【西田宗千佳連載】Arm版Windows 10は「VR機器」に使われる!?

「週刊GetNavi」Vol.62-4

↑HP Envy x2(国内発売未定)↑HP Envy x2(国内発売未定)

 

Snapdragonを搭載したPCは、まずは「ノートPC」の形で登場する。正確にいえば、シンプルなクラムシェル型ではなく、タブレットとしても使える「2 in 1」タイプが多くなるようだ。Arm版Windows 10が登場する背景として、インテルが低消費電力・低価格なCPUである「Atom」シリーズの開発を中止した、ということがある。Atomは低価格かつ低消費電力が求められるタブレットや2 in 1に使われることが多く、2018年以降、このゾーンの製品を作るためのプロセッサーに空白が生まれる可能性があった。そこで、似た特質を持ち、生産面で不安のないSnapdragonを採用することで、問題を解決したい……という目論見があったのは間違いないだろう。

 

また、これまでの連載で解説した通り、現状、PCはスマホのように「常時通信を使う」ことを前提とした製品が少ない。そうした特性を持つ製品が今後求められるという点でもSnapdragonの採用が必要になったのだ。 では、Snapdragonは、2-in-1やタブレットだけに使われるのだろうか?

 

筆者は「違う」と予想している。とはいえ、デスクトップPCにSnapdragonが使われると思っているわけではない。性能的に劣る上に、そこまで消費電力を下げる必要がないからだ。むしろ、演算力やグラフィック性能を求められるデスクトップPCこそ、従来通りのPCアーキテクチャの生きる道だ。

 

筆者は、Snapdragon版PCの用途のひとつとして、「ヘッドマウントディスプレイ(HMD)一体型のVR向け機器」を想定している。現在のVR機器の欠点は、ケーブルによってPCと接続する必要があることだ。PCと接続することでリッチなグラフィックスを実現できる、というメリットはあるものの、部屋の中を歩き回ったり、外出時に屋外で使ったりするにはやはり不便だ。

 

そうした部分を解決するには、コンパクトなPCをHMDに組み込み、HMDそのものだけで成り立つVR機器にするのがベストだ。Oculusは2018年上期に「Oculus Go」という一体型VR機器を市場に投入する。またレノボは、Googleと共同で開発した「Daydream」規格準拠の一体型VR機器を「近々」市場に投入する、とアナウンスしている。

 

こうした機器に共通しているのは、アーキテクチャとしてPCのそれではなく、スマホと同じものを採用している、ということだ。小型で消費電力の小さな機器を作るには、スマホの設計を流用するのがベストであるからだ。

 

ここで思い出してほしい。Snapdragon版のPCのアーキテクチャは、ほぼスマホと同じである。OSはWindowsだが、一体型HMDを作れるだけの小型さ、そして低消費電力を実現できる。

 

では、そういう機器はどこから出てくるか? 筆者は、マイクロソフト自身が開発しているのでは……と予想している。

 

2016年に開発者向けに発売された「Microsoft HoloLens」は、CPUにAtomを採用していた。そして、現在マイクロソフトは、個人向け市場を想定した次世代HoloLensを開発中である。ということは……? あとは今後のお楽しみとしよう。

 

●次回Vol.63-1は「ゲットナビ」3月号(1月24日発売)に掲載予定です。

 

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【西田宗千佳連載】通信前提のSnapdragon搭載PCで「割引販売」は生まれるか

「週刊GetNavi」Vol.62-3

↑HP Envy x2(国内発売未定)↑HP Envy x2(国内発売未定)

 

2018年前半には、Snapdragonを採用したノートPCが市場に登場する。そのいくつかは日本でも販売されることだろう。では、この種の製品は、ノートPC市場のあり方を変えるほど一気に普及するのだろうか?

 

この先の予想は、非常に難しいものだが、Snapdragonを搭載したノートPCの登場によって、PCの販売形態が大きく変わり、それが普及に拍車をかける可能性は十分にある。

 

Snapdragonを搭載したPCは、「いつでも通信につながっている」ことが最大の特徴となる。要は、スマホやタブレットのような使い勝手になるのだ。実際のところ、本当に同じになるかはわからない。だが少なくとも、外でPCを使う時に、いちいちフリーWi-Fiを探したり、スマホのテザリングを使ったりする必要はなくなる。LTEで直接通信ができるからだ。

 

逆にいえば、PC用の通信契約がないと、Snapdragonを搭載したPCは単なる「ちょっとバッテリーが長持ちするが、動作は緩慢なPC」でしかない。だから、安価なデータ回線契約と組み合わせて利用するのが基本になるだろう。

 

ここで2つの方向性がある。

 

ひとつは「自由に契約を選べる」パターン。自分で好きなSIMを選んで使う、いわゆるSIMフリーの端末という形だ。それどころか、SIMカードを利用せず、PC上からソフト的に契約して使う「エンベデットSIM」を採用した製品も出てくるだろう。マイクロソフトが運営する「Microsoft Store(これまではWindows Storeと呼ばれていた)」では、2017年秋から通信契約も行えるようになっている。必要な時だけ通信契約を「買う」といったスタイルがありうる。この場合には、当然、ハードウエアはそれなりの価格、すなわち、いまのPCと同じような価格で売られることになるだろう。

 

もうひとつは「契約セット」。いまのタブレットと同じように、携帯電話事業者が端末を仕入れ、特定の通信事業者との通信契約をする前提で販売するといったスタイルだ。この場合、自由度はなくなるが、契約が前提となるため、ハードウエア価格になんらかの割引が発生することが期待できる。割引で販売されるタブレットがあるように、PCも割引販売が行われる可能性は高いだろう。「スマホとセットなら割り引く」というパターンも考えられる。

 

通信がセットになるということは、それだけ取りうるビジネスモデルの幅も広がる可能性がある、ということである。特に若年層では「PCはスマホより高い」という認識があって、昨今ではそれが普及にブレーキをかけている部分がある。しかし、通信とセットで割引販売されることによって、PCの購入がこれまで以上に身近になるのだ。

 

では、こうした変化はノートPCだけにとどまるものなのだろうか? そのへんの予測は、次回のVol.62-4で解説していこう。

【西田宗千佳連載】スマホ由来の「システム全体での省電力化」がバッテリー動作時間を延ばす

「週刊GetNavi」Vol.62-2

↑HP Envy x2(国内発売未定)↑HP Envy x2(国内発売未定)

 

ノートPCの歴史は、小型化と消費電力低下の歴史、といっていい。いまでこそ、1kg前後で7時間程度動作するノートPCは珍しくなくなったが、こうした状況になったのもほんの数年前のことである。

 

ノートPCのバッテリー動作時間が伸びた理由は、主に3つある。ひとつは、もちろんCPUの消費電力が下がったこと。2つ目は、バックライトがLEDになり、ディスプレイの消費電力が下がったこと。そして3つ目が、各種デバイスのサイズが小さくなり、同じボディサイズの中に、より大容量のバッテリーを搭載できるようになったことである。

 

実は、PC全体におけるCPUの消費電力は、そこまで大きくないのだ。一般的にはCPUの関与度は3分の1程度と言われており、残りの3分の1がディスプレイ、さらに残りがほかの回路、といわれている。

 

CPUやディスプレイの省電力化は確かにインパクトがあるのだが、CPUを10%省電力化しても、それだけでは極端に大きな影響が出ない……というのも事実。いまやノートPCの省電力化は、あらゆる部分が協調して初めて実現できるものになってきている。

 

Snapdragonを採用した「Arm版Windows 10」を使ったPCは、動作時間が20時間以上と、一般的なノートPCに対して劇的な長時間駆動を実現している。それが可能になった理由も、実はCPUだけにあるのではない。正確にいうと、Snapdragonというプロセッサーを採用することは、単に「CPUを変えた」こととは異なる特性を持っているのである。

 

Snapdragonのようなプロセッサーは、俗に「システム・オン・チップ(SoC)」と呼ばれる。SoCとは、CPUやGPU、メモリーコントローラーなど、機器を構成するために必要な要素をまとめたものなのだ。一般的にスマホに使われるSnapdragonの場合には、上記のほかにLTE/Wi-Fi通信用のモジュールや動画・音声などの再生支援機能、セキュリティを扱うための暗号化回路も含まれる。

 

これらは協調しあって動作しており、一方で、すべての部分が常に動いているわけではない。だからスマホ向けのSoCは、こまめに作業や用途に合わせて動作をコントロールし、消費電力をとにかく下げるよう工夫されている。PCのCPUも同じような仕組みにはなっているのだが、PCのように大きなバッテリーを搭載できず、バッテリーに対する要求がさらに厳しいスマートフォンでは、そうした「全体的なコントロール」がよりシビアに行われており、その結果、バッテリー動作時間を長くすることができているのだ。

 

一方で、もちろんデメリットもある。処理能力だ。SoCの性能は、PCのCPUやGPUほど高くないし、長時間トップスピードを維持するのも難しい。PCに搭載する場合は、OS側でのエミュレーションも利用されるので、アプリ自体の動作速度はどうしても遅くなる。ゲーム向けPCやクリエイター向けPCへの採用は難しく、そのへんは既存のシステムとの棲み分けとなるだろう。

 

では、Arm版Windows 10を使ったPCはどのくらい普及するのだろうか? これについての予想は次回のVol.62-3以降で。

 

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