子どもから大人まで「鉄道好き」ならゼッタイに楽しめる「しかけ」が満載!−−『はっけんずかんプラス鉄道』

鉄道好きにお勧めの書籍が12月17日に発行された。対象は幼児〜小学校高学年向けの児童書ながら、大人でも十分に楽しめる内容となっている。タイトルは『はっけんずかんプラス 鉄道』(学研プラス・刊)。サブタイトルに「まどあきしかけ」とある。さて「まどあきしかけ」とは何だろう?

 

 

【本書の特徴①】あければ、おっとの「まどあきしかけ」

まずはこの本、イラストが中心となっている。描いたのはスズキサトルで、乗り物の絵本や児童書、アウトドア雑誌や書籍などを中心に幅広いジャンルを描く新進気鋭のイラストレーターである。同書籍のイラスト点数が並みではない。大きなイラスト64点、小さめのイラスト99点。今回、掲載できなかったものまで含めると計180点近いイラストを新たに書き起こし、それらのイラストを組み合わせて作られている。ちなみに構成や文章、写真などは本原稿の筆者が監修役を務めた。

 

↑「たくさんの人を運ぶ通勤電車」のイラストページの一部。全国を走る10車両の紹介と、「まどあきしかけ」が隠されている

 

前ふりはこのぐらいにしておき、そのポイントを紹介してみよう。上記の写真は4章「たくさんの人を運ぶ通勤電車」というイラスト中心の、しかけページである。この写真を見る限りは、ごく普通のイラスト本とかわりないように見える。さて、この本のポイントは「まどあきしかけ」にある。その一部を見てみよう。

 

【本書の特徴②】あければあけるほど発見や楽しみが倍増!?

「まどあきしかけ」を分かりやすく説明するために、写真で手順を追ってみた。たとえば西武鉄道40000系 S-TRAINの「まどあきしかけ」。この車両の特徴といえば、座席の向きが変更できるところ。通常の列車として走る時は、ロングシートとして、指定席列車として走る時にはクロスシートとなる。このあたりの仕組みが「まどあけしかけ」をめくると分かるのだ。

↑西武鉄道40000系の「まどあきしかけ」は凝っている。1つめをあけるとロングシートが登場、2をあけるとクロスシートとなる

 

例をあげたが、こうした「まどあきしかけ」が本文34ページに、84か所も仕組まれている。かなり凝った仕掛けの車両もあり、あけていく楽しさがこの本の特徴となっている。

 

【本書の特徴③】制作している側にも新たな発見があった

筆者の性分として、つい本づくりや、原稿を書く時に、“凝ってしまう”ところがある。また分からないところがあると、とことん調べてしまう。いろいろ調べていくうちに、複数の発見があった。

 

その一つを紹介しよう。石油類を運ぶ貨車、タンク車。こちらのタンク車は私有貨車といって、石油を輸送する会社が所有している。タンクの中は、どのようになっているのだろう、と疑問がわいた。ところが、調べても資料がほぼない。そこで日本石油輸送株式会社の担当に聞いて、資料を多数出していただいた。

↑「パワー全開!貨物列車」のページの一部。「まどあきしかけ」を全部あけると、こんなに多くの仕掛けが隠されている

 

すると、これまでどこにも紹介されていないと思われる事実が分かった。タンク内には、上部マンホールから降りるはしごがある。さらに下部にある排出口を開閉するシャフトが天井部まで伸びているということが分かった。

 

このことは輸送に関わる鉄道会社に勤める人も初めて知ったというぐらい、新しい情報だった。

 

【本書の特徴④】写真中心ずかんページには多くの「ひみつ」が

本書の構成はイラスト中心の「しかけページ」と、写真中心の「ずかんページ」に分かれている。「しかけページ」の後ろには必ず「ずかんページ」が続く。取り上げたテーマは8項目で次のとおり。

 

①いろいろな新幹線

②特急がいっぱい! 

③乗りたい!観光列車 

④たくさんの人を運ぶ通勤電車 

⑤まだまだいっぱい!いろいろな電車 

⑥電気で動くだけじゃない! ディーゼルカーなど 

⑦パワー全開! 貨物列車 

⑧鉄道の安全を守る! 

 

ずかんページは写真中心の構成で、イラストページでは、紹介できなかったポイントが例えば「新幹線のひみつ」というように、“ひみつ”というキーワードで紹介されている。

↑写真を中心に構成された新幹線のずかんページ。「新幹線のひみつ」として新幹線として走る車両を網羅している

 

このように、ごく一部を見るだけでも、盛りだくさんの情報を詰め込まれていることが分かる。定価は2178円(税込)。クリスマスプレゼントにいかがだろう。

 

【書籍紹介】

 

はっけんずかんプラス鉄道

著者:スズキサトル (イラスト)、星川功一(監)
発行:学研プラス

めくるしかけや豊富な写真で、鉄道の秘密に迫るしかけ図鑑。鉄道が大好きなお子さんが満足する情報を幅広く、深く紹介します。しかけ図鑑ならではのわかりやすさと楽しさで、鉄道のことがもっと好きになる一冊です。

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火入れ式も終わり2機体制に!東武鉄道「SL大樹」の今後に夢が膨らむ

〜〜東武鉄道SLC11形325号機「火入れ式」〜〜

 

東武鉄道が運行する観光列車「SL大樹(たいじゅ)」。日光・鬼怒川温泉地区の活性化を目的に生まれた列車で、同地区の観光客の増加に貢献してきた。そんなSL大樹に、この12月に大きな“動き”があった。

 

新たなC11形への火入れ式が行われたのである。新たな蒸気機関車が加わり2機体制に増強された。さらに3機めの修復が進められている。今回は火入れ式の模様と、車両や列車の生い立ち、今後の運行予定をレポートしよう。

 

【関連記事】
魅力はSL列車だけでない!「東武鬼怒川線」の気になる11の逸話

 

【SL大樹に注目①】火入れ式が行われたC11形325号機とは?

埼玉県久喜市にある南栗橋車両管区。東武鉄道日光線の南栗橋駅近くにある車両基地で、東武鉄道の総合メンテナンスセンターがある。基地の一角にSL検修庫があり、ここで2020年の12月2日に「火入れ式」の神事が催された。

 

すでにSL大樹用にはC11形207号機が使われている。これまで1両のみでの運行を行ってきたが、鉄道車両としては高齢にあたる蒸気機関車なので、過度な負担は禁物となる。大事に扱うことが必要だ。そのため週末など運転日を限定せざるをえなかった。さらに検査日には、ディーゼル機関車が牽引を代行した。鉄道ファンにはディーゼル機関車の牽引も人気があったが、一般利用者にとっては「せっかく訪れたのに」ということになっていた。

 

そこで、SL大樹の運行を強化すべく、蒸気機関車を探していた。そして今回、新たにメンバーに加わったのが、C11形325号機だった。

↑東武鉄道南栗橋車両管区で「火入れ式」が行われ、正式にSL大樹の牽引機となった。きれいに整備された車体が美しい

 

C11形325号機の生い立ちを紹介しておこう。325号機は1946(昭和21)年3月28日、日本車輌製造本店で生まれた。太平洋戦争後、間もなく製造された蒸気機関車で、「戦時設計」「戦時工程」で造られた4次形車両に含まれる。当初は茅ヶ崎機関区に配置された。相模線や南武線などを走った後に、米沢機関区へ。米坂線や左沢線(あてらざわせん)で列車を牽引した。

 

湘南育ちで、その後に山形県内のローカル線を主に走ったわけだ。1972(昭和47)年に引退し、新潟県内で静態保存されていた。1998(平成10)年にJR東日本の大宮工場で復元工事を行い、この時に4次形 C11の特徴だった角形ドームが丸形ドームに変更されている。そして真岡鐵道の「SLもおか」として走り始めた。

↑真岡鐵道を走っていた頃のC11形325号機。下館駅行きの列車は先頭にC11形、後部にC12形といった運転も行われていた

 

真岡鐵道ではC12形とともに2機体制で、SL列車を運行させていた。JR東日本にたびたび貸し出され、「SL会津只見号」ほか多くの観光列車としても利用されていた。長年、走り続けてきたが、高額な検査・整備費用の捻出が難しくなりつつあり、引き取り手を探していた。

 

真岡鐵道では2019年12月にラストランを行った。その後に、325号機は所有権を真岡市から芳賀地区広域行政事務組合に移され、2020年7月30日に東武鉄道に正式に譲受された。それから4か月に渡り東武鉄道によって整備が進められ、今回の「火入れ式」となったのだった。

 

【SL大樹に注目②】女優の門脇 麦さんも駆けつけ祝福した

蒸気機関車に魂をいれ、また今後の安全を祈願する「火入れ式」。神事とあって厳かな雰囲気のなか進行された。神職による祝詞(のりと)の読み上げや、拝礼が執り行われる。その後に、根津嘉澄東武鉄道社長が点火棒を使い、SLの心臓部、ボイラーへの点火が行われた。

 

こうしてC11形325号機は、東武鉄道の蒸気機関車として正式に復活したのである。

↑安全などを祈願して東武鉄道の根津社長が点火棒を使って「火入れ式」を行った 写真提供:東武鉄道株式会社

 

火入れ式当日は女優の門脇 麦(かどわき むぎ)さんがゲストとして招かれた。大河ドラマ「麒麟がくる」のヒロイン役をつとめ注目される門脇さんは「1号機のC11形207号機の運行(開始)日が私の誕生日と同じ8月10日だったので、SL大樹とは何かのご縁があるように思っていました。今日の火入れ式に参加できてとても光栄でした」と話す。

↑東武鉄道の根津社長と並び写真に納まるのはゲストとして招かれた女優の門脇 麦さん  写真提供:東武鉄道株式会社

 

無事に「火入れ式」が終了したC11形325号機。12月26日の土曜日から早くも運行に使われ始め、SL大樹の牽引役をつとめる。

 

【SL大樹に注目③】人気のSL大樹の列車&車両の歩みをたどる

ここからは、せっかくの機会なので、SL大樹の歩みをふりかえっておこう。

 

SL列車の運転計画は今から5年前にさかのぼる。2015年8月10日にJR北海道が保有するC11形207号機を借り、東武鉄道鬼怒川線で運行することを発表された。ちなみに207号機は、かつて走った路線で濃霧に悩まされたことから、その対策として、前照灯を2つ付けている。通称“カニ目”という造りで人気となった。近年はSL函館大沼号などの観光列車の牽引に使われていた。

↑北海道の函館本線を走っていたころのC11形207号機。JR北海道ではSL函館大沼号などの牽引機として活躍した 2013年7月13日撮影

 

まずは、この207号機をJR北海道からかりることができた。もちろんSL列車は蒸気機関車だけでは運行できない。乗客が乗車する客車が必要となる。ちょうどJR四国が14系・12系客車を使わずにいたこともあり、この客車を譲り受けた。蒸気機関車の運行をバックアップする補機用に、JR東日本のDE10形ディーゼル機関車を譲り受けた。さらに安全機器類などを搭載するための車掌車もJR貨物とJR西日本から譲り受けた。

 

起点の下今市駅と、終点の鬼怒川温泉駅に方向転換する転車台がほしい。そこでJR西日本の長門市駅と、三次駅(みよしえき)にあった転車台を譲り受け、輸送して整備した上で設置した。

 

さらに専門のスタッフを育てなければいけない。蒸気機関車運行用の機関士、機関助士、検修員、整備員の育成が必要となる。何しろ、東武鉄道では1966年6月にSLの運行が終了していた。当時を知る人も社内にはいなかった。そこで秩父鉄道、大井川鐵道など、蒸気機関車を動かしている鉄道会社へ、乗務員の研修を依頼した。こうして他の鉄道会社の協力を得て、蒸気機関車の扱い方を学んでいったのである。

 

こうした自社以外の多くの鉄道会社の協力を得て、一つのプロジェクトを成し遂げていくというスタイルは、これまでの鉄道業界では、ほぼなかったことだけに、注目を集めた。

 

そして2016年12月1日、今回、火入れ式が行われた同じ南栗橋SL検修庫で、SL列車の名前が「大樹」と発表された。C11形207号機のお披露目も行われた。4年前を写真で振り返ってみよう。

↑2016年12月1日に列車名は「大樹」と発表された。この日にC11形207号機に初めてヘッドマークが取り付けられた

 

2016年12月1日に列車名「大樹」が発表されるとともに、南栗橋駅構内に設けられたSL用の側線を颯爽と走る姿も報道陣に公開された。

 

この時には、現在使われている車掌車のヨ8000形(8709)とヨ5000形(13785)を連結して走る姿を見ることができた。ヨ8000形はSL大樹にも連結されて、活躍中だが、ヨ5000形はその後の姿を見ていない。ちょっと気になる存在でもあった。

↑列車名の発表とともに南栗橋車両管区内で試運転シーンが公開された。連結しているのは車掌車のヨ5000形とヨ8000形

 

↑C11形207号機の機関車の運転室内。SL列車の運転に向けて、スタッフは長期にわたり他社に出向き研修を積み重ねた

 

【SL大樹に注目④】転車台の作業が人気イベントとなった

2016年12月に列車名が発表された。その後8か月にわたり、試運転などの準備が進められ、2017年の8月10日に正式に運転が始められた。かなり時間をかけて準備されたSL運転だったことが分かる。

↑砥川橋りょうを渡るSL大樹。トラス部分は明治30年に架けられた阿武隈川橋りょうを転用したもので国の登録有形文化財に指定される

 

 

筆者もSL大樹の運転開始後に、たびたび沿線を訪れたが、まずは最初に驚かされたのが転車台の設置場所+公開方法だった。

 

起点となる下今市駅は、北側スペースに扇形庫と転車台が設けられた。見学用の転車台広場が造られ、また隣接してSL展示館が設けられた。転車台を使っての方向転換の作業が、人気のイベントとなった。

↑運転開始当初の下今市駅構内の転車台。後ろの扇形庫は、車両の増強もあり、大きく改修されている

 

下今市駅の転車台は駅構内なので、見学は乗客や入場した人が限られる。鬼怒川温泉駅の場合は、最初に見た時は、びっくりさせられた。

 

駅の玄関前に転車台が設けたのだった。この場所ならば、誰もが気軽に方向転換の風景を楽しむことができる。駅の構内でなく、駅前にわざわざ転線しなければいけないのは、手間かも知れない。だが、転車台でぐるりと回る作業を、一つのエンターテイメントとして売り出したのは、さすがに大手私鉄ならではのアイデアだと感心させられたのだった。

 

SL大樹が運行され始めてすでに4年となる。この鬼怒川温泉駅の駅前での転車台による方向転換は、すでに温泉地を訪ねる観光客にとっても、楽しみなイベントとしてすっかり定着しているかのようだ。

↑鬼怒川温泉駅の駅舎前に設けられた転車台。鬼怒川温泉を訪れた観光客にとって方向転換シーンは注目イベントとなっているようだ

 

【SL大樹に注目⑤】沿線の駅もレトロできれいに模様替え

実は東武鬼怒川線の途中駅は、昭和初期に開設した駅がほとんどで、多くの駅の施設が国の登録有形文化財に指定されている。

 

そうした文化財の状況は、SL大樹の起点駅、下今市駅の旧跨線橋内に解説がある。興味のある方はぜひ見ていただきたい。実は下今市駅の旧跨線橋(東武日光駅側)自体も、国の登録有形文化財に指定されている。

 

東武鉄道ではこうした文化財を生かしつつ、各駅の「昭和レトロ化工事」を進めている。たとえば途中の新高徳駅。最寄りに人気の撮影スポットがあり、鉄道ファンがよく利用する駅だ。この駅に2020年の早春に訪れてびっくりしてしまった。

 

前はごく普通の駅だったが、いつのまにかレトロなおしゃれな姿に変身していたのである。トイレもきれいに整備されていた。駅員もレトロな制服姿に。SL列車が停まらなくとも、鉄道ファンは訪れる。細かいところにまで徹底して整備を始めている。“ここまで東武はやるのか”とビックリさせられた。

↑昭和レトロ化工事によって、リニューアルされた新高徳駅。右上の旧駅舎と比べると、とてもおしゃれに変身したことがよく分かる

 

【SL大樹に注目⑥】次から次へユニークな運行が注目を集めた

2017年8月に運転を開始したSL大樹だが、3年間、同じ形での運行を続けてきたわけではない。形を少しずつ変えて運行させていた。たとえば次の写真は、後ろに補機のディーゼル機関車を付けずに走った時のものだ。

 

補機を付けずに走ると、勾配などの運転で、牽引する機関車の負担も大きくなる。一方で、煙をはく量が多くなる。ちょうどこの補機を付けなかった期間は冬期だったこともあり、白煙が目立って見えた。そうした効果があってか、多くの鉄道ファンが沿線につめかけていた。もちろん列車の乗車率も高まったはずである。

↑補機を付けずに走った時のSL大樹。冬期ということもあったが、白煙が多く立ち上り迫力のあるシーンを見せてくれた

 

また同時期には客車を1両のみだが元JR北海道で活躍していた14系客車オハ14-505、通称ドリームカーに変更した列車も登場した。ドリームカーは、国内最後の夜行急行「はまなす」に連結されていた客車だ。グリーン車と同等で、座席の間が広々していて寛いで乗車できる。またラウンジも設けられていた。札幌駅〜青森駅間を走った「はまなす」に乗車した経験がある人にとって、とても懐かしい客車なのである。

↑補機を付けずに走ったSL大樹。客車3両のうち、中間に元JR北海道の14系ドリームカーを連結して走る日も用意された

 

JR北海道からは同じ「はまなす」の客車として使われていたスハフ14-501も導入されている。これで客車は6両体制となった。さらに補機として使われるDE10形も増強されている。新たにJR東日本の1109号機を秋田総合車両センターで整備した上で譲り受けたのである。

 

この1109号機の塗装には鉄道ファンも驚かされた。青地に金色の帯、さらに運転席下に北斗星のロゴマークが入るこだわりぶりだった。かつて、寝台特急「北斗星」を牽いたDD51形ディーゼル機関車とそっくりな塗装だったのである。この1109号機が2020年10月31日から「DL大樹」を牽引して走り始めた。従来のDE10形がオーソドックスな国鉄塗装だったのに対して、この機関車の色は客車のブルー塗装と似合い、なかなか趣があった。

 

補機を付けない蒸気機関車だけの運行と、さらに新たな車両の導入。常に斬新なスタイルの列車を走らせる試みは、マンネリ化させない工夫そのもので、さすがだと思う。

↑2機目の補機用のディーゼルカーDE10形1109号機。北斗星仕様の塗装が施されていた 写真提供:東武鉄道株式会社

 

【SL大樹に注目⑦】2機体制となりより充実した運行が可能に

SL大樹は、C11形蒸気機関車の1両増やすことで2台体制となる。そして充実した運転が可能となった。整備のためSLが走らない日を無くすことができ、さらにSL列車の本数を増やすことができる。

 

早くも年末年始の運転予定のうち、12月26日と27日、1月1日〜3日、1月9日〜11日の8日間はSL2編成で運転される。SL大樹は1号から8号(上り下り4往復)が運転されるというから、鉄道好き、SL好きにとっては、注目の年末年始となりそうだ。

↑東武鬼怒川線の鬼怒川橋りょうを渡るSL大樹。新高徳駅〜大桑駅間にはこうした名物スポットが多く人気となっている

 

【SL大樹に注目⑧】さらに3機体制で夢が大きく膨らむ

SL大樹の運行は、さらに強化されようとしている。東武鉄道では新たなC11形の復元作業に取り組んでいる。

 

新たなC11が加わる。そしてナンバーは123号機となる。123号機は江若鉄道(こうじゃくてつどう)という現在のJR湖西線の一部区間を走っていた私鉄が、1947(昭和22)年に日本車輌製造に発注した車両だ。同鉄道ではC11 1として走っていた。その後に北海道の雄別炭磺鉄道、そして釧路開発埠頭と巡り、1975(昭和50)年に廃車に。その後は日本鉄道保存協会の所有となり静態保存されていた。この車両が2018年11月に南栗橋車両管区に運ばれ、少しずつ修復が進められていた。復元作業は2021年冬に完了の予定だとされる。

 

ちなみに123号機の「123」は、2020年11月1日に東武鉄道が123周年を向かえたことにちなむ。さらに1→2→3(ホップ、ステップ、ジャンプ)と将来に向かってさらに飛躍を、という思いが込められた。

 

ところで、最初に走り始めた207号機はJR北海道から借用している車両なのだが、こちらはどうなるのだろう。東武鉄道によると、今後も借り続ける予定で、名物のカニ目SLはまだ東武鬼怒川線を走り続けそうだ。

 

3機体制となると、どのような運行になるのだろう。2021年夏以降は、平日を含めた毎日、運転したいと考えているとのこと。

↑真岡鐵道では定期的にSL重連運転が見られたが、東武鉄道でも同じような運転が行われるかどうか注目したい

 

定期運行と、現在、月一回程度、行っている下今市駅〜東武日光駅間の運行のほか、他線区でのイベント運転に乗り出す。加えて事業の目的の一つ、東北復興支援の一助として、会津方面への乗り入れも今後の検討課題だとしている。

 

今回、登場するC11形325号機が走った真岡鐵道で行われたように、C11形2両による重連運転が見られる日も、意外と近い日に訪れるのかも知れない。

グラフィットの電動HVバイクが2世代目になった! 「GFR-02」の実力を隅までレビュー

スロットルをひねれば電動バイク、ペダルを漕げば自転車のような感覚で走れる電動ハイブリッドバイク。その新モデル「ハイブリッドバイク GFR-02(以下GFR-02)」が電動キックスクーターなどを手掛けるモビリティ系ベンチャーのglafit(グラフィット)から登場しました。価格は18万円(税別)。近日発売予定です。

↑近日発売予定の「GFR-02」。ステアリングポストが一体成形となり、クランクの大口径化も図られて、乗り物としての仕上がり感は着実にアップした

 

GFR-02の進化は盛りだくさん!

グラフィットでは2017年にその初代モデルとして「GFR-01」を発売し、Makuakeを通して5000台以上を販売する実績を残しました。GFR-02はその改良モデルとして登場しただけに、その期待は膨らみます。

↑スリムかつコンパクトなボディにより補完性はとても高い。本体サイズ(展開時)は、約全長1250×全幅600×全高950mm

 

では、GFR-02はどのような改良が加えられたのでしょうか。

↑11月25日に発表されたGFR-02は、「FLASH YELLOW(フラッシュイエロー)」「MATTE BEIGE(マットベージュ)」「SHIRAHAMA WHITE(シラハマホワイト)」「TIDE BLUE(タイドブルー)」の4色展開。中央に立つのはグラフィットの代表取締役CEO 鳴海禎造氏

 

改良された中でもっとも魅力的なのがインホイールモーターの出力アップでしょう。パワーは0.25kwと変わらないものの、パワーカーブをより最適化したことでスロットルを回した瞬間から力強さを感じるようになったのです。試乗してみると、加速を続けても速度は確実に上がり続け、GFR-01で感じられたパワーの頭打ち感はほぼ感じられませんでした。上限の30km/hまでスムーズに走り抜けたのは大きな進化と言っていいでしょう。

↑モーターのトルクカーブがより実用的になり、スムーズかつ快適な走行が楽しめました

 

ブレーキのフィーリングもかなり向上しています。前後輪ともディスクブレーキを採用するのはGFR-01と同じですが、軽いタッチでスムーズに制動するようになっていました。今までもしっかり効いてはいたのですが、どちらかといえば効き方はカックンとした感じ。それがGFR-02ではブレーキのかけ方に応じて確実に効いているのがわかり、思った位置にスムーズに停止できます。これは安心感を生む上で大きなプラスポイントになります。

↑ブレーキは前後ともディスクブレーキを採用。ブレーキのかけ方がよりリニアになり、安心かつスムーズな制動が得られるようになっていました

 

ペダルに直結するクランクの口径もGFR-01の42Tから52Tへと大型化した点も大きなポイントです。自転車モードではペダルを漕いで走行できるわけですが、GFR-01ではギア比が低かったために思うように速度が上がりにくいという声が多かったと言います。私がGFR-01で体感した時も、電動バイクモードから自転車モードに切り替えると速度にペダルが追いつかず空回りすることもありました。クランクの大口径化はその改善にしっかりと応えていたのです。

↑クランクをT42からT52へ大口径化したことで、自転車モードでの実用性がグンと高まりました

 

↑EVで走行する「電動バイクモード」と、ペダルを漕いで走る「自転車モード」を切り替えて走行できるが、いずれのモードでも道交法では原付自転車のカテゴリーに入ります

 

グラフィットのハイブリッドバイクは、持ち運びができる小型軽量を実現しているのも大きな特徴です。その特徴をさらに発展させるためにGFR-02では折り畳み機構も刷新されました。GFR-02では新たに右折れ式を採用してハンドルポストを外側に収めるように変更。折り畳み時の作業性は一段とスムーズになり、シートポストの長さも見直して折りたたんだ時でも安定して自立できるようになっています。

↑折り畳みサイズは、約全長650×全幅450×全高600mm

 

↑GFR-02は折りたたんでクルマに載せたり、家やオフィスなどに持ち込むことが可能。ハンドルポストが右折れとなったことで畳んだときの収まりも良くなっています

 

シェアリングでの展開も念頭に置くグラフィットのハイブリッドバイクでは、GFR-01で既に鍵を持たずに自分の指でロック解除できる「YubiLock(ユビロック)」を搭載していました。ただ、GFR-01ではカバーを開けた後、指紋認証するためのスイッチを押す手間がかかりました。GFR-02ではカバーそのものがスイッチの役割を果たし、開けたらすぐに指紋認証ができるようになったのです。これも嬉しい気遣いです。

↑指紋認証するためのスイッチはシート下に設置。カバーを開いたらすぐに認証可能となっている

 

そして、あらためてお伝えしなければならないこと、それはGFR-01もGFR-02も道交法上は“ペダル付き原動機付自転車”であることです。そのため、法規上は「原付第一種」となり、車両には保安部品として定められたライトやウインカー、メーターなど保安部品が装備されています。また乗車するには原付免許が必要でヘルメットの着用も義務付けられます。さらに気を付けるべきは、たとえ自転車モードで走行してもこれは変わらないということです。仮にバッテリーが切れて自転車モードで走っていたとしても、道交法上は原付扱いのままなのです。

↑GFR-02は原付自転車のカテゴリーに入るため、ウインカーやライト、速度計など保安部品を装備。GFR-02ではウインカーのデザインも一新されました

 

↑新意匠のバックミラーは外向きと内向きの2ウェイで使用可能。内向きでは自転車モードで使い、折りたたむときにも使用

 

新機構「モビチェン」に注目!

そのような中でグラフィットは2021年夏頃までに、自転車と電動バイクの完全切り替え利用が可能となる新機構「モビリティカテゴリーチェンジャー」(モビチェン)を発売します。これは原付ナンバープレートを覆うカバーのことで、GFR-01ないしGFR-02にモビチェンを装着してナンバープレートを覆った状態なら道交法上も普通自転車として乗車できるというものです。内閣府のサンドボックス制度を活用してグラフィットのペダル付き電動バイクを対象として認可されており、モビチェンが発売されて以降、全国の警察署に周知されるということです。

 

GFR-02の発表会場ではその試作品が披露されました。プレートを覆うカバーの上には自転車マークが描かれており、そのマークは外国人にもひと目で理解できるピクトグラムとなっています。さらにカバーをするにはメイン電源を切って、完全に電動バイクとしての機能をOFFにすることから始めます。その上で両手を使ってロックボタンを外してナンバープレートにカバーするのです。このモビチェンはオプションとして販売されますが、価格は未定。GFR-01では配線など引き回し等で取り付けに時間を要するとのことです。

↑グラフィットが“ペダル付き電動バイク”向けに開発した「モビチェン」の試作機。電源を切ってナンバープレートを自転車マーク付カバーで覆うことで普通自転車として乗れます

 

それとGFR-02ではもう一つ見逃せないポイントがあります。それはバッテリー管理です。電動で動く以上、メーター内にはバッテリー残量が表示されるようになっていますが、それは4段階のセグメントで表示されるだけ。正確な残量まではわかりません。そこで新た採用されたのがパナソニックのBMU(Battery Management Unit)です。GFR-02で採用したバッテリーにはこのシステムが内蔵されており、スマートフォン上の専用アプリで残量をより高精度に表示できるようになります。

↑GFR-02/GFR-01の速度計にはバッテリー残量が表示されるが、おおまかな4セグメント式で表示されるため、正確な残量は把握しにくい

 

↑パナソニックのBMUを使うと、専用アプリ上で“%”単位での残量チェックができ、将来は地図上に航続可能範囲などが表示することも予定しています

 

↑BMU(Battery Management Unit)について説明するパナソニック テクノロジー本部デジタル・AI技術センター主務 井本淳一氏

 

また、この機能では遠隔モニタリングによる適切なバッテリーオペレーションも実現しています。たとえば劣化したバッテリーの交換時期を適切に案内できるようになるほか、地図データなど外部のデータとの連携により、電池残量から走行できる範囲を推定することもできるようになります。可能性として道路形状や高低差を考慮した最適ルートも案内にも対応でき、その先にはシェアリングサービスの展開なども想定しているそうです。

↑GFR-02では「電動バイクモード」「自転車モード」いずれでも快適な走りが楽しめるようになりました

 

新型コロナウィルスの感染拡大という状況下にあって、パーソナルなモビリティは世界中で人気を集めており、世界的にも関連部材は手に入りにくい状態が続いているといいます。今回のGFR-02もその影響を受けており、当初予定していた発売スケジュールも延期となってしまいました。走りにしても拡張性にしても電動バイクとして魅力的な一台となったことは間違いなく、それだけに早期発売につながることを期待したいと思います。

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

話題沸騰のカロッツェリア「車載用Wi-Fiルーター」を濃厚インプレ! 実際にオン・オフで使ってみたら

カロッツェリアの車載用Wi-Fiルーター「DCT-WR100D」は、月額制で車内で4G(LTE回線)が使い放題になるクルマ用のアクセサリーであり、各所で話題になっている製品だ。

 

「話題になっている」というと、手垢のついた表現だが、本サイトで紹介した記事は2020年のアクセスランキングのトップ3に入るほど閲覧された(10月上旬の記事である)し、事実、発売メーカーであるパイオニアにも「相当数の問い合わせが入っている」というが、ついに発売となった。

 

で、前回の記事では機能面をさらうことしかできなかったが、今回はじっくり試用。その使い勝手と、クルマの中での過ごし方がどんな風に変わったのか? ワーケーションを兼ねた旅先で使ってきたので、オンとオフのシーンに分けてレポートしたい。

 

【今回紹介する製品】

カロッツェリア

車載用Wi-Fiルーター DCT-WR100D

希望小売価格2万7500円(税込)

NTTドコモの4G/LTE通信網を利用可能な車内向けインターネット接続サービス「docomo in Car Connect」に対応した車載用Wi-Fiルーター。2年有効なSIMカードが付属し、別途契約すれば定額でLTE通信を無制限で利用できる。

SPEC●対応通信規格:4G/LTE(NTTドコモ回線)●無線LAN:IEEE 802.11b/g/n(2.4GHzのみ)●最大同時接続台数:5台●動作保証温度:-10°C〜+60°C

 

本題に入る前に、本製品の概要について触れたい。下記にギャラリー形式でまとめさせていただいた。開通手順も設置も簡単で、数分で完了する。このあたりは、契約して端末が届くまで時間がかかるモバイルルーターとの大きな違いだろう。

【機能・概要ギャラリー(画像をタップすると閲覧できます】

※:実際の利用方法に関してはDCT-WR100Dの取扱説明書をご確認ください

 

【車載用Wi-Fiルーターが使える「オフ」のケース1】

高画質な動画に慣れきった我々を満足させてくれる

今年は自宅にいる時間が長かった。自宅はネット回線がつながっているから、気兼ねなくYouTubeの画質をフルHDあるいは4Kにして、これでもかというぐらい自宅のネット回線を酷使した。

 

結果、何が起こったかというと、外出先で動画をみるときに360pや480pでは満足できなくなってしまった。好きな俳優や女優が低解像度で映っていて、セリフを聞くのがメインになるような映像鑑賞では満足できなくなってしまったのだ。とはいえ、スマホの通信を使えばすぐにギガがいっぱいになってしまう。

 

でも、車載用Wi-Fiルーターがあればクルマの中では大丈夫、というのがこのパートで言いたいことだ。DCT-WR100Dは容量無制限で使い放題。エンジンオンかアクセサリーオン状態であれば、駐車後60分間は通信状態が持続する。だから、画質を1080pにしても怖くない。上の写真は、家族で行った旅行でのひとコマ。夕日待ちで周辺をひと通り探索したあと、やることがなくなったので各々生配信を楽しんだり、見逃したドラマを観ているという場面だ。

 

本当に気にいった配信や作品でない限り、映像コンテンツは何度も繰り返しは観ないもの。せっかくの作品を中途半端な映像体験でロスしてしまうことがなくなるはずだ。

 

取材車はレンタカーだったため、リアエンタメデバイスがなかったが、カロッツェリアのプライベートモニターやフリップダウンモニターを導入すれば、後席でも大画面でエンタメを楽しむことができる。同ブランドのプライベートモニターには、HDMI端子が搭載されているため、手持ちのスマホをモニターにつないで後席だけ別の映像を映すこともできる。この拡張性の良さはカロッツェリアならではだろう。

 

さて、クルマで外出すると、意外に待つ時間は多いし長い。典型的なのは、渋滞でやることがないという場面。ほかにも、ランチやディナーでの待ち時間。最近は入店人数を制限している飲食店も多くあり、人気店は待ち時間が長い。

 

さらに、withコロナの時代になって、プライベートな空間で移動できるクルマの価値が見直され、公共交通機関ではなくクルマで遠出する人も増えた。運転頻度が高くない人は、短時間の仮眠を伴う休憩をしたほうがより安心。15〜20分の仮眠中、家族が暇を持て余すというケースも多いはずだ。そんなときDCT-WR100Dがあれば大活躍。同乗者のメリットが大きいのが本機のウリである。

↑翌日行った離島でのひとコマ。離島はクルマごと乗船する場合でも、駐車場に泊める場合でも早めに到着する必要があるため、旅先で待ち時間が多い場面のひとつ。この時も、待ち時間に家族はスマホでエンタメを楽しんでいた

 

 

【車載用Wi-Fiルーターが使える「オフ」のケース2】

撮った先から動画を親や友だちにシェア

クルマのなかでサブスク作品を観たり、YouTubeの投稿を観たりというのは、車載用Wi-Fiルーターがあれば便利というのは理解できるはず。一方で、やってしまいがちなのが、旅先で撮った写真や動画をバンバン友人や親に送るケース。サイズと画質を自動で下げて送信するアプリが一般的なので、個々のデータサイズは大したことはないが、大量に送るとさすがにギガを圧迫する。追加のギガを購入して数千円の出費したのは何度だろう。

 

DCT-WR100Dが採用する「docomo in Car Connect」の利用料は1年プランで1万2000円。月あたり1000円だ。週末だけしか載らない人は1日契約プランもあるので、自分の使い方に応じてプランを決められる。ただ、こちらは500円なので、1年プランを利用したほうが得するパターンが多い。利用料金面でもハードルが少ないという点でも、DCT-WR100Dは持っていて間違いのないアイテムである。

※:上記価格はすべて税抜価格

 

ちなみに、DCT-WR100Dは端末は5台まで同時接続可能。ミニバンで定員近くまで乗らなければ、乗員全員が接続できる。家族や友だちと撮りあいっこしたデータを送り合う光景もよくあると思うが、それも宿泊先に戻らずにその場でできるのだ。

 

【車載用Wi-Fiルーターが使える「オン」のケース1】

ちょっとした書類やデータをチェック

ここからはオンでの活用方法についてレポートしていこう。クルマで移動しながら訪問先を回って、その合間に業務やメール対応している人は多いだろう。パワポやエクセルを開いて緻密な作業をするほどではないが、スマホだけでチェックするには心もとないシーン。

 

筆者の場合は、原稿のチェックや企画の確認などがそれにあたり、1日に10回以上。クルマ移動で業務する日の場合、その都度PCを開いて、スマホとPCをテザリングするか、モバイルルーターにつなぐ生活を送っていた。で、サクッとつながらないと結構イライラする。結果、「あとにしよう」というパターンに陥りがちで、後回しにすると上司や部下からせっつかれてストレスが溜まる。悪循環である。

 

でも、車載用Wi-Fiルーターがあると違う。立ち寄ったコンビニの駐車場や訪問先周辺のパーキングでさっと対応、さっと返信。DCT-WR100Dは走行中はもちろん、駐車後もエンジンオンまたはアクセサリー状態であれば、60分間は通信可能状態が持続するので、ちょっとした作業をするには十分。Wi-Fi環境が途切れないのですぐに作業に移れるのだ。

 

5〜10分の作業も1日10回以上あれば、1〜2時間に積み上がる。仕事効率がアップしたのを実感できるのと、「早く対応しなきゃ」という心理的プレッシャーから解放される。これがかなり大きく、運転中に別のことを考えられるのだ。別のことを考えられるから、クリエイティブな領域にも効果をもたらす。そのあたりは、次の項で紹介していこう。

 

ちなみに、営業車で毎回乗るクルマが違うとか、ファーストカーとセカンドカーの複数台持ちという場合も大丈夫。DCT-WR100Dはシガーソケットに接続するだけで利用できるので、非常に多くのクルマで設置できる。クルマを持っていないという人でもレンタカーやカーシェアのクルマでも使える。クルマの所有に関わらず、一台持っているだけで、活躍してくれるデバイスである。

 

 

【車載用Wi-Fiルーターが使える「オン」のケース2】

ビッグなアイデアを閃いちゃったとき

クルマとトイレと風呂は、「3大アイデアを閃きやすいスポット」だと個人的に思っている。集中している、狭い空間で余計なものが目に入ってこない、他の人に邪魔されないーー人間は制限されている空間では情報整理がしやすい。何かを閃いた場合、多くの人がまずやることはアイデアを書き留めることと、一旦ネットで検索することではないだろうか。

 

トイレや風呂で閃いた場合は、出てすぐに作業に取りかかればいい。スマホやタブレットを持ち込んでいる人も多いだろう。でもクルマの場合は、安全な場所に駐車して、スマホやルーターのデザリングをオンにして、メモアプリを立ち上げて、って、もう半分忘れかけている! 誰も考えたことがなくて画期的で社長賞も確定だったアイデアのタネが忘却の彼方へ行ってしまう。

 

というのは言い過ぎかもしれないが、とりあえずメモを書き留めたい場合、DCT-WR100Dがあると段違い。先ほども述べたが、本機は駐車後もエンジンオンまたはアクセサリーオン状態であれば、60分間は通信可能状態が持続するため、使用したい端末がWi-Fiにつながった状態にできるので、すぐにそのまま調べ物ができる。

 

筆者の場合、タブレットでノートアプリを開いてデジタルペンでアイデアをなぐり書きしたあと、参照したいURLをノートにテキストで貼るのがルーティン。ブラウザで開きっぱなしにしておくと、つい消してしまって「あのサイトどこいったっけ?」と二度手間になることが多かったためだ。

 

この流れ自体は、クルマ移動を伴う業種・職種だけの人に当てはまるものではない。夫婦共働き家庭でともに在宅勤務の場合、クルマで1人で集中するという使い方もできる。エンジン始動時からは30分で通信が切れるが、30分一本勝負で濃度を上げて作業することも可能だ。DCT-WR100Dは単にカーライフを充実させるのではなく、日常生活をも充実させる特徴を持っている。

 

【まとめ】withコロナ時代に合った製品である

DCT-WR100Dは、車内でも自宅やオフィスにいるような感覚で、躊躇いもなく通信ができるデバイスである。個人的には、この「躊躇なく」というのが意外に重要だと考えている。少し抽象的になるが、まとめとして語っていきたい。

 

withコロナの時代になって私たちは大なり小なり様々な制限を受けている。今回は旅ということで外出をしたが、どこかに出かけたり、外食をしたり、リアルなイベントに行ったりという選択肢に何らかの制限が出ている。

 

非常に細かい領域でいえば、マスクをすることで口が動かしにくいという身体的な制限も受けている。そして、これはしばらくは変わらないだろう。だから、自分の生活を縮こめすぎないよう、能動的に制限を取り払う行動をしていかないと、日常が充実していかない。

 

DCT-WR100Dは、ニューノーマルの時代にあって、リスクを下げる生活を送りながらも、クルマの中で自分のやりたいことができる価値を提供してくれているデバイスだと感じている。壮大な話になってしまったが、結論は買いである。

 

なお、今回は取材車両がレンタカーだったため、カロッツェリア製品との連携についてはあまり触れらなかったが、例えば、HDMIケーブルが挿せるナビやディスプレイオーディオがあれば、前席でAmazonのFire TV Stickを挿してAmazonプライム・ビデオの作品を視聴できる。

 

このあたりは、前回記事も参考いただきたい。

【最速インプレ】車内が「Wi-Fi繋ぎ放題」になる「車載用Wi-Fiルーター」がカロッツェリアから登場。使い勝手は? どんな人に向いてる?

 

歴史好きは絶対に行くべし!「近江鉄道本線&多賀線」6つのお宝発見の旅【後編】

おもしろローカル線の旅73 〜〜近江鉄道本線・多賀線(滋賀県)その2〜〜

 

近江鉄道の沿線には隠れた“お宝”がふんだんに隠れている。こうしたお宝が、あまりPRされておらずに残念だな、と思いつつ沿線を旅することになった。今回は近江鉄道本線の八日市駅〜貴生川駅(きぶかわえき)間と、多賀線の高宮駅〜多賀大前駅間の“お宝”に注目してみた。

*取材撮影日:2015年10月25日、2019年12月14日、2020年11月3日ほか

 

【関連記事】
歴史好きは絶対行くべし!「近江鉄道本線」7つのお宝発見の旅【前編】

 

【はじめに】京都に近いだけに歴史的な史跡が数多く残る

近江鉄道は前回に紹介したように、1893(明治26)年に創立された歴史を持つ会社だ。現在は西武グループの一員となっており、元西武鉄道の車両が多く走る。

 

路線は、近江鉄道本線・米原駅〜貴生川駅間47.7kmと、多賀線・高宮駅〜多賀大社前駅2.5km、さらに八日市線・近江八幡駅〜八日市駅間9.3kmの3路線がある。八日市線を除き、経営状況は厳しい。主要駅をのぞき、駅の諸設備などの整備まで行き渡らないといった窮状が、他所から訪れた旅人にも窺えるような状況だ。

とはいえ、沿線には見どころが多い。特に史跡が多く残る。京都という古都に近かったことも、こうした歴史上の名所が多く残る理由と言えるだろう。PRがなかなか行き渡っていないこともあり、そうした隠れた一面に目を向けていただけたら、という思いから近江鉄道本線の紹介を始めた。その後編となる。

 

今回は近江鉄道本線の八日市駅〜貴生川駅間の紹介と、さらに短いながらも、多賀大社という古くから多くの人が訪れた神社がある多賀線にも乗車した。終点の多賀大社前駅から歩くと、予想外の車両にも出会えた。

 

【お宝発見その①】八日市駅に下車したらぜひ訪ねたい近江酒造

↑1998(平成10)年にできた八日市駅の新駅舎。2019年には2階に近江鉄道ミュージアムが開館した

 

八日市駅は八日市線の乗換駅でもあり、近江鉄道本線でも最も賑わいが感じられる駅だ。また東近江市の玄関駅でもある。駅前からは多くのバスが発着、駅近くにはビジネスホテルも建つ。駅舎内には近江鉄道ミュージアム(入場無料)があり、同鉄道の歴史や名物駅の紹介、さらにトイトレイン運転台、運転席BOXなどがあり、電車の待ち時間を過ごすのにもうってつけだ。

↑八日市駅構内に並ぶ800系。同駅では近江鉄道本線から八日市線への乗換え客で賑わう。800系は写真のように広告ラッピング車も多い

 

八日市駅で行くたびに寄りたいと思っているのが近江酒造の本社だ。駅から徒歩14分ほどの距離にある。2019年の12月に1両の電気機関車が運び込まれた。元近江鉄道のED31形ED31 4である。

 

ED31 4は、近江鉄道では彦根駅に隣接したミュージアムで多くの電気機関車とともに静態保存されていた。静態保存といっても、維持費がかかる。経営状態の芳しくない近江鉄道としては、本来は残しておきたい保存機群であったが、背に腹はかえられずという状態になった。

↑彦根駅に隣接する近江鉄道ミュージアムで保存されていた時のED31 4。今は八日市駅に近い近江酒造本社で保存される

 

ED31形は1923(大正12)年に現在の飯田線の前身、伊那電気鉄道が発注し、芝浦製作所(現在の東芝)が電気部分を、石川島造船所が機械部分を製造した電気機関車だ。当時の形式名はデキ1形機関車だった。同路線を国鉄が買収後、国鉄を(一部の車両は西武鉄道)経て、または直接、近江鉄道へ譲渡されている。近江鉄道ミュージアムでは5両が保存展示されていたが、2017年暮れまでにED31 4を除き解体された。

 

日本の電気機関車の草創期の歴史を残す車両ということもあり、ED31 4のみは、地元の大学の有志が中心となりクラウドファンディング活動を行い残す活動を行った。めでたく目標額に到達し、その後に移転され近江酒造の敷地内で保存されることになった。手前味噌ながら、筆者もわずかながら活動に助力させていただいた。

 

日本の国産電機機関車としては、それこそお宝級の電気機関車であり、この保存の意味は大きいと思う。筆者は平日には訪れることがなかなか適わないが、今度はぜひ近江酒造本社が営業している平日の日中に訪れて、ED31 4との対面を果たしたいと思っている。

 

【お宝発見その②】水口石橋駅近くには東海道の宿場町がある

さて八日市駅から近江鉄道本線の旅を進めよう。本線の中でも八日市駅〜貴生川駅間は閑散度合が強まる。そのせいもあり、朝夕を除き9時〜16時台まで1時間1本と列車の本数が減る。長谷野駅(ながたにのえき)、大学前駅、京セラ前駅と南下するに従い、田園風景が目立つようになる。桜川駅、朝日大塚駅、朝日野駅と見渡す限りの水田風景が続き、車窓風景もすがすがしい。

 

日野駅は地元、日野町の玄関口にあたる駅。ここで上り下り列車の行き違いのため、時間調整となる。この日野駅の紹介は最後に行いたい。

 

日野駅を発車すると、しばらく山なかを走る。そして清水山トンネルを徐行しつつ通り抜ける。次の水口松尾駅までは約5kmと、最も駅間が長い区間だ。

↑水口宿の中心部にある鍵の手状の町並み。手前から中央奥に東海道が延びる。からくり時計があり、時を告げる動きに多くの人が見入る

 

水口松尾駅(みなくちまつおえき)から先の駅はみな甲賀市(こうかし)市内の駅となる。特に水口石橋駅と水口城南駅は立ち寄りたい “お宝”がある。近江鉄道本線は八日市駅の北側では中山道に沿って敷かれていたが、この甲賀市では、路線と江戸五街道の一つ、旧東海道が交差している。

 

ということで水口石橋駅を下車して、東海道へ向かってみた。本当に駅のすぐそばに宿場町があった。東海道五十三次の50番目の宿場、水口宿(みなくちじゅく)である。近江鉄道の東海踏切の東側にあった。ちょうど道が三筋に分かれた鉤の手状の町並みが特徴となっていた。

 

道は細いが古い宿場町の面影が色濃く残る。さらに時をつげるからくり時計があり、ちょうど訪れた時には観光客が集まり、からくり時計の動きに見入っていた。この訪れた人たちは、多くが車利用の観光客なのであろう。電車を利用する人がもう少し現れればと残念に思えた。

 

【お宝発見その③】水口城にはどのような歴史が隠れているのか

水口宿の付近は、かつて水口藩が治めていた。小さめながらも水口城という城跡が残る。宿場からは水口城趾へ向けて歩いてみた。水口藩は小藩で、藩の始まりは豊臣政権までさかのぼる。当時は五奉行の1人、長束正家(なつかまさいえ)が5万石で治めていた。その後に幕府領となった後に、賤ケ岳の七本槍の一人とされる加藤嘉明(伊予松山藩の初代藩主)の孫、加藤明友(かとうあきとも)が水口城主となった。城は明友が立藩当時に整備された城である。

 

水口藩はその後に、一時期、鳥居家が藩主となるが、再び加藤家が加増され2万5千石の藩主となり、明治維新を迎えている。城は京都の二条城を小型にしたものとされる。石垣と乾矢倉(いぬいやぐら)が残り、水口城資料館があり公開されている(有料)。ちなみに維新後は、城の部材はほとんどが民間に払下げされ、その一部は近江鉄道本線の建設にも使われた。水口城が意外なところで近江鉄道の開業に関わっていたわけだ。

↑堀と石垣、そして乾矢倉が残る。2万5千石の小藩だけに規模は小さめだが、コンパクトで美しくまとまって見えた

 

水口城からは近江鉄道の駅が徒歩約2分と近い。駅の名前は水口城南駅(みなくちじょうなんえき)。城の南にあり駅名もそのままずばりである。

 

水口城南駅から近江鉄道本線も終点まで、残すはあと1駅のみ。駅間には野洲川(やすがわ)がある。ちなみに下流で琵琶湖に流れ込むが、琵琶湖に流れ込む川としては最長の川にあたる。野洲川を渡り甲賀市の市街が見え、左カーブすれば貴生川駅に到着する。貴生川駅ではJR草津線と信楽高原鐵道線と接続していて、自由通路を上ればすぐに他線の改札口があり乗換えに便利だ。

↑近江鉄道の貴生川駅のホームは北側にあり自由通路でJR線、信楽高原鐵道と結ばれている。駅にはちょうど820系赤電車が停車していた

 

【お宝発見その④】多賀線のお宝といえば多賀大社は外せない

ここからは多賀線を紹介しよう。多賀線は近江鉄道本線の高宮駅と多賀大社前駅を結ぶわずか2.5kmの路線で、1914(大正3)年3月8日に開業した。近江鉄道本線の高宮駅が1898(明治31)年6月11日に開業しているのに対して、16年ほどあとに路線が開業している。

 

とはいえ当時、経営があまり芳しくなかった近江鉄道にとって、多賀線の開業は経営環境を好転させる機会となったとされる。これは多賀大社前駅に近くにある多賀大社のご利益そのものだった。多賀大社に参詣する人により路線は賑わいを見せたのだった。

↑高宮駅3番線が多賀線のホーム。駅構内で急カーブしている。改良前まではカーブに対応するため車体の隅が切り欠け改造された(右上)

 

多賀線の起点となる高宮駅は1、2番線ホームが近江鉄道本線用で、2番線ホームで降りると向かいの3番線ホームに多賀大社前駅行きの電車が停まっている。この3番線は線路が急カーブしていて、この急カーブに合わせてホームが造られている。これでもカーブ自体、緩やかに改造されたそうで、改造前までは、車体の隅を切り欠け改造した電車しか入線できないほどだった。

 

急カーブのホームということもあり、電車とホームの間のすき間が開きがちに。足元に注意してご乗車いただきたい。さて多賀線の電車は、彦根駅方面からの直通電車もあるものの、大半は高宮駅と往復運転する電車となる。わずか2.5kmの短距離路線の多賀線。発車すると間もなくスクリーン駅に到着する。

 

スクリーン駅は、ホーム一つの小さな駅で、企業名がそのままついた駅だ。2008(平成20)年3月15日の開業で、駅名となっているSCREENホールディングスが開設費用を負担したことによって誕生した。目の前に事業所があるため、同社に勤務する人たちの乗降が多い。

↑多賀大社前駅の駅舎(左)のすぐ前には多賀大社の大鳥居がある。駅舎は趣ある造りで、コミュニティハウスが併設される

 

↑3面2線というホームを持つ多賀大社前駅。1998年に多賀駅から多賀大社前駅と改称された。現在はほぼ駅舎側のホームが使われる

 

スクリーン駅からは左右に広々した田園風景を眺め東へ。名神高速道路の高架橋をくぐればすぐに多賀大社前駅だ。高宮駅からはわずか6分の乗車で多賀大社前駅に到着する。鉄道ファンならば、駅構内に何本かの側線があることに気がつくのではないだろうか。現在の乗降客を考えれば、駅構内が大きく、不相応な規模に感じる。

 

この大きさには理由がある。まずはスクリーン駅〜多賀大社前駅間から沿線にあるキリンビール滋賀工場へ引込線があった。また多賀大社前駅から、その先にある住友セメント多賀工場までも引込線があった。こうした工場からの貨物列車は多賀大社前駅を経由して出荷されていった。1983(昭和58)年にキリンビール工場の専用線が廃止されてしまったが、当時の駅構内はさぞや賑わいを見せていたことだろう。

↑多賀大社駅前から多賀大社まで門前町が続く。かつては商店が連なったが現在は神社周辺のみ店が営業している。同門前町の名物は糸切餅

 

↑多賀大社は多賀大社前駅から徒歩10分ほど。県道多賀停車場線に面して鳥居が立つ

 

多賀線の終点駅は多賀大社前駅を名乗るように多賀大社と縁が深い。多賀大社へお参りする人を運ぶために設けられた路線だった。

 

多賀大社の歴史は古い。創建は上古(じょうこ)と記述されるのみで、正式なところは分からない。日本の歴史の最も古い時期に設けられたと伝わるのみである。祭神は伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)とされ、御子は、伊勢神宮の祭神である天照大神(あまてらすおおかみ)とされる。昔から「お伊勢参らばお多賀に参れ お伊勢お多賀の子でこざる」と謡われた。

 

長寿祈願の神として名高く、豊臣秀吉が、母・大政所(おおまんどころ)の延命を多賀社(1947年以降に多賀大社となった)に祈願したとされる。

 

このように歴史上、名高い神社で、現在も賑わいを見せている。残念なことに、多賀線で訪れる人もちらほらみられるが、圧倒的にクルマで訪れる人が多い。いずれにしても、多賀線にとってはお宝の神社ということが言えるだろう。

 

【お宝発見その⑤】多賀大社の先で残念な光景に出会った

多賀大社の前からさらに歩いて10分あまり、国道307号沿いにある車両が置かれている。こちら現在はお宝と言いにくいが、念のため触れておこう。テンダー式蒸気機関車が、ぽつりと1両。正面にナンバープレートはすでについていないが、D51形蒸気機関車、いわゆるデコイチである。D51の1149号機だ。1944年度に川崎車輌で製造された31両のうちの1両で、今も残っているD51形の中では最も若いグループに入るD51で、太平洋戦争中に生まれたことから戦時型と呼ばれる。

 

さてなぜここに置かれているのだろう。1976年3月まで北海道の岩見沢第一機関区に配置されていた。廃車除籍となったあとに、多賀に設けられた多賀SLパークに引き取られた。同年11月には寝台客車を連結し、SLホテルとして開業した。ところが、SLホテルとして営業していた期間はわずかで、同ホテルが経営するレストランとともに1980年代に入り閉鎖されてしまった。客車はその後に解体されたが、機関車のみ置きっぱなしにされたのだった。

↑国道沿いの荒れ地にそのまま置かれたD51形1149号機。地元で復活が検討されたが、実現は難しそうで放置されたままとなっている

 

導入の時には多賀大社前駅まで近江鉄道の電気機関車によって牽引され、駅からはトレーラーで運ばれた。見物人が多く集まり注目を集めたという。当時は、全国からSLが消えていったちょうどさなか。SLブームだったせいか、ホテルも賑わった。ところが、ブームもさり、場所もそれほど好適地とは言えず、経営がなりたたなくなっていった。そして多賀SLパークは閉鎖された。

 

それこそ、つわものどもが夢の跡となってしまった。保存されているとはいえ、放置されたままの状態。無残な状態で、見ていて痛々しくなってきた。

 

【お宝発見その⑥】最後に日野駅のカフェでほんのり癒された

近江鉄道の旅を終えるにしたがい、筆者の気持ちはどうしても落ち込みがちになっていた。せっかく、さまざまな“お宝”があるのにもかかわらず、週末に乗車する観光客はせいぜい1割以下しか見かけなかった。新型感染症が心配されるなかだったとはいえ、寂しさを感じた。

 

滋賀県に住む知人はこうした現状に関して、「民鉄一社に何もかも背負わせるのは、もう時代遅れで、いかに沿線が力を合わせて活性化させることがキーポイントだと思います」と話すのだった。

 

筆者もその通りだと思う。そんな思いのなか、明るい兆しが感じられた駅があった。近江鉄道本線は1900(明治33)年に貴生川駅まで延伸された。その時に日野駅が開業した。当時はまだ、蒸気機関車が火の粉を出すということで、町の近くに駅を造ることに対して反対意見もあった。そのため町の外れに駅が造られたところも多かった。近江鉄道本線でも例に漏れず、経費節減ということもあり郊外に駅を設けがちだった。ところが日野では、町の中心に駅を、と逆に陳情したのだった。

 

地図を見ても、日野駅付近で、路線が曲がり、東に出張った形になっている。この曲がりは、陳情の成果だった。大正期、駅構内に待避線を設ける時にも、村絡みで援助し、鉄道用地を買収、施設の敷設費の一部を負担している。

↑2017年に駅舎再生工事が行われた日野駅。駅舎は町の宝として取り壊さずに再生させる道をたどった

 

町の将来を考えれば、鉄道を誘致して乗ることが大切と、すでに当時の日野の人たちは考えたのだった。今もこうした心意気が日野町に残っている。現在の駅は2017年に改修されたもの。まったく新しくするわけでなく、古い駅をきれいに改修することで、“わが町の駅”の歴史を大切にする道を選んだ。

 

さらにその改修費はふるさと納税制度や、クラウドファンディングを利用している。さらに駅舎内に観光交流施設を備えたカフェ「なないろ」を設けた。

↑日野駅に併設されたカフェ「なないろ」。町の人たちの交流の場としても活かされている。電車の待ち時間に利用する人も見かけた

 

鉄道がたとえ消えたとしても、路線バスにより公共交通機関は保持されるだろう。ところが○○線が通る○○町という看板が消えてしまう。人口の減少が加速することも予想される。バス路線は乗る人が減り廃止される。こうした積み重ねが、町が消滅していく危機にもなりかねない。

 

各地のローカル線が経営難にあえいでいる。今回、訪ねた近江鉄道も同様だった。さらにコロナ禍で、来年以降、全国の鉄道会社に苦難がのしかかるだろう。近江鉄道の一部の駅は、トイレ整備など、後回しにされ使えない駅もあった。決してきれいとはいえない駅もある。知人が話したように、このことは「民鉄一社では何もかも背負わすのは、もう時代遅れ」なのでは無いだろうか。

 

日野駅の例は、そうした町も一緒になって鉄道を盛り上げていく具体例を示してくれているようだ。ローカル線好きとしてはとてもうれしく感じ、最後に癒されたような気持ちになったのだった。

 

 

販売台数が好調なトヨタ「ハリアー」を探る

ベテラン自動車ライターの永福ランプとフリーエディターの安ドが、深いような浅いようなクルマ談義をする「クルマの神は細部に宿る。」。今回は、発売後1か月で目標販売台数の10倍以上もの受注を獲得した、トヨタのラグジュアリーSUVについて論じる!

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年11月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

【PROFILE】

永福ランプ(清水草一)

日本中の貧乏フェラーリオーナーから絶大な人気を誇る大乗フェラーリ教の開祖。様々な自動車専門誌や一般誌、ウェブなどで、クルマを一刀両断しまくっている。2018年以降、ペンネームを「MJブロンディ」から「永福ランプ」へ変更している。

 

安ド

元ゲットナビ編集部員で、現在ではフリーエディター。永福ランプを慕い「殿」と呼んでいる。

 

【今月のGODカー】トヨタ/ハリアー

SPEC【ガソリン・G・2WD】●全長×全幅×全高:4740×1855×1660mm ●車両重量:1570kg ●パワーユニット:2.0L直列4気筒エンジン ●最高出力:171PS(126kW)/6600rpm ●最大トルク:207Nm/4800rpm ●WLTCモード燃費:15.4km/L

299万円〜504万円

 

内装の質感は段違いに高いし、装備も満点

永福「安ドよ。ハリアーが売れているそうだな」

 

安ド「7月は乗用車販売台数第4位だったみたいです!」

 

永福「1位ヤリス、2位ライズ、3位カローラ、そして4位がハリアー。6位にはアルファードもいる。ハリアーとアルファードは、現代のハイソカーだな」

 

安ド「殿の言われるハイソカーとは、かつてのマーク2に代表される、バブル期に大流行した国産高級車のことですね!」

 

永福「うむ。当時ハイソカーは若者の憧れで、女子にも大人気だったから、みんな無理して買ったものだ。いまハリアーを買っているのは、さすがに若者中心とは言えまいが」

 

安ド「トヨタは、『幅広い年齢層からご注文をいただいている』と言ってます!」

 

永福「つまり、高額なクルマにもかかわらず、比較的若い層も購入しているということだろう」

 

安ド「このクルマ、カッコいいし、モテそうですもんね」

 

永福「つまりハリアーは、現代のスペシャルティカーでもある」

 

安ド「現代のソアラですね!」

 

永福「当時のソアラのようにはいかんだろうが、少なくとも女子に喜ばれることは間違いない」

 

安ド「イマドキの女子は、どんなクルマを喜ぶのでしょう」

 

永福「それはもう、ひたすらカイテキであることだ。加えて車高が高く、見下ろし感があること。これは災害に強そうな安心感にも結び付く」

 

安ド「僕の愛車のパジェロがまさにそれですね!」

 

永福「たぶんな。オーナーの腹が出ていなければ」

 

安ド「すいません、出てます」

 

永福「とにかく、カイテキであることが第一だ」

 

安ド「確かにすごく快適ですし、室内もビックリするほど高級感がありました」

 

永福「私も驚いた。これは先代ハリアーとは大違いだ」

 

安ド「先代もゴージャスで人気ありましたよね?」

 

永福「人気はあったが、合成皮革の質感をはじめとして、かなりニセモノぽかった。走りも、特にガソリン車は全体にヌルく、シロート騙しのクルマだった」

 

安ド「キビシイですね!」

 

永福「私は6年前、この連載ではっきりそう言っているから、確認してみなさい」

 

安ド「でも、新型は違うんですね!」

 

永福「うむ。新型はまるで違う。内装の質感は段違いに高いし、装備も満点。そして、ガソリン車でも十分走りに満足できる。乗り心地はしなやかで高級だ。ただ、今日の撮影車には、惜しい点がひとつだけある」

 

安ド「何でしょう?」

 

永福「超カイテキなシートベンチレーションが付いていないグレードなのだ。あれほど女子にウケる装備はないからな」

 

安ド「惜しいですね!」

 

【GOD PARTS 1】リアシート

リクライニング可能でゆったり座れる

快適さが魅力のクルマらしく、リアシートは広く、座り心地も良好です。さらに、若干の角度ながら後方にリクライニングさせることができます。また、前方に背もたれを倒せばラゲッジルームを拡大して使うことも可能です。

 

【GOD PARTS 2】ドライブモードスイッチ

ドライバーの意思に合わせて最適な走りを選べる

高級、ラグジュアリーなどと謳いつつ、ドライブモードを選ぶためのスイッチもこっそり付けられています。燃費優先の走りから、鋭い加速感を味わえるスポーティな走りまで、ドライバーの意思に合わせて走行モードを選ぶことが可能です。

 

【GOD PARTS 3】パワーユニット

ダイレクト感があって好フィーリング

新型ハリアーにラインナップされるのは、2.5Lエンジンにモーターを組み合わせたハイブリッドと、2.0Lエンジン。特に今回乗らせてもらった2.0Lエンジンはかなりフィーリングが良く、CVTとの相性も抜群でした。

 

【GOD PARTS 4】フロントフェイス

シャープな造形がエレガントさを主張

一体化したライトとグリルが先代型よりシャープになって、よりクールな印象になりました。L字型のデイランプも個性的です。力強いイメージのSUVが多いなかで、ハリアーは知的でエレガントな雰囲気を主張しています。

 

【GOD PARTS 5】エンジンスイッチ

重要なスイッチだから強調されている?

エンジンをスタート/ストップさせるスイッチは、インパネ中央の右下あたりに配置されていますが、この部分だけ上からぶら下がる特異な形で独立しています。それだけこのスイッチはほかのスイッチより重要ということなのかもしれません。

 

【GOD PARTS 6】フロントシート

寒さも暑さもなんのその 快適仕様シートを設定

中央部に色や模様が施され、形状も高級感のある雰囲気にまとめられています。また、グレードにもよりますが、シートヒーター&ベンチレーション(送風)機能が設定されているので、寒い日も暑い日も快適にドライブを楽しめます。

 

【GOD PARTS 7】ドア内張り

上質な空間を演出する内装の素材と加飾

ハリアーを高級SUVたらしめているのが、この内装の質感の高さです。肌触りの良い素材にパイピングオーナメントが飾られ、ドイツ製の高級SUVにも匹敵するほどの上質感を演出しています。内装色はブラウン、グレー、ブラックから選べます。

 

【GOD PARTS 8】デジタルインナーミラー

カメラ画像を表示して記録だってできちゃう

ドライブレコーダー(前後方録画)機能付きのミラーは、デジタルインナーミラーということで、車両後方のカメラが捉えた映像を映し出すことができます。どちらの機能も、きっとこれから主流になっていくのでしょう。

 

【GOD PARTS 9】USBソケット

モバイル機器を車内で使うための必需品

今回の試乗車には前席用に2つ、後席用に2つ、合計4つもUSBソケットがついていました。時代に即した装備です。また、ラゲッジルーム内には、1500W以下の電気製品が使えるコンセントを装着することも可能だそうです。

 

【これぞ感動の細部だ!】リアスタイル

クーペのような美しいボディラインは見事な出来映え

ボディサイドの抑揚ある美しいラインが、Bピラー(前席と後席のウインドウ間の柱部分)からCピラー(後席とリアのウインドウ間の柱部分)にかけて流れるように絞り込まれてくるラインと、リアで見事に結実しています。シャークフィンアンテナやリアスポイラー、薄型のリアライトも流線型を強調していて、とにかくスタイリッシュです。

不思議がいっぱい? えちぜん鉄道「勝山永平寺線」11の謎解きの旅

おもしろローカル線の旅71 〜〜えちぜん鉄道勝山永平寺線(福井県)〜〜

 

乗車したローカル線で、これまで見た事がないもの、知らないものに出会う。「何だろう」と好奇心が膨らむ。一つ一つ謎を解いていく、それが楽しみとなる。さらにプラスαの楽しさが加わっていく。えちぜん鉄道勝山永平寺線は、さまざまな発見が楽しめるローカル線。晩秋の一日、謎解きの旅を楽しんだ。

*取材撮影日:2014年7月23日、2020年11月1日ほか

 

【関連記事】
えちぜん鉄道「三国芦原線」10の魅力発見の旅

 

【謎解きその①】路線名が越前本線から勝山永平寺線となったわけ

初めに、勝山永平寺線(かつやまえいへいじせん)の概要を見ておきたい。

路線と距離 えちぜん鉄道勝山永平寺線/福井駅〜勝山駅間27.8km
*全線単線・600V直流電化
開業 1914(大正3)年2月11日、京都電燈により新福井駅〜市荒川駅(現・越前竹原駅)間が開業、同年3月11日、勝山駅まで延伸開業
駅数 23駅(起終点駅を含む)

 

すでに路線開業から100年以上を経た勝山永平寺線。路線の開業は京都電燈という会社によって進められた。当時、電力会社は今のように寡占化が進んでおらず、電力会社が各地にあった。京都に本社があったのが京都電燈で、関西と北陸地域に電気を供給していた。自前で作った電気を利用し、電車を走らせることにも熱心な会社で、日本初の営業用の電車が走った京都電気鉄道(後に京都市電が買収)のほか、現在の叡山電鉄などの路線を開業させた。

 

福井県内で手がけたのが現在の勝山永平寺線で、当初は越前電気鉄道の名前で電車の運行を行った。経営は順調だったが、太平洋戦争中の1942(昭和17)年の戦時統制下、配電統制令という国が電力を管理する決定が下され、京都電燈は解散してしまう。

 

京都電燈が消えた後に京福電気鉄道が経営を引き継ぎ、京福電気鉄道越前本線となった。当時は永平寺鉄道という会社があり、永平寺線という路線を金津駅(現・芦原温泉駅)〜永平寺駅間で営業していた。同線とは永平寺口駅で接続していた。1944(昭和19)年に京福電気鉄道は永平寺鉄道を合併し、京福電気鉄道永平寺線としている。この年に永平寺口駅は東古市駅と名を改めた。

 

当初は路線名が越前本線だったわけだが、勝山永平寺線となった理由は、その後の経緯がある。答えは、次の章で見ていくことにしよう。

 

【謎解きその②】なぜ2回もいたましい事故が起きたのか?

京福電気鉄道は、戦後間もなくは順調に鉄道経営を続けていたが、モータリゼーションの高まりとともに、次第に経営が悪化していく。1960年代からは赤字経営が常態化していた。まずは永平寺線の一部区間を廃止した(金津駅〜東古市駅間)。新型電車の導入もままならず、施設は古くなりがちで、安全対策もなおざりにされていた。そんな時に事故が起った。

 

現在に「京福電気鉄道越前本線列車衝突事故」という名で伝えられる事故。詳しい解説は避けるが、古い車両のブレーキの劣化による破断が原因だったとされる。2000(平成12)年12月17日のこと。永平寺駅(廃駅)方面から下ってきた東古市駅(現・永平寺口駅)行き電車が、ブレーキが効かずに暴走してしまう。そして駅を通り過ぎ、越前本線を走っていた下り列車と正面衝突してしまったのだった。

↑永平寺口駅の構内に入線する福井駅行の上り列車。右側にカーブするように元永平寺駅へ延びていた線路跡がわずかに残る

 

この事故で運転士が亡くなる。ブレーキが効かなくなったことを気付いた運転士は、少しでもスピードが落ちるように、電車の全窓をあけて空気抵抗を高めようとし、乗客を後ろの方に移動させるなどの処置を行った。本人は最後まで運転席にとどまり、電車をなんとか制御しようとしたとされる。おかげで乗客からは死者を出さずに済んだのだが、本人が亡くなるという大変に痛ましい結果となっている。

 

さらに翌年の6月24日には保田駅〜発坂駅間で上り普通列車と下り急行列車が正面衝突してしまう。こちらは普通列車の運転士が信号機の確認を怠ったための事故だった。とはいえ、ATS(自動列車停止装置)があったら、防げた事故だった。この事故の後に国土交通省から中小事業者に対して補助金が出され、各社の設置が進んだ。2006(平成18)年には国土交通省の省令に、安全設備設置は各鉄道事業者自身の責任で行うことが明記されている。現在は全国の鉄道に当たり前のようにATSが設置されるが、京福電気鉄道をはじめ複数の鉄道会社で起きた痛ましい事故がその後に活かされているわけだ。

 

この2件の正面衝突事故を重く見た国土交通省はすぐに京福電気鉄道の全線の運行停止、バスを代行運転するように命じた。ところが、両線が運行停止したことにより、沿線の道路の渋滞がひどくなり、バス代行も遅延が目立った。とはいえ京福電気鉄道には安全対策を施した上で、運行再開をさせる経済的な余力が無かった。

 

そこで福井県、福井市、勝山市などの沿線自治体が出資した第三セクター経営の、えちぜん鉄道が設立され、運行が引き継がれた。そして2003(平成25)年の2月にまずは永平寺線をそのまま廃線とし、越前本線は勝山永平寺線に路線名を改称した。7月20日に福井駅〜永平寺口駅間を、10月19日に永平寺口駅〜勝山駅間の運行を再開させた。

 

永平寺線自体は消えたが、沿線で名高い永平寺の名前は路線名として残したわけである。

 

【謎解きその③】2両編成の電車は元国鉄119系なのだが……?

ここで勝山永平寺線の主要車両の紹介をしておこう。前回の三国芦原線の紹介記事と重複する部分もあるが、ご了承いただきたい。2タイプの電車がメインで使われる。筆者は三国芦原線では乗れなかった2両編成の電車も、こちら勝山永平寺線で乗車できた。さてそこで不思議に感じたのは……

 

・MC6101形

えちぜん鉄道の主力車両で、基本1両で走る。元は愛知県を走る愛知環状鉄道の100系電車で、愛知環状鉄道が新型車を導入するにあたり、えちぜん鉄道が譲渡を受け、改造を施した上で利用している。車内はセミクロスシート。なお同形車にMC6001形が2両あるが、MC6101形とほぼ同じ形で見分けがつかない。MC6001形は1両での運行も可能だが、2両編成で運行させることが多い。なお、他にMC5001形という形式もあるが、1両のみ在籍で、この車両にはあまりお目にかかることがない。

↑勝山永平寺線を走るMC6101形電車。日中はこの1両編成の車両がメインとなって走る。沿線の風景は三国芦原線に比べて山里の印象が強い

 

・MC7000形
元はJR飯田線を走った119系。えちぜん鉄道では2両編成の運用で、朝夕を中心に運行される。勝山永平寺線では週末の日中にも走ることがある。MC6101形と同じくセミクロスシート仕様だ。

 

さてMC7000形だが、下記の写真を見ていただきたい。飯田線を走っていたころの119系(小写真)、と2両編成で走るMC7000形を対比してみた。まったく顔形が違っていたのである。

↑2両で走るMC7001形。正面の形は119系(左上)とは異なる。MC6101形とは尾灯の形が異なるぐらいで見分けがつきにくい

 

MC7000形は、119系をベースにはしているが、電動機や制御方式を変更している。119系の当時は制御車にトイレが設けられたが、現在は取り外され空きスペースとなっている。また運転台の位置を下げるなどの改造を行い、正面の姿は元も面影を残していない。MC6101形と、ほぼ同じ姿、いわば“えちぜん鉄道顔”になっている。よって、正面窓に2両の表示がない限り、見分けがつきにくい。

 

国鉄形の電車も顔を変えれば印象がだいぶ変わるという典型例で、この変化もおもしろく感じた。

 

【謎解きその④】一部複線区間が今は全線単線となった理由

さてここから勝山永平寺線の旅を始めよう。起点は福井駅。えちぜん鉄道福井駅はJR福井駅の東口にある。福井駅の東口は北陸新幹線の工事の真っ最中で、大きくその姿を変えつつある。新幹線の高架路線に沿って、えちぜん鉄道の高架路線が福井口駅まで延びている。

 

すでにえちぜん鉄道の路線の高架化改良工事は終了している。福井駅〜福井口駅間が地上に線路があったころとはだいぶ異なる。以前には福井駅〜新福井駅間と、福井口駅からその先、一部区間が複線だった。現在は複線だった区間がすべて単線となり、途中駅には下り上り線が設けられ行き違い可能な構造になっている。興味深いことにえちぜん鉄道では、自社の高架路線が完成するまでは北陸新幹線用の高架路線を、“仮利用”していた。2015年から3年ばかりの間は、新幹線の路線となるところをえちぜん鉄道の電車が走り、自社の高架路線が完成するのを待ったのである。

 

自社線ができあがってからは、複線区間が単線となった。要は福井駅〜福井口駅間は新幹線を含めて敷地の幅が拡張されたが、えちぜん鉄道の一部は路線の幅を縮小して単線化された。結果として北陸新幹線の開業に向けて用地を一部提供した形となっている。

↑福井駅東口にあるえちぜん鉄道の福井駅。高架駅でホームは2階にある。勝山行き列車は日中、毎時25分、55分発の2本が発車する

 

福井駅発の勝山永平寺線の列車は朝の7〜8時台が1時間に3本を運転(平日の場合)。また9時台〜20時台は発車時間が毎時25分と55分になっている。途中駅でも、この時間帯の発車時刻はほぼ毎時同タイムで運行される。要はパターンダイヤになっている。利用者が使いやすいように配慮されているわけだ。

 

筆者は福井駅発10時25分発の電車に乗車した。なお、福井駅発の電車は平日のみ運転の7時54分発の電車のみが永平寺口駅どまりで、他はみな勝山駅行となっている。急行はないが一部列車は比島駅(ひしまえき/勝山駅の一つ手前の駅)のみを通過するダイヤとなっている。勝山駅まで通して乗車すれば53〜63分ほど。運賃は福井駅〜勝山駅間が770円となる。三国芦原線の記事でも紹介したとおり、全線を往復することを考えたら1日フリーきっぷ1000円を購入すればかなりおトクになる。

↑福井口駅の北で三国芦原線(右)と分かれる。ちょうど勝山駅行列車が高架上を走る。右の高架線下にえちぜん鉄道本社と車両基地がある

 

福井口駅をすぎると分岐を右に入り、列車は勝山駅方面へ向かう。なお、福井口駅の北側にえちぜん鉄道の車両基地があり、勝山永平寺線の車内からもわずかだが基地内が見える。

↑高架上から車両基地へ降りる回送電車。右は基地内に停まるMC6001形電車。車庫内には同社名物の電気機関車ML521形も配置される

 

【謎解きその⑤】さっそく出ました難読「越前開発駅」の読みは?

↑福井口駅から高架線を走り勝山駅へ向かう下り列車。高架から地上に降りる坂の勾配標には32.0パーミルとある。結構な急勾配だ

 

福井口駅から高架線を降りてきた勝山永平寺線の列車。次の駅は越前開発駅だ。この駅名、早速の難読駅の登場です。通常ならば「えちぜんかいはつえき」と読むところ。だが、「かいはつ」ではない。「えちぜんかいほつえき」と読ませる。

 

越前開発駅の北側に開発(かいほつ)という地域名がある。このあたりは元々原野や湿地帯で、その一帯が開発されたところだとか。「かいほつ」と読ませるのは仏性(仏になることができる性質のこと)を獲得するという仏教用語なのだそう。縁起の良い呼び方がそのまま伝わったということなのだろう。なかなか日本語は奥が深いことを、ここでも思い知った。

↑越前開発駅はホーム一つの小さな駅。以前は福井口駅からこの駅まで複線区間となっていて、今もその敷地跡が残る

 

越前開発駅、越前新保駅(えちぜんしんぼえき)と福井の市街地の中を走るルートが続く。追分口駅付近からは左右の田畑も増えてきて、徐々に郊外の風景が広がるように。越前島橋駅の先で北陸自動車道をくぐる。その先、さらに田園風景が目立つようになる。

 

松岡駅の付近からは右手に山がすぐ近くに望めるようになり、やがて、列車は山のすそ野に沿って走るように。左手に国道416号に見ながら走る。このあたり九頭竜川(くずりゅうがわ)が生み出した河岸段丘の地形が連なる。志比堺駅(しいざかいえき)がちょうど、段丘のトップにあたるのだろうか。駅も路線も一段、高いところに設けられる。

 

勝山永平寺線は地図で見る限り平坦なよう感じたが、乗ってみると河岸段丘もあり、意外にアップダウンがある路線だった。

 

【謎解きの旅⑥】永平寺口駅には駅舎が2つある?さらに……

志比堺駅を発車すると右から迫っていた山地が遠のき平野が開けてくる。そして列車は下り永平寺口駅(えいへいじぐちえき)へ到着する。この駅で下車する人が多い。現在の駅舎は線路の進行方向左手にあり、こちらに永平寺へ向かうバス停もある。一方で、右手にも駅舎らしき建物がある。こちらは何の建物だろう?

↑永平寺口駅の旧駅舎。路線開業時に建てられた駅舎で、映画の男はつらいよのロケ地としても使われた

 

右手の建物は旧駅舎(現・地域交流館)で勝山永平寺線が開業した1914(大正3)年に建てられたもの。開業当初は永平寺の最寄り駅であり、1925(大正14)年には永平寺鉄道(後の永平寺線)も開業したことにより、乗り換え客で賑わった。

 

同路線では終点の勝山駅と共に歴史が古く、風格のあるたたずまいで今もその旧駅舎が残されるわけだ。この建物の入り口には映画「男はつらいよ」のロケ地となったことを示す石碑が立つ。1972(昭和47)年8月に公開された第9作「柴又慕情」編のロケ地となり、主人公の渥美清氏やマドンナ役の吉永小百合さんも訪れたそうだ。

 

さらにこの駅舎は2011(平成23)年には国の登録有形文化財に指定されている。登録後には改修工事も行われ、非常にきれいに管理されている。さて永平寺口駅周辺で気になるのは旧永平寺線の線路跡である。

↑永平寺口駅構内には、旧永平寺駅方面へ右カーブしていたころの線路が一部残る。左手奥が現在の勝山永平寺線の線路

 

永平寺口駅はこれまで4回にわたり駅名を変更している。駅が開業した時は永平寺駅、さらに永平寺鉄道が開業した2年後に永平寺口駅となった。永平寺鉄道と京福電気鉄道が合併した時には東古市駅となった。さらにえちぜん鉄道となった年に、永平寺口駅となった。つまり誕生してから2つめの駅名に戻ったことになる。

 

さて東古市駅と呼ばれたころまで永平寺線があった。当時の旧永平寺線は東古市駅〜永平寺駅間6.2kmの路線だった。現在の永平寺口駅から南側、山間部に入っていった路線で、駅構内にその線路跡の一部が残されている。駅の先も旧路線の大半が遊歩道として整備されている。

 

旧永平寺線はこの6.2km区間のみでは無かった。永平寺鉄道は金津駅(現・芦原温泉駅)と東古市駅間の18.4kmも路線を開業させていた。同路線の途中にある本丸岡駅と現在の三国芦原線の西長田駅(現・西長田ゆりの里駅)間には京福電気鉄道丸岡線という路線もあった。京福電気鉄道は福井県内で大規模な鉄道路線網を持っていたわけである。

 

とはいえクルマの時代に変化していった1960年台。1968(昭和43)年7月には丸岡線が、1969(昭和44)年9月には永平寺線の金津駅〜東古市駅間があいついで廃線となった。この永平寺線の金津駅〜東古市駅間は、東古市駅〜永平寺駅間に比べて廃線となったのが、早かったこともあり、現在は駅の北側にわずかに線路のように道路が緩やかに右カーブしているあたりにしか、その名残を見つけることができなかった。

↑永平寺口駅前に建つ旧京都電燈古市変電所。煉瓦造平屋建で屋根は切妻造桟瓦葺(きりづまづくりさんがわらぶき)といった構造をしている

 

永平寺口駅で見逃せないのが、駅前にあるレンガ建ての建物である。さてこの建物は何だったのだろう。

 

この建物こそ、路線が開業した当時の京都電燈の足跡そのもの。レンガ建ての建物は旧京都電燈古市変電所だったのだ。電気を供給するために路線の開業に合わせて1914(大正3)年に建てられたのがこの変電所だった。和洋折衷のモダンなデザインで、当時の電気会社の財力の一端がかいま見えるようだ。同建物も旧駅舎とともに国の有形文化財に指定されている。

 

最後になったが、永平寺に関してのうんちく。永平寺は曹洞宗の大本山にあたるお寺だ。永平寺は曹洞宗の宗祖である道元が1244年に建立した。道元はそれまでの既存の仏教が、なぜ厳しい修業が必要なのかに対して異をとなえた。旧仏教界と対立した道元は、越前に下向してこの寺を建立したとされる。

 

【謎解きその⑦】2つめの難読「轟駅」は何と読む?

筆者は永平寺口駅でひと休み。古い建物を楽しんだ後は、さらに勝山駅を目指した。しばらく列車は九頭竜川が切り開いた平坦な河畔を走る。永平寺口駅から3つめ。またまた難読な駅に着いた。今度は、漢字もあまり見ない字だ。車が3つ、組み合わさった駅名。さて何と読むのだろう。

 

車が3つ合わさり「どめき」と読む。ワーッ!これはかなりの難読だ。

↑轟駅のホームを発車する勝山駅行き電車。民家風の駅舎には轟駅の案内が掲げられている。この先に同路線特有のシェルターが付く

 

轟と書いて「とどろき」と読ませる地名はある。轟(とどろき)は音が大きく鳴り響くさまを表す言葉を指す。駅の北側を流れる九頭竜川の流れがやはり元になっているのだろうか。

 

「難読・誤読駅名の事典」(浅井建爾・著/東京堂出版・刊)によると、「ガヤガヤ騒ぐことを『どめく』ともいい、それに『轟』の文字を当てたものとみられる。」としている。確かに「どめく」(全国的には「どよめく」という言うことが多い)という言葉がある。当て字で轟を当てたのだろうか。ちなみに「どめく」という表現は、九州や四国地方で多く使われていることも調べていてわかった。なんとも謎は深い。

 

ちなみに地元の町役場にも調べていただいたのだが、答えは「不明」だった。こうした地名を基づく駅名は難しく、明確に分からないことも多い、ということを痛感したのだった。

 

【謎解きその⑧】ドーム型のシェルターは何のため?

轟駅の近くにはこの路線特有の装置も設けられていた。勝山駅側の分岐ポイント上にシェルターが設けられている。これはスノーシェルターと呼ばれる装置で、その名のとおり、分岐ポイントが雪に埋もれないように、また凍結しないように守る装置だ。えちぜん鉄道の勝山永平寺線には轟駅〜勝山駅間で計4か所に設けられている。

↑轟駅近くにあるスノーシェルター。ポイントを雪から守るために設けられる。横から見るとその形状がよく分かる(左上)

 

筆者は福井県内の福井鉄道福武線で同様のシェルターを見たことがある。とはいえポイントのみを覆う短いスノーシェルターは、希少で、全国的には少ないと思われる。青森県を走る津軽鉄道などにも同タイプがあったと覚えているが、津軽鉄道の場合は雪よりも季節風除けの意味合いが強い造りだった。

↑勝山永平寺線は意外に坂の上り下りが多い。小舟渡駅近くでは山が九頭竜川に迫っていることもあり電車は山肌をぬうように走る

 

【謎解きその⑨】小舟渡駅の先から見える美しい山は?

やや広がりを見せていた地形も、越前竹原駅を過ぎると一変する。進行方向右手から山が迫り、山あいを走り始めるようになる。そして左手すぐ下に九頭竜川を見下ろすようになる。

 

小舟渡駅も難読駅名の一つだろう。「こぶなとえき」と読む。駅前にはすぐ下に九頭竜川の流れがある。このあたり九頭竜川は両岸が狭まって流れている。橋が架かっていなかった時代には、多くの小舟を並べてその上に板を渡して、仮設の橋を架けて渡ったとされる。よって小舟で渡ったという地名になったのだろう。こうした橋は舟橋とも呼ばれ、九頭竜川では他にも同タイプの橋が使われていたことが伝えられている。

↑小舟渡駅近くを走る勝山行電車。九頭竜川がすぐ真下に見える。奥には1921(大正10)年に開通した小舟渡橋が架かる

 

さて小舟渡駅から先は進行方向、左手をチェックしたい。このあたりからの九頭竜川と山々の風景が沿線の中で最も美しいとされる。訪れた日はあいにく好天とは言いきれなかったが、先に白山連峰が望めた。冬になると路線のちょうど正面に大きなスキー場が見える。こちらはスキージャム勝山で関西圏から多くのスキーヤーが駆けつける人気のスキー場でもある。

↑小舟渡駅の近くから見た九頭竜川と白山の眺め。路線の一番のビューポイントで、同乗するアテンダントさんからの案内もある

 

【謎解きその⑩】勝山駅の先に線路がやや延びているが

小舟渡駅から九頭竜川を見つつ保田駅(ほたえき)へ。この駅からは勝山市内へ入り平野部が広がり始める。勝山盆地と呼ばれる平野部でもある。九頭竜川は勝山盆地で大きくカーブする。流れは勝山の先では東西に流れるが、勝山から上流は南北に流れを変る。勝山永平寺線の線路は九頭竜川の流れに合わせてカーブ、川の西岸沿いを走る。

 

一方、勝山の市街は九頭竜川の東岸が中心となっている。街の賑やかさは列車に乗っている限り感じられない。終点の勝山駅は街の中心から勝山橋を渡った西の端に位置している。なぜこの位置に駅が造られたのだろう。

↑勝山駅の駅舎は1914(大正3)年築の建物。国の登録有形文化財に指定されている。右上はわずかに延びる大野方面への線路跡

 

勝山駅の先にわずかに残る線路にその理由が隠されている。1914(大正3)年3月11日に勝山駅まで延伸開業した。その1か月後には勝山駅から先の大野口駅(後に京福大野駅まで延伸)まで路線が延ばしている。要は路線が開業して間もなく勝山駅は途中駅となったのである。

 

大野市の中心は九頭竜川の西岸にある。そのため勝山の中心部へ九頭竜川に橋をかけて電車を走らせることはなかった。南にある大野を目指したために、こうした路線の造りになったわけだった。大野には路線開業当初に鉄道線がなく、利用者も多かった。しかし、1960(昭和35)年に国鉄の越美北線(えつみほくせん)が開通する。そのため当時の越前本線の利用者が激減、1974(昭和49)年には勝山駅〜京福大野駅間が廃線となる。勝山駅の南に残る線路は大野まで延びていた旧路線の名残だった。

↑勝山市内には福井県恐竜博物館があり、勝山駅から路線バスが運行されている。駅前広場には恐竜が、またホームには恐竜の足跡も

 

【謎解きその⑪】勝山駅前に保存されている黒い車両は?

終点の勝山駅で鉄道好きが気になるのが駅前広場に保存される車両ではないだろうか。この車両はテキ6形という名前の電気機関車。開業当初に導入した車両はみな非力だったため、京都電燈が1920(大正9)年に新造した車両で、貨車を牽引する電気機関車であり、また貨物輸送車として織物製品や木材を載せて運んだとされる。海外製の主要部品が使われていたとはいえ、その後に誕生した国産電気機関車よりも前の時代の車両で、いわば日本に残る最古級の国産電気機関車といって良いだろう。

 

本線での運用が終了した後も、福井口の車両基地での入換え作業などに使われていた。その後に勝山駅に移され動態保存され、短い距離だが動かすことができるように架線も張られている。走る時にどのような音を奏でるのか一度、見聞きしてみたいものである。

↑屋根付の施設で動態保存されるテキ6形。後ろには貨車ト61形を連結している。建物には同車両の写真付の案内も掲示されている

 

↑福井県はソースカツに越前おろしそばが名物。勝山駅前の「みどり亭」では一緒に味わえる福井名物セット(850円)が人気。昼食に最適だ

 

時間に余裕があれば福井県恐竜博物館は訪れておきたいところ。勝山永平寺線の車内でも同博物館帰りと思われる家族連れの姿が見受けられた。そしてランチには、福井名物のソースカツや越前おろしそばを、ぜひ味わってみていただきたい。

メルセデス・ベンツ/Aクラスを徹底分析! 永福ランプが試したかったこととは?

ベテラン自動車ライターの永福ランプとフリーエディターの安ドが、深いような浅いようなクルマ談義をするクルマ連載「クルマの神は細部に宿る。」。今回は、メルセデス・ベンツのエントリーモデルであるAクラスをピックアップ。永福ランプが久々に試したかったこととは?

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年10月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

【PROFILE】

永福ランプ(清水草一)

日本中の貧乏フェラーリオーナーから絶大な人気を誇る大乗フェラーリ教の開祖。様々な自動車専門誌や一般誌、Webなどで、クルマを一刀両断しまくっている。2018年以降、ペンネームを「MJブロンディ」から「永福ランプ」へ変更している。

 

安ド

元ゲットナビ編集部員で、現在ではフリーエディター。永福ランプを慕い「殿」と呼んでいる。

 

【今月のGODカー】メルセデス・ベンツ/Aクラス

SPEC【A180スタイル】●全長×全幅×全高:4420×1800×1420mm ●車両重量:1430kg ●パワーユニット:1.3L直列4気筒+ターボ ●最高出力:136PS(100kW)/5500rpm ●最大トルク:200Nm/1460〜4000rpm ●WLTCモード燃費:15.4km/L

●337万円〜798万円

 

ベンツの中では一番安い部類

安ド「殿! 今回はなぜA180なのですか」

 

永福「ダメか?」

 

安ド「いえ、AクラスならセダンやAMGなど新しいモデルもあるのに、なぜ1年以上前に出たA180ハッチバックを希望されたのかと」

 

永福「それはもちろん、A180が一番お安いからだ」

 

安ド「なぜ一番安いモデルを?」

 

永福「それは言うまでもない。安いほうがサイフにやさしいではないか!」

 

安ド「実際に買うなら安いに越したことはありませんが……」

 

永福「A180は、一応337万円から買える。このA180スタイルだと380万円。オプションのレーダーセーフティパッケージが25万3000円、ナビゲーションパッケージが18万9000円。このふたつの装備を付けない人はおるまい。その他のオプションも含めると、今回の撮影車両は合計515万円にもなっておったが、それでもベンツの中では一番お安い部類なのだ!」

 

安ド「ハハー!」

 

永福「それにな、私は例の『ハ〜イ、メルセデス!』をもう一度やってみたかったのだ」

 

安ド「会話で操作できるMBUX(メルセデス・ベンツ ユーザー エクスペリエンス)ですね。それならほかのメルセデスにも付いていると思いますが……」

 

永福「いや、Aクラスが出たとき、『この機能は学習によって成長するので、子どもを育てる気持ちで』と聞いていたから、1年半後の成長を見てみたかったのだ」

 

安ド「さすが深いお考えです! で、成長してました?」

 

永福「いや、成長しておらなんだ」

 

安ド「ええ〜〜〜っ!」

 

永福「メルセデスではない、私が成長しておらなんだ。相変わらずメルセデス君がちょっと物わかりが悪いと、『ボタンで操作したほうが早いじゃね〜かよ!』などと、すぐキレてしまってのう」

 

安ド「なるほどぉ! 僕は、『意外とすぐ理解してくれるなぁ』と思いましたが」

 

永福「うむむ……」

 

安ド「『ハイ、メルセデス。アンビエントライトを紫にして』と言ったら、一発でやってくれました」

 

永福「それを聞いていたので、同じことを言ってみたが私はダメだった」

 

安ド「ダメでしたか!?」

 

永福「アンビエントライトをアンビエントコントローラーと言い間違えたのだ。そしたらハネられた」

 

安ド「ですか……」

 

永福「クルマとお話するのは、中高年にはハードルが高いな」

 

安ド「ですか……」

 

永福「それと、メルセデスなのに高速道路で3回もアオられた」

 

安ド「えっ!」

 

永福「後姿が控えめで、国産の小型車っぽく見えるからだろうか」

 

安ド「う〜ん、顔はCLSなどと同じなんですけどねぇ」

 

永福「無念だ」

 

【GOD PARTS 1】ヘッドライト

ツリ上がったライトはシャープで都会的な印象

新世代メルセデスの特徴であるツリ目フェイスが採用されています。シャープで都会的な雰囲気ですが、ほかのモデルも造形が似ていて(よく見ると違うけど)、一般の人は見分けがつかないのではないかと心配になります。

 

【GOD PARTS 2】アンビエントライト

室内を艶やかに彩る照明は64色から選べる

間接照明のような淡い光で車内を彩る「アンビエントライト」がオプション装着されています。64色に変えられるそうですが、MBUXで言葉で伝えようとすると(下記参照)、そんなに色の名前を知らないため、結局、「赤」や「紫」になってしまいます。

 

【GOD PARTS 3】AMGホイール

ワルっぽさをプンプン放つ大型のアルミホイール

今回のモデルには、26万円もする「AMGライン」が装着されていました。「AMG」は、ハイパフォーマンスモデルを制作するメルセデスのサブブランドで、このホイールはAMG仕様。大径サイズで黒とシルバーに塗られ、いかにもワルそうです。

【GOD PARTS 4】大型ディスプレイ

シンプルな造形は煩わしくなくて好ましい

ドライバーの目の前には、非常に大きな横長ディスプレイが鎮座しています。インパネのデザインを損なわないシンプルな造形は好感が持てますが、実は表示は左右2面になっていて、メチャクチャ横に長い一枚絵が見られるわけではありません。

 

【GOD PARTS 5】タッチパッド

手元を見ることなくスマホのように操作可能

センターコンソール上にはコントローラーが設置されていて、センターディスプレイ上に表示されるカーナビなどの操作を、手元を見ずに行うことができます。近年のモデルではタッチパッドまで付き、指先だけでポインターを動かせます。

 

【GOD PARTS 6】エンジン

3種類のパワーユニットを設定

メルセデスはひとつのモデルに複数種類のエンジンを設定することが多いのですが、このAクラスも1.3Lターボのガソリンと2.0Lターボのディーゼルに加え、2.0Lターボのガソリン(AMG A35)と3種類をラインナップ。1.3Lでも十分速いです。

 

【GOD PARTS 7】MBUX

呼べば答えてくれる会話できるクルマ

「ハイ、メルセデス!」と呼べば答える、自動対話式音声認識インターフェイス「MBUX」が未来を感じさせます。「天気を教えて」など、フランクに話しても答えてくれますが、「ハイ、ベンツ!」では起動しません。何か気に障ったのでしょうか。

 

【GOD PARTS 8】フロントシート

スポーティさと高級感との両立を狙う

「AMGレザーエクスクルーシブパッケージ」では、本革シートはツートーンカラーです。赤と黒でスポーティさと高級感の両方を求めているようですね。座面の先端は前にせり出させることができるので、太ももが長い人には好都合です。

 

【GOD PARTS 9】リアシート

3分割の可倒式で自由に荷室アレンジ

先代モデルより広くなった後席ですが、もちろん前方に倒すことができます。荷室とつなげることで長尺の荷物を積めるようになり、40:20:40の割合で3分割できるので、載せたい荷物に合わせて、自在にアレンジできるのが便利です。

 

【これぞ感動の細部だ!】リアスタイル

攻撃性がまったく感じられないリアまわり

全体的にシンプルなスタイリングで徹底されていますが、フロントまわりはちょっとキツめな印象です。一方、ボディ後方に回ると、まったく別のクルマかのように柔らかなデザインが採用されていて、凡庸ながらも安心感があり、個人的にはこのお尻に好感が持てます。2019年にはセダンモデルも追加されていますが、こちらもトランクが付いて出っぱっただけで、やはりほんわかしています。

 

 

撮影/我妻慶一

遊べるクルマをもっと楽しく♪ ドライブ“格上げアイテム”セレクション!

最近のクルマは至れり尽くせりで便利なアイテムが付いているが、ドライブをより快適にするアイテムは数多くある。遊べるクルマの“格上げ”を約束するアイテムを用途ごとに紹介しよう!

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年10月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

【安心ドライブを格上げ】

360度全方位記録可能でまさかのときの録り逃しナシ

ケンウッド

DRV-C750

実売価格4万3010円

あおり運転が厳罰化されてもゼロにはならないのが現状で、ドライブレコーダーの需要もますます高くなっている。オススメは360度対応のドライブレコーダー。あおり運転の録画だけでなく、事故の際も録り逃しがない。

SPEC ●液晶:2.4型フルカラーTFT ●撮像素子:1/2. 5型 フルカラーCMOS ●最大記録画角:水平360度/垂直240度 ●記録モード最大解像度:1856×1856(ラウンドモード)●録画フォーマット:MP4(H.264)●サイズ/質量:W74×H86.1×D32mm/129g

 

↑360度録画対応で死角なく記録が可能。別売りの電源ケーブルで駐車時も録画でき、愛車の盗難やいたずら防止にも役立つ

 

【車内の空気を格上げ】

車内の消臭だけでなく集中力もアップさせる!

シャープ

車載用プラズマクラスターイオン発生機 IG-MX15

実売価格1万6330円

従来機比でイオン濃度が約20%アップしたプラズマクラスターNEXTにより、カビ臭、汗臭、体臭、食べ物臭、タバコ臭、ペット臭の車内6大付着臭を素早く除去。運転時に集中力を高める環境づくりもサポートする。

SPEC ●プラズマクラスター適用面積:約3.6m2 ●運転モード:ターボプラス、中、静音 ●電源コードの長さ:約1.5m ●サイズ/質量:W78×H165×D76mm(上部)、下部直径65mm/約295g

 

↑カップホルダーに収まるサイズで車内でも置く場所に困らない。USB電源搭載なので車内だけでなく家やオフィスでも使用できる

 

【車内BGMを格上げ】

ハイレゾ音源のネイティブ再生に対応し圧倒的な臨場感を味わえる

ケンウッド

彩速ナビ MDV-M907HDF

実売価格14万2230円

高速レスポンスの彩速テクノロジーを搭載した大画面ナビ。ドライバーに必要なドライブメッセージで安全運転をサポートする。画面はスマホ感覚で操作可能。ハイレゾ音源のネイティブ再生に対応し、臨場感のある音を楽しめる。

SPEC ●画面サイズ:9V型(1280×720)●ハイレゾ対応フォーマット:DSD、WAV、FLAC ●Bluetooth対応コーデック:LDACほか ●サイズ/質量:W178×H100×D155mm/2.3kg

 

↑デジタルデータを音楽信号に変換する心臓部にAKM製32bitプレミアムDAC、AK4490を採用。原音に近い音質を提供する

 

【動画鑑賞を格上げ】

9V型の大画面でYouTubeも存分に楽しめる!

パイオニア

1Dメインユニット DMH-SF700

実売価格9万8380円

9V型の大画面を採用したディスプレイオーディオ。各スマホアプリに対応する。Wi-Fiテザリングによるワイヤレス接続でWEBブラウザへのアクセスができ、車内でYouTubeなどの動画サイトを大画面で楽しめる。

SPEC ●画面サイズ:9V型(1280×720)●対応ビデオフォーマット:H.264、H.263、DviX、MPEG4、MPEG2他 ●サイズ/質量:W178×H50×D165mm(取り付け寸法)/1.4kg

 

↑Amazon Alexaアプリ内の「カロッツェリアスキル」を有効にすれば多彩な音声操作が行える。家庭内のスマートデバイスもコントロール可能だ

 

【後席居住性を格上げ】

車内の段差を解消してリアシートがベッドに変身

液晶王国

車中泊専用エアーマット

4600円

後席足元のスペースを埋め、ベッドとして使用できるエアーマット。セダンやワゴンでも、子どもや小柄な大人なら足を伸ばして寝られるスペースが生まれる。付属の電動ポンプで空気を入れるだけとセットも簡単。

 

↑後席をベッドとして利用できるのは便利。枕も2つ付いており、コスパも抜群。これで車中泊の快適度も格上げできる

 

【食材管理を格上げ】

わずか40分で-18℃にスピード冷却食材の保管もおまかせ

オウルテック

冷凍冷蔵庫 ICECO T12S-WH

実売価格6万280円

わずか40分で庫内を-18℃に冷やすことができる冷凍冷蔵庫。タッチ式の操作パネルで温度調節も簡単に行える。エンジンを止めれば製品の電源も切れ、クルマのバッテリー上がりを防止する機能も備わる。

SPEC ●内容積:12L ●使用電源:DC12V、DC24V、AC100V ●温度設定範囲:-18℃~10℃ ●サイズ/質量W570×H230×D320mm/約8.7kg

 

↑急速冷凍モードは約40分で-18℃になり、エンジンを切らない限り運転は持続する。凍らせた食材などの保管にも重宝する

 

【暑さ対策を格上げ】

常時取り付けのサンシェードで面倒な着脱から解放される!

シンプラス

シンシェード

9900円

炎天下に停める際の必需品でもあるフロントのサンシェードだが、着脱や収納は結構面倒。シンシェードならサンバイザーの金具に常時取り付けた状態で、使用時は引っ張るだけでOK。収納はボタンひと押しで完了する。

 

↑軽自動車からワンボックスまで適合車種が多いのはうれしい。収納は右端のスイッチを押すだけのワンタッチ式だ

 

【収納スペースを格上げ】

飲み物が置けない悩みを解決する“倍増”ドリンクホルダー

槌屋ヤック

Wドリンクイン コンパクト

実売価格1180円

1本ぶんのドリンクホルダーを2本ぶんにできる便利アイテム。ペットボトルとカップのコーヒーなどを同時に入れることが可能だ。後席用のドリンクホルダーが中央部にひとつしかないクルマでも便利に使える。

 

↑純正のドリンクホルダーに差し込むだけでOK。形状が四角、丸形でも対応可能な12枚のサイズ調整クッションを付属し、ほぼすべての車種に装着できる

 

【車内の涼しさを格上げ】

連続9時間冷却可能で暑い車中泊とオサラバ!

ショップジャパン

パーソナルクーラー ここひえ R2

8778円

夏場の車中泊で重宝するパーソナルクーラー。気化熱現象を利用した冷却方法で効率良く冷却できる。風量は3段階で切り替え可能、防カビ抗菌フィルター完備の本格派で、連続9時間の運転を行えるのもポイントだ。

SPEC ●風量切替:3段階(強・中・弱)●タンク容量:約600ml ●消費電力:6W(風量「強」の場合)●サイズ/質量:W176×H181×D173mm/約1.03kg(フィルター含む)

 

↑給電方法はUSB、ACの2つを用意する。本体がコンパクトなうえ、モバイルバッテリーも利用可能。車中泊でも強い味方になる

 

 

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遊べるクルマの究極形! キャンピングカーの魅力を徹底紹介!

遊べるクルマに“泊まる”という使い方をプラスできるのがキャンピングカー。手ごろな軽キャンパーから、“走る生活空間”とも言える大型モデルまで、こだわりが凝縮された個性的なモデルばかりだ。

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年10月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

キャンピングカーライター

岩田一成さん

キャンピングカーでの旅はこれまで1000泊以上。その経験をベースに、雑誌、WEB、テレビなどでキャンピングカーの魅力を発信する。

幅広い用途で使える最強のマルチツール!

キャンピングカー人気が年々高まりを見せている。その最大の要因は、様々なライフスタイルや使い方に対応できること。キャンピングカーは、移動手段としての「クルマ」と、居住空間としての「家」という2つの要素を兼ね備えた乗り物。キッチン、トイレ、ベッド、生活用電源などが完備されているため、車内で家と同じように快適な生活を送れる。

 

その特性を生かせば、キャンプや旅行はもちろん、アウトドアレジャーや趣味のベース基地としてなど、ユーザーのライフスタイルに合わせて幅広い用途で利用可能。最近では、移動オフィスや非常用シェルターなど、レジャー用途以外のニーズも高まっている。

 

軽自動車をベースにした軽キャンパーから、ハイエンドな輸入モーターホームまで、価格やサイズのバリエーションが豊富に揃っているのも大きな魅力。「クルマを停めた場所がどこでも“家”になる」キャンピングカーは、まさに「遊べるクルマの究極形」だ。

 

大人5人がゆったり就寝できファミリーでの使用にピッタリ

アネックス

リバティ 52 DB

936万1000円~

トヨタのカムロードをベースとしたモデル。広いダイネット(リビング)スペースと車内前部のスライド式バンクベッド、後部の2段ベッドを備える。大人5人が余裕で就寝できる、余裕の室内スペースが自慢のモデルだ。

SPEC●全長×全幅×全高:5230×2040×2880mm●パワーユニット:2982cc直列4気筒+ディーゼルターボ●最大出力:144PS(106kW)/3400rpm●最大トルク300Nm(30.6kg-m)/1200~3200rpm

 

■大型モデルは余裕の空間が魅力、まさに走る住居!

十分な車内高が生み出す余裕ある居住スペース

大人でも立てるほどの室内高が、余裕ある居住スペースを生んでいる車内。コンパクトでありながら必要十分な機能を備えるギャレーも完備。

 

大人2人が余裕で寝られるスライド式バンクベッド

前方には就寝時に引き出して使うバンクベッドを装備。拡張時のベッドサイズは1940×1740mmで、大人2人が余裕で横になれるサイズだ。

 

テーブルを挟んで会話も盛り上がる

ダイネットには向かい合わせのシートが置かれ、会話も弾む。伸縮式のテーブルを下げてシートを転換すれば、1800×900mmのベッドになる。

 

電化製品も余裕で使えるリチウムイオンバッテリー

大パワーを生み出す高エネルギーが特徴のリチウムイオンバッテリー。エンジン停止時でも冷蔵庫や床暖房、エアコンなどを安心して使える。

 

車内で快適に過ごせるエアコンも標準で搭載

家庭用エアコンを標準装備し、暑い夏でも快適に過ごせる。外部電源に接続していないときは、リチウムイオンバッテリーで運転が可能だ。

 

★岩田さんはココに惹かれた!

家庭用エアコンで夏のクルマ旅も快適!

「比較的運転しやすい全長5.2mのボディに最新技術を詰め込んだハイエンドモデル。ソーラー&リチウムイオンバッテリーで家庭用エアコンも使えるので、暑い夏でも快適に過ごせます」

 

■関東キャンピングカー商談会には個性派モデルが勢揃い!

今年7月に開催された関東キャンピングカー商談会。新型コロナウイルスの影響によりイベントが次々と中止になるなかで、久しぶりに開催されたカーイベントだ。全国のビルダーが作った個性派モデルを紹介しよう!

 

【No.1】コンパクトながら余裕あるスペースを実現

ドコデモライフ

N-i(エヌアイ)

240万6800円~

大人2人が快適に過ごせる室内空間がアウトドアライフをサポート。ベッドやテーブル、収納も多く、創意工夫が満載だ。

 

↑専用のフレームをリアシートヘッドレスト穴に差し込んでセットする。リアシートの足元には収納スペースが確保できる

 

↑ベッドは長さ1820×幅1150mmと余裕のサイズで展開。フルフラット状態で足を伸ばして寝られるので車中泊も快適だ

 

★岩田さんはココに惹かれた!

気軽に乗れるシンプル仕様

「家具を最低限にして、限られた室内空間を効率的に利用。純正リアシートを残しているので普段使いもラクです」

 

【No.2】ハイエースがベースで普段使いにも便利

ティピーアウトドアデザイン

トラボイ HJ200WS

459万8000円~

7人が前向きで乗車できるので日常的な使い勝手も抜群。後部を2段ベッドにすることで大人3人が就寝することが可能。

 

↑シートは回転対座式で、テープルをセットすれば車内がリビングルームに変身。キャンプのベース基地として活躍する

 

↑後部の2段式ベッドは高さを設けることで圧迫感のない快適な就寝が可能。ベッド下は収納スペースとして活用できる

 

★岩田さんはココに惹かれた!

日常使いできる仕様が便利

「大きすぎないハイエース・ワイドミドルがベース。ミニバン的に乗り回せて自走式立体駐車場にも入庫できます」

 

【No.3】ポップアップ式の快適就寝スペース

東和モータース

インディ 108

315万1500円~

ベース車両はハイゼット トラック。ポップアップ式のルーフベッドを備えるなど大型キャンパー並みの快適装備が満載。

 

↑ルーフをポップアップにすることで余裕あるベッドスペースが実現。コンパクトなスペースに快適装備を満載する

 

↑シンクのヘッドは車外へと伸ばしてシャワーとして使用できる。ギャレー下には各13Lの給水・排水タンクを標準装備する

 

★岩田さんはココに惹かれた!

ポップな意匠が魅力的

「ポップアップルーフで実現した開放的な室内空間。街にも自然にも溶け込むオシャレなデザインもウリです!」

 

【No.4】シェルを載せればキャンパーに変身!

山春

ブリーズ

96万8000円~(ボックスのみの価格)

軽量素材を使用し、着脱可能な軽トラック用キャンピングシェル。普段は軽トラとして、週末はキャンパーとして使える

 

↑シェル内部に木製2段ベッドを用意。上段は1810×1330mm、下段は1650×800mmのスペースを確保し、車中泊が楽しめる

 

↑1階はリビングフロアとして使用可能。ソファ下は収納スペースとなり整理整頓に貢献。手軽に楽しめる大人の秘密基地だ

 

★岩田さんはココに惹かれた!

居住空間を積む工夫に脱帽

「キャンパーシェルを降ろせば軽トラ単体で使え、シェルを載せればキャンパーに早変わり。2Way仕様はお見事!」

 

 

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イマドキの“軽”はこんなに遊べる! 個性派軽自動車5選

最近の軽自動車は安全性能の進化もスゴいが、限られたボディサイズにメーカーのアイデアがキラリと光る装備が施されている。“遊べる“軽の代表的な個性派5台を紹介しよう。

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年10月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

【No.01】軽クロスオーバーの先駆者は室内も遊び心があふれる

スズキ

ハスラー

128万400円~179万800円

軽クロスオーバーというジャンルを築いたパイオニア。現行モデルのデザインは、タフさを演出する直線基調となり、より力強さが増した。2トーンカラーはクロカンモデルの幌がヒント。遊び心をより演出する。

SPEC【HYBRID Xターボ 2WD】●全長×全幅×全高:3395×1475×1680mm●車両重量:830kg●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64PS(47kW)/6000rpm[モーター3.1PS(2.3Kw/1000rpm]●最大トルク:98Nm(10.0kg-m)/3000rpm[モーター50Nm(5.1kg-m)/100rpm]●WLTCモード燃費:22.6km/L

 

↑運転席からカーナビ、助手席まで同じデザインの3連カラーガーニッシュが「ギア」感を演出するハスラーのインパネ。遊び心を高める

 

↑後席の背面やラゲッジフロアは汚れを拭き取りやすい素材。広さも申し分なく、後席を倒した場合の最大床面長は1140mmを確保する

 

★ココが遊べる! 広い荷室は自転車も積める

アウトドアを遊び尽くせるようサイクルキャリアやベルトもオプションで用意される。限られた空間でも工夫次第で楽しみ方は無限大。

 

悪路走行性能も本格的

全モデル地上最低高は180mmと高く設定され、急坂にも十分対応できる前後のアングルを確保する4WDならばより高い走破性を実現している。

 

【No.02】開放感抜群! 自由自在に使える工夫も満載

ダイハツ

タフト

135万3000円~173万2500円

「タフト復活」と思った貴兄はかなりのダイハツ通。1974年の初代は本格的なクロカンモデルだったが現代のタフトは開放的な空間が自慢のクロスオーバーモデル。135万3000円~の価格設定はコスパ抜群だ。

SPEC【Gターボ 2WD】●全長×全幅×全高:3395×1475×1630mm●車両重量:840kg●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64PS(47kW)/6400rpm●最大トルク:100Nm(10.2kg-m)/3600rpm●WLTCモード燃費:20.2km/L

 

↑タフトのテーマはバックパック。荷室の使い勝手も良く、十分な広さと後席のアレンジ性を備える。防汚性に優れた樹脂製のパネルを採用する

 

↑スカイルーフトップ(シェード付)は全モデル標準装備。開放感抜群で気分を盛り上げるガラスルーフは、赤外線や紫外線をカットする

 

★ココが遊べる! テーブルとしても活用可能

オプションのフレキシブルボード2段モード取付キット。マルチフックとラゲージバー2本を組み合わせて、テーブルとしても使えて便利だ。

 

汚れを気にせず収納OK

こちらもオプションのラゲージBOX。泥などで汚れた靴や濡れた衣類などを収納できる。クルマからBOXごと取り外して持ち運べるのも魅力だ。

 

【No.03】力強いデザインと自由自在に使えるスペースが自慢

三菱

ekクロス スペース

165万5500円~199万1000円

力強いデザインが特徴のekクロスよりもSUV色を強めたモデル。後席スライド長は最大350mmで、乗る人や荷物の量に応じて自由自在に使えるのがポイントだ。先進安全運転支援技術「マイパイロット」も搭載可能。

SPEC【T 2WD】●全長×全幅×全高:3395×1475×1780mm●車両重量:970kg●パワーユニット:659cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64PS(47kW)/5600rpm[モーター2.7PS(2.0kW/1200rpm]●最大トルク:100Nm(10.2kg-m)/2400~4000rpm[モーター40Nm(4.1kg-m)/100rpm]●WLTCモード燃費:18.8km/L

 

↑「マイパイロット」は「G」以上のグレードにオプション設定。フロントカメラとレーダーを使った車線維持支援やクルーズコントロールも可能だ

 

↑存在感あるフロントフェイスを作り出すLEDヘッドライトは全モデルに標準装備。切れ長で吊り上がったフォルムが力強さを演出している

 

★ココが遊べる! 汚れを気にせず使える荷室

樹脂仕様のラゲッジボードとPVC仕様の後席シートバックを設定。汚れたアウトドア用品なども気にせず積めて便利だ。

 

【No.04】軽ハイトワゴンとSUVを融合させたアクティブモデル

スズキ

スペーシア ギア

164万4500円~189万900円

広い室内が人気の軽ハイトワゴンにSUVのアクティブさをプラスしたモデル。ベースはスペーシアだが、内外装に専用パーツを採用するなど、こだわった1台。発進時にモーターのみで走行可能なマイルドハイブリッド搭載。

SPEC【HYBRID XZターボ 2WD】●全長×全幅×全高:3395×1475×1800mm●車両重量:890kg●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64PS(47kW)/6000rpm[モーター3.1PS(2.3Kw/1000rpm]●最大トルク:98Nm(10.0kg-m)/3000rpm[モーター50Nm(5.1kg-m)/100rpm]●JC08モード燃費:25.6km/L

 

↑スペーシアの豊富なシートアレンジはそのままに、防汚仕様が施されたラゲッジルーム。車高の高さを生かして自転車も余裕で積載可能だ

 

↑スーツケースをモチーフにしたダッシュボードはスペーシア同様。収納スペースは上下だけでなく、ドリンクホルダーも装備するなど豊富だ

 

★ココが遊べる! シート下にも収納スペース!

助手席座面下にも靴などが入れられる収納スペースを装備。樹脂性なので汚れに強く、持ち出して洗うこともできる。

 

【No.05】レジャーのプロと開発したことで抜群の使い勝手を実現

ダイハツ

ウェイク

137万5000円~187万5500円

キャンプや釣りなど、レジャー人口の多いジャンルのプロたちとコミュニケーションを取りながら開発。最適な形にアレンジしやすいラゲージルームや、最大の特徴である背の高さが、アウトドアや車中泊を快適なものにしてくれる。

SPEC【Gターボ“SAⅢ” 2WD】●全長×全幅×全高:3395×1475×1835mm●車両重量:1020kg●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64PS(47kW)/6400rpm●最大トルク:92Nm(9.4kg-m)/3200rpm●WLTCモード燃費:16.9km/L

 

↑インパネまわりはもちろん、シート下のスペースまで活用できる収納スペースを数多く装備。散らかりがちな小物の収納に困ることはない

 

↑レジャーエディションに標準装備される防水素材のイージーケアフロアは汚れを簡単に落とせる。座席側だけでなく荷室側にも設定されている

 

★ココが遊べる! 高い車内高を有効活用でき便利に使える

荷室高は1140mmで大きな荷物も長い荷物も同時に積める(左)。オプションのデッキボードで2段積みも可能だ(右)。

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップするとご覧いただけます)】

識者たちが持論を展開!“遊べる”クルマの条件とは?

スズキ・ハスラーやダイハツ・タフトのように“遊び”を打ち出すクルマが増えてきた。でも、人それぞれの遊び方が異なるように、遊べるクルマの概念も違うはず。ここでは4人の識者が考える“遊べるクルマ”を語ってもらおう。

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年10月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

【No.1】岡本幸一郎にとって、“遊べる”クルマとは

目的地に着くための移動手段ではなく走ることを存分に楽しめるクルマ

モータージャーナリスト

岡本幸一郎さん

新型車を幅広く網羅し、あらゆるジャンルのクルマに精通。これまで25台のクルマを乗り継ぐ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

スズキ

スイフトスポーツ

187万4400円~214万1700円

スイフトのなかでもスポーツ性能をとことん追求したモデル。軽量高剛性の新プラットフォーム「HEARTECT(ハーテクト)」と直噴ターボエンジン、970kgの軽量ボディが生み出す“意のままの走り”を楽しめるモデルだ。

SPEC●全長×全幅×全高:3890×1735×1500mm●車両重量:970kg(6MT)●パワーユニット:直列4気筒DOHC+ターボ●最高出力:140PS(103kW)/5500rpm●最大トルク:230Nm(23.4kg-m)/2500~3500rpm●WLTCモード燃費:17.6km/L(6MT)

 

意のままに操れる楽しみは走ることを遊びにする

“遊べる”にも色々あるけれど、クルマを使って何かをするのではなく、運転したときの感覚が楽しいので、走ることそのものが遊びになるのがスイフトスポーツだ。このクラスの日本車では珍しいターボ付きのエンジンはとってもパワフルで、6速に刻まれたMTのシフトフィールも気持ちイイ。ハンドリングも刺激的で、行きたい方向にスイスイと曲がれるのも楽しい。小柄で軽いからすべて手の内で意のままに操れる感覚もある。目的地までの移動手段ではなく、アクセルを踏んでシフトチェンジしてステアリングを切って、ただ走っているだけで存分に楽しめてしまう。しかもリーズナブルな価格なのもうれしいじゃないか!

 

↑仕様変更で安全運転支援技術も進化。車線変更時の安全確認をサポートするブラインドスポットモニターも装備する

 

↑低回転域から高いトルクを発揮する1.4L直噴ターボエンジン。アクセルを踏み込めば、よりパワフルな走りを体感できる

 

【No.2】並木政孝にとって、“遊べる”クルマとは

ガンガン積めて、ガンガン走れて相棒になれるクルマ

自動車ライター

並木政孝さん

輸入車雑誌編集長を経たのちフリーライターへ。クルマはもちろんバイク、自転車など幅広い乗り物に精通する。最近はe-bikeも好み。

ダイハツ

ハイゼット トラック ジャンボ

111万6500円~143万5500円

キャビン長を拡大してリクライニングできるシートを備えた、くつろげる軽トラック。荷台長は1650mmと十分で、長尺物の積載に便利なスペースを確保し、1990mmの荷台フロア長も実現している。

SPEC【ジャンボ SAⅢ 4WD 4AT】●全長×全幅×全高:3395×1475×1885mm●車両重量:850kg●パワーユニット:直列3気筒DOHC●最高出力:53PS(39kW)/7200rpm●最大トルク:60Nm(6.1kg-m)/4000rpm●JC08モード燃費:17.4km/L

 

日本が誇る元祖SUVはひとり遊びの強い味方

ボクにとって遊べるクルマの定義は「ひとり遊び」ができること。最近は密を避けることが当たり前だが、ひとりで遊べる趣味を持っているとコロナのストレスなど微塵も感じない。趣味であるキャンプや釣りは仲間たちと楽しむこともできる一方、ひとりで楽しむこともできる。そう考えると、日本が誇る元祖SUV、ハイゼット トラック ジャンボがベストな選択。居住スペースは余裕があり、リクライニングができるので快適。その気になれば荷台にテントを張ってキャンプもできる! 車重の軽い軽トラは悪路にも強く、4WDを選べば鬼に金棒。最近はカラバリも豊富で、商用車のイメージが薄くなっているのも大きな魅力だ。

 

↑4WDモデルは2WDと4WDの切り替えができるパートタイム方式を採用。悪路などでは4WDの高い駆動力を発揮する

 

↑キャビン長を拡大し、リクライニングが可能に。シート背面には荷物置きなど様々な用途に活用できるスペースを確保する

 

【No.3】清水草一にとって、“遊べる”クルマとは

ただそこにある、走るだけで非日常を味わえるクルマ

モータージャーナリスト

清水草一さん

世界中のクルマメーカーのへの取材経験を持つジャーナリスト。スーパーカーをはじめあらゆるジャンルのクルマに精通。

マツダ

ロードスター

260万1500円~333万4100円

風と一体になる喜びを体感できるライトウェイトオープンスポーツ。どこから見ても美しいエクステリアデザインと、ドライビングを楽しむためにシンプルにまとめあげられたインテリアデザインの調和も美しい。FR専用設計の1.5Lガソリンエンジンで、軽快な走りを楽しめる。

SPEC【S Leather Package 6EC-AT】●全長×全幅×全高:3915×1735×1235mm●車両重量:1060kg●パワーユニット:1496cc直列4気筒DOHC●最高出力:132PS(97kW)/7000rpm●最大トルク:152Nm(15.5kg-m)/4500rpm●WLTCモード燃費:17.2km/L

 

走るだけで楽しく美しい 世界で見ても稀有なモデル

クルマで遊ぶというと、何か荷物を積んで、というのが一般的だけど、クルマは本来走るだけで遊びになる。ボディが美しければ、洗うのも遊び。いや、見るだけでも遊びと言える! ロードスターは、ただ走るだけでいろいろ遊べる。オープンにして良し、クローズにして良し。真夏の夜のオープンドライブはまさに非日常だし、ロングドライブはちょっとした冒険気分。2シーターのオープンスポーツに、どう荷物を積もうか思案するのも遊びだ。そして、ロードスターは美しい。全世界の現行モデルのなかで、ナンバーワンではないだろうか? このサイズでこのグラマラスなボディ。そこにあるだけで遊びになるのだ。

 

↑オープンカーながら容量130Lのトランクを装備。550×400×220mmサイズのソフトタイプのキャリーバッグなら2つ積み込める広さを確保する

 

↑ドライバーが運転に必要な動きを確実に行うことを念頭に作り込まれたコックピット。寒い季節のオープン走行時に快適なシートヒーターも備える

 

【No.4】上岡篤にとって、“遊べる”クルマとは

目的地に確実にたどり着き無事に帰って来られるクルマ

GetNaviクルマ担当

上岡 篤

クルマだけでなく乗り物全般はデカいモノが好き。ただし全幅1980mmのランクルで世田谷区の狭い路地に手こずった経験アリ。

トヨタ

ランドクルーザー

482万6800円~697万4000円

世界170か国以上で愛されている最強4駆SUV。現行モデルでは5つの路面状況に応じたブレーキ油圧制御と最適な4輪駆動配分を行う「マルチテレインセレクト」を搭載。ドライバーはセレクトスイッチを操作するだけだ。

SPEC【ZX】●全長×全幅×全高:4950×1980×1870mm●車両重量:2690kg●パワーユニット:4608ccV型8気筒●最高出力:318PS(234kW)/5600rpm●最大トルク:460Nm(46.9kg-m)/3400rpm●WLTCモード燃費:6.7km/L

 

絶対的な走破性能は行動範囲を広げてくれる

ランドクルーザーは目的地に確実にたどり着き、そして無事に帰って来られることを使命とするクルマだ。高度なテクニックがなくとも、スイッチ操作ひとつで悪路を突破できることへの安心感は絶大。さらにはモニターを通じて現在のタイヤ位置と進むべき道も教えてくれる。頼れるランクルは、行動範囲をグンと広げてくれる。

 

世界でもその信頼は高く、中東ドバイなどで催行されるデザートサファリ(砂漠ツアー)で使われるのは、ほぼランクル。砂漠のど真ん中で壊れてしまえば、それは死に直結する危険になる。そんな遊びにランクルが使われるのも、無事に帰って来られる走破性能を有しているからだ。

 

↑ラダーフレームはランクルの特徴のひとつ。悪路でフレームが歪んだとしても、ボディへの影響を最小限に食い止めることができる

 

↑本格的なクロカンSUVながら、インテリアは上質。大人7人が余裕で乗れる広さも魅力だ。エアコンの吹き出し口は28か所もある

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップするとご覧いただけます)】

ハーレーの、ハーレーらしい「電気自転車」

ワイルドさとアメリカの自由を象徴するハーレーダビッドソン。「バイクの王様」と表現するライダーもいるように、ハーレーは世界中にファンがいますが、そんなハーレーダビッドソンが最近、電動自転車のマーケットに参入することがわかりました。どんな自転車が生まれるのでしょうか?

 

ハーレー1号機の愛称にちなんだ「シリアル・ワン」

↑若い世代の愛車になるか?

 

先日ハーレーダビッドソンが発表した電動自転車は「シリアル・ワン(Serial 1)」。これは、同社の元社員たちが幹部をつとめる新会社「シリアル・ワン」が手がけたもので、ハーレーダビッドソンが1900年初頭に初めて開発したバイク「シリアル・ナンバー・ワン」の愛称にちなんで付けられているそう。自転車にも「Powered by Harley-Davidson」と書かれています。

 

「バイクのハーレー」が手がける自転車だけあって、バイクらしい見た目にこだわったとのことで、ハンドルやモーター部分などにどことなくバイクらしさが漂うデザインにしたとのこと。太めの白いタイヤと相まって、スタイリッシュで都会的なデザインに仕上がっています。

 

一般的な電動自転車はハンドル右手のスロットルをひねることで加速しますが、このシリアル・ワンにスロットはついておらず、ペダルを踏み込むことで走行します。また従来のチェーン式ではなく、ベルトドライブの駆動式を採用。走行時速は自転車走行の規則にそって約32〜45kmです。

 

時代に乗ろう

アメリカをはじめ、世界のライダーを魅了し続けているハーレーダビッドソンですが、なぜ自転車事業を始めることになったのか? その主な理由は、本業とするバイクの販売が低迷しているからです。おまけに新型コロナウイルスの感染予防のため外出制限やリモートワークが広まったことで、2020年第2四半期の売上は前年同期比で47%も減少。今年の夏に同社はおよそ700人の従業員を解雇したと報じられました。

 

さらに新型コロナの感染を避けるため、電車やバスなどの公共交通機関を利用せずに自転車を移動手段に選ぶ人が若い世代を中心に拡大しています。このような背景を受けて、人気が高まっている自転車市場に参入して、若年層を取り込もうという目論見があるようです。

 

世界各地で自転車のシェアリングサービスが広まっている一方で、「自分の愛車を持ちたい」とこだわる人もいるはず。乗り心地や性能、デザインにも厳しい目を向ける人々にとって、ハーレーダビッドソンの電動自転車は、新しい選択肢のひとつになっていくのかもしれません。シリアル・ワンは2021年に発売される予定です。

 

西武鉄道がコロナ禍の基地まつりで魅せた「新旧の特急&お宝級の車両」たち

〜〜Laviewブルーリボン賞受賞記念 車両基地まつりin横瀬〜〜

 

埼玉県の西武鉄道・横瀬車両基地で11月8日に「車両基地まつりin横瀬」が開かれた。今年は、2019年春に登場した001系Laviewがブルーリボン賞に輝いた受賞記念をかねての催しだった。

 

コロナ禍もあり、2020年は鉄道イベントも少なめ。多くの人が待ちわびたのだろうか、予約制にもかかわらず入場時間の前に駆けつけた人が目立った。秋の1日の模様と、この日に見ることができた貴重な保存車両を紹介しよう。

 

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今も各地で働き続ける「譲渡車両」8選−−元西武電車の場合

 

【横瀬の見どころ①】開場を待ちわびていた人たちが続々と……

↑秩父地方のシンボル武甲山のふもとにある西武鉄道の横瀬車両基地。同鉄道で長年、活躍した電気機関車などが保存されている

 

埼玉県横瀬町(よこぜまち)、西武秩父線の横瀬駅に隣接して設けられた横瀬車両基地で、11月8日に「Laviewブルーリボン賞受賞記念 車両基地まつりin横瀬」と題した催しが開かれた。例年秋に、横瀬では車両基地の公開が行われているが、今回はコロナ禍ということもあり、予約制で入場できる人数を制限した上で開催された。残念ながら見ることができなかった方にも、その模様をお届けしたい。

 

午前の部が10時から11時30分、午後の部が12時から13時30分と開場した時間は短め。入場開始前から多くの人たちがつめかけた。そして開場。多くの人がこの日に発売された受賞記念のLaview限定グッズなどを目指して販売ブースへ並ぶ。一方、親子連れは、保存された車両が並ぶエリアへ急ぎ足で目指した。

↑予約制のため例年よりも入場者は少なめだったが、10時の開場とともに親子連れは保存車両のコーナーに駆けつけていた

 

横瀬車両基地とはどのような施設なのか触れておこう。池袋駅〜吾野駅(あがのえき)間を結ぶ西武池袋線は長い間、吾野駅が終点となっていた。吾野駅の先にそびえていた奥武蔵の山々をトンネルで貫き、誕生したのが西武秩父線だった。1969(昭和44)年10月14日に吾野駅〜西武秩父駅間が開業し、西武秩父線となった。

 

西武秩父線は、旅客営業だけでなく、秩父地方の石灰石を都市部へ運ぶ役割を持っていた。そのために強力な電気機関車(後述)を新造したほどだった。この電気機関車や貨車の検修施設として1970(昭和45)年に造られたのが横瀬車両基地だった。開設されて今年でちょうど50年という節目の年にあたる。

 

1996(平成8)年に西武鉄道での貨物輸送が終了したこともあり、基地はかつて活躍した西武鉄道の車両の保存場所として、休車となった車両の保管などに使われている。

 

この基地では1994(平成6)年から例年秋に、「西武トレインフェスティバル in横瀬」が開かれている。西武鉄道ファンの中には、例年1度1日きりの恒例となった催しを楽しみにしている人が多い。さらに今回は001系Laviewのブルーリボン賞受賞記念も兼ねていた。鉄道イベントも例年に比べると少なめだったこともあり、待ちに待ったイベントとなったわけである。

↑西武鉄道の販売ブースでは、8月31日に閉園したとしまえんのグッズや、Laviewの記念グッズなどが販売され多くの人で賑わった

 

【横瀬の見どころ②】賞に輝いたLaviewが入線してきた!

車両基地ということで、多くの線路が並ぶ基地内。そこにはかつてレッドアローの愛称で親しまれた西武鉄道5000系電車が1両のみ停められていた。5000系は西武鉄道で初めて、1970年度の鉄道友の会ブルーリボン賞に輝いた車両である。

 

そこへゆっくりとシルバーの車両が近づいてきた。001系電車である。001系は2019年3月から走り始めた西武の新型特急電車。世界的な建築家である妹島和世(せじま かずよ)氏がデザインを監修、個性的なデザインで注目を浴びた。正面の風貌といい、外の景色が存分に楽しめる広い側面の窓など、特徴をあげれば切りがないほどである。

↑西武鉄道001系Laviewが車両基地内の線路をゆっくりと入線してきた。シルバーの車体、個性的なスタイルが秋の秩父路によく似合う

 

ゆっくり基地に入線してきた001系Laviewが所定の位置に停車。5000系レッドアローときれいに並ぶ。そして運転席の表示も「特急ちちぶ」となった。並んでみると生まれた時代に差があるものの、ともに特急車両らしい威厳が備わっているように感じられた。

↑西武鉄道の代表的な特急電車として歴史に名を刻むことになった5000系レッドアロー(左)と001系Laview

 

今年の催しでは混乱を避けるために取材陣が先に撮影させていただいた。10時以降には密を避けるため、時間制限を設けて一般来場者にも撮ることができた。そして多くの人が新旧の特急の撮影を楽しんだ。

↑001系Laviewは複数の凝った造りが隠されている。例えば前照灯部分にはまるで人の笑顔のようなスマイルモードに変更することができる

 

【横瀬の見どころ③】ブルーリボン賞とは何か確認しておこう

ブルーリボン賞とはどのような賞なのか触れておこう。鉄道愛好者の集いであり任意団体の鉄道友の会。同会が1958年に制定したのがブルーリボン賞だ。毎年、その時代を代表する車両1形式のみが選定される。

 

鉄道友の会では「会員の投票結果に基づき、選考委員会が審議して最優秀と認めた車両を選定します」としている。

 

第63回にあたる2020年にブルーリボン賞に輝いたのが西武鉄道001系Laviewだった。今回、並んだ5000系レッドアローは第13回の1970年にブルーリボン賞に輝いた車両だった。

↑西武鉄道の社章が全面を飾る5000系レッドアロー。横瀬車両基地には1両のみが保存されている

 

ふさわしい新車がない場合には該当車なしという年もあり001系Laviewは59車両目にあたる。ここ5年間に、ブルーリボン賞に輝いた車両を見ておこう。

 

2016年 阪神電気鉄道5700系電車(阪神本線などの各駅停車用の電車)

2017年 JR九州BEC819系電車(国内初の交流用蓄電池駆動電車)

2018年 JR西日本 35系客車(SLやまぐち号用のレトロな客車)

2019年 小田急電鉄70000形GSE(展望席のあるロマンスカー)

 

そして2020年の001系Laviewとなる。こうして見ると、その年のブルーリボン賞に選ばれる鉄道車両は、各鉄道会社の看板列車だけでなく、技術やソフト面など、時代を先取りした車両が選ばれる傾向が強い。その時代を象徴する車両であり、新しく誕生した鉄道車両のみに与えられる非常に名誉ある賞なのである。

 

友の会では他にローレル賞という賞も設けている。こちらはブルーリボン賞が華やかな特急車両が選ばれがちだったこともあり、「優秀と認めた車両」を選定している。こちらは1車両に限らず、複数の車両が選ばれる年もある。

 

【横瀬の見どころ④】レッドアロークラシックが久々に入線した!

イベントが始まって間もなく会場にアナウンスが流された。10000系レッドアロークラシックが西武秩父線を走るという知らせだった。今年の横瀬のイベントにあわせ、10000系が飯能駅〜西武秩父間を1往復、特別に臨時運転されたのだった。

 

10000系の愛称はニューレッドアロー。1993(平成5)年から製造された特急電車である。残念ながらブルーリボン賞は受賞されなかったものの、001系が誕生する前の、ほぼ四半世紀にわたり、西武各線を「ちちぶ」「むさし」「小江戸」などとして走ってきた。すでに西武池袋線、西武秩父線から去り、現在の運行は西武新宿線のみとなっている。そんな10000系が久々に秩父路を走ったのだった。

 

横瀬のイベント会場からは臨時列車に向けて手を振る人も多く、乗車していた人たちからも返礼するかのように手を振る姿が多く見受けられた。

↑横瀬車両基地付近を走る臨時特急「ちちぶ」レッドアロークラシック。11月8日のイベント開催に合わせて特別に運転された

 

【横瀬の見どころ⑤】夜中に行われる保線作業を特別に公開された

イベントでは5000系、001系の撮影とともに、複数の販売ブースが設けられそれぞれ人気となっていた。さらに催されたのが「保線作業の実演」だった。保線は主に夜に行われる作業ということもあり、通常は目に触れることがない。保線スタッフによって、そうした日頃は見ることができない作業が公開された。どのような模様だったのかお伝えしよう。

 

まずは軌道上のレールを持ち上げる、またゆがみや線路幅の確認を行う。そして鉄道車両が走行により徐々に沈んでいく路盤を修正するため、レールの下のバラストを整備する作業が実演された。“ダッダッダッ!”という独特の音が特徴の工具・タイタンパーを使っての整備が行われた。

 

さらにレールの切断、レールの穴開けと実演が続く。取り換え用のレールを持ち上げ、移動する作業などの実演が見られた。最後には子どもたちに切断したレールがプレゼントされた。5個限定だったものの、レールが無料でもらえる機会はまずない。5組の親子が抽選で選ばれた。プレゼントを大事そうに抱える子どもたちの姿が印象的だった。

↑レールの切断作業を実演するそのすぐ横をLaviewが通過する。興味津々でイベントの様子を眺める車内の人たちの姿が目立った

 

↑重いレールを専用機械で持ち上げ、移動する作業を再現。現場では一定サイズのレールを使い、溶接してロングレールに仕立てていく

 

保線の作業は鉄道の安全のために重要なのは言うまでもない。雨天や暑い日、寒い日には、スタッフの大変さが想像される。鉄道の運行を支える仕事は、主に夜に行われるため見ることが出来ない。こうした催しでなければ目に触れることがないが、もっと注目を浴びてもよい鉄道の仕事なのではと思った。

 

【横瀬の見どころ⑥】横瀬は西武鉄道のお宝車両の宝庫なのだ

イベントとともに気になるのが横瀬の保存車両である。筆者は西武沿線の東村山で育ったこともあり、こちらも非常に気になった。

 

いまこうして鉄道コーナーの原稿を書いているが、その芽は西武鉄道に作ってもらったと言って良い。ということもあり、ついひいき目に書いてしまうのだが、許していただきたい。

↑かつて西武鉄道の貨物輸送を支えた電気機関車4両。左からE61形、E51形、E71形、そしてE851形

 

西武鉄道は保存された車両を公開する施設を持たない。会社の歴史を築いてきた車両は、ほぼこの横瀬車両基地に集められ、通常はシートで厳重にカバーして保存され、イベントの時に公開されている。今や稼動はしていないとはいえ、保存のためには経費も必要になる。鉄道遺産を後世に残すというのは鉄道会社のひとつの使命とはいえ、大変なことだと思う。

同じ西武グループの一員である近江鉄道(滋賀県)は彦根駅構内に電気機関車を数多く保存してきたが、経営状態の悪化で、保存しきれなくなった。クラウドファンディングで保存費用が集まったごく少数の車両を除き、大半の電気機関車が廃車されてしまった。

 

筆者としても横瀬車両基地に保存されている機関車たちは、同じようなことにならないか心配していた。現地を訪れ、催しを見て、保存状態が予想以上に良いのにほっとさせられた。そんな横瀬車両基地に保存された代表的な車両を見ていこう。

↑西武鉄道では自社で貨車も製造して利用していた。右は車掌車を兼用した有蓋車ワフ101形。奥は袋詰めセメント用有蓋車スム201形

 

【横瀬の見どころ⑦】西武鉄道の歴史を大きく変えた通勤電車たち

まずは通勤電車から。横瀬では西武鉄道の代表的な通勤電車を保存している。その中で西武鉄道の歴史にとって大きな存在の電車2両がある。まずは351系(初代501系)。当時、流行していた湘南スタイルの正面をした車体の長さ17メートルの電車である。この車両は西武鉄道でどんな意味を持っていたのだろう。確認しておこう。

↑西武池袋線の西所沢駅〜所沢駅間を走る戦災復旧電車。戦後の復興期、国鉄からの払下げ車両が多く使われた 1968年9月22日筆者撮影

 

西武鉄道は太平洋戦争の混乱期を乗り越えて、高度成長期を迎えるにあたり、利用者の増加をどのように対応するか苦慮していた。戦後まもなくは、なかなか電車を新造する力がない。そこで戦災により傷ついた車両を国鉄から大量に払下げを受けた。この払下げを受けた車両を戦災復旧車と呼ぶ。この被災した車両を状態に応じて車体の一部や骨組みなどを再利用、台車の再利用なども行った。この元国電車両の投入で難局を乗り切ったのだった。

 

そうした戦災復旧車が使われる一方で、所沢の自社の車両工場で車両を造り始めた。西武鉄道として戦後初めて1954(昭和29)年〜1956(昭和31)年に新製したのが351系(初代501)だった。新造車両だったものの、長さの異なる20メートルの中間車2両を挟んだ4両編成や、戦災で被災した車両の部品を使った制御車両と組ませた2両編成を用意した。部品は後に造られた新型501系にさらに転用させるなど、当時の西武らしい“やりくり”が随所に見られた。戦災復旧車とともに351系や、そのあとに新造した自社製車両によって、ひっ迫しつつあった輸送需要に対応していったのである。

↑登場した当初の塗装で保存される351系(車両番号はモハ505としている)。左上は筆者が出会った当時の赤電塗装の351系

 

西武鉄道の電車の歴史の中で351系よりも後年となるが、大きな存在となったのが101系電車だ。この101系も、横瀬車両基地にクハ1224の1両のみが保存されている。101系は西武秩父線の開業に合わせて新造された電車だった。それまでの西武鉄道の新造車両は、形は新しいものの、台車や機器に古めの部品が混じっているなど、新造車両とは言いがたい電車が目立った。節約主義が徹底していたのである。

 

西武秩父線の開業に合わせて用意された101系は、西武秩父線の勾配区間をクリアできるように、高出力、高ブレーキ性能を保持していた。1968(昭和43)年から1976(昭和51)年まで大量の278両が造られている。それまでの西武の車両とは異なった性能重視の電車だった。この電車は、今でこそ、低い位置に運転台がある初期タイプが引退したものの、後期に生まれた高い位置に運転台がある新101系は、今も多摩湖線、多摩川線で活躍している。それだけ性能的に秀でたこともあり、長寿車両となったのだろう。

↑2001年10月に開かれた横瀬の催しでは赤電塗装の101系が会場へ。当時の列車名「奥武蔵」のヘッドマークを付けて入線した

 

101系以降の西武鉄道の新造車両は性能を重視し、乗り心地にも目を向けるようになっていく。今ではスマイルトレインの愛称で親しまれる30000系や、有料座席指定列車S-TRAINとして他社に乗り入れる40000系といった、他社と遜色のない優秀な電車を走らせているが、それも101系という電車を生み出したことが大きかったことになる。

↑登場した当時の黄色塗装で保存される101系電車。西武秩父線の開業に合わせて新造された電車だった

 

【横瀬の見どころ⑧】ここにしか残っていない貴重な機関車たち

横瀬に保存される車両で、わが国の鉄道史の中でも大きな存在なのが、複数の機関車だ。今回は、シートがかぶされたままで、公開はされなかったが、まずは4号蒸気機関車という、基地内で唯一のSLが保存されている。同機関車は現在の西武国分寺線と西武新宿線の東村山駅〜本川越駅間を開業させた川越鉄道という会社から引き継がれた機関車だ。元は国鉄400形で明治初期に英国に発注された。西武鉄道では1957(昭和32)年まで多摩湖線で使われていた。

 

この機関車のみ唯一の蒸気機関車。ほかは電気機関車ながら、日本に電気機関車が導入された創始期に、海外から輸入された歴史的な車両ばかりである。一両ずつ見ておこう。

↑いずれも大正末期に鉄道省により輸入された電気機関車で、西武ではE61形(左から)、E51形、E71形を名乗った

 

・E51形電気機関車
鉄道省が東海道本線の電化用に1923(大正12)年にスイスから2両を輸入した機関車で、その後の国鉄ではED12形を名乗った。1949(昭和24)年に西武鉄道の2両とも移籍、E52のみが保存されている。

 

・E61形電気機関車
鉄道省が1923(大正12)年に東海道本線用にアメリカから輸入した機関車で、国鉄当時はED11形を名乗った。西武には1960(昭和35)年に移籍、E61形となった。同形機が名古屋市のリニア・鉄道館に保存されている。

 

・E71形電気機関車
アメリカ製の元国鉄ED10形で、1925(大正14)年に東海道本線用に鉄道省が輸入した。1960年(昭和35)年に西武鉄道に移籍、ローズレッドに色が変更されたが、現在は国鉄時代のブドウ色に塗装変更、ナンバープレートも国鉄時代のED10形2号機に変更されている。

↑E41形電気機関車が牽く貨物列車。有蓋車に無蓋車と当時の混成だった貨物輸送の様子が分かる。左上は今回の催しでのE41形 筆者撮影

 

・E41形電気機関車
元青梅鉄道1号形電気機関車で1926(大正15)年から1929(昭和4)年にかけてイギリスに4両が発注された。国鉄時代はED36形で、その後に4両とも西武鉄道に移籍した。現在はE43のみが横瀬に保存されている。

 

E41形を除いて、すべてが当時の鉄道省が東海道本線の電化に合わせて導入した電気機関車だ。将来、電気機関車の国産化を目指すために、アメリカ、イギリス、スイス、と当時の最新技術が取り入れるべく国内に持ち込まれたものだった。筆者はいずれも現役当時に西武池袋線などを走る姿を確認していた。特にスイス製のE51形はなかなかダンディな姿で、その姿が深く脳裏に刻まれている。

↑写真は1999年の横瀬の公開時のもの。E851形機の大きさが良くわかる。後ろにはE31形も見えている。当時はまだ検修庫があった

 

そして最後に紹介しておきたいのがE851形電気機関車である。今回の催しでは残念ながら両側を作業用の台に挟まれ、その姿を存分に楽しむことが出来なかったが、ここでは過去の横瀬の催しの姿を掲載しておきたい。

 

E851形は西武秩父線用に1969(昭和44)年に新製した電気機関車である。急勾配がある西武秩父線では従来の機関車が使えなかったために新造された。私鉄では最大の大きさを誇る機関車で、過去にも後にも、この大きさの機関車は生まれていない。国鉄で言えば動軸6軸の、いわばF形で、EF65形式に匹敵する。4両製造され一部区間では重連で運用された。強力だったが、活用された期間は意外に短かった。西武秩父線と平行する国道の整備などが進んだこと、また貨物の輸送量の減少などの理由により、1996(平成8)年に貨物輸送が廃止された。同機関車も稼動期間27年をもって終了している。4両製造されたうちのE854のみが横瀬に保存されている。

 

筆者は残念ながら同機が活躍していたころには、鉄道趣味から離れていた時期と重なったために撮影しそこなっていた。今思えば大変に残念に思う。いずれにしても、それぞれの車両に何年かぶりに“再会”できて非常に有益な時間を送ることができた。

 

西武鉄道がこうした古い機関車を今も大事に保存していることに敬意を表したい。“再会”できて、うれしく思ったとともに、来年も再訪することを誓い横瀬車両基地をあとにした。

えちぜん鉄道「三国芦原線」10の魅力発見の旅

おもしろローカル線の旅70 〜〜えちぜん鉄道三国芦原線(福井県)〜〜

 

訪れた土地で乗車したローカル線。その地方らしさ、路線の魅力や、細やかな人々の思いに触れたとき、乗って良かった、訪れて良かったと心から思う。えちぜん鉄道三国芦原線(みくにあわらせん)はそんな魅力発見が楽しめるローカル線。秋の一日を思う存分に楽しんだ。

*取材撮影日:2013年2月10日、2015年10月12日、2020年10月31日ほか

 

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【魅力発見の旅①】日中は30分間隔で運行のパターンダイヤ

↑日中でも30分間隔で走る三国芦原線の電車。主力車両のMC6101形が築堤を走る

 

はじめに、三国芦原線の概要を見ておきたい。

路線と距離 えちぜん鉄道三国芦原線/福井口駅〜三国港駅(みくにみなとえき)25.2km 
*全線単線・600V直流電化
開業 1928(昭和3)年12月30日、三国芦原電鉄により福井口駅〜芦原駅(現・あわら湯のまち駅)間が開業、1929(昭和4)年1月31日、芦原駅〜三国町駅(現・三国駅)間が延伸開業
駅数 23駅(起終点駅・臨時駅を含む)

 

まずは現在の三国芦原線の運行ダイヤを見ておこう。列車はおよそ30分間隔で運行されている。三国芦原線の路線は福井口駅〜三国港駅間だが、福井口駅から発車する列車はなく、すべてが福井駅発となる。列車のダイヤは特に日中が分かりやすい。

 

福井駅発、三国港駅行は9時〜21時まで、福井駅を毎時09分発と39分発に発車する。途中駅でも毎時決まったダイヤに変わりがない。三国駅発、福井駅行の列車も同じで、日中は毎時同じダイヤで運行されている。こうした時間が決まったダイヤをパターンダイヤと呼ぶが、利用者にとっては非常に分かりやすく便利である。

 

鉄道ファンとしては30分刻みというのは非常にありがたい。途中駅で写真を撮る時にも、頻繁に列車が往来するので効率的だ。撮影が終えて、次の電車に乗る時にもあまり待たずに済む。

 

さらに日中の列車には女性のアテンダントが乗車する。乗車券、バスや施設入館料のセット券の販売から、沿線の観光アナウンスのほか、年輩の利用者には、席かけのお手伝いまでするなど、配慮には頭が下がる思いだった。

 

以前にも福井市を訪れて、居酒屋で女性スタッフの細やかな配慮に驚かされたことがある。車内でも同じような光景が見られた。福井県の県民性として「地道に愚直にこなす性質」「創意工夫の精神」といった傾向が見られるとか。

 

分かりやすく便利なパターンダイヤ、そして女性のアテンダントの姿勢に、同鉄道らしさが見えたのだった。

↑えちぜん鉄道福井駅は2階がホームとなっている。三国港駅行電車は日中09分、と39分発と決まったダイヤで利用しやすい(右上)

 

【魅力発見の旅②】列車は一両単行運転が大半を占める

さてえちぜん鉄道の電車をここで紹介しておこう。

 

・MC6101形

えちぜん鉄道の主力車両で、基本1両で走る。元は愛知県を走る愛知環状鉄道の100系電車で、愛知環状鉄道が新型車を導入するにあたり、えちぜん鉄道が譲渡を受け、改造を施した上で利用している。車内はセミクロスシートで旅の気分を盛り上げる。なお同形車にMC6001形が2両あるが、MC6101形とほぼ同じ形で見分けがつかない。

 

・MC7000形

元はJR飯田線を走った119系。えちぜん鉄道では2両編成のみの運用となり、朝夕を中心に運行される。MC6101形と同じくセミクロスシート仕様だ。なお、他にMC5001形という形式もあるが、1両のみ在籍するのみで、この車両はあまりお目にかかることが無い。

↑三国芦原線の主力車両MC6101形。筆者が訪れた週末、三国芦原線ではほとんどがMC6101形1両での運行となっていた

 

・L形ki-bo(キーボ)

L形電車は超低床車両で、黄色い車体の2車体連節構造(車体の間に中間台車がある)。福井鉄道福武線との相互乗入れが可能なように導入された。2016年生まれで、えちぜん鉄道初の新造車両でもある。愛称はki-bo(キーボ)で、「キ」は黄色、「ボー」は坊やや相棒を意味する。また「キーボ」は希望にも結びつくとされている。

↑福井鉄道福武線への相互乗り入れ用に造られたL形ki-bo。超低床車のため途中駅には専用のホームが用意されている

 

2車体連接車のL形や福井鉄道の乗り入れ用車両(後述)を除き、列車のほとんどが1両で走っている。気動車での1両運行は全国で見られるものの、電車の1両運行となると希少となる。

 

列車によっては、中高生の通学時間と重なり多少、混む列車があるものの、大半の列車は空き気味となる場合が多い。えちぜん鉄道のように30分間隔で電車を走らせるためには、この1両での運行がとても有効だと思われた。

 

【魅力発見の旅③】2年にわたる運行休止期間を越えて

えちぜん鉄道では、

 

①30分間隔で列車を運行、覚えやすいパターンダイヤを取り入れている。

②日中は女性のアテンダントの乗車している。

③列車の大半を1両で運行させている。

 

というように派手ではないものの、地道な工夫や努力が見えてくる。ローカル線の将来への道筋を示しているようにも感じられた。

 

今でこそ、活路を見いだした三国芦原線だが、ここまで至るまでは苦難の歴史が潜んでいた。同線の歴史に関して触れておこう。

 

同線の計画は大正期に立てられた。まずは1919(大正8)年に加越電気鉄道という会社が路線計画を提出し、鉄道免許がおりている。その後に、加越電気鉄道は吉崎電気鉄道と社名を変更した。だが、資金難のせいだろうか、工事が進められることはなく、1925(大正14)年に免許が失効している。最初から波乱含みだった。1927(昭和2)年に再び鉄道免許がおり、同年に会社名を三国芦原電鉄と改称した。その翌年に福井口駅〜芦原駅(現・あわら湯のまち駅)が開業した。

 

すでに福井駅〜福井口駅間には京都電燈越前電気鉄道線が走っていて、三国芦原電鉄は、1929(昭和4)年にこの区間へ乗り入れている。京都電燈越前電気鉄道は1942(昭和17)年に京福電気鉄道となり、この年に三国芦原電鉄と京福電気鉄道が合併、京福電気鉄道・三国芦原線となった。

↑芦原温泉の玄関口あわら湯のまち駅。京福電気鉄道から2000年にバス事業を引き継いだ京福バスが今も健在で路線バスを走らせている

 

京福電気鉄道は現在も、京都市内で嵐山線を運行している鉄道事業者で、京都と福井に鉄道網を持つことから「京福」と名付けられた。そして同社の福井支社が三国芦原線と越前本線(現・勝山永平寺線)の列車運行を行っていた。

 

京福電気鉄道では1960年代から80年代にかけて合理化を進めていたが、旧態依然とした企業体質が残り、営業姿勢に関しても必ずしも積極的とは言えなかった(あくまで昭和から平成初期のこと=現在は異なる)。1990年台には、すでに両線とも赤字経営が続いていた。そうした後向きの企業体質が影響したのだろうか、2000年と2001年に越前本線で2度の正面衝突事故を起こしてしまう。2000年には運転士が死亡する大事故となった。

 

1度ならまだしも、2度も続き、国土交通省からはすぐに列車の運行停止が求められた。結果、2001(平成13)年に6月25日に両線の電車運行がストップしてしまった。たちゆかなくなった京福電気鉄道は2003(平成15)年には福井鉄道部を廃止、事業をえちぜん鉄道に譲渡した。えちぜん鉄道は福井市、勝山市などの地元自治体が中心になって運営する第三セクター方式の会社である。

 

引き継いだえちぜん鉄道では、早急に安全対策などを施し、同年の8月10日に三国芦原線を、10月19日には勝山永平寺線を営業再開にこぎ着けた。

 

三国芦原線ではまる2年にわたって、鉄道が走らなかった時期があったのである。こうした苦しい時があったからこそ、えちぜん鉄道は地元の人たちに大切にされ、応援され、またそれに応えるべく地道な企業努力をしているように見受けられた。

 

【魅力発見の旅④】福井駅は2年前に高架化されより快適に

さて。ここからは三国芦原線の旅を始めよう。起点は福井口駅だが、列車が発車する福井駅からの行程をたどる。えちぜん鉄道福井駅はJR福井駅の東口にある。現在、東口は新幹線工事が進んでいることもあり、通路は狭く、やや迷路のような状態になっていた。筆者はJRの特急列車からの乗り換え時間がまだ5分あるからと、のんびり駅へ向かった。だが、すでに発車時刻寸前でベルが鳴り響いていた。改札口で整理券を受け取り9分発の電車にあわてて飛び乗った。

 

現在、福井駅東口の駅構内が改良工事中のため、乗り換え時間は余分に取ったほうが良さそうだ。進行方向左手を北陸新幹線が通る予定で、それに沿うようにえちぜん鉄道の高架線が続く。高架化工事は2018(平成30)年に完成している。福井口駅までは高架路線が続き、新しく快適なルートが続く。

 

ちなみに共通1日フリーきっぷは1000円。福井駅〜三国港駅間は片道770円で、途中下車や往復を考えたら、フリーきっぷの方が断然におトクだ。有人駅や車内乗務員(アテンダントも含む)から購入できる。電車は有人駅以外、一番前のトビラから乗車する。降りる時も運転席後ろの精算機に運賃を入れて前のトビラから下車するシステムとなっている。なお交通系ICカードの利用はできない。

↑福井口駅近くの三国芦原線(右側)と勝山永平寺線の分岐を高架下から見る。左上はその分岐ポイントで、三国芦原線の電車が走る様子

 

福井口駅までは高架線で、福井口駅の先に分岐があり三国芦原線の電車は左の高架線へ進入する。地上へ降りていく途中で注目したいのは左手下だ。JRの路線との間にえちぜん鉄道車両基地があり、検修庫も設けられる。ここには名物となっている凸形電気機関車ML521形も留め置かれている。重連で運転され降雪時には除雪用に使われる機関車だ。こうした高架上の路線から停まる車両をチェックしておきたい。

↑福井口駅近くの車両基地内の検修庫。数両のMC6101形とともに、L形の姿もわずかに確認できた

 

車両基地を左手に眺めつつ路線は左カーブ。新幹線の高架橋をくぐり、JR北陸本線の線路をまたぐ。そして、まつもと町屋駅、西別院駅と福井市街地の中の駅に停まり田原町駅(たわらまちえき)へ向かう。

 

県道30号線の踏切を越えたらまもなく田原町駅だ。この駅では左から近づいてくる福井鉄道福武線の線路に注目したい。

 

【魅力発見の旅⑤】田原町から福井鉄道車両の乗り入れ区間に

福井鉄道福武線は福井市内を通り越前市の越前武雄駅まで走る鉄道路線。福井市街は県道30号線上を走る併用軌道となっている。福武線が田原町駅まで路線が通じたのは1950(昭和25)年のことだった。三国芦原線との接続駅だったが、2013年から相互乗り入れが検討され、その後に駅構内が整備され、2016年からは三国芦原線との相互乗り入れを開始している。

↑田原町駅は三国芦原線と福井鉄道の接続駅。車両が停車するのが乗り入れ用の2番線で、奥に三国芦原線と合流するポイントがある(右下)

 

↑田原町駅に近づく三国芦原線の電車。ホームの案内はユニークな吹き出しふう(左上)。電車を見に来る親子連れや鉄道ファンの姿も目立った

 

筆者は同駅に数度、訪れているが、改修される前の写真を引っ張り出して比べてみた。当時の駅の建物は古風そのもの。福武線のホームは曲線上にあった。停まるのは湘南タイプの正面で人気があった200形が現役時代の姿。路面電車にもかかわらず、乗降口は高い位置にあり、独特な折り畳み式ステップが付いていた。いま思えばユニークな電車だったが、この名物車両は1編成のみ保存され、越前市の福武線・北府駅(きたごえき)近くに整備される北府駅鉄道ミュージアムで展示される予定だとされる。

↑改修前の田原町駅に停車する福井鉄道200形203号車。同車両は越前市の新施設で保存される予定だ 2013年2月10日撮影

 

古い駅舎もなかなか趣があったが、やはり新駅は開放感が感じられ快適だ。隣接地は小さな公園となり、電車好きな親子連れや鉄道ファンが、電車の行き来や撮影を楽しんでいる様子が見られ、ほほ笑ましい。

 

電車の乗換え客は前にもまして増えた様子。以前に訪れた時は無人駅で、静かだったが、現在は有人駅となり華やかな印象の駅に生まれ変わっていた。

 

【魅力発見の旅⑥】九頭竜川橋りょうから風景が一変する

さて田原町駅からは、福武線の電車も乗り入れし、路線はより華やかになる。平日ならば通学する学生の乗降も多くなる。そして福井大学のキャンパスに近い福大前西福井駅へ。この駅からしばらく、福武線用の超低床の車両が走るために、通常の高いホームと超低床車両用の低いホームが連なるように設けられていておもしろい。高いホームの先に低いホームがあるという具合だ。三国芦原線の電車は最大で2両編成なので、ホームの長さが短くて済む。大都市の電車とは異なるからこそ、こうしたホーム造りが可能ということもあるだろう。

 

福大前西福井駅からは大きく右にカーブして電車はほぼ北へ向かって走り始める。日華化学前駅から3駅ほど福井市街の駅が続く。築堤をあがると、福井のシンボルでもある一級河川、九頭竜川(くずりゅうがわ)を渡る。

↑三国芦原線の九頭竜川橋りょうを渡る三国港行電車。本格的なトラス橋で、1990(平成2)年に現在の新橋りょうが完成した

 

九頭竜川橋りょう手前まで左右に広がっていた市街地は川を境に大きく変る。川の堤防とほぼ同じ高さに中角駅(なかつのえき)があり、視界が大きく開ける。路線の先々まで見通せ、広々した水田風景が広がる。この車窓風景の変化が爽快だ。中角駅の先は視界が開けることもあって、同路線の人気撮影スポットとなっている。

 

筆者も同駅で下車、撮影を楽しんだ。同線の線路沿いはありがたいことに雑草が刈り取られているところが多かった。このあたりも地元の人たちや鉄道会社の配慮なのだろう。もちろん撮影する鉄道ファン向けでは無く、やはり利用者や、住民の快適さを考えて、線路端もきれいに整えているようである。

 

ちなみに中角駅のみ超低床車両用のホームがないため、福武線と相互乗り入れを行う電車は同駅のみ通過する。乗り入れる列車は一応、急行となっているが、三国芦原線内では中角駅を通過する急行列車なのである。

↑中角駅〜仁愛グランド前駅(臨時駅)間を走るMC6101形。水田が広がる同ポイントから中角駅へ電車は勾配を駆け上がる

 

中角駅から一つ先は仁愛グランド前駅となる。この駅は臨時駅で通常の列車は停車しない。停車するのは駅前にある仁愛学園のグラウンドで学校行事がある時のみで、下車できるのは学生に限られる特別な駅だ。ホームだけがあり停車しなかったので、筆者も当初は廃駅かなと思ったが、そんな裏事情がある駅だった。

 

【魅力発見の旅⑦】鷲塚針原駅まで超低床車両が走る

臨時駅の仁愛グラウンド前駅のホームを通過し、次の駅は鷲塚針原駅(わしづかはりばらえき)。田原町駅と鷲塚針原駅間は、福武線との相互乗り入れ区間で、同路線には「フェニックス田原町ライン」という別の愛称がつけられている。

↑中角駅付近を走る福井鉄道の超低床電車F1000形FUKURAM(ふくらむ)。中角駅を通過して鷲塚針原駅まで急行列車として走る

 

さて鷲塚針原駅。超低床ホームが通常のホームと並行して設けられるが、見比べるとその高低差に驚かされる。三国芦原線のように一部区間に、こうした超低床車両が乗り入れるという試みは、今後、検討する都市の例も出てくるだろうが、こうしたホームの整備が必要になることがよく分かった。

↑鷲塚針原駅のホームを見比べる。左は三国芦原線用のホーム。右手は超低床のL形やF1000形用の専用ホームでその低さが際立つ

 

鷲塚針原駅を過ぎて郊外の趣が急に強まる。特に西長田ゆりの里駅から北は、見渡す限りの水田風景となる。

 

ご存知の方が多いだろうが、福井はお米の品種コシヒカリが生まれたところだ。この品種の歴史は古く1944(昭和19)年に誕生した。改良を加えて「越(こし)の国に光り輝く米」という願いを込めて、コシヒカリとなった。コシヒカリの作付面積は全国一という福井県。広がる水田はすでに刈り取りが終わっていたが、きっと初夏から秋にかけては見事な景色が楽しめたことだろう。

↑大関駅付近から望む田園風景。路線の東側、遠方に標高1500m前後の飛騨山地が望めた

 

【魅力発見の旅⑧】廃線マニアにはこの急カーブが気になる

田園風景が広がるのは番田駅(ばんでんえき)付近まで。線路の先を眺めると、大小の旅館、ホテル、そして住宅が建ち並ぶ“街”が見えてくる。こちらが関西の奥座敷とも呼ばれる芦原温泉(あわらおんせん)だ。温泉街が近づくと三国芦原線は左にカーブしてあわら湯のまち駅へ向かう。

 

駅に到着する前のカーブは半径400mとややきつめで、線路はほぼ90度に折れて、進行方向を西へ変える。

 

このカーブはもしかして……? 実は以前に東西に敷かれた線路があり、その線路に合流するように三国芦原線の線路が設けられたのだった。東西に線路が延びていたのは旧国鉄三国線で、国鉄がまだ鉄道院だったころの1911(明治44)年に金津駅(かなづえき/現・芦原温泉駅)〜三国駅間に開業した路線だった。同時に現在のあわら湯のまち駅にあたる芦原駅も誕生していた。温泉街へ向かう観光路線として造られたわけではなく、港湾として重要視されていた三国港へのアクセス路線として造られたのだった。

↑北上してきた三国芦原線の線路は、温泉街の手前でカーブする。左の直線路が国鉄三国線の線路跡。この先、JR芦原温泉駅まで線路があった

 

つまり国鉄の三国線は三国芦原線よりもだいぶ前に開業していて、すでに温泉街への足としても利用されていた。そこに合流するように後年になって三国芦原線が造られたのだった。この国鉄三国線の線路と三国芦原線の線路は芦原駅(現・あわら湯のまち駅)〜三国港間では平行に敷かれた。その後に、太平洋戦争中は不要不急路線として国鉄線が休止、戦後に復活したものの1972(昭和47)年3月1日に正式に廃止された。

 

いわば古くに造られた路線が先に廃止され、後発だった鉄道路線が今に残ったというわけである。

↑あわら湯のまち駅から芦原温泉駅へ京福バスが運行されている。芦原温泉駅は北陸本線にある駅だが、温泉街はあわら湯のまち駅が近い

 

【魅力発見の旅⑨】あわら湯のまち駅近くの芦湯でひと休み

昨今、温泉の玄関口となる駅はクルマ利用の人が多くなったせいか、寂しくなりがち。あわら湯のまち駅はどうなのだろうと思って降りてみた。確かに盛況時の賑わいは薄れているものの、公共の施設や、屋台街があり、夕方はそれなりの賑わいになることが想像できた。

 

余裕があったら、ぜひ立ち寄りたいのが駅近くの芦湯(あしゆ)。足湯といえば通常は「足」に「湯」だが、ここでは少し洒落て芦湯。大正ロマンをイメージした無料の足湯で、泉質豊富な芦原温泉らしく、5種類の湯が楽しめる。利用時間が朝7時から夜11時と、時間を気にせずに入湯できる。旅先でタオルを持参出来なかった時にも、有料で販売しているのがありがたい。

↑あわら湯のまち駅から目と鼻の先にある芦湯。5つの異なる泉質の湯船を無料で楽しむことができて楽しい

 

さてあわら湯のまち駅で気になる表示を発見。構内踏切にあった案内に「“ジャンジャン”がなったらわたらないでください」という表示が。福井では踏切の音を“カンカン”ではなく、“ジャンジャン”と呼ぶようだ。カンカンは決して全国共通ではなく地方により異なる呼び方があると初めて気がつかされた。

↑あわら湯のまち駅で見つけた構内踏切の注意書きには「ジャンジャンがなったら」とあり思わず注目してしまった

 

【魅力発見の旅⑩】レトロな三国港駅。駅近くの港からは……

あわら湯のまち駅からは列車は西へ向かって走る。三国港駅までは、旧国鉄三国線とほぼ平行して線路が敷かれていた。太平洋戦争中に国鉄線は休止され、芦原駅(現・あわら湯のまち駅)〜三国港駅間は、当時の京福電気鉄道の路線のみ営業が存続、旧国鉄線は線路がはがされ、鉄不足を補うため供出されていた。戦後、同区間の国鉄路線は復活されることなく、京福電気鉄道の路線のみが残された。国鉄の列車が京福電気鉄道の路線に乗り入れて運行されることもあったとされる。

 

あわら湯のまち駅を発車した電車は水居駅(みずいえき)、三国神社駅と小さな駅を停車して、三国駅へ。この三国駅は2018年3月に新しい駅舎ができたばかり。観光案内所もあり、地元、坂井市三国の玄関口として整備されている。東尋坊方面への路線バスもこの駅の下車が便利だ。

 

この三国駅は、三国港駅と東尋坊口駅へ向かう路線の分岐駅になっていた。太平洋戦争中の1944(昭和19)年まで、京福電気鉄道の路線が東尋坊口駅まで1.6km区間に電車を走らせていた。だが、この年に休止、1968(昭和43)年に復活することなしに正式に廃止されていた。

↑三国駅〜三国港駅間にある眼鏡橋。三国港駅からもよく見える。大正期の造りで国の登録有形文化財に指定されている

 

さて筆者は三国駅では降りず、終点の三国港駅へ。途中下車しつつの旅立ったため、時間はかかったが、福井駅から直通の電車に乗れば、三国港駅へは約50分で到着する。なかなか三国港駅は見どころ満載の駅だった。まずは駅舎。この駅舎は2010年に改修されたが、元の木造平屋建ての建物の部材を使って建て直したもので、なかなか趣深く写真映えしそうだ。

 

さらに三国駅方面にはレンガ造りのアーチ橋が架かっていた。この橋は「眼鏡橋(めがねばし)」の名前で親しまれ、旧国鉄三国線の開業時に造られたものだった。アーチのレンガが螺旋状に積まれた構造のトンネルで、こうした構造は「ねじりまんぽ」と呼ばれる。アーチ端部分が鋸歯状(きょしじょう)の段差仕上げがなされていて、この時代特有の姿を今に残している。歴史的にも貴重なため、同眼鏡橋は国の登録有形文化財に指定されている。

↑終点駅、三国港駅の構内。駅舎は2010年に立て替えられたもの。逆側を見るとわずかだが引込線らしき線路が残っていた(左上)

 

↑三国港駅に平行するように旧国鉄三国港駅のホームの遺構が残っていた。すぐ目の前は県漁連の荷揚げ施設などがある

 

三国港駅の構内踏切を渡ると古い石組みが残る。同施設の解説プレートがあった。読んでみよう。

 

「このホームは国鉄三国支線時代の遺構です。(中略)三国港駅は大正2年に荷扱所(貨物専用)として出発し、翌年、駅に昇格しました。貨物積み込み線の横はすぐ海で、船からの積み替えが容易にできるようになっていました」。

 

今でこそ、旧ホームの裏手に県道が通るものの、すぐ裏手に港があった。そこから望む西側の空は、夕日で真っ赤にそまり、とても神々しく、まるで旅のフィナーレを飾るかのようだった。

↑九頭竜川の河口にある三国港。駅のすぐ目の前にこの風景が広がっていた。こんなドラマチックな夕景に出会えるとは

 

新型「タフト」は日常の使い勝手と、アウトドアに出かけたくなる非日常のイメージを見事に両立!

今、世界的に人気が高まっているのがコンパクトSUV。その流れは軽自動車にも波及しています。その先駆的存在であるスズキ「ハスラー」のライバルに当たるのが、先日発売されたダイハツの「タフト」。そのターボとNAエンジンに試乗するとともに、内装やラゲッジスペースについてもチェックしてみました。

 

【今回紹介するクルマ】

ダイハツ/タフト

※試乗車:Gターボ/160万6000円~173万2500円

※試乗車:G/148万5000円~161万1500円

↑ボディカラーはフォレストカーキメタリック

 

アウトドアギア感のある外観と遊び心を感じるインテリア

タフトの外観デザインはなかなか存在感があります。一見すると軽自動車と思えないくらい。フェンダー部分をブラックアウトするなど、軽自動車サイズの中でうまくSUVの雰囲気を作り出しています。ライトやフェンダーのラインはスクエアで、丸目ライトを基調としたハスラーとは対極的ですが、この辺りは好みの部分でしょう。

↑ボディカラーはレイクブルーメタリック

 

↑最低地上高は190mmと高め。アプローチアングル27°、ディパーチャーアングル58°と未舗装路でも安心

 

タフトのボディカラーはレイクブルーメタリックやフォレストカーキメタリック、サンドベージュメタリックなどポップな色合いを含めて全9色設定されています。Xグレードのみ、選択できるボディカラーは5色。自分らしさを追求したいユーザーに向けて、さらにオプションのメッキパックなどを装着することでコーディネートが楽しめます。こういうのはダイハツらしい遊び心ですね。

↑シンプルなフェイスデザインとブラックのフェンダーがSUVっぽさを高めています

 

↑こちらはオプションの「メッキパック」装着車。より押しの強い印象に。他に「ダークブラックメッキパック」もオプションとして用意されています

 

↑リアゲートにもメッキのパネルが装備され、存在感が高まっています

 

インテリアデザインもユニークで遊び心を感じさせるものです。インパネのデザインは外観と同じくスクエア基調で、随所にアクセントカラーが配されています。このアクセントカラーはシートにも施され、座面の配色パターンと合わせてアウトドア感を高めてくれます。シートのホールド感も良好で、ドライバーズシートに座るとSUVらしい囲まれ感もあるコックピットです。

↑直線基調のコックピットにはカップホルダーや大型インパネトレイなど、ダイハツ車らしく小物入れなども充実

 

↑ホールド感も高く、長時間のドライブでも疲れにくそうなカモフラージュ柄のシート

 

インテリアのハイライトは全グレードに標準装備される「スカイフィールトップ」。固定式のガラスルーフですが、ルーフの前方まで広がっていてドライバーの視界に入るくらいなので、運転していても開放感が感じられます。ヘッドスペースもハイトワゴンに匹敵するくらい広いのですが、さらに広く感じさせる演出です。

↑その名の通り空を感じられるガラスルーフ

 

↑後席はスライド機構はないものの足元もヘッドスペースも広い

 

ラゲッジも広く車中泊も可能

ラゲッジスペースの広さやフレキシブルさも、SUVの名に恥じないものです。リアシート裏のスペースは、一般的な軽ハイトワゴンと同レベルですが、底面の「フレキシブルボード」を外すことで荷室を深くできます。このボードは底面に敷くことも、シートの背面に立てかけることもでき、底面に敷いた場合は140mm、立てかけた場合は165mm標準状態よりも荷室を深くすることが可能。高さのある荷物を収納する場合に重宝する機能です。

↑標準状態のラゲッジスペース。軽自動車としては十分広めです

 

↑「フレキシブルボード」を外して立てかければ荷室の深さを確保することが可能

 

後席を前方に倒せば、フラットで広大なラゲッジスペースを作り出すことが可能です。かさばるキャンプ道具などを積むのに都合が良さそう。後席は左右分割で倒すことができるので、2人乗車で荷室容量を確保することも、乗員を優先して3人乗車とすることもできます。

↑後席を倒してフレキシブルボードを上段にセットすればフラットなスペースが出現

 

前席をリクライニングさせれば、流行りの車中泊も可能です。フロントのシートバックとリアシートの座面がフラットになるので、クッションのある面に寝ることが可能です。大人2人は並んで寝ることができそう。ただ、ちょっと残念なのがハスラーは後席と前席をどちらも前に倒してフラットな面に寝ることも可能なのに対して、タフトはそのタイプのシートアレンジに対応していないことでしょうか。

↑フロントシートのヘッドレストを外してリクライニングすると車中泊可能なスペースが作れます

 

↑身長175cmの筆者の場合、真っ直ぐ寝るとリアシートに頭が当たりますが枕代わりになる感じ

 

小回りの効くハンドリングが心地いい

実際にドライビングシートに腰掛けてみると、視界はなかなか良好。SUVらしく着座位置が高めなのが効いているようです。スクエアな形状のボンネットは両端が視界に入るので、狭い道などでの見切りも良い。シートのホールド感も高いので、長時間のドライブでも疲れが少なそうです。

↑視界が広く「スカイフィールトップ」の開放感もあって気持ち良くドライブできます

 

今回は一般道での試乗が中心だったのですが、街中では取り回しの良さが光ります。聞けばタイヤが軽自動車としては大径な15インチであるにも関わらず、最小回転半径は4.8mに抑えているとのこと。SUVとしての走破性を高めながら小回りが効くので、キャンプ場に向かう狭い道などでも安心して運転できそうです。

↑SUVらしくストロークが長めのサスペンションでロールは大きめですが、タイトに曲がれるのが楽しい

 

エンジンはターボとNA(自然吸気)の2種類。最高出力は前者が64PS、後者が52PSですが、NAモデルも十分にパワフルで非力さを感じることはありませんでした。ターボモデルは出だしの加速が良く、高速道路の合流などでも余裕を持って走れるので、遠出を考えている人にはこちらがおすすめ。燃費に大きな差はないので、予算に余裕があればターボを選びたいところです。

↑ターボモデルの燃費は2WD車で20.2km/L、4WD車で19.6km/L(ともにWLTCモード)

 

↑NAモデルの燃費は2WD車で20.5km/L、4WD車で19.7km/Lと大きく変わりません(ともにWLTCモード)

 

↑近年のターボエンジンらしく低回転からの加速が俊敏です

 

カスタマイズ向けのアクセサリーパーツが豊富に用意されているのも「タフト」の魅力の1つ。ダイハツではメッキパーツを多用したものから、アウトドアイメージを高めたものやクラシカルな雰囲気のものなど、3つのスタイルを提案しています。

↑こちらはドアハンドルなどをブラックアウトし、ガンメタのホイールを履いた「マッドスタイル」

 

↑シルバーのホイールや、ドアハンドルなどメッキパーツを採用した「クロームスタイル」

 

↑ホワイト塗装のスチールホイールやキャリアなどを装備した「チルアウトスタイル」

 

↑前車を追従するアダプティブクルーズコントロールなど安全装備が充実しているのもうれしいところ

 

フラットなラゲッジスペースと、タイトなコックピットやドライブフィール、そして開放感のある車室など、遊び心を高めてくれる魅力を多く持った新型タフト。日常の使い勝手と、アウトドアに出かけたくなる非日常のイメージを絶妙に両立しているのが一番の魅力だと感じました。近年は新車販売台数の過半を占めるほど人気の高まっている軽自動車ですが、こうしたSUV的なイメージの選択肢が増えたことを歓迎するユーザーは多いはず。平日は買い物や足代わりに使える利便性があり、休日は荷物を積み込んでキャンプやアウトドアに出かけるといった使い方にピッタリの1台です。

 

SPEC【Gターボ(2WD)】●全長×全幅×全高:3395×1475×1630mm●車両重量:840kg●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:47kw[64PS]/6400rpm●最大トルク:100N・m[10.2kg・m]/3600 rpm●WLTCモード燃費:20.2km/L

 

SPEC【G(2WD)】●全長×全幅×全高:3395×1475×1630mm●車両重量:830kg●パワーユニット:658cc直列3気筒DOHC●最高出力:38kw[52PS]/6900rpm●最大トルク:60N・m[6.1kg・m]/3600 rpm●WLTCモード燃費:25.7km/L

 

撮影/松川 忍

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

 

タヌキとラーメンの町を走る「東武佐野線」11の疑問

おもしろローカル線の旅69 〜〜東武佐野線(群馬県・栃木県)〜〜

 

ローカル線を訪ねてみると、他の路線では見かけないものにしばしば出会う。そこに改めて疑問が湧いてくることも多い。好奇心が刺激され、また乗りに行ってしまう。東武佐野線は再訪したくなる魅力的な路線といって良いだろう。タヌキの町とラーメンの町を結ぶ素朴なローカル線で疑問を解決する旅を楽しんだ。

*取材撮影日:2020年1月13日、2月15日、10月24日

 

【関連記事】
本線になれなかった残念な路線「東武亀戸線」10の秘話

 

【佐野線の疑問①】なぜ葛生駅まで路線が敷かれたのだろう?

↑佐野線の終点、葛生駅を発車する館林駅行き電車。朝の1本を除き、すべてが館林駅行電車だ

 

初めに、佐野線の概要を見ておきたい。

路線と距離 東武鉄道佐野線/館林駅(たてばやしえき)〜葛生駅(くずうえき)22.1km
*全線単線・1500V直流電化
開業 1894(明治27)年3月20日、佐野鉄道により佐野駅(開業当時は佐野町駅で、同駅〜越名駅間も同日に開業)〜葛生駅間が開業、1914(大正3)年8月2日、東武鉄道により館林駅〜佐野町駅間を延伸
駅数 10駅(起終点駅を含む)

 

佐野線創始の歴史は、意外に古い。歴史には佐野鉄道という会社名が出てくる。その以前に、安蘇馬車鉄道(あそばしゃてつどう)という馬車鉄道により、1889(明治22)年に葛生〜吉水間に路線が敷かれていた。葛生周辺では石灰石が古くから産出され、その石灰石を運ぶために馬車鉄道が設けられたのだった。

 

しかし、馬車でひく鉄道は非力で、石灰石を運ぶのには向かなかった。そこで1893(明治26)年に佐野鉄道が創立された。翌年から蒸気機関車により輸送が始められている。ちなみに安蘇とは、栃木県の郡名で、その名前をつけた馬車鉄道が佐野線のルーツということになっている。

 

それから約20年たった1912(明治45)年に東武鉄道が佐野鉄道を吸収合併、佐野線となった。そして2年後に、現在の館林駅〜葛生駅間が全線開業した。当初、葛生に鉄道が開業したのは、産出する石灰石の輸送のためだった。ところで、東武鉄道はなぜ佐野鉄道を合併したのだろう。

 

東武鉄道は東京と、日光を結ぶ路線の開設を目指していた。そのルートは後に栃木市経由となったが、佐野鉄道の路線を利用する案が検討されたため、佐野鉄道を吸収合併したとされる。

 

【佐野線の疑問②】路線は館林市と佐野市の2市しか走らない?

佐野線は群馬県と栃木県を跨いで走っている。群馬県では館林市の市内、栃木県では佐野市しか走らない。10駅もあり2県に跨ぐ路線ながら、2つの市のみしか走らないというのも、なかなか珍しい路線である。

 

筆者も当初は葛生町があるのかと思ったが、葛生町はすでになく、佐野市葛生なのである。沿線には田沼町、葛生町があったものの、2005年2月に合併したこともあり、その後は2つの市内を走る路線となっている。

 

さて館林市と、佐野市といえば、それぞれに、全国的に知られていれる“名物”がある。こうした多くの人が知る名物がある市もざらにはないだろう。その名物に関しては後述したい。

 

【佐野線の疑問③】6月から走るステンレス車両は何形?

ここでは佐野線を走る電車に関して触れておこう。走るのはまずは8000系。東武鉄道の高度成長期を支えた通勤形電車である。登場は1963(昭和38)年のこと、以降、1983(昭和58)年まで製造が続けられ、合計712両と、私鉄では最大の車両数となった。近年まで幹線で活躍し続けてきたが、東武伊勢崎線の浅草駅〜館林駅間は2009年度末で運用終了、東武東上線では2015年以降、坂戸駅より先のみの運用になるなど、運用区間は年々、狭まってきている。

 

現在、8000系は東武伊勢崎線ならば館林駅以西と、佐野線と小泉線などの運用に限られる。ちなみに8000系をワンマン化、3両編成で走る800系という編成がある。こちらは以前、佐野線での運用が多く見られたが、現在は、伊勢崎線の館林駅〜伊勢崎駅〜太田駅といった区間での運用がメインとなっている。

↑佐野線の主力電車は8000系。2両の短い姿で今も走り続けている

 

↑6月に入線した10000系。もともと2両固定編成の車両で、すでに2編成がワンマン改造され佐野線を走り始めている

 

コロナ禍で訪ねることができず、半年ぶりに訪れた佐野線に“新顔”が入線していた。ステンレス車体の2両編成の車体で、モハ11201とクハ12201編成と、モハ11202とクハ12202という2両×2編成である。ステンレス製のこの車両は何形なのだろう?

 

こちらは10000系で、8000系の後継用に1983(昭和58)年に誕生した車両だった。正面が丸みを帯びた形が10000系で、正面に縁が付いたマイナーチェンジ車10030系、制御機器を変更した10080系も10000系の仲間に含まれる。そして3タイプを合わせて計486両が造られた。いわば8000系とならぶ、東武鉄道の代表車両と言っていいだろう。大量に製造された車両なのであるが。

 

佐野線にやってきた車両は10000系の中では希少車だった。10000系の2両固定編成は、6両や8両の増結用に用意されたのだが、それほど多くの編成が造られず、わずか4編成しか造られていなかった。そんな希少な車両がワンマン化されて6月から走り始めている。

↑佐野線で唯一の優等列車、特急りょうもう。上り列車は葛生駅8時6分発、下り列車は浅草駅20時39分発の1往復のみの運行される

 

【佐野線の疑問④】館林駅前に複数のタヌキ像。さてなぜ?

さてここから佐野線の旅を始めよう。起点は館林駅で、佐野線は行き止まり式の1番線ホーム、もしくは3番線ホームから発車する。まずは電車の乗り込む前に館林駅前に降りたってみた。駅前広場には、なんとタヌキ! タヌキがいっぱいいた。

 

タヌキのいろいろな像が並んでいる。あれれ? 何かのおまじないか。案内を読むと、分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)の昔話(童話)は、その舞台が実は館林だったとのこと。

 

「へえーっ?」という思いがした。タヌキが化けた茶釜の話なのだが、市内の茂林寺(もりんじ)に実際に茶釜が残っているのだとか。ちなみに茂林寺は、館林駅の隣駅の茂林寺前駅が徒歩10分と近い。茂林寺は室町時代の西暦1426年開山と伝わる古刹で、名物となった分福茶釜の見学が可能だ。

↑館林の駅前ロータリーには信楽焼や石のタヌキ君たちがならぶ。今ふうのタヌキのキャラクター「ぽんちゃん」が気温表示の上に付けられる

 

タヌキが茶釜に化けてということが実際にあるわけが無いだろうから、きっと、なかなか賢いお寺の住職が子どもたちに話聞かせ、語り継いできたものなのだろう。お寺の名前は全国に知られ、町のPRにも結びついているわけで、現代流に言えばPR効果は抜群だったようである。

 

駅前のタヌキ像の隣には「不屈のG魂誕生の地」という碑が建っている。これは館林の分福球場で、読売巨人軍(当時は東京巨人軍)が秋のキャンプをした翌年(1936年)に初Vを遂げたことを記念したものだ。同球団が好きな方は、話のタネにいかがだろうか。

 

↑館林駅の1番線は行き止まり式の佐野線専用ホーム。この駅で佐野線の全列車(特急を除く)が折り返し運転となる

 

↑館林駅から600mほど伊勢崎線と並走、左手に車両基地が見える付近から分岐して佐野線へ入る

 

さてタヌキの逸話を確認したあと、この日は3番線から葛生行きに乗車する。佐野線の電車はすべて(特急1本を除く)が館林駅始発の葛生駅行で、朝夕は20〜30分間隔、9時から14時の日中は1時間間隔となる。乗車した電車は週末だったこともあり、2両編成の座席がほぼ埋まるぐらいと少なめ。部活動に行くのだろう、高校生の姿が目立った。

 

ローカル線らしくのんびり感がただよう印象、慌ただしさはなく出発した。しばらく伊勢崎線と並走、左手に車両基地(南栗橋車両管区館林出張所)に停まる車両を見ながら、右手に大きくカーブし、佐野線へ入る。

 

そして間もなく渡瀬駅(わたらせえき)へ到着する。駅の近くには農協の古い石造りの倉庫が残る。駅舎の前にはタヌキ像が鎮座し、まるで駅を守るかのようだ。

↑渡瀬駅前では大小の信楽焼のタヌキが駅を守る(?)。ちなみにこの駅が佐野線の群馬県内、最後の駅でもある

 

【佐野線の疑問⑤】渡瀬駅の先にある側線に停まる車両は?

渡瀬駅を発車すると進行方向、右手に気になる一角がある。側線に東武鉄道の古い車両が多く停められている。1月と2月に訪れた時には、加えて東京メトロ日比谷線の03系が、10月には、10000系の中間車が並んでいた。この一角はどのような役割をしているところなのだろうか。

 

ここは資材管理センター北館林解体所。つまり引退となった電車はここへ回送され、解体となる運命なわけだ。日比谷線の03系といえば2月末に引退となった車両。日比谷線の車庫は東武沿線にあるだけに、ここに送られてきた仲間がいたようである。03系は長野電鉄、北陸鉄道、熊本電気鉄道といった譲渡された車両があった一方で、廃車に至る車両もあらわれた。そうした電車の末路を考えるとちょっと寂しい気持ちにさせられる一角である。

↑渡瀬駅〜田島駅間にある北館林解体所。東武の10000系の中間車と日比谷線03系が留置されていた。2020年1月13日撮影

 

渡瀬駅〜田島駅間にある北館林解体所。実は東武鉄道の歴史では大きな転換点となったポイントでもある。それは後述したい。

 

さて右手に廃車となる一群を見送った後は、築堤を上り始める。築堤をあがりきり、渡良瀬川橋りょうを渡る。渡良瀬川は群馬県と栃木県の県境、足尾山塊を源流にした一級河川で、この下流で利根川に合流する。この渡良瀬川だが、かつて世の中を揺るがした公害事件が起きていた。

↑佐野線の渡良瀬川橋りょうを渡る8000系。栃木県側の路線のかたわらには「田中正造翁終焉の地」の記念碑が立つ

 

足尾鉱毒事件として後世に伝えられる事件である。足尾鉱毒事件は、明治期から昭和にかけて問題化した。足尾銅山から流され出た鉱毒が渡良瀬川に流れ込み、その鉱毒により、アユが死に、また川の水を使っていた田畑も悪影響を受けた。

 

この問題を取り上げたのが、佐野市(当時は安蘇郡小中村)出身の国会議員の田中正造(たなかしょうぞう)だった。国会で鋭い質問をし続け、また触発されて、多くの農民が陳情に東京へ訪れた。政府も黙っていたわけでなく、足尾銅山を運営する古河鉱業へ、対応を早急に求めた。会社側も諸施設を造り対応したものの、当時の技術では、効果的な予防策をとることができなかった。

 

鉱毒の影響はその後も絶えることがなく続き、正造はとうとう、東京の日比谷で明治天皇に直訴を行ったのである。その後も正造は亡くなるまで精力的に活動を行い、支援を求めて歩き回った。そして渡良瀬川が見える地で客死した。1913(大正2)年、正造71歳だった。いまこの業績を讚えるように佐野線と県道7号線が並行するポイントに「田中正造翁終焉の地」の記念碑が立つ。生涯を掛けて鉱毒の怖さを伝え、正義を貫き通した氏の思いがこの地に今も眠っている。

 

【佐野線の疑問⑥】田島駅に残る側線は何だろう?

渡良瀬側橋りょうを渡ると左手に「田中正造翁終焉の地」の記念碑、右手には見渡す限り水田が広がる。かつて鉱毒の影響を受けた流域とは思えないほどの素晴らしい水田風景が広がる。とはいうものの、2月に訪れた当時と、10月ではちょっとした違いが。10月には路線の傍らにセイタカアワダチソウをはじめ雑草が生い茂っていた。草刈りをしないと、これほどまでに半年で雑草が伸びてしまうことがよく分かった。

↑渡良瀬川橋りょうを渡り、田島駅を目指す8000系。写真は2月15日撮影のもの。同地で撮影する時は雑草の具合を確認したほうが賢明

 

さて、到着した田島駅から栃木県佐野市の駅となる。駅前に人気ラーメン店があるなど佐野市内の駅らしい。民家が少なく郊外の駅といった印象だが、構内を見ると、側線とともに広々した敷地が広がる。

 

佐野線は全線が単線だが、田島駅だけでなくすべての途中駅が上り下り列車の行き違いができる構造になっている。さらに田島駅のように側線が残る駅も多い。残る側線の大半は本線からの分岐が切り離され、いまは使われていないが、なぜこのように側線が残っているのだろう。

 

これこそ、佐野線を貨物列車が多く走っていた証しである。そんな貨物列車が行き交った様子が想像できる場所が、他にも残っている。そのあたりは後述したい。

↑田島駅構内に残る側線。ポイントや架線が取り外されているものの、貨物列車が行き交った往時の姿が彷彿される

 

【佐野線の疑問⑦】佐野ラーメンはなぜ「青竹打ち」なのか?

さて田島駅の次は佐野市駅。車内にはJR両毛線との乗換駅ではないことを伝える案内がたびたび流されている。それだけ間違って降りてしまう人が多いのだろう。佐野市駅は佐野厄除大師の名前で知られる惣宗寺(そうしゅうじ)の最寄り駅である。

 

佐野市駅を発車した電車は佐野市の中心部を横切らず、東側に大きく迂回して両毛線の線路をまたぎ、ぐるりと左にカーブして佐野駅へ入線する。

 

ちなみに佐野鉄道の時代には、佐野駅の南側に佐野町駅が別にあり、ここから5km先の越名(こえな)まで路線が延びていた。当時は渡良瀬川の水運を利用して石灰石を運ぶためだったと見られる。1917(大正6)年に佐野町〜越名間の路線は廃止されている。おもしろいことに、越名には現在、人気の佐野プレミアムアウトレットがある。佐野駅からのバスが混みがちなだけに、もし路線が残っていたら、とちょっと残念に思った。

↑お店ごとにラーメンの味も異なる。その違い探しがまた楽しい。左は佐野駅近くの「優華」、右は葛生駅前「あづま本店」のラーメン

 

佐野の名物といえば佐野ラーメンである。筆者も佐野線を訪れるたびに、今度はどこのラーメン屋に立ち寄ろうかなと楽しみにしている。ネットで人気のお店となると、昼時は長蛇の列となるが、こだわらなければ、お店は数多くあるので、気軽に立ち寄れる。

 

さて佐野ラーメン、その多くの店に「青竹打ち」という案内がある。麺ものはそば・うどんにしても手打ちが多いが、ラーメンの手打ちとなると、生地にかなり弾力があるため大変な労力となる。そこで、長く太い青竹をテコのように使って、体重をかけて打ったという伝統の麺づくりが主流となっていたのである。青竹打ちは気泡が麺に多く残るぶん、独特な風味が楽しめるとされる。古くは製麺機を個人商店では導入できなかったために、この方法が導入されたという理由もあったようだ。

 

個人的にだが、筆者は佐野ラーメンもおいしいと思うものの、多くの店で用意している佐野の餃子が、なかなか美味だと感じる。よって佐野に立ち寄るといつもラーメンに餃子を注文して、食べ過ぎてしまうことになるのである。

↑JR両毛線と接続する佐野駅。両毛線の電車は1・2番線、佐野線のホームも1・2番線で、佐野駅には1・2番線が2つあることになる

 

佐野駅を発車した佐野線の電車は、すぐに右カーブして次の堀米駅(ほりごめえき)へ向かう。次の駅までほぼ佐野市の市街地で、さすがに人口11万人が住む都市ということを実感する。堀米駅を過ぎて、間もなく渡るのが秋山川。この川をわたると広々した水田地帯が広がる。そして吉水駅へ。

↑堀米駅〜吉水駅間に広がる水田。佐野市もこのあたりまで来ると、住宅が減っていきこうした水田風景が広がるようになる

 

吉水駅、次の田沼駅、多田駅と駅周辺には住宅街が広がる。このあたりを見ても佐野線の沿線人口が多いことが分かる。

 

多田駅を発車し、終点の葛生駅が近づくにつれて、工場が点在するようになる。砂や石灰を製造する工場が目立ち、やはり葛生は石灰石が産出する町ということが実感できる。右にカーブして秋山川を渡れば間もなく終点の葛生駅に到着する。はじめて訪れた人は、構内の大きさにびっくりすることだろう。

↑秋山川を渡れば終点の葛生駅はもうすぐだ。撮影で訪れたこの日はちょうど634型「スカイツリートレイン」が入線していた

 

【佐野線の疑問⑧】葛生駅の敷地が広い理由はもしかして?

葛生駅はホーム1つの小さな終着駅。ところが、ホームの前には側線が何本も設けられている。さらに現在はソーラーパネルがずらりと並ぶところまで、ずらりと入換え線が設けられていた。

↑右手の電車が停まるホームが現在の葛生駅。左手には今も多くの側線が残るが、現在ソーラーパネルがある所も入換え線だった

 

駅を撮影していたら、ちょうど地元の年輩に声をかけられた。「よく撮影しに来る人がいるんだよね」と開口一番。「ここは前、貨車が多く停まっていたんですよ」と懐かしげな様子。

 

「早朝から貨車の入換えが始まってね、それを合図に朝は起きたっけ。この駅からも多くの浅草行電車が出ていて、それで通ったものです。いまはすっかり寂れてしまったけれど」と話してくれたのだった。

 

往時の様子は、いまとても想像できないが、その名残が残されている。駅方面でなく、逆側に少し歩いてみると、そのことが分かる。

 

【佐野線の疑問⑨】葛生駅の先に残る廃線跡は?

セメント工場を背景に、引込線の跡が残されている一角がある。線路は外されているが架線柱が残っている。しかも架線柱の幅は複線以上の線路が敷かれていたことを想像させる。ということで昔の地図を探してみた。そこには多くの路線が記されていた。

↑葛生駅からのびる線路の跡をたどると、すでに線路は外されていたが、架線柱がそのままの姿で残されている

 

1977(昭和52)年、国土地理院発行の地図には、しっかりと引込線が記されていた。調べると引込線どころではなく貨物線だった。葛生駅の先には下記の路線があった。

会沢線
(あいさわせん)
葛生駅〜上白石駅〜第三会沢駅4.2km
1997(平成9)年廃止
大叶線
(おおがのせん)
上白石駅〜大叶駅1.6km
1986(昭和61)年廃止
日鉄鉱業貨物線
(日鉄鉱業羽鶴専用鉄道)
距離数・廃止年不明

 

これらの路線は大正から昭和にかけて作られ、蒸気機関車の牽引により貨車の輸送が行われていた。これらの路線で運び出されるのは石灰、セメント、ドロマイト。セメントは東京の業平橋(なりひらばし)まで運ばれていた。

 

さらに1966(昭和41)年には会沢線、大叶線が電化されていた。葛生駅は東武鉄道でも最大のターミナル駅だったとされる。こうした歴史をたどると1960年代、70年代までが最盛期だったことがわかる。電車の本数よりも貨物列車が多く走っていたと前述の地元の年輩が話をしていた。

 

佐野線ではほかに石油輸送が頻繁に行われていた。いまでもJR貨物が一部の路線でタンク車による石油輸送を行っているが、佐野線では堀米駅と北館林荷扱所(現在の資材管理センター北館林解体所)に石油タンク施設があり、両駅への貨物輸送が行われていた。1990年代がこの石油輸送の最盛期だったとされる。

↑1977(昭和52)年の葛生駅近辺の路線。エンジ色の路線は東武の貨物専用線、緑色が日鉄鉱業の貨物線。かなり奥まで路線が延びていた

 

こうした佐野線を舞台に行われた貨物輸送だったが、輸送量の減少とともに廃止が取りざたされるようになる。そして、石灰石やセメント輸送は1997(平成9)年までに終了した。久喜駅〜北館林荷扱所の石油輸送がその後も続けられたが、2003(平成15)年8月2日の運転をもって終了した。これが大手私鉄で最後の貨物列車輸送となった。

 

【佐野線の疑問⑩】いま廃線の跡はどうなっているのだろう……

さて葛生駅近くで見つけた廃線跡。この先はどうなっているのだろうか。数年前までは柵でざっと覆われていたものの、途切れた箇所があり、無造作に廃線跡に入れた。しかし現在は廃線跡が柵で覆われていて、立ち入り禁止の立て札こそないものの、進入はできない。興味を持ったこともあり、ぐるりと回ってその先に行ってみた。

↑県道210号線側から見た貨物線の跡。草が刈られた状態になっていた。ここまでは架線柱が残されている

 

会沢線と呼ばれた貨物線であろうか、複線以上の線路が並ぶ路線は葛生の町内をそれて、東側を走っていた。ちょうど県道210号・柏倉葛生線と呼ばれる道までいくと、そこまで架線柱が残されている。

 

事前にGoogle Earthでこの先も架線柱があることが確認されていたのだが、実際に行ってみると、すでにこの先は架線柱が外されていた。路線が廃線になりすでに20年、こうして廃線跡の遺構も徐々に消えていくことになるのだろう。

 

この先もかなり先に路線が続いていたのだが、ここで取材は終了、次回に地図を持って、さらに奥まで廃線をたどってみようと心に決めた。

↑県道210号から見た北側の様子。橋台は残るものの、この先の架線柱はすでに取り外されていた

 

【佐野線の疑問⑪】以前に走っていた貨物用機関車はどこへ?

佐野線レポートの最後。東武鉄道で活躍した電気機関車のその後について触れておきたい。東武鉄道で長年、活躍した電気機関車が実は他所に行って、今も走っている。東武鉄道時代はED5000形、ED5060形、ED5080形と呼ばれた電気機関車は、ともに三重県を走る三岐鉄道に譲渡されていた。

 

三岐鉄道三岐線を走るこれらの機関車たち。ED5000形は三岐鉄道のED45形のED458号機に。ED5060形はED459号機として今も働いている。さらにED5080形はそのままの形式名のED5081号機、ED5082号機として走り続けている。

 

誕生した東武鉄道では二度と貨物列車を牽くことはないだろうが、こうして第二の職場で活躍する姿がまだ楽しめることは、鉄道好きとしては無上の喜びでもある。

↑セメント粉体用のタンク車を牽く三岐鉄道ED5081号機とED5082号機。円内はED459号機。三岐の他の機関車とやや顔立ちが異なる

 

 

「docomo in Car Connect」対応で格安&手軽にLTE通信を利用できる! 車載用Wi-Fiルーターのススメ

屋外で仕事をするとき、欠かせないのがネット環境だ。クルマ移動時、通信量を気にしながらスマホのテザリングを利用しているという人は多いだろう。そんな人にオススメなのが車載用Wi-Fiルーター。ここでは、その莫大な利点をオンとオフのシーンを挙げながら紹介しよう。

 

【今回紹介する製品】

パイオニア カロッツェリア

DCT-WR100D

2万7500円 12月発売予定

NTTドコモの4G/LTE通信網を利用可能な車内向けインターネット接続サービス「docomo in Car Connect」に対応した車載用Wi-Fiルーター。2年有効なSIMカードが付属し、別途契約すれば定額でLTE通信を利用できる。

SPEC●対応通信規格:4G/LTE(NTTドコモ回線)●無線LAN:IEEE 802.11b/g/n(2.4GHzのみ)●最大同時接続台数:5台●動作保証温度:-10°C〜+60°C●サイズ:W91.5×H16×D44.5mm

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↑本機は取付工事が不要で、シガー電源に挿し込むだけでOK。12V/24V車対応のため、車種を選ばず設置できるのがうれしい

 

↑幅44.5mm×長さ91.5mmとコンパクトな筐体。両面テープが付属しており、インパネの下部などに貼り付けることもできる

 

【ONの利用シーン01】急ぎのメール返信もサッとPCで対応できる

突如来たメールに急ぎで対応しなくてはならない場面は、一日に何度もあるだろう。そんなとき、車載用Wi-Fiルーターを使っていれば、PCを即座に立ち上げ、効率的に対応できる。スマホでチマチマと返答する必要はないのだ。

 

【ONの利用シーン02】車内ビデオ会議で時間も場所も効率化

安定した4G/LTE回線を利用するため、ビデオ会議も余裕でこなせる。移動と移動の隙間時間でウェビナーに参加するなんてことも可能。また、自室での対応が難しいタイミングに車内から会議に参加といった使い方も可能だ。

 

【ONの利用シーン03】PCとタブの併用時もWi-Fi接続だから快適

PCとタブレットを併用しているときに困るのが、データのやり取り。車載用Wi-Fiルーターを使う場合、同一LAN内に両端末が存在するため、アプリのWi-Fi共有機能などを使って、作業中のデータをよりスムーズに扱える。

 

【OFFの利用シーン01】ゲーム機などもネットに繋げて楽しめる!

車載用Wi-FiルーターはNintendo Switchのようなゲーム機などもWi-Fi接続可能で、プライベートでも重宝する。すぐに車内の環境に飽きてしまう後部座席の子どもたちも、ネットゲームなど多彩なエンタメを楽しむことができる。

 

【OFFの利用シーン02】通信量を心配せずにサブスク動画を見放題

「docomo in Car Connect」は定額使い放題のプランとなっているため、車内のモニターでサブスク動画サービスのコンテンツも見放題。スマホのテザリングなどと違って通信量を心配する必要がなく、長時間のドライブでも安心だ。

 

<ビジネスの最前線からも車載Wi-Fiへ熱視線!>

事業戦略家

山口豪志さん

安定したドコモ回線を利用できるのは大いに魅力的。出社が制限されているけれど家では仕事に集中できないという方には、車内で仕事やビデオ会議が可能になる本機は要注目アイテムでしょう。また昨今では、ワーケーションのひとつの形として、キャンピングカーや大型バンの後部座席に机を置いて仕事する起業家などが増えてきています。こうした人にも、本機はピッタリだと思います(※)。さらに、複数人で社用車に乗って移動するときにも後部座席でビデオ会議ができるなど、仕事効率をアップできそうです。

※:DCT-WR100Dは車載用のため、走行中と一部の停車中のみWi-Fiサービスを利用できます。詳細は下記の図を参照

 

【「docomo in Car Connect」って何?】

クルマの中でLTE通信が使い放題になる車内向けインターネット接続サービス。事務手数料や固定の月額がなく、利用形態に合わせて使いたいときだけ必要なぶんをチャージできる。1日プラン、1か月プラン、1年プランの3種が用意され、1日プランは500円、1か月プランは1500円、1年プランは1万2000円となる。1年プランは、ひと月あたりの料金が1000円と非常にリーズナブルだ。専用サイトから手軽に申し込める。

1日プラン:500円/1か月プラン:1500円/1年プラン:1万2000円

●利用料金はすべて税抜価格

↑一般的なWi-Fiルーターと同様、初回接続時は端末のWI-Fi設定で接続先を選んでパスワードを入力する。以後は、自動接続となる

 

カロッツェリア DCT-WR100Dの詳細はコチラ!

 

イラスト/勝間田しげる

カーナビ、スマホに代わる車内の相棒「ディスプレイオーディオ」の実力に迫る! ケンウッド「DDX5020S」を試してわかった特徴

インフォテイメントシステムに「ディスプレイオーディオ(DA)」を採用する動きが活発化しています。これまではカーナビゲーションが人気の中心でしたが、低価格で手に入れられ、使い勝手も高まったDAの認知度が高まっているのです。そんな状況もあり、市販カーオーディオメーカーからも同様の製品が相次いで登場するようになりました。今回はその中でも期待の新製品である、ケンウッド「DDX5020S」を紹介します。

↑ケンウッドのディスプレイオーディオ「DDX5020S」。DVD/CDドライブも備え、ハイレゾ音源も再生できるなど多彩なソースに対応した。写真ではAndroid Auto起動中

 

DDX5020S、3つの特徴

まず「ディスプレイオーディオ(以下、DA)」について簡単に説明します。DAは基本的にナビ機能を省いたディスプレイ付きオーディオと言っていいでしょう。その上で、有線/無線で接続したスマートフォン内のコンテンツとして、iPhoneなら「Apple CarPlay」、Androidなら「Android Auto」を使います。そのため、本体にあるのは映像を表示するディスプレイと、音声をスピーカーで鳴らすためのアンプを搭載するのみ。これがDAと呼ばれる所以です。

↑DDX5020Sは、時代のニーズに合わせて新たにApple CarPlayやAndroid Autoに対応して登場した

 

↑DDX5020Sの主要機能一覧。少し高めのカーオーディオとして捉えると本機の良さが理解できる

 

DDX5020SはDAとして大きく3つの特徴を備えています。1つは他のDAと同様、Apple CarPlayとAndroid Autoに対応していることです。iPhoneやAndroid端末を有線接続すると、それぞれApple CarPlay、Android Autoが自動的に起動。起動したらあとは見慣れたアイコンが画面上に表示されます。スマートフォン内のすべてのアプリが反映できるわけではありませんが、カーナビ機能や音楽再生、さらには通話機能などが6.8型の大きな画面で使えるようになるのです。車載という環境下では操作環境が著しく制限されますが、それを大きな画面で操作できるようになることで使い勝手が大幅に向上するわけです。

↑Apple CarPlayを起動して表示されるメインメニュー

 

加えて音声でのコントロールが可能になることも大きなポイントです。Apple CarPlayなら「Siri」が、Android Autoなら「Googleアシスタント」が使え、それによって運転中であってもスケジュール管理や音楽再生、周辺スポットのチェックなどもハンズフリーのままで行えます。特に便利さを感じるのがカーナビ機能で目的地を探す時で、操作は音声で検索するワードを入力するだけ。一発で行きたいところを表示します。従来のカーナビのようにメニューからカテゴリーを絞って…なんてことは不要です。

↑Apple CarPlayではウェイクワード「Hey,siri!」と呼びかけると音声入力モードに切り替わり、目的地なら行きたい施設名を、音楽を聴きたいなら楽曲名を読み上げればいい

 

2つ目は「USBミラーリング機能」への対応です。Android専用の機能ですが、スマートフォンで表示された動画内容がそのままディスプレイ上に表示されます。たとえば映像系のストリーミングサービスをスマートフォンで受信した場合、その映像が大きなディスプレイで見られるのです。操作はスマートフォン側で行いますが、音声は車載スピーカーから再生されます。ただし、著作権が保護されているコンテンツは対象外です。

 

そして3つ目が高画質&高音質であるということです。DDX5020Sの6.8型ディスプレイは表面に光沢処理が施されており、深みのある映像が再現できています。昼間は角度によって反射が気になることがありそうですが、色再現性では優れた一面を見せてくれるでしょう。操作キーは左側に縦一列で配置。各キーはピアノブラック調のフラットなベゼル上にホワイトイルミで表示されます。触った感じは良好な反応で、ボリューム操作やHOME画面の呼び出しが簡単にできました。

↑DDX5020Sのメインメニューでは、画面下によく使う項目を登録しておける

 

サウンド系では、デジタルtoアナログ変換を高精度に行える24bit DACを搭載。内蔵アンプは45W×4chと十分なパワーを備え、これを13バンドのグライコできめ細かく調整することができます。マニュアル設定にはなりますが、タイムアライメント機能も装備。低出力時に低音を心地よく聴かせるラウドネス、バスブースト機能も備えました。もちろんBluetoothにも対応し、スマートフォンに収録した音源をワイヤレスで転送。接続した際は再生中の楽曲タイトルなども表示可能です。

↑Apple CarPlayのMusicメインメニュー。iPhoneと同様、様々なプレイリストから聴きたい楽曲にアクセスできる。もちろん、音声での呼び出しも可能だ

 

↑再生中の楽曲は画面上に表示することも可能。トラックサーチは画面上の「次に再生」「戻る」でできる

 

ナビは良くも悪くもアプリの個性が出る!

iPhoneをDDX5020Sに接続するとホーム画面にApple CarPlayで使えるお馴染みのアプリのアイコンが表示されます。Android AutoではGoogleが用意した純正ナビアプリと日本ではあまり馴染みがない「waze」が使えるだけですが、Apple CarPlayではApple純正ナビアプリの他、Yahoo!ナビやNAVITIMEなどメジャーなアプリが使えます。そういう意味ではApple CarPlayの方が利用範囲はずっと幅広いということになるでしょうね。

↑Apple CarPlayの全画面表示。地図上のアイコンにタッチすれば施設の詳細な情報が表示される。左側のアプリにもダイレクトにアクセスできる

 

↑Apple CarPlayのデフォルト画面。ここから周辺施設を探すことや、再生中の楽曲をサーチできたりする。ナビ画面をタッチすれば全面表示にワンタッチで切り替わる

 

ただ、本機DAでカーナビアプリを使うとき知っておくべきことがあります。それは自車位置の測位はGPSでのみ行われているということです。Android Autoの純正ナビアプリではGPS信号をロストしたときの速度を元にした自車位置の表示を続けますが、Apple CarPlayでは基本的に測位を停止してしまいます。なので、トンネルの中では測位をストップ。さらにビルが建ち並ぶ都市部では、GPSがビルの影響を受けて位置を大きくずらしてしまう可能性もあるのです。

 

それと案内ルートについても、良く言えば個性的な、悪く言えば不都合な案内をすることも少なからずあります。極端にショートカットするためにクルマ同士がすれ違えない狭い道を案内したり、高速道路をほとんど使わず一般道を経由して案内することもあります。さらに交通情報もApple CarPlayの純正ナビアプリは今もなお非対応ですし、Android Autoの交通情報も独自のプローブによるもの。馴染みのあるVICSの情報がすべて正しいとは言いませんが、カーナビアプリは全国レベルで安定した情報が提供できているとは限らないのです。

 

その状況さえ納得できればDAはかなり魅力的です。特に私がDDX5020Sを評価したいのはDVD/CDドライブを備えていることです。最近は自動車メーカー系DAでさえ、これを省く傾向が続いているだけに、定番のメディアが再生できるメリットは大きいと思います。しかも、ハイレゾ音源である192kHz/24bitのflacやwavファイルの再生が可能で、Bluetoothオーディオにも対応しているので、多彩なソースを楽しみたい人にも最適です。

↑ディスクドライブを省略する機種が多い中で、ディスプレイオーディオDDX5020SはDVD/CDドライブを搭載した。ハイレゾ音源の再生も可能だ

 

DDX5020Sの価格は実売で4万円弱と少し高めのカーオーディオ並み。普段は通勤や買い物など、知っている道しか走らない。しかし、いざ遠くに出掛けるときにナビ機能は欲しい。そんな人に本機は打ってつけの一台になることでしょう。

↑静電容量式タッチパネルを採用し、フロントフェイスには軽快に操作できるスマートフラットキーを装備しています。DDX5020Sは現在発売中

 

 

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ARカーナビの「実用性」はいかに? セイワ「PNM87AR」本音レビュー!

カー用品を手がけるセイワは、ARカメラで撮影した映像にカーナビゲーションのルートガイドや安全運転支援機能を重ねる、PIXYDA(ピクシーダ)次世代型ポータブルナビゲーション「PNM87AR」を発売しました。AR技術を活用したバーチャル案内で、走行ルートを安全かつ分かりやすくドライバーに伝えてくれるカーナビゲーションとして注目されています。

↑ピクシーダから登場したAR技術を活用したバーチャル案内を行う次世代型ポータブルナビゲーション「PNM87AR」

 

地図更新は2023年7月31日までに1回無料で行え、AR機能搭載のPNM87ARは実売価格4万9800円前後。AR機能非搭載のスタンダードモデル「PNM87F」も同3万7800円前後で発売しています。

 

ARカメラと連携させた次世代型ナビ

この製品で実現したAR機能は大きく2つあります。一つはゼンリンデータコムと共同開発したAR機能をベースとするルートガイド機能です。ポータブルナビ本体にはゼンリンデータコム製の地図データがインストールされており、このデータから抽出したガイドをARカメラで撮影した映像に重ねてルートガイドします。地図データは2020年春版の全国市街地図データを収録した詳細版で、全国にわたってこのガイドを利用可能としています。

↑地図データはゼンリン製で主要施設の出入口情報も含まれているので、目的地の入口で迷うことが少ない

 

もう一つはARカメラで撮影したデータを元に3つの安全運転を支援するというものです。それは「車線逸脱警告」「前方車両発進」「前方衝突警報」の各機能で、それらの警告を画面とアラートで知らせてくれます。最近の新型車には同様の機能が搭載されていますが、本機を装着することでそれに近い機能が利用可能になるというわけです。

 

この機能に利用するARカメラは垂直のアングル調整が可能な単眼式で、フロントガラス上部に密着させて取り付けます。レンズ周りを覆うことでガラスの映り込みも防止。ナビ本体とは付属ケーブルでUSB接続し、カメラの電源もここから供給されます。なので、ナビ本体で電源を取るだけで、他に電源の取り回しは一切不要です。

↑AR情報の取り込みに使う映像を撮影するカメラは、フロントウインドウに取り付けてレンズ周囲を覆うことで映り込みも防止している

 

それではこのシステムを早速取り付けてみます。取り付けたのはダイハツの軽自動車「ムーブ カスタム」です。エアバッグと干渉しないダッシュボード中央にナビ本体をセットすることにしました。電源はシガーライターソケットから取ります。アダプターの挿入が少しきつめでしたが、むしろこの程度のきつさがあれば不用意に電源が抜けてしまう心配もないでしょう。

↑ARカメラは、PNM87AR本体下のUSB端子に接続する。手前の「カメラ入力」は別売のバックカメラ用

 

ARカメラは基本的に運転席側のフロントガラス上部に取り付けます。この時の注意点としては、取り付け位置がワイパーで拭き取れる場所を選ぶことと、映像が水平になるようナビ本体で確認することです。場所を確定する前に仮止めし、それで大丈夫か一旦確認しておくといいかもしれません。カメラの角度調整は付属の六角レンチを使います。

↑ARカメラのアングルはディスプレイの表示を見ながら、付属の六角レンチで調整できる

 

起動して真っ先に驚くのはモニターの鮮明さ。その理由は8V型のモニターの解像度はポータブル型ナビで一般的なWVGAよりもさらに高解像度な「WXGAモニター」(1280×800ドット)を採用しているからです。モニターの表面は光沢タイプなので反射が少し気になりますが、視野角が広いので反射しない角度で固定するといいでしょう。

↑メインメニュー。「ナビ」を選ぶとナビアプリが起動してカーナビゲーションが使えるようになる

 

↑ディスプレイは高解像度な「WXGAモニター」(1280×800ドット)を搭載。TV放送はそれを活かす地デジのフルセグに対応している

 

矢印のアニメーションで方向を示してくれるので分かりやすい

ARモード中はARカメラで撮影した映像と地図を同時に表示します。そのAR映像は極めて高精細で、先行車のナンバーもハッキリと読み取れるほどです。このままドラレコとしても機能してくれればいいのに…と思ってしまうほど。直進で進んでいるときは矢印のアニメーションで進む方向を示してくれ、その未来感あふれる映像は視認性が良いです。

 

分岐点に近づくと、画面上には分岐点までの距離が表示され、よく見ると交差点拡大図もAR画面上に表示されています。やがて音声案内と共にAR画面上には曲がる方向が流れる矢印で示されるようになり、右側の地図上には交差点の拡大図を表示。さらに分岐点に近づいていくと、もう一つの矢印がポップアップされて曲がる方向をガイドしていました。

↑ARカメラが映し出すリアルタイム映像をナビ画面表示させ、自然な立体表現のARルート案内と重ね合わせて案内する

 

ただ、ARカメラの画角はそれほど広くなく、少し広めの交差点では先の道路までは映像内に収まっていません。AR映像からはおおよその方角が分かる程度です。そのため、現場では交差点拡大図と併用しながら使う形となるでしょう。

 

安全運転支援機能は、先行車との関係となる「前方車両発進」「前方衝突警報」についてはかなり頻繁に警告してくれました。「前方車両発進」は先行車がスタートするとすぐに画面とアラートで知らせてくれましたし、その数値が正確かどうかは不明ですが、先行車との距離も実距離が画面上に表示されます。また、先行車との距離を縮めると「前方衝突警報」がすぐに出て警告してくれました。

↑前方車両発進。地図データに基づくルートガイドを行い、その上で先行車が発進すると「ポーン」と鳴るアラート共に画面上で注意喚起を行う

 

↑前方衝突警報。先行車に近づくとおおよその車間距離を表示し、さらに速度に応じて適切な車間以下になると注意喚起を行う。警告音と警告マークの信号を変えています。「緑→黄→赤」の3段階で徐々に危険を促す

 

一方で反応がイマイチだったのが「車線逸脱警告」です。メニューに感度を設定する項目があるのですが、もしこの機能を活用したいならここで敏感な設定にしておくとイイでしょう。ただ、車線逸脱警報は標準で装着されている新型車でも認識精度はあまり高くないという現状もあるので、現状では本機の性能も許容範囲。今後の性能進化に期待したいところです。

 

それとこのナビシステムにはタテ表示機能も備えています。この場合、上下に二分割されてARは上側に表示されます。下の地図は方面ガイドも表示されるので、機能面では使いやすいのですが、取り付けたムーブの場合はダッシュボードが高めであり、8V型画面をタテ表示にすると視界が大きく妨げられることになってしまいました。タテ表示を使う時はそういった利用環境に合わせて使うことをオススメします。

↑PNM87ARはタテ表示も可能で、ルートガイドと共にサイズのバランスが良く視認性高い。ただ、本体全体を下げて取り付けないと視界を妨げる

 

それと、このナビは交通情報を表示することができません。なので渋滞を避けたルートガイドを期待する人には不向きでしょう。しかし、ルートガイド中の案内は適切で、リルートした際の再探索もかなりスピーディに行います。道を間違えたときの安心感はとても大きいですね。

↑ルート探索では条件別に最大4ルートを表示。探索速度もスピーディで使い勝手は良好だ

 

↑政令指定都市の主要交差点では、車線情報を含めた周辺の情報を描いた3D交差点拡大図で進行方向を示す

 

↑ルートガイド中は交差点ごとの右左折情報をリスト化して案内する。交差点に近づくと拡大図に切り替わる

 

ピクシーダの次世代型ポータブルナビゲーションPNM87ARの価格は、実売4万円台と8V型としてお買い得な部類に入ります。交通情報が受信できないのは残念ですが、“AR”というややギミックの愉しさを期待する人、TV放送を含めて美しい映像にこだわる人にぜひ使ってみて欲しいポータブル型ナビと言えるでしょう。

 

 

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「白新線」‐‐11の謎を乗って歩いてひも解く

おもしろローカル線の旅68 〜〜JR東日本・白新線(新潟県)〜〜

 

新潟駅と新発田駅を結ぶ白新線(はくしんせん)。特急列車に観光列車、貨物列車が走る賑やかな路線である。これまでは車両を撮りに訪れた路線であったが、今回は複数の途中駅で降りて、駅周辺をじっくりと歩いてみた。

 

すると、これまで気付かなかった同線の新たな魅力が見えてきたのだった。白新線でそんな再発見の旅を楽しんだ。

*取材撮影日:2018年3月3日、2019年7月6日、2020年10月18日ほか

 

【関連記事】
東日本最後の115系の聖地「越後線」−−新潟を走るローカル線10の秘密

 

【白新線の謎①】なぜ路線名が白新線なのだろう?

初めに白新線の概要を見ておきたい。

路線と距離 JR東日本・白新線/新潟駅〜新発田駅(しばたえき)27.3km
*複線(新潟駅〜新崎駅間)および単線・1500V直流電化
開業 1952(昭和27)年12月23日、日本国有鉄道により葛塚駅(くずつかえき/現・豊栄駅)〜新発田駅間が開業、1956(昭和31)年4月15日、沼垂駅(ぬったりえき/現在は廃駅)まで延伸開業
駅数 10駅(起終点駅を含む)

 

まずは、この路線の最大の謎から。路線名はなぜ白新線と付けられているのか、白新線の「白」はどこから来たのか、そこから見ていこう。

 

まず、路線計画が立てられたところに、白新線と名付けられた理由がある。路線の計画が立てられたのは1927(昭和2)年のこと。「新潟県白山ヨリ新発田二至ル鉄道」という路線案が立てられた。白山と新発田を結ぶ路線なので白新線となったのである。

 

白山とは、現在の越後線の白山駅のことだ。計画が立てられた年は、ちょうど柏崎駅と白山駅を結ぶ越後鉄道が、国有化されて越後線となった年である。国は、越後線の新潟方面の終点駅だった白山駅と、新発田駅を結ぶ路線の計画を立てたのだった。

 

だが、そこに立ちはだかるものがあった。新潟市を流れる信濃川である。信濃川は日本一の長さを誇る河川であり、当時の河口部は川幅も広く、水量も豊富だった。鉄道にとって越すに越されぬ信濃川だったわけである。

↑昭和初期と現代の信濃川の流れを比べると、昭和初期の信濃川は現在の3倍近くの川幅があった。旧信越本線のルートも今と異なっていた

 

1929(昭和4)年に大河津分水(おおこうづぶんすい)という信濃川の水を途中で日本海へ流す流路が作られ、新潟市内を流れる信濃川の水量が大幅に減った。その後、川の南岸が主に改修され川幅が狭まり、ようやく越後線の信濃川橋りょうを架けることが可能となった。とはいえ越後線の路線が新潟駅まで延ばされ旅客営業が始まったのは1951(昭和26)年のこと。この年、ようやく信濃川橋りょうを生かして、新潟駅と関屋駅(白山駅の隣の駅)間に列車が走ったのだった。

 

とはいえ白新線は、まだ開業していない。白新線の開業を困難にしていたのも大河の存在だった。

↑新潟駅からは信濃川橋りょうを渡った最初の駅が越後線の白山駅(左上)だ。白新線は白山駅と新発田駅を結ぶ予定で計画が立てられた

 

【白新線の謎②】開業してから60年と意外に新しい理由は?

越後線がようやく新潟駅まで開業した翌年の1952(昭和27)年の暮れ、白新線の葛塚駅(現・豊栄駅)と新発田駅の間が開業している。新潟駅側からではなく、新発田駅側から路線が敷設されていったわけである。白新線の残り区間、葛塚駅〜新潟駅間、正式には沼垂(ぬったり)駅〜葛塚駅間が開業したのは4年後の1956(昭和31)年4月15日のことだった。

 

新潟市と新潟県の北部や庄内地方、秋田への幹線ルートの1部を担う路線だけに、この開業年の遅さは不思議にも感じる。そこには鉄道の敷設を妨げる大きな壁があった。

↑白新線のなかでひと足早く開業した葛塚駅(現・豊栄駅)。南口駅前には路線開業を祝う碑や当時のことを伝える案内などがある

 

新潟平野には信濃川とともに大河が流れ込む。阿賀野川(あがのがわ)である。阿賀野川は、群馬県と福島県の県境を水源にした一級河川。途中、只見川などの流れが合流し、河川水流量は日本最大級を誇る。実際、新潟市内を流れる河畔に立ってみるとその川の太さ、河畔の広さにびっくりさせられる。この水量の豊かさから、古来、水運が盛んで、鉄道が開業するまでは会津地方の産品はこの川を使い運ばれていた。

 

そんな阿賀野川が鉄道を敷設する上で難敵となった。阿賀野川を越える鉄道路線としては羽越本線(当時は信越線)の阿賀野川橋りょうの歴史が古い。1912(大正元)年、新津駅〜新発田駅間が開業に合わせて設けられた。全長1229mという長さがあり、当時としては全国最長の橋となった。現在の白新線の橋りょうよりも上流にあるにもかかわらずである。

 

架橋技術が今ほどに進んでいない時代、大変な工事だったに違いない。国鉄(当時は鉄道省)は下流に白新線の2本目の橋を架けることはためらったようだ。とはいえ、1940(昭和15)年には橋の着工を進めていた。ところが、翌年に太平洋戦争に突入したこともあり、資材不足となり、橋脚ができたところで、建設中止に追い込まれている。

↑長さ1200mと、在来線ではかなりの長さを持つ白新線の阿賀野川橋りょう。河畔が広く川の流れはかなり先へ行かないと見えない(右上)

 

阿賀野川橋りょうの建設が再開したのは大戦の痛手からようやく立ち直り始めた1953(昭和28)年のこと。橋脚がすでに造られていたので、翌年には架橋工事が完了している。戦前に無理して進めていた工事が、後に役立ったわけである。そうして白新線の全線が1956(昭和31)年に完成にこぎつけた。当初、単線で造られた阿賀野川橋りょうだが、1979(昭和54)年には複線化も完了している。

 

【白新線の謎③】走る車両はここ5年ですっかり変ってしまった

本章では走る車両に注目したい。走る車両に謎はないものの、実は5年前と、今とでは、ことごとく走る車両が異なっている。複数の車両形式が走る線区で、ここまで徹底して車両が変わる線区も珍しいのではないだろうか。写真を中心に見ていただきたい。まずはここ最近まで走っていて、撤退した車両から。

 

◆白新線から撤退した車両

・485系〜 
国鉄が1968(昭和43)年から製造した交流直流両用特急形電車。交流50Hz、60Hz区間を通して走れ便利なため、全国で多くが使われた。白新線では特急「いなほ」として、また改造され快速「きらきらうえつ」として使われた。「いなほ」の定期運用は2014年7月まで、翌年に臨時列車の運行も終了している。快速「きらきらうえつ」は2019年の12月までと、ごく最近までその姿を見ることができた。

 

・115系〜
国鉄当時に生まれた近郊用直流電車で、JR東日本管内では近年まで群馬地区、中央本線なども走った。現在、越後線など新潟エリアに少数が残るのみとなっている。白新線からは2018年3月の春のダイヤ改正日に撤退している。

 

・EF81形式交直流電気機関車〜
かつては日本海縦貫線の主力機関車として活躍した。ローズピンクの色で親しまれたが2016年3月のダイヤ改正以降は定期運用が無くなり、富山機関区への配置も1両のみとなっていて、運用が消滅している。

↑少し前まで白新線を走った車両たち。すべて国鉄形で115系は越後線で、またEF81は九州で姿を見かけるのみとなっている

 

◆白新線を走る現役車両

次に現役の車両を見ていくことにしよう。

 

・E653系〜 
特急「いなほ」として運用される交流直流両用特急形電車。以前は常磐線の「フレッシュひたち」として走っていたが、2013(平成25)年に定期運用を終了。転用工事が行われた上で、同年から「いなほ」として走り始めた。2014年7月から「いなほ」の定期列車すべてがE653系となっている。

 

・E129系〜 
新潟地区専用の直流電車で、座席はセミクロスシート。ロングシートが車内半分を占めていて、混雑時にも対応しやすい座席配置となっている。

 

白新線のほぼすべての普通列車がこの形式で、2〜6両と時間に合わせ編成数も調整されている。白新線では新潟駅〜豊栄駅間の短区間を運転する列車が多いが、そのほか、北は羽越本線の村上駅まで、西は越後線の吉田駅、内野駅、また信越本線の新津駅などに乗り入れる列車も多く走る。

 

・キハ110系〜 
白新線では米坂線・米沢駅への直通列車、快速「べにばな」として運行。新潟発8時40分、戻りは新潟駅21時25分着で走る。

↑現在、白新線を走る旅客用車両3タイプと貨物用機関車。白新線を走り抜ける貨物列車はすべてEF510形式が牽引している

 

現在、走る車両はみなJR発足後の車両だけに鉄道ファンとしては物足りないかも知れない。とはいうものの希少車両も走っている。希少な車両ならば、やはり見たい、乗りたいという人も多いことだろう。白新線の希少車両といえば、まずはE653系特急「いなほ」の塗装変更車両だろう。U106編成が海の色をイメージした「瑠璃色」に、U107編成は日本海の海岸で自生するハマナスの花をイメージした「ハマナス色」に塗られている。ともに青空の下では栄えるカラーとあって、この車両の通過に合わせてカメラを構える人も目立つ。

↑E653系「いなほ」のハマナス色編成が名物撮影地、佐々木駅〜黒山駅間を走る。右上は瑠璃色編成

 

ほか希少車両を使った列車といえば、主に週末に走る臨時快速列車「海里(KAIRI)」。HB-E300系気動車が使った観光列車で2019年10月に登場した。下り列車は新潟駅を10時12分発と、白新線内では早い時間帯に通過する。ほとんどの運行日が酒田駅行きだが、秋田駅まで走る日もある。上りは酒田駅15時発、新潟駅18時31分着。上越新幹線に乗継ぎもしやすい時間帯に走っていることが、この列車の一つの魅力となっている。

↑ハイブリッド気動車を利用した観光列車「海里」。4両編成で車内では地元の食材を使った食事も楽しめる(食事は要予約)

 

【白新線の謎④】変貌する新潟駅。そして万代口は……

さて、前置きが長くなったが白新線の旅を進めよう。起点は新潟駅。いま新潟駅は大きく変ろうとしている。筆者はほぼ半年ごとに新潟駅を訪れているが、毎回、変化しているので面食らってしまう。

 

大きく代わっているのは、在来線ホームの高架化が進んでいること。上越新幹線のホームと同じ高さとなり、同一ホームで、特急「いなほ」との乗換えができるようになり便利になっている。ほか在来線のホームも徐々に高架化され、地上に残る線路もあとわずかとなっている。

 

一方で、新潟の玄関口ともなっていた、北側の万代口(ばんだいぐち)が大きく変っている。信濃川に架かる萬代橋側にあることにちなみ名前が付けられたこともあり、新潟を象徴する駅舎でもあった。10月9日からは移転して仮万代口改札となった。これから旧駅舎は取り壊されることになる。

 

予定では今後、鉄道線の高架化が終えた2023年には駅下に新潟駅改札口が集約される予定。また高架橋下には、バスステーションが作られ、万代口と南口の別々に発着していたバスも駅下からの発着となる。とともに万代口は万代広場、南口には南口広場が整備され、万代口という愛着のある名称は消えていく。長年、親しまれてきた名称だけに、ちょっと寂しい気持ちにもなる。

↑1958(昭和33)年に現在の場所に移転した新潟駅。万代口駅舎は2020年秋から撤去工事が始められている 2019年7月6日撮影

 

さて寄り道してしまったが、白新線の列車に乗りこもう。E129系電車の運用が大半の白新線だが、この日はキハ110系で運行される8時40分発の快速「べにばな」に乗車する。新潟地区ではキハ40系はすでに引退、磐越西線の気動車も電気式気動車のGV-E400系が多くなってきたこともあり、新潟駅では通常の気動車を見かけることが少なくなってきた。

 

そんなキハ110系の車内は、座席が5割程度うまるぐらい。ディーゼルエンジン音をBGMに高架駅を軽やかに出発した。

 

【白新線の謎⑤】上沼垂信号場から白新線の路線が始まるのだが

左下に残る地上線を見ながら高架線を走るキハ110系。しばらくすると地上へ、右へ大きくカーブして上越新幹線の高架橋(同路線は新潟新幹線車両センターへ向かう)をくぐると、いくつかの線路が合流、また分岐する。ここが上沼垂(かみぬったり)信号場だ。正確には、ここまでは信越本線と白新線は重複区間で、ここから分岐して“純粋な”白新線の線路へ入っていく。

 

この信号場、合流、分岐が忙しく続き、鉄道好きにはわくわくするようなポイントだ。新潟方面から乗車すると、まず右にカーブした路線に、左から築堤が近づいてくる。草が茂り、いかにも廃線跡のようだ。ここは旧信越本線の路線跡で、かつての旧新潟駅へは、この路線上を列車が走っていた。途中、旧沼垂駅の先に引込線跡も残るなど、廃線の跡を、今もかなりの場所で確認することができる。

 

その次に合流するのが信越貨物支線の線路。焼島駅(やけじまえき)という貨物駅まで向かう貨物専用線だ。現在は新潟貨物ターミナル経由で、東京の隅田川駅行の貨物列車が1日1便、焼島駅から出発している。ちなみにこの路線の牽引機は愛知機関区に配置されたDD200形式ディーゼル機関車となっている。

↑新潟方面(手前)から見た上沼垂信号場。列車はここから分岐をわたり白新線へ入る。左手の線路が信越貨物支線、左の高架は上越新幹線

 

列車は左へポイントをわたり、白新線へ入る。しばらく信越本線と並走するが、より左へカーブすると、いよいよ白新線独自の路線へ。その先、合流、分岐は続き、鉄道好きとしては気を抜けないところだ。進行方向右手、信越本線の線路が徐々に離れていくが、信越本線の線路との間に新潟車両センターがある。E653系の「いなほ」「しらゆき」、そしてE129系が多く停まっている。

 

さらに走ると、右手から白新線の線路に近づき、またぐ線路が1本ある。こちらは信越本線から新潟貨物ターミナル駅へ入る貨物列車用の線路となる。というように、目まぐるしく線路が合流、分岐、交差をくりかえして、次の東新潟駅へ向かう。

 

【白新線の謎⑥】東新潟駅ではやはり進行方向左手が気になります

さて白新線の最初の駅、東新潟駅。進行方向左手には側線が多く設けられ、貨物列車が停められている。さてここは?

 

こちらはJR貨物の新潟貨物ターミナル駅。日本海側では最大級の大きさを誇る貨物駅だ。車窓から見ても見渡す限り、貨物駅が広がる。貨物列車好きならば、東新潟駅の下りホームは、それこそ貨物列車の行き来が手に取るように見える、至福のポイントと言えそうだ。

 

さらに東新潟駅の先には、機関庫があり、日本海縦貫線の主力機関車EF510の赤や青の車両が休んでいる様子が望める。

↑白新線の線路の北側には新潟貨物ターミナル駅が広がる。線路沿いよりもむしろ眺めが良いのは東新潟駅の下りホームからだ

 

【白新線の謎⑦】大形駅の先、並行する築堤は果たして?

新潟貨物ターミナル駅の広がっていた線路が再び集まり、白新線に合流すると間もなく次の大形駅(おおがたえき)に到着する。この先は、また進行方向の左側に注目したい。走り出して間もなく線路と並行して、築堤が連なる。さてこの築堤は何だろう、もしかして?

 

いかにも前に線路が敷かれていたらしき築堤である。実際に下車して確認すると白新線公園という名前の公園となっており、築堤の上は遊歩道と整備されていた。スロープまで設けられ、整備状況が素晴らしい。ここは旧線跡を利用した公園で、阿賀野川河畔まで連なっている。

↑大形駅から新崎駅方面へ歩くと、路線に並行して旧線を利用した公園がある。同公園は阿賀野川河畔近くまで整備、小さな橋も残る

 

この旧線は、白新線が開通した当初に使われていた、阿賀野川橋りょうまで連なる線路跡で、現在の路線は、複線化するにあたって線路を南側にずらして敷かれたものだった。その旧線跡をきれいに公園化しているわけである。

 

ただし、この堤、阿賀野川に最も近づく築堤の先は、手すりに囲まれ、そこから下へ降りることができないという不思議な造りだった。この造りに疑問符が付いたものの、廃線となり草が茂り寂しい状態になるよりも、こうした再利用されていることは大歓迎したい。

 

そして阿賀野川の堤防に登ると、そこから広がる河畔が望める。河原は阿賀野川河川公園として整備され、市民の憩いの広場として活かされていた。

 

【白新線の謎⑧】黒山駅から延びる引込線は何線だろう?

大形駅へ戻り、白新線の旅を続ける。水量豊富な阿賀野川を渡り、次の新崎駅(にいざきえき)へ。新崎駅の先からは単線となり、次第に田園風景が広がるようになる。米どころ新潟ならではの光景だ。早通駅(はやどおりえき)、豊栄駅(とよさかえき)と、駅からかなり遠くまで住宅地が広がっている。豊栄駅までは、列車の本数も多いため、新潟市の中心部へ通うのにも便利ということもあり、住宅地化されているのだろう。

 

豊栄駅から先は朝夕を除き、列車本数が1時間に1本という閑散区間に入る。列車本数に合わせるかのように、住宅も減っていき、一方で水田が多く広がるようになる。そして次の黒山駅へ着く。この駅、構造がなかなか興味深い。

↑黒山駅の構内を望む。白新線の線路・ホームの横に側線があるが、この側線の先、藤寄駅まで新潟東港専用線が延びている

 

下りホームに沿って側線が何本か並行に敷かれている。側線があるものの、貨車は停まっていない。単に線路があるのみ。気になったので下車してみた。ぐるりと北側へまわってみると、白新線から離れ、1本の引込線が延びている。さてこの路線は?

 

黒山駅分岐新潟東港専用線という名称が付いた路線で、藤寄駅(ふじよせえき/聖籠町)まで2.5kmほど延びている。新潟東港の開港に合わせて造られた路線で、開業は1969(昭和44)年のこと。路線の開業とともに新潟臨海鉄道株式会社が創設された。しかし、大口の顧客だった新潟鐵工所が経営破綻したことなどの理由もあり、2002(平成14)年に新潟臨海鉄道は解散となってしまう。

 

その後は、路線の短縮を経て、現在は新潟県が所有する路線となり、JR貨物が運行を行う。列車は、新潟鐵工所の鉄道車両部門などを引き継いだ新潟トランシスが製造した新車、および、新潟東港から海外へ譲渡される車両の輸送などが主体となっている。

↑黒山駅近くの黒山踏切には踏切の両側に簡易柵が設けられていた。踏切の案内には「新潟東港鉄道」の文字が記されている(右上)

 

列車が運行するのは稀なため沿線の踏切には簡易柵が設けられ路線に進入できないようになっていた。線路は雑草に覆われる様子もなく、いつでも列車が走れるように保持されていた。ちなみに白新線を走る観光列車の「海里」が誕生した時にも、新潟トランシス製ということもあり、同線を走って白新線へ入線している。

 

列車運行が珍しく、しかもその運転日は明かされないこともあり、同線を走る列車を出会うことは、至難の業となっているようだ。

 

【白新線の謎⑨】黒山駅の裏手にある「黒山駅」の表示はさて?

黒山駅の周辺をぐるりと回っていて、ちょっと不思議な光景に出くわす。駅の裏手の道沿いから駅側を望むと、小さな建物に「黒山駅」の表示が。“あれ〜、ここから駅へ行けるのだろうか?”。

↑黒山駅の北側にある謎(?)の「黒山駅」の表示。裏手を通る道沿いの建物にある駅案内で、知らないと間違えて入っていきそうだ

 

この表示、JR貨物の黒山駅を表す表示で、JR東日本の黒山駅を示すものではない。したがって、この表示の場所から駅ホームへ入ることはできない。知らないと、間違えてしまいそうだが、もちろんこの地区に住む人は皆が知っていることでもあるし、また駅の北側に民家がないため問題にならないのだろう。都会だったらとても考えられない駅の表示だと感じた。

 

【白新線の謎⑩】撮り鉄の“聖地”佐々木駅を再訪する

黒山駅の次は佐々木駅だ。この付近になると駅間も広がり、豊栄駅〜黒山駅〜佐々木駅それぞれの駅間は3kmと距離が離れる。なお黒山駅までは新潟市内、次の駅の佐々木駅は新発田市内の駅となる。

 

この佐々木駅。鉄道ファンの中には同駅で降りた人も多いのではないだろうか。駅から徒歩で10分ほどの稲荷踏切。この踏切から太田川まで白新線の線路が大きくカーブ、水田よりもやや高い位置を走るため、全編成が車輪まで見える非常に“抜け”の良い場所となる。架線柱も片側だけに立ち撮影の邪魔にならない。さらにアウトカーブ、インカーブ、両方が撮影できるとあって、白新線ナンバーワンの人気撮影地となっている。

↑稲荷踏切から貨物列車を撮る。写真の851列車は2018年3月で廃止。現在、白新線を日中に走る貨物列車が少ないのがとても残念だ

 

筆者も2年ぶりに訪れてみた。以前は115系が撤退間際ということもあり、多くのファンが集まっていた。が、2年後は……。それでも私以外に2名の撮影者が訪れ構図作りに興じていた。この場所は、自分の好きなポイントで構図作りができることも人気の理由だろう。

 

このポイントは、気兼ねせずに撮影ができる。手前には刈り取りが終わった水田、周りも見渡す限り水田が広がる。水田越しに飯豊連峰・朝日連峰などの山々が遠望でき、気持ちの良い撮影時間となった。

 

【白新線の謎⑪】終点・新発田駅で駅近辺を歩いてみたら……

佐々木駅に戻り、終点の新発田駅を目指す。列車の時刻はちょうど1時間おきなので、予定作りもしやすい。佐々木駅の次の駅は西新発田駅。この駅は駅前にショッピングモールがあり、乗り降りする人が多い。黒山駅や佐々木駅と比べると、同じ路線の駅なのだろうかと思うほどだ。

 

西新発田駅と過ぎて、しばらく走ると、右から1本の線路が近づいてくる。この線路が羽越本線で、同線が近づいてくると、新発田駅がもうすぐであることが分かる。新潟駅から普通列車に乗車すると約40分で新発田駅に到着する。

 

新発田駅は西側の正面口しか無いが、久々下車してみると駅の形が大きく変っていることに気付いた。調べると2014(平成26)年の11月に現在の姿にリニューアル。城下町のイメージをした、なまこ壁の駅舎に改良工事をされていた。

↑なまこ壁の装いをほどこした現在の新発田駅。右上は2014年までの新発田駅の旧駅舎

 

さて、新発田駅では戻る列車まで時間があるので、駅の周辺を歩いて回った。駅の東口へ、地下通路を通って向かう。そして北側へ。

 

地図で事前に見てみると、駅の北から東へと、非常にきれいにカーブした道路があって、気になったのである。このカーブは何の跡なのだろう。

↑新発田駅近く、現在は公道として使われる赤谷線の廃線跡。この先で大きくカーブして赤谷へ向かう。なお今は赤谷行きバスが出ている(左下)

 

新発田駅からはかつて、赤谷線という支線が出ていた。路線距離は18.9kmと長めの支線だった。カーブした道はこの赤谷線の跡だった。

 

赤谷(新発田市赤谷)へはかつて鉄鉱石輸送用の専用線が敷かれていた。その路線を活かして1925(大正14)年に開業したのが赤谷線だった。白新線よりも、かなり前に開業していたわけだ。新発田駅から途中駅が5駅。終点の東赤谷駅の手前にはスイッチバックがあり、列車はスイッチバックをした上で、駅に入線していた。

 

駅の手前に33.3パーミルという急勾配があったためとされる。調べてみると東赤谷駅の蒸気機関車用の転車台は現在、大井川鐵道の千頭駅(せんずえき)に移設され役立てられていた。

 

赤谷線は1984(昭和59)年に全線が廃止されたが、以前に同線で使われていた施設が、その後に別の場所で活かされていたと聞いてうれしくなった。今となっては適わぬ夢ながら、一度、乗ってみたかったローカル線である。

↑新発田駅の東側にあるセメント工場には、今は使われていない引込線の線路がそのままの状態で残されていた

 

赤谷線の廃線跡を探したものの勝手が分からず駅の東側から遠回りをしてしまった。だが、思わぬ発見も。駅の東側に今や使われない線路が延びていた。錆びついた線路が残り、終端にはレトロな線路止めも。セメント工場への引込線跡だった。今もセメント会社は稼動していたが、羽越本線からは線路はすでに途切れていて、引込線は機能していなかった。

 

地方を訪ねると、こうした引込線の跡が残るところがある。新発田駅のように、県の中心、新潟駅から40分の距離の駅近くにも、こうした使われない線路が残されている。今回の白新線の旅では、光と陰の部分を見たようで、ちょっと複雑な気持ちにさせられた。

 

なお筆者が訪れた日に、新発田市内の観光施設で熊の出没騒ぎがあった。羽越本線の月岡駅から1kmほどのところ、白新線の黒山駅へも6kmほどの距離にあたる。この秋は、熊の出没が多く取りざた沙汰されている。民家が多い場所にも出てきている。甲信越や、東北、北陸地方などで沿線を歩く時には、熊鈴などの防御グッズを必ず携行して出かけることをお勧めしたい。

Honda eに乗ってきました。最小回転半径4.3mの実力を迷路のようなコースで試乗

いよいよ10月末にリリースされるHonda初の市販電気自動車「Honda e」に試乗するチャンスが巡ってきました。ホンダが横浜に用意した特設会場は全長800m、コース幅は3.5m。白く綺麗な段ボールを積み重ねまるで道幅の狭い教習所のようでした。試乗コースが屋内というのはEVならではのこと。ゼロ・エミッションだからこそ可能としています。

 

Honda eはデザイナーの遊び心が溢れている

最初に、ボディサイズのおさらい。軽自動車クラスのようにすら感じられるHonda eのスリーサイズは、全長×全幅×高さ=3895×1750×1510mm。Honda Fitより100mm短く55mm幅広で5mm低く、乗車定員4名の5ドアハッチバックです。ホイールベースは2530mmとなります。ここで特筆すべきなのがHonda eの最小回転半径の小ささです。わずか4.3mという数値はホイールベース2520mmのN-BOXでも4.5m〜4.7mなのですから、いかに小回りが効くかが分かります。

↑シティコミューターとしてたっぷりなサイズ感と街を和ませるデザインには思わず名前を付けたくなるペットのような存在

 

コース上のクルマに乗り込む前に、本田技研工業の広報担当三橋文章主任にHonda eの概要説明を受け基本的なことを教えていただき、三橋氏から渡されたFind Honda e Challengeカードの出題を解きます。個性的なHonda eはアイコン化されていて、サイドビューのシルエットがクルマの前後に3か所、隠されているのだそう。そして、市販車全てにこのアイコンが隠されているのだそうです。これはぜひ、皆さんもHonda eを見かけたら探してみてください。かなり小さなアイコンですが必ず入っています。Honda eのデザイナーとのコミュニケーションともいえる部分です。

↑当日配布されたFind Honda e Challengeカード

 

登録されたスマートフォンがキーの代わりに

Honda eでは自前のスマートフォンに専用アプリ(Hondaリモート操作)をダウンロードし登録することでスマートキー機能を持たせることが可能です。そのスマホを携帯し、ドアに近づくと自動的にドアノブがポップアップし、ノブを引けばロックが解除されスムーズに乗り込むことができます。Honda eではそこで終わりではなく、国産車初で、エンジンの始動までが可能となりました。いつものように部屋からスマホを携帯してクルマに近寄ればドアが開けられ、エンジンの始動までできるのです。さらにオーディオやエアコンのコントロールも可能なので、例えば暑い夏の日、お出かけ時には、家でHonda eの充電をしている状態で電力負荷の大きいエアコンの初期作動をさせることができます。乗り込み時に快適な室内環境を作っておけるだけでなく、走行用の電力の確保もできるのです。

↑国産車で初めてパワーオンまで行うことを可能としました

 

さて、いよいよHonda eに乗り込みました。私のように規格外に大きな体型でも十分に受け入れてくれる室内はブラック、グレイ、効果的なアクセントに用いられるブラウン、木目の色合いが基調の落ち着いた雰囲気です。家のリビングからの延長のようなイメージで、日常の生活の中でそのまま自然にHonda eがいる感覚です。それがシームレスということなのです。

↑シンプルで心安らぐリビングのような空間。パネルには、リビングテーブルのようなぬくもりを感じる自然な風合いのウッド調パネルを採用しています

 

インテリアでまず目を引くのが車室幅一杯に広がっている5連のモニターです。左右外側のモニターにはドアミラー代わりのサイドカメラミラーシステムからの映像がクリアに映し出されます。ドライバーの目線から見て自然なレイアウトのため、後方視界の違和感や不安はなく良い感じ。荒天時も雨の雫がカメラに付着しない設計になっていること、雨粒の付いたガラスを通して外のミラーを見る必要がないので、クリアな後方視界が期待できそうです。

↑中央には、12.3インチのスクリーンを2画面並べた「ワイドスクリーン Honda CONNECT ディスプレー」を配置。運転席や助手席でそれぞれ表示機能を選択できます

 

↑クラウドAIによる音声認識と情報提供をおこなう「Hondaパーソナルアシスタント」を搭載。「OK, Honda」と呼びかけることで、音声認識によりリアルタイムの情報を提供してくれます。オリジナルキャラクターがなんとも言えずポップ

 

↑カメラで捉えた映像はインストルメントパネル左右に配置した6インチモニターに映し出されます。サイドカメラミラーシステムは、170万画素の高精細カメラ

 

↑ドアミラーのかわりにサイドカメラミラーシステムを採用。これが車幅減に少し貢献し、狭い路地での心配も減ります

 

迷路コースを難なくクリアする理由

エンジンがかかり、Dボタンを押すことで走行可能となります。アクセルペダルを踏み込めば通常のクルマ同様に前進。このコースでは走り始めるとすぐに最初の直角カーブが迫ります。クルマの四隅に気を配りますが、モニターでの内側の確認にも、ハンドルの切れる感じにも違和感はなく静かにすっと曲がります。きついと思っていた狭い直角カーブもスルスルとスムーズにクリア。最小回転半径4.3mを実現させる裏にはEV専用設計のシャーシの恩恵があります。

 

ガソリンエンジン、ハイブリッドカーはシャーシレイアウトのベースをガソリン車のものとしているのがほとんどです。対して、Honda eは当初からEV。重量物のバッテリーは低重心化し、もしもの事故の衝撃から守るためにフロア下に敷き詰められるようにレイアウトされました。当初考えられていた前輪駆動から発想を変更。駆動輪を後ろにし、モーターもリアマウントにすることで、フロントにスペースの余裕をつくりました。通常のガソリン車よりも構造材の間隔を短くし、フロントサスペンション部に有効なスペースを生みました。

↑車両の床下にはバッテリーを格納する薄型IPU(インテリジェント・パワー・ユニット)を配置

 

そうして有効なスペースを利用してよく切れるステアリング機構となったHonda eが生まれました。しかしこのままではハンドルを切る量(=回転量)が増えてしまいます。Honda eでは可変ギアレシオを使い、小蛇角の時と大きくハンドルを切る時のステアリングギア比が変わりロック トゥ ロックは3.1回転で不自然さのないステアリング機構を生み出しています。地味な部分かもしれませんがHonda eの実用的な走りの魅力を大きく上げる機構といえるでしょう。

↑RR(リアモーター・リアドライブ)が可能にした大きく切れるステアリングにより、最小回転半径4.3mに

 

Honda e Advanceの高トルクと大パワー

Honda eにはベーシックグレードのHonda eとハイパワーグレードHonda e Advanceの2種類があります。今回試乗したのはハイパワー版のAdvanceでした。最高出力は113kW(154PS)と最大トルクが315N・m(32.1kgf・m)はこのコースでその実力を試すことはできませんでしたが、小回りがきくHonda eとこのコースに慣れてくると、かなり思い切った走りができるようになってきます。アクセルを深く踏み込むとレスポンスよく高トルクが発生され、見た目の可愛さを遥かに超えた加速をします。ノーマルモードとスポーツモードの実力はまた別の機会に広い道で試してみたいと思いました。

↑リアにはコンパクトかつ大出力のモーターを配置しています

 

Honda eは減速時にも楽しいドライビングを提供。通常のAT車のようなアクセル、ブレーキの2ペダル運転とシングルペダル運転の選択ができます。その選択もボタンを押すだけで完了。アクセルペダルを離すだけで減速が行われます。ハンドルの奥にあるパドル式の減速セレクターによってブレーキの効き具合を3段階にコントロールできます。これによりアクセルワークに集中できるスポーティーなドライビングが可能なことを確認することができました。

↑シングルペダルコントロールによって、加減速の切り替えをスムーズに行えます

 

ドライバーだけでなく同乗者を退屈させない

出先での充電時やドライブ中もHonda eはドライバーだけでなく、同乗者も退屈させません。5面のHonda Connectディスプレーは充電中にも走行中にも助手席の同乗者にも扱いやすく使用が可能です。また、ナビの情報など左右のモニターの情報を簡単にドライバーにも見やすく提供することができます。今回の迷路試乗では『街なかベスト』な乗り味の確認がメインでした。Honda eにはまだまだ魅力的なコンテンツが沢山あります。別のシーンでも試してみたいと感じました。その魅力が十分にあることは確かです。

 

Honda e 451万円(税込)/Honda e Advance  495万円(税込)

試乗車SPEC【Advance】●全長×全幅×全高:3895×1750×1510mm●車両重量:1540kg●モーター:交流同期電動機●最高出力:113kW(154PS)/3497〜10000rpm●最大トルク:315N・m(32.1kgf-m)/0〜2000 rpm●一充電走行距離WLTCモード:259km●交流電力量消費率WLTCモード:138Wh/km

 

 

撮影/野田楊次郎

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

 

1960年竣工の「貨物船」から商船の興味深い歴史をひも解く

〜〜横浜・日本郵船歴史博物館で開催中の企画展「貨物船」〜〜

 

横浜といえば、山下公園に氷川丸、中華街にマリンタワー。横浜の日本郵船歴史博物館で10月17日から興味深い企画展が始まっている。開かれている企画展のタイトルは「1960年竣工 高度経済成長期を支えた貨物船」。乗り物全般が大好きな筆者は、“貨物船”というテーマに興味を持った。催し前に一部、情報と写真を提供していただいた。その一部をお届けしよう。

 

そこには復興する経済の中で大きく変っていった世の中と、海運業界の栄光と多くの犠牲を払った過去、そして現在へ至る変化が見えてきたのである。

*写真:日本郵船歴史博物館提供、絵葉書は筆者所蔵・写真一部は筆者撮影

 

【はじめに】輸出入品の99%を海上輸送に頼っている現実

はじめに、日本の貿易量のうち、海上輸送の割合がどのぐらいなのか見ておこう。物流団体、海事関係の団体の調査を見ると、数字に多少のばらつきはあるものの、海上輸送が占める割合は99.6%、航空輸送は0.4%。金額ベースでこそ、航空輸送の占める割合は約3分の1になるものの、国際物流の世界では、圧倒的に海上輸送の割合が高いことが分かった。

 

つまり私たちの暮らしには、海上輸送こそ生命線そのものであることが分かる。しかし、意外に船の輸送を知らないというのも事実だ。そこで今回は、日本郵船歴史博物館が開催している企画展を元に、海上輸送とその歴史を見ていくことにしたい。なお、企画展の開催日程および開催概要は次の通りだ。

 

■企画展「1960竣工 高度経済成長期を支えた貨物船」

開催日程 2020年10月17日〜2021年1月17日
会場 日本郵船歴史博物館企画展示室(横浜市中区海岸通3-9)
開館時間 10〜17時(最終入館16時30分)
休館日 月曜(祝日の場合は翌平日)
臨時休館日:12/28〜1/4休
入館料 400円 
※日本郵船氷川丸とのセット券あり(500円)
交通 みなとみらい線・馬車道駅6番出口から徒歩約2分

 

↑企画展が開かれている日本郵船歴史博物館。博物館は横浜郵船ビルの館内にある。同ビルは1936(昭和11)年に建てられた

 

【貨物船再発見①】日本郵船創業期の貨物船に迫ってみる

今回は日本郵船という船会社を通して、船の歴史を見ていくことにしたい。日本郵船は海運会社として日本一の規模を誇り、また世界でも最大手の一つである。歴史は古い。会社の創業は1885(明治18)年の9月29日のこと。その前にも礎となった歴史がある。念のため触れておこう。

 

まずは1870(明治3)年に九十九商会という会社が造られた。その後に三菱商会へつながる企業である。この会社は土佐藩首脳の海運業商社を元にしている。さらに元をたどれば坂本龍馬が生み出した海援隊だった。海援隊の影響を受けた土佐藩出身の岩崎弥太郎により九十九商会が創業されて、ちょうど今年で150年にあたる。1875(明治8)には会社の名前を郵便汽船三菱会社へ変更した。

 

この会社は三井系国策会社だった共同運輸会社と激しい競争を繰り広げ、値引き競争と荷主の争奪戦を行った。これを案じた政府が仲介、郵便汽船三菱会社と共同運輸会社が合併することに。そうして誕生したのが日本郵船会社だった。1885(明治18)年のことである。さらに1893(明治26)年には日本郵船株式会社となった。このあたりの経緯は日本郵船歴史博物館で常設展示されている。興味がある方は見ていただきたい。

 

ここで会社創業期の船を見ておこう。

 

◇横濱丸

↑三菱商会が発注した貨客船「横濱丸」。上海航路の定期船として活躍した。その後に横濱丸が造られたため同船は横濱丸Ⅰ世とも呼ばれる

 

まずは「横濱丸」。岩崎弥太郎が率いた三菱商会が英国に発注した貨客船で、総トン数2305トン、速力13.0ノット、最高出力2600馬力、建造は英国・ロンドン&グラスゴーエンジニアリング&アイアン社で、1884(明治17)年3月に竣工した。

 

竣工した年に明治天皇の御召船となり、その後には横浜上海航路の定期船として活躍した。1910(明治43)年に売却されている。

 

◇山城丸

↑共同汽船が発注した山城丸。ハワイへの移民を乗せた船でもある。その後に同名の船が造られたことから同船は山城丸Ⅰ世と呼ばれる

 

こちらは共同運輸会社が発注した船。横濱丸と同じく英国で造られた。総トン数2528トン、速力13.0ノット、最高出力2200馬力、建造は英国・アームストロング・ミッチェル社で、1884(明治17)年5月に竣工した。

 

日本からハワイへの移民団を乗せたほか、明治29(1896)年には豪州航路の初の便に使われた。横濱丸と同じく1910(明治43)年に売却されている。

 

日本に海運会社が誕生したころ、わが国には造船する能力がまだなく、導入した船はみな海外へ発注したもの。当時、わが国が導入した船は、多くが英国の造船所で造られていた。その後、1897(明治30)年の中ごろになって、国内の造船所も次第に造船技術を高めていき、徐々に国産の船も導入されていくようになる。

 

ちなみに船には煙突部分に会社のマークを付ける習慣がある。これをファンネルマークと呼ぶが、日本郵船グループのファンネルマークは白地に2本の赤線が入る。「二引(にびき)」と呼ばれるマークで、創業時に2社が対等に合併したということを表している。

 

こうして勃興期を迎えた日本の海運業。四方を海で囲まれる日本ならでは、国際航路が次々に開設され、興隆期を迎える。

 

【貨物船再発見②】華やかな昭和初期までの外航船を振り返る

興隆期の模様は、現在も残る港や船の絵葉書を中心に見ていきたい。日本三大港と言えば、横浜港、神戸港、そして門司港である。

 

横浜港は東京、神戸港は大阪という互いに大都市の近くにあり、また門司港は筑豊炭田に近い港ということで栄えた。当時は、貨物だけでなく、旅客も船以外の海外への交通手段がなかったこともあり、国際港イコール日本の玄関口だった。現在で言えば、羽田空港や、成田空港、中部国際空港、関西空港と同じだったわけだ。下記は、そんな華やかだった大正初期の横浜桟橋の絵葉書だ。

 

横浜には鉄桟橋と呼ばれた大さん橋が1894(明治27)年に竣工、さらに1917(大正6)年には現在のみなとみらい地区に新港埠頭も誕生している。また1911(明治44)年には赤レンガ倉庫も完成した。

↑大正初期と思われる横浜桟橋の手彩色絵葉書。引込線が見えるように、当時は、列車が桟橋内に入り込んでいた

 

もう一枚の絵葉書は日本三大港の一つ、神戸港の様子。神戸は開港後、次第に整備されていき、東洋最大の港とされた。特に世界四大海運市場として、ロンドン、ニューヨーク、ハンブルクと並び、世界的にも知られる港となった。

 

絵葉書は昭和初期と思われるもので、多くの客船、貨客船が接岸し、港は活況に満ちている。貨物の積み下ろし、および旅客利用者でさぞや神戸港は、賑わったことが想像される。

↑昭和初期の神戸港の様子、形や大きさもさまざまな船が接岸する。大きな倉庫裏には引込線があり停まる貨車の姿も見受けられる

 

さて一般の人たちが客船、もしくは貨客船に乗る機会は、今の海外へジェット機で行くよりも数10倍も難しいことだったと想像される。非常に時間もかかった。たとえば1935(昭和10)年発行の時刻表により、日本郵船の横浜〜バンクーバー・シアトル間を氷川丸で渡った場合を調べてみると。

 

3月26日に横浜港をたち、バンクーバーには4月6日、シアトルには4月7日に着いている。太平洋を渡るのに11日を要していたのだ。それも頻繁に便が出港するわけでなく、1か月にせいぜい1〜2本で、他社の船便も似たり寄ったりの本数だった。

 

運賃は、氷川丸の3等船室で60ドル。円換算では171円43銭。当時の大学出の初任給が月給73円とされているので、73円=20万円とすると、今の47万円ぐらいにあたるだろうか。1等船室ともなると250ドルで、現在のお金に換算すると196万円以上になる。

 

ちなみに現在の正規の航空運賃は成田空港〜バンクーバー間がエコノミークラスで15万円〜53万円、ビジネスクラスで39万円〜86万円と、それほど差がないと感じる(正規料金が旅する人は少ないだろうが)。とはいえ、当時の国民所得は現在の6分の1以下と貧しかった。大卒はエリートだったわけで、庶民はそれほどの所得がなかったわけである。船便の場合に運賃に加えて、食事代なども必要になるわけで、庶民にはかなり縁遠い旅行だった。

 

そうした貴重な旅、しかも船内に滞在する時間も長かったこともあり、船で配られる絵葉書はお土産として持ち帰る人が、国内、海外ともに目立った。そんな船の絵葉書が多く残っている。

↑海外の人たちに人気があった船の絵葉書。浮世絵を背景に船という構図が多く刷られた。同絵葉書は日本郵船の熊野丸のもの

 

日本の浮世絵が海外からの旅行者から喜ばれる一方、船内で過ごす様子が絵葉書として残っている。スーツを着込み、デッキでゲームに興ずる姿。その光景を見ると海外旅行は、まだごく一部のセレブの旅という印象が強く感じられる。何しろ、この時代、日本では和装というのが一般的だったのだから。

↑日本郵船の戦前の絵葉書。スタンプに1940年5月とあり、この1年後には太平洋戦争が始まる、その直前に旅した人が残したもののよう

 

【貨物船再発見③】戦時中、壊滅的な被害を受けた日本の商船

昭和初期、高額だったにかかわらず、国際航路を利用する人が増え、日本郵船では1936(昭和11)年に世界一周線といった航路も創設している。遠洋航路網がピークを迎えた年代だった。ところが。

 

1939(昭和14)年に欧州で第二次世界大戦が勃発したことから、遠洋航路網は急速にしぼんでしまう。定期航路は休止に追い込まれ、さらに戦禍に巻き込まれる船も出るようになった。さらに日本は1941(昭和16)年、太平洋戦争への道を歩む。日本郵船の船も多くが陸海軍に徴用され、輸送船、一部は軍艦に改造された。

 

太平洋戦争中は多くの商船が軍事物資や兵員の輸送に使われた。しかし、無防備の商船ゆえ、敵から狙われたら防ぎようがない。そして多く船が犠牲となった。日本郵船では計185隻113万トンを失った。沈没を免れたのはわずかに37隻といったことに。特に1万トン以上の大型船の損害は甚大で、無事に残ったのは特設病院船となった氷川丸のみという惨状だった。日本郵政の海上社員も5157人が犠牲となっている。

↑客船、照国丸の絵葉書。欧州航路向けの客船だったが、日本の商船の中では第二次世界大戦初の沈没船となってしまった

 

上の絵葉書は1930(昭和5)年に竣工した照国丸のもの。欧州航路向けの客船で、日本とロンドンを結んだほか、ロンドンからアントワープ、ロッテルダム、ハンブルクを巡るクルーズ航海も行い、好評を得た。1939(昭和14)年11月、第二次世界大戦が始まって2か月あまり、英国テムズ河口を航行中に機雷に触れて沈没。日本の商船として第二次世界大戦初の犠牲となった。さらに日本が参戦する前に犠牲となった唯一の船だった。

 

【貨物船再発見④】占領下は船を作るのにも規制がかかった

太平洋戦争後、船自体を失った痛手が大きかった。さらに新造船を造るにしても、占領軍当局から規制がかかった。5000総トン以上、15ノット以上の船舶建造禁止、保有船舶量も鋼船150万総トンまでとされた。

 

日本郵船が終戦後の1948(昭和23)年に造った最初の船は「舞子丸」で、総トン数1035トンだった。創業時ですら2000トン以上の船を用意しているのだから、想像しにくい。同船は小さく、外洋航海には向かなかったせいか1954(昭和29)年に、早くも売却されている。

 

四方を海に囲まれた日本にとっては、船を持てないというのは死活問題だった。占領軍もさすがに現状を見かねたのか、1950(昭和25)年に占領軍の統制がとかれる。1951(昭和26)年には総トン数6724トンという平安丸が竣工、ニューヨーク航路に就航、1953(昭和28)年7月には氷川丸も貨客船としてシアトルへの定期航路に復帰した。さらに日本の造船業が復興されていく。その後には世界を代表する造船王国となっていったが、耐えていたものが一気に花を咲かせていったのだった。

 

【貨物船再発見⑤】1960年に竣工した代表的な船を見る

さて前降りが長くなったが、今回の企画展、1960(昭和35)年に竣工した貨物船に関して触れてみたい。

 

1960(昭和35)年という年はどのような年だったのだろうか。政治では池田勇人内閣が誕生し、「国民所得倍増計画」を打ち出した。ここから高度経済成長への道がスタートしたわけだ。この年にアメリカと「日米新安保条約」を調印している。人口は1億人に達しない9341万8501人で、5年前に比べて414万人増加した。

 

一方、三井三池炭鉱争議が起き、石炭から石油へのエネルギー転換の真っ盛りだった。安保闘争も激化していた。世情は多少の混乱はあったものの、政治主導の成長経済へ変わりつつあり、日本経済の飛躍を遂げつつある時代だった。そんな時代に造られた船舶はどのような特徴を持っていたのだろうか。

↑1960年に竣工のMクラス貨物船「三原丸」。当時の荷物の積み下ろしは、はしけを多く使っていたことがわかる

 

1960年という年は船にとって大きな転機となった年でもある。同時代の日本郵船の貨物船は、同形船ごとにアルファベット別にAクラス、Iクラス、Sクラスなどのクラス別に分けられ、それぞれ日本名も、Aクラスならば「有馬丸」、「有田丸」、Iクラスならば「伊勢丸」「伊豫丸」、Sクラスならば「瀬田丸」、「隅田丸」というように船名が付けられていた。また日本郵船では新造船を用意するだけでは間に合わず、「平戸丸」「双栄丸」といった他社からの購入船も揃え、急造していく輸送量に対応している。

 

ちなみに1960年に竣工した船が多いSクラスは平甲板型の高速貨物船である。例えば「瀬田丸」は最高速力が20ノット(時速37.04km)を越え当時の商船としてはかなりの快速を誇る。

↑Sクラス貨物船「瀬田丸」。総トン数9271.65トンで、三菱造船長崎造船所で造られた

 

【貨物船再発見⑥】専用の運搬船も造られるように

貨物船では高速な船が出現する一方で、各種の専用船が導入されていった時代でもある。重量運搬船や、鉱石専用船、原油タンカーなども次々に竣工していった。要は汎用性の高い貨物船から、積み荷に合わせた専用船が多く取り入れられ、多角化していったその分岐点が1960年だった。この専用船の導入は、エネルギー源が石炭から石油へ転換していったことも大きかった。

↑台湾バナナの輸送に従事した貨物船「玉山丸」(左)と、原油タンカー「水島丸」の進水式風景。いずれも1960年竣工の日本郵船の船だ

 

この1960年当時の商船の外観を見ると艦橋、またはブリッジとも呼ばれる船の操舵室などがある部分が、船の中央部にある貨物船が多い。

 

しかし、その後に登場し始めた貨物船は積み荷を載せやすくするように、また重量物運搬船、鉱石運搬船といった船は、前方に運搬物を載せやすくするために、ブリッジを中央から後方にずらす船が表れている。このあたりの姿形の変化も興味深い。

↑重量物運搬船の「若戸丸」。甲板に載せた重量物は何だろう。同船は甲板にあるヘビーデリックで重量物の積み下ろしを行った

 

なお、重量物運搬船として1960年に竣工した「若戸丸」は、甲板上にデリック(荷役作業用のクレーンの一種)が設けられていた。この装備は世界でもトップクラスのつり上げ能力を誇ったとされる。港湾にクレーンがなくとも、重量物の積み下ろしが可能だった。同船は日本と欧州、インド、南米東岸などへの航路で活かされていた。

 

こうした専門性を持つ船が次々に導入が計画され、1960年竣工の貨物船に目立ち始めたわけだ。ちなみに日本郵船では、初の原油タンカー「丹波丸」を1959(昭和34)年に、1962(昭和37)年には日本初の大型LPG専用船「ブリヂストン丸」。1968(昭和43)年に日本初のフルコンテナ船「箱根丸」を就航させている。1960年以降、海運業界は大きく変わっていったのだった。

 

【貨物船再発見⑦】1960年は客船の氷川丸が引退した年だった

太平洋戦争中にも戦禍をくぐりぬけ生き延びた日本郵船の“幸運な船”といえば「氷川丸」である。ちょうど1960年に引退している。この氷川丸引退により日本郵船は客船事業から撤退することになった。

 

1950年代に新型ジェット機が次々と登場しはじめていた。その後に、世界の航空会社から採用されることになるボーイング707は1957(昭和32)年に初飛行をしている。ダグラスDC-8も翌年に初飛行を行った。ちょうど1960年ごろは、飛行機を使っての海外旅行が、一部のセレブ向けの旅から一般大衆化が始まったころだった。もう客船を使っての海外旅行は、流行らない時代となっていたわけである。その後にクルーズ客船の旅が人気となっていくが、それは30年も後のことになる。

 

氷川丸は現在「日本郵船氷川丸」として公開されている。

 

■日本郵船氷川丸(横浜市中区山下町山下公園地先)

↑1960年に引退し、山下公園に係留される氷川丸。国の重要文化財に指定され、現在は博物館として公開されている(データ参照)

 

開館時間 10〜17時(最終入館16時30分)
休館日 月曜(祝日の場合は翌平日)
臨時休館日:1/4〜2/28休
入館料 300円
※日本郵船歴史博物館とのセット券あり(500円)
交通 みなとみらい線・元町・中華街駅4番出口から徒歩約3分

 

余談ながら、日本郵船はそうした航空機の隆盛をじっと眺めていたわけではない。1978(昭和53)年に成田空港が開港した同じ年に、日本貨物航空株式会社の発足に参加している。時間がかかったものの1985(昭和60)年に初飛行が実現している。現在、日本貨物航空は日本郵船グループの一般貨物輸送事業に携わる一企業となっている。

 

【貨物船再発見⑧】横浜の港が繁栄した歴史の足跡をたどる

横浜港が賑わったころの名残は、港のさまざまな場所で見ることができる。桜木町駅から日本郵船歴史博物館へ、さらに氷川丸のある山下公園へ歩いてみてはいかがだろう。コースを組んでみた。

 

桜木町駅→ 0.2km(徒歩約2分)→ 日本丸 → 汽車道1.2km(徒歩約13分)→ 旧横浜港駅プラットホーム → 1.0km(徒歩12分)→ 日本郵船歴史博物館 → 1.2km(徒歩15分)→ 山下公園・氷川丸

*全行程3.6km徒歩約45分

 

桜木町駅から港側に出ると、かつて桜木町駅から先、港湾部まで線路が延びていた旧横浜臨港線の線路跡がある。今も線路の一部が残されていて、廃線跡を偲ぶことができる。

 

臨港線は桜木町駅からまず2つの人工島を造って線路が延びていた。途中、小舟が通ることための水路部分にあり、鉄橋を架けられていた。そのルートを生かした遊歩道「汽車道」をのんびりと歩くことができる。残る線路にはウッドデッキがかぶせられ歩きやすい。

↑桜木町駅から先、臨港線の路線跡が遊歩道「汽車道」となっている。橋桁に付く銘板には1907(明治40)年、米ブリッジ製とあった

 

線路が残る遊歩道はホテルナビオス横浜の建物をくぐり、万国橋交差点まで延びている。さらに港側へ歩いて行くと、商業施設「MARINE & WALK YOKOHAMA」と「横浜赤レンガ倉庫」の間に旧横浜港駅プラットホームがある。ホーム近くには線路も残っている。ここは新港と呼ばれる地区で、1911年(明治44)年、臨海部初の路線が敷かれた。旧横浜港駅へは旅客列車も運行されていた。同駅で下車した人たちは、出国手続きを行い、桟橋から船へ乗船し、海外を目指したのだった。

 

旧横浜港駅のプラットホームからは赤レンガパーク越しに、現在、旅客船が多く寄港する横浜港大さん橋国際客船ターミナルを望むことができる。

↑新港にある旧横浜港駅プラットホーム(旅客昇降場)。1920(大正9)年には同駅へ向けて東京駅発の汽船連絡列車も運転が始まった

 

臨港線の線路は、旧横浜港駅の横に立つ横浜赤レンガ倉庫の前を抜けて、さらに山下公園へ延びていた。

 

現在、路線の跡は汽車道や山下埠頭線プロムナードとなっていて、多くの人たちがのんびり散策している。歩いている人たちのどのぐらいの方が、かつて、この遊歩道を旅客列車や貨物列車が走っていたことを知っているのだろうか。

 

そして企画展が開かれている日本郵船歴史博物館。1936(昭和11)年築の建物で、ギリシャの神殿を思わせるような16本の列柱が特徴。ルネサンス様式とも称される建物だ。威厳のある建築で、横浜港への船の出入りが多かった時代、多くの人が忙しく出入りしていたことだろう。このビルを見るだけでも価値があると感じた。

 

こうした横浜の歴史を感じさせる施設と変貌ぶり。鉄道好き、船好きにとっては、ちょっとノスタルジックな気持ちになってくる臨港エリアでもある。

↑日本郵船歴史博物館がある横浜郵船ビル。正面にはギリシャ神殿のような列柱が均等の間隔で立ち並ぶ

 

 

※参考文献:大澤浩之著「紙模型でみる日本郵船 船舶史1885-1982」星雲社、池田良穂監修「プロが教える船のメカニズム」ナツメ社

幼児用の「自転車兼キックバイク」に革新的製品! 工具不要でチェンジできる「D-Bike MASTER+」

涙あり笑いありの子どもの自転車練習。上達速度は子ども(と親のコーチング)によって異なります。近年は自転車を始める前にキックバイク(ストライダー含む)で遊ぶ子どもたちも多く、「キックバイクが乗れれば、自転車にも簡単に乗れるようになる」とも言われていますが、最近そんな説を形にした幼児用自転車が世界で初めて誕生しました。キックバイクにワンプッシュでペダルを装着すると自転車になる「D-Bike MASTER+(ディーバイクマスタープラス)」です。

↑こんな瞬間もすぐにやって来る

 

従来では、キックバイクと幼児用自転車は別物でした。キックバイクは子どもが地面を蹴って進む乗り物である一方、自転車はペダルをこいで進みます。一般的に子どもは成長するとキックバイクから幼児用自転車に乗り換えます。最近では少しずつ増えているものの、キックバイクと子ども用自転車が融合したものは、まだあまり一般的ではありません。

 

ディーバイクマスタープラスは、自転車をこいで前に進むのに必要なパーツである「ペダル」と「クランク」がワンプッシュで着脱できるようになっています。この特許出願済みの技術は「クイックテイククランク」と呼ばれ、工具を使ったり、自転車屋に持ち込んだりする必要がありません。ママでも安心してペダルとクランクを簡単に着脱することができるので、子どもがやる気をなくしたり、ぐずったりしてしまう前に、すぐにその場でキックバイクから自転車に変えることができます。子どもの「自転車に乗りたい」「やってみたい」という気持ちを逃さない設計になっているといえるでしょう。

↑D-Bike MASTER+(ディーバイクマスタープラス)

 

そのほかにディーバイクプラスには4つの特徴があります。

 

1. 子どもがチャレンジしたくなるデザイン

3~6才の男女368人に「乗ってみたい!」「欲しい!」デザイン(フレーム形状やカラーなど)をアンケートで集計し、その回答を実際に採用。

 

2. ピタッと止まれるVブレーキ

一般的な幼児車のブレーキに比べて、約半分(※56%)の力で止まれるV(ブイ)ブレーキを採用。握力の弱い子どもでも止まれるよう、安全に考慮してあります。

 

3. こぎやすいから上手く乗れる

従来のペダルよりペダルサイズが2倍大きくなっています。そのため踏み外しが少なく、力を乗せやすいので、初めてのペダリングにピッタリ!

 

4. ふらつきにくくて怖くない

 

太いタイヤは衝撃を吸収し、接地面が広いことで車体を安定させます。バランスが取りやすくふらつかないので、子どもが怖がらずに乗ることが可能に。

 

子どもは自転車に乗り換えると、それまで乗り回していたキックバイクには見向きもしなくなりがち。ディーバイクマスタープラスを選べば、キックバイクをより長く使うことができるでしょう。11月1日から発売される予定で、お子さんのキックバイクと自転車デビューをこれから迎えるパパママはチェックしてみてください。

 

【製品情報】

ディーバイクマスタープラス

[16(16インチ)]


■対象年齢:3.5歳~
■希望小売価格:2万2800円+税
■サイズ:W480xL1170xH700mm
■重量:10.0kg
■主な材質:スチール/アルミ/PP/PVC
■カラー:C.レッド、M.ブルー、S.イエロー、R.ピンク

 

[18(18インチ)]


■対象年齢:4.5歳~
■希望小売価格:2万3800円+税
■サイズ:W480xL1240xH760mm
■重量:10.7kg
■主な材質:スチール/アルミ/PP/PVC
■カラー:C.レッド、M.ブルー、ブラック・メタ、T.グリーン

 

ディーバイクマスタープラス14(14インチのみ)


■対象年齢:3歳~
■希望小売価格:2万1800円+税
■サイズ:W445xL1010xH700mm
■重量:9.2kg
■主な材質:スチール/アルミ/PP/PVC
■カラー:C.レッド、M.ブルー、S.イエロー

 

京セラのEVコンセプトカー「Moeye」詳細。クラシカルな中に秘められた超最先端を解説

京セラは9月29日、独自デバイスを数多く搭載したコンセプトカー「Moeye(モアイ)」を発表しました。京セラは2018年にトミーカイラZZをベースとしたスポーツEVコンセプトカーを開発しましたが、このモアイはそれに続く第二弾となります。

↑京セラが「驚きと快適をもたらす未来のコクピット」を表現するために作成したコンセプトカー「Moeye(モアイ)」

 

外観はクラシック、だけど車室空間は最先端!

2020年は1月にソニーがCES2020で「VISION-S」を発表して注目を浴びましたが、このモアイの場合も京セラが培ってきた車載向け技術を対外的にアピールするショーケースとしての役割を担います。京セラは自動運転化やMaaSの普及が進むなかで、車室内空間の重要性に着目。驚きと快適をもたらす未来のコクピットを完全オリジナルデザインで開発したということです。

 

コンセプトカー「モアイ」イメージビデオ

 

披露されたモアイは突き出たフロントグリルと丸形ヘッドライトを組み合わせ、ボディラインは緩やかな曲線へとつなぎ、それは一見するとクラシックカーのようにも見えます。しかし、このデザインを手がけたFortmareiの石丸竜平氏によれば、開発テーマは「時間を駆け抜けるデザイン」とし、そのスタイルには連綿と続く自動車の歴史における過去、現在、未来とリンクする流れが含まれているのだといいます。

↑光学迷彩技術は前部6つのカメラで前方を捉える映像がベースとなる

 

↑モアイのリアビューは初期のシトロエン「2CV」を彷彿させ、そこに曲線を加えた個性的なデザインとなった

 

ドアを開けるとそこは一転、未来的な空間が広がっています。居心地が良さそうなファブリック仕立てのシートが並び、左右に伸びたダッシュボードはメーターもハンドルもありません。それはまさしく自動運転時代の新たな乗り物として提案するもので、クラシカルな外観とはかけ離れた雰囲気を作り上げていたと言えるでしょう。

↑自然光に近い、生体に優しい光を作り出す独自の「LED照明 CERAPHIC(セラフィック)」で車内を照らした

 

説明会では、京セラの執行役員上席 研究開発本部長 稲垣正祥氏が登壇してモアイの開発コンセプトを紹介しました。業界で注目されているCASEを採り上げ、時代はその方向に進む流れとなっていると認める一方で、「クルマを単なる移動する箱として捉えたくない」想いがあることを告白。

 

そこでモアイを開発するに当たってテーマとしたのが「人間の五感のから味覚を除いた視覚/触覚/聴覚/嗅覚の4つの感覚」を直に感じて楽しむ移動空間だったのです。

 

その中で最も注目される“視覚”の技術が、独自の光学迷彩技術を用いる技術です。これは東京大学 先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授と協働して実現したもので、コクピットの一部を透明化してドライバーの視野を拡大することが可能。

 

運転席に座った時、ダッシュボードから下が見えないのは当たり前ですよね? そこで6台のカメラで前方を撮影し、その様子を3Dプロジェクターでダッシュボードに投影します。周辺の風景を合わせ込むことで、あたかもダッシュボードから下が透明化したように見えるようになるわけです。

↑カメラで捉えた映像は3D画像処理し、その映像を表示するとドライバーはあたかも前方が透けているかのように見える

 

↑車内天井にはダッシュボードに投影する3Dプロジェクターが搭載されている

 

まさに本来なら死角となる部分を映像技術によって“見える化”する画期的な手法と言えますが、課題もあります。それは映像として再現できるまで0.15秒かかということです。つまり、これは現実よりも0.15秒遅れて投影されるわけで、仮に高速で走行していればとても間に合いません。そのため、今後は遅延を限りなくゼロに近づけていく必要があるのです。

 

ただ、駐車するときなら低速ですから現状でも遅延はそれほど気にならないと思いますし、むしろ、周辺をより広く確認できるようになることは大きなメリットを生み出すでしょう。

 

他にも“視覚”に関して、京セラ独自の4つの技術が投入されました。フロントウインドウにオリジナルキャラ“モビすけ”を浮かび上がらせる「空中ディスプレイ」は、ナビゲーション案内などを通してドライバーと様々なやり取りを行うロボット的な役割を果たします。自然光に近い、生体に優しい光を作り出す独自の「LED照明 CERAPHIC(セラフィック)」や、京セラ製「京都オパール(人工オパール)」をドアの内面とセンターコンソールに装飾したのも注目です。

 

コンセプトカー「モアイ」光学迷彩技術

 

↑「LED照明 CERAPHIC(セラフィック)」は気分に合わせた多彩な照明で車内を照らせる

 

↑「LED照明 CERAPHIC(セラフィック)」で照らされて光り輝く「京都オパール(人工オパール)」

 

そして、“触覚”には操作した指先に振動が伝わる「HAPTIVITY(ハプティビティ)」が使われ、“嗅覚”として搭載されたのが車室内に5種類の豊かな香り・匂いを噴射させる「アロマ芳香器」です。また、“聴覚”には「ピエゾ素子振動スピーカー」を搭載。薄型である特徴を活かし、ダッシュボードやヘッドレストにも内蔵することで一体感のあるサウンドを提供します。いずれも京セラ独自の技術として紹介されているものです。

↑指先に振動が伝わる「HAPTIVITY(ハプティビティ)」で操作し、音声は極薄型の「ピエゾ素子振動板」で再生される

 

京セラはモアイが2つめのコンセプトカーになりますが、初代のコンセプトカーと違って残念ながら実際に走行することはできません。その理由は自動運転やMaaSが少しずつ現実のものになっていくとした時、京セラとしてどの分野に力を入れるかを想定した答えがこのコンセプトカーに込められているからなのです。つまり、モアイは車室内空間をいかに魅力的に表現するか、そこに注力するためにあえてコンセプトカーとして走る機能は搭載しなかったというわけです。

 

初代コンセプトカーのイメージビデオで、朝陽を受けながら京都の山岳路を疾走する姿は強烈な印象として今も記憶に残っています。コンセプトカーであっても走ることで初めて分かることも多いはず。第3弾はぜひ走るコンセプトカーで京セラの技術力を見せて欲しいと思います。

↑説明会に登壇した、東京大学 先端科学技術研究センター 稲見昌彦教授(左)、京セラ株式会社 執行役員上席 研究開発本部長 稲垣正祥氏(中央)、株式会社Fortmarei 代表取締役社長 石丸竜平氏(右)

 

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7世代目のBMW「5シリーズ」発売。 新たなプレミアムスポーツのベンチマーク

BMW7世代目5シリーズが9月28日に発表。時代やビジネスシーン、そしてリーダー自身も変化が求められている未曾有のコロナ禍の中、「変わる準備は出来ていますか?」という投げかけと共に、披露されました。

 

次世代リーダーにこそ相応しい

ニュー5シリーズは、セダンおよびツーリングモデルが発売。ガソリン車とディーゼル車があり、気になる価格は678万円〜1319万円(税込)。PHEV車は4モデルあり、一番リーズナブルな「530e Luxury Edition Joy+」で815万円(税込)となります。

 

ボディサイズは全長4975mm、全幅1870mm、全高1485mmで、2975mmのロングホイールベースにより余裕のある後席室内空間を実現。一方で、ロングホイールベース化は狭い道などでの取り回しに影響が出ます。これに対し新型モデルでは、「インテグレイテッド・アクティブ・ステアリング」を標準装備。後輪も向きを変える4輪操舵システムによって、取り回しの不安を払拭しています。

↑ニュー5シリーズのコンセプトを語るクリスチャン・ヴィードマン社長。幅と高さを増した大型のキドニーグリルに対して、2つのU字型(オプション装備の場合はL字型)のデイランニングライトを内蔵する細身に仕立てられたヘッドライトが特徴

責任者が語るデザイン

今回の5シリーズではフロントとリアのデザインを一新し、より贅沢なインテリアと最新のコネクティビティを備えています。一言で言えば存在感が増し、表情豊かになり、以前にも増して現代的にデザインがアップデートされたといったところでしょうか。

↑ツーリングモデルとM Sportセダンの間に立つのがデザイン責任者のドマゴイ・ジュケッチ氏

 

新しいキドニーグリルは、よりシャープな輪郭によってさらに幅が広がり、一層際立つ形に。そして、今回のフェイスリフトのハイライトはBMWレーザーライト ヘッドライト。L字型に鋭く前方を見据え、モダンな顔つきを作っているのです。もちろん、見た目だけではなく、その照射能力は従来のLEDヘッドライトの約2倍に相当する最長650m(ハイビーム時)にも及びます。

↑PHEVモデル530e M Sportパッケージ。最高出力はガソリンエンジンとモーターを合計すると294PSを発揮します

 

↑新デザインのBMW Individual 20インチホイールはダイナミックでアグレッシブさを感じさせます

 

また、大胆でモダンに組み合わされたリアコンビネーションランプも目を引くポイントです。一見クラシックなL字型のテールランプですが、大胆でモダンに組み合わされ、立体的にボディから現れています。ブラックの部分は強いコントラストを生み、リアシェイプを引き締めています。

↑「立体的にボディから現れる」と表現されたリアコンビネーションランプ

 

PHEVの530eをセダンに設定

プラグインハイブリッドシステムを採用した530eは、エンジンとモーター間がダイレクトに結ばれ、BMWの高い制御技術でお互いのパワーを無駄にすることなく、滑らかで効率の良い走りを実現させました。さらに特徴的なのが530eのバッテリー搭載位置。

 

約100kgの重量物であるバッテリーを極力車体の中央に収めるため、従来ガソリンタンクのあった後席下のスペースにバッテリーをレイアウトし、ガソリンタンクをトランク下に移設しました。これによって重量バランスの最適化が図られ、重心を下げ、重厚でスポーティーな走りを実現したのです。

↑充電用コネクターは左フロントフェンダー後ろのリッド内にあります

 

エンジンはエンジンルームの一番奥、車体の中心近くに収められています。これによりノーズ先端を軽くし、俊敏な動きを実現。さらに、車体の重心をドライバー席と近くすることで車との一体感を感じ、ドライビングの際に車が自分の手足のように動く感覚を味わえるようにレイアウトされています。セダンとは思えないスポーティーな走りが楽しめます。

 

ドライビングアシストシステムの標準装備

安全装備も見ていきましょう。3眼カメラと高性能レーダーを用いた運転支援技術「BMWドライビング アシストプロフェッショナル」を標準装備。20m、120m、300mの地点を3つの距離認識カメラで同時にとらえ、毎秒約2兆5000億回の解析能力を誇る最先端のプロセッサが高い危険予知性能と正確なレーンキープ性能を発揮します。これにより、高速走行時でもドライバーはハンドルに手を添えているだけでよく、ドライブ時の疲労を大幅に軽減させます。

 

さらに、渋滞時にはハンドルから手を離すことが可能なハンズオフ機能を備えています。これでBMWの3シリーズ以上の量販モデルすべてに標準装備が実現されました。高い安全技術を標準装備化することでより高次な運転支援技術の普及へとつなげていく。BMWは日本市場において、運転支援技術のリーダーであることを自負しているというメッセージを発信しています。

↑三眼カメラとレーダーにより異なる距離を同時に検知し危険予測します

 

ガジェットとの連携で面白いのが、AppleとBMWで共同開発されたiPhoneをクルマのデジタルキーとする技術。これによりiPhoneを持ってドアノブにかざせばドアが開き、スマートに乗り込むことができます。そして、そのiPhoneをセンターコンソールに置くことでキーとして認識。エンジンスタートが可能となります。普段通りにiPhoneを持っていれば、キーを探すことなくクルマに乗り込み発進が可能となるのです。日常生活からドライビングにスマートな移行ができるのです。

↑いつものiPhoneをデジタルキーとして使用することが可能

 

快適性と実用性も十分

5シリーズはエアベンチレーションやマッサージシートを選択可能。また、ツーリングモデルはラゲッジ・コンパートメント・パッケージの初採用により、ラゲッジルームの容量を通常の570Lから、リアシートを完全に倒すことなく最大10L広げられます。リアシートを完全に倒せば、ラゲッジルーム容量は1700Lに拡大されます。

↑ステッチを施し上質な質感を感じられる、エクスクルーシブ・ナッパ・レザー・シート

 

↑エクスクルーシブ・ナッパ・レザー・シートは、巧みの技による手の込んだ衣装となっています

サステナビリティなモビリティを実現する

BMWは2020年からは、世界中の生産拠点に供給される電力の100%がグリーン電力となります。さらに、自動車メーカーとして唯一、ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックスに選定。このため、2020年5月に「Edition Joy+」と呼ばれる新たなグレードをラインナップ設定し、環境に優しく、魅力的な価格のモデルの提供をスタートしています。

これらの点を踏まえると、環境への配慮とスポーティーな走りの高次元バランスこそBMWニュー5シリーズの大きな特徴といえます。まさしく5シリーズは、次世代のリーダーに向けて発信されたものといえるでしょう。

 

 

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令和時代の速いだけではなくテクノロジーも超絶モノスゴい!【スーパーカー名鑑】(後編)

その名のとおり、“スーパー”なスタイリングや動力性能を備えるスーパーカーは、クルマ好きたちの心を魅了し、憧れの対象として存在している。最新技術を搭載し、芸術品のようなデザインをまとった、現代の最新スーパーカーを見ていこう。

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年9月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

解説&採点

自動車評論家

永福ランプ(清水草一)

スーパーカーは人類の夢である!
本誌連載のほか、様々な媒体で活躍中のベテラン評論家。これまでに購入した49台のクルマのなかには、フェラーリやランボルギーニも含まれ、オーナーならではのリアルな意見を持つ。

 

【SUPER CAR 07】Mercedes-Benz[メルセデス・ベンツ]

ラグジュアリーブランドの代名詞的存在。だが同社のスーパースポーツも世界トップクラスの性能を誇り、その名声は世界中に知れ渡っている。

 

電子デバイス満載の高性能スポーツ

メルセデス・ベンツ

AMG GT

1698万円〜2426万円

アルミを多用したスペースフレーム構造のボディや理想的な前後重量配分などを持つ、2シーターのフラッグシップスポーツモデル。クーペモデルに加えて、オープンモデルの「ロードスター」もラインナップされている。

SPEC【S】●全長×全幅×全高:4545×1940×1290mm●パワーユニット:4.0LV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力:522PS/6250rpm●駆動方式:FR●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>

静粛性を確保するソフトトップを採用

クーペから2年遅れで日本導入となった「ロードスター」。軽量かつ静粛性の高いソフトトップを備える。

 

<永福’s Check>

エンジンは圧倒的な獰猛さで、高級車の面影はみじんもない。それでいてかなりの大きさのトランクがあり、実用性が高い。

 

子会社がアレンジするスーパースポーツモデル

メルセデス・ベンツを作るダイムラー社は、世界最古の自動車メーカー。自動車の歴史そのものと言ってもいい。メルセデスと言えば高級セダンの代名詞だが、子会社のAMGが手掛けるスポーツモデルは、スーパーカー級の性能を持っている。AMG GTの想定ライバルはあくまでポルシェで、フェラーリやランボルギーニではないが、ルックスはどちらかといえばスーパーカーに近い。

 

AMGエンジンは、アストンマーティンの一部モデルにも搭載されるなど、スーパーカーの世界になくてはならない存在になっている。

 

[OTHER MODEL]

究極のラグジュアリースポーツ

Sクラスクーペ

1566万円〜2899万円

フラッグシップサルーン「Sクラス」をベースとする2ドアモデルで、豪華な装備が満載される。搭載エンジンは3.0LV6と4.0LV8のツインターボ。

 

【SUPER CAR 08】Audi[アウディ]

知的でクールなイメージのアウディのルーツは、モータースポーツで活躍してきたテクノロジーメーカー。その技術を生かしてR8が誕生した。

 

ハイテクスポーツがクルマの未来をアピール

アウディ

R8

3001万円〜3146万円

同ブランドのフラッグシップ・スーパースポーツとして、2006年にデビュー。販売面でも成功を収めて、2016年に現行型となる2代目モデルが登場した。「ASF」と呼ばれる特別なボディ構造や、フルタイム4WDシステムが搭載されている。

SPEC【V10パフォーマンス 5.2FSIクワトロ】●全長×全幅×全高:4430×1940×1240mm●パワーユニット:5.2LV型10気筒エンジン●最高出力:620PS/8000rpm●駆動方式:4WD●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>

軽量かつ丈夫な車体設計のオープンモデル

オープントップモデル「スパイダー」も、素材にアルミやカーボンが用いられて、軽量化されている。

 

コックピット風の運転席まわり

運転席を囲うようにデザインされたインテリア。まるで飛行機のコックピットのようだ。

 

<永福’s Check>

初代R8はデザインでスーパーカー界に衝撃を与えたが、現在の2代目モデルは初代と見分けが困難なほどソックリ。斬新かつ知的である。

 

 

味付けのまったく異なるランボルギーニの兄弟車

アウディはかつて、「ドイツの農夫が乗るクルマ」などと言われたが、高級路線に転じて大成功し、ランボルギーニの親会社になった。その高い技術力を生かして、ランボルギーニ車の開発にも大いに力を貸している。アウディブランドのR8は、実はランボルギーニ・ウラカンの兄弟車なのだ。

 

ただしウラカンとR8とでは、乗り味はかなり異なる。荒々しい雄牛であるウラカンに対して、R8は知的でエレガント。性能はほぼ同等だ。兄弟車であっても、ブランドイメージによって明確に棲み分けがなされている。

 

【SUPER CAR 09】Aston Martin[アストンマーティン]

英国に端を発する名門ラグジュアリースポーツブランドで、世界トップクラスの性能を備える。映画「007」シリーズでジェームス・ボンドが駆る英国製スポーツカーだ。

 

高性能と快適性を両立したハイパフォーマンスGT

アストンマーティン

DBSスーパーレッジェーラ

3573万600円〜3801万5400円

現在のアストンマーティンにおけるフラッグシップクーペ&オープン(ヴォランテ)モデル。フロントに搭載される5.2LV12ツインターボエンジンは、725PSを発揮。伸びやかで美しいスタイリングながら、各所に空力への配慮も見られる。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高:4712×1968×1280mm●パワーユニット:5.2LV型12気筒ツインターボエンジン●最高出力:725PS/6500rpm●駆動方式:FR●最高速度:340km/h

 

<This is SUPER!>

オープンでも美しさを追求

「ヴォランテ」と呼ばれるオープンモデルも設定。屋根を開けた状態でも美を追求するアストンマーティンらしい、スキのないデザインだ。

 

洗練されたインテリアデザイン

インテリアは英国車らしいしつらえで、高級感とスポーティさが同居している。「DB11」とは細かな部分が異なるデザインになっている。

 

<永福’s Check>

アストンマーティンはどのモデルもデザインが似ていて見分けが難しいが、どれも現代的で美しい。スペック的に現在最もスーパーなモデルがDBSで、725馬力のV12ターボには驚愕だ。

 

英国の名門ブランドは美麗なスタイルが信条

アストンマーティンと言えばボンドカー。ジェームズ・ボンドの故国・イギリスが生んだ超名門ブランドだ。一時は長い低迷期にあったが、フォード傘下入りをきっかけに経営の近代化に成功。その後オーナー企業は次々と変わったが、工場の刷新や最新技術の導入などによって、スーパーカーブランドとして完全に蘇った。

 

同ブランド最大の武器はデザインにある。洗練の極致にある美しいクーペボディは、フェラーリのようなハデさを嫌う、静かなる富裕層の支持を得ている。

 

もちろんパフォーマンスも素晴らしいが、それよりも度肝を抜かれるのは、インテリアのエレガントさだ。フェラーリが新興成金なら、アストンマーティンは貴族。あくまで上品に上質に、しつらえで勝負する。アストンマーティンに乗った後でフェラーリを見ると、どこかオモチャ的に見えてしまうから不思議である。

 

[OTHER MODEL]

大きなボディに大出力エンジンを搭載

DB11

2363万円〜2770万円

DBSスーパーレッジェーラとベース車体を共有する大型クーペ&オープン(ヴォランテ)モデルで、V8&V12エンジンを搭載する。アグレッシブな外観のハイパフォーマンスグレード「AMR」も設定される。

 

軽快に走るピュアスポーツモデル

ヴァンテージ

1913万円〜2159万円

同社ではエントリーモデル的な位置付けのクーペ&オープン(ロードスター)モデル。4.0LV8ツインターボエンジンをフロントに搭載し、リアタイヤを駆動する。クーペモデルにはMTの設定もある。

 

【SUPER CAR 10】McLaren[マクラーレン]

F1のコンストラクターとして有名なマクラーレンだが、2009年以降、本格的にロードカー部門を設立。F1の最新技術を搭載したスーパーカーを送り出している。

 

スーパーカーを熟知したメーカーが放つ快速GT

マクラーレン

GT

2645万円

従来の「スポーツ」や「スーパー」シリーズとは異なる、新ラインとして誕生したグランドツーリングカー。高い走行性能を備えつつ、長い道中も快適に乗り続けられるよう設計され、ゴルフバッグが積載可能な広いトランクや、段差を乗り越えるための車高調整機能などを備えている。

SPEC●全長×全幅×全高:4683×2095×1213mm●パワーユニット:4.0LV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力:620PS/7500rpm●駆動方式:MR●最高速度:326km/h

 

<This is SUPER!>

走らせるための場所はシンプル

インテリアはいたってシンプルで華美な装飾などは見られない。装備類も必要最小限でまとめられており、これは、ただ「走ること」を目的に開発されたマクラーレンのモデルに一貫している。

 

スーパーカーメーカーの自負

ドアは上方へ開く「ディヘドラルドア」を採用。マクラーレンでは全モデルに同タイプのドアが採用され、この機構こそ多くの人から注目されるべき「スーパーカー」であると自負している。

 

<永福’s Check>

クルマでツーリング(旅)に出るためには、荷物を積む必要がある。そこで同車では、ピュアスポーツの720Sをベースとしながら、エンジンの上にまでラゲージ(荷室)が設けられている。

 

約10年の間に数多くのモデルをラインナップ

マクラーレンもフェラーリ同様、F1レースを戦うためのレーシングチームだ。かつて常勝を誇った「マクラーレン・ホンダ」や、それに乗って戦ったアイルトン・セナの名前を知らない者はいないだろう。

 

フェラーリは誕生直後に市販車の生産を始めたが、マクラーレンが本格的に市販車の生産に乗り出したのは、いまからわずか11年前だ。にもかかわらず、早くもスーパーカーの世界で確固たる地位を築いている。スーパーカーの世界では、レースでの実績がブランド力に及ぼす影響は大きいのである。

 

マクラーレンのクルマ作りは、基本的にレーシングカー作りである。つまり、何よりも速さが重要。速く走るために何が必要かを突き詰めているため、レーサーからの評価が非常に高い。

 

ただし、一般ユーザーの要望は、必ずしも速さ第一ではない。マクラーレンはわずか11年間でそのことを賢く学び、サーキット専用の限定モデルをリリースしつつ、一般的なモデルを「スーパーシリーズ(速さ重視)」と「スポーツシリーズ(快適性重視)」に分け、拡充を図ってきた。

 

昨年はそこに、「グランドツアラー(GT)」も加わって、モデル数はさらに増えた。今後も、他メーカーより早い間隔でニューモデルをリリースしていくに違いない。

 

[OTHER MODEL]

十分スーパーなエントリーモデル

540C

2454万円

「スポーツ」シリーズのなかでもエントリーモデルに位置するスポーツクーペ。エントリーモデルとは言いつつも、最高速度は320km/hで、上方へ開くディヘラルドアも採用されており、しっかりスーパーカーらしさを備えている。

 

ツーリングも得意なスポーツモデル

570GT

2862万円

「スポーツ」シリーズに属するモデルで、今年デビューした「GT」的な性格を持つハッチバック。570Sとほぼ同等のスポーティな走行性能を備えていながら、シート後方には荷物の収納場所がしっかり確保されている。

 

スポーツシリーズのスポーツ仕様

570S

2721万円〜2952万円

エントリーレンジである「スポーツ」シリーズのスタンダードモデル。570PSを発揮する3.8LV8ツインターボエンジンをミッドシップ搭載する。オープンモデルの「スパイダー」もラインナップされている。最高速度は328km/h。

 

動力性能を高めた「スポーツ」モデル

600LT

3055万円〜3286万円

「スポーツ」シリーズのトップエンドモデル。570Sをベースとしながら、軽量化やエンジンの強化が図られ、スポーツ性能を高めている。クーペモデルに加えて、電動ハードトップを備えたオープンモデルの「スパイダー」もラインナップ。

 

独特のスタイルを持つスーパースポーツ

720S

3461万円〜3858万円

「スーパー」シリーズに属するモデルで、全体的にエッジの効いた、どのライバルにも似ていないスタイリング。ヘッドライトとエアインテークがまとまった近未来的なフロントデザインも特徴的だ。オープンモデル「スパイダー」も設定。

 

【SUPER CAR 11】LOTUS[ロータス]

エランやヨーロッパなど、小型スポーツの開発を得意としてきた英国ブランド。現在はエリーゼ、エキシージ、エヴォーラなどを販売する。

 

得意の運動性能が磨かれたGTスポーツ

ロータス

エヴォーラ

1397万〜1536万7000円

同社らしからぬ豪華さを備えた4人乗りクーペで、オール新設計でデビューしてから約10年販売されているロングセラーモデル。エンジンはトヨタ製の3.5LV6がミッドシップ搭載される。「GT410」は走行性能を高めた最新グレード。

SPEC【GT410】●全長×全幅×全高:4390×1850×1240mm●3.5LV型6気筒スーパーチャージャーエンジン●最高出力:416PS/7000rpm●駆動方式:MR●最高速度:305km/h(MT)

 

<This is SUPER!>

必要最小限のゴージャスさ

皮張りながらストイックな雰囲気のインテリア。内外装をコーディネイトするカラーパッケージも設定。

 

<永福’s Check>

トヨタ製V6エンジンは決してスポーティではないが、それにスーパーチャージャーを追加した。操縦性はロータスらしく秀逸。

 

レースから市販車販売へ小型スーパーカーで成功

ロータスはもともとレーシングカーメーカー。創業者のコーリン・チャップマンの独創的なアイデアによって、レースで奇跡的な好成績を残してきた。

 

市販車に関しては、優れたシャーシ(車体骨格)を設計し、そこに他社のエンジンを積むのが伝統だ。現在は、トヨタが製造したエンジンを独自にチューニングして搭載している。

 

また、軽い車体に小さなエンジンを積み、操縦性で大パワーのスーパーカーを打ち負かすのもまた伝統である。パワーではなく「技」で勝つ。それがロータスの真骨頂なのだ。

 

[OTHER MODEL]

公道向けのレースカー

エキシージ

990万円〜1760万円

同社の最小モデル「エリーゼ」をベースに軽量化し、レース用パーツが装着された。ハードなチューニングが施されたレース仕様のスポーツクーペだ。

 

【SUPER CAR 12】HONDA[ホンダ]

「フェラーリに影響を与えた初めての国産スーパーカー」と言われた初代の登場は1990年。30年が経ち、現行型はハイブリッドカーに。

 

日本初のスーパーカーはハイブリッドで走りを強化

ホンダ

NSX 2420万円

デビューから4年が経過した国産スーパースポーツカー。3.5LV6エンジンに3基のモーターを組み合わせた「SPORT HYBRID SH-AWD」が搭載される。2018年に、サスペンションや各種電子制御の見直しが図られた。

SPEC●全長×全幅×全高:4490×1940×1215mm●3.5LV型6気筒ツインターボエンジン+モーター●エンジン最高出力:507PS/6500〜7500rpm●駆動方式:4WD

 

<This is SUPER!>

ボディ後方が盛り上がるスーパーカーらしい形状

ミッドシップモデルらしいエレガントなサイドシルエット。カーボンパーツも各所に使用される。

 

2種類のパワーソースを協調制御して走行する

エンジンに加えて3基のモーターをパワーユニットとして使用することで、出力特性をさらに強化。

 

<永福’s Check>

アメリカホンダ主導で開発されたため、スタイリングにアメリカ人の好みが濃厚に反映されている。初代モデルと違いオリジナリティには欠ける。

 

挑戦的な社風は変わらず、いまもNSXは世界に挑む

創業者の本田宗一郎氏は、まだ四輪車を作り始めたばかりの時期に、いきなりF1に参戦した。そんなチャレンジングな歴史を持つからこそ、同社は軽自動車からスタートしながら、スーパーカーにまで手を伸ばしたのである。

 

ただ、ホンダは量産大衆車メーカー。スーパーカーのようなブランドビジネスのノウハウはなく、初代NSXは歴史に名を残しつつ苦戦した。しかし現在、そのNSXの2代目が登場している。しかも革新的ハイブリッドスーパーカーである。その意気や善し。称賛しないわけにはいかない。

 

【SUPER CAR 13】NISSAN[日産]

いまも「技術の日産」と言われる同社が、威信をかけて開発を続けてきた。国産最強スポーツカーは、世界のライバルと肩を並べる存在に成長した。

 

スーパーカーとしては独創的な形と実用性の高さ

日産

GT-R

1082万8400円〜2420万円

スカイラインの派生車だった従来モデルから、単独車種「GT-R」として2007年に誕生。フロントのボディ中央寄りに搭載された3.8LV6ツインターボエンジンのパワーを、日産独自の4WDシステム「アテーサET-S」でしっかりと路面へ伝える。

SPEC【NISMO】●全長×全幅×全高:4690×1895×1370mm●パワーユニット:3.8LV型6気筒ツインターボエンジン●最高出力:600PS/6800rpm●駆動方式:4WD●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>運転に集中できるドライバー中心の設計

「スカイライン」時代のイメージを色濃く残すインパネデザイン。目的別に区分けされ、操作性は抜群だ。

 

長い年月の間に多くの特別仕様を設定

特別仕様車も数多く設定されてきたが、「GT-R50 by イタルデザイン」は1億円超えの値が付けられた。

 

<永福’s Check>

2020年モデルの登場で、その走行性能は完成の極みに達し、すさまじい速さと快適性を両立することに成功した。まもなく消滅するのが実に惜しい。

 

日産が追求してきた独自のスーパーカーの形

日産GT-Rは日本の宝。現代の戦艦大和である。ルーツはスカイラインGT-Rにあり、歴史をたどれば60年代にまでさかのぼる。そこには、日産が国産メーカーとして、海外勢と果敢に戦ってきた歴史がある。

 

そして現在のGT-Rは、13年前、スーパーカーに肩を並べる性能を引っ提げて登場した。現在でも欧州製スーパーカーへのレジスタンスとして、全世界で根強い人気を誇っている。

 

ただ、そのGT-Rも、規制の波に揉まれて2年後には消滅する。次期GT-Rの登場を祈ろう。

 

【SUPER CAR 14】LEXUS[レクサス]

国産メーカーで唯一国内展開をしている高級ブランド「レクサス」のフラッグシップスポーツカーがLC。価格やスタイリングはスーパーカー級だ。

 

2種類のパワーユニットを設定するハイパワークーペ

レクサス

LC

1350万円〜1500万円

レクサスのラグジュアリー性を体現する2ドアクーペ。5.0LV8エンジンと、3.5LV6エンジンベースのハイブリッドシステム、2種類のパワーユニットを設定する。オープンモデルの「コンバーチブル」も追加された。

SPEC【LC500】●全長×全幅×全高:4770×1920×1345mm●パワーユニット:5.0LV型8気筒エンジン●最高出力:477PS/7100rpm●駆動方式:FR●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>

オープン仕様の追加でさらに選択肢を広げる

今年6月にコンバーチブルモデルを追加。フルオープン状態ではソフトトップが完全収納される。

 

10速ATで滑らかな走行フィーリングを実現

フロントに搭載される5.0LV8エンジンには10速ATが組み合わされ、スムーズな加速を実現する。

 

<永福’s Check>

V8エンジンのフィーリングはすばらしい。車体の重さもあってスーパーカーとしての性能は低めだが、実用性は抜群だ。

 

ブランドのイメージをリードするスポーツモデル

レクサスはトヨタの高級車ブランド。一口に高級車ブランドと言うが、大衆メーカーからのし上がってそれを成立させるのはウルトラ難しい。しかしトヨタは成功した。あっぱれである。

 

高級ブランドには、高級スポーツモデルの存在が欠かせない。そこでトヨタは、レクサスブランドでLF-Aを開発したが、500台限定にとどまった。その後登場したLCは、メルセデスでいえばSLやSクラスクーペのような存在。性能はスーパーではないが、手軽なスーパーカー的モデルとして、富裕層に受け入れられている。

 

 

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信州松本を走る「上高地線」‐‐巡って見つけた10の再発見

おもしろローカル線の旅67 〜〜アルピコ交通上高地線(長野県)〜〜

 

ローカル線は何度たずねても新たな発見があって楽しいもの。長野県の松本市を走る「アルピコ交通上高地線」。山景色が美しい路線を訪ねてみた。改めて乗って、いくつかの駅で下りてみたら……。数年前と異なる再発見が数多く出現! 新鮮で楽しい旅となった。

*取材撮影日:2017年7月8日、2018年7月15日、2020年9月27日ほか

 

【関連記事】
なぜ?どうして?「近鉄田原本線」−−とっても気になる11の不思議

 

【上高地線で再発見①】開業時は筑摩電鉄。さて筑摩という地名は?

↑新村駅の駅舎に掲げられた創業当時の社名と社章。いま見るとレトロ感満点のなかなか貫録ある社章だった

 

初めに、上高地線の概要を見ておきたい。

路線と距離 アルピコ交通上高地線/松本駅〜新島々駅14.4km
*全線単線・1500V直流電化
開業 1921(大正10)年10月2日、筑摩鉄道により松本駅〜新村駅間が開業、翌年に島々駅まで延伸
駅数 14駅(起終点駅を含む)

 

上高地線は筑摩鉄道という鉄道会社により路線が敷かれた。筑摩という地名は、地元の方には馴染み深いのだろうが、筆者は今回、訪ねるまで知らなかった。路線の新村駅の駅舎の横に案内があり、筑摩電鉄(1922年に筑摩鉄道から筑摩電気鉄道に社名を変更した)の名前とともに社章が案内されていた。駅横の案内としては、やや唐突に思われたが、アルピコ交通の実直さが感じられるような案内だった。

 

それにしても「筑摩」という地名。調べてみると長野県の中信地方、南信地方、岐阜県の飛騨地方を広く「筑摩」と呼ばれた。明治の始めには「筑摩県」があり、さらに長野県には「筑摩郡」という郡が明治10年前後にあった。さらに上高地線が走る松本盆地の梓川が流れる南側を「筑摩野」と呼ばれている。

↑東京日日新聞の1928(昭和3)年発行の「全国鐵道地圖」には「筑摩電気」の名が見られる。すでに浅間温泉まで路線が延びていた

 

筑摩鉄道という鉄道名は、当時としては、ごく当然のように付けられた社名だったようである。この筑摩鉄道→筑摩電気鉄道(筑摩電鉄もしくは筑摩電気)という名前が10年ほど続き、1932(昭和7)年12月に松本電気鉄道に社名が変更された。

 

当時、筑摩電気鉄道は松本駅の東口から浅間温泉駅まで延びる浅間線を1924(大正13)年に開業させている。その後の1932(昭和7)年に松本駅前広場まで路線を延ばした。この路線延長が松本電気鉄道と社名を変更したきっかけとなったようである。ちなみに浅間線は併用軌道区間が多く、車の交通量が増え、路線バスに利用者を奪われたこともあり、1964(昭和39)年3月いっぱいで廃線となっている。

 

【上高地線で再発見②】正式な路線名はアルピコ交通上高地線だが

長い間、松本電気鉄道の路線だった上高地線だが、松本電気鉄道は2011(平成23)年4月に、アルピコ交通となった。

 

しかし、今も「松本電鉄」という呼称が良く聞かれる。JR線内は「松本電鉄上高地線はお乗換えです」等のアナウンスがされている。正式には松本電気鉄道という会社はなくなり、正式な路線名もアルピコ交通上高地線なのだが、長年に親しまれてきた名称が今も生き続けているわけである。

↑新島々駅方面の先頭車にある案内には「アルピコ交通上高地線」の名前の上に「松本電鉄」と添えられている

 

ちなみに松本駅の上高地線のホームへ階段下りると、停まる上高地線の電車の正面の案内板には「アルピコ交通上高地線」という名称とともに「松本電鉄」の名前が上に添えられている。逆側の正面には、この案内板がない。いかに「松本電鉄」の名前が浸透していて、今も案内を必要としているのか、正面の案内板を見ても良くわかる。

【上高地線で再発見③】走る電車は元京王井の頭線の3000系

ここで上高地線の電車を紹介しておこう。現在、走る電車は3000形で、元京王井の頭線を走っていた3000系である。

 

京王3000系は1962年に製造が始まった電車で、鉄道友の会のローレル賞を受賞している。車体は京王初のオールステンレス車体で、井の頭線を走っていたころには、正面上部のカラーが編成ごとに異なり、レインボーカラーの電車として親しまれた。1991年まで製造され、2011年に井の頭線を引退している。京王での晩年はリニューアルされ、正面の運転席の窓が側面まで延びていた。

 

大手私鉄の車両としては全長18.5mとやや短めで、片側3トビラ、さらに1067mmと国内の在来線と同じ線路幅ということもあり、重宝がられ、井の頭線引退後も、上毛電気鉄道、岳南電車、伊予鉄道といった複数の地方私鉄に引き取られている。京王グループの京王重機による整備、改造を行った上で譲渡されるとあって、人気のある譲渡車両だった。

 

上高地線に導入されたのは1999(平成11)年と2000(平成12)年のこと。2両編成4本の計8両が譲渡されている。車両は運転席の窓が側面まで延びたリニューアルタイプだ。

↑アルピコカラーをまとった3000形。正面と側面に「Highland Rail」の文字が入る。車内にはモニターが付き、沿線ガイドなどに利用される

 

↑3003-3004編成は、松本電鉄が1960年前後に自社発注したモハ10形、クハ10形の車体色のカラーラッピングが施されている

 

導入の際にはワンマン運転できるように改造。車体は白色をベースに紫、ピンク、山吹、緑、赤の斜めのストライプを、正面と側面にいれたアルピコカラーとなっている。乗車すると車内のモニターが付いていることに気がつく。1車両の7か所もモニターが付き、沿線の観光案内や、路線の駅案内などに役立てられている。現在の都市部の新型電車にも小さなモニターが付けられ、沿線ガイドやCMなどが流されているが、上高地線のモニターは手づくり感満点ながら、大きくて見やすく、とても良い試みだと感じた。

 

ちなみに3000形の前に使われていたのが、元東急電鉄の5000系だった。本家の車両は青ガエルのニックネームで親しまれていた独特の形状を持つ車両で、上高地線でも人気車両だったが、2000年に引退している。2両が新村駅の車庫に保存されていたが、その話題は、後述したい。

 

【上高地線で再発見④】JRのある線と共用の松本駅7番線ホーム

ここからは上高地線の旅をはじめよう。上高地線の起点はJR篠ノ井線の松本駅だ。ちなみに松本駅はJR東日本と、アルピコ交通の共用駅となっていて、改札も共用となっている。上高地線の切符も券売機で購入できる。

 

券売機では上高地線「電車わくわく一日フリー乗車券(1420円)」や、上高地、乗鞍高原、白骨温泉への電車+バス乗継ぎ乗車券も購入可能だ。ちなみにJR各路線からそのまま乗り継いでも、下車駅で精算できる。ただし路線内で交通系ICカードの利用や、ICカードの精算はできない。

 

また無人駅での下車はワンマン運転ということもあって高額紙幣の両替は不可なのでご注意を。

 

さて、始発駅の松本駅。上高地線の乗り場は7番線にある。位置としては松本駅のアルプス口(西口)側だ。

↑松本駅のアルプス口(西口)側の7番線に停まる新島々駅行き電車。ホームはJR線と共用となっている

 

7番線ホームだが、同じホームの反対側、6番線ホームはJR大糸線の普通列車の着発ホームとなっている。つまり大糸線と共用ホームなのである。大糸線の車両は、連絡口の階段からやや離れ、北側に停車する。上高地線の電車が階段下すぐに停まるのに、JR線の方が階段から距離があるというやや不思議な位置関係だ。

 

上高地線のホームは行き止まり方式。北側に0キロポストがあり、ここが路線の始まりであることが分かる。松本駅からの発車は1時間に1〜3本と本数にばらつきがある。利用の際は事前に時刻表を確認して調整したほうが賢明だろう。列車はみな新島々駅行き電車だ。新島々駅までは所要時間30分ぐらいなので、路線をゆっくり巡るのに最適な長さと言って良いだろう。

 

松本駅を発車した上高地線の電車は、ゆるやかに右カーブを描きながら走り始める。この時に、注目したいのは左手。JR東日本の松本車両センターがあり、特急あずさとして走るE353系や大糸線などを走るE127系などの車両が停まっているのが見える。

 

数年前まではE351系、E257系といったすでに中央本線からは退役した車両が多く停まっていたな、などと思い出に浸りつつ松本車両センターの横を通り過ぎる。そして電車はすぐに西松本駅に到着する。この先で、田川をわたり、さらに右にカーブして、渚駅へ。海なし県なのに駅名が「渚」。それはなぜだろう?

 

調べてみると古代は松本盆地そのものが大きな湖だったそうだ。そこが渚の語源となっているとされる。その名残は、この地区に田川そして奈良井川(ならいがわ)と川の支流が数多く、流れも緩やかで、曲がりくねる形からもうかがえる。電車は奈良井川を渡り信濃荒井駅へ着いた。

↑奈良井川橋りょうを渡る3000形。奈良井川の両岸とも高い堤防になっている。川面と住宅地の標高があまり変わらないことが分かった

【上高地線で再発見⑤】新村車庫にある古い電気機関車は?

信濃荒井駅まで沿線には住宅が多かったものの、この先、田畑が増えてくる。田畑では信州らしくそば畑が多い。筆者が訪れた9月末には白い花咲く光景をあちこちで見ることができた。

 

路線は住宅街を抜けたこともあり直線路が続くようになる。大庭駅を過ぎ、長野自動車道をくぐると、右手から路線に沿う道が見えてくる。こちらが国道158号で、この先で、ほぼ上高地線と並行に走るようになるが、その模様は後で。次の下新駅(しもにいえき)は旧・新村(にいむら)の駅で、「新」を「にい」と読ませるのはその名残だ。

 

次が北新・松本大学前駅。この北新も「きたにい」と読ませる。平日ならば、大学前にある駅だけに学生の乗り降りが目立つ。

↑ED301電気機関車は米国製で、信濃鉄道(現・大糸線)の電気機関車として導入された。信州に縁の深い機関車である

 

次の新村駅(にいむらえき)は鉄道ファンならばぜひ下りておきたい駅だ。この駅に併設して新村車庫がある。

 

車庫内で気になるのが焦げ茶色の凸形電気機関車。1926(大正15)年にアメリカで製造された。米ボールドウィン・ロコモティブ・ワークスが機械部分を造り、ウェスティングハウス・エレクトリック社が電気部分を担当した機関車で、松本電気鉄道ではED30形ED301電気機関車とされた。この機関車の履歴が興味深い。

 

松本駅と信濃大町駅を結んでいた信濃鉄道(現・JR大糸線)が輸入した1形電気機関車3両のうち1両。1937(昭和12)年に国有化された後には国鉄ED22形と改番されて大糸線、飯田線を走った。その時の国鉄ED22 3号機が後に西武鉄道を経由して1960(昭和35)年に松本電気鉄道へ入線していたのだ。その後、工事および除雪用に使われたが、2005(平成17)年に除籍、現在は保存車両として車庫内に残る。

 

なお国鉄ED22形は長寿な車両で、弘南鉄道大鰐線に引き取られたED22 1は今も社籍があり、除雪用として使われている。技術不足から電気機関車の国産化が難しかった時代の機関車で、その後の国産化された電気機関車も、ウェスティングハウス・エレクトリック社のシステムを参考にしている。そんな時代の電気機関車が、まだこうしてきれいな姿で残っているわけである。

 

余談ながらJR大糸線は、昭和初期までは信濃鉄道という鉄道会社が運営していた。現在、長野県内の旧信越本線はしなの鉄道が運行している。しなの鉄道には、しなのを漢字で書いた信濃鉄道という、先代の会社があったことに改めて気付かされた。

 

【上高地線で再発見⑥】新村車庫で保存されていた元東急電車は?

新村車庫で古参電気機関車とともに、ファンの注目を集めていたのが5000形。現在の3000形の前に上高地線の主力だった車両だ。前述したように東急5000系で、新村車庫には5005-5006編成の2両が保存されていた。2011(平成23)年には松本電鉄カラーから緑一色に塗りかえられ、イベント開催時などに車内の公開も行われていた。

↑新村車庫内に留め置かれていた5000形。2011年に塗り替えられたが、2017年の撮影時にはすでに塗装が退色しはじめていた

 

久々に新村車庫を訪れた筆者は、ほぼ5000形の定位置だったところにED301形電気機関車と事業用車が置かれていたことに驚いた。そして車庫のどこを見ても、緑色の2両がいない。どこへいったのだろう。まさか解体?

 

心配して調べたら2020年春に「電鉄文化保存会」という愛好者の団体に引き取られていた。同保存会は群馬県の赤城高原で東急デハ3450型3499号車の保存を行う団体で、この車両に加えて上高地線の5000形2両を赤城高原に搬入。会員は手弁当持参で、鉄道車両の整備や保存活動にあたっている。

 

こうした団体に引き取られた車両は、ある意味、幸運と言えるだろう。末長く愛され、赤城の地で保存されることを願いたい。

 

【上高地線で再発見⑦】渕東駅と書いて何と読む?

新村駅から先の旅を続けよう。新村駅から次の三溝駅(さみぞえき)へ向かう途中、右手から道が近づいてくる。この道が先にも少し触れた国道158号。路線はこの先、付かず離れず、道路と並行して走る。国道158号の起点は福井市で、岐阜県の高山市を経て、松本市へ至る総延長330.6kmの一般国道だ。一部が野麦街道と呼ばれる道で、明治期には製糸工場に向けて女性たちが歩いた隘路で、飛騨山脈を越える険しい道だ。岐阜県と長野県の県境を越える安房峠(あぼうとうげ)の下に安房トンネルが開通したことにより、冬期も通れるようになっているが、古くは行き倒れる人もかなりいたとされる。

 

そうした国道を横に見ながら森口駅、下島駅と走るうちに、この地の典型的な地形に出会うようになる。右手、眼下に流れる梓川。その河畔よりも、電車は一段、高い位置を走り始めていることが分かる。波田駅(はたえき)付近は、そうした階段状の地形がよくわかる地点で、明らかに河岸段丘の上を走り始めたことが分かる。この波田駅は梓川が流れる付近から数えると2つめの崖上(段丘面)にある。そして次の駅までは河岸段丘を1段下り、梓川の対岸まで望める地域へ出る。

 

ちなみに上高地線の進行方向の左手、南側には段丘崖(だんきゅうがい)が連なり、この上はまた平坦な地形(段丘面)となっている。

↑渕東駅の裏手から駅を望む。先に山が見えるが、ここが河岸段丘の崖地になっていて、上部にまた平野部が広がっている

 

↑渕東駅前に広がる水田。稲刈りが終わり信州は晩秋の気配がただよっていた。藁は島立てという立て方で乾燥させ利用する

 

さて渕東駅である。「渕」そして「東」と書いて何と読むのだろう。何もヒントなしに回答できたらなかなかの鉄道通? 筆者は残念ながら読めなかった。

 

「渕」は訓読みならば「ふち」と読む。この「ふち」のイメージが強く、駅名が思い付かなかったのだが、音読みならば? 「渕」は「えん」と読む。なるほど、だから渕東と書いて「えんどう」と読むのか。理由を聞いてしまうと理解できるのだが、日本語は難しいと実感する。

↑渕東駅前には赤く実ったリンゴの木もあった。元井の頭線の電車が走る目の前に赤く色づくリンゴの実る風景が逆に新鮮に感じられた

 

ちなみに駅名標には上高地線のイメージキャラクターが描かれる。イメージキャラクターは「渕東なぎさ」だそうだ。渕東駅と渚駅が組み合わさったキャラクターなのである。

 

【上高地線で再発見⑧】新島々駅前にある古い駅舎は?

渕東駅からさらに段丘を下りる形で終点の新島々駅へ向かう。梓川がより近づいていき、左右の山々も徐々に迫ってくる。広がっていた松本盆地の平野部も、そろそろ終わりに近づいてきたことに気付かされる。

↑河岸段丘を1段おりつつ新島々駅へ向かう電車。先には小嵩沢山(こたけざわやま)や無名峰などの標高2000mを越える山々が望めた

 

左右の山々が取り囲むように終点の新島々駅がある。とはいえ付近にはまだ平坦な地があり、駅前には広々したバスの発着所がある。ここから上高地、白骨温泉、乗鞍高原、高山方面への路線バスが出ている。ちなみに上高地へはマイカーに乗っての入山はできないので注意。路線バスの利用が必須となる。

 

さて筑摩鉄道が開業させたのは島々駅までだったのだが、その島々駅はどうなったのだろう。実は開業当時には新島々駅という駅はなかった。1966(昭和41)年に赤松集落にあった赤松駅が、現在の新島々駅に改称されたのである。

↑新島々駅の駅舎。新島々バスターミナルとあるように、バスの発着所スペースの方が鉄道の駅よりもむしろ大きく利用者で賑わう

 

終点だった島々駅の今は後述するとして、赤松駅から新島々駅に駅名を変更された時に、バスターミナルの機能が移され、整備されている。

 

その後の1983(昭和58)年9月。長野を襲った台風10号により、土砂が新島々駅〜島々駅間の路線に流れ込み不通となってしまった。1985(昭和60)年1月1日に、新島々駅〜島々駅間は正式に廃止となった。すでに新島々駅にバスターミナル機能が移っていたので、島々駅まで無理に復旧して電車を走らせる必要もなかったということだったのだろう。

↑新島々駅の駅前には旧島々駅の駅舎が移築されている。以前は観光施設だったが現在は未使用。歴史案内があったらと残念に感じられた

 

【上高地線で再発見⑨】草むらの中に旧鉄橋が埋もれていた!

新島々駅の先は廃線となっている。その跡はどうなっているのか、興味にそそられ歩いてみた。まずは新島々駅の構内から、駅の先、100mほどは線路が残されている。そしてホーム1面2線の線路が先で合流している。今でもすぐに島々駅へ向かって線路が復活しそうな線路配置である。

 

ただホームの100m先からは線路が外され、途切れていた。新島々駅のある付近には国道158号の両側に赤松集落がある。古い地図を元に歩くと、旧路線は赤松集落の裏手を抜けて、すぐに国道158号と合流するようになっていた。

↑新島々駅から集落の裏手を通り、まもなくして国道に合流する。そのポイントから新島々駅側を見る。路線跡は砂利道となっていた

 

国道158号沿いに合流するように走っていた旧路線。国道よりも1段、高い位置を路線が設けられていた。赤松の集落内は砂利道として旧路線が使われていたが、国道に合流後、しばらくすると旧路線は草木に埋もれるようになった。とても路線上は歩けないので、国道の歩道を歩く。国道沿いには一軒の土産物屋さんがあり、店の上を走っていたらしき名残がうかがえる。

 

さらに旧島々駅を目指す。歩くと左手に路線がほぼ並行していたが、草木が繁り、良く見えない。しかし、1か所、廃線ということが分かる箇所があった。雨が降ると川が流れる階段状の窪地があり、そこに古い鉄橋が架かっていた。

↑国道158号を廃線沿いに歩くと、途中に発見した旧鉄橋。窪地をまたぐように鉄橋が架かる。錆びついていたが鉄橋跡だと分かった

 

【上高地線で再発見⑩】旧島々駅はこの辺だと思うのだが……

何もなかったら廃線跡も無駄歩きになりそうだったが、錆びついた鉄橋を発見。少しは鉄道の形跡を確認することができた。

 

さらに歩き、島々駅があった付近へ到着する。前渕(まえぶち)という集落に上高地線の終点、島々駅があった。梓川のほとりにある小さな集落で、山々に囲まれ、新島々駅付近に比べると平坦な土地が乏しい。古い地図を見ると今の国道158号上に駅があったようだ。旧駅前付近は、広々した空き地となっていた。

↑旧島々駅前付近は広い空き地となっていた。左下は1970年代の地図で、旧島々駅は現在の国道(写真右)になったことが分かる

 

前渕集落の中に小道が通るが、地図を見るとこちらが旧国道のようだ。少し歩くと、数軒の家々があり、食堂や旅館だったたたずまいがある。旧旅館の建物にかかる案内地図には、島々駅があった当時のまま残されていた。ちなみに集落名は前渕でここでは「ぶち」と読む。前述したように、上高地線の駅名の渕東は「えんどう」と読む。同じ旧波田町内の地名なのだが、日本語の複雑さを改めて感じた。

 

新島々駅〜島々駅間は1.3km、山あいのウォーキングコースとしてはちょうど良い距離だった。

 

最後に上高地線のイベント情報を一つ。車内でバイオリンの生演奏が楽しめるイベントが不定期ながら開かれている。次回は10月18日(日曜)で、演奏が楽しめる列車は松本駅10時10分発、新島々駅発10時53分、松本駅11時30分発の電車内。編成の1両目でプロの音楽家・牛山孝介さんの演奏が楽しめる。特別料金や予約は不要だ。無料でプロの音楽家の演奏が楽しめる。運良く乗り合わせた筆者としてはとても得した気持ちになった。

 

車窓から信州の山々を眺めながら生演奏を楽しむ。この路線ならではのロケーションの良さと、バイオリンの調べがぴったり合うことに気付かされた。

↑演奏を行う牛山孝介さん。牛山さんは松本市在住で、松本モーツァルト・オーケストラのコンサートマスターを務める 2018年7月15日撮影

 

Amazonが初めて出した車用のアレクサ「Amazon Echo Auto」、その実力を本音レビュー

Amazonは9月30日、車内用「Amazon Echo Auto(以下:Echo Auto)」の発表会をオンラインにて開催しました。そこでは、騒音の多い車内で入力した音声を認識する工夫や今後の機能強化などについて具体的な利用シーンを交えて紹介されました。 ここではEcho Autoとはどんなものなのか、その姿に迫ります。

 

どんなクルマも運転席から声で操作できるようになる

Amazon Echoはすでに家庭用向けに発売されていますが、Echo Autoはその車載版として初めて登場しました。スマートフォンとEcho Autoがワイヤレスで連携し、スマホを介してEcho Autoがインターネットにアクセスする仕組みです。これにより「アレクサ」と呼びかければ、運転中であってもユーザーのリクエストに応えてくれるのです。

↑9月30日より日本でも発売となった「Amazon Echo Auto」。4980円(税込)

 

↑スマートフォンのAlexaアプリを介してAlexaと対話。Alexaの応答や音楽は車のスピーカーから聞こえます。写真はEcho Autoの設定画面を示したスマートフォンとEcho Auto

 

発表会でアマゾンジャパンのAlexaインターナショナル ゼネラルマネージャー大木 聡氏は、「TVドラマや映画の『スタートレック』をイメージしていただくのがベスト。私たちはこのスタートレックをインスパイアしてAmazon Echoを開発した」と説明。スタートレックでは宇宙船のクルーが宇宙船エンタープライズと自然言語でやり取りをしますが、「この世界観こそがAmazon Echoで実現したいところだった」(大木氏)と述べました。

↑発表会でEcho Autoの説明を行ったアマゾンジャパンのAlexaインターナショナルゼネラルマネージャー大木 聡氏

 

また、これを実現するにあたって重要な技術要素についても紹介してくれました。それが8つのマイクアレイの搭載です。大木氏は「このマイクはビームフォーミングと呼ばれる技術を実現するために搭載したが、ここには他にも学習を重ねることで近くにある声と遠くにある声を区別できる機能も実装した」ということです。これがノイズが多い車内でも認識率を高めることにつながったのですね。

↑Amazon Echo Auto本体の仕様。上面には8つのマイクをビルトインし、この装備が認識率を高めている

 

続いて、家庭用アレクサを使った利用例を説明した後、いよいよEcho Autoについての具体的な説明となりました。そこではビジネスシーンやファミリーでのEcho Autoの利用シーンを紹介するイメージビデオが披露され、アレクサが車内においても自然言語を理解して応えるシーンが紹介されました。挨拶に対して反応する様子をはじめ、音楽を楽しみ、スケジュールを確認し、さらに目的地付近の天気予報をチェックしたりする様子がすべて音声でやり取りできるので、運転中でも安全に操作できるのです。

↑ビジネスシーンでの用途を説明するビデオの一コマ

 

↑週末の家族でのドライブで利用するシーンも紹介された

 

Amazon Echo Auto ビジネス編

 

Amazon Echo Auto ファミリー編

 

大木氏はこのビデオから「2030年以降は車内でのインターフェイスが間違いなく音声が主役となっている」と説明。家庭で使ったアレクサの便利さが車内でもそのまま使えることのメリットを強調しました。

 

ただ、最後のQ&Aでは、米国では実現しているガソリンスタンドでの支払いなどの機能が日本仕様では非搭載であることも明かし、今後は日本も含め、最終的にはグローバルで同じ機能を持たせられるようにしたいと述べました。

 

また、アレクサは常にユーザーのそばに存在し、いつでもリクエストに応えられることがベースとなるとも。それは家の中だけでなく車内であっても同じ環境で使えることが理想であり、その実現に向けて最適化していくということです。

 

車載環境で実現することの難しさはあるものの、ウェイクワードの便利さについてはBMWやセレンスなどからも賛同を獲得。今はその普及に向けてアライアンス「Voice Interoperability Initiative」を結成したことも紹介されました。

↑多くのカーオーディオでもアレクサとの連携機能が搭載されるようになった

 

↑アレクサは今後発売される予定の日産「アリア」にも採用が決まっている

 

装着方法は簡単! やはり音声操作は快適だった

さて、今回発表されたEcho Autoを実際に購入して使ってみました。本体サイズはW85×D47×H13.28mmと手の中にも収まりそうなコンパクトさ。想像以上に小さくコンパクトです。本体上部には8つのマイクをビルトインされていることも分かりました。

↑Echo Autoのパッケージ

 

↑Echo Autoのパッケージに含まれたパーツ。右下がエアベントマウント。左下のシガーライターアダプターはUSB2端子が備わる

 

使い方はカーオーディオとBluetoothやミニステレオピンジャック経由で接続することから始まります。接続方法はスマホアプリで表示されるので手順に従っていけばOK。Bluetoothの接続も難しくはありません。およそ5分ほどで接続は完了しました。その簡単さは拍子抜けするほどです。

↑接続設定はスマートフォンのアレクサアプリを使って行う。セットアップするデバイスから「Amazon Echo」を選び、続いて「Echo Auto」を選んでいく。Echo Autoの取り付け方も選択しておく

 

本体への給電はUSB端子から行うものとし、それに活用するUSB端子付きシガーライターアダプターを付属しています。また、クルマへの取り付けは付属のエアベントマウントを使うか、エアベントへの取り付けが難しい場合はダッシュボード上などに直接貼り付けて利用することになります。今回は軽乗用車であるダイハツ・ムーヴに取り付けてみましたが、エアコンのエアベントへの取り付けは叶わず、後者の取り付け方法となりました。

↑ダイハツ・ムーヴにはダッシュボードの上に直付けして取り付けた。軽いので両面テープで十分固定できる

 

↑付属のエアベントマウントを使って取り付けた例。ルーバーが太めだと付かないことが多いようだ

 

試用感は想像以上に快適でした。基本的には大木氏の説明通り、家庭用のアレクサと同等の対応となりますが、音声で操作することの快適さが際立つのです。音楽を聴きたい時は「アレクサ、○○の曲かけて」と言えば、それだけでAmazon Musicから対象が絞り込まれて再生されます。スケジュールはあらかじめGoogleカレンダーなどとの連携が必要になりますが、「明日の予定は?」と呼びかけるだけです。つい、何ができるかいろいろと試してみたくなります。

↑アレクサは4つのカテゴリーで人々を便利にする

 

大木氏によれば「現段階では家庭で利用していたアレクサをそのまま車内へ持ち込んだフェーズに過ぎない。ユーザーの希望に応じて機能の拡張を果たしていく」と説明。つまり、今回のEcho Autoはアレクサを活用する第一歩に過ぎないと言うわけなのです。それはたとえばカーオーディオに限らず、クルマのキーの開閉やエンジンの始動といったことも可能になっていく可能性も十分考えられます。米国でも圧倒的支持を得ているアレクサだけに、今後の発展に向けて大いに期待したいところです。

 

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令和時代の速いだけではなくテクノロジーも超絶モノスゴい!【スーパーカー名鑑】(前編)

その名のとおり、“スーパー”なスタイリングや動力性能を備えるスーパーカーは、クルマ好きたちの心を魅了し、憧れの対象として存在している。最新技術を搭載し、芸術品のようなデザインをまとった、現代の最新スーパーカーを見ていこう。

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年9月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

#ハイパワー

#スタイリッシュ

#1000万円オーバー

#2ドアクーペ&オープン

#スポーティ

#限定車ではない

 

解説&採点

自動車評論家

永福ランプ(清水草一)

スーパーカーは人類の夢である!
本誌連載のほか、様々な媒体で活躍中のベテラン評論家。これまでに購入した49台のクルマのなかには、フェラーリやランボルギーニも含まれ、オーナーならではのリアルな意見を持つ。

 

勲章かファッションか? 現代のスーパーカー事情

スーパーカーとは、「他人より圧倒的に速く走りたい」という幻想を物体化したものだ。

 

人類誕生以来、より多くの獲物を得るために、高速移動は最大級の力だった。最初は足の速い者が勝ち、続いて馬などの動物に乗る者が勝ち、それが自動車となった。その自動車において、物理的にも視覚的にも飛び抜けた速さを実現してくれるであろう乗り物。それがスーパーカーなのである。

 

しかし現在、人類のスピードへの情熱は急激に冷めている。これ以上速く走っても何の意味もないことが明白になったからだ。

 

現在のスーパーカーは、それがかつて与えてくれた獲物の幻想を振りまくための、単なる勲章に近づいているが、なぜか需要は、年を追うごとに増加している。

 

かつてスーパーカーは、イタリア人にしか作れないと言われ、イタリアの独占産業だったが、グローバル化の波はここでも例外ではなく、ドイツ人もイギリス人もそして日本人も、スーパーカーの開発に乗り出している。スーパーカーは、買う者だけでなく作る者にも、大きな勲章をもたらしてくれるからだ。

 

ところで、現代のスーパーカーは、本当に単なる勲章、あるいはファッションなのか。

 

否である。

 

乗ってみればわかるはずだ。スーパーカーがやはり人類の夢であることを。他人より速く走れるという事実が、それがたとえ可能性に過ぎなくても、本能的な快楽をもたらしてくれることを。スピードというものは、現実ではなく可能性というだけでも、麻薬的な快感なのだ。

 

ただ、スーパーカーは、基本的には見て楽しむものだと考えている。スーパーカーは、買うには高価すぎても、見るだけでも楽しめるように作られている。だからこそスーパーカーなのだ。

 

いまもイベントには多数の入場者が!

↑清水氏主催の「大乗フェラーリミーティング」には、オーナーだけでなく、毎年大勢のスーパーカーファンが集結する

 

【SUPER CAR 01】Ferrari[フェラーリ]

「レースのため」に生まれたスーパーカーブランドは、いまも世界の注目の的。ファンの欲望を満たすためにラインナップは増えたが、根幹にあるものは揺るがない。

 

歴代V8モデルへの敬意が込められた傑作

フェラーリ

F8トリブート

3305万円

488GTBの後継車にして、8気筒ミッドシップシリーズの最新モデル。車名は過去のV8モデルへの敬意を表し、様々な意匠も受け継いでいる。2019年に日本導入が始まったばかりで、まだ公道で見られる機会はほとんどないが、スパイダーモデルもすでにスタンバイ中だ。

SPEC●全長×全幅×全高:4611×1979×1206mm●パワーユニット:3.9LV8ターボエンジン●最高出力:720PS/8000rpm●駆動方式:MR●最高速度:340km/h

 

<This is SUPER!>

華麗で開放的なオープンモデル

「F8トリブート」のオープンバージョンとして、約半年遅れで2019年9月に発表されたのが「F8スパイダー」。各種性能はクーペと同等で、電動リトラクタブルハードトップが搭載される。

 

エレクトロニクスと伝統が融合した形

F1レベルで空力性能が追求されたデザインは、フェラーリ社内のデザインチームによるもの。かつてのV8シリーズに搭載されていた、リアの丸型4灯式ランプが採用されている。

 

強化された心臓をボディ中央に搭載

ミッド(車体中央)に搭載されるV型8気筒ターボエンジンは、伝統の赤いヘッドカバーを装着し、先代モデルの488より強力な、最高出力720PS、最大トルク770Nmを発揮。ターボながら息継ぎを感じさせないスムーズな加速を実現する。

 

<永福’s Check>

458イタリアをベースに、V8エンジンをターボ化したのが488GTBだが、それをさらに進化させた。デザインは空気力学に基づいたもので、とてつもない速さと操作性を両立させている。

 

F1を戦うメーカーの主役はミッドシップ

フェラーリはクルマの女王。スーパーカー界の頂点に君臨する太陽神である。

 

そのルーツはレースにあり、簡単に言えば、「F1を戦うためのレーシングチームが、資金稼ぎのために市販車も作り始めた」というのが発端だ。市販車をPRするためにレースに参戦している一般的な自動車メーカーとは、そもそも立脚点が違う。だからこそ、世界中から段違いの尊敬を集めているのである。

 

そんなフェラーリも、現在は近代的なビジネスモデルを導入。プレミアム性を維持しつつ販売の拡大を図ったことで、生産台数は年間1万台を超えた。これは、20年前の2倍以上だ。

 

販売台数拡大のため、ラインナップも充実させている。かつては12気筒と8気筒、大小2モデルというのが定番だったが、現在は6モデル(+限定モデル)。なかでもポルトフィーノとローマは、気軽に乗れるFR(フロントエンジン・リアドライブ)の2+2オープン&クーペで、「富裕層の奥様のお買い物用フェラーリ」とも言われる。

 

が、フェラーリの魂はあくまでレースにある。つまり本当の本気モデルは、エンジンを車体中央(運転席の後方)に置く、2人乗りのミッドシップモデルのみ。現行車でいえば、F8トリブートこそ正統な姿だ。

 

[OTHER MODEL]

従来モデルのハイスペック版

488ピスタ

4012万円

2018年に発表された488のハイパフォーマンスバージョン。各所にカーボンパーツを採用して大幅に軽量化されたほか、出力の向上や、空力性能の見直しなども図られ、走りのダイナミックさがレーシングカーレベルにまで引き上げられている。

 

快適なグランドツーリングモデル

ポルトフィーノ

2576万円

3.9LV8ターボエンジンをフロントに搭載した4シーターオープンモデル。電動開閉機能を持つハードトップを備え、排気音を変化させることも可能で、スポーティなクーペの走りと優雅なオープンカーの走りをどちらも楽しめる。

 

最高の性能を備えたフラッグシップ

812スーパーファスト

3910万円

現在のフェラーリの量産車におけるフラッグシップモデルで、最高出力800PSを誇る6.5LV型12気筒エンジンを搭載する。電動パワステや車体電子制御システムなど、数多くのハイテクデバイスも採用され、圧倒的な走行性能を実現している。

 

COMING SOON…

古都の名を冠された美麗クーペ「ローマ」誕生!

2020年に日本で発表されたばかりのフェラーリ最新モデル。フェラーリらしいハイパフォーマンス性能を備えながら、エレガントなデザインが採用された4人乗りクーペモデルで、1950〜60年代のローマで見られた世界観を現代的に造形化した。2021年以降の納車が予定されている。

 

【SUPER CAR 02】Lamborghini[ランボルギーニ]

名車「カウンタック」を生み出した、知名度ナンバーワンブランド。現在V12エンジンとV10エンジンの2車種をラインナップする。

 

後輪駆動も選べるV10モデル

ランボルギーニ

ウラカン

2653万9635円〜3611万362円

現代のランボルギーニでは4WDモデルが主流だが、「RWD」と銘打たれた最新シリーズは後輪駆動。上はオープンモデルの「RWD スパイダー」で、クーペと同じ最高出力610PSを発揮する5.2LV10エンジンが搭載されている。

SPEC【RWD スパイダー】●全長×全幅×全高:4520×1933×1165mm●パワーユニット:5.2LV10エンジン●640hp/8000rpm●駆動方式:MR●最高速度:325km/h

 

<This is SUPER!>

後輪駆動仕様の追加で、より軽快な走りを実現

クーペの後輪駆動モデル「ウラカンEVO RWD」。4WDモデルとは異なる外観デザインが施されている。

 

<永福’s Check>

V10エンジンを積むランボルギーニの「小さいほう」だが、トータルの性能ではアヴェンタドールをしのぐピュアスポーツだ。

 

スーパーカーの王様はビジネス的にも大成功

ランボルギーニはスーパーカーの王様。スーパーカー=ランボルギーニと言ってもいい。創業者は、所有していたフェラーリへの不満から自分自身でスーパーカーを作ってやろうと考え、フェラーリからも多くの技術者を引き抜いて、それを実現したというから驚きだ。

 

現在、スーパーSUV「ウルス」が絶好調で、販売台数でもフェラーリに迫っているが、まもなくアヴェンタドールもフルチェンジし、ハイブリッドスーパーカーに生まれ変わる。もはやスーパーカーも、ハイブリッドでないと生き残れない時代はすぐそこまで来ている。

 

[OTHER MODEL]

不動の人気を誇る名車の現代版

アヴェンタドール

5033万3653円〜6285万7448円

カウンタックの系譜を受け継ぐフラッグシップモデルで、V12エンジンが搭載されている。「S」と「SVJ」、それぞれにクーペとオープンモデルが設定される。

 

【SUPER CAR 03】MASERATI[マセラティ]

エレガントな雰囲気を持つラグジュアリーブランド。グラントゥーリズモの生産は終了し、注目はプロトタイプが公開された次期型に集まる。

 

新型スーパースポーツの最新イメージ!

↑次期型グラントゥーリズモとされる「MC20」のティーザー写真が公開された。「MC」は「マセラティ コルセ」、「20」は「2020年」の意味だ

 

すでに一部発表された新型スーパーモデルの姿

フェラーリやランボルギーニとは趣の異なる、気品あふれるイタリアの伝統的ブランドとして高い人気を誇るのがマセラティだ。現在は、イタリア最大の自動車会社であるフィアットの傘下としてFCAグループに属している。

 

同社のスーパーカーといえば、2ドアクーペ&オープンのグラントゥーリズモだが、昨年末で生産終了。現在、日本では在庫のみの販売となっている。

 

気になる次期型モデルに関して、マセラティは今春、今年9月の正式発表が予定されている新型スーパースポーツカー「MC20」の写真(上)を一部公開した。

 

プロトタイプということでカムフラージュが貼り付けられており、デザインは判別しづらいが、エアインテーク(空気取入口)がドア後方に位置することなどから、ミッドシップである可能性が高い。そうなれば、さらに一段階上のスポーツ性能も期待される。

 

新規オーダーはすでに終了

2007年の発表以来、世界中で販売されてきたグラントゥーリズモだが、すでに日本ではオーダーストップとなっている。

 

最後の1台はオークションで

最後の特別限定車「グランフィナーレ」。購入はオークション制で入札された。

 

【SUPER CAR 04】CHEVROLET[シボレー]

アメリカで生まれたスポーツカーは、ハイパワーやビッグボディを特徴とする。長い歴史を持つシボレーのハイパフォーマンスモデル、コルベットはその代表格だ。

 

看板車種のミッドシップ化は、同社の歴史を揺るがす大革命

シボレー

コルベット

1180万円〜1400万円(予定)

世界最大の自動車メーカー「GM」のサブブランド「シボレー」が送り出すスーパースポーツカー。新型は8代目となり、歴代モデルで初めてエンジンをミッドシップ搭載。1月の東京オートサロンで実車が日本初公開され、予約受付が開始された。

SPEC●全長×全幅×全高:4630×1934×1234mm●パワーユニット:6.2LV8エンジン●最高出力:495PS/6450rpm●駆動方式:MR●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>

トレンドに沿った「見えるエンジン」

新型に合わせて新開発された6.2LV型8気筒エンジンは、リアウインドウ越しに眺めることができる。パフォーマンス向上のため、従来のフロントではなく車体後方に搭載されることに。

 

伝統を大切にして従来ファンも納得

2代目モデルからずっと引き継いできたリアの4灯ライトは新型でも採用。リアデザインも迫力が増している。

 

気持ちを高揚させるコックピット的配置

ドライバーを包み込むコックピットのようなインテリアのデザイン。従来モデルのイメージが引き継がれている。

 

実用性を疎かにしないアメ車らしい合理的設計

エンジンをミッドマウント化するも、ボディ後端にはトランクを設置。写真で見る限りゴルフバッグも収納可能だ。

 

<永福’s Check>

新型コルベットは、ミッドシップとされたことで、見た目も性能もまるでフェラーリのようになったが、価格は1180万円からと、フェラーリの半額以下。そう考えると超お買い得である。

 

伝統を守りながら革新的な変化を実践

シボレーはアメリカでは「シェビー」と呼ばれ、広く親しまれているGMの一ブランドだが、アメリカ唯一のスーパーカーともいうべきコルベットを持つ、特別なブランドでもある。

 

コルベットは、アメリカの魂を守るべく、フロントに積まれたローテクなOHV大排気量エンジンにV8重低音を奏でさせて、後輪を駆動するのがお約束だった。

 

ところが今年発表された新型は、欧州のスーパーカー同様、エンジンを車体中央(運転席後方)に置くミッドシップに大変身。ボディ形状がフェラーリのようになり、速さでもフェラーリやランボルギーニとガチで戦う準備を整えた。

 

ただしエンジンは、相変わらずローテクなOHV。「デロデロデロ〜」というアメリカンV8サウンドをキープしている。守るべき伝統を持つことは、スーパーカーにとって必須事項なのである。

 

【SUPER CAR 05】PORSCHE[ポルシェ]

伝統を守りつつ最新モデルをアップデートし続けるドイツの雄。緻密なスポーツマシンでありながら、実用性の高さも備え、いつの時代もトップクラスの人気を誇る。

 

伝統を守りつつ前進し続ける、高精度なジャーマンスポーツ

ポルシェ

911

1398万円〜3180万円

ポルシェの代名詞的なモデル「911」は、丸型ライトやボディ後方に搭載される水平対向エンジンなどの特徴を受け継いできた普遍的なスポーツクーペ。ハイパフォーマンスグレード「ターボS」(上写真)は、今春から予約受注が開始された。

SPEC【ターボS】●全長×全幅×全高:4535×1900×1303mm●パワーユニット:3.8L水平対向6気筒ツインターボエンジン●最高出力:650PS/6750rpm●駆動方式:RR●最高速度:330km/h

 

<This is SUPER!>

快適性が損なわれないオープンモデル

スポーツモデルとしてスタンダードなボディ形状である「クーペ」と「カブリオレ」に加え、乗員の上部分のルーフのみ電動開閉する「タルガ」もラインナップ。

 

RRの駆動方式と美麗なルーフライン

リアにエンジンを搭載し、リア駆動する「RR」は、911の伝統のひとつ。同時に、ボディ後端までなだらかなラインを描くリアスタイルも911の特徴となっている。

 

<永福’s Check>

圧倒的な動力性能とスーパーカーらしからぬ操縦性。911はいつの時代も911。パッと見、旧型と見分けるのすら難しいが、中身は確実に前進を続けている。それがポルシェ911の真髄なのだ。

 

スーパーカーらしからぬ実用性の高さを備える

ポルシェがスーパーカーであるか否かは、昔からマニアの間で議論されてきたが、現在では「911の上位&限定モデルは間違いなくスーパーカー」というあたりで決着を見た。

 

911がスーパーカーではないと言われる最大の理由は、そこそこの実用性を持っていることにある。狭いながらも後席があり、子どもや荷物を載せるのに便利。それでいて本格的な速さを持つ、究極の実用スポーツカーなのだ。

 

新型911はまだ出たばかりで、本物のスーパーカーと言えるグレードの登場はこれからだが、通常モデルでもその速さは間違いなくスペシャルだ。

 

なにしろポルシェには、妥協というものがない。作り込みの精度は、スーパーカーの本場・イタリアとはひと味違う。ポルシェはスーパーカーでなくても、ポルシェであればいいのである。それが長年多くのファンを虜にする理由だ。

 

[OTHER MODEL]

4気筒エンジンをミッドシップ搭載

718ケイマン

740万6668〜885万926円

911の弟分として2005年に誕生した2シータースポーツクーペが「ケイマン」。2016年に登場した現行型では「718」のサブネームが付く。4気筒ターボエンジンをミッドシップ搭載し、軽快な走りを堪能できる。

 

オープンドライブを満喫できる小型モデル

718ボクスター

780万3890〜924万8148円

ケイマンに先駆けて1996年にデビューしたのが、2シーターオープンモデルの「ボクスター」だ。現行型は4代目となり、ケイマン同様、「718」が付いた。オープンエアを堪能できる、軽量コンパクトなモデルだ。

 

【SUPER CAR 06】BMW[ビー・エム・ダブリュー]

ラグジュアリーブランドのなかで、最も“走り”のイメージが強いのがBMW。フラッグシップたる2ドアモデルは、スーパーカー級の走行性能を持つ。

 

気品あふれるラグジュアリーGT

BMW

8シリーズクーペ

1193万円〜2444万円

2018年に日本導入が開始された、同ブランドのフラッグシップクーペ&オープンモデル。ベースモデル登場後、ディーゼル搭載モデル、ハイパフォーマンスな「M」モデル、さらに今春には直列6気筒エンジン搭載モデルも追加されている。

SPEC【M850i xDriveクーペ】●全長×全幅×全高:4855×1900×1345mm●パワーユニット:4.4LV型8気筒ツインターボエンジン●最高出力:530PS/5500rpm●駆動方式:4WD●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>

4人乗りで実用性も高く、快適なドライブも実現

後席には2人乗りシートを備える。快適なクルージングも可能で、他のスーパーカーとは一線を画す実用性の高さを誇る。

 

スポーティな走行性能とオープンの開放感を両立

クーペモデルに加え、オープントップを備えた「カブリオレ」もラインナップ。卓越した走行性能に加え、優雅さを備える。

 

<永福’s Check>

さすがにボディが大きくて重いので、ピュアスポーツカーではないが、最上位の「M8」は、スーパーカーと呼ぶにふさわしい。

 

近未来型ハイブリッドスポーツ

BMW

i8

2135万〜2276万円

近未来的なスタイルのボディに革新的なプラグ・イン・ハイブリッドシステムを搭載する、スーパーカーの未来像ともいえるクーペ&オープンモデル。モーターのみで30km以上の走行が可能。今春で生産が終了し、現在は在庫のみの販売。

SPEC【クーペ】●全長×全幅×全高:4690×1940×1300mm●パワーユニット:1.5L直列3気筒エンジン+モーター●エンジン最高出力:231PS/5800rpm●駆動方式:4WD●最高速度:非公表

 

<This is SUPER!>

ドアの開閉だけでスーパーカー感抜群

BMWが「シザー・ドア」と呼ぶ左右のドアは、上方へ開くタイプ。ドア素材にはカーボン強化樹脂が採用されている。

 

オープン状態でも強烈なスタイリング

オープンモデルの「ロードスター」もラインナップ。シート後方の2つのエアダムが、効果的に空力調整する。

 

<永福’s Check>

3気筒の1.5Lと聞くと「えっ!?」となるが、モーターの出力が強力なのでかなり速い。デザインは今でもスーパーカーの頂点級だ。

 

未来を見据えた開発技術でスーパーモデルを生み出す

BMWをスーパーカーメーカーだと考える人は皆無だが、性能やデザインを見れば、スーパーカー級のモデルは存在する。

 

BMWとは、「バイエルンエンジン製造会社」の略で、昔からエンジンに命を懸けている。「シルキー6」と呼ばれる、絹のように滑らかな直列6気筒エンジンがその代表だが、BMWのV8ツインターボエンジンには荒々しいまでのパワー感があり、スーパーカーに十分肩を並べている。

 

一方では電動化にも力を入れており、効率を極めるべく3気筒エンジンの開発にも熱心だ。どこから見てもスーパーカー級にカッコいいi8は、3気筒エンジンを持つプラグ・イン・ハイブリッド車。時代に先駆けすぎたせいであまり売れなかったが、新しい提案だった。スーパーカーはある意味恐竜のような存在だが、BMWはそこで先を行っている。

 

 

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【最速インプレ】車内が「Wi-Fi繋ぎ放題」になる「車載用Wi-Fiルーター」がカロッツェリアから登場。使い勝手は? どんな人に向いてる?

昨秋、カロッツェリアのフラッグシップ、サイバーナビの新機能は衝撃だった。NTTドコモの車両用通信サービス「docomo in Car Connect」に対応。定額でLTE通信が使い放題に。クルマの中で、YouTubeや映像系サブスクを観たり、PCを広げて仕事ができたりと、自宅やオフィスと変わらない空間を構築できるようになったのだ。

 

↑今夏、筆者もサイバーナビを使ってクルマからリモートワークをしてみた

 

特に、新型コロナウイルスの感染拡大を経た今春以降はクルマのあり方が激変。「おうち時間」ならぬ「くるま時間」を充実させるデバイスとして唯一無二の価値を提供しているプロダクトだ。

 

とはいえ、純正カーナビしか付けられない車両が、特に新車では増えているし、カーナビを新しく買い直すという選択肢がない人もいるはず。サイバーナビを導入するという敷居の高さはあったのだ。

 

そんな人がいることをカロッツェリアはしっかりと把握して、次の、そしてまたもや画期的な手を打ってきてくれた。それが今回紹介する車載用Wi-Fiルーター「DCT-WR100D」。発売前に触る機会を得られたので、ファーストインプレッションをお届けしていこう。

 

【今回紹介する商品】

カロッツェリア

車載用Wi-Fiルーター DCT-WR100D

12月発売予定

希望小売価格2万7500円(税込)

 

シガーソケットさえあれば、車内がWi-Fi使い放題に

まず概要をお伝えしていこう。本商品はサイバーナビ同様、「docomo in Car Connect」に対応したデバイス。タブレット菓子のケースほどの小さな本体をセンターコンソールやインパネ周辺に固定。付属の電源ケーブルをシガーソケットに挿す。そして開通設定をすると、その日からNTTドコモのLTE回線が使い放題になる。カーナビではなく、車載用のWi-Fiルーターなのだ。

 

対応車種はシガーソケットがある乗用車なら基本的にOK。新型車だろうが旧車だろうが、どんなクルマもWi-Fi機能を持たせることが可能だ。もちろん、カーナビにWi-Fi接続機能があるモデルの場合、カロッツェリア製品でなくても接続できる。

 

手順はギャラリー形式でまとめたが、機器類が苦手な人でも迷うことなく設定できる内容だった。

【手順ギャラリー(画像をタップすると閲覧できます】

 

さて、1点だけ。本商品、「車載用」を謳うだけあり、動作条件は理解しておく必要がある。下記にテキストと図でまとめてみた。

・走行中は無制限で回線を利用可能(青の部分)

・エンジンスタートから30分間までは回線を利用可能(水色の部分)

・停車後エンジンオンであれば、1時間までは回線利用可能(水色の部分)

・停車中の利用時間が経過するとエンジンオンでも利用不可(ピンク色の部分)

 

要は、走行中は無制限、停車中は一定の制限時間があるということ。実際の利用実態に即した内容にもなっている。

 

確かに、エンジンをスタートして目的地を設定したり、荷物を積み込んだりしても30分以内には出発するだろうし、PA/SAやコンビニで同乗者を乗せたままトイレ休憩や買い物をしても1時間以内には必ず出発する。不便を感じることはないはずだ。

 

スマホつなぎ放題だけじゃない魅力

さて、この車載用Wi-Fiルーター「DCT-WR100D」、実際にどんな使い方ができるのか。もちろん、スマホをWi-Fi接続して通信し放題、というのが筆頭に挙がるのだが、それだけではない。4点ほど試してみたので紹介していこう。ちなみに、様々なケースや場所で通信してみたが、NTTドコモのLTE回線のため、移動中でも通信はまったくストレスなく使えたというのを先にお伝えしておこう。

 

①HDMIケーブルでスマホの映像をナビやディスプレイオーディオに出力

HDMIケーブルが挿せるカーナビやディスプレイオーディオを持っている人にまず楽しんでもらいたいのがこの方法。スマホと本商品をWi-Fi接続し、HDMIケーブルでスマホとカーナビやディスプレイオーディオをつなぐ。これによって、Netflixなどの映像サブスクサービスをスマホ画面でなく大きな画面で楽しむことができる。また、AmazonのFire TV StickをナビやディスプレイオーディオとHDMI接続すれば、Amazonプライム・ビデオの映像を視聴可能だ。

 

個人的におすすめなのが、スマホとWi-Fi接続はしつつ、スマホとナビやディスプレイオーディオとはBluetoothで接続する方法(上写真)。この方法は映像こそ表示されないが、音はカーオーディオから出るので音はバッチリいい。

 

なぜこれがおすすめなのか? 最近は、オンラインライブなどのアーティストのライブ配信が増えている。多くのライブは生配信後、1週間程度はアーカイブ配信をしているので、配信当日は自宅でしっかりと観て聴く、その後1週間は余韻に浸りながらドライブ中に音を聴くといった楽しみ方ができるのだ。

 

というのは今風の楽しみ方であるが、「運転中は画面が見られないから映像はいらないんだけど、動画の音はいい音で聴きたいんだよね」という人にジャストの使い方と言えるだろう。

 

②後席でもエンタメ映像や音楽を楽しむ

スマホやFire TV StickをHDMI接続して映像サービスを楽しめることは①で説明したが、これは前席だけの特権ではない。後席にプライベートモニターやフリップダウンモニターを設置すれば、後席でも様々なエンタメソースを視聴可能だ。渋滞で同乗者や子どもたちが退屈しても安心というやつである。

 

なお、プライベートモニター自体にもHDMIケーブル端子が用意されているので、スマホやFire TV Stickを接続すれば、後席で単独で映像を楽しむことも可能。飛行機のモニターのように自分の好きなコンテンツで時間を過ごせるのだ。

 

昨今のアウトドア&キャンプがブームになっており、クルマで移動する時間が長くなっていると感じる。そして、withコロナの時代においては安心・安全の観点からクルマ移動が重視されていくはずで、乗車時間は長くなっていくと予想している。そんなときにクルマに乗っている時間も有効活用したいという人にはうってつけだ。

 

③タブレットやゲーム機などをつなげて遊ぶ

カーナビや後席モニターなどを導入するのはちょっと大掛かりという人でも、すでに持っている端末をWi-Fi接続すれば、あっという間にエンタメ空間に変わるのが、本商品のいいところ。最近の映像コンテンツは本体内にデータをダウンロードして持ち運びできるのが一般的だが、事前に準備し忘れるのが人の性である。また、最近のゲーム機は通信接続を前提としたタイトルも多い。子どもがクルマの中でFortnite(大人気のシューターゲーム)をやりたいと駄々をこねてもパケットを気にすることなく、ゲームを遊ばせることができる。

 

④短時間のPC作業や移動しながらオンラインミーティングをする

①〜③はオフの使い方がメインだが、④ではオンの使い方も紹介したい。本商品はPCやスマホがつなぎ放題(接続端末は最大5台)なので、仕事もできてしまう。先ほども述べたように、利用条件があるので、丸一日同じ場所で作業するには適さないが、クルマ移動を伴う働き方をしている人にはおすすめ。

 

取引先の訪問を終えて、ちょっとした事務作業を車内で行ったり、次の訪問先の移動時間に音声のみのオンライン会議を行ったり。会社支給のモバイルルーターがあればいいが、自前のスマホでテザリングしている方も少なからず多いと聞く。

 

あとは、これから拡大が見込まれるワーケション。パートナーや友人たちと出かけつつ、同乗メンバーは通信使い放題なので移動中に仕事ができる。クルマ酔いする人は厳しいし、「そこまでしてワーケションしたい?」という人もいるかもしれないが、選択肢の拡大としておすすめしていきたい。

 

クルマを持たない人でも持つ価値がある一台

ここまで、本商品の概要および使い方の例を紹介してきたが、あくまでクルマを持っている人を前提とした内容であった。が、この商品が素晴らしいと思うのは、クルマを持っていない人でも買うべき意味があるという点だ。

 

例えば、カーシェアを契約している人や、たまのクルマ利用はもっぱらレンタカーという人。この商品はシガーソケットさえあれば利用できるので、クルマを使うときに車内に持ち込んで接続すれば、環境を構築できる。週末の日帰り旅行や帰省の際に使えば、余計な通信費を抑えることが可能だ。

 

これまで車内でWi-Fi環境を構築しようと思うと、自前のスマホをテザリングする以外では、モバイルルーターが一番の解決方法であった。もちろん、モバイルルーターもデバイスとしては有効な手段ではあるが、契約が結構手間。解約手続きもかなりしんどいと個人的には思う。その点、この商品は買い切りで接続設定もdアカウントがあれば、すぐに使える。

 

この商品によって、カロッツェリアは「クルマをオンライン化する」を身近なレベルで実現している。本格的なナビゲーションおよびオーディオ環境と併せて使いたい人はサイバーナビを、オンライン環境に特化して構築したい人は本商品を、といったように自分に合った形で選択できるようになったのだ。

 

今後、MaaSといったモビリティの大変革が次々と起こっていくが、移動の手段だけでなく、クルマでの移動中の質を高めるという点で、カロッツェリアのオンライン化商品は非常に価値があるといえるだろう。

新世代「アイサイト」の進化に感動! 新型レヴォーグで「プリクラッシュブレーキ」を実体験レポート

10月15日に正式デビューする新型「レヴォーグ」。その目玉は何と言っても最新版「アイサイト」搭載でしょう。すでに始まっている先行予約では、半数以上が「アイサイトX」をオプションとして装備していると伝えられており、新世代アイサイトに対するユーザーの期待値はとても高いことが窺えます。その新世代アイサイトのプリクラッシュブレーキを先行体験する機会がありました。今回はその体験レポートをお届けしたいと思います。

↑新型「レヴォーグ」GT-H(左)とSTI Sport(右)

 

【関連記事】
新世代の「アイサイトX」は何がすごいのか? 「新型レヴォーグ」で体験した安全運転支援システムの最前線

 

プリクラッシュブレーキに追加された2つの機能

スバルは2030年に死亡事故をゼロにするとの目標を立てています。そのために、まず事故につながらないための技術としてアイサイトを実装。そのアイサイトも今回で4世代目に突入しています。新世代アイサイトでは、オプションで機能を大幅に拡充する「アイサイトX」を用意したことに注目が集まっていますが、実はそのベースとなるアイサイトの進化も目を見張るものがあります。それがプリクラッシュブレーキに追加された新機能です。

↑新型「レヴォーグ」 GT-H

 

プリクラッシュブレーキといえば大半が正面にある障害物への衝突を回避・軽減する機能を指します。しかし、新世代アイサイトでは“前側方プリクラッシュブレーキ”と“前側方警戒アシスト”の搭載により、出会い頭の衝突に対するプリクラッシュブレーキを搭載したのです。この実現は2つの新たな技術によってもたらされています。

 

一つはアイサイトの視野角拡大で、二つめは左右側方の障害物を捉える77GHzミリ波レーダーの追加です。この二重のサポートで側方より迫ってくるクルマを早期に捉えて警告。さらに、衝突の可能性が高まっているのに進行を続けると自動的にブレーキを作動させます。これによって交差する車両との衝突回避/軽減を行うのです。

 

体験では新世代アイサイトを搭載した2台の新型レヴォーグを使って行われました。無線で合図を送るともう一台の新型レヴォーグが見通しの悪い交差点へ接近。自車がそろそろと交差点へと進入すると、近づいた新型レヴォーグを検知して警報音でそれを報知したのです。通常ならここで停止して事なきを得ますが、体験ではわざと進行を継続。すると今度は交差点から出る前に、強制的にブレーキがかかって衝突を回避したのです。

↑新世代「アイサイト」ではカメラの視野角拡大とミリ波レーダーを併用することで出会い頭での衝突を回避することを可能にした

 

↑左側方から車両が近づいていることを検知。まずは軽いアラーム音と共に、メーター内とカーナビ画面上(丸印)で知らせてくれる

 

↑左側方からの車両と衝突の危険があるとシステムが判断すると、激しいアラーム音と共に自動的にブレーキ制御が入る。停止後にブレーキを踏むとアラーム音は消える仕組みだ

 

このデモはこれだけにはとどまりませんでした。右折時に横断歩道を渡っている歩行者に対してもプリクラッシュブレーキを動作させたのです。交差点で右折をしようとして待っていたとき、交差するクルマが停止して行かせてくれることがあります。譲られた方としては、その感謝に応えようと急いで右折しようとしますよね。しかし、その先には同じように車が止まってくれたことで横断しようとしていた歩行者がいる可能性もあります。もし、この歩行者に気付かなければそれこそ大変な事態に陥ります。新しいアイサイトではこうしたシーンでも歩行者を認識して衝突を回避・軽減してくれるのです。

↑新世代アイサイトが歩行者を検知して自動的にブレーキ制御を作動させた時の様子。歩行者の動きも予測して認識できる

 

↑歩行者の存在をアイサイトが検知したとき、車内では警報と共に「前方注意」のアイコンをメーター内に表示してブレーキを自動的に作動させる

 

新機能“前側方プリクラッシュブレーキ”と“前側方警戒アシスト”

 

ただ、すべてのシーンで対応できるわけではありません。認識できるのはあくまでセンサーが人として認識した場合のみ。歩行者の場合は身長が1m未満の子供や腰の曲がった老人などは認識しにくいようで、もっと言えば傘を差していたりすると形状認識がどうしても難しくなってしまうそうです。システムに100%頼りっきりになるのではなく、これはあくまでドライバーのミスをサポートしてくれるシステムなのです。

 

この体験を終え、一連のシステムの開発に関わった方にお話を聞くこともできました。それによると、このプリクラッシュブレーキを実現するにあたっては従来のシステムでは対応できなかったというのです。それが従来の負圧式のブレーキブースターではなく「電動ブレーキブースター」を採用したことです。

 

シャシー設計部の佐藤 司さんは「今までのブレーキでは反応速度や制動力で限界があった。新世代アイサイトでは、交差点での出会い頭の事故や歩行者との衝突を避けることを目標としており、従来の負圧を利用したブースターでは満足できる性能が発揮できない。コストは上がるけれどもこの実現のために敢えて採用した」と、採用に至った経緯を明かしてくれました。

↑交差点でのプリクラッシュブレーキを実現するため、コストアップになっても電動ブレーキブースター(左)搭載に踏み切ったと話すシャシー設計部の佐藤 司さん

 

実はガソリン車でプリクラッシュブレーキを動作させる際は、ESC(横滑り防止装置)を使って制動力を発生させています。直線路では時間的にもわずかに余裕があって対応できますが、交差点では制動に必要な距離が短いことから素早い対応が欠かせません。しかし、負圧を発生しない電動車では電動ブレーキブースターが採用されていますが、ガソリン車などでは一部高級車で採用されるのみでした。とはいえ、センシングで認知できても事故につながらないようにしなければ意味がなくなります。新世代アイサイトではこの搭載がコストアップにつながっても、あえてこの採用を決めたというわけです。

↑運転席側ボンネット内に設置された電動ブレーキブースター。佐藤さんによれば負圧式と比べて形状が複雑で設置場所を生み出すのに苦労したそうだ

 

プリクラッシュブレーキを実際に体験

そして、最後のデモとして用意されたのが、「ぶつからないクルマ」としてアイサイトの存在を一躍知らしめたプリクラッシュブレーキの体験会です。この日は渋滞の最後尾を検知して自動停止するケースを想定して実施されました。新世代アイサイトではぶつからずに停止できる速度域を従来の50km/hから60km/hに引き上げていますが、それを実際に体験するものです。一般的に停止できるまでの制動距離は速度に2乗に比例して長くなりますから、多くのクルマがぶつからないで停止できる速度域を30km/h前後としていることを踏まえれば、この実力は相当なものであると言えます。

 

体験は新型レヴォーグが60km/hまでフル加速し、念のため、オーバーライドを防止するために指定された位置でアクセルを離してデモは進められました。同乗デモでは助手席に乗車して体験。ドライバーからは「仮想車両までノーブレーキで突っ込みますので、カバンなど手荷物はしっかり掴んでいて下さいね」と念押しされてスタートしました。

↑障害物をアイサイトが検知すると車内では、アラームと共にメーター内とカーナビ上に「前方注意」の警告が表示される

 

アッという間に速度は予定を超える65km/hにまで上昇。一瞬、これで大丈夫か? と思う気持ちをよそに目標物を見つけるとシステムは自動的に警報音を作動させ、ドライバーが対応しないでいると制動を効かせて急減速。さらに近づいたところでダメ押しともなる強力な制動力で無事に停止することができました。

↑時速60キロを超える速度でもぶつかることなく停止できた新型レヴォーグのプリクラッシュブレーキ

 

プリクラッシュブレーキの体験会

 

高速道路ではもっと速度域が高い可能性もありますが、警報を鳴動させることでドライバーに対して注意喚起ができるわけで、仮に間に合わずに最後尾の車両のぶつかってしまった場合でも速度を下げることでダメージを大きく引き下げられるのは間違いありません。

 

他にも新型レヴォーグでは、インプレッサにも採用された「歩行者保護エアバッグ」を標準で搭載しています。事故につながらない予防安全がアイサイトの役割ですが、それでも事故が避けられなかった時にそのダメージを最小限にとどめるべく徹底したこだわりをもって対応しているのです。“2030年の死亡事故ゼロ”を目指すスバルが新型レヴォーグでその目標に向けて大きな一歩を踏み出したと言えるでしょう。

↑インプレッサ、XVに続いて、新型レヴォーグにも歩行者保護用エアバッグが標準装備されている

 

↑助手席にはシートベルトの効果を高めるために座面にはエアバッグを組み込む。日本仕様では初採用となった

 
 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

 

なぜ?どうして?「近鉄田原本線」−−とっても気になる11の不思議

おもしろローカル線の旅66 〜〜近畿日本鉄道・田原本線(奈良県)〜〜

 

日本各地には、ちょっと不思議で、乗ってみたいと思わせる路線があるもの。筆者はついそうした路線を見つけると、行ってみたくなる。近畿日本鉄道(以下「近鉄」と略)の田原本線(たわらもとせん)もそうした路線だ。

 

起終点駅ともに近鉄の駅が間近にありながら、駅は異なり線路が結ばれていない。ほかにも疑問が多数出現する“おもしろい路線”なのだ。そんな不思議な路線に乗車しようと奈良県の王寺駅へ向かった。

*取材撮影日:2020年1月31日、2月2日、9月21日

 

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海と楽しいキャラクターが迎える「ごめん・なはり線」−−心ときめく12の秘密

 

【田原本線の不思議①】大手私鉄では珍しい“孤立路線”の一つ

↑田原本線の佐味田川駅〜池部駅間を走る8400系。沿線に住宅街が多い路線だが、こうした緑の中を走る区間もある

 

初めに、近鉄田原本線の概要を見ておきたい。

路線と距離 近畿日本鉄道・田原本線/新王寺駅〜西田原本駅10.1km *全線単線・1500V直流電化
開業 1918(大正7)年4月26日、大和鉄道により新王寺駅〜田原本駅(現在の西田原本駅)間が開業
駅数 8駅(起終点駅を含む)

 

まずは、この路線の不思議なところは、起点駅の新王寺駅と、終点駅の西田原本駅(にしたわらもとえき)の両駅とも、近くに近鉄の駅がありながら、駅が異なっているということ。しかも隣接する駅とは線路が結びついていない。詳しい駅の造りは、後述するとして、新王寺駅は、近鉄生駒線の王寺駅と130m(徒歩2分弱)ほど離れている。西田原本駅は、近鉄橿原線(かしはらせん)の田原本駅と60m弱離れている。ここで名前をあげた3路線すべて、線路幅が1435mmと同一であるのにもかかわらずである。

 

こうした大手私鉄の路線網で自社他線との接続がない路線を“孤立路線”と呼ぶことがある。田原本線は隣接して走る橿原線と連絡線があり、回送電車がこの連絡線を通って行き来するものの、直通電車は走っていない。起終点の駅の同一会社同士の駅の離れ方は、他に例を見ない微妙な“孤立ぶり”である。

 

なぜ、孤立路線となったのだろう。それこそ同路線の微妙な歴史が隠されていたのだった。

 

【田原本線の不思議②】最盛期には桜井まで路線が延びていた

下の写真は昭和初期の鉄道路線図である。王寺駅と桜井駅との間を「大和鉄道」という鉄道が走っていたことが分かる。当時の路線図には南海はあるが、近鉄の名前は載っていない。なぜ載っていないのだろう……。

↑東京日日新聞の1928(昭和3)年元旦発行版の付録「全国鐵道地圖」には「大和鉄道」という路線名で田原本線が掲載されている

 

田原本線は大和鉄道という会社により1918(大正7)年4月26日に、現在の路線区間が開業した。その後に、路線は1928(昭和3)年に桜井駅まで延伸している(旧田原本駅〜桜井駅間は1958年に廃止)。この路線図は延伸当時のものだ。開業当時の線路幅は1067mmで、蒸気機関車が牽引する列車が往復した。

 

大正・昭和初期は、奈良県内の鉄道路線網が大きく変っていった時代でもある。大阪電気軌道(上記図内にあり)が、大阪線や、畝傍線(うねびせん/後の近鉄橿原線)を開業させたことから、大和鉄道は経営が悪化していく。大阪電気軌道こそ、近鉄の前身となった会社だ。大阪電気軌道はその後に関西急行鉄道となり、さらに太平洋戦争中の1944(昭和19)年に近畿日本鉄道と名前を改めた。南海電気鉄道(当時は南海鉄道)を含め関西圏のいくつかの鉄道会社が合併して生まれた。戦時下という特殊事情のなか、一時期にせよ近鉄の名のもとに大同団結している。

 

大和鉄道は大阪電気軌道の傘下に加わっていたものの、この時代、創業当時の会社のままで終戦を迎えている。

 

大和鉄道を取り巻く状勢が変化したのは、戦後しばらくたってから。現在の近鉄生駒線を運営していた信貴生駒電鉄(しぎいこまでんてつ)が1961(昭和36)年10月1日に大和鉄道を合併した。さらに1964(昭和39)年10月1日に信貴生駒電鉄が近鉄に吸収合併された。そして現在に至る。大和鉄道時代に、すでに近鉄の前身にあたる会社の傘下にありながら、戦時下に合併されることなしに、戦後まで会社が存続していたこともちょっと不思議に感じる。

 

【田原本線の不思議③】走るのは町のみという路線も珍しい

さて、路線の歴史的な経緯も不思議ならば、走る路線区間もなかなか珍しいことが一つある。路線全線がみな町を通っていることだ。

 

起点となる新王寺駅は、JR王寺駅に隣接している。同駅は関西本線、和歌山線、近鉄生駒線と、利用者が多い乗換駅。駅周辺は、ビルも建ち並び、なかなか賑やかだ。ところが、ここは王寺町(おうじまち)と町の駅である。ここから田原本線の路線は河合町(かわいちょう)、広陵町(こうりょうちょう)、三宅町(みやけちょう)、田原本町(たわらもとちょう)と町のみを走る。

 

全国では平成の大合併で多くの町村が消えて、市となったが、奈良県のこの地区は、合併がなかったわけである(正式には合併交渉が頓挫していた)。ちなみに王寺町の南隣に香芝市(かしばし)があるぐらいで周辺にも市が見当たらない。日本の鉄道路線で市を通らない例は、他に南海多奈川線(たながわせん)と、名鉄知多新線が見られるぐらいで、非常に希少な例なのだ。

↑路線図を見ると市制をとる自治体はなく、みな町のみとなっている。こうした路線の例も珍しい

 

【田原本線の不思議④】起点の新王寺駅の離れ方を写真でみると

ここからは沿線を旅して見聞きしたことを報告していこう。まずは起点となる新王寺駅から。この新王寺駅、近鉄の王寺駅からは直線距離にして130mほど離れている。ちなみに新王寺駅の駅舎はJR王寺駅の中央改札口へ上る北口階段のすぐ下にある。新王寺駅は駅舎こそ小さめだが、駅前にSEIYUが建ち賑やかだ。

 

一方の近鉄生駒線の王寺駅はJR王寺駅の西側にあり、JRの西改札口の隣に改札がある。こちらは新王寺駅前に比べると賑わいに欠ける。この差は興味深く感じた。半世紀以上前に大和鉄道の経営から離れ、信貴生駒電鉄、さらに近鉄と同じ会社になったのだから、線路を直接、結ぶことになぜ至らなかったのか、不思議に感じるところである。

↑田原本線の新王寺駅は「コ」の字形の行き止まりホームとなっている。左上は田原本線新王寺駅の駅舎。同写真の右側にJR王寺駅がある

 

↑新王寺駅側から見た近鉄王寺駅。道の先の大屋根の下に近鉄の王寺駅がある。左上は近鉄の王寺駅のホームを西側から写したもの

 

田原本線の新王寺駅は2面1線の「コ」の字形の構造。全電車が同駅で折り返しとなる。南側ホームが降車ホームで、北側ホームが乗車ホームだ。列車の出発時刻は15〜20分間隔で、5時、11時、12時、14時、23時それぞれの時間帯が30分おきとなる(土休日の14時台は20分おき)。なお田原本線では全線全駅で交通系ICカードが使えて便利だ。

 

【田原本線の不思議⑤】発車してすぐ右に見えるデコイチは?

新王寺駅に停まっていた電車はマルーンレッドの復刻塗装列車。この電車の紹介は後述するとして、みな3両編成と短めだ。

 

しばらく停車した後に、静かに走り出した。右手にJR関西本線の線路を見ながらしばらく並走する。JR王寺駅の南側に広い留置線が広がっていて、ここに停まる関西本線用のウグイス色塗装の国鉄形201系電車も気になるところだ。

 

さてしばらくすると、JR関西本線を越えるべく登り坂にさしかかる。ここで右手に保存された蒸気機関車が見えた。

↑新王寺駅から間もなく、JR関西本線の線路を越えるスロープが延びる。越えた後に和歌山線を下に見て走る(右下の写真)

 

↑新王寺駅から徒歩7分ほどの舟戸児童公園で保存されるD51形895号機。すぐ横を田原本線の8400系復刻塗装列車が通り抜けた

 

確認しなければ気が収まらないのが筆者の流儀。ということで後日に蒸気機関車を見に行ってきた。JR関西本線と近鉄田原本線にはさまれた舟戸児童公園で保存されるこの機関車はD51形895号機。D51デコイチである。なぜここに保存されるのだろう。1944(昭和19)日立製作所笠戸工場生まれというこの機関車。主に山陽、山陰で活躍した後に、1971(昭和46)年春に奈良機関区へやってきた。

 

とはいえこの当時は、無煙化が全国で進みつつあり、同D51も翌年の1972年秋には休車したのちに廃車となっている。最晩年に過ごしたのが関西本線だったわけだ。

 

ちなみに田原本線を走る近鉄8400系は1969(昭和44)年から製造された。もしかしたら、現役当時のD51と8400系はこの王寺の地で、すれ違っていたかも知れない。

 

【田原本線の不思議⑥】深緑とマルーンのレトロ塗装がなぜ走る?

ここで田原本線を走る電車の紹介をしておこう。走る電車はみな8400系で西大寺検車区に配置され、3両編成で走る。8400系は奈良線用に製造された近鉄8000系20m車の改造タイプで、奈良線が600Vから1500Vに昇圧される時に合わせて開発された。製造されてほぼ50年となる8400系が田原本線の主力として走る。

 

近鉄の他線と同じように「近鉄マルーン」と呼ばれる濃い赤色とアイボリーの2色分け塗装車が走る。一方で、この田原本線にはダークグリーン一色と、マルーンレッドにシルバー帯という塗装車両が走る。2編成のみ2018年に塗装変更されたのだが、どのような理由からだったのだろう。

↑マルーンレッドにシルバーの帯が入る8400系の8414編成が黒田駅〜西田原本駅間を走る。レトロ塗装車が走らない日もあるので注意

 

↑こちらはダークグリーン塗装が施された8409編成。大和鉄道時代の600系のレトロ塗装が施された

 

この2編成は田原本線が開業100周年を迎えた記念事業の一環として運行を開始したもの。8400形8414編成が、1980年代半ばまで田原本線を走っていた820系の車体カラー、マルーンレッドにシルバー帯という塗装に変更されている。一方の8409編成は、大和鉄道時代の600系を模したダークグリーンとされた。

 

すでに走り始めて2年ほどになる復刻塗装列車だが、現在も走り、沿線にはこの車両を撮影しようと訪れるファンの姿も目立つ。ちなみに運用の具合から、走らない日もあるので注意したい。ちなみに運用は事前発表されておらず、遠方から訪れる場合は“出たとこ勝負”とならざるを得ないのが現状だ。

 

【田原本線の不思議⑦】池部駅のすぐ近くにある立派な門は?

さて新王寺駅を発車した西田原本行の電車。沿線住宅街を眺めつつ1つめの大輪田駅へ。この先からは田畑が多く見られるようになる。佐味田川駅(さみたがわえき)を過ぎると、軽い登り坂があり池部駅付近がそのピークとなる。

 

池部駅には、馬見丘陵公園(うまみきゅうりょうこうえん)という副駅名が付くように、駅付近は丘陵地帯であることが分かる。この池部駅で気になるのは、駅舎のすぐ隣に古風な屋敷門が建つこと。電車の車窓からも見えたこともあり、早速、駅を降りてみた。さて門の前に立つと、河合町役場という札がかかる。

↑池部駅の駅舎(右)のすぐ隣に立派な屋敷門がある。車窓からも見えるので気になって降りてみたら……

 

↑ライオンが守る(?)門には役場の表札が、中に池泉回遊式の庭園がある(右上)。邸宅を建てた森本千吉は大和鉄道に縁の深い人物だった

 

役場の門がこんなに古風で立派というのも不思議である。実は、この門は「豆山荘」という名前の邸宅の旧門で、町役場が門の裏手にある。豆山荘は実業家・森本千吉の旧邸宅だった。森本千吉こそ、田原本線を建設した張本人だったのである。1923(大正12)年にこの邸宅は造られている。自らが開業させた鉄道路線の駅前に邸宅を建てるとは、なかなかのやり手だったようである。

 

ちなみに森本千吉は大和鉄道を開業した同じ年の1918(大正7)年に生駒鋼索鉄道(現・近鉄生駒鋼索線)を創業させている。この生駒鋼索鉄道は日本初の営業用ケーブルカーだった。大和鉄道といい、生駒鋼索鉄道といい、森本千吉の絶頂期の“作品”だったわけである。

 

森本千吉は1937(昭和12)年に死去している。その後に邸宅は他者にわたり、さらに河合町の役場となった。今は門と、庭園に残るのみだが、日本の鉄道の発展に尽力した人の遺志がこのような形で駅前に残っているというのもおもしろい。

 

【田原本線の不思議⑧】沿線にはなぜ天井川が多いのだろう?

池部駅で丘陵を越えた電車は奈良盆地(大和盆地・大和平野とも呼ばれる)へ入っていく。集落そして田畑が沿線に広がる。この盆地を走りはじめると、他ではあまり見ないおもしろい地形に出会うことができた。

 

田原本線の線路は東西に延びているが、ほぼ90度の角度で複数の河川をわたる(表現として「越す」といった印象)。高田川、葛城川、曽我川、飛鳥川という河川は決まったように北へ向けて流れる。さらにみな天井川と呼ばれる構造なのである。田畑のある標高よりも、川の両岸の標高が高い。そのために、この川を越えるために電車は上り下りする。このあたりの川の構造が鉄道橋の造りが珍しい。

 

田原本線の北側を流れる大和川という本流がある。この大和川に多くの支流が合流している。この支流の特徴として上流部は急で、奈良盆地は平坦なために、流れが急に緩やかになる。そのために盆地内では土砂が堆積しやすい。そこで川の流れを制御するために掘り、両岸を高く土砂を積み上げた天井川という構造になっていったわけである。

 

ちなみに奈良盆地の年間降雨量が少なめため天井川の水量も少ない。そうした背景もあり奈良盆地には農耕用のため池が多い。この奈良盆地だけで5000個以上もあるとされる。こうした川やため池の水利権は昔から非常に厳しく管理されてきたのだそうだ。

↑池部駅を発車後、奈良盆地へと電車は下り坂を降りる。この先、黒田駅まで4本の天井川(左上)を越える。線路は川の前後で上り下りを繰り返す

 

【田原本線の不思議⑨】兵庫県の但馬にある駅と勘違いしそうだが

奈良盆地を左右に見ながら、そして天井川を越えつつ走る田原本線の電車。直線路がしばらく続くが、その途中に但馬駅(たじまえき)という駅がある。奈良県にある駅なのに但馬というのも不思議だ。但馬といえば、兵庫県北部の地域名で、美味しい牛肉の代表格である但馬牛が良く知られている。ちなみに但馬地方には但馬駅がない。

 

なぜ田原本線の駅名が但馬なのだろう。余談ながら但馬駅のある三宅町は奈良県内で最も小さい町で、全国でも2番目に小さい町なのだそうだ。

 

そんな三宅町の大字但馬にある但馬駅。ある史料によると、兵庫県北部に但馬氏という氏族がいて、奈良(当時の大和)へ氏族の一部が移り住み、その地名に但馬と付けたという説が残る。兵庫県北部の地名と奈良盆地の同じ地名。その経緯を知って訪ねるとなかなか興味深い。

 

ちなみに但馬駅のお隣、黒田駅と西田原本駅間には田畑が広がり、同線の電車を撮影スポットとして知られる。

↑黒田駅付近には田畑が多く広がる。西田原町駅間は撮影スポットとしても人気がある

 

【田原本線の不思議⑩】橿原線と連絡線がこんなところに

さて黒田駅を発車して京奈和自動車道をくぐる。田畑が広がる風景はここあたりまでで、次第に住宅地が増えてくる。終点の西田原本駅ももうすぐだ。すると左から線路が近づいてくる。近づいてくるのだが、ぴったりと寄り添うことはない。

 

近づいてくるのは近鉄橿原線の線路。そして西田原本第二号踏切を通ると、左から線路が田原本線に近づいてきて合流する。これが田原本線と近鉄の他線を連絡する唯一の連絡線となっている。この連絡線を通って、電車は配置される西大寺検車区との間を行き来する。

↑西田原本第二号踏切から見た田原本線(右)と橿原線(左)はこれほど近い。この先で橿原線から田原本線へ連絡線が設けられている

 

橿原線と田原本線は連絡線付近で、最も近づくのだが、その後も一定の距離を保ったまま、電車は終点の西田原本駅へ到着する。乗車時間20分の短いローカル線の旅が終わった。最後に西田原本駅の周りを見ていこう。

 

【田原本線の不思議⑪】田原本線なのに田原本駅という駅はない

西田原本駅の改札を出ると、橿原線の田原本駅が60mほど先にある。さえぎるものがないため良く見える。だが、新王寺駅と同様に微妙な離れ方である。

 

前述したように、西田原本駅の北側で、田原本線は橿原線とかなり近づいて走る。工事をして、田原本駅を1つにまとめることをなぜしなかっただろうか疑問が残る。

 

調べてみると1964年に近鉄に吸収合併された時に統合構想が出たそうなのである。ところが人の流れが変わるとして地元商店街などの反対から立ち消えとなったそうだ。

↑田原本線の終点、西田原本駅。ホーム1面2線、行き止まりの構造となっている。ちなみに新王寺駅行電車は、下り列車として発車する

 

↑1番線側から西田原本駅の構内を見る。留置線の左側にある構造物は旧大和鉄道時代のホームだとされる

 

鉄道網の発達や利便性を重視するべきか。利用する地元の人の声を重視するべきか、難しい選択だったに違いない。全国の鉄道駅では、都市部を除き、郊外になればなるほど、駅前商店街の地盤沈下している現象に良く出会う。田原本でも両駅の間にはコンビニがあるぐらいで、今は商店街らしきものもほとんどなく寂しい印象が強かった。

↑橿原線田原本駅の西口から西田原本駅方面を見る。両駅を結ぶ屋根が延びていて雨の日でも大丈夫だが、便利な乗換駅とは言いづらい印象

 

田原本線に関して不思議なことを最後に一つ。路線名は田原本線なのに、田原本線に田原本駅はない。正確には田原本線に昔あったが今はないというのが正しい。

 

西田原本駅から60mほど離れている橿原線の田原本駅は、実はたびたび駅名を改称していた。1928(昭和3)年に開業した時には大軌田原本駅、その後、関急田原本駅、近畿日本田原本駅と改名している。そして1964(昭和39)年10月に、田原本線が近鉄の一路線になって以降、はれて田原本駅を名乗るようになった。そして田原本線の旧田原本駅が西田原本駅となった。

 

近鉄にとって橿原線は本線扱いであり、田原本線は支線ということからしても致し方ないことなのだろうが、駅の改名された経緯を知って、ちょっと複雑な気持ちになった。

 

ビジネスパーソン向け通勤快速電動アシスト自転車「オフィスプレス e」が先行予約受付中!

自転車専門店のあさひは、自転車通勤を追求した通勤快速電動アシスト自転車「オフィスプレス e」を10月下旬から発売開始。また、発売開始に先駆け現在先行予約を受付中です。

 

あさひは、“仕事や日常の時間をもっと有意義に過ごしたい”と考えるビジネスパーソンに向け、2005年から15年以上にわたり通勤スポーツタイプ自転車ブランド『オフィスプレス』を展開。シリーズ初となる電動アシストスポーツタイプ「オフィスプレス e」は、ビジネススタイルに馴染むスタイリッシュなデザインや高い利便性はそのまま。

 

さらに、比較的走行距離が長くスピーディーに走ることが多い通勤利用をサポートするために独自に考案したアシストプログラム「通勤快速設計」を採用しています。スピーディーに走っている間もしっかりアシストがかかる、スポーツサイクルらしい伸びのある走行感です。

↑「オフィスプレスe」メタルグレー、12万9980円(税込)。充電時間は5〜6時間です

 

オフィスプレスeは通勤シーンでの実用性、高性能アシスト設計による快適性を持ちつつ、スーツ姿のフォーマルさを損なわないスタイリッシュなデザインで持つ喜びを感じられる1台。走行距離はエコモード約100km、標準モード約65km、パワーモード約54kmを誇ります。ボディカラーはメタルグレー、ホワイト、ボルドーの3色から選択可能。

↑ホワイト

 

↑ボルドー

 

ビジネスバッグを収められるワイドバスケットやスーツを汚れから守るフェンダー、安定した制動力を得られる油圧式ディスクブレーキで安全・安心な走行ができる、充実した機能を揃えています。エッジの効いたフレームデザインとスピーディーな走行でもしっかりとしたアシスト感を得られる通勤快速設計のアシストプログラムで、ビジネスパーソンの通勤時間を豊かな時間へ変えることができます。

↑最新のドライブユニット「PLUS-D」によって通勤シーンに合わせたアシストプログラムをセッティング。スピーディーに走っている間もしっかりアシストがかかり、伸びのよい走りを実現します

 

↑ビジネスバッグを立てずに積載できるワイドバスケット。車体デザインと統一感をもたせた、 上質な素材感とこだわりの形状

 

↑スイッチパネルにはUSBポート付きで、もしもの時に役立ちます

 

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はっきりと言える! これはストラーダ史上もっとも高画質なカーナビだ

パナソニックは、SDカーナビステーション「ストラーダ」の10V型有機ELディスプレイ搭載モデル「CN-F1X10BLD」「CN-F1X10LD」と、9V型WVGAディスプレイ搭載モデル「CN-F1D9VD」を10月中旬に発売します。有機ELディスプレイを車載用に採用する例は欧州車で見られますが、国内の市販ナビゲーションに採用したのはこれが初めて。そのポイントを内覧会で取材してきました。

 

有機ELディスプレイを採用

今回、上位機種となるCN-F1X10BLD、CN-F1X10LDの2機種は“F1X プレミアム10/有機EL”というロゴがあしらわれています。その理由はディスプレイに色再現性の高い有機ELパネルを採用したことで、ストラーダ史上もっとも高画質なカーナビとしたからです。

↑内覧会は東京・お台場にある「パナソニックセンター東京」で開催された。感染症対策のため、来場者は10人前後に限られた

 

有機ELは素子自体が発光するためバックライトが不要です。それが映像の基礎となる“漆黒の黒”を実現し、さらに「AGAR低反射フィルム」「エアレス構造」を採用することで映り込みを低減。これらが一般的な液晶ディスプレイをはるかに上回るコントラスト比をもたらしたのです。これが“プレミアム”たる所以です。

↑ストラーダの最新モデル“F1X プレミアム10”の最上位機種、CN-F1X10BLD。ブルーレイディスクが再生できる

 

実際にそのデモ映像を見ると驚きました。真っ暗な夜空を埋め尽くす提灯のムービーが見事なまでのリアルさで再現されていたのです。今までのストラーダでは夜空にどこか白っぽさがあって提灯が際立ちませんでした。有機ELパネルを採用した“F1X プレミアム10”では、HDの解像度とも相まって、提灯の一つひとつが鮮明に描かれています。これは一般的な液晶パネルと違って光の漏れをゼロにできるからこそ実現できたものであり、単に画面の大きさだけでなく、再現するクオリティにまでこだわった開発陣の意気込みが伝わってきました。

↑有機ELならではの特徴をいかんなく発揮し、漆黒の夜空に舞い上がる提灯の様子を鮮明に再現した。写真はCN-F1X10BLD

 

↑2019年モデル(下)と比較すれば黒の再現性が違うことが一目瞭然。黒浮きしないことで映像に締まり感が出ている

 

もちろん、2DINスペースさえあれば大半の車種に取り付けられる、F1シリーズの特徴はそのまま。今回は取り付け可能車種をさらに増やし、業界最多の430車種以上としました。ブルーレイなどの映像メディアもオプションのバックカメラもHD画質で表示できるなど、新たに装備した有機ELディスプレイをフルに活かす仕様となっているのです。

↑“F1X プレミアム10”の特徴を解説したパネル。漆黒の黒を再現した10V型ディスプレイは薄型化も実現し、同時に430車種以上に対応することも謳っている

 

バックライトが不要である有機ELディスプレイは、厚さ約4.7mmという驚きの薄さも実現しています。厚みがなくなると強度が不安になるものですが、外装フレームには軽量で高剛性なマグネシウムダイカストを採用し、内部をハニカム構造とすることで軽量化と強度確保を両立。アングル調整や左右15度に振ることができるディスプレイ部のヒンジの強度はそのままながら、耐振性を大幅に向上させているのです。画面が大きいとブレは気になるからここは重要ですね。

↑2019年モデルとの比較。バックライトの不要な有機ELを採用したことに加え、主要回路を本体側に移すことで最薄部で厚み4.7mmを実現した

 

↑有機ELを採用することでディスプレイ部の厚みは大幅に薄くすることができた。上が最新型で下が2019年モデル

 

ナビゲーションのプラットフォームは従来モデルを継承したものですが、ソフトウェアでのブラッシュアップはもちろん図られています。もっとも大きな機能アップが市街地図の収録エリアを全国津々浦々までシームレスに表示できるようにしたことでしょう。これにより収録エリアは従来の1295都市から1741都市へと拡大。

 

ほかにも方面案内標識のピクト表示の追加を行い、交差点拡大図で表示される残距離の拡大も図っています。これらは既にパナソニック「ゴリラ」でも実現した機能ですが、こうした細かな案内は不慣れな土地へ出掛けた時こそ役立つもの。高精度な測位能力を合わせ持つストラーダなら、そのメリットがより活かせるようになるでしょう。

↑一軒ごとの家形図を表示できる市街地図を全国にわたってシームレス表示。地図上で目標物から現在地が把握しやすくなる

 

↑方面案内標識に表記されているピクトグラム(アイコン)の表示にも対応。進路を把握するのに役立つ

 

ストラーダの伝統でもある安全・安心運転へのサポートも踏襲されています。一時停止や制限速度を知らせる機能を備え、生活道路区域の「ゾーン30」は色分けして音声と共に警告を発します。さらに重大事故を招く逆走に対しても高速道路のサービスエリアやパーキングエリアで、その行為を検知して警告も行います。

 

また、交通情報システム「VICS WIDE」にも対応しており、FM多重VICSを受信するだけで渋滞を避ける「スイテルート案内」を可能としました。目的地検索ではスマホにインストールした「NaviCon」を活用できるほか、カーナビと対話しながら目的地を設定できる音声認識能にも対応しています。

 

ハイレゾ音源を活かす回路設計の見直しも図られています。グランド・信号・パターン設計などの回路設計を見直した上で、低DCRチョークコイルを新規採用して音質を大きく改善。ノイズ対策としてもDSP/DAC専用アース線構造を追加してノイズの原因となる信号の回り込みを大幅に低減させています。これらによってもたらされた特に高域の音の広がりや音像定位感のアップは、ハイレゾ音源を再生する上で大きなメリットとなるでしょう。また、CN-F1X10BLD、CN-F1X10LDにはHDMI入力が新たに用意され、スマホや「Amazon Fire TV Stick」を接続して動画配信を楽しむことも可能になりました。

 

幅広い拡張性も大きな特徴!

新しいストラーダは、幅広い拡張性も大きな特徴です。CN-F1X10BLD、CN-F1X10LDには連携して使える前後2カメラドライブレコーダー「CA-DR03HTD」と、高画質リアビューカメラ「CY-RC500HD」を用意しました。

↑“F1X プレミアム10”と連携して使える前後2カメラドライブレコーダーCA-DR03HTD、実売予想価格5万5000円(税込)。200万画素CMOSでフルHD記録を可能にした

 

↑車載したCA-DR03HTDのフロントカメラ。上下方向に回転するので取り付けてからのアングル変更も自在だ

 

↑高画質リアビューカメラCY-RC500HD、実売予想価格2万4800円(税込)。カメラとしての能力は高くHD(ハイビジョン) 画質と広視野角(水平180°)のスペックを持つ

 

中でもCA-DR03HTDのイメージセンサーはフルHD規格に合わせた200万画素CMOSを採用し、カメラにはF1.4の明るいレンズを組み合わせています。画角も水平で117度と広く、万一のアクシデントを広範囲で捉えることができます。ナビ連動タイプならではの使い勝手の良さに加え、多人数乗車やフル積載で後方が見えにくいときのリアビューミラーとしても使えるのも見逃せません。

↑CA-DR03HTDは“F1X プレミアム10”と連携できることで、単独で使うドラレコにはない多くのメリットを生み出している

 

↑前後カメラで撮影した映像を“F1X プレミアム10”で再生し、撮影した位置情報をカーナビの地図上に展開できる

 

各機種ともすべてオープン価格ですが、実売予想価格は10V型HDディスプレイのブルーレイ対応機CN-F1X10BLDが21万円前後、10V型HDディスプレイでブルーレイ非対応機CN-F1X10LDが19万円前後、9V型WVGAディスプレイでブルーレイ非対応機CN-F1D9VDが12万円前後となっています。

 

なお、地図データ更新については3機種とも2023年12月15日(予定)までに全更新が1回無料で更新可能となっていますが、上位2機種だけは2か月に1度の部分更新も無料で付与されます(地点データは4か月ごとに更新)。

↑「ストラーダ」2020年モデルのラインナップ。2DINスペースにジャストに収まる7型ディスプレイのRA07シリーズも用意する

 

有機ELディスプレイの採用で、大画面としての真の魅力を実感できる新しいストラーダ。価格もその分だけ少々立派になってしまいましたが、それを超える満足感を味わえるのは間違いありません。ぜひ、店頭でそのクオリティを確かめてみて下さい。

 

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置くだけでスマホを高速充電! オウルテックの車載用充電ホルダー「OWL-CHQI02」

クルマを運転する際に、ナビアプリを使用したり、カーオーディオにワイヤレスで音楽を飛ばして再生したりと、スマートフォンを活用している方も多いのではないでしょうか。そんな方に使ってほしいのが、置くだけでスマホの充電が行える車載用充電ホルダーです。

 

オウルテックの「OWL-CHQI02」は、スマートフォンのセットを自動で行なえる車載用充電ホルダー。スマートフォンを置くと、自動的に固定用ホルダー(クランプ)が閉じてしっかりとホールドできます。また、取り外す時はタッチセンサーに触れるだけで自動的にホルダーが開くので着脱が簡単です。

↑オウルテック「OWL-CHQI02」(直販価格4980円)

 

本体に蓄電能力のあるスーパーキャパシターを内蔵しているため、エンジンを停止した後でも数回のホルダー開閉が行なえます。

 

また、Qi規格のワイヤレス充電に対応しており、Android製品は最大15W、iPhoneは最大7.5Wの急速充電が可能となっています(本機の利用には別売のシガーソケット用USB充電器が必要)。

●対応機種:iPhone SE(第2世代)、iPhone 11 Pro、iPhone 11 Pro max、iPhone 11、iPhone XS Max、iPhone XS、iPhone XR、iPhone X、iPhone 8 Plus、iPhone 8、Galaxy S9、Galaxy S9+、Galaxy S8、Galaxy S8+、Galaxy S7 Edge、そのほかAndroidのQi対応機種

※幅が65mm~90mmまでのスマートフォンで使用可能

 

設置は吸盤式で、ダッシュボードなどの平らな面にくっつけることができるほか、カーエアコンに挟んで設置するためのクリップも付属しています。

↑製品パッケージ

 

取り扱いは全国の量販店をはじめ、直販サイト「オウルテックダイレクト」でも販売中。直販価格は4980円です。

 

車内でスマホを活用することが多い方、また運転中にスマホの充電をしたい方は、手軽に設置できるオウルテックの車載用充電ホルダーを使ってみてはいかがでしょうか。

 

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10月8日なにかが起こる!? パイオニア「カロッツェリア」にティザーサイトがオープン

9月25日、パイオニアのカーナビ・カーAVブランド「カロッツェリア」のティザーサイトが登場しました。

 

同サイトには、地にOFF→ONというデザインがあしらわれ「あなたのクルマを、オンライン化する。」という意味深なメッセージとともに、「2020.10.08(Thu)」という日付があるので、この日に“なにか”が起こるはず。

 

パイオニアは昨秋、フラッグシップモデル「サイバーナビ」で、NTTドコモの車内向けインターネットサービス「docomo in Car Connect」に対応した、通信し放題の環境を構築しています。

 

そして、なにやら当媒体の編集長・山田が、“カーナビ伝道師”高山正寛氏と対談するらしい……?

 

10月8日まではあと約2週間。どんな情報が公開されるのか楽しみにしたいところです。

 

ティザーサイト:https://jpn.pioneer/ja/carrozzeria/brand_event/brand/online/

Withコロナだからこそ「本当に使えるクロスバイク&ロードバイク」に乗りたい!――2人の目利きが本気で選んだ逸品

キャンプやリモートワーク、料理のデリバリーなど、コロナ禍の中で注目されているものは数多くありますが、自転車もそのひとつ。「適度な運動によって免疫力が高まる」「移動時の”密”を回避できる」など、いま自転車ブームが訪れています。

 

GetNavi web編集部にもそのブームは到来し、ウェブ編集長・山田は夫婦ふたりで使える「ちょうどいいクロスバイク」を物色中。また当サイトのフィットネス系企画でおなじみ、タレント・中村優さんも、自転車でエクササイズを楽しみたいと考えていました。そんな話を聞きつけたのが編集部の自転車バカこと副編集長・尾島。あらかじめふたりの要望を聞いて、それぞれにおすすめの自転車を用意しました。

↑スポーツ自転車初心者のふたりにぴったりな自転車は見つかるのか?

 

編集長・山田の場合――「通勤」メインだが、休日にも使いたい

ウェブ編集長・山田佑樹

現在は週1〜2回オフィス出勤の際や、週末の移動や買い出しも自転車メイン。いまのところ、娘が使っているミニベロや、シェアサイクルを活用しているが、ミニベロだと推進力がなくて、シェアサイクルはバッテリー残量などを含めて当たり外れが多いため、そろそろきちんとしたモデルを検討中。

 

編集長・山田が希望する使い方は以下のとおり。

・「密」が気になるので自転車を通勤に使いたい

・休日は気軽にポタリングしたいし、買い物にも使いたい

・長く使いたいから丈夫な自転車がいい

・クロスバイクはほしいが、スピードはそこまで求めない

 

これらを聞いて副編集長・尾島がセレクトしたのはブリヂストンのクロスバイク「TB1」と、「TB1」をベースに電動アシスト機能を付けた「TB1e」の2台。どちらも通勤や通学、買い物など街乗りで使用することを考えて作られた自転車です。

 

ブリヂストンサイクル TB1

価格4万6800円(税別)

シティサイクル(いわゆるママチャリ)の実用性とクロスバイクの走行性・デザインのいいとこ取りをした、ブリヂストンの人気モデル。丈夫なアルミ製フレームにパンクに強いタイヤをセットし、サビに強いチェーンを採用するなど、自転車初心者にも最適な一台です。

●乗車可能最低身長:146㎝~(サイズ420mm)、157cm~(サイズ480 mm) ●シフト段数:外装7段 ●重量:15.0kg(サイズ420mm)、15.2kg(サイズ480mm) ●カラーバリエーション:全7色(P.Xスノーホワイト、E.Xスモークブルー、F.Xピュアレッド、M.Xオーシャンブルー、E.Xブラック、T.Xマットグレー、T.Xネオンライム)

 

ブリヂストンサイクル TB1e

価格12万9800円(税別)

TB1の使い勝手の良さをそのままに電動アシスト付きとしたTB1e。前輪にモーターを搭載したフロントドライブ式を採用、リアの“人力”駆動と併せて前後両輪が駆動することでパワフルな走りを実現しました。TB1同様にカギ、スタンド、フロントライトなどがデフォルトでセットされ、購入後パーツを買い足すことなくそのまま走り出せます。

●適正身長:151cm以上 ●シフト段数:外装7段 ●1充電あたりの走行距離(※):130km(エコモード)、90km(オートモード)、54km(パワーモード) ●バッテリー:14.3Ah相当 ●充電時間:約4時間10分 ●重量:22.3kg ●カラーバリエーション:全4色(E.Xブラック、T.Xマットグレー、M.Xオーシャンブルー、T.Xネオンライム)

※標準パターン/業界統一基準

→TB1eの詳細インプレッションはこちら

 

実際に両方を乗り比べてみた

実車を目の前にしてみると、山田が今までクロスバイクに持っていた印象と、いい意味で違ったようです。

「街で走っているのを見るともっと華奢な感じだと思っていたのですが、意外と頑丈そうですね。あとスタンドやドロヨケが付いているのにデザインがすごくすっきりしていて、使いやすいと思います。スポーツっぽいのも嫌いじゃないんですが、派手過ぎるのは普段使いしにくいかなと思っていたので」(山田)

↑シンプルなデザインだからジャケットスタイルで乗っても違和感がない(試乗車サイズ:480mm、山田の身長:177cm)

 

「頑丈そう」という指摘は、なかなか鋭い! TB1シリーズは、シティバイクの実用性と、クロスバイクの走行性・デザインを併せ持つ自転車。街での「使いやすさ」に特化しているので、山田の要望にぴったりなのです。

「まずは電動アシストのないTB1に乗ってみたのですが、自転車にハマる人が多いのも分かりますね。走りの軽さが違う! ママチャリとは別の乗り物です。そんなにペダルに力を加えていないのにラクに速く走れます」

↑TB1(写真左)もTB1e(右)もどちらもフラットハンドルを使用し、スポーツバイクに慣れていなくても簡単に乗ることができる

 

「フラットハンドルはとても使いやすかったですね。シフト操作にもすぐに慣れたのでまったく問題なし。ブレーキの効きもよくて、速いだけじゃなくてすごく安心感のある乗り物だと思います。安心感というところで言えば、頑丈なカギがついているのもありがたいです。スポーツバイクは通常カギが付属していないから、結局はワイヤー錠などを購入する必要がありますからね」

↑両車には頑丈なサークル錠を標準装備。さらに3年間の盗難補償が付くので、安心して使うことができる

 

加えて山田が感銘を受けたのは、TB1のコスパの高さ。

「ちょっといいクロスバイクだと5万円がひとつの目安だけど、TB1はライト、スタンド、カギ、泥除けなど、これだけ装備が充実しているのに5万円を切っているというのはやはりお買い得ですよね」

 

次に山田が試乗したのは電動アシスト機能が付いた「TB1e」。乗った瞬間に「これはすごい!」と思わず声を漏らしたほど。

「TB1も軽快だと思いましたが、また別の軽快さがありますね。ペダルを踏み込んだ以上にグングン進んでいきます。このパワフルさは、乗る前の想像をはるかに超えて快適ですね」

↑前輪の電動アシストモーターが走行中のエネルギーをバッテリーに戻して充電を回復させる「走りながら自動充電(※)」機能を備える。大容量バッテリーとの組み合わせにより、1回の充電でなんと最長130kmの走行が可能(標準パターン/業界統一基準/エコモードでの走行時

※バッテリーが満充電の時、低温や高温時には作動しません

 

↑両輪駆動のパワフルな走りにすっかり魅せられた編集長・山田。「夏場でも汗をかかずに移動できそう!」

 

TB1eは前輪にアシストのモーターをセットしたフロントドライブ式を採用。チェーンで駆動する後輪と合わせて、前後両輪が駆動するので自動車の四輪駆動のようにパワフルに走ってくれます。

「原付バイクだと駐車場の問題がありますが、自転車ならそこまで駐輪するのは難しくはない。TB1eは、気軽に、そしてラクに都内の移動……となるとベストな交通手段かもしれませんね」

↑スタンド、頑丈なカギが装備されているから、ちょっとした買い物でも気兼ねなく駐輪できる

 

中村優さんの場合――トレーニングにも使える軽快な自転車がほしい!

中村優(なかむら ゆう)

ミスマガジン2005でデビュー。ランニングに魅せられフルマラソンのベストタイムは4時間10分27秒。ラントレーニングばかりではヒザに負担がかかるので自転車の購入を考えているという。

 

中村優さんが自転車に求める要素は以下のとおり。

・ランばかりだとヒザの故障が気になるので、故障を気にせずエクササイズをしたい

・軽い自転車で軽快に走ってみたい、たまにはロングライドもしてみたい

・あまり派手ではないデザインが好き

・信頼性の高いものが欲しい、日本のブランドなら安心かも

 

これらを聞いて副編集長・尾島がセレクトしたのは、ブリヂストンのスポーツバイクブランド、アンカーの「RL3 FLAT」と「RL3 DROP」の2台。レースシーンで活躍するフラッグシップモデルの技術を活かしながら、価格を抑えたエントリースポーツバイクです。

 

ANCHOR RL3 DROP(左)

SORAモデル 価格10万7000円(税別)/CLARISモデル 価格8万4000円(税別)

アンカーのドロップハンドル付きロードバイクの中でもっともお手頃な価格のエントリーモデル。しかしレーシングモデルのテクノロジーを生かして設計され、ブレーキ、クランクなど細部まで有名メーカー、シマノ製のパーツを採用しており、妥協のないスペック。上位モデル同様の快適性を誇りながらも、ロードバイクならではのスポーティな走りを楽しめる。

●適正身長:146㎝以上 ●シフト段数:フロント2段×リア8段 ●メインコンポーネント:シマノ ソラ/クラリス(試乗車はクラリス)  ●タイヤサイズ:700×28C ●重量:10.1kg(490mm、クラリス搭載モデル)

 

ANCHOR RL3 FLAT(右)

価格 7万6000円(税別)

「RL3 DROP」をベースにハンドルをフラットバー仕様に変更し、ラクな乗車姿勢に調整したモデル。ドロップハンドルに抵抗がある人、手軽に”スポーツ”を楽しみたい人におすすめしたい1台。ドロップハンドルへと換装しロードバイクとして使用することもできるため、スポーツ自転車の入門モデルとしては最適です。

●適正身長:146㎝以上 ●シフト段数:フロント2段×リア8段 ●メインコンポーネント:シマノ クラリス  ●タイヤサイズ:700×28C  ●重量:9.8kg(490mmサイズ)

 

すごくスムーズ! 滑るように走っていく!!」

はじめに中村さんがテストしたのは、フラットバーハンドルを装着する「ANCHOR RL3 FLAT」。普段はマウンテンバイクに乗っているものの、その走行性能の違いに驚いた様子。

「あたり前ですが……いつもの自転車と全然違いますね。タイヤが転がって走るというよりも、スーッと滑っていくような感じ。うまく乗れるか不安もあったのですが、まっすぐなハンドルなので特に問題ありませんでした」(中村さん)

↑フラットバーモデルは前掲姿勢がキツくないため、クロスバイク初体験の中村さんもまったく抵抗なく乗りこなせた

 

「RLシリーズ」はアンカーの自転車の中で長距離走行を快適にこなすことができるラインナップ。スムーズに走れるだけではなく、路面からの振動を逃がしたり長時間乗っていても身体に痛みを感じにくい設計・工夫が施してあります。ひざの負担が大きいランのトレーニング代わりに使用するには最適な1台といえるでしょう。

↑フラットバーに加え、フレーム設計そのものが乗りやすい構造になっている

 

↑「色々なウエアを着ても違和感なくコーディネートできそうなシンプルなデザインも気に入りました」(試乗車サイズ:490mm、中村さんの身長:169cm)

 

次にテストしたのはドロップハンドルを装着した「ANCHOR RL3 DROP」。基本的なフレーム設計はフラットバーモデルと同様ですが、大きく違うのはドロップハンドルを装着しているところです。中村さんもドロップハンドルは初めての体験なので少し緊張気味。

↑ブレーキやシフトチェンジの方法などを、ブリヂストンサイクル商品企画課の村河さんからきっちり教わる

 

ハンドルに体重をかけすぎない、などドロップハンドルならではのコツを教わりつつ、いざ試乗。

「ドロップハンドルの操作に不安がありましたが、意外と問題ありませんでした。フラットバーモデルよりも前傾姿勢が深いですが、ハンドルを握れる場所がたくさんあるので疲労感が軽減できる気がします」

 

普段の精進により基礎筋力がしっかりしているのか、ドロップハンドルにも抵抗なく馴染みました。上級モデルにはついていないアシストブレーキの存在も、ハードルを低くしているようです。

「アシストブレーキのおかげでハンドル上部に手を置いたままブレーキをかけられるから、思ったよりも態勢的にきつくないですね。それでいてフラットバーモデルよりも体幹を使うことも意識できるし、これならいきなりドロップハンドルでもいいかなと思いました」

↑自転車の重量は9.7kg。「フレームは軽くてデザインも細身。すごくスピードが出そう!」

 

↑スムーズなシフトチェンジと耐久性を誇るシマノ製のコンポーネントをセット。その気になればレースイベントにも使用できるスペックを持つ

 

アルミフレームの自転車は軽く耐久性に優れる反面、手に伝わる振動によって疲労感が高まることもありますが、RL3シリーズには路面からの振動を吸収するカーボンフォークが標準装備されています。これによってボディブローのようにじんわり体力を奪っていく振動を抑え、長い距離もラクに走ることができるように乗り手をサポートしてくれます。

↑トップモデルと同様の振動吸収性に優れたカーボンフォークを採用して快適性を確保。さりげないグラデーションをあしらったシンプルなデザインが好評だ

 

↑ブレーキとシフトレバーが一体になったSTIレバーをセット。さらにハンドル上部にはアシストブレーキを採用しているので、色々なポジションで走行ができる

 

↑普段からランニングしているためか、初めてのドロップハンドルでも楽しく乗りこなすことができた(試乗車サイズ:490mm、中村さんの身長:169cm)

 

どれも魅力的すぎて1台を選べない!?

TB1のアシストなしモデルと電動アシストモデルを試乗した編集長・山田と、アンカーRL3のフラットハンドルモデルとドロップハンドルモデルに試乗した中村優さん。「街乗りに最適なモデル」と「本格的スポーツバイク」という違いこそありますが、二人ともすっかり自転車の楽しさを味わい、なんならこのまま乗って帰りたいくらいのハイテンションです。

 

「丈夫で耐久性があって、ライトもドロヨケもカギもスタンドも、必要な装備がちゃんと付いていて、それでいて走りはすごく軽快。短い距離や平坦なルートをスイスイ走るならTB1、長い距離を走る、あるいは坂道が多いルートを走るならTB1eですかね。5万円を切るTB1の価格も捨てがたいし、やっぱりどちらか簡単には決められないです(笑)」と両方とも買ってしまいそうな山田。

 

一方の中村さんは「RL3のフラットとドロップ、う~ん私もどちらか選べないですね。どっちも速くて快適なので(笑)。フラットバーモデルからドロップハンドルにステップアップするのもいいし……すごく悩みます。ただ困ったのが、ランニングだけじゃなくて自転車にも興味がわいてしまったところですかね。本当に羽が生えたかのような軽い走りと滑るような滑らかさ。次はもっと長距離を走ってみたくなりました!」

 

とはいえ「自転車選び」が今回の企画趣旨なので、やっぱりちゃんと選んでもらわないと困ります。というわけで無理やり今日の1台を選んでもらったのが下の写真。さあ、これから幸せな自転車生活のスタートです!

↑試乗したモデルのどれもが魅力的すぎてなかなか決められなかったものの、最終的に選んだのは――中村さんが「ANCHOR RL3 DROP」、山田が「TB1e」という結果に

 

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2代目「スズキ・ハスラー」濃厚インプレ! 初代を超える出来栄えか?

2014年の発売以来、6年間で約48万台を販売する大ヒット作となった「スズキ・ハスラー」が2代目へと進化しました。ライバルのダイハツが今年に入り「タフト」を投入。SUV+軽ワゴンのクロスオーバークラスは、今後覇権争いが激化しそうな風向きですがタフトを迎え撃つ「2代目ハスラー」の出来映えはいかに?

 

[今回紹介するクルマ]

スズキ/ハスラー

128万400円~179万800円

※試乗車:ハイブリッドX(2WD、2トーンカラー仕様車)156万2000円

※試乗車:ハイブリッドXターボ(4WD、2トーンカラー仕様車)179万800円

↑丸型2灯の特徴的なヘッドライトを筆頭とするディテールを先代から継承しつつ、外観は一層SUVらしさが強調される造形になりました

 

先代を受け継ぎつつ新鮮味もプラス!

ワゴンR級のユーティリティを実現しながらSUVらしい走破性を両立。それらをアイコニックなスタイリングでまとめた初代「ハスラー」は、軽自動車のクロスオーバー市場を活性化させる大ヒットとなりました。その現役時代における月販台数は、平均で6700~6800台。モデル末期ですら5000台水準をキープしていたと聞けば、軽ユーザーの支持がいかに絶大であったかが分かろうというもの。

 

実際、初代ハスラーがデビューした当時、すでに長野(の田舎)に居を移していた筆者も道行くハスラーの増殖ぶりに驚かされた記憶があります。また、先代ユーザーは女性が6割を占めていたそうですが、乗っている人の年齢層を幅広く感じたことも印象的。高齢とおぼしきご夫婦が、鮮やかなボディカラーの初代で颯爽と出かける姿をしばしば見かけたことは新鮮でもありました。

 

そんな人気作の後を受けて登場した2代目は、当然ながら初代のデザイン要素が色濃く引き継がれた外観に仕上げられています。軽規格、ということで3395mmの全長と1475mmの全幅は変わりませんが、ホイールベースは先代比で35mmプラスの2460mm。全高は15mm高い1680mmとなりましたが、丸目2灯のヘッドライトを筆頭に全体のイメージは先代そのまま。

 

とはいえ、決して変わり映えしないわけではありません。ルーフを後端まで延長し、ボンネットフードを高く持ち上げたシルエットはスクエアなイメージを強調。バンパーやフェンダー回りも良い意味でラギッドな造形とすることで、SUVらしさと新しさが巧みに演出されています。

 

リアピラーにクォーターウインドーを新設。2トーンカラー仕様では、ルーフだけでなくこの部分とリアウインドー下端までをボディ色と塗り分けている点も先代と大きく違うポイントです。この塗り分けは、リアクォーターやルーフなどがボディ本体と別パーツになる「ジープ・ラングラー」などに見られる手法ですが、タフなイメージの演出という点では確かに効果的です。

↑写真のボディカラーはデニムブルー×ガンメタリック。バリエーションはモノトーン5色、2トーン6色の合計11色。2トーンのルーフは、ボディカラーに応じてホワイトの組み合わせもあります

 

初代ハスラーが成功した要因として、その個性的な外観の貢献度が大であることは誰もが認めるところ。となれば、後を受ける2代目が初代のイメージを受け継ぐことは“商品”として必然でもあるわけですが、新鮮味の演出も必須。ヒット作の後継はこのあたりのさじ加減が難題で、クルマに限っても失敗例は数知れず。

 

その点、2代目ハスラーの外観は上出来といえるのでは? という印象でした。ちなみにSUVとしての機能も着実に進化していて、走破性に影響するフロントのアプローチアングル、リアのディパーチャーアングルは先代比でそれぞれ1度と4度向上した29度と50度となっています。

↑タイヤサイズは、全グレード共通で165/60R15。ホイールは「X」グレードが写真のアルミとなり、「G」グレードはスチールが標準となります

 

室内はSUVらしい力強さと華やかさを演出! 装備も充実ぶり

そんな外観と比較すると、室内はSUVらしさを強調するべく一層“攻めた”デザインになりました。インパネはメーター、オーディオ、助手席上部の収納部(アッパーボックス)にシンメトリーを意識させるカラーガーニッシュを組み合わせてタフな世界観を表現。ガーニッシュはボディカラーに応じて3色が用意され、華やかさを演出するのも容易です。シートカラーもブラックを基調としつつ、ガーニッシュと同じ3色のアクセントを揃えて遊び心がアピールされています。

↑インパネは、シンメトリーなイメージの3連カラーガーニッシュが印象的。カラーは写真のグレーイッシュホワイトのほかにバーミリオンオレンジ、デニムブルーとボディカラーに応じて組み合わせられます。収納スペースが豊富に設けられていることも魅力のひとつ

 

↑スピードメーターと組み合わせる4.2インチのディスプレイには、スズキ車初のカラー液晶を採用。走行データをはじめ、多彩な表示コンテンツが用意されています

 

↑フロントシートは、インパネのガーニッシュと同じく3色のアクセントカラーを用意。シートヒーターが標準で装備されることも嬉しいポイントです

 

元々広かった室内空間も、新世代骨格の採用やホイールベースの延長などで拡大されています。後席は着座位置が高くなったにもかかわらず頭上空間が拡大、前席も左右乗員間の距離が広くなりました。また、フロントガラス幅の拡大やリアクォーターウインドーの追加などで視界が良くなっていることも、ユーザー層が幅広い軽ワゴンとしては魅力的ポイントといえるでしょう。

↑後席は座る人の体格や荷物に応じたアレンジが可能なスライド機構付き。一番後方にセットすれば、余裕の足元スペースが捻出できます

 

↑シートバック背面には操作用ストラップが設けられ、後席のスライドが荷室側からでも可能です。荷室の床面と後席背面は汚れや水分を拭き取りやすい素材を採用。荷室左右には販売店アクセサリー用のユーティリティナット(合計6か所)に加え、電源ソケットも装備されています

 

↑後席を完全に畳めば、最大1140㎜の床面長となるスクエアな荷室が出現。床下には小物の収納に便利なラゲッジアンダーボックスも装備されています

 

最新モデルらしく、運転支援システムも充実しています。衝突被害軽減ブレーキや誤発進抑制機能などがセットになった、「スズキ セーフティ サポート」は全車標準(ベースグレードのみ非装着車を設定)。新型ハスラーのパワーユニットは先代と同じく自然吸気とターボの2本立てですが、後者では全車速追従機能付きのアダプティブクルーズコントロール(ACC)と車線逸脱抑制機能がスズキの軽自動車で初採用されました。

 

また、対応するナビゲーションシステムと組み合わせればクルマを真上から俯瞰したような画像を映し出せる全方位モニターの装備も可能です(オプション)。

↑ターボ車には、スズキの軽自動車で初めて全車速追従機能付きのACC(アダプティブクルーズコントロール)が装備。同じくターボ車では運転支援機能のひとつとして車線逸脱抑制機能も標準で備わります(自然吸気は警報のみ)

 

このほか、SUVとしては先代から引き続いて4WD仕様に滑りやすい下り坂などで威力を発揮するヒルディセントコントロールを搭載。新型では、さらに雪道やアイスバーン路面での発進をサポートするスノーモードも新採用されました。新型ハスラーのボディは前述の通り秀逸な対地アングルを実現。最低地上高も180mmが確保されていますから、ジムニーが本領を発揮するような場所に踏み入れるのでもなければ悪路の走破性も十二分といえるでしょう。

↑4WDに装備されるヒルディセントコントロールやグリップコントロール、新機能となったスノーモードの操作はインパネ中央のスイッチを押すだけ

 

新開発の自然吸気エンジン採用。走りのパフォーマンスも進化!

新型ハスラーが搭載するパワーユニットは、前述の通り自然吸気とターボの2種。前者は、燃焼室形状をロングストローク化して燃料噴射インジェクターも気筒当たりでデュアル化。さらにクールドEGRを組み合わせるなどして、全方位的に高効率化された新開発ユニットが奢られました。

 

組み合わせるトランスミッションはどちらもCVTですが、こちらも先代より軽量化や高効率化を実現した新開発品となります。また、近年のスズキ車は電気モーター(ISG)が発進や低速時に駆動をサポートするマイルドHVがデフォになっていますが、新型ハスラーでは先代よりISGの出力が向上。容量こそ変わりませんが、リチウムイオンバッテリーの充放電効率を向上させたことでHV車としての機能が向上しています。

↑自然吸気エンジンはロングストローク化や燃焼室形状のコンパクト化、スズキの軽では初採用となるデュアルインジェクター(気筒当たり)やクールドEGRなどで一層の高効率化を実現。燃費は先代比で約7~8%向上したとのこと

 

↑ターボ仕様のエンジンは、新開発CVTなどとの組み合わせによって燃費性能が先代より約3~5%向上。ロングドライブを筆頭に、幅広い用途に使いたいユーザーにオススメ

 

その走りは、新型車らしく着実な進化を実感できる出来栄えでした。先代も軽ワゴンとしてはなんら不満のないパフォーマンスでしたが、新型ではアクセル操作に対する反応が一層リニアになり静粛性も向上。絶対的な動力性能で選ぶならターボ仕様ですが、日常的な使用環境なら自然吸気でも必要にして十分な動力性能です。

 

新世代プラットフォームのハーテクトや環状骨格構造のボディ、スズキ車で初となった構造用接着剤の採用などの効果か、走りの質感が向上していることも新型の魅力。フロントがストラット、リアはトーションビーム(4WDはI.T.L.=アイソレーテッド・トレーリング・リンク)というサスペションも、先代よりオンロード志向のセッティングとしたことで特に日常域では自然な身のこなしを実現しています。SUVとのクロスオーバーとはいえ、ハスラーは日常のアシという用途が主体の軽ワゴンのニーズに応えるクルマですから、新型の味付けは理にかなったものといえるでしょう。

↑写真は4WDのターボ仕様。絶対的な動力性能は自然吸気でも必要にして十分ですが、ターボなら余裕をもってSUVらしく使うことが可能です。ボディの剛性感や静粛性など、新型は走りの質感が向上していることも魅力的です

 

このように、先代が築いたキャラクターを継承しつつ軽クロスオーバー資質が着実に底上げされた新型ハスラー。とりあえず、ダイハツ・タフトを迎撃する備えは万全といえるのではないでしょうか。

 

SPEC【ハスラー・ハイブリッドX(2WD)】●全長×全幅×全高:3395×1475×1680㎜●車両重量:820㎏●パワーユニット:657㏄直列3気筒DOHC●最高出力:49[2.6]PS/6500[1500]rpm●最大トルク:58[40]Nm/5000[100] rpm●WLTCモード燃費:25㎞/L

 

SPEC【ハスラー・ハイブリッドXターボ(4WD)】●全長×全幅×全高:3395×1475×1680㎜●車両重量:880㎏●パワーユニット:658㏄直列3気筒DOHC+ターボ●最高出力:64[3.1]PS/6000[1000]rpm●最大トルク:98[50]Nm/3000[100]rpm●WLTCモード燃費:20.8㎞/L

 

撮影/宮越孝政

 

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新車導入も! 「臨海鉄道」の貨物輸送と機関車に注目〈首都圏・東海・中国地方の5路線〉

〜〜工業地帯に欠かせない貨物専用線「臨海鉄道」その2〜〜

 

各地の工業地帯に敷かれている臨海鉄道の路線。大半が旅客列車の走らない路線で、貨物列車が数時間おきに走る。

 

工業地帯を走ることもあり、人の目にあまり触れることがない。いわば裏方に徹している臨海鉄道だが、私たちの暮らしに欠かせない物流の流れが息づいている。今回は首都圏と東海地方、中国地方を走る5つ臨海鉄道を紹介。路線と輸送の状況、活躍するディーゼル機関車に注目してみよう。

 

【関連記事】
来春廃止の路線も!「臨海鉄道」の貨物輸送と機関車に注目した〈東北・北関東版〉

 

【はじめに】緑に包まれた路線や歴史的な施設が残る路線も

今回、紹介するのは首都圏と、東海地区、岡山県の倉敷市を走る5つの臨海鉄道である。この5つの臨海鉄道は、どの鉄道も個性に富んでいる。

 

中でも神奈川臨海鉄道、京葉臨海鉄道、名古屋臨海鉄道の3つは、京浜、京葉、名古屋といった物流拠点を走る路線だけに輸送量も多い。ほかにも衣浦臨海鉄道や、水島臨海鉄道は自社の機関車がJRの路線に乗り入れている。JRの旅客路線を走ることもあり臨海鉄道の機関車が牽引する貨物列車の姿を間近に見ることができる。

 

臨海鉄道というと工業地帯の中を走るとあって、背景に見えるのは工場のみと思われがちだ。ところが路線を巡ってみると、意外に緑に包まれているところも多く、写真写りの良い路線も目立つ。さらに橋りょうなどに歴史的な施設が使われているところもある。臨海鉄道は、貨物専用線という以上の魅力が隠されているのだ。

 

そんな各路線の特徴を次に見ていこう。

↑全国に10の臨海鉄道が走る。今回は首都圏と東海地方と中国地方を走る5社の現状を見ていきたい。紹介の5社は拡大マップも掲載した

 

【注目の臨海鉄道①】臨海鉄道屈指の規模・営業実績を誇る

◆千葉県 京葉臨海鉄道:1963(昭和38)年9月開業
◆路線:臨海本線・蘇我駅〜京葉久保田駅ほか計23.8km

↑北袖駅付近を走る京葉臨海鉄道のコンテナ列車。春には桜が咲き絵になる。途中駅はあるものの多くが簡易的な信号場という趣だ

 

千葉県の京葉臨海工業地帯の造成に伴い、当時の国鉄、自治体、進出企業の共同出資により、1962(昭和37)年に日本初の臨海鉄道会社として創業した。翌年に路線が開業している。

 

現在では千葉県内の鉄道貨物のほとんどを扱い、日本屈指の規模となっている。輸送トン数の合計が202万4368トンという輸送量を誇る。ちなみに臨海鉄道2位は神奈川臨海鉄道の137万5591トンになる(鉄道統計年報平成29年度版)。

 

【路線】 路線はJR内房線の蘇我駅から京葉久保田駅までで、国道16号に沿って臨海本線が走る。さらに途中から京葉市原駅、北袖駅へ分岐する路線がある。

 

JR貨物の電気機関車で運ばれた列車は、JR蘇我駅から京葉臨海鉄道のディーゼル機関車に引き継がれ千葉貨物駅へ向かう。JR蘇我駅に到着する下りコンテナ貨車、車扱貨車すべてが、千葉貨物駅に運ばれる。

 

路線一の規模を持つ千葉貨物駅で編成し直されて臨海本線をさらに南下する。輸送はタンク輸送と、コンテナ輸送が主体となる。時には大物車を使っての、大形変圧器の輸送も行われる。

 

沿線は京葉工業地帯を走るが、千葉貨物駅から先に連なる工場の多くが、木々に囲まれて造られている。臨海鉄道の線路は国道16号にほぼ沿っているが、国道との間にも木々が植えられる。左右とも、木々が立ち並ぶ風景がこの路線特有の魅力となっている。

 

路線で見ておきたい施設がある。それは橋りょうだ。路線を造る時に、他の路線で使われていた橋げたを転用して造られたものが複数あり、歴史的にも貴重な施設が見られる。例えば、千葉貨物駅に近い村田川橋りょう、こちらは東海道本線の大井川橋りょうに使われていた橋げたの一部を転用したもの。1911(明治44)年、米ブリッジ社製で、2018年に選奨土木遺産に認定された。ほか白旗川橋りょうの背丈の低い橋げたは、1918(大正7)年製の信越本線の犀川橋りょうを転用している。鉄道施設の複数が、歴史的に見ても価値があるのだ。

 

【車両】 現在の主力機関車はKD60形。臨海鉄道所有の機関車の多くが、国鉄DD13形をベースとしているが、KD60形も同様である。1号機から4号機の4両が活躍している。KD60形よりも前に造られたKD55形も残っている。

 

なお、京葉臨海鉄道からは新型機関車の導入が発表されている。そこには「老朽化した機関車を更新するために、JR貨物が開発したDD200形式の機関車をメーカーに発注し、令和3年5月に完成する予定です」(安全報告書より)とある。

 

来春には新型機関車が導入されるわけである。JR貨物のDD200形式と同じ、赤い塗装なのか、京葉臨海鉄道の伝統色の水色ベースとなるのか、気になるところだ。

↑タンク列車を牽引するKD60形1号機。右上の村田川橋りょうの橋げたは1911(明治44)年米国製で、選奨土木遺産に認定されている

 

【注目の臨海鉄道②】川崎と横浜臨海部に貨物路線を持つ

◆神奈川県 神奈川臨海鉄道:1964(昭和39)年3月開業
◆路線:浮島線・川崎貨物駅〜浮島町駅3.9km、千鳥線・川崎貨物駅〜千鳥町駅4.2km、本牧線・根岸駅〜本牧埠頭駅5.6km

↑京浜急行小島新田駅に近くの川崎貨物駅。小島新田駅前の歩道橋から見渡せる。右下は塩浜機関区でこちらも公道から見ることが可能

 

1963(昭和38)年、京浜工業地帯の鉄道貨物輸送を行うために、国鉄、神奈川県、川崎市、関係企業が出資あるいは用地提供をして第三セクター方式で設立された。現在では京葉臨海鉄道、名古屋臨海鉄道と並び、国内を代表する臨海鉄道となっている。

 

【路線】 路線は川崎市内を走る2路線と、横浜市内を走る1路線がある。川崎市内を走る浮島線は東海道本線貨物支線に接続する川崎貨物駅から浮島町(うきしまちょう)駅を結ぶ。また千鳥線は川崎貨物駅から千鳥町(ちどりちょう)駅間を走る。横浜市内を走るのが本牧線で、JR根岸線根岸駅から本牧埠頭(ほんもくふとう)駅まで走る。ほか川崎貨物駅から水江駅まで2.6kmの水江線があったが、2017年9月いっぱいで廃止されている。

 

川崎市内の路線では石油製品を扱うタンク車輸送、さらに化成品を積んだタンク・コンテナを運ぶ輸送が目立つ。珍しいのはゴミ輸送が鉄道貨物で行われていること。川崎市の一般廃棄物を運ぶ「クリーンかわさき号」で、武蔵野線梶ケ谷貨物ターミナル駅から、川崎貨物駅へ、さらに浮島線の末広駅まで輸送が行われている。輸送には専用コンテナが使われているので、結構目立つ。

↑湾岸を走る神奈川臨海鉄道だが意外に海辺らしい風景は貴重。写真は千鳥運河を渡る貨物列車。千鳥線はタンク・コンテナの輸送が目立つ

 

一方の本牧線では、20フィート、40フィートといった海上コンテナの輸送を中心に行われている。港に近く、また40フィートに対応できる鉄道貨物駅は数少ないため有効に役立てられている。

↑本牧線を走る貨物列車。大形の海上コンテナの輸送が主体となる。本牧埠頭駅付近からは横浜ベイブリッジも見える

 

【車両】 機関車はほぼ千葉臨海鉄道と同じ構成。国鉄のDD13形と同性能のDD55形が1990年代までに導入されている。臨海鉄道他社のDD55形にも同型機だが、各社各機で形や性能が微妙に異なっている。

 

2000年代に入ってDD60形が発注され、各線の主力として利用されている。ちなみに機関車の検査はすべて川崎貨物駅の構内にある塩浜機関区で行っている。自動車でいえば、車検にあたる全般検査も塩浜機関区で行う。多くの臨海鉄道がそうした検査能力を持たないため、JRなどに委託しているところが多いなかで貴重な存在となっている。

 

【注目の臨海鉄道③】フライアッシュの輸送が名物に

◆愛知県 衣浦臨海鉄道:1975(昭和50)年11月、半田線開業
◆路線:半田線・東成岩駅〜半田埠頭駅3.4km、碧南線・東浦駅〜碧南市駅8.2km

↑衣浦臨海鉄道の碧南線では炭酸カルシウム専用列車が走る。KE65形が重連で牽引する臨海鉄道では珍しい光景を見ることができる

 

愛知県といえば名古屋港の港湾設備の充実度が高い。さらに、名古屋港の東側にある衣浦港(きぬうらこう)の開発も進められてきた。衣浦臨海鉄道は1971(昭和46)年、衣浦臨海工業地帯を造成するにあたり国鉄、愛知県、半田市の出資により生まれた。路線は橋りょうなどの、大がかりな路線整備が必要だったこともあり、路線の開業は会社創業後4年後の1975(昭和50)年11月に半田線が、1977(昭和52)年5月に碧南線(へきなんせん)が開業した。

 

【路線】 路線は2本あり、まず半田線はJR武豊線の東成岩駅(ひがしならわえき)と半田埠頭駅を結ぶ。一方の碧南線はJR武豊線の東浦駅と碧南市駅(へきなんしえき)を結ぶ。

 

両路線はそれぞれ輸送品目が大きく異なる。半田線は沿線の工場の製品を積み込んだコンテナ輸送が主流となる。碧南線はここのみという輸送が行われている。碧南市駅へ向かう下り列車では発電所で使う炭酸カルシウムを、帰りの上り列車では石炭発電所の副生成物である石炭灰(フライアッシュ)を運ぶ。使われる貨車はホキ1000形で、車体には「フライアッシュ及び炭酸カルシウム専用」と書かれている。

 

鉄道貨物輸送では、下り上りどちらかが空荷になることが多いものの、この輸送の場合は空荷のない理想的な「双方向輸送」が可能になることもあり良く知られている。

↑終点の碧南市駅には炭酸カルシウムを降ろす施設と、石炭灰を積む施設がある。石炭灰は三岐鉄道の東藤原駅に向け輸送される

 

【車両】 衣浦臨海鉄道で使われるディーゼル機関車はKE65形。国鉄のDE10形ディーゼル機関車とほぼ同タイプ、同性能で、色もほぼ変わりない。形式称号の刻印が異なることと、車体横に衣浦臨海鉄道の名前が入るので見分けが付くが、遠くから見たらDE10そのものである。同社ではこのKE65形が4両体制で貨物輸送に対応している。そして自社路線だけでなく武豊線の起点、大府駅まで乗り入れ、大府駅構内でJR貨物へ貨車牽引の引き継ぎを行う。

 

ちなみに検査などにより機関車が足りなくなった時にはJR貨物愛知機関区のDD51形式が貸し出され、KE65形と組んで走る姿が確認されている。今後、愛知機関区のDD51は引退となり、DF200形式が代わっていく可能性が強い。もしまた応援機関車を必要とする時にはどうなるのだろう。気になるところだ。

↑JR大府駅まで乗り入れている衣浦臨海鉄道のKE65形。写真は構内で発車待ちをする半田埠頭行きコンテナ列車

 

【注目の臨海鉄道④】工業地帯の貨物輸送が活況を見せる

◆愛知県 名古屋臨海鉄道:1965(昭和40)年8月創業
◆路線:東港線・笠寺駅〜東港駅3.8km、南港線・東港駅〜知多駅11.3km(名古屋南貨物駅〜知多駅間4.4kmは休止中)、東築線・東港駅〜名電築港駅1.3km

↑東港線を走るND60形。沿線の春は桜が楽しめる。右上は東港駅の構内。同臨海鉄道では東港駅がターミナルとして機能している

 

古くから工場の進出が盛んだった名古屋港湾地区。ここでは長らく名古屋鉄道によって貨物輸送が行われてきた。しかし、名古屋南部臨海工業地帯の造成に伴い、貨物輸送の需要増大が予測された。そのため1965(昭和40)年から1969(昭和44)年にかけて敷設されたのが、名古屋臨海鉄道だった。この路線により、東海道本線の笠寺駅と臨海地区が直結された。

 

【路線】 現在の路線は、東海道本線笠寺駅〜東港間の東港線と、東港駅から南へ延びる南港線、東港駅から北へ向かう東築線(とうちくせん)がある。ほか汐見線・東港駅〜汐見町駅3.0km、昭和町駅・東港駅〜昭和町駅1.1kmの路線は休止中。また名古屋南貨物駅から先、知多駅までの区間も休止中となっている。

 

名古屋臨海鉄道の輸送は通常のコンテナ輸送以外に、専用列車の運行が目立つ。トヨタ自動車の部品を運ぶ専用列車「TOYOTA LONGPASS EXPRESS」が名古屋臨海鉄道の名古屋南貨物駅と、岩手県の盛岡貨物ターミナル駅との間を土・日曜日を除き、1日に2往復している。この輸送は導入時に、船による輸送やトラック輸送よりも鉄道貨物輸送を効率的に活かす輸送例として注目された。

 

専用ホッパ車を利用した石灰石輸送もこの鉄道の名物列車となっている。こちらは岐阜県の西濃鉄道の乙女坂駅からJR東海道本線を経由して、名古屋臨海鉄道沿線にある日本製鉄名古屋製鉄所まで運ぶ輸送だ。

 

ちなみに東築線では、名古屋鉄道の電車の甲種輸送が行われる。頻繁ではないものの、この路線の輸送も興味深い。終点の名電築港駅では、名古屋臨海鉄道の線路と、名鉄築港線の線路とが平面で交差する箇所が設けられている。ほぼ直角に交差するダイヤモンドクロスで、同区間では平面交差を横切る列車の珍しい走行シーンを見ることができる。

↑東港駅を発車したホッパ車を連ねた石灰石輸送列車。西濃鉄道の乙女坂へは「石灰石返空」列車として引き返す

 

【車両】 現在の主力機関車はND60形で水色の車体に黄色、またはピンク色のラインが入る。このND60形と、55トン機のND552形という陣容となっている。DD552形は、国鉄DD13形と同タイプの機関車で自社発注機に加えて、国鉄のDD13形の譲渡を受け利用していたが、徐々に廃車も出てきている。

 

ND552形の自社発注機は車体ボディの上に前照灯が1つ付いていて、愛嬌のある顔立ちで目立つ。これらの機関車は名古屋臨海鉄道も自社で全般検査を行っている。ちなみに名古屋臨海鉄道では、JR貨物の名古屋貨物ターミナル駅の入換え業務も受託している。そのために同社のND552形が名古屋貨物ターミナル駅に常駐、構内で入換え作業に従事している。

↑DD552形に牽かれてJR笠寺駅に到着する「TOYOTA LONGPASS EXPRESS」。笠寺駅で方向転換して盛岡貨物ターミナル駅へ向かう

 

【注目の臨海鉄道⑤】旅客列車も走る西日本唯一の臨海鉄道

◆岡山県 水島臨海鉄道:1948(昭和23)年8月路線開業(1970年に水島臨海鉄道へ移管)
◆路線:水島本線・倉敷市駅〜倉敷貨物ターミナル駅11.2km、港東線・水島駅〜東水島駅3.6km

↑倉敷貨物ターミナル駅構内で入換え作業を行うDE70形。JR山陽本線への乗り入れ列車にも使われている

 

水島臨海鉄道の路線の始まりは古い。太平洋戦争中、水島地区に造られた三菱重工水島航空機製作所の専用鉄道として1943(昭和18)年に設けられた。戦争遂行のための軍需施設用に造られた路線だったのである。

 

終戦後の1948(昭和23)年に地方鉄道法に準拠した鉄道として営業を開始、倉敷市に譲渡され市営鉄道となった。さらに1970(昭和45)年4月に水島臨海鉄道となっている。今回紹介する臨海鉄道路線の中で、唯一、旅客営業も行う臨海鉄道でもある。

 

【路線】 JR山陽本線の倉敷駅に隣接した倉敷市駅と倉敷貨物ターミナル駅を水島本線が結ぶ。旅客営業は倉敷市駅と三菱自工前駅で行われている。また途中の水島駅と東水島駅間には港東線が走る。後者は貨物列車専用の路線となっている。

 

貨物はコンテナ列車が大半で、JR岡山貨物ターミナル駅から倉敷駅構内の連絡線を通って、同臨海鉄道へ乗り入れる。そして東水島駅、もしくは倉敷貨物ターミナル駅(臨時列車のみ)へ向かう。上りは東水島駅発の東京貨物ターミナル駅行きの直通列車も1日に1便が走っている。

↑岡山機関区のDE10形式の入線もある。岡山貨物ターミナル駅と東水島駅間を1日に2往復ほど貨車を牽いて走る

 

【車両】 DE70形と名付けられた70トン機が1両と、DD50形という50トン機が使われている。主力として走るのはDE70形だ。このDE70形は国鉄のDE11形にあたる機関車で、性能はDE10形とほぼ同じ。DE11形とDE10形の違いは、DE10形が重連での統括制御機能が有効なのに対して、DE11形は同機能を持たないこと。また客車牽引を考慮しなかったために蒸気発生装置を持っていないという違いである。

 

DE70形は岡山貨物ターミナル駅までの直通運転が可能なようにJR線に合わせて安全機器が装備されている。一方で、JR貨物岡山機関区のDE10形式も水島臨海鉄道へ入線している。臨海鉄道とはいうものの、所有の機関車はほぼJRのものと同じでJR貨物の機関車も線内に乗り入れるとあって、他の臨海鉄道路線とはかなり異なる光景が目にできる。

 

ちなみに保有する旅客車両も興味深い。主力のMRT300形以外に元JR久留里線を走った国鉄形気動車キハ30形に、キハ37形・38形が在籍している。この国鉄形気動車は朝夕、そしてイベント開催日に運転されている。こちらも見逃せない存在となっている。

↑倉敷貨物ターミナル駅の奥にある車両基地。DE70形の横にDD50形の姿や、国鉄形気動車の姿が確認できる

 

↑こちらは東水島駅の入口。ちょうどDE70形牽引の貨物列車が到着し、構内での入換えが行われていた

 

【関連記事】
西日本唯一の臨海鉄道線−−「水島臨海鉄道」10の謎

見た目ヨシ! 実用面ヨシ! の電動バイク「smacircle S1」が日本上陸。早速乗ってみた!

今年1月に米国・ラスベガスで開催されたCES2020でイノベーションアワード製品にノミネートされた電動バイク「smacircle(スマサークル)S1」に注目が集まっています。ポイントは車体が2つの大きなサークルを持つユニークなデザインにあり、折りたたむとバックパックに詰めて持ち運べる仕様となっているのです。今回は都内で開催されたイベントで「smacircle S1」に試乗。車両の解説と試乗した感想をお伝えしようと思います。

↑出掛けた先に着いてから組み立て、ラストワンマイルの乗りものとして力を発揮する「smacircle S1」。少し丈夫なバッグを使えば持ち運びも楽々

 

折りたたんでコンパクトに持ち運べる電動バイク

持ち運びもできる電動バイクは世界的にも人気を呼んでいる乗り物。海外ではそれをシェアリングサービスとして提供している例が多数あります。シェアリングステーションで充電さえしてあれば会員はいつでも借り出せるというスタイルです。しかも、海外の多くの国ではこれを免許なしで利用可能。そのため、Googleマップでは交通手段として電動バイクが提案されるほど、生活に馴染んでいるのです。

 

「smacircle S1」はCES2020で注目を浴びただけに、すでに今年6月から北米などで発売が開始されており、その人気は上々のよう。発表以降、日本でも発売を望む声が大きく、その要望に応える形でいよいよ国内でも販売に向けて動き出したというわけです。

↑カラーリングはオレンジとブルーの2色が用意される。特に蛍光色となっているわけではない。乗車時の本体サイズが長さ95cm×高さ87cm、折りたたむと長さ29cm×高さ49cm×幅19cmになる

 

↑各種設定はスマートフォン上で行い、走行中の速度やバッテリー残量などもスマートフォンで確認できる

 

↑速度計はスマートフォンを使い、走行モードの設定も行える。販売時には日本語版も用意される

 

車両を目の前にするとそのユニークなデザインに思わず惹かれてしまいます。軽量化のためにフレームはカーボン製とし、モーターもコンパクトにまとめられるようインホイール型とし、これによって重量は約12kgを実現。この手の乗り物としては相当に軽いと言えます。

↑「smacircle S1」のスペック。このユニークなスタイルは見た目だけでなく、実用面でもきちんとした意味を持っている

 

中でもビックリしたのは、折りたたんだ時は前後の車輪が2つのサークル内に収まることです。こうすることでコンパクトにまとまるだけでなく、車輪による周囲への汚れも軽減可能。ユニークさは見た目だけでなく実用面でもしっかりサポートされていたのです。

↑「smacircle S1」の重量は12kg。折りたたんだ状態では車輪がサークルの中に収納されるので、カバンの内部を汚すこともない

 

折りたたみ方はとても簡単です。イベントでは車体バックパックから取り出して組み立てる流れが紹介されましたが、その作業は実質およそ30秒ほど。バックパックに入れるときは少し手間がかかって、それでも1分ちょっとで済みました。

 

smacircle S1を車体バックパックから取り出し、そしてまた収納してみた

 

これまで多くの電動バイクを見てきましたが、ここまで携帯性を意識してまとめられている電動バイクは見たことがありません。航続距離はフル充電で17~20kmとのことですが、これなら目的地近くまでは公共交通機関で移動し、現地に着いてすぐに乗り始められますね。

↑バッテリーはシート部に内蔵され、3時間ほどでフル充電となり、17~20km程度走れるという

 

ただ、日本では海外と違って原動付き自転車の免許資格が必要。乗車時にはヘルメット着用も義務付けられます。また、公道を走れるようにするため、オリジナルにバックミラーや前後のウインカー、ストップランプといった保安部品が必要となります。この日のプロトタイプに取り付けられていた保安部品はいずれも試作品で、販売車両では違ったデザインになるとのことでした。

↑前方にはLEDライトを標準装備。日本仕様ではこれにウインカーとバックミラーが装着される

 

↑ウインカー付きバックミラーの試作品を装備した状態。日本仕様はもっと大型のものが装着予定だ

 

↑日本仕様で後部に装着される予定のストップランプとウインカー。ナンバープレートも装備される

 

いよいよsmacircle S1にライドオン!

さて、いよいよ試乗です。スタートは運転者が足で地面をキックし、少し動き始めたところでステアリング右手にある操作レバーを押し下げるとモーターからパワーが得られます。これは停止中に誤って操作しても動き出さないようにする安全対策として採用されたものです。これは電動バイク共通の安全対策で、多くの車種で採用されている機構です。

↑足で地面を蹴って動き出したところでモーターからのパワーにつながる。走行モードは、スポーツ/ノーマルの2モード

 

↑ハンドルバーの左側にはブレーキ用レバーとウインカースイッチが、右側にはアクセル用レバーが装備される

 

smacircle S1に試乗してみた

 

モーターからのパワーが伝わると思っていたよりも加速は力強い印象です。最高速度はスポーツモードで約20km/hということですが、音もなく加速していくので体感ではもっと出ているような感じがします。直線路だけでなく緩やかな坂道も走ってみましたが、そこでも十分なパワーを発揮してくれました。

↑電動モーターならではの力強い発進加速が得られ、最高速度は20km/h弱。緩やかな坂道も難なくこなして見せた

 

路面の振動はステアリングにそのまま伝わってきます。タイヤをパンクの心配が要らないソリッドダンピングタイヤとし、高い耐摩耗性を得るために硬質なゴムを使っていることも影響しているのだと思います。一方でシートのクッション厚は十分で、身体への振動はかなり抑えてくれているようでした。

 

モーターは後輪のインホイール式で、停止するにはモーターを逆回転させて発生するトルクで制動します。そのブレーキはかなり強力で、速度が出ていてブレーキをかけても思った位置にきちんと停止できるほどでした。ただ、ホイールは8インチと小さめなせいか、速度が乗るまで安定するのが難しく感じました。スムーズに走るためには運転手が少し慣れる必要があるかもしれません。

↑ホイール径は8インチ。耐摩耗性を高めたソリッドダンピングタイヤを組み合わせ、パンクの心配は無用とのことだ

 

それと注意しておきたいことが1つ。車輪には前後とも泥よけが付いていないため、この日のように雨上がりの路面が濡れた状態で乗ると跳ね上がった泥が襲いかかってきます。試乗後に背後が泥だらけになっているのにビックリしてしまいました。

↑泥よけカバーがないため、路面が濡れた状態で走るとこの状態になるので注意

 

では「smacircle S1」のお値段です。予定価格は18万5900円(税込)と少し高め。しかし、クラウドファンディングで目標額2300万円の資金を募集中で、これに賛同して支援する、超早割や早割などお得な特別キャンペーンも実施中とのこと。今までの電動バイクにない「smacircle S1」のユニークさがどう支持されるか、その今後の成り行きに注目です。

 

 

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Honda初のEV市販車「Honda e」は「かわいい」の中に最先端が宿る一台

いよいよHonda初の市販EV(電気自動車)、「Honda e(ホンダ イー)」が10月30日に発売されることが決定しました。日常ユースに特化したシームレスなモビリティとして登場したHonda e。そのかわいらしい雰囲気には実は開発者の熱い想いと先進技術が詰まっています。

↑Honda e 発表会でのHonda e開発責任者の一瀬智史氏。2019東京モーターショーで国内発表されました

 

人と社会とクルマのシームレスな関係

8月27日のプレス発表では開発責任者の一瀬智史氏が開発コンセプトを語りました。「未来のシームレスな生活パートナーとなるEV」であること。EVが活きるのは街なかだと考え、『街なかベスト』なEVを目指したこと。「他にはないユニークな魅力を持つ、本質を追究したEV」であること。これからの生活のあらゆるシームレス化に対応できるモビリティであること。クルマと社会、お気に入りの生活、行動、情報、あらゆるモノと繋がるのがこれからの世界です。これを「シームレスライフ」と呼び、それを創り上げるのがHonda eと位置づけたのです。

↑これまでのEV開発の発想を大きく転換したHonda e。サイズも佇まいも「街なかベスト」です。価格はHonda eが451万円、Honda e Advanceが495万円

 

これからのコンパクトカーのベンチマークとなるクルマ作りを意識しているのがHonda e。大胆にもEVでありながら航続距離を延ばすことをメインにしていません。航続距離を延ばすためにバッテリーを多く積むことでクルマは大型化し、重量も増してしまう。実際の街でのクルマの使用を考えると本当にこれがベストなのか? というところに立ち返り開発しています。それを端的に示すのが、長距離移動時は公共交通機関やハイブリッドカーを使用してもらおうという割り切り。これまでのEVの発想を変え、本当の合理性を追求しています。

↑デザインニュアンスにホンダを世界の自動車メーカーにした初代シビックのオマージュを感じさせます。街の人々を和ませるエクステリアデザイン

 

愛らしい顔のあるエクステリアデザイン

まずは特徴的な表情を持つ外観から見て行きましょう。ボディサイズは全長×全幅×高さが3895×1750×1510mmと、Honda Fitより100mm短く55mm幅広で5mm低いことになります。乗車定員は4名で5ドアハッチバックの形状。まさしく街なかベストなサイズです。余計なノイズを廃した機能的でシンプルなボディデザインとなっています。車幅内に収まったサイドカメラミラーシステムや手触りの良いガラスの充電リッドもデザインアクセントとしています。ちょっと恐面のクルマが多い中、Honda eは街を和ませることでしょう。

↑サイドカメラミラーシステム。駐車する時には側方下部も写します

 

↑ボディカラーは全7色

 

インテリアは自宅とシームレスに繋がるイメージ

通常の乗車時に加え、30分の急速充電時にも乗員が車内にいる時間があることも意識し、その時間を快適にしたいという想いと、室内はくつろげる家とのシームレスなイメージを形にしています。シックな色合いのシートやインテリアはリビングにいるかのよう。ブラウンのシートベルトやシートのタグもカラーアクセントとしてモダンな雰囲気を醸し出しています。リビングテーブルのようなウッド調のパネルの上に5つのモニター画面からなるワイドヴィジョンインストルメントパネルが室内幅一杯に広がります。スイッチ類は極力整理され、シンプルなデザインと人に優しい操作性を実現。

↑Honda eのインテリア。シンプルな中に沢山の先進機能が詰まっています

 

デザイン上のアクセントとなっているサイドカメラミラーシステムはこれまでのドアミラーに変わるシステムです。両サイドの6インチモニターにはそのシステムからの映像が映し出されます。これまでのドアミラーと違和感のない位置に配置され、ワイドで自然な映像は降雨時のミラーやガラスにつく雨滴の影響を受けることなくクリアに表示します。

 

センターに並ぶ2つの12.3インチの「ワイドスクリーンHonda CONNECTディスプレー」はドライバーだけでなく、助手席の同乗者も操作でき、それぞれに快適な表示機能を選択したり、左右のアプリを入れかえたりなど自在な操作性を実現。スマートフォンとの接続によって音楽アプリやエンターテイメントアプリを表示することも可能です。運転者、同乗者が共に快適で楽しい時間を過ごせそう。

↑HMI&AIの活用で多様な機能を誇るワイドスクリーンHonda CONNECTディスプレー

 

スマホをデジタルキーとして使用することも可能に

Honda eは、スマートフォンと連携して様々なコネクテッド機能を活用することができます。スマホから目的地をナビに送ったり、広い駐車場でクルマの位置が分からなくなった時に探したり、ドアロックの解除、充電リッドの開閉なども可能。さらに、遠隔エアコン操作にも対応しており、出発時間に合わせて車内の温度調整もできます。この機能は電力消費の大きいエアコンの最初の温度調整をプラグインの間に行うことで航続距離への影響もおさえる機能となっています。

 

また、専用のアプリをダウンロードすることでスマートフォンをデジタルキーとして使用することが可能に。スマートキー/スマートフォンを持ってクルマに近づくとフラットだったドアノブがポップアップします。シートに座りドアを閉めるとエンジンスタートまでを自動で行うことが可能。また、クラウドAIによる音声認識と情報提供を行う「Hondaパーソナルアシスト」を採用し、「OK,Honda」と呼びかけることで最新のリアルタイム情報を表示可能。シンプルに構成されたインストルメントパネルも含め、Honda eのHMI(ヒューマンマシンインターフェイス)によって快適なドライブが可能となります。

 

優しい雰囲気だけじゃない高トルクモーターの走り

駆動モーターはアコードe:HEVの高トルクモーターを使用。Honda e専用設計の高剛性シャーシのセンターフロアにバッテリーを、モーターはリア荷室下にレイアウトしています。低重心で安定感があるだけでなく、フロントタイヤの切れ角も大きく取ることができ、4.3mという軽自動車以下の最小回転半径を実現し、タウンユースの助けになります。最大トルク315Nm(32.1kgf・m)の大トルクモーターを活用した走りはキビキビとしたものに。スポーツモードやアクセル操作のみの停止までコントロールできるシングルペダルモードなど、道路状況や走行状況に応じ、好みの運転スタイルを選ぶことができます。

↑コンパクトなボディに組み合わされるハイパワーモーターにより気持ちの良い走りを実現

 

Honda eには通常の「e」と17インチホイールなどを備えたハイパフォーマンスな「e Advance」の2つのグレードをラインナップ。「e」はフル充電での航続距離がWLTCモード値で283km。JCO8モード値で308km。「e Advance」の最大トルクは「e」と同じものの、「e」の最高出力が100kW(136PS)に対し113kW(154PS)と高出力な分、航続距離はそれぞれWLTCモード値で259km。JCO8モード値で274kmとなります。

 

家庭での200vでのフル充電には10.2時間。夕方充電を開始すると翌朝にはフル充電が終わっている状態となります。また、30分の急速充電では80%の充電が可能となり、202kmの走行が可能となります。街なかベストと銘うっていますが、急速充電をうまく活用することで遠距離の走行に対応できます。

↑ご家庭の200vでは10.2時間でフル充電が可能。災害時などはHonda eを電源とすることも可能

 

↑囲い線のある駐車場へのパーキングサポート、線のないスペースへのサポートを行います

 

 

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来春廃止の路線も!「臨海鉄道」の貨物輸送と機関車に注目〈東北・北関東版〉

〜〜工業地帯に欠かせない貨物専用線「臨海鉄道」その1〜〜

 

各地の臨海工業地帯に敷かれたレール。あれー、こんなところに鉄道路線があったかな? と不思議に感じることがないだろうか。鉄道好きはクルマを走らせていても、バスに乗っていてもつい鉄道に目がいってしまうものである。

 

臨海部や工業地帯で見かける“謎”の線路の正体は多くが臨海鉄道の線路である。今回は東北と北関東を走る5つの臨海鉄道の路線と、貨車を引く機関車に注目した。悲しいことに来春で消える臨海鉄道路線があることも分かった。

 

【関連記事】
この春どう変ったのか?新時代の「鉄道貨物輸送」を追う

 

【はじめに】全国で10の臨海鉄道が今も走っている

現在、臨海鉄道は全国に計10社。すべてが本州内にあり、東海地方から東側にある会社が大半を占める。

 

各臨海鉄道の歴史を見ると、多くが1970年代序盤の創業で、日本国有鉄道(国鉄)が高度経済成長に合わせて、貨物の輸送量を増やしていった時代にあてはまる。臨海鉄道は臨海部の貨物輸送を担うために誕生した。国鉄と臨海鉄道のつながりが強い。JR化された後も臨海鉄道のすべて、JR貨物が筆頭株主となっている。また大半が地元の自治体が経営に参画する第三セクター経営となっている。

 

ほとんどが貨物専用の鉄道会社だが、鹿島臨海鉄道と水島臨海鉄道の2社は貨物輸送とともに旅客列車も走らせている。

↑全国に10の臨海鉄道が走る。今回は東北地方と北関東を走る5社の現状を見ていきたい。紹介の5社は拡大マップも掲載した

 

ちなみに、これ以外に北海道に苫小牧港開発、釧路開発埠頭。そして新潟県を新潟臨海鉄道が走っていた。この3社はいずれも2000年前後に廃止されている。地方の旅客路線が業績悪化により廃止される例は多いが、貨物輸送は、工業地帯の複数の工場が撤退もしくは、縮小しないかぎり、荷主の動向に左右されるものの、輸送業務が無くなる心配がない。モーダルシフトが進んでいる時代背景もあり、旅客専用の鉄道会社よりも、手堅い収益が確保できる。

 

さらに各臨海鉄道では、JR貨物の貨車の入れ換えや、車両整備、旅客会社の窓口業務などさまざまな業務を受託している。臨海鉄道のスタッフは、鉄道輸送に特化したプロである。輸送自体は目立たず、会社も小所帯のところが多いものの、長所を充分にいかし、黒字経営を続ける企業が大半を占める。

 

その一方で、輸送する物品、また一部企業のみに頼る臨海鉄道には脆弱な一面がある。来春に業務を終了させる秋田臨海鉄道もメインの荷主が、鉄道貨物輸送を取りやめることで、その影響を受けた。長年、黒字経営を続けてきたにも関わらずである。

 

こうした難しい問題も抱えつつも、国内の貨物輸送を担う臨海鉄道。北から会社の歴史、路線の模様、使われるディーゼル機関車などを中心に見ていこう。

 

【注目の臨海鉄道①】紙製品やパルプの輸送がメインとなる

◆青森県 八戸臨海鉄道:1970(昭和45)年12月創業
◆路線:八戸臨海鉄道線・八戸貨物駅〜北沼駅8.5km

↑主力のDD56形が牽引するコンテナ列車。この3号機には車体横に八戸市民の鳥、ウミネコのイラストが描かれる

 

【歴史】 八戸臨海鉄道は1966(昭和44)年に青森県営専用線として誕生した。そして青森県八戸港の港湾部にある工場を発着する貨物輸送が続けられてきた。その後の1970(昭和45)年からJR貨物・青森県・八戸市などが出資する第三セクター方式で運営される八戸臨海鉄道となっている。

 

【路線】 路線は青い森鉄道に接続する八戸貨物駅が起点。しばらくJR八戸線と並走し、馬淵川河口沿いを走り、自衛隊の八戸基地の東側を走る。さらに八戸港に隣接した北沼駅まで路線が延びる。北沼駅からは三菱製紙の専用線が連絡している。輸送は三菱製紙八戸工場の紙製品がメインとなっている。

 

【車両】 ディーゼル機関車はDD56形、DD16形など。このうちDD56形は自社発注の機関車で、DD16形はJR東日本からの譲渡車で2009(平成21)年から同線を走る。北浜駅の先の三菱専用線では小型のスイッチャーの姿を見ることもできる。

 

なお機関車の全般検査は福島臨海鉄道に委託している。そのため検査時期になると、八戸〜泉(福島県)間の甲種輸送が行われる。臨海鉄道間には業務の関わりも強く、そうした長所を活かしているところも、臨海鉄道らしい一面である。

↑D56形の4号車は2014年に新製された機関車。新設計の機関車で、3号車までとは異なるメーカーに発注されたため姿も異なる

 

【注目の臨海鉄道②】来春に解散予定の日本海側唯一の臨海鉄道

◆秋田県 秋田臨海鉄道:1971(昭和46)年7月開業
◆路線:南線・秋田港駅〜向浜駅5.4km

↑紙製品を満載して走る南線の輸送列車。牽引するのはDE10形。3両が保有される。写真1250号機は元十勝鉄道から転属した車両だ

 

【歴史】 奥羽線の土崎駅と秋田港駅を結ぶ貨物専用線のJR秋田港線。1971(昭和46)年7月に終点の秋田港駅から北線と南線が開業し、秋田港内での貨物輸送が始められた。秋田港駅での入換え業務に加えて、南線での紙製品の輸送と、北線では濃硫酸輸送を行われてきた。ところが1998(平成20)年に、小坂製錬所(秋田県)の濃硫酸生産が終了したことから以降、北線の列車の運行は途絶えている。

 

【路線】 目の前に秋田市ポートタワーがそびえる秋田港駅。南線はこの駅を起点にまずは旧雄物川沿いを南下。4kmほど国道7号にそって走ったあと、旧雄物川橋梁を渡り、対岸へ。大規模な工場が連なる中を北へ走り、向浜駅へ付く。この向浜駅には、日本製紙秋田工場がある。現在、秋田臨海鉄道の輸送の大半は同社の紙製品の輸送である。エンジ色の12ftコンテナを連ねた貨物列車が旧雄物川橋梁を渡るシーンは同線で最も絵になる風景といって良いだろう。

↑秋田港駅構内に進入するDE10形1250号機牽引の貨物列車。後ろはDD56形で、2両が主に入換え用として使われている

 

【車両】 主力機関車として走るのがDE10形。秋田臨海鉄道ではDE10を名乗っているが、元JR東日本のDE15形である。北海道の十勝鉄道を経て2両が、JR北海道から1両が移籍した。DE15形はラッセルヘッドをつけて、除雪作業を行う機関車として造られたが、除雪をしない時は、牽引機としても使える便利な機関車でもある。秋田臨海鉄道ではさらにDD56形が2両在籍。こちらは朱色と青い塗装車両があり、秋田港駅構内での入換えなどに使われている。

 

秋田臨海鉄道に関して6月に残念な発表があった。来春に事業を終了させるというのである。2018年3月期を除けば、ここ6年にわたりしっかりと収益を確保し、黒字経営を続けてきた。なぜ事業終了となったのか。同線の輸送の大半を占めていた日本製紙秋田工場が、紙製品の鉄道貨物輸送を終了させるためだ。運ぶものが無くなれば、会社は成り立たなくなる。沿線にある企業の影響を受けやすい臨海鉄道の弱い一面が露呈したわけだ。

 

2021年の3月で、秋田臨海鉄道の歴史は終焉を迎えることになる。ちょうど会社創業50年めで会社解散を迎えることとなった。旧雄物川橋梁を渡る姿も来春で見納めとなる。

 

【注目の臨海鉄道③】石油、ビールなど多彩な製品の輸送を行う

◆宮城県 仙台臨海鉄道:1971(昭和46)年10月開業
◆路線:臨海本線・陸前山王駅〜仙台北港駅5.4km、仙台埠頭線・仙台港駅〜仙台埠頭駅1.6km、仙台西港線・仙台港駅〜仙台西港駅2.5km

↑仙台臨海鉄道のSD55形103号機。101号機、102号機は東日本大震災の被害を受けて解体に。103号機のみ唯一、自社発注機として残った

 

【歴史】 仙台臨海鉄道の始まりは1971(昭和46)年10月のこと。この年は、ちょうど仙台港が開港した年にあたる。仙台港は掘り込み式の人造港で、脆弱だった仙台地区の港機能を強化し、工業港として、また大形フェリーが着岸できる商業港として誕生した。以降、仙台港は物流の要となっている。

 

この港の機能を強化する役目として、同時期に臨海鉄道も造られた。以来順調に歩んできた仙台臨海鉄道だが、2011年3月の東日本大震災の影響を受けている。路線および車両基地が被災したのだった。路盤や稼動する機関車が津波の影響を受け、長期にわたり輸送が途絶えたが、2011年11月に臨海本線の一部区間が、翌年11月に全線の復旧を果たしている。

 

【路線】 路線は東北線の陸前山王駅と仙台北港駅を結ぶ臨海本線、仙台港駅〜仙台埠頭駅間を結ぶ仙台埠頭線、仙台港駅〜仙台西港駅間を結ぶ仙台西港線の3本がある。

 

列車の運行は仙台港駅が中心で、同駅から仙台北港駅、仙台西港駅、仙台埠頭駅に向けて列車が走る。仙台港駅からは陸前山王駅を結ぶ臨海本線を経て、JR線内への輸送が行われる。輸送物品はバラエティに富む。石油、コンテナ、化学薬品、ビールの商品輸送などで、仙台埠頭線ではレール輸送も行われている。

↑仙台港駅が同社のターミナルの役割を持つ。左上は被災した101号機。円内写真は2011年6月のものだが、しばらく手付かずの状態だった

 

【車両】 2011年の東日本大震災の前後で、同社が所有する機関車の状況が大きく変わった。震災前までの主力は自社発注のSD55形だった。ところがSD55形が複数機、被災したことから、急きょ臨海鉄道他社から機関車の譲渡を受けている。現在の機関車の内訳はSD55形が2両。そのうち103号機が自社発注で唯一残った車両だ。また105号機は、2012年に京葉臨海鉄道から譲渡された車両だ。

 

DE65形2号機は震災後に秋田臨海鉄道から借用を受け、その後に購入した機関車で、性能はほぼ国鉄DE10形と同じだ。この2号機は古くは新潟臨海鉄道の機関車だった車両で、秋田臨海鉄道を経て仙台へやってきた。またDE65形3号機も走る。こちらは元JR東日本のDE10形1536号機で2019年に導入されている。

 

このように仙台臨海鉄道の機関車は震災の影響を受け、さまざまとなった。紺色の機関車あり、朱色の機関車ありと、なかなか賑やかになっている。

 

【注目の臨海鉄道④】“安中貨物”が発着する福島の臨海鉄道

◆福島県 福島臨海鉄道:1967(昭和42)年4月創業
◆路線:福島臨海鉄道本線・泉駅〜小名浜駅4.8km

↑DD56形がタンク車と無蓋車を連ねて走る。通称“安中貨物”の姿は珍しいこともあり、福島臨海鉄道を訪れる鉄道ファンも多い

 

【歴史】 福島臨海鉄道の路線の開業は古い。1907(明治40)年12月の泉〜小名浜間が小名浜馬車軌道として誕生した。磐城海岸軌道を経て、1939(昭和14)年には小名浜臨港鉄道となり1941(昭和16)年に線路幅を1067mmと改軌、軌道線から鉄道線へ変更されている。さらに1967(昭和42)年に、現在の福島臨海鉄道となった。福島臨海鉄道となった当初は旅客列車を走らせていたが、1972(昭和47)年に貨物専用路線となっている。

 

【路線】 路線は常磐線の泉駅と小名浜駅4.8kmの区間。JR泉駅構内の北側に広い入換え線があり、ここが路線の起点となる。駅を発車した列車はJR常磐線から離れ、大きくカーブして常磐線の線路を跨ぐ。そして間もなく国道6号をくぐり、藤原川橋梁をわたる。列車が進んだ、右手から引込線が近づいてくるが、こちらが、東邦亜鉛小名浜製錬所から延びる線路だ。しばらく複線区間が続き、終点の小名浜駅へ到着する。

 

この路線の輸送のメインとなっているのが東邦亜鉛関連の貨物輸送。通称“安中貨物”と呼ばれる輸送で、小名浜から群馬県の安中製錬所へ亜鉛精鉱・亜鉛焼鉱が、タンク車と無蓋車を使って輸送される。無蓋車を使っての貨物輸送は国内ではこの列車のみ。希少な輸送を見ることができる。

↑JR泉駅と信越本線の安中駅間を結ぶ“安中貨物”。1日1往復の鉱石専用列車が運転されている。JR線での牽引は全線EH500形式が行う

 

【車両】 主力機関車はDD56形でこの機関車が牽引を担当する日が多い。ほかにDD55形2両が在籍している。おもしろいのは、機関車の先頭部の目立つところに赤色灯が付けられていること。これは構内での入換え作業を行う時などに、機関車の姿を目立たせるためで、臨海鉄道の他社では見かけないパーツとなっている。ちなみに本線走行時には赤色灯が付いていない。

↑終点の小名浜駅。構内には技術区があり機関車や貨車の整備、保守管理を行う。同駅から越谷貨物ターミナル駅行きコンテナ列車も発車

 

【注目の臨海鉄道⑤】貨物専用線と旅客専用線の両線がある

◆茨城県 鹿島臨海鉄道:1970(昭和45)年7月開業
◆路線:鹿島臨港線・鹿島サッカースタジアム駅〜奥野谷浜駅19.2km、大洗鹿島線・水戸駅〜鹿島サッカースタジアム駅53.0km(旅客専用線)

↑KRD64形2号機が鹿島サッカースタジアム駅行列車を牽引する。ケミカルコンテナを先頭に走る列車を見ても輸送量が多いことが分かる

 

【歴史】 鹿島臨海鉄道の歴史は、鹿島海岸に造られた鹿島港とともに始まる。かつて茨城県の鹿島海岸には長大な砂浜と砂丘が連なっていた。この海岸を掘り生み出された鹿島港が1969(昭和44)年に開港した。翌年に鹿島臨海鉄道も開業した。鹿島港を中心に誕生した鹿島臨海工業地帯の輸送を目的に付設されたのだった。以降、2011(平成23)年3月に起きた東日本大震災により、被害を受けたが、貨物専用線の鹿島臨港線は6月に復旧している。

 

【路線】 JR鹿島線の旅客列車は鹿島神宮駅どまりとなっている。一方で、JRの路線は一つ先の鹿島サッカースタジアム駅までとなっている。同駅は通常は旅客駅を行っておらず、サッカーなどの試合開催日のみの臨時駅だ。この臨時駅が鹿島臨海鉄道とJR鹿島線の接続駅となっている。

 

路線は2本あり、鹿島サッカースタジアム駅から南下、臨海工業地帯をめぐるように走る鹿島臨港線と、鹿島サッカースタジアム駅〜水戸駅間を走る大島鹿島線(旅客専用線)がある。鹿島サッカースタジアム駅で、コンテナ貨物はJR貨物に引き継がれ、毎日2便が東京貨物ターミナル駅と、越谷貨物ターミナル駅へ向けて走っている。

 

ちなみに鹿島臨港線では路線が開業してから、1983(昭和58)年まで旅客営業が行われていた。今、貨物駅となっている神栖駅(かみすえき)の仕分線が並ぶ西側に旧ホームが残されている。

↑朱色に塗られたKRD形。国鉄13形に基づき生まれたが、高出力エンジンを搭載するなど同社の貨物牽引が可能なように変更されている

 

【車両】 機関車はKRD形と呼ばれる車両1両と、KRD64形2両が、使われている。KRDは国鉄当時に、全国の貨物駅などで、使われたDD13形と呼ばれるディーゼル機関車の性能に準じている。5両が路線開業時から新造されたが、今は5号車のみ残るが、牽引する姿はあまり見かけない。

 

一方、主力機として使われるのがKRD64形で、長い編成の貨物列車を引く姿を沿線で目にすることができる。臨海鉄道の機関車には63とか64とか数字が付く機関車が多いが、KRD64形の64は64トン級という意味を持つ。

 

旅客営業を行っているので、気動車にも触れておこう。車両は6000形に8000形で、車体長はみな20m。6000形は乗降扉が前後に2つということもあり、セミクロスシートがずらりとならぶ様子が壮観だ。水戸駅近郊では通勤・通学客も多いことから、3扉車の新車両8000形の導入も進められている。

↑鹿島臨海鉄道の鹿島サッカースタジアム駅。臨時駅のため旅客列車は通過する。ホームに並行する側線で貨物列車の入換え作業が行われる

 

【関連記事】
常時営業を行っていない臨時駅が起点という鉄道路線「鹿島臨海鉄道」の不思議

 

 

スマートなデザインと機能で注目を集める「VanMoof X3」に乗ってみた

最近、注目度が高まり、選択肢も急増しているe-Bikeと呼ばれるスポーツタイプの電動アシスト自転車。そんな中でも異彩を放っているのがオランダ生まれのVanMoof(バンムーフ)というブランドです。一見すると電動アシスト付きには見えないデザイン、そしてスマホ連携や盗難防止などの先進機能を搭載し、従来の自転車の枠を超えたモデルをリリースしているのが注目を集める理由。そんなブランドの最新モデル「VanMoof X3」に乗って、その魅力を味わってみました。

↑「VanMoof X3」25万円(税込)

 

街に似合う独自デザインの車体

VanMoof X3は24インチという小さめのタイヤを採用したモデルです。同ブランドには「VanMoof S3」という大径タイヤを装備したモデルもありますが、こちらは適応身長が170cm〜となっているのに対して、「X3」は155〜200cmと幅広い身長の乗り手に対応しているのがメリット。そもそも、この「X」シリーズは日本向けに開発され、その後グローバルでも販売されるようになったという経緯があります。

↑フレームが「X」を描く形状となっているのがネーミングの由来。カラーは写真の「ダーク」のほか「ライト」が用意されます

 

↑こちらは「VanMoof S3」。タイヤはロードバイクなどと同じ700Cという径になっています。写真のカラーは「ライト」

 

VanMoofのデザインが注目されるのは、e-Bikeに見えないのに加えて、一般的なクロスバイクとも一線を画する仕上がりとなっていること。それを可能にしているのは、タイヤやチェーンなどの消耗部品以外はほぼ全てのパーツを自社でデザインしていることです。通常の自転車メーカーはフレームデザインは自社で手掛けたとしても、ハンドルやブレーキなどの部品はパーツメーカーから調達するもの。そこまで独自でデザインしているからこそ、ほかのどんな自転車にも似ていないユニークなルックスに仕上がっているのです。

↑モーターは前輪のハブ(車軸)部分に装備されています。電動アシスト付きに見えない理由の1つがコレ

 

↑バッテリーは独特の形状のフレームに内蔵。ただ、取り外しての充電には対応していません。フレームには前後ライトも埋め込まれています

 

↑ハンドルのデザインもステムと一体化した独特のものです。ライド中に視界に入る部分がスッキリしていて好印象

 

↑ブレーキレバーも独自デザインのシンプルなもの。ブランドのロゴも刻印されています

 

↑サドルもオリジナルの一体デザインで、振動吸収ゲルが入っており、座り心地も良好

 

スタイルも街に似合うものですが、装備を見ても一般的なスポーツタイプの自転車に比べると街乗りを重視していることが感じられます。前後ライトがフレームに内蔵されているところもそうですが、前後のフェンダー、フロントにはちょっとした荷物を積めるラックも装備。チェーンにもカバーが付いているので、裾の汚れも防いでくれます。

↑前後ともにフェンダーが装備されているので、タイヤの泥はねで服が汚れる心配がありません

 

↑フロントのラックには、伸び縮みするロープが付いているので荷物を固定できます

 

↑チェーンには全てカバーがされているのも、一般のクロスバイクとは違うポイント

 

↑車体中央部には片足式のスタンドも装備。街乗り自転車には必須のアイテムです

 

走行感やスマホ連携機能もユニーク

実際に走らせようとすると、起動のさせ方からして独特です。左手側のブレーキレバーと一体化したスイッチを押すと電源がONになりますが、起動音とともにフレーム上部に内蔵されたLEDが光り、スタンバイ状態になったことを知らせてくれます。

↑一見するとスイッチに見えないようなデザインのボタンを押すと電源が入ります

 

↑電源がONになると、フレームの上部に浮き出るように「V」のマークが表示されます

 

アシストのモードは4段階。1〜最強の4まで右手側のボタンで切り替えられます。現在のモードは、同じくフレームの上部に表示。走り出すと、この部分には速度が表示されます。ちなみに、変速段数は4段ですが、変速の操作は必要なく、設定された速度になると自動で変速が行われる仕組みです。また、走行中に右手側のボタンを押しっぱなしにすると”ブーストモード”が起動し、アシストモードに関わらず最強のアシストが得られるようになっています。

↑走行中はフレームの上部に速度が表示されます。視線を下に移動する必要があるので、注視するのはオススメしませんが……

 

↑変速機構はオートマチックの4段。速度が出ると自動で変速される感覚が新鮮です

 

↑走行中に右手側のボタンを押しっぱなしにするとブーストモードが起動するので、坂道などで強いアシストが得られます

 

走行感もデザイン同様にかなりユニーク。走り出した瞬間のアシストは抑えめで、自然なアシストフィーリングなのはe-Bikeらしいものですが、速度が乗ってくると自動で変速されるので、走行中はほとんど操作をする必要がありません。e-Bikeに乗っているとモードの切り替えや変速など、意外と忙しく操作をする必要があるのですが、VanMoof X3はそうしたことを忘れて走ることや周囲の風景に集中できました。

↑重量が19kgあることと、太めのタイヤを装備していることもあって、クロスバイクに比べるとやや走行感は重いですが、余計なことを考えずに走れます

 

↑かなり角度のある坂道も登ってみましたが、ブーストモードを使うと難なく登れてしまいました

 

もう1つ、VanMoofがユニークなのはスマホとの連携機能。専用アプリをダウンロードしたスマホとBluetoothで接続することができます。走行距離や走ったルート、速度などを記録できることはもちろん、自動変速のタイミングを好みに合わせて調整することも可能です。面白いのは、盗難防止機能。後輪の軸近くにロック機能が装備されていて、ボタンを押すことで施錠することができるのですが、このロックをスマホの画面で解錠操作ができます。

↑後輪の軸付近にあるボタンを押すと施錠され、動かそうとすると警告音が鳴る仕組み。ボタンは足で蹴ってロックすることもできます

 

↑アプリ画面の中央に表示されるロックマークをタップすると解錠操作が可能。操作後、5秒以内に車体を動かさないと再び施錠されるシステムです

 

↑アプリ上でシフトアップとシフトダウンのタイミングをそれぞれ独立して調整可能。ライトのON/OFFなどもアプリで操作できます

 

個人的には、このロック機能はとてもありがたく感じました。スポーツタイプの自転車やe-Bikeのほとんどは車体にロック機能がないので、出かける際にワイヤーロックなどを持って行く必要がありますが、車体にロックが装備されていると何も持たずに気軽に乗ることができます。また、万一盗難の被害に遭ってしまっても、車体にはGSMの通信機能が搭載されており、VanMoofの「バイクハンター」と呼ばれるスタッフが車体を探し出してくれるのも心強いところ。車体が見つからなかった場合、新車が提供されるというので、自信のほどが感じられます。

↑前後に制動力が高い油圧ブレーキを装備しているのも安心感が高いところ。コントロールもしやすく、慣れていない人にも操作しやすい効き方です

 

ルックスから盗難防止機能に至るまで、強い独自性を感じるVanMoof X3。自転車というよりも、新しい乗り物と呼んだほうがいいかもしれないと思うほどです。乗り味も、スポーツタイプのe-Bikeとはひと味違って、スピードを出してサイクリングロードを飛ばすよりも、街中でよく使う速度域にフォーカスしたような仕上がり。ユーザーを見ても、いわゆる自転車マニアではない層に支持されているようです。自転車の保有台数が人口よりも多く、自転車通勤も盛んなオランダ生まれだけあって、ツーリングよりもよりも街乗りや通勤に向いたモデルです。25万円(税込)という価格はちょっと高く感じられる人もいるかもしれませんが、前モデルが40万円オーバーだったことを考えると、かなりリーズナブルになっています。気になる人は原宿にあるVanMoofのブランドショップで試乗も受け付けていますので、一度乗ってみることをオススメします。

 

 

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【給付金でいま買うべきモノ】<No.11>e-bike

本稿は、給付金の使い道をまだ決めかねている方のために、“1人当たり10万円”で買って損なしの、家族の時間も、自分の時間も充実させる家電&デジタルを一挙ナビゲートします!!

※こちらの記事は「GetNavi」 2020年9月号に掲載された記事を再編集したものです。

 

快適に利用できる移動手段として注目が集まっている「e-bike」。最近は10万円代前半でもバッテリーやモーター性能が向上し、従来では見られなかった個性的なデザインのモデルも増えている。

 

押さえておきたい! e-bike最新トレンド

バッテリーや電動アシストモーターがより高性能化

スタイリッシュなデザインのフレームワークを実現

10万円前後で買えるリーズナブルなモデルが増加

 

私がオススメします!

自転車ライター

並木政孝さん

ロードバイク、MTB、BMXを溺愛。最近は電動ママチャリを手に入れ、近所を爆走するのが日課となった、貧脚自慢の中年チャリダー。

 

家族でシェアして使える小径のミニベロがオススメ

今回オススメするのは、「ミニベロ」と呼ばれる20型の小径モデル。趣味性の高いロードバイクやマウンテンバイクも魅力だが、10万円という予算を考慮したとき、より生活に密着して家族みんなで楽しめるミニベロが最適な選択になるに違いない。

 

ミニベロはコンパクトなフレームサイズのため、家族みんなでシェアすることが可能。体型にフレームサイズを合わせるロードバイクやMTBのように使用者が限定されることがない。サドルの高さを調整するだけで気軽にシェアできるのは大きな魅力だ。

 

最近ではアシストモーターや充電バッテリーの小型化・高性能化が進み、コンパクトなフレームのミニベロでも違和感なくアシストを受けられるようになった。また、コンパクトなフレームサイズを生かしてクルマのラゲッジルームに積載するのも超簡単。キャンプ場や自然豊かな秘境の地、はたまたおいしいものを目当てに街なかへと持ち出せば、自分の行動範囲を広げる頼れる相棒として大活躍してくれるにハズだ!

 

<その1>小回りが効いて街乗りに最適! 安心の性能が約10万円で手に入る

バッテリー容量 8.0Ah
アシスト最長距離 約60km
変速 外装7段
重量 21.0kg

 

パナソニック

ベロスター・ミニ

価格 10万8680円

20型の小径モデル。スポーティなダイヤモンド型フレームには、転倒した際にフレームを守るリプレーサブルエンドを採用する。カラバリには艶消しのマットオリーブも用意されるなど、年齢や性別を問わないデザインだ。前後に泥除けが装備されているため、通勤時でも安心して乗れる。

 

SPEC●全長×全幅:1570×590mm●適応身長:149~185cm●アシスト可能距離:パワーモード約31km、オートマチックモード約40km、ロングモード約60km

 

↑操作性が高いシンプルなデザインを持つエコナビ液晶スイッチ4S+。バッテリー残量や速度、残り時間や距離を表示する

 

↑路面や登坂に合わせてベストな走りを選べる外装7段変速を採用。スポーティで快活なペダリングを楽しめるのも大きな魅力だ

 

【いま買うべき理由】特別給付金でほぼカバーできるリーズナブルなプライス

「約10万円の価格には驚愕。ダイヤモンドフレームがスポーティな雰囲気を醸し出し、価格以上の高級感を演出しているのが素晴らしいです。アシスト距離も十分で、パナソニック製というのも大きな安心!」(並木さん)

↑トップチューブを持つフレームワークがハイエンドモデルを思わせる。3色のカラーはカジュアルにマッチ

 

<その2>斬新なフレームワークが個性的、スポーティなデザインは通勤にも◎

バッテリー容量 12.3Ah
アシスト最長距離 90km
変速 内装3段
重量 21.1kg

 

ヤマハ

PAS CITY-X

価格 12万6500円

個性的なフレームデザインが都会的な印象を与える人気モデル。20型の小径モデルでありながらも快適なギア比を与えることで、一般的な26型モデルを超える走りを実現。変速機は内装3段のワイドレンジで、セレクトも容易だ。

 

SPEC●全長×全幅:1585×520mm●適応身長:153cm以上●アシスト可能距離:強モード54km、標準モード69 km、オートエコモードプラス90 km

 

↑斬新なXフレームが剛性感を高めつつ、個性を引き立てる。最近のトレンドであるワイヤー類をフレームに通すインナー構造で、スッキリした外観を演出する

 

↑オプションパーツも豊富。コンテナバスケット(下)やワイヤーバスケット(上)も用意され、目的に合わせたドレスアップが可能だ

 

【いま買うべき理由】安心して遠出ができるアシスト距離の長さが魅力

「個性的なスタイルと高性能バッテリーが大きな魅力。エコモードプラスなら90kmもアシスト可能です。30分で約25%充電でき、フル充電までも3.5時間と短く、面倒な充電の手間を大幅に軽減します」(並木さん)

↑パワフルで高性能なドライブユニットを搭載。世界のトップブランドとして君臨するヤマハならではだ

 

<その3>サドルバッグにバッテリーを内蔵し、e-bikeの重量感を払拭!

バッテリー容量 6.6Ah
アシスト最長距離 約45km
変速 外装8段
重量 約16.2kg

 

デイトナ ポタリングバイク

DE03

価格 15万2900円

オートバイのアフターパーツメーカーが作り上げたスタイリッシュな一台。サドルバッグにバッテリーを収納することでスッキリとした印象だ。16.2kgという軽量ボディもペダリングの快適さに貢献する。

 

SPEC●全長×全幅:1550×570mm●適応身長:155~190cm●アシスト可能距離:約45km

 

↑ETRTO-451ホイールにKENDA製の20型タイヤを装備。高い機動力で都市部でもポタリングをサポートする

 

↑フレームは軽量かつ剛性の高いアルミ製。シャンパンゴールド、グリーンメタリック、グレーメタリックの3色を用意

 

【いま買うべき理由】シンプルな操作機能と電アシに見えないスッキリ感!

「リヤホイールと一体化した電動アシストモーターと、レザーのサドルバッグに収納したバッテリーがシンプルさのキモ。電動アシスト付きだと気が付く人は少ないはずです」(並木さん)

↑バッテリーをサドルバッグに収納。USBポートが用意され、ガジェット類を充電できる

 

<その4>フレーム内蔵バッテリーでスッキリしたデザインを実現

バッテリー容量 3.5Ah
アシスト最長距離 約35km
変速 外装7段
重量 約14kg

 

トランスモバイリー

E-MAGIC207

価格 10万4500円

フレームと一体化した内蔵バッテリーの採用と、アシストモーターをリヤハブに収める設計でスタンダードなミニベロスタイルを実現。車体重量を約14kgで抑えたことで、クルマへの積載や自宅保管の際に大きなアドバンテージとなる。

 

SPEC●全長×全幅:1500×580mm●適応身長:160cm以上●アシスト可能距離:約35km

 

↑約14kgという驚きの軽さを実現。前輪は簡単に取り外せるクイックリリース構造を採用し、手軽に持ち運びが可能だ

 

↑フレームのデザイン性を損なわないバッテリー一体化構造。ワンタッチでアシストスイッチがONにできる操作性も大きな魅力だ

 

【いま買うべき理由】クラスでも群を抜く軽さを実現、14kgの車体は持ち運びに便利

「手ごろな価格と手軽な操作性でe-bikeデビューにオススメ。バッテリーを内蔵したスマートなデザインと約14kgという驚くべき軽さは、行動範囲を広げてくれます」(並木さん)

↑オプションで折り畳みのハンドルを選べばラゲッジに簡単に積載可能。輪行する際にも重宝する

 

【CHECK!】e-bikeでもっと遠出したいなら、ロングパワー&快適走行モデルがオススメ!

小径のミニベロでは満足できない…という人にオススメなのがクロスバイクスタイルを持つ2モデル。走行距離や乗り心地を重視したこのモデルなら満足すること間違いなし!

 

<その1>フロントサスペンション搭載で、凸凹の路面でも快適に走行できる

バッテリー容量 12.0Ah
アシスト最長距離 約73km
変速 外装7段
重量 23.2kg

 

パナソニック

ハリヤ

価格 14万2780円

ロックアウト機構付きフロントサスを装備し、凹凸のある路面でもフラットな路面でも快適に走行可能。26型の電動アシスト自転車としては、重量23.2kgと軽量だ。

 

SPEC●全長×全幅:1790×590mm●適応身長:150~185cm●アシスト可能走距離:パワーモード約45km、オートマチックモード約54 km、ロングモード約73 km

 

<その2>走りながら自動で充電し、エコモードなら130kmのアシスト可能

バッテリー容量 14.3Ah相当
アシスト最長距離 約130km
変速 外装7段
重量 22.3kg

 

ブリヂストンサイクル

TB1e

価格 14万2780円

後輪はペダリングで駆動し、前輪をモーターがアシストする2WD(両輪駆動)仕様。走りながら自動充電することでアシスト距離が従来モデルの1.4倍に。

 

SPEC●全長×全幅:1850×575mm●適応身長:151cm以上●アシスト可能距離:パワーモード約54km、オートモード約90 km、エコモード約130 km

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップするとご覧いただけます)】

「ルノー カングー漬けの日々」3つの使い方術で、QOLがとっても上がった話

ニューノーマルの時代に入って、月日が経つのが早い。PCに向かっていたら日が暮れているし、気づいたら1週間が終わっていたし、季節も夏が終わろうとしている。

 

もちろん、好きなアーティストがインスタライブをやったり、ご当地グルメを取り寄せてみたり、家の中を清潔に保ったり、これまでの生活にはなかったこと・できなかったことを楽しんでいるので充実している。

 

が、やはり生活がどこか平坦で単調なのだ。ほんの少し華やかさが欲しい。

 

そう考えたときに、クルマは改めていいツールじゃないかと思い始めた。プライベートな空間で「密」を避けられる。安全に移動できる。自宅の延長スペースとして、好みの空間にアレンジもできる。

 

経済的で、実用的で、彩りを与えてくれるクルマーーと考えたときに、真っ先に浮かんだのがルノーのカングーである。

 

【今回紹介するクルマ】

ルノー

カングー

264万7000円(ZEN EDC)

2列シートで5人乗りのミニバン形状の、正確にはステーションワゴン。パッチリとした目(ヘッドライト)に、車体表面の凹凸が少なく、近年のクルマの特徴であるドギツさがない造形で、万人に愛されるデザインが特徴。2016年からは6速AT(6EDC)と1.2L直噴ターボエンジンの組み合わせを用意。スムーズかつ爽快な走りと低燃費を実現している。

 

【車両のディテール紹介(画像をタップすると詳細が見られます)】

 

カングーは無条件に楽しいクルマだ。Instagramで「#カングー」を調べると、7.5万人ものフォロワーがいて、一人ひとり違った使い方をしていて、見ているだけで心が湧き立つ。単なるクルマではなく、自分らしさを表現するためのキャンバスに近い。

↑ルノージャポンのInstagramより引用。一般ユーザーが様々な楽しみ方をしていて、見ているだけで楽しくなる

 

「カングーのある暮らし」で矢のように流れていく日々に少しでも変化を。ということで、実際に3つの活用法を今回試してみた。実に様々な変化があり、カングーの良さもわかったので、それらをレポートしていこう。

 

【実践術01】カングーを仕事部屋にしてみると「自然の変化を感じるようになった」

私は月の約半分が在宅勤務で、そして自室がない。同じく在宅勤務が多い妻とリビングで仕事をしている。オンライン会議が重なる時は娘の部屋か、娘も自宅にいる場合は、洗面所で会議をしている。

 

たぶん、多くの在宅勤務者と同じように、自室が欲しい。そして、休日も含めると月の75%も自宅にいることになる。働く環境に変化があれば、少しは効率が上がるのではないか。

 

ということで、カングーを仕事部屋にしてみた。仕事部屋といっても、私はウェブ編集という業務上、PC、タブレット、リモートワーク用のマイク付きイヤホン、メモ帳とペン、タンブラーがあれば良い。これにゴミ入れ、そしてポータブル電源を持ち込めば完成だ。

↑在車勤務の様子

 

以下、カングーで「働く」ことで起こった変化をレポートしていこう。

 

まず、シートからすべてが手に届く範囲にあるので、集中を削ぐものたちが視界に入らなくなり、仕事効率がぐんと向上した。自宅で仕事すると、飲み物を取りにキッチンに行ったり、充電ケーブル挿すためにコンセントのところまで移動したり、と意外に立ったり座ったりを繰り返している。

 

それだけなら良いのだが、ウロウロしているときに床に落ちている髪の毛が気になって掃除したり、「洗濯物干さなきゃ」と思い立って洗面所に行ったり、家事をしているのか仕事をしているのかわからなくなる瞬間がある。

 

でも、クルマの中だとシートに座れば基本、動かない、動けない。自分の手の届く範囲ですべてを済ませられるので、集中力が削がれないのだ。

 

「それって、別にカングー以外のクルマにも言えることでしょ?」という指摘もあるだろう。その点、カングーには様々なアドバンテージがある。前席の頭上に広大な収納スペースが用意されているのだ。

 

PC作業でメモ帳やケーブル類が邪魔なときはここに入れておけばいい。上の写真のように手を伸ばせばすぐに取り出せるので、アクセス性が抜群。私は鼻炎持ちなので、ポケットティッシュではなくボックスティッシュを常備しておきたい派。そんな人にはぴったりすぎるスペースなのだ。

 

そもそも、カングーは商用モデル派生のクルマだ。フランス本国では様々な業種の貨物車として使われ、フランス郵政公社「La Poste」に採用されていることでも有名。つまり、「働く行為」と非常に親和性が高いモデルなのである。

 

ちなみに、さきほどの運転席で仕事している写真。PCを膝の上に載せているから、首が前に出て、背筋が曲がって体勢がキツそうと思った方、カングーは標準でフロントバックテーブルが採用されているから後席でも仕事が可能。

 

会社支給の12インチ前後のノートPCであれば十分に置けるので、リアシートであれば姿勢を正して仕事もできる。テーブル下にはファイル類を収納できるスペースもあるのでご安心を。

↑フロントバックテーブル。ドリンクも置ける

 

↑足元も広い。なんだったら足を組めるぐらい

 

また、後席頭上にも収納スペースがある。なので、前席で作業するときと同様、持ち物を入れておける。なお、3つのボックスのオススメ割り当ては、右が書類や手帳、中央が休憩用のお菓子類、左がお昼寝用のネックピローだ。クルマの中だと在宅勤務と違って布団の誘惑もなく、1時間も2時間も深い眠りに入ってしまうことがない。15分で頭をリフレッシュできるケースが多かったことだけ報告していこう。

↑後席頭上の収納スペース「3連式オーバーヘッドボックス」

 

カングーで在車勤務して仕事効率は上がったが、それ以上に上がったのが気分である。

 

自宅でずっと仕事をしていると外の変化に疎くなるし、在車勤務で駐車場や近隣のパーキングで仕事をしていてもいつかは飽きが来る。それが、たまに、知らない街の駐車場や、近いけど行ったことのなかったスポットに行くだけで気分が上がるし、新しい発見がある。地元の名店に出合うこともできる。カングーは小回りが効く(最小回転半径は5.4メートル)ので、「ちょっと行ってみよう」という衝動を遮らないクルマでもある。機会損失が少ないのだ。

 

さらに、外の変化に疎くなるといったが、在宅勤務の場合、空調が効いた快適な空間にいるので、日々の天気に無関心になる。人間、季節の移ろいを身体で感じられないと時が経つのが早い。カングーも快適な車内だけど、フロントガラスを打つ夕立の雨粒や、夏の終わりと秋の始まりを感じる風を五感で受け取っていると自然の変化を感じられ、何か日々が生き生きとしたものとして感じられる。カングーはそういった意味で、内と外を結ぶ優れた媒介者である。

 

【実践術02】カングーをキャンプサイトにしてみると「記録する行為が蘇った」

ニューノーマルの時代になって、家族と一緒にいる時間は増えたのだけど、家族とコミュニケーションしている時間が増えたかというと疑問だ。仕事をしているから、話しかけられても上の空だったり、オン/オフの切り替えがうまくいかずため息をついてばかりだったり。

 

そんなときには、いっそ場所を変えてしまうのだ得策だ。その点、キャンプやアウトドアはカングーの十八番である。というわけで、幾多の人がこすりまくった企画ではあるが、カングーでキャンプをしてみた。

 

↑今回はテント泊ではなく、コテージ泊を選択。そのため荷物も少ないが、テント泊でも余裕すぎるほど積載量がある

 

以下、カングーを「アウトドアのベース基地」にしたことで起こった変化をレポートしていこう。

 

まず、カングーは絵になる。キャンプ場でラゲッジに家族が腰掛けるだけでなんか幸せな家族の象徴的な構図になるし、クルマの横に立って記念撮影するだけで上質なライフスタイル感が味わえる。家族との思い出作りには最高の相棒なのである。

↑今回撮影したのは、富士五湖のひとつ西湖湖畔にある「PICA富士西湖」。山田家で年1回必ず利用する施設で自然豊かな環境で、カングーとの相性もバッチリ

 

これは私だけでないと思うのだが、先日、スマホの写真フォルダを見返したら、最近の写真が全然なかったのだ。あるのは、メモ用にとったウェブサイトのキャプチャーと、自宅での食事の写真。

 

外出がしにくい時代なので当たり前なのだが、矢のように時間が過ぎていくのも、ここに要因があるだろう。写真に撮りたいと思う、記憶に留めたい出来事が少なくなっているのだ。だから今回、カングーと一緒に過ごすことで、写真を撮るという行為と楽しさを思い出した次第だ。

 

カングーは車中泊ももちろん可能だ。最近、ワークとバケーションを組み合わせた「ワーケーション」という新しいオン・オフの過ごし方がよくピックアップされる。しかし、ワーケーションって意外とハードルがあるのだ。

 

ワーケーションは、金曜日の日中はワーク、金曜日の終業から日曜いっぱいをバケーションとするケースがいまのところ多いそうだが、そうすると木曜日の夜に前泊するか、金曜の早朝に出発するか、という選択肢になる。前泊すれば一泊分の宿泊費がかかるし、金曜日の朝出発するととにかくバタバタする。

 

そういった色んな悩み事もカングーなら解決する。木曜の夜は車中泊スポットに宿泊。金曜日の朝に余裕を持ってワーケーション先にチェックインすればよい。金曜午前にチェックインできない施設なら、そのまま在車勤務をすればいい。といった形で、非常に経済的だ。

 

カングーはATモデルが264万7000円〜、MTモデルが254万6000円〜と国産ミニバン並みの安さ。輸入車の競合モデルが300万円半ばに近い価格と考えると安い。この点も非常に経済的である。なお、9月10日からは2種類の特別仕様車が登場。

 

グレーのカラーリングがいかにも「道具」として使い倒せそうな「アシエ」は限定100台、カングーといえばこの色!という「ラ・ポスト」は限定200台で、ともに価格は通常モデルと同じで、ATが264万7000円、MTが254万6000円となっている。

 

車中泊の話が出たので室内のサイズに関してみていこう。

室内は助手席を倒した状態だとおよそ250センチ、前席を倒さなくても170センチの長さがあるので、多くの人が余裕で寝れるサイズだ。もちろん、フルフラット。室内の高さ1155ミリなので高さ方向の圧迫感もない。

 

2列目下に靴などを入れられるほか、後席頭上の3連式オーバーヘッドボックスもあるので収納もバッチリ。また、ここでもフロントバックテーブルが活躍してくれるので、小物類を置く場所に困らない。

 

室内の幅は1121ミリなので、大人2人と小学生までの子ども1人なら余裕を持って寝れるだろう。上の写真のようにアウトドア用のマットを持ち込めば実に快適だ。

 

今回のコテージ泊の際、私は朝方にカングーに移動してゴロゴロしていたが、観音バックドアから差し込む朝日のまぶしさで身体が目を覚ました。月並みな表現だが、何か尊い時間であった。

 

↑左右非対称の観音開きドア。珍しいギミックでこれだけでも選ぶ価値がある

 

↑ラゲッジまでの高さが低いので荷物の積み下ろしもしやすい。荷物が多くなりがちなキャンプでは重宝する設計だし、日々の買い物でもとてもラクだ

 

【実践術03】カングーを書斎にしてみたら「自分の残りの人生について考えるようになった」

書斎は、男の憧れだ。自分の好きなものを集めて、並べて、愛でて、自分の時間を過ごす。音楽好きの人ならアンプをつなげて楽器練習したり、プラモデル好きの人ならパーツを組み立てたり、読書好きな人は雰囲気のいいランプを立てて普段は読まない本を読んだり。

 

心が洗濯される感覚。こんがらがった自分がシンプルになる気持ちよさ。

 

書斎とは、自分自身を整理する空間だ。なんか抽象的な話をしているが、要は自分だけの部屋が欲しいのである(切実)。娘は自分の部屋があるのに、自分はないから、自分だけの空間が欲しいのだ。自分について振り返るスペースが必要なのだ。オフィスとしても寝室やリビングとしても活躍するカングーに書斎の役割を持たせたら、さらに幸せになれそうじゃないか。

 

というわけで、オフの時間や夜にカングーを走らせてみる、籠ってみる。以下、カングーで「一人ドライブしつつ書斎」にしたレポートしていこう。

 

カングーは、背が高いミニバン的な走行特性かと思うかもしれないが、意外に走る。コーナリングもふわふわ、ふらふらしない。むしろ、ステアリングを切るのが楽しい感覚だ。これは、重心が低く抑えられていることもあるし、ルノーらしい素直なハンドリンクが反映されているということも大きい。

 

家族や大量の荷物を載せていないとパワフルさも感じられる。エンジンは1.2Lの直噴ターボエンジンで115PSでスペックだけで考えると突出したものではないが、走っているときの気持ち良さは十二分に感じられる。

 

【車両のディテール写真02(画像をタップすると詳細が表示されます)】

 

で、夜、カングーに籠もってみたのだが、結構いい。そうそう、こういう空間が欲しかったのだ。ちなみに私がしたのは、超プライベートな話だが、四半世紀ぶりに小学校の先生に連絡を取る機会があり、手紙をしたためるという行為。自分の半生を振り返りながら、手書きで書くから独りになりたかったのだ。ちなみに、居心地の良さは【実践術02】で紹介した通りで、このときもフロントバックテーブルが大活躍した。

 

半生つながりでいうと、Instagramでカングー関連のハッシュタグを見ていて思ったのが、カングーオーナーには色んな人生が送っている人が多いということ。クルマは同じだけど、選んだ人生は本当に様々。

 

ペットとの生活を送っている人もいるし、自転車を載せて各地を2輪と4輪で走っている人もいるし、キッチンカーとして使っている人もいる――カングーのオーナーは自分が想うライフスタイルを実現している人が多いから、つい、自分が選ばなかった人生について考えることもできる。そして、こんな人生を送ってみたいなというアイデアももらえる。こういった「人生の指南役」を得られるのはカングーの特権だろう。

 

【まとめ】

今回は割と定番な3つの実践術にフォーカスして記事をお届けしたが、カングーの器はまだまだデカい。リモートワークがもっと普及が進めば、カングーをベースに日本各地を巡りながら仕事しながら旅をすることもできる。副業やダブルワークがもっと一般的になれば、カングーを店舗にして様々な場所を訪れてショップを開ける。

 

とにかく使い倒しているというのがカングーオーナーの特徴だし、使い倒すことで、行動範囲が広がり、新しい部屋ができ、日々にハリができる。withコロナの時代は今まで当たり前だったものが、リスクを回避しながら能動的に動いていかないとアクセスできない時代だ。カングーはそれに対応できる希少性の高いクルマだろう。

 

 

撮影/中田 悟 撮影協力/PICA富士西湖(山梨県)

希少車両が多い東海・関西出身の「譲渡車両」の11選!

〜〜東海・関西圏を走った私鉄電車のその後5〜〜

 

譲渡車両紹介の最終回は、東海・関西圏から他の鉄道会社へ移籍した電車を見ていくことにしよう。

 

東海・関西圏を走った電車の譲渡例は意外に少なめ。少ないものの、かなり個性的な車両が揃う。本家ではすでに引退し、他社で第二の人生を送る電車も目立つ。そろそろ引退が近い電車も表れつつあり、気になる存在となっている。

 

【関連記事】
今も各地を働き続ける「譲渡車両」8選元西武電車の場合

 

【注目の譲渡車両①】今や大井川鐵道だけに残った関西の“名優”

◆静岡県 大井川鐵道21000系(元南海21000系)

↑昭和生まれの電車らしい姿を残す大井川鐵道の21000系。“名車”もそろそろ引退となるのだろうか気になるところだ

 

大井川鐵道を走る21000系は、元は南海電気鉄道の21000系(登場時は21001系)である。南海高野線の急勾配を上り下りする急行・特急用に造られた。 “ズームカー”、または“丸ズーム”の愛称で親しまれた電車で、製造開始は1958(昭和33)年のこと。誕生してからすでに60年以上となる。

 

正面は、国鉄80系を彷彿させる“湘南タイプ”の典型的な姿形。その後の車両よりも、運転席の窓が小さめ、窓の中央には太めの仕切りがある。湘南タイプの後年に生まれた車両にくらべれば、運転席からの視界があまり良くなさそうだ。

 

南海では1997(平成9)年で引退、大井川鐵道へは1994(平成6)年と1997年に2両×2編成が譲渡された。一畑電車にも譲渡されたが、こちらは2017年に引退している。21000系は大井川鐵道に残った車両のみとなっている。

 

さて、大井川鐵道に“後輩”となる車両の搬入が最近あった。

↑南海高野線を走る6000系6016号車。大井川鐵道へやって来たのは写真の6016号車に加えて、6905号車の2両だ

 

大井川鐵道に搬入されたのは南海の6000系2両である。南海6000系は運行開始が1962(昭和37)年のこと。東急車輌製造が米バッド社のライセンス供与により最初に製造したオールステンレス車体の東急7000系(初代)と同じ年に、東急車両製造が造った電車だった。ちなみに7000系は車体が18m、南海6000系はオールステンレス製20m車として国内初の電車でもあった。

 

オールステンレスの車体は、東急7000系の例もあるように、老朽化の度合が鋼製車両に比べて低く、長く使える利点がある。大井川鐵道では、しばらく改造などに時間をかけてから登場となるだろうが、この後に紹介する元近鉄の電車に変って走ることになりそうである。

 

かつて同じ高野線を走った電車が、他の鉄道会社で再び顔を合わせる。鉄道ファンとしてはなかなか興味深い光景に出会えそうだ。

 

【注目の譲渡車両②】近鉄の特急オリジナル色がここでは健在!

◆静岡県 大井川鐵道16000系(元近鉄16000系)

↑大井川沿いを走る大井川鐵道16000系。近鉄から2両×3編成がやってきたが、すでに1編成が走るのみとなっている

 

大井川鐵道の旅客輸送を長年、支えてきたのが元南海の21000系とともに、16000系である。16000系は元近畿日本鉄道(以下「近鉄」と略)の16000系にあたる。近鉄16000系は、狭軌幅の南大阪線・吉野線向けに造られた電車で、同線初の特急用電車でもあった。1965(昭和40)年3月から走り始めている。

 

計9編成20両が増備され、南大阪線・吉野線の特急として長年、活躍し続けてきた。車体更新が行われ、今も一部の編成が残り、走り続けている。

 

大井川鐵道へやってきたのは、初期に製造されたタイプで、1997(平成9)年に第1・第2編成が、さらに2002(平成14)年に第3編成が譲渡された。すでに第1編成は引退、第2編成が休車となっている。第3編成のみが現役で、南海の6000系は、休車となっている第2編成に代わって走り出すとされる。

 

本家の近鉄16000系は近年に大規模な車体更新が行われ、同時に車体カラーも一新されつつある。近鉄の伝統だったオレンジ色と紺色の特急色で塗られた車両が消えつつある。大井川鐵道の16000系は、そうした近鉄の伝統を残した貴重な車両となりつつある。

【注目の譲渡車両③】電車ではないが今や貴重な存在の機関車

◆静岡県 大井川鐵道ED500形(元大阪窯業セメントいぶき500形)

↑SL列車の後押しを行うED500形電気機関車。側面に「いぶき501」の文字が入る。大井川鐵道に移籍後、前照灯などが変更されている

 

大井川鐵道には興味深い譲渡車両が走っている。主にSL列車の後押しに使われているED500形電気機関車である。

 

ED500形の出身は大阪窯業(おおさかようぎょう)セメントという会社だ。大阪窯業セメントという名前の会社はすでにないが、会社名が変わり現在は住友大阪セメントとして存続している。ED500形は大阪窯業セメントいぶき500形で、1956(昭和31)年の製造、伊吹工場の専用線用に導入された。同専用線を使った輸送は1999(平成11)年でトラック輸送に切り替えられたため、同年、大井川鐵道へ2両が譲渡されたのだった。

 

大井川鐵道へやってきた以降に、三岐鉄道へ貸し出された期間があったものの、ED500形501号機のみ戻り、大井川鐵道で使用されている。西武鉄道出身のE31形とは異なる、こげ茶色の渋いいでたちの電気機関車でレトロ感満点だ。

↑1999年当時の大阪セメント伊吹工場の専用線。筆者は最終年に訪れていたが、粘って機関車も撮影しておくのだったと後悔している

 

【注目の譲渡車両④】元近鉄の軽便路線の電車が装いを一新

◆三重県 三岐鉄道北勢線270系(元近鉄270系)

↑三岐鉄道北勢線の主力車両270系。線路幅にあわせ小さめの車体となっている。270系の全車が黄色ベースの三岐カラーで走る

 

国内の在来線の多くが1067mmの狭軌幅を利用している。かつては全国を走った軽便鉄道(けいべんてつどう)は、さらに狭い762mmだった。今もこの762mmの線路幅の路線がある。三岐鉄道北勢線と、このあとに紹介する四日市あすなろう鉄道、そして黒部峡谷鉄道の3つの路線である。線路幅が狭いということは、それに合わせて電車もコンパクトになる。

 

三重県内を走る北勢線と、四日市あすなろう鉄道の2路線は、かつて近鉄の路線だった。三岐鉄道北勢線の歴史は古い。開業は1914(大正3)年と100年以上も前のことになる。軽便鉄道の多くがそうだったように資本力に乏しかった。開業させたのは北勢鉄道という会社だったが、その後に北勢電気鉄道→三重交通→三重電気鉄道を経て、1965(昭和40)年に近鉄の路線となった。

 

2000年代に入って、近鉄が廃線を表明したこともあり、地元自治体が存続運動に乗り出し、2003(平成15)年に三岐鉄道に譲渡された。元近鉄の路線だった期間が長かったこともあり、主力となる270系は元近鉄270系。1977(昭和52)年生まれの電車だ。

 

さらに古参の200系や、中間車の130形や140形は、前身の三重交通が新造した電車だ。ともに三岐鉄道に引き継がれた後には、黄色とオレンジの三岐鉄道色となり、より華やかな印象の電車に生まれ変わっている。そのうち1959(昭和34)年生まれの200系は、三重交通当時の深緑色とクリーム2色の塗装に変更された。軽便鉄道という線路幅は、国内では貴重であり、ちょっと不思議な乗り心地が楽しめる。

 

【関連記事】
762mm幅が残った謎三重県を走る2つのローカル線を乗り歩く【三岐鉄道北勢線/四日市あすなろう鉄道】

 

【注目の譲渡車両⑤】元近鉄電車だがほとんど新造に近い姿に

◆三重県 四日市あすなろう鉄道260系(元近鉄260系)

↑四日市あすなろう鉄道の260系。ブルーと黄緑色の2色の電車が走る。座席の持ち手部分はハート型と、おしゃれな造りになっている

 

四日市あすなろう鉄道も、前述したように762mmの線路幅だ。始まりは1912(大正元)年と古い。三重軌道という会社により部分開業。大正期に現在の路線ができ上がっている。その後に三重鉄道→三重交通→三重電気鉄道を経て、1965(昭和40)年に、近鉄の内部線(うつべせん)と八王子線となった。

 

長年、近鉄の路線だったが、近鉄が廃止方針を打ち出したことから、公有民営方式での存続を模索、2015(平成27)年4月から四日市あすなろう鉄道の路線となった。

 

電車は260系が走る。元近鉄260系で、近鉄が1982(昭和57)年に導入した。車体は三岐鉄道の北勢線を走る270系を基にしていて、その長さは11.2m〜15.6mとまちまち。長年パステルカラーで走っていたが、四日市あすなろう鉄道となって、電車をリニューアル。現在は、すべて車両が冷房化、車体が更新された。中間車の一部を新造したが、この新造車は鉄道友の会ローレル賞を受賞している。

 

元の近鉄車はかなりの古参車両といった趣だったが、電車が更新されたことにより、新車のような輝きに。車内の照明はLEDを利用、化粧板は木目調とおしゃれ。リニューアルにより大きく生まれ変わっている。

 

【注目の譲渡車両⑥】元近鉄路線に残る近鉄電車が徐々に減少中

◆三重県・岐阜県 養老鉄道600系・620系(元近鉄1600系など)

↑養老鉄道養老線を走る元近鉄車両。正面に524号車という数字があるが形式は620系。近鉄マルーン一色の伝統色で走る

 

三重県の桑名駅から岐阜県の大垣駅を経由して揖斐駅(いびえき)まで走る養老鉄道養老線。近鉄の元路線で、さらに養老鉄道が、近鉄グループホールディングの傘下の会社ということもあり長年、近鉄の電車が使われてきた。

 

これまで走ってきたのが近鉄600系・620系で、さまざまな種車を元に改造され、1992(平成4)年に養老線に導入されている。養老鉄道となった2007(平成19)年以降も走り続けてきた。そんな養老鉄道に、東急の7700系15両が2019年に導入され、状況がかわりつつある。それまで600系、610系、620系と、3タイプが走っていたが、すでに610系の全編成が引退となった。

 

600系と620系が16両ほど残る。従来の近鉄マルーン色の車体だけでなく、オレンジ色に白線のラビットカラー、赤地に白線の車両と、車体カラーはいろいろで、元東急車とともに沿線をカラフルに彩る。東急7700系は15両で導入は終了しているが、その後に、どのような電車が導入されるのか、元近鉄車は今後どうなるのか、気になる路線となっている。

 

【注目の譲渡車両⑦】京阪の名物「テレビカー」が富山の“顔”に

◆富山県 富山地方鉄道10030形(元京阪3000系/初代)

↑立山山麓などの山々を背景に走る2両編成の10030形。車両数が多いため富山地方鉄道の路線では良く出会う電車となっている

 

富山平野を走る富山地方鉄道の複数の路線。自社発注の電車、元西武鉄道の電車、元東急電鉄の電車、といろいろな電車が走りなかなか賑やかである。

 

そんななか、ややふくよかな姿形で走る電車を見かける。富山地方鉄道での形式名は10030形。形式名を聞いただけでは、元の電車が何であるかは分かりにくいが、この電車は京阪電気鉄道(以降「京阪」と略)の元3000系(初代)だ。

 

京阪3000系は、京阪の車両史の中でも革新的な電車だった。製造されたのは1971(昭和46)年からで、大阪と京都を結ぶ特急専用車両として生まれた。大阪と京都を結ぶ路線はJR東海道本線、阪急京都線などライバルが多い。そのため乗車率を少しでも高めるべく登場した電車で、オールクロスシート、冷房を装備、後には2階建ての中間車を連結した。また編成の一部車両の車内にテレビを備えていたことから「テレビカー」とも呼ばれた。40年にわたり走り続け2013年3月に京阪の路線から引退している。

 

そんな京阪3000系を大量に引き取ったのが富山地方鉄道だった。1990(平成2)年から17両が移籍している。ちなみに大井川鐵道にも2両が移籍したが、こちらはすでに引退している。

↑2階建て中間車を連結して走る10030形「ダブルデッカーエキスプレス」。車体カラーもヘッドマークも京阪当時を再現した編成だ

 

京阪は線路幅が1435mm、富山地方鉄道の路線は1067mmという違いもあり、入線の際には台車を履き替えるなど改造を施している。

 

富山地方鉄道に多くの元3000系が移籍したこともあり、同鉄道ではよく見かける存在となっている。移籍した中で異色なのが3000系の8831号中間車で、2013年に譲渡された。この8831号中間車は、富山地方鉄道の10030形では唯一の2階建て車両だ。他の10030形は2両編成だが、この8831号車を組み込んだ編成は3両編成となり、また塗装も京阪当時の色に塗り替えられた。編成名も「ダブルデッカーエキスプレス」となり、有料特急列車に使われ走り続けている。

 

編成こそ、京阪当時のような長大ではないが、3両編成になろうとも、往時の姿が楽しめるのは、鉄道ファンとしてはうれしいところだ。

 

【注目の譲渡車両⑧】意外な出身のえちぜん鉄道の主力電車

◆福井県 えちぜん鉄道MC6001形(元愛知環状鉄道100形・200形・300形)

↑えちぜん鉄道の勝山永平寺線を走る6101形。元愛知環状鉄道の電車で前後に運転台付けるなど改造され、同鉄道の主力車両として生かされる

 

福井県内を走るえちぜん鉄道。勝山永平寺線と三国芦原線の2本の路線に列車を走らせる。両線とも歴史は古い。勝山永平寺線(旧越前本線)の開業が1914(大正3)年のこと、三国芦原線が1928(昭和3)年に一部区間が開業している。両線は創業当時こそ別会社だったが、太平洋戦争中に京福電気鉄道に引き継がれている。

 

長年にわたり両線の運行を続けてきた京福電気鉄道だが、経営状態が徐々に悪化していき、2003(平成15)年に第三セクター経営方式のえちぜん鉄道が路線の譲渡を受け、今に至っている。譲渡以前の電車、路線の設備は、かなり旧態依然としていて、2000(平成12)年、2001(平成13)年と2年続きで、電車の正面衝突事故が起こっている。2回目の事故後の2001年から、えちぜん鉄道の路線に移管された2003年にかけて全線運行休止となっていた。

 

こうした経緯もあり、えちぜん鉄道になるにあたって、急きょ、古い電車の入換えが行われた。ちょうど同じ頃、愛知県内を走る愛知環状鉄道の100系が、新型車への切替え時期で、引退間近だった。この100系を引き取ったのがえちぜん鉄道だった。

 

100系は愛知環状鉄道の路線開業時の1988(昭和63)年に導入された。細かくみると3形式に分けられる。2両編成の電車が100形と200形、増結用の300形がある。えちぜん鉄道では計23両を引き取り、改造を施して入線させている。制御付随車だった200形は、運転台のみを移設用に使われた後に廃車となっている。

 

えちぜん鉄道での形式名はMC6001形とMC6101形の計14両で、同形式は1両で走れることから利用客が少ない時間帯などに有効に生かされている。

 

ちなみにえちぜん鉄道には他に2両編成のMC7000形が12両ほど走っているが、こちらは元JR東海の119系で、飯田線での運行終了後に、改造され、えちぜん鉄道に譲渡されている。両タイプは、正面の姿がほぼ同じで、見分けが付きにくいが、側面の乗降扉が1枚扉ならばMC6001形、MC6101形、2枚扉ならばMC7000形である。

 

【注目の譲渡車両⑨】全車両が阪急電鉄からの譲渡車の能勢電鉄

大阪平野の北部に妙見線(みょうけんせん)と日生線を走らせる能勢電鉄(のせでんてつ)。路線の開業は1913(大正2)年と古い。ところが開業後の翌年に早くも破産宣告を下されるなど、多難な創業期だった。1922(大正11)年に阪神急行電鉄(現阪急電鉄)の資本参加以降は、阪急色が強まり、現在は、阪急電鉄の子会社となっている。

 

阪急の子会社であり、さらに線路がつながり阪急路線内に直通電車が走るということもあり、走る電車はすべて旧阪急の電車だ。子会社とはいえ、異なる会社に移籍しているものの、これまで見てきた譲渡車両と同一には評しにくい部分もある。とはいえ今では親会社の路線で見ることができない車両も走り、阪急ファンの注目度が高い路線となっている。ここでは希少な車両のみ触れておこう。

 

◆大阪府・兵庫県 能勢電鉄1700系(元阪急2000系)

↑能勢電鉄では最も古参車両の1700系だが徐々に車両数が減りつつある。写真の1753編成(1703号車)は2019年5月に廃車となった

 

阪急の2000系として登場した電車で、誕生は1960(昭和35)年のこと。阪急での2000系単独編成は1992(平成4)年に運用が終了、他形式の中間車としてその後も使われていたが、2014年に姿を消している。

 

2000系の能勢電鉄への譲渡は1983(昭和58)からとかなり古く、1500系として走り始めた。その後に2000系を種車とした1700系が生まれ、1990(平成2)年から走り始めている。かなりの古参電車ということもあり、先輩格の1500系はすべてが引退、後輩にあたる1700系も近年は徐々に運用終了となりつつある。

 

◆大阪府・兵庫県 能勢電鉄3100形(元阪急3100系)

↑能勢電鉄でわずか4両×1編成のみの3100系。阪急マルーンの塗装に加えて、正面にステンレス製の飾り帯を付けて走る

 

能勢電鉄の希少車といえば3100系が代表格だろう。能勢3100系の元は阪急の3100系だ。同編成は1997(平成9)年に能勢電鉄に譲渡された。

 

元となる阪急の3100系は宝塚線用に造られた形式で、ほぼ同形式の神戸線用の3000系は1964(昭和39)年に登場している。以降、両形式あわせて154両と多くの車両が造られた。1960年代半ば以降、阪急の神戸線・宝塚線の輸送を支えた電車と言って良いだろう。長年にわたり走り続けてきたが、2020年2月を最後に阪急での運行を終了している。

 

阪急の代表的な車両だった3100系が今も能勢電鉄を走り続けている。車両数は少なくわずかに4両。能勢電鉄に入線してから、正面の尾灯付近にステンレス製の飾り帯を付け、能勢電鉄では目立つ電車となっている。

 

ほか能勢電鉄には5100系(元阪急5100系)、6000系(元阪急6000系)、7200系(元阪急7000系・一部6000系付随車)が移籍している。

 

【注目の譲渡車両⑩】変貌ぶりに驚かされる和歌山電鐵の電車

◆和歌山県 和歌山電鐵2270系(元南海22000系)

↑和歌山電鐵の「たま電車」。貴志駅の初代名物駅長のたまにちなんだ車両で、車体全体にたまのイラスト、正面がたまの顔となっている

 

和歌山駅〜貴志駅間を結ぶ貴志川線(きしがわせん)を運営する和歌山電鐵。岡山市を走る岡山電気軌道の子会社であり、両備グループの一員である。2006(平成18)年4月から、南海電気鉄道の貴志川線を引き継いで電車の運行を行う。

 

すでに14年の年月がたち、ネコ駅長、さらに「たま電車」「おもちゃ電車」などユニークな電車を走らせていることなど、全国にその名前が広まり、訪れる人が絶えない。ここでは、南海からの譲渡車両を中心に見ていきたい。

 

和歌山電鐵の2270系は元南海の22000系である。22000系は南海の高野線の混雑を緩和するための増結用車両として1969(昭和44)年に誕生した。高野線の看板電車は「ズームカー」と呼ばれたが、先輩格の21000系(大井川鐵道の章で紹介)に対して、混雑区間の増結用の車両ということで、「通勤ズーム」、さらに丸みがやや薄れたので「角ズーム」と呼ばれた。

 

南海は長く電車を使い続ける傾向があることもあり、同系統は今も、2200系や2230系に改造され、南海の路線で走っている。ちなみに高野線を走る観光列車2200系「天空」も22000系を改造した電車だ。

↑地元・和歌山の特産「南高梅」から作られる梅干しをモチーフに生まれた「うめ星電車」。和歌山電鐵運行開始10周年を記念して走り始めた

 

和歌山電鐵には同22000系の2両×6編成が、路線の引き継ぎに合わせて譲渡された。そして水戸岡鋭治氏のデザインにより刷新された。1編成ごとに外観や車内の設備を変更し、「たま電車」、「おもちゃ電車」、「うめ星電車」、「いちご電車」などに生まれ変わっている。

 

電車をここまで思いきったリニューアルさせる、いわば水戸岡ワールド全開の電車たち。やはり地方の路線を存続させるためには、こうした思いきった策が必要であることを、今さらながら示してくれた成功例と言って良いだろう。

 

【注目の譲渡車両⑪】元名古屋の地下鉄電車が讃岐路を走る

◆香川県 高松琴平鉄道600形(名古屋市交通局250形・700形など)

↑志度線の600形が瀬戸内海沿いを走る。元の車両が地下鉄用の中間車を改造されたこともあり、平坦な正面の形をしている

 

最後にちょっと珍しい譲渡車両が四国を走るので見ておこう。高松琴平電気鉄道(以下「琴電」と略)は高松を中心に、琴平線、長尾線、志度線(しどせん)の3路線を走らせている。この琴電に、他所であまり見かけない電車が走っている。

 

琴電の主力の電車といえば、主に元京浜急行電鉄の電車が多い。1070形(元京急6000形)、1080形(元京急1000形)、1200形(元京急700形)、1300形(元京急1000形)などといった具合だ。さらに元京王電鉄の5000系(初代)が1100形として走る。

 

琴平線、長尾線、志度線に正面が平坦で、車体の長さが他の電車よりも短い電車が走っている。この電車はどこからやってきた電車なのだろうか。この電車は琴電600形で、元名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)の250形などだ。

 

名古屋市営地下鉄の東山線を走っていた電車で、1965(昭和40)年の登場時には、それまで東山線を走っていた100形、200形の中間増備車として64両が製造された。100形、200形に比べて後から造られたこともあり、この中間車を活かそうと、生まれたのが250形だった。250形は地下鉄車両としては異色の中間車に運転台を付けた電車だった。

 

そのために正面が平坦な形となっている。250形は1983(昭和58)年から18両が改造を受け、東山線を走った。1999(平成11)年まで使われた後、琴電に譲渡されている。

↑車体の長さが15mと短い長尾線の600形。各扉に乗降用のステップがついているところが長尾線、琴平線を走る600形の特徴

 

名古屋市営地下鉄250形はサードレールから電気を取り入れる方式の電車だったために、琴電に移籍するにあたって、パンタグラフを取り付け、さらに冷房装置を付けるなどの改造工事が行われている。ほか名古屋市営地下鉄の700形・1600形・1700形・1800形・1900形の同形タイプの電車も運転台を取り付けられて、琴電600形となった。ちなみに名古屋市営地下鉄の東山線と、琴電の路線の線路幅は同じ1435mmで琴電用に改造は必要なものの、共通点があったこともこの電車が譲渡された一つの要因となったようだ。

 

琴平線や長尾線を走る電車の大半は車体の長さが18mの車両だ。しかし、600形のみ車体の長さが15.5mと短い。同路線を走る電車の中ではかなり特異な存在となっている。

 

◆香川県 高松琴平鉄道700形(名古屋市交通局300形・1200形)

↑志度線を走る700形。600形と比べると丸い姿で、地下鉄を走った当時の姿を色濃く残す。前照灯の形状といいレトロ感満点の電車だ

 

志度線には平坦な600形が正面に比べて、丸い顔立ちをしている電車も走っている。こちらは700形で、名古屋市交通局の300形と1200形が種車となっている。

 

300形は250形と同じく東山線を走った電車で、1200形は名城線・名港線を走っていた。この先頭車が琴電用に改造されて使われている。丸みを帯びた独特な姿で、琴電に入線するにあたって冷房装置を取り付けるために、名古屋時代に比べると、前頭部がやや削られた状態になっている。それでもかなり丸みを帯びたレトロな形状の電車で、当節あまり見かけない趣のある顔立ちとなっている。

希少車両が多い東海・関西出身の「譲渡車両」の11選!

〜〜東海・関西圏を走った私鉄電車のその後5〜〜

 

譲渡車両紹介の最終回は、東海・関西圏から他の鉄道会社へ移籍した電車を見ていくことにしよう。

 

東海・関西圏を走った電車の譲渡例は意外に少なめ。少ないものの、かなり個性的な車両が揃う。本家ではすでに引退し、他社で第二の人生を送る電車も目立つ。そろそろ引退が近い電車も表れつつあり、気になる存在となっている。

 

【関連記事】
今も各地を働き続ける「譲渡車両」8選元西武電車の場合

 

【注目の譲渡車両①】今や大井川鐵道だけに残った関西の“名優”

◆静岡県 大井川鐵道21000系(元南海21000系)

↑昭和生まれの電車らしい姿を残す大井川鐵道の21000系。“名車”もそろそろ引退となるのだろうか気になるところだ

 

大井川鐵道を走る21000系は、元は南海電気鉄道の21000系(登場時は21001系)である。南海高野線の急勾配を上り下りする急行・特急用に造られた。 “ズームカー”、または“丸ズーム”の愛称で親しまれた電車で、製造開始は1958(昭和33)年のこと。誕生してからすでに60年以上となる。

 

正面は、国鉄80系を彷彿させる“湘南タイプ”の典型的な姿形。その後の車両よりも、運転席の窓が小さめ、窓の中央には太めの仕切りがある。湘南タイプの後年に生まれた車両にくらべれば、運転席からの視界があまり良くなさそうだ。

 

南海では1997(平成9)年で引退、大井川鐵道へは1994(平成6)年と1997年に2両×2編成が譲渡された。一畑電車にも譲渡されたが、こちらは2017年に引退している。21000系は大井川鐵道に残った車両のみとなっている。

 

さて、大井川鐵道に“後輩”となる車両の搬入が最近あった。

↑南海高野線を走る6000系6016号車。大井川鐵道へやって来たのは写真の6016号車に加えて、6905号車の2両だ

 

大井川鐵道に搬入されたのは南海の6000系2両である。南海6000系は運行開始が1962(昭和37)年のこと。東急車輌製造が米バッド社のライセンス供与により最初に製造したオールステンレス車体の東急7000系(初代)と同じ年に、東急車両製造が造った電車だった。ちなみに7000系は車体が18m、南海6000系はオールステンレス製20m車として国内初の電車でもあった。

 

オールステンレスの車体は、東急7000系の例もあるように、老朽化の度合が鋼製車両に比べて低く、長く使える利点がある。大井川鐵道では、しばらく改造などに時間をかけてから登場となるだろうが、この後に紹介する元近鉄の電車に変って走ることになりそうである。

 

かつて同じ高野線を走った電車が、他の鉄道会社で再び顔を合わせる。鉄道ファンとしてはなかなか興味深い光景に出会えそうだ。

 

【注目の譲渡車両②】近鉄の特急オリジナル色がここでは健在!

◆静岡県 大井川鐵道16000系(元近鉄16000系)

↑大井川沿いを走る大井川鐵道16000系。近鉄から2両×3編成がやってきたが、すでに1編成が走るのみとなっている

 

大井川鐵道の旅客輸送を長年、支えてきたのが元南海の21000系とともに、16000系である。16000系は元近畿日本鉄道(以下「近鉄」と略)の16000系にあたる。近鉄16000系は、狭軌幅の南大阪線・吉野線向けに造られた電車で、同線初の特急用電車でもあった。1965(昭和40)年3月から走り始めている。

 

計9編成20両が増備され、南大阪線・吉野線の特急として長年、活躍し続けてきた。車体更新が行われ、今も一部の編成が残り、走り続けている。

 

大井川鐵道へやってきたのは、初期に製造されたタイプで、1997(平成9)年に第1・第2編成が、さらに2002(平成14)年に第3編成が譲渡された。すでに第1編成は引退、第2編成が休車となっている。第3編成のみが現役で、南海の6000系は、休車となっている第2編成に代わって走り出すとされる。

 

本家の近鉄16000系は近年に大規模な車体更新が行われ、同時に車体カラーも一新されつつある。近鉄の伝統だったオレンジ色と紺色の特急色で塗られた車両が消えつつある。大井川鐵道の16000系は、そうした近鉄の伝統を残した貴重な車両となりつつある。

【注目の譲渡車両③】電車ではないが今や貴重な存在の機関車

◆静岡県 大井川鐵道ED500形(元大阪窯業セメントいぶき500形)

↑SL列車の後押しを行うED500形電気機関車。側面に「いぶき501」の文字が入る。大井川鐵道に移籍後、前照灯などが変更されている

 

大井川鐵道には興味深い譲渡車両が走っている。主にSL列車の後押しに使われているED500形電気機関車である。

 

ED500形の出身は大阪窯業(おおさかようぎょう)セメントという会社だ。大阪窯業セメントという名前の会社はすでにないが、会社名が変わり現在は住友大阪セメントとして存続している。ED500形は大阪窯業セメントいぶき500形で、1956(昭和31)年の製造、伊吹工場の専用線用に導入された。同専用線を使った輸送は1999(平成11)年でトラック輸送に切り替えられたため、同年、大井川鐵道へ2両が譲渡されたのだった。

 

大井川鐵道へやってきた以降に、三岐鉄道へ貸し出された期間があったものの、ED500形501号機のみ戻り、大井川鐵道で使用されている。西武鉄道出身のE31形とは異なる、こげ茶色の渋いいでたちの電気機関車でレトロ感満点だ。

↑1999年当時の大阪セメント伊吹工場の専用線。筆者は最終年に訪れていたが、粘って機関車も撮影しておくのだったと後悔している

 

【注目の譲渡車両④】元近鉄の軽便路線の電車が装いを一新

◆三重県 三岐鉄道北勢線270系(元近鉄270系)

↑三岐鉄道北勢線の主力車両270系。線路幅にあわせ小さめの車体となっている。270系の全車が黄色ベースの三岐カラーで走る

 

国内の在来線の多くが1067mmの狭軌幅を利用している。かつては全国を走った軽便鉄道(けいべんてつどう)は、さらに狭い762mmだった。今もこの762mmの線路幅の路線がある。三岐鉄道北勢線と、このあとに紹介する四日市あすなろう鉄道、そして黒部峡谷鉄道の3つの路線である。線路幅が狭いということは、それに合わせて電車もコンパクトになる。

 

三重県内を走る北勢線と、四日市あすなろう鉄道の2路線は、かつて近鉄の路線だった。三岐鉄道北勢線の歴史は古い。開業は1914(大正3)年と100年以上も前のことになる。軽便鉄道の多くがそうだったように資本力に乏しかった。開業させたのは北勢鉄道という会社だったが、その後に北勢電気鉄道→三重交通→三重電気鉄道を経て、1965(昭和40)年に近鉄の路線となった。

 

2000年代に入って、近鉄が廃線を表明したこともあり、地元自治体が存続運動に乗り出し、2003(平成15)年に三岐鉄道に譲渡された。元近鉄の路線だった期間が長かったこともあり、主力となる270系は元近鉄270系。1977(昭和52)年生まれの電車だ。

 

さらに古参の200系や、中間車の130形や140形は、前身の三重交通が新造した電車だ。ともに三岐鉄道に引き継がれた後には、黄色とオレンジの三岐鉄道色となり、より華やかな印象の電車に生まれ変わっている。そのうち1959(昭和34)年生まれの200系は、三重交通当時の深緑色とクリーム2色の塗装に変更された。軽便鉄道という線路幅は、国内では貴重であり、ちょっと不思議な乗り心地が楽しめる。

 

【関連記事】
762mm幅が残った謎三重県を走る2つのローカル線を乗り歩く【三岐鉄道北勢線/四日市あすなろう鉄道】

 

【注目の譲渡車両⑤】元近鉄電車だがほとんど新造に近い姿に

◆三重県 四日市あすなろう鉄道260系(元近鉄260系)

↑四日市あすなろう鉄道の260系。ブルーと黄緑色の2色の電車が走る。座席の持ち手部分はハート型と、おしゃれな造りになっている

 

四日市あすなろう鉄道も、前述したように762mmの線路幅だ。始まりは1912(大正元)年と古い。三重軌道という会社により部分開業。大正期に現在の路線ができ上がっている。その後に三重鉄道→三重交通→三重電気鉄道を経て、1965(昭和40)年に、近鉄の内部線(うつべせん)と八王子線となった。

 

長年、近鉄の路線だったが、近鉄が廃止方針を打ち出したことから、公有民営方式での存続を模索、2015(平成27)年4月から四日市あすなろう鉄道の路線となった。

 

電車は260系が走る。元近鉄260系で、近鉄が1982(昭和57)年に導入した。車体は三岐鉄道の北勢線を走る270系を基にしていて、その長さは11.2m〜15.6mとまちまち。長年パステルカラーで走っていたが、四日市あすなろう鉄道となって、電車をリニューアル。現在は、すべて車両が冷房化、車体が更新された。中間車の一部を新造したが、この新造車は鉄道友の会ローレル賞を受賞している。

 

元の近鉄車はかなりの古参車両といった趣だったが、電車が更新されたことにより、新車のような輝きに。車内の照明はLEDを利用、化粧板は木目調とおしゃれ。リニューアルにより大きく生まれ変わっている。

 

【注目の譲渡車両⑥】元近鉄路線に残る近鉄電車が徐々に減少中

◆三重県・岐阜県 養老鉄道600系・620系(元近鉄1600系など)

↑養老鉄道養老線を走る元近鉄車両。正面に524号車という数字があるが形式は620系。近鉄マルーン一色の伝統色で走る

 

三重県の桑名駅から岐阜県の大垣駅を経由して揖斐駅(いびえき)まで走る養老鉄道養老線。近鉄の元路線で、さらに養老鉄道が、近鉄グループホールディングの傘下の会社ということもあり長年、近鉄の電車が使われてきた。

 

これまで走ってきたのが近鉄600系・620系で、さまざまな種車を元に改造され、1992(平成4)年に養老線に導入されている。養老鉄道となった2007(平成19)年以降も走り続けてきた。そんな養老鉄道に、東急の7700系15両が2019年に導入され、状況がかわりつつある。それまで600系、610系、620系と、3タイプが走っていたが、すでに610系の全編成が引退となった。

 

600系と620系が16両ほど残る。従来の近鉄マルーン色の車体だけでなく、オレンジ色に白線のラビットカラー、赤地に白線の車両と、車体カラーはいろいろで、元東急車とともに沿線をカラフルに彩る。東急7700系は15両で導入は終了しているが、その後に、どのような電車が導入されるのか、元近鉄車は今後どうなるのか、気になる路線となっている。

 

【注目の譲渡車両⑦】京阪の名物「テレビカー」が富山の“顔”に

◆富山県 富山地方鉄道10030形(元京阪3000系/初代)

↑立山山麓などの山々を背景に走る2両編成の10030形。車両数が多いため富山地方鉄道の路線では良く出会う電車となっている

 

富山平野を走る富山地方鉄道の複数の路線。自社発注の電車、元西武鉄道の電車、元東急電鉄の電車、といろいろな電車が走りなかなか賑やかである。

 

そんななか、ややふくよかな姿形で走る電車を見かける。富山地方鉄道での形式名は10030形。形式名を聞いただけでは、元の電車が何であるかは分かりにくいが、この電車は京阪電気鉄道(以降「京阪」と略)の元3000系(初代)だ。

 

京阪3000系は、京阪の車両史の中でも革新的な電車だった。製造されたのは1971(昭和46)年からで、大阪と京都を結ぶ特急専用車両として生まれた。大阪と京都を結ぶ路線はJR東海道本線、阪急京都線などライバルが多い。そのため乗車率を少しでも高めるべく登場した電車で、オールクロスシート、冷房を装備、後には2階建ての中間車を連結した。また編成の一部車両の車内にテレビを備えていたことから「テレビカー」とも呼ばれた。40年にわたり走り続け2013年3月に京阪の路線から引退している。

 

そんな京阪3000系を大量に引き取ったのが富山地方鉄道だった。1990(平成2)年から17両が移籍している。ちなみに大井川鐵道にも2両が移籍したが、こちらはすでに引退している。

↑2階建て中間車を連結して走る10030形「ダブルデッカーエキスプレス」。車体カラーもヘッドマークも京阪当時を再現した編成だ

 

京阪は線路幅が1435mm、富山地方鉄道の路線は1067mmという違いもあり、入線の際には台車を履き替えるなど改造を施している。

 

富山地方鉄道に多くの元3000系が移籍したこともあり、同鉄道ではよく見かける存在となっている。移籍した中で異色なのが3000系の8831号中間車で、2013年に譲渡された。この8831号中間車は、富山地方鉄道の10030形では唯一の2階建て車両だ。他の10030形は2両編成だが、この8831号車を組み込んだ編成は3両編成となり、また塗装も京阪当時の色に塗り替えられた。編成名も「ダブルデッカーエキスプレス」となり、有料特急列車に使われ走り続けている。

 

編成こそ、京阪当時のような長大ではないが、3両編成になろうとも、往時の姿が楽しめるのは、鉄道ファンとしてはうれしいところだ。

 

【注目の譲渡車両⑧】意外な出身のえちぜん鉄道の主力電車

◆福井県 えちぜん鉄道MC6001形(元愛知環状鉄道100形・200形・300形)

↑えちぜん鉄道の勝山永平寺線を走る6101形。元愛知環状鉄道の電車で前後に運転台付けるなど改造され、同鉄道の主力車両として生かされる

 

福井県内を走るえちぜん鉄道。勝山永平寺線と三国芦原線の2本の路線に列車を走らせる。両線とも歴史は古い。勝山永平寺線(旧越前本線)の開業が1914(大正3)年のこと、三国芦原線が1928(昭和3)年に一部区間が開業している。両線は創業当時こそ別会社だったが、太平洋戦争中に京福電気鉄道に引き継がれている。

 

長年にわたり両線の運行を続けてきた京福電気鉄道だが、経営状態が徐々に悪化していき、2003(平成15)年に第三セクター経営方式のえちぜん鉄道が路線の譲渡を受け、今に至っている。譲渡以前の電車、路線の設備は、かなり旧態依然としていて、2000(平成12)年、2001(平成13)年と2年続きで、電車の正面衝突事故が起こっている。2回目の事故後の2001年から、えちぜん鉄道の路線に移管された2003年にかけて全線運行休止となっていた。

 

こうした経緯もあり、えちぜん鉄道になるにあたって、急きょ、古い電車の入換えが行われた。ちょうど同じ頃、愛知県内を走る愛知環状鉄道の100系が、新型車への切替え時期で、引退間近だった。この100系を引き取ったのがえちぜん鉄道だった。

 

100系は愛知環状鉄道の路線開業時の1988(昭和63)年に導入された。細かくみると3形式に分けられる。2両編成の電車が100形と200形、増結用の300形がある。えちぜん鉄道では計23両を引き取り、改造を施して入線させている。制御付随車だった200形は、運転台のみを移設用に使われた後に廃車となっている。

 

えちぜん鉄道での形式名はMC6001形とMC6101形の計14両で、同形式は1両で走れることから利用客が少ない時間帯などに有効に生かされている。

 

ちなみにえちぜん鉄道には他に2両編成のMC7000形が12両ほど走っているが、こちらは元JR東海の119系で、飯田線での運行終了後に、改造され、えちぜん鉄道に譲渡されている。両タイプは、正面の姿がほぼ同じで、見分けが付きにくいが、側面の乗降扉が1枚扉ならばMC6001形、MC6101形、2枚扉ならばMC7000形である。

 

【注目の譲渡車両⑨】全車両が阪急電鉄からの譲渡車の能勢電鉄

大阪平野の北部に妙見線(みょうけんせん)と日生線を走らせる能勢電鉄(のせでんてつ)。路線の開業は1913(大正2)年と古い。ところが開業後の翌年に早くも破産宣告を下されるなど、多難な創業期だった。1922(大正11)年に阪神急行電鉄(現阪急電鉄)の資本参加以降は、阪急色が強まり、現在は、阪急電鉄の子会社となっている。

 

阪急の子会社であり、さらに線路がつながり阪急路線内に直通電車が走るということもあり、走る電車はすべて旧阪急の電車だ。子会社とはいえ、異なる会社に移籍しているものの、これまで見てきた譲渡車両と同一には評しにくい部分もある。とはいえ今では親会社の路線で見ることができない車両も走り、阪急ファンの注目度が高い路線となっている。ここでは希少な車両のみ触れておこう。

 

◆大阪府・兵庫県 能勢電鉄1700系(元阪急2000系)

↑能勢電鉄では最も古参車両の1700系だが徐々に車両数が減りつつある。写真の1753編成(1703号車)は2019年5月に廃車となった

 

阪急の2000系として登場した電車で、誕生は1960(昭和35)年のこと。阪急での2000系単独編成は1992(平成4)年に運用が終了、他形式の中間車としてその後も使われていたが、2014年に姿を消している。

 

2000系の能勢電鉄への譲渡は1983(昭和58)からとかなり古く、1500系として走り始めた。その後に2000系を種車とした1700系が生まれ、1990(平成2)年から走り始めている。かなりの古参電車ということもあり、先輩格の1500系はすべてが引退、後輩にあたる1700系も近年は徐々に運用終了となりつつある。

 

◆大阪府・兵庫県 能勢電鉄3100形(元阪急3100系)

↑能勢電鉄でわずか4両×1編成のみの3100系。阪急マルーンの塗装に加えて、正面にステンレス製の飾り帯を付けて走る

 

能勢電鉄の希少車といえば3100系が代表格だろう。能勢3100系の元は阪急の3100系だ。同編成は1997(平成9)年に能勢電鉄に譲渡された。

 

元となる阪急の3100系は宝塚線用に造られた形式で、ほぼ同形式の神戸線用の3000系は1964(昭和39)年に登場している。以降、両形式あわせて154両と多くの車両が造られた。1960年代半ば以降、阪急の神戸線・宝塚線の輸送を支えた電車と言って良いだろう。長年にわたり走り続けてきたが、2020年2月を最後に阪急での運行を終了している。

 

阪急の代表的な車両だった3100系が今も能勢電鉄を走り続けている。車両数は少なくわずかに4両。能勢電鉄に入線してから、正面の尾灯付近にステンレス製の飾り帯を付け、能勢電鉄では目立つ電車となっている。

 

ほか能勢電鉄には5100系(元阪急5100系)、6000系(元阪急6000系)、7200系(元阪急7000系・一部6000系付随車)が移籍している。

 

【注目の譲渡車両⑩】変貌ぶりに驚かされる和歌山電鐵の電車

◆和歌山県 和歌山電鐵2270系(元南海22000系)

↑和歌山電鐵の「たま電車」。貴志駅の初代名物駅長のたまにちなんだ車両で、車体全体にたまのイラスト、正面がたまの顔となっている

 

和歌山駅〜貴志駅間を結ぶ貴志川線(きしがわせん)を運営する和歌山電鐵。岡山市を走る岡山電気軌道の子会社であり、両備グループの一員である。2006(平成18)年4月から、南海電気鉄道の貴志川線を引き継いで電車の運行を行う。

 

すでに14年の年月がたち、ネコ駅長、さらに「たま電車」「おもちゃ電車」などユニークな電車を走らせていることなど、全国にその名前が広まり、訪れる人が絶えない。ここでは、南海からの譲渡車両を中心に見ていきたい。

 

和歌山電鐵の2270系は元南海の22000系である。22000系は南海の高野線の混雑を緩和するための増結用車両として1969(昭和44)年に誕生した。高野線の看板電車は「ズームカー」と呼ばれたが、先輩格の21000系(大井川鐵道の章で紹介)に対して、混雑区間の増結用の車両ということで、「通勤ズーム」、さらに丸みがやや薄れたので「角ズーム」と呼ばれた。

 

南海は長く電車を使い続ける傾向があることもあり、同系統は今も、2200系や2230系に改造され、南海の路線で走っている。ちなみに高野線を走る観光列車2200系「天空」も22000系を改造した電車だ。

↑地元・和歌山の特産「南高梅」から作られる梅干しをモチーフに生まれた「うめ星電車」。和歌山電鐵運行開始10周年を記念して走り始めた

 

和歌山電鐵には同22000系の2両×6編成が、路線の引き継ぎに合わせて譲渡された。そして水戸岡鋭治氏のデザインにより刷新された。1編成ごとに外観や車内の設備を変更し、「たま電車」、「おもちゃ電車」、「うめ星電車」、「いちご電車」などに生まれ変わっている。

 

電車をここまで思いきったリニューアルさせる、いわば水戸岡ワールド全開の電車たち。やはり地方の路線を存続させるためには、こうした思いきった策が必要であることを、今さらながら示してくれた成功例と言って良いだろう。

 

【注目の譲渡車両⑪】元名古屋の地下鉄電車が讃岐路を走る

◆香川県 高松琴平鉄道600形(名古屋市交通局250形・700形など)

↑志度線の600形が瀬戸内海沿いを走る。元の車両が地下鉄用の中間車を改造されたこともあり、平坦な正面の形をしている

 

最後にちょっと珍しい譲渡車両が四国を走るので見ておこう。高松琴平電気鉄道(以下「琴電」と略)は高松を中心に、琴平線、長尾線、志度線(しどせん)の3路線を走らせている。この琴電に、他所であまり見かけない電車が走っている。

 

琴電の主力の電車といえば、主に元京浜急行電鉄の電車が多い。1070形(元京急6000形)、1080形(元京急1000形)、1200形(元京急700形)、1300形(元京急1000形)などといった具合だ。さらに元京王電鉄の5000系(初代)が1100形として走る。

 

琴平線、長尾線、志度線に正面が平坦で、車体の長さが他の電車よりも短い電車が走っている。この電車はどこからやってきた電車なのだろうか。この電車は琴電600形で、元名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)の250形などだ。

 

名古屋市営地下鉄の東山線を走っていた電車で、1965(昭和40)年の登場時には、それまで東山線を走っていた100形、200形の中間増備車として64両が製造された。100形、200形に比べて後から造られたこともあり、この中間車を活かそうと、生まれたのが250形だった。250形は地下鉄車両としては異色の中間車に運転台を付けた電車だった。

 

そのために正面が平坦な形となっている。250形は1983(昭和58)年から18両が改造を受け、東山線を走った。1999(平成11)年まで使われた後、琴電に譲渡されている。

↑車体の長さが15mと短い長尾線の600形。各扉に乗降用のステップがついているところが長尾線、琴平線を走る600形の特徴

 

名古屋市営地下鉄250形はサードレールから電気を取り入れる方式の電車だったために、琴電に移籍するにあたって、パンタグラフを取り付け、さらに冷房装置を付けるなどの改造工事が行われている。ほか名古屋市営地下鉄の700形・1600形・1700形・1800形・1900形の同形タイプの電車も運転台を取り付けられて、琴電600形となった。ちなみに名古屋市営地下鉄の東山線と、琴電の路線の線路幅は同じ1435mmで琴電用に改造は必要なものの、共通点があったこともこの電車が譲渡された一つの要因となったようだ。

 

琴平線や長尾線を走る電車の大半は車体の長さが18mの車両だ。しかし、600形のみ車体の長さが15.5mと短い。同路線を走る電車の中ではかなり特異な存在となっている。

 

◆香川県 高松琴平鉄道700形(名古屋市交通局300形・1200形)

↑志度線を走る700形。600形と比べると丸い姿で、地下鉄を走った当時の姿を色濃く残す。前照灯の形状といいレトロ感満点の電車だ

 

志度線には平坦な600形が正面に比べて、丸い顔立ちをしている電車も走っている。こちらは700形で、名古屋市交通局の300形と1200形が種車となっている。

 

300形は250形と同じく東山線を走った電車で、1200形は名城線・名港線を走っていた。この先頭車が琴電用に改造されて使われている。丸みを帯びた独特な姿で、琴電に入線するにあたって冷房装置を取り付けるために、名古屋時代に比べると、前頭部がやや削られた状態になっている。それでもかなり丸みを帯びたレトロな形状の電車で、当節あまり見かけない趣のある顔立ちとなっている。

希少車両が多い東海・関西出身の「譲渡車両」の11選!

〜〜東海・関西圏を走った私鉄電車のその後5〜〜

 

譲渡車両紹介の最終回は、東海・関西圏から他の鉄道会社へ移籍した電車を見ていくことにしよう。

 

東海・関西圏を走った電車の譲渡例は意外に少なめ。少ないものの、かなり個性的な車両が揃う。本家ではすでに引退し、他社で第二の人生を送る電車も目立つ。そろそろ引退が近い電車も表れつつあり、気になる存在となっている。

 

【関連記事】
今も各地を働き続ける「譲渡車両」8選元西武電車の場合

 

【注目の譲渡車両①】今や大井川鐵道だけに残った関西の“名優”

◆静岡県 大井川鐵道21000系(元南海21000系)

↑昭和生まれの電車らしい姿を残す大井川鐵道の21000系。“名車”もそろそろ引退となるのだろうか気になるところだ

 

大井川鐵道を走る21000系は、元は南海電気鉄道の21000系(登場時は21001系)である。南海高野線の急勾配を上り下りする急行・特急用に造られた。 “ズームカー”、または“丸ズーム”の愛称で親しまれた電車で、製造開始は1958(昭和33)年のこと。誕生してからすでに60年以上となる。

 

正面は、国鉄80系を彷彿させる“湘南タイプ”の典型的な姿形。その後の車両よりも、運転席の窓が小さめ、窓の中央には太めの仕切りがある。湘南タイプの後年に生まれた車両にくらべれば、運転席からの視界があまり良くなさそうだ。

 

南海では1997(平成9)年で引退、大井川鐵道へは1994(平成6)年と1997年に2両×2編成が譲渡された。一畑電車にも譲渡されたが、こちらは2017年に引退している。21000系は大井川鐵道に残った車両のみとなっている。

 

さて、大井川鐵道に“後輩”となる車両の搬入が最近あった。

↑南海高野線を走る6000系6016号車。大井川鐵道へやって来たのは写真の6016号車に加えて、6905号車の2両だ

 

大井川鐵道に搬入されたのは南海の6000系2両である。南海6000系は運行開始が1962(昭和37)年のこと。東急車輌製造が米バッド社のライセンス供与により最初に製造したオールステンレス車体の東急7000系(初代)と同じ年に、東急車両製造が造った電車だった。ちなみに7000系は車体が18m、南海6000系はオールステンレス製20m車として国内初の電車でもあった。

 

オールステンレスの車体は、東急7000系の例もあるように、老朽化の度合が鋼製車両に比べて低く、長く使える利点がある。大井川鐵道では、しばらく改造などに時間をかけてから登場となるだろうが、この後に紹介する元近鉄の電車に変って走ることになりそうである。

 

かつて同じ高野線を走った電車が、他の鉄道会社で再び顔を合わせる。鉄道ファンとしてはなかなか興味深い光景に出会えそうだ。

 

【注目の譲渡車両②】近鉄の特急オリジナル色がここでは健在!

◆静岡県 大井川鐵道16000系(元近鉄16000系)

↑大井川沿いを走る大井川鐵道16000系。近鉄から2両×3編成がやってきたが、すでに1編成が走るのみとなっている

 

大井川鐵道の旅客輸送を長年、支えてきたのが元南海の21000系とともに、16000系である。16000系は元近畿日本鉄道(以下「近鉄」と略)の16000系にあたる。近鉄16000系は、狭軌幅の南大阪線・吉野線向けに造られた電車で、同線初の特急用電車でもあった。1965(昭和40)年3月から走り始めている。

 

計9編成20両が増備され、南大阪線・吉野線の特急として長年、活躍し続けてきた。車体更新が行われ、今も一部の編成が残り、走り続けている。

 

大井川鐵道へやってきたのは、初期に製造されたタイプで、1997(平成9)年に第1・第2編成が、さらに2002(平成14)年に第3編成が譲渡された。すでに第1編成は引退、第2編成が休車となっている。第3編成のみが現役で、南海の6000系は、休車となっている第2編成に代わって走り出すとされる。

 

本家の近鉄16000系は近年に大規模な車体更新が行われ、同時に車体カラーも一新されつつある。近鉄の伝統だったオレンジ色と紺色の特急色で塗られた車両が消えつつある。大井川鐵道の16000系は、そうした近鉄の伝統を残した貴重な車両となりつつある。

【注目の譲渡車両③】電車ではないが今や貴重な存在の機関車

◆静岡県 大井川鐵道ED500形(元大阪窯業セメントいぶき500形)

↑SL列車の後押しを行うED500形電気機関車。側面に「いぶき501」の文字が入る。大井川鐵道に移籍後、前照灯などが変更されている

 

大井川鐵道には興味深い譲渡車両が走っている。主にSL列車の後押しに使われているED500形電気機関車である。

 

ED500形の出身は大阪窯業(おおさかようぎょう)セメントという会社だ。大阪窯業セメントという名前の会社はすでにないが、会社名が変わり現在は住友大阪セメントとして存続している。ED500形は大阪窯業セメントいぶき500形で、1956(昭和31)年の製造、伊吹工場の専用線用に導入された。同専用線を使った輸送は1999(平成11)年でトラック輸送に切り替えられたため、同年、大井川鐵道へ2両が譲渡されたのだった。

 

大井川鐵道へやってきた以降に、三岐鉄道へ貸し出された期間があったものの、ED500形501号機のみ戻り、大井川鐵道で使用されている。西武鉄道出身のE31形とは異なる、こげ茶色の渋いいでたちの電気機関車でレトロ感満点だ。

↑1999年当時の大阪セメント伊吹工場の専用線。筆者は最終年に訪れていたが、粘って機関車も撮影しておくのだったと後悔している

 

【注目の譲渡車両④】元近鉄の軽便路線の電車が装いを一新

◆三重県 三岐鉄道北勢線270系(元近鉄270系)

↑三岐鉄道北勢線の主力車両270系。線路幅にあわせ小さめの車体となっている。270系の全車が黄色ベースの三岐カラーで走る

 

国内の在来線の多くが1067mmの狭軌幅を利用している。かつては全国を走った軽便鉄道(けいべんてつどう)は、さらに狭い762mmだった。今もこの762mmの線路幅の路線がある。三岐鉄道北勢線と、このあとに紹介する四日市あすなろう鉄道、そして黒部峡谷鉄道の3つの路線である。線路幅が狭いということは、それに合わせて電車もコンパクトになる。

 

三重県内を走る北勢線と、四日市あすなろう鉄道の2路線は、かつて近鉄の路線だった。三岐鉄道北勢線の歴史は古い。開業は1914(大正3)年と100年以上も前のことになる。軽便鉄道の多くがそうだったように資本力に乏しかった。開業させたのは北勢鉄道という会社だったが、その後に北勢電気鉄道→三重交通→三重電気鉄道を経て、1965(昭和40)年に近鉄の路線となった。

 

2000年代に入って、近鉄が廃線を表明したこともあり、地元自治体が存続運動に乗り出し、2003(平成15)年に三岐鉄道に譲渡された。元近鉄の路線だった期間が長かったこともあり、主力となる270系は元近鉄270系。1977(昭和52)年生まれの電車だ。

 

さらに古参の200系や、中間車の130形や140形は、前身の三重交通が新造した電車だ。ともに三岐鉄道に引き継がれた後には、黄色とオレンジの三岐鉄道色となり、より華やかな印象の電車に生まれ変わっている。そのうち1959(昭和34)年生まれの200系は、三重交通当時の深緑色とクリーム2色の塗装に変更された。軽便鉄道という線路幅は、国内では貴重であり、ちょっと不思議な乗り心地が楽しめる。

 

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【注目の譲渡車両⑤】元近鉄電車だがほとんど新造に近い姿に

◆三重県 四日市あすなろう鉄道260系(元近鉄260系)

↑四日市あすなろう鉄道の260系。ブルーと黄緑色の2色の電車が走る。座席の持ち手部分はハート型と、おしゃれな造りになっている

 

四日市あすなろう鉄道も、前述したように762mmの線路幅だ。始まりは1912(大正元)年と古い。三重軌道という会社により部分開業。大正期に現在の路線ができ上がっている。その後に三重鉄道→三重交通→三重電気鉄道を経て、1965(昭和40)年に、近鉄の内部線(うつべせん)と八王子線となった。

 

長年、近鉄の路線だったが、近鉄が廃止方針を打ち出したことから、公有民営方式での存続を模索、2015(平成27)年4月から四日市あすなろう鉄道の路線となった。

 

電車は260系が走る。元近鉄260系で、近鉄が1982(昭和57)年に導入した。車体は三岐鉄道の北勢線を走る270系を基にしていて、その長さは11.2m〜15.6mとまちまち。長年パステルカラーで走っていたが、四日市あすなろう鉄道となって、電車をリニューアル。現在は、すべて車両が冷房化、車体が更新された。中間車の一部を新造したが、この新造車は鉄道友の会ローレル賞を受賞している。

 

元の近鉄車はかなりの古参車両といった趣だったが、電車が更新されたことにより、新車のような輝きに。車内の照明はLEDを利用、化粧板は木目調とおしゃれ。リニューアルにより大きく生まれ変わっている。

 

【注目の譲渡車両⑥】元近鉄路線に残る近鉄電車が徐々に減少中

◆三重県・岐阜県 養老鉄道600系・620系(元近鉄1600系など)

↑養老鉄道養老線を走る元近鉄車両。正面に524号車という数字があるが形式は620系。近鉄マルーン一色の伝統色で走る

 

三重県の桑名駅から岐阜県の大垣駅を経由して揖斐駅(いびえき)まで走る養老鉄道養老線。近鉄の元路線で、さらに養老鉄道が、近鉄グループホールディングの傘下の会社ということもあり長年、近鉄の電車が使われてきた。

 

これまで走ってきたのが近鉄600系・620系で、さまざまな種車を元に改造され、1992(平成4)年に養老線に導入されている。養老鉄道となった2007(平成19)年以降も走り続けてきた。そんな養老鉄道に、東急の7700系15両が2019年に導入され、状況がかわりつつある。それまで600系、610系、620系と、3タイプが走っていたが、すでに610系の全編成が引退となった。

 

600系と620系が16両ほど残る。従来の近鉄マルーン色の車体だけでなく、オレンジ色に白線のラビットカラー、赤地に白線の車両と、車体カラーはいろいろで、元東急車とともに沿線をカラフルに彩る。東急7700系は15両で導入は終了しているが、その後に、どのような電車が導入されるのか、元近鉄車は今後どうなるのか、気になる路線となっている。

 

【注目の譲渡車両⑦】京阪の名物「テレビカー」が富山の“顔”に

◆富山県 富山地方鉄道10030形(元京阪3000系/初代)

↑立山山麓などの山々を背景に走る2両編成の10030形。車両数が多いため富山地方鉄道の路線では良く出会う電車となっている

 

富山平野を走る富山地方鉄道の複数の路線。自社発注の電車、元西武鉄道の電車、元東急電鉄の電車、といろいろな電車が走りなかなか賑やかである。

 

そんななか、ややふくよかな姿形で走る電車を見かける。富山地方鉄道での形式名は10030形。形式名を聞いただけでは、元の電車が何であるかは分かりにくいが、この電車は京阪電気鉄道(以降「京阪」と略)の元3000系(初代)だ。

 

京阪3000系は、京阪の車両史の中でも革新的な電車だった。製造されたのは1971(昭和46)年からで、大阪と京都を結ぶ特急専用車両として生まれた。大阪と京都を結ぶ路線はJR東海道本線、阪急京都線などライバルが多い。そのため乗車率を少しでも高めるべく登場した電車で、オールクロスシート、冷房を装備、後には2階建ての中間車を連結した。また編成の一部車両の車内にテレビを備えていたことから「テレビカー」とも呼ばれた。40年にわたり走り続け2013年3月に京阪の路線から引退している。

 

そんな京阪3000系を大量に引き取ったのが富山地方鉄道だった。1990(平成2)年から17両が移籍している。ちなみに大井川鐵道にも2両が移籍したが、こちらはすでに引退している。

↑2階建て中間車を連結して走る10030形「ダブルデッカーエキスプレス」。車体カラーもヘッドマークも京阪当時を再現した編成だ

 

京阪は線路幅が1435mm、富山地方鉄道の路線は1067mmという違いもあり、入線の際には台車を履き替えるなど改造を施している。

 

富山地方鉄道に多くの元3000系が移籍したこともあり、同鉄道ではよく見かける存在となっている。移籍した中で異色なのが3000系の8831号中間車で、2013年に譲渡された。この8831号中間車は、富山地方鉄道の10030形では唯一の2階建て車両だ。他の10030形は2両編成だが、この8831号車を組み込んだ編成は3両編成となり、また塗装も京阪当時の色に塗り替えられた。編成名も「ダブルデッカーエキスプレス」となり、有料特急列車に使われ走り続けている。

 

編成こそ、京阪当時のような長大ではないが、3両編成になろうとも、往時の姿が楽しめるのは、鉄道ファンとしてはうれしいところだ。

 

【注目の譲渡車両⑧】意外な出身のえちぜん鉄道の主力電車

◆福井県 えちぜん鉄道MC6001形(元愛知環状鉄道100形・200形・300形)

↑えちぜん鉄道の勝山永平寺線を走る6101形。元愛知環状鉄道の電車で前後に運転台付けるなど改造され、同鉄道の主力車両として生かされる

 

福井県内を走るえちぜん鉄道。勝山永平寺線と三国芦原線の2本の路線に列車を走らせる。両線とも歴史は古い。勝山永平寺線(旧越前本線)の開業が1914(大正3)年のこと、三国芦原線が1928(昭和3)年に一部区間が開業している。両線は創業当時こそ別会社だったが、太平洋戦争中に京福電気鉄道に引き継がれている。

 

長年にわたり両線の運行を続けてきた京福電気鉄道だが、経営状態が徐々に悪化していき、2003(平成15)年に第三セクター経営方式のえちぜん鉄道が路線の譲渡を受け、今に至っている。譲渡以前の電車、路線の設備は、かなり旧態依然としていて、2000(平成12)年、2001(平成13)年と2年続きで、電車の正面衝突事故が起こっている。2回目の事故後の2001年から、えちぜん鉄道の路線に移管された2003年にかけて全線運行休止となっていた。

 

こうした経緯もあり、えちぜん鉄道になるにあたって、急きょ、古い電車の入換えが行われた。ちょうど同じ頃、愛知県内を走る愛知環状鉄道の100系が、新型車への切替え時期で、引退間近だった。この100系を引き取ったのがえちぜん鉄道だった。

 

100系は愛知環状鉄道の路線開業時の1988(昭和63)年に導入された。細かくみると3形式に分けられる。2両編成の電車が100形と200形、増結用の300形がある。えちぜん鉄道では計23両を引き取り、改造を施して入線させている。制御付随車だった200形は、運転台のみを移設用に使われた後に廃車となっている。

 

えちぜん鉄道での形式名はMC6001形とMC6101形の計14両で、同形式は1両で走れることから利用客が少ない時間帯などに有効に生かされている。

 

ちなみにえちぜん鉄道には他に2両編成のMC7000形が12両ほど走っているが、こちらは元JR東海の119系で、飯田線での運行終了後に、改造され、えちぜん鉄道に譲渡されている。両タイプは、正面の姿がほぼ同じで、見分けが付きにくいが、側面の乗降扉が1枚扉ならばMC6001形、MC6101形、2枚扉ならばMC7000形である。

 

【注目の譲渡車両⑨】全車両が阪急電鉄からの譲渡車の能勢電鉄

大阪平野の北部に妙見線(みょうけんせん)と日生線を走らせる能勢電鉄(のせでんてつ)。路線の開業は1913(大正2)年と古い。ところが開業後の翌年に早くも破産宣告を下されるなど、多難な創業期だった。1922(大正11)年に阪神急行電鉄(現阪急電鉄)の資本参加以降は、阪急色が強まり、現在は、阪急電鉄の子会社となっている。

 

阪急の子会社であり、さらに線路がつながり阪急路線内に直通電車が走るということもあり、走る電車はすべて旧阪急の電車だ。子会社とはいえ、異なる会社に移籍しているものの、これまで見てきた譲渡車両と同一には評しにくい部分もある。とはいえ今では親会社の路線で見ることができない車両も走り、阪急ファンの注目度が高い路線となっている。ここでは希少な車両のみ触れておこう。

 

◆大阪府・兵庫県 能勢電鉄1700系(元阪急2000系)

↑能勢電鉄では最も古参車両の1700系だが徐々に車両数が減りつつある。写真の1753編成(1703号車)は2019年5月に廃車となった

 

阪急の2000系として登場した電車で、誕生は1960(昭和35)年のこと。阪急での2000系単独編成は1992(平成4)年に運用が終了、他形式の中間車としてその後も使われていたが、2014年に姿を消している。

 

2000系の能勢電鉄への譲渡は1983(昭和58)からとかなり古く、1500系として走り始めた。その後に2000系を種車とした1700系が生まれ、1990(平成2)年から走り始めている。かなりの古参電車ということもあり、先輩格の1500系はすべてが引退、後輩にあたる1700系も近年は徐々に運用終了となりつつある。

 

◆大阪府・兵庫県 能勢電鉄3100形(元阪急3100系)

↑能勢電鉄でわずか4両×1編成のみの3100系。阪急マルーンの塗装に加えて、正面にステンレス製の飾り帯を付けて走る

 

能勢電鉄の希少車といえば3100系が代表格だろう。能勢3100系の元は阪急の3100系だ。同編成は1997(平成9)年に能勢電鉄に譲渡された。

 

元となる阪急の3100系は宝塚線用に造られた形式で、ほぼ同形式の神戸線用の3000系は1964(昭和39)年に登場している。以降、両形式あわせて154両と多くの車両が造られた。1960年代半ば以降、阪急の神戸線・宝塚線の輸送を支えた電車と言って良いだろう。長年にわたり走り続けてきたが、2020年2月を最後に阪急での運行を終了している。

 

阪急の代表的な車両だった3100系が今も能勢電鉄を走り続けている。車両数は少なくわずかに4両。能勢電鉄に入線してから、正面の尾灯付近にステンレス製の飾り帯を付け、能勢電鉄では目立つ電車となっている。

 

ほか能勢電鉄には5100系(元阪急5100系)、6000系(元阪急6000系)、7200系(元阪急7000系・一部6000系付随車)が移籍している。

 

【注目の譲渡車両⑩】変貌ぶりに驚かされる和歌山電鐵の電車

◆和歌山県 和歌山電鐵2270系(元南海22000系)

↑和歌山電鐵の「たま電車」。貴志駅の初代名物駅長のたまにちなんだ車両で、車体全体にたまのイラスト、正面がたまの顔となっている

 

和歌山駅〜貴志駅間を結ぶ貴志川線(きしがわせん)を運営する和歌山電鐵。岡山市を走る岡山電気軌道の子会社であり、両備グループの一員である。2006(平成18)年4月から、南海電気鉄道の貴志川線を引き継いで電車の運行を行う。

 

すでに14年の年月がたち、ネコ駅長、さらに「たま電車」「おもちゃ電車」などユニークな電車を走らせていることなど、全国にその名前が広まり、訪れる人が絶えない。ここでは、南海からの譲渡車両を中心に見ていきたい。

 

和歌山電鐵の2270系は元南海の22000系である。22000系は南海の高野線の混雑を緩和するための増結用車両として1969(昭和44)年に誕生した。高野線の看板電車は「ズームカー」と呼ばれたが、先輩格の21000系(大井川鐵道の章で紹介)に対して、混雑区間の増結用の車両ということで、「通勤ズーム」、さらに丸みがやや薄れたので「角ズーム」と呼ばれた。

 

南海は長く電車を使い続ける傾向があることもあり、同系統は今も、2200系や2230系に改造され、南海の路線で走っている。ちなみに高野線を走る観光列車2200系「天空」も22000系を改造した電車だ。

↑地元・和歌山の特産「南高梅」から作られる梅干しをモチーフに生まれた「うめ星電車」。和歌山電鐵運行開始10周年を記念して走り始めた

 

和歌山電鐵には同22000系の2両×6編成が、路線の引き継ぎに合わせて譲渡された。そして水戸岡鋭治氏のデザインにより刷新された。1編成ごとに外観や車内の設備を変更し、「たま電車」、「おもちゃ電車」、「うめ星電車」、「いちご電車」などに生まれ変わっている。

 

電車をここまで思いきったリニューアルさせる、いわば水戸岡ワールド全開の電車たち。やはり地方の路線を存続させるためには、こうした思いきった策が必要であることを、今さらながら示してくれた成功例と言って良いだろう。

 

【注目の譲渡車両⑪】元名古屋の地下鉄電車が讃岐路を走る

◆香川県 高松琴平鉄道600形(名古屋市交通局250形・700形など)

↑志度線の600形が瀬戸内海沿いを走る。元の車両が地下鉄用の中間車を改造されたこともあり、平坦な正面の形をしている

 

最後にちょっと珍しい譲渡車両が四国を走るので見ておこう。高松琴平電気鉄道(以下「琴電」と略)は高松を中心に、琴平線、長尾線、志度線(しどせん)の3路線を走らせている。この琴電に、他所であまり見かけない電車が走っている。

 

琴電の主力の電車といえば、主に元京浜急行電鉄の電車が多い。1070形(元京急6000形)、1080形(元京急1000形)、1200形(元京急700形)、1300形(元京急1000形)などといった具合だ。さらに元京王電鉄の5000系(初代)が1100形として走る。

 

琴平線、長尾線、志度線に正面が平坦で、車体の長さが他の電車よりも短い電車が走っている。この電車はどこからやってきた電車なのだろうか。この電車は琴電600形で、元名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)の250形などだ。

 

名古屋市営地下鉄の東山線を走っていた電車で、1965(昭和40)年の登場時には、それまで東山線を走っていた100形、200形の中間増備車として64両が製造された。100形、200形に比べて後から造られたこともあり、この中間車を活かそうと、生まれたのが250形だった。250形は地下鉄車両としては異色の中間車に運転台を付けた電車だった。

 

そのために正面が平坦な形となっている。250形は1983(昭和58)年から18両が改造を受け、東山線を走った。1999(平成11)年まで使われた後、琴電に譲渡されている。

↑車体の長さが15mと短い長尾線の600形。各扉に乗降用のステップがついているところが長尾線、琴平線を走る600形の特徴

 

名古屋市営地下鉄250形はサードレールから電気を取り入れる方式の電車だったために、琴電に移籍するにあたって、パンタグラフを取り付け、さらに冷房装置を付けるなどの改造工事が行われている。ほか名古屋市営地下鉄の700形・1600形・1700形・1800形・1900形の同形タイプの電車も運転台を取り付けられて、琴電600形となった。ちなみに名古屋市営地下鉄の東山線と、琴電の路線の線路幅は同じ1435mmで琴電用に改造は必要なものの、共通点があったこともこの電車が譲渡された一つの要因となったようだ。

 

琴平線や長尾線を走る電車の大半は車体の長さが18mの車両だ。しかし、600形のみ車体の長さが15.5mと短い。同路線を走る電車の中ではかなり特異な存在となっている。

 

◆香川県 高松琴平鉄道700形(名古屋市交通局300形・1200形)

↑志度線を走る700形。600形と比べると丸い姿で、地下鉄を走った当時の姿を色濃く残す。前照灯の形状といいレトロ感満点の電車だ

 

志度線には平坦な600形が正面に比べて、丸い顔立ちをしている電車も走っている。こちらは700形で、名古屋市交通局の300形と1200形が種車となっている。

 

300形は250形と同じく東山線を走った電車で、1200形は名城線・名港線を走っていた。この先頭車が琴電用に改造されて使われている。丸みを帯びた独特な姿で、琴電に入線するにあたって冷房装置を取り付けるために、名古屋時代に比べると、前頭部がやや削られた状態になっている。それでもかなり丸みを帯びたレトロな形状の電車で、当節あまり見かけない趣のある顔立ちとなっている。

最大3泊4日の「¥0 Car Rent」サービス。驚きのレンタル無料でマイカーのある生活をシミュレートできる大チャンス企画

BMW、レクサス、メルセデス・ベンツ、ポルシェなどの高級車をはじめ、さまざまな車種の中から最大3泊4日のカーレンタルが無料で可能という「0円カーレント」を体験してきました。冒頭にBMWやレクサス……と書きましたが、実はこのサービス、単に高価なクルマに無料で乗ろうということではありません。クルマとの生活を考え、モビリティと共にある「より良い生活」をシミュレートしてみよう! ということが大きな目的なのです。

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●ストアで相談の流れ

1.マイカー・トライアル 東京ストアに来店

2.コンシェルジュと相談しながら乗りたいクルマと利用日を決定

3.利用日に東京・丸ノ内のマイカー・トライアル 東京ストアに来店

4.クルマの鍵を受け取り、利用開始

 

●LINEで相談の流れ

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2.LINE上でコンシェルジュと相談の上、乗りたいクルマと利用日を決定

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↑クルマの利用日はコンシェルジュが諸手続きを丁寧に行い、質問にも的確に答えてくれます。キーを受け取り、いよいよ出発です

 

↑駐車場のマイカー・トライアル NORELのプレートの前にあるのが対象車種。返却時には同じ番号の場所にクルマを戻します

 

↑今回はトヨタのコンパクトSUV、C-HRを貸りて「マイカーのある生活」をシミュレートしました

 

コロナ禍による新たなマイカーシミュレート

IDOMのサービス担当東海林さんが言うには、「本サービスは3月26日に一度始まったのですが、新型コロナウィルス感染症拡大の影響によりわずか3日間で営業を停止する結果となってしまいました。しかし、時が過ぎるにつれ、公共交通機関よりも他者との接触の少ないマイカーでの通勤や子どもたちの送り迎え、しばらく会えなかった家族や仲間との時間を過ごすことのできる「マイカーのある生活」を実感し、見直してもらえると考え、サービスの再開に踏み切りました。withコロナにおけるこれからの安全で快適なライフスタイルを考える機会として多くの皆様にこのサービスを体験してもらっています」。コロナ禍になってマイカーの存在が再認識され、「マイカーのある生活」にファミリー層だけでなく注目が集まるようになったのです。

 

さて、クルマを借りたら一気にロングドライブに出かけてみたいものですが、コロナ禍真っ只中の現在です。せっかくの機会に恵まれましたが遠出は控え、都内での買い物とプチツーリングにとどめました。ハイブリッドカー、トヨタC-HRは約20km/Lと好燃費。エンジンとモーターの切り替わりがスムーズなのに加え、CVTの無段階変速によってスムーズで気持の良い走りを味わえました。クリーンな室内、コンパクトなボディに余裕のあるトルクで乗り始めてすぐに「マイカーのある生活」のイメージが膨らんでいきました。

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↑翌日は首都高速を使い高速移動。道を選ばず胸のすく加速感が印象的でした

 

↑体験レポートでは1泊2日でお借りしました。翌日夕方にガソリンを満タンにして丸の内の駐車場に返却

 

↑返却時は通常のレンタカーのように傷などがないかチェックを受けます。問題がなければそのまま終了。車両はすぐに洗車、消毒、クリーニングが行われ、次の体験者は気持ちよく使用することができます

 

第二弾にも期待

0円カーレント キャンペーンはコロナ禍の中に始まり、その中で終了を迎えてしまいます。しかし、今回のサービスはマイカーを生活に取り入れるきっかけ作りに大きく貢献した事でしょう。0円カーレント終了後にも継続してサブスク制のマイカーライフ入門サービス マイカー・トライアルが行われています。1か月から5か月まではレンタカーとして、それ以降の期間の場合はリースとしての契約となります。

 

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本サービスの詳細はマイカー・トライアル公式サイトをご参照ください。

※0円カーレントは大好評のサービスで期間もあとわずかのため、希望に添えない場合があることを了承ください。また、使用中の駐車場代、燃料代などはユーザーの負担となります。車両返却時まで3万円の預り金を預かります。当サービスの利用は一人一回限りとなります。

 

■マイカー・トライアル 東京ストア

住所:東京都千代田区丸の内1丁目5-1 行幸通り地下1F 新丸ビル前
営業時間:10:00~19:00 (クルマ返却時間は相談可能)※水曜日は休館
期間:2020年9月16日まで ※最終受付は9月12日18:30まで

 

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住所:東京都千代田区丸の内1丁目5-1 行幸通り地下1F 新丸ビル前
営業時間:10:00~19:00 (クルマ返却時間は相談可能)※水曜日は休館
期間:2020年9月16日まで ※最終受付は9月12日18:30まで

 

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最大3泊4日の「¥0 Car Rent」サービス。驚きのレンタル無料でマイカーのある生活をシミュレートできる大チャンス企画

BMW、レクサス、メルセデス・ベンツ、ポルシェなどの高級車をはじめ、さまざまな車種の中から最大3泊4日のカーレンタルが無料で可能という「0円カーレント」を体験してきました。冒頭にBMWやレクサス……と書きましたが、実はこのサービス、単に高価なクルマに無料で乗ろうということではありません。クルマとの生活を考え、モビリティと共にある「より良い生活」をシミュレートしてみよう! ということが大きな目的なのです。

↑東京駅と直結の行幸通り地下1階「マイカー・トライアル 東京ストア」店舗。0円でレンタカーできるなんて夢のよう、どんなサービスなのでしょうか?

 

電車やバスなどの公共交通機関網の発達した都市部では日常生活でクルマの必要性を感じない人々が増えてきました。大人達は「若者のクルマ離れ」などと言いますが、若者としてはクルマを生活のメインに考える必要がなくなっただけで、便利な生活、憧れる生活のスタイルが変化したということです。クルマが無い生活が当たり前になっているというだけのことです。

↑今回お話をうかがった0円カーレント ガリバーグループを運営するIDOMのサービス担当=東海林 知貴氏。(撮影のためマスクを外して頂きました)サービス、クルマについて精通しているコンシェルジュ

 

クルマ不要の生活にインパクトあるシミュレーション

このサービスを運営するIDOMは本企画を通し、最近では当たり前だと思っていた「クルマ不要の生活」に対し、「車のある生活」を気軽にシミュレートすることを可能にしたのです。3泊4日ですが実際の生活の中でクルマを使用し、その有効性や楽しさを気軽に味わうことができます。

↑0円カーレントはSUVやセダン、ミニバン、軽自動車など様々なタイプの車両、50車種から選べます

 

ではクルマの借り方を通し、もう少し分かりやすくこの0円カーレントサービスに迫ってみましょう。まず事前にストアで相談する方法と、LINEで相談する方法があります。

↑来店するとコンシェルジュが希望や質問にこたえてくれます

 

●ストアで相談の流れ

1.マイカー・トライアル 東京ストアに来店

2.コンシェルジュと相談しながら乗りたいクルマと利用日を決定

3.利用日に東京・丸ノ内のマイカー・トライアル 東京ストアに来店

4.クルマの鍵を受け取り、利用開始

 

●LINEで相談の流れ

1.0円カーレント LINEを友達登録(“0円カーレント”で検索)

2.LINE上でコンシェルジュと相談の上、乗りたいクルマと利用日を決定

3.利用日に東京・丸ノ内のマイカー・トライアル 東京ストアに来店

4.クルマの鍵を受け取り、利用開始

 

という2つの方法が大きな流れとなります。このサービスの利用にあたっては、マイカー・トライアル LINEの友達登録が必要となります。

↑クルマの利用日はコンシェルジュが諸手続きを丁寧に行い、質問にも的確に答えてくれます。キーを受け取り、いよいよ出発です

 

↑駐車場のマイカー・トライアル NORELのプレートの前にあるのが対象車種。返却時には同じ番号の場所にクルマを戻します

 

↑今回はトヨタのコンパクトSUV、C-HRを貸りて「マイカーのある生活」をシミュレートしました

 

コロナ禍による新たなマイカーシミュレート

IDOMのサービス担当東海林さんが言うには、「本サービスは3月26日に一度始まったのですが、新型コロナウィルス感染症拡大の影響によりわずか3日間で営業を停止する結果となってしまいました。しかし、時が過ぎるにつれ、公共交通機関よりも他者との接触の少ないマイカーでの通勤や子どもたちの送り迎え、しばらく会えなかった家族や仲間との時間を過ごすことのできる「マイカーのある生活」を実感し、見直してもらえると考え、サービスの再開に踏み切りました。withコロナにおけるこれからの安全で快適なライフスタイルを考える機会として多くの皆様にこのサービスを体験してもらっています」。コロナ禍になってマイカーの存在が再認識され、「マイカーのある生活」にファミリー層だけでなく注目が集まるようになったのです。

 

さて、クルマを借りたら一気にロングドライブに出かけてみたいものですが、コロナ禍真っ只中の現在です。せっかくの機会に恵まれましたが遠出は控え、都内での買い物とプチツーリングにとどめました。ハイブリッドカー、トヨタC-HRは約20km/Lと好燃費。エンジンとモーターの切り替わりがスムーズなのに加え、CVTの無段階変速によってスムーズで気持の良い走りを味わえました。クリーンな室内、コンパクトなボディに余裕のあるトルクで乗り始めてすぐに「マイカーのある生活」のイメージが膨らんでいきました。

↑夏の熱帯夜。東京プチツーリング。取り回しも楽な「ちょうどいい」サイズで快適に都心の街を走り抜けました

 

↑一般的なレンタカーとは違い、「わ」ナンバーではありません

 

↑翌日は首都高速を使い高速移動。道を選ばず胸のすく加速感が印象的でした

 

↑体験レポートでは1泊2日でお借りしました。翌日夕方にガソリンを満タンにして丸の内の駐車場に返却

 

↑返却時は通常のレンタカーのように傷などがないかチェックを受けます。問題がなければそのまま終了。車両はすぐに洗車、消毒、クリーニングが行われ、次の体験者は気持ちよく使用することができます

 

第二弾にも期待

0円カーレント キャンペーンはコロナ禍の中に始まり、その中で終了を迎えてしまいます。しかし、今回のサービスはマイカーを生活に取り入れるきっかけ作りに大きく貢献した事でしょう。0円カーレント終了後にも継続してサブスク制のマイカーライフ入門サービス マイカー・トライアルが行われています。1か月から5か月まではレンタカーとして、それ以降の期間の場合はリースとしての契約となります。

 

このサービスの大きな特徴は、一時的にマイカーが欲しい方、マイカーを検討したい方/選び方が分からない方、頻繁にレンタカーを利用する方にとって魅力的なサービスとなっています。例えば、購入を希望するクルマを1か月利用して判断したり、翌月には別のクルマを使用し試してみたりするなどという利用方法もあります。このようなマイカーの使用方法が新たな「マイカーのある生活」を生み出していくのだと思います。

 

「NOREL」のサービスではクルマだけでなく短期間で利用できる駐車場の確保など、ユーザーに優しいサービスの充実を図っています。NORELの盛り上がりが第二、第三のキャンペーンに繋がっていくことになります。あなたもマイカーのある生活をシミュレートしてみませんか。

 

本サービスの詳細はマイカー・トライアル公式サイトをご参照ください。

※0円カーレントは大好評のサービスで期間もあとわずかのため、希望に添えない場合があることを了承ください。また、使用中の駐車場代、燃料代などはユーザーの負担となります。車両返却時まで3万円の預り金を預かります。当サービスの利用は一人一回限りとなります。

 

■マイカー・トライアル 東京ストア

住所:東京都千代田区丸の内1丁目5-1 行幸通り地下1F 新丸ビル前
営業時間:10:00~19:00 (クルマ返却時間は相談可能)※水曜日は休館
期間:2020年9月16日まで ※最終受付は9月12日18:30まで

 

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新世代の「アイサイトX」は何がすごいのか? 「新型レヴォーグ」で体験した安全運転支援システムの最前線

スバルは8月20日、新型「レヴォーグ」の先行予約を開始。6年ぶりのフルモデルチェンジとなる新型レヴォーグの正式な発表日は10月15日が予定されています。今回は先進安全運転支援システム(ADAS)で大幅な進化を遂げた新世代「EyeSight(アイサイト)」をプロトタイプの事前試乗会で体験して参りました。

↑新型レヴォーグの最上位グレード「STI Sport EX」

 

新型レヴォーグの進化レベルは?

まずは新型レヴォーグの概要を紹介しましょう。ボディサイズは全長4755×全幅1795×全高1500mmで、現行よりも65mm長く、15mm幅広くなりました。それでいて、立体駐車場にも収まるなど国内の使用環境に十分配慮したサイズとなっています。全体にエッジが効いたデザインで身をまとい、立体的なフロントグリルからフェンダーは斬新さを伝えながら新世代レヴォーグであることを実感させてくれます。

 

ラインナップされたエンジンは新開発の水平対向4気筒DOHC 1.8リッター直噴ターボのみとなりました。最高出力130kW(177PS)/5200-5600rpm、最大トルク300Nm(30.6kgfm)/1600-3600rpmを発生し、トランスミッションは新開発のリニアトロニックCVT、駆動方式は4WDを採用します。ラインナップは、基本グレードである「GT」「GT-H」「STI Sport」の3モデルに加え、「アイサイトX」を標準搭載した「GT EX」「GT-H EX」「STI Sport EX」の計6モデルを用意。

 

ダッシュボードはセンターに11.6インチのタテ型ディスプレイを配置し、わずかに高めにシフトしたことで包まれ感を演出。センターコンソールと両サイドのアームレストは素材を合わせ込み、シート表皮はグレードごとに違えても質感を重視した造り込みがされており、その質感は間違いなくクラス随一と断言していいでしょう。しかも、シートは単に座り心地だけにとどまらず、長時間座っていても姿勢が崩れにくくする工夫もされているとのこと。

↑11.6インチ大型ディスプレイを中心に先進的な印象が伝わってくる

 

↑内装の統一感は細部までに及び、質感か確実にレベルアップ

 

先進安全運転支援システム新世代「アイサイト」を体験

そして、ここからが今日の本題。新世代「アイサイト」についてです。本システムでは、広角化したステレオカメラに加えて、フロントバンパー左右に77GHzミリ波レーダー、電動ブレーキブースターを組み合わせたスバル初のシステム。これにより、右折時の対向車、左折時の横断歩行者、横断自転車との衝突回避を新たにサポートできるようになったのです。

↑新型レヴォーグに搭載された新世代アイサイト。スウェーデンのVeoneer社製ステレオカメラを初採用

 

↑新世代アイサイトのコントロール部。右並び中段がメインスイッチ

 

さらに、約80km/h以下では「プリクラッシュステアリングアシスト」がブレーキ制御に加えて操舵制御も行って衝突回避をサポート。前側方から車両が近づくと警報を発してブレーキ制御を行う前側方プリクラッシュブレーキ・前側方警戒アシストもスバルとして初めて搭載しました。また、「リヤビークルディテクション(後側方警戒支援システム)」では、斜め側方から近づく車両に対して音と表示で警告しつつ、それでもなお車線変更をしようとすると、電動パワーステアリングが元の車線に押し戻す力強くアシストします。

 

新型レヴォーグではこれらの機能を全グレードに標準で装備。スバルの安全思想がしっかりと反映されたと言っていいでしょう。

 

加えて新型レヴォーグでは「アイサイトX」と呼ばれる+35万円のオプションも用意しています。準天頂衛星「みちびき」やGPSから得られる情報と3D高精度地図データを利用することで、より高度な運転支援機能が上乗せされるパッケージです。その中にはナビ機能など3つの表示モードを備えるフル液晶パネルメーターも含まれます。しかし、中でももっともインパクトある機能と言えるのが“渋滞時ハンズオフアシスト”でしょう。これは約50km/h以下の渋滞時になるとステアリングから手を離しても先行車に自動追従する機能です。

↑オプションの「アイサイトX」で装備される12.3インチのフル液晶メーター

 

使ってみればその時の快適さは格別なものでした。停止しても10分以内なら先行車に追従して発進してハンズオフ走行が再開。渋滞時だけなの? と思う人もいるでしょうが、渋滞中こそ運転のストレスはたまりやすいわけで、その低減にこの機能は大きな効果を発揮するのは間違いありません。ただ、スマートフォンを操作するなどして、視線を前方から外すとこの機能は解除されてしまいます。この機能は自動運転を実現したのではなく、あくまで運転の責任がドライバーにある自動運転レベル2のカテゴリーに入るものだからです。

↑「渋滞時ハンズオフアシスト」では、前方を見ている限り50km/h以下でハンズオフで走行できる

 

↑渋滞時ハンズオフアシスト走行時のメーター内表示。左下のアイコンでドライバーの視線を捉えていることが分かる

 

3D高精度マップには料金所や道路カーブの情報まで収録されており、衛星で測位した高精度な位置情報とリンクして、この時の制御も自動化しました。試乗会では料金所に見立てた場所を用意していましたが、ここに近づくとメーター内にその表示を出して約20km/hまで自動的に減速していきます。カーブでは同じようにカーブがあることを示すアイコンを表示した後、そのコーナーに応じて最適かつ安全な速度で走行するということです。

↑料金所として設定した場所では、メーター内にそれを表示して自動的に最適な速度に減速していく

 

アイサイトXでは、24GHzのマイクロ波レーダーを使った「アクティブレーンチェンジアシスト」も搭載されました。ドライバーがレーンチェンジをしようとウインカーを操作すると、レーダーが斜め後方の車両の存在を検知。システムが安全と判断すると自動的にレーンチェンジへと移行します。この時ドライバーはステアリングに軽く手を添えておけばOK。レーンチェンジが完了すればウインカーは自動的に停止します。このメリットは公道でぜひ試してみたいですね。

↑「アクティブレーンチェンジアシスト」はアイサイトXに装備。70km/h~120km/hの車速域で利用できる

 

↑アクティブレーンチェンジアシストの作動状況はメーター内にCGで反映される

 

見逃せないのが「ドライバー異常時対応システム」の搭載です。これはダッシュボード中央上部に備えられた赤外線カメラでドライバーの表情を捉え、一定時間、顔の向きがそれたり、ステアリングから手を離し続けたりしていると(ハンズオフ走行時を除く)音と表示で警告を発し、それでもドライバーが反応しない場合には緩やかに減速しながらハザードランプを点灯。約30km/hにまで減速するとホーンまでも断続的に鳴らして周囲に異常を知らせ、停止に至るというものです。

 

ここで注目すべきが停止する場所で、この機能では路肩に寄せることはせず、そのまま同じ車線上で停止します。理由は道路状況を把握できてないまま路肩に寄せたり、車線を跨ぐとなれば危険性はむしろ高くなってしまうからです。そのため、このモードに入ってもカーブでは減速したままで停止せず、車線を維持しながら走行を継続。先が見通せる直線路に入ってから停止する仕様としています。後続車の追突を最小限に抑えながら、ドライバーの異常を知らせる最良の対応を果たしたというわけです。

 

「ドライバー異常時対応システム」の動作状況

 

これまでADASは事故に対する機能アップを中心として続けられてきました。それが新世代アイサイトでは、“X”でドライバー自身に発生するかもしれない異常にまで対応するようになったのです。ドライバーに異常が発生すれば別の事故を誘発する可能性は高く、2030年までに死亡事故ゼロを目指しているスバルにとっては、この問題を避けて通るわけには行かなかったのでしょう。先進技術で着実に安全性を高めているスバルの動向には今後も目が離せそうにありません。

 

 

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新世代の「アイサイトX」は何がすごいのか? 「新型レヴォーグ」で体験した安全運転支援システムの最前線

スバルは8月20日、新型「レヴォーグ」の先行予約を開始。6年ぶりのフルモデルチェンジとなる新型レヴォーグの正式な発表日は10月15日が予定されています。今回は先進安全運転支援システム(ADAS)で大幅な進化を遂げた新世代「EyeSight(アイサイト)」をプロトタイプの事前試乗会で体験して参りました。

↑新型レヴォーグの最上位グレード「STI Sport EX」

 

新型レヴォーグの進化レベルは?

まずは新型レヴォーグの概要を紹介しましょう。ボディサイズは全長4755×全幅1795×全高1500mmで、現行よりも65mm長く、15mm幅広くなりました。それでいて、立体駐車場にも収まるなど国内の使用環境に十分配慮したサイズとなっています。全体にエッジが効いたデザインで身をまとい、立体的なフロントグリルからフェンダーは斬新さを伝えながら新世代レヴォーグであることを実感させてくれます。

 

ラインナップされたエンジンは新開発の水平対向4気筒DOHC 1.8リッター直噴ターボのみとなりました。最高出力130kW(177PS)/5200-5600rpm、最大トルク300Nm(30.6kgfm)/1600-3600rpmを発生し、トランスミッションは新開発のリニアトロニックCVT、駆動方式は4WDを採用します。ラインナップは、基本グレードである「GT」「GT-H」「STI Sport」の3モデルに加え、「アイサイトX」を標準搭載した「GT EX」「GT-H EX」「STI Sport EX」の計6モデルを用意。

 

ダッシュボードはセンターに11.6インチのタテ型ディスプレイを配置し、わずかに高めにシフトしたことで包まれ感を演出。センターコンソールと両サイドのアームレストは素材を合わせ込み、シート表皮はグレードごとに違えても質感を重視した造り込みがされており、その質感は間違いなくクラス随一と断言していいでしょう。しかも、シートは単に座り心地だけにとどまらず、長時間座っていても姿勢が崩れにくくする工夫もされているとのこと。

↑11.6インチ大型ディスプレイを中心に先進的な印象が伝わってくる

 

↑内装の統一感は細部までに及び、質感か確実にレベルアップ

 

先進安全運転支援システム新世代「アイサイト」を体験

そして、ここからが今日の本題。新世代「アイサイト」についてです。本システムでは、広角化したステレオカメラに加えて、フロントバンパー左右に77GHzミリ波レーダー、電動ブレーキブースターを組み合わせたスバル初のシステム。これにより、右折時の対向車、左折時の横断歩行者、横断自転車との衝突回避を新たにサポートできるようになったのです。

↑新型レヴォーグに搭載された新世代アイサイト。スウェーデンのVeoneer社製ステレオカメラを初採用

 

↑新世代アイサイトのコントロール部。右並び中段がメインスイッチ

 

さらに、約80km/h以下では「プリクラッシュステアリングアシスト」がブレーキ制御に加えて操舵制御も行って衝突回避をサポート。前側方から車両が近づくと警報を発してブレーキ制御を行う前側方プリクラッシュブレーキ・前側方警戒アシストもスバルとして初めて搭載しました。また、「リヤビークルディテクション(後側方警戒支援システム)」では、斜め側方から近づく車両に対して音と表示で警告しつつ、それでもなお車線変更をしようとすると、電動パワーステアリングが元の車線に押し戻す力強くアシストします。

 

新型レヴォーグではこれらの機能を全グレードに標準で装備。スバルの安全思想がしっかりと反映されたと言っていいでしょう。

 

加えて新型レヴォーグでは「アイサイトX」と呼ばれる+35万円のオプションも用意しています。準天頂衛星「みちびき」やGPSから得られる情報と3D高精度地図データを利用することで、より高度な運転支援機能が上乗せされるパッケージです。その中にはナビ機能など3つの表示モードを備えるフル液晶パネルメーターも含まれます。しかし、中でももっともインパクトある機能と言えるのが“渋滞時ハンズオフアシスト”でしょう。これは約50km/h以下の渋滞時になるとステアリングから手を離しても先行車に自動追従する機能です。

↑オプションの「アイサイトX」で装備される12.3インチのフル液晶メーター

 

使ってみればその時の快適さは格別なものでした。停止しても10分以内なら先行車に追従して発進してハンズオフ走行が再開。渋滞時だけなの? と思う人もいるでしょうが、渋滞中こそ運転のストレスはたまりやすいわけで、その低減にこの機能は大きな効果を発揮するのは間違いありません。ただ、スマートフォンを操作するなどして、視線を前方から外すとこの機能は解除されてしまいます。この機能は自動運転を実現したのではなく、あくまで運転の責任がドライバーにある自動運転レベル2のカテゴリーに入るものだからです。

↑「渋滞時ハンズオフアシスト」では、前方を見ている限り50km/h以下でハンズオフで走行できる

 

↑渋滞時ハンズオフアシスト走行時のメーター内表示。左下のアイコンでドライバーの視線を捉えていることが分かる

 

3D高精度マップには料金所や道路カーブの情報まで収録されており、衛星で測位した高精度な位置情報とリンクして、この時の制御も自動化しました。試乗会では料金所に見立てた場所を用意していましたが、ここに近づくとメーター内にその表示を出して約20km/hまで自動的に減速していきます。カーブでは同じようにカーブがあることを示すアイコンを表示した後、そのコーナーに応じて最適かつ安全な速度で走行するということです。

↑料金所として設定した場所では、メーター内にそれを表示して自動的に最適な速度に減速していく

 

アイサイトXでは、24GHzのマイクロ波レーダーを使った「アクティブレーンチェンジアシスト」も搭載されました。ドライバーがレーンチェンジをしようとウインカーを操作すると、レーダーが斜め後方の車両の存在を検知。システムが安全と判断すると自動的にレーンチェンジへと移行します。この時ドライバーはステアリングに軽く手を添えておけばOK。レーンチェンジが完了すればウインカーは自動的に停止します。このメリットは公道でぜひ試してみたいですね。

↑「アクティブレーンチェンジアシスト」はアイサイトXに装備。70km/h~120km/hの車速域で利用できる

 

↑アクティブレーンチェンジアシストの作動状況はメーター内にCGで反映される

 

見逃せないのが「ドライバー異常時対応システム」の搭載です。これはダッシュボード中央上部に備えられた赤外線カメラでドライバーの表情を捉え、一定時間、顔の向きがそれたり、ステアリングから手を離し続けたりしていると(ハンズオフ走行時を除く)音と表示で警告を発し、それでもドライバーが反応しない場合には緩やかに減速しながらハザードランプを点灯。約30km/hにまで減速するとホーンまでも断続的に鳴らして周囲に異常を知らせ、停止に至るというものです。

 

ここで注目すべきが停止する場所で、この機能では路肩に寄せることはせず、そのまま同じ車線上で停止します。理由は道路状況を把握できてないまま路肩に寄せたり、車線を跨ぐとなれば危険性はむしろ高くなってしまうからです。そのため、このモードに入ってもカーブでは減速したままで停止せず、車線を維持しながら走行を継続。先が見通せる直線路に入ってから停止する仕様としています。後続車の追突を最小限に抑えながら、ドライバーの異常を知らせる最良の対応を果たしたというわけです。

 

「ドライバー異常時対応システム」の動作状況

 

これまでADASは事故に対する機能アップを中心として続けられてきました。それが新世代アイサイトでは、“X”でドライバー自身に発生するかもしれない異常にまで対応するようになったのです。ドライバーに異常が発生すれば別の事故を誘発する可能性は高く、2030年までに死亡事故ゼロを目指しているスバルにとっては、この問題を避けて通るわけには行かなかったのでしょう。先進技術で着実に安全性を高めているスバルの動向には今後も目が離せそうにありません。

 

 

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新世代の「アイサイトX」は何がすごいのか? 「新型レヴォーグ」で体験した安全運転支援システムの最前線

スバルは8月20日、新型「レヴォーグ」の先行予約を開始。6年ぶりのフルモデルチェンジとなる新型レヴォーグの正式な発表日は10月15日が予定されています。今回は先進安全運転支援システム(ADAS)で大幅な進化を遂げた新世代「EyeSight(アイサイト)」をプロトタイプの事前試乗会で体験して参りました。

↑新型レヴォーグの最上位グレード「STI Sport EX」

 

新型レヴォーグの進化レベルは?

まずは新型レヴォーグの概要を紹介しましょう。ボディサイズは全長4755×全幅1795×全高1500mmで、現行よりも65mm長く、15mm幅広くなりました。それでいて、立体駐車場にも収まるなど国内の使用環境に十分配慮したサイズとなっています。全体にエッジが効いたデザインで身をまとい、立体的なフロントグリルからフェンダーは斬新さを伝えながら新世代レヴォーグであることを実感させてくれます。

 

ラインナップされたエンジンは新開発の水平対向4気筒DOHC 1.8リッター直噴ターボのみとなりました。最高出力130kW(177PS)/5200-5600rpm、最大トルク300Nm(30.6kgfm)/1600-3600rpmを発生し、トランスミッションは新開発のリニアトロニックCVT、駆動方式は4WDを採用します。ラインナップは、基本グレードである「GT」「GT-H」「STI Sport」の3モデルに加え、「アイサイトX」を標準搭載した「GT EX」「GT-H EX」「STI Sport EX」の計6モデルを用意。

 

ダッシュボードはセンターに11.6インチのタテ型ディスプレイを配置し、わずかに高めにシフトしたことで包まれ感を演出。センターコンソールと両サイドのアームレストは素材を合わせ込み、シート表皮はグレードごとに違えても質感を重視した造り込みがされており、その質感は間違いなくクラス随一と断言していいでしょう。しかも、シートは単に座り心地だけにとどまらず、長時間座っていても姿勢が崩れにくくする工夫もされているとのこと。

↑11.6インチ大型ディスプレイを中心に先進的な印象が伝わってくる

 

↑内装の統一感は細部までに及び、質感か確実にレベルアップ

 

先進安全運転支援システム新世代「アイサイト」を体験

そして、ここからが今日の本題。新世代「アイサイト」についてです。本システムでは、広角化したステレオカメラに加えて、フロントバンパー左右に77GHzミリ波レーダー、電動ブレーキブースターを組み合わせたスバル初のシステム。これにより、右折時の対向車、左折時の横断歩行者、横断自転車との衝突回避を新たにサポートできるようになったのです。

↑新型レヴォーグに搭載された新世代アイサイト。スウェーデンのVeoneer社製ステレオカメラを初採用

 

↑新世代アイサイトのコントロール部。右並び中段がメインスイッチ

 

さらに、約80km/h以下では「プリクラッシュステアリングアシスト」がブレーキ制御に加えて操舵制御も行って衝突回避をサポート。前側方から車両が近づくと警報を発してブレーキ制御を行う前側方プリクラッシュブレーキ・前側方警戒アシストもスバルとして初めて搭載しました。また、「リヤビークルディテクション(後側方警戒支援システム)」では、斜め側方から近づく車両に対して音と表示で警告しつつ、それでもなお車線変更をしようとすると、電動パワーステアリングが元の車線に押し戻す力強くアシストします。

 

新型レヴォーグではこれらの機能を全グレードに標準で装備。スバルの安全思想がしっかりと反映されたと言っていいでしょう。

 

加えて新型レヴォーグでは「アイサイトX」と呼ばれる+35万円のオプションも用意しています。準天頂衛星「みちびき」やGPSから得られる情報と3D高精度地図データを利用することで、より高度な運転支援機能が上乗せされるパッケージです。その中にはナビ機能など3つの表示モードを備えるフル液晶パネルメーターも含まれます。しかし、中でももっともインパクトある機能と言えるのが“渋滞時ハンズオフアシスト”でしょう。これは約50km/h以下の渋滞時になるとステアリングから手を離しても先行車に自動追従する機能です。

↑オプションの「アイサイトX」で装備される12.3インチのフル液晶メーター

 

使ってみればその時の快適さは格別なものでした。停止しても10分以内なら先行車に追従して発進してハンズオフ走行が再開。渋滞時だけなの? と思う人もいるでしょうが、渋滞中こそ運転のストレスはたまりやすいわけで、その低減にこの機能は大きな効果を発揮するのは間違いありません。ただ、スマートフォンを操作するなどして、視線を前方から外すとこの機能は解除されてしまいます。この機能は自動運転を実現したのではなく、あくまで運転の責任がドライバーにある自動運転レベル2のカテゴリーに入るものだからです。

↑「渋滞時ハンズオフアシスト」では、前方を見ている限り50km/h以下でハンズオフで走行できる

 

↑渋滞時ハンズオフアシスト走行時のメーター内表示。左下のアイコンでドライバーの視線を捉えていることが分かる

 

3D高精度マップには料金所や道路カーブの情報まで収録されており、衛星で測位した高精度な位置情報とリンクして、この時の制御も自動化しました。試乗会では料金所に見立てた場所を用意していましたが、ここに近づくとメーター内にその表示を出して約20km/hまで自動的に減速していきます。カーブでは同じようにカーブがあることを示すアイコンを表示した後、そのコーナーに応じて最適かつ安全な速度で走行するということです。

↑料金所として設定した場所では、メーター内にそれを表示して自動的に最適な速度に減速していく

 

アイサイトXでは、24GHzのマイクロ波レーダーを使った「アクティブレーンチェンジアシスト」も搭載されました。ドライバーがレーンチェンジをしようとウインカーを操作すると、レーダーが斜め後方の車両の存在を検知。システムが安全と判断すると自動的にレーンチェンジへと移行します。この時ドライバーはステアリングに軽く手を添えておけばOK。レーンチェンジが完了すればウインカーは自動的に停止します。このメリットは公道でぜひ試してみたいですね。

↑「アクティブレーンチェンジアシスト」はアイサイトXに装備。70km/h~120km/hの車速域で利用できる

 

↑アクティブレーンチェンジアシストの作動状況はメーター内にCGで反映される

 

見逃せないのが「ドライバー異常時対応システム」の搭載です。これはダッシュボード中央上部に備えられた赤外線カメラでドライバーの表情を捉え、一定時間、顔の向きがそれたり、ステアリングから手を離し続けたりしていると(ハンズオフ走行時を除く)音と表示で警告を発し、それでもドライバーが反応しない場合には緩やかに減速しながらハザードランプを点灯。約30km/hにまで減速するとホーンまでも断続的に鳴らして周囲に異常を知らせ、停止に至るというものです。

 

ここで注目すべきが停止する場所で、この機能では路肩に寄せることはせず、そのまま同じ車線上で停止します。理由は道路状況を把握できてないまま路肩に寄せたり、車線を跨ぐとなれば危険性はむしろ高くなってしまうからです。そのため、このモードに入ってもカーブでは減速したままで停止せず、車線を維持しながら走行を継続。先が見通せる直線路に入ってから停止する仕様としています。後続車の追突を最小限に抑えながら、ドライバーの異常を知らせる最良の対応を果たしたというわけです。

 

「ドライバー異常時対応システム」の動作状況

 

これまでADASは事故に対する機能アップを中心として続けられてきました。それが新世代アイサイトでは、“X”でドライバー自身に発生するかもしれない異常にまで対応するようになったのです。ドライバーに異常が発生すれば別の事故を誘発する可能性は高く、2030年までに死亡事故ゼロを目指しているスバルにとっては、この問題を避けて通るわけには行かなかったのでしょう。先進技術で着実に安全性を高めているスバルの動向には今後も目が離せそうにありません。

 

 

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今も各地を走り続ける東急「譲渡車両」9選〈東海・中部・西日本版〉

〜〜首都圏を走った私鉄電車のその後<4>〜〜

 

引き続き元東急の譲渡車両の話題。中部・西日本で目を向けてみると予想以上に多くの元東急電車が走っていた。

 

東日本では、ステンレス車体の地色をそのまま活かしている鉄道会社が多かったが、中部・西日本では、なかなか個性的でカラフルな色にラッピングした車両が目立つ。第二・第三の職場で働く元東急電車の活躍ぶりに注目してみよう。

 

【関連記事】
今も各地を走り続ける東急「譲渡車両」を追う〈東日本版〉

 

【注目の譲渡車両①】大井川鐵道が3社目という元東急7200系

◆静岡県 大井川鐵道7200系(元東急7200系)

↑大井川鐵道の7200系。前後で正面の形が大きく異なっている。この電車は大井川鐵道が3社目の“職場”となった

 

静岡県の金谷駅と千頭駅を結ぶ大井川鐵道大井川本線。SL列車が名物の鉄道路線である。この鉄道の普通列車用の電車はすべてが譲渡車両でまとめられている。南海電気鉄道、近畿日本鉄道といった関西の電車が大半を占める中で、唯一、東日本生まれの電車が7200系2両だ。この大井川鐵道の7200系は興味深い経歴を持つ。まずは誕生した経緯から見ていくことにしよう。

 

東急の7200系は1967(昭和42)年に運用が開始された。1972(昭和47)年までに53両が造られている。東急の電車にしては製造車両数が少ない。すでに東急では7000系というオールステンレス製の車体の電車が登場し、使われていた。この7000系は高性能な電車だったが、全車が電動車で高価だった。全車が電動車という編成を必要としない路線もあり、7000系の廉価版として生まれたのが7200系である。7000系と比べると、正面に特徴があり、中央部が出っ張った「く」の字状の形をしていて、「ダイヤモンドカット」とも呼ばれた。

 

この7200系は東急の田園都市線、東横線、目蒲線、池上線を長年にわたり走り続けた。池上線・東急多摩川線での運用を最後に2000(平成12)年、引退している。さて現在、大井川鐵道を走る7200系はどのような経歴をその後にたどったのだろうか。

 

↑青森県の十和田観光電鉄を走る7200系。この電車が後に大井川へやってくることに。円内は元十和田観光電鉄の主力車両だった7700系

 

筆者は大井川鐵道へやってくる前、青森県の十和田観光電鉄でこの7200系に出会っていた。当時は正面が平面で不思議な形の電車だなと思った程度だったのだが。

 

東急から十和田観光電鉄へは2002(平成14)年に7200系2両が譲渡されている。1両でも運転できるように、両運転台に改造されていた。そのために、7200系の特徴である「く」の字形の正面の反対側は平面な顔つきとなっていた。十和田観光電鉄は、東北本線の三沢駅〜十和田市駅を結ぶ14.7kmの路線を運行していた。歴史は古く1922(大正11)年に開業している。

 

通学・通勤の足として活かされていたが、長年の債務に加えて2011年3月に起きた東日本大震災の影響を受けて経営が悪化。地元自治体に支援を求めたが、願いは実らず、2012年3月いっぱいで廃止となった。

 

十和田観光電鉄には東急の7700系と7200系が走っていたが、2014年に7200系のみ大井川鐵道に譲渡された。大井川鐵道では2015年2月から運用が開始されている。この電車を譲り受けるにあたっての金額が公になっているが、車両費が1000万円、輸送費が900万円、改造にかかった費用が6100万円。合計が8000万円と、鉄道車両がたとえ譲渡であっても、非常にお金がかかることが良く分かる。

 

ちなみに両運転台の構造だが、大井川鐵道では主に2両での運用が行われていた。ところが、新型感染症の流行により旅客数が減少したことから1両での運行も見られるようになっている。“特別仕様”の7200系が持つ機能がようやく生かせたわけである。

 

【注目の譲渡車両②】名鉄電車と入れ替わって豊橋鉄道を走る

◆愛知県 豊橋鉄道1800系(元東急7200系)

↑豊橋鉄道渥美線を走る1800系。青色の電車1804号は「ひまわり号」、菜の花号と菊号が黄色ということで、こちらは青色とされた

 

愛知県内の新豊橋駅と三河田原駅(みかわたはらえき)を結ぶ豊橋鉄道渥美線。この路線を走る電車はすべてが1800系、元東急7200系だ。太平洋を臨む渥美半島を走る鉄道路線らしく、3両×10編成がカラフルな姿で走る。

 

名付けて「渥美半島カラフルトレイン」。1801号がばら、1802号がはまぼう、1803号がつつじ、といった具合で、渥美半島に咲く花々がそれぞれデザインされた色違いの10色電車だ。

↑正面がホワイトで窓部分がブラック。そして各編成で花にちなんだ色付けを行う。写真は左が「菖蒲号」、右が「菊号」

 

豊橋鉄道の親会社は名古屋鉄道である。名古屋鉄道から電車の譲渡はなかったのだろうか。調べると1800系の前に名鉄7300系が1500V昇圧に合わせて1997(平成9)年に28両が転籍していた。ところが、加速性能があまり良くなかった。加えて片側2扉で乗り降りに時間がかかった。1500V昇圧にあわせて車両を揃え、ダイヤ変更したのにもかかわらず、遅延が頻発してしまう事態となった。そのため入線して5年で全車が引退となる。

 

7300系に入れ替わるように2000年から導入が始まったのが1800系だった。1800系の18は、18m車という意味を持つ。ちなみに元名鉄7300系は1971(昭和46)年から新製された車両だった。一方の東急の7200系は1967(昭和42)年から走り始めている。そして豊橋鉄道に導入されてすでに20年、元東急7200系は今も第一線で活躍し、引退の声は聞こえてこない。やはり東急の電車は性能や造りが優秀だったということなのだろう。

 

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【注目の譲渡車両③】養老鉄道では最新電車として屋台骨を支える

◆三重県・岐阜県 養老鉄道7700系(元東急7700系)

↑養老鉄道を走る元東急7700系。池上線でおなじみだった赤歌舞伎塗装以外に、養老線では緑歌舞伎と呼ばれる塗装の電車も走る

 

元東急の7700系といえば、2018年11月まで東急池上線・東急多摩川線の主力電車として活躍していた。その電車が、東急テクノシステムの手で整備・改造され、2019年4月から養老鉄道を走り始めている。

 

東急7700系の生い立ちに触れておこう。7700系は1987(昭和62)年に運用が始まった。まったくの新製というわけではなく、1962(昭和37)年に誕生した7000系を改造した車両だった。7000系の誕生は前回の原稿を参考にしていただくとして、時代の先端を行く車両であったことは確かで、今も一部の地方私鉄を走り続けている。

 

7000系は高性能な電車だったが、冷房がついておらず、利用者向けサービスという面では時代から遅れつつあった。7700系は、7000系の改造という形をとったが、流用したのは車体の骨組みとステンレスの外板だけで、ほかはすべての機器を載せ変え、さらに冷房装置を取り付けている。

↑養老山地を背景に走る7700系赤帯車。こうした山景色をバックに走る姿も新鮮で楽しい

 

養老鉄道へやってきた7700系は、7000系の時代までたどるとすでに約60年という時間を経ているが、ステンレスの車体は劣化が少なく、整備さえすればまだまだ走れるということから導入に至った。

 

ちなみに、それまで養老鉄道では近鉄600系・620系が主力として走ってきた。養老鉄道養老線が近鉄の元路線だったことと、養老鉄道に運営が移管されたのちも、近鉄グループホールディングスの傘下の会社でもあるためである。今も一部の600系・620系が残るが、7700系が大挙15両、導入されたことから、次第に一線を立ち退く形になっている。

 

ちなみに600系・620系は養老線用に近鉄の複数の路線を走る従来形式を改造した車両で、経歴はそれぞれさまざま。1960年前後の生まれの電車が目立つ。それこそ古参車両だったわけである。

 

導入された7700系は、養老鉄道ではまだ若手とあって、これから数10年にわたり走り続ける予定である。車体色は、東急池上線当時に人気だった赤歌舞伎に加えて、緑歌舞伎なる車両塗装も走り、注目を集めている。

 

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【注目の譲渡車両④】伊賀鉄道を走る名物+忍者列車でござる!

◆三重県 伊賀鉄道200系(元東急1000系)

↑伊賀鉄道の200系。元東急の1000系ながら、ここまで塗装が変ると元の東急電車のイメージは薄れている

 

三重県内、JR関西本線の伊賀上野駅と、近鉄大阪線と接続する伊賀神戸駅(いがかんべえき)間を結ぶ伊賀鉄道伊賀線。伊賀鉄道は近鉄グループホールディングス傘下の会社である。2007年までは近鉄伊賀線だった。

 

近鉄との縁が深い会社ながら、現在走るのが200系。元東急の1000系である。2009(平成21)年に導入され、2両×5編成が走っている。おもしろいのはラッピングされた姿だ。路線が走る伊賀が忍者の里ということもあり、1編成(東急当時の赤帯)を除き、みな忍者姿で走っている。正面に大きな忍者の目が入る3編成のデザインはかなり目立つ。

 

この200系が導入される前は、近鉄の860系が走っていた。860系の導入は1984(昭和59)年のこと。ベースは1960年代に誕生した820系で、改造の際に台車を1435mmから1067mmの狭軌用にはきかえている。伊賀線は近鉄大阪線に接続しているものの、線路の幅が異なる。近鉄から分離されたのは、利用者の減少という要因があったものの、この線路幅が異なることも一つの要因であったのだろう。

↑最も忍者の「目」が多く描かれる青色の忍者列車。元東急1000系の改造車両で、正面の貫通扉の位置など編成で異なっている

 

さて忍者の姿走る200系。「忍者列車」という愛称が付く。伊賀鉄道のホームページには「名物+忍者列車でござる!」(※「+」は手裏剣の形)というコーナーがあり、青色、ピンク色、緑色の忍者列車の紹介がある。「忍者が見え隠れする扉」、「手裏剣柄のカーテン」、「手裏剣柄の車内灯」、「忍者のマネキン人形」と忍者にちなむデザインや人形が車内に隠されている。これはぜひとも乗ってみたいと思わせる工夫の数々。子どもたちにも人気の忍者列車なのである。

 

【注目の譲渡車両⑤】北陸・富山地方鉄道にも元東急電車が走る

◆富山県 富山地方鉄道17480形(元東急8590系)

↑富山地方鉄道の17480形電車。形は元東急8590系のままだが、「宇奈月温泉」という表示。すでにこの地に馴染んだ印象がある

 

富山県内に約100kmにも及ぶ路線網を持つ富山地方鉄道。地方中小私鉄の中ではトップクラスの路線距離を誇る。路線距離が長いだけに走る電車もバラエティに富む。

 

主力の14760形をはじめに、京阪電気鉄道、西武鉄道の元車両が走る。車両数が多い14760形は1979(昭和54)年に新造した電車で、同社初の冷房車でもあった。性能的にも優れていたため、鉄道友の会ローレル賞を受賞している。

 

とはいえ製造してからすでに40年となる。新車を製造する余力もないことから、導入されたのが元東急8590系だった。2013年から導入がはじまり、すでに2両×4編成を購入、17480形として使われている。富山地方鉄道に移ったのちは、正面が赤と黄色のグラデーション模様が入り、側面は赤帯を巻く姿で富山平野を走る。

 

ちなみに元東急8590系は1988(昭和63)年生まれ。富山地方鉄道が製造した14760形よりやや車歴が浅い。とはいえ同じ昭和生まれの電車が、電鉄の将来を託されているというのも、なかなか興味深い。

 

【注目の譲渡車両⑥】北陸鉄道では石川線のみ元東急電車が走る

◆石川県 北陸鉄道7000系(元東急7000系)

↑北陸鉄道石川線の7000系。写真の7001編成は非冷房車で東急当時の姿を色濃く残す。雪が多い北陸の電車らしく正面下の排雪器が物々しい

 

北陸鉄道は石川県金沢市を中心に路線を持つ。かつては県内に多くの路線網が広がっていたが、今残るのは石川線と浅野川線の2路線のみとなる。

 

このうち金沢市の野町駅と白山市の鶴来駅(つるぎえき)の間を走るのが石川線だ。石川線を走るのは7000系と7700系。7000系は元東急7000系、7700系は元京王井の頭線の3000系を譲り受けた車両だ。

 

東急7000系は、国内初のオールステンレス車両であり、その後のステンレス車両造りのパイオニアとなった車両である。北陸鉄道では1990(平成2)年から走り始めている。石川線は600V直流電化のため(東急は1500V直流電化)、電装品が乗せ換えられている。またワンマン化に向けて改造も行われた。

 

北陸鉄道の7000系は2両×5編成が走る。形や搭載機器が異なる3形式が在籍している。内訳を見るとまずは7000形の1編成。この電車のみ冷房がない非冷房車だ。屋根上の機器の形状など元東急7000系に最も近いタイプと言えるだろう。非冷房車ということもあって夏期はほぼ走らない。次に7100形の2編成で、北陸鉄道へ入るにあたり冷房改造が行われた。さらに7200形2編成が走る。こちらは中間車を改造した冷房車両で正面中央に貫通扉がない。

 

こうした同じ7000系の違いを見つけることも、北陸鉄道石川線の旅を楽しむ時のポイントとなりそうだ。

 

【注目の譲渡車両⑦】関西で唯一の東急ユーザーの水間鉄道

◆大阪府 水間鉄道1000形(元東急7000系)

↑水間鉄道1000形1003編成。元は東急の7000系だが冷房装置を付けるなど改造が行われた。家族の写真入りヘッドマークを付けて走る

 

大阪府内を走る水間鉄道と聞いてすぐに思い浮かべることができる方は、かなりの鉄道通と言って良いのかも知れない。水間鉄道は地元の人以外、あまり良く知らないというのが現実でないだろうか。さらに東証一部に上場する外食チェーンの子会社という不思議な鉄道会社でもある。

 

水間鉄道水間線は貝塚駅〜水間観音駅の5.5kmを走る短い鉄道路線。歴史は古く1925(大正14)年の創業である。終点の水間観音駅の近くにある水間寺への参詣用の路線として造られた。走る地元、貝塚市は紡績で栄えた街で開業当時、かなりの財力に余裕があった。地元有志の寄付で鉄道会社が設立されたほどだった。起点となる貝塚駅は南海電気鉄道南海本線の貝塚駅と隣接している。

 

南海の貝塚駅と接続しているものの、経営上の関係はなく、車両のみ、以前は南海の譲渡車両を使用していたぐらいの関係である。そして現在は元東急の7000系を利用している。1990(平成2)年に導入した当時は7000系という形式名だった。2006年から改造が始めて、現在は1000形を名乗っている。

 

1000型には2タイプの形あり、元東急7000系のイメージを残す貫通扉付の電車と、中間車を改造した貫通扉の無い電車が走る。そしてみなワンマン運転できるように改造されている。

↑青帯だけでなく、赤帯、オレンジ帯の1000形も走る。写真のように中間車を改造した貫通扉がない電車も。U字形の排障器がユニークだ

 

おもしろいのは電車に家族写真のヘッドマークが付けた電車が走ること。これは10日間1万円でオリジナルヘッドマークが付けて走るサービスなのだそうだ。貝塚市内のみを走る小さな鉄道会社だからこそできるサービスであろう。

 

車内に交通系ICカードで清算できるバス型精算機を搭載するなど、積極的な営業戦略を進めている。小さな鉄道ながら侮れない奮闘ぶりである。

 

【注目の譲渡車両⑧】出雲路を走るのはオレンジ色の元東急電車

◆島根県 一畑電車1000系(元東急1000系)

↑一畑電車1000系のうち2編成は動態保存されるデハニ50形と同じ車体色のオレンジのラッピング塗装されている

 

島根県の一畑電車の歴史は古い。山陰地方で唯一の私鉄で、起源は1912(明治45)年までさかのぼる。現在の路線は電鉄出雲市駅〜松江しんじ湖温泉駅間を結ぶ北松江線と、川跡駅(かわとえき)〜出雲大社前駅間を結ぶ大社線の2本である。

 

走る電車は多彩で、元京王電鉄5000系(初代)を譲り受け改造した2100系と5000系。さらに元東急1000系を改造した1000系。さらに一畑電車では86年ぶりとなる新造車両7000系が走る。

 

ちなみに7000系は前後に運転台を持つ電車で、一両での運行が可能だ。利用者が少ない地方鉄道には向いた電車と言えるだろう。

 

ここでは元東急の1000系の話に戻ろう。一畑電車1000系は老朽化した3000系(元南海電気鉄道21000系)の置き換え用として2014年度から導入された。現在2両×3編成が走る。東急1000系の中間車を改造した電車のため、元東急1000系のオリジナルの姿とは異なる。

 

同タイプは福島交通(福島県)、上田電鉄(長野県)も走っており、いわば、中小私鉄用に東急のグループ会社である東急テクノシステムが用意した“標準タイプ”と言うこともできる。

 

ユニークなのは車体色。一畑電車ではオレンジに細い白い帯が入る。ステンレス車体を全面ラッピングでおおったものだが、この車体色は、かつての一畑電車の車体色のリバイバル塗装「デハニカラー」だ。2編成はこのオレンジ色、また3編成目は県のキャラクター「しまねっこ」のイラスト入りのピンク色のラッピング電車で、「ご縁電車しまねっこ号Ⅱ」と名付けられている。いずれも華やかないでたちで、一畑電車のイメージアップに一役かっている。

 

【注目の譲渡車両⑨】現役は引退したが今も“くまでん”の名物電車

◆熊本県 熊本電気鉄道5000形(元東急5000系/初代)

↑現役当時の熊本電気鉄道の5000形。運転台を前後に付けていたため、右のように1両で運行ができた。左が動態保存される5001A号車

 

最後は熊本電気鉄道(くまでん)の5000形を紹介しよう。この電車のみ現役車両ではない。だが、東急の記念碑的な電車であり、触れておきたい。熊本電気鉄道5000形は、元東急の5000系(初代)で、2016年まで現役として走っていた。

 

元東急5000系はその姿がユニーク。すそが広がる姿が特徴で“青ガエル”という愛称が付けられていた。つい最近まで東京の渋谷駅の駅前、忠犬ハチ公像の前に設置されていたからご存知の方も多いことだろう。

 

この5000系、生まれは1954(昭和29)年とかなり古い。だが、日本のその後の電車造りに大きな影響を及ぼした車両だ。モノコック構造で軽量、さらに日本初の直角カルダン駆動方式を採用した。それまで吊り駆け駆動が一般的だった電車の構造を大きく変えた電車でもある。

 

この電車を造った東急車輌製造(現在はJR東日本の子会社、総合車両製作所に引き継がれている)は、その後もオールステンレス車両をはじめ、画期的な電車造りを行っていて、日本の電車製造技術を高めた功績は大きい。

 

熊本電気鉄道には1981(昭和56)年から計4両が譲渡された。両運転台に改造され、長年走り続けた。ちなみに5000系は、各地の私鉄で使われていたが、熊本が現役最後の場所となった。

 

今も北熊本駅構内の車庫で動態保存されている。車庫の公開日には間近で見ることも可能だ。東急の記念碑的な電車だけに、機会があればぜひとも訪れたい(同社Facebookでも最近の様子を見ることが可能)。

 

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折り畳める上に電動アシスト付き! ベネリの「mini Fold 16 popular」はコスパ最強のミニベロかも

最近、急速に市場を拡大しているのが“e-Bike”と呼ばれるスポーツバイクに電動アシストユニットを取り付けた自転車。気になっている人も多いかと思いますが、ネックとなるのはやはり価格ではないでしょうか? ママチャリタイプの電動アシスト自転車で10万円程度なのに対して、クロスバイクタイプなどのe-Bikeは20万円オーバーが当たり前の世界。一度乗ってしまうと、その虜になってしまう人が多いですが、初めて購入するにはハードルが高いのも事実です。

そんな方に注目して欲しいのがe-Bikeタイプのミニベロ。今回紹介するベネリの「mini Fold 16 popular」は11万9790円(税込)という価格ながら、折り畳みも可能で、コスパが高そう。どんな乗り味なのか、実際に乗り回して体感してみました。

 

シンプルな機構で低価格を実現

ベネリというブランド名を初めて聞くという人がほとんどかと思いますが、1911年にイタリアで創業したバイク(エンジン付きのオートバイ)メーカー。1950〜60年代にレースで活躍し、プレミアムなバイクの販売でマニアに支持されてきたブランドです。創業100周年を迎えた2011年にe-Bikeの世界に進出し、マウンテンバイク(MTB)タイプや小径タイヤのミニベロなどをリリースしてきました。

 

同社のミニベロe-Bikeとして人気が高いのが「mini Fold 16」シリーズ。その名の通り、16インチの小径タイヤを装備し、折り畳み機構も搭載したモデルです。内装3段変速を搭載した標準モデルのほか、クラシカルなデザインに仕上げられた「mini Fold 16 Classic」もラインナップ。今回紹介するmini Fold 16 popularは装備をシンプル化し、コストパフォーマンスを高めた新モデルです。

↑電動アシスト付きには見えないシンプルなルックス。写真のコズミックシルバーのほか、コズミックブルーのカラーも選べます

 

電動アシストに見えないのは、バッテリーをフレームに内蔵し、モーターは前輪のハブ(車軸)と一体となったタイプを採用しているため。また、標準モデルは3段変速を装備しているのが、このモデルでは変速なしのシングルスピードとされているのも、価格を抑えられた理由でしょう。アシスト走行が可能な距離は最長50km(アシストレベルLow)と、e-Bikeの中では長くはありませんが、シングルスピードの小径車で1日50km以上走るような使い方はしませんから、十分な距離といえると思います。

↑前輪の車軸部分にモーターを装備。16×2.25インチと小径ながら幅広なものです

 

↑バッテリーを内蔵したフレームにはライトも装備されています。シンプルながら実用的な構成

 

↑バッテリーはフレーム後部から引き抜くようにして取り外しが可能

 

↑充電は外した状態でも、フレームに搭載したままでも行えます。バッテリーの重さは約1.8kg

 

↑ハンドルはシンプルな一文字タイプ。グリップは手のひらを受け止めるエルゴノミック形状です

 

↑モードの切り替えなどの操作は左手側のスイッチで行います。表示はLEDのみ

 

折り畳み可能で走行性能も十分

変速がないとスピードが出しにくかったり、坂道を登るのが大変だったりしそうと思うかもしれませんが、実際に乗ってみると予想以上に良く走ります。タイヤが小さいと、忙しく漕がなければ速度が維持できないというイメージがある人も少なくないと思いますが、それはタイヤ径に合わせたギア比になっていない自転車の場合。前側のギアが普通の自転車より大きく、後側のギアが小さくなっていると、一漕ぎで進む距離を同程度に設定できます。mini Fold 16 popularは前52T×後12Tという小径車向きのギア比になっているので、一生懸命漕いでもスピードが出ない……なんてことはありません。

↑タイヤ径に合わせて前側のギアがかなり大きくなっているので、スピードも出しやすい

 

こうしたギア比だと、逆に漕ぎ出しはペダルが重く感じる場合もありますが、そこはアシストがカバーしてくれます。もちろん、タイヤ径の大きなロードバイクやクロスバイクのようなスピードで走れるわけではありませんが、16インチという小さなタイヤから想像するよりはるかにスピードの乗りはいい。電動アシストがあると、ギアが付いていても操作しない人が多いことから変速機構を省いたようですが、たしかにアシストがあればギアはなくても苦になる場面はありませんでした。

↑4段階に調整できるアシストモードを最強にすると、びっくりするくらいの加速が得られます。平地では1つ下のモードで十分

 

↑そこそこ角度のある登り坂も走ってみましたが、こうした場面ではアシストを最強にするとスイスイ登って行けます

 

そしてmini Fold 16 popularの良いところは、折り畳みが可能なことです。しかも、フォールディングの機構がかなり分かりやすく、もちろん工具なども必要ありません。折り畳んだ際のサイズは全長890×全幅450×全高585mmとかなりコンパクトになるので、部屋の中に入れて保管したい人にはありがたいところ。途中まで折り畳んだ状態で、転がして移動させることができるので、マンション住まいでエレベーターに積む際などに役立ちそうです。

↑折り畳む際は、フレーム後部のリングを引いてロックを解除します

 

↑そのまま後輪を前に転がすようにして折り畳みます。その際、ちょっと車体を持ち上げるとスムーズ

 

↑この状態でも自立するので、スペースがあればこのまま立てておくのもアリ

 

↑さらにハンドルを折り畳めばもっとコンパクトになります

 

↑折り畳んだ状態ではキャスターが接地するので、サドルを押して移動することが可能

 

↑サドルを抜けばこんなにコンパクトに。オプションのキャリーバッグに収納することもできます

 

↑キャリーバッグに収納すれば、電車に持ち込んで遠出する輪行も楽しめます

 

シンプルな機構で買いやすい価格を実現しながら、街乗りでの走行性能は十分。おまけに折り畳めて収納しやすく、輪行も楽しめるとなるとコストパフォーマンスの高さはかなりのものです。長距離の通勤やツーリングには向きませんが、遠出したいのであればクルマや電車に積んでいくという手が使えるので、楽しみ方の幅も広そうです。最初の1台として購入し、自分のやりたいことや楽しみ方が固まってきたらステップアップするというのもいいでしょう。そうなったとしても、手放さずに手元に置いておきたくなる利便性をmini Fold 16 popularは持っています。

 

 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

 

ドラレコの配線って素人でもできるもの? オウルテックの「最新3カメモデル」で設置してみたら1人でも15分でできた

たびたびニュースで取り上げられる自動車の煽り運転や、運転中のトラブル。そこで必ずといっていいほど使われるのは、ドライブレコーダーの映像です。予期せぬトラブルに巻き込まれないためにも、クルマをお持ちの方なら絶対設置しておきたい必需品といえるのではないでしょうか。

 

しかし、ドライブレコーダーをクルマの前後に取り付けるのは配線が複雑になったりすることもあるので、取り付けを業者に依頼する方も多いかもしれません。でも実は、ドライブレコーダーの取り付けは誰でも簡単に行えます。今回は、市販のドライブレコーダーを自力で車内に設置することにチャレンジしてみました。

 

協力頂いたのは、PC・スマホ周辺機器からカー用品まで幅広いジャンルの製品を扱うメーカーのOwltech(オウルテック)さん。同社の社用車をお借りし、最新の3カメラドライブレコーダー「OWL-DR803FG-3C」を設置します。

↑ドライブレコーダーの取り付けにお借りしたオウルテックの社用車。トリコロールカラーが目を引きます

 

この「OWL-DR803FG-3C」は、3つのカメラでクルマの前方・後方・車内の映像を同時に録画できることが最大の特徴。運転中の様々なトラブルをしっかり映像に残すことができます。

↑3カメラドライブレコーダー「OWL-DR803FG-3C」(直販価格3万6080円)。左がリア用、右がフロント/車内用

 

↑車内カメラはフロントカメラの反対側に搭載されています

 

しかも、すべてのカメラがフルHD以上の高解像度なので、クルマのナンバープレートなども確認可能(解像度はフロント2560×1440ドット、リア・車内1920×1080ドット)。さらに、ソニー製のCMOSイメージセンサー「STARVIS」を採用しており、夕暮れどきや夜間でもノイズが少なく明るい画質で撮ることができます。

 

車内用カメラは赤外線対応なので、暗い夜道やトンネルの中では自動で赤外線モードに切り替わり、白黒の映像を録画してくれます。夜間のトラブル時も安心して使えますね。

 

初めてでも簡単に取り付けられる!

さっそく取り付けていきましょう。まずはフロント/車内カメラを、フロントガラスの邪魔にならない位置に設置します。カメラのブランケットには粘着テープがついているので、場所を決めたら貼るだけでOK。

↑ブラケットの粘着テープをフロントガラスに貼ります

 

続いて、シガーソケットから給電するための電源コードを設置します。コードは車内の内装のすきまに埋め込むようにして隠しながらとり回していきましょう。下まで来たら、フロアカーペットの下を通して、運転の邪魔にならないようにします。

↑電源ケーブルを内装のすきまに隠すようにして這わせていきます

 

↑下まで来たらフロアマットの下を通していきます

 

↑シガーソケットに挿します。このソケットにはUSB端子もついているので、スマホなどの充電も可能

 

ディスプレイの電源がつくことを確認したら、次はリアカメラの設置。なるべくバックミラーを見たときに邪魔にならない位置に取り付けましょう。こちらもブランケットに粘着テープがついているので、簡単に設置できます。

 

リアカメラを設置したら、フロント/車内カメラに電源供給用のケーブルをつなぎます。このリアカメラ用の電源ケーブルは8mもの長さがあるので、ワンボックスカーやミニバンなどの大きな車種でも大丈夫。余ってしまう場合は、束ねて邪魔にならない場所にしまっておきましょう。

↑リアカメラ用ケーブルは8mの長さがあるので、ワゴン車でも大丈夫。内装に埋め込みながら後部まで這わせましょう

 

リアカメラに電源ケーブルを接続したら、ディスプレイを見ながら、カメラの向きを調整します。バックドアのガラス部分に取り付ける場合は、何度もバックドアを開け閉めしているうちにリアカメラがズレやすいので、説明書を参考にブラケットの固定用ネジをキツめに締めておくとよいでしょう。

 

最後に車内カメラの向きを調整します。車内カメラはフロントカメラの反対側についているので、ディスプレイを見ながらカメラの向きを調整します。

 

これで取り付けは完了! 実際に作業してみると、わずか15分程度で作業が終わりました。自分でドライブレコーダーを取り付けるのは大変そう……と思っていましたが、これなら1人でも簡単に設置できますね。

 

なお、オウルテックでは、すでにフロントのドライブレコーダーを設置済みの方が、リアだけ追加したい場合に最適なモニターレスタイプのドライブレコーダー「OWL-DR901W」もラインナップしています。こちらはWi-Fiでスマホとワイヤレス接続し、スマホから操作や映像の確認、録画映像のダウンロードなどが行えるため、より手軽に使うことができます。リアカメラの増設をしたいとお考えの方は、こちらもチェックしてみて下さい。

↑モニターレスの「OWL-DR901W」(直販価格1万5180円)はリアカメラの増設にもオススメ

 

さっそくドライブレコーダーの性能をチェック!

ということで、設置したばかりのドライブレコーダーの性能を試すため、オウルテックさんの社用車でちょっとしたドライブへ出かけてみましょう。茅ケ崎を経由して三浦海岸まで134号線の海沿いの道をドライブします。

 

この「OWL-DR803FG-3C」にはGPSが内蔵されているので、専用ビューワー「Cardvr Player A」を使って再生すれば、走ったルートを後からMAP上で確認することもできます。アプリはオウルテックの製品情報ページからダウンロード可能です。

↑「Cardvr Player A」での再生画面。3カメラの映像とGPSの位置情報を確認できます

 

ドライブ中に記録された映像を確認してみると、どのカメラが画角が広く、前後だけでなく歩道や隣の車線などもしっかり映っています。もちろんフルHD以上の解像度なので、前後のクルマのナンバーもバッチリ確認可能。これなら、万が一の事故の際にも証拠映像として活用できそうです。

 

【各カメラの映像はこちらから(一部画像加工しています)】

また、ディスプレイに本体上部の操作ボタンの位置が表示されるUIになったことで、ボタンの位置を覚えなくても操作がしやすくなっており、瞬時にカメラの切り替えなどもできるように。例えば駐車時にリアカメラに切り替えれば、補助的に後方の確認が行えます。

↑ボタンの位置がディスプレイに表示されるので、ボタンを見ずとも操作ができます

 

さて、ドライブの最終目的地は、神奈川県・三浦海岸に店を構える「南風COFFEE」さん。こちらはプロサッカーチーム「横浜F・マリノス」のファン(通称・マリサポ)のあいだで有名なお店なのだとか。

 

三浦海岸へ向かう道中で、神奈川県民なら誰でも知っているというビーカープリンで有名な「マーロウ」の本店に立ち寄り、名物のビーカープリンをテイクアウト。クルマに乗せていた冷凍冷蔵庫「ICECO」で冷やして、ドライブのお土産にします。

↑「マーロウ」のビーカープリンをテイクアウト(写真はマーロウECサイトのもの)

 

↑ICECOに入れて持ち帰ります

 

このICECOはAC電源か車載シガーソケットから給電可能なのですが、ポータブル電源を組み合わせることで、屋外やキャンプなどでも使うことができます。ちなみに、バッテリー容量100,500mAhの「LPBL100501」で、ICECOの冷蔵モードが約5時間半使用できました。このICECOがあれば、お刺身などの生モノも冷たいまま持ち帰ることができますね。

↑約5時間半も冷たさをキープしてくれました

 

「マーロウ」を後にしてしばらく走ると、「南風COFFEE」に到着! こちらの「南風COFFEE」は、京浜急行「三浦海岸駅」からクルマで5分ほどの場所にあるカフェ。コーヒーやデザートのほか、カレーやホットドッグなどの軽食も楽しめます。営業時間は11時~18時で、火曜定休。

↑三浦海岸にある「南風COFFEE」

 

↑木のぬくもりを感じられるおしゃれな店内

 

店の目前には三浦海岸があり、店内からもその景色を見ることができます。……しかし、残念ながら今年はコロナ感染予防のため、神奈川県内の海水浴場はすべて閉鎖中。そのため、ビーチには人影もまばらです。

↑残念ながら目の前の海にはフェンスが。海水浴場が開設されていないため、駐車場が閉鎖されているのだそう

 

こちらの店長はマリサポのあいだでも知られた方で、来店時にマリサポであることを伝えてトリコロールメンバーズの会員証などを提示すると、トリコロールカラーのカップを使ってコーヒーを出してくれるなどの限定サービスを受けられます。

↑こちらはマリサポ限定の裏メニュー・トリコロールカラーのかき氷

 

店内にはマリサポの方が来店したときに書き込める思い出ノートも。マリサポの方はもちろん、そうでない方も、三浦海岸へお越しの際はぜひ立ち寄ってみて下さい。

 

南風COFFEE

住所:神奈川県三浦市南下浦町菊名25(京急三浦海岸駅より徒歩約15分)

営業時間:11時~18時(火曜定休)

TEL: 090-4168-6983(営業時間内のみ)

URL:https://m.facebook.com/minamikazecoffee/

 

ということで、ドライブレコーダーの設置は無事成功! 運転中の映像は、事故やトラブル時だけでなく、ドライブの思い出として残すこともできます。まだ自家用車にドライブレコーダーを設置していない方は、ぜひご自分で取り付けに挑戦してみてはいかがでしょうか? また、古くなったドライブレコーダーを、鮮明な映像が記録できる最新のものに取り換えてみてもいいですね。

 

協力:オウルテック、南風COFFEE

 

【フォトギャラリー(画像をタップするとご覧いただけます)】

 

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今も各地を走り続ける東急「譲渡車両」を追う〈東日本版〉

〜〜首都圏を走った私鉄電車のその後<3>〜〜

 

地方の鉄道事業者にとって新型車両の導入は悩みの種。そこで活用されるのが大手私鉄の「譲渡車両」である。

 

譲渡車両の中でも最も“人気”があるのが元東急の電車だ。各地の私鉄が譲り受けて主力車両として走らせている。なぜ東急の電車が人気なのか、現在の活躍ぶりだけでなく、東急電車が登場した時代を振り返り、その歴史にも迫ってみよう。今回は、東日本を走る東急の譲渡車両にこだわって見ていきたい。

 

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【はじめに】なぜ元東急電車の譲渡車両が多いのか?

北は青森県、西は島根県まで、津々浦々多くの私鉄路線を元東急の電車が走っている。三重県・岐阜県を走る養老鉄道のように、2018年秋に引退した元東急7700系を、“待ってました”、とばかりに大量に引き取り、走らせている例もある。東急では7700系に続くように、8500系が引退時期を迎えている。すでにこの8500系を導入している会社もあり、今後、この引退していく元東急の電車の導入を検討する会社も現れてきそうだ。

 

なぜ元東急の電車は人気があるのだろう。はじめにこの理由を探っておきたい。

↑東急池上線・多摩川線を走った7700系。2018年11月で引退まもなく、養老鉄道(三重県・岐阜県)に計15両が引き取られた

 

いま全国を走る元東急の電車はみな、ステンレス製の電車である。ステンレス製の電車は、鋼製と比較すると耐久性に富むとされる。何十年にわたり、走り続けてきた電車なのに、車体の劣化が少ない。そのため整備し直せば、充分に、あと何十年かにわたって走らせることができる。

 

加えて譲渡される電車が、みな登場した当時には革新的な技術を採用していた電車であったことも大きい。今も陳腐化していない技術を持つ車両なのである。

 

さらに東急の場合は、譲渡先へ旅立つ前に、東急グループの一員、東急テクノシステムにより、機器の更新、改造、整備が行われる。東急テクノシステムは、東急の車両のメンテナンスに長じた会社であり、業界での評価が高い。元東急電車の中間動力車を利用した標準タイプの電車も造られ、購入する側の会社も、発注しやすさがある。

 

また古い鉄道車両となると、部品探しにも苦労が伴う。ところが東急の電車の場合、大半の車両形式が大量に製造されているために、部品探しも容易にできるということも人気の一因であろう。そうした複数の要因があり、全国の多くの私鉄で第二の人生を送る元東急電車が多くなっているわけなのである。
次にそれぞれで会社で活躍する元東急電車の現在を見ていこう。まずは青森県から。

 

【注目の譲渡車両①】弘前を走る弘南鉄道の電車はみな東急出身

◆青森県 弘南鉄道7000系(元東急7000系)

↑弘南鉄道の7000系7000形が弘前市内にある中央弘前駅に到着した。大鰐線の電車は同形式が中心となっている

 

私鉄電車としては最北の路線が、青森県内を走る弘南鉄道。弘南線と大鰐線(おおわにせん)と2つの路線があり、すべて元東急の電車でまとめられている。形式は7000系で、元東急の7000系だ。

 

東急7000系は1962(昭和37)年から製造された電車で、日本初のオールステンレス製の電車だった。当時、国内ではまだ自力でオールステンレス製の車両を製造することができず、米バッド社と東急車輌製造(当時の東京急行電鉄の子会社)が技術提携して、この7000系が生み出されている。

 

この7000系の製造で学んだ技術が、その後の多くの日本のステンレス製車両の製造に役立てられている。東急7000系は134両と大量の車両が造られた。車体以外にも、多くの新技術を盛り込んだ非常に革新的な電車だった。東急の路線からは2000(平成12)年に引退している。

↑中間車を改造した7100・7150形の多くが弘南線で活躍する。正面の姿大きく異なり、元東急の電車らしさは薄れている

 

弘南鉄道へ譲渡されたのは1988(昭和63)年から。弘南鉄道でも7000系を名乗る。弘南鉄道の7000系は全24両(2両のみ廃車)で、細くは3タイプに分けられる。元東急7000系の姿を色濃く残す7000形。形は7000形とほぼ同じだが改番された7010・7020形、中間車を改造したために、正面の形が違う7100・7150形が走る。

 

7000形は大鰐線の主力車両として、7100・7150形は主に弘南線の主力車両として使われている。

 

◆青森県 弘南鉄道6000系(元東急6000系)

↑津軽大沢駅の車庫に停められた元東急6000系。例年10月に開かれる鉄道まつりなどのイベントでその姿を見ることができる

 

実は弘南鉄道には東急の車両史から見ても、非常に重要な車両が残されている。弘南鉄道6000系である。この車両はすでに静態保存されている電車だが、東急の記念碑的な車両のため、触れておきたい。

 

弘南鉄道6000系は、元東急6000系である。東急6000系は1960(昭和35)年3月に最初の編成が造られた。当時の電車としては画期的な空気バネ台車、回生ブレーキ、そして1台車1モーター2軸駆動というシステムを採用している。さらに車体はセミステンレス構造を取りいれた。セミステンレス構造とは、普通鋼の骨組み、その上にステンレス板を貼り付けて組み立てられている。その独特な姿から“湯たんぽ”とも呼ばれた。そう言われれば、それらしくも見える。

 

東急6000系は、試験的な電車という意味合いもあり、東急の電車としては珍しく、わずかに20両のみの製造となった。とはいえ、その後の7000系以降の車両造りに大きな影響を与えた電車でもあった。弘南鉄道へは量産型の12両が譲渡されたが、2000年代に入って7000系が増強されたことで、ほとんどが引退、今では2両×1編成が大鰐線津軽大沢駅の車両基地に静態保存車両として停められているほか、倉庫にも使われている。

 

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【注目の譲渡車両②】元東急電車が「いい電」となって福島を走る

◆福島県 福島交通1000系(元東急1000系)

↑元東急1000系の中間車を改良した福島交通1000系。正面に「いい電」のヘッドマークが付く。同タイプが他の私鉄にも導入されている

 

福島市の福島駅と飯坂温泉駅を結ぶ福島交通飯坂線。主力電車は1000系で、元東急の1000系が元となっている。

 

東急1000系は1988(昭和63)年12月に登場したステンレス製の電車で、世界初の制御方式を採用していた。すでに東横線の1000系は引退したものの、池上線・東急多摩川線では、今も主力として走り続けている。

 

福島交通に導入された1000系は、2両×4編成と、3両×2編成の合計14両。既存の7000系(元東急7000系)の置き換え用として導入された。

 

福島交通の1000系は、元東急1000系とは正面の形が異なる。元東急1000系の中間電動車を東急テクノシステムが改造した電車で、非貫通タイプの運転台が取り付けられた。主回路にはVVVFインバータ制御方式が使われている。福島交通にとって、始めての同方式の採用で、省エネ型電車として役立てられている。さらに車両の長さが18m(3扉車)と、東京の都市部を走る電車の平均的な長さ20m(4扉車)よりも短いことから、地方の私鉄路線では扱いやすい車両サイズとなっている。

 

ちなみに、同タイプの中間車を改良した1000系は、ほかに上田電鉄(長野県/詳細後述)や、一畑電車(島根県)にも導入されている。姿形はほぼ同じで、デザインや機能を共通化した地方の私鉄向け電車といって良さそうだ。

 

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【注目の譲渡車両③】秩父では東急出身の3タイプが走っている

埼玉県内を走る秩父鉄道。ここでは東急8500系、8090系を元にした3タイプの電車が使われている。線路がつながり、電車の甲種輸送まで行う東武鉄道の車両を導入せずに、あえて東急の電車を利用しているところが興味深い。

 

◆埼玉県 秩父鉄道7000系(元東急8500系)

↑元東急8500系は秩父鉄道では7000系として運用されている。秩父鉄道の元東急電車はみな先頭に緑色と黄色のグラデーション模様が付く

 

2009(平成21)年3月から運行を開始した秩父鉄道7000系。元は東急の8500系である。8500系は、1975(昭和50)年生まれで、主に田園都市線と、乗り入れる東京メトロ半蔵門線、東武伊勢崎線、そして大井町線を走った。新造当時、通勤電車の技術を集約した車両とされ、鉄道友の会からローレル賞を受賞している。車両数も多く400両が造られた。すでに導入されてから40年以上になる。

 

東急田園都市線では新型車両の導入が進み、徐々に減りつつあり、引退が近づきつつあるが、立派なご長寿車両と言って良いだろう。ちなみに筆者も最近、同車両に乗車したが、エアコンに加えて首振り扇風機が天井に付いた車両が走っていて、懐かしく感じられた。

 

秩父鉄道へ譲渡されたのは3両×2編成。本来は同車両が多く譲渡される予定だったが、東急からの提供車両の予定が変更され、この車両数にとどまっている。

 

◆埼玉県 秩父鉄道7500系(元東急8090系)

↑秩父鉄道7500系。写真は秩父鉄道のオリジナル塗装車両。7500系のラッピング電車も出現している

 

7000系(元東急8500系)が計6両にとどまっているのに対して、今や秩父鉄道の主力電車となっているのが、7500系と7800系である。元となった電車は両形式とも東急の8090系だ。

 

8090系は1980(昭和55)年12月に登場した。この車両も意欲的な電車だった。日本初の量産ステンレス軽量車体を採用している。強度を保ちつつも、従来のオールステンレス車両よりも、1両で2トンほど軽量化、編成全体で8%の軽量化を実現した。当時は、まだ鉄道業界では縁が薄かったコンピューター解析による車体設計が行われたとされる。90両が製造され、当初は東横線を、さらに田園都市線や大井町線を走った。本家では徐々に車両数が減っていき、昨年2019年、静かに引退を迎えている。

 

車両の軽量化を実現した8090系だったが、2010年以降から秩父鉄道に譲渡された。形式は7500系と7800系に分けられる。7500系は3両編成、7800系は2両編成で運行されている。正面の形が少し違うので、ここでは分けて紹介しよう。まずは7500系から。

 

7500系は元東急大井町線を走っていた8090系で、5両編成を3両に短縮するにあたり、パンタグラフの位置の変更などの改造を受けている。車体の帯も側面に緑色、正面は緑色と黄色のグラデーション模様が入る。色が異なっているものの、外観は東急当時の8090系のままを保っている。すでに3両×7編成と秩父鉄道の電車の中では大所帯となった。

 

◆埼玉県 秩父鉄道7800系(元東急8090系)

↑秩父鉄道7800系は元東急8090系の2両編成タイプ。中間車を改造したため、正面のデザインが7500系と大きく異なっている

 

秩父鉄道にやってきた元東急8090系。東急大井町線を走っていた頃は5両で走っていた。秩父鉄道に譲渡されるにあたり、5両のうち3両がまず7500系に改造された。残りの2両を使って編成されたのが7800系である。中間車を改造、運転台を設けたため、顔形が7500系と異なっている。

 

7500系は8090系のオリジナルな姿そのままで、正面に傾斜が付いた顔形。一方の7800系はほぼ平面で、連結側の平坦な妻面を利用したことが分かる。運転台の窓部分がブラックに塗装され、7500系に比べると、やや渋くなった印象も。7800系は2013年から走り始め、2両×4編成が運用されている。

 

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【注目の譲渡車両④】上田電鉄では1000系2タイプが走る

◆長野県 上田電鉄1000系(元東急1000系)

↑上田電鉄の1000系。写真は1003編成で「自然と友だち2号」と名付けられた。同鉄道の1000系はみなデザインが異なっている

 

長野県上田市内を走る上田電鉄。昨年秋の台風19号の影響で千曲川橋梁が倒壊、現在は上田駅〜城下駅間がバスによる代行輸送となり、電車の運行は城下駅〜別所温泉駅間のみとなっている。

 

そんな上田電鉄の主力車両が1000系、元東急の1000系である。1000系は2両×4編成が走り、皆デザインが異なる。1001編成は元東急の1000系のままの赤帯電車、1002編成は自然と友だち1号、1003編成は自然と友だち2号と名付けられたラッピング電車。1004編成は丸窓電車として人気だった車両デザインを踏襲した「まるまどりーむ号Mimaki」で、上田電鉄の伝統色、紺と白に塗装されている。

 

上田電鉄は東急の系列会社であり、1986(昭和61)年の1500V昇圧後以降は元東急電車のみを使用している。昇圧後当初は5000系、5200系、さらに7200系を利用してきた。7200系は2018年5月まで走っていただけに、懐かしく思われる方も多いのではないだろうか。

 

かつて利用した東急電車の中で、5200系1両のみ保存されている。元東急5200系は、“青ガエル”の愛称で親しまれた5000系のセミステンレス車両版である。1958(昭和33)年から4両のみ造られた車両で、日本初のステンレス鋼を用いて造られた。通常は下之郷駅の車両基地内でシートをかぶされ保管されている。

 

この元東急電車の記念碑的な車両が、9月27日までの期間限定で、城下駅の下りホームに展示されている。通常は、なかなかお目にかかれない車両なので、この機会にぜひとも訪れておきたいところだ。

 

◆長野県 上田電鉄6000系(元東急1000系)

↑上田電鉄6000系は現在2両のみ。さなだどりーむ号という愛称が付く。戦国時代に上田城を拠点とした真田家にちなむ装いで走る

 

上田電鉄には2015年3月に東急から譲渡された6000系も走っている。この車両は1000系の中間車を改造した電車で、新たに運転台を設けた。そのため、既存の上田電鉄1000系とは正面の形が大きく異なっている。

 

前述した福島交通の1000系とほぼ形は同じだが、真田藩の元城下町、上田らしく「さなだどりーむ号」の名前が付く。車体は戦国武将、真田幸村の赤備えにあわせ、赤が基調、車体には真田家の家紋・六文銭があしらわれている。

 

ちなみに、前述したように台風災害で一部区間が不通となっている。2021年春ごろを目指して復旧工事が進められている。

 

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【注目の譲渡車両⑤】元東急8500系がほぼ同じ姿で信州を走る

◆長野県 長野電鉄8500系(元東急8500系)

↑先頭に赤い帯が入る長野電鉄8500系。元東急8500系と同じ姿のままで、後ろに山景色がなければまるで首都圏を走っているかのようだ

 

長野県内の長野駅と湯田中駅を結ぶ長野電鉄長野線。普通列車に使われるのが元東急8500系である。長野にやってきても8500系を名乗る。正面に赤い帯が入る東急当時とほぼ同じスタイルで、田園都市線でも同じ姿の電車が走っている。写真を見る限り、後ろに志賀などの山々が見えなければ、首都圏で撮ったように錯覚してしまうほどだ。

 

長野電鉄へやってきたのは2005(平成17)年。3両×6編成が信濃路を走る。姿はほぼ元東急のままだが、細いところでは、例えば、雪の多い長野の風土に合わせて、凍結防止用にドアレールヒーター、耐雪ブレーキが装着されるなど、改造が施されている。

 

ちなみに急勾配用のブレーキを装着していないため、長野駅〜信州中野駅間のみの運行となっている。

 

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【注目の譲渡車両⑥】伊豆急行線を走るのは元東急8000系

◆静岡県 伊豆急行8000系(元東急8000系)

↑伊豆急行線片瀬白田駅〜伊豆稲取駅間を走る8000系。潮風を浴びる海辺の路線で、オールステンレス製の長所が活かされている

東急のグループ会社、伊豆急行。同路線の普通列車に使われるのが8000系だ。元東急の8000系である。形は細部が異なるものの、8500系と見間違えてしまう。8500系とどのように違う電車だったのか。まずはそこから見ていこう。

 

元東急8000系は1969(昭和44)年に走り始めた。東急では8000系よりも以前に7000系というステンレス製の車両を造っている。8000系はこの7000系と同じく米バッド社との技術提携を結び造られたオールステンレス製の電車だった。

 

オールステンレスであるとともに、革新的な技術を導入していた。ここからは、やや専門的な話となる。「他励界磁チョッパ制御方式」という電車の制御技術を採用した。世界で初めて実用化された技術だった。さらにマスコンハンドルとブレーキレバーが一緒になった「ワンハンドルマスコン」を、量産する電車として初めて取り入れた。こうした技術は今となっては珍しくないが、日本の鉄道車両のその後に大きな影響を与えた技術である。

 

その後の進化タイプの8090系、8500系、8590系まで含めると677両と大量の電車が製造されている。

 

東急では東横線、大井町線用で運用されたのち、2008(平成20)年に引退している。私鉄には8000系の後継車両となる8500系が譲渡されたが、8000系が引き取られたのは伊豆急行のみだった。他にはインドネシアの鉄道会社にひきとられている。

 

さて伊豆急行の8000系。2005(平成17)年から運行を始め、今では40両(4両×7編成+2両×6編成)が使われている。伊豆急行では濃淡2色の水色の塗装および帯を巻く姿となった。客席もロングシートから、一部がクロスシートに変更され、観光用電車のイメージが追加された。
海岸沿いを走る伊豆急行線。鋼製の電車は潮風の影響を受け錆びやすい。その点、オールステンレス製の8000系は、車体の腐食の心配をせずとも走らせることができる。8000系の機能が海辺を走る路線で今も活かされているわけである。

噂のソニーEVコンセプト「VISION-S」に同乗試乗してみた!

ソニーは今年1月、米国ラスベガスで開催されたIT家電ショー「CES 2020」に4人乗りのEVコンセプト「VISION-S」を出展し、大きな注目を浴びました。その際、「次年度中に公道での実証実験を予定」とも説明されていましたが、それから8か月。その車両がついに日本国内で報道関係者に公開され、試乗体験もできることになったのです。

↑ソニー本社の敷地内を走るEVコンセプト「VISION-S」

 

「VISION-S」は実車化されるのか?

VISION-Sのボディサイズは、全長4895×全幅1900×全高1450mmとなっていて、ホイールベースは3000mmとメルセデスベンツ「Sクラス」並み。車格としてはかなりハイクラスを意識した造りとも言えます。パワートレーンは200kWのモーターを前後にそれぞれ1基ずつ配置した4WDのEVで、乗車定員は2+2の4名。フロントシート前方には横長の大型ディスプレイを配置し、タッチ操作や音声認識を活用することで、直観的な操作で様々なエンタテイメント系コンテンツを楽しめます。

↑完全独立の2+2の4人乗り。それぞれが独立してエンタテイメントが楽しめる

 

また、ソニーが競争領域としているセンサーも数多く搭載しました。車内外の人や物体を検知・認識して高度な運転支援を実現するために、車載向けCMOSイメージセンサーをはじめ合計33個を配置。特にセンサーの一つであるLiDARは自動運転の実現に向けて今後の普及が期待されているもので、ソニーとしてもこのVISION-Sを通してこの分野に新参入することをCES 2020で明らかにしています。

↑ソニーが新規参入するLiDARはフロントグリル内にその一つが装着されていた

 

このVISION-S、製造を担当したのは、自動車部品の大手サプライヤーであるマグナ・インターナショナルの子会社である「マグナ・シュタイア」です。この会社は委託に応じて自動車の開発や組み立てソリューションを提供しており、トヨタの「GRスープラ」もここで開発・製造されたことでも知られます。ソニーはオリジナルのデザインを反映させながら、ここに製造を委託することで公道走行を目指す初のEVコンセプトを開発したのです。

↑パワートレーン系はマグナ・シュタイアが用意するプラットフォームを活用したという

 

では、ソニーがVISION-S EVコンセプトを開発した目的はどこにあるのでしょうか。ソニーの執行役員 AIロボティクスビジネス担当の川西 泉さんは、「センサーでクルマの安全性を担保するには厳しい条件をクリアしなければなりません。VISION-Sを投入することで、実際にクルマを走らせてそのメカニズムを知っていくことが(ソニーにとって)メリットとなるのです」とコメントしました。つまり、VISION-Sでデバイスの信頼性を高めることで、自動車メーカーやサプライヤーなどへ自社技術をソニーとしてアピールしやすくなる。そんな思いがVISION-Sには込められているとみていいでしょう。

↑VISION-Sの統括責任者であるソニーの執行役員 AIロボティクスビジネス担当 川西 泉さん

 

さて、VISION-Sの体験会は、東京・品川にあるソニー本社の敷地内で行われました。車両を前にまず説明されたのはVISION-Sのデザインテーマ。その最大のポイントは、ボディから車内に至るまですべてが「OVAL(楕円)」で統一されているということです。たとえば、フロントグリルを中心にリアコンビランプにまで至るイルミラインは、スマホでドアロックを開閉すると同時に光が走る仕組みとなっていて、収納式ドアハンドルもそれに応じて動作します。このボディ全体を光のOVALで取り囲むことはソニーのデザイナーのこだわりだったそうです。

 

スマホでドアロックを解除すると、ボディ全体を包むイルミラインの光が走る

 

車内に入ってもOVALデザインのコンセプトは広がります。左右に広がるダッシュボードにはパノラミックスクリーンと呼ばれる高精細ディスプレイが乗員を包み込むようにレイアウト。各表示は必要に応じて左右へ移動してカスタマイズでき、目的地までのルート設定を助手席側でしたい時でも指先で左右へ画面をフリックすればOKです。また、走行中に動画コンテンツを見たいときでも、運転席からは見えにくい助手席側へとその映像を移動させられるのです。

↑VISION-Sの前席周り。車内は高品質感が隅々から伝わってくる造り込みがされていた

 

↑ルームミラーを含めミラーはすべてデジタル化され、夜間でも明るくして視認性を高めている

 

前席周囲ではダッシュボードのディスプレイが乗員を取り囲むように配置されている

 

オーディオについても車載用として初めて実装した「360 Reality Audio」がサウンドとしてOVALを表現しています。特にこの技術で驚くのは単なるサラウンドではなく、臨場感を伴いながらボーカルや楽器など演奏者の存在を明確にしていることです。しかも、これは各シートごとに再現されますから、乗員すべてが同じ条件で音楽を楽しめるのです。かつてソニーはウォークマンで音楽を聴くスタイルを変えたように、ソニーは再びドライブ中の音楽の聴き方を変えようとしているのではないでしょうか。

↑家庭用のサウンドボードやヘッドホンなどで展開する「360 Reality Audio」を車載用として初搭載した

 

そして、いよいよ試乗。この日はナンバーが取得できていないためにソニー本社の敷地内で実施されました。走行した場所は石畳が続いており、走る条件としてはプロトタイプの車両には少々きつい条件。それでもVISION-SはEVらしくスムーズにスタートし、ステアリングを切ってもしっかりとした感じが伝わってきました。一方で、ドアを閉める音や走行中に各所から響いてくるギシギシ音はプロトタイプであることを実感させましたが、内装の造り込みは半端じゃなく上質。それだけでの居心地の良さを感じさせてくれるものでした。

↑天井はガラスルーフが天井全体に広がり、車内の色彩とも相まってかなり明るい雰囲気だ

 

これまで世の中にないものを数多く生み出してソニーは多くのユーザーを魅了してきました。それだけに、ソニーに対して期待する声は大きく、「このクルマなら欲しい!」という人もいるのではないでしょうか。そう思って川西さんに訊ねると「今のところ販売予定はない」と残念な返事。ただ、プロトタイプを発表したことで自動車メーカーや自動車部品サプライヤーから問い合わせは数多く、ソニーの技術に対する期待値がかなり高いことは実感している様子です。

↑プロトタイプとはいえ、フルEVであることでスムーズに発進して敷地内を周回した

 

わずか数分ではあったが、日本国内でVISION-Sの初同乗試乗

 

そして最後に川西さんからは新たな情報がもたらされました。それはVISION-Sはこの1台で終わるのではなく、日米欧で公道試乗するために試作車両をマグナ・シュタイアに追加で依頼済みだというのです。VISION-Sを単なる思いつきではなく、真剣にクルマに関わり続けていく。川西さんの話からはそんな力強いソニーの思いを感じ取ることができました。ソニーが得意とするIT技術を結集し、21世紀に相応しい、アッと驚くようなクルマが登場することを期待したいと思います。

 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

今も各地で働き続ける「譲渡車両」8選ーー元西武電車の場合

〜〜首都圏を走った私鉄電車のその後2〜〜

 

首都圏や京阪神を走っていた当時の“高性能電車”の多くが、各地の私鉄路線に移り、第2の人生をおくっている。大手私鉄の「譲渡車両」2回目は、元西武鉄道の電車を紹介した。

 

西武鉄道のグループ会社へ移籍する電車が多いのは当然ながら、他にも複数の会社へ移籍して、今も多くが第一線を走る。そんな電車たちの“第二の人生”を写真を中心にお届けしよう。

 

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今も各地で活躍する「譲渡車両」に迫る〈元首都圏私鉄電車の場合〉

 

【注目の譲渡車両①】グループ会社の近江鉄道は全車が元西武電車

◆近江鉄道(滋賀県)800系・820系

↑近江鉄道820系は、元西武の401系。822編成は西武当時の “赤電”と呼ばれたリバイバルカラーで塗られ近江路を駆ける

 

大手私鉄の電車の中で各地の鉄道会社へ譲渡されることが多いのが東急、さらに西武鉄道の電車だ。まずは西武鉄道のグループ会社、近江鉄道と伊豆箱根鉄道の譲渡車両の現状から見ていこう。

 

近江鉄道は西武鉄道のグループ会社ということもあり、古くから西武の譲渡車両を多く使ってきた。現在、すべてが元西武の車両である。

 

なかでも主力として活躍するのが800系と820系。元は西武の401系だった。401系は高度成長期、デザインよりも、車両数を増やすことに専念した西武鉄道らしく、凝らずに正面を平坦にしたデザインが特徴となっている。

 

近江鉄道へ移ってからは、正面がそのままの車両は820系に、独自の3枚窓に改造された車両が800系となった。820系のほうが、西武の元401系の姿を色濃く残しているものの、車体の四隅のスソ部分が当時の車両運行上の問題からカットされているところが西武当時とは異なっている。401系が西武で生まれたのは1964(昭和39)年のこと。1991(平成3)年から1997(平成9)に近江鉄道にやってきてすでに四半世紀と、かなり年季が入った電車となっている。

↑八日市駅に停車中の800系3編成。近江鉄道に来て正面を3枚窓に改造された車両形式だ。車両ごとにラッピングが異なりカラフルだ

 

◆近江鉄道(滋賀県)100形

次は近江鉄道の100形。元は西武鉄道の新101系もしくは301系を改造した電車である。西武の新101系、301系は、西武鉄道の車両のなかでは長寿車両で、現在も多摩湖線や西武多摩川線などを走り続けている。

 

↑元西武の新101系・301系を改造した近江鉄道100形。水色に白いラインというシンプルな姿で近江の路線を走っている

 

さらに各社へ譲渡される車両数が多く、今も各地で活躍している。全長20mと長めながら片側3扉車で、部品類に事欠かず、地方の鉄道会社として使い勝手が良い電車となっている。100形は2両×5編成と編成数も多く、同社の主力車両として沿線で出会う機会が多い。

 

◆近江鉄道(滋賀県)900形

100形と同じく西武の新101系がベースで、100形よりも半年ばかり早く2013年6月に登場した。2両×1編成のみが900形に改造され、当初はダークブルーの淡海号として走り始めた。その後に、虹たび号、あかね号と愛称を変更、塗装もそのつど変更されている。

↑あかね号塗装に変更された900形。ほぼ同形の100形とは優先席をクロスシートに、塗装を変えるなどの違いがある

 

◆近江鉄道(滋賀県)300形

2020年8月から走り始めたのが300形。こちらは元西武の3000系である。3000系は西武池袋線系統で初の省エネルギータイプの車両として1983(昭和58)年から1987(昭和62)年にかけて導入された。その後、2010年代に入り、混雑緩和を図るため西武池袋線や西武新宿線といった本線用の車両の4ドア化が進められ、他車両よりも早めの2014年に西武を引退している。そして一部が近江鉄道に譲渡され、長年、高宮駅の構内に停められていた。その車両がこのほど改造され、300形として“新車デビュー”した。

 

姿形は新101系と似た正面のガラス窓が2枚だ。だが、3000系は同じ2枚窓でも中央にある柱部分の出っ張りが無く、窓周辺と同じ濃い色に塗られていること。そのため柱部分が目立たなくなっている。また近江鉄道初の界磁チョッパ制御方式が使われている。

 

近江300形の車体色は濃い水色一色で100形と似ているが、正面の2枚窓部分の全体がブラックとなり、より引き締まった顔立ちとなっている。

 

【注目の譲渡車両②】元西武電車がほとんど走らない伊豆箱根鉄道

◆伊豆箱根鉄道駿豆線(静岡県)1300系

↑伊豆箱根鉄道1300系「イエローパラダイストレイン」。西武の新101系が登場時のリバイバルカラーで伊豆半島を走る

 

伊豆箱根鉄道は西武鉄道のグループ会社だが、自社発注の電車が多い。神奈川県内を走る大雄山線は全長18mのオリジナル車両5000系のみ。一方の静岡県内を走る駿豆線(すんずせん)は、主力の3000系と、7000系は自社発注の電車となっている。

 

そんな中で、唯一の西武鉄道の譲渡車両が駿豆線の1300系だ。1989(平成元)年から走っていた1100系(元西武701系)が老朽化しつつあったことから、後継車両として西武新101系を譲り受け、2008(平成20)年に改造されて1300系となった。

 

現在、走るのは3両×2編成で色がそれぞれ異なる。1編成は白地にブルーの帯、もう1編成は「イエローパラダイストレイン」と名付けられた西武当時のリバイバルカラー電車だ。「イエローパラダイストレイン」はイベントなどで使われることも多く、元西武電車そのままの姿ということもあり人気が高い。

 

ちなみに西武鉄道に残る新101系の249編成は、伊豆箱根鉄道の1300系と同じ白地に青い帯に塗り替えられた。また251系編成は近江鉄道の100形と同色に塗り替えられ、多摩湖線や西武多摩川線を走る。グループ会社3社の、それぞれのカラーが西武鉄道に勢揃いしているというのもおもしろい。

 

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【注目の譲渡車両③】元の面影をしっかりと残す三岐鉄道の電車

三重県の近鉄富田駅(きんてつとみだえき)〜西藤原駅間を走る三岐鉄道三岐線。走る電車はすべてが西武鉄道の譲渡車両でまとめられている。車体の色も黄色がメインで、下部がオレンジと塗り分けられる。黄色い電車のイメージが強く、かつて黄色が電車の大半を占めていた西武の沿線を訪れたような懐かしさが感じられる。余談ながら筆者は西武沿線で育ったこともあり、この三岐線沿線を訪れるたびに、幼き日に戻ったようなうれしさを感じてしまうのである。

 

そんな三岐鉄道の元西武電車のラインナップを紹介しよう。

 

◆三岐鉄道三岐線(三重県)101系

↑元西武の401系は三岐鉄道では101系となった。前照灯が大きくなっているものの、西武時代の401系の面影をほぼ残している

 

正面が平たい姿の三岐鉄道101系。元は西武の401系だ。401系が登場した当時、国鉄の101系、103系といった、正面が平坦な通勤電車が多かった。とはいえ国鉄101系が、平坦な顔立ちとはいうものの、運転席の窓部分に窪みを付けアクセントにしている。対して西武401系の正面デザインは全面平らである。この極端なシンプルさが特徴だった。

 

三岐鉄道に移り101系となったが、前照灯などが大きく変った以外には改造箇所は目立たず、それだけ西武の401系のオリジナルな姿を良く留めていて興味深い。

 

◆三岐鉄道三岐線(三重県)801系

↑三岐鉄道の801系は元西武701系。写真の805編成は2年ほど前から車両全体をレモンイエロー塗装に変更され走る

 

↑三岐801系の803編成は、昨年に西武時代当時の塗装に変更された。701系の登場したころの“赤電塗装”で一際レトロ感が増している

 

401系とともに三岐線の主力として走るのが801系である。西武鉄道では701系だった。西武701系は1963(昭和38)年に登場した電車で、401系のように淡泊な姿ではなく、当時、流行していた湘南スタイルを踏襲、その後の101系、3000系まで続くいわば “西武顔”の電車だった。デザインは少し凝ったものの、電車にあまりお金を投資しなかった当時の西武の思想が見える。登場当時の前後の先頭車両には、国鉄払下げ品の台車を使うなど、乗り心地が決して良い電車とは言えなかった。

 

三岐鉄道には平成に入った1989(平成元)年から1997(平成9)年にかけて計16両が譲渡された。3両編成化、台車を変更されるなど改造され、今も走り続けている。さらに近年には黄色とオレンジの三岐塗装の車両のほかに、805編成はレモンイエロー一色、803編成赤(ラズベリーレッド)と窓回りがベージュ(トニーベージュ)に塗り分けられている。後者は“赤電”塗装と呼ばれ、西武701系が登場したころの懐かしいカラーが復活したこともあり、人気となっている。

 

◆三岐鉄道三岐線(三重県)751系・851系

↑西武鉄道の新101系が譲渡され三岐751系となった。正面とともに屋根上の雨どい部分などの形が801系と異なっている

 

三岐線には751系と851系という形式の異なる電車が走っている。西武鉄道の新101系が譲渡され3両×1編成の751系となった。三岐線では最も新しい電車だが、それでも1979(昭和54)年製造とかなり年期が入っている。ちなみに三岐鉄道の車両は、西武鉄道がかつて自社車両を製造していた西武所沢工場製がほとんどだが、この751系は東急車輌製造で製作された電車だ。

 

ほか三岐鉄道には851系という電車も走っている。この851系は、元西武の701系で、三岐801系とは機器や台車が異なることもあり851系とされ、1995(平成7)年から走り始めた。その後の2012(平成24)年に先頭車両が事故にあい廃車となったことで、先頭車のみ元西武の新101系の改造車両を連結して走る。そのため前後の姿、また屋根の雨どい部分の形や高さが異なるなど、ちょっと不思議な姿の編成となっている。

 

とはいえ、西武ファンにとっては、まるで“宝箱”のような三岐線。車庫は沿線の保々駅(ほぼえき)に隣接していて、車庫の横を通る道沿いから停まる電車が良く見える。古い元西武電車との触れ合いを求めこの駅に訪れるファンも多い。

 

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【注目の譲渡車両④】すっかり模様替えして走る流鉄の元西武電車

◆流鉄流山線(千葉県)5000形

↑濃淡ピンク色に塗られた流鉄の「さくら」編成。流鉄では5編成すべてが色違いで、それぞれ愛称が付けられている

千葉県の馬橋駅と流山駅間を結ぶ流鉄流山線。5.7kmの短い路線である。短いがすでに100年以上の歴史を持つ老舗路線でもある。そんな流鉄を走るのは全車が元西武の新101系で、流鉄では5000形として走る。ワンマン運転、そして2両運転が可能なように西武の武蔵丘車両検修場で改造され、2009年〜2013年にかけて入線した。

 

現在、走るのは5編成。それぞれ「さくら」「流星」「あかぎ」「若葉」「なの花」という愛称が付けられ、名前に相応しい車体カラーで走る。

 

流鉄は5000形が走る前までは、元西武101系を改造した3000形が在籍していた。101系と言っても今も各地を走る新101系ではなく、701系などと正面の姿が同じ旧101系に分けられるタイプで、この車両が譲渡されたのは流鉄のみだった。こうした珍しい車両が走っていたが、残念ながら2010年に引退している。

 

さらに前をたどると2000形が2009年まで走っていた。こちらは西武701系・801系の改造車両である。その前は、1200形・1300形が2001年まで走った。こちらは元西武551系で、西武では初の両開き扉を用いた車両編成だった。

 

流鉄は1979年にこの1200形・1300形を導入したことにより、電車の近代化を果たした。以降、西武一筋なわけだ。西武鉄道との資本面での関係はないが、不思議な縁を感じる鉄道会社である。

↑終点の流山駅に停まる5000形。右下が流鉄の電車近代化に役立った1200形・1300形。愛称の「あかぎ」は現在の5000形にも受け継がれる

 

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【注目の譲渡車両⑤】ラッピングが楽しい上信電鉄の元101系電車

◆上信電鉄(群馬県)500形

↑上信電鉄500形の第1編成は「ぐんまちゃん列車」のラッピング。かわいらしい姿で子どもたちに人気の電車となっている

 

↑500形第2編成は地元企業「マンナンライフ」のラッピング電車。こちらもなかなか個性的な姿でおもしろい

 

群馬県の高崎駅と下仁田駅を結ぶ上信電鉄。今でこそJR東日本の107系が大量に引き取られて主力となっているが、その前まで上信電鉄では同社が新造した電車と、元西武電車のみだった。元西武451系、601系を改造した100形、さらに西武401系、701系、801系をそれぞれ改造した150形と、いろいろ入り交じり賑やかだった。

 

現在、残る元西武電車は500形のみで2両×2編成が走る。西武時代は新101系だった電車で、改造された上で、2005年から上信電鉄を走っている。当初はクリーム地に緑のラインという淡泊な姿だったが、その後にラッピング電車となり、第1編成が群馬県のPR車両「ぐんまちゃん列車」、第2編成は沿線に本社があるこんにゃくゼリーを販売する企業のラッピング電車となっている。

 

今も全国の鉄道会社を走る新101系だが、こうしたラッピング電車も現代の地方私鉄らしく、興味深い姿である。

 

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【注目の譲渡車両⑥】改造されて秩父路を有料急行として走る

西武鉄道の101系は西武秩父線の開業に合わせて導入された。25パーミルという勾配区間がある山岳路線を走りきる性能を持った電車が必要になったためだった。101系は秩父路に縁がある車両だったわけである。

 

そんな101系の後期車、新101系が改造され、秩父鉄道に譲渡され6000系として走る。新101系は全国の複数の鉄道会社で使われているが、この秩父鉄道の6000系は最も姿を変えた編成と言って良いだろう。

 

◆秩父鉄道(埼玉県)6000系

↑秩父路を走る6000系。3ドアが2ドアに改造された。中間部のみ大きなガラス窓となっていて改造されたことが良く分かる

 

秩父鉄道では現在、3両×3編成の6000系が走る。新101系は側面3扉車両だが、この6000系は中間のドアを取り外して2扉とした。中間部のみ大きなガラス窓となっているため、改造したことが良くわかる。前照灯の場所と形も変え、正面中央にLED表示器を装着している。

 

さらにロングシートの座席をクロスシートに付け替えた。色は白地ベースに窓部分などを薄めのブルーに塗装された。さらに3編成のうち1編成は、古い秩父鉄道の電車を模したリバイバルカラーとなっている。

 

この6000系以外の秩父鉄道の車両はすべてロングシートである。6000系が唯一のクロスシート車両というその機能を活かして、有料の急行列車として使われている。ちなみに秩父鉄道には西武秩父線から4000系という電車も乗り入れている。新旧の西武電車が他社線に秩父鉄道で出会い、さらに元東急や元都営三田線の電車まで行き違い、なかなか賑やかだ。

 

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【注目の譲渡車両⑦】今も富山平野を走り続ける初代レッドアロー

◆富山地方鉄道(富山県)16010形

↑富山地方鉄道の16010形第2編成。特急アルプス号としても利用されている。特急の乗車には特急料金(2号車のみ+座席指定券)が必要に

 

西武鉄道の特急形電車といえば、現在は001系ラビューに、10000系ニューレッドアローが西武池袋線系統、そして西武新宿線を走る。その前に走っていたのが西武5000系である。5000系は1969年に西武初の有料特急用に造られた電車で、鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞している。余談ながら半世紀後に誕生した001系ラビューもブルーリボン賞を獲得した。5000系は斬新なスタイルで話題になったラビューが生まれるちょうど半世紀前に誕生した名車だったわけである。

 

そんな西武生まれの名車が今も日本海側を走っている。富山県内に複数の路線を持つ富山地方鉄道。5000系が2005年、2006年に富山へ移籍、改造され16010形となった。現在は3両×2編成が活躍、うち第2編成は2011(平成23)年に水戸岡鋭治氏がデザインし、リニューアル改造が行われた。そして、観光列車「アルプスエキスプレス」として走る。リメイクされたものの、元の姿を色濃く残している。

 

【注目の譲渡車両⑧】SL列車の補佐役として走る元西武の機関車

◆大井川鐵道(静岡県)E31形

↑きれいにメンテナンスされたE34形。古参の機関車に代わってSL列車の補助役やELイベント列車の牽引などに利用されている

 

最後は元西武生まれの電気機関車である。西武鉄道では1996年に貨物輸送が廃止となるまで、多くの電気機関車が在籍していた。特にセメント関連輸送が盛んに行われていたことから、私鉄最大のE851形といった電気機関車を新造され使われていた。電気機関車の創世記の時代に造られた欧米生まれの車両も多く保有していたが、保存車両として残る一部をのぞき、廃車となっている。

 

元西武の電気機関車の中で珍しい存在だったのがE31形。1986(昭和61)年、87年に自社の所沢車両工場で4両が造られた。戦前生まれ、欧米から輸入された古典的な電気機関車に代わる役割を持つ電気機関車として造られたのだが、製造後10年もしないうちに貨物輸送が終了してしまう。その後は工事列車や新車の牽引などで使われたが、その機能が充分に生かす場が消えたこともあり、2010年に引退となった。

 

引退した年にE31形の3両を引き取ったのが静岡県を走る大井川鐵道だった。長らく新金谷駅や千頭駅構内に停められていたが、2017年にクリーム色に朱色の3本ラインが入る西武当時の姿で復活した。現在は、SL列車の補機や、EL牽引のイベント列車などに使われている。何より重連統括制御による運転が可能とあって、鉄道ファンからはなかなかの人気となっている。

 

こうした譲渡車両も、それぞれの歴史をひも解くとおもしろい。何よりも、譲渡された会社で大事に使われている姿を見ると、鉄道ファンにとっては何ともうれしく感じられるものである。

ケンウッド初の360°ドラレコ「DRV-C750」(プロト版)をレビュー! あおり運転対策に使えるか?

社会問題化している“あおり運転”。そんな不安に答えてくれるとして人気急上昇中なのが「360°撮影対応型」ドラレコです。このタイプのドラレコは既に各社から登場していますが、ケンウッドも満を持してついに「DRV-C750」で初参入。8月下旬に発売することになりました。今回はそのプロトタイプのインプレッションレポートをお届けします。

↑ケンウッド初の360°撮影対応ドラレコ「DRV-C750」、実売想定価格4万3010円(税込)。ガラス面に密着させて取り付けるため、走行中のブレもほとんど発生しない

 

運転中、駐車中、クルマのまわり前後左右360°見守ります

360°撮影対応ドラレコは、超広角レンズを下向きにセットすることで、一台で前方・左右に加え、車室内から後方の録画が可能。そのため、併走車による幅寄せをはじめ、万一発生してしまった車内でのトラブルに対しても映像で捉えることができるのです。まさに昨今のあおり運転対策として、活用価値が一気に高まっているのがこのタイプのドラレコと言えるでしょう。

 

とはいえ、念頭に置くべき注意点もあります。1枚のセンサーですべての撮影領域をカバーするため、一部分を切り出すと当然ながら粗い画像となります。ケンウッドが発売するDRV-C750はこうした弱点を、同社が培ってきた映像技術で克服。360°撮影をしても十分な解像度と画質を確保できるドラレコとしているのです。

↑DRV-C750の本体サイズは、W74mm×H86.1mm×D32mm。画面はモニター上で2分割表示した状態。右側には本体右サイドにあるスイッチに対応したアイコンが表示される

 

テストでは、DRV-C750を運転席側に取り付けることにしました。なぜかと言うと、一般的にドラレコは視界を妨げないようルームミラー裏側に取り付けることが多いのですが、360°撮影対応であれば運転席の様子も捉えられるようにしないと意味がないからです。ただ、車両によってはルームミラーなどが邪魔になってしまう可能性もあり、少なくともその辺りを考慮して、前方向と左右はきちんと撮影範囲に収まるよう、取り付けることに気をつけたいですね。

 

車両に取り付けたDRV-C750本体は、360°撮影対応ドラレコという割にかなりコンパクト。取り付けるアタッチメントが本体をガラス面に直付けするような格好となっており、これが全体をコンパクトに見せるのに効果を発揮しているのでしょう。さらにこのスタイルだと走行中のブレも抑えられますから、ダブルでメリットをもたらしていると言えます。

 

本体は2.4型モニターを備えた一体型で、カメラ部は本体下に水平360°を撮影する専用カメラを装備。撮影モードは360°を一画面に映し出す「ラウンドモード」のほか、前方から左右を低歪率で再現する「パノラマモード」、クルマの前後を上下2分割の「前後2分割」、クルマの前後左右を4分割する「前後左右4分割(マルチアングル)」の4モードです。どの表示がベストなのか迷うところですが、個人的には通常は前後2分割モードにしておき、必要に応じて「PinP(Picture in Picture)」でリアカメラを挿入するのがベストな使い方のように思えました。

↑ラウンドモードでは周囲を1枚の映像で表現できる

 

↑パノラマモードでは前方向と左右、車内を捉えられる

 

↑2分割モードでは前方向をパノラマで撮影し、車内と左右+後方を捉える

 

↑4分割モードでは前方向と車内、左方向/右後方の映像を分割表示する

 

このモニター上の表示、各モードは本体右サイドにあるスイッチで切り替えられますが、記録そのものはメニューで設定した録画モードが反映されます。ただ発売までにリリースされる専用アプリを使えば、パソコン上で各モードに切り替えが可能ということです。

↑DRV-C750のメインメニュー。全部で2ページしかなく、階層も浅いので分かりやすい

 

各設定は右サイドに並んだスイッチによって行います。メニューはケンウッドらしい分かりやすい構成となっており、階層も深くないので各種設定で迷うことは少ないと思います。静止画撮影ボタンや手動撮影(イベント撮影)ボタンも右側面にあり、思いついたときにすぐに押せるのは使いやすかったですね。またデフォルトでは、ディスプレイがONになると設定したモードで撮影した映像がモニターされますが、設定をOFFにすることも可能です。

↑DRV-C750の操作スイッチがある右側面。上からメニュー(電源は長押し)/画面切替/静止画撮影/手動イベント録画の各スイッチ

 

撮影した映像は「DRV-C750」だけでなく、パソコンのWindows Media Playerでも撮影したモードで再生できます。パソコン上で再生してみると、その画質の良さに驚かされました。とにかくその映像が自然なのです。正確には鮮明さという観点では前後2カメラのドラレコよりは劣ります。しかし、発色もきちんとしており、メリハリもあって目で見た雰囲気とそれほど変わらずに再現できていたのです。

↑パノラマモード表示中に手動でイベント記録。スイッチを押した5秒前とその後15秒間の映像を上書きされないフォルダに保存される

 

360°撮影対応ドラレコらしく、前方だけでなく左右もしっかりと捉え、車内は多少暗くなっても十分な明るさで映し出していました。解像度も先行車が遠く離れていなければナンバーもしっかりと視認できるレベル。ただ、この状態では後方の様子はほぼ確認することはできません。そこで、本機では別売りでリアカメラ「CMOS-DR750」を用意しました。

↑別売りのリアカメラ「CMOS-DR750」、実売想定価格1万1440円(税込)。リアガラスのスモーク処理に対応する「スモーク・シースルー」機能を備えた

 

このカメラは、リアガラスのスモーク処理に対応する「スモーク・シースルー」機能を備えており、このカメラを組み合わせることで、後方から左右に回ってくる車両の動きまでもつぶさに撮影できるようになるのです。カメラとしても低ノイズであることで、テストの結果、夜間であってもクリアに後方を撮影できていることが確認できました。

↑リアカメラCMOS-DR750でスモークガラス越しに撮影

※写真はナンバー部に一部加工しております。

 

テストにお借りした機材はプロトタイプであるため、「画質や機能面で不安定さがあるかもしれない」という条件が付いていました。しかし、トラブルはほとんどなく、何よりもこの画質の良さに360°撮影対応ドラレコに対する見方が大きく変わったというのが正直な感想。DRV-C750は“あおり運転”対策というだけでなく、日々の思い出を記録するドラレコとしてもドライブをしっかりとサポートしてくれることでしょう。

 

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新施設「ニッサン パビリオン」は楽しい? 5つの「近未来」を解説

日産自動車は、10月23日まで、同社が描く未来のモビリティ社会をインタラクティブに体感できる、体験型エンターテインメント施設「ニッサン パビリオン」を期間限定で、横浜みなとみらい21地区にオープン。夏休みに子どもと行くには持ってこいの遊び場だろうと思い、乗り物担当編集部員・野田が行ってきました。

 

日産が描く近未来の暮らしを体感

ニッサン パビリオンでは、日産自動車の電動化・自動運転化など、「ニッサン インテリジェント モビリティ」が描く未来のモビリティ社会を、さまざまな体験コンテンツを通じて来場者に届けるスポット。

 

コンセプトは「人間の可能性を拡張する」で、技術のイノベーションを通じて日産が描く近未来の暮らしを、「エンターテインメント」「アート」「メディア」など各種コンテンツ、インスタレーション制作で活躍するクリエイターの視点や解釈により具現化しています。ニッサン パビリオン内の5つのコンテンツを簡単に紹介します。

↑敷地面積は約1万メートル。幅広い中庭には、リーフやアイスクリーム移動販売車のコンセプトカー(e-NV200)、GT-Rなどが並びます

 

【その1】日産 アリア展示・乗車体験

パビリオン内に入ると、まず目に入るのが7月15日に披露した、新型クロスオーバーEV「アリア」。事前予約制ですが、アリアに乗って敷地内の専用路を同乗体験をすることもできます。

↑アリアのボディサイズは全長4595mm、全幅1850mm、全高1655mm

 

↑アリアの横に透明のパネルが置かれた「ARIYA Virtual Display」。ジェスチャーで操作することで、アリアに搭載された技術を確認することができます

 

【その2】THE THEATER

「ザ シアター」は、幅32m×高さ6mの4Kプロジェクション大型スクリーンと、ソニーのハプティクス技術(触覚提示技術)による振動する床などを活用し、迫力の空間でクルマの先進技術を感じられるエンターテイメントショーです。

 

実際に日産 アリアが劇場内に入ってきて、実車と映像がリンクする「ARIYA SHOW(アリア ショー)」。100%電動フォーミュラーカーに乗って、レースさながらに世界の都市を駆け巡るバーチャルライドアクション「FOMULA E THE RIDE(フォーミュラ E ザ ライド)」。見えないものを可視化する日産の新技術I2Vを駆使し、大阪なおみ選手の200km/hのサーブを打ち返し、ラリーを繰り広げる「NAOMI BEATS(ナオミ ビーツ)」といった、3つの最新のエンタメが楽しめます。

↑アリアショーは、まるで本当に街を走り抜けているような臨場感がありました

 

↑フォーミュラ E ザ ライドは手元にあるコントローラーでコースを選択でき、床も振動したりと、大迫力のレースゲームを体感できます

 

↑ナオミ ビーツは事前予約制ですが、お客さんもゲームに参加できます。見ているだけでも、プレイヤーたちの楽しさが伝わってきました

 

【その3】THE LIFE

THE LIFEコーナーでは家族や恋人をテーマに、「プロパイロット」をはじめとした先進運転支援技術が可能にする未来を描いた2本のショートムービーを上映。そのうちの1本は、大ヒットアニメ「君の名は。」をはじめ多くの新海誠監督作品を手掛けたプロデューサー・伊藤耕一郎氏による「コネクテッド・ファミリー」。約6分半のアニメです。

↑クルマがつなぐ未来の家族物語。上映中、ストーリーの展開に合わせて、照明の色が変化します

 

【その4】THE CITY

THE CITYコーナーでは日産自動車が目指す、交通事故のない社会。そして、クルマに乗っている時も乗っていない時も、クルマと街がより便利につながる社会。その両方の実現に必要なセンシング技術や、クルマからエネルギーや情報が行き渡る様子をモチーフにしたアート空間を体験できます。ビジュアルデザインスタジオWOWがデジタルインスタレーション作品に仕上げました。

↑衝突を回避する「センシング技術」を、特殊なレーザーで擬似体験できます。人が通るとレーザーが自然と避けていきました

 

【その5】 NISSAN CHAYA CAFE

最後に紹介するのは、日産が目指すエネルギーのエコシステム「Nissan Energy(ニッサン エナジー)」を導入した「NISSAN CHAYA CAFE(ニッサン チャヤ カフェ)」。カフェ内では、運転支援技術「プロパイロット」を応用した無人給仕ロボット「プロパイロットウエイター」が料理を運んでくれます。

 

さらに、パナソニックと共同開発した、お皿のICチップに反応してカロリーなどエネルギー情報がアニメーションでテーブル天板に流れる「インタラクティブテーブル」など。食事だけでなく目でも楽しめるハイテク体験でお客さんをおもてなしします。

↑水耕栽培で育った野菜や日産ビールなど、オリジナルメニューを用意。さらに日産ロゴをあしらったオリジナルグッズも販売しています

 

↑無骨な見た目のプロパイロットウエイター。withコロナの現代社会では、非接触のありがたみもあります

 

↑食事のカロリーを電力に変換して表示してくれるインタラクティブテーブル。テーブルに置くだけでスマホを充電できるワイヤレス充電機能も備えています

 

またパビリオンでは、カフェの屋根に設置された太陽光パネルで発電した再生可能エネルギーを「リーフ」に蓄電し、そのリーフに溜めた電力をカフェの一部の電力として使用しています。

↑リーフのリユースバッテリーも活用することで、安定的な電力供給を可能にしています

 

ニッサン パビリオンは見て、感じて、ワクワクする、子どもから大人まで幅広いお客さんが楽しめる施設でした。昨年の「東京モーターショー2019」では、トヨタがモビリティメーカーだというメッセージが感じ取れました。対して日産は、この施設で先進技術からアプローチし、未来の人々の暮らしを豊かにするメーカーへと変化していくという意気込みなのでしょう。しかし、この施設が期間限定なんて勿体ないですよ日産!

住所:220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい6-2-1
オープン期間:2020年8月1日〜10月23日
営業時間:平日11:00~19:00、土日祝10:00〜19:00
料金:無料
休館日:不定期

 

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ヤマハの最高峰e-bikeがもうすぐ発売! フルサス仕様のe-MTB「YPJ-MT Pro」の詳細は?

7月29日、ヤマハ発動機がスポーツ電動アシスト自転車(e-bike)であるYPJシリーズのフラッグシップモデルとして「YPJ-MT Pro」を追加するとオンライン説明会で発表。その気になる全貌を発売前にレポートしたいと思います。

↑「YPJ-MT Pro」は、ユニークなツインチューブデザインを持つアルミフレームに前後サスペンションを装備。タイヤサイズはMTBの主流となる27.5インチ

 

刺激的なハイエンドモデルにヤマハ魂てんこ盛りです

世界初の電動アシスト自転車「PAS」でお馴染のヤマハですが、実用車とは違った“趣味”の領域を満たすe-bike(スポーツ電動アシスト自転車)にも力を入れ、同社のYPJと呼ばれるシリーズは大きな注目を集めています。このYPJシリーズには電動アシストを備えたロードバイクとMTBをラインナップ。今回の発表会ではe-MTBの最高峰モデルとなる「YPJ-MT Pro」を追加。9月25日より販売が開始されます。

↑フレームサイズはS、M、Lの3サイズを用意。変速機はフロントがシングル、リアに11速のカセット備えた外装式。ブレーキには泥濘や雨天でも高い制動力を発揮する前後ディスクブレーキを採用する

 

↑前後に優れた制動力を発揮する油圧式のディスクブレーキを装備。フロントサスペンションは路面環境に合わせて減衰力を調正することが可能。トラベル量は160mmと余裕のストロークを誇る

 

YPJ-MT Proは「Fun and Exciting unusual experience〜楽しくて刺激的な非日常体験〜」をコンセプトに、乗りこなす楽しさ、MTBに特化したアシスト性能、ユニークデザインをポイントに開発。

 

軽量・高剛性を誇るデュアルツインフレームは、重量物となるバッテリーを搭載した状態でも最適なバランスを発揮する構造となり、前後サスペンション(フロントサスペンションストローク量:160mm/リアホイールトラベル量:150mm)は舗装路だけでなく悪路での路面追従性を考慮したレイアウトが与えられています。

↑トップチューブは個性的なツインデザインとなり、バッテリーをダウンチューブにビルドインすることで精悍さとスポーティさを演出。コンパクトで高性能なリチウムイオンバッテリーの容量は36V13.1Ahで、一充電で最大197kmを走破

 

また、心臓部であるアシストモーターはヤマハが独自に開発したコンパクトな「PW-X2」を搭載。パワフルでシャープなペダリングレスポンスを維持しながら、より高いケイデンス(クランク回転数)に対応します。アシストモードは7モードから選択でき、YPJ-XCでも好評を得ていた「EXPW(エクストラパワー)モード」を搭載。変化する路面でのペダリングにも素早く反応し、最適なパワーアシストでサポートしてくれるのは嬉しい限り。

↑コンパクトでパワフルな電動モーターユニット「PW-X2」。スポーツライディングに最適なハイケイデンスにも対応し、7種類のアシストモードで走る環境に合わせてセレクトできる。新たに「オートマチックアシストモード」を搭載

 

さらに「ECOモード」~「HIGHモード」までのアシストモードを車両側が自動的に選択してくれる「オートマチックアシストモード」を新追加。走行状態に応じてライダーの要求にシンクロし、ハンドリングやペダリングに集中することができます。

 

搭載バッテリーは36V/13.1Ahとなり、充電時間は約3.5時間。航行距離はEXPWモードで73km、+ECOモードで197kmという驚異的なスタミナを発揮してくれるのは大きなアドバンテージになるはず。アップダウンが激しく低速域で使用するe-MTBでは、アシスト時間の長さは大きな魅力になることは間違いありません。

↑ステムのサイドにはバッテリー残量、速度、消費カロリー、ペダリングパワー(W)など数多くの情報を表示する液晶ディスプレイ「コンパクトマルチファンクションメーター」を装備する

 

カラーリングはヤマハのレーシングカラーでもあるポディウムブルー/ニッケルとなり、同社の人気オフロードモーターサイクル「YZ」からインスパイアされたもの。ヤマハ・レーシングカラーとのリレーションは精悍さと力強さ、そしてブランドが持つレーシーな印象となり「YPJ-MT Proはタダモノデハナイ…」と思わせる絶妙なパッケージングは絶品です。

↑YPJシリーズのフラッグシップとして9月25日から販売が開始されるYPJ MT-Pro。気になる価格は66万円(税込)に設定されている

 

コロナ禍の影響で密を避けることが求められる昨今。ひとりで楽しめて環境にも優しいe-bikeが、さらなる注目を集めることは間違いありません。66万円という車両価格的は安くはないものの、大人の趣味の相棒として「YPJ-MT Pro」と週末を過ごす幸福感を味わってみませんか?

 

【SPECIFICATION】

フレームサイズ:S(全長×全幅×サドル高:1885×790×835~1050mm)/M(全長×全幅×サドル高:1935×790×845~1095mm)/L(全長×全幅×サドル高:1980×790×855~1105mm)●タイヤサイズ:27.5×2.8 ●車両重量:S(23.8kg)M(24.1kg)L(24.2kg)●航行距離:EXPWモード(73km)/HIGHモード(79km)/STDモード(96km)/ECOモード(133km)/+ECOモード(197km)/Automatic Assistモード(87km)●変速方式:外装11段(シマノDEORE XT)●バッテリー:リチウムイオンバッテリー(36V13.1Ah)●充電時間:約3.5時間

 

 

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モンベルの「電動アシMTB」? どれぐらい凄いのか、オンオフ路を駆け回った

「モンベル」は本格的なキャンプ・登山用品を加え、タウンカジュアルとしても評価の高い機能的なウェアをラインナップする、日本生まれのアウトドアブランドです。同ブランドが経験と実績を詰め込んだ電動アシスト付きMTB「シャイデックMT-E」をリリース 。話題のモデルを借り出し、本稿では心行くまで走り回ってみました!

 

見て、このゴツいスタイリング! これだけでワクワクしてきません?

↑アスファルト路面では極太のブロックタイヤのパターンノイズを発するが、それほど気になるレベルではない。1充電で140km(エコモード)を走る実力は日常生活においてもシティコミューターとしても活躍してくれる

 

今回のモデルは2014年からオリジナルのバイクブランドとして立ち上げた「シャイデック」のラインナップのひとつで、アップダウンの激しいアウトドアシーンで活躍するモデルとして注目を集めています。

↑2020年のニューカマーとしてシャイデックシリーズに加わった「MT-E」は、シマノ製のアシストモーターを搭載した電動アシストMTB。27.5インチの極太タイヤと個性的なフレームワークが迫力を醸し出す

 

MT-Eは、シャイデックシリーズのMTB「MT-A」にアシスト機能をプラスしたことで、より快適なトレイル性能を楽しめるモデルです。バッテリーと絶妙な融合を見せるアルミ製のフレームと130mmのストローク量を持つフロントサスペンションを備え、アシストモーターには実績のあるシマノ製「STePS E8080」を採用。バッテリーは36V/14Ahの大容量となり、エコモードでは最大140kmの距離を走ることができます。

↑SR サンツアー製のフロントショック。130mmのトラベル量を持ち、整地路ではストロークをロックすることでペダリングのパワーロスを抑えることも可能。剛性感の高さも乗り心地の良さに貢献

 

↑アシストの源となるドライブユニットはシマノSTePS E8080

 

↑シマノ製のアシストモーターを支える大容量のバッテリー。フレームと絶妙なマッチングを見せ、スタイルと融合している。脱着は左サイドのロックキーで解除できる。本体下部にはケーブルを接続することも可能

 

アシストの切り替えはハンドルバーの左にあるスイッチで行い、専用のサイクルコンピューターにデータが表示されます。エコ、ノーマル、ハイの3モード切り替え表示とともに、速度、バッテリー残量、走行距離のほか、ケイデンス(クランクの回転数)までを網羅。走行中の情報が集約されます。サイクルコンピューターは脱着可能で、駐輪時の盗難を気にすることがないのはうれしい限り。

↑電動アシストの必要な情報だけでなくケイデンスまで表示する本格的なサイクルコンピューター。視認性も良く視線を大きく外さずに情報を認知できるのもうれしい。盗難防止に役立つ着脱式

 

悪路での走破性は豪快そのもの!

試乗へと連れ出したMT-Eの存在感は、素晴らしいのひと言。まず、目を惹くのがファットなタイヤ。フロントサスペンションを備えたフレームは太めのデザインですが、それに負けない27.5インチの2.80という極太のブロックタイヤは電動アシストを武器に荒れた大地をグリップします。

 

アスファルト路面ではパターンノイズが大きく感じるものの、泥濘や草地などのフィールドでは大きな味方になってくれます。また、アシストを上手に使うためにはギア選択も重要になりますが、シマノ製の11速ギアはワイドレシオな設定となり、軽いギアを使って勾配のきつい上り坂も軽々と走り抜くことができました。変速はハンドルバーの右手側で行い、グリップを握りながら親指と人差し指で行うタイプ。操作感も軽く荒れた路面でも戸惑うことはないはずです。

↑ハンドルバーの左にはモード切り替え、表示切り替えのスイッチ。モードの切り替えはスイッチを上下させることで操作できる

 

↑右側にはギアのチェンジレバー。変速のタイムラグが少なく素早いギアチェンジが可能。操作感も軽い

 

↑リアの11速カセットは11-46T。軽いギアが設定されているので急勾配でもケイデンスを上げて登坂することができる

 

フロントにはサンツアー製のサスペンションを備え、130mmのトラベル量は必要にして十分。整地された路面ではアブソーバーの上部に備わるロックをONにすれば、ペダリングのパワーが分散することもなく快適に走ることができます。電動アシストの印象はトルク重視の印象があり、低いギアで踏み込んで行くことでミューの低い路面でも安定した走りを楽しむことができました。基本的に日本での電動アシストバイクはアシスト速度が24km/hまでとなり、スピードを求めるロードバイクよりも低速での使用が中心となるMTBにはアシストモーターの恩恵は大きいでしょう。

 

今回の試乗では地面が柔らかい草地を選んでみましたが、トルクフルなアシストによりパワーをロスすることなく走り回ることができました。また、同モデルには前後共にディスクブレーキが装備され確実な制動力を実感。急勾配のダウンヒルでも姿勢を乱すことなくゆっくりと下ることができるのはアウトドアシーンでは重要なファクターでしょう。

↑ペダルを踏み込んだ時のトルク感が頼もしく、パワーロスが激しい柔らかな地面でもグイグイとアシストしてくれることで簡単に走破できる。バッテリーの容量が大きく、最もパワフルなハイモードで95kmを走れるのは、アウトドアで使用するMTBとして大きなアドバンテージになる

 

↑シマノ製のディスクブレーキを採用。通常のリムブレーキとは異なり、雨や汚れに強く高い制動力を発揮する。勾配の強いダウンヒルでも安心してライドできるのはうれしい限りだ

 

溢れるトルク感とそれを受け止めるブレーキ性能を合わせ持つモンベルのシャイデック MT-Eは、自転車メーカーとは異なる大地へのリスペクトが込められています。外遊びの達人が手掛けた電動アシストMTB……その実力を一度味わってもらいたいですね。

↑シャイデック MT-Eの価格は、40万7000円(税込)。カラーはブラックネイビーの1色展開

 

【SPECIFICATION】●フレーム素材:アルミニウム合金 ●フロントフォーク:SR SUNTOUR ZERON35 BOOST LO-R ●クランクセット:SHIMANO E8000 ●ブレーキ:SHIMANO DEORE(前180mm/後160mm) ●スプロケット:SHIMANO SLX 11-46T 11速 ●ホイール:WTB STPi40 ●タイヤ:MAXXIS REKON+ 650B×2.8 ●ドライブユニット:SHIMANO STePS E8080 ●バッテリー:SHIMANO E8010(36V/14Ah) ●充電時間:約5時間 ●重量:21.8kg

 

 

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乗れれば幸せ!? 車両数が少ないJRの「希少車」16選

〜〜さまざまな理由で誕生したJRの希少車〜〜

 

首都圏でオレンジ色の電車といえば中央線。“あれれ?”この電車、ふだん乗る電車と姿形が違う。このあまり見かけない珍しい電車は209系1000番台で、元は常磐線を走っていた。わけあって20両のみが中央線へやってきた。

 

今回はこうしたJRの「希少車」に注目した。調べてみると形式数は意外に多い。理由があって生まれた希少車。引退が取りざたされる車両も含まれる。そんなレアな車両に注目した。

*事業用車両および特急形車両・観光列車、機関車、また増備中の新型車両は除外しました。紹介した車両数は令和2年4月現在の情報です。

 

【関連記事】
今も各地で活躍する「譲渡車両」に迫る〈元JR電車の場合〉

 

【希少車に注目①】なぜ209系が中央線を走っているのか?

◆JR東日本209系1000番台 計20両(豊田車両センター)

↑中央線を走る209系1000番台。平日の朝などを中心に主力のE233系を手助けして走り続けている

 

中央線の通勤電車といえば車両のほとんどがE233系0番台。ところが朝を中心に見慣れない電車に出会うことがある。その電車が209系1000番台だ。現在、10両×2編成が走っている。

 

209系1000番台は1999(平成11)年、常磐緩行線用に造られた車両だった。常磐線では緑の帯を巻き、東京メトロ千代田線にも乗り入れた。地下鉄乗り入れ用ということで、正面に非常時用の貫通扉を設けているところが他の209系とは異なる。

 

すでに常磐線を走っていた209系1000番台は2018年10月に引退した。なぜその電車が中央線へやってきたのだろう。中央線を走るE233系はグリーン車2両を組み込み12両化する改造工事と、車内にトイレを付設する改造工事を進めている。改造工事のために工場に入ることが必要となり、そのために編成数が足りなくなる。 “応援部隊”が必要となった。その応援役として引退する予定だった209系1000番台に白羽の矢がたった。

 

中央線のグリーン車増結は当初の2020年度の予定から2023年度末に延びている。一方でE233系0番台の12年ぶりに増備がこの夏に行われた。209系1000番台はお役ごめんとなり、数年後には引退ということになりそうだ。

 

【希少車に注目②】2階建ての珍しい215系の気になる今後

◆JR東日本215系 計40両(国府津車両センター)

↑中央本線の繁忙期用臨時列車「ホリデー快速ビューやまなし」として走る215系。同車両の運用はますます減りつつある

 

215系は東海道貨物線を利用して走る「湘南ライナー」や「湘南新宿ライナー」といった着席サービスを提供するために造られた電車だ。10両編成の前後車両を除く車両のすべて2階建て。グリーン車を2両はさんで走る。1992(平成4)年から1993(平成5)年に4編成のみ製造された。40両という数字は多いものの、実質的にはあまり走っていない“珍しくなりつつある電車”、そして引退が予想される電車のため今回は取り上げた。

 

座席定員を増やすための2階建て仕様で、座席定員は普通車で最大120名となっている。215系は211系をベースにして造られたが、211系の座席定員が60名前後ということを考えれば、2階建て仕様が功を奏したと言えるだろう。ところが、バリアフリー化という時代の流れもあり、また215系と併用される185系の方が運用しやすいなどの理由があり、徐々に運用から外れていく。

 

現在は朝夕に走る湘南ライナーの一部列車と、多客期に運転される中央本線の「ホリデー快速ビューやまなし」といった列車に使われるのみ。日中は東海道線の茅ヶ崎駅などの留置線に停められている姿を見かけることが多い。

 

湘南ライナーの特急化などの話も出てきている。稼働率が低い215系は、湘南ライナーが消えるとともに、引退となりそうだ。JR東日本では希少となってきた形式名に「E」が付かない電車だけに、ちょっと残念でもある。

 

【希少車に注目③】仲間が他社へ移籍する中で残された4両

◆JR東日本E127系0番台 計4両(新潟車両センター)

↑吉田駅ホームに停車するE127系0番台。新潟県内の弥彦線などを走るわずか4両のみとなっている

 

新潟県内の普通列車には、長い間、急行形電車が利用されていた。ところが乗降口が前後2か所のため、朝夕のラッシュ時の乗降に時間がかかり不評だった。こうした古参車両に代わりに1995(平成7)年に登場したのが3扉仕様のE127系だった。計24両が造られ20年ほど新潟市と郊外を結ぶ列車を中心に活用されてきた。ところが今は4両のみしか残されていない。なぜだろう?

 

2015年に開業した第三セクター鉄道・えちごトキめき鉄道に2両×10編成が譲渡されたからである。2両×2編成のみがJR東日本に残され、同社内では希少車となった。またE129系という後継車両の増備が進んでいることもあり、追いやられるように弥彦線などを走るのみとなっている。

 

ちなみにE127系には1000番台もある。こちらは長野県内の路線用で、松本車両センターに配属、計24両が大糸線、篠ノ井線などの路線で活躍している。緑ベースの0番台と比べて、水色主体の車体、さらに正面の周囲にフチがあるデザインで、0番台とはかなり異なる“顔立ち”となっている。

【希少車に注目④】ハイブリッド化への礎を造った名車両

◆JR東日本キハE200形 計3両(小海線営業所)

↑小海線を走るキハE200形。車体横に誇らしく「HYBRID TRAIN」の文字が入る

 

日本の鉄道最高地点を走る小海線。高原を走るローカル線としても人気が高い。この路線を車体横に「HYBRID TRAIN」と大きな文字が入る少し目立つ気動車が走っている。この車両がキハE200形。2007年に3両のみが造られ小海線へ投入された。

 

キハE200形はディーゼルエンジンとともにリチウムイオン充電池を積み、蓄電池に貯めた電力を発車時に利用して走るハイブリッド式の気動車である。世界初の営業用ハイブリッド車両ということもあり、鉄道友の会のローレル賞を受賞している。ハイブリッド機構は標高が高く、勾配が急な小海線への投入で熟成化されていった。いわばハイブリッド式気動車の開発に大きく貢献したわけである。

 

ハイブリッド車両は今やJR東日本の複数の観光列車として、また幹線用の列車として多くが開発製造され、東日本各地で生かされている。希少車キハE200形の功績は大きい。

 

【希少車に注目⑤】新潟地区に投入され今は只見線の主力車両に

◆JR東日本キハE120形 計8両(郡山総合車両センター)

↑新潟地区を走ったころのキハE120形。2020年3月以降は黄緑色ベースの車体色に変更されて只見線を走り始めている

 

国鉄時代から引き継がれてきた気動車に代わるJR東日本の後継車両といえば、キハ100系、キハ110系。そして、2008年に新潟地区用に造られたのがキハE120形である。

 

先輩にあたるキハ100・110系との違いは車体にステンレス製軽量構体を利用していること。またスソ絞りの体型になったことだろう。このスタイルはその後に多く新造され各地で活躍するキハE130形に生かされている。

 

結局8両のみの導入となり長年、新潟駅を起点に磐越西線、米坂線、羽越本線などにキハ40系の後継車両として運用されてきた。2020年3月には新潟車両センターから郡山総合車両センターへ移動。ベース色もオレンジから黄緑に変更され、只見線の会津若松駅〜会津川口駅間を走り始めている。

 

【希少車に注目⑥】初の蓄電池駆動電車として烏山線を走る

◆JR東日本EV-E301系 計8両(小山車両センター)

↑非電化の烏山線を走る時にはパンタグラフを下げて蓄電池にためた電力で走る。電化区間ではパンタグラフを上げて走る(左下)

 

電化された区間では架線からパンタグラフで電気を取り込む。さらに非電化区間ではリチウムイオン電池に貯めた電力を利用して走る。EV-E301系は2014年に導入された日本初の営業用の、直流用一般形蓄電池駆動電車である。車両は2014年から2017年にかけて2両×4編成の計8両が造られている。

 

鉄道友の会からは2015年のローレル賞を受賞した。非電化路線用の今後の車両作りを具体化する電車として認められたわけである。車体の側面にはニックネーム「ACCUM(アキュム)」の文字が描かれている。

 

課題は現在の蓄電池の容量で走れる距離に限界があることだろう。烏山線が片道20.4kmの短い路線だから成り立つシステムでもある。終点の烏山駅には充電設備がありパンタグラフをあげて、電気の取り込みを行う。この充電にも時間を必要とする。ちなみに折り返す烏山駅の停車時間を見ると15分以上を要していた。

 

素晴らしいシステムではあるものの、まだ短い非電化路線でしか力を発揮できないシステムといえそうである。

 

【希少車に注目⑦】男鹿線を走る交流用の蓄電池駆動電車

◆JR東日本EV-E801系 計2両(秋田車両センター)

↑奥羽本線の電化区間を走るEV-E801系。非電化の男鹿線に入るとパンタグラフを降ろして、リチウムイオン電池に貯めた電力で走る

 

直流用のEV-E301系の交流区間用がEV-E801系だ。2017年3月に奥羽本線の秋田駅と男鹿線の男鹿駅間を走る列車用に2両が導入された。

 

すでに交流電化区間用には、2016年10月にJR九州のBEC819系電車が導入されていた。BEC819電車は筑豊本線(若松線)に導入され、後に香椎線(かしいせん)用にも増備されて活用されている。

 

EV-E801系はBEC819系をベースにした車両で、九州が電気の周波数が60Hzであるのに対して、東日本が50Hzと異なることに対応、また耐寒耐雪地向けの車両となった。ちなみに終点の男鹿駅には充電装置が設けられている。

 

愛称は烏山線のEV-E301系と同じく「ACCUM(アキュム)」。すでに3年に渡り営業運転を続け、実用化に目処がたったことから2020年度以降に増備される予定となっている。この増備で、男鹿線を走ってきた既存のキハ40系は、置き換えということになりそうだ。

 

【希少車に注目⑧】2編成のみ造られた北海道の希少な電車

◆JR北海道735系 計6両(札幌運転所)

↑ステンレス製の733系と連結して走るアルミニウム合金製の735系。両車両の外観はほぼ同じだが、735系は側面には色帯が付かない

 

ここからは各地を走るJRの希少車をとりあげよう。まずJR北海道から。札幌を中心に、多くの通勤形交流電車が走っている。721系、731系、そして車両数が多いのが733系である。733系とほぼ形は同じながら、側面に黄緑の帯が入らず、すっきりした姿の電車を時々見かけることがある。この帯が無い車両が735系電車だ。

 

この735系電車は2010年に3両×2編成のみ造られた。なぜ6両のみとなったのだろう?

 

735系はアルミニウム合金製の車体を持つ。アルミは軽量化、そして整備のコスト低減に結びつくことから、導入を図る鉄道会社も多い。そうした理由もありJR北海道でも735系の導入を図ったのだが、北海道は酷寒地である。アルミニウム合金製の電車が同じような環境で使われた先例がなかった。そのため6両を造ったものの短期間の試験で導入するのは、時期尚早という結論に至った。

 

JR北海道では735系の増備ではなく、2012年からは主力電車となる733系電車を新造という道をとった。733系のデザインは735系とほぼ同じだが、こちらはステンレス製である。すでに導入されていて充分に実績があった素材を使ったというわけである。

 

735系はわずか6両のみとなった。札幌近郊を走る電車の車両数は334両と多く、735系に出会う確立が少ない。それだけ出会えない電車となっている。

 

【希少車に注目⑨】電車との併結運転が可能な珍しい気動車

◆JR北海道キハ201系 計12両(苗穂運転所)

↑函館本線を走るキハ201系。走行性能に優れ、ニセコライナーといった優等列車にも利用されている

 

キハ201系は1996年に3両×4編成が誕生した。それまでのJR北海道の主力気動車といえば、キハ40系やキハ150形だった。函館本線の小樽よりも先は非電化区間となっている。この非電化区間から札幌方面へ気動車が直接に乗り入れることも多かった。ところが、既存の気動車は動きがやや鈍く、スピードも遅め。そのため他の電車の運行をさまたげる要因なってしまう。

 

そうした問題を解決するために開発されたのがキハ201系だった。キハ201系は最高運転速度120km/hと優秀な走行性能を誇る。さらにキハ201系は同時期に開発された731系電車と連結し、協調運転ができるように造られた。こうした電車と気動車が連結して協調運転を行う例は現在、北海道のみとなっている(他にJR東日本のSL銀河の例があるが、こちらは異例として見たい)。

 

非常に珍しいわけだ。ところが、最近は731系と協調運転されるケースが稀になっている。ニセコライナーが一番の“ハレ”の舞台となっているが、これも蘭越発、札幌駅行きが朝に1本、札幌を夕方に発車、倶知安駅行の列車が1本あるのみとなっている。札沼線の非電化区間が廃止されたこともあり、残る運用は函館本線内の電化区間を電車に混じって走るぐらいと、その性能が活かしきれていないのがちょっと残念だ。

 

【希少車に注目⑩】効率的な車両運用を行うJR東海で稀な例

◆JR東海キハ11形300番台 計4両(名古屋車両区)

↑名松線を走るキハ11形300番台。1両のみの運用が可能で、JR東海では珍しい全長18mと小型の車体となっている

 

JR東海では電車、そして気動車の形式を減らして集約化を図る傾向が強い。メンテナンス効率や、運用面といった利点を考えてのことなのだろう。そうした中で稀な存在なのがキハ11形だ。キハ11形はローカル線用に造られた気動車で、最初の車両の登場は1988年とJRになってすぐのころだった。

 

非電化区間の普通列車用に長らく使われてきたが、その後にキハ25系、キハ75系といった高性能な気動車が登場したことから、車両数が減少し、今では1999(平成11)年に増備されたステンレス車体のキハ11形300番台のみ4両が残る。運行はほぼ名松線と参宮線が主になっている。JR東海では4両のみと希少になっているが、ほかの鉄道会社に譲渡された車両もある。

 

JR東海の関連会社である東海交通事業城北線に2両が入線している。ちなみに300番台が導入された東海交通事業からはキハ11形200番台の2両が、茨城県を走る、ひたちなか海浜鉄道へ譲渡された。車両数が減りつつもキハ11形は、ローカル線を運行する鉄道会社にとって、利用しやすい車両なのだろう。

【希少車に注目⑪】元荷物電車が改造されて今も走り続ける

◆JR西日本123系 計5両(下関総合車両所運用検修センター)

↑濃黄色一色で塗装されたJR西日本の123系が宇部線を走る。ほか小野田線の運用に欠かせない車両となっている

 

今回、紹介する希少車の中で貴重な国鉄時代生まれの電車が123系である。ベースは鉄道で手荷物・郵便輸送の行われていたころに使われた荷物電車で(一部例外がある)、改造されて123系電車となった。前後に運転台を持つ構造のために、利用客の少ないローカル線での運用に向いている。

 

123系はみなJRとなる前後の1986(昭和61)年〜1988(昭和63)年に改造された。そしてJR東日本、JR東海、JR西日本に引き継がれた。現在、使われているのがJR西日本のみ。車両数は5両と少ないが、いかにも古い車両を長持ちさせて使うJR西日本らしい例だ。この5両は山口県内を走る小野田線、宇部線で使われている。元になったクモニ143形までさかのぼれば、すでに誕生して40年近い古参車両となっている。

 

JR西日本では前後に運転台を持つ125系という電車を開発し、小浜線、北陸本線、加古川線で使用している。今後、123系に代わる電車となれば125系になるのだろうが、現在のところ、代わる話は聞こえてこない。もうしばらくは123系が走る雄姿が見られそうだ。

 

【希少車に注目⑫】瀬戸大橋線の普通列車用に造られた電車

◆JR四国6000系 計6両(高松運転所)

↑予讃線の普通列車として活用される6000系。姿を見ればJR他社を走る211系や213系とデザインがほぼ同じということが分かる

 

国鉄時代の近郊形電車といえば、111系や113系が代表的だった。JR四国にも111系が12両引き継がれ、主に瀬戸大橋線の運用に使われていた。とはいえ老朽化が目立っていた。この代わりに生まれたのが6000系だった。

 

6000系は外観からも分かるようにJR他社を走る211系や213系の外観と非常に良く似ている。コスト低減を考え、正面窓などは213系とほぼ同じ構成としている。側面の窓まわりはJR東海の311系のデザインと似ている。一方で片側3扉でのうち、運転室の後ろの扉のみ片開きと、6000系のみの仕様もあってなかなか興味深い。

 

元々は瀬戸大橋線用に造られた6000系だが、現在は主に高松駅を発着する予讃線の列車に使われている。3両×2編成と希少な電車だが、高松駅近郊で良く見かけることができる。

 

【希少車に注目⑬】予讃線の非電化区間などを走る国鉄形気動車

◆JR四国キハ54形 計12両(松山運転所)

↑予讃線の非電化区間を走るキハ54形。国鉄の最晩年に、北海道と四国用に造られた形式だ

 

キハ54形は国鉄がJRとなる直前の1986(昭和61)年、1987(昭和62)年に製造された気動車だ。経営基盤が脆弱で将来が危ぶまれた北海道と、四国向けに造られた。主に利用客が少なめなローカル線用に造られ、1両で運行ができるように前後に運転台を持つ。車体の長さは21.3mと長めだ。四国用は短距離区間向けのために、トイレは設けられなかった。またコストを抑えるために、一部の部品は廃車から発生した部品を再利用している。国鉄の晩年生まれらしい気動車でもある。

 

耐寒仕様を施したJR北海道に残るキハ54形は28両と多い。一方のJR四国用には元々12両のみが造られた。この12両すべてが残り、予讃線の非電化区間や内子線、予土線を走っている。ちなみに予土線を走る「しまんトロッコ号」には濃黄色に塗り替えられたキハ54形が使われている。

 

【希少車に注目⑭】3編成のみ造られたJR九州らしい赤い電車

◆JR九州303系 計18両(唐津車両センター)

↑筑肥線を走る303系電車。正面が赤と黒というデザインが目立つ。筑肥線から福岡市内を走る地下鉄路線にも乗り入れている

 

JR九州では交流電化区間が大半を占める。一方で、福岡市交通局の地下鉄路線と相互乗り入れを行う筑肥線のみ直流方式で電化された。この筑肥線を走るのが303系だ。2000年に、同路線の列車増発に対応するために6両×3編成が造られた。

 

車両デザインは水戸岡鋭治氏で、正面が赤と黒という水戸岡氏のデザインらしい顔立ち、乗降扉も赤一色という目立つ造りとなっている。この色の配色は交流区間用の813系などにも見られるが、813系が丸みを帯びたデザインなのに対して、303系は直線的な正面デザインで、ちょっと異なる印象だ。

 

後継の305系が2015年以降に新造されたこともあり、303系は3編成の製造で終了してしまった。JR九州らしいスタイリッシュな顔立ちの電車だけに、3編成しか見られないのが、ちょっと惜しいようにも感じられる。

【希少車に注目⑮】国鉄らしい風貌+赤ベースの華やか電車

◆JR九州713系 計8両(鹿児島車両センター)

↑鹿児島の基地に配置されているものの宮崎地区で運用が主体の713系電車。南宮崎駅構内に留置されることも多く見つけやすい

 

国鉄時代の電車といえば、武骨な佇まいの電車が多い。とはいえ郷愁を誘うデザインなのか、115系などわずかに残る国鉄形電車がみな人気となっている。そんな国鉄時代の風貌をそのまま残す713系。JR九州の電車らしく赤色ベースのおしゃれなイメージに変更されている。

 

この713系電車。造られたのは1983(昭和58)年のこと。九州初の交流専用電車として造られた。この電車をベースに交流専用電車が開発される予定だったのだが、資金難から計画は途中で変更され、既存車両の改造でまかなう方針に変わっている。713系は将来に向けての試作的な車両だったのだが、JRとなった後に造られた787系、811系といった電車に、その技術が引き継がれている。いわば交流専用電車の礎になった電車なのである。

 

今は宮崎地区で朝夕を中心に走る713系。静かに“余生”を送るといった雰囲気でもある。

 

【希少車に注目⑯】元高性能車両も新旧交代の波にのまれ始めた

◆JR九州キハ66系 計16両(佐世保車両センター)
*同車両数は2020年8月5日以降(予定)のもの

↑キハ66系が大村線の千綿駅を通過する。大村湾沿いを走るこうした光景もあと少しで見おさめとなりそうだ

 

今回、紹介する中で最古参の車両がキハ66系。1974(昭和49)年から1975(昭和50)年にかけての製造と、すでに活躍は45年にも及ぶ。元々は山陽新幹線の博多駅延伸に合わせて造られた気動車で、非電化区間だった筑豊・北九州地区の路線への乗継ぎを便利にするために開発された。

 

当時の急行形気動車キハ58系などよりも、走行性能に優れていたが、車体重量が重めで、ローカル線での運用には適さず、また国鉄の経営悪化に伴い2両×15編成のみの製造で終わった。

 

2001年からは長崎地区へ転属、大村線を中心に長崎駅〜佐世保駅間を走る列車の主力列車に活かされてきた。そうした長年、活躍してきたキハ66系も、ハイブリッド気動車のYC1系の増備で、活躍の場を失いつつある。

 

8月5日には2編成がラストランを迎える予定で、2020年4月から8月5日にかけて12両が引退を迎えている。残りは2両×8編成となる。こうした新旧交代は世の習いとはいえ、一抹の寂しさを覚えるのは筆者だけだろうか。

短距離の自転車通勤に最適! BESVの新ブランドVOTANI「H3」が色々ちょうどいい

最近、自転車通勤ニーズの高まりから、販売台数が急増しているe-Bikeと呼ばれるスポーツタイプの電動アシスト自転車。なかでも人気を集めているブランドがBESV(ベスビー)です。街乗り向けのモデルが充実しているのが人気の理由ですが、価格的にはややプレミアムなものが主流でした。

 

そんなBESVが展開する新ブランドがVOTANI(ヴォターニ)。日本の街にフィットし、コストパフォーマンスも高いことで期待を集めるVOTANIの日本上陸第1号モデル「H3」に試乗し、その性能や使い勝手を体感してみました。

 

使い勝手とコスパの高さが特徴

VOTANIは2014年にオランダで生まれたe-Bikeブランド。モーターなどのアシスト機構とフレームデザインなどはBESVの技術が受け継がれています。自転車が”生活の足”として根付いているオランダらしく、街乗りでの使い勝手を重視しているのがH3を見ても感じられます。

↑重量は19.7kgで最大80kmのアシスト走行が可能なVOTANI「H3」

 

街乗りがしやすい前後20インチの小径ホイールを採用。前後ともにフェンダーが装備されているので、水たまりを走っても服が汚れることがありません。バッテリーから給電されるライトも装備されています。そして、注目すべきは車体中央にビジネスバッグを収納できるサイズのバスケットを装備していること。オシャレな見た目ながら、通勤などの使い勝手にも配慮が感じられます。

↑小径タイヤながらフロントにはサスペンションを装備していて快適な乗り心地を実現

 

↑変速ギアは内装式の3段。チェーンにもカバーが付いていて裾の汚れを防ぎます

 

↑センターバスケットのサイズは約80×400mm。縦長のビジネスバッグにも対応します

 

↑街乗りで便利なサイドスタンドもきちんと装備されています

 

アシスト機構には定評のあるBESVの技術が活かされています。モーターは前輪の車軸部分に搭載。バッテリーはフレームに内蔵され、スマートなルックスを実現しています。アシストレベルは3段階に調整可能で、BESVが得意とするオートアシストモードも搭載。これは、ペダルを踏む強さに応じてアシスト力を自動で切り替えてくれるもので、平坦な道ではバッテリー消費を抑え、登り坂などで強めにペダルを踏めば強力なアシストが得られるシステムです。

↑モーターはフロントホイールと一体化したデザインで、見た目もスッキリ

 

↑バッテリーが収められている部分は車体と同色で、VOTANIのロゴもあしらわれています

 

↑アシストの切り替えなどを行うスイッチとディスプレイは一体化して左手側に搭載

 

そして、もう1つ注目すべきなのは価格。14万5200円(税込)とママチャリタイプの電動アシスト自転車と大差ないプライス設定とされています。BESVブランドのe-Bikeは20万円以上するものがほとんどだったのに比べると、買いやすい価格となっています。この値段であれば、通勤用に検討したいと感じる人も多いのではないでしょうか。

 

近距離通勤に適した走行性能

スッキリしたデザインと使い勝手、それにコストパフォーマンスを兼ね備えたVOTANI H3ですが、実際の走行性能はどうなのか? 1週間ほど街乗りを中心に乗り回してみました。アシスト機構はBESVが手掛けているだけあって、e-Bikeらしい自然なフィーリング。ママチャリタイプの電動アシスト自転車には、ペダルを踏むと思ったより加速してしまうようなモデルも少なくありませんが、そうした怖さを感じさせることはありません。特にBESV独自のオートアシストモードはできが良く、モードを切り替えなくても最適なアシストを提供してくれます。

↑平坦な道ではアシストを抑えてバッテリー消費を低減。それでも風を切って走る気持ち良さは味わえます

 

↑それでいて登り坂でのアシストはパワフルなので、急な坂も問題なく登れました

 

ミニベロと呼ばれる小径タイヤの自転車は、スピードを出すと安定感に難があるものもありますが、H3ではそうした不安を感じる場面は皆無でした。ちょっと大きめの段差を乗り越えるような場面でも、フロントのサスペンションが衝撃を吸収してくれるので車体は安定しています。このジャンルを得意とするBESVによる設計の良さが感じられます。

 

センターバスケットの使い勝手もなかなか。フロントにカゴが付くと、途端に野暮ったい見た目になってしまいますが、この位置ならスマートに荷物を収納できます。実際にバッグを入れて走ってみましたが、走行中にバッグが不安定になってしまうこともありませんでした。ママチャリのカゴほどの容量はありませんが、コンビニで買ったものなどを入れておくこともできて便利です。

↑容量は決して大きくないので、大きめのバッグは入らないかもしれませんが、この自転車に似合うバッグを探したくなる魅力を持っています

 

車体のサイズ感も、街中で取り回しやすいもの。あまり長距離を走るのには向きませんが、片道5kmくらいまでの自転車通勤なら快適にこなせそうです。アシスト走行が可能な距離は最もパワフルなモードで45km(パワー)、中間のモードでは60km(ノーマル)なので、オートアシストモードで走れば1週間に1度充電するくらいで十分でしょう。初めてのe-Bikeを購入する人、街乗りメインで通勤にも使いたいという人には購入のハードルも低く、最適なモデルと言えそうです。

↑バッテリーは取り外しが可能なので、室内に持ち込んで充電が可能。フル充電までは約3.5時間

 

 

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カワサキの本気だ! 4気筒モデル「Ninja ZX-25R」が新登場

2019年の東京モーターショーのカワサキブースでワールドプレミアが行われた「Ninja ZX-25R」シリーズの発売が9月10日に決定しました。そして、全てのスペックが発表となったのです。

 

なんといっても250ccのインラインフォーEG

まずは今回のメイントピックとなるエンジンスペックから見ていきましょう。

↑4気筒ならではの快音とその咆哮を放つ走りは鳥肌もの

 

これまでのツインモデルの最高出力27kW(37PS)/1万2500rpmでも十分にパワフルでしたが、4気筒モデルはさらにパワーアップしました。しかも発生回転数が1万5500rpmという高回転型で、ラムエア加圧時は34kW(46PS)に増加します。カワサキのワークスライダー=ジョナサン・レイによるプロモ映像を見ると、速さにも音にも別次元の魅力を見せつけられてしまいます。これこそが4発の圧倒的な魅力です。

↑Ninja ZXの系譜を受け継ぐスタイリング。控え目ながらエキゾーストパイプが誇らしげにのぞきます。その咆哮を早く聞きたいし聞かせたい

 

カワサキの250ccの4気筒モデルはレーサーレプリカの初代ZXR250から始まり、ネイキッドスポーツのバリオスシリーズに受け継がれ、2007年に生産が終了。同時期に各社250マルチ(多気筒)エンジンの生産も終了していました。開発費、生産コストのかかる250ccの4気筒エンジンはもう2度と出現しないのではないかと言われ続けていました。しかし、ハイパワーツイン(2気筒)モデルを有するNinjaシリーズに4気筒版の登場が噂され、それが現実となったのが2019年の東京モーターショーだったのです。

 

ツインモデルと同等のボディサイズ

さて、ツインから4気筒となってそのボディはどれだけ大きくなったのかをチェックしてみると意外にもコンパクトなことが分かります。全長×全幅×全高が1980mm×750mm×1110mmです。これまでのNinja 250(ツインモデル)と比べ、全長は-10mm、全幅+40mm、全高-15mmなのです。並列4気筒エンジンなので全幅は広がっていますが全長、全高は短く、低くおさえられています。車重はSEで184kg(スタンダードグレードは183kg)とさすがにツインと比べると重量はありますがその差は18kg。気になるシート高は785mmとなっており、こちらもツインモデルより10mm低くなっています。

↑「Ninja ZX-25R SE KRT EDITION」ライムグリーン×エボニー(シングルシートカバーはオプション)。価格は91万3000円(税込)

 

↑「Ninja ZX-25R SE」メタリックスパークブラック×パールフラットスターダストホワイト(シングルシートカバーはオプション)。価格は91万3000円(税込)

 

↑「Ninja ZX-25R(スタンダードモデル)」メタリックスパークブラック。価格は82万5000円(税込)

 

SEモデルにはKQS(カワサキクイックシフター)、USB電源ソケット、スモークウインドシールド(スタンダードモデルはクリア)、フレームスライダー、ホイールリムテープが標準装備となります。それでは、もう少し深く細部を見ていきましょう。

 

超精密新パワーユニット

エンジンの大まかなスペックは前に記した通りで、新開発エンジンは249ccの4気筒。ということは1気筒あたりは、わずかに62.25ccの排気量となります。1気筒でみれば原付+αのサイズのシリンダーに精密な4バルブDOHCヘッドがのっている状態。しかもそれが4つ繋がっている訳です。このエンジンの市販化を実現させるには精密な部品の品質管理、組み立て精度が特に重要となり、それらを高い次元でクリアしています。これには今まで培ってきた長年のNinja ZXシリーズの技術の蓄積が重要でした。

↑まさに時計のように精密な機械といえる新開発エンジンです

 

リニアな出力特性の超高回転ユニットは、1万rpm〜1万7000rpmでエキサイティングなフィーリングをもたらしてくれます。軽量なアルミ鍛造ピストンによって往復運動部の重量を低減し、ビッグボア、ショートストロークでより鋭いレスポンスを得て高回転域の性能アップ。また、ビッグボアは気筒毎のビッグバルブ化に貢献しています。吸気バルブは直径18.9mmの大径(実際の寸法はかなりコンパクトですが、割合として大径という意味)バルブを使用し、吸入混合気量を増大させ高回転時のハイパフォーマンスを発揮。排気バルブは直径15.9mmで、高回転時の高負荷への対応や耐熱性を高めるため、Ninja H2と同材質のものがチョイスされています。

 

こうして250ccクラスのライバルを圧倒的に凌ぐパフォーマンスを手にしました。ハイパフォーマンスなエンジン性能を効率よく確実に路面に伝えるトラクション。軽量であり高い剛性を求められ、なおかつしなやかでなくてはならないフレームなどにもカワサキの最新技術が盛り込まれています。そのいくつかをピックアップしてみましょう。

 

強靭でありながらしなやかな骨格がマシンを支える

↑レーシングマシンゆずりの新設計フレーム

 

新設計のフレームは高張力鋼製トレリスフレームです。スーパーバイク選手権に参戦しているNinja ZX-10RRレーシングマシンのシャーシ設計思想を踏襲。それによって理想的な剛性バランスとディメンションを作り上げています。

 

また、フロントサスペンションにはクラス初の倒立37mm径のSFF-BP(セパレートファンクションフロントフォーク・ビッグピストン)を採用。SHOWAのSFFとBPFの複合コンセプトで日常からサーキットまでの高い要求に応えます。そして、リアには高張力鋼製のロングタイプスイングアームとホリゾンタルバックリンクリアサスペンションがセット。マスの集中化と状況に応じた適切な反発、減衰力を実現しスーパースポーツのハンドリングを味わうことができます。

↑ZX-25R SEの構造レイアウト

 

ツインLEDライトを備える精悍なフロントカウル

Ninja ZRシリーズの流れを汲むクラス最高峰のアグレッシブなスタイリングのフロントカウルが装着されます。

↑ZX−25R SE/SE KRT EDITIONモデルはウインドシールドがスモークとなります

 

また、カウルの中央にはラムエアシステムのインテークがあります。ラムエアシステムは吸気効率を高め空気の流れを有効に活用することでパワーを1kW向上。カウルから吸入されたエアは、Ninja H2同様、エアボックスに向かう途中でフロントフォークの左側を迂回するダウンドラフトインテークを採用しています。このレイアウトによって冷却された高圧の空気を効率的に取り込むことが可能となり、全回転域でのエンジン性能の向上を実現しました。

↑ラムエアシステムから続くダウンドラフトインテーク

 

ハイパフォーマンスマシンを気持ちの良い音で操れる日はもう少し先、9月10日の発売を待たなくてはなりません。

 

 

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祝! 4年ぶりに走る「豊肥本線」−−魅力満点の復旧区間に注目

〜〜2020年8月8日に復旧予定の豊肥本線(熊本県・大分県)〜〜

 

豊肥本線(ほうひほんせん)は九州を横断して熊本駅と大分駅を結ぶ。途中、風光明媚な阿蘇カルデラを走る人気の観光路線だ。ところが、2016年4月に起った熊本地震で大きな被害を受け、一部区間が不通となってしまった。

 

この不通区間が4年の歳月を経て復旧工事が完了し、8月8日(土曜日)に運転が再開されることになった。筆者はなぜか不通となっていた区間に引き付けられるようにたびたび訪れていた。記録した写真を中心に、地震前後の状況と、今回、復旧する区間の魅力を見直してみたい。

 

【関連記事】
熊本地震で被災した九州の鉄道事情豊肥本線は1年前とどう変ったのか

↑阿蘇五岳を望む豊肥本線の内牧駅〜阿蘇駅間。不通区間は阿蘇五岳とともに、阿蘇外輪山の眺めが素晴らしい 2013年7月23日撮影

 

【豊肥本線の記録①】地震による被害は予想をはるかに超えていた

2013年、2015年と訪れていた熊本県の阿蘇地方。豊肥本線の列車は筆者にとって格好の“被写体”であり、列車への乗車も楽しんだ。特に特急「あそぼーい!」の前後の展望パノラマシートがお気に入りだった。

 

ときどき立野駅で下車して、駅周辺で列車を撮影した。立野駅は駅から歩ける範囲に複数の撮影スポットがあり、日がな一日、過ごすのにちょうど良かった。

 

2016年4月14日、心を痛める知らせが飛び込んできた。熊本で大地震が発生したというのである。最大震度7という揺れが観測された。しかし、この揺れは前震だった。4月16日にさらに大規模な揺れが観測され、最大震度7、豊肥本線が通る阿蘇は多くの地点で震度6の揺れとなった。次々と流れてくる情報はつらく悲しいものばかりだった。豊肥本線も4月14日の前震から不通となり、その後に一部区間が復旧したものの、肥後大津駅〜阿蘇駅間が長期にわたり不通となってしまった。

 

この年、復旧の邪魔になっては、と訪れたい気持ちを抑えつつ、2017年5月に現地を訪れてみた。目の前の光景は、それこそ目を覆いたくなるものだった。

↑立野駅〜赤水駅間の状況。線路が走る傾斜地で大規模な土砂崩れが発生。線路を飲み込んでしまっていた 2017年5月29日撮影(以下同)

 

↑立野駅近く立野踏切の状況。このあたりに被害はなかったが、1年間、列車が走らなくなったために草が線路を覆っていた

 

↑立野駅〜赤水駅間の状況。スイッチバックを折りかえした列車が棚田の中をあがってくる、そんな名物ポイントもこの有り様だった

 

立野駅近くを歩くうちに見た光景。外輪山のふもとを線路が通る地点で、大規模な土砂崩れが起きていた。険しい山々はそれこそ身を反らせないと頂が見えないほどの急斜面。崩れた土砂の量は想像をはるかに超えていた。阿蘇では各地で斜面崩壊が起ったとされる。特に立野付近の状況がひどかった。

 

試しに流れ出た土砂を少し手に取ってみた。すると、思った以上に脆く、塊を手にのせ指で少しつまんだだけでも、細く砕けてしまい、粒状になってしまった。阿蘇の外輪山は、火山性の地質+降灰が積もった土地らしく非常に脆い地質ということが良く分かった。

 

この場所での復旧は非常に困難が伴うことは容易に想像が付いた。この先で、豊肥本線は国道57号と並走するが、並走区間は国道、線路、そして合流する国道325号の阿蘇大橋の橋もろとも、すべてが大規模な斜面崩壊により流された区間である。国道は通行止めとなった。立ち入り禁止となっており、見ることができなかったが、この後に撮影した航空写真の資料を見ても、被害の大きさが良く分かるポイントだった。

↑豊肥本線熊本駅〜宮地駅間の路線マップ。立野駅で接続する南阿蘇鉄道も被害を受け、現在、立野駅〜中松駅間が不通となっている

 

【豊肥本線の記録②】立野駅で胸に突き上げてきた思いとは

豊肥本線はここ10年のうちに2つの災害の影響を受け、長期間の不通を余儀なくされた。まず、2012年7月12日の九州北部豪雨による被害を受けている。ほぼ1年後の2013年8月14日まで豊後竹田駅〜宮地駅間が不通となった。そして熊本地震では、前回に被害を受けた区間の西側が不通区間となってしまったのである。

 

尽きることなくJR九州は災害の影響を受けてきたわけだ。本年も豪雨により複数の路線が不通となっている。鉄道好きにとってはつらい夏となってしまった。さて、豊肥本線の話題に戻ろう。

↑豊肥本線はたびたび自然災害の影響を受けている。写真は2012年7月に起きた九州北部豪雨で不通となった時に運転された代行バス

 

立野駅周辺の斜面崩壊などの現場を見て回った後に、立野駅を訪ねてみた。駅周辺の道の一部が通行止めとなり、迂回して、駅にたどりついた。さて……。

↑2013年1月12日撮影の立野駅。ちょうど特急「あそぼーい!」が到着。停車時間を利用して、多くの乗客が下車し、写真撮影を楽しんでいた

 

↑熊本地震が起きて1年後の様子。ホームは崩れ落ち、またホームの上屋も取り除かれていた 2017年5月29日撮影

 

列車が走らなくなり人のいない駅は、実に寂しいものである。ましてや、到着した列車から多くの人が下車して賑わっていた立野駅。ホームが崩れ、ホーム上の屋根も取り除かれ、寂しいばかりの状況となっていた。

 

先に斜面崩壊のひどい状況を目にしていただけに、果たして豊肥本線は復旧できるのだろうか、とその時には疑問を覚えながら訪ねたのだった。

 

ちょうど駅の状態をチェックしにきていたJR九州のスタッフと一言、二言、言葉を交わしたが、途中から恥ずかしながら涙声になってしまった。単なる通りすがりの旅人だったにもかかわらず、それほど衝撃が大きかった。

↑赤水駅には大正期に立った木造駅舎があったが被災。訪れた時にはすでに取り壊されていた 写真は2017年5月29日(左下は2013年撮)

【豊肥本線の記録③】阿蘇駅までバスを使って訪れたものの

豊肥本線の不通となり、また並走する国道57号線も不通となったことから、阿蘇カルデラ内にある町村へのアクセスが非常に不便となった。

 

公共交通機関はバス便のみ。便利だった国道57号が不通となったこともあり、ミルクロードを走り北へ大きく迂回するルートを走らざるをえなくなった。2018年に熊本駅と阿蘇駅との間、バスで往復してみた。バス(九州産交バスが運行)を使うと熊本駅から阿蘇駅へは2時間以上もかかった(列車ならば1時間10分前後)。阿蘇くまもと空港に立ち寄るルートを走るためでもあった(やや遠回りとなる)。

 

↑8月8日まで特急「あそぼーい!」は別府駅〜阿蘇駅の間を走る。阿蘇駅〜肥後大津駅間のバス便のみで不便だ 2018年12月1日撮影

 

熊本への帰り道はちょっと残念な光景が見られた。

 

別府駅発、阿蘇駅行の特急「あそぼーい!」がちょうど到着。この日には、熊本駅方面へ向かう交通手段はバスしかない。多くの観光客が、バス停に殺到したのだが、バスの本数が少ない。現在、阿蘇駅を通るバス便は特急やまびこ号が1日に5往復、九州横断バスが1日に1往復である。つまり豊肥本線の補助的な役割として機能しているのだが、これがメインの交通機関としては脆弱なのである。肥後大津駅への代行バスもあるが、平日8本、土曜日は3本で、休日には運休となる。

 

こうした運行しているバスは高速バス用のため、立って乗ることができない。定員数が限られていた。筆者は幸いにも事前に予約をしていたために、事無きを得たが、乗り切れない人が大勢いた。まだ新型感染症の流行前ということもあり、海外からの訪日外国人が多く旅を楽しんでいた。バスに乗れずに、待ちぼうけとなった人たちはどういう気持ちだったろうか。知らない土地でバスに乗ることができない時の不安は、いかばかりかと案じられた。

 

実感したことは、路線が“不通”になるということは、非常に“不便”になるということだった。やはり豊肥本線が走らないとダメなのだ、と強く感じたのだった。

 

【豊肥本線の記録④】特急あそぼーい!が全線通して走ることに

地震、路線不通に関し、つい暗い話題になりがちだったが、ここからは8月8日以降の復旧後の話に移ろう。

 

すでにJR九州から特急列車の運行予定が発表されている。豊肥本線を走る人気特急と言えば、特急「あそぼーい!」。キハ183系4両編成で、前後に展望「パノラマシート」が付く。さらに親子が一緒に座れる「白いくろちゃんシート」が用意される。飲み物や軽食、土産が購入できる「くろカフェ」、「木のボールプール」があるなど、楽しいつくりの特急だ。

 

この特急「あそぼーい!」が熊本駅〜別府駅間を1往復走ることになった。走る曜日は土休日が中心で、平日は、変わりにキハ185系「九州横断特急」が走ることになる。時刻は熊本駅発が9時9分、別府駅着が12時32分。折り返し別府駅発が15時12分、熊本系18時29分着となる。

 

また別に九州横断特急が1往復走る。別府駅を朝7時51分に発車、熊本駅着が11時12分。折り返し列車は熊本駅を15時5分に発車、別府駅着が18時14分となる。

 

他に熊本駅〜宮地駅間を走る特急「あそ」も新たに1日に1往復(多客期間は3往復)新設される。これで阿蘇観光がかなり便利になりそうだ。

↑別府駅発の特急「あそぼーい!」。路線の復旧後は熊本駅へ直通運転が行われる。ただし同列車は土休日のみの運行になる予定だ

 

【豊肥本線の記録⑤】列車が走っていた頃の立野駅付近の風景

4年ぶりに復旧する豊肥本線。始めて乗車するという方むけに今回、復旧する区間の魅力を中心に紹介したい。乗車した経験があるという方は、読んでいただき“そうそう”と頷いていただけたら幸いだ。

 

まずは豊肥本線の魅力といえば、車窓で楽しむ阿蘇の山景色であろう。下の2枚の写真はそれぞれ立野駅近くの様子である。車内から望む阿蘇の景色は、乗車する区間で大きく印象が異なる。

↑左は立野駅〜赤水駅間から眺めた阿蘇。右は、立野駅〜瀬田駅間から眺めた阿蘇。見あげる方角が少し違うだけで、山の趣も変わる

 

熊本駅から阿蘇方面へ向かい、立野駅が近づいてくると阿蘇がより良く見えるようになってくる。ほぼ進行方向の正面に位置するためにやや見えにくいが、「あそぼーい!」の展望パノラマシートならばしっかりと見えることだろう。

 

立野駅から先、標高を上げた列車からはさらに阿蘇が近づいて見える。なだらかに見えた山容が、やや険しく見え始めてくる、そんな変る阿蘇の姿を楽しみたい。

 

さらに平坦な大地が広がる阿蘇カルデラ内を走り始めると、阿蘇の峰々は横に広がりを見せる。阿蘇五岳と呼ばれるように、阿蘇山は一つの山ではなく、峰々の集合体でもある。

 

さらに阿蘇カルデラを縁取るように取り囲む外輪山の山景色も楽しめる。そうした景色が刻々と変わって行く様子を楽しめるのが、やはり列車旅の楽しさだろう。

【豊肥本線の記録⑥】やはり注目は立野駅近くのスイッチバック

鉄道好きにとって豊肥本線で最大の楽しみといえば、やはり立野駅〜赤水駅間のスイッチバック区間であろう。しかも、豊肥本線は珍しいZ字形を描く“三段スイッチバック”が楽しめるのである。豊肥本線の同区間ができたのが、1918(大正7)年1月25日のこと。当時はもちろん蒸気機関車が牽引する客車列車のみで、勾配がきつい路線を走りきることが難しかった。

 

そのために傾斜を緩めるためにスイッチバックが導入されたのである。熊本駅から走ってきた列車は立野駅(標高277.4m))のホームにまず到着する。ここでしばらく停車。ホームに停まる間に運転士は前から後ろへ移り、列車は進む方向を換える。

 

そして静かに発車する。列車は今まで走ってきた線路を左に見て、右側に続く急坂を登って行く。特急「あそぼーい!」に乗車すると客室乗務員の次のようなアナウンスを聞くことができる。

 

「これよりスイッチバックの中間地点に到着いたします。進行方向を変えて運転をいたします」とスイッチバック構造の簡単な解説が車内に流される。

 

山の斜面に2つめのスイッチバックする箇所に転向線がある。ここの標高は約306m。立野駅からこの折り返しまでの長さ1kmほどの距離で、30m近くものぼったことになる。

↑山の中にあるスイッチバック転向線(左上)。写真右の線路が立野駅側、左が赤水駅側となる。さらに登ると棚田が広がる名物ポイントへ出る

 

この区間で停車した列車内では、また運転士が前から後ろへ忙しそうに移動して、進行方向を変える。発車した列車は、さらに高度を上げていくのである。周囲に広がる豊肥本線の名物ポイント「棚田」を見ながら徐々に登っていくのが楽しい。次の赤水駅の標高467.4mで、わずか1駅間で200m近くも列車は登って行くのである。

 

ちなみにスイッチバック区間のその先にある阿蘇大橋付近は、大規模な斜面崩落が起り、国土交通省による復旧工事が行われた。外輪山の山頂部、標高740m地点まで徹底して手が入れられ、斜面の途中からは「土留盛土」工事が行われた。「崩落斜面の恒久安定化対策」が施されたことにより、安心して通れるルートと生まれ変わっている。このあたり熊本側から走った左手に、大規模な工事跡があるので、ぜひ見ておきたいところだ。

 

ちなみに並行して走る国道57号の復旧は10月ごろになる予定で、豊肥本線がひと足早い復旧となった。

 

【豊肥本線の記録⑦】ななつ星in九州も豊肥本線を走るだろうか

震災の前まではJR九州自慢のクルーズトレイン「ななつ星in九州」が豊肥本線を走っていた。豪華列車は果たして豊肥本線を戻ってくるのだろうか。

 

残念ながら新型感染症の流行もあり、「ななつ星in九州」は3月から運休を余儀なくされていた。さらに7月の豪雨災害も重なり、運転を見合わせていた。8月15日から運行が再開される。その行程は。

↑阿蘇駅に停車するななつ星in九州。早朝に到着し、ホーム内にあるレストラン「火星」での朝食が楽しめる 2013年12月22日撮影

 

3泊4日コースは九州の東側、日豊本線をたどるコースが中心となる。このコースでは1日目から2日目にかけて、大分駅から阿蘇駅へ列車が入線する予定だ。残念ながら熊本駅方面へは向かわない。

 

一方、1泊2日コースでは、1日目は長崎県へ。2日目に熊本駅から豊肥本線の阿蘇駅(宮地駅での折り返し)までの行程が組み込まれた。

筆者はこの豪華列車が運転開始したころに、取材のため列車を追いかけた経験がある。立野駅近くの棚田が広がる名物ポイントで構えたが、通過したのは早朝5時40分過ぎ。陽の短い季節、しかも雨が降る朝で、あえなく“撃沈”となってしまった。

 

今回の運転では阿蘇駅に停車するのは6時〜9時25分ごろになった。立野駅のスイッチバック区間は5時台の運転となりそうだ。今度はぜひ陽の長い日に訪れ、朝日を浴びて走る「ななつ星in九州」に出会ってみたい。

 

【豊肥本線の記録⑧】立野駅で接続する南阿蘇鉄道の復旧は?

豊肥本線の立野駅といえば、忘れてはいけないのが同駅で接続する南阿蘇鉄道である。立野駅近くにある立野橋梁をはじめ、美景があちこちで楽しめた。

 

この南阿蘇鉄道も、立野駅から長陽駅(ちょうようえき)までの間が特に深刻な被害を被った。道床流失、土砂流失にとどまらず、立野橋梁の橋脚損傷や、同線一の美景が楽しめるポイントだった第一白川橋梁が軌道の狂い、鋼材の歪み、そしてトンネルの亀裂多数などが起り、大規模な復旧工事が必要となった。

↑立野橋梁は1924(大正13)年の竣工。鋼プレートガーダー橋と呼ばれる構造で選奨土木遺産に指定される 2015年7月23日撮影

 

↑不通区間の阿蘇下田城ふれあい温泉駅はシートに覆われていた(駅舎はすでに修復完了)。線路上一面が花畑となっていた 撮影日同上

 

そのため現在は中松駅〜高森駅間の運転のみとなっている。被害の規模の大きさから復旧が危ぶまれた南阿蘇鉄道だったが、地元の熱意が実り2018年3月に復旧工事を開始、予定では2023年の夏には復旧の見込みとされる。

 

豊肥本線に比べて、こちらはやや先のことになるが、運転されるトロッコ列車に乗車できる日が楽しみだ。

世界初!3Dプリンタで創る自転車ユニボディ・カーボンファイバー製バイク「Superstrata」予約開始

コロナのせいで身体を動かしたくて、自転車熱が高まっている人も多いはず。そんな方に新しいテクノロジーを使った、「結構」手ごろなモデルのご紹介。

 

シリコンバレーのベンチャー企業「AREVO, Inc.」は、3Dプリンティング技術の認知拡大を目指し、自社の3Dプリンターを活用した世界初のオーダーメイドユニボディ カーボンファイバー製スポーツバイク「Superstrata(スーパーストラータ)」の予約キャンペーンを7月14日より、Indiegogoで開始しました。

 

従来のカーボンファイバー製自転車のフレームは何十個のパーツを接着・溶接、ボルトなどでの固定により製作されていましたが、3Dプリントすることにより継ぎ目や連結がないユニフレーム構造を実現。また、次世代の熱可塑性材料を使用しているため、軽量でありながらも、高い耐衝撃性を備えています。

 

一方で、シートポストにも同カーボンファイバーを採用。フレーム形状による振動吸収性に加えて、シートポストの素材による振動吸収性を発揮します。

↑AREVO社製3Dプリンター「AQUA(アクア)」の活用により、従来のカーボン加工でコストがかかる要因となっていた問題点をソフトウェアで解決

 

↑身長、体重、腕や脚の長さなどの体型情報、ライディングポジション、好みのオプションを入力。約50万通り以上の組み合わせから自身に合った自転車にカスタマイズ可能です

 

「Superstrata Terra(スーパーストラータ テラ)」はユニボディのフレームに11段の変速機を搭載した、シートチューブのない軽量で頑丈なスポーツバイクです。ハンドルや色を選ぶことにより、さらに個性的なバイクに仕上げることが可能です。「Superstrata Ion(スーパーストラータ イオン)」はテラより若干太いフレームの中にバッテリーを搭載したE-Bikeで、2時間の充電で約90kmの走行が可能。

 

そして、オーダーメイド・カーボン製バイクの市場価格の約1/5にあたる約30万円(※)から購入可能という、うれしいネタもあります。オーダーメイド・カーボン製バイクで以下の値段は、かなり見逃せないでしょう。

↑「スーパーストラータ テラ」約30万円(※)

 

↑「スーパーストラータ イオン」約43万円(※)

 

(※)2020年7月13日現在の価格。

 

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SUV界のバランスを変えるか!? VWがクロスオーバーSUV「T-Roc」を解説

2020年7月15日、ついにフォルクスワーゲン(VW)のクロスオーバーSUV新型「T-Roc(ティーロック)」が発表となりました。世界的な新型コロナ禍によるロックダウンなどがあり、当初の計画より遅れての発表です。

ステージ上にはVWの新ロゴと4グレードのT-Rocが置かれ、ティル・シェアCEOのプレゼンテーションが始まりました。「T-Rocの登場によって、VWのSUVラインナップが完成となりました。T-RocはクロスオーバーSUVの新機軸となっていくものだと考えています。日本のSUVマーケットの約3/4を占めるのがスモール/コンパクトセグメントであり、VWとしてもそこに焦点をあてました」。

↑シンプルに整理されたVW新ロゴを使用しての新車発表は今回が初となりました

 

「VWのSUV3兄弟の一番大きな『ティグアン』は2017年にデビューし、ラインナップの80%がクリーンディーゼルである「TDI」となっています。それにより、今回のT-Rocでもクリーンディーゼル車とすることに決めました。また、これまでのVWのお客様と新たなお客様の双方に満足してもらえるよう、ダイナミックで多才なSUVとコンパクトで俊敏なハッチバックの長所を組み合わせています。もちろん、そのハッチバックというのは世界のハッチバックのベンチマークとなっている「ゴルフ」に他なりません。そして、T-Rocでは4つのグレードを設け幅広いニーズにお応えします」と、ティル・シェアCEOは語りました。

↑日本のSUVマーケットの状況。約75%がスモール、コンパクトSUVとのこと。T-RocはVWのSUV「T-Cross」と「Tiguan」の間に当てはまるボディサイズです

 

さらに「全長4240mm(TDI R Lineは4250mm)、全幅1825mm、全高1590mm、ホイールベースが2590mmとなり、最小回転半径が5.0mとなっています。まさに日本の道路に『丁度いい』という印象を持ってもらえるでしょう。SUVならではの高い着座位置と広い視界の快適さを味わってみて下さい。きっとその安心感を感じてもらえると思います」と、ティル・シェアCEOは続けました。自信に満ちたCEOのプレゼンテーションのあとは、もう少し近寄ってT-Rocを見てみましょう。

↑左からT-Roc「TDI Sport」、「TDI Style Design Package」、「TDI R-Line」。All My T-Roc! VW新ロゴと共に

 

T-Rocの4つの特徴【その1】エクステリアデザイン&ボディカラー

ヘッドライトと一体となったフロントグリルやヘッドライトの下にLEDのデイタイムライトを装備したフロントデザインは、T-Rocの特徴のひとつ。大型エアインテークとアンダーボディガード、リアディフューザーによりSUVらしい力強さを表現し、クロームのウィンドウトリムはロングルーフの流麗なクーペをイメージ。さらにツートンのボディカラーでは全高を低く見せる視覚的効果を生み、スポーティな印象を与えます。T-Rocは、オンでもオフでもスタイリッシュに乗ることができるデザインが魅力でしょう。

↑都会的に洗練されたT-Rocのスタイリッシュなデザイン。独特の形状のバンパーをもつTDI R LINEのみ、全長が10mm長くなります

  

↑TDI SportのLEDヘッドライト

 

↑LEDデイタイムランニングライト

 

↑流麗な曲線を描くリアビュー。TDI R-Lineグレードでは専用のフロント&リアバンパー、サイドスカート、リアスポイラーを装着しています

 

用意されているグレードはTDI Style、TDI Style Design Package、TDI Sport、TDI R-Lineの4つ。

↑ベーシックなTDI Style

 

↑ホワイト/ブラックのルーフカラーを選べるTDI Style Design Package

 

↑18インチアルミホイールの採用などスポーティグレードのTDI Sport

 

↑19インチアルミホイールに加え、アダプティブシャシーコントロールによる乗り心地調整機能を備えたTDI R-Line

 

ボディカラーは9色の基本バリエーションがあるだけでなく、グレードによってはブラック、ホワイトのルーフカラーを追加料金なしで選択することができます。2トーンボディはVWのSUVでは初めての採用となり、ポップな色合い、シックな色合いが用意されていて、色を選ぶ楽しみも味わうことができます。

↑カラーバリエーションの基本は9色。それに加えグレードによっては、ホワイトかブラックのルーフカラーが選べます

 

T-Rocの4つの特徴【その2】Golf以上のユーティリティ

インテリアは2590mmのロングホイールベースを活かし、乗員5人に対し十分な室内空間を提供。各種メーター類を水平に配置することで、運転中の視線移動を少なく自然に行えるよう設計されています。また、VW純正インフォテインメントシステムの「ディスカバープロ」とデジタルメータークラスター「アクティブインフォディスプレイ」により、インテリアの洗練度がアップ! ハンドル右のスポーク部にあるボタンで、アクティブインフォディスプレイに表示する情報を選択できます。メーター、カーナビ、車両の情報などをあらかじめ設定することで欲しい情報が見やすい場所に表示できるのです。

↑ステアリングホイールの右スポーク部分にファンクション切り替えスイッチがあります

 

↑アクティブインフォディスプレイに車両情報とナビを映したところ

 

↑スピードメーター、タコメーターとカーナビの画面を同時に表示できます

 

TDI Design Packageではエクステリアデザインに合わせ、ブルー、イエローのインテリアカラーを選ぶことが可能です。同色のデコラティブパネル、シートのステッチが与えられます。

↑イエローのデコラティブパネルを装着したTDI Design Package

 

ラゲッジスペースの容量は5人乗車時で445L。後席をすべて折り畳んだ時には最大1290Lと、このクラストップレベルの容量となります。ちなみに、その容量は同社のゴルフ以上。

↑たっぷりの収納力を発揮し、オンタイムもオフタイムも充実させます

 

通常時はラゲッジスペースが少々上げ底になっていますが、リアシートを畳んだ時にフロアがフルフラットになります。さらに、フロアを低く下げるとリアシートを倒さなくてもラゲッジスペースがたっぷりと増えます。デイリーユースはもとより、週末に家族や仲間と共に出かける時にも充分なラゲッジスペースが用意されているのです。

↑リアシートを倒した時は、ラゲッジスペースのフロアを上げ底状にするとフラットな荷室となります

 

↑5人乗車時でもラゲッジルームの床を一段下げればこれだけの収納できます

 

T-Rocの4つの特徴【その3】ドライバビリティ

そして3つめの特徴は、走りです。高効率な4気筒2L、TDIクリーンディーゼルエンジンによる走りは、ロングドライブも快適。エンジンの最高出力は110kW(150PS)/3500-4000rpm、最大トルクが340Nm(34.7kgm)/1750-3000rpmとなります。

 

最高出力、最大トルクの発生回転域が広く、クリーンディーゼルならではの余裕のある走りと高い経済性の両立をはかっています。組み合わされるトランスミッションは7速のDSGです。

↑クリーンディーゼル2.0L TDIエンジンと2.0L TDIエンジンの性能曲線

 

なお、燃料消費率はJCO8モードで19.5km/Lで、WLTCの高速道路モードでは21.0km/Lです。

 

T-Rocの4つの特徴【その4】全グレード標準の上位予防安全装備

最後、4つめの特徴は予防安全装備です。MQBプラットフォームにより、今まで上位機種に採用されている充実した予防安全装備が全グレードに用意されました。全車速追従機能付きACC(アダプティブクルーズコントロール)や、車線の逸脱防止などをサポートするLane Assist(レーンキープアシストシステム)を標準装備。これによって快適で安全な運転が実現しました。

 

近年では、車内の人の安全だけでなく、車外の人に対する「対人安全性」が重要視されています。VWでは歩行者などの人を検知するシステムにカメラではなくレーダーを用いて、雨や夜の視界の悪い時に人を見つけやすい特徴があります。このような上位機種に使用されていた安全装備がクラスを超えて充実しているのもT-Rocの特徴ですね。

↑ACC作動イメージ。上級車種と同等の予防安全装備が充実しています

 

いかがでしょう、オールマイティに使える丁度良いSUV。VW T-Rocのイメージは掴めたでしょうか? 平日は街での生活を豊かにしてくれるT-Roc。スポーティで都会的なデザイン、そのコンパクトなボディと日本の道でも扱いやすい操作性によって週末には街を出ることが楽しみになります。

 

気になる各グレードの販売価格(すべて税込)はTDI Styleが384万9000円、TDI Style Design Packageが405万9000円、TDI Sportが419万9000円、TDI R-Lineが453万9000円となります。

↑各グレード別の外観イメージ

 

 

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今も各地で働き続ける「譲渡車両」に迫る〈元首都圏私鉄電車の場合〉

〜〜首都圏を走った私鉄電車のその後1〜〜

 

旅先で、かつて身近に走っていた電車に出会い、とても懐かしく感じられることがないだろうか。首都圏や京阪神を走っていた当時の“高性能電車”の多くが、各地の私鉄路線に移り、第2の人生をおくっている。

 

今回は、首都圏を走った大手私鉄の電車のうち、車両数が多い元東急、元西武鉄道以外の電車にこだわって、その後の姿を追ってみた。かつての姿を色濃く残す電車がある一方で、大きくイメージを変えた電車もあった。

 

【関連記事】
今も各地で活躍する「譲渡車両」に迫る〈元JR電車の場合〉

 

【注目の譲渡車両①】東急・西武以外では元京王電車の姿が目立つ

↑富士急行の1000形は元京王の5000系(初代)。写真はリバイバル塗装車。筆者が少年時代に京王線で出会った車両(右上)とほぼ同じ

 

大手私鉄の電車の中で各地の鉄道会社へ譲渡されることが多いのが、東急と西武鉄道の電車だ。それぞれ自社系列の工場で整備、改造を施した電車が、導入されるとあって、地方の鉄道会社にとってもありがたい存在でもある。

 

この東急と西武鉄道に次いで、各地の鉄道会社で走る車両数が多いのが、京王電鉄の電車だ。意外かも知れないが、これは京王グループの一員でもある京王重機整備という会社の存在が大きい。

 

この会社は京王電鉄の本線系統、井の頭線の電車の整備点検を行う。さらに引退した電車を、各地の鉄道会社用に、改造、整備をした上で送り出す仕事も請け負っている。年期の入った車両でも機器などを新しいものに変更し、またそれぞれの会社の実情にあった改造を施す。

 

さて各地で活躍する元京王の電車だが、多いのは5000系(初代)と3000系の2形式だ。各地で活躍中の車両の姿を紹介しよう。

 

 

【注目の譲渡車両②】今も各地で活躍し続ける元京王5000系

↑1995年から走る一畑電車の2100系。写真はイベント車両「楯縫」。2両×4編成が走るが、新車の導入で編成数は徐々に減りつつある

 

使われる車両が多い元京王の5000系。同車両は車体の長さが18mと短めということもあり、ホームの長さなどの制約があり、また定員数が少なめでもよい車両を求める地方の鉄道会社としては、運用しやすい車両となっている。

 

この5000系はどこの鉄道会社を走っているのだろうか。以下の会社で形式名を変更されて走っている。

鉄道会社 形式名
富士急行(山梨県) 1000形・1200形
一畑電車(島根県) 2100系
高松琴平電気鉄道(香川県) 1100形
伊予鉄道(愛媛県) 700系

*ほか岳南電車、銚子電気鉄道の元京王5000系は後述

 

初代の京王5000系は、京王電鉄京王線系統用に造られた電車で1963(昭和38)年に登場した。登場したころの京王線は、新宿近辺に残っていた道路併用区間を地下化し、架線電圧を1500Vに昇圧したばかりで、それに合わせた車両が必要となっていた。そのために5000系を新開発した。5000系は優秀な電車で当時の鉄道友の会ローレル賞を受賞している。1969年までに計155両が製造された。すでに京王線からは1996(平成8)年に引退している。

 

この引退に合わせるように、各地の鉄道会社へ引き取られていった。当時の優秀な電車とはいえ、すでに車歴は50年以上となる。これまで使われてきた要因の一つには、やはり京王重機整備のメンテナンスに負うところが大きい。

 

写真で、各社のその後の5000系の姿を見ておこう。各社それぞれ、塗り直され、独自の趣が濃くなっている。とはいえ、顔つきは、やはり京王5000系そのもの。特徴が強く残されていることも確かだ。

↑高松琴平電気鉄道の1100形。1997年以来、琴平線を走る。入線時の改造で、機器や台車などが変更されている

 

↑伊予鉄道700系。1987年から1994年にかけて導入された。現在はオレンジ色1色に塗り替えられ走り続けている

 

各地の鉄道会社に引き取られてすでに四半世紀。その間にかなり手を入れられ走り続ける元京王5000系がある。次は大きく改造されたその姿を見てみよう。

【注目の譲渡車両③】大きく姿を変えて走る元京王5000系

◆富士急行(山梨県)1200形「富士登山電車」

↑元京王5000系を改造した富士急行の富士登山電車。さび朱色という車体カラーで、内装は木を多用、展望席などを設け観光列車化した(左上)

 

富士急行の観光列車「富士登山電車」。元京王の5000系の改造電車で、まずは車体の塗装を富士急行開業当時の車体色「さび朱色」とした。内部を大きく改造し、クロスシート主体に。また窓側に展望席、そしてソファを設けるなど、観光列車としてイメージを一新している。外観は元5000系と変りは無いものの、中身はまったく違う造りとなっている。

 

◆一畑電車(島根県)5000系

↑前面の姿も大きく変更された一畑電車5000系。扉を片側2ドアに、座席もクロスシート主体に改造されている

 

大きく改造された元京王5000系がもう一系列ある。一畑電車では、元5000系のスタイルを踏襲した2100系とは別に、5000系という電車2両2編成が走る。京王重機整備で元京王5000系を観光用として改造した電車だ。

 

元5000系は正面の中央に貫通扉が付いているところが特徴だったが、この電車は貫通扉をなくし、前照灯の形と位置も大きく変えている。車内はクロスシートが主体の座席配置に変更し、乗降扉は2ドアとしている。元の電車が何なのか、分からないほどに様変わりしているのだ。

 

それぞれの鉄道会社に引き取られた元京王5000系は、車歴も古くなり、徐々に引退しつつある。しかし、こうして大改造された車両は、それぞれの鉄道会社で、この先しばらくの間は、主力電車として活躍し続けそうである。

 

 

【注目の譲渡車両④】第3のご奉公先という古参5000系が走る

◆岳南電車(静岡県)9000形

↑岳南電車の9000形。京王電鉄、富士急行、そして岳南電車が3社めという古参車両だが整備され塗装し直され新しい電車のように見える

 

元京王5000系には譲渡先から、さらに譲渡先に渡る、すなわち第3の奉公先という電車も出てきている。それだけ長持ちし、扱いやすい電車なのだろう。

 

岳南電車の9000形も第3の奉公先となった電車だ。元は富士急行の1200形だった。富士急行は岳南電車にとって親会社で、これまで岳南電車を走ってきた7000形(後述)の不具合もあり、自社を走っていた1200形を京王重機で改造工事を施した上で、岳南電車に入線させた。新たに塗装し直された姿は、富士急行当時とは、また違った姿で新鮮な印象を受ける。

 

◆銚子電気鉄道(千葉県)3000形

↑銚子電気鉄道の3000形。同社では最も“新しい”車両だ。伊予鉄道を経て千葉県の銚子へやってきた

 

千葉県を走る銚子電気鉄道にも元京王の5000系が走っている。この電車、元は愛媛県の伊予鉄道700系だった。どうして四国を経て、千葉県へとやってきたのだろうか。銚子電気鉄道は、架線の電圧が直流600Vだ。ちなみに京王電鉄をはじめ多くの路線が直流1500Vである。そのため改造しないと、京王電鉄の電車をそのまま銚子電気鉄道で走らせることができない。

 

銚子電気鉄道は、多くの方が知るように経営に余裕がない。そのため輸送費を使ってでも、同じ600V電化に対応するため、改造された伊予鉄道(750V電化区間もあり)の電車を希望したわけである。

 

見た目は、同じ元京王5000系でも、各社に合わせて改造が行われ、またさまざまな経緯を経て今を迎えているわけだ。

 

ちなみに銚子電気鉄道には、ほかに2編成、5000系とほぼ同じ顔を持つ電車が走っている。この電車のたどってきた経緯も興味深い。

 

 

【注目の譲渡車両⑤】ユニークな履歴を持つ銚子の2000形

◆銚子電気鉄道(千葉県)2000形

↑レトロな塗装が施された銚子電気鉄道の2000形は前後で姿が異なる。一方は“湘南”顔で、一方は元5000系の顔形をしている(左上)

 

銚子電気鉄道には3000形以外に2000形という電車が2両×2編成走っている。この電車、外川駅側の正面は、元京王5000系に良く似た形をしている。よく見ると元5000系の正面が左右のスソが絞られる形状なのに対して、この2000形の正面はスソがそのまま下までストレートに延びている。さてこの電車の大元は何だったのだろう。

 

銚子へやってくる前は3000形と同じように伊予鉄道を走っていた。伊予鉄道での形式は800系で、大元をたどると京王電鉄の2010系だった。京王電鉄からは多くの譲渡車両が地方の各社に渡っているが、京王重機整備が手がけた譲渡車両の第1号電車でもあった。台車は軌間幅に合わせて、井の頭線用のものに変更するなど、大改造を施されて四国へ渡っている。

 

さらに伊予鉄道へ渡ったのちにも、京王重機の出張工事により、現在の貫通扉付の運転台を取り付ける改造工事が行われた。譲渡後も、至れり尽くせりのサービスが行われていたわけである。

 

こうして改造された伊予鉄道800系だったが、元京王3000系の譲渡車両が新たに伊予鉄道に導入されたこともあり、同じ600V電化という縁もあり、銚子へやってきた。

 

ということで、形は5000系と良く似ているが、元京王の電車だったものの、元5000系とは別の車両だったわけである。譲渡車両は、なかなか奥が深い経緯をもった車両が隠されていて興味深い。

【注目の譲渡車両⑥】元京王3000系も各地で働いている

元京王5000系とともに、今も各地の鉄道会社に引き継がれ、使われて続けている元京王の電車がある。京王井の頭線を走った3000系である。この3000系も、各鉄道会社へ譲渡される時には京王重機整備が改造と整備を行なっている。

 

京王3000系は1962(昭和37)年〜1991(平成3)年まで計145両が製造された。井の頭線の主力車両で、2011年の暮れまで渋谷駅〜吉祥寺駅間を走っていた。当時に乗車した記憶をお持ちの方も多いのではないだろうか。さて、どこの会社に引き継がれたのだろう。

 

◆上毛電気鉄道(群馬県)700型

↑上毛電気鉄道の桐生球場前駅付近を走る700型。この電車が以前に走った井の頭公園を彷彿させる美しい桜並木が沿線に連なる

 

京王3000系には初期のオリジナルタイプと、後年にリニューアルされ、正面の窓が側面まで拡大されたタイプがある。上毛電鉄には初期のオリジナルタイプで、1998年から2000年に2両×8編成が同会社に引き渡された。

 

正面の色は井の頭線当時を彷彿させるカラフルな姿だ。8編成すべての色が異なり、路線を彩る。2両という短い編成は往時と異なるものの、井の頭線当時の様子をより伝える佇まいと言って良いだろう。

 

同社からは新型の後継車が導入されるという話しも伝わってきている。700型は元3000系のオリジナルな姿を残す車両だけに、今後が気になるところだ。

 

◆北陸鉄道(石川県)8000系・7700系

↑北陸鉄道浅野川線を走る8000系。2両×5編成が走るが、正面と帯の色はサーモンピンクのみとなっている

 

石川県に浅野川線と石川線の2本の路線を持つ北陸鉄道。同鉄道には2両×6編成が京王重機整備の改造・整備を経て導入された。すべてオリジナルタイプの車両で、形式名は浅野川線が8000系で5編成、石川線は7700系で1編成が1996年から2006年にかけて導入された。

 

同浅野川線には、東京メトロ日比谷線を走った03系(詳細後述)4両の導入が進められている。元京王3000系のみだった浅野川線の趣も、今後は変わっていきそうだ。

 

◆アルピコ交通上高地線(長野県)3000系

↑元京王3000系のリニューアル後の車両が導入されたアルピコ交通。白地に虹色のストライプ模様が入ったアルピコカラーで走る

 

1999年〜2000年にかけて導入されたアルピコ交通3000系。元京王井の頭線当時の形式名をそのまま引き継いでいる。リニューアルされた後の3000系を元に京王重機整備で改造・整備が行われた上で導入されている。北アルプスなどの山景色、雪景色を見ながら走る姿が絵になる。

 

◆伊予鉄道(愛媛県)3000系

↑3両編成で走る伊予鉄道3000系。伊予鉄道には路面電車との平面交差(写真)する踏切があり、同区間は直流600Vで電化されている

 

伊予鉄道の電車は600Vと750Vの2種類の架線電圧を跨いで走ることが必要となる。そのため入線にあたっては京王重機整備で、改造・整備が行われた。改造の際には省力化に有効なVVVFインバータ装置(ブレーキチョッパ装置付き)も搭載されている。当初、正面の色がアイボリーだったが、その後に伊予鉄道が進める車体の全面的な塗り替えが行われ、今は車体のステンレス部分を含めて、オレンジ一色となり、電車のイメージも一新されている。

 

 

【注目の譲渡車両⑦】前後に運転台を持つ岳南電車の元3000系

◆岳南電車(静岡県)7000形・8000形

↑元京王3000系としては異色の存在の岳南電車7000形。1両での運行が可能なように両側に運転台が設けられている

 

静岡県を走る岳南電車には1996年と1997年に元京王3000系を1両化した7000形3編成と、2002年に8000形2両1編成が導入された。

 

ユニークなのは前後に運転台を持つ7000形である。元は運転台のない中間車だった。そこで岳南電車に導入にあたり、京王重機整備で運転台をつける大改造を受けている。長年にわたり、日中の主力車両として走り続けてきたが、2018年に1編成に故障が起きて運用を離脱。そのため前述したように富士急行から元5000系にあたる1200形を改造した上で導入している。

 

今後も元京王3000系由来の名物車として富士山麓を走ってもらいたいものだ。

 

【注目の譲渡車両⑧】元日比谷線の電車が人気となった理由は?

↑熊本電気鉄道の03形は、元日比谷線を走った03系だ。外観はシルバーで元のままだが、排障器はいかついものに変更されている

 

近年、地方の鉄道会社から熱い視線をあびていた首都圏の車両がある。それが東京メトロ日比谷線を長年、走り続けてきた03系である。なぜ人気なのか。

 

その理由は1988(昭和63)年に登場した比較的新しい車両であること。アルミ製車体で腐食が少ないこと。さらに車体の長さが18m〜18.1mと首都圏を走る多くの車両の長さ20mに比べて短いということが大きい。

 

東京メトロの車両サイクルは約30年前後が一般的だが、03系の後期タイプ、もしくは代換新造車にいたっては、20年にも満たない車両だった。

 

そうした利点もあり、現在、長野電鉄、北陸鉄道、熊本電気鉄道に導入され、一部は、すでに走り始めている。

鉄道会社 形式名
長野電鉄(長野県) 3000系
北陸鉄道(石川県) 形式名未定
熊本電気鉄道(熊本県) 03形

 

最初に元日比谷線03系を導入したのが熊本電気鉄道で、03形としてすでに走り始めている。今年度中に2両×3編成が走る予定だ。

 

次いで走り始めたのが長野電鉄。今年の初夏から走り始める予定だった。ところが、コロナ禍のため、走り始める日程を発表するとファンが集まる心配があったことから、未発表のまま、すでに走り始めている。

 

北陸鉄道では浅野川線に導入の予定で、計4両が近日中に走り始める見込みだ。熊本電気鉄道の元03系は、日比谷線を走っていた当時のスタイルのほぼそのまま、長野電鉄では銀色の帯から赤い色の帯に変更されて走り始めている。

 

◆長野電鉄(長野県)3500系

↑セミステンレス車体特有の波板(コルゲート板)が特徴の長野電鉄3500系。03系の導入でいよいよ引退となりそうだ

 

長野電鉄が元03系の3000系を導入したことによって、元日比谷線の3500系が引退となりそうだ。長野電鉄3500系は元営団3000系で、日比谷線用に1961(昭和36)年から1971(昭和46)年にかけて304両が製造された。長野電鉄には計37両が譲渡された。営団3000系が譲渡されたのは長野電鉄のみで、長年、長野電鉄の“顔”として親しまれてきた。

 

同じ日比谷線出身の後輩03系の導入で、先輩が引退となるわけだ。何とも不思議な縁を感じる。ちなみに2017年には長野電鉄の3500系2両が東京メトロに戻されている。いわば2両のみ“里帰り”を果たしたわけである。

 

 

【注目の譲渡車両⑨】元都営の地下鉄が地方の主力車として走る

◆秩父鉄道(埼玉県)5000系

↑秩父鉄道の5000系。元三田線6000形で、秩父鉄道へは12両が入線し、今も主力電車として走り続けている

 

◆熊本電気鉄道(熊本県)6000形

↑熊本電気鉄道の名物区間、併用軌道区間を走る6000形。長さ20mの車両が併用軌道を走る姿が見られる。前面の排障器の形が面白い

 

東京の都心を南北に貫く都営地下鉄三田線。路線開業時に登場したのが6000形だった。製造されたのは1968(昭和43)年〜1976(昭和51)年で、計168両が1999年まで走り続けた。車体は外板がステンレス鋼、普通鋼を骨組みに使ったセミステンレスと呼ばれる車体となっている。鉄道友の会のローレル賞を受賞している。

 

この車両を整備・改造の上で、導入したのが秩父鉄道と熊本電気鉄道。車両の編成が短くなっているものの、三田線当時の水色の帯を残した姿で、往時を偲ぶ姿が楽しめる。

 

◆熊本電気鉄道(熊本県)01形

↑元銀座線01系が熊本電気鉄道01形となって名物併用軌道区間を走る。元の姿を残しつつも、熊本らしい佇まいがほほ笑ましい

 

熊本電気鉄道では03形、6000形以外にも、東京の都心を走った車両が姿を変えて走り続けている。01形である。01形はご覧の通り東京メトロ銀座線を走った01系である。01系は1983(昭和58)年から1997(平成9)年にかけて計228両が製造された。引退したのは2017年と、つい最近のことである。

 

熊本に渡った元01系は2両×2編成。西鉄テクノサービスで改造され、2015年春から走り始めている。銀座線当時、01系は、パンタグラフではなく、電気が通るサードレールから集電靴(コレクターシュー)によって集電して走っていた。熊本では、もちろん架線から集電するために、パンタグラフが新しく付けられた。パンタグラフを高々とかかげる姿は、銀座線当時を知っている者にとっては不思議に見えつつも、意外に似合っているようにも感じてしまう。

【注目の譲渡車両⑩】讃岐らしい風景の中を走る元京急の電車

◆高松琴平電気鉄道(香川県)1070形、1080形、1200形、1300形

↑高松琴平鉄道琴平線を走る1200形。讃岐らしいため池を横に見て走る。写真の車両はラッピング車両のため黄色一色で目立つ

 

京浜急行電鉄の電車といえば、高性能な電車づくりで定評がある。ところが、譲渡車両は少ない。唯一、元京急の車両を導入しているのが香川県を走る高松琴平電気鉄道(以下「ことでん」と略)のみだ。なぜなのだろう。

 

京急は1435mmという軌間を使っている。ことでんも1435mmと地方私鉄の路線としては珍しい軌間が使われる。元京急の電車が導入されている理由には、この幅が同じということが大きい。ちなみに、ことでんでは他に名古屋市営地下鉄の元電車と、京王の元電車が使われているが、名古屋市営地下鉄の東山線、名城線などの軌間は1435mmとなっている。京王のみ1372mmと異色だが、これは京王重機整備が改造を請け負ったこともあり、問題なくことでんに入線している。

 

ことでんには元京急の電車が4種類、引き継がれている。1070形が元京急600形(2代目)、1080形が元京急1000形(初代)。1200形が元京急700形(2代目)、1300形が元京急1000形(初代)という布陣だ。計44両と、ことでんのなかでは大所帯となっている。元京急の電車はことでん電車の冷房化にも貢献した車両でもあった。

 

ことでんでは京急時代の赤い車体に白い帯のリバイバル車両を復活させた。ひと時代前の京急を走った、やや丸みを帯びた車両が、讃岐路を存分に走る姿を痛快に感じるのは筆者だけだろうか。

↑高松城を横に見つつ走ることでん長尾線の1300形。元京急1000形(初代)だ。丸みを帯びた姿に懐かしさを感じる方も多いのでは

 

 

【注目の譲渡車両⑪】元ロマンスカーが甲信越を走り続ける

最後に首都圏を走った特急形電車で、他社に引き継がれた電車に触れておこう(西武鉄道の車両を除く)。小田急ロマンスカーの2形式が甲信越で働いている。両者とも、今も有料特急として輝く存在だ。

 

◆長野電鉄(長野県)1000系「ゆけむり」

↑長野電鉄1000系が志賀などの山々を背景に走る。元小田急の10000形だ。前後先頭車には人気の展望席が設けられる

 

長野電鉄の1000系は元小田急のロマンスカー10000形で小田急当時は「HiSE」という愛称がついていた。1987〜1989年製造と比較的、新しかったが、車内がハイデッカー構造で、バリアフリー化に向かないこともあり、2012年に引退に追い込まれた。

 

この車両のうち4両×2編成が長野鉄道へ譲渡され、2006年から走り始めた。愛称は路線に湯田中温泉など温泉が多いことから「ゆけむり」と名付けられた。

 

同列車は有料特急ながら、運賃+特急券(100円)と手軽に乗車が可能だ。前後の展望席も自由席とあって、人気になっている。

 

◆富士急行(山梨県)8000系「フジサン特急」

↑富士急行8000系「フジサン特急」。車体にはたくさんの“フジサンキャラ”が描かれる。1号車は指定席、2・3号車は自由席となっている

 

富士急行の8000系。元は小田急20000形RSEで、1990〜1991年に7両×2編成が造られた。この電車も小田急10000形と同じく、ハイデッカー構造+2階席があったことから、バリアフリー化の影響を受け、2012年に引退している。

 

富士急行では、この元小田急20000形3両を譲り受け、大改造を施した。フジサンのイラストが全面に描かれた「フジサン特急」として生まれ変わり、2014年の7月から走り始めている。特急券は自由席が200円〜400円で、1号車の指定席はプラス200円が必要となる。

 

小田急当時のRSEの面影は消えているものの、“愉しさ満開”といった姿で、すっかり富士急行の名物列車となっている。

新型LSの進化点とは? 日本が誇るフラッグシップセダンの新時代

2020年7月7日、LEXUSのフラッグシップモデル「LS」のニューモデルが世界初公開となりました。日本での発売は2020年初冬を予定しています。

 

LSは1989年のデビュー以来、30年以上にわたりLEXUSのフラッグシップを守。圧倒的な静粛性と快適性は乗ったことがある人なら納得いただけるはず。今回のニューモデルでもその静粛性と乗り心地の大幅な向上がはかられています。そして、単に静かに快適になったというだけではないのがLEXUSの進化であり深化なのです。

 

日本ならではの美意識を具現化

ますは新型LSの外観の主な変更点から見ていきましょう。新色の銀影(ぎんえい)ラスターは、時の移ろいや環境の変化の中で美しいと感じられる「月の道」をモチーフにしています。これは、満月前後の数日に見られる月明かりが海面上で細長い道となり、照らされた波のゆらぎのグラデーションが人を魅了する神秘的な自然現象です。ハイライトの美しい輝きと奥行きを感じる深い陰影感を演出しています。

 

アルミ蒸着を高密度で敷き詰める最新の塗装技術を用い実現したフラッグシップに相応しい新色となります。粒子感を感じさせない滑らかな質感は周囲の僅かな光を繊細にとらえ、様々な表情を見せる上質で特別なシルバーとなりました。

 

この新色だけでなく、新デザインでLEXUSのLを意識させる3眼ランプユニット。そして、そのクリアランスランプの下にはブレードスキャンAHSを搭載し、厚みのあるヘッドランプ形状により鋭く新しい表情を作っています。特徴的なスピンドルグリルのメッシュカラーはダークメタリックに変更され、よりフォーマルなシーンに配慮した上品さを表現しています。

 

リアスタイルはコンビネーションランプ内のメッキモールをピアノブラックに変更して厚みを感じるランプ形状としました。

 

Fスポーツではサブラジエーターグリルのガーニッシュをサイドまで回り込ませることでワイドなスタンスを強調させています。専用色のスピンドルグリルや20インチホイールなどのアイテムなどの採用でスポーティなイメージを際立たせました。

 

続いて、インテリア。

 

外観に合わせコーディネートされ、オーナメントに西陣や箔を新規に設定しています。西陣織の銀糸やプラチナ箔の輝きはまさに「月の道」。12.3インチのワイドディスプレイとスマートフォンを連携させることで画面操作、音声操作が可能なタッチディスプレイを採用しています。ハンドルとセンターコンソールのスイッチ類を黒で統一し、視認性の向上と端正な印象の演出をしています。そして使用頻度の高いシートヒーターやステアリングヒーターの操作画面表示スイッチをセンターコンソールに追加するなど、細かな操作性の向上にも抜かりがありません。

 

Lexus Driving Signatureの深化、上質な走りの追求

新型LSの走行性についてはどうなのでしょうか? LEXUSのフラッグシップモデルには人の感性を大切にし、進化させることが求められます。ドアをあけ、シートに触れ、座ったときに感じる上質感、安心感。LEXUSの世界はそこから始まっています。今回のモデルチェンジでシート表皮の縫い位置をより深い位置に変更し、ウレタンパッドに低反発素材を採用するなど、細やかに「人」の印象の向上を目指し他進化をしています。

 

シャーシ側では新たにAVSソレノイドを開発し、可変減衰力により減衰力の最適化が計られています。さらにランフラットタイヤの剛性とスタビライザーバーの剛性バランスの見直し、エンジンマウント内のオリフィス変更による減衰特性の変更など、振動の吸収と新たなシートの座り心地がもたらす快適性は筆舌に尽くしがたいものです。ドライバーズシート、それ以外のシートそのどこに座っても感じることのできる「落ち着いた上質」こそがLSの世界といえます。

 

ハイブリッド車のLS500hの加速時のバッテリーアシスト量を見直し、使用頻度の多い走行領域での加速時にパワーアシスト量を増加しています。発進加速時のエンジン回転数も低減させ、余裕を感じさせながら静粛性を増す絶妙なセッティングが施されています。また、ガソリンエンジン車のLS500では使用頻度の多い走行領域でのトルクの立ち上がりを向上させ、加速時のパフォーマンスを大きく向上させています。

 

そのトルク特性の変化によって、シフトスケジュールをより効率よく見直すことに成功しました。各ギアでの加速領域の拡大に伴い、加速時の余計なシフトダウン頻度を低減しています。LS500h、LS500共にANC(Active Noise Control)/ESE(Engine Sound Enhancement)のチューニングの変更による静粛性の違いには驚かされるはずです。

 

LEXUS Teammateって何?

人の感性に寄り添った最新の高度運転支援技術を「LEXUS Teammate」と呼びます。これはクルマが人から運転を奪うのでも、人に取って代わるのでもなく、『人とクルマが気持ちの通った仲間のようにお互いを高め合い。共に走る』というトヨタ自動車独自の「Mobility Teammate Concept」に基づいて開発されています。特にLEXUS TeammateではPerceptive(高い認識性能)、Intelligent(知能化)、Interactive(ドライバーとクルマの対話)、Reliable(信頼性)、Upgradable(ソフトウェア・アップデート)という5つの技術的特徴を備えています。

 

最新の高度運転支援技術によって、ドライバー監視のもと、高速道路などの自動車専用道路での運転において実際の交通状況に応じて車載システムが認知、判断、操作を適切に支援します。車線・車間維持、分岐やレーンチェンジ、追い越しなどをスムーズに実現します。ドライバーに信頼される安全優先の運転操作を追求し、アクセル、ブレーキそしてハンドル操作からも解放され、長時間の運転における疲労軽減が可能となります。それによってより周辺に注意を払った安全な運転を可能としているのです。

 

また、最新の駐車支援技術によって駐車場でのハンドル操作、アクセル、ブレーキ、シフトチェンジに至るまでの全操作を車輌が支援します。カメラと超音波センサーによる全周囲監視と俯瞰絵像による切り返し位置や目標駐車位置を常に表示して安全/安心でスムーズな駐車を実現しています。

 

他にも、2019年8月にマイナーチェンジしたRXで世界初採用したブレードスキャンAHSを初採用。対向車や先行車を眩惑させることなく適切な配光を行い、ハイビームの広い照射範囲で歩行者や標識の認識を可能としました。さらに高解像度で大型なデジタルインナーミラーを採用し、後方の視認性も向上させています。

 

初代LSから追求してきたものは一貫して変わらない

最後にLEXUS International 佐藤 恒治社長からのメッセージを紹介しておきましょう。

 

「LSは、フラッグシップとしてイノベーションを追求し、常にお客様に新しい技術や価値を提供してまいりました。今回発表した新型の開発においては、初代から一貫して突き詰めてきた静粛性と乗り心地をさらに進化させ、高度運転支援技術Lexus Teammateの採用により、安全かつ安心なこれまでにない移動体験を目指しました。ドライバーは、アクセルやブレーキ、そしてハンドル操作などによる疲労が低減され、より運転に集中できるようになります。またクルマとドライバーの関係を熟知した自動車会社だからこそ出来る、敏腕ドライバーが運転しているような乗り心地を実現した運転支援と、クルマとドライバーが対話し、常にお互いの状況を正しく把握できるHMI(Human Machine Interface)が安心をもたらします。さらに、その開発を突き詰める過程では車両の基本性能も飛躍的に向上し、進化を果たしました。LEXUSは、これからも人間中心の考えのもと挑戦を続け、お客様お一人お一人のライフスタイルを豊かにする体験をお届けして参ります」。

 

人の感性と上質なハードとのコラボレーションを具現化している新型LEXUS LS。人間とクルマのよりよい関係に期待が持て、その発売が待たれます。

 

 

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新型LSの進化点とは? 日本が誇るフラッグシップセダンの新時代

2020年7月7日、LEXUSのフラッグシップモデル「LS」のニューモデルが世界初公開となりました。日本での発売は2020年初冬を予定しています。

 

LSは1989年のデビュー以来、30年以上にわたりLEXUSのフラッグシップを守。圧倒的な静粛性と快適性は乗ったことがある人なら納得いただけるはず。今回のニューモデルでもその静粛性と乗り心地の大幅な向上がはかられています。そして、単に静かに快適になったというだけではないのがLEXUSの進化であり深化なのです。

 

日本ならではの美意識を具現化

ますは新型LSの外観の主な変更点から見ていきましょう。新色の銀影(ぎんえい)ラスターは、時の移ろいや環境の変化の中で美しいと感じられる「月の道」をモチーフにしています。これは、満月前後の数日に見られる月明かりが海面上で細長い道となり、照らされた波のゆらぎのグラデーションが人を魅了する神秘的な自然現象です。ハイライトの美しい輝きと奥行きを感じる深い陰影感を演出しています。

 

アルミ蒸着を高密度で敷き詰める最新の塗装技術を用い実現したフラッグシップに相応しい新色となります。粒子感を感じさせない滑らかな質感は周囲の僅かな光を繊細にとらえ、様々な表情を見せる上質で特別なシルバーとなりました。

 

この新色だけでなく、新デザインでLEXUSのLを意識させる3眼ランプユニット。そして、そのクリアランスランプの下にはブレードスキャンAHSを搭載し、厚みのあるヘッドランプ形状により鋭く新しい表情を作っています。特徴的なスピンドルグリルのメッシュカラーはダークメタリックに変更され、よりフォーマルなシーンに配慮した上品さを表現しています。

 

リアスタイルはコンビネーションランプ内のメッキモールをピアノブラックに変更して厚みを感じるランプ形状としました。

 

Fスポーツではサブラジエーターグリルのガーニッシュをサイドまで回り込ませることでワイドなスタンスを強調させています。専用色のスピンドルグリルや20インチホイールなどのアイテムなどの採用でスポーティなイメージを際立たせました。

 

続いて、インテリア。

 

外観に合わせコーディネートされ、オーナメントに西陣や箔を新規に設定しています。西陣織の銀糸やプラチナ箔の輝きはまさに「月の道」。12.3インチのワイドディスプレイとスマートフォンを連携させることで画面操作、音声操作が可能なタッチディスプレイを採用しています。ハンドルとセンターコンソールのスイッチ類を黒で統一し、視認性の向上と端正な印象の演出をしています。そして使用頻度の高いシートヒーターやステアリングヒーターの操作画面表示スイッチをセンターコンソールに追加するなど、細かな操作性の向上にも抜かりがありません。

 

Lexus Driving Signatureの深化、上質な走りの追求

新型LSの走行性についてはどうなのでしょうか? LEXUSのフラッグシップモデルには人の感性を大切にし、進化させることが求められます。ドアをあけ、シートに触れ、座ったときに感じる上質感、安心感。LEXUSの世界はそこから始まっています。今回のモデルチェンジでシート表皮の縫い位置をより深い位置に変更し、ウレタンパッドに低反発素材を採用するなど、細やかに「人」の印象の向上を目指し他進化をしています。

 

シャーシ側では新たにAVSソレノイドを開発し、可変減衰力により減衰力の最適化が計られています。さらにランフラットタイヤの剛性とスタビライザーバーの剛性バランスの見直し、エンジンマウント内のオリフィス変更による減衰特性の変更など、振動の吸収と新たなシートの座り心地がもたらす快適性は筆舌に尽くしがたいものです。ドライバーズシート、それ以外のシートそのどこに座っても感じることのできる「落ち着いた上質」こそがLSの世界といえます。

 

ハイブリッド車のLS500hの加速時のバッテリーアシスト量を見直し、使用頻度の多い走行領域での加速時にパワーアシスト量を増加しています。発進加速時のエンジン回転数も低減させ、余裕を感じさせながら静粛性を増す絶妙なセッティングが施されています。また、ガソリンエンジン車のLS500では使用頻度の多い走行領域でのトルクの立ち上がりを向上させ、加速時のパフォーマンスを大きく向上させています。

 

そのトルク特性の変化によって、シフトスケジュールをより効率よく見直すことに成功しました。各ギアでの加速領域の拡大に伴い、加速時の余計なシフトダウン頻度を低減しています。LS500h、LS500共にANC(Active Noise Control)/ESE(Engine Sound Enhancement)のチューニングの変更による静粛性の違いには驚かされるはずです。

 

LEXUS Teammateって何?

人の感性に寄り添った最新の高度運転支援技術を「LEXUS Teammate」と呼びます。これはクルマが人から運転を奪うのでも、人に取って代わるのでもなく、『人とクルマが気持ちの通った仲間のようにお互いを高め合い。共に走る』というトヨタ自動車独自の「Mobility Teammate Concept」に基づいて開発されています。特にLEXUS TeammateではPerceptive(高い認識性能)、Intelligent(知能化)、Interactive(ドライバーとクルマの対話)、Reliable(信頼性)、Upgradable(ソフトウェア・アップデート)という5つの技術的特徴を備えています。

 

最新の高度運転支援技術によって、ドライバー監視のもと、高速道路などの自動車専用道路での運転において実際の交通状況に応じて車載システムが認知、判断、操作を適切に支援します。車線・車間維持、分岐やレーンチェンジ、追い越しなどをスムーズに実現します。ドライバーに信頼される安全優先の運転操作を追求し、アクセル、ブレーキそしてハンドル操作からも解放され、長時間の運転における疲労軽減が可能となります。それによってより周辺に注意を払った安全な運転を可能としているのです。

 

また、最新の駐車支援技術によって駐車場でのハンドル操作、アクセル、ブレーキ、シフトチェンジに至るまでの全操作を車輌が支援します。カメラと超音波センサーによる全周囲監視と俯瞰絵像による切り返し位置や目標駐車位置を常に表示して安全/安心でスムーズな駐車を実現しています。

 

他にも、2019年8月にマイナーチェンジしたRXで世界初採用したブレードスキャンAHSを初採用。対向車や先行車を眩惑させることなく適切な配光を行い、ハイビームの広い照射範囲で歩行者や標識の認識を可能としました。さらに高解像度で大型なデジタルインナーミラーを採用し、後方の視認性も向上させています。

 

初代LSから追求してきたものは一貫して変わらない

最後にLEXUS International 佐藤 恒治社長からのメッセージを紹介しておきましょう。

 

「LSは、フラッグシップとしてイノベーションを追求し、常にお客様に新しい技術や価値を提供してまいりました。今回発表した新型の開発においては、初代から一貫して突き詰めてきた静粛性と乗り心地をさらに進化させ、高度運転支援技術Lexus Teammateの採用により、安全かつ安心なこれまでにない移動体験を目指しました。ドライバーは、アクセルやブレーキ、そしてハンドル操作などによる疲労が低減され、より運転に集中できるようになります。またクルマとドライバーの関係を熟知した自動車会社だからこそ出来る、敏腕ドライバーが運転しているような乗り心地を実現した運転支援と、クルマとドライバーが対話し、常にお互いの状況を正しく把握できるHMI(Human Machine Interface)が安心をもたらします。さらに、その開発を突き詰める過程では車両の基本性能も飛躍的に向上し、進化を果たしました。LEXUSは、これからも人間中心の考えのもと挑戦を続け、お客様お一人お一人のライフスタイルを豊かにする体験をお届けして参ります」。

 

人の感性と上質なハードとのコラボレーションを具現化している新型LEXUS LS。人間とクルマのよりよい関係に期待が持て、その発売が待たれます。

 

 

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三菱ふそうの燃料電池トラックのプロトタイプ「eCanter F-Cell」を試乗。その詳細は?

昨年開催された「東京モーターショー2019」で、三菱ふそうトラック・バスは燃料電池小型トラックのコンセプトモデル『Vision F-CELL』を発表し、大きな注目を浴びました。今年3月にはこの車両を2020年代後半にも量産化することを発表。量産を目指して製作したプロトタイプ『eCanter F-Cell(以下:F-Cell)』も公開し、いよいよ商用車でも水素を燃料とする燃料電池車(FCV)が動き出すスケジュールを明らかにしたのです。その詳細について、試乗レポートも合わせてお届けします。

↑三菱ふそうが3月に発表したプロトタイプ『eCanter F-Cell』。2029年までの量産を目指して製作している

 

プロトタイプeCanter F-Cellが登場!

F-Cellが担う最大の目的は、燃料電池のパワーを利用することで、電動トラック『eCanter』で課題だった航続距離の問題を解決することです。eCanterは2017年に小型電気トラックとして発表しており、すでに日本、欧州および米国で合計150台以上が既に稼働中です。しかし、航続距離は100km程度にとどまり、搭載バッテリーの重さにより、積載量はディーゼルトラックよりも減ってしまっていました。F-Cellはこの課題を解決する使命を担って開発されたのです。

↑すでに日本、欧州および米国で合計150台以上が既に稼働中という「eCanter」(左)と並んだ「eCanter F-Cell」(右手前)

 

三菱ふそうが明らかにしたところでは、F-Cellには3本の水素タンクを搭載し、目指す航続距離は300km。実にeCanterの3倍もの航続距離を確保し、しかも最大積載量はディーゼルCanterと同等を達成できています(目標値)。そして、使い勝手も良好。水素の充填に要する時間は5~10分程度で済み、eCanterのように長時間にわたる充電時間は不要となるからです。搭載したリチウムイオン電池の容量は40kWhで、システム全体の最高出力は135kW。eCanterと同等のパワーを発揮しながら、それを上回る使い勝手の良さを実現しているのがF-Cellなのです。

↑プロトタイプeCanter F-Cellは、航続距離300kmを目標に開発。eCanterと同等の動力性能と積載量を目指した

 

↑市販されているeCanterとeCanter F-Cellの比較。航続距離を3倍にしつつ、充電(充填)時間を大幅に減らし、積載量もディーゼルと同等にした

 

試乗会の会場となったのは川崎市にある三菱ふそう事業所でした。会場にはF-Cellと、その比較試乗のためにeCanterが並んで用意されていました。既に市販されているeCanterは街を走るディーゼルCanterとほとんど違いが分かりませんが、F-CellはコンセプトモデルということもあってヘッドライトをLED化し、全体を専用のデカールシートでデザインされ、明らかに別モノということが分かります。

↑専用デカールシールで身をまとったeCanter F-Cell。ヘッドライトをLED化することで斬新さをアピール

 

↑プロトタイプeCanter F-Cellのリアビュー。カーゴスペースを犠牲にしていないのが大きなメリット

 

撮影していると、F-Cellの車体には「Re-Fire」のロゴマークがあることに気付きました。Re-Fireといえば、中国の独立系燃料電池サプライヤーで、世界有数の燃料電池システム開発会社であるカナダのバラード社と技術提携によって成長した会社。F-CellはこのRe-Fire製の燃料電池システムで動作することになっていたのです。

↑燃料電池システムとして搭載した「Re-Fire」のロゴマークがカーゴスペースの左サイドに貼られていた

 

この採用について開発者に伺うと、「あくまで東京モーターショーへの出展に間に合わせるためにRe-Fire製システムを採用したのであって、量産化を前提としているたわけではない」とのこと。ならばどうしてグループ内のダイムラー製のシステムは採用しなかったのでしょうか。「ダイムラーは乗用車向け車両で手いっぱいの状況で、製作期間やコストを踏まえ既成システムで展開できるRe-Fire製を採用することにした」とのことでした。

↑プロトタイプeCanter F-Cellの燃料電池システムは、既製のRe-Fire製を採用。そのためシステムのコンパクト化が課題となった

 

いよいよ2台を試乗してみた!

試乗はまずeCanterから行いました。踏み込んだ瞬間から力強いトルクでスタート!荷物を積んでいない状態とはいえ、その後もスムーズに加速していきます。ディーゼル車でも十分なトルク感は感じますが、振動も音もなく加速する様は従来の小型トラックのイメージを大きく覆すものです。まさにEVならではの走りだったと言えるでしょう。

 

続いて、いよいよF-Cellの試乗です。スタート時の力強さはeCanterとほぼ同じ感覚でした。が、その後が続きません。後ろから何かで引っ張られているような感じがして加速が伸びていかないのです。加速時に発生するエアコンプレッサーの音も気になりました。プロトタイプである以上、完成度は当然ながら低いのは仕方がないでしょうけど、走りや快適性でeCanterとの違いは明らかだったのです。

↑プロトタイプeCanter F-Cellの運転席周り。基本的にeCanterをベースとするが、シフトレバーは専用

 

試乗後、この印象をF-Cell開発者にぶつけてみると意外な回答が返ってきました。「F-Cellはプロトタイプと言うこともあり、ベースを量産車になる前のeCanterのものを使っている。それだけにコンポーネントのバージョンが古いので、制御がうまくできていないところもある」というのでした。なんと、F-CellはeCanterよりも古い仕様がベースとなっていたのです。開発者いわく、「正直言えば、燃料電池システムの開発にはきわめて高度な技術が要求される。今後はプロトタイプで得た知見を活かして(自社の)技術レベルを上げていきたい」と、量産に向けた意気込みを語っていました。

 

となると、気になるのは量産に向けた動きです。親会社であるダイムラーは将来的なビジョンとして、2029年までには燃料電池車を量産し、2039年までには販売をゼロエミッション車だけにすると発表しています。そのロードマップに従って三菱ふそうが発表したのがeCanter F-Cellでもあるわけです。

 

その中でポイントとなるのは積載量に影響を与えない燃料電池システムの開発です。開発者は「現状でも電池はフレーム内に収まっており、カーゴスペースを犠牲にはしていない。ただ、燃料電池システムのコンパクト化を進めることでタンクの増設が可能になり、航続距離の延長にもメリットが生まれる」と話します。また、調達先も必ずしもダイムラーだけにこだわっていないとも言います。「現状でダイムラーが用意しているのはタンクが太過ぎて4つ入れるのは難しい。システムのコンパクト化を行うなら、グループ外からの調達も視野に入れている」ということでした。

↑量産に当たっては燃料電池システムのコンパクト化により、燃料タンクをプロトタイプの3つから4つに増やす考え

 

↑水素の充填口はカーゴスペースの右サイドに用意。eCanter F-Cellのおおよそのスペックも記載されていた

 

今、世界中で燃料電池システムへの関心が急速に高まっています。少し前まではほとんど関心を示していなかったドイツまでも1兆円を超える巨額の水素投資の下、官民を挙げて燃料電池システムに本腰を入れ始めています。三菱ふそうがF-Cellの量産を目指す2029年以降、世界は燃料電池システムを巡って熱き戦いが展開されているのかも知れません。

 

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三菱ふそうの燃料電池トラックのプロトタイプ「eCanter F-Cell」を試乗。その詳細は?

昨年開催された「東京モーターショー2019」で、三菱ふそうトラック・バスは燃料電池小型トラックのコンセプトモデル『Vision F-CELL』を発表し、大きな注目を浴びました。今年3月にはこの車両を2020年代後半にも量産化することを発表。量産を目指して製作したプロトタイプ『eCanter F-Cell(以下:F-Cell)』も公開し、いよいよ商用車でも水素を燃料とする燃料電池車(FCV)が動き出すスケジュールを明らかにしたのです。その詳細について、試乗レポートも合わせてお届けします。

↑三菱ふそうが3月に発表したプロトタイプ『eCanter F-Cell』。2029年までの量産を目指して製作している

 

プロトタイプeCanter F-Cellが登場!

F-Cellが担う最大の目的は、燃料電池のパワーを利用することで、電動トラック『eCanter』で課題だった航続距離の問題を解決することです。eCanterは2017年に小型電気トラックとして発表しており、すでに日本、欧州および米国で合計150台以上が既に稼働中です。しかし、航続距離は100km程度にとどまり、搭載バッテリーの重さにより、積載量はディーゼルトラックよりも減ってしまっていました。F-Cellはこの課題を解決する使命を担って開発されたのです。

↑すでに日本、欧州および米国で合計150台以上が既に稼働中という「eCanter」(左)と並んだ「eCanter F-Cell」(右手前)

 

三菱ふそうが明らかにしたところでは、F-Cellには3本の水素タンクを搭載し、目指す航続距離は300km。実にeCanterの3倍もの航続距離を確保し、しかも最大積載量はディーゼルCanterと同等を達成できています(目標値)。そして、使い勝手も良好。水素の充填に要する時間は5~10分程度で済み、eCanterのように長時間にわたる充電時間は不要となるからです。搭載したリチウムイオン電池の容量は40kWhで、システム全体の最高出力は135kW。eCanterと同等のパワーを発揮しながら、それを上回る使い勝手の良さを実現しているのがF-Cellなのです。

↑プロトタイプeCanter F-Cellは、航続距離300kmを目標に開発。eCanterと同等の動力性能と積載量を目指した

 

↑市販されているeCanterとeCanter F-Cellの比較。航続距離を3倍にしつつ、充電(充填)時間を大幅に減らし、積載量もディーゼルと同等にした

 

試乗会の会場となったのは川崎市にある三菱ふそう事業所でした。会場にはF-Cellと、その比較試乗のためにeCanterが並んで用意されていました。既に市販されているeCanterは街を走るディーゼルCanterとほとんど違いが分かりませんが、F-CellはコンセプトモデルということもあってヘッドライトをLED化し、全体を専用のデカールシートでデザインされ、明らかに別モノということが分かります。

↑専用デカールシールで身をまとったeCanter F-Cell。ヘッドライトをLED化することで斬新さをアピール

 

↑プロトタイプeCanter F-Cellのリアビュー。カーゴスペースを犠牲にしていないのが大きなメリット

 

撮影していると、F-Cellの車体には「Re-Fire」のロゴマークがあることに気付きました。Re-Fireといえば、中国の独立系燃料電池サプライヤーで、世界有数の燃料電池システム開発会社であるカナダのバラード社と技術提携によって成長した会社。F-CellはこのRe-Fire製の燃料電池システムで動作することになっていたのです。

↑燃料電池システムとして搭載した「Re-Fire」のロゴマークがカーゴスペースの左サイドに貼られていた

 

この採用について開発者に伺うと、「あくまで東京モーターショーへの出展に間に合わせるためにRe-Fire製システムを採用したのであって、量産化を前提としているたわけではない」とのこと。ならばどうしてグループ内のダイムラー製のシステムは採用しなかったのでしょうか。「ダイムラーは乗用車向け車両で手いっぱいの状況で、製作期間やコストを踏まえ既成システムで展開できるRe-Fire製を採用することにした」とのことでした。

↑プロトタイプeCanter F-Cellの燃料電池システムは、既製のRe-Fire製を採用。そのためシステムのコンパクト化が課題となった

 

いよいよ2台を試乗してみた!

試乗はまずeCanterから行いました。踏み込んだ瞬間から力強いトルクでスタート!荷物を積んでいない状態とはいえ、その後もスムーズに加速していきます。ディーゼル車でも十分なトルク感は感じますが、振動も音もなく加速する様は従来の小型トラックのイメージを大きく覆すものです。まさにEVならではの走りだったと言えるでしょう。

 

続いて、いよいよF-Cellの試乗です。スタート時の力強さはeCanterとほぼ同じ感覚でした。が、その後が続きません。後ろから何かで引っ張られているような感じがして加速が伸びていかないのです。加速時に発生するエアコンプレッサーの音も気になりました。プロトタイプである以上、完成度は当然ながら低いのは仕方がないでしょうけど、走りや快適性でeCanterとの違いは明らかだったのです。

↑プロトタイプeCanter F-Cellの運転席周り。基本的にeCanterをベースとするが、シフトレバーは専用

 

試乗後、この印象をF-Cell開発者にぶつけてみると意外な回答が返ってきました。「F-Cellはプロトタイプと言うこともあり、ベースを量産車になる前のeCanterのものを使っている。それだけにコンポーネントのバージョンが古いので、制御がうまくできていないところもある」というのでした。なんと、F-CellはeCanterよりも古い仕様がベースとなっていたのです。開発者いわく、「正直言えば、燃料電池システムの開発にはきわめて高度な技術が要求される。今後はプロトタイプで得た知見を活かして(自社の)技術レベルを上げていきたい」と、量産に向けた意気込みを語っていました。

 

となると、気になるのは量産に向けた動きです。親会社であるダイムラーは将来的なビジョンとして、2029年までには燃料電池車を量産し、2039年までには販売をゼロエミッション車だけにすると発表しています。そのロードマップに従って三菱ふそうが発表したのがeCanter F-Cellでもあるわけです。

 

その中でポイントとなるのは積載量に影響を与えない燃料電池システムの開発です。開発者は「現状でも電池はフレーム内に収まっており、カーゴスペースを犠牲にはしていない。ただ、燃料電池システムのコンパクト化を進めることでタンクの増設が可能になり、航続距離の延長にもメリットが生まれる」と話します。また、調達先も必ずしもダイムラーだけにこだわっていないとも言います。「現状でダイムラーが用意しているのはタンクが太過ぎて4つ入れるのは難しい。システムのコンパクト化を行うなら、グループ外からの調達も視野に入れている」ということでした。

↑量産に当たっては燃料電池システムのコンパクト化により、燃料タンクをプロトタイプの3つから4つに増やす考え

 

↑水素の充填口はカーゴスペースの右サイドに用意。eCanter F-Cellのおおよそのスペックも記載されていた

 

今、世界中で燃料電池システムへの関心が急速に高まっています。少し前まではほとんど関心を示していなかったドイツまでも1兆円を超える巨額の水素投資の下、官民を挙げて燃料電池システムに本腰を入れ始めています。三菱ふそうがF-Cellの量産を目指す2029年以降、世界は燃料電池システムを巡って熱き戦いが展開されているのかも知れません。

 

【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】

三菱ふそうの燃料電池トラックのプロトタイプ「eCanter F-Cell」を試乗。その詳細は?

昨年開催された「東京モーターショー2019」で、三菱ふそうトラック・バスは燃料電池小型トラックのコンセプトモデル『Vision F-CELL』を発表し、大きな注目を浴びました。今年3月にはこの車両を2020年代後半にも量産化することを発表。量産を目指して製作したプロトタイプ『eCanter F-Cell(以下:F-Cell)』も公開し、いよいよ商用車でも水素を燃料とする燃料電池車(FCV)が動き出すスケジュールを明らかにしたのです。その詳細について、試乗レポートも合わせてお届けします。

↑三菱ふそうが3月に発表したプロトタイプ『eCanter F-Cell』。2029年までの量産を目指して製作している

 

プロトタイプeCanter F-Cellが登場!

F-Cellが担う最大の目的は、燃料電池のパワーを利用することで、電動トラック『eCanter』で課題だった航続距離の問題を解決することです。eCanterは2017年に小型電気トラックとして発表しており、すでに日本、欧州および米国で合計150台以上が既に稼働中です。しかし、航続距離は100km程度にとどまり、搭載バッテリーの重さにより、積載量はディーゼルトラックよりも減ってしまっていました。F-Cellはこの課題を解決する使命を担って開発されたのです。

↑すでに日本、欧州および米国で合計150台以上が既に稼働中という「eCanter」(左)と並んだ「eCanter F-Cell」(右手前)

 

三菱ふそうが明らかにしたところでは、F-Cellには3本の水素タンクを搭載し、目指す航続距離は300km。実にeCanterの3倍もの航続距離を確保し、しかも最大積載量はディーゼルCanterと同等を達成できています(目標値)。そして、使い勝手も良好。水素の充填に要する時間は5~10分程度で済み、eCanterのように長時間にわたる充電時間は不要となるからです。搭載したリチウムイオン電池の容量は40kWhで、システム全体の最高出力は135kW。eCanterと同等のパワーを発揮しながら、それを上回る使い勝手の良さを実現しているのがF-Cellなのです。

↑プロトタイプeCanter F-Cellは、航続距離300kmを目標に開発。eCanterと同等の動力性能と積載量を目指した

 

↑市販されているeCanterとeCanter F-Cellの比較。航続距離を3倍にしつつ、充電(充填)時間を大幅に減らし、積載量もディーゼルと同等にした

 

試乗会の会場となったのは川崎市にある三菱ふそう事業所でした。会場にはF-Cellと、その比較試乗のためにeCanterが並んで用意されていました。既に市販されているeCanterは街を走るディーゼルCanterとほとんど違いが分かりませんが、F-CellはコンセプトモデルということもあってヘッドライトをLED化し、全体を専用のデカールシートでデザインされ、明らかに別モノということが分かります。

↑専用デカールシールで身をまとったeCanter F-Cell。ヘッドライトをLED化することで斬新さをアピール

 

↑プロトタイプeCanter F-Cellのリアビュー。カーゴスペースを犠牲にしていないのが大きなメリット

 

撮影していると、F-Cellの車体には「Re-Fire」のロゴマークがあることに気付きました。Re-Fireといえば、中国の独立系燃料電池サプライヤーで、世界有数の燃料電池システム開発会社であるカナダのバラード社と技術提携によって成長した会社。F-CellはこのRe-Fire製の燃料電池システムで動作することになっていたのです。

↑燃料電池システムとして搭載した「Re-Fire」のロゴマークがカーゴスペースの左サイドに貼られていた

 

この採用について開発者に伺うと、「あくまで東京モーターショーへの出展に間に合わせるためにRe-Fire製システムを採用したのであって、量産化を前提としているたわけではない」とのこと。ならばどうしてグループ内のダイムラー製のシステムは採用しなかったのでしょうか。「ダイムラーは乗用車向け車両で手いっぱいの状況で、製作期間やコストを踏まえ既成システムで展開できるRe-Fire製を採用することにした」とのことでした。

↑プロトタイプeCanter F-Cellの燃料電池システムは、既製のRe-Fire製を採用。そのためシステムのコンパクト化が課題となった

 

いよいよ2台を試乗してみた!

試乗はまずeCanterから行いました。踏み込んだ瞬間から力強いトルクでスタート!荷物を積んでいない状態とはいえ、その後もスムーズに加速していきます。ディーゼル車でも十分なトルク感は感じますが、振動も音もなく加速する様は従来の小型トラックのイメージを大きく覆すものです。まさにEVならではの走りだったと言えるでしょう。

 

続いて、いよいよF-Cellの試乗です。スタート時の力強さはeCanterとほぼ同じ感覚でした。が、その後が続きません。後ろから何かで引っ張られているような感じがして加速が伸びていかないのです。加速時に発生するエアコンプレッサーの音も気になりました。プロトタイプである以上、完成度は当然ながら低いのは仕方がないでしょうけど、走りや快適性でeCanterとの違いは明らかだったのです。

↑プロトタイプeCanter F-Cellの運転席周り。基本的にeCanterをベースとするが、シフトレバーは専用

 

試乗後、この印象をF-Cell開発者にぶつけてみると意外な回答が返ってきました。「F-Cellはプロトタイプと言うこともあり、ベースを量産車になる前のeCanterのものを使っている。それだけにコンポーネントのバージョンが古いので、制御がうまくできていないところもある」というのでした。なんと、F-CellはeCanterよりも古い仕様がベースとなっていたのです。開発者いわく、「正直言えば、燃料電池システムの開発にはきわめて高度な技術が要求される。今後はプロトタイプで得た知見を活かして(自社の)技術レベルを上げていきたい」と、量産に向けた意気込みを語っていました。

 

となると、気になるのは量産に向けた動きです。親会社であるダイムラーは将来的なビジョンとして、2029年までには燃料電池車を量産し、2039年までには販売をゼロエミッション車だけにすると発表しています。そのロードマップに従って三菱ふそうが発表したのがeCanter F-Cellでもあるわけです。

 

その中でポイントとなるのは積載量に影響を与えない燃料電池システムの開発です。開発者は「現状でも電池はフレーム内に収まっており、カーゴスペースを犠牲にはしていない。ただ、燃料電池システムのコンパクト化を進めることでタンクの増設が可能になり、航続距離の延長にもメリットが生まれる」と話します。また、調達先も必ずしもダイムラーだけにこだわっていないとも言います。「現状でダイムラーが用意しているのはタンクが太過ぎて4つ入れるのは難しい。システムのコンパクト化を行うなら、グループ外からの調達も視野に入れている」ということでした。

↑量産に当たっては燃料電池システムのコンパクト化により、燃料タンクをプロトタイプの3つから4つに増やす考え

 

↑水素の充填口はカーゴスペースの右サイドに用意。eCanter F-Cellのおおよそのスペックも記載されていた

 

今、世界中で燃料電池システムへの関心が急速に高まっています。少し前まではほとんど関心を示していなかったドイツまでも1兆円を超える巨額の水素投資の下、官民を挙げて燃料電池システムに本腰を入れ始めています。三菱ふそうがF-Cellの量産を目指す2029年以降、世界は燃料電池システムを巡って熱き戦いが展開されているのかも知れません。

 

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「天気の子」バージョンのスーパーカブが本当に出た! ピンクの車体がいい感じ!

2019年に公開された新海 誠監督の劇場版アニメーション映画『天気の子』は観客動員数1000万人、興行収入140億円を超えた2019年公開映画No.1の大ヒットとなりました。劇中で主人公の森嶋 帆高(もりしま ほだか)がピンチの時に、はつらつとしたキャラクター夏美が乗るスーパーカブが帆高を救います。池袋から代々木を目指して帆高を後ろに乗せ疾走するスリリングなシーンが痛快で印象的でした。そこに登場するスーパーカブをモチーフに『天気の子』製作委員会監修のもと、製作されたのが「スーパーカブ『天気の子』ver.」なのです。

↑「スーパーカブ110・『天気の子』ver.」の価格は、31万3500円(税込)

 

実用車の代表のスーパーカブ?

今回、『天気の子』の劇中同様のサマーピンクのボディカラーにブラウンのシートの組み合わせたスーパーカブの実車が誕生しました。実はこのスペシャルモデル、当初映画のキャンペーン用の特別展示車両として作られ、2019年9月から開始された『天気の子』展のフォトスポットに登場したのです。

↑「スーパーカブ50・『天気の子』ver.」の価格は、26万9500円(税込)

 

実はホンダのスーパーカブは1958年(昭和33年)にデビューした当初からその外観は大きくは変わっていません。それはデビュー当初から乗り手のことを考えた優れたパッケージングと高い信頼性、そして圧倒的な低燃費を実現していたから。新聞配達、出前、郵便配達など、働くバイクとして、また世界の人々の足としてバイクの代名詞となるほど世界を走り回っています。その累計生産台数は1億台というのだから驚きです。

 

実はオシャレなスーパーカブ

実用的で働きもののスーパーカブでしたが、その絶対的な信頼性、多くのバリエーションによってお洒落な乗り物としてもスーパーカブの人気が高まってきました。今回の『天気の子』 Ver.は当初あくまでもイベント用で市販の予定はないと言われていました。しかし、2020年4月より始まった本田技研工業のバイクレンタルシステム=HondaGO BIKE RENTALの原付2種クラスでレンタル専用モデルとして設定。そして、それが話題となり劇中と同じ110ccモデルと原付の50ccモデルが限定で発売されることになったのです。中身は高い実用性を誇るスーパーカブのまま、サマーピンクのボディカラーとブラウンシートを採用。この限定車にはレッグシールドの内側上部に『天気の子』Ver.専用ステッカーも配置されプレミアム感を出しています。

↑『天気の子』Ver.ステッカー

 

受注期間限定販売は?

この「スーパーカブ50・『天気の子』Ver.」が500台限定、「スーパーカブ110・『天気の子』Ver.」が1500台限定で7月23日から受注期間限定で販売されることが決まりました。映画のワンシーンのように2人乗りするなら、110ccのスーパーカブ110ですよ! 受注終了は2020年10月31日までの予定となります。

↑成約者全員に劇中で夏美が使用していたヘルメットをプレゼント

 

 

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「天気の子」バージョンのスーパーカブが本当に出た! ピンクの車体がいい感じ!

2019年に公開された新海 誠監督の劇場版アニメーション映画『天気の子』は観客動員数1000万人、興行収入140億円を超えた2019年公開映画No.1の大ヒットとなりました。劇中で主人公の森嶋 帆高(もりしま ほだか)がピンチの時に、はつらつとしたキャラクター夏美が乗るスーパーカブが帆高を救います。池袋から代々木を目指して帆高を後ろに乗せ疾走するスリリングなシーンが痛快で印象的でした。そこに登場するスーパーカブをモチーフに『天気の子』製作委員会監修のもと、製作されたのが「スーパーカブ『天気の子』ver.」なのです。

↑「スーパーカブ110・『天気の子』ver.」の価格は、31万3500円(税込)

 

実用車の代表のスーパーカブ?

今回、『天気の子』の劇中同様のサマーピンクのボディカラーにブラウンのシートの組み合わせたスーパーカブの実車が誕生しました。実はこのスペシャルモデル、当初映画のキャンペーン用の特別展示車両として作られ、2019年9月から開始された『天気の子』展のフォトスポットに登場したのです。

↑「スーパーカブ50・『天気の子』ver.」の価格は、26万9500円(税込)

 

実はホンダのスーパーカブは1958年(昭和33年)にデビューした当初からその外観は大きくは変わっていません。それはデビュー当初から乗り手のことを考えた優れたパッケージングと高い信頼性、そして圧倒的な低燃費を実現していたから。新聞配達、出前、郵便配達など、働くバイクとして、また世界の人々の足としてバイクの代名詞となるほど世界を走り回っています。その累計生産台数は1億台というのだから驚きです。

 

実はオシャレなスーパーカブ

実用的で働きもののスーパーカブでしたが、その絶対的な信頼性、多くのバリエーションによってお洒落な乗り物としてもスーパーカブの人気が高まってきました。今回の『天気の子』 Ver.は当初あくまでもイベント用で市販の予定はないと言われていました。しかし、2020年4月より始まった本田技研工業のバイクレンタルシステム=HondaGO BIKE RENTALの原付2種クラスでレンタル専用モデルとして設定。そして、それが話題となり劇中と同じ110ccモデルと原付の50ccモデルが限定で発売されることになったのです。中身は高い実用性を誇るスーパーカブのまま、サマーピンクのボディカラーとブラウンシートを採用。この限定車にはレッグシールドの内側上部に『天気の子』Ver.専用ステッカーも配置されプレミアム感を出しています。

↑『天気の子』Ver.ステッカー

 

受注期間限定販売は?

この「スーパーカブ50・『天気の子』Ver.」が500台限定、「スーパーカブ110・『天気の子』Ver.」が1500台限定で7月23日から受注期間限定で販売されることが決まりました。映画のワンシーンのように2人乗りするなら、110ccのスーパーカブ110ですよ! 受注終了は2020年10月31日までの予定となります。

↑成約者全員に劇中で夏美が使用していたヘルメットをプレゼント

 

 

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孤軍奮闘のPND、パナソニック・ゴリラの最新作「CN-G1400VD」をインプレ! 根強い人気がわかる実力機だった

ポータブル型ナビと言えば、ひと昔前、一世を風靡したカーナビゲーションですが、今やスマートフォンに押されてすっかり姿を見なくなってしまいました。しかし、その中でも孤軍奮闘しているのがパナソニック「ゴリラ」です。ゴリラが誕生したのは今から25年前のこと。当時は旧三洋電機が販売していましたが、その流れは今、パナソニックに引き継がれ、累計出荷台数は529万台を突破。今もなお根強い人気を保ち続けているというわけです。

↑2020年型『ゴリラ』の最上位モデル「CN-G1400VD」(実売価格6万9800円)。他にFM-VICS非対応/地図更新なしの7V型モデル「CN-G740D」(実売価格5万8630円)と、同5V型モデル「CN-G540D」(実売価格4万1930円)をラインナップする

 

そこまでやるか!!の市街地カバーエリア拡大と、3年に一度の“全地図更新”機能

そのゴリラが今年、魅力的な進化を遂げました。その最大のポイントは、市街地図のカバーエリアを全国100%にまで広げたことです。これまでもゴリラは市街地図を1295都市で実現していましたが、2020年モデルではこれを全国すべてを対象とした1741都市へと拡大。カーナビで初めて、都市部だけでなく全国津々浦々、どこまで行っても建物の形状や土地の様子までも確認できるようになったのです。

↑2020年モデルでは家の形状が一軒ごとにわかる市街地図を全国の街へ広げた

 

もう一つは、上位機に無料搭載されてきた地図更新を3年に一度の全更新までもサポートしたことです。これまでも3年間にわたって2か月に一度、差分更新することができましたが、今回はそれに加えて、3年間に一度だけ“全地図更新”もサポートすることになったのです。これにより、3年の無料更新期限が近づいたところで全地図更新を行えば、そこから先も新しい地図データの下でゴリラを使い続けられるわけです。

 

今回のテストはダイハツ・ムーブのダッシュボードの上に取り付け、東京都内~千葉市周辺を往復して実施しました。

 

取り付けはとても簡単です。付属する電源ケーブルをシガーライターソケットに差し込み、FM-VICS用アンテナを本体に接続します。次に、付属の取付用プレートをダッシュボード上に貼り、ここに本体に取り付けた吸盤式スタンドを装着すればOKです。これだけでゴリラならではのGジャイロや、トリプル衛星による高精度測位が行われるのです。おそらく15分もあれば誰でも取り付けられるのではないでしょうか。

↑電源はシガーライターソケットから取るだけ。他にクルマと接続するものがないので、誰でも簡単に取り付けられる

 

目的地は多彩なカテゴリーから絞り込んで設定。操作に小気味よく反応するので、使っていてストレスはほとんど感じないでしょう。スマホのように音声入力することはできませんが、50音入力は知っている名称の一部を入れれば候補がリスト表示されます。

 

さらに目的地を設定する際に「周辺検索」「ガイドブック」を選べ、ガイドブックではJTBが監修した「るるぶDATA」を呼び出すことが可能。本体にはバッテリーも内蔵されていますから、出かけた先のホテル内で通信環境に左右されず周辺の見どころを簡単に探せます。これもゴリラならではの魅力なのです。

↑JTBが提供する「るるぶDATA」を収録。目的地設定時に簡単に周辺のガイド情報が呼び出せる

 

↑ワンセグTVにも対応。バッテリーも内蔵しているので、外へ持ち出して視聴することもできる

 

目的地を設定すると、ルートは条件別に最大5ルートまで候補を表示できます。通常は「自動」で選んでおけば間違いはないでしょう。ゴリラが案内するルートは安心して任せられるほどレベルが高く、スマホナビのような「?」が付くような案内をすることはほとんどありません。

 

さらに、FM-VICSで受信した「VICS-WIDE」による渋滞情報も反映する「スイテルート案内」が機能するので、交通状況の変化にもその都度対応してくれます。テスト中も何度もルート変更を提案し、そこにはどのぐらい時間を短縮できるのかも表示されていました。

↑方面案内の表示にも対応。進むべき方向も描かれているので安心して従える

 

↑FM-VICSで提供される「VICS-WIDE」に対応。一般道での旅行時間情報に基づき、目的地に早く着く「スイテルート」を案内する

 

↑「スイテルート」を反映したときの画面。ピンクの旧ルートに比べ、イエローの新ルートは距離も短くなり、目的地に6分早く到着することを示している

 

きめ細かい交通規制案内も魅力的!

きめ細かな交通規制の案内もゴリラならではの魅力です。一時停止に始まり、速度規制や合流案内、急カーブ、踏切案内、指定方向が禁止案内など、実に多彩な規制を画面上に音声案内を伴いながらポップアップ。交通規制を守るべきなのは言うまでもありませんが、初めての土地へ出掛けた時などは周囲に気を取られてつい見落としがちになります。そんな時でもこの案内があれば大いに助かるというわけです。一軒ずつ家の形や一方通行までがわかる市街地図は50mスケール以下で表示できます。12mスケールでは歩道の状況まで分かります。

↑各種交通規制や注意喚起に役立つ道路標識を、音声と共に画面上にポップアップして知らせる

 

↑渋滞情報は過去の統計情報(白抜きの渋滞情報)も反映される※CN-G1400VDのみ

 

また、高速道路では逆走に対してもしっかりサポートします。サービス/パーキングエリアで休んだ後に走り出すと画面上には「逆走注意アラーム」が音声と画面上で注意してくれるのです。それでも合流部まで進んで逆走を始めたら、アイコンと音声でそれを警告します。テストではさすがに再現は不可能でしたが、スタート時の注意アラームについては確認できました。逆走が社会問題化している現在、この機能の搭載は特に判断が鈍りがちな高齢者にとってもメリットは大きいと思います。

↑高速道路のサービスエリアやパーキングエリアで休憩した後、出発すると逆走のアラートが音声と共に案内される

 

↑高速道路など自動車専用道路の分岐点に近づくと、車線や方面案内までも正確に描いて進行方向ガイドする

 

測位精度はどうでしょうか。ビルが建て込んだ銀座周辺を走ってみましたが、位置がずれることは一度もありませんでした。エンジンを切って再スタートする時でも正確に位置を憶えていて、ここでも問題なし。ただ、地下駐車場に入ってエンジンを切り、再び地上へ出たときは正しい位置を示すのに1分程度かかりました。それでもクルマの向きはかなり早い段階で認識してくれ、どの方角に向かっているかは把握できました。

↑政令指定都市の主要交差点では、周囲の状況を正確に描く3Dビューで進行方向を案内。路面のカラー舗装まで描かれている

 

一方、道路の高低差は思ったほど正確ではありませんでした。首都高と一般道が重なる場所で正確に認識できたのは、今回のテストでも数回程度。インダッシュ型ナビのような精度は発揮できないようです。ただ、ゴリラにはこんな時に役立つ「道路切替」ボタンが用意されていて、これを押せばワンタッチで並行している道路に切り替えてくれます。

 

このボタンはデフォルトではメニュー内に用意されてますが、「G-LAUNCHER」ボタン内に設定しておくとより便利に使えると思います。ゴリラは高精度を追求する人にとっては能力的にも不足を感じるでしょう。かといって、停止すると自車位置が不安定になるスマホを使うよりははるかに安心できるとも言えます。

↑首都高など、都市高速の入口では3Dビューで入口を案内して進行方向をガイドする

 

↑並行する道路は正確に反映されないときはメニュー内にある「道路切替」を押せばいい。「G-LAUNCHER」内に設定すると便利だ

 

では、このゴリラはどんな人におすすめなのでしょうか。最適と思えるのが、すでにダッシュボードにオーディオなどが搭載されていて、これを交換せずに簡単にナビを追加したいという人です。運転に不安をおぼえ始めた高齢者などにも、ゴリラのきめ細かな規制案内が役立つでしょう。

 

一方、車速パルスを取ることができない旧車に乗っている人にとっても貴重なナビとなるはずです。全国津々浦々まで市街地図表示を実現し、交通規制までサポートすることで、分かりやすさと安心・安全をもたらした新型ゴリラ。ポータブル型ナビとして見逃せない一台となることは間違いありません。

 

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2022年開業に向けて準備が進む「芳賀・宇都宮LRT」――新路線に沿って歩いてみた

〜〜芳賀・宇都宮LRT整備事業(栃木県)〜〜

 

栃木県の中心、宇都宮市と東隣の芳賀町(はがまち)を結ぶLRT(ライトレールトランジット)路線の建設が進められている。橋りょう工事が進み、順次、車両の発注を進めるなど、より具体化し始めてきた。

 

既存の路面電車網を活かす街は全国にあるものの、線路を新たに敷き、電車を走らせる街は、全国で初めてのことになる。なぜ、宇都宮市はLRTの導入を進めたのか、現地で続く工事の進捗状況を含め、LRT事業計画の全容に注目した。

*LRTのイメージ写真とMAPは宇都宮市提供/現地取材・撮影は2020年4月5日に行いました。

 

【関連記事】
新幹線と路面電車が同じ駅で乗り入れる!? 類を見ない魅力に溢れた「富山地方鉄道市内電車」

 

↑LRT路線完成後は、黄色ベースのおしゃれな車両が宇都宮市を走ることになる。同模型は商業施設「ベルモール」で見ることができる

 

【進むLRT事業①】芳賀・宇都宮LRTとはどのような事業か?

初めに、LRT計画の概要を見ておきたい。

 

事業の名称 芳賀・宇都宮LRT整備事業
路線計画と距離 JR宇都宮駅東口〜本田技研北門(停留場名はすべて仮称・以下同)、約14.6km 
*軌間1067mm、750V直流電化
開業予定 2022年(将来はJR宇都宮駅西側へ路線の延伸計画も)
停留場数 19か所(起終点を含む)

 

↑宇都宮駅の東西自由通路では芳賀・宇都宮LRTのポスターやディスプレイでPRが行われている。駅前の停留場は同自由通路と直結の予定

 

LRT新路線は「JR宇都宮駅東口」と、芳賀町の「本田技研北門」の間を結ぶ。途中、鬼怒川を渡って全線を約44分間で結ぶ。19か所の停留場を設置、すべての停留場付近に駐輪場を整備する。さらに19か所のうち5か所を「トランジットセンター」として、駐車場、駐輪場に加えて、バス停留所などの機能を想定している。

 

運転時間帯はJR宇都宮駅に発着する新幹線が運転される時刻に合わせ、朝6時から23時台となる。ピーク時は6分間隔で、オフピークは10分間隔で運転される。車両は低床の新型LRT電車(後述)で、定員は160人(座席数50席)。開業時は17編成が導入される予定だ。

 

【進むLRT事業②】20年以上前にLRT導入の夢が語られ始めた

栃木県宇都宮市と言えば、なかなかイメージが思い浮かばないという方も多いのではないだろうか。栃木県の県庁所在地、そして宇都宮餃子……。正直に言えば、筆者も知識といえば、似たようなものだった。宇都宮市がどうしてLRT事業に乗り出したのだろう。

 

国土交通省では、LRTの整備に対する導入支援を行っている。LRTとはライトレールトランジットを略した言葉で、日本語に訳したならば「軽量軌道交通」となる。古くから全国を路面電車が走り、現在も全国の都市内交通として使われている。LRTとは路面電車をより近代化したシステムで、車両は低床タイプが使われ、停留場などは完全バリアフリー化、高齢者、障がいを持つ人たちにもやさしい造りとなっている。

 

国土交通省でLRTの導入支援をしてきてはいるものの、新たに造られたLRT路線といえば、富山市を走る富山ライトレール(現・富山地方鉄道富山港線)ぐらいのものだった。同路線も、大半が既存のJR富山港線を生かしたもの。新しくレールを敷いた区間は、それほど多く無い。ほかにも新規導入の検討が行われた都市があったものの、実現までに至らず立ち消えとなった計画が多い。

↑宇都宮駅の東西を結ぶ自由通路。この東口(写真右)にLRTの新停留場ができる予定だ

 

宇都宮市では1993(平成5)年度に、宇都宮市街地開発組合が新交通システム研究会を設置させたことが始まりとなった。以降、県、市による検討が続けられ、2012(平成24)年度に「東西基幹公共交通の実現に向けた基本方針」の策定、さらに2013(平成25)年度には芳賀町から「LRT整備に関する要望書」が提出された。

 

2015(平成27)年度には運行事業者となる「宇都宮ライトレール株式会社」が設立された。2016(平成28)年度には「軌道運送高度化実施計画」の認定(特許取得)、2017(平成29)年度に「工事施行認可」の申請が県、および国に対して行われ、認可された。そして2018(平成30)年度にはLRT工事の着工、さらに車両デザインが決定された。

 

20年以上前に語り始められたLRT開業の夢が、ここ5年ほどで、事業化計画が加速し、花開くことになったのである。

【進むLRT事業③】なぜLRT導入が検討されたのか?

宇都宮市でLRT導入が、なぜ検討されたのか。そこには日本の国全体が抱える問題と、宇都宮市特有の問題が上げられる。ポイントを見ておこう。

 

全国で進む問題とは「少子・超高齢化」。国内では人口減少問題が避けられない。宇都宮市も2018(平成30)年度の52万245人をピークに微減に転じつつある。このままいけば、30年後には45万人まで市内の人口が減るという調査もある。

 

さらに高齢者が運転することによる事故も問題視されている。運転免許の返納率が高まっているものの、一方で高齢者が不便さから出かけづらくなり、家への「引きこもり」をもたらす可能性も指摘されている。

↑宇都宮市も全国の主要都市と同じようにクルマの利用者が多い。写真はLRTが通る予定の鬼怒通り(県道64号線)の陽東3丁目交差点

 

次に宇都宮市と隣接の芳賀町が抱える問題を見ておこう。

 

宇都宮市は東北新幹線・東北本線の線路を境に、東側と西側では街の様子が大きく異なる。西側には東武宇都宮駅があり、JR宇都宮駅と東武駅の間、約1.8kmの間に繁華街が連なる。西側はバス便も多く便利だ。

 

一方、今回の路線が通る駅の東側は、公共交通機関といえば路線バスのみで、不便だ。しかもバスの本数が少ない。そのため、東側に住む人たちはマイカーに頼らざるをえない。栃木県の自動車保有率は、全国で群馬県に次ぎ、2位という数字があるほどで、クルマ社会そのものだ。

 

さらに宇都宮市の東側には清原工業団地、隣接する芳賀町には芳賀工業団地、芳賀・高根沢工業団地といった工場群がある。学校も点在している。現在、JR宇都宮駅から工業団地への足は、企業が朝夕に走らせている貸切の通勤バスに頼っている状況だ。本数が限られ、朝夕しかバスが走らないために不便だ。工業団地への行き来はマイカー頼みという通勤者も多くなっている。

 

LRTの開業は、まず、高齢化しつつある街の活力を維持させるという大きな意味がある。さらにLRTが走れば、新たな公共交通機関が生まれるわけで、かなり便利になることが予想される。マイカーの自粛にも結びつく。高齢者の移動もしやすくなる。利点はさまざまで、その効果も大きい。

 

平日の利用者は1万6318人と見込まれており、こうした人たちが住まいから駅へ向かう一方で、駅から郊外の工業団地へ多くの人たちが使うことが予想される。

 

今回の概算事業費は2022年に完成する区間のみ全体で458億円、宇都宮市区間は412億円と試算されている。ちなみに国土交通省の「LRTの整備等に対する支援」では施設の整備等に対しては2分の1の国費が交付金として地方公共団体等に支給される。

 

【進むLRT事業④】LRTの新路線が走るルートは?

事業は「公設型上下分離方式」で進められる。レールや停留場などの諸施設の整備は宇都宮市、芳賀町が行う。

 

レール上を走る車両の運行、管理は宇都宮ライトレール株式会社の手により行われる。宇都宮ライトレールは第三セクター方式で経営される。

 

レールが敷設される予定路線をざっと紹介しておこう。起点となる「JR宇都宮駅東口」停留場は、JR宇都宮駅の東口に位置する。駅の東西自由通路の東側にほぼ直結するために便利だ。電車は駅の東側にある鬼怒通り(一部は県道64号線)へ入り、道路上を東側へ向かう。

 

商業施設の「ベルモール前」停留場付近までは県道上を走る。この先で、県道を逸れて、LRV(LRT用の車両)の専用区間を走行する。国道4号の新バイパスをくぐり、東進。鬼怒川を越える。越えた先には宇都宮清陵高校や、作新大学、清原工業団地などがある。この清原地区で、北へ向きを変える。

 

清原地区内には栃木県グリーンスタジアムもある。全国規模の大会の開催も可能なサッカー・ラグビー場である。最寄り停留場は清原工業団地北だ。

 

さらに北進、野高谷町交差点で、右折。ゆいの杜と呼ばれる地区を東へ走る。芳賀町に入ると芳賀工業団地が広がり、中核となるのがホンダの工場がある。管理センター前を北へ走ると芳賀・高根沢工業団地の本田技研工業の北門付近までをLRTが走る予定だ。所要時間は宇都宮駅から約44分、快速に乗れば約38分で到着する(一部の停留場を通過)。運賃は大人150円〜400円の予定だ(詳細は国の認可等を得て決定)。

 

【進むLRT事業⑤】LRT導入のお手本とした都市とされたのは?

LRT事業は、計画化するにあたって、LRTを上手く活かしている都市をお手本とした。そのお手本とされたのは、富山市などだ。

 

ここで若干、寄り道となるがLRTを活かしている富山市の例を見てみよう。富山市の人口は41万4705人(令和2年6月末現在)と、宇都宮市よりも少ない。同市内には、既存の路面電車網がすでにあった。富山地方鉄道の軌道線(市内電車)である。歴史は古い。創始は1913(大正2)年のことだった。

 

富山市内の路面電車は一時期、自動車の増加で、路線の廃止など、衰退を余儀なくされたが、近年になって路線の延伸を図るなど、路線網の充実が図られた。さらにJR富山駅の高架化工事に合わせ、駅の地上部分を南北に電車が通過できるように手直し。駅の北側を走っていた富山ライトレールの路線と軌道線の線路を結びつけた。今年の2月22日には富山地方鉄道が富山ライトレールを吸収合併、3月21日からは富山地方鉄道の電車と元富山ライトレールの電車が南北相互に乗り入れを行い、走りだしている。より便利になり富山市民にとってLRTは、日々欠かせない足となっている。

 

富山市では市が取りまとめ役となって整備が進められた。老舗民鉄に電車の運行を任せてしまうという、思いきった策を取り入れるなど、それこそ全国のLRT路線のお手本と言って良いかもしれない。

↑富山城趾を背景に走る富山地方鉄道富山都心線の電車。車両は9000形でセントラムという愛称が付く。2009年に導入された

 

福井市の例も興味深い。市内には福井鉄道の併用軌道線が走っている。その路線をたどると、南は専用軌道が越前市まで延びる。近年、低床の新型電車を導入した。2016年には福井駅停留場まで路線を延長、さらに北の田原町駅でえちぜん鉄道と接続、相互に電車の乗り入れを行う。えちぜん鉄道も併用軌道用の車両を開発するといったように、積極的なLRT化政策を進めている。

↑福井鉄道のF1000形FUKURAM(フクラム)。2013年からの導入でえちぜん鉄道の三国芦原線への相互乗入れにも使われている

 

北陸地方ではJR氷見線といった既存の鉄道路線のLRT化が取り沙汰されている。それだけLRTは利点が大きいということなのだろう。

 

【関連記事】
いま最注目の路面電車「福井鉄道 福武線」−−その理由とは?

【進むLRT事業⑥】どのような車両が導入されるのか?

新LRT路線にはどのような車両が走るのだろう。車両の特徴を見ておこう。

 

デザインは黄色をメインカラーに、正面と側面にダークグレーで車体のイメージを引き締めた。芳賀・宇都宮は「雷」が多いので「雷都」とも呼ばれる。雷には雨を降らせ、穀物などを育てる恵みとなる一面も。そんな恵みの “雷の稲光”をイメージさせる「黄色」がメインカラーとなった。

 

車両は4輪ボギー連接電動客車で、1編成3両。カーブを走行する際にスムーズで、乗り心地にすぐれた構造を採用した。

 

将来、宇都宮駅西側への延伸も考慮し、勾配67‰(1000分の67)の最急勾配も走行可能とした。運転最高速度は70km/hの車両性能を持つが、軌道運転規則に基づき40km/hでの運行が行われる。

↑3両1編成の車両が走る。黄色をメインカラーに採用、正面と側面がダークグレーとなる。乗降口は片側に4つ設けられる

 

↑座席の左右幅は一般の鉄道車両とほぼ同じ。ガラス窓も広々。全乗降口にはICカードリーダーが設置される

 

定員数は国内の低床式車両では最多の定員160人。座席は広い座席幅を確保した上で、可能な限り座れるよう50席が確保された。座席は基本、クロスシート仕様。優先席のみ窓を背にした方向に配置される。座席の後ろには荷物の置きスペースも設けられる。

 

前後にある運転席付近に車椅子スペースが用意される。またベビーカー等にも対応可能なフリースペースを中間車に備えた。将来的には自転車のフリースペースへの持ち込みも検討しているとされる。

 

興味深いのは全乗車口にICカードリーダーが設置されること。日本で初めての仕組みとなる。どこのドアからでも乗車が可能となって便利となり、また一部スペースに偏らず分散乗車が可能となる。それこそ密を防ぐ工夫となりそうだ。なお現金での乗車の場合は先頭の扉からのみの乗車となる。

 

今年度から本格的に車両製造を進め、年度末には、1編成目の車両が車両基地に納入予定で、それを皮切りに順次、完成車両の納入が開始される。新型車両の導入も、わずか先に迫っているわけだ。

 

【進むLRT事業⑦】走る予定の路線を実際に歩いてみた

どのようなルートをLRTが走ることになるのか。宇都宮市内の一部を歩いてみた。

 

まずはJR宇都宮駅の東口へ。自由通路の東端に下り口がある。ここに新停留場ができる。現在は広い空き地となっているが、停留場の建設に合わせて開発も進んでいる。空き地を横に見て、東へ歩道を進む。間もなくT字交差点へ。この先、ほぼ直線路で片側2〜3車線道路がのびる。鬼怒通りと名付けられた駅前通りで、途中から県道64号線となる。

 

通りの左右に商業ビルやホテルが連なる。とはいうものの、宇都宮駅の西口に比べると人通りが少ない。このあたり、やはり東西差がこの街はあるのだと実感した。写真を中心にLRT路線が通る街並みを巡ってみよう。

↑JR宇都宮駅の東西自由通路を遠望する。この右下に新停留場が造られ、手前側に線路が延びてくると思われる

 

↑駅前から歩道を歩くと鬼怒通りの起点となるT字路へ。この先、東側へ鬼怒通りの直線路が延びている。この中間部をLRVが走る予定だ

 

↑鬼怒通りは国道4号を立体交差で越える。LRVは軽量なため、このあたり新たな立体交差路を造らなくとも線路の敷設が可能となる

 

ひたすら鬼怒通りを進む。店舗、民家が点在する道を歩く。2.7kmほどで商業施設ベルモールが右手に広がる。イトーヨーカド—ほか、レストランなどが入るショッピングモールで、1階にはLRT事業の紹介を行う「交通未来都市うつのみやオープンスクエア」がある。帰りに寄ろうと思い、先を急ぐ。

 

ベルモールのちょうど裏手、陽東8丁目付近まで、鬼怒通りの上を走る併用軌道区間となる予定だ。その先で、路線は鬼怒通りをまたぎ、LRVのみが走行する区間へ入っていく。ちなみに同路線の自動車との併用区間は約9.4km、LRVのみが走行する区間は約5.1kmとなる予定だ。

↑鬼怒通りを駅から約3.5km進んだ陽東8丁目付近。このあたりから、路線は、写真の左手へ方向を変えて、専用区間へ入っていく

【進むLRT事業⑧】宇都宮市の郊外に出るとLRV専用区間へ入る

駅から約3.5km。急に左右に水田が広がるようになる。LRTの路線はこのあたりから鬼怒通りを遠ざかり南へ。そして専用区間を走る。

 

この先、国道4号の新バイパス道沿いには車両基地が造られる予定だ。水田を左右に見ながら爽やかな気分でLRTの予定線を歩く。このあたりになると、重機が使われる工事箇所に出会うようになった。

↑水田が広がる郊外。道沿いには菜の花が咲いていた。この付近には平出町という停留場が生まれる。開業後は大きく変わりそうな一帯だ

 

↑国道4号の新バイパス道が左に見えるあたり。この付近にLRTの車両基地が造られる。新型車両もこの車両基地への搬入となりそうだ

 

↑平出町からさらに東へ。下平出町の水田には赤い印がつけられていた。この印あたりに新路線が敷かれることを示す目印なのだろう

 

国道4号のバイパス路を越えると、さらに郊外の趣が増していく。とともに見渡すかぎり水田、そして点在する農家といった光景が広がる。まもなく、南北に連なる土手が見えてきた。

 

 

【進むLRT事業⑨】鬼怒川橋りょうの工事は渇水期に限定される

この土手は宇都宮市の郊外を南北に流れる鬼怒川の堤防だ。この鬼怒川を長さ643mの橋りょうで渡る。同LRT事業でもっとも手間がかかる工事地域となる。さらに厄介なのは、鬼怒川での工事が渇水期(11月〜翌5月)しか進められないこと。増水期の工事は危険なため、認められていないのだ。

 

訪れた日は、渇水期で、流れは細く穏やかなものだった。ところが荒れるとこの川は怖い。それこそ鬼が怒る川になる。鬼怒川は明治後期に行われた改修前までは、毎年のように洪水に襲われていた。それほど水の増減に差がある。2015年9月に下流の常総市で大規模な洪水が起ったことは記憶に新しい。

 

鬼怒川橋りょうの工事は2018年7月2日に始められた。同工事は路線内でもっとも時間がかかる。とはいえ2021年8月には完了となる予定だ。

 

これが鬼怒川にかかる橋となるのか、と納得。頑丈な造りで、かなり雨でも電車の運転に支障がなさそうだなと納得させられたのだった。

↑鬼怒川橋りょうへと上るアクセス路も工事されていた。写真は宇都宮駅側の工事の模様。堤防上の遊歩道をまたぎ橋りょうとつながる

 

↑LRT路線の鬼怒川橋りょうの様子。工事の中でもっとも大規模な造成物となる。2018年7月に起工、3年間の工事期間が見込まれている

 

今回は、歩いて回ったこともあり、鬼怒川の堤防にて“現地視察”を終了にした。次回に行く時は、もう新線ができあがったころかなと思いつつ、来た道を戻った。

 

工事は現在、見てきたように橋りょう工事のほか、道路改良工事や擁壁などの高架構造物の工事を主体に進められている。今後は、レールの敷設、停留場の整備などの工事を進める予定とされている。

 

【進むLRT事業⑩】ペーパークラフト&シールを頂きました!

駅へ戻る途中、ひと休みがてら商業施設「ベルモール」に立ち寄る。この1階にはLRT事業の全容を紹介する「交通未来都市うつのみやオープンスクエア」が開設されている。

 

コーナー内では、パネルや映像でLRT事業を紹介。LRTの模型車両が走るジオラマがあり、VR(バーチャルリアルティ)によるLRTの疑似体験が楽しめる。開館時間は10〜19時、無休だ。興味のある方はぜひとも立ち寄ってみたい。

↑「ベルモール」のオープンスクエアではLRT事業をわかりやすく展示している。鉄道ジオラマではLRV車両が走る様子(左上)が楽しめる

 

↑「ベルモール」のオープンスクエアに用意されたPR素材。車両のイラスト入りのファイルに特製シール、ペーパークラフトを無料配布

 

さて帰ろうとしたら。こちらをどうぞ、と“お土産”をいただいた。中には車両が描かれたファイル、そして170分の1のペーパークラフト、さらにシール! みなおしゃれで、実用性があり、とてもトクした気持ちになったのだった。

 

 

【進むLRT事業⑪】将来は宇都宮駅西側への延伸を目指す

JR宇都宮駅に戻ってきたら、夕方になっていた。念のため駅の東口から西口にまわってみる。やはり西口は賑やかな印象だ。

 

2022年に開業するのは東口から芳賀町までだが、将来は、JR線を越えて西側方面へ路線を延伸する計画がある。路線は東武宇都宮駅に近い池上町の交差点、さらに西の「桜通り十文字付近(国道119号)」を含め、先への延伸を図る。

 

今のところ「桜通り十文字付近」「護国神社付近」「宇都宮環状線付近」「東北自動車道付近」「大谷観光地付近」の5つの案について整備区間の検討が行われている。本年度中には「LRTの整備区間」について決定される予定だとされる。

↑JR宇都宮駅の西口。東口に比べて賑やかだ。この先、東武宇都宮駅までの間には繁華街なども多くつらなる

 

 

最後に今回のLRTがなぜ1067mmという線路幅を採用しているのだろうか。

 

既存の鉄道路線と同一軌間としたことで、将来的には、鉄道路線への乗り入れも模索しているのだという。西へ路線を延長していくことは将来、東武宇都宮線や、JR日光線への乗り入れも可能ならば、というわけだ。

 

すでに福井県では併用軌道区間のある福井鉄道と、えちぜん鉄道間の相互乗り入れが実現している。宇都宮の新しいLRT計画も、今後は、同じように大きく羽ばたく“夢”を秘めていたのである。

ストーブ列車だけじゃない!! 日本最北の私鉄路線「津軽鉄道」の魅力を再発見する旅

おもしろローカル線の旅~~津軽鉄道(青森県)~~

 

津軽富士の名で親しまれる岩木山を望みつつ走るオレンジ色のディーゼルカー。最北の私鉄(第三セクター鉄道を除く)として知られる津軽鉄道の車両だ。

津軽鉄道といえば、雪景色のなかを走るストーブ列車がよく知られ、最果て感、美しい雪景色に誘われ、冬季は多くの人が訪れる。

 

そんな雪のイメージが強い津軽鉄道だが、あえて雪のない津軽へ訪れてみた。すると、雪の降らない季節ならではの発見があり、おもしろローカル線の旅が十分に楽しめた。

 

【津軽鉄道の現状】何とか存続を、と盛り上げムードが強まる

津軽鉄道の路線は津軽五所川原駅〜津軽中里駅間の12駅20.7km区間を結ぶ。北海道に第三セクター方式で経営する道南いさりび鉄道があるが、私鉄=民営鉄道と限定すれば、津軽鉄道は日本最北の地に路線を持つ私鉄会社ということになる。

津軽鉄道を取り巻く状況は厳しい。平成20年度から27年度の経営状況を見ると、黒字となったのは平成20年度と、平成22〜24年度まで、平成25年度以降は赤字経営が続く。路線の過疎化による利用者の減少傾向が著しい。

 

とはいえ、地元の人たちのサポートぶりは手厚い。2006年に津軽鉄道の存続を願うべく市民の機運を盛り上げる「津軽鉄道サポーターズクラブ」が発足。さらに観光案内役の「津軽半島観光アテンダント」が列車に同乗し、好評だ。ほか全国の鉄道ファンの応援ぶりも熱い。熱気を感じさせる具体例が最近あったばかりだが、それは後述することにしよう。

 

【津軽鉄道をめぐる歴史】五能線の開業がその起源となっていた

さて津軽鉄道の歴史を簡単に触れておこう。

 

津軽鉄道のみの歴史を見ると、地方路線によく見られる、地元有志による会社設立、そして路線開業という流れが見られる。津軽鉄道の開業する前、五所川原に初めて敷かれた鉄道が現在の五能線だった。

 

五能線の開業のため、地元有志による出資で、まず陸奥鉄道という会社が創られた。

 

●1918(大正7)年9月25日 陸奥鉄道により川部駅〜五所川原駅間が開業

現在の奥羽本線川部駅と五所川原駅間で、JR五能線の起源となる。ちなみに、この開業後に五所川原駅から先、鯵ケ沢駅(あじがさわえき)との間の路線建設が鉄道省の手によって始められている。そして、

 

●1927(昭和2)年6月1日 鉄道省が陸奥鉄道の川部駅〜五所川原駅間を買収、五所川原線(現・五能線の一部)に編入された

鉄道省の買い上げ条件が良く、その資金が津軽鉄道の開業の“元手”となった。

 

●1930(昭和3)年 7月15日に津軽鉄道の五所川原駅〜金木駅間が開業、10月4日に金木駅〜大沢内駅間が開業、11月13日に大沢内駅〜津軽中里駅間が開業

前年の1929年に鉄道免許状を交付されてから、翌年に開業したというその手際の良さには驚かされる。当時、鉄道の建設ブームということが背景にあり、また新線建設が地域経済の発展に大きく貢献したということなのだろう。

 

【車両の見どころ】個性的な動きを見られる機関車と旧型客車

現在、使われている車両は主力のディーゼルカーが津軽21形で、5両が在籍している。オレンジ色に塗られ、沿線出身の作家、太宰治の作品にちなみ、「走れメロス号」の愛称が付けられている。

 

ストーブ列車などのイベント列車に使われているのは、DD350形+旧型客車のオハフ33系やオハ46系といった1940年代および1950年代に製造された車両だ。DD350形ディーゼル機関車は、動輪にロッドという駆動のための機器が付く。いまとなっては貴重な車両で、走るとユニークな動輪の動きが見られる。

↑ストーブ列車などのイベント列車はディーゼル機関車+旧型客車という編成が多い。写真はGW期間に開かれる金木桜まつり用のイベント列車がちょうど五農校前駅を通過していったところ

 

↑列車を牽引するDD350形は1959年に製造されたディーゼル機関車で、動輪の駆動を助ける棒状の機器、ロッドが付く。津軽鉄道の客車は屋根にダルマストーブの煙突が付くのが特徴

 

同機関車には暖房用の蒸気供給設備がないために、客車にはダルマストーブが付けられている。暖房用にダルマストーブを設置したことが、逆に物珍しさとなり、いまやストーブ列車は津軽鉄道の冬の風物詩にまでなっている。

 

【津軽鉄道の再発見旅1】風が強い路線ならではの工夫が見られる

では、津軽五所川原駅から下り列車に乗り込むことにしよう。

 

筆者が乗車した列車は、津軽五所川原駅を15時以降に発車する列車だったこともあり、あいにく観光案内役の「津軽半島観光アテンダント」の乗車がなかった。「津軽半島観光アテンダント」の同乗する列車内では津軽のお国言葉を生で楽しむことができる。同乗しない列車に乗ってしまったことを悔やみつつ、旅を続ける。

↑乗り合わせた列車は「太宰列車2018」。2018年の6月19日から8月末まで沿線を走った。太宰ゆかりの作家や芸術家たちが手作りしたパネルなどの展示が行われた

 

↑前後の運転席横は図書スペースとなっている。このあたり小説家・太宰治の出身地らしい。津軽に関わる書籍やパンフレットなどもが置かれている

 

さて津軽五所川原駅。津軽鉄道の駅舎で乗車券を購入して、改札口を入る。構内に入ったつもりが、そこはJR五所川原駅の構内。跨線橋もJRと同じだ。このあたり五能線と津軽鉄道の関係が、その起源や歴史を含めて縁が深かったことをうかがわせる。

↑JR五所川原駅に隣接する津軽鉄道の起点、津軽五所川原駅。ホームは改札口からJR五所川原駅の構内へ入り、JRと共用する跨線橋を渡った奥にある

 

↑津軽五所川原駅の軒先に吊られるのは伝統的な津軽玩具「金魚ねぷた」。幸福をもたらす玩具とされている。駅舎内の売店でもお土産用の「金魚ねぷた」が販売されている

 

津軽五所川原駅の3番線が津軽鉄道のホーム。オレンジ色の車体、津軽21形1両が停車する。ホームの反対側には津軽鉄道の車庫スペースがあって、個性的な車両が多く停まっている。このあたりは、帰りにじっくり見ることにしよう。

 

ディーゼルエンジン特有の重みのあるアイドリング音を耳にしつつ車両に乗り込む。ちょうど地元の学校の休校日にあたったこの日は、乗り込む学生の姿もまばら。観光客の姿もちらほらで、半分の席が埋まるぐらいで列車は出発した。

 

しばらく五所川原の住宅地を見つつ、次の十川駅(とがわえき)へ。この十川駅から五農校前駅(ごのうこうまええき)付近が、もっとも岩木山がよく見える区間だ。

 

五農校前駅は、地元では「五農」の名で親しまれる「県立五所川原農林高等学校」の最寄り駅でもある。同高校で育てられた野菜や、生産されたジャムやジュースなどの産品は津軽五所川原駅の売店で販売されている。

 

次の津軽飯詰駅(つがるいづめえき)に注目。駅の前後のポイント部分にスノーシェルターが付けられている。このシェルター、進行方向の左側と上部のみ覆いがあり、ポイントへの雪の付着を防いでいる。

↑津軽飯詰駅の前後のポイント部分にかかるスノーシェルター。片側と屋根部分のみ覆われ、反対側には覆いが付いていないことがわかる

 

なぜ、進行方向左側のみなのか。それは、冬は日本海側から吹く西風が強いため。西風対策として進行方向左側のみ覆いが付けられたのだ。ただし、このスノーシェルター、現在はポイント自体が使われていないため、あまり役立っていないという現実もある。

 

このような風対策は、次の毘沙門駅(びしゃもんえき)でも見られる。

 

毘沙門駅は林に覆われている。西側が特に見事だ。津軽鉄道の社員が1956(昭和31)年に植樹した木々が60年以上の間に、ここまで育ったもので、冬に起こりやすい地吹雪や強風から鉄道を守る役割を果たしてきた。駅ホームには「鉄道林」の案内も立てられている。

↑毘沙門駅には鬱蒼とした林により覆われる。西側を覆う林は津軽鉄道の社員が植樹したもの。鉄道を風害から守る鉄道林の役割をしている

 

次の嘉瀬駅(かせえき)では構内に停まるディーゼルカー・キハ22形に注目したい。

 

倉庫前に停められた古いディーゼルカーは、ユニークな絵が多く描かれている。先頭には「しんご」の文字が。香取慎吾さんと青森の子どもたちが一緒にペイントした「夢のキャンバス号」だ。1997年にTV番組の企画でペイントが行われたもの。同車両は2000年に引退し、嘉瀬駅に停められていたが、2017年に、再度、塗り直しが行われた。

↑嘉瀬駅のホームに停まるキハ22028号車。1997年にTV番組の企画で香取慎吾さんと青森の子どもたちの手でペイント、さらに20年後に同メンバーが集まり塗り替えられた

【津軽鉄道の再発見旅2】太宰治の生家といえば金木の斜陽館

津軽鉄道の各駅には注目ポイントが多く、乗っていても飽きない。時間があれば、それぞれの駅に降りてじっくり見てみたい。

 

津軽鉄道で最も観光客が多く降りる駅といえば、嘉瀬駅のお隣、金木駅(かなぎえき)。津軽鉄道で唯一、列車交換ができる駅でもある。金木駅に進入する手前には、いまでは珍しい腕木式信号機がある(津軽五所川原駅にもある)ので、確認しておきたいところ。

 

金木といえば、小説家・太宰治の故郷であり、生家「斜陽館」が太宰治記念館(入館有料)となり残されている。「斜陽館」は金木駅から徒歩5分ほどの距離にある。

↑太宰治の生家「斜陽館」。太宰が生まれる2年前の1907(明治40)年に建てられた。和洋折衷・入母屋造りの豪邸で、国の重要文化財建造物にも指定されている

 

金木駅の先も見どころは多い。

 

次の芦野公園駅(あしのこうえんえき)は、その名のとおり芦野公園(芦野池沼群県立自然公園)の最寄り駅。春は1500本の桜が見事で、日本さくら名所100選にも選ばれる公園だ。児童公園やオートキャンプ場もある。

 

鉄道好き・太宰好きならば、この駅で見逃せないのが、旧駅舎。太宰治の小説「津軽」にも小さな駅舎として登場する。現在の駅舎に隣接していて、建物は喫茶店「駅舎」として利用される。店では「昭和のコーヒー」や、金木特産の馬肉を使った「激馬かなぎカレー」を味わうことができる。

↑芦野公園駅付近を走る「走れメロス号」。線路は芦野公園の桜の木に覆われている。桜が花を咲かせる季節が特におすすめで、例年、多くの行楽客で賑わう

 

↑津軽鉄道開業当時に建てられた芦野公園駅の旧駅舎。国の登録有形文化財でもある。建物は喫茶店「駅舎」となっていて、ひと休みにもぴったりだ

 

【津軽鉄道の再発見旅3】終点の津軽中里駅の不思議なこといろいろ

芦野公園駅を過ぎると、急に視界が開ける。川倉駅から深郷田駅(ふこうだえき)まで、線路の左右に見事な水田風景が広がる。

↑川倉駅付近の水田風景。路線の左右に広々した水田が広がる。もちろん冬になれば一面の雪原となる。地元、金木では地吹雪体験ツアーという催しも厳冬期に開かれる

 

美しく実る稲穂をながめ、乗車すること35分ほど。終点の津軽中里駅(つがるかなさとえき)に到着した。

 

駅に到着してホームに降り立って気がついたのだが、駅の先の踏切(津軽中里駅構内踏切)の遮断機が下りている。あれれ…この列車は、先には走らず、到着したホームからそのまま折り返すはずだが。

 

数分もしないうち、遮断機があがり、踏切は通れるように。ちょっと不思議に感じた。線路はこの踏切を通り駅の先まで延びているものの、通常、ホームから先の線路は走らない。

 

ストーブ列車などのイベント列車が、進行方向を変えるために機関車を機回しして付け替えるときや、側線を利用する事業用車以外に、ほぼ車両は通らない。それなのに稼働する不思議な踏切となっている。

↑津軽中里駅に到着した列車。駅構内には側線と左に木造の車庫が用意されている。車庫の手前には転車台があり、駅のホームからも望むことができる

 

↑津軽中里駅の北側にある踏切。列車がホームに入ってくると、警報器が鳴る。通常の列車は写真の位置から先に進むことはなく、遮断機を閉める必要はないと思うのだが

 

津軽中里駅には転車台がある。その赤い色の転車台がホームからも見える。さて、この転車台はどのようなものなのだろう。

 

実はこの転車台、開業時から1988(昭和63)年まで使われていたものだった。開業時は蒸気機関車の方向を変えるため、その後は、除雪車などの方向転換にも使われた。近年は使われなかったこともあり、長年、放置されていた。

 

その転車台を復活すべく前述した「津軽鉄道サポーターズクラブ」が立ち上がった。同クラブが主導役となり、クラウドファンディングにより、改修費を全国の鉄道ファンに向けて募った。すると、目標とした改修費を大幅に上回り、倍以上の資金が集まった。

 

これこそ津軽鉄道を応援する鉄道ファンが多いことを示す証でもあった。その資金を元に、2017年5月に本州最北にある転車台として見事に復活。復活イベントも行われ、全国からファンも多く集まり、転車台復活を祝った。

↑復活した津軽中里駅の転車台。右の建物は旧機関庫。ほか給水タンクや給炭台なども古くにはあった。ちなみにこの転車台への車両の入線は構内踏切を通ることが必要になる

 

↑津軽中里駅のホームに立つ「最北の駅・津軽中里駅」の案内板。この案内を見て“最果てに来た”という印象を持つ人も多いのでは無いだろうか。筆者もその1人

 

【津軽鉄道の再発見旅4】昭和初期生まれの雪かき車を見ておきたい

ちなみに北海道新幹線開業後は、新幹線の奥津軽いまべつ駅と津軽中里駅の間を結ぶ路線バスも日に4本出ている。運賃は1200円で、約1時間の行程だ。往復乗車を避けたいとき、または北海道や青森市を巡りたいときなどに便利だ。

 

筆者は津軽中里駅でしばらくぶらぶら。そして折り返しの列車を待って津軽五所川原駅に戻ることにした。

 

上り列車に乗り、おさらいするように車窓風景を楽しむ。

 

そして津軽五所川原駅へ到着。ホーム横に停められた旧型客車、事業用の貨車などを見て回る。ホームから、これらの車両がごく間近に見えることがうれしい。

 

停められる車両のなかで、やはり気になるのが雪かき車キ100形だ。1933(昭和8)年に鉄道省大宮工場で造られた車両で、国鉄時代はキ120形を名乗っていた。1967(昭和42)年に津軽鉄道へとやってきた車両だ。

 

太平洋戦争前の雪かき車で現在も残っている車両は、この津軽鉄道のキ100形と、同じ津軽地方を走る弘南鉄道のキ104形、キ105形の3両のみ。非常に貴重な車両となっている。

↑津軽五所川原駅のホームからはディーゼルカーなどが停まる機関区がすぐ横に見える。通常時は庫内の奥にイベント列車用のディーゼル機関車が停められていることが多い

 

↑夏期は津軽五所川原駅の構内に留置される雪かき車キ100形。近年は保線用の除雪機が使われることも多く、出動も稀だが、イベントなどで走行シーンに出会えることがある

 

雪かき車に後ろ髪を引かれつつも帰路に着くことに。最後に津軽五所川原駅構内の売店でお土産探し。五所川原農林高等学校で収穫または生産された野菜や、ジャムやジュースが並ぶ。

 

さらに津軽鉄道の人気キャラクター「つてっちー」関連グッズがずらり。筆者はそのなかの「つてっちー飴」を450円で購入。りんご味の金太郎飴で、かわいらしいパッケージ入り。どうも、開封するのが忍びなく、いまだにそのままオフィスの机の上に置いてある。

 

つてっちーを見るたびに津軽恋しの気持ちが高まる。「また津軽鉄道に乗りに行きたい!」と思うのだった。

↑津軽五所川原駅の駅舎内にある売店。津軽鉄道のグッズ類、前述の金魚ねぷたなどのお土産、そして農産品など販売する。17時にはクローズしてしまうので注意したい

 

↑キャラクター「つてっちー」飴(450円)。変形袋入りで、裏の顔部分から金太郎飴の姿が見える。津軽で販売されてはいるが、製造しているのは東京の金太郎飴本店だった

 

◆今回のローカル線の旅 交通費

2400円(コロプラ☆乗り放題1日フリーきっぷ)
*コロプラ☆乗り物コロカ【津軽鉄道】乗車記念カードをプレゼント

ほか「津軽フリーパス」2060円もあり。津軽フリーパスは津軽鉄道の津軽五所川原駅〜金木駅間が利用できる。金木より先は乗継ぎ料金が必要。同フリーパスは津軽地方を走るJRの路線(区間制限あり)と弘南鉄道、弘南バスの利用が可能だ。

【中年名車図鑑|日産VWサンタナ】販売こそ低調だったが、日産にとっては大きな収穫だった

1980年代前半に大きな問題となった日本と欧米間での自動車の貿易摩擦。国際戦略に力を入れていた日産自動車は、その対応策として西ドイツのフォルクスワーゲン社と協力関係を樹立し、同社のフラッグシップセダンであるサンタナのノックダウン生産を実施する――。今回は初の和製フォルクスワーゲン車として1984年にデビューした「日産VWサンタナ」の話題で一席。

【Vol.87 日産VWサンタナ】

厳しい排出ガス規制と石油ショックを何とか克服した日本の自動車メーカーは、来るべき1980年代に向けて海外市場への本格進出に力を入れ始める。なかでもこの分野での先駆メーカーといえる日産自動車の戦略は、群を抜いて精力的だった。陣頭指揮を執ったのは、1977年に社長に就任していた石原俊氏で、経済マスコミでは同氏のことを“輸出の石原”と称した。

 

■日産自動車の貿易摩擦への対応策

一方、ここで重大な事態が発生する。日本車の進出によって、欧米の自動車メーカーの自国シェアが大幅に減ったのである。同時に、日本市場での輸入車に対する閉鎖性が大きくクローズアップされるようになった。この状況は徐々に深刻になり、やがて時の政府を巻き込んだ自動車の“貿易摩擦”として大問題となる。

 

このままでは海外市場での事業拡大に大きな支障が出る――。日産自動車の首脳陣は様々な議論を重ね、1980年12月には欧州向けの対策プランを実施する。そのプランとは、西ドイツ(現ドイツ)のフォルクスワーゲンAGとの「国際貿易上の問題解決に積極的に貢献することを目的として、全般的な協力関係を樹立する」という合意だった。そして翌81年9月には、日本でフォルクスワーゲン車のノックダウン生産を行い、販売も日産のディーラーが手がける契約を結ぶこととなった。

 

■ノックダウン生産に選ばれた車種はVWのフラッグシップセダン

日産VWサンタナは80年代の貿易摩擦緩和のため誕生した。生産は日本国内で行うノックダウン方式、販売も日産ディーラーが行った。日本仕様として5ナンバーサイズに収まるようアレンジが施された

 

日本でノックダウン生産するクルマを決める際、日産は自社の車種ラインアップになるべくバッティングしないフォルクスワーゲン車を検討する。選ばれたのは、1981年に欧州デビューしていた同社のフラッグシップセダンである「サンタナ(SANTANA)」だった。

 

日産の開発陣はサンタナを日本仕様に仕立てるにあたり、5ナンバーサイズに収めるためにサイドモールを薄型にするなどして1690mmのボディ幅とする(全長×全高は4545×1395mm、ホイールベースは2550mm)。さらに、日本の法規に則したヘッドライトやサイドマーカー、交通環境に応じた導入口の広いラジエターグリルなどを装着した。ハンドル位置は右。駆動レイアウトはFFで、縦置きに積まれるエンジンはアウディの設計によるJ型1994cc直列5気筒OHC(110ps)、フォルクスワーゲン設計のJN型1780cc直列4気筒OHC(100ps)、そしてCY型1588cc直列4気筒ディーゼルターボ(72ps)の3タイプを用意する。5速MTおよび3速ATのトランスミッションやラック&ピニオン式のステアリングギアなどの主要部品も、フォルクスワーゲン社から供給を受けた。また、エクイップメントに関しては本国でオプション設定の快適装備品をふんだんに盛り込んだ。

 

1984年2月、神奈川県の座間工場に設けた専用ラインで生産され、M30の型式を取得した「日産VWサンタナ」が市場デビューを果たす。グレード展開はJ型エンジンを積むXi5とGi5、JN型エンジン搭載車のGiとLi、CY型エンジン搭載車のGtとLtという計6グレードを設定。トランスミッションはガソリン仕様が5速MTと3速AT、ディーゼル仕様が5速MTだけを組み合わせていた。ちなみに、サンタナの新車記者発表会の席では、当時フォルクスワーゲン車の輸入・販売権を持っていたヤナセも同席。日産のサニー店系列とヤナセの直営店の2体制で日本生産のサンタナを売る旨がアナウンスされた(後にプリンス店系列も販売に加わる)。

 

■販売台数は伸びなかったものの――

バブル景気前夜の日本において、サンタナの質実剛健なインテリアは地味に映った。同クラスのハイテク満載の国産車と比べると割高感があり、販売は苦戦した

 

貿易摩擦の打開策、そして初の和製フォルクスワーゲン車でもあったサンタナは、大きな注目を集めて日本の市場に迎えられる。自動車マスコミからも、高いボディ剛性を芯に据えたしっかりとした乗り心地やハンドリングなどが高く評価された。

 

しかし、実際に蓋を開けてみるとサンタナの販売成績は予想外に伸びなかった。1980年代中盤といえばバブル景気の助走期。日本車はハイテクが積極的に採用され、品質も大きく向上していた。そんな状況下で、サンタナの地味なルックスや質素なインテリア、数値上で見劣りするエンジンスペック、さらに同クラスの国産車に比べて割高な価格設定などが、ユーザーの購入欲を刺激しなかったのである。受け入れたのはドイツ流の固めの足回りが好きで、質実剛健の内外装に惹かれたコアなファンにとどまった。

 

日産はテコ入れ策として、サンタナのラインアップ拡充を実施する。1985年5月には専用セッティングの足回りやスポーツシートなどを装着するXi5アウトバーンを追加。1987年1月にはマイナーチェンジを敢行し、内外装の意匠変更を図った。同時に、Xi5アウトバーンには1994cc直列5気筒DOHCエンジン(140ps)が採用される。1988年1月にはXi5をベースに専用の内外装パーツを組み込んだマイスターベルクを300台限定でリリースした。

 

ところで、日産VWサンタナの広告展開およびグレード名は、当時ドイツ車への憧れが日本の一般ユーザーに広がり始めていたことから、ドイツ・カラーを色濃く打ち出す戦略をとっていた。広告でのキャッチコピーは“アウトバーンから日本の道へ”“ロマンティック街道から”“ドイツの光と風”など。また、デビュー当初は「ドイツの“香り”プレゼント」と称してドイツ産ワインのプレゼント企画も実施した。グレード名には「Xi5アウトバーン」や「マイスターベルク」といったネーミングを採用。Xi5アウトバーン登場時のCMでは、あえてドイツ語でスペック表記を映し出していた。

当時、ドイツ車への憧れが日本ユーザーに広がりはじめていたタイミング。サンタナはドイツ色を強く押し出したPR戦略をとった

 

さまざまな改良を施していった和製サンタナ。しかし、販売成績が大きく回復することはなく、そのうちに貿易摩擦の問題も現地生産化などによって次第に改善され、1988年末にはフォルクスワーゲン社との提携も解消される。そしてサンタナのノックダウン生産は中止となり、販売も1990年中には終了した。

 

販売成績の面では低調に終わった日産VWサンタナ。しかし、日産にとって高いロイヤリティを払ったことは決して無駄にはならなかった。当時の開発スタッフによると、「ドイツ流のクルマ造りを細部にわたって学べた。また、ドイツ車に対する日産の強みも把握できた」という。その結果は、以後に登場する日産車のボディ剛性の出し方や足回りのセッティングなどに存分に活かされたのである。

 

【著者プロフィール】
大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

あおり運転、進路妨害…高速道路での嫌がらせ行為から命を守る方法

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【著者プロフィール】

自動車生活ジャーナリスト 加藤久美子

山口県生まれ 学生時代は某トヨタディーラーで納車引取のバイトに明け暮れ運転技術と洗車技術を磨く。日刊自動車新聞社に入社後は自動車年鑑、輸入車ガイドブックなどの編集に携わる。その後フリーランスへ。一般誌、女性誌、ウェブ媒体、育児雑誌などへの寄稿のほか、テレビやラジオの情報番組などにも出演多数。公認チャイルドシート指導員として、車と子供の安全に関する啓発活動も行う。愛車は新車から19年&24万キロ超乗っているアルファスパイダー。

60年代の米国向けモデルを復刻! ファン垂涎の「スーパーカブ」を解説

誰もが知っているバイク、スーパーカブ。昨年シリーズ累計生産台数1億台を突破した伝説的なシリーズです。今年はそんなスーパーカブ60年目の誕生日。そこでホンダから、ビジネスライクなイメージを覆す記念モデルが登場します。バイク好きもそうでない人も、要注目です!

 

【教えてくれた人】

フリーライター

並木政孝さん

モーター誌編集長を経てフリーに。幼いころ父親がスーパーカブに乗っていたため、特に思い入れが強いです。

 

ビジネスイメージを払拭した所有欲を満たせる一台

スーパーカブといえば、そば店の出前や郵便配達など“はたらくバイク”のイメージが強いです。しかし、1960年代の米国輸出向けモデルCA100をモチーフとしたこの60周年記念車は、ビジネスライクなイメージとはかけ離れたカジュアルでポップなデザインが特徴。目を引く個性的なカラーリングに、クロームメッキのエンブレムやパイピングシートを配することで特別感を演出し、所有欲を満たしてくれます。

 

スーパーカブならではの魅力である燃費性能や静粛性、耐久性は、本車でも高い水準で実現。デザインと使い勝手を両立するため、記念モデルでありながら、日常の足として乗り回したくなる一台です。

 

 

ホンダ

スーパーカブ5060周年アニバーサリー

24万3000

11月22日発売(受注は10月31日まで)

シリーズ誕生60周年記念モデル。1963年に米国で話題を呼んだ広告のイラストをモチーフとします。マグナレッドを主体としたボディに、ツートーン仕様のシートやブラックのリアキャリアなど、特別なカラーリングが施されました。

SPEC●全長×全幅×全高:1860×695×1040㎜●車両重量:96㎏●パワーユニット:49cc空冷4ストロークOHC単気筒●最高出力:3.7PS(2.7kW)/5500rpm●最大トルク:0.39㎏-m(3.8Nm)/5500rpm●総排気量:49cc●始動方式:セルフ式(キック式併設)●燃料タンク:容量4.3ℓ●WMTCモード:燃費69.4km/ℓ

 

↑同社が米国で展開した「ナイセスト・ピープル・キャンペーン」のポスター。老若男女(犬も!)をユーザーとして描くことで、大衆性を訴求しました

 

【ココがプロ推し!】

誰でもパーソナルに使える“快楽性”が魅力

60周年記念車のモチーフとなったCA100は、1960年代当時の米国ではびこっていた「バイク乗り=アウトロー」というネガティブなイメージを払拭したモデル。どんなユーザーでもパーソナルに乗りこなすことができる “快楽性”が魅力です。

 

↑クロームメッキエンブレムをはじめ、独自の意匠が随所に配されています。ファンならずとも購買意欲をかき立てられます

 

 

【スーパーカブの歴史をおさらい】

スーパーカブは昨年、シリーズ累計生産台数1億台突破というモーター史に残る金字塔を打ち建てました。偉大な歴史を彩った名車の数々を振り返ります。

 

【その1】1958年発売

スーパーカブ C100

発売当時価格5万5000円

初代モデル。低床バックボーン式フレームや空冷4ストロークOHVエンジンなどを備える画期的なバイクでした。

 

 

【その2】1983年発売

スーパーカブ50 スーパーカスタム

発売当時価格14万4000円

圧巻の低燃費180㎞/ℓを達成。空気抵抗をできる限り小さくするデザインで燃費性能を徹底追求しました。

 

 

【その3】1991年発売

スーパーカブ50 スタンダード

発売当時価格14万5000円

機械式フューエルメーターを採用するなど機能が充実。サイドカバーとレッグシールドを白色で統一しました。

 

 

【その4】2007年発売

スーパーカブ50 スタンダード

発売当時価格20万4750円

二重構造のチューブに、パンク防止液を封入した独自のタフアップチューブを標準装備。エンジンも大幅改良されました。

 

 

【その5】2017年発売

スーパーカブ50

23万2200円

フロントに初代を彷彿とさせるロゴを配置した現行モデル。ヘッドライトはシリーズで初めてLEDを採用しました。

ネット通販専用! 1万円台で買えるお手ごろ自転車「Cream」シリーズ4モデル登場

サイクルベースあさひは、シンプルで低価格なオンラインショップ限定ブランド「Cream」シリーズの自転車4モデルを発売しました。同社のオンラインショップや楽天市場店で購入可能です。

 

Creamシリーズは、“シンプルでお手頃価格、+αな自転車”をコンセプトに、トレンドに流されないシンプルなデザインを採用。バリエーション豊富なラインナップと装備品に加え、シマノ社製のパーツを採用するなど、品質にもこだわった自転車です。

 

オンラインで注文し、全国のサイクルベースあさひ店頭で受け取りが可能(一部店舗を除く)。店頭受け取りの場合は送料無料で、すぐ乗れる状態に組み立てて引き渡しが行われるので、「通販で自転車を買うとアフターサービスが不安」「自分で組み立てるのが面倒」「自転車は送料が高い」といった、自転車の通販購入にありがちな悩みもありません。

↑全国に店舗を展開するサイクルベースあさひならではの店頭受け取りサービスが便利

 

さっそくシリーズ4モデルをチェックしていきましょう!

 

1.日常使いに便利なカゴ付きママチャリ

Cream City

実売価格1万2980円(変速なし)/1万5980円(変速付き)

通勤・通学や、毎日の買い物などに便利なカゴ付きタイプの軽快車(ママチャリ)。通常0.8mmのチューブの1.5倍の厚さにした耐パンク1.2mmチューブや、錆びにくい特殊なコーティングが施されたハイガードチェーン(変速付きのみ)を採用するなど、耐久性にもこだわった仕様となっています。

↑底がメッシュになっており物が落ちにくい前カゴ

 

【SPEC】

サイズ:26型
変速:なし/外装6段変速

 

2.3サイズから選べるシティクロスバイク

Cream Cross

実売価格1万8981円

身長に応じて選べる3サイズが用意されたスポーティなシティバイク。ホイールやハンドル、グリップなどスポーツ仕様のパーツを使用しており、軽快な走行が楽しめます。ブレーキは前後共にスポーツモデルに使用されるWピボットブレーキを採用しており、音鳴りがしにくく、高い制動力で安心して走ることができます。

↑スポーツタイプのハンドル&グリップを採用

 

【SPEC】

サイズ:430mm/480mm/530mm
変速:外装7段変速

 

3.街乗りに最適なミニベロタイプ

Cream Mini

実売価格1万1980円(変速なし)/1万3980円(変速付き)

小回りが利き、近距離の移動やちょっとした買い物などに便利な小径タイプ。コンパクトで場所を取らないので、駐輪場がない集合住宅などでも玄関先などに停めることが可能。ハンドル位置はやや高めに設計されており、身体が前のめりにならず安定して走ることができます。

↑オプションで前カゴ(2480円)を用意。自転車注文時に同時購入すれば取付料金が無料になります

 

【SPEC】

サイズ:20型
変速:なし/外装6段変速

 

4.安全にこだわった幼児向けモデルも

Cream Kids

実売価格1万1980円

取り外し可能な補助輪が付いた幼児向けモデル。小さい手でもブレーキが握れるように調整可能なレバーを採用したり、安全性の高いパーツを装着したりと、お子さんを安心して乗せられる仕様となっています。

↑ボルトなどの突起物が頭部に当たらないようにステムカバーを装着

 

【SPEC】

サイズ:16型
変速:なし

 

どのモデルもシンプルなカラー・デザインなので、自分でペイントしたりステッカーでカスタマイズしたりしてみてもいいですね。自転車をネット通販で購入しようとお考えの方は、ぜひチェックしてみて下さい。

 

【中年名車図鑑|マツダ・ユーノス500】日本では評価されなかった「世界で最も美しいサルーン」

好景気で盛り上がる1980年代終盤の日本。各自動車メーカーはディーラー網の強化と車種展開の拡大を積極的に推進する。マツダは1989年に新販売チャンネルのユーノス系列ディーラーをオープン。ロードスターや高級スペシャルティカーなどに続き、スタイリッシュな4ドアセダンを1992年に発売した――。今回は“時を超えて輝く品質”を徹底追求した新世代スタイリッシュサルーンの「ユーノス500」で一席。

【Vol.86 マツダ・ユーノス500】

マツダが1989年4月に設立した新販売チャンネルの「ユーノス」系列店では、上質かつ斬新なキャラクターのクルマを販売することが経営上の方針とされた。1990年代初頭にはライトウェイトスポーツのロードスターに輸入車のシトロエン、3ローターエンジンを搭載する高級スペシャルティのコスモ、リトラクタブルライトを配したハッチバック車の100、サッシュレス4ドアハードトップの300、スポーティなハッチバッククーペのプレッソなど、多様なカテゴリーで個性的なモデルをラインアップする。一方、量販が期待できる車種、すなわち“4ドアセダン”に関しては、まだユーノス・ブランド車が用意されていなかった。真打のセダンモデルはどのような形で登場するのか――そんな市場の期待を裏切らないよう、開発陣は懸命にユーノス版セダンの企画を推し進めた。

 

■ユーノス・ブランドにふさわしいセダンモデルの開発

1989年4月に設立した新販売チャンネル「ユーノス」の4ドアセダンとして開発。“いつまでも色あせない価値”をコンセプトに3次曲面を多用した流麗なプロポーションをまとった

 

ユーノスの4ドアセダンでは、“いつまでも色あせない価値”の創出を開発テーマに掲げる。基本骨格については、マツダの新世代ミドルクラス車であるクロノス(1991年10月デビュー)のものを流用。一方、スタイリングに関しては3次曲面を多用した流麗なプロポーションを構築したうえで、ボディの段差や隙間を極少かつ均一に整えた精緻な造り込みを実施する。また、いつまでも美しい艶めきを保ち続ける高機能ハイレフコート塗装を全ボディカラーで採用した。内包するインテリアについても、高品質かつ高機能な空間を演出する。インパネはラウンディッシュで広がり感のある造形でアレンジ。空調パネルをセンター上部に張り出して設置した点も目新しかった。装備面にも抜かりはなく、フルオートエアコンや新イルミネーテッドエントリーシステム、スイングピロー機構付きシート、後席格納式センターアームレストなどを設定。最上級グレードには本革地のシート/ステアリング/シフトノブ/パーキングブレーキレバーや電動ガラスサンルーフを採用した。

 

高品質の追求は走りに関しても貫かれる。搭載エンジンは可変共鳴過給システムのVRISを組み込んだ高性能V6DOHCの2機種で、KF-ZE型1995cc・V型6気筒DOHC24V(160ps)とK8-ZE型1844cc・V型6気筒DOHC24V(140ps)を設定。組み合わせるトランスミッションにはホールドモード機構付き電子制御4速ATと5速MTを用意する。前後ストラット式の足回りについては専用チューニングを実施。とくに高速ツーリングの快適性を高めるようにアレンジした。

 

■“10年色あせぬ価値”を謳って登場

ボディサイズが全長4545×全幅1695×全高1350mmと5ナンバー規格だったことも話題に。カーデザイン界では「小型クラスにおいて世界で最も美しいサルーン」と評された

 

ユーノス・ブランド期待の4ドアセダンは、「ユーノス500」(CA型)の車名で1992年1月に市場デビューを果たす。キャッチフレーズは“10年色あせぬ価値”で、グレードは上位から20G/20F-SV/20F/18Dで構成。個性的なスタイリングや高品質なハイレフコート塗装のほか、ボディサイズを全長4545×全幅1695×全高1350mmの5ナンバー規格に収めた(基本骨格を共用するクロノスやアンフィニMS-6は全長4695×全幅1770mmの3ナンバーサイズ)ことも注目を集めた。

 

当時のカーデザイン界では、「小型クラスにおいて世界で最も美しいサルーン」と評されたユーノス500。しかし、販売成績はデビュー当初を除いて振るわなかった。ユーザーの目がレクリエーショナルビークル(RV)に移っていた、上質で個性的なルックスに仕上がっていたもののデザイン自体のアクがやや強すぎた、V6エンジンの割には回転フィールのスムーズさに欠けた、ユーノス+数字の車名ではユーザーがクルマをイメージしにくかった――要因は色々と挙げられた。

 

■ベーシック仕様とスポーツモデルの追加

ラウンディッシュで広がり感のあるインパネ。空調パネルをセンター上部に張り出して設置したデザインもユニークだ

 

販売成績のアップを目指して、開発陣はユーノス500の様々な改良とラインアップの変更を実施していく。1993年1月にはオフブラックのレザー内装やリアスポイラーを備えた20F-Xを、1993年5月には装備アイテムを充実させた20Fスペシャルを追加設定。1994年3月にはマイナーチェンジを実施し、内外装の一部意匠変更のほかにFP-DE型1839cc直列4気筒DOHC16Vエンジン(115ps)搭載のエントリーグレードや専用ハードチューンサスペンションおよびアドバンA407タイヤ+15インチアルミ等を組み込んだスポーティ仕様の20GT-iの設定などを行った。

 

高品質サルーンとしての商品価値の引き上げを多様なアプローチで敢行していったユーノス500。しかし、販売は低迷が続き、しかもマツダ本体の経営悪化が深刻化してきたことから、結果的にユーノス500の国内販売は1995年いっぱいで中止されてしまう。一方、ユーノス500の欧州市場向けである「クセドス6(Xedos 6)」の販売は継続。高評価を得ながら1999年までリリースされた。マツダが追求した“色あせぬ価値”は、日本よりも欧州で広く認められたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

【おもしろローカル線の旅】美景とのどかさに癒される「伊豆箱根鉄道」

おもしろローカル線の旅~~伊豆箱根鉄道(神奈川県・静岡県)~~

 

伊豆箱根鉄道は大雄山線(だいゆうざんせん)と駿豆線(すんずせん)の2本の路線で電車を運行している。この2本の路線は神奈川県と静岡県と走る県が別々で、線路は直接に結ばれず、電車の長さが異なり共用できない。そんな不思議な一面を持つ私鉄路線だが、美景と郊外電車の“のどかさ”が魅力になっている。

 

乗れば癒されるローカル線の旅。今回はおもしろさ満載の伊豆箱根鉄道の旅に出ることにしよう。

 

【路線の概要】2本の特徴・魅力はかなり異なっていておもしろい

最初に路線の概要に触れておこう。まずは大雄山線から。

大雄山線は小田原駅を起点に南足柄市の大雄山駅までの9.6kmを結ぶ。路線は、小田原市の郊外路線の趣。住宅地が続き、途中、田畑を見つつ走る

 

ちなみに路線名と駅名に付く大雄山とは15世紀に開山した最乗寺(大雄山駅からバス利用10分+徒歩10分)の山号(寺院の称号のこと)を元にしている。

↑大雄山線の主力車両5000系。5501編成のみ、赤電と呼ばれたオールドカラーに復刻されている。赤電は大雄山線だけでなく、西武鉄道でも1980年代まで見られた車体カラーだ

 

一方の駿豆線(すんずせん)は三島駅と修善寺駅間の19.8kmを結ぶ。

 

こちらは観光路線の趣が強く、富士山の眺望と、沿線に伊豆長岡温泉、修善寺温泉など人気の温泉地が点在する。東京駅から特急「踊り子」が直通運転していて便利だ。

 

ちなみに、駿豆線の駿豆とは、駿河国(するがのくに)と伊豆国(いずのくに)を走ることから名付けられた路線名。開業当初に駿河国に含まれる沼津市内へ路線が延びていたことによる。現在は同区間が廃止されたため、駿豆線と呼んでいるものの伊豆国しか走っていないことになる。

↑駿豆線の三島二日町駅〜大場駅間は富士山の美景が楽しめる区間として知られる。185系の特急「踊り子」の走る姿を写真に収めるならば、空気が澄む冬の午前中がおすすめ

 

両線の起点は大雄山線が小田原駅、駿豆線が三島駅だ。お互いの路線の線路は別々でつながっていない。しかも、神奈川県と静岡県と走る県も違う。

 

大手私鉄のなかで異なる県をまたぎ、また線路がつながらない路線を持つ例がないわけではない。しかし、伊豆箱根鉄道という中小の鉄道会社が、どうしてこのように別々に分かれて路線を持つに至ったのだろう。そこには大資本が小資本を飲み込んで拡大を続けていった時代背景があった。

 

【伊豆箱根鉄道の歴史】戦前に西武グループの一員に組み込まれる

伊豆箱根鉄道は、現在、西武グループの一員となっている。元は、両路線とも地元資本により造られた路線だった。その後に勢力の拡大を図った堤康次郎氏ひきいる箱根土地(現・プリンスホテル)が合併し、伊豆箱根鉄道となった。

 

まずは駿豆線の歩みを見ていこう。

●1898(明治31)年5月20日 豆相鉄道が三島町駅(現・三島田町駅)〜南条駅(現・伊豆長岡駅)間を開業
同年6月15日に三島駅(現・御殿場線下土狩駅)まで延伸させた。

 

●1899(明治32)年7月17日 豆相鉄道が大仁駅まで路線を延長
ちょうど120年前に、駿豆線が生まれた。同時代の地方鉄道にありがちだったように、運行する会社が次々に変って行く。

豆相鉄道 → 伊豆鉄道(1907年) → 駿豆電気鉄道(1912年) → 富士水力電気(1916年) → 駿豆鉄道(1917年)

と動きは目まぐるしい。駿豆鉄道は、1923(大正13)年に箱根土地(現・プリンスホテル)の経営傘下となる。そして…。

 

●1924(大正14)年8月1日 修善寺駅まで路線を延伸

↑1924年に生まれた駿豆線の修善寺駅。修善寺温泉や天城、湯ケ島温泉方面への玄関口でもある。修善寺温泉へは駅からバスで8分ほどの距離

 

一方、大雄山線の歩みを見ると。

●1925(大正14)年10月15日 大雄山鉄道の仮小田原駅〜大雄山駅が開業

 

●1927(昭和2)年4月10日 新小田原駅〜仮小田原駅が開業

 

●1933(昭和8)年 大雄山鉄道が箱根土地(現・プリンスホテル)の経営傘下に入る

 

その後、1941(昭和16)年に大雄山鉄道は駿豆鉄道に吸収合併された。さらに1957(昭和32)年に伊豆箱根鉄道と名を改めている。歴史をふりかえっておもしろいのは、同社が駿豆鉄道と呼ばれた時代に静岡県を走る岳南鉄道(現・岳南電車)の設立にも関わっていたこと。会社設立に際して、資本金の半分を出資している。そして。

 

●1949(昭和24)年 岳南線の鈴川駅(現・吉原駅)〜吉原本町駅が開業
しかし、駿豆鉄道が運営していた時代は短く、1956(昭和31)年には富士山麓電気鉄道(現・富士急行)の系列に移されている。

↑ライオンズマークを付けた伊豆箱根バス。大雄山駅最寄りのバス停は伊豆箱根バスが「大雄山駅」、箱根登山バスは「関本」としている

 

かつて西武グループの中核企業だった箱根土地が、神奈川県と静岡県の鉄道路線を傘下に収めていった。同時期に東京郊外の武蔵野を巡る路線の覇権争いも起きている。

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西武鉄道の路線網にひそむ2つの謎――愛すべき「おもしろローカル線」の旅【西武国分寺線/西武多摩湖線/西武多摩川線】

 

いずれも首都圏や関東近県まで含めた西武グループ対東急グループの勢力争い巻き起こる、その少し前のことだった。その後の1950年代から60年代にかけて、箱根や伊豆を舞台に繰り広げられた熾烈な勢力争いは箱根山戦争、伊豆戦争という名で現代まで言い伝えられている。

 

いまでこそ、西武池袋線と東急東横線が相互乗り入れ、協力し合う時代になっているが、半世紀前にはお互いのグループ会社まで巻き込み、すさまじい競争を繰り広げていたのだ。

 

伊豆箱根鉄道は、堤康次郎氏が率いる西武グループの勢力拡大への踏み石となっていた。そんな時代背景が、いまも感じられる場所がある。

 

大雄山駅近くのバスセンター。西武グループの伊豆箱根バスと、小田急グループ(広く東急系に含まれる)の箱根登山バスが走っている。伊豆箱根バスのバス停は「大雄山駅前」、一方の箱根登山バスのバス停は「関本」。この名前の付け方など、それこそ昔の名残そのもの。知らないと、少し迷ってしまう停留所名の違いだ。

【大雄山線1】なぜ長さ18m車しか走らない?

↑大雄山線の主力車両5000系が狩川橋梁を渡る。同車両の長さは18m。駿豆線を走る3000系と正面の形は酷似しているものの3000系は20m車両と長さが異なっている

 

大雄山駅の近くでも見られた大企業による争いの名残。いまはそんな争いもすっかり昔話となりつつある。

 

歴史話にそれてしまった。伊豆箱根鉄道の現在に視点を戻そう。

 

伊豆箱根鉄道の大雄山線は、小田原駅の東側にホームがある。同駅は東側からホーム番線が揃えられている。そのため、大雄山線のホームは1・2番線。ちなみにJR東海道線が3〜6番線、小田急線・箱根登山鉄道が7〜12番線、東海道新幹線が13・14番線となっている。

 

大雄山線のホームは行き止まり式。しかし、駅の手前にポイントがあり、JR東海道線の側線に向けて線路が延び、接続している。その理由は後述したい。

↑大雄山線小田原駅のホームは2面あるが、右端のホームは未使用。線路は2本ありそれぞれ1番線2番線を名乗る。左側の東海道線とは線路が結びついている

 

大雄山線の電車は5時、6時台、22時台以降を除き日中は、きっちり12分間隔で非常に便利だ。例えば小田原発ならば、各時0分、12分、24分、36分、48分発。どの駅も同様に12分間隔刻みで走るので時刻が覚えやすい。たぶん、沿線の人たちは自分が利用する駅の時刻を、きっちり覚えているに違いない。

 

小田原駅を発車した電車は、東海道線と並走、間もなく緑町駅に付く。この先で、路線は急カーブを描き、東海道線と東海道新幹線の高架下をくぐる。

 

このカーブは半径100mm。半径100mというカーブは、大手私鉄に多い車両の長さ20mには酷な急カーブとされている。よって大雄山線の全車18mという車体の長さが採用されている。さらにカーブ部分にはスプリンクラーを配置。線路を適度に濡らすように工夫、車輪から出るきしみ音を減らす工夫を取っている。

↑半径100mとされる急カーブを走る様子を緑町駅付近から写す。連結器部分をぎりぎりに曲げて走る様子が見える。線路下にはスプリンクラーがあり、きしみ音を防いでいる

 

↑駅ホームにある接近案内。レトロな趣だが、どちら行きの電車が接近しているのか、明確で分かりやすく感じた

 

緑町駅を過ぎ、JRの路線をくぐると、あとは住宅地を左右に見ながら、北を目指す。五百羅漢駅の先で小田急小田原線の跨線橋をくぐり北西へ。穴部駅を過ぎれば水田風景も見えてくる。

 

しばらく狩川に平行して走り、塚原駅の先で川を渡り、左に大きくカーブして終点の大雄山駅を目指す。

 

終点の大雄山駅へは、きっちり22分で到着した。鉄道旅というにはちょっと乗り足りない乗車時間ではあるものの、大雄山駅周辺でちょっとぶらぶらして小田原駅に戻ると考えれば、ちょうど良い所要時間かも知れない。

↑終点の大雄山駅に到着した5000系。構内には車庫がわりの留置線と検修庫がある

 

↑足柄山の金太郎、ということで足柄山の麓、大雄山駅前には金太郎の銅像がある。熊にま〜たがりという童謡の光景だが、熊が屈強そうで金太郎、大丈夫か? とふと思ってしまった

 

【大雄山線2】今年で90歳! コデ165形という古風な電車は何をしているの?

終点の大雄山駅には茶色の車体をしたコデ165形という古風な電車が停められている。この電車、なんと1928(昭和3)年に製造されたもの。今年で90歳という古参電車だ。17mの長さで国電として走った後に、相模鉄道を経て、大雄山線にやってきた。果たして何に使われているのだろう。

 

実は、このコデ165形は大雄山線では電気機関車代わりに利用されている。大雄山線の路線内には、大雄山駅に検修庫はあるものの、車両の検査施設がない。そのため定期検査が必要になると、駿豆線の大場工場まで運んでの検査が行われる。

↑大雄山駅の検修庫内に停まるコデ165形。90年前に製造された車両で、現在は電気機関車代わりとして検査車両の牽引以外に、レール運搬列車の牽引に使われている

 

大雄山線では検査する車両を、このコデ165形が牽引する。小田原駅〜三島駅は、JR貨物に甲種輸送を依頼。小田原駅構内の連絡線を通って橋渡し。JR貨物の電気機関車が東海道線内を牽引、三島駅からは同路線用の電気機関車が牽引して大場工場へ運んでいる。2本の路線の線路が結びついていないことから、このような手間のかかる定期検査の方法が取られているわけだ。

 

なお、このコデ165形の走行は、事前に誰もが知ることができる。

 

「駅に●月●日、●時●分の電車は運休予定です」と告知される。これは大雄山線のダイヤが日中、目一杯のため、定期列車を運休させないと、この検査する電車の輸送ができないために起こる珍しい現象。

 

他の鉄道会社では、検査列車などの運行は一切告知しないのが一般的だが、この大雄山線に限っては、検査列車の運行をこのように違う形で発表しているところがおもしろい。

↑各駅に貼り出される列車運休のお知らせで検査車両の運行が行われることがわかる。大雄山線の運行が目いっぱい詰ったダイヤのために起こる不思議な現象だ

 

【駿豆線1】元西武線のレトロ車両ほか多彩な電車が走る

伊豆箱根鉄道の2路線を同じ日に巡るとなると、小田原駅から三島駅への移動が必要となる。

 

もちろん東海道新幹線での移動が早くて便利だ。とはいえ乗車券670円のほかに特別料金1730円が必要となる。ちなみに在来線ならば乗車券の670円のみで移動できる。所要時間は新幹線が16分、在来線ならば40分ほどと、差は大きく悩ましいところだ。

 

さらに、小田原駅と三島駅間を直通で走る在来線の普通列車は少なく(特急はあり)、熱海駅での乗換えが必要となる。小田原駅はJR東日本だが、途中の熱海駅がJR東日本とJR東海の境界駅で、三島駅はJR東海の駅となる。ICカードを利用した場合は、下車した駅で改札をそのまま通ることができない。窓口や精算機で乗継ぎ清算が必要となるとあって、やや面倒だ。

↑大雄山線は交通系ICカードの利用が可能。一方の駿豆線は同じ伊豆箱根鉄道の路線ながらICカードは使えず、切符を購入しての乗車が必要。1日乗り放題乗車券も販売(1020円)

 

駿豆線を走る電車はすべて長さ20m車両で、大雄山線に比べて変化に富む。大雄山線が5000系だけだったのに対して、駿豆線の自社車両は1300系、3000系、7000系の3種類。さらにラッピング電車や色違いの車体カラー、JRの特急列車の乗り入れもあるので、より変化に富む印象が強い。

↑7000系はJR乗り入れ用に造られた。当初は快速列車用だったが、現在は普通列車として運用される。正面は写真の金色と、銀色の2編成が走っている

 

↑1300系は元西武鉄道の新101系。2編成走るうちの1編成は西武鉄道で走っていたころの黄色塗装に戻され「イエローパラダイストレイン」の名で駿豆線内を走っている

 

三島駅から駿豆線の電車に乗車してみよう。駿豆線の三島駅は南側にあり、JRの通路からも直接ホームへ入ることができる。JRの三島駅南口と並んで、伊豆箱根鉄道の駅舎も設けられている。

↑JR三島駅の南口駅舎の隣に建つ駿豆線の三島駅駅舎。観光路線らしく、おしゃれなたたずまいになっている

 

ホームは小田原駅とは逆で、JR東海道線のホームが1〜4番線、新幹線ホームが5・6番線。そして駿豆線のホームが7〜9番線となっている。ちなみに駿豆線に乗り入れる特急「踊り子」は、1番線ホームを利用している。

 

【駿豆線2】富士山の清らかな伏流水が街中を豊富に流れる

三島駅から緩やかなカーブを描き、東海道本線から離れていく。そして三島市内をしばらくの間、走る。

 

三島は富士山麓から湧出する伏流水が豊富に流れる街だ。三島駅の次の駅、三島広小路駅の近くでは源兵衛川をまたぎ、さらにその先の三島田町駅の手前で御殿川をまたぐ。

 

いずれも伏流水が流れる河川で、清らかな流れが楽しめる。河川沿いには緑地や親水公園も設けられていて、のんびり歩くのには格好な場所だ。

↑三島駅の次の駅、三島広小路駅近くを流れる源兵衛川。富士山麓から湧き出す豊かで澄んだ伏流水の流れで、親水公園では親子が水遊びを楽しむ様子が見られた

 

3番目の駅、三島二日町駅と次の大場駅の間は、前述したように、富士山の眺望が素晴らしいところ。三島市の住宅街が途切れ、畑ごしに富士山と駿豆線を走る電車の撮影を楽しむことができる。

 

さらに大場駅近くには伊豆箱根鉄道の車両の定期検査を行う大場工場があり、駅側からこの工場へ入る引込線が設けられている。大雄山線の車両も、この工場まで運ばれ、検査が行われているわけだ。

↑大場工場内を望む。構内に停まる電気機関車はED31形で、1948(昭和23)年に西武鉄道が導入した車両。現在は大雄山線の検査車両を主に牽引している

 

大場駅から伊豆長岡駅まではほぼ直線路が続く。途中駅の韮山駅は、世界遺産にも指定された韮山反射炉(循環バス利用で約10分)の最寄り駅。また伊豆長岡駅は伊豆長岡温泉(バス利用で約10分)の最寄り駅だ。

 

伊豆長岡駅から先は、狩野川沿いに電車は走る。大仁駅付近で蛇行する狩野川に合わせてのカーブが続く。普通列車で30分ちょっと、まもなく終点の修善寺駅に到着する。

↑大仁駅付近からは山容に特徴のある葛城山が見える。この葛城山は富士山を望む美景の地として名高い。山頂と麓の伊豆長岡温泉の間にはロープウェイが架けられている

 

↑駿豆線の終着駅・修善寺駅。観光拠点の駅らしくホームは2面、1〜4番線ホームが揃う。停車中の特急「踊り子」は、1日に2〜4本が東京駅との間を走っている

 

ちょうど修善寺駅には特急「踊り子」が停車していた。「踊り子」に使われる185系だが、走り始めてからすでに40年近い。数年内に185系の退役させることがJR東日本から明らかにされており、ここ数年中に、駿豆線を走る特急「踊り子」はE257系(中央本線の特急「あずさ」「かいじ」に使われた車両)に引き継がれる予定だ。

 

国鉄生まれの特急形電車の姿もあと数年後には消えていきそうだ。駿豆線ではお馴染のスター列車だっただけに、ちょっと寂しく感じる。

【中年名車図鑑|第1世代・スバル・インプレッサWRX】スバリストたちに愛され、育てられた高性能スポーツセダン

海外モータースポーツへの本格参戦に際し、世界ラリー選手権(WRC)のフィールドを選択した富士重工業。独創的な技術で勝負する同社は、1992年になると新しいホモロゲーションモデルを市場に放った――。今回は新世代ハードトップセダンのインプレッサをベースに開発した「WRX」グレードの第1世代(1992~2000年)で一席。

【Vol.85 第1世代・スバル・インプレッサWRX】

富士重工業(現SUBARU)は軽自動車のヴィヴィオから小型車のレガシィへのスムーズな上級移行の形成を目指し、1992年10月に新しい中間車となる「インプレッサ(IMPREZA)」発表、翌11月に発売する。シリーズ展開はサッシュレス4ドアのセダン(GC型)およびスポーツセダンのWRX(GC8型)とコンパクトなラゲッジを備えたスポーツワゴン(GF型)で構成した。

 

■走りの性能を徹底的に磨いた最強スポーツセダンのWRX

WRXの第1世代は1992年に登場した。リアスポイラー、サイド&リアアンダースカート、大径フォグランプがシリーズ最強の存在感を主張する

 

シリーズの最強版で、かつWRCグループAのホモロゲーションモデルとなるWRXは、ロードカーバージョンのWRXとコンペティション仕様のWRXタイプRAを設定する。搭載エンジンには大容量高速型の水冷ターボチャージャーやダイレクトプッシュ式バルブ駆動、5ベアリングクランクシャフト、クローズドデッキシリンダーブロックなどを組み込んだオールアルミ合金製のEJ20型1994cc水平対向4気筒DOHC16Vインタークーラーターボを採用。パワー&トルクは240ps/31.0kg・mを発生した。組み合わせるトランスミッションには、油圧レリーズ式プルタイプのクラッチを導入したうえでギア比を最適化した5速MTをセット。駆動機構にはビスカスLSD付センターデフ式フルタイム4WDを採用し、リアにもビスカスLSDを装備する。フロントをL型ロワアームのストラット、リアをデュアルリンクのストラットで構成したサスペンションはアームやブッシュ類を強化するとともに、ダンパーおよびスプリングにハードタイプを装着。ボディは曲げとねじれともに剛性を引き上げ、同時にアルミ製フロントフードを導入するなどして効果的に軽量化を図った。ボディサイズは全長4340×全幅1690×全高1405mm/ホイールベース2520mmに設定する。制動機構にはフロントにローター厚24mm/制動有効半径228mmの2ポットベンチレーテッドディスクを、リアに同18mm/230mmのベンチレーテッドディスクをセット。専用の内外装パーツとしてリアスポイラーやサイド&リアアンダースカート、大径フォグランプ、205/55R15タイヤ+6JJ×15軽量アルミホイール、ナルディ製本革巻きステアリング&シフトノブ、バケットシートなども装備した。

 

富士重工業が大きな期待を込めて市場に送り出した新しい中間車の高性能グレードのWRX系は、走りを重視するスバリストたちから絶大な支持を集める。この勢いを維持しようと、開発陣は精力的にWRXの改良とラインアップの拡充を図っていく。1993年10月の一部改良(Bタイプ)ではスポーツワゴンにも高性能モデルのWRXグレードを設定。このときターボエンジンとATが組み合わされ、駆動機構にはVTD-4WDを採用した。

 

■STiバージョンの登場

WRX専用装備として、ナルディのステアリング&シフトノブ、バケットシートを用意

 

WRC制覇を目指した富士重工業の開発陣、さらに同社のモータースポーツ部門であるSTI(スバルテクニカインターナショナル)は、WRXの改良を矢継ぎ早に実施していく。まず1994年1月には、ハイパフォーマンスモデルの「WRX STi」がデビュー。EJ20ターボエンジンはファインチューニングが敢行され、鍛造ピストンや専用ECU、軽量化したハイドロリックラッシュアジャスター、インタークーラーウォータースプレイ&専用ノズルなどを採用した。さらに排気系にはSTi/フジツボ製のΦ101.6mm大径マフラーを組み込む。得られたパワー&トルクは250ps/31.5kg・m。加速性能とアクセルレスポンスも従来ユニットを大きく凌いだ。さらに1994年10月になるとインプレッサのマイナーチェンジ(Cタイプ)が実施され、セダンWRX系のEJ20ターボエンジンの最高出力は260psにまで引き上がる。また翌月には、競技用ベース車のWRX-RA STiが登場。専用タイプのECUにシリンダーヘッド、ナトリウム封入排気バルブおよび中空吸気バルブ、ダクト部強化型インタークーラーなどで武装し、ターボの過給圧も高めたEJ20ターボは、275psの強力パワーを発生した。

 

WRXの進化は、まだまだ続く。1995年8月にはWRX STiのバージョンⅡがデビュー。1996年9月になると“全性能モデルチェンジ”と称したインプレッサのビッグマイナーチェンジ(Dタイプ)が行われ、同時にWRX STiはバージョンⅢに発展した。全性能モデルチェンジを遂げたWRX系には、“BOXER MASTER-4”と名づけた新しいターボ付きEJ20型エンジンが搭載される。ターボチャージャーの大型化やインタークーラーのサイズアップおよびコアの水平置き化、新ピストンの採用、過給圧アップに対応したメタルガスケットの装着などを実施し、パワー&トルクはついに280ps/33.5kg・mに達した。また、WRX STiバージョンⅢは専用大容量タービンの採用や最大過給圧の引き上げなどによって最大トルクが35.0kg・mにアップ。足回りのセッティング変更も行い、操縦安定性を向上させた。さらに1997年9月には、一部改良を実施してEタイプに移行。WRX STiはバージョンⅣとなり、EJ20ターボエンジンの最大トルクは36.0kg・mにまで引き上がった。

 

■WRカーのロードバージョンを設定

400台限定、500万円で売り出された「22B-STi Version」はわずか2日で完売

 

WRCは1997年シーズンに従来のグループAからWRカーに移行する。このシーズン、マニュファクチャラーズチャンピオンに輝いたのは、インプレッサWRCで参戦したスバル・ワールドラリーチームだった。一方でスバリストたちからは、ちょっとした不満の声も聞かれた。インプレッサWRCと直結するロードバージョンがない――。その意見は、もちろん富士重工業およびSTIの耳に入っていた。最終的に富士重工業は、STI主導でインプレッサWRCのロードバージョンを開発する旨を決断。しかも、徹底して高性能化を図る方針を打ち出した。

 

まずボディに関しては、2ドアクーペ用をベースに大型のブリスターフェンダーを装備してワイド化を図る。組み付けには高田工業の協力を仰ぎ、同社のラインにおいて半ば手作業で溶接を行った。ボディカラーには、インプレッサWRC専用色のソニックブルーマイカを採用する。内包するインテリアでは、シートやドアトリムをボディ色とコーディネートしたブルー系で、インパネをインプレッサWRCと同イメージのマットブラックタイプでまとめた。搭載エンジンはEJ20系のボアを92.0→96.9mmに拡大したうえで、各部のセッティングを変更したEJ22改(2212cc水平対向4気筒DOHC16Vインタークーラーターボ)を採用する。パワー&トルクは280ps/37.0kg・mを発生。サスペンションには専用チューニングのビルシュタイン製倒立式ダンパーとアイバッハ製コイルスプリングをセットした。

 

インプレッサWRCのロードバージョンは、「22B-STi Version」のネーミングを冠して1998年3月に市場デビューを果たす。販売台数は400台限定。車両価格は500万円と高価だったが、その人気は凄まじく、わずか2日で完売した。

 

■モデル末期にSTIコンプリートカーのS201を発売

1998年9月にはマイナーチェンジが行われ、Fタイプへと切り替わる。搭載エンジンは新設計のシリンダーブロックおよびヘッドを採用した“BOXER PHASE Ⅱ”に換装。WRX系には新タイプの倒立式ストラットサスペンションをセットした。WRX STiはバージョンⅤへと進化。WRカータイプの大型リアスポイラーやスポーツABSなどを新規に設定した。さらに1999年9月になると、一部改良でGタイプに移行する。WRX系では空力特性の向上を狙った外装の仕様変更や新16インチアルミホイールの設定などを実施。バージョンⅥとなったWRX STiは、リアスポイラーの翼断面形状の刷新やリアクォーターガラスの薄板化による軽量化、クラッチスタートシステムの採用(MT車)などを行った。2000年4月にはGC8型インプレッサをベースにSTIがコンプリートで仕立てた「S201 STI version」が300台限定で発売される。搭載エンジンは専用スポーツECUを組み込むと同時に吸排気系を変更したEJ20ターボで、パワー&トルクは300ps/36.0kg・mを発生。専用装備として車高調整式強化サスペンションやリア・フルピローラテラルリンクおよびトレーリングリンク、フロントヘリカルLSD、エアロバンパー、ダブルウィングリアスポイラーなどを設定した。

 

2000年8月になるとインプレッサはついに全面改良を実施し、2代目となるGD/GG型系に移行する。じっくりと手間をかけて進化していった初代のGC/GF型系。とくにラリーのベース車となったGC8型のWRXシリーズは、1990年代の高性能スポーツセダンの代表格に昇華したのである。

 

■WRCにおいて3年連続でマニュファクチャラーズタイトルを獲得

インプレッサはWRCで快進撃を続け、グループAカーとWRカーの両カテゴリーでチャンピオンマシンに昇りつめた

 

最後に、第1世代のインプレッサWRXのWRCにおける戦績を紹介しよう。インプレッサWRXがWRCのグループAに参戦したのは、1993年8月開催の1000湖ラリーから。ここでA.バタネン選手がいきなり2位に入るという好成績を成し遂げる。1994年シーズンではC.マクレー選手とC.サインツ選手、R.バーンズ選手らがメインドライバーに起用され、シーズン3勝、マニュファクチャラーズ2位を達成した。そして1995年シーズンでは前年と同様にC.マクレー選手やC.サインツ選手、R.バーンズ選手らがステアリングを握り、シーズン5勝でマニュファクチャラーズタイトルを獲得。さらに、C.マクレー選手がドライバーズチャンピオンに輝いた。1996年シーズンになるとC.マクレー選手やK.エリクソン選手、P.リアッティ選手などを擁し、年間3勝をあげて2年連続のマニュファクチャラーズタイトルの栄冠に輝く。また、改造範囲を最小限に抑えたグループNでもインプレッサWRXは大活躍した。

 

1997年シーズンになると、トップカテゴリーはWRカーに移行する。この新舞台にスバル・ワールドラリーチームは、新開発のインプレッサWRCで参戦した。戦績は見事なもので、第1戦のモンテカルロでP.リアッティ選手が、第2戦のスウェディッシュでK.エリクソン選手が、第3戦のサファリでC.マクレー選手が、第6戦のツール・ド・コルスでC.マクレー選手が、第9戦のニュージーランドでK.エリクソン選手が、第12戦のサンレモと第13戦のオーストラリア、第14戦のRACでC.マクレー選手が優勝を果たし、年間8勝の好成績でマニュファクチャラーズチャンピオンに輝いた。ちなみに、スバル・ワールドラリーチームが同タイトルを獲得したのは、この年で3年連続。つまり、インプレッサはグループAカーとWRカーの両カテゴリーでチャンピオンマシンに昇りつめたのである。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

常時営業を行っていない臨時駅が起点という鉄道路線「鹿島臨海鉄道」の不思議

おもしろローカル線の旅~~鹿島臨海鉄道(茨城県)~~

 

茨城県の南東部を走る鹿島臨海鉄道。鹿島灘の沿岸部に敷かれた路線を旅客列車と貨物列車が走る。旅客列車が走るにも関わらず、路線の起点となる駅は常時営業を行っていない臨時駅だ。えっ、なぜ? どう乗ればいいの? ということで、今回は鹿島臨海鉄道にまつわる謎解きの旅に出かけることにしよう。

 

【路線の概要】まずは鹿島臨海鉄道の路線紹介から

まず鹿島臨海鉄道の路線の概要から見ていこう。

鹿島臨海鉄道には2本の路線がある。まず1本目は鹿島サッカースタジアム駅〜奥野谷浜駅(おくのやはまえき)間の19.2kmを結ぶ鹿嶋臨港線である。2本目は鹿島サッカースタジアム駅〜水戸駅間53.0kmを結ぶ大洗鹿島線だ。

 

鹿島臨港線は貨物列車のみが走る貨物専用線で、大洗鹿島線は旅客列車が走る旅客路線だ。2本の路線の起点が鹿島サッカースタジアム駅となる。

 

この鹿島サッカースタジアム駅だが、常時営業しているわけではない。最寄りの鹿島サッカースタジアムで、サッカーの試合やイベントが行われるときのみ営業される臨時駅だ。よって通常は、同駅を通るすべての旅客列車が通過してしまう。

 

実は同駅が路線の起点なのだが、大洗鹿島線を走る旅客列車は、隣りの鹿島神宮駅まで直通運転をしている。すべての旅客列車が鹿島神宮駅を発着駅としているのだ。鹿島サッカースタジアム駅〜鹿島神宮駅はJR鹿島線の線路で、鹿島臨海鉄道の全列車は、JRの同区間に乗り入れる形になっている。

 

なぜ、このような不思議な運転方式になったのだろう。そこには同社設立の歴史が深く関わっていた。次は鹿島臨海鉄道の歴史に関して触れたい。

↑鹿島臨海鉄道の2本の路線の起点駅・鹿島サッカースタジアム駅。サッカーやイベント開催日のみに営業する臨時駅だ。通常は貨物列車の入れ換え基地という趣が強い

 

貨物輸送用にまず駅が造られた

鹿島臨海鉄道の歴史は鹿島灘沿岸に造られた鹿島臨海工業地帯の誕生とともに始まる。

 

1969(昭和44)年、元は砂丘だった鹿島灘に面した海岸に鹿島港が開港、住友金属鹿島製鉄所の操業が始まった。23の事業所の進出とともに工業地帯が発展していく。鹿島臨海鉄道とJR鹿島線もこの工業地帯の誕生に合わせて路線が敷かれた。

 

●1969(昭和44)4月1日 鹿島臨海鉄道株式会社が設立
主要な株主は日本国有鉄道(後に日本貨物鉄道=JR貨物に引き継がれる)、茨城県、住友金属工業、三菱化学といった自治体および団体、企業だ。つまり第三セクター方式の鉄道事業者として発足したわけだ。

 

●1970(昭和45)年7月21日 鹿島臨港線19.2kmが開業
鹿島臨港線の北鹿島駅(現・鹿島サッカースタジアム駅)〜奥野谷浜駅(おくのやはまえき)間が開業した。当初は貨物輸送のみを行う路線だった。

 

●1970(昭和45)年8月20日 国鉄鹿島線の香取駅〜鹿島神宮駅間が開業

 

●1970(昭和45)年11月12日 国鉄鹿島線が北鹿島駅まで延伸される
この延伸により北鹿島駅構内で鹿島臨海鉄道とJR鹿嶋線の線路がつながった。

 

国鉄鹿島線が北鹿島駅へ延伸した後も旅客列車は鹿島神宮駅止まり。一方、貨物列車は北鹿島駅まで走り、同駅で鹿島臨海鉄道に引き継がれ、鹿嶋臨港線を通って各工場へ貨物が運ばれていった。

↑JR鹿島線(右)と鹿島臨港線(左)の合流ポイント。JR鹿島線の鹿島神宮駅〜鹿島サッカースタジアム駅間は、JR貨物と鹿島臨海鉄道の共用区間となっている

 

●1978(昭和53)年7月25日 北鹿島駅〜鹿島港南駅(現在は廃駅)間で旅客営業を開始
貨物輸送のみだった鹿島臨港線だが、旅客営業を開始、北鹿島駅で折り返し、鹿島神宮駅まで乗り入れた。

 

●1983(昭和58)年12月1日 鹿島臨港線の旅客営業が終了
利用客が少なく、わずか6年で鹿島臨港線の旅客営業が終了した。同時に鹿島神宮駅への乗り入れも中止された。

 

北鹿島駅から北へ向かう大洗鹿島線はどのような経緯をたどったのだろう。こちらは鹿島臨港線に比べて、かなり遅い路線開業となった。

↑鹿島サッカースタジアム駅には入れ換え用の線路が設けられ、貨物列車の信号場としての役割を担う。首都圏では珍しくなったEF64が牽引する貨物列車が乗り入れている

 

●1985(昭和60)年3月14日 大洗鹿島線水戸駅〜北鹿島駅間が開業
北鹿島駅(現・鹿島サッカースタジアム駅)〜水戸駅を走る大洗鹿島線は、当初、国鉄の鹿島線を水戸駅まで延ばすことを念頭に計画が立てられた。そして1971(昭和46)年、日本鉄道建設公団により着工された。しかし、当時の国鉄は巨額な赤字に喘いでいた。改革が迫られ、さらに民営化と推移していく時期でもあり、新線の経営を引き受けることが困難になっていた。

 

着工が間近に迫った1984年に、新線の経営を鹿島臨海鉄道にゆだねることが決定、そして大洗鹿島線は、開業当初から鹿島臨海鉄道の路線として歩み始めたのだった。

 

大洗鹿島線は当初から旅客中心の営業だったため、開業と同時に北鹿島駅から鹿島神宮駅までの列車の乗り入れを開始している。

 

香取駅〜水戸駅間の路線が国鉄鹿島線として計画されたものの、最初の計画が頓挫。北鹿島駅〜水戸駅の新区間が鹿島臨海鉄道に経営が引き継がれたことにより、路線の起点が臨時駅で、実際の列車の発着駅とは異なる、という不思議な運行方式になったわけである。

 

なおその後、1994(平成6)年3月に北鹿島駅は鹿島サッカースタジアム駅と改称された。1996(平成8)年には大洗鹿島線での貨物営業を中止、以降、貨物列車は鹿島臨港線を走るのみとなっている。

↑鹿島サッカースタジアム駅を通過する列車。ホームをはさみ貨物列車用の線路がある。駅周辺には民家も少なく、利用者が見込めないためイベント開催日限定の臨時駅となった

【鹿島臨港線】神栖には謎の階段やホーム跡が残る

路線の歴史説明がやや長くなってしまったが、次は各路線の現在の姿を見てまわることにしよう。まずは貨物列車専用の鹿島臨港線から。

↑鹿島臨港線は東日本大震災による津波の被害を受けた。津波により速度表示もなぎ倒された(2012年撮影)。被害は甚大だったが震災から4か月後に全線復旧を果たしている

 

鹿島臨港線は貨物専用線のため、列車に乗って見て回るわけにはいかない。そこでクルマで巡ってみた。貨物列車が走る様子をたどろう。

 

鹿島サッカースタジアム駅を発車した貨物列車はまもなく、JR鹿島線と分岐、非電化路線をひたすら南下する。しばらくは鹿島市の住宅地を左右に見て走る。

 

10分ほど走ると、鹿島港に近い工業地帯へ出る。工場用に造られた造成地が線路の周囲に広がっている。鹿島サッカースタジアム駅を発車して約20分で、列車は貨物専用の神栖駅(かみすえき)へ到着する。

 

この神栖駅でコンテナの積み降しが主に行われている。神栖駅の西側には和田山緑地という公園があり、この園内に手すり付きの階段がある。ここを上るとフェンス越しに元ホームが見える。この階段やホームは旅客営業時に使われていたもの。いまはフェンスが階段の上に設置されているため、ホーム内に立ち入りはできないが、旅客営業時代の面影を偲ぶことができる。

↑神栖市の和田山緑地内にある、手すり付き謎の階段。フェンスがあり階段の上から先に入ることはできない。構内にはJR貨物のコンテナ貨車が停まっていた

 

↑和田山緑地からフェンス越しに神栖駅構内を見ることができる。このように元ホームや休車となった古いディーゼルカー、そして貨物用機関車の車庫を望むことができる

 

神栖駅から線路は奥野谷浜駅まで延びている。この奥野谷浜駅は、いまも貨物時刻表の地図に掲載されているが、すでに駅施設らしきものはない。不定期で運行される貨物列車がJSR鹿島工場へ走っているが、駅は通過するのみだ。

 

神栖駅より先は、単調に線路が延びるのみで、駅施設などはすべてきれいに取り除かれているのがちょっと残念だった。

↑鹿島臨港線の主力KRD64形ディーゼル機関車が鹿嶋市の住宅地を左右に見ながら進む。鹿島臨港線では写真のような化学薬品を積んだタンクコンテナの割合が多い

 

↑1979年に導入されたKRD5形ディーゼル機関車も使われる。鹿島臨港線の貨物列車は下り2便、上り3便と本数は少なめだが、コンテナを満載して走る列車が目立つ

 

【大洗鹿島線1】 日本一長いひらがな駅名を持つ駅とは?

鹿島臨海鉄道の旅客列車が発車するJR鹿島神宮駅に戻り、水戸行き列車を待つ。鹿島神宮駅発の列車は、朝夕を除き、ほぼ1時間間隔で発車する。水戸に近い大洗駅〜水戸駅間は列車の本数が増え、約30分間隔で列車が走っている。

 

急行や快速列車はなく、すべて普通列車だ。ただし前述したように、鹿島サッカースタジアム駅は通常、普通列車も停まらずに通過してしまう。

鹿島神宮駅でのJR鹿島線から大洗鹿島線への乗換えは、朝夕を除いて、接続があまり良くないのが実情だ。さらに、東京方面からの直通の特急列車は廃止され(6月のみ特急「あやめ」が走る)、また直通の普通列車も1日に1往復という状態になっている。列車利用の場合は佐原駅乗換えが必要で、東京方面からのアクセスがちょっと不便になっているのが残念だ。

 

鹿島神宮駅での待ち時間が長くなりそうな場合は、駅から徒歩10分の鹿島神宮を立ち寄っても良いだろう。巨大な古木が立ち並ぶ参道は、森閑として一度は訪れる価値がある。

↑大洗鹿島線の列車はすべてがJR鹿島神宮駅から発車する。駅から徒歩10分のところに紀元前660年の創建とされる鹿島神宮がある。駅前に古風な屋根が持つ案内が立つ

 

筆者が乗った車両は6000形ディーゼルカー。赤い車体に白い帯を巻いた鹿島臨海鉄道の主力車両だ。中央部の座席がクロスシート、ドア近くがロングシートというセミクロスシートの車両だ。座るシートはふんわり、軟らかさに思わず癒される。鉄道旅には、やはり堅めのシートより、ふかふかシートの方が旅の気分も高まるように思う。

↑鹿島臨海鉄道の主力車両6000形の車内。片側2つの乗降トビラの間にクロスシートがずらりと並ぶ。ふんわりと座り心地もよく、旅の気分が味わえる。トイレも付いている

 

↑6000形の車体にはK.R.T(kasima rinkai tetsudo)の文字が入る。金属製の斜体文字。新車の8000形にも同文字は入るが、金属製ならではの重厚感でレトロな趣が強まる印象

 

さらに、鹿島臨海鉄道の列車は乗っていて快適さが感じられる。それはなぜだろう。

 

全線が単線とはいうものの、建設当初に急行列車を走らせる予定だったため、高規格な設計で造られている。ロングレールが使用され、騒音もなく、揺れずにスピードを出して走ることができる贅沢設計なのだ。

 

しかも踏切が途中になく(水戸駅近くを除く)、全線が立体交差。警笛を鳴らすこともあまりなく、列車は最高時速95kmのスピードで快調に走っていく。

↑大洗鹿島線を走る6000形ディーゼルカー。鹿島サッカースタジアム駅〜大洋駅間は沿線に畑が広がるエリア。踏切はなく、道はすべて立体交差となっている

 

JR貨物の電気機関車や貨車を横目に見ながら鹿島サッカースタジアム駅を通過。その先、2つ目の駅の表示に目が止まる。

↑日本一長い駅名とされる「長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅」。徒歩10分の所に展望台や全長154mという長いローラー滑り台が名物の「大野潮騒はまなす公園」がある

 

長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅。

 

駅名の表示には日本一長い駅名というシールが貼ってある。実際にひらがなで書くと「ちょうじゃがはましおさいはまなすこうえんまえ」と22文字になる。これは南阿蘇鉄道の「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」のひらがな文字表記と同じ文字数だそうだ。

 

いやはや、プロのアナウンサー氏でも、一気に読むのが大変そうな駅名だと感心させられる。

 

長い駅名の長者ケ浜潮騒はまなす公園前駅を過ぎ、大洋駅付近までは、ひたすら左右に畑を見て列車が走る。地図を見ると鹿島灘の海岸線と路線が平行に走っているのだが、内陸部を走るため、列車から海は見えない。

↑北浦湖畔駅から水戸駅近くまでは、このように水田の中を高架線が走る。ロングレールを使った高規格路線で、地方ローカル線としてはトップクラスの最速95kmで快走する

 

【大洗鹿島線2】広がる水田風景の中を高架路線が通り抜ける

北浦湖畔駅まで走ると、風景は一変する。高架路線を走るとともに、北浦、涸沼(ひぬま)といった大きな湖沼が車窓から眺められる。

 

間もなく大洗駅だ。大洗駅は鹿島臨海鉄道で最も賑やかな駅。駅からは海岸沿いにある観光施設行きのバスも出ている。

 

駅舎内に産直品の販売店やインフォメーションコーナー、その前には鹿島臨港線の知手駅(しってき)で実際に使われていたポイント切り替え用の機械(連動制御盤)や、踏切警報器が置かれ、鉄道好きはつい見入ってしまう。

 

大洗駅〜水戸駅間は列車本数も多いので、鹿島神宮駅方面から乗車した場合は、途中下車しても良いだろう。

↑大洗鹿島線の大洗駅。鹿島臨海鉄道の本社もこの駅舎内にある。大洗には多彩な観光施設が揃う。北海道方面へのカーフェリーが発着する大洗港へは徒歩10分ほど

 

↑大洗駅のインフォメーションコーナーの前には写真のような踏切警報器と、以前に鹿嶋臨港線の駅で使われていたポイント切り替え用の機械が置かれ、楽しめる

 

↑大洗駅構内に旅客列車用の車庫がある。大きな洗車機もあり。水戸駅発、大洗駅止まりの列車も多く、頻繁に車両の出し入れを行う様子がホームから眺められる

 

大洗駅から水戸駅までは途中2駅ほどと近い。

 

大洗駅の先で大きくカーブ、常澄駅(つねずみえき)付近からは、水田のなかをほぼ直線の線路が水戸駅近くまで延びている。高架路線、さらにロングレールが使用され、また踏切もないので、乗車していても快適、車窓の広がりも素晴らしく、乗るのが楽しい区間だ。

 

それこそ関東平野のひろがりが感じられる快適区間と言って良いだろう。

 

水戸駅手前で那珂川の支流にかかる鉄橋を渡れば、まもなくJR常磐線と合流。列車はカーブを描き、水戸駅ホームへ滑り込んだ。

↑水戸駅付近でJR常磐線と並走する。写真の車両は2016年3月に導入された8000形。これまでの6000形と異なり片側3トビラで乗り降りしやすくなっている

 

途中下車しなければ、乗車時間は鹿島神宮駅から水戸駅までが約1時間20分。長さはまったく感じず、快さだけが心に残ったローカル線の旅となった。

【中年名車図鑑|第1世代・三菱ランサー・エボリューション】絶えず戦闘力を“進化”させてきた「武闘派セダン」

ワールドワイドなモータースポーツへの参戦に際し、ラリーの舞台を主軸に据えた三菱自動車工業。持ち前の高い技術力で勝負を挑む同社は、1992年になると新世代のホモロゲーションモデルとなる「ランサー・エボリューション」を発売した――。今回は第1世代のCD9A/CE9A型“ランエボⅠ~Ⅲ”の話題で一席。

【Vol.84 第1世代・三菱ランサー・エボリューション】

海外モータースポーツへの挑戦で世界ラリー選手権(WRC)を主戦場に選んだ三菱自動車工業および傘下のラリーアートは、1988年からギャランVR-4を駆ってWRCに参戦。徐々に戦闘力を上げていき、1989年シーズンの1000湖ラリーとRACラリー、1990年シーズンのコートジボアール・ラリー、1991年シーズンのスウェディッシュ・ラリーとコートジボアール・ラリー、1992年シーズンのコートジボアール・ラリーで総合優勝を達成した。勢いに乗る三菱自工。一方で開発現場では、ギャランVR-4に代わる新しいラリーモデルの企画を鋭意推し進める。そして、1992年9月にWRCグループAのホモロゲーションモデルとなる「ランサー・エボリューション」(CD9A型)を発表。グレード展開は、標準仕様のGSRエボリューションとコンペティション仕様のRSエボリューションを設定した。

 

■4代目ランサーをベースにホモロゲーションモデルを開発

1992年に登場したランサー・エボリューション、通称“エボⅠ”。250ps/6000rpm、31.5kg・m/3000rpmと2Lクラス最強を誇った

 

キモとなる搭載エンジンは、ギャランVR-4に採用していたターボ付きの4G63型1997cc直列4気筒DOHC16Vをベースユニットとして選択し、各部の徹底チューニングを図る。圧縮比は8.5にまで引き上げたうえで、ピストンやコンドロッド等の軽量化を実施。4バルブDOHCのヘッド回りでは、ナトリウム封入中空排気バルブを組み込んだ。また、ターボチャージャーには横470×縦256×厚65mmという大容量のインタークーラーをセットし、過給効率の向上を成し遂げる。ほかにも、専用チューニングの電子制御燃料噴射システム(ECIマルチ)や圧力検出型カルマン渦式エアフローセンサー、ローラロッカアーム、オートラッシュアジャスター、空冷式オイルクーラーなどを組み込んでエンジンの高性能化と耐久性のアップを図った。得られたパワー&トルクは250ps/6000rpm、31.5kg・m/3000rpmと2Lクラス最強を誇る。組み合わせるトランスミッションは2/3/4速をクロスレシオ化すると同時に、2速にダブルコーンシンクロを、3/4/5速にサイズアップしたシンクロ機構を導入した専用の5速MTを設定。駆動システムにはVCU(ビスカスカップリング)&センターデフ方式のフルタイム4WDを採用した。

 

ボディやシャシーの強化にも抜かりはない。ボディはベース車比でねじり剛性を約20%引き上げ、同時にアルミ製フロントフードを装着するなどして効果的な軽量化を達成。前マクファーソンストラット/後マルチリンクのサスペンションは各部の取付剛性をアップさせるとともに、専用セッティングのダンパー&スプリングの採用やピロボールの拡大展開(各アーム6カ所)などを実施した。エクステリアについては専用デザインのグリル一体型バンパーやサイドエアダム、リア大型エアスポイラーなどで武装。ボディサイズは全長4310×全幅1695×全高1395mm/ホイールベース2500mmに設定する。インテリアではレカロ製バケットシートにモモ製本革巻きステアリング、本革巻きシフトノブといったスポーツアイテムを標準で装備した。

 

■“進化”を宿命づけられたランエボ

94年登場の“エボⅡ”。最高出力は従来比で+10psをマーク。5速MTのローギアード化で加速性能にさらなる磨きをかけた

 

1994年1月になると、改良版のランサー・エボリューション、通称“エボⅡ”(CE9A型)が登場する。4G63型エンジンはマフラーの排圧を低減し、同時にターボチャージャーの過給圧を増大。また、吸気バルブと排気バルブのリフト量を増やし、バルブ開口面積を拡大させた。さらに、ピストン形状の改良やターボチャージャー本体の材質の見直し、エアインテークおよびアウトレットの容量アップなどを実施する。これらの改良の結果、最高出力は従来比で+10psの260ps/6000rpmを達成(31.5kg・m/3000rpmの最大トルクは同数値)。組み合わせる5速MTのローギアード化も図り、加速性能はさらなる高次元に至った。また、シャシー面ではホイールベースとトレッドの拡大に加え、ボディ剛性を大きくアップさせる。さらに、制動性能やトラクション性能も着実に向上させた。

 

ランエボの進化は、さらに続く。1995年1月になると、再度の改良版となるエボリューションⅢ、通称“エボⅢ”(CE9A型)が市場デビューを果たした。ターボ付き4G63型エンジンの最高出力は270ps/6250rpmにまでアップ(最大トルクは同数値)。主要変更ポイントは排気系パイプの外径拡大やターボチャージャーのコンプレッサーホイール形状の最適化、圧縮比の引き上げ(8.5→9.0)などで、主に高回転域での出力向上を狙った改良が施された。また、インタークーラーについては放熱量を高める目的で大容量化(470×256×65mm)を行い、同時にインナーフィンを細かく最適に配列。本体カラーは外熱を吸収しにくいシルバー色とした。組み合わせる5速MTにも改良を加える。第1・2速のギア比はローギアード化を実施。加えて、2~4速のギア比をエンジン出力特性に合わせてクロスレシオに設定する。同時に、2~4速にはダブルコーンシンクロを採用した。駆動メカニズムについては、いっそうの熟成と耐久性の向上を図ったVCU&センターデフ方式フルタイム4WDを採用する。加えて、ホイールの空転を防いで駆動力を確実に路面に伝えるリア1.5WAY機械式リミテッドスリップデフを組み込んだ。

大型エアダム、大型リアスポを装着した“エボⅢ”。最高出力は270ps/6250rpmまでアップした

 

エボⅢは、従来型以上に空力性能に磨きをかけたことも特徴だった。フロントバンパーは形状そのものを見直したうえで、バンパーエクステンションも大型化してダウンフォースを向上。同時に、インタークーラーやオイルクーラーの冷却性を高めるとともに、ブレーキ冷却エアダクトとトランスファー冷却スリットを新たに設置した。また、大型サイドエアダムを加えてフロア下への空気侵入を防ぎ、不要な揚力を抑制する。リア部ではスポイラーとウィッカーを大型化したことがトピック。リア揚力を抑え、後輪の接地性および操縦安定性を引き上げた。一方でボディについては、軽量かつ高剛性を誇る従来の特性をさらに補強。シャシーに関しては、前後サスのアーム類および支持部を効果的に強化し、同時にダンパー減衰力およびバネ定数の最適化を図った。

 

■WRCにおける第1世代ランエボの戦績

“エボⅢ”のインテリア。momoステアリング、レカロシートを装備

 

ランサー・エボリューションは1993年開催のラリー・モンテカルロにおいてWRC初陣を飾る。当初は苦戦を強いられるものの、緻密かつ徹底した改良によって徐々に戦闘力がアップ。1995年シーズンのスウェディッシュ・ラリーでは、エボⅡを駆るK.エリクソン選手がランエボ・シリーズでの初優勝を飾った。

 

続くランエボⅢは、1995年シーズン途中の第4戦ツール・ド・コルスにおいてWRCへの本格デビューを果たす。このレースでは早くも総合3位に入り、その後APRC(アジア・パシフィックラリー選手権)を兼ねたWRCオーストラリア・ラリーで総合優勝を達成した。結果として同シーズンでは、マニュファクチャラーズで2位、ドライバーズで3位(K.エリクソン選手)の好成績をあげる。続く1996年シーズンになると、熟成が進んだエボⅢが大活躍。スウェディッシュ・ラリーやサファリ・サリー、アルゼンチン・ラリー、1000湖ラリー、オーストラリア・ラリーで総合優勝を果たした。その結果、マニュファクチャラーズでは2位、ドライバーズではT.マキネン選手が初のチャンピオンに輝く。ちなみに、APRCでは1995年と1996年に2年連続でマニュファクチャラーズタイトルを獲得。ドライバーズでは1995年にK.エリクソン選手がチャンピオンに、1996年にはR.バーンズ選手が2位に入るという好成績を成し遂げた。

 

【著者プロフィール】

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

なぜ増えている? 百花繚乱「ラッピング電車」の世界

前記事では、この9月に運行を開始したラッピング電車「ベイスターズトレイン ビクトリー号」について紹介した(~2018年9月16日まで運行)。この例に限らず、実はここ数年、全国の鉄道会社がラッピング電車を走らせることが増えている。その理由は何なのか、どんなラッピング電車が走っているのか――。本稿では具体的な例を挙げつつ、ラッピング電車の最新傾向を見ていこう。

【関連記事】

ベイスターズ応援電車「ビクトリー号」、鉄道好きが興味津々のギミックとは?

 

ラッピング電車が増えているのはなぜ?

ラッピングのはじまりは1990年代中ごろからと、意外に古い。2000年に東京を走る都バスに広告ラッピングが施され、その名を「ラッピングバス」と紹介されたことから、ラッピングの名が広まったとされる。

 

昨今、通勤用の電車は銀色のステンレス車体が多くなりつつある。塗料を使っての塗装が不用になってはいるものの、各車両の差はあまりない。沿線PR、キャンペーンなどでPR媒体として車両を利用したいときに、ラッピングはまさにうってつけだったのである。

 

さらに近年は、印刷精度もあがり、また貼りやすいラッピングシールが開発されている。

 

ラッピング費用は、ラッピングシールの大小で大きく異なる。その差は大きいが、車両全部(屋根や床下部分を除く)をラッピングすると1両で百数十万円以上というのが相場のようだ。8両や10両という長い車両を1両ごとラッピング、さらに企業広告ともなれば、広告費も加算されかなり高額になる。

 

一方で車両編成が短い電車となると、ぐっと身近になる。1〜2両編成の路面電車で広告ラッピングされた電車が多いことから、そのあたりの実情が推測できよう。

 

続いて全国を走る代表的なラッピング電車を見ていこう。

 

チームカラーが目を引く「プロ野球応援ラッピング電車」

前回ベイスターズのラッピング電車を紹介したので、まずはその他のプロ野球球団のラッピング電車から見ていこう。

 

例年、新たなデザインで登場しているのがJR西日本の「カープ応援ラッピング電車」。JR山陽線、呉線、可部線などを走行する。カープのイメージカラーである派手なレッドの車体が目立つ。今年の車両には、側面に選手たちがプレーする姿が躍動している。

↑毎年のように登場する「カープ応援ラッピングトレイン」。写真は2015年のもの。地元広島だけでなく、周辺地域を走ることもあり注目度は高い

 

西のカープが赤ならば、東の西武ライオンズはチームカラーでもあるレジェンドブルーで対抗する。全体がブルーのシックな装い、車体には球団のロゴが施される。車内のシートにも球団ロゴがプリントされている。

↑自社の球団を持つ強みを生かす西武鉄道。例年、西武ライオンズの球団ロゴ入りの「L-Train」を走らせる。今年の車両は3代目で、20000系10両×2編成が走り続けている

 

鉄道会社で球団を所有しているといえば、阪神電鉄が代表格でもある。この阪神だが、球団80周年の2015年にタイガースカラーの黄色い車体の「Yellow Magicトレイン」を走らせたものの、その後は大がかりなラッピング電車は走らせていない。今後に期待したい。

 

子どもたちに人気!「キャラクター入りラッピング電車」

キャラクター入りのラッピング電車も各地を走っている。代表的な車両を見ていこう。

 

自社のキャラクター「そうにゃん」を生み出し、そのキャラクター入りラッピング電車を走らせるのが相模鉄道。「そうにゃん」は相鉄沿線出身のネコだそうで、仕事は相鉄の広報担当とのこと。2014年に登場、そうにゃんのイラストが車内外に入るラッピング電車「そうにゃんトレイン」が好評で、すでに5代目の「そうにゃんトレイン」が走っている。

↑相模鉄道のキャラクターといえば「そうにゃん」。車内外にキャラクターが入る「そうにゃんトレイン」はすでに5代目が走っている。写真は4代目そうにゃんトレイン

 

熊本県のPRキャラクターといえば「くまモン」。肥薩おれんじ鉄道では、2012年からくまモン入りの「くまモンラッピング列車」を走らせている。当初は1両のみだったが、その後に増えて2号、3号と色違いのラッピング列車が走っている。くまモンの姿は車体だけでなく、車内にはくまモンのぬいぐるみや立体像などが置かれ、かわいらしい姿を楽しむことができる。

↑肥薩おれんじ鉄道の「くまモンラッピング列車」。ブルーの車体の「1号」以外に、オレンジ色の「2号」、さらに2018年3月から黒と赤の「3号」も走り始めている

 

キャラクター入りラッピング列車は他社でも多く登場している。代表的な車両としては、JR四国の「アンパンマン列車」、京阪電気鉄道の「きかんしゃトーマス号」、富士急行「トーマスランド号」などが挙げられる。子どもたちに人気があるキャラクターがラッピングされる傾向は、今後も強まるだろう。

 

沿線の観光要素を強く打ち出した「観光ラッピング電車」

鉄道会社にとって、定番となりつつあるのが、「観光ラッピング電車」。沿線のPRも兼ねて、また既存の車両とはひとあじ異なる車両を走らせ、乗客の注目を集める狙いもあるようだ。

 

代表的な車両を2車両、挙げておこう。

 

まずは西日本鉄道(西鉄)の観光ラッピング電車「旅人(たびと)」。沿線の太宰府観光用に生まれた電車だ。2014年当時には8000形が使われていたが、現在は、3000形となり、太宰府の観光活性化に一役買っている。さらに西鉄では「水都(すいと)」という観光ラッピング電車も走らせている。こちらは柳川のイメージアップを図るための観光ラッピング電車。こちらも以前は8000形だったが、現在は3000形を利用した2代目となっている。

↑西日本鉄道の「旅人(たびと)」は沿線の太宰府をモチーフにしたラッピング電車。車体には太宰府に咲く四季の花々が描かれる。内装は5つの開運模様で構成される

 

両列車とも注目度は高く、ラッピングや車内の改装などの費用をかけてでも、こうした観光ラッピング電車を走らせる効果は大きいようだ。

 

おもしろいのは南海電気鉄道(以下、南海と略)加太線(かだせん)を走る「めでたいでんしゃ」。

 

和歌山県の海沿いを走る加太線沿線は海産物が特産品となっていて、路線も「加太さかな線」という愛称をもつ。とはいえ、ローカル線ならではの乗客の減少に悩んでいた。そんな同線用に2016年に登場させたのが「めでたいでんしゃ」。加太に縁の深い鯛をモチーフに生まれた電車だ。走る電車で鯛のボディを再現しており、窓には目、車体にはウロコ模様が入るなど凝った造りとなっている。

↑南海電気鉄道加太線の「めでたいでんしゃ」。沿線を代表する海の幸「鯛」が走るイメージ。ピンクの「めでたいでんしゃ さち」と水色の「めでたいでんしゃ かい」が走る

 

↑こちらは2015年9月末から走り始めた京王電鉄の高尾山ラッピング車両。1983年まで走っていた京王2000系の緑色を再現。車体には四季の高尾山の姿が描かれている

 

↑阿武隈急行の「伊達なトレインプロジェクト号」。後に仙台藩主まで出世した伊達政宗のゆかりの地、伊達市を走ることから生まれたラッピング車両。2016年春から走り続ける

 

こんな車両は見たことない!「ユニークなラッピング電車」

ラッピング電車の長所は、デザインの自由度が際限なく生かせる所。発想がユニークなラッピング電車も各地で走っている。最後に、そうしたちょっとユニークなラッピング電車を見てみよう。

 

まずは京浜急行の大師線を走る「京急120年の歩み号」から。

 

4両編成の同列車、それぞれの車体カラーが、太平洋戦争前、戦後そして現代と、時代ごとに変ってきた京浜急行の車体カラーがラッピングされている。1番古い赤茶色の車体には、古い電車を表現すべく、鋼鉄製の車体を組み立てるときに使われたリベットの出っ張りまでがプリントされている。このあたりは、ラッピング電車でなければできない表現だろう。

↑「京急120年の歩み号」と名付けられた京浜急行1500形ラッピング電車。4両それぞれ、異なる年代の車体カラーを施した。2019年の2月まで大師線を中心に走る予定だ

 

東急世田谷線のラッピング電車もおもしろい。

 

「招き猫電車」として名付けられたこの電車。世田谷線が玉電として走り始めてから110周年を迎えることから生まれた。塗装でこのような招き猫のデザインを描くとなると、かなり大変だ。細かい招き猫の模様は、ラッピングシールがあるからこそ表現できたものだろう。残念ながら2018年9月末までの運行の予定。ホームページ上で運行予定が公開されているので、いまのうちに乗ってみてはいかがだろう。

↑東急世田谷線を走る「招き猫電車」。玉電として走りはじめて110周年を迎えたことから走り始めたラッピング電車で、2018年の9月いっぱい走り続ける予定

 

↑こちらは智頭急行のラッピング列車「あまつぼし」。天空の津(港)に集う天上の星をイメージした。車体には発見すると幸せになれる(?)ピンクの「ハート型の星」もデザインされる

 

↑長崎電気軌道の「みなと」。デザイナー水戸岡鋭治さんにより310号電車の車内外がリメークされた。輝くメタリック色、車体にはネコのイラストも入り注目度は抜群

 

まさに百花繚乱となりつつあるラッピング電車の世界。今後、どのようなラッピング電車が登場するか、ますます楽しみだ。

ベイスターズ応援電車「ビクトリー号」、鉄道好きが興味津々のギミックとは?

9月、プロ野球はシーズン終盤戦を迎え、日々、過熱の度合いを高める。そんな折、横浜を本拠地とするDeNAベイスターズを応援する特別ラッピング電車「ベイスターズトレイン ビクトリー号」が東急東横線・みなとみらい線で運転を開始した。ラッピング電車は16日(日曜)まで走り続ける。

↑東急東横線、みなとみらい線を走った臨時「ベイスターズトレイン ビクトリー号」。渋谷駅発、日本大通り駅行きという珍しい特別列車となった 写真協力:HK

 

↑車内の様子

 

選手たちの雄姿を車内外にラッピングした「ビクトリー号」

東京急行電鉄(以下、東急と略)と、横浜高速鉄道、さらにDeNAベイスターズの3社の協力によって生まれた「ベイスターズトレイン ビクトリー号」。横浜高速鉄道Y500系8両編成を利用して、DeNAベイスターズ一色のラッピング電車として仕立てた。

 

もともとY500系は、車体の色が球団カラーのブルーを基調にした電車。車外にまず選手の写真がラッピングされている。さらに車内がすごい。ドアには躍動する選手たちの姿がラッピングされている。床や中吊りほかの広告スペースもすべてDeNAベイスターズだらけ。吊り革ももちろんDeNAバージョンだ。

 

ビクトリー号を利用した特別ツアーには特別ゲストも登場!

「ベイスターズトレイン ビクトリー号」が走り始めた初日の9月7日(金曜日)から3日間は、同列車を利用した「ビクトリーツアー」が行われた。渋谷駅から横浜スタジアムの最寄り駅、日本大通り駅まで走る臨時列車として運行。列車には公募により選ばれた250名が乗車。DeNAのユニフォームを着込んだ、熱心なファンの姿が目立つ。

↑球団ユニフォームを着込んだDeNAファン一色だった「ビクトリーツアー」。乗り込んだファンたちは、選手の雄姿を熱心に撮り歩くために車内を行ったり来たり

 

乗車したファンたちは、まずはラッピングされた電車の中を熱心に見て回り、記念撮影を楽しむ。取材日の特別ゲストは球団OBの三浦大輔さん、MCはダーリンハニー吉川正洋さんというコンビ。吉川さんは大の鉄道ファンであり、熱心なDeNAファンとして知られている。車内アナウンス用のマイクを利用しての、この2人の軽妙なやり取りに車内は大いに盛り上がった。

↑「ビクトリーツアー」初日は、特別ゲストとして“ハマの番長”ことOBの三浦大輔さんが同乗。乗車したファンにポストカードを配布、ハイタッチで応援ムードを盛り上げた

 

渋谷駅発12時48分、日本大通り13時33分着。途中の数駅で、運転停車はしたものの、ドアは開かずという東急としては非常にレアな臨時列車となった。特別ゲストの三浦大輔さんと吉川正洋さんが車内を巡り、ファンと交流する。あっという間に日本大通り駅に到着した。その後も記念グッズ抽選会や、スタジアム内での練習見学と盛りだくさんの1日となった。

↑乗客を送り届け、車両基地へ戻る「ビクトリー号」。車両は横浜高速鉄道のY500系が利用された。正面にはDeNAベイスターズのヘッドマークも掲げられた

 

ラッピングされた「ベイスターズトレイン ビクトリー号」は、9月16日まで東急東横線とみなとみらい線を中心に走り続ける。車内のラッピングは、この16日で外される予定だが、車体に貼られた選手たちの写真は、その後しばらくの間はラッピングされたままで走り続ける予定だ。

 

おもしろい車内ラッピングに鉄道ファンも興味津々

ベイスターズファンとして盛り上がり必至な「ビクトリー号」だが、鉄道好きにもおもしろい電車だった。車外をラッピングした電車は多いが、車内をラッピングしている電車となると、そう多くはない。

 

特に興味をひかれたのが、ドアに貼られた選手たちのラッピング。トンネルといった背景が暗い場所では、その迫力のシーンが1枚の写真のようになってしっかり見える。だが明るい背景のところで見ると、ガラス窓のみ透けてみえるように工夫されている。車両の運行のためには、この部分が透けることが必要なのだそう。ちゃんと鉄道車両のラッピングならではの難しい問題もクリアされていたわけだ。

↑ドアに貼られた背番号19は、「小さな大魔神」の愛称を持つ山崎康晃選手。背景が暗いトンネル内では、このように迫力ある投球シーンがしっかりと見える

 

↑明るいところでは、このようにガラス窓部分が透けて見えるようにつくられている。保安上の問題から、窓部分だけこのように透ける特別なラッピングシールが貼られている

 

↑車体の側面にはDeNAの選手たちのプロフィール写真がラッピングされている。乗降トビラのラッピングは、外から見ると、このように選手の姿が見えないことがわかる

 

ここまでは最近走り始めた「ベイスターズトレイン ビクトリー号」というラッピング電車を見てきた。このほかにも、ここ最近は全国の鉄道会社がラッピング電車を走らせている。次回はそうした事例を挙げつつ、ラッピング電車の最新傾向を見ていこう。

【中年名車図鑑|2代目・日産キャラバン】アウトドア好きスタッフが生み出した乗用1BOXの先駆け

1970年代に入って徐々に浸透し始めた日本のアウトドアレジャーによって、ユーザーは多人数での移動を1台でまかなえるクルマを求めるようになった。日産自動車はその回答として、乗用1BOXカーの刷新を画策。1980年には同社の旗艦1BOXカーであるキャラバンおよびホーミーの全面改良を敢行した――。今回は本格的な乗用1BOXの先駆モデルであり、念願のトヨタ車超えをも成し遂げたE23型系2代目キャラバン(と3代目ホーミー)の話題で一席。

【Vol.83 2代目・日産キャラバン】

モータリゼーションの発展と道路交通網の整備とともに浸透した1970年代の日本のアウトドアレジャーは、ユーザーのクルマに対する要求性能に変化をもたらすようになる。単なる郊外への移動手段から、荷物がたくさん積めて、その積み下ろしが楽で、しかも多くの人間が乗車できるモデルが求められるようになったのだ。さらに、レジャーユースにふさわしいおしゃれなスタイリングや居住空間の快適性も、より重視されはじめる。この市場動向にいち早く気づき、新たな1BOXカーの企画作りに勤しんだのは、日産自動車の開発陣だった。当時の日産スタッフによると、「あの頃の開発陣は、クルマを使って海や山やモータースポーツに出かける趣味人がとても多かった。開発・生産拠点の神奈川県は、どこの遊び場所に行くのにも近かったので。だから、アウトドアレジャーにふさわしい1BOXカーの企画には、とても熱心に取り組んだ」という。アウトドアレジャーの遊びが大好きという開発陣の特性と開発・生産拠点の地の利が、新しい1BOXモデル、具体的には旗艦1BOXカーの新型キャラバンおよび兄弟車のホーミーを造り出すバックボーンとなったのである。

 

■アウトドア好きスタッフの「ほしい」を詰め込んだ

直線基調のフォルムに、シャープなベルトラインや新造形のグリル、大型化したウィンドウを採用。大開口のサンルーフも外観上のアクセントとなった

 

1980年代に向けた新しいキャラバンを企画するに当たり、開発陣はまず経験則を踏まえて「ほしい装備」や「所有して楽しくなる内外装」を検討する。そして、居住性の向上、運転疲労の軽減、利便性のアップ、機能的で遊び心も備えたデザインの構築、安全性の向上などを商品テーマに掲げた。また、ユーザーの多様な使用パターンを鑑み、豊富な車種ラインアップを設定する方針も打ち出した。

 

エクステリアに関しては、従来型のキャラバンで好評だった機能美あふれる直線基調のフォルムをベースに、シャープなベルトラインや新造形のグリル、大型化したウィンドウなどを採用し、現代的で調和のとれた外装を演出する。アウトドアレジャーにふさわしいクルマであることを強調するために、明るいカラーの専用デカールも用意した。また、680×1000mmの開口面積を確保した電動サンルーフを開発し、乗員の開放感を高めるとともに外観上のアクセントとしても昇華させる。ボディサイズは全長4350(長尺バン4690)×全幅1690×全高1925~1950(ハイルーフ2220)mmに設定した。

 

インテリアについては、荷室寸法の拡大やドア開口部の大型化で積載性および乗降性の向上を図ったほか、運転席から荷室への移動が可能なウォークスルー機構を採用して乗員の利便性を引き上げる。さらに、固定フックの設定(バン)や回転対座シートの装着(コーチ)、最後部座席のシート折りたたみ機構の採用、フロントエアコン/リアクーラーの設定、マイクロバスの全車ハイルーフ化などを実施し、多目的車としての実用性と快適性を高めた。また、開発陣はシート表地の素材や柄、クッション厚にもこだわり、乗用車に匹敵する見栄えと座り心地を実現した。

 

メカニズムに関しては、従来のワンボックスカーで見落とされがちだった「運転のしやすさ」を鑑みた改良が実施される。具体的には、パワーステアリングの設定やオートマチック車の拡大展開、運転席のリクライニング機構と120mmのシートスライド機構の採用、ウィンドウ面積の拡大、セーフティウィンドウ(助手席側ドアの視認用の小窓)の装着などを敢行した。また、サスペンションは一般的な1BOXカーと同様のフロント・ウィッシュボーン/トーションバー、リア・縦置き半楕円リーフを踏襲するが、乗り心地とハンドリングを重視した入念なチューニングが施される。ホイールベースは2350(長尺バン2690)mmに設定した。さらに、ブレーキにはバンの一部車種を除いてフロントベンチレーテッドディスクと9インチ大型マスターバックを採用し、制動性の向上と踏力の軽減を図る。搭載エンジンはZ20型1952cc直列4気筒OHC(105ps)、H20型1982cc直列4気筒OHV(92ps)、J16型1567cc直列4気筒OHV(80ps)のガソリンユニットとSD22型2164cc直列4気筒OHVディーゼル(65ps)を設定し、このうち乗用ユースのワゴンモデルにはZ20型とSD22型が組み込まれた。

 

■ワイドな車種展開で市場デビュー

パワーステアリングの設定やオートマチック車の拡大展開で「運転のしやすさ」を追求した

 

1980年代に向けた新しい1BOXカーは、E23型系キャラバンおよびホーミーとして1980年8月に市場デビューを果たす。車種展開はワゴンモデルのコーチ(9~10人乗り)、ロングボディで15人乗りのマイクロバス、商用モデルのライトバン/ハイルーフバン/ルートバンをラインアップ。グレード展開はDXを基準車として、廉価版のCT、上級仕様のGL、高級モデルのSGLを用意し、エンジンやトランスミッションなどの組み合わせによって計55グレードものワイドバリエーションを設定した。また、日産モーター店系列から販売されるキャラバンと日産プリンス店系列で売られるホーミーでは、フロントグリルやエンブレムなどの一部装備で差異化を図った。

回転対座式のシートは多人数乗車の1BOXならではの機構としてユーザーに喜ばれた

 

市場に放たれたE23型系キャラバンおよびホーミーは、従来の1BOXカーとは明確に異なる見栄えの良さや充実した装備、さらに乗用車に匹敵する快適な走りなどで大好評を博す。当時のコーチのユーザーによると、「これほど快適な乗り心地で、しかも運転しやすい1BOXカーは70年代にはなかった。回転対座の機構も、友人や家族にとても喜ばれた」という。また、トランスポーターとして活用していたハイルーフバンのユーザーは、「積載性のよさに加え、ウォークスルー機構がとても便利だった」そうだ。さらに、キャラバンとホーミーは当時のクルマ文化の流行のひとつだった“バニング”のベース車としても用いられ、部品メーカーからは様々なドレスアップパーツが発売された。ちなみに、バニング(Vanning)は元々アメリカの西海岸で1960年代から流行ったピックアップ/バン・ベースのカスタム手法(当初はピックアップが主流で“Truckin’”などとも呼ばれた)で、若者たちがこぞって趣向を凝らした内外装に仕立てる。日本では1970年代ごろから徐々に発展。日産のキャラバンやトヨタのハイエースなどをベースに、外装にはエアロパーツと派手な塗装、内装にはレザー表地のソファーや豪華なオーディオなどを組み込んで個性を競った。並行輸入されたシボレーやダッジのバンも、バニングのベース車として人気を集めた。

 

■車種ラインアップと機能装備のさらなる拡充

1983年のマイナーチェンジで角形4灯式のヘッドライトを採用

 

従来の1BOXカー・ファンだけではなく、一般的な乗用車やボンネットバンのユーザーからも大注目を集めたE23型系キャラバンとホーミーは、デビューから間もなくして最大のライバルであるトヨタ自動車のハイエースの販売台数を抜き去り、クラスのトップシェアに君臨する。他カテゴリーではなかなか達成できなかったトヨタ車超えを、1BOXカーのセグメントでついに実現したのだ。

 

この勢いを維持しようと、日産の開発陣はキャラバンおよびホーミーの改良とラインアップの拡充を次々と実施していく。まず1981年7月には、充実装備の特別仕様車を発売。同年10月の第24回東京モーターショーでは、1BOXカーの新提案形である「キャラバン・フレグラント」と「ホーミーRV」を参考出品した。1982年5月にはマイナーチェンジを実施。コーチのディーゼルエンジンがLD20T型1952cc直列4気筒OHCターボに換装され、またコーチのトランスミッションのフロアシフト化や新グレードの7人乗り仕様(2列目にキャプテンシートを装着)の設定などを敢行する。同時に、バンのディーゼルエンジン(SD22型→SD23型)とガソリンエンジン(H20型→Z18S/Z20S型)の変更も行われた。

 

1983年4月になると、内外装をメインとした仕様変更が実施される。フロントグリルはより豪華な演出がなされ、さらにコーチSGL系には角型4灯式ヘッドライトを装着。SGLとGLの中間に位置する新グレードのFLも加わった。1985年に入ると、1月にバンモデルのラインアップ拡大や安全装備の強化を図り、5月には8人乗りのキャラバン「SGLシルクロードリミテッド」とホーミー「SGLアビィロード」を発売した。

 

■約6年の長寿命を全うする

4年サイクルのフルモデルチェンジが一般的だった当時の日本の自動車業界のなかにあって、E23型系キャラバンおよびホーミーは、6年1カ月もの長きに渡って販売され続ける。そして1986年9月にはE24型系のニューモデルが登場するが、ライバル車の成長などもあって、デビュー時のE23型系ほどの高い人気は獲得できなかった。

 

本格的な乗用1BOXカーの先駆モデルであり、念願のトヨタ車超えをも達成したE23型系キャラバンとホーミー。日本の自動車史では隠れがちな出来事ではあるが、その偉大なる業績は1980年代の日産自動車にとって欠くことのできないトピックなのである。

 

【著者プロフィール】
大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バイク数台。趣味はジャンク屋巡り。著書に光文社刊『クルマでわかる! 日本の現代史』など。クルマの歴史に関しては、アシェット・コレクションズ・ジャパン刊『国産名車コレクション』『日産名車コレクション』『NISSANスカイライン2000GT-R KPGC10』などで執筆。

日産「セレナ e-POWER」が売れる本質って?

ベテラン自動車ライターの永福ランプとフリーエディターの安ドが、深いような浅いようなクルマ談義をするクルマ連載。今回は、今年の上半期に最も売れたミニバン・日産セレナの人気を牽引するe-POWERモデルの本質を分析してみました。

 

【登場人物】

永福ランプこと清水草一

日本中の貧乏フェラーリオーナーから絶大な人気を誇る大乗フェラーリ教の開祖。様々な自動車専門誌や一般誌、Webなどで、クルマを一刀両断しまくっています。2018年になってペンネームを「MJブロンディ」から「永福ランプ」へ変更。本連載をまとめた「清水草一の超偏愛クルマ語り」も発売中。

 

安ド

元ゲットナビ編集部員のフリーエディター。永福ランプを慕い「殿」と呼んでいます。

 

 

【今回のクルマ】日産 セレナ e-POWER

SPEC【ハイウェイスターV】●全長×全幅×全高:4770×1740×1865㎜●車両重量:1760㎏●パワーユニット:モーター+1198㏄直列3気筒DOHCエンジン●エンジン最高出力:84PS(62kW)/6000rpm●エンジン最大トルク:10.5㎏-m(103Nm)/3200〜5200rpm●JC08モード燃費:26.2㎞/ℓ●243万5400円〜382万1040円

 

ブレーキをほとんど踏まずに走れて楽しいと、一般ユーザーにも人気

安ド「殿! 日産のe-POWERシリーズ、売れてるみたいですね」

永福「うむ。ガソリンエンジンで発電してモーターで走る、シリーズハイブリッドというシステムだが、大変よく売れている」

安ド「トヨタのハイブリッドとは構造が違うんですね!」

永福「トヨタのハイブリッドは、エンジンとモーターの動力を合体して走るが、日産のe-POWERは、エンジンは発電することに徹し、モーターのみで走るわけだ」

安ド「それと売れ行きとは関係あるんでしょうか」

永福「あるらしい」

安ド「それはどんなワケで?」

永福「日産のe-POWERはモーターだけで走るので、回生ブレーキの効きをうんと強くできる。ガソリン車でいうエンジンブレーキだ。アクセルを離すだけでかなりブレーキがかかり、ブレーキペダルを踏む必要があまりない」

安ド「ワンペダルドライブというヤツですね!」

永福「ブレーキをほとんど踏まずに走れて楽しいと、一般ユーザーにもウケているようだ」

安ド「“ひと踏みぼれ”というヤツですね!」

永福「知っておるではないか」

安ド「知ってました! でも、モーター駆動でも走っていて違和感がないので、普通の人は言わなきゃモーターで走っているとわからないんじゃないですか?」

永福「回生ブレーキが強くかかるECOモードでは違いは歴然だが、ノーマルモードでは、音の静かなミニバンだなぁくらいの、自然な感じだ」

安ド「ECOモードとノーマルモード、どっちがいいんでしょう」

永福「一般道ではECOモード、高速道路ではノーマルモードがいい。高速道路でECOモードだと、アクセル操作に敏感に反応しすぎて、疲れてしまうのだ」

安ド「僕も高速道路ではノーマルで走りました!」

永福「ただし、高速道路で『プロパイロット』を使う場合は、ECOモードでOKだ」

安ド「『プロパイロット』というのは、日産の自動運転技術ですね!」

永福「自動運転とまではとても言えず、アダプティブ・クルーズ・コントロール+α程度だな。しかし、クルマまかせで前車に追従して走るときは、エンジンブレーキが強力にかかったほうが、速度をコントロールしやすいのだ」

安ド「なるほど!」

永福「総合的に見ると、セレナe-POWERは、ミニバンのなかではなかなか良いな」

安ド「僕もそう思いました! ライバル車と比べて走りに安定感があって、乗り心地も良かったです」

永福「しかし、ミニバンというヤツは決して安くない」

安ド「おいくらでしたっけ?」

永福「試乗車は、車両本体が約340万円。オプションは約80万円」

安ド「400万円オーバーですね! 実燃費は16㎞/ℓ以上でしたが」

永福「うーむ、焼け石に水だな」

 

 

【注目パーツ01】リアサイドスポイラー

低燃費に貢献するルーフ後端形状

ルーフの後端には両端がウネウネしたスポイラー(羽根)が付けられています。小さなウネウネですが、スポイラーは空力性能を向上させるためのアイテムですから、これも燃費性能の向上に少しは貢献しているのかもしれません。

 

 

【注目パーツ02】フロントブルーグリル

エコなイメージのブルーライン

フロント面積のうち大きな割合を占めるグリルには、ブルーのアクセントラインが施されています。内装にも各所にブルーのアクセントが採用されていて、これがエコなイメージと先進性を高める役割を果たしています。

 

 

【注目パーツ03】ハーフバックドア

上部だけ開けられるから便利

ミニバンのバックドアは巨大なので、開ける際に後方に気を使う必要があります。しかしセレナは上部だけ開けることが可能なので、全面を開けるのに比べてスペースを気にせずOK。軽いので力も小さくて済みます。

 

 

【注目パーツ04】15インチエアロアルミホイール

専用デザインで先進性アピール

不思議な紋様をあしらわれたホイールは、e-POWER専用装備。シルバーの面と黒の面を織り交ぜつつ、風切り線をつけることで、先進性とスピード感を感じさせるデザインに仕上がっています。知ってる人が見ればe-POWERだとすぐわかるはず。

 

 

【注目パーツ05】セカンドキャプテンシート

リラックスできる快適仕様

e-POWER専用装備として、2列目にはロングスライドが可能でアームレストもついたキャプテンシートが採用されています。セレナは室内スペースでもミニバントップクラスですが、このシートなら、さらにリラックスして乗れます。

 

 

【注目パーツ06】ヘッドレスト

ミニバン後席の閉塞感を打破

これは3列目シートからの眺めですが、気になるのは1、2列目シートのすべてのヘッドレストに穴が開いていること。その理由は、少しでも乗員に開放感を感じさせるためだとか。もちろん座面も高めに設定されています。

 

 

【注目パーツ07】スマートアップサードシート

できるだけ窓を隠さない設計

ミニバンの3列目シートは前倒し式や床下収納など様々なアレンジ方法がありますが、セレナは側面跳ね上げ式を採用しています。ただし、跳ね上げてもサイドのガラスをほとんど隠さない設計で、運転時の視界を妨げません。

 

 

【注目パーツ08】キャップレス給油口

手を汚さずに給油できる

フタを開けると中にはキャップのない給油口があります。これは日産としては初採用なんだとか。セルフガソリンスタンドが全盛の昨今ですし、給油時に手を汚したくないというドライバーからは、好評に違いありません。

 

 

【注目パーツ09】プロパイロット

“条件付き”自動運転システム

プロパイロットは、高速道路の同一車線内において、アクセルやブレーキ、ステアリングをクルマが自動操作してくれるシステム。セットすればアクセルやブレーキはほぼ自動ですが、ステアリングはあくまで補助です。

 

 

【これぞ感動の細部だ】e-POWER

ワンペダルのみの操作で加速から減速まで自在に走れる

エンジンで発電した電力を用いてモーターで駆動するのがe-POWERシステムです。モーターならではの強い制動力を持つ回生ブレーキの特徴を利用して、アクセルペダルの踏み戻しだけで、加速も減速もできてしまいます。一昨年にノートで初採用されましたが、ミニバンでもその魅力は健在。トルク感のあるEVらしい走りを味わえます。

 

 

撮影/池之平昌信

今月の乗ってよかったクルマ3台ーーCX-3に、クラリティPHEVに、ポロGTI

本記事では、プロが最近乗って良かったと思ったモデルを厳選して、コンパクトにお届けします。今回は、マツダのクロスオーバーSUV、CX-3の大幅改良モデルをフィーチャー。そのほか、ホンダの燃料電池車に追加されたプラグイン・ハイブリッドや、人気のフォルクスワーゲン ポロのスポーティモデルGTIと、多彩なラインナップを試乗して紹介します!

 

 

その1

エンジンを一新して快適な走りを手に入れた

マツダ CX-3

(SUV)

SPEC【XD Lパッケージ(4WD/AT)】●全長×全幅×全高:4275×1765×1550㎜●車両重量:1370㎏●パワーユニット:1756㏄直列4気筒DOHCディーゼル+ターボ●最高出力:116PS/4000rpm●最大トルク:27.5㎏-m/1600〜2600rpm●WLTCモード燃費:19.0㎞/ℓ

乗り心地が滑らかになりエンジンの力強さもアップ

CX-3は2015年に登場以来、早くも4回目のアップデートとなりました。今回の改良では初めて内外装のデザインをリニューアルしたことも話題となりましたが、注目したいのは何といってもエンジンが一新された点です。本車の主力となるディーゼルターボエンジンは、排気量1.5ℓから1.8ℓに拡大。さらに、昨年追加された2ℓガソリンエンジンも改良されています。足まわりの仕様変更、専用タイヤの採用、シート構造の見直しなどもあり、より快適な走りを手に入れました。

 

今回は、ディーゼルとガソリンの両方に試乗しましたが、いずれも従来モデルからの進化を実感できました。乗り心地は格段に滑らかになり、エンジンは日常域における力強さが大幅にアップしています。また、フロント/リアドアの外板や、リアドアガラスを厚くしたことで、静粛性を高めたのも好印象。スタイリッシュな外観のクルマという印象が強かったCX–3は、走りの質感と快適性が向上して、一層魅力的なモデルとなりました。

 

【注目ポイント01】操縦性はスポーティ

新開発タイヤの採用や足回りの仕様変更などの効果で、従来モデルと比べて乗り心地が格段に滑らかになりました。その一方で、持ち前のスポーティな操縦性は損なわれていません。

 

【注目ポイント02】質感も使い勝手も向上

室内では、前席の構造材が変更されたほか、パーキングブレーキを電動化したことでセンターコンソールのデザインを一新。質感に加えて使い勝手も向上しています。

 

【注目ポイント03】ディーゼルは1.8ℓターボに

ディーゼルエンジン(上)は、実用燃費の向上を図り1.8ℓに拡大。2ℓガソリン(下)も燃焼室や冷却まわりなど、細部を磨いて全域のトルク向上と燃費改善を実現しました。

 

 

その2

EV航続距離はPHEVのなかでもトップ

ホンダ

クラリティ PHEV

(セダン)

SPEC【EX】●全長×全幅×全高:4915×1875×1480㎜●車両重量:1850㎏●パワーユニット:1496㏄直列4気筒DOHC+モーター●エンジン最高出力:105PS/5500rpm●エンジン最大トルク:13.7㎏-m/5000rpm●モーター最高出力:184PS/5000〜6000rpm●モーター最大トルク:32.1㎏-m/0〜2000rpm●WLTCモード燃費:24.2㎞/ℓ●EV航続距離:101㎞

 

FCV仕様をはるかに凌ぐユーザビリティを獲得した

珍しいFCV(燃料電池車)として知られるホンダ クラリティに、プラグイン・ハイブリッド(PHEV)仕様が追加されました。そのシステムはガソリンエンジンに電気モーター、総電力量17kWhのバッテリーを組み合わせたものですが、最大の魅力はEV走行時の“アシの長さ”。JC08モードよりリアルに近いとされるWLTCモードで101㎞という航続距離は、数あるPHEVのなかでもトップの性能なのです。

 

実際に試乗すると、満充電時のEV走行はやはり最高でした。日常的な使用環境ならエンジンの出番はなく、室内は常に静粛。水素充填の不便さが否めないFCVに対して、本車が大きなメリットを持つことは間違いありません。

 

【注目ポイント01】室内はくつろぎ感をアピール

充電&給油口の開閉スイッチが3つもあるのはPHEVならではですが、室内の作りは基本的にFCVと同じ。バッテリーは床下に搭載されるが、室内空間の広さは十分です。

 

【注目ポイント02】容量はFCVより大幅にアップ

FCV仕様は巨大な水素タンクにスペースを取られてしまいますが、PHEVでは512ℓもの荷室容量を実現。後席が分割可倒式となるため、長尺な荷物の積載も可能です。

 

 

その3

パワフルな走りは“ホットハッチ”に相応しい

フォルクスワーゲン ポロ GTI

(ハッチバック)

SPEC●全長×全幅×全高:4075×1750×1440㎜●車両重量:1290㎏●パワーユニット:1984㏄直列4気筒DOHC+ターボ●最高出力:200PS/4400〜6000rpm●最大トルク:32.6㎏-m/1500〜4350rpm●JC08モード燃費:16.1㎞/ℓ

 

ボディサイズに見合わない重厚な乗り心地を味わえた

フォルクスワーゲンの高性能なスポーツモデルに与えられる伝統ある称号「GTI」を冠したポロが、日本に上陸しました。エンジンはゴルフGTIと共通の2ℓターボを採用し、最高200馬力&最高トルク32.6㎏-mのパワーを備えています。全長約4mのコンパクトボディでこれを実現したのは圧巻で、“ホットハッチ”に相応しい性能でしょう。

 

パワフルではあるものの、ドライビングフィールに粗さはありません。わずか1500rpmで最大トルクに到達するエンジンは、日常域での扱いやすさも感じさせました。引き締まった乗り心地は上々で、ボディサイズに見合わない重厚感をも味わえるほど。速いだけでなく、ちょっと贅沢なコンパクトカーとして、オススメしたい一台です。

 

【注目ポイント01】エンジンはゴルフ譲りの2ℓ

ポロGTIで初採用となる2ℓターボエンジンは、ゴルフ用がベース。先代に対して出力が8馬力、トルクは7.1㎏-m向上しています。ミッションはツインクラッチの新世代ATです。

 

【注目ポイント02】チェック柄シートなどを継承

GTIの伝統でもあるチェック柄のシートファブリックや、トリムパネルをはじめとするレッドのアクセントで、室内はスポーティな装いになります。快適装備も充実しています。

 

文/小野泰治 写真/宮門秀行

ホームセンターで見つけてしまった「愛車がピカピカになる洗車グッズ」集

快適なドライブには、キレイなボディが必要。セルフ洗車派は、一度ホームセンターの洗車グッズを試してみてください。専門店より低価格で購入できるうえ、専門的にも負けない品揃えを誇っています。

 

その1

濡れたボディも大丈夫!二度拭き不要の時短ワックス

コメリ

NEW簡単ワックススプレー

598

洗車後のボディとガラスにスプレーし、拭き上げるだけでワックスがけが完了する。洗車後の濡れた状態のボディにも使用でき、二度拭き不要。従来品より撥水力がパワーアップしています。【ボディ・ガラス用ワックス】【全色対応】【撥水】

その2

モコモコの泡が車をやさしくキレイに洗浄!

コメリ

たっぷりの泡で汚れを落とすカーシャンプー 2ℓ

298

豊富できめ細やかな泡と優れた洗浄力でボディをすっきり洗えるカーシャンプー。25倍に希釈して使用します。全色対応だから車の色を気にせず使えて便利。水滴じみを防ぐイオンキレート剤も配合。【ボディの汚れ】【ボディ・タイヤ用洗剤】【全色対応】【水あか防止】

 

その3

汚れが気になったときに水に濡らして拭くだけ

コメリ

水だけで汚れスッキリミトン KW-14

498

洗剤なしで汚れを落とすことのできるミトン型クロス。凹凸加工のマイクロファイバーが頑固な汚れをしっかりかき出します。【ボディ・ガラス用クロス】【洗剤不要】

 

その4

艶と撥水効果を与えるお手軽クロス

DCMホールディングス

水なし洗車ワックスシート L-PS015

429

拭くだけで洗車とワックスがけの両方を行える使い捨てクロス。汚れを落とすだけでなく、艶出しと撥水コーティングを施せます。12枚入り。【ボディ用クロス】【全色対応】【撥水】

 

 

その5

傷を消して艶を出すレスキューセット

コメリ

傷ケシ艶出しセット

698円

ボディのすり傷を消して艶を出す修理セット。磨きやすいネルクロスが2枚付属している。研磨剤でこすって傷を消したあと、ワックス成分を配合した艶出し剤で磨けばきれいなボディが復活します。【傷修理セット】【全色対応】

 

 

その6

泡がじっくり浸透し変色と劣化も防止

コメリ

タイヤワックス KH05

298円

1本でタイヤの洗浄とワックスがけを行えます。スプレーすると泡がじっくりと浸透し、タイヤの変色や劣化を防ぎながら、艶を与えます。【タイヤの洗浄&ワックス】

 

 

その7

トリプルシリコンで約1か月雨を弾く!

コーナン

ウインドガラス撥水剤

ビューコート KFJ07-1778

321

ガラスに塗り込み固く絞ったタオルで拭くと撥水コーティングできます。トリプルシリコンを配合していて、1回塗ると30〜45日間雨を弾きます。【ガラス用撥水剤】

 

【→併用すると効果アップ!】

洗浄力と撥水力が抜群で視界良好!

コーナン

撥水型ウインド ウォッシャー液

2ℓ KT07-8168

375

頑固な窓の汚れを落としながら撥水効果をもたらすウォッシャー液。ビューコートと併用すると、撥水効果がより長持ちします。【ウォッシャー液】

 

 

その8

用途に合わせて自在に変えられるホースノズル

コメリ

伸縮パターンノズル

角度自在

1980円

使用目的に合わせて伸縮するノズル。ヘッドの角度を自在に変えられて、ルーフの上も車体の下も立ったままラクに洗うことができます。ノズルの水形は用途に応じて選べます。

 

その9

素早くたっぷり水を吸う大判クロス

DCMホールディングス

吸水クロス L-EM005

ビッグサイズ

950円

スポンジ加工を施したクロス。タオルのように繊維がくっつくことがなく、ひとふきでしっかり吸収します。55㎝×30㎝のビッグサイズで3枚入り。

 

その10

洗いにくい部分にしっかりフィットし汚れをかき出す!

コーナン

LIFELEX 隙間すっきり

スポンジ KOT07-8451

321円

ドアノブやスライドレールなど狭い隙間にもフィットする凹凸面があるスポンジ。握りやすいように中心がくびれています。

 

その11

Z字型に歪曲した柄が洗いやすさのカギ!

カインズ

ルーフもラクに洗える柄付きスポンジ

1480円

Z字型で持ち手の位置が下がった洗いやすい柄付きスポンジ。スポンジ部分を柄からはずしホースとつなげば、水を流しながら洗車もできます。

 

【もっと詳しく知りたい方はコチラ!】

ドン・キホーテ&業務スーパー 殿堂入りベストバイ
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カー用品店、顔負け。ホムセンで見つかる「気配りカーグッズ」集

快適なドライブには、心地よく過ごせる車内空間が必須。ここでは、ニオイ対策アイテムから、隙間を生かした収納トレイまで。あなたの愛車を快適空間に変える気配り商品をホームセンターで探してピックアップしました。

 

その1

エアコンの風でドリンクの飲みごろ温度をキープ!

コメリ

コンパクトドリンクホルダー

498

エアコンの送風口に付けるコンパクト設計のドリンクホルダー。吹き出し口にクリップを差し込むだけの簡単装着。エアコンの風によってドリンクを保冷・保温できるのがうれしいです。

 

↑スマホ置きにもなります

 

その2

隙間に差し込むだけで収納スペースを確保!

カインズ

すきまトレイ 2個入り

398

座席とコンソールの間をはじめとした車内の隙間を収納スペースに変えられます。隙間に差し込むだけなので、状況に合わせて簡単に設置場所を変えられます。汚れたら水洗いも可能です。

その3

手ごろな価格なのに香りが上質だから大人気

コーナン

クリップ式 芳香剤

213円

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その6

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震災被害に遭いつつも復興に大きく貢献する「鉄道会社」が岩手にあった

おもしろローカル線の旅〜〜岩手開発鉄道(岩手県)

 

岩手県の三陸沿岸の街、大船渡市(おおふなとし)を走る「岩手開発鉄道」という鉄道会社をご存知だろうか。

 

自らも東日本大震災で大きな被害を受けながら、いち早く路線を復旧。日々、セメントの材料となる石灰石を大量に運び、東北復興に大きく貢献している。その輸送トン数を見ると、JR貨物を除く私鉄・臨海鉄道のなかで国内トップの輸送量を誇る。

 

さらに貨物専用鉄道ながら、沿線には趣ある駅やホームが残っている。そんなちょっと不思議な光景が見られるのが同鉄道の魅力でもある。今回は震災復興の裏方役に徹する岩手開発鉄道をご紹介しよう。

↑大船渡鉱山で採掘された石灰石が18両の貨車に積まれ、太平洋セメント大船渡工場の最寄り赤崎駅まで運ばれる。牽引するのはDD56形ディーゼル機関車

 

当初は旅客営業のため創立された鉄道会社だった

三陸鉄道南リアス線、JR大船渡線の盛駅(さかりえき)の横を青いディーゼル機関車に牽かれた貨物列車が、日中ほぼ40分間隔で通り過ぎる。

 

岩手開発鉄道の路線は赤崎駅〜岩手石橋駅間の11.5km。下り・上りとも1日に13〜18列車が走る。途中には3つの駅があり、それぞれに行き違いできる施設が設けられている。旅客列車が通らないので、駅というよりも信号所と言ったほうがよいかもしれないが、ホームとともに駅舎が残っている。これらの駅の跡が、貨物列車のみが走る路線なのに、旅情をそそるほど良い“アクセント”になっている。

この岩手開発鉄道、当初は旅客営業のために設けられた鉄道会社だった。

 

ここで、大船渡市を巡る鉄道史を振り返ろう。

 

1935(昭和10)年9月29日 国鉄大船渡線が盛駅まで開業

盛駅までは太平洋戦争前に鉄道が開通したものの、盛から北は地形が険しく鉄道が延ばせない状況が続いた。ちなみに三陸鉄道南リアス線の盛駅〜釜石駅間が全通したのは、1984(昭和59)年と、かなりあとのことになる。

 

1939(昭和14)年8月 岩手開発鉄道を設立

資本は岩手県、沿線各市町村、関係企業が出資し、当初から第三セクター経営の鉄道会社として誕生した。大船渡線の盛駅から釜石線の平倉駅(ひらくらえき)までの29kmの路線の開業を目指して会社が設立された。

 

なお、平倉駅を通る国鉄釜石線が三陸沿岸の釜石駅の間まで全通したのは1950(昭和25)年と、こちらもかなりあとのことだった。

 

1950(昭和25)年10月21日 盛駅〜日頃市駅間が開業

会社は設立したが、太平洋戦争が間近にせまっていた時代。物資の不足で路線工事は進まず、盛駅〜日頃市駅(ひころいちえき)が開業したのが1950(昭和25)年のことだった。

 

1957(昭和32)年6月21日 赤崎駅〜盛駅間が開業

太平洋セメントの大船渡工場の製品を輸送するために、赤崎駅〜盛駅間の路線を延長。同区間では旅客営業は行われず、貨物輸送のみが開始された。

 

1960(昭和35)年6月21日 日頃市駅〜岩手石橋駅間が開業

日頃市駅から先の岩手石橋駅まで路線を延伸され、赤崎駅〜岩手石橋駅間の路線が全通。大船渡鉱山からの石灰石の運搬が始まった。

 

震災による被害――津波により臨海部の線路が大きな被害を受けた

会社設立後、貨物輸送は順調だったものの、計画されていた釜石線平倉駅への路線の延伸は達成できず、当初から旅客営業は思わしくなかった。経営合理化のためもあり、40年以上にわたり続けられた旅客列車の運行が1992(平成4)年3月いっぱいで休止された。

↑2012年春に訪れた時の日頃市駅の様子。「がんばろう!東北」のヘッドマークを付けた貨物列車が行き違う。路線の復旧は早く、震災後、8か月後に列車運行が再開された

 

そして東日本の太平洋沿岸地域にとって運命の日、2011年3月11日が訪れる。岩手開発鉄道の路線や車両の被害状況はどのようなものだったのだろう。

 

岩手開発鉄道の路線では臨海部の盛駅〜赤崎駅の被害が特にひどかった。津波により線路の道床やバラストが流失、踏切や信号設備なども津波でなぎ倒され、流された。

↑臨海部の赤崎駅付近の2012年春の様子。盛駅までの臨海部の線路は新たに敷き直され、信号設備なども新しいものに付け替えられた

 

東北三陸沿岸で唯一のセメント工場でもある太平洋セメントの大船渡工場。震災1か月後の4月に太平洋セメントの経営陣が大船渡工場を訪れ、さらに岩手開発鉄道にも足を運んだ。大船渡工場のいち早い再開を決断するとともに、岩手開発鉄道による石灰石輸送の再開を望んだのだった。

 

とはいえ路線の被害は予想よりも深刻で、臨海部の路線復旧は、ほとんど新線を建設するのと変わらない手間がかかった。

 

岩手開発鉄道にとって幸いだったのは、盛川(さかりがわ)橋梁に大きな被害がなかったこと。ほかにも、ちょうど3月11日は工場の作業上の問題から、石灰石輸送の休止日にあたっていたため、沿線で被害にあった列車がなかった。津波は盛駅まで何度も押し寄せたが、機関車が納められていた盛車両庫までは至らなかった。

 

とはいえ、盛駅に停められていたすべての貨車は津波による海水の影響を受けた。貨車の多くは分解して潮抜きという作業が必要となった。

 

太平洋セメント大船渡工場は2011年11月4日からセメント生産を再開。岩手開発鉄道もいち早く路線復旧と車両の整備を行い、11月7日から石灰石輸送を再開させたのだった。

↑路線復旧後には貨車に「復旧から復興へ〜一歩一歩前へ〜がんばっぺ大船渡」「太平洋の復興の光と共に大船渡」などの標語が掲げられ地元・大船渡を元気づけた

 

ちなみに、盛駅に乗り入れている三陸鉄道南リアス線は、2013年4月5日に盛駅〜釜石駅間が復旧した。またJR大船渡線は、2013年3月2日からBRT(バス高速輸送システム)により運行が再開されている。

 

被害状況の差こそあれ、岩手開発鉄道の路線復旧がいかに早かったかがわかる。

 

JR貨物を除き、輸送量は私鉄貨物トップを誇る

東北の震災復興に大きく貢献している岩手開発鉄道。実は輸送量がすごい。国土交通省がまとめた鉄道統計年表によると、最も新しい平成27年度の数字は、岩手開発鉄道の輸送トン数は205万8156トン。

 

近い数字を上げているのは秩父鉄道の192万7301トン。臨海鉄道で最大の輸送トン数をあげたのが京葉臨海鉄道で185万607トンとなっている。

 

石灰石とコンテナ主体の輸送では、同じ土俵で比べるのは難しいものの、輸送トン数では、JR貨物を除き、貨物輸送を行う私鉄および第三セクター鉄道のなかでは最大の輸送量を誇っている。路線距離11.5kmという鉄道会社が、実は日本でトップクラスの輸送量だったとは驚きだ。

 

大船渡鉱山は石灰石の埋蔵量が豊富で新たな鉱区も開発されている。岩手開発鉄道が復興に果たす役割はますます大きくなっていると言えるだろう。

↑石灰石の輸送に使われるホッパ車ホキ100形。上部から石灰石を載せ、車両の下部の蓋を開けて石灰石を降ろす。ホキ100形は岩手開発鉄道の専用貨車として造られた

【路線案内1】盛駅をスタートして山側の駅や施設を見てまわる

貨物輸送専用の鉄道路線なので、もちろん列車への乗車はできない。そこでローカル線の旅としては異色だが、クルマで路線を見て回ろう。まずは盛駅を起点に山側の路線へ。

 

出発は盛駅から。岩手開発鉄道の盛駅は、JRや三陸鉄道の盛駅の北側に位置する。旅客営業をしていた時代のホームが残る。1両編成のディーゼルカー用に造られたホームは短く小さい。だが、四半世紀前に旅客営業を終了したのにも関わらず、待合室はそのまま、「盛駅」の案内もきれいに残っている。構内には立入禁止だが、盛駅の北側にある中井街道踏切から、その姿を間近に見ることができる。

↑岩手開発鉄道の盛駅。1両編成のディーゼルカー用に造られたホームは短く、またかわいらしい。待合室や案内表示などは、旅客営業をしたときのまま残されている

 

中井街道踏切から駅と逆方向を見ると、岩手開発鉄道の本社と、その裏手に盛車両庫があり、検査中の機関車や貨車が建物内に入っているのが見える。

↑盛駅の北側にある岩手開発鉄道の盛車両庫。東日本大震災の津波被害はこの車両庫の手前までで、施設やディーゼル機関車はからくも被災を免れた

 

ここから路線は、終点の岩手石橋駅へ向けて、ほぼ盛川沿いに進む。クルマで巡る場合は、国道45号から国道107号(盛街道)を目指そう。この国道107号を走り始めると、盛川の対岸に路線が見えてくる。

 

途中に駅が2つあるので、立ち寄ってみたい。

 

まずは長安寺駅。国道107号から長安寺に向けて入り、赤い欄干のある長安寺橋を渡る。すぐに踏切がある。このあたりから長安寺駅の先にかけて、撮影に向いた場所が多くあり、行き来する列車の姿も十分に楽しめるところだ。

↑長安寺駅のホームと駅舎。駅舎やホームは立入禁止だが、線路をはさんだ、盛川の側から、駅舎の様子が見える。木造駅舎で、改札などの造りも趣があって味わい深い

 

↑日頃市駅を通過する下り列車。日中は長安寺駅もしくは、この日頃市駅で列車の行き違いシーンが見られる。駅構内は立入禁止ながら外からでも十分にその様子が楽しめる

 

長安寺駅付近で上り下り列車を見たあと、次の日頃市駅を目指す。道路はしばらく路線沿いを通っているが、その後に、国道107号と合流、しだいに周囲の山並みが険しさを増していく。

 

列車の勾配もきつくなってくる区間で、長安寺駅前後が9.2パーミル(1000m間に9.2mのぼる)だったのに対して、次の駅の日頃市駅前後は19.6パーミルとなっている。

 

日頃市駅は大船渡警察署日頃市駐在所のすぐ先を左折する。細い道の奥に日頃市駅の駅舎がある。駅構内は立入禁止だが、駅舎横に空きスペースがあり、ここから列車の行き来を見ることができる。

 

【路線案内2】山の中腹に岩手石橋駅と石灰石積載施設がある

↑終点の岩手石橋駅に到着した列車は、バックで石灰石積載用のホッパ施設に進入する。施設内に入った列車は数両ずつ所定の位置に停車し、順番に石灰石を載せていく

 

↑石灰石積載用のホッパ施設の裏手には、周辺の鉱山から集まる石灰石がベルトコンベアーを使って、うずたかく積まれていた。この石灰石が施設を通して貨車に積み込まれる

 

日頃市駅から先は、国道107号がかなり山あいを走るようになる。終点の岩手石橋駅へは、岩手開発鉄道の緑色の「第二盛街道陸橋」の手前の交差点を右折する。さらに県道180号線を線路沿いに約1.0km、石橋公民館前のT字路を左折すれば到着する。

 

岩手石橋駅はスイッチバック構造の駅で、列車はスイッチバック。進行方向を変えて駅に進入してくる。山の中腹に、巨大な石灰石の積載用のホッパ施設がある。このホッパ施設内に貨車がバックで少しずつ入り、数両ずつ石灰石を積み込んでいく。ガーッ、ガラン、ガラン、という石が積まれる音が山中に響き、迫力満点だ。

↑岩手石橋駅はスイッチバック構造になっている。ホッパ施設で石灰石を積んだ列車は機関車を前に付替え、後進で写真奥の引込線に入ったあと、進行方向を変え赤崎駅を目指す

 

18両の貨車全車に石灰石が積まれたあとに、ディーゼル機関車が機回しされ、列車の逆側に連結される。そして後進して、スイッチバック用の引込線に入った後に進行方向を変更。石灰石を満載した上り列車は、下り勾配気味の路線をさっそうと駆け下りて行く。

 

岩手石橋駅の構内は立入禁止。踏切もあり注意が必要だ。見学の際は、安全なスペースでその様子を見守りたい。

 

【路線案内3】盛駅から赤崎駅までの路線も見てまわる

↑三陸鉄道の盛駅の横を通り抜ける赤崎駅行き上り列車。貨車には石灰石が満載されている。盛駅から赤崎駅へは約2kmの距離

 

↑太平洋セメント大船渡工場の最寄りにある赤崎駅。左が荷おろし場で、ここに列車ごと入り、貨車の下の蓋を開いて石灰石の荷おろしが行われる

 

盛駅に戻り、臨海部にある赤崎駅を目指す。三陸鉄道の盛駅のすぐ横に岩手開発鉄道の留置線があるが、上り列車はここには停まらず、終点の赤崎駅を目指す。市街地を抜け、間もなく盛川橋梁を渡る。

 

この橋梁よりも港側に架かるのが三陸鉄道南リアス線の盛川橋梁だ。クルマで赤崎駅方面へ移動する場合は、南リアス線の橋梁と平行に架かる佐野橋を渡る。道はその先で、岩手開発鉄道の踏切を渡り、県道9号線と合流する交差点へ。ここを右折すれば、間もなく赤崎駅が見えてくる。

 

この赤崎駅は当初から旅客列車が走らなかったこともあり、ホームや駅舎はない。岩手開発鉄道の職員の詰め所と荷おろし場が設けられ、その姿は県道からも見える。岩手石橋駅を発車した上り列車は、約30分で到着。荷おろし場にそのまま進入した列車から降ろされた石灰石は、ベルトコンベアーで隣接する太平洋セメントへ運ばれていく。

↑学研プラス刊「貨物列車ナビvol.3」誌(2012年7月発行)掲載の時刻表。同時刻はほぼ現在も変らずに使われている。工場の操業により運転休止日もあるので注意したい

 

赤崎駅〜岩手石橋駅間の11.5kmの旅。山あり川あり、趣ある駅舎が残るなど変化に富んでいる。

 

首都圏や、仙台市や盛岡市からも遠い岩手県の三陸海岸地方だが、三陸を訪れた際には震災復興を支える岩手開発鉄道にぜひ目を向けてみたい。最後に、大船渡周辺の復興状況と、そのほかの交通機関の現状を見ておこう。

【沿岸部の状況】大船渡駅周辺にはホテルや諸施設が建ち始めた

↑市街と大船渡湾の間に造られつつある防潮堤。もし大津波がきたときには遮断機が下り、右の重厚なトビラが閉められる。近くに立つと思ったより高く、巨大でそそりたつ印象

 

岩手開発鉄道の盛駅の周囲は、震災前から残る建物が多い。しかし、港側に足を向けると、その被害が大きかったことがわかる。JR大船渡駅付近は大船渡市内でも津波の影響が大きかった地区だ。2012年に筆者が訪れた当時は、ガレキが取り除かれていたが、何もない荒れ野の印象が強かった。

 

現在、大船渡駅周辺は更地となり、複数のホテルやショッピングセンターなど諸施設が建ち始めている。港との間には巨大な防潮堤の建設が進む。

 

一部、線路が道床とも津波にさらわれたJR大船渡線の跡はどのようになっているのだろうか。

 

【沿岸部の交通】北の鉄路は回復したが、南はBRT路線化

↑跨線橋から見た盛駅。右ホームには三陸鉄道南リアス線の列車が停まる。左側はJR大船渡線のBRT用ホームで駅舎側が降車用。右ホームから気仙沼方面行きバスが発車する

 

↑盛駅を発車した三陸鉄道南リアス線の下り列車。2019年3月には釜石駅の先、宮古駅まで旧山田線区間が復旧の予定。三陸鉄道に運営が移管され、全線通して走ることが可能に

 

↑盛駅には三陸鉄道南リアス線の車庫もある。南リアス線では主力のディーゼルカー以外に、レトロな姿の36-R3(写真中央)といった観光用車両も使われている

 

前述のように盛駅からの交通機関の復旧は2015年のことだった。三陸鉄道南リアス線は震災前の姿を取り戻した。

 

2019年3月には、釜石駅から先の宮古駅までJR山田線が復旧される予定だ。復旧後は列車の運行は三陸鉄道に移管され、盛駅と北リアス線の久慈駅まで直通で列車が運行できるようになる。

 

この三陸鉄道の北リアス線と南リアス線が結ばれる効果は、観光面でも大きいのではないだろうか。

 

残念なのは南側のJR大船渡線の区間だ。震災によりJR大船渡線は気仙沼駅〜盛駅間は路線の被害が大きく、列車の運行が行われていない。

 

列車に代わって運行されているのがBRTだ。BRTとはバス・ラピット・トランジットの略で、日本語ではバス高速輸送システムと略される。旧大船渡線の被害の少ない区間では線路を専用道に作り替えた。さらに専用道に転換できない区間は一般道路を利用してBRTを走らせている。

↑大船渡駅付近のBRT専用道。大船渡線の線路はすべて取り除かれ、バス専用道として造り直された。一般道との交差地点には、このように進入できないよう遮断機が設けられる

 

↑盛駅を発車した気仙沼行きBRTバス。元線路を専用道路化、復旧が難しい区間は一般道を利用して専用バスを走らせている。列車に比べて所要時間がかかるのが難点

 

鉄道に比べて本数が増発できるなど、利点はあるが、盛駅〜気仙沼駅間の列車ならば約1時間で着いた所要時間が、+15分〜20分かかるなどの難点も。

 

大船渡線の復旧が進まない現状とは裏腹に、三陸沿岸の海岸線をほぼなぞって走る三陸自動車道が2020年度には仙台市から岩手県宮古市まで全通の予定だ。この高速道路が完成すれば、仙台市方面からの直通の高速バスがより便利になり増発もされることになるだろう。

↑整備が続けられる三陸自動車道。2020年度中には仙台市から宮古市までの全線が開業する予定。全通後は高速バスなどの増発も予想される

 

三陸沿岸の鉄道網は、1896(明治29)年に起きた三陸地震の被害地域に、支援物資が届けられなかった反省を踏まえ構想された。以降、非常に長い期間を経て整備された。それから一世紀以上たち、東日本大震災以降は、鉄道復旧よりも、むしろ高速道路の整備が急がれている。

 

かつて大地震が起きたことで整備された鉄道網が、地震により一部は復旧を断念、代役のバス交通や高速道路網に代わられつつある。さまざまま事情があるだろうが、なんとも言えない寂しさが心に残った。

子乗せタイプだけじゃない! スポーツタイプやシニア向けも揃った最新「電動アシスト自転車」6選

電動アシスト自転車といえば、モーターの力で走行をサポートしてくれる便利なアイテム。近年では、お子さんを乗せてもスイスイ走ることができるファミリータイプのモデルが人気となっていますが、軽快な走りが楽しめるスポーツタイプや、脚力に不安のある高齢者向けのシニアモデルなども登場し、その活用シーンは広がりを見せています。

 

そこで今回は、ファミリータイプ以外の電動アシスト自転車を3タイプ6モデル紹介します。

 

【通勤・通学向けモデル】

通勤・通学先が遠かったり、経路に坂道が多かったりする場合は、断然電動アシスト自転車がオススメ。一般的な自転車に比べてより少ない力で走ることができるので、毎日の疲れを軽減することができます。前カゴが大きなモデルを選べば、荷物が多いときでも安心です。

 

ブリヂストン
カジュナe

実売価格11万5800円

通勤・通学にピッタリなカジュアルモデル。落ち着いたカラーの「ベーシックライン」とフェミニンなカラーの「スイートライン」の2種類から選ぶことができます。バッテリーには、高性能リチウム電池を搭載した「B400バッテリー」を採用しており、より長い距離を走行可能。鉄製チェーンより耐久性の高い「カーボンベルトドライブ」を採用しており、面倒な注油の必要もありません。大きなカバンがすっぽり入る幅広バスケットもポイント。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:26インチ
変速:内装3段変速
重量:28.6kg
バッテリー容量:14.3Ah
1充電あたりの走行距離:パワー51km、オート77km、エコ96km
カラー:ベーシックライン(E.XBKホワイト/E.Xモダンレッド/E.Xダークオリーブ/E.Xアメリカンブルー)、スイートライン(E.Xカームブルー/E.Xミストグリーン/E.Xエッグシェルベージュ/E.Xスイートラベンダー)

 

パナソニック
ティモ・I

実売価格11万7500円

実用性とデザイン性を兼ね備えた通勤・通学向けモデル。小型大容量バッテリーを採用し、ロングモードで最大75kmの走行が可能。耐久性が高く安定した走りを実現する「ハードランナータイヤ」と極太スポークを装備しています。スクールバッグが収まりやすいワイドスクエアバスケットを採用。夜道も安心なオートライト機能付きです。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:26インチ
変速:内装3段変速
重量:29kg
バッテリー容量:12.0Ah
1充電あたりの走行距離:パワー44km、オート53km、ロング75km
カラー:オフホワイト/シェルピンク/マットミスティグリーン/マットディープグレー

 

【スポーツ向けモデル】

毎日の買い物やお子さんの送り迎えなど、カジュアルシーンで使われるイメージのある電動アシスト自転車ですが、最近では軽快な走りを楽しめるスポーツモデルも増えています。多段変速を備えたクロスバイク風のモデルなら、長距離の自転車通勤もより楽に走ることができます。また、オフの日のちょっとしたサイクリングにもオススメです。

 

ヤマハ
PAS Brace

実売価格16万3900円

通勤にもオフのサイクリングにも対応する本格派スポーツモデル。15.4Ahの大容量バッテリーにより、長距離走行時もパワフルにアシストします。走行状況を高機能センサーがリアルタイムで感知し、最適なチカラでアシストする独自のアシスト制御技術「S.P.E.C.8」と内装8段変速搭載により、坂道の多いルートでも軽快に走ることが可能。雨の日にも安心なフロントディスクブレーキ採用しています。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:26インチ
変速:内装8段変速
重量:23.1kg
バッテリー容量:15.4Ah
1充電あたりの走行距離:強60km、標準71km、オートエコ90km
カラー:マットグラファイト/クリスタルホワイト/アースブルー/リッチレッド

 

パナソニック
ベロスター
(2018年9月発売予定)

実売予想価格10万2600円

毎日の通勤時にも快適な走りが楽しめるスポーツモデル。シンプルなアルミダイヤモンド型フレームに、走りが軽く高速巡航も可能な700×38Cタイヤを装備。持ち運びもラクな軽量リチウムイオンバッテリーは1回の充電で最大50km走ることができます。街中のちょっとしたアップダウンにも対応する外装7段変速を採用。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:700×36C
変速:内装7段変速
重量:22.4kg
バッテリー容量:8.0Ah
1充電あたりの走行距離:パワー28km、オート36km、ロング50km
カラー:ミッドナイトブラック/クリスタルホワイト/ワインレッド

 

【シニア向けモデル】

脚力に不安がある高齢者にも電動アシスト自転車はオススメ。漕ぎだしの負担を軽減し、スッと発進することができます。シニア向けモデルはフレームやサドルを低く設計しているので、簡単に両足を地面につけることができ、ふらついてしまったときなども安心して乗ることができます。

ブリヂストン
フロンティア ラクット

実売価格12万740円

乗りやすさと取回しやすさを追求したシニア向けモデル。「ラクあし」設計により、従来モデルと比べ、足首、ひざ、股の関節角度が緩やかになり、乗車時の負担を軽減します。また、フレームやサドルの高さを抑え、またぎやすくサドルに乗ったままでも両足が地面につけやすい。新機能の「走りながら充電」により、走行中にペダルを止める、もしくは左ブレーキをかけると前輪モーターが発電しバッテリーを充電。より長い距離を走行できます。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:20インチ/24インチ
変速:内装3段変速
重量:23.3kg(20インチ)、24.9kg(24インチ)
バッテリー容量:14.3Ah
1充電あたりの走行距離:弱80km、強52km(24インチ)
カラー:T.Xルビーレッド/T.Xサファイアブルー/P.Xミスティミント/P.Xミスティラベンダー

 

ヤマハ
PAS SION-U

実売価格10万6400円

またぎやすく、乗り降りしやすい低床U型フレーム採用したシニア向けモデル。タイヤサイズは20・24・26型の3サイズで、身長や用途に合わせて選ぶことができます。アシストモードは、シンプルな「弱」と「強」の2モードのみ。こぎ出しはなめらか、坂道や重い荷物の時はパワフルにアシストしてくれます。スタンドをかけるときにつかめる取っ手付きのリヤキャリヤや、リングを回すだけでハンドルのふらつきを抑止するパーキングストッパーなどを備え、駐輪時や荷物を載せ降ろしするときも安心です。

 

【SPEC】
タイヤサイズ:20インチ/24インチ/26インチ
変速:内装3段変速
重量:22.2kg(20インチ)、23.8kg(24インチ)、24.4kg(26インチ)
バッテリー容量:12.3Ah
1充電あたりの走行距離:弱72km、強52km(24インチ)
カラー:レッド/アイボリー/アースブルー/ビンテージブロンズ(20インチモデルのみ)

 

欧米では「e-bike」として様々なメーカーが開発を進めており、次世代の移動手段としても注目を集めている電動アシスト自転車。ぜひファミリーモデル以外の機種もチェックしてみて下さい。