早期教育とSTEAMに転換したインドの教育政策、700万人以上の教師の確保が課題

インドでは2020年7月から、新たな「国際教育政策(NEP2020)」が施行されています。教育政策の見直しは30年ぶりのことでしたが、その主眼は個人の能力を伸ばし、IT発展後も世界で活躍できる人材を育てること。「公平でインクルーシブな教育」を重要視しながら、誰もが質の高い教育を受けられることを目指します。今後の課題についても触れながら、インドの教育現場がどのように変化しつつあるのかを説明します。

インド農村部の学校に通う子どもたち

 

3歳からの早期教育を重視

まず大きく変わったのは、早期教育に重点を当てる教育制度になったこと。従来の教育システムでは6歳から始まる「10・2年制度」でした。今回の改訂では「6歳以前から脳の発達が育まれる」という考えに基づきながら3歳からの早期教育を導入し、「5・3・3・4年制」を採用。新しい教育システムによると、子どもたちは基礎段階で5年間、準備段階で3年間、中期段階で3年間、中等教育段階で4年間を過ごします。

 

現在、幼児はまず近くのプレスクールで日中を過ごし、4歳ごろになると幼稚園で2年間を過ごします。そして、就学開始時の6歳になると小学校に入学するのが一般的です。経済的な理由から、幼稚園には通わずに就学する子どもも多くいます。

 

インド政府は言語習得をはじめ、数字に関する感覚の基盤がないとその後の学習に大きく影響すると考え、言葉が発達する幼児期の教育が大切だと判断。政策の見直しにより、3歳から教育を受け始めて8歳まで同じ学校で学び続けることができるようになりました。新しい教育政策によって、基礎段階である幼稚園から小学校低学年まで一貫した教育を5年間受け、その後中等教育への準備段階にあたる小学校高学年の学習を3年間受けるという形になったのです。

 

3歳からの義務教育化によって有料の幼稚園やプレスクールに通わせる必要もなくなり、教科書代などを除けば基本的に教育費用は無料。さらに、統一されたカリキュラムに沿って授業が行われるようになり、どの子も公平に教育を受けることが可能となりました。

図工の時間に絵を描く子どもたち

 

暗記学習からSTEAMへ

また、新たな教育政策では個人の能力を伸ばす方向へと舵を切ったことも特徴。そのために、これまで暗記学習主導だったカリキュラムを体験学習や応用学習、分析・探求学習、STEAM教育を意識した学習へと移行しています。

 

これまでインドの教育は暗記中心型で、20段まである掛け算の九九も言えるなど九九や数式などの暗記を重視してきました。暗記ができた生徒から黒板の前に立って全員の前で暗唱し、できなければ覚えるまで続けるなどの手法で、他の科目も同様でした。

 

しかし今後は、新たな教育政策のもとで、暗記中心の教育から、個人の能力を伸ばす教育に転換していくことになります。具体的には、個人が抱く関心や興味を大切にし、批判的思考も養いながら、ディスカッションを通して学んでいく手法を導入。例えば、地球温暖化など自分が興味を抱いた一つのテーマについて自由に調べたうえで意見を発表し、さらにクラス内で意見交換するなど、従来の受け身から自らが進んで学ぶといった学習に変化します。

 

また、職業学習、数学的思考、データサイエンスやコーディングなど最新のデジタル技術を用いた体験学習を導入すると同時に、新たに科目選択制ができるようになり、芸術や体育など副教科とされるものについて自分の興味のある科目を選択できるようになりました。

 

教員側には、生徒の教育的、肉体的、精神的な満足度や幸せを対象に含めた新たな評価モデルが取り入れられていますが、これら全ては、将来に備えて子どもたちを真のグローバル市民に育て上げることを目標に設計されているのです。

休み時間には鬼ごっこに似た遊び「カバディ」を楽しむ

 

質の高い教員の確保が課題

新しい教育政策を進めていくうえで重要になるのが、教師の存在です。「NEP2020」を背景に、2022年1月から国内45の教育機関が新たな「統合教師教育プログラム(ITEP)」を開始しました。質の高い教師の育成に向けたもので、「ITEP」のコースは全国共通入学試験や教育技術評議会のスコアに基づいています。

 

これまで教師を目指す人は卒業と学士号取得まで5年間かかるなど、日本の大学の教職課程よりも長かったのですが、ITEPの学士号プログラムでは4年間に短縮。才能のある若者などにとって大きなメリットになると言われており、2030年以降はITEPが教師採用の基準になるようです。

 

しかし、インドでは教師の給与は高いとはいえず、むしろ低賃金の職業とされています。NEP2020によって700万人以上の教師が必要になると推定されていますが、どのように優秀な人材を確保していくのかが今後の重要課題です。

 

新たな政策のもと、大きく変わりつつあるインドの教育。筆者が知る学校では3歳からの早期教育プログラムが始まっており、子どもたちは自然の中で学習したり、造形活動をしたりと五感を使って楽しそうに学んでいます。社会的・経済的階級や背景に関係なく、全ての子どもが公平に質の高い教育を受けられるようになることは、格差社会を改善する第一歩となるでしょう。

 

執筆/流田 久美子

 

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日本式に大きな期待!途上国へ拡大する「STEAM教育」

【掲載日】2022年4月27日

最近、STEM/STEAM教育が途上国で盛り上がりを見せています。それぞれの国の問題を解決したり、現代の産業や経済のグローバル化などに対応したりするために、途上国が国家レベルで、この教育モデルの構築に取り組むケースが見られるようになってきました。

日本式STEAM教育を世界へ

 

2022年3月、ナイジェリアでSTEAMを専門とする高等教育機関(ポリテクニック)をリバーズ州トンビアに設立する法案が可決しました。同校はソフトウェア工学や人口知能分野、さらに困難なビジネス状況に陥った場合においても創造的な解決手法を見つけ、世界に羽ばたく人材を育成することを目指していくための先駆的な機関です。

 

また、ジャマイカもSTEAM教育を国家で推進しており、4月1日の同国西インド諸島大学におけるSTEMキャリアフォーラムにおいては、初等教育段階からSTEM学習を推進しプロジェクトベースで問題解決型の能力評価を重視していく旨が大臣から発表されました。

 

そもそもSTEM/STEAM教育とは、Science(科学)Technology(技術)Engineering(工学)Arts(芸術)、Mathematics(数学)の頭文字を並べたもので、国によって定義は異なりますが、「問題解決的な学習」をコンセプトにしています。当初は「科学(S)・技術(T)・工学(E)・数学(M)」という4つの学問分野を統合的に学ぶためのモデルでしたが、その後「A(芸術)」を加えたモデルへと発展。日本の文部科学省は「芸術、文化、生活、経済、法律、政治、倫理等を含めた広い範囲でAを定義し、各教科等での学習を実社会での問題発見・解決に生かしていくための教科等横断的な学習を推進することが重要」と述べています。

 

芸術が加えられたように、数学や科学をベースにしながら「創造力」や「感性」を重視する教育は、評価方法はもちろん、実際にそれらの分野を包括的に指導する側にも、既存の教育システムや価値観に捉われずに、新たな基準を作り出していくことが求められます。また、学習したことをビジネスに昇華させる過程では、さらに高度なレベルが求められるため、教育機関だけでなく産業界をも巻き込んだ国家的な取り組みになっていると言えます。

 

時代に適した感性や一見何事にも活用が難しいと思われる技術を掘り出して、ビジネス——つまり「商品」——としてマネタイズできる先進的なプロデューサーやプロジェクトマネージャーもSTEAM教育の先に求められてきます。

 

STEAM教育において日本は世界各国での評価が高く、資源の多くを輸入に頼っている島国を世界的に飛躍させた高品質な工業製品を生み出す原動力の1つであったと言えるでしょう。すでに掃除や日直、学級会といった特別活動を中心とする「日本式教育」は海外に輸出されていますが、これからは「日本式STEAM教育」の確立と途上国への伝達もより大切になりそうです。

 

【参考】

文部科学省『STEAM教育等の教科等横断的な学習の推進について:文部科学省初等中等教育局教育課程課』2022年4月25日閲覧)https://www.mext.go.jp/content/20210714-mxt_new-cs01-000016477_003.pdf

 

杉山雅俊・江草遼平・手塚千尋・辻 宏子(2021)『日本型STEM/STEAM教育の構築に向けた学習指導要領解説の比較分析』日本科学教育学会研究会研究報告、36 巻 2 号 p. 177-180 https://doi.org/10.14935/jsser.36.2_177

 

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