に輸入されるタコの約2~3割がモロッコ産で、マグロやイカなどおなじみの水産物もモロッコから多く輸入されています。美味しいたこ焼きやお刺身のタコは、遠いモロッコの海から運ばれ、そのモロッコの水産資源管理に協力しているのが日本です。日本の水産協力は現地の水産業を豊かにし、私たちの食卓にも深くかかわっているのです。

 

新造調査船の就航は、モロッコと近隣諸国の水産振興に貢献

「アフリカ第一位の漁獲量を誇るモロッコ。その約95%は沿岸・零細漁業者によるものです。小規模の漁業者が多いという点は日本ともよく似ています」

 

こう話すのは、モロッコ王国海洋漁業庁戦略・国際協力局で水産業振興の協力を行っている池田誠JICA専門家です。グローバルに叫ばれている海洋環境の保全や水産資源の持続的利用のための調査・管理といった課題に加え、モロッコは現在、1.資源の持続的活用、2.水産物の品質向上、3.付加価値化による競争力強化を水産開発の大きな柱としており、池田専門家は、現地の行政官らとともにヒアリング調査や計画づくりの業務に取り組んでいます。

↑今回建造された海洋・漁業調査船は、最新の魚群探知機や海底地形探査装置などを搭載し、エンジンやプロペラなどの騒音・振動が抑えられた最先端の技術を誇ります(写真提供:三井E&S造船株式会社)

 

「モロッコでは、多くの沿岸・零細漁業者はイワシなどの小型浮魚を獲っています。そうした魚種は海洋環境変動の影響で資源量が大きく増減するため、継続的な海洋・資源調査がとても重要です。魚に国境は関係なく、モーリタニアやセネガルなど近隣諸国沿岸へも回遊するので、今回の最新調査船による調査データは、モロッコだけでなく広く西アフリカ各国に裨益することが期待されます。」と池田専門家は今回新たに就航した調査船への期待を語ります。

 

40年以上の多面的な協力が日本の食卓を豊かにする

日本とモロッコの国家間での水産協力の歴史は長く、1979年まで遡ります。以来JICAは、漁業訓練船・機材の供与や技術訓練、沿岸・零細漁業の振興や水揚場整備、さらに水産資源研究など、モロッコの水産業全般を網羅して協力を継続してきました。

 

モロッコと日本は、長年にわたり水産分野での友好関係が続いています。そんな歴史のうえに、日本の食卓にはリーズナブルでおいしい タコやマグロ、イカなどが並べられています。

↑スイラケディマの水揚場でのセリの様子。JICAは水揚場整備や沿岸・零細漁業の振興から、海洋調査・研究分野まで多岐にわたる協力を実施してきました。水産資源管理の重要度は日々高まっています

 

こうしたなか、前任専門家から引継ぎ昨年から池田専門家が携わっているのは、過去にJICAの協力で整備された水揚場を進化させる計画づくりです。

 

「水揚げ場では、輸出市場の求める衛生管理への向上、観光など新たな経済活動への展開、そして整備当時の想定よりも増加している利用者への対応などが必要になっています。現在、海洋漁業庁の行政官や同分野の関係者と検討を進めているところです」

↑スイラケディマの水揚場は、製氷設備や漁具倉庫なども備えています。JICAの協力でモロッコの大西洋側に2カ所、地中海側に2か所の計4か所の水揚場が整備されました

 

モロッコはサブサハラ・アフリカ諸国の水産業を牽引

今やアフリカ随一の水産大国となったモロッコは、水産分野における南南協力(注1)でも長い歴史があります。そのなかでJICAはモロッコで1990年代から第三国研修(注2)をサポートしています。

注1:開発途上国の中で、ある分野において開発の進んだ国が別の途上国の開発を支援すること
注2:途上国間の学び合いを支援するプログラム

↑周辺地域国から関係者を招聘しモロッコで開催されている第三国研修の様子

 

池田専門家はモロッコ水産業の発展性とその実力について次のように述べます。

 

「私は以前セネガルで7年ほど水産分野の振興に携わっていました。その際サブサハラ・アフリカ諸国の水産行政官と話す機会があり、『モロッコでの第三国研修参加の経験を活かして自国で新しい制度を構築した』といった話を少なからず耳にし、日本とモロッコの協力の成果が活かされているという実感を抱きました。また、モロッコの方々に何かアイデアを提示すると、それをヒントに現場の実情に合わせて新しいアイデアを生み出すなど、皆さん、柔軟さと発想力に長けている印象があって、そうしたモロッコ人の特長が水産業振興に発揮されているようにも感じています」

 

そして、「JICAは新たに、モロッコにおいて環境調和と地方開発を志向した貝類・海藻養殖開発の技術協力をスタートさせます。新型コロナウイルスの影響で、今はオンラインによるリモート協力にならざるを得ず、なんとも歯がゆいです。一刻も早いコロナ禍の収束を願っています」と今後について語ります。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、動物性タンパク質摂取量に占める水産物の割合が20%を超える国には日本やアジア等と並んでアフリカの国々が挙げられます。新しい海洋・漁業調査船の建造や、池田専門家が取り組む水揚場の計画づくりなど、一つ一つの水産協力は現地の食卓と経済を豊かにし、さらには日本の食卓を彩り、ひいては海洋・水産資源を保全し、持続可能な形で利用するという目標とも深くつながっていきます。

髪の毛で誰かの役に立てる!「ヘアドネーション」の寄付の仕方とウィッグになるまで

長く伸ばした髪を寄付する「ヘアドネーション」への関心が、若い世代を中心に高まっています。ヘアドネーションとは、医療用ウィッグに使う髪の毛を寄付すること。小児がんや先天性の脱毛症、不慮の事故などで毛髪を失った18歳未満の子どもたちに無償で提供されています。

 

国内で初めて、ヘアドネーション活動に取り組み始めた「NPO法人 Japan Hair Donation & Charity(JHD&C)」(通称:ジャーダック)の広報・今西由利子さんに、ヘアドネーションの動向や方法、寄付された人毛が医療用ウィッグに生まれ変わるまでの流れなどを聞きました。

 

ヘアドネーション提供者は10代未満に増加

ウィッグや増毛、育毛などの大手メーカー、アデランスが、2019年に10〜50代以上の男女1030名に行ったアンケート調査によると、病気や事故で脱毛に悩む子どもがいることへの認識は約8割、ヘアドネーションの存在を知っている人は全体の約6割という結果になりました。年代別で見ると、10〜20代の若い世代の認知度がもっとも高く、女性の約7割がヘアドネーションに興味があると回答しています。

 

Q1. あなたは、がんや白血病、先天性の無毛症、不慮の事故などにより脱毛する子どもたちがいることを知っていますか?

 

Q2. ヘアドネーションを知っていますか?

出典:アデランス「ヘアドネーションに関する意識調査」(実施2019年7月、全国の10〜50代以上の男女1030名)

 

ヘアドネーションをやってみたいと回答した主な理由では、「病気で苦しむ子どもたちの力になりたいから」「自分でも簡単にできそうだから」「社会貢献に興味があるから」などが上位に。

 

「ジャーダックの活動当初から、若い世代への広がりの早さを感じていました。有名人やヘアドネーション経験者によるSNS投稿も、大きく貢献してくれていると思います」(JHD&C広報・今西由利子さん、以下同)

 

東日本大震災後、「社会の役に立ちたい」という思いから広まった

ヘアドネーションは、1990年代後半にアメリカの団体「Locks of Love」が始め、日本では、NPO法人Japan Hair Donation & Charity(JHD&C)が2009年に活動をスタートしました。

 

「ジャーダックは、美容師の渡辺貴一が、髪を生かして世の中に恩返しをしたいという思いで立ち上げたNPO法人です。活動初期は、週に1~2件ほど送られてくるドネーションヘアを撮影し、ブログでお礼の報告をしていました。

 

そこからじわじわと広がり、急激に件数が増えたのは2011年の東日本大震災後からです。当時は、多くの人々の中に、なんらかの形で社会の役に立てないかという思いが高まり、ヘアドネーションが時代のニーズにマッチしたのでしょう。その後、長く伸ばした髪を送ることでボランティア活動になるという情報がSNSで広まるようになり、2015年の熊本・鳥取の震災後からは1日150~200件、今では年間で10万件ほどのドネーションヘアが届くようになりました」

 

ヘアドネーション初期層が今、ママ世代に

JHD&Cドネーションフォト公式インスタグラム(@jhdac_photo)より

 

JHD&Cに届くドネーションヘアの中には10代未満のお子さんのものが全体の3〜4割を占めているそう。

 

「10年前にヘアドネーションが急激に広まった頃、中心となる寄付層は20代前後の若い女性でした。彼女たちがママになり、お子さんの髪を寄付してくれることも、影響しているようです。とくに、お子さんから送っていただく量が増えるのは、夏休みや七五三、成人式の後ですね。なかにはお手紙が添えられているものも多く、励みになります。

夏休みには自由研究にヘアドネーションを取り上げたという話もよく耳にします。自分で髪を寄付する体験をすると、髪の病気で悩んでいる同年代の子どもたちがいることが理解できます。ですから、自由研究のテーマにしてくれるのはうれしいですね」

 

髪の長さは? 寄付の方法は? ヘアドネーションの基礎知識

「ヘアドネーションはどれくらいの髪の長さが必要なの?」「どうやって送ればいいの?」など、まずおさえておきたいのが基本の流れ。今西さんに答えてもらいました。

 

Q1. ヘアドネーションはどこで受け付けているの?

「現在、国内にはジャーダック以外にも複数の団体が活動をされています。それぞれの団体によって、受け付け可能な髪の長さや状態が異なりますので、各団体のホームページでご案内されている条件を確認し、自分に合う団体を探してみましょう」

 

【ヘアドネーションを主催する国内の主な団体】

・Japan Hair Donation & Charity(JHD&C)

美容師の渡辺貴一さんが、国内で最初のヘアドネーションを扱う団体として設立。タイにあるアデランスの工場でつくられるJIS規格取得の医療用ウィッグ以外にも、シャンプーやタオルなどを通じて寄付に参加できるチャリティープロジェクトにも力を注ぐ。

https://www.jhdac.org

 

・NPO法人HERO

2011年の東日本大震災以降、オリジナルキャラクター「破牙神ライザー龍」とともに、被災地の未就学児向けに交通安全や防災教室などをテーマにしたボランティア活動(リュプロジェクト)を行っている。メンバーの病気を機に、抗がん剤治療で髪を失った子どもたちを勇気づけたいという思いから、2016年に全国の子どもたちを対象とするヘアドネーションプロジェクトをスタート。

https://hairdonation.hero.or.jp

 

・つな髪プロジェクト

女性用ウィッグの制作やメンテナンスをしている株式会社グローウィングのCSR活動の一環プロジェクト。31cm以上の長さが必要なフルウィッグだけではなく、15cmの長さでもつくれるインナーキャップウィッグにも対応し、5種類のハンドメイドウィッグを提供している。

https://www.organic-cotton-wig-assoc.jp

 

Q2. 必要な髪の長さや条件は?

NPO JHDAC インスタグラム(@npojhdac)より

 

「団体により条件は変わりますが、ジャーダックでは『31cm以上の長さ』があり、引っ張るとすぐに切れてしまうダメージヘア以外であれば、基本的にどのような状態の髪でもOK。カラーやパーマをしている髪、白髪でも受け付けていますし、年齢や性別の制限もありません」

 

Q3 どこでカットすればいい?

「大きなイメージチェンジになりますので、まずは行きつけの美容院で、ヘアドネーションカットに対応してもらえるかどうかを確認してみるといいでしょう。行きつけの美容院がない場合やヘアドネーションへの対応ができないと言われた場合は、各団体のHPで紹介している賛同美容室を利用するのもおすすめです。行きつけの美容室やセルフカットの場合、カット前にシャンプーをして髪を濡らすことはNGなど、ヘアドネーションの条件があるので、髪を送る予定の団体のホームページを確認し、寄付が可能な髪の条件に沿ってヘアカットをしてください」

 

Q4. どうやって送ればいい?

「送付方法は団体により条件が変わりますが、ジャーダックでは基本的にはご本人からの発送をお願いしています。カットした毛束をひとつに束ね、髪の状態などを記載するドナーシート、受領証返信用の切手を貼った返信用封筒の3点をまとめて、追跡機能付きのレターパックで送っていただくことで、なるべくスタッフの作業効率が上がるようにしています。

ドナーシートの記入は任意、受領証も必要がなければ返信用封筒なしで送っていただいても問題ありません。髪の送付方法は、ホームページの中で動画による解説を公開しているので、そちらもチェックしてみてください」

 

Q5. 一個のウィッグを作るのに、どれくらいの髪の量が必要?

「頭頂部まで植毛されているフルウィッグを作るには、31cm以上の髪の長さが必要です。31cmの髪でショートヘア、40cmでボブ、50cm以上がロングヘアになります。ショートヘアで1体あたり30~50人分の毛髪を、ロングヘアでは50~70人分くらいの毛髪が必要になります。必要な毛髪量に驚きますよね。

1本1本の髪の毛を半分に折った状態でネット状の素材に織り込んでいくには同じ長さの髪が必要になり、寄付いただいた毛束の中に混じっている短い髪の毛は使用できません。そのため、実際に使える毛量はずいぶんと減ってしまうのです」

 

Q6. 医療用ウィッグはどうやって届けられるの?

「ウィッグを必要とする子どもたちのご家族から各団体宛に申し込みが入ります。ジャーダックの場合、頭の採寸『メジャーメント』を予約の先着順に案内し、細かい採寸を進めます。新型コロナウイルスの影響が出る前は、全国の主要都市にあるアデランスサロンでメジャーメントの対応をしていましたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の懸念から一時的にメジャーメントを停止していました。その後、2020年10月からはご自宅や病院でご自身や家族の協力のもと、リモート採寸ができるようになっています。メジャーメントで得た情報をもとに、セミオーダーのウィッグを作成し、約2~3か月で子どもたちのもとへ届きます」

 

プロの技術を経て1年以上! ウィッグができるまで

ジャーダックでは医療用ウィッグを、“世界に一つだけ”という意味で「Onewig」(ワンウィッグ)と名付けているそう。ドネーションヘアからOnewigができあがるまでのプロセスには、いったいどのような流れがあるのでしょうか。

 

「まず、全国から届いたドネーションヘアは、国内での仕分けを経て、トリートメント処理のために海外へ出荷されます。このトリートメント処理には15もの工程があり、熟練の職人技を必要とします」

 

・トリートメント処理

トリートメント処理とは、表面のキューティクルをはがす処理をしてから染毛し、乾燥。その後、髪をすいてゴミを取り除く「梳毛」を経て、髪の状態や長さなど細かいカテゴリに仕分けする「選毛」を行い、その後、髪の毛の束を一本ずつ検品すること。

 

「出荷から数か月の月日を経て、トリートメント処理により、長さも色味も揃った美しい状態に整えられて日本へ戻ってきます。この処理をするので、カラーやパーマ、白髪は一定の状態になっており、同じ長さのものを集めた毛束に整えられています」

 

・毛髪の植え込み

トリートメント処理が完了した髪は国内での検品作業を行い、再び海外へ。今度は「ウィッグ作成指示書」とともに、タイにあるアデランス社の工場に送られます。ここで、ウィッグ用のメッシュ生地のキャップに、1本、1本の毛髪を植え付ける手作業によりOnewigが作られます。

Onewigの製作を請け負う、アデランス・タイ社のブリーラム工場

 

毛髪を植え込むには1週間かかる

メジャーメントで作成したレシピエント(医療用ウィッグ利用者)のウィッグ作成指示書に沿って、黒いネットとスキン(人工皮膚)を合わせて「キャップ」を作ります。「着け心地に大きく影響するため、キャップひとつを作るだけでも、何度もサイズチェックを繰り返します。そのため、1点のキャップが完成するのに2時間ほどかかります」

 

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タイのアデランス工場でのOnewig製作工程は、動画でも見られます

 

パーマ加工をした毛髪を1本ずつ手作業で植え込んでいく

トリートメント加工をした髪は直毛のため、ゆるいカーブ状のパーマ加工を施します。その後、髪の太さや長さ、色味などにより仕分けされ、植毛作業へ。植毛のプロセスはすべて手作業になるので、1体あたり1週間もかかるのだとか。「先端が90度に折れ曲がっている細いピックで1本ずつ毛植えを行います。この作業は分業せず、1体のウィッグをひとりの職人が完成するまで担当します」

 

人毛のナチュラルさが好評! “Onewig”の待機人数は約600人

レシピエントの子どもたちの元に届いたOnewigは、そのまま着用する以外にも、ジャーダックの「ウィッグカットサロン」登録店やウイッグカットのできる美容室で、希望のスタイルへとヘアカットすることができます。

 

「毛先の方から傷んでくるので、少しずつカットしてヘアスタイルを変化させながら使っていただいています。『ウィッグがあることで性格が明るくなった』『おしゃれをするようになった』など、お喜びの声をいただけるとうれしいですね。Onewigを待機している子どもの数は、2021年2月16日時点で594人。圧倒的に女の子からの申し込みが多く、『プリンセスになりたい』『七五三や成人式用に長い髪が欲しい』『毛先が傷んだら切りながら、長くヘアスタイルの変化を楽しみたい』など、ロングヘアを希望しています。長い髪のヘアドネーション数はまだまだ不足しているので、ご協力をいただけるとうれしいです」

 

ドネーションができるまでは
カラーもパーマもしながらロングヘアを楽しんで!

ヘアドネーションが可能となる31cmの長さまで髪を伸ばすには、約2年かかります。

 

「『ヘアドネーションをしたいから髪を伸ばしてみよう』『ヘアドネーションで髪の毛を寄付できるなら、ショートヘアにしてみたい』など、ロングを目指したりショートにしたりするきっかけにヘアドネーションが役立てば、それもありがたいことです」

 

普通にヘアカットをしていれば、ゴミになって捨てられてしまう髪の毛。それを寄付することで、丁寧な作業工程を経て医療用ウィッグへと生まれ変わります。自宅にいる時間が増えている今は、髪を伸ばすチャンスかもしれません。また、ロングヘアの友人がいる場合は、ヘアドネーションについて話してあげるのも、活動の貢献につながります。できることから始めてみましょう。

 

【プロフィール】

特定非営利活動法人 Japan Hair Donation & Charity 広報 / 今西由利子

Japan Hair Donation & Charity(ジャーダック)はヘアドネーション(髪の寄付)によって製作した人毛100%の医療用フルウィッグを、病気などでウィッグを必要とする子どもたちに無償で提供しているNPO法人。髪を伸ばして寄付する以外にもチャリティファンディングでシャンプーやタオルなどの返礼グッズを利用する参加方法も可能。
https://www.jhdac.org

 

総合化学メーカーがなぜ昆虫の養殖に参入? ビールやラーメンに使われるコオロギの魅力

コオロギの養殖で未来を拓く~太陽ホールディングス株式会社/太陽グリーンエナジー株式会社

 

日本には貴重なタンパク源としてハチの子やイナゴなどの昆虫を食する文化があり、今もまだ伝統食として残っています。また、世界に目を向けると、アジアや中南米、アフリカなどでは、おやつや嗜好品として日常的に昆虫を食べる文化が根付いている地域もあります。

 

総合化学メーカーが食糧事業に進出

近年、昆虫食が世界中で高い関心を集めています。2013年には、国際連合食糧農業機関(FAO)が、食糧問題の解決策の一つとして、栄養価が高いと言われる昆虫食を推進する方針を明らかにしました。そして現在、国内でも、コオロギの養殖に取り組む企業があります。それが総合化学メーカー・太陽ホールディングスのグループ会社、太陽グリーンエナジーです。

 

太陽ホールディングスは、ソルダーレジスト(プリント配線板の回路を保護する絶縁膜となるインキ)の世界シェアトップを誇る総合化学メーカーです。グループの土台である化学を基盤としてグローバルに展開してきた知見を生かし、2017年から、世界的に取り組むべき課題である3つの分野「医療・医薬品」「エネルギー」「食糧」を新たに事業領域に加え、総合化学企業として展開。太陽グリーンエナジーは、グループ内で食糧事業などを担い、ITを用いたベビーリーフやイチゴ、メロンなどのハウス栽培を行っています。

↑コンピューターをはじめ電化製品に使われるプリント配線板

 

食糧危機への対応策として事業を検討

では、なぜ総合化学メーカーが昆虫食なのでしょうか。コオロギの養殖を始めたきっかけについて、太陽グリーンエナジーの代表取締役社長である荒神文彦さんにうかがいました。

 

「大学時代から昆虫の研究に取り組み、ドイツの大手化学メーカーで農薬研究に長く携わってきたある社員がいるのですが、『食糧として昆虫が必要となる時代が来る』という考えを持っていました。そんな中、グループの新しい柱の1つに“食糧”が掲げられたことを受けて、コオロギの養殖を提案したのが始まりです。社内では戸惑いの声も大きかったものの、“自律型人材の育成”を掲げる当社グループには、自ら何かを成し遂げるという気概を持ち、果敢にチャレンジする人を応援する風土があります。コオロギで食糧問題に取り組むという新しい挑戦も当社グループらしいと、昆虫養殖という領域に乗り出すことになりました」

↑太陽グリーンエナジー株式会社 代表取締役社長・荒神文彦さん

 

SDGsの目標(2 飢餓をゼロに)にも掲げられていますが、人口増加に伴う食糧不足の危機は世界的に強まっています。検討当時、提案をした社員は本来の職務の傍ら、社屋の廊下内でコオロギの養殖研究を始めたそうです。その後、2018年6月に事業所敷地内(福島県二本松市)に専用の飼育研究施設を建設。同年9月には、東北サファリパークと共同研究をし、まずは人向けの食材としてではなく、魚や動物の餌として付加価値の高い飼料となることを目指し、スタートしました。さらに2019年より専属の社員が配属され、人向けにも注力。現在は福島県と埼玉県で養殖、及び試験研究を行っています。

↑コオロギを養殖している専用施設

大腸菌検査など管理体制を徹底

同社で養殖しているコオロギは、フタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギという2種類です。フタホシコオロギはタイやフィリピンで主に生息しており、身体は大きめ。ヨーロッパイエコオロギは西南アジアで主に生息しており、身体は小さめです。ちなみに日本でよく見かける種類はエンマコオロギになります。ハウス内には衣装ケースが置かれ、その中に2種類のコオロギが入っています。福島県の専用施設だけで約150ケース。卵の状態で3000~5000個が1ケースに入っていますが、生育の段階で共喰いするため、回収できるのは800~1000匹だそうです。

↑ハウス内には衣装ケースがずらりと並んでいる

 

「なるべく共喰いを抑えるため、養殖魚用の餌などタンパク質含有量の高い餌を与えています。体が小さいコオロギは、食べたものの影響を受けやすいという特徴があります。食の安全性を考慮し、餌とハウスの衛生管理を徹底。クリーンな環境で育ったコオロギの方が安全であるといえるからです。また、食用のコオロギは生産時の衛生基準や、輸出入時の基準が法律で定められていません。そのため、人が食べてもトラブルがないように、一定以上の管理基準とモラルが必要とされます。当社で養殖しているコオロギは、食用として出荷するものについては大腸菌などの菌検査のほか、従事者の体調検査を必ず行っています」

 

そもそも、他の昆虫ではなく、どうしてコオロギだったのでしょうか。

 

「コオロギはタンパク質が豊富で、スポーツ用プロテインに匹敵します。また、弊社で養殖をしているコオロギは休眠期がなく1年中飼育が可能なうえ、雑食で育てやすく、35~40日で成虫になるなど、生育スピードが早いことも利点です。また味も海老などの甲殻類に近く、食べやすい点もあげられます」

↑養殖中のコオロギ

 

ラーメンやビールなどいろいろな食品や飲料に利用

養殖されたコオロギの出荷形態は、生体、生冷凍、乾燥体、乾燥冷凍とさまざま。それらをどう利用するかはユーザー次第だと言います。例えば、昆虫食専門レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」(東京都中央区)では、コオロギに限らず、さまざまな昆虫を使った料理が食べられますが、名物になっているのが「コオロギラーメン」。煮干しラーメンで人気の「ラーメン凪」との共同開発による一品で、2種類のコオロギでとった出汁をブレンドしたスープはもちろん、大豆を使わずにコオロギを発酵させてつくった「コオロギ醤油」、特製の「コオロギ香味油」、さらには粉末コオロギを練り込んだ「コオロギ練り込み麺」と、コオロギの魅力を余すところなく表現。1杯に100匹を超えるコオロギを使っているそうです。

↑「ANTCICADA」の名物、コオロギラーメン  @Hiromi Toyonaga/はらぺこむしちゃん

 

一方、遠野醸造(岩手県遠野市)では、前述のANTCICADAとともに、コオロギを原料にした「コオロギビール」を製造、販売。昆虫食専門ショップ「昆虫食のTAKEO」や、太陽グリーンエナジーのECサイト「TAIYO Green Farm Cricket」では、食用のコオロギを購入することができます。そのほかにも、煮干しや菓子などさまざまな製品に利用されています。

↑コオロギを購入できるサイト「TAIYO Green Farm Cricket」(https://taiyocricket.base.shop/

 

こうした取り組みが注目され、近年は、製粉メーカーや調味料メーカー、製麺系メーカーなど多くの企業から、コオロギを使った新製品を検討したいという申し出が舞い込んでいるそうです。

 

コオロギ養殖の課題と今後の展望

「安定的に大量のコオロギを生産できる体制を作ることが喫緊の課題です。そのため現在では、空間上の表面積を大きくする飼育方法の検討、高密度飼育に伴い発生する排泄物を含む有害物質の除去方法の検討、コオロギ自体の改良、コオロギを利用したエコロジー活動などを検討しています」。注目を浴びているが故の課題も出てきたと荒神さん。

 

先に述べたように、コオロギは栄養素が不足すると共喰いをはじめ、収穫量が減ってしまいます。餌だけでなく、光を当てると物陰に隠れる習性を利用した共喰い対策なども早々に取ったそうです。確かに、一般的にはまだ昆虫食に対して抵抗はあるかもしれません。ですが、世界的な昆虫食市場の拡大に後押しされ、反響が徐々に大きくなっているのも確かです。

 

「日本人は入り口が狭く、保守的な反面、一旦受け入れてしまえば、大きく広がるのではと考えています。今後、さらに販路が拡大することを見越しているため、まず目指すのは、量を増やすこと。現在、年間1トン前後である生産量を月1トンにまで増量することを短いタームの目標に設定しています。その上で、最終的に追求するのはやはり“味”です。量とともに“美味しいコオロギ”を目指したいと考えています」

 

ビジネスの本質は“課題解決”にある

そもそも食糧事業について、グループではどういった考えを持っていたのでしょうか。太陽ホールディングス・社長室の安藤康正さんに話を聞きました。

 

「社会に必要とされる事業を作ることがビジネスの基本であると考えています。そのためには、課題をあげ、一つ一つ解決していかなければなりません。社会課題を解決していくことで、事業として成り立ち、会社の柱になっていくという考え方です」

↑太陽ホールディングス株式会社 社長室 安藤康正さん

 

「そこで人類共通の課題であり、これまで培った化学分野の知見を活かしつつ、かつグローバルに展開できる、“食糧”“エネルギー”“医療・医薬品”の分野に新規事業として取り組んでいます。中でも“食糧”分野については、世界的に人口が増加し続けていることから、これから直面するであろう食糧問題の解決のために、世界規模で必要とされる事業だと捉えています」

 

地域と共に魅力ある町づくりにも貢献

このように、もともと太陽ホールディングスは、社会的に必要とされるかどうかを、事業を営む上で一番の拠り所としていたそうです。例えば、SDGsとリンクする取り組みの一部が以下です。

 

<2 飢餓をゼロに>

・昆虫養殖により将来起こりうる食糧不足への対応

・子ども食堂(武蔵嵐山駅前の自社が経営する食堂で地域の子供たちに食事の提供)

<3 すべての人に健康と福祉を>

・医薬品の製造・開発を通じて人々の健康に貢献

・アフリカヘルスケアファンドへの出資を通じてアフリカ経済の発展及び健康への貢献

<7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに>

・自然エネルギーによる発電及び電気の供給により持続可能社会への貢献

・電気使用量削減の取り組み(省エネ機器への更新等)

<9 産業と技術確認の基盤をつくろう>

・高付加価値の電子部品用化学材料の開発・製造等の技術革新

・「みちびき」により農作業の効率化や生産性向上に貢献

<11 住み続けられるまちづくりを>

・2018年9月に埼玉県嵐山町と「地方創生に係る包括連携協定」を締結

 

「日本の製造業は地域とともに発展してきました。製造業として工場を構える当社も、そこで働きたいと思うような魅力ある町づくりを、地域と一体となり推進する必要があります。本社の所在地である嵐山町(埼玉県)では、嵐山渓谷周辺の自然保全活動としての植林や、里山の整備、小・中学校の自然環境学習の一環として行われている国蝶オオムラサキの観察・保全活動に対する支援など、さまざまな活動を行っています」(安藤さん)

↑嵐山町に開業した「駅前嵐山食堂」で月2回開催されている「子ども食堂」(※現在は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、持ち帰りにて実施)

 

「このように、従業員のみならず、地域の方がよりよく暮らせるまちづくりの一翼を担えるよう、コミュニティの一員としてできることを考え、取り組んできました」

 

“出来ることから始めよう”をコンセプトに

もちろん、本業であるソルダーレジストの生産においても、社会課題の一つである環境負荷の低減に取り組んできました。多くのレジストインキは緑色を基調としていますが、1980年代以前の製品は緑色を発色させる際に有害物質を含んだ顔料が使用されていました。同社は有害物質を使用しない青色顔料と黄色顔料を混合して緑色に発色させる製品を開発し、1999年には製品化を実現。2000年には、国内工場においてISO14001を認証取得し、その後もグループ各社に展開しています。また、脱炭素化に向けた自然環境にやさしい再生可能エネルギーの普及促進なども取り組んでいます。国内のエレクトロニクス事業に係る消費電力相当を自社で発電することを可能にし、太陽インキ製造は、2018年よりAppleのクリーンエネルギープログラムのサプライヤーに認定されています。

 

「SDGsへの取り組みは、当社が社会からより必要とされる企業となるために重要なことだと考えます。また、当社の目指すところと、SDGsの指標の中に合致する部分は多いと思っています。『9産業と技術革新の基盤をつくろう』は特に私たちの原点であり、経営理念とも近い考え方です。当社はかねてより、地球規模の環境問題に“出来ることから始めよう”というコンセプトで、事業を通じて実現できることをベースに取り組んできました。SDGsという枠組みができたことで世界的な課題が明確になったので、引き続き我々も社会から求められる取り組みをできることから推進していきたいと考えています」

「懸命に育てた動物が処分されるのは辛い」。離島刑務所を変えた受刑者の切なる思い

イタリア・トスカーナ州にあるゴルゴーナ島。この総面積2.23平方kmの小さな島には、1869年から続く刑務所があります。そこから昨年、受刑者たちによって育てられた動物たちが船に乗って本土へ向かい、この船は「自由の箱舟」と呼ばれて大きな話題を集めました。しかし、その裏では司法省から同州のリヴォルノ市、国立公園までを巻き込んだ壮大なプロジェクトが進行していたのです。

↑トスカーナ州リヴォルノ沖に浮かぶゴルゴーナ島

 

再犯率の高いイタリア

釈放後の再犯率が68%と高いイタリアでは、受刑者が服役後に社会で生きていけるように、さまざまな試みが行われています。受刑者が手に職をつければ、服役後の再犯率が著しく下がることが研究で報告されているからです。

 

例えば、ミラノには受刑者が働くレストランがあり、ナポリには女性の受刑者たちが作るコーヒーブランドが存在します。北イタリアのパドヴァには、著名な料理人や菓子職人が受刑者に技を伝授する菓子メーカーもあるほど。このような「メイド・イン・プリズン商品」はコロナ禍のクリスマスでもプレゼントに利用されました。

 

ゴルゴーナ島でも同様に受刑者たちは畜産業に従事してきましたが、この畜産業が7年前とある理由で終わることになったのです。

 

この刑務所には、ほかの刑務所と一線を画す特徴があります。それは受刑者たちが朝7時から夜8時まで屋外で仕事をしていること。一般刑務所の受刑者たちが屋外に出ることができるのは1日2時間程度ということを考えると、まさに特異な刑務所といえるかもしれません。

 

島内の工事や建設業にも携わる受刑者たちの主な仕事は、食肉となる動物たちの飼育にありました。動物の世話をすることを通して、罪を犯した人たちが倫理観を高めることが期待されており、およそ100人の受刑者が鶏や羊や牛と共存していたのです。しかし、島内には食肉処理場もありました。つまり、受刑者たちは自分で飼育した動物が食肉にされるために処分される情景を目の当たりにしてきたのです。

 

「懸命に飼育した動物が処分されるのは辛い」。そんな受刑者たちの切なる思いによって、この食肉処理場は2014年から2016年まで一時閉鎖されました。その後、経済的な理由から、この処理場は再開されてしまうのですが、受刑者たちの思いはさまざまな人たちに広がり、再開後も動物愛護団体や一般市民、元受刑者、著名人たちが食肉処理場の閉鎖運動を繰り広げたのです。更生のために受刑者たちが愛情をこめて育てた動物を食肉用に目の前で処分するのは倫理的にも間違っているというのが彼らの主張。司法省もイタリアは死刑を廃止しているという理由からこの運動を認めたのです。

↑手段から仲間へ

 

その結果、処分されるはずであった動物たち75頭がまず、余生を送るためにゴルゴーナ島からラツィオ州へと搬送されました。メディアが一斉に「自由の箱舟」と呼んだのは、食肉処理場送りを免れたこの動物たちを乗せた船のことだったのです。結局、450頭いた動物たちのうち受刑者たちが面倒を見ることになった138頭を残し、ほかの動物たちはゴルゴーナ島を後にすることになりました。

 

刑務所の発表によれば、残った138頭は受刑者の更生トレーニングの対象となっています。動物たちの存在は、受刑者たちが生きるための「手段」から、ともに生きる「仲間」へ変わりました。いまでは動物たちと受刑者、そして島の自然が写真となったカレンダーも販売されています。2019年にゴルゴーナ島を訪れ、動物たちの保護を推進した司法省次官ヴィットリオ・フェッラレージは、受刑者たちの心理状態だけではなく島の環境を考慮しても食肉処理場の閉鎖はよい決断だったと語っています。

 

観光やサステナビリティの地として取り組みを推進

↑ゴルゴーナ島にはこんな美しい側面も

 

しかし、新たな課題も生まれました。ゴルゴーナ島の刑務所の特徴である「屋外での活動」を維持するためには、動物の飼育以外の活動を受刑者たちに早急に提供することが必要です。そこで構想されたのが、司法省、リヴォルノ市、ゴルゴーナ島があるアルチペラゴ・トスカーナ国立公園やフィレンツェ大学を巻き込んで、サステナビリティをテーマにした新しい活動を始めること。まずはゴルゴーナ島内の道や森の整備や清掃から始まり、バイオダイナミック農法による農業プロジェクトが進行中です。

 

さらに、刑務所やリヴォルノ市は国立公園内に置かれたゴルゴーナ島の起伏ある地形を利用し、観光業を発展させることも目論んでいます。うまくいけば、受刑者が屋外で活動していても治安に問題がない島としての宣伝活動になることでしょう。

 

ゴルゴーナ島に住んでいるのは、受刑者と刑務所の関係者、そしてこの地で生まれ育った90歳過ぎの女性1人だけ。このような都会離れした状況や、外国人の間でも人気が高いトスカーナ州にあるという地の利を活用して経済面でのテコ入れが進められているのです。

 

もちろん、受刑者たちの願いが動物の保護につながったこともゴルゴーナ島のアピールポイントといえるでしょう。そういったポジティブなイメージやサステナビリティ活動への取り組みが、島全体の経済や生活にも良い影響を与えるのかどうか。この美しい島を舞台にしたストーリーはこれからも続きます。

 

 

儲かってこそ広がる!SDGsビジネスアワード大賞受賞者が語る、ビジネスで世界を変える方法

2015年9月に行われた国連サミットでの「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には17のゴールが設定され、2030年までのSDGs(持続可能な開発目標)が記されています。

 

この「SDGs」という言葉、最近よく聞きますよね。地球に良いこと、環境のためになること、多様性を認めるなど、なんとなくは理解しているけれど、実際にいま何が起きていて、自分はいったいどうしたらいいの? と途方に暮れている人も多いのではないでしょうか?

 

今回は、「SDGsビジネスアワード」で大賞を受賞した、フロムファーイースト株式会社の代表取締役をつとめ、『世界は自分一人から変えられる』(大和書房)の著者でもある阪口竜也さんに話をうかがうなかで、そのヒントを探りたいと思います。聞き手は、髪から爪先までフロムファーイーストのスキンケアブランド『みんなでみらいを』を愛用中という、@Livingでおなじみの“ブックセラピスト”、元木忍さんです。

 


『世界は自分一人から変えられる』
阪口竜也 / 大和書房

大学時代、DJになるためにフリーペーパーを立ち上げ、新卒採用で給与交渉! 美容業界に転身し、エクステ専門店で世界進出も果たして順風満帆な人生を送っていた著者は、さまざまな逆境や出会いを重ねながら、2010年には、使えば使うほど体と環境が良くなる商品をと開発した「米ぬか酵素洗顔クレンジング」が大ヒット、さらに2017年には「SDGsビジネスアワード」で大賞を受賞。行動力と勇気を与えてくれると、2017年の出版以降、多くの人に親しまれています。

 

“つまらない大人”ではいたくない

元木忍さん(以下、元木):『世界は自分一人から変えられる』は、2017年に出版された本ですが、知人に紹介をされて、読ませて頂きました。本の中で、阪口さんが幼い頃、「あんなつまらなそうな大人にはなりたくない」と思っていたと書かれていますが、大人になってみて、この日本にはどんな大人が多いと感じていらっしゃいますか?

 

阪口竜也さん(以下、阪口):残念ながら、今も「つまらなそうだな〜」と思う大人がいっぱいいます。ただ、これは社会構造が問題なんだと思うんです。学生の頃は、社会と接することのないコミュニティの中にいるから、つまらない社会構造に触れることはないけれど、大学生で就職活動をするようになると、「これが正解です」「あーしなさい」「こーしなさい」「これは間違いです」とルールでガチガチになった社会が登場するんですよね。「これはおかしいぞ?」と感覚ではわかっていても、その流れに乗らざるを得ない。乗ってしまえばルールの中からは逸脱しにくくなるので、なりたくなくてもつまらない大人へのレールに乗ってしまう社会構造になっているんです。

 

元木:社会構造のおかしな部分に疑問を持てたり、阪口さんみたいに「俺はこうするんだ!」と言えればいいんでしょうけど、ほとんどの人が「おかしいな〜」と思いながらもその中でしか生きられないと……。半ば諦めているのでしょうか?

 

阪口:「なんか違う」っていうことは本人もわかっているはずなんだけど、声を上げたり、変化することが怖いんでしょうね。おかしい部分を変えればうまくいくよって教えてあげたいです。

 

元木:本当に言えていないですよね……。そもそも、いつ頃からこういう社会構造になってしまったのでしょうか?

 

阪口:社会=経済という市場原理ができてしまってからでしょうね。いいものを食べて、いい洋服を着て、いい家に住むのがステータス。さらに、日本人には昔から安定志向があるから、貯蓄や財産が多いほうが偉いという価値観。残念ながら「自分がこうありたい」と言いにくい社会として大きくなってきたという背景がありますね。

大量生産・大量消費の現代に一石を投じるべく一念発起、2017年には並み居る大手企業を抑えて「SDGsビジネスアワード」で大賞を受賞した、阪口竜也さん

 

普段通りに生活をしているだけで環境が良くなる仕組み

元木:阪口さんご自身は、大学生時代にDJをやりたいからとフリーペーパーを立ち上げ、新卒採用でも「1年だけ働く」と条件付きで給与交渉までされたそうですね。このエピソードだけでもビックリしちゃいますが、そこから就職後、本当に1年で退職。最初にフリーペーパーの広告を出してくれた会社さんに転職し、エクステ専門店を立ち上げて、世界進出までされました。驚くほどのスピードで、すべてが順風満帆に見えますが、なぜ「世界を変えたい」と一念発起し、今の事業を始めたんですか!?

 

阪口:話だけ聞くと「どんな変なやつなんだ」って思われちゃいますけど(笑)、実は脈絡なく生きてきたわけではなくて、すべては繋がっています。よく「阪口さんだからできるんだよ」とも言われますけど、目の前にある選択肢を、「やる」か「やらない」か選んできただけのこと。元々、「世界を変えたい」って漠然と思っていましたが、今の事業はあるスピーチがきっかけで始めることになったんです。

 

元木:1992年「地球サミット」でセヴァン・カリス=スズキさんが行った伝説のスピーチですよね。私も記憶にあります。

 

学校で、いや幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世の中でどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、
・争いをしないこと
・話し合いで解決すること
・他人を尊重すること
・ちらかしたら自分で片付けること
・ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
・分かち合うこと
・そして、欲張らないこと
ならばなぜ、あなたがた大人は、私たち子どもに「するな」ということを、自分たちはしているのですか?

(『世界は自分一人から変えられる』より)

 

阪口:このスピーチを知ったのは、2004年になってからなんですよ。当時からこのスピーチが「感動した!」とか「伝説だ!」って話題になっていたはずなのに、1992年から2004年までの約10年で世界が大きく変わったか? と振り返ってみると、むしろ悪くなっているじゃないか……と思って。「みんなはたとえ感動しても、行動はしないんだな」って実感したんです。だったら、何もしなくても普段通りに生活をしているだけで環境が良くなる、子供たちに地球を残せる、そんな取り組みをすれば世界を変えられるんじゃないか? そう考えて、「みんなでみらいを」の事業を立ち上げました。

 

ナチュラルコスメ「みんなでみらいを(minnade miraio)」の化粧品。無添加な上、排水口に洗い流された排水は微生物によって分解されるため、肌にいいだけでなく、地球環境にもいい。右から、「米ぬか酵素洗顔クレンジング」2310円、「米ぬか酵素洗顔クレンジング+クレイ」3850円、「椿と黒文字のスキンケアオイル」4180円、「米ぬか美容オイル」3850円(すべて税込)

 

元木:「普段通りに生活をしているだけで環境が良くなる」って、本当に素敵な考え方だと思います。だから「みんなでみらいを」にはスキンケア商品や洗剤など日常生活に身近な、毎日使う商品が揃っているんですね。

 

阪口:社会=経済の時代は、便利だとか早いとか楽とか、“モノにあふれた豊かさ”や“効率がいい生活”をすることが最高! とされていたので、その代償として環境は破壊されてしまったように思います。この「経済発展=環境破壊」の構造を、「環境保護=経済発展」の仕組みに変えなきゃいけないと考えるようにもなりました。

美容師さんを例にあげると、見習いの子たちの手ってシャンプーでボロボロに手荒れしているんですよ。これは「今すぐ、美しい髪が欲しい」という社会のニーズに応えるために、合成界面活性剤やいろいろな薬品を使って、企業がスピーディに見た目の美しさを求めた商品を開発した結果なんですよね。そんな人間の手が荒れてしまうようなものを毎日下水に流したら、川や海は汚染されてしまう……。さらに各家庭からも同じようにいろいろな薬品が自然界に流れてしまっていると思うと、100年後もこの地球があるって保証できないだろうと思ったんです。

 

元木:私も美容室と一緒に事業をしていたので、「どうして美容師さんはこんなに手が荒れてしまうの?」と思っていました。髪の毛を染めている液剤が悪いのではないかと少しは疑いがありましたが、地球にも悪いんだとあらためて気が付かされ、私も髪を染めるのをやめました。地球を汚してまで美しくなりたいって何でしょうね? そのあたりのことをきちんと理解しておくことも、とても重要なのではないかと感じました。

 

「SDGs」は企業にとって大チャンス!?

阪口:その価値観も、少しずつですが変わってきています。新型コロナウイルスで自粛せざるを得なくなったのもありますが、「白髪でもかっこいいじゃん!」とか「自然由来の毛染めしようよ」とか地球にも自分にも優しい方向になっていますから。10年前では考えられなかったことです。元木さんの白髪も素敵ですよ!

 

元木:ありがとうございます(笑)。私も「みんなでみらいを」の商品を愛用していて、全身に使っています。正直、髪を洗うときしむんだけど、ドライヤーで乾かすとつるんとして気持ちがいい。今までは、髪の毛がツヤツヤになるとかしっとりするのが善とされていましたが、そうするためにどれだけの添加物や薬品が使われてきたのか? って考えさせられます。

 

阪口:都合の悪いことは、企業は発信しません。“天然由来”って聞こえはいいけれど、石油だって天然物質。無添加でも、植物を育てる時にたっぷり農薬を使っていたらその残留物は表記されません。CMのナチュラルな雰囲気だけで商品を選んでいる人も、正直多いですからね。自分が使う商品なんだから、何が入っているのか? この成分はどういう意味なのか? どうしてこの添加物が必要なのか? 調べれば全て出てくることですから、自分で調べて、理解して欲しいです。 

元木:たしかに、私たちはいろいろな情報を鵜呑みにし過ぎていますよね。

 

阪口:ネットで検索すれば、それがどんな成分かはすぐにわかりますよ。いろいろな情報を自分で調べて、自分に合うものを見極めて、選んで、使うのが当たり前になって欲しいですね。最近は、その感覚がどんどん薄れているような気がしますし。

 

元木:自分の目を養うことはもちろんですが、メーカーも、環境に優しい取り組みをしたいんだけど……と思っているだけで、踏み切れないという企業も多いのかもしれませんね。

 

阪口:正直、企業は“やらざるを得ない状況”だと考えたほうがいいと思います。社会のニーズはすでに変化していて、全世界70億人の共通目標として2030年までに「これを達成しますよ!」ってSDGsを掲げているわけですから。世界中で国を挙げて、予算つけて大々的に取り組んでいて、SDGsに沿った活動をすればするほど企業価値が高まりますから、マーケティング視点から考えても大チャンス。「経済発展=環境破壊」の価値観でいる企業は、CSR活動で「やってますよ」とアピールするのではなく、SDGsに沿った新規事業を生み出すほうが効果的です。

SDGsは17のゴール・169のターゲットから構成されています。どんな企業でもひとつくらいは事業内容を見直したり、達成に近づける取り組みができるはずです。今までは、商品開発後「どうやってターゲットにリーチするか」を考えていたと思いますが、もうターゲットはSDGsで定められているので、ゼロから新規事業を考えるより圧倒的に効果を得やすいんです

 

元木:なるほど。全人類の共通目標がSDGsと思うとわかりやすい! 今までエコ活動や環境保全はボランティアな印象がありましたが、しっかりビジネスとして経済を回していくことが大切なんですね。

 

阪口:そうそう。これまでの価値観で考えると、CSRってコストがかかるでしょ? 僕自身も社会貢献だけなんてことはしていません。どうすればビジネスとして成立するかをしっかり考えてビジネスモデルを組めば、環境保護しながら儲けることは可能です。「中小規模の企業じゃ無理だよ」って声も聞きますが、むしろSDGsという共通目標があることで大企業と一緒に仕事を生み出せる可能性も秘めています。僕もSDGsを通じて身の丈以上の企業とやりとりしてきた実績もありますから。チャンスがいっぱい転がっているので、あとは自分の所属している組織で「何ができるか」を本気で考えて、行動するだけです。

 

何ができるかを考えて、あとは行動あるのみ。そんなモットーを、阪口さんはさまざまな分野で体現しています。ファッション、はたまた家まで!? 次のページで、くわしく話を聞いていきます。

SDGsに適う暮らしは誰もが「いいね!」と思う。それを行動に起こすこと

元木:阪口さんとお話していると、その“行動力”にも驚かされます。いい意味で少年のままというか(笑)、本当に「やる」か「やらない」かの判断がスピーディですよね。

 

阪口:ありがとうございます(笑)。地方自治体からも「うちの〇〇を使って欲しい」って声がかかるので視察ツアーに参加すると、ほとんどの参加者が「いいですね」で終わるんです。僕の場合は、そこで計算して採算が合えば「今、買うわ」って取引しちゃいます。

「みんなでみらいを」の中にある「椿と黒文字のスキンケアオイル」という商品も、石川県能登半島に椿があるけど何もしてないって言うから地元の人に摘んでもらって、椿オイルを抽出してもらうことにその場で決めたんです。でも能登半島にある椿だけじゃ商品化するまでにはちょっと足りなかったので、伊豆諸島の神津島の町長さんに「椿ある?」って聞いたら「ある」と。じゃあそっちも買うよ! と。半年で商品化することができました。

 

阪口さん(左)と、聞き手の元木さん(右)

 

元木:それはすごい(笑)。米ぬかの後は、椿オイルですね。日本の素晴らしいものを自然のまま商品化していくなんて、本当に素晴らしい。でも、一緒に働いている社員さんは驚かれないですか?

 

阪口:もう慣れてますね(笑)。それに、うちの社員はもちろん、一緒に取り組んでいる商社や百貨店、取引先もひとつのチームという感覚なんです。だって、百貨店だって僕の商品を扱うことで給料をもらえているわけですから。もちろん「みんなでみらいを」の商品だけを取り扱っているわけじゃないけど、一緒に盛り上げていこうよと思っています。

 

元木:チームで取り組むなんて最高ですね。これから阪口さんがやってみたいことはどんなことでしょうか?

 

阪口:衣・食・住に関わっていきたいです。ずっと化粧品をやりたいわけじゃないんです(笑)。化粧品のような生活消費財は、市場にも浸透しやすい、ニーズが高いということで始めていましたが、違う業界でもどんどんやっていきたいと思っています。「住」の話だと、今、自分で家を建てているんですよ!

阪口さんが新たに手がけているタイニーハウス

 

元木:え、家をですか!?

 

阪口:“タイニーハウス”って、DIYで作れるレベルの家です。国産木材を使って、土地さえあれば、材料費はたったの100万円で作れちゃいます。造りもしっかりしているし、自分でDIYするから愛着も出てきます。数年経って「あぁ〜ちょっとここが傷んでるなぁ」となれば自分で補修もできる。これをひとつのパッケージにして販売しようと考えています。

 

元木:なんと100万円! 最近では都内にいなくても仕事ができる時代に急に変化したので、この“タイニーハウス”は流行りそうですね! 友達とのシェア別荘にしても楽しそう。

 

阪口:いいですね。あと「衣」でいうと、パイナップルで作った靴を売り始めました。

ファッショナブルなバブーシュ。“ヴィーガンレザー”で作られていますが、その原料はなんと、パイナップルなのだとか! vegflow「babouche」1万5000円(税別)

 

元木:パイナップルには見えない!

 

阪口:でしょ? おしゃれなんですよ。サステナブルなファッションとして注目をいただき、おかげさまで発売以来たくさんの注文をいただいています。けれど、大量生産はしたくてもできないので、数量限定になってしまうんです。

 

元木:数量限定であれば、さらに価値がついて話題の商品になりそうですね。

 

阪口:そうですね。「食」についてもさまざまな企業さんと展開を進めていますが、サステナブルな企画って、誰が聞いても「いいね!」とか「やってみたい!」ってポジティブな共感を得られるんです。環境にも生物にも経済にもうれしい、まさに“三方良し”な世界に変えるためには、「すごいなー」「いいなー」で終わらせないことですね。僕でもやれているんだから、他の人もやればいいだけのことなんです。

 

【プロフィール】

フロムファーイースト 代表取締役 / 阪口 竜也

2003年、有限会社エクステンド(現フロムファーイースト株式会社)設立。2010年、エクステンション事業を売却し、作れば作るほど使えば使うほど体と環境が健康になる事業「みんなでみらいを」を運営。2009年 Entrepreneur of the year 2009のセミファイナリスト受賞。2014年よりカンボジアで「森の叡智プロジェクト」を開始。2015年パリ開催のCOP21で発表。2017年には、日本ではじめて開催された『第一回SDGsビジネスアワード』では、大賞を受賞した。
みんなでみらいを https://www.minnademiraio.net/

 

自らの走りで母国の未来を拓く――南スーダンの未来と希望を背負った選手たちを元オリンピアン横田真人さんが激励

「私は国のために走っている」

決意を持った力強い眼差しで語るのは、陸上競技で東京オリンピック・パラリンピックの出場を目指す、南スーダンのグエム・アブラハム選手。母国を代表して出場するオリンピック・パラリンピックの舞台ですから、“国のために走るのは当たり前のことなのでは?”と考える人がいるかもしれません。しかし、アブラハム選手が語る“国のため”には、私たち日本人が考えるよりもはるかに重い意味がありました。

 

南スーダンの選手団が来日したのは2019年11月末。国際協力機構(JICA)より南スーダンを紹介されたことをきっかけに、群馬県前橋市が南スーダンの選手団の受け入れを決定し、東京オリンピック・パラリンピック大会に向けた長期事前合宿が始まりました。しかし、世界的な新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会の延期が決定。今後1年間をどのように過ごすかの協議がなされた中で、選手たちは日本に残ることを希望し、前橋市はその気持ちを受け取り、2021年の大会終了までの合宿継続を決定しました。大会の開催がいまだ先行き不透明な中、彼らはどのような心境で事前合宿に臨んでいるのでしょうか?

↑元オリンピアンとして、また現役コーチとして、独自の視点から南スーダン選手たちの本音を聞き出した横田真人さん(写真左)と、マイケル選手(中・パラリンピック陸上100m)、アブラハム選手(右・オリンピック陸上男子1500m)

 

今回、彼ら南スーダンの選手たちの想いに耳を傾けるのは、現在、陸上界のみならず、幅広いスポーツ分野から注目を集める元オリンピアンであり、陸上コーチの横田真人さん。昨年12月に開催された、日本陸上競技選手権大会の長距離種目・女子10000mで18年ぶりとなる日本新記録で見事優勝を果たした新谷仁美選手を、技術面・精神面で支えたそのコーチングに関心が高まっています。選手の個性を活かしながらの練習メニュー作成や、個人種目ながらチームとして一丸となって競技に挑むという横田コーチのマインドに共感するスポーツファンも多いのではないでしょうか。

 

「スポーツはプロフェッショナルだけのものではない」「持続可能な文化としてのスポーツのあり方を模索したい」と、勝ち負けだけにとらわれないスポーツとの向き合い方を模索し続けている横田さんだからこそ聞き出せる、南スーダンの選手たちの「国のために走る意味」に迫ります。

 

インタビュアー

横田真人さん

男子800m元日本代表記録保持者、2012年ロンドン五輪男子800メートル代表。日本選手権では6回の優勝経験を持つ。2016年現役引退。その後、2017年よりNIKE TOKYO TCコーチに就任。2020年にTWOLAPS TRACK CLUBを立ち上げ、若手選手へのコーチングを行う。選手一人一人に合わせたオーダーコーチングがモットー。活躍はスポーツ界だけにとどまらず、現役時代には米国公認会計士の資格を取得するなど様々なビジネスを手掛ける経営者としての側面を持つ。

 

勝ち負けだけが全てじゃない。スポーツの価値とオリンピック・パラリンピックの意義

↑「勝敗よりも大切なことがある」と、オリンピック・パラリンピックへの想いを語るアブラハム選手(写真右)

 

横田真人さん(以下、横田お二人にとって、オリンピック・パラリンピックはどういう意味を持つ大会なのでしょうか?

 

グエム・アブラハム選手(以下、アブラハム):オリンピック・パラリンピックは重要な意味を持つ大会です。もちろん、自分の実力を披露する場としての意味もありますが、私たちにとっては、“世界を知る”良い機会でもあります。世界各国からアスリートが集まることで、違う人種、文化的背景を持つ人々と触れ合うことができますからね。

 

クティヤン・マイケル選手(以下、マイケル):様々な文化に触れることで、自国・他国の良い面、悪い面が見えてくるはずです。それを自ら体験することは非常に貴重な経験だと思います。パフォーマンスの面でもやはりオリンピック・パラリンピックは特別です。自分たちが良い結果を出せれば、国に帰ってからの生活の質を変えることにも繋がりますからね。それも踏まえた上で国を代表する立場になって、胸を張って戦いたいと思います。

 

アブラハム:メダルを取ったり、良い記録を残したりすることはもちろん大切です。しかし、私たちにとってオリンピック・パラリンピックに出場することは、勝ち負け以上の価値があります。南スーダンには様々な部族の人々が住んでいて、さまざまな要因により内戦が続いています。でも、私たちが“南スーダン人”としてオリンピック・パラリンピックに出場すれば、部族の垣根を超えて全員が私たちを応援してくれると思います。南スーダンという国が一つになるために、そしてそれが平和につながるように、私たちは国のために走っているんです。

 

「前橋市の人たちには感謝しかない」。1年の延期が強めた南スーダン選手団と市民との絆

 

横田:前橋でのキャンプも1年以上が経過しましたが、日本には慣れましたか? 来日直後の日本に対する印象と、現在の日本の印象は変わったでしょうか?

 

マイケル:来日前は、日本に対するイメージが全く湧かなかったのですが、実際に来日して、本当に素晴らしい国だなと感じました。私たちの活動に対して、コーチを含め、たくさんの人々がサポートしてくれています。

 

アブラハム:特に日常的に感じるのが、市民の方々からの愛情です。子どもたちを含め、交流会などで触れ合う人々は、私たちの言葉に真摯に耳を傾けてくれますし、笑顔で迎え入れてくれます。街で出会った際も気軽に挨拶を交わしてくれます。本当に皆さんには感謝の想いしかありません。

 

横田:新型コロナウイルスの影響で大会が1年延期されました。アスリートにとって1年の延期は、コンディションを整える難しさもあると思います。お二人にとっては異国の地での再調整という特殊な背景もありますが、この数ヶ月どのように過ごしてきましたか。

 

アブラハム:もちろん、オリンピック・パラリンピックの延期を知らされた時には大変大きなショックを受けました。しかし、この延期は私達にとってチャンスだと考えました。あと1年間、日本でトレーニングを積めば、さらに高度な練習に取り組むこともできるし、記録を伸ばすこともできます。ですから、選手団のメンバーは全員、前橋でのキャンプ延長を望んでいました。

 

マイケル:実際、もし帰国したら練習の場所や時間の確保が難しいのが南スーダンの現状です。また、日々の食事を確保するのも容易ではありません。もしかしたら、昔のように1日1食の生活に戻ってしまうかもしれないのです。だからこそ、私たちとしては延期をポジティブにとらえて、大会に向け、日本でコンディションを整えていきたいと考えています。

 

アブラハム:家族や友達に会いたいという気持ちはありますが、生活面や環境面に関しても、私たちが快適に過ごせるよう皆さんが全面的にサポートしてくれているので、難しさを感じたことはほとんどありません。前橋市の担当である内田さんともジョークを言い合える仲になっていますし、今では異国の地という感覚はなく、ホームタウンのような居心地の良さを感じています。

 

独立と半世紀にもおよぶ内戦。南スーダンの現状

↑コーチ(左)とともに練習に励むアブラハム選手(中)とマイケル選手(右)

 

南スーダン共和国は、半世紀にも及ぶ内戦を経て、2011年にアフリカ大陸54番目の国家としてスーダンより独立を果たした国。独立したとはいえ、その後も国内では内戦が絶えませんでした。

 

2013年末に始まった政府軍と反政府軍の争いでは、2015年・2018年の調停及び2020年2月の暫定政府設立に至るまでに約40万人の死者と、400万人以上の難民・避難民が発生したとされています。アブラハム選手が語るように、スポーツを練習する環境を整えることはおろか、日々の食事を確保することも困難な状況が続いているのだそう。

 

このような内戦が続く理由として、南スーダンが大小合わせ約60もの民族からなる多民族国家である、という特殊な事情が挙げられます。様々な価値観や生活様式、宗教を持った民族が1つの国で生活を共にするというのは、私たち日本人が想像するよりも、はるかに困難なことなのかもしれません。

 

東京オリンピック・パラリンピック以降の未来に何を見据えるのか? “文化としてのスポーツ”を伝えるために

 

横田:東京オリンピック・パラリンピックに向けて、全力で準備を行っている真っ只中だと思いますが、大会後についてお二人はどのように考えていますか? 今はまた陸上にどっぷりはまっていますが、私は引退後のセカンドライフを考えてアメリカで公認会計士の資格を取得しました。日本と南スーダンとでは思い描くセカンドライフは異なると思いますが、お二人が考える未来への展望を聞いてみたいです。

↑将来的にはパラリンピックを目指す後進の育成に携わりたいとマイケル選手

 

マイケル:私は大会後もトレーニングを続けて、何らかの形で競技に携わっていきたいと考えています。将来的には、パラリンピックを目指すアスリートたちに適切な指導ができるコーチになりたいです。南スーダンは、障がい者に対する指導環境が整っているとはいえない状態です。だからこそ、自分自身が日本で学んだこと、オリンピック・パラリンピックの舞台に立ったからこそ伝えられる経験を、若い世代に伝えていきたいです。

 

アブラハム:オリンピック・パラリンピックは目標ではありますが、ゴールではありません。幸いにも、私はまだ若い年齢でこのようなチャンスをいただけていますから、別の大会、そしてまた次のオリンピックへ向けて、記録を伸ばしていきたいと思っています。一方で、母国に住んでいる家族のことはいつも気にかけています。競技を続ける上でも、まずは一人で支えてくれている母親のためにも、家を建てて生活を安定させたいという希望もありますね。その後に、もしチャンスをいただけるのであれば、ぜひ日本に戻ってきて競技を行いたいと思います。

 

横田さん:お二人の練習風景を見学させていただいて、オリンピック・パラリンピックで活躍する姿を見るのがますます楽しみになりました! まだまだ厳しい国内情勢が続く南スーダンでは、スポーツに対する価値が国や国民に浸透していないのではないかと思います。オリンピック・パラリンピックが終わって、お二人が自国に帰った後、どのようにスポーツの価値を発信していこうと考えているのか、ぜひ教えて欲しいです。

 

マイケル:一般的にアフリカの人たちは、物事を「聞くこと」ではなく、「自身の目で見ること」で信じる傾向があります。だから、自分たちをスポーツで成功した例として国民に知ってもらうことが大切だと思います。例えば、自分が大きな家を建てることで、それを見た子どもたちや親たちが「スポーツでの成功が生活の豊かさに繋がる」ということを認識すると思うんです。そういった意味でも、まずはオリンピック・パラリンピックの舞台で自分が出来得る限りのいいパフォーマンスを披露したいですね。

 

国民結束の日(全国スポーツ大会)が大きな転機に。スポーツが切り開く国の未来

 

アブラハム:母国に帰れば、私たちが日本で経験したことを積極的に発信していくつもりです。おそらく、僕たちのストーリーに対して南スーダンの子どもたちもきっと興味を持ってくれると思います。しかしながら南スーダンにはまだスポーツで羽ばたくチャンスは少ない。国の情勢を考えても、スポーツだけに取り組むことができる人はほんの一握りですし、能力や才能がある子どもたちがいるとしても、それを披露する場所や機会がないのが実態です。

↑「国民結束の日」が自分にとっての大きな転機となったと強調するアブラハム選手

 

横田:南スーダンがいまだスポーツが日常的に楽しめる情勢ではないことは、聞いています。そんな中でアブラハム選手はどのようにしてオリンピック・パラリンピック代表を目指すまでのチャンスを得たのでしょうか。

↑国民結束の日の模様(写真:久野真一/JICA)

 

アブラハム: JICAの協力で始まった『*国民結束の日(全国スポーツ大会)』は、1つの大きなきっかけとなりました。あのイベントがなければ、もしかしたら私たちはオリンピック・パラリンピックに出場するチャンスを得られなかったかもしれません。私にとってこの経験が大きかったからこそ、帰国後、親や子どもたちに伝えるのはもちろん、スポーツができる環境づくりなどに投資をしてもらえるよう、政府にも直接訴えかけないといけないと思うんです。そうすることで、才能ある子どもたちが、自身の実力を披露する機会が得られると思いますし、国としてのスポーツの発展につながるのではないかと考えています。

*「国民を1つに結束させる」という目標を掲げ、2016年よりJICA協力のもと開催されているスポーツイベント。

 

横田:政府に働きかけることによってスポーツに対する環境を整える。そして、スポーツで成功した人を目撃することで、そこに憧れを持った子どもたちがスポーツに取り組む。2人の視点はどちらも大切ですよね。母国を離れ、2年近く日本での生活を送ったこと、そしてオリンピック・パラリンピックへ向けた挑戦を経験したからこそ体験できたスポーツの可能性を、ぜひ母国に帰って広めてほしいと思います。

 

前橋市担当者が語る市と市民のサポート

「選手たちの強い想いが、人々の心を掴んでいるのだと感じます」

↑「陽気な人たちが来るのかと思っていたら、非常に寡黙で驚きました」と、南スーダン選手団来日時の印象を語る前橋市役所スポーツ課の内田健一さん。今ではジョークを言い合えるほど、選手団のメンバーと打ち解けているのだそう

 

東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まった際、前橋市でも様々な議論が行われました。選手団全員が大会終了までのキャンプ継続を希望したことから、支援を決意。資金の工面などの問題が予想されましたが、多額の寄付金が集まり、支援が継続されています。

 

「南スーダン選手団のキャンプで発生する費用は、ふるさと納税などの寄付金で賄われています。コロナ禍ということで、キャンプ継続に対して様々な意見があることも事実ですが、多額の寄付金をいただけているということからも、前橋市民を含め、全国の方々がこの活動を肯定的に捉えてくださっていると考えています」と内田さん。選手たちの競技への想いは、確実に地域、そして日本の人々の心を掴んでいると語ります。

 

【関連リンク】

JICA(独立行政法人 国際協力機構)のHPはコチラ

 

未来標準のビルディング「ZEB」に全力投球する三菱電機ーー同社のSDGsとCSRを読み解く

省エネ・創エネ・快適性を同時に実現する「ZEB」に迫る~三菱電機株式会社

 

三菱電機といえば、GetNabi webでは家電のトップメーカーとして様々な製品を紹介しています。「霧ケ峰」でお馴染みのルームエアコン、本物の炭を内釜に使った「本炭釜」、最近では、美味しいパンが焼けるブレッドオーブンなど、挙げればキリがないほど。

 

我々にとっては家電製品が身近な三菱電機ですが、実は、未来の都市変化を先取りした取り組みを行っているなど、さまざまな価値創出による社会貢献にも積極的です。そのなかで近年、注目されているのが「ZEB」(ゼブ)というワードです。

 

年間のエネルギー収支ゼロを目指す「ZEB」とは

ZEBとは、「net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)」の略称で、快適な室内環境を保ちながら、設備の高効率化や建物の高断熱化による“省エネ”と、太陽光発電などの“創エネ”により、年間のエネルギー収支ゼロを目指した建築物のこと。国により定義は異なりますが、日本の場合、エネルギー低減率により、ZEB OrientedZEB Ready、Nearly ZEB、『ZEBと4段階に分かれています。

 

・ZEB Oriented

延べ面積が1万㎡以上の建築物のうち、再生可能エネルギーを除き、基準一次エネルギーから30~40%の省エネとなるように設計され、未評価技術を導入する建築物。

・ZEB Ready

再生可能エネルギーを除き、基準一次エネルギー消費量から50%以上の省エネとなるように設計された建築物。

・Nearly ZEB

ZEB Readyの条件を満たしつつ、再生可能エネルギーを加えて、基準一次エネルギー消費量を75%以上低減させた建築物。

・『ZEB

ZEB Readyの条件を満たしつつ、再生可能エネルギーを加えて、基準一次エネルギー消費量を正味100%以上低減させた建築物。

 

設計から運用管理までワンストップで提供

「ZEBが世界的に注目され始めたのは、2008年の洞爺湖サミットからです。日本では2014年に閣議決定された第4次エネルギー基本計画で、2020年までに新築公共建物など、2030年までに新築建築物の平均でZEBの実現を目指すとされました。さらに2015年のパリ協定で、日本は2030年までに温室効果ガス排出量を26%(2013年度比)削減すると宣言しています。昨年10月には、臨時国会の所信表明演説で菅首相が“2050年カーボンニュートラル宣言”にも言及していました。その目標の達成に向けて、ZEBはすごく重要な役割を担っています」と話すのは、同社ZEB事業推進課の南 知里さんです。

↑ビル事業部 スマートビル新事業企画部 ZEB事業推進課・南 知里さん

 

どうしてZEBが重要な役割を担っているのでしょうか。下は東京都環境局の資料ですが、実はCO₂排出量の約70%が建築物から出ているそうです。上記目標達成のためには建築物から出るCO₂を減らすことが不可欠なのがわかります。

↑「東京グリーンビルレポート2015」(東京都環境局)より

 

「ZEBは、建築物から発生するエネルギーを減らしたうえで(省エネ)、再生可能エネルギー(創エネ)をうまく組み合わせることによって、年間のエネルギー収支をプラスマイナスゼロに近づけるという取り組みです。省エネ対象設備は、空調、換気、給湯、照明、昇降機の5設備。弊社はそのすべての設備を保有し、業界でもトップシェアを誇ります。お客様のニーズにあった機器やシステムを選定することで、ZEB化の支援ができる、つまり設計から運用管理までワンストップで提供できる強みを持っています」(南さん)

 

同社は2016年からZEBの専門部門を立ち上げ、経済産業省が設定した登録制度「ZEBプランナー」を電機メーカーとして初めて取得。提案活動だけでなく、社内外向けの説明会も全国で実施しています。ZEB起点での案件引き合いは多く、2016年~2020年度上期だけで累計約370件あり、右肩上がりで増えているそうです。

 

快適性と省エネを同時に実現

ZEBの導入はSDGsの目標達成に繋がるのはもちろん、施主にとってのメリットも大きいと言います。

 

「省エネによる光熱費の削減はもちろん、快適なオフィス空間が作られる点もZEBのメリットになります。近年は、BCP(Business Continuity Plan/災害時の事業継承)対策の強化や、あるいは環境リーディングカンパニーである点を訴求するなど企業PRの一環として導入するお客様も増えています。社会貢献、環境保全活動推進、そして資産価値向上も期待できます」(南さん)

↑ZEBのメリット(三菱電機資料より)

 

ちなみにZEBを達成した建築物が日本国内に何件あるか、正確な数値はわかっていません。しかしBELS(建築物省エネルギー性能表示制度)を取得した件数をZEBの竣工案件と読み替えることができるという前提だと、2020年8月末時点で、449件がZEB(ZEB4ランクすべて)を達成していると分析できるそうです。

 

建築物の条件によりエネルギーの低減率を算出

では、どうやってエネルギーの低減率を算出するのでしょうか。「基本的には、設計時点で『エネルギー消費性能計算プログラム』を用いて低減率を計算しています」と話すのは、実際にZEB導入を手掛けている、ソリューション技術第一課の柿迫良輔さんです。

↑ビルシステムエンジニアリングセンター システムインテグレーション部 ソリューション技術第一課・柿迫良輔さん

 

「新築だけでなく、既存の建築物のリニューアルや改修時でのZEB達成も可能です。というのもZEBは、図面のデータをもとに算出される“基準値”と、設計をした設備や躯体の性能から算出する“設計値”の差によって低減率を出します。例えば、東京都内に2020年に竣工したサンシステム株式会社様の新社屋は、地上6階建てのオフィスビルですが高効率空調や複層ガラスの導入、窓にブラインドを設置して日射の抑制をすることにより基準値から53%の省エネを達成しています。その他設備についても様々な工夫による省エネ化を図り、結果、建物全体の消費エネルギーは基準比56%減となり、ZEB Readyを達成することができたのです」

↑サンシステム株式会社様「SSビル」の省エネルギー性能 (出典:「環境共創イニシアチブ」ウェブサイト )

 

「この社屋の場合は都心部ということもあり、太陽光発電を設置できなかったのですが、設備や建築躯体の工夫により50%以上の省エネを達成し、ZEB Readyを実現しています。建築物全体でどれだけエネルギー消費量を低減できるかによってZEBのランクが決定しますが建築物の規模はもちろん、部屋の配置、用途、所在地により基準値は大きく異なります。例えば用途一つとっても、人の出入りが多い会議室なのかそうでないのかにより違いますし、北海道と沖縄では気候が全く違うことからもわかるように、所在地による地域区分が細かく設定されています」(柿迫さん)

 

例えばオフィスの場合は、建築物全体のエネルギー消費量における空調と照明が占める割合が大きいですが一方、病院なら給湯の割合が高くなるなど、建築物の用途や目的により数値は全く異なります。つまり手掛ける案件に、同じものは1つとしてないことがわかります。

 

「建築物の規模により、設置できる機器の目星は付きますが、そこにお客様の予算や要望が加わってきます。設計段階で、いかに数値を低減するか試行錯誤しなければなりません。本来は、お客様もZEBNearly ZEBと上のランクを目指したいのでしょうが、予算などの要因はもちろん、敷地面積の関係で太陽光発電を設置できないなど、設備の設置条件が障壁になることもあります。まずは自分たちができるところを目指されるお客様が多いようです」(柿迫さん)

 

ZEB関連技術実証棟が完成

社内外からZEBが注目を集めるなか、2020年10月には、三菱電機情報技術総合研究所内(神奈川県鎌倉市)に、ZEB関連技術実証棟「SUSTIE(サスティエ)」が完成しました。

 

「サスティナブルでエネルギーの明るい未来へということで、SUSTIEと名付けられた本施設は、省エネと創エネにより、基準値から106%の低減を達成し、ZEBを取得しました。6000㎡以上の中規模オフィスビル単体でBELS(建築物省エネ性能表示制度)の5スターとZEBの両立達成は日本初。CASBEEウェルネスオフィス(建物利用者の健康性、快適性の維持・増進を支援する建物の使用、性能、取り組みを評価するツール)で最高のSランク認証もいただいています。これまで、省エネと快適性は相反するというイメージが強かったかと思いますが、SUSTIEではZEB認証とCASBEEウェルネスオフィスSランクの同時取得により、それを両立できることを実証しています」(南さん)

↑2020年10月に完成したZEB関連技術実証棟「SUSTIE(サスティエ)」

 

総合電機メーカーの強みを生かし、各種高効率設備を設置。在室人数情報による換気や、照明の明るさ制御、昇降機の速度制御などの省エネ制御を導入。加えて自然換気による環境調整や太陽光発電など、SUSTIEには同社の技術が集約されています。

↑放射冷暖房パネルを配置し自然エネルギーを有効活用

 

「SUSTIEでは、設計時点の計画値を上回るさらなる省エネでの運用を目指しながら、新たな設備制御技術の導入や、省エネの実証実験も行われます。さまざまな効果を実証しながら運用化を目指していければと思います」(南さん)

 

CSR4つの重要課題

ZEBに限らず、三菱電機グループは他にもさまざまな価値創出への取り組みにおいて、SDGsの達成に貢献していこうとしています。

 

「当社は、『企業理念』と『私たちの価値観』(信頼、品質、技術、倫理・遵法、人、環境、社会)に従って経営方針を立て、すべての企業活動を通じてSDGsの達成に貢献していきます。価値創出への取り組みを推進することによってより具体的な行動を起こし、自社の成長とともにSDGsの達成に向けて貢献していきたいとの考えです」とはCSR推進センターの田中大輔さん。同社の企業理念は「私たち三菱電機グループは、たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献します」というものです。

↑総務部 CSR推進センター 専任・田中大輔さん

 

CSRについて、下記の4つの重要課題を掲げています。他が重要ではないということではなく、当社の特徴を生かせるものは何かと考えた上で特定しました。

↑CSR(企業の社会的責任)の重要課題

 

“持続可能な社会の実現”“安心・安全・快適性の提供”は、環境問題や資源、エネルギー問題、インフラなど、事業を通じて世の中に貢献できるという分野です。残りの2つは企業の基盤として厳守する分野です」(田中さん)

 

CSRの重要課題の検討が始まったのは、折しもSDGsが国連サミットで採択される直前でした。その後、SDGsの17の目標と照らし合わせ、基本的に相違がないと確認するとともに、三菱電機グループの特長をいかしてSDGsにどう貢献できるか、社内外でアンケートを実施。その結果、事業を通じた活動への期待が高いということがわかったそうです。

 

「まずは、SDGsに貢献できる分野は何か? 自社の取り組みを整理することから始まりました。エネルギー、インフラ、環境は、それまでも社会に貢献できていましたし、今後もさらに注力して貢献できる分野だと考えたのです。そして “重点的に取り組むSDGs”として、目標7(エネルギーをみんなに、そしてクリーンに)、目標11(住み続けられるまちづくりを)、目標13(気候変動に具体的な対策を)に注力することを2018年度に特定し、価値を創出していくことでSDGsの目標の達成に貢献していきたいと考えました。わかりやすい事例のひとつが、今回紹介させていただいたZEBです。SDGsという世界共通の社会課題が示されたことで、社会への貢献について具体的に説明しやすくなりました」

 

今後は変化する社会課題にも対応

2000年代前半以降、社会課題に対する意識は、世界的にどんどん高まっています。同社も環境面について2021年を目標とした「環境ビジョン2021」に沿って、低炭素社会の実現、循環型社会の形成、自然共生社会の実現に取り組んできましたが、さらに長期的に継続するために、昨年『環境ビジョン2050』を新たに策定したそうです。

 

「今年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、新たな生活スタイル、ビジネススタイルに適応しなければなりません。新たな社会課題が顕在化しているなかで、社内外の連携をより強化し、取り組んでいかなければならないと感じています。場合によっては、重点的に取り組むと定めたSDGsの目標7、11、13についても、今後は見直すべきかもしれません」(田中さん)

 

多岐にわたる事業分野で活躍する同社だからこそ、グループ内外の力を結集して、変化する社会課題の対応に取り組んでいくことが求められているのだといえるでしょう。

無印良品、「家具のサブスク」を開始!「柔軟な生活」がより手軽に

無印良品を展開する良品計画は、ベッド、デスク、チェア、収納用品など、無印良品の家具の月額定額サービスを、日本国内182店舗にて開始しました。

 

同社は2020年7月から約3か月間、無印良品とIDEEの家具・インテリア用品を6種のセットで利用できる月額定額サービスを期間限定で展開。そのなかで「セットではなく単品でのサービスが欲しい」という意見が多く集まり、1月15日から、必要なモノを必要な「量」と「期間」、購入ではなく「利用」できる月額定額サービスを、家具単品を対象に新たに開始。実施店舗も2020年実施時の7店舗から182店舗へと拡大しています。

 

同サービスは、無印良品のベッド、デスク、チェア、収納家具など、汎用性が高くシンプルであり、パーツ交換やメンテナンスのできる製品を選定。大きな初期費用を支払うことなく、手頃な月額定額料金で利用できます(初回のみ配送料が必要。家具の組み立てを希望する場合は別料金)。契約は年単位で、1年/2年/3年/4年のプランが用意されており、選択したプランの期間満了時には、「解約・返却」「契約延長」を選択するか、希望者は買い取り料金を支払うことで、そのまま使い続けることも可能です。

 

契約終了後に返却された家具は廃棄せず、パーツ交換やメンテナンスを施し、改めて月額定額サービスでの再利用や、中古品としての販売を予定しており、循環させてゴミを減らす活動につなげていくとのこと。

 

対象製品と料金については、以下の表をご覧ください。

「絶対に伝えたい」ことは、ピュアに常識を飛び越えて発信! 佐渡島 庸平×JICA広報室:伝えきるアイデアをとことん探れ

「本当に伝えたいコトを伝えきる人は、ピュアに常識を飛び越えていく」

 

こう語るのは、編集者として『ドラゴン桜』(三田紀房)や『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、数々のヒット作に携わり、現在はクリエーター・エージェンシー「コルク」の代表として活動の幅を広げている佐渡島庸平さん。今回、佐渡島さんが審査員となった「コミチ国際協力まんが大賞」をきっかけに、同賞に協賛したJICA(独立行政法人国際協力機構)広報課長と対談が実現しました。

 

佐渡島さんの自由な発想とニュートラルな視点に引っ張られるように、対談の内容は漫画を飛び越え、国境を飛び越え、コンテンツ配信の新しいビジネスモデルから経済・組織働き方論にまで発展。日本の未来は、定石から解き放たれて、新しいモデルを生みだすアイデアを即興で奏でていくことで開ける、と二人は熱く語り合いました。

↑編集者として多くのヒット作に携わってきた佐渡島庸平さん(左)と、漫画をはじめ、さまざまな媒体を使って国際協力の広報に取り組んでいるJICA広報室・見宮美早さん(右)

 

<この方にお話をうかがいました!>

佐渡島 庸平(さどしま ようへい)

(株)コルク代表取締役。東京大学文学部卒業後、2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)などの編集を担当する。2012年クリエイターのエージェント会社、株式会社コルクを創業。三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉ら著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。

(株)コルク:https://corkagency.com/
note:https://www.sady-editor.com/

 

コミチ国際協力まんが大賞とは

2020年11月、漫画家の「作る」「広げる」「稼ぐ」を支援するプラットフォーム・コミチが、JICA協力のもと「コミチ国際協力まんが大賞」を実施。12月3日の「国際障害者デー」、3月8日の「国際女性デー」の2つをテーマにしたお題(エピソード)をJICAが提供し、それを原作とした漫画作品をコミチサイト上で募集しました。審査員には、佐渡島庸平さんのほか、井上きみどりさん(漫画家)、治部れんげさん(ジャーナリスト)、松崎英吾さん(NPO法人日本ブラインドサッカー協会 専務理事 兼 事務局長)の計4名が参加。国際障害者デーである12月3日に大賞2作品を含む入賞8作品が発表されました。

【コミチ国際協力まんが大賞】
https://comici.jp/stories/?id=397

 

<国際障害者デー部門・大賞>

「エブリシング イズ グッド!」作:いぬパパ

→続きはコチラ

 

<国際女性デー部門・大賞>

「ペマの後に、続く者」作:伊吹 天花

→続きはコチラ

 

感情の動きは世界共通――漫画を通して世界にメッセージを届ける

JICA広報室・見宮美早さん(以下、見宮):まずは、「コミチ国際協力まんが大賞」の審査員として、応募作品についてご率直にいかがでしたか?

 

佐渡島庸平さん(以下、佐渡島):今回は「国際障害者デー」と「国際女性デー」というテーマだけではなく、JICAさん提供の原作ストーリーがあったので、読みやすい作品が多かったですね。土台があると、漫画に個性も出やすい。ガーナやネパール(※)の方々の服装や背景の絵柄などは、応募者それぞれのアイデアで良く描いていたと感じました。

※JICAがコミチ国際協力まんが大賞のために提供した「国際障害者デー」と「国際女性デー」にまつわるエピソード(=応募者向けのお題)が、それぞれガーナとネパールものだった

 

見宮:入選作品は、英語に翻訳して世界中に配信したいと考えています。今回のエピソードの舞台となっているガーナやネパールだけでなく、他の国でもこのような変化が生じうる、というメッセージが伝わればと思っています。

 

佐渡島:漫画での発信自体はいけると思いますよ。感情の動きは世界共通ですから。ただ、配信するなら漫画そのものだけでなく、世界の読者が読みやすい配信の仕方を考えたほうがいいかな。今後は、「縦スクロール×オールカラー」の形がいいと思います。

現代では開発途上国含めて世界の多くがスマホ文化ですから、スマホ画面で読みやすいことが大事。例えるなら、紙の本が流通しているのに巻物で読んでいる人がいたら「読みにくいものをよく頑張って読んでいるな」って思っちゃいますよね(笑)。それと同じで、スマホユーザーにとって読みやすい方法で届ける、という姿勢が必要だと思います。スマホ向けの物語を一度読んでしまったら、もう元には戻れませんから。

 

日本型の完璧主義より「アップデート主義」が求められる場面も

見宮:日本ではまだまだ漫画というと紙の人気が根強いので、「世界に発信するならスマホで読みやすいように」というのは新しい視点でした。この、相手の立場になって考えて、使いやすいツールを用いるという姿勢は、途上国への国際協力の姿勢と同じかもしれませんね。

それに少し関連するのですが、途上国における事業でも、質が良くて長持ちするが調達や建設に時間のかかる日本の協力とともに、場合によっては長持ちしなくともスピーディに対応する協力が喜ばれることがあるんです。私自身、2013年にフィリピンでスーパー台風による大災害が起きた際に現地にいて、日本が建設した小学校は屋根が飛ばず、その価値がフィリピン政府に改めて評価された一方、倒壊した学校周辺のコミュニティからは一刻も早い再建を要望されました。迅速性を重視して低コストで建設した施設は、同等の台風がきたらまた倒壊するリスクが高いのですが、判断が難しいところです。

↑コンテンツをITで発信していくスピード感の一方で、力のある作家が育ち、作品を作っていく時間軸は長いと話す佐渡島さん

 

佐渡島:そもそもの国ごとの考え方の違いも関係しているかもしれませんね。自転車で例えるなら、丈夫で10年壊れないモデルを使い続けるのか、安いけど壊れやすいモデルを買い替えていけばいいというスタンスなのか。壊れ方もいろいろで、全部が壊れるのではなく、タイヤだけが壊れたならタイヤだけを交換すればいい、という考え方もある。こういったアップデート主義で動いている国もありますよね。モノの基礎が壊れなければ、壊れた一部だけをその時々でアップデートしていけばいい、と。シェアリングエコノミーでやっていくときには、こうした「壊れてもいい」というルールもありですよね。

一方で日本は、全部が壊れないように、という完璧主義。これだと中身のソフトは年々アップデートされるのに、外側が追いつかないという現象が起きる。日本製のモノを使うと国全体が時代から遅れてしまう可能性すらありますよね。全部が全部そうとは限りませんが、壊れないことによる破綻や弊害もあると思うんです。

 

見宮:現地の状況をみつつ、いろいろな形の国際協力のあり方を模索していく必要がありますね。

↑いまはSNSのなかで消費される、一瞬見て楽しいコンテンツをつくりたいと話す佐渡島さん。コンテンツという中身を、どんな媒体に載せるかは時代の潮流で変化するそうだ

 

佐渡島:そうですね。全くゼロベースから完璧なものを仕上げようとするのではなく、現地にあるものを生かして、「今あるものにONしていく」というファクトフルネス(※)に対応できれば、国際協力の仕方も柔軟になる気がしています。

※思い込みではなく、データや事実にもとづいて世界を正しく見ること

 

見宮:ファクトフルネス、大事ですよね! 例えば、一般に教育分野の国際協力というと学校の建設というイメージもありますが、国やエリアによるものの、学校がなくて全くゼロベースで教育を受けたことがないという状態は減ってきています。より教育を充実させるために、新しい施設を建設すべきなのか、指導者のスキルアップが必要なのか、教育の重要性に対する意識改革が効果的なのか…など、その地域の現状を踏まえた協力を心がけています。

 

「一物多価」のネット社会で「一物一価」感覚のままでは取り残される?

見宮:以前、「時代が変化する空気を直に感じたくて、独立した」というお話をされていましたが、コルク社では、まさに従来の出版モデルにないコミュニティ形成やN高(※)業務など、柔軟に対応されていますよね。

※学校法人角川ドワンゴ学園が2016年に開校した、インターネットと通信制高校の制度を活用した“ネットの高校”

 

佐渡島:そうですね、特にネット社会では、人とモノのマッチングの仕組みが変わってきている。そこに従来の感覚で立ち止まってしまうと取り残されてしまう。モノの値段も、資本主義で発達した「一物一価」の感覚が、今は「一物多価」に戻ってきていると思うんです。

社会が未成熟な状態だと、経済は一物多価といわれますよね。モノの値段が一律ではない状態。日本人はインドでタクシーに乗るときに値段交渉があるのを嫌がりますが、それはタクシーの値段は一律という感覚があるからですよね。同じ値段で乗れるべきなのに、高額を支払わされたと怒る。ですが、インド人同士では普通の感覚で値段交渉しているわけです。それは、メルカリ上での値付けも同じで、モノの値段が一律でない状態でも違和感がない。モノの値段が場所と時間で変わる世の中にもう一度戻ってきていると思います。

↑日本には「ほんとうに必要?」という慣習が多く保存されていると話す。例えば小学生のランドセル。10万円もかけるなら、一生使える高級革バックを買ったほうが効率的と考えてしまうそう

 

佐渡島:アフリカなどでは一物一価の時代を経ずに、そのままネットの一物多価感覚にのっかっていますよね。郵便物の仕組みも面白いんですよ。僕らは郵便番号で管理された住所に荷物を届けてもらうのが当たり前、と思っていますが、アフリカでは住所を持たないがゆえに、スマホがある所に荷物を運ぶ仕組みができかけている。日本でも、住所がある所と自分のスマホの場所と、荷物の出し分けができるほうが便利なはずですが、日本社会でこれをやろうとしても「うん」と言う人は少ないでしょうね。「従来型」にはまって身動き取りにくい状況が、日本にはたくさんあるように感じます。

 

“注意力散漫な人”向けに伝える方法を掘り下げるとヒットにつながる

↑再読性の高い漫画というツールを、今後の国際協力に生かす手法について熱心に質問する見宮さん

 

見宮:最後に発信に思い入れがある佐渡島さんならではの視点について、おうかがいできればと思います。広報の仕事をしていると、コンテンツ内容はもちろん、どんな媒体に載せるのか、どんなツールが最適なのかで日々試行錯誤しているのですが、佐渡島さんなら例えば「国際協力」をどう発信されますか?

 

佐渡島:まずは、誰に何を伝えるかを明確にするとよいと思います。例えば日本の若い世代向けに、漫画を使って国際協力への興味を引くにはどうするか。僕ならまず、JICAの採用ページに今回の漫画を使いますね。どんな組織も人ありきですからね、そこから変えていくのは面白いんじゃないかと。

で、「この漫画を世界に促す人になりませんか?」と謳い文句をつける。漫画が冒頭にあって、そのあとに職員の方のインタビューが入るという流れ。

今、文章で書かれたものは書いた人しか読まない。10代20代のアテンションを引っ張るなら、数秒で理解できる1枚の絵的なツールが必要です。YouTubeよりもTikTokを選択する彼らに「インタビューを読んでください」から入ってもキャッチできないでしょうね。

↑ゼロから作品を作りだす作家たちには、漫画の登場人物がまるで本当に存在しているかのように、その人となりを第三者に伝える力があると語る佐渡島さん

 

佐渡島:テレビ局の方が以前、「注意力散漫な人に、どういう順序で伝えたら深い話が伝わるのかを考えられると、ヒット番組が生まれる」と話していたんです。今はテレビも、料理だったり洗濯だったり、何かをしながら画面を見る視聴者が多い。そうなると、注意力が散漫になるわけです。その状態の人に真剣にメッセージを送るとしたらどうすればいいか? を掘り下げることが重要だと。

国際協力に関しても、日本国民も途上国の方も、まだまだ知らないことが多く、注意力散漫な状況だろうと思うんですね。かなりクローズドなマーケットですから。その層に向けた発信策を追求してみたら改革につながるのではないでしょうか。

 

見宮:なるほど、面白いですね。常識から解き放たれて、新しい仕組みづくりや発信の仕方から掘り下げて考えていきたいですね。JICAとしてはまず、今回の国際協力まんが大賞作品をしっかりと世界に向けて発信していきます。発信者として、佐渡島さんが普段から意識されていることはありますか?

 

佐渡島:僕が編集を担当した『宇宙兄弟』に「俺の敵はだいたい俺です!」というセリフがあるんですよ。誰かに向けて何かを発信するという行為は、「伝わるといいな」程度では届かないと思うんです。伝える本人の「これは絶対に伝えたい」という強い想いこそが常識の壁を越えていく力になる。そういう想いがある方って、とってもピュアな方が多い。それは漫画以外の媒体であれ、伝えたい先が国内であれ世界であれ、共通していると感じています。会社や組織、国境や人種……壁はどこにでもありますが、周囲の状況以前に、まずは自分から突き抜けていく、という純粋な熱量が大事なんだと思いますね。

 

撮影:石上 彰  取材協力:SHIBUYA QWS

大手食品メーカーやチェーン店も続々参入! サステナブルな食材が日常の食卓に並ぶ!

【2020年売れるモノ総まくり】[KeyWord05]サステナブルフード

2020年は大手メーカーの商品ほか、コンビニやチェーン店での販売をよく見かけるようになったサステナブルフード。その最前線を、ふたつのトピックを中心に紹介する。

 

フードライター・中山秀明さん

2020年は大豆ヨーグルトにハマッた。下記のフジッコのほか、ポッカサッポロの「ソイビオ豆乳ヨーグルト」もお気に入り。

 

大豆を使って美味しくリプレイス「動物性食材の置き換え」

サステナブルフードのなかで最もポピュラーなのが、動物以外の原料から作られた食材だ。代表的な大豆商品を中心に、活用されている例を紹介しよう。

 

【肉】大豆製のハンバーグを使った味も量も大満足なサンド

ドトールコーヒーショップ
全粒粉サンド 大豆ミート 〜和風トマトのソース〜
360円(354円/テイクアウト)

全粒粉入りのパンと、大豆を主原料としたハンバーグがメイン。あらごしとピューレのトマトソースやきんぴらごぼうをふんだんに使い、食べ応えも満足できるサンドだ。

 

【肉】大豆ミートで作った旨辛いそぼろが美味!

ファミリーマート
四川風旨辛そぼろ丼
498円

豆板醤や花椒で味付けした辛味のある大豆ミートを使った丼。きくらげのナムルや味付けメンマなどの具材と大豆ミートを混ぜながら食べる。同社では今後も大豆ミート惣菜を増やしていく予定だ。

 

【ミルク】ナッツから生まれたまろやかな味の植物性ミルク

キッコーマン
マカダミアミルク
実売価格139円

オーストラリア産のマカダミアナッツを100%使用。乳製品は不使用。ナッツならではのクリーミーでまろやかな味わいが特徴で、小腹が空いた時やリフレッシュしたいときなどにオススメだ。

 

【ヨーグルト】大豆を滑らかに加工したとろーり食感が魅力

フジッコ
大豆で作ったヨーグルト
実売価格278円

「カスピ海ヨーグルト」シリーズで培った乳酸菌発酵技術を活用。うす皮を取り除いた大豆を丸ごと滑らかに加工する独自製法によって、大豆由来の自然な風味と、とろ〜りとした食感を実現した。

 

欧米フードベンチャーの動きに注目が集まる

SDGsの浸透とともに広がるサステナブルフード。その代表例が、大豆など動物以外の原料で作られた食材「代替肉」だ。世界的な人口増加による食糧危機への対策や、家畜の飼育による環境負荷軽減に繋がるたんぱく源として期待されている。最近では、コンビニなど全国展開する店舗での取り扱いが増加。認知の拡大により品数や取扱店が増える好循環が生まれている。また、フードベンチャーの起業も増えており、2021年はさらなる市場拡大が予想される。

さらに、大きなティッピングポイントとして注目されているのが、ベジタリアンやヴィーガン食が日本より色濃い欧米カルチャーの上陸だ。台風の目は、「ビヨンド・ミート」という米国の有名スタートアップ。現地ではマクドナルドと共同でパティを開発したことが発表されて大きな話題となっており、勢いに乗って日本に上陸するという流れも十分に考えられる。

 

いずれコロナ禍が収束すれば、またグローバルな交流が盛んとなり、食文化の広がりも加速する。代替肉からは今後も目が離せない。

 

【ネクストヒットの理由】
2030年のSDGs達成に向けて日本でも大きなムーブメントに!

「SDGsは2030年の達成に向けた世界的な目標であり、当然日本も取り組むべきムーブメント。家電やファッションなど他分野の熱も高く、相乗効果により今後も盛り上がるはず」(中山さん)

 

【コレがトレンドの兆し!】

大塚食品
ゼロミートシリーズ
322円〜

キャッチコピーは“肉じゃないのに、そこそこ美味い!”。電子レンジかボイル調理がオススメのハンバーグタイプのほか、焼いてもおいしいソーセージタイプ、加熱なしでも絶品のハムタイプがある。

 

昆虫食も続々登場!

↑2020年は無印良品が発売した「コオロギせんべい」により、昆虫食が身近に

 

↑群馬県のスタートアップ「FUTURENAUT」がPascoと、コオロギパウダー入りのパンやスイーツを共同開発するなど商品群が増加!

 

ロスされがちな食材を斬新なアイデアで新しい食品に「アップサイクルフード」

廃棄されるはずの食材にひと工夫を加え、より高価値に生まれ変わった食品がアップサイクルフード。食品廃棄物を減らす取り組みとして注目されている。

 

植物をゼンブ生かした斬新な食品ブランド

ミツカン ZENB

野菜、豆などの植物を、可能な限り丸ごと使った食品ブランド。野菜とオリーブオイルだけで作ったペースト、黄えんどう豆100%の麺、野菜に豆や穀物などを加えたスティック菓子など種類も豊富だ。

 

有名シェフのパンの耳を活用した食事に合うクラフトビール

AJB Co.
ブレッド
660円

イノベーティブフレンチの旗手・生江史伸さんのベーカリーから出るパンの耳を活用したクラフトビール。ローストしたパンの風味が香る、食事と合わせやすいさっぱりとした味に仕上がっている。

 

廃棄処分寸前のナッツをザクザク食感のおやつに

スナックミー
アップクランチナッツ
1380円

おやつのスタートアップ企業が、廃棄処分寸前のアーモンドをアップサイクル。スペインの希少なアーモンド品種「ラルゲタ」をオートミールと混ぜてベースにし、ザクザクした食感に仕上げた。

 

形が揃っていないだけでおいしさはそのまんま!

グリコ
冬のくちどけポッキー ふぞろい品
2400円(8箱セット)

「冬のくちどけポッキー」の製造工程で少し欠けたり折れたりと、見た目の基準をクリアできなかった商品のアウトレット。おいしさはそのままながら安価で、毎年大人気を博している。

●常時販売商品ではありません

 

米国で正式に定義されたことで取り組みがよりクローズアップ

これまでも環境に配慮した商品はあったが、最近新たに注目されているのが“アップサイクル”という考え方。資源を再利用するリサイクルや、廃棄せずに繰り返し使うリユースとは異なり、廃棄物や古くなったモノの素材をそのまま生かし、新たな価値を付けて別のより良いモノに作り変えた商品のことだ。食品に関しては、2020年春に米国の業界団体が正式にアップサイクルの定義を制定したことで、改めてクローズアップされ始めている。

 

“もったいない文化”が根付いている一方で、食品安全基準の高さなどからフード廃棄大国でもある日本でも、SDGsの広がりとともにアップサイクルフードの取り組みが盛り上がっている。大手メーカーの新ブランド立ち上げや商品化も増えている昨今。2021年も、このムーブメントに注目だ。

 

【ネクストヒットの理由】
“もったいない”が根付く日本ならヒットするのは間違いなし

「日本は“もったいない文化”が根付く国。国民性として食品ロスに対する意識は高く、新トレンドのアップサイクルフードとして広まれば、積極的に買う人も増えるでしょう」(中山さん)

 

まだある! 注目のサステナブルフード

マイボトルの習慣化を目的にした給水サービス

無印良品
自分で詰める水のボトル
190円

マイボトルの携帯の習慣化による、ペットボトルのゴミ削減が目的。2020年夏の発売と同時に無料で使える給水機も店舗などに設置された。不要になったボトルは各店舗で回収。

 

環境にやさしい穀物を使った世界初のビール

パタゴニア
ロング・ルート・ウィット
484円

枯れずに何年も成長する環境にやさしい多年生穀物「カーンザ」を、世界で初めてビールに。洋梨やコリアンダーの香りが華やぐ、すっきりした味わいだ。ペールエールもある。

 

再利用容器を使った新たな販売システム

テラサイクル
Loop

米国のリサイクルベンチャー・テラサイクルによる、容器を回収して再利用するプロジェクト。イオンやロッテ、キリンビールなど国内大手23社の商品が2021年春から発売される。

 

中身を飲んだ後にそのまま食べられる器

アサヒビール
もぐカップ

アサヒビールが丸繁製菓と共同開発した食べられるコップ。国産のじゃがいもでん粉が原料。2020年11月に都内の会員型コワーキングスペースや飲食店でテスト展開された。

「サステナビリティ」は加速する。2021年のトレンド予測

近年、サステナビリティに対する意識が世界各国で高まっており、2021年は一層加速していくでしょう。しかし、具体的にはどんなことが起こるのでしょうか? 本稿では「食品ロス」「オーガニック」「嗜好品・日用品」という視点から、タイ、イタリア、アメリカにおける様々な事例を取り上げることで、世界中のサステナビリティのトレンドを予測してみます。

↑サステナビリティをよく見てみると……

 

「食品ロス」はアプリで減らす

消費者に身近な取り組みとして、まずは「食品ロス」が挙げられます。欧米では賞味期限を活用して、ユーザーに情報を迅速に伝えられるスマホアプリが活躍しており、今後もその需要は高まると考えられます。

 

例えば、ロックダウンを通じてイタリア人が敏感になったのは「食の廃棄」。イタリア農業連盟の調査では4割以上が以前よりも廃棄を減らしたと答えています。それに貢献しているのが、賞味期限間近の食材情報を消費者やボランティア団体に知らせるアプリ。NPOなどがレストランや食料品店の閉店前ぎりぎりに食料を回収し、食べ物を必要とする家庭に届けています。

 

クリスマスや復活祭で余った食料もすぐにアプリにアップされる一方、イタリア独特の派手な結婚式や洗礼式で大量に余るご馳走についても、廃棄せずに必要とする人たちに届ける仕組みが広がっています。最近では、結婚式をあげる若いカップルはNPOに事前連絡し、この取り組みに参加することがトレンドになってきました。

 

アメリカやイギリスでもアプリを活用し、レストランなどで廃棄される食べ物を半額またはそれ以上の割引価格で購入できるようになっています。例えば「Too good to go」というアプリでは、住んでいる地域を登録しておけば、その地域のレストランやホテルから通知が届く仕組みとなっています。

 

また、欧米では形が不揃いといった理由で市場に卸せないオーガニック野菜をまとめ、リーズナブル価格で配達してくれるサブスクリプションサービス「Misfits」も人気。一般店舗の価格よりも最大40%の割引価格なのに加え、家族の人数に合わせて量を選べるため廃棄を減らすことができます。

 

その一方、もともと外食が多いタイでは新型コロナウイルスの影響でデリバリー需要が大幅に増え、ホテルや高級レストランも相次いでこの分野に参入しました。複数の現地大手銀行などもアプリ企業と提携し、新しい食品配達アプリの開発が活発化しています。

 

そのなかで登場したアプリのひとつが「Yindii」。ユーザーは最大50~70%引きで食料を入手することができるのに対し、飲食店はそれによって利益を得られるというもの。参加店舗はヴィーガン向けや添加物不使用のレストランが多く、SDGsに関心のある人や健康意識の高い人に選ばれるアプリとして人気が出そうです。

 

「オーガニック」はますます人気に

サステナビリティへの取り組みは、商品開発にも反映されるようになりました。なかでも女性やミレニアル世代の商品を見る目は厳しくなり、環境に配慮した商品に優位性が生まれているとみられます。例えば、イタリアのワイン業界では「サステナビリティ・ワイン」の認証基準に取り組むプロジェクトが立ち上がりました。この国ではオーガニック食材の市場が大幅に伸びていますが、同プロジェクトでは有機栽培を用いてCO2の排出量を削減しながら、空気、水、土を汚染せずにワインを生産しています。

 

南イタリアにはアーモンドの木との「養子縁組システム」があり、「親」となる出資者は縁組期間中、収穫した実を毎年受け取ることができます。「養子」となった木には親の名前を記したプレートを付けることができるうえ、木の成長具合も確認することができます。このシステムで集まった資金は樹木の手入れやバイオ農法の促進などに充てられているそう。

 

それと関連して、イタリアでは「樹木を植えるキャンペーン」も人気です。フィレンツェでは、購入した木が自治体の樹木遺産の一部となり、それを通して都市の気候緩和とCO2削減に貢献するという取り組みが行われています。購入者は自分で植える場所も選ぶことができ、樹木が成長する様子もメールで確認することが可能。また、この活動はギフトとしても活用されています。

 

アメリカでも、化学物質を一切使用しないオーガニックのスキンケア製品や自然に優しい洗剤などが人気を集めていましたが、最近はコロナ禍の影響で「心のつながり」を求める人が急増。商品のバックグラウンドやストーリーを重視したり、地域に根ざした店舗で消費したりという行動が強まっているようです。

 

タイではオーガニック食品やエコ商品の店舗が増加し、バンコクの中心街には環境配慮型商品のみを扱う専門店もオープンしました。このお店では雑貨や生活用品、食品などを取り扱っていますが、なかでもスキンケア商品が豊富に取り揃えられており、多くのオーガニック系ブランドもそこに含まれています。エコストローやプラスチックを再利用して作ったバッグ、水中の生き物に害を与えない日焼け止めなど、地球に優しい商品に人気が集まり、今後もこのような動きは続くでしょう。

 

さらに、タイでも不織布や紙で作られたエコバッグやマイボトル、マイストローを持ち歩く人が若年層を含めて増加中。ペットボトルの水を通常の3倍の価格で販売するスポーツジムもあるなど、多くの人にマイボトルなどを持ち歩くようにさせるための取り組みが、あちこちで行われています。

 

同国のフードデリバリーでは、プラスチックの代わりに紙やキャッサバ、サトウキビで作られた容器を使用する飲食店が増えており、特にヴィーガンカフェや富裕層向けレストランでは天然素材容器の活用が目立ちます。5つ星のマンダリンホテルでは、バイオプラスチックのペットボトルや固形タイプの歯磨き粉、木の歯ブラシなど、部屋のアメニティをプラスチック不使用の製品に変えており、このような動きはこれからもっと広がるでしょう。

 

サステナブル化する「嗜好品・日用品」

イタリアではラグジュアリーブランドが率先し、プラスチックをリユースした商品開発に力を入れています。プラダは廃棄素材を利用したナイロンでバッグを生産し、グッチは破棄された漁網やカーペット、生産過程で生じた廃棄物を再利用しています。フェラガモは廃棄オレンジの皮で作った素材を活用するなど、自然に優しい素材を使った商品はファッション業界でもトレンドになっています。

 

アメリカではテラサイクル社が、使用済みの商品容器を提携メーカーが回収し、洗浄して再利用するという循環型消費事業の「ループ」を展開中。サブスクリプションサービスとなっているループは、化粧品や日用品、飲料などを専用容器で購入すると、中身を使い切った時点で、同じ品物が別の専用容器に入れられて届くという仕組みになっています。

 

同社は専用容器のデザインなどにも工夫を凝らしており、消費者から高い評価を得ています。すでに多くのメーカーと20か国以上で提携しいるループは、日本でも多数の企業の賛同を受けながら2021年にサービスを開始する予定です。

 

まとめ

↑さあ、どうする?

 

2021年には消費者のサステナブル意識がさらに高まり、それが私たちの購買や行動パターンに影響を与える傾向が強まりそうです。それに対応するために、サステナビリティに本気で取り組む企業も増えていくのではないかと考えられます。その場合、サステナビリティ関連の新しい製品やサービスもどんどん作られていくはずですが、消費者にとって選択肢が増えるのは悪いことではありません。自分のライフスタイルにあった選び方ができるように、見る目を養っておくといいかもしれません。

若い世代がリードした、2020年に世界で注目されたサステナビリティまとめ

「サステナビリティ」や「SDGs(持続可能な開発目標)」は、現代のキーワードとして日本社会にもかなり浸透しました。2020年もサステナビリティに関するさまざまな記事を取り上げてきましたが、本稿ではアパレル・食品・容器包装・モビリティの4分野から注目すべき動向を振り返ってみます。

↑今年は未来の世代に何を残した?

 

①【アパレル再生可能な天然素材が流行り

化学製品を使わず再生可能な素材を活用することは、アパレル業界でも盛んになっています。ポール・マッカートニーの娘でイギリスのデザイナーであるステラ・マッカートニーは、自身のブランドで生分解可能なデニムを使ったストレッチジーンズを発表しました。ストレッチデニムの伸縮性は天然素材のコットンだけでは不十分で、石油由来の弾性素材が必要です。

 

しかし、イタリアの老舗ジーンズメーカーが天然の弾力素材を織り込んだ伸縮性の高い生地を開発したため、ステラはこの生地を使用。染料についても、オランダ企業が開発した生分解可能な天然由来の染料が用いられました。化学製品などの代用品としてキノコや海藻からの抽出成分を利用した結果、このジーンズは100%生分解が可能となったのです。

 

【詳しく読む】

サステナビリティを語るなら「生分解可能なデニム」をはくべし!

 

一方、意外な果物を使った繊維も開発されています。高級な繊維として知られるシルクは絹糸生成段階で大量の水が使われ、二酸化炭素が発生することが課題でした。エコな代替品が求められているなか、オレンジの皮から作ったオレンジファイバーが登場したのです。

 

素材の開発と販売を手掛けているのは、オレンジ産地として知られるイタリア・シチリア島の企業です。オレンジジュースの製造過程で年間70万~100万トン出る大量の皮の生ごみは、現地で悩みの種になっていました。オレンジの皮を繊維に加工できないかと考えたシチリア出身の研究者たちが、ミラノの大学と共同で皮からセルロースを抽出する技術を開発。生地の手触りはまさにシルクのようになめらかで、フェラガモ社をはじめアパレル関係者から高く評価されており、大手ファストファッションのH&Mもオレンジファイバー素材を用いたサステナブル商品を以前に発表しています。

 

【詳しく読む】

「柑橘系シルク」が世界を変える! H&Mも採用したエコ繊維「オレンジファイバー」とは?

 

②【食品食品廃棄物を活用した結婚式

食品廃棄もSDGsの重要課題のひとつ。欧州では若い世代がこの問題の解決に向けて活動しています。イタリアでは若者たちがNPOを立ち上げ、家庭やレストラン、食品店などで余った食料を必要な人にすぐ届ける取り組みを始めました。目を付けたのが、イタリア独特の派手な結婚式で膨大に余るご馳走です。

 

まずは結婚式が決まったカップルから事前連絡をもらい、段取りを決めます。パーティーが終わるとスタッフが安全できれいな食べ物をまとめて、見た目も整え、食料を必要とする近隣家庭に約30分で届けます。最近はこの活動が広く知られるようになり、若いカップルが結婚式を挙げる時には参加することが当たり前になってきました。

 

結婚式だけでなく洗礼式でも同じ活動が行われ、クリスマスや復活祭でも食料やお菓子が提供されて賞味期限とともにNPOの公式サイトやFacebookに掲載されます。さらに、食料品店の閉店15分前に賞味期限ぎりぎりの食材を回収し、必要な家庭に届けています。

 

【詳しく読む】

若者が社会を変える! 南イタリアから広まる「残飯ゼロ」を目指す素晴らしい動き

 

イギリスでも食品廃棄に対する国民の意識が年々高まっています。2018年に湖水地方で結婚式を挙げたカップルは、国内初の「食品廃棄物ウェディング」で一躍有名になりました。賞味期限が迫った食べ物や、スーパーに断わられた形の悪い野菜や果物を卸業者などから集めて販売するチェーン店が食料の調達に協力。

 

披露宴のご馳走はとても豪華で、招待客はすべて食品廃棄物から作られていたことにまったく気付かなかったそうです。この結婚式を機にイギリスでは「食品廃棄物ウェディング」を希望するカップルが増え、食の新しい価値観が生まれているようです。

 

【詳しく読む】

「食品廃棄物ウェディング」は素敵なこと! イギリスで活発な「食品ロス削減」のユニークな動き

 

③【容器包装海藻を使えば容器も食べられる時代に

ペットボトルや調味料の容器に使われるプラスチックの量を削減するために、イギリスのNotpla社は「食べられる包装材」を開発しました。「オーホ」と名づけたこの包装材はそのまま食べられ、捨てても4~6週間で自然分解されます。原料はフランス北部で養殖されている海藻で、乾燥させて粉状にしたあとに独自の方法で粘着性の液体に変化させ、さらに乾燥させるとプラスチックに似た物質になります。1日に最大1メートルも成長し養殖には肥料なども不要なため、原料不足になる心配もありません。

 

2019年のロンドン・マラソンではランナーに提供する飲料の容器に使用し、3万個以上を配布しました。同社は2020年にサントリーの子会社と提携し、ドリンクが入ったオーホの自動販売機を開発。スポーツジムに設置して実証実験を行ったほか、さまざまなイベントで活用しています。

 

新型コロナウイルスの影響でテイクアウトが増加し、プラスチック廃棄物も増えています。食べられる容器は、ごみ問題の救世主のひとつになっていくかもしれません。

 

【詳しく読む】

丸ごと食べてプラ削減! 飲み物や食材の「包装」も食べられる時代に突入

 

④【モビリティ公共交通機関の無償化は成功するか?

欧州の小国ルクセンブルクはドイツやフランスなどからの越境労働者が多く、夕方4時を過ぎると至るところで渋滞が見られます。排ガスによる大気汚染の観点からEUから何度も是正を促され、国としては初となる「公共交通機関の無償化」を導入しました。同国では自動車通勤の人が確定申告をすると、通勤距離に応じた金額が還付される制度があります。これを変更もしくは廃止して、その財源を公共交通機関の無償化に充当し、自動車利用の抑制につなげるという仕組みです。

 

ただ、ルクセンブルクの公共交通機関は本数が少なく移動が不便ということもあり、無償化後も渋滞が大きく緩和された様子は見受けられません。政府も今後はより利便性の高い交通サービスを提供していくことが必要と発言しています。

 

都市単位では欧州を中心に約100都市で同様のモビリティ施策が導入されていて、公共交通機関の全面無償化に踏み切ったフランスの都市ダンケルクやエストニアの首都タリンでは利用者数の増加など一定の効果が表れています。CO2削減策の1つになりうる可能性もあるといえるでしょう。

 

【詳しく読む】

国として初めて「公共交通機関」を無償化したルクセンブルク。国民が冷めているのはなぜ?

 

このように、限りある資源を未来の世代に残す活動は今年も活発に行われてきました。上記の取り組みはすべて欧米から生まれていますが、生活に密着したサステナビリティは日本でもさらに広がっていく可能性があります。そこで鍵を握るのは、イタリアの事例が示すように若い世代でしょう。新しい価値観をどんどん生み出す若者に2021年も注目です。

カンボジアで製造業の人材育成をサポート:コロナ禍を乗り越え、協力を継続【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、カンボジアの職業訓練校と連携し、技術者を育成する取り組みを追います。

 

カンボジアの急速な経済成長を支える人材の育成に向け、質の高い職業訓練が求められています。JICAは2015年から産業界のニーズに応えるため、より実践的で質の高い職業訓練に向けた協力で製造業の中核を担う技術者の育成を続けています。

 

コロナ禍でも協力は途切れることなく続き、全国の職業訓練校で活用できる、電気分野の訓練カリキュラムや必要な訓練機材などをマニュアル化した「標準訓練パッケージ」が完成。今年9月に政府承認を受けました。これにより、現場ニーズにより即した職業訓練が推進され、知識・技術を培ったカンボジア人技術者の活躍が期待されます。

↑職業訓練校で電気工事の実習をする学生ら

 

8月には専門家がカンボジアへ再赴任

「パイロット職業訓練校3校での開発機材を活用した実践的な訓練の経験を踏まえ、産業界とも協力し、ASEANの枠組みに準拠した標準訓練パッケージについて、今年3月、ドラフトがようやくまとまりました。4月からは労働職業訓練省内での作業が進められ、9月にプロジェクト活動後の目標であった政府承認までこぎつけました。当地関係者の努力の賜物です」

 

こう語るのは、このプロジェクトに厚生労働省から派遣されている山田航チーフアドバイザーです。3月下旬に新型コロナウイルス感染症の影響で一時帰国した後も、電子メールやSNSを活用して現地とのやりとりを継続。8月初旬には他の地域やプロジェクトに先駆けて首都プノンペンに再赴任し、いち早く現場での活動を再開しました。現地との対話を重視した連携が、今回の標準訓練パッケージの政府承認につながりました。

↑職業訓練校の指導員とオンライン会議も実施

 

工場のラインマネージャーといった中堅技術者に求められる知識・技術が習得可能なディプロマレベル(注)の標準訓練パッケージが国家承認を受けたのは、カンボジアでは初めてです。

(注)ディプロマレベル: 短大2年卒業相当の中堅技術者(テクニシャン)養成教育

 

存在感を増す職業訓練校——カリキュラムの“質”のばらつきが課題だった

カンボジアでは産業構造の多様化や高付加価値産業の創出に向け、自国での人材育成が重要課題となっているものの、製造業の生産ラインマネージャーといった技術者は現在、第三国の外国人でほぼ占められています。そのため、カンボジア人技術者の育成に向け、職業訓練校の存在感がいっそう高まっています。

 

しかし、従来の職業訓練カリキュラムはそれぞれの訓練校が独自に編成していたため、その質のばらつきが大きな課題でした。そこで、このプロジェクトでは現地の日系企業を含む産業界から広くヒアリングなどの調査を繰り返し行い、生産現場で必要とされる実践的な知識と技術を明確化してカリキュラムを作成。また、訓練機材を部品レベルからカンボジア国内で調達し、プロジェクト終了後も職業訓練校の指導員たちが自分たちで維持管理できる体制を整えました。

 

プロジェクトで電気技術分野を担当する松本祥孝専門家は、この作業を振り返り、次のようにこれからの展望を述べます。

 

「カンボジアでは、都市部および国境付近の工業地帯とその他の地方では人材ニーズが異なるため、画一的にパッケージを実践していくのではなく、地域の人材ニーズに即して多少アレンジすることも必要かもしれません。また、地方校への普及活動では、パイロット職業訓練校の指導員によるTOT(Training Of Trainers)が必要であり、パイロット校3校の先導的な役割が求められます。これらの活動を通じて職業訓練全体のボトムアップひいては中堅技術者不足の解消に繋がることを期待しています」

 

カンボジア産業界と訓練校を繋ぎ、互いの信頼関係を築く

職業訓練校の最大の目的は、カンボジア産業界が求める質の高い人材を輩出し、現場で活躍してもらうこと。そこでプロジェクトでは出口戦略の一環として、パイロット訓練校が主宰するジョブフェアや企業の現役技術者向け有料技術セミナーの企画・開催などを通し、産業界と職業訓練校がより密に関わる仕組みを構築し、連携を深めてきました。

 

「これまでも職業訓練校では個別に細々と産業界との繋がりはあったものの、自ら主宰するイベント等は実施経験もなく、訓練校同士の情報交換や共有の場もほとんどない状態でした。プロジェクト開始後、パイロット3校と産業界、関係省庁を繋ぎ、積極的に働きかけ、彼らが主体のイベントを仕掛ける活動をしていった結果、徐々に関係者の結びつきや関係性が醸成されつつあります」と業務調整や産業連携を担当する齋藤絹子専門家は語ります。

↑有料技術セミナー(写真左)とパイロット職業訓練校主催のジョブフェア(写真右)の様子

 

ASEANグローバルサプライチェーンの一角を担い、地域の成長と繁栄に寄与することを目指すカンボジアでは、教育・職業訓練による人材育成は政府の最重要課題の一つです。このプロジェクトの今後について、山田チーフは「カンボジアの人びとが、関係者と手を携えて、人づくりの仕組みを持続的に改善していくことができるよう、引き続き協力をしていきたいと思います」と抱負を述べました。

高専生のモノづくり力を途上国の課題解決と日本の地方創生に活用【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、高専生のモノづくりの力を活用して途上国の課題解決を図り、さらには地方創生も進めていく、そんな取り組みについて取り上げます。

 

2020年7月、JICAと長岡工業高等専門学校(長岡高専)は、「長岡モノづくりエコシステムとアフリカを繋ぐリバース・イノベーションによるアフリカと地方の課題解決」に関する覚書を締結しました。この「リバース・イノベーション」とは、先進国企業が新興・途上国に開発拠点を設け、途上国のニーズをもとに開発した製品を先進国市場に展開すること。先進国で開発された製品を途上国市場に流通させる従来のグローバリゼーションとは逆の流れになるのが特徴です。

 

長岡のモノづくりによるアフリカの課題解決と、アフリカのニーズをもとに開発した製品を先進国市場に逆転展開するリバース・イノベーションによって、日本国内の地方創生や社会課題解決を目指すという野心的で新たな試みが動き出しました。

↑2020年7月に長岡市で行われた調印式に参加した長岡高専の学生たち

 

長岡の技術力をアフリカの課題解決に活用する

「参加している学生たちは、関連諸国の取り組みやアフリカの社会背景を知るために文献を取り寄せて読み、専攻科目の垣根を越えて協力しながら、想像以上に高いレベルの試作品を作り上げています」とこの事業に参加する学生の様子を語るのは長岡高専の村上祐貴教授です。

 

長岡高専の学生たちは「循環型社会実現に向けた持続可能な食糧生産・供給システムのアイデア」や「モノづくりの力で新型コロナウイルスの感染拡大を防止するアイデア」などといったこの事業に託された課題についてチームで取り組み、解決策を検討。長岡技術科学大学が試作品の製作支援をしていくほか、長岡産業活性化協会NAZEも協力し、その製品化を目指します。

 

JICAは、この長岡高専での取り組みを皮切りに、次年度は参加校を増やし、3年後には全国の高専に展開されることを想定しています。

↑この事業の発表記者会見では、「長岡市のモノづくりの技術が世界に展開されることに期待しています」と磯田長岡市長(右端)が期待のコメントを寄せました

 

↑長岡市内での連携だけでなく、ケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学や現地企業とも連携して事業を進めます

 

始まりは全国の高専生が途上国の課題解決に挑んだ一大イベント

この事業が始まった背景には、高専生を対象としたJICAによる先行の取組みとなる「KOSEN Open Innovation Challenge」がありました。これは、高専生の技術とアイデアで、開発途上国の社会課題解決と国際協力の現場を教育の場として活用していくことを目的にしたコンテストです。第1回目(2019年4月開催)は、長岡、北九州、佐世保、宇部、都城、有明の6校の高専が参加しました。

 

なかでも長岡高専は、ケニアのスタートアップ企業のEcodudu社と連携して家畜の飼料を効率よく分別する装置の試作品を制作し、高専生はケニアで実証実験も行いました。試作品は現地で高い評価を受け、2019年8月に横浜で開催されたアフリカ開発会議(TICAD7)で報告された際、多くのメディアにも取り上げられました。

↑チームで開発した家畜飼料分別装置の実証実験をケニアの大学生たちと行う長岡高専の学生たち(2019年ケニアにて)

 

今年8月~9月には、第2回目のコンテストがオンラインで開催され、長岡、北九州、佐世保、徳山の4校の高専から、計20チーム・101名と第1回目を上回る数の高専生が参加しました。

 

「学生の関心度も参加意欲も高く、教員たちの想像をはるかに超える試作品が制作されています。今後、参加する高専が全国に広がることで『全国高等専門学校ロボットコンテスト』規模の一大イベントになっていくかもしれません」と、長岡高専の村上教授も今後の可能性について語ります。

↑「KOSEN Open Innovation Challenge」(第1回)の参加者と審査員たち

 

若い力による日本の地域創生にも期待

現在、JICAと長岡高専が進める「長岡モノづくりエコシステムとアフリカをつなぐリバース・イノベーションによるアフリカと地方の課題解決」では、アフリカの高専生や大学生の参画も計画されており、日本とアフリカの学生が柔軟な発想で日本の地方創生、課題解決に取り組みます。

 

「今回のリバース・イノベーションでは、第1回KOSEN Open Innovation Challengeで選ばれたケニアの技術を長岡の産業廃棄事業に生かす取り組みも進んでいます。学生たちはアフリカと日本の文化の違いなどを考慮しながら地元長岡を活性化すべく意欲を燃やしています」と長岡高専の村上教授は今後の抱負を述べます。

 

国際協力の枠組みで、日本の地方創生問題を日本とアフリカの学生が考え、解決策を探るというこの取り組みは、日本の高専生たちにとっても知見も広げる貴重な経験になっていくことが期待されています。

 

【JICA(独立行政法人国際協力機構)のHPはコチラ

「天空の鏡」といわれるボリビアのウユニ塩湖で、日本の知見を活かし持続的な観光開発を進める【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ボリビアを代表する観光地ウユニ塩湖で進む、日本の廃棄物管理の知見を活かした持続的な観光開発について取り上げます。

 

この活動に中心となって取り組むのは、JICAの課題別研修でコンポスト(堆肥化)と廃棄物管理を学んだ帰国研修員たちです。ボリビア各地に点在する彼らはグループ「ECO TOMODACHI」を結成し、現地の行政機関、民間企業やNPOなどと協力して、ごみの削減や衛生環境の改善などを図っています。

↑空と塩湖が一体となるボリビアの観光名所ウユニ塩湖

 

↑ボリビアの帰国研修員グループ「ECO TOMODACHI」のロゴマーク

 

現地の観光事業者とペットボトルごみの削減を目指す

ボリビア有数の観光地であるウユニ塩湖周辺は、標高3000メートルを超える高地にあり、ごみ処理能力に大きな課題を抱えています。ほとんどのごみは分別も熱処理もされないまま集積所に投棄されており、悪臭や土壌汚染を招くのはもちろんのこと、ビニール袋やペットボトルといった土中で分解されないプラスチックごみが周囲に散乱している状況です。

↑ラパス県観光地でのごみ拾いを実践するECO TOMODACHIのメンバー

 

そのようなウユニ塩湖周辺の環境改善に向けて、ECO TOMODACHIは現地で観光業を展開するキンバヤ・ツアーと協働し、ペットボトルごみの削減のために始めたのが、観光客へのタンブラー配布です。

 

ウユニ塩湖は標高が高く紫外線が強い場所なので、ツアー参加者にはペットボトル入りの水が渡されていました。タンブラーを無料配布し、ツアーバス内で飲料水の提供サービスを実施することで、ペットボトルを観光エリアに持ち込む必要がなくなり、ペットボトルごみの発生を抑えることができます。

 

キンバヤ・ツアーボリビア代表のロマイ・ウェンディ—さんは、2019年にECOTIOMODACHIメンバーから「観光地をよくする3R」研修を受けました。「ウユニ塩湖周辺の環境改善に向けてできることを模索したとき、ECO TOMODACHIに相談を持ちかけました。ラパス県観光ガイド協会やJICAも含めた意見交換会など重ねて、2019年に観光客が持ち込むペットボトルごみの削減という目標を設定し、タンブラーのプロジェクトを開始しました」と語ります。

 

タンブラー配布後の観光客の反応や使用状況などをみながら、改善を加え、5か月間のパイロット期間で1,080本相当のペットボトルごみを削減することができました。

↑配布したタンブラーを手に、セミナーでキンバヤ・ツアーの3Rを紹介するロマイ・ウェンディ—さん(写真左)とウユニで観光客に配布されたタンブラー(写真右)

 

キンバヤ・ツアーではこのウユニ塩湖の成功例をもとに、ボリビアのみならず、メキシコからチリに至るツアーにもタンブラー配布を導入していく予定です。コロナが収まり、観光事業が再開されれば、1年間で12,000本相当のペットボトルごみ削減を目標に掲げます。

 

ウユニ塩湖の衛生状況改善に向けて

ウユニ塩湖周辺の経済は、観光業を中心に成り立っています。しかし、下水処理施設が不十分なため、観光地でありながらトイレは慢性的に不足しており、このままでは観光客の増加が現地の生活環境の悪化につながりかねない状況です。持続的な観光開発のため、トイレ設備の改善は、喫緊の課題です。

 

「通常であれば、簡易トイレなどを設置し、タンクを定期的に最終処分場に運んで処理する方法が取られますが、この地域での実施は難しいです。そのため、トイレを設置した場所で、排泄物の最終処分までを行う方法を考えなければいけません」と語るのは、ECO TOMODACHIのヴィア・ホルヘさん(2010年JICA帰国研修員)です。

 

「富士山のトイレ問題を解決する日本企業の活動をインターネットの記事で読んだことをきっかけに、排泄物を悪臭なく固化できる携帯トイレ技術を使って、堆肥化を検討できないかと考えました。ウユニでは、観光業の次に重要な経済活動に、キヌア生産があります。トイレ問題の解決と同時に、キヌア生産も発展させられることができれば、極めて効率的な循環が実現できます」

 

そこで目を付けたのが、災害用・介護用の携帯トイレなどを開発販売する日本企業エクセルシアの開発した処理剤。無臭効果と排泄物を固める効果があり、使用の際の安心感を高め、排泄物の安全な取り出しを可能にします。「この技術を、ウユニの未来に活かしていきたい」とヴィアさんは語ります。

 

エクセルシアは、JICAが開催する中南米セミナーをきっかけにボリビアの現状を知り、この取り組みに大きな可能性を感じています。エクセルシアの足立寛一社長は「トイレ状況の改善は、生活の安全や質の向上に直接的に関わります。当社の技術が、世界的な観光地の持続的な発展に貢献できると考えています。先進的なエコ事業にしていきたいですね」と抱負を語ります。JICA事業としての展開を視野に入れ、ECO TOMODACHIとエクセルシアの協働作業が始まっています。

↑女性登山家サンヒネスさんに携帯トイレを渡してテスト使用の協力を依頼(写真左)。ECO TOMODACHIのセミナーで携帯トイレの使い方を紹介するエクセルシア足立社長(写真右)

 

多岐にわたるECO TOMODACHIプロジェクトの成果

ECO TOMODACHIは、ウユニ観光地域以外でも、JICAで学んだ日本のコンポスト(堆肥化)技術を活かしています。サカバ市(コチャバンバ県)、サマイパタ市(サンタクルス県)、ラパス市(ラパス県)では、高倉方式のコンポストを生産。2019年には、JICAと日系企業ER/Ikigaiとともに高倉式コンポストが学べるアプリ「COMPOCCHI」を開発し、ボリビアの廃棄物処理技術の発展を支えています。

 

JICAボリビア事務所の渡辺磨理子職員は、「ECO TOMODACHIのメンバーとして活動する帰国研修員たちは、ボリビア全国に点在していますが、SNSなどを通じて日常的に情報交換を行っています。日本で得た知見を持ち帰り、それぞれがそれぞれの場所でネットワークを広げています。こうした自発的なネットワークの輪に、民間企業や行政も含めていければ」と今後の活動に期待を込めます。

↑1年に1回程度、各地のECOTOMOメンバーが集まり、コンポスト技術を共有し意見交換の場を持っています

 

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南イタリアの風物詩を守れ! 若手農家が仕掛ける「サステナブルな農業革新」

南イタリアの美しい春を彩る風物詩のひとつにアーモンドの花があります。ユネスコの世界無形文化遺産に登録された「地中海の食事」でもアーモンドの実は重要な食材のひとつですが、その一方で地中海の風景に溶け込むアーモンドの木は絶滅の危機に瀕しているものも少なくありません。そこで、食文化としても重要なアーモンドの木と養子縁組し、将来もアーモンドを残していくというプロジェクトが立ち上がりました。

 

紀元前から南イタリアで愛されてきたアーモンド

↑このアーモンドの養子にならない?

 

アーモンドの起源は西アジアにあるといわれ、紀元前5世紀にギリシアからイタリア半島に伝わりました。高い栄養価が評価され、中世にはカール大帝がイタリア半島内でのアーモンドの栽培を促進したとも伝えられています。

 

2013年にユネスコの世界無形文化遺産となった地中海の食事でもアーモンドはその一翼を担い、イタリアの保健省は1日に5~20gのアーモンド摂取を推奨しています。南イタリアではアーモンドを使用した伝統的なお菓子も多く、アーモンドオイルやアーモンドミルクなどの商品もあちこちで販売されています。

 

また、キリスト教会内にある宗教絵画などにアーモンドが描かれていることもあり、イタリアでは生活に浸透している食材といって過言ではありません。

↑モンツァのドゥオモに残る16世紀のフレスコ画の結婚式シーン。アーモンドの糖衣菓子が描かれている

 

地中海地方に伝わるアーモンドの品種は750種にも及ぶといわれてきました。しかし、気候の変化やアーモンド栽培農家の減少などにより、そのうちの150種はすでに絶滅。残る600種についても絶滅の危機に瀕しているものが少なくなく、農業食料森林省も長年頭を抱えていました。

 

そもそもアーモンドの栽培は南イタリアの農家の副次的な収入源にとどまっていた時代が長く、1950年代からアーモンドの栽培は減少し続けていたのです。ところが近年、健康ブームからアーモンドの栄養価が見直され、アメリカをはじめとする先進国でアーモンドの需要が増加しました。それに伴い、イタリアでもアーモンドの栽培を見直す動きが活発化し、最近ではオーガニック栽培のアーモンドも市場に登場するようになりました。

 

若い農家たちの大胆な戦略

そんななか、近年イタリアでは農業に従事する若い世代が増えています。イタリア専業農家連盟の2020年1月の報告によると、過去5年間に農業ビジネスに従事し始めた35歳以下の若者は5万6000人にも及ぶとのこと。

 

特に古代から肥沃な穀倉地帯として知られるイタリア南部でこの増加が顕著で、シチリア島、プーリア州、カンパーニア州を中心に若手が先導する農業ビジネスが加速しています。製造業やサービス業など他の業種と比べると、農業に従事する35歳以下の割合は10%ほど多く、彼らが率いる農業収入は従来の農家よりも75%も多いことが明らかになりました。

 

若い世代の新しい農業ビジネスの利点は、農産物を生産し販売するという単純な作業だけにとどまらないということ。消費者への直売、有機栽培、ツーリズムとの提携、再生可能エネルギーの導入など、時代に即した戦略を大胆に用いている点に特徴があるといえます。ソーシャルメディアを使用したマーケティング力に長けている点も無視できません。アーモンドに注目したのもそんな若い世代だったのです。

↑南イタリアの春を彩るアーモンドの花

 

若手の農業従事者から生まれたアイデアのひとつが、地中海エリアにおいて歴史的にも文化的にも重要な位置づけであるアーモンドを将来に残すという試み。そのプロジェクトは「アーモンドの木と養子縁組を(Adotta un mandorlo)」と名付けられました。

 

アーモンドの木と養子縁組する方法や金額はさまざま。まず、樹齢の高いアーモンドを1年間養子にするには59ユーロ(約7300円)かかります。3年間ならば159ユーロ(約2万円)、5年間であれば289ユーロ(約3万6000円)となります。出資期間中には毎年、それぞれの木から収穫したアーモンド3キロを受け取ることができます。

 

また、新しく接ぎ木したアーモンドの木を養子にすることも可能。こちらの期間も1年間、3年間、5年間の三択で、費用はそれぞれ39ユーロ(約4900円)、119ユーロ(約1万5000円)、209ユーロ(約2万6000千円)です。樹齢が高いものと比べると、こちらのほう安価なのですが、接ぎ木の場合はすぐに実をつけないため1年間の養子縁組ではアーモンドを受け取ることができません。つまり、その1年間はこの養子縁組プロジェクトに賛同したというボランティア感覚になります。他方、3年間と5年間の養子縁組を選択すると、毎年1キロのアーモンドを受け取ることができます。

 

いずれの養子縁組の場合にも、その樹木には投資をした人の名前を記したプレートが設置され、GPSによって成長具合や開花、実をつける様子などを見ることができます。また、養子縁組のために支払われた資金はその樹木の手入れに使われるほか、バイオダイナミック農法の促進や土壌の質の向上、地質研究などに有益活用されるそうです。

 

この養子縁組プロジェクトには資源の有益活用やサステナブルな農法、木の成長過程を共有できるワクワク感などが盛り込まれています。アーモンドが有する歴史や食文化を存続し、収穫したアーモンドを毎年受け取ることができるなら、養子縁組の費用を出してみようというイタリア人も少なくないでしょう。地中海の食文化に重要な食材のひとつであるアーモンドの木は、これからも大切に守っていきたい南イタリアの財産。その存続と発展は若い世代に託されています。

 

動物愛をこじらせた人々の事件簿!池の水は何のために抜く?~注目の新書紹介~

書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。

 

池の水を抜くのはロマンがあるが……

みなさん、こんにちは。書評家をしています卯月鮎です。テレビ東京の人気番組「緊急SOS! 池の水ぜんぶ抜く大作戦」が始まったのは2017年1月。『日曜ビッグバラエティ』枠で不定期に放映され、その後月一のレギュラーとなりました。

 

私が最初にこの番組を見たとき、心のなかの川口浩探検隊が小躍りしたのを覚えています(笑)。一体どんなお宝が出てくるのか? 果たして池の主・巨大魚はいるのか? ネス湖のネッシーで育った世代としては、ついつい水の底に壮大なロマンを抱いてしまいます。

 

ただ、大規模に水を抜くことで、そこに棲んでいる生物に大きな影響が出ることは確か。のんびりと水中で暮らしていたのに、突如襲いかかる天変地異。人間で言ったら、「部屋の空気ぜんぶ抜く」みたいなものでしょうか。少し罪悪感がありますね。

今回の1冊は、『「池の水」抜くのは誰のため? 暴走する生き物愛』(新潮新書・刊)です。テレビ番組では外来種の駆除も強く打ち出されていますが、それは本当に在来種のためになるのでしょうか?

 

著者は朝日新聞の科学医療部の記者・小坪 遊さん。特に生き物の取材が好きで、2015年以降、環境省の記者クラブに3年弱所属していたそうです。今回が初めての単著となります。

 

本のタイトルは『「池の水」抜くのは誰のため?』ですが、他にも取材を通して目の当たりにした「知られざる生き物事件」の数々が各章で取り上げられています。「子どもたちのためにカブトムシを森に放したら炎上した」という冒頭のトピックは、人間と生物の歪んだ関係性が凝縮されているように感じました。

 

地元の子どもたちが喜ぶと思って、たたき売りされていたカブトムシを買って森に放し、SNSに書き込んだ千葉市議の炎上騒動。批判が集まった理由は長崎で売っていたカブトムシを千葉に放したから。遺伝子レベルで異なるカブトムシの可能性があり、地域の自然が壊れてしまう……日本国内であっても「外来種」の問題はあるのです。

 

池の水はもっと頻繁に抜くべき!?

本書のメインはやはり第3章「池の水は何度も抜こう」。番組への疑問点と意義がまとめられています。池の水を抜く「かいぼり」は本来、外来種駆除の手段というより冬に溜め池を干し、ひび割れや漏れがないか確かめる作業でいわば池のメンテナンスだとか。なので、一過性ではなく定期的に取り組んでいく必要があるのです。

 

また、「外来種は悪者」という見方も分かりやすいようで間違っていると著者はいいます。外来種は人間が持ち込んだもので、その生き物自体に善悪はありません。それに、たとえブラックバスを一気に駆除したとしても、今度はエサになっていたアメリカザリガニが急増するという事態もあるのです。テレビが取り上げるからと長期的な視点もなく、単に池の水を抜くのはあまりいいことではないんですね。

 

ほかにも、一部の悪質なブラックバス釣りマニアの放流行為、自分だけが良い写真を撮るため珍しい鳥の巣を取り去ってしまうカメラマンなどお騒がせ生物事件のトピックが盛りだくさん。生き物たちとの適切なソーシャルディスタンスを考えさせられる一冊です。

 

【書籍紹介】

「池の水」抜くのは誰のため?―暴走する生き物愛―

著者:小坪 遊
発行:新潮社

「池の外来種をやっつけろ」「カブトムシの森を再生する」「鳥のヒナを保護したい」――その善意は、悲劇の始まりかもしれない。人間の自分勝手な愛が暴走することで、より多くの生き物が死滅に追い込まれ、地域の生態系が脅かされる。さらに恐ろしいのは、悪質マニアや自称プロの暗躍だ。知られざる“生き物事件”の現場に出向いて徹底取材。人気テレビ番組や報道の盲点にも切り込む。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。

商品はすべてガチの1点モノ! SDGsと機能美が同居するモンドデザインの戦略

2015年、国連サミットで採択され、世界中で取り組まれているSDGs(持続可能な開発目標)。様々な目標が掲げられているなか、そのうちの目標12に「つくる責任 つかう責任」というものがあり、具体的なターゲットには11の項目があります。さらに、その中には廃棄物の削減や管理に対する取り組みが含まれています。

このSDGsから遡ること8年前の2007年。廃タイヤチューブを「管理」すべく、オシャレで頑丈なバッグに転じたブランドがすでにありました。それがモンドデザイン社が展開する「SEAL(シール)」。さらに、今年からは「特に日本に多い」という廃棄ビニール傘を再利用させるライン「PLASTICITY(プラスティシティ)」も立ち上げ、現在では同社の2大ブランドとなっています。

 

代表の堀池洋平さんは「SDGsは特に意識しているわけではなく、あくまでも『環境への貢献』が理念」とのことですが、ここでは同社の試みとその中身について迫ります。

↑モンドデザイン代表取締役の堀池洋平さん。大学卒業後、広告関連の仕事に就いた後、環境貢献に興味を持ち独立。2007年にSEALを立ち上げ、今年はアーティスト・齊藤明希氏との共同開発でPLASTICITYをスタートしました

 

廃タイヤチューブ、廃棄ビニール傘には共通する「素材の強み」があった

ーーモンドデザインではSEAL、PLASTICITYの2ブランドがありますが、両方とも廃材を再生させた商品展開ですね。

 

堀池洋平さん(以下、堀池) はい。「環境に貢献する」というのは弊社の根本にあるコンセプトで、これはずっと変わっていないです。2007年に販売をはじめたSEALは、廃タイヤチューブを再利用してバッグなどに転じたものです。廃タイヤチューブは、水に強く頑丈である一方、走行距離やサイズによってチューブの表面の質感が変わってくるんですよ。そういった素材個々に違う特性も活かして、再利用し製品化しています。

↑SEALの廃タイヤチューブから製品化までのフロー

 

↑再生工程を経て、廃タイヤチューブが様々なバッグに生まれ変わります。こちらは「SEAL スリムビジネスバッグ エクスパンダブル」2万8330円(税別)

 

堀池 こうした再利用フローは、廃棄ビニール傘を元にしたPLASTICITYも同じです。ビニール傘は雨をしのぐためのものですから水に強い。そして、よく見る透明のものもあれば、柄がついているもの、薄い着色があるものなどもあります。例えば1000本の廃棄ビニール傘を集めると、このうち600本が透明、200本が半透明、残りの200本がカラーという割合だったりします。こういった素材の違いも活かして製品化しています。

↑PLASTICITYの廃棄ビニール傘から製品化までのフロー

 

↑素材の質感を活かしながらオシャレに再生されたバッグ。「PLASTICITY トートバッグ ラージ」1万3000円(税別)

 

廃棄ビニール傘の再利用製品が、これまでになかった理由とは?

ーーいずれのブランドもどのようにして廃材を入手し、製品化されているのかが気になります。大変そうな先入観がありますが。

 

堀池 まず、廃タイヤチューブは、タイヤの履き替え時に廃棄されることとなり、日本国内では産業廃棄物としてある場所に集まります。そこで選別をして回収していました。今は海外から1~2か月に一度、何千枚かを素材として輸入しています。

↑日本国内の縫製技術が生かされた4ポケットのビジネスリュック。「SEAL モバイラーズバックパック」3万3990円(税別)

 

堀池 また、廃棄ビニール傘は主に駅や大きめの商業施設などで集めています。こういう場所では、意図的に捨てられるものもありますが、ほぼ「忘れ物」の傘です。しかし、忘れたビニール傘を取りにくる人はごく少数なため、一定期間保管された後、大半が廃棄されることになります。そういった廃棄される際のビニール傘を収集して素材にしています。

 

ーー想像では、廃タイヤチューブは洗浄と切り出しをすればすぐ素材になりそうです。しかし、廃棄ビニール傘は金属部品なども多く、素材にするのは結構な手間がかかりそうに思います。

 

堀池 そうですね。ビニール傘は、大きくわけてビニール、鉄、プラスチックの部品で成り立っています。「廃棄する」「リサイクルする」といった際は、すべて分解しないといけません。その手間とリサイクルに回した際に得られる費用が見合わなくて、だから皆さんが「やりたくてもできないもの」だったんです。

 

ーーそうなると、ビニール傘はどうやって処分されていくのですか?

 

堀池 埋め立てられたり、焼却に回されたりするという流れです。環境的には良くないことですが、再利用する際の費用が見合わないので敬遠される素材だったんですね。弊社でもずっと「ビニール傘を何かに使えないか」と思っていたんですけど、前述のような事情もあり、なかなか良いアイデアが浮かびませんでした。

しかし、ある時、齊藤明希さんというアーティストが「ビニール傘に手作業でアイロンをかけ、何枚か重ねて一枚にして販売する」という展示会をされていて、これがすごく面白かったのです。独特の質感に仕上がっているし、良いなと思いました。ただ、この時の齊藤さんは一点一点手作業でしたので、「量産させるためにはどうしたら良いか」という話をさせていただいて、そこで共同でPLASTICITYをはじめることにしたんです。

これまでに集めた廃棄ビニール傘は5000本くらい。廃棄ビニール傘を分解した後、齊藤さんが展示会で行っていたように4~6層に重ねてプレスして、それを縫製職人さんに出して、パターン通りに仕上げて製品化……というフローです。

↑まず廃棄ビニール傘を入手し、分解した後、綺麗に洗浄します

 

↑4~6枚重ねてプレス。強度を高めることに加え、メーカーごとに微妙に異なるビニールの厚みを均一にするための理由もあるそうです

 

↑プレスされたビニール。ここで独特の質感が生まれました

 

↑出来上がったビニール素材を職人さんに依頼。パターン通りの縫製へ

 

↑完成! 写真は「PLASTICITY サコッシュバッグ」8000円(税別)

 

↑これらのアナログ的な工程から2つと同じ表情がないのも特徴。こちらはしずく柄の廃棄ビニール傘の絵柄をそのまま活かしたもの。「PLASTICITY マルチショルダーケース」6700円(税別)

 

日本国内での縫製に限定。その合理的すぎる理由とは?

ーー縫製は全て日本国内で行っているのですか?

 

堀池 そうです。日本の職人さんに頼むとたしかに相応の費用がかかります。そのことで「じゃあ安い海外の工場にオーダーしよう」というブランドは多いと思いますが、実はこれ悪循環なんです。「職人さんが高い」となると、受注する仕事は限られてくる。すると、そのような仕事を好んではじめたがる若者は少なくなり、日本での後継者もいなくなります。新しくはじめようとする人がいなくなるので、自然と日本の職人さんの人数が減っていく、その分費用もどんどん上がっていくという。

しかし、たしかに海外に比べればコストがかかる日本の職人さんは、技術力は高い。特にこういった個々に微妙に異なる素材を使った縫製は海外では出せないんです。一つ一つ目で見て判断して裁断・縫製していかなければいけませんので。そういった際、意思疎通もしっかりとでき、技術力が高い日本の職人さんは本当にありがたくて。こういった理由から日本国内の職人さんに限ってご協力いただいています。

 

ーーしかし、「廃タイヤチューブ、廃棄ビニール傘を縫ってくれ」と言われたら職人さんも驚きそうな……。

 

堀池 たしかにご協力いただけるところを探すのは、廃タイヤチューブの裁断・縫製、廃棄ビニール傘の分解・プレス全てにおいて結構大変でした。しかし、ご理解くださったいくつかの業者さんとお付き合いさせていただくことで、これらのブランドが成り立つようになり、良い流れができるようになりました。本当にご協力いただいている皆さんのお力です。

↑モンドデザインの試みにリンクしたパラシュート素材メーカー・藤倉航装とのコラボバッグ。パラシュート生地のキルティング×廃タイヤチューブが見事にマッチ「SEAL キルティングトートバッグ」1万7000円(税別)

 

↑テレビ番組ネットワーク・ディスカバリー・チャンネルとのコラボバッグ。マッコウクジラをモチーフにしたボストン型で、約30リットルの収納力。「SEAL Discovery Channelコラボ/ボストンリュックWhale L」2万2660円(税別)

 

SDGsともまた違う、モンドデザインならではの環境へ貢献

ーーこれまでのお話を伺うと、まさに三方よしですね。環境に良い素材を使い、国内の職人さんたちの技術継承への貢献もあり、もちろんユーザーの方に対しても環境や社会問題への提示にもなるような。

 

堀池 そう言っていただけると嬉しいです。現状では、「リサイクルだから」「再生品だから」という理由でご購入されるよりも、素材やデザインの見た目にご興味いただきご購入される方が多いです。しかし、コミュニケーションの流れで「実はこのバッグ、廃棄ビニール傘で出来ているんだよ」などの話に繋がって、その人たちの記憶に残り、環境の意識へ繋がる流れができたらすごく嬉しいなと思います。

 

ーー近年、日本でも浸透されつつあるSDGsの目線で見ても理想的な流れのように思いますが、意識はされていますか?

 

堀池 SDGsという概念が広まりはじめたのが最近なので、実はそれほど意識はしていないです。あくまでも「環境に貢献する」という、弊社を始めた当初からの理念に従っているだけ。ですので、今後も弊社のやり方で展開していけたら良いなと思っています。

 

ーー最後に今後の展望をお聞かせください。

 

堀池 今はまだ途中段階ですので、今後も様々な形での廃材の再利用を今後数年かけてやろうと思っています。また、2年くらい前から海外、特にヨーロッパでの販売を増やしていたのですが、最近はちょっと控えめだったんです。これも徐々に再開させ、数年かけて海外の人にも弊社の理念を具現化した製品を、お届けしていきたいと思っています。

↑モンドデザインによる廃材の再生・製品化へのフローを分かりやすく解説していただきました

 

紳士的でクールな印象の堀池さんでしたが、その実、これだけのフローを経て、製品として再生させるためには相当なアツい思いがないと絶対にできないことのようにも思いました。モンドデザインの試みによって生まれたSEAL、PLASTICITYの2ブランド、これからさらに注目を浴びる予感がします。ぜひ注目してください!

 

撮影/我妻慶一

 

 

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衛星技術で途上国の生活を便利に――電子基準点の利活用を進め、インフラ整備の効率化や自動運転技術の向上を図る【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、衛星技術を活用した途上国の生活を便利にするための取り組みについて取り上げます。

 

最近よくニュースで耳にするドローンやトラクターなどの自動運転は、米国の「GPS」や日本の「みちびき」といった衛星からの電波を地上で受け取り、位置情報が得られることで可能となります。衛星の電波から精度の高い位置情報を得るためには「電子基準点」という地上に設置された観測装置が欠かせません。

 

この高精度な位置情報とデジタル地形図を活用することで、道路や上下水道などのインフラ整備をより迅速に、かつ効率的に行えるようになります。

 

人々の生活を豊かにし、都市開発を効率的に進めるため、JICAはミャンマーやタイなどで、電子基準点の整備や活用の促進に取り組んでいます。

↑ヤンゴン市内に設置された電子基準点

 

↑衛星データを活用した測量実習の様子(ミャンマー)

 

ミャンマー:電子基準点の設置から運営維持管理までサポート

ミャンマー最大の都市ヤンゴンにて、JICAが2017年から実施しているのがデジタル地形図や電子基準点の整備を目的とした「ヤンゴンマッピングプロジェクト」です。ミャンマーでは、これまで電子基準点が設置されていなかったため、まずヤンゴン市および周辺エリアに5点の電子基準点を整備しました。

 

この電子基準点から得られた高精度な測位データとデジタル地形図によって、今後ヤンゴン市で計画されている道路や上下水道などのインフラ整備をより迅速に、かつ効率的に行えるようになります。

↑ミャンマー最大都市・ヤンゴンのデジタル地形図

 

さらに、デジタル地形図と土地利用・統計データを活用することで、「現状の建物用途を地形図上で可視化し、将来の土地利用計画を検討する」「学校、病院などの社会インフラの配置を適切に計画する」といったことが期待されます。多様な情報が地図上で可視化され、政策決定が迅速に進められるようになるのです。

 

電子基準点の利活用に向け、設置した後の適切な運営維持管理や利活用の促進も重要です。JICAはミャンマー政府の職員を日本の国土地理院に招き、安定的な運営維持管理手法や予期せぬトラブルが発生した際の対処方法などの研修を実施しています。

↑国土地理院で研修を受けるミャンマー政府の職員ら

 

電子基準点から得られる高精度な位置情報を利用する際、位置座標の補正が重要となります。その補正が必要となる代表的な理由は地殻変動です。大陸は1年に数センチメートルほど移動しますが、地図の位置座標は過去のある時点のまま変更されません。年月の経過と共に現在の正しい位置と、過去の地形図上の位置とのずれが大きくなっていくことから、座標の補正・更新を行い続ける必要があります。

 

研修に参加したミャンマーの職員からは「電子基準点を維持・管理していくための解析方法を目の前で学ぶことができた。今後の業務に活かしていきたい」といった声があがっています。

 

タイ:トラクターや建設機械の自動運転技術の実証実験を進める

JICAは昨年、タイにおいて、日系企業とタイ政府機関・現地企業と協力し、トラクターや建設機械の自動運転のデモンストレーションを実施しました。

↑タイで実施されたトラクターの自動運転のデモンストレーション

 

タブレット端末などで専用のソフトウェアを操作し、電子基準点と衛星技術を活用することで、センチメートルレベルの精度でトラクターの走行経路を設定することができるという実証実験です。通常、衛星からの位置情報だけでは誤差が数メートルレベルとされていますが、電子基準点があることで誤差がセンチメートルレベルにまで向上するのです。

↑左:無人で走行するトラクター(株式会社クボタ)/右:デモンストレーション会場では、自動運転に関する説明も行われた(ヤンマーアグリ株式会社)

 

さらに、今年9月からは、タイ政府が新たに設置する国家データセンターの運営維持管理能力の強化など、電子基準点から得られる高精度な測位データのさらなる利活用促進に向けた取り組みを進めていきます。デジタルエコノミーの拡大や新規ビジネス・イノベーションの創出に寄与することが目的です。今後、複数の民間企業と協力して、衛星と電子基準点を活用したさまざまな分野でタイにおける社会実装を目指していきます。

 

JICAの電子基準点の利活用は、民間企業から熱視線

JICAが途上国で進める電子基準点の利活用は、民間企業からも高い関心を集めています。電子基準点を活用したビジネスを展開している総合商社の三井物産の担当者は、JICAの取り組みについて、次のように話します。

 

「電子基準点の活用によって、途上国でさまざまなビジネスの可能性が開かれる点に注目しています。JICAが電子基準点から得られる空間情報を活用したインフラ整備を進めているのは、産業創出を促進する面でも大変意義深い取り組みです。日本をはじめ先進国では農業、建設分野に限らず、鉱山、運輸等、多岐にわたる分野で、電子基準点を活用したビジネスが広がっています。JICAが途上国で電子基準点の利活用を進めることで、さらに日本の民間企業の知見が途上国の開発とビジネス展開に寄与していくことが期待されます」

 

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ベトナム初の地下鉄整備が進む:鉄道建設から会社運営、駅ナカ事業までサポート【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ベトナムで進む鉄道プロジェクトについて取り上げます。

 

ベトナムの最大都市ホーチミン市で、2021年末開業予定の都市鉄道の運転士講習が、この7月から始まっています。ホーチミン市都市鉄道は、巨大都市に成長したホーチミン市の渋滞緩和を目的としてJICAの協力により整備されており、2012年から建設工事が進んでいます。

 

現地では鉄道建設に加えて、運転士の採用や安全管理部門などの人材育成、組織管理や営業規約の策定など、鉄道運営会社の能力強化プロジェクトが実施されており、JICAはハードとソフトの両面で開業をサポートしています。

↑運転士講習開講式の様子。運転士候補生59名と関係機関の代表者などが参加しました

 

ホーチミン市初の鉄道運転士講習がスタート

「発展を続ける都市開発と人々の安全輸送に貢献できることを、私たち自身とても誇りに思っています」

 

運転士講習の開講式でそう語るのは、今回唯一の女性運転士候補生ファム ティー ツー タオさんです。今回、運転士候補生として選ばれたのは59名。募集にあたっては、学歴や身体条件のほか、道徳・規範意識の高さや、責任感、自律性の高さなども条件となっていて、いずれもクリアした人たちが集まりました。候補生たちは、今後約1年に及ぶ鉄道学校での授業を受け、その後、実技訓練や国家試験を経て、晴れて運転士として業務にあたることになります。

↑運転士講習開講式でスピーチに立つファム ティー ツー タオさん

 

ホーチミン市の様々な課題をクリアする都市交通システム整備

この都市鉄道整備の背景には、ホーチミン市の人口急増問題があります。ベトナム最大の都市として約900万人(2019年4月時点)が暮らすホーチミン市は、2009年からの10年間で約180万人の人口増加があり、道路整備とバス活用による都市交通整備はもはや限界に達しています。現在はバイクで移動する住民が多く、また今後は経済成長に比例して自動車利用が増加していくと考えられています。今回の都市鉄道整備事業は、慢性化した交通渋滞を回避し、大気汚染緩和、地域経済発展など、巨大都市ホーチミンが抱える多くの課題を解消するものとして期待を集めています。

 

現在、全部で8つの鉄道路線が計画されおり、今回JICAの協力によって建設が進んでいるのは、その中の「都市鉄道1号線」とよばれる、ベンタイン-スオイティエン間を結ぶ19.7kmの路線です。ホーチミン最大の繁華街である都心部2.5kmは地下を走り、郊外の17.2kmは高架で、最高時速は100kmを超えるという、ベトナムでは初めての地下鉄です。

↑1号線の路線計画図。ホーチミンの中心部から郊外を結ぶ都市鉄道です

 

↑建設中の駅間シールドトンネル部分。都心部の2.5kmはベトナム初の地下区間となります

 

この1号線は、ホーチミン都市整備の優先区間と位置づけられており、2021年12月の開業に向け、工事が進められています。開業に向けては建設工事とは別に、鉄道職員の育成や、安全認証の取得など、鉄道運営会社が果たすべき課題はたくさんあり、JICAは、運営会社であるホーチミン市都市鉄道運営会社の運営維持管理能力を高める協力も進めています。

 

鉄道運営会社の能力強化プロジェクトに携わっている東京メトロの谷坂隆博さんは、1号線の有用性について「都心部の1区、発展著しい2区・9区を結ぶ路線で、1号線が成功すれば洗練された交通手段として都市鉄道が市民に浸透します。今後整備される他路線含めた都市鉄道普及の契機としてふさわしい路線です」と語ります。

↑1号線最初の列車が10月に車両基地に到着しました

 

ハード・ソフト一体となった整備・運営・維持管理支援

今回のプロジェクトで注目されているのは、東京メトロを中心とした協力のもと、鉄道利用を促進するモビリティ・マネジメント活動や、駅ナカ事業の取り組みといった非鉄道事業の整備も合わせて行っている点です。

 

モビリティ・マネジメントとは、交通渋滞や環境課題、あるいは個人の健康問題に配慮して、過度に自動車に頼る状態から、公共交通や自転車などを『かしこく』使う方向へと自発的に転換することを促す取り組みのことで、一般の人々やさまざまな組織・地域を対象としています。途上国の都市交通開発では、このモビリティ・マネジメントに類する活動はまだほとんど例がなく、都市鉄道整備とセットで取り組んでいる協力は日本独自のスタイルといえます。

↑都市鉄道建設現場には、ベトナムのファム・ビン・ミン副首相(写真前列左から2人目)も視察におとずれました

 

また、駅ナカ事業については、コンビニなどの商業施設だけにとどまらず、行政機関や、保育園など、地域社会向けの公共サービスが提供されるなど、日本独自の発展をとげてきた分野です。このようなノウハウを提供することにより、駅を単なる交通機関としてとらえるのではなく、市民生活に密着した場所として活用することができるようになるのです。

 

東京メトロをはじめとした日本の技術と知見により、ハード建設とソフト運営が一体となった協力をすることで、日本式の都市鉄道運営が、ベトナムでも大きな成果を上げることと期待されます。

 

開業へと準備が進む都市鉄道について、JICA社会基盤部の柿本恭志職員は、「都市鉄道の安全・安心な運行には、決められたルールをしっかりと守ることに加えて、異常時に適切な判断をして即座に行動できるように普段から訓練しておくことが重要です。今後は運営会社の人材育成とともに1号線開業のための重要なプロセスである安全認証取得の協力にも力を入れていきたいと思います」と語ります。

 

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年間42億個の卵を消費するキユーピーの「卵の殻」の意外な有効活用、とその覚悟

資源の100%有効活用で「捨てない・活かす」を目指す~キユーピー株式会社

 

日本でいちばん卵(鶏卵)を消費している企業を知っていますか? 食卓に欠かせない調味料のひとつ「マヨネーズ」でお馴染みのキユーピー株式会社です。日本の年間消費量のおよそ1割にあたる約25万トン、約42億個を使っています。

 

卵には捨てるところがない

一般的には、卵の殻、いわゆる卵殻はそのままゴミとして廃棄されます。再利用するより、産廃費を払って処分した方が企業としては手間がかからず、製造効率が上がるからです。ところが同社には、“もったいない”という精神が根付いていて、卵殻に限らず、未利用資源の有効活用策について古くから研究され続けているのです。

 

創業初期からの主力商品であるマヨネーズには卵黄を使用します。事業が拡大していく中、食品メーカーとして、資源や環境という観点からまず考えなければいけなかったのが、卵殻の再利用だったそうです。キユーピーで卵殻の有効利用が本格的に始まったのは1956年のこと。卵殻を天日で干し、土壌改良材(肥料)として農家へ販売しました。

↑卵殻を加工した土壌改良材を施肥する様子

 

「現在では卵を100%有効活用しています」と話すのは、廃棄物の有効活用を研究している、研究開発本部・機能素材研究部の倉田幸治さんです。

 

「弊社はさまざまな卵加工品を生産していますが、卵黄はマヨネーズに、卵白は、菓子類やかまぼこなどの練り製品の原料になります。そして通常は破棄される卵殻と卵殻膜について、より付加価値の高い活用法が研究されてきました。例えば、卵殻は土壌改良材だけでなく、カルシウム強化食品にも利用されていますし、卵殻膜は化粧品の原料にもなっています」

↑卵殻を有効活用したカルシウム強化商品「元気な骨」
↑卵の有効活用例

 

近年は卵殻粉の肥料を水田に利用

さらに4年前からは、東京農業大学と共同研究が始まり、さまざまな試験デザインを経て卵殻の水田への利用についての研究結果がまとめられました。

 

「元々の土壌改良材は、土の中のpHを矯正する肥料として使われてきましたが、それだけでは価値が低い。そこで、さらなる可能性について研究を進めた結果、水田にまくことで卵殻カルシウムが稲に吸収されやすく、稲の生育状況がよくなることが証明されました。つまり、天候不順時でも収量が安定する効果が期待できるのです。昨年、学会で研究発表を行い、今年の4月には特許出願しました。本格的に始まるのはまだこれからですが、今年は長い梅雨と8月の猛暑という天候不順な年でしたので、試験にご協力いただいた農家さんは効果を実感できるのではないかと思います」(倉田さん)

↑研究開発本部・機能素材研究部の倉田幸治さん

 

製造工程で出る野菜の廃棄部分も有効活用

また卵と同様、実はキャベツも日本での消費量が1位の同社。キユーピーグループのキャベツ消費量は年間約3万4000トン、1日あたり約95トン、数にすると約6万5000玉にも及びます。このキャベツでも、積極的に有効活用の研究が進められています。

 

「カット野菜の製造工程で発生するキャベツの芯や外葉を、私たちは“野菜未利用部”と呼んでいます。実は商品に利用できるのは中心の柔らかい部分だけで、1玉のうち3割程度は野菜未利用部として廃棄されてきました。それを“もったいない”と感じる従業員が多く、これまで工場ごとに個別で再利用の検討もされてきましたが、2015年に野菜未利用部を有効活用するための部署『資源循環研究チーム』が研究開発本部内に結成されたのです。2017年には、未利用部の乳牛用飼料化に成功し、乳業用飼料は『ベジレージ®』という商品名で昨年から酪農家さんに販売しています」(倉田さん)

↑野菜未利用部の有効活用(例:キャベツ)

 

野菜なら、加工しなくてもそのまま家畜の餌として使えそうですが、そんな簡単な話ではなかったそうです。

 

「野菜は腐りやすいため、そのまま譲ったとしても本当に近所の農家さんに限られます。しかもすぐに使用しなければなりません。また、実はキャベツなどの葉物野菜には硝酸態窒素という成分が含まれていて、牛が大量に摂取すると体調を崩しやすいのです。そこで、安全性や嗜好性を検証するため東京農工大学と共同研究を行いました。乳酸発酵させることで、結果的に品質を安定させ、嗜好性を向上させることができるようになったのですが、乳酸発酵の研究はもちろん、飼料として与える量の基準値や保管や輸送に関する検討に多くの時間を費やしました。

↑研究の様子。加工する段階で硝酸態窒素を減らすことに成功

 

『ベジレージ®』を牛に食べさせると餌の摂取量が増え、搾乳量も多いという声を酪農家さんからいただいています」(倉田さん)

 

一見、成功事例としてこれで完結したように思えますが、課題はあるそうです。

 

「(飼料や肥料は)副産物のため、所詮ゴミだという意識を持たれる方も中にはいらっしゃいます。だからこそ、資源としての価値を多くの人たちにきちんと伝えていかなければいけないと感じています。また、現時点で野菜廃棄物ゼロを達成しているのは、一部の工場(キユーピーグループ・株式会社サラダクラブ 遠州工場など)だけです。すでに達成した工場をモデルケースとし、全工場で2021年までに30%以上、2030年までに90%以上を有効活用することを目指しています」(倉田さん)

 

SDGsにも通じる創始者の想い

このように同社では、環境面での重要課題として「資源の有効活用」に取り組んできました。これは、同社のサステナビリティに向けての重点課題の1つでもあります。そもそも同社のサステナビリティの考え方には、創始者である中島董一郎氏の「食を通じて社会に貢献したい」という想いが詰まっています。その想いは、社会貢献、CSR、サステナビリティなどと時代に合わせて呼び方こそ変わっていますが、その精神は変わらず受け継がれ、SDGsに通じるものでもあります。サステナビリティ推進部・環境チーム・チームリーダーの竹内直基さんはこう話してくれました。

 

「SDGsが国連で採択されるだいぶ前から、当社は環境、社会活動を行ってきました。環境活動としては1956年の卵殻の活用、社会活動では1960年のベルマーク活動が始まりで、その後もさまざまな取り組みを行ってきました。その根底にあるのが創始者の“食を通じて社会に貢献する”という想いです。“食を通じて”という部分では、オープンキッチン(工場見学)も他社に先駆けて行ってきました(※現在は新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため見学を中止しています)。製造工場を一般の方に開放するという考えは、当時あまりなく、社内でも賛否があったようです。また、2002年からは『マヨネーズ教室(出前授業)』という食育活動を始めました。食を通じた社会貢献からもう一歩踏み込んで、“食育”というステージに入ったわけです。

↑食の大切さと楽しさを伝えるマヨネーズ教室の様子

 

こうした活動を進める中、SDGsの登場は1つのターニングポイントになったと思います。CSRや社会貢献活動は、それに携わる一部の人たちだけの活動でした。しかしSDGsによって社内はもちろんのこと、世界中で通じる、わかりやすい共通言語になったと捉えています」

 

CSR部からサステナビリティ推進部へ

17の目標が明確に示されたことで、「地球全体の課題」や「それに取り組む必要性」がイメージしやすいのは確かです。同社にとってもSDGsの登場は、サステナビリティについて改めて考えを整理し、活動が加速するきっかけになったそうです。

 

「今年、CSR部からサステナビリティ推進部へと組織体制の変更とともに部署名が変わりました。その際、改めてサステナビリティについて整理し、企業として未来を創造していくことがまず必要だと改めて考えました。しかし、『持続可能性』ですから、ただ創造するだけでなく、当社の経済性とともに、社会の経済性も考えなければいけません。つまり、事業活動を通じて、環境と社会の課題解決を目指さなければいけないということです」(竹内さん)

↑サステナビリティ推進部 環境チーム チームリーダー・竹内直基さん

 

サステナビリティに向けての重要課題

このような考えのもと、同社は以下の「4つ+1」の重要課題を掲げています。

 

・健康寿命延伸への貢献

・子どもの心と体の健康支援

・資源の有効活用と持続可能な調達

・CO₂排出削減(気候変動への対応)

+ダイバーシティの推進

↑サステナビリティに向けての重要課題の特定

 

「健康寿命延伸への貢献」では、高齢になっても元気で過ごせる社会を持続可能にするために、サラダ(野菜)と卵の栄養機能で生活習慣病予防や高齢者の低栄養状態の改善を目指します。また、スポーツジムとの協働や大学との共同調査、“食”をテーマにした講演会の開催、機能性表示食品の製造・販売などを展開。「子どもの心と体の健康支援」では、食を通じて子どもの心と体の健康を支え、未来を応援するために、オープンキッチン(工場見学)、マヨネーズ教室(出前授業)、フードバンク活動の支援ほかを実施。「CO₂排出削減(気候変動への対応)」では、原料調達から商品の使用・廃棄まで、サプライチェーン全体を通じてCO₂排出削減を進めているそうです。

 

大切なのは子どもの心と体の支援

これら重点課題については、それぞれにSDGsとの紐づけが行われています。また紐づけをしていく過程で、同社がめざす姿を実現するために「キユーピーグループ2030ビジョン」という長期ビジョンを策定し、2030年にあるべき姿がまとめられました。

 

「そのなかの1つ、『子どもの心と体の健康支援』は本当に重要だと考えます。これからの社会を担っていくのは子どもたちです。彼、彼女らがきちんと育っていかなければ、持続可能な社会の実現はありえません。ですから、子どもたちの心と体をしっかり支援していきたいと考えています。貧困問題として、3つの側面に注目しています。1つ目は『経済的な貧困』、次に『関係性の貧困』、つまり核家族が増え、子どもたちはかかわりを持つ人が減ってきていること。最後は『体験の貧困』です。先に述べたオープンキッチンやマヨネーズ教室など、そうした機会を通じて、心を豊かに育んでいく取り組みを行っています」(竹内さん)

↑「キユーピーグループ2030ビジョン」より

 

「小学生はすでに学校で教わっていますが、一般の人たちには、SDGsがまだ浸透しきれていません。食品ロスのうちおよそ半分は一般家庭が占めています。また、世界にはまだ多くの貧困の地域がありますが、遠い世界の話で他人事だと言う人も多いと思います。こうした社会課題を一般の方たちにも知っていただく活動にも力をいれていかなければと感じています」と、社会課題の啓蒙活動も重要だと竹内さん。

 

「今後は、さらに社会課題、環境課題が複雑化していき、一企業だけでは解決できない問題が増えることが予想されます。だからこそ、さまざまなステークホルダーとの対話を通じてのパートナーシップが大事だと考えています。これからは、より社外とも連携して取り組んでいきたいと思います」(竹内さん)

 

丸ごと食べてプラ削減! 飲み物や食材の「包装」も食べられる時代に突入

ペットボトルや調味料の容器に使われるプラスチック量を削減するために、イギリスのスタートアップが「食べられる包装材」を開発しました。すでに同国ではいろいろな形で試用されており、プラスチックのごみ問題を解決する有力な手段として期待が高まっています。飲みものや調味料の包装にも使われるこのカプセル状の袋は、どうやってできているのでしょうか?

↑食べてみて!

 

ロンドンのNotpla社が開発したのが「Ooho」と名づけられた包装材。そのまま食べることができる一方、捨てた場合は4~6週間で自然に分解されるのが特徴です。

 

このOohoの原料となっているのは、フランス北部で養殖されている海藻。乾燥させた海藻を粉状にし、同社独自の方法で粘着性の液体に変化させ、これを乾燥させるとプラスチックに似た物質としてできあがるのだとか。そうすることで、なかにソース類などの調味料や飲み物を入れることができるのです。

↑びよ〜んと伸びる原材料

 

同社が使っている海藻は1日で最大1メートルも成長するうえ、養殖には肥料なども必要ないそう。原料が豊富にあることは、プラスチックに代わる材料として今後広まっていくために大きなアドバンテージとなることでしょう。

Notpla社はOohoの開発にイギリス政府から資金援助を受けており、これまでにもイギリス国内でOohoを使用する試みがいろいろ行われてきました。例えば、2019年に開催されたロンドン・マラソンでは、ランナーへ配布する飲料にこのOohoが使用され、3万個以上を配布。ランナーはカプセルごと口に入れれば水分を補給できて、廃棄する容器は一切出ません。普段なら、選手が捨てたペットボトルなどの容器が道に散乱しますが、ランナーに配布していたペットボトルを20万本も少なくすることができたそうです。

↑ロンドンマラソンで配られた飲料

 

さらに2020年には、サントリーの子会社であるルコゼード・ライビーナ・サントリーがNotplaと提携。ドリンクが入ったOohoの自動販売機を開発し、これをスポーツジムに設置して実証実験を行ったほか、さまざまなイベントでもOohoの利用を促進しているそうです。

 

Oohoを通してプラスチック使用量の削減に貢献するNotpla社では、2020年後半に生分解性の食品用容器を発表する予定。通常の段ボールなら3か月はかかるところ、新容器なら3~6週間で分解され、水と油にも強い素材でできているそうです。専門店などで調理された料理を持ち帰る中食産業などに活躍の場が広がりそうです。

 

新型コロナウイルスの影響でレストランのテイクアウトやオンラインショッピングの利用が増えるなか、使い捨て容器や包装材の需要が高まる一方で、プラスチック廃棄物も増えていることが報じられています。食べられる包装は、ごみ問題の救世主のひとつになっていくかもしれません。

 

【アフリカ現地リポート】withコロナで人々の生活はこう変わった――ガーナ、ルワンダ、コンゴ民主共和国

「ウイルスの感染拡大で自分たちの生活がこれほど変わってしまうとは……」

新型コロナウイルス(COVID-19)による緊急事態宣言からの外出自粛やマスク生活などを経験して、このように思った人は多いのではないでしょうか。現在も世界各国で感染を広げ続けている新型コロナウイルスは、日本だけでなく世界中の人々の生活を一変させています。

↑手洗い指導を受けるルワンダの小学生たち

 

たとえば、先進諸国と比べて報道される機会が少ない途上国。なかでも9月に入って感染者数が110万人を越えたアフリカ大陸では、どんな影響や生活の変化があるのでしょうか。コロナ禍以前から日本にあまり情報が入ってきていない分、想像できない面が多くあります。そこで今回は、ガーナ共和国、ルワンダ共和国、コンゴ民主共和国の3カ国で活動を行っているJICA(独立行政法人 国際協力機構)職員や現地ナショナルスタッフを取材。果たして現地の状況は? また人々の生活にどういう変化が起こっているのでしょうか。

 

【ガーナ共和国】コロナ対策への貢献で野口記念医学研究所が一躍有名に

 

↑ガーナの首都・アクラの風景

 

ガーナ共和国は大西洋に面した西アフリカの国で、面積は本州より少しだけ大きく、人口は2900万人弱。日本では「ガーナといえばチョコレート」を思い浮かべる人も多いでしょうが、実際、今でもカカオ豆は主要産品です。また、ダイヤモンドや金などの鉱物資源も豊富なうえ、近年は沖合の油田開発が始まり、経済成長も急速に進んでいます。

 

そんなガーナで初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは3月12日。その10日後に国境を封鎖し、さらに1週間後に大きな都市だけロックダウンするという迅速な対策が実施されました。ただし、日用品の買い物はOKで、不要不急の外出は禁止という程度の制限でした。ところが、結局3週間でロックダウンは解除。感染者が減ったからではなく、人々の生活が成り立たなくなってしまうという経済的な事情と、ロックダウン中に検査や治療の態勢がある程度、各地で整ったという背景があるようです。

 

その後も感染者は増え続け、6~7月は1日の確認数が千人を越えた日も。7月頭には累計2万人を越えました。それでもロックダウンはされることはなかったのですが、6月末をピークに現在はかなり減ってきています。この理由について、JICAガーナ事務所で日本人として現地に残っている小澤真紀次長は、「新規感染者が減っている理由はよくわかっておらず、私たちも研究結果を待っているところです」と言います。

 

コロナ以前にくらべ、人々の衛生意識に着実な変化が

JICA事務所で働くガーナ人スタッフに話を聞くと、「公共バスは混雑していてソーシャルディスタンスもとりづらい状況なので、自分は極力利用しないようにしています。街中を見ると、市場では売り手のほとんどがマスクを着用していますが、定期的に手を洗ったり、消毒剤を使用したりといった他の予防策はあまりとられていません」と、それほどコロナ対策が徹底されていないと感じているようです。

↑ガーナではもっとも安価な交通機関として人気の乗合バス「トロトロ」の車内。コロナ対策としてマスクの着用と席間を空けることが義務づけられている

 

一方、別のスタッフは、「多くのガーナ人は手洗いや消毒など衛生面の重要性を以前より意識するようになりました。天然ハーブを使って免疫力を高めようとしている人もいます。マスクについても、ほとんどの人が家を出るときにマスクを持っていますが、正しく着用している人は少ないです。呼吸がしづらいという理由で、アゴにかけたり、鼻を覆っていなかったりする人も多いです」と教えてくれました。日本と違ってやはりマスクに慣れている人が少ないことが窺えます。

 

生活面に関しては、「生活は日常に戻りつつありますが、ソーシャルディスタンスのルールを守っている人は少ないです。大きなスーパーマーケットやレストランではコロナ対策のルールをしっかりと守っていますが、小規模の店では徹底しきれていないと感じます。また、ほとんどの学校はオンライン教育を行なう手段を持っていないので、子供たちが学校に行けなくてストレスを感じています」と言います。そんななか、以前から行なわれていたJICAの取り組みが意外な形でコロナ対策に役立っています。

 

「JICAでは以前から現地の中小企業の製造プロセスにおける無駄をなくすため、カイゼン活動を紹介するなど、民間に対する協力をしていました。その中に布マスクを作っている縫製会社もあり、増産していただくことになったのです」(小澤さん)

 

ガーナ国内では、マスクの着用が義務付けられて以来、さまざまな業者や個人で仕立て屋を営む女性たちがマスクの製造を始め、街中でマスクを売る人も増えました。布マスクが100円しないぐらいで買える(紙マスクとあまり変わらない価格)ので、マスクの普及も一気に進んだそうです。小澤さんも「最近は服を仕立てるのと同じ布でマスクもセットで作ってくれたりします」と、コロナ禍でも新たな楽しみを見出していると言います。

↑アフリカならではのカラフルな色使いが特徴の布マスク

 

そして、コロナ禍でひと際クローズアップされるようになったのが日本の国際協力です。なぜなら、1979年に日本の協力で設立された「野口記念医学研究所(以降、野口研)」が、感染のピーク時には、ガーナ国内のPCR検査の8割程度を担ってきたからです。当研究所の貢献は毎日のように報道され、「今は知らない人が1人もいないぐらい有名になっています」(小澤さん)とのこと。ガーナでは「日本といえば野口研」というイメージになった模様です。もちろん「野口」というのは、黄熱病の研究中に自らも黄熱病に感染し、1928年にガーナで亡くなった野口英世博士のことです。

↑野口記念医学研究所のBSLラボでの検査の様子。PCR検査だけでなく、これまでも多くの研究成果をあげてきた

 

この野口研に対しては、以前からJICAが資金、人材、設備などさまざまな面で協力を続けています。コロナ前から長い時間をかけて積み上げてきた協力が、この災禍の中で大きな成果をあげているというのは、同じ日本人として誇らしいことですね。

 

【教えてくれた人】

JICAガーナ事務所・小澤真紀次長

大学時代に訪れた、南西アジアにおける村落開発に興味を覚え、2002年に旧国際協力事業団(現JICA)に入構。2017年に保健担当所員としてガーナ事務所に着任し、2018年秋より事業担当次長を務める。ガーナ駐在は2006年に続いて2度目。趣味のコーラスはガーナでも継続しているが、コロナ流行で中断中。代わりにパン焼きを始めた。山梨県出身。

 

【ルワンダ共和国】コロナ禍で若者や現地スタッフが大きな力に

 

次に紹介するのは、東アフリカの内陸国、ルワンダ共和国。面積は四国の1.4倍ほどで、人口は1230万人。アフリカでもっとも人口密度が高い国と言われています。1980~90年代には紛争や虐殺もありましたが、21世紀に入って近代化が進み、近年はIT産業の発展にも力を入れているそうです。

↑ルワンダの首都・キガリの街並み

 

「資源の少ない内陸の小国なので、教育を通じて人間力を高め、それを経済発展につなげていこうと考えているようです。そこは日本とも共通しますね」。こう話を切り出したのは、JICAルワンダ事務所の丸尾信所長です。

 

ルワンダで最初に新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは3月14日で、その1週間後には強力なロックダウンが施行されました。国境はもちろん、州を越えた移動も物流以外は制限され、市内でも食料など生活必需品の買い物以外は基本的に外出禁止。もちろん外出中はマスクの着用が必須。街角には警官が立ち、ルールを守らない人を取り締まりました。ルワンダでは政府の力が強く、早い段階で強硬なコロナ対策が徹底されたのです。そうしたロックダウンが2カ月近く続き、解除された後も夜間の外出禁止や学校の休校は続いています。また感染者が多い地域やクラスターが発生した街は、その都度、部分的なロックダウンが行なわれているようです。

↑ソーシャルディスタンスを取って店頭に並ぶ人々。多くの人がマスクを着用している

 

感染予防対策に関して、行政の指導によってかなり浸透してきましたが、アフリカならではの共通した課題もあります。それは、地方では家の中まで水道管がつながっていない家庭のほうが多いこと。井戸や共同水洗まで水を汲みに行って生活用水にしているので、日本のように頻繁に手を洗う習慣はありません。そのためコロナ対策として、街中のあちこちに簡易な手洗い器が設置されるようになりました。

↑街中ではこのような簡易手洗い施設が各所に設置されるように。手の洗い方を写真入りで示したガイドが貼られ、石けんも置かれている

 

実際の生活について、JICA事務所のルワンダ人スタッフにも聞いてみました。

 

「COVID-19によって在宅勤務をする人はかなり増えました。 私も必要に応じて在宅勤務とオフィス勤務を使い分けていますが、ネットの接続が途切れることが多いため、在宅勤務はあまり効率的ではありません」

 

日本の家庭では光ファイバーなどの有線回線も普及していますが、ルワンダをはじめとするアフリカ諸国では携帯電話の電波を使った接続が主流です。そのため、回線状態が安定せずに苦労することも多いのだとか。

 

一方、「バスの駐車場、市場や公共の場所などでは、ベストを着たボランティアの若者の姿をよく見ます。彼らは、市民がマスクを適切に着用することや、公共の場所に入る前に石鹸あるいは液体消毒剤で手を洗うように促しています」と話してくれたスタッフも。

 

丸尾さんの印象では、ルワンダ国民はお互いに助け合う意識が強く、それを若い世代もしっかりと受け継いでいるようです。

 

IT立国を目指すルワンダならではのユニークな対策

ルワンダならではの特徴的な対策として、ドローンをはじめとする最先端IT技術の活用が挙げられます。たとえば、ドローンに拡声器を取りつけて市中に飛ばし、COVID-19の予防措置について住民に呼びかける活動などが行われています。また、アメリカ発の「Zipline」というスタートアップが実施する飛行機型ドローンで血液や医薬品を輸送するという事業は、コロナ禍以前から続けられています。ルワンダでの運用経験を生かして、COVID-19検体の輸送にも利用するようになった国もあるそうです。「ルワンダでドローンが積極的に利用されるのは、この国の道路事情も関わっている」のだと丸尾さん。

 

「山がちな国土のうえ、地方では道路整備が進んでおらず未舗装路が多いんです。しかも、雨が降ると坂道に水が流れてさらに凸凹になり、走行に支障をきたします。しかしドローンを使うことで、自動車だと3時間ぐらいかかっていた場所でも10分ぐらいで血液を届けられるようになったという話を聞きました」

 

他にも、1分間に何百人も非接触で検温をしたり、医療従事者の患者との接触を減らすために入院患者に食事を配膳したりするロボットが空港や病院で使われるなど、試験的にではなく実用として先端技術が生かされています。そこにも日本の技術が数多く生かされているのです。

↑空港で実際に使用されているロボット。「AKAZUBA(ルワンダのローカル言語でSunshineの意味)」と名付けられている

 

現在は、万一新型コロナウイルスに感染し、重症化した場合を懸念して、各国に駐在するJICA日本人スタッフや専門家はほとんど帰国しています。にも関わらず、ルワンダでは以前から進行中のプロジェクトが中断されている事例はひとつもないそうです。

 

「たしかに日本人の専門家が現場に行って直接指示を出せないのは大きな障害ですが、以前からプロジェクトに携わってきた現地スタッフに、日本からリモートで連絡をとりながら事業を進めてもらうというやり方が、試行錯誤しながら成果を挙げてきています。経験があって能力も高い現地スタッフが多く、彼らの活躍によって思った以上にプロジェクトが継続できています」(丸尾さん)

 

これも、日本やJICAが長年にわたって地道に支援を続けてきた成果と言えるかもしれません。

 

【教えてくれた人】

JICAルワンダ事務所・丸尾 信所長

2009~2013年にルワンダの隣国タンザニアのJICA事務所に在任中、ルワンダ・タンザニア国境の橋梁と国境施設建設案件を担当。以来ルワンダ事業に関わる。ルワンダ政府の方針に寄り沿い、周辺国との連結性強化の取り組みも支援している。赤道近くながらも、標高1000mを超える高原地帯にあるルワンダの冷涼な気候がお気に入り。2019年2月より現職。

 

【コンゴ民主共和国】「感染症の宝庫」ならではのコロナ事情とは

 

「コンゴ」という名が付く国が2つあることは、日本ではあまり知られていません。今回紹介する「コンゴ民主共和国」は1997年に「ザイール」から改称した国で(以下、コンゴと省略)、その西側に隣接するのが「コンゴ共和国」です。コンゴ民主共和国は、日本のおよそ6倍、西ヨーロッパ全体に相当する面積を持ち、人口は約8400万人。アフリカ大陸ではアルジェリアに次いで2番目に大きな国です。鉱物資源が豊富で、耕作可能面積も広大なので非常に大きな開発ポテンシャルを持っていますが、その一方で、国内紛争が長く続いていて、マラリアやエボラ出血熱などの感染症死亡者も多く、アフリカにおける最貧国のひとつとも言われています。

↑コンゴ民主共和国の首都・キンシャサは、人口1300万人以上というアフリカ最大の都市

 

今回、JICAコンゴ民主共和国事務所の柴田和直所長に同国の詳しい情報を伺ったのですが、中には日本に住む我々には想像できないような話もありました。たとえば、コンゴには26の州がありますが、国土の西端近くにある首都キンシャサから自動車だけで行ける州は3つ。全国的な道路整備が進んでおらず、その他の州に行くには、飛行機に乗るか船で川を進んでいくしかないとのこと。

 

「だから国全体を統治することが難しく、東部で続いている紛争を止めるのも困難な状況です。資源国でありながら、経済発展がなかなか進まないんです」(柴田さん)と、広大な国土を持つコンゴならではの難しさを指摘します。

 

そんなコンゴのもうひとつの特徴は、新型コロナウイルス以前から感染症が非常に多いことです。エボラ出血熱の発祥地でもあり、これまで10回にわたるエボラの封じ込めを行ってきました。感染症関連の死因でもっとも多いのはマラリアで、今年もすでに8千人以上(※見込み値)が亡くなっています。その他にもコレラ、黄熱病、麻疹(はしか)などでも死者が出ており、中には、日本では予防接種をすれば問題ないとされる、はしかで亡くなる子どもも。

 

コンゴで新型コロナウイルスの感染者が初めて確認されたのは3月10日で、2日後には国の対応組織が作られました。そして3月21日に国境が封鎖され、飛行機は国際線も国内線も運行停止に。3月26日には、首都キンシャサの中心部、政治・経済の中枢となっているゴンベ地区がロックダウンされ、他の国と同様のさまざまな制限が設けられました。こうした迅速な対応ができたのは、国として感染症の恐さもよくわかっていて、なおかつ専門家も多いからと言えます。一方で、「首都でこれだけ厳しい対策がしかれ、大きな影響が出ているのは、私の知るかぎりは初めて」(柴田さん)という言葉から、新型コロナウイルスの脅威の大きさが窺えます。

↑コロナ禍以前のキンシャサの市場。今は混雑もかなり緩和されているが、ソーシャルディスタンスを確保するのは難しいそうだ

 

JICA事務所のコンゴ人スタッフも「移動の制限が生活をとても困難にしています。それが商品不足の不安を引き起こして買いだめにもつながり、物価が高騰して国民の生活を非常に苦しくしています」と厳しい現状を伝えてくれました。

 

現在はロックダウンを解除しているコンゴ。小規模な小売店をはじめ、その日その日の収入で生活している人が多いため、外出禁止にすると食べ物を得る糧を失ってしまう人が多く、外国人や富裕層が多いゴンベ地区以外は制限を緩めて経済活動を継続せざるをえないという事情があるからです。他の感染症に比べて死亡率が低く、感染しても無症状で終わることが多い新型コロナウイルスで、これほどの経済的苦難を強いられるのは納得がいかないなどの理由から、コロナの存在自体を否定するフェイクニュースが出たりすることもあるようです。

 

日本の貢献が光る、コンゴでのコロナ対策

そんなコンゴでも、コロナ禍で日本の存在感が大きくなっています。ガーナでの野口記念医学研究所と同様の役割を持つ「国立生物医学研究所(INRB)」は日本が継続的に協力している機関で、コンゴではPCR検査の9割以上をINRBがまかなっています。また、日本が設立した看護師、助産師、歯科技工士などの人材を育成する学校「INPESS」は、国のコロナ対策委員会の本部や会議室として使用されています。

↑日本が建設したINRBの新施設

 

コンゴ医学界の要人との絆もより強固になっています。70年代にエボラウイルスを発見したチームの一員で、2019年に第3回野口英世アフリカ賞を受賞したジャン=ジャック・ムエンベ・タムフム博士は、INRBの所長を務め、JICAとの関係も深い人物。国民の信頼も厚く、現在はコロナ対策の専門家委員会の委員長も務めていて、日々国民の感染対策への意識を啓発しています。

↑ムエンベ博士(中央)と柴田所長(左)。右の女性は、JICAを通じて北海道大学へ留学した経験があるINRBスタッフ

 

「私たちが一緒に働いているコンゴの人たちは本当に真面目で、この国を良くしたいと毎日頑張っています。陽気で楽しい人たちでもあります。今回はお伝えできなかったですが、とても豊かで魅力的な文化や自然もあります」と柴田さん。最後にコンゴへの思いを熱く語ってくれました。

 

コンゴに限らず、アフリカの人たちはとても芯が強く、苦しい生活の中でも明るさを失っていないと、小澤さんも丸尾さんも柴田さんも口を揃えています。コロナ禍にあっても決して折れない心。それは日本の我々にとっても大きな希望となるように感じました。

 

【教えてくれた人】

JICAコンゴ民主共和国事務所・柴田和直所長

1994年よりJICA勤務。2018年3月より2度目のコンゴ駐在。過去2か国で4回のエボラ流行対策支援に関わり、コロナ対策支援も現地で奮闘中。趣味は旅行、音楽鑑賞・演奏などで、コロナ流行前は、コンゴ音楽のライブやキンシャサの観光名所巡りを楽しんでいた。

Facebook: facebook.com/jicardc

Twitter:twitter.com/jicardc

YouTube:youtube.com/channel/UCSEj0HR2W0x8yDjkEFHT6dg

 

【関連リンク】

JICA(独立行政法人 国際協力機構)のHPはコチラ

 

【世界手洗いの日】日本発の「正しい手洗い漫画」が世界へ――途上国での感染症予防に新たなアプローチ、その制作背景に迫る!

毎年10月15日は「世界手洗いの日」。不衛生な環境や水道設備の不足により感染症にかかるリスクの高い途上国の子どもたちにも、予防のための「正しい手洗い」を普及したいと、2008年にUNICEF(国際連合児童基金)などによって定められました。

 

石鹸を使った正しい手洗いは、感染症から身を守る、最もシンプルな“ワクチン”ともいわれています。特に今年は新型コロナウイルス感染症の収束が見通せない状況のなか、「手洗い」への関心が世界的に高まっています。

 

この機会に途上国の子どもたちに広く手洗いについて知ってもらおうと、漫画を使った取り組みが行われています。これはJICA(独立行政法人国際協力機構)が世界手洗いの日にあわせて実施する「健康と命のための手洗い運動」キャンペーンの一環で、漫画は翻訳され、世界各国の関連施設や現地の小学校へ配布されるほか、漫画を動画化してテレビCMやYouTubeで配信するなど多角的に展開されます。

この「手洗い漫画」を描いたのは、国際協力やジェンダー問題などをテーマに取材漫画家として活動する井上きみどりさん。制作過程では、途上国特有の手洗い事情への配慮はもちろん、技術的な側面でも新しい発見が多かったとか。そうした裏話を含め、井上さんに制作の背景や国際協力に対する想いなどをうかがいました!

<この方に聞きました>

井上 きみどり(いのうえ きみどり)

仙台在住の取材漫画家。与えられたテーマで描くより、自身が本当に描きたい「震災」「ジェンダー問題」「国際協力」等に注力したいという思いから取材漫画家として活動をスタート。2020年4月には「「コロナを『災害』として見る場合の災害時に子どものメンタルを守るために気をつけたいこと」と題した漫画を自身のSNS上で発表し、JICAの協力で33言語に翻訳され世界中で話題となる。仙台での震災の経験から、【震災10年】の作品制作活動にも取り組んでいる。「自由な場で自由に描く」が方針。

https://kimidori-inoue.com/bookcafe/

 

きっかけはコロナ下で大きな話題となった子どものメンタルケア漫画

――今回の手洗い漫画は世界展開を前提にしたものですが、井上さんが4月に発表された漫画「【コロナを『災害』として見る場合の】災害時に子どものメンタルを守るために気をつけたいこと」も、翻訳されて世界的な広がりを見せるなど話題になっていましたよね。

↑井上さんが自身のブログに掲載した日本語版(左)。タイ語版(右)に翻訳された後、33言語に翻訳され世界的に広がった

 

井上きみどりさん(以下、井上):あの漫画は当初、個人的に自分のブログにアップしただけだったのですが、以前に別のプロジェクトでお世話になったJICAタイ事務所の職員の方が見つけてくれて、「タイ語版にさせてほしい!」と連絡をくださったんです。その後はもう、私の手を離れ、漫画がひとり歩きしていった感じでした。そういった縁もあって、今回JICAさんからお声がけいただいたのだと思います。

 

――そのほか、アフガニスタンの女性警察官支援に関する漫画など、国際協力をテーマにした作品も多く描かれています。こうした分野にはもともと興味があったのでしょうか?

 

井上:以前は出版社の商業誌で育児漫画を描いていたのですが、その頃から国際協力に興味があったんです。「育児」というのは編集長から与えられたテーマでしたが、次第にジェンダー問題や途上国の事情について自分自身で取材して描いてみたいという気持ちが大きくなりました。でも、どうアクションしたらよいかわからず……。

それでグローバルフェスタJAPAN(※)の会場に押しかけたんです、「私に描かせてください!」って。ザンビアのHIV予防プロジェクトに自費で同行取材したことも。押しかけ女房状態ですよ(笑)。

 

※国際協力にかかわる政府機関、NGO、企業などが一同に集まり、世界のことをもっと知ってもらうことを目的とした展示やステージを行うイベント。毎年、「国際協力の日」の10月6日前後の週末に行われている

 

――熱意がすごい! それがいつの間にか、JICAさんのほうから今回のような企画依頼がくるようになったんですね。

 

井上:本当にうれしく思っています。

 

日本とは異なる手洗い事情――途上国に向けて描くなかで得られた気づき

――制作にあたって苦労された点などはありますか?

 

井上:これまでは、例えば途上国での取り組みを日本の読者に紹介するなど、当事者の話を当事者ではない方に向けて描くことが多かったのですが、今回は届ける先が途上国の方自身だったので、そこはまた違った難しさもありました。

あとは、漫画は「会話劇」なので、伝えるべきことをどう会話に落とし込んでいくかは毎回山場になりますね。今回は「手洗い」とはっきりシーンが絞られていましたが、それでもいただいた資料や自分が蓄積してきた情報を会話と絵にしてラフを作るまでに1週間ほど温めました。

 

――途上国では、水道などの設備や手洗いに対する意識なども日本と異なると思います。その違いに配慮して、描くうえで意識されたことはありますか?

 

井上:まずは“正しい”手洗いの仕方を正確に描くことでしょうか。ウイルスやバイキンを落とすには、水でしっかり洗い流すことが重要なのですが、途上国では水道設備のない地域もあり、桶に水を溜めてすすいだりするそうです。でもそれだと、溜まった水が汚染されるので感染症対策にはならないと。ですから、少ない水でもきちんと洗い流すことができる「Tippy-Tap」などの方法や簡易な手洗い装置を紹介するコマを作りました。

↑漫画内では、少ない水でもきちんとバイキンやウイルスを洗い流せる手洗い方法も紹介

 

井上:JICA地球環境部のご担当者とやりとりをするなかでは、手洗いのシーンには「石鹸」というワードを必ず入れ込んでほしいともいわれましたね。いわれてみればなるほどですが、石鹸がない環境で育っていると、石鹸を使わずに水洗いだけで済ませてしまうことが習慣になっている子どもたちもいるんです。また、洗ったあとは「乾かす」ことも大事だと。清潔な手拭きタオルがない環境では、自然乾燥でもよいとうかがい、パッパと手をはらって乾かす絵柄を入れました。

それから、日本ですと「家に帰ってきたら」「食事をする前に」手を洗う習慣がありますが、途上国の場合は事情が違う。「家畜の世話をした後に」や「ゴミを触った後に」にという表現を加えるようにアドバイスしていただき、なるほどなぁと感じました。

↑手を洗うタイミングについても、途上国の生活スタイルを考慮したシーンを取り入れている

 

井上:水道から水が流れるシーンには、「ジャー」という擬音語の描き文字を何気なく入れていたのですが、「途上国では水道の蛇口があっても、ジャーというほどの水量が流れないことがありますし、水が足りなくて節約しながら大事に使っている人もいます」とアドバイスいただきました。指摘されるまではその不自然さに気がつきませんでしたね。

↑最初の下書き段階では、水が流れる「ジャー」という擬音語が入っている(左)。完成版ではその擬音語が外され、タオルを使わず手を乾かす描写も描かれている(右)

 

翻訳や動画などの二次展開は、巣立つ子どもを見送る母のきもち

――今回の漫画は翻訳されることを前提に描かれたと思うのですが、その点で意識されたことはありますか?

 

井上:いつもは日本語ですから右→左にコマが流れるように描きますが、今回は横書きの言語にも対応できるようにと、左→右に描くことになりました。吹き出しも、横文字が入りやすいように横長にしています。

↑井上さんの制作風景。吹き出し内のテキストや、描き文字は翻訳用に外せるようレイヤー分けされている

 

――この漫画は、動画化も予定されているそうですね。こうした展開・拡散についてはどう思われますか?

 

井上:もうどんどんやってください! という気持ちです(笑)。心のケア漫画のときもそうでしたが、私の手を離れて、後は皆さんの手によって新しく展開されていくことは、とてもうれしいです。動画化は初めてですし、漫画が動いたり、音がついていったり変化するのは楽しみ。後は巣立つ子どもを見送る母親の気持ちです。

↑モルディブの小学校で「心のケア漫画」が授業で使われている様子。今回の「手洗い漫画」も 小学校での利用のほか、ボリビアのコチャバンバ市ではCMで配信される予定(写真提供/JICA)

 

「手洗い」って、「教育」だったんだ! 日本の子どもたちにも読んでもらいたい

――手洗い漫画を描いてみて、「手洗い」に対する考え方に変化はありましたか?

 

井上:ありましたね! 手を洗うことは自然に身に着くものではなく、「教育」なんだ、と気が付いたのです。日本だと、家庭や学校で子どもに手の洗い方を教えてくれますから、自然と習慣化されている。でも、それは当たり前のことではないんですね。

以前、ベトナム取材に行った際に、「ベトナムでは多くの人が俯瞰地図を読めない」というお話をうかがって、とても驚いたんです。タクシーに乗った際、ドライバーに地図を指し示して「ココに行って」と場所を伝えても、確かに理解してもらえませんでした。地図の読み方を、日本だと小学校で教えますが、そうではない国もあるのだと知りました。私にとって、それが大きな発見だったんです。「手洗い」も同じ。今回は途上国向けの手洗いの方法を、途上国の子どもたちに向けて描いていますが、日本の子どもたちにこの漫画を読んでもらっても意味深いと思うのです。「日本とは手を洗う環境が違うんだ!」って。それもまた大きな学びですよね。

 

漫画の利点を生かして「声を上げられない方の声」を届けたい

――社会課題を漫画で伝えることのメリットは何でしょうか?

 

井上:私が初めて「漫画家になってよかった!」と思えたのは、女性の医療問題を取材して単行本を2冊出したときでした。声を上げることができなかった女性たちの声を、漫画で伝えることができた、ということがうれしく、やりがいを感じた瞬間でした。ようやく「人の役に立つものが描けた」と。漫画だと、人の感情や声にならない声を、顔の表情などの非言語でも伝えることができるんですよね。

また、「恐怖」もデフォルメして伝えられると思うんです。途上国の事情も写真や映像だと、つらすぎる場合がある。私は仙台に住んでいますが、震災時のニュース映像などはリアルすぎて恐怖を感じる方も多いと思います。そういうときに、漫画というツールが、緩和してくれるといいますか。漫画を媒介にすることで届けやすくなるのかもしれませんね。

 

――取材漫画家として、今度取り組みたいテーマはありますか?

 

井上:社会課題を漫画にすることは今後も続けていきたいです。また、2011 年の東日本大震災で被災した仙台や福島の「震災の10年」をまとめたいと考えています。石巻の防災教育施設からのご依頼で、子どもの視点で震災漫画を描く試みもしています。東北では今、震災を知らない子どもたちも増えきているので、震災当時には子どもだった方々に取材をさせていただき、企画を温めています。

 

――最後に、改めてこの漫画に込めたメッセージをいただけますか?

 

井上:今はコロナ対策として手洗いがフューチャーされていますが、「世界手洗いの日」はコロナ以外の感染症にも取り組んできた日です。衛生管理は、健康の基本中の基本で、それで防げることはかなりある。下痢等の感染症で亡くなる子どもの死亡率も、手洗いで減らしていけるとうかがったことがあります。読んだ人全員が手洗いを励行はできないかもしれませんが、10人のうち1人でも2人でも頭の中に入れてくれたらな、と。その子どもたちが大人になったときに、今度は自分の子どもに手洗いの大切さを伝えていく、そうやって繋げていっていただけたらと願っています。

 

<JICA 健康と命のための手洗い運動プラットフォームとは>

民間企業、業界団体、市民社会、大学、省庁、海外協力隊などの団体又は個人の方に協力の輪を広げ、情報や経験の共有、衛生啓発イベントの開催、共同活動の企画などを通じて、様々な連携事例、アイデア、ナレッジ、ツール等を生み出し、開発途上国の感染症予防、健康の増進、公衆衛生の向上に貢献することを目指します。

https://www.jica.go.jp/activities/issues/water/handwashing/index.html

「コロナ危機を転機に変える!」 途上国でオンライン学習の普及に取り組む日本企業の思いとは!?

「子どもたちの学びを止めてはならない」——新型コロナウイルスの影響を受け、世界中で休校が相次ぐなか、オンラインを介したデジタル教材の活用が注目を集めています。そんな中、日本の教育会社も国内外で学習支援を進めていますが、実は新型コロナの感染拡大以前から、国外でのデジタル教材の普及に取り組んでいる日本企業があります。

 

それがワンダーラボ社とすららネット社。JICA(独立行政法人 国際協力機構)の民間連携事業「中小企業・SDGsビジネス支援事業」として、途上国の学校に“デジタル教材”という新しい学びの機会を提供しています。コロナ禍の現在、アプリなどによるオンライン学習をはじめ、子どもたちの新たな学習形態や環境などが世界中で試行錯誤されるなか、いち早く開発途上国におけるデジタル教材の活用に取り組んだ両社から、将来あるべき「新しい学び」の可能性と、子どもたちに対する熱い思いを探りました。

↑インドネシアにおける、すららネット社のデジタル教材「Surala Ninja!」での授業風景

 

ワクワクする教材を世界中の子どもたちに普及させたい:ワンダーラボ社のデジタル教材「シンクシンク

↑授業で「シンクシンク」アプリを使うカンボジアの小学生

 

ワンダーラボ社は、算数を学べるデジタル教材「シンクシンク」の小学校への導入をカンボジアで進めています。開発途上国の抱える問題を、日本の中小企業の優れた技術やノウハウを用いて解決しようとする取り組みで、3ヵ月で児童約750人の偏差値が平均6ポイント上がったと言います。「シンクシンク」の特徴をワンダーラボ社の代表・川島慶さんは次のように語ってくれました。

↑「シンクシンク」のプレイ画面

 

 

「『シンクシンク』は、図形やパズル、迷路など、子どもたちがまずやってみたい! と思える楽しいミニゲーム形式のアプリです。文章を極力省いて、『これってどういう問題なんだろう?』と考える力を自然と引き出す設計で、学習意欲と思考力を刺激するつくりになっています。外部調査の結果、『シンクシンク』を使っていた子どもたちは、児童の性別や親の年収・学歴など、複数の要因に左右されることなく、あらゆる層で学力が上がっていたことが確認できました。これは、私たちの教材の利点を証明する何よりのデータだと思っています」

↑夢中で問題を解く様子が表情から伝わってくる

 

川島さんが「シンクシンク」を作ったきっかけは、2011年までさかのぼります。当時、学習塾で主に幼稚園児・小学生を教えながら、教材制作も手がけていた川島さん。子どもたちと接するなかで注目したのは、教材に取り組む以前に、学ぶ意欲を持てない子どもがたくさんいるということでした。子どもが何しろ「やってみたい!」と意欲を持てる教材を、と考えて作ったのが、「シンクシンク」の前身となる、紙版の問題集でした。

 

「それを、国内の児童養護施設の子どもたちや、個人的な繋がりでよく訪れていたフィリピンやカンボジアの子どもたちに解いてもらったんです。そこで目を輝かせながら楽しんでくれている姿を見て、『これは世界中に届けられるかもしれない』と感じました。ただ、紙教材は、国によっては現場での印刷が容易ではありませんし、先生や保護者による丸つけなども必要です。

 

そこで注目したのが、アプリ教材という形式でした。タブレット端末は当時まだあまり普及していませんでしたが、必ずコモディティ化し、長期的には公立小学校などにも普及すると考えました。また、アプリならわくわくするような問題の提示にも適していますし、専任の先生や保護者がいなくても、子どもひとりで楽しみながら学べます」

 

その後、タブレットやスマートフォンは世界に浸透し、現在「シンクシンク」は150ヵ国、延べ100万ユーザーに利用されるアプリとなっています。

↑ワンダーラボ社のスタッフと現地の子どもたち

 

ワンダーラボ社は、休校が相次いだ2020年3月には国内外で「シンクシンク」の全コンテンツを無料で開放。この取り組みは新聞やテレビなどのメディアでも数多く取り上げられるなど、話題となりました。アプリの無償提供には、どのような思いがあったのでしょうか。

 

「新型コロナの流行がなければ、各地で私たちの教材を知ってもらうイベントを開催する予定でした。それを軒並み中止にせざるを得なくなる中で、自分たちは何ができるだろうと。お子さまをどこにも預けられず大変な思いをしているご家庭に、少しでも有意義なコンテンツを提供できればいいな、と思ってのことでした」

 

「アプリは所詮”遊び”」の声をどう覆していくか

ただ、いくらデジタル化が進む世の中とはいえ、「アプリ」という教材の形式が浸透するには、まだまだ壁もあるようです。

 

「特に途上国においては、ゲームアプリが盛んなこともあり、『アプリは遊びだ』という認識が根強くあります。ただ、カンボジアでも3月の途中から小学校をすべて休校することになり、教育省が映像での授業配信とともに『シンクシンク』の活用を始めたのです。そのおかげもあり、教材としてのアプリの見られ方も多少は変わったのではないでしょうか」とは、JICAの民間連携事業部でワンダーラボ社を担当する、中上亜紀さんです。

 

スマートフォンやタブレット端末が自宅にあれば教材を使えることもあり、ワンダーラボ社はカンボジアでもアプリの無償提供を約3ヵ月にわたって実施しました。教育省が発信したアプリを活用した映像授業は、約2万ビューを記録するなど好評でしたが、オンラインによる映像授業を視聴可能な地域が、比較的ネット環境が整備された首都プノンペン周辺に偏ってしまうことなどもあり、「いきなり、すべての授業をオンラインに、とはなりません」(中上さん)と、普及の難しさや時間が必要な点を強調します。これを踏まえてワンダーラボ社では、10年単位の長いスパンで、より多くのカンボジアの小学校へ教材を導入できるよう目指しているそうです。

 

「ワクワクする学びを世界中の子どもたちに広げていきたい」

 

会社を立ち上げる前から、川島さんが長年抱いているこの夢に向かって、ワンダーラボ社は着実に前進しています。

 

学力は人生を切り開く武器になる:すららネット社のeラーニングプログラム「Surala Ninja!」

 

「一人ひとりが幸せな人生を送ろうとしたとき、学力は人生を切り開く武器となります。だからこそ、子どもたちの学習の機会を止めてはならないと考えています」

 

スリランカやインドネシア、エジプトなどの各国でデジタル教材「Surala Ninja!」の普及に取り組んでいるのが、すららネット社です。日本国内で展開する「すらら」のeラーニングプログラムは、アニメーションキャラクターによる授業を受ける「レクチャーパート」と問題を解く「演算パート」に分かれており、細分化したステップの授業が受けられるのが特徴です。国語・算数(数学)・英語・理科・社会の5科目を学ぶことができ、小学生から高校生の学習範囲まで対応。 「Surala Ninja!」 は、「すらら」の特徴を引き継いで海外向けに開発された計算力強化に特化した小学生向けの算数プログラムになります。一般向けではなく、学校や学習塾といった教育現場に提供し、利用されています。

↑「Surala Ninja!」の画面

 

「『学校に行けない子どもでも、自立的に学ぶことができる教材を作ろう』——これが、『すらら』を開発した当初からのコンセプトなんです」。こう語るのは、同社の海外事業担当の藤平朋子さん。スリランカへの事業進出の理由を次のように明かしてくれました。

↑株式会社すららネット・海外事業推進室の藤平朋子さん

 

「スリランカでは、2009年まで約四半世紀にわたって内戦が続いていました。内戦期に子供時代を過ごした人たちが、今、大人になり、教壇に立っています。つまり、十分な教育を受けることができなかった先生たち教えるわけですから上手くできなくて当前です。そこで『Surala Ninja!』が、先生たちのサポートとしての役割を果たせればと考えました」

↑「Surala Ninja!」導入校での教師向け研修風景

 

現在、「Surala Ninja!」はシンハラ語(スリランカの公用語の一つ)・英語・インドネシア語の3言語で展開しています。スリランカでは、まず、現地のマイクロファイナンス組織である「女性銀行」と組んで「Surala Ninja!」の導入実証活動を行いました。週2・3回、小学1年生から5年生までの子供たちに『Surala Ninja!』による算数の授業を行ったところ、計算力テストの点数や計算スピードが飛躍的に向上しました。

 

しかし、最初から事業が順調に進んでいたわけではありません。JICAの「中小企業・SDGsビジネス支援事業」には、2度落選。事業計画やプレゼンテーションのブラッシュアップを重ねて、3度目の正直での採用となりました。

 

「当時のすららネットは、従業員数が20名にも満たない上場前の本当に小さな会社でした。海外、それも教育分野となると、自分たちだけではなかなか信用してもらえないのです。だからこそ、現地で多くの人が知っている、日本の政府機関であるJICAのお墨付きをもらっていることが、学校関係者の信頼を得るために大きな要因になっていると肌身に感じました。海外進出にあたって、JICAの公認を得たことは非常に大きなメリットだったと感じています」

↑スリランカの幼稚園での体験授業の様子

 

また同社は、エジプトでもeラーニングプログラムの導入を進めています。エジプトの就学率は2014年の統計で97.1%と高水準を誇りますが、2015年のIEA国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)という、学力調査のランキングでは数学が34位、理科が38位(※中学2年生のデータ)という結果。数学は他の教科にも応用する基礎的な学力になるため、算数・数学の学習能力向上に向け、目下、国を挙げて取り組んでいるところです。

 

複数の国で事業活動する上で苦労しているのは、宗教に基づく生活風習だといいます。活動国すべての国の宗教が違うため、ものごとの考え方や生活習慣なども大きく変わります。インドネシアでは、多くの人がイスラム教なので、一日数度のお祈りが日課。しかし、当初は詳しいことが分からず、学校向けの1週間の研修プログラムのスケジュールを作るのにも、「いつ、どんなタイミングで、どの位の時間お祈りをすればいいのか」を把握するために、何回もやりとりを重ねたりしたそうです。また、研修を受ける学校の先生方も給与が安かったりと、必ずしもモチベーションが高いわけではありません。教えた授業オペレーションがすぐにいい加減になってしまったりと、きちんと運営してもらうように何度も学校へ足を運び苦労しましたが、それも子どもたちのためだと、藤平さんはきっぱり。

 

「緊急事態宣言による休校を受け、日本でも家庭学習にシフトせざるを得ない状況になったとき、私たちの教材の強みを再認識することができました。子どもたちの学力の底上げは、将来の国力をつくることでもあると思っています」

 

ビジネスモデルの開発やアプリの利用環境の整備など、海外での展開にはさまざまなハードルがあるのも事実。「世界中の子どもたちに十分な教育を」という熱い思いで、真っ向から課題に取り組み続けている両社。官民一体となった教育への情熱が、新しい時代の教育のカタチへの希望の灯となっているのです。

 

【関連リンク】

ワンダーラボ社のHPはコチラ

すららネット社のHPはコチラ

JICA(独立行政法人 国際協力機構)のHPはコチラ

中小企業・SDGsビジネス支援事業のHPはコチラ

「国際ガールズデー」を機に秋元才加さんと考える――フィリピン、そして、日本を通して見えた教育とお互いを尊重することの大切さ

10月11日は今年で9年目を迎える「国際ガールズデー」。児童婚、ジェンダー不平等、女性への暴力……女の子が直面している問題に国際レベルで取り組み解決していこうと、国連によって定められた啓発の日です。これまでも世界各地の女の子が自ら声を上げ、そんな彼女たちを支援する様々なアクションがとられてきました。

 

「性別」や「年齢」による生きにくさは、途上国だけではなく、身近な日本の社会においても感じることかもしれません。女優の秋元才加さんは、人権問題やジェンダー問題について自身のSNSで積極的に発信するなかで“元アイドルがよく知りもせず”“女のくせに”という色眼鏡で見られるなど、戸惑う時期もあったといいます。

↑今回対談に参加してくれた女優の秋元才加さん。フィリピン人でたくましく働く母親の背中を見て育ち、「フィリピン人女性=強い」というイメージをもっていたそうですが、今回の対談ではフィリピンの意外な側面を聞いて驚く場面も

 

今回は、社会課題や国際協力への関心が高く、フィリピンにルーツをもつ秋元さんと、26年に渡りフィリピンで活動するNPO法人アクション代表の横田 宗さんが、人として尊厳をもっていきるために必要なもの、そして、お互いを尊重することの重要性を語り合いました。コロナ対策に配慮したweb対談ながら、熱いトークのスタートです!

 

【対談するのはこの方】

秋元才加(あきもと さやか)

女性アイドルグループ・AKB48の元メンバーで「チームK」時代はリーダーも務めていた。日本人の父とフィリピン人の母をもつダブルで、フィリピン観光親善大使を務める国際派女優。LGBTQのイベントに参加したり、SNSで人権問題について発信したりするなど、社会課題にも強い関心をもっている。2020年夏にはハリウッドデビューを果たし、ますます活躍の場を広げている。

 

横田 宗(よこた はじめ)

NPO法人アクション代表。高校3年の時、ピナツボ火山噴火で被災したフィリピンの孤児院で修復作業をした経験から、1994年にアクションを設立。以降、フィリピン・ルーマニア・インド・ケニア等の孤児院や乳児院の支援、そして、福祉に関する国の仕組み作りまで協力を広げている。また、空手を通した青少年支援、美容師を育成するプロジェクト「ハサミノチカラ」、女性の収入向上を目指す「エコミスモ」開設、シングルマザーやLGBTの方々が働く日本食レストランを経営等、幅広く事業も展開。フィリピン国内外の企業・財団やJICAとの連携も進めている。

■NPO法人アクション http://actionman.jp/
■エコミスモ http://www.ecomismo.com/

 

母親に連れていかれたスラム街の記憶――フィリピンの子どもや女性をとりまく今の現実は?

秋元才加さん(以下、秋元):私の母がセブ島のカモテス諸島出身で、以前は毎年1回帰省していました。6歳の頃には、首都圏マニラにあるスモーキーマウンテン(※)に連れて行かれて、スラム街の現実を目のあたりにしたことも。「日本では義務教育が普通だけど、学ぶことさえ叶わない子どもがいる」と母に言われて衝撃を受けたことをよく覚えています。

横田さんがフィリピンで福祉活動を始めたきっかけは何ですか?

※マニラ北部に存在した巨大なゴミの山とその周辺のスラム街で、自然発火したゴミの山から燻る煙が昇るさまからこう呼ばれた。1995年に政府によって閉鎖された

 

横田 宗さん(以下、横田):私は東京生まれの東京育ちですが、活動を始めたのは高校3年の時。1991年のピナツボ火山噴火で被災したフィリピンの孤児院で、1か月ほど修復作業をしたのがきっかけでした。

↑対談は、JICA本部(東京)で実施。横田さんはマニラ首都圏の郊外マラゴンからリモートで対談に参加してくれた。コロナの影響で外を歩く際はマスク+フェイスシールドの着用が義務付けられていると話すが、声や表情は力強い。ファシリテーターはフィリピン事務所赴任経験のあるJICA広報室・見宮美早さん(右)

 

秋元:えっ!? 17歳のときにもう? それから26年も続けてこられて、現在はどのような活動をしていらっしゃるのですか?

 

横田:活動軸は大きくは2つ。1つ目は、国の福祉の仕組みづくりに協力することです。日本の児童養護施設は民間も含めて税金で運営されているのですが、フィリピンは国から運営費は出ません。子ども達の食事や教育費は削れないので、職員の給与に負担がいってしまう。働く側にやる気があっても、例えば性的虐待を受けた女の子にどう接していいかを学んでいないと、対応がわからず燃え尽きてしまうといったような問題もありました。

 

秋元:なるほど、指導する側の大人にも教育などの支援が必要ということなんですね。

 

横田:そうなんです。身体や精神的に問題を抱えた子どもの育成には知識やスキルも必要で。そこで、指導員用の教材や研修制度を作りたいと考えました。JICAの「草の根技術協力事業」に採択され、現地の社会福祉開発省と連携しながら、継続的な指導研修やフォローアップ研修を設置。昨年には、国の制度として正式に大臣が署名し、全国に研修を展開していく仕組みができました。

↑横田さんが17歳のときに訪れた孤児院。それから26年間、いまでも支援を続けている

 

2つ目は、子どもの職業訓練やクラブ活動、性教育などの事業です。ストリートチルドレンや貧困層の子どもが無料で参加できるダンススタジオや、空手道場の運営もしています。2018年には秋元さんとの関係も深いMNL48さん(※)と、7000人の子ども達を集めて歌とダンスのチャリティコンサートを実施しましたよ。

※女性アイドルグループ・AKB48の姉妹グループの1つで、フィリピンのマニラを拠点に2018年から活動している

↑アクションが運営するダンススタジオ(上)と空手教室(下)の様子

 

秋元:おぉ、AKB48の姉妹グループ! いい活動ですね(笑)フィリピンの人は歌と踊りが大好きですし。

 

横田:職業支援として美容師やマッサージセラピストの育成もしています。手に職を持つことで、学歴がなくて働けない子どもたちにもチャンスが広がります。

 

秋元:その職業は女性が多い職業なのですか?

 

横田:育成したのは女性が多めですが、これまで男女合わせて500人程が国家資格を取りました。トライシクル(三輪バイクタクシー)の運転手や屋台販売などインフォーマルセクターの仕事は賃金がとても低く、家庭を養っていくだけの収入を得ることは難しい現状があります。技術があれば頑張れば稼げます。

↑美容師を育成する「ハサミノチカラ」プロジェクトの様子

 

コロナ禍で増える人身売買や広がる経済格差――14歳以下で母になる女の子が毎週約70人いる現実

秋元:コロナで今は世界中が大変な思いをしていますよね。そんな時に最も被害を受けるのは、フィリピンでもやはり貧困層の方々なのでしょうか?

 

横田:ええ、経済困難が起きると、まず人身売買が増えるんです。コロナ禍の3-5月は子どもの虐待率が2.6倍に増えました。10-14歳で望まぬ出産をする女の子は毎週およそ70人にのぼります。

 

秋元:その数字は驚きです……。売春宿のような所が今もあるのですか?

 

横田:コロナ以前は、そういう風俗街はエリアが存在していましたが、今は封鎖されているので、ネット上の見えない環境でのやり取りが増え、むしろ性犯罪の被害が増えてしまっています。収入が途絶えたことで、母親が娘の裸の写真を撮ってネット上で売ることもありました。

↑貧困層の厳しい現実を横田さんから聞き、時折つらそうな表情を浮かべる秋元さん。コロナ禍でも個人レベルで可能な援助について考え、お母様とも話し合ったそう

 

秋元:現実として「美」や「性」を売る仕事はありますが、いつまでも続けていけることではないと、私は思っています。それまでに正しい知識を身につけられるのが「教育」なのかなと。私は、母が言うように基礎教育を受けることができた幸せな部類だと思うんです。25歳でアイドルを卒業して以降も、いろんなご縁が重なって今がある。今日も横田さんから学ばせていただていますし。

 

横田:その通りですね、「教育」は現状を変える第一歩。そこで今は、青少年の性教育にも力を入れています。受講生の中から希望者を募り、ユーストレーナー14人が当会のソーシャルワーカーと共に同世代への啓発を実施したりしていますよ。

 

日本よりも先進的!? フィリピンの女性と子どもを守る社会システム

横田:貧困問題は根深いですが、一方で子どもや女性を守る国の制度は、日本以上に充実しているんですよ。例えばセクシャルハラスメントは1-3年の懲役刑。未成年へのレイプは終身刑になりますから、法律的には日本の数倍厳しいです。

 

秋元:日本だと被害を声に出すこと自体がはばかられる雰囲気ですし、誰に相談すれば良いのかもわからない場合もありますよね。急場の時はどこに逃げ込めばいいの?とか。

 

横田:フィリピンには子どもの虐待や夫の暴力に関しても、すぐに通報できる窓口がバランガイ役場にあります。バランガイは日本の町内会にあたる地方自治団体なのですが、役場のスタッフは、きちんと選挙で選ばれます。夫婦喧嘩レベルでも、このバランガイ役場が仲裁に入ります。役場には留置所のような場所もあって、そこに入れられることも。

 

秋元:フィリピンって、昔の日本のように町内レベルのご近所同士・お隣同士の繋がりが今も強いですものね。そういう身近な駆け込み所が日本にもあったら、女性は声を上げやすくなりそう。むしろ日本がフィリピンから学ぶことも多いのかもしれない。

↑頻繁にメモを取りながら、真剣な表情で横田さんの話に耳を傾ける秋元さん

 

横田:フィリピンも以前は「家庭を守るのは女性」「外で働く男性を支えるのは女性」という風潮があったんです。それがここ20年で変わってきた。国の制度改革もありますが、生きやすい環境を女性自身が勝ち取ってきた成果だと感じています。そして、従来は働かない男性は後ろめたい思いをもっていたのが、そういう生き方(女性が働き、男性が家事を担う)も社会で認められるようになっています。

↑アクション25周年イベントでのスタッフ集合写真。多くの女性が活躍している

 

国際協力・支援活動……何から始めればよいのか教えて欲しい!

秋元:私も個人として、フィリピンにどんな支援ができるだろうって、ずっと考えているんです。NPOなど多くの支援団体や財団がありますよね。でも正直、どれを選択するのが最適かわからない。コロナでも「マスクをフィリピンに送ろう」と考えましたが、母に「マスクよりお金を送れ!」とたしなめられました。

 

横田:たしかに、金銭支援はストレートな方法。フィリピンではコロナ関連では政府から米支援はありましたが、物質的に足りないのはミルクや生理用品等の生活必需品でしたので、我々は粉ミルクに絞って支援をしています。

 

秋元:古着や人形を寄付したことはあるんですが、それが果たして本当の支援になっているのか。寄付の仕方とかってあまり教育現場で教えられてこないですよね。

↑以前、フィリピンでの感覚のまま、新宿歌舞伎町でホームレスの方にコンビニ弁当を買ってきて渡したところ、逆に怒られてしまった経験があると話す秋元さん。改めて文化の違いや支援の難しさを感じたそうです

 

横田:たしかに。あと、日本だと一部に見返りのない寄付を疑うような風潮もありますね。売名行為と言われたり。

 

秋元:海外では、セレブの方に対して、寄付する団体や支援活動をアドバイスしてくれたり、仲介役になってくれたりする方がいると聞いたことがあって。私が知らないだけかもしれませんが、日本にもあればいいなぁと。身近な、無理のない範囲で始めたいんです。

 

横田:秋元さんは発信力をお持ちなので、それを武器にもできますよ。アクションがこれから実施するクラウドファンドに賛同いただくとか(笑)。秋元さん自身が社会課題だと思っていること、解決したいと思っている分野を支援している団体を応援するのも良いと思います。

 

性別に関わらず「尊敬」できる関係づくりを目指したい

秋元:今日お話を伺っていて、「学び」って本当に大事だなって実感しました。学べる環境で力をつけることで、女性の人生の選択肢も増える、といいますか。

↑歳を重ねるごとに「教養」も積み重ねていきたいと、目を輝かせて語る秋元さん。目標は英国女優のエマ・ワトソンさんなんだとか!

 

横田:それは男性にも言えることですよね。私の妻と子どもは日本に住んでいて、私が日本にいる時は子育てを手伝うようになったんですが、妻の海外出張でワンオペをしてみて、本当に子育ての大変さを学びました。そうすると妻にリスペクトの気持ちが生まれて家庭が円満に(笑)

 

秋元:理想の形ですね。リスペクトし合える関係性。

 

横田:フィリピンでは私がいる福祉業界は女性が9割。NPOの経理課長も事務局長も女性ですし、なかにはLGBTのスタッフもいます。その環境で長く仕事をしてきて感じるのは、ジェンダーに違いがあろうと、貧富の差があろうと、何かしらお互い尊敬できる部分があれば人間関係は上手くということなんです。GetNavi webの男性読者にもぜひ、お薦めしたい、ワンオペトライ!

 

秋元:素晴らしいまとめのお言葉(笑)。でも本当にその通りですね。差別を完全になくすことは難しいけれど、お互いを尊重するために、いろいろ知ることから始めたいと私も思います。

 

今日は本当にありがとうございました!

 

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撮影/我妻慶一

SDGsの真の意味、理解してますか?――麹町中学校元校長・工藤勇一先生に聞く「学校教育とSDGs」【後編】

最近、すっかり定着した感のある「SDGs」というワード。ところで、2015年の国連サミットで採択された、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」であることは知っているけど、実際、具体的にはどういう意味? 自分たちにどう関係があるの? などなどイマイチSDGsについて分からないことが多いのではないでしょうか。そこで前編、後編の2回に分け、元麹町中学校の校長である工藤勇一さんにSDGsについて話をうかがいました。

↑現在は横浜創英中学校・高等学校の校長を勤める工藤勇一先生

 

「学校教育とSDGs」をテーマに、2回に分けてお届けする麹町中学校元校長の工藤勇一先生(横浜創英中学校・高等学校校長)のインタビュー。子育て世代も多いGetNavi web読者に向け、後編では、あるべき学校の姿とSDGsの本質についてお話しいただきます。

 

SDGsの真の意味、理解してますか?――麹町中学校元校長・工藤勇一先生に聞く「学校教育とSDGs」【前編】

 

学校は何のためにあるのか

前回、学校が抱えている真の課題と、麹町中学校での私の取り組みについて話をしました。実は、「よい学校をつくるためには」と、SDGsの「よい社会をつくるためには」は、同じことなんです。最上位の目標がきちんと決まり、目標を実現するための手段を選べば、その手段が次の目標に変わり、さらにその手段を選ぶことができます。そのときに気を付けなければいけないのが、「手段が目的化しない」こと。手段が目的化すると、上位の目標の実現を損ねてしまうことがあります。この一連のプロセスを確実に行うことさえできれば、学校や社会は必ずレベルアップすると考えます。

↑最上位の目標を明確にし、それを実現するために手段を考える

 

そしてこれを進めていくにあたって重要なことが、「全員を当事者にする」ということ。責任を明確にしたり、何か権限を与えたりすると、人は自分事として捉え、考えて行動するようになります。もちろん、合意・共有できる目標でなければいけません。それがなければ、自分の意見や価値観を押し付け合うだけになってしまいます。そして繰り返しになりますが、「目標と手段を明確する」ことが重要です。常に「何のため?」と目標に立ち返り、手段の目的化が起こらないようにします。しかし、残念ながら日本の学校の多くはこうした一連のプロセスのスタート地点にすら立っていないと言わざるを得ません。

 

麹町中学校が掲げる最上位の目標

麹町中学校で最上位の目標(教育目標)として掲げているのが、「自律」「尊重」「創造」ですが、これは、OECDが2030年という近未来をイメージし示した教育の目標ともよく似ていると感じています

↑OECDのLearning Framework 2030と麹町中学校の教育目標

 

そもそも学校とは、子どもたちが将来、社会の中できちんと生きていけるようにするための準備期間だと考えます。そして、学校のもう1つの役割がよりよい社会をつくっていくことだと考えます。誰一人取り残すことのない社会を創り上げることは、容易いことではありません。一人ひとりを尊重していこうとすることは、当然ですが利害関係の対立が生まれるからです。しかし、対立を乗り越え、学校の中の社会を長期的視野に立ち、全員が持続可能な方向でみんながOKと言えるものを見つけ出す。それこそが学校で学ぶべきことだと私は考えます。まさにSDGsの理念です。

↑本当の意味での教育の最上位目標はSDGsと同じ

 

それを実現していくために必要なことが対話です。「みんな違っていていい」と「全員がOK」(誰一人取り残すことのない)は相反する概念ですが、これを両立させることを目指していく対話です。

↑対話によって全員がOKなものを導き出すのが民主的な考え方

 

民主的なプロセスが必要

この対話のあるべき姿について例を挙げて考えてみましょう。わかりやすいのがスポーツの世界です。学校で行われる運動会や体育祭をイメージしてみましょう。例えば、「体育祭であなたにとって何がいちばん大事ですか?」と質問すると、日本の学校の多くの子どもたちからは、すぐに「団結」「チームワーク」「協力」などという答えが返ってきます。

↑みんな違っていてよい。全員がOKなものを探し出す

 

しかし、社会全体の価値観を共有するとき、自分の価値観を他者に押し付けてしまうことはできません。誰一人取り残すことのない価値観を共有することが大切です。人にはそれぞれ個性や発達特性があり、そもそも協力したりするのが苦手な子どもがいたりするからです。対話をするときに重要なのは、1人ひとり異なる価値観を認めつつ、全員にとって何が一番大事なのかを考えるということ。そうすると、自分の価値観では「団結が大事だと思うよ」と言う人も、「あいつは団結って言わないよな」「あいつは1人でいるのが好きだしな」「あいつは勝負にもこだわらないし」となるわけです。そうなると、「全員がOK」というものはめったにないとわかります。

 

「運動を楽しむ」ならどうでしょうか。これならみんな否定しないのではないでしょうか。スポーツは障がいがあってもなくても、運動が得意でも苦手でも楽しめるもの。生涯の友達みたいなもの。自分の人生を豊かにしてくれるもの。そんなことが粘り強く対話を続けていれば、必ず見つかってくるのだと私は思います。そして「運動を楽しむ」ことを、全員が共有する最上位の優先すべき目標だと合意ができれば、それを実現するための手段が的確に選択されていくのだと思います。

 

麹町中学校でのSDGsの教え方

麹町中学校では、SDGsという言葉こそ使っていませんが、SDGsの基本的な考え方を、体育祭と文化祭で教えています。体育祭の最上位の目標は「全員を楽しませよう」。生徒1人残らず楽しませるというミッションを与えるんです。生徒1人残らずというのは、足に障がいがあって走れない子、集団行動が嫌いな子、運動が嫌いな子、そういった子もすべてを含みます。逆に運動が得意だったり、目立ったりするのが好きな子もいます。「どんな生徒も楽しめる体育祭」というミッションを、子どもたちは対話をしながら解決していくわけです。

↑どんな体育祭にするか、みんなで話し合いを行う

 

ブレストやKJ法、マインドマップなど話し合いの技術や、プレゼンのコツなどは教えますが、あとは子どもたちが考え、自由に決めていきます。当日の運営もすべて子どもたち任せ。それを保護者も受け入れてくれています。

 

文化祭になるとさらに難しくなります。「次は社会を広げるぞ。見に来てくれる人がいてなんぼだから、観客の皆さんを全員で楽しませろ!」と。そうすると、地域のおじいちゃんおばあちゃん、小学生、家族、先生たち、全員を楽しませるわけですから、さらに多様な人を相手にしなければいけません。難題ですが、子どもたちは真剣に取り組みます。これらが、子どもたちがSDGsを学ぶための基盤になっています。

↑麹町中学校の文化祭の模様

 

みんなが違っていいけど誰1人取り残さない

このように、目標を定めるための対話こそが大切ですが、この対話が今の日本の教育ではほとんどなされていないように感じています。結局、あらゆるところで大人の価値観を押し付けてしまっています。相反することが起こった場合に、みんなが当事者となり、将来のことを考えて上位の目標で合意するには、痛みを分け合わなければいけません。スウェーデンでは、小学生のころから、学校で来年度の予算について対話で決めるそうです。子どもですから、当然、「あれ買いたい」「これ買いたい」となりますが、全員OKのものを見つけ出すことを目指し、安易に多数決をとることなく、話し合いを続けていくのです。誰1人取り残さないようにする方向で徹底して対話するこの経験が子どもたちの当事者意識を高めていくことにつながっていくのだと思います。

 

SDGsの本質を理解する企業とは

企業も同様かもしれません。SDGsを掲げている企業が多くありますが、SDGsの本質を理解している企業ばかりではないように思います。

 

以前、株式会社IHI(旧石川播磨島重工業株式会社)の元代表取締役だった斎藤保さんと対談をさせていただく機会がありました。同社は元々造船の会社でしたが、現在は資源・エネルギー、社会インフラ、産業機械、航空・宇宙の4つの事業分野を手掛ける総合重工業グループとなっています。企業が生き残れた理由について斎藤さんは、「企業の場合、最上位の目標は経営理念にあります。IHIの経営理念のひとつは『技術をもって社会の発展に貢献する』です。それを徹底していけば、組織を倫理的にきちんと進めていくことができます」と話していました。これこそがSDGsの考え方だと私は思います。

 

 

私の好きな経営者の一人に本田技研工業を創業者、本田宗一郎さんがいますが、彼の意志を継承した“ホンダイズム”という理念に「そこで働く人たちと共に社会貢献していく」ような考え方があります。ホンダは海外に工場を建設した際、現地の人たちと経営方法や仕組みを考えていくそうです。工場の排水が環境問題となった場合、排水を浄化するシステムまで開発し、それを地域の農作物用に利用するなど、現地の人たちを当事者にして課題解決に努めています。まさにSDGsそのものです。

 

先に民主的な考え方を学ぶべき

これからの日本、そして地球には解決していかねばならないさまざまな問題が待ち受けています。どの問題も人は自分のことを優先してしまうから、解決は容易くはありませんが、これを解決していく方法は粘り強い「対話」です。利害の対立を乗り越え、持続可能な社会を目指して合意する。このことを繰り返していくしかないのです。

 

最も大切な究極の目標は平和ですが、私は生徒たちにこう言います。「対話を通して持続可能な平和な世の中を作るという戦いに負けたら人類は滅びるんですよ」と。

 

先に、麹町中学校ではSDGsという言葉は使っていないと言いましたが、子どもたちは「あぁ、これがSDGsのことなんだ」と、たぶん本質的にわかっていると思います。「みんなが違う意見を言えば対立が起こるものだよ」「その対立が起こったときに対話をして、みんながOKのものを探し出すことが大事だよ」と教えているからです。

 

まさに民主主義の考え方なのですが、日本の教育は、民主的な考え方を学ぶ教育が浸透していません。それができてこそSDGsの本当の意味がで理解できるのではないでしょうか。

 

日常からSDGsの理念を体得

前編冒頭で「18歳意識調査」に触れましたが、子どもたちを含め、我々に最も足りないのは当事者意識です。SDGsを「どこか遠い国の話」だとか、「限られた優れた人たちの話」「意識の高い人たちの学問」みたいな捉え方をしていませんか。

 

国連がSDGsで示した、10年後の2030年。もしかすると日本社会は本当の意味で岐路にたっているかもしれません。そうならないために、学校は変わらなければならないと私は思います。

 

学校の中で起こる日常的な人間関係のトラブル全てが、実はSDGsを学ぶ場だと私は思います。生徒はもちろんですが、職員室、PTA活動の中で、まずは大人自身が対話を通して合意することができるようになる必要があります。SDGsという言葉は便利で、ひとつの切り口としては使いやすいかもしれません。でも、まずは自分たちの生活の場で、SDGsそのものの考え方、基本的な理念を体得することこそが大切だと思います。

 

【プロフィール】

学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長

工藤勇一(くどう・ゆういち)

1960年山形県鶴岡市生まれ。山形県の公立中で数学教諭として5年務めた後、東京都台東区の中学校に赴任。その後、東京都と目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年4月から東京都千代田区立麹町中学校の校長を務める。大胆な教育改革を実行し、話題を呼んだ。2020年4月から、学校法人堀井学園 横浜創英中学校・高等学校の校長に就任。また、現在、内閣官房教育再生実行会議委員や経済産業省「EdTech」委員などの公職も務める。著書に、10万部のベストセラーになった『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)ほか多数ある。

 

【JICA地球ひろば】

今回のインタビューは、独立行政法人 国際協力機構(JICA)が運営する「JICA地球ひろば」で行った。世界が直面する様々な課題や、開発途上国と私たちとのつながりを体感できる場、そして、国際協力を行う団体向けサービスを提供する拠点となることを目指して設立された。各種展示では、国連で採択された世界をより良くするための2030年までの目標「持続可能な開発目標 SDGs」などについて学ぶことができる。

〒162-8433 東京都新宿区市谷本村町10-5
電話 03-3269-2911
開館時間 平日10:30~21:00(体験ゾーンは18:00まで)
休館日 毎月第1・3日曜日ほか
詳細は次のホームページでご確認ください。
https://www.jica.go.jp/hiroba/index.html

 

 

 

SDGsの真の意味、理解してますか?――麹町中学校元校長・工藤勇一先生に聞く「学校教育とSDGs」【前編】

最近、すっかり定着した感のある「SDGs」というワード。ところで、2015年の国連サミットで採択された、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」であることは知っているけど、実際、具体的にはどういう意味? 自分たちにどう関係があるの? などなどイマイチSDGsについて分からないことが多いのではないでしょうか。そこで今回は前編、後編の2回に分け、元麹町中学校の校長である工藤勇一さんにSDGsについて話をうかがいました。

↑今年の4月から横浜創英中学校・高等学校の校長に就任した工藤勇一先生

 

東京都千代田区立麹町中学校の校長に2014年に就任後、宿題や固定担任制の廃止ほか“学校の当たり前”をやめ、子どもの自律を重視した教育改革に取り組んだ工藤勇一校長先生。先生の教育論はSDGsの考え方と共通する部分があります。前編では、学校教育が抱える真の課題について語っていただきました。

 

大人の自覚がない日本の高校生

まずは下記の図表をご覧ください。2019年11月に日本財団が発表した「18歳意識調査」です。世界9か国の17~19歳各1000人の若者を対象に、国や社会に対する意識を聞いたものです。

↑日本財団「18歳意識調査」(2019.11.30)より

 

結果を見ると、日本は他国と比べて尋常ではない数値であることがわかります。この数値が日本の高校生を象徴していると仮定するならば、日本の未来は非常に心配です。

 

どの項目も他国に比べて著しく低いことがわかります。最後の2項目、「自分の国に解決したい社会議題がある」「社会議題について、家族や友人など周りの人と積極的に議論している」はSDGsにも関係しますが、突出して低い数値になっています。そもそもSDGsについてほとんど関心を持っていない生徒が多いということを示しています。

 

しかし、この調査結果は若者たちの姿だけを示しているのもではなく、我々大人自身の姿であるのかもしれません。大人自身がすべてにおいて「他人事」だから、自分たちで国を変えようという意識が子どもたちに生まれないのだと考えます。だから、この度の新型コロナウイルスのような出来事のような、とんでもないことが起こっても、私たちはただただ受け身の姿勢で、誰かが何かをやってくれることばかりを期待してしまいます。そして思ったようにことが進まないと、やってくれないことを批判することに終始する、そんな社会になってしまったのかもしれません。

 

自律・主体性を失った子供たち

どうしてこのような社会になってしまったのか――。ある意味日本はサービス過剰の社会だからかもしれません。学校も行政も単なるサービス機関になってしまったように感じています。人はサービスを与えられ続けると、次第にそのサービスに慣れていきます。そしてもっとよいサービスをと、さらに高品質を求めるようになっていきます。そして不満を言うのです。

 

学校も行政も本当は、みんなが当事者でなければいけないはずです。しかし、みんながただただサービスを与えられる側になってしまっているのです。幼児期から手取り足取りモノを教え、壁にぶつかれば手を差しのべる。早期教育など、少しでもいいサービスを受けさせれば子どもの学力が上がると勘違いしています。そして、与えられることに慣れた子どもは、手をかけられればかけられるほど自律できなくなっていきます。そして、うまくいかないと人のせいにするようになる。例えば、勉強がわからなければ「先生の教え方が悪い」「塾が悪い」などという具合に。

 

リハビリの3つの言葉がけ

私が今年の3月までいた麹町中学校は、教育熱心な保護者が多く、子どもたちは、幼児期から手をかけられて育ってきました。そのためか、自律性と主体性を失った挙げ句、自分で考えて行動ができない子どもたちがたくさん入学してきます。劣等感でいっぱいで自己肯定化が低い。わずか12歳の子どもが「自分はダメですよ」などと言うんです。やる気は見られないし、先生を含め、そもそも大人を信用していません。

↑近くには皇居や最高裁判所もある、千代田区立麹町中学校

 

ずっと与えられ続けてきて、自分で考えて判断や行動ができなくなってしまった子どもたちは多くの問題を抱えています。授業中でも歩きまわるし、他人の邪魔をします。友達に嫌がらせはするし、いじめもする。破壊行為だって珍しくありません。ですから、麹町中学校では主体性を取り戻すためのリハビリが必要になってくるのです。

 

最初は現状把握をするために「どうしたの?」と聞きます。例えば、騒いで授業の邪魔をする子どもがいたら、「どうしたの?」「何か困っているの?」と。小学校時代、頭ごなしに叱られてきた子たちたちは、叱られないことにまず驚きます。

 

次に、「君はこれからどうしたいの?」と聞く。これまでの中学校では、「邪魔するならとっとと帰れ」「空いている教室に行け」など、先生がある意味高圧的な指導で行動を指示をするのが一般的だったかもしれません。でも、「君はどうしたいの?」と聞かれると、どうしたいか自分で考えざるを得ません。

 

そして3つ目の言葉は、「何を支援してほしいの?」です。トラブルを起こした子どもが、自己決定しなければならない状況に自然と導くのです。とはいえ、主体性がなく自律できない子どもは、最初は自己決定などできません。例えばそんなときは、「支援できるとすれば、別室ぐらいは用意してあげられるよ」「君が選択できるとすれば、教室に戻って我慢して1時間授業を聞くか、別室にいて何かやっているかだけど、どうする?」と助け船を出します。そうすると、「別室に行かせてください」と返ってくる。子ども自身に決定させるのです。「1時間でいいかい?」と、さらに考えさせ、自己決定させます。

↑子どもに自己決定させるための言葉がけ

 

ほんの些細な自己決定に過ぎませんが、この「自己決定をする」というプロセスはすごく大事な作業で、これを何度も繰り返すことが重要です。繰り返していくうちに、主体性が徐々に戻り、自己肯定感が高まってきます。さらに、自分が支えられているという安心感が生まれ、他者を尊重する気持ちが芽生えてくるのです。

 

リハビリにより子どもたちに変化が

麹町中学校では、第1学年を「リセット(リハビリ)する時期」と位置付けています。

 

↑リセットにかかる期間は子どもによりまちまち

 

中学1年生相手にリハビリを展開するのは、教員にとってすごく忍耐のいる作業です。「宿題は出しません」「勉強をしたくなければしなくていいですよ」と言われれば、授業中でも子どもたちは遊んでいます。はじめに教えるのは、「あなたに勉強しない権利はありますが、他の人の勉強の邪魔をする権利はありません」というルールぐらいです。とは言っても、授業中に遊び続けられていると、「何やっているんだ」「時間の無駄だぞ」と教員は注意したくなります。注意するのは簡単ですが、それでは元も子もない。前述した3つのセリフをどのタイミングでどのように使えばいいのか、教員たちは日々悩み試行錯誤しながら教育活動を行っています。

 

当初は、「どうしたの?」と聞くと、「いやぁ」とヘラヘラ笑うか、「別に」と素っ気なく答える子どもがほとんどでした。無気力なんです。ところが、粘り強く「どうしたいの?」「手伝うことある?」と教員が訊き続けると、1日過ぎ、2日過ぎ、1週間過ぎ、1カ月過ぎ、次第に無気力な子どもが減っていきます。

 

いろいろなトラブルが起こり、そのたびにこうしたアプローチを続けていくうちに、「先生は信頼できる存在なのかも」と、子どもたちも心を開き始めます。

 

ずっとやる気がなく、授業中ほとんど勉強しない子のリハビリに8カ月かかったこともありました。その子は数学の時間、毎時間遊び続け、教員はひたすら我慢し、待ち続けました。7カ月が過ぎた頃、何かのきっかけで、その子が、1問、問題を解いたんです。その瞬間に気付いた教員が声をかけたら、スイッチが突然入ったんですね。その子はそこからわずかひと月半で、1年生のカリキュラムを全部終わらせることができました。これは、教員たちにとっても改めて待つことの大切さを感じた出来事となりました。

 

麹町中学校が行ってきた取り組み

こうした麹町中学校の取り組みはマスコミでも話題になりました。定期テストと宿題、服装・頭髪指導、固定担任制の廃止などです。子どもは場面に応じてその都度、先生を逆指名します。例えば中3の進路面談では、1年生から3年生までの全教員の中から相談に乗ってもらう教員を選べます。自分で選んだ先生ですからもちろん文句を言うことはありません。教員間での妙な競争意識がなくなり、教員たちも子どもたちに対して過剰なサービスをしなくなります。ある意味、教員の働き方改革にもつながりました。

↑話題になった、麹町中学校での主な取り組み

 

私は元々、数学の教師ですが、麹町中では数学にAI(人工知能)教材を取り入れた全く新しい指導を行いました。教員は3年間、一斉指導を行うことをやめたのです。基本的に毎時間、子どもたちが自主的に好きなように学べるのです。自分で問題集を持ってきて1人で解いている子どももいれば、AI教材を使って勉強している子もいます。もちろん先生に質問することもできます。この授業スタイルを取ってから、落ちこぼれる子どもがいなくなりました。特にAI教材は効果的です。どの子がどの部分につまずいているかをAIが瞬時に判断し、わからない箇所は小学校1年生の基礎まで戻れます。逆に数学が得意な子どもは、どんどん進んで、高校の内容まで勉強できるなど、教員が教えない方が遥かに効率的だということがわかりました。

 

大切なのは手段が目的化しないこと

宿題の廃止にも大きな意味がありました。宿題の目的は「学力を高めるため」ですが、一律に課すことにより、先生に怒られるからと子どもたちは「宿題を提出する」ことに意識がいってしまいます。そのため、例えば20問ある宿題があった場合、わからない問題を飛ばし、提出するためだけに時間を使います。本当は、飛ばした「わからない問題」を勉強することこそが大切なのに、それでは学力は何も変わりません。また、すでに理解している子どもにとっては単なる時間の無駄でしかありません。日本の教育は全てこれです。目的を達成させるための“手段”である「宿題をやる・提出する」ことが、目的化してしまっているのです。

↑わからない「×」の部分を「〇」にする努力をしなければ学力は何も変わらない

 

現在の学校教育を振り返ってみると、意味のないことをたくさん行っているように感じます。誰も読まない作文を書いたり、宿泊行事では集団行動が重視されたり、挨拶運動をさせたり。手段そのものが目的化し、本当の目標がブレてしまっているのです。よくあるのが、「みんなでSDGsを研究しましょう」という課題。さんざん研究して、その成果を廊下などに掲示したりしていますが、誰も読んでいません。これは、SDGsを研究させて発表すること自体が目的になっているからです。これでは何のためにやっているかわかりません。学校にはこのような手段の目的化が多く存在します。

↑手段が目的化している例

 

画一的な教育から多様な教育へ

日本の学校では、いまだに「礼儀」「忍耐」「協力」が強調され続けています。日本古来の「いい」考え方だという捉え方をされていますが、これらを優先することで排除されてしまう子どもたちが少なからずいることを忘れてはいけないと私は感じています。自閉症スペクトラムのような特性を持った子どもたちの多くは挨拶やコミュニケーションを苦手としています。友達と協調することが苦手な子どももいます。本当に大切にすべきことを優先にできる教育を行うことができなければ、スティーブ・ジョブスやビル・ゲイツのような起業家は生まれてこないと私は思います。

 

日本の学校では、先生の言うことを聞く子どもがよしとして育てられ、自律できないまま大人になってしまう子どもたちが数多くいます。終身雇用制度の時代であれば、組織の歯車としてはいいのかもしれません。しかし時代は急激に変化しています。終身雇用制度は崩壊し、転職や企業を、自分で考えて決め、行動しなければなりません。となると、学校の最上位の目標は「自律性・主体性のある子どもを育てる」でなければなりません。

 

学習のやり方はいろいろあるのに、一つの方法を全員に強制するのも手段が目的化してしまった一例です。一人ひとりの可能性を伸ばしていくために、これからの学校は、学習者主体で考えていくことが大切です。子どもたちが「何を学んで(カリキュラム)」「どう学ぶか(学び方)」を決められるようにしていくことです。例えば、発達に特性があって、プログラミングにしか興味が子がいるとすれば、その子にそれをたっぷり勉強できる環境を作ってあげる。そんなことができたらと思います。多様な子どもたちに、個別最適化した教育を行うことによって、多様な人材が生まれる。そんな学校教育を実現したいものです。〜後編に続く

 

【プロフィール】

学校法人堀井学園 理事/横浜創英中学校・高等学校 校長

工藤勇一(くどう・ゆういち)

1960年山形県鶴岡市生まれ。山形県の公立中で数学教諭として5年務めた後、東京都台東区の中学校に赴任。その後、東京都と目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年4月から東京都千代田区立麹町中学校の校長を務める。大胆な教育改革を実行し、話題を呼んだ。2020年4月から、学校法人堀井学園 横浜創英中学校・高等学校の校長に就任。また、現在、内閣官房教育再生実行会議委員や経済産業省「EdTech」委員などの公職も務める。著書に、10万部のベストセラーになった『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)ほか多数ある。

 

【JICA地球ひろば】

今回のインタビューは、独立行政法人 国際協力機構(JICA)が運営する「JICA地球ひろば」で行った。世界が直面する様々な課題や、開発途上国と私たちとのつながりを体感できる場、そして、国際協力を行う団体向けサービスを提供する拠点となることを目指して設立された。各種展示では、国連で採択された世界をより良くするための2030年までの目標「持続可能な開発目標 SDGs」などについて学ぶことができる。

〒162-8433 東京都新宿区市谷本村町10-5
電話 03-3269-2911
開館時間 平日10:30~21:00(体験ゾーンは18:00まで)
休館日 毎月第1・3日曜日ほか
詳細は次のホームページでご確認ください。
https://www.jica.go.jp/hiroba/index.html

手帳の中身を一気見せ! コクヨ×スターバックスの2021年版「キャンパススケジュールブック」が登場

コクヨとスターバックス コーヒー ジャパンが共同開発した「2021 スターバックス キャンパススケジュールブック」が登場。10月7日(水)から、全国のスターバックス店舗(一部を除く)と、スターバックスオンラインストアで発売されます。

 

コクヨ×スタバのエコな手帳が誕生!

国内文房具メーカーの最大手、コクヨは、「限りある地球の資源を大切に使いたい」というスターバックス コーヒー ジャパンのポリシーに賛同し、全国のスターバックス店舗で出るミルクパックを、表紙としてリサイクルしたノート「スターバックス キャンパスリングノート」を発売していますが、今回新たに、2021年版の手帳をラインナップに追加し発売します。

コクヨ
2021 スターバックス キャンパススケジュールブック
各2100円(税別)

サイズはB6。カラーバリエーションは、ホワイトとピンクの2種類をラインナップ。

 

表紙はスタバのミルクパックをリサイクル、中紙はジブン手帳と同じ「MIO PAPER」

素材は、表紙には「スターバックス キャンパスリングノート」と同様、全国のスターバックス店舗で出る、年間約1000tに上る使用済みミルクパックを原料とした紙を使用。中紙には、なめらかな書き心地で、インクの乾きが早くにじみにくいコクヨのオリジナル原紙「MIO PAPER」(森林認証紙)を採用しています。

 

ミルクパックが表紙の紙に生まれ変わる工程を見てみましょう。

↑①全国のスターバックス店舗からミルクパックを回収

 

↑②水と攪拌し分離する工程

 

↑③古紙パルプが抽出され、新たな“紙”として生まれ変わります

 

手帳の表紙として生まれ変わった姿がこちら。

↑表面に微細なシボ加工が施され、光を反射して絶妙なニュアンスを生み出しています

 

↑リサイクルをイラストで示した表紙のデザイン

 

↑このリサイクル商品のコンセプトとメッセージが綴られた裏表紙

 

中紙に採用された「MIO PAPER」は、さらさらとしたなめらかな書き心地。コクヨの人気手帳ブランド「ジブン手帳」の「Bizシリーズ」とノーマル版の「LIFE」リフィルにも使用されています。

↑表面はさらさらとした触感で、書き味はなめらかなオリジナルペーパーを採用

 

フォーマットは、マンスリーと週間レフト式

スケジュールブックのフォーマットは、マンスリーページと、右ページに方眼のメモを備えた週間レフト式を収録。いずれも月曜始まりで、日本の曜日・祝日の表記にも対応しています。

↑ブロックタイプのマンスリーには、各月のモチーフから抽出したイラストがデザインされています

 

↑月曜から日曜まで、均等に配分されたスケジュール欄。右ページは方眼のメモページになっています

 

13か月分をチェック! スタバ自慢のコーヒー商品をイメージしたイラストとストーリー

各月の扉には、スターバックスが製造・販売しているコーヒー豆のパッケージデザインをモチーフとしたイラストが描かれ、その脇にはコーヒーストーリー、キーワードと味わいの特徴が記されています。2020年12月から2021年12月まで、一つずつ見ていきましょう。

 

2020年12月

↑スケジュールページは2020年12月からスタート。スターバックスの定番ブレンド「ハウスブレンド」のイメージとストーリーが施されています

 

2021年1月

↑2021年1月は、スターバックス発祥の地で、現在も第1号店が存在するPike Placeをイメージした「パイクプレイスロースト」のイラストとストーリー

 

2021年2月

↑2月は深煎り豆「カフェベロナ」のイメージとストーリー

 

2021年3月

↑3月はコーヒー発祥の地で収穫される豆「エチオピア」のイラストとストーリー

 

2021年4月

↑4月は、アンデスの高地で栽培された豆「コロンビア」のイラストとストーリー

 

2021年5月

↑5月は酸味が際立つ浅煎り「ブロンドロースト」に位置づけられる「ウィローブレンド」のイラストとストーリー

 

2021年6月

↑6月はミディアムブレンド「セイレーン」がモチーフ。セイレーンとはギリシア神話に登場する人魚の姿をした海の怪物で、ロゴにも使われるなどスターバックスのアイコンとなっています

 

2021年7月

↑7月は南米産の豆を使用した「ベランダブレンド」をイメージしたイラストとストーリー

 

2021年8月

↑8月はさわやかな後味が特徴の「ブレックファーストブレンド」のイラストとストーリー

 

2021年9月

↑9月はアフリカ・ケニアのシングルオリジン「ケニア」をイメージしたイラストとストーリー

 

2021年10月

↑10月は、南米のグアテマラ・アンティグア地方の農園で収穫された「グアテマラ アンティグア」をイメージしたイラストとストーリー

 

2021年11月

↑11月は、アジアの主要産地であるインドネシアのコーヒー豆「スマトラ」をイメージしたイラストとストーリー

 

2021年12月

↑締めとなる12月は、スターバックスを代表するダークローストコーヒー「イタリアンロースト」のイラストとストーリー

 

毎月ひとつずつ明かされるスターバックス・コーヒーのストーリーを楽しみながら、自身の記録をしたためられる、1冊で2度美味しい手帳です。

 

 

ブラジルで環境に優しいエアコンを:官民連携で省エネ基準改正を実現【JICA通信】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の活動をシリーズで紹介していく「JICA通信」。今回は、ブラジルで進む環境に優しいエアコン普及のための取り組みについて取り上げます。

 

2020年7月、ブラジルで空調機向けの省エネ基準が改正されました。これは、ブラジルで日本のエアコンメーカー・ダイキン工業が、JICAの民間連携事業「中小企業・SDGsビジネス支援事業」を活用して現地の大学などと連携し、時代に対応できていなかった規制制度の改定をブラジル政府に働きかけてきた結果です。民間企業の取り組みによって国の規制改定に至ったのはブラジルでは初めてでした。これに伴い、今後、ブラジルのエアコン市場は、環境に優しい空調機が普及しやすくなり、エネルギーや環境保全の課題に貢献することが見込まれています。

↑ブラジルにあるダイキン工業の工場。JICAとダイキン工業はブラジルの省エネエアコン基準改正を後押ししました

 

空調機の性能評価の基準が改正された

ダイキン工業は、JICAの民間連携事業として「ブラジルでの環境配慮型省エネエアコンの普及促進事業」を2018年から実施しています。このブロジェクトが始まった頃のことを、当時の担当者だったJICA民間連携事業部の関智子職員は次のように振り返ります。

 

「ダイキン工業は、現地に法人と工場を持ち、すでにブラジル市場に参入していましたが、ブラジルの空調機の性能評価の基準が時代に適合していなかったため、同社製のエアコンの性能がどれほど高くとも、ブラジルの市場では評価されませんでした。しかし、単独の民間企業が国の評価制度や基準改正に向けて取り組むには限界があります。ダイキン工業によるJICA民間連携事業は、ブラジルのエネルギー課題への対応と日本企業の技術活用、その両方に貢献できる事業としてスタートしました」

 

ダイキンブラジルの三木知嗣社長は、「ブラジル政府も、エネルギー問題をどうしていくかということについて危機感を持っていました。そのタイミングで、JICAと連携することで『日本が国として動く』という姿勢をみせられたことは大きな力になりました」と語ります。

 

今回の改正では、空調機の性能評価方法について、国際的に広く用いられる評価基準のISO16358が適用されます。この改正基準は2020年7月に公布後、2023年と2026年には、段階的に時代に合わせた基準値の義務化が予定されています。

↑新制度の開始を告知するブラジル国家度量衡・規格・工業品質院(INMETRO)のwebサイト

 

時代遅れであったブラジルの省エネラベリング制度

ブラジルでは、エアコンの省エネ性能を表示するラベリング制度も機器の性能を適切に反映できるものに改善されます。この省エネラベリング制度については、省エネ性能に優れ世界の主流になっているインバーター機が正しく評価されておらず、問題が山積していました。

 

これまでは非インバーター機を対象とした基準になっており、約10年間も省エネ基準の見直しが行われていませんでした。そのため、インバーター機が非インバーター機に比べて最大で6割も消費電力が低いにもかかわらず同一カテゴリーに分類されており、省エネ品質表示としては実質的に機能していないものだったのです。

 

「ブラジルで売られているエアコンの多くが、省エネ性能に劣り、他国ではもはや売れなくなったような旧型製品です。しかし、従来のラベリング制度では市場に流通するこれらの製品の9割以上が最高グレードのAランクに分類されるため、ユーザーにとっては非常に分かりにくい制度になっていました」と、三木社長はブラジルの状況を振り返ります。

 

旧制度のままでは、インバーター機が正当に評価されず、その普及が遅れることは、ブラジルのエネルギー・環境問題にとって大きな課題でした。こうして、ダイキン工業とJICAは、これらの課題を解消するために、多くの施策に取り組んだのです。

「中南米ではインバーター機の普及が他地域に比べて遅れている」  世界の住宅用エアコンのインバーター機比率(2018年):住宅用エアコンとは、ウインド型、ポータブル型を除く住宅用ダクトレスエアコン(北米のみ住宅用ダクト式エアコンを含む)。日本冷凍空調工業会データを参考に作成(資料提供:ダイキン工業)

 

新しい基準設定のため産官学連携で働きかけ

消費者に省エネ意識が定着しておらず、国の省エネ政策もまだまだ弱いブラジルで、基準や制度の改定に向けた働きかけは簡単なものではありませんでした。ダイキン工業はJICAの支援を得て、現地の大学やNGO、国際機関などと連携し、共同実証試験の実施など、課題と対策について繰り返し話し合いの場を持ちました。

 

さらに、ブラジル政府関係者の日本への招聘、日・ブラジル政府次官級会合、ブラジル空調懇話会などを実施。ダイキン工業の工場見学など現場への訪問やWEB会議を重ね、理解を深めるための的確で正しい情報の提供と、改正案を整えるための懸命な働きかけを重ねることで、改正は進んでいったのです。

↑ブラジル政府関係者の日本来訪時の様子(2019年)。ダイキン工業滋賀工場の見学(上)や、家電量販店のエアコン売り場視察(下)

 

JICA民間連携事業部の担当者である山口・ダニエル・亮職員は「取り組みに対する、ダイキン工業の皆さんの熱量が高かった。それがブラジルの関係者に伝わったのだと感じます。さらに、ダイキン工業の高い技術力に裏付けされた実績と信頼、複数の専門分野の関係者を巻き込んだチーム運営、官民連携による対話の機会構築が今回の成果に繋がったのだと思います」と語ります。

 

また、ダイキン工業CSR・地球環境センター課長の小山師真さんは「日本にブラジルの関係者を招聘した際にも、先方の『なんとかしなきゃならない』『この機会を活かすんだ』という熱意を感じました。制度や規制を変えるのに必要なのは、日本とブラジル双方の熱意であると思います」と述べました。

 

ダイキン工業は今後、アフリカや中東でも環境に優しい製品を展開していく予定です。JICAは、長年築き上げてきた途上国との信頼関係や幅広いネットワークを活かし、日本の民間企業や研究機関が持つ新技術やノウハウを、途上国の課題解決につなげていきます。

↑現在、世界の主流はインバーター機。写真はブラジルのダイキンショールームに展示されているインバーターエアコン

 

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まるでSFの世界!? 世界最大の完全人工光型植物工場の内部に初潜入して分かったこと

人口爆発、気候変動、森林の砂漠化、疫病の蔓延……これらによって来たる時代、世界は深刻な食糧難を迎えるとは、クリストファー・ノーランの『インターステラー』など、ずいぶん前からさまざまな作品で描かれてきたが、けっしてSF的絵空事ではなさそうだ。

 

2020年は目下、コロナ禍に異常気象、赤道近くではサバクトビバッタが大襲来と、まさに踏んだり蹴ったり。食糧危機はすぐそこまで来ている、とうすら寒く感じた人も多いのではないだろうか。実際、記録的な長雨や日照不足などにより、葉物野菜をはじめとする野菜の価格が、今夏は高騰した。

 

2019年4月に、東京電力エナジーパートナーら3社による合弁会社、彩菜生活(さいさいせいかつ)が発足したことはGetNavi webで既報のとおりだが、この危機に一矢を報いる存在になるかもしれない。

【関連記事】
東電ら3社が出資した合弁会社、世界最大の完全人工光型植物工場の操業開始……静岡・藤枝
https://getnavi.jp/life/510179/

 

彩菜生活は、葉物野菜の生産・販売を目的とする、完全人工光型の植物工場事業を展開。静岡県藤枝市に2020年6月末に竣工し、7月からリーフレタスの生産を開始、8月中旬には初出荷を果たした。

 

延べ床面積は約9000平方メートルを誇る生産現場を、今回この目で確かめて来た。人の手によって完全にコントロールされているという、SFさながらの“植物工場”とは、いったいどんな仕組みになっているのか? また、この取り組みにかける生産者、そして事業者の思いとは?

↑静岡県藤枝市に完成した彩菜生活の植物工場を訪れた(8月下旬)

 

光にあふれる衛生的な空間で青々と野菜が茂る

↑“植物工場”とは環境制御型の生産システムで、太陽光あるいは人工光を光源とし、土を使わない“水耕栽培”が主だが、一部土を使う“土耕栽培”も存在する。彩菜生活では、人工光LEDを光源とした水耕栽培を採用している

 

工場内へ一歩足を踏み入れると、衛生管理の厳重さに驚く。植物を健康に育てるため、虫や菌は大敵。工場の随所に、それらを持ち込まない工夫が徹底されている。髪の毛1本も露出させない厳重な衛生服に、虫除けのエアカーテン、手洗いや消毒の徹底はもちろんのこと、工場内の時計にはカバーがなかった。

↑カバーとなるガラスが取り去られている。万が一外れて落下するとガラスが飛散し、工場内に持ち込まれるおそれがあるからだそうだ

 

1.【育苗室】一粒ずつ種を植え、育苗を行う

では、植物の成長過程にのっとって工場内を見ていこう。最初に訪れたのは「育苗室(いくびょうしつ)」と呼ばれる、種から発芽させ苗床で苗を育てる部屋。専用のベッドに一粒ずつ種を植え、4時間に1度の間隔で散水すると、2日間程度で発芽する。

↑ベッドはしっかり水分を吸収するウレタン製。ほかにロックウールが多く使われるが、発芽率が高いものの藻が生えやすいため、採用していないという

 

↑種から発芽した状態

 

訪れた際は育苗室のLEDが切られていたが、それは露地栽培のように昼と夜を創出しているため。光を当て続ければどんどん育つが、細長く伸びてしまうため、一定時間休ませることで茎を太らせしっかり茂らせるのだという。

 

発芽するとベッドごと、栄養分が加えられた水“養液”で満たされたプールに移される。

↑苗が育ち、根を下ろし始めた時期。生育環境は一定の条件下で管理されているが、種の個体差によって発芽や生育状態にわずかに差が生まれる。生育が芳しくない苗は、次の部屋へ移される際に取り除かれる

 

↑循環ポンプによって養液を行き渡らせたプール

 

育苗室で発芽して一定の大きさまで育った苗は、次の「栽培室」へと移される。その際、苗は発育をチェックされた上で、ひとつひとつパレットに移植される。

↑パレットに間隔を置いて移植される苗。茂ってもなるべく葉の多くの面積にLEDを照射するために、光を反射しやすい白のパレットを採用している

 

↑移植された苗は、レーンに乗って栽培棚へと運ばれていく。高い位置のベッドには、垂直リフトを使って自動で持ち上げられ、並べられていく

 

2.【栽培室】育った苗を出荷できるサイズにまで育てる

パレットに移された苗は、再びLEDの下で育てられることになる。

↑栽培室でLEDを照射されるリーフレタス。みずみずしい葉が奥まで続く様は、圧巻の眺めだ

 

成長させる要素は、LEDの照射と養液の2点。また、最適な室温にキープするための空調も重要だ。オペレーションは基本的にプログラムで自動化されている。

↑LEDは植物の栽培に適した特有のもの。真下の野菜に効率的に照射できるよう、周囲に広がりにくい設計となっている

 

↑空気の循環を良くして、フロアの温度を一定に保っている

 

栽培室では、より大きく育つよう、さらにもう一度移植する“定植”が行われ、その後収穫まで育てられる。

↑定植の作業。根が養液に浸るようパレットに差し込んでいく

 

3.【梱包室】収穫したレタスを梱包する

続く工程が、収穫、計量、梱包。スタッフの作業が順調なあまり、収穫・出荷には間に合わず、残念ながらその作業の様子は目撃できなかったのだが、設備を見せてもらった。

↑LEDの下で育ったリーフレタス。農薬を使わずとも虫食いなどもなく、青々としてみずみずしく育っている。見るからにおいしそうだ

 

刈り取られたレタスは、5kgずつ箱に入れられ、梱包室へ運ばれる。金属探知機をくぐって異物混入をチェックされ、再度計量されたのちに、箱詰めされていく。

↑レーンに乗って運ばれて来た収穫済のレタスは、この金属探知機をパスしたあと、スケールで計量される

 

4.【冷蔵庫】出荷まで保管する

彩菜生活のロゴ入り段ボールに詰められたリーフレタスは、出荷まで冷蔵庫で過ごす。

↑冷蔵庫で出荷を待つ、前日に収穫されたリーフレタス

 

初出荷以降、取材した8月下旬まで全量が買い取られているという。品質と味に期待と信頼が寄せられていることが窺い知れる。

 

ちなみに、収穫されたリーフレタスは日々、工場長以下スタッフによって、味覚・嗅覚・触覚などで確認する検査が行われているそう。お味はどうですか? と工場長にうかがったところ(売り切れ続きで取材陣は味見できなかったのだ)、「おいしいです! サラダでお使いいただいても、ほかの食材を邪魔しない味です」とのこと。また「植物工場の葉物野菜は柔らかすぎることもあるようなんですが、お客さまには『しっかりしていますね』と味も食感も評価いただいています」。

↑「生産はいたって順調です!」と安堵するのは、工場内を案内してくれた柳田淳子工場長。東京電力ではコールセンターなどの組織長を長年務め、さまざまな職種・属性のスタッフを束ねて来た実績から、新しい取り組みを前向きに推進できる人材として白羽の矢が立ったそうだ

 

彩菜生活で収穫されたリーフレタスは、スーパーやコンビニエンスストアに製品を卸す食品加工会社に出荷、サラダなどに加工され、店頭に並ぶ。関東と関西という大商業圏の中間地に立地したことで、広域の出荷先に対応できるという。

※イメージ

 

“サステナブルな社会”の実現に、いかに役立てるか

植物工場を見せてもらった上で、東京電力エナジーパートナー常務執行役員法人営業部長であり、彩菜生活の社長でもある水口明希さんに、なぜ今、同社が植物工場を作り、野菜栽培事業に乗り出したのか、また今後の展望などを聞いた。

 

───まず、野菜栽培事業に乗り出した今の意気込みを聞かせてください。

 

「東京電力エナジーパートナーの法人営業では従来、企業のお客さまに対して電化や省エネルギーの提案をしてきました。新たに“食”という分野で、企業や社会のお役に立てる機会をいただいたと考えています。彩菜生活を通じて、社会に新たな貢献をしていきたいと思っています」(水口さん、以下同)

 

───彩菜生活は、東京電力エナジーパートナーのほか、芙蓉総合リース、ファームシップの3社による合弁会社ですね。各社はそれぞれどのような強みを持ち寄ったのですか?

 

「東京電力エナジーパートナーは、省エネ技術をはじめとしたエネルギーコスト削減の設備運用ノウハウを持っています。さらに、食品加工工場等とのネットワークも、営業面で強みとなっています。また、芙蓉総合リースは金融事業を通じて蓄積したファイナンスソリューション力とマネジメント力を、ファームシップは流通・人材事業を含めた植物工場事業全般に関わるノウハウをもっている点が強みで、お互いを補完し合い、強力なパートナーシップを発揮できると考えています」

 

───あらためて、人工光型植物工場のメリットを教えてください。

 

「天候など外部環境に左右されることなく、安定的に生産が行える上、衛生的な環境下で栽培できることで、無農薬ながら作物の病気や害虫を防ぎ、野菜の形や味、含まれる栄養素も一定の品質に保てます。さらに、高い鮮度を通常より長く保持できるため、食品ロスを減らすことにもつながります」

 

───東京電力エナジーパートナーはこの事業に、電力会社としての知見や技術をどのように生かしているのでしょうか?

 

「実は、電力と農業は古くから関係が深く、東京電力では50年も前から、農業の電化技術の開発・普及に努めてきました。近年ではハウス栽培での最適環境と省エネ実現のため、従来の重油等を使った燃焼方式の空調から、電気を使ったヒートポンプ方式へと熱源の転換を提案しています。

そこへ今回、自ら生産する側の世界へ飛び込んだわけです。植物工場というのは照明と空調が重要で、それは電気の塊なんですね。生産性と省エネ性を両立させながら最適な制御を行えるよう、実稼働とともに研究も進めてノウハウを蓄積していけば、我々の今後に生かせるだけでなく、お客さまにも還元できると考えています」

 

───近年、企業には「SDGs」を意識した取り組みが求められていますね。この事業は、消費者や地元、さらに社会にどのように貢献できるのでしょうか?

 

「日本の農業を取り巻く環境としては、昨今の天候不順によって野菜の出荷量や販売価格が乱高下していること、食に対する消費者の安心安全意識が高まっていること、高齢化などによって農業従事者が減少していることなどが挙げられ、日本の農業や食に関する課題だと認識しています。植物工場は、それらの課題を解決する手段のひとつになるはずです。

また、現時点ですでに60〜70名のパートさんを採用していますが、みなさん地元の方です。地元に雇用を創出するという面でも、お役に立てていると感じています。これらによって、SDGsの理念である『持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現』に貢献していきます」

 

───今日時点(8月下旬に取材)で、稼働する栽培室は4室あるなかの1室でしたが、計画ではいずれどのような規模感になるのでしょう? また、国内の生産量のなかでどれくらいの影響力があるのでしょうか?

 

「現在、植物工場で収穫されるリーフレタスは、日本国内で収穫されるリーフレタスの約2%に留まります。彩菜生活は、2021年夏までに1日あたり約5t、1株100g換算で約5万株相当の生産を計画していますが、それを達成すれば世界最大の生産量を誇る植物工場となり、よりいっそう安定的な食の供給に貢献できるようになります。

また、栽培する野菜も現在はリーフレタスのみですが、ニーズがあればほかの野菜も視野に入れるかもしれません。野菜を購入してくださるお客さまのニーズや事業環境などを見定めながら、判断していきたいと思っています。

まずは、2021年夏までに目標の生産量を達成できるよう邁進していきます。ご期待ください!」

 

世界の食糧危機を救う……までにはもう少し時間がかかりそうだが、まずは国内の食糧事情を支える大きな一歩を、着実に踏み出したことは間違いない。

 

 

取材・文・撮影/和田史子(GetNavi web編集部)